197: 2013/06/26(水) 22:57:56.45 ID:zNvcmNG2o

第二十五夜 狐


茄子「本日もアイドル百物語のお時間がやって参りました」

ほたる「……今日で二十五夜……。四分の一ですね」

小梅「うん……。ずいぶん色んなお話を聞いてきた気がする。先は……長いけど」

茄子「そうですねえ。ずばりな心霊体験もあれば、もしかしたら、ごく身近に起こりえるんじゃないかという恐怖の体験もありました」

ほたる「……悲しいお話も、感心するようなお話もありましたね」

小梅「む、昔のお話もいろいろと面白い……」

ほたる「……はい。本当に」

茄子「時代背景や様々な環境があると、起こる出来事も違うのでしょうね」

ほたる「ご先祖さまのお話とかは、それだけで貴重だと思います」

茄子「普通はなかなか話に出ませんからね」


白坂小梅のラジオ百物語シリーズ

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198: 2013/06/26(水) 22:58:34.42 ID:zNvcmNG2o


小梅「うん。聴いてくれる人もそうだけど……話してくれたみんなも良い機会になったって思ってもらえたら……嬉しい」

ほたる「……ええ」

茄子「さて、今日はどんなお話でしょうか」

小梅「今日は……山のお話。ある意味で古典的な……」

ほたる「山の……ですか。これまでにあまりないお話になりそうですね」

茄子「それで、今日はどなたのところにお話を聞きに?」

小梅「藤原肇さん……」

ほたる「では、肇さんのお話です。お聞きください……」

199: 2013/06/26(水) 22:59:28.82 ID:zNvcmNG2o

藤原肇(16)

○一言質問
小梅「これまで出会った中で……一番怖かったのは、なに?」
肇「熊です。ツキノワグマ」

200: 2013/06/26(水) 23:01:33.31 ID:zNvcmNG2o

 こんにちは、小梅ちゃん。

 今日は怪談でしたね。

 いつもラジオ聴かせてもらっています。
 ええ、楽しませてもらってます。

 ただ、山の怪談が圧倒的に少ないですよね。
 アイドルの皆さんはアウトドア派の人でも、あまり山に縁のある人がいないのでしかたないのかもしれませんが……。

 私は、祖父が陶芸をやっていて、私自身も多少かじっているもので、山にはよく行くんです。
 はい、土を取りに。
 それと、趣味が釣りなんで、釣りにも行きます。

 だから、山にまつわる不思議なお話をよく祖父から聞きました。
 山に一緒に入った時に。

 山って、不思議なところなんですよ。
 ええ、そうですね。
 昔は山自体が神域とされていたこともありましたね。

 いまでも、長く山に入る人は、やっぱり下とは違う世界なんだと思うみたいです。

201: 2013/06/26(水) 23:02:46.82 ID:zNvcmNG2o

 祖父からは、たくさんのお話を聞きました。
 怖いお話もわくわくするお話もたくさんありましたが、基本的には、山独特のルールに敬意を払え、という話でしたね。

 それを破る者はろくでもない結末となり、それを守ったとしても時に人間にとってよくないことは起こりうる。

 理不尽だけど、そういう世界なのだということを、祖父が話してくれるお話の数々から学んだ気がします。

 そうして、私自身も山というものに慣れてきた、そんな頃。
 私自身が山で経験した不思議な出来事を、今日はお話ししようと思います。

 そうはいっても、そう昔の話でもありません。
 一昨年の話ですから。

 あ、そうそう。後で出てくる会話は本来は地方の言葉ですが、聞き取りやすいように喋りますね。

202: 2013/06/26(水) 23:05:47.60 ID:zNvcmNG2o

 さて、その日。
 私は朝から釣りに出かけ、夕方には山を下りようとしていました。

 それなりの釣果があり、今日は若鮎を家族に食べさせてあげられると、ほくほく顔で下りていったのを覚えています。

 ところが、下る途中で祖父が道を上ってくるのが見えたんです。
 近くまで行ってどうしたのかと聞くと、迎えに来たと言うのです。

 心配性だな、とは思いましたが、鮎もたくさん釣れてご機嫌の私はさして気にせず、手をつないで一緒に下り始めました。

 途中で、重いだろうとクーラーボックスを祖父が持ってくれました。
 渓流釣りですから、小形なんですけどね。

 そうして一緒に帰っていたのですが……。


 なんと、そこで、道の向こうから祖父がやってくるのが見えたんです。


 私はびっくりして横にいる祖父を見上げました。
 祖父もびっくりして立ち止まってしまっていました。

203: 2013/06/26(水) 23:07:14.93 ID:zNvcmNG2o

 近づいてくる方の祖父は、私と手をつないでいる方の祖父を見て、なにやら意地の悪い笑みを浮かべ、ずかずかと大股でやってきました。

 近くで見ても、祖父に間違いありません。
 でも、私の手を握っているのも、祖父なんです。

 私は頭がくらくらしてしまいました。

『肇、迎えに来たぞ』

 後から来た方の祖父は私ではなく、最初からいたほうの祖父をじっと見つめながら、そう言いました。

『えっと、あの、おじい……ちゃん?』

 あの時、私は果たしてどちらに向けて言ったのでしょう。
 いまでもわかりません。

『こりゃ、狐だ』

 最初からいた祖父は、もう一人の祖父を指さして、そう言いました。

『ふうむ、狐か。そりゃ困った』

 後から来た祖父は、言いながら近くにあった切り株に腰掛けました。

204: 2013/06/26(水) 23:08:14.48 ID:zNvcmNG2o

『まあ、落ち着いて煙草でもやりながら、どっちが狐か確かめようじゃないか』

 切り株に座った祖父は落ち着いた手つきで煙管を取り出し、ゆっくりと刻み煙草を詰め、火をつけました。

 そして、自分で少しふかすと、ん、と煙管をこちらの祖父へ突き出してきたのです。

『ふん。それをくわえたら、木の枝なんだろう。三年前も、七年前も、こんなことがあった。今度こそ騙されん』

 私の横に立つ祖父はそう言って渋面を作りました。

『そうだなあ、あったあった』

 意外なことに煙管を差し出していた祖父もそれに同意して、煙管をくわえなおし、真剣な顔つきになりました。

『だがなあ、俺ぁ騙されようが構わんが、大事な孫を巻き込むとなったら、こりゃあ、いかん』

 言った途端、祖父は切り株から立ち上がり、煙草の煙をもう一人の祖父の顔にふっと吹きかけたんです。

205: 2013/06/26(水) 23:09:34.06 ID:zNvcmNG2o

 いきなり、がくん、と奇妙な力で手を引かれました。

 見ると、私が手をつないでいたものが、肩にかかったクーラーボックスの重みで地面に倒れるところでした。


 なんと、それは祖父ではなく、マネキンに変わっていたのです!


 薄汚れたマネキンが、私の横に立ち、私と手をつなぎ、クーラーボックスを肩にかけていた。
 そんなことが信じられます?

 倒れたはずみですぽんと抜けて私の手に残った硬いマネキンの腕を見つめながら、私は呆然としていました。

『そいつは人形(ひとがた)だから、化けるのに使ったんだろう』

 私の手からマネキンの腕をもぎとって遠くに放り投げながら、そうおじいちゃんは言っていました。

206: 2013/06/26(水) 23:10:36.35 ID:zNvcmNG2o

『ふうむ、今回は盗んでいく暇はなかったか』

 おじいちゃんはクーラーボックスを開いて、私に笑いかけました。

『さあ、帰ろう、肇』

 そう、とても優しい声で言って。

 後で聞いてみると、おじいちゃんは何度か釣りの獲物を奪われていたそうです。
 あるときは亡くなった祖母に化け、あるときは幼い私に化けた、そいつに。

 あれが、当人が言っていたように狐だったのか、狸だったのか、それとももっと別のなにかなのか。

 さっぱりわかりませんけれど、ただ、一つわかっています。

 やっぱり、山は不思議なところで、私たち人間はそこを訪れる闖入者として、いろいろと気をつけねばならないのだと。

207: 2013/06/26(水) 23:12:19.30 ID:zNvcmNG2o


ほたる「……これは、たしかに……」

茄子「ストレートに狐狸に化かされた話を、こうも身近で聞くとは思いませんでした」

小梅「う、うん。昔はよく聞いたけど……今時は貴重」

ほたる「……たしか……昔話でも、煙草の煙に弱かったような……」

小梅「そ、そう。狐に化かされたときは一服すると正気に戻る……らしい」

茄子「なるほど。肇さんのおじいさまは対処法を知っていらしたと」

小梅「……たぶん」

ほたる「……でも、びっくりしますよね。いきなり同じ人が現れたら……」

茄子「今回もお孫さんの肇さんでも見分けがついていないわけですからね」

小梅「昔話では、当人もわけがわからなくなって、ふらふらと肥だめに落ちたり……する」

茄子「なるほど……」

ほたる「……すごいですね、狐さん」

小梅「でも、さっきも言ったけど、いまはそうした『もの』に出会うのは、稀」

208: 2013/06/26(水) 23:13:19.64 ID:zNvcmNG2o


茄子「そうしたものと我々が住む世界が遠くなった、ということでしょうか」

小梅「……そうかもしれないし、そうじゃないかも、しれない。山を離れ、街に下りて変わっていったものも……いる、かも」

ほたる「……ふむふむ」

茄子「不思議なことは尽きませんね。もしかしたら、人がいる限り、不思議なことはそこにあり続けるのかもしれません」

ほたる「ふうむ……。ええと、今回で第二シーズンが終わる当番組。ですが、もちろん、その後は第三シーズンが待っています」

茄子「第三シーズンに向け、小梅さん、一言どうぞ」

小梅「夢を見せてあげる。悪夢かも……しれないけど。また……ね」



 第二十五夜 終

209: 2013/06/26(水) 23:14:00.46 ID:zNvcmNG2o
さて、これにて第二シーズン閉幕です。
今回はクール勢が妙に多くなってしまいましたね。
内容としては、オリジナルと、私が直に人から聞いた話と、ネットで蒐集した話がだいたい同じくらい混じっている感じです。

第三シーズンのスレに関しては、七月から少々忙しくなることもあり、それこそ、お盆頃にでも立てたいと思っております。
では、今回もおつきあいありがとうございました。

211: 2013/06/26(水) 23:15:59.97 ID:VN1sdAPeo
乙でした

218: 2013/06/27(木) 04:20:14.77 ID:GgG9yI1z0
乙!第二シーズンも面白かった!
100話終わったときに何が待ってるか、それもまた楽しみにしながら第三シーズン待ってます

引用元: 小梅「白坂小梅のラジオ百物語」 Season 2