1: ◆sIpUwZaNZQ 2013/01/04(金) 20:43:36.53 ID:yAr9XARu0


「魔法少女まどか☆マギカ」×「デビルサマナー ソウルハッカーズ」
のクロスSSです。


自分がmixiの日記上でアップした小説を書き直しアップいたしました。皆様に何かしら残っていただければ幸いです。


・地の文が長いので苦手な方はご容赦を。

・台本形式ではなく、普通の小説を意識しています。

・mixiのときより読みやすくなるよう工夫しました。

・書き溜めてあります。即興ではありません。

・全体でメモ帳にして454KBほどです。

劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語

2: 2013/01/04(金) 20:46:32.75 ID:yAr9XARu0

これは、祈り

ささやかな願いを叶えるため

無間地獄を走る少女への

ちっぽけな

祈り



序章
【あけみほむら】



消えたくない。
消えることが使命ではあったけれど、それを受け入れたわけだけれど、頭の片隅にあったわがままがずっと残っていた。
発端は恐怖と罪悪感。今にして思えば、恐怖が先にあって、罪悪感を言い訳にしていたように思う。
仕方ないじゃない。消えたくないよ、誰だってさ。
だから、今銃口を向けられて平謝りしてるのた当たり前なんだよ。多分。



「まず、貴女の名前から聞きましょうか」

「あ、アタシはネミッサ…です」

「そう。なら次の質問。貴女は何者?」

「えー、と。信じてもらえるかわからないけど、悪魔、です」

黒髪の少女はその意味不明な回答に苛立ったのか銃口を近づけて威嚇する。銀髪の少女はそれに驚き慌てた。なぜ銃をこんな少女が持っているのか。それを使いこなし、相手に威圧感を与えることができるのか。ネミッサにはそれが理解できなかったが、そんなことは今は口にする疑問ではなかった。今この場をどう切り抜けようか、ネミッサにはそれが一番解決しなければならないことだったから。

3: 2013/01/04(金) 20:48:19.43 ID:yAr9XARu0
ことは数分前まで遡る。
病室の個室で目覚めた黒髪の少女は、一人身支度を整えていた。
ストレートの長い黒髪はさらさらと美しく背中を流れる。その整った顔を含め異性どころか同性すら振り向かせるほどだが、残念ながら張り付いた陰鬱な表情がそれを損なっている。
年齢は、中学生だろうか。その美貌と細い指先に似合わない物々しい銃器を慣れた手つきで手入れをしていた。まるで、どこかの傭兵が戦場に向かうような手慣れた仕草で、作業を進めていた。持ち物といい、その端々の身のこなしといい、尋常な中学生のそれとは大きくかけ離れてた。
続いて、作業をしてたテーブルの上に装飾された宝石のようなものを並べる。似たような装飾のものが幾つかあり、その数を数えているようだった。

「これが一番多い。当たり前だけど」

並べた宝石をしまうため手を伸ばしたが、ふとその手が止まる。
病室にはありふれたテレビがある。当然、昨今の地上波のデジタル化に伴い、個室のテレビもネットワークに繋がっている。少女は独り言をしゃべるテレビを無視しながら作業をしてたが、あることに気づいた。
テレビをつけた覚えが無いことに。
不審に思い、テレビを消すためリモコンを探そうと立ち上がった瞬間、それは起きた。
突然の閃光はテレビ画面から。突然の出来事に少女は反射的に手入れを終えた銃を取り構える。セーフティーを外すなめらかな動きは場数を踏んだ戦士のものだった。さすがにすぐに引き金を引くことはない。
閃光とともに現れたのは光の球体。少女は油断なく銃口をそれに狙いを定める。ふわふわと頼りなげに浮かぶそれは突然でたらめに病室を飛び回る。あまりに不規則な動きに少女は身をかがめてそれを避ける。

4: 2013/01/04(金) 20:49:05.04 ID:yAr9XARu0
「きゃっ!?」

身のこなしや表情と違う、年頃の可愛らしい悲鳴を上げつつ床に身をかがめる。その視線の先にはテーブルに並べた宝石―グリーフ・シード―がある。そのなかの一つに球体はぶつかった。その衝撃で他のグリーフ・シードは飛び散り床に散乱する。幸い砕けるようなことはなかったが、球体がぶつかったグリーフ・シードはそのまま球体に包まれて天井近くまで持ち上がり静止すると、ゆっくりと床に降りてきた。少女に見る間に光る球体は徐々にその形を変え、女性のシルエットに変わる。背丈は少女よりやや高く、髪はショートボブの銀髪。体にフィットした、黒いレザーのような服装が長く細い肢体を包んでいた。

「あーっ! アタシはぁー、帰ってきたー」

大きく伸びをする姿は猫を思わせた。そんな自由な猫のように黒髪の少女に気づかぬまま自分の姿が写る窓ガラスに見とれていた。

「あー、あー♪ 声だせるのはいいねー。あれ、ヒトミちゃんのときより髪短くない……? ま、いっか」

「動かないで頂戴、ゆっくり振り向きなさい」

ガラスに反射する自分の姿に気を取られ、黒髪の少女の行動に全く気が付かなかったらしい。銀髪に押し付けられた銃口。美貌の少女をガラス越しに確認すると、指示された通りゆっくり振り返った。

5: 2013/01/04(金) 20:50:42.89 ID:yAr9XARu0
「大事なものを勝手に使ってごめんなさい!」

ネミッサは平謝りするしかなかった。いくらなんでも人の物を勝手に使ってはいけないことくらいは学んでいる。だがまさか銃口を向けられるほど大事なものだとは思っていなかったが、その判断は少し間違っていた。

「だから貴女は何者なのか、説明なさい」

油断なく睨みつけながらの尋問に、ネミッサは必氏に説明した。正直、スキがまるでない。

「本当に悪魔なんだって! ちょっとネットワークに隠れてたの。ここに来たのは偶然
も偶然。勝手にあれを使ったことは謝るから許して」

「……魔女、ではなさそうね」

魔女という単語に反応したくなったが、ネミッサは堪えた。『黒き魔女』などと呼ばれたこともあったが、うっかり似たようなものだと言えば敵愾心を煽るだけだし、厳密には違うだろうと余計なことは言わないことにした。なんでこんなことで悩まないといけないんだろうか。自分の頭の悪さに辟易する。
何とかこの場を切り抜けようと、頭をフル回転させる。こんな少女がなぜ拳銃を持っているのだろう。戦う理由があるのだろう。その、魔女というものと。

「よくわかんないけど、その魔女ってやつじゃないと思う。それとアンタ、戦ってるの?」

「私が知っている限り、魔女とは意思疎通ができない。貴女はそうではなさそうね」

「なら、魔女じゃないんだよね。それを下げてもらえない? さすがに怖いよ」

一定の距離を取る。ネミッサが単純に飛び掛かりにくいよう間にテーブルを移動させる。警戒レベルを下げたわけではないようだ。
ひりつくような緊張感にネミッサは耐え切れず、差し障りないことをたずねた。

「ね、名前、聞いていい?」

「それで、貴女の目的は」

「(取り付く島もないわね)……氏にかけてたところを逃げてきたの。そんなものない」

「信じると思う?」

「ですよねー。はあ、どーしよう」

しばしの気詰まりする沈黙ののち、少女は立ち上がる。ネミッサは気づかなかったが時計を見て時間を気にしての行動だ。埒があかない苛立ちがありありと表情に表れてた

6: 2013/01/04(金) 20:53:01.22 ID:yAr9XARu0
「アンタに害を及ぼすつもりはないわ。むしろお詫びしたいくらいなんだけど」

「……面会時間が終わるわ。長居されると詮索される。そろそろ出ていって」

「……ホント聞く気無い。わかったわよ。けど、アンタ相当な訳ありでしょ」

端正な顔にシワが寄る。浮かんだのは微かな怒りと、当惑

「大体あれでしょ、さっきの宝石みたいなの、『魂』だよね」

鈍いネミッサでも感じるほどの殺意が、この華奢な少女が放っているのが信じられなかった。ひりつくような明確な憎悪と嫌悪が病室を包む。だが同時にそれは、少女がネミッサに関心を持ったとも取れる。好きの反対は無関心という。では怒りであれ好意であれ、無関心でない限り会話の余地があるということだ。少女は『なぜネミッサがそれを知ってるのか』に関心を持ったのだ。

「だって魂大好きな悪魔だもん、みりゃわかるわよ。ただ、だいぶ変質させられているみたいだけどね。私らだって、あんな禍々しいことしない」

「人間を食い物にするのなら同じことよ」

「そういうやつもいるよ。アタシも今そうしたし。……人間の仲間がいるから、自分がやったこと許されることじゃないと思ってるよ。でもさ、それしてはアタシの謝り方軽すぎたよね、ごめん」

少女は目を大きく見開いた。歯を食いしばり、表情が崩れそうなのをこらえていた。同時にここが交渉の余地がある、誠に勝手な話だが、ネミッサはそう感じた。もう怒らせてやれと投げやりに言葉を続ける。

「さっきの、アンタの知り合いの魂でしょ」

今度こそハッキリした感情が、少女から放たれる。だがネミッサも退かない。いまここで諦めたら、願いは果たせないと、信じて疑わない。視線を逸らさず、じっと見つめ返す。
こんな表情でなければ男女構わず憧れたであろう美貌は、見るも無残に歪んでいる。怒り、憎悪、そして、悲しみ。だがそれは徐々に収まり、鉄面皮に陰気な目つけて見つめ返す。その切替は見事と言えた。

「そんなもの、どうだっていいわ」

ここが分水嶺だっただろうか

「そんなものを、大事にとっとくはずないでしょ」

沈黙。

「アタシは魂を食ったけど、思いまで食い散らかしたわけじゃない」

沈黙、そして少女は唇を噛み締める。血がわずかににじむ。

「多分思いは同じ。アンタの力に、ならせてもらえない?」

少女の頭なのかは怒りと、それを押さえつける損得勘定が渦巻いていた。『いままで』こんなことは経験がなかった。こんな闖入者の存在など経験したことがない。そしてそんな人物に秘密を暴かれることも。
だが一方で、自分の状況を打破できるものかどうかの計算もあった。だが、今までの繰り返しの中で、予定外のことが全くなかったわけではない。それらを観察し、利用できるなら利用し、できないなら排除してきた。どうせ、失敗しても最悪自分はやり直せるわけなのだから。

「いいわ。貴女が何者であれ……利用させてもらう。せいぜい役に立つことね」

ようやく銃口が下がった。ネミッサは溜めていた息をようやく吐いた。

7: 2013/01/04(金) 20:55:27.13 ID:yAr9XARu0
(テレビ画面から出てきて、それを悪魔以外にどう表現すればいいんだ)

ネミッサは心のなかで愚痴る。

「信じないのは無理もないけど、信じてくれないと話進まないんだよね。いっそ目の前
で電撃カマせばいいのかな?」

「そんな手頃な奇跡は間に合ってるわ。協力は考えておく。面会時間はもうとっくに過ぎてるから、今日のところはここまでにして頂戴。明日、貴女が役に立つか確かめる。いいわね」

「ふぅん?」

「魔女と戦う力がないと協定は無理ね。諦めて頂戴」

ここで具体的に落ち合う場所や約束をしない時点で、彼女はネミッサにまるで期待していないことがわかるが、ネミッサは気付いてもいない。お気楽と言えた。
ネミッサにはこの声が虚ろに聞こえてならない。全てを諦め切った声。本来ならその煮え切らない態度は好ましいものでないどころか、嫌悪の対象でもある。だが、そこに不思議と腹が立たないのは、ネミッサには外見とは全く別のものが見えているからだろう。
髪は三つ編み、顔を隠すようにかけた眼鏡とそれを覆い隠す前髪。背中を丸め、両手を前で組み、おどおどしている少女。病気がちな体を憂うため自信がなく、顔を伺うような上目遣い。今いる凛々しい美少女とはかけ離れた弱々しい姿が、ネミッサにはちらちら見える。

「あのさ、協力持ちかけといてなんだけど、何その言い様。気に入らないわね」

「奇遇ね、私もそう思うわ。協力したくないのであれば別にかまわないわよ」

「わ、わかったわよ。協力させてください……」

「よくわかってるじゃない。それと、私は『暁美ほむら』よ」

「そう、よ・ろ・し・く・ね。ホムラちゃん」

ほむらは一瞬苛立った顔をしたが、しっしっとばかりに手を振り追い払った。

(どうしてすぐに出ていかなかったんだろう。本当に私に協力したかった?)

頭を振り、その思いを振り切る。もう誰も頼らない。そう決めたのだから。
ただ今までの繰り返しの中で、こんなイレギュラーが発生したことはない。もちろん何もわからないが、わからないなりに利用してやろう。そう思った。
もちろん罠の可能性もある。だがそれでも構わない。自分の目的を果たすだけだ。

9: 2013/01/04(金) 20:56:56.34 ID:yAr9XARu0
『ホムラちゃん』と再会したのは翌日の、だいぶ日が高くなってからだった。真っ黒な髪にエンジェルリングが映える。やや暗めではあるが凛とした表情。スラリとした手足とスタイルは見間違えようがない。暇なネミッサにとっては格好のおもちゃであり、自分の望みを叶えるためのきっかけであった。警戒させないよう、わざと視界に入るように近寄り声をかける。

「こんにちは、ホムラちゃん」

ほむらのほうも目があった瞬間はさすがに驚いたようだが、日中街中で拳銃を向けるような真似はしない。陰鬱な表情を見せるとさっさと立ち去ろうとした。もちろんこれは合流するつもりがほとんどなかったからなのだが、ネミッサはしっかりと探し当ててしまった。
驚いた顔は人間味にあふれていたが、それがすぐに陰気な顔に戻る。ネミッサは勿体無いと思った。

「いやいやいやいや、無視しないでよ」

「待ちぶせ?」

「んなことしないって、どんだけ殺伐とした生活してんのよ」

「…インキュベーターの差金?」

唐突に変わった名前が出て小首を傾げる。英語で孵卵器だっただろうかと考える。

「ニワトリみたいなやつに知り合いは居ないなぁ」

「じゃあ、キュゥべえといったら通じる?」

また不思議な名前だ。逆方向に小首を傾げる。きっと漫画なら頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいることだろう。

「アンタの知り合いなんか知らないって」

すっとぼけることにして、話題を切り替えることにした

「ああ、そういえばさ、魔女ってさ」

「見せたほうが早いかもしれないわね。魔女と戦えないのなら、協定はナシ。いいわね」

「昨日もそんな事言ってたわね」

「魔女とは、結界に潜んで人間を誘い込み食らう、人類の敵よ」

「ふぅん? 悪魔とそう変わんないみたいだけどねー」

10: 2013/01/04(金) 20:57:32.47 ID:yAr9XARu0
ほむらの話とネミッサの知識を混ぜると、『魔女』と『悪魔』の特徴がはっきりする。
悪魔は個体差があるが、基本的には人間のそれを凌駕する知恵をもち、自我がある。そのため、ある程度人間との交渉が可能である。人の魂を捕食することがあるが、高位の悪魔になると「信仰」という方法で力を蓄える事も可能で、一般にこちらは「神」と呼ばれる存在とされる。
魔女は個体差が異常に大きく、知識や人格などが確認できない。気ままに生き、気ままに人間を捕食する。「魔女の口づけ」という刻印を人間に付け操り、自分の結界内にその哀れな犠牲者を誘い込む。魔女は使い魔を産み、それがまた人間を襲う。使い魔は4~5人ほど犠牲者を捕食すると自分を生んだ魔女と同じ姿、能力を持つように成長する。
人の魂を捕食する点としては同じだが、一番大きく異なる点は生まれ、だろうか。
悪魔は概ね魔界などと言われる人間界とは異なる世界で生まれる。そのため、人間界に来て留まるには非常に大きなエネルギーを必要とする。『召喚』であれば召喚をする人間がエネルギーを用意するため、比較的楽に人間界に来ることが出来る。だが高位の悪魔になればなるほど膨大なエネルギーを必要とするため、ほとんど来ることがない、あるいはできない。
一方で、魔女は「人間界で生まれる」ため、召喚自体必要としない。必要なのは自分の存在維持のために人間を捕食する程度だ。或いは自らの昏い望みのため、人間界を荒らすことが目的のようだが、個体としての目的もマチマチで総体としても目的があるわけではない。

「私達はそのインキュベーターと契約し、奇跡のような願いと引換に『魔法少女』となって魔女を戦い倒すの」

「なんで女の子限定なのかしらね。インキュベーターの趣味?」

「魔女と戦った後でもその茶化す元気があればいいわね」

「そういう言い回ししかできないのアンタ?」

「お気に召さないかしら」

「なんかむかつくなぁ……、協定は守るけどさ……」

悪魔は基本的に約束を反故にすることができない。魂のあり方にかかわるため、契約を反故にすることができないのだ。だから悪魔と契約するのは極めてまれだし、できても短期契約であることが多い。

「……いつかアンタを泣かす。覚えてなさいよ」

「そう、期待してるわ」

そういうとほむらは髪をかき上げる。きらきらと黒髪が踊る。ネミッサが嫌になるほど綺麗だった。

17: 2013/01/04(金) 23:01:45.43 ID:yAr9XARu0
ほむらが歩く後ろを、頭半分は高いネミッサがついていく。どんどんと人通りの少ない方にすすんでいるようだ。無口で前方を歩く黒髪を、ネミッサはぼんやりと見つめながらついていった。正統派すぎるその髪質が光沢を放っている。戦塵にまみれている様子がないのが、なんとも羨ましい。

(あれ? 完全にストレートってわけじゃないのね)

先を歩くほむらの腰まで伸びた後ろ髪が左右に分かれていた事に気づいた。何かこの無愛想な少女の隠れた茶目っ気のように感じられる。正面から見ると凛とした歩きなのだが、後ろの左右にはねた後ろ髪がピョコピョコ揺れてなんとも可愛らしい。

「はー、なんか知ってるように歩くねー。私は一回くらいじゃ覚えられないなぁ」

聞こえているのかいないのか、ほむらは無言。手にはグリーフ・シードとは違う宝石を握っている。
その足がなにもないところでピタリと止まる。陰鬱な顔で振り返るほむらに気づかず、ネミッサがぶつかりそうになり、つんのめる。

「ここが結界の入り口。本来なら魔法少女しかあけられない」

「ふーん、『なんかある』のはわかるけど、開け方まではねー」

「開けるだけなら私がやるわ。中には使い魔しかいないし、それと戦って頂戴」

「それが試験ってやつね。いいわよ、やっちゃうから」

ほむらに協力をさせるには、『使える』と思ってもらわなければならない。少なくとも、この戦いに苦戦するようであれば、ほむらはネミッサを見限るだろう。それは避けたい。出来れば自分の戦い方と実力を知ってもらうような戦い方のほうがいいだろう。

「ちゃっちゃとやっつけて、ホムラちゃんのお眼鏡に叶うようにしないとねぇ」

「いいからとっとと行きなさい、怖気づいてない?」

「まさか? こう見えて、エグリゴリの悪魔と喧嘩したこともあるのよ」

ほむらには通じない武勇伝。ほむらはそんな無駄口を叩くネミッサの腰を足の裏で押し出すことにした。見事な艶かしい脚線美の蹴りには、茶目っ気というかある種のユーモアがにじみ出ていた。蹴られた当のネミッサはたまったものではないが。

「痛ったー。ああもう、なんなのよ」

つんのめりながらの抗議の声は結界内の不気味な装飾によって途切れる。悪魔の「異界」とは大きく異なる、ファンシーがどぎつい色彩とデザインは出来の悪いキュブリズム。
起き上がったネミッサの背中を、ほむらが両手で押しながら歩き出す。どうやら結界の中心を目指して移動しているようだが、まるでお化け屋敷を怖がる少女の動きにも思えて、苦笑いが出てくる

「押さないでよ、ちゃんと戦うからさー。ほら、こんなふうに」

無造作に片手を振りぬくと、一個の雷球がほとばしる。静かな中異様に大きな音がして、ひげの何かに直撃し叩き落す。予期せぬタイミングと音量にほむらが少しだけビクっとした。それを感じネミッサはにやにや笑う。
ほむらの手を背もたれがわりにし続けるのをネミッサは楽しんだ。だが、座る寸前の椅子を引くいたずらと同レベルで、手を引っ込められてはたまらない。ここは素直に真っ直ぐ立つ。真面目に戦う必要もあるのだから。
わらわらと近寄る使い魔たち。ネミッサは冷静に数と位置を確認する。ハサミを持った使い魔が5体。密集陣形(陣形をとる自我があるのかは不明だが)で自信満々に迫ってくる。シャキン、シャキンと小気味いい金属音を鳴らしながら迫る使い魔に、怯まず構える。口々に何かを歌いつつ突進してくるのが聞こえる。

(これ、広範囲ので一発じゃん)

「マザア・グウスにゃ興味ないわよ、消えなさい」

両手を広げ、掌に雷球をためる。最後尾の使い魔が範囲内に入ると同時に広域の電撃を解き放つ。やはり落雷に似た大きな音が響き、範囲内のおひげ使い魔を撃ち落とす。あまりの音にほむらが耳を塞いでいるのが、ちょっと可愛い。近すぎるのだろう、たぶん。
ほむらは舌を巻いた。ネミッサが普通の人間と違うのはわかるが、魔法少女にもならず、平服のまま高威力の電撃を放ったことに驚いていた。単純な戦闘でも利用できるし、魔法少女ではないのだから警戒されずに動かすことができる。真意はわからないが利用できる。ほむらはそう判断した。利用できなくなったり少しでも疑いがあれば捨てればいい。ほむらは非情にも方針を決めた。

(いい拾い物ね)

「あ、なんか焼け残ったわね」

真っ黒焦げになった個体の中に、もぞもぞ動くものがあったようだ。靴で踏んづけると、闇の塊となって崩れて消えた。
あまりにもあっけない、ネミッサの使い魔戦デビューの一部始終だった。

「どお、ホムラちゃん?」

ほむらは耳がしばらく聞こえないようでしきりに耳を叩いている。魔力で回復させるほどでもないのだろうが、ネミッサの言葉を聞きそびれた形になった。

18: 2013/01/04(金) 23:02:40.72 ID:yAr9XARu0
不安定な結界を抜け、二人は先程と同じ所に戻ってきた。結界内をいくら歩きまわっても出口は同じというあたり、異界化に似ている。
ほむらは落雷の轟音でおかしくなった耳は治ったのだろう。いつもと変わらぬ風情で髪をかきあげる。その仕草すら様になっているのがネミッサにはなんとも憎らしい。本当にこの子は中学生なのだろうか。

「ま、こんなもんね。でも魔女ってのはもっと強いんでしょ?」

「ええ、そうね。耐久力以外にも固有の攻撃方法や能力があったりするわ」

「そのへんは悪魔も変わんないから、見極めが大事そうね」

用は果たした、とばかりに踵を返すほむらの態度からして、一応試験には合格したようではある。ほむら自身はそのまま魔女退治に行くつもりなのかネミッサに構わず再び路地を歩き出す。

「ちょっと待って、どこいくのよ」

「試験は終わったわ。協定は結んであげる。今日はここまでよ」

「それはいいんだけどさ、今後どーすんのよ」

「連絡をこちらから…」

はたと、ほむらの言葉が途切れる。要は連絡をとる方法がないと気づいたわけだ。協定を結ぶつもりがあまりなかったのでそこまで頭が回らなかったのが真相だが。止む無くメモを取り出すと携帯電話の番号と住所を書き込む。

「これ、渡しておくわ。プリペイドでもなんでも、携帯電話を手に入れて頂戴。持ってる?」

「ない。オカネならあるし、まぁなんとかする」

ハッキングでもなんでもして、と付け加える。受け取ったメモに目を通すと、律儀にそのまま返す。

「…覚えられたの? 忘れても知らないわよ」

「うん、11桁くらいの数字なら余裕。住所も覚えた」

訝しがるほむらにスラスラと暗記した番号と住所を伝える。一言一句間違えなく淀みなく言えるあたり、完全に暗記できているように思えた。魔法少女たるほむらにとっては先ほどの電撃より、そちらのほうが悪魔っぽいと感じた。ありふれた奇跡より、暗記スピードに驚く方にも多々問題がありそうであるが。

「でさ、なんでアンタそんな態度なの? そんなんじゃ友達できないよ」

「構わない。私には友達は一人だけ」

「ああ言えばこう言う……。いつかアンタを泣かしてやるわ。覚悟しといて」

「そう、できるものならどうぞ」

19: 2013/01/04(金) 23:03:25.69 ID:yAr9XARu0
そんな余裕のある態度に、ますますネミッサは苛立つ。だがここが我慢のしどころとかろうじて抑える。

(あんの澄ました顔を涙でぐちゃぐちゃにしてやる!)

ほむらと別れたネミッサは、武器の用意を考えることにした。先ほど戦って分かったが、魔法だけで戦うよりは、接近戦でも戦える様な武器がやはり欲しい。せめて近づく攻撃や相手を払い、メインの魔法を叩き込めるように牽制が出来るようにしたい。このちっちゃくなった体では以前使った防具なんて合わないし、それを直すには時間がかかるだろう。取り敢えず悪魔の力が宿った銃や弾丸、ナイフあたりを用意する。そして余った武器をほむらに提供してもいい。携帯電話も用意しないといけない。ほむらから指示が来たらそれにも応じなくてはならない。多少時間があればネットワークに連れて行ってダメ押しでもしよう。マルスムのときみたいに、ネットワークを通じてあちこち引っ張り回してもいいかもしれない。これから忙しくなる。ネミッサは嬉しくなった。
今度こそ、助ける。その決意を胸の秘めて。



「で、これは何?」

後日のこと。ほむらが不在の部屋にどうやったのか忍び込み、部屋に銃器や武器、爆弾などを広げている。帰宅したほむらはネミッサに冷たい目線を投げかける。その視線に気づいていないのか、舞い上がっているように説明に没頭する。ネットワークを通じ、以前接触があった人物に預けていた武器を回収し持ってきたようだ。

「この銃は結構上位の悪魔が魔晶変化したからかなり強力よ。こっちの爆弾は高いけど威力は折り紙つき、お勧めだよ。あと、鞭は使える? これは普通のよりよっぽど強力。キラキラ色も綺麗だしね。この弾丸は相手を眠らせるし、こっちは着弾すると燃え上がる。銃を使うアンタにはいいかもよ」

ほむらが制服姿のまま頭を抱えているのをお構いなしに続ける。当の本人は良かれと思っているのだろうが、余り大きな声で爆弾だの弾丸だの言わないでほしいものだが、そこには一つも気づいていないようだ。幸い、ほむらは一人暮らしであるため、家族に迷惑がかかるようなことはないのだが。

「ああ、あとさ、このスカジャンも魔力があるから、防御はいいわよ。見た目カッコ悪いけどねー。…あ」

やっと気づいてくれたのだろうと、ほむらが抗議の言葉をあげようとした。まったく、空気を読めないのは誰に似たのだろうか。

「こ、これは…、ははは…、使う?」

強力な悪魔が魔晶変化し、凄まじい魔力がこもったブラジャーを指で摘み見せる。見た目が見た目だが、そこに込められた魔力は凄まじいものがあり、我慢すれば使えないこともない、はずだが。

「…ネミッサ、正座なさい。何か、含むものがある装備ね、それ」

引きつった表情のほむらを見て気づいた。ネミッサは、地雷を踏んだのだと。

「いいじゃんアンタスタイルいいんだしさー。モデル並みのくせしてー」

「うるさい、近所迷惑だから黙りなさい」

24: 2013/01/05(土) 15:33:45.52 ID:wOPwqajX0
二章
【ともえまみ】

こっぴどくほむらに叱られたネミッサは、早速指示を出された。魔法少女としてベテランの巴マミとの接触である。この街を縄張りとする彼女はその正義感ゆえ、他の魔法少女への猜疑心が強い。そのため、魔法少女ではないネミッサに接触をさせようとした。

「んと、中学生でベテラン?」

マミが何年魔法少女を続けているか不明だが、二次性徴期の少女を指してベテランとは、どれほど生存率低いのであろうか。ネミッサは薄ら寒い思いがした。同時に微かな怒りが頭をもたげる。なぜ、少女だけが魔女と戦う羽目になるのか。戦いに精通した成人ではダメなのだろうか。

「魔法少女の素質がないと魔女を視ることができないからよ」

「素質ね……。アタシにもあるってことか」

「さぁ? 自称悪魔なら魔女くらい視られそうだけど」

「アタシも15年くらい悪魔やってるけど、あんなのみたのは初めてよ」

ほむらは怪訝そうににネミッサを見る。だが、すぐにその表情は消えた。ほむらは魔女と言うものの本質がよくわかっている。それゆえ、悪魔とは無関係のものである、という推論にすぐに達した。

「そりゃそうでしょうね」

「なんか知ってる顔ね。説明してもらえる?」

「今は関係ないわ」

こうなるとほむらは話をしないということを、ネミッサは学習したのでもう細かくを聞かないことにした。とにかくマミと仲良くなる。そして、相変わらず詳細は説明しないが、身の危険が迫るマミの身を守ること。これがネミッサの目的である。恩を売っておけば、共闘の話もしやすいだろう。というのがほむらの計算である。また、余計な不信感を与えないようにと、ほむらとの関係は伏せるとのことだ。

「そういうのナシにしても、助けてあげたいけどね。ほんとに危ないってわかってるなら」

ほむらは答えない。何か噛み締めているような表情で黙るだけだ。事情を説明できないもどかしさにしてはおかしい。

「貴女にそれがかかっているの。しっかりやってもらうわ」

ネミッサが思うこと、それはほむらが何を見ているのか、ということだ。どこか遠くを見るような諦めきった顔がネミッサには苦しい。時にそれが、人を苛立たせ対立させる要因になるだろうと漠然と感じているからだ。
また、それを良しとしている態度が気になる。要は上から目線という見方をされ、余計にこじれる原因となるだろう。
諦めたようにネミッサはため息をつく。ここは我慢だ、自分の目的のためにも。それに、たとえほむらの真意がどこにあったとしても、ネミッサは救うと決めたのだ。その道を今度こそ違えるわけにはいかない。

「わかった、やるわよ」

「当然よ」

長い髪をかき上げる。いつもやっているけれども、クセなのだろうか。さらさらと流れる髪が少しも引っかからずぱらぱらと零れ落ちる
(もー、えっらそーに。…ったく)

「ホント、いつかアンタ泣かしてやりたいわ」

「できないことは言わないほうがいいわ」

25: 2013/01/05(土) 15:34:25.69 ID:wOPwqajX0
マミはほむらが転入する同じ中学校の先輩ということなので、平日昼間はほとんど自由時間だ。魔法少女同士であれば無駄に敵愾心を煽る可能性があるとのことだが、同じ学校でバレたりしないのだろうか。
相手に信頼してもらうには嘘は良くないのではないか、というネミッサの意見をほむらは渋々取り入れ、こちらからは話さないが嘘はつかない、というようにした。
ともあれ、昼間暇なネミッサは、暇つぶしも兼ねて地理を把握するためにも街を歩く。ここ最近急に開発が進んだ街はどこも小奇麗で新しい店が多かった。服装にもほむらにダメ出しをされたので、無難な服を探すのも目的だ。幸い、顔立ちや髪の色でちょっと変わった外国人扱いされていたため、店員に見繕って貰う方法で選んだ。もっとも、ネミッサのセンスがぶっ飛びすぎて、対応した店員は大変苦労したことだろう。
結局、銀髪に似合う黒系統の服にまとめたネミッサは、街へ繰り出した。だがその表情は暗い。

(グリーフ・シードの奪い合い、かぁ)

ほむらから聞いた限りではあるが魔女の個体数に限りがあり、それから手に入るグリーフ・シードが魔法少女にとって生命線である以上、縄張り争いも珍しくないらしい。マミの猜疑心の理由の一つだ。ローティーンの生き方として、それはあまりにも惨たらしくはないか。人間並みの常識を得つつあるネミッサにとって、人間の少女の生き方として受け入れられるものではなかった。

「年頃の女の子が縄張り争いとか敵愾心とか…、アタシが知ってるアニメの魔法少女とは違うなぁ」

こう、もう少し愛と勇気が勝つストーリーだったような気がする。現実はそうはうまくいかないということか。
いや、そんなことはない。たとえ魔法少女が異形の存在であっても、人の中に生きている以上人との絆は、人との輪は、そんなに弱いものではないはずだ。

(あなたはアタシが悪魔でも一緒に生きてくれた。あなたが特別とは思いたくない。人間はもっといいもののはずだから)



ぼくがあくまでも
ともだちになってくれますか

わたしがあくまでも
すきになってくれますか


わたしがまほうしょうじょでも
わのなかにいてもいいですか

いつかまじょになってしまうとしても

26: 2013/01/05(土) 15:36:01.93 ID:wOPwqajX0
暗澹とした気分では面白くない。散策くらいは楽しくやりたい。ネミッサはウィンドウショッピングと割り切り開き直りなった。そのせいで、学校が終わる時間を過ぎたことなどまるで気づかず、街の空気を楽しんだ。幸い補導されるようなことはなかったが、身体検査をされると、魔晶変化した短銃が見つかってしまうので、ちょっと安心していた。
気づいたときには遅かったが、まさか校門の前でマミを待ち伏せするはできない。不自然すぎる。可能であれば下校中を狙い、そこで偶然を装い話しかけるのが良いだろう。幸い、マミの部屋は何度も行っているのでそこから逆に学校に向かうようにすれば、途中で行き合うだろう。それでダメなら魔女狩りのパトロール中に街に出ているからそこを探せばいい。どうせほむらの言っていた転入日はまだだ。最悪明日でもいいのだから。

などと、気楽に考えているとあっさり見かけた。運がいい、とにまりとすると、一人下校中のマミに接触した。くせっ毛なのかロールの巻いた髪と、柔和なタレ目が特徴的だ。それと、中学生とは思えない凹凸のはっきりしたスタイル。男より、むしろ女性から注目されるその胸は特筆すべきなのだろう。
なによりその母性的な雰囲気に見ていてネミッサが和んでしまう。母親なんてものを持たないにも関わらず感じてしまうのだから、相当なものなのだろう。

「あの、ごめんなさい。聞きたいことあるのだけど、いいかしら?」

「はい。何でしょうか」

「この辺りに、美味しいスイーツのお店知らない? 知っていたら、教えて?」

できる限りの笑顔でマミに近づく。ケーキ好きなのは知っている。多分あっさり教えてくれるだろう。ただ範囲を広げることで会話が繋がるのではないか、と期待してのことだ。
案の定、マミはあれこれ質問してくる。乗ってきた、というところだろう。だいたい人は自分の興味がある事の話をすると止まらない。興味が無い人にとってはうんざりする話であろうが、ネミッサにとってはそうでもなかったようで、ニコニコしながら話に応じた。甘いモノは悪魔だって好きだ。
結局、金額と折り合いをつける形でシュークリームの店を紹介してもらった。ほむらの指示がなくても、このままマミと話をしたい衝動にかられる。だが、さすがにこれ以上足を止めるほどでもない。一緒にお土産として買うところで落ち着き、同行をお願いした。
移動中、友達づきあいの話の流れになったとき、驚く様な告白が出た。マミには心を許せる友達がいない、という急なカミングアウトだ。

「へ? そうなの? すっごい社交的っぽいけどねー」

「はい、そうなんです。でもちょっと事情があって一人暮らしなので、なかなか友だちと遊ぶとかできなくて」

けれども、困っていたネミッサはほっとけないという。優しい表情だ。

「あー、やめやめ、敬語なんて使わないで、壁感じちゃう。ネミッサも愛称だし、呼び捨てでいいよ」

「うん…じゃぁ、そうするね。ネミッサでいいのね」

「いいよいいよー。アタシもマミちゃんって呼ぶからさ」

ネミッサは全く意図していなかったが、マミの弱点をついた形になった。マミは魔法少女である。でなければほむらが戦力として注目し接触を指示したりしない。友人いないことにマミ自身に問題があったわけではない。自分と秘密をわかちあう友人の不在ゆえだった。数年前、事故により否応なく魔法少女となった彼女は、戦いの師匠もないままただひたすら魔女と戦う生活を強いられた。時に失敗し、時に大怪我をし、時に撤退する。それでもほとんど一人で戦い続けた。秘密を分かち合える友人も、スレ違いの末失った。同じ魔法少女であってもそれである。秘密を共有できない一般の人との精神的な乖離はどれほどだったろうか。だからだろう、彼女は一旦受け入れたものは命を賭して守る力強さがある。まるで鬼子母神のそれである。
また、ほとんどの魔法少女と違い、マミは正義の味方を自認している。グリーフ・シードの争奪戦を繰り広げる魔法少女が多い中、グリーフ・シードを落とさない使い魔まで撃破し魔力の無駄遣いをしていた。それでも彼女にとって使い魔も人間の命を奪うのだから、正義の味方にとっては倒すべき敵だった。
ネミッサが見えなくなるまで胸の前で手を振るマミ。その優しい微笑みの裏にある影に、一抹の寂しさを感じずには居られなかった。

27: 2013/01/05(土) 15:36:36.88 ID:wOPwqajX0
「アンタも幸せになんなきゃだめだよ。マミちゃん」

次にあった時は携帯電話の番号とアドレスを交換しよう。心に誓った。ほむらの思惑なんか知るもんか。仲良くしてやる。
もう、失わない。



その日、ほむら宅にてシュークリームを出しながら報告を行う。

「接触は悪くなかったわよ。マミちゃんのカミングアウトも聞けたし、収穫は多かったんじゃないかな」

「ふぅん、なかなかね。で、白い珍獣は見なかった?」

ネミッサの差し出したシュークリームを一緒に食べながらほむらは尋ねる。難儀な人生を歩むほむらも、甘いモノはキライではないようだ。むしろ好きなのだろうか。最初は断られると思っていたのだが、すすめるまでもなく手にとったあたり、やはり一般の女子中学生程度には好きなのだろう。

「インキュベーターってやつ? うーん、見なかったなぁ。見られるとヤバイの?」

「奴が魔法少女の契約をして回るのよ、いわゆる元凶ね。甘言で契約を迫るはずだけど、取り返しのつかないことになる」

「まー、悪魔と契約するようなものね。よほど慣れてないと魂食われるあたり似てるわ」

「……どこまで知っているかわからないけれど、それを巴マミやほかの魔法少女に気取られないようにして」

「わかってるわよ。自分が怪物になるなんて知ったらどうなるかわかんないもんね」

(いったいどこまで把握しているの!?)

ネミッサの無造作な言いように顔色を変える。

「大丈夫。アタシだってそんなこと言いたくないよ。マミちゃんが可愛そうだよ」

「気を付けてほしいものね」

ネミッサの顔から明るさが消える。仏頂面のままシュークリームにかぶりついた。
生地から漏れたクリームが指につく。不作法に指を舐めながら会話を続ける当たり、ネミッサの育ちの良さがでている。ほむらが一瞬嫌そうな顔をしたが、ネミッサはあえて無視した。このあたり、お互いが反りが合わない部分である。
ネミッサにとって、願いや願望は自分の力でなすものであって、原理もわからないものにすがるつもりはさらさらなかった。一回の譲歩で無限の要求をつきつけるのが悪魔のやり口だが、人が集まる国家間においても似たようなことが起こる以上、交渉とか契約というものにはそういった側面があるのかもしれない。

「そんなことよりさ、そろそろ転入日でしょ。その日に動きがあるんだよね」

「そうね、そのためにも巴マミと仲良くなっておいて」

「アンタに言われなくても仲良くするよ。あの子いい子だもん、アンタと違って」

「……協定を破棄してもいいのだけれど」

「最悪破棄されたって、勝手にアンタのこと手助けする気だけどね」

「いったい貴女は何がしたいのよ……」

「言ったって信じてくれないよ。アタシもそのうち説明するから、それまで待ってて」

意向返しといったところか、憮然としたほむらの顔がちょっと見ものだった

「いつか泣かすから、覚悟しなさい」

「はいはい、出来るものならね」

ほむらは、同じ言葉をあっさり流す。こう何度も聞かされても迷惑でしかない。

(私は泣かないって決めたんだ)

28: 2013/01/05(土) 15:37:51.58 ID:wOPwqajX0
明朝、日が登り始めるとネミッサは活動を開始した。低血圧なのか、朝ごはんをもそもそと食べるほむらをほっといて出かける準備をする。ちなみに、ネミッサもほむらの部屋に一泊した。とは言えソファに寝っ転がっただけだが。

「転入って、明日でしょ。また今日もマミちゃんと会ってくるからね」

「……ウン」

ぼーっとするほむらの髪を撫でる。反発がないほど意識がはっきりしないのだろう。彼女はまた『いつもどおり』武器を調達する予定らしい。彼女の魔法は限定的で、実弾や重火器を持って戦う必要がある。ヘタをすると国家レベルの問題を引き起こすような方法をとるらしい。見た目によらず、大胆な少女だ。
幸い、ネミッサのお陰でほむらの武器は充実しているため、手持ちには余裕があるとのことだった。

(黙っていれば可愛いんですけどねー)

低血圧な表情で栄養補助食品と野菜ジュースで朝を済ますというのはお年ごろの女性として如何なものなのだろうか。そんな変わった少女を尻目にネミッサは部屋を出た。
今日の目的はマミだが、午前中ならば時間はある。以前天海市で知り合った知人に会いに行く予定だ。また例によってネットワーク経由で行く。時間的な移動のロスはないのが利点である。



「ん? ああ、あんたか。あの一件以来だなぁ。それと……大分見た目変わったな?」

「アタシ悪魔だもん。外見くらい変えられるわよ。けど、おっさんから連絡いってるでしょ。またお願いね」

「ツレのほうはめっきりこなくなったけどよ。イイお得意だったから覚えてるぜ」

「アンタ居なかったら10回は氏んでるもん。助かったわよ」

「嬉しいこと云うね。最近在庫ないから取り寄せになっけどよ。急がせるから欲しいののリストよこしな」

「なんか、有難い限りねー。防具は着れないから、武器と弾丸ね、はいこれ」

「代金はきっちりとるけどよ」

「少しは割り引いてよね、ケチ」

「特急料金取らないだけマシだろ」



「あら、おねえちゃま、お久しぶりね」

「うん、ってアンタわかるの?」

「わかるわ、お友達だもの。みんなもそう思ってる」

「あ、あん時はごめんね。みんな、心持ってるんだもんね」

「いいの、わかってくれたから。また、友だちになってくれるんだもの」

「うん、でね、今日はね、またお買い物がしたいの」

「わかってる。『お友達』のためでしょう?」

「……なんで知ってんのよアンタ」

「お友達だもの」

「そういうもんなの?」

「長い黒髪の素敵なお友達ね、そのうち連れてきてもらえるかしら」

「だからなんで知ってんのよ!?」

「お友達だもの」

29: 2013/01/05(土) 15:38:21.43 ID:wOPwqajX0
だいぶ買い物に時間がかかったが、荷物を(家主には大変迷惑なことに)ほむら宅に置いても、丁度放課後に間に合ったようだ。ほむらの悲鳴が聞こえてきそうだが、ネミッサは無視することに決めた。下校中の学生の中、マミを認めるとまっすぐに近寄った。数人の同級生と歩いているようだが、誘いを断るように手を振るさまが見えた。魔法少女の生活が彼女の学生らしい生活を損なっている様に思う。勿体ない。

「こんにちは、マミちゃん」

「あ、ネミッサ。こんにちは」

タレ目が更に垂れる。ほんわかした笑顔がなんとも魅力的で、ネミッサも自然に微笑む。ほむらとのやり取りでささくれた心が洗われるようだ。
昨日のシュークリームのレビューをし、にこやかに会話をする。わりとマミのレビューが辛かったのは、舌が肥えているからだろう。お菓子で釣るのは難しそうだ、ネミッサは頭の中でその方法を放棄した。そもそもお菓子に詳しくないのだから無理だが。

「今日も、何かお土産にお菓子を買うの?」

「出来ればでいいよー。毎日じゃメーワクだしね」

「ううん、いいのよ。私も楽しいし」

「でもさっきお誘い断ってなかった? 予定でもあるの?」

「あら、見てたのね でも帰りに寄るくらいなら平気だから、心配しないで」

にこやかに返す会話が心地いい。魔法少女のでなければ世話好きのこの子はきっと慕われるだろう。不憫だな、とネミッサは思わずには居られない。なんとなく行き先を決めずに、二人歩き出す。上品な歩き方、話し方からして、マミのご両親はきっとマミにとてもよい躾をしてきたことが見て取れる。

「マミ、マミ、きこえるかい? 使い魔だ」

会話のなか、マミの表情が険しくなる。ネミッサには何が起きたかわからない。戸惑うネミッサに申し訳なさそうにすると、両手を合わせ謝罪の仕草をする。

「ごめんなさいネミッサ。ちょっと用事ができたわ」

「あ、え? なになに」

返事もまたずマミが走りだす。あの柔和な顔が厳しくなり、小走りになってネミッサから離れる。いきなりなことに面食らいながらもネミッサは後を追う。ほむらから聞いていなければそのままわかれていただろう。とっさにマミの身の危険を思い出したため、追随する形になった。

(だめだよ、氏んだりしたら)

マミを追いかける。だが、本気になったマミの走力はネミッサの予想を超えていた。魔力を使い肉体を強化している走りだが、ネミッサとて並の体ではない。ぎりぎりのところで見失うことなくついていけた。

「マミちゃん、どうしたの!?」

「ネミッサ!? 危ないから離れて!」

「マミ、もう時間がない、巻き込まれる」

路地裏にいるはずだったが、周囲の景色が変わる。真っ暗な、それでいてファンシーな地獄絵図。使い魔の結界に巻き込まれた形になった。
それと同時に、マミの服装が変わる。先ほどまでの中学の制服から魔法少女の衣装に。ベレー帽にコルセット、ミニスカートが眩しい。袖やスカートの裾が膨らみ、動きに合わせてふわふわ踊る。魔法少女の衣装は、ほむらのもそうだったが、こんなに可愛いものなのだろうか。ネミッサはちょっとうらやましかった。

「ネミッサ、私から離れないで。いいわね」

早口でネミッサを制する。柔和なマミから、凛と声を張る戦士に早変わりする。力強く心優しい戦士は友達を守るために無限の力を発揮するだろう。

「うん、わかった。でもムリしないでね」

(本当に、ムリしないでね……)

30: 2013/01/05(土) 15:39:50.23 ID:wOPwqajX0
ネミッサが体験する使い魔の結界は二度目だ。結界の模様からしてこの間と同じ使い魔と判断した。

(手を出すのは簡単だけど、さて、どーしようか)

「付いてきて。絶対に離れないでね」

「うん、でさ、この動物は何?」

「僕はキュウべえだよ。君にも僕が見えるんだね」

真っ白な猫のような体に、長い垂れた耳。背中に不思議な模様があり、顔は赤いつぶらな瞳と、ネコ科のような口もと。なんとも可愛らし風貌だが、ほむらから聞いている特徴と一致する。こいつが黒幕だと。

「うん、見えるよ。可愛い…というか、ちょっとキモい。喋ってるのに口動かないって、ヘン」

「…あの、私のお友達なのだけど」

「あ、ごめん! ちょっとびっくりしたの、ごめんなさい」

「ふふ、いいのよ。キュウべえも許してあげてね」

「いいよ、僕は気にしないから」

そんな会話をしながら、二人と一匹は歩き出す。やや緊張感がないのは相手が魔女そのものではないためだ。マミも言葉を交わしながら、周囲を警戒する。
その中、おひげハサミの使い魔が現れる。だが、それは誰のそばに近づくこともなく、マミがいつの間にか取り出したマスケットの鮮やかな一発で沈む。魔法で創りだしたマスケット。一発一発使い捨てのため、一見効率が悪いように見えるが、ネミッサには何となく分かる。長い銃身は命中率を高めるため。使い捨てなのは簡単な作りにすることで作成を容易に素早くするため。といったところか。帽子やスカート、袖から銃を創りだすのはイメージを容易にする演出だろう。なかなか考えられた形だ。さすがはベテラン、といったところだろうか。
マスケット一発につき一体という効率の良い戦いを続ける。

「あと一、二体だと思う。びっくりしたでしょ。あとで事情説明するからね」

「ううん、大丈夫。ごめんね、巻き込まないように何も言わず走ったんでしょ」

「ええ、そうなの。まさかついてくるとは思わなかったけど」

「心配だったからね。逆にメーワクかけちゃったけどさ」

「ふふっ、ありがとう。いいのよ。友達を守るのも、魔法少女の使命だもの」

(ああ、この子は本当にいい子なんだなぁ……いい子過ぎて、切なくなる)

こんないい子が、魔法少女の真実を知ってしまったらどうなるのだろうか


マミの一撃が最後の一体を撃ち倒すと、満面の笑みで振り返った。ネミッサが危ないなんてこともなかったが、心配そうな顔で覗きこむ。ケガがないことを確認している。その柔和な顔に、ネミッサは泣きたくなった。こんないい子がこんな苛烈で残酷な運命に巻き込まれなくてはならないのか。彼女はどんな祈りで魔法少女になったのか。そして、彼女に命の危険が迫っているらしい事が、怖かった。

「怖かったよね。もう平気。安心して」

ネミッサの泣きそうな顔をマミは誤解したのか、もっと優しい表情と声でネミッサに接する。

(やめて、そんな優しい顔をしないで、こんな地獄の底で。マミちゃんは気づいていないの? あなたの地獄に)

「ち、違うの……、あんな戦いとか怖いことしてるのに、まっさきにアタシの心配してるマミちゃん見てると、なんか泣けてきて……」

「平気よ。友達のことを守るためだもの。それに、あなたはわかってくれたじゃない。本当の意味で、お友達になってくれたんだと思うの。ありがとう、ネミッサ」

「それだけじゃだめだよ」

突然のネミッサの反応に驚くマミ。

「アタシも協力したい! アタシにも何かできること、ない?」

ほむらの意思とはかかわりなく、ネミッサは吠える。マミが思わずたじろぐほどの剣幕だということに、本人は気付きもしない。
それを待っていたようにQBは言葉を紡ぐ。どうやらテレパシーでネミッサに声を伝えているようだ。

「それなら……僕と契約して、魔法少女になってよ」

31: 2013/01/05(土) 15:40:24.29 ID:wOPwqajX0
ネミッサには合点がいった。こいつが悪名高き「QB」のやり方だった。ただ、気になるのは今回ネミッサにこの白い珍獣が見える……即ち魔法少女になれるといった点だ。

「おかしいなぁ、前は見えたりしなかったのに」

ネミッサのつぶやきに小首を傾げるQB。だが、契約を急くことを良しとしないのか、マミが間に入る。最初の大事な説明がなされていない。順を追って説明すべきだと諭した。

「君の願いを叶える代わりに魔法少女になって、魔女と戦って欲しいんだ。さっきのは魔女の使い魔でね」

「こぉら、慌てる男の子はきらわれちゃうわよ」

「僕に性別はないよ」

「いいの、キュゥべえは男の子よ」

高ぶった気持ちがあったのに、出鼻をくじかれた形になったネミッサが心の中で愚痴る。ほむらが嫌がるのも何となく分かる気がした。たしか、こいつらには感情らしいものがないと聞いている。だが、嘘をつけないという特性も聞いている。それを把握した上でこいつと対応する必要がある。

(ああ、あなたは得意だったっけなぁ…真似できるかな…無理かな。アタシバカだもんなぁ)

「あのさ、魔法少女の説明は落ち着いた所でお願いしてイイ? それに、それ以外の協力もできると思うのよ」

「そうだね、僕としても無理強いもせかすこともしない。説明を聞いた上で決めるといい。」

しかし、ネミッサにはひとつの懸念がある。それは自分が素質があるとはいえ悪魔だということだ。悪魔も素質を持つものが現れるのだろうか。契約したはいいが、魔法少女になれずにおかしなことにならないだろうか。また、キュゥべえの真意が真意なだけに、安易に契約するのは避けるべきだ。少なくとも、『彼』はそんな安易な契約はしないだろう。
ただし、マミに『魔法少女の真実』すべてを知られるのは細心の注意を払うべきだ。それを知られると大変なことになる。今は契約を先延ばしにし、マミのいない場所でQBへ問いただす。方針を決めると少し気が楽になった。

「マミちゃんに色々話が聞きたい。アタシの願いってのはすぐ思いつかないし。取り敢えずマミちゃんの力になりたいの。言い方変だけど、後方支援って感じかな?」

戦い続けるために、戦う人数以上の後方支援が必要だということはネミッサも天海市で学んだ。

「どんな願いだって叶えられるんだ。じっくり考えて欲しいな」

「もう、キュゥべえ。ネミッサの好意を受けられるんだから、まずそこで感謝しましょう?」

「ほっっんと、マミちゃんって優しいね。そういう子だから手伝いたくなるんだよね」

「ふふっ、ありがとう。でも、無理しなくていいから。お友達ができただけでも嬉しいんだから」

またネミッサは泣きたくなった。この子は守りたい。






今度こそ。

32: 2013/01/05(土) 15:41:37.70 ID:wOPwqajX0
そして、運命が流転する。
翌日のほむらの転入。マミと鹿目まどかと美樹さやかの接触。詳しくは聞かなかったが、あまり良い接触にはならなかったようだ。いつもと変わらぬ無表情のほむらが暗く見えるのは、見間違えではなかった。押し頃したような声でネミッサを追い出した。ネミッサは泣いているものだと思ったが、どうやら歯を食いしばり悔しさをこらえているようだった。その状態でも涙一つ流さない姿に肩を抱いてあげたくなるほどだった。だが、それをほむらは求めない。欲しがらない。ただひとつ、自分の望むもののため自分すら偽っているのだから。
おさげ髪の眼鏡をかけた少女は泣いていた。ただはらはらと涙を流すほむらの幻が、ネミッサには見えた。

「涙に逃げないホムラちゃんの代わりにアンタが泣いてるのね。どれだけ強いの。何がそこまでさせるの?」



「魔法少女体験ツアー?」

鸚鵡返しに返事をする。我ながらアホみたいだと、ネミッサは自嘲した。連絡を受け呼び出されると二人の少女に引き会わされた。マミに後輩だと紹介された二人の少女の前で。二人には「長期滞在で観光してる変な外国人」的説明しをしてもらった。というか、マミにもそれに類する話をしていたので特に食い違うことはなかった。銀髪が珍しいのか二人には遠慮無くいじられた。まあ、いつものことだ。
あのあと、マミとQBから説明を受け、魔法少女について詳しく知った。ほむらから詳しく聞いていない部分を聞いた形だ。ネミッサ自身に魔法少女になるに関心が薄かったため、あまり問いださなかったせいだろう。三人には話せない本質的な『魔法少女の真実』について聞かされただけだ。
魔法少女は魔力をもって魔女と戦うものだということ。ソウルジェムという宝石がその魔力の源だということ。その宝石が魔力を使うごとに濁ること。その濁りを取るために魔女からグリーフ・シードを手に入れないといけないこと。そして、肝心なことを説明されなかったことも。二人も、同じ内容の説明をされていた。
二人は…いや、三人とも気づいているだろうか。魔女のグリーフ・シードとソウルジェム、『似通った性質のもの』だからこそ穢れが移せるということを。そしてそれがどういう意味をもつかを。

「ええ、魔女や使い魔と戦うことがどういうことか知っておいたほうがいいと思うの。だから、ね」

「危なくない? アタシ、正直荒事は自信あるよ。けど、この子たちはフツーの子でしょ。大丈夫?」

「ええ、私が責任をもって守るわ。もちろん、ネミッサのこともね」

自分のカミングアウトのタイミングをすっかり逃したのが痛い。マミはまだネミッサを守るべき友人と捉え、守るつもりでいる。ツインテールの少女の鹿目まどかは心配そうな顔で、ネミッサと同じ髪型の元気な少女の美樹さやかは憧れに目を輝かせて話を聞いている。どうやらほむらが接触した際に、魔法少女の戦いを見てさやかのほうは感激してしまった。一方のまどかも憧れに近いものがあるが、どこか乗り気ではないのが見て取れた。ほむらの警告が効いているのだろう。昨日今日知り合った転校生の警告がなぜ効果があるのか、それが奇妙だった。

「でも、ほむらちゃんは反対してたよ、いいのかな」

「アタシも正直危ないと思う。攻めと守りを一人でやるのは忙しくなるよ。忙しくなるとどちらかが疎かになる」

「そうね、でも私もベテランだもの。鹿目さんも、美樹さんも、ネミッサも守り切る」

強い決意。それは事実を述べた以上に、宣誓の如きものだった。守り切るという誓いを立てたわけだ。その誓いをネミッサは美しいと思う。だが、それを貫かれるわけにはいかない。気高いマミの発言であるからこそ、向き合い戦わくてはならない。マミの誇り高い誓いと戦う。

「そんな宣言意味ないわ」

一瞬、マミの瞳が揺れる。驚きと、困惑、そして……。

「私が信じられないっていうのね」

33: 2013/01/05(土) 15:43:12.97 ID:wOPwqajX0
二人の間でおろおろするさやかとまどか。ネミッサの双眸が吊り上ったからだ。まるで喧嘩腰である。優しげなマミに対してする態度ではない。それだけ彼女がマミに対して真剣に向き合っているということだが、少女の二人にわかるわけがない

「全員が危なくなった時、マミちゃんなら私達を守ると思うのは疑ってないよ。でも、そのとき自分を守らないよねマミちゃんは。そうしたら、二人を誰が守るの?」

全員の言葉が詰まる。全員が全員、その予感がしたからだ。そうしかねない、そうなりかねない、マミの正義感は恐らくそうするだろうと。マミ自身がそう思うくらいだ。それは平時では美徳であるが、戦いの時は正しいとはいえない。特に、魔法少女を魔女の結界内で失うことは即ち全滅に繋がる。だから時に、自分の身を守り三人のうち誰かを見捨てる必要がでてくる。ネミッサはそう言っているのだ。誰を助けて、誰を見捨てるか。相棒はそれをきちんとわきまえていたように思う。時に冷酷にさえ見える行動は、全滅を防ぎ、目的を達成するための必要な選択なのだから。

「ごめんね、嫌なこと言って。でも、マミちゃん絶対無理しちゃうから、怖いんだ。優しいから、とっさの時に自分を顧みなくなりそうで、怖いんだ。足手まといには、なりたくないよ」

マミは気づいた。先のネミッサの泣きそうな顔の真意に。ネミッサはマミを心底心配している。それは、まどかとさやかからは感じ取れないものだ。二人が憧れを持っているが、そのためにマミを心配する思いは薄い。それをマミは読み取った。

「そうだ! ほむらちゃんにも協力してもらおうよ!?」

「だが、彼女は得体が知れない。マミのグリーフ・シードや縄張りを狙ってる可能性がある」

警告を発するQBに、ネミッサは心のなかで毒づく。何を云うんだ。手管を知ってるせいか腹の中で苛立った。可能性を言ったらキリがない。その中で、高い可能性のものと、危険が一番大きいものに対応すべきだ。少なくとも彼はそういう戦い方をしていた。すべての可能性に注意を払っていては、リソースがいくらあっても足りない。

(こいつは目的を持ってミスリードを狙っている)

確信に変わった。絶対にここは引けない。負ける訳にはいかない。ほむらのためにも、マミのためにも、魔法少女候補生のためにも。

「私も転校生はちょっと信用出来ない。同じ魔法少女なら、マミさんのほうがよっぽど信用出来る」

この子も厄介だ。自分の正義感に真っ直ぐすぎる。ある種の思い込みが強い。恐らくマミの華麗な戦いとQBに感化されている。そして、QBのミスリードに気づかず乗っている。危ない。個人としては大変魅力的ではあるが、それが時に思いもよらぬ方向に引っ張られる。それがネミッサには怖い。

「可能性でいったら、アタシはどうするの? その”暁美ちゃん”の手下かもしれないよ?」

敢えて逆のことを言う。こんなことを言うと逆に疑われる可能性もあるが、まだここにいる誰も、ネミッサとほむらの接触は知らないはずだ。ただでさえほむらが接触して昨日の今日である。調べられる可能性は薄い。

「疑い出したらキリがないわ。私はネミッサは信じる。暁美さんは信じられない。それだけよ」

「……アタシが『悪魔』だ、って言っても?」

タイミングも悪かったのだろう。一瞬の間ののち、皆の笑いが出る。ユーモアと取られ、三人にクスクス笑われた。ネミッサは意を決して告白したのにもかかわらず、だ。今更ながら、人を説得すること、信じられない事実を信じてもらうことの難しさを痛感した。それをほむらは何度も行い何度もしくじって来たのだろう。冷めたような、厭世的になってもしかたのないことと言えた。

「悪魔でもなんでもいいわ。でも、私が信じるネミッサが『止めて』というなら、止めた方がいいかもね」

「マミさん!」

二人が全く逆の思惑で声を上げる。まどかはホッとした顔で、さやかは驚いた顔で。
ネミッサはかろうじて勝てた。ほっと、胸をなでおろした。

(信じてくれてありがとう、マミちゃん。今度は、もっと仲良くなれるよね)

QBはいつの間にか姿を消していた。

34: 2013/01/05(土) 15:45:03.94 ID:wOPwqajX0
「ごめんね、折角のツアーおじゃんにして」

マミの部屋からの帰り道、ネミッサは二人に謝罪した。

「んー、最初は気に入らなかったけどさ、いいよべつに」

さやかはもう切り替えていたようだ。ネミッサの心配がマミに向かっていることを彼女なりに察していた。

「私も気にしてないよ」

まどかのほうは元々乗り気ではなかったらしい。ほむらの釘が気になる、という程度ではあるが、魔法少女になることに不安があるようだった。
イベントをダメにされたことをあまり気にしていないようで、申し訳なく思っていたネミッサは安堵した。また、ほむらの指示の前に二人に接触できたことは僥倖だった。折角なので仲良くしておこう。ほむらのためにもなるだろうという打算もないわけではないが、ネミッサ個人が二人を可愛いと思っていた。まどかはマスコットみたいで可愛い。逆にさやかはボーイッシュで可愛い。

(きっと魔法少女になるには可愛くないとだめなんだ、きっと)

自分の素質を棚に上げてそんなことを思う。

「正直さ-、自分の人生と引換に叶える願いってなかなか思いつかないよ。マミさんを
手伝えないのは、シャクだけど」

「アタシもそう、マミちゃんに誘われては居るんだけどね」

そんななか、言葉少なにいるまどかは、ずっと思案顔だ。最初は二人ともまどかが願い事について考えているものと思っていた。けれども、二人の話題が願い事になっても会話に参加しない。

「マドカちゃん? どったの?」

「…………」

「まどかぁ?」

さやかの声にやっと反応する。心ここにあらず、をそのまま地で行ったような反応に二人は困惑した。

「ご、ごめんね、考え事してて……」

「まどからしくないぞー、どーしたのさ」

「うん、ほむらちゃんが契約をさせないようにしてたのって、なんでかなって」

「キュゥべえが言ってたじゃん。グリーフ・シード独り占めしたいためだって」

「うん、でも…本当にそれだけなのかな? ほむらちゃんがそんなにわるものに見えないから」

ネミッサが虚実交えてほむらを擁護することはできる。だが嘘は暴かれた時脆い。そもそもほむらの最終目的が判然としないのだから、擁護しようがない。だが、彼女が悪意を持って彼女たちに接していないのはこれまでの行動で理解できている。

「キュゥべえは嘘をつかない。だけどホントのこと全てを言うわけじゃない。そういう詐欺師もいるよ」

ネミッサはあえてキツい言い方を使った。本当は悪魔と言いたかったが、伝わりづらいのでやめた。

「マミさんたちがが私たちを騙そうとしてるっていうの!?」

正義感のさやかは語気が荒くなる。その真っ直ぐな心根は美しく、時に危ない。

35: 2013/01/05(土) 15:46:05.41 ID:wOPwqajX0
「まってさやかちゃん。ネミッサちゃんは……」

「マミさんも騙されてるとしたら?」

ネミッサの視点に、さやかは言葉に詰まる。まどかも自分の心を言葉できず、混乱している。

「暁美ちゃんが悪者の確率が1%でも可能性はあるって言える。それは嘘じゃない。嘘じゃないってだけで、ホントのこと全てじゃない」

二人がネミッサの思考についていけるわけもなく、困惑している。修羅場をくぐり、彼の交渉を見つめ続けたネミッサだからこその言葉であり、思考である。生半可な中学生が及ぶ思考ではなかった。

「ネミッサ、アンタ一体何者?」

「だから言ってるじゃん……、悪魔だって。悪魔も『嘘をつかない』って方法で人を騙すことがあるんだ」

「ホントにぃ?」

「そうよ、経験者は語るってやつね」

「そうじゃなくてー、アンタほんとに悪魔なの?」

今度はネミッサが困惑する番だ。勢いでカミングアウトしたが、まさか真に受けるとは思っていなかった。確かに信じてもらえるなら、それはそれで助かるのではあるが……。なので、どうしていいかちっとも名案が浮かばなかった。実際に魔法でも使えばいいのだろうか。

「信じられる?」

「魔法少女ってのがあるなら悪魔もおかしくないかなぁ、くらいには思うよ」

「私は、ネミッサちゃんが嘘ついてるようには思えない、から……かな」

(嬉しいことを言ってくれるなぁ、マドカちゃんは)

「証拠を見せるよ。取り敢えず……」

バチバチと掌に電気の玉を作る。お髭の使い魔を一撃で倒したものよりずっと弱い。でなければ携帯電話あたりがお釈迦になるだろう。魔法少女になっていないのはQBの発言で裏がとれている。その状態でこんな手品を行うことで、少なくとも一般の戦うすべを持たない少女とは違うことがアピールできるはずだ。ちょっと得意げに見せつける。

「どう、フツーの人にこんなことできないよねー。あ、触ると危ないよ」

「う、うん、こんなことあるんだね……」

「悪魔かどうかは別にして、こういう力はあるんだよ。アタシはこれでマミちゃんを助ける」

「な、なんで?」

「アタシと初めて友達になってくれたのは人間の相棒なの。そいつはアタシと一緒に生きてくれた。だからアタシも人間と一緒に生きたい。人間の友達がほしい。だから」

どこか遠くを見つめるネミッサに、二人は掛ける言葉を探したが見つからなかった。なんとなくだが、その言葉が事実であることを嗅ぎとったからでもある。


ちなみに、ネミッサが持て余した電気の玉を適当なところに放り投げたら、非常に大きな音がしたため三人は慌ててその場を立ち去った。

36: 2013/01/05(土) 15:47:01.92 ID:wOPwqajX0
ネットワーク潜入体験ツアー、天海市観光。
魔法少女候補生二人を連れて、ネミッサのツアーが始まる。つい先ほどあったにしてはずいぶん信頼されたものだが、ネミッサは上機嫌となっていて、そのあたりに気づいていない。ネミッサにしても二人が気に入ってしまったのでお構いなしだ。
二人がこうしてネミッサの発言を受けいれているのは、非日常が多すぎて混乱しているからだ。魔法少女、魔女、キュゥべえ、そして悪魔。一度にいろいろありすぎて処理がうまくいっていない。それでもネミッサ自身を受け入れたのは、マミへの心配が本気だと理解できたから。
契約の件ではまどかは消極的。さやかは比較的意欲を見せるが、それでもまだ揺れている。マミの手伝いをしたいというさやかの気持ち、それをネミッサが契約をしないまま直接手伝うようであれば無理な契約には至らないはずだ。それでなくても、平和に平凡に生きる人が無理に頃し合いに参加することはない。そういう荒事はそこに元々いる人か、そこに止む無く戦わざるをえない人以外するものではない。幸い、二人はまだ引き返せる。引き返させてみせる。



移動にはまどかの家のテレビを使った。地デジ対応であればパソコンである必要もない。むしろ現在ではあちこちにあるので移動には楽だ。
二人に外履きを持たせ、居間のテレビの前に起つ。不安げな二人の手を取り、にこやかに微笑む。安心させるためだ。

「だーいじょうぶ。二人にもアタシにも危険はないから」

「へへ、でもどきどきしてる。どうなるんだろう?」

「まどかは変なところで度胸あるからねー。私も平気だよ」

「んじゃしゅっぱーつ」

三人の体が光りに包まれ、光そのものになると、球体に形を変える。一度ふわりと天井まで上がると大きく円を描くようにテレビ画面に飛び込んだ。
情報のトラフィックが流星のように光り流れる電脳世界に三人はいた。傍目から見れば全身が光り輝いて見えるだろう。さやかは青、まどかは桜色。

「なんだかへんな気分だね」

「こう、体が軽いというか、重さがないというか」

「ほとんど魂だけの状態だからね。気持ちが不安定になると維持しにくいから、気をつけて」

「うへ、そんなこといまさら言わないでよ」

「へーきへーき、最悪手を離さなければ問題無いって」

そんな気楽な会話を続けながら、一つの窓に近づく。

「外、でるよ。気を楽にねー」

ネットワークから出た三人は、その足でホテルに向かう。全く別の街に転移したことに驚きを隠せないまどかとさやかはキョロキョロし続けている。

『情報環境モデル都市』として15年ほど前に開発が行われた天海市。都市全体をネットワークで結び、各家庭にパソコンを常備することで、行政を含めたあらゆるサービスがネットワーク上でやり取りが出来ることを目的とした開発だ。多くの人の関心を集め、国や自治体、大企業を巻き込み進められた開発だったが、これには裏があった。ネットワークを介しアクセスした人々の魂を集める目的で、エグリゴリの大悪魔が主体となって活動を行なっていたのだ。これに成功すれば日本中、世界中の魂を一箇所に集めることができるシステムが出来上がる。その根幹にあったのがマニトゥと呼ばれる。ネイティブ・アメリカン土着の精霊、異界の魂であった。
だが、ネイティブ・アメリカンの戦士レッドマンが氏後も魂となって、マニトゥを見守っていた。無差別に魂を集めるマニトゥの危険性をいち早く察した彼は、ある行動をとった。本来氏の概念を持たないマニトゥから分離し人間の間を生きることで「生と氏」を学ぶネミッサを生み出した。
それがマニトゥに「氏」を伝え、マニトゥは滅びその計画は壊滅した。そのときネミッサとともに戦ったのが若きサマナーと、スプーキーズというハッカー集団だった。そしてその戦いは、大きな犠牲を払いつつもネミッサたちの勝利に終わった。
結果、計画していた大幹部たちの撃破され、マニトゥは消滅し計画は壊滅。それに伴い、主導をしていた企業も倒産した。そのため、天海市は人口が大きく減り、ゴーストタウンの様相を呈するようになった。ただ、それが今では人口が戻りつつあるようで、それなりの活気は戻っていた。
多少端折つつも、二人に説明を行った。自治体を巻き込んだ陰謀に二人はすっかり驚いて信じられないようだが、ネミッサがそんな途方も無い嘘をつく理由がない。

「なんか、魔女より悪魔のほうがあぶないんじゃないかな」

「組織立って動くから、規模はどうしても大きくなるね。でも、ちゃんとそういうのに対抗する組織ってのもあるから」

「なんか、身近に悪魔がいるほうが怖いよ」

「へーきへーき、んなことより交通事故に気をつけて。そっちのほうがよっぽど確率高いよ」

そんな論法で話を締めくくった。確率統計の話でまとめても中学生にしても納得できるはずがなかった。怖いものは怖いのだ。

37: 2013/01/05(土) 15:49:55.40 ID:wOPwqajX0
その港に停泊しているのは「ホテル業魔殿」と銘打たれた豪華客船だった。
ネミッサはともかく、中学生の二人は完全に気遅れている。初めて見るものにすっかり驚いていた。そんな二人の背中を押しつつ、気後れ一つせずネミッサがホテルに導く。見上げるほどの船体。その豪華客船全てがホテルとなっているという、まどかやさやかには想像もつかない世界である。お嬢様として名高い友人の志筑仁美、彼女の世界に近い。

「こんちはー、メアリ、いる?」

豪華なロビーにあっけにとられる二人をほったらかして、気さくにフロントに話しかける。そこにいたメイドは無表情で応じる。

「ヒト……ネミッサ様、こんにちは。まだヴィクトル様に御用ですか」

「ああ、うん。アタシの相棒が預けたものを返して欲しくて、ね」

「かしこまりました。お二人のどちらかが希望されたら速やかに返却するよう申し付かっております」

「ありがとうね。あ、それとできればあそこの二人にお茶とかお願いしていい?」

「かしこまりました。ご友人ですか?」

「うん、アンタの他に、新しい大事な友人ができたよ」

「私もですか、ありがとうございます。では、早速準備いたします」

豪華な受付に気軽に対応するネミッサにあっけにとられているようだ。生半可な社会人とて利用する機会が少ない豪華客船である。普通の中学生がおいそれと来るようなところではない。当然の反応だった。
話を終わらせ、ロビーのソファーに三人腰掛けると、しばらくしてからメアリが紅茶を出してきた。

「只今お持ちいたします。その間、こちらをご賞味ください」

「あ、ありがとう、ございます……」

「なーにかしこまってんのよ。メアリ、慌てないでいいからね?」

「畏まりました。では、ごゆっくり」

丁寧なおじぎをすると綺麗な姿勢のまま下がる。

「すっごいところに知り合い居るねー、びっくりしちゃった」

「悪魔だから、なのかな?」

「んー、悪魔と人脈はちょっと関係ないけど、一応信じてもらえた?」

「ネットワークに入れた時点で信じざるをえないよ」

38: 2013/01/05(土) 15:50:33.22 ID:wOPwqajX0
ちょっと得意げなネミッサに苦笑いの二人。豪華なティーカップの価値がわからないのか、ネミッサはぞんざいに扱っている。一方で中学生二人はカップを割らないようガチガチに緊張してしまっていた。
とその背後に、重そうな荷物を持つメアリが近づく。まどかは近づいてから気づいたが、メアリの肌が透き通るほど白く、その虹彩が赤いように見えた。いわゆるアルビノというものだろうか。アルビノという単語そのものを知らずにまどかはそんなことを思った。

「なんか、すんごい美人だよね、メアリさん」

「さやかちゃん、失礼だよ」

「ありがとうございます、えっと……」

「ああ、こっちの子がサヤカちゃん、んでこっちがマドカちゃん」

「さやか様、まどか様、はじめまして。メイドのメアリと申します。以後お見知りおきください」

「あー、んな堅い挨拶なんかいいからさ、持ってきてくれた?」

「こちらでございます。ヴィクトル様はこちらに興味を持たれておりませんでしたので、不在ではありましたがそのままお持ちしてよいとのことです」

「ん、ありがと。メンドーかけて悪いね」

「いいえ、大切な友人のお願いですから」

「嬉しいこと云うわね、ありがと」

「どういたしまして。私は所用がありますのでお茶にお付き合いできませんが、ごゆっくりどうぞ」

ジェラルミンのような頑丈なケースに入れられたそれを受け取る。その物々しさがネミッサに似つかわしくない。
お茶はかなり良い物で出し方も申し分ないはずなのだが、まどかは緊張で味を覚えていないという。勿体無い。飲み終って豪華なロビーから退出するとネミッサは二人に向き合う。

「ま、こんなもん、他にもいろいろあるけれど、二人にはちょっと濃すぎてねー」

「ここでも十分すごいよネミッサちゃん」

「ま、帰ろうよ。私は疑わないよ。雷も扱うんだし、なんか武器もあったでしょ」

「うん、この辺りのお店でね、手に入るのよ。普通の人は買えないけどそこでね」

「……マミさんのこと、お願いね?」

不安そうなさやかの顔と声。真摯にネミッサに向き合う。心底心配していることが見て取れる。真っ直ぐな瞳は、ネミッサには眩しい。彼女も魔法少女の素質があるということだが、ネミッサにはその日本刀のようなさやかの心に不安を持たずにいられなかった。

「大丈夫、任せて。アタシにも力があるんだ。この両手に入るモノは守るよ!」

ぎゅっと、2人の肩を抱きしめる。この中にマミもほむらも入れたい、そう思いながら。



(リーダー、見ててね。今度は失敗しないからさ)

39: 2013/01/05(土) 15:52:48.49 ID:wOPwqajX0
二人を無事に送った後、託された思いを持ってネミッサはほむら宅へ移動する。今日の報告をするためだ。自然に動く足のまま、ふらふら漫然と歩く。歩いた道筋すら忘れるほど気ままに。まどか、さやかと仲良くなれたことで非常に機嫌が良くなっている。だから、ほむらの気持ちを考えずその勢いで訪ねてしまった。
ちゃんとチャイムを鳴らすまでは良かった。だが、ほむらが出迎えた時、挨拶もそこそこに話しかけたのがまずかった。

「ホムラちゃん、今日はマドカちゃんとサヤカちゃんと接触できたよ。なかなかうまく行っ……」

表情がいつも異常に硬い。そして目に苛立ちが映る。その色に、ネミッサは言葉が続けられなかった。
ネミッサはハッキリ聞いていなかったが、ほむらは想い人との接触に失敗していた。そこに、あろうことかその想い人と接触がうまく行ったことを伝えたところで、ほむらが冷静に対応出来るわけがない。たとえクールに見えても、ほむらはまだ中学生。心のコントロールが必ずしもうまくいくとは限らない。

「ご、ごめん」

「何を謝っているの?」

「い、いや、わかんないけど、ごめん」

「今度は巴マミの危機が迫っている。それに対応して頂戴」

ネミッサとしてもほむらの気持ちがわからないでもない。しかし、そこはネミッサも大人とはいえない。申し訳ない気持ちもあったが、だんだん上から目線のほむらに苛立ちを感じてきた。

「で、アンタは来ないの?」

「いくわ、当たり前でしょう」

「安心したわ。マミちゃんのことどうでもいいかと思ってたから」

ネミッサの嫌味にほむらが勘付く。頬が軽く引きつるが努めてクールに対応する。

「どうでもいいなら、助けて欲しいなんて云うわけがない」

語気が少し荒くなる。ほむらの真意や思い、マミとの関係をネミッサはあまり知らない。故にネミッサはマミやさやかへの淡白な対応が気に入らない。ほむらの冷めた斜に構えた態度に図らずも爆発した形になった。

「私が信用ならないなら、同行しなくても構わない。美樹さやかに付いていって頂戴」

「マミちゃんじゃないの?」

「……魔女とは病院で戦うことになる。最初に発見するのは美樹さやかよ」

「詳しいのね」

「統計よ」

「ハズレないといいけどね」

「棘があるわね」

「気のせいよ」

この小さなスレ違いが、マミ救出作戦の詰めを甘くすることになるのだが、二人は気づかない。

40: 2013/01/05(土) 15:54:31.14 ID:wOPwqajX0
翌日、下校する二人を捕まえに、ネミッサは行動を開始した。にこやかに挨拶を交わす。
今日はさやかの幼馴染へお見舞いにいくという。ネミッサもそれに同行を申し出た。表向きはただの付き添いだが、実際には護衛だ。病院に魔女が現れることがわかっている以上、それをさやかが発見する以上、そばを離れる訳にはいかない。
さすがに病室に行くのは面識のある二人だけ、とおもいきや、お見舞い自体はさやかだけだった。まどかはさやかの幼馴染への恋心を理解しており、気を利かせたつもりだった。個室の前、廊下のベンチで二人腰掛けながら雑談を交わす。

「上条くんはね、バイオリンが凄く上手なんだけど、その左手を怪我しちゃったの」

バイオリンの名手が左手を失う意味を考え、まどかは語る言葉を躊躇う。
消毒液の臭いが苦手なネミッサはちょっと落ち着かない風だが、まどかの話に興味を持った。一瞬、ヴァイオリンを弾く魔人が頭をよぎったネミッサは落ち着かないふりをして頭を振る。閑話休題。

「ひょっとして、よ。サヤカちゃんの魔法少女のお願い、ってそれ?」

「う、うん……ハッキリそうだと言ったわけじゃないけど……」

さすがのネミッサの持論もそれには困った。願いは自分で成すものだが、他人の体についてはそれを自分で成す訳にはいかない。ましてや現代医学でも治らないとなれば、やはり奇跡に縋りたくもなるものだ。

「ね? ネミッサちゃんでも無理?」

「ん……多分無理ね。一応医療の神様っていうのはいないわけじゃないけど……、サヤカちゃんの命と引き換えになるなら紹介はできないよ。それに、ツテもないしね」

まどかの小さなため息に、心が痛む。悪魔とはいえなんて自分は無力なのだろう。そして、それをさやかはもっと感じているだろう。あの真っ直ぐな心は、何かのきっかけがあればどこかに転がっていくだろう。ネミッサには恐怖だった。
そんな会話のさなか、当のさやかが帰ってきた。心なしか、表情が暗い。そして、そういえば……。

「あれ、さやかちゃん、いいの?」

時間が早いのではないか、という意味だ。まどかは時折付き合ってお見舞いにいくことがある。それに比べたら、ということなのだが。

「うん、なんか会えなかった」

照れ笑いでごまかすが、会えないにしては時間が長すぎ、会えたにしては短すぎる。何かトラブルがあったことはネミッサにも想像がついたが、切り出す事はできなかった。
病院からでて、駐輪場のわきを通る帰り道。皆一様に言葉少なだった。そんな中さやかが自分の視線の端にあるものに気づいた。壁に突き刺さるように、宝石に似た装飾品が光る。

「あ、あれなに?」

「グリーフ・シードだ」

急に現れたQBが声を上げる。不穏な空気にネミッサとまどかがさやかに近寄る。この珍獣はいつの間にここにいたのだろう。さやかのそばにいた? それともまどかか、ネミッサか?

(孵卵器……シード。種……卵……孵す……。……まさか、こいつが!)

嫌な想像が頭をよぎる。マミの氏地に魔女の卵と孵卵器が同時にある意味に、背筋が凍り付く。そして鎌首をもたげる怒り。だがそれをここでこいつにぶつけるのは得策ではない。今はマミの救出にリソースを全て投入するべきだし、ネミッサもそうしたかった。こいつの始末はあとだ。

「今にも孵化する。ここから離れた方がいい」

「処分できないの?」

「僕にも無理だ。孵化は止められない」

病院という場所柄、人の負の感情が集まる。グリーフ・シードというものは周囲のそれを集める特性があり、それが孵化寸前まで溜まっているらしい。そして、病院でそんなことが起きれば、魔女は医療従事者や患者、その家族に牙をむくだろう。慌てて電話をかけるまどか。だが呼び出し音だけでマミに連絡ができない。

「マミさんに教えないと!」

焦るまどか。一方のさやかはそれよりも若干冷静に行動を起こす。だが、その行動が評価できることとは限らない。

「私、ここでグリーフ・シードを見張る」

これには二人も唖然とする。それは結界内に一人で残ると云う意味だ。こうなるとこの子はテコでも動かない。それに気づいたネミッサは、同時にほむらの指示の真意に気づいた。ほむらはこのことを言っていたのだと。となればネミッサの次の行動は一つだ。意を決しネミッサも宣言する。

「アタシも見張る。いいよね、サヤカちゃん」

「うん、ネミッサがいるなら平気」

「まどかはマミさんに連絡し続けて!」

結界内では携帯は恐らく使えない。まどかのみが結界の範囲外にでて、マミへの連絡を行う。それはまどかだけ安全なところに逃げることと解釈したためか、まどかが躊躇う。

「お願い、マドカちゃん。マミちゃんが来たら、急いでここに連れてきて。アタシが絶対、サヤカちゃんを守るから!」

逡巡ののち、まどかは決心をして病院外に走り出す。そこに残ったのはさやかと、ネミッサ、そしてQB。

「さやか。最悪の場合、僕も契約の準備がある。魔法少女となって戦ってくれ」

ネミッサは本気でQBを感電氏させようかと思った。この期に及んでこいつは契約のことしか無いのか。しかも自身の命と引き替えに。最悪のセールストークに吐き気すら覚える。最も邪悪なものは、善良な無知に付け込むことだという。こいつはさやかへ重要な説明を隠すことで無知を作り、そこに付け込んでいる。
いつかこいつを排除しなければならない。ネミッサは方針を決めた。

41: 2013/01/05(土) 15:54:58.29 ID:wOPwqajX0
見張るとは言え、やることはない。ネミッサにしてもさやかの護衛というだけで積極的に何かするわけではない。孵化したところで電撃をかますことも考えたが、マミに一般人を巻き込む云々などと言った以上到着を待ってからのほうがいい。そう判断した。

「ま、暫くは様子見ね。落ち着こうか」

「さすが悪魔ね、大胆というかなんというか」

「人間が魔女の卵見張るとかそっちも大したもんだよ」

冗談を言い合い、屈託なく笑う。ネミッサも不思議だが、さやかとは波長が合うようだ。興味という点ではまどかのほうが大きいのだが、一緒にいて楽しいと感じるのはさやかのほうだった。友達としては申し分のない人柄だ。これで、もう少し考えてくれれば最高なのだが……。それもまた魅力か。
ネミッサがさやかの凛とした横顔を見る。コロコロ変わる表情が非常に魅力的で、異性同性問わず友人が多いという。だが勝気な性格と短い髪型が災いしてか、男子生徒からは男として見られることが多いらしい。その豊かな胸はそれを拒むほどで、そのギャップもまた彼女の魅力なのだろう。

「さっきどしたのさ。なんかあったん?」

「うわ、そーゆこと聞くんだ。さやかちゃんのブレイクハートをえぐるつもりなのか~」

「あ、え、マジ? ごめん」

ネミッサが本気で凹んだのをみて、さやかがやりすぎたと苦笑いをする。隣に座るネミッサの背中をポンポンと叩く。ジョークだとわかるまで暫くかかったが、ネミッサの初心な反応がさやかには嬉しかった。本気で心配していること、案じていることが伝わったからだ。そういう意味ではまどかに似ている。彼女もさやかの冗談を本気にしてしまうきらいがあり、行きすぎて泣かせてしまうこともあった。

「いやさ、サヤカちゃんが、その、幼馴染が気になってるっていうしさ」

「うえ! なんで知ってんの?」

「いやさ、アタシもいい加減悪魔だけど、ほとんど毎日お見舞いに来て幼馴染ってだけじゃないってわかるよ」

まどかから聞いたことは伏せることにした。さすがにデリカシーがなさすぎる。あとでまどかがさやかからセクハラじみた報復を受けるかもしれない。胸を揉まれるくらいの報復は覚悟してもらう。

「ううう、恋愛経験少なそうなのに……。っていうかあんたのほうはどうなのさ!」

「うぇ!? あ、アタシ? アタシは……」

「天海市で一緒に戦ったっていう、ア・イ・ボ・ウ、のこと」

「あ、アイツは、本当にただの相棒で、その、アンタみたいな話は……」

「しどろもどろになるのが怪しい~。さぁ、吐け~、はくのだ~」

今度はネミッサがさやかにセクハラを受ける番だ。魔女の結界化が迫るなか胸を揉みしだくのはあまりにも緊張感がなさすぎるが、ネミッサも反撃と称して同じようなことをしている。同レベルだ。お互いが相手の背後を取ろうとドックファイトを繰り広げる。女性同士だからキャットファイトでもなかろうが、QBをそっちのけで二人が盛り上がる。
ひとしきりセクハラ合戦が終わると、ネミッサが切り出す。

「はー、はー……、解った。認める。多分アタシもアイツが気になってる」

「やーっと素直になったか。うむうむ」

「あー、もー茶化すなっ。それと、思いを伝えられなかったのも認める。後悔も認めるっっ」

さやかが次の言葉を察し静かになる。QBがグリーフ・シードの異変に気づきそちらに視線を向けることにも気づかずに。

「もんのすんごい後悔してる。そんな運命だからって、言わなかったのを後悔してる。生き残ったことも、後悔してる」

まどかもさやかも、ネミッサの生い立ちも事情を説明されている。氏ぬ定めも、当然知っている。

「私に、後悔して欲しくない?」

「うん、どんな形でもね。当たって砕けるくらいの勢いでいきなよ。そのほうがアンタらしいわ」

何事か口を開こうとした瞬間、周囲の景色が変わる。
魔女の結界が広がった。そして、それは魔女の孵化が近いことを示していた。

42: 2013/01/05(土) 15:56:04.80 ID:wOPwqajX0
そこはお菓子だらけの結界だった。お髭の結界しか知らないネミッサは周囲をキョロキョロ見回す。ポップなお菓子まみれの地獄絵図。天井からぶら下がる逆さ吊りの人間のようなオブジェには首がない。

「あいっかわらず悪趣味ねぇ」

インチキジャグラーだってもう少し洒落が効いていたようだが、この陰気な雰囲気が魔女の内面なのだろうか。それは同時に……

「大丈夫だ。まだ完全に孵化したわけじゃない。だけれど気をつけて。ここはもう魔女の結界の中心なんだ」

「あらアンタいたの?」

「ずいぶん毒があるね」

「あ、いや、サヤカちゃんの胸の感触で頭がいっぱいで、すっかり忘れてた」

「うわ、引くから、それ、引くから」

「しかし、君は本当に悪魔なんだね」

「信じてもらわなくてもいいんだけど、アンタには」

「いや、信じるよ。けど、今まで実例がなくてね。興味深いんだ」

悪魔と接触したインキュベーターはいないわけではないらしい。だが、それが今まで意味がなかったのは魔法少女になる素質がないためだった。考えてみれば当然の話しで、悪魔の寿命からみて人間の年齢で第二次成長期などという『生まれたて』な悪魔などそうそういるわけもない。そもそも接触する確率も低く、それが生まれたての可能性も低いとなればますますインキュベーターの視野に入りづらくなる。それがさらに素質を持つかどうかとなればもうお手上げだ。QBはそう言っている。

”美樹さん、聞こえてる? 鹿目さんから聞いたわ。無事ね?”

マミからのテレパシーがさやかに届く。結界内は携帯が通じないため、QBが中継するテレパシーが頼りだ。魔法少女同士であればQBの中継は必ずしも必要ないが、候補生の場合には必要らしい。

”マミさん! 聞こえます。私たちはまだ無事です”

”無理をしないでね。鹿目さんと合流するわ”

”平気です。ネミッサもいますし”

”急いで行くわね”

さやかのテレパシーを察し、ネミッサが切り出す。

「来るみたいね」

「うん、連絡付いたよ」

さやかの言葉少なになってくるのは緊張の現れか。生き氏にがかかっているのだ。緊張して当たり前だ。だがネミッサがその肩を掴む。意外に強い力だ。それが意味するところは。

(安心して、絶対に守るから)

さやかはしっかり頷いた。その肩の手を添えて応える。

43: 2013/01/05(土) 15:56:44.44 ID:wOPwqajX0
魔女の孵化とほとんど同じタイミングでマミは中心部に到着した。天井のお菓子の箱から溢れるように落ちてくる魔女。それは結界内にいる四人を殆ど見ずに結界内のお菓子を夢中で食べている。外見といいそれだけ見れば害意のなさそうではあるが、魔女は魔女である。マミにとって、魔法少女にとっては狩るべき対象だ。まさに、魔女狩り。
マミの心は軽い。マミの戦いは、一切見返りのないものだった。グリーフ・シードが時折手に入るくらいで、襲われている人々を魔女や使い魔から救い出しても、感謝の言葉一つない。魔女に魅入られた人は助けられても、魔女に操られていた時の記憶が無い。また、助けたのちに警察沙汰になればマミは説明するすべを持たない。黙って立ち去らざるを得ない。
彼女が魔法少女になったのは、交通事故に合い、氏にかけたからだ。両親は即氏、歪んだ車体に挟まれ彼女だけ重体。意識が朦朧とする中現れたQBとまさに『悪魔の契約』したのだ。『生きたい』と。結果幼い彼女は一命をとりとめ、遠い親戚を後見人としつつ、中学を卒業するまで、と見滝原に留まった。魔法少女として生きるために。
孤独だった。
その孤独の中で、理解者はQBだけだった。遺産を奪おうとする大人たちから世間に疎い少女を陰日向から守ったQBをマミは家族のように、そして救いの主のように思っている。QBだけが、魔法少女の生き方を理解し、その手助けをしてくれていた。
そこに、ネミッサが現れた。まどかも、さやかもいる。三人ともマミの戦いを理解し、手助けをしようとしてくれている。
嬉しかった。特に、ネミッサはマミの境遇を理解した。涙もでないほど、悲しい顔で。あの表情は忘れられない。
嬉しかった。QBを追い出してまで一人自宅で号泣した。QBはマミの気遣いをするが、ネミッサのような表情で慮ることはなかった。ネミッサは始めて出会ったにも関わらず、だ。
またまどかは、ここに来る間にマミに約束した。魔法少女になってマミとともに戦うことを。それがマミには嬉しかった。

「もう、何も怖くない」

理解してくれる人がいる。頼ってくれる人がいる。支えようとしてくれる人がいる。
こころがかるくなった。
中心に来るまでに使い魔はいなかったため、マミの気力魔力共に充実している。無事なさやかとネミッサがマミに近づく。

「さぁ、一仕事終えて、お茶にしましょう」

いつもの明るい声。軽くなった心が、三人を安心させようといつも以上に明るい声を出させた。その明るさに自信を感じ安堵する二人に対し、ネミッサは恐怖を覚えた。ユーイチが頭をよぎる。
マスケットで殴打する。小型の魔女の頭部を踏むつけながら銃を撃つ。なすがままの魔女はそれをすべて直撃していた。リボンで拘束し、空中に固定するとそこにめがけ大技を仕掛ける。
瞬時に複数のマスケットを出し、それをリボンで包む。本来マミの固有武器はリボンだが、それでは攻撃力が足りないため、マスケットを編み出した。さらにそれをリボンで包み、魔力を上乗せすることで桁外れの威力を実現した。それにマミは名前をつけた。

「ティロ・フィナーレ」

轟音と共に吐き出される魔法の弾丸はまっすぐに魔女を直撃した。発動そのものに必殺技を云う必要はない。だが、そのための動作などで精神を高ぶらせ、威力や精度を上げることができる。轟音を上げて魔女に突き刺さる魔弾。

「やった!」

さやかが快哉を叫ぶ。だが、ネミッサは冷静に魔女から目を離さない。ほむらがいうほどの魔女だ。何かがある。だが、その何かがわからない。それはほむらとの連絡不足によるものだった。僅かな仲違いがマミを氏地に追いやる。
直撃を受けた魔女から初めて目を離すマミ。背後にいた三人に顔を向ける。いつもの微笑みが、三人に向けられる。

「鹿目さん。終わったわ」

「はい、でもほむらちゃんが可哀想です。もう、ほどいてあげませんか?」

「ええ、もういいわね。暁美さんには謝らないといけないわね」

マミはふっと、体の緊張を解く。その横で、まだ戦いの目をしているネミッサに声をかける。未だネミッサを守るべきものと捉えてるマミは、彼女を戦わないものと思っていた。

「緊張しなくていいのよ。もう、終わったのだから」

マミのいつもの声色で、穏やかにネミッサを労る。だが、ネミッサの表情を観た瞬間に戦慄が走る。その目がマミと同じ一箇の戦士のものだと気づいた。その戦士が緊張を解いていない。その意味を知った瞬間、マミは再び心を戦いに向ける。だが、そのタイムラグは致命的だった。

「だめっ! くるっ!」

ぬいぐるみのような魔女の体から、その質量を無視するような巨大なモノが滑るように出てくる。巨大な牙を持つ黒いオタマジャクシのようなピ工口頭。そのコミカルな氏神は、まっすぐマミ目掛けてその顎を開ける。



鮮血。濡れた音。



まどか、あるいは、さやかの悲鳴。

44: 2013/01/05(土) 16:05:15.75 ID:wOPwqajX0
ほむらは焦っていた。今までマミと仲違いしたことは多かったが、結界内で拘束されることはなかった。そこまで警戒されていたという事実に愕然とした。だが、それでもマミを失う訳にはいかない。今回相まみえる魔女『シャルロッテ』は『何度も』マミを葬ってきた強敵だ。巨体に似合わないスピードでリボンに寄る拘束やマスケットの射線をはずすため、遠距離攻撃を主体とするマミには相性が悪い。望ましいのは接近しての攻撃なのだが……。
なぜマミを助けようとするのか、ほむらは心のどこかで考えてた。それを最初は戦力になるからだと自分で理由をつけていた。だが、本当にそれだけなのだろうか。自分を非常に警戒する相手と共同戦線を張れるのか不明だ。仮にそんな状態で戦っても、連携が取れずに各個撃破されるのが落ちだ。それならば単独で戦ったほうがい、と判断するのがほむらの思考である。
何よりも彼女はマミを恐れていた。信用できないからではない。彼女は一度殺されかけたのだ。マミに。

(なのに、なぜ? マミを助けたいと思うの?)

自分を拘束し、銃を向け、敵意を叩きつけ、挑発し、想い人との間に立ちふさがり、自分を導き、優しい微笑みをくれた。
感傷を振り払い結界中心に急ぐ。



そこでほむらが観たものは、立ちすくむまどかとさやか。そして、血まみれで伏すネミッサとマミ。

「巴マミ! ネミッサ!」

「ほむらちゃん!」

魔法を使うのも忘れ、血だまりに駆け寄る。近づく魔女に拳銃を撃ち距離を取る。着弾し爆発を起こす弾丸。ネミッサに融通してもらった銃と弾丸は今までのもの以上の威力で魔女を仰け反らせた。それで辛うじて時間を作ると、二人に駆け寄る。

(また、助けられなかった)

後悔があった。ネミッサとの僅かなスレ違いでマミの氏神への対応をネミッサに伝えなかったのだ。自分への怒りと、魔女への怒りをないまぜになっていた。近くで膝をつく。悔しかった。協力者がいたにもかかわらず、自分の愚かさ故にマミを、ネミッサをも失ってしまった。
ほむらは崩れ落ちそうな顔をこらえ、僅かな可能性に賭けて治療魔法を施そうとした。魔法少女たちはその素質や願いにより得意な魔法に傾向がある。つまりほむらは治療の魔法が不得手なのだ。だがやるしかない。その決氏の表情をまどかとさやかに見られたことに気づかないほどに必氏になっていた。

「マミさん! ネミッサ! 生きていたら返事をして!」

だが、そのときリボンが動き、ネミッサの腕を縛る。千切れそうになっているネミッサの腕を固定するようにリボンが巻き付いていたのだ。丁度包帯のように。
マミは生きていた。大顎に気づいたネミッサがマミを引きずり倒し、反撃を試みたのだ。だが、魔女の動きが予想以上に早く、ネミッサの伸ばした腕が魔女の口の中に入る形になった。だがネミッサは些かの躊躇いもなくその口に腕を投げ出すと口内で最大限の電撃を放った。完全に閉じられなかったため、辛うじて噛み千切られることはなかったが、巨大な牙がネミッサの肩近くを貫いた。
ネミッサは意識が混濁しているのか、反応が薄い。腕の根本に切断しそうなほどの大怪我を負って無事でいられるはずがない。引きずり倒されたまま、マミは血まみれのネミッサの治療を行なっていた。

「暁美さん! 後ろ!」

再度襲い掛かる魔女に振り返りつつ反撃する。着弾と爆発で再び追い払う。

「無事、なの?」

自分に覆いかぶさるネミッサのしたからマミが這い出る。血だらけの姿だが大きな怪我はない。治療に長けたマミの魔法で辛うじて止血ができているネミッサの顔色が悪い。辛うじて意識があるのかほむらを見て、口を動かす。

「ほむ……、ごめ……、マミちゃんが……」

「喋らないで、あとは私が」

「マミちゃん……私はいいから、二人のことを……考えて」

ネミッサの云う二人はまどかとさやかのことだ。

『全員が危なくなった時、マミちゃんなら私達を守ると思うのは疑ってないよ。でも、そのとき自分を守らないよねマミちゃんは。そうしたら、二人を誰が守るの?』

「そうね……、わかったわ」

熱い血にまみれたまま、マミは立ち上がる。先ほどの浮ついた心が消え、凍てつくほど冷静な意識がマミを支配していた。
いつもの柔和な顔ではない。悲壮感すら漂う険しい表情は下がっている目尻を吊り上げる。戦う者の目だ。長年戦い続けたほむらが怯むほどの眼光が光っていた。血に染まった衣装が修羅を思わせる。

「暁美さん! 力を貸しなさい」

「は、はいっ」

ほむらが反射的に返事をしてしまう。魔法少女二人が魔女に相対し攻撃態勢を取る。状況が変わったことにわずかながら警戒をしているのか、先ほどのように無造作に突っ込むことはなく、様子をうかがっていた。
ほむらは、マミがネミッサを見捨てるようにマスケットを取り出したことに疑問を抱いた。一瞬魔女から目を外し、マミを見る。

「魔女から目を離さないで!」

「彼女はどうするの!?」

咎める声色のほむら。

「私たちは……あの二人を守らないといけないのよっ」

マミは口外にネミッサを見捨てると言った。ほむらはその勝手な言い草に怒りを覚えたが、まどかとさやかの姿が視界に入った時に、それを理解した。

「早く倒せば、助けられる」

突進をはじめた魔女に目を向けるとほむらはマミの手を取る。その状態で魔法を使う。ほむらの固有魔法が発動した。二人の周りに結界が生じ、その外側は暗い。結界の内側だけ、ほむらの認識したものだけが時が動く世界。

45: 2013/01/05(土) 16:06:50.63 ID:wOPwqajX0
「これは?」

「これが私の固有魔法。手品を隠しつづけるよりは、ね」

ほむらの魔法は時間停止だ。正しくは『止まった時間のなか動ける魔法』ということだ。仮に、時間が停止しただけであれば体を動かすだけで空気が壁となり自らの身体を粉々にするだろう。また任意で、自分が触れているものを動かすこともできる。この場合はマミの体だ。

「あまり長く止めていられないし、手を離せば貴女も時間が止まってしまう。でも、これならどんな大技も出来る」

マミは瞬時に理解すると、出せうる数のマスケットをすべて作り出す。それをリボンでつなぎ合わせ魔力を極限まで注ぎ込む。その間、幾つかのリボンを魔女にまとわせ拘束する。その間、ほむらが『手品』のタネを明かした意味を知った。これは凄まじい魔法ではあるが、タネがわかれば対処できないこともない。すぐ思いつくのは、先手必勝、あるいは罠の設置。相手をつかめば、止まった時間の中でも動けるというのであればいくらでも対処できる。そんな危険なものをマミに明かした意味は、大きい。

「彼女は何者? 魔法少女ではないのよね」

隠しても仕方がない、とほむらは口を開く。より疑われるかもしれないが、嘘よりは何倍もいい。

「悪魔だと言っていることだけしか。……私も詳しくはわからないけれど、戦う力と意思を持っている。私と協定を結んでいるの」

「なんのために?」

「わからない。ただ、魔法少女を知って、私を助けるため、と言っていた」

「あなたのことよ」

「私は、貴女を助けたかった。けれど、警戒されてしまったから、ネミッサにお願いしていたの」

「そう……、もう準備はいいわ。本体のほう、頼める?」

「ええ、動かすわね」

時間が再び動き出したときには、魔女は拘束されて身動きが取れなくなっていた。突然のことに対応できず混乱する魔女の前に巨大な砲身が鎮座する。青白い怒りに燃えるマミが、その愛らしい風貌からは想像もできない憤怒の視線を魔女に向ける。

「ティロ・フィナーレ」

ぼそりと抑揚のない呟きと共に轟音と魔力弾が迸り魔女を簡単に貫く。マミから離れたほむらは、崩れ落ちる魔女の中から小さな本体を見定めると、時間停止を再度行った。マガジンに残った弾丸をありったけ本体に撃ちこむと、時間を動かす。
魔女は一度に十発近い爆発する弾丸を受け、滅び去った。

46: 2013/01/05(土) 16:07:23.01 ID:wOPwqajX0
高い、澄んだ音とともに、グリーフ・シードが落下する。今度こそ崩壊する魔女を確認すると、二人はネミッサに駆け寄る。おろおろするまどかとさやか。ほむらはネミッサの意識を確認すべく声をかけ、マミも血止めにリボンを再び作る。

「ネミッサ! 聞こえているなら返事なさい!」

血の気を失いつつあったネミッサは、うるさそうに声を出す。

「聞こえてるわよ。今、自分でも治してるから……、心配させてゴメン」

リボン越しに傷口に手を添えている。添えた手から魔法を送り込み治療をしているようだった。憎まれ口がまじるもののその声に力がない。出血で集中できていないのか、治療の魔法が弱々しい。マミはネミッサが魔法を使うことに驚くものの、すぐに切り替える。見事と言えた。

「治療はマミが代わるわ。貴女は気を落ち着かせて頂戴」

マミがほむらを見る。ほむらは疑問を察し、首を小さくふる。

「私は固有魔法に特化しすぎている。治療は苦手なのよ」

自らの無力を告白するのは辛い。だが、ほむらにはそれを飲み干してでもネミッサを助けたかった。それはマミに伝わった。マミは力強く頷くとリボン越しに傷口に触れる。傷口を抑えていたネミッサの血まみれの手は、ほむらが握りしめる。
ネミッサは、手を握るほむらに安心したのか、体から緊張が解ける。すっと目を閉じて治療に身を任せる。治療を代わったマミが今度はリボン越しに魔法を送り込む。
どこにいたのかQBが、先ほどの魔女が落としたグリーフ・シードを持ってきた。マミもほむらもそれをすっかり忘れていたのだが、QBが気を利かせてくれたようだ。

「マミ、治療するならこれを使うといい」

「いえ、これは暁美さんに」

小さく驚くほむら。マミとしてはお詫びの意味があったのだろう。だが、ほむらはそれを辞退した。ほむらは治療が得意ではない。マミに魔力を使わせている以上、受け取るわけにはいかないと言ったのである。今度はマミとさやかが驚く。二人はほむらを誤解していることに気づいた。だから、マミもほむらの意思を尊重し譲歩案を出す。

「それなら、二人で使いましょう。先に私、そのあと暁美さんね」

「……それなら、いいわ」

「私、暁美さんを誤解していたようね。グリーフ・シードを狙うなら、狩場を狙うなら、魔女に背を向けてまであんなことはしないものね」
予期せず、ほむらを試す形になってしまったことと、拘束してしまったことがマミに罪悪感をもたせていた。それ故、グリーフ・シードは譲るつもりだった。さらにそれを固辞したことが、マミには驚きであり、ダメ押しとなった。

「わ、私も、ごめん! 転校生のこと……すっごい疑ってた。マミさん狙ってるのかって思ってた」

「ほむらちゃん、ごめんなさい」

「いいのよ。私は気にしていないわ」

「ばか、アンタの言い方が悪いんでしょ、誤解させてさ。アンタこそ謝んなさい」

「い、いいから貴女は黙ってなさい。怪我が治らないわよ」

「もう、大丈夫なんだよね、ネミッサは」

頷くマミに、さやかの表情が和らぐ。まどかは腰が抜けたように膝から折れてしゃがみこむ

「よかった……よかったよう……」

「マドカちゃん、心配かけてごめんね。サヤカちゃん、怪我、ないよね?

「バカァ! 自分の心配しなさいよっっ! さやかちゃんは怒っているのですよ!!」

バシバシと、怪我に関係無さそうなネミッサの太ももを叩く。平手打ちのいい音が響く。傷には影響がなくてもきっとパンツの下は真っ赤だろう。それくらいはネミッサは甘んじるつもりだったが、結構痛い。

「それより皆、そろそろ移動しないかい? 結界が解けたのだし、周囲が騒がしくなる前にここを離れないと面倒な事になる」

「それなら、私の部屋にいきましょう。もうネミッサを動かしても大丈夫だろうし」

マミがネミッサを抱き起こして抱える。所謂お姫様抱っこというやつだ。恥ずかしさのあまり抗議しようとするも血液を失い、その体力がない。大人しく抱かされながらマミの部屋に連れて行かれる羽目になった。真っ赤に染まった魔法少女の衣装のままにっこり微笑むマミは鬼子母神さながらの強さと穏やかさを兼ね備えていた。



マミの氏神はネミッサに取り付き、大人しく立ち去った。

47: 2013/01/05(土) 16:09:29.04 ID:wOPwqajX0
四人の少女たちをマミは招き入れる。マミは体力が減っているネミッサをベッドに寝かせたのち、おもてなしをしようと紅茶とケーキの準備をする。明るいその姿勢にほむらは呆れた。先ほど氏にかけたとは思えない朗らかさだ。どうやら、マミにとって来客というのは非常に珍しく嬉しいものらしい。悪い言い方をすれば「ぼっち」といわれるタイプだ。マミの名誉のために断っておくが、実際には本人のコミュニケーション力の問題より、魔法少女の事情のほうが大きい。むしろ世話焼きのお姉さん気質であるため、まどかとさやかは良い先輩として憧れていた。もちろん、ほむらも。

「さぁ、召し上がれ」

先ほどまでの険しい表情などどこへやら。いつもの、いやいつも以上の愛らしい笑顔が眩しい。だが、そのせいかまどかやさやかはネミッサの惨状を引きずらずに済んだ。危険な状況を脱したのもあり、ひょっとしたらそれを狙ったのかもしれない。

「マミちゃん、ちょっと落ち着きなよ。なに舞い上がってるのよ」

ベッドに臥せ、顔色こそ良くないものの軽口を叩くネミッサ。ちょうどそのそばに座っていたさやかがその額を叩く。ぺちん、といい音がする。

「あんたは寝てなさい。もう、すっごい心配したんだからね!」

「うん、私も……、なんだか……落ち着いたら……」

まどかはマミの朗らかさに安堵したせいか涙目になってきている。やはりこの二人はよい子だ。出会って数日もないネミッサを受け入れ、心配してくれている。

「マドカちゃんはよく頑張ったよ……、一人だけ結界の外に行くのは辛かったよね?」

まどかの気質はネミッサにもよく分かる。ベッドに臥せた無理な姿勢で、無事な左手であやすようにまどかの頭をなでる。一瞬ほむらと目が合い、慌てたように引っ込める。なんだか非常に怒っていたような気もする。ちょっとだけ怖い。

「ホムラちゃん、先走ってゴメン。アンタに迷惑かけちゃったね」

「ほんとさ! 私にもまどかにも謝れ!」

「うう、悪かったわよ……、とっさのことなんだもん……、マミちゃんにエラソーなこと言ったのにね」

「ネミッサ。気にしないで。あなたがいなかったら、どうなっていたかわからないわ」

「んなことないよ。ホムラちゃんだっていたんだし。アタシ齧られ損ね」

マミがほむらをリボンで結束していたなどと露にも思わないネミッサは朗らかにいう。一瞬マミの表情がこわばったが、ほむらは素知らぬ顔だ。
顔色の悪いながらも落ち着いてきたためか、軽口がでる。しかしこのままでは今夜は熱が出るかもしれない。人間の体を模して構築したのが裏目に出た形だが、それは仕方ないことと開き直ることにした。そうでなければ人間の友達などできるはずもない。少なくともネミッサはそう思い込んでいる。

「今日はここで休みなさい。ご飯も作ってあげるし、あーん、とかしてあげるから」

「それはさすがにハズカシイんだけど……。あ、でもホムラちゃんのところだと……ねえ」

「な、なによ。看病くらいしてあげるわよ」

「三食栄養補助食品と野菜ジュースで過ごす家で、どう栄養取れっていうのよ」

「ほむらちゃん、いつもお昼早いなーと思ったけど、それホント?」

「暁美さんの体の細い理由が解った気がするわ。ちゃんと食べないと倒れるわよ」

「い、いいでしょう別に。ネミッサの看病をするならおかゆくらい作れるわよ」

48: 2013/01/05(土) 16:10:04.13 ID:wOPwqajX0
ネミッサへの集中砲火がほむらに移る。先ほどまで険悪な関係とは思えないムードのなか、いつもは生真面目でクールなほむらが珍しく狼狽する。常日頃軽食ですませることが目撃されているほむらに、料理下手疑惑が湧き上がった瞬間だった。

「炊飯器もってたっけ?」

「さすがにレトルトのは禁止だかんね」

「お米ちゃんと買ってるのかな」

「炊飯器無くてもお鍋で作れるからね?」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。私だってひとり暮らししてるのよ? どうしてそんな事言われるの?」

「……日頃の行動でそうおもわれてるんじゃないのよ」

「貴女が余計なことを言うからこちらにとばっちりがきたんじゃない」

そんななかQBが口を挟む。頃合いを見計らっていたようにも思えるが。

「さっきまで生きるの氏ぬのやってたのに、きみたちは明るいね」

「そうじゃなきゃ命のやり取りなんかやってられないっての。ウジウジイジイジしてても仕方ないじゃない」

それが強さなのではあるが、感情を持たないQBには理解し難い。頭を振りわけがわからないといった風情。女性が三人集まれば姦しいというが、五人集まったマミの部屋は騒々しさに包まれている。しばしいじられ続けたほむらが時計に目をやり切り出す。

「……そろそろ私は帰るわ」

「ティヒヒ、ほむらちゃんがいじけちゃった」

「そ、そうじゃないわまどか。もう遅いのよ、二人とも送るから帰りなさい」

「嗚呼、最初の転校生のクールな威圧感はどこへやら……」

しどろもどろになったせいだろう、候補生二人はほむらに親近感をもったらしい。文武両道才色兼備、クールな謎の美少女(さやか談)転校生が弄られ、すっかり精彩を欠いている姿に顔がにやける思いだった。つっけんどんであるが送るという気遣いにマミはもう心を許している。固有魔法のタネあかしとグリーフ・シードの放棄。そしてネミッサやマミへの態度で警戒をすっかり解いている。これが演技であればもはや騙されても仕方ないというくらいだ。
戸惑いつつも先に動き出すほむらを、慌てて追いかける形のさやかとまどかはにこやかに笑いながらマミに挨拶をする。

「それじゃマミさん、おやすみなさい」

「おやすみなさい。また遊びに来てね」

「はい、絶対来ます! ネミッサー、マミさんに迷惑かけるなよ」

「うっさし。とっとと帰れ-」

49: 2013/01/05(土) 16:11:08.42 ID:wOPwqajX0
「ベテランのマミですら危機に陥って、あのようなショックを受けることがある。それが魔法少女の実情」

道すがら、ほむらはまどかとさやかに言う。魔法少女にならないでほしいこと、それを約束してほしいことを。

「危険なことは私に任せてほしいの。ならないって約束してもらえるかしら」

「うん、私約束するよ。魔法少女には憧れてたけど……あんなことあって。怖いもん」

「そう、それがいいわ。貴女はどう?」

「わ、私も怖い……。生まれて初めてあんないっぱいの血をみた……」

すっかりネミッサの大けがで二人は怯えていた。

「でも、戦えるのがほむらだけになるんでしょ。大丈夫なの?」

「問題ないわ」

髪をかき上げる仕草をする。それは自信に満ちていた。最後までさやかはしないと約束する言葉を言わなかった。

打って変わって静かになるマミの部屋。残った食器を片付けながらマミはニコニコしている。もう落ち込んだ二人はいないのにもかかわらずだ。ネミッサはなんとなく思いつき、マミに声をかける。

「マミちゃん?」

「さぁ、ネミッサ、夕食作るわね。やっぱりおかゆがいい? それとも、なにかリクエスト有るかしら?」

「あのう……マミちゃん?」

「うどんとか、消化のいいものなら、なんでもいいわよ。挑戦しちゃう」

「マミちゃん!」

ネミッサの大きめの声で、動画の停止ボタンのようにマミの動きが止まる。手招きをすると意外なほどあっさりと、そして静かに近寄る。ちょこん、とネミッサの枕元に座り込む。笑顔は絶やさぬまま。今にも「なあに?」と言い出しそうな純粋な笑顔。ネミッサにはわかった。先輩の威厳で辛うじて保っていた体面と微笑み。

「もういいのよ? ムリしないで。カラ元気のほうが心配になるよ」

ふわふわのマミの髪。硬質の髪のネミッサにとっては撫でるだけで落ち着くような気分になる。さらさら、さらさらと指に髪が落ちる。その間、マミは微笑みのまま、何も喋らない。喋れない。自分でも恐らく気づいていないのであろうが、笑顔の双眸からは音もなく涙があふれこぼれ落ちる。次いでようやく自分の心に気づいたのか表情が崩れる。歯を食いしばってこらえていたが、もはや嗚咽は止められない。

「うっ、うううう、うぅ~~……ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」

無事な左手で、号泣するマミを抱きかかえる。緊張が解けたのか全身が恐怖で震えているのがわかる。メンタルの弱さを責めるなかれ。一度瀕氏の事故にあったマミは、氏への恐怖にアナフィラキシーショックのように過剰反応してしまう。故にQBへの攻撃も恐怖していたし、その攻撃を行ったほむらに敵意と警戒心をむき出しにしていた。ほむらには残念ながらその当たりの察しが足りなかったため、マミの警戒の度を強めてしまっていた。

「怖かったよね、二度も氏にかけたんだもん。ごめんね、ちゃんと守ってあげたかったのにさ」

抱きしめられながら、頭を横にふるマミ。ネミッサの誤解からくる労りはマミの心を打つ。だが実際にマミにとっての最大の恐怖はネミッサだった。ネミッサを失う恐怖。それは心の理解者と友人を失うことだった。自分に忍び寄る氏も怖くないわけはないのだが、それ以上にネミッサを失うことが怖い。それを取り繕うように明るく振舞った。結果、さやかやまどかは元気を取り戻し、ほむらの警戒心も和らいだ。

「違います……ネミッサが、ネミッサを失うのが……、怖くて……。大事なお友達が、氏んじゃうのかと思ったの……、守れなくて、ごめんなさい……うええええええええん……」

じわり、ネミッサも釣られて涙が浮かぶ。照れくささと嬉しさ、マミの優しさが沁みた。
今度こそ、助けられてよかった。二人とも抱き合い、暫く涙に暮れていた。

ひとしきり泣き続けただろうか。ほむらからの抗議のメールがネミッサの携帯に届く。その着信音で二人我に返る。自分達の姿勢に照れ笑いで誤魔化した。内容は、ほむらの部屋に放置した火器全般の処理について。その中写真も添付されていた。

「な、なにこれ? 可愛いわね」

鉄のヘルメットにウサギの耳がついた、冗談みたいな防具。これも立派な魔晶化された防具なのだが外見に著しい問題があり、正直ネミッサも処理に困っているものだ。特に気にせずネミッサはメールで返信した。

『変身して被れ。ついでにブラもつけてみて。今度携帯で撮るからよろしく』

「暁美さんが怒りそうね」

「マミちゃんに行く矛先がこっちくるならへーき」

まさか怪我人にあれこれ攻撃はできまい。候補生を巻き込んだマミに対する敵愾心がネミッサに向いてことが収まるのならば願ったりだ。マミはまじまじとネミッサに送られた画像を見つめている。何事かとネミッサが尋ねると、一言こう答えた。

「私も着てみたいなぁ」

ほむらが聞いたら喜んでマミの部屋にジャマな防具を持ってくるだろう。そしてそれを嬉々として身に付けるマミが頭をよぎり苦笑する。案外似合うかもしれない。

「うさみみマミちゃんね」

「ふふ、そうね」

ぴょこぴょこうさみみをなびかせながらもティロ・フィナーレを撃つマミが想像できた。意外にかわいい。

「アタシも一緒にかぶろうかな。お揃いで」

「楽しそうね」

やっと、マミに自然な笑みが溢れる。

54: 2013/01/06(日) 21:31:40.49 ID:WjAemYY10
三章
【みきさやか さくらきょうこ】

その夜、ネミッサはおかゆを平らげるとマミのベッドを占拠したまま眠りについた。マミはそのそばに来客用の布団を敷いて休む。今夜は寝ずに看病するつもりのようだ。
いくらネミッサに看病が必要ではあっても、氏の恐怖によって疲労したマミには辛い。だが逆に、看病に集中することでマミが余計なことを考えなくて済むのであれば、そのほうが都合が良いのかもしれない。
誰かのために力を使うことに、マミは些かの躊躇いもない。ましてや相手は大事な友達である。俄然ヤル気だ。ネミッサの発熱に対する手当も、彼女にとっては氏の恐怖と戦うために有効な手段になっている。
発熱にあえぐネミッサの額に濡らしたタオルを載せる。汗を拭う。無事な手を握りしめる。体温調節に布団をかけたりはいだりする。一度の仮眠を除き、ほとんど不眠のままマミはネミッサを看ていた。
途中、熱に浮かされたネミッサが漏らしたうわ言は、マミには聞き取れなかった。わかったことは、何か過去にしてはならないことをしてしまい、それを悔いていることだけだった。

(貴女もつらいことがあったのね。負けないで、私がついているから!)

マミもネミッサも峠は超えた。翌日、疲れは見えるものの無事に通学するマミの姿に、まどかもさやかも安堵した。ほむらは念のためとマミのソウルジェムを確認したが、思った以上に綺麗だったようでホッとしたような顔だった。
その日の放課後ネミッサの見舞いに訪れたのはさやかとまどかだけ。マミの下校に合わせたとのこと。いつかネミッサがマミに教わった店のシュークリームをお土産に持ってきた二人に、ネミッサは感激して迎え入れた。ほむらが来ないことがネミッサの小さな不満だったが、へそ曲がりな彼女の性格を思って深くは追求しなかった。
回復魔法を使用のおかげで体力の低下を除き後遺症もない。見た目右手を吊るす必要もなさそうだが、心配するマミに逆らえずしぶしぶ聞き入れた。左手で無作法に食べるネミッサの元気さが三人を安堵させている。
ネミッサの心配はマミの方だ。峠は超えたが今まで通り戦いに参加できるかは不明である。ネミッサとしてはしばらく休息してもらいたいが、マミが聞き入れてくれるかどうか。彼女は歴戦の戦士だ。決して自分のことを見誤るようなことはしない。戦いに赴けるかどうかは本人がよく分かるはずだ。ネミッサはその戦士の素養を信じることにした。

55: 2013/01/06(日) 21:32:29.39 ID:WjAemYY10
翌日、体調も良くなったネミッサを見に来たのはほむらだ。家主のマミの帰宅に合わせて訪問したようだが、どこかよそよそしい。そして奇妙なことに、先日と同じシュークリームを持参してきた。マミはそれに気づき言いたげだったが、ネミッサが指一本立ててニマニマしながら遮った。前日にまどかたちが同じ物を持ってきたと知ったら彼女はどう思うだろうか。あまりからかうとまたヘソを曲げるのでマミと一緒に楽しむだけにしておいた。

「昨日は来なかったけど、なんか用事?」

「ええ。マミもいないとなると、魔女退治をしないといけないしね」

「……負担をかけてごめんなさい。ネミッサも起き上がれるのだけど、まだ、ちょっとね」

「別に構わないわ、暫く休んでいても」

「またそういう言い方する~。そーゆーときは『ありがとう、でもムリしないでね』って言えば好感度アップなのに」

「好感度とかは関係ないわ」

これだからネミッサはほむらが嫌いだ。

(ムカつく。ホントにいつか泣かしてやる)

「それならネミッサも、『心配だからアタシの怪我が治るまでムリしないで』って言えばいいのに」

マミがからかう。マミはなにか誤解している。心外そうな顔をしているとクスクスマミが笑う。憮然とした表情で紅茶をすする。相変わらずシュークリームをこぼし、指に付いたクリームをぺろぺろ舐める。マミが苦笑してその手を手拭きで拭う。甲斐甲斐しいまでの介護にネミッサは困りつつも受け入れていた。

56: 2013/01/06(日) 21:33:34.81 ID:WjAemYY10
食器を下げにマミがキッチンに離れる。そのタイミングでほむらが切り出す。

「話がある」

「マミちゃんにはNGね。手短に聞く」

「今後、高い確率で美樹さやかが魔法少女になるわ」

驚くように息を呑む。だが大声は出さない。

「阻止すればいいの?」

「美樹さやかに影響されて、まどかも魔法少女になる確率が上がる。それは阻止したい」

ほむらは気付いているだろうか。ネミッサがほむらの『確率』という言い回しを易々と受け入れていることに。

「またアンタは……、サヤカちゃんも気にかけなよ」

一瞬の逡巡ののち、ほむらは頼りなげに声を出す。らしくないその態度にネミッサも困惑する。

「彼女を止める資格が、私にはない」

ネミッサには合点が行く。おそらくさやかの祈りはバイオリニストの左手のためなのだろう。想い人への祈りで(あえて想い人のためとはいわないが)魔法少女になったほむらは、自分と重なるところがある。想い人から感謝も報いも理解も拒否し、拒絶すら甘んじる。そんなさやかの向かう道を、どうして同じ道を歩む自分が拒めるだろうか。

「だから辛辣に当たるのね」

(この子もいつかつぶれてしまう。『サヤカちゃんと同じように』。なんとかしないと)

「……貴女に私のことは言ったことがないはずだけど」

「細かいとこわかんないけど、マドカちゃんのためでしょ。それくらいは知ってる」

そのクールな表情に浮かぶのは、困惑。なぜ知っているのか、という思いだ。察するならともかく、なぜか。

「いつか説明するわ。必ずね」

「あら、内緒話?」

マミがお茶を入れ替えて戻ってくる。ほんわかした表情に聞き耳を立てていたようには見えない。

「んー、こないだのうさみみのアレよ。皆で被ろうかって話したの」

「いや、だから私はやらないって」

「あら残念。三人でお揃いかと思ったのに」

「だいたいなんであんなものがなんで三つも四つもあるのよ……」

「一応五個あるわよ。ブラのほうも三つくらいあるし」

「止めてよ……」

57: 2013/01/06(日) 21:34:18.12 ID:WjAemYY10
再び話があると、魔女退治にでるほむらはネミッサを連れて外に出た。やや夕暮れが近づく。さすがにネミッサが戦闘に参加できるとは思えないが、少し歩き体調を見たいと半ばマミを説得し外出許可をもらった。

「ホント、甲斐甲斐しいわね。助けてよかった。友達になれて、よかった」

朗らかに笑うネミッサ。吊るした腕はまだ本調子ではないが、すぐに元通りになるだろう。マミの願いは命をつなぎとめること。腕をつなぐ治療の魔法はお手の物なのだろう。

「聞きたいことがある」

「ん、なに?」

いつにも増して真剣なほむらの顔に、ネミッサはからかう言葉を失う。真正面から斬りつけるような目に圧倒される。何かある、尋常でないことが。それが何か解らず狼狽する。

「貴女、本当に何者?」

「何よ急に。アタシは女悪魔のネミッサ。それは説明したし、証明もしたでしょ。魔法駆使する人間が魔法少女以外にそんないるわけないじゃない」

「いいえ、それだけじゃないわ。貴女、どうやって巴マミと接触したの?」

「それも説明したよね。下校途中のマミちゃんに半ばナンパっぽく声かけたって。アンタの知り合いだってこと黙ってたの、結構怒られたわ」

「ええ、そうね。でも私……」

一旦言葉を止める。必殺の言葉を放つためだ。

「マミの自宅は教えていないわ」

心臓の鼓動が早くなる。

「何言ってんのよ、教えてもらったのはマミちゃんによ?」

「そうね。……ならなぜ、『巴マミに会う前に』彼女の自宅を知っていたの?」

早鐘のように心臓が騒ぎ出す。まずい、ほむらに疑われている。

「アタシだってハッキングくらいできるんだけど?」

「昨今の個人情報保護によって、ネットワークに情報を置くような真似はほとんどしていないわ。少なくとも私達の学校はね」

ほむらは完全にネミッサを疑っているようだ。ある程度ウラを取るため一日開けたのか? 職員室にでも忍び込んで調べたのだろうか。大胆な子だ。

「それに、貴女は私と使い魔退治の時言っていたわ。『道順を一度くらいじゃ覚えられない』とね」

冷や汗がでる。顔に出すのは何とか封じたが、もはや取り繕うことはできない。

「その、道順を覚えるのが苦手な貴女が、なぜハッキングしただけで『巴マミの下校ルート』を覚えているの?」

マミの下校ルートを遡って接触したことを話したことが完全に裏目に出た。浮かれて余計なことを言ったのは確かだが、そんな些細な、実は重要なことを覚えていたなんて。
ネミッサは失敗を悟った。

「要は、アタシを信用できなくなったわけね」

「何が目的? やはりインキュベーターの差金?」

詰問が厳しくなる。この吹き出す殺気を中学生が出していいものか。ネミッサは負い目もあり完全に気圧されてしまった。返す言葉も無く、ネミッサが立ちすくむ。

「協定を解消することはないし、巴マミとまどか、美樹さやかを救ってくれたことは感謝するわ。美樹さやかのことは放っておいても貴女なら手を出すでしょう」

だからさきほど情報を伝えたのか。アレならマミに多少聞かれても問題はない。そういう心配をしていると言えばいいのだから。最悪隠し事にしたのもマミのためといえばいい。
『さやかが魔法少女になると知ったら、マミは無理をするに決まってる。まだ契約していないのだからあえて貴女には隠した』
とか取り繕うこともできるし、マミも今なら多少疑いがあっても進んでほむらの言うことを信じるだろう。

「巴マミたちは貴女を信用するだろうけれど、私は信用できない。言いたいことはそれだけよ」

そう言い残すと、ほむらは振り向かず立ち去った。キビキビした足取りが虚しくアスファルトに響く。

58: 2013/01/06(日) 21:35:37.94 ID:WjAemYY10
これでよかったのだろうか。ほむらは再び考える。
ほむらの本当の固有魔法は時間停止ではなく、時間の巻き戻し。病室でネミッサと会ったあの時間から一ヶ月後に時間を巻き戻してあの時間に戻る。その繰り返す一ヶ月を途方も無い回数続けているのがほむらの魔法少女としての人生だった。願いはただひとつ『鹿目まどかを救う』ことだけ。
病気がちで引っ込み思案。根暗な眼鏡のお下げ髪。心臓病の治療のためやってきた見滝原で一人暮らし。
ただでさえ入退院を繰り返し友達のいない彼女が、そんな状態で転校生として馴染めるであろうか。残念ながらそれは無理だった。
鹿目まどかがいなければ。
そのとき既に魔法少女となっていた鹿目まどかと巴マミは、魔女に魅入られたほむらを救い友人となった。特にまどかは魔法少女の素質のある彼女を救ってこういった

「クラスの皆にはナイショだよっっ」

まだ魔法少女の真実を知らないまどかの笑顔。それがどれだけ気弱なほむらにとって救いになっただろう。初めての友達にほむらはようやく一歩を踏み出せた。
だが、夜は来る。引っ込み思案で魔法少女になることをためらっていた彼女の前に、強力な魔女が迫る。
ワルプルギスの夜。
魔法少女の歴史上、最大にして最強の魔女。それが現れるところでは自然災害クラスの破壊が起こるとされる。魔法少女以外に感知できないそれに対し、まどかとマミは街とほむらを守るために立ち向かい氏亡した。
契約前のほむらはその悲しみを防ぐ一心でQBと契約した。

「まどかとの出会いをやり直したい。まどかに守られるではなく、まどかを守る自分になりたい」

ほむらの絶望的な無間地獄の始まりだった。
その殆ど同じループの中で魔法少女の真実を知った。ネミッサと初めて出会ったのは今回が初めてだった。……そもそもループにこんな事が起きた事自体初めてだ。

(なぜ? なんの目的で?)

それがインキュベーターの差金でないと確定はできない。だがそもそも誰にも頼らずすべて自分でこなすと決めたのだ。今更ネミッサを切り捨てようが何も差し障りはない。最悪、ネミッサが障害になれば時間を巻き戻しさえすればいい。そうすればまたネミッサがいなくなるループが始まる。

(でも、本当に、なんのために? 貴女は何を知っているの?)

腕を失ってまでマミを守ろうとしたことに、感謝しているのは確かだ。だが逆に、会って数日の人間に自分の腕を差し出せるだろうか。 ほむらはその点で逆に疑いをもったに等しい。先のやり取りなどは後付けだ。だがネミッサの意思は挫くことができた。
そういえば誰かの差金にしては、知っている知識がちぐはぐだ。魔法少女の真実にたどり着いているのに魔女や使い魔やQBすら初めて出会ったという。特にQBの件は確認さえした。グリーフ・シードの本質を見ぬいたくせに、その使い方を知らない。マミの自宅やお菓子の好みは知っているのに、彼女が魔法少女になった経緯は知らない。ほむらが魔法少女であり戦い方や武器まで知ってさえいるのに、時間停止は知らないという。
疑惑というには不自然な情報が多かったが、これも終わりだ。そう、自分に言い聞かせた。少なくとも悪魔とはいえネミッサは普通の人間と構造や弱さは変わらない。

(こうやって距離を置かせれば怪我をさせないで……す……む?)

そこまで思考が及び、困惑した。

(なんで? なんで助けて『くれる』の? 私は何も言わないのに! なんで!)

ほむらは心の中で吠えた。答えのない問いを。

59: 2013/01/06(日) 21:37:07.70 ID:WjAemYY10
ネミッサはその場に立ちすくむ。ほむらの信頼を失ったと解釈した。これからどうすればいい。どうすれば自分の願いを叶えることができるのか。ネミッサはそれを自問自答し続けた。だが、答えはすぐに見つからない。マミがほむらを疑ったように、ほむらもネミッサを疑っている。ただ違うことは、一度信頼したものが裏切られたのだ。修復はほとんど不可能だろう。
途方に暮れた。その場で力なくしゃがみ込む。残った左手で頭を抱える。
帰りの遅くなったことを心配したマミが迎えに来るまで、ネミッサはそこで放心していた。

真っ白。ネミッサの心のなかだ。ほむらの信を失ったことが、こんなにつらいとは思わなかった。きっとほむらは、皆の信頼を失った時、これと同じかそれ以上の喪失感を感じたんだろう。ぼんやりとそんなことを考えるだけで、次の行動が考えられない。

「ああああああああああ」

「ネミッサ、ちょっと大丈夫なの?」

「多分……大丈夫、大丈夫……多分」

「全然大丈夫じゃなさそうよ……」

来客用の、前日までマミが寝ていた布団に突っ伏し脱力している。自堕落な格好をマミが好まないがネミッサの様子を見る限り説教もできない。何しろ何が起きたのか説明もない。こんな状態で説得も説教もあったものではない。

「暁美さんと喧嘩でもしたの?」

ぴたりと動きが止まり、油が足りない機械のようにぎこちなく首を動かしてマミを見る。こういう反応を見る限り、それが当たっているようだが。いつも表情が多いネミッサらしくない、困惑の表情で見つめている。

(どう話せばいいのよ)

ネミッサの事情を話して、果たして理解してもらえるか不明だ。いや、ほとんど無理だ。順序をすっ飛ばして説明したところでどうにもなる性質の話ではないのだ。仮に話をするとなると、ほむらの目的を話さねばならなくなる。その目的には魔法少女の秘密がついて回る。その秘密を今のマミに話してしまうのは非常に危険だし、あらぬ方向にすべてが転がってしまうおそれがある。それを考慮してほむらは軟着陸を試みるため、信頼を勝ち取る努力をしようとしているのだ。それをネミッサがぶち壊すことはできない。
そして、ほむらの軟着陸には時間が足りない。それがほむらの焦りにも繋がっている。その手助けをネミッサが使用と腐心しているのではあるが。それをマミに話をしていいものか、判別がつかない。それを相談するほむらと溝ができたのだから。

60: 2013/01/06(日) 21:37:56.91 ID:WjAemYY10
「ねえ、貴女が苦しんでいるのはわかるの。なぜ、私を助けたのか。なぜ、魔法少女を増やしたくないのか。なぜ、貴女が進んで魔法少女の運命に飛び込んだのか。ちゃんと、苦しむほどの意味があるんでしょう?」

マミの優しさが沁みる。説明できないもどかしさゆえその優しさが苦しい。
自分のことなら話せるかもしれない。そう思ってしまったのはその苦しさ故か。

「あるよ、アタシにもホムラちゃんにも。アタシのなんて、ホムラちゃんのに比べたら大したこと無いけどね」

「事情を知っているってことね」

布団に突っ伏しながら、頷く。

「でもそれはホムラちゃんが話すべきことだし、そのために努力してるの」

「貴女のことなら、話せるんじゃないの?」

それからネミッサは考え考え説明した。

「アタシは自分の手で、リーダーを頃したわ。悪魔に取り憑かれて私達に襲いかかってきたからね」

「天海市の事件のことは聞いたけど、仕方ないことじゃない。……それじゃすまないことではあるけれど」

「アタシは助けたい人を助けられなかった。多分ホムラちゃんにとって、マドカちゃんは助けたい人なのよ」

ネミッサは、ほむらに自分を重ね合わせているのだろう。マミはそう理解した。それは間違ってはいない。

「でもなんで魔法少女にしたくないのかしら」

「それを話すための準備をホムラちゃんは頑張ってるの。もう少し待って」

「信用しているのね」

「ううん」

首をハッキリ横にふる。

「信頼よ」

マミはネミッサの言葉に、微かに嫉妬した。ネミッサがそこまで信頼するほむらに。理解者を取られたような気になった。

「……いいなぁ」

「ん? とにかくさ、アタシは自分ができなかったことをやってるホムラちゃんを助けたいの。それが出来なくなるのが辛いの」

再び布団に顔を埋め、表情を隠しながら話すネミッサ。
マミは嫉妬こそしたが、ネミッサへの親愛の情は些かも減らない。むしろ余計強くなった。今の状態を助けたいとも思っている。しかしそれがほむらへのちっぽけな嫉妬が引っかかり言葉を続けにくい。たとえ嫉妬がなくても、マミには打開策があるわけではないが。

(ああ、私、今すごい嫌な女になってる)

「ネミッサ、しばらくここに居候しない? 最初は怪我が治るまで、って思ったけど……暁美さんとの整理がつくまででいいから」

ネミッサがほむらの家で雑魚寝をしていたことは知っている。それを今回の『喧嘩』で居場所を失ったことへの配慮だ。

「いいの!? ありがとう」

ネミッサの屈託ない礼に、ちくちく良心が痛む。だが打開策も思いつかない限り、なんとかネミッサを支えたかった。それが逆にほむらとネミッサの距離を産んでしまうとしても。

(ごめんなさい、ネミッサ、暁美さん……。ああ、私は本当に、嫌な女)

生まれて初めて、自分を罵った。

61: 2013/01/06(日) 21:39:25.91 ID:WjAemYY10
さらに翌朝、一悶着あった。

「ちょっと、待ちなさい。一緒に行くわよ。仲直りしなさい。一緒に謝ってあげるから」

「イヤよ、それじゃアタシが悪いみたいじゃない」

「じゃあ暁美さんが悪いってこと?」

「そ、そうじゃないけどさ、ってアンタはアタシのお母さんか!」

「ちゃんと歩み寄りなさい。聞き分けの無い子ねえ」

「いくらマミちゃんの話でもこれは無理! 勘弁して」

(あ、もう……。テレビの中に逃げ込んじゃった。……私も学校に行きましょう)

大きくため息一つついて、ネミッサが逃げ込んだテレビを見つめた。ほんの少しだけ、仲直りが先延ばしになったことを喜んでいる自分がいて、マミはへこんだ。



「これはこれは、久しぶりですね。若きサマナーは、別行動ですかな」

「……アンタはさすがに見破るわねぇ」

「それは当然です。ここをどこだと思っておりますか? そしてそこにいる私どもをなんだとお思いでしょうか」

「バカにしたわけじゃないわ。説明の手間が省けて助かるもの」

「……さて、その貴女が、こちらにどのような御用で?」

「これを分析して欲しいの。これが何なのか。可能であればうまく活用したいんだけど」

「ほほう、これは……現物を見るのは初めてですね。非常に興味深い」

「なら、使い道も?」

「当然です。ですが、実物を手に入れたことはありません。お預かりしても?」

「モチロンよ。壊さなければいいわ。ただし……」

「ええ、取り扱いには細心の注意をはらいましょう。何かわかればご連絡しますよ」



「あらあら、ずいぶん見ないうちに……」

「そういうアンタはまるで変わってないわね」

「ふふ、でも、一目見て解ったわ。目と心根はあの頃のままね。あのサマナーとはどうしたの?」

「みんなそう云うわね。んなのいいからさ。頼みというか相談事なんだけどね」

「電話で言ってたわね。確かに検討に値するとは思うわ。……もっとも、受け入れるかどうかは個々人だから」

「難しそう?」

「いいえ、ちゃんとした制度にすればいいのよ。あとは、受け入れとか……考えることは色々あるからすぐにとはいえないけれど、前向きな返事期待していて」

「お願いするわね。近いうちに最低一人は連れてくる。元々、その子みたいなのを想定しての相談なのよ」

「いい子だといいわね」

「すごくいい子よ。優しいし、可愛いし、強いわ。……それとね」

「何かしら」

「別の相談もあるの。一人の女の子のことよ」

62: 2013/01/06(日) 21:40:41.12 ID:WjAemYY10
放課後になり、ネミッサは中学の校門そばにいた。ほむらと顔を合わせるのは心苦しいが、さやかやまどかと会う必要がある。だが、すぐに思い返したのは、向こうが勝手に警戒しているだけだ。信じてもらえないのは仕方ないが、自分の目的はほむらでなくてもマミたちを通じて達成することは可能だ。そう割り切ることにして腹を決めた。そうするとなんとも穏やかに待ち伏せが出来る。

(サヤカちゃんやマドカちゃんの心象は悪くなりそうだけどね)

ため息をすると、三人が現れる。当然といえば当然だが、ほむらもいる。だがここで怯んでいるわけにも行かない。三人に声をかける。

「やっほ。一昨日はありがとう」

「あ、ネミッサちゃん。腕はもういいの?」

ぐるんと右腕を回し、無事をアピールする。まどかは笑顔で応じるが、他の二人は渋い顔だ。ほむらはわかるが、さやかがあまりうかない顔をしているのが気になっていた。いつも思うのだが、ほむらが無表情とか誰が言ったんだ。マイナス方向の表情に関してはすこぶる豊かなのはどうなのだろうか。

「ホムラちゃん、昨日はありがとう。美味しいシュークリームだったわ」

ぴくっと、ほむらの片眉が跳ね上がる。

「あ、ホムラちゃんもお見舞いに行ったの? 私達もねシュークリーム買っていったんだよ~」

精一杯ニヤニヤしてやったため、ますますほむらの顔色が悪くなる。真意を知らないまどかは純粋に微笑んでいる。ネミッサに何かを言いたげなほむらだったが、想い人の無邪気な笑顔に言うに言えなくなっている。とはいえ、こんな事をして果たして仲直りになるのだろうか。多分、無理だと思う。

「ま、まどか、私はパトロールに行くわ」

「アタシも行こうか?」

「貴女は病み上がりなのだからじっとしてなさい。マミにはちゃんとグリーフ・シードを届けるから、そう伝えることね」

ほむらもさすがにまどかの前でネミッサとの不仲をおおっぴらには出来ない。こういう言い回しで断るしか無いのだが、額面通りの言葉で受け止めたまどかは、満面の笑みをしている。ほむらにはまぶしすぎて直視できない。

(ネミッサちゃんを気遣うほむらちゃん、優しくてかっこいい!)

だが、さやかはほむらを評価する一方、一縷の不安を感じていた。
今、この見滝原は魔法少女が二人いる。一方のマミは先の戦闘で心労をきたし、暫くは戦えない。魔法少女以外ではネミッサがいるが、怪我が原因で満足に戦えない。ほむらはたった一人、見滝原を守らなくてはならない。さやかにとって苦手なほむらではあったが、一人戦場にいかせるのは辛かった。
また疑った手前、ほむらに負担をさせるのは心苦しい。さらにはネミッサである。彼女は魔法少女でないにも関わらず戦いに身を投じ、右腕を犠牲にしてまでマミを守った。
さやかの心は、魔法少女に傾いた。

63: 2013/01/06(日) 21:41:21.72 ID:WjAemYY10
皆が仲良いことが嬉しいのか上機嫌のまどかと、それとは対照的なさやかの表情。いつもと真逆の状態で下校する。気になってまどかにネミッサが問う。

「マドカちゃん、サヤカちゃん何かあったの?」

「え? あ……、うん、昨日上条くんのお見舞いの後から……ちょっとへんなんだ」

思い直し、浮かれている自分を恥じているようだ。そういうことに気づきにくい純真さと、気づいた時に恐縮する優しさがまどかの良さでもあり、可愛さでもある。
実際には、さやかは上条と口論というか、一方的な八つ当たりを受けたようだ。あとから聞いた話ではこの日検査の結果がでて、医師に「諦めろ」と言われ自暴自棄になったとのこと。
だが、これには少々疑問が残る。いくらなんでもそのような言い回しを医者がしたとは考えにくい。恐らく、落ち込んだ上条がそう解釈し、さやかに辛く当たったのか真相ではないだろうか。ともあれ、さやかの心に上条が深い傷をつけたことには違いない。

「あはは、私なら大丈夫だよ。ごめんねネミッサ。せっかく治って会いに来てくれたのにねー」

マミのときもそうだが、空元気は見ていて辛い。ふつふつとネミッサは怒りが湧いてくる。辛い時期支えているさやかに甘えているようで、苛立たしい。さやかには悪いが彼女は男を見る目がないのではないか、そう思ってしまう。少なくともこの魅力的な女性が頻繁に見舞いに来るのに気づかないほうがどうかしている。鈍感を通り越して、わざとやっているのではないかと思うくらいだ。
そんなヤツに一度きりの奇跡を、自分の人生を使うなんて。ネミッサはそう思う。だが一方でそこまで一途になれるさやかに一種の羨望を感じざるを得ない。一般に「重い女」とされてしまうのだろうが、さやかはサバサバした少女だ。きっといいパートナーになれるはずだ。そんなさやかにそんな鈍感男は勿体無い。

「いいってば、お見舞いのお礼になんか食べに行く? ゴチするよ?」

せめて今は明るく振る舞って、さやかを元気づけたい。こんな清々しい子が報われないなんて、酷過ぎる。

「おっ、覚悟したまえー、さやかちゃんは腹ペコなのです!」

「あはは、私もいっぱい食べちゃおうかな」

「ま、マドカちゃんまで何いってんのよ! ……お手柔らかにね?」

言った手前ネミッサはたじろいだ。

「だーめ」

二人が唱和した。少し元気が出てきたのをみて、ネミッサは安堵した。

64: 2013/01/06(日) 21:42:33.47 ID:WjAemYY10
「でさ、私魔法少女になろうかと思ってるんだ」

ファミレスでの軽食中、思いつめたような言い方でさやかが切り出した。願いはやはりバイオリニストの手だという。ネミッサは頭を抱えた。そんな宣言のために元気になって欲しかったわけじゃない。いっそ魔法少女の真実を洗いざらいぶちまけてやろうかと思ったが、ほむらに止められていては言い出せない。また自分もそんなことは言いたくない。あれは重すぎる。

「……決心は堅いのね」

「うん、ネミッサやほむらには申し訳ないけどね。なってほしくないんでしょ?」

「あったりまえじゃん。あんな危険なことしないに越したこと無いよ」

まどかは二人の間でおどおどする。別段二人は喧嘩をしているつもりではないのだが、間に立つまどかには気の毒だがネミッサにもそれを慮る余裕はない。

「じゃぁさ、なんでネミッサは戦うの?」

(そうきたか)

ネミッサにも戦う理由がある。それを果たさない限り、自分は明日に進めない。それは自らの命を賭けるに足りる理由である。それは同時に、罪でもあるのだが。

「あんたに戦う理由があるなら、私にだってある」

一つは幼馴染の手を治したいから。さやかは必氏に隠そうとしているが、幼馴染への恋心は止められない。そして、その彼の夢、命ですらある左手を治し、世界中の人にそのバイオリンを聞かせたい。無理やり聴かせるのではなく、演奏をするチャンスを上げたいという切ないまでの祈りだ。
もう一つは正義の味方に憧れているから。ほむらが、マミが、ネミッサが命がけて魔女と戦う姿にさやかの正義感が大いに刺激されたらしい。確かに人間を捕食する魔女たちによって人々の生活は人知れず脅かされている。それを見て見ぬふりは出来ないという。

「そんなのアンタが責任に感じることじゃないでしょ」

例えば、犯罪があると知って一般市民が犯罪者と直接戦うだろうか。極稀にそういった人はいるかもしれない。その極稀がさやかであるのだが、魔女はさやかのせいではない。彼女一人が抱え込む性質のものではないはずだ。

「そんな危険なこと、アンタがやることじゃないよ。アタシだって治ったら復帰するからさ」

「そういうんじゃ、ないんだよ」

マミはともかくとして、ほむらにもネミッサにも叶えたい願いがあるからこそ、戦いに身を投じている。さやかは自分の願いがそれに負けないくらい強いとほかならぬ自分に知らしめたいのだ。これは完全にネミッサの理解の外にあった。ゆえに掛ける言葉を失った。危険であればあるほど、自分の叶えたい願いが強いことの証であるわけだ。戦いが危険だからやめろといったところで聞くわけがない。
馬鹿馬鹿しい、としか思えない。だが同時にさやからしい、とも思ってしまう。つまりネミッサは説得を諦めたのだ。いくらほむらに言われたとはいえ、魔法少女の真実を話さずこれを阻止することは彼女には出来ない。できることは一つ。

「うん、心配してくれているのに、ごめんね。でも、私はネミッサも助けたいんだ」

「アンタねぇ、そんな事言われたら反対できないでしょ……。でも忘れないで」

立ち上がり、いつかのように向かい合うさやかの肩を掴む。意外に強いのはあの時と同じだ。それが意味するところは。

「アンタがアタシを守るなら、アタシもアンタを絶対に守る。忘れないで、アンタもマドカちゃんも、『アタシの腕の中』にいるんだからね」

「痛いよ、ネミッサ……」

さやかの目が潤む。それは決して痛みだけのせいではない。

65: 2013/01/06(日) 21:43:06.12 ID:WjAemYY10
話が終わったところで、まどかがやっと大きく息を吐く。穏やかな話し合いではあったが、緊張感からまるで口を挟めなかった。それに気づいて、ネミッサはフォローする。

「マドカちゃんは、しないんだよね?」

「うん……みんなには悪いけど、私は……」

「いーんだよ、まどかはしなくたって。ほむらはやるな、って言ってんだし。私も言われてたけどね」

まどかが感じるもの、それは後ろめたさ。皆が命を削っているさなか、守られているだけの自分が嫌なのだろう。優しい子だ。だからこそ、QBも目をつけるんだろう。優しさに付け入り、絶望させるために。

「みんなが頑張っているのに、私だけ戦わないのは、嫌だなって」

「でもさ、ひょっとしたらアンタが一番苦しい戦いをすることになるかもよ」

二人が驚いたように顔を上げる。

「アンタが戦うのは『契約をしたい自分』だ。『ホムラちゃんとの約束を守りたい自分』とどっちが強いかだよね」

長く苦しい戦いだと思う。誰も頼ることは出来ない。また、まどかの中で最も強い『優しさ』が敵になる可能性もある。

「アンタの『みんなを助けたい優しさ』が勝つか、『ホムラちゃんとの約束』が勝つか……」

いつ終わるかわからない戦い。

「ホムラちゃんのことが少しでも好きなら……安易な『優しさ』に負けないで欲しいな」

顎を引くように小さく頷いた。

66: 2013/01/06(日) 21:44:13.70 ID:WjAemYY10
おごりでだいぶ散財したネミッサは二人を見送った後、マミ宅に戻った。

「ただいまー」

「おかえりなさい。遅かったわね」

じとっと睨むマミ。たじろぐネミッサ。

「暁美さんとは仲直りしたのかしら」

「え、まだ、で、ゴザイマス」

マミが本気で怒った時が怖いことは、あの一件で明らかだ。自分のために怒ってくれたのはわかるが、いつもの必殺技をボソリといった表情は頼も恐ろしかった。
そういえば彼女はベテラン戦士だ。しかも、魔力で生み出すリボンをマテリアルとして駆使することで攻守に凄まじい性能を発揮する。QBもびっくりの多彩さらしく、大げさに言えば天才と言えるほどの魔法少女だ。そんなマミが怒らせるのは得策ではない。そういえば、紅茶を魔力で生み出すこともあるらしい。そんな魔力の余剰があるのか、飲める飲み物を出すのは本人の魔力としては微々たるものなのか。
とにかく、そんな彼女を怒らせていいことなど、何に一つない。

「はぁ、あなたはもうちょっと勇気があると思ったわ」

「いえ、ソレガデスネ……」

「明日はちゃんと謝るのよ? ご飯はできているから、一緒に食べましょう」

「あ、食べてきちゃった……」

晩御飯の間、マミはネミッサと口を利かなかった。

なんとかマミに詫びを入れてネミッサはさやかの契約のことを話した。最初はムスッとしていたが、契約の内容の事になると、複雑な表情で話を聞くようになった。
マミに憧れている、そして、今戦えないマミの代わりに戦いたい。その思いに胸が熱くなるが、反面自分の不甲斐なさに辛い。そうなると説得は難しい。材料がない。そして、巻き込んだ自分の浅はかさが憎らしい。だが、同時に嬉しいという思いもないわけではない。本気で説得をするかどうか悩んでしまう。
ネミッサはお詫びとばかりに食器を洗いながら会話していた。これくらいしか出来ないが、マミは許してくれた。

「結局願いは、その彼のこと?」

「うん、そうみたい。ただ、やっぱりアタシも反対なんだけどさ。説得はダメだったよ」

だが、ネミッサとマミの意識の違いは、やはり魔法少女の真実を知っているかどうかだろう。マミは手放しではないが自分が師事することで生き残れると思っている。ネミッサはその先を知っているため、暗澹とした気分になっている。

67: 2013/01/06(日) 21:45:31.96 ID:WjAemYY10
「久しぶりだな。不在の時に来ていたようだが。すまんな」

「いいって。受け取るもんは受け取ったし、つかいないの知ってたし」

「ほう……。さて、今日はなんの用かな。研究で忙しいとはいえ、追い出すほど野暮ではない」

「メアリに言づけした件よ。噂くらいは聞いてるとかさ」

「勿論知っておる。今回はそれが相手か。興味深い」

「んじゃあさ……」

「皆まで言うな。当然知っておる。ただ、私の研究に関わりが薄いのでな。開発には時間はかかるぞ」

「三週間くらいで頼めるかな」

「『祭り』にはなんとか間に合わせよう」

「はー、アンタらはどこまで知ってるのよ。察しがいいというかなんというか」

「それ故、協力を求めたのではないかね。安心するがいい。久しぶりに私の本気を見せようではないか」

「はー、何その頼り甲斐」



怪我も完治し、リハビリを兼ねて街中を歩くネミッサ。しかし心はここにあらず。どうしても契約をするさやかのことで頭が一杯になる。生返事をしてしまったため、たい焼きを二つも購入してしまったくらいだ。受け取って気づいたが返すのも億劫でやめた。これを食べきって晩御飯を食べなかったりしようものなら、またマミから何か言われそうだが仕方ない。
声をかけられたのはそんなときだった。

「ちょっと、そこのあんた。ちょっといいかい」

振り返るとそこにいたのは棒状のお菓子を咥えた少女。ワイルドという印象。だが粗にして野だが卑ではない、という言葉がしっくり来る。妙な気品をたたえていた。マナーは知っているが無視している、偽悪的な香りがする少女。ちらりとみえる八重歯が可愛い。

68: 2013/01/06(日) 21:46:11.70 ID:WjAemYY10
「んー、なに?」

「あんた、巴マミを知ってるよな。どこいる?」

「ん? 今は学校だよ、あの子中学生よ?」

しれっとそれだけ返事するとその少女を上から下まで見る。ちらりと見えるおへそ、健康的な色気の足を見せるホットパンツ、長いだけでの髪を無造作にポニーテールに縛る。そんなマミとはアレコレ正反対な少女がなぜマミを知っているのか。また、ネミッサとマミが知り合いだということを知ってるのか。ネミッサは気づいていたが無視した。

「あんたさ、なんであたしがマミのこと知ってるって聞かないんだよ」

呆れ返るように言う。

「アタシとマミちゃんが知り合いってこと、知ってるんでしょ。今更何をいってんのよ」

少女が鼻白む。顔色が変わり、すっとネミッサから距離を取る。ネミッサとしては警戒させるつもりはまるで無かったのだが。

「マミちゃんとアタシが一緒に歩いてるのを見かけた、マミちゃんの知り合いって所だと思ったけど」

持て余したたい焼きを差し出すネミッサ。少女は意図が解らず戸惑う。受け取れ、とばかり鼻先に近づける。

「間違えて二つ買っちゃったのよ。捨てるのもったいないし食べない?」

「返品すりゃいい」

「んなしたって結局捨てられちゃうよ。焼きたてほやほやじゃないけどどうぞ」

「大体あたしはあんたを知らないんだぞ」

「マミちゃんの知り合いなんでしょ。ほら、冷めないうちに」

大人しく少女がたい焼きを受け取ると、ネミッサも嬉しそうに残った一つを食べる。一緒に食べると美味しい。さっきの刺々しい空気がたい焼き一個で和むなら安いものだ。嬉しそうに頬張る姿が可愛い。ネミッサに負けず劣らずのマナーで食べ終わると、指に残った餡を舐めとる。マミなら手を拭くだろうなと思ったら、自分の服で拭い出した。これにはネミッサも苦笑い。
その笑いに気づいたのか、口を尖らせる。だが、そんなに悪い子ではないことを知っているネミッサは友達になりたかった。
少女はちらちら指先を見ているが、ネミッサの指には指輪一つない。以前はそれなりの装飾をしていたが、元々何かを身につける事自体苦手なネミッサは、必要がなければ何もつけるつもりはなかった。それに気づいてからは意図的に見せるようにしていた。

「……あんた、マミの知り合いか」

「そだよ。そういうアンタも知り合いなんだね。……アタシのことどこで知ったのさ」

今度は少女が苦笑している。銀髪で、不思議な服装をした少女が日中街中歩き回っているのだ。同じように昼間遊びまわる不良少女が気づかないはずがない。そうしたらそれに不釣り合いなマミが仲良くしていたのを目撃したらしい。
それで、マミに用があったため、ネミッサに声をかけたとの話だった。不釣合いという部分には異論はないネミッサは納得した。

「ん、アタシネミッサ」

「あたしは佐倉杏子だ。杏子でいいぜ」

「よろしくキョーコちゃん。放課後になれば学校終わるし、それまでどっかで遊ばない? アタシもマミちゃんに会うし」

初対面に臆面も何もないネミッサに杏子は気をよくしたらしい。八重歯を見せて笑っている姿が可愛らしい。

「マミちゃんの友達ならアタシも友達。仲良くしよ?」

正直、ネミッサは杏子の下心が気にならないわけではないが、それは置いておくことにした。どうせ近いうちにほむらが誘うのだし、ネミッサからあれこれすることはないだろう。
この子も根はいい子なのだが……そんな子こそ、やはり魔法少女の運命に狙われるのか。

(道づれで自爆か……やるせないよね)

69: 2013/01/06(日) 21:47:44.83 ID:WjAemYY10
放課後まで杏子とゲーセンで時間を潰した二人は、不思議なまでに意気投合した。ダンスゲームを華麗にプレイする杏子に遅れをとるネミッサは若干ムキになって挑む。そんな彼女を杏子は軽くあしらう。ビデオゲームよりも体を動かすほうがお互い好みのようで、仲良く喧嘩しながら遊びまくっていた。
時間になり学校前で待ち合わせる。ネミッサは最近ここで待ち伏せることが多くなったように思う。二人ゲームセンターの景品のお菓子を食べていると、学校からマミがでてきた。

「あ、きたきた。おーい、マミちゃ~ん」

杏子より先に気づいたネミッサが近寄る。ネミッサは調子が戻ったことを報告しようとにこやかに接する。マミも同じように微笑んでいる。マミからすればネミッサはお友達で、大事な恩人だった。そのため、マミは終始ネミッサの顔しか見ておらず、ネミッサの後ろにいる古い相棒に気づかない。その顔に浮かんだ表情にも。

「今晩はちゃんとご飯食べてくれるの?」

「う、うん、ちゃんと食べるよ。……ついでに、あの子の分もね」

そういって首を後ろに向ける。そこには複雑な表情の杏子がいた。さすがのマミも驚きを隠せない。

「よぉ、すっかり腑抜けちまったった聞いたから来たぜ」

佐倉杏子。彼女もまた魔法少女である。隣町風見原を縄張りとするベテランで、一時マミに師事し行動を共にしていた。だが、信条の不一致から袂を分かち別行動をしてた。
以来マミは一人で戦っていた。ネミッサからの協力の申し出に感激するのも無理もない。その杏子が目の前にいる。感激のあまり駆け寄ろうとしたが、ネミッサが腕で制した。その動きにマミが戸惑う。ネミッサは無意識だったが、杏子の殺気というか敵意に反応した。

「なんだ、気づいてたのかよ」

ネミッサは二人の確執については知らない。マミの知り合いとして近づくものとばかり思っていた。だが、その不穏な言い回しや雰囲気に違和感を覚え、マミを制したに過ぎない。だがそれは功を奏した。マミもたたらを踏み、杏子の出鼻をくじいた。
ぎらぎらとした敵意に似た視線。恐らく杏子は誤解をしているが、それをネミッサが正す義理はない。とはいえ衆人環視のこの場で魔法少女の話をする訳にはいかない。ネミッサは場所を変えるよう提案した。

「じゃああんたが噂のイレギュラーかい?」

「違うよ」

(即答かよ)

やはり誤解していたようだと、ネミッサは即座に否定する。恐らくQBからの入れ知恵だろう。攻撃的な彼女を絡めることで人間関係をかき回すのが目的と想像できた。やはりアレは一度潰すしか無い。意味は薄いけれど。

「どういうこと?」

マミの戸惑い。察しが悪いわけではない。ネミッサが庇い方や杏子の態度から考え出されるものを否定したい意味で聞いている。間違いであって欲しい、と。ネミッサにはその気持が痛いほどわかる。出会ってからというもの、マミの心はかき乱され続けている。気の毒でならない。
マミが恐れていた、縄張り争いが現実になった形だ。マミが戦闘できない今の見滝原は魔法少女にとって魅力的な狩場だ。元々、最低限ほかの魔法少女の縄張りは荒らさないのがルールとされているが、そこのヌシであるマミが戦えないとあればそれには当たらない。杏子はそう解釈した。
そして、それを煽ったのは確実にQBだろう。なぜならば、ヤツ以外、マミが戦えないことを知ってるのは魔法少女だけ。また杏子にそれを漏らすメリットが魔法少女にはない。自分が直に奪うほうが楽だからだ。或いは共倒れを狙った第三者の可能性もあるが、その場合ほむらの存在を考慮しないと最悪三対一になるおそれがある。まずありえないだろう。

「縄張り……でしょ」

「察しがいいな、甘ちゃんの仲間には甘ちゃん、ってか」

「戦えないマミちゃんを狙うなんて、酷いわね。弟子じゃないの?」

鼻で笑われた。既に袂を分かった二人がそう簡単に手を取り合うとは思えないが、ネミッサとしては杏子の良い部分に期待したかった。

「カンケーないやつは引っ込んでな」

「そうはいかないわ。アタシはマミちゃんを守るって決めてるんだ。怪我一つさせるわけには行かないよ」

「痛い目見ないとわかんないかなぁ? 一般人?」

獰猛な表情を見せる杏子に怯む気配のないネミッサは、言葉とは裏腹に柳のような態度で受け止めている。
しかし、マミはそれをネミッサの危機と感じたらしい。あのマミが戻ってくる。

70: 2013/01/06(日) 21:48:17.27 ID:WjAemYY10
「……いい加減にして……」

ボソリという声に、ネミッサの背筋が凍り付く。頼もしくもあり、恐ろしくもあるマミが戻ってきた形だ。ネミッサを押しのけ杏子の前に立つ。よく、守る姿を母猫に例えることがあるが、マミのそれは子連れの母熊に似た威圧感を見せていた。魔法少女に変身してもない、両手をだらんと下げているのにもかかわらず、吹き出す威圧感は杏子を圧す。だが、杏子もひるまない。

「へっ、簡単に行くとは思ってないけどよ、あんたの弟子だった頃よりあたしも強くなってんだ」

宣戦布告の形をして、杏子は立ち去った。



「ネミッサ!」

杏子が立ち去り二人が体の緊張を解いた瞬間、マミの怒号が飛んだ。怒りの表情のまま目には一杯の涙を貯めている。先ほど立ちふさがったネミッサの行動に怒っていた。自分をかばって大怪我をしたあのときの状況が思い出されたのだろう。

「また貴女は無茶をして! あの子は魔法少女なのよ! 喧嘩になっていたら貴女どうなっていたか!」

まくし立てるほど気が高ぶっていたため、ネミッサがたじろぐほどだった。もはや、マミは戦いへの恐怖を乗り越えた。だが、ネミッサが傷つき失う恐怖はまだ残っている。またマミは自分にも怒っていた。杏子も共に戦ってくれるという甘い考えをしていたため、あたらネミッサを危険な目に合わせたことを。

「うん、ごめんねマミちゃん。でも、ホムラちゃんだけじゃない。アタシはアンタも守りたいんだ」

マミのまくし立てる説教が止まる。

「ううん、マドカちゃんも、サヤカちゃんも。キョーコちゃんだってそう。だからアタシが割って入れば戦うことがないって思ったの。ごめんね」

振り上げた拳を納めるのに数瞬かかった。だが、ネミッサの気持ちを聞いては納めない訳にはいかない。

「馬鹿な事言わないの。私にも貴女を守らせて。そうじゃないと、私、戦えなくなっちゃう。正義の味方なのに」

「うん、ごめんね。でも、お互いにお互いを守ったらきっと最強じゃない? それじゃダメ?」

ネミッサが伺うようにマミの顔を見る。先ほどの怒りもどこへやら。上目遣いのネミッサにすっかり毒気を抜かれたマミは微笑んでいた。

「ふふ……欲張りねえ。相棒さんともそんな関係だったのかな」

「そうだよ、だからアタシは戦いに勝てたんだ。あいつと一緒にね」

「妬けちゃうな……」

「……こないだからアンタ変よ?」

マミは顔を赤くして否定する。だが、確かにこの間からほむらやら相棒さんやら、ネミッサの友人関係に嫉妬しているような気がする。

(困ったなぁ、私、こんな嫉妬深かったかなぁ)

71: 2013/01/06(日) 21:49:49.07 ID:WjAemYY10
マミとネミッサは帰り道、さやかの話をし続けた。学校で話をした限りではもう契約を決めたようだ。マミも説得を試みたようだが、残念ながら上手く行かなかった。そんな思いからマミは元気が無い。時間的にはそろそろ契約してしまっていると思い、二人とも暗澹とした気分でしか無かった。

「マミちゃんでも無理か」

確かに、『危険なほど自分の意志の強さの証になる』のなら危険度からの説得は無理。叶えたい願いが現代医学で叶えられないのだからその面の説得も無理。加えて、彼女の正義感には街のほかにまどかのことまで入っている。誰がしたところで難しい。

「せめて、私が指導して、戦えるようにしないと」

しかし懸念はある。先の佐倉杏子のことだ。彼女がマミの縄張りを狙っている以上、衝突する可能性が大きい。だが、マミは戦う意志を固めているし、ほむらもいる。その状態でさやかだけ狙うことは可能だろうか。また、向こうは気づいていないがネミッサも戦うことはできる。さやかを一人にしない限り、杏子に勝ち目は薄い。もっとも、こちらも無傷というのは難しいだろうが。

「そういえばマドカちゃんはどうしたの? あの子が狙われたらやばくない?」

「いえ、さすがに一般人を狙うような子ではない……わ」

信じたい気持ちと、皆を守るための思いで揺れる。マミにとっては辛い相手だ。それを見越してQBは彼女を呼び込んだのだろうか。腐ってる、ネミッサは歯噛みした。
そんなさなか、マミにテレパシーが送られた。相手はまどかだ。

”マミさん! マミさん! 助けてください! 仁美ちゃんが! 魔女の口づけを”

”鹿目さん? 落ち着いて”

”今私のお友達が、魔女に操られて、私も腕を掴まれてます”

”どこにいるの?”

”町外れの…廃工場です…”

まずかった。自分達は丁度街の反対側にいる。それに気づいた瞬間、マミは走り出していた。魔力を使った疾走だがネミッサも喰らいつくように追いすがる。だが、暫く走るうちにネミッサが遅れてきた。肉体を強化してあるとはいえ、魔法少女の強化には敵わない。マミはわずかに後ろを気にする。

「先に行って! アタシは後から!」

「わかったわ!」

より強化を強めたのだろう、更に速度を上げてマミが走る。一方のネミッサは足を緩めながら携帯を取り出しほむらを呼び出す。暫く呼び出すうちに繋がる

「まどかね?」

「廃工場! マミちゃんが行ってるけど遅れる。アンタも行ってあげて」

返事をせずほむらから通話が途切れる。ほむらがまどかを見捨てることはあり得ないからこれで向かってくれるだろう。自分も廃工場の場所なら知っている。ネミッサも急ぐ。

ネミッサが到着すると、割れた窓ガラスから投げられたのか洗剤とバケツが落ちていた。多分混ぜると有毒ガスが発生する類のものだろう。自殺を連想するそれを一瞥すると、もはや静かになっている工場内に立ち入った。
腰が抜けているまどかと、魔女の被害者たちに混ざり志筑仁美が倒れていた。その側には魔法少女の衣装にさやかが立っていた。肩と背中を出した騎士風の衣装に、首で止めたマントで肩や背中を隠す。なかなか露出が多い。騎士といいサーベルといい、さやかの正義感が現れているようだ。

「無事だったの?」

魔法少女になって初めての戦いで魔女を撃破したらしい。たまたま相手が弱いものであることを差し引いてもかなりの才能を持っているようだ。得意満面のさやかがネミッサに自慢げに声をかける。

「へっへー、ネミッサみてた? 私の華麗なデビュー戦!」

「アンタ、浮かれすぎてない……。やだよ、そんなんで大怪我したら」

ただ、初めて戦ったのが魔女で、それを難なく倒しているのはなかなかない。マミにしてもデビュー戦は使い魔で、散々な結果だった。それを思えばさやかの結果は上出来どころの騒ぎではない。マミの見立てでは魔力もかなり高いという。鍛えればきっと優秀な魔法少女として街を守ってくれるだろう。
それは言い換えれば協力な魔女になることの証でもあるのだが。
まどかは震えていた。ほむらが到着するまで、立てないほどだった。さやかが契約してしまったことをほむらは心底落ち込んでいたが、すぐに切り替えることにした。腰を抜かしたまどかは、ほむらではなくさやかの手を取って帰宅した。その背中を見つめるほむらは、複雑な表情で見送った。

72: 2013/01/06(日) 21:50:28.80 ID:WjAemYY10
その翌日からは、魔法少女になるためのさやかの指導が始まる。世話好きなマミは嬉しそうに説明していた。嬉しいという晴れの表現が望ましいとはいえないが、少なくともマミはさやかを氏なせないため、正義の味方にする努力を望んでいた。戦い方は遠距離近距離と違うが、魔力の使い方や心構え、魔女への対応などを指導する。
ネミッサは指導から外れている。魔法のシステムやら戦い方が違いすぎる。そもそもソウルジェムがないのだから仕方ない。

「気に入らないの?」

「あやさないでよ?」

部屋であぐらをかき、ふてくされるネミッサ。いつものように紅茶を出すマミ。ネミッサには紅茶の良し悪しは解らないため、マミの紅茶を飲んでもあれこれ言ったりはしない。だが知らず知らずのうちに外で紅茶を飲まなくなったのは確かだ。それだけマミの紅茶に『毒されている』のが見て取れる。無作法に飲んでもマミは微笑んで受け入れる。ティーカップの持ち手すら持たないと滑らせてしまうのだがお構いなしだ。

「ふてくされないの」

「だから違うってば」

ネミッサが気になっているのはさやかの契約のことではないし、教育を外れたことではない。今後どうなるかということだ。魔法少女の魔女化、佐倉杏子の動向、ほむらが挑む大きな魔女の存在。さやかに振りかかるそれを彼女ははね退けることができるか、どうすれば助けることが出来るか、そればかり考えていた。
自分が魔力を持った悪魔だとしても運命をはね退けるだけの巨大な力があるわけではない。ほむらはその細腕でまどかに振りかかる運命を打ち払おうと努力しているのだ。ほむらの力になるには、さやかでそれをやり遂げなければならない。そして、また信頼を勝ち取るのだ。

悩み苦しむネミッサを助けたくて、マミは背中から立膝で抱きしめる。ふわりと包み込むような優しい動き。

「ねえ、暁美さんもそうだけれど、私を頼ってはくれないの?」

ネミッサは無言。

「貴女や暁美さんは優しい子。そして不器用な子。人に頼ることが苦手な子」

以前、無言。ぶすっとした表情で茶を啜る。

「美樹さんのことは私に任せて、貴女は貴女の望むことをして?」

口元を真一文字に結んだまま。

「お願い……、私を頼って……、貴女の力に、ならせて」

マミの声がひび割れる。

73: 2013/01/06(日) 21:52:19.30 ID:WjAemYY10
さやかの教育を外れたネミッサは、終日天海市にいた。さやかのことはマミに任せるしか無い。可能であればさやかを杏子から守りたかったが、頼って欲しいというマミの願いに応じることにした。自分には自分にできることがある。そう信じて。幾つも訪問先をめぐり情報や武器を回収するとその晩遅く帰宅した。
頼んでいくらも日数も立っていないのにかなりの収穫があった。特に、研究や情報は非常に多くの話や資料が集められた。あのサマナーの相棒というだけでこれだけの人が自分に力を貸してくれる。

(私は頼っていいんだ。マミちゃんだけじゃない。みんなに、ホムラちゃんに)

資料をマミの部屋に置くと、ほむらを探しに夜の街を走りだした。ほむらを探しに、謝り、力になるために。

「キュゥべえ、いる?」

「なんだい? 君が呼ぶのは珍しいね」

白い珍獣が姿を現す。この黒幕ではあるが、恐らく悪意がない。事務的に或いは機械的にそれらしく振る舞う人格を持っているにすぎない。この生態に一番近いものとしてネミッサは『蟻』を想像した。群体として全体主義のような動きをするものとしてそれがそっくりのように思えたのだ。無限増殖するあたりも似ている。

「みんなどこにいるか知らない?」

「案内するよ。みんな同じ所にいるんだ。急いだほうがいい」

「厄介事?」

「佐倉杏子が来ているよ」

(やっぱりか、自分で招きこんだくせに)

夜の街を走り抜ける。QBの後ろを追いかけるが、コンパスの差なのか歩幅が合わなくなっている。止む無く隣に並ぶと小脇に抱える。次いで頭に乗せるとしがみつかせた。案内するように怒鳴ると大人しく方向を指示させる。だが回り道を指示されてはたまらないので、徒歩で行ける最短距離と釘を差すのも忘れない。
目標の歩道橋に差し掛かると、ネミッサから降りて手すりを駆け上がる。遅れる形で階段を駆け上がり、全員が揃っている場にネミッサもたどり着いた。だが、様子がおかしい。幅の広い歩道橋は戦うスペースがあるうえ人通りが少ないので魔法少女の格好でも目立たない。
遠目に、まどかが何かを道路に投げつけたのが見えた。しばらくして合流するが、気がつくとほむらの姿がない。
制服姿のままの、さやかがゆっくりと倒れた。
魔法少女の衣装の杏子が首を掴み脈を確認し、驚きと苛立った怒りの声を上げる。

「コイツ、氏んでるじゃねーか!」

騒然とする一同に、いつの間にか歩道橋の手すりに座っているQBが呆れ返るように言う。

「まどか、友人を投げるのは感心しないよ」

ソウルジェムは、魂。そして魔法少女になることは肉体から魂を取り出しソウルジェムの形に封じ込めること。そうすることで肉体の損傷が大きくても魔力などで修復しさえすれば復活することが出来る。ソウルジェムへの痛覚を遮断することで大きな痛みを感じること無く戦うことも可能だというのだ。だが、ソウルジェムが肉体を操作する範囲は百メートルほど。ただ淡々と、事務的に説明するQBに全員が戦慄した。唯一ほむらを除いて。

「便利だろう?」

74: 2013/01/06(日) 21:52:46.76 ID:WjAemYY10
契約の詳細を知らせずゾンビにさせられたことを激昂する杏子、呆然とするマミ。その横で、ほむらが回収したソウルジェムにより息を吹き返したさやか。
そして、真っ青な顔で立ち尽くすまどか。
ネミッサの心は嵐だ。事実を知っているほむらや、強靭な精神力でねじ伏せる杏子はいい。なりたてのさやかやマミはどういった反応を示すか全く予想がつかない。特に、QBを家族のように思っていたマミの心理状態が恐ろしい。長年に渡って騙されていたことを知り混乱しているかもしれない。
元々、信条の合わないさやかと杏子の頃し合いの場としてここに集まったはずではあるが、全員があまりの衝撃により戦うことができなくなってしまった。まどかはさやかを抱きかかえ、心もとない足取りで帰る。一方マミはその場にしゃがみ込み立ち上がれない。

「マミちゃん、大丈夫?」

どうしてこう、この子はここまで苦しめられなければならないのか。事故に合い、両親が氏んだ中一人だけ生きることを願ったことが罪深いことなのだろうか。真っ青になったに焦点すら合わない瞳。真っ赤な怒りが蛇のように擡げる。マミに肩をかしながら、ネミッサはほむらに向き合う。

「ホムラちゃん、知ってた?」

「ええ」

マミはぼんやりとその話を聞いていた。マミはこの事実についてのことと理解したが、二人は違う。これは二人だけの密会。

「そう、なら……、もうこんなのは沢山。アタシを信じられないかもしれない。アタシも戦わせて」

「私は貴女を信用することが出来ないわ」

「アンタのためなんて言わない。アタシはマミちゃんのために抗いたいの。それがアンタのためになるだけならいいでしょ」

ぶるぶると、マミが震えてネミッサの服を掴む。その様子を暫くほむらは見ていた。

「まだ信じられないならアタシと契約して。あの時のグリーフ・シードと引き換えにアンタに忠誠を誓う。どう?」

ほむらは契約という単語に一瞬不快感を示したが、それは違うものとすぐに理解したようだ。

「アタシはアタシの魂にかけて、アンタに忠誠を誓う。悪魔との契約はそういうもんよ。対価もすでにもらってるし、アンタに実害はないはずよ」

ネミッサは悪魔を使役する契約のことを言っていた。もう四の五の言っていられない。マミを守りほむらを助けるために、自らを投げ出す決心をしたのだ。

「利用するだけ利用するといいわ。アタシもアンタを利用してマミちゃんを助けたいの」

「……いいわ。せいぜい利用させてもらう」

「それでいいよ。利用して」

筆者の意見ではあるが、最も契約として信用できるものは、お互いの利益がハッキリ分かることだと思う。いわゆる詐欺などに対しては「それをして相手は何を得るのか」をちゃんと把握しないといけない。把握した上であれば騙される確率は減るだろう。
彼女たちがもう少し世間スレしていれば、魔法少女の契約をする際にQBがそれで何を得るかを疑問に感じるだろう。だが魔法少女の華やかな部分、人知れず魔女と戦う使命感、自分の願いを叶える奇跡、それらに気を取られることを責めるのは中学生には酷だろう。ましてやマミにいたっては選択の余地すら無かった。哀れとしか思えない。

「アンタはマドカちゃんを魔法少女の運命から救うこと。アタシの目的はマドカちゃんを救うことでアタシの罪悪感を払拭すること。そして、アタシの腕の中の魔法少女を救うこと、当然、アンタもだからね!」

ほむらを睨みつけながら、ネミッサは誓った。

75: 2013/01/06(日) 21:54:06.69 ID:WjAemYY10
震えるマミの体を抱き、部屋まで運んでいく。真実の重みとQBの裏切り。その心の痛手はネミッサの理解できるものではなかった。出会ってからずっとマミを泣かせているように思えて、ネミッサは息が苦しい。突き飛ばされるかとも思ったが、その手はしっかりとネミッサの服を握りしめ離す様子はなかった。

「ごめんなさい……ネミッサ」

「いいのよ、アタシも一日空けてゴメン」

弱々しく首を振る。この期に及んで、マミはネミッサを気遣う。それがネミッサには苦しい。

(自分のこと考えなさいよ、馬鹿)

泣けてくる。マミの心遣いに、自分の不甲斐なさに。心労からかすっかり肌の潤いを失った姿に心が締め付けられる。やりきれない思い。
いつかとは逆にマミを横抱きにすると、ベッドに寝かしつける。そしてあの時とは逆にネミッサがマミの手を握る。

「ありがとう」

「いつかのお返しだね」

努めて笑う。あのときのマミがしてくれたことをネミッサがお返しする番だ。

「アタシが一緒にいてあげる。アタシはそばにいるよ」

「……裏切らない、よね」

「あったりまえじゃん! 自分が苦しいって時だったのに、アンタ誰の看病したのよ? アタシ忘れないよ」

「……あり……が……とう」

マミはそれだけ言うと、静かに泣きだした。マミが持っているグリーフ・シードを使い、ソウルジェムの穢れを取る。この処理やマミの様子はほむらに相談するしか無いだろう。そのときに合わせて、さやかのことを相談する。杏子がどう出るかが不明だったが、必要ならネミッサが護衛に当たることも言おう、そう方針を決めた。
夜が明けるまで、ネミッサはマミの手を離さなかった。



数日後、ネミッサはさやかが行方不明になったことを知った。

76: 2013/01/06(日) 21:54:45.99 ID:WjAemYY10
マミはショックと闘いつつも、さやかの指導を行っていた。
ネミッサは天海市とマミの部屋、あるいはほむらの部屋を往復し、来るべき災禍の準備を進めていた。魔法少女でない自分が来ることを快く思っていない人物がいたため、パトロールに行くよりはと積極的に準備を行なっていた。
ようやく立ち直ったマミとともに、まどかとほむらに出会う。まとまった資料を元にほむらと相談を行うためだ。丁度パトロールの時間に合わせたのだが、意外な人物がいた。杏子である。なんでもこの間のいざこざから、グリーフ・シードをさやかから譲り受けることで決着したのだが、新人のさやかは手持ちがない。そのため、訓練と称し杏子の目の前で魔女を倒し、そのグリーフ・シードを渡した。
だが、そのためにさやかは杏子ですら背筋の凍る戦法をとった。

「あいつ、痛覚遮断して戦ってたぞ」

痛みを遮断し、さやか自身が持つ回復能力を常時使用することで自らのみを顧みない戦い方をしたらしい。全身血まみれになりながら狂気にも似た笑い顔は忘れられねえ、と杏子は身震いしながら言う。

「なんて戦い方してんのよ」

「止めさせるべきね、魔力の消費もそうだし、何より心が心配よ」

ネミッサもマミと同意見だ。そんな状態で行方不明となってはいつ彼女が壊れるかわかったものではない。せめて目の届くところに置かないといけない。だが、ネミッサには懸念があった。

「ねえ、マドカちゃん…『なにかあったよね』」

そんな捨て身な戦い方をするきっかけがあったはず。詰問する言い回しに明らかに怯えるまどか。ネミッサは怯えには気づいたが、悠長なことは言っていられなかった。それに、ネミッサに怯えるだけならここまでとは思えない。ひょっとしたら、先の狂気の戦法を直に見てしまったのではなかろうか。

「学校で、なんかあったんじゃない?」

まどかが恐る恐る話したことは、ネミッサの逆鱗に触れるに充分の内容だった。
さやかの願いにより、動かなくなった左手が元通りになった上条恭介はその後退院した。だがそのとき、一番つらい時期を支えたさやかに退院日を知らせなかったようだった。まどかは庇うように『諦めていたものが治り舞い上がっていたのでは』とフォローしたが、ネミッサの表情が変わったことに怯えていた。ついで、志筑仁美の宣戦布告。

「いっ、一日だけ待つから、上条くんに告白してって。そうしたら仁美ちゃんが告白するからって」

「はぁ!?」

ネミッサの大声にまどかが怯える。怒りの色が含まれているために、余計に怖がってしまう。ほむらはじろっと睨むが激昂してるネミッサには届かない。

「仁美ちゃんもね、ずーっと上条くんのことが好きだったの。だけどさやかちゃんの気持ちを知ってて我慢していたみたいなの」

だが、その苦しみから、心に変調をきたし魔女につけこまれたらしい。それをさやかが魔女を屠ることで救った。皮肉が効いていた。魔女から救われ学校に復帰した仁美は退院した上条を見て、我慢の限界を迎えたのかもしれない。
だが、さやかは告白が出来なかった。魔法少女、即ちゾンビになったこと、自分がいつ戦いで命を落とすかわからないことがそれを躊躇わせた。そして、あのとき志筑仁美を助けなければよかったと正義の味方としてあるまじきことを一瞬でも思ってしまったこと。それらがごちゃごちゃになり、失踪してしまったようだった。

「それだけじゃないでしょ」

「ああ、あいつ、まどかになんか当たってたな」

「それ、ホント?」

詰め寄るネミッサに怖気づくまどか。申し訳ないとは思うが、ネミッサもさやかの情報が知りたい。ここはまどかに色々詰問せざるを得ない。怯えるネミッサを制するようにほむらが肩を抑えるが、容赦なく振り払う。

「う、うん……私が、魔法少女じゃないのに、勝手なこと言って、責めちゃったの。さやかちゃんのためにならないって」

それに苛立ったさやかはまどかに辛く当たり、自暴自棄になって走りさってしまった。恐らくそれが最後の引き金になってしまったようだ。恐らく、さやかは親友のまどかに当たった自分を恥じたのではないだろうか。それきりさやかは家出をしてしまった。

「探す」

「ったりめえだ。あの半人前、メンドーかけやがって」

ネミッサは知らないが、杏子はことあるごとにさやかに声をかけていたらしい。のちのちの話では『どうしても気になって仕方ない』とのことだ。だが、マミを信望するさやかは、杏子の生き様が気に入らない。
杏子は使い魔を放置する。そして人間を『食わせ』大きく『魔女』になったところを狩るという。グリーフ・シードを得るためだ。その行動は、使い魔も倒すマミやさやかの信条と食い違っていた。マミと袂を分かつようになったのもそれが一因だった。

「私も探すわ。学校のある間は、二人にお願いするね」

「任せて」

ネミッサは思いたち、ふと呟く。

「行き先に心当たりのありそうなやつがいるでしょ。会わせて」

言葉の真意に気づきほむらが息を呑む。まどかは怯えたまま。ネミッサの云う二人に気づき頷く。
ほむらは判断がつきかねた。ネミッサがいう二人が上条と仁美であることは想像に難くない。だがそれだけだろうか。先程からの苛立ちや怒りがほむらの心に不安を残す。だが、二人から話を聞くだけと言い張るネミッサに会うなとはいいづらい。代わりにまどかや自分が聞き出してもいいと提案したが、ネミッサは『会わせろ』の一点張りだ。せめて何かをしでかさないよう、ほむらはその場に居合わせることを決めた。

77: 2013/01/06(日) 21:56:35.27 ID:WjAemYY10
放課後、校門前からやや離れた物陰でにネミッサは立つ。マミをまつ銀髪のネミッサは名物のようなものだった。だがその表情にいつもの朗らかさがないため、周囲に威圧感を撒き散らしていた。ほむらたちより先に下校したマミはその表情に不安を覚えた。何かするのではないかと思うと、気が気ではなかった
ほむらとまどかに連れられ、松葉杖の上条とそれを支える仁美が現れる。仲睦まじい姿に告白が実ったことを察したネミッサは、迷うこと無く真っ直ぐ二人に近づく。慌ててマミがそれを追う。

「カミジョー、ヒトミちゃん。単刀直入に聞くわ。サヤカちゃんの行き先に心当たりない?」

ほむらが一瞬表情を変えるが構わず話をする。

(二人の名前を知っている? まどかが教えたの?)

「あ、あなたは誰ですか?」

上条の反応は当然だろうが、ネミッサはそれすら無視して二の句を続けようとした。

「あ、この子はねネミッサちゃん。外国から来てるんだって。さやかちゃんを探すのを手伝ってくれるんだって」

ひどく慌てながらまどかが説明する。早口になっているのはネミッサの様子がおかしいからだろう。何か言っていないといけないような気がしていた。その肩をほむらが支える。それだけでまどかはほっとしたような顔をした。

「は、初めまして……」

「そんなのいいから、心当たりは?」

ネミッサはにべもない。口調もそうだが、まっすぐ二人を見据える視線が厳しい。
ほむらはネミッサを合わせたことを後悔した。これからネミッサはとんでもないことをするかもしれない、そんな予感があった。だが、ほむらの不幸は彼女の根があのおどおどしたほむらだということだ。ループを繰り返すうち発生する問題に対して対処するすべはあり、それを冷静に対処するのでクールで優等生的に思われるかもしれない。だが、こういったループにまるで無いネミッサの行動には対処が遅れる。

「……わ、わかりません……」

二人は叱責を受けているような気持ちになり萎縮する。

「そう、ならしかたないわね」

その言葉で終わったと感じたのか、ふっとまどかが呼吸を漏らす。何もなかった、よかったと、言わんばかりに。

「なら次の質問。なんで探し行かないの? 親友と、幼馴染なんでしょ。薄情ね」

「ネミッサ! 言葉がすぎるわよ」

上条の足と仁美の家の事情をさやかから聞いているマミが咎める。だが、それすら無視して言葉を続ける。

「ひょっとして、アンタらが原因なんじゃない? サヤカちゃんがいなくなったのって」

仁美が息を呑む。射殺されそうな視線のネミッサに完全に怯えていた。だが、支える上条の腕が逃げ出すことを許さなかった。

「アンタが一番苦しい時、アホみたいに明るい笑顔で支えた幼馴染がいなくなったってのに、アンタなんで探さないの?」

マミが言葉を失う。ネミッサにマミが看病したように、ネミッサもまたマミを見守ってくれた。そのおかげでQBの裏切りから立ち直れたようなものだ。そんな恩義を忘れないネミッサに取って、上条の態度は許せないのだろう。だからマミは何も言えなくなった。

78: 2013/01/06(日) 21:57:25.47 ID:WjAemYY10
「アンタは、『カミジョーへの告白を一日待つ』とか言って、サヤカちゃん追い詰めたらしいわね。どう? 親友追い詰めて幼馴染も奪った気分は」

「止めて! 仁美ちゃんも苦しかったんだよ! だから、あんなことになって」

「苦しかったらなにしてもいいのか! 相手の事情も気にせず追い詰めていいのか! それがいいならアタシが何やったっていいはずだっっ!」

まどかも言葉がない。言い返すほどの経験がないこともあるが、さやかと仁美、双方の事情を知っているだけにどちらかに偏ることが出来ない。

「あ、あなたに何がお分かりですか! わ、私がどれだけ苦しんだか! 悩んだか! 私だって……」

苛立ったネミッサは雷球を作り出し、地面に投げつける。激しい音が響く。『だまれ』。そう言っているかのように。

「だから一日『告白をまってあげた』んでしょ。譲歩したフリして一方的に期限切って、一方的にルール押し付けてたんだ、かなり有利だったろうね」

「そ、そんなこと!」

「時間をもらったサヤカちゃんは追い込まれたでしょうね。勇気を出して『譲歩してくれた』アンタの気持ちを初めて知って、整理する時間すら無かったんだから」

「ネミッサ! いい加減になさい!」

無視。

「待ってくれ、僕はさやかにそんなことされてない。さやかが、僕を……?」

「だろーね。事情があってね……アンタを諦めたんだもの。本気で気づかないとか、わざとやってんのかと思ったわ」

一呼吸置く。

「アンタ事故った左手治ったんだってね。おめでとう。その件でアンタに毒打ち込みたいのよ、受け取って」

「止めなさい!」

無視。

「『奇跡も魔法もあるんだよ』かな。逆? 医者が見放した腕が動く前、そんなこと言ってなかった?」

上条には心あたりがある。さやかが探してくれたレアなCDを動かない左手で叩き割ったときの、さやかが真剣な顔で言っていた言葉だ。あれは完全な八つ当たりだった。それでもなお、さやかは上条に優しく接していた。幼馴染という部分に甘えていたのは、上条の方だった。

「アンタの左手はサヤカちゃんが治したんだよ。その引換に、アンタたちと違う世界に……」

ネミッサが吹き飛ぶ。ほむらが拳でネミッサの顔を殴りつけた。華奢なほむらではあったが魔力で強化した力は上条に近い長身のネミッサを黙らせるには強すぎた。だが、たたらを踏んだだけで堪える。ほむらの失敗は、無理やりネミッサを黙らせたことで、図らずもネミッサの言い分を肯定した形になったことだった。
殴られたはずがほむらを一切に見ずに、上条と仁美を見据える。

「これで逆に信じてくれたかしらね。アイツはアンタたちとは違う世界に行ったのよ。アンタの腕と引換に、いつ氏んでもいいような世界にね」

二人は全く頭がついていっていない。ただわかることはネミッサの叱責が一理あり、一縷の後ろめたさを持っていたためか返す言葉もない。これはネミッサの唯一の復讐でもあった。どちらが正しいとかではない、ネミッサはそこまでさやかを追い詰めた二人を許せなかった。

「バイオリン引くたびに思い出すといいわ。アタシから言いたいのはそれだけ」

踵を返し振り返らず立ち去るネミッサ。その後ろでうなだれる上条と仁美。なだめるまどかを横目に、ほむらはネミッサを睨み続けていた。それをただ一人マミだけがネミッサを追いかけた。

79: 2013/01/06(日) 22:00:56.78 ID:WjAemYY10
ネミッサを追いかけ、マミが近寄る。先のネミッサの暴走により、さやかが戻った時の二人の態度がどうなるであろうか。さやかをなじるか、逆によそよそしくなるか。見当がつかない。
また、まどかがすっかり悲しんでしまい、ほむらが怒るであろうことは想像に難くない。まさに彼女が行ったことはただの暴走であり、暴挙だ。
だが、同時にネミッサの気持ちもわからなくはない。ネミッサはマミに看病してもらった恩を忘れてはいない。それはそもそもマミを庇っての怪我であるのだから、ネミッサが恩義に感じることではない。にも関わらずネミッサは恩として返した。彼女の情に厚い心の現れだ。そんな彼女が、幼馴染の支えをまるで気づかない、あるいはそのフリをしていることが許せなかった。
何気ない会話でいうことは、ネミッサはしきりにマミやほむら、さやかにまどかを褒めるのだ。可愛いから始まり、優しい、楽しい、守りたいなどなど。それを面と向かって言われるマミは赤面してしまう。堪ったものではない。
だからマミは思う。ネミッサは悪い子ではない。その証拠に、あんなに泣いているではないか。

「ひどい顔ね」

「う、うるさいなぁ」

乱暴に顔を拭い、自分の行動を悔いている。だがそれを言い訳にしない。全て自分が悪いと。なるべくマミに顔を見られないようにすると、ぶっきらぼうにいう。

「サヤカちゃんを探す」

「ちゃんとあとで謝るのよ? 暁美さんにも謝れたんだから、平気よね」

「うるさいなぁ、アンタはアタシの母親か」

「そうね、ふふ、中学生だけど、あなたのママになってもいいかもね」

「馬鹿、知らない」

そう行って駈け出したネミッサを見送ると、母親のつもりになって、ネミッサの後始末に行く。

(まず、あの二人に謝らないとね。暁美さんも怒っていたけど、大丈夫かしら)

身を引き締めた。

80: 2013/01/06(日) 22:01:32.32 ID:WjAemYY10
突然のことに打ちひしがれる二人に、戻ってきたマミが声をかける。

「ごめんなさい、二人とも。ネミッサが酷いことを言ったわね。私から謝ります」

「いいえ、そんなことありませんわ。ネミッサさん?のいうことも一理ありますから」

ほむらは判断がつかない。ネミッサの言い分も分からないではない。自分は苦手だが、さやかに寄った味方であればああいう意見もある。だが情けないことに、恋愛経験がないばかりか人間関係の経験すら少ない自分には判断が付かない。先の暴走でまどかが怯えてしまったことは苛立たしいが、それ以外に腹が立たないのはそのせいだろうか。マミが労るように二人のクラスメイトに話しかける。穏やかに優しく話しかけるその姿に羨望すら感じる。

(ああ、私はやっぱりあのときのままなんだな)

マミがいなければあの二人を労ることも出来ないし、怯えたまどかも落ち着きを取り戻さなかったろう。自分にはとても出来ることではない。
ネミッサのお陰で、この光景がある。ネミッサのせいでもあるわけだが。

「あの、暁美さん。さやかに何があったか、知ってるんだよね」

さやかが愛した、端正な顔がほむらに近づく。精悍とは言えない顔立ちの眼には力がある。バイオリンの天才として努力を研鑽をしてきた彼は、凡百の学生とは違うアクシデントに負けない心があった。

「わ、わたくしは……」

「美樹さやかはあなた達の知らない世界に足を踏み入れた。私と同じように。そして、不幸が重なって今とても苦しんでいる」

「大丈夫、私もネミッサも必ず美樹さんを無事に連れて帰ります。あなた達は……そのとき美樹さんを受け入れてあげて?」

(そしてそのときは、ネミッサを許してあげてね……)

それはマミのちっぽけな祈り。

81: 2013/01/06(日) 22:02:06.10 ID:WjAemYY10
夜を走り抜ける杏子。杏子にはさやかの行き先の心当たりがあった。それは魔女の結界。それが使い魔であろうとなんだろうと戦い倒すことは彼女の正義だった。だから手当たり次第に結界に入っていると予想した。そこなら出会える、捕まえられる。
杏子が魔法少女になったのは、父親のためだった。父親は宗教団体に所属しており、教団の教義を自らの教会で説法していた。新聞記事を見ては心を痛める優しい誠実な父親は、時に教義とは関係ない説法をするようになる。杏子にとってはそれはそんなに人として間違っていることには思えなかった。だがそれにより教団本部から疎んじられ、やがて破門。徐々に生活も困窮していった。
『みんなが父親の話を聞いてくれるように』彼女はその願いで魔法少女になった。それにより父親の支援者も信者も増え、家族にも笑顔が戻った。杏子は裏から、父親は表から世界を良くする、そう信じて杏子は戦いに身を投じたのだ。その頃マミと出会い、マミを師匠として魔法少女として辛くても報われる二重生活を続けていた
父親にその事がバレるまでは。
キリスト教系だったのだろうそれにとっては、彼女の魔法は悪魔の所業と写った。我が娘を魔女と罵り絶望し、無理心中を図った。支援者や信者が増えたのは自分の力ではなく、悪魔の力によるものだったと知った彼の絶望はそれだけ深かったといえる。聞くまでが杏子の願いで、その判断は聞いた人それぞれであったはずだったが、今の杏子にとってはもはや無意味な話だ。
心中から生き残った杏子は、犯罪を繰り返しながら生きながらえ、魔女を狩り続けた。父親の望むものと全く反対の生活をしつつ。この頃、ともに行動していたマミとも袂を分かった。魔法は全て自分のために使いべきという信条のもと衝突したためだ。マミは自分のために魔法少女となり人のため魔法を使い、杏子は他人のために魔法少女になり自分のために魔法を使う。こんな皮肉の効いた話もないだろう。
杏子はさやかに自分の姿を見た。思いを告げられない男に魔法を使ったさやかが他人ごとには思えなかった。だから衝突もしたし、諭そうともした。だがマミを信奉するさやかにとって杏子の考えは許せるものではなく、幾度と無くぶつかり合った。ネミッサに歩道橋の上で目撃される前には本気の頃し合いをしたほどだった。ほむらが割って入らなければ、どちらにせよ氏体が転がっていたはずだ。
ややもあって、ネミッサが合流する。時間で待ち合わせした場所に移動した。二人とも長時間走り回っていたはずだが息が上がっている様子はない。だが、表情から焦燥感が見て取れる。二人とも言葉がないのは、見つからなかったということだろう。だが、しばらくしてネミッサが口を開く。

「アンタ体大丈夫?」

「そっちこそいいのかよ、倒れても知らねえぞ」

「ま、それもあんだけどさ、サヤカちゃんだって四六時中戦えるわけじゃないでしょ」

「ねぐらとかか、どっかあるかもな。最後その辺探して……」

「思い当たる所、あるの?」

杏子はいわゆるホームレス状態だった。魔法の力を使い、空いているホテルの一室に不法侵入することはあったが、概ね野宿であったり、荒れ果てた元教会での寝泊まりだ。仮に大金を持っていても、中学生に泊まれる施設などあるわけがない。通報されて逃げ出すのがオチだ。

「体が心配ね」

「仮にも魔法少女だからな、その気になれば風邪も病気も無縁だし、変な男に襲われても……」

「ああ~嫌な想像させないで。口リコン親父にサヤカちゃん襲われてたら泣くわ」

「茶化してんじゃねえよ一般人」

一般人じゃない、と反論しても仕方ない。筋力などでは魔法少女に敵わないのでは一般人扱いも仕方ないだろう。
さやかの無事を祈り、その日は解散となった。



翌日から捜索を再開したが、奇妙なことが起きた。捜索の合間、見知らぬ人間に声をかけられるようになった。一瞬補導されるものと身構えたがどうも様子が違う。聞いてみると、志筑仁美の関係者だという。昨日の暴挙が堪えたのだろう仁美が父親を説得、その財力と人脈を利用しているのだという。ネミッサの連絡先をほむらたちから聞いているらしく、何かわかれば報告すると約束してくれた。また、時折届くメールは上条からだった。最初は差出人不明だったため不審に思っていた。だが開けてみればさやかが行きそうな場所を思いつく限りリスト化して提供してくれていた。杏子は結界を、ネミッサや関係者はそれ以外の場所を探し走り回る。



だがそれでも見つからない。放課後ほむらやまどか、マミも参加してくれた。先の杏子のアイディアで結界を潰しつつ、鉢合わせることを期待した。
だがそれでも見つからなかった。無為に数日が経った。

82: 2013/01/06(日) 22:02:59.27 ID:WjAemYY10
ネミッサは翌朝すぐに二人に謝罪した。あのとき以上に真剣な眼で二人を見据えるとまっすぐに頭を下げた。

「ごめんなさい、アタシ言い過ぎた」

背後にマミの気配を感じたが、どうにもなるものではない。許してくれるまで顔を挙げないつもりでいた。

「顔を上げて下さい、ネミッサさん。貴女はさやかさんのことを、あそこまで大事に思
ってくださってるんですねぇ」
驚いたように顔を上げる。仁美の顔は笑っていた。

「私は、さやかさんの親友ではなくなってしまいました」

寂しそうに呟く。さやかを追い詰めた時、仁美は親友としての資格を失ったと思い込んでしまった。

「それなら僕もそうだ、幼馴染……であることに胡座をかいていたんだ。僕をずっと支えてくれていたのに」

やはり寂しそうな響きがまじる声。
二人が出した結論は、さやかが戻るまで保留するということ。さすがのネミッサも驚いてしまう。とはいえそこまでさせたのはネミッサの暴挙が原因だ。責任は彼女にある。両肩にさやかの体がのしかかったような重みを感じた。
二人は好きあってるんじゃないか。その言葉が喉まででかかったのは事実だ。だが、それをいう資格こそネミッサにはない。三人がどの様な結論を出そうとも、それはすべてネミッサにのしかかる。

「答えて下さい。さやかさんは、私達が知らない世界に足を踏みれてしまったのですね」

それは問いかけではなく、確認。ネミッサは顎を引くようにして肯定するしか無かった。

「信じてもらえるかわからないけど、サヤカちゃんは魔法少女になった。カミジョーの腕を治すという奇跡と引換に、怪物と戦い続けるいつ氏んでもおかしくない世界に行った」

あのときほむらが無理やり黙らせたことでそれは信憑性を増してしまったわけだ。当然詳しく話せないが、二人は納得してくれたようだ。

「暁美さんも、巴先輩も、そうなんですのね。そして、貴女も」

「アタシは少し違うけど、似たようなものよ。そんなことより、一緒に探してくれてありがとう。メールも活用してるわ」

「もし、僕らに出来ることがあれば知らせて欲しい。勝手なことだけど、僕はまだ幼馴染を失いたくない」

「わたくしもそうです。まださやかさんが親友と呼んでくださるなら、なんだっていたしますわ」

「その言葉、力強いわ。その時が来たら、よろしくね」

三人の見えないところで、マミが安堵の溜息をついた。

(全く、世話のやける子だこと)

83: 2013/01/06(日) 22:03:33.46 ID:WjAemYY10
正直に言えば、杏子やマミにさほど危機感はない。家出少女の杏子の例もあるため、どこか楽観視していたのは否めない。だがネミッサは違った。そのままにしておけば何が起こるかを知ってたため、捜索に費やすせるよう徐々に睡眠時間を減らしていった。
それはまどかも同じだった。さやかにきつい言葉を浴びせられたとはいえ、放っておけるような性格ではない。門限ギリギリまで探し回っていた。靴は磨り減り、息も絶え絶えになって、ベンチに腰掛けた。
その隣にQBがいる。何がしか話をしているようだ。

「さやかちゃんが言ってたけれど、私には凄い素質があるって…。本当?」

「凄いというのは控えめな言い方だよ。君が望めばどんな願いだって叶う。万能の神にすらなれるんじゃないかな」

甘言を囁く。QBは、さやかをダシにしてまどかに契約を迫ることを目的としていた。
それをほむらが隠れて見ていた。さやかの捜索をせずにまどかを見張っていた。契約を阻止するために。

「それじゃ、私がさやかちゃんを元に戻して、ってお願いしたら、叶うの?」

「そんな小さな願いでいいのかというくらいだよ。……契約するかい?」

本心から言えばまどかの心は契約に大きくぐらついたことは確かだ。だが頷くことが出来ない。親友の窮地であり、自分に出来ることがありながら出来ない。
ネミッサがマミを救った夜、ほむらに送られながら話した約束が引っかかっていたのだ。さやかはその約束を破ってしまった。そしてネミッサの言葉。

『ホムラちゃんのことが少しでも好きなら……安易な『優しさ』に負けないで欲しいな』

なぜだか知らないが、まどかはほむらが好きだった。あの日夢で見た少女が実際に現れてから、非現実的なことが起りっぱなしだ。危険と隣り合わせの中での吊り橋効果なのかとも思ったが、それとはまた違うことがはっきりしていた。約束をしてからずっと、ほむらの整った横顔に憧れていた。
黙って微笑めば異性どころか同性すら射抜く美貌の持ち主であるが、まどかが感じていたのは、もっとか弱い気弱なほむらの姿。ほむらがその弱々しい外見で精一杯頑張って一人泣きながらまどかを守っていると、全く根拠もなく直感してた。

「ううん、私はしないよ。ほむらちゃんが、きっとさやかちゃんを助けてくれる。私を守ってくれたように」

「いいのかい? 間に合わないかもしれないよ」

「マミさんもネミッサちゃんもいるもん。私、信じてる」

確証があることを信じるとは言わない。不確かであるからこそ、信じることが尊いのではないだろうか。確かに間に合わない可能性もある。だがネミッサが、杏子が、マミが、そしてほむらが救ってくれると信じていた。

「でも、君も探しているね。不安じゃないのかい」

「ふふ、キュゥべえにはわかんないかな。不安だから探してるのもそうだけど、私がさやかちゃんを見つけてあげたいの。そしてね、ちゃんと言うんだ。『さやかちゃんが言ったこと気にしてないよ、へいきだよ。ごめんね』って」

わけがわからない、というふうに頭を降るとQBはベンチから降りた。

「気が変わったら、声をかけて欲しいな。僕はいつでも契約できるからね」

いつでもQBを狙撃できるよう準備していたほむらは銃口を下げた。彼女の背中でおさげのほむらが嬉し涙を流していたことは、本人も含め誰も知らない。
まどか本人も気づいてはいないのだが、今回、ほむらがまどかを身を呈して守った事実はそう多くない。にも関わらず守られたという好意のみがまどかを後押ししてた。ほむらの度重なるループの行動が結実したと思うのは、都合が良すぎるだろうか。

84: 2013/01/06(日) 22:04:03.27 ID:WjAemYY10
さやかを魔法少女として支えていたものが徐々に崩れようとしていた。
恭介への告白が出来なかったとき愛が崩れ、仁美を見頃しにしようと考えたとき正義感が崩れ、心配するまどかに辛く当たったとき友情が崩れた。その彼女に残されたものは街を人を守るという義務感だけだった。本人が崩れたと思い込んでいるだけではあったが、彼女の心を蝕むには充分な痛みだった。
そして、目の前でガラの悪いホストが貢ぐ女性をなじるような発言を聞いたとき、そしてそのホストを魔力を使い攻撃したときその義務感も崩れた。
終電間近の駅のホーム、誰もいないベンチに力なく座るさやか。それを発見したのは杏子だった。魔力を使った痕跡を感じ、駅構内に探しに入ったのだった。感情に任せて失踪したにしては穏やかな様子に安堵した杏子は、ホッとした表情で近づいた。

「もう、どうでもよくなっちゃたからね」

安堵したはずの杏子の背筋が寒くなるほどの表情。幸福と不幸は等量だという考え。恭介の幸せを願った分、街を守ることを願った分、それと同じ不幸が振りまかれるという。絶句し、返す言葉も見つからない杏子は慄いた表情で立ちすくむだけだ。

「魔法少女ってそういうシステムだったんだ」

恭介を手放し、仁美を手放し、まどかを手放し、正義感を手放したさやかには何も残っていなかった。本当に守りたいものをすべて無くした彼女の心は、絶望に塗り固められていた。他のだれでもない、自分自身に絶望していた。そして、自分の堕ちる先がどうなっているか、すでに察しているようだった。

「あたしって、ほんとバカ」

涙がこぼれ落ちた。
ソウルジェムが砕け散る。
杏子の絶叫がホームに木霊した。

(そういえば、ネミッサ嘘つきにしちゃったなぁ……でもいいや、どうでも)



「この国では成長途中の女のことを少女と呼ぶんだろ?……だったら、やがて魔女にな
る君たちのことは魔法少女と呼ぶべきだよね」

淡々といつもの調子でQBは呟く。善意も、悪意も、抑揚すら無いつぶやきを聞くものは誰もいない。

89: 2013/01/07(月) 21:17:18.53 ID:i9eeC+ki0
杏子は結界の中にいた。腕の中には身動ぎひとつしないさやかを抱きしめ、騎士風の鎧を身につけた魔女と対峙していた。だが、杏子の方は戦いに望む精神状態ではない。
『魔法少女が魔女になる』という驚愕の事実に囚われて動けずにいた。
それを救出したのはほむらだった。戦えない杏子の腕を取ると時間停止を駆使し離脱を行う。杏子はそれでほむらの手品を理解した。そして同時にほむらの強さの根源を知り、飲まれたように唯々諾々と従った。
結界から出て、行き着く先はちょうどまどかの座るベンチのそば。ほむらは何かを狙ってそこに移動したのであろうが、杏子は混乱して、そこまで気が回っていない。
さやかの『遺体』をまどかに見せるつもりのようだ。まどかの契約の意思を完全に挫くつもりだったが、先のまどかとQBをの会話から、それは得策ではないと思ったのだろう。何も言わずただ立ち尽くしていた。

「さ、さやか……ちゃん……そ、そんな……そんなのって……」

「てめえ、あれはなんだ! さやかに何しやがった!」

努めて冷淡に言葉を紡ぐようにした。自分でも何かが溢れることを恐れたからだ。

「もう、わかっているでしょう? 気づいているはずよ」

そう、杏子は気づいていた。
魔法少女のソウルジェムが濁り切ると砕けて魔女になる。

「これが魔法少女の真実、そして末路」

冷静なほむらから連絡を受けてネミッサとマミが到着するまで、まどかはただただ泣きじゃくっていた。


マミの心は何度傷つかなくてはならないのか、何度苦しまなくてはならないのか。手塩にかけて可愛がった後輩の変わり果てた姿を見て、膝から崩れ落ちた。それだけではない。魔法少女の真実がそこにあった。ほむらが通った過去では、マミはここで錯乱した。ほむらを拘束し杏子のソウルジェムを破壊、その時すでに魔法少女になっていたまどかに射殺された。
だが、今のマミにはネミッサがいた。ネミッサの腕を砕けんばかりに握りしめ、驚愕の事実と戦っていた。
マミは正義の味方を標榜していた。そのため魔女や使い魔を率先して倒し、見返りのない戦いを続けていた。その魔女が元は魔法少女であることは、受け入れがたいことだ。
人頃し。マミは端的に自分の行動をそう捉えてしまった。そして、自分もいずれ魔法少女に殺される怪物になる。ほむらが見た過去では、その現実に押しつぶされて崩壊した。
だが、今は違う。すがる相手がいる、支えてくれるお友達がいる。守りたい娘がいる。

「大丈夫よ、ネミッサ。娘にカッコ悪い所見せられないものね」

「顔面蒼白で言っても説得力ない。もっと自分を大事にしなさいよ、バカ」

ネミッサにしがみつきながら立ち上がる。不屈の精神とは、折れないことではなく、折れても尚立ち上がることだという。マミの心は傷付く度に立ち上がり、強固なものになっていった。

「意外と、見栄を張るのも有効なのよ。特に、大事な娘の前ならね」

「バーカ」

ほむらは驚きを辛うじて隠した。それと同時に、ネミッサにマミを会わせてよかったと胸をなでおろした。錯乱したマミに銃口を向けられて以来、潜在的にマミに恐怖心があったほむらは、無意識的にマミを避けていた。幸いにしてネミッサはマミと親しくなり、心の支えになってくれた。ほむらの意図とはかかわりなく。

「へっ、マミがこれくらいで折れちゃこまるんだよ」

「ごめんなさい、心配掛けて」

「しっ、心配なんかしてねーよ。それより、さやかをどうするかだ」

「助けるに決まってる。アタシは守るって決めたんだ」

「一般人に何が出来る」

「佐倉さん、魔法少女ではないけど、彼女は戦える力があるわ」

「力がなくたって戦ってみせる。力より意思よ」

「……足引っ張んなよ」

どうやら杏子は納得したようだ。しぶしぶであろうがなかろうが、許可が降りたのなら遠慮することはない。

90: 2013/01/07(月) 21:18:24.70 ID:i9eeC+ki0
立ち直ったマミは、泣きじゃくり続けるまどかの肩を抱く。なんでこうも自分が辛い時に彼女は人を慮ることができるのだろうか。気高い優しさ。ネミッサは、マミの友人になれたことを誇らしく思う。そして、その友人に出来ることをしたかった。涙を拭うまどかのためにも、さやかのためにも。
そのためにも、ほむらに向き合う。

「アンタも協力しなさい」

「お断りよ」

ほむらは踵を返して立ち去ろうとする。その後ろ姿を不安げに見守るまどか。その腕の中には物言わぬさやか。

「お願い! ほむらちゃんも手伝って!」

「お断りよ。こちらの忠告を無視して、助けも振り切るような人を助けてもまた同じ事を起こすわ」

「ご尤もで」

ネミッサのふざけた言い回しにほむらも苛立つ。だがそんな挑発にのるような事はしない。手管はわかっている、そう言わんばかりだ。だが、そのほむらの意図を見透かした上で、ネミッサはもう一手用意していた。

「ネミッサが手伝うのを止めたりはしないわ。けれど、私は無理」

「なら仕方ない。ホムラちゃんなしでやろっか。マミちゃん、キョーコちゃん、…マドカちゃん」

ネミッサが横目にほむらを見やる。

「鹿目さんも!? 危険だわ!」

マミの驚きにほむらがビクッと反応する。しかし考えれば分かる話で、まどかの性格を考えれば、手伝うなどと言い出すのは想像に難くない。それに、杏子もさやかの一番の親友の申し出を断るわけはない。むしろまどかの呼びかけを期待していたのだ。快諾するのは目に見えていた。
珍しくほむらの表情が目に見えて歪む。まどかを見頃しにする葛藤と、さやかへの苛立ちの間で困惑しているようだ。
ネミッサも様子をうかがっている。まどかをダシにほむらを巻き込むのが目的だが、ここで契約という単語を使ってしまうのは好ましくない。ただでさえへそ曲がりのほむらを頑なにするおそれがある。むしろ契約をさせないという方向で攻めたい。だが、そこまで云う必要はなかったようだ。

「私のいないところで契約されても、まどかに何か合っても困る。いいわ。同行する」

「ありがとうほむらちゃん」

「でも私は手伝わないわよ」

「それでもいいじゃん、マドカちゃんたちの護衛とか脱出を助けてもらう形でさ」

その夜。さやかを抱えたまま杏子は立ち去る。まどかもマミやほむらに付き添われ帰宅の途についた。唯一ネミッサだけがこっそり無断で違う方向にすすむ。かねてより準備してあったものを受け取りに行くためだ。これがさやかのためにどれだけ有効かはわからないが、少なくともほむらは今までのループではやったことのない方法のはずだ。試す価値はある。

91: 2013/01/07(月) 21:18:54.52 ID:i9eeC+ki0
ネミッサは業魔殿に行く。

「メアリ、遅くにゴメン」

受付で書類を整理していたのだろう、メアリが顔を上げる。その顔に明確な表情は浮かんではいない。なまじ表情が多くて迷惑そうな顔をされても困るのだが。

「こんばんは。本日はどのようなご用件ですか」

「……前々からお願いしておいた件よ。おっさんいる?」

「おるよ。下で話そう。メアリ、支度を」

奥の部屋にいたのだろう、業魔殿のオーナーである年齢不詳の男、ヴィクトルが顔を出す。洒落っ気があるのか船のキャプテン風の服装をしているが、悪魔を用いた「生命の研究」に関しては第一人者だ。フィールドワーク的にサマナーたちの要求に応える研究『悪魔合体』という背徳の技術を提供している。彼にネミッサは依頼をしていた。

「畏まりました」


「正直に言おう。魔女を魔法少女や人間に戻した、あるいは戻った前例は存在せぬ」

ネミッサも予想通りの返答だったため、驚きはない。だが、それで終わる男ではない。そう思っていた。だから次の言葉を待つ。

「だから、これから提示できるものは可能性に過ぎぬ。それを心しておくがいい。……メアリ」

背後にいたメアリがネミッサに手渡したのは、スマートフォンだ。携帯電話を手に入れる際にあれこれ見た覚えがあるネミッサだが、それと同型機のものを見た覚えがない。独自に開発したものだろうか。

「それにアプリが入っている。それを使い悪魔を召喚することが出来るようにしてある。氏者と生者、縁結びの神だ」

「それを上手く使え、ってことね」

ヴィクトルは魔女を氏者と解釈した。命の不可逆性をそう捉えたのだろう。だが、縁結び?

「男と女のもつれで堕ちたのだろう? こちらの手持ちで適任といえばそれだと思ったのだよ」

「感謝するわ。充分かどうかわからないけれど」

「まぁまて、まだある」

再びメアリがネミッサに渡す。香炉と酒瓶だが、ネミッサにも見覚えがある。ある種予想はしていた。だが、決して安くないそれを、いくつも持ってきたことに驚いた。それを手渡すと、メアリは下がる。

「使い方はそれぞれわかるな」

「ありがとう、感謝するわ。これでなんとかしてみる。報酬とか用意できないけど」

「構わぬ。あえて言うなら、成功した暁には詳細な情報をもらえると助かる。後学のためにな」

その後、召喚の契約や使用方法について、遅くまで話し合いが続いた。

92: 2013/01/07(月) 21:19:53.68 ID:i9eeC+ki0
日付が変わってから見滝原に戻ったネミッサは、音を立てないように静かにマミのマンションに行く。幸い、合鍵を預っていたので静かにドアを開ける。……まぁ、そこに、マミが起きて待っていたわけだが。
傍から見てわかるほど怒っていた。どうもマミはネミッサを過保護に見る傾向にあるのだが、今夜の勝手な夜遊びを待っているとは思わなかった。

「そこに座って」

「あ、ただいま」

「す・わっ・て」

「……はい……」

いつもと違い、ネミッサも素直に正座する。

「さて、どこに行ってたのかしら?」

尋問が始まる。ネミッサはマミが好きだったが、こればかりは苦手だった。
自分とは違って翌朝学校があるマミを心配したネミッサは、全部事情を話し平謝りした。考えてみれば自分のことではなく相手を思って謝罪するようになるとは思わなかった。その甲斐もあり比較的短いお説教で済んだのだが、最期の一言が効いた。

「忘れないで、貴女がいなければ、私は生きてはいないのよ」

事実なだけに、マミの言葉には重みがあった。ネミッサはさやかの他に、マミをも背負う形になった。


さすがに全員学校を休んだ。当たり前といえば当たり前だが、ネミッサのマミへの気遣いが無駄になった形だ。
ネミッサの呼びかけで、マミの部屋に一同が会する。必氏の表情のネミッサ。不安げなマミ。不満気な杏子とほむら。心配そうにいるまどか、仁美、そして上条。特に杏子は一般人が混じっていること、一般人に見えるネミッサが場を仕切っていることに苛立ちを感じていた。

「みんな、集まってくれて有難う。これから、サヤカちゃんを……」

「その前に、ネミッサ。貴女は一体何者か説明して頂戴。いい加減はぐらかすのは止めて」

「それはあたしも聞きたいね。あんたいったい何者なんだ?」

苛立ちが漏れる形だ。ネミッサを睨みつけるほむらと杏子。突然の喧嘩腰に狼狽えるまどか。それを見てネミッサは腹をくくった。自分の生い立ちを知らない杏子や仁美と上条のために、ほむらに足止めをしようと爆弾を投げ込むことにした。

「わかったわ、説明する。まずホムラちゃんに先に一言ね」

襟を正すように背筋を伸ばす。これを言って、果たしてほむらがどうなるか。ネミッサには予想がつかない。『今まで無かったこと』なのだ。ほむらはこんな苦しい告白を一体何度行ったのだろう。そして、何度結果に裏切られただろう。心優しい少女が変貌してしまうほどのことが何度もあったに違いない。それを思うと、ネミッサの心が締め付けられる。だがこの期に及んだら云うしか無い。ほむらの視線には杏子にはない殺意が含まれていた。ここで手を間違えたら、撃たれる。
一呼吸の中にそこまで考え、はっきりと云う。

93: 2013/01/07(月) 21:20:42.75 ID:i9eeC+ki0
「時間を巻き戻すことができるのが、アンタだけだと思う? アタシもできるんだよ。条件付きでね」

ほむらの表情にはっきりと驚きが浮かぶ。ほむらの頭の中にネミッサが自分と同じ時間遡行者という考えがなかったわけではない。だが、自分の能力の特異性から、その確率が低いと踏んでいた。故に、自分と同じ情報を持つネミッサを一時は敵と認定したのだ。だが、ネミッサにも誰にも未だ時間遡行のことは話していない。それだけでもほむらには充分衝撃だった。

「少し整理する時間をあげる。他の子にはアタシの生い立ちをね。信じてもらえるか、わからないけど」

生い立ちを知らない三人に簡単だが天海市での事件を伝える。マニトゥのこと、エグリゴリの元天使のこと、相棒とスプーキーズのこと、リーダーのこと……。そして自分とマニトゥが氏ぬ定めから逃げ出した臆病者だということ。今自分の中にマニトゥを内包して生き恥をさらしていることも。
今度は三人が困惑する番だ。だが、マミもまどかもほむらへの爆弾に言葉をなくしている。

「暁美さんと貴女が、時間を、巻き戻す?」

「ええ、時間遡行の能力があるのよ。それで、何回も何回も同じ一ヶ月を繰り返してるの」

これはネミッサがほむらから直に聞いた話だ。当然、この今のほむらではないが。

「なんでだ? あ、いやあれか。『ワルプルギスの夜』か」

杏子が自らのつぶやきに納得する。ワルプルギスの夜を倒すために同じ一ヶ月を繰り返すと理解したのだ。ネミッサが知らないことではあるが、ほむらは杏子に共闘を申し込んでいた。そこで溢れる言葉の端々、特に『統計』という言い回しに覚えた違和感。その原因に思い当たった形だ。

「だがよ、あんたもほむらも……、時間を巻き戻すとか言われても、信じられると思うのか」

「だからホムラちゃんは言わなかった。証拠も証明も出来ないから。それに、なぜ? と皆が思うでしょう?」

そうだ、仮に信じたとしても、『なぜ?』という言葉がつきまとう。時間遡行を話すと同時に理由の説明も必要だ。

「魔法少女の真実……だから鹿目さんや美樹さんを魔法少女、ひいては魔女にしたくなかったのね」

マミが察し呟く。その呟きがひび割れていたのは、無知な自分が魔法少女の運命に二人を巻き込んだからだ。ほむらばかりかネミッサまで防ごうとしたそれを遮った自分の罪悪感に飲まれていた。ぐっとスカートを強く握りしめ後悔の念と戦っていた。その手をネミッサが優しく握る。顔を上げるマミに、ネミッサが微笑む。
ネミッサがほむらの時間の巻き戻しを理解したのはさやかのグリーフ・シードの存在があったからだ。さやかの魂が複数個あるという事実と、自らが時間を巻き戻せる事実の前では、ほむらの時間遡行のことを信じるのは難しくなかった。
問題は事情を知らない二人のことあったが、仁美と上条にもある程度魔法少女と魔女の話をしてあった。それでなくてはさやかの救出作戦を立案など出来ない。二人は理解できぬまま納得してくれたようだった。

「では、さやかは僕のために、魔女に、怪物になってしまったんですね」

「私は……、私が……、さやかさんを追い詰めて……私が怪物に……」

二人の苦悩が漏れる。だがここでうつむいてはいられない。苦しいながらも顔を上げる。

94: 2013/01/07(月) 21:21:32.04 ID:i9eeC+ki0
「あ、あの、ネミッサちゃん……、なんで、ほむらちゃんと一緒に戦うの?」

その中でまどかが搾り出すように尋ねる。ほむらが最も聞きたいのはそこだったはずだ。衝撃の中で早く立ち直れた理由は不明だが、困惑した顔でじっとネミッサを見つめる。酷い言い回しをすれば彼女は無関係のはずだ。

「リーダーを助けるどころか、自分の手で頃した話はしたっけ。……それが嫌で、何度も繰り返したのよ。天海市での出来事をね」

リーダーを頃す運命を覆すべく、相棒とネミッサは何度も時を巻き戻しをした。相棒と出会い、悪魔と戦い、魔王と戦い、リーダーを救う方法を探すために。だが、それは何度繰り返しても出来なかった。運命は何をしてもそこに結びつく。元は敵の策略によるスプーキーズの分裂が主な原因であるが、それを阻止することが出来ない。何を言ってもどう説得してもスプーキーズは空中分解し、リーダーの単独行動を引き起こし、誘拐と魔王サタナエルの憑依を許してしまう。

「……アタシと相棒はそれに疲れたのよ。どんなにやっても、それは覆らない。ふふふ、ホムラちゃんより根性なしね」

ネミッサの自嘲した笑い。そして遠くを見る目。その顔だけ見ると、酷く老成したようにも見える。
ネミッサはほむらに自分たちの姿を見た。一方で小さな体で、小さな魔力で、自分達が諦めた道を歩き続けるほむらに一種の羨望と、妬みを覚えた。

「ホムラちゃんには夢を叶えて欲しい。アタシたちのできなかったことを。でも、同時にアタシたちが諦めたことを続ける姿が羨ましかった、妬ましかったんだ。……理由に、なるかな?」

そう言ってジェラルミンケースを出す。まどかは見たことがあるが、業魔殿より持ちだしたものだ。中を開けると、卍型をした金属がいくつも入っている。

「これが『スワチカ』、時をかける魔性の道具よ。これを使った人以外の時間が巻き戻るの。魔王ベルゼバブの持ち物だもの、本物」

「それは、わかったけれど……なぜ、私は……貴女の記憶がないの?」

ほむらは未だ混乱している。自分以外に時間遡行者がいることと、今自分の問いかけの答えに予想がついていたからだ。恐怖と不安がほむらを惑わしていた。そう、わかっている。自分の心が折れそうな回答がそこにあることを。

「わかるでしょ。時間を巻き戻す前にアンタが…、ね。そういうことが、無数のループの中であったのよ。アンタが繰り返すループにアタシが巻き込まれて、出られなくなったのは必然かもしれないわね」

崩壊しそうな精神を、必氏に支えている。それでも折れないほむらは、やはりネミッサに強く美しく見えた。

「そ、そう。貴女は私の恩人なのね」

「そうとも言えないよ。あれがアンタにとって、地獄から出るチャンスだったかもしれないんだもの…」

95: 2013/01/07(月) 21:22:41.87 ID:i9eeC+ki0
ネミッサが初めて見滝原に来たのは暦の上では二ヶ月ほど前。流離うように見滝原を目的もなく歩きまわった。そして……あの災害に出会った。その当時は初めて憑依した十八歳の女性の姿をモデルにしていたため、今ほど街を歩くことに問題はなく昼夜を問わず遊び回っていた。
二ヶ月後、それは現れた。巨大な魔力を放つ大きな嵐に興味を持ち近寄ると、黒髪の美少女がいた。
それがほむらだった。
真っ黒な髪と美貌、魔法少女の白と紫、黒の衣装はそれだけで神話から抜けだしたような美しさだった。それがネミッサには知覚できないなにかと戦っていた。拳銃を、重火器を、果ては戦車や戦闘機を繰り出しては嵐の中心に攻撃を加える少女。だがそのいずれも嵐に致命打を与えるには至らなかった。ネミッサが見るに、物理的な運動エネルギーに対し耐性があったように思えた。……つまりほむらには倒すことが困難だということだ。
みるみるうちに傷付くほむら。周りには誰もいない。まどかですら。だが彼女は諦めなかった、怯まなかった。ただただ静かに心を燃やし、嵐に立ち向かった。
それをネミッサは美しいと思った。
だがネミッサには何も出来ない。援護するため嵐の中心に万魔を焼きつくす炎を叩きこんでも素通りするだけだ。あまりの惨状にネミッサはほむらの腕を取り退却を促した。

「止めよう! 逃げよう! アンタ氏んじゃうよ!」

「貴女には関係ない」

にべもなく腕を振り払うと、傷ついた体を引きずり嵐に立ち向かう。ネミッサは辛うじて回復魔法をかけ続ける援護をするしかなかった。
それでもなお最期は訪れる。
両足が、両腕が吹き飛び、腹部も大きくえぐれられたほむらにかけよるネミッサの眼前で、影のようなものにほむらのもげた左腕が弄ばれていた。その掌に埋め込まれた宝石が砕かれる瞬間に、ほむらは絶命した。

『まどかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

そう叫ぶ顔のまま。肘から先を失った腕を伸ばしながら。



「だからアタシは時間を巻き戻した。ホムラちゃんが何と戦ってたのか。なんで戦ってたのか知りたくて。……ごめんね、勝手だよね……アタシの好奇心とわがままで、ホムラちゃんを、皆をまた、こんな地獄につれもどしちゃったの」

「い、いいえ。私の目的は、まどかを救うこと。繰り返しから抜け出すことではないわ……。そういう意味では、やはり貴女は恩人なのかもしれないわ」

その一言に救われたネミッサは、溜めていた息を吐く。



その後業魔殿に駆け込みスワチカを譲り受けると、一ヶ月ちょっとを巻き戻しす。ネミッサは必氏になってほむらを探した。幸運にも通学中のほむらを見つけ出し、魔法少女のことを知らぬまま知り合いになった。その過程でマミと、まどかと、さやかと、そして杏子と知り合った。

「だから僕らの顔も、名前も知ってたんだね……」

ことりことりとパズルのピースが合う。杏子の疑いも徐々に氷解していく形だ。

「それならわかるわ。貴女のちぐはぐな知識のわけが。貴女が知らないことは魔法少女のことがほとんど。資格がないのだから、知識は偏るはず」

「そんな状態で、私のことをかばってくれたのね……」

「でも、魔女化のことを最初から知っていたわね、なぜ?」

「ソウルジェムとグリーフ・シードがそっくりだったんだもん、そんなの察しが付くよ」

さすがに悪魔である。また浄化のプロセスについてもそうだ。似通ったものであるからこそ穢れが移せる。それゆえ元は同一のものであるという結論にたどり着いた。だがその結論はそのまま魔法少女の魔女化という残酷な真実だった。それをほむらに看破したため、ほむらはそれの口外を禁じた。賢明といえた。

96: 2013/01/07(月) 21:23:53.91 ID:i9eeC+ki0
ネミッサは続ける。知り合い、仲良くなるも魔法少女のことを知らない、知らされないネミッサは徐々に欠けていく友人たちの顛末を知らずに過ごした。マミが失踪し、杏子が姿を消し、さやかの葬儀が執り行われた。
そして、そして、ほむらは孤立した。
ネミッサは嵐に立ち向かうほむらを何度も止めようとした。だが事情も知らないネミッサの言葉をほむらが受け入れるはずがない。また仮に受け入れたとしても、彼女がまどかを諦めることはなかった。故に『何度も』ほむらの氏を見届けた。
そのたびに時を巻き戻し、友達となり、失った。
『何度も』マミを救えなかった。
『何度も』杏子を失ってしまった。
『今回も』さやかを救えないかもしれない。
このループの直前には、ついに実力行使に出た。ほむらを守るため見えもしない魔女との戦いに臨んだ。だがそれはやはり失敗に終わり、ほむらは氏亡。ネミッサもまた重傷を負い、肉体を維持できなくなっていた。ボロボロのままスワチカを使い、巻き戻しを行った。そして、足りなくなった力を補うためほむらの持っていたグリーフ・シードの一つを使ってしまったのだという。

「だから今回は最初から実力行使に出たの。なんでかしらないけどアタシにも魔女が見えるようになったから、都合よかったわ」

「なんで、そこまでする? できる? おかしいだろそんなの。あんたには何にも関係がないことじゃねーか」

いまだ疑う杏子の声にとうとうネミッサが爆発する。

「……アンタたちは知らないかもしれない! けどさ! アンタらは皆アタシの友達なんだよ! それがわけもわからずバタバタバタバタ氏んでさ! 引き下がれるわけないでしょ!! もうあの時みたいに諦めるのはっ……もう、もうイヤだっっ!」

床を拳で殴りつけた。悲痛ともいえるネミッサの叫び。まさに悲鳴だった。肉食獣のような唸り声をだし、ぶるぶると怒りに打ち震えていた。友達だと思っていた杏子からの言葉に無念さを漂わせていた。時間を巻き戻したのは自分だ。彼女の記憶がないことは当然としても、その疑惑の目が悔しかった。

(そうか、ほむらはこいつだ)

杏子はようやく気付いた。
ネミッサと同じように、いやそれ以上にほむらは同じ時間を何度も繰り返している。ほむらも当初は全員を救おうとしていたはずだ。でなければさやかが魔法少女になることを止めたりしないし、魔女の結界から自分を救いだしたりはしない。だが、今自分がネミッサにかけたような、ある種当然で、ある種無神経な問いかけが、他ならぬ救いたい友人たちから発せられたとしたら、どうだろう。ほむらを頑なにさせたのは、自分たちのせいなのだと、杏子は気付いた。

「だからお願い! 友達を助けたいの。もう、友達が、仲間が氏ぬのはいやだ。諦めるのもいやだ! お願い、協力して」

ネミッサの本心の発露。魔女化の箝口令を解かれたため、堰を切ったようにあふれ出た思い。

「いいぜ、あたしも協力する。さやかを助けたいのはあたしも同じなんだから、な」

「当然ね……後輩の美樹さんと鹿目さんを巻き込んだのは私だもの。責任があるわ」

「私もお手伝い……、違いますね。私もさやかさんを助けたい、やらせてください」

「何が出来るかわからない。けれど、僕に人生を捧げたさやかを助けさせて欲しい」

「わ、私も、何かしたい。さやかちゃんを……助けたい、謝りたい。役立ちたいよ」

ほむらは喋ることができなかった。

決行は明日と決まった。それまでに杏子とマミは朝から結界を探し連絡するという。上条と仁美、そしてまどかはいつも通りに登校し、放課後集まり救出作戦を行う。ネミッサは用意があると、再び天海市へ。失敗はできないため、自分ができうる限りの支度をするらしい。それと同時に、以前から行なっている打ち合わせがあるという。

「打ち合わせ?」

「うん、ちょっとね。ほら、前に言ってた世話になった組織にね、知り合いがいるの。その人とね」

「……危ないことではないんでしょうね」

「大丈夫よ、マミちゃんが心配するようなことじゃないわ……、きっと、みんなのためになることだから」

ネミッサに優しく微笑まれると、マミは何も言えない。あのときの、自分を慮る笑顔には。
マミは思う。ネミッサの底知れぬ力強さがどこから来るのかと。自分をいたわり、ほむらを思い、まどかを守り、さやかを救おうとする意志の強さをもつネミッサを益々好きになっていった。

「ネミッサ、絶対に美樹さんを助けましょう」

「あったりまえよ。今度は、失敗しないわ」

97: 2013/01/07(月) 21:25:37.24 ID:i9eeC+ki0
ほむらは正直ネミッサに感謝していた。ネミッサの話により、ほむらが一番伝えたくないこと……「まどかとの約束」を言わずじまいになったことだった。それを知れば心優しいまどかのことだ、自分を責めることだろう。それだけは避けたかった。自分のしていることは自分のため。まどかが知り苦しむことはない。悲しませることもない。
そして、ネミッサの行動の真意を知った。自分を友達と思い、純粋に手助けをしようとしてくれていた。自分に憧れるなどと、赤面をしてしまう発言もあったが……、ほんの少しだけ。

(嬉しかった、ありがとう、ネミッサ)

もう少しだけ、もう少しだけ、人を頼ってみようかと思う。


マミと杏子が結界を見つけたのは僥倖といっていい。ほとんど同じようなところにあるとは思わなかったが、首尾よく見つけられた。場所を関係者にメールし、待ちを決め込んだ。
そこに苦虫を潰したような顔のほむらがまどかと二人を連れてきた。

「そいつらも?」

上条と仁美をにらみ、杏子が尋ねる。幾分声に非難の響きがまじる。

「さやかちゃんの幼馴染とお友達だよ」

「わかってるけどよ……」

さやかにした仕打ちをある程度察してる杏子は面白くない。部外者がいることも面白く無い、と。同じような思いをほむらも感じているのだろうが、まどかが頑なに連れていくと聞かないため諦めるように連れてきたとのことだ。

「私が守ります。だから連れて行ってあげて」

マミの助け舟を出す。

「いいえ、私はここで待ちます。彼を連れて行って下さい。……待つのが私への罰です」

仁美は見届け人の立場を取るつもりのようだ、あるいは首尾よくさやかが戻った際のケアを用意するつもりでいる。

「ならいいけどよ、そこの坊やも安全は保証できねえよ」

「構わない。むしろさやかに貰った人生だ。さやかに返すのが筋だろう」

杏子は見なおした。眼光鋭い表情に頼もしさを感じたからだ。上条の心意気を買った形である。それに守るのはマミの仕事で、杏子は呼びかけつつ攻撃を反らすつもりだ。それに後詰はほむらもいる。二人くらいなら任せられる。

98: 2013/01/07(月) 21:26:44.29 ID:i9eeC+ki0
しばらくして、いくつも荷物を抱えたネミッサが現れた。今日も日中あちこち回っていたようで、少し疲労の影が見える。
話がついているような空気を察し、準備を行う。

「ネミッサ、上条恭介と志筑仁美が来るとは聞いていなかったわ」

「そう? マドカちゃんたちの護衛をお願いする、とは言ったはずだけど」

騙されたと感じたほむらは憤懣やるかたないという雰囲気だが、今さら何を言っても仕方ない。諦めて口をつぐむ。
それを知ってか知らずか、ネミッサは上条に近づく。ハンドクリームのようなものを取り出す。あまりに近すぎて上条自身も仁美も困惑する。

「何意識してんの。じっとしてて。まぶたに塗るからさ」

ネミッサが使っているのは桃の絞り汁を加工したものだ。桃は神話で伊邪那美命を助けたことで、意富加牟豆美命(おおかむつみのみこと)という神名を賜っている。邪気を払い、ものを正しくみることができるという。その効果をパッケージ化することに成功した組織から譲られたものだ。

「これで上手くいけばアンタも魔女を視認出来るかもしれない。アンタの奇跡が何と引き換えに起きたか、知るといいよ」

「そういうわざと毒づいて、嫌われ役をやるのが好きなのかな。僕は逃げないよ。さやかからはね」

看破されていても、この言い回しは変わらない。塗り終わったところで、上条の背中を叩く。バイオリンのケースが大きな音を立てた。
次いで、まどかにキャスター付きのケースを渡し、中身を確認させる。

「このスマホは私の合図で。こっちのお香は説得開始時にね。それとこの小瓶は……魔法少女とアタシが持つわ」

小瓶をほむら、マミ、杏子に手渡す。

「なんだこれ」

「お酒」

「何の冗談かしら」

「神酒よ。安くないわよ。だから体力回復の効果は抜群」

冗談めいたことを真顔で言われ、三人は反応に困った。

99: 2013/01/07(月) 21:27:49.96 ID:i9eeC+ki0
結界内に入り込むと、最深部までは何も抵抗がなかった。それが何を意味するかは不明だが、一般人がいるこの状態ではありがたかった。回廊にはさやかの記憶がテレビのように映っている。さやかの視点での上映会に、皆一様に苦しげな表情をしていた。
魔法少女たちは変身している。ネミッサはいつもの服装とは違った。魔晶変化した杖を持ち、何らかの魔力を宿した衣服を着ている。この戦いに対する入れ込み方が段違いだった。
最深部はコンサート会場に似ていた。中央のステージに鎮座するのは下半身が魚の鎧を身につけた騎士。さやかの魔女だ。
さやかを横抱きにしたままの杏子は怒りにも似た顔で睨みつける。手はず通りさやかを横たえると、マミに合図する。それを受けてマミはリボンを展開し、半球形の檻を形成する。その中にはまどかと上条。まどかがなれない手つきで香炉に火をつけると、立ち上がってスマホを握ったまままっすぐ魔女を視る。

「さ、状況開始ね」

「お前が仕切るなよ」

ノースリーブで裾だけが長い魔法少女衣装を翻し、槍をかざす杏子は猛っていた。


さやかの名前を叫ぶまどかと上条。だが、自身が生み出した使い魔らしいそれが奏でるバイオリンに聞き入っているのか変化は見られない。それに気づいた上条の表情が崩れる。だがすぐに持ち直し叫ぶ。

「さやか! 僕は君に甘えすぎていた! 君の優しさに溺れていた! 僕を許してくれるなら、戻ってくれ!」

「さやかちゃん! 私、酷いこと言ったよね。怒ってるよね。あんなコト言われてあたりまえだと思う! だから、私を許してくれるなら、自分を責めたりしないで!」

依然、魔女は無視している。苛立ったのか杏子がバイオリニストの使い魔を槍で一閃する。真っ二つに引き裂かれ結界の外壁に叩きつけられ、沈黙する。
演奏が止められて怒った魔女が振り返る。形容しようもない異形の貌がこちらを向く。手に持った巨大な剣を振り上げ襲いかかってきた。

「へっ、やっとこっちに気づきやがったか! オラ、全部あんたを受け止めてやっからよ。きなっ!」

大剣をいなし、返す刀で切り返す。だが切断するつもりがないため、表面を浅く切ったに過ぎない。
杏子に展望があったわけではない。親友のまどかの呼びかけをすれば、魔女を倒した時にひょっこりソウルジェムがでてくるのではないか、という淡い期待があるだけだ。無謀とも言っていい。その反面ほむらは冷めた眼で戦局を見つめていた。幾つものループの中で、魔女から魔法少女に戻ることが不可能と知っているのだ。酷い話ではあるが、ゆえにほむらは杏子の戦いを見つめながらも、まどかの安全しか頭に無かった。つまり、逃げることだけ。
しかも、ほむらが見る限り、さやかの魔女は強かった。幾度も繰り返す中で、杏子は善戦していたはずが緒戦から劣勢だった。マミが要所要所で狙撃したり、ネミッサが魔法で攻撃しない限り、最初の数合で杏子は負けていたかもしれない。しかも元のさやかの素質のせいか、外傷がすぐさま再生してしまう。倒すつもりなら全員で畳み掛ける戦法を取るべきだが、今回はそれが目的ではない。どうしても攻撃が緩くなる。散発的な攻撃は徒に魔女を怒らせるだけだ。
マミはネミッサにも結界に入って欲しかった。魔法少女と違い、彼女の体は損傷に弱い。重要器官が一度でも破壊されれば致命傷になる。治療が間に合わなければ危険だ。だが一方でネミッサの意思を尊重したいと思う。ならばマミの取る方法はひとつだ。ネミッサを無傷で守る。大事なお友達を。
二度目の落雷の反撃と大剣がネミッサに振り下ろされる。ぎりぎりの所でかわすネミッサを援護すべく、ティロ・フィナーレを大剣に打ち込み破壊する。

「ありがとう!」

「無茶よ!」

「知ってる!」

破壊された大剣を睨み、ネミッサは考え続けていた。二人の呼びかけが通じていない。魂なり心なりに響いていないのだろう。どうすれば二人の声が届くか。無理やり相手に聴かせる方法を考え続ける。リボンの檻を見やる。叫ぶ続けるまどかと上条、そして、さやか。さやかはあんなに近くにいるのに、二人の声が届かないなんて。

100: 2013/01/07(月) 21:28:43.74 ID:i9eeC+ki0
それは、ただの思いつき。根拠のない、ひらめき。だが、やってみるべきかもしれない。

(そうよ、アタシだって、スプーキーズだ)

「ソウル・ハック、してやる!」



檻から離れ、全力疾走で魔女に近づく。大きな剣の二刀流は破壊力は凄まじい。だが魔女本体が横滑り程度しか動かないこともあり、その長さが逆に懐に入りやすい。それを利用して近づく。
魔女が魔法少女からネミッサに標的を替えたため、前衛の魔法少女二人は自分の治療に専念できた。ネミッサから貰った神酒を一舐めする。飲酒の経験がない二人ではあったが味は酒だと感じたようだ。ネミッサの言うとおり、体力の回復ができる。その上、わずかだがソウルジェムの濁りも減ったようだった。『酒は憂いの玉箒』という言葉があるが、それを地で行く効果だった。
懐に飛び込んだネミッサはカドゥケウスを魔女に突き刺し固定する。その状態でマニトゥが行ったような魂のハッキングを試みた。ネミッサもまたマニトゥの眷属である。感覚で同じようなことができる。目を閉じ、杖に集中する。スポアを自らの魂から伸ばし魔女に接触させる。
だが、拒絶された。
自分の体ごと剣でネミッサを貫く様な攻撃に邪魔され、二度目が行えない。魔女として魔力や霊力に何らかの耐性があるのか、魂が変質しすぎているためかは不明だが、とにかく工夫をしなければならない。
魔女が剣の柄でネミッサを殴りつける。すんでのところで躱すのが精一杯で二度目のハッキングが出来ない。すぐさま諦める。これは確認に近い。一番危険な剣の下をくぐり抜け、檻に戻る。恐らくこれで出来なければ、救出の確率はなくなる。失敗する訳にはいかない。
懐からネミッサを取り逃すと、魔女は標的を魔法少女に切り替えた。



大剣をいなし続けるマミと杏子。その重い一撃をリボンの檻から守るのが精一杯だ。特にネミッサの攻撃が減り、二人の負担が大きくなっている。文句の一つも言いたくなる激しさが二人に振りかかる。
それを心の中で謝りながらも、ネミッサは己の使命を果たす。

「ね、サヤカちゃんの体使う! いきなり動き出しても驚かないで!」

檻の中の二人に大声で呼びかける。背後の魔女を気にしながらも、ネミッサはテレビに入る時のように体を光に変える。まどかは知っているが、上条はその変異に驚く。その小さな球体で檻の間をすり抜けると、遠野瞳のときのようにさやかの体に飛び込む。
青白いさやかの頬に血の気が戻る。髪の色がネミッサと同じ銀髪に変化すると、ゆっくりと眼を覚ました。眠っている時間が長かったせいか、足元がおぼつかない。それでも何とか立ち上がり、魔女を睨む。さやかの声をネミッサの口調で叫ぶ。

「マミちゃん、アタシを出して。そしたらすぐ檻を閉じて!」

マミは突然のことに驚くが、それでも取り繕うと一瞬だけ檻を開く。『さやか』が急ぎそこを走り抜けるとその直後檻が閉じる。その手際はさすがマミといったところか。
だがそれがいけなかった。檻の開閉に気を取られ、魔女から目を離してしまった。その背中を狙い大剣が振り下ろされる。杏子がマミを守るべく大剣を弾く。

「何やってんだよ!」

「ありがとう、佐倉さん」

「気ぃ抜くんじゃねえ」

改めて魔女と退治する。時間稼ぎも限界に近い。疲労の色が濃い。

101: 2013/01/07(月) 21:29:23.79 ID:i9eeC+ki0
さやかに憑依したネミッサには考えがあった。ソウルジェムがゾンビになった魔法少女の肉体を動かすという点について、気になること。ソウルジェムを作る際に魂を抜かれるというのがQBの説明だったが、魔法少女の肉体にわずかに魂が残っているのではないか、ということだ。その魂を受信機替わりに使うことで肉体を動かしているのではないか、それがわずかでも残っていれば、さやかを魔女から元に戻せるのではないか、という淡い期待だ。
そしてそれは当たった。反魂香を焚いたことも功を奏した。その名の通り魂を肉体に呼び戻す香だが、それによりわずかに残っていたさやかの魂を刺激することができた。ネミッサはさやかの残った僅かな魂を大事そうに抱きしめ、再び魔女に走りこむ。

「さやかが起きた? 何が起きてんだ?」

杏子がさやかに走り寄る。魔法少女にもなってない状態のさやかを心配してのことだった。

「ゴメン、今はアタシ! 魔女をハッキングするの! 近寄りたいから手伝って!」

意味不明なことを云うさやかに混乱するも、走り抜けてしまったため、言われるまま攻撃に移る。

「なんだかわかんねーけどしくじるんじゃねーぞ!」

遅れて杏子が走り、その援護にマミが回る。
魔女が狙いをさやかにつけ、新たな武器である巨大な車輪を生み出した。無軌道に走り回るそれをかいくぐることは今のさやかの体には難しい。自らを省みず杏子が割って入り二度三度車輪を押し返した。マミも車輪に攻撃を加え軌道をそらそうとする。だが、マスケットの弾では攻撃が軽く思った以上にそらせなかった。車輪の一つが杏子にあたり体勢を崩す。さらにそこに大剣が襲いかかり杏子の腹部を貫く。そこはかつて杏子がさやかを刺した部分と似ていた。

「杏子ちゃん!」

まどかの悲鳴が上がる。
杏子は強引に腹から剣を抜くと、血を吐いて倒れた。マミが急ぎ走り寄る。リボンで引き寄せ傷口を縛る。

(いやだ、また私なにもできないの? みんながあんなに頑張ってるのに)

その思いが、まどかに決断をさせた。半ば衝動的に、スマホのアプリを起動させる。無我夢中だった。渡された理由も考えず、その悪魔がみなを助けてくれるなら、自分はどうなってもいい。ほむらが恐れ悲しみ、そして愛した献身が溢れだした瞬間だった。

「かみさま! みんなを助けて! お願いします!」

アプリをスタートさせる。その瞬間、まどかの視界は一瞬にして切り替わった。



まどかの頭の中に声が響く。優しい、穏やかな、女性の声。

”鹿目まどか、あなたの願いを叶える代わりに、あなたの魂を少しいただきます。それが契約です。よろしいですか”

”私にあげられるものならなんでも上げます! だから、だからみんなを!”

”すべては必要ありません。僅かでも充分。契約成立です。あなたの愛に、報いましょう”

まどかの全身から光があふれる。周囲をあまねく照らし、暖かな力が心を満たす。まどかが目を開いたとき変化が起きた。
彼女が思い描いた魔法少女の服装に変化すると、神々しいまでの光がまどかを包む。

「か、鹿目さん?」

「私は白山比咩大神。鹿目まどかとの契約に従い、皆を助けましょう。貴方はその楽器で、彼女の心を呼び覚まして下さい」

いつものまどかの言葉と違う穏やかな大人びた声に驚きながらも、上条は準備をする。

102: 2013/01/07(月) 21:30:32.27 ID:i9eeC+ki0
「鹿目、さん?だよね……、でも声も届かないのに音が届くのかい」

「黒き魔女を信頼して下さい。彼女が必ず、なんとかしてくれますから」

雰囲気が様変わりしたまどかは檻のギリギリまで移動すると、掌をかざす。リボンで出来た檻がまどかがくぐれるほど解ける。本来ならばマミが操作しなければびくともしないはずだが。
ほむらが瞠目する。いつの間にかまどかが魔法少女の衣装になっている。だがそばにQBはいない。以前からなっていれば指輪と左手中指の紋様が印になるはずだが、それもなかった。何が起こっているか解らず困惑している。だが檻から出た以上危険が増している。後詰から移動し、まどかを守る位置につく。

「暁美ほむら、ですね。鹿目まどかの体をお借りしております。彼女を危険に晒すこと、お詫びします」

”ほむらちゃんごめん。私我慢できなかった。今かみさまにお願いして、さやかちゃんを助けて貰うところなの”

「か、かみさま?」

益々困惑するほむらだが、まどかの意思を尊重せねばならない。また、今無理に彼女を逃がそうとしても「かみさま」が拒むだろう。黙って見守るしか無かった。
一方のネミッサは魔女に取り付いた。そのとき丁度バイオリンの曲が聞こえてきた。曲名はチャイコフスキーのバイオリン協奏曲だったが、ネミッサにわかるわけがない。唯一わかることは、何とかしてこの曲を魔女に届けるべきだということだ。そしてまどかが檻から自力で出てきたことからも、悪魔すなわち女神が召喚されたことも理解した。本来ならネミッサの指示で召喚し顕現をしてもらうはずだが、なぜかまどかに憑依した形でいる。それがわからない。
だが事態が動いていることがわかるだけでも充分だ。つまり、ハッキングを急ぐべきだと。
まどかが杏子に近づき手をかざす。剣に貫かれた傷が瞬時に完治した。魔法少女の姿のまどかに驚く杏子。だがまどかはにこり微笑むとこういった。

「大丈夫、魔法少女?ではありません。私は白山比咩大神。鹿目まどかとの契約に従い、この場にいる皆を守ります」

後ろ向きのまどかに巨大な剣が襲いかかる。だがまどかは振り向きもせず、見えない壁を張り巡らせたように弾き返す。
声も出せず体を硬直させる杏子に再び微笑む。

「巴マミにも伝えて下さい。体の治癒が終わったら、援護をして欲しいと。ネミッサを信じて欲しいと」

静々とまっすぐ魔女に近づく。魔女が振り下ろす大剣や車輪を物ともせず弾き返し続ける。それが丁度ネミッサからの注意が逸れた形になり、ネミッサが自由になった。
ネミッサが再度ハッキングを試みる。杖=カドゥケウスを魔女に突き立てる。これをケーブルとして魔女に入り込む。目を閉じ精神を集中する。スポアを出し、さやかの受信体を経由して送り込む。ソウルジェムと肉体の関係と同じ情報のやり取りが可能だったのだろう、難なく侵入ができた。いくつも侵入させ、魔女の体に残ったエネルギーを奪い、妨害や排除に備える。まずは聴覚をさやかの体と連結させる。そうするばバイオリンの音も声も届くはずだ。
まどかの異常に気づき走り寄るマミと杏子が合流した。杏子は半信半疑のままマミに起きたことを伝える。魔女の結界で戦っているだけでも疲弊するのにこうも予期しないことが続き混乱していた。

「神様?」

「ああ、なんか日本の神様っぽい名前だったけど覚えてねー。ネミッサを信じろってよ」

「ネミッサを? 信じろ?」

(あったりまえよ!)

それならばやることは一つしかない。大きく頷くとマミは走りだす。檻ではなく、魔女の方へ。ネミッサもそうだがまどかへの負担を減らすことが目的だ。わずかの迷いもない走りに釣られるように杏子も走りだす。檻にはほむらがついているはずで、時間停止と爆薬を使えば剣戟くらいは逸らせるだろう。

103: 2013/01/07(月) 21:32:15.28 ID:i9eeC+ki0
まどかに攻撃を仕掛ける魔女はそれだけ脅威に感じているのだろう。ネミッサもマミも、杏子や檻ですらフリーになっている。無軌道に動く車輪をマミと杏子が破壊する。これでほとんど檻も問題ない。まどかを襲う剣もマスケットや槍で破壊した。再生するまでの間、まどかに寄る。

「鹿目さん?」

「巴マミ、佐倉杏子、御礼申し上げます。ありがとう」

「え、本当に神様?」

「だからそういってんだろ、ほら、ネミッサのヤツを守るんだろ」

マミの背中を叩き、杏子は攻撃に移る。ネミッサに攻撃が行かない様、派手に攻撃する必要がある。槍を分解し、鉄鎖鞭として伸ばすと魔女の胴体めがけ連続攻撃を掛ける。次いでマミは帽子やスカートから大量のマスケットを作り出し、魔女の関節めがけ的確に狙撃を加える。大きくのけぞり地に手をつく。立て直した魔女は案の定、まどかからマミたちに視線(らしきもの)が移る。
ネミッサは魔女とリンクした。まず聴覚を自分のそれと繋ぐ。これで外部の音が魔女の魂そのものに届くはずだ。次いでその場にいるすべての魂にスポアを飛ばす。
曲はいつしかグノーのアヴェ・マリアに変わっていた。二人にとって思い出深い曲を思いつくまま奏でているようだ。

魔女の動きが鈍る。ネミッサの耳を経由して魔女に届いているのだ。振り上げた大剣が静かに降ろされる。異常に気づいた杏子やマミが武器を下げた時、まどかがネミッサにゆっくりと近づく。
杖を掴む手に自らの手を添える。ネミッサと目を合わせ頷くとまどかはにっこりと微笑んだ。

「よくやってくれました」

上条の演奏は忘我の域にあった。さやかの魔女も、惨劇も、目に移りつつ目に入っていない。ただただ自分の立っている場所も忘れ奏で続ける。上条の頬に、涙が滴る。
攻撃が止んだことに気づくと、ほむらも武器を下げる。今までに見たこともない光景にただただ驚いていた。これまで戦った魔女は、外部からの攻撃以外の刺激に対し反応を示したことは殆ど無い。今回のように曲に聞き入るようにしていることなどなかった。何が起きているのかを心で自問自答した瞬間、答えが帰ってきた。

”魔女にアタシの聴覚を繋いだ。アタシの音が魔女にも聞こえるようにしたんだ”

テレパシーのように頭に響く声に驚きながら周囲を見渡すと、ほむらの左肩にピンク色のコウモリにも似た虫らしきものが浮かんでいた。ほむらは知らないがこれはネミッサのキャリアだ。本来ならばマニトゥがこれを生み出し、人間の魂を回収しマニトゥに持ち帰る役割を果たす。だが今回はネミッサとほむらたちを繋ぐレシーバーの役割を果たしている。

”これで多分サヤカちゃんに声が届くはず。みんなも繋いだから、呼びかけてあげて”

”わ、私は……関係、ないっ……”

”いいかげんにしろっっ! いつまでアンタは自分も騙すんだ!”

ビクッと、ほむらが怯む。ネミッサの言葉が図星を付いたからだ。だが、唇を噛み締め答えることはない。答えることは出来ない。なぜならば、認めた瞬間、自分を許せなくなるからだ。元々、彼女は心優しい少女である。だからこそ、自分のこれまでのループでの行動が許せない。だから騙す。
美樹さやかがどうでもいいなんて大嘘だ。巴マミを救えなくていいなんて思ってない。佐倉杏子の顔を立てて共闘を申し込んだわけじゃない。

みんなみんなみんな助けたく救いたくてでも力が足りなくて信じてもらえなくて見捨てて見頃しにしてむしろ頃して悔やんで苦しんだから気づかないふりして自分を騙してクールなふりをしてまどかだけと言い聞かせてきたけど結局撃ち頃して魔女にもさせてしまってやっぱり苦しめて見捨てて見頃しにして繰り返してきてそれでも助けられなくて自らを騙してないと歩き続けることもできなくて歩き続けて来た私がすくわれていいはずがない

”アタシがアンタを救ってみせる! アンタの腕で足りないならアタシが手伝う。そうすればマドカちゃんくらい腕の中に入るよ”

”馬鹿言わないの。私もやるわ。三人なら、美樹さんも入るわよ”

”おいおい、あたしもやらせろ。共闘関係はまだ終わってねーぞ”

”貴女の両手には鹿目まどかの運命は大きすぎて入らないのかも知れません。ですが皆が手をつなげばその中に入れられますよ”

「わ、私は……私はっ!」

溢れそうになる感情をほむらは飲み込んだ。だめだ、今溢れたら、目的が達成できない。出来なくなる。
見捨てた、見頃しにしてきた人からの好意に、ほむらは戸惑っていた。

104: 2013/01/07(月) 21:34:15.46 ID:i9eeC+ki0
「準備できたよ、ダイブする。『マドカちゃん』と行くから、みんなはカミジョーを守って」

「任せなさい」

「まぁ動いてねえから、暫く平気だろ。怪我治してくれ」

途中車輪を受けた時にか、杏子の指があらぬ方向に曲がっている。槍を持つため痛覚を遮断出来ずに脂汗をかいていた。マミが慌てて治療を施す。魔女を油断なく見つめながらも杏子を労るように手を握る。


真っ暗な空間に浮かぶネミッサとまどか。そして、その目の前にキャリア達が大量に集まる。魔女の中を動きまわりさやかの魂をかき集めてきた。キャリアたちは人間の魂にしか興味が無い。それを利用し、砂粒から宝石を探しだすように、濾過するようにさやかのかけらを一箇所にまとめようとしていた。その中央に鳥の翼と天使の輪っかをもつイルカがいる。ネミッサの生み出したキャリアのまとめ役といえるだろうか。それがキュキュと鳴き声を発しネミッサに応答する。

「おつかれスナッピー。これで集められたのは全部? ……そ、ほかは溶け込んじゃったのね」

「足りるのでしょうか?」

「こっちにサヤカちゃんの一番大きな欠片があるから、あとはお願いしていい?」

「ええ、任せて。あの鹿目まどかの力を使わせてもらうから」

まどかにの魂には因果が絡み付いていて、魔法少女となった際には凄まじい魔力を発揮するらしい。それは悪魔にとっても大きく違うものではなく、契約として捧げられた僅かな魂だけでも白山比咩大神は本霊に匹敵する顕現が出来るほどだった。
まどかはネミッサからさやかを受け取ると、スナッピーが集めた魂とともに両手に包み込む。自らの力の大半をつぎ込む。両手に包んだ魂にボソボソと話しかけているようだが、ネミッサには聞き取ることが出来ないほど小さな声だった。握るでもなく広げるでもなく大事なものを包み込むように添える両手から光が漏れる。ゆっくりと手を広げると、足元に光を降ろす。と同時にまどかの服装が先ほどの私服に戻っていた。神の力が大半失われ、先の魔法少女の衣装を維持できなくなったからだ。
足元の光はいつしか横たわるさやかに変わっていた。眠っているわけではない。目を開き、脱力している。

「サヤカちゃん。聞こえる?」

焦点の合わない目で、さやかが頷く。聴こえているのは上条のバイオリン。今まで聞いた中でも一番綺麗だと、さやかは思った。

105: 2013/01/07(月) 21:34:42.70 ID:i9eeC+ki0
「なんで?」

ネミッサにはさやかの質問の意味がわからない。わからないままなので流すことにした。

「二人とも手伝ってくれるって。ヒトミちゃんも外で待ってるよ」

「ほっといてくれたらいいのに」

さやかにはバイオリンの音が一番つらい。上条のことを嫌でも思い出してしまう。次につらいのは仁美の名前だ。彼女との一件で自分を傷つけるほど責めた。そもそも誰にも会いたくなくて家出したようなものなのに、今更どの顔で会えばいいのだろう。上条を捨て、仁美を捨て、まどかを捨て、マミを捨てた自分には何も残っていない。魔女になるのも当然だと、諦めの境地で思う。それをどうやったのかネミッサは自分の魂を引き出した。だがこれで仮に戻っても、再び魔女になるのは自分でもわかる。さやかはさやかに絶望したのだから。

「カミジョーはまだアンタを失いたくないってさ」

「幼馴染だしね」

「ヒトミちゃんはアンタをまだ親友になりたいってさ」

「私は仁美を見頃しにするなんて考えたんだよ、むり」

「マドカちゃんは謝りたいってさ」

「もう怒ってないって伝えて。私に構わなくていいからさ」

「マミちゃんも戻ってきて欲しいってさ」

「ダメだよ。私はマミさんみたいになれないから」

「マミちゃんが、折れないって思ってる?」

マミはネミッサが見る限り三度折れている。氏にかけて、QBに裏切られて、さやかを魔女にしてしまって。それでもマミは立ち直り立ち上がった。

「あんたがいたからでしょ」

「そうかもね。アンタが一番辛い時、アタシは側にいなかった……アタシのせいだね」

首を左右に振る。

「でも、今のアンタには、皆いるよ」

”さやか、聞こえてるか? あたしだ。ヘコんでんじゃねーぞ。あたしにも負けないんだろ?”

”美樹さん、私に憧れてくれてありがとう。無様なところを見せたと思うけれど、それでも先輩後輩でいてくれる?”

”さやか、ごめん。僕は君に甘えていたんだ。ちゃんと話がしたい……戻ってきてくれないか?”

これでさやかが涙ぐめば、それで戻ってこれたかもしれない。だが、さやかの心には波は立たなかった。彼女の心の中は絶望というより諦めが大きい。人は絶望で立ちすくむのではなく、諦めによって立ちすくむのだという。さやかの心はそれだった。むしろ、皆の心遣いにすら波風が立たない己の心に嫌気が差していた。

「いいんだよ、私はいなくなったほうが」

『なら、その体私にちょうだい』

ネミッサの背後から声がする。くぐもった声だがそれは明らかに……。

『ね、さやかちゃん?』

さやかそっくりな……いや、全く姿形が同じ『さやか』が現れた。魔法少女の衣装で。

106: 2013/01/07(月) 21:35:52.44 ID:i9eeC+ki0
「アンタ何者? どっからきたの?」

『いやぁ、ネミッサヒドイなぁ。私のグリーフ・シードを使ってからずっと一緒にいたってのに』

見た目、全くさやかと変わらない『さやか』がそこにいた。表情の作りも何も変わらない。悪魔が化けているとは思えないほど似通っていた。

「ん? グリーフ・シード? ひょっとしてアンタ」

『そうだよ、ネミッサが飛び込んだグリーフ・シードって、私だったんだ。魔女になって、転校生に倒されたのさ』

ネミッサがほむらのグリーフ・シードを使い体を作ったが、そのときのグリーフ・シードが元『さやか』の魔女が落としたものだというのだ。ほむらが撃破した際に回収したが、友人の魂をどうしても使う気になれず、ずっと盾に入れて持ち歩いていたという。また、ループする際に何度も対峙することがあり、そのたびに撃破してきた。だがやはり使うことに躊躇いがあり、ストックしていった結果、ほむらの手持ちで一番多いグリーフ・シードになった。それゆえ、確率的にネミッサがグリーフ・シードを強奪した際に、彼女のそれを使うことになった。

『あんたがさ、こっちの美樹さやかに接触したじゃん? そのせいでさ、私も人間の状態でここにこれたのさ』

それで説明は充分とばかりに嬉しそうに笑っている。
何がおかしいのかわからないとさやかは苛立っている。自分自身の姿を見せられて落ち着いていられるものがいるはずがない。無駄にそっくりな自分のモノマネを見せられているようで非常に不愉快だった。

「体をよこせ、ってなにさ」

『だって、あんた人間に戻るつもりないんでしょ。だったら私が戻るよ。事情はネミッサ通じて知ってるしさ』

「いや、アンタね……」

『ネミッサだって私のほうがいいじゃん。魔女にならずに皆とちゃんと戦うし、ワルプルギスの夜だっけ? それとも戦うよ』

それだけいうと『さやか』は一旦言葉を切る。にやにやとさやかを見下ろしながら、次の言葉を効果的にするようにゆっくりと言い放つ。

『恭介にも告白するよ。今仁美も気後れしてるし、恭介も恩義に感じてるから、きっとOKしてくれるよ』

地べたに寝転がっていたさやかが立ち上がり吠える。燃え上がるような表情で『さやか』を睨みつけた。

「ふざけんな!」

『だっていいじゃない、戻らないんでしょ。私は恭介まだ好きだもん。やり直せるならやり直したいよ』

さらに言葉を続ける。挑発するような言い回しでもある。

『杏子も仲良くしてくれるし、マミさんもまた指導してくれる。まどかも謝ったらまた親友になれるもんね』

『さやか』は腕を頭の後ろで組み、散歩をするようにネミッサとさやかの周りを回る。鼻歌すら聞こえてきそうなくらい気楽なその態度にますますさやかが怒り猛る。

「誰があんたなんかに!」

『だっていいじゃん、あんたはそのまんま魔女になって、マミさんに撃ち殺されればいいじゃん』

激昂し『さやか』に掴みかかるさやかを、あっさりとねじ伏せる。ここが精神世界の中であっても、魔法少女と生身の人間のアドバンテージの差は同じようなものなのだろう。さやかの首を掴み、片手で吊るし上げる。呼吸が出来ず暴れだすが、地に足がつかずもがくだけだった。空中で蹴りをしたところで効果もなく、ただ暴れるだけでしかなかった。

『いいねぇ、元に戻れるってのに。ゼータク言っちゃってさぁ』

首を絞める手に力が入る。
ネミッサは手を出しかねていた。何が起こっているのか。『さやか』が何を目的なのか、まったくわからなかった。手を出そうとするネミッサを『まどか』が止める。手を掴み目を合わせると首を左右にふる。様子を見よう、ということだ。首を絞められて様子を見るもないが、ネミッサも何をしていいかわからない。

107: 2013/01/07(月) 21:36:51.90 ID:i9eeC+ki0
『さやか』は手を離しさやかを地に落とす。咳き込むさやかを見下しながら、背後の二人に振り返る。

『さぁ、いいっしょ。私が行くよ。ネミッサには貸しがあるんだよ? 断らないよね』

「……っざけんな……」

ゆらり、さやかが立ち上がる。大きく息を吸い、まっすぐ『さやか』に正対する。拳を強く握り、怒りを溜めている。

「わ、わ……私の居場所を、あんたなんかにぃ……」

『だから、私もあんたなんだってば』

「あんたは……あんたは……私なんかじゃ、ない!!」

『違うね。私はあんたで、あんたは私だ。……だからさ、一緒に行かない?』

すっ、と手を差し出す。戸惑うさやかに『さやか』は続ける。唐突に変わった口調。

『まだあんたは怒る心があるんだよ? 皆を取られたくないんだよね。私だってそうだよ。でも、でもさ、もう私のものじゃないんだよ。あんただけのもんなんだ。羨ましいよ』

『さやか』が音もなく泣き出す。

『私の魂と思いも連れてって……。私と同じ間違いをしないで』



傍目からはさやかとまどかが魔女の中に入ったようにも見えた。じっと動かない魔女を油断なく見つめる三人と、演奏を続ける上条。場違いな名曲が魔女の結界内に響き渡る。

「大丈夫よね」

「なんとかなんだろ、かみさまなんだからよ」

そのなかでほむらだけが、唇を噛み締めて成り行きを見守っている。自分を欺くほどの絶望がネミッサの言葉だけで拭えるはずがない。

「ねえ、暁美さん、ネミッサにも言ったのだけど、もう少し頼ってもいいのよ」

マミが側で語りかける。端正な顔が歪むのがマミには気の毒でならなかった。それにマミはネミッサがいたからこそ三度立ち直ることが出来た。もはやマミにはネミッサが無くてはならない存在になっていた。代わりに、ネミッサの苦しみを和らげようと母になることを申し出たのはただの思いつきではない。互いに支えあう助け合うためだ。
余談ではあるが、ほとんどの言語で「母」を表す単語にはMが含まれる。マミには二つもMが含まれるがただの偶然だろうか。ひょっとしたら彼女には生まれつき母性が備わっているのかもしれない。

「いいえ、結構よ」

「必要なときはいつでも言ってね」

「おい、見ろ!」

杏子が指差す先に、ネミッサとまどかが現れる。魔女の内部からのダイブから帰還したのだろう。だが魔女はまだ健在だった。失敗だったのかと、皆の心に不安がよぎる。三人が急ぎ駆け寄る。ほむらがまどかを抱え、ネミッサをマミが受け止める。杏子が周囲を見渡す。さやかの姿がないからだ。朦朧とする意識の二人を気遣う余裕もなく、ネミッサを揺さぶる。

「おい、ネミッサ! さやかはどうした!」

杏子の心は怒りに満ちている。あれだけ場をかき回し、何も成功しなかったとなると当然ともいえる。それをマミが制止する。どういう経緯か不明だが、ネミッサがかなり衰弱していた。ここ数日夜も遅ければ日中もどこかで準備しているネミッサは疲労が相当蓄積している。それをマミは知っていたからだ。
その怒号のなか『まどか』が口を開く。

「落ち着いて下さい。まだ、終わっておりません」

「終わって、ない?」

「戦っています」

自分自身と。
ネミッサは自分用の小瓶を取り出し神酒をあおる。瓶の三割ほどを飲み呼吸を整える。魔女の中に侵入すること自体はさほど疲弊するものではないが、マニトゥを真似て慣れないスポアやキャリアを出したのが負担になっていた。それでもマミから立ち上がると、魔女に向き合う。

「サヤカちゃん! 負けるなぁ! 勝って、帰ってこぉい!」

108: 2013/01/07(月) 21:38:51.79 ID:i9eeC+ki0
事情を察した杏子。確かに見やると魔女が小刻みに揺れている。戦っているようにも震えているように見える。長いポニーテールをまとめているリボンをとくと、その中からアンクを取り出す。手に持ち、いつしか忘れた祈りの姿勢を取ると静かに跪く。下ろした髪とその姿勢が、敬虔な修道女のようにも見える。
マミもそれに習い、祈りを捧げる。彼女には特定の信仰はない。だが、さやかのために祈ることは出来る。自分が不甲斐ないがゆえに窮地にたったさやかのために。

「貴女も」

「……私は……」

「いいのですよ。貴女はもっと欲張っても。美樹さやかも……救いたいと」

まどかの顔で言われているためか、ほむらは強く言い返すことが出来ない。ネミッサに看破された事実に揺らいでいた。まだほむらが眼鏡をかけていた頃まどかと一緒に手を引いてくれたクラスメイトであり、ともに見滝原を守ろうと戦った仲間である。助けたくないわけがない。けれども、彼女の小さな手には大きすぎて入りきらなかったため、諦めたフリをしていたのだ。それはマミにしろ杏子にしろ見捨てたくて見捨てたわけではない。自分があまりにも非力すぎてこぼれ落ちた魂だった。
溢れそうなものをこらえ、魔女を見上げる。そして呟く。

「さやか、お願い、帰って、きて」


内部からの衝撃で身震いを続ける魔女。四人がそれぞれの姿勢で願うなか、一際大きく身動ぎすると異変が起きた。
魔女の胸部に切れ込みが入る。それが大きくなったと見るや、鎧が内側から弾け飛ぶ。斬撃でできた切れ込みを内側から蹴り飛ばしたようにも見えた。
ドロドロの何かが胸から溢れ出るその中に、青と白を基調とした騎士が姿を現す。大きく素早く飛び上がると檻の側にいる魔法少女の側に着地する。両手にあるサーベルは半ばから折れており、マントもあちこち引き裂かれている。

「美樹さん!」

体中に怪我をしてると思ったのだろうマミが慌てて駆け寄る。肩を抱かれたさやかはゆっくりと立ち上がり、マミの支えを抑え皆に向き合う。

「ご、ごめん、みんな」

皆、言葉にならない。ぼろぼろであってもさやかは帰ってきた。だがネミッサは不安がある。彼女はさやかなのか『さやか』なのか、判断がつかないのだ。

「大丈夫だよ。ネミッサ。『さやか』はあたしの中にいる。一緒に、いるんだ」

背後で身悶えする魔女に振り向き向き合うさやかの髪に、音楽記号の『フォルテシモ』を模した髪飾りが煌めく。ネミッサは気づかなかったがこれは契約した当時にはついていなかったものだった。後にして思えば、これが『さやか』だったのだろうか。

「見てて、馬鹿だった私を、私が、やっつける」

109: 2013/01/07(月) 21:39:37.79 ID:i9eeC+ki0
皆の返事もまたず、穴だらけのマントで体を隠したまま神速の動きで魔女に肉薄する。見上げる身の丈の魔女。音が途切れた魔女はさやかを迎撃するべく剣と車輪を繰り出す。さやかが飛ぶ。中空で魔法陣による足場を作り方向転換を繰り返す。攻撃を避けつつ魔女の顔のあたりまで飛び上がる。
折れたサーベルを射出し、その柄を投げ捨てると再び二刀を作り出す。直撃した折れた刃は見た目以上の威力があったのか、魔女の顔を貫通した。その隙を突いて、凄まじい速度で斬撃を繰り出す。途中何度も車輪に襲われたが、そのたびに足場の魔法陣を作り出し、空中で器用に回避し続ける。

「カミジョー、見て。サヤカちゃんが、帰ってきたよ!」

休みなく続けられた演奏は彼の指を相当痛めていた。コンサートでも曲と曲の間にインターバルくらいあるが、それすら無視してし続けた彼は、ネミッサの声がなければ指が裂けるまで演奏し続けただろう。演奏を止め見上げるその先に、魔女と戦うさやかの雄姿が見えた。

不謹慎ながら、その姿が上条にはとても美しく見えた。

マントの間から伸ばす腕から繰り出すサーベルが魔女の腕を体を顔を切りつける。だが、攻撃に気を取られたところを車輪に狙われる。鈍い音がして高い位置から地面に叩きつけられる。土埃と破片が彼女を隠す。
ネミッサが顔色を変え駆け寄る。遅れてマミと杏子が続く。土煙のなか立ち上がるさやかは掌をかざし皆を制する。いつの間にか、彼女の周りには無数のサーベルが浮かぶ。それが間断なく魔女に襲いかかる。一拍遅れてさやかが追撃する。剣山のように突き刺さり魔女の体勢を大きく崩す、そこを自らのサーベルごとさやかは斬りつける。一合、二合と斬りつけるたびに鎧が剥がれ落ち醜悪な魔女の体を晒す。
さやかが空中で姿勢を変える。斜めに飛び込む様な姿勢から魔法陣で飛び込む。大きく袈裟懸けに斬りつける。まだ止まらない。そのまま垂直に飛び上がると魔女の顔を斜めに切断する。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

斜めに残った顔ごと、サーベルが魔女を真っ二つに斬り下げる。もはや一方的に遮二無二に斬りつけられた魔女は、再生すら出来ないほどに切り刻まれた。
崩壊する魔女の前、肩で息をしながら這いつくばるさやかに、全員が駆け寄る。澄んだ高い音が魔女の最期を告げた。

真っ先に駆け寄ったのはネミッサだ。跳びかかるようにさやかに抱きつく。それを檻から開放された上条が続く。足はまだリハビリ中であるにもかかわらず。ただただ必氏だった。抱きつかれたさやかは、後頭部を床にぶつけ、大きな音をさせた。

「いったー! 何すんのよ!」

答えの代わりに返ってきたのは大粒の涙と抱擁。そして、絶叫にも似た泣き声。

「よかったぁぁぁ! もうダメかと思ったぁぁぁぁ! またダメかと思ったよぉ!」

「わわわ! ネミッサ? なになに? ちょっと、離してよ!」

「イヤだ! もう離すもんか! もうどっか行かせないから!! 逃さないから!!」

痛いくらいに抱きしめるネミッサにさやかも困惑する。大粒の涙が後から後から溢れる。皆が到着するまでになんとかしたかったが、ネミッサは頑なに離れようとしない。その姿勢にさやかも涙がにじむ。
ネミッサの肩越しに上条が見えたため、さやかは再びネミッサを引き剥がそうとしたがまるで離れる気配がない。止む無くそのままで見つめ返す。

「あ、あははは、こんなところきちゃって。……全部バレた?」

「さやか! なんでだっ!」

いつもは穏やかな上条が怒鳴る。CDを叩き割った時以上の怒号に驚くさやか。質問の意図を読み違え、返事を返す。

「だって、恭介の腕を……」

「そうじゃない! なんで、こんないい人達を頼らないんだ!」

びくっとさやかが怯える。だが上条はすぐに言葉を変えた。

「いや、ごめん。僕が言える立場じゃない。さやか、ごめん。僕を今まで支えてくれたのに……、こんなになるまで思いつめていたなんて思わなかった。……こんな僕を、許してくれ……」

そうやって、上条は泣き崩れた。許しを請うように頭を垂れ、這いつくばる姿勢でただ嗚咽を上げた。ただ謝罪の言葉を上げてしゃくり上げた。
その姿は、結界が解けるまで続いた。

110: 2013/01/07(月) 21:41:14.73 ID:i9eeC+ki0
乱暴にネミッサを引き剥がすと、さやかは上条に向き合う。じっと顔を見つめ、さやかは何かをこらえているようにも見えたが、徐々にそれが口からこぼれ落ちる。

「恭介さぁ、退院するときに連絡くれないんだもん……ヒドイよぉ」

「ごめん……、舞い上がっていたんだと思う。それに、同じ音楽団の人達もたくさん来て、携帯を触る暇もなかったんだ」

「だからってぇ……ひどいよう……」

「ごめん、そのせいで、こんな怪物になったんだってね。ごめん、許されないと思うけど……許して欲しい」

「……グスっ、もう、いいよ。仁美と……仲良くね?」

「そのことなんだけれど……」

上条はネミッサに叱責を受けたこと、そのおかげでさやかの窮地を知ったこと、さやかの苦しみを知ったため、二人で話し合い戻るまで結論を保留することを告げた。
ネミッサに暴露されたため、上条の気持ちが鈍ったというのもある。また仁美は良い人ではあることは疑いがないが、それと恋愛とは必ずしも一致しない。それゆえ、上条は一時の高揚感だけで交際を始めたのではないかと疑い出した。あり得ないような奇跡が起きて退院。そこで仁美のような美人に交際を申し込まれればだれだって舞い上がる。

正直なことを言えば、今上条は恋愛など出来ないと思っている。さやかの願いは左手を治すことではなく、バイオリニストとしての復帰。治った手でさやかを仁美を抱きしめることではない。さやかの願いと対価を知った以上、それに報いるためには寝る間も惜しんでの練習しか無い。一日でも早く復帰する。それがさやかへの一番の償いだと考えていた。むしろそんな態度で二人のうちどちらかと交際するのは失礼だと、上条は感じていた。

「だから、今はまだ二人とも、いや誰とも付き合えないよ。でも、復帰できたら、一番最初にさやかに聞いて欲しい。それが今の結論では、ダメかな」

「ううん、いいよぉ……私の夢だもん……待ってるね……」

さやかの涙は止まらない。
結界の外で待つ仁美とも、涙で濡れながら抱擁をする。
魔法少女のままの姿で仁美と向き合う。不安に押しつぶされそうになっていた仁美に出会った時、緩んでいた涙腺が再び崩壊した。どちらともなく歩み寄り、抱き合って泣きじゃくった。謝罪と感謝と、労り。幼い頃から仲の良かった二人の間には、余人には計り知れない絆があった。だからあんなことがあっても、二人は親友になれた。あのときより、とても強い絆で。


涙の抱擁にマミも杏子も安堵していた。まどかを抱き寄せているほむらには信じられない光景だ。魔女から魔法少女に戻ったことなど、これまでのループの中でただの一度もない。悪魔の力に驚くこともあるが、それ以上にそれをもたらしたネミッサに驚いていた。

「ほら、これが、貴女が望んだ光景ですよ」

「そうね。まどかは、どうしているの?」

「主導権は私ですが、この光景を見ておりますよ。そろそろ私の役目も終わります。ご迷惑をお掛けしましたね」

ほむらはそれ以上答えない。言葉をなくし佇んでいた。
まどかが瞳を閉じ、次に開くときには、まどかは意識を取り戻した。

「……あ、ほむらちゃん……。かみさまの話、聞いた?」

「ええ、大変だったわね。体は、大丈夫?」

「心配してくれてすごく嬉しいんだけど……、嬉しいんだけど、ちょっと」

耳まで赤くなるまどか。ほむらに立つのも覚束ない体を抱きしめられているからなのだが、ほむらのほうは使命感が強く全く意識していなかった。だが、一方のまどかは、ほむらから感じる体温や鼻孔をくすぐる香りにすっかり赤面してしまった。だから、誤魔化すようにさやかをに声をかけようと身じろぎをする。

「さやかちゃん……」

ほむらは自然な動きで手を放す。なぜかやや残念そうにしながらも、さやかに歩み寄る。だが仁美との抱擁に気後れしているのか、たたらを踏む。その背中をほむらは優しく押し、穏やかな視線を送る。後押しを貰ったまどかは頷き、二人に歩み寄った。それに気づき、二人は抱擁を解いた。仁美は涙ながらに微笑むと一歩下がる。

「さやかちゃん……」

「あ、ま、まどか……」

まどかへの罵声が思い出されて表情が暗くなる。あのとき言った愚かな言葉が自らをえぐる。突き放されたにもかかわらず、彼女はさやかを助けるため魔女の結界に足を踏み入れたのだ。その感謝の念はどれほど大きいもんだったろう。それはそのまま、罪悪感の大きさにもなるのだが。

「さやかちゃんが、いっ、言ったこと気にしてないよ、へいきだよ。……ごめんね……。おかえり、なさい」

あふれだす涙をそのままに、精一杯の笑顔でさやかに抱きつく。そのやわらかな抱擁にさやかは自分が許されたことを知った。謝罪すら出来ないほどの嗚咽があたりに響き渡る。これからさやかはどれだけ泣かなければならないだろう。どれだけ謝罪をしなければならないだろう。恭介に仁美、マミに杏子、まどかにほむら。そして、ネミッサ。

111: 2013/01/07(月) 21:43:09.75 ID:i9eeC+ki0
「ありがとな、あんた」

「こっちこそありがとう。お陰でサヤカちゃんも助けられたし」

「そうじゃねえよ」

杏子は自分とさやかを重ねていた。自分以外のために祈り魔法少女になった杏子はそれが原因で家族を失った。さやかも同じ道をたどると思ったからこそ、何度も突っかかり、諭し、探し続けたのだった。だがそれは最悪の結果に終わった。
はずだった。
それをネミッサは救った。時間を繰り返し、事前に準備をしていたからではあったろうが、救ったことには違いない。それは何か自分も救われたように、杏子には思われたのだ。

「でもなんで人間に戻ってねえんだ? 無理だったのか」

「ああ、そうみたい。アイツ神様のクセにねぇ」

それは恐らく、『さやか』のせいであろうと思われるが、ネミッサは黙っておくことにした。自分の中にもまだ『さやか』の思いは残っている。さやかも『さやか』も願いは魔法少女が前提だったのだろう。どんな願いであるかはわからないが、きっとほむらの為になることと思う。
そんな物思いに耽るネミッサを杏子が不思議そうに覗きこむ。だがそれにすぐ飽きるとマミに向き合う。マミはホッとしたような切なそうな表情をしていた。自分が巻き込んだという罪悪感を払拭出来たのだろう。

「なぁ、マミもワルプルギスの夜と戦うか?」

「当たり前。私はこの街を守る、魔法少女なんだから」

だろうな、とつぶやきニヤッと笑う。ほむらと共闘関係を組むだけだったが、そこにマミが加われば盤石になる。ほむらがどう出るかわからないが、ネミッサが上手くやるだろう。これだけの戦力があればどんな魔女にも遅れは取らない、杏子の計算ではそうなっている。ネミッサの戦力は魔法少女でないので未知数だが、多少は役に立つだろう。

「いいぜ、あたしもやってやるよ」

(あたしも少しくらい、正義の味方やってもいいよな、父さん。教会壊されたくないもんな)



落ち着きを取り戻したさやかは、仁美とともに自宅へ帰った。一週間にも及ぶ家出失踪の説明をせねばならないはずだが、そのフォローを仁美が行ったようだ。捜索願すら出され大騒ぎにはなっていた。だが地元の名士である志筑家のとりなしで事なきを得たようだった。
翌日からの学校にも無事通学するようで、クラスメイトから浮くような心配もあったが、上条と仁美はいつもと同じように接していた。そのため、色恋沙汰での無断欠席という噂を払拭することができた。事情を知るまどかは、さぞ安心しただろう。



下校時間になって、ほむらは呼び止められた。今日はさやかとネミッサを含めたワルプルギスの夜の打ち合わせの予定だったが、そこに声をかけられた。

「ほむらさん、少しお時間をいただけませんか」

珍しい、ほむらは思った。正直言えば仁美とはさやかやまどかの友人としてはいるが、あまり接点はない。せいぜい魔法少女のことで今回比較的会話をすることが多い程度で、どのループでもあまり仲良くはなかった。その彼女がほむらに話しかけるということは、一つしか無い。

「私に、貴女の戦いを手伝わせて下さい」

意外な申し出にほむらが面食らう。まさか魔法少女になろうというのかと、警戒してしまう。だが、仁美は左右に首を振る。

「いいえ、私には素質がないのでしょう? ですから、私にしかできない戦いをいたします。そのために、相談をしたいのです」

そのそばにいた上条も、松葉杖をつきながらほむらに尋ねる。

「僕も詳しい話を聞きたい。僕にできることをさせてほしい」

「な、なぜ? あなたたちには…かかわりないわ」

「私たちは、さやかさんを一度『頃している』のです」

ほむらの心を抉る言葉。

「幸い、無事だからよかったものの、そんなことをした僕らは……」

「もう、前の関係に戻れませんわ。ですが、もし戻れるのならば……」

「僕らは戻りたい。そのためには、きっと君たちとともに戦う必要がある」

「お願いです。私たちチャンスをください」

「……僕らを戦わせてください」

112: 2013/01/07(月) 21:44:03.94 ID:i9eeC+ki0
ほむらの自宅にこれだけ大勢が押し寄せたのは初めてではないだろうか。まどかにさやか、マミに杏子、上条に仁美、そしてネミッサ。そのネミッサはやや船を漕いでいる。それをマミは支え寝落ちするのを防いでいるが、話を聞いてもらえるかどうか。

「ほむら、あの、話始める前にさ、いいかな?」

ほむらは静かに頷く。さやかが復活してから初めての集まりだ。それは予想済み。

「みんな、その……、迷惑をかけてごめんなさい。それと、命がけで助けてくれて、ありがとうございます!」

きちんと四角に座り、頭を下げた。真っ直ぐな性格なだけにこういったところは清々しい。だが、頭を下げたままずっと上げない。

「美樹さん、もう頭を上げていいわよ。お帰りなさい」

マミは穏やかに声をかける。優しい声は裏表なく、慈愛に満ちていた。

「そうだよ! 皆もうわかってるもん。謝ることじゃないよ」

声が少し濡れているのはまどかだ。まどかは戻ってきたことと同じくらい、許してくれたことが嬉しかった。

「むしろ謝るのは無神経な僕の方だよ。さやか、ごめん」

「さやかさん、許してくださってありがとうございます。無事に戻ってきてほっとしていますわ」

上条と仁美は本心からそう言っている。また元の関係に戻れたのは三人の努力があったからで、誰かの努力が欠けたらこんなふうに思えなかっただろう。
そんなさやかのお礼が聞こえたのか聞こえてないのか、ネミッサは虚ろな表情で体を揺らしている。それをマミが小突くが一向に目が覚める気配がない。

「そして、ネミッサ。あんたが一番頑張ってくれたって聞いた。ホント、ありがとう」

「僕からもお礼をいわせて欲しい、ネミッサさん」

「私も御礼申し上げます。貴女のお陰で、大事なものをなくさずにすみました」

三人が心からのお礼を言って頭を下げる。だが、それをよりにもよって、当の本人が聞いていないのだから失礼極まりない。遠慮がちに小突くマミの苦労の甲斐なく、三人のお礼が終わってしまった。
ほむらが手近にあった世界史の教科書の背でネミッサの脳天を打つ。だが、ほむらが思った以上に重い打撃音がして、ネミッサが悶絶している。ほむらがまずいと思ったのは一瞬で、これくらいでないと目が覚めないだろうと開き直った。

「容赦無いな」

「寝ているこいつが悪いのよ」

「すごい音がしたけど、大丈夫なのかな」

「大丈夫、目が覚めたわ」

めまいのする頭を振り、ネミッサが起きる。いつか仕返ししてやると、心に決めながら。ネミッサにかけた迷惑の大きさから不安がっていた三人はそんな呑気なネミッサに顔を見合わせ笑いあった。正直ネミッサはまるで迷惑だなんて思っていなかったので、ちょうど良かった。

113: 2013/01/07(月) 21:44:32.11 ID:i9eeC+ki0
ワルプルギスの夜対策の打ち合わせはほとんどほむらの独壇場だった。何度も戦いを挑み、攻撃や行動などの特徴を把握し文書に残している以上、彼女以上のワルプルギスの夜の専門家は過去にもいない。その彼女の発言は全員の自信を打ち砕くのに十分な内容だった。

「近代兵器を叩きこんでも、タンクローリーをぶつけても、プラスチック爆弾を使っても、私では歯が立たなかったわ」

「んー、アタシも見てたけどさ。アイツ、物理的な攻撃に耐性でもあるんじゃない?」

悪魔の中には物理攻撃、即ち運動エネルギーを無効化したり、吸収し自らの力にしたり、あまつさえ反射してしまうものすらいる。この魔女にもそれに類する性質があるのではないかとネミッサは講釈した。だが、軍艦の主砲を直撃させた際には吹き飛ばされていた。せいぜい耐性を持っている程度だろう。だが実弾兵器中心のほむらにとって極めて不利な相手であることには違いがない。

「と、なると攻撃の要はマミか」

魔力そのものを打ち出すマミのマスケットは、攻撃力もさることながら正確性や射程距離、発射までの速さ。どれをとっても優秀で恐らく彼女がダメージソースになる。他には杏子やさやかが魔力で作る武器に寄る攻撃が有効だが、ほむらの攻撃はハッキリ言って数にはいらない。全く無駄ではなかろうが、決め手にはならない。恐らくほむらがループせざるを得なかったのはこれが原因だ。実際には実弾にも魔力を込めて威力を高めてはいたのだが、地の魔力の低さから目に見えた効果が得られなかった。

「けれども今回は違う。アンタたちがいてくれるし、士気も高い。やれるわ」

「それはいいけどよ、なんだってこいつらもいるんだ?」

「……戦うからに決まってるじゃない」

「はぁ?」

さやかと杏子、マミも驚きの声を上げる。声を上げないもののまどかも驚く。落ち着いているのは前もって聞いていたほむらくらいなものだ。

「当然、『人』としてだからね。勘違いしないよーに」


戦い方の概要説明が終わり、後日連携訓練ののち役割分担を行うことまで決めて、その日は解散となった。
ほむらの部屋からの帰り道、マミにネミッサは問い詰められていた。

「いつも、貴女どこにいっているの?」

言っていいものか、ネミッサも戸惑う。別段彼女たちに迷惑がかかることをやっているわけではないが、誤解されるおそれがあるし、期待させて肩透かしを食わせるのもお断りしたい。何とかはぐらかしたいところだ。最も、一番の理由は驚かせたいという、悪趣味な企みがあるからだが。

「天海市だよ。サヤカちゃんの件で世話になった人に、経緯を報告しろって言われててさ」

他に、ほむらの武器の購入や、神酒のような戦闘を補佐するものの調達。古い友人との接触にワルプルギスの夜対策の根回しなどなど。眠りが必要な体が恨めしいが、なんとかやり切るしか無い。そこに今回の会議で連携訓練の必要も出てきた。

「危ないことをしてるわけじゃないのよね」

「大丈夫。私もさ、マミちゃんや、古い友人に頼っていいんだって気づいたんだ。今やってるのはそういうこと」

「わかったけれど、ちゃんと寝なさいね。さっき眠そうだったじゃない」

「気をつけるよ。決戦前に倒れるわけにいかないし」

マミは部屋の鍵を空けて、ネミッサを招き入れる。そろそろほむらとも和解している。だから無理にマミの部屋に行く事もないのだが、惰性でなんとなく付いてきてしまっていた。
ほむらとネミッサの距離をあけてしまうことをマミは危惧していた。そのあたり、二人はどう思っているのだろう。

「暁美さんとはその後どうなの?」

少し考えてからネミッサは返す。

「良くも悪くも変わってないよ」

「仲直りしなさい」

お茶を入れながらそんなことを言う。マミもネミッサにはそばに居て欲しいのだが、ほむらとの不仲が気になる。当の本人たちはそこまで相手を悪く思っていない。マミの目線からだと、仲が悪く見えてしまうというだけだ。

「私が、引き止めてるから?」

ネミッサは問題の中心がやっと解った。ほむらがどう、というわけはない。マミが不安に感じてることが問題なのだ。マミはこのままでもなんとかなる。だが、心優しいマミは二人の仲を心配しているのだ。ここは顔を立てて、仲直りのアピールをすべきだ。それが後の連携にも関わるのなら尚更。

「一人で大丈夫?」

「心配なのはそっちよ。私は心配いらないわ。貴女に貰ったもの、いっぱいあるもの」

にこっと微笑む。うまく言えないが、ネミッサはその笑顔にしびれてしまった。この笑顔ができるなら大丈夫だと感じたのだ。ならばここはマミの言うとおりにしよう、そう思う。

「アタシがいない分、キョーコちゃんに来てもらう? アンタさびしんぼうだし、あっち家なき子だし」

「あら、ママの心配してくれるの?」

「もう、それ止めてよ」

ネミッサはにっこり笑えた。

114: 2013/01/07(月) 21:47:45.68 ID:i9eeC+ki0


――幕間―ー

【えいがかんにて】

私は映画館にいました。
誰もいないとても広い映画館に、私一人だけ座っていました。
赤い座席はふかふかでとても座り心地がよくて、暑くも寒くもない快適でした。
暗くなる前の映画館は、これから始まる映画のことを考えるととてもどきどきしますよね。
でも、そこはそんなどきどきもなくて、すごくリラックスできていました。
いつの間にか、スクリーンの前に、男の人が立っていました。
スーツ姿のかっこいいおじさんで、柔和な顔をしていました。

「はは、おじさんか。君からするとそうなってしまうんだね」

ごめんなさい。私のパパよりずっと若いのに、失礼なことを言っちゃいました。
照れくさそうにおじさんは頭をかいていました。

「まぁ、おじさんでかまわないよ」

名前を聞いてもいいですか。

「僕は桜井雅宏」

私は……

「大丈夫、知っているよ」

おじ……、お兄さんは優しく笑ってくれました。
でも、私も知らない人が、私に御用ですか?
ニコニコと笑っているけど、初めて会うお兄さんと一緒。
それに今まで見たこともない場所にいるのに緊張も不安もありません。
とてもふしぎです。

「今君は夢を見ているからだよ」

夢にしては椅子はふかふかで、お兄さんの声ははっきり聞こえます。

「君が不安に感じているとちゃんとお話ができないからね」

たしかに、私が不安に感じていると、ちゃんとお話を聞くことができませんでした。
………にはとても悪いことをしてしまったように思います。

「君には僕の話を聞いて欲しいんだ。そして、彼女のことを救ってあげて欲しい」

私に何が出来ることなんでしょうか。
自分にできるんでしょうか……。

「君しか出来ないことなんだよ」

でも、私にできる事ならお手伝いしたい、役に立ちたいんです。

「とても怖い思いをすることになるよ」

でも、やらせて下さい。

「辛くなったらすぐに止めるからね」

でも、やらせて下さい!

115: 2013/01/07(月) 21:48:22.45 ID:i9eeC+ki0

私は三人の女の子になった夢を見ました。

魔法少女になった女の子の夢です。
私なんかと違って、とっても自信に満ちていて、とってもかっこよく見えました。
その人は先輩の魔法少女とともに、眼鏡をかけた、とても可愛らしい女の子を助けてあげていました。
けれど、とても大きな魔女との戦いで、先輩は氏んでしまいました。
その人は、助けた女の子を守るため、街を守るため、大きな魔女に戦いを挑みました。
あなたをたすけられたのがわたしのじまんだとほほえんで。
そして、氏んでしまいました。


二人目も魔法少女の人です。
一回目に出会った眼鏡の女の子は魔法少女になっていました。
一緒に、先輩の魔法少女に戦い方を教わり、一緒に強くなって行きました。
その人は、眼鏡の女の子が大好きでした。
けれど、やっぱり大きな魔女と戦って、先輩は氏んでしまいました。
その人は、眼鏡の女の子と一緒に大きな魔女に戦いを挑みました。
何とか倒したけれど、その人は眼鏡の子の前で、とても大きな魔女になってしまいました。


三人目も魔法少女です。
一回目に出会った眼鏡をかけた魔法少女と一緒に魔女と戦っています。
けれど、眼鏡の子は、キュゥべえに皆騙されていると言っていたので、他の魔法少女と仲が悪くなっていました。
そしてそれがうそじゃなかったことがわかります。
………が目の前で魔女になってしまったのです。
混乱した先輩魔法少女は、眼鏡の子を縛り上げ、もう一人のお友達の魔法少女を銃で撃ってしまいました。
その人は眼鏡の子を守るため、無我夢中で先輩を撃ってしまいました。
自分のしたこと、今起きた酷いことに耐え切れず泣きだしてしまいました。
その人は、眼鏡の子と一緒に、やっぱり大きな魔法少女と戦いに挑みました。
やっとのことで倒しましたが、二人は魔女になる寸前でした。
その人は、眼鏡の子のソウルジェムをきれいにするとこういいました。

『キュゥべえに騙される前のバカな私を、助けてあげてくれないかな?』

そして、もう一つ、とっても酷いことをお願いしました。
眼鏡の女の子は、大粒の涙を流しながら、その人の濁り切る寸前のソウルジェムを銃で撃ちました。
とっても大好きな子に、なんて酷いことをお願いしたんだろうと、思いました。


私は泣いていました。
見た夢に押しつぶされそうで、悲しい物語に、胸が張り裂けそうでした。

「ごめん。辛いよね。今見た夢は……」

大丈夫です、わかっています。

「そうか、君は強いな」

全部わかりました。

「今は辛いだろうけれど、立ち直って欲しい」

私は辛うじて頷くだけです。
私は全部知りました。

116: 2013/01/07(月) 21:48:49.78 ID:i9eeC+ki0
私がほむらちゃんに、とても酷い呪いかけたことを。

私の罪を。

だからほむらちゃんは、私に何も言わなかったんです。

ネミッサちゃんも、それを知って、きっと隠してくれたんです。

私じゃない「鹿目まどか」の言葉に、私が責任を感じないように。

私の罪を、知らせないように。

私がかけた呪いのせいで、ほむらちゃんは何百回も同じ一か月を繰り返していたのです。

たった一人で。

117: 2013/01/07(月) 21:50:00.67 ID:i9eeC+ki0

――幕間――


私はまだ映画館にいます。
私はまだ泣いています。
自分がしたことが、どれだけほむらちゃんを苦しめて傷つけたか。
あの、眼鏡をかけたおさげの女の子がほんとうのほむらちゃんなんです。
病弱で、物静かで、泣き虫で、とっても可愛いくて、細い体でずっと頑張ってくれたほむらちゃん。
それが、今のあのかっこいいほむらちゃんになってしまった。
それはそれでとっても素敵なんだけれど、あんなに冷たくなってしまったのは私のせいです。
私がかけた呪いのせいです。

「けれども、それは『君』のせいじゃない」

それでも、私のせいです。

「そう思うんだね。だからこそ、僕は君にお願いをしに来た」

はい、最初も、そう言ってましたよね。

「そう、さっき見たのは『ビジョン・クエスト』というものなんだ。魂の記憶を追体験することだね」

言葉の意味はわかりにくいけれど、実際に体験したのでわかります。
もう一度体験するんですね。

「そうだよ。今度は、僕の記憶……。それを体験して、ネミッサを救って欲しい」

言葉だけじゃダメなんですか?

「言葉は思いをぼやかしてしまうんだ。僕の気持ちを追体験して、僕の本心を感じ取ってほしい」

やります。私が人の役に立つことを、したいんです。
私は、涙を拭います。

118: 2013/01/07(月) 21:50:29.93 ID:i9eeC+ki0
そうして私は四回目の夢を見ます。
桜井さんが住んでいた町では、信号機を違法に操作して交通事故を引き起こす事件が起きていました。
原因はハッカーだそうです。
そのハッカーを見つけ出すため、桜井さんはネットワークで情報を探し、追い詰めました。
でもそれは罠だったんです。
桜井さんのように正しい心とハッキングの技術を持った人を集めて捕まえようとしたのです。
そのときから、ネミッサちゃんが戦ってきた相手は準備をしていたんです。
その罠から命からがら逃げることができたのが、桜井さんと、何人かのハッカーでした。
その人達が集まってできたのが『スプーキーズ』なんです。

でも、桜井さんは、自分が正義の味方だと思ってなかったんです。
本当は、ライバルだった人にかなわないと思っていて、それを誤魔化すためにやっていたんです。
皆から慕われる反面、心はずっと血を流し続けていました。


ネミッサちゃんたちが頑張って、その計画を阻止しようとしました。
でもその中で、スプーキーズの皆は騙されて、ばらばらになってしまいます。
その隙に、桜井さんは誘拐されて、悪魔に体を乗っ取られてしまいます。

『早く、僕を頃してくれ! 僕が、君たちを頃してしまう前に!』

桜井さんはそう祈り叫び続けました。
ネミッサちゃんは相棒さんの代わりに、悪魔ごと桜井さんの体を剣で貫きました。
相棒さんに、やらせたくないからでした。
すごい決断だったと思います、私にとっさに出来るでしょうか。


ネミッサちゃんと相棒さんは、大怪我をした桜井さんを見下ろしています。
でも桜井さんは、恨んではいませんでした。
自分が二人を殺さなくてよかったと。
自分が持った劣等感からこれで開放されると。
そう伝えて、目の前が暗くなって行きました。

119: 2013/01/07(月) 21:51:58.83 ID:i9eeC+ki0
私は、やっぱり泣いてしまいました。
桜井さんの心を追体験したからです。

「僕の心を受け取ってくれて、ありがとう」

桜井さんは、そうやって笑ってくれました。

「君は、人の痛みを自分のことのように感じて悲しむことが出来る。ご両親が出来た人だったんだね」

私の自慢のパパとママです。

「それは人として、一番大事な素質だと思う。できる事ならそれをなくさずに大人になって欲しい」

はい、ありがとうございます。
私は、涙でくしゃくしゃだったけど、精一杯の笑顔でこたえました。

「だから、君にお願いしたんだ。僕の痛みを自分のことのように感じてくれるから」

だから、私が、桜井さんに選ばれたんですね。

「ネミッサを救ってあげて欲しい。僕の心を彼女に伝えて欲しい」

わかりました。きっと、やり遂げます。

「ありがとう、つらい目に合わせてごめん」

そんなことないです。
人を助けることって、口で言うほど簡単なことじゃないって、気付きました。
いっぱいつらい思いをして、ずっと強くならないといけないんです。
人の役に立ちたい、ってかんたんに考えていた私はばかでした。
ほむらちゃんも、マミさんも、さやかちゃんも、必氏で頑張っていたんです。
ただの憧れで魔法少女になんて、なってはいけないんです。

でも、三人の『私』の人生を追体験したおかげで、私はちょっぴり強くなれました。

「君は、とても強い。とても優しい。どうか、ネミッサを、救ってあげてくれ」

ネミッサちゃんだけじゃありません。
ほむらちゃんも助けます。


私の中には、ほむらちゃんを守った私と、一緒に戦って私と、呪いをかけた私がいます。
今は罪悪感でいっぱいです。
でも、桜井さんの心を知って、罪悪感だけ持っててもいいことじゃないってわかりました。
ほむらちゃんは許してくれるでしょうか。
でも桜井さんは、ネミッサちゃんと相棒さんを許していました。
それだけでも、伝えてあげようと思います。


まっててね、ネミッサちゃん。

125: 2013/01/08(火) 21:16:14.51 ID:LLan/tqg0
四章
【しがつのおわりのおまつり】


「うわ、ホントにちっさい! ハァ~、ホントに悪魔だったんだね~」

「小さいっていうな! もう、アンタらはうるさいのは変わらないわね」

「そういうなって、こいつはこいつでかなり腕上げたんだぜ。実践続けてるから、俺よりも上かもしれないぜ」

「これを手に入れたときは驚いたけどさ。あの人たちに接触受けたときはもっと驚いたよ。ネミッサの知り合いなんだよね」

「まぁね。計画書だけじゃなくて、具体的な設計図みたいなものも?」

「ネットワーク上に置いておくなんて杜撰なことやってるよ。楽勝だね」

「さすがね。じゃぁそれを……」

「もう送ってある。あとは向こうの仕事さ」

「こっちはこっちでやることがあるんだろ? 任せなって」

「ありがとう。危ない橋渡らせてごめんね」

「いいってことさ」

「俺たち、仲間だろ。『スプーキーズ』のさ」


それから、ワルプルギスの夜対策に向けて、魔法少女達による連携訓練が行われた。
杏子が槍で、さやかがサーベルで前衛を務め、マミの攻撃の隙を作る。個々の動きのフォローには時間停止を使うほむらがつくことで大怪我から身を守るのが基本だった。そこにネミッサが加わる形なのだが、問題があった。
ネミッサの身体能力が魔法少女のそれに追いつかないことだ。
確かに人間の基準では高い能力ではあるが、跳躍をしてビルを飛び越えるといった力は持ち合わせていない。また体の構造が基本的に人間のそれである。致命傷を負っても治せばいいというものでもない。近接戦ではどうしても皆に遅れを取った。
だが、それを補って余りある魔力の量と相手を見抜く眼は皆に認められた。魔法少女からみたらほとんど無尽蔵と呼べる魔力に広範囲に及ぶ魔法。それだけで使い魔を掃討するには充分な戦力だった。
比べるならば薔薇の魔女の使い魔を倒す際にマミがマスケットを大量召喚したが、それを最大範囲の電撃魔法一発で処理できる。さらに魔女化のリスクなく魔力を使えるのだからまさに露払いにうってつけだった。

「アタシに雑魚は任せてほしい。皆の魔力は魔女にとっておくのがよさそうね」

「あんたが討ち漏らさなければなー」

「うん、気をつけるー」

杏子の軽口も心地良い。自分は主役でなくてもいいのだ。マミのマスケットが文字通り必殺技になればいい。方針としてはいかにしてマミのマスケット=ティロ・フィナーレを撃てる環境を作るか。それに尽きる。

126: 2013/01/08(火) 21:17:04.08 ID:LLan/tqg0
ほむらが提示する戦い方としてはこうだ。
まず、ほむらが先手を取る。ワルプルギスの夜が現れる地点は統計によりある程度絞られる。そこでプラスチック爆弾を駆使し建造物を倒壊、動きを封じたところで戦艦の主砲を当て人的被害の少ない地点に押しやる。ここまでは今までのループで可能だとわかっている範囲だ。

「可能な限り街の中心、具体的には避難場所からは遠ざけたい」

「同感ね。人的被害を減らすためにも、ね」

「あー、それもあるけどさ、その地点って『ここ』じゃだめ?」

ネミッサが指さしたのは地図の工場地帯のガスタンクが密集する一帯だ。ほむら一人の時はそこにプラスチック爆弾を使用し誘爆させていたが、今回はネミッサを含め他の戦闘参加者がいる。ほむらも把握していない化学物質の流出を考えると躊躇われるところだ。そのため今回の提案ではそこから外していた。

「いいんじゃねえか。倒さなけりゃ遅かれ早かれそこも壊されるだろ。同じなら使っちまって構わないだろ」

「それもそうね、……私の手持ちで撃破できなければそこが主戦場になる、いい?」

全員が頷く。あるいはそこにネミッサがかき集めた爆弾を設置し誘爆の威力を高める。これがほむらの取る『先手』だ。
そこからネミッサが周囲にたむろする使い魔を処理し、足止めを目的とした近接戦闘の二人の道を作る。それで足を止め、マミの主砲を効果的に打ち込む。ほむらは手持ちの火器と時間停止で前衛とマミの間に入る。ネミッサはマミの護衛として雑魚の殲滅に当たる。

「ネミッサは回復魔法も使えるんだよな。できればほむらと同じ位置にいて欲しい気もするな」

「私だけじゃ回復足りないかな」

「いいえ、美樹さんが佐倉さんの回復に当たる時、前衛二人が一塊になってしまうでしょう? それが一番危ないと思うの。」

「アタシのは範囲も距離も多少広いけど、四肢欠損ほどのは治せないよ。それはさすがに接触しないと使えないし」

「巴マミのだって無理よ。それができるのは美樹さやかだけ」

「前衛一人が下がったらほむらかネミッサが前に出る。ってことか」

「そう考えるとネミッサはずいぶん汎用的だよね。足りないのは攻撃力だけ?」

攻撃力ではマミに劣り、回復力ではさやかに劣り、速度では杏子に劣り、汎用性ではほむらに劣る。だが、それらすべての評価が最下位ではない。魔力もほぼ無尽蔵で、サマナーの相棒として闘いぬいたためか戦局を見る目もある。

「問題は足かなぁ。なんか考えとくよ」

「あんたはそこがいいよな。こないだの神酒だってまた一本ずつ手に入れるんだろ」

「ぶっちゃけ、これがかかるんだけどね」

指で輪を作り苦笑いする。だが、お金で平和が手に入るなら安いものだろう。ネミッサは開き直る。
皆が熱心に話し合いをする間、まどかは参加できなかった。だがその熱意を見て、自分にもできることをしようとお茶を入れたりお菓子を用意したりして甲斐甲斐しく給仕をした。自分に出来ることを少しでもやって皆を助けたかったし、いつかネミッサと話をする機会を作るためでもあった。

127: 2013/01/08(火) 21:18:37.97 ID:LLan/tqg0
翌日も学校があるため、夜も早めに解散となった。こんな時期に通学もないものだが、むしろ学校が皆の精神安定に一役買っているようだ。杏子は遅く起き、その時間をグリーフ・シード集めに費やす。ネミッサは打ち合わせと称し天海市に向かう。

「で、なんで貴女はここにいるのかしら」

「マミちゃんに追ん出された」

ほむらはまさか、とは思っていた。だがネミッサの言いようからすると、マミが不安に感じているようだ。その払拭のために戻る必要があったわけだ。

「佐倉杏子が巴マミの家に居候するわけね」

「うん、暫くでいいから、そっちにいくね」

「看病なんかできないけどね」

(根に持つなぁ……んの根暗美人め)

「賄いなんか要求しないわよ。出来合いで良ければアンタが学校行ってる間に買っとく」

マミには申し訳ないが、ネミッサがほむらの家にいられる時間は多くない。恐らくこの一週間はネミッサは強行軍になるだろう。寝てる暇もあるかどうか。皆が登校中は天海市で打ち合わせ。放課後連携訓練の準備と打ち合わせ。夜には魔女退治を兼ねた実践訓練と反省会。移動時間がゼロであるため辛うじて休めるが、やりきれるかどうか。

「マドカちゃんがいるときは遠慮するから、仲良くするといいわ」

「……そんなこと、あるわけないでしょう」

「あれ、そう? 結構マドカちゃん、アンタにお熱だと思ったけど」

「友情を持ってくれているというなら、肯定するわ」

「でも、アンタを慕っているのは事実よ」

ネミッサは勘違いしてる。ほむらはそう思い、こっそりため息を付いた。


「おいおいおい、ヒト……違う、ネミッサか」

「久しぶりね。元気してた?」

「ああ、しょうもない新聞記者やってるよ。もっとも、好き勝手やろうとして部署内じゃ鼻つまみだけどな」

「相変わらず頑固ね、パパさんとも仲直りしたんでしょ」

「それはいいじゃねーか。用事の話しようぜ」

「二人から図面と計画書貰ったでしょ。アレを使って欲しいの」

「貰ってる。それとな、こっちからも報告がある」

「なによ」

「あれを手に入れる前後、お前さんみたいなナリ二人が接触してきた」

「え、ヤバくない?」

「それは大丈夫だ。むしろ平和的な話し合いだったよ。お陰で貰った資料の裏が取れた形さ」

「名前とか聞いた?」

「一番最初に名乗ったよ、一人の名前は……」

128: 2013/01/08(火) 21:19:28.15 ID:LLan/tqg0
「ほむらちゃん、はい、お弁当」

昼休み。まどかたちはそろって屋上でランチを取っていた。ほむらはいつもの軽食で済ますつもりだったがまどかに捕まり強引に連れて行かれた。その先で待っていたのはさやかと仁美、はては上条までいる有様だ。そんなところでゼリー状の軽食を食べるわけにも行かないのでいつも一人ですませていたのだが……。

「てん……ほむらはまどかの愛妻弁当か」

「嗚呼、これが禁断の……美しいですわぁ」

ちょっと鼻息が荒い仁美にたじろぐ上条。そんな趣味というかクセがあったのかと驚いていた。

「ああ、恭介は初めて見るのか『コレ』……」

まさか自分がまどかとの同性愛カップルに仕立て上げられているとは露知らず、きょとんとするほむらは歳相応の可愛らしい顔をしていた。いつもの鹿爪らしい顔の険が消えている。まどかはまどかでちょっと頬を赤らめている。だが、この料理はほむらのためと言い聞かせ、決心して実行したのだ。

「ティヒヒ…、ほ、ほらほむらちゃんはいつもゼリーとかしか食べてないから、体が心配で」

「そうそう、しっかり食べるのも戦いの準備のうちじゃん。攻守の要なんだからしっかり食べてよね」

「いえ、元々小食だから気にしなくていいのに……」

今までの繰り返しの中でこんなことは初めてで戸惑ってしまう。アクシデントに弱い自分を笑いながらも、まどかお手製のお弁当を貰う。ここで箸が一膳しか無かったらどうなっていただろうか。そういえばおかずが自分の好きなものしか入っていない。何気ない日常会話から話したことをきちんとまどかが覚えていたのだろうか。それを言ったかどうか、ちょっと覚えがない。

「これ、冷静に見たら、僕は両手に花どころじゃないよね」

「おおう、美女四人に囲まれて幸せかー幸せなのかー!」

「三人じゃなくてかい?」

「なにおう!? まどかが美人じゃないってのかー!」

「自分じゃないとは微塵も思わないんだね、さやかは」

ワルプルギスの夜の話し合いもそこそこに五人のランチは盛り上がった。この日委員会の関係で来られなかったマミが翌日加わったため、クラスメイトの怨嗟を一身に受けた上条は、クラスメイトの中沢から吊し上げをくらい、嫌な汗をかくハメになってしまった。

129: 2013/01/08(火) 21:21:25.01 ID:LLan/tqg0
「お疲れ様。大変ね」

「もーヘトヘトよ。アタシの得意分野じゃないってのにさー」

「少しお茶にしましょうか。メアリ、お願いね」

「畏まりました。ネミッサ様、少し休まれては?」

「ありがとう……、今月中はこの調子なのよ」

「疲れてる所悪いけれど、土曜日のこと大丈夫かしら」

「ええ、心当たりを連れて行くわ。けれど、あんまりお固い話は止めてね?」

「ご心配なく。本人から話を聞いて状況や環境を確認したいだけだから……それに」

「それに?」

「夜が明けてからが大事なのよ。けどそこは任せて頂戴」

「うん、ありがとう……」


連携訓練ののち、ふとさやかがネミッサに近づく。

「あのさ、改めて、ありがとう」

「何よ急に」

ちゃんとお礼をしてなかったから、とさやかは言う。あまりお礼を言われ慣れてないネミッサにとってはどうもむず痒い。

「ほむらちゃんの望みをかなえただけから……別にいいのに……」

「それでもだよ。それとさ……」

照れくさくてそっぽ向くその背中を思い切りひっぱたく。大きな音がして背中に真っ赤な手の跡が残るような強かな打撃だ。あまりに急な痛みにしゃがみ込んでしまったネミッサをもう一度はたく。

「なんでバラすのよッッ!」

怒り心頭というほどではないが、すっかり口をへの字に曲げて怒っていた。確かに大事な告白を勝手にしてしまった以上、ネミッサには一分の理もない。言い返すこともできずへこたれている。

「もうさ、折角私が引き下がったってのに! あの二人別れちゃったじゃないの!」

「別れたわけじゃ」

「言い訳無用」

「はい」

「でも、ありがとう」

さやかのお礼は、ネミッサが怒ってくれたことに対してだ。
必氏になって探していたことをまどかから聞いていた。あまりに唐変木な上条と、怒るに怒れなかった仁美の行動に、ネミッサは代わりに怒ってくれたことに感謝していた。さやかの立場で怒るネミッサが少しだけ羨ましかった。

「……お礼言われることじゃないよ」

「でも、ありがとう。今度はあんたの番だよ」

ぎく、っとネミッサが表情を変える。ここがさやかの狙えるネミッサの弱点だ。

「あんまりぼやぼやしてると、私が逆にやっちゃうからね」

「えええええ! それはやめて、それだけは!」

相手がどうなってるかわからない。それこそ既にパートナーや子供までいるかもしれないのに。そんな状態で思いを伝えられた相棒はどんな気分だろうか。ネミッサには予想すら付かない。かなり困る。さやかが相棒と連絡が取れるわけがないのだが、そんなことにも気づかないほど動転していた。

「仕返ししてやるからね!」

ネミッサは土下座するしか無かった。

130: 2013/01/08(火) 21:22:33.33 ID:LLan/tqg0
「無線はここが最期だな」

「へええ、ハードのほうも手慣れたもんだね」

「おう、やってるな」

「順調だ。ここで取り付けは終わり。あとは遠隔で実際に動くか試すだけだ」

「そっちはどうなの? 上手く行った?」

「はは、結構キツ目に脅しといたからな『これを知って使わなかったら記事にする』ってな」

「ひっでえ!」

「やるかな?」

「それがな、どうも俺たち以外に動いてるところもあるみたいだ。結構力のある人物と、もう一つ」

「どっかまだあるのか」

「そうらしい。誰だかわからんが、こっちに都合がいいなら共同戦線といくさ」

「例の子とは連絡ついたんだろ」

「ああ、当日落ち合う。トレーラーは徹夜で運ぶぞ」

「はは、完徹なんて三十超えたら厳しいんだけどな」

「示してやろうよ。天海市の事件を解決したスプーキーズの力をさ」



「はい……はい。それじゃ、お願いします」

「恭介、まだ寝ないのかい」

「あ、うん。もう少しだけ。後はメールだけ送ったらもう寝るよ」

「バイオリンの練習とその連絡とで、ほとんど休めてないじゃないか」

「……でも、これが役に立つ時がきっと来る」

「なにかあるのか」

「父さん、音楽ってなんのためにあるんだろうね。最高の音楽ってなんだろうね」

「どうしたんだ?」

「僕らは、音楽がすごい力を持っているって知ってる。それを証明したいんだ」

131: 2013/01/08(火) 21:23:56.47 ID:LLan/tqg0
マミ宅で行う打ち合わせ会の前。お菓子がほしいとゴネた杏子にネミッサが付き合ってコンビニまで付いてきた。
食べきれるかわからないほどのチョコレートのお菓子を買い込み、二人はコンビニを後にする。スナック菓子を分けてもらいながら歩く。

「そういや、二人だけってあんまなかったな」

「何よ神妙になっちゃって」

「さやかを救ってくれて有難うな」

「またそれ? アタシも助けたかったし、アンタも協力したじゃん」

「そうじゃねーんだ。さやかはあたしだったんだよ」

杏子は言う。さやかは自分と似ていると。あれは、自分の末路だと。いつかは魔女になる。それは魔法少女の祈りを他人のために使ったから。他人からの見返りを期待したさやかは、自分の行く末を暗示していた様に思えた。
だから、ネミッサの行動の結果は、さやかばかりか、杏子を助けたように思えた。
希望と絶望のバランスは先引きゼロ。
杏子の持論であり、キュゥべえが仕掛ける魔法少女の仕組みだ。ネミッサにはピンと来ない。やはり魔法少女でないからであろうか。自分の望みは自分の力で叶える。だが、ネミッサも人のことは言えない。魔王たちを打ち倒し、リーダーを救いたいという願いを叶えようとしたのだ。誰かを踏みにじって自分の望みを叶えようとするのは同じようなことではないだろうか。

「難しいことはわからないよ」

「いいんだよ。あたしの心を救ってくれて、ありがとう」

「神様の下僕が、悪魔に頭さげちゃだめでしょ」

「そうでもねえよ。日本にゃ悪い神様がいるんだ。それを裏返しただけだろ」

日本には、神と名前が付いていても、人に災いをなすものもいる。疫病神や貧乏神、祟り神などがそれだろう。とどのつまり、悪さをする神様と善いことをする悪魔もいるのだと、杏子はいうのだ。

「それによ、人間に感謝するのは悪いことじゃねえ、当たり前のこった」

ネミッサは固まる。返事ができない。ふいと杏子から顔をそらす。
急に喋らなくなることに不審がるが、真意がわかると杏子はニヤッと笑う。泣いてる顔を見てやろうと覗き込もうとする。ネミッサは隠そうと体を回し逃げるが、その周りをくるくる回る杏子は、とても嬉しそうだった。

132: 2013/01/08(火) 21:25:38.09 ID:LLan/tqg0
打ち合わせの会場についた二人は、お菓子の量に呆れられていた。このあとマミの提案による六人のお泊り会がある。親睦を深めるためというが、実際にはネミッサの要望による。翌日、全員を連れていきたいところがあったからだ。
魔女狩りで時間がなかったため、ピザのデリバリーを多めに頼み夕食代わりにしていた。ジュースを片手に歓談しながらの食事は賑やかだった。さやかと杏子がピザを取り合い、ほむらにまどかがジュースをつぎ、マミとネミッサがお皿を回す。そんな穏やかな光景が、そこにあった。
ピザも無くなり食事も一段落ついたところで、会議に移る流れになった。程よい満腹感に睡魔も来そうではあるが、緊張感がそれを許さない。マミとネミッサが片付けたテーブルをまどかが拭き、ほむらが資料を広げる。毎日の打ち合わせでほとんど大筋は決まっているため、あとはネミッサの足を考えた配置や不測の事態が生じた際の対処などを打ち合わせる。

「アタシの足の件は大丈夫。アンタらに追いつきそうなのがいるから、なんとかする」

「私達も乗れる? ちょっと乗ってみたーい」

「多分平気だよ。場合によってはマミちゃん乗っけて移動砲台みたいにしようか?」

魔力の消費も多少は抑えられるし、守りも簡単になる。射程外に逃げた場合に有効に働く作戦と、全員が納得した。一人さやかだけが小首を傾げる。
会話が途切れ、言葉がなくなる。もう数日すると決戦の当日だ。怖くないわけがない。ましてやほむら以外は初めての巨大な魔女だ。幸い、ほむらの資料によりその巨体や攻撃力や射程範囲などがつぶさに伝わったのだが、それが逆に不安を助長したようでもあった。

「やあ、準備は順調かな」

場違いな声で現れたのはQBだ。皆が先まで努めて明るくしていたのが途切れた瞬間を狙ったとしたら、かなりいやな手合いだ。

「よくもまぁ抜け抜けと……」

あからさまに威嚇する杏子。まどかを庇うように座り直すさやか。

「ずいぶん嫌われたものだね。それはそうと、勝つ見込みはあるのかな? あの超弩級の魔女に」

「あるに決まってんじゃん。ウザいなぁ」

「そうかな? 見込みがなくても戦わざるをえないよね、君たちは」

QBの目的は明らかだ。こちらの戦意をくじき、勝率を下げる。そしてまどかの契約を促す。まどかは優しい少女だ。自分のために戦う仲間の窮地を黙って見ていられるわけがない。その心の隙を狙っているのだ。まどかを魔法少女にしてしまえば事は済む。ワルプルギスの夜と戦えばその魔力をほとんど失い魔女になる。仮にならなくても見滝原での魔法少女の勧誘を止めてしまえばいい。グリーフ・シードを得られないまどかはやはり魔女になる。その作戦は間違っていない。
つい、この間までは。

「言いたいことはそれだけかテメエ」

「いや、暁美ほむら。君にお礼を言いに来たんだ。君は時間遡行者だったね」

「……それがどうかした?」

「君のお陰で、鹿目まどかに因果が絡んだ。膨大な素質を持ったんだ」

魔法少女の素質はその存在に絡んだ因果の量で決まるという。
それは国を揺るがす知恵と美貌を持った治水の女王であったり、王朝崩壊の原因となった傾国の美女であったり、その言葉で国を納めた巫女の女王あったり、オルレアンの奇跡を起こした平民の女であったりしたわけだ。それに比べ、ただの平凡なまどかに膨大な素質があるのはその経験則からしておかしかった。では、その原因は何か。大きな違いは……。

「時間遡行者の君が、執着する。それにより彼女に別の時間軸の因果が絡みついたんだ。君が巻き戻すたびに彼女に因果が大きくなる。君のお陰で、宇宙は救われるんだ」

魔法少女が魔女になる瞬間、希望から絶望に堕ちる感情の落差で凄まじいエネルギーが得られる。それを回収し宇宙の熱量氏を防ぐのがQBの目的だ。

133: 2013/01/08(火) 21:27:27.17 ID:LLan/tqg0
ほむらの表情が固まる。自分が求めたことが、事態の悪化を招いていたことにショックを受けていた。自分が時間を繰り返すことでまどかを余計苦しめていると知った。その痛みはどれほどのものだろうか。

「うるせえ! とっととどっかいけ!」

顔面蒼白のほむらを見ていられず、杏子は苛立った声とともに槍を作り出し突き刺そうとする。だが、それを避けるでもなく額に受けるとそのまま絶命した。一瞬、マミが悲鳴に近い短い声を上げたが、もはやそれ以上の波風は立たない。
だが、そののち、平然と姿を表したのはもう一体のQB。

「やれやれ、もう気づいていると思ったけど、僕らが一体だけで行動してると思ってたのかな」

自分の氏体を食い、後処理をしながら平然と会話するQB。全員がその言動に嫌悪感しか感じていないことに、気づいてすらいない。あるいは気づいた上で無視しているのかもしれないが。
彼らに人間の善悪の判断は通じない。彼らに感情はなく、善悪の判断もない。あるのは

「あるのは、絶対の服従……アンタ、ファントムと同じってことね」

「君たちには善戦を期待しているよ。せいぜい上手く悲鳴を鹿目まどかに届けて欲しい」

それだけ平坦な言い回しで言うと、唖然とする皆を尻目に立ち去った。


ショックから立ち直れないほむら。倒れ込みそうな体を辛うじて腕で支える。誰も彼女に近寄れない。魔女化しないのがおかしいくらいの絶望を受けているはずだ。それを支えることは誰にもできない。
ただ一人を除いて。
彼女は立ち上がる。迷いなく淀みなく歩くとほむらを抱きしめる。きつく、強く、優しく、暖かく。

「あ、ま、まどか?」

「だいじょうぶだよほむらちゃん。みんな大事なこと忘れてる。私が契約しなければ、いいんだよ?」

「で、でも……」

「信用出来ない? しょうがないよね。今までずっとそうだったんだもんね」

ほむらが顔を上げる。何を言っているのか理解できない顔だ。今までは逆だった。不安気で理解できていないのはまどかの方だった。けれども今は全く逆になっている。

「私の中にね、三人の『私』がいるの。ほむらちゃんを助けた私。ほむらちゃんと一緒に戦った私。そして、そして……」

大粒の涙が溢れる。我慢できなかった。抱きしめた肩がこんなに小さいとは思わなかった。いや、それは嘘だ。まどかはほむらの線の細さを知っていた。知っていて気づかないふりをしていた。

「ほむらちゃんに、呪いをかけた私」

その言葉にびくっと痙攣するほむら。その表情はまどかがみた眼鏡をかけたあのほむらと同じだった。

(あんなに可愛いほむらちゃんが、こんなに綺麗にかっこ良くなって。でもそれは私が苦しめたからだよね)

「なんでそれを! まさか」

「違うよ……。ネミッサちゃんじゃない。でも知ってるの」

涙は止まらない。ほむらの顔を胸に抱きしめてまどかは泣きじゃくった。周りの皆は、何が起こっているのかまるでわからず息を呑むだけだ。

「ごめんなさい。私を銃で撃たせて。ごめんなさい、呪いをかけて。ごめんなさい、忠告を信じてあげなくて」

ほむらは気づいた。誰にもネミッサにさえ伝えていないことを、まどかが知っていることを。それは、ほむら以外には本人しか知り得ない言葉。

「私、魔女になんかなりたくない。だから、信じて、私が魔法少女にならないってことを」

それだけなんとかいい終わると、まどかはやっと声を上げて泣きだした。

「キュゥべえに騙される前に、私を救ってくれて、ありがとう」

134: 2013/01/08(火) 21:28:44.50 ID:LLan/tqg0
どれだけ泣きはらしたか分からない。ほむらがまどかの背中を優しく擦るまで、ずっと涙は止まらなかった。

「だから、教えたくなかったのに。貴女が苦しむことなんてない。私がわがままでやってることなんだから」

「なら、私もわがままで苦しむ。わがままで泣く。わがままでほむらちゃんを救うの。絶対に魔法少女にならないって」

ほむらはまどかの目を見た。あのとき、自分を守ろうとしてワルプルギスの夜に一人立ち向かった決意の眼だ。
涙を拭って、精一杯笑う。見た全員が安心してしまうような、優しく力強い笑顔で。
けれども、まだ疑問が残る。なぜ、それを知っているのか。どうしてそれを知り得たのか。

「ティヒヒ、それがね、夢で見たの。夢で、教えてくれた人がいたの」

さやかは最初、まどかから聞いたほむらのことだと思った。だがそれならそうと言うはずだ。どういうことなのかまるでわからない。さやかでそれなのだ、他の全員にわかるはずがない。
まどかは真っ赤な目でネミッサを見る。また、涙が溢れそうになるが頑張って耐えていた。

「あのね、桜井さんが教えてくれたの」

幼馴染のさやかですら聞いたことがない苗字だ。まどかの知り合い全部を知っているわけではないが、その苗字の知り合いがいたようには思えなかった。そのうえ、まどかとネミッサが知っている桜井とは誰のことなのか。共通の知り合いなど、この一ヶ月にいたのだろうか。
さやかの思考中、ネミッサは沈黙していた。
ネミッサは自分の知り合いにその人物が居たか考え続けていた。

「あのね、ネミッサちゃん。桜井さんはね、門倉さんに負けてたのがずっと悔しかったの。だけど、そこから逃げちゃって、ずっと悔やんでいたの」

『門倉』。その名前が心の奥から甦る。ネミッサの表情が変わった。

「私も得意なものが何もないからだけど、得意なものがあってそれが他の人に負けちゃうってもっと辛いことなんだね。でも桜井さんは恨んでないよ。あれでやっと救われたんだから」

「ア、アンタ、自分が何言ってるかわかってるの!」

激昂し立ち上がるネミッサ。心の奥底にしまいこんだ思いを暴かれて混乱している。今にもまどかに殴りかかりそうなのをさやかと杏子が必氏に抑える。

「わかるよ。だって、桜井さんの人生を、追体験したんだもの。ネミッサちゃんを救ってって」

力を失ったネミッサの体は、二人の支えが必要なほど、崩れ落ちた。

135: 2013/01/08(火) 21:30:00.46 ID:LLan/tqg0
「ビジョン・クエストを、アンタがなんで?」

「桜井さんは、私を選んだんだって」

へたり込んだネミッサは、辛うじて顔を上げる。まどかの言葉が真実だと気付いた。なぜなら、ネミッサはリーダーの本名を誰にも伝えていない。そもそもネミッサ自身が『スプーキー』や『リーダー』と呼んでいたため、本名を忘れかけていたくらいだ。

「ウソじゃないみたいだね。アタシ、アンタらにリーダーの本名言ってないもん。その三人の『マドカちゃん』も同じ?」

こくっと頷く。
ネミッサは憶測しかできないが、キャリアを繋いだ影響だと考えた。事実、ネミッサの中に眠っているマニトゥは確かに存在している。それが外部との接触で目覚め、それに呼応しマニトゥを見守るレッドマンが桜井に姿を変えて彼女に接触したのかもしれない。或いは見守るものの役目が、桜井に変わったのかもしれない。ネミッサを見守るために。

「私がほむらちゃんにもつ罪悪感、ネミッサちゃんがリーダーにもつ罪悪感。同じなんだよ。私と一緒」

もうここまで来るとマミたちはついていけない。だが、口を挟める雰囲気ではない。じっと見つめ続けていた。

「ほむらちゃんが願ったみたいに、桜井さんもネミッサちゃんにこれ以上罪悪感を持ってほしくないって思ってる」

ネミッサは目を閉じた。準備を慌ただしく行い、余裕をなくしている自分を見つめなおしているようだった。自分の出発点を忘れ、自分を見失っていた。けれども、今行なっていることは決して罪悪感だけの産物ではない。
ほむらを、まどかを、街を、人を救いたい。それはリーダーやマニトゥを救いたい思いと同じはずだ。罪悪感にだけ急き立てられたものではない。『人』が人を救いたいという当たり前にある感情のはずだ。
長い間閉じていた目。ネミッサの心労を思い、マミが手を伸ばした。その手が肩に触れる寸前、ネミッサは目を開いた。今まで罪に急き立てられて自分を見失っていた、それに気づいたのだ。
リーダーが、まどかがそれを教えてくれた。肩に触れたマミの手が暖かい。支えてくれた手。その手を優しく包む。嬉しかった。

「アタシも勝手にやるよ。アンタみたいに。罪の意識からじゃなくて、自分の意志で」

「うん、それでいいんだって。桜井さんも言ってる」

「ありがとう、目が覚めた思いよ」

まどかはほっとして笑う。全員から事情説明を求められ、口下手なまどかはしどろもどろになりながら質問に答えていた。ほむらとネミッサは顔を見合わせ、苦笑いをしていた。

136: 2013/01/08(火) 21:31:14.23 ID:LLan/tqg0
憑き物が落ちたような表情の二人は打ち合わせもそこそこに雑談を楽しんでいた。決戦は怖いが、もはや必要以上に恐れることはない。

「そういえばさ、さっき気になったんだけど。マミさん、口調変わりました?」

「え? そうかしら?」

さやかの違和感。それはマミの口調が微妙に変わっているような気がする、ということだ。

「なんというか、よくわからないんだけど、そんな気がするんです」

「自分じゃわからないわね。そうなのかしら」

指を顎に当てて考えるが思い当たる節はない。その仕草はいつものマミのそれであるのだが、お姉さん気質のままにこやかに笑っているし、言葉遣いもいつもどおりのようなのだが。さやかには何か違うように思われたのだ。

「へんなことにこだわるね。別にいいじゃん。……マミちゃん、お茶もらえる?」

「いいよ。……あ、足りないな。注ぎ足してくるね」

ティーポットを持ち上げた時に気づき、席を立つ。

「私もくださーい。温かいの欲しいです」

「ええ、わかったわ。皆の分も煎れてくるわね」

立ち歩く姿がとても綺麗で、育ちの良さが見て取れる。そんなマミの後ろ姿を見送って、さやかが呟く。

「なーんか違うような気がするんだよなぁ」

「うぜーなぁ。いいじゃんか、そんなこと」

さやかに突っかかる杏子とやり返すさやか。我関せずを決め込みつつ二人のティーカップをソーサごと避難させるほむら。その辺のさりげない動きがなんとも彼女らしい。さやかお得意のくすぐりの刑が始まり、テーブルを揺るがすようになるとネミッサもまどかもほむらにならい避難行動に出る。特に止めるつもりがないのはもう慣れっこだからだろうか。
あれ以来、二人は大の仲良しになっていた。似たもの同士通じ合うものがあるのだろう。ネミッサにも言ったが、杏子は自分をさやかに重ねてみている部分がある。それは残念ながらマミとの間には成り立たなかったものだ。

「ネミッサ、二人止めちゃって。こぼしちゃうから」

キッチンから顔だけだしてマミの依頼が飛ぶ。心得たとばかりにソーサを置くと、手頃なノートでふたりをひっぱたく。そのノートにマミの黒歴史が書いてあることは秘密だ。

「そろそろオシマイ。おいしい紅茶お預けよ」

「ありがとネミッサ。そろそろ明日の話しちゃったら?」

二人の間にむりくり割り込み仲を引き裂こうとしているネミッサ。マミの気遣いに心得たとばかりに頷くと、切り出した。
ここにいる皆を天海市に連れていくのだという。例の業魔殿のレストランでランチを楽しみつつ、会わせたい人がいるというのだ。そして、そのために毎日天海市とここを往復していたと。味は三ツ星に匹敵する、保証付き。

「えー、なんか堅苦しそう……」

「だからランチなのよ。夕食だとマミちゃん以外テーブルマナーしらなそうだから」

「あんたは知ってんのかよ」

「当然知らない」

「いばんなっ」

「私だって知らないよ?」

「ランチだし、どうせ個室だから平気だって」

こっそりまどかとほむらは話をしているが、ほむらが首を左右に振り、まどかがしょんぼりしたところからすると、二人もアウトらしい。無駄に全員ハードルを上げているようだが、中学生を呼ぶのだから主催者はそのあたりは心得ている。

「むしろそこで会う人を気にしようよアンタら」

「誰と会うのさ?」

「今更言うか。アタシが前に世話になった組織の人よ。魔法少女の実態を話ししたのよ。そしたらお互い役に立つようなことをしたいって思ってるらしいの」

「……なんか企んでねえか」

「大丈夫よ。向こうも利益考えてるから無償でってわけには行かないけど、アンタらにも利益になることよ」

お互いWin-Winの関係になる、そうネミッサは締めくくった。

137: 2013/01/08(火) 21:32:14.17 ID:LLan/tqg0
穏やかな雑談を続けていた。ここ数日ですっかり強くなったまどかがほむらにベッタリでほむらが辟易していた。とは言え、ほむらも実際悪くは思っていないので邪険にも出来ない。さやかやネミッサにちょっかいを出されてはむくれていた。

「ネミッサ、お風呂入っちゃう?」

「んー、アタシ後でいいよ」

「お風呂嫌いとかか?」

「そうじゃないんだけどねぇ」

「なら一緒に入ろうか」

「嫌」

またぞろ、さやかのイタズラ心が首を擡げる。わきわきと両手を動かし、ネミッサに迫る。

「ちょ、アンタまさか」

「ネミッサは私とオフロに入るのだー!」

いつもの嫁宣言のノリで躍りかかるさやか。無理くり上着を脱がそうと襲いかかる。調子に乗って杏子も襲う。後退りしたネミッサの背後から羽交い絞めにした。さやかはいやらしい動きでネミッサのファスナーを下ろしにかかる。そういえば一時は見滝原で購入した服だったはずだが、いつのまにか今まで着ていた長袖のレザー生地の服に戻っていた。

「ちょっ、マミちゃん、マドカちゃん、助けて!」

「私が助けないこと、よくわかってるわね」

「埃飛ぶから、諦めてはいっちゃってよ」

まどかはコメント無く、にこにこ笑っている。さやかの行動がいつものことだと思っていたし、ネミッサの疲れを労るためにもいいと思っていた。
全面のファスナーを降ろされて肩紐のない見せブラがみえると、ここぞとばかりに羽交い絞めにしていた杏子が服を引き上げる。

「わ、バカ! やめろって! こらぁ!」

やや病的に青白い肩が顕になる。その右肩に、マミを庇ってついた傷の痕が生々しく残っていた。魔女の牙の形に二つ円を描くような痕が目立つ。
気まずい空気が流れる。表情を固くしたマミやほむら。まどかとさやかは口をつぐむ。

「あー、もう……、調子乗って」

怒るでもなくなじるでもなく、肩口を隠すネミッサ。

「ご、ごめんネミッサ」

さすがに謝るさやかの頭を優しく撫でる。ついでマミとほむらの方を見て笑う。

「いいのよ。気にしないで。いつかはバレるのにねぇ。空気悪くしてゴメン」

事情が掴みかねている杏子は雰囲気を察し黙っていた。だが傷跡を見せられて気づかないわけがない。あれはマミをかばった時にできたものだと。

「キョーコちゃんも気にしないで。これ、勲章のつもりなの。消したくないの」

マミを守りきった証。たとえこれからどうなっても、ネミッサはマミを守れた誇りをもって胸を張れる。その部屋が誰もいない暗い部屋だったとしても。しかし、これを見られた時ほむらなりマミなりがどんな顔をするかわかっていたはず。だからネミッサ自身にも負い目や責任はある。二人を強く詰るわけにはいかない。
なんともないとウィンクをすると一人風呂場に行く。

「大体狭くて一人しか入れないでしょー。んじゃ一番風呂いっちゃうね」

カラカラと笑うと、廊下に出ていった。
そういえば、とマミは気づく。あれだけ自由奔放なネミッサが、服を脱ぐ時はちゃんと脱衣所を使っていたこと。ちゃんと着替えを持って風呂あがりでも肌を見せなかったこと。脱ぎ捨てる杏子と違うとは思っていたがマミにとってはそれは普通だったので気にしたことはなかった。

「ごめん、マミさん、ほむら」

「謝るのは私じゃなくて、ネミッサよね。でも、許してくれてるようよ」

「あたしもちゃんと謝んないとな……」

「ほむらちゃん、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。あの時私も喧嘩していたから、ちゃんと謝らないとね」

「ティヒヒ、ネミッサちゃんなら許してくれるから、一緒に謝ろう?」

「ええ、皆でね」

138: 2013/01/08(火) 21:35:06.06 ID:LLan/tqg0
ほむらの盾の裏に布団をしまい込み宿泊の準備を行なっている間、順々にお風呂に入る一同。杏子はほむらの準備を手伝うため最後になる。まどかが入る間に二人は出発し、残りの三人で布団を敷くスペースを確保する。マミはそんなお泊りの準備が楽しいらしく、嬉々として家具を動かしていた。元々一人分でも広すぎる部屋だ。六人でも多少詰めれば並んで寝られる。来客用の布団が一式あるのでそれを敷く。あとはほむらの部屋の布団が二人分。多少きついながらも皆が横になれるようだ。

「狭ければアタシソファーでもいいけど」

「体痛くしちゃうよ」

「こっちもう少し詰められますよ」

「これだけあれば十分じゃない?」

お風呂はまだ水の音がする。まどかはまだ入浴中のようだ。その音にまじり携帯の音が鳴る。さやかが自分の携帯だと気づくと慌てて取り、廊下で話し始めた。どうやらご両親かららしい。先の家出失踪騒ぎがあったのに外泊を許した背景には、朝晩のちゃんとした連絡の約束があったようだ。へこへこと謝りながらドアを締めるさやか。図らずとも部屋は二人だけになった。

「ふふ、サヤカちゃんも大変だなぁ」

「ネミッサも大変じゃない。眠れてる?」

体を気遣い、マミは心配そうに顔を覗き込む。ソファーに寝そべるネミッサの顔のすぐ側に座る。まどろみかけてるネミッサを案じるように。その顔は母親のようであり、友達を心配する友人のようでもあった。

「大丈夫、もうひと踏ん張りだから」

「ごめんね」

肩のことだろうか。うつらうつらしながらも、ネミッサは微笑む。許すも許さないもない。マミは自分が辛い時に看病をしてくれたのだ。それがネミッサにとってどれだけ嬉しかったか。だがそれはマミも同じだ。氏にかけ裏切られ心折れそうになった時、常にネミッサは側にいた。それがどれだけマミにとって支えになったか。

「ネミッサ……ありがとう」

「うん、私も、ありがとう」

互いのことを思い、微笑む。ネミッサは目を閉じる。

「私にとって貴女がどれだけ救いになったか、わかる?」

ネミッサの銀髪を梳る。硬い髪質だが細いそれは照明を乱反射しキラキラと輝いていた。髪を撫でながら、マミは心底困っていた。

(どうしよう大事な時期なのに。また私、嫌な女になってるなぁ)

確証はないが、ネミッサがここまで頑張っているのはほむらのためだ。それも、恐らくワルプルギスの夜を超えた先のことを考えている。皆がまだ戦いのことを考えているときにも関わらず、だ。
その心が自分に向けられないのがマミには悔しくてならない。ネミッサの特別になりたい。この大事な決戦を前に酷く嫌なことを考えてしまう。ネミッサの一番の友だちになりたい、と。でも、そこにはほむらもいるし、相棒もいる。
まどかとほむら、さやかと杏子が仲良くなっているのをみて、羨ましいと思ってしまったからかもしれない。

「ごめんね、ネミッサ。ふふ、私、どうかしちゃってるの」

マミに同性愛の趣味はない。だが、先輩ぶるあまり、後輩たちに一定の距離をおいてしまっているのは事実だ。それが自分への励みでもあり、同時に寂しさを生んでいた。
そこにネミッサは容赦なく切り込んできた。当たり前のようにタメ口で近づき、その身を投げ出してまでマミを救った。更にはマミの折れた心も支えた。
対等、いやそれ以上だった。マミは初めて甘えていい相手に出会えたのだ。
だがそのネミッサはマミだけを見ているわけではない。巡り続ける時間の中でほむらを救う戦いを続けている。寂しかった。
ネミッサは眠っていた。マミはそれに感謝した。漏れたつぶやきを聞かれずにすんだから。

「甘えて、いいかな。……軽蔑、されちゃう?」

さやかに指摘された時、内心仰天した。確かに、ネミッサと話をするとき、自分が同級生か年上に話をするような喋り方をしていることに気づいたからだ。皆の前ではお姉さんぶりたい自分と、ネミッサに甘えたい自分が葛藤を生み出していた。

「しないよ」

マミは心底驚いた。思わず飛び上がったほどだ。

「アタシはマミちゃんだけ見てるわけには行かないけど……全部終わったら、遊ぼ? 二人でさ」

マミが思わずネミッサに抱きついた。それに応え、ネミッサも肩に手を回す。
まどかとさやかが戻ってきた時に、あまりに衝撃的な場面に固まってしまった。それはほむらと杏子が戻るまで続き、その二人もまた固まってしまった。

139: 2013/01/08(火) 21:36:29.06 ID:LLan/tqg0
「ま、マミさん……、ネミッサとそこまで進んでたんですねー」

「あー、なんかあたしお邪魔かなぁ…、おい、ほむら、明日からそっち行っていいか」

「そうね……。貴女も巴マミの恋路は邪魔したくないでしょうし、構わないわ」

「はぁ、マミちゃん、バレちゃったわねえ」

「ネネネネネネミッサ! ちゃんと否定して! ねえ!」

「ウェヒヒ、マミさんがすっごい動揺してる。初めて見たかも」

マミとネミッサの逢引き現場を目の当たりにした四人にからかわれつつ、夜は更けていった。時に騒ぎ、時に穏やかに過ごす時間がほむらにとって求めていたもののひとつだと、彼女自身気づいているだろうか? 皆が気づく頃にはわずかに微笑むほむらがそこにいて、あまりに自然ですぐには気づかなかった。
日頃の疲労がたまっていたネミッサが真っ先に落ち、一人また一人と睡魔に負けて沈んでいくなか、ほむらにくっつくまどかを目を細めてみているマミ。まるで母親のように見守っていた。


翌日、遅い朝食を取ると、六人が忙しなく身支度をする。さすがに一人暮らしの部屋では手狭すぎ、洗面台が大渋滞を起こした。髪型のセットに時間のかかるマミとまどかが一生懸命使う間、他の人たちは歯を磨くこともままならない。
そんななか、朝が非常に弱いほむらは上半身を布団から起こした体勢のまましばらくいた。不安に思ったまどかが何度かさすっても動かなかったため、これ幸いと皆がほむらの頭を撫でるが、一向に動く気配がなかった。

「いやさ、あのホテルで食事なんて初めてなのはわかるんだけどさ」

「そんな格好に気合い入れてどーすんだよ」

髪型や来ていく服に時間をかけるマミやまどかに苦笑してしまうのは、ずぼらな格好で済ませるネミッサや杏子。それが気に入らないのかマミは甲斐甲斐しくネミッサの髪を櫛る。当然周囲の皆はニヤニヤしているのだが。
全員の準備が終わるころには十時を回っていた。移動時間がゼロのため、マミの紅茶で時間を合わせる。飲み終わったころ移動することになった。面白いことに、ほむらがあれだけぼけっとしていたのに、すっかり出かける準備ができていたのはさすが、なのだろうか。まどかはほむらの髪をいじることができて大変嬉しそうだった。
当然移動にはネット回線を使うのだが、初めての三人は不安がっていた。一方で体験済みのさやかとまどかは落ち着いていた。不安がる杏子がなんとも可愛らしいが、時間もないので半ば強引に実体化ダイブを行う。

「うお? うお? うおお?」

「な? なになに? ふわふわするわ」

「はー、これは凄いわね……」

三者三様の驚き方をする初体験者たちを尻目に、さやかとまどかは安心しきっている。それぞれが魔法少女の衣装に準じた色の光体になっているが、魂の色がそういったものなのだろうか。
ネット回線からでた六人は、まっすぐホテル業魔殿に向かう。丁度時間通りにつく計算だ。物珍しさにキョロキョロする三人を見たまどかとさやかは、先に来たというアドバンテージで落ち着いていた。もっとも、いつもは落ち着き払っている三人が慌てふためくのをみて、逆に落ち着いてしまったというのが真相だが。

140: 2013/01/08(火) 21:37:20.90 ID:LLan/tqg0
ランチは皆の予想や不安に反し、ビュッフェスタイルだった。さすがに中学生にテーブルマナーは難しいと主催者は判断したらしい。そのほうが気楽だ。
このスタイルが初めてで狼狽えるほむらと、目を輝かせる杏子が皆の笑いを誘った。マミは食事そっちのけでケーキのコーナーに並ぼうとして、ネミッサに引き止められた。
慣れない手つきで食べ物を取るほむらと、それを嬉しそうに手伝うまどかがいつもと逆で新鮮だった。
少食のほむらが胸焼けするほどの量をとった杏子は満面の笑みで食べまくっていた。
ちなみに、ビュッフェとバイキングのおおまかな違いがあるらしく、前者は料理を取るのは一度で後者は食べ放題というスタイルらしい。もっとも、杏子にはどちらも関係がなかった。何しろ何度も取りに行くのだから。

「杏子、なにその皿の盛り方……。山になってる」

「いーだろ。おい、ほむら、食ってるか」

「貴女の食べっぷりで食傷気味よ」

「食べ物残すんじゃねえぞ、頃すかんな」

「アンタが残ったの食べてあげればいいじゃん」

「おお、あんたいいこと言うな。ほむら、よこせ」

「まだ食べる気なの杏子ちゃん!?」

「レアなまどかツッコミが入りましたー」

「マミちゃんは真っ先にケーキ行ったけど、帰ってこないね」

「……マミさん、向こうでパティシエと話してた。すっごい楽しそう」

「ネミッサが引き止めてたのがまるで無駄ね……」

「マミが戻ってきたらあたしもケーキ行くか」

「まだ食べる気なの杏子ちゃん!?」

「レアなまどかツッコミがまた入りましたー」

「同じ事しかいってないけれどね」

「同じ事しかいえなくなっちゃってるんだろーね」

「ただいまー。ほらケーキ綺麗よー」

「真っ先にデザート取り行ってどーするのよ」

「お、それウマそうだな。あたしも行くぜ」

「まだ食べる気なんだね杏子ちゃん……」

「レアなまどか弱気ツッコミが来ました」

「あらあら、暁美さんと鹿目さんは元気ないわね」

「アンタらいーかげんにしとけ!」

全員がげっそりするまで健啖家の杏子は料理を堪能した。『残したら頃す』という最低な脅迫の元、食の細いほむらとまどかはダウン気味になった。ダウンしたままさやかとマミに介抱され椅子に腰かけている。
ネミッサは皆を待ち合わせの個室に移動させると、人を呼ぶということで席を外した。食後の紅茶も上質ではあったが、あの時と同じように味を覚える余裕すらなかった。

141: 2013/01/08(火) 21:38:23.88 ID:LLan/tqg0
一同が席に座っている中、ドアが開く。ネミッサが連れてきたのはスーツ姿のものすごい美女だった。ミステリアスな雰囲気と風貌で場の空気を一転させてしまったほどだ。いわゆる、『大人の女』だ。

「初めまして皆さん。食事はいかがでしたか」

一瞬、男性とも思えるほどのハスキーな声が、それが逆に凄艶な色気を醸している。そこに威圧的なものがなく友好的な声色しかないものの、一同が飲まれるほどの存在感だ。

「マダム、端から紹介するわ」

とほむらを示す。合わせてほむらは立ち上がり一礼する。

「この子が暁美ホムラちゃん。魔法少女よ。美人でしょ。不器用なところもあるけれど、優しくていい子よ。アタシ嫌いだけど」

「……喧嘩なら買うわよ」

次に示すのはまどか。ジト目で睨むほむらは見なかったことにした。

「この子は鹿目マドカちゃん。魔法少女じゃないんだけどね。とっても可愛いでしょ。最近はホムラちゃんが大好きなの」

「ネミッサちゃん何を言っているのかな!」

真っ赤になって叫ぶまどかを無視しさやかを示す。立つようにジェスチャー。

「こちらは美樹サヤカちゃん。魔法少女でマドカちゃんの親友なの。真っ直ぐでいい子なんだけど、最近フラれちゃったの」

「あんたがそれを言うか! あんたが!」

歯を見せて唸るさやかをスルーし、次に指すのは杏子だ。

「こっちは佐倉キョーコちゃん。魔法少女のベテランよ。ちょーっとネジ曲がってるけど、根はいい子なのよ」

「よしお前表出ろ」

笑顔で青筋を立てる杏子のセリフを聞き流す。最後にマミの番だが……。

「ふふ、ずいぶん楽しそうね。最後の子は『巴マミちゃん』ね」

「あ、え……」

紹介されるものと立ち上がったマミは肩透かしを食った。同時にちょっと狼狽えている。立ち上がる中途半端な姿勢のまま止まってしまう。

「ネミッサが頻りに貴女のことを話すものだからすぐ気づきました。よほど貴女のことが好きなのでしょうね。いつも嬉しそうに自慢しているのですよ。一番のお友達だと」

耳まで真っ赤になるマミとネミッサ。先ほどの仕返しとばかりにほむらたちは拍手する。

「なぁ、やっぱりマミんとこ居られないから、そっち居候するわ」

「ええ、杏子もさすがに二人の愛の巣は邪魔できないわよね」

「いやぁ、さっすがネミッサ。進んでるなぁ」

「え、えっと、お幸せに、ネミッサちゃん」

マミはいいとばっちりだが、反撃を受けてネミッサは撃沈した。

142: 2013/01/08(火) 21:39:13.69 ID:LLan/tqg0
「え、えっとね。こちらは『葛の葉』のお目付け役なのよ」

「皆からは『マダム銀子』と呼ばれています。銀子、と呼んで下さい。……皆さんのことはネミッサからよく聞いています。こんな子だけれど、仲良くしてあげてくださいね」

銀子はそういうとにっこり微笑んだ。

「ま、マダム? 肝心の話をしない?」

苦笑しつつ話を促すネミッサだが、真っ赤になってるマミともども皆にいじられている。何とか話を変えてもらおうと必氏になっているが、当のマダムはにこにこして話をしない。いじり終わるのを待っているようにも見えてしまう。居心地の悪さを感じて落ち着かない。

「ふふ、話も何も、本来は皆さんの人となりを確かめるだけで十分なのよ。皆いい子じゃないの。貴女の言った通り。全員とお会いできてよかったわ」

憤懣やるかたないネミッサ。まだニヤニヤしている四人が恨めしい。復讐で全員の携帯を電撃でお釈迦にしてやろうかと思ったその時だった。うまい具合に紅茶を煎れてきたメアリがドアを開け、場の空気を少し変える。

「我々『葛の葉』ではあなた方魔法少女と協力関係を結ぶことを期待しているのです」

紅茶を堪能してしばらくしてから、マダムは切り出した。

「そちらの必要な物をこちらから提供する代わりに、力を貸して欲しい。そういった関係ですね」

にこやかに微笑んでいるマダムの真意をはかりかね、魔法少女達は言葉を失う。だが、ネミッサの提案に寄るものが悪いもののはずがない。

「私たちの組織のスタッフ『サマナー』の活動と戦闘の補助。あるいは魔法による諜報活動などの補助を行なってもらいます」

ある程度予期していたのだろう。あまり皆の表情は変わらない。

「そのかわり、生活や就学の支援、衣食住の保証。家族がいない方には保護者や後見人を立てます。暁美さんのようなケースには武器の支給なども考えています」

「要はあたしたちを兵隊にしたいってことか」

「お互い利益のあること、と思っております」

「信用されると思っているの?」

ネミッサは渋い顔だ。QBの件もあり、こういった契約に慎重というか怯えているのもあるのだろう。一度騙されたという痛みがあるため、皆一様に懐疑的だ。

「今すぐに決定を促すわけではありません。私どもとしては条件を変え、皆さんに協力して頂けるように検討し直しますよ」

まだ皆の表情は固い。ネミッサはその顔を見て、渋い顔をしている。その中、たった一人まっすぐマダムを見る人物がいた。

「私は、あなたを…、ネミッサが信じるあなたを、信じます」

そう言い切ったのはマミだ。隣にいるネミッサを見て微笑むとまっすぐマダムを見やる。緊張してる目だが、怯まないという意思も見える。マダムは好感をもった。ネミッサを信じようとする姿勢を評価したわけだ。

「ありがとうマミさん。でも、今はまだ即決する案件ではないのです。こういった相互支援を考えている、それだけわかっていただければいいのです。ただ、ネミッサを信じてくれたこと、感謝します」

そういってマダムは頭を下げた。


「なー、あれさ。あんた信じないわけじゃないんだけど」

「いいよ。別に。今の今決めろって話じゃないし。まだ足りないものあるし」

まだマダムもネミッサも言えないが、魔法少女への援助の中に足りないものがある。公表が出来ないため、話にパンチが足りなかったのは否めない。それをはっきり言い切れれば、恐らく魔法少女を組織だって編成することすら出来るはずだ。

「ただね……、実際戦うにはああいうバックアップが必要なのよ」

それは真理である。相棒とともに戦ってきたネミッサにはその必要性がよくわかる。悪魔を撃つ弾丸一発とてタダではない。それを調達する専門の人員が必要になるのだ。それを皆は感じ取ってくれたかどうか、ネミッサには自信がない。目を伏せてうつむいた

「ねえ、それって、私達の戦いを知ってくれる人がいるということ、なのよね」

ネミッサは顔を上げる。そこにはマミの穏やかな笑顔があった。その言葉に全員が驚き息を呑む。人知れず感謝もされず戦ってきたマミにとって、自分の戦いを知り援助してくれる人の存在がどれだけ救いになるか、よくわかっていたのだ。
ネミッサがあの時言った『後方支援』の意味を改めて実感したのだ。
マミが真意をしっかり理解してくれたことにネミッサは思わず涙ぐんだ。

143: 2013/01/08(火) 21:40:47.26 ID:LLan/tqg0
マダムとの話し合いのあと、そのマダムにほむらだけが呼ばれた。

「貴女は近代兵器を使うのでしたね。我々が持っている携帯火器で一番威力があるものをお渡しします」

「盾のこともネミッサは話しているのね」

「ごめんなさい。ネミッサを責めないでくださいね。そして、これもお渡しします」

一抱えもありそうな物々しい銃を見てほむらが軽く引く。それ以外にも非常に高価な爆弾も大量に渡してきた。どれもこれも組織で扱っている強力な武器だ。先の銃は威力も高いが弾丸の装填も必要ない。値段もかなりするシロモノだ。

「私たちは貴女の話に乗ったわけではないのだけれど」

「心配性ですね。ネミッサは我々の仲間なのです。そして、ネミッサの助けをするために貴女を支援しています」

「お礼をいうべきなのかしら」

「それは、戦いが終わってからで構いません」

ほむらは魔法少女に変身し、盾の裏に武器を収納する。これは質量や体積を無視してモノを格納できるため、昨日のような布団からタンクローリーや軍艦まで収納できる。さやかに言わせると『ほむえもん』といあだ名になるそうだが、まぁそういうことだ。

「それと、これも」

マダムは銃弾を手渡す。見たこともない色と紋様にほむらが不思議がる。魔法で武器を作れないほむらにとっては携帯火器は(甚だ不本意ながら)趣味と実益を兼ねるようなものになりつつある。そのほむらが見たこともないそれは恐らく悪魔絡みのモノなのであろう。

「これは特殊な作り方をしております。魔女に対して有効に働くはずです」

「拳銃の弾程度ではワルプルギスの夜には意味が無いでしょうけれどね」

「全く無意味とは限りませんが……、使うには貴女の覚悟が必要と思います」

ほむらが銃弾から目を離しマダムを見る。その視線にほむらの事情に踏み込んだことに対する嫌悪がにじみ出ていた。

「ごめんなさい。でも、これはネミッサからのお願いでもあるのです」

「全く、しょうがないわね。勿論、その説明をして頂けるのよね」

「ええ、当然。これはね……」


ほむらやネミッサがモノを受け取る間、ロビーで寛ぐ一行はメアリが用意した茶を喫しつつ、雑談をしていた。概ねネミッサの人脈や行動が雑談のタネである。

「ネミッサ、ものすっごい準備してるんだなぁ」

「学校行ってる間なにしてるんだろうって思ったけど、こういうことだったんだね」

「こないだも眠そうだったけどよ、寝てねえんじゃねえだろうな」

「あんまり寝てないみたいなのよ。倒れちゃわないか心配だわ」

そんなマミの心配に、三人がヒソヒソしだす。その様にマミがまた狼狽える。さやかと杏子はわざとらしく口でひゅーひゅーとはやしたてる。ちなみに、ネミッサを追い詰めていた罪悪感はまどかのおかげで払拭されている。皆が心配することもないはずだった。

「う、も、もう! あんまり言うと、ケーキ出さないわよ」

「聞きました杏子さん。きっと私たちの分をネミッサに多くだすのですよ」

「まぁ、それは素敵ですね。羨ましい」

「ちょっとちょっと! お願いだからもうやめて……」

本気でしょげるマミを中心に笑顔の花が咲く。

144: 2013/01/08(火) 21:41:35.96 ID:LLan/tqg0
「仁美、話がある」

「はい、なんでしょうか」

「見滝原の市長が受け入れてくれた」

「ああ、それは。ありがとうございます」

「私の娘とはいえ、子供の意見を受け入れてくれるとは思っていなかったのだが。なにか思い当たることはあるかな」

「いえ…? 何かあったのでしょうか」

「はっきりは言わなかったが、私たち以外からも陳情があったようだ。お前の知り合いかと思ってな」

「思い当たりません。多分違いますわ。これは私の戦いですもの」

「……いつからそんないい顔をするようになったのかな。上条のご子息との恋のせいかな」

「お、お父様! そんなことを。でも、間違ってはいないと思いますわ。……きっとライバルのせいでしょうね」

「未だに信じられないのだよ。確かに異常気象の兆しはあるらしいが」

「普通は夢物語でしょうね。でも……」

「わかっている。何もなければ何もないでいいのだから。私は自分の娘を信じる」

「ありがとうございます」

「これから物資の手配も行おう」

「お手伝いいたします、いえ。自ら私もやりたいのです」

「ならば協力してもらおうか。この街を守るために」


「恭介、皆賛同してくれたよ。準備をしてくれると約束してくれた」

「本当に!? ありがとうお父さん」

「これはお前の手柄だよ。確かにその時、私たちの力が必要になるかもしれない」

「うん、絶対に必要だし、僕らは力になれる」

「まだ連絡がいってない団体もある。私の方から連絡しよう」

「ありがとう父さん」

「だからお前は少し休みなさい。……最高のバイオリンを聞かせたい相手がいるんだろう」

「と、父さん!」

「いい子なんだから、ちゃんと応えてあげるんだよ。『最高のミュージック』のためにもね」

「そ、そうだね。僕の『最高のオーディエンス』だものね」

145: 2013/01/08(火) 21:42:28.48 ID:LLan/tqg0
それから数日はまた魔女退治の訓練と学校との二重生活が続く。大きな怪我もなく、さやかの実力も上がり、成果も表れつつある。
ほむらはマダムから譲られた武器の試射をするため、結界に入って間もなく例の物々しい銃を撃ってみた。

「……これは、ネミッサに文句言っても仕方ないのよね……」

広範囲に渡り魔力で出来た弾丸を無数に発射する仕様だったが、視界にある使い魔や結界内の建造物を一瞬で殲滅した威力に全員が唖然とした。さやかやまどかにいたっては涙目になっている。

「ごめん、なんかごめん」

「ネミッサのせいではないわ。けれど、前衛の杏子を巻き込みかねないから扱いづらいわね」

「ちょい待て! 私だって前衛なんだけれど? あんなの撃たれたら回復する間もなく消しとんじゃうから!」

「暁美さん、さすがにその冗談は……」

「使い所を間違えなければいいんだよ。ほら、爆弾だって同じだろ?」

「フォローありがとうキョーコちゃん」

「私の背中を容赦なく狙いそうで怖い……」

さすがにそのあとほむらがそれを使うような真似はしなかった。通常通りの火器を使い皆のフォローを行った。いくらなんでも冗談でそんなことはしない、……はずだ。


「あの日に間に合わせられたらいちばんよかったのだけれどね」

「うーん、仕方ないでしょ」

「申し訳ない。こればかりは我々の力不足でした」

「もう、いいじゃないの。私が預けた一つしか無いんじゃ研究も進まなかったでしょ」

「いえ、それがですね。『使用済み』をいくつも持ち込んだ人物がいまして」

「へっ?」

「貴女の使いと言っておりました。我々も不審に思いましたが、結局単純に研究が進んだけでなんの障害もなく」

「特徴や防犯カメラから察するに、彼女たちではないのよ。罠とも思ったけどね」

「魔法少女よね。思い当たる人はいないな。ちょっと気味が悪いわ」

「用心するに越したことはないわね」

「ともあれ、お預かりしたものと『試作品』を4つお渡しします。このケースなら安全に持ち運べますよ」

「持ち込んだ二人組については調べておくわ。特定できたら知らせるわね」

146: 2013/01/08(火) 21:43:03.73 ID:LLan/tqg0
「やぁまどか、この間はどこに行っていたんだい?」

順調に準備が進む、穏やかな夜を迎えていたまどかのもとに、QBが現れる。これから眠るというところで現れたそれに、無意識ながら嫌悪の顔がでるまどか。

「何しに来たの?」

「そう邪険にしないで欲しいな。あのあと君たちを丸一日見かけなかったから気になってね」

「教えないよ。本当に知らないならいいじゃない」

正直自分がそんな邪険な言い回しを出来るとは思わなかった。あの大好きなほむらを直接攻撃したことにまどかは怒りすら覚えていたのだ。桜井の手助けがなければどうなっていたかわからない。

「まぁ、それなら仕方ない。この間言い忘れたことを言おうと思ってね」

そんな言い回しもわざとらしい。抑揚のない言い方も白々しく聴こえている。正直もう眠る時間なので相手にするつもりもない。ほむらのため明日も朝早くからお弁当を作ってあげたいのだ。

「聴こえているんだろう。まぁいいや。こないだほむらの時間の巻き戻しが君に因果を絡めたと言ったけれど、あれだけじゃないんだ。もう一つ彼女が執着しているものにも因果が絡み付いて、魔力が強くなっている可能性があるんだ」

はっとするまどか。さすがに内容に驚き、QBを見つめてしまう。

「気づいたようだね。あのワルプルギスの夜にも彼女は執着している。彼女が巻き戻すたびにワルプルギスの夜も強くなっているはずなんだ。君に執着しているようにね」

口が乾く、動機が激しくなる。

「そ、それじゃ……」

「そうだね。それが事実ならば、彼女たちがワルプルギスの夜に勝つのは低いだろうね」

「そ、そんな……」

「僕は嘘をつかないよ。可能性にすぎないが十分にありうる。そしてワルプルギスの夜に勝てるのは、同じだけの因果を絡みつけた君だけ、だろうね。それじゃ伝えたよ。じゃあね」

それだけ言うとあっさり姿を消した。ほむらの士気を挫く作戦から、まどかの不安を煽る方向に変更したようだ。しかもまどかには今まで自分が三度戦ったワルプルギスの夜の記憶がある。それが自分と同じだけ強くなってしまったら……ほむらの戦い方では勝てない。皆がいるからとも思うが皆が無事である保証もない。
今の話を皆に話するのは躊躇われた。勝てないから逃げろというのか。助言をしたところでどうなるのか、判断がつかない。怖かった。皆がいなくなるのが怖い。

「大丈夫だよねほむらちゃん」

祈らずにはいられなかった。



そして夜が訪れた。


ネミッサ「いつかアンタを泣かす」 ほむら「そう、期待しているわ」【後編】へ続く