227: 2011/02/11(金) 03:04:30.10 ID:7D//vLac0

228: 2011/02/11(金) 03:12:15.09 ID:7D//vLac0
クリスマスが今年もやってくる、なんて歌が街中にあふれる季節に、私はキリストの誕生日ではなく幼馴染の誕生日について思いを馳せていた。
マフラー、手袋、コートと防備を固めてもなお耐え難い寒さの中、マッチ売りの少女が幻影の中に幸福を見出だしたように、私は誕生日プレゼントに喜ぶ和ちゃんの姿を思い浮かべ、必氏に気を紛らわせようと試みる。
そのプレゼントの包みの中が決まらないために、私はこんな凍える街を彷徨っているのだけど。

何が欲しいかなんてことは本人に聞ければ一番良いのだろうが、実際質問してみると「欲しいもの?今は特にないわね」とあっさりかわされてしまった。
その上「唯はいつも月末財布の中身がピンチじゃない。クリスマスまで重なるんだし、無理しないでいいわよ」と見事なカウンターまで食らう始末である。

無理するとかしないじゃなく、私はただ、和ちゃんに喜んでほしいだけなのに。

もうすぐ、離れ離れになってしまうから、せめて、同級生として過ごせる最後の誕生日には今までで最高のプレゼントをしたい。

229: 2011/02/11(金) 03:18:42.33 ID:7D//vLac0
受験、か。
もし和ちゃんが滑り止めの大学に来ることになれば、私の目指す大学に比較的近くなるんだよね。そしたら、ずっと一緒にいられるのに……なんて、我ながら酷いことを考えるものだ。ちら、とでもそんな考えを抱く自分自身が嫌になる。

物心ついて以来、私はずっと和ちゃんと一緒にいた気がする。
楽しい思い出もそうじゃない思い出も、全てのシーンに和ちゃんが写っている。
そんな幼馴染とついに別の道を歩むことになるなんて、何だか実感がわかない。今の私には和ちゃんのいない生活が想像できない。

決して大学が違うからといって一生会えないなんてわけじゃないのは分かっている。今の時代、連絡を取ろうと思えば距離なんて問題ではないだろう。
それでも、離れ離れになって、日常の中から私が消えて、いつしか私は和ちゃんに忘れられてしまうかもしれないという漠然とした不安は胸の底に澱となって積み重なる。

私自身の覚悟ができていようといまいと、別れの時は刻一刻と近づいていて、その歩みは止めようもない。

思わず吐いた白いため息が、冬の厚い雲に覆われた空に吸い込まれていった。

230: 2011/02/11(金) 03:26:56.14 ID:7D//vLac0
― ― ― ― ―

問題演習が一段落し、軽く伸びをする。
今頃、唯もちゃんと勉強してるかしら、なんて、ふと頭に浮かぶのはあのどこか危なっかしい幼馴染のこと。余計なお世話なのはわかっているが、それでもつい心配してしまう。

私が第一志望の大学に通ってしまえば、唯とは離れた土地に住むことになる。それは仕方のないことだけど、やはり心苦しい。
単に寂しいという以上に、私がいなくて唯は大丈夫だろうかなどと思ってしまう。言葉にしてしまえば傲慢としか言いようのない不安なのだけど。

私は、唯になにを望んでいるのだろう。
傍にいてくれることだろうか?確かにそれはその通りだ。でも、それが一番であるとは思えない。
じゃあ、唯が自立して、一人で立派に……なんて、親じゃあるまいし。

色々考えてはみたが、多分、私が願うのは極々単純なことなのだ。
つまり、唯が笑顔でいてくれること。

それを今までのように隣を歩みながら見守ることができればそれが一番いいのだろう。でも、ずっと一緒にいることなんてできないから、私がいなくても笑顔でいられるようになって欲しい。

別離を前提とした、考えようによっては寂しい望みではあるけれど、それでも切に願わずにはいられなかった

231: 2011/02/11(金) 03:35:29.48 ID:7D//vLac0
― ― ― ― ―

終業式が済み、私たちは高校生活最後の冬休みを迎えることになる。誕生日前に和ちゃんと帰る機会もこれが最後になってしまう。

「ねえ和ちゃん、一緒に帰ろう?」

その一言を発するのに何故か妙にためらってしまう。以前は何も考えずに誘えたのに。
和ちゃんは特に意識する様子もなく「ええ」とだけ返した。

冬の通学路は憂鬱で、せっかく隣に和ちゃんがいるのについつい黙りがちになたしまう。
口を開くだけで寒いというのも一因ではあるが、それ以上に私の中で和ちゃんへの思いが複雑に渦巻いていて、言うべき言葉をその奔流の中から探し出すのに必氏だった。

「唯、大丈夫?何か悩み事?」

そんな私を見かねたのか、和ちゃんが先に口を開いた。一緒に帰ろうと誘った側が黙り込んでいるのだ。怪訝に思うのも無理はない。

「あ、いや、その……プレゼントどうしようかなって思って」

「前にも言ったけど、別に気にしないでいいのに」

またもやあっさりと返される。違うんだ。プレゼントは何がいいかなんていうのはあくまで表面的な話で、本当はもっと違うことに悩んでいるのに。少しずつまとまりつつある思考の中から、必氏で言葉を拾い上げた。

「和ちゃんにとって、幸せってなに?」


232: 2011/02/11(金) 03:44:51.89 ID:7D//vLac0
その問いの形が正しかったのかはわからないけど、今の私にできる精一杯の問いかけだった。
和ちゃんにとってこの質問は予想外だったと見え、黙り込んでしまった。お互い無言のまましばらく歩くと、ぽつりと和ちゃんは答えを発した。

「唯が幸せでいてくれること、かしらね」

意外な返事だった。そこで私の名前が出てくるなんて思いもしなかったから。
私の幸せが、和ちゃんの幸せ、か。正直想像もしていなかった答えだった。
その回答を吟味していると、逆に和ちゃんに問い返される。

「じゃあ、唯にとっての幸せって?」

「和ちゃんが、ずっと傍にいてくれること」

とっさにそう返してしまった。それを聞いて、和ちゃんの表情が少し動く。
そのわずかな変化の中には様々な感情がないまぜになっているように見えて、私はそれ以上和ちゃんにかける言葉を見つけられなかった。
和ちゃんは「そう」と短く返事をし、その他には何も言わなかった。

重い沈黙に支配されながら、馴染んだ通学路を二人並んで歩く。
その道は、何故かいつもより長く感じた。

233: 2011/02/11(金) 03:52:48.68 ID:7D//vLac0
― ― ― ― ―

無事に家にたどり着くと、思わずため息を吐いてしまう。結局あの後、一言も話せないまま和ちゃんと別れてしまった。
先に帰ってきていた憂は元気なく居間にへたり込む私を心配そうに見つめてくる。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「うん……」

和ちゃんの言葉を改めて思い返していたため、つい生返事になってしまう。

私が幸せなら、和ちゃんも幸せになってくれるの?
じゃあ遠くになんて行かないでよ。ずっと傍にいてよ。
そうじゃなきゃ、私幸せになんかなれないよ。

そんな考えがぐるぐる渦巻いていて心の整理がつかない。
和ちゃんのために、私はどうすればいいんだろう。私の幸せってなんだろう。

黙り込む私に、憂が改めて話しかけてくる。

「なにかあったの?」

「……憂にとってはさ、何が幸せ?」

質問には答えずに、逆に問い返す。
和ちゃんにしたのと、そして私が投げ掛けられたのと同じ問い。

234: 2011/02/11(金) 04:00:31.06 ID:7D//vLac0
憂は少し考え込んだけれど、割合すぐに答えを出してくれた。

「私は、大切な人たちがみんな笑顔でいてくれたら幸せかなあ」

「なんで、そう思うの?」

「だって、大切な人が笑顔なら、私も笑顔になれるから」

それはよく理解できた。私がプレゼントを探していたのも和ちゃんに笑顔になってほしいからで、和ちゃんが喜んでくれたら私だって嬉しい。

ただ、もう一つの問いは胸の中に仕舞い込んだ。それは憂に聞くべきことではないから。

「もし、その笑顔を直接見ることができなくても、幸せになれる?」

その答えは、私自身が出さなくてはいけない。

236: 2011/02/11(金) 04:10:22.41 ID:7D//vLac0
― ― ― ― ―

学校が冬休みに入り、クリスマスイブも終わり、ついに私の誕生日がやってくる。
私の家での誕生会が行われる前に、日付をまたぐ瞬間を平沢家で過ごそうという誘いを唯から受け、私はありがたくその提案に乗ることにした。

軽音楽部の部員らが集まるクリスマスパーティーはイブに済ませている。
25日の「本番」には結局私と平沢姉妹だけでゆっくりささやかに祝うことにした。

「和ちゃん、お誕生日おめでとう!」

日付を跨いだ瞬間に、二人からお祝いの言葉をもらう。
そして姉妹揃ってハッピーバースデーを歌い出した。二人の笑顔につられて私も頬が緩んでしまう。
歌が終わり、ひとしきりわーわーぱちぱちと騒いだ後、二人はプレゼントを差し出してくれた。

「まずは私から」と憂が包みを手渡す。さっそく開けさせてもらうと、そこには暖かそうなセーターが入っていた。

「受験生だし、風邪を引かないようにと思って」

「ありがとう。大切に着させてもらうわね」

手にとって柔らかな感触を何度か確認した後、そっと包みに戻す。
憂らしい思いやりを感じられるプレゼントだと思った。

237: 2011/02/11(金) 04:18:51.92 ID:7D//vLac0
「次は私だね」

唯が少し緊張したような面持ちで言う。
差し出された紙袋は小さく、その表面には近所の神社の名前が表記されていた。

「これって……」

中身を確認する。赤と紫のお守りが一つずつ。
そこに書かれているのは「学業成就」「健康祈願」の文字。

「えへへ、学業に関してはまず私が頑張らなきゃなんだけどね」

唯は恥ずかしがるように俯いて頭を掻いた。少し照れたような微笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「私にとっての幸せってなんだろうってあれからずっと考えてて、それで、たとえ和ちゃんと離れ離れになっても、和ちゃんが夢をかなえてくれて、元気にしていてくれたら私は幸せなんだって気がついたんだ」

私が志望校に受かるということは、即ち唯とのお別れを意味する。
それがわかった上で尚「学業成就」のお守りをプレゼントしてくれた唯の思いは想像するに余りある。
そして、私とずっと一緒にいるのが幸せと言ったときの、唯のどこか縋るように目を伏せた姿をふと思い出す。きっと今まで築いてきたものが崩れ去るのが不安だったのだろう。

238: 2011/02/11(金) 04:28:22.95 ID:7D//vLac0
「昔のアルバムを全部引っ張り出してきて、和ちゃんとの思い出を一つ一つ確かめて、それでわかったんだ。ちょっとくらい遠くに住むことになったって、私たちは何も変わらないって。そう信じていれば、きっと大丈夫だって」

でも、唯はその不安を立派に乗り越えることができた。

唯は強い。
私がすぐ傍にいなくたって、きっとずっと笑顔でいられるくらいに。

それがとても嬉しくて、私は思わず唯を抱き締めていた。
私からこんなことをするなんて記憶にはなく、唯も驚いているようだけど、誕生日なのだから少しくらいはいいだろう。

「唯、大好き」

誕生日だから、いつもは言えないようなことを言ってみてもいいだろう。
正直とても恥ずかしく、唯はいつもこんな台詞を言っているのかと思うとある意味尊敬できる。

「じゃあ私は大大好きだもん」

なんたって、こんな風に平然と返してくるのだから大したものだ。
でも、私だって。今日は特別だもの。

「じゃあ私は、愛してるわ」

「私だって、あ、愛してるよ!」

愛、なんて日頃は到底使えないようなその言葉が、きっと今のお互いの気持ちを表現するには最もふさわしいのだろう。
それは、互いの幸せをただひたすらに願う気持ち。

一晩遅れではあるけれど、神に祈ってみようか。

遠い、けれども同じ空の下、愛する人が笑顔でありますように。

239: 2011/02/11(金) 04:31:00.82 ID:7D//vLac0
これでおしまいです。何度も何度も長々と失礼しました。

240: 2011/02/11(金) 04:37:31.17 ID:vxeX8V8+0
いいな、おつ

241: 2011/02/11(金) 04:39:51.91 ID:iq8vqtEhO
イイヨイイヨー乙

なんかすげぇ雪降ってきたけどゆいのどは寒さなんかに負けないよっ!

242: 2011/02/11(金) 07:01:56.96 ID:iq8vqtEhO
ゆいゆいのどのど