1: 2014/03/31(月) 02:00:19.93 ID:x+L8+lLv0
2: 2014/03/31(月) 02:01:25.00 ID:x+L8+lLv0
独りでいる事が好きだ。
なんて言うと、まるで「誰かといるより好きだ」、と言っているようだが
私は、そうは言えないだろう。
比べられるほど、誰かと一緒に時間を過ごしたことが、無いのだから。
3: 2014/03/31(月) 02:02:00.90 ID:x+L8+lLv0
何才の頃か、定かには覚えていない。だけど、その時の気持ちだけは、今でもはっきりと思い出せる記憶がある。
私の父の弟である伯父が、本屋を営んでいるほどに本が好きなように
私の父も、本が好きだ。
父の書斎には、沢山の本が綺麗な本棚に、丁寧に整理され、並んでいる。
子どもの頃、それを楽しそうに眺める父の隣で、私も一緒に眺めているのが、好きだった。
どの本も当時の私には難しくて、ほとんど内容や意味は、分からなかった。
でも、父の好きな本を読むことが、私は好きだった。
4: 2014/03/31(月) 02:02:45.03 ID:x+L8+lLv0
いつも、母と昼食を食べたあとには父の書斎に行った。
低い棚にあった本をなんとか引っ張り出し、そして父の椅子に座って読んだ。
そのうち母が、おやつの時間だと私を呼ぶ。
本を棚に戻して、母の元に行く。
そして母と一緒に、午後の時間を過ごす。
それが、私のいつもの一日だった。
ある日、母は
私をずっと、呼ばなかった。
5: 2014/03/31(月) 02:03:20.25 ID:x+L8+lLv0
気付いた時は、もう日がほとんど沈んだ夕方で。
昼に入って明るかった父の部屋は、夜闇が近づいて暗かった。
本に夢中になっていて、時間を忘れたままでいた。
キイ、と、父の椅子の軋む音だけが聞こえていた。
お母、さん?
どうして?
6: 2014/03/31(月) 02:03:51.88 ID:x+L8+lLv0
リビングに行くと母はテレビを見ていていつも通りだった。
あの日母は母の気まぐれで、なんとなく私を呼ばなかったのだろう。
いつもいつも父の書斎で本を読む私を気遣って、呼ばないでおいてくれたのかもしれない。
十九歳にもなってそんな事をずっと覚えていて
独りでいる自分を自覚すると必ず、思い出しては
まるであの経験が原因だと、自分の中で結論づけてしまっているような
浅はかで、母を責めるかのような自分の考えに嫌気がさして
そんなくだらない堂々巡りを
私はもう何回、繰り返してきただろう。
7: 2014/03/31(月) 02:04:44.55 ID:x+L8+lLv0
あれから何年も経っている
あの記憶を忘れられるような、新しい経験を得られないで
中学生から高校生
大学生になった今まで、ずっと
人付き合いを避けて
何処か消極的な
達観しているような
自分のことばかりを考えて過ごすことに、時間を費やしている私で
もう今更、なのだろう
私はきっと、こうなのだろう
考える度考える度
自棄に疲れて結論を投げる
独りでいる事を自覚すると、自分がとても面倒になって
私はどこか、逃げ場を求めるようになっていた。
8: 2014/03/31(月) 02:05:18.60 ID:x+L8+lLv0
でも、それだけでは、決してない。
今も、好きだ。
覚えているのは、あの日の父の書斎の暗さだけではない。
あの日から今日まで
今だって、店番をしている叔父の本屋のカウンターに何冊も積んで
私はずっと、本を読むことが
やめられないでいる。
9: 2014/03/31(月) 02:06:04.08 ID:x+L8+lLv0
ガチャ。
店のドアが、静かに、控えめに開けられる。
「あの、こんにちわ…文香、さん?」
ドアの開け方と、私を「文香さん」と呼ぶ声。
それだけで誰がこの店を訪れたのか、分かった。けれど
最近は、声だけでも
彼女を、分かるようになってきた。
文香「…はい。カウンターに、います」
思えば、いつ以来なんだろう。家族以外で
私を、名前で呼ぶ人。
10: 2014/03/31(月) 02:06:59.92 ID:x+L8+lLv0
「…どうも、こんにちわ…。…ふふ、今日も相変わらず…ですね…」
私の横の、カウンターに積まれた本をちらりと見て
彼女は慣れたように笑い
私を、見る。
からかっているような
優しく待っているような
真意の掴みきれない
不可思議で奥深い、静かな眼差し。
文香「……おすすめ、ですよ。一冊、どうですか?」
精一杯、遊んだ返しをしてみる。
「ふふ、それはまた、今度…。今日は私が、本を持って来たんですから…」
11: 2014/03/31(月) 02:07:44.80 ID:x+L8+lLv0
対等に、好きなことを語り合える人。
文香「あ…前に話していた本、ですか…?ありがとう、ございます…」
無言でいても息苦しくない
同じ時間でいられる人。
「お父様が読み終えたら、文香さんも是非…。…おすすめ、ですよ。…ふふ」
先ほどの私の遊びを、返されてしまった。
文香「…ふふ、ありがとう。そうですね…。父を、早く読めって、急かしてみようか、な…。…ふふ」
私より二つ年下なのに、私より落ち着いていて
しかし、堂々ともしているようで
纏う雰囲気はそう
まるで怪盗、のような、不思議な
先輩であり
友人である人。
文香「父が、探していた本…ありがとう。…頼子、さん」
私の世界を、一緒に広げてくれる人。
14: 2014/03/31(月) 02:17:30.49 ID:x+L8+lLv0
頼子「いえ……。たまたま、私の家にあっただけ、ですよ…。でも、どういたしまして…ですね」
本を読むこと以外に、こんなに楽しいことがあったと
私は知らないで、知ろうともしないで生きてきた。
文香「はい…。それで、あの……」
誰かと一緒に過ごす楽しさを、教えてくれたのは彼女。そして
そこへ私を、導いてくれたのは
文香「プロデューサーさんは……今日は、いらっしゃらないんですか…?」
15: 2014/03/31(月) 02:18:04.36 ID:x+L8+lLv0
頼子「それがですね…今日は、プロデューサーさんは」
少し、彼女が視線を落とす。
私の心が、追いかけて沈む。
私と出会い、導いて
光を見せてくれた人
いつも背中を眺めている、私の前を歩く人
頼子「…………少し遅れて、来るそうです。……ふふ」
文香「あ……そう、ですか………」
こんな簡単に、私の気分が変えられてしまうあの人
16: 2014/03/31(月) 02:18:49.64 ID:x+L8+lLv0
文香「………………」
頼子「ごめんなさい。…私もさっき、同じことをちひろさんにされてしまったものですから。ふふふ…」
文香「いえ…なかなか、自分で思っていたより私は、単純…なんだって、分かったので…」
頼子「私も、そう…。ミステリアスだなんて、お互い、よく言われているのに、ですね…」
17: 2014/03/31(月) 02:19:30.74 ID:x+L8+lLv0
また、新しいことを見つけられた。
独りで考えていては、見つけられないこと。
頼子「文香さん…可愛らしかったです、よ。ふふ」
私の名前を呼んでくれる
文香「……次は、私がからかってみせます…。…ふふ」
私の大事な、人たちのおかげで。
18: 2014/03/31(月) 02:20:04.55 ID:x+L8+lLv0
終わりです。
ありがとうございました。HTML化依頼してきます。
ありがとうございました。HTML化依頼してきます。
20: 2014/03/31(月) 03:16:10.90 ID:exqMej7Po
素晴らしい
引用元: 鷺沢文香「考え事」
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