1:◆/op1LdelRE 2011/03/20(日) 00:06:32.84 ID:2i3mHfds0
お久しぶりです。
タイトルからわかる通り、化物語のお話になります。
というか、前作からの続きということになりますね。

<前作>

暦「今更するような話でもないけれど」


四苦八苦しながらも、何とか完成する目処が付いたので、ぼちぼち書いていきたいと思います。
多分前作の倍以上の長さになると思うので、ちょっと時間はかかるかもしれませんが。
ある程度まとまったら投稿する、という形でやっていこうと考えてます。
よろしければお付き合い下さい。

2: 2011/03/20(日) 00:07:48.22 ID:2i3mHfds0
『こよみデッド』



 001.

 阿良々木暦――すなわち、僕自身について。
語り部としてではなく、言わば第三者的な視点から見た僕の姿を、その行動を、ここで敢えて語ることによって、自身の想いを示そうと思う。
ともすれば、自分で自分の事を語ろうなどと、自画自賛以外の何物でもないような、それこそ、ナルシストと称されてしまうような、そんな不安を持たれることが、或いはあるかもしれない。
そんな事態はけれど、安心して欲しい、全くもって微塵もない。

 むしろ、その逆とすら言っていいだろう。
今の僕に、自分自身の事を称賛する意思など、欠片ほどもないのだから。
自分自身の事を非難する意思ならばまだしも。
元より、自も他も認める、薄くて弱いこの僕を褒めるのは、貶す以上にきっと、難しいことなのだろうけれど。

 故にこそ、僕は。
自身の成した事、成せなかった事、成そうとする事、成すべき事を。
今までと、これからと、そうした諸々を。
心から冷静に。
極めつけに冷徹に。
叶うならば怜悧に。
酷薄に、告白しようと思っている。

 精一杯に自制しつつ、それでも、徹底的に自省を成す為に。
極限までに自戒しながら、けれど自壊はしないように。

 それはさながら懺悔の如き述懐で。
紛れもない告白であると同時に、疑問を差し挟む余地などない告発でもあり、誤解を恐れず言えば告解と称しても差し支えない。
極めて生物学的な意味で、神に仕える資格のない僕でさえ、そうせずには、言わずにはおれないのだ。
化物語(22) (週刊少年マガジンコミックス)
3: 2011/03/20(日) 00:09:54.57 ID:2i3mHfds0
 けれどやはり、この行為それ自体には、意味など見出せず、価値などありはせず、また慈悲もない。
未来を見据えておきながら、心を過去に置いたままにするような、それは無意味な行為であり。
これから成すべき事を知りながら、これまで成せなかった事をずっと悔み続けるような、それは無価値な行為であり。
賽の河原で、石を積んでは崩し、崩しては積んでを延々と繰り返すような、それは無慈悲な行為であり。
僕が人として生きていく、その哲学的観点からすれば、はっきりと不要で無用な行いだ。

 それでも、そのことを十分以上に、どころかきっと十二分までに理解してはいても。
だとしても、それはただ、他でもなく。
僕が僕として生きていく、その哲学的観点からすれば、やっぱり必要で有用な行いだから。

 だからこそ、僕は語ることにしたい。
今でも鮮鋭な記憶として残っているその回想は、確かに先鋭な刃となって、僕の身を切り、心を刻むだろう。
それはきっと間違いのないことであり、そうなるだろうことを、僕はちゃんと認識している。

4: 2011/03/20(日) 00:11:15.40 ID:2i3mHfds0
 それでも。
後悔に苛まれるような、そんな出来事を、ここで敢えて公開することが、僕にはどうしたって必要なのだと思う。
これからもずっと、僕らしく歩いていく為にはきっと。

 あの、おぞましくも儚く、恐ろしくも悲しく、忌まわしくも苦しい。
凄惨で、醜悪で、悲哀に満ちていて。
未来はなく、救いもなく、望みすらない。
ただただ、失って、失って、失ってしまった物語を。
他の誰でもない、今現在のこの僕が、語らなければならない。
あの時の僕の為にも、心からそう思う。

 僕と、僕の想う人達と、僕を想う人達が。
昨日までをそうしてきたように、今日を、そして明日からを生きていけるように。
その道程が、これからも僕のそれと並んである為に。
一寸先の闇を、けれど仄かにでも照らしていけるように。
今ここで、詳らかに開示することにしよう。

5: 2011/03/20(日) 00:13:29.40 ID:2i3mHfds0
 002.

 いい加減しつこい気がするというか、マンネリと早速言われてしまいそうな気がするというか、むしろ僕が言いたいというか。
目が覚めたら、そこは知らない場所だった。
僕の部屋ではなく、されど妹達の部屋でもなく。
どころか、僕の知るあらゆる場所と、そこは合致しない所だった。

 荒れ放題の空き家、と言ったらいいだろうか。
時間の流れに取り残されたかのように、人の気配も、動物の気配すらも、遠く去ってしまった後の廃墟。
今、僕がいるのは、そういうところらしい。

「……な、んだ?」

 何なんだろう? 体の動きが、やけに鈍い。
口を開き、呻き声を上げる程度の動作でさえも、多大な労力を要求されている。
はっきりと異常事態だ。

 そうである以上、多大な代償を払う事になったとしても、行動しないわけにはいかない。
状態を確認し、状況を整理し、速やかに事態の解決を図る必要があるのだ。

7: 2011/03/20(日) 00:16:12.42 ID:2i3mHfds0
「ようやっと目を覚ましおったか、お前様よ」

 決意も新たに、まずは情報収集を、と周囲に意識を向けたところで。
その僕の動きに反応するかのようなタイミングで、頭の上から聞き慣れた声が届く。
どうやら、忍が外に出ているらしい。

 けれど、その声に返答できるだけの状態にすら、今の僕はないようだ。
自分としては、さっと声のあった方へ視線を向けるつもりだったのだけれど。
ビデオのコマ送りのような、不自然で低速な動きしかできず、なかなか声の主たる忍の姿が視界に入ってこない。
本当に一体何事なのか――油の切れたブリキ人形でも、もうちょっとマシな動きをするぞ。

「突っ込みに執念を燃やす暇があるのならば、さっさと身を起こさんか。終いには足が出るぞ」

 言うが早いか、僕の頭に蹴りを入れる忍。
終いどころか、始めから足が出てるじゃねえかよ。
これはさすがに文句を言ってもいいんじゃなかろうか。
大体、僕が平常でない事くらい、一目見ればわかるだろうに。
お前、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃねえ?

8: 2011/03/20(日) 00:17:26.31 ID:2i3mHfds0
「十分優しくしておるわ。でなければ踏んでおる」

 幼女の小さな足でされるのであれば、それはある種ご褒美だ、とか言ってこれ以上ぼけるのは、もう止めておこう。
蹴られた衝撃で、ということでもないが、ようやく少し体も動くようになり、忍の姿が目に入ってくる。
いつも通りの不遜な立ち姿。
けれどいつも通りではない、どこか焦燥感の浮かぶ表情。

「さっさと起きよと言うておろう。儂の股間を凝視して遊んでおる場合か」
「してねえよ!」

 お前、何でこの場面でその台詞なんだよ。
隙あらば人を変態にしようとしやがって。
違うだろ、もっと言うべきこととかあるだろ。

「ならば、さっさと体を起こさんか。話も出来ぬ」
「あぁ、わかった。よ……っと」

 体を起こすのも一苦労とは、しかし一体何事なのか?
どうにか多少は体を動かせるようになったものの、まだ完全回復までは時間がかかりそうだ。
ゆっくりと周囲を見回してみるものの、薄暗い廃墟の中という、先程確認した以上の情報は、現状手に入りそうもなかった。

9: 2011/03/20(日) 00:23:38.00 ID:2i3mHfds0
「なあ、忍、ここ何処だ?」
「儂にも分からぬ。大分前に目は覚めておったが、何しろお前様が昏倒しておったのでな。調べようもなかった」

 そう言って、肩を竦める忍。
今のこいつは、僕とペアリングされている関係上、行動の自由がほとんどない。
何しろ、通常では僕の影から出ることすらままならないのだ。
もっとも、思考の自由は、その分を補って余りある程あるのだから、帳尻はとれているように思えなくもないけれど。

「お前が目を覚ましてるってことは、今は夜ってことだな」
「間違いあるまい。実際、かなり外は暗くなっておるしの」

 ついっと忍が指差した先に目を向ければ、実に廃墟らしく、壁のあちらこちらが穴だらけのひびだらけなので、外が既に闇に包まれているという事実が、容易に見て取れる。
わからないのは、僕達がどうしてここにいるのか、だ。
手段と理由、正しく双方の意味で。

「念の為に聞いておくが、お前様が、自身の意思でここに来たわけではないのじゃな」
「ああ。じゃなかったら、ここが何処かなんて聞かないよ」

 まだ少し朦朧としている頭で、それでも何とか思考を働かせてみる。
今はいつなのか、ここはどこなのか、何が起きたのか。

10: 2011/03/20(日) 00:26:01.06 ID:2i3mHfds0
「お前様よ、儂に謝るなら今のうちじゃぞ」
「何言ってやがる、いきなり」
「いや、だってこれ、どう考えてもお前様のせいじゃろ」
「何でだよ! つーか、お前それ、考える前に結論出してるだろ」

 どうと言える程考えてもないくせに断言すんな。
そもそも、何も分かってない内から、勝手に原因にされる謂われはない。
それともあれか、自分のせいじゃないってことを、早めに確定させておこうって予防線か?
何と卑怯なのか。

「何を言うか。お前様のトラブルに、これまで儂が何度巻き込まれてきたと思うとる?」
「逆だって言えるぞ、それなら」

 僕が、お前の仕出かした事に巻き込まれたことだって、何度もあるんだ。
最近の時間移動(異空間移動と言った方がいいんだったか)のこと、忘れたとは言わせねえぞ。

「忘れた」
「思い出せ!」
「そういえば、ドーナツを大量にご馳走してくれる話はどうなったかのう」
「いらんことを思い出した?!」

11: 2011/03/20(日) 00:29:49.58 ID:2i3mHfds0
 というか、こんな下らない言い争いをしている場合ではないのだ。
この際、どっちが悪いとかどっちのせいだとか、そういう不毛な争いは脇に置いておこうじゃないか。

「もう誤魔化されんぞ。色々あって忘れておったが」
「ああ、そうだな」

 忍はじっとりとした視線を向けてくるが、それは受け流しておく。
誤魔化すつもりはないし、その必要もなさそうだから。
多分これ、また色々あって滅茶苦茶やってばたばたになる展開だ。
終わった頃には、僕もこいつも、絶対また綺麗さっぱり忘れていることだろう。

「まあ今はよい、全て片付けてからでも遅くはないしの」
「そうだな、このままここでじっとしてても、埒が明かないし」
「不埒なことにはなりそうじゃが」
「ならねえよ」

 僕が、お前の幼い肢体を、隙あらば狙ってるみたいな疑いは止めてもらおう。
さすがに、この状況でふざけていられる程、気が抜けてはいない。

「何を戯けたことを。そもそもこんな状況に陥る時点で、気が抜けておると言うんじゃ」
「そんなこと言われてもなぁ。そもそも、僕、被害者なんだぞ」

 僕だって、何も好き好んでこんな廃墟に叩き込まれたわけではない。
文句なら、僕をこんな目に遭わせた犯人に言ってくれ。

12: 2011/03/20(日) 00:32:10.73 ID:2i3mHfds0
「そうではない。お前様が被害者だと言い張るならば、尚更問題にせねばならん」
「何でそうなるんだよ」
「犯人が何者であれ、簡単に昏倒などさせられるでないと言うとるんじゃ。みっともない」
「そこまで言わなくていいだろ」
「そこまでもここまでもない。前々から言おうと思うておったが、全くもって警戒心が無さ過ぎるぞ、お前様は」
「そんなことは……人並みにはあるよ」
「人並み程度の警戒心で胸を張るでないわ。己の立場と現状を考えよ」

 仮にも、もはや残滓でしかないとはいえ、それでも吸血鬼の力を。
僅かであれ、その身に宿しているのならば、こんな無様な姿を晒すなと。
忍の目は語っている。

 きつい言い方だけれど、現実として、その言い分は無茶なことでも何でもない。
確かに僕は、普段でも、それこそ忍に血を吸ってもらった直後とかじゃなくても、人並み以上に鋭敏な感覚は持っている。
五感の全てが、常人のそれよりも、鋭く尖っている――それだけの性能を、僕は有しているのだ。

 だというのに、こうして知らぬ間に気絶させられ、こんな見も知らぬ場所に運ばれてしまっている。
その現状を冷静に顧みるに、確かに僕に危機感が足りてないという忍の指摘は、至極もっともだと思う。
吸血鬼としての不氏性がある以上、そう簡単に致命的な事態にはならないといっても、だ。

13: 2011/03/20(日) 00:34:41.41 ID:2i3mHfds0
「忘れるでないぞ。吸血鬼の不氏性とて完全ではないんじゃ。最近のお前様は、そこに頼り過ぎておる嫌いがあるが――しかし、氏ぬ時は氏ぬ。よう肝に銘じておれ」
「ああ、わかったよ」

 氏ぬ時は共に。
どうあれ、そう誓ったのだから。
それを一方的に違えるようなことは、断じてあってはならないのだ。
このことは、ちゃんと僕だって理解している。

「しかし、一体何があったんじゃ?」
「何がって言われてもな」

 そう言われて、改めてこの現状に至った経緯を考えてみる。
とはいえ、昏倒に至った瞬間のことは全く分からないのだけれど。
それでも、その直前までの記憶はちゃんと頭に残っていた。

 状況を整理して、現状を正しく理解する為には、その始点となったところから思い返してみるのが適切だろう。
果たしてそれは、僕が昏倒していた時間が二十四時間以上でない事を前提とした場合、丁度昨日の夜に遡る。

14: 2011/03/20(日) 00:36:39.60 ID:2i3mHfds0
 003.

「寝るぞ、兄ちゃん!」
「お兄ちゃん、寝るよ!」
「勝手に寝てろよ」

 僕は受験生であり、そしてそれをちゃんと自覚していて、だからもちろんこの日も、当然のように勉強に勤しんでいた。
朝起きて、夜寝るまで、そのほとんどの時間をそこに費やす程に、全力で。
ライオン以上におはようからおやすみまで、みつめているのである。
もちろん暮らしじゃなくて参考書とか問題集をだ。
まあ受験勉強が全てではないにしろ、今この時期においては、そこに心血を注ぐくらいじゃないと、それこそ個人教師をしてくれている羽川や戦場ヶ原に申し訳が立たない。

 だからこそ、邪魔が入らない限りにおいては、一途に、遮二無二、勉強三昧だったのだ。
そんな決意もしかし、その邪魔が入った途端に四散してしまうのが、心から残念でならない。
もっともこの場合、入ったのは、邪魔というよりも、愛すべき僕の妹達であるところの火憐と月火なのだが。
何だか、残念な感じは、より増した気がする。
五臓六腑に沁み渡る程に無念な話だ。
成長の為に七難八苦を求めた偉人が戦国時代にいたそうだが、僕はそんなことを求めちゃいないのに。
もしも僕が、受験という名の戦いに敗れた場合、その責任は九分九厘こいつらにあると言い切ってもいい。

15: 2011/03/20(日) 00:38:51.59 ID:2i3mHfds0
 そんなわけで、いつものように僕の部屋の扉を、実はぶち壊したいんじゃないのかと疑う程の勢いで蹴り開けて入ってきた火憐と月火に、だからぞんざいな扱いをしたところで、僕が責められる謂われはないはずだ。
そもそも寝る宣言なんぞ一々してくんな、鬱陶しい。
勝手に寝て、勝手に起きろという話である。
何だったら、寝てそのまま起きないでいてくれてもいい、いっそのこと春先くらいまで。

 とはいえ、これで大人しく引っ込んでいてくれるような物分かりのいい妹達なら、僕も苦労はしていない。
むしろこいつらがそんな妹達だったなら、喜んで苦労もしようというものだ。
案の定というか、いつも通りというか、不服そうに揃って口を尖らせているのが、見なくてもわかる。

「何だよもー、ノリが悪いぞ、兄ちゃん」
「僕が今勉強してることくらい、見て分からないのか?」
「見て、分かって、その上で言ってるよ」
「余分に性質悪いぞ、それ!」

 しれっとぬかす月火に、反射的に振り返ってしまう。
楽しそうに笑ってやがるのが、いつもの三割増しで腹が立つ。
しかしまあ、もしここで見ても分からないとか返されてたら、いつもの五割増しで戦慄してただろうことを思えば、まだ良かったのかもしれない。
いや良くはないけど。
だけど、それ以上に、ここでまず言っておかないといけないことがあるのだ。

16: 2011/03/20(日) 00:41:27.23 ID:2i3mHfds0
「つーか、何度も言ってるけど、いい加減、僕の部屋の扉を蹴り開けるのは止めろ」

 毎日のように訪れる理不尽な妹達の暴虐に、文句一つ言わず耐え忍んできてくれている僕の部屋の扉には、本当に頭が下がる思いだが、物事には限度がある。
もちろん、この扉がいきなりキレて喋り始めるというような、ギャグ漫画的展開になったというわけではないから、その点は安心して欲しい。
そうではなくて、本当に単純な話、扉の耐久度が物理的な限界にきているということなのだ。
なので、この点だけは大いに心配して欲しい。

 何しろ最近、扉の蝶番が、火憐とデッドヒートする勢いで馬鹿になってきていて、それはもう何時ばらばらになってもおかしくはない、という状況にまで達していたのだ。
それでもなお、軋みを上げつつも、叫びは上げずに、僕のプライバシーを守ろうと健気に頑張ってくれているその姿には、正直涙を禁じ得ない。
けれど現状、二人はそんな扉の涙ぐましい努力に配慮する気も、正視に耐えない現状に思慮を働かせる気もないらしい。
実に浅慮極まりない妹達である。

「いいじゃない、別に減るもんじゃなし」
「減ってる」

 主に扉の寿命が。
ちゃんと人の話を聞けよ。

「いいじゃない、別に増えるもんじゃなし」
「増えてる」

 主に僕の心労が。
だからちゃんと人の話を聞けよ。

17: 2011/03/20(日) 00:42:38.78 ID:2i3mHfds0
「もう、うっさいなー! 文句ばっかり!」
「言いたくもなるよ! つーか言わせろよ!」

 何でそこでキレられるんだ、こいつは。
大体からして、寝たいんなら勝手に寝ろという話である。
それを邪魔するつもりは全くないんだぞ。
ただ、僕の邪魔をするなと言ってるだけなのに。

「邪魔してるじゃねーか、あたし達が寝るのを」
「してないし、するつもりもないぞ。さっさと部屋に帰ってセットで揃ってベッドで眠ってろ」
「何だよ、兄ちゃんも一緒に寝るんだろ?」
「当たり前のように言うんじゃない」

 首を傾げる火憐だが、むしろ僕が傾げたい、全力で。
つい先日、こいつらに拘束されて監禁された時、その日の夜は三人で一緒のベッドで寝たりはしたが。
あれは言ってみれば、必要があったからそうしただけのことであり、一夜限りの限定イベントだ。
例外中の例外と考えてもらって、概ね差し支えない。
むしろ、これが当たり前だと思われてしまったら、大いに差し支えてしまう。主に今後の僕の人生に。
そもそも、その時の問題がひとまず解決を見た以上、何が悲しくて、あるいは何が嬉しくて、こいつらと狭いベッドで一緒に寝てやる必要があろうか。いや、ない。

18: 2011/03/20(日) 00:49:23.06 ID:2i3mHfds0
「いいからほら、こっちこっち」

 ベッドに腰掛けて、おいでおいでしてる月火。
何だ、その手のかかる子供に対するような態度は。
火憐に至っては、既にベッドの上でごろごろと寝転がっていた。
絶賛自由満喫中である。
本当に、どこまで奔放なんだよ、お前らは。
そこは僕のベッドなんだぞ?

「大体さ、もう今日だって十分勉強してたじゃない。休むのも大事なことだよ」
「そうじゃねえ、そもそも何でお前らが僕の部屋で寝る方向に話が進んでるんだ」
「仕方ないでしょ、私達のベッドじゃ、三人寝れないもん」
「違うだろ、場所なんてどうでもいいんだよ。そうじゃなくて、何で三人一緒に寝なきゃならないんだって聞いてんだ」
「何だよ、ぐちぐちとさあ。男らしくねーぞ、兄ちゃん」

 起き上がって月火の隣に並び、ぶちぶちと文句をたれる火憐。
どっかりと胡坐をかいて、眼光鋭いその様は、何とも猛々しいことこの上ない。
僕のことを男らしくないとか言う前に、まずお前が女らしくなれ、と言ってやりたいところだ。
そんなことを改めて言わなければならない時点で、何かもう既に手遅れな気がしないでもないけど。

 しかし、女らしさと火憐って、もうプラスとマイナス以上に対極的な言葉の組み合わせではなかろうか。
可憐な火憐とか、想像するだけで鳥肌が立ってくるぞ。
本当にこいつは、日本に住んでいながら、大和撫子の気風を微塵も感じさせない。
著しく残念な話だと思う。
まあ、そもそも火憐を大和撫子と表現するとか、ロードローラーを三輪車って言い張るぐらいに無理がある話なんだけど。

19: 2011/03/20(日) 00:50:47.78 ID:2i3mHfds0
「とにかく、お前達にはお前達のベッドがちゃんとあるんだから、そっちで二人で寝てろって」
「えー」
「えーじゃない」

 何でわざわざこんなことを二人に言わないといけないのか。
むしろ、何でこんなことで二人にわいわい文句を言われているのか。
既にもう、結構な量の疑問が脳裏に浮かんで止まないのだが。

「いいじゃん、別に。伸びるもんでもねーだろ」
「伸びてる」

 主に僕の使ってる掛け布団とかが。
本当にもう、いい加減僕の話を聞け。
あるいはいい加減に聞くんじゃない。

「いいじゃん、別に。縮むもんでもねーだろ」
「縮んでる」

 主に僕の勉強時間とかが。
いや良く分かった、お前ら、僕の話聞く気ないだろ。

20: 2011/03/20(日) 00:54:10.26 ID:2i3mHfds0
「何言ってんだよ。聞く気あるから来てるんじゃねーか」
「そうだよ、お兄ちゃん、いっつも勉強ばっかなんだから、寝る前くらいしかお話なんてできないじゃない」

 揃って頬を膨らませる火憐と月火。お前らリスか。
とはいえまあ、そういう風に言われてしまうと、これ以上文句をつけるのも憚られるのだけれど。
詰まる所、こいつらは僕に構ってほしくて、わざわざ夜中に突貫してきたってわけで。
今までのことを考えれば、さすがにこれを無下に扱うわけにもいかないだろう。

「もっとあたし達に構えー」
「もっと私達を大切にしろー」
「ステレオで言うな。ああもう、分かった分かった」

 どうやら勉強時間を終わりにしないと、この不毛な言い争いもまた、終わりそうになかった。
つまり、どう転んでも、今日はこれ以上勉強できないということである。
まあ確かに、十分以上に勉強は進められたわけだし、聞き入れておくことにしよう。

 手早く机の上を片付けて、ベッドの方に向かうと、二人は途端に機嫌良さげな表情に変わる。
いやはや、全く現金なものだと思う。
そりゃ露骨に嫌な顔をされるのに比べたら、どれだけ良いかという話ではあるけれど。

 二人でちゃっかりベッドの両端に陣取って、しっかり僕の場所を真ん中に固定してくれていて、結果的に、僕はやっぱり二人の真ん中に挟まれることになる。
何だろう、この予定調和的な展開は。
予想通りとはいえ、勉強を中断すれど、夜はまだまだ長いらしい。

21: 2011/03/20(日) 00:55:40.94 ID:2i3mHfds0
 004.

 とまあ、ここまで散々ぐちぐちと文句を言ってはきたけれど。
火憐と月火が、こうして僕に我儘を言うようになってきたこと、それ自体は良いことだと思っている。

 たまにでも甘やかしてガス抜きしてやらないと、また感情が爆発しないとも限らない、と懸念しているわけではない。
まあ、その心配が全くないわけではないけれど、それならそれで、解決できることは証明済みでもある。
そうではなく、こいつらが甘えるという行為、それ自体に意味があると、僕は思っているのだ。

 これはもちろん、火憐と月火に甘えられて、僕が鼻の下を伸ばしているという意味ではない。断じて。
正しく当然であり、まさしく必然の理屈である。
こいつらに甘えられても、僕自身にとっては、嬉しくも何ともないのだから。
妹萌えなど幻想の中にしかなく、妹ラブなど妄想の外にすらない。あってたまるか。
だからこれは、僕の側ではなく、妹達の側の事情である。
こいつらが、僕に、というより、誰かに甘えるということこそが重要なのだ。

 火憐と月火は、頼られることには慣れていても、頼ることには慣れていない。
助けを求められることは多くとも、助けを求めることはまずもって無い。
強みを見せることばかりで、弱みを見せることはしようともしない。
要するに、甘え下手なのだ。

22: 2011/03/20(日) 00:57:38.31 ID:2i3mHfds0
 良くも悪しくも、火憐と月火はファイヤーシスターズとして名を馳せてしまっており、確かにこいつらの属するコミュニティにおいて、頼られる存在としてその立ち位置を確立させてしまっている。
それこそまあ、実情を色々知っている僕からすれば信じたくないことなのだが、皆の憧れ、羨望と尊敬の視線を注がれているとまで聞く。
これは二人が自ら言っていた通りであり、すなわちそれをしっかりと自覚しているということであり、故にこそ、そのイメージを崩すような言動は、取りたくとも取れないのが現状だ。

 中学生の時分は、まあそれでもいいかもしれない。
だけど、この先社会に出ていけば、当然そんな自分でい続けられようはずもない。
時には人に頼ることも必要になるし、弱みを見せなきゃならない場面だって出てくる。

 話が長くなってしまい恐縮だけれど、まあ要するに、将来のことを考えて、今のうちにシミュレーションをしておくというか、甘えることにも慣れておいた方がいいと思うのだ。
誰かに弱い自分を見せること、自分ができないことを人に頼むこと、誰かを頼りにすること。
先々、そういう場面が来た時の為にも。
そういうことを、こいつらも覚えた方が、経験しておいた方が、きっと良い。
こんな僕でも心の中に持っている兄としての矜持が、二人にそういう大事なことを教示するようにと騒ぐのである。

 もっとも、本当はこういうのってむしろ彼氏の役割じゃないかなあ、と思わなくもないのだけれど。
とはいえ、こいつらは、自分の彼氏に弱いところを見せたいとは思ってないみたいだし。
だからまあ、リハビリみたいなものと考えて、僕がこいつらの甘える練習台になってやろうじゃないかと思うわけだ。

23: 2011/03/20(日) 01:00:25.20 ID:2i3mHfds0
 閑話休題。
とりあえず、さっさと着替えて、とっととベッドに潜り込む。
これでぱっぱと話を終わらせられれば、まあ楽ではあるのだけれど。
そうは問屋が卸さない。
仮に問屋が卸してくれても、火憐と月火が卸してはくれないのだ。

「よっし兄ちゃん、ピロートークだぜ、ピロートーク」
「お前、言葉の意味分かって言ってんのか?」
「そうだよ、火憐ちゃん。それは普通は寝た後ですることなんだから」
「分かってるなら尚言うな!」

 いきなりぎりぎりの発言をかますんじゃない。
僕達は、あくまでも兄妹として寝ようしてるのであって、間違っても男女として寝ようとしてるわけではないのだ。
もっとも、今の時点で既に色々と間違ってしまっている気がしないでもないけれど。
シングルサイズのベッドに、三人並んで川の字になってる点でも、もう十分過ぎるほどにぎりぎりだ。
精神的にも、物理的にも、そしてもちろん社会的にも。
この辺のことは、考えると泥沼に嵌りそうなので、これ以上は謹んで、あるいは慎んで止めておくことにする。

24: 2011/03/20(日) 01:01:55.06 ID:2i3mHfds0
 さて、三人で話そうとは言ったものの。
今更改まって話さなければならないことがあるわけでもないし、さりとて別に話したくないことがあるわけでもないし。
文字通り日常の一頁でしかないこんな一時に話すことなんて、本当に些細なことしかなかった。

 けれど、それで良いのだ。
三人で何でもない時間を過ごし、どうでもいい話をし、一緒に眠る。
何も問題はない、このやり取り自体は。
ごく普通の、どこにでもある家庭の中の、よくある兄妹の光景だと思う。
実際、心の安らぎは確かに得られているのだ。三人揃って、ちゃんと。

 しかし唯一問題なのは、純粋に体の安らぎはどうかと考えた場合に、これを素直に肯定できないという厳然たる事実である。
まあ一日勉強なり運動なりして疲れ切ったところに、更に夜更かしの上、おまけに狭い場所での窮屈な睡眠とくれば、体に余分な負荷がかからないはずがない。
そしてまた、何とも間の悪いことに、この夜にその問題が一気に顕在化してしまったのだ。

25: 2011/03/20(日) 01:04:26.63 ID:2i3mHfds0
 不幸中の幸いは、それが僅か三分の一に留まったことであり。
幸い中の不幸は、その三分の一に、極めて残念なことに、この僕が当選してしまったことである。

 お年玉年賀はがきだってまともに当たらない僕なのに、こういうネガティブなことはしっかり引き当ててしまう。
これはちょっとお祓いにでも行った方がいいのかもしれない。
とはいえ、そんなことしたら、僕自身か忍かが祓われてしまわないだろうか、という不安が少しあったりして。
祓われないまでも、忍が神主さんを掃っちゃったりしないだろうか、という心配はもっとあったりして。

 であれば、誠に遺憾ながら、そんな不運も不幸も、素直に受け止めるしかないのだろう。
実に如何ともし難い話である。

 そんなことを翌朝、目が覚めた瞬間からの頭痛の中で考えていたわけだが。
僕が風邪を引くなんて、何時以来のことになるだろうか。
少なくとも、春休みからこれまでのところでは、一度もなかったことだった。
こんな体調不良で、自分がぎりぎり人間の範疇に引っかかってることを再確認できたのは、さて幸か不幸か。
これは何とも判断に苦しむところである。

26: 2011/03/20(日) 01:06:16.13 ID:2i3mHfds0
 005.

「兄ちゃんが馬鹿じゃなかった?!」
「違うよ、火憐ちゃん、残念だけど、馬鹿でも風邪を引くっていうことなんだよ、きっと」
「そうか!」
「全然違う……」

 僕が風邪を引いたことに気付いた瞬間の、これが想い合っているはずの兄妹の会話である。
血も涙もないというか、僕が馬鹿だってことがこいつらの共通認識になっているという事実に、血はともかく涙が出そうだった。
とはいえ、逆の立場ならむしろ、僕も風邪を引いたこいつらを鼻で笑っていた可能性を否定しきれないので、割とバランスはとれているのかもしれない。
果てしなく残念な話である。

「お前様よ、いい加減にしてくれんか」

 普段見ないような青白い顔で、僕の影から忍が現れたのは、しばらくぎゃーぎゃー騒いでいた妹達二人を学校へと追い出して、家に僕一人な状況になってすぐのことだった。
何とも珍しいというか、顔が青くて白くて、いや本当に僕とペアリングされてる影響ってすごいなあと感心する。
口に出したら蹴られそうなので黙っておくけど。

27: 2011/03/20(日) 01:09:16.97 ID:2i3mHfds0
「お前もしんどいのか」
「しんどいというよりも、何じゃろうな、気分が悪い」
「あー、僕、今まさに頭痛のピークな感じだしなあ」

 冗談ではなく気分が悪そうな忍と、冗談みたいに気分が最悪な僕と。
このダウナーな感じといい、青白い顔といい、生気の無い表情といい、常とは異なり、今まさに僕らは怪異らしい姿をしてるんではなかろうか。
普段はむしろ、可愛らしいからなあ、忍の場合。

「たわけが。高熱で馬鹿にターボがかかっておるのか? お前様が阿呆なのは今に始まったことではないが、これ以上そこに磨きをかけるでないわ。ペアリングされとる儂の品格まで疑われる」
「体調悪くても毒舌は変わんねーのな、お前」
「標準装備じゃからの」
「カーナビじゃあるまいし」

 嫌だなあ、そんな毒舌丸出しなカーナビがあったら。
道案内の度に罵倒されるなんて、普通の人なら目的地に着く前に、そのナビをへし折るか、あるいは心の方が折れるだろう。
まあ、一部では激しく人気になるかもしれないけれど。
幼女に罵倒されるのを喜ぶ層が、果たしてどれ程いるかはさておき。

28: 2011/03/20(日) 01:13:05.72 ID:2i3mHfds0
「しかし耐え難いの、この不快な気分は。まるでお前様の舐め回すような視線に延々と晒され続けているが如き悪寒と嫌悪。実に不愉快じゃ」
「僕の方がな!」

 とりあえず僕を罵倒する方向で愚痴るのは止めて欲しい。
僕だって風邪を引きたくて引いたわけじゃないんだ。
もっとも、それを言ったら、忍は風邪を引いてもいないのにその症状を味わってることになるわけで、あまり強くは出られないのだが。

「とりあえずさ、忍。僕の血を吸ってくれないか?」
「ん? ああ、成程。そうじゃな、確かにさすれば体調も回復できよう」
「だよな。ってことで頼む」
「そう言えば、ミスドに新商品が出た、と小耳に挟んだのじゃが」
「……わかったよ、連れてく、連れていくよ。お礼ってことで、ちゃんとご馳走してやるからさ」

 ここで僕を治さなきゃ、自分も苦しみ続けることになるだろうに、それでも条件を出してくる忍には、正直呆れるのを通り越して感心する。
まあ、今回ばかりは完全に僕のせいで迷惑をかけてるわけだし、そのくらいならむしろ安いものだろう。
丸一日風邪で潰れるよりは、よっぽど有意義に今日という日を過ごせるようになるわけだし。
ちなみに、僕がOKを出した瞬間、ぱっと血を吸われて、さっと風邪が治ってしまった――あっという間の出来事だった。
お前、どれだけミスドに食いついてんだよ。

29: 2011/03/20(日) 01:15:13.87 ID:2i3mHfds0
「まだ朝早いけど――まあゆっくり行けば、その内に開店時間になるか」
「早う行くぞ。ミスドは待ってくれん」
「お前の中のミスドはどんだけ短気なんだよ。つーかまだ開いてないって言ってるだろ」

 待てないのは、ミスドじゃなくて忍だろう。
もちろん短気なのも、ミスドじゃなくて忍である。

「何を戯けたことを。儂が行けば店は開くぞ」
「その自信は一体何処からくるんだ?」
「儂が道を行くのではない。儂が通った後が道になるのじゃ」
「言ってる言葉だけは最高に格好良いけど、引き合いに出してるのがミスドって辺りが最低に格好悪いな」

 そもそも、別にこの町のミスタードーナツは、忍の為に店を開けてるわけではない。
言うまでもないし、聞くまでもないことだ。
言ったところで、聞いてはくれないだろうけど。

 それでも、渋々ながらとはいえ、風邪を治してくれたのは確かなわけで、ミスドに連れていくことを拒否する気はない。
まあその為だけに出かけるというのも勿体ないし、折角なので、ミスドで忍を満足させてやった後は、図書館で勉強をすることにしようかと思う。
既に連絡を入れてしまっている以上、今更学校に行くのもおかしな話だし、図書館の方が勉強に集中できるし、悪くはない選択だろう。

30: 2011/03/20(日) 01:16:23.42 ID:2i3mHfds0
「じゃあ忍、影に入ってろ」
「着いたら知らせよ」
「わかってる」

 そんなやり取りを交わしつつ、とりあえず書き置きだけは残しておくかと一筆したためることにする。
一応病人扱いで休んだわけだし、何もなしに家を出たら、帰ってきた時が怖い。
特に妹達の暴走が。
それを避ける為にこそ、風邪が治ったから勉強に出掛けるとか、それらしいことを書いて残した。
何でこんなに妹達に配慮する必要があるのか、若干の理不尽さを感じないでもなかったけれど。

 さても相変わらず、そんな風に、愛すべき妹達からの襲撃を恐れるという自身の立ち位置について、呑気に疑問を覚えたりしていたわけだが。
しかして僕はこの時、それが全く勘違いの心配であり、限りなく筋違いな不安であり、揺るぎなく間違った懸念であるということを、まるで想像できていなかった。
心配すべきは、不安を持つべきは、懸念すべきは、もっと他にあってよかったのに。
妹達が僕を心配して云々の思考に至っておきながら、その先にまで考えが及ばない。

 いつもそうだった。
薄くて弱い僕の思考は、やはりどこまでも見当違いの見込み違いで、徹底的に的外れ。
この日の僕もまた、昨日までと同じだった。
もうどうしようもなく、同じでしかなかった。

31: 2011/03/20(日) 01:17:58.79 ID:2i3mHfds0
とりあえず、今日はここまでです。
相変わらず忍さまとファイヤーシスターズばっかりですが。
次の章からは他のキャラも出てくる予定ですのでご勘弁下さい。

さて、この連休でどこまで書けるか……

39: 2011/03/21(月) 19:24:16.73 ID:4YOMgSaY0
 006.

 家を出て、自転車に跨り、走り出す。
風邪を引いていたのが嘘のように絶好調な気分だ。
それを言ったら、吸血鬼な自分ってのが、もう既に嘘のような話になるんだろうけど。
さておき、身も心も動きも快調とあって、鼻歌交じりにのんびりと走ること暫し。

「おや? またこんな所で呑気にうろうろされてるんですか?」

 横合いから聞こえてきた耳馴染みの声に、ブレーキをかけつつ振り返る。
果たしてそこには、いつもお馴染みと言ってもいい顔馴染みが、いつものようにでっかいリュックサックを背負って、いつものように可愛らしく小首を傾げながら、けれどいつもと違って僕より先に声をかけてきていた。
一部では、幸せを呼ぶラッキーアイテムとも伝えられている、八九寺さんちの真宵ちゃんである。
まあ一部というか、僕と羽川の間だけの話だ。
もっと言えば、僕が勝手にそう口にしているだけなのだが。

 しかし何てこった……折角の八九寺タイムなのに、出だしから思いっきり躓かせてくれるとは。
全くいつものことながら、僕の予想の斜め上を行ってくれるやつだ。
そんな形で意表を突いてくれなくてもいいものを。
果てしなく不用な気遣いである。

40: 2011/03/21(月) 19:26:06.71 ID:4YOMgSaY0
「何でお前が先に気付くんだよ。ていうか、気付いても黙っててくれれば、いつものやり取りに入れただろ?」
「それが御免被るから、わたしの方から声をおかけしたわけですが。むしろ犯罪紛いのやり取りをしなくて済んだと感謝して欲しいところです」
「要らん気配りしやがって」
「できる女と言って頂きたいですね」

 踏ん反り返って薄い胸を張る八九寺。
どこにそんな偉そうに出来る要素があったのか分からない。

「それにしても……えっと、あの……うん、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ちょっと待ってくれ、それは新しい振りなのかもしれないけど、何か本気で僕の名前を忘れられたんじゃないかって不安になるから。素直に普通に噛んでくれ」
「素直に普通に、ならむしろ噛まないのでは?」
「正論だ!」
「もちろん、冗談ですよ。このわたしが、まさかあなたのお名前を忘れるわけがないじゃないですか? ねえ山田木さん」
「うん、とりあえず後ろの木だけしか合ってないぞと突っ込んでやりたいけれど、そもそもよく考えるまでもなく、それは単に僕を山田さんって人と勘違いしてるだけじゃないのか?」

 誰だよ、山田。
八九寺から、この僕を差し置いて名前を呼ばれるとは、何と生意気な。
って、こんなことを言ったら、日本中の名字が山田の人を敵に回すかもしれないけど。

「失礼、噛みました」
「だから噛んでないって」
「忘れました」
「本当に失礼だな!」
「それほどでも……」
「斬新なパターン?!」

41: 2011/03/21(月) 19:28:12.87 ID:4YOMgSaY0
 褒めてないぞ? 何で照れる仕草をしてるんだよ。
くそっ、可愛いなあ、どさくさに紛れて押し倒してやろうか。

「通報しますよ?」
「何でだよ?」
「では、通報しましたよ?」
「したのかよ!」
「ところで、阿良々木さん」
「何かもう話の流れが無茶苦茶だし、気付いたら普通に僕の名前呼ばれてるし、何なんだこの展開は」
「大したことではないでしょう。春先にはよくあることですよ」
「もう夏も終わろうって季節なんだが」
「それよりも、今日は平日ですが、一体どうされたんですか? ようやく受験勉強を諦めましたか?」
「何でだよ!」

 そりゃまあ、平日に受験生が呑気に自転車を走らせてたら、何があったんだって思うのは分かるけどさ。
何でそれが、そうまで直線的に僕が受験勉強を諦めることと密接に繋がるんだ。何のホットラインだよ。
しかもようやくって、お前、そりゃないだろう、幾らなんでも。

42: 2011/03/21(月) 19:31:44.70 ID:4YOMgSaY0
「全く、あっちにふらふらこっちにふらふらして、それでよく受験生を名乗れますね」
「受験生って名乗るようなもんでもないだろ。つーか、僕そんなにふらふら歩き回った記憶なんてないぞ」
「おやおや、もうお忘れとは、全く受験生にあるまじき記憶力ですね。まあいつものことですし、どうでもいいです。それで、肝心の学力の方はどうなんですか? 順調に下がってきてますか?」
「だから何で常にダウンの方向で話を進めようとするんだよ。ちゃんと上がってるよ。上がりまくってるよ」

 火憐じゃないけど、僕の学力は、普段の不断の努力が功を奏して、上がることはあっても下がることはないのだ。
まさしく上げ上げでここまで来ているのである。

「成程、だからいつもあっぷあっぷしてらっしゃるんですね?」
「不愉快に上手い!」

 さすがの貫録だった。
とはいえ、感心するより先に、小学生にここまで言われている自分という存在にこそ、寒心しないでもなかった。
しかしまあ、そんな惨めな思考は、八九寺を称賛する事で消散させることにする。

 この八九寺との逢瀬は、僕にとって大事な憩いの一時なのだ。
この為にこそ、僕は日々を頑張っていると言っても過言ではない。
いや、ごめん、過言かもしれない。
でも大事な時間だっていうのは本当の話だ。
なので、影からの物言わぬ、しかし物言いたげな視線はきっぱりと無視して、しっかりと雑談を続けることにする。
これは決して忍への嫌がらせではない。ないのだ。

43: 2011/03/21(月) 19:38:13.14 ID:4YOMgSaY0
「それにしても、小学校でも英語教育を導入することを検討しているという話を耳にしましたが、時代の流れを感じますね」
「まあ、現場は大変なことになるだろうけどな、そうなったら」
「それは仕方がないでしょう。小学校の教師をされていて、なお且つ英語も堪能という方は、さすがにそう多くはないと思いますし」
「だよなあ。そもそも中学校から大学くらいまでしか英語の勉強なんてやってなくて、それで今更人に教えろって言われても、そりゃあ困るに決まってるよな」
「ええ。基本的に、人に何かを教える為には、より一層の深い知識と理解が要求されますからね」
「そうだな」
「剣道三倍段という言葉もありますし」
「うん、確かにその言葉はあるけど、今この場で出るべきもんじゃなかったよな」

 何となく言いたいことは分からんでもないが。
本当にこいつの振りは、本気なのか狙ってるのか、時々判断が難しい。
そして返しに失敗すれば、待っているのはきついご指導。
八九寺Pは、自分にも他人にも厳しいのだ。

「しかし詰め込み教育とか、ゆとり教育とか、色々迷走してますねえ、我が国の教育は」
「何で上から目線なのかが若干気になるけど、言いたいことはわかるよ」

 教育方針とか制度とかって、どれも一長一短あって、いいとこ取りなんてできないのに、右往左往して思考錯誤して、始めたり止めたり変えたり戻したりして。
結局、割を食うのはいつも子供なのだ。
それを食わせた大人が、偉そうに最近の若者は、とか怒ってたりするなんて、何とも理不尽な話じゃないか。

44: 2011/03/21(月) 19:41:15.58 ID:4YOMgSaY0
「そもそもですよ、グローバル化とか言って海外にばかり目を向けてますけど、そんなことは内側をしっかりさせてからにした方がいいんじゃないでしょうか?」
「まあ確かに、あっちこっちと余所見ばっかして足元が疎かになるってのは、よくある話だしな」
「そうです。大体アフリカとかの飢餓は問題視するのに、自国の問題には興味がないんでしょうか、という話ですよ。マザーテレサも言ってました。『愛はまず手近なところから始まります』と」
「うーむ、考えさせられる言葉だな」
「ええ。良いこと言いますよね、彼女」
「だから何でお前が上から目線なんだ? お前はマザーテレサの何なんだよ」

 彼女とか。
馴れ馴れし過ぎるだろ。
面識でもあるのか? いや、あるわけがないけどさ。

「何かと聞かれましたら、そうですね、心の師でしょうか?」
「へえ、お前が師と仰いでるって?」
「いえ、むしろ彼女が、でしょうかね」
「お前、本当に何者だよ!」

 でしょうかね、じゃねえよ。
何だ、そのしてやったりな表情。
お前さ、歴史的な偉人を軽々しく弄んのは止めようぜ。
愛と平和の体現者の話をしてるはずなのに、何でこんなに不安にならねばならんのだ。
もっとこう、世界にも僕にも優しい話をしようじゃないか。

45: 2011/03/21(月) 19:45:59.99 ID:4YOMgSaY0
「やれやれ、相変わらず贅沢なお方です」
「そんな無茶を言ってるか? 僕」
「しかしまあ、教育制度に苦言を呈するのも必要かもしれませんが、各家庭の躾に対する姿勢もまた、考えなければならない時期に来ている感がありますね」
「うーん、そりゃ分かるけどさ、だけどその辺は、余所から他人が横槍を入れ難いもんだと思うぞ」
「ええ、残念ですけど、こればっかりは確かにどうにもなりません。各家庭の意識にお任せするしかないでしょう。ちなみにわたしの家も、躾は厳しかったですよ」
「そうなのか」
「はい、例えばゲーム一つとっても、時間制限がきっちりなされてましたから」
「ああ、一日一時間とか、よく言われてたよな」
「わたしは、一日二十四時間以内ときつく決められてました」
「はき続けて伸びきったパンツのゴムも真っ青なくらいに緩々だな」
「自慢じゃないですけど、一回だって破ったことないですよ?」
「本当に自慢になってないぞ」

 むしろ、それを一回だって破ることができたのなら、自慢してもいい。
人類史に名前を残す快挙と言っても差し支えないだろう。
まあ快挙というよりも、怪挙というべきかもしれないけれど。

46: 2011/03/21(月) 19:52:59.66 ID:4YOMgSaY0
「甘いですね、阿良々木さん。ハバネロを山盛り突っ込んだ麻婆豆腐よりも甘いです」
「そんなもんと比べりゃ、そりゃ大概甘いだろうよ」

 それより甘くないものがあるのなら教えて欲しい。
というか、食ったことあるんだろうか、そんなもの。

「そもそも、一日が二十四時間だと誰が決めたんですか」
「いや、そう改まって聞かれても答えられないけど、一日が二十四時間なのは当たり前じゃないか」
「これだから阿良々木さんは……」

 やれやれと肩を竦めて見せる八九寺。
何でこんな当たり前のことを言っただけで小馬鹿にされてるんだ? 僕は。

「わかってないですね。例えばエベレストの頂上とマリアナ海溝の底では、時間の流れが微妙に違うんですよ」
「え? マジで?」
「マジです。自転に因る速度が異なる為に生じるずれだそうで。まあ、それでも一年かけて一秒程度ずれるかどうか、というレベルの差でしかないそうですが」
「いや、それでも十分凄い気がするぞ」
「とすればですよ。エベレストの頂上基準で、ゲームは一日二十四時間以内と約束しておけば、マリアナ海溝の底でならば、ほんの僅かとはいえ、一日二十四時間以上ゲームすることも不可能ではなくなるわけです」
「どんな過酷な状況でゲームしてんだよ!」

47: 2011/03/21(月) 19:56:55.24 ID:4YOMgSaY0
 とんちにしたってスケールがでか過ぎるぞ。
ていうか、普通に不可能だろうが、そんなの。
僕が将軍様なら、一休さんがそんな無茶な返答をしてきたりすれば、発作的にその頭を全力で蹴り飛ばすだろう。
何ならそこからストンピングで追い打ちをかけることも辞さない覚悟だ。
大体、何が悲しくて海のどん底でゲームに勤しまねばならないのか。

「いえいえ、マリアナ海溝の底でやるゲームも乙なものですよ」
「まるでやったことがあるみたいに言うんじゃない」

 乙なわけあるか。普通に氏ぬわ。
ていうか、マリアナ海溝の底でゲームできるような環境を実現可能な程に高度な科学力なら、もうちょっとマシなことに使えという話だ。
[たぬき]でも説教たれるぞ、そんなこと言ったら。

「日の光がそこまで嫌いですか、と聞きたくはなりますね。全く引きこもりの鑑ですよ」
「だから実現する奴がいる前提で話を進めるな」

 もう止めた方がいい。
これ以上は帰ってこれなくなるから。
いや、いろんな意味で。

48: 2011/03/21(月) 20:04:02.54 ID:4YOMgSaY0
「しかし、これこそ外に目を向けるなら、一日が二十四時間なんて、地球だけの話なんですよね」
「ああ、そうだなあ、確かに」

 星によって自転周期が違うわけだし。
金星なんかだと、公転周期より自転周期の方が遅いんだとか。
うーむ、改めて考えると、本当に宇宙って凄いよなあ。

「だから、例えば冥王星に引きこもってる人からすれば、ゲームが一日二十四時間以内なんて、むしろそれなりに制限されてる方になりますね」
「随分スケールのでっかい話になってきたな」

 ただし、話題にしているのは全力で引きこもり中って人なわけで、そう考えると何ともスケールのちっちゃい話である。
というか、冥王星に人がいるって、それは引きこもりというよりも、島流しならぬ星流しにあったようにしか聞こえない。
地球からすら追い出されるって、どんな過酷な罰だよ。
ていうか、一体どれだけのことをしたら、そこまでの罰を受けるというのだろうか。

「ですが、宇宙から見たら、人類なんてみんな引きこもりもいいところですよ」
「そんなスケールで語られたら文句も言えないな」
「ボイジャー1号とかくらいじゃないですか、地球を飛び出して、太陽系からも飛び出してった子は」
「子って。別に生きてるわけじゃないぞ」

49: 2011/03/21(月) 20:10:03.47 ID:4YOMgSaY0
 とはいうものの、確かに太陽系を飛び出していった初の人工物ではあるわけで。
今もなお、未知の情報を地球に送り続けていて、宇宙開発の道を切り開き続けているんだから、褒め称えてやりたい気持ちになるのは凄くよく分かる。
しかし、あんな何十年も前の技術で作ったものが、今まさに歴史の最先端をひた走ってるというのは、何というかロマンを感じるな。

「今では、地球から百七十億キロ以上離れてるそうですね」
「凄いよなあ、こんな馬鹿な話してる間も、ボイジャー1号は彼方へ向かって飛び続けてるわけだ」
「ええ。わたしの夢を乗せて」
「何勝手に乗せたことにしてんだよ」

 そこはせめて皆の夢を乗せて、とかにしとけよという話である。
大体からして、ボイジャー1号が地球を出発した時、僕もお前も生まれてないだろうに。
何でも言った者勝ちとか思うなよ?

「阿良々木さんも、彼を見習ってみてはいかがでしょうか?」
「それは僕に太陽系から出ていけって言ってんの?!」

50: 2011/03/21(月) 20:15:22.00 ID:4YOMgSaY0
 なんて酷い話だろうか。
八九寺さん、マジぱねえ。
ていうか、彼って。
ボイジャー1号って男だったのか? いやそもそも宇宙船に性別なんてあるのか?
そんな話、寡聞にして聞いたことがないのだが。

「そうですねえ、船は女性扱いする、ということは聞きますが」
「ああ、処O航海とか言うもんな」

 だからって宇宙船が男と決まったわけでもないけれど。
いやまあ、船を女性に例える理由の一つがその形状らしいから、宇宙船の場合は、その形状から考えるに――いや、これ以上の想像は止めておこう。
ここから先に思考を進めるのは、下手をすれば、宇宙開発計画への冒涜になってしまいかねないから。
宇宙船の発射台へのセットの様子とか、せり上がっていく機体とか、もう目も当てられない。
何を発射するつもりなのか、という話である。
そんなことを考えるなら、普通に船の方を考えた方が、余程爽やかな話ができそうだ。
しかし処O航海って響き、良いよなあ、何か。

51: 2011/03/21(月) 20:20:22.55 ID:4YOMgSaY0
「おやおや、卑猥な顔になってますよ、阿良々木さん」
「どんな顔だよ」
「見るに堪えないという意味で申し上げましたが」
「ふっ、照れ隠しか? 心配するな、お前の処Oは僕のものだ」

 指差しながら言ってみたが、途端に八九寺が沈黙してしまった。
実に劇的な変化である。

「ふむ、嬉しくて嬉しくて言葉にできないってところか」
「いえ、むしろ、もう終わりだねってところかと」

 すーっと目を細めさせる八九寺。
あるいはしらーっとした表情というか。
何だろう、この温度差は。
二人は想い合っていたんじゃなかったのか?

53: 2011/03/21(月) 20:24:39.22 ID:4YOMgSaY0
「まさか。紛うこと無く片想いですよ」
「ということは、両想いの半分までは来ているということだな」

 足りない分は、もっと僕が頑張ればいいのだ。
俄然やる気も増してくるというものである。

「どこまでポジティブなんですか、あなたは」
「八九寺と添い遂げる為なら何でもするさ」
「むしろ何もしないで下さい」
「それはつまり、何もしないでも添い遂げられると?」
「そういう意味ではありません!」

 というか小学生に対して処Oを奪う宣言なんてしないで下さい、と八九寺。
うーむ、僕の熱意は彼女に届かなかったらしい。
火憐の頭より残念な結果だった。

54: 2011/03/21(月) 20:30:18.77 ID:4YOMgSaY0
「まあ、それよりも話を続けようじゃないか」
「もういいです。用事を思い出しましたから」
「何だよ、用事って」

 相も変わらず、じっとりとした目で僕を見る八九寺。
愛を交わせず、がっかりした感じを全身で表現する僕。
何だろう、ここにきての、このすれ違いは。
いやまあ、これはもう自業自得としか言いようがない話ではあるんだけど。
しかし、僕よりも大事な用事が八九寺にあるというのは、何とも許し難いな。
一体何があるというのか。

「いえ、アンパンマンの再放送を見なくてはなりませんので」
「最悪の理由だな!」

 何? 僕ってアンパンのヒーローにも劣るわけ?
それはちょっと本気でがっかりするぞ。
さすがの僕でもテンションどん底になる話だ。

55: 2011/03/21(月) 20:34:55.42 ID:4YOMgSaY0
「もちろん冗談ですが」
「うん、そうだよな。でもすぐに否定してくれてありがとう」
「それにネタにしておいて何ですが、実はわたし、あのアニメがそれ程好きではないんです」
「へえ、何か珍しいな」

 アンパンマンが大好きと公言する人も少なかろうが、好きではないというのも、そうそう聞かない。
不快になるような要素もないし、まあ色々無理な要素はあるにせよ、アニメとして考えればよくできていると思うんだけど。

「ストーリーですとか、設定ですとか、そういうところが気に入らないわけではないですよ」
「じゃあ何が気に入らないんだ?」
「一言で言えば、登場人物達の姿勢や考え方でしょうかね」
「何だそりゃ」

 擬人化された動物達の考え方とか言われても困る。
いや、僕よりもむしろ、製作者側が困るだろう。

 そもそもカバ夫くんとかウサ子ちゃんとかが、何を考え、何を見据えて生きてるのかなんて、想像しても仕方がないだろう。
あれが題材にしてるのは未来ではなく、その瞬間瞬間だけなのだから。
その意味では、正しく動物らしい姿勢であり考え方であるわけで、むしろ納得できるのではなかろうか。

56: 2011/03/21(月) 20:42:36.98 ID:4YOMgSaY0
「いやいや、そんな難しい話じゃないんですよ。哲学的なことが気になってるわけじゃありません」
「じゃあ何なんだ?」
「例えば、アンパンマンさんが自分の顔を困ってる人に食べさせるシーンがあるじゃないですか」
「あるけどさ、ちょっと待った、そこに文句をつけちゃ駄目なんじゃないのか?」

 というか、アンパンマンさんって。
何て斬新な呼び方だ。
一周回って失礼になっちゃってないか?
いやはや、何でもさん付けすれば良いという訳じゃないって事がよく分かる一齣だ。
しかし自然にさん付けしてる辺り、八九寺って、何だかんだ言いつつも、実は彼をリスペクトしてるのではなかろうか?

「だから、設定が気に入らないわけじゃないんですって。そういうのにケチをつけたら物語なんて見れなくなるのは分かってますよ。わたしは理解ある女と自任していますから」
「他任じゃないのは、ちゃんと自覚してるわけだ」
「他人の評価なんてどうでもいいじゃないですか。わたしが認めているだけで十分です。世間の評価なんて、後から自然についてきますよ」
「お前はまず、自分を過大評価してるってことを自認すべきだな」

 人の評価に耳を貸さないプロデューサーなんて、むしろ辞任した方がいい気がするぞ。

57: 2011/03/21(月) 20:45:29.05 ID:4YOMgSaY0
「まあそれはさておきまして」
「ん、話が逸れたな。で、何が気に入らないんだ? 結局」
「いえ、何も自分の顔を提供しなくても、そもそも人にあげる為のパンを別に持っておけばいいのに、と思ってしまうんです。自分の顔なんて最後の手段じゃないですか」
「ああ、そういうことか」

 成程、気に入るか入らないかはさておき、確かにその言い分は一理あるな。
何しろパンの状態次第では、戦闘能力どころか日常生活にも支障が出るような御仁なのだから。
ほいほいと軽々しくむしってあげていいもんでもないだろう。
奥の手は、使わぬ内が華である、とも言うし。

「一度気になってしまうと、もうその違和感は消えなくて。大体、状態が完全であれば、人一人抱えて楽に飛び回れるような能力を持ってるわけですから、パンを幾つか携帯したところで、それこそ物の数ではないでしょう」
「それどころか、自分の予備の顔だって持ち回れそうなもんだよな」
「ええ。それに助けられる人の気持ちを考えても、徐に自分の顔をむしり取ってきて、さあ食べろって言われても、困ってしまいそうな気がしまして」
「それだったら、最初から別に携帯しといたパンを手渡しした方が、まあ良心的というか、抵抗は少ないよな」
「まさしくです。結局ですね、危機感が足りてないな、と。そう思ってしまうんですよ。そこが引っかかっちゃうんです」
「危機感か」

58: 2011/03/21(月) 20:51:07.83 ID:4YOMgSaY0
 何となく身につまされる言葉だな。
ここ最近、自分に起きてるあれこれを顧みては省みることが多いだけに。
そんな僕とは実に対照的に、八九寺は勢いづいていたけれど。

「だってパターン化してますからね。顔を困った人に食べさせる。パワーダウンする。バイキンマンさん達がちょっかい出してくる。苦戦する。テンプレです」
「テンプレだな。水戸黄門的というか」
「ご老公のお顔は食べられませんけどね」
「誰が食べるか。つーか食べてたまるか。恐れ多いにも程があるわ」
「とんだカーニバルです」
「めでたくも何ともないけどな」

 まさしくアフターカーニバル。
良き時代劇が台無しだった。
それを言ったら、そもそも良きアニメも台無しにしちゃってる気がしないでもないけど。
その辺はもう、まとめて棚に上げてしまうとしよう。

59: 2011/03/21(月) 20:55:26.40 ID:4YOMgSaY0
「とにかくですね。彼はテンプレ化する程に、その経験をしちゃってるわけですよ。なのに、どうして何の対策も打たないんでしょうかね?」
「如何にもこまっしゃくれた子供が考えそうなことだな」
「いやいや、そういうことじゃないですって。彼の存在意義にも関わってくる話です」
「おお、ここにきて急に話がスケールアップしたな」
「だって、彼は困ってる人を助ける為に、パトロールというか飛び回ってるわけですよね? で、実際に人を助けています。その姿勢は立派だと思いますよ。なかなかできることではありません。今日日見上げた若者です」
「何でお前の言い方って一々上から目線なんだろうかね」
「だけど、毎回毎回同じような展開になる。毎回毎回同じようなピンチに陥る。これじゃヒーロー失格ですよ」
「そこまで言うか」
「まだまだ言います。彼の為にも」
「だからお前は何様なんだよ」

 八九寺様はしかし、僕の突っ込みはスルーなされました。
同じ突っ込みは二回目は通じないということか。聖闘士みてえ。

「とにかく、彼には覚悟が足りていないと言わざるを得ません」
「覚悟とか言われても」
「人を助けに行って、自分が窮地に陥るということもまあ問題ですが、それ自体は仕方ないこともあるでしょう。でも、同じ失敗を何度も繰り返してどうするんですか、という話ですよ」
「うーん、まあそれはなあ」

60: 2011/03/21(月) 21:00:20.00 ID:4YOMgSaY0
 子供向けのアニメでそこまで考えるのもどうかと思わなくはないけれど。
でも、言いたいことは分かる。
人を助けるということをテーマに据えているのならば、確かにこれは無視してはいけないことなのかもしれない。

「遭難してる人とかがいれば、飲食物が必要になるだろうことは知識から理解してるはずなのに。自分の顔がなくなれば戦えなくなるだろうことは、経験から理解してるはずなのに。どうしてこの二つを繋げて考えないのでしょうか?」
「普通に食べ物とか救援用の荷物を、別に準備しとけば済むことだもんなあ、それって。両方ともさ」
「ええ、そして彼の能力ならば、むしろ余裕で準備できることのはずなんですよ。不可能どころか困難ですらありません」
「準備するのはジャムおじさんだろうけどな」
「結果は同じです」

 アンパンマンがヒーローしてるのも、またそれができるのも、ジャムおじさんのおかげなわけだから、確かにその仕事はお任せしてもいいのかもしれない。
というか、事前準備なら皆でやれば済むことか。

「助けられる側からすれば、自分のせいでアンパンマンさんがピンチに陥るわけですよ。これでもし彼が命を落とすようなことになれば、どれ程の後悔に苛まれるか」
「嫌な話になるな。バイキンマンがそこまでするかどうかはさておき」
「する気がなくても、そういう結果があるかもしれない、と予測することはできるでしょう。というか予測しなくてはいけません。彼に人を助けようという意思があるのなら」

61: 2011/03/21(月) 21:05:18.14 ID:4YOMgSaY0
 少しだけ真剣な目をする八九寺。
視線の先には、他ならぬこの僕。

「人を助けるのなら、まず自分の身の安全を確保している――少なくとも、その為の最善の努力をしている事が大前提です。大げさに言えば、人を助けるというのは、その人の人生への干渉になるのですから、禍根を残すのは論外でしょう」

 そして、決して噛みはしなかったものの、噛み締めるようにそう言った。
長々と話していたわけだが、結局、八九寺が言いたかったのは、ここなのだろう。
この一言の為としては、随分長過ぎる前口上だったかもしれないけれど。

 人を助けること、助けようとすること、それ自体は素晴らしいことであり、称賛されるべきことかもしれない。
でもそれは、決して自分を犠牲にしてのものであってはならないのだ。
相手の幸福を願うのであれば、尚更。

 暗に、僕のことを言われているように感じたのは、だからきっと勘違いではないのだろう。
明らかに、八九寺は、僕だけに向けて話していたはずだから。
その為に、わざわざアンパンマンの話なんて振ってきたのだと思う。
彼女は、いつもの僕の行動と思考に対して、注意を促したかったのだと。
助けることの意味を履き違えるなと言いたかったのだと、僕はそう受け取っていた。

62: 2011/03/21(月) 21:10:12.72 ID:4YOMgSaY0
 その意思が彼女には確かにあったのだと、僕は今でも確信しているし、そしてその認識は正しいのだと思う。
だけど、僕が思い至ったのは、ここまで。
それ以上に八九寺が言いたかったこと、伝えたかったこと、理解して欲しかっただろうことについては。
その時、僕は気付きもしなかったし、思いもしなかったし、もちろん理解もしていなかった。

 もっと後になってから振り返ってみて、ようやく気付いたことなのだけれど。
何のことはない、八九寺が一番言いたかったのは、やっぱりそんなに難しいことじゃなかった。
もっと単純に受け取って良かったのだ。
子供用のアニメまで引き合いに出していたのだから。

 ただあいつは、僕に、自愛するようにと。
慈愛の心で、それだけを伝えたかったのだ。

 そしてこれこそが、その時の僕にとって、極めて重要で、心底必要なことだったのだが。
この時点での僕は、そこだけを見事にスルーしてしまっていた。
それもまた、正しく後の祭りとなってしまうわけだが。

63: 2011/03/21(月) 21:15:05.30 ID:4YOMgSaY0
 007.

「おお! 新しいポンデリングが出ておるではないか。うむうむ、通りじゃな。これは全て堪能せねば収まらぬ。であろう、お前様よ」
「……ああ、好きにしてくれ」

 そんなこんなで、しばらく八九寺との雑談を堪能していたのだが。
いい加減痺れを切らし始めていたのか、影からの視線が物理的な圧力に変わりつつあったが為に、適当なところでそれも切り上げざるを得なかった。
誠に遺憾ながら、八九寺タイムは終了してしまったのだ。
名残惜しくも別れを告げて、それからミスドに向かったわけだけれど。

 じゃあ、ここから忍タイムが始まるのかと問われても、これもちょっとまだいろんな意味で遠い話だと答えざるを得ないのが現状だ。
具体的に言うと半年ぐらい。
二重にも三重にも、本当に重ね重ね残念なことである。
いや実に、切実に残念極まる話だ。

「もちろん昔ながらのオールドファッションも見捨てられはせぬ。どうしてこの古き良き味と別れられようか。いや、儂はそんな冷たい女ではない」
「僕の懐は寒くなる一方なんだが」
「ふむ、しみったれたことを、と言いたいところではあるが、まあお前様に迷惑をかけることは決して儂の本意ではないからの。この辺にしておいてやるとしよう」
「お心遣い痛み入るよ」

64: 2011/03/21(月) 21:20:40.84 ID:4YOMgSaY0
 もうトレイ山盛りじゃねえか。
止めなかったらどれだけ積むつもりだったんだ、こいつ。
正直、ほくほく顔の忍に文句の一つも言ってやりたいのは山々なのだが、折角直った機嫌をまた悪くする必要なんてないし、変にへそを曲げられても後々困ることになるだろうから、ここはもう何も言わないことにする。
英世さん二人がいなくなった程度で済んで良かったと、まあ前向きに捉えておこう。
受験前の高校生には、些か痛い出費ではあるけれど。

「さて、お前様よ。本題に入るとしようではないか」
「ん? 何だよ、本題って」

 席に着くや否やドーナツに齧り付く忍を見ながら、コーヒーを飲むこと暫し。
いや、意外にと言ったら失礼かもしれないけれど、ファーストフード店で出てくるコーヒーの中では、正直ミスドのそれは群を抜いてる気がする。
これはもう、単品で頼んでもいける味だと思うのだ。
なので、甘いドーナツを堪能する忍を、僕が渋い表情で見ていたのは、このコーヒーの味が悪いわけではもちろんなく、単に次の小遣い日まで果たしてどうやって乗り切るかを悩んでいたが為だということを、ここではっきりと述べておこう。
閑話休題。
ドーナツを両手に持ち、次から次へと、まあその小さな体の何処に入るのかと聞きたくなるくらいの勢いで食べ続けていた忍は、トレイの上が半分片付いた辺りで、改まるようにして会話の口火を切った。

65: 2011/03/21(月) 21:26:02.62 ID:4YOMgSaY0
 少しだけ真面目な表情で。
少しだけ鋭い視線で。
対する僕は、そんな忍の鼻の頭にトッピングされたホイップクリームが気になって、そのムードに乗れなかったのだけれど。
うん、実に惜しいな、却って間抜けだわ、そんな真剣な表情されても。

「ほら、話はいいから」
「うぷ――こら、子供扱いするでない」
「なら、子供みたいな食べ方をやめろ、まず」

 鼻についたクリームを取ってやると、忍が文句を言ってきた。
何だかなあ。
生まれも育ちも高貴な感じのはずなのに、それを微塵も感じさせてくれないのが、もう残念でならない。
しかし、本当に精神が肉体に引っ張られてるというか、最近加速度的に振る舞いが幼くなってきてる気がするぞ。

「つーか、もうちょっと年齢相応の振る舞いとかできないもんなのか?」
「怪異の儂にそんなことを求められてものう」
「あー、まあそれはそうかもな」

66: 2011/03/21(月) 21:30:17.81 ID:4YOMgSaY0
 というか、忍は六百歳近いわけで。
その年相応って何だろうな――こう、大釜で毒々しい草を煮詰めながら、ひぇっひぇっひぇ、とか笑ってるイメージ?
いやあ、無いわ、これは。

「失礼な想像をされておる気がするんじゃが」
「うん、ごめん、忍。僕が間違ってた。お前は今のままでいいよ。今のちょっと手のかかる感じの幼女のままでいてくれれば、もうそれでいいさ」
「失礼さがより増しおったぞ」

 まあ良いわ、と忍はそこで話を切った。
良いんだ、そんなので。
こういう所に頓着しない辺りは、その器の大きさを感じずにはいられない。
ただ、話しながらでもドーナツを離そうとしない辺りは、その器の小ささを感じずにはいられないけれど。

「で、本題じゃがな」
「だから本題って何だよ。そんなのあったのか?」
「何じゃお前様よ、まさか儂がドーナツを食べたいが為だけに、わざわざこんな所まで来たと思うておったのか?」
「揺るぎなく、心からそう思ってたよ」

67: 2011/03/21(月) 21:35:36.80 ID:4YOMgSaY0
 浅はかじゃのう、と肩を竦めつつ言う忍。
どうでもいいが、いやよくないが、僕の有り金の半分近くを食い散らかしておいて、どの面下げてそんな態度を取っているのだろうか。

「ふん、儂をそんな食欲だけの女と判断されては困る」
「少なくともここ数時間のやり取りでは、それ以外に考えるのは中々難しいぞ」
「それらも全て考えあってのことに決まっておろう。深謀遠慮とは、儂の為にある言葉じゃ」
「相変わらず大言壮語も甚だしいな、お前」

 そういうことは、ちゃんと考えて行動するようになってから言え。
むしろ軽慮浅謀の方が適切ではないだろうか、お前の為の言葉なら。

 ていうか、深謀遠慮とか口にする前に、忍の場合は、まず辛抱と遠慮を身に着けるべきだと切に主張したい。
主に僕の懐事情と、あと残りは僕の心身の安らぎの為に。
つまりは概ね僕の為に。

「まあ良いではないか、終わったことを延々と根に持つものではないぞ」
「いや、いいけどさ……で、何なんだよ。何かあるんなら言ってみろよ」

68: 2011/03/21(月) 21:40:42.35 ID:4YOMgSaY0
 少し趣は違うけど、まあここからは忍のターンということなんだろう。
いいさ、付き合ってやるよ、ここまできたら。
幸い、周りに人はいないし、誰かに邪魔されることもないだろうし。

「ふむ、つい先日の妹御達の一件があってより、一度は聞いておこうと思うておったが。お前様よ、これからどうするつもりじゃ?」
「どうするも何もないだろ。これから図書館行って勉強だよ」
「そんな近い時間軸の話などしておらぬ」
「受験勉強して、大学行って、就職して……」
「分かっていてとぼけておるのか?」
「……」

 少しだけ真剣味を増した視線を真っ直ぐに向けられて、僕は沈黙で返した。
忍が何を聞きたいのか、その心当たりは幾つかあり。
また、そのどれもが容易に答えられるものではなく。
そして、その全ては怪異に繋がっている。

69: 2011/03/21(月) 21:45:25.49 ID:4YOMgSaY0
「今のこの時期にこそ、考えるべきではないか? お前様の先行きであれば」
「うん、そうだな」
「進むべき路と書いて進路とはよう言うたものじゃ。ことにお前様の場合は、選んだ道次第で、近しい者全ての道行に影響を与えることもあるからの」
「……」

 全くもって言葉もない。
実際、先日の妹達との騒動は、家の中だけで発生し、家族の内だけで解決したけれど。
僕がどういう道を進むかによっては、また同じようなことが起きないとも限らない。
そしてそれは、何も妹達に限ったことではないだろう。

「まあの、言うてもお前様の行く道じゃ。本来であれば、儂が横から口出しするようなものではないのかもしれぬ。しかし――」
「いや、分かってるよ。何がしかの答えを出さなきゃいけないってことはさ」

 自分が吸血鬼の残滓であり、同時に人間の戻り損ないであること。
忍と共にあり続けるという怪異としての生と、戦場ヶ原達と共にあり続ける人間としての生とを、両立させようとしていること。
それだけでも、もうどうしようもないくらいにヘビーな話なのだ。
どうしたって、僕は絶対ではないにしろ不氏身であり、故にこそ一個の命として中途半端であり、ともすれば時の流れにすら取り残されてしまう。
今は辛うじてバランスが取れていて、どうにか安定してはいるけれど、それは決してこの先もそうであり続けることを保証してくれたりはしない。

70: 2011/03/21(月) 21:50:04.06 ID:4YOMgSaY0
 風邪を引くこともできる僕だけど、戦場ヶ原達と同じように年を積むことができるのか、あるべき形で老いを重ねることができるのか。
腕を切られても再生する僕の不氏性がもし露見するようなことがあった時、それでも社会は僕を容認してくれるのか。
社会だけでなく、身近な人、親類、縁者、友人、仲間、味方、他人――そのいずれもが、僕の存在を、果たして許してくれるのだろうか。

 そしてもし――もし、それが叶わなかった場合、僕はどうするのか?
何を取り、何を手放すのか。
何と戦い、何を守るのか。

 いずれも守ることができると思える程に、僕は決して幼くはなく。
しかし、いずれも諦められると思える程に、僕は決して達観してもいない。

 大人でもなく、子供でもない。
人でもなく、怪異でもない。
だけど、そのどちらでもあろうとして、いつももがいている。
正しく中途半端の宙ぶらりんだ。
何とも僕らしい話ではあるけれど。

71: 2011/03/21(月) 21:56:03.49 ID:4YOMgSaY0
「付け加えるならば、それはお前様に限った話ではなかろう。あの委員長も、猿の小娘も、決して無条件で解決するとは限らん」
「その辺はまあ、僕に何ができるかっていう部分もあるけどさ」

 むしろ何をすべきか、あるいはすべきでないか、か。
それでも確かに、場合によってはそれも、またぞろトラブルの種になったとしても不思議はないだろう。
今までがそうであったように。

「むしろ、お前様の妹御達の方が、問題としてはより近いかもしれんがの」
「それは、いろんな意味でその通りだな」

 これはもちろん、件の監禁騒動、あるいはそれと同等同質の問題のことも含んでいる。
これから僕が受験に臨むに当たって、また一悶着も二悶着もあるだろう。

 しかし、小さい方の妹――月火の場合は、存在自体が危険を孕んでいる。
僕の身の危険という意味でもそうだけど、それ以上に、怪異――しでのとりとして。
月火もいつか、その問題に直面するかもしれないのだ。

72: 2011/03/21(月) 22:01:25.45 ID:4YOMgSaY0
 これは正しく、僕のそれと同等同質の問題である。
違いはただ、自覚があるかどうか、自ら選んだものかどうか、ということだけ。
叶うならばそれも、穏便な形であって欲しいと願わずにはおれない。
露見せずに最後まで、最期まで隠し通せるならば、それ以上望むことはないけれど。

「さて、これはまあ、お前様よりも少しばかり長く生きた儂からの、ほんの参考程度の意見になるが」
「六百年近くを少しと言うか」
「余計な茶々を入れるでないわ。真面目な話をしようとしておるのに」
「ああ悪かったよ。で、何だ?」
「なるようにしかならん、というのは、言い訳にはならん」

 何となく、心を読まれたような気分だった。
まるっきりその通り考えているわけではないにしろ。
それでも僕には、どこか流れに任せようと、変に考えを巡らせて事態が悪化したりすることのないようにと。
そう考えている部分が、心の中に、確かにあるのだ。
自分の事でも、それ以外の事でも。

73: 2011/03/21(月) 22:07:18.56 ID:4YOMgSaY0
「もちろん、実際になるようにしかならんこともあろう。しかし、全てが然様に進むわけではない」
「……」
「大切なのは、お前様の意思であり、意志じゃ。お前様が何を望むのか、何を願うのか。望む未来を定め、その為の行動を取るが良い」

 さすれば、失敗したとしても、悔み続けることはないだろうと。
だからこそ、波風任せの人任せではなく、自ら帆を張り、舵を取れと。
忍は表情を変えず、淡々と、何でもないことのように言う。

「言うても簡単なことではなかろうが、なに、どんな道を選ぼうとお前様のことじゃ、要らぬ苦難も苦労も、どうせ多分に余分に背負うことになろう。ならばせめて自分の意思で決めた方が、まだしも気は楽になるというものではないか」
「軽く言ってくれるなあ」

 まあしかし、今までの僕の行動を思い起こせば、そう言われたところで決して否定はできない。
忍の言うように、どうあっても僕は、これから先も色々な厄介事に首を突っ込んでいくことになるだろう。
どうしたって、これは性分なのだろうから。
だからこそ、自分の意思で選択し、決定し、行動するということを忘れてはいけない――それは全く同意だ。

「深く考える必要はあろうが、重く捉える必要はあるまい。まあ安心せよ、お前様がどんな選択をしようと、どんな道を進もうと、少なくとも儂だけはずっと、共にあり続けるのじゃから」
「それは何とも心強い言葉だよ」

74: 2011/03/21(月) 22:11:35.78 ID:4YOMgSaY0
 氏ぬ時は一緒。
生きている時はなお一緒。
いつかの言葉の通り、僕達はそうやって歩いていく。
本当に、何とも頼もしい限りだった。

 誰かが無条件で自分を受け入れてくれて、共に並んで歩いてくれること。
一人ではなく、独りでもない。
ただそれだけで、これからの不安も迷いも薄れていくようにすら思えた。
僕には忍がいる――それは戦場ヶ原達とはまた違う、僕の支えであり標なのだ。

「ん、話し過ぎたの。まあとにかくじゃ。後悔せぬ為にも、よく考えて行動するようにせい」
「そうだな、そうするよ。よく考えてみる」

 少しだけ何かを誤魔化すような早口に、でも突っ込みを入れるのは野暮というものだろう。
再びドーナツを頬張る忍を見ながら、大分温くなったコーヒーを口に運ぶ。
きっと、さっきとは少し異なる表情で。

84: 2011/03/23(水) 00:15:59.32 ID:bMm1kr/O0
 008.

 あまりにも話が長くなり過ぎてしまったので、ここからは手っ取り早く巻きで行こうと思う。
いやまあ、後から思い返して話を構築していけば、自然その時には気付かなかった伏線とかに思い当たったりするのが世の常でもあり。
だからまあ、多少話が間延びしてしまっていたとしても、そこは大目に見て欲しいと思う。
あるいは見逃して欲しいと思う。

 ともあれ、それからは――忍がトレイに残っていたドーナツを平らげてからは、特に大した出来事はなかった。
だから、トレイを返す際に、物足りなげな且つ物欲しげな目で僕を見てきた忍の姿とかは、全く瑣末なことであり、心底些細なことなのだ。
全く、深謀遠慮ならぬ、軽慮浅謀でもなく、羨望短慮だな、もうお前は。
どれだけミスドを愛してるんだよ。
さっきの感動と僕の英世さん達を返して欲しい、叶うことなら。

 閑話休題。
とにかくそんなあれこれを経た後、ミスドを出て図書館に向かう、まさにその道行で。
僕はどうやら、何者かに襲われたらしい。

85: 2011/03/23(水) 00:19:24.17 ID:bMm1kr/O0
 伝聞形であることには、目を瞑って欲しいと思う。
何しろ僕も、何が起こったのか、全く分からなかったのだから。
自転車を漕いでいて、気が付いたら廃墟にいた、としか言いようがない。
だから忍、そんな呆れた目で僕を見ないでくれ。

「呆れもするわ。長々と考えておったかと思えば、結局何も分からなかったなど。子供でももう少しまともな言い訳をするぞ」
「別に言い訳じゃねえよ」
「そんな誤魔化しで良い訳があるか。だからもっとミスドでドーナツを食べておれば良かったんじゃ。さすれば斯様なことにもならなかったろうに」
「それを言うなら、最初からミスドに行かなきゃ良かったんじゃねえのか? 家で大人しくしてればさ」
「何を戯言を。それを言うなら、お前様が風邪など引くのがそもそも悪い」
「もう止めよう、果てしなく不毛だ」
「うむ、そうじゃな」

 改めて仕切り直しである。
別にコントをやっているつもりはないのだ。
とりあえず誰かに連絡でも、と思い、ポケットから携帯を取り出す。
が、そこで気付いた。

86: 2011/03/23(水) 00:22:37.30 ID:bMm1kr/O0
「あれ? 携帯の電源が切れてる」
「む、言っとくが、儂は触っておらんぞ」
「だとしたら、電池切れかな?」

 充電してそんなに経ってないはずなのに。
疑問を抱きつつ、電源ボタンを押すと、あっさり携帯は動き始めた。

「電池は問題ないな」
「お前様よ、何時電源を切ったんじゃ?」
「いや、普段は携帯の電源なんて切ったりしないんだけど……」

 そんな会話を交わしている間に、恐ろしい勢いでメールの着信が始まった。
情報過多のこの社会を象徴するかのような、さながら嵐の如き奔流だ。
目も頭も追いつかねえ。

87: 2011/03/23(水) 00:25:53.74 ID:bMm1kr/O0
「うわあ、予想通りというか何というか」
「ふむ、ツンデレ娘か妹御達か、まさしくデッドヒートじゃな」

 居並ぶ送信元に目をやれば、戦場ヶ原と妹達の名前が、忍の言うように、交互に抜きつ抜かれつ並びつ並ばれつしていた。
それも秒単位の間隔で、本当に間断なく。
ここまでくると、もう心配というよりもむしろ意地でやってるのではなかろうかと思いたくなる。

「すごいな、ボックス一杯になってるよ」

 しかもほとんど無言メールと着信ありの連絡メールで。
もしかしたら山のような無駄メールが並ぶよりも前には、普通の文面もあったのかもしれないけれど、そんなものは既に綺麗に淘汰されてしまっていた。
ていうか、見る気にもならねえよ、もう。
果てしなく平坦なメールが延々と並ぶその様は、何というかロードローラーで整地した直後の路面を思わせてくれる。
実にでっかいお世話を焼いてくれたものだ。
これ、情報ツールの意味成してないだろ、ちっとも。
ほとんど嫌がらせじゃねえか。

88: 2011/03/23(水) 00:30:46.52 ID:bMm1kr/O0
「お前様よ、これは無視できぬ問題ではないか?」
「そうだなあ、こんなメール攻撃されるなんて、ちょっと本気で対策を考えないと駄目かもな」

 これ全部消すのとか、それだけでも結構な重労働だぞ……正直やる気にもならない。
僕がちょっと連絡しないだけでこんなことになるなんて、想定の範囲外にも程がある。
いっそのこともう一台なり携帯を持っておいて、使い分けをした方がいいのかもしれない。
家族専用(というか妹達専用かもしれないけれど)の一個があるだけで、大分状況は改善するのではなかろうか。
そんなお金の余裕が何処にあるのか、という話だけど。

「そんな下らんことを懸念しておるわけではないわ。本気でぼけておるのか」
「ぼけたつもりなんてないぞ。何の心配だよ」
「事態に気付かんお前様の頭の具合に決まっておろう。これも勉強をし過ぎた反動かの?」
「そんなわけあるか。何なんだよ、一体」
「お前様の携帯、誰が電源を切ったんじゃ?」
「!」

89: 2011/03/23(水) 00:34:34.11 ID:bMm1kr/O0
 怒涛のメール攻撃の衝撃で吹っ飛んでいたけれど、言われてみれば確かにおかしい。
電池は十分に残っていて、僕は切った記憶がないし、忍も切っていないと言う。
にも関わらず、現実にその電源が切られていたということは、すなわち切った人間が他にいるということだ。
誰が? なんて、疑問にすらなっていない。
だから、問題はそこではない。

「まあ、お前様を昏倒させた犯人の仕業に違いあるまいが――」
「だな、何でこんなことする必要があるんだ?」

 確認してみたが、財布とかの荷物が盗られているということもなく。
昏倒させられた事以外には、特に異常は見受けられず。
犯人がしたことと言えば、僕を昏倒させて、廃墟に運び込んで、携帯の電源を切ったこと。
少なくとも、現時点で分かる範囲では、これだけだ。
およそ意味のある行動とは思えない。

90: 2011/03/23(水) 00:40:43.97 ID:bMm1kr/O0
「分からんのう。犯人は一体何がしたかったんじゃ?」
「僕に恨みがあるとか、なのかなあ」
「そうであれば、もっと徹底的に叩きのめされておってもよいと思うが」
「わかんねーぞ、気を失ってる間にぼこぼこにやられて、治っただけなのかも」
「それなら儂が気付いておるわ」

 ああ、そりゃそうだ。
感覚が共有されている弊害は、そういう所にもあるんだったな。
僕が痛い目を見るということは、等しく忍も同じ感覚を味わうということを意味している。
また状況的にも、忍は僕よりもずっと先に目を覚ましていたわけで。
つまり、忍が何も気付かなかったのなら、少なくとも物理的には何もされていないと考えるのが適当だろう。

91: 2011/03/23(水) 00:43:13.96 ID:bMm1kr/O0
「あれ? じゃあ昏倒させられた瞬間とかは、何かに気付いたりしなかったのか?」
「ふむ、寝ておったしの。それでも物理的な攻撃ならば気付けたかもしれんが、そうでなければ、この限りではない」
「例えば?」
「精神的な攻撃、あるいは干渉か。お前様が夢遊病だったりしても、まあ気付かんじゃろ」
「夢遊病だったら、今朝にまず何かあるだろうよ。でも精神的な攻撃ってなると、あれか、催眠術とか?」
「そういうものもあり得んとは言えんし、何がしかの術式という可能性もある。もしかすると怪異の仕業ということも考えられんでもない」
「そう考えると、怪異絡みの可能性が高いってことになるか」
「まあ術式然り怪異然り、そういう手段は少なくないしの。気付かれずにお前様を昏倒させる術など、儂レベルになると、それこそ無数に持っておるぞ」
「さり気ない自慢はいらない」

 というか、今のお前は使えねえだろ、そんなの。
僕が血を吸わせて吸血鬼度を上げた時ならともかく。

「しかしそうは言うても、これが怪異の仕業だとすれば、携帯の電源を切るという如何にも人間らしい真似をしておるのが、やはり不自然ではあるがのう」
「確かにな。となると、人間の仕業か?」
「現時点での情報から判断すれば、そう考えるのが無難であろうな」
「人間っていうと、いわゆる陰陽師ってやつか? 忍野とか影縫さんとかの」

92: 2011/03/23(水) 00:46:07.60 ID:bMm1kr/O0
 怪異絡みで特別な存在っていうと、その辺りがまず想像できる。
できるけど、したくはなかった。
何というか、今までに会ってきた、あるいは遭ってきた陰陽師っていうと、大概どこか螺子が外れたような人ばっかりだったし、滅法強いし、敵に回すなんて考えたくもないんだけど。
ただ、そんな僕の感情を別としても、今一つしっくりこない感じはある。

「でも、影縫さんとかは、僕達のことは既に終わってるとか言ってたしなあ。それを今更ちょっかいかけてくるか?」
「それ以前の問題じゃな。然様な連中がお前様を狙ったのなら、今五体満足でおれるわけがなかろう」
「まあ、そうだよな。しかも携帯の電源を切るだけとか、そんな地味な嫌がらせをするかって話だ」
「その程度のことなら、むしろ逆に、あのアロハ小僧ならばやりかねん気もするが」
「こんなことする為だけに帰ってきてるなんて、本気で考えたくもないな」

 どんだけ暇人だよ。いや自由人ではあったかもしれないけどさ。
ただ、あいつの場合は、無意味に僕達を混乱させるような真似はしないだろうと思う。
バランサーを自称しておきながら、ぎりぎり保っている僕達の中のバランスを、突っついて揺らすような、そんな真似は。

93: 2011/03/23(水) 00:50:09.74 ID:bMm1kr/O0
「お前様の携帯を切ったところで、犯人に何の得が――いや、逆か?」
「逆? 僕が携帯を使えたら困ることがあったってことか?」
「携帯というよりも、お前様に自由に行動されては困る理由があったのではないか?」
「何だそれ?」
「全く、本当に察しの悪い奴じゃな。お前様の頭は節穴か」
「どんな罵倒だよ!」

 目が節穴って言われるならともかく。
いや、ともかくじゃない。断じて違うぞ。
というか、何で一々僕を罵倒しなくちゃ説明もできないんだ、お前は。

「つまり、狙いはお前様本人ではなく、お前様の近しい者である可能性もあろう、という話じゃ」
「それって、妹達とかの中の誰かが犯人の本当の狙いで、その邪魔になるだろうから、先んじて僕を襲ったってことか?」

 確かにその可能性は否定できないな。
ただ否定はできないけれど、さっきと同じ疑問が残る。
邪魔になると思ってるのなら、何で僕を拘束するでもなく放ったらかしにしていたんだ?

95: 2011/03/23(水) 00:54:05.24 ID:bMm1kr/O0
「何か邪魔が入ったのか、予想外のトラブルでも起こったか、あるいは時間だけ稼げれば良かったのかもしれんの」
「結局何も分からないってことか。何にしても、まずは皆の状況を確認しておくべきだな」
「うむ、とにかく携帯の電源も入ったのならば、連絡してみるが良かろう」
「ああ、そうするよ」

 もし忍の懸念が当たっているのならば、危ないのは誰だろうか。
随分長いこと無言メールを連発してくれてる戦場ヶ原と火憐、月火は、とりあえず置いておくとして。

「まずは羽川だな。相談もしたいし」
「成程のう。確かに彼奴ならば、お前様の貧弱な脳よりも、まともな推察が期待できるじゃろ」
「一言も二言も多いぞ」

 歩きながら、つまり廃墟から出る方向で動きながら、羽川の番号を呼び出す。
これが普段ならば、羽川に電話する理由ができたことで浮かれていたかもしれないけれど、さすがに今のこの状況では、心躍らせることなんてできない。
そういうのは全て解決して、その報告をする電話の時まで取っておくことにしよう。
それもまた、事態解決に向けたやる気の源にできることだし。
丁度3コールの後、忍の罵倒でささくれ立った心を癒してくれる、耳慣れた声が聞こえてきた。

96: 2011/03/23(水) 00:56:52.54 ID:bMm1kr/O0
一日一升、もとい一日一章ということで。
今日はここまでです。
今週末はちょっと色々あるので、週中にある程度進んでおきたいなと思います。

多分、これで全体の大体半分くらいだと思いますけど。
まだ先は長いです。
気長にお付き合い頂ければ有難く。

103: 2011/03/23(水) 21:48:12.29 ID:bMm1kr/O0
 009.

「阿良々木くん、風邪って聞いてたんだけど……もしかして、今外にいるんじゃない? だめだよ、家で大人しくしてなきゃ」
「いや、ごめん、羽川。説教は全部終わった後にしっかりびっしり聞くから、今はちょっと確認だけさせてくれ。っていうか、お前は無事なんだな?」
「うん? 私は特に何もないけど――また何か問題が起きてるのかな。随分切羽詰まってる感じがするけど、何があったの? 誰かに襲われて、知らない場所に放り出されたりでもしたのかな」
「いやまさにその通りなんだけどさ」

 今日も今日とて、と言おうか、羽川はやはり半端じゃなかった。
毎度のことではあるが、あっという間に大体の事情を察してくれたようだ。
無意味に自信過剰な忍と違って、羽川の場合は言っていることを素直に信用できるのが素敵。

 だけど、僕の声を耳にしただけで大体の事情を察せられてしまうというのは、有事の際には非常に助かるけれど、平時においては非情に苛んでくれるんだよなあ。
ちょっと声を聞くだけでここまで分析されてしまっては、隠し事が不可能とか以前に、プライバシーという言葉が無意味になってしまうのである。
まあ、そんなことは今はどうでもいいな。
とりあえず羽川が無事で良かった。

104: 2011/03/23(水) 21:52:46.98 ID:bMm1kr/O0
「阿良々木くんは大丈夫? 泣いてない?」
「お前のその言葉で泣きそうだよ!」

 何で心配して電話をかけたはずの僕が、子供扱いされつつ逆に気遣われてるんだ?
羽川の中の僕は、一体何をされたというのだろうか。

「うーん、忍ちゃんに苛められてるんじゃないかなって思って」
「それもその通りだけど、別に泣いてねえよ。ていうか泣く暇なんてなかったよ」
「何があったの?」
「何がっていうか、お前がさっき言った通りだよ。道歩いてたら誰かに襲われて、さっきまで気を失ってた」

 改めて考えてみると、本当に訳が分からないな。
いざ言葉にすれば、これ程までに胡散臭い状況もそうそうないぞ。
僕がそれを言われる立場なら、言った相手の体以上に頭の方を心配するだろう。
その点では、頻りに僕の頭がどうのという忍の懸念は、あながち的外れではないのかもしれない。
全くもって残念極まりない話だが。

105: 2011/03/23(水) 21:57:21.25 ID:bMm1kr/O0
「体は大丈夫そうだけど、何か盗られてたりとかは?」
「いや、何も。携帯の電源が切られてたけど、それだけ」
「それだけって……それってちょっと不味くない?」
「ああ、電源が切られてなかったら、もっと早く目覚められてただろうしな」

 マナーモードにはしているが、懐で延々と振動してくれれば、さすがにここまで気を失ってなかったと思うし。
いや、さすがに目が覚めるだろう、と思いたい。
けれど、そんな僕の考えは、羽川からすれば、赤点をつけるような着眼点だったようだ。
それが証拠に、電話の向こうから呆れたような溜息が聞こえてきた。
どうでもいいけど、そういう風にされると、耳元に羽川の息を吹きかけられてるみたいで、正直ちょっとときめく。

「また馬鹿なこと考えてるみたいだけど、その話はまた今度にすることにして」
「何だ? 何か気付いたのか?」
「阿良々木くんを襲った人の狙いって、それだったんじゃないの?」
「携帯の電源を切ることが?」
「じゃなくて。阿良々木くんの携帯が目的だったんじゃないかな」

106: 2011/03/23(水) 22:07:57.53 ID:bMm1kr/O0
 ん? どういうことだ? 狙いも何も、携帯は無くなったりなんてしてないのに。
もちろんすり替えられてたりしたわけでもなく、これは確実に僕の携帯だ。
すわ弘法にも筆の誤りかと思ったが。
羽川に限ってそんなことはあり得ないって、僕は誰よりよく知っているのである。
だからまあ、僕が疑念を口にするより先に、より平易な説明が聞こえてきたのは、至極当然のことだった。

「だからね、犯人は、阿良々木くんの携帯を使いたかったのかもしれないってことだよ。阿良々木くんの携帯から、阿良々木くんの名前で、連絡を取りたい相手がいたのかもって思って」

 多分それはメールで、もう削除されてると思うけど、と付け加えた羽川。
だとすれば、電源が切られていたのは、犯人が打ったメールに対する相手からの返答に、僕が気付かないようにする為か?
あり得る話だとは思うけれど、じゃあ何で携帯を持ち去らなかったのかってところが気になる。
一々電源切るよりも、そうした方が楽なんじゃないだろうか。

107: 2011/03/23(水) 22:12:55.65 ID:bMm1kr/O0
「うん、確かにそこは引っかかるね。それで、犯人に心当たりはないの?」
「いや、全然。ただ僕を昏倒させた手口から、怪異絡みの可能性があるって忍が」
「……それは微妙だね」
「微妙か」
「携帯をピンポイントで狙ってる事から判断すれば、人の仕業だと思うよ、さすがに」
「ああ、それも言ってたな。だから陰陽師とか、そういう人達かもしれない」
「それは違うんじゃないかな」
「何でだ?」
「そういう人達なら、阿良々木くんの携帯経由なんて迂遠な真似はしないよ。本職の人なら、無関係な人は極力巻き込まないようにするはず」

 プロの仕業ではなく、アマチュアの仕業だと言う羽川。
成程、その言い分は至極もっともだ。
影縫さんとか忍野とか、あの人達は、基本的に無関係な人間を巻き込むことを嫌っていた。
その点、今回の犯人は、狙いが何かまだ確定してはいないけれど、少なくとも余分な人間に影響を与えていることは既に確定しており、これは確かに不自然だ。
技術はプロ並みかもしれないが、やってることはアマチュア。
本物の技術を持つ偽物、と言った方が近いか?

108: 2011/03/23(水) 22:19:55.35 ID:bMm1kr/O0
「じゃあ犯人はどんな奴なんだろう?」
「ちょっと想像がつかないね」
「お前でも分からないのか」
「むしろ、私だから想像できないのかもしれないよ」
「どういうことだ?」
「阿良々木くんにしか気付かない何かがあるのかもしれない。やり方が芝居がかってるっていうか、手間がかかり過ぎてるっていうか、さっきも言ったけど、犯人のやり方が物凄く遠回りだと思うんだ」
「遠回り」
「うん。もしかしたら阿良々木くんが陥っている今の状況、一連の出来事それ自体に、何か意味があるのかもしれない」
「意味って何だ?」
「私には分からないよ。多分それは、阿良々木くんだけに向けられたメッセージだと思うから」

 もちろんそれは、もしも犯人にそういう意図があればの話だけど、と付け加えた羽川。
でも、聡明が服着て歩いてるような彼女が言った言葉とあれば、無視することなんてできない。

 思えばこれは、結構重要なヒントかもしれない。
羽川でも、知らないことは知らない――つまり、彼女の知らない何かが、今回の一件には関わっている可能性があるということであり。
それは同時に、僕ならば知っているかもしれない何かであるということも意味している。
果たしてそれが何かまでは、まだ想像もつかないけれど。

109: 2011/03/23(水) 22:24:58.44 ID:bMm1kr/O0
「考察は後にして、今はとにかく急いだ方がいいよ」
「ああ、犯人が誰を狙ってるかが分かればいいんだけどな」
「誰を狙ってるかは、ある程度絞れると思うけど」
「……そうだな」

 こういう時、交友関係が狭いのは助かる。助かるのは事実なんだけど。
むしろその助かってしまう事実にこそ、軽く落ち込んでしまう。
全くもって、笑っていいのか泣くべきか。
まあそういうことも、全部終わってからまとめて考えることにしよう。

「それで、メールの着信は入ってる?」
「入りまくってる。妹達と戦場ヶ原から。山ほど」
「じゃあ犯人の狙いは戦場ヶ原さんだと思う」
「何でそう判断できるんだ?」

 妹達かもしれないし、そもそも山ほどメールが来てるんだ。
他の誰かからも届いていて、この大量のメールの中に埋もれてしまっているだけかもしれないじゃないか。
それとも、戦場ヶ原を候補の一番手に据えるだけの何か理由があるのか?

110: 2011/03/23(水) 22:29:19.20 ID:bMm1kr/O0
「まず火憐ちゃんと月火ちゃんは、風邪で寝てるはずの阿良々木くんが家から出かけていたのを知って、メールしたんだと思うよ」
「ああ、そうか。そうだな。あいつらならやりかねない」
「でも戦場ヶ原さんには、少なくとも今日それをする理由がない。風邪で休むのは学校で聞いて知ってるんだよ。何かないと、そんなにメールを山ほど送ったりはしないと思う」
「あ!」

 刹那、血が燃えた。
そうだよ、その通りだ。
戦場ヶ原がメールを山ほど送ってきてる時点で、疑って然るべきだった。
更生したあいつが、こんなメール攻勢を意味もなくやるはずがない。
そうするだけの何らかの事態が発生したんだって、そう考えるのが自然じゃないか。

「ごめん、羽川。電話切る。礼は後でするから」
「そんなのいいよ。阿良々木くんは阿良々木くんのやるべきことをやって」
「ああ。それと一応念の為、警戒はしといてくれよ」
「うん。阿良々木くんも気をつけてね」

111: 2011/03/23(水) 22:33:59.45 ID:bMm1kr/O0
 通話を終えて、廃墟を飛び出す。
とにかく戦場ヶ原に連絡を取らないと。
そう思って携帯で呼び出そうとしてみるが、呼び出し音が鳴るばかりで、一向に出てくれる気配がない。
気付かないのか、あるいは気付けないのか。

「くそっ! 何で、っていうか何が!」

 辺りを見回しても、ここが何処なのかも分からない。
何処に行けばいいのか、何をすればいいのか。
そんな思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
焦燥感だけが募っていって、具体的な考えにまとまってくれない。

「お前様よ、あちらじゃ」

 そんな風に頭に血が上っていた僕の耳に、力強い声が届く。
忍が影から半身だけ現して、その指をある方向に向けて真っ直ぐに伸ばしていた。

112: 2011/03/23(水) 22:38:23.06 ID:bMm1kr/O0
「あちらの方角に、お前様の妹御の気配がある。すなわち街の方角もそれと等しいと考えて良かろう」
「あっちか!」
「いや、まずは動くな」

 言うが早いか、影から飛び出し、僕の首筋に牙を立てる忍。
元より頼もうと思っていた吸血行為――僕の吸血鬼度の底上げ、すなわち身体能力の向上――を、僕が何か言うより先にやってくれる彼女に、正直感謝の言葉もないけれど。
今はそれらも全て後回しだ。
皆が力を貸してくれることに対して、全てが終わってから、心からの感謝を示そうと思う。
言葉にして、形でもって。

 だけど今は。
今はまず、戦場ヶ原の無事を確認しなければならないのだ。
電話が繋がらず、何処にいるかも分からないけれど。
それでも動かないことには何も解決しない。

「ふん、終わったぞ、急ぐがよい」
「ああ、急ぐ!」

113: 2011/03/23(水) 22:42:45.10 ID:bMm1kr/O0
 だから何も言わない。
そんな僕の心も何も、全て忍には筒抜けなのだから。
余計な言葉なんて何一つ要らない。

 そうして劇的に向上した身体能力の全てを駆使し、街へ向けて飛び出した。
それは文字通りの意味で。
廃墟の前から飛び立ち、真っ直ぐに忍の示した方向へ。

 あっという間に後方へと流れていく風景。
屋根から屋根へ、塀から塀へ。
長い長い空中浮翌遊と、一瞬だけの着地。その繰り返し。
闇を切り裂くように、空気を貫くように、ただただ跳び続ける。
耳に響く風の音を無視し、目に叩きつけられる空気の壁を無視し。
それでも足りない。
まだまだ足りない。
更に加速すべく、足に力を込めて、やや広い空き地に着地した、まさにその瞬間に。

114: 2011/03/23(水) 22:47:08.83 ID:bMm1kr/O0
「阿良々木先輩!」

 突然飛び込んできた、これもよく耳に馴染んだ声に一瞬体が固まり。
人間の限界を突破した今の僕であっても、慣性の法則には逆らう事はできず、着地の勢いそのままに思いっきりすっ転び、砂利混じりの土の上を全力で滑走することになってしまった。
閑静な住宅街に響く耳触りの悪い雑音が、どこか他人事のように頭を揺らす。
何というか、おろし金にかけられる大根の気持ちが、ちょっとだけ分かる気がした。
今度焼き魚を食べる時には、より以上に感謝の念を持って、口に運ぶことにしよう。

 少ししてようやく静止した体は、通常であれば見る影もない程にぼろぼろになっていただろうが、今の僕ならば瞬きする間に全快する。
元より吸血鬼であれば、そもそも見える影などないのだろうけれど。

 閑話休題。
体を起こして声がした方に目を向けると、果たしてそこには、戦場ヶ原を敬愛して止まない、そして僕も良く知る後輩の姿があった。
神原駿河。元バスケ部のエースであり、現でも直江津高校の比類なき有名人でもある少女が、こちらに向かって走ってきていた。

「やっと見つけたぞ! 阿良々木先輩!」

119: 2011/03/24(木) 22:50:41.23 ID:yIz3rCJn0
 010.

「戦場ヶ原先輩に頼まれて、ずっと探していたのだ。いや見つかって良かった」
「戦場ヶ原が?!」

 何と言い訳してこの場を離脱するか、と咄嗟にそう考えた僕だったけれど。
神原の口にしたその言葉に、今度こそ完全に足を止めざるを得なくなった。

「うむ。詳しいことまでは聞いていないが、随分立腹されていたぞ。不審なメールがどうとか」
「それって何時の話だ?」
「そんなに時間は経っていないな。少し前まで一緒にいたのだが」
「ってことは、戦場ヶ原は無事って考えていいのか? 電話に出てくれないんだけど」
「その言い方から察するに、また何か問題が起きているということか。戦場ヶ原先輩が懸念されていた通りだな」
「ああ、そうだよ。詳しいことは省くけど、ちょっと問題が起きてるかもしれない」
「そうか、いやそういうことなら安心してくれ。少なくとも戦場ヶ原先輩は無事だ。ついさっきも電話でやり取りをしている」
「それなら、とりあえずは安心してもいいか」
「もちろん貞操も無事なので安心して欲しい」
「そこまでは聞いてねえよ!」
「ふむ、では私の貞操を気にされているわけか」
「違う! ていうか今まさにお前の無事は確認できてるだろうが!」
「つまり、これから私の貞操を奪って頂けると考えても?」
「いいわけあるか!」

120: 2011/03/24(木) 22:56:22.60 ID:yIz3rCJn0
 何がつまりだ。つまらねえよ。
こいつは本当に、油断も隙もないな。
事あるごとに工口トークに持って行こうとしやがって。
今はシリアスパートだというのに。

「おやおや、阿良々木先輩ともあろうお方が酷い事を言われる。そんなに軽々しく私のアイデンティティーを奪わないで欲しいのだが」
「捨てちまえ! そんなもん!」
「処Oを捨てる覚悟なら、何時でもできているぞ。さあ!」
「さあ、じゃねえよ!」

 なあ、頼むから今は素直に僕の話を聞いてくれ。
猥談なら、また暇な時にでも付き合うから。

「ふむ、そうか。いや、もちろん求められれば断るものではないが、確かに私とて、初めては畳の上が好ましいのは事実だからな」
「違うからな! 実際の行為に付き合う気はないからな!」
「人の厚意は無下にするものではないぞ」
「お前への好意は否定しないけど、そういうのは違うから!」

121: 2011/03/24(木) 23:05:20.87 ID:yIz3rCJn0
 大体戦場ヶ原がいるのに、そんな不埒な真似をしようものなら、僕も神原も無事でいられなくなるのは確定的に明らかだ。
処Oとか何とかの前に、命を捨てることになる。二人揃って。
本当に冗談ではない。

「そうだな。戦場ヶ原先輩を差し置いて、私が勝手にそういうことをするわけにもいくまい」
「分かってくれて良かったよ」
「やるならせめて三人一緒でなければ、確かに良くはなかろう」
「いい加減その話題から離れろ!」
「まあ九分九厘冗談だが」
「お前がそう言うと、九割以上本気って意味に聞こえて仕方がないんだが」
「はっはっは」
「笑っても誤魔化せてないからな」

 こいつは本当にもう。
普段ならば幾らでも付き合ってやるところではあるけれど、実際今はそれより優先すべきことがあるのだ。
とりあえず戦場ヶ原が無事だってことは分かったから、それはまあいいんだけど。

122: 2011/03/24(木) 23:09:51.27 ID:yIz3rCJn0
「うーん、それにしても、何で戦場ヶ原は電話に出てくれないんだろう?」
「ああ、それは複雑な乙女心があるのだ」
「何だそれ?」
「うむ、阿良々木先輩に、怒った顔を見せたり、怒りの声を聞かせたりはしたくないそうだ」
「何だそれ!」
「だから私に、阿良々木先輩を探し出して、自分が怒っていたことを間接的に伝えるよう命じられたのだ」
「それ、乙女心っていうのか?」
「場合によっては、武力行為でもって体に伝えることも許されているぞ。絹を裂くような悲鳴を上げるまで」
「もう明らかに乙女心じゃねえだろ、それ!」

 ていうか僕が乙女扱いになってんじゃねえのか、その形容だと。
もうとっくに声変わりしてるんだよ。甲高い声なんて出せねえよ。
あいつは僕に何を期待しているんだ。
おまけに間接的でも何でもないし。普通に直接的だし。
そこまで直球で伝えたいのなら、もういっそ自分が来ればよかろうに、という話である。

123: 2011/03/24(木) 23:16:00.36 ID:yIz3rCJn0
「自分の彼氏に嫌な表情を見せたくない等、可愛らしいものではないか」
「それで自分の後輩にその彼氏を叩きのめせみたいな命令してるとか、痛々しいにも程があるわ!」

 もう全く顔とか声とか隠す意味が無くなってるじゃねえか。
というか、神原が喋ってしまっている時点で、既にもうどうしようもないくらい無意味になってるわけだけれど。
本当に戦場ヶ原は、いつもいつもやることなすこと辛口に過ぎるくせに、どうしてこんなに詰めは甘いのか。

「それで一体何があったのか、聞いても良いのだろうか?」
「ん、正直まだはっきりとは把握できてないんだけどな」

 まあ隠す理由なんてないし、そもそもこいつも無関係ではないのだから、掻い摘んで事情を説明しておいた方がいいだろう。
羽川の推察を交えて、僕の現状を話すと、快活な神原の表情も、さすがに真剣なそれに変わった。
この辺りの切り替えの速さもさすがである。

124: 2011/03/24(木) 23:20:34.37 ID:yIz3rCJn0
「なるほど、それで戦場ヶ原先輩と連絡を取ろうとされていたわけだな」
「ああ。何しろ犯人が誰かとか、実際に何を狙ってるのかとか、本当に何も分からないからさ」
「皆まで言われるな。状況は理解した。戦場ヶ原先輩には、事情の説明も含めて、私の方から伝えておこう」
「ああ、頼む。それと当然だけど、お前も身の安全に注意してくれよ」
「ふむ、常であれば心配無用と返す所だが、いや阿良々木先輩にこうして心配して頂けるとは、非常に喜ばしいものだな。不謹慎かもしれないが」
「喜ばなくていいから」
「正直濡れる」
「本当に不謹慎だな!」
「不謹慎で思い出したが、先程、妹さんを見かけたぞ」
「何でその単語から妹のことが連想されるんだよ、お前は」

 不近親ってか? 確かに僕とお前は不近親だけどさ。そんな駄洒落はどうでもいいんだよ。
いいんだが、しかし話が進んだのは事実なので、とりあえずこれは棚に上げておく。
しかし神原が知ってる僕の妹っていうと、火憐か。
何してんだよ、あいつは、こんな時間に。

125: 2011/03/24(木) 23:26:58.06 ID:yIz3rCJn0
「どうやら阿良々木先輩を探していたようだったぞ。少し話したのだが、どうも風邪の身で外に出たことを心配して動いているらしい」
「せっかく書き置きを残したのに、完全に無駄になったな……」
「むしろ、それを見たから動いているのではないか? また何かトラブルに巻き込まれた結果、不調を押して行動している、と考えたのだとすれば、あれだけ必氏に探すのも納得がいくぞ」

 実際、その懸念は見事に当たっていたわけだな、と締める神原。
言われて、成程それはありそうなことだと思った。
あいつらは、僕の体のことを知らないわけだし、そんなにすぐに風邪が完治するわけがないと考えるのも、まあ当然と言えば当然か。
しかしこんな状況下で、今も僕を探し続けているのだとしたら、それは非常によろしくないことこの上ない。実に厄介だ。

「全く、要らん心配しやがって」
「いや、阿良々木先輩。それは照れ隠しかもしれないが、それでもそういうことは口にしてはいけないと思うぞ」
「何だよ、神原」
「妹さん達からすれば、普通に兄の心配をしているだけだろう。酷な事を言うようだが、少なくとも今回に限っては、心配させるような行動をとった阿良々木先輩の方にこそ、反省材料があるのではないか」

126: 2011/03/24(木) 23:31:21.61 ID:yIz3rCJn0
 責めているような口調ではないけれど、そんな神原の言葉は、しっかりと僕の心に突き刺さった。
言われてみれば、これも確かにその通りなのだ。
あいつらは、僕が吸血鬼の残滓であることを知らない――つまり、僕を普通の人間だと思っているのだから。
だとすれば、心配するのは全く当然の筋であり、そこに文句を言うのは、正しく筋違いであり問答無用でお門違いだろう。
間違いなく僕のせいで、今あいつらが本来不要だったはずの捜索活動をしていることになるわけで、つまり今回悪いのは誰かと言えば、確かに僕を置いて他にない。

「そうだな。お前の言う通りだ。今回は確かに僕に非があるしな」
「いや、阿良々木先輩の身に起こったことに関しては、非があるわけではないだろう。なに、妹さん達に無事な姿を見せてあげれば、それで済む話ではないか」
「ああ、そうするよ」
「うむ、では私はこれで失礼する」
「くれぐれも注意してくれ」
「もちろんだ。阿良々木先輩にこの身を捧げるその日まで、私は全力で自身を守りきることを誓おう」
「その決意は重い!」

 そんな風に、結局は最後までいつも通りの調子で、神原と別れた。
とりあえず、この二人については心配しないでも大丈夫だろう。
神原にしても戦場ヶ原にしても、自分の身は自分で守ることができる。
というか、下手したら僕よりもよっぽど強いのだ。

127: 2011/03/24(木) 23:37:29.96 ID:yIz3rCJn0
 だから今は。
それよりもまず、二人よりも心配すべき対象へと、注意を移すべきだろう。
そうしてまた、決意を新たに走り出してすぐに。

「見つけたぞ! 兄ちゃん!」

 今度は声に気付くよりも先に、体が吹っ飛んでいた。より正確には蹴り飛ばされていた。
文字通り全力の、本気の蹴りだった。
何なら[ピーーー]気だったと言われても信じてしまうくらい。
蹴られたと気付いてから、怒りに満ちた声が耳に届いたわけである。
もうその蹴りの威力から、声を聞かなくても、そこにいるのが火憐だというのは理解できた。

 いやまあ怒ってるだろうとは思っていた。
心配かけたことを謝ろうとも思っていた。
だけどまさか、何か言う前に、あるいは言われる前に、暴力が飛んでくるとは思わなかった。
その一撃で、さっきまでの決意も綺麗に吹っ飛んでしまったわけだが、これは仕方のないことだと見逃して欲しい。

128: 2011/03/24(木) 23:42:10.29 ID:yIz3rCJn0
「何やってんだよ! 風邪引いてんのに家から出るなんて!」
「まずお前が何やってんだよ!」

 風邪を引いてるのを理解していながら、お前はあんな強烈な蹴りを僕に叩き込んだのか。
一体僕を助けたいのか潰したいのか、どっちなんだよ。

「そんなのどっちでもいいだろ」
「いやよくねえよ、そこははっきりしとこうぜ。お前は僕の敵なのか味方なのか」
「あたしは正義の味方だ」
「ああそうだな、そうだったな」
「それにさっきの蹴りはあれだ。兄ちゃんへの愛の鞭だ!」
「ないだろ、あの威力の蹴りに愛なんて」

 つまり只の鞭である。
それを放ったのが、無知で無恥な火憐なだけに、これは意外と言い得て妙なのかもしれない。
――実に不毛な思考と言動だった。
今はこんなことを反省している場合でもないんだけど。

129: 2011/03/24(木) 23:47:54.86 ID:yIz3rCJn0
「全く、世話の焼ける兄ちゃんだぜ」
「焼いてくれと頼んだわけでもないぞ」
「頼まれなくても焼いてやるさ。ファイヤーシスターズだけに!」
「別に上手くねえよ」

 何だ、その上手いこと言ってやったって感じの表情は。
図に乗り過ぎで、調子に乗り過ぎだ。
まあ心配かけたのは事実なわけで、実際汗だくな様子の火憐の姿を見るにつけ、これ以上文句を言うのも憚られてしまうのだけれど。

「さってと、じゃあ月火ちゃんにも連絡して、教えてやんないとな」
「二人揃って探しに出てんのかよ、もう夜だぞ」
「もっと早く見つかると思ってたんだよ」
「ああ、それは悪かった」
「んー、携帯に出ねえなあ、月火ちゃん」

 頭を掻きながら携帯を閉じる火憐。
電話に出てくれないみたいだけど、それならやっぱり直接探すしかないな。
これ以上時間をかけるのは、さすがによろしくない。

130: 2011/03/24(木) 23:53:03.15 ID:yIz3rCJn0
「じゃあ、とりあえずお前は先に帰ってろ。僕が月火ちゃんを探して連れて帰るから」
「何言ってんだよ、帰るんなら体調悪い兄ちゃんの方だろ」
「見ての通り、もう回復してるよ」
「んー、確かに大丈夫そうに見えるけど……」
「大体こんな時間なんだから、帰らないと駄目だろ。変質者とか出たらどうすんだよ」
「退治する!」
「退治以前に対峙もするな。その前に逃げろってんだよ。あんまり両親に心配をかけるんじゃない。お前も女の子なんだから」
「ああ、そりゃそうだな。パパとママに心配かけるのは良くないか」

 そうして、真っ直ぐ家に帰るように言い含める。
火憐はまだ少し渋っていたけれど、月火を探してすぐ帰ると重ねて言ったら、ようやく頷いてくれた。

「じゃあ兄ちゃん、約束だぞ、月火ちゃん見つけてすぐ帰れよ! これ以上遅くなったら本気で怒るぞ!」
「分かってるよ」
「こっちも電話かけて繋がったら連絡するから!」
「ああ、頼む」
「夜道に気をつけろよ!」

 それはどっちかって言うと、悪役の捨て台詞ではなかろうか。
そんなことを口にすれば、また無駄な話が続いてしまいそうだから、黙って呑み込んでおいたけど。

131: 2011/03/24(木) 23:57:40.78 ID:yIz3rCJn0
 火憐の姿が見えなくなった時点で、自分の影に視線を落とす。
普通に月火を探しても、そう簡単には見つかるまいが、忍ならば話は違う。
携帯のGPS機能を頼りにするよりもずっと迅速且つ的確に、探し当てることができるのだから。

「忍、頼んでいいか?」
「やれやれ、毎度のことながら怪異使いが荒い主で困るのう、全く」

 そんな風に文句を口にしながらも、影から姿を出してくれる忍。
ここにきて若干ツンデレ風味が増してきた気がする。

「それはともかく、お前様の携帯、着信になっておらんか? 先程震えたような感覚が伝わってきておったのじゃが」
「あれ? あ、本当だ」

 ちかちかと光るランプ。
どうやらメールの着信があったらしい。
神原、火憐と、連続で騒がしいのとやり取りしていたので気付けなかったのか。
戦場ヶ原か月火か、あるいは羽川だったりするんだろうか。

132: 2011/03/25(金) 00:02:59.93 ID:z8PHfBVl0
 そう軽く考えて。
本当に軽く考えて。
携帯を開いて、メールの内容を確認する。

「ん? 月火ちゃんか。無言メールが一件……って、またか?」

 さっきの続きかと一瞬思ったけれど。
前に連発していた時から何時間も経過した後に来ているこの無言メールは、ただその一件で終わっていた。
数分前に着信した一件だけ。

 そして、決定的な違いがもう一つ。
添付ファイルが、今回のメールには付いていた。
というよりも、今回の送信メールは、この添付ファイルを送る為のものだった、ということなのだろう。

 一枚の画像ファイル。
特に何も考えず。
別に何の疑問も抱かず。
月火からの、そのメールに添付されていた画像ファイルを、普通に自然に開封して。

133: 2011/03/25(金) 00:12:54.80 ID:z8PHfBVl0
 携帯の画面一杯に広がる写真を。
そこに映し出されていた事実を。

 目に収めた、その瞬間に。
頭が受け取った、その刹那に。

「……!」

 血が凍った。

 そこに映っていたのは、廃墟の中で倒れている一人の女の子――阿良々木月火。
僕の愛すべき、どうしようもなく大切で、何物にも代えがたい程に大事な僕の妹が、倒れ伏しているという――信じられないような、見たくないような、そんな絵面だった。
阿良々木暦にとっての、まさしく地獄絵図と言ってもいい、そんな絶望の構図が、そこにあった。

 月火の携帯から送られてきたその写真は、けれど自分で撮ったものであるはずもない。
あいつがこんな悪質な悪戯をするわけがないのだ。
これは疑いの余地もなく、そこに月火以外の何者かが存在し、何がしかの意思でもって、そのような構図を作り上げ、僕の携帯に送りつけてきたということを示唆している。
憎悪と嫌悪と悪意と敵意を、言葉以上に痛烈に僕の心に叩き込んでくる――そう感じずにはおれない、確かな犯人からのメッセージ。
これは紛れもない悪夢だけれど、それ以上に目を逸らすことすら許されない現実だった。

138: 2011/03/25(金) 23:07:33.94 ID:z8PHfBVl0
 011.

「お前様よ! 急げ! あちらじゃ!」
「畜生……っ! 畜生!」

 思考も何もなかった。
忍の言葉に反射的に飛び出した体は、正しく意識の外の動作。
口から零れる雑言もまた、無意識による反応。
意味もなく、訳もない。

 何で。何で。何で。
誰が、どうして、何の為に。
頭の中をぐるぐる駆け巡る疑問に、しかし答えてくれるものはなく。

 助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。
月火を。月火の身を。月火の心を。
心の中をぐるぐる駆け巡る懇願に、しかし応えてくれるものもなく。

139: 2011/03/25(金) 23:11:37.85 ID:z8PHfBVl0
 一秒でも早く。
一瞬でも速く。
僅かでも近くに。
ただその一念で駆け続ける。跳び続ける。

 筋肉が軋みを上げて。
けれどそれを全て無視し。

 心臓が悲鳴を上げて。
けれどそれを全て無視し。

 それでも遠い。
月火までの距離は、まだまだ遠い。
どこまでも遠く、いつになく遠い。

140: 2011/03/25(金) 23:16:38.52 ID:z8PHfBVl0
「お前様よ、動揺するなとは言わんが、気をしっかり持て! まだ何も確定してはおらん!」
「そうじゃない! そうじゃないんだ! そうじゃないだろ!」

 何が確定とか、どうでもいい。
誰が犯人とか、どうでもいい。

 月火が、危ない――月火を、危険に巻き込んだ。
それだけが重要だ。

 何で月火を狙うのか、それすら今はどうでもいい。
何で僕を狙うのか、それなんて心からどうでもいい。

 そうじゃないのだ。
何で僕は、月火を危険に巻き込んだ!
どうしてこの事態を回避できなかった!
その後悔が、自責が、もうどうしようもなく、抗いようもなく、僕の心を襲っていた。
僕の心を、めためたに叩きのめし、ずたずたに切り裂き、ばらばらに引き千切り、散り散りにすり潰して、なお止まらない。

141: 2011/03/25(金) 23:21:18.98 ID:z8PHfBVl0
 確かに犯人はいるだろう。
だけどそれ以上に。
何よりもまず、誰よりもまず、僕は自分自身が許せなかった。

 僕が犯人に昏倒させられたりしなければ――僕にもっと、周囲への警戒心があれば。
僕が下手な言い訳を書き残したり、風邪の身で外出したりしなければ――僕がもっと、自身の影響力を理解していれば。
こんなことにはならなかった。
そもそもこんな事態なんて、発生もしなかっただろう。

 犯人が誰であれ、その目的が何であれ。
僕は手を打てたはずなのだ。
否、打てなかったはずがないのだ。
それだけの能力があって、それだけの機会があって。
それでもなお、僕は何もできなかった。

 幾つもある分岐点で、常に最悪の目を選び続けて。
回避できるチャンスも、解決できるヒントも、全て凡ミスで失って。
結果がこれだ。
写真の中で倒れ伏す月火には、手も声も届かない。
覆水は決して、盆に返ることはない。

142: 2011/03/25(金) 23:25:58.89 ID:z8PHfBVl0
「くそっ! 何で! 何でだよ!」

 何で僕は、こうなのか。
なんて僕は、愚かなのか。
どうしていつも、終わってからしか気付けないのか。

 想像したくもないけれど。
考えたくもないけれど。
けれど。

 あのメールが送られてきてから、既に何分も。
あの写真が撮られてからとなれば、きっとそれよりももっと。
時間は経過してしまっているのだ。

 もしこれで月火の身に、心に、何かがあれば。
何かがもう、あってしまっていたならば。
犯人が、そんなことを考えていたのならば。

143: 2011/03/25(金) 23:30:36.06 ID:z8PHfBVl0
 そんな想像が過ぎるだけで、脳が沸騰しそうになる。
頭の中が真っ白に、視界の先が真っ黒に。
ただただ一色に染まる。
その色を指して、人はきっと絶望と呼ぶのだろう。

 想像しようとするだけでこうなのだ。
全力疾走よりも心臓は激しい悲鳴を上げ、どんな無理難題に挑むよりも脳は熱暴走を始める。
もしも、もしもこの想像が現実になれば――なってしまえば。
僕のせいで、月火がそんな悲劇に見舞われてしまったならば。

 その時僕は、間違いなく自分を失うだろう。
見失って、二度と見つけられなくなる。
喪失し、消失する。
阿良々木暦という人間の、薄くて弱いその心は、きっと耐えられない。
耐えられるはずもないし、そもそも耐えられて欲しいとすら思わない。

 何がどうなるかの予測もつかないけれど。
ただその事態が、容易に阿良々木暦という人間の、その人としての生を決定的に終息へと至らしめ得るだろうことは間違いなく。
正しく僕は――その心は、氏に至るだろう。

145: 2011/03/25(金) 23:38:43.37 ID:z8PHfBVl0
「お前様――聞きたくはなかろうが、それでも言わせて貰うぞ。というよりも言わねばならん。事態の解決の為にも」
「……」

 返す言葉も何もない。
今の僕は、ただ駆けるしかなく、ただ跳ぶしかなく、ただそれだけしかできず。
それでも月火を救い得る情報であるのならば、聞かねばならないし、理解しなければならないから。
だから、決して速度を緩めることなく、忍の言葉に意識を向ける。
返事をしなくとも、それでも忍には、その意思は伝わるから。

「此度の件、犯人が誰かまでは断定できぬが、しかし間違いなく、お前様をよく知っている者のはず」
「……」
「最初にお前様の携帯を使ってツンデレ娘を呼び出そうとし、しかし不審に思ったあの娘御の警戒心が強かったのか、何か他に理由があったのかは分からんが、これを断念し。しかし次の矛先を、迷うことなくお前様を探し歩いておった妹御に向けた。身体能力が劣る極小の妹御の方を、迷わず」
「……」
「お前様の縁者についての知識が深過ぎる。完全にお前様の弱点を知り尽くされておる。これは最早、情報収集を徹底したというよりも、元よりその知識を有しておると判断せざるを得ん。その上で、お前様にこのような行為を働くだけの理由があるのじゃろう」
「……」
「思えば、最初にお前様を昏倒させた際にそれ以上何もしなかったのも、携帯をその場に残していたのも、犯人の目的が、お前様の身を狙ってのことではなく、心を狙ってのことと考えれば得心が行く」
「っ! そんな、ことで!」

146: 2011/03/25(金) 23:48:22.57 ID:z8PHfBVl0
 そんなことで。
そんな下らないことの為に。
戦場ヶ原を、月火を狙ったというのか。
あいつらを危険に晒したというのか。

「それと同時にこの犯人は、お前様を気付かれずに昏倒させるような技術――戦闘技術なのか、陰陽術なのかは分からぬが、そうした特殊な技能をも有しておる」
「そんな知り合い、いない!」
「そうじゃな、一人でそれら全てを満たす者――お前様の心を強かに狙い、お前様の周辺事情に極めて詳しく、お前様以上の特殊技能をも有しておる者は、確かにおらぬかもしれん」
「!」
「犯人はもしかしたら、一人ではないのかもしれんぞ。何がしかの事情があり、誰かが結託して事に当たっておるのやもしれぬ」
「そんなの……!」

 僕に用があるのなら、僕の所に来ればいいだろうに。
僕に恨みがあるのなら、僕だけにぶつければいいだろうに。
わざわざそんな遠回りな真似を、他の人を巻き込むような真似なんてしなくても!

147: 2011/03/25(金) 23:52:47.07 ID:z8PHfBVl0
「それ程までに恨みが深いということなのかもしれんし、あるいは怨恨が動機ではないのかもしれんな。いずれにせよ、今は何を考えても想像の域を出ん」
「……」
「出んが、しかしお前様よ、肝に銘じておれ。妹御がおる場所に、複数の者がおる危険性を。その中に、お前様にごく近しい存在がおる可能性を」

 でなければ、初手で後れを取ることになると、忍は締めた。
現状でも、既にどうしようもないくらいに動転し、動揺し、慟哭しているその心が、更にかき乱されるような事態がそこに待っている危険性を、可能性を。
強く自覚しろと。確と理解しろと。
月火を助けたいと思うのならば、それが必要なのだと。

「! あそこじゃ!」

 視線の先に、一棟の廃ビルが建っていた。
夜の静けさとその深い闇と今の事情が相まって、得も言われぬ不気味さに満ち満ちている。
生物としての本能が、こんな時でなければきっと、そこに近づくのを拒否するだろうと思える程に。
だが、それでも。

148: 2011/03/25(金) 23:58:44.92 ID:z8PHfBVl0
 この先に、これから突き進むその果てに、絶望が待っているかもしれなくても。
目にする景色が、僕の心を止めることになろうとも。
あるいはおぞましい結末が待ち受けている可能性があろうとも。

 立ち止まる理由にも、引き返す道理にもならない。
そんなことは怖気づく言い訳にすらならないのだ。
今まさに、そこにいるだろう月火のことを思えば。
僕を加速させる燃料にはなり得ても、減速させる材料には決してなり得ない。
ただ駆ける勢いそのままに、ビルに突貫する。

 犯人の望みが何だろうと。
犯人の狙いが何だろうと。
今の僕には、月火の事以外どうでも良かった。
だからこそ、無謀だろうと無策だろうと、僕は迷わずそこに飛び込んだ。
忍と二人で。

154: 2011/03/27(日) 21:52:38.21 ID:SKmS+kSP0
 012.

「月火ちゃん!」
「お前様! 動くな!」

 飛び込み、駆け上がり、辿り着いた一室で。
その部屋の丁度真ん中に倒れ伏している月火の姿を見つけて。
無事なのかどうなのか、それすらまるで分からないその姿を目の当たりにして。
完全に思考が停止した。

 反射的に飛び出そうとする僕を、しかし忍が力づくで制する。
僕の吸血鬼度が上がると同時、忍もまた力を多少なり取り戻しているわけで。
そうであれば、幾ら僕の身体能力が向上しているといっても、忍のそれが僕よりも数段上であることに変わりはなく。
自然、忍のその制止は、容易に僕の体を静止させてしまう。

155: 2011/03/27(日) 21:56:44.79 ID:SKmS+kSP0
「何するんだ! 忍! 離せ!」
「何するんだはこっちの台詞じゃ! お前様は本当に馬鹿者か!」
「馬鹿でも阿呆でも何でもいい! 月火ちゃんがそこにいるのに!」
「少し落ち着かんか!」

 極限まで血が上っている僕の、きっと真っ赤に染まっているだろうその頭に。
あろうことか、忍が思いっきり頭突きをしてきた。
もう問答無用で手加減無しの、本気で全力なヘッドバットだった。

 星が散るなんて表現ですら生温いと思えてしまう程の一撃。
ボーリングマシンを打ちこまれたかと考えてしまう程の衝撃。
目の前で爆発が起こったかと錯覚してしまう程の轟音。
嫌でも体が止まらざるを得ず、必然意識が月火から離れざるを得なかった。

 そうしてできた一瞬の空隙は、決して僕に冷静さを取り戻させるものではなかったけれど。
忍の声が、その強い意識が、僕の頭に届くだけの余裕は、どうにか取り戻させてくれたらしい。

156: 2011/03/27(日) 22:01:03.66 ID:SKmS+kSP0
「お前様は何の為にここに来た! 妹御を救出する為じゃろうが! 助けに来たのならば、助ける為の行動を取らんか! 狼狽えて罠に嵌るなど愚の骨頂じゃ! この上更に失態を重ねるつもりか!」
「!」

 頭を手で押さえて涙目になりながらも(感覚の共有があるせいで、多分僕のと自分のと二重の痛みがあるんだろう)、それでも僕を睨みつけながらの忍の言葉が。
ヘッドバットの衝撃以上に、僕の頭から血を下げさせたことを実感する。

「妹御の無事の確認は、全てを片付けてからにせい! 歯痒かろうが、それが助ける為の最速で最善で最良の選択と知れ!」
「あぁ……分かった。ごめん。忍」
「儂に謝る必要などない。誤らなければそれで良いんじゃ。それよりも注意せよ。この状況で犯人が何も仕掛けてこんとは思えん」

 言うなり姿勢を低くして、臨戦態勢に入る忍。
その姿は、正に百戦錬磨を言葉以上に強く物語っていて、今度は胸が熱くなるのを自覚する。
僕は一人じゃないのだということに、これ程までに頼もしいパートナーがいるということに、感謝せずにはいられない。
その意気に応えるならば、僕もまた、この場を切り抜ける為に全力を尽くさなければならないだろう。

157: 2011/03/27(日) 22:05:05.69 ID:SKmS+kSP0
 月火の事は気になるけれど、その身と心への懸念は尽きないけれど、その不安と焦燥と心配は、無理やりにでも抑え込む。
動揺が消えたわけでも、慟哭が止んだわけでもないけれど。
それでも、今にも爆発しそうなこの心は、ただ事態の解決にだけ、全力でぶつけよう。
たとえ、その後に、どうなろうとも。
これ以上に事態を悪化させることだけは、何としても、何に代えても、防がなければならない。

「……おかしい。何の動きもないとは、どういうことじゃ」
「犯人は、いないのか?」
「いや、そうとは思えぬ。ここまでお誂え向きの舞台を用意し、お前様を呼び寄せておいて、これを放置するなど理に適わん」
「じゃあ何なんだ?」

 警戒を怠ったつもりはない。
最大限に注意を払い、最小限に隙を消し、目も意識も周囲に向けていた。
過大評価でも過小評価でもなく、確かに僕はこの時、最警戒していたのだ。
そのはずだった。

158: 2011/03/27(日) 22:11:57.24 ID:SKmS+kSP0
「お前様! 下じゃ!」
「!」

 本当に何の前触れもなかった。
どこかに隠れているかもしれないという意識の、外からではなく、内からの衝撃。
それは僕の足元から。
吸血鬼としての鋭い感覚と、一瞬早く気付いた忍の声とが、何が起きたのかを辛うじて気付かせてくれた。
そう、僕の足元から――より正確には、足元に広がっていた影の、その中から。
何かが飛び出し、その勢いのままに僕を掴み、天井へと飛び上がった。

「っ……!」

 そう考えられはしたものの、残念ながらその思考に僕の体は追いつかなかった。
何かが影から飛び出し、僕を掴み上げ、その勢いのままに天井へ向けて飛び上がり、叩きつけ、貫き、その更に上の階へ、それを何度も繰り返し、屋上に飛び出て。
これがまさに一瞬の出来事だったのだ。
むしろ、よく自分の思考がその事象に追いついていたとさえ思う。
見た目相応に老朽化は進んでいるだろうけれど、それでもこんなに容易く床をぶち抜くなんて、とんでもない力技もあったものである。

159: 2011/03/27(日) 22:18:33.51 ID:SKmS+kSP0
 飛び上がったその何者かは、一瞬の浮遊の後、僕の体を屋上へと投げ捨てた。
抗う間もなく、コンクリートに叩きつけられる感触。
鋭い痛みが全身を走ると同時、肺から空気が追い出される。
そんな体と床が上げる軋みが、五感の全てに余すことなく伝わってきた。

 けれど、そんな絶息如きで止まっていられない。
こんな苦痛如きが何だと言うのか。
巻き込まれた月火の事を想えば、その辛さと痛みを思えば、この程度のことなんて蚊に刺されるより瑣末なものだ。

「この野郎……っ!」

 あらゆる苦痛の信号を無視して立ち上がり、ようやく姿を現した犯人に、視線と感情とを思い切りぶつける。
ほど近い距離に佇んでいたのは、覆面をした、多分男であろうシルエット。
闇に溶け込むような、あるいは浮かび上がるような、そんな立ち姿。
間違いなく、普通の人間なんかじゃない。

160: 2011/03/27(日) 22:22:13.95 ID:SKmS+kSP0
 あの瞬間――襲撃された時にこの目が捉えた映像を信じるならば、こいつは建物の影に潜んでいたのだ。
加えて先程の、人間離れした膂力。
そんなことが可能な存在を、そんなものを有している存在を、僕は確かによく知っている。
誰より何より身近に知っている。
それは、あるいはその気になれば、状況さえ整えば、きっと僕だって出来るようになることなのだから。
そう、こいつは間違いなく、吸血鬼か、あるいはその眷属。

「誰なんだ、お前は! 何で僕の妹を、戦場ヶ原を狙った!」
「素直に答えてやる理由はないな。知りたいなら自分の胸にでも聞いてみろ」

 聞こえてきた声に、聞き覚えがあるようには思えなかった。
少なくとも、この声を僕は聞いたことがないだろうと思う。
耳馴染みなどでは、断じてない。
また、身長は僕とそう変わらないくらいなのに、パワーやスピードが僕より数段上だろうことも十分に分かった。

161: 2011/03/27(日) 22:26:06.55 ID:SKmS+kSP0
 だがしかし、それがどうしたというのか。
少なくともこいつを倒さないと、僕は月火を助けられない。
ならば、怖気づく理由も臆する道理もないだろう。
知り合いでないのならば、尚好都合だ。

「てめえの胸に聞いてやる!」
「それは正しい答えだな!」

 ここからはもう言葉はいらなかった。
今はもう、そんな段階なんかじゃない。
殴り殴られ、掴み掴まれ、吸血鬼同士の戦闘だ。
忍が上がってくる気配は感じられない――あるいは、こいつとは違う、別の相手と対峙しているのだろうか。
月火がそこに取り残されているのが気がかりだけれど、それはもう忍に任せるしかない。
今はとにかく、目の前のこいつを叩き伏せることが最優先だ。

162: 2011/03/27(日) 22:30:15.16 ID:SKmS+kSP0
 だけど戦い始めてすぐに、自分と相手の間に、想像以上に決定的な実力差があることを理解しないわけにはいかなかった。
僕の拳が一度届く間に、相手の拳は数回僕の体を抉り。
僕の蹴りが一度も当たらないのに、相手の蹴りは僕の体を幾度も貫き。
僕が掴んでも容易にいなされるのに、相手に掴まれれば確実に床に叩きつけられていた。

 殴られて、蹴られて、飛ばされて。
投げられて、貫かれて、叩き伏せられて。
それが延々と繰り返され、繰り返され、繰り返され。
一方的としか言いようがない暴虐の嵐が、その轟音が、静寂の空間に、鈍く低く響き渡る。
自分の体を抉る鈍い衝撃が、自身の肉が爆ぜる低い音が、口腔内に溢れてくる血の味が、心底不快でならない。

 正しく圧倒的と言わざるを得ない戦力差だ。
もう子供と大人以上に違う。
僕が攻撃した箇所なんて、ほとんどダメージにもなっていないのか、委細構わず攻め込まれ。
対して僕は、そいつの一撃をくらう度に、この体を揺らしている。

163: 2011/03/27(日) 22:35:20.76 ID:SKmS+kSP0
 今の吸血鬼度を上げた状態でなかったら、最初の一撃で戦闘不能になっていただろう。
けれど現状とて、回復するなりまた潰され、潰されるなりまた回復するという無慈悲な繰り返しでしかない。
止め処ない破壊と再生の連鎖に、苦痛を覚えることすら叶わない。
拳を交わすなんて、とても口にできない程の、それは一方的な殺戮だった。

 影縫さんの時を思い出すような、絶対的にすら思える力の差。
交差を繰り返す度に、僕の攻撃の回数も機会も減っていき、後はもう防戦一方だった。
いや、防戦とすら言えないだろう。
身を守ることなんて、まるで出来てやしないのだから。
殴られた箇所が弾け、蹴られた箇所が霧散し、床に叩きつけられれば血反吐を吐き、よくぞ回復が追いついているものだと思う。

 けれど同時に、それでも影縫さんに比べれば、随分と温いとも思った。
パワーやスピードが彼女に劣るというよりも、それはむしろ格闘技術の差を感じさせる違い。
ぼこぼこにされてはいるけれど、それ以上の攻撃を、文字通り身を持って知っている僕だから、その違いははっきりと分かる。
こいつの力は、本当に荒削りだった。
技術を磨いたというよりも、単に実戦だけを重ねた結果として身に着いた動き――野生のそれに近い。
効率も何もあったものではない、強くはあるけれど、酷く不格好な力。
影縫さんの攻撃を最新式の重火器とすれば、こいつのそれは投石だろう――ただ投げる石が途轍もなく大きくて重いというだけのこと。
力任せにも程がある。
同じ吸血鬼である忍が見れば、きっと呆れ果てるのではないだろうか。

164: 2011/03/27(日) 22:39:32.32 ID:SKmS+kSP0
 もっとも、今の僕の状況で、こんな分析には何の意味もない。
これは、戦力差を把握する為のものでも、勝機を見出す為のものでもない。
只の確認だ。確認であり、確信だ。

 こいつは確かに強い。
こんなにも――今の吸血鬼度を上げた僕ですら、手玉に取る程に強いのだ。
それなのに。
こいつは最初に僕を叩こうとはしなかった。
戦場ヶ原を狙い、月火を襲い、それからようやく僕を攻めにきた。

 これ程の力を持ちながら。
更生した戦場ヶ原を。
只の中学生である月火を。
こいつは、まず狙った。

 これが許せるだろうか。
許してもいいことだろうか。

165: 2011/03/27(日) 22:44:22.02 ID:SKmS+kSP0
 否、断じていい訳がない。
誰がいいと言ったって、僕が絶対に認めない。

 僕は月火を危険に巻き込んでしまって、故にこそ自分を一番に許せなくて。
しかしだからといって、犯人であるこいつを許すつもりもまた、断じてないのだ。

「っ!」

 殴り続ける犯人の顔面を、全力で掴む。
攻撃をされ続けていても、そんなの関係は無い。
力の差が歴然だったって、そんなの意味は無い。
僕の体が再生を続けていたって、それだけじゃ価値は無いのだ。
ここでこいつを叩かなければ、月火を助けられないのなら。
失格寸前だろうが、失態塗れだろうが、それでも兄であるこの僕が、そんな差を引っ繰り返せないで良いはずがないだろう!

166: 2011/03/27(日) 22:48:43.34 ID:SKmS+kSP0
「うああああああああああああああああああああああああ!」

 攻撃一辺倒だったところを、突然顔を掴まれたせいなのか、一瞬相手の体が硬直する。
その辺りもアマチュア故の反応なのだろうか。
プロならば、こんな隙は絶対に見せてくれないだろう。
どうであれ、このチャンスを見逃すわけにはいかない。
大声を上げたからといって、どうなるものでもないかもしれないけれど。
全力の咆哮でもって、思い切りそいつを、この場を引っ繰り返した。

 後はもう、理屈も思考も何もない。
密着状態の膠着状態にしてしまえば、スピードの違いは関係なくなる。
つまり、こちらの攻撃も当てられるようになるのだ。
だからもう、ただひたすらに、ただ全力で。
力の限り、意識の限り。
殴り続けた。
殴り返されようが何をされようが、委細構わずに。

167: 2011/03/27(日) 22:55:35.47 ID:SKmS+kSP0
 殴られようと、貫かれようと、潰されようと、砕かれようと。
それで屈する訳にはいかないし、屈する事なんて絶対にできない。
何が理由か、何を狙ってかなんて知らないけれど、僕の大事な人達に手を出すような奴に、屈して堪るものか!

 月火も、忍も、どうなっているのか全く分からない。
月火は無事なのか? 忍は無事なのか? 下で何が起きている?
心配で、心配で、心配で堪らない。
月火の身に迫る危険に、月火の心に迫る恐怖に、胸が、心が締め付けられる。
苦しくて、苦しくて、苦しくて堪らない。

 この不断の不安と不信に比べれば、僕の身体に走る痛みなんて、もう意識の端にもかかりはしなかった。
殴る拳以上に、殴られる体以上に、今はそれより何より心が痛い。
不安と、焦燥と、心配と、懸念と、後悔と、自責と、絶望と――心の中で荒れ狂うそれらに翻弄されるがまま、ただただ手を出し続ける。
自分の拳が砕けては再生し、相手の体もまた散っては戻り、コンクリートの破片は辺りを舞い続けていた。
それでも止めない、止まらない、止められない。
奔流となった激情に、ただ身を任せていなければ、もう正気を保ってなんていられなかった。
今の僕を止められる存在なんて、そんなのは――

168: 2011/03/27(日) 23:00:32.68 ID:SKmS+kSP0
「そこまでじゃ!」

 ――忍くらいだろう、確かに。
耳に馴染むその声がすると同時、僕の両腕が掴まれた。
強い力……それは僕を助ける為のものなのか、相手を助けるものなのか。
そんなことを思いながら顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、確かによく見慣れた忍の顔――だけど。

 はっきりと、何が、とは言えない。
しっかりと、何処が、とも分からない。
だけど、何かが、何処かが、決定的に違う。
それだけは確かに分かるのだ。

 そこにいたのは、忍であって忍でなかった。
何でそう思ったのか、上手く言葉で説明はできないけれど、漠然とそう思ったのだ。

170: 2011/03/27(日) 23:05:21.40 ID:SKmS+kSP0
「ふむ、やはり分かるか。さすがはお前様といったところかの」

 そんな僕の疑問を察したのか、目の前の忍のような存在は、小さく頷いてからそう呟いた。
僕の良く知る忍と同じような表情で。
そうしてゆっくり僕の手を離す。
自由になったその手はしかし、そのまま力なく床に落とされる。
ここからまたバトルを再開する、という空気ではなくなってしまった。
膨らんでいた風船が、破裂する前に空気を抜かれてしまったような、そんな脱力感が僕の体を支配していた。

「やり過ぎとは、まあお互い様じゃろうが、さすがに止めてやらんとな。そも、これ以上は無意味じゃ」

 そうじゃろう、お前様よ、と忍のような存在が言う。
その言葉が――『お前様』という聞き慣れた単語が向けられていたのは、僕ではなく、僕の下にいる存在。
彼女は確かに、僕の下に倒れている者に向かって、そう呼びかけていた。

171: 2011/03/27(日) 23:09:09.51 ID:SKmS+kSP0
 頭の中が、さっきとはまた違う意味で真っ白になる感覚があった。
ほとんど無意識に、あるいは反射的に、自分の下へと視線を向ける。
再生しつつあるそいつの手が、自身の顔を隠している覆面に伸びて。
それを取り払った。
その一連の流れを、ただ見ているしかなかった僕の目に飛び込んできたのは。

「ああ、そうだな。もう十分伝わっただろ、さすがに」

 骨伝導がある為に、例えば録音した自分の声は、普段自分が認識しているそれとは違って聞こえるという話を聞いたことがある。
だからきっと、僕は気付かなかったのだ。
それでも、耳では識別できなくても、目は違う。
鏡を見て、そこに映る姿が自分であることを疑う者がいないように、今、僕の目に飛び込んできたそれは、疑いようもなく。
見間違いでも勘違いでも誤解でも錯覚でも幻想でも妄想でもなく、確かに生まれた時からずっと見慣れている――自分の顔だった。

180: 2011/03/29(火) 22:49:24.65 ID:24bZVFNg0
 013.

「思えば、もっと早く気付いても良かったのかもしれんの。実際に儂らもやっていたことを、何故別世界の儂らはやらんと決めつけられようか」

 僕の良く知る忍と月火のいる場所に戻る。
当然のことだろうけれど、月火は無事だった。
犯人が、別世界の者であれ僕や忍だったのだから、そこに疑いの余地なんてない。
むしろ戦場ヶ原から月火に目標がスイッチしたのが、僕を探し歩いていた月火を保護する目的もあったのではないかとすら思える。
それが故にも、今回の犯人が確かに別世界から来た僕と忍なのだ、と改めて確信できた。

 襲撃から今まで、忍がずっとここに留まっていたのは、月火を守る為だったらしい。
どうやら僕らが来るまでは、二人が影に潜んで月火の傍にいたみたいだけれど。
それから別世界の僕が、この僕を屋上へと突き上げた直後に、忍の前にも別世界の忍が現れて、事情を説明していたとか。
その後、月火を守る役目をこちらの忍が請け負って、別世界の方の忍が僕達の所までやってきた、とまあこれが一連の流れのようだ。

181: 2011/03/29(火) 22:54:07.65 ID:24bZVFNg0
 成程、思い返せば、確かに忍の言う通りだった。
僕らのことを誰よりよく知っているのは、僕ら自身に他ならない。
そして忍にかかれば当然、僕を昏倒させることくらいは、本当にお手の物だろう。

 ただその結果として、余計に分からなくなったのは、何でこんなことをしたのか――その動機だ。
わざわざ別世界への異空間移動を敢行してまで、なぜこんな真似をする必要があったのだろうか。

 無意味にやったこととは思えない。
それ以上に悪意でやったこととも考えられない。
何か――そう、余程そうしなければならないだけの何がしかの理由がなければ、こんなことはしないだろう。
異空間移動の持つ危険性を、僕らは誰よりも何よりも、経験して実感して理解しているのだから。

「何じゃ、お前様はまだ想像さえついておらんのか?」
「忍は分かってるのか?」
「やれやれ……」

 二人の忍が揃って溜息をついていた。
どうやら分かっていないのは僕だけのようだ。
何なんだろう、この疎外感は。
さっきも言ったけど、僕は馬鹿でも阿呆でもいいから、ちゃんと分かるように説明して欲しい。

182: 2011/03/29(火) 22:59:05.18 ID:24bZVFNg0
「儂が言ってもいいのかの?」
「いや、自分の口から聞かされた方が良かろう」

 忍達の視線を向けられた別世界の僕が、重々しく頷いて返した。
遅れて僕も目を向けて――そこでようやく気が付いた。
体つきも顔つきも、普段鏡で見る自身のそれよりも、随分鋭いことが。
闘っている最中に実感したこと――パワーやスピードが、僕と比べ物にならないくらいに桁違いだったのは。
確かにこいつが積んできた経験によるものなのだ、と。
そう理解させられるだけの、何というか凄味のようなものがあった。
自分を指してそう言うのも、何だか変な気分がするけれど。

「僕の頭が悪いことは自覚してるしな。確かに直接言った方がいいか」
「自画自蔑かよ」
「自賛なんてできるわけがあるか。僕は、さっきまでのお前と同じだよ。自分が一番許せない」
「え……?」
「本当に察しが悪いな――じゃあ口にしたくもないけど、はっきり言おうか。僕は、皆を失った阿良々木暦だ」

 空気が凍りついたように感じたのは、決して気のせいではないだろうと思う。
彼のその言葉に表情を変えたのは、僕一人だけだった。
確かに僕は頭が悪いらしい――忍達は既に、神妙な顔でただ沈黙を保つのみだった。

183: 2011/03/29(火) 23:12:01.92 ID:24bZVFNg0
014.

 そこから彼が語った内容は、物語としてみればありがちで陳腐に思えるような、けれど現実としてみればこの上ない悪夢と断じずにはおれないような、そんな話だった。
いっそ悲痛な表情で語ってくれていたのならば、否定の言葉を差し挟む余地はあったかもしれないけれど。
あらゆる感情が全て通り過ぎ去った後のような、あるいは跡のような、そんな平坦な表情と声で淡々と語られては、何の言葉も口にすることはできなかった。

 別世界で生きていた彼もまた、今の僕と同じような生活を送っていて。
世界が滅ぶこともなく、世界を救うことももちろんなく、僕と似たような日々を過ごしていて。
そこには忍がいて、妹達がいて、戦場ヶ原がいて、羽川がいて、神原がいて、八九寺がいて、千石がいて、皆がいて。
同じく中途半端な吸血鬼もどきの彼は、やっぱり今の僕と同じようなことをしていて。
けれどある日、それが終わりを告げたのだ。

 何が起きたのか、詳細までは教えてくれなかったけれど。
決定的に致命的な事実だけは、はっきりと語って聞かせてくれた。

184: 2011/03/29(火) 23:16:46.13 ID:24bZVFNg0
「その時も僕は怪異に起因する事件に首を突っ込んでいた。そしてまた、いつものように窮地に陥った。だけどその時は、いつもと違ってそこに戦場ヶ原達――皆がいた。それも僕が巻き込んでしまったせいで」

 心臓を鷲掴みにされたような感覚。
頭の中に氷柱を突っ込まれたような錯覚。
震えるような、凍えるような、そんな絶望がその先にあることを決して疑えない事実が、今は何よりも辛かった。

「あらゆる行動を封じられて、身体の自由を奪われて、力を失って、窮地に陥っていた僕を、あいつらは見逃せなかった……見逃しては、くれなかったんだ」

 容易に想像できる――できてしまう。
僕が危機に瀕しているその時に、その現場にあいつらがいたならば、一体何をどうするかなんて、聞かなくても分かってしまう。
信じたくなんてなかった。認めたくなんてなかった。考えたくもなかった――だけど。

 例えば、あの夏休み最後の日に僕達が経験した通り、僕が忍に助けを求めることができずに世界が崩壊の危機に瀕してしまう、そんな世界があり得るのだから。あり得たのだから。
だから、それこそいつも紙一重で生き残っているような僕が、ぎりぎりのところで助けの手が間に合って永らえているような僕らが、そうならない世界もまた、あっても何らおかしくはないのだと認めざるを得なかった。
例えば、僕にとって考え得る限り最悪の展開が十重二十重に重なったとすれば――それがまさに、彼のいた世界で起きてしまったということなのだろう。
阿良々木暦にとって、あらゆる意味で最悪の結末を、彼は迎えてしまったのだ。

「次に気が付いた時には、全てが終わってしまっていて――僕は皆を失った。間違いなく僕のせいで。僕が窮地に陥ったせいで。僕が、自分の身を守ることさえできなかったせいで」

185: 2011/03/29(火) 23:21:59.48 ID:24bZVFNg0
 抑揚もない淡々としたその声は、いっそ荒げる以上に悲痛を感じさせた。
ただもう、そんな感情をすら失くしてしまっただけなのだろう事が、容易に窺い知れてしまうのだから。

 痛い程に、苦しい程に、悲しい程に、伝わってくる。
皆を――もし僕が皆を、それも自分のせいで失うことになったりすれば。
正しくその瞬間に、僕の世界は終わりを告げるだろう。
そこに疑問を差し挟む余地など、あろうはずもない。
ここに来るまでの自身の思考と、そして何よりも目の前に立つ彼の姿が、その仮定を証明してしまっている。

 目の前で皆を失う、そのおぞましい光景は、儚くも彼の心を砕き。
自分のせいで皆を失う、その恐ろしい現実は、悲しくも彼の人間性を壊し。
皆を犠牲にして尚も永遠を生きる、その忌まわしい事実は、苦しくも彼の正気を滅し。
そうしてそこで、この目の前にいる阿良々木暦の、その人間としての生は、終わりを告げたのだろう。

 それは当然のことだとも思う。
支えを失い、寄る辺を失い、標を失って。
守るべき皆の命を犠牲にして永らえて、その身で何を求めることができるだろうか。
氏ぬことなど到底許されるものではないけれど、さりとて生きることさえ難しい。
許されることも罰せられることもない、永遠に続くその煩悶の時間は、最早地獄と呼ぶ方がふさわしいとすら思う。

186: 2011/03/29(火) 23:27:24.06 ID:24bZVFNg0
「僕のせいで、あいつらは全てを失った――だから僕は決めたんだ。この命の続く限り、あいつらを救い続けるって」

 世界は無数に存在し、ほんの些細な事で、また新しい世界が生まれてゆく――そんな話を思い出す。
だからこいつは、その数多の世界を渡り歩いて、その全ての世界で、同じことが起きないようにしようと考えたのだろう。
阿良々木暦のせいで――阿良々木暦が窮地に陥るせいで、大切な存在を失うことになるという可能性を、一つでも多く潰す為に。
別世界を生きる阿良々木暦に、経験によってその可能性を徹底的に知らしめることで、同じ悲劇を未然に防ぐ為に。
救われた命で、より多くの命を救う為に。

 戦場ヶ原を、月火を狙ったのは、そういう理屈だったのだ。
僕が自身を顧みないような行動を取ることは、あいつらが窮地に陥るという事態に繋がりかねないのだということを、僕に思い知らせる為に。
言葉ではなく、行動で――経験でもって、僕の心に刻み込む為に。

 そして、間違いなくその判断は正しい。
万の言葉より、百の物語より、たった一度のこの経験は、僕にとって絶対的な教訓となるだろうから。
こんな絶望を忘れられようはずがない。
あんな恐怖を繰り返せようはずもない。
だからもう、さすがの僕でも、これ以上の説明は必要なかった。

187: 2011/03/29(火) 23:34:32.65 ID:24bZVFNg0
 015.

「これからどうするんだ?」
「決まってる。また別の世界で同じことを繰り返すだけだよ」

 話は終わったとばかりに、二人はビルを出て行こうとしていた。
その姿を目にして、その背中を目の当たりにして、どうしても聞かずにはいられなかった。
尋ねずには、確認せずには、いられなかったのだ。

 そうして返ってきた言葉はやはり、想像していた通りの答え。
想像していた通りの、悲痛な現実の繰り返し。

「だけど、世界は無数にあるんだろ? いつまで続けるつもりなんだ?」
「もちろん、氏ぬまで」
「そんな……」
「お前が僕の立場だったら、どうだ?」
「……」
「分かるだろ、もう僕にできることは、あいつらの為に僕ができることは、これだけなんだ。これだけで、そしてこれが全てなんだ」

188: 2011/03/29(火) 23:39:27.53 ID:24bZVFNg0
 確かにそうかもしれない。
というよりも、きっともうこいつは、本来の元いた世界に戻ることはできないのだと思う。
そもそも戻りたいとも思っていないだろう。

 だって元いた世界には、何も、誰も、待っていてはくれないのだから。
寄る辺のない世界に、どうして帰ることができるだろうか。
標のない世界に、どうして戻ることができるだろうか。
行くあてもなく、身を寄せる場もなく、帰る地もない――永遠の旅路。

 その事実を改めて突きつけられ、本当に言葉を失った。
けれどきっと、こいつは僕に何かを言われることなんて望んでいない。
こいつが僕に望んでいるのは、そんなことではないのだ。

「いたちごっこかもしれない。何百何千の世界であいつらを救ったって、総数から見れば些細な違いかもしれない。だけど、それであいつらが助かる世界が増えるのなら、それが僕の救いにもなるんだ」
「うぬも同じか?」

189: 2011/03/29(火) 23:45:56.19 ID:24bZVFNg0
 と、それまで黙っていた忍が、彼に寄り添うように立つ別世界の自分に向けて問いかけた。
不遜な態度は変わらないが、その表情は幾分穏やかで。
答えは聞かなくても分かっているけれど、形式的に聞くだけ聞いておいた、という感じだ。

「言うまでもなかろう」
「じゃろうな」

 視線を交わし合った二人は、それだけで全てを理解したかのように、微かに笑い合う。
共に生き、共に氏ぬ――その誓いは、こんな絶望の中にあっても、破られてはいなかった。
どんな選択をしても、どんな世界であっても、だからきっと破られることはないのだろう。

 そしてまた、忍がいるからこそ、こいつはかろうじて生きて、戦っていられるのだとも思った。
物理的な意味もそうだけれど、それ以上に精神的な意味で。
一人じゃないから。だから生きている。生きていける。
共に最期を迎える、その時までずっと。
それが痛い程――本当に痛い程、よく分かった。

190: 2011/03/29(火) 23:51:40.45 ID:24bZVFNg0
「しかし、どうやって次の世界に行くんじゃ? 相当のエネルギーが必要になるはずじゃが」
「知れたことよ。力ある、悪意ある怪異は、それこそ無数におるからのう」

 それ以上何も言わなかったけれど。
きっとそれは、未来で僕や皆を窮地に陥れることになるかもしれない、そんな存在を指して言ったのだろう。
その敵と呼ぶべき存在を糧に、世界を渡るエネルギーを得る――それもまた、可能性を滅する為の行動なのだと。
そして、そんな戦いの繰り返しが、彼の不格好だけれど確かな強さに繋がっているのだと。
察しの悪い僕にも、それは伝わってきていた。

「じゃあな、皆を大切にしろよ」
「ああ。誓うよ」

 失った僕のその言葉に、だから僕も精一杯の誠意で返す。
絶望を纏うその姿に、悲哀を背負うその背中に、だから。

 教えられたことを、決して無駄にはしないことを。
救われたことを、決して無為にはしないことを。
自分自身を含めた皆を、ちゃんと守っていくことを。

 絶対の決意でもって、誓った。
ただそれだけが、彼の悲痛な想いに応える為に、僕が唯一できるだろうことだから。

191: 2011/03/29(火) 23:54:20.33 ID:24bZVFNg0
 016.

 その後、忍は黙って影にその身を沈めて。僕はそれを見届けてから、改めて月火の前に戻った。
傍に腰を下ろして、その顔をよく見れば、本当にただ眠っているだけのようだ。
その事実を確認して、ようやく一息つく。

 月火の前に座ったまま、その寝姿を改めて眺めてみる。
僅かに上下する胸と、静かだけれど確かに聞こえる寝息。
生きている。ちゃんと月火は、ここにいる。
そのことが、それだけのことが、僕の心を満たしていた。

「……」

 そっと手を伸ばし、頬を撫でる。
少しだけむずがるような仕草をしたけれど、大きな変化はなく。
穏やかな表情で、月火は眠っていた。

192: 2011/03/29(火) 23:58:32.90 ID:24bZVFNg0
 もし今回の犯人が違っていれば。
もしそれが別世界から来た僕達でなかったならば。
あるいはそんな世界もあるのかも、あったのかもしれないと。
そう思うだけで怖気が走るけれど。
ここはそんな世界とは違うし、何より僕が違わなければならない。

 そんな決意をしつつも、何とはなしに、何の気なしに、その頬を弄っていたのだが。
しばらく後、不意に眉根を寄せて小さな声を発する月火。
頬を撫でられ続けるその刺激に、さすがに意識が戻ったのだろう。
さて、何と声をかけたものかと考えつつ、彼女の目が開くのを待つ。

「……」
「……」

 けれど、月火が動くことはなく、ただ不自然な沈黙が続く。
確かに起きているはずなのに。目を覚ましているはずなのに。
寝息を立てるでもなく。さりとて起き上がるでもなく。
月火は狸寝入りすらすることなく、黙ってじっとしていた。
それにつられてという訳ではないけれど、僕も何となく動けないままでいて。

193: 2011/03/30(水) 00:02:07.63 ID:QNTrEY900
「……」
「……おい」

 しばらく後、痺れを切らしたのは、僕じゃなくて月火の方だった。
気付けば、薄らと開けた目でこちらの様子を窺っている。
月明かりがあるとはいえ、暗いのは間違いなく、夜目が利くにしたって碌に何も見えないだろうに。

 けれど僕が声をかけても、月火が起き上がることはなかった。
体を起こす代わりに、しかし動いたのは両手。
小さくこちらに向けて広げてくる。
薄目を開けたままで。
何のつもりだよ、こいつは。

「ん」
「ん、じゃねーよ。気付いたんならほら、さっさと起きろよ」
「む!」
「む、でもねえ」
「むー……」
「何なんだよ、お前は」

194: 2011/03/30(水) 00:06:14.72 ID:QNTrEY900
 一転、こちらを睨むようにしつつの難しい表情。
目を開けたはいいけれど、やはり身を起こすつもりはないらしい。
何が不満なのかってまあ、目を覚ましたらこんな廃墟で転がされてましたとあれば、それは不満だらけだろうけどさ。
だからもう、さっさと起きてとっとと帰ってぱっぱとベッドに入ってしまえば、それで良かろうに。

「そうじゃないでしょ。ほら」
「あー……」

 更に広げられる月火の両手。
どうやらハグを御所望のようだと、ようやく気付いた。

「ここはそういう場面じゃない、テレビ的に考えて」
「それはドラマの見過ぎだ」
「月9枠を期待したいよね」
「すんな。僕とお前の間でメロドラマなんて成立しない」

 大体、千枚通しを手に僕を追いかけ回す月火となれば、それはむしろ火サスの方が、まだしも期待できようというものである。
それはもちろん、可能性がゼロではないという次元での比較なだけであって、どちらも限りなくゼロに近い話であることに変わりはない。
こんな近親で不謹慎な愛憎物など、徹底的に成立しないし、興行的にも成功しない。してたまるか。

195: 2011/03/30(水) 00:10:16.37 ID:QNTrEY900
「もー、ごちゃごちゃうるさいなあ。助けにきたんだったら、ちゃんとそのシーンではそれらしく振舞ってよね。刺すよ?」
「だから何で助けられる側がそんなにアグレッシブなんだよ」

 そら見たことかと言おうか、相も変わらず攻撃的な言葉。
全く、どんなドラマでどんなヒロインなのか。そんなものを月9枠で放送されては堪ったものではない。
大体そんなことができるんなら、いっそ犯人を刺せという話である。
というか、助けに来ておいて刺されるなんて、本末転倒にも程があるだろうが。
何しに来てるんだよ。あるいは何されに来てるんだよ。

 とまあ、一通りそんな感想を心に浮かべはしたものの、月火のその言い分も何となく分からないでもなかった。
こいつからしてみれば、何者かに突然襲われて、拉致されて。
けれど気がついたら助けが来ていたという場面だったのだから、そりゃハグの一つもあったっていいかもしれない。
その方が、確かに余程それらしい。
月9枠のドラマにふさわしいシーンかどうかはさておき。

 しかし今回の場合、助けに来たのも僕なんだけど、それ以前に、月火を襲ったのもまた僕なのである。
それは違う世界から来ていた方の僕の仕業だったとはいえ。
そう考えると、ここで僕がヒーローぶって行動するとか、そんなマッチポンプってどうなんだろう、と大層な疑問が頭を過ぎってしまう。

196: 2011/03/30(水) 00:14:11.00 ID:QNTrEY900
「お兄ちゃんが何考えてんのか分かんないけどさ、ちゃんと私に、助かったんだって、そう実感させてよ」
「そうかい、じゃあ……」

 拗ねたような声に、甘えたような表情に、決して屈したわけではないけれど。
展開的にそうしないと場面が切り替わらないんだろうと解釈して、寝ている体を抱き起こすようにして、望み通りハグしてやった。

 背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
月火の顔が僕の胸板に押しつけられて、ちょっと苦しそうにしているが、それは無視。
言ってたように、きっちりしっかりハグしてやろうじゃないか。

 再び訪れる沈黙。
抱きしめてみると、本当にこいつが小さいんだってことが、改めてよく分かる。
小さくて、弱くて、儚くて――けれど温かい。
伝わってくるその温もりと鼓動に、僕の心が落ち着いていくことを自覚する。

 強く強く。
気付けば、結構力強く抱きしめてしまっていて。
だけどそれを止められなかった。
込み上げてくる感情と、湧き上がってくる感慨に、胸が、心が詰まってしまう。

197: 2011/03/30(水) 00:17:12.78 ID:QNTrEY900
 この温もりを――あの僕は、失った。
この優しさを――あの僕は、失った。
永遠に、延々と、失って、失った。
その心情を、僕には正確に察する事はできない。
できない以上に、できてはならないのだ。

 ただそのどうしようもない悲劇と絶望に胸が一杯になり。
そこから逃れる為に、より強く抱きしめる。
月火がいる現実を、その傍に僕がいられる現在を、強く確かに実感する為に。

 結構苦しいだろうに、それでも文句の一つも言わない月火は。
もしかしたら僕のそんな微妙な心の動きが、動揺が、慟哭が、伝わっていたのかもしれない。
分かっていたのかもしれない、本当にハグを望んでいたのは、他ならぬ僕だったんだってことを。
全く、これじゃどっちが助けに来たんだか、分かったもんじゃないな。

「多分さ……」
「ん?」
「多分、火憐ちゃんも同じこと言うと思うけどさ」

 胸元から聞こえてくるくぐもった声に、少しだけ腕の力を緩める。
そうして少し体を離し、目と目を合わせたところで。

198: 2011/03/30(水) 00:18:14.97 ID:QNTrEY900
「お兄ちゃん、あんまり無茶ばっかりしないでよね」

199: 2011/03/30(水) 00:20:06.60 ID:QNTrEY900
 今まで聞いたことが無いくらいに優しい声。
こんな状況下でも、自分こそが窮地に陥っていたにも関わらず、それでも月火は、僕の身を案じていたのだ。
そしてきっとそれは、その言葉通り、月火だけのものではないのだろう。

 改めて身が、心が、締めつけられるような気分だった。
八九寺が口にしていた言葉が、今更ながらに僕の脳裏で強く思い起こされる。
成程、つまり僕はまず自分自身を守ることから、ちゃんと始めなければならないということなのだろう。
僕自身と、僕の想う人達と、僕を想う人達の為に。
心配を排し、安全を配する為に。

 だからまずは、この愛すべき妹に、それを誓おうじゃないか。
少しでも安心させられるように、少しでも危険から遠ざけられるように。
これからもずっと、共に歩いて行けるように。

「ああ、分かったよ。あんまり無茶ばっかりしないようにするよ」

200: 2011/03/30(水) 00:25:50.13 ID:QNTrEY900
 017.

 後日談というか、今回のオチ。
翌日、いつものように二人の妹、火憐と月火に叩き起こされる……ということには、残念ながらならなかった。
何が問題かといって、またしても僕の体調が問題だったのだが。

 あの後、熱烈にして痛烈なハグを続けることしばらく、大きい方の妹も心配しているだろうということで、ようやく帰路に着いた僕達だったのだが。
玄関のドアを開けてまず出迎えてくれたのは、火憐というよりも、その長い御御足だった。
つまりは蹴られたのだ。多分またしても思いっきり。
心配をかけたのは事実だったので甘んじて受けた、と口にする気にもなれないくらいに、圧倒的で一瞬の出来事だった。
それから目を回していた僕を、火憐は問答無用で部屋に連れ込んで、そこからまたぎゃーぎゃーと言い訳無用で文句を言われ続けた結果、またしても夜更かしを敢行する事になってしまい。
(なので、皆には事態が解決した旨をメールで伝えておくことだけで精一杯だった)
まあ結果として、風邪がぶり返してしまったのだ。

 翌朝、またしても熱を出した僕を見て、妹達はそら見たことかと鬼の首を取ったような表情をしていたが。
これはもう九分九厘こいつらのせいだと、僕はここで切に主張しておこうと思う。
できれば忍にもう一度吸血をお願いしたいところなのだけれど、二日連続でやらかしているということもあって、完全に見張りが付いてしまった為、それも叶わなくなってしまった。
あるいは、敵わなくなってしまったと言うべきかもしれない。

201: 2011/03/30(水) 00:29:25.62 ID:QNTrEY900
 まあ要するに、妹達が寝てる僕の横で番をしてやがるのだ。
今日が休みであることが幸いし、あるいは災いした形である。
一体何なんだ、このマッチポンプは。
そして今、僕の横に堂々と陣取っているのは火憐。
どうやら時間を区切って、交代で見張るつもりらしい。
何処までも大きなお世話である。

「何言ってんだよ、兄ちゃんが悪いんじゃんか。風邪引いて治りきってないのに外に出やがるから、こんなことになるんだよ。何考えてたんだ、全く」
「そこまで理解していながら、昨日その僕に全力で蹴りをかましたお前こそ、何考えてたんだよ」
「いや、それは違うぞ、兄ちゃん。あれもあたしの愛の鞭だ」
「だからねえだろ、愛なんて。微塵も感じなかったぞ、そんなの」
「伝わらなくても一途にって、何かかっこよくねえ?」
「よくねえよ。伝わってない時点で意味ないだろ」

 本当にもう、こいつは。
コミュニケーション手段に、もう少し言語を用いる努力をして欲しい。
僕の身を憂うよりも、そろそろ本気で自分の将来を憂えた方が良くないか? いや本当に。切実に。

202: 2011/03/30(水) 00:32:37.59 ID:QNTrEY900
「で、兄ちゃん、風邪の具合はどうなんだ?」
「んー、やっぱまだ大分しんどい。熱が高いのが自分でよく分かるよ」
「あー、確かに熱高いな」

 ぎしっとベッドを軋ませて、身を乗り出した火憐が、僕の額に手をやってくる。
正直こいつにマウントポジションを取られるのは勘弁して欲しいんだが。
いや、もちろん今のこいつにそんな気がないのはよく分かってるけど、こう気分的な問題で。
そんな軽い思考はけれど、見下ろす火憐と目が合った、まさにその瞬間に吹っ飛んでしまった。

「……ほんとにさ、心配したんだぜ」
「……そうだな、心配させたよな。ごめん」

 普段見ないような憂いを帯びた表情と、普段聞かないような心から気遣う声に。
ここは素直に僕も返した。
全く、妹に本気で心配かけるようじゃ、兄として赤点をつけられても文句は言えないだろう。
今回ばかりは本当に、言い訳の余地もなく、僕が悪かった。

「でも、あたしも心配させたことあったしな。お互い様ってことで、今回はチャラにしとくよ」
「ああ、そうしといてくれればいいよ」

203: 2011/03/30(水) 00:35:33.98 ID:QNTrEY900
 蜂の騒ぎの時のことを、きっと火憐は言っているのだろう。
今の状況は、確かにあの時の、全くもって逆の立場になってしまっているわけだから、それを思い出すのも当然かもしれない。

「あの時は、あたしが迷惑かけたんだし」
「気にするな、忘れずに覚えておいてくれれば、それでいいんだ」
「……そういえば、あの時に兄ちゃんにちゅーされたんだったな」
「それは忘れとけ!」

 こいつももう、いらんことばっかり思い出しやがって。
今の僕は、こいつが何をしてきても、これっぽっちも抗う事なんてできない状態だっていうのに!
しかし、既に火憐の視線は、完全に僕をロックオンしていた。
風邪のそれとはまた違う悪寒が背筋を走る。
いや、叶うならば悪寒の前に僕が走りたかった、できるだけ遠くまで。

「兄ちゃん、心配すんな。あたしは終わったことを何時までも引っ張るような女じゃない」
「そうか、それは良かった」
「でも、兄ちゃんにちゅーされたのは、まだ終わってないことなんだ」
「それは良くなかったぞ!」

204: 2011/03/30(水) 00:39:03.44 ID:QNTrEY900
 凛とした顔つきで。爛々と輝く目つきで。
ベッドに臥している僕を見下ろす火憐。
いつも以上の高高度からのそれは、やはりいつも以上に恐怖を掻き立てる。

「おいおい誤解すんなって。別にあたしは、怒ってるわけでも恨んでるわけでもないんだぞ」
「じゃあ何なんだよ。そのいい笑顔は何の意思表示なんだよ」
「いやいや、だからさ、あたしは初ちゅーを兄ちゃんに奪われたけど、そこで止まっちゃってるわけじゃん。何にもやり返せてないまんまでさ」
「僕とのちゅーなんてカウントすんな!」
「そうはいかねーな。奪われっ放しで黙ってちゃ女が廃るってもんじゃねーかよ」
「そもそも廃るほど女磨いてないだろ」
「ふふん、そんな強がり言ってられるのも今の内だぜ」
「お前、比類なき悪党みたいな言い方になってるぞ!」
「落ちつけって、大人しくしてれば悪いようにはしないからさ」
「良いようにするつもりなんだろうが! そんなのごめんだ!」
「問答無用!」

 がしっと両手で僕の顔面を掴む火憐。
素手で椰子の実だって破裂させられる握力が、僕の顔を緩やかに軋ませる。
何という恐怖か、まさしくヘッドバット一秒前の状態だ。
すわ砕かれるか、叩かれるか、へし折られるか、と全身が硬直したものの。
その一秒後の事態は、僕のそんな想像をこそ完全に打ち砕いた。

205: 2011/03/30(水) 00:42:18.84 ID:QNTrEY900
 両手で僕の顔をしっかりと固定した火憐は。
いい笑顔で目を閉じた僕の妹は。
あろうことか。
全力全開、一切の迷いも躊躇もなく。
自身の唇を、僕のそれに勢いよくくっつけた。
もう他に表現のしようもないくらい、どうしようもない程に、完全無欠にキスだった。
僕に初ちゅーを奪われたと主張していた火憐が、まさか逆にやり返してくるとは、もう完全に理解の外の出来事だ。
というか、やられっ放しが気に入らないにしろ、これじゃあ本末転倒もいいところではなかろうか。

 しかし、それだけならまだしも。
何と兄とのキスを全力で敢行したこいつは。
なかろうことか。
舌まで入れてきやがった。
完全無欠にディープでフレンチなキスだった。
ちゅーなんて可愛い響きじゃない。
やり返すって、そういう意味かよ。
何考えてやがるっていうか、本当に考え無しにも程があるだろう。
いや、むしろ考え無しに程がないのが、阿良々木火憐その人なのか。

206: 2011/03/30(水) 00:48:35.75 ID:QNTrEY900
 そんな馬鹿な思考で目を白黒させていたけれど。
その最中も、火憐の舌が、僕の口内を縦横無尽に暴れ回る。
うぞうぞで。
うにょうにょで。
ぐちゃぐちゃで。
ぐちょぐちょで。
ざわざわして。
ぞくぞくして。
熱に浮かされてしまっている頭が、更に輪をかけてふわっふわになるような、それこそ脳が融けていくかのような錯覚。
この衝撃が理由なのか、この高熱が原因なのか、思考が上手くまとまらず、ただされるがままの為すがまま、良いようにも悪いようにもされてしまう。
お互いの上気した頬が、絡まれっ放しの舌に走るぴりぴりとした感覚が、それぞれ何に起因するものかについては、はっきりと無視しておく。
というか、そこまで頭も回らない。あるいは空回りしかしてくれない。
こんな時間はしかし、当然のことながら、そうそう長くは続かなかった。

「……ぷはっ! どうだ、兄ちゃん! 奪い返してやったぜ!」
「……違う、何か決定的に違う」

 してやった感満載の火憐と、してやられた感満載の僕と。
何というかもう茫然自失だった。
奪ったとか奪い返したとか、そうじゃないじゃん。
むしろお前、さらにやっちゃってるじゃん。
何でそっちに思考が進むんだよ。どういう考えからこんな行動が導き出されたんだよ、お前は。

207: 2011/03/30(水) 00:52:58.31 ID:QNTrEY900
「そこはほら、あたしって兄貴ラブなキャラで売ってるわけだし」
「その設定まだ生きてたのかよ……」
「何だよ兄ちゃん、気持ち良くなかったのか?」
「ノーコメントだ」
「あたしは気持ち良かったぞ、結構」
「何言ってんだよ! つーかお前のコメントも求めてねえよ!」
「うーん、でも兄ちゃん、熱下がってないな」
「この上何の話だよ」
「だってさ、この前の時は兄ちゃんがちゅーしたら、あたしの熱、大分下がったじゃん」

 更に余計なことまで覚えてやがった……ていうか、それが原因だったのか?
いや確かに、あの時のあれはこいつの熱を引き受ける為のものだったけどさ。
まさかあの行為が巡り巡ってこんな結果を呼ぶなんて、因果応報とはこのことか。
本当にもう、どうしていつも肝心なことは忘れまくるくせに、いらんことは細部まで覚えてるんだよ、お前は。

208: 2011/03/30(水) 00:56:01.00 ID:QNTrEY900
「何やってんの?」

 と、そこで。よりにもよって、このタイミングで。
阿良々木月火のご登場である。
既に物語は最終章なのだが、僕の人生までそうなってしまうのだろうか。

 そんな益体もないことを考えていたが。
月火の動作も言葉も、思いの外冷静で。
アイスピックも包丁も千枚通しも取り出すことはなく。
ドアを開けた辺りで一歩も動かず、ただ呆れたように腕組みしながら嘆息していた。

「お、月火ちゃん。ご飯の用意できたのか?」
「まだだよ、どったんばったんうるさいから様子を見に来ただけ」
「ふーん、まあ見ての通りだよ。兄ちゃん、全然熱下がんなくてさ」
「別にいいから! 熱なんて寝てたら勝手に下がってくるから! 放っといてくれたらいいんだよ!」
「駄目だね」
「駄目だな」

 綺麗にシンクロ。
こんな場面じゃなければ、仲が良いなあで済ませられるのに。

209: 2011/03/30(水) 00:59:23.92 ID:QNTrEY900
「どうせ目を離したら、また逃げるに決まってるからね。火憐ちゃん、ちゃんと見張っててよ」
「任せとけ!」
「任せんな! ていうか月火ちゃんも、見てたんなら止めろよ! 只事じゃねえぞ、これ!」
「ところで『只事』と『兄貴』って、漢字で書いたらそっくりだよね」
「目のつけどころはいいけど、そんなことで僕の話を逸らすんじゃない!」
「あ、月火ちゃんも兄ちゃんにちゅーやり返しとく?」
「ねえよ! 何だその軽いノリ!」

 止めもしなけりゃ止まりもしない。
馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、本当にこいつらの馬鹿は留まる所を知らないのか。
全く想定の範囲外で、極めつけに想像の限度外だ。

「全く、今更何言ってるのよ、お兄ちゃんは」
「いや、お前が何言ってんだよ!」
「いいじゃない、別に。妹とのキスなんてノーカンなんでしょ?」

210: 2011/03/30(水) 01:02:53.24 ID:QNTrEY900
 物凄く痛いところを突かれてしまった気がする。
常々自分が口にしていた台詞ではあるけれど、いざ言われる立場になってみると、これは非常によろしくない問いかけだった。
イエスと答えても、ノーと答えても、どちらでも詰みになってしまう。
決して罪ではないけれど。

「いっつも好き勝手して、無茶ばっかやって、心配ばっかかけてるんだから。たまにはされる側に回った方がいいんだよ。いい薬だよ」
「そういうことだぜ! 兄ちゃん!」

 腕組みの姿勢を崩さず、意地の悪そうな笑みを浮かべている月火。
楽しそうな笑顔で、手をわきわきさせている火憐。
こいつら、風邪っ引きの僕で遊ぶつもりか!

「人聞きの悪いこと言うなよな、これも兄妹のスキンシップじゃねーか」
「限度があるだろう! 限度が!」
「お兄ちゃんにそんなこと言う資格、ないよね」

211: 2011/03/30(水) 01:05:24.31 ID:QNTrEY900
 そうしてまた、どたばたとした音が、部屋に響き渡ることになってしまった。
さて、ここから先のことは、敢えて伏そうと思う。
病に臥せった僕が語るには、些か荷の重い話だから。

 さてもそんな風にして。
こんな馬鹿なことをしている今も。
あの時出会った、別世界の僕は、彷徨い続けているのだろう。

 今までも、そっと。
これからも、きっと。
いつまでも、ずっと。

 彷徨い続け、戦い続け、失い続け、そして救い続けるのだろう。
自分の為以上に、妹達や皆の為に。
きっと無限に続くだろうそれを思うと、どうしてもやるせない、やり切れない思いが募る。
そこには間違いなく、彼自身の未来も救いも望みもないのだから。

212: 2011/03/30(水) 01:08:15.65 ID:QNTrEY900
 どんなに戦い続けても、救い続けても、もう二度と、彼は大切な皆と再会することは叶わない。
どれ程の力を得ても、終わってしまった現実には敵わない。
だけどそれでも、それを理解していても、彼は戦い続ける道を選んだ。
救われない世界を、少しでも減らす為に。
救われる世界を、少しでも増やす為に。

 その行為に、僕が報いることができるとするなら、それは。
それは、この愛すべき妹達を含めた、僕の周りにいる、僕を想う人達と、僕の想う人達と、ちゃんと一緒に並んで歩いていくことしかないだろう。
彼と同じ過ちを犯さないこと――僕自身を含めた皆を守って、守られて、共に生きていくことでしか、応えることはできないのだろう。

 だから、僕はそうやって生きていこう。
今までと同じく、これからもずっと。
皆と一緒に、皆の傍で。

213: 2011/03/30(水) 01:11:42.27 ID:QNTrEY900
ということで、これにてようやく終了です。
長い間お付き合い頂いた方に感謝を。
書き上げられたのは皆様のおかげです。

結局ファイヤーシスターズと忍さまが美味しいところ皆持ってった感がありますが……
好きなものはもうどうしようもないですね。

さて、では明日花物語が手に入ることを願って寝ることにします。
良き化物語SSが出てくることも祈りつつ。

215: 2011/03/30(水) 01:15:34.68 ID:fOwsj76IO
おもしろかった
>>1乙

引用元: 火憐「兄ちゃん、あんま無茶ばっかすんなよな」