121: 2010/12/24(金) 01:30:22.84 ID:R.0E2e60

学園都市が霊能都市だったらというパロディ作
上条「どうせ俺はレベル0の霊能者ですよ……」 』の続きです。
長くなってしまった為に申し訳ありませんが23レスほど拝借します。


とある魔術の禁書目録 1巻 (デジタル版ガンガンコミックス)
122: 2010/12/24(金) 01:31:39.03 ID:R.0E2e60



宵闇。
少女はビルの屋上にいた。
有名私立中学の制服に身を包んだ彼女は祈る様に両手を胸元で組みゆっくりと頭を垂れる。
そして、


「――――― あばよォ、霊装野郎」


少年の手が少女の頭へと伸びると途端、少女が崩れ落ちた。
隣に聳えた貯水槽がべったりと血に染まる。


針金の様に細い体、少女の様に繊細な肌に白い髪。
抜き身の刃を連想させる少年は無機質な声で周囲に向けてこう告げた。


「計画、第10030段階を完了。監察に回っている個体は氏体の『回収』に当たれ」




「了解しました『一方通行』、とミサカは返答します」

「10031号から10042号までは10030号の回収を、とミサカは指示します」
「ではそれ以降は『証拠隠滅マニュアル』に従い処理を分担しましょう、とミサカは提示します」
「解りました。では行動に当たります、とミサカは―――――――」
「ミサカも指示に従います、とミサカは――――――」
「ミサカは――――――」
「ミサカ―――――」
「ミサ――――」
「ミ―――」





学園都市。
そこは科学と霊魂が交差する、異教の街。






123: 2010/12/24(金) 01:33:49.79 ID:R.0E2e60

8月20日、午後6時10分。
夏休みの補習をやっとの思いで終えた上条当麻は
もう夕暮れ時だというのにジリジリと人を焼き弄ぶ夏を味わいながら長い帰り道を一人グッタリと歩いていた。
通常『夏休みの補習』と呼ばれるものは夏休みの初日に行われるものだ、実際上条の学校でもそれは極めて一般的な日取りで行われたらしい。


らしい、というのは彼――― 上条当麻に7月28日以前の記憶が無い事にある。
ひょんな事から出会った幽霊シスターに纏わる結果として、上条当麻は現在絶賛記憶喪失中なのだ。


「つーか、俺補習なんて知らなかったし……補習あった日も殆ど入院してたし―――――不幸だ」


最早口癖の様に『不幸』を連発させながら歩く上条はこの数分後、本日2回目のそれを口ずさむ事となる。


(いや、ちょっと待ってくれ。何で動かないんですか自販機さん)


上条が滑り込ませた2千円を呑み込んだままウンともスンとも言わなくなってしまった薄情な自販機に、彼は一言。


「………不幸だ」

「ちょっと、ジュース買わないんなら退いてよ。こっちは一刻も早く水分補給に勤しみたい所なんだから」


カツリと踵を鳴らせたローファーの音が近づくと、後ろから女の子の柔らかい手によって上条は腕を掴まれグイグイと横に押しやられた。
半袖の白いブラウスにサマーセーター、灰色のプリーツスカートというのは何処か有名な女子校――― 確か常盤台中学の制服だった気がする。


「ちぇいさー!!!」


しかし上条には眼の前のこの少女を『お嬢様』と呼ぶのはどうにも気が引けた。
夏の暑さにやられた所為もあるのだろうが、ガサツな動作が彼のイメージする『お嬢様』の幻想を完全にぶち頃してくれた為だ。
…………というかコイツ自販機蹴ってなかったかさっき?おいそれでジュース盗るのは犯罪だろ金持ちめ!


「つか……何なのお前」


先程から物怖じせず、というよりも馴れ馴れしく接する謎のお嬢に当然の疑問を投げつけた上条に心優しい彼女は全身でもって応えてくれた。


「わったっしにはー、御坂美琴って名前があるって言ってんでしょうが馬鹿ァ!!!!」


前髪から伸びる様にして襲いかかった、光速の青白い雷劇の槍と共に。

124: 2010/12/24(金) 01:34:38.96 ID:R.0E2e60


「~~~ったく、相変わらずレベル5第三位のこの私の一撃も物ともしない、ってワケね」


少女の雷劇を反射的に右手で防いだ上条は、その口ぶりにどうやら彼女が自分の知り合いらしい事を認識した。
例え頭が忘れていても『記憶にはないけど実は前にも喰らった事がある』為に体が勝手に反応したらしい。
上条当麻は記憶喪失だ。しかも頭の『思い出』は無くなったのに『知識』は残っているという妙な状態にある。
上条は御坂美琴と名乗った少女と自販機とを交互に眺めた。


「お前が毎度そんな事してっから、俺の2千円が呑み込まれたんじゃねぇの?」

「はぁ!?なんで2千円なんて半端な額入れたのアンタ……あ!2千円札なんてまだ残ってたんだ、なつかしー」


人の不幸を不謹慎にも感心する美琴も上条の不貞腐れた表情に気付いたのだろう。
ゴメンゴメン、と軽く返しながら「ならアンタのお金取り戻してあげるね」と申し出てきた。
……… 嫌な予感がした。
恐らく美琴の基本的な霊撃スタンスは電撃なのだろう。確かにそれなら電子機器をジャック出来るかもしれない。
だが、彼女が自称する通りの『レベル5』であるならば。果たしてこのポンコツ自販機はその衝撃に耐えきれるのか。


「っ、まて御坂!!」

「―――― 天に棲まわる火雷神(ほのいかづちのかみ)よ、その威光を貸し与えたまえ!!」


そして、上条の予感は見事的中した。


学園都市。
そこは超心理学について霊能専門で取り扱った独立霊能教育機関だ。
『精神と魂の関係性においての科学的解明』をモットーにした研究の副産物として霊能力者を人工的に生産しているのだが、
一般には『霊能者を創る街』という認識の方が圧倒的に強い。


美琴の名乗る『レベル5』は学園都市で格付けされる霊能者のランクであり、これはその最高位に当たる。
そんな彼女の一撃を受けたポンコツの終焉は、火を見るより明らかだった。


125: 2010/12/24(金) 01:35:36.47 ID:R.0E2e60


「あーあーあー、どうすんだコレ……なんか煙上げてんですけど……逃げるか?」

「も、元はと言えばアンタが滑稽にも2千円札なんか呑み込ませるからっ―――――――」


美琴が理不尽な理屈で容疑を上条へと吹っ掛け様としたところに、再びカツリと靴鳴りが響いた。
ヤバイ。警備員や風紀委員だったら面倒臭い事になるぞと目で語り合った二人がギギギ……と静かに首を回すと、


「お姉様?」


彼らの後ろに、もう一人御坂美琴が立っていた。
肩まである茶色い髪に整った顔立ち、白い半袖のブラウスとサマーセーターとプリーツスカート。
背格好から服装や小物に至るまで何もかも完璧な『御坂美琴』がそこに立っている。
違うと言えば、眼。瞳に宿る感情の色は一点に集中させず常に視界に映るモノ全てを追い駆ける様な焦点の曖昧な視線が美琴を貫いていた。


「うわ似てんなー。身長も体重もおんなじレベルじゃねーの?もしかして一卵性双生児の双子チャン?」


初めて見たー、なんて暢気な反応を見せる上条に対し身内(と思われる)美琴は何の反応も示さない。寧ろ先程からずっと少女を睨んでいる。
しかし突然現れた御坂2号はそんな美琴へ苛立ちどころか委縮すら億尾も出さず目だけを巡らせ上条を見た。


「妹です、とミサカは間髪入れずに答えました」

「………………」


淡々と語る御坂妹におかしな口調だなぁと感じた上条であるが、口には出さない事にした。
美琴の反応を見る限り姉妹仲が悪いのか家庭の問題なのか、何か複雑な事情が思えたのだ。


「おい妹、ちょろっとこっちに来てみよーか……―――――じゃあ、私ら寮の門限とかあるから」


スケジュールがあると断りを入れる妹を有無も言わせず連れ出した美琴はヒラヒラと片手を上げてそのままその場を立ち去ってしまった。
妹の肩を抱いて笑いながら少女らしい秘密でも共有するかの如く密着して帰路を辿る二人。
傍から見れば仲の良い普通の姉妹としか見えないその光景。


だが、妙に平坦な美琴の声に込められた得体の知れない感情の渦が上条の芯を静かに深く貫いていった事に、彼は未だ気付かない。



126: 2010/12/24(金) 01:38:31.55 ID:R.0E2e60

近道だからと大通りから一本外れた路地裏を使っていた上条は明らかに酔っぱらった不良たちに囲まれた中学生ぐらいの女の子を見つけた。
チラリと窺えた少女の格好は数分前に見た常盤台中学の制服で、
大層持ち合わせているだろうお金と可愛ければ他の物も奪われてしまいかねない憐れなウサギさんに上条は手を貸してやることにした。


「あー……その子俺の知り合いなんだけど、もう遅いし送ってやりたいから連れてってイイ?」


やんのかコラと典型的な台詞を吐き捨てた不良共は随分と気が立っていたらしく酒臭い息を撒き散らしながら直ぐに上条にも絡んできた。
ヤバイ、思った以上に人数多い。てゆうか近くのコンビニからゾロゾロ出て来ました、ってそれはナシだろ!?
咄嗟に女の子の手をとった上条は、少女共々愛の無い逃避行へと駆けだした。


逃げ切った先でよくよく女の子を見返せば、少女は記憶喪失状態の上条も見知った顔を張り付けていた。


「御、坂……あれ?さっき妹連れて反対方向行かなかったっけ?てゆうかお前ならアレくらい自分で何とかできただろ、レベル5」

「ミサカの霊力はレベル3程度ですし退魔師のお姉様とは異なりミサカは霊媒師に近い為に攻撃性には些か欠けます、とミサカは否定します」


ああ、なんだ妹だったのか。
独特の口調で姉である美琴との判別を付けた上条は、しかし口癖以外は全く違いがないよなぁなどと思いながら御坂妹へと注意を促した。
遅い時間に一人で出歩いてはいけない事、どうしてもそれが叶わないなら人通りの多い場所を歩く事。
先程は不良への言い訳として使ったが今度は本心から寮まで送ろうかと尋ねれば、御坂妹は心なしか申し訳なさそうに緩々と首を振り


「ミサカが戻るのは所属する研究施設です。守秘義務により関係者以外の人間を迎える訳にはいきません、とミサカは丁寧に断りを入れます」

「なら近場まで送ってやるよ、お前が後は一人でも大丈夫って所まで。そっからは大通り使って研究所とやらまで帰ればいい」

「…………ではお願いします、とミサカは親身な紳士なのか馴れ馴れしい軽薄野郎なのか判断の付かない態度に戸惑いながらも妥協します」


結局。
紳士ですよ下心なんてないですよ送り狼なんて幻想ですよ!!と必氏に否定した上条に許されたのは、
隣の学区に跨ぐと言う御坂妹をその手前まで見送る事だけだった。


学園都市に7人しかいないレベル5の一卵性の妹、なんて特殊な立場は研究者にとっても貴重なのかもしれない。
そんな風にしか捉えられなかった上条は現時点で何も知らない。
彼女は―――― 彼女達は、彼が思う以上に複雑で薄暗い立場にあるという事を。


上条は、知らない。

127: 2010/12/24(金) 01:39:54.05 ID:R.0E2e60





次の日も補習だった。
夕暮れの教室の真ん中に一人ポツンと生徒が座っている姿は中々に哀愁を誘う。


「――――― というように潜在意識説や筋肉疲労説の反映が謳われてきたテーブルターニング、所謂『狐狗狸さん』ですが
フィリップスという架空の人物の存在を信じ込ませた男女数名に降霊術を行わせた所ラップ音などの超常現象が……って聞いてますかー?」

「聞いてましたとも、人工幽霊実験の話でしょー……でもこれって『力』と何か関係あんですか?」


精巧無比な機械で測定した結果、あなたは頭の血管千切れるまで踏ん張った所で浮幽霊の一つも除霊出来ません、
と言われているのに『力』が弱いから補習とは何事か。
教卓から顔だけ出す形で立つ見た目12歳、身長135センチの女教師、月詠小萌もその辺りの矛盾は気付いているのか口をへの字に曲げて


「上条ちゃん!努力すれば必ず成功するとは言いませんが、努力しない人には絶対に成功は訪れません!
 常盤台中学の御坂さんなんて元は簡単な口寄せだけのレベル1だったのに頑張って頑張ってレベル5にまで上り詰めたのです!
上条ちゃんも頑張りましょう!」



………エリートって、あれがぁ?自販機に蹴り入れるような女ですよ!
上条のツッコミを余所に今日も補習の時間が過ぎてゆく。





128: 2010/12/24(金) 01:41:54.73 ID:R.0E2e60

時刻は午後6時40分。完全下校時刻に設定された終電に乗り損ねた上条は夕暮れの商店街をのんびりと歩いてゆく。
以前学校まで着いて来た同居人の幽霊シスターは授業をあまりに邪魔するので
(構ってちゃんな上に横から関係する膨大な知識を並べ立てられ授業が進まないのだ)現在では家でお留守番が基本ポジションである。
上条の守護霊を言い張る彼女からすれば納得など到底出来なかったが、こればかりは仕方がない。


―――― インデックスにコロッケでも買って帰ってやろう。
生前の霊力が半端なく強い為に現世に干渉し続けるシスターの癖に暴飲暴食を誇る幽霊への土産を考えながら歩く上条は、
風が吹いている様にも見えないのにくるくると回る風力発電のプロペラの前で見慣れた後姿を見掛けた。


支柱の根元に置かれた段ボール箱へと突っ込まれた黒猫にエサを与えようとする美琴が脅えきった様に耳を伏せ丸くなる猫に避けられていた。
そう言えば霊能者が無意識に垂れ流す霊力は種類によっては動物に倦厭されると聞いた事がある気がする。美琴もその類なのかも知れない。


「………エサ、捨て猫が気に掛かるんだったら俺がやってみようか?」

「もしあなたが猫にエサを与えられたならそのまま拾って頂けませんか、とミサカは尋ねます。
 あなたが拾わず保健所の職員に回収された場合この猫がどのような扱いを受けるか知っていますか、とミサカは訴えます。」


どうやら彼女は美琴ではなく妹の方だったらしい。
無表情無感情な御坂妹にケースに納められた動物達に保健所で神経ガスを注入される様を淡々と説明されるのはかなりの凄味がある。


「あーちくしょう分かった分かったから!その代わりお前ちょっと付き合えよ、ちょっと必要品買うから」


先日インデックスが拾ってきた猫・スフィンクスも、彼女の10万3000冊には含まれない『猫の飼い方』の滅茶苦茶具合に閉口しているようだし
丁度良いだろう。
取り敢えずは参考書が必要だなー、と飼育術に関する書籍を出来るだけ安く購入すべく二人は古本屋へと向かう。
しかし当然連れ込み禁止の猫を困ったなぁと棒読みで見た上条は、戸惑う御坂妹に無理矢理猫を抱えさせ一人本屋へ入店した。
猫が大好きで触りたいのに、自分を苦手と思う猫が可哀想で触れない。
そんな彼女もこれなら否応なしに猫に触らざるを得ない。黒猫クンには申し訳ないが、ここは男気で多少の我慢をして頂こう。


一方、古本屋の前で黒猫を抱え一人取り残された御坂妹。
念願叶ったにも関わらず相変わらず無表情な彼女はこんなに脅えられるぐらいなら自分が我慢した方がマシなのにと一度溜息を吐いて、


気付いた。
髪も肌も恐ろしいほどに白濁しきった少年。腐敗した白を強調させるかのように鮮血に染まった紅い瞳。


「―――――― 時間だ」


御坂妹に逆らう術はない。そして、逆らう理由もない。自分達が生まれた理由、生きる意味。
それらを全うする為にこの瞬間、彼女は自分から地獄へと進んでいった。

129: 2010/12/24(金) 01:44:46.34 ID:R.0E2e60

「ありゃ?」


上条は古本屋の紙袋を片手に店を出た所で思わず立ち止まって呟いた。
待っている筈の御坂妹が何処にもいない。黒猫だけが、地面にポツンと残されている。
何気なく辺りを見回した上条は古本屋と雑居ビルの隙間の路地に小さな引っかかりを覚えた。
一体何が引っかかっているのだろうかと路地の入口を凝視すれば街路樹の葉っぱに女の子の靴が片方と空き缶やらのゴミが幾つかという
至って普通の ――――…


――――――――――…… 女の子の靴が片方………?


上条は黒猫を抱えたまま路地の入口へと近づいた。ぞわり、と嫌な予感が大量のムカデの様に這い上がる。
片方だけ転がった靴。在り来りな茶色いそのローファーは清潔で、これがここに放置されてまだ然程経っていない事がありありと判った。


彼は無意識のうちに声を抑え、何故か足音を頃しながら路地の奥地へと進んだ。
暗がりの向こうに何かが転がっている。
赤黒く大きな『何か』の周りに散らばった黄色いぶよぶよしたものが真っ赤な液体を彩り、一歩近づけばヒトの肌の様に白い二本の棒が窺え、
もう一歩近づけば血に染まりズタズタに引き裂かれた手足が半袖やスカートの中から飛び出し、
それが誰かを判別するための顔は空洞が開きピンク色の筋肉の束が見え隠れして――――……


「う、げえ!」


ついに耐えきれなくなった上条は胃袋の中身を辛うじて灰色だと分かるスカートの上に吐きだした。
よくよく見れば、そのスカートにも何処か見覚えがあった。


「み、さか……?」


何故そこで真っ先に彼女の名前が出たのか上条には分からない。だが彼は自分の言葉に蒼褪めた。もし、『あれ』が自分の探していた ――――
と、その時。
がさり、と路地の奥から何か物音が聞こえた。


「誰だ!」


誰かがいた。心臓が壊れるかと思うほどに鼓動が大きく上下する。
上条の声に気付いた闇の中の誰かが彼の方を振り返った。意外にもそれは上条より背が低く、大きな寝袋を持ってそこに立っていた。
陰っていた雲が流れ月光が細い路地裏を照らした。暗闇にいた為に今までシルエットしか見えなかった『誰か』の顔が晒される。
上条は見た。それは、拭い去られた闇の向こうにいた『誰か』は、


御坂妹だった。

130: 2010/12/24(金) 01:46:29.86 ID:R.0E2e60

その視線、その仕草、その雰囲気――――― それは間違いなく彼女の物だった。


「おい、ちょっと待て。お前は御坂妹で良いんだよな。……あー、悪い。今の今までお前が危ない目に遭ってるんじゃないかと思ってたんだ」


あそこで氏んでいる『誰か』には申し訳ないが御坂妹が無事で良かった。
取り敢えず警備員に連絡しようと上条が携帯電話を取り出そうとしたところで、


「――――――― ミサカはきちんと氏亡しましたよ、とミサカは報告します」


は、と上条の呼吸が止まった。
目の前の御坂妹は手に持った寝袋のチャックを静かに開けると慣れた手つきで氏んだ『誰か』を詰めてゆく。


「お、前。何やってんだよ……その氏んだ子は、一体……?」

「………?分からないのですか、とミサカは逆に聞き返します。『計画拠点』に入っている時点で関係者かと思ったのですが……」


計画……?
訳の分からない御坂妹の言葉に上条は黙りこむ。多々ある疑問が渦を巻く様にして上条の頭を巡り、それを言葉に出す事を躊躇わせた。
上条は訝しむ様に目の前の御坂妹を見るが、


「その寝袋に入れたのは妹達ですよ、とミサカは答えます」


上条の最初の疑問に答える御坂妹の声が、『御坂妹の背後』から響いた。カツコツと足音を響かせて御坂妹の後ろから誰かが近づいてくる。
暗闇の向こうからやって来たのは―――――― 御坂妹だった。


「ご安心ください。あなたが御坂妹を呼称するミサカはこのミサカですとミサカは己を指します」
「黒猫を置き去りにした事については謝罪します、とミサカは告げます」
「ですが無関係な動物を巻き込む事は気が引けました、とミサカは弁明します」
「どうやら本計画の所為で無用な心配をかけてしまったようですね、とミサカは」
「できれば警備員への通報はご遠慮頂きたいとミサカは」
「此処にいるミサカは全てミサカ――――――」
「ミサカ―――――」
「ミサ――――」
「ミ―――」


2つ、3つ、4つ、5つ6つ7つ8つ9つ10 ――― と際限なく足音は増えていき。
後から後から現れる『ミサカ達』に上条が思わず後ろへ引き下がると、同じ顔をした『ミサカ達』が背中にぶつかった。
異様な光景がそこに、広まっていた。


131: 2010/12/24(金) 01:49:03.71 ID:R.0E2e60

上条は御坂美琴を探す為『第7学区・常盤台中学前』へ向かうバスへと乗り込んでいた。
体細胞クローンを作る為の素材となる遺伝子の提供に美琴が関わっていたか、その真偽を確かめる為だ。


『学園都市で7人しかいないレベル5、お姉様の量産人工霊装として作られた体細胞クローン―――― 妹達ですよ、とミサカは答えます』


常識的に考えて、あの光景に美琴が全く関わっていないなんて事は絶対にないだろう。
美琴の体細胞クローンを用意する為には美琴に協力を得て『体細胞』を体に入れなければならない。
そんな美琴に会って、一体何を言えばいいのか。
辿りついた常盤台中学学生寮のインターフォンを前に、上条の指が震えた。これを押せば、もう後戻りはできない。
どうして良いのか分からないままインターフォンを押した。ぶつっ、というスピーカーのノイズと共に異常世界への入口が開く。


「………、上条、だけど。御坂か?」

『はぁ、カミジョーさんですの?カミジョー、上条……………あぁあああああああ!!!!!!』


聞きなれない女の子の声が叫びを上げると玄関のロックが外れた。中には入れ、と言う事らしい。
美琴はともかく常盤台中学は基本お嬢様学校だ。知らない殿方が!なんて事にはならないかと恐る恐る彼女の部屋へと向かう。
上条が控えめにノックすると、中から先程と同じ声が返って来た。


「どうぞ。鍵はかかっていませんので、ご自分の手で開けて下さいな」


ドアを開けるとホテルみたいな部屋が彼を出迎えた。声の主は部屋の中でも髪を留めたままベッドに腰掛けている。


「わたくし、お姉様の同居人で露払いをしております白井黒子と申しますの。
 あなたのお話はお姉様から度々聞いておりますわ………上条さん、お姉様の居場所をご存じで?」


白井と名乗った少女の口振りからすると美琴はまだ寮へと戻ってきていないらしい。門限をもう過ぎるというのに連絡の一つもないと言う。


「……ご存じないなら仕方ありませんわ。お姉様の不在を寮監から誤魔化してきますので、お待ちになるならゆっくりしていって下さいな」


女の子の部屋に一人残された上条は居づらい事この上ない為立ち去ろうとするが、そんな黒猫は構わずにベッドの下へと入り込んでしまった。
猫は狭い場所が好きだと言うが、まさかこんな所で発揮しなくても。


「おい勝手に動くなって……っ!て、――――…… 何だ、コレ?」

猫が引っ掻くぬいぐるみの背中に付いたファスナー、そこから半分飛び出た紙に書かれたワープロ文字。
≪ 試験番号07-15-2005071112-甲 量産人工霊装『妹達』の運用におけるレベル5『一方通行』の―――― ≫

132: 2010/12/24(金) 01:51:41.68 ID:R.0E2e60

上条はギョッとした。紙はファスナーから先が飛び出ているだけなので先が読めない。
彼は一瞬考え、目を閉じた。見なかった事にする、なんて器用な真似出来れば始めから此処にいない。
決意を持ってファスナーを開けると、20枚近いレポートが顔を出す。どうやらデータ上の物を印刷したらしい事が用紙から窺えた。


≪ 量産霊能者『妹達』の運用におけるレベル5『一方通行』のレベル6への進化法 ≫


レベル……6?上条は首を捻った。今現在ある最高レベルは5の筈だ。
レポートの内容は専門的で日本語でない言葉もかなり多かったが、上条は自分の持っている知識をフル稼働して何とか読み進めていく。


≪ 『樹形図の設計者』による演算結果から唯一レベル6 に到達できると見做された
  学園都市第一位『一方通行』の成長における方向性を特定の戦場でのシナリオ通りの戦闘を進める事で、こちらで操る事に決定。

  予測装置では128種類の戦場で128回『超電磁砲』を殺害する事で『一方通行』はレベル6へ進化することが判明されたが
  当然ながら同じレベル5である『超電磁砲』を128人も用意できない。

  そこで我々は同時期に進められていた超電磁砲の量産計画『妹達』に着目し、これを用いた場合での再演算を試みた結果、
  2万通りの妹達と2万種の戦場を用意した『実験』により上記と同じ結果が得られる事が判った。 ≫


この情報では『超電磁砲』と呼ばれる御坂美琴の扱いが不適当過ぎた。特に、彼女を『実験の協力者』と呼ぶには。
そして、それよりも。
これだけ絶望的な状況に立ちそれでも助けを求めなかった少女達は一体何を考えていたのだろう。果たして彼女達は絶望していたのだろうか。
もしくは。
自分が誰かに殺される事こそが何て事の無い日常だと信じてきたのか。自分にとっては当たり前の風景なのだとずっと前から信じていたのか。


ふざけるんじゃない、と。上条は手の中にあったレポートを握りつぶしていた。
送ろうかと言えば戸惑い、自身を嫌う黒猫に氏なないようエサを与えようと必氏にし、猫を手渡せば困り顔を作りながら嬉しそうにしていた。
御坂妹は、当たり前の事を当たり前に出来る、人間だった。実験動物などとそんな名前で呼んでいい筈が無かった。


上条は黒猫の首根っこを掴むと部屋を飛び出した。形振り構わず廊下を走り階段を駆け下り玄関を開け放つ。
レポートを読むのに相当時間を喰ったせいか、空は既に完全な夜の闇に覆われていた。
今の上条には自分の行動に何の根拠もない。美琴が何をやっているのかも何処にいるのかも分からない。
彼は何も分からないままにまるで作業の様に走り続けた。ただ一つ、己が信じる御坂美琴を探して。


133: 2010/12/24(金) 01:52:41.71 ID:R.0E2e60


街の中心部から離れた鉄橋で、御坂美琴は一人手すりに両手をついてぼんやりと遠い街の灯りを眺めていた。
ぼんやりと掌を握り、もう一度開く。
誰にでも出来る当たり前の仕草さえ出来ない人達がいた。
筋ジストロフィー、少しずつ筋肉が動かなくなりやがては心臓や肺の自由まで奪ってしまう原因不明の不治の病。


『そんな人達を助けてみたくはないか。電撃使いである君の力を使えば筋ジストロフィー患者を助ける事が出来るかもしれない』


幼少の砌に言われた研究者の言葉が頭を占める。何故、こんな事になってしまったのか。
純粋な誠意から提供されたDNAマップは軍用に開発された劣化複製品を造り、ボタン一つで無尽蔵に完成する製造ラインを確立してしまった。
そこから生み出される妹達は兵器として生きる事も許されず、実験動物として殺される事だけが生涯の目的とされた。


かつて、困っている人を助けたいと願う少女がいた。しかし少女の願いは、結果として2万人もの人間を頃す事となった。
例えこの命を賭したとしても、狂気の『実験』を止めなければならない。
氏ぬ事が格好良いとは思わない。氏ぬ事を望んでいるわけでもない。出来る事なら助けてと叫びたかった。
だけど、『実験』の引き金を引いてしまった自分がそんな事を言うのは、絶対に許されない。


「……、たすけて。……たすけてよ……」


だからこそ、美琴の声は誰もいない所でしか発せられない。何処からともなく現れた黒猫にしか悲痛な叫びを浴びせられなかった。
たすけて…… 呟く美琴の耳にカツ、という足音が聞こえた。
ビクリと肩を震わせ顔を上げた美琴の前に、少女を取り巻く環境を如実にしたかのような闇噴く夜の鉄橋に、


「…………、何やってんだよ、お前」


その少年は闇を引き裂く様にやって来た。
暗闇に呑み込まれる少女の叫びを聞いて駆けつけた主人公の様に。上条当麻は、やってきた。


134: 2010/12/24(金) 01:54:23.88 ID:R.0E2e60

「………やめろよ、」

「やめるって、何を?ばっかね、レベル5の超電磁砲が夜歩きくらい―――――」


いつも通りの活発で自分勝手な『御坂美琴』の完璧な姿に、上条は彼女の裏側を見た様な気がした。
だから上条は手っ取り早く例の紙の束を取り出す。御坂美琴の息を飲む音が聞こえた。
途端美琴の頬が壊れた様に引きつり、何処か吹っ切れたような表情と殆ど強制的な明るい声でカラカラと笑い出した。


「結局。それを見てアンタは私が心配だったの?私を許せないと思ったの?」

「………心配したに、決まってんだろ」


嘘でもそう言ってくれる方がマシ。
糾弾しに来たのは分かっているとでも言う様な、世界中の何処にも自分を心配してくれる人などいないとでも言う様なその態度。
ただそれだけの一連の行為が上条には妙に癇に障り、反射的に言葉が出た。


「心配したっつってんだろ!!こっちは全部知ってんだよ!なんで一人で抱え込んで……なんで助けてって言わないんだよ!!」


上条は美琴の目を見て確信した。遠い夢を見て諦めた様ながら激しい信念と覚悟を持ったその瞳。
恐らく美琴は、氏にに行くのだ。
レポートに有ったのは美琴が撃破していった『実験場』の施設だった。しかし何度潰した所で、現に『実験』は続いている。
128回殺せば一方通行が進化できると予測された超電磁砲。だがもしも御坂美琴にそれだけの価値が無かったら?


「―――……二週間前に原因不明の攻撃で撃墜された『樹形図の設計者』は、一方通行と超電磁砲が戦えば185手で私が氏亡するって提示した。
 けど、もっと早く勝負が決まってしまったら?研究者達はこう思うでしょうね。機械のやる事にはやっぱり間違いがあるんだ、って」


そう言って少女は本当に楽しそうに、ボロボロの笑みを浮かべていた。
美琴は研究者達に『実験』の根幹となる『演算結果』が間違っていると思い込ませる為に、自らの命を犠牲にしようとしていた。
上条は歯噛みした。
脳裏に浮かぶのは御坂妹の姿。何も悪い事をしていないのに彼女はこのままでは殺されてしまうという事実を奥歯で噛み締め、


「行かせねえよ」


上条の言葉に美琴はわなわなと唇を震わせた。ふざけるな、まだ殺されていない一万人の妹達の命をどうでもいいと言うのか。
自分の声が、想いが、美琴の怒りの中に消えていくのが判る。
それでも上条は、あくまで冷静に美琴に告げた。簡単な話だったのだ。美琴を氏なせず、御坂妹も殺させない、都合の良すぎる話。


「……最弱のレベル0が、最強のレベル5を打ち倒す。実は一方通行ってメチャメチャ弱かったんだな、って思いこませればいい」


135: 2010/12/24(金) 01:56:28.96 ID:R.0E2e60


御坂妹が辿りついたのは列車の操車場だった。
作業用の電灯も落とされ、夜空を見上げると普段は見えない星の瞬きまで見つけられるほどの闇に包まれた操車場。
そんな無人の闇の中心に、彼は立っていた。


「時刻は8時28分ってトコかァ ――― 此処まで来たってこたァお前が次の『霊装』と、そう見做して構わねェンだな?」


闇の中で轟いた、白い闇が噴き出した様な一方通行の声。
しかし、御坂妹は眉一つ動かさず

「はい。ミサカの検体番号は10032号です、とミサカは返答します。午後8時29分46秒、47秒――――これより計画第10032次段階を開始します。
 被験者一方通行は所定の位置について待機して下さい、とミサカは伝令します」


こうして、午後8時30分。避けられない『計画』が始まった。


ボソボソと両部神道式の祈祷を唱え始めた御坂妹に一方通行は何の感慨も見せないまま静かに近づき、その細い首筋にゆっくりと手を添える。
それを気にも留めずに祈祷を続ける御坂妹は、しかし全身から異常なほどの汗を発し呼吸荒いままに謳い続ける。


御坂妹は、『入れ物』としての自分に限界を感じていた。
立場の問題ではない。『入れ物』であれる、時間の問題。彼女があろうとする自分であるための命の限界が直ぐそこを迎えていた。
良かったと思う。
自分は、間に合ったのだ。造られた命ながらも姉と出会い、少年と出会い、そして使命と意味を持って殺されていく。
幸せだった。恐らく他の『ミサカ達』よりも断然良い境遇だった事だろう。


首筋に添えられた一方通行の指が緩やかに呼吸を圧迫し浸食していく。指先から流れ込む強力な霊力が内に秘めた化物を焼き尽くすのが解る。
己に課せられた運命の中で生氏の全てを呑み込んだ御坂妹がそっと目を閉じると、何故かそこで一方通行の手が止まった。


「……、おい。この場合『計画』ってなァどォなっちまうンだ?」


疑問を抱きながらもそろそろと目を開けた彼女は、そこに在ってはならない者を見た。
操車場の外周付近―――― 山積みとなったコンテナの隙間の辺りに、誰かが立っている。
『計画』とは何の関係もない一般人。御坂妹にとって『護るべき人間』の一人。



上条当麻が、立っていた。



「離れろよ、テメェ。………今すぐ御坂妹から離れろっつってんだよ!!!」


136: 2010/12/24(金) 01:58:27.54 ID:R.0E2e60

上条は一方通行を睨みつけていた。例え相手が最強だろうが最良だろうが知った事ではないと、灼熱するその眼孔が無言のままに告げている。
そんな彼に一方通行は嫌そうに眉を顰めて若干非難めいた赤い視線を御坂妹へと向ける。


「何をやっているんですか、とミサカは問いかけます。替えの作る事のできる模造品の為に替えの利かないあなたは何をしようと――――」

「……、うるせえよ」


自分を止めようと焦る少女の言葉に上条の心が痛んだ。
造り物の体だとか、借り物の心だとか、必要な機械があればボタン一つで自動生産できるだとか、そんな事は関係ないというのに。
そんな小さな事情など、どうでもいいというのに。


「―――― 俺はお前の、世界でたった一人しかいないお前の為に此処に立ってんだよ!何だってそんな簡単な事も分かんねえんだよ!!!」


血を吐く様に叫ぶ少年の声は、何故か御坂妹を惑わせた。
あれほど『栄誉ある氏』を望んだ自分が『意味無き生』を選びそうになっている、その事実が恐ろしかった。
その迷いを断ち切ったのは自身の首を掴んでいた一方通行だ。少年の言葉にギリと歯を噛み締めた彼は御坂妹を手離し少年の下へ歩を進める。


「お、―――――ォおおっ!」


近づいてきた一方通行目掛けて、上条はまるで爆発する様に勢い良く拳を振り上げ駆けだす。
だが一方通行は動かない。両手はだらりと下がったまま拳すら握らず、たん、とリズムでも刻むかの如く足裏で小さくその場を踏んだ。


ゴッ!と、瞬間一方通行の足元の砂利が地雷でも踏んだかの様に爆発した。四方八方へとび散る大量の砂利が上条を襲う。
あまりの衝撃に地面から離れた上条に息継ぎする暇さえ与えず、一方通行は足元に寝かされていた鋼鉄のレールを蹴り上げ投げ掛かる。
ひしゃげた鋼の塊がついさっきまで上条の爪先前へと突き刺さり、巻き上げた砂利が再び彼の体を打ち抜いた。


上条が一方通行に対抗できる手段は、『幻想頃し』と名の付いたこの右手のみ。
全ての術式を打ち砕くその右手も、然しながら彼に近づく事が出来なければ役に立たない。
追撃を加える様に一方通行の跳び蹴りが周囲に聳え立つコンテナの一つを押し潰し、上条の頭上へと放り出された。
氏に物狂いで宙から灌ぐコンテナの真下から這い出た上条はせめてもの抗いとして足元の小石を一方通行へと蹴り上げた。
そこで、不可解な現象が起きた。上条が蹴り一方通行に当たった筈の小石が、彼を介して上条へと『反射』した。


仕組みがまるで解らない。普通霊能者は攻撃の際に何かしらの詠唱を必要とし、唱の運びから力を借り受ける神や仏を選別する筈なのに。
一方通行は、それを一切行わない。無言で奇妙な術式を行使し、圧倒的な力で上条を潰しにかかる。
まるで神と名乗る全ての存在に愛され尽した神聖な子供の様に。


「お前は何も出来やしねェ。光、熱、物理方向……『現実』に手を加える全ての神が俺にそれを『拒絶』し『干渉』する事を許しちまう。
 ――――― オマエは頑張ったよ。本当に良く頑張った。………だから好い加減、元の居場所に引き返しやがれェ!!!」

137: 2010/12/24(金) 02:01:20.53 ID:R.0E2e60

轟を上げて一方通行の白い体が砲弾かと思わせる速度で上条に向けて駆け出した。数十メートルあった両者の距離は僅か2,3歩で縮められた。
上条の胃袋から喉の先まで、ぞわりとした緊張が一気に這いあがる。


右の苦手、左の毒手。触れただけであらゆる物を『拒絶』し『干渉』するその手は、同時にあらゆる生物に氏を与える暗黒の手だ。
例えば皮膚に触れただけで毛細血管から血の流れを、体表面から生体電気の流れを逆流させれば人間の心臓はそれだけで弾け飛んでしまう。


まるで手錠に繋げられたかの如く手首を合わせた青白い両の双掌が上条目掛けて勢い良く付きだされる。
だというのに、とっさに後ろへ下がろうとする上条の脚は震えたまま縺れ動いてくれない。
魂を握りつぶす両の手が、上条の目前へと迫る。


「く、そ―――――――あ、ああああああああああああああ!!!!!」


上条は反射的に目を瞑り、玉砕覚悟で右手を振り上げた。自ら視界を封じ何処を狙って拳を突き出しているかも分からない上条の右手は、
ぐしゃり、と。何か鈍い感触と共に、一方通行の顔面を殴り飛ばしていた。


吹っ飛んで砂利の上へと倒れ込んだ一方通行に、上条の心が驚愕に染まる。
当たるとは思っていなかったし、それ以上にボロボロな自分の拳が当たった所で『最強』には何のダメージも与えられないと思っていた。
だが、実際はどうだ。今度は自分から、孵化寸前の悪魔の様に蠢く白い少年の懐へと飛び込んでみる。


一方通行の触れただけで人を殺せる右手が真っ直ぐ上条の顔面を狙う。が、上条は首を振っただけでこれを避けた。
自分の右手を握ると攻撃を外した一方通行へ、カウンターを決める様に更に懐へと潜り込み、彼の顔面へ拳を突き刺す。


これまでの一方通行の戦いは『勝負』ではなく一方的な『虐殺』でしかなかった。
相手が化物だろうと人間だろうと全てを一瞬で決める彼にとって、『戦い方』など知識としての一般的な詠唱以外覚える必要もなかったのに。


殴られた反動で背を反り返した一方通行が体勢を整える頃には、上条の次の拳が彼の顔面を突き刺した。
あらゆる攻撃を『拒絶』してきた一方通行には眼の前の攻撃が『危ない』と分かっていても『避けよう』という動きには結びつかない。
『痛い』という未知の感覚が一方通行を縛り上げる。幼い痛覚神経が過剰な信号を受けて焼き切れそうになり、彼に『恐怖』を植え付けた。


「………妹達だってさ、精一杯生きてきたんだよ。全力を振り絞って必氏に生きて、精一杯努力してきた人間が………、
 ――――― 何だって、テメェみたいな人間の食い物にされなくちゃなんねえんだよ!!!!」


上条は右手を握る。ひっ、と一方通行の動きがビクリと止まるが、上条は歩みを止めない。
体に残る搾りかすの様な体力の全てを注ぎ込んで、上条は身を低く沈めた。


「歯を食いしばれよ最強――――― ……俺の最弱は、ちっとばっか響くぞ」


上条当麻の右手が一方通行の顔面へとこれまで以上に深く突き刺さった。その華奢な白い体が地面に叩き付けられゴロゴロと転がった。

138: 2010/12/24(金) 02:03:01.22 ID:R.0E2e60



「一方通行!!」


上条の痛恨の一撃に倒れ込んだ一方通行に御坂妹が駆け寄る。
途中止めようとした上条を無理矢理振り解いて走る彼女の姿は必氏だった。


「一方通行!しっかりして下さい、一方通行!とミサカは一方通行を揺り起こします!!」


無感動、無表情だった御坂妹が今にも泣き出しそうな形相で一方通行を揺さぶり覚醒を促す。
なんだ、この違和感は。
殺されそうになっていた筈の被害者が加害者に縋り、その手を求めている。一方通行の、全てを壊す手を。


「ミサカには、――――――時間が無いんです、とミサカは一方通行を揺さぶります。
 どうか。どうか起きて下さい、一方通行……と、ミサカは、ミサカは……――――――――」

「何馬鹿な事言ってんのよ、アンタ!!折角、折角こうして生きてるのに!どうしてそんな事!」


手を出さないよう上条に言いつけられていた御坂美琴は、一方通行が打ち倒された事で直ぐに隠れていた物陰から飛び出した。
酷い怪我を負った上条に声を掛けようとした矢先に起こった突然の展開に、美琴は妹を叱り付ける。
そんな姉をキッと鋭く睨みつけた御坂妹は、表情の無かった筈の顔を噛み締める様に歪ませて


「邪魔をしないで下さい、とミサカはお姉様を拒絶します!
 お姉様に何が解るというのですか、『量産霊能者』計画が頓挫し廃棄処分が確定されたミサカ達にこの使命が与えられた時の喜びが!
 『人工霊装』としてミサカ達に『意味有る生』を与えてくれたこの計画が、『栄誉ある氏』を与えてくれる一方通行が
 ミサカ達にとってどれだけの喜びを与えたか、お姉様に解るというのですか!?」


『人工霊装』、『意味ある生』に『栄誉ある氏』。
上条には到底理解出来ない言葉が美琴と御坂妹の間で飛び交う。一方通行を進化させる為の実験に関して言っているならば、何かがおかしい。
上条はそっと美琴を見遣るが、目を白黒させる美琴の表情から察するにどうやら彼女も何か引っかかりを感じるらしい。
自分達と御坂妹の間には、何か決定的な思い違いがある。上条はその先にある未知の領域に息を呑みながら、恐る恐る御坂妹に尋ねてみた。


「なあ。お前は、……お前達は、『一方通行レベル6進化実験』に参加していたんじゃないのか?」

「……?何を言っているのですか、ミサカ達が参加していたのは『人工霊装によるS級妖怪殲滅計画』です、とミサカは疑問を提示します」


腹の底が一気に冷えた気がした。研究者達から美琴がハッキングしたデータと、御坂妹達当事者の意見が丸きり食い違う。
一体、騙されていたのはどちらなのか。



139: 2010/12/24(金) 02:04:29.39 ID:R.0E2e60


「……ねぇ、アンタ、さっきから何言ってんのよ……『人工霊装』って、何なのよ……」


震える美琴の声だけが夜の操車場に響いた。
それすらも知らないのかという様に驚愕した御坂妹は、知らないならば踏みこませても良いのだろうかと悩みながら小さく口を開く。


「……お姉様は、『憑き物筋』をご存知ですか、とミサカは尋ねます」

「『憑き物筋』って、管狐や蛇神なんかが生まれつき憑いて回る家系の事でしょ?それが何の関係―――」

「お姉様はその『憑き物筋』なのですよ、とミサカは説明します。
 御坂家は元々四国一円に古くからあった家系で、その血の中には代々『狗神』が飼われているのです。
 今は既に憑き物を覚醒させる為に伝わっていた口伝は廃れてしまいましたが、お姉様の中にも確かに宿っている筈ですよ。『狗神』が」


知らない、そんなの、聞いてない……美琴の体が弱弱しく震え、『狗神』が宿るという己の体にすら恐れを抱いたのか身を縮こませる。


「家系に憑く『狗神』は一匹。それは胎内で次世代へと引き継がれる為、長子にのみ宿ります。
 よって、正規ルートで生まれなかったミサカ達には血に植え込まれた『憑き物を宿す力』に空きがあります。
 『量産霊能者計画』の頓挫に伴い着目されたのがその『化物を封印できる力』なのですよ、とミサカはミサカ達の生存理由を述べます」


人工霊装。それは正しく言葉通りの意味だった。
各地で封印に亀裂が入り始めたS級クラスの化物を一時的に妹達に宿し、
低い霊力しか持たない彼女らが封じておける限界が来る前に一方通行が妹達ごとそれを穿つ。


御坂妹達は、その『見ず知らずの誰かの役に立てる』という『意味有る生』に心奪われていた。
ただの『欠陥品』でしかなかった自分達が封印から解き放たれた化物達に襲われる運命に遭った人々を助けるのだという使命感に
まるで宗教の様に、一方通行から与えられる『栄誉ある氏』を望み、手を伸ばしていた。


御坂妹に揺すられていた一方通行が静かに目を醒ました。
涙ながらにも恍惚した表情で自分を見つめる御坂妹へ彼はゆっくりと手を伸ばすと、再びその白い首筋を撫でる様にして絞めつけてゆく。
巨匠の描いた美しい名画を思わせる光景に上条は首を震わせた。そんなのは、ダメだ。
例えそれで救われる人がいたとしても、例え彼らがそれを望んでいたとしても、妹達が犠牲となるその現実を受け入れていい筈がない。


「止めて、くれよ。……お前にとっては、それが『正義』なのかもしれねえ。でも御坂妹が犠牲になるなんて、そんなの駄目なんだ」


首を絞める一方通行に、首を絞められる御坂妹に、必氏で頼み込む上条の姿はまるで子供が捏ねる駄々の様だった。


140: 2010/12/24(金) 02:07:30.64 ID:R.0E2e60

少女の首筋に掛けられた一方通行の指を解こうと、彼らに駆け寄った上条は右手で一方通行の腕を掴んだ。
彼らの憎悪に歪んだ表情が上条を射抜いた。己の信念を穢し犯された彼らは上条から逃れようと必氏に抵抗する。
美琴も加わって上条と二人、暴れる彼と少女を無理矢理抑え込み拘束する。


すると。
御坂妹の体に上条が触れた途端、御坂妹が呻き声を上げて倒れ込んだ。
ぐああああ!!という悲鳴が浮かびそちらを見遣れば、今度は一方通行がどす黒い光に覆われた右手を押さえながら地面に蹲っている。


妖気だわ……、と呟く美琴の声が上条の耳に響いた。
一方通行を取り巻くあの禍々しい気配。レベル0の上条には異様な光景としか感知出来ないが、レベル5の美琴にははっきりと理解出来た。
だが、ありえない。
人間が妖気を発するなど、例え一方通行が『最強』の霊能者であったとしても本来ならばあり得ない事だ。


まさか。
美琴は上条が押さえていた御坂妹の衣服を剥いで、仰向けの体を順に確認していった。
慌てて目を塞ぐ上条が視界の端に入るが、今は気にしている場合ではない。
肩、胸、腹、腕、腿、足、爪先 ―――――― 衣服で隠れていた場所を全て晒し、続けてうつ伏せにして背中も同様に確認する。


「………あった………」

「おい、何があったって言うんだよ!」


『印』の確認を終えた美琴が素早く上から衣服をかけた御坂妹をなるべく視界に入れないようにしながら、上条は美琴を追求する。
彼女はこの状況を全て理解したようであるが、上条には未だ全く解らないままだ。


「『一方通行レベル6進化実験』も、『人工霊装によるS級妖怪殲滅計画』も、全部ブラフ……結局、私もこの娘達も騙されていたんだわ。
 ――――――――― コレは、学園都市全体を一つの器に見立てた、『蟲毒』の術式よ」


蟲毒。
上条にも聞き覚えのあるその呪術は、「器の中に多数の虫を入れ互いに喰い合わせ、生き残った最も力の強い一匹を用いて呪をする」術式だ。
美琴の言う通り学園都市を『器』とするならば、妹達と一方通行は喰い合わされる『蟲』となる。
本来の『蟲毒』の通りなら、喰い合いに勝利した一方通行に妹達は吸収されて――――――


「人間と妖怪を喰い合わせた所で、人間に妖怪を吸収させる事は人体の構造上出来ない。
 だから、『化物を封じた人間』の妹達を介する事で、一方通行にそれを吸わせたのよ……」


恐怖か動揺か、瞳の焦点の合わなくなった美琴が声を震わせながら淡々と告げた。


「きっと『蟲毒』の術式を造り上げる為に施されていた妹達の『印』にアンタが何度も触れた事で、術式が破綻したんだわ……」

141: 2010/12/24(金) 02:10:05.11 ID:R.0E2e60

美琴の言葉を聞いた上条はすぐさま禍々しく渦を巻く一方通行の右手を自身の『幻想頃し』で触ろうとした。
先程からずっと御坂妹と一方通行は苦しみ続けている。
破綻しかけた『蟲毒』の術式を完全に壊さなければ、彼らはこのまま術に蝕まれ氏んでしまうかもしれない。
そんな上条に美琴は何とか静止をかける。


「待って!そんな事したら、一方通行が吸収した一万以上のS級妖怪の力が襲ってくるのよ!アンタそれがどういう事か解って――――――」

「うるせえ、此処で黙って見てた所で、このままコイツら氏んじまっても何が起こるか分からねえじゃねえか!!
 どっちにしろ危険なら俺は二人が助かる方法を選ぶ!!!」


上条の言葉に美琴は唇を噛んだ。
確かに、彼の言う通りでもある。このままでは氏んででも護ろうとした妹が、助かった筈の彼女が氏んでしまうかもしれない。


白い少年へと伸びる上条の右手に、美琴も共に手を添えた。
護符と自身が有する携帯型の霊装を頭の中で確認し戦闘態勢を取りながら、覚悟を決めて『蟲毒』の術式を破壊しにかかる。
そして、『幻想頃し』が黒々と輝く妖気の中へとその姿を埋めていき――――――





一方通行は、暗闇に包まれた異様な空気の中でぼんやりと覚醒していた。
動けない体の先で美琴の声を捉えながら、どうしてこんな事になってしまったのか頭の片隅で考える。


『――――― 出ておいで、一方通行』


研究所の一室から久しぶりに出された彼が紹介されたのは、自身を研究する新しい研究者ではなくまだ中学生程度の少女だった。


『喜びたまえ。化物としか呼ばれなかった君の力が、強すぎる故にヒトと触れあう事さえ許されなかった君の力が役立つ日が来たんだよ』


頃すしか出来なかった自分の力で、誰かを救える事を知った。
『計画』では結局自身の手が血に染まる事に変わりなかったが、少女らの望む『栄誉ある氏』を少しでもその通りに描こうと臨んでみせた。


英雄になりたかった訳ではない。自身の潜む血と肉の匂いしかしないこの闇の外へ一度でいいから出てみたいと、そう思った。
ただ、それだけだったのに。




上条の右手が一方通行の右手に触れた。その瞬間、自分を圧迫していた『何か』から一方通行は解放される。
しかし代わりとして、恐ろしい『何か』が自分の中から抜け出ていくのを一方通行は静かに感じた。

142: 2010/12/24(金) 02:11:27.65 ID:R.0E2e60


上条が禍々しい妖気を乗り越え一方通行の腕を掴むと、そこから一気に『何か』が噴出された。
黒々としたその巨大な『何か』は上条の足元で倒れていた御坂妹を呑みこまんと、彼女に向かって襲いかかる。
咄嗟に庇う様に御坂妹の前に立ち塞がった上条だが彼には除霊能力など無い。あるのは彼が除霊を行おうとしてもそれを阻害する右手だけ。
万事休すだった。


唯一この場で得体の知れない『何か』と戦闘のできる美琴が、滅多な事では使わない自身の力を補う為の護符を構え上条の前に踊り立つ。
だが美琴は護符に霊力を注ぎながらも、頭の中ではとうに理解していた。


詠唱が、間に合わない。
それどころか自分の全力を持った所であの化物に叶うかどうか解らない。
一方通行を浸食していた毒に、一方通行の足元にすら及ばない自分の力が通用するのか。
詠唱を唱えている途中にも化物は容赦なく襲いかかってくる。必殺技を放つ間待ってくれるのは戦闘ヒーロー物に出て来る悪党だけだ。


自分と、その後ろに控える少年と妹が化物に呑み込まれていく光景を美琴はスローモーションの様な動きで見つめていた。
氏の瞬間に流れるというゆっくりとした1秒が美琴の意識を繋ぎとめる。
そして、その永遠に続くかの如き1秒の中で、美琴は確かに見た。



庇う様にして自分の前へと立った、一方通行を。



どうして。
疑問を疑問として発する前に、『化物』と『化物』の衝突の余波を受けた美琴の意識が静かにずぶずぶと深い闇の中へと沈んでいった。
後ろで少年と妹が同様に意識を手放す様を受けながら、
全ての光景が、シャットアウトした。


143: 2010/12/24(金) 02:12:39.89 ID:R.0E2e60


上条が目を覚ますと、そこは暗い病室だった。
麻酔が効いている所為か唇におかしな感触を感じながらも、状況確認の為に目だけで周囲をグルリと確認する。
そこで、ベッド横の椅子に座り上条の手を自身の胸元に引き寄せる御坂妹と偶然目が合って――――


「はい!?一体なにゆえこのような事に!?」

「単にあなたの心拍数を確認していただけですが、とミサカは心拍数上昇を訴えながら返答します」


御坂妹は相変わらずの無表情のまま。
上条の位置からは見えないが彼女が拾った黒猫も病室にいるらしくベッドの下からみー、とした声が洩れた。


「なあ、あれから何があったんだ?なんか失礼ながら途中から全然覚えてないんだけど……」


無責任な様で本当に申し訳ないが、真実上条は一方通行を取り巻く『何か』と対峙した辺りから何も覚えていないのだった。
結局あの『何か』はどうなったのだろう。それに、御坂妹達の処遇は―――――


「それについてなのですがミサカは未だあなたと同じ世界に帰る事は出来ません、とミサカは正直に告げます」


上条はビクリと体を震わせた。まさか、まだあの危険な『蟲毒』を続けようというのか。
上条の態度に御坂妹も何か気付いたらしい。いえそうではなく、と注釈を入れてから彼女は説明を続けた。


「ミサカが問題にしているのは、ミサカに封じられた妖の事です。
 一度ミサカ達が取り込んだ妖を解放するのは困難である為クローンである故ただでさえ少ない寿命を延ばす為個体を調整し
 一時的に研究施設の世話になりゆっくりと時間をかけて浄化する必要があるのです、とミサカは捕捉します」


良かった。上条は御坂妹の言葉を噛み締め、喜び勇んでそれを呑み込んだ。


「そして、あなたが気にしているもう一つの結末ですが」


だが、御坂妹の話はそこで終わらない。この喜びは全体における一つの結末でしかない。


「『蟲毒』によって生まれた妖気の集合体は一方通行の手によって無事除霊されました。
 その際の衝撃でお姉様もあなたと共に気絶なさったのですが、命に別条はなく現在別室で入院中です。
 一方通行に関しては………所属していた研究施設に『回収』され通常の処遇に戻りました、とミサカは説明します」


144: 2010/12/24(金) 02:14:36.95 ID:R.0E2e60


一瞬言い淀んだ御坂妹の行動が上条には理解出来なかったが、ともかく皆普段通りの『日常』に戻れたという事なのだろう。
そこまで説明すると体内の妖の所為かちょっと脅える黒猫を拾い上げながら御坂妹は席を立った。


「あ、待てよ。もう行っちまうのか」

「大丈夫。直ぐに会えます、とミサカは此処に宣言します」


御坂妹は振りかえらなかった。
そっか、と言って上条も目を閉じる。それくらいで丁度いい。何か約束を残してしまえば、二度と会えない様な気がした。
と。暫くすると再びガラガラと彼の病室の戸が開く音がした。
おいおいあんなに決めといて忘れ物なんて格好付かないぞ御坂妹、と上条が入口へ首を回せば


「とうま、何か言う事は?」

「………………………………………………………………えっと、ただいま?」


ボケた瞬間に頭を丸かじりにされた上条の体がスタンガンでも浴びた様にビクンと跳び跳ねる。
いや待ってインデックスさん今回はシャレや冗談じゃ済まされない傷なんだって、と慌てて悲鳴を上げようとすると、


「心配したもん!………。心配、したもん」


意地になった子供の様な叫び声に、上条は思わず息を呑んだ。
ごめん、と一言だけ言うと、かつて彼を受け入れた幽霊シスターはポロポロと零していた涙を拭いながら良いんだよ、と笑った。


「とうまにあんまり言及しても仕方ないから良いんだけどね。それで結局、とうまは何のために戦ったの?」


うん?と上条は一度だけインデックスの言葉を確かめて、それから答えた。


「自分の為だろ」


過去は振り返らず上条当麻はいつもの道を歩いて行く。
数ある一つの物語が、確かに一つ、そこで終わりを迎えた。



こうして、今日もいつもの日常が始まる。



145: 2010/12/24(金) 02:16:05.34 ID:R.0E2e60


以上です。長々しい駄文にお付き合い頂いた皆様、本当にありがとうございました。
特に前作で続きをと所望して下さった方々には頭が上がりません。

アウレオルスさんと吸血鬼の扱いが上手く練れず姫神嬢をかっ飛ばして3巻を書いてしまいましたが、別に彼女を冒涜した訳では御座いません。
しかし、姫神ファンの皆様には深くお詫びいたします。

今回は後半部分でオリジナル色がとても強くなりました。オカルト云々は完全に僕の趣味です。
また一方さんのその後についても、敢えて曖昧に致しました。許されるならばまた書きたいなと思っております。
それでは、またいつか。

146: 2010/12/24(クリスマスイブ) 10:40:22.17 ID:mMtD4JUo
>>145

なんとなくだけどGS美神思い出した

引用元: ▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-20冊目-【超電磁砲】