157: ◆sIpUwZaNZQ 2013/01/09(水) 21:29:20.70 ID:Efo00a1f0

筆者です。

お待たせいたしました。

間もなく演目「ワルプルギスの夜」が始まります。

自然災害に匹敵する魔女に、魔法少女は、ネミッサは、
いかに立ち向かいその魂を燃やすのか。

そして彼女らを取り巻く人々は何を願うのか。

そして、誰が、彼女らとともに戦うのか。

間もなく、開演です。

ネミッサ「いつかアンタを泣かす」 ほむら「そう、期待しているわ」【前編】

158: 2013/01/09(水) 21:30:16.67 ID:Efo00a1f0
「二人のサマナーが職務放棄を致しました」

「誰? って彼らしかいないわよね……、困った子たちね。やっぱりあの依頼者を知って?」

「はい。またたく間にガルーダを召喚して飛び乗ると、ものすごい勢いで飛び出しました」

「相変わらず惚れ惚れする決断力ね。日中町中で悪魔を呼び出して、懲罰ものだけど。仕方ないわね」

「間に合うでしょうか?」

「愚問ね、彼なら間に合わせる。そういう男だもの。貴方も見習うことね」

「懲罰は見習いたくありませんけどね」


その日、朝7時を以って見滝原全域に避難指示が出される。前日夜半から発生した異常気象による情報により、スーパーセルが発生することが観測されたためだ。防災無線などが避難を呼びかける中、住民は最小限の荷物を持って避難場所への移動を行った。
まどかの家族も避難するため荷物をまとめていた。

「ほら、まどか。準備して」

「う、うん」

「不安かい。大丈夫さ。皆も避難してるよ。それに、なんか今回は別の避難場所もあるみたいなんだ。回覧板で回ってた地図もあるし、そこなら安全だよ」

専業主夫の父親が促す。まだ空は暗いが雨は降っていない。その曇天の下、彼女の友人たちは嵐に戦いを挑むのだろう。
まどかは後悔していた。
ワルプルギスの夜が自分と同じように強くなっていことを伝えるべきではなかったかと。だがそれを伝えられたほむらはどうなってしまうかと思うと、言い出せなかった。土壇場になって自分の意気地の無さが恨めしい。自分は強くなったはずではなかったのか。

(ごめんなさい……ごめんなさいほむらちゃん)
劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語

159: 2013/01/09(水) 21:30:54.58 ID:Efo00a1f0
夜が来る。嵐が来る。真夜中の嵐のサーカス一座。ワルプルギスの夜。
統計通り上空から巨大な歯車にぶら下がった奇怪な魔女が現れる。風が徐々に強くなっていく。
川のそばに魔法少女と女悪魔が佇む。全員すでに変身をしており、ネミッサにいたっては天海市で使った防具を体に合わせ直して衣服の下に身に着けていた。更に、腰には左に四つ、右に二つの金属製の筒を下げている。胸にはチェーンを付けた『さやか』のグリーフシードを下げている。ネミッサが喰って以来孵化をしないらしく、お守りとして大事にしていた。
皆には神酒や小型の爆弾などを配っており、戦力の底上げをしていた。また、本人の希望に合わせて魔晶化した武器を渡してある。それに慣れるための厳しい実践訓練もしてある。出来る準備は全て行なっていた。
また、さやか救出の際に使用したキャリアの通信機能、念話を今回も使っている。ここからは距離があるがまどかや仁美、上条にも繋いである。距離が近づけば接続し、候補生ともQBの中継を必要としない念話が可能だ。更にこれはネミッサの中継をも必要としない。キャリア単体が念話を繋ぐため、たとえネミッサが気を失っても魔法少女同士の念話は可能だ。



「武者震いってーの? してきたぜ。ありゃぁでかいなぁ」

ネミッサが支給した小型爆弾を弄び、杏子が豪胆にも言い放つ。だが槍を握る手は震えている。



「あ、あたしちょっと緊張してきた……でも、今日まで頑張ったんだ。負けないっ」

渡された剣を握りしめ、さやかがためた息を吐く。一週間最も厳しく指導をされた彼女の眼光は力強い。



「そうね、私達の後ろには街と、鹿目さんが居るんだもの、負けられない」

いつもと変わらぬ佇まいの中に決意を秘め、マミは微笑む。傍らにはネミッサが準備した八本足の異形の悍馬が佇む。



「出来る準備は粗方やったんだ。あとはぶつかって、ぶっ飛ばすだけだよ」

銀毛を靡かせる雄々しい巨大な虎にまたがり、ネミッサが意欲を示す。この虎といい悍馬といい、ネミッサが用意した悪魔であり、足である。サマナーから貸与された忠誠心も強く強力な悪魔たちだ。



「みんな、無駄話はここまでよ。来るわ」

嵐を睨みつけたまま、極めて冷静にほむらが呟く。何度もほむらの前に立ちふさがる悪夢に再び立ち向かう。


あらしのサーカス かいえん

160: 2013/01/09(水) 21:31:50.53 ID:Efo00a1f0

「アハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハ」

耳障りな笑い声を上げ、舞台装置の魔女が顕現する。巨大な歯車の下に逆さまにぶら下がった人形の魔女。巨体から想定される質量を感じさせないまま、浮遊する。
その巨大な体と魔力に皆が飲まれる中、ほむらが動く。さすがに何度も戦いを挑んだ彼女だ。足元にバズーカ砲を配置する。盾から一本ずつ出すのではなく、どうやら配置する場所に瞬時に出せるようだ。それを時間停止したまま一本ずつ撃ちこむ。時間停止の範囲外にでた榴弾はそこで停止する。次々に撃ち込むほむら。すべて撃ち終わると魔法を解除する。
次々に夜に着弾し爆発を起こす。その動きと音に、飲まれていた少女たちが動き出す。ネミッサは魔女を誘導する地点に先回りすべく、虎の首を軽く叩く。慌ててまたがる杏子を物ともせず疾走する虎は俊敏だった。それにつられるようにマミもさやかとともに悍馬に騎乗し移動を開始する。元々の場所にいなかったのは夜の誘導の成否により主戦場が変わるためであり、ネミッサの用意した乗り物たちが彼女たちの魔力を損なわず高速移動できるからだ。
ほむらは皆が移動したのを視界の端に捉えながら、発破のスイッチを押す。夜の背丈を上回る高さの鉄塔が倒れこみ、その動きを封じる。更にもう一本倒れた鉄塔を伝い、タンクローリーが走る。その屋根の上にのるほむら。
魔力により曲芸のような走りを見せたまま、夜の顔面目掛けてぶち込む。と同時に件の銃を取り出し、直撃する直前に時間停止して打ち込む。広範囲に放たれる魔力の弾丸が夜の全身にあたり、追い打ちをかけるようにタンクローリーが激突し炎上する。
一瞬早く落下して避けたほむらは海に落ちる直前に軍艦を取り出しその上に着地する。甲板から魔力を送り込み操作がでいるため、そのまま主砲を撃ち出す。砲弾が夜に直撃し対岸の工場地帯に押しこむ。ガスタンクに激突した夜は一際大きな爆発に放りこまれた。
その一連の連続攻撃に皆の肝が冷える。あれだけの爆発に巻き込まれたら普通の魔女であれば消滅している。だがその炎を背景に夜はそそり立つ。ここまではほむらの考える『先手』だ。

「アハハハハハハハハハ、アハハハハハハハハハ」

次はネミッサの番だ。工場地帯の鉄塔を虎と共に飛び上がり、上空から極大範囲の電撃魔法を降らせる。一回、二回、三回と空中で連続して叩きこむ。夜を自らが生み出した使い魔ごと巻き込んだ。巻き込まれた使い魔は一瞬で蒸発した。
打ち合わせ通りの回数、虎の背で雷の雨をやり過ごした杏子が『三番手』だ。かなりの高さから飛び降りると、猛スピードで接近した。槍を多節棍に変え巨大化させ高度を下げた夜に絡みつかせる。完全に拘束する必要はない。マミの狙撃が終わるまで絡みつければいい。槍の穂の部分を地面に突き刺し拘束する。
『四番手』のマミは既に準備ができている。半ダースもの巨大なマスケットを用意し、それをリボンで自分と繋ぐ。その射線上には使い魔も何もない。悍馬に跨りながら放つその魔弾は一つ残らず夜に吸い込まれる。爆発と閃光。杏子の多節棍がちぎれんばかりに悲鳴を上げる。
最後はさやかだ。『五番手』として馬から飛び降りると、空中で足場を作りつつ夜に飛びかかる。振り下ろすサーベルを瞬時に巨大化させると、持ち前の速度で斬りつける。多節棍を引きちぎり吹き飛ぶ夜は、無人の工場に叩きつけられる。
目から上がない貴婦人は、まだ笑っている。

「まだ終わりではないわ」

一連の攻撃で時間があったほむらが到着し参戦する。盾の中から無数の爆弾を取り出すと連鎖的に爆発させる。これはネミッサが用意したもので、通常のそれとは違い魔力を伴う爆発を起こす。そのため、単純な爆薬より効果がある。
爆炎が収まるまでの間、皆は一様に夜を見据えていた。これで撃破できればよいが、恐らくは無理だろう。ここからは乱戦となる。皆の訓練と能力を信じ、マミの砲撃を効果的に叩きこむ戦いが求められる。

「これで片付けばイイんだけどねー」

「そう簡単には行かないわ」

「ですよね~」

「美樹さん、茶化さないの。集中して」

「へっ、素質がイイからって油断してると、一発で終わるぜ」

「わ、わかってるよ」

爆炎が収まる。皆の目が戦士のそれに変わる。
杏子、さやかが動くと残りの全員が動き出した。

162: 2013/01/09(水) 21:34:20.59 ID:Efo00a1f0
地下の避難所では住民が肩を寄せ合い恐怖に怯えていた。徐々に大きくなる風の音。一際大きな音がするたびに地上のものが崩れる音が不安をかきたてる。
そして、ガスタンクの大爆発が地面を揺るがす。天井の即席の照明が激しく揺れるほどだった。不安に負け泣き出す子供達。まどかは小さな弟を抱きしめながら、不安と戦っていた。幸いここは都市の洪水対策の地下水路の一角だ。大雨で川が増水しても海に向けて排水する水路が作られている。やや黴臭いその中に即席の避難所が作られており、毛布や段ボール、飲料水などが少ないながらも備蓄されていた。

「どっかで爆発でもあったのかね。まぁ、ここなら大丈夫さ」

女傑のような豪胆さで母親の詢子が笑う。それに合わせて夫の知久も優しい声で言う。

「ここはとても丈夫みたいだからね。家庭菜園が心配だなぁ」

こちらも底抜けに明るいことをいい、まどかを安心させようとする。先程からまどかの表情が強ばっていたため、努めて明るく振舞っていたのだ。

「そういや、ほむらちゃんやさやかちゃんはここに避難していないのかな?」

その名前にぎくっと体を震わせる。

「場所がちがうんじゃないかな?」

「ちゃんと避難してるといいけどね。とくにほむらちゃんは一人暮らしなんだろう。大丈夫かな」

「うちのまどかよりしっかりしてるそうだから、心配ないさ」

『心配ない』……その言葉に唇を噛み締めるまどか。

(心配ないわけ無いよ。怖いよ……皆、無事に帰ってきて)


夜から次の使い魔が溢れ出す。ネミッサが露払いのため接近する。虎の首を一度叩くのを合図に、虎が広範囲に冷却の風を発生させる。それにやや遅らせる形で万魔の炎を広範囲に打ち込む。氷結と万魔の炎のコンビネーションで使い魔の大半は凍りつき、或いは燃え尽きる。どうやら広範囲の魔力を伴うものであれば、たとえ視認できなくても影響は与えられるようだ。

「アリガト、白虎。その調子!」

「任セロ!」

残った使い魔をさやかと杏子がそれぞれ撃破する。一体一体が強力な使い魔ではあったが、さきのネミッサの魔法の余波のためか二人の魔法少女に薄紙を破られるかのように引き裂かれる。
再び射線上に何もいなくなると、マミの砲撃が解き放たれる。二度目のそれはまだ威力も健在で、再び夜に直撃した。大きく仰け反らせると工場の外壁にめり込む。
哄笑を続ける夜は、次の手を繰り出す。使い魔にまじり、数人の『影』を呼び出す。真っ黒で顔形すら判別できないがその服装のシルエットから、魔法少女の成れの果てではなかろうかと推測される。取り込まれたのか、何らかのコピーなのか不明だが、使い魔のように簡単には行かないことは見て取れた。
連携を取られると厄介だとばかりに、ネミッサが仕掛ける。こちらも彼女の担当だ。両手に極大の雷球を創りだすと五、六体の魔法少女の影に肉薄する。だが、向こうも棒立ちになるわけではない。各々が武器を構えネミッサの迎撃を行う。
しかし、そこに離れた位置からほむらによるライフルの釣瓶撃ちが降り注ぐ。ほむらの芸の細かい援護により意識がそれた影の一団に、ネミッサ得意の雷が降る。イオンの異臭が鼻を突く。この一撃では倒せないものの、今は足止めとしてこれで充分なはずだ。追い打ちをかけるように白虎が冷気の嵐を放つ。
さやか、杏子は連携を続け、夜に的を絞らせない。杏子はさやかの動きをよく見ているようで、上手くタイミングをずらし攻撃を加えている。二人が同時に動きを止めてしまったら各個撃破される。それをちゃんと理解していた。
的を絞れない夜に、マミが再び巨砲を準備する。彼女がこれを何回も撃てるのも、ネミッサやほむらが細かく援護を行うからだ。足を止めてしまうと危険すぎて何度も使えないが、援護や乗馬たるスレOプニルのお陰で遠慮無く使える。三度目の大出力の砲撃が夜に注ぎ込まれる。多少のグラつきはあるようだが、まだ夜は怯んでいない。
さらに杏子が巨大化させた多節棍の槍を叩きこむ。また、さやかは無数のサーベルを召喚し雨の様に降らせる。それでもなお、夜は明けない。夜が徐々に前衛二人の心を蝕む。
「さやかっ! どうだっ!」

「だめっ、ネミッサが動けないみたい」

「あたしらでなんとかしないとな。足止めんな? 止めたら終わりだ」

「うんっ!」

「さやかの治癒があたしの生命線だ。やられるなよ」

頭をくしゃくしゃになでられ頼られたさやかは奮い立った。杏子も大恩人だ。絶対に守る。

163: 2013/01/09(水) 21:35:32.55 ID:Efo00a1f0
だが、ほむらは内心臍を噛んでいた。これだけ恵まれた状況で効率的に動いていたにも関わらず、夜には大きな損傷は見られない。幸い、まだほむらの手持ちの重火器や切り札は殆ど残っており、ネミッサの持ってきた魔力のこもった武器は残っている。まだ諦めるには早すぎるし、諦める訳にはいかない。

『アタシはアンタの真似なんか逆立ちしたって出来ない。でも止めないだけなら……アタシにもできる』

そうネミッサはほむらにこぼしたことがある。それは、ネミッサの敗北宣言であり、リスタートの宣言でもあった。

(そうよ、止めてたまるもんか。諦めてなるものか。私は、まどかを守る私になるんだ!)

連携は続く、だが、徐々に戦線に綻びが見え始めた。
影たちの反撃により、次の雷が放てずにいるネミッサ。そのため、ネミッサが定期的に排除すべき使い魔が自由に動きさやかと杏子の足を止め、マミの砲撃を阻害する。そこに使い魔ごと撃ち貫く魔力弾が夜から降り注ぎ、反撃がままならない。かろうじてほむらの時間停止により致命的な場面こそないが、夜に直接攻撃ができる場面がなくなってきた。
そして、ネミッサが孤立する。彼女だけ六対一の形になっているのがじわじわと追い詰めている。広範囲攻撃をもつネミッサが適任ではある役目だったが、ただの使い魔ならいざしらず、影魔法少女六体が相手では分が悪かった。ネミッサが夜から離され、他の魔法少女三人が夜のそばで戦う。夜の致命的な魔力弾から三人を助けるため、ほむらもネミッサに近づけない。
そして、危機が訪れる。
まとわりつく影魔法少女のうちの一人をカドゥケウスで貫き倒す。それを引きぬこうとするが、刺された影がそれを抑え自由を奪う。その僅かな隙に小柄な影が体ごとぶつかる。その手にもった大振りなナイフごと。
鮮血、腹部に広がる熱い痛み。ほむらに憧れて人に近い体をとったことが仇になった。
声にならない悲鳴を上げ、白虎の背から落下する。カドゥケウスを放棄し、ナイフの影の首を掴み電撃を流し込み屠る。残り四体と距離を取るが、その足は覚束ない。たたらを踏み倒れこむところに別の影が火の玉を作り爆発させる。
吹き飛び人形のように無造作に落下するネミッサ。意識が混濁する。

(ヤバ…、意識が…、くそぉ…、ホムラちゃん…)

地面に頭から落ちたのに、痛みがない。氏の香りが直ぐ側に迫る。しのうた。
唯一マミがネミッサの動きに気を配っていた。幸い、夜から一番遠い位置にいたため、それを確認することが出来た。影に囲まれるネミッサを窮地と見た。無意識に指示をスレOプニルに出す。それに律儀に反応すると、八本足が爆音を響かせて駆け抜ける。

『全員が危なくなった時、マミちゃんなら私達を守ると思うのは疑ってないよ。でも、そのとき自分を守らないよねマミちゃんは。そうしたら、二人を誰が守るの?』

あの時はネミッサを後に回しても魔女の撃破を行った。それに準じれば彼女に構っている暇はない。だがマミは彼女を失うことに耐えられなかった。その思いが戦線離脱をさせた。ネミッサの名を叫びながら、周囲の影を狙撃し吹き飛ばす。
リボンを伸ばし曲乗りで倒れこんだネミッサを拾い上げると、そのまま距離を取る。抱えた左手が真っ赤に染まる。

(あの時と同じだ。なんにも変わってない。正義の味方とか言って、大事なお友達一人助けられない。馬鹿な私)

悔しかった。リボンを止血の包帯替わりに巻きつけるのも同じだ。だがマスケットを打ちつつ治療はできない。だがあの時と唯一違うことは、魔女の撃破よりネミッサの身を優先したことだ。
スレOプニルは跳躍し、建物の上に着地する。それを追随する形で白虎が降り立つ。

「白虎さん! スレOプニルさん! 時間を稼いで下さい!」

「我ラガ壁ニナルガ、ソウハ保タン! イソゲ!」

白虎にしろスレOプニルにしろ、使い魔を視認できない。例の桃の汁も人間専用で悪魔には上手く作用しなかった。だから彼らはあくまで魔法少女を乗せて戦うことが前提だった。
マミは急ぎ応急処置を行う。目に見えない敵にその体を晒す悪魔二体に囲まれているが、それがいつまで持つか。

164: 2013/01/09(水) 21:39:03.20 ID:Efo00a1f0
ほむらは視界から消えたネミッサとマミを探した。ネミッサに念話で呼びかけたが反応がない。次いでマミに連絡を取ると、ネミッサが被弾したことが伝えられた。マミの戦線離脱に怒りを覚えつつもそれを責めることはない。無いならないでなんとかするのがほむらの判断である。

”治療が終わったら戻って頂戴。貴女がこの作戦の肝なんだから”

その念話に返事はない。ほむらは不安を押し頃し、杏子とさやかの援護に回ることを優先した。


治療に専念していたマミは影の攻撃を受けて吹き飛ぶ。壁になっていた悪魔二体が息も絶え絶えに横たわっていた。未だ意識のないネミッサに影が近寄りその腕を振り上げる。

「ダメッ! ネミッサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

『あーもう、なにやってんのよっっ!』

マミはネミッサのそばに誰かが立つのを見た。それは円を描くようにサーベルを振りぬき影たちを吹き飛ばす。うち一体は刃に断たれ霧散した。その人影は影たちを瞬く間に斬り伏せると、ネミッサの腹部に手を当て治療の魔法を行う。フラフラと立ち上がるマミと悪魔たち。治療をする人影が害意ないと知ると、周囲を警戒しつつネミッサに声をかける。治療の魔法の効果がマミのそれとは段違いだったのだろう。ネミッサは咳き込むと血を吐き出した。それで辛うじて意識を取り戻すと虚ろな目で人影を見やる。

『美少女天使だと思った? ざんねん! 『さやか』ちゃんでしたー』

霊体のように半透明の魔法少女はにこやかに微笑んだ。


『私も……手伝う!! 私も戦うよ!』

「なんでなんで! サヤカちゃんの方に行ったんじゃないの!?」

『あはは、今持ってるの何さ。私のグリーフ・シードだよ。多分だけどさ、私のせいでネミッサも魔法少女の素質があったんじゃない?』

「そっか、アンタのおかげだったんだ……これがアンタの願いだったんだね」

『私の残りの魂全部使って……一緒に、行こう?』

さやかが『さやか』と一つになり魔女から復帰したとき、彼女は魔法少女だった。それは二人の願いが同じだったからだ。
さやかはほむらを救うこと。『さやか』はネミッサを救うこと。
涙声になりながらネミッサは応じる。傷がすっかりふさがるのを確認すると『さやか』が微笑み、光りに包まれる。その光がネミッサに触れると今度はネミッサが光りに包まれ一体化する。光が収まると、服装が変わっていた。
外見はさやかと同じ魔法少女の装い。だが、本来青の部分は黒に近いグレー。露出度の高い服装ではあったがネミッサは嬉しそうにあちこち眺める。手には螺旋の蛇が絡みついた、猛禽の羽飾りを持つ杖。カドゥケウスにきわめて似ているが、絡み合う蛇はさやかとネミッサの色。青と灰。さやかのマントと違い、右肩をあらわにした着こなし。そしてマミをかばった勲章を飾るようにソウルジェムが二つ埋め込まれていた。本人は気づかないが、後ろ髪が以前のかつての遠野瞳くらい長くなっている。さやかが蒼の女騎士であるならば、ネミッサは灰の女騎士のようだった。
杖を持ったまま、流れる涙を隠すために顔を覆う。

「ネミッサ、良かった。大丈夫なのね?」

「うん、見てた? 『さやか』ちゃんがね、『さやか』ちゃんがね……アタシをね……」

涙を隠すこともなく。一部始終を見ていたマミは微笑む。

「大丈夫、わかるわよ。ふふ、これで貴女も魔法少女ね?」

「ごめんね。助けれくれて有難う。怪我、治してあげる」

杖を掲げると、周囲の悪魔を含めて治療の魔法をかける。元を大きく上回る回復量を見せ、マミと悪魔の傷を癒す。立ち上がり二人のそばに擦り寄る。その首を二人は愛おしそうに撫でる。

「ありがと、アンタらも。……もう少し頑張って貰うからね」

自分の中にいる『さやか』を感じ、自分の力が上がっているように思える。

『美少女天使だと思った?』

「アタシにはアンタが勝利の女神に見えるよ。行こう! 『さやか』ちゃん! マミちゃん!」

契約を成さない、『イレギュラー』どころか『アノマリー』な魔法少女が戦場に降り立つ。
騎乗した二人は、意志の力を滾らせて夜に向けて疾走した。

165: 2013/01/09(水) 21:39:40.34 ID:Efo00a1f0
「ホムラちゃぁぁぁぁぁん!」

中空からネミッサが絶叫する。使い魔に押されるさやかをかばうほむらは、意図に気づき二人で時間停止で離脱。強力な電撃を使い魔に叩きこみ着地する。杖で使い魔を貫きとどめを刺す。

「ごめん! 戻った!」

魔法少女の衣装で二人に近づく。驚きと怒りを隠さないほむらが目を吊り上げ怒鳴る。

「なぜ契約を!」

「アタシしてない! これは、『さやか』ちゃんのが力を貸してくれてるの!」

「え、あ、私? ……服、おんなじだ……」

「あの『さやか』ちゃんが力をくれた。これで無敵!」

短い説明に困惑するも、受け入れるのがほむらだ。現に目の前でネミッサが魔法少女になっている以上、何もいうことはない。

「わかったわ。詳しい話は後で聞くから、教えて頂戴」

「もっちろん! さぁぶっ飛ばすよ! ホムラちゃんも手伝って!」

『さやか』がネミッサに応じ力を出す。ほむらはしぶしぶといった体を装いネミッサの手を取ると、時間を停止させる。

「手を離さないで。止まった時間に取り残されるわ」

手を取り合ったまま夜の真正面に移動する。そこでネミッサは魔法少女の魔力を上乗せした万魔の蒼白い炎を連続で発動させ、計九発を夜にぶつける角度で放つ。時間停止の影響範囲から出た炎はそこで止まる。そこでほむらが手を離し独自に動く。
時間が動き出す。ネミッサの炎はすべてが夜に注がれぶち当たる。さすがに強化された炎が同時に九発である。夜が大きく傾いだ。
ついで、重火器どころか、残った近代兵器を揃えると遠慮なく打ち込む。ネミッサには皆目検討がつかないが軍事兵器のようなもののようだ。それを更に魔力で強化しているにも関わらず、夜に致命傷は与えられない。しかし、無傷ではない。徐々に五人の攻撃が功を奏している。
自由になったさやかがマミを邪魔する使い魔に肉薄する。ほとんどマミに気を取られていたためか、さやかのサーベルを避ける間もなく両断される。魔法少女の衣装がところどころ破れてはいるものの、マミに大きなダメージは見られない。これくらいであればマミ自身で治療が可能と判断し、マミは指示を出す。

「私は平気。美樹さんは佐倉さんを!」

「はい!」

爽やかな良い返事にマミは顔を綻ばせる。いい後輩を持ったと、嬉しくなった。

「これで本体を叩けます。ありがとう!」

「はいっっ!」

屈託なく笑うとマントを翻し杏子のもとへ走るさやか。その清々しい走りをみて、マミは未だ使い魔に苦戦する杏子の無事を確信した。再び巨砲を練りあげて構える。

「さぁ、仕切りなおしよ! もう一回大きいのを上げるわ」

166: 2013/01/09(水) 21:41:05.99 ID:Efo00a1f0
ネミッサが魔法少女化は目覚ましい効果を現した。
さすがにソウルジェムの魔力を使えば濁ってしまう。だがネミッサの魔法を強化する程度の濁りは無視できる範囲だ。つまり、威力の上がった魔法を無尽蔵な魔力で使えるようになった。
緒戦で行えた連携が復活したばかりかネミッサの威力が向上したため、さすがの夜の表面に綻びが見える。だが、一番巨大な最上部の歯車は健在だ。まだ、余力があると見ていいだろう。
さやかに助けられた杏子だったが、ほとんど無傷だ。ベテランの面目躍如といったところか。万魔の炎とマミの魔弾。その合間に、息を合わせたように斬りこむ二人。逆さまの首目掛けての一撃離脱の戦法だ。

(押している! 今までまどか抜きでここまで追い詰めたことはなかった。いける!)

ほむらの心に光明が見えた。だがここで浮かれること無く、夜の巨大な魔力弾を避けるため時間停止を小刻みに使用し、皆を守る。一度マミを狙われたが、スレOプニルが高速移動し回避した。ほむらが間に合わないほどの速度に舌を巻いた。
四発目の魔弾が夜を貫き、外装を大きく破損する。飛び散る破片を避けつつ、前衛はその割れ目に刃を突き立てる。さやかがサーベルを射出すると、腰に下げた魔晶化した剣『レーヴァテイン』を引き抜く。刃から炎を滾らせるそれを振りかざし割れ目に突き立てると、そこを広げるように斬り下げる。逆に杏子は槍を巨大化させ割れ目を斬り上げ更に大きくさせる。

「離れて!」

時間停止を行い、その亀裂にほむらは入るだけの爆薬を詰め込んだ。二人が十分な距離をとったと見るや即座に爆破し内部からダメージを与える。夜から反撃の魔力弾をすれすれで避けたため、体勢を崩すがそこを杏子が上手くフォローする。

「おいおい、浮かれて気を抜くなよ。押してるぜ!」

八重歯を見せて笑う杏子が、ほむらには魅力的に写った。

(ああ、やはり、私は皆と友だちになりたかったんだ)

だが、それは叶わぬ夢。夜を超えたら、彼女は時間停止の魔法を失う。魔法の武器も作れないため、時間停止で銃器を補充できなければ魔女と戦えない。戦えない魔法少女の行き着く先は魔女か氏だ。ネミッサがいれば銃器の補充は出来るだろうがタダではない。一介の中学生がそんなものを購入し続けられるわけがない。弾の補充の必要ないあの異形の銃なら使い減りしないだろうが、メンテナンスの問題もあるだろう。
そんな逡巡に杏子は気づかず、ほむらの背中を叩く。戦友として戦いを讃え合うことを願っている杏子。その溌剌とした笑顔はほむらにはあまりにも甘美な毒に思えた。

167: 2013/01/09(水) 21:42:11.63 ID:Efo00a1f0
マミが撃ちこむ七発目の轟砲が夜を更に打ち付ける。反撃の魔力弾をスレOプニルに支持し華麗に避ける。それを腰の動き一つでやっているのだから恐れ入る。両手に巨大なマスケットを掲げるマミはそれだけでも戦女神の様相だった。
一撃離脱の戦法で、飛燕のように戦場を駆け抜けるさやか。燃え盛る剣は斬りつけると同時に高熱で追撃する。俊敏に身を翻すたびに純白のマントが踊り、見ているものを引きつけ高ぶらせる。
燃えるような、杏子の真紅の衣装がさやかに負けず劣らずの速度で突撃する。まるで踊るような巧みな体捌きを、ポニーテールと魔法少女の裾の長い衣装が彩る。時折槍を多節棍に変形させ拘束し援護に回ることが出来るほど、戦場を見極めていた。
落雷と、万魔の炎、そして広域の回復魔法。味方の援護と直接攻撃を見事に使い分けるネミッサはが動くたびに前衛が跳ねまわり、マミの砲撃が轟く。高性能な爆弾を投擲しそれを自らの落雷で誘爆することでダメージを稼ぐ。
これだけ効率良く動く四人は勝利を脳裏に思い描いた。
魔法少女と悪魔と科学が結びつき、最悪の魔女を追い詰めていた。

はずだった。

手負いの夜が動きを止める。そののち、今まで大して動いていなかった本体上部の歯車が回転しだす。工業の外壁を巻き込みながらその動きが早くなる。と、同時に夜が『起き上がる』。今までぶら下がっているだけの人形が歯車を下にするように半回転すると、座らない首が傾いたまま揺れ動く。何が起こっているかわからない状態では手が出せない。皆がそれとなく集まると傷の治療や魔力の回復を行いながら息を整える。

「な、何? 何が始まるの?」

「ほむら! これは何だ?」

「し、知らない、初めて見るわこんなの……。何をしようというの?」

「ラスボスの第二形態ってところかなー。追い詰められてこっからが本気モードってところかもよ」

ふたたび始まる哄笑。高速回転する歯車を中心に、颶風が始まる。ただの風ではない。魔力を伴うそれは竜巻のように荒れ狂った。
次の瞬間、魔法少女達は吹き飛ばされていた。
何が起こったか理解する間もなく風の壁が全員に襲いかかる。工場の建造物を根こそぎ吹き飛ばし荒れ狂う風が収まると、夜の周囲には瓦礫の山だけが残った。瓦礫に埋もれ気を失う魔法少女達を尻目に、悠然と夜は浮かび上がる。
ワルプルギスの夜が正位置になると、地表の文明すべてをひっくり返すまで踊り続けるという。それが現実になったのだ。荒れ狂う風の壁を身に纏い浮かび上がる。絶望をまき散らすために。
いち早く復帰した白虎はネミッサを起こす。埋もれた体を引きずり出すと、治療を促す。ネミッサは他の魔法少女の救助を命じ、自らも救助に向かう。
スレOプニルにかばわれたマミはほとんど無傷だ。そのかわりに悍馬は体中にコンクリート片を受けて息も絶え絶えだった。

「あ、有難う、スレOプニルさん」

悍馬は一声嘶くと、その身を横たえた。マミの治療がどこまで通用するかわからないが、今は目の前の命を救う。
杏子とさやかは白虎に背負われ、ほむらはネミッサが肩を貸し運んできた。各々治療を得意とするものが治療する間、現状の確認をする。

「あれは初めてみる……」

ほむらの顔色が悪い。また、夜の行き先が市街地であることに気づき、恐怖していた。

「あの風の壁じゃ、生半可な攻撃は通らないんじゃいか。ヤベぇぞ」

「何落ち着いてるのさ! 早く行こうよ! 街があぶないんでしょ」

「待ってネミッサ。皆ソウルジェムが限界に近いの」

自分の『さやか』のソウルジェムはまだ余裕があるが、皆は全力攻撃のために消耗が激しい。杏子が蓄えたグリーフ・シードを順次使い、穢れを取る。ネミッサも神酒を飲み、呼吸を整える。その間、ネミッサに起ったことを杏子にも説明をした。杏子は一時驚いたもののすぐに笑ってこういった。

「頼りにしてるぜ」

もう杏子はネミッサを一般人呼ばわりすることはない。一人の戦士として認めた瞬間でもあった。
皆の体調も呼吸も整えた。各々が馬に虎にまたがると、夜を追跡すべく走り出した。

168: 2013/01/09(水) 21:42:57.82 ID:Efo00a1f0
ワルプルギスの夜が反転するときの衝撃で、遠く離れた避難場所にも振動が伝わる。更に夜がその嵐を身にまといつつ街に近づくため、工場地に近い住宅地が徐々に破壊される。強くなる風の音となぎ倒される建造物の音に、避難住民が怯え出す。急造の照明が頼りなく明滅し振動に揺れ動く。不安が住民たちの間に連鎖的に広がる。ざわつき出す人々が大きな声を出し、苛立ちをぶつけるようになるのは目に見えていた。
そこに、一人の少年が立ち上がる。
『神童』『天才』と持て囃された彼は、登校するために着ていた制服のままバイオリンを片手に入口近くに移動した。
更に声は大きくなる。群集心理に寄るものなのか、騒ぐ人数が増えつつあった。そんな光景が、恐らくあちこちの避難所で発生していることだろう。何しろ見滝原の防災計画を上回る災害だ。そこかしこで不安や不満が高まっていた。
少年はバイオリンを奏でる。曲はシューベルトの『アヴェ・マリア』。グノーのそれは年末によく聞かれるが、それとはやや違う音色。だが聞けば『アヴェ・マリア』と気づく。それが皆の注意を大きく引いた。澄んだ、優しい旋律が避難所にこだまする。彼の師匠でもある父親もそれに合わせる。見滝原を代表する二人の奏者の演奏が暗いコンクリートの打ちっぱなしの壁に反響した。かなり広い建屋の中隅々まで響き渡る名演奏が皆の心を洗い流す。
一曲弾き終わる頃には水を打ったように静かになっていた。
一人、また一人と奏でる『最高のミュージック』が木霊する。それを受けることが出来るのは、最高の演奏をした奏者に限られる。オーディエンスがいなければ成り立たない。場が静まるのを待って、少年はよく通る声で話しかける。

「皆さん、僕は上条恭介です。ご存じの方はいるでしょうが、僕はほんの一週間前まで、事故で左手が動かせませんでした。ですがそんな僕を……、おっ幼馴染が……支えてくれました。未熟とはいえ、ここまで演奏することが出来るようになったのは……、その支えのおかげです」

涙があふれる。だが、この言葉に表してはいけない。皆に安心感を届けるには、そんなことは許されない。彼は笑っていなければいけない。

「今度は、僕が、皆さんを支える番です。まだ足元が覚束ない僕には、毛布一つ運ぶことも出来ません。ですが、この拙い演奏で、皆さんを支えることが僕に出来る唯一のことです」

拍手が終わった避難所は、外の暴風の音すら届かないほど静かだった。それだけ上条の音に声に、皆が引きこまれていたからだろう。

「今、街は凄まじい嵐に見まわれ、皆さんの不安も大きいことと思います。ですが、今ここで不安な人がいるなら、僕が演奏します。僕が支えます。心お静かに、助けあって行動、してください」

そこまで言うと、深々とお辞儀をした。そして湧き上がる歓声と拍手。先ほどまでがなりたてていた人々すら微笑んでいる。それはこの避難所だけではない。上条の呼びかけにより、あちこちの避難所で楽器が奏でられている。皆の不安と恐怖を少しでも打ち消すために、彼らは音楽の力を知っている。信じている。

「入門曲ですみません。次の曲はヴィヴァルディの『四季』から……」

(さやか、僕も頑張る。皆を支えるよ。戦う君に、胸を張って会えるようにね)

上条は自分のコンサートに来た少女のことを思い出した。自分と同い年の少女は、上条の演奏に頬を上気させ満面の笑みで大きな拍手を送っていた。同い年の友人にクラシックの機微は伝わらず、寂しい思いをしたこともあった。だが、彼女はそのたぐい稀なる感受性で、上条の演奏に感動していたのだ。今思えば、あれが自分の音楽の原点であり、今目指す到達点であったように思う。

(さやか。グノーのアヴェ・マリアは、君のためのとっておく。早く聞いて欲しい。僕の『最高のオーディエンス』に)

169: 2013/01/09(水) 21:43:55.55 ID:Efo00a1f0
烈風の中駆け抜ける魔法少女たち。なぎ倒される建物を避けるスレOプニルと白虎はまさに後塵を拝する形になっていた。気ままに動く夜の哄笑をただただ聞くだけしか無い。無力だった。それが避難所にまっすぐ行かないだけマシではあるが、街は無事では済まない。守りたいはずの街が蹂躙されていった。
遠巻きに見守るしか無い。風の壁に遮られ、彼女たちの攻撃は届かない。唇を噛み締め見上げるしかなかった。


仁美は強風の中、佇んでいた。一部停電も発生してる暗い街にただ一人。そこに大小様々なトラックが通り抜ける。彼女が父親とともに指示を出した支援物資の搬入だった。それらは強風の中、あちこちにある避難所に向けて毛布から食料、飲料に医薬品を載せて走り抜けていた。彼らとてこの嵐では安全とはいえない。だが仁美とその父親の必氏の説得もあり、『命知らず』の仁者たちが名乗りを上げ、嵐の中走り続けているのだ。
しかし、彼女が待つのはそれではない。それは大事なものではあるが、彼女が待っているのは、また別のものだ。
彼女に横付けする形で特殊なトレーラーが到着する。荷台には『SPOOKies』と書かれたステッカーが貼られている。15年前に現役だったそれは未だ彼らのアジトであった。そのトレーラーから現れたのは、ネミッサの仲間『スプーキーズ』のメンバー。シックスとユーイチ、そして今は記者のランチだ。

「お待たせ、お嬢さん」

「いえ、大丈夫ですわ。そちらこそ天海市からここまで大変でしたでしょう?」

「それこそ大丈夫さ。俺たちは……」

「スプーキーズ、ですものね」

「そーいうーこと」

「羨ましいですわ。離れていても、時間がたってもそんな友人がいらっしゃるなんて」

トレーラーに乗り込みながら仁美はにこやかに話す。これから行うことに不安や恐怖を感じているようには思えないのだが、どんな肝っ玉をしてるのか、シックスには量りかねた。

「それなら、スプーキーズにはいる?」

「まぁ、よろしいのですか。ぜひお願いいたします」

「おいこらユーイチ! 勝手なこと言ってんじゃねえよ!」

「……いい加減シックスはハンドルネームで呼んで欲しいんだけど」

「ああ? お前なんか『ああああ』でいいんだよ」

「前のネタ引っ張り過ぎだよ」

「うるせえてめえらだまっとけ」

そのやり取りを聞いて、仁美はクスクス笑う。こんな状態で笑えるなんて、自分でも信じられなかった。きっと恋のライバルが素晴らしい人だからだろうと、今になって思う。
ライバルを、親友を、誇りに思う。


『葛の葉』から志願して参加した若いサマナーは地下の避難所に住民を誘導させていた。彼もまた魔女を視認するための工夫を使用しており、使い魔が現れた際にはそれを避けるようにするのが目的だった。
だが、風が強くなるに連れ、ワルプルギスの夜から漏れた使い魔たちが散見されるようになると、人知れず悪魔を呼び出し住民たちを守るべく殿に付けさせていた。当然普通の人々に悪魔も使い魔も視認されないため、パニックにはならなかった。銀の鎧を身につけた天使は、住民を守るため浮遊している。魔女が視認できない悪魔たちは、怪我を負った人を保護し身を挺して守る命を受けていた。
なんとか使い魔がいない方向に誘導させてきたが、住民たちの一団に使い魔が目をつけた。おもちゃを見つけたような動きで襲いかかろうとする使い魔を見て、戦う決心をする。

「おじさん、どうしたの?」

「あ、大丈夫だ。きみは皆と一緒に地下まで行くんだ」

「おじさん、うしろのへんなのみえてる?」

「なに?」

「ゆま、みえるよ。かっこいいてんしと、へんなおばけが」

若いサマナーは瞬時に気づいた。この少女が『候補生』であることに。ならば彼女が目になれば安全かもしれない。だが、それが吉と出るか凶と出るか……。

「よし、ゆまちゃん。天使様は君たちの味方だ。けれどそのへんなお化けは君たちを襲うかもしれない。君が誘導してへんなおばけがいないほうに皆を連れて行ってくれないか?」

「うん、わかった!」

「おじさんと同じ腕章……腕のこれをつけている人が近くにいれば助けてくれるから、それまで頑張ってくれ、いいね」

「うん、おじさんは?」

「へんなおばけを追い払ってくる」

そう言うと、決氏の覚悟で踵を返し、最後尾に走り抜けていった。

170: 2013/01/09(水) 21:45:12.81 ID:Efo00a1f0
「さーて、サーカスに合わせるなら、『そろそろ打ち込め』ってところかな」

シックスが機材に電源を入れ、ユーイチが調節する。仁美には全く分からないが、彼らが依頼をこなしてくれていることはわかる。そしてそれが、自分にとっての勝負であることも理解していた。先程は空元気をしていたが正直心臓が破裂するのではないかというくらい鼓動している。だが、さやかに勝つにはこれくらいやらないといけないと思う。上条に「頑張ったね志筑さん」と言われるには、これくらい必要なはずだ。



魔法少女たちは必氏に追いすがるしかない。夜が破壊する建造物の瓦礫をよけながらもその後を追い続ける。途中揺れる馬の背でマミがマスケットを撃つが、それも風の壁に阻まれ効果を期待できない。

「まるで台風か竜巻ね」

マミが銃をつがえながら呟く。小型の竜巻が魔女を中心に暴れまわっているように見えたのだ。

「台風なら、真上って入れねーか?」

ほとんどただの思いつきのまま杏子が呟く。高高度からとびこみ、竜巻の中にはいることを提案しているのだ。

「台風の目のこと? それなら行けるかもしれないけれど」

さやかがそれを受け肯定的に答える。中学生の知識でも、台風の目の中は比較的穏やかだと知っている。

「やめといたほうがいい。真上に魔力弾打ち込まれたら避けられない」

ほむらは冷静に止める。狭い竜巻の内側は夜からの攻撃を避けるスペースがない、と言ってるのだ。

「でも! このまま何もしないわけには!」

さやかが噛み付く。

「あとは歯車の軸とかだけど」

ネミッサが呟く。正直、あれだけの巨体を『撃破』する手立てが思いつかない。
絶望が少女たちを蝕む。



「見滝原の皆さんに申し上げます。わたくしは志筑家の一人娘、志筑仁美と申します」

嵐のなかそんな防災無線が飛び込んできた。シックスが仕掛けた電波ジャックの賜物である。腕は些かの衰えもない。それどころかこの年齢で、ますます冴え渡る。

「今見滝原は未曾有の大災害に見舞われております。新しい町の防災設備の想定を上回る風雨に皆さん不安を感じてらっしゃることでしょう」

ユーイチがハッキングし、ランチが突きつけた排水用地下水路の見取り図により、体育館などとは比べ物にならない堅牢な避難場所ではあったが、住民は恐怖と不安に苛まれていた。

「ですが、今この瞬間にも一人でも多くの人を救おうと戦っている人がおります。皆さんを守る人たちは大勢いるのです。どうかパニックにならぬよう、心お静かにお待ちください」

171: 2013/01/09(水) 21:46:51.34 ID:Efo00a1f0
若いサマナーは強風のなか、使い魔と対峙していた。視認さえ出来れば彼の武器でも撃破することが出来る。魔力のこもった武器であれば更に効果的なことも判明している。
だが、それは相手が普通の使い魔であれば、だ。ワルプルギスの夜という規格外の魔女の使い魔は若いサマナーが想定したよりも強く硬く、素早かった。見る見るうちに外傷が増え、疲労が目立った。彼だけではない、葛の葉より志願したサマナーは大勢いるが、そのほとんどが彼のように苦戦をしていた。
大きな一撃を喰らい数メートル吹き飛ばされるサマナー。彼の悪魔は住民の護衛に回されていて、戦闘的な支援は期待できない。孤立無援のまま、使い魔の致命の一撃を待つしかなかった。


「けして充分とは言えませんが物資をご用意いたしました。体力の少ない方を優先して皆様でご使用ください」

喋りながら喉が渇く。何度も唾を飲む音をマイクに拾われないようにするのに苦労した。こんな海賊放送みたいなことをしてただで済むかわからない。だが、まだ地下に避難していない人や物資が足りなくて困っている人にはこの放送が有効なはずだ。そう信じて、言葉をつなげる。



その彼の視界に、二人の影。漆黒と純白の衣装の少女が立ちふさがる。慣れた手つきで漆黒の少女が鉤爪を振るい使い魔を切り刻む。一方で純白の少女がサマナーに近づく。魔法での治療を行いながら語りかける。

「無茶をしていますね。大丈夫ですか」

「お、俺の方はいい。向こうに避難住民がいるんだ。そちらを頼む」

少女二人が魔法少女だとおぼろげに理解したうえで、懇願する。自分より年若い女性に頼むことではないが、今はそんなことを言っていられない。

「大丈夫です。先の彼女たちは無事に避難場所に着きました。……ゆまちゃんが言っていましたよ。『ありがとう』と」

その言葉に安堵すると、体の緊張を解く。

「ありがとう、助かったよ」

「我々はこれで」

「気をつけて」

「そちらも、ご武運を」

お互いがにっこり微笑む。踵を返した少女たちは使い魔の群れに飛び込んだ。
若きサマナーは自分の仲魔と合流するために避難所にかけ出した。まだやるべきことがあると知っているから。


「まだ避難所にたどり着けていない方もいらっしゃいます。皆で協力し合い、この嵐をのりきるために力を貸してください。どうかよろしくお願い致します」

そこまで語ると、大きく息をつく。足が今になって震えてくる。失神しそうな緊張のなか立ちくらみを起こす。倒れかけた体を、シックスが支える。

「名演説、聞かせてもらったぜ。おい、ユーイチ!」

「任せて。今の全部録音した。少しノイズとったらリピートで流すよ。仁美ちゃんは休んでて」

「いえ、私もお手伝いさせて下さい。何か出来ることがあるはずです」

運転席にいるランチですら唖然とする。中学生の女の子が言える言葉ではない。その芯の強さに嬉しくなった。

「おし、んじゃ今は休んでてくれ。避難が遅れてる人をこのトレーラーで探すから、見つけたら収容しよう」

そのとき、見ず知らずのスプーキーズより、顔のしれた仁美のほうが説得しやすいだろう。そこまでシックスが把握しているか不明だが、仁美は納得した。

(さやかさん、皆さん、私にはこれくらいしかできません。ですが私も一緒に戦います。私も上条さんにいいところをみせたいですからね)

遠く戦うライバルを思う。

172: 2013/01/09(水) 21:48:23.46 ID:Efo00a1f0
「聞こえた? 聞いた?」

ネミッサの問いに対し、さやかは答えない。目が熱くなって、言葉が出せない。

「志筑さんの『戦い』ってこの事だったのね」

「ちぇ、かっこいいことしてんじゃん」

「アタシたちのこと言ってたね」

「ぼかしてたけどね」

折れかけた心が奮い立つ。
止めないだけなら、まだ出来る。



それを聞いて顔を上げたのは魔法少女だけではない。避難所で聞いていたまどかもまた同じだった。

(ほむらちゃんたちだけじゃない、仁美ちゃんも戦ってるんだ。ううん、上条くんも戦ってるんだよね)

まどかのいる避難所にも上条と同じ楽団のスタッフが、避難住民を癒す演奏が流されてる。上条が何かをしていることも知っていた。それを知って、自分は何もしていなかったことに気づいた。それがまどかを苛む。何かをしなくてはいけないはずだが、それが思いつかない。

(私はここで何をしているんだろう。皆に守られて、震えてるだけ?)

胸の中にドロドロしたマグマみたいなものが溜まっていた。大声を出して吐き出したい。だがやり方がわからない。鼓動が大きくなって弟を抱きしめている手が震える。居ても立ってもいられない。手を離すと立ち上がる。

「パパ、おトイレ行ってくるね」

「うん、場所はわかるね。早く帰ってくるんだよ」

弟のタツヤを父親に預けると走りだした。その背中に何かを感じた絢子は、表情を変えた。
トイレに向かう廊下で、立ち止まる。暗い廊下に真っ白な尾をくねらせた獣がいた。全くの無表情のまま、ここにまどかがくるのを待っていたかのように座っている。

「やぁ、皆の戦いが気になるかい」

「皆、がんばっているんだよね」

胸が苦しい。熱い血液が漏れそうでしゃべるのも苦しい。今すぐ胸をかきむしって吐き出したいくらいだ。

「芳しくないね。ワルプルギスの夜が本気を出して、皆をなぎ倒してる」

「ま、負けちゃったの?」

「いや、ワルプルギスの夜は風で追い払った形だ。彼女らを無視して見滝原市街地の中心に向かっている。彼女たちは全力で追いかけているけど、打つ手が無い状態だね」

尾をゆらゆら揺らせて、淡々と語る。その方が効果的だとか、そういう意図すら見えないほどの声色だ。

173: 2013/01/09(水) 21:49:35.29 ID:Efo00a1f0
「君に契約しろとは言わないよ。ただ、彼女たちの魔力では、ワルプルギスの夜の魔力の壁を突破できない。だが、君なら可能だろうね。その目で確かめるかい?」

頷いて、QBのあとを追う。足が震え、動くのもままならないがそれでも踏み出せたのは夢のおかげだ。三人の『鹿目まどか』が彼女の背中を押す。

「おい、どこいくんだ」

背後から掛けられる声にまどかが驚く。そこには、まどかの母親がいた。娘の不穏な態度を察し、追いかけてきたようだ。

「この嵐の中どこにいくんだ?」

いつもの凛とした声以上に、言葉に力があった。

「友達を助けに行くの!」

「消防とか、大人に任せな。子供が行って何が出来る!」

「そんなことない!」

まどかが初めて母親に反抗した。自信と決意に満ちた目で見返す。穏やかな父親似の控えめないつものまどかではない。

「皆が私を待ってるの! 私じゃないとダメなの! ほむらちゃんは私を」

頬を張られる音がまどかの言葉を遮る。

「こんな危ないときに子供を外に行かせる親がどこにいるっ!」

それが怒りではなく、心配から来た言動だということにまどかは気づいた。張られた頬が熱い。だが、その親心に浸っている訳にはいかない。その暖かな親心と戦わなくてはならない。ネミッサがマミに戦いを挑んだように。

(ネミッサちゃん、こんな辛いことをしたんだね。私、何もわかってなかった。……強いんだね。私、よわむしだった)

熱いそこを敢えて触らず母親を見返す。

「仁美ちゃんも、上条くんも戦ってるの! 私だけ、ここでじっとしてられないの!」

「だからって何が出来るんだ」

「私にしか出来ないことがあるの。お願い、行かせて!」

その目は、かつてほむらを射抜いた目だ。ほむらを怯えさせ、安堵させた、あの目。キャリアウーマンとしてかなりの場数を踏んだ詢子ですら怯む目。それに飲まれた。

(いつからこの子はこんないい目をするようになったんだろうね)

「……わかった。けど、約束しな。帰ってくるって!」

「うん、絶対帰ってくる!」

大きくお辞儀すると、大嵐の中にまどかは走り出した。一度も振り返ることもなく、走るわが子を見て母親は呟く。

「はー、『ほむらちゃん』か……。あの子があんなに自信を持てるようになったのは」

張った手を握り締め、祈るように胸に寄せる。
嵐はますます強くなっていった。

174: 2013/01/09(水) 21:50:29.97 ID:Efo00a1f0
マスケットどころか、ティロ・フィナーレすら弾き返す風の壁に、もはや為す術がなかった。ネミッサの電撃や万魔の炎すら掻き消す。単純な魔力の大きさが違いすぎたのだ。
その魔女が市街地に到達したことが、さらに魔法少女たちの不安を増大する。

「ああもう! あのただの風に!」

「諦めないで、攻撃するだけでも少し動きが遅れる」

魔女は攻撃を受けると、そちらに体を向ける習性があるようだ。だが、実害がないとわかるとまた踵を返す。それを繰り返すことで、辛うじて進行速度を遅らせる。それが今彼女たちに出来る数少ないことだった。
だが、ネミッサは心が挫けそうになっていた。皆の前で辛うじて逃げずにすんでいるだけ。自分が他の誰よりも多彩な戦闘経験がある。その分、敵の分析が早い。つまり、諦めが早い。
壊れかけた心が、ふと、空を見上げさせた。
その上空に、超高速で飛来するものを見た。

「あ、ああああああああああ! ああああああっ!」

高高度で、高速移動するそれを視認出来るはずがない。ましてやその背に乗る人影など。だが、ネミッサは確かに見た。

「あなたが来てくれたの!?」

悲鳴を上げた。それは彼女の折れかけた心を立ち直らせるのに十分な衝撃だった。



魔女のそばのビルに激突する勢いで着地したのは、鳥人の姿のインドの神。その鮮やかな色彩の羽を広げる。無茶な移動のためか息も絶え絶えになっていた。一人のサマナーが、銃を取り出すとトリガーを引く。そこからは銃弾がでることはなく、銃身に当たる部分が二つに分かれてパネルとディスプレイが現れる。そのディスプレイに鳥人の神、ガルーダを収容する。

「準備はいいか」

「当然」

「嵐を操るやつを呼ぶ」

「じゃぁそれに匹敵するやつじゃないとダメだな」

「ふっ」

「昔、あなたとは戦った」

「ああ、強かったな」

「どっちが! 氏ぬかと思ったよ! 試しの場なのに」

怒鳴りつけつつも、一方も同じ銃を取り出す。それが同じ性能のものであるようで、同じアクションで同じ変形をする。
ディスプレイには魔法陣のようなものが表示される。
そこに現れるテキストは……

175: 2013/01/09(水) 21:51:04.45 ID:Efo00a1f0





『破壊神召喚』

『魔神召喚』

『SUMMON……OK』

『GO!』





176: 2013/01/09(水) 21:52:55.56 ID:Efo00a1f0
二人のサマナーが揃って銃の形をした何かをかざす。
それは銃型コンピュータで、悪魔を召喚するプロセスをプログラム上で行うことができる。最近開発されたものはスマートフォンタイプが主流だが、まだ大量生産が行えない時期に作成されたそれは、一部の天才的な人物の趣味が多分に反映されていた。だが、その性能や持ち主の実績から『名機』とされ、一部のサマナーには憧れのものとなっていた。
その二人が召喚したのは、インド三柱神に二柱。インド神話でも信者に最も人気がある二柱だ。
一体は青い肌に虎の毛皮を腰に巻いた、四ツ腕三ツ眼の神。世界の終りに破壊を行い、新たな世界を想像するという大神の分け御霊だ。たとえそれが分霊であっても、スレOプニルや白虎をはるかに上回るケタ違いの魔力を有する。別名はルドラといい、暴風雨の化身とされている。
もう一体もインドでは大変人気のある神だ。特に民衆に人気があり、人々や神々を脅かす悪鬼を様々な化身を持って戦い打ち倒す神だ。こちらも四ツ腕の精悍な男性の姿をしてる。先の神と双璧をなすほどの人気と力を持つ神だ。彼でなければ対抗出来ないだろう。
二柱の神にはワルプルギスの夜を視認できない。だが、その風の壁は識別できるらしく、サマナーに指示されるまでもなく睨みつけていた

『今度の相手はあれですか。そしてそれに対するのがあの少女たちですね』

『街が滅茶苦茶ですね。おや、あれはネミッサではないですか。久しぶりですね』

「無駄口はいい。あの嵐を撹乱してやってくれ」

「こっちはそれの補佐をな」

『本体を直接攻撃すれば早くないですか』

「倒すのは俺達の役目じゃない」

「あの子達さ」

『我らの目的は』

『小さな英雄の誕生を見守ること、ですからね』



ネミッサが硬直する。うっかり白虎の背から落下するところを杏子に支えられる。杏子の叱咤が飛ぶ中、ネミッサがなにか言う前に一際高いビルから何かが飛び降りる。
先の神々だ。丁度夜を挟むように立ちふさがる。夜も、創世を行うレベルの存在が目の前に現れ動きが止まる。
魔法少女たちは見たこともない異形の存在に目を奪われる。だが、目を奪われるのはその異形ゆえだけではない。体の隅々にまで力が漲っていたからであり、異形の中に、美しさを感じたからでもあった。

「あれは……?」

「破壊神シヴァ……魔神ヴィシュヌ。どっちもインドの最高神みたいなやつ。多分味方よ」

日本でアニメや漫画に詳しいと、それをモチーフにしたものは取り扱われるので、多少は名は知られているかもしれない。それそのものをはっきり説明していなくても、それが殆どの場合ケタ違いの力を持つものと描写されるはずだ。以前ネミッサが戦った魔王ベルゼバブにしてもそうだ。名前だけは聞いたことがある、という程度には認知されているのではないだろうか。
そんな規格外の存在を、たとえ分霊とはいえ召喚できるサマナーは限られる。そしてその限られた中に、ネミッサの相棒が含まれていた。
シヴァと呼ばれる暴風雨の化身は、三叉戟を振りかざす。夜を上回る風を巻き起こし打ち消そうとする。一方のヴィシュヌとされる神は、それによる余波で街を破壊されないよう遮断する結界をはる。さしたる苦労もなく、それだけ巨大な力の場を生み出す二柱に、魔法少女たちは唖然とする。
丸裸になった夜に、マミが最大出力の砲撃を加える。魔弾が夜の背中にぶち上がりのけぞる。

「みんな! チャンスよ!」

短く吠えるマミに我に返る。さやかが、杏子が走りだす。ほむらもその二人のフォローのためやや遅れて動く。マミは射線の確保のため角度を変え、それにネミッサが護衛につく。

177: 2013/01/09(水) 21:54:43.99 ID:Efo00a1f0
今すぐ彼に会いたい。彼がきっとそこにいる。私の戦いに来てくれた。会いたい。だがそれを堪える。自分のやるべきことをやってからでないと会えない。きっと軽蔑される。戦いが終わって、青空の下笑って会いに行こう。そのためにはワルプルギスの夜が邪魔だ。

「アンタ、邪魔なんだよッッ!」

さやかはネミッサのそれに気づいた。満面の笑みでネミッサを見ると、次いで怒りの形相で夜を睨み吠える。あの援軍を呼んだのは、ネミッサの想い人、相棒であることを全くの直感で察したのだ。そして、いますぐにでも会いたいと思う気持ちを抑え、夜を倒そうとする意思をもっていることまで気づいた。わずか一ヶ月足らずの付き合いだが、ネミッサのことはわかる。何しろ、ついこの間までずっと一緒にいたのだから。

「人の恋路を邪魔するやつは!」

杏子がさやかの言いたいことに気づき、ノリだけで二の句を続ける。

「槍に刺されて!」

「剣に斬られて!」

二人が見合わせ唱和する。

「地獄に、おっちろぉ!」

物騒なことを叫びながら同時攻撃を行い歯車の車軸を斬りつける。一撃離脱を行い、離れたところをほむらが迫る。前衛に対し繰り出した使い魔が三人に躍りかかるところを狙って、豪銃を構える。

「ワルプルギス! 『そこ』をどきなさいッッ!」

使い魔を一掃する豪銃を夜の全身に浴びせる。爆音とともに使い魔は粉々に消し飛び、残った魔弾が夜に食い込む。
さやかは先の仁美の演説が堪えたらしい。ほむらの銃を空中で躱すと、魔法陣で足場を作り再度斬りかかる。すれ違いざまに斬りつける動き。更に魔法陣を産み、まるでピンボールのように縦横無尽に動きまわりすれ違いざまに切り刻む。
そのさやかに触発されたのか、忌み嫌い忘れ封印していた固有魔法を使う。実体のある分身を二十体近く生み出した杏子は、雄々しいまでに獰猛な笑い顔で襲いかかる。裂帛の咆哮が揃って湧き上がり、一気呵成に斬りかかる。
杏子の願いにより家族は引き裂かれた。その痛みのため、彼女は固有の幻術魔法を無意識のうちに封じてしまった。それは戒めのためでもあり、トラウマを忘れようとする自己防衛のためだった。自らの行為と存在の否定。だが、彼女はさやかを魔女から救い出したことで自らを肯定することが出来た。それがネミッサへの感謝と、幻影魔法の復活となって現れた
遠目から見つめるマミは、その事情を本人から聞いていた。そのトラウマを乗り越え顕現した魔法に驚きと喜びを感じていた。
ほむらと出会いネミッサと知り合って、皆が救われていく。それが嬉しくてたまらない。今元気に跳ねまわるさやかを救い、傷を乗り越えた杏子の心を救った。

(一番救われたのは、私、かな)

今日一番巨大な砲身を作り出し、号令とともに砲撃する。連携訓練を繰り返したため前を攻撃する三人が離れた瞬間がはっきりわかる。今まで風の壁で出来なかった分、溜まった鬱憤が高威力となって吐き出された。
救ったのはネミッサかもしれない。だが、彼女の行動原理はほむらだ。言い換えればほむらの願いであったはずなのだ。だがそれをするには、彼女は時を重ねすぎた。それゆえ心の乖離と本人の口下手さにより齟齬が起こり、マミ達と心の壁を作っていた。それをネミッサは自由奔放さで打ち破った。
マミはほむらの願いを理解し受け止めた。

隣で白虎に跨り魔法を打ち続けるネミッサを目の端で捉える。魔法少女の姿では髪が長くなっていた。それを無造作に後ろに垂らしているため、動きに合わせて踊る。綺麗だった。一番のお友達がほむらのために戦う素晴らしい人間だと思い、誇らしくもあり嬉しくもあった。

178: 2013/01/09(水) 21:56:22.56 ID:Efo00a1f0
もうトレーラーには十人の住民を乗せている。足が悪く移動が困難な者とその家族、親とはぐれた子供。それらを一手に引き受け、避難所に向けて走り抜ける。子供達は仁美の腕の中で揺れと災害の恐怖に震えていた。だが仁美は精一杯の笑顔で彼らを抱きしめ、安心させようと語りかけていた。

「ははは、こりゃ……聖母さまってのはこういうもんかな」

「中学生には思えないよなぁ」

「そうでしょうか。皆様もネミッサさんとご一緒の時は、あまり歳は変わらないと伺ってますが」

「いやぁ、さすがに今の君より歳上だったよ」

強風に大きなトレーラーを煽られそうになりながらも、避難所に向かう。住民は仁美に頭を下げ、スプーキーズの皆の手を握りつつ途切れないほどの礼を言う。仁美は小さく手を振ると、再びトレーラーに乗った。また逃げ遅れた住人を探すためだ。避難所にいる住民や市役所の人々は尊敬と羨望の眼差しで、その姿を見送った。
のちに、彼女たちの行いは、避難住民の間で長く噂となって伝えられた。



避難所のリサイタルはまだ続く。リハビリをしたとはいえまだ一週間も経っていない。そんな状態では本調子とはいえない。だが上条は止めない。止めることは出来ない。なぜなら、そこには奏者として最大の誉れがあるからだ。何曲も引き続け指は悲鳴を上げていたが彼は止めない。

(僕の指は僕のものじゃない。さやかのものだ。さやかの戦いのためならいくらでも捧げてやる)

でもその思いは露程も出さない。時に軽快でときに柔らかく奏でる曲は住民を癒し続ける。もはやその避難所では声を荒げる人はいない。大嵐で不安はあっても、不満や暴動は起きない。
本当の『神童』が生れた瞬間でもあった。



白と黒の二人の魔法少女は使い魔を多数撃破した。その間、何人もの『葛の葉』のサマナーと出会った。時に助け、時に共闘し、住民を使い魔から守っていた。手練というわけではないが、二人の固有の魔法は連携を行うことで無傷で殲滅し続けていた。
だが、その彼女たちも使い魔に囲まれる。ワルプルギスの夜が接近により、生み出される数が撃破される数を上回ったためだ。それが徐々に二人を追い詰める。前衛を務める黒い魔法少女がバランスを崩したところを別の使い魔に狙われる。
その瞬間、周囲の使い魔すべてがカードになる。ペラペラだが固めの紙に封じ込められ動きが止まる。唖然とする二人が体勢を整えたとき、凄まじいまでの爆炎がカードになった使い魔を残らず焼きつくす。魔法少女ですら肺を焼かれそうにな炎。周囲の酸素を奪い呼吸困難を引き起こす。収まるまでに長い時間を要した。
一人の男が、煙に視界を奪われ咳き込む二人の頭に手を載せる。そしてよく聞こえる大きさで声をかけた。

「うちの若いのが世話になった。これは礼だ。無理はするなよ。……あばよ」



これだけ効率的にダメージを与え、魔力の回復も計算通りに行えている。ワルプルギスの夜はほとんど傷だらけだ。にも関わらず、魔女はけたたましい笑い声を止めない。そして、何事もないように反撃を行う。使い魔の数も殆ど減らない。五人の攻撃出来ない位置に生れた使い魔は彼女たちを無視してあちこち移動する。さすがに夜本体は二柱の神に遮られ移動することはないが、まるで砲台のように魔力弾を撃ち続ける。
前衛は使い魔に小さなダメージを受けつづけ、回復もままならない。ほむらやネミッサが近づき何度もスイッチするがその間隔が短くなってきた。魔力より、集中力が途切れかけている。そうなれば致命的な攻撃を受けてしまう。遠距離で戦うマミは、砲撃より念話での位置取りの指示に意識をシフトした。
焦りは禁物とはいえ、ネミッサ以外は魔力に制限がある。また焦燥がソウルジェムを濁らせる。魔法少女たちには長期戦は危険だった。
予測を超える夜の耐久力と持久力が、またしても壁になっている。自分達の攻撃が無駄ではないか。その不安がソウルジェムが濁らせる。その思い忘れるためにも必氏になって攻撃を行う。その焦りが隙を生み、そのたびにほむらの時間停止が行われ負担が大きくなっていく。
蓄えたグリーフ・シードも徐々に減ってきている。そんな事情も焦りとなりソウルジェムを濁らせる。悪循環だった。
そんな中、大風の中、ほむらは気づいた。そこに駆け寄る少女の姿に。

「まどかっっ!?」

思わず戦線を離れ駆け寄ってしまう。自分達の戦いが長引き過ぎてしまったのかと悔やんだ。だが、その足元にQBがいた事に気づき怒りを覚える。

「ほむらちゃん、ごめんなさい」

「どうしてここに?」

「僕が教えたんだ。ほむらの執着が、ワルプルギスの夜にも力を与えている、とね」

「キュゥべえっ!」

それは、強力な爆弾だった。ほむらを再度地獄に突き落とす言葉だ。その言葉の受け止め理解するのに数瞬かかった。それがワルプルギスの夜の強大な魔力の源だったとしたら、ひょっとしたら夜を倒せるのは……。

「ずいぶんうまく立ち回っているみたいだけど、それでもワルプルギスの夜は止まらないみたいだね」

いけしゃあしゃあと語るQBに殺意を覚えるが、そんなことに力を割くほどほむらは馬鹿ではない。まどかの肩を掴みほむらは努めて優しく語りかける。

「大丈夫よ。皆健在で頑張っている。とくにさやかが張り切っているわ」

「ごめんなさい。この間キュゥべえに言われてたのに、私、言い出せなかったの……」

「いいのよ。それを知ったところで、私たちは諦めないし、逃げない」

涙ながらに頷くまどか。ほむらの気遣いが嬉しくもあり、申し訳なくもあり、ぐちゃぐちゃになってしまう。皆を助けるために契約するべきではないかと思ってしまう。だが、ネミッサもほむらもするべきではないと言う。板挟みの状態で混乱しここに来てしまった。

「ごめんなさい、ありがとう……」

「さ、ここは危険よ。戻りなさい。私たちはきっと、貴女のもとに帰るわ。貴女は私たちの帰るところなのよ」

179: 2013/01/09(水) 21:58:10.36 ID:Efo00a1f0
「これは、ただの弾丸ではないのです」

「見ればわかるわ」

「辛辣ですね。私たちの協力者が、魔女の言語を解析し作り上げた魔弾です」

「どう、やって?」

「ソロモン王の魔神のなかに、地上のあらゆる言語を理解するものがいます」

「その悪魔が魔女の言語も理解できるってこと?」

「できますよ。その悪魔の力を以って魔女に対し、命令を撃ちこむ。それがこの弾丸でできます」

「その悪魔が通訳してくれれば、魔女とお茶会でもできそうね」

「大変楽しそうな話ですが、辛うじて我々が開発出来たのは二つの命令」

「ふたつ……」

「ですがこれを使うのは貴女の目的の役に立つかどうか」

「聞かせてもらいましょうか」

「『結界から二度と出るな』『この地に二度と現れるな』」

「そ、それは!」

「『撃破』が無理なら『撃退』はいかがでしょう」

「その必要はないわ。必ず、ワルプルギスの夜は『撃破』してみせる」

「では、これは保険とでも思って下さい」

「……」

「戦いは、一つの策に全力で当たることも必要ですが……」

「……」

「二つ、ないし三つの策を淡々とこなすことも必要なのです」

「……」

「これは、ネミッサの願いでもあります。聞き届けてくれませんか?」

杏子の分身がすべて消滅する。夜が回避できない広範囲の魔力の波を起こし、分身を破壊したのだ。そのダメージはそのまま杏子に集まり、血を吐いて倒れる。それをみて駆け寄るさやか。一拍遅れてネミッサが援護に向かう。

”サヤカちゃん! アタシに任せて! アンタは足を止めちゃダメ!”

”ううう、わ、わかった。ネミッサ、お願い!”

念話で悔しさをにじませて、さやかは踵を返す。白虎が最大速度で杏子に駆け寄るとネミッサがその背中に引き上げる。だが、ほむらが不在でネミッサが離れたためマミとさやかが孤立する。多対一になることを恐れ、マミが前線のさやかと合流する。そのためにその場にいたほとんどの使い魔が殺到する。

劣勢だった。

180: 2013/01/09(水) 22:09:32.36 ID:Efo00a1f0

筆者です。

演目『ワルプルギスの夜』をお送りいたしました。
我ながら、ご都合主義ですねぇ……。

ですが、自分の工夫のありとあらゆるものを詰め込みました。
手に汗握るスペクタクルをお楽しみください。

他のSSだと、台本形式でどうしてもこういった戦闘シーンが
弱くなるように思います。地の文の強みを前面にだしたつもりです。

夜の攻撃があまりわかりませんでしたので多分に妄想が
含まれております。
その辺、まぁ、「ちげーよ」とか言わず筆者の無知を笑ってください。

明日も、同じ時間に投稿を予定しています。

テキストで残り114KBほどです。

次回もまた、お付き合いください。

183: 2013/01/10(木) 21:31:55.95 ID:BI7uWFfh0

筆者です。

さて、演目「ワルプルギスの夜」の夜も更けました。
フィナーレに向かって突き進んでいきます。

どのような結末を迎えるのか。
ただただご覧ください。

本音を申しますと、ここを最初に書いて、
ここにたどり着くように書き続けた半年でした。
一番見てほしいシーンが詰まっているわけです。
それだけに、受け入れていただけるか非常に不安です。

楽しんでいただければ、幸いです。

それでは、どうぞ。

184: 2013/01/10(木) 21:33:50.71 ID:BI7uWFfh0
ほむらは逡巡している。まどかを一人には出来ない。だが、夜の攻撃は四人を蝕む。夜を倒すべきか、まどかを逃がすべきか。図らずともマミと同じ選択を迫られていた。
また、ほむらは自分のこれまでの行いを悔いていた。
執着すればまどかの魔法少女としての素質が強くなる。それと同時にワルプルギスの夜も強くなる。ならばワルプルギスの夜を倒せるのは魔法少女となったまどかしかいないのではないか。そしてその状況を生み出してしまったのはほかならぬ自分の行いのせいである。後悔と、罪の意識。
そこに、杏子を治療するため地に降りたネミッサが合流する。夜に対するのが二人だけになっているため、焦りが見える。ネミッサは白虎に、マミとさやかの援護を命じて送り出した。

「マドカちゃん、なんでここに!?」


「ネミッサちゃんも、魔法少女になっちゃったの?」

「いや、そうじゃないようだ。僕は契約していない……ほむらがイレギュラーなら、君の場合はアノマリーだね」

彼女がなぜここにいるか、ネミッサはわからない。足元の珍獣が理由とわかると蹴飛ばしたくなってきたが、そんなことよりと杏子の治療を行う。回復魔法より上の、蘇生魔法だ。もっとも文字通り実際に氏亡したものを蘇られるものではなく、欠損した部位を復元することを目的としている魔法である。今回は回復量の多さに着目し杏子の治療に当たる。
回復をし、呼吸が平常に戻った杏子の髪を優しく撫ぜるネミッサ。さすがに疲労の色が濃い。手持ちの神酒を飲み一息つく。だがゆっくりしている暇はない。さやかとマミが聖獣二体を共にして戦線を維持しているが、そう長くは保たない。

「キョーコちゃんをお願いね?」

何をお願いするのかわからないが、まどかにウィンクするとネミッサは戦線に戻ろうと踵を返す。

執着がまどかだけではなく、夜にもあったことは否定しない。むしろそのとおりだとほむらは思う。ワルプルギスの夜を倒さなければまどかは魔法少女になり、魔女になる。たとえまどかをどこかに拉致監禁しても、ワルプルギスの夜が出す被害に心を痛めた彼女はそのために願いを使うだろう。そのため、ワルプルギスの夜をまどか抜きで撃破することを願っていたのだ。
それが執着というならばそうだろう。また、彼女もまた正義感を持つ『善人』である。大きな災いを無視するなど出来ない。
だが、それがそもそも間違っていたのではないか。さやかが魔女を倒すことを自らに責任を課し、その重みに潰れてしまったことが、自分にそのまま重なる。マダムの授けた策はネミッサの願い。

『サヤカちゃんのようにならないでほしい』

もっとも、ネミッサはマダムの策の内容までは知らない。ただ、マダムにほむらのことを託しただけだ。だから、これは自分で選ばなくてはならない。まどかを取るか、ワルプルギスの夜を取るかを。
ほむらは、鼻で笑った。

(そんなの、決まっているじゃない。何を悩んでいたのかしら。馬鹿らしい)

いちどは踵を返したネミッサだったが、その場で思案しているほむらが気になり声をかけようとした。
だが次の瞬間、まどかとネミッサの目の前からほむらは姿を消した。
まどかを一人にしたほむらの行動に驚いたネミッサは、前線にでることをためらってしまった。

185: 2013/01/10(木) 21:36:00.55 ID:BI7uWFfh0

白虎が合流し二人の援護に回ろうとした。だがさやかを載せようにも彼女の敏捷さを頃しかねない。だが使い魔を視認できない白虎はさやかを載せないと戦えない。ほとんどお荷物だ。これはさすがにネミッサの判断ミスではあったが、白虎自身逆らわなかったし、逆らいたくなかった。たとえ役に立たなくても二人を守ろうとするのは『元の契約主』の命令でもあったからだ。白虎が出来ることは、負傷した魔法少女を庇い壁になることだけである。その決意を秘め、魔法少女の戦いを見守った。
その集中力が、別のものを感知した。時間停止を駆使し戦場を横断するほむらの姿だ。小刻みに時間を止めるため、時折停止されていない状態で走ることがある。それに白虎は気づいた。ほむらの奇異な単独行動に疑問を抱いたため、二人をそこに残し追いかけた。ネミッサが本来の契約主であればこれは契約違反であり、自身の魂を損なう行為である。だが、『元の契約主』はこう命令をした。

一つ、ネミッサと魔法少女たちをその身を捨ててでも守ること
一つ、先の命令に反しない限り、ネミッサと魔法少女の命令に従うこと
一つ、先の二つの命令に反しない限り、街と住民を守ること

これはアイザック・アシモフの『ロボット大原則』を参考にしたのだろう。非情とも思えるこの命令は、『元の契約主』の切なる祈りにほかならない。
まだ、相棒は、ネミッサを想っていた。
ほむらは懐から拳銃を取り出した。その弾倉にはマダムから託された魔弾が交互に仕込まれている。これが効果を表すか分からない。当たるかもわからない。そもそも接近できるかもわからない。だが、それをしなくてはならない。ほかならぬ自分のため、自分のわがままのために。

(やっぱり、私は、貴女が大事。貴女が大好き。……貴女のためなら、執着だって、捨ててみせる)

「……まどか……」

そうこぼれた思い。

(構わない。今この場で、命落としても)

ビルの外壁をその身体能力で飛び上がる。ワルプルギスの夜を見下ろせる高さまで上がると、時間を止め夜に飛び込む。中空で魔女の顔の亀裂に二発、胸の破損部分に向かって二発。人間でいえばコロラド撃ちと言われる殺傷力の高い撃ち方。ほむらの結界外に出ると弾丸はそこで停止する。そのまま自由落下に任せ歯車に向かい四発撃ちこむ。この四発も停止する。これで全弾。ワルプルギスのスカートのような外装に体がぶつかる。そのまま滑り落ちるように地面に着地すると同時に時間を動かす。同時に八発放つ音が響き渡る。
そのほむらに気づいた夜は、間髪入れず魔力弾を撃ちこむ。着地の衝撃で体勢を崩していたほむらに避けるすべはない。また時間停止も先ほどまで使っていたのですぐには使えない。そもそも魔力も限界近いのだ。

(これで、私の執着も解けたかしらね……。避けられれば避けたいけど……無理ね。でもまだ皆がいるわ……きっとなんとかしてくれる)

186: 2013/01/10(木) 21:37:09.64 ID:BI7uWFfh0

だが放たれた魔力弾は、ほむらではなく、ほむらの側面から迫った白い虎を貫いた。その俊敏な動きでほむらの襟元を噛み回避しようとした。だが直撃を受けた白虎はその下半身をすべて消失するダメージを受けた。噛み付いた牙の間から血がにじみ、ほむらの服を汚す。

「な! なんてことを!」

(私は覚悟していたのに!)

かばった白虎を引きずるように夜から離れる。自分だけならばいい。だが自分をかばって傷を負った白虎を放っては置けない。
その重さに思うように動けないほむらたちに、追撃が迫る。
近接戦闘を繰り広げていたさやかがその事態に気づきほむらを掴む。彼女はほむらより魔力が高く、筋力が強化されている。持ち前の素早さも相まって半身を失った白虎と小柄なほむらを抱えて走りだす。

「オレハ保タン……。オレヲ捨テテイケ!」

「そんなことだめだ! 私なら回復できる」

「余計ナコト二……マ、魔力ヲ使ウナ! 我ガ……召喚士ノ……シ、使命ヲ全ウ出来タノダ。本モ……」

それだけいうと血を吐き白虎は事切れた。さやかは物陰まで移動し、白虎の亡骸を置く。先のスレOプニルもマミを庇い重傷を追っていたが、それが元の召喚士の指示だったのだろうと、ぼんやりと考えた。

「ほ、ほむら……、あんたがなんであんな無茶したか知らない。けど、今は悲しんでる場合じゃないんじゃない?」

「え、ええ。大丈夫。今魔力が危険なだけ。グリーフ・シードで浄化したらすぐ戻るわ。ほら、貴女も」

さやかと自分のソウルジェムを浄化すると、影響が出ないように盾の中にしまう。この中では孵化することがない。そのため彼女がほとんどのグリーフ・シードを管理していた。だが、それも残り二つしか無い。

「ごめんね、白虎。あと、ほむらを助けてくれてありがとう」

襟元を濡らす白虎の血液が生々しい。ほむらはその跡に手を添え祈る。
酷い話ではあるがほむらは後悔してはいなかった。そもそもワルプルギスの夜もまどかの運命も自分の両手にはあまりにも大きすぎたのだ。それのどちらかを捨てろと言われたら、迷わずワルプルギスの夜を捨てる。夜の撃破を先送りにする。伝説ではワルプルギスの夜は百年単位で出現するらしい。まどかが生涯を全うするまでに再び出会う確率は低い。そののちワルプルギスの夜がどこかで暴れようとも、それはほむらの手に余るものだ。今まではほむらの正義感がそれを許さなかったし、まどかを苦しめた存在を許せなかった。それが執着だった。かばってくれた白虎には申し訳ないという思いがあったが、それを飲み干す。それはすべてが終わってから償うと誓った。

「いきましょう、美樹さやか。助けてくれてありがとう」

「ちょ、ほむらがお礼とか、明日は雨だねぇ」

「天変地異なら目の前で起こってるじゃない」

「はは、違いない。さ、もうひと踏ん張り行こう。白虎のためにもさ」

さやかがほむらの顔を見た時、ドキッとした。なんとも晴れやかな顔をしている。うっすらと笑っているようにも見える。ただでさえ同性すら篭絡する美少女ぶりである。その顔に張り付いた陰鬱な表情がその美貌を大きく損なってしまっている。では、その陰鬱さが取れたら、どうなるであろうか。

「ほ、ほむら、なんかいい顔してんじゃん」

「ちょっと吹っ切れた、のかな」

言葉遣いが少し変わっていることに、さやかは気づいただろうか。……やはり気づいていないようだ。レーヴァテインを振りかざすと、夜目掛けて疾走した。それに合わせてほむらも走る。

187: 2013/01/10(木) 21:40:56.83 ID:BI7uWFfh0

「行けっっ、ネミッサっっ!」

上空からする知った声に驚くも、二人を見て頷く。ネミッサはまどかを一度見て許しを請うた。まどかが頷き許可を与える。決意し前線に赴くためネミッサは魔法少女の筋力で夜目掛けて駆け出す。その背中を見送る形でまどかは杏子の側に佇む。任された以上、杏子の側にいなくてはならない。まだ危険な位置ではあるが、そこを動かないつもりだ。QBはまどかが多少危険な方が契約に都合がいいのか、何も言わず佇んでいる。
その側に二人のサマナーが現れる。ビルの屋上から悪魔に運んでもらい降りてきたようだ。まどかを認めるとその隣に立つ。

「あ、あの……。二人がサマナーさんですか」

「そうだよ。君が『鹿目まどか』さんだね」

「悪いね。対して手伝えなくて」

「いえ……、あの強いかみさまを連れてきてくれてありがとうございました」

シヴァとヴィシュヌの存在を見て驚かないことに訝しがる。だが、ネミッサの知り合いならそういうものだろうと、深く考えないことにした。

「ここは危険だが、避難所には戻らないのかい?」

「……はい、杏子ちゃんを頼まれました。それに皆私のところに戻ってきてくれるっていいました。見えるところにいないと困っちゃいます」

まどかの剛毅な言い方に驚くが、その脚は震えている。いや、スカートを抑える手もブルブル震えている。使い魔と嵐の真ん中で、生身の人間が怖くないわけがない。だが、怖さを受け入れた上でここに残るまどかに、二人は好感をもった。

「鹿目さん。ここにいますか?」

「はい、怖いけど、ここで待ちます」

「僕の方はいつでも契約出来る。いつでも言うといいよ」

まどかがそれにびくっと反応するが、二人のサマナーはその珍獣を完全に無視した。

「それならば、僕らがここで君を守ろう。ここで戦いを見届けるといい」

「おい。俺もか?」

「そうでしょ、先輩?」

白いスーツのサマナーは、しぶしぶ銃型コンピュータを取り出し、まどかの護衛のためにこれまた強力な悪魔を召喚した。


杏子を除く四人が夜に戦いを挑む。前衛が欠けたため、そこにネミッサが入る。杖とレーヴァテインが煌めき夜を斬りつける。ほむらの豪銃が使い魔を打ち倒し、マミの魔弾が夜を貫く。魔力も残り少ない。ここで畳み掛けるべく全員の全力攻撃が始まる。杏子がいないことが心配ではあるが、まだ、全員諦めてはいない。
隙を見て、ほむらはマミのソウルジェムを浄化する。残り一個。そういった意味では、ワルプルギスの夜の攻撃は散漫なところがある。一撃の威力は高く直撃すれば危険ではあるが、連続攻撃や避けたところを狙うといったことをしない。それは異常なまでの耐久力と攻撃力に依存した戦法ではあるが、その巨体も相まって無敵の存在になっていた。
だが、それに異変が起きた。
ほむらのせいだ。
ソウルジェムを浄化したマミの砲撃に夜の外装が大きく破損する。さやかの剣により歯車の一部が損壊する。ほむらの銃撃により外装に穴が開く。
ほむらの執着が消えたため、明らかに弱体化していた。

「行ける! 倒せるよ!」

さやかが吠えて最高速度で突っ込む。車軸部分を切り倒そうとフルスイングで斬りかかる。
その瞬間。ワルプルギスの夜を中心にかつて無いほど巨大な竜巻が巻き起こる。夜の最期の一手だろうか。天をつくほどの巨大な風と魔力と、瓦礫の竜巻。それが一瞬にして魔法少女たちを巻き込む。魔法少女たちは全身に瓦礫と魔力の打撃を受け、天高く放り上げられると、受け身も取れず地面にたたきつけられた。全員、地に伏したままピクリとも動かない。
ただ一人を除いて。
竜巻に巻かれた瞬間、マミがネミッサの体に卵のようなリボンの檻を作ったのだ。それが辛うじて瓦礫から身を守り、落下の衝撃を和らげた。血を吐きながらも立ち上がるネミッサの視界には、微動だにしない魔法少女たちの痛ましい姿があった。

(また、マミちゃんは・……本当に……。なんで、自分を大事にしないのよ!)

マミがネミッサを守った理由は定かではない。本当に咄嗟にかばったとしか思えなかった。
だが、それを今は考えている暇はない。
全滅、敗北、絶望。そんな言葉が頭をよぎった。
ネミッサは、まだ試していないとっておきにすべてを注ぎ込もうと、決意した。マミの自らを省みない行為に怒りを覚えたが、それすらすべて注ぎ込むつもりだ。
一方で杏子がまだいることを知っている。彼女が目を覚ませばきっと皆を助けてくれるはずだ。

”キョーコちゃん? 聞こえる? お願い! 目を覚まして!”

だが返事はない。だが、もう待っていられなかった。
ヒビだらけのワルプルギスの夜に、たった一人。立ち向かう。

188: 2013/01/10(木) 21:42:50.31 ID:BI7uWFfh0

「アンタさ、元々魔法少女なんだってね」

甲高い笑い声を上げて回り続ける舞台装置は、勝ち誇るようにネミッサに正対する。大掛かりな歯車はどんでん返しを模しているのだろうか、頻りに回転速度を変えて挑発する。

「何に絶望したのかしらね。友達? 恋人? 家族? それとも、自分?」

やることは全てやった。援軍は住民を安全なところに避難させてくれたはずだし、相棒は街のため手持ち最大の仲魔を喚んでくれた。ネミッサは知らないが、ほむらは結界に逃げ込もうものなら二度と出てこれないよう『毒』も打ち込んだ。

「アンタは強いよ、流石『ワルプルギスの夜』だよね。でもさ…」

額から血が流れて、口元まで流れる。それを腕で乱暴に拭う。呼吸を整えるのもままならない。
だが一歩もその場を引くことはない、そのつもりがない。

「ホムラちゃんは、地獄を繰り返しても、絶望しなかったんだっ。たった一人で、誰にも理解されないのに……アンタにはならなかった!」

夜は自信満々に距離を詰める。自分を止めるものはもう無いと、知っているかのように。
回転数を上げ、ヒビだらけになりながらもネミッサに、倒れた魔法少女たちにつめよる。
高笑いはますます大きくなる。耳障りな声。

「…絶望に『逃げた』アンタより、ホムラちゃんはずっと強いんだ! だからアンタにホムラちゃんは倒せないっ! 殺させない!」

杖を地面に突き立てる。魔力を貯めて、大きな魔法に備える。同時に小さな結界を張り、自分の守りとする。自らの魔法の余波を防ぐものだが、大きな魔法になると、この結界も強固なものになる。魔法の最後の準備に入る。

「ホムラちゃんはスゴイんだ、カッコいいんだ! アタシの憧れなんだ! アタシが逃げた道を歩く夢なんだ!
それを、尻尾巻いて『逃げた』アンタがぁ…」

手には腰から引き抜いたカプセル状の金属が握られている。両端を握り締めると、引きちぎる勢いで開く。ゆっくりゆっくり空けられる端から、霧が吹き上がる。烈風にすら流されない不可思議な霧は夜の巨体の前に立ちふさがるように立ち込める。


「…アンタが、これ以上…、ホムラちゃんの祈りを『嘲笑う』なぁっ!」

189: 2013/01/10(木) 21:43:33.69 ID:BI7uWFfh0



___『Magic_戦の魔王』___



190: 2013/01/10(木) 21:44:10.01 ID:BI7uWFfh0

ワルプルギスの夜に匹敵する巨体。四目六臂、牛の頭を持つ禍々しい姿が、霧とともに

現れる。手にはすべて武器を持ち、戦の匂いに高揚し、荒々しく打ち鳴らす。雄々しく

響く咆哮が笑い声を打ち消すがごとく響き渡ると、振りかぶるすべての武器が夜に叩き

込まれる。

「好きな人と一緒にいることがそんなに悪いことか! いけないことか!」

ネミッサにはもう後がない。魔力そのものもそうだが、打つ手がなくなっていた。ヒビ

がはいりつつある相手に力押しで押し切るしかない。これで倒せなければ、ネミッサに

はできることはない。

「そんなちっぽけな祈りがわるいことかっ!」

戦の魔王の武器が夜に浴びせられるたびにその体ごとアスファルトがひび割れる。斧が

両腕を砕き、本体に直接打撃が届く。その背後に、夜の逃げこむ結界の入り口が広がる

。ほむらの執着が薄れ、魔女の魔力が大きく減っている。それに準じ防衛本能が働き、

結界の入り口を作る。だが、最強の魔女の矜恃が自らの本能を拒み前進する。笑い声は

まだ響き続ける。

「うるさい! うるさい! うるさい! 嘲笑うな! 嘲笑うな! 嘲笑うなァァ!!



ネミッサの啖呵は誰の耳にも届かなかったが、テレパシーも伴っていた。魔法少女にな

ってはいたが、使う機会がなかったため吠える言葉がそのまま予期せずテレパシーとな

り他の魔法少女に伝播した。それにより、奇跡がはじまったと言っていい。

191: 2013/01/10(木) 21:46:38.53 ID:BI7uWFfh0
>>190 再貼り付け


ワルプルギスの夜に匹敵する巨体。四目六臂、牛の頭を持つ禍々しい姿が、霧とともに現れる。手にはすべて武器を持ち、戦の匂いに高揚し、荒々しく打ち鳴らす。雄々しく響く咆哮が笑い声を打ち消すがごとく響き渡ると、振りかぶるすべての武器が夜に叩き込まれる。

「好きな人と一緒にいることがそんなに悪いことか! いけないことか!」

ネミッサにはもう後がない。魔力そのものもそうだが、打つ手がなくなっていた。ヒビがはいりつつある相手に力押しで押し切るしかない。これで倒せなければ、ネミッサにはできることはない。

「そんなちっぽけな祈りがわるいことかっ!」

戦の魔王の武器が夜に浴びせられるたびにその体ごとアスファルトがひび割れる。斧が両腕を砕き、本体に直接打撃が届く。その背後に、夜の逃げこむ結界の入り口が広がる。ほむらの執着が薄れ、魔女の魔力が大きく減っている。それに準じ防衛本能が働き、結界の入り口を作る。だが、最強の魔女の矜恃が自らの本能を拒み前進する。笑い声はまだ響き続ける。

「うるさい! うるさい! うるさい! 嘲笑うな! 嘲笑うな! 嘲笑うなァァ!!」

ネミッサの啖呵は誰の耳にも届かなかったが、テレパシーも伴っていた。魔法少女になってはいたが、使う機会がなかったため吠える言葉がそのまま予期せずテレパシーとなり他の魔法少女に伝播した。それにより、奇跡がはじまったと言っていい。



192: 2013/01/10(木) 21:47:11.65 ID:BI7uWFfh0
まず、昏睡から杏子が立ち上がる。豊かな髪が乱れ、槍を支えにしている姿はふらふらとして心もとない。だが、その眼光と口元はまだ力を失っていない。大きく深呼吸をすると、眼光鋭く夜を見据えつつも、背後にいるまどかたちに気付く様子もなくシヴァに走り駆け寄る。まどかが止める間もないほど素早い、迷いのない行動だった。

(あんなこといわれちゃぁよぉ…立たないわけにはいかねえよな…あたしらも絶望してないぜ)

「おい、あんた! あんたの槍!貸してくれ」

物怖じしないのか、天然なのか。只の思い付きで最高神に吠える。

『これを? まぁ、確かに威力はそこそこあるが……』

「頼む! それを貸してくれ。そしたらあたしはあんたに何でもするから!」

『ほほう、なんでも、か。ならば私の妻になるとかでもいいかも……』

「ああ、なんでもなるから!」

杏子は言葉の意味が理解できなかったらしい。全くの理解ない状態で丸呑みしてしまった。
シヴァの三叉戟を受け取ると、その重さに戸惑いつつも夜に向かって走り出した。

193: 2013/01/10(木) 21:48:42.88 ID:BI7uWFfh0
次にマミがマスケットを杖にして起つ。目尻の下がった柔らかな顔は疲労と戦塵により汚れていた。だが、こちらはいつもの優しげな表情とは違う、雄々しげな顔をしていた。

(そうよね、好きな人と一緒にいることの、何が悪いの? 暁美さんだって、鹿目さんと一緒にいたいって思っていいじゃない)

傍らで嘶くスレOプニルの首を叩く。その悍馬もマミを先の竜巻からかばい瀕氏に近かった。その姿に心痛めつつもマミは願った。

「ごめんなさい、もう少しの間だけ、時間を稼いでくれる? とっておきのを使いたいの」

理解したように瞬きをすると、スレOプニルは血まみれのままマミの前に立ち突撃の姿勢を取る。マミに迫るすべての攻撃を受け止める覚悟を持って。

194: 2013/01/10(木) 21:49:23.66 ID:BI7uWFfh0


さやかも立ち上がり、鼻血を拭い口内に溜まった血を吐き捨てる。可愛らしい少女が、笑う。獰猛な笑いはもはや一人の戦士のもの、未熟な新米魔法少女のものではなかった。

(そうだよね。あんなに頑張ってるほむらを嘲笑われるのは我慢できないや。私も手伝う。やっつけよう、ネミッサ!)

レーヴァテインをかざし、自分のサーベルのように魔力を送り込めば巨大になることを把握したようだ。にやっと笑うと走りだす。しかも、自分の体の限界を超える速度を出し、それによる肉体の損傷を自らの魔法で自動回復するという無茶をしだした。魔女にならないギリギリを狙い、綱渡りを始めた。

195: 2013/01/10(木) 21:49:50.72 ID:BI7uWFfh0
最後に立ち上がったほむらは一番疲労が濃い。元々最も魔力が弱い彼女は、時間停止という極めて燃費の悪い魔法を使い続けたため最も危険水域に近いはずだった。

(ネミッサ…貴女は本当に愚かね……。私はすごくない。ただの痩せっぽちで意地っ張り……。そんな私に貴女はここまでついてきてくれた、導いてくれた。……ありがとう。だから、氏なないで。生きて、私に反論させて。……すごいのは、貴女のほうだって言わせて!)

196: 2013/01/10(木) 21:50:31.46 ID:BI7uWFfh0

奮い立った少女たちは、それぞれが嵐に立ち向かう。その姿を神々が見守る。

『私は光栄に思います。苦難に立ち向かうため、お互いを支えあうあなた方の手助けができることを』

『我はむしろ恐ろしい。お前たちにとって凄まじく絶望的な状況で、逃げ出さず立ち向かう精神が。支えあい、助け合って破滅に立ち向かう心の強さが。……人の子よ、奇跡を我らに見せてみよ』

少し離れたところでは、二人のサマナーががまどかをかばっていた。

「おーおー、すげえな、あいつら。立ち上がったぜ」

「テレパシー使えるんだろう。君も、いいたいことがあるんじゃないかい」

使い魔をやすやすと倒すサマナーに促され、まどかは頷く。ネミッサに習い、祈りを吠える。

”みんな、頑張って! 氏なないで! 生きて、帰ってきて! 私、待ってるから!”

197: 2013/01/10(木) 21:52:03.19 ID:BI7uWFfh0

まどかの祈りに呼応し、杏子が、マミが、さやかが、そしてほむらが雄叫ぶ。
振りかぶった最後の戦斧を渾身の力で叩きつけ、戦の魔王が霧を散らすように消える。それはネミッサの魔力の限界を表していた。膝を折り、仰向けにがれきの上に倒れこむ。できることはすべてやったが、それでも夜は高笑いを続けていた。目に悔し涙が浮かぶ。歯ぎしりをする力すら無く、できることは睨みつけることだけだった。止めのつもりなのか、夜が熱線を撃つべく魔力をためネミッサに狙いをつける。

(チクショウ! クソッ、なんで届かないの! なんで、なんで……。ヤだよ、ヤだよ。ホムラちゃんが、みんなが氏んじゃう!)

絶望に落ちかけ崩れ落ちたネミッサの横をすり抜け、惚れ惚れする速度で疾走するそれは美樹さやか。青い衣装が鮮やかに戦場を駆け抜ける。

「真打とーじょー! おーまたせっ、ネミッサー!」

「サヤカちゃん!?」

残った魔力を注ぎ込み、巨大なサーベルを作り上げる。時間を止めたのだろう暁美ほむらが、そのあとをやや遅れて追いかける。絶望なんてしていられない。ネミッサは必氏に立ち上がる。

「ネミッサ、射線から離れて! わかるわね!?」

「ホムラ…ちゃん、うん、わかった」

熱線が放たれる瞬間、ほむらが再び時間を止める。力を使い果たしたネミッサを抱きかかえ、走り抜ける。ワルプルギスの夜の攻撃範囲から抜け出すと、そこにネミッサを下ろす。
その背後ではさやかが渾身の力を振り絞って歯車ごと夜を切り上げる。歯車を大きく斬り裂き、ワルプルギスの夜を大きく後退させる。残り十メートル。

「ほらほら、シャキっとしなって。まだお楽しみはこれからだぞ」

「きょ、キョーコちゃんまで…」

超重量のシヴァの三叉戟を振りかざし、持ち前の突進力で突っ込むのは佐倉杏子。更に自らの分身を生み出し、それらすべてが特攻する。本体より先に突き刺さる槍と分身たち。その最期にシヴァの三叉戟を持った杏子の本体が突進する。その最高神の力を宿した槍がやすやすと夜の歯車を貫き大きく損傷させる。残り六メートル。

「こぉい! マミィ!」

これまでにない程巨大なキャノン砲を作り上げる巴マミ。皆が必氏に作り上げた僅かな時間全てを巨砲の構築に費やした。杏子の合図が無くとも、マミには砲撃のタイミングはわかりきっていた。まっすぐ正対し、狙いを定める。
五人のなかで瞬間の最大火力を誇るマミが、限界まで魔力を注ぎ込んだ巨大な無数のマスケット。

「ネミッサ、見ていて! あなたの為の…ほんとうに最後の射撃…」

「やっちゃって! マミさん!」

「ティロ・フィナーレ!!」

仰ぎ見るネミッサの頭上を轟音と魔力の光が通り過ぎ、歯車に直撃する。中央にぶち当たり、歯車の構造的に弱い部分を粉々にする。だがワルプルギスの夜は崩れない。三人の必氏の攻撃をひび割れた体で耐えぬいた。歯車の回転こそ止まったものの、まだ崩壊の兆しは現れなかった。残り二メートルが遠い。
夜は高笑いを崩さない。勝ち誇った声は勝利の雄叫びにも似て、天地に響き渡る。勝敗を決したことを知り、歯車を回転させ街を蹂躙せんと嵐を呼ぶ。
ほむらは自分の非力さを呪った。さやかのようなスピードはなく、杏子のような接近戦も出来ず、マミのような火力もなければ、ネミッサのような魔力もない。低スペックな自分が歯痒い。そして、皆は力を使い切り、立っているのがやっとのはずだった。

(あと、あと一撃……、あのときのまどかみたいな力が、私にあれば……)

「残念だけどここまでかな。ワルプルギスの夜には敵わなかったね」

淡々とQBはつぶやく。だがまどかはそれを全く聞いていなかった。震える両手で皆の無事と勝利を祈り吠え続けていたからだ。
ほむらは残った小型の爆弾を辛うじて投げつけるが、強風に煽られ明後日の方向に流れ爆発する。
だが絶望はしない。瞳から力を失うことはなかった。頭の中にあるのは、まどかのことだけ。
笑っていた、泣いていた、怒っていた、まどかの顔。さまざまな表情が浮かんでは消える。そして、弓をつがえた凛としたまどか。

(呪いだなんて思ってない。
貴女はなにもない私にすべてをくれたんだよ。
だからすべてを返すの。
私の人生すべてをかけて)

198: 2013/01/10(木) 21:53:53.25 ID:BI7uWFfh0

それはさいごのきせきのはじまり

ほむらの盾を中心に光とともに細長いものが現れる。その形状が魔法少女となったときのまどかの弓だとすぐにわかった。使い方を理解したかのように盾を左手から外すと、手に握る。丁度弓の真ん中、矢をつがえる部分に盾がほむらのソウルジェムを守るように位置する。引き絞るしぐさに合わせ光り輝く矢が生まれる。すべてを理解し、自らの魔力をすべて矢に注ぎ込む。
ほむらはすべてを知った。
ほむらが時を巻き戻すたびに、ほむらが執着するものに因果が絡まり魔法少女としての素質が強くなるという。それはワルプルギスの夜にも適応され、ほむらの歯がたたないほど強くなってしまった。
では、ネミッサの巻き戻しは、誰に因果を絡めたのか?

(決まってる! 私に、私たちに、ネミッサは力を絡めてくれたんだ!)

ほむらほどではないが、ネミッサもまた何度も繰り返し力をほむらに絡みつかせた。一番の違いは、ネミッサが夜に執着をしていないことだ。彼女の強い執着はほむらたち。ネミッサも知らないうちに彼女たちに因果を絡めその力を少しずつ高めていった。弱体化した夜と強化された魔法少女たち。それが実力差を埋めていたのかもしれない。今までのループでは考えられないほどさやかの素質は高かったし、マミの砲撃もいつもより強く、杏子の分身の数も多かった。
最大まで引き絞ると、ほむらの背中から一組の巨大な黒い翼が広がる。遠目からも、まどかたち全員からも見える雄々しい猛禽類の翼。

「還りなさい! これ以上は行かせないッッ!」

全霊を込め、矢を放つ。極大の閃光とともに矢はまっすぐに夜に直撃し大きくその巨体を曲げる。夜は押し返され大きく後退する。



そしてきせきははたされた



甲高い笑い声はもはや怯えの色を含み、結界内に押し込まれるように吸い込まれる。破片をまき散らしながら、徐々に結界に引き込まれる最悪の魔女。二度と結界から出ないよう、二度と見滝原に近づかないよう縛られた真夜中のサーカスは、静かにその幕を下ろした。
大きく息を吐き、ほむらはその場にしゃがみ込む。
嵐が止んだ。それは同時に、魔法少女の歴史の中で前例のないワルプルギスの夜の撃退がなされた瞬間だった。

199: 2013/01/10(木) 21:55:24.33 ID:BI7uWFfh0

スーパーセルが過ぎ去り、徐々に晴天が広がる。その様を、全員が脱力し呆けたように見つめていた。一人、また一人と立ち上がりよろよろと集まる。それぞれの武器を杖にして歩くのがやっとの疲労だが、皆の表情には微塵も見られない。

「……あー、あのよぉ。もう終わったんだよな?」

乱れた髪を直そうともしない杏子。魔法少女の服は、あちこち乱れているのも整えないのは疲労のためではなく、彼女の気質によるものであろうか。

「終わったと思うよ。あんだけボコボコにしたんだから……多分」

杖を支えにしてクタクタの体を立たせるネミッサ。銀髪は乱れに乱れているが、表情は爽やかだ

「ホラー映画だとさー、こう、しつこく出てきそうだけどさー」

疲れを露程も見せず軽口を叩くさやかも、整った顔を煤だらけにしてニコニコ笑う。信じているからこその軽口も今は心地良い。

「みんな、無事? ソウルジェムは?」

マミの不安の通り皆のソウルジェムはだいぶ濁っていた。そこでネミッサは自分が持っていたグリーフ・シードをだす。だがそれは周りを先の魔法を使った時のような筒に入っていた。外部の魔力や穢れから守るためのパッケージのようだが……。

「皆、四つあるから、使って」

「え、なんであんたがもってんだよ」

「ちょっと事情があるのよ」

と、訝しがる二人のために、自分のソウルジェムを浄化する。通常のグリーフ・シードとさほど変わらないようだったため、各々が自分のソウルジェムを浄化する。
ややあって、遅れてきたのは心ここにあらずという体で歩くほむらだ。黒髪はぐしゃぐしゃでいつもの凛とした表情に影を残している。最後にほむらが自身のソウルジェムを浄化しても、彼女は言葉を発しない。惰性で行動しているような、そんな緩慢な動き。魔法少女の衣装、背中のあたりに大きな穴が開いている。先ほどの翼のあと。華奢で白い肌がみえる。

「どしたの? ホムラちゃん?」

ネミッサがまっさきに異常に気づいた。全員の間に、ほむらの魔女化の兆候かと不安が走る。だが、そのほむらの顔はどこか呆けた顔をしていた。気の抜けた顔はいつもの暗いが引き締まった顔とは程遠い。歳相応…よりもやや幼くさえみえた。

「え、ええ? どうかしたのネミッサ?」

「どーかしてんのはアンタの方っしょ。何ボケっとしてんの」

「あ、あの、何だか…頭が真っ白になってて…その…」

「ほむらちゃーん! みんなー!」

サマナーに守られ、まどかが走る。瓦礫を恐れず、まっすぐにほむらに近づく。ヴィシュヌもシヴァも遠巻きに五人を見守っている。間近でつまづきつんのめるまどか。いつもの様に反射的にまどかの手を取りささえるほむら。意図せず手を握り合う形になり、二人がまっすぐに見つめ合う。

「終わったんだよね。みんな無事で、やっつけたんだよね」

「ええ、そうよ…。ネミッサと…みんなのお陰でね」

髪をかきあげ、凛とした表情を取り繕うのが見て取れた。まどかだけが気づき、精一杯の笑顔をだす。本当はほむらの顔を観た時から泣きたくてしかたなかったが、なんとか堪えた、頑張って耐えた。皆の顔を見たらきっと泣いてしまう。だからほむらの顔だけじっと見つめる。ほむらちゃんには、最高の笑顔を見せたいから。

「ティヒヒ。ほむらちゃん…、もういいんだよ。もう、いいんだよ…我慢しないで…」

両手でほむらの顔を抱きしめ、自分の胸に押し付ける。自分のために無間地獄を歩き、絶望にも氏にも逃げなかった少女を、まどかは抱きしめるしか無かった。ネミッサに言われて初めて気づいた、絶望に逃げられなかったほむらの気高さと苦痛。それを思うと、無力な自分にはできることが思いつかなかった。抱きしめて抱きしめて抱きしめるほかなかった。自分がそうされるほどの価値があるのかわからない。だがほむらは一人は言ってくれた。『貴女は私たちの戻るべきところ』と。ならそうしよう、私がほむらちゃんを、みんなを癒すんだ、と。

「ま、まどか…、もう、いいの? 私、泣いちゃいけないって…泣いたら立てなくなるから…ずっと、ずっと…」

まどかが優しく、黒髪を撫でる。もう、限界だった。もう一度深く抱きしめる。華奢な体。きっとまどかよりずっと細い。そんな体で絶望と戦い続けた少女は、誰のために戦ったのか。
そんなの、皆知ってる。

ほむらのこころがあふれる

200: 2013/01/10(木) 21:56:20.92 ID:BI7uWFfh0

「まどかぁ…う、うううう、ああああああああああああああああああああああああ!!!」

今までに聴いたことがない声で、ほむらは初めて泣いた。まどかにすがりつき、いつもの仮面を全て捨てて、ただただ最愛の友人の胸の中で泣いた。眼鏡を外し、三つ編みを解いたときから封じた分の涙がすべて流れるまで。

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 私、何度もまどかを頃したの! 見捨てたの! 何度も、何度も! い、一番助けたかったのに! 一番大事な人なのに、私、私…。ごめんなさい…。まどかだけじゃない、さやかも、杏子も、マミさんも! ぜんぶ、ぜんぶ見捨てて…見捨てたのに…。ネミッサがぜんぶ助けてくれて、救ってくれたの。こんな、わたし、救われて…いいの?」

ほむらを一番苦しめていたのは、無間地獄そのものではなかった。一番守りたかったまどかを自らの手で殺めたこと。友人たちを何度も見捨てた罪悪感が、心に澱として残り続けたことだった。それゆえ、徐々にまどかを、皆をもまっすぐ見ることができなくなった。自宅に帰るたび、心の痛みのため嘔吐を繰り返した夜。拒食症のような食生活はそれも遠因であったのかもしれない。
まどかはそれを許すように、優しく強く抱きしめた。ほむらの前髪に軽くキスをする

「ティヒヒ。ほむらちゃん、ずーっとずーっと頑張ってくれたんだね…。私の中にね、ほむらちゃんが出会った私が居るんだよ。私ばかだから、きっとほむらちゃんに酷いことしたことあったよね。私こそ、気づいてあげられなくて、ごめんね。…ありがとう、ほむらちゃんは、私の最高の友達…だよ」

もう、まどかも耐える必要はなかった。まどかとほむらの涙と声は途切れることなく、流れ続けた。

今日まで必氏に努力した魔法少女たちも互いに抱き合いながら泣いた。街を守れたこと、まどかを守れたこと、ほむらを救えたことがすべてないまぜになって。あの杏子ですらマミと抱き合い泣き出した。
ほむらの抱えた苦痛がすべて涙で流れ落ちる間、皆も歓喜の涙を流していた。
ようやく抱擁が終わり、二人が四人に向き合う。まだしゃくりあげるほむらの手を握り、まどかは笑顔を見せた。

「暁美さん、鹿目さん、やっと『出会えた』…のかしら?」

つられて涙を浮かべるマミの問いかけに、力強く頷くまどか。けれども、まだ涙がこぼれそうで言葉にならない。

「へっへー、ほむ……転校生の泣き顔なんて初めて観たよー。写メとってやろうか」

「ヒドいよさやかちゃん…。いじわるは私がゆるさないからねっ」

さやかの憎まれ口も、今は心地良い。彼女もまた言葉と裏腹に、涙の跡を隠しもせず二人を見つめていた。

201: 2013/01/10(木) 21:57:02.37 ID:BI7uWFfh0

ようやく落ち着いたところで、今度はネミッサが槍玉にあがる。まどかとほむらを邪魔しないためでもあるが、ネミッサはいい面の皮だ。

「さぁネミッサ! 行った行った!」

「そうだな。ほれ、お前の相棒だろ。玉砕してこい」

「いや、マジかんべんして。お願いだから!」

そう二人に背を押されて、ネミッサは相棒のところに歩かされる。マミは嬉しそうに笑っているだけだ。

「ごゆっくり~」

さやかが相棒とネミッサににこやかに笑うと、マミのところに走り去った。当然、ネミッサの様子を三人で伺っているのだが。
ネミッサと相棒が話をする。涙ぐむネミッサの肩を優しく撫でる。何を言っているかは聞こえないが、暖かな雰囲気が伝わってくる。一度、相棒がネミッサの頭をぶん殴る。

「あ、結構容赦無いんだね」

「ネミッサ痛そう」

「うずくまってるもんな」

頭を抑えて立ち上がるネミッサを、相棒は抱きしめる。その横でニヤニヤしているスーツの男と神々。何の罰ゲームかわからないが、ネミッサは驚きのため、硬直し微動だにしていない。

「キース、キース」

「キース、キース」

「……ちょっとあなたたち、酷くないかしら」

さやかと杏子がはやし立て、マミが呆れたようにたしなめる。

202: 2013/01/10(木) 21:57:44.82 ID:BI7uWFfh0

そんなこととは露知らず、心の支えが取れたようなネミッサは、フワフワした足取りで戻ってきた。

「なー、腹減ったからかえろーぜ。へっとへとだよ」

「そうね、ケーキと紅茶でお祝いしたいけれど…、今日は無理よね」

「…私、黙って避難所抜けだしたんだった…、やば、超怒られる」

変身を解いて、避難所に戻る三人を横目に、ようやく泣き止んだほむらがネミッサに向き合う。いつもと違い、まどかに手を引かれている。本来のほむらとまどかは、こういった関係だったのだろうか。何かを言い出そうとするが自信なく、言いよどむのをまどかが促すのがなんとも微笑ましい。だがそれでも言いづらそうにしていたため、ネミッサが助け舟をだす。今までの仕返しに目一杯ニヤニヤしてやろう、そう意地悪にも思いながら。

「へっへー、ホムラちゃん。アタシが言った約束のこと、覚えてるー?」

「えっ? あ、はい…?」

口調まで変わって…戻っているのだろうか。なんのことがわからずうろたえている。これも今までのほむらからは想像もできない姿に、ネミッサはニヤニヤが止まらない。ネミッサの復讐が始まる。

(ああもう可愛いなチクショー。はぁ、持って帰りたい。マドカちゃんが羨ましい)

手を握り、肩を寄せ合う少女たちに、ネミッサは嫉妬した。ほんの少し。

「ご、ごめんなさい、覚えて、ないです…」

「いやいやいや、謝ることじゃないって。……しょっちゅう言ってたでしょ、『いつかアンタを泣かす』って」

はっとする表情をするほむら。幾度と無く繰り返した軽口。ほむらは歯牙にもかけなかったが、ネミッサは執拗に繰り返した言葉だった。その今までのやり取りの真意に気づいた瞬間、ほむらは目に涙が溜める。

「アタシ、果たせたかな? ……アタシ、あんたの涙の役に、立てたかな?」

照れくさそうに頭をかいて見せる。ネタばらしほど、照れくさいものはない。苦笑いをしてごまかすほかがない。

「ネミッサちゃん、まさか、それだけを言いたくて、ずっと…?」

「うん、そうだよ。ホムラちゃんがマドカちゃんにしたことと、おんなじことしたかったの」

しれっというネミッサに、目をまんまるにして驚くほむら。こらえきれず再び涙を流す。不眠不休で動きまわって、最後の最後で叱咤激励したのは、すべてほむらのため。それをネミッサは当たり前のように言いはなった。なんてことないという姿勢でない限り、ほむらは負い目を持ってしまうだろう。だから精一杯の笑顔で答える。

「ホムラちゃんはアタシの、憧れだから」

今度こそ再び号泣するほむらとまどかを、ネミッサは満足そうに見つめていた。ぐっと晴天を振り仰ぐ。零れそうなものをこらえて、笑った。もう、スワチカは巡らない。



こうして、魔法少女史上初の偉業を成し遂げた五人と一人の戦いは、幕を閉じた。



避難所に戻った六人は、まず家族のお叱りで迎えられた。さやかは両親から拳骨を受け、まどかは詢子に頬を抓られた。そして、勝手なことをしたネミッサたち四人に心底怒っていた詢子は、全員にも同様に叩き込んだ。そして、その両手で四人を抱きしめると、まどかが見たこともないほど大泣きをした。知久も一緒に皆を抱きしめ、無事を喜んだ。
詢子の涙に釣られ皆が泣き出す中、マミと杏子が一際大きく泣きだした。彼女たちには直接叱ってくれる両親がいない。だから、そうやって叱ってくれる大人の存在に感極まってしまった。ネミッサ以外が初めて見るマミの涙と、杏子の呼吸困難になるほどの号泣と謝罪に、詢子のほうがうろたえてしまった。そのため、嵐の中何をしていたか深く詮索されることもなかった。
全員が避難所の毛布にくるまり、寄り添って眠る。達成感に満ちたその表情はみな穏やかだった。ほむらとまどかは、眠りに落ちた時でも手を握りしめ離れることはなかった。


そう遠くない未来、詢子が杏子を鹿目家に養子として迎え入れようと一悶着あるのだが、それは又の機会に。

203: 2013/01/10(木) 21:59:56.96 ID:BI7uWFfh0

避難指示が解除されるのには暫く時間がかかった。街の被害が大きく、建物の倒壊などの危険が残っていたからだ。そのため、皆は毛布に包まったままボケっとしていた。
まどかはずっとほむらのそばを離れずくっついていた。正直言えば、まどかはほむらにぞっこんだった。まどかにはビジョン・クエストで見たほむらの姿が頭にある。おさげ髪で眼鏡を掛け、背中を丸めた可愛らしい姿。それがまどかの隠れた『お姉ちゃん気質』を頗る刺激してしまったようだ。今の凛々しい姿も大好きだが、あの姿とのギャップも相まってものすごく『揺さぶられた』とのことだった。

「はー、嫁が取られちゃったよー」

「入り込む余地すらないよねあれ」

さやかとネミッサがおにぎりのように毛布に包まっている。まだ疲れが抜けていないのか二人とも頭に靄がかかったような会話が続いていた。

「ネミッサ~、お茶とおにぎり貰ってきたよ」

「ありがとー、喉乾いたトコー」

マミがペットボトルのお茶とおにぎりを人数分確保し持ってきた。ほむらとまどかには杏子が渡している。マミはもぞもぞとネミッサの隣の毛布に入り込む。杏子も気を利かせたのかネミッサたちの方に戻り、さやかの隣の毛布に潜り込む。寒いわけではないが、なんとなく皆が包まる。もそもそとおにぎりを咀嚼する一同の前で、まどかはほむらにおにぎりを食べさせている。

「ああ、お茶が無糖でよかったよ」

「確かに空気が甘いね……なにあれ」

ほむらが困ったようにしつつも受け入れている。包みを丁寧に開けて口に運んであげるあたり、なんだか恋人みたいなやり取りだ。どうやらまどかはお姉ちゃんのつもりらしいのだが、どうしても恋人同士に見えてしまう。

「はぁ、美しいですわ」

うっとりとするような声で現れたのは仁美だ。疲労の色が見えるものの、安堵の表情を浮かべていた。彼女は嵐の中ずっと車で走り回っていたうえ、あの演説の際に使用した違法電波ジャックの追求を受けていた。だがスプーキーズはすべての機材を回収し証拠隠滅を図った。また、あの嵐の中助けた人々がこぞって仁美にお礼を言ってくる。そのため彼女が行った行為も不問とすることで決着したようだった。仮にこれで仁美やスプーキーズに何かあったら、助けられた人たちが黙っていない。そんな空気すらあった。

「ヒトミちゃん、大人気みたいね。あの演説聞いたわよー、カッコ良かった」

「そんな……お恥ずかしい……」

おにぎりになったままネミッサは朗らかに声をかける。その真っ直ぐな賛辞に仁美は頬を朱に染める。照れくさそうにしながらもさやかに声をかける。

「ふふ、あれくらいしなければ、さやかさんに負けてしまいますからね」

「あらあら、手強いライバルね。美樹さん?」

言葉に詰まるさやか。街を守るための戦いをただ見ているだけでは上条をめぐる戦いに勝てないと思ったらしい。それにしたって思い切ったことをしたものだ。あの一件で志筑家は嫌が上にも名前が上がってしまった。これから一段といそがしくなるだろう。ヘタをしたら父親は次期市長選にも推されてしまうかもしれない。
マミやネミッサが賞賛する状況に、どちらかと言えばさやかを応援する杏子は面白くない。苛立たしげにおにぎりを食べきるとさやかに向き合う。

「おい! ぼうやのところいくぞ!」

「わ、なになに!?」

おにぎりさやかはそのままころんと転ぶ。立ち上がった杏子が引っ張ったからだ。そのまま穴に落ちてしまいかねない勢いだった。杏子としてはさやかに勝って欲しい。仁美の大活躍が周囲に伝わっているこの優位な状態ではダメだと思っていた。魔法少女での行いはやはり周囲に伝わったりしない。その評価の差が気に入らない。

「ちょ……、ちょっと杏子!?」

「おら! お前の活躍を聞かせてやるんだ。あのぼうやに!」

「わ、わかったから、せめて毛布を~~」

杏子はおにぎりのまま運ばれたさやかを連れて、どこにいるかも分からない上条目掛けて走りだしていった。杏子もかなり疲弊しているはずだが、どこにそんな元気があるのだろうか。かなり強引に力を込めている。微笑ましいといえばそうなのだが、巻き込まれるさやかはたまったものではない。
このあと、二人は上条に会いに行く事はできたらしい。だが彼の周りには大勢の女性ファンが集まっていたとのこと。どうやらあの演奏と演説が女性ファンのハートを掴んでしまったようで、ますます杏子のいらだちに拍車がかかってしまった。

「お二人とも、どこに行くのですか~」

避難指示の解除が出ていない状態で別の避難場所に移動するのは難しい。泡を食って追いかける仁美を二人はのんきに見送った。何しに来たのだろうと、残されたふたりはおかしかった。

「とと、忘れてしまうところでしたわ。明日皆さんで打ち上げを致しませんか? 皆さんに一言お声をかけて置いてくださいね」

それだけ言いに戻ると、また慌てふためいて二人を追いかけた。

204: 2013/01/10(木) 22:01:14.05 ID:BI7uWFfh0
しばらく会話が途切れる。落ち着いた時間が流れる。ふとマミが呟く。

「ねえ、ネミッサ、ちょっとお願いがあるの」

「んー? 何よ改まって」

マミの頼みならネミッサは大概聞くつもりだ。だから改まって言われて、ついきょとんとしてしまう。

「一緒に、お墓参りに来て欲しいんだ」
誰の? という言葉を飲み込んだ。すぐに気付いたからだ。唇を結び、硬い表情をする。マミの真面目な表情を見つめる。

(マミちゃんも、美人なんだよね。スタイルもいいしさ……、きっと、いい人に出会えるよね。生きてさえいれば)

「うん、私のパパとママの」

「アタシなんかが行っていいの?」

「……一番のお友達を紹介したいんだもん。……皆で頑張ったって報告したいんだもん」

マミがそういうとネミッサにしなだれかかる。マミが甘えられる唯一の、一番のお友達に。

(マミちゃんも疲れたよね……、いいよ、アタシで良ければ甘えて。ゆっくり休んでね)


「やぁ、ネミッサ」

「しーっ。馬鹿うるさい、どっかいけ」

QBが現れたのは、マミが穏やかな眠りについてしばらくしてからだ。ネミッサとしてはマミを起こしたくない。会話なんかしたくないのだ。

「そう言わないで欲しいな。美樹さやかの復活やワルプルギスの夜の撃退の方法が良くわからなくてね。教えて欲しいんだ」

悪びれる様子もないQB。
ネミッサは首をひねる。両方共答えられないのだ。理由はそれぞれ違うが。

「教えたくても教えられないのよ。サヤカちゃんのほうは守秘義務でね。ワルプルギスの夜は何が合ったのか知らないの。ごめんね。多分ホムラちゃんがなんかしたんだと思うけど」

「そうか、それじゃ仕方ないね。暁美ほむらは僕を見ると攻撃してくるんだ」

「それはお気の毒」

「でも、僕は鹿目まどかを諦めないからね。それじゃね」

そのQBの後姿を見送って、ネミッサは一人考える。ワルプルギスの夜は確かに倒した。だが、それでまどかが魔法少女にならないかといえばそうではない。確率は恐ろしく低くなったわけではあるが、まだQBが諦めない限りまだ残っている。万が一、ほむらの生氏と引換に願いを叶えさせる可能性もある。それでなくても、まどかの心がそんな不安定な状態で長くいられるとは思えない。何かをきっかけに契約をしてしまう恐れがある。
やはりQBに契約を止めさせるか、まどかの魔法少女としての素質を消すかしなくてはならない。前者は恐らく諦めることはないので難しい。後者は誰かが魔法少女になる願いを使ってもらう方法であればすぐにでも出来るだろうが、ほむらは許さないだろうし、まどかの心を傷付ける恐れがある。
隣では穏やかな寝息を立てるマミ。遠くではさやかと杏子が元気に笑い合い、少し離れたところでほむらとまどかが仲良く寝ている。これがほむらの望んだ世界のはずだ。この世界を壊したくない、壊させたくない。
ほむらはもう時間を戻せない。ネミッサもスワチカを使うつもりもない。
あたり前のことだが、やり直しは効かないのだ。

「また、悩んでるの?」

ネミッサはその声に仰天した。マミがいつの間にか目を覚ましていた。いつからだろうか?

「一人で悩まないで。私も悩みたい。ネミッサと一緒に」

「いつから起きてたの?」

「キュゥべえが来たときからかな」

「じゃぁ最初からか、ごめんね、起こしちゃって」

マミはキュゥべえに裏切られて以来、QBを明確に拒絶するようになった。なまじ家族として接していたため、裏切られた落差は大きかった。それこそ、魔女になりかねない勢いで。ネミッサがいなければマミはQBの餌食になっていただろう。

「いいのよ。キュゥべえと話したくなかったから、寝たふりしちゃったけど」

マミの心の傷は大きく、深い。自分が癒せるだろうか。ネミッサには自信がない。けれども、自分にできる精一杯のことをしてあげたい。そんな思いが、彼女の髪を梳らせる。

「ふふ、お風呂はいってないから、だいぶひっかかるでしょ」

「いい匂いはするけどね」

「やっ、やだっ!」

マミが赤面する。その顔を隠すように毛布に顔を埋める。可愛らしい仕草がなんともいじらしい。皆より年上ぶってるくせに、こういうところは年頃の女の子と何も変わらない。それはきっとほむらも杏子も同じはずだった。彼女たちは年相応の青春を送ってほしい、送ってほしかった。

「ごめんね、また一人で抱え込むところだったよ。やっぱりマミちゃんは一番のお友達だね」

マミは言葉が返せず、益々赤面する。いやいやをするように毛布で顔を隠す。顔の色以上に、にやける顔を隠したい思いがあるのだ。
そんな二人を、いつの間にやら戻ってきたさやかと杏子がニヤニヤ笑いながら見ていた。暫くからかわれたマミはすっかり拗ねてしまい、眼に涙を浮かべながらネミッサの肩に隠れてしまった。

205: 2013/01/10(木) 22:02:07.16 ID:BI7uWFfh0

結局その日一日は避難は解除されず、そのまま皆は寄り添って一晩過ごすことになった。だがそれはまるで林間学校のような雰囲気で、終始和やかだった。周囲の目をくぐり抜け仁美と上条も合流した。それぞれが災禍に立ち向かい戦った戦友だった。奇妙なことに、さやかと仁美による上条の奪い合いが始まるのかと思いきや、上条と仁美がさやかを奪い合うという状況が発生していた。どれだけ『相手が』この災禍に立ち向い、立派に戦ったかを語る場になっていたのである。さやかの前で上条は仁美を褒め、仁美は上条を褒めているのだ。さやかは何が起こっているのかまるでわけが分からなかった。
マミにはわかる。それはさやかへの償いだと。それも自分より相手を慮っての行動だ。さやかにそんな機微がわかるとも思えない。終始困惑していた。

「ネミッサ、その、白虎のことなのだけれど」

ほむらをかばい、命を落とした聖獣のことを思い、ほむらは表情が暗くなる。だが、ネミッサの方はやけにあっさりしていた。

「……? ああ、アイツ? ここにいるわよ」

「私を庇って……。 え?」

といつものスマホを取り出す。テレビ電話のように画面を変更すると、そこに白虎がいた。衆人環視の中悪魔を呼ぶわけには行かないので、その画面のままほむらに突き出す。てっきり氏んでしまったものと、落ち着いてから神妙になっていた彼女は肩透かしを食った形だ。

「い、生きてるの?」

「ホンモノの悪魔はこんなもんよ。アタシは人間に近づけちゃったからアウトだけどねー」

テキストにはカタコトではない文字でこう並んでいた。

『暁美ほむらを守れたのは英傑の誉れ。流す涙などいらない』

そんな気障なテキストに軽くイラッとする。

「心配して損したわ」

「心配したってさ」

『おお、それは済まないことをした。鉄面姫の涙をぜひ一度みてみたかったものだ』

白虎のテキストが毒を増す。ほむらはむすっとして画面を見ないようにした。そんな子供っぽい彼女に皆が笑う。

「アタシ見ちゃったけどねー。眼福眼福」

「難しい言葉知ってんなぁ」

「ふふ、たまにあんなところをみちゃうと可愛くてしかたないわね」

「マミさん、ほむらちゃんはいつも可愛いんです!」

「ま、まどか。それに貴女たち、何を言って……」

「ネミッサ、スレOプニルさんはいる?」

『ここにおりますよ。巴マミ。ご無事で何より。貴女を乗せて戦えたのは私の自慢です』

すっかり意思の疎通ができるようになったようで、お互いの信頼関係がとてもよいものになっていた。ネミッサからすればマミの『悪魔たらし』の腕が信じられなかった。ひょっとしたらこの子は優秀なサマナーになるんじゃなかろうかと心配になった。心配することではないのだが。

「ほら、皆寝る時間だよ。明日には家に帰れるから、とっとと寝ろー」

「皆も疲れただろう。ゆっくり休みなさい」

鹿目家の両親に諭され、皆はそれぞれが思い思いの格好で寝ることになった。寄り添って眠る皆の顔を見て詢子は微笑みが止まらない。まどかとほむらは、まるで抱きつくように向かい合い眠りについた。

209: 2013/01/11(金) 00:00:55.36 ID:0VzEbBdb0

筆者です。

レスなくたってへいき! と嘯きつつ、実はレスがあって嬉しかったりします。

>>207
本編でも、わりかしマミッサになってますけどねー。
実際のところ、マミちゃんはネミッサにしか甘えられない気がします。
他の子は、学校でも魔法少女としても後輩だし、強がっちゃうんだろうなと思います。


>>208
ダブル召喚ですね……。
『キョウジ』にしろ『ライドウ』『雷堂』にしろ
あの連中と魔女を戦わせたらそれこそぶち壊しです。自重しました。
メアリー・スーにしないようにしますよ。さすがに。



魔法少女まどか☆マギカSS談義スレその54を読んだら
このスレッドのタイトルがありました。
びっくりしました。なんというか大分憎まれていたんですね……。
誰も読んでないのにこっちに貼られた反論も引用してまで……。
ちょっと怖かったです。


216: 2013/01/11(金) 21:27:11.34 ID:0VzEbBdb0

さて、これから五章が始まります。

ワルプルギスの夜を無事越えた魔法少女たち。

けれども問題は何も解決していません。

それに対し、ネミッサは、『葛の葉』は
どう挑むのか。

五章【どくりつせんそう】

どうぞ、お楽しみください。

217: 2013/01/11(金) 21:29:04.96 ID:0VzEbBdb0
五章
【どくりつせんそう】


翌日、ようやく避難指示の解除が出た。だが、見滝原中学校は校舎の安全と生徒の安全確認のため数日休校となってしまった。これ幸いと喜ぶさやかに、全員が冷ややかな目を向けた。
その日、志筑仁美のお屋敷でささやかな打ち上げが行われた。参加者は仁美と魔法少女たち、まどかに上条、そしてネミッサ。立食パーティのような気楽な物の割に、部屋が広く面食らう一同。その中で平然としているのはネミッサくらいなものだ。

「乾杯とか誰がやるの?」

「そりゃぁ、ネミッサじゃない?」

「いや、ここはホムラちゃんでしょ」

「え? え?」

「そうよね。暁美さんが望んだことだもの」

戸惑いうろたえるほむらのそばで、飲み物を手渡すまどか。皆の視線を一身に受けてひどく狼狽している。転校当時の凛とした姿とは程遠い雰囲気に全員が思ったことは『可愛い』の一言だ。女性ですらうらやむ美貌である。その気のない上条ですら見惚れて赤面してしまった。そのせいで両方の頬をつねられることになったのだが。

(何を言えばいいのよ!!)

ただでさえ人前に出たことがないほむらである。ましてやこういう晴れの舞台に人目を引くようなことなどやったことがない。そんなときはさやかみたいに砕けて笑いを取ればいいのだがほむらにそんなことをする度胸はない。完全にコップを持ったまま固まってしまった。もちろんこれは皆の悪戯であったり、今まで訳知り顔でいたことへのささやかな復讐であったりするのだが、ほむらには酷なイベントである。

「あ、え、え、そ、その……」

「ほむらちゃん頑張って!」

「ホムラちゃん頑張って」

「似てねえ~」

「あの、その、皆……、あ、ありが……」

「はい乾杯~」

「かんぱーい! おつかれほむら~」

何かを言おうとしたほむらをさえぎり、さやかが勝手に乾杯の音頭を取る。ようやく自分がからかわれたことに気付いたほむらは、皆が感謝を述べるこの状態では怒るわけにもいかず、複雑な表情で皆の乾杯を受けていた。
その後真っ先にサンドイッチを消滅させる杏子。真っ先にケーキに特攻するマミ。さやかを取り合う恭介と仁美。ほむらの手を引いていくまどか。そんな楽しげな風景を見て、ネミッサは顔がほころぶ。彼女が求めていたのはこんな光景だったはずだ。そして、ほむらが求めたものも。

218: 2013/01/11(金) 21:30:56.67 ID:0VzEbBdb0
ネミッサが一人のんびり軽食を食べていると、まどかがほむらの手を引いて近づいてきた。どうやら寂しいように見えたまどかが気を利かせたようだ。

「隣いいかな?」

「おっけーよ。むしろアタシお邪魔じゃない?」

二人の仲の良さを知っているからこその軽口で返す。まどかのほうは赤面こそするが嬉しそうに微笑む。もっともほむらのほうは赤くなったため顔をあげられない。完全に逆転している関係に、ネミッサは笑いが収まらない。

「ティヒヒ、そんなことないよ。ほむらちゃんを助けてくれたのに」

「たいしたことないって。アタシの都合で好きでやったことなんだしさ」

「そっ、それでも……私は……、嬉しかった」

ネミッサはまた顔がほころぶ。ほむらの素直な気持ちが嬉しかった。

「そ、それに……、ネミッサに言いたいことがあるの」

まどかが嬉しそうに微笑み、ネミッサは小首をかしげる。またしても漫画みたいなクエスチョンマークでもでそうな顔だ。

「わっ、私は……すごくないの……。ただの意地っ張りで、やせっぽちで……。本当にすごいのは、ネミッサなの……。あっ、ありがとう……」

やっと絞り出すように言えた。それでも語尾は小さくなりかろうじてしか聞き取れなかったが、ネミッサには聞こえた。だから、じわっと目頭が熱くなる。
いちばんききたかったことば。
二人が無言で見つめ合うのを見て、まどかが嬉しそうに笑う。二人が仲直りできたと喜んでいた。実際にはさほど喧嘩をしていたわけではなかったのだが。


歓談が進む中、仁美の家の人が仁美に声をかける。次いで、二人でネミッサに近づくと、こう切り出した。

「ネミッサさんにお客様が来ているらしいのですが……、司馬さんにお心あたりはありますか?」

「司馬さん?」

『葛の葉』にそんな知り合いは思い当たらなかった。しばらく考えていたがやがてわからないという風に頭を振る。

「ううん、ごめん知らないわ、どんなひと?」

「インド系の、大柄で精悍な男性です。あと、もう一方は白いスーツの男性でして」

家の人の言葉に再度悩むが、しばしして思い当たる。

「ああ、司馬じゃないよ。シヴァよ。って神様がなにやってんのよ!!」

ネミッサがキレた。

219: 2013/01/11(金) 21:33:37.07 ID:0VzEbBdb0
『やぁネミッサ。宴の邪魔をしてすまないな』

フランクなしゃべり方をする大柄な男。さすが舞踏の神といわれるせいかその歩き方も美しくサマになっているのが憎らしい。

「『キョウジ』! あんたみたいな大物がなにやってんのよ!」

『まぁまぁ、私は昨日の契約を果たそうと思って来たのですよ』

「俺はただの付き添い。こんなでかい悪魔単独じゃ歩かせられないしな」

ネミッサは頭を抱えた。先にあれだけ戦いに貢献してもらった手前追い返すわけにもいかない。できることなら相棒の方がまだいい。まだ話が通じる。こっちの『キョウジ』は割と何を考えているかわかりづらい。シヴァもそうだからネミッサはどうしていいかわからない。

「で、何よ契約って」

無駄に美丈夫なのが癪に障る。さすがに外見は人間に化けているがその風貌には面影がある。下手にカリスマというかオーラがあるだけ困る。最高神の面目躍如というところだが、こいつの問題は、象徴がリンガなのだ。女性をなるべく近づかせたくない。

『そこの赤毛の少女を妻に迎えようと思いましてな』

サンドイッチを頬張り、われ関せずを貫いてた杏子が、皆の視線を集めた。それにやっと気づくと皆の目に狼狽える。

「アンタ!なんて約束してんの!?」

ネミッサがもう一回キレた。


事情を聴いてネミッサは頭を抱えた。事前に悪魔との注意点を話しなかった自分のミスでもあったが、まさか悪魔がそんな形で契約をしたがるとは思わなかったので、無視していたのだ。

「いやいやいや! それはだめでしょ!」

『しかし、私の三叉戟を貸したのは事実ですし、その時に言いましたからね。それを貸してくれたらあたしはあんたに何でもするから! とね』

確かに言った。その時は正直聞き取れなかったのだが、それは言い訳にならないだろう。杏子の顔色が悪い。ましてや聖職者の娘として、不誠実なことを許せない心が戻っている今の状態では、反故にもできない。何より、あの一撃がなければ押し返すこともできなかった。

『ということで、彼女は連れて行くがよろしいですか』

「あんな子供と結婚する気?」

『確かに若いですが、魅力的ではないですか。私は気に入りましたよ』

「ダメダメダメダメ!」

ネミッサと神が言い争う。ほかの皆は放心状態だったり狼狽えていたり、騒然としている。

「マミさん、あいつ後ろから攻撃して倒しちゃいませんか?」

「それはだめよ! それに……倒せると思う?」

マミとさやかが全力で攻撃をしてもおそらくビクともしまい。徒に怒らせるだけだ。戦場で見せたあの魔力にかなうはずがない。

『悪いようにはしませんよ』

「当たり前だ!」

ますますヒートアップするネミッサに、助け船をだしたのは『キョウジ』だ。

「おいおい、シヴァ。いい加減にしないと奥さんに言いつけるぞ」

神話では、シヴァの妻はパールヴァティーとされる。また、彼女の憤怒相はカーリーとされ、殺人も厭わない残酷な神とされる。

『おお、それは怖い。それでは仕方ない。この契約はひっこめると致しましょう』

あまりにあっさりと引き下がった態度に、ネミッサはやっと二人にからかわれたと気付いた。とはいえあまりにもブラックなジョークである。杏子はやっと気付いてへなへなと腰が砕け、さやかに抱きかかえられる。

「ア・ン・タ・ら!」

ネミッサは怒りのあまり、『キョウジ』の足を踏み抜いた。

220: 2013/01/11(金) 21:34:35.69 ID:0VzEbBdb0

疲れのあまりぐったりするネミッサをいたわるマミ。闊達に笑いながら平謝りするシヴァと『キョウジ』に皆があっけにとられていた。

「もう、やめてよね……。大きな山は越えたんだけどさ、まだ難題があるんだし」

「まだ、なにかあるのかい」

まったく事情を知らないまま『キョウジ』は素っ頓狂な声を上げる。
事情を知らないのに戦場に駆け付けたその心意気にネミッサは驚き感謝していた。事情を説明すると、難しそうな顔をしている。

「そのキュゥべえに契約をあきらめてもらうほかないだろうな」

「無理よ、ファントムみたいなもんだからね」

「まるで、この星があいつの植民地になっているようだな」

『キョウジ』の比喩は正しい。ガラス球の代わりに奇跡を売り、石油の代わりに魂を奪うのだ。まさに略奪経済の縮図ともいえる。こちらの無知に漬け込むところといい、完全に小ばかにされているようなものだ。だが相手を倒すには不可能に近い。本星は宇宙のはるかかなたにあり、QBを何体倒しても復活してくる。打つ手なしだ。
そこに、ひらめいたのは、なんと仁美だ。

「植民地……、なら、私たちのやることが決まったのではありませんか?」

考え込む一同にまず『キョウジ』が気付きにやっと笑う。次にマミがハッとする。ほむらもそのあとに気付いた。他の皆はまだ思い当たらないらしい。
仁美が、笑顔で言う。

「植民地支配からの脱却……」

「これから始めるのは……」

「そう!」

ほむらが立ち上がる。

「な、何を始める気?」

ネミッサが狼狽えている。このあたりの察しはあまりよくない。

「それはね……」


「独立戦争、ですわね」

221: 2013/01/11(金) 21:36:28.81 ID:0VzEbBdb0
「いいね。独立戦争か」

だが、その発言に皆は訝しがる。今さっき、QBを頃しても意味がないといったばかりではないか。何を持って戦争と称するのか。
今現在、地球はQBたちに植民地化されている。それは魔女化という方法で魔法少女たちの魂をエネルギーとして搾取されている状態である。魔法少女の願いがなければ今頃でも洞穴で暮らしていた、というのがQBの主張である。そのため人類はQBたちに依存しつつ、搾取されていた。
それを覆す。対等とまでは言わないものの、搾取されている状態を何とかする。そのために戦うというのだ。実際にドンパチやらかすわけではない。ワルプルギスの夜と戦うのとはわけが違う。今度の相手はQBだ、ということだ。

「それじゃアタシは役立たずだねー。とほほ」

肩を落とし苦笑いをするネミッサ。だが、その目は笑っていない。できることはあるはずと考えている目だ。

「何言ってる。ヴィクトルの研究成果を皆に報告したのか?」

「わかってるわよ。明日連れて行く予定。ホムラちゃん、使用済みのグリーフ・シードまだある?」

「え? ええ。QBには渡していないわ。しばらくは孵化しないから大丈夫だけれど」

ほむらは質問の真意がわからずきょとんとしているが、もはやネミッサのことを疑うことはない。納得して頷いていた。
それから口々に皆が言う。何かできることはないかと。ネミッサも『キョウジ』も苦笑いするしかない。

「いや、君たちは可能な限り青春を謳歌すべきだ。魔法少女である以上難しいこともあるだろうけれどね」

にやっと笑う。これは大人の仕事だと言わんばかりの笑いに、一種の頼もしさも感じた。それきり戦いの話は終わり、先ほど通りに歓談が始まった。ネミッサの苦労をねぎらうため飲み物を注いだり、椅子に誘って雑談をしたり、残したらぶっ飛ばすと言いつつお菓子を渡したり、食べ過ぎて苦しいところにケーキを渡されたりされた。律儀にもらったものを全部食べることもないのだが、ネミッサは残さず食べ、苦しいながらも楽しいひと時を過ごした。

222: 2013/01/11(金) 21:38:57.10 ID:0VzEbBdb0

ふと目をやると、まどかがシヴァと何事か話をしている。さすがに先の杏子のようなことはないだろうが、まどかはシヴァから腕の飾りを受け取っていた。

「うぷ……、明日天海市に行くから、皆時間頂戴ね」

「私はちょっと……、あまり外を出歩くなっていわれちゃってるし」

「こっちもなんだよね。今日は仁美のところだからOKって言われたけど」

家族がいるまどかとさやかは外出できない。さすがに災害で復興途中の町を出歩くのは危ないということだ。そのためやむなく、一人暮らしの魔法少女たちだけで行くことになった。後でその報告を行うということで、さやかはまどかの護衛をするようだ。

「でもパトロールはまだやめてね」

「夜には帰るから、それからにしよ?」

災害で住民の心にも不安がある。そこを魔女に漬け込まれる心配もある。たとえばほむらたちが半壊させた工場の関係者などは狙われそうだ。
それから宴は上条の演奏会になり、さやかと杏子の漫才になり、マミと仁美のお菓子談義になった。そんな楽しげな中に、ほむらはようやく心から笑えるようになった。
昼過ぎ、日が落ちる前に帰れるような時刻に解散となった。さすがに町が落ち着かない状態で深夜までは外出できない。まどかとさやか、上条は家に帰るため、ほむらと杏子に送られてることになった。一方のネミッサはマミの家に帰ることになった。杏子が気を利かせ(あるいは悪戯心で)ほむらの家に住むことになったためだ。散々茶化されて赤面するマミではあったが、ほむらとネミッサの仲が元に戻り、たとえ離れていてもつながっていることの証と、内心胸をなでおろしていた。

223: 2013/01/11(金) 21:41:17.55 ID:0VzEbBdb0

その二人は自宅には帰らず、少し歩くことになった。治安が心配ではあったが、そこは魔法少女と女悪魔である。真っ暗になる前に戻ればいいと、やや足早に見滝原の郊外に向かう。
そこは海より遠く、ワルプルギスの夜の被害をほとんど受けていない。停電も起っておらず、住宅地は灯りに満ちていた。

「ふふ、見てマミちゃん。これ、皆アンタらが守ったんだよ」

両手を広げ、踊るようにくるくる回るネミッサ。その屈託のない笑顔はマミが何よりも大好きなものだ。自然にマミの顔も綻ぶ。まだ明るいが、気の早い街灯は灯りをともしている。そんな中踊るようにはしゃぐネミッサは嬉しそうだった。

(そんなことない。この街を守ったのは貴女よ)

けれど、それは謙遜ではない。マミはネミッサのその助けができたことのほうが嬉しく誇らしいのだ。そして、自分の一番のお友達が偉業をなしたこと、それが一番嬉しい。『私のお友達は、こんなにすごい子なんだ』と大声で自慢したい。それくらい大好きだった。
二人が向かった先は、墓地。マミの両親が眠るお墓だ。マミの両親は交通事故で亡くなった。同乗していたマミはQBとの契約で生き延びることができた。それは魔女になるとか、危険などと悩む余裕すらない緊急事態だった。だからこそ、さやかやまどかにはじっくり考えてほしかった。後悔がないように。
途中かろうじて空いていた花屋で花を用意する。水を桶に汲みはしたが、作法を知らないネミッサはただ漠然と待っていた。

「パパ、ママ、見てくれていた? 私ね……皆と一緒に頑張ったよ」

マミが汚れた墓石を懸命に洗う。魔法少女のことでなかなか来られなかったため、大分汚れていた。途中ネミッサに桶の水を汲んでくるようにお願いすること二回。やっとのことで掃除が済んだが、かなり時間がかかってしまった。
その間、ネミッサが見えなくなった。墓参りの概念がないからなのかとマミはがっかりした。でも彼女にも手を合わせてほしいと思い、姿を探す。
彼女は木陰にいた。物陰で何をしているか見えない。ちょっとむくれて、マミは大きな声で呼びかける。

「ネミッサー、お線香くらいあげてー」

初めて見る霊園を興味本位でうろうろしていたらしい。さすがに走り回るようなことはしないが、桶や柄杓を興味深そうに見ていた。声をかけられてマミのほうへ戻る。マミが一生懸命掃除したお墓に、線香を手向ける。うろ覚えの作法で両手を合わせ目を閉じた。

「初めまして、パパさん、ママさん。アタシネミッサ。マミちゃんの一番のお友達。マミちゃんね、昨日すっごい頑張ったのよ。見ててくれたよね」

ネミッサのつぶやきは後ろに立つマミにも聞こえて、ちょっと恥じらう。このまっすぐな言いようはいつものことだが、恥ずかしい。

「マミちゃんもアタシのことお友達だと思ってくれてるの。悪魔だから心配かもしれないけど、アタシずっと一緒にいる。ずっとお友達でいるね。だから安心して」

ずっと一緒にいる。そんな言葉にマミが感極まる。さすがに号泣こそしないが、ネミッサの心を聞いて嬉しくなってしまった。きっと両親も喜んでくれると思う。自分だけが生き残ったことに罪悪感がないわけではないが、生きていく自信はついた。そう思う。

「うん、お待たせ。挨拶できてよかった。パパさんとママさんのこと教えて。好きな紅茶とか、好みのケーキとか」

嬉しそうにうなずくマミ。肩を並べて歩き出す二人。仲睦まじく帰路についた。夕暮れが近づく黄昏時、先ほどネミッサと話していた一組の夫婦が、その後ろ姿を見送っていた。

224: 2013/01/11(金) 21:43:50.30 ID:0VzEbBdb0

翌日、昼前に集まった四人はほむらの家から天海市に移動することにした。朝弱いほむらと杏子のため、早起きなマミがまだ眠い目をこするネミッサを連れて現れた。マミとしては気を利かせたつもりだったが、寝起きの二人は多少不機嫌だった。それでも時間には凛とした姿になるほむらと、いまだ髪がぐしゃぐしゃな杏子の対比に、マミは手を出さずにいられなかったようだ。このマミの構いすぎるあたり自由奔放な杏子やネミッサは苦手なのだが、それを避けずに受け入れたネミッサはマミの部屋に残れた。
相変わらず慌てる三人を強引に連れてテレビに飛び込むと一路ホテル業魔殿に連れ込むと、メアリに声をかける。ヴィクトルの支度ができていないと、しばらくロビーで待つことになること30分。今度こそ紅茶の味を堪能することができた。

「ようこそ我が魔の工房へ。私は悪魔合体を生業とし生命の研究を行う者だ。このたびはそこのネミッサの要請を受け、君らに有用なものの開発を行っている」

威風を漂わせ、ベテラン魔法少女を圧倒する。その眼光は鋭いが、その心の奥を見透かせない深さを漂わせていた。

「おっさん、女の子威圧しないで。本題に入ろう?」

「相変わらず失礼な言いようだな。だが、私も自分の研究成果を早く見せびらかせたい。よかろう、お見せしよう」

ネミッサの悪態を軽く受け流し、研究所の奥に促す。ほむらたちにはまったく理解できない機材が所狭しと並んでいる中に、淡い光を放つガラス管があった。その前に、不思議な風貌の男が立っている。

「おや、これはこれは。魔法少女その人とお会いできるとは思いませんでした」

やや尖った耳に人間とはっきり言い切れない風体。いわゆるオカルトの宇宙人が人間の背格好を真似しているようにも見える。だが、その声や物腰は柔らかく紳士的だ。

「こちらは開発を協力してくれた『生体エナジー協会』のスタッフだ。だが、勿体ぶるのはやめよう。こちらを見給え」

スタッフが横によけると、淡い色を放つ液体のようなもので満たされたガラス管が大量にある。その一つ一つに、見慣れたものが入っていた。

「あれは、グリーフ・シード?」

「左様。これはお前たちが使ったグリーフ・シードを人工的に浄化する装置だ。すでに、浄化が成功したグリーフ・シードはネミッサに預けたが、無事に使えたかね」

驚きのあまり魔法少女たちは後半が聞き取れなかった。ものすごい衝撃を受け言葉を失っている。

「問題なかったわ。今もここに使ったものがあるしね」

ネミッサが『まつり』のあと皆で使ったグリーフ・シードを入れた筒を見せる。使用済みの、穢れをためたグリーフ・シードはそのままだと外界の魔力や負の感情を吸いこんでしまう。それを防ぎ魔女の孵化を防ぐための筒に入れて持ち運んでいるのだ。

「ただ、『純正』のものより穢れの吸収量が悪いかな。でも十分役に立ったわ。ありがとうね」

「『まつり』には間に合ったようで何よりだ」

やっとマミがぽつりとつぶやく。

「ネミッサが、やっていたことって、これなのね」

大きくうなずく。ネミッサの目的はグリーフ・シードの安定供給だ。理想的には完全に人工のグリーフ・シードを作ることだが、その過程で人工浄化の技術が確率できた。『まつり』に間に合わせるため方向を転換した。これで魔女化を完全に防ぐわけではないが、コンディションを良好に保ち戦いを有利にすることができる。また、日常の心労やストレスの浄化にも役立つ。何より、これから受験のマミにとって、勉強とパトロールの両立は難しい。しばらくの間でも狩りをせずに済むのであればそれにこしたことはない。

225: 2013/01/11(金) 21:45:56.45 ID:0VzEbBdb0
原理の説明を端折ってすると、グリーフ・シードも根源的には魂と似通ったものだ。ソウルジェムの穢れを似通ったグリーフ・シードに移すことでソウルジェムを浄化する。同じ理屈でグリーフ・シードの穢れを魂に似た『マグネタイト』という物質に移すことで浄化を行うという方法だ。
魂は本来『魂魄』といい、それは『魂』と『魄』に分かれる。魂魄のうわべの部分、『魂』を集め物質化したものを『マグネタイト』として保存している。

「そのマグネタイトならば穢れを移せるのではないか、と推測し、それが実現できた、というわけだ」

言葉でいうのは簡単だが、実際には穢れを移す方法に工夫が必要だった。だがそれを発見し、成功させることができた。

「お前たちの友人が魔女化したこと、また魔女から魔法少女に戻せたこと、その情報も大変役に立った。それを逐次伝えるのがネミッサの役目だったのだよ」

「幸い、穢れを移したマグネタイトはかなり需要がありましてね。私どもも助かっているのですよ。共生共栄ですね」

「いずれはお前たちの町にも『生体エナジー協会』の支部を置く。そこでグリーフ・シードのやり取りを行わせるのが目標だ」

「新しい街です。見滝原支部はまだありません。これから物件を探します。皆さんの通えるところに置きたいですね」

にこやかにスタッフの男が話す。


研究所から放心状態で出てくる魔法少女たち。
ほむらが管理する使用済みグリーフ・シードをすべて預け、代わりに人工浄化のグリーフ・シードを受け取った。これを試験的に使用することで浄化の具合や回数などを報告するモニターをすることになった。都合八個。
これを『葛の葉』に参加する魔法少女すべてに定期的に支給する予定だが、月に何個くらい必要かまだ分からない。そのためのモニターとして彼女たちが選ばれた。
受け取ったグリーフ・シードのケースを持ちながら、皆一様に無言だった。

「ん? どしたのみんな。アタシサプライズ失敗?」

「……びっくりしすぎて皆追いつかないだけよ」

ネミッサが行ったことは、たった一人ではできないことだった。『葛の葉』とその協力者が手を繋ぎ、その中に彼女たち魔法少女が入ってるのだ。魔法少女が繋ぐ輪の中にまどかの運命が入ったように。二重の輪ができたわけだ。その輪を作ったのはネミッサだ。
眠い目をこすり、疲れた体を引きずって奔走しまくった結果だった。皆が戦いに目を向ける中、ただ一人ワルプルギスの夜に勝利する未来を思い描き、『その先』を見据えて動いていた。

「どうして、貴女はそこまでできるの?」

「……アタシは何にもしてないよ。みーんなタリキホンガン」

歯を見せて照れくさそうに笑う。
彼女の目的はほむらの祈りの成就だけではない。魔法少女たちが一日でも長く生きていられるような仕組みを作りたかった。それは固有魔法を失い、戦う力をなくすほむらにとってどれだけ救いになるだろう。この仕組みがあれば、ほむらはまどかとそれだけ長くいられるのだから。

「ホントすげえな」

「さすがマダムでしょ。アタシだけじゃこんなコト思いつかないもん」

そうじゃない。皆がそう思っていた。そのマダムに連絡を取り協力を取り付けるネミッサに驚いていたいのだ。確かに、ネミッサがワルプルギスの夜の先を想像したとは思いにくい。そのアイディアを持つ人間との人脈とそれを受け入れる度量が、ネミッサの力だった。
マミは驚きと同時に叫びたかった。

「私たちのお友達は、こんなにすごいんだ」

と。

226: 2013/01/11(金) 21:50:38.98 ID:0VzEbBdb0
天海市から戻った四人は、さやかに人工浄化グリーフ・シードのことを伝えた。最初は驚き訝しがっていたさやかだったが、徐々に信じるようになり、結局二つ分受け取ることになった。

「この書類を書くのが面倒だなぁ」

「ちゃんとまめに書いてよね。この報告が魔法少女たちの次に繋がるのよ。責任重大よ?」

宿題も苦手なさやかだ。杏子とともにこの手のマメな対応ができるか不安がっている。
学校が再開するまで外出ができないさやかとまどかだが、お互いの家の行き来をしていた。

共働きのため自宅で一人で過ごすさやかは、父親が出勤するのに同行しまどかの家に送り届けてもらう。そこでしばらくすごしたのち、まどかの父親に送ってもらい帰宅するという方法をとっていた。
そのため、全員まどかの家を訪れる。マミや杏子、ネミッサは父親と初対面。マミや杏子はやけに緊張していた。

「あのときは、心配かけてすみませんでした」

「うん、詢子さんもすごく心配したよ。でも無事でよかった」

穏やかに笑う父の知久。まどかやさやかの両親には、杏子とネミッサの安否を心配するあまり友達みんなで飛び出した、という説明をした。ことにネミッサの外国人した風貌のせいで、消極的には信じてもらえたようだ。

「今度から、そういうときは大人を頼るんだよ、いいね」

「はい、すみませんでした」

「なら、お茶にしようか。電気も水も復旧しているし、おやつにしよう」

彼は最近では珍しくもないが、専業主夫である。詢子がキャリアウーマンで、女性には珍しい『強外向』に属する性格なため、彼が家事全般を行っている。性にあっているらしく、特に料理の腕には定評があった。きっとまどかの性格のほとんどは彼の影響であろう。その代り、芯の硬さは母親譲り。

「ときどき買い物で見かけてたけど、まさかまどかの知り合いとはね」

「そんなにアタシ目立つかなぁ」

「銀髪ってのがなぁ」

「それにその服装もね」

「確かにね。一目見て覚えちゃったよ」

ネミッサは一応の肩書を持って自分のことを説明した。『葛の葉』が作った架空の団体に所属し、杏子のようなホームレスの子供たちのケアを手伝う立場だというのだ。嬉しそうに作ってもらった名刺を配り(魔法少女にもだ)自慢していた。

「こんな引っ込み思案のまどかに外国のお友達ができるとはねぇ」

「意外と、そうじゃないんだよね。今は積極的にホムラムガ」

「何を言ってるのかなネミッサちゃん?」

慌てて口を押えるまどか。押えられたネミッサはそのままムガムガ話ししている。そんなことをしなくても、すでに鹿目家ではほむらちゃんは有名だった。ことあるごとにまどかが嬉しそうに話すのだから、外見を一目見ただけで「ほむらちゃん」がわかったとのことだ。

「もう、毎日のように言うんだ。『ほむらちゃんは綺麗で優しい』ってね」

「パッ、パパ! ほむらちゃんに失礼だよ!」

血相を変えてさえぎるまどか。陰ながらそういわれて驚きと恥ずかしさで顔があげられないほむら。

「まー美人だもんねぇ」

「同性から見てもドキッとすることはあるわね」

「あー、あれで微笑むと破壊力がやばい」

「クールなのにビュッフェスタイルわかんないとか、ギャップ萌えもあるしね」

ほむらは手放しのほめっぷりに、顔をテーブルに押し付けて隠した。
一方のまどかも、それを聞いて同じような格好で顔を隠した。
ワルプルギスの夜を超えて、ようやく皆は年頃の少女の生活を取り戻せたようだ。

227: 2013/01/11(金) 21:52:55.40 ID:0VzEbBdb0

「あ、あのっ」

復興の兆しが見える頃のこと。魔女を五人がかりで倒すときなど、来るとは思わなかった。異様な攻撃方法に遅れを取ることはあったが、それでも五人もいれば大きな損害もなく魔女を打ち払うことができてしまう。
グリーフ・シードの量だけが心配で、極力魔力を節約するよう心がけしのいでいた。とはいえ、ネミッサは穢れを気にせず魔力を使いまくれる。魔女化の恐れを考えればネミッサがメインとなることは当然の成り行きだった。
また、先日モニターと称しもらった人工浄化グリーフ・シードがある。奪い合いや諍いなど、この五人の間では起きるはずもない。

そんな事情のさなか、魔女との戦いを終え結界から出てきた少女たちを迎えたのはいつものまどかではなく、二人の見知らぬ少女だった。いや、まどかもいるが困惑したような面持ちで立っていた。オロオロする姿がなんとも可愛らしい。彼女もあの夜を体験しともに『戦った』わけだが、人の思惑に対応するほど経験は積んでいない。悪意とか、敵意とか、好奇心とか。…野次馬根性とか。

「ん? だれ? 知り合い?」

全員に水を向けるが、誰一人として知らないようだった。一人一人首を振る。年頃は同じくらいの可愛らしい女の子だった。なんだかもじもじして話が出来る状態ではない。皆が不思議がって会話を待つ。

「あの、あの…、ワルプルギスの夜を追い払ったのって、あなた達ですよね」

全員沈黙、そして納得。話を聞くと、彼女たちは隣町の魔法少女とのことだ。あの日、ワルプルギスの夜との戦いを見ていた。だがほとんど新米の彼女たちはその大きさや魔力に震え上がり戦うどころではなかった。その中で、夜に敢然と立ち向かうどころか、それを撃退してのけた五人の姿を見て憧れにも似た思いを抱いた。要はミーハーである。

「なんで、それがアタシらだって思ったの?」

いくらなんでも遠距離から誰が誰か判別できるわけがない。

「ご、五人居ますし…、その…」

アップに髪をまとめた魔法少女が俯きがちに言い、

「あなたの銀髪が、目立ってたから」

ベリーショートのスポーティな魔法少女が付け足す。
ネミッサの見事な銀髪が目印になっていたとのことだ。また、街をうろつくネミッサの姿を何度か見かけられたこともあり、すぐに気づいたという。確かにぶっ飛んだ服装と髪色は目立つ。外国人が安心して目立てる日本ならではの光景。

228: 2013/01/11(金) 21:54:27.78 ID:0VzEbBdb0

「うーん、有名人扱いなのかしらね。嬉しいというか、複雑ね」

「あれだけでかい嵐にちょっかい出してたんだ、候補生とかにも気づかれたんじゃねーか」

「おおー、さやかちゃんたちも有名になったもんだねー、サインか、サインなのか」

「私は、こういうのは苦手ね……、貴女のせいねネミッサ。何とかして頂戴」

「なんとかって、そりゃ無茶でしょ! 何をどーしろっていうのよアンタ」

「丸投げはかわいそうだよほむらちゃん」

おどおどしながら新米二人が口を挟む。仲の良い所を眩しい表情で見つめながら。

「私ら以外にも見てた魔法少女もいたみたいです。もう近くの街では『夜明けの五重奏(クインテット)』とか『魔法少女戦隊』とか言われてすごい噂になってます。私たちは一番近かったので来てしまいました」

「く、クインテットぉ? いやいやいやいや、なんなのよそれ……」

五人とも恥ずかしくなり軽く引いてしまう。自分達の成し遂げたことが評価されるのは嬉しいが、まるでヒーローものの扱いにされるのはくすぐったい。なにより、自分達にそんな漫画的な名前が付けられるのは困る。非常に困る。恥ずかしいしかっこ悪い。マミが「ティロ・フィナーレ」と言っていたが、あれを他人に名付けられるのはさすがに厳しい。

「え、あれ、恥ずかしかったの?」

「マミちゃんのはかっこいいし好きだからいいのよ。あれとは違うよ」

「ワルプルギスの夜へのダメージソースじゃないですか、もう全然OKっすよー」

「話し合いの時とかわかりやすかったしね」

(ロッソ・ファンタズマのことは言うまい、氏ぬまで言うまい!)

何だか今度はマミへのフォローが始まる。余りフォローしすぎると、元来「気にしい」なマミはそれに気をもんでしまう。程々が難しい。ほむら曰く「めんどくさい先輩」とのことだった。
とはいえ、目立つネミッサのせいでそうなったと、ほむらは完全に槍玉に挙げる気である。本心がどこにあるかは不明にしても、いいおもちゃがみつかったかのようにつっつく。

「貴女の派手な外見が一番の原因みたいね。諦めてもらえるかしら。さぁ、ここはネミッサに押し付……任せて私たちはいきましょう」

「今押し付けるって言った!」

「あ、それでなんですけど、その怪物…ですか? あれを呼び出した時の『ホムラちゃん』って誰ですか?」

一斉に全員がネミッサをいじろうとしたほむらの方を向く。突然のことに困惑するほむらに、目をキラキラさせて新米が詰め寄る。全員の視線で『ホムラちゃん』を察したのだ。

「あの『絶望に逃げてないホムラちゃん』ってテレパシー、私も聞きました。ネミッサさんと相思相愛なんですか?」

「嗚呼、禁断の恋ですのね。素敵……」

「…………は?」

229: 2013/01/11(金) 21:55:23.70 ID:0VzEbBdb0

あの、とはネミッサが啖呵を切ったテレパシーである。ほむらをリスペクトするような言葉は周囲に無差別に伝播してしまった。全員を鼓舞させたそれが、どうやら野次馬の新米たちにもとどいてしまったようだ。ネミッサの顔が真っ赤になる。

(まさか、アレが全員に聞こえてたの? うっそぉぉぉぉぉぉぉぉ~!)

ほとんど無我夢中で切った啖呵が丸聞こえ。その事実に悶絶するネミッサを半ば無視して新米がほむらに殺到する。

「うわー、髪キレー、手足長い~美人~」

「うわ、うわうわ、見て見て! このお尻ちっさ! XS余裕よ!」

「ひゃん!」

後ろに回った新米の一人にお尻を触られ可愛い悲鳴をあげるほむら。ネミッサは若干溜飲が下がる思いであるが、あとで激烈な報復が来るだろう。とはいえ、その場全員が聞いたこともないような可愛らしい悲鳴に、小さな笑いが上がる。

「だれ、今笑ったのは!」

全員です。

「おねーさま、って呼んでいいですか。っていうか呼びます!」

「スレンダーというか超モデル体型じゃん。あー、ダイエットの祈りにすればよかったかなぁ」

「よかったなー、『お姉さま』?」

「佐倉杏子、あとで覚えてなさいよ!」

「あー! 槍の人ですよね。カッコ良かったです!」

「私はあの長銃撃ってる人が素敵でした! 真っ直ぐワルプルギスの夜に直撃させてたもん。どきどきしちゃった」

「剣の人もすっごく素早くて、翻ったマントが綺麗だったよねー。一撃でワルプルギスの夜を押し返してたもんね」

「あの、『絶望に逃げない』って言葉、心に染みました。魔女にならないよう私もあれを励みにします!」

「あ、あのね、ふたりとも?」

黄色い声援があがる。まるでどこかの女子学校の様相を呈する。その横でまどかがむくれている。
一番の友人であるほむらがとられたようで気に入らない。それをなだめるマミ。さらになんだか二人の新米はまどかとほむらたちの間に体を入れて話をはじめてしまったため、疎外感も感じているようだ。二人にそのつもりはまるでないようだが、魔法少女(ほむらたち)と候補生(まどか)とを無意識に分けてしまった。
ひとしきり黄色い声援を浴びせて満足したのか、新米たちは引き上げていった。六人の間にお茶会の話のタネを散々まき散らして。

230: 2013/01/11(金) 21:56:40.33 ID:0VzEbBdb0

「まどか、あの、大丈夫?」

「だいじょうぶだよどうしたのほむらちゃんしんぱいないよ」

本人は頑張っているつもりだが、表情や口調が違う。ほむらが持ちあげられたこと、魔法少女ではない負い目と疎外感がないまぜになっていつもの微笑みが出来ない。
それを払拭したのはさやかだ。いつもどおり、まどかに抱きつく。

「こぉら、まどまどっ! むくれるなー」

「お、怒ってないもん……」

「いーや、怒ってるぞ、さやかちゃんの目はごまかせないのだー」

表情がすぐにでるまどかはそれはそれで魅力的である。だがそのためか、年齢よりずっと幼く見えてしまうことが悩みの種だ。本人も気にしているようだが、そんなものは一朝一夕に直るものではない。ネミッサは直して欲しくないと思っている。

「ほむほむが取られるのが気に入らないのだな。うむ、お見通しだぞ」

「その呼び名はやめなさい」

「本当に暁美さんが好きなのね、妬けちゃうわ」

とニコニコして、本心を披露するマミ。

「アタシもホムラちゃん好きー」

嘘ではないけど、ヤケクソでカミングアウトするネミッサ。

「あたしもほむら好きだぞ」

時々頭にくることもあるけれど、とつぶやき補足する杏子。

「私も結構好きかな、ほむほむ」

根っこはいい子なんだよ、ループのお陰でスレちゃっただけで。と評するのはさやか。

「わ、私も……好…き……」

皆がカミングアウトしたのでまどかも必氏でアピールする。
それを待っていたように全員がニヤニヤまどかを見る。見る見るうちに赤面するまどかが可愛くて仕方ない。ついでにほむらも先ほどから赤面している。

「あ~、お約束お約束」

「はいはい、帰ってお茶にしましょう? 鹿目さん、お茶を出すの手伝ってくれない?」

「は、はい!」

231: 2013/01/11(金) 21:58:22.78 ID:0VzEbBdb0

「無事だったみたいね。おめでとう。大した子たちね」

「ふふ、もっと褒めて。あの子たちがあの町を守り抜いたのよ」

五月の連休中、マダムが見滝原を訪れる。復興が進む町の一角、瀟洒な喫茶店でネミッサと珈琲を啜る。紅茶を注文しないあたり、もはやマミの紅茶に毒されていた。無意識でやってるあたり、くすり的な効果でもあるのだろうか。
魔法少女が成したことを『まるで自分のことのように』喜ぶネミッサ。だが中心にいてワルプルギスの夜撃退に参加したにもかかわらずそんな言い回しをする。今回の戦いを自分の手柄と思っていないところに彼女のおかしさがあった。

「貴女も活躍したでしょうに」

「そうでもないよ。それに、アタシはよそ者だもの」

珈琲を一啜り。ネミッサの満足そうな顔の奥に自信がうかがえる。桜井を救えなかった罪の意識を飲み干し乗り越えた顔だった。

「でも、まだ難題があるみたいね」

「まだ二つもあるのよ。いやになっちゃうわ」

「生きていればそういうこともあるわ」

嫌になるという割には、ネミッサに悲観の色はない。何とかしてみせるという揺るぎない意志を感じる。マダムにはそれが伝わった。

「そのうちの一つだけれど、勝つために援軍を用意したわ」

「えー、誰?」

「貴女の相棒よ」

ネミッサが珈琲を吹いた。

232: 2013/01/11(金) 22:00:40.92 ID:0VzEbBdb0

「改めて、皆、お疲れ様。ありがとう」

マミの部屋で行う打ち上げとお泊り会。今年のゴールデンウィークは災害の影響もあり、旅行などということをどこの家庭もやらない。そのため、家族と暮らすまどかやさやかも金曜の夜から日曜の夜までマミ宅のお泊りが許されていた。
マミお手製とっておきのケーキに、秘蔵の紅茶。それも皆が来るというので一番手間のかかる入れ方をし、丁寧に焼き、丁寧に淹れてもてなした。相変わらずネミッサは味も作法もへったくれもない。だが彼女が他では業魔殿のロビー以外では紅茶を飲まないことをマミはよく知っていた。そして、いつも紅茶を飲んだ後の、優しい表情も。

「ホント、みんな頑張ったよねー」

「一番頑張ったのはあんたじゃない」

「違うわ。一番はあっち」

と、一同の視線がほむらに集まる。最近はすっかり物腰も柔らかくなった。大きな理由はまどかの魔法少女化なしでワルプルギスの夜を超えられたからだろう。
また、本人の学校生活にも変化もあったらしい。学校が元通りになり皆が無事に登校するようになってから、クラスメイトに挨拶をするほむらが散見された。また、まどかが隣で甲斐甲斐しく世話をし、それをあたふたしつつも受け入れる姿が皆の好感を呼んだ。
さらに、少々気が抜けたのか再開した授業中に居眠りをし、それを教師に起こされたことがあった。

「なんて言ったと思う? 『うにゃ!?』よ? どんだけ萌えさせれば気がすむのよホントに」

椅子から立ち上がり、そんな声を思わず出してしまった。赤面し座るほむらに、一拍おいて爆笑の声が上がった。本人は気付いていないが、地である『眼鏡のほむら』に少しずつ戻ってきたようだ。当然弊害もあるようで…。

「毎日ラブレターが靴箱に入ってるんだよね」

「毎日増えているわ。顔も見たこともない相手からどうして……」

「毎日の行動で転校当時の印象が薄まったからだよ。『うにゃ!?』だもん」

「毎日それを言わないで……お願いだから」

特に女性からのラブレターが多く、仁美と人気を二分するほどだ。顔を両手で隠しいやいやをするしぐさ。転入当時からは想像もつかない態度である。
しかもそれが、あらゆる人を魅了する魔性を放っているとは当の本人は気付きもしない。ちなみに、そんなモテるほむらを取られるのが嫌なのか、まどかはラブレターを見るたびに不機嫌になっていった。本当に罪作りな女性である。

233: 2013/01/11(金) 22:02:39.18 ID:0VzEbBdb0

路地裏を走る若きサマナー。銀の鎧の天使と、昆虫の羽をもつ小さな妖精を従えて何かを探していた。

『サマナー、ミツケタヨ!』

「でかしたっっ、ピクシー」

ビルの谷間を走り抜け、目標を見つけ出す。ピクシーと呼ばれた妖精が小さな落雷で足止めをする。そこをサマナーが拳銃で狙撃する。サイレンサー付の小さな発射音。目標は胴体を撃たれ崩れ絶命する。遺体から何かを回収すると、もう見向きもせずに移動する。

『やはり私には視認できませんね』

「種族による違いがあるのかな?」

『サガシモノトクイー!』

「そういうもんかもな。ありがとう、戻ってくれアークエンジェル」

スマホを取り出すと、天使を収容する。次いで、別の妖精を召喚するとその個体にも周囲の捜索を指示する。情報では、遺体の処理に別個体が現れるとのことだが、それを待ち伏せするため近くに身を隠す。

『ダレカキテルヨー』

「こんばんは」

その背後に二人の少女が姿を現し声をかける。

「やぁ、あんたらか。あんときはありがとうな」

振り向かずサマナーは対応する。警告をしない妖精の態度と、その声に敵意がなかったためそのままの姿勢だ。

「いえ、ご無事で何よりです」

「なにやってるんだい?」

「仕事だよ」

「しろま……」

「来たっっ!」

遺体の処理に来た目標に狙いをつけて拳銃を向ける。押し頃した発射音が響き目標が崩れ落ちる。

「はい三体目。回収頼む」

妖精に回収を命じると、ようやく二人のほうを見る。中学生くらいの二人。若いサマナーの守備範囲外ではあるが、魅力的な容姿をしていた。二人とも平服のまま『変身』していなかったため。サマナーは一瞬見間違えた。

「そうか、変身前なんだね。なにか、用事なのかな?」

「ええ、貴方たちの組織が魔法少女を保護していると聞きまして」

「聞いちゃいないだろ、『視た』んじゃないか」

「さすがですね。でも同じこと。私たちも保護していただこうと」

「ただじゃないよ? ギブアントテイク、ってやつだ」

「でも、グリーフ・シードの安定供給は魅力です」

「いろいろ知ってるんだなぁ。まあいい、ついてきな。恩人だ、教えるよ」

「お願いいたします」

若いサマナーは、二人と妖精たちを引き連れ、町に消えていった。

234: 2013/01/11(金) 22:04:02.10 ID:0VzEbBdb0

「さ、さぁそんなモテモテほむほむはほっといて、これからどうするのさ」

「ほっとかないでよ! いえ、ほっといてほしいけれど!」

「どっちなんだよ。落ちつけほむら」

さやかが気にしたのは『独立戦争』のことだ。『キョウジ』は何もしなくていいと言ってくれていたが、どうにも落ち着かない。まどかを守る戦いである以上、彼女たちもじっとしているわけにはいかない。だがそれを言っても、皆にできることは思いつかない。ネミッサは一つ思いついたことがある。それをうまく使うことができればいいが、それは魔法少女たちのそれとは別だ。

「なんにもできねえのかなぁ。もどかしいなぁ」

「そうね……でも、私たちにできることもあるわ」

「と、とりあえず、大怪我したり、魔女化しないこと。それだけでもまどかの契約する理由が二つ減るわ」

「あとは、まどかや家族が魔女に襲われないようにするとかだな」

「杏子の養子の話出てるんでしょ。そしたらずっと守れるじゃん」

杏子に対し詢子が養子の提案をしていた。杏子の身の上を知った彼女は嵐当日のあの号泣の意味を理解した。そのためいつもの豪快さで杏子を娘にしたいといいだしたのだ。あまりに性急な言いように杏子は困惑し、時間をもらった。確かに鹿目家の両親はいい人で、杏子もすごく気に入っていた。だが、何かがそれを躊躇わせていた。それがなんだかわからない杏子は素直にうなづくことができなかったのだ。幸い、今すぐでなくていいと言ってくれた。
ちなみに、杏子は暫定的ながら『葛の葉』の提案に乗った。資金提供を受けるようになったため、窃盗を続けるような真似をしなくてすむようになった。制度が整っていないため、まだ保護者や学校復帰などは行えていないようだ、最終的には通学を目標にしているとのこと。今はほむらに家賃を払いながら共同生活を送っているようだ。

「なにか、ためらってる?」

それが杏子にもわからない。それがはっきりするまでは少し時間がほしかった。詢子や知久はそれを理解してくれた。それが嬉しかった。
夕食の買い出しをし、食事を作り、お風呂に入り、皆で肩を寄せ合って眠る。そんな中学生としては当たり前の遊びは、ほむらが遠く望み、そして叶わなかったものだ。また、ワルプルギスの夜を超えたのち、一人自害することすら考えた。グリーフ・シードを手に入れにくくなるためだが、安定供給の流れができ始めてしまった今では、その意味も薄い。また、本人もそれを心の底から望んだわけではない。
まどかを守り続ける。それが彼女の本当の望みだから。

「でも大丈夫だよ。私魔法少女にはならないよ」

まどかのいうことを信じないわけではない。当然皆信じている。だが、彼女が心神耗弱に陥った時、甘言に惑わされる可能性がある。彼女の心優しさを誰もが認めるからこその心配でもある。

「マドカちゃんだけじゃないんだけどね。今後のこともね。アイツらのいいようにされるって気に入らないじゃん」

「まどかを守るついでに未来を守るってわけだね」

「でもね、私はっきり言えるよ」

まどかは背筋を伸ばし、胸を張って言う。

「ほしいものは、ぜんぶここにあるんだもん。きぼうも、みらいも」

全員が安心するほどの満面の笑み。優しさで包み込んだ強さが垣間見える。
ほむらはまた泣き出した。涙腺がすっかり弱くなったと自分でも思う。

235: 2013/01/11(金) 22:05:17.58 ID:0VzEbBdb0

「アンタはそれでいいの?」

「人とは生きられない」

「確かにそうだよ。それはしかたないの。でもアンタがそうなる必要は」

「ある。それが生まれてきた意味、ここに来た意味」

「そしたら結局同じじゃん。何にも変わらない」

「ほかに方法は」

「ないよ、思いつかない。けど、寂しいよ、アタシ。また助けられないの?」

「違う。これが救い。罪滅ぼしの機会」

「わかった、じゃぁやるよ。後悔しないね」

「しない。これが旅の終わり。旅の意味」

「わかった、頼むわね」

「いのちのこたえ。きみのこたえ」


『貴女の決意を見ました』

「ありがとうございます」

『構いませんよ。報酬も魅力的ですからね』

「そんなこと言って、同じことをするんですよね」

『さて、それはどうでしょうか』

「あなたはうそつきです。びっくりしたんですからね」

『ははは、あれは確かに、申し訳なかったですね』

「今度は信じています」

『それは守りますよ。私の全霊を持って、ね』


休日、魔法少女たちはまどかとともにショッピングに出かけた。まどかのお願いで可愛くなったほむらの私服を買いに来た。ほむらの手をまどかが強引に引いている。ほむらがつんのめるような勢いなのはラブレターの不安があるからだろうか。

「ま、まどか? ちょっと、あぶっ……」

「一緒に買いに行くんだから! 私がコーディネートするの!」

「うん、わかってるから、やめ……やめっ」

引かれる手にとうとうほむらが転ぶ。まどかが慌ててその体を抱きとめる。正面から抱き合うような姿勢になった。いつも以上に顔が近くなり赤面しあう。
そんなふたりを皆がはやし立てる。

「ひゅーひゅー」

「ひゅーひゅー」

「ひゅーひゅー」

「……マミちゃんまで何やってるのよ……」

この日は、私服が少ないほむらと杏子の着せ替えで一日費やされた。久しぶりにスカートを履かされた杏子は居心地が悪くて仕方なかった。

238: 2013/01/11(金) 22:30:58.63 ID:0VzEbBdb0
番外編 【わたしのかれはひだりきき?】



ネミッサ「あのさ、ちょっと調べたんだけど」

さやか 「ん? なに?」

上条  「僕らについて?」

ネミッサ「うん、ほら、カミジョー、左手、動かなかったでしょ」

上条  「今は大丈夫だよ。さやかのおかげでね」

さやか 「ま、まぁそのために魔法少女になったんだけどね、あはははは」

ネミッサ「一応、右は動かせたんだよね」

上条  「そうだね。弓を握るくらいはできてたよ」

さやか 「恭介は右利きだからね、食事とかは問題なかったんだよ」

上条  「そう、けれど左手はバイオリニストの命だからね」

上条  「あのときはさやかに当たって本当に申し訳なかったよ

上条  「まさかあんなことになってたとは知らなかったし」

さやか 「ま、まぁいいってことさ。結局ネミッサたちに迷惑かけたけど……」


ネミッサ「……アンタら、左利き用のバイオリンって、知ってた?」

ネミッサ「ただ逆に持てばいいってわけじゃなくて、中の構造から何から逆に作る必要があるらしいけどね」

上・さ 「あ……」

ネミッサ「コンサートとかだと逆手はぶつかるからあまり見ないらしいんだけど、ソロであればイイんだって?」

ネミッサ「最悪左手に弓括り付けて右手で弦押えたら引けないことはないんだよね」

ネミッサ「ぶっちゃけさー、サヤカちゃんに当たるくらいバイオリン大事ならそれくらい気合い入れて練習してもよかったんじゃないかなー、とかさ」

上条  (言い返せない)

さやか (え? 私契約し損?)

ネミッサ「それこそストラディバリス? みたいな名器はないし、元の腕前からは大分落ちちゃうんだろうけれど」

ネミッサ「アタシとしては当たる前に視野を広く持ってもらいたかったなー、っと」ジト‐

さやか 「ま、まぁそれでも動かない左手じゃ弓の微妙な強弱つけられないし」

さやか 「あのときの恭介じゃそんなこと考える余裕もなかったし!」

さやか 「そ、それに……えっと……、ほら……えーっと」

上条  「いや、いいんだよさやか。確かに僕の努力不足だったよ」

さやか 「でもでも! 避難所で演奏して、皆の役に立ったんじゃん! 私満足だよ!?」

上条  「これはますますバイオリン頑張らないといけないね。さやかのためにも」


ほむら 「貴女なにワザワザ地雷踏みに行ってるのよ……」

239: 2013/01/11(金) 22:33:09.61 ID:0VzEbBdb0
番外編【いたまえほむほむ】


ネミッサ「んでアンタ結局料理できる設定なの?」

ほむら 「設定って何よ。……ちゃんと出来るわよ失礼ね」

さやか 「ホントかなぁ。できそうであり、できなそうであり」

まどか 「一緒に手作りお弁当とか見せっこできたら嬉しいなって」

ほむら 「そ、そうね! ちゃんと作るわ!」

ネミッサ「なんで吃るのよ」

さやか 「多分嬉しいからなんだよ」ヒソヒソ

ネミッサ「ああ……この子もぼっち?」ヒソヒソ

さやか 「なんだかそんな気もしてきたよ」ヒソヒソ

ほむら 「ちょっとそこ! なにを話して……」

マミ  「あらあら、楽しそうね。私も混ぜて?」

さやか (ああ、なんかややこしくなりそうな予感)

ネミッサ「フツーにマミちゃん料理できるよね。ケーキ焼けるんだっけ?」

マミ  「出来るわよ。お店のには負けちゃうけどね」

まどか 「そんなことないですよ、すっごく上手じゃないですか」

ネミッサ「なら、お弁当くらい作れそうね」

さやか (ば、バカネミッサ!)アワアワ

マミ  「んー、ケーキみたいに手間をかけるようなのじゃなければそれなりには」

まどか 「一人暮らししてると出来るようになるのかな」

さやか (まどか、それはちょっとヤバイ話の流れじゃないか)

マミ  「まぁ毎日否応なしにやっていればできるようになるわ」

ほむら (私もできて当たり前の空気になってない?)

まどか 「ティヒヒ、ほむらちゃんとお弁当交換できたら嬉しいなぁって」

ほむら 「そ、そうよね。私頑張るわ」

さやか (そのセリフ、ひょっとしてマジで料理できなかったりするの? ほむらは)



さやか 「それから数日、目の下にクマをつくるほむらが見受けられるようになりました」

まどか 「誰に話をしてるのかなさやかちゃん」

ほむら 「い、いちいちうるさいわね!」

ネミッサ「いやぁ、マジで出来ないとは思わなんだ」

さやか 「あたしは出来ると信じていたんだけど」

まどか (ホントは苦手だったんだね……ごめんねほむらちゃん)

マミ  「まぁまぁ暁美さん、鹿目さんと一緒に料理覚えればいいじゃない」

まどか 「そうですよね! ほむらちゃん! 私と一緒にお料理を覚えようよ! 私のパパ上手なんだよ」

ほむら 「く……」

みんな 「く?」

ほむら 「クラスメイトには……内緒にしてください……」

みんな (……完璧超人、陥落……)

240: 2013/01/11(金) 22:37:15.29 ID:0VzEbBdb0

番外編【いちまんじかん】その1


さやか 「あー、もう、悔しい!」

恭介  「いきなり入ってくるなりどうしたんだい?」

さやか 「今日さー、ほむらと模擬戦みたいなのやったのよ。訓練ってことで」

さやか 「そしたらさー、ほむら武器持ってないのに私、全然歯が立たなくてさ」

さやか 「くっそぉ、才能ある人はいいなぁもう、悔しい!」

恭介  「さやかは武器を使ったのかい?」

さやか 「そうだよ。ネミッサが持ってた木刀持ってさ。怪我させたくないしね」

さやか 「でも剣道三倍段っていうじゃん。なのに私ぼろ負けってことは」

さやか 「私より三倍強いってことじゃん!」

恭介  (なんだかエキサイトしてるなぁ)

恭介  「まぁ落ち着こうよ。ほら、お菓子とお茶用意するからさ」

さやか 「くっそぉ、いつかアイツを泣かしてやる!」


ネミッサ(どこかでセリフがとられた気がしたわ)

杏子  「おい、打ち合わせ終わったぜー。見滝原戻って飯にしようぜ」

ネミッサ「はいはい。今日はアタシも上がるから、向こうで食べましょ」

杏子  「いつも使わない頭使ったから腹減ったぜ」

ネミッサ「そういうもんなの……?」

241: 2013/01/11(金) 22:38:29.26 ID:0VzEbBdb0
番外編【いちまんじかん】その2

まどか 「さやかちゃんだいぶ荒れてるね」

マミ  「暁美さんに負けたのが悔しいみたいね」

仁美  「今朝からずっとあの調子ですもの」

ほむら 「悔しいって気持ちがあれば強くなるわ」

さやか 「くっそぉ、才能がある人はいいなぁ」イライラモグモグ

恭介  「そんな食べ方するとこぼすよ」

マミ  「あら、素質というか魔力ではずっと高いわよ。美樹さんは」

ほむら 「そうね、私なんかより高いのよ」

さやか 「でも時間停止なんて私できないもん」

ほむら 「いえ、それなんだけれど。もう使えないのよ」

まどか 「え、そうなの? それにしてはさやかちゃんをすごくうまくよけてたけど」

マミ  「体術というか体捌きよね」

さやか 「やっぱりほむらは完璧超人なんだなぁ」

恭介  「それなんだけれどさ、ちょっと考えたんだ」

恭介  「大雑把に、世界的な演奏者を目指す人はそれまでの楽器の練習時間が『一万時間』を超えるっていうんだ」

マミ  「そういうのがあるのね」

恭介  「そうなんです。で、暁美さんが過ごした時間、四月の一か月の30日」

恭介  「一日を睡眠と、魔女関係と、あと学校を含めた生活全般に均等に分けるとする」

恭介  「魔女関係のために8時間使ってるとすると」

まどか 「えっと……さんぱ……240時間!」

ほむら 「全部が全部魔女と戦っているわけではないけれどね」

ほむら 「武器調達と、QBの監視もあるし。ばらつきもあるけど一日平均2~3時間というところかしら」

恭介  「それじゃ少なく見積もって2時間とすると、60時間」

マミ  「あ、だいたいわかってきたわ」

仁美  「暁美さんが繰り返してきた回数がわかりませんが……50回していれば3000時間ですわね」

ほむら 「あまり思い出したくないけれど、それよりはずっと多いわ」

さやか 「……」

まどか 「さやかちゃん……?」

仁美  「仮に500回だとしたら……先の『一万時間』の三倍ですわ」

ほむら 「正確に数えたわけではないけれど……妥当だと思う」

まどか 「ほ、ほむらちゃん……、ごめんね」

ほむら 「気にしないで」ナデナデ

242: 2013/01/11(金) 22:40:49.46 ID:0VzEbBdb0
番外編【いちまんじかん】その3

さやか 「そっか、ほむらは私なんかよりずっと頑張ってそこにいるんだよね」

ほむら 「あまり自分を卑下しないで」

ほむら 「私は正直弱かったから、そうするしかなかったもの」

ほむら 「時間も本当に嫌というほどあったしね」

ほむら 「貴女なら努力次第で私を追い抜けると思う」

ほむら 「何しろ貴女はまだ魔法少女になったばかり。のびしろなんていっぱいあるわ」

マミ  「そうよ。なんなら美樹さんが暁美さんを倒せるようなるまでに協力するわ」

仁美  「私も応援いたします!」

恭介  「僕も応援するよ。それにさやかはまだ始めたばかりだからね。これからだよ」

まどか 「私も! 頑張ってさやかちゃん!」

さやか 「ちぇ、なんだい皆して。不貞腐れてたのがバカみたいじゃん」

恭介  「いい友達をもったじゃないか。それもさやかの良さだと思うよ」

さやか 「恭介……。うん、そうかもね。ありがとう」

ほむら 「ふふ、まどかは私を応援してくれないのかしら?」

まどか 「え、え、そ、その……」

さやか 「ふははは! ほむら君。まどかは私の嫁になるのだ!」ダキッ

まどか 「ひゃぁっ! もうさやかちゃんそればっかり~。もう、止めてよぉ」ジタバタ

まどか (うう、いつもほむらちゃんの前で……)チラチラ

ほむら 「まどかが嫌がっているわ……やはり今日も叩きのめすしかないようね」

さやか 「まどかと交際がしたければ私を倒してからにするのだなほむら君」

ほむら 「ええ、例の銃で消し飛ばしてあげるわ」

まどか 「それはヒドイよほむらちゃん。あんまりだよ……」


恭介  「それで、結局?」

さやか 「今週は全部負けました」

恭介  「まぁ、仕方ないよ」

仁美  「でも巴先輩は褒めていましたよ。気絶する回数が減ったって」

さやか 「仁美、それ褒めてないから!」

恭介  「まぁまぁ。……それじゃ僕もさやかに負けないように頑張ろうかな」

さやか 「うん、頑張って」

仁美  「わたくしたちが応援いたしますわ」

恭介  「僕もがんばるよ。どっちが先に目標達成するか、競争だよ」

さやか 「そうだね。……いつかアイツを泣かしてやるんだから!」


ネミッサ「うん、やっぱりセリフ取られた気がした」

杏子  「あー、食った食った。悪いね晩飯までごちそうになって」

ネミッサ「無理やり奢らせたくせに! もうダンスゲームで賭けるのやめる!」ウワァァァァン!

杏子  「いじけんなよ~。ムキになるくせに~」ケラケラ

251: 2013/01/12(土) 21:04:33.17 ID:8F8LecZm0

筆者です。

お待たせいたしました。

最終章の始まりです。

出来の不安はありますが、

もう、何も言いません。

最後まで、お付き合いください。

252: 2013/01/12(土) 21:05:43.00 ID:8F8LecZm0

最終章
【かなめまどか】

彼は、あのときと同じ笑顔でそこにいた
彼は、あのときと同じ頼もしさで待ってた。
彼は、あのときと同じ手の大きさで導いてくれる。

だから、頑張れた。頑張れる。


お泊りが明けた朝、彼はふらりと現れた。マミ宅で朝食が終わりのんびりしていた時だ。控えめなチャイムの押し方。マミが対応に出ると、嬉しそうにネミッサを手招きした。紅茶を啜る手を止めて立ち上がると、そこに相棒がいた。すぐに声がでないネミッサを、マミが軽く背を押す。その手の温かさが頼もしい。恨めしくもあるけれど。

「本当にあなたが来たの?」

「マダムから何も聞いていないのか?」

「き、聞いてたけどさ……」

もう三十代で、年相応のカジュアルな服装をしているが、あのときの雰囲気は変わらない。悪戯っぽい顔。何かを探し求める目。そして、優しい微笑。ネミッサは完全に浮き足立っている。全然落ち着かない。

「へえ、ちょっとかっこいいじゃん」

「あのときのサマナーさん? こんにちはぁ」

「ネミッサが、う・ろ・た・え・て・る!」

「サヤカちゃんうるさい!」

「あのネミッサの手綱の引き方、教えてほしいわね」

「アンタも大概毒吐くわね」

「すまないな、うちのじゃじゃ馬が迷惑かけたろう」

「あなたも乗らないで!」

そんな会話を交わし、マミはワザワザネミッサの隣に相棒を座らせる。その余計な気遣いにネミッサはむすっとする。マミは悪意がないのか心底嬉しそうな顔をしている。散々この相棒に嫉妬していたのはどこにいったのやら。
ほむら、まどか、さやか、杏子、そしてマミ。相棒はそんな皆を見渡すと、すっと頭を下げる。

「改めて。……ネミッサを受け入れてくれてありがとう。相棒として、お礼を言わせてくれ」

「ちょっ、なんであなたが保護者面してんの!」

「おやぁネミッサ、相棒さんだけは『あなた』っていうんだねぇ」

「あぐっ」

さやかの鋭い指摘にネミッサが沈黙する。それだけ、相棒を特別視しているのだろう。少なくとも無意識的には。全員が笑うなか、ネミッサだけがテーブルに突っ伏して顔を隠す。

「うう、何この公開処刑……」

「ふっふっふ、私の復讐なのだネミッサくん。あきらめ給え」

「そういやあんときあんた、何話してたんだよ」

「何か変なこと言ったんでしょ。拳骨もらっちゃって」

「ああ、あれはね……」

「いやぁぁぁぁぁぁ! それは言わないでぇぇぇ!」

253: 2013/01/12(土) 21:06:49.01 ID:8F8LecZm0

色々と恥ずかしい話を暴露されて悶絶しているネミッサを尻目に、皆は話に花を咲かせていた。特に、マミは興味津々で根掘り葉掘り聞いている。エピソードを一つ一つ話されるたびに、ネミッサの体に電気が走るように身悶える。ちょっと面白かった。

「ほら、いい加減寝てないで、起きなさいよ」

ほむらがぽんぽんと、優しく肩をたたく。ネミッサはふてくされたまま寝っころがったままだ。

「ウェヒヒ、ネミッサちゃんが子供っぽくなっちゃった」

「拗ねてるんだろ。ったく変わんないよ」

「うるさいよ! あなただって変ってないじゃん」

「少年の心を忘れないのさ」

「ああもう、ああいえばこういう! 何しに来たのさ」

そんなやり取りをしつつ会話が一段落すると、襟を正すように座り直し切り出した。

「そりゃぁ、独立戦争のためさ」

空気が変わる。穏やかだが芯の通った声で皆に声をかける。

「君らが望むもののため、この街を守ったことは知ってる。そして、これから守りたいと思うもののため、戦う意思があることも。けれど、それはもう君たちだけの戦いじゃない。もっと大人を頼ってほしい。そのための援軍なんだからな」

相棒は、じっとほむらを見つめていた。ほむらの境遇を知り、一人で背負っていたことを暗に言っているのだ。ほむらは、自らを省みていた。だが、もう彼女は一人で戦うことはもうないだろう。それでもなお、相変わらず他人に頼ることは苦手だ。病弱で、他人に迷惑をかけ続けて生きてきた過去が頼ることを迷惑と解釈してしまうからだ。そういう人間には、おせっかいなネミッサや、無償の愛情を注ぎまくるまどかが必要だった。
相棒の言葉を理解しうなづくほむらに、安心すると会話を続ける。

「これから近いうちに、君らの前でインキュベーターと対決する。それは戦いだし、交渉でもある。君たちに有利なような落としどころを探すから、いろいろ教えて欲しい」

相棒は穏やかに語りかける。皆、とくにほむらはそれに対し真摯に向き合った。

254: 2013/01/12(土) 21:08:57.03 ID:8F8LecZm0

数日後、復興が進む町の片隅で、世界を揺るがす戦いが始まる。
一同はほむらの部屋に集まると、緊張した面持ちでその時を待った。一人、また一人と集まるなか、最後に到着した相棒が、部屋の真ん中のソファに座る。

「準備はいいかな? 彼を呼び出してもらえるかい?」

こくりとほむらはうなづくと、大きな声で呼びかけた。

「インキュベーター、まどかと契約を結ぶつもりがあるなら姿を見せなさい!」

これは嘘をつけない彼らの性質を利用したものと思われる。この声が聞こえている限り、契約を結ぶ意思がある彼らは姿を見せざるを得ない。それにここに今までとは全く違う不穏な動きをする魔法少女たちがいるのだ。姿を見せずとも警戒し監視しているのは明らかだ。この声が聞こえる以上、これは一種の呪いに近い。
はたして彼は現れた。いつも通りどこからともなく表れて、その大きな尻尾をゆらゆらゆらしている。

「やれやれ、来るなと言ったり出て来いと言ったり、君たちは忙しいね。それでなくともいまは僕らは困っていて忙しいんだから」

「それはすまなかったね、こっちに君たちへの用事があったんだよ」

しれっと相棒は声をかける。自己紹介は不要とばかりに気さくなしゃべり方だ。QBのほうもそれを詮索もしない。おそらくは調べがついているのだろう。さしたる疑問もなく、相棒の正面に座る。

「それで、今更君らに呼ばれたのはどんな用事なのかな」

黒幕の白い珍獣が鎮座する。ほむらの部屋。マミが嫌悪感を見せる以外、皆はなるべくそちらを見ないようにしている。あれだけ煽られて騙された以上、まともに会話ができるとは思えない。そのため、相棒が正対する形で交渉に臨むのだ。

「使用済みグリーフ・シードの回収にも呼ばれないしね。何か大きな動きがあったんだろうけれど」

ネミッサも会話に応じない。余計な情報を相手に与えないためだ。

「単刀直入に言うよ、インキュベーター。この星から全個体の退去をお願いしたい」

「それは無理だね」

(即答かよ)

宇宙の熱量氏を防ぐために活動している彼らが、植民地である地球から退去するとは到底思えない。だが、それは百も承知で彼は提案した。

「それよりも、僕らを組織的に攻撃しているのは君たちだよね」

ワルプルギスの夜を超えてから、QBたちが日本の各地で殺害されている。最初は成人による攻撃だったため、回避することが念頭になく瞬く間に葬られてきた。数回殺害されるうちに、ようやく攻撃者が判明した。だがそれまでに百を超す個体が殲滅された。

「攻撃するのが一人や二人ならともかく、二十人を超すとなるとね。それがあの夜から突然、しかも僕らの耳にある輪を回収することも傾向として一致している。偶然とは思えない」

「まぁ、そうだな。無限増殖するって聞いて、新人サマナーの索敵訓練に使われているみたいだぜ」

索敵と、収支のバランスを取る訓練である。報酬と経費のバランスが取れず無駄に悪魔を召喚する新米サマナーが多く、長く続けられないものもいた。そのための訓練である。

「他人事みたいに言うけれど、それは少し困るんだよね。無駄に個体を減らさないでもらいたいな」

「さてね。こっちも洒落で訓練やってるわけじゃないんで、すぐには止められないね」

いけしゃぁしゃぁと言う。内心ネミッサはひやひやしている。

「僕らの譲歩を求めているのかな?」

「この星から退去すれば殺されないで済むと思うがね」

「鹿目まどかと契約さえできれば、個体損失のロスを上回るエネルギーが手に入る。それさえあればノルマは達成できる。そうしたら退去できるね」

「そんなことさせない!」

色めき立つほむらを、相棒が手で制する。なおも何か言いたげなほむらを目線で抑える。それに威圧されほむらが息をのむ。さすがに『キョウジ』を倒した男である。ほむらですら飲まれた。

「エネルギーが最優先の問題か。けれどこのままじゃ契約どころじゃないんじゃないかな」

このままであれば、契約をするにも支障をきたすのではないか、と言っているのだ。むしろそれを目的として訓練としての依頼をしているのだから当然だが。

「個体を増やせば問題ないとはいえ、確かにそうだね。退去以外で僕らに何か要求があるんじゃないかな」

相棒もすぐには答えない。無表情で見つめているだけだ。

255: 2013/01/12(土) 21:09:43.37 ID:8F8LecZm0

「多少なら飲んでもらえるということかな?」

「そうだね。結果的に勧誘を止めることにならないならね」

「ならさ、ゾンビになるとか魔女が魔法少女のなれの果てとか、事前に説明してよ。あんまりじゃない」

さやかが感情のまま叫ぶ。悲痛ともいえる声にひび割れたものも混じる。

「それでいいのかい?」

「いや、それじゃだめだ。契約相手に曲解なく理解させるようにしないとね。それを理解してなお契約する分には我々は止められない」

さやかは舌を巻いた。同時に自分の失敗と、相棒のフォローを理解した。もうしゃべらないほうがいいということを。

「しかし、それでは勧誘の成功率が下がる。効率が大きく悪くなるね」

(そんなことしったことじゃねーよ)

杏子が心の中で毒づく。

「それはそちらの問題じゃないかな。QB狩りが止めばちょうどよくなるんじゃないか」

「それならその言い分を飲む必要はないね」

QB側としては、狩りが終わらなくても増員で対応ができる。いわゆる『経費』がかかることは問題だが、まだまどかを諦めなければ十分に穴埋めできるわけだ。

「はたしてそううまくいくかな」

「どういうことですか?」

マミが問いかける。

「シヴァ、ヴィシュヌ、そして白山比咩大神。三体の悪魔がすでに魔法少女の真実と素質に気付いた。彼女たちが良質の魂を持つものだということにね」

酷い話だが、これは悪魔たちに『葛の葉』が意図的に漏らした情報だ。噂好きな悪魔にこの話はここ数日で広がった。力を求める彼らにはその魂が絶好の食糧に見えるはずだ。ただし、悪魔たちにはその素質の有無の見分けがつかない。そのためどうしてもQBたちの確認が必要になる。悪魔たちが不利になる争奪戦だ。

「なんてことを……」

マミがうめく。だがそこをネミッサが抑え微笑む。マミはそれだけで逆らう気持ちが薄れてしまう。相棒とネミッサを信じようと思ってしまうのだ。

「ところがね、悪魔の中には君を視認できるものがいる。だからさっきの訓練も行えるわけさ。その種族は探し物が得意でね。魔法少女の素質を持つ子を探せるんだよ」

ごろりと爆弾を投げ込んだ形だ。全員が色めき立つ。この男は何を目的とするのか。

「けどね、我々としても少女たちを食い殺されたくない。そこで、お互いに候補生を見つけたら連絡を取り合う協定を組むのはどうだろう? こちらも君たちの手が減るのは困るわけだし」

「君たちは僕らの殺害を止め、僕らは魔法少女に真実とリスクを理解させろ、というんだね」

「そういうこと。どうかな?」

「ダメだね。僕らにはデメリットしかない。それに、僕らは候補生を殺されても困らないんだ。『もったいないけどまいいか』くらいにしか思えないんでね」

相変わらず抑揚のない会話。

「それに、悪魔に襲われたほうが僕としては都合がいい。マミのように命を助ける代わりに契約を申し込めるからね」

ざわっ、とマミが怒りの表情を表す。QBのこの発言は逆鱗に触れたらしい。自分のような弱みに付け込むやり方が許せなかった。もう自分のような悲しい存在を生みたくないと思う彼女にとって到底許せるものではなかった。それと同時にひどく悲しい気分になった。彼女にとって、裏切られたとはいえQBは命の恩人である。彼がいなければ車の下敷きになり絶命していたはずだ。こうして可愛い後輩と一番のお友達に出会えなかったのだ。恩と怨、二つの感情がないまぜになっていた。

「それならさ……」

そこでまどかが口を開く。決意を秘めたまっすぐな瞳で。

「私、契約する」

魔法少女たちから驚きの声が上がる。

256: 2013/01/12(土) 21:11:09.85 ID:8F8LecZm0
「それでは鹿目まどか、君はどんな願いでその魂を輝かせるんだい?」

その声が聞こえているのかわからないような動きで、腕の輪をテーブルに置く。静かに大事に置くしぐさがあまりにもゆっくりで、皆が訝しがる。

「ん? 私はあなたとは契約しないよ?」

「ああ、まだ早いと思うけれど……まぁいいか」

相棒は苦笑する。確かに交渉はほとんど決裂している。ここからは『実力行使』でもいいかもしれない。

「だって、貴女と契約したら魔法少女になっちゃうじゃない。ならないって約束したのに、嘘になっちゃう」

にこやかに話すその声に、真意は読み取れない。皆もQBもしゃべることができない。ただほむらだけがほっと胸をなでおろした。


「私ね、悪魔召喚士になる」


全員が唖然とする。唯一相棒だけがにやにや笑っている。なぜかという問いを出したくて仕方ない一同を見渡して、にっこりと笑う。

「魔法少女にならないで、皆と一緒に戦うにはそれしかないって思ったの」

「そんな! ほむらがどんな気持ちでいたか!」

さやかの指摘ももっともだ。戦いに身を置いてほしくない、そういう願いがあったはずだ。すでに皆それを理解しているはずだった。まどかすら。

「うん、だから、これは私のわがまま。皆が戦ってる時に自分だけ何もしないのはもういや」

ワルプルギスの夜との戦いで、皆は果敢に戦った。魔法少女やネミッサだけではない、上条や仁美ですら戦った。そんなとき、自分はただ守られてじっとしていただけだった。そんなときに流れた仁美の声、上条の演奏。それを聞いたときから胸に熱いマグマが揺蕩っていた。じっとしていられないまま、まどかは嵐の中走りだし、皆に祈りを吠えた。

「だからって、面白半分に首突っ込んだら、あたしがいの一番に……」

「うん、つぶす、って言ってたよね。でも、私だって大事なものがあるんだもん。負けないよっ」

「はは、なら、突っ走るしかないよな。あたしは止めないよ。突っ走りな」

豪快に大きな声で笑うと納得したのか、杏子はそれきり止めることをしなかった。しばらく笑いが止まらないらしい。残りの皆はきょとんとしていた。

「ごめんねほむらちゃん。でもね。私もほむらちゃんを守りたいの」

ほむらは、驚いた顔で、じっと見つめるしかない。

「ネミッサちゃんと、相棒さんみたいに。どんな苦難も、二人で乗り越えたいの。ゆるして、くれるかな?」

「そ、そんなこと言われたら……、許さないわけにいかないじゃない。……まどか、ずるいわ……」

言葉とは裏腹に、ほむらは笑顔を見せた。目には、うっすらと涙が浮かぶ。まどかもほむらが受け入れたことが嬉しかったのだろう。にこにこしていた。

257: 2013/01/12(土) 21:13:20.86 ID:8F8LecZm0

「いったい、きみは何を望むんだい?」

「だから言ったじゃない。悪魔召喚士だって」

ことりとポケットから取り出したのは、さやかを救った時に使ったあのスマホだ。ネミッサが小さく驚く。すっかり回収するのを忘れていたのだ。そういえば、あれをまどかは返却しなかった。育ちのいい彼女が、あれを意味もなく着服しようとは思わないはずだ。またあれを悪用するとも思えない。そもそも白山比咩大神がそんな悪用に協力するような性格ではない。

「私が契約するのは、シヴァさんだよ」

そう笑うと、腕輪に軽く触れる。まるで寝ている何かを起こすように。

『お待ちしておりました。鹿目まどか殿』

腕輪から声がする。あの雄々しい精悍な神の声だ。どうやら、『キョウジ』の使い魔が自らのわずかな魂を腕輪に変形させ、まどかに渡していたようだ。

「悪魔と契約するのか。けれど、それでどうやって僕の譲歩をひきだすのかな?」

『甘言を囁く白いけだものよ。彼女の因果の力が欠片でもあれば、今にでも私はお前の星に出向き壊滅させることも可能だ。今は黙りたまえ』

声だけにもかかわらず、威圧する。破壊と創造を司る神が世界を覆すほどのエネルギーを手に入れれば、それをこの世界で再現することが可能だ、といっているのだ。

「直接脅迫に来たのかな」

「そうじゃないよ。シヴァさん、今は静かにしててね」

『失礼しました。では私と契約していただけますね』

契約の複雑なプロセスはまどかにはわからない。だが、スマホの機能を使えば、それはいとも簡単に行える。

「それじゃ契約しますね」

ぽん、とアプリを起動すると、ディスプレイから光があふれる。それに合わせ、腕輪からも光があふれる。まどかの体から淡い光が滲み、少しずつ腕輪に引き込まれる。

『私は破壊神シヴァ。今後ともよろしく。鹿目まどか様』

「よろしくね、シヴァさん」

腕輪が光に包まれると、その姿を変え、精悍だが異形の神の姿を取る。あの嵐の中皆に力を貸した神の姿だ。うやうやしくまどかに頭を下げると、再び光になりスマホの画面に吸い込まれる。まどかのすさまじい因果が絡みついた魂を糧に、本霊に匹敵する体を構築してしまったのだ。

「はははは、最初に契約した神が最高神とはねぇ。こりゃあ俺もうかうかしてられないなぁ」

「最初は白山さんですよ?」

「それも十分すごいよ。ははははは……」

相棒は笑いが止まらないという感じで笑い続けている。

「なるほどねー。これなら確かに戦えるわ。こりゃすごいわね」

白山比咩大神とインド神話最高神を使い魔にする中学生など世界のどこを探してもいない。生半可な悪魔がまどかを襲っても、返り討ちに合うはずだ。だがそれでも疑問が残る。それはまどかはいいとして、ほかの候補生はどうするのか?

258: 2013/01/12(土) 21:14:42.25 ID:8F8LecZm0

「さ、彼女が実演してくれたようだ。魔法少女の素質がある子は、悪魔と契約ができる。悪魔に狙われるとしても、戦う方法ができたわけだ」

相棒はにやっと笑う。つまり、魔法少女の素質がある子らは選択肢がある。QBと契約し魔法少女になるか、悪魔と契約するか。
どちらも望まぬなら悪魔に襲われぬよう『葛の葉』の保護を受けることも可能だ。

「悪魔もね、嘘をつかないって方法で契約相手をだますことがあるんだ。それは君らと変わらないだろうね。そういう意味では、君に競争相手ができたに等しい」

植民地から不当に莫大な利益をあげるには一対一の貿易が必要だ。貿易する相手が二か国以上になればより条件のいい国と取引するはずだ。それは植民地が無知であっても利を上げるほうと契約をするにきまっている。今まではQBたちだけが独占して魔法少女たちと取引していたが、今度からは悪魔がその競争相手になる。そうすれば、互いに契約内容を刷新せざるを得ず、利益が下がるのを覚悟で魔法少女側に利のある契約にせざるを得ない。
搾取という状況が崩れるのだ。
そして、QBと悪魔の双方の仲立ちをするのが『葛の葉』たちサマナーである。双方のバランスを見て、魔法少女を助けるようふるまうことが目的である。

「そのうえで、君たちは僕らに協力すると?」

「そりゃそうさ。悪魔が契約するだけとは限らないからね」

有無を言わさず悪魔が食い頃す可能性もないわけではない。それは『葛の葉』の望むところではない。

「その代り、魔法少女のリスクを相手に理解させろというわけだね」

「こちらも君たちへの攻撃も止める。せざるを得ない。また候補生の情報も共有する」

「契約を阻止するつもりじゃないんだね」

「ああ。まだワルプルギスの夜はいるんだ。それを倒すには魔法少女がどうしても必要だ。むしろ覚悟を持った魔法少女には増えてほしいものだ」

そして、望むならばその心のケアを『葛の葉』で行う。組織的な訓練を施し、グリーフ・シードを安定供給し、軍事行動すら目的とする一団の形成。それが

「それが、アタシの目的」

ネミッサは、その『葛の葉』で『魔法少女保護管理室』の初代室長となっていた。人間に比べ寿命がない彼女である。 何十年先の戦いに備えることができる。
ほむらは目が濡れる。自分が先送りした問題に、ネミッサがすでに着手していたことを知ったのだ。尻拭いというと聞こえは悪いが、ほむらの心残りを彼女が果たす。

259: 2013/01/12(土) 21:16:25.24 ID:8F8LecZm0

「それなりにメリットはあるね。だけれど、それではやはりエネルギーの低下が問題だ。それが解決できるのかい?」

QBが譲歩を見せた。相棒がネミッサをみる。ネミッサが大きく頷く。

「それならアタシが協力できるよ。これを使ってほしい」

と懐からさやかのグリーフ・シードを取り出して、テーブルに立てる。その中身は銀色の何かに満たされている。

「これは……マニトゥ。アタシの中にあったアタシの母体。剥き身のままだと見境なしに人の魂を集める危険なものだけれど、アタシの中やグリーフ・シードに入れておけばそういうことは起きづらいみたい」

それをQBはまじまじを見つめる。高純度のエネルギー体に興味があるようだ。だがこれだけでは魔女化のエネルギー一回分にもならないだろう。

「これをどうしろと?」

「こいつは接続した人間の魂を見境なしに集めるんだ。けど、回収した魂からエネルギーを一部取りそれをまた元に戻せば、微量ながら恒久的にエネルギーを得られる、はずよ。魔法少女のソウルジェムをこれにつないでおけば大きく濁るたびにエネルギーが得られるんじゃないかしらね」

QBも興味をそそられたようだ。
ソウルジェムからスポア、そしてキャリアがマニトゥを経由し、キャリアからソウルジェムへ魂を戻す。
そんな循環する流れが完成させる必要はあるが。

「開発には時間がかかるだろうけれど、今のシステムと両立させれば、君たちと協力する際に損失する分は補えるかもしれないね」

やれやれ、といった風にQBが頭を振る。

「いいだろう。君たちに協力しよう。対悪魔の措置もやってくれるんだよね」

「もちろん。そのあとどちらと契約するか、契約しないかは少女自身に委ねる。かまわないね」

「確かに僕らは競争相手なしに君たちと取引をしすぎた。競争相手ができた以上同じ方法は通じないだろうね。けれど、それ以外は僕らはやり方を変えないよ」

「それで結構でしょう。お互いの利益になるような相互利益の関係が一番いいですからね」

相棒はにっこり笑った。

「細かい話はまたいずれにするが、少なくとも今後契約するときにはちゃんと相手に理解させるようにするよ。また細かい点についての話し合いの時は呼んでほしい」

そう言い残し。QBは窓から飛び降りて姿を消した。
全員が大きなため息をついた。一応の着地地点には到達したように思う。

「うーん、これはQBは大分譲歩してくれたみたいだねぇ」

「そうなんですか?」

「ああ、彼らは僕らと長く付き合っているはずだ。僕の頭でこしらえた考えなんて論破できるような意見はあったはずなんだ」

相棒はこった肩をぐるぐる回して、緊張をほぐす。

「きっと、少しは君たちに感化された……のかな」

「まさか。あの害獣どもがそんな」

「……私はそう信じたいわ……だって、彼は、私の恩人だもの」

切ないマミの祈り。その肩をネミッサが優しく抱きしめる。ぽろぽろと、声もなくマミは泣き出した。それはどういった意味の涙か、それは本人にもわからなった。

260: 2013/01/12(土) 21:17:45.62 ID:8F8LecZm0

翌日、杏子は養子縁組の話を了承し、近く鹿目家の養女となることを決めた。行方不明としていた期間の話は少々こじれたが、『葛の葉』や志筑家がフォローすることでなんとかするようだ。

「なんで急に?」

「ああ、なんとなく、かな」

杏子は何も言わなかったが、ただ守られるだけのまどかがあまり気に入ってなかった。
また、ただ生き残った自分だけが幸せになることにためらいがあったからだった。それを正直にすべて伝えた。自分だけが、新しい家族を得て、幸せになっていいのか、と。

「娘の幸せを願わない親なんかいねえよ! どんな事情があってもな」

その詢子の一喝が杏子の悩みをすべて吹き飛ばした。強引な言葉に思わず感動し、また号泣してしまった。
実際には同い年だが誕生日が先ということで、杏子はまどかのお姉ちゃんとなった。まどかは新しいお姉ちゃんができたことが嬉しかったらしい。素直に喜んでいた。
知久も新しい家族に語りかける。

「……過去を背負って生きていかなくてはならないのなら、この世の中は幸せになってはいけない人だらけになってしまう。君は幸せになっていいんだよ。杏子お姉ちゃん」

また杏子は泣いた。あの時から凍りついた時間が、解け出すようだった。


後日、再び五人で魔女と戦っていた。今回は変身しているのはネミッサとさやか、そしてほむらだけ。新米として訓練を申し出たさやかと新たな弓を武器にするほむら、魔法少女に変身したてのネミッサのが戦う。ほかの二人は変身すらしていない。さやかはともかく、弓に慣れてないほむらと、魔法少女の力加減が難しいネミッサが苦戦をしていた。
なんとか撃破し結界を出ると、そこにまどか以外の魔法少女がいた。いつかのアップ髪とベリーショートの少女だ。またあの時の再現かと皆が思うと、こういった。

「あの、魔法少女を集めているって話を聞きました。その……、私たちも話を聞かせてもらっていいですか?」

今月これで八人目だ。そこそこ広まっているようだ。ネミッサはにっこり微笑んで対応する。

「いいよ、アタシが一応そこの協力者なんだ。お茶でもしながら話教えたげるよ。グリーフ・シードが目当て?」

二人が苦笑いする。

「でもタダじゃないからね? それと、参加するかどうか別にしてさ、『候補生』がいたら情報教えてほしいんだ。いいかな?」

「はい、それも聞いてます。私のクラスメイトで一人いますよ」


「グリーフ・シードを大量に送ったのが功を奏したようですね」

「あれが君らだったのか。予知ってのはホントすごいね」

「なぁ、もうしろまるは倒さなくていいのかい?」

「もういいみたいだよ。結構いい稼ぎだったんだけど」

若いサマナーは白と黒の魔法少女の監督役になった。戦闘のスキルは魔法少女の方が高く、それ以外の戦闘指揮はサマナーに一日の長がある。

「今日も戦闘訓練だ。お手柔らかに頼むよ」

「はい、頑張りましょう。怪我をしても治してあげますからね」

「怪我するのが前提なのかよ」

261: 2013/01/12(土) 21:18:27.75 ID:8F8LecZm0

天気のいい日曜日。八人は見滝原の丘にある公園へピクニックに出かけた。マミと杏子、そしてネミッサはお弁当を作って持っていくため少し遅れた。足の覚束ない上条の補助を買って出たさやかと仁美はそこからさらに遅れるとのことだった。
先にいるのはほむらとまどかだけだ。少し動くと五月晴れで汗ばむほどの暖かな日。小
高い丘から見える町の復興は非常に早く進んでいる。

『まず生きることを考えるのが人間だ。我らにはない素晴らしい強さを見た』とはシヴァの弁。悪魔が人間を称賛するちょっと変わった発言だった。

マミ特製のブレンドティーに量の多いサンドイッチが入ったバスケットを、ネミッサと杏子で分担して持つ。
三人が丘を越えた先に、ほむらとまどかがいる。朗らかに、心から嬉しそうに笑うほむらがそこにいた。お揃いの白いワンピースに白いリボンがまぶしい。寒さ除けに用意したカーディガンは近くの木の枝で風に揺れている。
ネミッサが一番見たかった光景だった。嬉しくなって走り出す。

「おーい、ホムラちゃーん、マドカちゃーん!」

つられて走り出す二人。さらにその後方にさやかたちが見えた。皆に気付くとほむらが大きく手を振って返す。

262: 2013/01/12(土) 21:19:22.49 ID:8F8LecZm0



これからほむらは、みしらぬあしたへ歩き出す。

繰り返した時間の回廊から抜け出した彼女には、あしたはこれまで以上に不安に満ちている。

けれども、そこにはまどかがいる。さやかも、マミも、杏子もいる。仁美もいれば上条もいる。そして、ネミッサも。徒に恐れることはない。

彼女はやっと、あしたへ歩き出せる。最愛の友人たちとともに。




263: 2013/01/12(土) 21:24:50.88 ID:8F8LecZm0
【エピローグ】


「室長、ネミッサ室長」

「それもうやめて、肩書きあっても責任者じゃないし」

「勿論、知ってていってます」

「ウン、次やったらアンタ感電氏だってのは知ってるよね」

「メール届いていますから、確認してください」

ネミッサは今、『葛の葉』の組織にいる。日本国内の魔法少女を保護し協定を結ぶことでサマナーのパートナーとして協力してもらう部署を取り仕切っている。『魔法少女保護管理室』と大層な名前のトップといえば聞こえはいいが、完全な顔役である。銀髪を腰まで伸ばした彼女はその容姿自体が証明書に近い。日本国内の魔法少女からは『葛の葉の魔女』といえばネミッサを指すらしく、協定外の魔法少女ですら知っている有名人だ。
『葛の葉』に協力すると、魔法少女たちはサマナーのパートナーとして戦闘の協力や、特殊能力による支援活動に従事する。そのかわり人工浄化したグリーフ・シードが定期的に支給される。また望めば戸籍の復活や住居の斡旋などを受けられる。かつての杏子のように行政手続がわからないままになっている少女も少なからずいて、それなりに助けになっているようだ。

264: 2013/01/12(土) 21:25:51.36 ID:8F8LecZm0

あれからずいぶん経つ。
まどかはほむらを案じ、ありとあらゆるイベントをこなそうとほむらを引っ張りまわした。弟のための五月の節句に始まり、ショッピング、映画館、七夕、夏祭りに旅行。ハロウィンやクリスマス、除夜の鐘に初詣。スキーや温泉旅行も企画。バレンタインは友チョコを一緒に作り、ひな祭りやお花見まで、ありとあらゆるイベントにほむらを連れ出し、皆でほむらが欲しがった日常をたっぷりと満たした。そのたびに嬉しくて頬を染め、隠すようにそっぽをむくほむらは、皆に可愛がられた。

充分に彼女は幸せだったと思う。

グリーフ・シードの人工浄化技術も徐々に軌道に乗り、組織だった魔法少女の編成も形になり、絶望へのケアも充実した。QBは魔女化しにくくなることに困っていたようではあるが、積極的な妨害はしてこなかった。酷い話ではあるが、まどかの契約もできなくても「ああそうか」くらいにしか感じおらず、数さえあれば同じエネルギーは回収が不可能ではないからだ。
また、マニトゥの協力のもと世界中の人間の感情エネルギーを少しずつ集める技術も開発が進んでいるため、そちらを優先している節がある。魔法少女のシステムも魅力だが、安定して回収できるマニトゥシステムもまた並行して行われるようだ。一度に大量のエネルギーを得る方法と、地道に集める方法と両立させるつもりのようだ。


QBは変わらないまま、まどかたちは成長していった。高校に入り、大学に入り、就職し、結婚し、子を設け、孫を設け、穏やかな天寿を全うすることができた。
あの一ヶ月を全力で駆け抜けた魔法少女たちは、一生涯の友人だった。お互いがお互いを結婚式に招待し、スピーチしあう。家族の次に親しい友人たち。いや、ひょっとしたら、家族よりも親密だったかもしれない。
ネミッサも幸運にもその間に居られたが、一人、また一人と櫛の歯が抜けるように掛けていく彼女たちに一抹の寂しさがあった。皆が成長する中、自分の容姿は殆ど変わらない。それが切なかった。それぞれの臨終にはすべて立ち会うことができたのも幸運ではあったが、それもまた寂しい。
魔法少女本人が亡くなると、中が空洞になったソウルジェムが残るらしい。皆がそれを知ったときに相談し、ソウルジェムをネミッサに託す事にした。困ったことにまどかはネミッサに内緒で皆のソウルジェムを元に自分のそれをデザインし作成した。ネミッサは渡されて氏ぬほど驚いたが、まどからしからぬイタズラに、涙を流しながら笑った。

「怒ってくれて、泣いてくれて、助けてくれて、ありがとう」

「貴女に会えて、本当に良かった。みんなのことお願いします」

「わるいね。先行くけど、あんたはゆっくりおいで」

「救ってくれて、ありがとう。最高の友達が沢山いるのはあなたのおかげ」

「あなたがいてくれたから、私はこうしていられます。ありがとう、幸せでした」

265: 2013/01/12(土) 21:28:22.03 ID:8F8LecZm0

「ん、メール? いつもはアタシ宛のまとめてくれるのに」

いつもはメールの中身を確認して報告してくれる同僚がそんなことを云うのは珍しい。

「それが、魔法少女絡みかどうか、私にはちょっと意味がわからなかったのです。直に読んでもらえますか」

「うん。わかった。ありがとね」

苦手だが仕方ない、メーラーをたちあげて見る。





『送信者:ホテル業魔殿
 件名 :急告!
 本文 :再結成!! マギカ・クインテット!』


ネミッサは走りだした。走りながら、涙が溢れてきた。止められないまま、間近のテレビに飛び込んだ。





業魔殿は、ヴィクトルが生命の研究のために設立した施設である。
その過程で、悪魔を掛けあわせ新たな悪魔を生み出す「合体」という背徳の技術を生み出した。その技術は広くサマナーたちに知れ渡り、必要な能力を持つ悪魔を生み出すため重要な支援技術として定着していた。
さらにその中に、歴史上の人物を英霊として復活させる技術がある。雛形となる「造魔」に特定の悪魔を組み合わせることで、半ば悪魔化、神格化した英霊たちを蘇らせるのだ。

「おっさん! 邪魔するよ!」





「はっはっはー、私らが英雄かぁ。照れるねえ」

「としたらおかしいわね。貴女対して活躍していないでしょうに」

「うお、相変わらず辛いなあんた」

「でもそうしたら、なんで私もここにいるのかな?」

「ふふ、貴女がいないとダメじゃない。いなくては困るわ」

大きな音がして、五人が寛ぐ一室のドアが開く。
目一杯に涙をたたえて、ネミッサは走りこむ。部屋の五人も一斉に駆け寄る。

その中の一人は真っ先に飛び出し、誰よりも先にネミッサと抱き合った。

266: 2013/01/12(土) 21:29:48.21 ID:8F8LecZm0

間近に控えたワルプルギスの夜との再戦に、『葛の葉』に所属する多くの魔法少女を投入する作戦があった。

「さあみんな、あの伝説のワルプルギスの夜と、決着を付ける時が来た!」

「敵は歴史に名を残す強力な魔女だ。ケタ違いの耐久力、攻撃力、攻撃射程を持っている」

「けれど、恐れることはないわ! 知っての通り、私達にはあのワルプルギスの夜を退けた英雄たちがついている!」

「彼女たちだけでは退けるだけだった。だけど、アンタたちが力を合わせれば、それ以上の結果が必ず出せる」

「さぁ、暁を見ましょう。炎立つ美しい朝日を見るために! 新しい歴史に名を残す英雄になるために!」

杖を掲げ、ネミッサが宣言する。左右には各々武器を掲げた魔法少女がいた。
美樹さやかはサーベルを地面に突き立て柄に手を載せる、騎士の佇まいで手を添え真っ直ぐ立つ。
佐倉杏子は槍を天高く掲げて、獰猛な笑いを浮かべ魔法少女たちに応える。
巴マミはマスケットを両手に携え、誇らしげに、照れながらも胸を反らしている。
弓を持って、小さく手を振る鹿目まどかは、まだ自分のポジションがわからないらしく照れ笑いを浮かべている。

魔法少女たちの集団の歓声が収まるのを待って、彼女は静かに語り出した。

「私たちは、何かに導かれて、ここに戻って来ました。皆さんも知っての通り、私は何度も一人で立ち向かい敗北しました」

女性たちがため息をつく。古代神話から抜けだした女神のような美貌の持ち主が語る。

「私達がワルプルギスの夜を退けたときも、次世代に先送りすることしかできませんでしたが、それが精一杯でした」

その凛々しい顔立ち、美しい髪、神話から抜けだした戦女神の趣は、すべての魔法少女を奮い立たせる。

「けれども、ネミッサも言うとおり、皆が力を合わせれば必ずワルプルギスの夜を倒せます」

彼女としては、驚くべき言葉が紡がれる。

「そして、私はワルプルギスの夜に因縁があります。……それを断ち切るためにも力を貸してください。どうか、お願いします」

最期の言葉は絞りだすようにこぼれた。
最前列に位置した魔法少女の一団が変身し、各々の武器を出して応じる。それに合わせて漣のように変身の波が広がり、武器を掲げて応じる魔法少女たち。

意気軒昂の五十人を超える戦士たちは歓声を上げ、暁を迎えるために出陣していった。
戦うのは彼女たちだけではない。グリーフ・シードと化した魔法少女たちもまた共に戦う。『葛の葉』のサマナーや悪魔たちも後方支援ととして付く。
総勢三百人を超える大規模な作戦の幕開けだった。


『何かさ、燃え上がれー、って感じでカッコいいと思うなぁ』


ほむらは再び戦場へ。ス-パーセルを引き起こす伝説の魔女と、それを退けた伝説的な魔法少女達の戦いが幕を開ける。

267: 2013/01/12(土) 21:31:30.82 ID:8F8LecZm0

「あ、大事なこと忘れてた」

「ん? なにネミッサちゃん」

「んーん、大したことじゃないんだけどね……歌、忘れた」

「なんのことですか?」

「『Tout est sur avec une chanson』……『すべては歌で終わる』ってね」

「なら一曲やろうか。任せて」

「おっ、待ってましたー!」

「曲はアレだろ? ならあたし歌えるよ」

「さすが佐倉さんね」

「鐘一つじゃないことを祈るわ」

「それはさすがにひどいよほむらちゃん」

「へぇ、洒落てるじゃないか」

『おお、これは役得』

「それじゃ。ご清聴ください。曲は『グノーのアヴェ・マリア』」

「ふふ、それはどなたへの曲ですか?」

「ちょ、ちょっと! 仁美!」

「ひゅーひゅー」

「ひゅーひゅー」

「も、もちろん……きまってるじゃないか」







これは、祈り

ささやかなみらいをまもるため

全力で駆け抜けた英雄たちへの

ちっぽけな

祈り

268: 2013/01/12(土) 21:42:42.04 ID:8F8LecZm0

筆者です。

最後までお付き合いありがとうございました。

これにて、本編はフィナーレ、閉幕となります。

皆さんの心に、わずかでも爪痕が残せたでしょうか。


正直、この書き込みの時点では、ドキドキしています。

皆さんが納得できるようなストーリー展開ができたか、

ちゃんと理解してもらえるような文章ができたか

とても不安です。


この物語を書くに当たり、

助言や感想をくれた友人に、この場を借りて

お礼申し上げます。


そして、最後までお付き合いいただいた読者のみなさんにも、

お礼申し上げます。


ありがとうございました。


274: 2013/01/12(土) 23:58:45.63 ID:8F8LecZm0
番外編【けっせんぜんや】


『ああ、言いかけてやめた仕草が気になるね
その溜息の、隙間に落ちたものは何?
いつか二人、友達とは呼べない
距離に変わることに気付いていた
無くすことを恐れて知らないふりをしていた
お互いの躊躇いから踏み出す瞬間
急に話反らして照れたような横顔
始まりの予感抱いて見つめていたい』


「ね、そっちいっていい?」

決戦を明後日に控えた夜。マミは急にそんなことを言いだした。

「ん? いいけど、どったの?」

あまり深く考えないネミッサはあっけらかんと答える。パジャマ姿のマミがいそいそと歩み寄ると、ネミッサの布団にもぐりこむ。
マミの顔がこわばっていることに気付き、察する。
当たり前だ。不安に決まってる。負けて自分が氏ぬだけではない。町が壊され、人が氏に、まどかが守れなくなるのだ。怖くないわけがない。

「ご、ごめんね……」

「いいわよ。アンタ強がりすぎ。ちょっとはアタシにでも甘えなさいって」

皆の前で強がるマミをこうして甘えさせるのが自分の役目だと、ネミッサは思う。いや、役目なんかではない。自分がしたい。
急速に、マミに魅かれている自分がいた。この強がりで、実は甘えん坊で、かっこつけで、強くて、弱くて、可愛い。そんなマミを。

(急速になんかじゃない)

繰り返すループの中で、ネミッサは何度もマミと知り合い、友人となり、そして失ってきた。ほむらの指示で仲良くすることが多かったが、それがないケースでも進んで友人となった。

後輩たちがいないとき、マミはこうやって甘える。胎児のように体を曲げて、ネミッサにしがみつく。照れ笑いを浮かべながらも背の高いネミッサの胸に顔をうずめる。そんな背中に手を回し抱き寄せるネミッサ。
今回はそれがより強いように思う。三度マミはネミッサに救われた。マミはそのためネミッサに弱依存している。
だから、こんなことは、初めてだった。
丸まったまま、顔を上げ、ネミッサを見上げる。

「ねぇ、ネミッサ?」

「なに?」

顔が近い。吐息がかかる。

「ごめんね……」

275: 2013/01/13(日) 00:01:02.06 ID:IpW5+5uF0

次の瞬間、マミに唇を奪われた。
一瞬触れるだけのこれはバードキスだっただろうかと全く違うことを考えてしまった。

「どうしたの……?」

「怖いの」

「当たり前じゃん。負けられないんだよ、アタシたち」

「違うの」

「……」

「貴女が氏ぬのが怖いの。失うのが怖いの」

返事ができない。

「私、正義の味方じゃなくなっちゃった。戦えなくなっちゃった」

ネミッサは拒まない。それがマミには苦しい。最低なことをした自分をいまだに抱きしめているネミッサ。彼女が未だ相棒を想っているいることを、知っているのに。それでもなお、ネミッサはマミを抱きしめている。

「ごめんなさい。最低ね。私」

「……ねぇ。アタシには、アンタの力が必要なんだ。……どうしたら戦える?」

マミは俯いたまま答えない。答えられない。罪悪感から、言葉が出せない。

「……貴女が、好きなの……」

それがどういう意味の言葉か、鈍感なネミッサだってわかる。ぼろぼろとこぼれる涙の意味も、痛いくらいにしがみつく腕の強さの意味も。

「ごめん」

それの意味を知り、マミは嗚咽のように泣き出した。拒絶されたことを知り、ネミッサから離れようと身じろぎをした。だが、ネミッサはそれを抱きしめて胸の中にとどめる。

「いかないで。まだ、まだから」

かなり強い力でマミを抱きしめ抑える。胸に押し付けて離さない。それでも身を捩じって逃げようとする。だが、それでも離さない。

「いかないで、お願いだから」

諦めたのか、マミの動きが収まる。

「今はね、アタシ、アイツが好き。忘れられない」

また泣き出した。マミの静かにしゃくりあげる声。

「でも、多分もうだめ。逃げ回ったから、時間が経ちすぎた。でも、忘れられないの」

ネミッサの胸で隠すマミの耳にささやきかける。

「この戦いが終わったら、アタシアイツに話する。玉砕してくる」

マミは身動き一つせず、嗚咽だけ上げている。
ネミッサも涙一つこぼす。

「玉砕して、立ち直れたら、まず、アンタのこと考えたい」

息をのみ、顔を上げる。その視界いっぱいにネミッサの顔と、潤んだ瞳があった。

「そのときまで、アタシのこと支えて?」

マミの思いにこたえない自分が、身勝手なことを言うと、我ながら思う。けれども、ネミッサにとっても、マミはかけがえのない存在だった。

「アンタの望む関係になれるかわかんない。けれど、アンタと一緒にいることを最優先で考えたい。それまで……、待ってて?」

276: 2013/01/13(日) 00:03:06.71 ID:IpW5+5uF0

『ああ、いつからか泣き顔さえ見せていたね
もう失った恋の話打ち明けたり
多分きっと友達より近くて
不思議な関係を大事にしてた
待ち続けた誰かにあなたが変わっていく
ときめいた胸の奥で何かが弾ける
交差点で手を振り歩き出した背中に
駆け出せば心はもう引き返せない』


「ただいまー。あー、ちょっと歩いたわね」

「そうね、ちょっと疲れたかな」

「アンタ掃除もしたんだもんね。ごめん、手伝わなくて」

「ホントよ。もう、大変だったんだからね」

そういいつつも、顔は笑っている。

「さぁ、冷凍食品は解けてないみたいだし……。今日は簡単なご飯にしましょ」


「たまにはこういうのもいいね」

「そうだね。でも、アンタのご飯が一番美味しいよ」

マミが微笑む。いつものまっすぐな言いようは変わらない。

「相変わらずね」

「フラれちゃった」

息をのむマミ。唐突に、普通に話すネミッサに驚いた。

「もう、子供もいるんだって。奥さんの名前、怖くて聞けなかった」

声を上げず、ただ滴が零れ落ちる。
マミは、かける言葉もなく、立ち尽くす。

「でもね」

言葉はどこまでも平たい声色。

「終わった後、真っ先にマミちゃんの顔が浮かんだの」

泣きながら微笑む。

「どうしてかな」

「わかんないよ」

どちらともなく言う。

「おかしいね」

「そう、だね」

どちらともなく歩み寄る。

「ファーストキスだったんだよ」

「こっちもだよ」

「二回目はなんていうのかな」

「わかんないよ」

重なり合う二つの影。

「ねえ? 今夜はアタシが泣いていいかな」

「いいよ。ずっとそばに、いてあげる。お友達だもの」

でも、それがいつか。違う意味を持つときが来ることを、祈って。


TWO-MIX アルバム「BPM132」収録曲「Friend」より

286: 2013/01/13(日) 23:12:14.30 ID:IpW5+5uF0
番外編 【いらいざはだれ?】


「ネミッサ様、お願いがございます」

そんなふうにメアリに言われた、七月の梅雨時期。
打ち合わせを終えてお茶を飲んでいるネミッサは顔を上げる。
メアリに紹介された、ホテルの社員。その人物に頼まれた仕事。
その内容を説明されたネミッサはあきれ返った。

「い、いやよそんなの。頼めるわけないじゃない」

「そこを何とかお願いできませんか」

「い、や!」

メアリは(本当にわずかに)残念そうにしながら、借用書を見せる。
それをみてネミッサが表情を変える。赤くなり、青くなり、白くなる顔色。

「ああもうわかったわよ! でもあの子たちが断ったらだめだかんね!」

「そこを何とか……」

借用書を申し訳なさそうに指差す社員。彼女も必氏なのだ。

「わかったわよ! やればいいんでしょやれば!」

ネミッサは頭を抱えた。

287: 2013/01/13(日) 23:12:45.22 ID:IpW5+5uF0

マミ宅に皆を集めてのお茶会。パトロールを終えた皆がマミのお茶を堪能していた。

パトロールをシフト制にしよう、というほむらの提案の元、話し合いが続いていた。
見滝原には戦闘要員がネミッサを含め五人いる。(『デビルサマナー鹿目まどか』を含めれば六人だが、彼女は直接戦闘は行わない)魔女と戦うには多くても三人まででいいというところまで決まった。戦闘人員二人、待機人員に一人、ほかの二人はオフ。といった形だ。
今年受験のマミは受験の合否まで最低でも待機人員で通し、来年はほむらとさやかが待機人員どまり。

「そうは決めても、危なくなったらオフの人も駆け付けちゃうんだろうけどね」

「でもオフの人は遠出もできるわ」

「オフの日はホムラちゃんとデートできるよ。やったねマドカちゃん!」

顔を真っ赤にして俯くまどかとほむら。

「そういうあんたはマミさんとデートするんでしょ」

「そりゃぁね。勉強ばっかじゃ息詰まっちゃうでしょ。当然よ」

「ちょっと、デートってところは否定しなさい」

さやかは反撃のつもりだったが、実際ダメージを受けたのはマミのほうだ。一瞬さやかはおやっと思ったが、目標はあくまでネミッサだ。

「じゃぁマミさんが駄目なら一人ぼっちだね」

「うっさいなぁ。アンタはカミジョー口説いてなさいよ」

相棒はすでにパートナーもいて、家庭を築いていた。パートナーの名前は、聞けなかった。

「んじゃあたしとゲーセン行こうぜ」

「アンタ、ダンスゲームですぐ賭けるからヤダ」

杏子は今見滝原中学校への転校手続き中だ。必要な書類が揃い次第、二学期には転入できるとのことだった。

「ネミッサ、何か話が合ったんじゃないの?」

ピタリ、ネミッサの動きが止まる。実は、皆にお願いがあって集まってもらったのだが、とても言いだせず、ずるずると先延ばしにしていたのだ。それを指摘され口をつぐむ。
真正面から見るマミの目線に怯み、観念して話し出す。

「うう、実はね……皆にお願いがあるんだ」

288: 2013/01/13(日) 23:14:23.48 ID:IpW5+5uF0

その週の日曜日。朝から一行は天海市にいた。嫌がるほむらを無理やりぴっぱるまどか。乗り気でないネミッサを気にするマミはその背中を押してホテル「業魔殿」に歩かせる。
ちなみに、乗り気ではなかった杏子はバイト料代わりの食事で手を打った。

(ちょろすぎる……)

渋々といった体で受け付けのメアリに取り次ぎをお願いすると、全員がゆったり乗れるほど広いエレベーターに案内された。
ノリノリのさやかに、不安ながらも楽しみにしているまどかがエレベーターから真っ先にでて、目的地に行く。
衣装室へ。

「どうも皆さん。お待ちしていました」

まだ年若い女子社員は、ホテル内の結婚式場の配属だった。そのやる気のある彼女は、新しい企画を提案。その準備をしていた。

『ティーンエイジのためのドレスレンタル』

そんな、企画名だった。


ちょうど、まどかたちの年齢の学生あたりまでをターゲットにした結婚式参列者向けのカラードレスのレンタルを始めるとのこと。その企画書の写真に、年頃の女性モデルが欲しいとメアリに相談し、ネミッサに話がいったそうだ。
ネミッサは正直乗り気ではなかった。皆を説得できる自信がなかったからだが、それを断れなかった理由もあった。

「借金……?」

「いくらくらい?」

「七桁……デス」

「百万……?」

「イイエ、二百万デス」

「にひゃ……」

内訳として、ほむらが譲られた銃がほぼ百万。魔晶化した武器やニュークリアボム、神酒やレンタルした悪魔、ほむらが譲られた魔弾。それらもろもろの経費が百万。それらすべてが、ワルプルギスの夜を撃退するのにネミッサが必要とした金額だった。
だが、それはまだマシだ。金額は組織内の割引のようなものも利いているし、志願したサマナーへの経費などは請求されていない。
それにしても中学生が負う金額ではない。とりあえずヴィクトルが立て替えるという形で支払い、それを借金として『葛の葉』で働きつつ返済することになっていた。せめてもの救いは無期限無利子であるということだ。

「ご、ごめんなさい」

ほむらたちが申し訳なさそうにする。

「き、気にしないで」

とりあえず『葛の葉』からもらえる給料から無理のない返済でいいということだったが、そのためかネミッサはヴィクトルに頭が上がらない。
先の相談を受けたメアリが困りヴィクトルに相談したところ、借金をタテにネミッサを使うようアドバイスされたそうだ。

289: 2013/01/13(日) 23:15:27.23 ID:IpW5+5uF0

衣裳部屋には色とりどりのドレスが下がっている。奥にはウェディングドレスまである。さすがの女の子である一同の目の色が少し変わった。
だが、それでも杏子とほむらは気遅れしている。二人は華やかな衣装が怖いのだ。
そこには式場担当の女性スタッフが『大勢』集まっていた。

「うわ、みんな可愛い」

「この子スタイルすごいわぁ」

「ポニテの子は磨き甲斐ありそうよ」

「私小柄な子もらいっ!」

「あ、ずるい! じゃぁ私ロングの子!」

「じゃじゃじゃ私マミちゃん!」

「ワタシこのボーイッシュな子磨きたい!」

おそらくヘアセット係なのだろう。ドレスに似合う髪型にするため、思い思いの少女を連れて美容室に連れて行った。余りの早業に、一同は文句を言う暇もなかった。

一時間半後、髪をアップにまとめられ、薄く化粧や口紅を塗られた少女たちが現れた。唯一ネミッサだけは写真に取られないとのこと。
日本国内を目当てにしているので、銀髪は写真にするには向かない。ちょっとだけ安堵していた。

「はぁ……、ちょっとこの子素材良すぎ。ファンデの色よりいい肌色よ」

ほむらを担当したスタッフは上機嫌。周囲のスタッフや魔法少女たちは溜息。当の本人は耳まで顔を赤くして俯く。いつも髪をかき上げるたびにちらちら見えていたうなじが、相当な破壊力で周囲を魅了する。
ネミッサ曰く【マリンカリン垂れ流しほむほむ】だそう。
さやかやマミは初めての本格的な化粧が気に入ったらしい。私服でバランスの悪いながらも嬉しそうに鏡をのぞきこんでいた。
また杏子は初めての経験で、ほむら以上に顔を赤くし、借りたタオルで髪を隠していた。

290: 2013/01/13(日) 23:16:40.92 ID:IpW5+5uF0

そこからさらに衣装担当のスタッフが拉致る。ほむらと杏子が奪い合いになり、マミがノリノリで、さやかとまどかも半ば開き直ってついていく。
一人に一人ずつスタッフがついて衣装を選び、手の空いたネミッサが茶々を入れる。

「コツはいつも選ばない色の服を選ぶことですよ~」

「へえ、そうなんですか! じゃぁ青以外でお願いします!」

「おお、アンタてっきり青のマーメイド型すんのかと思ったわ」

「小物で飾りをすると印象変わりますからね~」

「あ、ホントだ。これ可愛いですね!」

「マドカちゃん、せっかくなんだから大人っぽいのいきなよ」

「はい、マミちゃんはこれ」

「ちょっと! これ胸がすごすぎませんか!?」

「だいじょーぶ、似合ってるよ。アタシ結構好きよそれ」

「も、もう! ネミッサ、その……ホント?」

「貴女は素材がいいのだから、もっと胸を張って!」

「いや、あたしにスカートは駄目だって!」

「魔法少女の時アンタスカートじゃないよ……」

「サイズはたくさんあるし、アジャストできますからね」

「あのう、一番細くしても……緩いのですけど」

「なん、だと……」

ほむらを担当したスタッフまで絶句した。

291: 2013/01/13(日) 23:18:58.25 ID:IpW5+5uF0

一方、唯一被害(?)を受けていないネミッサは、コメントをさしはさむ程度でその様子を見ていた。タイトな服は好きだが、こういったひらひらの多い服は好まない。じっと皆の変身している様子を見ていた。
そんなネミッサを見かねたのか、先ほどの女性社員が近づく。

「あの、怒ってますか?」

「いやー、怒ってるわけじゃないんだけどね。ほら、アタシの肩、ね?」

ドレスの多くは肩を出すものが多い。そうなるとどうしても傷跡をさらすことになる。それが嫌で記念程度にパーティドレスを着るのも断ってしまった。だが、ほむらですら徐々に乗ってきた様子を見て、ちょっとだけうらやましいと思ってしまった。

「もし、よかったら、洒落ででもこっちを着てみませんか? 駄目ですかね」

と、女子社員が指差した一角に、ネミッサは逆に興味を魅かれた。

「へえ、面白いこと言うわね。いいわよそれなら」


色とりどりのドレスを着て、撮影室に移動。数枚さまざまなポーズで撮り、別の衣装に着替える。経験者はわかるだろうが、手伝うスタッフがいてもドレスの着替えというのは結構疲れる。昼をすぎるころにはさすがに五人に疲れが見えてきた
五人ともなるとカメラマンも大変だろう。だが、なぜか全員ノリノリで作業をしていた。後でわかったことだが、この日は仏滅。結婚式場全体が休館日で、デスクワーク以外ほとんど仕事がないらしい。その日に合わせ休みを取るスタッフも多いはずだが、今回の撮影に合わせ、ほとんどのスタッフが出勤してきた。連れてくるモデルがスタッフの間にで話題に上がるほど素材だったから、だそうだ。
ほむらのドレス姿を自前のデジカメで撮り、ほむらに確認させる女性スタッフまでいた。

「さすが、自前マリンカリン・ほむほむ」

「?」


「ごめんねー。最後にウェディングドレス着て撮影してあげるからさー」

スタッフの提案に黄色い歓声が上がる。杏子はへとへとだが、ほかの四人は大いに盛り上がっていた。

ふと、マミはネミッサの姿が見えないことに気付いた。先ほどから自分の衣装をネミッサに見てもらいたかったのだが、撮影の方が慌ただしく、それどころではなかった。あとで写真を見てもらうしかないと、こっそり溜息をついた。

「マミさん? ネミッサ探してますかぁ?」

さやかはにやにやしている。知ってて聞いてるのだから性質が悪い。

「ひょっとして、ネミッサに見てもらいたかったんですかぁ?」

「そ、そうね! そうなのよ! せっかくだからね!」

肩に力の入りまくった返事にさやかが苦笑い。マミがネミッサをどう見てるかなんて、すでにバレバレなのだが、黙っておくことにした。ネミッサがマミをどう見ているかがわからないからだ。

(悪魔だしタブーとか倫理観とかなさそうだけどねー。すでにキスとかしてたりして!)

……大当たり。

「おーい、ほむら、ネミッサ知らない?」

「さぁ……ちょっとわからないわね」

疲労が顔に少しでてきているようだが、濃い色のカラードレスがほむらの雪のような肌に恐ろしいほど似合う。露出した肩をストールで隠すのが逆に艶めかしい。中学生でこの色気を出すのが末恐ろしかった。

(あー、友人の結婚式でナンパされるポジションの子ね)

経験豊富なスタッフが察する。溜息をつくくらい似合っていた。

「ネミッサちゃん? ううん、わかんない」

淡いパステルな色が似あうまどかも首をかしげる。きっとこの子は成人してもこの手の色が似あうのだろうなと、さやかは思った。居酒屋で同窓会やって年齢確認される未来が見えた。

「あ、しらね」

濃紺のドレスに、疲れきった顔の杏子は言葉少なに返す。同色のドレスグローブを無造作に引っこ抜こうとして怒られていた。そのスカートで胡坐をかくな。さやかはそう心の中で突っ込んだ。

292: 2013/01/13(日) 23:21:56.63 ID:IpW5+5uF0

昼を大分過ぎたところで昼食を兼ねた休憩をはさむ。一同はさすがにドレスを脱ぎ、上等なガウンが渡されていた。簡単な(それでも一流シェフが作った)昼食に手を伸ばす。その間、撮影された写真をパソコンで見ては、盛り上がった。

「これだけあれば十分すぎます。助かりました」

例の女性社員は皆に頭を下げた。さすがにバイトになってしまうため金銭は渡せないが、ホテルのレストランでの食事でお礼に替えるとのこと。

「またこないだみたいな食い放題がいいな!」

いきなり元気になる杏子に、皆が爆笑した。あれはビュッフェだ。


昼食後、ウェディングドレスを選ぶ。これまたスタッフが嬉々として選ぶのだが、先のカラードレス以上に盛り上がっている。ご丁寧にブーケまで用意し、ティアラまで念入りに組み合わせる徹底ぶりだ。
特に、マリンカリンほむらは念入りに着せ替え人形にされていた。一着ごとに上がる歓声に、胸元まで真っ赤になっていた。
一人一人呼ばれ、ドレスアップしていく。その中、マミはその順序を遅らせてもらっていた。
撮影に臨んで一人になったさやかは、スタッフに聞いてみた。

「ネミッサってどうしました?」

「別の部屋で、別の衣装をあててます」

どんな? という問いに対しスタッフが返事すると、さやかは悪戯を思いついたらしい。事情を説明し、仕込みをお願いする。
スタッフはきゃーきゃーと黄色い声を上げ、嬉しそうに応じた。

最後から二番目、慣れないドレスやハイヒールに困惑する杏子の前に、一人のタキシードの被写体がいた。驚く杏子だが、その理由に笑った。衣装室に戻りこそこそと話すさやかの悪戯に同意すると、最後のマミと入れ替えに仕込みに入る。


マミのドレスは胸を強調したものだった。レースも細部まで凝っているし、ヴェールにも細かい刺繍をしている。ティアラも無駄に豪華なものをつけられた。お姫様気分で浮かれる半分、見てもらえる人がいなくてがっかりしていた。

「ちょ、マミさん似合いすぎです!」

「え、ええ。ちょっと照れるわね……」

「素敵ですよマミさん」

「悔しいけどそうね」

マミは凹凸がはっきりしている分、派手なドレスが似合うのかもしれない。ほむらのすっきりとしたチョイスに比べ、刺繍やなにやらが複雑な衣装が多かった。



293: 2013/01/13(日) 23:22:45.77 ID:IpW5+5uF0

ブーケも一番豪華なものを持たされ、撮影室でかなりの枚数撮影された。もうここまで来るとマミもノリノリで、嬉しそうに撮影されている。小さいころ、アイドルになりたいという可愛い夢があったらしいので、「見られる」ことに喜びを覚えるのかもしれない。

「さぁ、次はこちらです」

スタッフに促され、別室に移動させられた。マミは一瞬妙だなと思ったが、撮影場所を変えるという説明にすっかり騙された。
そこはチャペルだった。実際に結婚式で使う場所だ。彼女もまた女の子である。魔法少女という宿命のため、一度や二度は諦めたその場所に感動せずにはいられなかった。
ドアを開けると、まどかたちがいた。先ほど着ていた一番気に入ったカラードレスを再び来ていた。マミが撮影していた時に再び着付けていたらしい。
慣れない裾のため、足元を見ながら歩いていた。そのため、ダークグレーのシルク生地のタキシード、その足しか見えなかった。てっきり式場の男性モデルかと思い顔を上げるとあっという声を上げる。ご丁寧に白い手袋を左手に握っている。

「おお、マミちゃん、似合うわね」

「ネ、ネネネネネネネネネっっ!!」

「おーおー、めっちゃ動揺しとる」

「ふっふー、ネミッサどうですか? マミさん」

驚きと、「別の感情」により、真っ赤っかになるマミ。

「……騙したわね……」

「さぁ、マミ、バージンロードよ?」

「えっ? えっ? えっ?」

294: 2013/01/13(日) 23:23:39.60 ID:IpW5+5uF0

「新婦、巴マミ。貴女はこの新郎を夫とし、病める時も健やかなる時も愛し、守り、助け合うを誓いますか?」

いつの間にかシスターの服に着替えた杏子が牧師役を務める。なかなか様になっていた。
「えええええええええ!?」

「しかたねぇなぁ。お前、あたしたちが二人に気付かないとか本気で思ってたか?」

周囲を見渡すとまどかもほむらもさやかも、知った顔で笑っている。

「マミさんには、お礼したいですしね」

「お似合いですよ、マミさん」

「ネミッサも新郎役、似合うじゃない」

「お似合いのふたり、でしょ?」

「しゃぁねえぇなぁ。新郎、ネミッサ。あんたはこの新婦を妻とし、病める時も健やかなる時も愛し、守り、助け合うを誓いますか?」

「はい、誓います」

……それがネミッサにとって何を意味するか。その場にいる人はわかっているだろうか。

「はは、ほれ、マミ、あんたはどうだ?」

やはり気付いていないようだ。皆、嬉しそうにしているだけだ。
マミは顔を真っ赤にしてやっと言えた。

「はははははい! ち、誓いま…す…」

「では誓いのキスを」

「えええええええええええええっ!」

実は先ほどからずっと、カメラマンが二人を撮影しまくっていた。マミがそんな中でできるわけがなかった。しかも女の子同士で。

「女子同士ならノーカンですよノーカン」

「さぁ、マミちゃん」

ネミッサは迷うことなくヴェールをめくり上げる。背の高いネミッサにはタキシードが異常に似合っていた。だからそれに見とれてしまい、身じろぎ一つとれなかった。

「二回目、だよ」

スタッフや友人があげる、歓声と拍手。真っ赤になる新郎新婦。


これはおままごと。
でもマミにとっては素敵なおままごと。
ネミッサにとっても大事なおままごと。

それならきっと、それはもう、おままごとなんかじゃないだろうけれど。

295: 2013/01/13(日) 23:25:46.14 ID:IpW5+5uF0

「君ね、この間の企画書読んだけれど、もうちょっと詰めて、再提出してくれないか」

「だめでしたか」

「ああ。手伝いった子たちの写真がフォルダに混ざるのもだめだからな」

「す、すみません!」

「けど、採算取れなくてもいいかもしれないなぁ。あんないい笑顔が見られるのは……、この仕事冥利に尽きるからねぇ」

そこには、マミたちのお財布の中に入っているものと同じ写真が入っていた。

六人が笑う、集合写真。

301: 2013/01/15(火) 22:11:00.64 ID:2XCLN2QK0

番外編
【しがつのおわりのおまつり ふたたび】


「ごめんなさい。二人だけにしてもらえる?」

そういって、彼女は人払いをした。ドアが閉まるのを確認し、
彼女に向き合う。

「あの頃のままね」

「悪い意味でね」

「そんなことないわ。とても綺麗よ」

「そんないいものでもないよ」

「……ごめんなさい。私、あなたにひどいことをしたわね」

「気にしてない。ううん、むしろ自分で望んだことよ」

「なかったことにできないの?」

「そんなのヤダ」

「わがまま言わないで。心残りなのよ」

「ヤダ」

「裏切ったのは私なのよ。呪い頃してくれればよかったのに」

「そんなの、できるわけ、ないじゃない。バカ」

「忘れてたのは私なのよ?」

「アンタは……アンタたちは……、幸せにならなきゃだめなの」

「……」

「いい旦那さんがいて、子供がいて、孫がいて、幸せでしょ。違う?」

「……」

「……」

「あなたがいてくれたから、私はこうしていられます。ありがとう、幸せでした」

302: 2013/01/15(火) 22:12:27.46 ID:2XCLN2QK0
「……」

「……っていうと思って?」

「普通そうでしょ。言ってくれないと。アタシ、バカみたいじゃん」

「そうね、大馬鹿ね」

「……でもね、アンタと同じ時間は生きられないの……」

「なら、なかったことにしてよ! 私を忘れて幸せになってよ!」

「忘れられるわけないだろっっ! バカっ!」

「軽々しくあんなことした私たちを責めてよ! お願いだから!」

「イヤだ!」

「じゃないと私、氏んでも氏にきれない」

「……」

「お願い……。最後のお願いよ……」

「ヒドいよ。ズルいよ……」

「笑って、ネミッサ……。
あなたがいてくれたから、私はこうしていられます。ありがとう、幸せでした」

「ヒドイよ、マミちゃん……」

303: 2013/01/15(火) 22:13:27.67 ID:2XCLN2QK0

「また…また、会えたね」

「うん、会いたかったよ……」

「ごめんね、今度は離れないよ」

「ずっと一緒だよね」

「私ね、私ね……貴女にね、会うために来たんだよ」

「わかってる。わかってるからさぁ……」

「ごめんね……約束を破らせてごめんね……」

「わかってるからさぁ、もう泣かないでよぅ……お願いだから」

彼女は会いに来てくれた。生まれ変わって、来てくれた。
そして、泣きながら謝ってくれた。
声も、匂いも、泣き方も、微笑み方も、あたたかさも、
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶ同じ。髪型だって変ってない。

「ふふ、後ろ髪、大分伸ばしたのね」

「へ、変かな?」

「そんなことないよ。素敵。とっても似合ってる」

「ありがとう」

「ずっと一人だったんだって?」

「……待ってたから」

「えっ?」

「……代わりなんて、いない。いらない」

「あれからずっと…?」

「ずっと、待ってたよ。いつか絶対、会えるって」

「……」

「……信じてたから……」

304: 2013/01/15(火) 22:14:36.53 ID:2XCLN2QK0

「あー、凄まじく熱い抱擁はそろそろいいかなお二人さん」

他の四人が赤面するほど濃厚なシーンが展開されていた。
慌てて二人離れるが、まどかあたりは頭から湯気が出ている。
ほったらかしにされた三人はあきれ顔だ。

「お子様のまどかには刺激が強すぎたよ」

「悪影響ね。もうちょっと自重なさい」

「うう、ごめんよマドカちゃん」

「ティヒヒ。いいよネミッサちゃん。でもすごいね」

「何が?」

「百年も、ずっーと待ってられるなんて」

「どっかの誰かさんも同じようなことしたんだけど?
アンタのためにさ」

「あっ……」

「アタシは忙しかったし、
繰り返しってわけじゃなかったから、まだよかったよ」

「ふふっ……どっちが大変だなんて、比べられないわ」

「けどよー、大変なのはこれからじゃねえか」

「へっ? なにさ」

「さやかは知らなかったか。もうすぐ来るんだとよ」

「あー……」

察したらしい。呆けた顔が一気に精悍な戦士の顔になる。

「えっ? 何が何が?」

まどかはきょとんとしてる。一番最後だったため、たまたま
聞いていなかった。

「偶然にしては、できすぎているわよね」

「奇跡かねえ」

ネミッサは笑う。あの時と変わらない。爽やかな笑いだ。

「奇跡なんて、アンタらすでにやり遂げてるじゃないの」

「ふふ、そうね、これは二度目よ」

「あっ……そっか」

「もう一回、三度目に馬鹿でかい奇跡を成し遂げてやろうぜ!」

305: 2013/01/15(火) 22:15:39.87 ID:2XCLN2QK0

「でも、いいの? 協力してくれるの? また、戦ってくれるの?
あんな、危ない、怖い目に合ってるのに?」

「何言ってるのよ、ネミッサ」

「多分、ていうか間違いなく」

「あたしたち全員は」

「みーんなで力を合わせて」

「あのワルプルギスの夜を倒すために……」

「そして何より、貴女にもう一度会うために……」

顔を見合わせ唱和する。

(せーのっ)

「「「「「戻ってきたんだよっ!」」」」」

「アンタら……、いつのまに
そんなかっこいいセリフ練習してたの?」

泣きながら笑ってしまう。本当にこの子らは、息がぴったりだ。

「あの時は、ネミッサが私たちのために戦ってくれたじゃない?」

「今度はさ、あたしたちが力を貸す番、そうだろう?」

「見滝原を守ったヒーロー、ネミッサちゃんのため」

「私たちが、貴女とともに、貴女のために戦うの」

「お願い、一緒に戦わせて、ネミッサ……あのときみたいに」

ネミッサは泣いた。今までないほど泣いた。
どうしていいかわからないくらい、涙がこぼれてくる。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう……ありがとう
アンタらがいれば、絶対勝てる! もう、もう完璧!」

涙をぬぐうのを諦めて言う。

「アンタら、大好き!」

306: 2013/01/15(火) 22:16:30.93 ID:2XCLN2QK0

参謀兼総司令役のサマナーの助言の元、
魔法少女の編成がおこなわれていた。

「基本五人で最少ユニット。あんたらは六人で多いが攻撃の要、
最重要ユニットだ」

そして、ネミッサたちの編成を基本として組み合わせ、
バランスを変えることで近接特化、砲撃特化、捕縛特化などの
ユニットを形成する。

そんな指示を澱みなくだす彼は、有能どころの騒ぎではなかった。
治療魔法が弱いユニットにはそれを得意とする悪魔を配置し、砲撃特化
でも移動が弱ければそれを補う悪魔を入れるといった具合にバランスを
取る指示が的確だった。

それだけではない。魔法少女の特性や人間関係すら一瞬で読み取り
長所を伸ばす組み合わせを選びだす。尋常ではなかった。

唖然とする一同を見ると、口元をニヒルにゆがめて笑う。
『まかせろ』と言わんばかりの、自信に満ちた顔だ。

「あんたらの『戦いぶり』は見たことがあるんだよ。あとは待機して、
ここは任せな。当日までゆっくりしとくといい。
それじゃ……あばよ」

307: 2013/01/15(火) 22:17:14.41 ID:2XCLN2QK0

「あー、そっか、あれ『誓い』が問題だったのかよ。わりぃ…」

「いいって。アタシ知ってて誓ったんだし」

杏子やさやかが申し訳なさそうにする。『生前』行った悪戯で
図らずもネミッサとマミを無理やり『誓い』即ち『契約』を
させてしまったことを詫びていた。マミのほうはともかく、
ネミッサの場合はあれが鉄の強制力を帯びてしまう。
そのため本来は軽々しくしないものなのだが……。

「マミちゃんと夫婦になれるならいいかなーってやっちゃった」

「相変わらずマミさんにはド直球ですなぁ」

「ええ、その相変わらずのおかげで」

ちらりとほむらがマミを見る。

「ウェヒヒ、マミさんが恥ずかしがってるよ」

「まぁ、あれだ。末永くお幸せに、ってやつだ」

テーブルに突っ伏し、顔を真っ赤にして涙目で睨むマミがいた。

「もう! みんなでからかって! 知らない知らない知らない!」

308: 2013/01/15(火) 22:17:55.24 ID:2XCLN2QK0

ワルプルギスの夜が作り出す結界内に入った魔法少女は彼女らが
初めてではないだろうか。少なくとも記録にはない。

四方八方にサーカスをモチーフにした使い魔が溢れている。
六十名にも及ぶ魔法少女のうち、近接特化した二組のユニットが
露払いを行う。そのフォローに狙撃特化のユニットの二組が入る。
これは最深部での挟み撃ちや防止や、
非常時の退却ルート確保に充てる。

最大戦力の「伝説の魔法少女」たちは魔力を温存し、最深部まで進む。
残りの四十余名とともに、ワルプルギスの夜への直接戦闘を行う。

さらに治療要員として女神、地母神。補給などの機動力を期待した
霊鳥や聖獣なども同行。全体の連絡にはテレパシーを使う。
合わせて念話も繋ぎ事故防止に備える。

すべての魔法少女に神酒や高性能爆弾を多数配給してある。
また個性に応じて魔晶化した武器も配備済み。これは前回の戦いと
同じだった。
ネミッサたちが騎乗する、聖獣たちも。

”総指令、最深部に到着したわ”

”了解。現時点を持って指揮権は大隊長のネミッサに譲渡”

”拝命したわ。皆聞こえる?”

テレパシーを通じてユニットの隊長格が応じる。

”アタシの友人のホムラちゃんのため、
力を出し切ってもらうわ、いいわね”

テレパシーで雄叫びが上がる。ほむらの美貌と無間地獄の歴史は
有名だった。その英雄の手助けができるとあり、すべての魔法少女は
喜びと、気迫にみなぎっていた。

”ありがとう。……砲撃部隊、捕縛部隊、準備!”

「みんな気力十分みたいね。さ、マミちゃん行くよっっ!」

309: 2013/01/15(火) 22:18:34.44 ID:2XCLN2QK0

ワルプルギスの夜は、あの時のダメージすべてが
回復したかのように見えた。遠目からは傷一つ見えない。
相手にとって不足はなかった。

スレOプニルにまたがっているのはネミッサと、マミ。
ワルプルギスの夜に照準し、巨大な砲身を2ダースも並べる。
それにネミッサがリボンを伝わせ魔力を送り込む。
かつて夜にいくつも叩き込んだ、万魔の炎だ。
それを砲身から撃ち出し、直進性と貫通性を高める。

その隣には弓をつがえたまどかとほむら。顔を見合わせ微笑むと
弓を引き絞る。最大まで引き絞ると、二人の背中に白と黒の翼が
広がる。それは矢の発射の反動を抑えるバーニアの役割も果たす。

だが、その存在に気付いた夜は活動を開始する。

”予想範囲内よ! 捕縛部隊、GO!”

周囲から多数の鞭やネット、リボンやロープなどさまざまな縄が
ワルプルギスの夜に絡みつき動きを封じる。
動きを封じられた夜は魔力弾による攻撃を試みる。
それをみたネミッサはテレパシーを伴う大声を出す。

「砲撃部隊! 目標ワルプルギスの夜! ……発射!」

夜の魔力弾がマミとネミッサに放たれる瞬間、
四方八方から砲撃部隊の閃光が撃ち出される。
マミとネミッサの共同魔法の砲撃が夜の魔力弾とぶつかると
易々と貫通し、夜に直撃する。
それにやや遅れる形で二人の矢がほとばしり夜を貫く。
英雄たちの砲撃はほかの魔法少女のそれを大きく上回った。

「サヤカちゃん、キョーコちゃん! 及び近接部隊! 
使い魔の掃討よろしくっ!」

「マミさん、ネミッサちゃん。魔力弾は全部私たちで撃ち落とすから」

「二人はさっきのを好きなだけ撃ちこんで頂戴」

”使い魔はあたしたちに任せなっっ!”

”杏子と私なら、ラクショーさっ!”

杏子の魔法は無数の分身を生み出す。杏子だけではなくさやかの
実体のある分身を造り出し、それぞれが使い魔に襲い掛かる。

310: 2013/01/15(火) 22:19:20.68 ID:2XCLN2QK0

「ネミッサ、私誓うわ」

「ん?」

「…病める時も健やかなる時も愛し、守り、助け合うことをね」

二度目の万魔の砲撃の準備のため、ネミッサはマミに抱き着く。
リボンを指に巻きつけ、先と同じように魔力を送り込む。

「アタシはずっとそのつもりよ」

マミが笑う。「しょうがないなぁ」という、困った笑いだ。

「それじゃ、いくよ? これが二人の……」

「「ティロ・フィナーレ!!!!」」

311: 2013/01/15(火) 22:21:22.84 ID:2XCLN2QK0



『葛の葉』には、生ける伝説となった六人の英雄がいる。

その一人は
魔法少女として救われ、銃で英雄となり甦った少女。

またその一人は
魔法少女たちを救い、その英雄に傅いた銀髪の魔女。


その二人は同性ながら恋仲となり、
永く魔法少女を救済するために尽力したという。






320: 2013/01/18(金) 21:35:42.04 ID:3uzCsNDI0

番外編 【えいゆうたちのかいせつろぐ】


まどか 「私たちの? 解説?」

さやか 「そうそう。ちょっと興味ない?」

杏子  「ネミッサのPCから見られるのか?」

マミ  「あの子が怒らなければいいけど」

ネミッサ「いや、怒らないけどさ」

ほむら 「あ、ごめんなさい」

ネミッサ「いいってば。けど、怒らないでね?」

みんな 「???」

321: 2013/01/18(金) 21:36:38.27 ID:3uzCsNDI0

英雄 カナメマドカ

鹿目まどか。魔法少女。

見滝原を襲った魔女「ワルプルギスの夜」を撃退した英雄の一人。
小柄ながら素質に裏付けされた高い魔力を備え、強力な弓を放つ。
生前は強大な力を持つ悪魔とも契約したとされ、最高神すら
しもべにしたとされる。史上最強の魔法少女。
最愛の友人にして恋人の暁美ほむらとともに戦い抜いたとされ
互いを互いに守りあうその姿は魔法少女たちの励みとされる。
大変かわいらしい風貌で、彼女を慕う魔法少女は同じツインテール
の髪型にすることが崇拝の証とされる。
毎年十月三日の彼女の誕生日には、演歌を流して祝うことが通例と
されている。


まどか 「えっと、なんで私魔法少女になってるの?」

ネミッサ「誤解と曲解と願望で変わることがあるのよ……」

さやか 「あと、演歌流して祝うってなにさ」

ほむら 「似た髪型にしてる人が多いのはそのせいなのね」

マミ  「恋人って……いやぁん」

杏子  「マミ、人のこと言えねえぞ?」

322: 2013/01/18(金) 21:37:35.44 ID:3uzCsNDI0

猛将 アケミホムラ

暁美ほむら。魔法少女。

見滝原を襲った魔女「ワルプルギスの夜」を撃退した英雄の一人。
鹿目まどかを救うため、ワルプルギスの夜を倒すため、
たった一人、千回にも及ぶ時間の巻き戻しを行い、
同じ一か月を繰り返した。
その無間地獄の悲惨さと類稀なる美貌、そして極めて高い戦闘能力と
諦めない意思から、すべての魔法少女の憧れの存在。
生前は友人にして恋人の鹿目まどかと同じ弓を使い、
共に二人で守りあい戦い抜いたとされる。
クールな印象からは想像できない世間知らずなギャップにより、
大変な人気がある。

ネミッサ「猛将って女の子にひどくない?」

まどか 「えへへ、『恋人』だって……」

杏子  「まどかはまんざらでも……喜んでるくらいなのか」

さやか 「ギャップ萌えは生まれ変わっても健在か」

マミ  「並んだ食事に目を白黒させてたわね」

ほむら 「ビュッフェくらいもう慣れたわよ……」

323: 2013/01/18(金) 21:38:17.04 ID:3uzCsNDI0

英雄 ミキサヤカ

美樹さやか。魔法少女。

見滝原を襲った魔女「ワルプルギスの夜」を撃退した英雄の一人。
鹿目まどかの親友であり、生前は「まどかは私の嫁」と公言して
憚らなかった。
一度は魔女に堕ちたもののまどかとネミッサの尽力により奇跡的に復活。
神速とサーベル、高い回復能力でワルプルギスの夜に立ち向かった。
バイオリニストと親友の三角関係の大恋愛は歴史に残るほどで、
魔法少女でも男性と恋をしてもいいと、魔法少女たちの憧れの存在。
反面、女性にセクハラをすることがあるとされ、露出の多い衣装では
近づかないほうが無難。

杏子  「セクハラ……、だいたいあってる」

ネミッサ「アタシ脱がされたし」

マミ  「私も胸もまれたっけなぁ」

ほむら 「私も……、『小さい小さい』と言われてね……」

まどか 「さやかちゃん、正座」

さやか 「な、なんでっっ!?」

324: 2013/01/18(金) 21:38:53.64 ID:3uzCsNDI0

猛将 サクラキョウコ

佐倉杏子 魔法少女

見滝原を襲った魔女「ワルプルギスの夜」を撃退した英雄の一人。
長い槍と無造作なポニーテールに赤毛が映える魔法少女。
巴マミの弟子であり、一度は袂を分かったものの、さやか救出に尽力し
マギカ・クィンテットに加えられる。
大変な実力があり、単純な戦闘能力に加え、実体のある分身を生み出す
固有魔法の幻術を使いこなす。
生前、魔法少女になったときの祈りのせいで悲劇に会い、そのため自ら
心を閉ざしていた。だが同類のさやかを心配し、それを救ったため、
魔法少女からは聖母の愛称で親しまれる。
大変な食いしん坊で、常にお菓子を食べているのに太らないことから
美容の神のような信仰を集めることがある。

マミ  「食べすぎなのよね」

ほむら 「あのビュッフェのときは参ったわ」

まどか 「私あれ以来食べ放題いかなくなっちゃった」

さやか 「あー、わかる。それにあれで太らないとかズルい」

ネミッサ「それで美容の神様扱いなの? ワケわかんないわね」

杏子  「お前らも食った分運動すりゃいいんだよ!!」

325: 2013/01/18(金) 21:39:24.24 ID:3uzCsNDI0

魔人 ネミッサ

女悪魔。ネイティブアメリカン土着の精霊、マニトゥの眷属。

天海市の自治体を巻き込んだ事件「アルゴン・クライム」を解決し、
天海病の原因を突き止め、陰謀を阻止した英雄。その後、
見滝原を襲った「ワルプルギスの夜」を撃退もした稀代の英雄。
悪魔でありながら魔法少女の素質を持ち、
マギカ・クィンテットと共に魔女と戦った。
また、魔法少女の悲惨な運命を打破すべく『葛の葉』と協力して
日本国内の魔法少女を救うべく奔走した「葛の葉の黒い魔女」にして
救い主。
強力な電撃を扱い、高い魔力を誇る実力者。
巴マミとの人間と悪魔の報われぬ恋をするなど、悲恋も体験しつつも
今なお『葛の葉』で魔法少女を救うため尽力する。
当時から、巴マミのお説教が苦手。

ネミッサ「うん、だいたいあってる」

さやか 「『マミさん口説くときはド直球』って追加しないとね」

まどか 「ウェヒヒ、でもお説教苦手なんだ」

杏子  「あー、でも本気でこええぞ。マミの説教」

マミ  「あら、今から実演しましょうか?」

ほむら 「藪蛇ね」

326: 2013/01/18(金) 21:40:43.44 ID:3uzCsNDI0

英雄 トモエマミ

巴マミ 魔法少女。

見滝原を襲った魔女「ワルプルギスの夜」を撃退した英雄の一人にして
最強の魔法少女。
柔和な表情に反し高い戦闘能力を誇り、魔法少女の間では
極めて高い人気を誇る。
生前は英雄たちの師匠であり先輩。正義感から使い魔も倒す姿勢を
評価され『正義の味方』と絶賛される。戦闘以外にも治療や索敵など
さまざまな方面で高い実力を示している。
一方でケーキ作りが好きで、大変家庭的な面もある。
生前、ネミッサとの恋をすれ違いの末失ってしまうという
悲しい過去がある。
彼女を語るうえで「ティロ・フィナーレ」と口走った者は
「マミさんごめんなさい」と謝りながら建物の周りを一周しなければ
ならない。

ほむら 「リア王だっけ。それに似たものがあるらしいわね」

まどか 「あれ、かっこいいのになぁ……。だめなのかな」

杏子  「あれであたしらの技に名前つけなきゃいいやつなんだが」

ネミッサ「ティロ・フィナーレ以外にもあるの? あ、走ってくる」

マミ  「ちょっとネミッサわざと言ったでしょ!!」


さやか 「ネミッサと再び恋人になれた、って追加しないとだめじゃん」

331: 2013/01/19(土) 22:31:31.17 ID:lOJU2yWX0

番外編 【ほんしんはどこにある?】

八月の頭、うだるような暑さの日。
自室で夏休みの宿題をこなすほむらの携帯が鳴る。着信はネミッサだ。
ためらいもなく着信を切って無視する。再び着信したものを切ること二回。
今度はメールだ。

『切 る な 出 ろ』

ポチポチと返信する。

『断 る』

『なんで?』

『勉強中。邪魔しないで』

『わかったまどかちゃんにたのむ』

一方のネミッサは、公園の木陰で噴水を見つめつつ午前中の
暑さをしのいでいた。そこは、かつてさやかを探すまどかが
QBと話をしたあのベンチのそば。噴水が涼を呼ぶ。
そのネミッサの携帯に着信。ペットボトルのコーラを
飲みほしながら応対する。

「はい、こちらは留守番電話サービス~」

『何言ってるの。まどかの邪魔するなら許さないわ』

「アンタが電話でないからでしょ」

『はぁ、何の用?』

「アンタの家にしばらくやっかいになりたいの」

『断、る』

「お願い!」

『巴マミと喧嘩したの?』

「んなことしないわよ。受験勉強の邪魔したくないの」

『私も勉強あるのよ?』

「じゃあマドカちゃんのとこ行くわ」

ネミッサはほむらの弱点をいちいち突く。

『はぁ、わかったわ』

「ありがとう。助かるわ」

『貴女、本当に巴マミに甘いわね』

「アンタはマドカちゃんに弱いわね」

ブツッ、という音とともに通話が途切れる。

332: 2013/01/19(土) 22:35:42.09 ID:lOJU2yWX0

思わずイラついて通話を切ってしまった。
ほむらは携帯をしばし見つめ、向こうからの発信が来ないので、
今からこちらに来るのだろうと溜息をついた。
消極的に受け入れた形だ。

とはいえ、彼女はうるさくしないし、
料理をしない代わりに出来合いのものをきちんと買ってくるし、
マミから教わったのか米を研いで炊くくらいはやる。
洗濯はしないが杏子のように脱ぎ散らかすことはしないし、
説明すれば素直にやるから洗濯機の使い方くらいは
教えればいい。心配は取り返しがつきにくい色物くらいだろうか。

「念のためアイロンがけは自分でやったほうがいいわね」

もう一つ懸念が思いついたが、チャイムの音に掻き消された。
ドアを開けて迎え入れたネミッサは、この暑さの中汗一つ
かいていない。これが悪魔の体質なんだろうか。肩の傷跡を隠すためか
色の濃い七分袖シャツを着ている。珍しく似合わない、
つばの狭いストローハットを被っているので、一瞬見間違えた。

「ごめんね」

本当にすまなそうにするのがネミッサの可愛さである。
ほむらは悪態の一つでも付くつもりだったが、気勢を殺がれたかたちだ。
このあたり、ほむらもワルに徹することができない善人でもある。

「まぁいいわ。できる範囲でいいから家事を手伝ってもらえれば」

「うん。ついでに家賃払うわ。稼ぎあるし」

といって、一か月分の金額を渡そうとする。そのあたりの機微に彼女は
とても疎い。マミ宅でも全額出そうとして慌てられていた。
その際も相場と同額を出して、マミに諭され半分に変更したらしい。

「そんなにいらないわよ。そもそもそんな長居するの?」

「センターくらいまではお願いしたいのだけど、駄目?」

多分そこまでもたない。多分三日くらいで音を上げるはずだ。
それまで我慢すればいい。ほむらはもう一度こっそり溜息をついた。
お礼とお詫びにと、シューアイスを買って来たらしい。すぐに
食べないので冷凍庫にしまうと、ほむらは机に向かう。
ネミッサのほうもノートPCを開けると立ち上げる。コンセントを
借りると一言断ると、電源を入れる。

「あら意外」

「仕事で持たされたわ。軽いのが救いね。煩かったらごめん」

ビジネスマンみたいだと、ほむらは驚いた。ブラインドタッチも
それなりにサマになっていた。メールの返事をこなしているらしい。
以前の話では『葛の葉』に登録した魔法少女や候補生のリストを
更新しているとのこと。

(本当に、頑張ってくれてるのね)

……借金してまで、見滝原を守ったのだ。自分と関係もない街を。

(わたしたちのために)

333: 2013/01/19(土) 22:40:09.29 ID:lOJU2yWX0

メールが一段落したのだろう。ノートPCを閉じると、ネミッサは
ほむらに問いかける。

「ねえ、お昼どうする?」

「あまり食欲ないから、適当にすますつもりよ」

「サンドイッチとかでいいなら買ってくるけど」

「ええ、お願いしていい?」

「オーケー、珈琲でも淹れといて」

すっと立ち上がると、先ほどの帽子を被って出かけようとした。
ほむらは、自分の分は支払うつもりで財布を取り出した。だが、
ネミッサのほうがそれに気付くと手をひらひら振って断った。

「受け取りなさい」

「後でいいよ」

そういって後でも受け取らないのがネミッサだ。忘れるのか何なのか
理由は不明だが、そのあたり非常に無頓着だ。借金がかさんだ理由が
なんとなく理解できたほむらは、心配になった。

「まぁ、マミがしっかりやる…で…しょう…?」

ずぼらなネミッサとほんわかマミ。不安を頭から追い払い、宿題に
専念する。七月中に終わらせるつもりだったが、少しだけ残ったため
今日中に終わらせてすっきりしたかった。そうすれば残りは自分の
勉強ができる。
もし、マミが来られるなら皆で旅行にも行きたい。さやかからは
そういう話もあるので、宿題を済ませておけば憂いなく
参加できるだろう。
人工浄化したグリーフ・シードがなければ、旅行に行きたいなどと
思わなかっただろう。彼女には感謝してもしきれない。

「そういえばネミッサは石川県に連れて行きたい
……とか言ってたわね。なんで石川?」

何があるのかは尋ねなかったが、それだけは妙に記憶に残っていた。

334: 2013/01/19(土) 22:45:09.95 ID:lOJU2yWX0

案の定、レシートをもらわずにネミッサは戻ってきた。仕方ないので
ほむらは適当に硬貨を渡し、ネミッサは確認もせず受け取った。
そのまま、向かい合い簡単な食事にする。

「マミには話しているの?」

ほむらは気になって問いかける。当然ネミッサは肯定する。
そうだろうな、とほむらは思う。そのあたりいちいち筋を通すのが
ネミッサだ。

「とりあえずしばらくいていいわ。何もない部屋だけどね」

「寝かせてもらえれば、十分よ」

サンドイッチを咀嚼しながら、のほほんと会話をしあう。
コーヒーを啜りつつ、他愛もない言葉が飛び交う空気。

「シューアイスも食べる?」

「お腹一杯よ。……余計なカ口リー取ると太るわよ?」

「私が取った余分なカ口リーは、魔力に変換されて蓄積されマス」

「羨ましい体質ね、信じてないけど」

ほむらは、奇妙に思っていた。
ネミッサの、会話のない会話に心地よさを感じていることを。
まどかとの間では安らぎというものがあった。だがそれとは違う、
くすぐったいようなさわり心地のいい布を触るような、感触。
しばらくこの空気を感じていたい気がする。

「そういえば、私との契約はどうなってるの?」

「まだ継続中だけど?」

ほむらはてっきりワルプルギスの夜撃退で終了しているものと
ばかり思っていた。ネミッサがほむらに逆らうようなことをしないのも
あるが、ネミッサに無理な命令をしたことがなかったため、
実感することがなかったのだろう。

「必要がなくなったらどうしたらいいの?」

「解約というか、完了の宣言みたいなのすればいいわ、たぶん」

ネミッサ自身も契約したことがないという。
そんな状態でほむらと契約したということは、それだけ危険を伴うことだ。
今更ながら、ネミッサの捨て身の行動が身に染みた。

「そうね、それじゃ。暁美ほむらは、
現時点をもって、ネミッサとの契約を終了するわ。
……これでいい?」

「ま、OKね。これで、主従関係じゃなくて友達になれたかしらね」

「私の友達は、まどかだけよ」

ほむらは微笑んだ。ネミッサは冗談として聞き流した。ほむらの
ジョークにいちいちとんがっていてはやっていられないことを
よく知っているからだ。

335: 2013/01/19(土) 22:50:33.99 ID:lOJU2yWX0

そして、先日のことを思い出した。なにかとんでもないことを
してしまったような気がする。それを口に出そうとした瞬間、割り込む
ように携帯電話が鳴る。

着信は『巴マミ』。ネミッサに目線で断りを入れると取る。

『あ、暁美さん? ネミッサそっちにいない?』

「目の前にいるわ」

『迷惑をかけてない?』

「心配ないわ」

『邪魔なら追い返していいからね?』

「平気よ、むしろずっと一緒にいたいくらい」

苦笑する。マミの過保護が始まったと思った。だから思わず茶化して
しまう。電話の向こうで息を飲むのが聞こえた。マミの生真面目さが
ついほむらに悪戯をさせてしまう。
スピーカーモードにし、ネミッサにも聞こえるようにする。
やり取りを聞かされてネミッサは呆れかえった。

『そ、それって……』

「私に憧れてくれているのよ。手放したくないわ」

「……あんまり追い詰めてあげないでね?」

『あ、あの…、暁美さん?』

「私もネミッサが欲しいわ。あれだけしてくれたのだから」

『あ、暁美さん!』

マミの声に怒気が含まれる。けれどそこに妙な寂しさが滲んでいた。
電話越しに狼狽えているのが目に浮かぶようだった。
ネミッサはほむらの冗談についていけない。溜息一つ。

「私のために何度もループをしてくれた。私がまどかにしたように。
それがどれだけ嬉しかったか。貴女にもわかるでしょう?」

『け、けれど』

「私にとって、彼女は大事よ。そばにいてほしいと思ってる」

『わ、私だって!』

「貴女も?」

『私だってネミッサが大事よ! 何度助けてもらったかわからないわ!
そばに……いて欲しい……!』

336: 2013/01/19(土) 22:55:03.04 ID:lOJU2yWX0

「ふふ、冗談よ。……本気なのね」

『…………、さすがに怒るわよ』

「アクシュミー」

ネミッサはほむらから受話器を受け取る。苦笑いしながら応じる。

「マミちゃん。怒らないでね。本気じゃないんだからさ」

『ええ、わかってるわ』

「今日は帰る。そうね、ほむらちゃんに家事教わって、マミちゃんの
負担減らすようにするからさ、許して?」

『そんなこと、しなくても……』

「マミは貴女がそばにいないと性能が落ちるようよ。
一緒にいてあげなさい。どうせ、強がってるだけなんだから」

「……あとでマミちゃんにお詫びしなさいよ」

おそらく、今回のことはネミッサがいらない気を利かせたのだろう。
それをマミがネミッサの気遣いを尊重し了承してしまったのだ。
だがそのせいでマミがひどく寂しがっていることにネミッサは
まるっきり気付かなかった。
そんなほむらの推測は、そう間違っていないように思われる。

「三日どころか三時間とはね」

まだマミの声が怒っているのがわかる。ほむらの冗談が過ぎたのだ。
だが、受話器に拾えないくらいの小さな声で、ほむらが呟く。
ネミッサにすら聞き取れない声で

「……ぜんぶがぜんぶ冗談でもないんだけど……」

と。

337: 2013/01/19(土) 23:00:06.20 ID:lOJU2yWX0

携帯電話を返してもらうと、ほむらはちょうどいいと尋ねた。

「そういえば、石川県に行きたいとか言ってたわね。何があるの?」

なんだったっけ、と小首をかしげるネミッサ。そしてすぐに思い出す。

「ンー? ああ、白山比咩神社があるの」

「しらやま……ああ」

白山比咩神社。まどかに憑依しさやかを救った白山比咩大神を祭る
全国にある白山神社の総本山だ。他に二つ、白山神社の総本山を
名乗る神社があるが、延喜式神名帳に記載があるのは加賀、石川県に
あるこの神社だけであるという。それを根拠にして指定した、
とのこと。

「大方、調べたのは相棒さんじゃないの?」

「はは、当たり。お礼というか、ちゃんとお参りさせてあげたくて。
とくに、サヤカちゃんにはさ」

日本国内の魔法少女の守り本尊としてもいいかもしれないと、気軽に
提案しているのだという。日本各地に分社もあるので参拝も気楽に
できる。

「気軽気軽というと、ありがたみないわね」

白山比咩大神は菊理媛神と同一視される。
菊理媛神は伊奘諾尊と伊弉冉尊の生者と氏者の夫婦の間を取り持った
という謂れがある。そのため巫女の女神として穢れを払い、
仲直りや縁結びの神として信仰されている。

穢れが溜まって堕ちる魔女を氏者とするならば、生者は人間。
そしてその間にいる魔法少女が信仰するにはぴったりだと、ネミッサ
は言うのだ。

338: 2013/01/19(土) 23:05:07.02 ID:lOJU2yWX0

「あんまり格式ばっても長続きしないから、いいんじゃない?」

「でも、まだ山に行くか海に行くかも決まってないのよ」

「それならまだ先でもいいよ。無理言いたくないし」

いずれね、とだけ言うとそれきりその話は終わった。

「さて、なら貴女に家事を教えないといけないかしらね」

「はい?」

ネミッサは電話口で言ったことをすっかり忘れていたらしい。
幸い今日は天気もいい。量は少ないが洗濯物を洗おう。洗剤の量から
干し方に畳み方まで説明しよう。ほむらはそう判断した。
ちょっとだけ、不安げな顔をするネミッサ。

「巴マミの役に立ちたいでしょ?」

「う……」

「お手伝いしたいでしょう?」

「……ウン」

「なら、頑張らないとね」

「……ハイ」

「きっと喜ぶわよ」

「……ガンバル」

(手間がかかるわね……。マミもそこが可愛いのだろうけれど)

二人を引き合わせてよかったと思う反面、失敗したかなと思う。
だから、料理くらいは一緒に習おう。まどかのお父さんにお願いして。
二人でキッチンに立つくらいは、マミに許してもらおう。

(私に、憧れてくれたのだから、これくらいは、いいよね)

ちょっとだけ、マミからネミッサを独占してもいいよね、と。

347: 2013/01/23(水) 21:10:16.58 ID:IJ1OI9UG0

【えいゆうたちのたんじょうひわ】


二学期の始業式の日。それは杏子のデビューの日だ。
残念ながら、あるいは当然のごとくほむらたちとは
別のクラスになってしまった、
そのためその日は、はじめて他人に『鹿目杏子』と呼ばれる日
でもある。だから最初は自分が呼ばれていると
思えなかったらしく、つい照れ隠しも含めて

「杏子でいいよ」

とぶっきらぼうに言ってしまった。元々、彼女も顔立ちは
悪くない、むしろ可愛いと言われるほうではないだろうか。
粗野だが気品もありぶっきらぼうだが、少しつつくと
反応が可愛いらしく、転校初日にしてちょっとした人気者に
なっていた。
だが、それが逆に本人には辛いらしい。帰る頃になると
慌ててほむらたちのクラスに逃げ込んだ。

「貴女、こちらに来ては駄目でしょう?」

「う、うっせえなぁ。落ち着かねえんだよ」

「ウェヒヒ、だめだよお姉ちゃん。お友達作らないと」

「あれ、まどかすっかりなじんじゃったね」

「上条も仁美もいるんだ。こっちのほうがよかったよ」

杏子は愚痴て腐ってしまった。

348: 2013/01/23(水) 21:21:56.49 ID:IJ1OI9UG0

一方ネミッサは、古い知人に呼ばれていた。
電話でのやり取りを行い、今日落ち合うということだった。

「へへ、お久しぶりです、ヒト……『ネミッサ』?」

「あ、あれ……」

そこにいたのは三十歳くらいの女性。童顔に、丸眼鏡に面影が
あった。ネミッサはそれに気づくと嬉しそうに破顔する。

「ひっさりぶりー。事情は知ってんだよね?」

「うん。はは、ホントにあの頃のまんまだー」

「瞳ちゃんが可愛いからあの顔にしてるの。美人だったしね」

「うんうん。そっくり……。ね、私を助けてくれたのってさ……」

「さすがにごまかせないか、アタシとね……」

「お兄ちゃん、だよね」

彼女はイラストレータとして有名だった。次は絵本を書きたいと
兄からネミッサを紹介されたとのことだった。

「で、何が聞きたいのかな、友子ちゃん?」

夢をかなえた相棒の妹は、にっこり笑っていた。

「ネミッサのやってきたこと、教えて」

349: 2013/01/23(水) 21:33:04.74 ID:IJ1OI9UG0
ひとしきり話し合いが終わったネミッサは、移動をする。
また後日話を聞かせる約束をして、次の約束に向かった。

授業は翌日からのため、今日は学校も早く上がる。
制服姿の杏子が見たいというマミとネミッサの強い希望で、
いつかのファーストフード店に集まった。
上条や仁美も来たがっていたが、二人とも練習とお稽古事がある
とのことで残念ながら不在。

「見てよネミッサ、この生足!」

靴下が革靴に隠れるタイプのもののため、素足に靴を
履いているように見えてしまう。すらりとした健康的な足が
あらわになっている。

「見事な脚線美ねぇ。ケンゼンな男子生徒には目の毒だわ」

「おまえなぁ……」

「杏子は素材がいい、って式場の人も言ってたんだしさ、
オシャレとかすりゃいいのにね」

「ウェヒヒ。実はママがお姉ちゃん改造計画中なの」

「あら楽しそう。鹿目さんのお母さんも好きそうだものね」

「マ……、母さんはあたしを着せ替え人形にしてるんだよ」

(マ?)

「杏子ちゃんまただぁ。ちゃんと『ママ』って呼んでよ~」

(ああ、そういう)

全員が納得し笑った。まだ、気恥ずかしいのだろう。

「んだその笑いはっっ!」

杏子が叫んだが、それが照れ隠しだとバレバレなため、皆が
また笑ってしまった。

350: 2013/01/23(水) 21:41:49.36 ID:IJ1OI9UG0

杏子は悩みが多い。
まず一つは勉強のこと。年単位でブランクがあり、ついていけるかが
不安だった。
また学校生活そのものもそうだ。幸い、生活リズムは鹿目家での生活
により夏休みでもちゃんとしていた。だが同年代の友人なと魔法少女
になってからほとんどいない。どう友達を作っていいかまるで分らな
いらしい。

「今から焦るこっちゃないでしょ」

「さやかは焦るべきよ。毎日寝てるんだもの」

「あ、それでもなんとかなるのか!」

じとっと横目でにらむまどか。

「ならないからねお姉ちゃん」

「おー、さっそくマドカちゃんがしっかり者の妹に」

「杏子さんは頼りにならないのかしら?」

「う、すげえ言われようだ」

現在、パトロールはマミを除く四人で行っている。手に入れた
グリーフ・シードは個々のソウルジェムの穢れ具合が大きい人を
優先で使ってもらうようにしてある。
時折、受験勉強のストレスで穢れが加速するマミを除いて、戦闘に
参加した人から順に使う形だ。

「戦うときはすっごい頼りになるんだけどね」

「な、そうだろっっ」

口外に『それ以外は駄目』と言われていることに気付かず得意げな
杏子。ネミッサの遠回しな助言も効果なし、である。

「今夜は、あたしとネミッサだったよな」

「待機は私ね。二人は大丈夫でしょうけど、
何かあったら遠慮なく呼んで頂戴」

「ほむらの出番はないぜ、安心しといてくれ」

自分の得意分野ということで、杏子は急に元気になり、皆の笑いを
誘った。

351: 2013/01/23(水) 21:56:08.73 ID:IJ1OI9UG0

そういえば、とほむらは気になることを口に出す。
ネミッサが先に店にいたことだ。日中用事があることを聞いていたため
遅れるものとばかり思っていたので、先にいたことをふと尋ねる。

「ネミッサ。昼間用事があると聞いたけど、
ずいぶん早く終わったわね」

「ン? ああ、仕事じゃないのよ。……一応仕事ではあるのかな……
イラストレータやってる知り合いがいてね……」

と友子との話を掻い摘んで説明する。彼女が相棒の妹であること。
今度絵本を作るため、アイディアを探していること。そして、自分が
たどってきた数奇な運命を話したこと。

「アタシらのことそのまんま本にはしないんだろうけどね、
アイディアがないって嘆いてたから、ちょっと協力したのよ」

お礼が出たら還元するわ、というと、案の定杏子が喜ぶ。相変わらずの
食い気だ。

「へえ、なんて人?」

「あー、名前はわかんない。けど、『スナッピー』って
イルカみたいなのが代表作だってよ」

「えー、それ結構有名な人だよー。一度会ってみたいなぁ」

イラストを描くまどかは興味をそそられたらしい。自分の絵は決して
人に見せられるものではないが、自分の進路を考えるうえで気になる
とのことだった。

「あー、そっか……、私らも『みらい』があるんだもんね」

さやかが呟く。魔法少女としての戦いは決して楽観視できるもの
ではない。けれども、少なくとも人工浄化のグリーフ・シード(今は
便宜上『RGS』あるいは単に『リサイクル』と呼ばれている)の
おかげで生き残る可能性が大きくなっていた。

352: 2013/01/23(水) 22:11:07.87 ID:IJ1OI9UG0

「なんか、夢あるの?」

真っ直ぐなネミッサの何気ない問いに、
さやかがちょっと顔を赤くして答える。

「え、えへへ、笑わないでね?」

さやかの夢は、歌手になることだという。所謂ポップ歌手ではない、
とのこと。はぐらかされ理解できなかったネミッサが再度突っ込むと
さやかは顔を赤くした。

「ほら、杏子が打ち上げの時歌ったじゃない? 
ああいう歌手になれたらな……って」

徐々に声が小さくなり、顔を上げられないほど真っ赤になる。
元々、美声のさやかである。練習さえすればきっといい歌い手になる。
誰もがそう思った。

「笑うわけない。素敵じゃない」

「そしてカミジョーと一緒に舞台に出るわけだ!」

図星をつかれてさやかは真っ赤になる。もちろんそれもないわけでは
ないだろうが、それを指摘して笑うのはさすがに失礼すぎた。

「ネミッサ、そういうのを無粋というのよ」

「デリカシーねえよな」

「見損なったわネミッサ。近づかないで頂戴」

「ネミッサちゃんあんまりだよ」

「そうだよね、私には似合わないよね。うん、ごめんね……」

「い、いや、ちょっと待って、ごめん。
悪かったってば! 悪気なかったのよ~」

さやかも調子に乗り泣いた真似をする。それをネミッサが慌てて
謝るさまをみて、ネミッサ以外の全員が笑った。
ネミッサはソウルジェムの心配までしてしまったため、顔色が
変わってしまった。

冗談と気付いた時には、ネミッサの背中に嫌な汗で濡れていた。

353: 2013/01/23(水) 22:44:48.73 ID:IJ1OI9UG0

謝罪の代わりにネミッサは次のお茶会用の、全員分のケーキを
用意しなくてはならなくなった。幸い稼ぎがほかの中学生より多い
とはいえ、まとまった出費は痛い。項垂れるほかなかった。

「でも、そっか。私はそんな未来も考えてなかったなぁ」

マミが魔法少女になった経緯を思えばそれも仕方ないことと言えた。

「いや、あたしもだよ? こんなことやってりゃさ、
未来なんて考える余裕もなかったよ」

「仕方ないわ。そういう体になってしまったのだもの」

ベテランたちの呟きは重い。まどかは今更ながら、魔法少女に
させないよう努力したほむらのことを思った。空気が重くなるのを
感じ、努めて明るく言った。

「じゃぁさ、皆これから考えようよ。
せっかく、ネミッサちゃんが頑張ってくれたんだしさ」

ネミッサへのフォローと、皆の空気を和らげるためにまどかはそんな
ことを言った。そんな優しさに、皆が和む。

「そうね、今からでも遅くないわ。
……笑わないでね? 私、ケーキ屋をやってみたいの」

「笑うのはネミッサだけだよ。マミらしくていいと思うよ。
……あたしはまだ思いつかないなぁ」

「傷口抉るのやめてよ~。ごめんってば」

「いいじゃない、ケーキ屋。私も心臓病という枷が外れたし、
本気で考えようかしらね」

ネミッサの懇願も空しく、皆は自分の夢を語り合う。さすがに
しょげ返るネミッサにまどかが気を使って話しかける。

「ネミッサちゃんは、何か夢はないの?」

そこで初めてネミッサははたと『立ち止まる』

「夢……? 夢ねえ。そういえばまるで考えたことなかったわ」

今までは罪悪感と使命感から必氏に戦ってきたが、それが急に小さく
なった。まだワルプルギスの夜はいるし、救わなくてはならない
魔法少女はまだたくさんいる。
やらなくてはならないことは多いが、やりたいこととはまた別の
はずだった。

(マミちゃんと、皆と、ずっと一緒にいられたら……いいなぁ。
それも、夢ってことでいいのかな)

けれどもそれが叶わぬ夢だということは、知っている。
それが少しだけ、寂しかった。

358: 2013/01/24(木) 21:40:27.22 ID:2Cr3Y+C40
その日は杏子が大活躍。初めての学校で鬱憤が溜まったのだろう、
その発散のためにかなり大暴れした。
ネミッサはちまちまと使い魔を撃破し、本命の魔女は杏子がメインで
戦った。ネミッサは使い魔撃破や牽制に終始したため、
だいぶ楽をさせてもらったとのことだ。

「やっぱりあたしはこっちだな」

「イキイキしてるわね」

「むこうで打ち合わせするよりもいいよ」

「はは、アンタにはデスクワークは無理ってことね」

槍を振り回し喜ぶ杏子に呆れつつ、グリーフ・シードを拾うネミッサ。
魔力を使った杏子にと、軽く投げ渡す。それを全く見ずに受け取ると
浄化に使う。まだ一回使えるとのことでそれを『リサイクル』を
入れるケースにしまう。

「しかしよ、魔女も元は魔法少女なんだよな……」

「まーね。やっぱり気が進まない?」

「ああ、いや、そうじゃなくてよ」

一歩間違えれば自分もこうなっていたかもしれないと言う思いだ。
ネミッサと『葛の葉』の尽力のお蔭でこうしていられるのはただの
幸運だと思うのが杏子の思考だった。

「あ、いや、あんたに感謝してないわけじゃないぜ?」

「わかってるって」

「さ、まだ時間あるし、もう一体くらい行きたいな」

「元気ねー、付き合うけどさ。明日も朝早いのよ?」

「わかってるって」

(これからしばらく、キョーコちゃんのストレス発散に
なりそうねぇ……。付き合う担当の人はこれから気の毒ね)

杏子の張り切る姿に、ネミッサは笑いが抑えきれない。仕方ないという
風を装いつつも、嬉しそうについていった。

今夜のパトロールは、長くなりそうだった。

359: 2013/01/24(木) 21:59:33.17 ID:2Cr3Y+C40

それから数日、学校とパトロールの二重生活が続く。勉強が始まると
日に日に杏子がやつれていった。体調は問題ないらしいが、精神的に
疲れているようだ。しかも、勉強に追いつけないと鹿目家には専門の
家庭教師がついた。

「さぁ、今日は数学よ」

「数学めんどくせええええええ!」

「私も苦手だなぁ」

「二人とも頑張りなさい。パズルだと思えば平気よ。
私がいるからには、二人には赤点は許さないわ!」

「うへぇ……」

わざわざ伊達眼鏡をかけたほむらが家庭教師役を買って出た
パトロール前に杏子とまどかに教えるつもりのようだ。ほぼ
毎日来ては勉強を教えている。杏子は嫌な顔をするが、
まどかはとても喜んでいた。また、詢子も知久も喜んで迎える。

「ほむらちゃんは一人暮らしだろう? いつでもおいで」

「はは、いつの間にか娘が三人になったなぁ」

弟のタツヤも喜んでほむらと遊んでいる。

「ただなぁ。タツヤの目が肥えるのが心配だよ」

「肥える?」

「少なくともほむらちゃんぐらい美人じゃないと、
彼女ができないんじゃないか?」

ドストレートなお褒めの言葉に、ほむらは耳まで赤くなった。
……ひょっとしたら、まどかに妹ができるかもしれない。
黒髪の、クールぶってる美人な妹が。

360: 2013/01/24(木) 22:16:16.79 ID:2Cr3Y+C40

「ってことがあってよ」

「それは言わないって約束ではなかった?」

ネミッサがケーキを買ってきた日のお茶会である。買うとなるとなぜか
張り切るネミッサが、普段買わないような高めのケーキを
買ってきていた。シュークリームを固めに焼き、ふたの様に切り取り、
その中にクリームを詰めるタイプだ。ほかにフルーツなどをいれた
かなり凝った作りだった。

「ホムラちゃんが妹になるのかー。ママさん喜んでるんじゃない?」

「うん! パパもママもすっごく気に入っちゃって。
『毎日ご飯食べに来て』とかいうの。私嬉しくって~」

ネミッサがむけた水にまどかが心底嬉しそうに応じる。幸せそうな
満面の笑みだ。
それに反してさやかはむくれたふりをする

「あーあ、すっかりほむらといちゃいちゃしてー。けしからん!」

杏子はまどかに、まどかはほむらに取られたようになっていたからだ。

「すっかり拗ねちゃったわね。よしよし」

「うぇ~ん。マミさんだけが味方です~」

マミがさやかをあやす。それに調子に乗ってさやかは抱きつく。
まどかに抱き着いて茶化すノリのつもりだったのだろうが、マミは
ビックリしてしまう。
慌ててネミッサの顔を見るが、ネミッサのほうはどこ吹く風で、
紅茶やシュークリームを堪能していた。

「あ、もしかして……私お邪魔でした?」

「そ、そんなことないわ。……よしよし」

ちょっとくらい嫉妬してもいいなじゃいかと、マミは内心がっかり
していた。

361: 2013/01/24(木) 22:52:43.88 ID:2Cr3Y+C40

「さて、月初めだし、あの書類回収していい?」

書類とは、例の『リサイクル』の使用頻度を確認する文書のことだ。
使用回数や吸収具合などを書き込み、提出するためのものだ。
ここの四人や、ほかの魔法少女の使用具合から平均すると、
狩りなどで魔力を過剰に消費しない限り、一週間で一個くらいで
事足りるだろうことがわかってきた。だが現在はまだ供給が追い付かず
狩りをせずに済む、という状態は難しかった。

「あー、これめんどくさかったー」

「ちょっとなー。宿題みたいだったよ」

「はい、ネミッサ。私の分よ」

「こっちも渡すわ」」

「ありがと、マミちゃんホムラちゃんのは読みやすいって
スタッフも喜んでるよ。ありがとね」

「あたしらのは……?」

「ん? ノーコメントで!」

その言葉の意味を知り、落ち込む二人。何度か書き直したのち、
ネミッサに手渡す。不備があるかざっと目を通し確認すると
全員分をクリアファイルに入れる。

「うん、お疲れ。これと使用済み渡したら、
『リサイクル』もってくるから、また記入よろしくね」

「えー、またぁ?」

夏休みの日記を最終日に書くような杏子とさやかは文句を漏らすが
ネミッサは聞かないことにした。
そんな中、マミはちょっとだけ、浮かない顔をしていた。それに
気づいたほむらが声をかける。

「どうしたのマミ。ちょっと疲れていない?」

「ああ、いえ。ちょっとね」

「んー? どったの? なんか問題?」

「なんとなくだけどね。『リサイクル』のこと、ちょっと気になって」

362: 2013/01/24(木) 23:17:23.04 ID:2Cr3Y+C40

マミの心配事は、グリーフ・シードが元は魔法少女で、元人間だ、
ということだ。彼女たちも好き好んで魔女になったわけではない。
その彼女たちが何度も『リサイクル』されるような状態で、永遠に
解放されないという状態が気になっているということだった。

「あ、そっか……。そう思うとちょっとかわいそうですね」

「そう思うとね……なんとなく、使うのを躊躇っちゃって」

皆がマミの方を見る中、ネミッサの表情がわずかに硬くなる。何か
言いたげだがそれを言いだせず、頬を掻くだけだ。

「でも仕方ねえだろ。使わなかったらこんなローテーション出来ねえぞ」

「私は割り切っているわ。ネミッサが私たちのために
作ってくれたシステムだもの。感謝して使うつもりよ」

ほむらは、ネミッサの表情に気付いていた。だからネミッサ寄りの
発言を選んだ。もともと、スタンスとしてはこのシステムを
歓迎していたので、自然な言葉が選べた。

「それは、わかっているんだけれど。彼女たちは、
いつになったら解放されるのな、と思うとね……」

マミは、自然にこぼしたつもりなのだろう。だが、それがネミッサの
とある部分に触れてしまった。

「……じゃぁ、使うの止める? マミちゃん」

低い声色に、一同が振り向く。そこには、俯いて表情を隠している
ネミッサの姿があった。

「止めて……、魔女になった方がよかった?」

マミは自分の失敗を悟った。自らの発言が、図らずもネミッサの努力を
否定しかねない言葉だということに。
ネミッサの声は、濡れていた。

363: 2013/01/24(木) 23:19:47.60 ID:2Cr3Y+C40

「ネミッ……」

「ごめん、おかしなこと言ってるのはわかってる。
けど、……ごめん、今は、顔を見ないで」

髪の毛で顔を隠しながら立ち上がる。誰とも目を合わさないネミッサは
初めてだった。目元こそ前髪で見えないが、口元は唇をかみしめている
のが見て取れた。そこに見えたものは『無念』だった。

「ちょっと、頭冷やしてくる。ごめんね、空気壊して」

「待ちなさいネミッサ!」

背中を丸めて歩きだすネミッサ。背が高いだけに、その姿はひどく
寂しそうに見えてしまう。その丸まった背中が追いかけることを
躊躇ってしまうような空気を出していた。
そのまま、とぼとぼと、ネミッサは部屋を出ていった。
らしくない姿に、一同がどうしていいかわからなかった。

中腰になって追いかけようとしたほむらは、マミをにらむ。

「マミ、今のは、あんまりではない?」

その射抜くような視線に、マミは怯む。ほむらの咎めるような声や顔に
まどかはおろおろしている。

「わ、私は……そんなつもりじゃ……」

「本当にそうかしら? 貴女は、
彼女に甘えているのではないかしら?」

「ほむらちゃん!」

まどかの諌める声も、今のほむらには届かない。それだけ、ほむらは
マミの軽率な発言に怒っていた。
ほむらはネミッサが、ここにいる魔法少女のため、尽力したことを
知っていたし嬉しかった。その努力を、こともあろうにネミッサが
大事に思っているマミが否定するのが許せなかった。だから言葉が
きつくなる。

「あたし、探してくる」

「わ、私も行くね。ほむらちゃん、マミさんを責めないでね」

二人が立ち上がり、玄関に駆け出す。まどかは携帯で呼び出していたが
出ないようだった。杏子はテレパシーで呼びかけているのだろうが、
そちらも不調に終わったようだ。慌てた様子で二人はそろって
飛び出していった。

366: 2013/01/27(日) 22:03:44.51 ID:YvWdcsYL0

筆者です。

>>365
でもエピローグではまだリサイクル使ってる描写を
しちゃってるのでねー。まぁ、あれは戦闘用ってことで
いいのかな。

他はわからないのですが
重層で磨くのは三十路マミさんネタですね。
結構ツボであのマンガ好きです。


それと、反省が。
単純にニーズ読み違えちゃいましたねー。
まどマギより、ハッカーズに軸足置けばよかったかな。
SS読む人は飽きちゃったんでしょうね。失敗デス。
次回作もまどマギクロスのつもりでしたが、
杏子とまどかのサマナー見習い奮戦記でもいいかなぁ。

ただ、ハッカーズのギミックはほとんどぶち込めたので
その辺は満足です。
英雄合体、ビジョンクエスト、悪魔会話、契約システム、
召喚プログラム、召喚魔法、生体エナジー協会などなど。


そして今夜、物語が完了させます。
最後の最後まで、お付き合いください。

それでは
【えいゆうたちのたんじょうひわ】
の最終話です。

367: 2013/01/27(日) 22:14:10.40 ID:YvWdcsYL0

二人が飛び出したのち、空気が重くなる。そんななか、さやかは全く
別のことを考えていた。それは、ほむらの怒りようである。
確かにネミッサの努力を考えれば『リサイクル』を使いたくない、
というのはあまりいい気分ではない。だが、あのほむらが形相を変えて
まで怒るほどだろうか?

(ひょっとして、ほむらは……。まさかね)

ともあれ、この空気を変えるため、さやかは話し出す。

「マミさん。私、一回魔女になったでしょう。だからわかるんです」

二人がさやかをみる。さやかだけが言える言葉を紡ぎ、諭す。

「魔女になったら確かに辛いんです、苦しいんです。誰だって、
絶望なんか振りまきたくないですよ。でも、でもね……」

そこで言葉が詰まる。自分がそこから戻れたのはただの幸運。
ネミッサの尽力があり、まどかの力と心があり、ほむらの諦めない
意思とさやかへの友情が重なり、自分は魔法少女として甦ることが
できた。天文学的な確率の、僥倖と言っていい。

「グリーフ・シードになって、次の人の役に立つなら、
このシステムも、悪くない、むしろいいことだって。
そう思えるんです」

ほむらもマミも言葉を発することなく、さやかを見つめる。

「それにね、もっと長く、もっと多くの魔法少女の役に立つなら、
一緒に戦えるなら、それはきっと……きっといいことなんです。
ほむらが持ってた私の魂たちも、そう言うはず……です」

368: 2013/01/27(日) 22:16:02.25 ID:YvWdcsYL0

マミの胸に突き刺さるさやかの思い。
さやかがどれだけネミッサに感謝しているかを思い知った。
そして、自分も救われたのにもかかわらず、そこまでいたらなかった
自分を恥じ、喋ることができなかった。
自分がどれだけ思い上がっていたかを、
自分がどれだけネミッサに甘えていたかを、思い知った。

「ご、ごめんなさい、生意気言って!」

「……ごめんなさいマミ。私も言い過ぎたわ」

「……?」

二人の態度が急変したことにマミは訝しがる。だがすぐに理由に
気付いた。マミが、その双眸から、大粒の涙を流していたからだ。
自分の犯した過ちに気付いたマミを、もう二人は責めることも
諭すようなこともしない。

「い、いいのよ。
私こそごめんなさい。ネミッサに、酷いことを……」

ネミッサを深く傷つけたことを悔やんでいた。

「あの子に、なんてことを……、私は……」

(私は最低だ、最低の女だ。断られないからって、私は何をした?
今日のこともそう。彼女に甘えていたんだ。最低だ)

ぼろぼろと、涙が溢れて止まらない。それをほむらとさやかが
肩を抱いて労わった。
そんなことをすれば余計に涙が止まらなくなるのに。けれど二人は
黙って労わってくれた。

369: 2013/01/27(日) 22:21:00.02 ID:YvWdcsYL0

ネミッサはいつかの噴水の前にいた。マミの家からはそう遠くはないが
まっすぐ歩けば結構な距離を歩いたはずだ。それだけ長くふらふらと
歩いていたことになる。
最初に見つけた杏子が、まどかに連絡する。場所を伝えると先に
ネミッサに声をかける。

「ここにいたか、らしくねえぞ。マミに文句あるならいつもみたいに
言い争いしたらいいだろ」

杏子の叱責。だが、その声音はどこまでも優しい。聖母のような音色。
ネミッサは何も話せない。
杏子に喋り出したのはまどかが二人を見つけたころだった。
ネミッサは頭を左右に振り言う。

「違うんだ……。……アタシはさ、皆に長く生きて、
幸せになって欲しかったのよね」

「……マミだって、ありゃぁ本心じゃねえよ。
あんたに感謝してるにきまってら」

遅れて場所を聞いたまどかが遠くから歩いてくる。ベンチに座った
ネミッサには目に入っていながら映らなかった。

「それは、うん、わかる。もう大丈夫。
けど違うのよ。アタシの問題は、それに気づかなかったことなの」

それ、とは『リサイクル』の魂たちことだ。彼女たちのことを考えず
まるで物扱いをし、それが悲しいことだとネミッサは気付かなかった。

「そういうことに気付かないアタシは、やっぱり悪魔なんだよ」

寿命もそうだが、一緒にいるには感性が違いすぎる。そう、思って
しまったのだ。自ら思い描いた夢が、一瞬にして消え去った。そう
感じてしまったのだ。
一緒に、いられない、と。

「考え方、感じ方が違いすぎる。一緒にはいられないよ」

370: 2013/01/27(日) 22:24:17.12 ID:YvWdcsYL0

「そんなことない!」

まどかが叫ぶ。まどかは、泣いていた。苦しいネミッサを思い、
追い詰められている彼女を悲しんで、涙を浮かべていた。

「パパとママだって意見が違うときがあるもん! 
けどそれはいつも喧嘩してるわけじゃなくて、結婚してからも。
……その、えっと……だから」

「ああ、そうだな。多分、結婚ってよ、二人の価値観をすり合わせること
なんだよ。一方の意見に従うだけってのは盲信っていうんだろ。
そんなの、対等な……正常な関係じゃねえよ」

ネミッサが顔を上げる。

「話して来いよ。そんなんでお前ら駄目になる関係でもねえだろ。
それでもマミがぐだぐだいうなら、あたしが引っ叩く!」

「……怒った顔見せたくなかったんだよね。優しいね。
でももう平気だよね……『帰ろう』? マミさんのとこにさ」

「でも、でもアタシ……人間じゃない……よ?」

「スプーキーズの皆さんとは、上手くいったんだよね。だったら、
私たちとも、同じようにできるんじゃないかな」

「ああもう、てめえもぐだぐだ言うか!
人と人の間に生きてんなら、もう立派な『人間』だよ。
しゃきっとしろ、ボンクラ」

『それによ、人間に感謝するのは悪いことじゃねえ、
当たり前のこった』

そうだった。杏子はずっと、ネミッサを人間としてみていた。それは
きっとマミも同じはずだ。
ネミッサは泣いた。

ゆめは まだ きえていない。

371: 2013/01/27(日) 22:27:19.08 ID:YvWdcsYL0

”ほむら。ネミッサ捕まえた。連れ帰る。そっちは落ち着いたか?”

”ええ、ごめんなさい。迷惑をかけたわね”

”あー、それはいい。マミはどうだ”

”二人がかりで落ち着かせたわ。もう大丈夫”

”OK、まどかと一緒に戻るぜ”

”ええ、急いでね”

”……? わかってるよ”

「ほらボンクラ。帰っぞ」

「うん、帰ろ?」

涙ながらに歩くネミッサの手を引いて、二人は歩き出す。
ふと思い立ち、杏子はまどかに聞く。

「ところでよ、二人を夫婦に例えるのはあれか? こないだの
おままごとか?」

「そうじゃないよ!? でもパパとママもいろいろ話し合って
意見をぶつけながら決めたことがたくさんあるんだって。だから、
似てるなって思ったの」

例えば、知久の家事専念、マイホームを買う時期、タツヤの
出産のタイミング。一番最近では、杏子の養子縁組。それらに
さまざま意見を出し合いながら決めたのだという。もちろん
食い違いもあり、一筋縄ではいかなかったようだ。

「だからさ、ネミッサちゃんも、いろんなこと話しよう? 
皆いるんだもん。きっと役に立つよ」

かろうじて頷くのが背いっぱいだった。


―――わたしがあくまでも、ともだちでいてくれますか―――


―――ったりまえだ―――

―――それどころかおんじんだよ―――

―――ええ、もちろんよ―――

―――さいしょからそのつもりだよ―――



―――ともだちでもいいので、そばにいてください―――

372: 2013/01/27(日) 22:28:17.04 ID:YvWdcsYL0

飛び出して気まずいネミッサの背中を押すように、二人は戻ってきた。
ばつの悪い顔をしていたネミッサの前に、号泣しているマミがいた。

「よ、よかった、帰ってきた~。帰ってこないかと思った~」

実際には涙でこれより鼻濁音が激しく、最初は何を言ってるかすら
聞き取りづらいほどだった。ネミッサが落ち込む暇も謝る隙も
ないくらい動揺していたのだ。

「ごめんなさい~、酷いこと言ってごめんなさい~」

ネミッサもネミッサで言いたいことがあったがあまりの錯乱ぶりに
どうしていいかわからない。
まどかも杏子も呆気にとられている。

「な、なにがあったんだ?」

「ほむらがね、賭けをしだしたんだ。
『パトロールまでに戻らなかったら、ネミッサを引き取る』って」

「ジョーダンだろ。じゃなければあたしに急がせたりしねーよ」

「……いや、あれは本気の目だった」

さやかは、怯えるように身をすくめた。ほむらの態度を直に見たか
どうかで、その解釈が違うようだ。

「……惜しかったわね」

「ほむらちゃんそれじょうだんだってしんじてるからね?」

373: 2013/01/27(日) 22:30:20.98 ID:YvWdcsYL0

二人の和解が有耶無耶になった。マミはまだぐずついているし、
ネミッサも居心地が悪いらしく、隣に座るもののもぞもぞしている。
マミの代わりにと、ほむらが紅茶を淹れる。

「ほむらのお茶ぁ? マミさんのに比べたら…うまぁい!」

「おやくそくだねさやかちゃん」

かつて、師事していたときに紅茶の淹れ方を教わったらしい。かなりの
スパルタで、当時は苦労したとのこと。ネミッサも喜ぶ味に、ほむらも
自慢げだ。

(まさかねー、そんなことないよねー)

さやかの不安は膨らむ位一方だ。

「さっきはみんなごめん。そんで、ありがとう」

「ったくメンド―掛けやがってよ」

杏子の悪態も甘んじて受け入れるしかない。マミはまだしゃくりあげ、
まだ落ち着いていないので、反論もできない。

「それでね、ネミッサ。やはり私たちも貴女に協力すべきと思うの」

「え?」

「う、うん……さっきね、三人で考えたの……」

「私はそれでいいと思う。あとは杏子の意見かな」

先ほど捜索に行った杏子以外は納得しそれをすることに同意していた。
それを聞いたネミッサは驚くどころの騒ぎではなかった。逆に杏子は
聞いてあっさり同意する。

「あたしはそれでいいぜ。協力する」

「いや! 危ないよ。何が起こるかわからないのに!」

「だからこそよ。魔法少女でもない、この街の住人でもない貴女の
命がけの戦いに報いるには、それしかないんじゃないかしら」

ネミッサも、ぐうの音もでなかった。

374: 2013/01/27(日) 22:32:43.26 ID:YvWdcsYL0

それから数日して、マミたちは嫌がるネミッサを拝み倒し、
業魔殿についてきた。ヴィクトルの研究に協力するためだ。

「浄化装置に直にソウルジェムを入れて浄化する、か」

「はい、協力させてください」

ネミッサはグリーフ・シードの安定供給のため尽力したが、
その目的はソウルジェムの浄化を魔女狩りなしにすることだ。だから
マミらの申し出はそれに即したものではあったが、正直断りたかった。

『リサイクル』のお蔭で組織に参加する魔法少女は、魔女すなわち
魔法少女が増えることを良しとせずに済んだ。それがQBとの交渉の
一端にもなった。
だからそれであれば危険を冒してまでそんな実験にマミたちを
協力させる必要はなかった。

「はっきり言おう。私は気が進まぬ。ネミッサの年若い友人らを
危険度もわからぬのに、背徳の技術の犠牲には出来ぬ」

「でも、これが可能なら、もっと多くの魔法少女が救えます。
ネミッサの願いに副ったことだと思いますが」

ヴィクトルを威圧するほどのほむらの眼光。だがそれに怯むこともなく
押し返す。間に立つネミッサはどうしていいかわからず
おろおろするだけだ。
今現在でも、『リサイクル』の数は不足している。この数が
増えない限り、これ以上魔法少女を保護できなくなる。

「あたしからも頼む。役に立ててくれよ」

「私もです。よろしくお願いします」

「まだ私はネミッサに恩返しできていません。チャンスをください」

「ネミッサの目標は、私たちの夢でもあります。どうか、
ネミッサのためにも、手伝わせてください」

それは四人全員の願い、祈り。

「……よかろう。ただし条件はある。決して無理はしないこと。
捨て駒になることは許さん。……それでいいかな、お嬢さん」

「はい、お願いします」

「みんな……本当にいいの?」

「いいのよ。だって。私たちはまだ、貴女に恩返ししてないのよ?」

皆を代表して、マミは微笑む。全員が同意見だった。

375: 2013/01/27(日) 22:36:42.69 ID:YvWdcsYL0

それから一年くらいして、皆の家に友子から絵本が届く。

タイトルは『ぎんぱつ悪魔と、きいろの魔法使い』。
この絵本はシリーズ化し、『ぎんぱつ悪魔と、○○の魔法使い』として
計6作品発表された。
言わずもがな、

『きいろ』  はマミを
『くろかみ』 はほむらを
『さくらいろ』はまどかを
『あかげ』  は杏子を
『あおいめ』 はさやかを

それぞれモデルにしていた。

決して大ヒットではなかった。だが魔法少女たちは、最後の
六作目も含めてほとんど全員が購入していた。
悪魔だとして誤解されていたぎんぱつ悪魔が、悩む五人の魔法使いを
あの手この手で救い、笑顔にするという幼児向けのもの。

だが六作目だけは違う。
助けてもらった魔法使いたちだが、悪魔は力を使い果たし倒れてしまう。
それを逆に助けるため、五人の魔法使いが自らの魂を差出すのだ。
一人分の魂をすべて使えばその一人だけが氏んでしまう。だが五人は
僅かずつ差し出すことで、なんとか互いと悪魔を助けるのだ。

だが魔法少女は知っている。それが例え話であることを。

魔法少女を救うために奔走した『葛の葉の魔女』、それに協力し
支えあった英雄たちがいることを。

ワルプルギスの夜を退け、
魔法少女のためにソウルジェムすら差し出した魔法少女の伝説は、
彼女たちが生きている間からすでに語り草となっていた。

魔法少女の間で語られる伝説となり、神格化された彼女らは甦る礎を
このとき、完成したと言っていい。



そして、百年ののち、彼女たちは英雄として、ネミッサの前に甦る。
彼女に会うために、彼女と共に戦うために。




376: 2013/01/27(日) 23:03:31.85 ID:YvWdcsYL0

筆者です。

以上をもちまして、
【ネミッサ「いつかアンタを泣かす」
ほむら「そう、期待しているわ」】

の投稿を終了いたします。

拙い、ニーズも読めない作品でしたが、
お楽しみいただけましたか?

ソウルハッカーズの話を期待した人には
申し訳ありませんでした。
ただ、まどマギの理不尽は
悪魔と技術で覆せたかなと
思っております。

彼女たちが動き出したら
また書くかもしれません。
そのときは、お付き合いください。


最後までご覧いただき、ありがとうございました。
皆さんはどうだかわかりませんが、
私は、楽しめました。
皆さんのコメントがとても嬉しかったです。

384: 2013/01/28(月) 23:03:52.89 ID:HFIPP8ZF0


―――おや、また来てくれたのかい? 何かあると思ったのかな―――

―――……疲れたかい?
   ビジョン・クエストをそう何度も見るのは大変だろうさ―――

―――まさかビジョン・クエストの中で
   ビジョン・クエストを見せることになるとは
   思わなかったけどね―――

―――どうだろう、彼女たちの心は受け取ってもらえたかな―――

―――……それはよかった。それじゃぁ……、
   っとああそうだ、個人的に一言、いいかな?―――

―――これから僕を救おうとして
   頑張ってくれている君に一言―――

―――君が助けるのは僕であって僕じゃないだろう。けどね―――

―――それでも言わせてほしい。
   救おうとしてくれて、ありがとう。とても嬉しい―――

―――それだけさ。それじゃ、また―――


385: 2013/01/28(月) 23:04:30.09 ID:HFIPP8ZF0


―――どうしたんだい。まだなにかあるのかな?

―――僕が? 『また』って言ったから?
   ……我ながら、しょうがない口だな―――

―――ああ、『また』だよ、確かに言った―――

―――…………『彼女』が言うんだ―――

―――遠い未来、あの子たちが
   『彼女』に会いに来る、
   そんな未来が見えるんだってさ―――

―――……すごいと思わないかい? 
   あの子たちはたどり着くんだ
   魂の安息地、そして、彼女のもとに―――

―――それなら、『また』って言うに決まってる、
   そうだろう?―――


386: 2013/01/28(月) 23:05:37.43 ID:HFIPP8ZF0





―――待ってるよ。ネミッサちゃん。みんな―――





引用元: ネミッサ「いつかアンタを泣かす」 ほむら「そう、期待しているわ」