1: 2013/06/15(土) 03:17:45.38 ID:tQ+SaEXW0



「今、いい?」

パソコンから顔を上げると、伊織が立っていた。
一枚のプリントを手に持っている。

P「駄目」

伊織「ここなんだけど」

P「駄目って言ってんじゃん!?」

伊織「駄目でも聞くわ」

P「はいはい……っと、はいよ、どこだ?」

伊織「ここ」

ぷちます!(14) (電撃コミックスEX)

2: 2013/06/15(土) 03:21:04.51 ID:tQ+SaEXW0

プリントの、伊織が指し示した場所を見る。
問題にざっと目を通し、伊織の回答も確認しておく。

P「ああ、これな」

俺は立ち上がってホワイトボードのマーカーを取った。
伊織は俺の椅子に座る。

ホワイトボードに『U』の形をざっと書く。

伊織「ちょっと、それはわかるわよ」

P「いいから確認だ。一応な」

伊織「……はーい」

……しかし、素直に頷くようになったな。
思いながら、『U』の字の左上に接するように○を描く。

3: 2013/06/15(土) 03:22:10.93 ID:tQ+SaEXW0

P「んじゃ、ここの位置エネルギーを100とするか」

○の近くに位=100と書く。

P「この時物体は静止している。運動エネルギーは?」

伊織「0」

P「そうだな」

運=0と記入する。

P「じゃ、手を離すと物体はレール上を転がっていった。そして一番下まできました」

『U』の字の底に○を描く。

P「この時の位置エネルギーは?もちろん、一番下が基準面な」

伊織「0。で、運動エネルギーは100」

P「そうだな」

位=0、運=100と○の近くに書きこんだ。

4: 2013/06/15(土) 03:23:30.82 ID:tQ+SaEXW0

続けて、『U』の字の右上に○を描く。
一つ目に描いた○と同じ高さ。

P「はい、それぞれ?」

伊織「運動エネルギーが0、位置エネルギーが100」

P「オッケイ」

それぞれ記入する。

今度は一つ目に描いた○と一番下の二つ目の○の間、やや下寄りにもう一つ○を描いた。

P「じゃあここ。運動エネルギーを……25にするか」

描いた○の近くに運=25と書く。

P「はい、位置エネルギーは?」

伊織「75」

P「おし」

書きこむ。
ここからは口頭でいいだろう。

5: 2013/06/15(土) 03:24:30.77 ID:tQ+SaEXW0

P「位置エネルギーと運動エネルギーを合わせて何エネルギー?」

伊織「力学的エネルギー」

P「じゃ、その力学的エネルギーはどの場合もいくつになってる?」

伊織「100」

P「そのことを?」

伊織「えっと、力学的エネルギー保存の法則」

P「よし。ちなみに一番物体の速さが速くなっているのはどこだ?」

伊織「一番下」

P「両端の物体の高さは?」

伊織「どちらも同じ高さ」

6: 2013/06/15(土) 03:25:25.51 ID:tQ+SaEXW0

P「おし、基本の確認終了」

伊織「だから大丈夫って言ったでしょ」

まあ、このくらいはぽんぽん答えてもらわないとな。
ボードをひとまず消し、今度はひらがなの『し』の字を少し横に引き伸ばしたような形を描く。

P「んじゃ問題のこれだ」

言いながら『し』の字の左上に○を描いた。

P「さっきの基本ができてる伊織様ならきっとできるぞ?」

伊織「はいはい、お願いしますー」

返す言葉にもどこか元気がない。
当然か。
ちらりと時計を見ると、時間は10時を回っていた。

8: 2013/06/15(土) 03:27:08.41 ID:tQ+SaEXW0

P「初めに物体はこの位置。手を放したら運動を始めて一番下を通り、レールから飛び出しました。そういう問題だな?」

飛び出した後、物体はどの高さまで上がるか。
選択肢は三つ。

ア、最初の物体の位置より、高く上がる
イ、最初の物体の位置と同じ高さまで上がる
ウ、最初の物体の位置より、低い位置までしか上がらない

伊織はイに○をつけていた。

伊織「そうよ。だから、さっきと同じならエネルギー保存で同じ高さまで上がるじゃない」

P「まあな……伊織、一個質問。飛び出した後の物体が最高点に達したときのことを考えてくれ」

9: 2013/06/15(土) 03:29:50.16 ID:tQ+SaEXW0

レールから飛び出したあたりの位置に○を描く。

P「こいつが最高点に達したとき、こいつ、止まってるのか?」

伊織「?」

しばらく待つ。

伊織「止まって……ない」

P「そう。横には移動してるだろ?だから……」

伊織「……もうわかったわ」

P「……物体の運動エネルギーは?」

伊織「もう!わかったって言ってんでしょ!?」

この半分怒った顔。
これはちゃんと納得した時の顔だ。これなら大丈夫だろう。

10: 2013/06/15(土) 03:30:52.32 ID:tQ+SaEXW0

P「ほい、んじゃ俺に説明してくれ」

伊織「えっと……横方向には運動してるから、運動エネルギーが0じゃないってことでしょ?運動エネルギーが0じゃないってことは、位置エネルギーは100にはならないから、100以下だから、元の物体と同じ位置までは上がらないってこと」

伊織「これで満足?」

P「ああ。オッケイ」

伊織「はぁ……わかってみると簡単ね」

P「まあな。ただ、この問題はよく出るパターンだけど初見の人なら8割くらいは間違える問題だぞ。今間違っておいてよかったな」

伊織「ふん」

一応のフォローもお気に召さなかったらしい。
伊織的には、正解の2割に入りたかったんだろう。

11: 2013/06/15(土) 03:32:27.80 ID:tQ+SaEXW0

P「あとはいいのか?」

伊織「うー……うん」

P「んじゃ、キリのいいところでそろそろ帰るぞ。もう10時半になる」

伊織「そうね」

伊織は自分のデスクに戻っていく。
その背中を見ながら俺は考える。

だいぶ勉強する体力もついてきたと思う。
基本的な動きや勉強法も完璧だ。
ただ……これからは本当に、精神的にも肉体的にもきつい時期に入る。
伊織といえども。

弱さを見せない分、心配でもあるんだよな。

12: 2013/06/15(土) 03:32:59.97 ID:tQ+SaEXW0

伊織「ちょっと、終わったわよ」

伊織の声で我に返る。

伊織「そろそろって言ってたアンタが準備してないって、どういうわけ?」

P「悪い悪い、すぐ準備するよ。あ、チョコ食うか?」

伊織「うん」

俺がデスクの引き出しから出したミニチョコを、伊織は素直に受け取った。
その間に俺は手早く準備を済ませる。

伊織「……おいしい」

P「おし、行くか」

伊織「うん」


13: 2013/06/15(土) 03:34:11.55 ID:tQ+SaEXW0



事務所からの帰りは、伊織を送っていく。
この習慣ができてから……もう何か月だ?
3、4か月ぐらいか?

以前は新堂さんが伊織の送迎をしていたが、現在帰りに送るのは俺になっている。
理由は

P「あー、じゃあ目ん玉のつくり。覚えてなきゃならないとこ全部」

伊織「網膜、視神経、虹彩……レンズ、または水晶体」

P「完璧」

伊織「簡単すぎ。次」

これだ。

14: 2013/06/15(土) 03:34:53.12 ID:tQ+SaEXW0

車内では口頭でやり取りできる一問一答形式の出題を、俺が出し、伊織が答える。
これは伊織が言い出したことだった。

P「数学。三平方で覚えてなきゃならないやつ。1:1:√2みたいなやつな」

伊織「えーと……3:4:5と、1:2:√3、あとは」

P「あと一個」

伊織「ちょ、言わないでよ!思い出すから!!」

P「へーへー」

伊織「……」

15: 2013/06/15(土) 03:35:24.09 ID:tQ+SaEXW0

伊織「……ひんと」

P「全部整数、ちょっと数字が大きい」

伊織「!……5:12:13!!」

P「正解」

伊織「ふふん」

P「……すごいすごい」

17: 2013/06/15(土) 03:37:33.96 ID:tQ+SaEXW0

いくつかやり取りをした後、大体は世間話に移す。

P「この間の模試、解き直しやってるか?」

伊織「やってるわ。あ、それも質問がいくつかあったんだった。明日持ってくるから」

P「ああ」

勉強方法のことや、

伊織「……って、わかってるわよそんなこと!律子だってそう言ってたし!」

P「……直接は言ってないだろうな」

伊織「い・ち・お・う・ね!でも次は言っちゃうかもしれないわ!」

P「勘弁してくれ」

仕事の愚痴など。

18: 2013/06/15(土) 03:44:15.82 ID:tQ+SaEXW0

なるべく勉強漬けにならないよう、一応配慮しているつもりだが……伊織はわかってて話をしているんだろうな。
その上で、この時間が多少の息抜きになっていればいいと思う。

伊織「ちょっと聞いてる!?」

P「聞いてるって!」


19: 2013/06/15(土) 03:45:13.61 ID:tQ+SaEXW0



P「おし着いた」

伊織「ありがと。アンタ明日は?」

P「んーと……ちょっと待った。明日結構……」

鞄からスケジュール帳を取り出し、確認する。

P「そうでもなかった。8時くらいには戻ってる。遅くても9時」

伊織「わかったわ」

20: 2013/06/15(土) 03:46:32.35 ID:tQ+SaEXW0

P「ゆっくり休めよ。いつも言ってるが……」

伊織「無理なんてしてない。いっつもわかったって言ってるでしょ」

P「……そうかい」

助手席から伊織が降りる。

伊織「……いつもありがとね」

P「お……」

伊織「おやすみ」

ドアが閉じる。
その向こうで伊織が手を振っている。
遠く敷地内に見える玄関には、いつものように(顔は確認できないが)新堂さんが立っていた。

俺も軽く手を振って、車を出す。


21: 2013/06/15(土) 03:47:51.55 ID:tQ+SaEXW0

―季節は冬の初め、十二月。

水瀬伊織。
元俺の担当アイドルにして、現竜宮小町のリーダー。

そして、今年高校受験を控える受験生だ。




プロローグ了、つづく

22: 2013/06/15(土) 03:52:15.03 ID:tQ+SaEXW0

って感じでちょくちょく書いていきたいと思います。読んでくれた方ありがとうございました。

補足:以前書いた、伊織「あ~よかった」、ってやつと同じ設定で書いてます。知らなくても問題ないように書くつもりではいます。


今回はプロローグでしたが、次回以降は4月から時系列で書いていく予定です。もしよろしければお読みください。

28: 2013/06/15(土) 23:06:04.90 ID:WidONYcl0

―4月

年度が変わり、新しい始まりの季節。
別れと、そして新しい出会いの季節でもある。

当然、この765プロにも新しい出会いが―

小鳥「えー!?新しい事務員さん、入ってこないんですかあ!?」

ありませんでした。


29: 2013/06/15(土) 23:06:54.30 ID:WidONYcl0

高木「うむ、応募は殺到したのだがどうもティン!とくる人材がいなくてねえ。いやあ、まいったまいった、はっはっはっ」

小鳥「まいったじゃないですよ!ただでさえみんな知名度が上がってきて忙しくなってるのに、このまま私ひとりじゃほんと過労氏しちゃいますよ!?」

高木「うむ、音無君は本当によく働いてくれているよ」

小鳥「全然わかってないぴよーーー!!」

律子「……ぶっちゃけ、プロデューサーも足りてませんよね?」

P「……言うな。現実が重くのしかかってくる」

アイドルが売れてきているのは喜ばしいことだが、そうすると裏方の負担も増える。

P「はあ……ほんと、今年も乗り切れるかな……?」

律子「ですねえ」

こんな会話をしている最中も、俺と律子はお互いも見ず、手も止まらない。
まあ、なんだかんだで去年も乗り切ったから大丈夫……だと思いたい。

30: 2013/06/15(土) 23:08:06.17 ID:WidONYcl0

とまあ、新年度になって顔ぶれは変わらないとはいえ、全く関係ないわけでもない。
うちの事務所のアイドルの多くは学生だ。
新しい学年になり、いろいろと変化もあるだろう。

俺たちも学校の様子を聞いたり、年間行事予定表を集めたりと何かと忙しい。

あずさ「……学生さんは大変ねえ」

貴音「そのようですね」

あずさ「懐かしいわあ……」

貴音「おせんべい、食べますか?」

P「……」


31: 2013/06/15(土) 23:08:59.59 ID:WidONYcl0



数日後。
基本的には大過なく過ごさり、新年度の慌ただしさも収まってきた、そんな日の午後。

P「お疲れさまでーす」

小鳥「あ、プロデューサーさん、お帰りなさい」

P「お疲れです。あ、来客中ですか?」

奥の応接室から話し声が聞こえた。
声量を落として音無さんに尋ねる。

小鳥「はい。ええと……」

32: 2013/06/15(土) 23:10:36.43 ID:WidONYcl0

応接室のドアが開いた。
中から見覚えのある男性と社長が出てくる。

俺は姿勢を正して会釈をした。
音無さんは出入り口のドアを開けて、その場に控える。
男性は俺の方をちらりと見た後、社長に声をかけた。

男「じゃ、また連絡する」

社長「ああ、待っているよ」

重みのある声でそういった。
俺は会釈したまま男性の顔を記憶の中から検索していた。

見送りのため、社長は男性と共に外に出て行った。
音無さんが戻ってくる。

33: 2013/06/15(土) 23:13:14.77 ID:WidONYcl0

P「……あの方は?」

小鳥「伊織ちゃんの、お父様です。ほら、水瀬グループの」

そうだ、伊織の父親か。
道理で見覚えがあるはずだ。
伊織の父親、そして水瀬グループの社長。

P「珍しいですよね。何の用事だったんですか?」

小鳥「さあ?私も詳しくは……」

ドアが開いて、社長が戻ってくる。

高木「ふう……お、ご苦労様だね」

34: 2013/06/15(土) 23:14:14.49 ID:WidONYcl0

P「あ、お疲れさまです。なんだったんですか、伊織の父親」

高木「うむ……詳しくは律子君が戻ってきてから話そうと思うんだが、水瀬君……伊織君の進路のことでちょっとね」

P「し、進路……ですか?」

高木「うむ、さしずめ進路相談と言ったところかな?はっはっはっ」

P「……」

高木「……音無君、お茶をもらえるかな?」

小鳥「あ、はい」

高木「まあ、詳しくは今日の夜にでも話そう。君は事務所に戻る予定だったかな?」

P「は、はい、一度戻ってこようとは思っていましたが」

高木「ではその時に律子君も交えて話そう」


35: 2013/06/15(土) 23:15:38.60 ID:WidONYcl0


―夜

高木「……ということで、ひとまず今日の話は落ち着いたよ」

P「……」

律子「……そうですか」

律子はしゃんと背筋を伸ばして、頭を下げた。

律子「申し訳ありません、本来ならば私が配慮するべきでした」

高木「いや、いいんだ。対応が後手に回ってしまったのは私のミスだ」

高木「それに彼は私の友達だ。私に直接話すのが一番手っ取り早かったんだろう。彼も多忙な男だからねえ」

36: 2013/06/15(土) 23:20:07.29 ID:WidONYcl0

話はこういうことだった。

伊織は今年中学三年生になり、来年には高校生だ。
ということは、通常であれば行きたい高校を選び、その高校の入学試験を受ける必要がある。
いわゆる受験だ。
が、水瀬グループの令嬢ということもあり、基本的には父親の意向で入る高校が決められており、その点については以前から約束していたため伊織も特に反対ということではないらしい。
ここまではまあいい。

ただ、父親には気にかかっていることが一つあった。
伊織の学校の成績があまりよろしくないことだ。
俺は、もともと伊織は勉強はできる方だったと記憶している。
しかし、伊織は売れ出した時期が早かったこともあり、去年から仕事の時間が増えてきていた。
そして今は竜宮小町だ。
765プロの一番の稼ぎ頭。
学校の成績も維持しろというのは正直酷だろう。
俺たちならわかる。
いつもアイドルを見ている俺たちなら。

しかし、父親の立場で言えばそうではない。
もともと伊織の父親は伊織のアイドル活動についてあまり賛成している方ではなかったはずだ。
それでも、今までは伊織の意志に表立って反対することはなかった。
だが、今回ばかりは、ということらしい。

37: 2013/06/15(土) 23:26:32.41 ID:WidONYcl0

高木「水瀬君を一年も活動停止にすることは、正直難しいねぇ……」

律子「でも、お父様のおっしゃっていることもその通りです。いくら私立で入学ができるからとはいえ、中学の勉強がおろそかになっているのは……」

高木「そこなんだよ、問題は」

父親は、社長の方から本人に一年間活動停止を言い渡してくれないかということだった。
受験という名目であれば周囲も納得するし、今までの遅れをこの機会にしっかり取り戻させたい、と。
社長は本人の意向も尊重したい旨を伝え、一度本人と家庭で話し合ってほしいと提案した。
その上で必要であれば、三者面談でも四者面談でも行い今後どうするか決定しようと。

38: 2013/06/15(土) 23:27:35.79 ID:WidONYcl0

高木「伊織君はよく頑張ってくれているが、どうしても限界はある」

高木「しかし、彼の娘を思っている気持ちも理解できる。真面目な男だからね。両方を知っているからこそ、私もあまり強くは言えなくてね」

P「……親としては、当然の考えですからね」

高木「うむ、この先アイドルを続けるにしろそうでないにしろ、しっかり勉強をしてほしいというのは親のさがというものだよ」

律子「……」

小鳥「どうするのが一番なんですかねえ」

P「悩みどころですね」

39: 2013/06/15(土) 23:28:48.23 ID:WidONYcl0

律子「私、一度伊織と話してみます」

P「律子」

高木「いや、それはやめておいた方がいいだろうね」

律子「なぜですか?」

高木「家庭で一度話し合うということで今回の話は納まった。きっと伊織君と彼…父親と、奥さんは進路について話しあっているはずだ」

律子「はい」

高木「さらに、学校でも進路の話は出ているはず。両親に言われ、学校でも言われ、その上律子君、君にもその話をされたらどうだろうか?」

律子「それは……」

40: 2013/06/15(土) 23:29:24.76 ID:WidONYcl0

P「……」

確かに、社長の言う通りだ。

P「……律子」

律子「……はい」

P「悩んでるようだったら、話を聞いてやればいいんじゃないか?いつでも話は聞くって伝えてやれば。それなら構いませんよね?」

高木「うむ。むしろ、そうしてやってくれたまえ」

律子「……はい」

41: 2013/06/15(土) 23:29:57.23 ID:WidONYcl0

P「あんまり、一人で抱え込むなよ。だから、社長だって俺たちがいる場所で話してくれたんだから」

律子「……」

高木「では、この件は先方からの連絡待ちだ。その後、改めて対策を考えよう」

律子「……ふふ」

高木「うん?」

小鳥「ねー、律子さん」

律子「ほんとですね」

二人は顔を見合わせて、得心がいったように笑っている。

42: 2013/06/15(土) 23:31:05.98 ID:WidONYcl0

P「どうした?」

律子「いえいえ、うちの男の人たちは極端だなあと」

小鳥「こういう頼りがいのあるところを、もう少し普段の時にも見せてくれればねー」

高木「おいおい、ちょっとひどいんじゃないかね?いつも頼りになるだろう?」

律子「そうですね、ありがとうございます。……プロデューサー殿も」

P「あ、ああ……俺も社長と同じ感じだったの?」

小鳥「もうちょーっと、普段から今のオーラを出してれば、律子さんもコロッっといっちゃうかもしれませんよぉ?」

律子「ないですね」

P「……」

高木「……社長と同じ感じって、どういうことかね?君ぃ」

P「あ、いや、その……!」


43: 2013/06/15(土) 23:31:33.53 ID:WidONYcl0

律子「ふふ……」

律子「……」

律子「やっぱり、伊織のプロデューサー……ね」

小鳥「律子さん?どうかしました?」

律子「……いいえ、なんでもないですよー」


44: 2013/06/15(土) 23:32:22.16 ID:WidONYcl0



P「んがー……」

凝り固まった体を伸ばす。
筋肉を緊張させ一気に力を抜くと、じんわりと体にしびれが残った。

小鳥「どうぞ」

音無さんがお茶を持ってきてくれる。

P「あ、ありがとうございます」

小鳥「まだ時間かかりそうですか?」

P「まあひと段落はしましたが……もうちょっとやっとくと明日楽なんで。音無さんは何もなければお先にどうぞ」


45: 2013/06/15(土) 23:33:18.59 ID:WidONYcl0

音無さんはそれには答えずに、ちらりと応接室の方を見た。

小鳥「……あっちも長いですね」

P「そうですね」

応接室では伊織と律子が何やら話している。
らしい。
俺が事務所に戻ってきたときにはもう応接室に入っていたので、少なくとも30分以上は経っている。

P「来た時の伊織って、どんな感じでした?」

小鳥「うーん、私にはいつも通りに見えましたけど」

46: 2013/06/15(土) 23:34:41.63 ID:WidONYcl0

聞いた話では、伊織の方から律子に声をかけたということだ。
正直、話の内容が気になって残っているところもいくらかはある。

その時、ちょうどドアが開いて伊織が出てきた。
ちょうどそちらの方を見ていた俺の前に、つかつかと歩いてくる。

P「お……」

伊織「あんた、今から私の専属家庭教師ね」

伊織の後ろでは、律子が手を合わせてこちらに申し訳なさそうな顔を向けていた。




つづく

51: 2013/06/17(月) 18:55:40.72 ID:eVIX8xcw0

P「あー……」

目の前には仁王立ちの伊織がいた。

P「……何言ってんだお前?」

伊織「だから、あんたは私の専属家庭教師になるの。今日から。今から。この瞬間から」

P「それはもう聞いた」

伊織「あ、よろしくお願いします」

そう言って伊織はぺこりと頭を下げた。

52: 2013/06/17(月) 18:58:22.41 ID:eVIX8xcw0

伊織「『きちんと頭を下げてお願いする』、どう?ちゃんと言われた通りにしたわよ?」

P「……ちゃんと説明してくれ。意味が不明だ」

こいつの言うことはいつも唐突だ。
慣れたつもりが、いつも俺の予想の斜め上のちょい内角を攻めてくる。

P「俺もある程度は事情は聞いてるがな、何がどうなれば……」

律子「……プロデューサー殿」

P「律子」

律子「詳しくは私が説明します。伊織はもう帰りなさい」

伊織「あらそう?じゃ、頼んだわよ」

そう言って伊織は事務所を出て行った。
あとには呆けた顔の俺と、律子、音無さんだけが残される。

53: 2013/06/17(月) 19:00:23.57 ID:eVIX8xcw0

糸が切れたように、律子は椅子に沈み込んだ。

P「意味が分からん」

律子「はあぁ……私も疲れましたよ」

小鳥「お、お疲れさまです。長かったですね」

律子「あの子を制御するのはほんと、エネルギーがいりますね」

律子「ま、今回は制御できなかったに近いですけど」

P「んで、どういうことだ?お疲れのとこ悪いが」

律子「ああ、はいはい。えーとですね……」

54: 2013/06/17(月) 19:01:23.95 ID:eVIX8xcw0

小鳥「あのー……」

音無さんが時計を指差しながら言う。
時間は10時半を回っている。

小鳥「とりあえず今日はもう帰りません?そろそろ明日に響きそうな時間ですし……」

P「あ、もうこんな時間ですか」

律子「ふぅ……そうですね」

P「じゃあ、お二人さんは俺が送りますよ」

P「律子、そん時に話聞かせてくれ」

律子「うぃー……」

珍しく律子が伸びていた。

P「……はあ。面倒の予感」


55: 2013/06/17(月) 19:02:04.37 ID:eVIX8xcw0



―車内

律子「えーと、順を追って話すとですね」

律子が話し始める。

律子「まず、伊織は家で両親と話し合いをしました」

小鳥「この間のことですね」

律子「ええ。で、お父様からは勉強は大丈夫なのかと聞かれたと」

56: 2013/06/17(月) 19:03:03.01 ID:eVIX8xcw0

小鳥「正直どうなんですか?」

律子「まあ学年の上位三分の一には入ってるってことでしたけど」

P「……かなり落ちてるな」

P「以前はトップ10前後だったはずだ」

小鳥「ぴよっ!?そ、そんなに頭良かったんですか?伊織ちゃんって!」

P「まあ、お家柄もありますが……」

律子「基本負けず嫌いですからね」

P「んだ」

57: 2013/06/17(月) 19:05:59.37 ID:eVIX8xcw0

律子「戻しますね。伊織は大丈夫と言いました。お父様はそれでも心配でした」

律子「実際成績は落ちているじゃないかと」

P「まあなあ」

律子「それから勉強の大切さ、高校に入ってから勉強について行けなくなることの怖さ、将来についてなど、延々とお話しされた、と」

小鳥「うつむきながら堪えている伊織ちゃんが目に浮かびますねぇ……うふふ」

P「妄想は後にしてください」

律子「そこで伊織は、どうしたらお父様が納得してくれるのかを考えました」

P「……なんとなく予想できた。当たってほしくはないが」

58: 2013/06/17(月) 19:07:41.09 ID:eVIX8xcw0

律子「竜宮小町リーダー兼負けず嫌い日本代表、伊織ちゃんは言いました」

律子「『ならお父様が安心できるように、実力で高校に受かって見せます!』」

小鳥「……当たってました?」

P「……見事に」

律子「それで、お父様が指定した高校を受験して、見事合格してみせることになった、と」

律子「……めでたしめでたし」

P「はあ……あいつはほんと、どこまでいっても伊織だな」

59: 2013/06/17(月) 19:09:34.29 ID:eVIX8xcw0

小鳥「でもなんでプロデューサーさんが家庭教師なんですか?」

小鳥「伊織ちゃんならほら、すごくいい塾とか通えそうじゃないですか」

律子「それは私も聞きたかったんですが……プロデューサー殿って、家庭教師をやってたことあるんですか?」

P「家庭教師じゃなく、塾講師な」

律子「へえー、ちょっと意外ですね」

小鳥「……先生……プロデューサーさんが先生……」

後ろから怪しいつぶやきが聞こえてくる。

律子「それでですか。伊織が、あいつ数学と理科ならできるわよ、って言ってました」

P「以前ちらっと話したことを覚えてたんだろうな。……失敗した」

60: 2013/06/17(月) 19:10:07.06 ID:eVIX8xcw0

律子「一応私は止めたんですよ?かなり厳しいから考え直した方がいいって」

律子「万が一受験するにしても、きっちりスケジュール調整して、塾や予備校に通ったほうが効率もいいだろうし」

P「……」

確かに、律子の言ってることは正しい。
しかし。

P「それじゃ、あいつは納得しなかっただろ」

律子「……よくご存じで」

律子の提案を次々にはねのける伊織が目に浮かぶ。
不覚にも少し笑ってしまった。

61: 2013/06/17(月) 19:13:03.87 ID:eVIX8xcw0

P「あいつ、普通の提案を嫌うからなあ。期待通りじゃなくて、期待以上の結果を出したがる癖がある」

律子「基本的にはいいことなんですけどね」

P「まあな」

父親を見返すために、よりハードルの高い「受験」で実力を認めてもらう。
いや、認めさせる、か。
しかも両親に頼んで塾に通ったり、今までの仕事を減らしたりすることなく。

P「かっこいい伊織でいたいんだよな、あいつ」

律子「さすが、元プロデューサー」

P「元言うな。まあ事実だが」

それが伊織のいいところであり、俺が惹かれた部分でもある。
が、今回ばかりは正直分が悪いと思う。

小鳥「……放課後……教室……いや保健室?……」

62: 2013/06/17(月) 19:14:03.73 ID:eVIX8xcw0

P「ところでさ」

律子「はい?」

律子の話を聞いて気になっていることが2つあった。

P「一応確認なんだが」

P「まず、合格だったら父親を納得させられるってこと。これはいいが」

P「……万が一、不合格だったら?」

律子「……あの子も、最初は言うのを嫌がってました。絶対に合格するから大丈夫、って」

P「あ、もしかしてそれで時間かかったのか?」

律子「それもありますね」

63: 2013/06/17(月) 19:15:29.25 ID:eVIX8xcw0

P「で、どうなんだ?」

律子「……お父様が社長におっしゃったように、一年間勉強のために活動休止」

P「まあ……そうか」

律子「はい……高校に入学してから、中学の復習と高校の内容をみっちりやるそうです」

P「そうか。……もうひとつ」

P「受験校は父親の指定ってことだったな?」

律子「はい」

P「そうか……」

律子「何か気になる点が?」

P「……ないとは思うが、最悪、負けが仕組まれた勝負になっている可能性もある」

64: 2013/06/17(月) 19:17:08.60 ID:eVIX8xcw0

律子の眉間に皺が寄る。

律子「……どういうことですか?」

俺は律子に説明した。

高校受験の合否は受験前に半分決まっていると言っても過言ではない。
というのも、高校受験は、受験の点数以外に選考の基準となっているものがあるためだ。
学校での成績――いわゆる、評定。
三年生の評定はこれからの努力次第で変えられるが、一、二年生の評定は変えられない。
そして、多くの高校では二年生の評定も選抜基準に含まれるのだ。
つまり現段階で伊織の成績が受験する高校の基準に対してあまりにも足りていなかった場合、戦わずして負けになる可能性がある。

65: 2013/06/17(月) 19:18:47.86 ID:eVIX8xcw0

話を聞いた律子は明らかに動揺していた。

律子「……そうですか。知りませんでした」

P「たぶん、普通は知らないさ。受験の制度も年々変わってるし、自分の時のことなんてあんまり覚えちゃいないからな」

P「だが、伊織の父親がそこまでするとも考えにくい」

律子「で、ですよね……」

P「いちおう、調べてはみる。かなり厳しいことになってなければいいがな」

律子から、伊織が受験する予定の高校名を聞く。

律子「すいません、よろしくお願いします」

P「ああ」

66: 2013/06/17(月) 19:19:30.78 ID:eVIX8xcw0

律子「……いまさらですが、どう思いますか?」

P「どの話についてだ?」

律子「伊織が受験するって話です」

P「……正直、無謀だ」

俺は本心を話した。

P「できれば避けるべきだと思う。まだ伊織の成績も把握してないから何とも言えんが」

P「……律子は自分が受験したときのこと、覚えてるか?」

67: 2013/06/17(月) 19:21:01.31 ID:eVIX8xcw0

律子「え?い、いえ正直そんなに……」

P「そうか……俺が以前教えていた経験で話すとだな」

P「自分の本当の志望校に合格できるのは、受験生全体の二割程度だと思う」

律子の目がわずかに大きくなった。

まず、自分の成績と行きたい高校の受験難度を考えて、最初からあきらめる。
これが三割程度。
次に、受験勉強の大変さに、途中で「違う高校でいいや」と妥協しドロップアウト。
これが約二割。
さらに評定により、受験で満点でもとらない限り合格できない状況に追い込まれ、あきらめる。
これも二割程度。
で、無事受験までたどり着いた三割のうち、一割が残念ながら不合格。

結果、本当の志望校にいけるのは二割程度。

68: 2013/06/17(月) 19:21:45.02 ID:eVIX8xcw0

P「――と、こんな感じだ。まあ、あくまで俺の主観だが」

律子「……大変ですね」

P「ああ、大変なんだ。……伊織はたぶん、それだけ厳しいってことを知らん」

律子「そうですね。私だって今びっくりしてますから」

P「だから、避けられるなら避けたい。が、ここまで話が進行してしまっているから……どうだろうな」

律子「……」

車内の空気が重くなる。

69: 2013/06/17(月) 19:22:29.85 ID:eVIX8xcw0

律子を脅すようなことを言ってしまったかもしれない。
しかし、受験は本当に大変なのだ。
これは関わった者でなければたぶんわからない。

P「ま、とりあえずは明日になってからだな。俺もちょっと伊織と話をしてみるよ」

律子「……なんだか、大変なことになってきましたね。すいません」

P「律子のせいじゃない。それに」

律子「?」

P「大変なのは、765プロの通常運転だ」

律子「……ですね」

70: 2013/06/17(月) 19:24:29.84 ID:eVIX8xcw0

P「ところで」

律子「はい?」

P「後ろ、任せていいか?」

律子「いやです」

きっぱり。

はあ。
俺はため息をついて後部座席を見る。

小鳥「……ああ、先生駄目です……いいじゃないか、小鳥君……うふふ」


71: 2013/06/17(月) 19:26:07.58 ID:eVIX8xcw0



『件名:遅くにすまん
本文:明日は事務所に戻る予定か?』

『件名:まだ寝ないわよ
本文:特に用事がなければ戻らないわ。何か用?』

『件名:Re;まだ寝ないわよ
 本文:話がある。悪いが帰りに事務所に寄ってくれ』

『件名:受験の話?
 本文:わかったわ』

72: 2013/06/17(月) 19:26:37.68 ID:eVIX8xcw0

『件名:Re;受験の話?
 本文:そんなとこだ。あとその時に学校の成績を聞くから思い出しておくように』

『件名:わかったわ
 本文:成績って、テストの順位とかでいいの?』

『件名:Re;わかったわ
 本文:それもあるが、各教科の5とか4とかの成績だ。通知表持ってないだろ?』

『件名:持ってないわ
 本文:お父様お母様に見せたら、学校に返却してるもの』

73: 2013/06/17(月) 19:30:42.18 ID:eVIX8xcw0

『件名:Re;持ってないわ
 本文:じゃあ、大体でいいから思い出しておけ。以上』

『件名:わかったわ
 本文:じゃあまた明日ね。おやすみ』

P「あとは選考基準、定員、実地要領……ってとこか」

P「さ、もうひと頑張りするか」



つづく

85: 2013/06/18(火) 18:50:51.92 ID:DfiTI0gC0

――翌日。

伊織「戻ったわ」

午後8時20分、伊織が事務所に帰ってきた。

P「おう、お疲れさん」

小鳥「お疲れ様、伊織ちゃん」

伊織「うん。律子はまだ戻ってないの?」

P「ああ。じゃ、ちょっと話してもいいか?」

伊織「ふう、一息もつかせてもらえないわけね」

大仰にため息をつく。

86: 2013/06/18(火) 18:51:36.74 ID:DfiTI0gC0

P「まあもう遅いし、さっさと話を終わらせて帰りたいだろ?」

伊織「まあね。あ、今日送って」

P「……送って?」

伊織「送ってく・だ・さ・い!」

P「気が向いたらな」

俺は立ち上がった。
鞄から封筒を取り出す。

87: 2013/06/18(火) 18:52:08.71 ID:DfiTI0gC0

小鳥「じゃ、お茶持っていきますね。社長室ですよね?」

P「はい、すみません」

伊織「……社長室?」

P「行くぞ」

伊織「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

88: 2013/06/18(火) 18:53:36.36 ID:DfiTI0gC0



高木「……なるほど。状況は分かったよ。ご苦労だったね」

俺が報告を終えると社長は組んだ手の上に顎を乗せ、目を閉じて考え込んだ。
俺の横には気持ち不満そうに見える伊織がいる。

父親に指定された、伊織の受験する高校は小出高等学校。
偏差値は67。
印象としては、各地域ごとのいわゆる「できる」生徒が進学する高校と言ったところだ。
超難関というほどではない。
そこまでではないが――

高木「……君の考えを聞きたい」

P「やめた方がいいでしょう」

89: 2013/06/18(火) 18:54:46.95 ID:DfiTI0gC0

伊織がこちらを睨んでいるのがわかる。
俺は伊織の方には顔を向けなかった。

高木「そうかね?」

P「分が悪いです」

伊織「アンタ……」

伊織が口を開く。
まあ、自分に関係なく話が進行しているのだ。
伊織が割り込まないはずがない。

伊織「アンタ、あたしが合格するのは無理だって思ってるの?」

P「……そうだ」

言う。はっきりと。

90: 2013/06/18(火) 18:55:52.32 ID:DfiTI0gC0

伊織「……!」

伊織「なにを……!」

声を上げようとして、思いとどまった。
……成長したな、と思う。
すぐに食って掛かってきた昔がなつかしい。

伊織「……説明しなさいよ」

P「いいだろう」

P「成績に関してはさっき説明したな。可能性はなくはない」

P「ここからは一般的な受験に関する知識と、俺の考えだ」

91: 2013/06/18(火) 18:57:37.04 ID:DfiTI0gC0

P「厳しい理由は大きく分けると2つ。一つ目は圧倒的に時間が足りない」

P「伊織は仕事をしてるからな」

伊織「ちゃんと時間を作って勉強するわよ」

P「そういうレベルじゃないんだ」

伊織「……どういうことよ」

P「あのな」

P「学校でみんな部活に入ってるだろ?」

伊織「そうね」

P「受験では、運動部より文化部の方が厳しくなる傾向がある。なぜかわかるか?」

92: 2013/06/18(火) 18:59:48.72 ID:DfiTI0gC0

伊織「さあ。でも普通は毎日遅くまでやってる運動部の方が大変なんじゃないの?」

P「そう思われがちだがな」

P「三年生になったら夏の大会で運動部は引退するだろ?」

伊織「そうなの?」

P「知らないか……まあいい、引退するんだ」

P「そうすると、学校が終わると時間がまるまる空くわけだ。そこを勉強に充てる」

P「まあ、そこできっちり切り替えるのがなかなか難しかったりするんだが……」

P「一方、文化部は秋の文化祭あたりで引退するケースが多いからな」

P「2、3か月引退には差がある。そこがでかい」

P「ま、すべてが当てはまるわけじゃないが一つの例として捉えてくれ」

93: 2013/06/18(火) 19:00:50.07 ID:DfiTI0gC0

P「ちなみに、夏は受験の天王山、、って聞いたことあるか?」

伊織「……ない」

高木「あるとも!」

P「いいますよね。まあそのくらい夏の勉強は大切だってことだ」

P「周りは皆、夏休みだからな。塾の講習とか合宿なんかでがりがり勉強する」

P「ただ、伊織の場合は夏も仕事だろ?夏休みなんか特に忙しい」

伊織「……」

P「ただでさえ一部の授業は休まなければならない」

P「2、3か月の引退時期の差で厳しいと言われてるのに、伊織は受験直前まで仕事だ」

P「受験生はお盆も正月もないが、お前は元々ないようなもんだしな」

94: 2013/06/18(火) 19:01:27.13 ID:DfiTI0gC0

高木「うむ、年末年始などむしろ忙しい時期だからね」

P「そうです……とにかく、周りと比べて時間がなさすぎる」

伊織「……だったら」

伊織「だったら今まで以上に頑張ればいいでしょ!?」

P「それだ」

伊織「……なにが?」

P「二つ目の理由」

95: 2013/06/18(火) 19:02:24.08 ID:DfiTI0gC0

P「お前は自己管理が苦手だ」

伊織「……」

P「無理して焦って根詰めて、体調を崩す」

P「受験生は体調管理も仕事なんだよ。もちろんアイドルもな」

P「……お前が一番わかるだろう?今よりさらに睡眠時間を削って、普段通りに動けるのか?集中して勉強できるのか?」

伊織「……」

高木「うーむ」

P「……なあ、俺は別にお前をいじめたいわけじゃないぞ?」

P「昔経験してるからわかるんだよ、受験の厳しさが」

96: 2013/06/18(火) 19:03:21.40 ID:DfiTI0gC0

そう……昔経験したんだ。
受験は生易しいもんじゃない。

生徒はみんな、思ってるんだ。

自分は結局、合格するんじゃないか……って。

しかし現実は甘くない。
がんばって練習しても、氏ぬほど練習しても、部活の試合で負けることがあるように。
点数が足りなければ容赦なく落とされるのだ。

そんな思いを伊織には――

伊織「……って何?」

P「……?」

伊織「昔経験してるって、なに?」

97: 2013/06/18(火) 19:04:22.78 ID:DfiTI0gC0

P「いやだから前話しただろ?昔塾の講師をしてて……」

伊織「アンタが昔教えた生徒に、私がいたわけ!?」

P「……!」

伊織「私は今回初めて試験を受けるの!それなのにどうして無理だなんて決めつけるわけ!?アンタはなに?神様!?」

伊織「……馬鹿!」

P「……伊織」

高木「ふむ……水瀬君、彼の話を聞いてどう思ったかな?」

伊織「馬鹿だと思いました」

P「……言いすぎだ」

高木「はっはっはっ、そうかね!」

98: 2013/06/18(火) 19:05:50.14 ID:DfiTI0gC0

高木「気持ちは変わらないかい?」

伊織「はい。むしろ、見返してやりたいやつが増えました」

高木「……よろしい。やってみたまえ」

P「……本気ですか?」

高木「うむ」

高木「ああ、もちろん君には水瀬君のサポートを頼むよ」

伊織「別にやりたくなきゃもう頼まないわ。無理だと思って見物してたら?それじゃ、失礼します」

そう言って伊織は社長室を出ていった。

100: 2013/06/18(火) 19:06:21.70 ID:DfiTI0gC0

高木「はは、彼女は強いねえ」

P「……全くです。あんなに怒るとは」

高木「まあ、あれは無理だと言われたことよりも、君に……」

P「はい?」

高木「いや、なんでもない。しかし、水瀬君は本気のようだね」

P「そうですね」

高木「……そして、私も負け戦は嫌いなんだよ」

101: 2013/06/18(火) 19:06:52.59 ID:DfiTI0gC0

高木「勝てると思うからGOサインを出すんだ。水瀬君と君なら、ね」

P「……」

P「……努力します」

高木「うむ!君も大変だと思うが、頼んだよ」


103: 2013/06/18(火) 19:07:35.22 ID:DfiTI0gC0



社長室から出ると、伊織が俺の椅子に座っていた。

……あの顔は、まだ怒ってるな。

P「あー……結局、お前の勉強を見ることになった」

伊織「……」

無言。
く……この感じ、昔を思い出す。

P「……」

昔、か。

104: 2013/06/18(火) 19:08:09.68 ID:DfiTI0gC0

P「……はは」

伊織「……なに笑ってんのよ!?」

P「いや、昔なんて毎日こんな感じだったなと思ってな」

伊織「……」

伊織の顔はまだ怒っている。
顔は怒っている、が。

P「まさか伊織にひっぱたかれて喝入れられるとはなあ」

伊織「ひっぱたいてないわよ」

P「言葉でひっぱたかれたんだよ」

105: 2013/06/18(火) 19:08:47.87 ID:DfiTI0gC0

P「ま、これで覚悟も決まった」

伊織「……」

P「……言っとくが、相当厳しいぞ」

伊織「……わかってるわよ」

P「今お前が考えてるキツさより、3倍は覚悟しておけ」

伊織「……」

伊織「きょ、去年より?」

P「ああ。たぶんな」

106: 2013/06/18(火) 19:09:26.19 ID:DfiTI0gC0

伊織「……」

伊織「ふん、望むところね」

伊織「私だって去年より3倍は成長してるから」

P「はは、そうか」

P「よし……合格、するか」

伊織「……当然でしょ」

『伊織ちゃんなんだから』

107: 2013/06/18(火) 19:10:43.37 ID:DfiTI0gC0

二人の声がかぶった。

P「やっぱりな、ははは」

伊織「~!うっさい!変態!」

P「さて、帰るぞ。帰りの車内で早くもミーティングだ」

伊織「……ふん!」

ということで、伊織と俺の受験戦争は始まった。
正直、かなり厳しい戦いになると思う。
先のことを考えるとハゲそうだ。

それでも。

俺は久しぶりに伊織と活動することに、気持ちが高揚しているのを感じた。



つづく

117: 2013/06/20(木) 21:38:04.66 ID:Iff+GRNX0
>>1です。
投下します。

※実在の人物・高校等は関係ないです。念のため。
小出高校(おでこうこう)は都内のどっかにある設定でお願いします。

118: 2013/06/20(木) 21:39:19.50 ID:Iff+GRNX0



美希「お疲れさまですなのー!」

P「ん……おうお疲れ」

美希「ハニー!今日のミキはもうぐったりなの!きっとハニーのハグがなきゃ氏んじゃうの!」

P「そうか。あ、そういや給湯室におにぎりあるぞ」

美希「え!ほんと!?」

P「ほんとほんと」

美希「やったー!ハニー大好きなのー!」

119: 2013/06/20(木) 21:39:50.95 ID:Iff+GRNX0

言って美希は給湯室に駆けて行った。

時間はもう9時半を過ぎた。
美希が疲れているのもわかる。
念のためおにぎりを買っておいて正解だった。

P「……っ」

椅子の上で体を伸ばす。首を回す。腕を回す。
右肩が張ってるな。
左手で肩を揉みほぐす。

P「しかし……」

こんだけ美希が騒いでも来ないってことは……

寝てるな。


120: 2013/06/20(木) 21:57:50.22 ID:Iff+GRNX0

美希「はーにい!」

後ろから美希がのしかかってくる。

P「どうしたー?食べながら立ち歩くなって言ってるだろー?」

美希「もう食べちゃったの」

P「……」

美希「それよりハニー、疲れてるみたいなの。ミキが肩もみしてあげるの!」

肩もみ。
抗いがたい誘惑だ。

121: 2013/06/20(木) 21:59:02.75 ID:Iff+GRNX0

P「ほんとか?」

美希「うん!ミキ、肩もみ上手いんだよ!」

美希が両手でグニグニと肩をもんでくる。

美希「わ、すごい凝ってるの!」

P「ああ~……」

声が出ない。いや出ているが。
なぜ人にしてもらう肩もみはこんなに気持ちいいのか。

美希「パソコンばっかりカタカタやってるからなの。たまにはミキと外に遊びに行けばいいって思うな」

P「できるならおれもそうしたいよ。けどお前らが有名になってきたから、仕事が増えてな」

美希「あれ?でもこれ……」

122: 2013/06/20(木) 21:59:43.38 ID:Iff+GRNX0

パソコンをのぞきこみながら美希が言う。

美希「……さんすう?」

P「数学だろ」

美希「同じなの。これ、ハニー何やってるの?」

P「伊織の問題作りだ。あ、お前もやるか?」

美希「結構です」

敬語だった。

123: 2013/06/20(木) 22:00:36.03 ID:Iff+GRNX0

P「お前もおんなじ学年だろ……」

美希「でこちゃん、調子はどうなの?」

話をそらしやがったな。

P「……まあまあ」

まあまあ、あんまり変わっていなかった。


124: 2013/06/20(木) 22:01:32.54 ID:Iff+GRNX0



伊織に最初に出した指示は二つ。

一つ目。

P「仕事が終わったら事務所に帰ってきて、勉強すること」

伊織「えー……」

P「えーじゃない。命令」

伊織「家でやったらだめなの?」

P「駄目」

125: 2013/06/20(木) 22:02:20.51 ID:Iff+GRNX0

P「二つ目は……」

伊織「ちょ、ちょっと!待ちなさいよ」

P「なんだよ」

伊織「なんで家じゃだめなのか説明してよ」

P「眠くなる。すぐ集中力が切れる。以上」

伊織「以上って……」

P「家に帰ると大抵スイッチが切り替わるんだ。オフになる」

P「これは環境の問題だからしょうがないな。人間そういうふうにできてるんだ」

P「だから事務所でスイッチ切らないようにして勉強。わかんないところがあったらすぐに聞けるしな」


126: 2013/06/20(木) 22:03:24.28 ID:Iff+GRNX0

P「それに、自分の部屋だとすぐ他のものに意識が移っちゃうだろ」

P「ぬいぐるみとか」

伊織「まあ……ってなんでよ!」

P「あれ?シャルルとお話ししてるんじゃないのか?」

伊織「そ、そんなこと……」

P「まあなんでもいいや。とにかく命令」

P「あっちにお前専用の自習スペース作ってやるから」

伊織「ふーん。一応考えてんのね」

P「一応ってなんだよ。次」

127: 2013/06/20(木) 22:04:07.44 ID:Iff+GRNX0

P「二つ目。学校の提出物はきちんと出すべし」

伊織「提出物?」

P「ノートを提出しなさいとか、ワークをここからここまで月曜までに、とかあるだろ?」

P「それをきっちり提出する」

伊織「そんなの、しょっちゅう早退とか遅刻とかしてるんだからわかんないわよ」

P「それを変えるんだよ」

P「今までちゃんとやってなかっただろ?」

シャルルをわさわさ触り始める。
……図星か。

128: 2013/06/20(木) 22:04:53.21 ID:Iff+GRNX0

P「……学校の友達にこまめに連絡して、提出物の情報をしっかり聞け」

伊織「ねえ」

P「なんだ」

伊織「それより勉強をきっちりして、テストで点数を取った方がいいんじゃないの?」

はあ。
俺はため息をついてから、説明する。

129: 2013/06/20(木) 22:05:26.40 ID:Iff+GRNX0

学校の成績……評定。
ちなみに伊織は

国語…5  技術家庭科…4
数学…4  保健体育…3
英語…5  美術…5
理科…4  音楽…5
社会…4  

だった。伊織の記憶違いがなければだが。

P「この評定ってのは単にテストの成績だけで決まっているものじゃないんだ。各教科ごとに観点別評価というものがあってだな」

伊織「……観点別評価?」

P「ああ」

130: 2013/06/20(木) 22:07:49.37 ID:Iff+GRNX0

例えば、「関心・意欲・態度」であったり、「知識・理解」「技能・表現」など、各教科の中でもさらに細かく評価される観点が設定されている。
それぞれの項目を十分に満たしていればA、まあまあならBと言ったように評価が決められ、それを点数化して合計し、最終的に『5』や『4』などが決められる。

P「つまりテストでいい点を取ったとしても絶対に『5』がつくとは限らないんだ」

P「提出物をきちんと出したり、授業中に積極的に発言したりしないと『関心・意欲・態度』はAにならない」

伊織「……ってことは」

やはり頭の回転ははやい。

P「そうだ。逆に言うと、提出物がきっちりできてれば主要5教科ぐらいはオール5になった可能性はある」

そういうと伊織はわずかにだが顔をしかめた。


131: 2013/06/20(木) 22:08:35.08 ID:Iff+GRNX0

評定の受験における重要性はすでに説明している。
ちょっとした油断が成績に響いたことを悔いているのだろう。

わかっていたらやったのに。

そうありありと表情から読み取れた。

P「まあ、過ぎてしまったことはしょうがない」

P「それに、提出物などがおろそかでこの成績ってのは正直驚いた」

本心だ。

伊織「……ふん」


132: 2013/06/20(木) 22:09:47.64 ID:Iff+GRNX0

P「ま、わかったらこれからはきっちりやれ。できるかぎり」

P「あとは、『ここわかんないんですけどぉ~』って先生に聞きに行け。評価につながる」

伊織「……気持ち悪い」

P「俺がやるからキモいんだ。お前そういうの得意だろ」

伊織「人聞きの悪いこと言わないでよ。それに卑怯じゃない、それ?」

P「わからないところを聞きに行くんだ。何も卑怯じゃない」

133: 2013/06/20(木) 22:10:59.74 ID:Iff+GRNX0

伊織「……気が乗らないわ」

P「……練習!!」

伊織「せ、先生!あの……さっきの授業でわからないところがあったんですけど……質問しても――」

伊織「――いいですか?」

P「ぐはっ」

伊織の上目遣い、破壊力バツグン。

伊織「って、なにやらせんのよ!」

ゲシゲシ。

P「蹴るな!」

伊織「アンタが変なことやらせるからでしょ!変態!」

134: 2013/06/20(木) 22:12:12.21 ID:Iff+GRNX0

P「とまあ、こんなところだ。あとあたりまえだが学校の授業はちゃんと聞いとけ」

伊織「わかったわ」

P「はい、じゃあ復讐だ」

伊織「え?」

P「これからやること。二つ」

伊織「……毎日事務所に戻って勉強する、提出物をきちんとする」

P「おし、おっけい」

伊織「……」

P「じゃあ、とりあえず……って、なんだ?」

伊織が俺の顔をまじまじと見ている。

135: 2013/06/20(木) 22:13:02.89 ID:Iff+GRNX0

伊織「なんだかほんとに先生っぽかったわね、さっきの」

P「……ほっとけ」

先生――か。

またそう呼ばれることになるとは。

伊織「ところで、その二つだけでいいの?」

P「ああ。いきなりいろいろ詰め込んでもしょうがない。少しずつだ」

伊織「そう。わかったわ」

信頼してくれているんだろう。
指示に対してそれ以上食い下がることはなかった。

136: 2013/06/20(木) 22:14:38.40 ID:Iff+GRNX0

以前であれば、

伊織『なんで!?時間がないんだから!私だったらもっとできるわ!!』

ってところかな。
変わったもんだ。

伊織「なににやにやしてるの。気持ち悪いわよ」

P「……」

あんまり変わってないかもしれない。

137: 2013/06/20(木) 22:15:21.92 ID:Iff+GRNX0



ってことで、指示を出してから数日。

P「あーあー……」

伊織は机に突っ伏して寝ていた。
シャーペンを握りながら、すーすーと寝息を立てていた。

美希「でこちゃん、寝ちゃってるの……」

美希が後ろから小声で話しかけてくる。

P「まあな。今日は8時くらいからやってたからな」

起こさないように、上着をかけてやる。


138: 2013/06/20(木) 22:16:22.39 ID:Iff+GRNX0

新堂さんに連絡をして、迎えの車を回してもらう。

美希「でこちゃん、起こさなくてよかったの?」

P「ああ」

美希「でも、勉強しないといけないんじゃないの?」

P「それはそうだ。でも、伊織にはまだ勉強する体力がついてないからな」

P「まずは勉強する習慣をつける。それができたら集中して勉強できる時間を少しずつ伸ばしていく」

P「今はその基礎作りだな」

139: 2013/06/20(木) 22:17:04.59 ID:Iff+GRNX0

美希「へぇー、ハニーもいろいろ考えてるの」

P「なんだそりゃ……でもキツいはずなのに、まあまあがんばってるよ」

美希「でこちゃん偉いの」

P「そうだな」

伊織にとって、己の矜持は相当大切なものなんだろう。
それを守るために、今までひやひやさせられることも多かったが。

P「そういや、美希も三年だろ。高校はどうするんだ?」

140: 2013/06/20(木) 22:18:07.36 ID:Iff+GRNX0

美希「あ、そうなの。なんかそのことで社長から電話があったみたいだよ」

P「社長から?」

そうか。もう手は打ってあったのか。

美希「パパもママも、好きなところに行きなさいって」

P「ふーん、どっかいきたいとこあるのか?」

美希「ないの」

P「ないのってお前……」


141: 2013/06/20(木) 22:18:44.99 ID:Iff+GRNX0

美希「ミキは、アイドル活動ができるところならどこでもいいの」

美希「ミキね、今は仕事をしているときが一番楽しいから!」

P「……」

美希「あ、でもハニーとデートしてる時間は一番より上なの!」

P「……はは、そっか。ありがとな」

P「お……来たかな?ちょっと見てくる」


142: 2013/06/20(木) 22:25:16.70 ID:Iff+GRNX0

美希「うん」

美希「……」

美希「ミキも、受験勉強ってやつ、してみればよかったかな?」

美希「……でも、勉強はきらいなの……」

美希「うぅー……」

美希「……」

美希「ま、いっかなの!」

148: 2013/06/20(木) 23:20:27.63 ID:Iff+GRNX0
>>146

いやほんとそうだと思いますよ。
学校によって教師によって、内申のつけ方全然違いますからね。

まあ最近は内申:点数の割合を4:6とか3:7とか点数重視にしている高校が多くなってきているようですが。
生徒会長とかも評価の対象にされていたり、言い出したらきりがないですがね。

155: 2013/06/22(土) 19:15:23.30 ID:RH1VzN/O0



今日は土曜日。
明日は日曜日。
本来なら楽しい休日の午後。

P「はーい、それじゃ作戦会議を始めまーす」

伊織「……」

二人ともだらっとしていた。

156: 2013/06/22(土) 19:20:16.60 ID:RH1VzN/O0

P「やる気出せよー、土曜日のせっかくの空き時間なのにってのもわかるけどもー」

伊織「アンタもね」

P「俺はどうせこの後も仕事なんだよー」

P「明日も仕事だよー」

伊織「私だって仕事よ」

P「……最後に一日休み取ったのいつか覚えてるか?」

伊織「覚えてるわけないでしょ。去年じゃない?」

P「はあ……」

伊織「ため息つかないでよ。こっちまでやる気なくなるわ」

157: 2013/06/22(土) 19:21:10.63 ID:RH1VzN/O0

P「ま、こんなこと言っててもしょうがないし、やるか」

伊織「……はあ」

P「って、お前もため息ついてるじゃん」

伊織「ついてないわよ……はあ」

P「……」

伊織「デートでもしたいわ」

P「な、なぬ!?」

伊織「何慌ててんのよ、ばか。冗談に決まってるじゃない」

158: 2013/06/22(土) 19:27:46.62 ID:RH1VzN/O0

P「ぐ……!」

P「……」

P「……そういや、今度夏祭りがあったなあ」

伊織「夏祭り?」

P「ああ、結構近くでな。出店も出るし花火もやるみたいだ」

伊織「ふーん」

P「ふーんって……」

P「だ、誰か誘って行ってこようかなー?」

伊織「アンタが誘ってついてくる子がいるとも思えないけど」

P「……」

159: 2013/06/22(土) 19:28:27.86 ID:RH1VzN/O0

伊織「それにどうせ仕事でいけないのがオチよ。いつものパターンじゃない」

P「……んあー」

伊織「はいはい、さっさとやるわよ。そんな妄想してないで」

160: 2013/06/22(土) 19:29:01.54 ID:RH1VzN/O0



季節は初夏。6月になっていた。

伊織が受験勉強を始めて一か月半ほど。

勉強をする習慣もある程度ついてきたし、提出物もしっかりやっている……らしい。
まあ、仕事が長引いて事務所に来る時間がなかったり、どうしても疲れて寝落ちしてしまうこともあるにはあったが、良くやっている方だと思う。
提出物については伊織の言を信用するしかない。
まさか学校にまで侵入するわけにはいかないしな。

161: 2013/06/22(土) 19:29:58.39 ID:RH1VzN/O0

ということで、今日は基本的な学習方法についてと、約三週間後に迫った中間テストについての作戦会議だ。

P「とは言っても、成績を見る限りじゃテストの点数は悪くなさそうなんだがな」

伊織「そりゃ毎回テスト前はちゃんと勉強してるわよ」

P「うむ。ただ、これからは『効率のいい』勉強方法を身につけていかないとな」

伊織「ふーん」

P「ってことで、これをやれ」

一枚のプリントを差し出す。
理科。

162: 2013/06/22(土) 19:30:57.21 ID:RH1VzN/O0

伊織「はあ!?実際にやるの?」

P「言葉で説明したってわからんだろ。実践あるのみ」

伊織「くっ」

P「ちゃんとテスト範囲のプリントになっているはずだから安心しろ。テスト勉強にもなる」

伊織「……はいはい」

P「できたら教えてくれ」

伊織「うん」

伊織がバッグから筆記用具を取り出したのを確認して、俺は会議室を出た。


163: 2013/06/22(土) 19:33:00.41 ID:RH1VzN/O0

俺が教える教科は数学と理科。
いわゆる理数系。
正直、文系の科目は指導するのは無理だった。

ただ、伊織は文系か理系かと言えば文系寄りだった。
国語は『5』だし、本人もまあまあだと言っていた。
古文が少し苦手らしい。
英語は安定の『5』。まあこれは当然か。
リスニングはおろか、普通に話せる。
半分バイリンガルみたいなもんだしな。
社会は『4』だが、嫌いではないらしい。
この嫌いではないという感覚は重要だ。
苦手意識がなければ社会は暗記科目だから何とかなるだろう。
まあ時間はかかるかもしれないが。

164: 2013/06/22(土) 19:33:45.36 ID:RH1VzN/O0

そして理数科目。
数学は『4』。
伊織曰く、

伊織「問題が解けると嫌いじゃないけど、最近難しいから嫌い」

らしい。

数学は積み重ねの教科だ。
2年生ぐらいから成績が落ち始めたようなので、そこの内容がしっかり入っていなければ、3年の内容について行けるはずがない。
ただでさえ3年の内容は難度が高いのだ。

理科『4』。
伊織曰く、

伊織『嫌い』

……。

165: 2013/06/22(土) 19:34:25.95 ID:RH1VzN/O0

まあいい方向に考えれば、苦手強化を指導するのが俺の任務なのだから問題はない。

これで伊織が文系科目が苦手だったりしたら俺は必要ないということになる。
むしろ現役高校生の春香とか千早に任せた方がいい、なんてことにもなりかねない。

伊織「できた」

なんてことを考えながら仕事をしていたら、伊織がやってきた。

P「できた?」

伊織「うん」

P「できました、だろ」

伊織「で・き・ま・し・た!」

会議室に戻る。

166: 2013/06/22(土) 19:35:12.34 ID:RH1VzN/O0

P「よし、こんな感じで問題をやるだろ?プリントでもワークでもいいが」

P「そしたら丸付けだ」

解答を渡す。

伊織「え?アンタが丸付けしてくれるんじゃないの?」

P「アホか。いつも俺がいるわけじゃないだろ」

P「それとも、いつも俺がいたほうがいいのか?」

伊織「冗談」

伊織はさらさらと添削していく。


167: 2013/06/22(土) 19:36:00.57 ID:RH1VzN/O0

伊織「できたわ」

P「間違ったところ赤ペンで正しい答え書いたか?」

伊織「書いたわ」

P「んで、その間違ったところは覚えたか?」

伊織「だいたい」

P「完璧に覚えろ。なんだ大体って」

伊織は大げさにため息をついて、プリントを見直す。
ちなみに今回やった単元は『遺伝と生殖』。
大半が暗記のところなので、間違ったところは覚えてなかっただけ、という可能性が高い。
染色体数とか、説明が必要そうなところもあるけどな。

168: 2013/06/22(土) 19:41:43.11 ID:RH1VzN/O0

ちなみに、ここの単元はそんなに苦手というわけではないはずだ。
伊織が、というより女子が、ということでだが。
女の子は暗記が多いところ、つまり生物や化学の暗記部分が強い傾向がある。
そのかわり物理や化学の計算は苦手だ。
『光』や『電気』、『運動』なんかの単元は特に女子に嫌われる。
逆に男子はそういうところが得意だったりする。

伊織「大丈夫。覚えたわ」

P「じゃ、これ」

伊織がやっていたプリントを回収し、新しいプリントを渡す。

伊織「?」

169: 2013/06/22(土) 19:42:14.66 ID:RH1VzN/O0

伊織「これ……おんなじプリントじゃない」

P「そうだ」

伊織に渡したのは、さっき丸付けをしていたプリントとまったく内容が同じものだ。
ただし、また一からやらなきゃないまっさらなやつだが。

P「今やったばかりなんだから、もちろん今度は全問正解になるよな?」

伊織「……」

P「じゃ、よろしく」

伊織が恨みがましい目を向けてくる。
無視して俺は会議室を出た。

170: 2013/06/22(土) 19:42:51.63 ID:RH1VzN/O0

しばらくすると伊織がプリントを持って会議室を出てきた。

伊織「……」

無言でプリントを差し出してくる。

P「完璧か?」

伊織「……知らない」

不安だな、こいつ。
今度は俺が丸付けをする。
伊織は固唾をのんで見守っている。

P「……はい、一問間違い」

伊織「……」

171: 2013/06/22(土) 19:43:36.09 ID:RH1VzN/O0

P「言い訳は?」

伊織「……なによ、その言い方」

伊織「ちょっと勘違いしただけでしょ!?」

P「そこが重要なんだよ」

P「いいか、別に俺はいじめてるわけじゃないぞ」

P「必要なことだからやってるんだ」

そう、重要なことなのだ。
ここをちゃん認識していないといまいち成績が伸びない、ということになってしまう。


172: 2013/06/22(土) 19:44:14.52 ID:RH1VzN/O0

P「いいか、ただでさえ人間の記憶ってのは次第に薄れていくんだ」

P「一回やった内容はそこで100%覚えるつもりでいかないとな」

伊織「……」

不満そうだ。

P「例えばさ、今日やった内容を100%覚えたとするだろ?」

P「それでも、人間は忘れる生き物だから明日には80%に減ってるんだ」

P「これはしょうがない。誰でもそうだ。だからもう一回復讐して覚えなおすしかないんだ」

P「ここまでは納得できるか?」

伊織「……うん」

173: 2013/06/22(土) 19:45:32.26 ID:RH1VzN/O0

P「じゃあ、今日やった内容が50%しか入ってなかったらどうだ?」

P「明日になったら40%になる」

P「全体の40%しか覚えてない状態でテストを受けたらどうなるかわかるだろ」

伊織「……わかったわよ」

素直にうなずく。

伊織は基本的には頭がいい。
文句を言っているときも大抵は納得できない理由があるからだ。
だからちゃんと理由を説明してやれば、理論的に正しければ、納得してくれる。

ただし、時には感情論で文句を言ってくることもある。
……その時は手ごわい。

174: 2013/06/22(土) 19:46:48.92 ID:RH1VzN/O0

P「って感じで一人で勉強するときもやるわけだ」

伊織「まとめると?」

P「①問題を解く
  ②丸付け、間違い直し
  ③もう一度同じ問題を解いてみる」

P「間違い直しをしているときによくわからないところがあれば質問しに来い」

P「わかりやすく教えてやる」

伊織「わかった」

P「いいか、大事なのは妥協しないことだ」

175: 2013/06/22(土) 19:48:34.66 ID:RH1VzN/O0

P「大体大丈夫かなーとか、なんとなくこんな感じ、で覚えた内容はちょっと問題が変わるとすぐに間違える」

P「自信を持って答えて、正解するってのが完璧なんだ」

P「だから、問題を解いている最中に自信を持って答えられなかったところはちゃんとチェックしておく」

P「自信がないところは今回正解だったとしても、次は間違える可能性があるからな」

P「あ、もう一つ」

伊織「まだあるの?」

P「これで最後だ」

P「これからは問題を解くとき直接ワークとかテキストに書き込むんじゃなくノートにやること」

伊織「もう一回問題を解けるようにするため?」

P「正解」

伊織「わかったわ」


176: 2013/06/22(土) 19:49:23.78 ID:RH1VzN/O0

P「はい、じゃ次」

新しいプリントを渡す。

伊織「はあ~あ」

P「がんばれ」

伊織「……はいはい」

P「伊織」

伊織「なによ?」

P「このやり方でやってれば必ず点数はついてくる」

伊織「わかってるわよ」

伊織「……だから素直に従ってるんでしょ」

P「そうかい」

177: 2013/06/22(土) 19:50:21.92 ID:RH1VzN/O0

P「それやり終わったらアイスでも食うか」

伊織「……にひ」

P「もちろん丸付け間違い直し、それから二回目をやった後な」

伊織「……は~い」




つづく

184: 2013/06/24(月) 12:14:19.75 ID:DX/7LUnE0



P「んじゃもう一回な」

伊織「……」

俺が添削したプリントを受け取ると、無言のまま伊織は自分の自習デスクに戻っていった。

P「……うーむ」

「あの、プロデューサー?」

顔を上げると千早が立っていた。

185: 2013/06/24(月) 12:14:59.26 ID:DX/7LUnE0

P「ああ、なんだ?」

千早「いえ、ただ難しい顔をしていたので、どうなさったのかと」

P「なんだ、心配してくれたのか?」

千早「いえ…あ、まあそうなりますかね」

P「ありがとな。でもだいじょうぶだよ」

千早「伊織のことですか?」

P「……するどいね」

千早「さっき、同じような顔をした伊織とすれ違いましたから」

186: 2013/06/24(月) 12:15:33.35 ID:DX/7LUnE0

P「そうか」

P「ん?お前いつから伊織のこと伊織って呼ぶようになったんだ?」

千早「え……い、いつからでしょうか?変ですか?」

千早は少し慌てていた。

P「はは、いいんじゃないか?」

千早「もう……それで、何かあったんですか?」

P「うん……千早はさ」

千早「はい」

P「オーディションに落ちたら、やっぱり落ち込むよな?」

188: 2013/06/24(月) 12:16:04.07 ID:DX/7LUnE0

千早「……それは、まあ」

P「当然だよな。悔しいもんな」

千早「そうですね」

……もしそれが俺のせいだったら、やっぱり怒るよな。

言いかけて、やめた。
そんなことを言っても、千早が困るだけだ。

P「そういう時ってなんて励ましたらいいのかなあ?」

千早「……」

千早「あの」

P「ん?」

189: 2013/06/24(月) 12:17:03.14 ID:DX/7LUnE0

千早「私もオーディションが駄目だったときとか、仕事がうまくいかなかったときプロデューサーが励ましてくれるのはすごくありがたいです」

千早「でも、最近は励まされると、その……」

P「え?」

千早にしては珍しく口ごもっていた。
何か言いにくいことなんだろうか?

千早「その……つらい時もあります。たまにですが」

つらい?

P「な、なんでだ?」

190: 2013/06/24(月) 12:17:46.04 ID:DX/7LUnE0

千早「……最近プロデューサーや律子が仕事を取ってきてくれてることがすごくありがたくて」

千早「というか、今まではそんな当たり前のことに気づく余裕すらなかったんです」

P「……」

千早「だからそのせっかくの仕事やオーディションを失敗してしまうと申し訳なくて、いたたまれなくて」

千早「……声をかけてもらうと、つらいことも」

P「……そうだったのか」

千早「あ、で、でもすごく励まされます!ほとんどはありがたいんですけど!」

慌てて弁解する。
珍しく千早の顔が少し赤くなっていた。

191: 2013/06/24(月) 12:18:13.72 ID:DX/7LUnE0

P「いや、参考になった。ありがとな」

千早「い、いえ」

千早「……ところで、何の話をしていたんでしたっけ?」

P「ん?千早が俺に励まされるとうれしいって話だろ?」

千早「な……!ち、違いますよ!」

P「なんだ違うのか。あーあ、ショックだなあ」

千早「……もう」

でも、そうか。
伊織もそんなことを考えたりしているんだろうか?

192: 2013/06/24(月) 12:18:42.10 ID:DX/7LUnE0

P「……」

いや、違うな。
今回悪いのは完全に俺だ。

7月の初め。
伊織は調子が悪かった。
調子が悪いと機嫌も悪い。

原因はわかっている。

中間テストの結果が悪かったせいだ。
……たぶん。

193: 2013/06/24(月) 12:21:19.04 ID:DX/7LUnE0



テスト対策は約3週間前から始めた。

自分の中では若干早めにスタートを切ったつもりだった。
しかし―

伊織「……わかんない。もう一回」

やはり仕事が増えている影響は大きく、学校の授業内容はほとんど理解できていなかった。
というか、ぶっちゃけ授業自体に出れていないことが多かった。内容が入っていないのは当たり前だ。

気を取り直して一から授業をやった。

194: 2013/06/24(月) 12:21:55.01 ID:DX/7LUnE0

まず数学。
内容は展開、因数分解、そして平方根のあたりだ。
展開、因数分解の基礎は教えるとすぐにできた。
応用問題は若干苦戦していたが、まあまあ。
平方根は飲み込みがいまいちだった。
どうやら平方根という概念自体、納得がいってないらしかった。
何度も根気強く説明した結果、

伊織「まあ、だいたいおそらく半分くらいはたぶんわかったかも」

とのことだった。

ここまでさらっとやった時点で、テスト2週間前。
学校のテスト範囲が発表される。

195: 2013/06/24(月) 12:23:41.78 ID:DX/7LUnE0

P「なん……だと……?」

伊織「?」

数学は予想通りだったが、理科のテスト範囲が予想とは全く違っていた。
イオンが丸々と、生殖と遺伝が半分くらい。

理科の場合、最近のカリキュラムの進め方は学校ごとに自由になっている。
よって、どの単元から始めるかは学校の先生次第、ということだ。
それはわかってはいたが、大体の学校はまだそんなにカリキュラムをいじっていないと油断していた。
昔は三年生になると、大抵「物体の運動」か、「生殖と遺伝」から入るのが大多数だった。
しかし、伊織の学校は「イオン」から入っていたらしい。
完全に想定外。

196: 2013/06/24(月) 12:24:15.86 ID:DX/7LUnE0

一縷の望みをかけて伊織の理解度を確かめてみると、

P「伊織、陰イオンって代表的なのは何がある?」

伊織「陰イオン?なにそれ」

P「陰イオンだよ、マイナスイオンともいうが」

伊織「ああ、エアコンから出るやつね」

P「……」

P「伊織、イオンってなんだ?」

伊織「だから、エアコンから出るやつでしょ。あ、空気清浄器?」

俺は頭を抱えた。
抱えていてもしょうがないことに2秒後気づき、授業をした。

197: 2013/06/24(月) 12:27:40.25 ID:DX/7LUnE0

しかしもともとイオンは難しい範囲だ。
ゆとり教育でいったんなくなっていたが、指導要領の改訂によって復活した単元。
数学の復習・演習もしつつ進めていたら、イオンを半分くらい教えたところでもう一週間前になっていた。
予定よりも時間を食っていた。

他にも文系の科目だってあるし、理数ばかりやっているわけにもいかない。
仕事もある。伊織もあるが、おれだってある。

時間を見つけて、睡魔と闘いながら伊織はがんばった。

しかし結局、テスト前までに全範囲復習することはできなかった。

ここは塾ではないので過去問題で傾向対策することすらできず、テスト初日を迎えた。

198: 2013/06/24(月) 12:28:54.43 ID:DX/7LUnE0

甘かった。
甘々だった。

今までだって、ある程度の点数は出してきた伊織だ。
なんだかんだで

伊織「ま、こんなもんよ。伊織ちゃんにかかればね。にひひっ」

と言ってくれるのを期待していたのか。

それとも、甘えではなく自己満足か、ブランクか。

久しぶりに授業をして、ここまでやったんだからという気持ちがあったのか。

ブランクのせいで感覚がずれていたのか。



初日のテスト終了後、伊織は事務所に来なかった。

199: 2013/06/24(月) 12:29:57.08 ID:DX/7LUnE0

後から聞いた話だと、初日の数学の時点で失敗していたらしい。

そのままずるずると調子を戻せないまま、最終日までのテストを受けた。

そして数日後、すべてのテストが返却された。

英語は問題なかった。98点。

国語は88点。まあ、これもいいだろう。

社会80点。及第点と言ったところか。

理科74点。厳しい。

数学64点。

200: 2013/06/24(月) 12:31:25.02 ID:DX/7LUnE0

完全に、俺の責任だった。

ちなみに伊織が60点台をマークしたのは中学校に入ってから……いや、生涯初めてのことらしい。
この点数を伊織の父親に見られたら、最悪すぐに芸能活動を休止させられるのではないかとすら思った。

伊織に、

伊織「まあ、しょうがないわね」

と言われたのも堪えた。

俺は伊織にフォローされたのだ。

201: 2013/06/24(月) 12:32:09.32 ID:DX/7LUnE0

あれだけ伊織に受験について説教を垂れておきながら、どうやら甘かったのは俺の方らしい。
以前の経験を全く生かし切れていなかった。
かといって、「俺が悪かった、許してくれ」と伊織に言うわけにもいかなかった。
そんなことを言われても、伊織も迷惑なだけだろう。

「結果が出たものはしょうがない、切り替えていこう」と言うのが精一杯だった。

……結局切り替えることはできなかった。

なにより、俺自身が引きずっているのが一番の問題だ。

202: 2013/06/24(月) 12:32:50.38 ID:DX/7LUnE0



千早「……そう」

伊織「……うん」

伊織「……ほんと、合わせる顔がないわ」

千早「プロデューサーはそう思ってないんじゃないかしら?」

伊織「あれだけやってもらったのに、結果が出せなかったのよ?」

伊織「最近口数も少ないし」

伊織「怒ってるし……がっかりしてると思う」

千早「……」

203: 2013/06/24(月) 12:33:51.88 ID:DX/7LUnE0

伊織「思ったより、できないんだな……って」

千早「……ほんと、似た者同士ね」

伊織「え?」

千早「なんでもないわ」

千早「とにかく、このままじゃいけないって思ってるんでしょう?」

伊織「……それは」

千早「早く解決した方がいいわ」

千早「後になればなるほど……溝を埋めるのは大変になる」

伊織「……」

204: 2013/06/24(月) 12:34:34.74 ID:DX/7LUnE0

千早「……じゃあ」

千早「あ、これ」

伊織「?」

伊織「……レッド○ル?」

千早「差し入れ」

伊織「あ、ありがとう」

千早「がんばってね」

伊織「……うん」

205: 2013/06/24(月) 12:35:17.64 ID:DX/7LUnE0

千早「……」

千早(距離が近すぎると、お互いが見えなくなるものなのかしら?)

千早「……私にも、まだチャンスが?」

千早「……なんてね」




つづく

210: 2013/06/25(火) 18:18:48.64 ID:BhLqzqdM0



P「おおー、やってるやってる」

伊織「すごい人ね」

P「まあな。夏の風物詩だし」

伊織「ね、ねえあれなに?」

P「ん……輪投げじゃないか?」

211: 2013/06/25(火) 18:19:21.70 ID:BhLqzqdM0

伊織「あれは?」

P「射的。んで隣のが型抜き」

P「なんだ来たことないのか?」

伊織「あ、あるわよ!一応確認しただけ!」

P「さいで」

7月末。
俺と伊織は夏祭りに来ていた。

212: 2013/06/25(火) 18:21:19.18 ID:BhLqzqdM0



伊織が声をかけてきたのはテストから約2週間後。
まだ若干ぎくしゃくとした雰囲気が残る時期だった。

伊織「暇そうね」

P「……そう見えるか?」

こんなやり取りも久しぶり。
俺としてはとうとう不満を言いに来たかと思っていた。

しかし、テストの結果が悪かったのは俺の責任。
何を言われても甘んじて受け入れ、なんとかやる気を取り戻してもらわなければならない。

213: 2013/06/25(火) 18:22:06.34 ID:BhLqzqdM0

ところが、伊織が言い出したのは

伊織「夜店、行きたい」

だった。

P「……」

P「なぬ?」

予想外の出来事に一瞬固まる俺。

伊織「7月27日。おごりね」

それだけ言うと、踵を返して立ち去ろうとする。

214: 2013/06/25(火) 18:22:48.44 ID:BhLqzqdM0

P「お……ちょ、待て!」

伊織「なによ?」

P「夜店?出店?縁日?あの夏祭りの?」

伊織「そう」

って、そんなことを確認したいんじゃない。

P「どうした?急に」

伊織「何よ。いいじゃない、たまには息抜きぐらい」

P「ま、まあそれはいいが……」

伊織「……」

215: 2013/06/25(火) 18:23:45.72 ID:BhLqzqdM0

確かにこの先は勉強漬けになるだろう。
あまり根詰めてやっても効果は薄いだろうし……

P「……おごり?」

頷く。

P「はあ……」

これで許してやると言うことだろうか?
直接口に出さないあたりはいかにも伊織らしい。

それに、俺としてもそれはありがたかった。

教える側として、自分が失敗した、悪かったと軽々しく言うわけにはいかない。
生徒の方が「この先生本当に大丈夫か?」と不安になるからだ。

216: 2013/06/25(火) 18:24:12.59 ID:BhLqzqdM0

P「……わかったよ。好きなだけ食えばいいさ」

伊織「にひひっ」

伊織の笑顔を、久々に見た気がした。

217: 2013/06/25(火) 18:24:57.21 ID:BhLqzqdM0



P「三匹」

伊織「……もう一回!」

……

P「二匹」

伊織「も、もう一回よ!」

……

P「三匹。出目金含」

伊織「きーーーーーーーっ!」

218: 2013/06/25(火) 18:26:09.34 ID:BhLqzqdM0

店主「お、お嬢さん一匹もってくかい?」

伊織「もう一回よ!」

伊織「アンタ!なんかコツがあるでしょ!?」

P「ん?ああ、まあ……」

伊織「こういう時はふつう優しく教えてくれるもんでしょ!?」

P「いや、下手に手出しすると怒るかな、ってな」

伊織「教えなさい!」

P「はいはい。まず網は垂直に持ち上げるんじゃなくてだな……」

219: 2013/06/25(火) 18:26:51.34 ID:BhLqzqdM0

……

伊織「や、やったわ!」

一匹ゲット。

店主「おー、やるねえ。ほいよ」

伊織「ふふん、当然ね!」

P「ってか、こんなにどうすんだ?」

ちなみに俺のラストは四匹。
伊織がやるたびに「アンタも付き合いなさいよ!」と言われやった結果、合計10匹以上になっていた。

220: 2013/06/25(火) 18:27:55.08 ID:BhLqzqdM0

伊織「ふっふーん、名前何にしようかしら?ジュリエッタ?ヘンリー?」

P「聞け」

伊織「うっさいわね、ちゃんと面倒見てあげなさいよ」

P「こんなに飼えるか」

伊織「じゃあ事務所で飼ったら?」

P「学校じゃないんだ。みんな喜ぶかもしれんが、面倒が見きれないだろ」

伊織「あ、やよいにあげるのはどう?兄弟もいるし、喜ぶんじゃない?」

P「やよいか」

221: 2013/06/25(火) 18:30:04.91 ID:BhLqzqdM0

確かに喜ぶだろう。が。
……経済的なことを考えるとなあ。

伊織「……じゃあ、私のこのかわいいフランソワーズをやよいにあげるわ」

P「え?」

伊織「一匹だけなら世話もそんなに大変じゃないでしょ?」

伊織「ついでに水槽と餌も一年分くらいプレゼントしようかしら」

相変わらず人の気を読むのが早い。

伊織「そのかわり!アンタの取ったその子たち、あたしちょうだいよね!」

P「……ああ。やよいも喜ぶんじゃないか?きっと」

伊織「にひひっ!さあ、次よ次!」


222: 2013/06/25(火) 18:30:40.80 ID:BhLqzqdM0

……

伊織「きゃ……!」

P「人が増えてきたな。はぐれるなよ」

伊織「……」

伊織「……ちょっと」

P「あん?」

伊織「人が増えてきたわね」

P「……そうだな」

223: 2013/06/25(火) 18:31:34.09 ID:BhLqzqdM0

伊織「人が増えてきたわね!歩きづらくなってきたわね!」

P「なんだよ!」

伊織「~~!気が利かないわね!手ぐらい引いたらどうなの!?」

P「はいはい」

P「……これでよろしいでしょうか?お嬢様?」

伊織「……フンだ」

224: 2013/06/25(火) 18:32:12.43 ID:BhLqzqdM0

……

伊織「次はあれ」

P「ま、まだ食うのか?」

伊織「歩いてるからお腹がすくのよ。文句言わない!」

P「……んあー」

225: 2013/06/25(火) 18:32:45.51 ID:BhLqzqdM0

……

伊織「これかわいいわね」

P「……」

伊織「あ、こっちもいいかも」

P「……」

伊織「うーん、でもやっぱりこっちね」

P「……」

伊織「ね?」

P「……これください」

マイドッ!

226: 2013/06/25(火) 18:53:37.03 ID:BhLqzqdM0

……

伊織「ふぅ、ちょっと疲れたわね」

P「……ちょっとか」

俺はちょっとではなく疲れていた。
こういう時に歳を感じるようになってきた。最近。

出店の喧騒から少し離れたところに腰を下ろす。

227: 2013/06/25(火) 18:54:30.15 ID:BhLqzqdM0

伊織「ふう、情けないわねえ」

伊織「アンタ、ここでちゃんと荷物見てなさいよ」

そう言うと、伊織はどこかに走っていった。

P「元気なやつだ」

まあ、普段から歌ったり踊ったりしているんだから当然と言えば当然か。
……久々のオフだしな。スケジュールが半日でも調整できたのは運が良かった。
それに、きっと初めて来たんだろう。
今日は特にはしゃいでいたように思う。

P「……これで、少しは罪滅ぼしになったかな」

しばらくして、伊織が戻ってきた。

228: 2013/06/25(火) 18:55:04.08 ID:BhLqzqdM0

伊織「アンタ、メロンね」

P「これ、今回の報酬か?」

伊織「ま、そんなとこ」

伊織はいちごだった。

P「うん、うまい」

伊織「そうね」

しばらく無言でかき氷を食べた。

伊織「……」

伊織「……あの」

229: 2013/06/25(火) 18:55:45.97 ID:BhLqzqdM0

P「んー?」

伊織「その……」

P「なんだ?なんか言いにくいことでもあるのか?」

P「あ、出費のことか。それならこの前給料日だったから別に気にしなくても……」

伊織「……ごめんね」

P「……は?」

伊織「……テスト」

伊織「いい結果出せなかったでしょ?」

P「……」

230: 2013/06/25(火) 18:56:32.49 ID:BhLqzqdM0

伊織「せっかく教えてもらったのに……」

なんで。

P「……みんな、そうなんだろうな」

伊織「え?」

P「……」

以前教えていた生徒もそうだった。

受験に失敗して、落ちて。

一番つらいのは本人のはずなのに。

231: 2013/06/25(火) 18:57:02.23 ID:BhLqzqdM0

俺の前に来て言うのだ。

せっかく先生に教えてもらったのに、と。

努力してきた生徒ほど、優しい生徒ほどそうだった。

ごめんなさい、ごめんなさい、と何度も謝る。

P「……」

伊織「……」

お互い横に座っている相手の方は見ない。

232: 2013/06/25(火) 18:57:41.96 ID:BhLqzqdM0

P「……俺の方こそ、すまん」

伊織「……え?」

P「というか、今回のことは完璧に俺の采配ミスだ」

伊織「……」

P「だから……伊織が怒ってるんじゃないかと思ってたよ」

伊織「……私が教わってる側でしょ」

P「それでも、な」

伊織「……」

自然と自分の中で引っかかっていた言葉を口にしていた。
伊織の気持ちを聞いたからかもしれない。この夏の夜の独特の雰囲気のせいかもしれない。

233: 2013/06/25(火) 18:58:53.16 ID:BhLqzqdM0

いや違う。元々はそうだったのだ。
お互いに納得するまで話し合い、ぶつかった。一緒にアイドル活動をしていた頃は。
少し離れている間に忘れてしまっていたようだ。

しかし、今日以前のようにはしゃぐ伊織を見て思い出した。
生徒以前に伊織は伊織。
765プロのアイドルで、仲間で。
そして、俺の初めてプロデュースしたアイドル。

そう思うと自然と言いたいことを言っていたのだった。

何を思っているか口に出さなきゃ伝わらない。
伊織のことは大方わかっていると思っていたが、まだまだだったようだ。

234: 2013/06/25(火) 18:59:26.31 ID:BhLqzqdM0

伊織「……ほんと、馬鹿ね」

伊織「……お互い」

P「そうだな」

P「……こっから」

伊織「?」

P「ここからリスタート、だな」

伊織「……ふふ、そうね」

プロデューサーなのだからアイドルを支え続けなくてはならない。
例え、今はメインで担当していないとしても。

……大人の言い訳だろうか?
アイドルだから、プロデューサーだから。
俺は――

235: 2013/06/25(火) 19:00:37.24 ID:BhLqzqdM0

伊織「ところで」

P「ん?」

伊織「……」

伊織「やっぱり、言わない」

P「なんじゃそりゃ」

伊織「何を言おうとしたか当ててみなさいよ」

P「はあ?言わなきゃわからんだろ」

伊織は無言でこちらを見ている。
なんとなく、前にもこんなことがあった。

236: 2013/06/25(火) 19:01:20.10 ID:BhLqzqdM0

言葉にしなければ伝わらない――

が、言葉にしなくてもなんとなくわかることもあるようだ。

P「……浴衣、似合ってるな」

伊織「にひひっ、当然でしょ!」

遠く夏の夜空に花火が打ちあがった。




つづく

240: 2013/06/25(火) 22:53:55.23 ID:BhLqzqdM0
>>238
それ面白そうですね。考えときますノシ

246: 2013/06/27(木) 18:19:26.37 ID:g3vq62cW0



P「……似合ってるぞ」

伊織「うるさい、さっさと行くわよ」

伊織が社用車の助手席に滑り込んでくる。灰色のワンピースタイプの制服に、臙脂色のリボンタイ、バッグを一つ持っていた。伊織の学校の制服だ。
普段と違う点がもう一つ。

伊織「ちらちら見るな」

247: 2013/06/27(木) 18:19:55.99 ID:g3vq62cW0

今日の伊織は前髪を下ろしていた。綺麗に横に切りそろえられた前髪を慣れないのか所在無げにいじっている。

P「でも普段はそうしてることも多いんだろ?」

伊織「家だとね。外出するときにこの髪型なのはあんまりないから、なんか違和感」

確かにこの髪型を見るのは俺自身二回目だった。

8月16日。
今日は伊織が模試を受ける日だ。

248: 2013/06/27(木) 18:22:17.82 ID:g3vq62cW0



模試の話をされたのは7月の終わり、夏祭りに行ったすぐ後のことだった。
プロデューサーが以前講師をしていた塾の模試に行くぞ、と。

P『本当は講習とか合宿に出てほしかったんだが、そんなに何日もスケジュール調整できないからな』

P『合宿が終わって次の日、最後のまとめとして模試があるんだ。合格判定も出る』

P『そろそろ受験で戦う相手を知っておくのも悪くない』

確かに学校では私の周りに受験者はいなかったし、雰囲気を味わっておくのも悪くないと思った。
それに、少しは自信もある。
元々勉強はできる方だったし、最近はさらに時間を作って勉強もしている。
まあ、先日のテストでは散々な結果だったけれど……。
そのリベンジも兼ねて、私は外部受験者としてその模試に参加することになった。

249: 2013/06/27(木) 18:23:19.54 ID:g3vq62cW0

P「着いたぞ。ここだ」

車があるビルの駐車場に入っていく。
ビルには『JA共済総合ビル』と書いてあった。

伊織「ここ?」

自分の想像していた建物とは違っていた。
塾の教室とかそういうところを想像していたのだ。

P「ああ。今回は都内にある教室の生徒が一斉に集まって模試を行うからな」

P「会場三つ借りて大規模に行うんだ」

車が止まる。


250: 2013/06/27(木) 18:24:21.14 ID:g3vq62cW0

P「受験票は持ってるな?」

ええ、と答えつつ一応バッグの中を確認した。
あった。
ちゃんと入っている。

P「じゃあ大丈夫だな。中に案内板があるはずだから、指定された会場に入れ」

P「会場の各机に受験番号が置いてあるから、その机に座ること。開始時間わかってるか?」

伊織「9時でしょ」

現在の時間は8時30分。まだ余裕がある。

P「あと何か不安なところはあるか?」

特に思いつかなかったので大丈夫、と言っておいた。

251: 2013/06/27(木) 18:27:01.91 ID:g3vq62cW0

P「おし。まあ模試なんてこれから何回でも受けることになる。リラックスして受けてこい」

車のドアを開けて外に出る。エアコンの効いた車内とは違いむわっとした空気に包まれた。

P「終わるころに迎えに来る。大体この場所にいるから」

わかったわ、と答えてビルの入口へ向かった。
周りには同じ年頃の制服の子供たちが歩いていて、皆ビルの入口に入っていく。
友達同士だろうか、談笑しながら入り口に向かっていく女の子の3人組や、一人でウォークマンを聞きながら歩いている詰襟を着た男子生徒。
そういえば同い年の男の子なんて久しぶりに見るわね、と思った。
自動ドアの入り口付近にはスーツを着た男性が二人いて、来る生徒にあいさつをしている。
きっと塾の講師なのだろう。
アイツもこんなことしてたのかしら?と思いながら私もあいさつをして入り口をくぐった。

252: 2013/06/27(木) 18:28:27.91 ID:g3vq62cW0

中に入ると、入り口の目の前、ロビーの中央に位置するあたりに案内板があった。
8,9,10階が会場になっているらしく、受験番号によって入る会場が違うらしい。
念のため、もう一度バッグから受験票を出して確認する。
伊織の番号は『9061』だった。
改めて案内板を見てみると、10階の欄に『7000番台、9000番台→椿の間』とある。
伊織は受験票をバッグにしまい、エレベーターの方に向かった。

エレベーターの「▲」ボタンを押して待っていると、後ろに生徒が集まってくる。
こんなところに私がいるってばれたら大変なことになるわねと思いなるべく後ろを見ないようにした。
エレベーター内では奥の方で横を見ながら待つ。
8階、9階でそれぞれ何人か生徒が降り、10階についた。
エレベーターを降り館内表示を見ながら『椿の間』に向かう。

253: 2013/06/27(木) 18:30:05.79 ID:g3vq62cW0

何度か角を曲がると、前方に『椿の間』と書かれた扉が見えた。
『椿の間』の入口は両開きの扉で2か所あった。右側の扉を押して中に入る。
中はかなり広く、バスケットコートより一回り大きいくらい。
長机が大量に置かれていて、前方向には司会用の机があった。隣にはホワイトボードも見える。
机は横に三列に並べられていて、各列縦には20個程度。
一つの机には椅子が二つ配置されていて、間を開けて二人ずつ座るようだ。
机の右隅、あるいは左隅に番号の書かれた小さな紙が配置されていた。
受験番号とは別に、何枚かの紙が各座席に置かれている。
自分の番号が書かれた机を探し、席につく。
伊織の席は一番右側の列、真ん中付近の位置だった。
席につきバッグを下ろす。
自分の腕時計を確認すると、時間は8時45分になっていた。
普段は腕時計はしない伊織だが、今回つけてきたのはプロデューサーの指示だった。

P『基本的には自分の腕時計で時間を確認すること。席についたら腕時計は外して机の端にでも置いておけ』

腕時計を外そうとして、一応お手洗いに行っておこうかしらと思い直し、バッグを持って席を立った。

254: 2013/06/27(木) 18:31:01.46 ID:g3vq62cW0

洗面所で石鹸をつけて手を洗い、外見を確認する。
前髪は下がっているが、基本的にはいつもの伊織ちゃんだ。
正直、自分がこんなところに来たら大騒ぎになるんじゃないかと考えていたがそんなことはなかった。
もしかしたら気づいていた人もいるのかもしれないが、誰ひとり声をかけてこない。
それに、会場の雰囲気も意外だった。
各教室の生徒が集まってくると聞いていたので、もっと友達同士で集まったり、談笑したりしているものかと思っていた。
しかしそんなことはなく、生徒たちはみな机に座り、テキストや教科書を開いて勉強していた。
会場に入ってきた人に目を向けることもなく黙々と。
伊織は大きく二回深呼吸をすると、会場の自分の席に戻った。

255: 2013/06/27(木) 18:32:05.64 ID:g3vq62cW0

9時5分前になると前の司会席に男の人が立った。

「えー、池袋東教室の和田です、よろしく」

ダークスーツに白いシャツ、無地のネクタイをつけた男の人だった。ずんぐりとした鼻で、顎にひげを蓄えている。頭は丸刈りの小柄な人物だった。

和田「それでは教科書等はしまってください。机の上に出していていいのは鉛筆、またはシャーペン、消しゴム、定規、時計だけです。筆箱はしまってください」

これはプロデューサーから聞いていたので、もう筆箱はしまってあった。

P『筆箱は基本的にはしまわなきゃならないからな。シャーペンの芯はちゃんと入れておけよ。できれば消しゴムは二つ』

何人かは筆箱をバッグにしまう。
その後もいくつか注意点が続いた。

256: 2013/06/27(木) 18:35:07.36 ID:g3vq62cW0

バッグは座席の下に置くこと。
問題が配られたら開始までは答案用紙、問題ともに伏せて待つこと。
筆記用具、消しゴム等を試験中に机の下に落としてしまった場合、挙手をして試験管に知らせること。
また、具合が悪くなったり、会場が暑い、寒いなどがあるときも挙手をして知らせること。
試験時間は一教科50分で、『はじめ』の合図で始め『やめ』の合図で筆記用具を置くこと。

和田「それでは最後に、志望校記入用紙の説明をします。みなさんの机にあらかじめおかれていた紙が三枚ありますね。確認してください」

確認すると、冊子のようなものが一冊に、白い紙が2枚あった。
冊子を掲げながら、和田が話す。

和田「えー、この冊子のようなものが志望校のコード表です。自分の志望校をこのコード表で探して――」

今度は白い紙を見せる。

和田「こちらの志望校記入用紙に書き込みます。志望校記入用紙にはほかにも氏名、性別、受験番号、など書き込む欄がありますのでもれなく記入してください。何か不明な点がある場合は挙手をして近くのスタッフに聞いてください」

和田「それでは20分まで記入の時間とします」

257: 2013/06/27(木) 18:36:29.95 ID:g3vq62cW0

みんなが一斉に用紙に記入する音がする。
伊織も必要事項を書きこんでいく。
志望校を記入する欄は3つあったが、伊織は一つだけしか書かなかった。

和田「記入が終わった人は用紙を伏せて机の端に置いておいてください。スタッフが回収します。あ、あともう一枚の紙は模試の案内なので今のうちにバッグにしまっておいてください」

伊織は書き終わると模試案内をバッグにしまい、おとなしく待っていた。
時間になると一人一人志望校記入用紙を回収される。

和田「はい、それでは試験は前の時計で9時半から開始します。最初の教科は英語ですので、用のない人はそのまま席についていてください。どうしてもトイレに行きたい人は素早く行ってきてくださいね」

和田がそう言い壇上を降りる。
と同時に周りの生徒はバッグからテキストを取り出して見直しを始めた。
伊織もそれにならってテキストを取り出した。


258: 2013/06/27(木) 18:39:16.08 ID:g3vq62cW0

しばらくすると、再び和田が壇上に上がった。

和田「さ、それでは問題を配りますのでテキストなどはしまってください」

時間は9時25分。どうやら30分ちょうどに開始するために早めに問題を配るらしかった。

前から順に用紙が配られる。
伊織も伏せたまま一枚取り後ろに回した。

和田「始める前に問題の確認をします。問題が正しく印刷されているかを確認しますので、ページが1から13ページまであるか確認してください。確認が終わりましたら問題は再び伏せて置いておいてください」

こんなこともするんだ、と思いながらぺらぺらと確認する。問題はなかった。

259: 2013/06/27(木) 18:39:47.29 ID:g3vq62cW0

和田「それでは、始めの合図とともに試験を開始します。がんばってください」

と言いながら、和田は上半身をひねって前に掛けてある時計を確認した。
まだ1分ぐらい時間があった。

和田「……まだ1分ぐらいありますね。えー、試験が始まったらまず真っ先に名前を書いてくださいね。0点になっちゃいますから」

和田「それと、最初はリスニングです。試験が始まったらすぐにCDが流れますからね」

再び時間を確認する。秒針は『8』のあたりに来ていた。あと20秒。

伊織は緊張していない、大丈夫と言い聞かせていたが、若干心臓の鼓動が早くなっていた。
意識して呼吸をしているのがその証拠だ。
とにかく、最初に名前を書く。

和田「――はじめ!」

260: 2013/06/27(木) 18:40:36.42 ID:g3vq62cW0

一斉に紙をめくる音が響く。
続いてペンが一枚の紙を挟んで机を叩くカツカツと言う音。
会場にいる100人以上が鳴らす同じ音は、一つ一つは小さくても合わさって伊織の耳に響く。
伊織も問題を開き、答案用紙を裏返す。
名前を書く。受験番号を記入する。

『第4回全国統一模試、英語、リスニングテスト』

会場内にスピーカーから、無機質な女性の声が響いた。

261: 2013/06/27(木) 18:44:04.32 ID:g3vq62cW0



時計を見ると12時45分になっていた。
伊織は午前中の教科を終えてそろそろ昼食を取っている頃だろうか。

「戻りましたー」

「戻りましたぁ」

事務所のドアが開きあいさつをしながら真と雪歩が帰ってくる。

262: 2013/06/27(木) 18:44:39.57 ID:g3vq62cW0

P「お、おかえり」

小鳥「お帰りなさい、真ちゃん、雪歩ちゃん」

真「ふぅー、あっついー」

真は右手で自分の顔を煽ぎながらソファに体を沈める。
疲れたねー、と言いながら雪歩は給湯室のほうに歩いて行った。

P「今日はダンスだったか?」

真「そうですよー!この時期のダンストレーニングはきっついですねー」

P「ちゃんと水分取れよ。室内でも熱中症になるんだから」

真「はい!今日はスポーツドリンク二本も飲んじゃいましたよ」

P「それでいい」

263: 2013/06/27(木) 18:45:53.46 ID:g3vq62cW0

真と話していたら雪歩がお茶を持ってきてくれた。

雪歩「はい、プロデューサーもどうぞ」

P「お、サンキュー」

雪歩「いえー」

雪歩はお盆を持ってソファの方へ歩いて行った。
お茶を一口飲む。麦茶だった。

P「ふむ、うまい」

ひとりごちる。

さて、夕方には伊織を迎えに行かなければならない。
それまでにできるだけ仕事を片付けておこう。
気合を入れなおすと俺は再びパソコンの画面に意識を向けた。

264: 2013/06/27(木) 18:46:33.09 ID:g3vq62cW0



車で待っていると、入り口から生徒がわらわら出てくるのが見える。
どうやら模試が終わったようだ。
ビルの入り口前では講師が見送りをしていた。
俺も以前はやっていたな、と思いながら伊織が出てくるのを待つ。
それから数分後こちらの方に伊織が歩いてくるのが見えた。

P「お疲れ」

伊織「ええ」

車を出す。
迎えの車で込み合っているので、講師たちの誘導に従う。

265: 2013/06/27(木) 18:47:26.02 ID:g3vq62cW0

P「どうだった?」

伊織「まあまあ」

P「自己採点しただろ?」

伊織「いちおう。でも自己採点なんてするの初めてだから誤差がひどいかも」

P「まあな。それもこれから慣れてかなきゃならん」

P「記述問題のところだろ?」

伊織「そう」

P「まあ数学と理科なら俺が後から見る。文系の正確な点数は結果が帰ってきてからだな」

266: 2013/06/27(木) 18:48:34.87 ID:g3vq62cW0

P「ちなみに数学は何点だった?」

伊織「証明を抜いたら71点」

P「理科は?」

伊織「たぶん72点」

71と72か。
まあ自己流で勉強したにしてはまずまずだろう。

勉強方法は教えてはいたが、受験に向けての本格的な勉強はまだまだしていないに等しかった。
一年生の内容や2年生の内容なんて抜けているところが多いだろうし、これから復習をしていかなければならない。
今までは定期テストの勉強やワーク、ノートなどの提出物のために時間を割いていたので本格的な勉強はこれからというところだ。

267: 2013/06/27(木) 18:54:59.27 ID:g3vq62cW0

正直スタートは遅くなったと言わざるを得ない。
予定では夏休み開始から総復習を始めるつもりだった。
しかしテスト結果のごたごたがあったためまだ始められていないのが現状だ。

今はまずまずの状態だが、本当ならもっともっと周りに差をつけておかなければならない。
なぜなら――

伊織「ねえ」

しばらく黙っていたら伊織が話しかけてきた。

P「ん?」

伊織「みんな……真剣だったわ」

P「だろうな」

268: 2013/06/27(木) 18:55:40.90 ID:g3vq62cW0

伊織「正直もっと気が抜けてるのかと思ってた」

伊織「学校の周りの子たちはテスト前とかテスト中でもそんな感じだし」

まあそうだろう。
伊織の周りには受験をする子なんてほとんどいないはずだ。
私立の学校だと高校まで、または大学までエスカレーター式だ。
定期テストや模試に緊張感がないのも仕方がない。

P「あの雰囲気を感じてほしかったから模試に申し込んだようなもんだしな」

伊織「そうなの?」

P「ああ。もちろん合格判定を出すのも目的だが」

伊織「……」


269: 2013/06/27(木) 18:57:32.42 ID:g3vq62cW0

伊織「……みんな、この後成績が上がるのよね」

P「……そうだな」

やはり頭の回転が速い。
というか、先を見る能力がある。
これも芸能活動の副産物だろうか?

P「今回の模試は夏期講習や合宿でのまとめみたいなもんだ」

P「講習とか合宿の成果を試す場所。塾に通っている生徒の結果は以前と比べてどうなってると思う?」

伊織「……そりゃ上がってるんじゃないの?」

P「まあそうなんだが」

P「実は点数的には以前と変わらないか、少ししか点数が上がってない生徒が大半なんだ」

P「人によっちゃ下がってるかもな」

伊織「……意味ないじゃない」

270: 2013/06/27(木) 19:01:12.75 ID:g3vq62cW0

P「意味なくはない。……というか、塾側はそれをわかった上で別の意図を持ってこの時期に模試をやってるんだ」

伊織「別の意図?」

P「正直一か月氏ぬ気でやったって、あんまりは成績は変わらん。特に模試なんかの総合問題だと特に」

P「だから折れずに努力を続けることが大切なんだ」

伊織「……」

P「一般的に勉強の効果が出るのは三か月後って言われてる」

伊織「へえ」

P「三か月がんばり続けないと成績ってのは伸びてこないんだよ」

P「これは筋トレとかでも言えるらしいが」

P「……その代わり、三か月経過からは見違えるように成績が伸びていく子が多い」

伊織「……」

271: 2013/06/27(木) 19:02:01.60 ID:g3vq62cW0

P「だからちゃんとやってるやつは……そうだな、10月とか11月あたりに急激に成績が伸びてくる」

まあそれまでに心が折れなければだが、と付け足そうとして、やめた。
偏差値的に、伊織の敵は最後まで努力したやつらばかりが志望してくるはずだからだ。

伊織は沈黙している。何を思っているのだろうか。

P「そんなやつらと戦うことになるな、これから」

伊織「……難儀ね」

P「珍しく弱気だな」

伊織「弱気じゃないわよ。ただ……」

P「ただ?」

伊織「……ううん、なんでもない」

272: 2013/06/27(木) 19:06:18.82 ID:g3vq62cW0

P「まあ、今回はこれから戦う相手のことがわかっただろ?」

P「勝負はこれからだ」

伊織「……そうね」

それから伊織は事務所に着くまで黙ったままだった。
無表情な顔の下で何を思っていたのだろうか。

そして事務所につくと仕事のため律子とともに移動となった。
朝から夕方まで模試を受け、その後に仕事。
こんなスケジュールが試験まで続く。

伊織は簡単に折れるやつじゃないが、ただがむしゃらに勉強させればいいわけでもない。
以前よりはましになったとはいえ、伊織は自分のコントロールが決して得意ではない。
そこを補うのがプロデューサー兼先生である俺の役目だ。

273: 2013/06/27(木) 19:06:47.75 ID:g3vq62cW0

……

律子「大丈夫、伊織?なんだか調子悪そうね。疲れたの?」

伊織「……ううん、ちょっと考え事してるだけ」

律子「ならいいけど、何かあったらすぐ言いなさいよ」

伊織「うん」

伊織「……」



つづく

280: 2013/06/29(土) 18:17:49.36 ID:Ap9762GO0



P「それでは、第二回テスト対策作戦会議を始める」

伊織「質問」

P「はい、伊織くん」

伊織「なによそれ……質問というか今更ってカンジなんだけど」

伊織「なんで夏休みが明けてすぐに『期末』テストがあるの?前々から思ってたけどおかしくない?」

281: 2013/06/29(土) 18:20:51.22 ID:Ap9762GO0

P「うむ、それは日本の教○○○会が[ピーーーーーーーーーー]だからだね!!」

伊織「……」

P「いやー上の考えてることはわからんね。ゆとりって言ってみたり今度は内容増やしてみたり、教科書だっていつまでたってもわかりやすくならねーしなー」

伊織「……アンタ、消されるわよ?」

P「冗談だ。真面目に説明すると3時間ぐらいかかるが、説明するか?」

伊織は顔をしかめて手をひらひらと振った。

模試を受けてから3日後、伊織の午後が珍しく開いていたのでテスト対策を行うことにした。

先ほど伊織が言った通り夏休み明けには期末テストが行われる。
簡単に言うと伊織の現在の学校は2期制のため、1年間が前期と後期に分けられている。
つまり9月の期末テストをもって前期が終了し、前期分の成績がつけられるわけだ。

282: 2013/06/29(土) 18:23:01.78 ID:Ap9762GO0

伊織「中間テストで失敗しちゃったから、気合入れないとね」

伊織「頼んだわよ、先生」

P「……ああ」

苦い思い出だ。
当時は俺も伊織もだいぶ気落ちしていて、何とか切り替えるのに一か月以上かかった。
だが今になればあれも必要な経験だったかなと思う。
この先もっと苦しいことはたくさんあるからだ。

P「さて、とは言っても基本的にはやることは同じだ」

P「内容的に中間テストから少し進んだとはいえ、範囲が重なっている部分も多い」

P「前回の復習をしつつ新しい内容を確認していくという形を取る」

283: 2013/06/29(土) 18:23:33.92 ID:Ap9762GO0

伊織「具体的には?」

P「まずはこれをやるべし」

プリントを手渡す。問題二枚に、答案用紙一枚。

伊織「これ……中間テスト?」

P「うむ。もちろん解き直しはやっておるな?」

伊織「……」

まあやってないと思って言ってるんだが。
今回伊織に渡したのは、前回64点だった中間テスト。問題と解答をコピーし、修正液で書き込みや途中式などを消して白紙の状態に戻したものだ。もちろん数字などは一切変えていない。

288: 2013/06/30(日) 00:27:32.13 ID:uuMCly6X0

P「前回とまったく同じ問題だ。さすがに解けるだろ」

伊織「……なんか、アンタの傾向がわかってきたかも」

P「40分な」

伊織「短いわね」

P「二回目だからな。おし、始め!」

伊織はカリカリとペンを走らせ始める。
俺は会議室を出た。邪魔にならないようにというより、俺にも仕事があるからだ。

289: 2013/06/30(日) 00:28:28.13 ID:uuMCly6X0

「あ、プロデューサーさん!」

デスクに戻ると春香が駆け寄ってくる。

P「おう、今から現場か?」

春香「はい!」

P「販促イベントとラジオだったか」

春香「そうです!今度こそTOP20を狙いますよ!」

P「うむ、期待しておるぞ」

春香「はい!あ、これプロデューサーさんもどうぞ」

女の子らしい包み紙で包装された小さな包みを渡してくる。リボンとシールまでついていて、ふわんと甘いにおいがした。

290: 2013/06/30(日) 00:29:25.01 ID:uuMCly6X0

P「サンキュ。今日は何なんだ?」

春香「フィナンシェですよ、フィナンシェ!」

P「……すまん、わからん」

春香「別にプロデューサーさんがわかるとは思ってませんよ」

P「うぐっ。お前口悪くなってないか?」

春香「あはは、冗談です。名前はまあいいですから、いい出来なので食べてみてください」

P「ああ、仕事に疲れたらいただくよ」

291: 2013/06/30(日) 00:29:58.50 ID:uuMCly6X0

春香「あ、あとこれは……そうだ」

P「?」

春香「プロデューサーさん、付箋持ってません?」

P「付箋? ……ほら」

春香「あ、ありがとうございます」

付箋を渡すと、春香はペンを取り出し机の上で何かを書きはじめた。

春香「……よし!これは伊織の分です。渡してもらっていいですか?」

P「……なるほどな。わかった、よろこぶよ」

292: 2013/06/30(日) 00:30:28.80 ID:uuMCly6X0

春香「どうなんですか?伊織の調子」

P「まあまあかな。後で本人に聞いてみたらどうだ?」

春香「……なんとなく勉強中って話しかけにくいじゃないですか」

P「それはそうかもな」

P「それより春香は学校の勉強だいじょうぶか?」

春香「……」

P「目をそらすな」

のヮの「」

P「顔芸するな。お前だってそろそろ定期テストが……」

293: 2013/06/30(日) 00:31:13.61 ID:uuMCly6X0

春香「お仕事行ってきまーす!」

P「……」

不自然に回れ右をして駆けていく。

春香「わあっ!?」

ドンガラガッシャーン!!

お約束も忘れない。
勉強はともかくお笑……アイドルとしては成長しているようだな。


294: 2013/06/30(日) 00:32:12.67 ID:uuMCly6X0



30分後、伊織の様子を見に行くともうすでに終わっているらしかった。
頬杖を突きながら空いている手でペンを回している。

P「できたか?」

伊織「……だいたい」

P「んじゃあそこまで。これ以上考えてもわからんところはわからんだろ」

模範解答を渡して自己採点をさせる。

295: 2013/06/30(日) 00:33:02.79 ID:uuMCly6X0

伊織「……できた」

P「ふむ」

丸付けが済んだ答案用紙を受け取り、点数を計算する。

P「70点だな。前回のテストが終わった後、解き直ししたか?」

伊織「……してない」

P「しような」

伊織「……怒らないわけ?」

P「まあ今の伊織の顔見たら別に言う必要ないか、と」

P「解き直しやっとくべきだったってちゃんと自覚してるみたいだしな」

伊織「……」

296: 2013/06/30(日) 00:33:29.51 ID:uuMCly6X0

P「次からちゃんとやればいい」

伊織「……ふん」

P「定期テストの解き直しをする意味は二つ。一つは当たり前のことだ」

伊織「……解けなかった問題を解けるようにするため?」

P「ああ。それはどの問題でも、いや勉強全般に言えることだ。もう一つ、わかるか?」

伊織は少し考えて、首を振った。

P「学校の先生の問題に慣れておくためだ」

297: 2013/06/30(日) 00:35:09.74 ID:uuMCly6X0

伊織「……どういうこと?」

P「定期テストは模試とか入試と違って学校の先生が作るだろ?」

P「先生によって作る問題はだいぶ癖がある」

P「その傾向に慣れておくことが定期テストでは重要だ。本当は過去問でもあれば一番なんだが、あいにくここは塾じゃないからないしな」

過去問によるテスト対策はかなり重要だ。
テストによってはそれで10点20点の差が出たりする。
学校の先生が問題を作る際、どうしてもその先生なりの重要ポイントであったり絶対に組み込んでくる問題があったりするためだ。
極端な話、去年の問題の数字を変えただけのほぼ同じテストが使われることもある。

298: 2013/06/30(日) 00:35:40.23 ID:uuMCly6X0

P「その二つだ。まあ一番重要なのは一つ目だな」

P「前回解けなかった問題は確認しておかない限り二回目も解けない」

P「『これ前回も出た問題だ!』ってわかってるのに解けないなんて嫌だろ?」

伊織「……そうね」

P「はい、じゃあ解き直し。わかんないところは解説するから言ってくれ」

伊織「じゃあまずここ」

P「因数分解か……しかも、結構難しいやつだな。方べきの順って知ってるか?」

伊織「聞いたことないわ」

P「そっか、まあ中学校ではやらないかもな。でも覚えておくと便利だぞ」

……

299: 2013/06/30(日) 00:36:06.39 ID:uuMCly6X0

P「こんなとこか」

伊織「もう一回?」

P「今はいい。その代わりもう一枚真っ白なやつやっとくから、明日にでももう一回解いてみろ」

伊織「わかった」

P「次は理科な」

……

300: 2013/06/30(日) 00:36:58.49 ID:uuMCly6X0

理科の中間テストの解き直し、解説を終えると時間は夕方5時になっていた。

伊織「……ふぅ」

P「いったん休憩。俺もそろそろ迎えに出なきゃならんし」

伊織「アンタ、戻るのは何時になるの?」

P「たぶん夜だな。8時か……遅ければ9時だな」

伊織「わかったわ」

P「あ、あとテスト勉強で絶対やらなきゃないことは?」

伊織「学校のワークでしょ。覚えてるわよ」

P「ならいい。とにかく基本的には学校のワークから問題が出されるからな」

301: 2013/06/30(日) 00:37:28.47 ID:uuMCly6X0

P「適度に休憩入れてやれよ」

伊織「うん」

P「じゃ……あ、そうだこれ」

包みを伊織に渡す。

伊織「なにこれ?」

P「春香からだ」

P「フィなんとかってお菓子らしい。フィ……」

伊織「フィナンシェかしら?」

P「ああ、たぶんそれだ」

302: 2013/06/30(日) 00:37:56.97 ID:uuMCly6X0

伊織「……」

包みには付箋がついている。

『伊織、ファイトだよ、ファイト!勉強の休憩中にでも食べてね!春香』

伊織「……ふふっ」

P「あとでお礼言っとけよ」

伊織「わかってる」

伊織「……わかってるわ」

303: 2013/06/30(日) 00:38:24.63 ID:uuMCly6X0



コンコン

高木「ん、誰かな?どうぞ」

伊織「失礼します」

高木「おお、水瀬君か!どうだね、調子は?」

伊織「……まずまずです」

304: 2013/06/30(日) 00:38:50.82 ID:uuMCly6X0

高木「うむ、そうか。あまり無理はしないようにね」

伊織「はい」

伊織「それで、その、ちょっと相談があるんですけど」

高木「……聞こうか。掛けてくれたまえ」



308: 2013/07/01(月) 20:26:29.04 ID:ih5fHquU0



伊織「ええ!?技能科目のほうも勉強するの!?」

P「当たり前だ!主要五教科より軽く見てるやつが多いが、同じ価値のある内申がつくんだぞ!?」

P「特に保健なんてこの前評定3だったんだからやるに決まってるだろ!」

伊織「ぐ……!」

309: 2013/07/01(月) 20:27:01.66 ID:ih5fHquU0

……

やよい「伊織ちゃん、調子はどう?」

伊織「……鬼軍曹二人にしごかれてるわ」

P「伊織、終わったか!?」律子「伊織、歌詞覚えたでしょうね!?」

やよい「あ、はは……大変そうだねー……」

やよい「あ、これ伊織ちゃんのために作ってきたの!」

伊織「……おにぎり?渡す相手間違ってない?」

やよい「間違ってないよー!最近遅くまで勉強してるって言ってたから、お腹が空くかなーって!」

伊織「……ありがとう、やよい」

やよい「ううん、がんばってね!」

310: 2013/07/01(月) 20:27:30.08 ID:ih5fHquU0

……

P「おーい、もう帰るぞー……」

伊織「あと1ページだけだから」

P「さっきもそう言ってなかったか?」

伊織「……」

P「はあ……じゃああと10分だけな」

311: 2013/07/01(月) 20:28:30.74 ID:ih5fHquU0

……

P「おし、これで全範囲終了か」

伊織「あと三日はなにをすればいいかしら?」

P「そうだな……苦手なところと総合問題演習ってところか」

P「お前平方根と展開の混ざった計算とか苦手だろ?あそことか、あとは2次方程式の応用とか……」

伊織「……うぇ~……今度のライブの振り付けも覚えなきゃなんないのに~……」

312: 2013/07/01(月) 20:28:57.46 ID:ih5fHquU0

……

P「まあ、がんばってこい。今回は全範囲きっちりやったし、吉報を期待している」

伊織「まあやれるだけやるわ」

P「うむ」

……

P「……」

小鳥「落ち着かないですね、プロデューサーさん?」

P「あ、い、いえそんなことは……!」

313: 2013/07/01(月) 20:29:34.07 ID:ih5fHquU0

律子「今伊織は何の科目やってるんですかね?」

P「……たしか数学だと思う」

小鳥「ふふ、定期テストでこれなら、本番の入試だったらもう居ても立ってもいられないんじゃないですか?」

律子「まあそうでしょうね。プロデューサー殿は特に」

P「……ぬぅ」

314: 2013/07/01(月) 20:30:38.31 ID:ih5fHquU0

……

P「明日で最終日だな」

伊織「英語は問題ないけど、理科と保健体育ね……」

P「まあ、今日だってテストがあったんだから疲れすぎないうちに切り上げるぞ。明日になって頭が働かなかったら元も子もない」

伊織「ええ」

315: 2013/07/01(月) 20:34:57.70 ID:ih5fHquU0

……

あっ!

と言う間に期末テストも終わった。
伊織的には良くもなく悪くもなくといったところらしい。
今回はスケジュール自体はしっかりこなせたが、それで劇的に点数が変わるかと言ったら素直には肯定できない。
やはり三年生ともなると内容が難しくなっているし、テスト対策をしたとは言っても芸能活動の合間を見ながらなんとかこなしたと言ったところだからだ。

とりあえず今は素直に結果を待つ。

その間に――

P「失礼しまーす、765プロのものですがー」

伊織「……なに言ってんのよ」

316: 2013/07/01(月) 20:38:57.65 ID:ih5fHquU0

伊織が体調を崩した。
今まで気力でカバーしていた分がここにきて一気に来たのかもしれない。

P「お、シャルル元気か?」

伊織の横にはいつものぬいぐるみが一緒に寝ていた。

伊織「アンタね……どっちの心配をしに来たの?」

P「そりゃもちろんみんなのアイドル伊織ちゃんに決まってるだろ」

伊織「どうだか……」

P「ほいお見舞い。765プロからな」


317: 2013/07/01(月) 20:44:03.18 ID:ih5fHquU0

俺が持ってきたバスケットにはフルーツではなくオレンジジュースが大量に入っていた。

P「フルーツなんかはいいものいくらでも食べれるんじゃないかと思ってな」

P「事務所近くの自販機のパックのオレンジジュースだ。ほら、体に染み入る事務所の味だぞ」

伊織「……まったく、大げさなのよ」

P「はは、大げさか」

伊織「うん……」

P「……」

318: 2013/07/01(月) 20:44:57.94 ID:ih5fHquU0

P「……あー、体調はどうだ?」

伊織「まあまあ」

P「俺も出先で知ったからあんまり詳しく聞いてないんだが、どうなったんだ?」

伊織「ちょっとめまいがして気持ち悪くなっただけよ」

ちょっと、か。

伊織の言うことは大体鵜呑みにしてはいけない。
強情を標準装備しているような奴だ。
弱いところは周囲に見せない。

伊織「もう良くなったから、心配ないわ」

319: 2013/07/01(月) 20:45:23.73 ID:ih5fHquU0

伊織は多少の体調不良なら普通に仕事に来る。
他人に迷惑をかけることを嫌う。
いや…嫌うようになった。
昔は天上天下唯我独尊わがままワンダーガールだったくせに。
その伊織が休むということは、相当だったんだろう。

P「そうか」

伊織「ええ」

P「……」

伊織「……なによ」

P「べつに」

伊織「……ふん」

320: 2013/07/01(月) 20:45:55.02 ID:ih5fHquU0

口には出さない。
「無理してるんじゃないのか?」「やっぱり受験と芸能活動の両立は難しいんじゃないか?」
言ったところで何も解決しないし、言い争いになるだけだ。

伊織が決めて始めたことだ。
俺はそのサポートを全力でするだけ。
去年一緒に活動していた時と同じだ。

P「まあ、なんだ……なんかあったら言ってくれよ」

伊織「……うん」

それぐらいしか、言えない。

321: 2013/07/01(月) 20:46:22.11 ID:ih5fHquU0

伊織「……ところでアンタ」

P「うん?」

伊織「この子のほんとの名前、憶えてるわよね?」

隣に寝ているうさぎ(のぬいぐるみ)を撫でながらそんなことを言う。

P「覚えてるよ」

P「……ケン・コバヤシ」

布団から足が出てきて、左ひじのあたりを蹴られた。

322: 2013/07/01(月) 20:46:57.10 ID:ih5fHquU0

P「冗談だ。うさちゃんだろ?」

伊織「ふん!最初から言いなさいよ、馬鹿」

普段伊織が言っているうさぎの名前シャルルは芸名みたいなものだ。
シャルル・ドナテルロ18世。
本名はうさちゃん。伊織が小さいころにつけた名前だ。
ただ小さいころにつけた単純な名前が恥ずかしいと思ったのか、少しずつ売れてきてからは対外的にシャルルと呼ぶようになっていた。
事務所で本名を知って言るのはたぶん俺だけ。

伊織「……忘れちゃったかと思ってたわ」

P「忘れるわけないだろ」

P「……よくわからんが俺が学校の先生と面談したりな」

伊織「ふふ、そんなこともあったかしら?」

P「ったく」

323: 2013/07/01(月) 20:47:23.31 ID:ih5fHquU0

そう、伊織のわがままや破天荒ぶりには散々振り回されてきた。
だから今回の受験もなんてことはない……。

うさちゃんを撫でている伊織を見る。
調子はまあまあだと言った伊織。
ちょっとめまいがしただけといった伊織。

……芸能活動を始めて、ほぼ初めて体調不良で休んだ伊織。

伊織のわがままや破天荒ぶりには散々振り回されてきた。
しかし……。
今回ばかりはさすがに厳しいのではないだろうか?

伊織「?……どうしたの?」

P「……いや、なんでもないよ」


324: 2013/07/01(月) 20:47:51.47 ID:ih5fHquU0

P「さて、ほんじゃ病人に気を使わせるのも悪いしそろそろ行くわ」

伊織「……」

P「なんだ、寂しいのか?」

伊織「……うん」

P「……」

固まってしまった。

P「……あ、あの……?」

伊織「……」

325: 2013/07/01(月) 20:48:50.74 ID:ih5fHquU0

伊織「ぷ」

P「!?」

伊織「ぷ、あははははは!」

伊織「なにあほ面して固まってんのよ!」

P「く……!」

伊織「冗談よ、冗談!たまにはこんなパターンもいいでしょ?にひひっ」

P「ぐぬぬ……」

伊織「ふふふ、ちょっと元気でたわ」

伊織「……ありがとね」

P「……お役にたてて光栄ですよ」

326: 2013/07/01(月) 20:50:17.84 ID:ih5fHquU0

P「ゆっくり休めよ」

伊織「うん」

伊織の部屋を出る。
最後に隙間から見えた伊織は、笑顔で手を振っていた。

広い廊下を玄関に向かいながら考える。

今俺が伊織に対してできることはなんだろうか?

車を運転して事務所に着くころには、ある一つの考えが固まっていた。

327: 2013/07/01(月) 20:50:53.47 ID:ih5fHquU0

……

小さな音を立てて扉が閉まった。
伊織は振っていた手をおろし、しばらくしてから起こしていた上体を横にした。
天井を見上げる。

寂しくは、ないわプロデューサー。

小さく口の中でつぶやく。
少しだけ上体を起こし、ベッド横のチェストの一番上の抽斗を開ける。
チェストの上には先ほどプロデューサーが持ってきたオレンジジュースのバスケットがあった。

328: 2013/07/01(月) 20:51:45.75 ID:ih5fHquU0

抽斗から白い錠剤のシートを取り出す。
2錠ほど取り出すとそのまま口に含む。
そこでオレンジジュースがあることを思い出し、包装を破って一本取り出した。
横についているストローを取り出し、パックにさす。
一口飲む。
錠剤を飲み下すと伊織は再び横になった。

2、3分ほど横になっていたが、手探りでシーリングライトのスイッチを手に取ると室内の明かりを消した。

室内が暗くなる。

やがて伊織はゆっくりとベッドから這い出した。

329: 2013/07/01(月) 20:52:23.33 ID:ih5fHquU0

……

P「戻りましたー」

律子「あ、お疲れさまです」

P「まだいたのか」

律子「ええ、スケジュール調整が思ったようにいかなくて」

律子「あ、伊織どうでした?」

P「んー、比較的元気だったかな」

330: 2013/07/01(月) 20:52:50.62 ID:ih5fHquU0

律子「明日からはスケジュール組んでも大丈夫そうでした?プロデューサー殿の見立てでは」

P「おそらく。そう何日も休むようなやつじゃないし」

P「多少減らすとか午後からにするとか保険は掛けといたほうが無難だとは思うが」

律子「そうですか。参考にします」

P「……あのさ」

律子「はい?」

P「少し相談があるんだが……」



つづく

334: 2013/07/03(水) 21:56:11.28 ID:pWBa3W/z0



P「戻りましたー」

律子「あ、おかえりなさい」

夜八時半。事務所に戻る。

亜美「あ!兄ちゃんだ!お疲れちゃーん!」

あずさ「おつかれさまです~」

P「おつかれさまです。竜宮がそろってるなんて珍しいですね」

あいさつをしつつ鞄を下ろす。

335: 2013/07/03(水) 22:16:20.23 ID:pWBa3W/z0

失礼、ちゃんと>>1です。投下します。

336: 2013/07/03(水) 22:17:09.49 ID:pWBa3W/z0

律子「そうですかね?あ、そうそう」

律子「竜宮のリーダーが呼んでるみたいですよ?」

机の上には一枚の付箋が張ってあった。

『質問あり!戻ったら三秒以内に伊織ちゃんのところまで来ること! 伊織』

P「へぁ……」

あずさ「うふふ、大変ですね~、プロデューサーさんも」

P「まあテスト前なんでしょうがないですけどね」

337: 2013/07/03(水) 22:17:53.31 ID:pWBa3W/z0

亜美「っていうかこの前もテストあったのにいおりんまたテスト受けるの?」

P「三年生になればそうなるんだよ。お前も覚悟しとけよ?」

律子「その時は私がみっちりしごいてあげるから、心配しないで亜美」

亜美「う……りっちゃん軍曹の顔が怖いよー……」

あずさ「あらあら~学生さんは大変ね~」

あずさ「……」

あずさ「……学生時代か……」

P(……律子、あずささんが遠い目をしてるぞ)

律子(今話しかけると引き込まれますよ)

338: 2013/07/03(水) 22:18:23.41 ID:pWBa3W/z0

P(引き……?)

亜美(前うっかり『あずさお姉ちゃんの学生時代ってどんなんだったの?』って聞いたとき、すごかったもんねー。すごいってか、長い!)

P(……)

10月。
残暑も過ぎ去り過ごしやすくなってきたころ。
伊織は重要なテストを控えて勉強中だった。

339: 2013/07/03(水) 22:19:00.23 ID:pWBa3W/z0



前回の定期テストが終わると、すぐに夏に受けた模試の結果が返却されてきた。

都立小出高等学校 合格判定 『B』

伊織「このBっていいの?」

P「一応合格率は60~70%ってところだな」

伊織「ふーん」

P「まあ今の段階だとあまり参考にはならん」

P「内申だってまだ決定していないしな」

340: 2013/07/03(水) 22:20:23.89 ID:pWBa3W/z0

夏あたりの模試の判定はおおよその基準にしかならない。
内申も決定していないし、まだほかの生徒だって本格的に勉強を始めたばかりだ。
前にも少しだけ話したが、成績が伸びてくるのはこの後10月から11月あたり。
伊織はその時に周りのやつらの成績について行かなければならない。

P「……ま、現段階でB判定ってのはなかなか悪くないんじゃないか?」

……

続いて定期テストが返却されてくる。

伊織「……なんか普通だったわ」

英語97点。国語88点。社会79点。理科77点。
この辺りはさして変わらなかった。

341: 2013/07/03(水) 22:21:00.47 ID:pWBa3W/z0

ただ前回64点とやらかした数学が、今回は

79点。

P「ぴよっしゃああああああああああああああ!!」

伊織「うるさい」

蹴られた。

P「やったジャン!さすが俺の伊織!」

伊織「誰がアンタのよ!」

伊織「第一、一年生のときとかは90点台だったのよ。まだまだじゃない」

P「いや、三年生の内容でこの点数はいい方だろう。特に前回と比べたらな」

伊織「……ふん」

ちょっとうれしそうだった。

342: 2013/07/03(水) 22:21:46.47 ID:pWBa3W/z0



P「ということでテストが引き続き返って来たわけだが、一息つく間もなく次のテストがあるわけだ」

伊織「えー……」

伊織「そうなの?」

P「うむ、そして次のテストこそ本当に勝負のテストになる」

P「……約束!」

伊織「だからうるさい。急に大声出すのやめなさいよ」

343: 2013/07/03(水) 22:22:19.09 ID:pWBa3W/z0

P「今から俺が言うことを聞いても、殴らない、蹴らない、罵らないことを約束しますか?」

伊織「は?」

P「約束しますか!?」

伊織「……たぶん」

P「うむ、実は今までに受けた前期の中間と期末のテストなんだが――」

P「実は入試の時に考慮される評定には関係ない」

伊織「……」

伊織「よくわかんない」

俺は伊織に説明した。

344: 2013/07/03(水) 22:24:44.05 ID:pWBa3W/z0

入試。正式には高等学校入学者選抜試験だが、この時に考慮されるのは大きく分けると3つ。
内申、学力検査、そして面接。
学力検査と面接は入試日当日に判定されるものだが、内申は学校の成績で決まる。

つまり学力検査は当日の学力を、内申は3年間の勉強の成績を見るわけだ。

しかし、3年間の成績とは言っても3年間すべての成績が考慮されるわけではない。
入試で考慮されるのはその中の一部のみ。
伊織の受ける小出高校の場合『2年生の後期』と『3年生の後期』の二つだけだ。

成績がつく科目は全部で9教科ある。
それをもしオール5を取ったと仮定すると5×9なので45点満点。
さらに『3年生の後期』の成績はさらに2倍して評価される。

つまり2年生後期分=45点、三年生後期分=45点×2=90点
両方合わせて135点満点で評価されるわけだ。

345: 2013/07/03(水) 22:26:01.53 ID:pWBa3W/z0

ちなみに学習外活動評価という評価対象もあり、例えば『生徒会長を務めていた』なら3点、『部活動で部長を務めていた』なら2点、『英語検定3級以上を持っている』なら1点など学習外での活動も吟味される。

P「――ただし、すべてが加点されるのではなくその中で点数の高い1項目だけが加点される」

P「つまり『生徒会長』で『部長』だった場合、『3+2で5点』じゃなく、高い方の『生徒会長だから3点』しかプラスされないわけだ」

ここまでホワイトボードを使いながら説明する。

P「まあこれも地域や学校によって違うからな。少なくとも小出高校はこんな感じだ」

伊織「私、生徒会に所属してるわよ。点数になるかしら?」

P「え?それは知らんかった」

伊織「にひひっ、伊織ちゃんのことを何でも知ってるなんて思わないことね。100万年早いわよ」

346: 2013/07/03(水) 22:26:51.92 ID:pWBa3W/z0

P「……他に質問は?」

伊織「……あ、3年生の後期の成績って言ってたけど」

P「ああ」

伊織「3年生の後期の成績なんて出るの2月とかじゃない。入試終わってるわよ?」

P「そこで、冒頭の次回のテストが重要って話に戻るわけだ」

P「……実は三年生の後期の成績は次の『後期中間テスト』のみで決まる」

そう、後期の評定は受験に関係するものなので早く評定を決めなければならない。
よって、次の後期中間テストの成績でもう後期の評定を決定するということになっている。
いわゆる『仮内申』というやつだ。
ちなみに早く成績を出さなければいけないため、前期期末テストが終わって一か月後にはもう後期中間テストが行われるという強行スケジュールとなるのが一般的だ。

347: 2013/07/03(水) 22:28:15.94 ID:pWBa3W/z0

P「だから次のテストは氏ぬほど重要なのさ。なんてったって2倍されて考えられる評定を決めるテストで、しかも一発勝負だからな」

伊織「なるほどね」

伊織「……ねえ」

P「ん?」

伊織「今の話で何が怒るところがあるの?」

P「いや『前期の成績が関係ないんだったらもっと手を抜いても良かったじゃない!もっと早く言いなさいよ!』って言うかと思ってな」

伊織「アンタね……」

P「余計な心配だったか」

伊織「私だってそのくらいわかるわよ!」

348: 2013/07/03(水) 22:28:54.52 ID:pWBa3W/z0

伊織「次のテストで成績が決まるったって、まともな先生だったら今までの成績とか前期の点数とかも踏まえつつ評価するでしょ?」

P「……その通り」

いくら後期のテストだけずば抜けて良くても、前期の成績がいまいちだと評価は上がらないものだ。
教員側としては「今回のテストだけがんばったんだな」とか「前回は手を抜いていたのか?」と考える人もいるからだ。

P「そういやテストも帰って来たし、そろそろ前期の評定が出ると思うが」

P「低くても、あまり落ち込むなよ」

伊織「はあ?アンタね、出てもいないうちから……」

P「いや、フォローするわけじゃなくてだな」

349: 2013/07/03(水) 22:29:28.99 ID:pWBa3W/z0

P「結構、前期の成績は辛めにつける先生が多いんだ」

伊織「……どういうこと?」

P「『もっと頑張らないとだめだぞ!』という意味で前期は厳しくつける先生も多いんだよ」

P「まあ発破かけだな」

伊織「ふーん」

P「実際に成績が出てからこのこと言ったら『なによ!下手な慰めなんていらないわよ!』って言われるかもしれないから今のうちに言っておく」

伊織「はいはい」

350: 2013/07/03(水) 22:29:58.31 ID:pWBa3W/z0

P「ま、知っておくべき情報はこんなところだ」

P「はい、今の話からわかったことは!?」

伊織「今度のテストが重要」

P「そのためにどうするの!?」

伊織「がんばる」

P「……もうちょっと言い方が」

伊織「じゃあ、めっちゃがんばる」

P「……」

351: 2013/07/03(水) 22:30:50.90 ID:pWBa3W/z0

後日、前期の評定が発表されたが2年生の後期とまったく変化はなかった。
中間がいまいちだったことを考えるとまあ悪くはないだろう。

3年生前期内申

国語…5  技術家庭科…4
数学…4  保健体育…3
英語…5  美術…5
理科…4  音楽…5
社会…4  

計 39

352: 2013/07/03(水) 22:31:23.79 ID:pWBa3W/z0



亜美「うぇ~……」

律子「亜美もがんばらないとねー」

大体の話を聞かせると亜美はソファに仰向けになって、伸びてしまった。

あずさ「努力……青春……懐かしいわ~……」

P「……」

P「まあ、竜宮のみんなには迷惑をかけるが、伊織も大変なんだ」

P「すまんな、仕事調整してもらって」

353: 2013/07/03(水) 22:32:24.34 ID:pWBa3W/z0

テスト前だということもあり、俺は律子に頼んで伊織の仕事を減らしてもらっていた。
ちなみに伊織には話していない。
まあいずれはばれるだろうがその時はその時だ。

律子「いえ」

P「あ、そうそうそのことで……」

口を開いたところで会議室のドアが勢いよく開いた。

伊織「ちょっと!!」

怒っていた。

伊織「アンタねえ!戻ってるなら早く来なさいよ!!」

P「悪い悪い」

伊織「質問いっぱいあるんだから!帰れなくなっちゃうじゃない!」

P「……へーへー」

354: 2013/07/03(水) 22:32:51.24 ID:pWBa3W/z0

伊織「とっとと……!あ」

俺の腕をつかんで引っ張っていこうとしていた伊織の動きが止まる。

伊織「……アンタ、先会議室に行ってて」

P「え?」

伊織「いいから!聞きたいのは机の上にあるプリントの印のついてるところだから!」

P「あ、ああ……」

追い立てられるように背中を押された。

やれやれ、律子に少し話を聞こうとしていたのに。

355: 2013/07/03(水) 22:33:22.32 ID:pWBa3W/z0

最近……いや、伊織が一度体調を崩したあたりからだろうか。

どうにも本調子ではない気がしていた。

そのことについていつも仕事を一緒にしている竜宮のメンバーにも話を聞きたかったのだが……。

356: 2013/07/03(水) 22:33:51.30 ID:pWBa3W/z0



伊織「……あの」

亜美「い~おりん!調子はどうなの?」

伊織「うん……まあまあ」

亜美「ダミですなぁー。そこは『ぼちぼちでんな』って返さないと!」

あずさ「そうだわ~、みんなでこれ買ってきたのよ~」

伊織「なに、これ?」

357: 2013/07/03(水) 22:34:50.66 ID:pWBa3W/z0

あずさ「差し入れよ~。冷えぴたと~……」

律子「パワフルミン3000と」

亜美「眠気覚ましにぴったり!スーパーシゲキックスDXα!!」

伊織「あ、ありがとう……」

律子「でも、あまり無理しないようにね。体調は大丈夫なの?」

伊織「うん、平気……」

伊織「……ごめんね、みんな。私のわがままで……くぎゅ!?」

あずさ「うふふ、そういうことは言いっこなしよ~」

亜美「あ~!亜美も!亜美もいおりんのことぎゅってするのー!」

358: 2013/07/03(水) 22:35:42.27 ID:pWBa3W/z0

伊織「ぅ……あずさ、くる……!」

あずさ「……がんばってね、伊織ちゃん」

伊織「あずさ……」

亜美「そうだよ、いおりん!」

亜美「亜美なんか真似できないよー!勉強なんて10分で限界だし!」

律子「亜美……」

律子「おほん、まあ心配しないで」

伊織「……」

律子「伊織は自分のやるべきことをしっかりやりなさい。私たちを信じて」

律子「仲間なんだから」

359: 2013/07/03(水) 22:36:13.76 ID:pWBa3W/z0

あずさ「うふふ、そうよ~伊織ちゃん」

伊織「……」

亜美「そうそう!そしてスーパーいおりんになって亜美にべんきょー教えてね!簡単に点数が取れるやり方!」

伊織「……うん」

伊織「……私、絶対に合格するから」

360: 2013/07/03(水) 22:36:57.04 ID:pWBa3W/z0



その後、テストまで伊織はみっちり勉強をした。

そしてテスト終了後。

伊織の芸能活動休止が発表された。



つづく

366: 2013/07/07(日) 23:31:05.83 ID:hD97+PWQ0



P「じゃあこの前の岩石のつくりの復習。まず火山活動でできる岩石を何という?」

伊織「火成岩」

P「火成岩は大きく分けると二種類あったな」

伊織「えーと、深成岩と……火山岩?」

P「正解。じゃあ火山岩の代表例三つ」

伊織「えーと……りかちゃんあせってだから……」

伊織が空中で何かを書くように手を動かす。
先日教えた暗記表を描いているのだろう。

367: 2013/07/07(日) 23:33:07.15 ID:hD97+PWQ0

伊織「流紋岩と……玄武岩と……」

伊織「……うー」

俺は何も言わずに伊織の答えを待つ。

伊織「『あ』で始まるやつでしょ?」

P「そう。もう着いちまうぞ」

伊織「あ、あ……あー!」

水瀬邸の門前を通り過ぎ、ひらけたところでUターンをする。
門の真ん前で車を止め、ハザードを出した。

P「はい時間切れ。正解は安山岩」

伊織「あーそうだわ……くっ」

P「ほい、じゃあお疲れさん」

失態だわ、とつぶやき伊織は足元のバッグを抱える。

368: 2013/07/07(日) 23:33:51.05 ID:hD97+PWQ0

伊織「じゃあ、明日も学校終わったら行くから」

P「ああ。俺はたぶんいないが、指示があったら机の上に残しておく」

伊織「わかった。じゃあありがとね」

P「ゆっくり休め。最近顔色がよくない気がする」

伊織「わかってるわ」

伊織が助手席から降りていく。

P「おやすみ」

伊織「……おやすみなさい」

ハザードを消した後、ウインカーを出しギアを入れる。
後方を確認した後、ゆっくりアクセルを踏み込んだ。
サイドミラーには伊織が映っていた。

369: 2013/07/07(日) 23:35:05.90 ID:hD97+PWQ0

伊織を仕事終わりに送るようになって2週間。
言い出したのは伊織だった。

伊織『帰り、車の中でも勉強するから送ってって』

伊織『いいじゃない。アンタが帰るまで勉強するって決めたのよ』

伊織『それに間違えそうなところとか覚えてなさそうなところとかアンタの方が把握してると思うし』

伊織『とにかく!アンタは私のことを送ってくれればいいの!』

強引に送り役として抜擢された。

大きな変化は他にもあった。

伊織は今、芸能活動を休止中だった。

370: 2013/07/07(日) 23:35:49.86 ID:hD97+PWQ0



話はしばらく前にさかのぼる。
伊織が体調を崩して、俺が見舞いに行ったその帰り。
俺は伊織の今後について相談するために事務所に戻った。

P『……あのさ』

律子『はい?』

P『少し相談があるんだが……』

律子『伊織のことですか?』

P『ああ』

371: 2013/07/07(日) 23:37:31.83 ID:hD97+PWQ0

律子『……やっぱり、悪そうでした?』

P『いや、おそらく大丈夫だろう』

P『ただ「今回は」だが』

律子『……』

P『なあ、俺は仕事先でのことはわからないんだが現場ではどうなんだ?』

律子『そうですね……』

律子『前置きしておくと、私も伊織のことは注意して見てますよ?』

P『……』

律子『その上で言うと』

律子『……正直、いつも通りですね。以前と同じです』

P『そうか……』

俺は大きく息を吐く。
律子は腕組みしながらこちらを見ていた。

372: 2013/07/08(月) 00:08:43.92 ID:o/NxUuXd0

律子『まあ、合間合間の空き時間にハンドブックを見ていたりテキスト開いていたりって変化はありますけど』

律子『プロデューサー殿が気にしてるのはそういう変化じゃないでしょう?』

P『ん……そうだな』

律子『何か気になることが?』

P『……』

自分の中で考えていることを整理する。なるべく律子の理解を得られるように。

P『今回のことに関してだが、今後のことをしっかり考えるいい機会かもしれない』

律子『いい機会……?』

P『ああ』

373: 2013/07/08(月) 00:12:34.61 ID:o/NxUuXd0

P『いつも一緒に活動している律子たちにも伊織の変化は気づかなかったんだろ?』

律子『……はい。面目ないですが』

P『ってことはこの先もなんの予兆もなく伊織が体調を崩す可能性があるってことだ』

P『それはどう考えてもまずいだろ』

律子『そうですね……』

P『だから今後の伊織のスケジュールを見直すいい機会ってことだ』

P『まずどうして今回のような事態になったか。考えられる理由は二つ』

P『一つは伊織自身も気づかないうちに、疲れやストレスが溜まっていた可能性』

374: 2013/07/08(月) 00:14:13.62 ID:o/NxUuXd0

芸能活動をしてると体調が万全なんてことはほぼない。
なんとか折り合いをつけてうまくこなしているのが現状だ。
一流のアイドルはそういう体調管理なども含めて一流ということだ。

伊織はそういう技術を一年目にしっかり身につけているはずだ。
俺との活動中も、最後の方はしっかり体調管理できていたように思う。

ただ、心の負担に関してはそう簡単なものではない。
俺もプロデュースを始めたころに社長に言われたものだ。
「ストレスというものは自分でも気づかないうちに溜まっているからストレスと言うんだよ」と。

P『二つ目は、単純に無理をしていたのを隠していた可能性だ』

P『……なあ律子。あいつ、トップアイドルと呼ばれるようになってから以前とは変わったと思わないか?』

律子『どの点でですか?』

P『以前はわがままで振り回されることが多かったが、自分が事務所の中でも重要なポジションにいると自覚してから……なんつーかな』

P『……自己犠牲、って言ったら言い過ぎかもしれんが』

P『自分のことは後回しにする傾向が強くなった』

律子『……』

375: 2013/07/08(月) 00:15:52.63 ID:o/NxUuXd0

P『まあ成長したってことで喜ばしくもあるが、度を過ぎると褒められたもんじゃない』

P『竜宮のリーダーになってからさらに責任感も増しているみたいだしな』

P『その状態で今は受験を控えて勉強してるわけだ』

P『伊織の頭の中で何が起きているかは俺もわからん』

P『ただ、いろんな要素によって自分を削ってでも勉強しなければならない状態にあるのかもしれない』

律子『プロデューサー殿にも……わからないですか?』

P『……なんとなくだが』

P『ただ父親を見返したいからとか、受験すると言ってしまって取り返しがつかないからとかそんな理由ではない気がする』

P『……ほぼ勘に近いがな』

律子『……わかりました。私も私なりに考えてみます』

376: 2013/07/08(月) 00:17:36.11 ID:o/NxUuXd0

律子『ただ、その前に具体的な対策は打たなければなりません』

律子『……今日来たのもそのことでしょう?』

P『有能だな、プロデューサー』

律子『そういうのいいですから。 ……正直、プロデューサー殿はどうしたらいいと考えてるんですか?』

P『……この先のことも考えると、仕事は減らすべきだと思う』

伊織には一度言ったことがあるがこの先周囲の生徒の成績が伸びてくる。
しかし現状では、伊織はそれに対抗するための勉強時間が確保できないのだ。
周りに追いつかれてきている焦り、それでも勉強時間が取れない不安、そして仕事。
それは伊織にとってはさらなる負担となるはずだ。

律子『……そうですか』


377: 2013/07/08(月) 00:19:45.75 ID:o/NxUuXd0

最初から仕事を減らすことは考えていた。

しかし伊織ならばもしかして、と言う気持ちもあって今までは行動していなかった。

そうして様子を見ていたら今回伊織が体調を崩したわけだ。

完全に後手に回ってしまった。

ただ、今回のことでこのままではいけないことが確実となった。
律子や社長、そして一番手ごわい伊織を説得するのは今のタイミングしかない。
律子や社長はともかく……

『……冗談じゃないわ!それじゃ結局お父様が言った通りにするのと同じじゃない!!絶対休みなんかしないんだから!!』

伊織の顔が浮かぶ。
説得するのは……まあ俺だろう。

378: 2013/07/08(月) 00:20:14.78 ID:o/NxUuXd0

律子『わかりました』

P『……うん?』

律子『伊織の仕事は調整します。急には無理ですが、徐々に減らしていく方向でいいですか?』

P『いけるのか?』

律子『おそらく』

律子『……私だって何も考えてないわけじゃないですよ』

P『あ、そ、そうか』

いやにあっさり。
もう少し難航するものかと思っていたが。

379: 2013/07/08(月) 00:20:52.25 ID:o/NxUuXd0

P『じゃあ伊織の方には俺が……』

律子『いえ、私の方でやります。社長にも話を通しておきますので』

P『そうか?』

律子『……ふぅ。あなたは他の子たちのプロデュースもあるんですから』

律子『伊織のことを考えすぎて今度はプロデューサー殿が、なんてことはないようにお願いしますよ?』

P『あ、ああ』

律子『じゃあそういうことで』

P『ああ。悪いが頼んだ』

律子『いいえー』

380: 2013/07/08(月) 00:22:11.56 ID:o/NxUuXd0

律子『……』

律子『……やっぱりこうなりましたか』

律子『すごいですね、プロデューサー殿は……』

律子『ううん、プロデューサーたちは、か……』

381: 2013/07/08(月) 00:24:16.90 ID:o/NxUuXd0



その後はスムーズに話が進んだ。

後期中間テストの前には仕事が半分くらいになり、テスト中はなし。
テスト空けは多少仕事をしたが、一週間後くらいには正式に活動休止が各所に通達された。
来年の2月、受験終了まで。

トントン拍子に話が進んで正直少しだけ違和感を感じていた。
一番意外だったのは伊織が何も言ってこないことだ。
律子がうまく話したのか。
少なくともそのことで俺に抗議が来ることはなかった。

十月も終わり、十一月になろうとしている。
入試本番まであと三か月と半月。

382: 2013/07/08(月) 00:25:43.74 ID:o/NxUuXd0

芸能活動を控えて負担は減ったはずだが、伊織の様子に変化はなかった。
相変わらず調子の悪そうな日の方が多い。
仕事でも負担が減れば改善されるかと思っていたが、どうやらそういうことでもないらしい。

伊織は表面上はしっかりしているし、聞いても特に何も話さない。
俺の思い違いだと言われればそうなのだろう。

しかし、どうもすっきりしない。

やはりプレッシャーを感じているのだろうか?
単純に見守っていればいい一過性の変化だろうか?
それとも仕事がなくなったことで逆にリズムがつかめないのだろうか?
もうしばらくすれば安定してくるのだろうか?

最近いつも考えている。

が、答えは出ない。

結局、受験とはこういうものとも戦わなければならないものだったことを俺は思い出していた。



つづく

383: 2013/07/08(月) 00:30:17.13 ID:o/NxUuXd0

今回は以上。更新遅くなったわりに、内容的にはあまり進まんかったね……すまぬ。ただ、失踪はしないと約束します。
いつもコメントくれる方々ありがとうございます。励みになります。禿になります。

読んでくれた方ありがとうございました。




P「受験か」伊織「そうよ」【後編】
明日更新
384: 2013/07/08(月) 00:51:48.86 ID:CiNQd4kgo
おつ

385: 2013/07/08(月) 02:16:05.82 ID:FdnB3JZPo
伊織はPaだからね。しょうがないね

引用元: P「受験か」伊織「そうよ」