1: 2015/02/05(木) 22:54:42.21 ID:eWLXQw5J.net
真姫「にこちゃん、今日私の家に来ない?」

にこ「は?」

2: 2015/02/05(木) 22:56:14.46 ID:eWLXQw5J.net
―――――――――

 2学期の中間テスト1週間前、それは私に降りかかった。
 むしろ、正面からカチ当たったと言ってもいい。

 いつものように屋上へ続く階段を上っていた放課後。

 その日の朝に、にこは放課後にそんなことが自分の身に起こるだなんて思ってもみなかった。
 そう、いつものように放課後に希と絵里と屋上へと向かって一歩ずつ階段を上っていく。

 上った順番がいけなかったのかしら、と思う。
 でも、にこ以上に絵里と希が上手く立ち回れるとはにこは思わないから、
 これでよかったのかも、とも思うわけ。

 私が2人よりも少し前をいって、私の後ろをまるでバックダンサーのように希と絵里は上っていった。
 屋上へと続く階段は陽があまり当たらなくて、薄暗くて、10月になった 
 今はブレザーの下にセーターを羽織っているにこでも少し肌寒いくらいだった。

3: 2015/02/05(木) 22:58:22.77 ID:eWLXQw5J.net
 だから、かしら。
 今日もみんなもう来てるのかな、と思いながら登る階段は、
 後ろに希と絵里がいることを差し引いても、なんでかいつも以上に胸の奥がぽかぽかした。

 屋上へと続く階段を上りきって、あとはもうドアを開けるだけ。
 ドアノブを握って回そうとしたら、ドアの向こうから穂乃果と凛の笑い声。
 それを咎める海未と真姫ちゃんの声、心配そうにため息をもらすことりと花陽の声が聴こえてきて、
 思わず、ノブを回す手を止めた。


絵里「今日も騒がしいわね」クスッ

希「ええやん。今日は凛ちゃんの胸でもわしわししようかな~」ワシワシ


 後ろでしゃべる2人に、振り返る。


にこ「……」


 その時、突然、それは突然。


 私は、一体、いつから私はこんなにいろいろなものを手に入れていたのか、 

 
 なんて、不思議になったの。

4: 2015/02/05(木) 23:01:18.44 ID:eWLXQw5J.net
 
 去年の今時期のにこ、あの部室で1人でアイドルのDVDを観てたのになぁー

 とか、
 
 希とはちょくちょく話をしてはいたけど、絵里とまさかこんな風に話をするなんて

 とか、
 
 また、こうして、あの頃は知らなかったはずなのに、信用できる人と出会えてアイドル活動をしているなんて

 とか。

 そういうことをふと思ったら、ちょっとだけ、1年前の自分を誇らしく思ったの。
 
 だって、1年前のにこがあの部室っていう場所から逃げていたら、

 きっと、みんなとこうして出会うことは、できなかっただろうから。

 そう思ったら胸の奥から熱い何かが込み上げて来て、
 それはとっても熱くて、熱くて、
 このにこのちっぽけな身体の中になんて収まり切れなくて。

 胸の上からグググって、口のところまであっついのが押し寄せてきてて。
 まるで口の中に、できたてのたこ焼きを放り込んじゃったみたいにそれは口の中で膨張して、
 にこの口を火傷だらけにしそうにするから。

 でも、飲み込んでそれをにこの身体からこれっぽっちも失いたくはなかった。
 
 それを少しでもにこの中に居させたかった。
 
 にこは、その、涙目になって、必氏にそれがにこの口の中から出ないように堪えて、堪えて、堪えて、
 
 口も「んっ」ってして、口でせき止めてた。

5: 2015/02/05(木) 23:04:34.72 ID:eWLXQw5J.net
 
 でも、にこが、思ってる以上にそれは熱くて、にこの口の中で圧をかけてきて。
 ついに、ふぅ……と一息で、それをにこは外に漏らしちゃった。

希「なんや~? にこっち。溜息なんてついて~」

 希が意地悪そうな笑顔を浮かべてる。 
 それにならって、絵里もいたずらっこみたいな、生徒会長には似つかわしくない笑顔をする。

絵里「また『あんたたちはアイドルとしての自覚がー』とか言い出すんじゃないわよね?」

にこ「ち、違うわよ。にこはただ……」

希「ただ?」

 この一瞬が永遠のものであればいいなぁって、そう思ってる、って言ったら


 希と絵里は、笑うかしら。

 いや、この2人は笑わない、笑わないって、今のにこならわかる。


にこ「……なんでもないわ」

そう言って、ドアノブにかけたままの手を回してドアを開けた。

希「なんや、にこっち。うちとにこっちの仲やんかー」

にこ「はいはい。希、ほら練習するわよ」





ドアの隙間から光がさしこんで、その幅が次第に大きくなっていく。

6: 2015/02/05(木) 23:06:12.56 ID:eWLXQw5J.net
 10月の夕方の空を仰ぎ見ようとしたら、
 にこの目の前に突然大きな黒い塊が押し寄せてきた。

 希と絵里が後ろからにこの名前を叫んで、

 海未とか真姫ちゃんの「危ない」っていう叫び声も聞こえてくるけど、

 
 こういうときって身体、動かないものね。




 だから、そう。


 にこはやっぱ、希と絵里より先に階段を上っていてよかった、とそう思ったの。

12: 2015/02/05(木) 23:18:08.96 ID:eWLXQw5J.net
―――――――――

穂乃果「あてててて……」

凛「いつつつつつ………」

海未「穂乃果、凛、だ、大丈夫ですか!?」

希「にこっち、大丈夫!?」

花陽「り、凛ちゃん!? にこちゃん……!?」

絵里「にこ! どこか打ってない!?」

穂乃果「に、にこちゃんごめん。 大丈夫……!?」

にこ「……」

凛「にこちゃん!? ご、ごめんにゃー!? 凛と穂乃果ちゃんでふざけてたらすべちゃって!?」

海未「ほら、穂乃果、凛! 言ったじゃないですか!! ふざけたら危ないから辞めなさいとあれほど!!」

ことり「にこちゃん、大丈夫? 保健室いく?」

にこ「……」

真姫「どこか、痛いの?」

凛「え!? にこちゃん! どこか痛めたの!?」

穂乃果「ご、ご、ごめんなさい、にこちゃん。私、なんてことを……」アワアワアワアワ

にこ「ったく、あんたたちこの大変な時期にふざけるのも大概にしなさいよね!」

にこ「…………にこだったから、よかったけれども」スクッ

14: 2015/02/05(木) 23:21:21.61 ID:eWLXQw5J.net
希「にこっち……どこか痛めてない?」

にこ「別にただ穂乃果と凛が突っ込んできただけだし。これくらい、なんともないわよ」マッタク

真姫「……」

海未「ほら、穂乃果! 凛! にこに謝りなさい!!」

穂乃果「ごめんね、にこちゃん。穂乃果、もうこんな風にふざけたりしないから」シュン

凛「凛も。ごめんなさいにゃ、にこちゃん」シュン

にこ「……」

にこ「……はいはい。わかったから、もう2人とも顔あげなさいよ。そんなしょぼくれた顔、にこの前にさらさないでよね」

にこ「このアイドルにこちゃんがアイドル的に2人のことゆるしてあげるわ!!」

穂乃果「うわ~ん!! にこちゃん優しいぃいいいい!」ダキッ

にこ「ちょっ!? なんでだきついてくるのよ!? は、離れなさいよ!?」

凛「にこぢゃぁぁあああああああああ」ダキッ

にこ「って、凛も!?」ガビーン

ことり「にこちゃん、本当に大丈夫? 私の位置からだとものすごい倒れ方をしたように見えてたんだけど」オロオロ

にこ「にこがダイジョウブって言ったらダイジョウブなのよ! それより、これとるの手伝いなさいよ。ことり!」ガシガシ

穂乃果凛「これって私たちのこと!?」ガーン

15: 2015/02/05(木) 23:27:36.01 ID:eWLXQw5J.net
絵里「……」

にこ「ほら、そろそろ練習始めるわよ。絵里」

絵里「……」

にこ「絵里?」

絵里「あ。な、なにかしら」

にこ「なにボーッとしてんのよ。ほら。練習始めるわよってば」

絵里「あ、そ、そうね。それじゃあ、みんな今日は昨日の復習からしましょう!!」

海未「まったく穂乃果は!! アイドルという自覚がないからこういうことになるんですよ!! 少しは先を見据えた行動というものをですね」ガミガミガミガミガミ

穂乃果「うぇぇええええ……うみちゃん、ごめんなさーい」

海未「そんな心構えでいたら、いつか私に謝っても仕方ないことが起こるかもしれないですよっ!」

穂乃果「は、はい。……大変申し訳ありませんでした」

ことり「まぁ、海未ちゃん。穂乃果ちゃんも反省してることだし。これくらいで」ネッ?

海未「うぐっ。ことりに言われたら……し、仕方ないです。穂乃果、これからは気を引き締めてくださいね」

穂乃果「はい……」

海未「凛もですよっ!?」

凛「にゃ!? は、はいっ!!」

真姫「……」

希「どしたん、真姫ちゃん。そんな神妙な顔して」

真姫「いえ。別になんでもないわ」

希「なら、いいんやけど」

真姫「……」

海未「それじゃあ、みなさん位置についてくださーい!」

「はーい!!」

26: 2015/02/06(金) 23:14:15.34 ID:Z5nCbrWF.net
――――――――

絵里「じゃあ、今日の練習はここまで! みんなおつかれさまっ!」

「ありがとうございましたーー!!」

穂乃果「あ~~、疲れたっ!!」

海未「ですね。ふぅ。今日は身になる練習ができたと思います」

ことり「海未ちゃん。あれ言わなくていいの?」チョイチョイ

海未「……あ、そうでした。ついうっかり忘れていました」

穂乃果「海未ちゃんでも忘れ事めっずらしー!!」

海未「ぐっ。きょ、今日はなんだか踊るのが楽しかったんです」

穂乃果「おおぉ~。ことりちゃん! 海未ちゃんが素直だよっ!!」

ことり「ねっ!! かわいぃ~!!」プニプニ

海未「うっ。穂乃果! ことり! ちゃ、茶化さないでくださいよっっ」



にこ「………」

にこ「……ふぅ……………」ゴクッ



真姫「……」

28: 2015/02/06(金) 23:43:11.58 ID:Z5nCbrWF.net
希「それで、言うことってなんなん?」

海未「はい。みなさん、来週いったいなにがあるかはご存じですよね?」

花陽「来週……?」

凛「なにかあったかにゃ?」

海未「はい! ご名答!! 来週は2学期の中間テストが行われます!!」

絵里「ゴリ押してきたわね」

穂乃果「そうだっけ? 海未ちゃんの妄想じゃなくて」

海未「」キッ

穂乃果「嘘です。ごめんなさい。続けて」

海未「こほん。練習ももちろん大切なことですが、勉強がやはり学生の本分。
やりたいことを本気でやるためには、やりたくないことも本気でやらないと周りは理解してくれません」

凛「み、耳が痛い……耳が痛いにゃ……」

穂乃果「凛ちゃん奇遇だね。ほ、穂乃果も………」

絵里「確かに。自分たちのやりたいことだけをやっていて、
   勉強を疎かにするようなことはスクールアイドルとしてはあってはならないことだと思うわ」

希「それで、どうするん?」

海未「はい。ちょうど中間テスト1週間前ですから、明日から朝練習と放課後の練習を中間テスト終了日までお休みにしたいと考えています」

29: 2015/02/06(金) 23:57:18.67 ID:3uSLEIfe.net
ことり「えっ。朝の練習もやめちゃうの?」

海未「はい。ですが、個人が『自分には必要だ』と判断した場合の自主練は止めません。
   勉強の合間に身体を動かすことでリフレッシュでき、勉強に集中できるということももちろんありますから」

凛「よ、よかった……身体動かしてないと氏ぬにゃ……」

花陽「あはは。凛ちゃん、鮪みたいっ」

海未「ただ、正規のμ'sとしての練習は控えたいと思っているのです」

穂乃果「穂乃果はそれでいいと思うよ。やりたくないこともちゃんとやらないとねぇ~」ハァ

ことり「うん。ことりも海未ちゃんに賛成っ」

凛「凛もー」

花陽「わ、私もですッ」

真姫「……」

真姫「……」チラっ

にこ「……」

真姫(……おかしい。普段のにこちゃんならここで

にこ「なるほどねぇ~。でも、それって、自分が勉強に専念したいからそうしてるっていう風にもとれるけど?」

とか、言いそうなのに……。

なんでそんなに、黙っているわけ、にこちゃん……?)

絵里「私も賛成」

希「うちも。にこっちは?」

にこ「……いいと思うわよ」

真姫「……」

海未「よ、よかったです。正直、にこあたりに反対されるのではないかとヒヤヒヤしていたもので」ホッ

ことり「ねー、海未ちゃん。杞憂だったでしょ?」

海未「はい……ほっと一息です」

30: 2015/02/07(土) 00:07:18.10 ID:1hmuC01V.net
希「でも、なんで練習を休止することにしたん? 
  やっぱ、穂乃果ちゃんと凛ちゃんとにこっちが1学期に危なかったから?」

穂乃果「その話は蒸し返さないで……」ゴフッ

凛「凛ちゃんとがんばったにやー」

花陽「うん。凛ちゃん、頑張ってたの花陽知ってるよー」ヨシヨシ

真姫「それとも、自分の勉強に練習が支障をきたすため?」

絵里「真姫、そんな言い方はダメよ」

真姫「……っ」

海未「ええと、たしかに穂乃果・凛の勉強、そして私自身の勉強時間を確保したい、
   という自分勝手な理由ももちろん恥ずかしながらあるのです」

海未「それこそ真姫の言うとおりに」

真姫「……そう」

海未「ですが、やはり私が一番に考えたいと思ったのは、そのような考えに至ったのは」

海未「……絵里、希、そして、にこ。あなたたちの存在があったからです」

絵里「……」

希「……」

にこ「……」

32: 2015/02/07(土) 00:20:16.10 ID:xF6F43h8.net
海未「私は少し年の離れた姉がいるので、彼女が高校3年生にどれほど勉強で苦しんでいたのかを幼いながらに見てきました」

海未「勉強って、1・2年生の私たちからすればまだ『やりたくないこと』『やらなければいけないこと』です。
   そこに意思はなくあるのはただ、自分で考えることなく与えられたものをこなす、いわば、事務仕事のような勉強です」

海未「でも、3年生のあなた方にとっては、勉強だって、これから先のことを考えるにあたり、『やりたいこと』の中に含まれているはずです」

海未「絵里、希、にこ。いつもありがとうございます。あなたたちは勉強の苦しみをこの屋上には持ち込みません。
   そんな様子を私たちには見せません。私にはその姿はとても尊く、そして脆くみえていました」

絵里「そんなこと……気にしなくていいのに……」

海未「申し訳ないことに1週間しか時間はとれませんが、ぜひ、勉強に集中してください」

海未「1週間の休止は……正直、ちょっと冒険です。
   弓道でも3日弓を引かないと筋力が落ちてどんな熟練も衰えます。たった3日で、です」

海未「ですが、私はみなさんを信じています。大丈夫です。私たちならきっと遅れを取り戻せます。
    どうか、私が信じるみなさんを信じて、練習を休止し、勉強に励みましょう」



海未「テストが終わったら、私はまた思いっきりみなさんと心から陰りない思いで踊って歌を歌いたいのです」

絵里「……海未」

希「海未ちゃん……」

34: 2015/02/07(土) 00:39:52.48 ID:ojkj6T1D.net
にこ「はぁ……黙って聞いておけばまったく」

にこ「なにをお涙ちょうだいしてるのよ、あんたたちは」

海未「にこ……」

にこ「聴いてるこっちが……恥ずかしいじゃない」プイッ

海未「ふふっ。私もこういう言葉は恥ずかしくて苦手です。でも、言わないと伝わらないことは、言わないとどうしようもないですから」

にこ「……」

にこ「……そうね」

絵里「……海未、ありがとう。私、頑張って勉強するわっ」

希「うちも。こんなにうちらのこと思ってくれてるのに頑張らないわけ、ないやん?」エヘヘ

穂乃果「ほ、穂乃果も頑張るー!! 絶対赤点無しで練習再開するー!!」

ことり「私もー!」

凛「うぉおおおおおお!! なんだか燃えてきたにゃー!! 凛も頑張るっ!!」

花陽「わ、……私モッです!!」

真姫「まぁ、私は普段から勉強してるけど。そこまで海未に言われたらもっと頑張るしかないわね」

穂乃果「いっっよーっし!! じゃあ、気分盛り上がったし」

海未「はい。そろそろ帰りましょ―――」

穂乃果「みんなで掛け声しよっか!!」

絵里「……話の流れが見えないわぁ」

穂乃果「私は勉強ってやっぱ『やりたいこと』に入ってないけど、みんなとダンスするために勉強するって考えると、
    勉強も『やりたいこと』に入ってくるから、そんな自分とみんなと応援するために―――」

凛「凛はやるにゃー」チョキダシ

花陽「穂乃果ちゃんのそういうところ、私は素敵だと思うから……」チョキダシ

ことり「♪~」チョキダシ

絵里「まぁ、そういうことなら」チョキダシ

希「なんかワクワクするやん!」チョキダシッ

真姫「……」チョキダシ

にこ「ほら、さっさとするわよ、海未」チョキダシ

海未「……」

穂乃果「海未ちゃんは気合入れるのはやっぱ投げキ―――」チョキダシ

海未「」チョキダシ

35: 2015/02/07(土) 00:42:05.58 ID:ojkj6T1D.net
クスクスクスクス


ウミチャン ハヤッ


ワ、ワラワナイデクダサイ


スバヤスギテミエナカッタニャ


ホラ、サッサヨヤルワヨ



穂乃果「みんな―――!! テスト頑張るぞ――!!!」



「お――――――!!」
















「まぁ、1週間もあれば……なんとかなる、わよね……?」

43: 2015/02/10(火) 23:53:41.38 ID:1ZT7CXt5.net
 海未ちゃんが練習を休止するとみんなに発表してから二日が経ちました。

 たとえ二日だとしても、されど二日。

 放課後にみんなと屋上で会えないとなんだか、変です。

 調子が狂うというのかな……。

 今回のテストは全学年で木曜日から始まるから、

 土日を1回挟むとはいえ、木曜日と金曜日で二日連続なのは正直、ちょっと……私には厳しいカモ……。

 そう思っていたから、正直、練習がお休みになるのは私の学力的には正しいことなんだけど、

 でも、やっぱり、なんだか、寂しくって。

44: 2015/02/10(火) 23:56:37.71 ID:1ZT7CXt5.net
 だから、凛ちゃんが「朝は一緒に自主練しよっ!!」って花陽のことを誘ってくれたのはとても嬉しかったんだ。

 まぁ、凛ちゃんのことだから、いくら花陽が止めても
 

「朝練して身体動かさないと氏ぬにゃ」

とか水族館のマグロさんみたいなことを言い出して、

初めは私は止めるんだけど、

でもやっぱり私もなんだか心の奥の、奥の、ず~っと、奥の方では朝練をしたかったと思っていたし、

自分ではそういうこと、言い出すのちょっと恥ずかしいから、凛ちゃんが言い出してくれるのを待ってて、
 
最終的には朝練に賛成しちゃう……のです。

 小学生のときから全く変わってない、私と凛ちゃんの、

 まるで空中で、見えない小指で指切りげんまんをいつの間にかして、

 最初から約束していたんじゃないかってくらいに

 びっくりするくらいお決まりのやりとり。

 




 でも、今年は違うんだ。

 そこに真姫ちゃんが加わって。

 三人で指切りげんまん。
 

 あれ? 三人で指切りげんまんってできるのかなぁ……。

 今度、凛ちゃんと真姫ちゃんとやってみよう。

45: 2015/02/10(火) 23:59:29.17 ID:1ZT7CXt5.net
花陽「真姫ちゃん!」

真姫「ん? どうしたの、花陽」

花陽「あのね、私と凛ちゃん、放課後の練習がお休みな間に朝練しようと思ってるんだけど」

花陽「その……一緒に……真姫ちゃんもどうかな?」

真姫「……」

花陽「……」

真姫「……する」

花陽「ヒャェ」


意外にもすんなりオッケーをもらえたので、なんだか変な声がでちゃいました。


真姫「な、なによ? 自分から誘っといてオッケーするのが意外だったとか思ってるんじゃないでしょうね、花陽」


 す、するどい……。 さすが真姫ちゃん。


花陽「え、そ、そんなことにゃいよっ!?」

真姫「凛がうつってるわよ」

花陽「はぅうう……」


 無意識にだけど、凛ちゃんの口癖がスッと口から言ってしまうのってなんか思ってたより恥ずかしい。


真姫「で、用件はそれだけなの?」

花陽「あ、う、うん。朝練の時間とか待ち合わせはまた後で決まったら連絡するね」


 そう言って、私が自分の席に戻ろうと思っていると、なにやら袖を引っ張られました。


花陽「? 真姫ちゃん……?」

46: 2015/02/11(水) 00:00:10.41 ID:uEMWbUDJ.net
 真姫ちゃんは右手で私の制服の左袖をもぎゅっと掴んで、でも顔は頬杖をついたまま窓の外を向いていました。

真姫「だから、その」

花陽「う、うん……?」

真姫「一緒にするのは、……朝練だけで、いいのって……聞いてるんだけどっ」

花陽「……?」ワケワカンナイ

真姫「……凛は英語、花陽は数学苦手でしょ? だから、その……私は別に普段から勉強してるから人の見るくらいの余裕とかあるからその……」

 照れながら、暗に「一緒に勉強しよう」と言っている真姫ちゃんに花陽は




なんだこのかわいいいきもの って思いました。

55: 2015/02/17(火) 13:35:53.41 ID:doW4ZfU9.net
――――――――


凛ちゃんと真姫ちゃんと次の日から朝練を始めました。
 と言っても、いつものように朝練をしていた神田明神の階段を3人で駆け上ると
そこにはこれまたいつものようにみんなが同じように朝練をしていたんですけどね。

 ただ。

 朝の神田明神に、にこちゃんの姿はありませんでした。

56: 2015/02/17(火) 13:45:33.25 ID:doW4ZfU9.net
穂乃果「おー! 今日は花陽ちゃんに凛ちゃん! それに真姫ちゃんも!!」

絵里「1年生組もやっぱり練習に来たのね」

真姫「やっぱ考えてることはみんな同じなのね」

希「まぁ、うちとえりちも昨日からなんやけどね」

穂乃果「穂乃果たちはずっと3人のときからしてるからね」

ことり「なんだか朝に身体動かさないと気持ち悪くて」

海未「朝に身体を動かすのはやはり気持ちがシャンとしますからね」

 2年生はみんな、なんだか職業病みたいになっちゃってます。す、すごい……。

凛「あれ? にこちゃんは?」

希「一応、誘ったんやけど」

 そう言って絵里ちゃんと顔を見合わせて、苦笑い。

絵里「『妹たちの世話が忙しいから』って断られてしまってね……」

57: 2015/02/17(火) 13:59:56.90 ID:doW4ZfU9.net
海未「朝練は自主的なものと位置づけをしているので」

凛「うん! にこちゃんのことだし、きっと陰でこそこそ練習してるにゃ~」

絵里「じゃあ、……練習始めましょうか」


――――――――


 そうやって朝練だけみんなで集まるっていう日々を過ごして、
 ついに明日はテスト初日、っていう水曜日になりました。

ことり「うぅ……つ、つかれたぁ」

穂乃果「あー、海未ちゃん、さりげなく練習が日に日にきつくなってる気がするんだけど」

海未「な、なんのことやら~」

凛「にこちゃん全然朝練こなかったにゃ~」

穂乃果「絵里ちゃん。にこちゃんって……」

絵里「学校には毎日来てるんだけどね、どうもお母さまが出張中らしくって『妹たちの世話で忙しいから朝練はごめん』って言われちゃって」

希「放課後は一緒に勉強はしとるから、テストは大丈夫やろうけど。なんかにこっち忙しそうで朝練のことはうちらも言えなくて」

穂乃果「そうなんだぁ」

58: 2015/02/17(火) 14:00:55.68 ID:doW4ZfU9.net
ことり「お母さんが出張ってなると大変そうだねぇ。にこちゃん大丈夫かなぁ」

凛「そういえばさ、にこちゃんって自転車通学だったっけ?」

絵里「え……。いや、自転車通学ではなかったはずだけどどうして」

凛「いやー、昨日学校から帰ってるときににこちゃんっぽい人が自転車を押して帰ってるところを見たにゃ」

真姫「それ、本当ににこちゃんなの? 見間違えじゃなくて?」

凛「本当だよ! 真姫ちゃんと帰り道で分かれてからその後に見たんだもん! ね! かよちん!?」

 突然話を降られて、一斉にみんなの視線が私に集まりました。チョットビックリ……。

花陽「う、うん……。遠目からだったけど、あれはにこちゃんだったと私も思うなぁ」

海未「にこの家のと学校の距離を考えると、自転車で通学するほど離れてはいないと思うんですけどねぇ」

穂乃果「家のことするのに早く帰りたいから時間短縮のために自転車で来てるとか?」

絵里「あぁ、確かにそれならありえそうね」

希「にこっちのことはとりあえず。明日からテストやねぇ。みんなちゃんと勉強はしとるー?」

59: 2015/02/17(火) 14:01:44.55 ID:doW4ZfU9.net
凛「凛は真姫ちゃんとかよちんと一緒に勉強してるから今回は大丈夫そうだよ!!」ブイッ

穂乃果「穂乃果も今回は海未ちゃんとことりちゃんにしっかり見張ってもらったから大丈夫!!」ブイッ

希「見張ってもらったってのが穂乃果ちゃんらしいな」

穂乃果「うん! もう自分1人でテスト勉強しないのはわかりきってたから!!」

海未「そんなこと威張って言わないでくださいよ、穂乃果。聞いててなんだか泣きそうです」

ことり「ま、まあ海未ちゃん。今回は穂乃果ちゃんもそれだけ赤点をとらないために対策を練ったってことで」

穂乃果「そう! さっすがことりちゃん!! わかってる!! 穂乃果は赤点をとらないために早々に2人を頼ることにしようって決めてそれで」

海未「穂乃果!! ことりが優しいからって調子に乗らないでください!! 大体本来勉強というものは」ガミガミガミガミ

穂乃果「うぇぇぇ。ことりちゃん助けてぇ……」

ことり「あはは……」

真姫「……」

絵里「じゃあ、みんな明日からのテスト頑張りましょうね」

 絵里ちゃんの言葉でその日の朝練はお開きになりました。

みんなと分かれて、凛ちゃんと一旦家に帰ろうとしたところ



「花陽」



と私を呼び止める声と、クイっと遠慮勝ちに私の袖を引っ張る力。

60: 2015/02/17(火) 14:03:04.09 ID:doW4ZfU9.net
 振り返ると、真姫ちゃんが経っていました。


花陽「どうしたの、真姫ちゃん」

真姫「あの、にこちゃんのことなだけど」

花陽「うん?」

 真姫ちゃんはとてもまじめな顔で花陽に訊ねました。

真姫「自転車、乗ってたんじゃなくて、押してたの?」

 普段の真姫ちゃんとはなんだか違う雰囲気に少し緊張してしまいました。

花陽「……う、うん。私と凛ちゃんが後ろ姿を見たときは、にこちゃんっぽい人は自転車押してたよ」

真姫「そう……。わかったわ。ありがとう。ごめん、変なことでひきとめて」

 何かを察したような真姫ちゃん。もしかして、にこちゃんが朝練にきてないこととなにか関係があるのかな。

花陽「……真姫ちゃ―――」

「かよちーん、どしたのー? 早く帰ろうよー」

真姫「ほら、凛が呼んでるわ。早く帰らないと、私たちも学校に遅れちゃう」

花陽「う、うん」
 
真姫「それじゃあ、学校でね」


 そう言ってフワッと笑い、踵を返して歩き出した真姫ちゃんの姿を、


凛「かーよーちーんー!! もう凛、先かえOちゃうよぉ!!」


花陽「あ、待ってよぉ!! 凛ちゃん」


私は黙って見てることしかできませんでした。

76: 2015/02/23(月) 16:59:20.19 ID:ele9Lf6O.net
テスト3日目が終わって、その放課後。
 私は凛と花陽の2人と教室で残って明日のテスト科目の対策をしていたんだけど。

凛「むはぁー。 古典は難しいでござる候にゃー」

花陽「あはは……凛ちゃん、語尾がめちゃくちゃになってるよ」

真姫「まぁ、でも一通りはテスト範囲の古典単語も漢文の句法も覚えてるみたいだし、凛も花陽も大丈夫でしょ」

凛「んー。真姫ちゃんがそう言ってくれるとなんだか、安心できるようなできないような」

真姫「なんでよ。そこは素直に安心しときなさいよ。この私と一緒に勉強したのよ?」

花陽「えへへ。そうだよね。真姫ちゃんが要点まとめたこのプリント本当にわかりやすくて助かっちゃたよ」

真姫「そ、そうデショ? も、もっとほめてもいいのよ?花陽」

77: 2015/02/23(月) 17:01:20.31 ID:ele9Lf6O.net
 私はいつもテストの時、授業で先生が大切だと言っていたことや、受験の時に必要そうな部分をプリントにまとめ、
それを自分で繰り返し解くというようなことをしていた。
 
単語とか句形も自分で暗記用のプリントを作ったりして。
 
それは特に難しいことじゃない。
 
今はパソコンで簡単に文字のレイアウトや色を変えられるし、
高校に入ってからは作曲も最終的にはパソコンでの作業になるから、その手のことを苦に思う私ではなかった。
 
だから、今回のテストでは自分用に作ったテスト対策プリントと一緒に、凛や花陽が引っかかりそうな問題、
ポイントをいっしょくたにまとめたプリントを作り、それを2人に不躾ながら渡してみたのだった。

78: 2015/02/23(月) 17:02:52.57 ID:ele9Lf6O.net
凛「今日の英語も結構、真姫ちゃんが作ってくれたプリントから出てたから、凛びっくりしたよ~! 
お金の力でも使ってテストの問題先生から買ったんじゃないかってくらい!!」

真姫「……そんなことしてないわよっ!!」

 凛がふざけた雰囲気を顔に出したかと思えば、とたんに真面目な顔をして

凛「わかってるよ! 真姫ちゃんがそんなことするわけないじゃん!!」

 なんて言い出すものだから、私はなんだか無性に恥ずかしくなって、

でも髪の毛に伸びそうになった右手をグッと押しとどめる。

凛「……だよね?」

 悔しいことにこの友人2人の中では、
私が髪の毛を触ることは照れ隠しの裏返しであるということが当たり前のことになっているらしい。

 別に、そんなこと、ないのに。



真姫「すっごい複雑な気持ちになるから、そこは言い切りなさいよ凛」

79: 2015/02/23(月) 17:04:23.66 ID:ele9Lf6O.net
凛「へへっ!! よしっ!! もっかい真姫ちゃんにもらったまとめプリント見直しと単語テストのプリントやり直しするっ!!」

花陽「じゃ、じゃあ私も!!」

真姫「……まったく2人とも」



 カリカリとシャーペンが紙の上を走る音がして、私はそれ以上の私語を慎んだ。

 凛も花陽も集中すると決めると、その集中力はすごい。
 そんなに私の作ったプリントを信じてくれなくてもいいんだけど、といいたくなるくらいだ。

 放課後の教室。目の前には広げられたノートやマーカーの引かれた教科書、3人分。


 私の作ったプリントを自分以外の他人がやるのを見るはなんだか不思議な感じだ。
 
 
でも。この気持ちに、覚えがあった。
 
2人と今回勉強をしていて、最初は気が付かなかったけど、私はこういう気持ちを以前に体験していた。


 私の作った曲を、あの3人が歌っているのを聴いたとき。

80: 2015/02/23(月) 17:07:26.94 ID:ele9Lf6O.net
 そう。あの時の、少し恥ずかしい気持ちと、でもそれ以上に、
 
 私が作った曲が誰かに唄ってもらえて、名前も知らない誰かの胸に届いているという喜び。

 
 あの曲をもし私が作らなければ。
 
 もし穂乃果が私に作曲を頼まなければ。
 
 もし私が所在なくて音楽室でピアノを弾いて寂しさを紛らわせていなければ。

 

 分岐点はいくつもあった。

 

 でも、その何個もの、何十個もの分岐点と分岐点を結んでいき、通過点にして
 

 そこに浮かび上がってくるものは。

 



 








  ――――カリカリと、シャーペンの音がする。
 

81: 2015/02/23(月) 17:12:00.13 ID:ele9Lf6O.net
 私の目の前で、あの頃は知らなかった凛と花陽が私の作ったプリントをテスト対策として見直している。


 私の目の前に広がる光景。

 私の現在地。

 なにもかも、やり直したくないと思った。 なにもかも、このままがいいと思った。




 でも、だからこそ、このままにできない点があることを私は知っている。


 自然を装って、時間を確認し、私はそっと席を立つ。

 凛がふっと顔をあげて、不安げな目と目が合った。


真姫「ちょっと、飲み物買ってくるけど2人ともいつものでいい?」

凛「わーい! 真姫ちゃんふとっぱらー!!」

花陽「うん、いつものでいいけど、お金はあとで払うからねっ!!」

真姫「いいのよ、別に。頑張ってる人は真姫ちゃんからの恩恵にあずかる権利があるのよ」


 そう言うと、とたんにニマッと笑って2人は再び問題を解き始めて、
 
 私はゆっくりと、2人の邪魔にならないようにできるだけ音を立てないようにドアをしめ、教室から出た。

91: 2015/03/04(水) 02:23:58.74 ID:BQWfnrUU.net
――――――――

 階段をトントントンと一段飛ばしで降りていく。
 どうせ、今は1人だし、急いでいるからいいよね、と誰かに怒られているわけでもないのに心の中で自然と言い訳をしながら、身体はリズミカルに跳ねてもう階段は最後の段。

 トン、と上履きを履いた靴音が誰もいない廊下に響く。
 夕方だし、テスト期間中だし、最終下校時刻まで2時間を切ってるから、人が少ないのは当然なのかもしれない。
 そういう条件をいいことに、ふぅ、と息を吸い込んでから私は廊下をいつもよりも速い速度で歩き出した。
 最初は「足早に歩いている」程度の速さだったのに、人の視線を感じないことと、
 忘れ物を早くとって教室に戻らなきゃいけないことを思うと、無意識のうちに、走ってた。
 タタタタタタ、が、タッタッタッタッタッになって、視界の隅に入ってる廊下の流れる景色とかがだんだん認識できなくなって、緑色、灰色、白色、青色の線になってた。

 よし、あとちょっと! ってところで、正面から人の歩いてくる音がして、
その方を見てみると、その人は、少し不愉快そうな顔で私の名前を呼んできた。

92: 2015/03/04(水) 02:25:00.59 ID:BQWfnrUU.net
「穂乃果」

「あ、真姫ちゃん!!」

 私は走るのをやめて、真姫ちゃんの少し手前で足踏みをした。

「真姫ちゃんもこんな時間まで残ってたんだねぇ」

「廊下、走っちゃダメじゃない」

 穂乃果の言葉には返さないで、真姫ちゃんはなんだかいつもより低いトーンの声で穂乃果に海未ちゃんみたいに注意をしてきた。

「いやー、生徒会室に忘れ物しちゃってることに気づいてさ」

「忘れ物したら焦る気持ちはわかるけど、廊下を走ったら危ないじゃない」

 真姫ちゃんはいつもの釣り目を少し釣り上げて、それがまるで責めたような目線に思えた。

「こないだの屋上のこと忘れたの?」

 廊下はシーンと静まり返って、だからかもしれないけど1階の端から向う側の端まで真姫ちゃんの声が聞こえちゃうんじゃないかってくらいに、その声はよく通った気がした。

93: 2015/03/04(水) 02:25:32.26 ID:BQWfnrUU.net
 こないだの屋上。頭のなかに一瞬で青い空と低くなった太陽、走り回る凛ちゃんの背中、後ろで聞こえる海未ちゃんの怒った声がよみがえる。
 耳の奥でキーンと音がして、しばらく何も考えられなくなった。
 穂乃果の顔を見てはっとした真姫ちゃんがバツが悪そうに、すぐにいつものように呆れた顔で笑って、髪の毛を弄りながら穂乃果から目をそらす。

「まぁ、……気を漬けなさいよね、生徒会長が廊下を走って怪我したら立場ないわよ」

「あ、う、うん……。そうだよね。穂乃果が悪かったよ。注意してくれてありがとう、真姫ちゃん」

 クルクルと、真姫ちゃんは指の先に髪の毛を絡ませ続ける。
 その眼は穂乃果を見ていなくて、でも、穂乃果の場所からは何を見ているのかまでよくわからなかった。

「じゃあ、また……」

 そう言って、真姫ちゃんがまた歩き出す。 その背中に、なんでだか尋ねていた。

94: 2015/03/04(水) 02:26:07.49 ID:BQWfnrUU.net
「真姫ちゃんはどこに行くの?」

「凛と花陽にご褒美のジュースを買いにいくのよ」

 振り向いて、真姫ちゃんはちょっと微笑んでいて、穂乃果は少しほっとした。

「そっか……。あとちょっとテスト頑張ろうね」

「お互いにね。穂乃果、赤点とったらそれこそ立場ないわよ」

 廊下を歩きはじめる音がする。
 
「こ、今回は大丈夫だよっ!?」

 穂乃果の訴えには答えずに、真姫ちゃんは歩いたままこっちを向かずに右手を空中でヒラヒラと舞わせた。

95: 2015/03/04(水) 02:26:39.35 ID:BQWfnrUU.net
 小さくなっていく真姫ちゃんの背中を見送ってから一番近くの窓から外を見た。
 同じ時刻のはずなのに春や夏と違って確実に陽が落ちる速度が速くなっている。
 不意に頭の中であの日の出来事がフラッシュバックして、左手で右腕をギュっとつかんだ。
 あの日、あの時。 誰にも言ってないことがある。
 
 倒れるときに右腕が着地した場所の感触。

 陽が落ちているせいか廊下は寒いはずなのに、ことさらツーッと背中を寒いものが滴り落ち、でも額に汗が浮かぶのがわかった。

「やばっ。教科書早く取りに行かないと。海未ちゃんとことりちゃん待たせてるんだった」

  
 誰もいないのにそんな風に言葉にだして、少し暗くなった誰の気配もしない生徒会室までの道のりを歩き出した。
 そうやって知らないふりをしても、いつもは海未ちゃんが穂乃果をしかったり、ことりちゃんがさりげなく注意をしてくれる。
 あの時も、海未ちゃんが気づいてくれたらよかったのにって思う。ことりちゃんが不思議に思ってくれてたらなって思う。
 でも、そんなことは起こらなかった。だから、穂乃果はこうして右腕の感触に身を震わせることしかできない。
 大丈夫、ダイジョブ、だいじょうぶ。そうやって、祈ることしかできない。

 その時その廊下には穂乃果だけしかいなくて、生徒会室の扉の前につくまでそれから誰ともすれ違うことはなかった。

104: 2015/03/08(日) 23:28:58.37 ID:H5g177uf.net
―――――
 自販機の前まで行くと、すぐに私の姿を見つけて「遅い」と不機嫌な声で言われた。

真姫「呼び出しておいて遅れるとかサイテーよね。ごめんなさい」

にこ「……まぁ、別にいいけど」

 自販機の横の壁にもたれて腕を組み、にこちゃんはプイと顔を横に逸らされた。
 こちらが素直に謝るとはどうも思っていなかったらしく、強く不満の色を出したことを気まずく思ったみたい。
 そういうところ、にこちゃんは敏感な人だと思う。
 だけど、その敏感さゆえに今、にこちゃんはこんなことになっていて、私はにこちゃんをこんな風にテスト期間中に誰にも知られないように呼び出すはめになっている。

真姫「ちょっと来る途中で穂乃果に会ったものだから、立ち話をしてて」

 にこちゃんは表情を一つも変えず、自身のつま先あたりを見て「そう」とつぶやき、
そして視線を上げた。

にこ「っで、なによ。人に聞かれたくない相談があるってにこを呼び出して」

105: 2015/03/08(日) 23:29:51.04 ID:H5g177uf.net
 私はにこちゃんと向き合うように、にこちゃんの正面に立ち、面と向かっていった。
 その赤眼に自分が映りこんでいるのが見える。

 ねぇ、にこちゃん。
 私、こんな風にしかあなたのためになるように動けないけど、そんな風な自分の素直じゃないところに嫌気がさしたりするんだけど、でも、今回はこうすることが正しいのよね? 
 私とにこちゃんとでは、現在地点の観測方法が違うだけで。

 目的はきっと、一緒よね?
 
 胸の辺りにある右手にグッと力を入れて、恥ずかしさをごまかすように一気にその言葉を口からだした。

真姫「にこちゃん、今日私の家に来ない?」

107: 2015/03/08(日) 23:38:27.05 ID:H5g177uf.net
―――――

 自分でも、驚きすぎて情けない顔をしていることが一瞬でわかった。
 じょ、状況を整理しましょう……。
 真姫ちゃんは少し顔を赤らめて、家に来いってにこを誘ってきた。
 よ、よし。おk。
 あとは大人な対応を。。。

にこ「は?ど、ど、ど、ど、どういうわけよ。い、行くわけないじゃないっ」

 だめにこ。めっちゃパニクってるわ、私。
 なんなのこの子。なに考えてるのか全くわからないんだけど。
 昨日の夜に「放課後に相談したいことがあるから自販機のところで待ち合わせ」って一方的なメールが来て、「メールじゃだめなの?」とか送っても返事が返ってこなかったから来るしかなかったわけだけど。

 それがこの状況なわけ?

 なんなの……。なんなのよ……。 にこ、遠回りに告白とかされてるのかしら。

108: 2015/03/08(日) 23:40:17.03 ID:H5g177uf.net
真姫「す、すぐ終わるから……」

にこ「なにがよ!?」

真姫「それに」

にこ「……それに?」

真姫「にこちゃんに会わせたい人がいるのよ」

にこ「会わせたい人って誰よ……」

にこ「も、もしかして」

 真姫ちゃんの口が私の予想通りのカタチに動いて、
 にこは目の前が真っ暗になった。

 告白されるとか勘違いした自分が急にアホらしく感じて、一気に顔が赤くなるのがわかった。

真姫「え、な、なんで顔が赤くなってるの、にこちゃん」

にこ「う、うるっさいわねっ!? 真姫ちゃんが急ににこのこと呼び出したり、すぐ終わるとか、会わせたい人がいるとか言うからいけないのよっ!?」

真姫「?」

 真姫ちゃんは、少し首をかしげた後、一気に意味がわかったらしく、にこと同じように赤面した。
 ボッと音が聴こえてくるくらいの速度で赤くなって、「いや、違っ、そういう意図は全くなくて、えと、その」って
 慌てだした真姫ちゃんは見ててちょっとおもしろかったけど、にこはにこでそれどころじゃないっての。

 それより、そういう風に察して慌てだす真姫ちゃんの様子をみて、にこは「真姫ちゃんは本当に頭の回転が速い子」なんだな、としみじみ痛感した。

109: 2015/03/08(日) 23:42:11.77 ID:H5g177uf.net
 その後、お互いの顔の赤みがようやく収まってから、最終下校時刻まで凛と花陽と勉強をするといい、真姫ちゃんはジュースを3本、購入し教室に帰って行った。

 帰りがけ、少し振り返って真姫ちゃんは校門で待っていてほしいとにこに告げた。

 にこ「あ、にこ、今日自転車で来てるんだけど」

 驚かれるかと思ったけど、真姫ちゃんは顔色一つ変えないままで。

真姫「今日は車で迎えに来てもらえるように頼んでるから、一緒に車で家まで行きましょう」

 真姫ちゃんはそう言って、にこの方を見て優しく微笑んでみせるから、
その笑顔をみてにこは、「あぁ、この子にはもうなんでもオミトオシなのね」とあきらめにもにた物が胸の中に込み上げてくるのを感じたわ。

真姫「あ、そういえば、にこちゃんのママ出張だったんだっけ? 大丈夫?」

 ママの出張まで知ってるのね。漏らしたのは希か、絵里か。
 ……私にプライバシーってないのかしら。

にこ「ママの出張は昨日で終わって、今日はもう帰ってきてるから大丈夫にこ」

真姫「そう、なら良かった」

 そう言って、今度こそ踵を返して真姫ちゃんは教室に戻っていった。
 制服のポケットに入れていたスマホを取り出して時間を確認する。
 最終下校時刻まではあと1時間ちょい。
 途中で抜けてきたけど、希も絵里もまだ教室に居るかしら。
 居るなら明日の教科の追い込みでも一緒にしよう、と、そんなことを考えながらにこはぴょんぴょこと教室に足を向けた。
 途中見上げた空には分厚い雲が幾重にも重なって浮かんでいて、
 それがなにやらやたらと物憂げで、にこは「一体どうやってバレたのか」と自分のツメの甘さに唇を少しかみしめた。

132: 2015/03/23(月) 22:42:24.88 ID:Cdyveyk7.net
―――――

 通された真姫ちゃんの部屋でとってもフカフカなソファーに座らされた。
 真姫ちゃんはまだ怒っていると思ったけど、その表情にもう怒の感情は見られなくてにこはちょっとほっとした。
 真姫ちゃんの家にあるものだからフカフカなのだろうなぁーと予想して座ったそれは、予想以上に柔らかくて、にこは想像していたよりも低くに沈んだ腰の位置に驚く。

にこ「ふ、フカフカっ!? なにこれすっごい身体が沈むんだけど!?」

 にこがスンっと音もなく沈んでいく様を見て、予想通りと言わんばかりに真姫ちゃんがクスっと手で口元を隠しながら笑った。
 お金持ちの家の子どもはこんなにフカフカで身体全体を優しく包み込んでもらえるものをホイホイと買ってもらえるのかしら。
 にこの家のは座ったら「ぴーぷー」って音が鳴る幼児向けの椅子ぐらいしか柔らかい椅子ないわよ?

真姫「びっくりしたでしょ。身体が包み込まれる感触に一目ぼれしちゃってね。感触に一目ぼれっていうのもおかしな話だけど」

にこ「高そうね。っていうか高いんでしょ? 一般庶民のにこには手も足もでないくらいに」

133: 2015/03/23(月) 22:45:14.67 ID:Cdyveyk7.net
にこと真姫ちゃんの2歳だなんていう歳の差が、ちょっと高さのあるパンプスでも履こうものなら簡単になくなってしまいそうなそんな大人げないにこの返事に、真姫ちゃんは「ここだけの話よ?」って友達同士でヒソヒソとしゃべるみたいに言う。

真姫「えぇ、高かったわ。高すぎて小学生の私が自由にできるお金の金額では足りなくて。 でも、欲しくて欲しくて仕方がなくて。欲しい気持ちを抑えられなくて、ね。パパとママは買ってくれるって言ってくれたんだけど。でも、それって違うじゃない?」

真姫「本当に欲しいものって、自分の力で手に入れないと」

 途端にソファーの柔らかさがにこの身体を可愛そうなくらいに締め付ける。

真姫「お手伝いとピアノのお稽古をして貯めたお小遣い、あと月のお小遣いもやりくりして、ようやく高校生になる前の春に購入できたの」

 自分の醜い気持ちにグッとお腹あたりから圧をかけられて、胸が苦しくなる。
 心では「真姫ちゃん、お金持ちな家に生まれたことに嫉妬してごめんなさい」と何度も土下座をしながら繰り返してるのに、その圧と言葉が喉元を通りすぎるとき何か化学変化のようなことがにこの中では起こるらしくって、口から外の世界へ出る頃には

にこ「へ、へぇ~。そうにこぉ。 さっすが真姫ちゃんの家ね。やることが違うわ」

 と、自分でもわけのわからないものになってた。
 怖い。 化学反応怖い。
 そしてそういうことを簡単に化学反応だなんてもののせいにしてしまうにこの方がもっと、怖い。

134: 2015/03/23(月) 22:47:58.41 ID:Cdyveyk7.net
 どうしてにこってこうなんだろう。
 口の中にシュレッダーでもつけて、余分な言葉と感情をそぎ落とす機能をつけたいくらい。
 あ、シュレッダーじゃだめにこ。全部サクサクの短冊状になって七夕の飾りつけにしか使えなくなっちゃう。
 ってシュレッダーのこと考えてる場合じゃないんだって。
 ほら、真姫ちゃんがちょっと困った顔して……、ん? してないわね。
 なによ、その「はいはいわかってますから。心の中では真姫ちゃんに悪いこと言ったなぁって土下座してるんでしょ?」みたいに見透かすような見守るような生ぬるい微笑みは!?
 あぁ、もう! なんなのよ! 言いたいことがあるならいいなさいよっ!! 



 あぁ、言えないじゃないっ!!
 もうっ!
 

真姫「飲み物持ってくるけど、紅茶でいいわよね」

にこ「うん。……いいわ」

 真姫ちゃんがスリッパをパタパタと音立てることなくシュルシュルと静かに部屋から出て行ってしまう。
 ソファーの手すりの部分をギュっと握ろうとしたけど、上品な皮の質感がその表面でツルっと滑って指の侵入を拒んだだけだった。
 ドアが閉まる直前に今にも閉じそうな部屋と廊下の微かな隙間を、気圧の高いところから低いところに向かって空気が流れるように、そんな風が物事の理で、そうでなかったら絵里の言うところの「サスガニコネ」って名前の妖怪のせいであるかのように言ってみる。

にこ「……素敵なソファーね」

 ガチャンとドアが閉まって、音もなく真姫ちゃんが部屋から遠ざかる。

135: 2015/03/23(月) 22:51:00.63 ID:Cdyveyk7.net
 はぁ、と溜息をついて頭をかいた。
 1人になると、さっきまでネズミが持っていけそうなくらいのチーズの大きさほどもなく、その存在にすら気づかなくて踏みつけてしまいそうだったのに、
空を飛んでるクジラの飛行船くらいの大きさまで一気に肥大してフワフワと意識の奥から表面に飛んでくる。
 自分のしていることを客観的に見ようとすると、その恥ずかしさとか思い上がりみたいなものが胸をモヤモヤさせるから、意識的に部屋を見渡して気を紛らわせることにした。

 部屋は他人の部屋の匂いがして、でも他人といってもそれは真姫ちゃんだから、
その匂いが本当に他人の部屋に通されたときに感じるような緊張感や居心地の悪さをにこの中で意地汚く、夜中に他人の庭にこっそり蒔くミントの種のように根を深いところで張り巡らせることはなかった。
 けど、落ち着くようなこともなかったんだけどね。 なんといっても真姫ちゃんだから。

 部屋を昼時の売店でパンを選ぶ穂乃果みたいにキョロキョロと見渡して「シャンデリアとかかと思ったけどふっつーの照明器具ね。
でも、ファンついてるわよこれ。いつからクルクル廻ってるのかしら。これならやっぱり気圧の変化で風がうまいこと廊下に届かなくて真姫ちゃんにもにこの声が届かないわけだ。
妖怪サスガニコネのせいじゃなかったわ」と頭上を見上げていると、見上げすぎたのかソファーの柔らかさのせいなのか腰がズルッと滑って「ひゃぁ」とあわてて座り直した。

 ソワソワして落ち着きがないのは、私がネコとの追いかけっこの末に部屋の隅っこに追いやられたネズミであるという自覚があるからだ。
 そして、自分の現状を見つめてみてグググと一気に気持ちが落ち込んできた。

136: 2015/03/23(月) 22:52:19.47 ID:Cdyveyk7.net
 全部バレていた。 真姫ちゃんに。

 いや、バレたんじゃない。 考え、尽くされたんだ。

 紛れもなく、真姫ちゃんに。

 ズブズブと身体がその柔らかさに馴染んでいく。
 一人がけ用のソファーなのにそれだけで真姫ちゃんのセンスや考えが見え隠れしている。
 真姫ちゃんのソファーに改めて身を委ねると、これからする話に考えが沈み込んでいった。

 手すりの部分に肘を置き頬杖をつき、時間に直して約50分前のことを思い出そうとして、
そういえば真姫ちゃんって紅茶淹れられるのかしら、と注意散漫というか色々なことに興味がありすぎて一か所にとどまらない行動派というか、
思考が瞬時に逸れたその時に体重をかけていた肘が手すりの上をツルっといい感じに滑走して、
身体が右側にドワっとなって1人で相撲をとってるようなアホみたいなことになった。

 バランスを立て直そうと思わず右足をゴスンと床に思いっきりついてしまって、にこはネコの居ない部屋の中で、右足に響いたその振動に吼え面をかく。

にこ「いったぁあ―――!?」

137: 2015/03/23(月) 22:54:41.69 ID:Cdyveyk7.net
―――――

 放課後、一緒に帰るとは言ったものの何も示し合わせをしていなくて、
うまいこと絵里と希を先に帰らせることに成功していたにこは夕陽よりも先に途方に暮れそうになったのもつかの間、
「下駄箱のところで待ってる」といつの間にか来ていたメール通り、
下駄箱の前に行ってみると、そこには見慣れた人が待ちぼうけをくらって3年生の下駄箱に寄りかかりながら、イヤホンで音楽でも聞いている最中だった。

 夕陽の光が差し込んで、普段くせ毛の真姫ちゃんの顔にさらに影が入っていた。
 でも、それがとてもにこにはキレイに思えてなんだかその光景をずっと見ていたい気分になった。
下駄箱に寄りかかる真姫ちゃんの身体全体を覆うオレンジと黒のコントラストが、真姫ちゃんの魅力をさらに引き立てている。
 
これよね。やっぱりスクールアイドルはこうじゃないと。
 アイドルは人の眼を魅了してなんぼなのよ。

 にこはゴクっと鳴る喉の音を抑えるよう努めた。
 そんな真姫ちゃんの姿に魅了されたわけじゃない。
 真姫ちゃんの横に、学校にはそぐわないものが立て掛けられているのを見つけたから。

真姫「あ、にこちゃん。やっと来た。遅いじゃない」

にこ「え、あ、うううん。 ごめんなさいね。メールに気づけなくて教室で待っていたものだから」

真姫「いいわ。メール送るの私も遅かったし。ふふっ。さっきは私が時間に遅れたわけだから、これでおアイコネ」

 真姫ちゃんはイヤホンを両方の耳から外し、丁寧にケーブルを巻いてポケットにしまいこみ、そしてそれが当たり前であるかのように横に立て掛けたそれを手に取り、

にこに訊ねた。


真姫「にこちゃんは最近自転車はどっち側に立って押す人?」

138: 2015/03/23(月) 22:59:30.89 ID:Cdyveyk7.net
 質問の意味がわからず、「はぁ?」ってラクダが人を威嚇するときみたいな顔をしてしまった。

真姫「ちょっと、その顔はアイドルとしてありえなさすぎるわよ」

 すかさず入る真姫ちゃんのツッコミに「うっさいわね」と返し、にこはここ最近自分が自転車をどっち側で押しているのかをエアー自転車で再現しそしてその質問の意図に気づいて、黙るしかなかった。

真姫「にこちゃんから向かって右側に自転車」

 目の前でエアー自転車を押したのだ。

 モロバレ。

 今のにこ、絵里のことポンコツって笑えないじゃない。

 真姫ちゃんは事も無げににこに松葉杖を渡しながら言った。





真姫「なら、痛めているのは右脚ね」

139: 2015/03/23(月) 23:01:15.53 ID:Cdyveyk7.net
―――――

 そこからの展開はとても早いもので、いいって言ってるのに「松葉杖をつきながら荷物持つの大変だろうからバッグもってあげるわ」って真姫ちゃんにバッグを奪い取られ、
自転車代わりの松葉杖をついて歩いて校門まで行った。
 にこも真姫ちゃんも右足のことはなにもお互いに言わないで、校門で既に待っていた真姫ちゃんの家の車?に乗り込んで、それから真っ先に向かったのは、にこの家。

真姫「保険証がないと面倒くさいのよ、受付」

 反論する理由が一切見当たらず、行く場所もすでに見当がついているのだからもう何も文句も言わずに真姫ちゃんに従った。

 にこの家のマンションをにこが上り下りする時間がもったいないと言い、真姫ちゃんがにこの家まで保険証を取りに行った。
 保険証を手に持って車に乗り込んできた真姫ちゃんはなんだか機嫌が良くて、そして遅れてママからも「真姫ちゃんを大切にするのよ」だなんてメールが届いていた。
あと「出張で面倒も家のことも全部任せていたせいで、にこのことに構えなくてごめんなさい」とも。

 別ににこが勝手にしていることだし、ママの出張が重なってしまったのはママのせいでもなんでもないのに。
 自転車を押して帰った帰り道。カラカラと力なく廻る車輪の音のように、今回にこがしたことって、にこの空廻りだったのかしら。
 にこなりに、考えて行動していたんだけどなぁ。
 にこはちょっとママからのメールを読んでセンチメンタルな気分になった。

 発進した車の中で恐る恐る真姫ちゃんに問い詰めると

真姫「別に……。にこちゃんのママに『にこのことよろしくね』って言われただけよ」

140: 2015/03/23(月) 23:02:38.25 ID:Cdyveyk7.net
 と窓の景色を眺めながら言われただけだったわ。
 陽はすでに暮れかけていて、車内も結構暗くなっていたけど真姫ちゃんがどんな表情をしていたのかはわからないけど、にこはわかるわ。
 だって、街頭や対向車のライトの灯りが車内に差し込む度にリアドアに真姫ちゃんの顔が反射してにこから丸見えだったんだもん。
 真姫ちゃんの照れた顔なんていつも見られるから別にめずしくもなんともないんだけど、ドアのガラス越しに観るそれはなんだか映画のワンシーンみたいで、なんだか少し泣きそうになった。

 そうして私と真姫ちゃんを乗せた車が行き着いた場所は地元の人なら誰でも知っている西木野総合病院。そこの整形外科で診察を受けたにこはX線撮影したにこはめでたく捻挫と診断されたにこっ!!

先生「捻挫ね。 炎症がちょっと酷いわ。どうして早くこ」

真姫「なんで捻挫したことちゃんと言わなかったのよ!!!」

 ひぃいいい。真姫ちゃん、先生の言葉食ってそんな叫ばなくても!?
 ここ病院なのよ? はわっ!? ほら、あの看護師さん顔をしかめて……ないわね。
 むしろ笑ってる……?

にこ「……にこは別に痛くなかったんだからいいのよ」

真姫「よくないわよ!? それに痛くなかったわけないじゃない!! 朝の練習も来ないで、人に気づかれないようにするために自転車を松葉杖代わりにするなんてバカよ!! にこちゃんは本当にバカよ!! 大バカ者よっ!!」

にこ「……」

 す、すごい。にこ、親にもこんなにバカって連呼されたことないにこ……。

141: 2015/03/23(月) 23:04:24.74 ID:Cdyveyk7.net
真姫「今回は捻挫だからまだよかったものの、もしこれで大腿骨とか骨折してたらどうしてたわけ!?」

にこ「別に、そんな『もし』だとか、有りもしないことを不安がっても仕方ないじゃないっ」

 っていうか、先生がさっきから笑うの堪えて肩震わせてるんだけど、
笑い声ごまかして「ヴェェッホン」とか咳してるんだけど。真姫ちゃん気づいてないのかしら。

真姫「私は、にこちゃんを心配して言っているの!! もうっ!!」

 プリっと怒った真姫ちゃんが腕を組んでプイっとそっぽを向いた。
 その様子に先生がたまらずに噴き出して笑い出した。
 そしたら、そっぽを向いたと思った真姫ちゃんがまたクルっと向きを戻して吼えた。

真姫「ちょっとママ!? な、なんでそんな笑ってるのよ!?」

にこ「ま、ままっまっまままっままままぁ!?」

 「ま」しか言ってないのに、にこの動揺は診察室に響き渡ったわ。
 「ま」ってすごいのね。

142: 2015/03/23(月) 23:06:31.42 ID:Cdyveyk7.net
ママ「だって、真姫ちゃんがいきなり『今日友達を診察に連れていくから予約しといて』っていきなり連絡くれて驚いていたのに、
さらにその子のことを心配して怒ってるんだもの。笑うに決まってるでしょ?」

真姫「ぐっ!?」

 真姫ちゃんはいまさら気が付いたのか、一気に顔が真っ赤になった。
 なんで自分のこととなると状況把握がそんなに遅いのよ、この子は。

ママ「娘のそんな一面が見れて、ママ嬉しいわ。フフッ」

 先生改めて真姫ちゃんのママは「あー笑ったわ」って言いながら、それでも真姫ちゃんを大人にしたらこんな感じなんだろうなぁって思えるような笑みを浮かべて、電子カルテを打ちだした。

そして、カタカタ音が鳴り終わると

ママ「じゃあ、にこちゃん。右足関節捻挫だから今からギブス固定するわね」

と、やっぱり大人っぽい真姫ちゃんような微笑みをにこに向けた。

143: 2015/03/23(月) 23:08:57.04 ID:Cdyveyk7.net
 ギブス固定のために診察室から締め出された真姫ちゃんは、にこが処置を受けている間に会計を済ませておいたらしく、
慣れない松葉杖をついて診察室から出ると湿布っぽいものを詰め込まれ「西木野総合病院」と書かれた紙袋が入ったビニール袋を下げた真姫ちゃんがにこのことを待っていてくれた。
 普段病院になんて来慣れていないにこは、よくわからないけど消毒液のような臭いが充満してて病院服を着た患者さんたちがそこらへんに置かれたベンチで自分の順番を待っていて、それなのにやけに静まりかえっているその場所に真姫ちゃんの姿を見つけた。
さっきあれだけバカバカ言われたばかりなのに、それだけのことでなんだかとてもホッとしてしまった。

真姫「これ湿布とあと念のための痛み止めって。保険証と一緒にまとめてバッグの中に入れとくわね」

にこ「あ、ありがと。お金は明日支払うから」

 病院だし、自然と出入り口まで歩きながら話をした。
 ギブスで固定された右足はなんだか重たくて、大げさで、それだけで自分がものすごい大けがをした人みたいに思えて複雑な気分になった。
こういうのもプラセボ効果っていうのかしら。でも固定されている分たしかに痛みはいくぶんか退いたように思える。

真姫「いいわよ、別に。そんなのはいつでも。……あの」

にこ「なによ? あぁ、そう言えば真姫ちゃんの会わせたい人って真姫ちゃんママのことだったのね。私てっきり真姫ちゃんパパなのかと思っていたわ」

真姫「パパでもよかったんだけど、学会でカナダに行ってて今、いないのよ」

144: 2015/03/23(月) 23:10:38.54 ID:Cdyveyk7.net
学会、カナダ……。にこが一生知ることがなさそうな世界のお話ね。
 全く想像ができなくて頭の中でイメージ映像すら出てこない始末よ。
 トン、トン、トンとまるで3本足の妖怪になったみたいに、でも普段通りの数のにこの足音がして、
そのゆっくりとしたペースに合わせて真姫ちゃんは横を歩いてくれたけど、とうとう病院の出入り口の自動ドアもくぐりぬけてしまった。

 さて、真姫ちゃんにお礼を言って、さらなるお礼は後日するとして明日のテストのために家に帰って勉強をしなくては。
放課後に希と絵里にじっくり見てもらって自信はついたけど油断は禁物よね。

真姫「ねぇ、にこちゃん」

にこ「なににこ? あ、真姫ちゃん、ちょっとタクシー呼びたいんだけど」

真姫「何帰ろうとしてるのよ」

にこ「ん?」
 
 思わず、目をパチクリしちゃったわ。

真姫「もう1つの約束忘れたの?」

 も、もう1つの約束? 約束……。 約束ってもしかして。

にこ「え……真姫ちゃんの家にはちゃんと来たじゃない。来て私ちゃんと診察受けたでしょ?」

真姫「なに言ってるのよ。ここは病院。約束は『私の家に来て』だったでしょ?」

真姫「私の部屋でゆっくりお話ししましょうよ」

 真姫ちゃんは見たこともないような優しい笑顔をにっこりとにこに向けた。

145: 2015/03/23(月) 23:12:30.12 ID:Cdyveyk7.net
 そんな風な真姫ちゃんの笑顔を見たことなんてなかったから、にこは不覚にもドキっとしてしまって。

にこ「え、そ、そんなちょっとまだにこ心の準備が―――!?」

真姫「どうしてにこちゃんが捻挫することになったのか、真姫ちゃんゆっくりお話ししたいわ」

にこ「……」

真姫「ねぇ、にこちゃんもお話したいわよね?」

にこ「……」

真姫「ね?」

 あ、にこ理解した。脳みそフル回転して理解が頭の隅々に行き届いた。
 真姫ちゃん、これマジギレしてるわね。 そういう笑顔なのね、これ。理解理解。

 頭の中でにこにこ総会議が緊急で開かれたわ。

146: 2015/03/23(月) 23:15:02.62 ID:Cdyveyk7.net
 『明日テストじゃない!! 認められないわ』
 
 『いや、これはこっからワンチャンあるで』
 
 『っていうか松葉杖きついから早くどっか座りたいにこ!』
 
 『オコトワリシマス』
 
 『あははー。なんとかなるから行ってもべつによくない?』
 
 『真姫ちゃんって本気で怒ると怖いね……』
 
 『それだけ何かにたいして怒ってるってことでしょう!?』
 
 『もしかして怪我をした原因までわかって…… 誰かタスケテー!』
 
 『んーそ、そ、そ、それよりお腹すいたかにゃー』


 にこって頭の中で人格分裂凄いわね。 しかも全然まとまりがないわ。

147: 2015/03/23(月) 23:16:36.33 ID:Cdyveyk7.net
 うーん、と唸るにこの制服をクイと何やら弱く引っ張っている人が1人。
 その方を見てみると、見なくてもわかるけどその主は真姫ちゃんだった。
 でもさっきとは打って変わって真姫ちゃんは、なにやら辛い顔をしてグッと顔をしかめているから、真姫ちゃんのそんな表情をみたらにこは……。


 総会議、解散! 

撤収よ撤収!!




 にこはふぅと溜息をつく。 
 どうせ原因までバレているわけはないのだから真姫ちゃんにはここまでしてもらってて気が引けるけど適当にでっちあげて、さっさと帰りましょう。


にこ「わかったわ。行く。行くわよ。真姫ちゃんの部屋」

158: 2015/03/29(日) 16:12:33.64 ID:6TG1B+zP.net
―――――

 ガチャっという遠慮のかけらもないドアの開く音とカチャカチャと食器同士がぶつかり合う音、
そして出ていくときはこれぽっちも立てることのなかったスリッパのパタパタ音とともに「大丈夫!?」と、真姫ちゃんが慌てた様子で部屋に入って来た。

 にこは「くうぅううう」と唸って右足首に手を伸ばすけど、にこが掴んでいるのは自分の柔らかな足首ではなく、そこに巻き付けられた固いギブスでしかなかった。
 いつだって問題は固い外側じゃない。固いもので厳重に守られた、柔らかい内側にあるのにね。

 紅茶のセットを抱えた真姫ちゃんは、それらをにこの座るソファーの前におかれたガラス天板のセンターテーブルに乱暴に置いた後、
私の右足側に膝をついてしゃがみ、にこを見上げるようにして「どうしたの」と、険しい表情を隠さないで訊いてきた。

にこ「ちょっとバランス崩しちゃって、右足を思わず床についちゃったのよ」

真姫「バランスを崩す……? ソファーに座ってるのに?」

 真姫ちゃんは心底、わけがわからない、という表情をした。

159: 2015/03/29(日) 16:14:25.14 ID:6TG1B+zP.net
 真姫ちゃんの足の長さではこのソファーに座っても簡単に足底が床につくのかもしれないけど、
にこの身長と足の長さじゃこのソファーに座ると足が浮くのよ、だなんて説明するのも恥ずかしくて、そのまま黙ったままでギブスをさすっていた。

真姫「もう。気をつけてよね。子どもじゃないんだから」

 そして、こうとも続ける。

真姫「にこちゃんに何かあったら、みんな悲しむだけじゃすまないんだからね」

にこ「……わかってるわよ」

 そう。そういうことをわかっていたから、そういう風に自惚れみたいな自覚があったから、隠し続けていたのに。
 にこは年下の真姫ちゃんにそんなことを年上のお姉さんみたいな口調で言われて、ちょっとプイっと顔を横にそらしてしまった。

 真姫ちゃんは何も言わないでスクッと立ち上がり、さっきテーブルの上に置いた紅茶となにやら高そうなお菓子をにこの前において、
自分の分の紅茶のカップを持ち、にこの正面のソファーに座った。革張りのそれはギチッと音を立てて、
でもこちらのソファーの半分も真姫ちゃんの身体を沈ませることはなかった。

160: 2015/03/29(日) 16:17:22.38 ID:6TG1B+zP.net
真姫「にこちゃんの紅茶の好みわからなかったから、いつも飲んでるやり方でミルクティーにしちゃったんだけど」

にこ「うん。大丈夫よ、ありがとう」

 ようやく足首の痛みがひいてきて、紅茶を飲む余裕が生まれたにこはスッとカップを手に取った。
 白い湯気がカップから立ち上がってすぐに消えていった。
 一口、二口。何も言わないで口をつけてお互いに黙り込む。

 私はその沈黙の間に一体どうやって自分の捻挫の理由をでっちあげて真姫ちゃんに話そうと考えあぐねていたのだけど、
この時、真姫ちゃんは何を考えていたのかしら。
 普通の人なら、ここから自分の思うように話が展開できなくてむず痒い思いをして無駄な時間を過ごすんでだろうけど、
 真姫ちゃんはサッサとちょっと遠くの方から本題に入ったわ。

真姫「捻挫ってよくクセになるっていうじゃない」

にこ「え、っと。そうね。捻挫はあまりしたことがなかったけど、そういうことはにこでも知ってるわ」


真姫「ギブスをする必要のない軽い捻挫だと、歩行のときに痛めている脚で地面を踏み込むときに痛みが走るから、どうしても痛めている脚をかばうように歩いてしまう」

真姫「そうすると普段はしなれていない歩き方を踏み込み時の痛みがなくなるまで続けることになるでしょ? 
   だいたい数日から数週間くらいは膝を軽く曲げた状態で股関節を支点にして痛めた脚をまるで振り子みたいにして歩くしかなくなる。地面に足をつかないためにね」

真姫「痛めた脚と痛めていない脚の筋肉、足首の動かし方、股関節の使い方に微妙な差がうまれてしまって、
   ただ歩いているだけ、ただ走っていただけ、何でもないような段差につまづいてしまっただけっていう普段の生活時のなんでもない動作で、
   数週間動かさないで固まってしまっている足首や股関節が原因となってまた同じ部分を捻って痛めてしまうのよね」

真姫「これが『クセになる』っていわれているやつ」

にこ「……そ、そうなんだぁ……?」

 そこまではにこでも知らなかったわ……。

161: 2015/03/29(日) 16:19:25.80 ID:6TG1B+zP.net
 なんか紅茶をもって優雅に真姫ちゃんがベラベラと捻挫に関してのウンチク?を披露してくれた。
にこもアイドルに関してのウンチクなら負けないけど、さすがに捻挫に関しては知識を蓄える機会に恵まれなかったから、
ここはおとなしく真姫ちゃんの言葉に耳を傾けているだけにする。 
別に真姫ちゃんだってにこと捻挫について熱く議論をしたいわけではないのだろうし。

真姫「それってつまり、まるでギブスをしているみたいな動きをギブスをしていない時にもヒトは無意識にして、捻挫をしている箇所を庇ってしまうってことらしいの」

 「見えないギブス」とつぶやいて、真姫ちゃんは紅茶を一口飲んだ。

にこ「見えないギブスねぇ」

真姫「他人事みたいに言ってる場合じゃないでしょ」

 真姫ちゃんの言葉に、えっ、と驚く。

真姫「今はギブスをつけているけど、にこちゃんは先週の水曜日から今日の夕方まで見えないギブスをしていたようなもんなんだから」

162: 2015/03/29(日) 16:20:25.16 ID:6TG1B+zP.net
 その真姫ちゃんの言葉に私はもう白旗を掲げてさっさとお家に帰りたくなった。
 バレテル……。捻挫の原因まで……なんなのよ、真姫ちゃん、にこのストーカーなの?

 真姫ちゃんは少し言いづらそうに、だけどきっぱりとした口調で言った。

真姫「捻挫の原因。穂乃果と凛でしょ。水曜日、練習が始まる前の屋上」

 紅茶を飲む。少し温くなったそれは、風味を失ったかわりに、とても飲みやすかった。

にこ「……にこはどっちのせいにもしたくなかったの。にこが隠し通して時間が経てば、足の痛みなんて消えてなくなるものだもの」

にこ「足の痛みはにこ1人が我慢すれば消えるわ。だけど、人と人との間のしこりみたいなものって、一度できたらなかなか消えないじゃない?」

真姫「そうね」

 真姫ちゃんはそう言って、苦しげに顔をゆがめた。

163: 2015/03/29(日) 16:24:39.02 ID:TAu078ug.net
 真姫ちゃんにだって、きっと今までの人間関係で何かしらのトゲは心に刺さったままなんだ。
 たしかににこだって、みんなに出会って、μ'sに出会って、心の硬い部分が溶かされたところはある。
 だけど、固い繭に覆われた蛹のなかが柔らかく中途半端な液体のように、いくつか残ったトゲが心の柔らかいところに刺さったまま、
その事実を誰の目にも触れさせないように固い膜で覆ってしまってまだそのままだってことだってあるのよ。

 そういう言葉にしたくない過去の暗い部分を私は自分の中にあることをわかっていたし、
真姫ちゃんにも自分と同じように、そういう部分を感じることがあった。
 だから、この話はこれで終わりで、にこは「やっぱり自分がしたことはみんなのことを思ってした正しいことだったんだ」って自信をもつはずだったんだ。

 でも、真姫ちゃんはそうさせてくれなかった。

真姫「だけど、μ'sのみんなは、私たちが今まで会ってきた人たちとは違うわ」

 思わず目を見開いて真姫ちゃんを見た。
 真姫ちゃんは臆することなく、真っ直ぐにその薄紫の眼で私を捉えて離さない。

真姫「今まではそうだったかもしれない。何か不具合が少しでも、たったの1度でも生じてしまったら、それは日々、ひび割れて、崩壊してしまうものばかりだったかもしれない」

真姫「うん。でも。にこちゃん。違うわ。そう。私たちがもう手に入れてしまってるμ'sってそういうものじゃない。でしょ? 
今までの人たちとの、そういう脆く崩れやすい人間関係っていう、そういうちっぽけな、
一方的に信じなければ保てないようなわけのわからない不安定な何かで私たちは互いを繋ぎとめているわけではないのよ」

 真姫ちゃんはそういって、私を見てにっこりと笑った。

164: 2015/03/29(日) 16:26:49.43 ID:TAu078ug.net
 胸の中がかぁぁあと熱くなる。
 どうしてだろう。
 自分がとても恥ずかしい。 自分一人だけで解決しようとして、みんなを信じられなかった、
みんなとのこれまで築き上げた絆を信用できなかった自分自身がとても恥ずかしい。
 でも、まだ素直になるにはにこは意地っ張りな性格すぎて。身体の中で急速に膨れ上がっていく熱を発散しようと、言い訳をするように矢継ぎ早ににこは言った。

にこ「だって、あの場で怪我してることばれたら、『自分のせいだ』って凛も穂乃果も罪悪感で染まるじゃない。
そういうの、なんか胸糞悪いの。にこの傍に居る人はいつだって笑顔じゃないと。だって、にこはアイド―――」

真姫「もう子供じゃないんだから、罪悪感で染まればいいのよ。自分の責任くらい、自分で取らないと。
にこちゃん自身はどっちが捻挫の原因になったかはわからなくても、本人なら踏んだ感触で気づいてるでしょう」

にこ「でっ、でも……」

真姫「私も穂乃果か凛か、まではわからなかったけど。どうせギブスつけたにこちゃんの姿を明日見せたら本人だって気づくわ。
自分があの時にこちゃんに怪我させてたんだってこと。あの2人だってそれくらいは鈍くないはずよ」

にこ「それは、テスト期間中ににこが自分で怪我したことにすれば……」

真姫「にこちゃん」

 真姫ちゃんがピシャリという。 その声の鋭さにネコに姿を見つかったネズミのようにビクッと肩があがった。

真姫「にこちゃんに本当の意味で謝罪をしなければ、怪我をさせた本人はこのことをずっと引きずって、自分の中に消せない罪悪感を積もらせていくしかないのよ」

真姫「アイドルだから、周りにいる人が笑ってないと困るですって? 何を言ってるのよ、にこちゃん」

にこ「……」

165: 2015/03/29(日) 16:28:23.25 ID:TAu078ug.net
真姫「私は、にこちゃんだけじゃなくて、みんなもう正真正銘のアイドルだって思ってる。みんな私のアイドル。
μ'sは私の、アイドル。だから、アイドルなんだから、にこちゃんもみんなも私の周りで本心から笑ってないとダメなの。 
心で泣いて、でも笑ってるとか、そういうのは、そんなの、ファンからしたら、私からしたら全然嬉しくないんだから!!」

にこ「……」

真姫「……せめて、私の前くらい、……みんなの前くらいは素直なにこちゃんでいなさいよ」

にこ「……」

真姫「大丈夫、信じて、私たちの絆って、柔らかくて暖かいけど、壊れやすくなんてないの。
少しくらいヒビが入っても、それだって、絆がさらに強く結び付けられるきっかけでしかないんだから」

 真姫ちゃんの言葉ににこはもう口を閉じて、その想いを受けとめるしかなかった。
 上を見上げると、照明器具のファンが音もなく廻り続けていた。
 4枚の扇は互いに追い付くことなく、一定の距離を保ちつづけ、クルクルと空気を整えている。
 恥ずかしい気持ちを押し頃して前を向くと、いまさら真姫ちゃんが顔を真っ赤にして「あぁ、何言ってんだろう」と頭を抱えていた。
 
手元のそれをあらためて飲み込む。
 すっかり冷めた真姫ちゃんの淹れたミルクティーのこのあたたかさを、にこは忘れることはきっとないだろうと思った。

166: 2015/03/29(日) 16:30:47.45 ID:TAu078ug.net
―――――

 翌日の放課後。屋上で久しぶりに顔を合わせたかと思えば、ギブス姿のにこを見た穂乃果と凛に泣きつかれた。
 「ごめんなさい」という穂乃果のその凄みと心からの謝罪に、にこは穂乃果がこの一週間抱え込んだものの重さを想像して申し訳なくなった。
 にこが最初から素直に怪我したことを言っていれば、穂乃果も凛もここまで自分を追いつめて泣くこともなかったのかもしれない。
 「もういいわよ」と「ごめんなさい」を3人の間で何回も繰り返して、にこは抱き付いてくる穂乃果と凛の頭を撫で続けた。

 2人の頭を撫でながら思う。


 あぁ。壊れなかった。

 私はいつの間に、こんなに柔らかくて強いものを手に入れてたんだろう。

 去年の今時期のにこ、あの部室で1人でアイドルのDVDを観てたのになぁー。

 今じゃ、屋上でこうして信じ会えている9人で、ラブライブ!に向けてアイドル活動を
しているなんて。

167: 2015/03/29(日) 16:32:03.91 ID:TAu078ug.net
「ほら、穂乃果、凛、そろそろにこから離れないとにこの怪我に触ったら大変ですよ」

「にこっちも水臭いんやからもー。うちとにこっちの仲やんかー」

「にこちゃんって本当にアイドルの鏡だよっ! 捻挫の痛みって私ならタエラレナイよぉおお!!」

「まったく、にこってば。少しは私も頼りなさいよ。でも、にこのそういうとこ、ハラショーよ?」

「にこちゃん、痛くなったらいつでも言ってね? 1人で歩くの大変でしょ?」

 私たち3人から少し距離をとっている人の方に目をやると、ちょうど真姫ちゃんもにこを見ていたらしくて、目があった。
 声は出さないで、口だけで「ほらね」と真姫ちゃんが微笑む。

 真姫ちゃんに微笑みかえして、「ありがと」とにこも口だけで返すと、
真姫ちゃんの顔が爆発したかのように一気に赤くなって、慌ててにこから目を外して赤い髪の毛の先を右手の指さきでクルクルしだした。

 そんな真姫ちゃんが見られるのは、そう、私が真姫ちゃんのアイドル―――μ'sの一員だから。

169: 2015/03/29(日) 16:33:44.43 ID:TAu078ug.net
「今日はテスト終了日でお疲れでしょうし、真姫のピアノ演奏でみんなで発声練習重視の練習をしましょう」
 
と、海未の声が10月の放課後の空に響く。

 そういえば、忘れていたわけではないけど、来週には絵里の誕生日が控えている。
 μ'sのみんなでお祝いをする絵里の誕生日、その日のことを思うとなんだか胸がわくわくした。
きっと今夜あたりにでも絵里を除いた全員でサプライズ誕生日会の話し合いが行われるんだろう。


 音楽室に移動するみんなの背中を見ながら、捻挫の痛みはとても痛くてもう二度と体験なんてしたくないけど、

「ほら、音楽室まで歩ける?」と真姫ちゃんがさりげなく声をかけてくれたり

「穂乃果がにこちゃんを音楽室まで背負うよ!」「いや、凛が背負うにゃ!」とにこを取り合ってくれる光景に、

にこは、やっぱり希と絵里より先に階段を上っていてよかった、となんとなくそう思ったの。

 
穂乃果に右肩、凛に左肩を担がれて、

後ろではなんでか「私がにこちゃんを」「あの後マッサージの仕方も教えたのは私なのに」とかブツブツと言っている真姫ちゃんに囲まれたら、


1人ぼっちで自転車を押す、にこはもうどこにもいなかった。


おわり。

170: 2015/03/29(日) 16:34:45.49 ID:TAu078ug.net
終わりです。
保守をしていただいた方、読んでくれた方、本当にありがとうございました。

172: 2015/03/29(日) 17:12:20.27 ID:Cmud2uov.net
おつ!

引用元: にこ「自転車を押す」