1: 2013/03/11(月) 02:22:47.49 ID:ZJ/ZtGd30
 スーパーアイドル伊織ちゃんのイメージといえば、ブリティッシュでヨーロピアンなものがあるだろう。

 裾のふんわりとしたワンピースが普段着だし、家柄的にも庶民風なものは似合わない。

 けれど生まれも育ちも日本だから日本の文化は嫌いではないし、むしろなくてはならないものだと思っている。

 お茶といえば紅茶じゃなくて緑茶だし、朝ご飯にパンかご飯かと聞かれればご飯を選択するし、

 畳の上で長時間正座することだってできるし、初詣に行くなら晴れ着を着たいものだ。

 和風は嫌いじゃない。だけど。だけど、ひとつだけ洋風であってほしい部分があった。

 というか、あってほしかった。今すぐにでも作り替えてもらえないものだろうか。

 「どうしてやよいの家のトイレ、和式なのよぅ……」
THE IDOLM@STER MASTER ARTIST 3 10 高槻やよい

5: 2013/03/11(月) 02:25:25.92 ID:ZJ/ZtGd30
 いおりんはウンチなんてしません! という冗談と憧れと潔癖さと

 いくばくかの狂気が混じったファンレターが届いた経験がないわけじゃない。

 今の私たちが知らない、”昭和”という時代のアイドル像としてそういうものがあったことも知識として把握している。

 けれどアイドルだって人間なのだ。するものは、しなくちゃいけない。

 それがたまたま、やよいの家に遊びに来たタイミングで生じただけのこと。なにも不思議なことはない。

 ただ不運だったのは、扉を開けた先にあったものが、普段見慣れているイスの形をしたものではなく……、

 床にへばりついた室内スリッパの様な白い陶器だったという点だ。

8: 2013/03/11(月) 02:28:19.58 ID:ZJ/ZtGd30
 第一印象は、「あるべきところにあるべきものがない」だった。

 手洗いには腰をかける部分があって当たり前なのに、それがない。異質すぎる。

 見下ろした視点で気がついたが、便器に向かってこんなにも頭を垂れることも今までなかったと思う。

 それだけ低い位置に据え付けられているわけだ。

「なんなのよ、これは……」

 和式を目にしたことがないわけではないが、使用したことは一度もない。

 恐る恐る後ろ手に扉を閉めるために、半歩だけ足を前にずらしたところ、つま先がタイル床の段差に触れた。

 高さにして30センチほどだろうか。和式の陶器が、上げ底のようになっている床に設置されている。

 少なくとも通っている学校で見かけた和式の個室には、まっ平らな床にそのまま設置されていたはずだ。

(わざわざ一段高く造ってある意味はなんなの……?)

 水道の都合か何かだろうか。それか、陶器を埋めるために盛土をするひつようがあったのかもしれない。

 スリッパで言うところの、つま先を覆う部分の存在も正直はっきりしない。

 水を流す(水洗であってくれて本当に良かったと思う)ときの受け皿……なのよね?

 それにしてはいささかサイズが小さいような気もする。飛沫を抑えきれないと思う。別の用途があるのだろうか。

「……背もたれ?」

11: 2013/03/11(月) 02:31:51.89 ID:ZJ/ZtGd30
 家庭のトイレを使用するときは相当ヘンピな間取りでもない限り、入ってきた扉を正面に見据えながら使用するものである。

 だからこのスリッパ状のつま先部分に背中……というか腰を当てるようにして、足を段差の下にやれば、座ってすることができる。

 考えてみれば洋式の便座と比べて、この装置は幅が狭い。陶器の縁で支えるようにすれば、着座することができるはずだ。

 でもそうすると膝丈ほどのスカートの裾が確実に床に触れてしまうことになる。なにか違う気がする。

 そもそもつま先部分の陶器に腰を触れさせるとすると、座椅子にしては底面部分が長すぎるために、おそらく足裏が床に届かない。

 つまりこのタイプの手洗いでは、座ってすることができない。それは認めよう。

「しゃがんでしないといけないってことなのよね……?」

 この狭くもなく広いというわけでもない絶妙な幅で構えている陶器をまたぐようにして。

 しゃがむ……のはいいけれど、どっちを向いて?

 やはりこの背もたれを使うためには、扉の方を向いてしゃがむのだろうけれど。

12: 2013/03/11(月) 02:34:19.74 ID:ZJ/ZtGd30
 一度腰を下ろした自分を想像してみる。

 ……ちょうどお尻が背もたれの上に乗ってしまうのでは? 背もたれとしての機能を発揮していないじゃない。

 なんという欠陥商品だろう。そもそもこのつま先部の丸みを帯びたでっぱりが、いやに小さすぎる水受けを半分弱ほど覆ってしまっている。

 この水受け、もっと広く取ればいいのに。

 ああ、でもここを広くしちゃうとその分、水を多く使うことになるから……これ、節水タイプってことなのかしら。

 やよいの家は未だ家計が苦しいと聞くし、そういう部分で節約することも大事だろう。

「…………」

 さて、そろそろ余計なことを考えて現実から逃げるのをやめなければ。とある事情が下腹部を襲い始めている。

「しゃがめば、いいんでしょ……」

 つくづく和式というものは不便だ。

■(ト書き)■便だけに。

13: 2013/03/11(月) 02:36:17.44 ID:ZJ/ZtGd30
 しゃがむ、という不安定な体勢を取らせるならば手すりのひとつがあってもいいはずなのに、手すりの代わりになりそうなものは背中側の配水管しかない。

 必然的に尾てい骨付近にある、つま先部のカバーを支えにしなければならなくなる。

 床に据付の和式とは言え、ただの陶器なのだから、縁の外側に手を触れたってなにもおかしいことはない……はず。手もちゃんと洗うし。

 スカートの裾を腰元までまくって、前側に念入りに絞る。これが解けて水受けに裾が浸ってしまうのだけは避けたい。

 下着を下ろそうとして異変に気がついた。いつもよりも膝を大きく開いているために生じる脱ぎにくさが違和感でしかない。

 要らない部分に気を注がないといけなくて、まったく落ち着くことができない。

 こんな状態で排泄などしたところで、負担にしかならないのではないか。

 しっかり鍵をかけてある個室とはいえ、下半身を完全に晒してしまっている体勢も、緊張を増加させる要因だった。

 洋式の場合なら基本的にスカートの裾で隠れているから、なんらかの手違いで個室のドアが開いたとしても影響は少ない。

 けれどこの脚を開いて入り口に下腹部を見広げているような体勢では、間違いがあったときとっさに隠すことができない。

 とんだ構造的欠陥だ。和式の手洗いが廃れるのも頷ける。

14: 2013/03/11(月) 02:39:54.44 ID:ZJ/ZtGd30
「んっ……」

 ぶるりと腰が震えた。冷たいタイル床に下腹部を接近させているのだからそれも当然だ。

 こんな窮屈な体勢を解くためにも、さっさと済ませるものを済ませてしまおう。

 おヘソの下のあたり、腹式呼吸をするときによく意識をする腹筋の一番下に、わずかに力を込める。

 普段の体勢とくらべて、膝を抱えているような格好なため力加減の調整が難しい。

 膀胱を圧迫して排尿の合図を送る。その後徐々に腹筋を緩めて、収縮していた尿道を解放する―――

 プシッ、シャァァァァ……。

「ほ……」

 慣れない形式に慣れない体勢。それらの負担は存外に大きかったらしく、ようやく訪れたカタルシスに心が癒される。

 のも、つかの間。

「って、ちょっと。なによこれぇ……!」

 足の付け根に伝わってくる飛沫感が尋常じゃない。

 いつだったか都内のアスファルトに打ち水をして涼を取りましょう、というような営業があったが、そのときの感触にあまりにも似ている。

 つまりそれだけ、跳ねているということ。

16: 2013/03/11(月) 02:46:23.04 ID:ZJ/ZtGd30
「なんでなのよぅ……!」

 原因を探ろうと視界を巡らせると、着弾点は真正面の陶器の縁底面で、ほぼほぼ狙い通りの弧を描いていることが分かった。

 予想外というか思考がそこまで回っていなかったのは、スリッパの形状で言うところの土踏まずからカカトの部分において、浅い水たまりができてしまっていたことだった。

 水が浅く張っているところに、斜めから放水をすれば跳ねてしまうのも当然。私の思慮不足だった。

(どういうことなの。こんなのじゃ、トイレをするたびにソックスやストッキングを交換しないといけないじゃない)

 そんな馬鹿な話があるのだろうか。せめて、着水点の受け方が上向きではなく、下方向に動線を変えてくれればそれで解決するのに。

 もしくは跳ねたとしても下半身から距離が離れていて影響が軽微ならそれで解決するのに。

 そう、例えば今私が手を置いている円形のカバーのようなものが私の正面側にあれば。

(…………)

 あるじゃん。ここに。

「あ!」

 まさか、もしかして。いや、でも。そんなまさか―――。

「この座り方って……。逆、なの?」

 チョロロロロ、ロロ……。

 扉に背を向けるように座れば、これまでに感じていた構造的欠陥の多くが解決することに気がついたのは、膀胱の内容物がほとんど解決してからのことだった。

17: 2013/03/11(月) 02:48:28.80 ID:ZJ/ZtGd30
「たしかに、こっちの方がしっくりくる、けど……」

 己の勘違いの気恥ずかしさを独り言でごまかしながら、出入り口に背を向ける体勢を取ってみることにした。

 すると、今まで生じていた違和感がカッチリ解消されていくのが分かった。

 配水管はバランスの支えとして手をまっすぐに伸ばせば届くようになっているし、つま先カバー部は下半身を晒す抵抗をやわらげてくれる。

 よく見ればしゃがみこんで視線を前に向けたところに月めくりのカレンダーと「節水!」という標語の筆字の半紙が貼られている。

 標語の脇に小筆で高槻やよいと書かれているのを見て、少しばかり和んだ。

「でも、この向きで正しいってことは」

 大きい方をする場合も、このままするってことよね……?

 このままってことは、真下の陶器の部分にソレが貯まるということである。洋式のように水中に消えていくわけではない。

 水没することでニオイが抑えられるわけでもない。それに距離があまりにも近すぎるから存在感におののいてしまいそうだ。

 水が跳ねないであろうことは利点だけど、そもそも温水洗浄もついていないし窮屈な体勢は変わらないままだし、デメリットの方が大きすぎる。

 間違いに気がついたあとにわざわざ向きを変えてしゃがみ直したのは、違和感を解消させたかったためだけではない。

 用を、足し切っていないからだ。

19: 2013/03/11(月) 02:50:42.62 ID:ZJ/ZtGd30
 膀胱に溜まっていた排泄物はあらかた出し切ってある。

 それで終了ならば、もう既にやよいが私を待っているであろう和室のリビングに戻っている。

「こんなことになるんなら、あんなに夕飯をごちそうになるんじゃなかった」

 もやし炒め、美味しかったわ。それが直接の原因ではないのは分かっているけど。

 今から私はもう一度腹筋に力を込めて、イキまなくてはならない。

 洋式の場合にはそんな意識をわざわざしたことはなかったけれど、太ももとおなかが触れ合うぐらいの姿勢のためか、下腹部の動きがありありと伝達されてくる。

(本当に、こんな格好で出しちゃうの?)

 家柄も振舞いも正真正銘のお嬢様である私が、こんな不格好な体勢で。液体とはわけが違うというのに。

 いっそ、近くにあったはずのコンビニにでも駆け込むのはどうだろうか。

「んなシツレイなこと、できるわけないでしょ……」

 あなたの家のトイレは、私には使えません。と宣言するのと同じだ。やよいを傷つけることになる。

 あの子のためにも、私はここでしなければならない。

21: 2013/03/11(月) 02:52:13.57 ID:ZJ/ZtGd30
「ふぅ、っく……」

 呼吸を一時停止させて腰元へ意識を集中させる。

 脚の付け根より少々背中側。おしりの中央のこわばりを解いていって―――

 ム、ムリュリュリュリュ!

「!!」

 とっさに出口を閉ざしてしまった。ピチャン、と浅い水たまりに支えを失った蛇が身を投げ出す音が聞こえた。

 出してしまった。出てしまった。すぐそこに、ある。私の真下に禍々しい物体が存在している。

 存在を認めたくない。自分の身体から出てきたものだと認知してはいけない。

 股の下を覗きこむなんてことをする気は全く起きず、ただただ正面のカレンダーを注視して、

 今日が何月何日だったか、なんてことを思考することで気を紛らわそうと必氏だった。

 それなのに、己が排泄した汚物はしっかりと鎮座しているようで、鼻をにわかに刺すような悪臭を放ってきた。

(悪臭……!? この、伊織ちゃんが……!?)

23: 2013/03/11(月) 02:53:52.53 ID:ZJ/ZtGd30
 キレイでプリティで可愛くてキュートなはずの私が、それと正反対の極みにあるような臭気の原因を作ってしまったことを理解したくない。

 どうしたらこの存在を見なかったことにできる? 余裕のなくなってきたノーミソを精一杯働かせて解決策を探る。

(あ。それこそ、水に流してしまえばいいんじゃあ)

 配水管を辿って視線を動かすと、配水タンクのコックを見つけることができた。

 そうだ。流してしまえば存在を抹消できる。現実とのギャップに苦しむ必要もなくなる。

 藁にもすがる思いとはこの事だろう、とコックに手を伸ばそうとして、視界の隅にやよいの文字が映った。

『節水!』

 一緒に思い浮かんだのは、私が適当に野菜を選んだのをたしなめたときの、あの表情。

「あ……うぅ……」

 やよいを裏切ることはしたくない。したくないのだけれど、同時に、私の指はコックを摘んでいた。

 ぎゅっと、歯を食いしばる。鼻呼吸が臭気を一緒に吸い込んだ。

 流さ……ない。流しちゃいけない。必要最低限に留めるのが、節水だ。このまま続けよう。

 鼻をつまんでしまうことも考えたが、片方の手でスカートの裾を抑えていなければならないし、手すり代わりの配水管を手放すのも心もとない。

 それこそ、このまま続けるより他ない。まだ体内に蛇は潜伏している。

25: 2013/03/11(月) 02:55:40.37 ID:ZJ/ZtGd30
「くぅ……」


 あまりイキみすぎると、先ほどのように過剰な勢いのまま姿を表してしまう。

 適度な力加減で優しく、お嬢様らしくしなくては。

 その警戒は功を奏しているけれど、今度は第一宇宙速度をクリアすることができなくなってしまった。

 窄まりをギリギリ乗り越えるだけの加減なんて、一度きりの経験で身につくわけがなかった。

 もたもたしている内に、鼻を刺す臭気が増してきている気さえしてきた。

 お肉とか油とかが食事に多いとニオイがキツくなるんだったっけ? うろ覚えの知識は今この状況をなにも解決してくれない。

 私の直後にやよいの家族の誰かがここを使用する可能性は十分にある。換気扇は当然回っているけれど、排気が追いつかなかったら?

 はやく済ませないといけない。品位とか女の子らしさなんてものを気にしている暇なんてないはずだ。

 堤防を決壊させるだけなら簡単だ。普段より強めに腹筋を収縮させればいいだけ。

 出しきってしまえば、流してしまえる。なかったことにできる。

 そう、いつまでもだらだらここに居る必要はない。最初から短時間で済ませてしまえばよかったのだ。

 出そう。出してしまえばそれでいい。どうせ誰も見ていない。恥ずかしいのは一瞬だけだ。

「んくっ……!」

 ミチ、ミチチチチチッ……!

27: 2013/03/11(月) 02:57:17.71 ID:ZJ/ZtGd30
  @

P「伊織、レッスンおつかれ。飲み物買ってきたぞ」

「……そっち、寄越しなさい」

P「あれ、伊織が野菜ジュースとはめずらしいな。こっちのは俺用に買ってきたつもりだったのに」

「別になんだっていいでしょ。余計な詮索しないで」

P「やよいの家にお泊りに行ってからヘルシーな食生活に目覚めたよな、お前」

「どーでもいい部分だけ目ざとい男は、女の子から嫌われるわよ」


 おわり。

28: 2013/03/11(月) 02:59:17.75 ID:ZJ/ZtGd30
6000字ってレスにしてみるとわりと短いスね。(感想)

29: 2013/03/11(月) 03:00:16.57 ID:4/no9LTN0

35: 2013/03/11(月) 03:04:01.44 ID:ZJ/ZtGd30
和式トイレって、あの体勢が負担になるから回転率が上がるんですって。
なので、居酒屋とかイベントの仮設トイレとか公衆トイレとか、そういうところは和式が多いとか。
洋式だと座って一息ついて、スマホいじり倒してー、って感じで時間かかるじゃないですか

38: 2013/03/11(月) 03:08:33.03 ID:ZJ/ZtGd30
今の子って、あの部分の名前知らんよね、多分。
いおりん博識だから知ってるのかな。
まぁ俺の中ではいおりんは博識というよりか耳年増ってイメージだけど。

40: 2013/03/11(月) 03:11:57.49 ID:ZJ/ZtGd30
アニマスでティーンズと大騒ぎしてたいおりんがすごくいおりんしてたよね。すごく良かった。
どうしても二次創作だと賢くなっちゃうし、しちゃうんだけどね。

引用元: 伊織「やよいの家のトイレって和式なの?」