2: 2014/08/31(日) 01:40:03.59 ID:L/jJeciR.net
いつのころからだろう、私が人前で本心を見せなくなったのは。
両親の仕事の関係で転校が多く、友人をつくるのを避けていたからかもしれない。
私は、自分の心を打ちあけるのを避けた。
本心を隠すためには、沈黙するか、嘘をつくしかない。
私は後者をえらんだ。

3: 2014/08/31(日) 01:40:55.29 ID:L/jJeciR.net
嘘を重ねていくうちに、私の心はますます見えづらくなった。
おそらく私じしんにも、ろくに見えていなかったに違いない。
私はそんな日常に嫌気がさし、非日常にあこがれた。
占い、オカルト、超常現象。
そんな趣味を、人は笑うかもしれない。
しかしうわべだけの友人関係に飽いていた私には、それだけが心の拠り所だったのだ。

5: 2014/08/31(日) 01:41:47.29 ID:L/jJeciR.net
しかしそんな私に、高校で転機が訪れた。
私は、絢瀬絵里さんと、心からの友達になりたいと思った。
自分の心を幾重にも覆い隠す姿に、私は共感した。
この人なら私のことを分かってくれる。
そして、私ならこの人のことが分かる。
そこで私は、階段をおりてゆく彼女に、うしろから声をかけることにした。

6: 2014/08/31(日) 01:42:36.61 ID:L/jJeciR.net
希 「ねえ、絢瀬さん」

呼びとめたあとで、急に恥ずかしくなった。
このまま自分が素直にふるまえるか、不安になったせいかもしれない。
私は今にも振り向きそうな彼女の顔を正視できず、階段の踊り場の氏角に隠れた。
しかしこのままでは、よけいにヘンな人と思われてしまう。
彼女の目をまともに見られなくても、私は彼女の目の前に出なければならない。
あわてて急場しのぎの準備をして、私は彼女と向かいあい、口を開いた。

希  「フガフガ」

7: 2014/08/31(日) 01:43:23.61 ID:L/jJeciR.net
絵里 「あなた…どうしてカバンを頭にかぶってるの」
希  「私のことは、のぞ…、いや、スクールバッグ仮面と呼んでくれ」
絵里 「カバンの中身、いろいろこぼれてるわよ」
希  「君に会えて嬉しくて、ナミダがこぼれてるのさ」
絵里 「ハラショー…」

8: 2014/08/31(日) 01:44:39.71 ID:L/jJeciR.net
その日、一人ぐらしのアパートに帰った私はとても嬉しかった。
カバンごしではあるにせよ、素直に話せる友人ができたのだ。
私はカバンに、視界と呼吸のための穴をあけた。
長い髪の毛を出すための穴も、両脇にあけた。
らんらんとした緑の目をのぞかせ、髪をふりみだすカバンのお面は、どこか悪役ふうでもある。
小学生が見たら、泣くと思う。
しかし絢瀬さんは、きっと喜んでくれるにちがいない。
今日から私は、彼女を守る、正義のスクールバッグ仮面なのだ。

9: 2014/08/31(日) 01:45:44.71 ID:L/jJeciR.net
【翌日、校門前にて】

教師 「東條ォ!なんだその格好はァ!」
希  「先生、これは本来、手に持つために作られたカバンですよね。
    でもコレをよく学生はムリヤリ肩に背負ってますよね。ステゴサウルスみたいに」
教師 「まあそうだな」
希  「では、本来手に持つためのカバンを肩に背負うことが許されるのなら、
    それを頭にかぶることも許される。こう私は思うわけです」
教師 「東條…疲れてるのか?」

10: 2014/08/31(日) 01:48:47.19 ID:L/jJeciR.net
結局、登校中や授業中は、カバンをかぶることは認められなかった。
それでも私は、昼休みや放課後など、絢瀬さんと一緒にいるときには、スクールバッグ仮面になった。
カバンをかぶると、ふしぎと照れずに話すことができた。
絢瀬さんのことを「エリチ」と呼ぶことができるようになったのも、カバンのおかげである。
エリチとはクラスも同じなので、すぐ正体がバレると思ったが、意外とバレなかった。
どうやら凛々しい外見とは裏腹に、本当の彼女はポンコツのようだ。
だが本当の彼女は、ポンコツであるだけでなく、あたたかい心をもっていた。
視界が悪く、弁当の煮豆が取れずに苦しむスクールバッグ仮面に、彼女は「あーん」で食べさせてくれた。
そんな彼女の無邪気な優しさに、私は涙した。
カバンから、文房具ではなく、ほんものの涙がこぼれおちた。
そんな私の泣き顔を隠すことができたのも、これまた、カバンのおかげである。

11: 2014/08/31(日) 02:03:11.25 ID:L/jJeciR.net
スクールバッグ仮面は、その名に恥じず、エリチを守ることに全力を尽くした。
生徒会長をめざす彼女を補佐すべく、私は副会長に立候補した。
カバンをかぶってフガフガと選挙演説をする私の姿を、皆は「東條さんがトリッキーなことしてるわ」と奇異のまなざしで眺めた。
ただひとり、エリチだけが、「スクールバッグ仮面さまぁ」と言って、私を羨望のまなざしで眺めた。
私がいつも彼女の味方であるように、彼女はいつも私の味方なのだ。

24: 2014/08/31(日) 03:55:17.09 ID:L/jJeciR.net
晴れて生徒会長、副会長コンビとなったエリチと私は、学校のために力を尽くした。
私たちは、自分たちの心を打ちあける勇気をもってはいなかったが、それでも皆の役に立ちたいと思っていた。
自分の表情は仮面で隠しつつも、皆を笑顔にしたいと思っていた。
そんな思いをもった同級生を、私はもう一人知っていた。
矢澤にこちゃんである。
彼女のアイドル研究部としての活動は、一年生のころから知っている。
だが私は、他を寄せつけない彼女の姿に気圧され、うまく話しかけられずにいた。
しかし「スーパー・スクールバッグ・副会長」となった私なら、彼女と友達になれる気がする。
カバンをかぶることによって、私の視界は狭まったが、私の世界は広がったのだ。

25: 2014/08/31(日) 03:56:13.32 ID:L/jJeciR.net
そんなある日、生徒会室でひとりクールに仕事をする私のところに、矢澤さんが書類を提出に来た。

希  「フガフガ…ありがとう。書類はこれでオーケーだよ。
    ときに矢澤さん、君は何か部活のことで、困っていることはないかね」
にこ 「ふん、そんなもんないわよ。
    私はいつだって絶好調なんだから」
希  「キミが何にも負けない強い心をもっていることは知っているよ。
    しかし一人で抱えこんではいけない。
    困ったことがあればいつでも呼んでくれ。
    スクールバッグ仮面はいつもキミの味方なのだ」

26: 2014/08/31(日) 03:56:49.98 ID:L/jJeciR.net
にこ 「そう…覚えておくわ。
    ありがとね、希」
希  「いや、違くて…ええと、その…
    …なぜ私の正体を知っているのだ?」
にこ 「アホの会長以外はたぶんみんな知ってるわよ」
希  「矢澤さん…いや、にこっち。
    エリチにはこのことは内緒だよ!」

27: 2014/08/31(日) 03:57:28.41 ID:L/jJeciR.net
こうして少しずつ交友関係は広がっていった。
生徒会の仕事も順調であった。
かしこくかわいい生徒会長と、彼女を支える仮面の副会長。
私たちなら、どんな困難でも解決できると思った。
しかし3年生になったとき、私たちの前にかつてない壁が立ちふさがった。
廃校危機である。

28: 2014/08/31(日) 03:59:01.13 ID:L/jJeciR.net
エリチは確かに奮闘してくれたが、私は生徒会メンバーだけでこの壁を越える自信がなかった。
そんな折のことである。
1年生の中に、私はかつての自分たちを思わせる女の子が3人ほどいるのに気づいた。
私は彼女たちの力が借りられたらと思った。
しかしスクールバッグ仮面は、一人一人に手を差し伸べることはできたが、皆の手を繋ぎ合わせることはできなかった。
そんなとき、私たちを結びつけてくれる存在が現れた。
二年生の高坂さん、南さん、園田さん。
私は、彼女らならきっと成しとげてくれると思った。
そこで私は、出しゃばることなく、彼女らを陰ながら支える役に徹することにした。
ほんとうは臆病な私が、勇気を出してメンバー集めを支えることができたこと。
これもまた、カバンのおかげである。

29: 2014/08/31(日) 03:59:49.12 ID:L/jJeciR.net
【以下、スクールバッグ仮面の華麗なる活躍、ダイジェスト】

30: 2014/08/31(日) 04:00:27.26 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  「スクールアイドルのチーム名は、μ’sというのはどうかな。
    さっそく投票箱に入れておこう。フガフガ」
理事長「東條さん、ローカではカバンを外してね」
ーーーーーーー

31: 2014/08/31(日) 04:01:54.59 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  「朝練はこの神社の境内を使うといいよ、お嬢さんたち」
二年組「あ…ありがとうございます」
   (東條先輩、巫女服でスクールバッグを被ってる…でも悪いヒトじゃなさそうだ)
ーーーーーーー

32: 2014/08/31(日) 04:02:24.70 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  (背後から胸部に手を伸ばしつつ)
   「まだ成長途中といったところだね。
    でもまだ望みはあるよ、ハァハァ」
   (注:カバンをかぶると、呼吸が籠って聞こえるものです)
真姫 「キャアアア!、イ、イヤアアア!」
希  「CDに焼いてコッソリ渡すっていうのはどうかな…あれ、聞いてる?」
ーーーーーーー

33: 2014/08/31(日) 04:03:18.18 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  「ようこそ真姫ちゃん、ファーストライブはもう始まっているよ。
    さあ入って入って」
真姫 (あのときの人だ…近づいても安全かしら)
ーーーーーーー

34: 2014/08/31(日) 04:04:21.00 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  「完敗からのスタートか…フォフォフォ」
   (注:カバンをかぶると、笑い声も籠って聞こえるものです)
花陽 「凛ちゃんタスケテェ、出口に怪しい人がいるよぉ!」
凛  「怪人というよりは、ラスボスっぽいにゃー」
ーーーーーーー

35: 2014/08/31(日) 04:04:51.18 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  「たぶん今日、後輩が来ると思うから、仲良くしてあげてね。シュコーシュコー」
にこ 「希、私の前では、カバン外していいのよ」
ーーーーーーー

36: 2014/08/31(日) 04:05:26.53 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  「真姫ちゃん、折角のビデオ撮影なんだから、ソッポ向かないで。
    ちゃんと顔を見せて、カメラの前で笑ってよ」
真姫 「カバンをかぶってるあなたには言われたくないわね」
ーーーーーーー

37: 2014/08/31(日) 04:07:18.79 ID:L/jJeciR.net
ーーーーーーー
希  「エリチのほんとうにやりたいことは…?」
絵里 「だって、やらなきゃいけないんだからしょうがないじゃない!」
希  「エリチ…」

これまでも、エリチと私は、まちがいなく親友だった。
しかし、ここまで赤裸々な彼女の本音を聞いたのははじめてだった。
私はそれを聞けたことが嬉しくもあったが、同時に申し訳なくもあった。
無理やり本音を引きださねばならないところまで、彼女を問いつめてしまった。
自分は仮面を着けたままなのに、彼女の仮面を外させてしまったのだ。
すぐに彼女を慰めにいかねばならない。
私しはμ’sの皆と一緒に、彼女のいる教室へと向かった。
ーーーーーーー

38: 2014/08/31(日) 04:09:15.72 ID:L/jJeciR.net
穂乃果「絵里先輩、μ’sに入ってください!」
絵里 「穂乃果、ありがとう。
    こちらこそお願いするわ。
    ぜひあなたたちのスクールアイドルに私を加えてほしい。
    でももう一つだけ、お願いをしてもいいかしら?」
穂乃果「はい!なんでしょう?」
絵里 「私と一緒に、私の憧れのスクールバッグ仮面を、μ’sに加えてくれるかしら。
    彼女は私をいつも陰で支えてくれているけど、私はそろそろ彼女も表舞台に立つべきだと思うの」
穂乃果「もちろんですよ!
    私たちも、皆で話し合った結果、誘おうって言ってたんです、とうじょ…モゴゴ」
にこ 「(穂乃果に耳打ちしつつ)ばらしちゃだめよ!」
穂乃果「す、すくーるばっぐ仮面…先輩を」

41: 2014/08/31(日) 04:22:42.71 ID:L/jJeciR.net
誰よりも彼女らの提案に驚いたのは、ほかならぬ私自身であった。
私は確かに9人の女神、ミューズにあやかってチーム名をつけた。
しかし私は、影の9人目としてのスクールバッグ仮面は、裏方に徹するべきだと考えていた。
私自身が表舞台で歌い踊る必要はないと思っていた。
いや、というか、カバンをかぶったままで、どうやってアイドルをするというのだ。

42: 2014/08/31(日) 04:24:14.20 ID:L/jJeciR.net
逡巡する私に対し、穂乃果が屈託のない笑顔でこう言った。

穂乃果「大丈夫ですよ、スクールバッグ、かぶったままで!」
絵里 「ハラショーよ…よかったわね、スクールバッグ仮面!(感涙にむせぶ)」

フリフリの衣装を着るにあきたらず、ステキなカバンまでかぶって歌い踊る乙女を見て、観客の方々は、どう思うだろうか。
何だかよくわからない、と思うだろうか。
私にもよくわからない。

※もう少しだけ続きます。再開は後ほど。

46: 2014/08/31(日) 09:59:02.99 ID:L/jJeciR.net
※ 再開します。たぶん最後まで書きます。

47: 2014/08/31(日) 09:59:32.92 ID:L/jJeciR.net
こうして私はμ’sに加入した。
しかし私には気がかりがあった。
すでに間近に迫るオープンキャンパスでのライブで、私は足手まといにならないだろうか。
すでに仮面副会長として八面六臂の活躍して久しいにせよ、私には歌の心得もダンスの心得もない。
とはいえ、私は皆の足を引っ張るわけにはいかない。
皆のサポートのもと、私は練習に励んだ。
そして、オープンキャンパス当日。

48: 2014/08/31(日) 10:00:25.93 ID:L/jJeciR.net
結論から言うと、ライブはすごくうまくいった。
濃紺のカバンの両サイドから髪をなびかせ、顔の前後でグレーの手持ち紐をはためかせながら踊る私に、中学生は歓喜してくれた。
「亜里沙も、ああいうカバン、早くもちたいな!」
エリチの妹さんが、穂乃果ちゃんの妹さんに、そんなふうに話すのが聞こえた。
思えば、あの年頃の少女は、年上のお姉さんが持つものには何でも憧れるものだ。
少女たちの憧れであるカバンから手足が伸びて踊りだすわけだから、こんなに嬉しいことはないのだろう。
ふしぎなものだ。
中学生のころは大して気にも留められなかった私が、今ではすっかり中学生の人気者になった。
これもまた、カバンのおかげである。

49: 2014/08/31(日) 10:01:04.48 ID:L/jJeciR.net
私が心配していた歌とダンスは、どうにか皆と同じ水準にまで達したようだ。
ライブのあと、μ’sの皆は、こぞって私の能力を褒めてくれた。
しかし私には分かっていた。
小心者の私は、素顔でステージに立たされたら、何もできずに固まっていただろう。

50: 2014/08/31(日) 10:02:05.69 ID:L/jJeciR.net
ことり「スクールバッグ仮面、すごいよ!
    はじめてのステージで、あんなに歌って踊れるなんて!」
海未 「生まれもっての才能もあるかもしれませんが、なにかコツがあるのですか?
    ぜひ教えてください」
希  「そ、そんな、べつに私は、特別なものなんて何ももっていないのだよ。
    ただ、ステージで堂々としていられた理由があるとすれば、このカバンで顔を隠していたおかげかな…」
穂乃果「ひらめいた!
    そんなにすごいカバンなら、みんなでかぶればいいんだよ!」
真姫 「それだわ!」
花陽 「新しいです!」
凛  「楽しそう!かぶるかぶる!」
希  「え、ちょっと待って」

51: 2014/08/31(日) 10:04:29.79 ID:L/jJeciR.net
みんなは待たなかった。
話はトントン拍子で進んだ。
μ’sは、たんなるスクールアイドルであるのみならず、スクールバッグ・アイドルとして活動することになった。
メンバーは皆、私のように、学校指定のカバンをかぶり、そこに開けた呼吸穴から歌い、微笑む。
カバンには校章がついているので、学校の宣伝にもなって一石二鳥だという。
理事長は大喜びである。
メンバーもノリノリでカバンを改造している。
ただ一人、私だけが不安であった。
何だか私がカバンをかぶったせいで、大ごとになってしまった。
こんなトンデモ計画のせいでμ’sの活動に支障が生じるなら、私のせいではないか。

52: 2014/08/31(日) 10:06:43.74 ID:L/jJeciR.net
だが幸いにも、支障は生じなかった。
というか、むしろ大躍進であった。
μ’sのランクは日に日に上がり、今やあの正当派アイドル、A-RISEにも迫る勢いである。
(ああ、正当派アイドル、私たちが最後にそう呼ばれたのは、いつのことだっただろうか)
キャッチフレーズは、「みんなでかぶる物語」。

53: 2014/08/31(日) 10:07:25.58 ID:L/jJeciR.net
そう、私たちは、みんなでかぶって、スクールバッグ仮面となったのだ。
カバンをかぶるのはμ’sのメンバーだけではない。ファンの方々も、めいめいのカバンをかぶって協力してくれる。
ライブの様子はかつてなくアヴァンギャルドであるが、知名度はうなぎのぼりである。
この調子でμ’sと学校が有名になれば、廃校回避も現実味を帯びてくる。
ああ、私にはもはや何が何だかよくわからない。
とにかくこれもまた、カバンのおかげである。

54: 2014/08/31(日) 10:12:53.39 ID:L/jJeciR.net
もちろん、μ’sの飛躍を支えることができるのは、とても嬉しい。
本心を打ちあけるのを避けていても、いつも私はどこかで、心許せる友達に憧れていた。
そんな友達と一緒に何かを成し遂げることが、小さな頃からの私のささやかな望みだった。
叶わないとも思われたこの望みは、μ’sの皆と出会えたことで、少しずつ叶いはじめた。
望みは、ある一瞬だけで一気に叶うものではない。
カバンで顔を隠しながらエリチに話しかけたあの日から、私の望みは少しずつ少しずつ叶いはじめていたのだ。

56: 2014/08/31(日) 10:14:45.60 ID:L/jJeciR.net
このまま皆についてゆけば、私の望みはいずれ完全に叶うだろう。
では、私がすることは、もう何も残っていないのだろうか?
あとはただ、皆の後に従ってゆけばよいのだろうか?
そんなことはないだろう。
私には、まだまだ皆にしてあげたいことがたくさんある。
言ってあげたいことがたくさんある。
そもそも私は、階段の踊り場で仮面をつけたときから絢瀬絵里に隠していることを、まだ言えずにいるではないか。

58: 2014/08/31(日) 10:50:28.65 ID:L/jJeciR.net
そんなことをぼんやり考えてながら、部室の掃除をしていると、ノックの音がした。
「はーい」
ドアを開けると、スクールバッグをかぶり、後面に開けた穴から美しい金髪のお下げを垂らした少女が立っていた。
われらがスクールバッグ仮面二号、絢瀬絵里である。
コフーコフーという彼女の息づかいが、かすかに聞こえてくる。

59: 2014/08/31(日) 10:51:20.98 ID:L/jJeciR.net
絵里 「フガフガ…こんにちは、スクールバッグ仮面一号。
    今日も一番乗りで、部室の点検をしているのね」
希  「モゴモゴ…スクールバッグ仮面一号は、みんなのことを、いつも見守っているのだよ」
絵里 「…ねえ、一号。
    私はあなたに感謝しているわ。
    私はあなたに支えられて、あなたにおんぶにだっこしながら、ようやくここまで来られたんだもの。
    他のメンバーも、みんなあなたに感謝してるはずよ」

60: 2014/08/31(日) 10:53:07.75 ID:L/jJeciR.net
希  「そんなことはない、べつに私は何も…」
絵里 「何もしてないから、見返りは何も要らないとでも言いたいの?
    フゴフゴ…あなたが頑張るのは、いつも誰かのためばかりで、自分の望みについては何も言ってくれないのね」
希  「なんか私、おんなじようなことを前に言わなかったかな?」
絵里 「言い返してるのよ。
    あのときあなたに問いつめてもらったおかげで、私は自分のしたいことができるようになった。
    だから一号、私は、今度はあなたから自分の望みを言ってほしいの」
希  「…」
絵里 「さあ、教えて。
    もし私でよければ、その望みを一緒にかなえる手伝いをさせてほしいの。シュコーシュコー」
希  「聞いても笑わない?」
絵里 「当たり前でしょう?」
希  「フガフガ…μ’sのみんなで、いっしょに何かを成し遂げること。これはもう叶いかけてるけど…
    モゴモゴ…そして、もしできるなら、みんなで言葉を出しあって作った曲を、みんなで歌ってみたいなあ」

61: 2014/08/31(日) 10:53:31.98 ID:L/jJeciR.net
それを聞いたスクールバッグ仮面二号のカバンのチャックから、涙がこぼれおちた。
それを見たスクールバッグ仮面一号のチャックからも、ぽたぽた涙がこぼれおちた。
かぶる前にカバンから出し忘れた消しゴムとかではない、ほんものの涙だった。
オウオウ、オンオン、というすすり泣きの音が、しばらく部屋を満たした。
(注:カバンをかぶると、泣き声が籠って聞こえるものです)

62: 2014/08/31(日) 10:55:03.05 ID:L/jJeciR.net
絵里 「グスグス…一号、何泣いてるのよ」
希  「ヒグヒグ…そういう二号こそ」
絵里 「…そろそろ泣きやんだ?」
希  「ああ、大丈夫だよ。
    ありがとう二号。私はあなたに自分の望みを打ちあけることができて、とても感謝している。
    それから、感謝の言葉のほかに、まだ言いたいことがあるのだ。
    私はあなたに、階段の踊り場で初めて会ったときから言えずにいたことがある。
    でも今なら、それが言えそうな気がする」
絵里 「何かしら」
希  「その、私は、…モガモガ…絢瀬絵里、あなたのことが…モゴモゴ…ゴニョゴニョ…その、好きなのだ」

63: 2014/08/31(日) 10:55:57.82 ID:L/jJeciR.net
絵里 「あ、ごめん、後半モゴモゴしててよく聞こえなかった。
    私がどうしたの?
    ねえねえ、もう一回言ってもらっていい?」
(注:カバンをかぶったまま告白すると、愛のささやきが籠って、よく聞こえなくなるものです)

64: 2014/08/31(日) 10:56:50.64 ID:L/jJeciR.net
もう一度言えと言うのか。このポンコツハラショー女は。
もどかしさと、やるせなさと、はずかしさが頂点に達し、私の顔は赤くなり、次に青くなり、そして再び赤くなった。
このような信号機のごとき変化を見られずにすむのも、これまたカバンのおかげだ。
しかしそれでも、気づけば私は自分のカバンを剥ぎとり、大声をあげていた。
「あーもう、ウチはエリチのことが好きやと言うてん、もっかい言うんは恥ずかしいやろ!」
私は仮面を外したのだ。

66: 2014/08/31(日) 10:57:55.22 ID:L/jJeciR.net
やはりツッコミは関西弁に限る。
一世一代の仮面の告白を聞き落とされて感情が昂った私には、大阪に住んでいる漫才の神様から、エセ関西弁でツッコむ能力が与えられたらしい。
何ともスピリチュアルではないか。
しかし火照りが治まってくるにつれて、私は徐々に自分の状況を理解しはじめた。
ああ、正義の仮面副会長の正体が、ついにバレてしまったのか。

67: 2014/08/31(日) 10:58:46.78 ID:L/jJeciR.net
希  「あ、あかん、見たらあかん」
絵里 「東條さん…いえ、希、ようやく顔を見せてくれたのね」
そういいながら、スクールバッグ仮面二号あらため絢瀬絵里は、自分のカバンをゆっくり外した。
お下げ髪がカバンに引っかかり、「いてて」という愛しくもポンコツな声が、カバンを通さずに聞こえてくる。

68: 2014/08/31(日) 11:01:32.95 ID:L/jJeciR.net
希  「あれ?」
絵里 「知ってたわよ、前からね」
希  「エリチはアホやから、よう気づかんと思うとった」
絵里 「いくら私がポンコツでも、クラスメートの背格好と声くらいは分かるわよ。
    私のアイドル、スクールバッグ仮面一号さまのことなら、なおさらね」

69: 2014/08/31(日) 11:02:41.40 ID:L/jJeciR.net
希  「いつから気づいとったん?」
絵里 「階段で初めて会ったときから」
希  「最初からか!
    なら何でそんとき言わんかったん?ウチてっきり…」
絵里 「あなたと同じよ、希。
    私もあなたとお友達になるのが、その、最初は恥ずかしかったのよ。
    それに、友達になったあとも、あなたがあんまり気持ち良さそうに喋るものだから、なかなか言いだせなくて。
    でももう私たち、カバンごしに話す必要はないみたいね」

71: 2014/08/31(日) 11:03:10.22 ID:L/jJeciR.net
希  「まさか二年以上かかるとはなー」
絵里 「お互い優柔不断なのね。
    でもいいじゃない、これから何年でも一緒にいられるんだから」
希  「あ、それって…」
絵里 「二回は言わないわよ」

72: 2014/08/31(日) 11:04:19.83 ID:L/jJeciR.net
こうしてスクールバッグ仮面一号と二号は、きちんと校則どおりにカバンを持つ女の子に戻った。
そうすると、なし崩し的に他のメンバーもカバンを外すことになった。
そう、スクールバッグ・アイドルμ’sは、スクール・アイドルμ’sへと生まれ変わったのだ。
全員が顔を出すなんて、発想のギャクテンだよ!カクメイだよ!と穂乃果はしきりに感動している。
はじめにかぶった私が言うのも何だが、実際は一周して元に戻っただけだと思う。

73: 2014/08/31(日) 11:04:53.85 ID:L/jJeciR.net
カバンをかぶるのを止めたあと、私はエセ関西弁で話すようになった。
こうすると、標準語で話すより、気楽に話せるのだ。
人はそんな私に何というだろうか。
「なあんだ結局、東條希は、カバンを外してもエセ関西弁で本心をはぐらかしているのか」と言うだろうか。
しかし私は、それでよいのだと思っている。

74: 2014/08/31(日) 11:07:42.55 ID:L/jJeciR.net
昔の私は、周りの皆がハダカの心でそのまま触れあっているのだと思い、怖くて仲間に入れなかった。
今の私は、四六時中ハダカの心を見せている人など、ほんとうはどこにもいないのだと知っている。
そんなふうに、年がら年中赤裸々な心をぶつけあっていたら、いくらなんでも疲れてしまう。
本心をさらけだすのは、ほんとうに大事なときだけでよいのだ。

75: 2014/08/31(日) 11:08:18.79 ID:L/jJeciR.net
絢瀬絵里は一度だけ仮面を外してくれた。東條希も一度だけ仮面を外してあげた。
それでもう十分、二人は分かりあうことができたのだから、ふだんはお気に入りの仮面をつけて気楽に暮らしていればよいのだ。
スクールバッグという仮面の下にはエセ関西弁という仮面があったように、エセ関西弁という仮面を無理やり剥がしても、また別の仮面があるだけだろう。

76: 2014/08/31(日) 11:09:43.19 ID:L/jJeciR.net
私の愛する絢瀬絵里も、かしこそうな仮面の下にポンコツな顔を隠していた。
そして、そのポンコツな顔も、実は仮面なのかもしれない。
もちろん私は、それを無理やり剥がすつもりはないけど。

絵里 「ねえ希、たい焼き買ってきたから一緒に食べましょうよ!
    出来たてなんだって!ほら、これ…
    ちょ、あっつ!」

いや、もしかすると、ポンコツな顔が素顔なのかな。



おわり

78: 2014/08/31(日) 11:56:11.89 ID:TE9M9iHg.net
言い回しとか好きだわ
面白かった、乙

引用元: 希「仮面の告白」