1: 2017/05/29(月) 02:27:44.26 ID:XiEMXMZRO
注意 氏亡描写あり〼。



────6月某日。


ガタンゴトン ガタンゴトン

梨子「廃校、か」

沼津へ向かう列車の中。ボックスシートに腰かけ、窓の外を眺める。


2: 2017/05/29(月) 02:28:36.89 ID:XiEMXMZRO
千歌から受けたそのメールがキッカケで、私は久しぶりに内浦へ向かう。

梨子「(東京での生活が忙しくて、しばらく千歌ちゃんたちと会えてなかったのよね)」

Aqoursとして活動した1年間。

けれどもその日々は、私の青春の大半を占めていたような気がする。


内浦を離れた私は、東京でピアニストとして大成した。

あれから5年。皆はどうしているだろうか。

20: 2017/05/30(火) 02:29:11.77 ID:JqVZ3y0GO

『浦の星女学院の廃校が決定した』


千歌から受けたそのメールがキッカケで、私は久しぶりに内浦へ向かう。

梨子「(東京での生活が忙しくて、しばらく千歌ちゃんたちと会えてなかったのよね)」

Aqoursとして活動した1年間。

けれどもその日々は、私の青春の大半を占めていたような気がする。

3: 2017/05/29(月) 02:30:10.72 ID:XiEMXMZRO
梨子「(私の知っている範囲だと確か、曜ちゃんは飛び込み選手を本格的に目指すようになって、花丸ちゃんは小説家志望)」

梨子「(ダイヤさんは家を継いで、鞠莉さんは小原グループのCEO)」



「もしかして、梨子ちゃん?」

4: 2017/05/29(月) 02:30:50.46 ID:XiEMXMZRO
そうそう。彼女は今でもアイドルを続けている。

梨子「久しぶり、ルビィちゃん。同じ列車だったのね」

ルビィ「久しぶりです」

5: 2017/05/29(月) 02:31:33.93 ID:XiEMXMZRO
芸能事務所に入ったルビィは、そこそこ名の通ったアイドルとして活動中。

つい先日も、元μ'sで事務所の先輩でもある矢澤にことテレビで共演したばかり。

芸能界におけるアイドルのイロハ等を教えてもらい、仲良くやっているそうだ。

それにしても……。

6: 2017/05/29(月) 02:32:31.90 ID:XiEMXMZRO
梨子「何と言うか、こう……個性的な恰好ね」

目の前に座るルビィが身に着けているのは、目立つ色のサングラスに100円ショップで売っていそうな使い捨てマスク。

聞けば、矢澤にこにオフの日に外出する際の変装のコツまで教えてもらったのだという。

もっともこれで人の視線を集めるな、という方が無理なのだが。

7: 2017/05/29(月) 02:34:17.45 ID:XiEMXMZRO
ルビィ「お姉ちゃんとはたまに連絡を取ってるけど、みんなと会うのは久しぶりだからな~」

梨子「そうね……。みんなどうしてるかしら」


ガタンゴトン ガタンゴトン


9: 2017/05/29(月) 02:37:14.21 ID:XiEMXMZRO
列車を降りて、私たちはバスに乗り換えた。

Aqoursの人気がピークに達していた頃は自分たちのラッピングバスも走っていたりしたものだが、流石にもう見かけない。

けれども、ルビィは兎も角、一緒にいた私にまでサインをねだる人に何回か遭遇したあたり、まだその熱は残っているらしい。


『次は~ 伊豆・三津シーパラダイス~ 伊豆・三津シーパラダイス~ 運賃をお支払いの際、お釣りは出ませんので……』

10: 2017/05/29(月) 02:37:53.62 ID:XiEMXMZRO
ルビィ「あれ」

梨子「どうしたの?」

ルビィ「細かいお金用意してなかったみたいで……」

梨子「確か、支払いの所で一緒に両替も出来た筈よね」

ルビィ「……」 フルフル

11: 2017/05/29(月) 02:39:00.50 ID:XiEMXMZRO
首を振るルビィ。小銭だけではなく、1000円札も用意していなかったらしい。

このバスで受け付けている両替は1000円札のみ。つまり、このままではルビィは料金を払えない。


梨子「困ったわね……ICカードも対応してないし、私も自分の分しか細かいのないし」



「ほら、これ」

すると、背後からいきなり小銭が差し出された。

12: 2017/05/29(月) 02:40:32.77 ID:XiEMXMZRO
ルビィ「え?」

梨子「あ……!」


曜「お久しヨーソロー!」

ルビィ「曜ちゃん!」

梨子「何でこのバスに?」

曜「今日の仕事が終わったからね~。それにメールを出したのが千歌ちゃんだから、きっと千歌ちゃん家に行くだろうって」

曜「だから十千万で先に待ってようって思ってたんだ。でも同じバスになったから、2人を驚かせようってね」

13: 2017/05/29(月) 02:41:13.67 ID:XiEMXMZRO
ルビィ「あれ、仕事って……」

梨子「水泳、今でも頑張ってるのね」


曜「あ、えーと……あはは」


曜「仕事って、パパの手伝いだよ。ほら、船乗り」

曜「だから、最近はあんまり泳いでないかな……」 アハハ

14: 2017/05/29(月) 02:42:41.86 ID:XiEMXMZRO
梨子「そう、なんだ……」

曜「うん……」


私はそれ以上、返す言葉が見当たらなかった。

……ルビィと共に衣装を作っていた曜の腕は、5年前よりもたくましい、無骨な船乗りのそれになっていた。

15: 2017/05/29(月) 02:44:40.65 ID:XiEMXMZRO
梨子、曜「「…………」」

ルビィ「あの、もう着いたけど……」


僅かな気まずさを残したまま、私たちはバスを降りる。

ルビィは後で小銭を返すと言うけれど、曜は別にいいと返す。

2人の譲り合いの決着は着かないままだった。

16: 2017/05/29(月) 02:45:30.47 ID:XiEMXMZRO
今回はここまで。ゆっくりペースで書いていきます。

23: 2017/06/04(日) 01:42:16.93 ID:oZ0o4GAZO
ルビィ「全く変わってないなあ、この町」


純粋なルビィの感想に、私も心中で頷く。

バスを降りてすぐ漂ってきた潮の香りも、眩しいくらいに綺麗な海も、馴染みのある建物も。

何もかもあの頃のまま、懐かしい気分に駆られる。

24: 2017/06/04(日) 01:43:31.97 ID:oZ0o4GAZO
「二人とも、来てくれたんずらね」

梨子「!」

聞き覚えのある訛り。振り返るまでもなく、それが誰なのか理解出来た。


梨子「花丸ちゃん、久し、ぶ……」

花丸「どうしたずら?」


……理解出来た、筈だった。

25: 2017/06/04(日) 01:44:58.58 ID:oZ0o4GAZO
梨子「いや、その……」

ルビィ「お姉ちゃんから聞いてたけど……花丸ちゃん、本当に身長伸びたね」


Aqoursの中で一番背が低かった筈の花丸は、ざっと165㎝だろうか。私の背を追い抜いていた。

その点を除けば眼鏡をかけたThe・文学少女の清楚な佇まい。訛りが出るのは相変わらずらしい。

今は文学系の大学に進み、その傍らで執筆した小説を賞に応募しているそうだ。

26: 2017/06/04(日) 01:46:48.42 ID:oZ0o4GAZO
花丸「ルビィちゃんは変わらないずらね~」

ルビィ「マルちゃん! 高校の頃からほとんど伸びなくて気にしてるのに……」

花丸「でも、ルビィちゃんはそのままでも可愛いずら」

ルビィ「うぅ~……」


矢澤にことよく共演する彼女は、「近い背丈に同じツインテールの仲良しコンビ、まるで姉妹だ」と言われることがある。

勿論双方に姉、或いは弟妹がいるため二人は笑って否定するのだが、どちらもまんざらでもなさそうだった。

……ルビィが身長のことを気にしているようなので、このことは口には出さないでおく。

27: 2017/06/04(日) 01:47:58.29 ID:oZ0o4GAZO
梨子「ねえ、もしかしてみんな来てるの?」

花丸「鞠莉さん以外はもうみんな集まってるずら」

梨子「鞠莉さん以外?」

曜「あれ、梨子ちゃん聞いてないの? 鞠莉ちゃん、いま海外にいるって」

梨子「あー……」

ホテルチェーンを主軸としていた小原グループは、今や様々な事業で世界に進出する大企業だということは知っていた。

なるほど。その若きCEOともなれば、日本に居なくても何らおかしくない、か。

28: 2017/06/04(日) 01:48:32.75 ID:oZ0o4GAZO
梨子「何だか、遠い存在になったみたい」

無意識の内に、そんな言葉が口をついて出た。

29: 2017/06/04(日) 01:49:58.00 ID:oZ0o4GAZO
────千歌の部屋。

襖を開けると、懐かしい顔ぶれと、まだ湯気が立っている8つの湯呑み。


善子「おっ ようやく来たわね。お茶、冷めちゃってるけど梨子のはそれ」

梨子「えっと……善子ちゃん? お団子やめたんだ」

善子「まあ、これでも社会人だしね。髪型もそうだけど、堕天使も卒業したわ」

30: 2017/06/04(日) 01:51:11.01 ID:oZ0o4GAZO
荷物を置き、スーツに身を包んだ善子の隣に座る。

キャリアウーマンな風体の善子。堕天使ヨハネを名乗っていた頃のはっちゃけっぷりはすっかりナリを潜めている。

中二病卒業を機にリリー呼びも辞めてしまったのだろう、一抹の寂しさを覚えた。

31: 2017/06/04(日) 01:52:56.59 ID:oZ0o4GAZO
ルビィ「お姉ちゃん!」

ダイヤ「久しぶりです、ルビィ。連日の仕事、お疲れでしょう」

ルビィ「慣れないことは多いけど、まだまだ元気だよ~」


ルビィに飛びつかれて微笑むダイヤは、以前よりも大和撫子という言葉が似あうようになっていた。

人気アイドルに抱き着かれようものなら黙っていない迷惑なファンはいるが、実の姉を咎める者は居ないだろう。

黒澤家当主としての風格はきちんと備えているが、妹と笑顔を交わす姉の姿は微笑ましさがあった。

32: 2017/06/04(日) 01:54:21.56 ID:oZ0o4GAZO
果南「千歌も仕事が終わったら来るってさ」


気になったのは果南の恰好。長かった髪は短髪になり、何故か彼女も着物。それに……。


梨子「果南ちゃん、その着物って確か、ここ(十千万)の……」

果南「そうだよ~。ここの仲居さんが着るものだね」

梨子「いや、そうじゃなくて……」

33: 2017/06/04(日) 01:55:00.77 ID:oZ0o4GAZO
果南「潰れたんだ、ウチの店」

梨子「えっ……?」


『旅館の手伝いでもしているのだろうか』 そんな予想は、斜め上すぎる形で裏切られた。

34: 2017/06/04(日) 01:56:27.81 ID:oZ0o4GAZO
果南「去年、経営難でね。それでも、ダイバーショップを諦められなかったからさー」

千歌「それで、ウチでダイビング一式の貸し出しとか、教室も開いて、果南ちゃんにインストラクターをお願いしてるんだ~」

千歌「あ、久しぶり、梨子ちゃん」

梨子「久しぶり……じゃなくて!」


ようやく現れた最後の役者、千歌。

だが、会えたことよりも先の話の衝撃が大きすぎてそれどころではない。

35: 2017/06/04(日) 01:57:17.75 ID:oZ0o4GAZO
果南「お仕事終わったんだね。お疲れ」

千歌「この時期はお客さんが少ないからね~。楽でいいよ」

果南「というわけで今はここに住み込みで、何もない日は旅館の業務を手伝ってるよ」

千歌「果南ちゃんの作る海鮮料理、お客さんにもすっごく評判が良くてさ──」

梨子「はぁ……」


空白の5年の間に、そんなことが起こっていたなんて。

本人はあっけからんとしているものの、何かが隠しきれていないように見えるのは……髪型が変わったせいだけではないのだろう。

36: 2017/06/04(日) 01:58:52.83 ID:oZ0o4GAZO
千歌「とにかく、こうして9人集まったワケだし、暗い話はナシでいこうよ」

ルビィ「9人?」

梨子「鞠莉さんは居ないんじゃ……」


善子「いるのよ、ここに」チッチッチッ

指を振りながら、善子が取り出したのはタブレット端末。

37: 2017/06/04(日) 02:00:24.61 ID:oZ0o4GAZO
善子「生憎と音声オンリーだけどね。CEOにこの時間空けておけって伝えてあるから」

梨子「どういうこと……?」

曜「善子ちゃん、いまは鞠莉ちゃんの会社で働いてるんだよ」

ルビィ「そうだったの!?」

善子「そうよ。というか、二人とも知らなかったのね」

38: 2017/06/04(日) 02:01:13.91 ID:oZ0o4GAZO
自慢げに見せてくれた社員証は、確かに彼女が小原グループに所属していることを証明するものだった。


善子「日本支部の担当は違う人だけれど、鞠莉が雇うように直接人事に掛け合ってくれたのよ」

花丸「大学受験に失敗してしばらくやさぐれて、鞠莉さんに拾われるまでゆーちゅーばーしてたずら」

善子「それは言うなずら丸!」

39: 2017/06/04(日) 02:01:47.51 ID:oZ0o4GAZO
鞠莉『Ciao~♪』

果南「お、繋がったね」


電話越しの元気そうな鞠莉の声は、あの頃と変わっていなかった。

遠い存在、そう思っていた自分が馬鹿らしくなって来る。

40: 2017/06/04(日) 02:02:43.14 ID:oZ0o4GAZO
鞠莉『久しぶりにAqoursが集まるってヨハネから聞いてたからね。もうみんな揃ってる?』

善子「揃ってるわよ。あとヨハネはやめてって言ったでしょ!」

鞠莉『私はそのままでいいってずっと言ってるのに。それに、前みたいにマリーって呼んでくれなくなったし』ムッスー

花丸「流石に、善子ちゃんも社長さんにそんなことは言えないずら」

曜「いよっ、CEO!」


囃し立てられる鞠莉が照れているのは、端末越しでも明らかだった。

41: 2017/06/04(日) 02:03:58.38 ID:oZ0o4GAZO
梨子「あの……鞠莉さん」

鞠莉『その声は梨子ね。What? どうかした?』

梨子「浦の星が廃校になるって、本当なの?」

鞠莉『…………』ハァ

42: 2017/06/04(日) 02:05:25.26 ID:oZ0o4GAZO
Aqoursの活動により、入学者が増えた筈の浦の星女学院。

けれどもそれは一時的なものに過ぎず、Aqoursの解散後はすぐに低迷。

行政等の関与もあり、今年度をもっての廃校は避けられない……。


“元“理事長の口から語られた現実は、あまりにも無情だった。

43: 2017/06/04(日) 02:09:00.43 ID:oZ0o4GAZO
鞠莉『校舎だけでも何かの形で残せないかって思ってるんだけどね……』

ダイヤ「それについては、いずれじっくり話しておきたいところです」

鞠莉『ダ~イ~ヤ~?』

ダイヤ「失礼」コホン

梨子「……?」


どういうことだろう。黒澤家は小原グループと何か関係があるのか、或いは内浦に根付く黒澤家だからなのだろうか。

44: 2017/06/04(日) 02:10:36.70 ID:oZ0o4GAZO
果南「そういえば鞠莉、日本にはいつ帰って来られそうなの?」

鞠莉『来月の末くらいかな。今そっちに建ててる施設がもうすぐ出来上がるから、それの視察も兼ねてね』

ルビィ「施設?」

鞠莉『Yes♪ 高原の別荘をテーマにした、新しいリゾート。景観を壊さないように、麓からロープウェイで繋いだのよ』

45: 2017/06/04(日) 02:11:04.72 ID:oZ0o4GAZO
善子「私もそっちで忙しいのよね……。8月にはお披露目させたいって、結構な無茶だったわ」

鞠莉『あら、不満?』

善子「イイエナンデモー」

46: 2017/06/04(日) 02:11:49.60 ID:oZ0o4GAZO
千歌「ってことはさ、今度こそAqoursのみんなで集まれるんだよね?」

鞠莉『どうかしらね。TOKYOでお仕事してる二人次第だと思うけれど?』

梨子「私は次の公演がかなり先だから、休日ならいいけれど……」

ダイヤ「ルビィ、お仕事の方は大丈夫ですの?」

千歌「あー……」

47: 2017/06/04(日) 02:12:23.57 ID:oZ0o4GAZO
引っ張りだこのルビィは、空いている日を見つけることが難しい。

それでも、9人再集結を夢見て(主に千歌の)期待の眼差しがルビィへ向かう。

視線を受けたルビィは、「ちょっと待ってて」とスマホの画面との睨めっこを始めた。

48: 2017/06/04(日) 02:14:00.65 ID:oZ0o4GAZO
ルビィ「あの……鞠莉さんが来るのって、7/30、31ですか?」

鞠莉『ん~……決まってるワケじゃないけれど、そこなら都合がいいワケね?』

ルビィ「はい!」

鞠莉『OK♪ 他のみんなはそれでいいかしら?』


鞠莉の問いに、ほぼ全員が肯定する。

唯一「まだ予定が分からない」と答えたダイヤも、善処すると付け加えた。

49: 2017/06/04(日) 02:15:32.35 ID:oZ0o4GAZO
鞠莉『決定ね。折角だから、Aqoursの復活として特番でも組みたいところだけれど……』

ダイヤ「また貴女は唐突な……」

ルビィ「流石に厳しいと思うけど……」

鞠莉『そこはNo problem♪ 小原グループのコネを侮って貰ったら困るわ』


当日をお楽しみに。そう言い残し、鞠莉は電話を切ってしまった。

50: 2017/06/04(日) 02:16:31.32 ID:oZ0o4GAZO
善子「……あとで集合場所聞いてメールするわ」ハァ


鞠莉なら本当にやりかねない。

頭を抱える善子に、少し同情した。

51: 2017/06/04(日) 02:19:28.86 ID:oZ0o4GAZO
その後、お茶を飲みながら昔話に花を咲かせようとしたのだが、夜から仕事があるからとルビィが部屋を発つのを皮切りに、結局お開きとなった。

私も色々話したいことはあったが、来月まで取っておくことにして、彼女に付き添うことにした。

52: 2017/06/04(日) 02:20:35.78 ID:oZ0o4GAZO
千歌「ねえ、梨子ちゃん」

梨子「どうしたの?」

千歌「あのこと、私は忘れてないからね」

梨子「あのこと?」

千歌「……ううん、なんでもない」


バスに乗る直前に千歌と交わした会話が引っかかったけれど……何のことかは分からなかった。

53: 2017/06/04(日) 02:22:43.79 ID:oZ0o4GAZO
見送ってくれる6人に手を振り、やがてその姿は見えなくなる。


ルビィ「みんな、色々変わってましたね」

梨子「そうね……」

54: 2017/06/04(日) 02:23:25.47 ID:oZ0o4GAZO
飛び込み選手を辞めたらしい曜、やけに背の伸びた花丸。

何となく昔のような元気がなくなった果南。昔のキャラを捨てた善子。

大物になっていたダイヤと鞠莉。そして、何とも言えない違和感のある千歌。


みんな、大なり小なり変化があった。

鞠莉は何かしらの形で私たちの再会をテレビに流したいと言っていたが、あの頃のように上手く行くのだろうか。

いつの間にか寝てしまっていたルビィの頭を撫でながら、私は考えた。

55: 2017/06/04(日) 02:25:08.95 ID:oZ0o4GAZO
梨子「あ」

そういえば、公演によく来てもらっていたこともあって、両親に顔を見せるのをすっかり忘れていた。

家は十千万のすぐ隣だったのに、バカをやらかした。

来月内浦に来たときに顔を見せようと強引に結論づけ、私はこの件について考えないことにした。

56: 2017/06/04(日) 02:26:36.65 ID:oZ0o4GAZO
……この時は、誰もまだ知らなかった。

再び集まるまでの1か月。

その間に、もっと大きな変化がAqoursに影を落としていたなんて。

63: 2017/06/11(日) 02:28:29.94 ID:SnVGEAuwO
「が、くる、し……」

「っ…………」


ただ、”彼女“の首を無言で絞め続ける。

64: 2017/06/11(日) 02:29:20.19 ID:SnVGEAuwO
“彼女“は己の首に掛けられたロープを外そうと必氏でもがく。

だが、酸欠状態になりつつある身体では碌な抵抗も出来ない。

こういう時、刑事ドラマなら犯人に傷をつけることで真相解明に近づけさせると言うけれど。

それはさせぬと言わんばかりに、ロープにぐぐっと力をこめる。


数分、いや数十分。どのくらいの時間が経っただろう。

気づいた時には、“彼女”の身体は動かなくなっていた。

65: 2017/06/11(日) 02:30:04.94 ID:SnVGEAuwO
「ハァ、ハァ……」

ロープから手を放し、止まらない汗を拭う。

荒ぶっていた呼吸と心臓の鼓動が少しずつ整ってくる。


……頃してしまった。

後悔はない、と言えば嘘になる。

けれども、殺さなければならなかった。

66: 2017/06/11(日) 02:31:11.51 ID:SnVGEAuwO
「…………」

物言わぬ亡骸を担ぎ、”準備“を始める。

まだ終わっていない。もう後戻りは出来ない。

自分はこの計画を、何としてでも完遂させなければならないのだから。

67: 2017/06/11(日) 02:32:06.42 ID:SnVGEAuwO
────7月30日、午前11時。


梨子「集合時間だけど……揃ってないわね」


集合場所であるロープウェイ乗り場に集まっていたのは7人。

鞠莉と善子、2人の姿が見当たらないのだ。

68: 2017/06/11(日) 02:33:11.03 ID:SnVGEAuwO
自動運転のロープウェイは既に扉を開けて停車しており、時刻表によれば間もなく発車する。

「テレビの人たちと打ち合わせもあるだろうし、リゾートの方で先に待っているのではないか」

誰かが言ったその内容に皆が納得し、それならとロープウェイに乗車する。

ただでさえ雨が降っていて皆相応な荷物を持っているのに、屋根の外に居たくはなかった。

69: 2017/06/11(日) 02:34:19.89 ID:SnVGEAuwO
「おーい! 待ってー!」


扉が閉まる寸前、大きなキャリーバッグを抱えた女性が駆け込んで来た。

傘を畳むのも忘れてゼェハァと息を切らせる彼女に、皆揃って呆気に取られる。

70: 2017/06/11(日) 02:35:02.13 ID:SnVGEAuwO
千歌「あのー、あなたは?」

「久しぶりね、Aqoursのみんな」


呼吸を整え、高森と名乗った女性。

後ろで纏めた髪に赤ブチのメガネ、もしかして。

71: 2017/06/11(日) 02:36:59.44 ID:SnVGEAuwO
梨子「もしかして、大会でいつもいたレポーターさん?」

千歌「そういえば……!」

高森「そうよ。覚えててくれて嬉しいな」


Aqoursがまだ6人だった頃、東京スクールアイドルワールドで初めて出会った彼女。

忘れもしない『0票』の集計結果を渡されたのは、今となってはいい思い出。

結果として、あの一件がなければAqoursの成長はなかったのかもしれないのだから。

72: 2017/06/11(日) 02:38:55.41 ID:SnVGEAuwO
その後も、最終予選、決勝戦、その他スクールアイドルのイベント……。

彼女はいつも会場にいて、私たちも何度か顔を合わせていた。

Aqoursの優勝インタビューをしたのも、彼女だった筈だ。

73: 2017/06/11(日) 02:39:30.26 ID:SnVGEAuwO
花丸「でも、なんでここに?」

高森「頼まれたの、小原さんに」

果南「鞠莉が?」

高森「そう。Aqours再会記念を、リゾート宣伝も兼ねて番組にしてくれないかってね」


……本当に依頼したのか。

昔からいつものことだったが、鞠莉は突拍子のないことでも本当に実行してしまうから恐ろしい。

74: 2017/06/11(日) 02:40:23.27 ID:SnVGEAuwO
高森「それで、11時頃に出るロープウェイに乗って来てくれませんかって連絡を受けてたんだけど……何だか妙なのよ」

ダイヤ「妙、とは?」

高森「カメラマン何人か連れて来る予定だったんだけど、時間になっても来ないもんだからどうしたものかってね」

高森「電話したら、みんな口を揃えて『小原さんから、翌日にずらして欲しいって連絡があった」なんて言うんだもの」

高森「私はそんな連絡受けてないし、Aqoursのみんなは集まってるし、なんでかなーって」

75: 2017/06/11(日) 02:40:53.96 ID:SnVGEAuwO
ルビィ「そんな筈はないと思うけど……マネージャーさんとは明日までって話をしているのになあ」

高森「まあ、黒澤ちゃんのマネージャーって結構そういうところ厳しいからね」

ルビィ「マネージャーさんと知り合いなんですか?」

高森「ええ。スクールアイドルから芸能人になった人は他にもいるし、そういう人たちのこともよく知ってるわ」

76: 2017/06/11(日) 02:41:56.95 ID:SnVGEAuwO
曜「でも、確かにヘンだよねえ。私たちにもそんな話伝わってないし」

梨子「誰か、善子ちゃんか鞠莉さんに電話した?」

果南「一応してるんだけど……出ないね」

花丸「どうせ二人で何か企んでるずら」

梨子「……」


何とも言えない感覚に、私は肩を震わせる。

悪寒とまではいかないにしても、雨天からくるものでは決してない。

例えるなら、何か良くないことが起こりそうな……そんな予感。

折角のAqours再集結なのに、何故。

そんな私の思いを置き去りにするように、8人を乗せたロープウェイは山を登っていった。

77: 2017/06/11(日) 02:43:21.47 ID:SnVGEAuwO


千歌「おー……」

ダイヤ「雨天でなければ完璧でしたわね」


ゴンドラを降りると、そのリゾートは眼前に広がっていた。

手入れの行き届いた洋風庭園に囲まれた、瀟洒な別荘という言葉がピッタリな建築物。

屋外プールも完備しており、各部屋にテラスがついているらしいこともここから窺える。

周囲は鬱蒼とした森林、ロープウェイとヘリポート以外に道らしき道は無い。

けれども、その建物は閉鎖的な印象を全く感じさせなかった。

78: 2017/06/11(日) 02:44:21.28 ID:SnVGEAuwO
曜「外も凄かったけど……」

ルビィ「中も綺麗……」


大理石の床、待合い用の大きなソファ、ガラス張りのテーブル、煌びやかなシャンデリア。

天窓からは、フロストガラスである程度緩和された太陽光が差し込むのだろう。

今は生憎の雨で、明かりの主役はシャンデリアなのだが。

79: 2017/06/11(日) 02:45:25.29 ID:SnVGEAuwO
高森「……いないわね、小原さん」

千歌「善子ちゃんもどこ行ったんだろう」


こういう時、「Ciao~♪」とハイテンションで出迎えるのが鞠莉だった筈なのに。

従業員との打ち合わせ……にしては、私たち以外誰もいないように感じられる。

80: 2017/06/11(日) 02:46:08.28 ID:SnVGEAuwO
果南「ねえ、気になったんだけど」

梨子「これは……ルームキー?」


ロビーの中央、一番大きなテーブル。

そこに、8つの鍵が置かれていた。

高海様、渡辺様、桜内様……

全て、鍵の下にワープロ打ちの紙が置かれている。

つまり、この鍵を取れ、ということなのだろう。

81: 2017/06/11(日) 02:46:57.29 ID:SnVGEAuwO
そして、一緒に置かれていた一枚の手紙。


『Aqoursの皆様、正午になりましたら再度ロビーにお集まりください』


梨子「何だか、かなり凝ったことするのね」

果南「そういうことだったら、大人しく待ってあげよっか」

82: 2017/06/11(日) 02:47:30.54 ID:SnVGEAuwO
ダイヤ「……ところで。私とルビィ、どちらがどちらの鍵か分かりかねるのですが」

ルビィ「どっちも『黒澤様』って書いてる……」

果南「んー……部屋番号を見た感じ、片方は私の隣でもう片方はマルの隣みたいだし」

花丸「じゃあ、こっちがルビィちゃんの鍵ずら」

ダイヤ「では、私はこちらを」

83: 2017/06/11(日) 02:48:26.99 ID:SnVGEAuwO
千歌「とりあえず、お部屋に荷物置いて来ようよ」

梨子「そうね。癪だけど鞠莉さんと善子ちゃんの企みに乗ってあげましょう」


私たちは皆、バス停からそこそこ距離のあったロープウェイ乗り場まで雨の中歩かされているのだ。

それに、仕事の関係などで荷物の量が他より多い人もいる。

千歌と私の提案に、反対する者は誰もいなかった。

84: 2017/06/11(日) 02:50:48.32 ID:SnVGEAuwO



ガシャリ、グシャリ。

誰にも気づかれないようロープウェイ乗り場へ行き、ハンマーで制御装置を力任せに破壊する。

これで、このリゾートは陸の孤島と化した。

この作業が終わったら、次はあれをロビーに置かねば。

85: 2017/06/11(日) 02:51:58.73 ID:SnVGEAuwO


外装やフロントが豪華なら、部屋も当然ながら豪華だ。

ベージュのカーペットに、優に3人分の幅はあるベッド。

テラスの向こうは、依然として雨。

こういうテラスで日光を浴びながら優雅に紅茶、と洒落こみたいところだが、今日は出来そうにない。

86: 2017/06/11(日) 02:52:47.30 ID:SnVGEAuwO
時間まですることもないので、備え付けのテレビを見ながら色々考える。

何故鞠莉と善子は揃って音信不通なのか。

破天荒な2人のことだ。もしかしたら、壮大なドッキリでも仕掛けているのかも知れない。

ドッキリでなくとも、ここまで姿を見せないからには何かがある。

二人揃って電話にも返事がないのはいささか不自然だ。

87: 2017/06/11(日) 02:54:05.78 ID:SnVGEAuwO
梨子「…………」


気づけば、約束の正午まであと5分。

学生時代に習った5分前行動の精神とやらは身体からそう簡単に抜け出ないもので。

着替えようかとも思ったが、結局そのまま部屋を出た。

88: 2017/06/11(日) 02:54:46.66 ID:SnVGEAuwO
────正午、ロビー。


再び集合した8人。

けれど、やはり2人の姿はなかった。


ダイヤ「あの2人は一体何をしているんですの……」

果南「まあまあ落ち着いて」

ダイヤ「全く、果南さんは相変わらず甘いのですね」

89: 2017/06/11(日) 02:55:17.57 ID:SnVGEAuwO
高森「でも、本当にどうしたのかしら」

ルビィ「んー……あれ、またテーブルに何か……」


大テーブルのど真ん中。

何かが置かれているが、身を乗り出さないと取れないだろう。

90: 2017/06/11(日) 02:56:28.93 ID:SnVGEAuwO
千歌「とうっ!」


行儀が悪い、を我先にと実行した千歌が、それを手に取った。


千歌「鍵と紙だね。小原CEO……え?」


鞠莉の部屋の鍵と、それを示す紙……らしいのだが。

91: 2017/06/11(日) 02:57:02.63 ID:SnVGEAuwO
千歌「きゃぁぁっ!?」


何かに驚いたように、千歌はその2つを放り投げた。


梨子「どうしたの?」

千歌「だって、あの紙……」


曜「これ……血じゃないの!?」

92: 2017/06/11(日) 02:58:28.79 ID:SnVGEAuwO
梨子「っ!?」


曜が拾ったその紙には、血痕らしき真っ赤な染みが付着していた。

まさか。嫌な予感が一瞬にして湧き上がる。


「「…………」」

誰も言葉を交わさぬまま、鍵が示す部屋へと一斉に駆け出した。

93: 2017/06/11(日) 02:59:56.37 ID:SnVGEAuwO
────鞠莉の部屋。


果南「嘘……」

ダイヤ「鞠莉、さん……?」


2人の声を切っ掛けに、悲鳴が廊下に反響する。

94: 2017/06/11(日) 03:01:38.98 ID:SnVGEAuwO
小原鞠莉は、そこにいた。

いや、あった、という方が正しいだろうか。


床に横たわる身体。

備え付けの小さなテーブルに掛けられた、魔法陣らしきものが描かれた黒い布。

その上に、小原鞠莉の首が乗せられていたのだ。

100: 2017/06/18(日) 01:56:45.81 ID:OK/bdtscO
────12時半頃、ロビー。


千歌「……ココア入れてきたよ、果南ちゃん」

果南「ありがとう」

梨子「ダイヤさんも、どうぞ」

ダイヤ「……どうも」

101: 2017/06/18(日) 01:57:46.09 ID:OK/bdtscO
高森「状況は芳しくないわね」

曜「……警察、しばらく来られないよ」

外に出ていたらしい曜と高森が、ずぶ濡れの身体で戻ってきた。

すっとタオルを差し出しながら、どういうことだと尋ねる。

102: 2017/06/18(日) 01:58:44.59 ID:OK/bdtscO
高森「ロープウェイを動かす装置がね、壊されてたのよ」

曜「色々試してみたけど、ゴンドラがビクともしなかった」

花丸「で、でも……警察のヘリコプターとかなら」

高森「そう思ったんだけどね……」

ケータイを見て、と促される。

103: 2017/06/18(日) 02:00:18.62 ID:OK/bdtscO
ルビィ「嘘……」

梨子「圏外……」


機械と基地局が何らかの形で繋がっていたせいだろう、誰かがそう推理した。

小原グループCEOが氏に、今ここに居るであろう唯一の社員の行方が掴めない以上、機械に関する是非は分からない。

ハッキリと分かるのは、私たちは外部との連絡手段もないまま、揃ってこのリゾートに閉じ込められたこと……ただそれだけだった。

104: 2017/06/18(日) 02:01:25.48 ID:OK/bdtscO
果南「ねえ、まさかだけど」

果南「鞠莉を頃したの、善子なのかな」

ダイヤ「果南さん!」

果南「だってそうでしょ? あの布は善子の持ち物だったし、彼女だけどこにもいないんだよ」

105: 2017/06/18(日) 02:02:19.00 ID:OK/bdtscO
花丸「善子ちゃんがそんなことする筈ないずら!」

ダイヤ「そうですわ。Aqoursの一員だった善子さんが、何故鞠莉さんを……」

果南「じゃあ、誰がやったんだろうね」


ゾクリ、と身体が悪寒を感じたのは……気のせいだろうか。

106: 2017/06/18(日) 02:03:22.11 ID:OK/bdtscO
果南「ごめん、気分悪くなったから部屋に戻ってる。何かあったら……内線電話でも部屋に直接来るでもいいからさ」

「昼食は要らないから」と言い置き、鍵を持った果南は一人ロビーを去った。


ルビィ「でも、善子ちゃんが犯人じゃないとしても……犯人、まだどこかに居るのかな」

梨子「分からない。例えば、誰かに恨みを買っていた、とか……?」

高森「確かに、大企業の社長ともなれば本人も知らないところで恨みを買うことはおかしくないけれど……」

107: 2017/06/18(日) 02:04:29.62 ID:OK/bdtscO

グ~~~ッ


「「…………」」

千歌「……ごめん、朝から何も食べてなかったから」


突然の腹の虫の音に、どうしようもなく緊張がほぐれる。

幸いにもキッチンに食材が搬入されていたので、軽い昼食を摂ることにした。

……結局皆あまり箸が進まず、胃に無理やり押し込んだせいで料理の味もほとんど分からなかったのだが。

108: 2017/06/18(日) 02:04:58.60 ID:OK/bdtscO
────13時半頃。


ダイヤ「軽くお昼作りましたので、一応置いておきます」

果南『いいって言ったでしょ?』

ダイヤ「ですが……」

果南『……勝手にして』

109: 2017/06/18(日) 02:05:32.71 ID:OK/bdtscO
ダイヤ「…………」ハァ

梨子「何だか果南さん、変わりましたね」

ダイヤ「ダイバーショップがなくなってから、果南さんはああです」

梨子「髪を切ったのも、もしかして……」

ダイヤ「ええ。千歌さんとお揃い、と本人は言っていましたが……」

110: 2017/06/18(日) 02:06:36.40 ID:OK/bdtscO
ダイヤ「何より、店がなくなったのは……」ハッ

ダイヤ「……とにかく、私は失礼します」

梨子「……? 施錠はしっかりしてくださいね」

ダイヤ「分かっていますわ」ガチャリ


自室へ戻るダイヤを見送り、私も部屋へ向かった。

111: 2017/06/18(日) 02:07:36.51 ID:OK/bdtscO
────梨子の部屋。


梨子「んー……」


分からない。この事件は謎が多すぎる。


まず一つ、何故犯人は鞠莉の首を切断したのか。

鞠莉の氏体には、首を絞めたような跡がはっきりと残されていたのを確認している。

仮に彼女を頃すだけなら、絞殺氏体でも十分なのではないだろうか。

112: 2017/06/18(日) 02:09:25.83 ID:OK/bdtscO
二つ。何故犯人は犯行を善子の仕業のように見せかけているのか。

首が狩られていた件についても、かつて善子がハマっていた黒魔術、その類の見立てと考えれば一応辻褄は合う。

現に善子の持ち物である魔法陣の描かれたクロスが使われたのだから、彼女が犯人と考えるのが自然ではある。

113: 2017/06/18(日) 02:10:18.57 ID:OK/bdtscO
しかし、もし彼女が犯人ではないと仮定した場合。

犯人はその偽装を、“Aqoursの皆”に見せつけたのだ。

全盛期ならいざ知らず、5年経った今でもその名前を紙に記し、私たちを誘導した。

度の過ぎたファンの仕業か、或いは。

114: 2017/06/18(日) 02:11:24.21 ID:OK/bdtscO
梨子「まさか」


『私たちの中に、犯人がいる』

あまりしたくない想像を保留として、思考を次へ進める。

115: 2017/06/18(日) 02:12:44.43 ID:OK/bdtscO
三つ目。何故犯人はロープウェイを使えなくしたのか。

ワープロであんな紙を用意していたことと言い、私たちをここに閉じ込めたことといい。

一連の犯行には、計画性が滲み出ている。

犯人はこの後も誰かを狙っているのだろうか、そんな考えが頭をよぎった。

116: 2017/06/18(日) 02:13:50.71 ID:OK/bdtscO
梨子「そうだ、内線」


果南はあの時、内線電話について触れていた。

当然、この部屋にも備え付けの電話機が設置されている。

薄い期待を胸に受話器をあげ、1、1、0のボタンを押してみる。

117: 2017/06/18(日) 02:14:36.55 ID:OK/bdtscO
梨子「……やっぱりダメか」


繋がらない。外部への連絡手段は全て絶たれている。

夕飯時までベッドで寝転がっていようか。そう思った矢先。

プルルルル、とさっき切ったばかりの室内電話が鳴り出した。

118: 2017/06/18(日) 02:15:24.44 ID:OK/bdtscO
梨子「もしもし」

果南『もしもし、私。さっきはごめんね』

掛けてきたのは果南だった。別段何かが起こったワケでもないらしい。

梨子「いいですよ、そんな……」

119: 2017/06/18(日) 02:18:32.44 ID:OK/bdtscO
果南『私ね、梨子ちゃんが羨ましいって思う』

梨子「……?」

果南『鞠莉が氏んだ時、梨子ちゃんは私やダイヤを気遣ってくれた』

果南『でも、私自身は鞠莉があんな氏に方をしたのに全く悲しめてなくてさ。氏んだのか、程度にしか思えなくて』

梨子「果南さん……」

120: 2017/06/18(日) 02:20:37.25 ID:OK/bdtscO
果南『梨子ちゃんも気を付けた方がいいよ。2年で変わらなくたって、5年も経てば人は変わるんだから』

梨子「っ……」

果南『それじゃあ、夕飯の時になったら教えてね』ガチャッ ツー ツー ツー

彼女の言葉に、私は何も言い返すことが出来なかった。


──ねえ、梨子ちゃん。あのこと、私は忘れてないからね。


同時に、何となく千歌のことが気になったが……結局、電話を掛けることも、直接部屋に行くことも出来なかった。

121: 2017/06/18(日) 02:21:05.45 ID:OK/bdtscO
────14時頃、千歌の部屋。


千歌「──うん、多分そういうことだから。じゃあね」 ガチャリ

千歌「……ハァ」

122: 2017/06/18(日) 02:22:06.51 ID:OK/bdtscO
鞠莉の氏体を目にした時、「当然だ」という感情しか湧かなかった。

理由はどうあれ、彼女はそういう運命だった。然るべき報いを受けたのだ。

千歌「…………」

いつからだろう。いつからこうなってしまったんだろう。

123: 2017/06/18(日) 02:22:36.40 ID:OK/bdtscO
千歌「……雨、まだまだやみそうにないね」

カーテンを閉め、ベッドに軽くダイブする。

千歌「まったく、都合が良いんだか悪いんだか」

その呟きを聞く者は、ここにはいなかった。

124: 2017/06/18(日) 02:24:01.21 ID:OK/bdtscO
────15時頃、花丸の部屋。


花丸「善子ちゃんが犯人なワケ、ない……」

絞り出すように呟いた。

あの状況では善子に疑いが向くのは無理もないだろう。

現に果南は疑っていたし、他の皆もその方向に傾いているかも知れない。

何しろ、彼女の消息は自分にさえ分からないのだ。

けれども津島善子が人頃しをするような人間でないことは、自分が一番分かっている。

125: 2017/06/18(日) 02:24:30.05 ID:OK/bdtscO
善子『ずら丸、私、番号がない……』

花丸『嘘……だって、405、406、よんひゃくは……』

善子『…………』

学科は違っても、一緒の大学に行こう。

そう誓って一緒に勉強したけれど、善子は受験に失敗した。

126: 2017/06/18(日) 02:25:31.61 ID:OK/bdtscO
善子『何で私に構うのよ……あんた今日講義あるんでしょ?』

花丸『善子ちゃんが部屋から出るまで、ここにいるずら』

善子母『ごめんなさいね、いつも』

花丸『いえ、お構いなく』

善子『…………』

やがて彼女は、浦の星入学当初のように引き籠ってしまった。

127: 2017/06/18(日) 02:26:22.16 ID:OK/bdtscO
花丸『昨日、ルビィちゃんがテレビに出てたずら』

善子『知ってる。芸能事務所入ったんでしょ』

善子『私もあんな風に、輝いてたのにね……』

善子『あの頃に、戻りたい……』

花丸『…………』

出席日数に影響の出ない範囲で、ずっと善子に構い続けた。

128: 2017/06/18(日) 02:27:24.33 ID:OK/bdtscO
善子『ずら丸、今日空いてる?』

花丸『空いてるけど……どうしたの?』

善子『スーツ買いに行くから、付き合って頂戴』

花丸『スーツ……?』

やさぐれていた彼女は、ある日を境に突如活発になった。

129: 2017/06/18(日) 02:28:17.97 ID:OK/bdtscO
善子『この前、マリーが家に来てね。今度社長になるから、何ならウチで働かないかって』

花丸『おぉう……だからってこんな急に変わるものずらか』

善子『何だっていいの。これでニート脱出、リア充への第一歩よ!』

ビフォーアフターっぷりに最初は面食らったが、何はともあれ善子が引き籠りから脱却したことを喜んだ。

そして、彼女を救ってくれた鞠莉に感謝した。

130: 2017/06/18(日) 02:29:45.16 ID:OK/bdtscO
それが、今。

鞠莉が氏に、善子がその容疑者だと思われている。

花丸「……」ハァ

こうなってしまうのは仕方ないこと、なのだろう。

131: 2017/06/18(日) 02:30:13.73 ID:OK/bdtscO
コンコン。

誰かがドアを叩く音。ルビィだろうか。

「はーい」と返事をし、ドアを開けた。

132: 2017/06/18(日) 02:30:41.42 ID:OK/bdtscO
────16時頃。

プルルルル プルルルル

梨子「…………ん」

いつの間にか寝てしまっていた私を、電話の音が起こした。

梨子「……もしもし」

寝ぼけ眼を擦りながら、応答する。

133: 2017/06/18(日) 02:31:11.94 ID:OK/bdtscO



『────助けて、殺される!』




そのSOSで、私の眠気は霧消した。

134: 2017/06/18(日) 02:33:11.82 ID:OK/bdtscO
今回はここまで。

すっかり忘れていましたが、全員の部屋割です。
http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira140338.jpg

140: 2017/06/25(日) 01:28:25.68 ID:bpoy+28wO
梨子「花丸ちゃん、どうしたの!?」

電話の主は花丸だった。だが、様子が明らかにおかしい。

花丸『ダイヤ、さ、やめ……ガハッ!?』ザクッ

梨子「え……?」

花丸『あっ ギっ があ˝Aあア˝っ!!!?』ザシュッ ズシャッ ズチュッ

141: 2017/06/25(日) 01:29:20.94 ID:bpoy+28wO
何度も何度も、刃物で肉体を刺す生々しいサウンドが耳に入る。

梨子「もしもし、もしもし!?」

『ぁ…………』



『…………』ガチャッ ツー ツー ツー

142: 2017/06/25(日) 01:30:17.82 ID:bpoy+28wO
梨子「…………」

通話を一方的に切られ、断末魔が物理的に途絶える。

あまりにも一瞬すぎる出来事に、脳の処理が追い付いていない。

花丸が襲われ、恐らく殺された。それだけでも十分すぎることなのに。

私はこの耳で、はっきりと聞き取ったのだ。




『あなたが、鞠莉さんを……!』




彼女を刺す音に混ざるようにして、憎しみの籠った黒澤ダイヤの声を。

143: 2017/06/25(日) 01:31:04.37 ID:bpoy+28wO
廊下に出ると、間髪入れず曜と鉢合わせした。

曜「あれ、どうしたの? すっごく顔色悪いけど……」

梨子「話はあとよ、3階に急がないと!」

曜「え、ちょっと、何!?」

困惑している曜の手を引いて、エレベーターホールへと駆けた。

144: 2017/06/25(日) 01:31:44.44 ID:bpoy+28wO
────3階。

花丸の客室が位置しているのはエレベーターを降りてすぐ、306号室。

部屋の前には既に、ドアを何度も叩く先客がいた。

ルビィ「花丸ちゃん! ねぇ、花丸ちゃん!?」ドンドン


事情をまだ知らない曜が「どうしたの?」と尋ねる。

ルビィ「花丸ちゃんの部屋からヘンな声が聞こえたから……でも、何度呼んでも出なくて……!」

果南「なんだかうるさいけど……」

高森「何かあったの?」

騒ぎを聞きつけ、高森、果南も廊下へと現れた。

145: 2017/06/25(日) 01:33:03.42 ID:bpoy+28wO
私がかいつまんで事情を話す。

電話があったこと。花丸が襲われたこと。

犯人がダイヤであるらしいことは……言いかけて、結局喉元でつっかえた。

もしそれが真実ならば、目の前にいる赤髪の少女にはあまりにも酷な現実を二ついっぺんに突きつけてしまうことになる。


高森「じゃあ、国木田さんはもう……」

梨子「まだ何とも言えない。けれど、鞠莉さんが殺されてる以上、確認しないワケには……」

曜「私、マスターキー探して来る!」

146: 2017/06/25(日) 01:34:14.47 ID:bpoy+28wO
千歌「どうしたの? さっき曜ちゃんとすれ違ったけど」

名乗りを上げエレベーターへと急ぐ曜と入れ違いに、千歌が現れた。

梨子「あ、えーと……」

147: 2017/06/25(日) 01:35:06.33 ID:bpoy+28wO
曜「梨子ちゃん、これ!」

千歌に事情説明をしているうちに、マスターキーを手にした曜がフロントから戻ってくる。

パスされた鍵をキャッチし私は、鍵穴へそれを差し込んだ。

ギィィィ。

オートロック式の重たい扉が開かれ、皆一斉に部屋へとなだれ込む。

148: 2017/06/25(日) 01:36:04.21 ID:bpoy+28wO
梨子「花丸、ちゃ……」

飛び込んできた光景は、反射的に目を背けたくなるほどに凄惨だった。

真っ赤に染まったベッドの上には、ゴミでも捨てるかのように無造作に置かれた身体が。

滅多刺しにされたということが嫌でも分かるくらいに、衣服にもでかでかと赤い染みを作っている。

149: 2017/06/25(日) 01:37:01.43 ID:bpoy+28wO
ルビィ「花丸ちゃん、花丸ちゃんが……いやぁぁぁぁぁぁぁ!?」

そして、部屋の隅にあるテーブルには、鞠莉の時と同様に。

血の気の失せた花丸の首が、魔法陣の描かれたクロスに乗せられていたのだ。

150: 2017/06/25(日) 01:37:39.77 ID:bpoy+28wO
視界の端に、泣き叫ぶルビィと、苦い顔をして彼女を連れ出す曜と果南の姿が映る

私は無意識のうちに唇を噛んでいた。

もし、あのSOSに早く対応出来ていれば、花丸が命を落とすことはなかったのだろうか。

実際には無理だと言われたとしても、一縷でもその可能性があった以上、私は悔しくてたまらなかった。

151: 2017/06/25(日) 01:38:21.49 ID:bpoy+28wO
高森「ねえ、これって……」

高森の声で我に返る。

部屋の窓が開いていて、ベランダから1本のロープが垂らされていた。

雨の降る中、犯人はここから逃げたのだろう。


千歌「ところで、ダイヤさんが見当たらないけど……」

梨子「…………」

やっぱり、彼女のことも話した方がいい。

そう判断して、私は残っていた2人と一緒に部屋を出た。

152: 2017/06/25(日) 01:39:44.31 ID:bpoy+28wO
曜「……ルビィちゃんは、向こうの果南ちゃんの部屋にいる」

306号室を出ると、曜が待っていた。

曜「果南ちゃんだって、鞠莉ちゃんがあんなことになって辛い筈なのに……」

梨子「っ……」

少し前に果南本人から話を聞いているせいで、つい「本当にそうなんだろうか」と無意味な反論をしそうになる。

梨子「……実は、さっきの電話のことなんだけどね」

衝動をぐっとこらえ、代わりに姿を見せないダイヤに関することを口にした。

153: 2017/06/25(日) 01:40:45.96 ID:bpoy+28wO
高森「……それ、本当なの?」

梨子「犯人が前もってダイヤさんの声を録音していてそれを流した、ってなったら話は変わるけど、間違いない」

千歌「ダイヤさんが犯人だったら……もう、逃げたのかな」

曜「どうして?」

千歌「だって、ベランダにはロープが掛かってたし、梨子ちゃんに声を聞かれてるんだよね?」

高森「確かに筋は通っているけど……」

154: 2017/06/25(日) 01:42:42.42 ID:bpoy+28wO
高森の言う通りだ。

花丸を殺そうとしたが電話でSOSをされ、それに気づかないままダイヤ本人の声が乗り、逃亡。

一見辻褄は合っているが、そうすると何故魔法陣クロスを再び用いたのかという疑問が残る。

津島善子=犯人のシナリオの次は、黒澤ダイヤ=犯人のシナリオ。

犯人はどうしてそんな回りくどいことをしようとしているのだろう。

何より、私たちはもっと根本的な何かを忘れているような……そんな気がしてならなかった。

155: 2017/06/25(日) 01:43:38.74 ID:bpoy+28wO
曜「とにかく、一旦部屋に戻ろう」

高森「……そうね」

千歌「…………」

梨子「あ、千歌ちゃん」

千歌「なに?」

向けられた視線に、何故か異様な冷たさを感じた。

156: 2017/06/25(日) 01:45:09.11 ID:bpoy+28wO
梨子「ちょっと、話があるんだけど」

千歌「……別にいいけど」

怯まず、私は彼女を部屋へ招く。

今のうちに、違和感を払拭しておきたかった。

157: 2017/06/25(日) 01:45:48.12 ID:bpoy+28wO
────梨子の部屋。

梨子「はい、これ」

千歌「ありがと。それで、話って?」

備え付けのティーパックをゴミ箱に捨て、沸かしたばかりの緑茶を差し出す。

「あちっ」とカップを口から離す動作を見ていると、やっぱり千歌は千歌だ、とどこか安心する自分がいる。

158: 2017/06/25(日) 01:46:54.07 ID:bpoy+28wO
梨子「前に千歌ちゃん“あのこと、忘れてないから”って言ってたけど……」

千歌「あー……あれね。うん、忘れて」

梨子「え?」

千歌「勢いで言っちゃったけど、あれ、私の自分勝手でしかないから」

梨子「どういうことなの? 話が全然見えないんだけれど」

千歌は、言おうかどうかを迷っているような節が見えた。

けれども少し考える動作をして、やがて紅茶を飲み干し、語り始めた。

159: 2017/06/25(日) 01:47:40.43 ID:bpoy+28wO
千歌「梨子ちゃん、東京の音大に通ってたんでしょ?」

梨子「うん、そうだけど……」

千歌「梨子ちゃんのお母さんから聞いたんだ。教員免許取れる方の学科も受験したけど、結局ピアノ専攻の学科にしたって」

梨子「確かにそう。浦の星で音楽教師をやってみるのもいいかなって思って」

160: 2017/06/25(日) 01:48:10.07 ID:bpoy+28wO
千歌「私もそれを聞いて、教職課程の単位を取れる大学を選んだの」

千歌「曜ちゃんもその予定だったんだよ? 飛び込み選手もいいけど、浦の星で体育教師も捨てがたいって」

結局、家の仕事が忙しくて大学には行けなかったけど。伏目がちに、千歌は付け加えた。

161: 2017/06/25(日) 01:48:57.55 ID:bpoy+28wO
梨子「……なるほど。そういうことだったのね」

ようやく彼女に関する謎が解けた。

私と千歌と曜。いつか3人で、一緒に浦の星で働く。

千歌はそれを夢見ていたのだ。

162: 2017/06/25(日) 01:49:54.54 ID:bpoy+28wO
千歌「ごめんね。考えてみれば、梨子ちゃんには梨子ちゃんのユメがあるんだし」

梨子「いいよ、そんな……」

千歌「結局、私も大学は中退しちゃったからね。お母さんたちにすっごく怒られた」

てへ、と舌を出す千歌。

なんだ、蓋を開けてみれば単純な話だったのか。

安堵しかけた表情は……しかし、次に紡がれた言葉で再度こわばることになる。

163: 2017/06/25(日) 01:50:30.38 ID:bpoy+28wO
千歌「……ところでさ」

梨子「?」

千歌「誰が鞠莉ちゃんと花丸ちゃんを頃したんだろうね」

千歌の視線と声色が再び、暗さと冷たさを帯びた。

164: 2017/06/25(日) 01:52:34.84 ID:bpoy+28wO
梨子「でも、ダイヤさんが犯人だって言ったのは千歌ちゃんじゃ……」

千歌「そんなワケないじゃん。紙なんかを前もって準備したりしてかなり計画を練ってるのに、電話で声を出してしまうなんてミスをすると思う?」

梨子「それは、そうだけど……」

千歌「それに、梨子ちゃんの話が本当ならダイヤさんは花丸ちゃんが鞠莉ちゃんを頃したって思ったことになるでしょ? 何でそうなるの? どうやって知ったの?」

まくしたてる千歌に、ただただ気圧される。

165: 2017/06/25(日) 01:53:52.29 ID:bpoy+28wO
千歌「何でっていえば……言っておくよ。花丸ちゃんは分からないけど、私には鞠莉ちゃんを頃す動機はある。ああ、果南ちゃんもね」

梨子「ちょっと、どういうことなのそれ!?」ガタッ

突然すぎる告白に、私は思わず椅子から立ち上がる。

166: 2017/06/25(日) 01:54:53.01 ID:bpoy+28wO
千歌「話はおしまい。犯人推理するなら頑張ってね」

梨子「ちょっと、千歌ちゃん!」

足早に部屋を出た千歌を追いかける。

彼女は自室、203号室に入り扉を閉める。これ以上の追求は許してくれなさそうだ。

167: 2017/06/25(日) 01:55:29.69 ID:bpoy+28wO
梨子「……あ」

諦めて部屋に戻ろうとして、私は気づいた。

まずい。鍵を持たないまま部屋を出てしまった。

客室の扉はオートロック式。このままでは部屋に入ることが出来ない。

168: 2017/06/25(日) 01:56:28.64 ID:bpoy+28wO
高森「あら、どうしたの?」

マスターキーは誰が持っていただろうか。

そんなことを考えながら、念のためフロントに確認するためエレベーターへ向かうと、偶然にも高森と鉢合わせした。

梨子「ちょうど良かった。実は……」

169: 2017/06/25(日) 01:57:47.13 ID:bpoy+28wO
────高森の部屋。

高森「それなら、私が保管してるわ。一番の年長者が預かっててくれると安心だ、ってね」

そう言われ、私は彼女の部屋、305号室へと案内された。

彼女の机には、スケジュールがびっしり詰め込まれている紙や、Aqoursの記事が載った雑誌などが置かれている。

170: 2017/06/25(日) 01:58:38.37 ID:bpoy+28wO
高森「こういうところって大体オートロックだからね。気を付けなよ?」

梨子「ありがとうございます」

マスターキーを受け取り、ぺこりとお辞儀をする。

返すのは夕飯の時でいいよ、と付け加えられた。

171: 2017/06/25(日) 02:00:00.49 ID:bpoy+28wO
梨子「そういえば高森さんって、今でもスクールアイドルのイベントに携わっているんですか?」

高森「うーん……ちょっと違うかな。今は、『昔スクールアイドルだった人』のお仕事に携わってる」

高森「黒澤ちゃんや、元μ’sの矢澤ちゃんみたいにね。あと、元Saint Snowの2人なんかも」

梨子「あー……」

ラブライブ大会以降、Saint Snowともしばらく会っていない。

懐かしい名前に、あの頃に引き戻されたような感覚になる。

172: 2017/06/25(日) 02:01:11.31 ID:bpoy+28wO
高森「あの時はごめんね、0票の紙……辛かったでしょ?」

梨子「いえ、そんな……」

高森「隠さなくていいんだよ。顔に出てる」

梨子「……辛かった、です。みんな落ち込んでました。特に千歌ちゃん」

確かに辛かった。けれども一度壁にぶち当たったからこそ、私たちAqoursは軌道に乗り始めた。

……その軌道は、もう二度と元通りにはならないくらいに血塗られてしまったのだが。

173: 2017/06/25(日) 02:01:46.26 ID:bpoy+28wO
高森「μ’sやA-RISEが解散してから、スクールアイドルは数が爆発的に増えて、競争主義が目立つようになっていった」

高森「私は何だかそれが我慢出来なくてね。だって、観る人を楽しませるのもそうだけど、自分たちが楽しくなければやってる意味はあるのかなって」

高森の言葉に、初めてAqoursがスクールアイドルとしてラブライブに登録した日を思い出す。

5000グループ、或いはそれ以上のグループの中で、あの時、私たちは頂点に輝けたのだ。

174: 2017/06/25(日) 02:02:31.98 ID:bpoy+28wO
高森「そんな時、あなたたちAqoursが現れた。めいいっぱいに楽しんで、輝こうとしているスクールアイドルに」

高森「私ね、期待してたの。一度スクールアイドル界隈の現実を見せて……そのあとでも輝けるのかなって」

高森「もしそれで辞めちゃったら、私の責任だった。でも、あなたたちは再び舞台に戻ってきた。まさか昔のAqoursまで連れて来るとは思わなかったけどね」

苦笑する高森。

昔のAqours……彼女は、ダイヤたちのことも知っていたのだろう。

175: 2017/06/25(日) 02:03:09.38 ID:bpoy+28wO
高森「いま黒澤ちゃんたちの仕事に移ったのは、あれ以来、競争が激化しすぎて見ていられなくなったからなの」

梨子「そうだったんですね……」

高森「だから、あのAqoursがまた集まるって聞いた時はすっごくワクワクしたのよ」

それが、こんなことになるなんて。

私は、犯人への怒りが己の中に湧いてくるのを感じていた。

176: 2017/06/25(日) 02:03:53.10 ID:bpoy+28wO
梨子「……なんだか、ごめんなさい」

高森「いいのいいの。5年って、人をこうも変えてしまうのかなって、ちょっと悲しくなっただけだから……」

物憂げな言葉に居たたまれなくなって、私は話を切り上げて高森の部屋を出た。

177: 2017/06/25(日) 02:04:24.95 ID:bpoy+28wO
エレベーターの『▼』のボタンを押す。

ふと、思った。

高森は一体何の用があってエレベーターに乗っていたのだろう。

結局その答えは分からないまま、夕食の支度が始まりそうな時間になった。

186: 2017/07/03(月) 00:06:58.45 ID:tV5HRLQYO
────17時頃、食堂のキッチン。

曜「なんで二人が殺されなきゃいけないんだろう」

梨子「分からないよ、そんなの」

スープの煮える大鍋をかき混ぜながら、曜が尋ねる。

結局、夕食は私と曜の二人で作ることになった。

食堂には今しがた果南とルビィが現れ、席で待機している。

千歌と高森もいずれ来るだろう。

187: 2017/07/03(月) 00:07:42.27 ID:tV5HRLQYO
曜「そうだよね……。私にも理由は分からないし、しばらく東京にいた梨子ちゃんなら尚更、だよね」

梨子「うん……」

梨子「(5年も経てば人は変わる、か……)」

果南や高森の言葉が胸に刺さる。

一度殺されて、更に首を切断される。どんな恨みを買えばそうなるのだろう。

188: 2017/07/03(月) 00:08:54.04 ID:tV5HRLQYO
曜「そういえば、水泳辞めた理由、梨子ちゃんには教えてなかったよね」

梨子「……うん」

曜「……本当はさ、水泳続けたかった。でもパパが身体壊しちゃって」

曜「ほら、私、パパと二人で暮らしてるから……」

曜「悔しかった。けど、私が仕事をしないと生活が出来ない。だから夢を諦めた」

曜「でも鞠莉ちゃんも花丸ちゃんは、これからって時じゃない……」

189: 2017/07/03(月) 00:09:37.82 ID:tV5HRLQYO
梨子「曜ちゃん……」

ギリ、と奥歯を噛みしめる音がこちらの耳にまで届く。

大企業の社長と小説家志望。二人とも、確かな未来や夢があったのに、殺された。

……水泳選手を諦めた曜にとっては、それがかなり堪えたのだろう。

私はまたしても、返す言葉を失っていた。

190: 2017/07/03(月) 00:10:57.85 ID:tV5HRLQYO
梨子「……痛っ」

不意に、左手に軽い痛みが走った。

曜「大丈夫!?」

梨子「うん、大丈夫……」

手元が狂って、包丁で指を切ったらしい。

恐らくまだ新品であろう真っ白なまな板に、じわりじわりと赤い染みが広がってゆく。

怪我人に仕事をさせるワケにはいかないと待機する側へと移され、残りの工程は全て曜に任せる形になった。

191: 2017/07/03(月) 00:11:34.08 ID:tV5HRLQYO
食堂にいたのは、まだ果南とルビィの二人だけ。

二人とも表情は暗い。今でこそ化粧で隠しているが、ここに来る前はルビィの顔には泣き腫らした跡があったという。

指から血を流していることを心配されたが、包丁で少し切ってしまっただけだと宥めた。

……けれども、しばらくはピアノ演奏に支障が出るかも知れない。

192: 2017/07/03(月) 00:12:40.39 ID:tV5HRLQYO
ルビィが絆創膏を持っているらしいので、私は二人で彼女の部屋へ向かうことにした。

千歌「やっほ。二人揃ってどうしたの?」

道中、千歌とすれ違い、怪我のことなどを簡潔に説明した。

千歌「そっか、お大事に」

やはり彼女の態度はそっけない。何かを隠しているのか、それとも。

193: 2017/07/03(月) 00:13:07.52 ID:tV5HRLQYO
エレベーターに乗り、3のボタンを押す。

彼女は終始無言を貫き、気まずさだけが場に残っていた。

チン、とベルの音が鳴り、扉が開く。

梨子「────え?」

私は、私たちは、目の前にある“それ”に理解が追い付かなかった。

194: 2017/07/03(月) 00:14:06.98 ID:tV5HRLQYO
人だ。

倒れている人。

これは誰? 高森だ。

なんで倒れてるの? 背中から包丁が生えてる。

氏んでるの? 息は──ない。

195: 2017/07/03(月) 00:14:40.97 ID:tV5HRLQYO
ルビィ「ひっ……」

直後、耳を劈くような甲高い悲鳴が3階に響き渡る。

高森が殺された。惨劇はまたしても繰り返されたのだ。

196: 2017/07/03(月) 00:15:44.90 ID:tV5HRLQYO
────食堂。

梨子「……」

気まずい食事はこれで二度目だ。

私は、視線を合わせないように気を付けつつ、全員の表情をうかがう。

千歌も、曜も、ルビィも、果南も。表に出しているかは個人差こそあれど、誰もが3人の氏を悲しんでいるように見えた。

だがきっと、この中に芝居を打っている人物がいるのだ。

……我ながら、仲間を疑うことしか出来ない自分が嫌になる。

197: 2017/07/03(月) 00:16:22.38 ID:tV5HRLQYO
千歌「…………」ズズーッ

果南「ちょっと千歌、行儀悪いよ」

目立つ音を立ててスープを啜る千歌を窘める果南を横目に、思考を更に進める。

犯人はこの中にいる。いつしかそれは、確信へと変わっていた。

しかし、鞠莉と花丸だけならまだしも、今日久しぶりに再会したばかりの高森を頃す動機などあるだろうか。

何より、彼女だけは首を斬られておらず、刺殺されただけ。

198: 2017/07/03(月) 00:16:59.49 ID:tV5HRLQYO
梨子「……」

私の脳内に、一つの仮説が浮上する。

マスターキーを取りに行く時に、高森とエレベーターで鉢合わせした時。

もしあの時点で彼女がこの事件に関する“何か”を掴み、それを調べる過程、或いは調べがついた後だったとしたら。

犯人によって、口封じをされた。

先の手間の凝った2件と違い、高森頃しは至ってシンプルだ。

あながち間違っていない……のかもしれない。

199: 2017/07/03(月) 00:17:47.36 ID:tV5HRLQYO
だが仮にそうだとして、彼女は一体何を掴んだのだろう。

そして遺体の見つかった場所のことを考えると、ある明確な『壁』が生まれる。

遺体があったのは3階、エレベーターを降りてすぐ。

果南とルビィは共に3階の部屋、まして途中まで2人一緒の部屋に居たのだ。

ルビィは一度泣き腫らしの跡を隠すために自室に戻ったらしいが、どのみちエレベーターを使えば遺体があることに気付く筈だ。

勿論、果南とルビィが共犯の可能性や、2人して非常階段を使った可能性もないとは言い切れない。

200: 2017/07/03(月) 00:18:14.25 ID:tV5HRLQYO
次に曜。彼女は私と一緒に夕食を作っていたという明確なアリバイがある。

私と行動する前に既に高森を頃し終えていた、というのならこの前提は崩れる。

しかし、これまた果南とルビィに遺体があることを騒がれてしまう可能性が大いにあるのだ。

と、なれば。

201: 2017/07/03(月) 00:18:56.93 ID:tV5HRLQYO
千歌「ごちそうさま。私、先に部屋に戻ってるよ」

梨子「……千歌ちゃん」

千歌「ん、どうしたの?」

梨子「……いや、なんでも」

千歌「じゃあね」

当然、疑いの目が向くのは唯一アリバイのない千歌だ。

202: 2017/07/03(月) 00:19:32.83 ID:tV5HRLQYO
梨子「…………」

曜「りーこちゃん」

彼女はこれまでも意味ありげな発言を繰り返している。

犯人がそこまで露骨なことをするだろうか。

曜「ねえ、梨子ちゃん?」

駄目だ、全然分からな──

曜「梨子ちゃんってば!」

203: 2017/07/03(月) 00:20:24.92 ID:tV5HRLQYO
梨子「ひゃぁ!? び、びっくりしたぁ……」

曜「だって、何度呼んでも反応がないし、顔色も悪かったから」

テーブルの下からひょこっと首だけを出す曜。

前後左右から声を掛けても反応がないもので、次は足元から、なのだという。

曜「もう果南ちゃんもルビィちゃんも帰ったし、お皿も洗い終えたよ」

梨子「えっ?」

辺りを見回せば、今ここにいるのは本当に2人だけではないか。

大時計の短針も、いつの間にか8の字に差し掛かろうとしていた。

204: 2017/07/03(月) 00:21:50.60 ID:tV5HRLQYO
────梨子の部屋。

梨子「はぁ……」

明確な答えを出せないまま、時間だけが過ぎてゆく。

落ち着け。順番に整理していこう。


・11時:いなかった鞠莉と善子以外はロープウェイに乗った。高森が遅れて来た。

・彼女曰く、自分以外のスタッフには翌日にずらして欲しいとの連絡があったらしい。

・ロビーには、全員分の名前の紙と部屋の鍵、そして正午にロビーに集まるよう書かれた紙があった。

・正午:ロビーに、血の付いた『小原CEO』の紙と鍵。206号室に行くと、首を切断された鞠莉の氏体があった。ロープウェイが通じず、後に外との連絡手段も全てシャットアウトされていたことが判明。

・昼食。13時半頃、唯一食べなかった果南の部屋の前に彼女の分を置いた。

205: 2017/07/03(月) 00:22:44.71 ID:tV5HRLQYO
・果南から内線電話があった。

・16時頃、花丸からの内線電話。電話越しに殺害された。

・曜と一緒に306号室へ向かうとルビィがいた。果南、高森、千歌の順で集まる。

・曜にマスターキーを取って来て貰う。部屋には鞠莉同様、首を切断された花丸の氏体。

・ルビィは果南の、曜と高森は自分の部屋へ。私は千歌と少しお話した。

・ちょっとしたアクシデントからフロントに行こうとして、高森と遭遇。

・17時頃、私と曜で夕飯を作る。果南とルビィ、少し時間を空けて千歌の順で食堂に来る。

・ルビィの部屋に絆創膏を取りに行くと、3階のエレベーター前で高森が殺されていた。

・夕食を食べ終え、現在に至る。

206: 2017/07/03(月) 00:23:10.95 ID:tV5HRLQYO
梨子「……!」

おかしい。あまりにも不自然な箇所があった。

梨子「じゃあ、何でそんなことが……」

今まで見聞きしてきた事柄が、頭の中を駆け巡る。

徐々に霧が晴れ、目の前にあった正体不明が少しずつ形を明らかにしていくような、そんな感覚。

207: 2017/07/03(月) 00:24:23.64 ID:tV5HRLQYO
梨子「だって、そんなこと……あ」

カーテンを開け、窓の向こうを見た時。ふと、その可能性に気付いた。

梨子「ある。たった一つだけ、方法が!」

思わず叫ぶ。いつの間にか外の雨も止んでいた。

208: 2017/07/03(月) 00:24:55.36 ID:tV5HRLQYO
私は急いで室内電話の受話器を取り、3、1、0のボタンを押す。

果南『誰?』

梨子「もしもし、私です」

果南『梨子ちゃんか、どうしたの?』

梨子「少し、確認したいことがあって──」

───
──


209: 2017/07/03(月) 00:25:45.67 ID:tV5HRLQYO
果南『そうだね。その逆も、昔見たことがあるよ』

梨子「やっぱり……ありがとうございます」

果南『でも、それを聞くってことは、まさか……』

私の手から受話器が滑り落ち、床にぶつかった。

まずい。これが真相だということは、犯人は──


果南『もしもし、もしもし!?』

梨子「あ、いえ大丈夫です。ちょっと受話器を落としちゃって……失礼します!」

ガチャ。勢いよく電話を切り、高森に返しそびれていたマスターキー片手に私は部屋を出た。

210: 2017/07/03(月) 00:26:21.03 ID:tV5HRLQYO
────???号室。

「…………」

“彼女”は、明かりのついていないその部屋にいた。

ポリタンクの中身をぶちまけ、佇んでいた。

その部屋には、ベッドに横たわるもう一つの影があった。

“彼女”は、まだ温かいその身体に、口を開けた2つ目のポリタンクの中身をかけた。

211: 2017/07/03(月) 00:27:08.32 ID:tV5HRLQYO
アクシデントもあったが、計画は概ね予定通りに進んだ。

窓を開ける。雨はもう降っていない。

「…………」

長かった計画も、最後の段階を残すのみ。

ポケットからマッチ箱を取り出し、中身を1本手に持つ。

さあ、この部屋に火を────

212: 2017/07/03(月) 00:28:05.38 ID:tV5HRLQYO





「待って!」





213: 2017/07/03(月) 00:28:43.25 ID:tV5HRLQYO
“彼女”は振り返った。ドアが開かれている。人影が立っている。

人影の正体は……桜内梨子だった。

224: 2017/07/09(日) 01:47:55.41 ID:qzmsVTnmO
梨子「待って!」

その声に“彼女”の手が止まる。

梨子「もう、あなたの計画は終わったの! あなたが仕掛けたことも、全部見抜いた! もうこれ以上は、意味がないの!」

まくしたてる。このまま、“彼女”がマッチを擦らないように時間を稼ぐ。

私は、その部屋に満ちている不自然なニオイにはとうに気づいていた。

いや。

犯人が誰か、どんな仕掛けを使ったのか。それらが分かった時点で、きっとこの部屋に火を点けるだろうと察したのだ。

225: 2017/07/09(日) 01:48:38.68 ID:qzmsVTnmO
果南「ちょっと、これはどういうこと? さっきの電話は……」

騒ぎに反応し、果南がやって来る。

言いたいことは色々あるがまずは皆を呼んで来るようお願いし、私は更に“彼女”に言葉を投げかけた。

梨子「じきにみんなが来るわ。だから、そのマッチを捨ててちょうだい」

「…………」

廊下からの明かりしかない部屋の中で、“彼女”は尚も無言だった。

しかし、薄明かりの中でも抜け殻のような表情が窺える。

この計画をほとんど終わらせたにも関わらず、“彼女”は何も満足を感じていない。

それだけが、せめてもの救いに思えた。

226: 2017/07/09(日) 01:49:12.72 ID:qzmsVTnmO
曜「梨子ちゃん!」

千歌「嘘……」

ルビィ「そんなことって……」

果南「みんな、連れて来たけど……だって、彼女は……!?」

背後から声がするが、私は振り向かない。

227: 2017/07/09(日) 01:49:50.59 ID:qzmsVTnmO
千歌「どういうことか、説明してくれる?」

梨子「全部、彼女が仕組んだことだったの。鞠莉さんを、ダイヤさんを、そして高森さんを頃したのも、全部彼女が。そうよね?」

その声に合わせて、誰かが室内の電気のスイッチを入れる。

228: 2017/07/09(日) 01:50:30.33 ID:qzmsVTnmO





梨子「────花丸ちゃん」

花丸「…………」



照らされた部屋の中央に居たのは、名指しを受けた国木田花丸本人に他ならなかった。

229: 2017/07/09(日) 01:50:56.97 ID:qzmsVTnmO
果南「マルが、どうして……」

曜「だって、この部屋で確かに首を……なのに、何で?」

梨子「氏んだフリをしただけだったのよ」

私は、花丸の目を見据えたまま推理を続ける。

彼女はまだマッチを捨てていない上に、自身もガソリンか何かを被っている。

この部屋に、何より彼女が自分自身に火をつけたらそこでお終いだ。

だから時間を稼いで、決心を鈍らせる必要がある。

230: 2017/07/09(日) 01:51:49.77 ID:qzmsVTnmO
梨子「仕掛けは至って単純。あのテーブルに穴をあけて、そこから顔を出す。その上で、身体が下から見えないように鏡を置いた」

梨子「多分、あの黒い布には切れ込みが入っていて、首を出せるようにしていたんだと思う。そうすることで、穴と首の隙間を誤魔化したのよ」

一瞬、視界を部屋の隅へとずらす。

私の推理を裏付けるかのように、置かれているミニテーブルの中央には穴があいていた。

きっと、証拠隠滅のために燃やすつもりだったのだろう。

231: 2017/07/09(日) 01:52:15.01 ID:qzmsVTnmO
ルビィ「でも、ベッドには首のない身体があったのに……」

梨子「あれのことね」

指で示した先。ベッドの上に、あの時の身体がまだ横たわっている。

千歌「え……じゃあ誰なの、あれは」

梨子「ダイヤさんよ」

花丸「…………」

視線を即座に花丸の方へ戻す。彼女は一言も喋らない。マッチから手を離さないまま、じっとこちらを睨んでいる。

232: 2017/07/09(日) 01:52:44.02 ID:qzmsVTnmO
果南「あれがダイヤだっていうの!?」

梨子「そう。首を切断して、花丸ちゃんの服を着せてしまうことで、私たちはそれが彼女の身体だと錯覚してしまった」

曜「じゃあ、あの時点でもっときちんと調べていれば……」

ルビィ「花丸ちゃんが生きているってことはすぐに分かった、ってこと?」

梨子「ええ。でもそれは無理だったでしょうね。鞠莉さんも同じように首と胴体で分けられていたから……」

蓋を開けてみれば、実にシンプルな結論だ。

しかし、事前に『犯人は胴体と首を分けて置く』という刷り込みをされたせいで、致命的な勘違いを起こしていた。

ただ、それだけのことだったのだ。

233: 2017/07/09(日) 01:53:26.18 ID:qzmsVTnmO
千歌「でも、何で分かったの? 花丸ちゃんが犯人だって」

梨子「……キッカケは、あの電話だった」

曜「電話って、花丸ちゃんから掛かってきたっていう、あれ?」

梨子「そうよ」

後方からの質問に応答しつつ、花丸の動向を観察する。

相変わらず微動だにしない彼女。だが、表情には少しずつ変化が表れていた。

234: 2017/07/09(日) 01:53:52.90 ID:qzmsVTnmO
決心が揺らいでいる。

その瞳から、決意の色が薄れている。

心なしか、マッチを握る手からも少し力が抜けているように見えた。

もう一押し。

それを確信した私は、畳みかけるように推理の続きを話し始めた。

235: 2017/07/09(日) 01:54:43.61 ID:qzmsVTnmO
梨子「リアルタイムで起きている殺人。それを印象づけることで、あの氏体への違和感を更に消す。それが偽装氏体の最大の肝だった」

梨子「現に私も、花丸ちゃんの演技に騙された。けど、よく考えたらそれは不自然なのよ」

果南「不自然?」

梨子「氏体の首を切るまでの時間よ」

花丸「…………」

236: 2017/07/09(日) 01:55:23.55 ID:qzmsVTnmO
梨子「よく考えてみて。電話越しに花丸ちゃんが殺されて、少し間が空いたけれど私はすぐに部屋を出た」

梨子「ここ306号室の前ではルビィちゃんが大声を出していたし、このあと窓からロープを伝って逃げなければいけない」

梨子「逃走する犯人の心理とは明らかに矛盾している、首を切るという手間の掛かる行為。手際が良すぎる犯行と相反する、被害者に電話をされてしまったという事実」

梨子「その違和感に気付いた時、もう、あの氏体が偽装だったという考え以外は浮かばなかったわ」

237: 2017/07/09(日) 01:56:04.32 ID:qzmsVTnmO
花丸「…………」

そこまで言い終えた私の前で、花丸の手からマッチが滑り落ちた。

私はそれを素早く奪い取る。

花丸「……バレないと思ったんだけどなあ」

ルビィ「花丸ちゃん……」

ようやく発せられた言葉は、犯人のあげた白旗だった。

けれども、私は既に気付いている。

その瞳の奥にはまだ明確な意思が残っていることも、それが何なのかも。

238: 2017/07/09(日) 01:56:33.42 ID:qzmsVTnmO
花丸「そうだよ、マルが鞠莉さんたちを頃した。全部マル一人でやったの」

曜「なんで、こんなことをしたのさ」

梨子「そのワケはあとにしましょう。まだ、花丸ちゃんがついた嘘を明らかにしないといけない」

花丸「……!?」

花丸の目に、動揺の色が強く浮き出た。

やっぱり、彼女にはまだ隠そうとしていることがある。

239: 2017/07/09(日) 01:57:42.57 ID:qzmsVTnmO
曜「嘘も何も、花丸ちゃんはもう認めてるんだよ?」

梨子「ええ、普通ならね。ここから先は、ある意味私にしか解けないようになっているのかも知れない」

千歌「話が全然見えないんだけど……」

梨子「あの電話には、もう一つ妙な点があった」

果南「ダイヤの声が入ってたっていう、あれね」

果南の視線は、『彼女』へと向いている。もう、全てを理解したのだろう。

240: 2017/07/09(日) 01:58:20.10 ID:qzmsVTnmO
梨子「ええ、よく考えてみて。さっきも言ったけれど、花丸ちゃんはダイヤさんの氏体を自分だと誤認させる方法を取ったのよ?」

曜「……あれ? じゃあ、その時はまだダイヤさんは生きてたってこと?」

梨子「いいえ、違うわ。それこそ、時間との勝負な状況下において、首を切断して、服を着せかえて……」

梨子「何より、そんな中で花丸ちゃんがSOSの電話をすること自体が不自然なの」

千歌「確かに、何やってんだろうこの人……ってなるよね」

241: 2017/07/09(日) 01:58:51.53 ID:qzmsVTnmO
梨子「考えられるのは二つ。一つは、どこかでダイヤさんの声を録音して、それを通話の中に混ぜること」

梨子「けど、喋るかどうか分からないセリフを待つよりも、もっと単純な方法があった」

曜「単純な方法?」

花丸「…………」

花丸の視線が、私を突き刺す。

やめろ、それ以上は。そんな殺気をひしひしと感じる。

242: 2017/07/09(日) 01:59:30.93 ID:qzmsVTnmO
梨子「さっき、果南さんに確認したわ。以前、ダイヤさん、果南さん、花丸ちゃん……AZALEAの3人で、淡島ホテルの手伝いをした時のこと」

梨子「あの時、ちょっとした騒動が起きて……ダイヤさん、花丸ちゃんを部屋から引っ張り出すために、ルビィちゃんの声真似をしたそうね」

果南「うん、とっても似てた。結局、ホテルの扉には覗き穴があるせいで無意味だったんだけどね」

梨子「そして、果南さんだけは知っていた。姉が妹の声を真似られたように、妹も姉の声を真似られるんだって」

243: 2017/07/09(日) 02:00:00.69 ID:qzmsVTnmO
梨子「そうよね、ルビィちゃん」

ルビィ「…………!」

名指されたルビィは、既に顔面蒼白だった。

きっと、私が通話の違和感に言及を始めた時点で内心は穏やかでなかった筈だ。

彼女は何も答えない。口元が震えている。

244: 2017/07/09(日) 02:00:48.97 ID:qzmsVTnmO
花丸「っ、ルビィちゃんは関係ないずら!」

梨子「私も、最初は花丸ちゃん一人だと思ってた。でも、あなたの偽装氏体のことを考えれば、辻褄は合うのよ」

梨子「花丸ちゃんは、幾つもの仕掛けであれを氏体だと思わせた。顔がまるで血の気を失っていたように見せかけていたのもその一つ」

梨子「じゃあ、その化粧道具はどこから調達したのかしら」


曜「まさか」

花丸「違う! それも、マルが買って持ってきたの!」

梨子「じゃあ花丸ちゃん、一つ聞いていいかしら」

花丸「……なんずら」

今にも泣きだしそうな声をしている。けれども、追及を止めるわけにはいかない。

245: 2017/07/09(日) 02:01:55.12 ID:qzmsVTnmO
梨子「なんで、ルビィちゃんの部屋に電話をしなかったの?」

花丸「────!」

梨子「私の部屋は、花丸ちゃんの部屋から見て一番距離がある。演技とはいえ、一刻を争う事態だった筈よ」

梨子「でもあなたは、ルビィちゃんの部屋に電話をかけられなかった。何故なら、ルビィちゃんには部屋の前でドアを叩いてもらう役を演じてもらったから……違うかしら?」

花丸「違う、マルは……」





ルビィ「もういいよ、花丸ちゃん!」




246: 2017/07/09(日) 02:03:22.99 ID:qzmsVTnmO
花丸「ルビィ、ちゃん……?」

ルビィ「梨子さん、完敗です。犯人は、花丸ちゃんと私。ほとんど、梨子さんの推理した通りです……」

梨子「…………」

実のところ、ルビィが共犯だという明確な物的証拠はなかった。

けれども、二人が共犯だと気づいた時。きっとこうしてやらないと、共犯者は名乗り出ない。

こうしてやらないと、彼女たちの性格からして、二人ともどうしようもないものを抱えたまま過ごしていくことになる……そう、思ったのだ。

247: 2017/07/09(日) 02:04:00.13 ID:qzmsVTnmO
梨子「動機はやっぱり……善子ちゃんね」

梨子「教えてちょうだい。善子ちゃんと鞠莉さんたちの間に、何があったのか」

ルビィ「それは……」

花丸「善子ちゃんを、あの二人が奪ったから」

放たれた“動機”は酷く分かりやすく、それでいて残酷だった。

それを皮切りに、花丸はぽつりぽつりと話し始めた。

248: 2017/07/09(日) 02:04:50.85 ID:qzmsVTnmO
花丸「善子ちゃんが大学受験に失敗したって話は、前にもしたと思う。それでしばらく引き籠ってたことも」

花丸「ある時、鞠莉さんが善子ちゃんを自分の会社に入れてくれた。形はどうあれ、善子ちゃんは外に出るようになった」

花丸「マルは、大学に通うようになってから一人暮らしを始めててね。会社に近いからってことで、善子ちゃんもそこで住むようにしたの」

249: 2017/07/09(日) 02:05:44.94 ID:qzmsVTnmO
善子『結構広いのね、このアパート』

花丸『親には、ちょっと無理を言っちゃったずら』

善子『それにしたって部屋多いわよ。私が一つ使っても余るし、誰か泊めるつもりなの?』

花丸『あ、そこはルビィちゃんがこっちに来たとき用の部屋だよ?』

善子『なるほどね……』
───
──


250: 2017/07/09(日) 02:07:17.73 ID:qzmsVTnmO
花丸「いつか、3人で昔みたいにお泊り会が出来ればいいなって、そう思ってた」

花丸「けど、3週間前のあの日。善子ちゃんから『たすけて』って、それだけ書かれたメールが送られてきた」

花丸「最初は仕事に疲れたのかなって、柔らかい布団と美味しいご飯を準備してた」

花丸「……でも、3日経っても善子ちゃんは帰って来なかった」

花丸「会社にも来てないみたいだし、流石に探しに行こうとして、そしたら、玄関の郵便ポストに善子ちゃんのケータイが入ってた」

花丸「悪いなとは思ったけど、マルはその中身を見た」

251: 2017/07/09(日) 02:10:38.34 ID:qzmsVTnmO
花丸「ビックリしたずら。メモ帳の中にびっしりと、鞠莉さんの会社が黒澤家と組んで働いていた色々な不正が載ってたんだから」

花丸「その中には、果南さんのお店が潰れた原因が鞠莉さんだってことも書かれていた」

果南「……!」

花丸「善子ちゃんは、それを暴こうとして消されたんだって、そう思った」

梨子「……」


私は、まるで彼女の話についていけなかった。

企業の不正を告発しようとした社員が上層部に消されるという話は刑事ドラマなどでたまに見かける。

しかし、それを鞠莉とダイヤが実行していたということが、にわかに信じられなかった。

花丸「まだその時は半信半疑だったんだけどね……その日の夜、居ても立ってもいられなくて、ルビィちゃんに電話したんだ」

彼女の話は、尚も続く。

252: 2017/07/09(日) 02:11:17.69 ID:qzmsVTnmO
ルビィ『……あ、花丸ちゃん』

花丸『どうしたの? 元気ないみたいだけど……』

ルビィ『……』

花丸『ルビィちゃん?』

ルビィ『あのね、お姉ちゃんが──』

253: 2017/07/09(日) 02:12:55.53 ID:qzmsVTnmO
花丸「ルビィちゃんは、ダイヤさんから家族の縁を切られかけていた」

花丸「ファンレターに混じって、鞠莉さんたちに潰された企業の書いた恨み言のような手紙があったんだって」

花丸「それを問い詰めたら、ダイヤさんは……」

花丸「だから確信したの。やっぱり善子ちゃんは二人に消されたんだって」

……ダイヤはともかく、鞠莉はこの機会を逃せばいつ接触出来るか分からない。

それを踏まえると、二人の間に気の遠くなるような苦労があったことは想像に難くなかった。

254: 2017/07/09(日) 02:13:51.13 ID:qzmsVTnmO
花丸「でもこれだけは信じて。ルビィちゃんは誰も頃してない。ただ、偽装トリックに協力してもらっただけなの」

花丸「あの二人は許せなかったし、マルの頭の回転が遅かったせいで、こんな方法しか思いつかなかった。でも、ルビィちゃんを犯罪者にすることだけは、どうしても抵抗があった」

花丸「だからせめて、いざという時は自分ひとりで罪を被れるようにって、そう思ったのに……!」

喋り続ける犯人以外、誰も言葉を発しない。

ただ、この哀れな少女の告白に、じっと耳を傾けることしか出来なかった。

二人の罪を赦す気にはなれない。しかし、許しがたいという憤りも、湧いては来なかった。

255: 2017/07/09(日) 02:15:27.98 ID:qzmsVTnmO
花丸「だから、ルビィちゃんだけは……」

言葉が途切れ、力尽きたかのように、彼女は倒れた。

ルビィ「花丸ちゃん!」

長身の少女を受け止めたのは、小柄な少女だった。


花丸「ごめん、なさい……」

最後に、小さく呟いて、国木田花丸は意識を手放した。

256: 2017/07/09(日) 02:16:31.57 ID:qzmsVTnmO
花丸は、ルビィの部屋に運ばれた。

彼女が目を覚まし救助が来るまでの間、皆が枕元についていた。

ルビィ「花丸ちゃん、昨日の夜に鞠莉さんを頃してから、ずっと寝てなかったんです」

ルビィ「それに、お姉ちゃんが鞠莉ちゃんを頃したのが花丸ちゃんだって気付いちゃったみたいで、慌てちゃったみたいで……」

梨子「……そっか」

いつ眠りに落ちてもおかしくない身体で、アクシデントに対応しながら氏体の演技をやってのけたのか。

その忍耐力と精神力は、流石だと評せざるを得ない。

257: 2017/07/09(日) 02:17:38.16 ID:qzmsVTnmO
果南「鞠莉に店を潰された、か……。間違ってはいないんだけどね」

ルビィが席を外したタイミングで、果南が口を開いた。

梨子「?」

果南「まだニュースになってないから、知らないのも無理はないか」

曜「どういうこと?」

果南「2年前淡島の近くの海底で、貴重な新資源が見つかってね。いろんな企業や行政がそれを虎視眈々と狙ってた」

梨子「じゃあ、鞠莉さんたちは」

果南「うん。内浦を他所の手に渡さないために、汚いことに手を染めたんだ。私の店の近くは、特に資源が豊富だったみたいでね……」

258: 2017/07/09(日) 02:18:35.72 ID:qzmsVTnmO
梨子「そんな……じゃあもし────」

ルビィが戻って来たのが視界に入り、続きの言葉を押しとどめる。

これ以上、彼女たちを追い詰めるような真似は出来なかった。


……救助が来て、花丸が目を覚ましたのは、翌朝のことだった。

259: 2017/07/09(日) 02:20:23.73 ID:qzmsVTnmO
花丸「じゃあね、ルビィちゃん、みんな」

ルビィ「うん、待ってる。時間のある時は、会いに行くよ」

花丸「……ありがとう」

その日のうちに、花丸は警察に自首をした。

本人たっての希望で、ルビィが共犯だということは皆の中での秘密になった。

物的証拠もない以上、誰も反対する者はいなかった。

けれども私だけは、別の事柄で頭がいっぱいだった。

260: 2017/07/09(日) 02:21:29.69 ID:qzmsVTnmO
花丸『……そういえば、梨子さん』

梨子『どうしたの?』

花丸『高森さんって、どうやって殺されたんずら?』

梨子『────え?』


この事件は、まだ終わっていない。

そう思わざるを得なかった。

261: 2017/07/09(日) 02:22:54.94 ID:qzmsVTnmO
────8月1日、夜、梨子の家。


梨子母「明日には東京に戻るのよね」

梨子「……うん」

梨子母「まさか、お友達があんなことになるなんてね……」

梨子「…………」

事情聴取を終え、久しぶりの実家。

千歌たちも既に自宅に戻っている筈だ。

262: 2017/07/09(日) 02:23:33.42 ID:qzmsVTnmO
『警察では、国木田さんから詳しい事情を──』

ニュース番組を消し、母が作った料理を食べる。

梨子母「どうだった?」

梨子「……美味しい。ありがとう」

梨子母「なら良かった。その魚、渡辺さんからお裾分けしてもらったのよ」

梨子「ごちそうさま。……?」

遅い晩御飯を終えて、席を立つ。ふと、壁に掛かっているカレンダーが目に留まった。

263: 2017/07/09(日) 02:24:18.13 ID:qzmsVTnmO
梨子「お母さん、カレンダーまだ7月になってるけど……」

梨子母「ああ、もう8月だったわね。変えといてくれる?」

梨子「いいけど……この印は何?」

2022年7月と書かれたカレンダー。30日と31日の部分に、赤い丸印が付いていたのが妙に気になったのだ。

梨子母「ああ、それなら────」

264: 2017/07/09(日) 02:26:51.40 ID:qzmsVTnmO
梨子「────!」

母の答えを聞いた瞬間、私はハンマーで殴られたような気がした。

そうか。そういうことだったのか。

感じていた違和感の正体が、ようやく実体を伴って姿を現した。

265: 2017/07/09(日) 02:27:52.01 ID:qzmsVTnmO
梨子母「梨子、出かけるの?」

梨子「うん、ちょっと急用!」

あのとき見つけた真相は、表向きのものでしかなかった。

真実は、更に巧妙に隠れていたのだ。

266: 2017/07/09(日) 02:28:52.97 ID:qzmsVTnmO
足早に家を出た私は、ある場所へと急いだ。

5年目の悲劇に、終止符を打つために。

277: 2017/07/16(日) 01:38:25.20 ID:hUsgo0N0O
────浦の星女学院。


周囲に誰の姿もない、施錠された校門の前に、彼女は立っていた。

「なんでここにいるって分かったの?」

そう語る彼女は、言葉とは裏腹に、私がここに来るのを分かっているようだった。

むしろ、私が来ることを待っていたようにさえ見えた。

278: 2017/07/16(日) 01:40:09.99 ID:hUsgo0N0O
梨子「5年前、Aqoursが9人揃ったのもここだった。そして今日は、昨日までの雨で延期になった沼津夏祭り、花火大会の日」

梨子「そう、Aqoursがユメに向かって本当の意味でスタートした日……でしょ?」

「…………」

梨子「結論から言うわ。今回の事件には、裏で手を引いていた黒幕のような人がいた」

「根拠はなに?」

彼女はただ嬉しそうに、それでいてどこか寂しそうに笑っていた。

まるで、その推理の続きを聞かせてくれと言わんばかりに。

279: 2017/07/16(日) 01:41:47.11 ID:hUsgo0N0O
梨子「善子ちゃんの復讐を動機とした花丸ちゃんに、黒澤家絡みの一件で協力者の立場になったルビィちゃん」

梨子「でも、後から考えてみると、この動機にはどうしても納得のいかない箇所があった」

梨子「何故鞠莉さんたちが、Aqoursの皆が集まり、テレビの関係者が来ると分かっていながら善子ちゃんの存在を抹消したのか」

梨子「もちろん善子ちゃんが余程重大な証拠を握っていた可能性もあるけれど、そこまで躍起になるような人たちなら、善子ちゃんのスマホだって血眼で探すんじゃないかしら」

梨子「最悪、花丸ちゃんにまで危害が及んでいてもおかしくはない」

280: 2017/07/16(日) 01:42:30.48 ID:hUsgo0N0O
梨子「何より、花丸ちゃんの言っていたことが正しいなら、善子ちゃんが行方不明になったのは3週間前」

梨子「それだけ時間があれば、もっともらしい理由をつけて同窓会はなくなった、と連絡すればいいのに、何故しなかったのか」

梨子「その疑問は、思い切って発想を逆転させてみたらあっさりと晴れたわ。善子ちゃんの行方を握っているのは、別の誰かなんじゃないかって」

「…………」

ひとつ呼吸を置く。既に、彼女の顔に笑顔は浮かんでいなかった。

281: 2017/07/16(日) 01:43:24.43 ID:hUsgo0N0O
梨子「ルビィちゃんはこう言ってた。『お姉ちゃんが鞠莉ちゃんを頃したのが花丸ちゃんだって気付いちゃったみたいで』って」

梨子「考えようによっては、ダイヤさんが動機から逆算して花丸ちゃんにたどり着いたようにも見える」

梨子「けれども、その誰かがダイヤさんに何らかの形で花丸ちゃんが犯人だと教えたとも考えられるわよね」

梨子「さっきも言ったようにこの事件に黒幕がいたとするなら、その人は善子ちゃんのスマホを花丸ちゃんに送り付け、焚きつけたことになる」

梨子「だからあなたにとって、鞠莉さんが殺されることは想定の範囲内だったんじゃないかしら」

282: 2017/07/16(日) 01:45:24.14 ID:hUsgo0N0O
梨子「もう一つの根拠は、高森さんを頃したのが花丸ちゃんではなかったこと」

梨子「彼女は自分を犠牲にして、ルビィちゃんを庇おうとした。当然警察には高森さん頃しについても問われることになる」

梨子「もしそこでボロが出たら、自分以外に殺人犯がいる可能性に気付かれる──それを恐れて、彼女は私に高森さんがどうやって氏んだのかを聞いてきた」

梨子「花丸ちゃんは高森さんを頃したのがルビィちゃんだと思い込んでいた。ただ、あの時ルビィちゃんには完璧なアリバイがあったことを、彼女は知らなかった」

梨子「だから、やってもいない罪を庇うなんて不可解な状況が出来上がった」

「つまり、何が言いたいの?」

283: 2017/07/16(日) 01:47:10.03 ID:hUsgo0N0O
梨子「…………」

思わず唇を噛む。握り拳に力が入る。

彼女は、一切の弁明をしようとしなかった。

それどころか、最後の結論さえも私の口から言わせるつもりでいたのだ。

ふぅと息を吐き、言いたくなかったその答えを、口にする。



梨子「あなたが高森さんを頃して、その罪を花丸ちゃんになすりつけた。黒幕はあなたよ、千歌ちゃん!」


284: 2017/07/16(日) 01:48:46.34 ID:hUsgo0N0O
千歌「正解だよ、梨子ちゃん」


出来ることなら聞きたくなかったその台詞が、遠慮なく放たれた。

285: 2017/07/16(日) 01:50:15.00 ID:hUsgo0N0O
梨子「千歌ちゃん自身は何も証拠を残していない。花丸ちゃんは誤解をしたまま」

梨子「あなたを捕まえても、花丸ちゃんとルビィちゃんが傷つく結果しか得られない」

梨子「ある意味でこれは完全犯罪と言っていいものよ。何しろ本当のことを知っているのは千歌ちゃん、あなたしかいないんだから」

千歌「いま梨子ちゃんに話したけどね」

梨子「ねえ、千歌ちゃん。いったい何があったの? わざわざ花丸ちゃんたちをけしかけてまで、鞠莉さんとダイヤさんの命を奪う動機は──」

286: 2017/07/16(日) 01:50:49.66 ID:hUsgo0N0O
千歌「善子ちゃんが氏んだのは、私のせいなんだ」

そう言った千歌の目に、後悔とも怒りとも取れる感情が浮かび上がり。

やがて、千歌の告白が始まった。

287: 2017/07/16(日) 01:52:22.05 ID:hUsgo0N0O
千歌「善子ちゃんが大学受験に失敗したことを知ったのは、本当に偶然だった」

千歌「けれども、私も大学を中退した直後でね。何かをしてやれるような気分でもなかった」

千歌「そんな時、日本を発つ前の鞠莉さんとお話する機会があったの」

梨子「……それで、鞠莉さんに善子ちゃんを助けてあげるよう頼んだのね」

千歌「結構いい案だと思ってたし、実際、善子ちゃんは目に見えて元気になっていた」

千歌「善子ちゃんなりに恩を感じてたからなんだろうね。最初に相談を持ち掛けたのが、私だったのは」

288: 2017/07/16(日) 01:54:15.88 ID:hUsgo0N0O
梨子「相談?」

千歌「9人で集まるって約束をした日から1週間くらい後だったかな。善子ちゃんから電話があったんだ」

千歌「ほら、果南ちゃんが言ってたでしょ? 内浦の海で新資源が見つかった話」

千歌「それ絡みで鞠莉さんたちがやってる不正……癒着? 横領? っていうのかな。善子ちゃん、それを知っちゃってね」

千歌「かなりギリギリのやり方だったらしくて、いつバレてもおかしくはなかった」

千歌「おまけに、海外の企業までその資源に目を付け始めてね。善子ちゃんはどうすればいいか悩んでた」

千歌「止めさせなければいつか小原グループも黒澤家も警察の介入で潰される。止めさせてしまえば、内浦が、私たちの町が余所者に荒らされる」

千歌「それで、今すぐ会えないかって。一度どこかで待ち合わせして、私の家に行く予定だった。果南ちゃんもいるしね」

千歌「……それなのに」

289: 2017/07/16(日) 01:55:57.80 ID:hUsgo0N0O
千歌『海岸通りで~……待ってたのに~……』

千歌『き~みは今日来て……あ、来た』

千歌『おーい!』

善子『────!』

千歌『ひさしぶ──後ろ、よけて!』


キキィィィィィィィィ  ドン

290: 2017/07/16(日) 01:57:16.19 ID:hUsgo0N0O
梨子「轢き逃げ……」

千歌「救急車を呼ぶまでもなく、即氏だった。他に人通りもなかったし、轢いた車にも逃げられて、私にはどうすることも出来なかった」

千歌「私の家に直接来るように言えば、善子ちゃんが小原グループの秘密に気づかなければ」

千歌「もっと言えば、私が善子ちゃんを小原グループに入れさせなければ、善子ちゃんはあんな氏に方をせずに済んだ」

梨子「あなたは、その矛先を……鞠莉さんたちに向けたっていうの?」


こくり、と力なく頷いた千歌に。

私は反射的に、平手打ちを浴びせていた。

291: 2017/07/16(日) 01:59:05.55 ID:hUsgo0N0O
ふざけるな。

千歌のやったことは逆恨みでしかない。

八つ当たりで、その上こんな卑劣なやり方で、人の命を奪ったというのか。

292: 2017/07/16(日) 02:00:52.59 ID:hUsgo0N0O
千歌「……最初はね、私が鞠莉さんたちを頃すつもりだった。けど私にそれをする勇気はなかった」

頬を押さえながら、千歌が呟いた。

千歌「善子ちゃんを海に捨てて、あとは全部花丸ちゃんに押し付けた。彼女がどうしようと、その結果を私の答えにすることにした」

まさかルビィちゃんを巻き込むとは思っていなかったけど、と彼女は自嘲気味に付け加えた。

293: 2017/07/16(日) 02:01:52.09 ID:hUsgo0N0O
千歌「高森さんは……悪かったって思ってる。あの人、花丸ちゃんのことに気付き始めていて、私の部屋まで来たんだよ」

千歌「でも、Aqours以外の人に事の成り行きをどうにかされるのは、癪だったから……」

梨子「……あなた、おかしいわよ」

千歌「分かってもらおうなんて、思ってないよ」

間髪入れずに、否定の言葉が返された。

294: 2017/07/16(日) 02:03:09.82 ID:hUsgo0N0O
千歌「梨子ちゃんには……ううん、誰にも分からないよ。目の前でメンバーを殺された私の気持ちは」

千歌「あの頃のように、一つのユメを追っていたワケじゃない。みんなバラバラになってしまった」

千歌「だってそうでしょ? 生まれた環境も育った環境も違う9人が大人になって、いつまでも仲良く出来るワケじゃない」

千歌「現に、今の私を梨子ちゃんが理解出来ていない」

千歌「ユメを掴んだ人と、ユメを諦めた人」

千歌「分かり合える筈、なかったんだよ……」

295: 2017/07/16(日) 02:04:56.09 ID:hUsgo0N0O
梨子「…………」

返すべき言葉が浮かんでは、喉の手前で消えてゆく。

善子が氏んだその日から、或いはAqoursが優勝したその時から既に、彼女の頭のネジは外れてしまっていた。

それこそが、今回の事件の根幹だったのだ。

296: 2017/07/16(日) 02:06:49.12 ID:hUsgo0N0O
千歌「ねえ、梨子ちゃん」

千歌「私たちは、Aqoursは、輝いてたんだよね。あの日々は幻じゃ、なかったんだよね」

言いながら、彼女はポケットの中に手を突っ込もうとする。

その意味を知っていた私は腕を掴み、叫んだ。

梨子「幻なんかじゃない! 楽しいことも辛いことも、全部ひっくるめてあの日々があった!」

自分でもビックリする程、その声は熱量を持っていた。

297: 2017/07/16(日) 02:07:42.80 ID:hUsgo0N0O
梨子「私たちは確かに、輝きを掴んだ。私だって、あの日々の、千歌ちゃんのお陰で変わることが出来た!

梨子「千歌ちゃんと会えなかったら、スクールアイドルだけじゃない。今のユメだって、きっと諦めてた!」

梨子「それを、なかったことにしちゃいけないの!」

彼女のポケットから、隠し持っていたライターを力ずくで奪う。

298: 2017/07/16(日) 02:09:27.23 ID:hUsgo0N0O
千歌「…………」

千歌「そっか……そうだよね」

千歌「ありがとう、梨子ちゃん」

憑き物が落ちたように、彼女は笑った。

299: 2017/07/16(日) 02:10:09.95 ID:hUsgo0N0O
千歌「……梨子ちゃんが来なかったら、このまま学校に忍び込んで氏のうって思ってた」

少しして、不意に飛び出た言葉に私はぎょっとした。

梨子「怖いこと言わないでよ。千歌ちゃん、火をつけるつもりだったんでしょ? 服の上からでもライター持ってるって分かったんだから」

千歌「あ、バレてた?」

梨子「千歌ちゃんの考えることなんて大体分かるんだから」

傍から見れば物騒な会話。だが、5年ぶりに、私と千歌が心の底から笑い合える会話だ。

300: 2017/07/16(日) 02:11:09.09 ID:hUsgo0N0O
千歌「でもライターは返して欲しいな。最後に、これだけは燃やしたいから」

反対側のポケットから取り出したのは、一枚の羽根だった。

くすんでいて、拾ってからかなりの時間が経っている。

元の色は分からなくなってしまったけれど……きっと、真っ白だったのだろう。

301: 2017/07/16(日) 02:12:41.70 ID:hUsgo0N0O
千歌「…………バイバイ」

灰になった、かつて受け取ったユメを眺めながら、千歌は小さく呟く。

あれから5年。彼女は何を思っているのだろう。

変わっていった皆に、自分に、どんなことを感じていたのだろう。

暗い表情からそれを読み取ることは、出来なかった。

302: 2017/07/16(日) 02:13:35.70 ID:hUsgo0N0O
梨子「これから、どうするの?」

千歌「どうだろう。警察に行くかは……少し、考えさせて」

くるりと反転し、私に背を向ける。

303: 2017/07/16(日) 02:16:43.56 ID:hUsgo0N0O
千歌「梨子ちゃんはどうするの? 明日には東京に帰るんだっけ?」

梨子「ええ。ケガしちゃったから、しばらくピアノはお預けだけどね」

千歌「たまにはさ、こっちに帰って来てよ。それで、曜ちゃんや果南ちゃんに話してあげて」

千歌「梨子ちゃんが掴んだ、ユメの続き」

あの頃と変わらない笑顔を見せながら、一度だけ振り向いた。

304: 2017/07/16(日) 02:17:37.64 ID:hUsgo0N0O
千歌「じゃあ────またね!」

返事を待たず、千歌は夜の内浦へと消えて行く。

305: 2017/07/16(日) 02:18:10.60 ID:hUsgo0N0O
梨子「ああ、ちょっと! ……まったく」

梨子「……私の家も、同じ方向なんだけどね」

小さくなってゆく背中を見届けながら、クスリと苦笑いを浮かべた。

306: 2017/07/16(日) 02:22:00.96 ID:hUsgo0N0O
終わりです。

作中で用いられたトリックは、Aqoursニコ生課外活動のワンシーン(下の動画参照)をヒントにしました。
https://www.youtube.com/watch?v=v_YXfV1Cw-Q



どちらかといえばダイヤではなく善子の声に近いかも知れませんが、そこは大目に見てください。

拙作失礼しました。

307: 2017/07/16(日) 02:42:53.59 ID:hUsgo0N0O
追記 沼津夏祭りは実際に7月最終土日 雨天の場合は翌、月曜火曜です。

作中では2017年の5年後、2022年7月及び8月のカレンダーを用いましたが、考察サイトなどではAqoursの物語は2019年の出来事となっていることが多いみたいですね。

失礼しました。

308: 2017/07/16(日) 08:29:11.13 ID:3fibFHfSO
善子…

309: 2017/07/16(日) 09:32:04.89 ID:hqnQGuUEO
動機が金田一っぽい
善子はとことん運がないな

311: 2017/07/17(月) 23:23:28.30 ID:Hs9NG+ci0
いやまて、不可解な点が多いぞ。
殺人者。姿隠して皆[ピーーー]つもりではなく最初から目標が確定なら、頃した後偽装隠蔽する必要ある?半端自己犠牲だから脱罪手段にもならないし。
梨子。花火大会の日付からどうやって黒幕ヘと結ぶの?
よし子の氏もまだなにが有りそう。あの二人の差し金だったら別に氏体確認しなくても同窓会自体は中止させるべきでは?
モヤモヤする。

312: 2017/07/18(火) 02:18:57.68 ID:pXXUIaqGO
>>311
色々と描写不足で申し訳ないです

1.偽装隠蔽する必要はあるのか
焼身自殺をして、部屋の中から首の繋がっている自分の氏体を出す、というところまでが計画でした。
『犯人は花丸一人で、最後に自頃した』という図式を作り上げ、ルビィに捜査の手が及ばなくなるようにするためです。

2.花火大会の日付から
完全に描写不足です。ここで分かったのは『黒幕が居るであろう場所』の方です。

3.同窓会自体の中止は
そもそも轢き逃げ犯は鞠莉、ダイヤとは一切関係がありません。
千歌が全て隠蔽してしまったため、鞠莉もダイヤも善子の氏を知らないまま同窓会が行われてしまったのです。

今度こそ失礼しました。

313: 2017/07/18(火) 23:31:09.37 ID:xfVOUNlr0
回答サンクス。大まか筋は通った。トリックのためのトリック感はあるがドキドキしながら読ませて頂いた。次回作あるなら期待。

引用元: 梨子「5年目の悲劇」