1: 2015/03/09(月) 21:20:03.71 ID:iw/DmGKy.net
にこ「はあぁぁぁぁ・・・」

真姫「何よ?『かまって下さい』ってオーラ出しながら大きなため息ついて」

にこ「別に、そんなつもりはないわよ。でも、はあああぁぁぁ・・・」

真姫「もう、鬱陶しいわね。何があったのよ?」

にこ「いや、ね。この前、μ’sについてのネットの反応を
   匿名の一員に成りすまして、話題を振ったり突っ込んだりしながらこっそり見てたのよ」

真姫(悪趣味・・・)

にこ「そしたらさあ、なんか、歪んだ視点でわたしたちを見てる人がかなりいるってことに気づいちゃったのよね・・・」

真姫「なにそれ、どういうこと?」

にこ「なんかね、私たちがメンバー同士で必要以上に仲良くすることを求める層が根強く存在しているみたいなのよ・・・」

真姫「・・・え?」

にこ「だから、・・・えーと、ありていに言っちゃうと、私たちがメンバー内で付き合ってるとか、こっそり好きだとか、
   そんな感情を持っていて欲しいって考えてるファンが結構いるみたいなのよ」

真姫「・・・へ、へえ~」(くるりん、くるりん)

にこ「はっきり言ってさあ、そんなの、あるわけないじゃない?」

真姫「え?」

にこ「じゃあ自分たちに置き換えてみてごらんなさいってのよ。
   仲のいい男子校生は友達同士でつきあってるのか?ってーの」

真姫「う、うん・・・そうよね・・・」(しょぼりん、しょぼりん・・・)

にこ「にこも、できる限りファンの要望には応えたいっていつも思ってるけど、
   さすがにそれは無理だわ~」

真姫「・・・」

にこ「しかも、あの、・・・気を悪くしないでね?
   なんか、世の中的には私とあんたが付き合ってる、みたいな話が盛り上がってるみたいなのよ」

真姫「ふ、ふ~ん、そうなんだ・・・」(くるくるくるくる!)

にこ「そうなんだ、じゃないわよ。しかも、なんで微妙に笑顔なのよ?
   そこは怒るところでしょ?」

真姫「・・・あ、うん、そうね。・・・ほ、ほんと、意味わかんないわ!」

にこ「本当にそうよ・・・はああぁぁぁ、こんどのイベント、どうしよう・・・
   そういう路線も汲み取った方がいいのかなあ。でも、正直しんどいなあ・・・」

2: 2015/03/09(月) 21:20:41.61 ID:iw/DmGKy.net
真姫「で、でも、やっぱりファンサービスは必要なんじゃない!?」

にこ「え・・・あ、うん?」

真姫「そうよ!私たちはまだまだ駆け出しのスクールアイドルなんだし、色んなファンの声を取り入れて、
   日々成長していくことが必要だと、私は思うわ!」

にこ「・・・」

真姫「私たちは、見ていてくれるお客さんを笑顔にするためにアイドルをやってるんだから、
   自分の意思はともかく、お客さんのために何が出来るかを第一に考えるべきなんじゃないかしら?」

にこ「・・・」

真姫「・・・と、私は思うんだけど、ど、どうかな?」

にこ「・・・」

真姫「・・・にこちゃん?」

にこ「・・・真姫」

真姫「うん?」



モギュっ!



真姫「に、にこちゃん!?」

にこ「くぅぅうう!感動したわ!!
   そうよね、お客さんに喜んでもらうことが何よりも大切なことだって、
   私としたことが、そんな大事なことを忘れてうだうだ言ってたなんて情けないわ!
   しかも、それをあんたに教えられるなんて・・・
   なんか頼もしくなっちゃって、先輩は嬉しいわよ!!」
   
真姫「ちょっと、にこちゃん!近い、近いってば!抱きつかないで!」

にこ「なによ、このくらいで照れちゃって~。真姫ってば、かわいいんだから~」

真姫「ば、ばか!にこちゃんなんて、もう知らない!!」

4: 2015/03/09(月) 21:21:27.40 ID:iw/DmGKy.net
その夜、西木野家浴槽にて。

真姫「ぶくぶくぶくぶく・・・」

真姫(わかっていたこととはいえ、
   あそこまで明確に言葉にされると、どうしてもへこんじゃうな・・・
   そうだよね、女の子が女の子を好きだなんて、普通に考えたら気持ち悪いよね・・・)

真姫「ぶくぶくぶくぶく・・・」

真姫(・・・でも、ギュッてされたとき、にこちゃん、暖かかったなあ・・・
   あと、凄く柔らかかった・・・)

真姫「あ、・・・どうしよう・・・鼻血出そう・・・」

真姫(でも、あんなに否定することないのに・・・)

真姫「にこちゃんのばか・・・だいっきらい。

   ・・・嘘」

真姫「ぶくぶくぶくぶく・・・」



西木野家の闇と浴槽は深い

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その夜、矢澤家浴槽にて。


にこ「まさか、アイドルとしての心意気をあの真姫に教えられるなんて、ね。
   なんだろう、これが弟子の成長を見つめる師匠の気分、ってやつなのかしら(ドヤァ)」

こたろう「こころいきー!」

にこ「あ、こら!浴槽に飛び込まないの!お湯があふれすぎちゃうでしょ!」

こたろう「ごめんー」

にこ「もうー、悪い子はこうしちゃうぞー。こちょこちょこちょー」

こたろう「あははははー」


バシャバシャ



矢澤家の浴槽は浅い・・・

12: 2015/03/09(月) 21:58:04.58 ID:iw/DmGKy.net
そして迎えた、次のライブ。



にこ「真姫、提案があるんだけど?」

真姫「なに?」

にこ「今回の登場シーンだけど、私たち2人で、手をつなぎながら出てみない?」

真姫「ふーん・・・って、えっ?今、なんて?」

にこ「なによ、変な声出して。いや、だから、ちょっと手をつないで舞台に登場してみないかって提案よ」

真姫「・・・。ば、ば、ば、ばかじゃないの!!
   なんでそんなこと、にこちゃんとしなきゃいけないのよ!!」

にこ「・・・そこまで拒絶されると少し傷つくわね・・・」

真姫「あ、いや、そういうつもりじゃ・・・」

にこ「別にたいした意味なんてないわよ。
   ただ、この前あんたに言われたとおり、こういうことの積み重ねで、
   少しでも多くのお客さんが喜んでくれたら嬉しいかな、ってそう思っただけよ」

真姫「・・・あ、うん、そうよね」

にこ「もちろん、あんたが嫌ならやめるけど?」

真姫「し、仕方ないわね!今回は特別よ!」

にこ「ふふっ、はいはい」



そう言ってためらいなく右手を差し出すにこ。

少し間を空けて、衣装のすそ辺りで汗をふき取ってから、その手をおずおずと握る真姫。



にこ「あんたの手、あったかいわね」

真姫「う、うん」

にこ「緊張してるの?」

真姫「・・・う、うん」

にこ「たしかに、何度出番を重ねても、この瞬間は毎回緊張するわね。
   でも大丈夫!この宇宙ナンバーワンアイドル矢澤にこが付いてるんだから!」

真姫「う、うん!」

にこ「ほら、行きましょう!」

真姫「うん!!」

13: 2015/03/09(月) 22:02:38.17 ID:iw/DmGKy.net
その夜、西木野家浴槽にて。


真姫「ふふふっ・・・」

浴槽から右手を出して、その手を眺めながらにっこり笑顔の真姫。

真姫「・・・ギュって、しちゃった」

真姫(にこちゃんの手、あったかかったなあ。
   あと、すごく柔らかかった)

真姫「この手、しばらく洗えないかも・・・」

真姫(あ、でも変な臭いとかして、にこちゃんに嫌われたら最悪よね・・・)

真姫「と、とりあえず、今日は洗わないんだから!」


ぐーぱーぐーぱーと手をにぎにぎしながら笑顔の真姫。REC。



真姫(ああ、早く次のライブ、来ないかなあ・・・)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その夜、矢澤にこ、自宅PCの前にて。

にこ「むむっ、やはりあの演出に反応してる人たちがいるわね!」

ファンサイトやら匿名掲示板やらを巡回しつつ、
みんなの反応のチェックに余念がないにこ。


『にこまき最高!』『手をつないでたの見た?』『あれはガチでしょ!』
『真姫ちゃんの照れ顔がやばかった』『禿同』『また髪の話してる・・・』


そういった書き込みを流し読みして、にんまりとするにこ。

にこ「ふふふ。私の読みは間違ってなかったわね!
   この路線は、当たりそうだわ!次はもっと過激に行くわよ!」

17: 2015/03/09(月) 22:39:57.06 ID:iw/DmGKy.net
にこ「海未、ちょっといい?」

海未「なんですか、にこ?」

にこ「今度の新曲の振り付けなんだけど、もっとメンバー同士の絡みを増やしたらどうかなって思うのよ?」

海未「絡み・・・ですか?」

にこ「そうそう」



そう言ってにこは、海未、そして他のメンバーたちにも
最近のネット上の反応と、前回のライブでの出来事を話した。



にこ「もちろん、基本となる踊りや歌がしっかりしてなきゃ駄目だけど、
   いつだって私たちはプラスアルファを追求していくべきだと思うのよね」

絵里「その答えが、メンバー同士の仲の良さをアピールしていく、ってことなの?」

凛「なんか、照れくさいにゃ~」

ことり「う、うん・・・。そ、それに、みんなに変な目で見られたりしないかな・・・?」

花陽「でも、たしかにアイドルグループの仲睦まじい様子は、
   ファンとしてはとても嬉しいものだったりします!
   試してみる価値はあるんじゃないでしょうか?(フンスッ)」

希「面白そうやし、うちはありやと思うな~。エリチと一緒に踊ったり、凛ちゃんをワシワシしたりできたら楽しそう!」

凛「に、にゃ~・・・」

海未「は、はれんちです!」

希「冗談冗談」

絵里(目が笑ってないのよね~・・・)

18: 2015/03/09(月) 22:40:56.82 ID:iw/DmGKy.net
にこ「穂乃果と真姫はどう思う?」


それまで「うーん」とうなっていた穂乃果と、いつもと違って特に突っ込みを入れない真姫に話を振るにこ。


真姫「・・・」

にこ「どうしたのよ、真姫?なんかいつもと違って調子が狂うわね?
   微妙に顔が赤いけど、大丈夫?熱でもあるの?」

真姫「だ、大丈夫よ!」

にこ「じゃあ何とか言いなさいよ。
   あんたも前回は仕掛け人側だったんだから、まずあんたから何か言うべきでしょう?」

真姫「・・・べ、べつにいいんじゃない?
   私たちの可能性が少しでも広がるなら、チャレンジしてみる価値はあると思うけど?」

にこ「OK、ってことね?
   穂乃果は?」

穂乃果「・・・う~ん」

にこ「なによ?あんたにしては歯切れが悪いわねー」

穂乃果「いやー、うまく言葉にできないんだけど、なんて言ったらいいのか・・・
    順番が違うような、そんな感じがするような、しないような・・・」

にこ「どっちなのよ!?」

穂乃果「それが私にもよくわからなくて・・・。
    私もμ’sの幅が広がったらとてもいいことだなって思うんだけど・・・」

にこ「なによ、それならOKってことじゃない?」

穂乃果「うーん、そうなのかなー」

にこ「とりあえず、ここでウダウダ言ってても始まらないわ!
   とにかく前進あるのみよ!」

19: 2015/03/09(月) 23:17:40.15 ID:iw/DmGKy.net
こうして、一部強硬派に押し切られる形でスタートしたμ’sの次のライブは
結果から言えば、なんと大成功だった。


花陽のエスコートでマイクのもとへと進むフリフリ衣装の凛に会場は大盛り上がり。
穂乃果は両手にことりと海未を携えての登場。
にこと真姫も、それぞれのパートを掛け合いながら歌い合い、『にこまき最高!』のコールが誕生。
希と絵里が手をとって見つめあいながらの硝子熱唱では、女子ファンがくらくらと倒れこむ始末。


メンバーたちはたしかな手ごたえを感じて、ライブの成功を喜び合ったのだった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

だがしかし、盛えた者は必ず衰える・・・



にこ「ちょ、ちょっと、どういうこと!」

自宅PCでいつものようにファンサイトを巡っていたにこは驚きの声を上げる。


あれから数度のライブを終えて、メンバー同士の掛け合いはバリエーションも増え、にこも満足の出来栄えとなっていた。
しかし、そんな満足感とは裏腹にネット上の反応はあまりよろしくないものだった。


『なんか、もどかしい』『もっと先まで見せて』『過激さが足りないよね』『ちょっと飽きたかも』
『っていうか、μ’sって本当に仲いいのかな?』
『アイドルグループで本当の友情とか、ありえないから』



そんな無責任な声が徐々に増えつつあったのだ。

にこ「・・・な、な、な。こんなのって」

ぐぐぐ、と拳を強く握るにこ。

にこ「ぐぬぬ、このままでは終わらないんだから!」

20: 2015/03/09(月) 23:18:37.15 ID:iw/DmGKy.net
そして迎えた次のライブ。

にこはいつも以上に気合を入れて、踊りに歌に、全力を投入していた。
しかしそんな熱意も空しく、お客の反応は初回に比べて格段に下がって来ている。

ネットの反応を見ていない他のメンバーたちも、
そんな客の空気を敏感に感じ取って、動きや表情がどこかぎこちない。
するとお客はますますしらけてしまう・・・まさに悪循環・・・

にこ(どうしよう、どうしよう・・・このままじゃ・・・)



『過激さが足りないよね』



ふと、にこの胸にネット上の一言が浮かび上がる。


にこ(じゃあ、もっと過激にしたら、前みたいな熱が戻ってくる?)


にこ(・・・もっと過激に、もっと過激に)


にこ(それなら・・・やってやるわよ!)




にこ「真姫、ごめん!」

真姫「え?」


踊りながら真姫と隣り合った一瞬、真姫の目を見て小声で伝えると、
にこは真姫の顔をぐっと引き寄せ、
そして、真姫の唇の端のすぐ横に、自分の唇をつける。



会場の男性陣がワッと盛り上がるのと、
メンバーたちが驚きのあまり動きをとめるのと、
にこが、自分はいったい何をしているんだと我に返るのと、
そして真姫の右手がにこの左頬を叩くのと、
全てが一瞬に起こって、一瞬のうちに終わった・・・

24: 2015/03/09(月) 23:55:23.97 ID:iw/DmGKy.net
あれから、当然ライブは散々だった。

目に涙を浮かべて舞台から走り去る真姫。
そんな真姫を追って舞台袖へ消えてしまう1、2年組。
左頬を手で押さえながら呆然と立ちすくむにこ。
騒然とする客席に向かって、なんとか事態をおさめようとする絵里と希。



にこ「・・・あー」


メンバーにきちんと謝ることもできないまま、あれから数日が経過していた。
そして今、にこは学校にも行かず、自宅の布団に寝転がっている。

あのライブのことは、何度思い出しても顔が真っ赤になるし、
自分は何てことをしてしまったんだと、胸が痛くなる・・・。


そして、何度も何度も繰り返し脳裏に浮かぶのは、あのときの真姫の顔・・・
驚きに目を見開き、その次に泣き崩れそうになり、次の瞬間、口をへの字に結んで、
気がつけば頬を叩かれていた・・・

にこ「そりゃ、そうよね・・・私だって逆の立場なら、相手をひっぱたいてるわ・・・
   いや、もっと酷いことしてるかも・・・」

にこ「・・・あああああ。真姫、・・・ごめん」


ぶつぶつつぶやきながら布団を頭までかぶるにこ。可愛い。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

同時刻。
西木野家でも同じように布団にくるまった女の子の姿が。

真姫「・・・あああああああ」

同じように、お腹の底から、なんともいえない低音ボイスを吐き出していた。


真姫(にこちゃんってば、なんであんなことを・・・本当に腹が立つったらないんだから・・・)


真姫(そう、自分ではわかってる。私が本当に怒ってるのは、あんな勝手なことをされて、
    それでも少しだけ、本当に少しだけだけど、喜んだ自分がいたってことよ・・・)


真姫も、最近のにこのあせりには薄々気がついていた。
そしてあのときの唇は、その焦りが生んだ「だけ」だということも。


真姫(私たちのライブを台無しにして、μ’sのみんなにも迷惑をかけて、
   さらに私の気持ちも考えずにあんなことをして・・・
   本当に最低なのに、なんで私は、ほんの少しだけ喜んじゃってるのよ!)


真姫「・・・ああああああああああああ。にこちゃんのばかぁぁぁあああああああ」


ぶつぶつ唸りながらも、ママの持ってきた桃缶とすりおろしりんごは完食する真姫ちゃん可愛い。

27: 2015/03/10(火) 01:06:45.53 ID:rMIROMUa.net
ぴんぽーん


にこ「・・・」


ぴんぽーん

にこ「・・・(いませんよー)」


ぴぴぴぴんぽーん

にこ「だぁああ、うるさいわね!」

穂乃果「あ、やっぱりいた」

にこ「穂乃果・・・」

穂乃果「あれから学校に姿を見せないんで、みんな心配しているんだよ?」

にこ「うっ・・・ごめん・・・」

穂乃果「まあまあ、立ち話もなんだし、とりあえず入れてもらおうかな」

にこ「あんたねぇ~・・・はあ、とりあえず入んなさいよ」

28: 2015/03/10(火) 01:09:47.61 ID:rMIROMUa.net
にこ「本当にっ、このたびはすみませんでしたっ!」

穂乃果を部屋に上げるや、惚れ惚れするような角度の完璧な土下座を見せる矢澤二段。

穂乃果「にこちゃん・・・」

にこ「あの日のライブも、μ’sのイメージも、
   私がてんぱったばっかりにめちゃくちゃにしちゃって、本当に後悔してる・・・
   こんなことで許されるなんて思ってないけど、本当にごめんなさい!」

穂乃果「・・・あれから、真姫ちゃんとちゃんと話した?」

にこ「え?」

穂乃果「にこちゃんが後悔してるのはみんなわかってるよ。
    それに、にこちゃんがμ’sのこれからのために色々考えすぎちゃったってことも。
    だからそのことはみんなもう気にしてないよ。

    ・・・でも、まずは真姫ちゃに会いに行ってあげてほしいな?」

にこ「穂乃果・・・」

穂乃果「あれから、真姫ちゃんも学校に来てないんだ」

にこ「っ・・・」

穂乃果「私ね、今回の提案をにこちゃんが始めにしたとき、少しだけ心に引っかかるものがあったんだ。
    私たちの仲が良いのは本当だし、
    私たちのつながりがμ’sの歌や踊りを、いっそう輝かせてるのは間違いないって、今でもそう確信してる。
    ・・・でも、何か引っかかってて。

    ずっと考えてたんだけど、その何かが、あのライブでようやくわかったんだ」

にこ「・・・なんだったの?」

穂乃果「たぶんそれって、私たちが無理やりつくるものじゃなくて、
    自然と湧き出てくるようなものなんじゃないかな?って」

にこ「・・・あっ」

穂乃果「私たちが自然と笑顔になって、そんな私たちを見てお客さんも笑顔になってくれて・・・
    それが私たちの、μ’sのライブなんじゃないかな、って」

にこ「・・・」

穂乃果「だから、さ。
    私たちの本当のつながりを取り戻すために、
    にこちゃんに、真姫ちゃんを迎えに行ってあげてほしいんだ」

にこ「穂乃果・・・」





にこ「・・・それ、なんで最初に言ってくれないのよ~・・・」

穂乃果「・・・ごめん~」

30: 2015/03/10(火) 01:21:58.90 ID:rMIROMUa.net
ぴんぽーん


真姫「・・・」


ぴんぽーん

真姫「・・・(いませんよー)」



ぴんぴんぴんぽーん

真姫「っ、もう!なんなのよ!」


希「あ、やっぱりいた」

絵里「希・・・小学生じゃないんだから・・・」

真姫「希、絵里・・・」

31: 2015/03/10(火) 01:22:40.66 ID:rMIROMUa.net
希「うわ~、寝巻き姿の真姫ちゃん、かわいい~!」

真姫「うるさいわね!騒ぎたいだけなら帰ってよ!」

絵里(そう言いながら、ちゃんとお茶の用意はしてくれるのよね。優しい子だわ)

真姫「で、何しに来たの?
   たしかに、何も言わずに休んじゃって悪いとは思ってるけど、
   もうそろそろちゃんと学校には行くし、部室にもちゃんと寄るわ」

希「そう、それならよかった。うちら、心配しててん。なあ、えりち?」

絵里「ええ、それならまた部室で待ってるわ」

真姫「うん・・・」



しばらく、お茶をすする音だけが響く室内。



希「・・・にこっち」(ボソッ)

真姫(ビクッ!)



恐る恐る顔を上げる真姫。
ニヤリとする希。


希「で、あれからにこっちとは話したん?」

真姫「・・・してない」

希「ふ~ん」

真姫「・・・あ、あんなことをして、謝りにも来ないなんて、ほんと酷い人よね!」

絵里「真姫・・・(ハラハラ)」

希「そうやな~酷い先輩やな~(ニヤニヤ)」

32: 2015/03/10(火) 01:31:02.65 ID:rMIROMUa.net
真姫「・・・希、なによ、そのニヤニヤ顔は?」

希「え~、うち、今ニヤニヤしてた?」

真姫「・・・あなたって、本当に腹が立つわ」

希「えへへ」

真姫「褒めてないわよ!」

絵里(ハラハラ)




真姫「・・・気づいてるの?」

希「・・・まあ、だいたいは」

絵里(え?何の話?)

真姫「・・・笑いたければ笑いなさいよ」

希「・・・笑うわけないやん」

真姫「え?」

希「だって、気づいてくれない人を相手にしてるのは、うちも同じやもん」

真姫「え?」

絵里(どうしよう?本格的に意味がわからないわ・・・とりあえず姿勢を正してお茶を飲んでおこう・・・)

希「・・・はあ。・・・ね?」

真姫「・・・あー」

絵里(?)

33: 2015/03/10(火) 01:38:13.29 ID:rMIROMUa.net
希「とりあえず、にこっちとは一度きちんと話をせんとね?」

真姫「・・・うん」

希「にこっちも悪気はなかったと思うんよ。ちょっと暴走しちゃっただけで」

真姫「・・・うん」

希「・・・まあ、うちも何となくわかるけど、
  その悪気がないところが、逆に許せんってとこなんやろうけど・・・」

真姫「・・・うんうん」

希「こればっかりは、茨の道やし・・・でもこのまますれ違ったままなんて一番嫌やろ?」

真姫「うん」

希「じゃあ、明日からちゃんと学校に出てこな、な?」

真姫「うん、わかった。・・・ありがと」

希「うん」

絵里(ずずず・・・)

34: 2015/03/10(火) 01:56:23.76 ID:rMIROMUa.net
真姫「2人とも、今日はありがとう」

絵里「じゃあ、明日、待ってるわ」

真姫「うん、また明日」


そう言葉を交わして真姫の部屋から出ていく絵里。
続いて部屋から立ち去ろうとする希に、真姫が恐る恐る声をかける。


真姫「・・・ね、ねえ・・・希?」

希「うん?」

真姫「希は、・・・その、自分の気持ちを相手に伝えようとは思わないの?」

希「・・・ストレートやなあ」

真姫「あ、ごめん・・・」

希「いや、別にいいけど。・・・まあ、うちは臆病やから」

そう言って、えへへと苦笑いする希。

希「うちは今のままで十分幸せやから。それよりも、これ以上を望んで全て台無しになる方が怖いんよ」

真姫「・・・」

希「でも真姫ちゃんは好きな方を選んだらいいんやないかな?
  あんなことがあったんだから、それをきっかけにするっていうのもありやろし」

真姫「・・・」

希「・・・ごめん、告白できないうちが言っても無責任なだけやね。
  忘れて?」

真姫「・・・」

35: 2015/03/10(火) 02:12:34.22 ID:rMIROMUa.net
と、玄関から絵里の声が。
絵里「真姫!真姫!」

少し慌てたような声色に、「?」マークを頭に浮かべる2人。

希「どうしたんやろ?」
真姫「とにかく行ってみる?」


そして、玄関に着いた2人の反応には特筆すべきものがある。

あらあら、とニヤケ顔を取り戻した紫の魔女と、かあああっ、と音が聞こえてきそうなほどに顔を赤く染める赤真姫神。



にこ「はあ、はあ。・・・真姫・・・」

そこには、家から走って来たのか、息を切らした黒髪ツインテの美少女が立っていた。あと、その後ろには穂乃果の姿も。

希「なんや、にこっちやん。丁度今、にこっちの話をしてたところやったんよ。な?真姫ちゃん?」

真姫「なっ、希!」

希「え?本当のことやん?」


そして真姫に向かってこそこそっとつぶやく希

希(この際やから、うらみでも不満でも、真姫ちゃんの心に浮かんだことをズバッと言っちゃえ!)

真姫「え?私の気持ち?」

希「うんうん!」




対して、にこサイド。

穂乃果「にこちゃん、はあはあ・・・、ファイトだよ!」

にこ「はあはあ・・・うん」

穂乃果「今のにこちゃんの思いを、真姫ちゃんに伝えてあげて!」

にこ「うん!」



すぅーーーーーーー。はぁーーーーーーーーー。


にこ「真姫、この前は本当にごめん!」
真姫「にこちゃん!好きです!」


にこ  「え?」
希   「え?」
穂乃果「え?」
絵里  「え?」

46: 2015/03/10(火) 23:03:37.10 ID:rMIROMUa.net
にこ「・・・」

真姫「・・・」

外野「・・・(ゴクリっ)」



にこ「・・・あ、あはは。な、なんの冗談よ?」

真姫「・・・冗談なんかじゃないって言ったら?」

にこ「ば、ばか言わないでよ。どうせ、あんたのことだから、あたしをからかってるんでしょ?」

真姫「・・・」

にこ「この前のことは、本当に私が悪かったって反省してるわ。謝ったって許してもらえないかもしれないけど、本当にごめんなさい。
   ・・・だけど、こんな風に私をからかって笑いものにしようったって、そうはいかな・・・」

真姫「・・・」

にこ「・・・え、と・・・。本気?」

真姫「・・・うん」

にこ「・・・あ・・・う・・・」

真姫「にこちゃん、私はいつも生意気な後輩で、にこちゃんはそんな目で私を見たことなんてないだろうけど、
   でも、私はずっとにこちゃんのことが好きでした!」

にこ「・・・!」

外野(ぐぐぐっ・・・)

47: 2015/03/10(火) 23:04:58.36 ID:rMIROMUa.net
真姫「私だって、にこちゃんは男の子のことが好きな普通の女子だってことは嫌になるくらい知ってるし、
   当然、私が望むような答えが返ってくるなんて、そんな都合のいいことは思ってないわ」

にこ「・・・」

外野(むむむっ・・・)

真姫「でも、これだけは伝えておきたかったの。
   にこちゃんにとっては、何気ないパフォーマンスだったんだろうけど、
   私にとっては、凄く嬉しくて、凄く夢みたいで、そして物凄く残酷なことをされたんだってことを」

にこ「・・・」

外野(・・・ハラハラ)



外野の心配をよそに、しばしの沈黙。




真姫「・・・はあ」


と、大きく息をついて、ふるふると震えていた肩をだらりと下ろす真姫。


真姫「勝手にこっちの思いばかり喋ってごめんね。
   あたしの言いたいことは以上で終わり。なんか、すっきりしちゃった。
   じゃあ、みんな、また明日」

そう言って、にこりと笑顔すら見せてから、くるりと振り向いて、家の奥へと歩み去っていく真姫。


残りの面々は、その後姿を見送った後、うつむきながら西木野家を後にしたのだった。

50: 2015/03/10(火) 23:33:08.06 ID:rMIROMUa.net
にこ「・・・はあ」

昼休み、屋上で一人ため息をつくにこ。
買って来たサンドイッチもあまり喉を通らない。



あの日から、3日が経過していた。

その間、真姫は今までと変わりなく振舞い、
放課後の練習にもいつも通り顔を見せている。

そしてにこも、皆にちゃんと謝罪をしてから、
新たな気持ちで毎日の練習に臨んでいる。



いつも通りのμ’sの活動・・・。
ただ、あの日から一つだけ、今までと違うことがある。


にこ「あの日以来、あの子と事務的な会話しかしてない気がするわ・・・」


お互い、露骨に無視などはしない。
けれども積極的に会話をすることもない。
真姫の表情は、いつも笑うでもなく、怒るでもなく・・・。


にこ「なんか、調子狂うのよね・・・」

と、そこへよく知った声が。

絵里「にこ、ここにいたのね?」

51: 2015/03/10(火) 23:34:27.54 ID:rMIROMUa.net
にこ「・・・なによ、いちゃ悪い?」

絵里「そんなこと言ってないじゃない。・・・隣、いい?」

にこ「やだって言ったら?」

絵里「気にせず座るわ」

にこ「じゃあ始めから聞くんじゃないわよ」

絵里「ふふっ」

にこ「・・・なによ?」

絵里「ん?意外と元気そうで良かったな、って」

にこ「・・・元気ってわけでもないわよ」

絵里「そっか。・・・そうよね。ごめんね」



絵里「・・・ねえ?真姫の気持ち、にこは知ってたの?」

にこ「知ってるわけないじゃない!!知ってたら、絶対あんなこと、冗談でもしないわよ!」

絵里「そうよねえ・・・」

にこ「そうなのよ・・・今回のことは私のにぶさとか、これまでの真姫に対する言動とか、
   なんか色々と思い出せば思い出すほど、『ああああああ・・・』って顔が赤くなってくるのよ・・・」

絵里「うん」

にこ「・・・私、どうすればいいんだろう・・・」

52: 2015/03/10(火) 23:37:15.39 ID:rMIROMUa.net
絵里「もしよかったら、教えて欲しいんだけど、にこは真姫のこと、好き?」

にこ「・・・どういう意味で?」

絵里「・・・え~と、真紀が望むような形で」

にこ「・・・わるいけど、答えはNOよ」

絵里「・・・そっか」

にこ「でも、後輩としても、アイドルとしても、一人の女性としても、あの子のことは大好き」

絵里「・・・うん」

にこ「だから、ややこしいのよね・・・」

絵里「そうだね・・・でも、少なくとも今のにこが言ったことを、
   ちゃんと真姫に伝えてあげたら?」

にこ「え?」

絵里「え~と、正直に言うわね?今のあなたたちを見てると・・・」

にこ「うん?」

絵里「こっちの胃がもたないのよ・・・」

にこ「え?」

絵里「だって、冷戦状態の祖国みたいなんだもの・・・」

にこ「私たち・・・そんな風に見られてた?」

絵里「うん、あなたたちが当たり障りの『なさ過ぎる』会話を交わすたびに、
   こっちの寿命は1~2年縮みそうだったんだから。
   だから少なくともちゃんと話して仲直りしてちょうだい。これは生徒会長命令です!」

にこ「う、・・・って、あんた、もう生徒会長じゃないでしょ!」

絵里「あれ?そうだったかしら?」

にこ「そうよ!」

56: 2015/03/11(水) 00:19:24.30 ID:Eg35VQWr.net
真姫「・・・はあ」

昼休み、アルパカにえさをやりながらため息をつく真姫。
買って来たサンドイッチも喉を通らない。

真姫「やっぱり、本当の気持ちなんて、言わなければよかった・・・」

あの日も、それからの3日間も、何事もなかったように振舞ってきたが、
もちろんそれは真姫の中の人の演技力の賜物であり、本心はもう、形容しがたいほどにぐっちゃぐちゃである。


真姫(私が告白したときの、あの、にこちゃんの表情・・・)


にこの顔に「喜び」の感情は、一片も表れず、
代わりにその顔に浮かんだのは、「困惑」「後悔」そして「気遣い」。


どうしたら、真姫の傷口を最小限にして、真姫の告白を断ることができるだろうか?


真姫(「顔に書いてある」って、表現。ほんとうに、現実にあるんだな・・・)


あんな表情を見せ付けられるくらいなら、いっそ「気持ち悪い!」とか「二度と話しかけないで」とか、
辛らつに拒絶された方がまだましだったかも・・・


真姫(ううん、それも嫌だ・・・そんなことになったら、本当に立ち直れない・・・)


再びため息をつく真姫。
そして、いつの間にか、その背後に音もなく忍び寄る影。

希「ふふふ、うちが忍者だったら真姫ちゃんの命は今、絶えてたで!」

真姫「・・・悪いけど、渡り廊下から忍び足で歩いてくるところから、しっかり見えてたわよ?」

希「う!」

57: 2015/03/11(水) 00:20:37.63 ID:Eg35VQWr.net
真姫「で?なんの用?」

希「いや~、真姫ちゃんをたまたま見かけたから、ちょっとお話でもしようかな~って」

真姫「・・・」


希の方へ顔を向けると、希の額には粒々の汗。
どう考えても、たまたま通りかかった様子ではない。


真姫「・・・はあ・・・別に、希のせいってわけじゃないわよ?
   私が言いたかったから言っただけだし。
   だから責任を感じる必要はないんだからね?」

希「・・・うん」

真姫「むしろ、希には感謝してるくらいよ。
   無駄にうじうじしてる時間が減って、これからは新しい私になれるチャンスをもらった、みたいなもんなんだから」

希「・・・」

真姫「そうよ!あんな人の気持ちもわからないにこちゃんなんて、こっちからお断りなんだから!」

希「・・・」

真姫「だいたい、女が女を好きになるなんて、始めっから間違ってたのよ!
   私も、何の気の迷いだか!
   これからは素敵な男性と恋に落ちて、素敵な恋愛をして、素敵な家庭を作って、
   高校時代のことなんて、笑い話にしてあげるんだから!」

62: 2015/03/11(水) 00:35:31.55 ID:Eg35VQWr.net
希「・・・で、真姫ちゃんは、にこっちのどこが好きなん?」

真姫「は?今私が言ってたこと、聞いてた?
   あんな人、もう知らないってば!」

希「アイドルとしてぶりっこ可愛いところ?それとも、普段の愛嬌のあるところ?」

真姫「希、人の話を聞きなさいよ!あんな人のこと、もう本当になんとも思ってないんだから!」

希「背が小さいのに背伸びしたがるところ?センターになりたくて仕方がないのに、最終的には一歩引いちゃう優しいところ?」

真姫「・・・」

希「あ~それとも、黒髪美少女、ってところ?」

真姫「・・・」

希「なんや、うちの方がにこっちを好きみたいな発言やね?」

真姫「・・・全然わかってない!」

希「ん?」

真姫「希は、にこちゃんの魅力を全然わかってないって、言ってるの!」

63: 2015/03/11(水) 00:40:54.50 ID:Eg35VQWr.net
真姫「にこちゃんはね、いつだってみんなを笑顔にすることを考えてて、
   みんなの笑顔のためなら何だってしちゃうし、どんな苦労だっていとわない。
   とってもまっすぐで、まっすぐすぎてハラハラしちゃうくらいに純粋な人なの!」

希「へぇ~。それでそれで?」

真姫「たまに暴走しちゃうこともあるけど、それも根本には「みんなを笑顔にしたい」っていう
   どうしても譲れない気持ちがあるからなの!
   自分の殻を破りたいとか、違う自分を見つけたいとか、
   自分のことで精一杯な小さい私の手を引いて、次のステージに連れて行ってくれる、そんな人なの!」

希「ほうほう」

真姫「だから・・・」

希「だから?」

真姫「やっぱり、大好き、なの・・・」

希「・・・はい、よく言えました」




気がつけば涙が止まらない真姫を優しく抱きしめる希。
もしゃもしゃ餌を食むアルパカだけが、そんな2人を優しく見つめていた。

72: 2015/03/11(水) 22:45:06.00 ID:Eg35VQWr.net
希「・・・どう?落ち着いた?」

真姫「・・・うん、取り乱しちゃってごめん」


ズズズっと鼻をすする真姫。
そして希は、ティッシュを取り出して真姫の鼻に当てる。

希「はい、ち~ん」

真姫(ずびー)

希(・・・このティッシュ、ヤ○オクで売れるかな?・・・と、違う違う!)※余談ですがティッシュはポケットにinしました

希「なんか、こんなしおらしい真姫ちゃんは初めてやな。新鮮で可愛いかも」

真姫「ふん!人を誘導しておいてよく言うわ!」

希「ふふっ、そうそう。やっぱり真姫ちゃんはそうでなくちゃ。
  その調子で、にこっちに体当たりしてき?」


と、途端に目が潤んでオドオドし出す真姫。


真姫「む・・・無理・・・」

73: 2015/03/11(水) 22:46:54.68 ID:Eg35VQWr.net
希「え~?」

真姫「『気にしてません』って態度を貫くならまだしも、
   なんか、改めて意識したら、もうどう接したらいいかワカンナイ・・・」

希「・・・」

真姫「・・・でも、このままじゃ駄目なのもわかってるのよ?
   今の、お互いに必要最低限の会話しかしないような状態じゃ、
   これからのライブに支障が出るし、それにみんなにも迷惑をかけちゃいそうだし、何より、私がつらすぎるし・・・」(ウルウル)

希「・・・」
  
真姫「あああ・・・でも、にこちゃんと面と向かって話すのも無理・・・
   まず、にこちゃんの顔をまっすぐ見れそうにない・・・」

希「・・・」

真姫「やっぱり、強がってあんなこと言わなきゃよかったんだわ・・・
   なんで『言いたいことは全部言ってすっきりした』なんて言っちゃったんだろう・・・
   全然すっきりしてないわよぉ~・・・
   ねえ、希~。私、どうすればいいの?」(プルプル)

希「・・・」

真姫「希?」

希「・・・あかん、真姫ちゃん。今、自分の破壊力がどんなことになってるか、わかってる?
  うちも、エリチに出会う前に今の真姫ちゃんに会ってたらどうなってたか、わからへん・・・」

真姫「は?」

希「・・・いや、なんでもない。ごめん、うちが取り乱してどうすんのよね・・・」

真姫「あ、うん」

希「はぁ。とりあえず、今のまま成り行きに任せるのは嫌なんやろ?」

真姫「・・・うん。そうしたら、たぶんにこちゃんとは、もう普通に話すことすらできなくなりそう・・・」

希「よし、わかった。こうなったら3年生の先輩に任しとき!」

真姫「え?」

希「ふふふ、うちが一肌でも二肌でも脱いでやろうって、言ってるんや!」

真姫(どうしよう・・・すっごく不安・・・)

74: 2015/03/11(水) 23:10:54.98 ID:Eg35VQWr.net
教室に戻った真姫は、午後の授業を受けていた。

と、携帯にメールが届く。



『送信者:絵里

は~い、真姫。希から事情は聞いたわ。
とりあえず、まずは作戦会議ね。

穂乃果たちには話を通しておくから、放課後、体育館裏に来てちょうだい。

私たち人生の先輩が、あなたにとっておきの策を授けるわ!

3年生は今後の進路とかの話でホームルームが少し長引きそうだから、
放課後、そちらのHR終了後、15分くらいしてから体育館裏よ!
よろしくね!

ロシアの地から愛をこめて 
※血とかけてます       絵里』



真姫(・・・)


真姫(・・・なんか、文面からすら感じ取れる微妙に高いテンションがイラッとくるわね・・・
   しかも全然うまく落ちてないから!)


真姫(それに、希。なんで絵里まで巻き込んでるのよ!・・・あ~もう!行けばいいんでしょ、行けば!
   どうせ1人でもウダウダ考えちゃうだけだし、こうなったらとことん付き合うわよ!)

75: 2015/03/11(水) 23:11:32.65 ID:Eg35VQWr.net
そして放課後、真姫は指定された時間に体育館裏へ足を運んだ。



やれやれ、という感じで体育館の角を曲がり、

真姫「絵里?希? ほら、ちゃんと来たわよ」

と声をかけながら体育館裏に目をやると、
そこにいたのは絵里でも希でもなく、矢澤にこだった。



真姫「え?」
にこ「え?」



一瞬、顔を見合わせて、息を止める2人。
どちらも、わけがわからないよ、という顔をしている。

そしてすぐに2人とも顔が茹でだこのように真っ赤に染まる。

真姫(絵里!謀ったわね!!)
にこ(希のやつ!)

77: 2015/03/11(水) 23:27:08.94 ID:Eg35VQWr.net
舞台は移って、生徒会室。

絵里と希は2人で、窓の外を見下ろしていた。

絵里「ここからじゃ体育館の裏は見えないけど、校舎から出て行く2人は確認できたし、
   これであの子たちを2人きりにするミッションは成功ね」

希「そうやね」

絵里「穂乃果に無理を言って、「緊急の下水工事のため」という名目で、体育館を使用する部活には30分の遅延を申し渡してあるわ。
   我ながら強引すぎるけど、これで30分間は邪魔が入らないはず」

希「エリチらしからぬ職権乱用やね」

絵里「あとで関連する部には私から謝罪に行って来るわ。
   穂乃果、・・・いえ、穂むらの協力を取り付けて和菓子の提供をしていただけることになってる」

希「・・・それ、穂乃果ちゃんしか痛い目にあってなくない?」

絵里「安心して。穂乃果のお母様との約束で、穂乃果の勉強をみっちり10時間、世話することになっているから」

希(・・・穂乃果ちゃん、ごめん)

79: 2015/03/11(水) 23:52:08.49 ID:Eg35VQWr.net
希「・・・でも、うちからお願いしておいてなんやけど、
  にこっちの対応次第では、今まで以上に真姫ちゃんを傷つけることになっちゃうかも・・・」

絵里「うん、そうね」

希「小さな親切、大きなお世話、ってやつかもね・・・」

絵里「・・・いいじゃない、大きなお世話で」

希「え?」

絵里「逆に聞くけど、希はあの2人が今のままでいいと思う?」

希「・・・ううん」

絵里「でしょう?」

希「でも、だからといって、今よりひどいことになったら・・・」


最悪のケースを想定して次第に顔がうつむいていく希。
踏み出してしまってから後悔するなんて遅すぎるけど、
でもやっぱりあの2人にはいつも笑顔でいてほしい・・・
もし自分のしたことのせいで、2人の関係が修復不可能になってしまったら・・

80: 2015/03/11(水) 23:53:21.34 ID:Eg35VQWr.net
そのとき、グッと力強い手が希の肩をつかんだ。


絵里「希、前を向きなさい。
   ・・・あなたの言う通り、にこは真姫を傷つけてしまうかもしれない。
   でも、もしもそうなったら、私たちで支えてあげればいいじゃない?
   私も恋愛のことは、正直よくわからないけど、
   にこの気持ちを変えることなんて私たちには絶対できない。
   そればかりは、にこと真姫の問題だわ。

   でも、「今のままじゃ嫌だ」という真姫の背中を押してあげることは、
   にこではなく、私たちにしかできないのよ?
   だから、何度でも、私は胸を張って真姫の背中を押してあげるわ。何度でも、ね」
   

希の目に、絵里の姿はキラキラと輝いて見える。


希(また、これや・・・
  うちは1人でいるといつも下を向いてしまう・・・
  でもそのたびにエリチが前に引っ張っていってくれる・・・)



『自分の殻を破りたいとか、違う自分を見つけたいとか、
 自分のことで精一杯な小さい私の手を引いて、次のステージに連れて行ってくれる、そんな人なの』



真姫のにこへの思いを込めた言葉が頭の中に浮かび上がる。


希(ああ、そうか。うちにとってのエリチが、真姫ちゃんにとってのにこっちなんやね・・・)



絵里「だから、あの2人を見守ってあげ・・・」
希「エリチ。わたし、エリチのことが好き」

87: 2015/03/12(木) 00:55:28.54 ID:7mu70aN9.net
2人しかいない生徒会室に、希のいつもより高い声が響き渡る。
無意識に言葉が出てしまったのか、言ってから、あれ?という表情を浮かべて、
その次の瞬間に顔を真っ赤にする希。
対して、一瞬、希が何を言ったのか、うまく飲み込めずにいる絵里。



絵里「へ? あ、・・・あー、うん。ありがとう」

希「・・・」

絵里「何で今のタイミングで言われたのかわからないけど、うん、私も好きよ、希」

希「・・・違うの!」

絵里「え?」

希「そういう好きじゃなくて、真姫ちゃんがにこちゃんを好きなように、
  ううん!きっとそれ以上に!私はエリチのことが好きなの!!」

絵里「え?・・ええ!?だ、だって私たち、女の子同士じゃない!?」

希「それを言ったらにこっちと真姫ちゃんも一緒やろ!」

絵里「そ、それはそうだけど・・・え、えええー!!」



先ほどまでの凛々しさはどこへやら、あたふたとして賢くない感じのえりーちか。可愛い。
あと、余裕をなくして妖艶お姉さんキャラを捨ててしまった希も、可愛い。



希「エリチの、そうやっていつも前を向いて進んでいくところとか、
  それでいて自分のことよりもまずは周りを優先するところとか、
  同姓でもほれぼれしちゃうような美しさとか、
  妹や後輩思いの優しさとか、
  たまにちょっと・・・いや、結構抜けてる可愛いところとか、
  もう全部、大好きなの!!」

絵里「う・・・う・・・」

希「真姫ちゃんとおんなじ感じであれやけど、
  うちもエリチに振られるのはわかってる!
  でも、今、エリチのことが好きすぎてつい本音が出てしまってん!!

  わ、・・・悪いかー!!」

絵里「逆切れ!?」

88: 2015/03/12(木) 00:57:45.40 ID:7mu70aN9.net
希「はあ・・・はあ・・・」

絵里「ふう・・・ふう・・・」


お互いに動悸息切れが治まらない2人。


絵里「はあ・・・」

と、大きく息をつく絵里。

絵里「・・・人のことではあれだけ偉そうなことを言っておいて、それなら自分でもしっかりしなきゃ駄目よね」


そう言ってから、希の目をしっかりと見つめる絵里。


希(凛々しいエリチ、やっぱり素敵・・・
  ・・・じゃなくて、ああ、そっか、エリチは真面目やから、これからしっかり振られるんやろな。
  でも、後悔はない!
  真姫ちゃんの行動に、うちも勇気をもらってん。
  これでちゃんとした答えをもらえる。これで私のもやもやした気持ちに決着を付けられる)




絵里「・・・ごめん、希」




ぽつりとつぶやくように、それでいて希にとっては叫び声のように大きく響きわたる言葉。
覚悟はしていた。それでも肩が震えるのを止められなかった。


希「・・・ううっ」
絵里「ごめんね、希。本当にごめん」

希「ううん。うちがどうしても伝えたくなっちゃっただけだから・・・
  うちの勝手な気持ちだから・・・だから、そんな優しい声を・・・私にかけないで・・・」

気丈に振舞わなきゃ。私はつい言っちゃっただけなんだから、本当に気にしないで。
そう伝えたいのに、涙腺と胸の鼓動がそれを許してくれない。

希(今更気づいた。私、本当に、・・・本当の本当に、エリチのことが大好きやったんやな・・・
  さよなら、私の3年間の恋・・・)




絵里「今は自分でも自分の気持ちがよくわからなくて、どう答えていいかわからないの。
   情けない答えで本当にごめんなさい」


希「・・・は?」


絵里「え?」
希「え?」

256: 2015/03/13(金) 00:25:51.31 ID:W+UJrziR.net
希「・・・それって、どういうこと?」


目から涙をこぼしつつ、絵里にずずいと詰め寄る希。


絵里「・・・え、ええと」

希「うちは、・・・その・・・振られたの?振られてないの?」

絵里「振・・・ううん、その、とても勝手な話だけど、
   答えを出すまで、・・・ええと、・・・少し時間をもらえないかしら?」

希「・・・うちは振られてないってこと?」

絵里「・・・」

希「・・・」

絵里「ごめんなさい、私も動揺していて、今はうまく言えないわ・・・」

希「・・・」

絵里「とにかく、涙を拭いて、希?」

希「う、うん・・・」

257: 2015/03/13(金) 00:26:48.31 ID:W+UJrziR.net
スカートのポケットから出したハンカチを差し出す絵里。
それを手にとっていいのか、躊躇しながら、おずおずと手を伸ばし、でもまた手を引っ込めてしまう希。


希「で、でも、エリチのハンカチが汚れちゃう・・・」

絵里「何言ってるのよ?全然気にしないわ」

希「うちが気にするんよ・・・」

絵里「・・・もう」


絵里は一歩、希に近づくと、希が反応するよりも早く、
ハンカチを希の頬へ。

希「・・・あっ」

そのまま涙の筋をたどって、目元へとハンカチを動かす。

絵里「・・・はい、おしまい。
   って。な、なんでまた泣いちゃうのよ?」

希「・・・だって、・・・だって、
  振られたのか振られてないのか、よくわからないのにこんなふうに優しくされたら、
  うち、・・・もう、うち、どうしていいか・・・わからないんだもの」

絵里「・・・あ、あ、・・・うん。そうよね、私、酷いことしてるね・・・ごめんなさい。
   ・・・と、とにかく、ちょっと私も冷静になりたいし、そろそろ運動部に事情を説明しにいかなきゃ行けないし、今は失礼するわ。
   ハンカチはここに置いていくから。本当に、勝手なことを言ってごめんなさい。
   ・・・えと、また・・・またね、希」

そう言って、生徒会室から足早に去っていく絵里。

希「あ、エリチ!待って!」

希の伸ばした手は、絵里の背中に触れそうになって、・・・でも届かない。



絵里が出て行った静かな生徒会室で、希は絵里のハンカチを手に取り、
自分の胸元へ持っていってギュッと握り締める。


希「・・・なんなんよ、この展開は」

258: 2015/03/13(金) 00:41:03.87 ID:W+UJrziR.net
生徒会室を早足で飛び出し、階段を駆けるように降りて、
そして一番近い女子トイレに飛び込んで、個室に入ると鍵をかけて、扉に自分の頭を勢いよくぶつける絵里。
ガツンっという鈍い音が、絵里以外誰もいない女子トイレに響き渡る。


絵里「・・・何やってるのよ、私は!」


吐き出すようにつぶやく絵里。

そう、始めは本当に断るつもりだった。


(ごめんなさい、今、特定の異性に恋をしているわけじゃないけど、
 女性をそういう目で見ることはできそうにないの。
 でも、あなたのことは友達として大好きよ。あなたさえ良ければこれからも友達でいてくれたら嬉しいわ)


絵里が頭の中で組み立てて、言葉にしようとしたのはそんな台詞だった。


なのに・・・


絵里(希の、震える肩、涙があふれ出す瞳、
   なにより、亜里沙よりも小さい女の子みたいな弱々しい泣き声を聞いてしまったら、
   私は、大好きな希をこれ以上傷つけることに耐えられなくなって・・・)


結果的に、答えをごまかして、保留にして、その場から逃げ出すという、最悪の道を選んでしまった・・・


その上、希を期待させるかのように、あの子に優しく触れて・・・


絵里「にこと真姫について、あんなに偉そうにベラベラ喋っていたくせに!
   私、最低じゃない・・・」

絵里(それに、私が希に言おうとした台詞・・・
   私の都合ばっかりで、そのくせ自分は嫌われたくないから、予防線を張って・・・
   どれだけ人の気持ちがわからないにぶちんなのよ、私は・・・)


ガンガンと、扉に頭を叩きつける絵里。額が赤くにじんでも、彼女は贖罪のように、その行為を止めようとしなかった。

259: 2015/03/13(金) 00:41:23.91 ID:W+UJrziR.net
はじめは事態がうまく飲み込めず、うつむき加減に歩いていた希だったが、
部室へと歩みを進めるうちに、徐々に顔が前を向き始めていた。


希(都合のいい考え方かもしれんけど、「保留」ってことは、望みがないわけやないんよね?そう思っていいんよね?

  ・・・じゃあ、うちは大好きなエリチに少しでも好きになってもらえるように、精一杯頑張ってみる!)


と、そこで体育館裏のことをようやく思い出す。

希(真姫ちゃん、大丈夫やろか・・・? でも、うちも頑張るよ!・・・ファイトやで、真姫ちゃん!)

263: 2015/03/13(金) 00:48:48.39 ID:W+UJrziR.net
少し時空が真姫戻って、体育館裏。


にこ「・・・」

真姫「・・・」

にこ「・・・」

真姫「・・・」

にこ「はあ・・・」

真姫(ビクッ!)

にこ「そんなとこに突っ立ってないで、もう少し近くに来なさいよ?
   これじゃ話もろくにできないじゃない?」

真姫「・・・え、ええ。そうね」


そう言って、にこが座っていた体育館裏口への階段に向かい、にこから少しだけ離れた隣に腰掛ける真姫。



にこ「私は希に、『アライズのライブチケットをこっそり譲渡する』って騙されてここにいたんだけど、
   あんたの表情から察するに、そっちも絵里あたりに騙された、ってとこかしら?」

真姫「・・・うん」

にこ「やっぱりね。あいつら、絶対後で仕返ししてやるわ!」

真姫「・・・うん、そうね」

264: 2015/03/13(金) 00:49:29.26 ID:W+UJrziR.net
にこ「・・・」

真姫「・・・」

にこ「ねえ?」

真姫「な、なに?」

にこ「・・・この前言ってくれたこと、凄く嬉しかった」

真姫「!!」

にこ「でも、ごめん」

真姫「・・・」

にこ「あんたのことは好きよ。友達としても、アイドルとしても。
   ・・・でも、ごめん。あんたが求めてる「好き」とは、やっぱりちょっと違うみたい」

真姫「・・・うん。わかってた」

にこ「・・・そっか」

真姫「そうよ」

にこ「あと、あのライブのときもごめんね。あんたの気持ちを知らなかったとはいえ、
   私、ずいぶん酷いことをしちゃったわね」

真姫「うん、・・・一生許さない」

にこ「う・・・」

真姫「・・・嘘よ、冗談」

にこ「い、言うじゃない」

真姫「うん」

265: 2015/03/13(金) 00:50:29.32 ID:W+UJrziR.net
2人とも、正面を向きながら話していたが、ふと、にこは真姫の方へ顔を向ける。
いつもの真姫だったら、まっすぐに迷いなく前を向いて、力強い態度を崩さなかったはずだ。


でも、今の真姫は自信なさげで、うつむいて、肩も少し震えている。先ほどの台詞も、精一杯の強がりだったのだろう。


にこ(あれ?真姫って、こんなに小さかったっけ?)


自分が3年生で、真姫は1年生。そんな当然のことに改めて気づかされる。
それなのに、真姫はあんなに勇気を出して、強がって・・・そして今は震えている、小さな女の子。
なぜだろう、私は異性のことが好きな普通の女の子なのに、今はとても胸の奥が熱い・・・。この気持ちはなんなんだろう?



それについて深く考える前に、
にこはスッと立ち上がると、真姫のすぐ隣まで近づき、そしてストンと腰を下ろしてからギュッと真姫の肩を抱く。


真姫「・・・にっ、にこちゃん!!」

にこ「勘違いしないで。あんたのその震えが止まるまで、こうするだけ」

真姫「・・・止めてよ・・・これ以上、私の心を・・・揺さぶらないで・・・」

にこ「じゃあ、肩が震えるのを止めなさい」

真姫「そんなの、私の意志じゃないもの・・・」

にこ「じゃあ、私もこのままね」

真姫「・・・にこちゃんの・・・ばか・・・」

にこ「・・・それは、自分が一番よく知ってるわ」


それから真姫が泣き止むまで、2人はそのまま動かなかった。

281: 2015/03/14(土) 21:17:22.27 ID:FTPOBhv7.net
随分と遅れて部室にやって来たにこは、「真姫は具合が悪いので今日は帰った」とだけ説明し、いつものようにレッスンに励む。


希(にこっちだけってことは・・・やっぱり・・・)

希の気分が上がらないのは、それだけではない。
絵里も同じく、「今日は用事があるので練習を休む」と穂乃果に携帯で連絡してきたからだ。


希(・・・まあ、今日はうちも顔を合わせづらかったし、助かったかな・・・)

お騒がせ組のメンバー(お察し)ではないにしても、2人も抜けると、練習にもなかなか熱が入らない。
次のライブもそろそろだし、今日は各自早めに休もう、ということでお開きになった。

282: 2015/03/14(土) 21:18:13.54 ID:FTPOBhv7.net
希「にこっち、たまには一緒に帰らへん?」

にこ「・・・いいわよ。あんたには言いたいこともあったし」

希「あー、実はうちもあるんよ」



そして、しばらく無言で並んで歩く2人。



にこ「よくもやってくれたわね」

希「・・・あ、うん、ごめん」

にこ「・・・まあ、おかげさまで真姫と話はできたけど、さ・・・」

希「・・・なんて言ったん?」

にこ「『真姫のことは好きだけど、友達以上には見れない』的なことを伝えたわ」

希「・・・そっか。・・・真姫ちゃん、泣いてた?」

にこ「・・・うん」

希「・・・そうだよね」

にこ「・・・まあ、でも別れ際に、明日からは今まで通り、μ’sの一員として頑張ろうって、2人で話したわ」

希「・・・」

にこ「・・・言葉で言ったからって、本当にそうなれるかはわからないけどさ・・・」

希「あ・・・」



それから、またしばらく無言になる2人。


希「・・・あの、うちもね、実は告白してしまってん」

にこ「・・・絵里に?」

283: 2015/03/14(土) 21:18:54.09 ID:FTPOBhv7.net
話しながら歩き続けたにこは、いつのまにか隣に希がいないことに気づいて、後ろを振り返る。
そこには、「は?なんで知っとるん?」と言う顔のまま立ち止まる希の姿が。



にこ「・・・いや、たぶん大体みんな気づいてたと思うわよ?
   凛と穂乃果あたりはどうだかわからないけど」

希「・・・え、えぇぇぇぇえええ!!・・・あ、それでか。真姫ちゃんに話したときもどうも反応がにぶいと思ってたんよ・・・」

にこ「え?逆に聞くけど、あれで隠してたつもり?」

希(ぶんぶん)※頭を縦にシェイク

にこ「・・・残念だけど、色んな場面で隠せてなかったわよ?」

希「で、でも・・・エリチも驚いてたみたいやで?」

にこ「訂正するわ。凛と穂乃果と絵里は、たぶん気づいてなかったと思う」

希「そ、そっか・・・」



再び隣り合って歩き出す2人。



にこ「・・・で、絵里はなんだって?」

希「うん・・・それが、うちも戸惑ってるんだけど『少し保留にして欲しい』って言われちゃって・・・」

にこ「は?なにそれ?」

希「だから、うちもどう捉えていいかわからんのよ・・・『今は冷静に考えられないから、少し時間が欲しい』って」

にこ「・・・そっか」

希「・・・うち、これからどうしたらいいんやろ?」

285: 2015/03/14(土) 21:20:47.53 ID:FTPOBhv7.net
今までのにこなら、躊躇なく
「恋愛は押しの一手よ!とにかく、相手がなびくまで、押して押して押しまくるのよ!」
などと経験値ゼロの自説を披露していただろう。

しかし、絵里サイドの立場に置かれて、しかも相手を振ってきたばかりのにこに、いったい何が言えるだろうか?
もし、これを読んでくださっている方がいるとしたら、
「そ、そんなこと私に聞かないでよ!あ、あたしんち、こっちだから!じゃあね」と絶叫しつつ走り去ったにこのことを
どうか責めないであげてほしい。



希「うち・・・女の子に立て続けに逃げられるような酷いことを、前世でしてたんやろか・・・」

286: 2015/03/14(土) 21:22:14.26 ID:FTPOBhv7.net
その晩。矢澤家。

妹や弟たちを寝かしつけた後、母の帰りを待ちながら日課のネットサーフィンをするにこ。

しかし今日はなんだか何も頭に入ってこない。

それどころか、油断していると、頭にちらつくのはあのときの真姫の泣き顔・・・。
そして、手のひらには真姫のからだの温かさが残っているようで・・・



にこ「勘弁してよ。これじゃ、まるで・・・。まるで・・・私が真姫に・・・」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その晩。西木野家。


ベッドの上で膝を抱えて座る真姫は、
その姿勢のまま左手を右肩に伸ばし、にこがギュッと抱きしめてくれたところに自分の手を当てる。


が、すぐに手を離し、そのままベッドにごろりと横になる。


真姫「・・・もう、忘れるんだから。明日からは、今までどおりの西木野真姫なんだから・・・」


まくらに顔を押し当てながら、ブツブツとつぶやいている。

287: 2015/03/14(土) 21:25:08.82 ID:FTPOBhv7.net
その晩。綾瀬家。

亜里沙「お姉ちゃん、どうしたの?今日、帰ってきてからずーっとぼーっとしてるよ?」

絵里「・・・うん」

亜里沙「学校で何かあったの?」

絵里「・・・うん」

亜里沙「もしかしてμ’sのこと?」

絵里「・・・うん」

亜里沙「それとも、お友達のこと?」

絵里「・・・うん」

亜里沙「あ、もしかしてお姉ちゃんにもついに恋話とか!?」

絵里「・・・うん」



亜里沙「・・・もう!ちゃんとお話してくれないなんて酷い!お姉ちゃんなんて知らない!」

そう言って、ぷんすかと絵里の部屋から出て行く亜里沙。

絵里「・・・だって、本当にそうなんだもの」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その晩。希の部屋。

ダイニングテーブルの上には、どうやらお菓子の材料が散らばっているようだ。
そして台所では、それを量ったりこねたりしている美少女が1人。


希(突然こんなことしたら、エリチは迷惑がるやろか?)

でも・・・希の想像の中の絵里は、輝くような笑顔で希に微笑みかける。

希(『希、ありがとう。とってもおいしいわ』・・・なーんちゃって)

希(えへへ・・・でへへ・・・)


しばし脳内トリップを楽しみながら材料を混ぜ混ぜする希。


が、ふとその手が止まる。

希(でも、『ごめんなさい。色々考えてみたけどやっぱり無理だわ』って言われるかも・・・)

涙が一滴、ボウルの中へ零れ落ちる。

希(・・・いかん! ネガティブ禁止や!とにかく今は、うちにできることをする!それで振られたら、そのときはそのとき!)

それからしばらくして、希の家の台所には、クッキーのおいしそうな匂いが広がったのだった。

288: 2015/03/14(土) 21:34:40.35 ID:FTPOBhv7.net
そして翌朝。


真姫「おはよう、にこちゃん」


登校中、後ろから聞こえる明るい声。


にこ「お、・・・おはよう」

真姫「寝ぼけてるの? どうせまた夜更かししてたんでしょ?
  そんなんじゃお肌がボロボロになるわよ?ただでさえ私よりお年寄りなんだから」


きょとん、とした後、パッと顔を真っ赤にするにこ。


にこ「うるさいわね!たった2歳しか違わないでしょうが!」

真姫「はいはい。じゃあ、また放課後に部室でね」


そう言ってさっさと先に歩いていく真姫をぼんやりと見送るにこ。


にこ「・・・なによ。いきなりすっきりしちゃって。
   ・・・誰のせいで寝不足だと思ってんのよ」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

真姫(うん、今のは自然だったよね。しめっぽくならなかったよね。
   ・・・普通に、今までみたいにお話できてたよね)

胸の鼓動はまだ少し早いみたいだ。それに、少し心の奥にチリチリとした痛みも感じる。

でも大丈夫、何度か繰り返せば、きっとこんな痛みなんて無くなる。

これまで通りの関係に戻れるはず。

そうよ、気にすることなんてないんだから・・・。

297: 2015/03/15(日) 22:46:44.09 ID:k83zWb+s.net
受験に向けてピリピリしがちな3年生の教室も、お昼時はワイワイと活気にあふれている。


希「な、なあ、エリチ。今日のお昼はお弁当?」

絵里「う、うん」

希「そっか・・・うちも今日はお弁当なんやけど、よかったら一緒に・・・どうかな?」



あれから希は、あのときの答えを早急に求めるような言動はしてこない。
でもだからこそ、絵里にとってはつらい。


絵里(なんて、なにを勝手なことを考えているのよ。
   希が無理をしていることくらい、流石に私にだってわかるわ。
   それもこれも私が答えを保留にして、生頃しにしているせいじゃない・・・
   にこは真姫にはっきりと思いを伝えたそうだし、私も、早く希に・・・)


と、うつむきがちだった顔を上げると、目の前には、ニコニコと微笑む希の笑顔が。
思わずこちらまで笑顔になってしまいそうな、素敵な表情。


絵里(・・・可愛くて、素敵な人。
   ・・・こんな可愛い人だったら、どんな男性でも放っておかないでしょうに。
   それが、なんでよりによって、私になんか・・・
   でも、このまま私の答えをきちんと伝えなかったら、それこそ最低だわ!
   この笑顔を守りたい、本当にそう思っているけど・・・
   この可愛らしい人を傷つけることになっても、いっそ・・・)


希「エリチ?」

絵里「あ、・・・うん。そうね。屋上へ・・・行きましょうか」

298: 2015/03/15(日) 22:47:17.44 ID:k83zWb+s.net
希「いつもは練習場やけど、こうやって天気のいいお昼に来るとまた全然違う感じやね~」


屋上でお昼を食べ終えて、ぐーっと伸びをしながら希が話しかける。


絵里「・・・ええ、そうね」

絵里(・・・普通に雑談してたら、お弁当を食べ終わっちゃったじゃない!・・・でも、周りに誰もいない今しかない。
   言うのよエリーチカ! 希に、私の答えを!!)


そして絵里が深呼吸のために大きく息を吸うのと、
希が意を決して話し始めるのは、ほぼ同時だった。


希「え、エリチ!あ、あの、よかったらこれ、食べへん!?
  昨日『たまたま』つくったクッキーなんやけど、穂乃果ちゃんや凛ちゃんに食べてもらう前に、
  変な味やったら嫌やなーって思って、誰かの感想を聞きたいところやってん」

絵里「ん、あ、うん」

希「初めてつくるんやけど、ロシアンクッキーに挑戦してみたんよ」

絵里「あ、・・・そうなんだ」

希「お口に合うかわからんのやけど・・・」


そう言って、クッキーの入った可愛らしい入れ物を取り出して、絵里の前に差し出す希。

絵里(・・・だから、なんでそうやって、あなたの笑顔はいちいち素敵なのよ・・・・そんな顔をされたら・・・)

そんな思いを口には出さず、クッキーを手に取り、パクリと食べる絵里。


絵里「ん、おいしい!」


素直に言葉が出てしまう。サクサクのクッキーと、ジャムのしっとり加減が絶妙だ。
そして、絵里の素直な感想を聞いて、希も今まで以上の笑顔を見せる。

希「よ、良かった~。うまくできたかどうか、心配やってん。えへへ。だから、そう言ってもらえると嬉しいな」

本当に、心から嬉しそうな希の笑顔。

希「穂乃果ちゃんや凛ちゃんの分はちゃんとあるから、よかったらもっと食べて、食べて?」


絵里(こんなの、反則よ・・・どうしろっていうのよ・・・)


絵里にできるのは、ただ笑顔でクッキーを食べ続けることだけだった。

299: 2015/03/15(日) 22:48:00.74 ID:k83zWb+s.net
希「エリチ、汗かいてるで。はい、タオル」

希「ダンス練習で疲れてない?冷たいスプレー、貸そか?」

希「あ、クッキー。張り切り過ぎていっぱいつくっちゃったから、まだ少しあるんよ。
  エリチももっと食べへん?」


練習中、いつも以上に絵里に気遣いを見せる希。

そんな希に、絵里はにっこりと笑顔で対応している。



凛「なんか、絵里ちゃんと希ちゃん、いつもよりもさらに仲がいい感じにゃ~」

花陽「り、凛ちゃん・・・声!シー!」

凛「んにゃ?」


海未(あれはどう考えても・・・)

にこ(こじれてるわよね・・・)

ことり(・・・早くみんなでちゃんと練習したい)

真姫(・・・なんか、ごめんなさい)



穂乃果「あー、あたしもクッキー食べるー!」

海未「穂乃果!・・・えと、あの・・・もう少し空気を読んで」

穂乃果「あはは、やだなあ、海未ちゃん。空気は読むんじゃなくて吸うんだよ(ドヤァ)」

海未「うぅう・・・」

ことり「穂乃果ちゃん・・・」

300: 2015/03/15(日) 23:16:07.40 ID:k83zWb+s.net
その日の帰り道。


真姫「絵里!」

絵里「真姫?・・・どうかした?」

真姫「はあはあ・・・みんなが着替えてる間にさっさと帰っちゃうんだもの。追いつくのに苦労したわよ」

絵里「え?・・・あ、ごめん。何かあった?」

真姫「・・・希のこと」


ビクッと肩を震わせる絵里。


真姫「あの人のこと、どうする気なの?」

絵里「・・・」

真姫「このまま営業スマイルで接して、あの人の気持ちをなかったことするつもりじゃないでしょうね?
   そんなの、絶対許さないんだから!」

絵里「・・・」

真姫「なんとか言いなさいよ!」

絵里「だって・・・」

真姫「だって?」

絵里「・・・あの子、とても可愛らしいんだもの」

真姫「は?」

絵里「あの子の笑顔が素敵すぎて、眩しすぎて・・・
   私の答えであの笑顔が泣き顔に変わることを考えただけで、胸が張り裂けそうなの・・・
   どうしても、その勇気が出ないの・・・」

真姫「・・・それって、・・・やっぱり答えは『NO』ってこと?」

絵里「・・・うん」

301: 2015/03/15(日) 23:16:38.24 ID:k83zWb+s.net
真姫の脳裏に、体育館裏でのにこの言葉が蘇り、胸が張り裂けそうになる。
と、同時に、あの時は言葉にできなかったけれど、
あれからずっとにこに対して聞きたかった、胸につかえていた言葉が、絵里に向かって放たれる。



真姫「ねえ・・・絵里は希のことが嫌いなの?」

絵里「そんなわけないじゃない!大好きよ!
   話していて楽しいし、私のことを誰よりもよくわかってくれるし、
   笑顔が素敵だし、いつも余裕な態度なのに、ふと見せる仕草が可愛らしいし・・・」

真姫「じゃあ、どうして・・・希じゃダメなの?」

絵里「・・・どうして、って。そんなの、・・・私たちは女同士なのよ?」

真姫「だから、それが何でダメなの?」

絵里「何で・・・って、・・・そんなの、考えるまでもないことで」

真姫「どうして考えるまでもないの?」

絵里「・・・えっと・・・それは、その・・・」

真姫「・・・もしも」

絵里「ん?」

真姫「もしも絵里の拒絶の一番の理由が『女性同士だから』ってことだとしたら、
   やっぱり、もう少し答えを待ってあげて欲しい」

絵里「え?」

真姫「希の気持ちを、もう少しちゃんと、正面から受け止めてあげてほしい」

絵里「真姫・・・あなた・・・」

真姫「・・・なによ? べ、べつに、私がうまくいかなかったから、
   せめて絵里と希には幸せになってほしいとか、全然そんなんじゃないんだからね!
   このまま2人がギクシャクしていたら、μ’sの活動にも支障が出るって思っただけなんだから!」

絵里「うん・・・」

真姫「と、とにかく、そういうことだから!希のこと、下手に傷つけたら、許さないんだからね!」


そう言って走り去っていく真姫。


絵里「なによ・・・言いたいことだけ言ってくれちゃって・・・
   この世の誰よりも、私が希を傷つけたくないって、そう思ってるわよ・・・」

302: 2015/03/15(日) 23:17:19.75 ID:k83zWb+s.net
同時刻、別の帰り道。

にこ「希!」

希「あれ?にこっちやん、どうしたん?」

にこ「たまには、一緒に帰ろうと思って」

希「・・・昨日も一緒やったやん」

にこ「・・・そうだったわね」




しばらく無言の2人。


希「エリチのこと?」

にこ「あ・・・うん」

希「えへへ・・・うちね、初日にして、もう心が折れそう・・・」

にこ「え?」

希「だって、エリチ、作り笑いが下手くそすぎるんやもん・・・」

にこ「希・・・」

希「・・・正直、言葉にしてもらわなくても、もう結果はわかってるんよ。
  でも、エリチは優しいから・・・
  優しすぎる人やから、最後の答えを言えばうちが傷つくって思って、
  きっと返事を先延ばしにしてるんやと思う・・・」

にこ「・・・」

希「・・・でも、うちも卑怯やから。
  そんなエリチの優しさを利用して、今だけでも甘えていたいって思っちゃって・・・」

にこ「・・・じゃない」

希「え?」

にこ「・・・卑怯なんかじゃないわよ。そんなの、恋愛の常套手段でしょ!」

希「・・・恋愛経験ないくせに、偉そうやね?」

にこ「うっさい!・・・でも、やっぱりあんたはそっちの方がいいわ」

希「そっち?」

にこ「うん。いつも余裕があって、人のことをおちょくってくれちゃって、
   イライラさせてくれる、そんな感じ」

希「はははっ、散々やな」

303: 2015/03/15(日) 23:18:25.24 ID:k83zWb+s.net
そしてまた少し、無言の2人。


希「なあ、もしよかったら聞きたいんやけど、どうしてにこっちは真姫ちゃんじゃあかんかったん?」

にこ「え?」

希「べつに、真姫ちゃんのこと、嫌いやないんやろ?」

にこ「ま、まあ。そうね」

希「実は好きな男子がおる、とか?」

にこ「そんなの、今はいないわよ。いや、しいて言うなら、にこはファンのみんなのもの~みたいな」

希「そういうの、今はいいから」

にこ「あ、はい」

希「・・・じゃあ、真姫ちゃんでもええやん?」

にこ「『でも』って、そんな軽い感じで言わないでよ・・・っていうか、そもそも女の子同士じゃない」

希「女の子同士じゃあかんの?」

にこ「ダメに決まってるでしょ・・・そんなの」

希「何で?」

にこ「何でって・・・それは・・・その、赤ちゃんが・・・ごにょごにょ」

希「にこっち、工口~い」

にこ「は、はぁ!希ったら何言っちゃってるわけ!?に、にこ、アイドルだからよくわかんないけど、
   あの、コウノトリが運んでくるのが、えーと、その・・・」

希「そういうのもいいから」

にこ「はい」

304: 2015/03/15(日) 23:22:00.85 ID:k83zWb+s.net
希「じゃあ、にこっちは、赤ちゃんが欲しいから真姫ちゃんとはつきあえないってこと?」

にこ「いや、別に、いきなりそんなことまで考えてないけど・・・」

希「じゃあ、何で真姫ちゃんじゃあかんの?
  真姫ちゃんじゃドキドキしない?」

にこ「真姫にドキドキ?そんなことあるわけな・・・」





真姫の震える小さな肩。肩越しに伝わるからだの柔らかさと温かさ。
抱きしめていた間、静まることのなかった、どくどくんと脈打っていた胸の鼓動。
別れ際の、涙の跡を残しながら、気丈に振舞っていた気高い姿・・・。
夕日を浴びたその表情は、とても素敵で、輝いていて・・・





にこ「・・・」

希「どうしたん?にこっち?」

にこ「・・・そんなわけないでしょ・・・私が、女性にドキドキとか、そんなことあるわけないじゃない!」

希「・・・」

にこ「そ、そんなわけ、ないんだから!!ばっかじゃないの!ばーかばーか!!」

そう叫んで、走り去るにこ。



希「・・・また逃げられてしもうた」

318: 2015/03/18(水) 00:10:22.65 ID:D+ApwiH2.net
次の日の放課後。


真姫(自意識過剰かしら・・・なんだか今日は特に、にこちゃんの視線を感じるような気がする・・・)

にこ(じ~っ)


しかし、だるまさんが転んだの要領で真姫がパッと振り向くと、にこは見事に、窓の外とか床の染みとか、自分の手相とかを見ている。

真姫(ぐぬぬっ、なんなのよ・・・)

にこ(危ない危ない・・・)



『真姫ちゃんじゃドキドキしない?』



あのときの希の言葉が、どうしてもにこの胸の奥から消え去ってくれない。


にこ(そんなこと、あるわけないじゃない)


にこは何度も自分にそう言い聞かせて、
自分は真姫のことなんてなんとも思っていない、ということを自身に証明するために、さっきから真姫を観察し続けていた。


にこ(ほら、真姫を見ていても胸の鼓動が早くなるってわけでもないし、やっぱり気のせいよ)


にこは、自分でも理由がわからないが、なぜか「安堵」のため息をもらす。



だけど・・・

にこ(同性ながら・・・真剣に練習しているあの子の顔つきは、なかなかのものよね)


額に汗を浮かべながら、海未の手拍子に合わせて機敏に踊る真姫。
荒く息をつきながらも、きりりと凛々しい表情は崩さない。

にこは、心の中で今の真姫を表す言葉を探す。

見つかったのは、「格好いい」という言葉。
そう、西木野真姫は「格好いい」のだ。


にこ(もし私がμ’sの一員じゃなかったら・・・)

にこ(きっと真姫のファンになっていただろうな)


真姫を見つめる自分の口元が、いつの間にか微笑んでいることに、彼女はまだ気づいていない。

319: 2015/03/18(水) 00:11:02.22 ID:D+ApwiH2.net
希(なんか、今日はエリチにジロジロ見られている気がする・・・)

絵里(チラッチラッ)


でも、希が振り返ると、決まって柔軟体操をしていたり、どこから取り出したのか参考書(ただし上下が逆)に目をやっている。

希(・・・なんなんよ~)

絵里(危ない危ない・・・)



真姫『希の気持ちを、もう少しちゃんと、正面から受け止めてあげてほしい』




あのときの真姫の言葉を、絵里はずっと考えていた。

絵里(そんなこと言われても・・・私は女だし・・・希も女性だし・・・)

その戸惑いはどうしても心から消せない。
けれど、真姫の言葉を意識すればするほど、気がつけば希を目で追ってしまうのだ。

321: 2015/03/18(水) 00:12:33.98 ID:D+ApwiH2.net
と、そうして希を観察し続けているうちに今更ながら気づいたことがある。


絵里(希って、みんなのことをとてもよく見ているのね・・・)


振り付けについて海未と話し合っていたかと思えば、
自主的に休憩中の穂乃果にちょっかいを出し、
凛と追いかけっこをしていた次の瞬間には、
疲れて座り込んでしまった花陽の足をマッサージしてあげている。

言葉は悪いかもしれないけど、なんだか、みんなのお母さんのような存在・・・。




そんな希を見て、ふと、絵里の心に疑問が湧き起こる。


いつも前を向いて進んでいく絵里が好きだと、希は言ってくれた。

けど、それは、正しいのだろうか?
私は、ただ「前しか向いていない」だけなのではないだろうか?


前へ前へと勝手に進んでいく私のそばにずっと付いてきてくれて、
私が見落としたものを拾い集めながら、それをつむぎ合わせて、
きちんと形にしてくれていたのは、希なのではないだろうか?



絵里(もしも私のそばに希がいなかったら・・・私は生徒会とかμ’sとか、
   そういう活動をちゃんとやってこられたのかな?)


そして、その問いにすぐさま自答する。


絵里(きっと、みんなと衝突してばかりで、
   一人で頑張っているつもりになって、何も残せなかったんだろうな・・・)


心がどんよりとして、絵里は体育座りのまま、顔を膝に押し当てる。

322: 2015/03/18(水) 00:15:54.47 ID:D+ApwiH2.net
希「エリチ、どうしたん?具合悪いん?」

ほら、やっぱり、希はみんなのことをよく見ている。
さっきまで花陽のことを心配していたはずなのに、
私がふさぎこんだり、つまづいたりすると、すぐに駆け寄ってきて、手を差し伸べてくれるのだ。


絵里(私の返事しだいでは、希は私のそばから離れていっちゃうのかしら・・・
   もしもこれから、私の隣に希がいなくなったら・・・そんなこと、考えたくもないけど、
   でも・・・とにかく、それは「嫌なこと」だわ・・・)


そう思いながら、顔を上げて、ぼんやりと希の顔を見つめる絵里。



希「なんなん?人の顔をジロジロみて~」

絵里「・・・」

希「・・・て、照れるやん」

絵里「・・・」

希「・・・さ、さてはやっぱり心変わりして、うちに惚れてもうたんやろ?」

絵里「・・・」

希「う・・・う・・・(そうじゃないのはわかってるけど、でも何か言え~!)」

絵里「・・・」

希「も、もう!エリチのばか!知らない!!」


そう言って、パタパタと他のメンバーのもとへと走っていこうとする希。
その後姿が、自分のもとから離れていくイメージと重なって、
絵里は突然、自分でもきちんと意識しないまま、声を出していた。


絵里「い、行かないで!」

希「・・・え?」

絵里「・・・あ」

323: 2015/03/18(水) 00:16:45.57 ID:D+ApwiH2.net
絵里「いえ・・・なんでも・・・ないわ」



絵里(な・・・な・・・なにを言っているのよ、私は!!)


希「・・・」


動揺してうつむく絵里を、戸惑いながら見つめる希。

しかし「うん、そっか」とつぶやくと、絵里のすぐ横に近寄り、ストンと体育座りをする。




希「何があったのかしらんけど、今日のエリチは淋しがり屋さんモードなんやね?
  なら仕方ない、うちがしばらくそばにいてあげよう!」

絵里「そ・・・そんなんじゃないわよ」

希「ふ~ん。『行かないで!』って目をウルウルさせながら言ってたくせに」

絵里「う、ウルウルなんてしてない!」

希「え~うちにはそう見えたけどなあ~」

絵里「してないったらしてない!」



そこまで掛け合いをして、顔を見合わせて、ふふふっと笑う2人。



希「・・・よかった。久しぶりに、エリチのほんとの笑顔が見れた」

絵里「え?」

希「ううん、なんでもない」


それからしばらく、2人は一緒に座って、みんなの練習を静かに眺めていた。

330: 2015/03/19(木) 23:23:51.84 ID:98mVVhCX.net
その週末、地元の市民ホールでのイベントに招かれたμ’sは曲を披露し、
大盛況のうちにライブは終了した。

最後にイベント参加者全員でお客さんに挨拶をするというので、
その出番まで控え室でめいめいくつろぐメンバーたち。


凛「じゃあ、私たちは他のみんなの出し物を見てくるニャー」
穂乃果「私も私もー!海未ちゃんもことりちゃんも行くよね~?」
海未「はいはい。ことり、行きましょうか」
ことり「うん」
花陽「真姫ちゃんも行く?」

真姫「私はお手洗いに行ってからにするわ」

花陽「うん、じゃああっちで待ってるね」

凛「希ちゃんも行くニャー」

希「あー、ごめん。うち、実家に1本電話を入れてから行くわー」

331: 2015/03/19(木) 23:25:17.51 ID:98mVVhCX.net
女の子「あ、あの!」

トイレから出てきた真姫を3人の同年代くらいの女の子たちが取り囲み、そのうちの1人が顔を真っ赤にしながら話しかける。

真姫「は、はい?」

女の子「きょ、・・・今日のライブ!お疲れ様でした!」

なんだか「箱入り娘」という言葉が似合いそうな、深窓の令嬢タイプの女の子。
同性から見てもとても可愛らしくて、思わず真姫も笑顔になってしまう。


真姫「うん、ありがとう。えーと・・・μ’sのファンの方?」

お嬢「は、はい!いつも応援してます!!」

真姫「ふふっ、いつもありがとう」


と、お嬢の隣にいた面長の女の子が、お嬢の脇をひじでつつきながらちょっかいを出す。

面長「ちょっと~、そうじゃないでしょ?」

お嬢「あ、うん・・・」

真姫「ん?」

もう一度面長に脇をつつかれ、意を決したように話し始めるお嬢。

お嬢「・・・あ、あの・・・私、真姫さんの大ファンで、とっても大好きで、えと・・・その・・・」

真姫「え?」


素直に驚く真姫。しかし緊張のあまり言葉が出てこないのか、少し待っても、お嬢は続きを話そうとしない。

ついに見かねて、もう一人の女の子(仮称:ボーイッシュ)が状況を説明する。

ボーイ「突然話しかけておいて、ごめんなさい・・・
    その、私たち、みんなμ’sのファンなんですけど、この子、特に西木野さんのことが大好きなんです。
    ただ、人前だとすぐ緊張してこんな感じになっちゃって・・・
    でも本当に、人一倍、いつも西木野さんのことを応援してるんです。
    もしよかったら、握手とかしてあげてくれませんか?」


「ボーイちゃん、ありがとう!」みたいな感じでパアアッと笑顔になって、ボーイに向かってぶんぶんと首を縦に振るお嬢。
そして、顔を真っ赤にしたまま、「も・・・もしよろしければ・・・」と蚊の泣くような声でつぶやきつつ、両手を真姫に差し出す。


真姫(な、なんだか、悪い気は・・・しないわね)

照れくささを覚えながらも、ファンの子の思いを素直に嬉しく感じる真姫。

真姫「ありがとう。とっても嬉しいわ。よかったら、これからも応援してね」

そう言いながらお嬢の手をとり、やさしく握り締める。

お嬢「も、も、も、もちろんです!!こ、これからも、が、頑張ってください!!」

お嬢も、顔を真っ赤にしながら、真姫の手を握ってぶんぶんと振る。

332: 2015/03/19(木) 23:25:47.24 ID:98mVVhCX.net
少しして、「じゃあね」と笑いかけながらその場を離れる真姫。

後ろからは、「私、もうこの手、洗わない!」「・・・何言ってんの」「海未ちゃんもどこかにいないかな?」
などという会話がもれ聞こえてくる。


真姫(応援してくれる人と直接お話できるって、なんか嬉しいわね。海未にも伝えてあげなくっちゃ)

真姫も心に温かいものを感じながら、自然と歩みも軽くなっている。



と、通路を曲がったところで、その曲がり角にいたにことぶつかりそうになった。

真姫「わっ!・・・にこちゃん?」

にこ「・・・」

真姫「ど、どうしたのよ?びっくりした~。通路の角に立ってるから、ぶつかりそうになっちゃったじゃない」

にこ「・・・」

真姫「ど、どうしたの、にこちゃん・・・?」

にこ「・・・よかったわね」

真姫「え?・・・あ、うん。そうなの!あの子達、私たちのファンなんだって。
   同じ歳くらいの人たちに喜んでもらえるって、やっぱり嬉しいわね」

にこ「・・・そうね」

真姫「・・・にこちゃん?」


少し浮かれた気分だったので気づかなかったが、なんだか、にこのご機嫌が斜めのような・・・
真姫はそのことに、ようやく思い至る。


真姫(あ・・・にこちゃん、今のを聞いてたのかな?
   それで、にこちゃんってプライドが高いから、自分が一番好きって言われなかったことに腹を立ててるのかしら?)


と、真姫の心に少しいたずら心が芽生えてくる。


真姫「にこちゃん、今の聞いてた?今の可愛い子、私のファンなんだって。少し照れくさいけど、悪い気はしないわね」

からかってやろうという気持ちを抑えきれず、ふふん、と鼻高々な感じで話す真姫。
当然「はっ、何言ってるのよ。たまたまでしょ。ちゃんとアンケートをとったらこの宇宙ナンバーワンアイドルが云々かんぬん」
という答えが返ってくるものと思っていると、にこの返事は、予想に反した沈んだ声色で・・・

にこ「そう、よかったじゃない」

そうつぶやいて、真姫の前をずんずんと歩いていってしまう。



真姫「な、なによ・・・調子狂うわね・・・」

333: 2015/03/19(木) 23:27:12.15 ID:98mVVhCX.net
ずんずんと早歩きをしながら自問自答するにこ。

にこ(なんなのよ、なんでこんなにイライラするのよ!!)

あの子達が、真姫や海未のファンだったから、というのももちろん、今のイライラの原因だろう。

でも、どうやらこのイライラの原因はそれだけではないらしい。
なぜだかわからないが、真姫が可愛らしい女の子と笑顔で話していたシーンを思い出すたびに、
にこの心の中でイライラがおさまらないのだ。

にこ(可愛い子に『ファンです』なんて言われてデレデレしちゃって!なによ、みっともない!!)


にこ(・・・ん?)

にこ(あれ?)

そこまでウダウダ考えて、疑問に気づくにこ。

にこ(・・・なんで私、こんなにイライラしてんだろ?)



『真姫ちゃんじゃドキドキしない?』



以前の希の言葉が、再びにこの心の中で蘇る。


にこ(わかんないわよ・・・わかんないけど・・・)

にこ(あの子が他の子の前でニコニコしてるのは、なんかむかつくわ・・・)

にこ(・・・って、これって・・・)


後ろを振り返ると、心配そうな表情でパタパタと近づいてくる真姫の姿。
その姿が、なんだか、飼い主のもとへ駆け寄ってくるわんこのように見えて、少し笑ってしまうにこ。


にこ「・・・ほら」

そう言って、真姫に向かって右手を差し出すにこ。


真姫「え?なに?」

にこ「みんなのとこへ行くんでしょ?」

真姫「うん、そうだけど・・・」

にこ「会場は人が多いだろうから、はぐれないように、・・・その、しっかりつかまってなさいよ」

真姫「え?」

にこ「・・・別に、嫌ならいいけど」


答えは聞こえなかった。けれど、にこの手には、温かい真姫の手がしっかりと重ねられていた。

335: 2015/03/20(金) 00:50:50.01 ID:g4NknuwU.net
ライブの成功を母親に報告した希は「これでよし」とつぶやいて、携帯を切ってみんなの元へと歩き始める。

と、そんな希に声をかけてくる同年代の男性3人組が。


男A「うわ、希ちゃんだ!」

男B「おおっ、ほんとだ!」

希「えっ?」

男C「うわー、感激だ~。スクールアイドルの希ちゃんの本物に会えるなんて!」

希「あ、えと、その・・・」

男A「反応が初々しくてかわいい~」

男B「そんなに怖がらないでよ~俺たち、μ’sのファンなんだからさあ~」


男たちの微妙に軽いノリに若干の不安を感じつつも、笑顔で応対する希。


希「あ、そ、そうなんやね。・・・いつも応援、ありがとうございます」

男C「こっちこそ、いつもいつも色んな意味でありがとうございます、・・・なんつって?」

男A「おい、ばか、やめろよ」

男B「まあ、色々お世話にはなってるわな」


下卑た笑い声が、希の不安を掻き立てる。
なんだか、彼らの視線も、先ほどから希の胸元に集中しているような・・・。


希「え・・・と、すみません!急いでいるんで、失礼します」

そう言って男たちの脇をすり抜けようとした瞬間、希の手を男の一人がガシッとつかむ。

希「ひっ!」

男A「そんな風につれない態度だと傷つくなあ~。俺たち、ファンなんだよ?もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?」

男の手を振りほどこうとするが、予想以上に力が強く、むしろぐぐっと押さえ込まれてしまう。その力の差に、希の恐怖感は倍増する。

男A「・・・なあ、ちょっと、人のいないところで仲良くお話しようよ」

近づいてくる男の顔。どうすればいいのか、希の頭はパニックになるが、恐怖のあまり声がまったく出ない。

希(誰か、助けて!)

ついにはなすすべもなく、目をつぶってしまう希。



??「ちょっと、待ちなさい!」

336: 2015/03/20(金) 00:51:20.39 ID:g4NknuwU.net
ハッと目を開く希。

その視界の先には、仁王立ちで凛々しく声を上げる絵里の姿があった。

絵里「あなたたち、何をやっているのかしら?」

男B「げぇえ!関・・・うわ、やべえ!」

男C「ば、ばか。ひるんでんじゃねえよ。
   お、おう、ファンに向かってなんて口のきき方だよ? ファンは大事にするもんなんじゃないのかよ?」


その男の言葉を欧米人っぽい「はぁ~」っというジェスチャーで一蹴する絵里。

絵里「本当のファンだったら、希をそんなに怖がらせたりしないわ」

男A「な、なんだと!」

絵里「大声をあげても、いいんだけど?」


ギラリとにらみつけながら、力強く言い放つ絵里。

イベント開演中の通路とはいえ、大声を出せば誰かかけつけてくるだろう。
男たちもそれはわかっているのか、「ちっ」と舌打ちしつつ「おぼえてろよ!」という平々凡々な捨て台詞を吐いて走り去っていく。


絵里「希!大丈夫!?」

駆け寄る絵里。そんな絵里に向かって倒れこむ希。

絵里「希!」

廊下に頭を打ち付けたりしないように、しっかりと抱きとめる絵里。


絵里「大丈夫? 私、間に合った?」

希「・・・」

絵里「ま、まさか、なにかされたの!?」

希「・・・ううん、大丈夫。ちょっと手を強く握られただけだから」

絵里「どっちの手?」

希「えと・・・右の手」


と、希の右手をギュッと、しかし優しく握り締める絵里。

希「え、エリチ!?」

絵里「大丈夫、もう大丈夫だから、ね?」

希「う、うん・・・」

337: 2015/03/20(金) 00:52:03.65 ID:g4NknuwU.net
希にとっては永遠にも感じられる一瞬。

しかし、次の瞬間、握っていた手をスッと離す絵里。

希「・・・あっ」

絵里「とにかく、あなたが無事でよかったわ」

希「あ、・・・うん」

絵里「さあ、行きましょう」

希「・・・うん」



希(なんか、怖かったこととか、泣きそうだったこととか、
  さっきのエリチの手の温かさのせいで全部吹き飛んじゃった・・・)

希(でもやっぱり、ドキドキしたのはうちだけなんやろうな・・・)


少しだけ、涙がこぼれそうになる。


希(いかん、いかん!すぐ弱気になるのはうちの悪いくせや)


と、前を歩いていた絵里が立ち止まって振り返る。

絵里「・・・」

希「どうしたん、エリチ?」

絵里「・・・する」

希「え?」

絵里「なんだか、無性にイライラするわ」

希「はあ」

絵里「あなたはなんでそんなに落ち着いてるのよ!」

希「あ・・・うちのこと?」

絵里「そうよ!あんなことをされて!」

希「・・・あはは、うちのことなのに、なんでエリチがそんなにプリプリ怒っとるん?」

絵里「・・・あなたのことだからよ!」

希「え?」

絵里「大事な『友達』の、あなただから!」

338: 2015/03/20(金) 00:53:31.21 ID:g4NknuwU.net
そう言ってから、自分が決定的な言葉を口にしてしまったことに気づき、あ、と口を開ける絵里。

やがて、希の瞳からは大粒の涙が溢れ出す。



絵里「・・・あ、・・・希」

希「うん・・・わかってたから・・・エリチがうちのことを友達以上には見てくれないことは
  最初からわかってたから」

絵里「あ・・・その・・・そういうつもりじゃなくて」

希「・・・じゃあ、どういうつもりなんよ?」

絵里「・・・それは・・・その」

希「もういい・・・。でも、助けてくれてありがとう」


そう言って、絵里の脇を通り抜けようとした瞬間、希の右手は、絵里にギュッと握り締められていた。


希「なに?・・・離してよ」

絵里「・・・やだ」

希「離してってば!」


そう言って絵里の手を振りほどこうとして、
希は、先ほどの男とは比べ物にならないくらい弱々しい絵里の力に気づく。


希(あ・・・さっき私を守ってくれたときはあんなに格好よかったのに・・・やっぱりエリチは女の子なんやな・・・)

そんな当たり前のことをぼんやりと考える希。


と、そこで初めて、絵里が泣いていることに気がつく。

339: 2015/03/20(金) 00:54:20.17 ID:g4NknuwU.net
希「・・・なんで、エリチが泣いてるんよ? 泣きたいのはうちのほうなのに・・・」

絵里「ううっ・・・ぐすっ・・・」

希「な、なんなんよ・・・ううっ、泣きたいのは・・・こっちやって・・・」

絵里「だって・・・」

希「え?」

絵里「だって、希に離れていってほしくないんだもの・・・」


そう言って、堰を切ったように胸のうちを話し始める絵里。


絵里「あなたの気持ちには、やっぱりうまく応えられそうにないの・・・
   だけど、あなたに嫌われたくもないの・・・希にはずっと私のそばにいてほしいの・・・
   そんな自分勝手な気持ちがどうしても消え去ってくれないの・・・」


そう、一気に話して、肩を震わせる絵里。いつもの皆を引っ張っていく絵里の姿とはかけはなれた、一人のか弱い少女の姿。


希(なんか、こんなエリチも、かわいいな・・・)


胸の中にこみ上げる愛おしさが命じるままに、希は、泣きじゃくる絵里を優しく抱きしめる。


絵里「希!?」

希「ばかやなあ・・・うちはエリチのことが大好きなんよ?
  エリチは気づいてなかったやろうけど、ずっと、ずーっと、大好きやったんよ?
  今更、エリチに何を言われたからって、そう簡単にエリチのことを嫌いになんてなれへんよ」

絵里「だけど・・・そんなの・・・」

希「エリチにとって都合よすぎるって?」

絵里「・・・うん」

希「ばかにしないで?」

絵里「え?」

希「お子様なエリチにはまだわからんかもしれんけど、女っていうのは、結構計算高い生き物なんやで?」

そう言って、精一杯の強がりで微笑む希。

希「見ててみ。うちはエリチがもう嫌って言うまでつきまとって、
  きっと最後には、エリチの方から『付き合ってください』って言わせて見せるから」

340: 2015/03/20(金) 00:55:09.88 ID:g4NknuwU.net
希の、少し口元が引きつりつつも、精一杯の笑顔。


絵里(なんて強い人なんだろう)


絵里は、希の強さと弱さを両方理解した気でいた。
普段はなんでもできる強い女性を演じながら、その実、とても臆病で可愛らしい人。
それが絵里の、希に対する人物評だった。

でも、少し前からその認識が誤っていたことに、何度も気づかされている。


さっき、男たちに囲まれていた弱々しい少女の面影は、今はどこにもない。
今、自分の目の前にいるのは、1人の強い女性。
とても眩しくて、目がくらみそうで・・・。


でも、そんな希に対して、絵里の中で対抗心というか、負けたくないという妙な気持ちが芽生えてくる。


絵里(希は私が守る。でも、私が希に守られるんじゃない・・・そうよ・・・私はお子様なんかじゃないんだから)



絵里「じゃあ・・・」

希「ん?」

絵里「・・・私を誘惑してみせてよ」

希「・・・は?」

絵里「できるものなら、今すぐやってみせてよ」

希「エリチ・・・からかってるの?」

絵里「いいえ、違うわ。あなたの本気を見せてみなさいよ。どうせ口だけで、何もできはしないんで・・・」



それ以上、続きは話せなかった。なぜなら、絵里の唇は、希のそれでふさがれてしまったから。

342: 2015/03/20(金) 01:02:10.37 ID:g4NknuwU.net
その晩、希の部屋。


希(・・・なんてことをしてしまったんや)


枕を胸に抱えながら、ベッドの上を500回くらい、右に左に往復する希。


あのときのことは実はよく覚えていない。

腕の中の絵里の温かさやめったに見せない弱々しい泣き顔、それに絵里の挑発が重なって、
気がつけばほとんど無意識のうちにとんでもないことをしていた。
思い出しただけでも頭が沸騰しそうである。

あの後、呆然とする絵里から唇を離した希は、自身も呆然としながら、
なんやかんやと言い訳を言いながら、「とにかく先に帰るね」と告げて逃げるように会場を後にしてしまった。


希(ああ・・・舞台挨拶とかもあったのに、みんなにも迷惑をかけて、最低や・・・うち・・・)

希(っていうか、それ以上に、エリチに・・・明日からどうすればええのよ・・・)

希(でも、エリチの唇、とっても柔らかかった・・・)

希(って、違う!・・・いや、違くないけど!!)

希(あああああああ、もうっ!!)


ゴロゴロ、ゴロゴロ。

343: 2015/03/20(金) 01:02:57.77 ID:g4NknuwU.net
その晩、絵里の部屋。

絵里(・・・)

枕を胸に抱えながら、ベッドの上を800回くらい、右に左に往復する絵里。

あの後、呆然としたまま、舞台挨拶を終え、みんなと別れ、
気がついたら自室のベッドの上に倒れこんでいた。


絵里(・・・まさか、本当に誘惑されるなんて、思ってなかった・・・)


油断すると思い出すのは、温かくて柔らかくて、そして滑らかだった唇の感触・・・


絵里「う、うわあぁああああああ!!」


布団の中でもだえる絵里。


絵里(初めてだったのに・・・)

絵里(でも、意外と嫌な気分じゃない、かも?・・・)

絵里(って、違う!そうじゃない!)

絵里(初めては・・・あんな突然じゃなくて、もっとロマンチックなムードの中で、素敵な男性と・・・)

絵里(・・・あれ?素敵な男性のビジョンが上手く出てこない・・・)

絵里(って、なんで希の顔が思い浮かんでくるのよ!)

絵里(違うんだから!全然、そういうことじゃないんだから!!誘惑に負けてなんかないんだから!!)


ゴロゴロ、ゴロゴロ。

344: 2015/03/20(金) 01:17:16.31 ID:g4NknuwU.net
その晩、真姫の部屋。


にことつないだ手をぐーぱーぐーぱーしている真姫。


真姫(なんか、腹立ってきた・・・)

真姫(なんで振られてからの方が、にこちゃんと接触する機会が多いのよ・・・)

真姫(希望がないってわかってる状態でにこちゃんと手を握っても・・・嬉しくなんて・・・)

真姫(いや・・・それでも嬉しいけど・・・)

真姫(だけど!なんなの、あの人!!私の気持ちを知って、余裕ぶってるつもりなのかしら!!)


このままじゃいけない。

真姫は強くそう思う。

真姫(そうよ、このままあんな身勝手な人に振り回されてたまるもんですか。
   今度何かしてきたら、突っぱねてやるんだから!)

そう思いつつも、あのとき握ったにこの手の柔らかさは、真姫の心からしばらく消えてくれそうにない。
それからいつの間にか眠りにつくまで、真姫は手をにぎにぎしていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

その晩、にこの布団の中。


にこは、真姫に差し出した手をじっと見つめていた。

にこ(意外とちっちゃかったな、あの子の手)

ぐーぱーぐーぱーと、開いて閉じてを繰り返すにこ。


にこ(っていうか、なんで私、あの子に手を差し出したのかしら?)


と、にこの少女マンガ脳が、突拍子もない仮説を一つ導き出す。



にこ(・・・もしかして、あのファンの子が握った手を、私の手で上書きしたかった・・・?)




にこ「・・・ばっかじゃないの」



そんなことあるわけがない、とつぶやいて、目を閉じるにこ。

しかし、右手の熱さが気になって、しばらく寝付くことはできなかった。

358: 2015/03/22(日) 06:11:46.23 ID:arplM2Aj.net
次の日、学校へ行こうとした希は、違和感に気づく。

希(あれ?なんだか、・・・熱っぽい?)

それでも気のせいだと思い込み、家の扉を開けて歩き出すものの、ほんの数歩でふらふらと倒れこんでしまう。

「希ちゃん、どうしたの!?」

そんな希を見て駆け寄ってくる人物が一人。
マンションの隣の部屋に住む40代の女性だ。
夫婦2人暮らしで、子供がいないせいか、普段から何かと希の世話を焼いてくれる優しい人。

希「えへへ・・・なんか、熱っぽい・・・かも」

おばちゃん「ダメじゃない!安静にしてなくちゃ!」

そう言って希を支えると、部屋に運び込み、水枕やら濡れタオルやら、なんやかんやとセッティングしてくれる。
その間に希は、パジャマに着替えなおしてから学校へ欠席の電話を入れる。

おばちゃん「じゃあ、安静にしてなさいよ?あ、私が出たら家の鍵はちゃんと閉めてね?
      だけど何かあったら私の携帯に電話して。約束よ?」

希「うん、ありがとう・・・」

ガチャンと閉まるマンションの扉。

ぼんやりとその音を聞きながら、希はフラフラとベッドに倒れこみ、いつしか眠りに落ちていった。

359: 2015/03/22(日) 06:12:42.58 ID:arplM2Aj.net
希と会ったらどう接しようか。

徹夜で約50パターンに対する答えを準備してきた絵里は、
希が風邪で休みだという担任の言葉を聞いて机に思い切り額をぶつけた。


絵里(まさか・・・仮病・・・なんてことは、あの子に限ってないわよね・・・大丈夫かしら)

なんだか授業の内容が頭に入ってこない。

絵里(希・・・ちゃんとご飯食べてるかな・・・?)

お昼ごはんの味もよくわからない。

絵里(なにか、欲しいものとか、足りなくて困っているものとか、ないかしら・・・)

午後の授業も上の空である。



絵里(なんか、今日は一日中、希のことを考えていた気がするわ・・・
   ・・・いえ、違うわね)


そう、昨日のあの瞬間から、絵里の頭の中を占めているのは希のことばかり・・・


絵里(あー、もう!なんでこんなに気になるのよ!!
   ・・・たかが・・・たかが唇が少し触れ合った程度のことじゃない!
   そんなことくらいで・・・)


精一杯強がろうとする絵里の脳裏に、あのときの希の息遣いや唇の柔らかさが鮮明に蘇ってくる。


絵里(わあああああああああああっ!違う、違う!あの程度のこと、私は全然気にしてないんだから!!)

360: 2015/03/22(日) 06:13:38.10 ID:arplM2Aj.net
練習着に着替える前に、電話をかけてみるが希は出てくれない。

絵里(・・・)

携帯のコールを切りながらため息をつく絵里。


そんな彼女に、穂乃果が話しかける。

穂乃果「希ちゃんにかけてたの?」

絵里「・・・え、ええ」

穂乃果「ねえ、絵里ちゃん。私たちを代表して、希ちゃんのお見舞いに行ってあげてくれないかな?
    もちろん私たちも行きたいけど、大勢で行ったら迷惑だろうし・・・」

穂乃果の提案にうんうんとうなずく他のメンバー。


絵里「あ、うん・・・」


しばしの沈黙。


と、2人の間に何かがあったことを察したにこが発言する。


にこ「最近、希には色々お世話になってたし、もしよかったら私が行くわ」

絵里「・・・」

にこ「決まりね。じゃあ、今日の練習は失礼するわね」


と、にこは立ち上がり、絵里のそばを通って、部室を出て行こうとする。
そして絵里の隣を通り過ぎるとき、ぽつりと一言。

にこ「本当に私が行ってもいいの?
   私、希にはいつも意地悪されてるから、ここぞとばかりに仕返しをしちゃうかもしれないけど」

絵里(!!)

361: 2015/03/22(日) 06:14:36.11 ID:arplM2Aj.net
絵里「ちょ、・・・ちょっと待って!やっぱり、私が行くわ」

絵里の言葉に、微笑むにこ。

にこ「よかった。さすがに私も、病人相手に酷いことをするのは気がとがめるからね」

ギ口リとにこをにらみつける絵里。

絵里「今回は、あなたの誘導に乗ってあげるけど、
   本当に希に酷いことをしたら許さないわよ?」

にこ「あら、怖い怖い。
   ・・・でもね」

絵里「ん?」


絵里にだけ聞こえるように、絵里の耳元に顔を近づけて声量を落とすにこ。


にこ「もしもあんたが酷い振り方をしたせいで希が寝込んじゃったんなら、
   私もあんたのこと、許さないからね?」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

絵里(なによ、勝手なことを言ってくれちゃって!)


ぷりぷりと怒りながら希の家へ向かう絵里。


絵里(でも・・・)


絵里の歩みが止まる。


絵里(『酷い振り方をした』っていうのは本当のことよね・・・)

絵里(ごめん・・・希・・・)


絵里の視界がじわっとにじむ。

慌ててごしごしと目元をぬぐってから絵里は再び歩き出す。


絵里(でも、正直、自分でも自分の気持ちがよくわからなくなってる・・・
   だからそれを確かめるためにも、希と直接会って話をしなくちゃいけないわよね)

362: 2015/03/22(日) 06:15:30.75 ID:arplM2Aj.net
希の部屋のチャイムを何度か鳴らすものの、一向に返事がない。


絵里(まさか、本当に仮病で、実は遊び歩いているのかしら・・・)


絵里の脳裏に浮かび上がったのは、
金髪に髪を染めた希が、ゲームセンターでたばこをふかしている姿・・・


絵里(だ、だめよ、希!!)


と、何気なくドアノブに手をかけて、鍵がかかっていないことに気がつく。

絵里(え?)


再び絵里の脳裏に浮かび上がったのは、
押し入り強盗に襲われて、胸に包丁をつき立てられ、血だまりの中に倒れこんでいる希の姿・・


絵里「の、希!!」


慌てて家の中に飛び込んだ絵里は、キッチンを素早く見回した後、希の部屋に突き進んで、
そして安堵のため息をもらす。


絵里「な、なによ・・・静かに寝てるだけじゃない・・・」


ベッドの上には、可愛い寝息をたてて眠り込んでいる希の姿が。
熟睡していたので、絵里の電話にも、部屋のチャイムにも気づかなかったのだろう。

363: 2015/03/22(日) 06:16:10.76 ID:arplM2Aj.net
絵里(あんな風に人を誘惑して、その次は人を焦らす作戦だなんて・・・
   悔しいけど、あなたの思い通りに心を動かされている気がするわ
   ・・・まあ、今回のはさすがに作戦ではないでしょうけど)


希のベッドのすぐ横にぺたんと座り込み、希の寝顔を見守る絵里。


希「すー・・・すー・・・」


とても愛らしいその寝顔に、思わず笑顔になる絵里。
そして希の額に手を当てて、熱が引いていることにほっと胸をなでおろす。



絵里「ねえ、希?」


返事はない。その『返事がない』ことを確かめた上で、絵里は独り言を話し始める。


絵里「ねえ、希。私って軽薄な女かしら?
   あなたのことを振っておきながら、
   あなたにキスされてから、あのときからずっと、あなたのことばかり考えているの・・・
   ねえ、この気持ち、いったいなんなんだろうね?」


もちろん返事はない。


絵里「私のこのドキドキは、『キスをされたから』なのかしら?
   それとも・・・『あなたに、キスをされたから』なのかしら?」

そう言って、自然と絵里の視線は、希の唇に引き寄せられる。


絵里(希の唇って、とても魅力的よね・・・)



自然と絵里の手が伸びて、指が希の唇に・・・。

絵里の指先に伝わる、ぷるん、という弾力。

指先が燃えるように熱いのは、きっと希の熱のせいに違いない。そうだ、きっとそうに決まっている・・・

364: 2015/03/22(日) 06:16:58.30 ID:arplM2Aj.net
と、そこで、んんんっと苦しそうに声をあげる希。

起こしてしまったかと一瞬慌てる絵里だが、どうやら夢を見てうなされているだけだと気づく。


絵里「大丈夫。希、大丈夫だから」


そう言って、優しく希の手を握る絵里。

と、見る見るうちに希の表情がやわらいでいく。



その可愛らしい様子に、絵里も思わず笑顔になってしまう。


絵里(そういえば、希の顔をこんなにゆっくりと見つめるなんて、もしかしたら初めてかも・・・)
   

絵里(・・・可愛い)



ぼんやりと眺めていると、
今度は幸せな夢を見始めたのだろうか、
んふふふっ、と笑い出す希。


絵里(まったく、コロコロ表情が変わって、忙しい人ね)

絵里(いったい、どんな楽しい夢を見ているのかしら?)



希「エリチ・・・大好き・・・」

幸せそうな笑顔で、そうつぶやく希。




絵里(・・・っ! 私の夢!?)

絵里(夢の中でまで、私のことを・・・)

絵里(反則よ・・・無防備な寝顔で、そんなことを言われたら・・・私・・・)

365: 2015/03/22(日) 06:17:55.67 ID:arplM2Aj.net
絵里(どうしよう・・・凄く・・・ドキドキして、胸が苦しい・・・)

混乱した絵里の頭の中に、先ほどの自分の言葉が浮かび上がる。




 「私のこのドキドキは、『キスをされたから』なのかしら?
  それとも・・・『あなたに、キスをされたから』なのかしら?」




絵里「ねえ、希・・・」


幸せな夢が続いているのだろう。顔をほころばせながらむにゃむにゃと熟睡中の希に、
絵里は再度話しかける。


絵里「もう一度、試してみたら・・・どっちかわかるかな?」


そう言って、希に近づく絵里。
もちろん希の返事はない。


絵里「希・・・あなたがいけないんだからね?そうやって、私のことを誘惑するから・・・」


返事はない。


絵里は、希の顔にさらに近づく。
すー、すー、という可愛い寝息が、すぐ目の前から聞こえるほどの距離。


絵里「本当に、しちゃうんだからね・・・?」


返事はない。

けれど絵里は、希の返事を待つことなく、眠り姫の唇を奪ったのだった。

375: 2015/03/23(月) 21:11:36.31 ID:wvvwFOfc.net
にこ(つい、あんなことを言っちゃったけど・・・私も人のことは言えないわよね・・・)

練習着に着替えたにこはロッカーの扉を閉じながら、はぁ、とため息をつく。

にこ(偉そうに絵里に意見をする資格なんて、私にはないわよ・・・)

体育館裏での真姫の泣き顔が脳裏に浮かび、必氏でそれを振り払おうとするにこ。

にこ(ううっ!今は気持ちを切り替えなきゃ!練習、練習!)



と、更衣室を出て行こうとして、更衣室に入ってきた真姫とぶつかりそうになる。


にこ「あ、ごめんっ!」

真姫「・・・あ、にこちゃん」

相手がにこだとわかるや、顔を伏せてそのまま通り過ぎようとする真姫。

にこも、先ほどのビジョンによって動揺していたので、そのまま何も言わずに更衣室を後にする。

しかし、そこから数歩歩き出してから、先ほどの違和感に気づく。



にこ(・・・)

にこ(なんだか・・・露骨に避けられたような・・・)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

更衣室で着替え始める真姫。

真姫(・・・なんか、嫌な態度だったかな・・・)

真姫(・・・でも、これ以上、あの人に振り回されてたまるもんですか!)

真姫(そうよ、これ以上引きずっていちゃいけないわ!私は、先に進んでいくんだから!)


上着を脱いだ後、ワイシャツのボタンに手をかけて、
・・・残念、そこでカーテンが半開きなことに気づいて、カーテンを閉めてしまった。

376: 2015/03/23(月) 21:12:09.11 ID:wvvwFOfc.net
海未「では、2人組になって、柔軟体操から始めましょう」


屋上でのいつもの練習風景。


いつもなら、凛が「かよちん~体操するにゃ~」と花陽にとびかかって、
ことりが「穂乃果ちゃん、一緒にやろう?」と言って、絵里と希が自然とペアになって、
残ったにこと真姫が、お互いに仕方ないわね~という表情で渋々(?)ペアになる、というのが自然な流れだった。


しかし、今日は・・・


真姫「花陽、たまには一緒にやりましょうよ」

花陽「え?・・・あ、うん、いいよ」

にこ「!」

凛「!」

ことり「穂乃果ちゃん、一緒にやろう?」

穂乃果「うん。やろう、やっちゃおうっ!」



凛「・・・」

にこ「・・・」

凛「にこちゃん・・・」

にこ「な、なによ・・・まあ、どうしてもって言うなら、組んであげてもいいけど?」

凛「にゃ~・・・」

にこ「なんで不満そうなのよ!!」

377: 2015/03/23(月) 21:13:03.36 ID:wvvwFOfc.net
花陽「にこちゃんと喧嘩でもしちゃった?」

背中合わせで伸びをしながら、小声で聞いてくる花陽。

真姫「・・・べつに」

花陽「そう」

真姫「・・・」

花陽「・・・」

真姫「・・・もしかして、知ってる?」

花陽「・・・真姫ちゃんが、にこちゃんのことを好きってお話?」

真姫「・・・ううっ・・・やっぱり・・・」

花陽「あ、ごめんね? でも、なんとなく、いつもの態度から・・・」

真姫「・・・いや、こちらこそ、・・・なんかごめんなさい。女性が女の子を好きになるなんて、気持ち悪いよね?」

花陽「そんなことないよ。全然、私はそんなこと思ってないよ。
   真姫ちゃんのまっすぐな気持ち、いつも私は、とっても大好きだから」



花陽の表情は見えないが、その優しい声色に癒される真姫。
気がつけば、素直に思いを吐露していた。



真姫「そっか・・・ありがと。だけど、私、振られちゃったんだ・・・」

花陽「・・・そうなんだ」

真姫「・・・」

花陽「それで・・・2人は仲良しじゃなくなっちゃうの?」

真姫「うっ・・・そんなの・・・私も嫌だけど・・・」

378: 2015/03/23(月) 21:13:42.13 ID:wvvwFOfc.net
でも、と真姫は続ける。

真姫「あの人ってば、酷いのよ!私を振ってから、今まで以上に、肩とか手とか触ってくるようになって!
   私がどれだけドキドキしているかも知らないで!」

花陽「・・・」

真姫「しかも、なんか格好いい台詞まで言い出しちゃってさ!
   プレイボーイ、・・・じゃない、プレイガールのつもりかしら!」

花陽「・・・ふふふっ」

真姫「な、なによ!」

花陽「なんか、ノロケ話を聞かされてるみたい、って思って」

真姫「・・・はぁっ? 花陽。私の話、聞いてた?私は面と向かって振られたのよ?」

花陽「あ、ごめん」


しばらく無言で体操を続ける2人。
少し離れたところから、にこと凛のじゃれ合いが聞こえてくる。


花陽「・・・でも」

真姫「ん?」

花陽「ほんとにそうなのかな?」

真姫「どういうこと?」

花陽「ううん、なんでもない。私の勘違いかもしれないから」

真姫「・・・ふぅん?」



花陽(おかしいなあ?
   私の印象としては、以前よりにこちゃんが真姫ちゃんのことを意識しているような気がするんだけど・・・)

379: 2015/03/23(月) 21:14:25.52 ID:wvvwFOfc.net
その日の練習を終えて、それぞれ帰途に着くメンバーたち。

真姫も花陽と凛ともにわいわいおしゃべりをしながら帰るところだ。

と、自分の下駄箱を開けた真姫は、見慣れない物体が入っていることに気がつく。


真姫「ん?・・・手紙?」

花陽「真姫ちゃん、それ・・・もしかして」


真姫が手にしたものは、ハート型のシールで閉じてある可愛らしい封筒だった。



凛「ら、ラブレターにゃ!?」

真姫「いやいや、ここ、女子高だから」

花陽「え?」(ジトーっ)

真姫「あ・・・そうでした。・・・ごめんなさい」

凛「にゃ?」

真姫「と、とにかく、まだそうと決まったわけじゃないでしょ!」

花陽「じゃ、じゃあ、確かめてみなくちゃ!(ウズウズ)

凛「うんうん!(ウズウズ)」

真姫「あんたたちね~・・・」

380: 2015/03/23(月) 21:14:49.47 ID:wvvwFOfc.net
と言いながら、真姫も1人では封を開ける勇気が出ないので、
2人に見守られながら、えいや!と手紙を開けて、中の便箋を取り出した。

そして内容を読み始めると、次第に顔が真っ赤になっていく。


凛「ど、どうだったの?」

花陽「やっぱりそれって・・・」


しばらくして、内容を読み終えた真姫は、
固唾を呑んで見守る2人に、ぽつりぽつりと報告する。


真姫「・・・きだって」

花陽「え?」

真姫「うぅ・・・私のことが好きなんだって」

凛「にゃー!!」

花陽「だ、誰なの、相手は!?」

真姫「・・・よく知らない人。でも、2年生の先輩みたい」

凛「にゃにゃにゃーー!!」

花陽「ほ、ほかには!?」

真姫「スクールアイドルになってから、ずっと私のことを見てたって。応援してたって書いてくれてる。
   ・・・それで、もしよかったら明日の昼休みに、屋上で会えないか・・・って」

凛「にゃーーーーーーー!!!!!」

花陽「凛ちゃん、落ち着いて」

凛「にゃん」

花陽「・・・で、真姫ちゃんはどうするの?」

真姫「ど、どうしよう・・・」

381: 2015/03/23(月) 21:15:39.15 ID:wvvwFOfc.net
にこ「あら、あんたたち、今帰り?」


見事すぎるタイミングで階段から降りてくる矢澤先輩。

ビクッと体を震わせてから、『いったいどこまで聞かれたのだろう?』と探るような目つきでにこを見る3人。

しかしにこの様子はいつも通り。どうやらここまでの会話はまったく聞かれていなかったようだ。

いつもなら『一緒に帰ってあげてもいいけど』的なアプローチをしてくるのだが、
先ほどの真姫の態度が気になったのか、今日はそのまま1人で帰ろうとするにこ。


にこ「じゃあね、また明日」


にこを思い切り意識しながらも、うつむいたまま何も言わない真姫。
対して、真姫の方をチラチラと見るも、顔を合わせてくれないことに少し残念そうな顔をしつつ、歩き続けるにこ。
そして、そんな2人の微妙な関係を見つめる花陽。



花陽(真姫ちゃん、おせっかいだったら本当にごめんね・・・でも、きっとこの方がいいって、そう思うから!)




花陽「に、にこちゃん!真姫ちゃんってば、ラブレターをもらったんだよ!」

真姫「!!」

にこ「は?」

382: 2015/03/23(月) 21:16:32.49 ID:wvvwFOfc.net
突然の話に、口を大きく開けたまま立ち止まるにこ。


花陽「ビックリだよね~? 明日会いましょうって書かれてたんだって」

真姫「ちょっと、花陽!やめてよ!」

にこ「へ、へぇ~」

花陽「2年生の先輩だって。どんな人だろうね?」

真姫「やめてったら!!」


真姫の突然の大声に、花陽もビクッと体を震わせて、さすがに言葉を続けることができない。
4人の間に流れる、嫌な沈黙。
それを破ったのは、にこだった。


にこ「・・・ふぅ~ん。で、どうするの?」

真姫「え?」

にこ「会いに行くわけ?」

真姫「・・・そんなこと・・・」


真姫は再びうつむいて、にこと顔を合わせようとしない。
このとき、にこが『行くな』と言っていたら、きっと真姫は屋上へは行かなかっただろう。

でもにこは、真姫の煮え切らない態度にムカッとして、心とは裏腹なことを言ってしまう。



にこ「会いに行ってみればいいんじゃない?」

真姫「・・・っ」

383: 2015/03/23(月) 21:17:40.94 ID:wvvwFOfc.net
にこのつれない言葉に、スカートの裾をもギュッと握り締める真姫。

にこ「あんたって、可愛い系の女子に人気があるし、もし今回の子もそういう子だったら
   あんたとお似合いのカップルかもね」

花陽「にこちゃん・・・そんな言い方・・・」

にこ「この前のライブでも思ったけど、やっぱりあんたって、女の子人気が凄いわよね?
   いやー、流石の宇宙ナンバーワンアイドルでも、その点は負けちゃうかも」

真姫「・・・」



こんなことを言いたいわけじゃないのに! 
にこの心の奥が悲鳴を上げている。
けれども、不安な気持ちを覆い隠すためにはとにかく何かしゃべらなくては。
そんな焦りが、思っていることも、思っていないことも、とにかく言葉にしてしまう。



にこ「まあ、もし付き合うことになっても、μ’sの活動には支障がないようにほどほどにね?」

384: 2015/03/23(月) 21:18:53.23 ID:wvvwFOfc.net
その言葉に、ついに真姫がキレた。


真姫「・・・にこちゃんの馬鹿!無神経!」

にこ「な、なんですって!?」

真姫「黙って聞いてれば、私の気持ちを知りながら、よくもそんなことが言えるわね?」

にこ「うっ・・・そ、そうだけど・・・」

真姫「いいわよ、行ってやるわよ!」



花陽「え? 真姫ちゃん?」

真姫「ええ、そうよ。会ってみたら誰かさんよりもっともっと素敵な人かもしれないし、
   いずれにせよ、こんな気がきかない人より下ってことはないでしょうよ!」

にこ「下ぁ?ちょっとさすがに聞き捨てならないわよ!取り消しなさいよ!!」

真姫「うるさい!にこちゃんなんて大嫌い!!もう、二度と私に話しかけないで!!」

にこ「はっ!言われるまでもないわ!その2年生とせいぜい仲良くね!」




お互いにぷいっと顔を背ける2人。

そして真姫は、手紙とかばんをつかむと、玄関から走り出す。慌てて真姫を追う花陽。

凛「あ、待つにゃ!」

続けて走り出そうとした凛の肩を、とてつもない握力が襲う。

凛「ひぃい!」

肩をつかまれて、一歩も動けない凛。



にこ「・・・教えなさい」

凛「にゃにゃにゃー!」

にこ「・・・明日、あの子はいつどこで待ち合わせなの!?」

凛「にゃー!」

390: 2015/03/23(月) 23:13:11.65 ID:wvvwFOfc.net
希「んにゃ・・・」

ずいぶんぐっすりと眠っていたような気がする。
それに、内容は覚えていないけど、なんだかとても素敵な夢を見ていたような・・・。

眠りから目覚めた希は、起き上がろうとして、
妙に体の右側が重たいことに気がつく。
不思議に思って、顔を右腕の辺りに向けたところで、心の中で絶叫した。


希(は? なんでうちにエリチがおるん!!!しかも、寝てる! 寝顔エリチ!!!)


絵里「すーっ・・・」


どうやら絵里はぐっすり寝入っているようだ。

希(たぶん・・・お見舞いに来てくれて、寝てるうちの横にいたらいつの間にか自分も眠くなって、ってとこやろか)

希(・・・)

希(美人って、寝顔も美人なんやな・・・)


左腕を伸ばして、絵里の髪の毛を優しく撫でる。


希(ちょっとだけ・・・ちょっとだけやから・・・)


そうして幸せな時間を堪能しつつ、希の心の中に、昨日の出来事が蘇ってくる。


希(ごめん・・・無理やりあんなことして・・・きっと嫌われたよね・・・)

希(でも、それでもお見舞いに来てくれるなんて、やっぱりエリチは優しい人やね・・・)

希(・・・逆に言えば、うちとのキスなんて、エリチにとっては大して気にするようなことでもなかった、ってことやろか?)

希(うう・・・それは流石にへこむ・・・)

希(でも、それでもいいや・・・。エリチがまたお友達として接してくれるなら、もうそれでいい。
  昨日は偉そうなことを言っちゃったけど、
  エリチに嫌われるくらいなら、友達以上の関係なんて、もう諦めよう・・・)

希(よし! もしもエリチが許してくれるなら、うちももうあんな気持ちはすっぱり忘れる!
  これからはきれいさっぱり、エリチの一番の友達でいよう)



だから、今だけ、最後だから、と心の中でつぶやいて、
希は絵里の美しい髪を、優しく優しく、撫で続けるのだった。

391: 2015/03/23(月) 23:14:00.65 ID:wvvwFOfc.net
絵里「んっ、んん~」

トントンという軽快な音と部屋中にただよういい匂いに包まれて、絵里は目を覚ます。
目の前のベッドに希の姿はない。
代わりに、自分の肩に希のカーディガンがかけられているのに気づく。


絵里「やだ、あの後、いつの間にか眠っちゃったのね・・・」


絵里(あの後・・・)


唇の感触を思い出して、思わず赤面する絵里。


絵里(どうしよう、キスする前より、ドキドキがひどくなってるような・・・)


希「あ、エリチ。起きた~?」



キッチンから元気よく顔を覗かせる希。

絵里「!!」

恥ずかしさのあまり、とっさに顔をそらしてしまう絵里。
そして、そんな絵里の反応を別の意味に捉えて、少し悲しそうな顔をした後、
パッと気持ちを切り替えて、もう一度元気に声をかける希。


希「もうすっかり元気になったから、夕飯を作ってたんよ。
  もし良かったら、エリチも食べていく?」

絵里「あ、その・・・ううん、ごめん。うちでもう用意してくれてると思うし、今日は失礼するわ」

希「そっか・・・そうやね」



絵里(今、希と2人きりになったら・・・
   私が希に何を言って、何をするか、自分でもわからなくて怖いの・・・)

希(やっぱり、うちと2人きりなんて、今は気詰まりだよね・・・)

392: 2015/03/23(月) 23:14:58.48 ID:wvvwFOfc.net
希「あの・・・お見舞いに来てくれてありがとうね?」

絵里「ん?なによ、当たり前でしょう?」

希「う、うん・・・『友達』、だもんね?」

絵里「え、ええ。そ、そうよ。大事な、大切な、『友達』だもの・・・」

希「うん・・・」

絵里「・・・いや、だけどそれだけでもなくて」



と続けた絵里の言葉は、希の謝罪の言葉にかき消される。


希「あの、ごめんね!!」

絵里「え?何が?」

希「昨日、あんなことをして・・・」

絵里「あ・・・」


希が言っているのは昨日のこと。
しかし絵里の頭に浮かんだのは、先ほどの自分からの行為。

思わず赤面してうつむく絵里に、希は申し訳なさそうに話を続ける。


希「本当にごめん!もう二度とあんなことはしないから、だからこれからもエリチの友達でいさせてほしいの!」

絵里「あ、いや、そのことなんだけど・・・」

希「勝手なことを言ってるのはわかってるけど、やっぱりうちもエリチと離れたくないの!」

絵里「あ、その、希・・・」

希「・・・やっぱり、怒ってる?」


目を潤ませながら訴える希に、いつもはかしこいエリーチカができたのは
「そんなこと、あるわけないじゃない」と言って仲直りの指きりをすることだけだった・・・。

393: 2015/03/23(月) 23:20:57.23 ID:wvvwFOfc.net
その晩、真姫の部屋。


真姫「ううううぅぅぅうううっ!イライラするーっ!!」

にこの顔写真を抱き枕に貼り付けて、いつもの百倍以上の力をこめて枕をねじり上げる真姫。

真姫「いったい何なのよ、あの人は!!」

枕が、チョココロネのように曲がっている。



真姫(私がこの手紙をくれた人とどうなろうと、にこちゃんは気にもしないってわけね!)

真姫(そりゃ、私は振られたわけだから、当然の答えなんだろうけど、
   でも、言い方ってもんがあるでしょうよ!)

真姫(っていうか、なんで私がこんなに気持ちを振り回されなきゃならないのよ!)

真姫(・・・それに)


と、そこで抱き枕を解放し、もう何度目になるかわからないが、便箋を手に取り読み返す真姫。


真姫(誠実そうな文面・・・どんな人なんだろう・・・)

真姫(実際に会ってみて、もしも、万が一、私の心が揺れるようなことがあったら・・・)

真姫(私はそのとき、どうするんだろう・・・)


頭の中で、明日の昼休みに屋上へ行く自分を思い描いてみる。

扉を開けて、屋上に足を踏み出すと、フェンスのそばに立つ人影が一つ。
今はまだ後姿しか見えないが、髪が風に揺れている。
黒くて、長い髪で、その美しさに見とれていると、その人はこちらに振り返り・・・




真姫「って!!」

ぼふん、と枕に顔をうずめる真姫。

真姫「・・・なんで・・・そこで、にこちゃんの顔が出てくるのよ!」

394: 2015/03/23(月) 23:21:36.36 ID:wvvwFOfc.net
その夜、ベッドの上の希はすやすやと寝入っていた。


夢の中で、希と絵里は楽しそうにおしゃべりをしている。

どうやら今回の夢は、希が絵里に告白する前、という設定らしい。
希の話す冗談に、ふふっと優しく微笑む絵里。
希にとって、とても幸せな時間。


・・・そう、それ以上を望まなければ。



ベッドの上の希の目から、一筋、涙が零れ落ちた。

395: 2015/03/23(月) 23:22:16.57 ID:wvvwFOfc.net
その夜、絵里の部屋。



絵里「友達・・・」



暗闇の中、ベッドの上で天井をぼんやり眺めながらつぶやく絵里。

そう、それが絵里の出した答えだったはずだ。

・・・でも、なんだか今は、しっくりこない。



絵里「私って、『ちょろい』のかしら・・・」


散々勝手に希を振り回しておきながら、
キスされた途端に手のひらを返すかのように・・・

絵里は指を自分の唇に運び、ちょん、と触れてみる。


絵里「・・・全然・・・物足りない」



自分が今、誰の唇を触りたいのか、
絵里の心の中では、一人の女性の姿がくっきりと浮かび上がっていた。

396: 2015/03/23(月) 23:23:06.16 ID:wvvwFOfc.net
その夜、布団の中のにこ。


にこ(昼休みに屋上・・・昼休みに屋上・・・昼休みに・・・)


にこは心の中で、同じフレーズを呪文のように唱え続けていた。



と、脳裏に浮かび上がるのは、昨日のライブ後のこと。
ファンの子に囲まれて、嬉しそうに微笑んでいた真姫の姿・・・。

にこ(なによ、あんなにニコニコしちゃって!)

アイドルがファンに声をかけられて喜んでいただけ、という考えは、
今のにこの頭には、どうやら浮かばないようだ。


にこ(そうよ。あの子、意外と押しに弱いんだから、もし明日、強引に押されたら・・・)

にこ(・・・)

にこ(・・・押されたら・・・なんだっていうのよ・・・)

にこ(・・・)

にこ(よくわかんないけど、とにかくイライラすんのよ!)


布団を頭までかぶり、そしてぽつりとつぶやくにこ。




にこ「・・・私に『好き』とか言っておきながら、他の女に向かってニコニコしてんじゃないわよ・・・」




自分が何を言ったのか、にこが理解するまで、ゆうに20秒はかかっただろうか。


にこ「私ってば・・・なにを口走ってんのよ・・・」


胸の奥が熱い。
その胸の辺りをギュッと手で押さえて、にこは布団の中で丸くなり、
ただひたすらに朝の訪れを待ち続けた。

402: 2015/03/24(火) 23:45:13.10 ID:kzNHmfLk.net
希「エリチ、おはよっ!」


通学路で後ろから聞こえてくる元気な声。

絵里「あ、あら、おはよう、希」


希の声に笑顔で答える絵里。しかし、その表情はどこかぎこちない。


絵里(・・・うぅ、どうしよう。私、今、絶対顔が赤くなってる!
   なんでこうなっちゃうのよ・・・今までみたいに、希と仲良くしたいのにっ!)

希(・・・エリチ、やっぱり笑顔が不自然。
  でも、仕方ないか。こうなっちゃったのは、うちのせいだもんね・・・)

絵里(こ、こうなったら、強硬手段で!)



思考回路がショート寸前の絵里は、脈絡もなく、突然希の手を握ろうとする。
が、不発っ!

絵里の手はスルリとかわされてしまう。



絵里(えっ・・・? 今、避けられ・・・た?)

希(あ、あぶない、今、手が当たりそうになっちゃった・・・
  こんなことでエリチに変な風に思われたくないし、気をつけないとね・・・)



しばらくそのまま無言で歩き続ける2人。
やがて、希が笑顔で話しかける。


希「エリチ、今日は家庭科の授業でお菓子作りやね? 楽しみ~」

絵里「そ、そうね」

希「エリチとは違う班だけど、上手にできたら分けてあげるからね」

絵里「うん、ありがとう」



希(こ、このくらいなら、別に変じゃないよね?)

絵里(・・・やだ、どうしよう、凄く嬉しいかも・・・希のクッキー・・・ふふふっ・・・)

403: 2015/03/24(火) 23:46:06.12 ID:kzNHmfLk.net
真姫「はぁあ・・・」

もうすでに、時は4限目。

昨日の時点では「屋上に行ってやる」という強い反抗心が真姫の空元気を支えていた。
しかし今日の真姫には「行かなくちゃ・・・」という義務感しかない・・・。


真姫(ううっ・・・でもここで逃げ出したら、にこちゃんに・・・)


真姫の想像内のにこが勝ち誇った笑みを浮かべる。

にこ(あらあら、結局行かなかったの~ぉ?
   あれだけ強気なことを言っておきながら、結局最後は腰が引けちゃったんだぁ~?
   まあ、にこにーの可愛さには誰も勝てないし、にこにメロメロの真姫だったらなおさらよねぇ~
   あー、にこってば、罪作りな、お・ん・な!)



真姫(・・・くっ!)

握り締めたシャーペンがミシミシと音を立てる。

真姫(見てなさい・・・私は、逃げないんだから!)



時計の針は、刻一刻と進んでいく。

404: 2015/03/24(火) 23:47:06.68 ID:kzNHmfLk.net
教師「じゃあ切りがいいから、今日はここまでにしておくか。
   日直、号令」


4限終了のチャイムまではまだ少し時間があるが、絵里と希のクラスは早めの昼休みに突入する。
「ラッキー!」などとはしゃぎ合うクラスメイト。


希(よ、よし)

希は3限目につくったクッキーを手に、絵里の席へ向かう。

希「え、エリチ。よかったら、お昼一緒に食べへん?」

絵里「え、ええ。いいわよ」

希「どこで食べよっか?」



絵里(今度こそ、『今の私の正直な気持ち』を希に伝えるのよ!
   気合を入れなさい、エリーチカ!!)



絵里「お、屋上に行かない?」

希「え?」

絵里「あなたに、その・・・伝えたいことがあるの」

希「・・・」

絵里「その、教室では、・・・えと・・・言いにくいことだから」

希「・・・うん」

405: 2015/03/24(火) 23:47:45.09 ID:kzNHmfLk.net
4限目の終了を告げるチャイムが鳴る。


にこ(よし、これで屋上に行ける!
   ・・・何をどうするかは、まだモヤモヤしてるけど、とにかく行かなきゃ・・・)

教師「矢澤さん~」

にこ(もしその2年生が嫌な奴で、真姫が嫌がってたら、あたしが颯爽と登場してあの子を助けてあげるんだから!)

教師「矢澤さん?」

にこ(・・・いや、でも・・・ちょっと待って?
   もしもその2年生が嫌な奴じゃなかったら? それで、真姫もまんざらじゃなかったら・・・
   そのときは、どうすんの・・・?
   ・・・いったい、どうしたいんだろう、私は・・・)

教師「矢澤さん!」

にこ「は、はいっ!」

教師「お昼休みに悪いけど、今日、日直よね?
   次の授業で使うプリントを職員室まで取りに来てちょうだい」

にこ「え? いや、私、ちょっと今、とても大変なことになってて・・・」

教師「はい、お願いね」(スタスタ)

にこ「あ、先生!ちょっと、先生ってば!!」

406: 2015/03/24(火) 23:48:55.92 ID:kzNHmfLk.net
希「やっぱり気持ちいいね、お天気の日の屋上は」

絵里「ええ」

希「そういえば、前もここでエリチにクッキーをあげたよね?」

絵里「ええ、そうだったわね。とてもおいしかったわ」

希「・・・うん」

絵里「希?」


希(でも・・・その後、うちは振られたんやった・・・勝手に一人で舞い上がってて・・・格好悪い私・・・
  エリチは、うちに伝えたいことがあるって言ってたけど、
  ・・・まあ、普通に考えたら、『やっぱり仲直りは無理』とか、そんなところやろうか・・・
  うう・・・聞きたくないっ・・・)


絵里「希・・・お昼を食べる前に、あなたに伝えたいことがあるの・・・」

希「うぅ・・っ」


覚悟はしていたつもりだった。
しかし、いざその瞬間になると、嫌々と首を横に振ってしまう希。


絵里「希?」

希「いやや、聞きたくない・・・」

絵里「え?どうして・・・」

希「どうしても!」

絵里「お願い、聞いて!大事なことなの!」



と、そこで、屋上の扉の開く音が。
2人は慌てて、扉の右手後ろの壁際に隠れる。
扉口からは氏角になっているところだ。


絵里(だ、だれ?)
希(見えなかったけど・・・)


足音から、誰かが屋上のフェンスへと歩いていくのがわかった。

407: 2015/03/24(火) 23:50:10.93 ID:kzNHmfLk.net
真姫「はぁ・・・」


今日何度目のため息だろう。

屋上の扉の前で、ドアノブに手をかけながら、真姫はまた、ため息をついた。

正直、気は進まない。
けれども、このままなかったことにはできない。

にこに対する反抗の気持ちもあったが、やはり、この間告白したばかりの女の子として、
同じように勇気を振り絞った相手の気持ちを無下には出来ない。そんな気持ちもあった。

だが、それでも気は重い・・・


真姫(とにかく、会ってみないことには始まらないわよね・・・)

意を決して、扉を開き、屋上に足を踏み入れる真姫。


一瞬、外の眩しさで目がくらむが、次第に明るさに慣れてきて、フェンスのあたりに佇む人影を認める。


真姫(うぅ・・・緊張してきた)


今はまだ、後姿。
黒くて長い髪が風に揺れている。


真姫(え?嘘?・・・ほんとに、にこちゃ・・・)


振り向いた女性は、もちろん別人だった。
にこのような可愛らしい雰囲気ではなく、2年生にしては大人びた女性。
しかも思わずハッとするほどの美人だ。
その美人の表情が、真姫の姿を認めるや、パァッと輝く。


美人先輩「本当に来てくれたのね!・・・嬉しい!」


μ’sの2年生であえて分類するならば、海未タイプだろうか。
清楚な、黒髪の美人。

真姫(・・・なにが、『真姫は可愛い系に人気』よ。全然違うじゃない!)

うん、穂乃果タイプではないかな、と勝手に失礼なことを考えて心の中で笑ってしまう真姫。
それにもちろん、あの人ともタイプが違うみたい、と付け加える。


美人先輩「あ、あの・・・突然ごめんなさい。 その・・・この前のμ’sのライブを見て、感動して、
     どうしてもこの気持ちを伝えたくなっちゃって・・・」

真姫「えと・・・その・・・」

美人先輩「あ、自己紹介もまだだったわね。手紙には書いてたけど、私は2年の・・・」

408: 2015/03/24(火) 23:51:14.58 ID:kzNHmfLk.net
絵里「これって・・・」

希「告白の・・・現場?」



自分たちから相手が見えない代わりに、相手からも見られないギリギリの壁際まで近づき、
なんとか会話を聞き取ろうとする3年生2人。

始めは「こんなこと、いけないわ!」と小声で言い合っていたのだが、
もれ聞こえてくる声から、どうやら2人のうちの1人が真姫らしいとわかってからは、
なんとか状況を読み取ろうと必氏だった。




が、当然、2人が壁際に近づけば近づくほど、2人の距離は縮まることになる。

絵里が少ししゃがむような姿勢。そしてその後ろから、絵里に覆いかぶさるようにしているのが希。

いつの間にか希は、無意識のうちに両手を絵里の肩に乗せてからだを支えていた。



希(うち、なんでサラッとエリチの肩に手を置いてるん!?
  どれだけ欲望に忠実なんよ!?)


顔を真っ赤にした希の耳に、もはや屋上にいるもう1組のやり取りは届いていない。


希(離れなくちゃ・・・またエリチに嫌われちゃう・・・)

希(・・・でも)

希(・・・わがままが許されるなら、もう少しこのままでいたいよ・・・)


いまや、希の全神経は、絵里の肩に置かれた自身の両手に向けられていた。

409: 2015/03/24(火) 23:52:34.14 ID:kzNHmfLk.net
絵里(私の肩に、希の手が・・・)


じわりと熱を帯びた希の両手。


さっきから、目の前の会話はもう、絵里の頭に入ってこない。

どうしても意識してしまうのは、希の温かくて柔らかい手。



絵里(もう二度と、この手を、離したくない・・・)



心の中で、改めて、自分の気持ちの輪郭をしっかりと形にする絵里。

すると、絵里の右手が自然と動き、絵里の左肩に置かれた希の左手に触れる。


一瞬、ビクッと震えて、引っ込みそうになる希の手。

しかし絵里がかまわずに強く握り締めると、
おずおずと、もう一度絵里の肩をつかみなおす。




絵里は後ろを振り返らない。
だから希の表情は見えない。


でも絵里は、2人の心が通じ合うのを、
互いの手の温かさを通して、確かに感じ取っていた。

430: 2015/03/28(土) 02:24:00.84 ID:e1c4FvgS.net
美人先輩「正直始めは、うちの学園にスクールアイドルができたって聞いて、
     『もうすぐ廃校になるのに、いまさら何やってんだか』なんて冷めた気持ちで見ていたの。
     でも、西木野さんたちのステージを初めて生で見て、とっても素敵なライブに驚いて・・・。
     それからは、夢中になってμ’sのステージを追いかけてた」


まっすぐに真姫の目を見ながら話す、一つ年上の先輩。

真姫(なんだろう・・・容姿とか声とかは全然違うけど・・・雰囲気が、少し、あの人に似ている気がする・・・)


美人先輩「学校が存続するとか、そんなことは関係無しに、ただ応援したいから応援してた。
     でも、いつの間にか私たちが応援して、周りの注目が高まるうちに、廃校の話が白紙になって・・・
     そして、学園の存続が決まってから気づいたの。
     私、いつの間にかこの学園のことが大好きになってたんだな、って」


一気に喋って、息をつく先輩。


美人先輩「でもね、もう一つ、気づいたことがあって・・・。
     私、μ’sのみんなを応援してるつもりなのに、
     気がつくと、いつも決まって、一人の女の子を目で追ってしまっていたの」

真姫「・・・」

美人先輩「1年生なのにとても大人っぽくて、女優さんみたいに綺麗で、歌が上手で、
     いつもキラキラ輝いてる、とっても素敵な人・・・」

真姫「・・・」

美人先輩「私ね、1年生の階を無駄にブラブラ歩いたり、あなたと同じクラスの後輩に用も無いのに会いにいったりしてたんだよ・・・
     でも、もちろん、あなたは私のことを気づくわけもなく・・・」

真姫「・・・」

美人先輩「あの・・・私・・・せっかく学園が続くことになったのに、凄く悔しいんだけど、
     お父さんの仕事の都合で、来月から別の高校へ行くことになったの・・・」

真姫「え?」

美人先輩「あなたに、私の気持ちなんて伝える気なんてなかった。ずっと胸の奥に閉まっておくつもりだった・・・
     でも、もうこれからあなたと会えなくなるんだって思ったら、
     ・・・どうしても、私の気持ちを伝えたくなっちゃって・・・」

真姫「あ・・・」

美人先輩「ごめんなさい・・・勝手なことばかり言って・・・
     でも、最後に言わせてください。

     私、西木野真姫さんのことが大好きです!」

431: 2015/03/28(土) 02:25:07.60 ID:e1c4FvgS.net
どう返事をしたらいいのか、少しの間、迷う真姫。

そんな真姫のあたふたした様子を見て、
一瞬悲しげに顔を曇らせた後、なんとか微笑む美人の先輩。


美人先輩「ふふっ、ごめんなさい。
     私、西木野さんにそんな顔をしてほしかったわけじゃないんだけど、
     そうだよね、困っちゃうよね・・・」

真姫「あ、いや、その・・・」

美人先輩「いいんだ。わかってたから・・・
     最後に、一度、どうしても私の気持ちを伝えたかっただけだから。
     むしろ、私のわがままにつき合わせちゃってごめんね?」

真姫「そんなこと・・・」




しばしの沈黙を経て、先輩が言葉を続ける。


美人先輩「・・・でも、西木野さんは私の気持ちに対して
     『気持ち悪い』とか、『意味が解らない』とか、そういう反応じゃないんだね?」

真姫「え?」

美人先輩「だって、正直『女が女を好きとか意味わかんない』とか、そういうことを言われるかもって、少し思ってたから」

真姫「あ・・・」



またしてもしばしの沈黙。


と、先輩が苦笑しながら話し始める。

美人先輩「・・・なんてね。
     私、ずっと西木野さんのこととを見てたから、
     あなたがいつも誰のことを見ていたか、なんてわかってるつもりだけど」

真姫「!」

美人先輩「ふふっ、今のビックリした顔、可愛い」

真姫「や、やだっ!」


と、ようやく少し笑顔を見せる真姫。
その笑顔をみて、つられて微笑む美人先輩。

432: 2015/03/28(土) 02:26:31.86 ID:e1c4FvgS.net
真っ直ぐで優しくて、素敵な人かも・・・

年上の先輩に対して、真姫の心に浮かび上がった温かい気持ち。



・・・でも。




それでも、真姫の心の中からは、あの人の笑顔が消え去ってくれない。



どんなにつれなく想いを断られても、酷いことを言われても、思わせぶりな態度を取られても、
積み重ねてきた想いは、そう簡単に無かったことにはできないようだ。
それなら、どんなに残酷でも、私がこの素敵な女性に対して告げる答えは決まっている・・・


真姫(私も、この先輩のように、あの時、必氏に想いを告げたんだな・・・)


相手の好意を拒絶することの苦しさを、小さな胸に痛いほどに感じながら、
真姫は一度、大きく深呼吸をした。

433: 2015/03/28(土) 02:27:11.40 ID:e1c4FvgS.net
真姫「・・・ねえ、先輩?」

美人先輩「ん?」

真姫「あの、その・・・やっぱり私、先輩の想いには応えられそうにありません」

美人先輩「・・・うん」

真姫「でも、・・・凄く嬉しかった」

美人先輩「・・・」

真姫「本当に、凄く、物凄く嬉しかったです」

美人先輩「・・・」

真姫「・・・握手、してくれますか?」

美人先輩「え?」

真姫「・・・別の高校に行っても、頑張ってください、って意味で」

美人先輩「・・・それって、少し残酷かも・・・」

真姫「残酷でも構いません。私、今、先輩と握手がしたいです」



キリッと真顔で告げる真姫。

その真っ直ぐな表情を見て、美人先輩は一瞬下を向いて目元をぬぐい、
そして、もう一度、笑顔で真姫を見つめ、最後に右手を差し出した。



美人先輩「・・・ねえ。私、やっぱりあなたのことを好きでよかった」

真姫「えと・・・ありがとう、ございます」

美人先輩「あなたが、あなたの想ってる人とどうなるかはわからないけど、
     あなたの幸せを願っています」

真姫「・・・先輩も・・・お元気で」

美人先輩「うん、ありがとう・・・」

434: 2015/03/28(土) 02:30:47.01 ID:e1c4FvgS.net
気丈に笑顔のまま真姫に手を振ってから、階下への扉を開けて屋内へと戻る美人先輩。

後ろ手で扉を閉めてからすぐに、こらえていた涙があふれそうになるが、
扉のすぐそばに人影があることに気づいて、なんとか堪えた。そして、その人影に向かって声をかける。


美人先輩「・・・お聞きの通りです。・・・矢澤先輩」


暗がりから姿を現したのは美人先輩の言葉通り、矢澤にこだった。


にこ「・・・」

美人先輩「はじめまして」

にこ「・・・」


無言のまま、屋上へ行こうとするにこ。 と、美人先輩が扉の前に立ちふさがる。


にこ「・・・なんのつもり?」

美人先輩「・・・矢澤先輩にはここを通ってほしくないです」


一瞬、両者の視線がぶつかり、バチリと火花が飛ぶ。


にこ「あんたに何の権利があるのよ?」

美人先輩「・・・権利なんてありません。でも、西木野さんに幸せになってほしいという思いは、あります」

にこ「それと、私が通行規制されるのと、何の関係があるわけ?」

美人先輩「西木野さんのことがただ心配だっていうだけなら、先輩にはここを通ってほしくないです。
    でも・・・もしも先輩が西木野さんのことを、その・・・少しでも特別に想っているなら、私は素直にここを退きます」


自分でも無茶苦茶なことを口走っていると思いつつも、美人先輩は一歩も後に引く気はなさそうだ。
しかし、そんな美人先輩の問いかけに対して、にこは意外なほどに落ち着いて答える。


にこ「正直、その辺の気持ちが、自分でもよくわかんないのよね・・・
   でも、少なくとも、あんたにも、他のどの子にも、
   あの子を取られたくないって気持ちはハッキリしてるつもりよ」

そう断言してから、美人先輩の脇を通ってドアノブに手をかけ、
そして扉を開けて屋上へと、しっかりとした足取りで歩いていくにこ。


やがて、ギィイと音を立てて、再び扉が閉まった。


美人先輩「・・・なによ。とっくに私の入り込む余地なんて無いじゃない・・・」


自分の悔しさを思って泣けばいいのか、真姫の幸せを思って笑えばいいのか、美人先輩にはよくわからない。
けれど、それからしばらくの間、屋上へと至る階段には、女の子のすすり泣く声が静かに鳴り響いていた。

445: 2015/03/29(日) 09:55:16.80 ID:cYdfPfAf.net
屋上への扉を開けて歩き出したにこ。歩いて10数歩先に、扉側に背中を向ける真姫の姿があった。

にこ(よし、とにかくあの子に、今の私の気持ちを伝えて
   それから・・・えーと、その後は・・・よ、よくわかんないけど、とにかく行動あるのみよ!)

と、にこは、真姫が髪の毛の先を激しくくるりんくるりんしていることに、ふと気づく。

にこ(あれは・・・あの子が退屈しているときか、もしくは照れているときによくやる癖・・・
   退屈ってことはないだろうし・・・
   となると、告白されて・・・まんざらでもなくて照れてるってこと?)

心の中で少しだけ腹を立てるにこ。
でもブンブンと首を振ってから、真姫のもとへ近づこうとして・・・






にこ(・・・あれ? ちょっと待って?)

KKN(かしこいかわいいにこにこにー)は突然、大変なことに気がついた。


にこ(私が扉の向こう側にいたとき、屋上の会話が全部聞こえてきたのよね?)

にこ(・・・ってことは、逆もまたしかり・・・ってこと?)



真姫まであと数歩、というところでぴたりと足が止まるにこ。

そんなにこの方へ、くるりと振り返った真姫は、顔を真っ赤にしている。


真姫「に、にこちゃん・・・今さっき言ってたことって・・・あの・・・その・・・どういうこと?」


にこの顔が一瞬で真っ赤になる。

にこ「あ・・・あ・・・も、もしかして、全部聞こえて・・・」



こくりと小さくうなづく真姫。



にこが今ここにいるのは、もちろん真姫に想いを告げるつもりだったからだ。

けれども、予期しない出来事に非常に弱い矢澤先輩は、いまや完全にパニック状態である・・・。

にこ「ううっ・・・」

うめき声を上げたまま、回れ右をして、そのまま猛ダッシュで階下へ逃げようとして・・・


真姫「だめっ!」

にこが走り出すよりも、真姫がにこの手をつかむ方が速かった。

446: 2015/03/29(日) 09:55:52.72 ID:cYdfPfAf.net
真姫「肝心なところで逃げ出さないでよ!卑怯者!」

にこ「な、なんですって!」

にこの性質を知り尽くす真姫の煽りにひっかかって、もう一度真姫の方へ体を向けるにこ。


真姫「さっき、先輩に向かって言ってたこと、もう1度ちゃんと聞かせて!」


にこ「いや・・・その・・・えっと・・・」

真姫「・・・」

にこ「・・・わかんないの」

真姫「え?」

にこ「正直、今でも自分の気持ちがよくわかんないのよ」

真姫「・・・」

にこ「あたしは女の子で、あんたも女の子で・・・だからそんなあんたに好きって言われてもどうしていいかわかんなくて・・・
   でも、そのはずなのに、あんたが他の女の子と仲良くしてるのを見ると、なんだか無性に心がざわつくの・・・」

真姫「・・・」

にこ「・・・」

真姫「私もよくわかんない」

にこ「ん?」

真姫「私だって、女の子が大好きってわけじゃなくて・・・
   えと・・・その・・・こんな風に感じたのは、にこちゃんが初めてなの・・・」

にこ「う・・・」

真姫「他の子だとドキドキしないのに、
   にこちゃんの笑顔を見たり、にこちゃんに触れたりすると、ドキドキが止まらないの・・・」

にこ「あ、あんた、恥ずかしいこと言ってんじゃないわよ・・・」

真姫「だって、本当のことだもの・・・」


しばしの間、顔を真っ赤にしながら下を向いてもじもじする2人。

447: 2015/03/29(日) 09:57:26.17 ID:cYdfPfAf.net
真姫「ねえ・・・にこちゃんは私じゃドキドキしない?」

にこ「はぁ?」

真姫「答えて。ドキドキしたことはない?」


一瞬、頭から布団をかぶって悶々としてきたこれまでの日々が、にこの脳裏をよぎる。
しかし、負けず嫌いのにこは、首をぶんぶんと振ってそれらの思い出を振り払い、強がりを言ってみせる。


にこ「・・・ま、まあ、あるかないか、って言われたら、特にはない、わね」(ふふんっ)

真姫「・・・そうなんだ」



途端に肩を落としてしょぼんと落ち込む真姫。

にこ(うっ、しまった。ついいつものクセで・・・)

今にも泣き出してしまいそうな真姫。
そんな真姫の姿に、にこは胸が苦しくなって・・・



にこ「で、でも!」

真姫「?」

にこ「これからは、わからないわね」

真姫「どういうこと?」

にこ「い、今までは、全然、これっぽっちも、まったく、あんたにドキドキなんかしてこなかったけど。
   ほ、本当よ? 本当なんだからね?
   だけど、これからはあんたの行動に、もしかしたらドキドキしたりすることがあるかもしれないわね」

真姫「・・・私の行動で?」

にこ「ま、まあ、そんなこと、あるわけないけどさ!」

真姫「・・・じゃあ、これはドキドキするかな?」

にこ「え?」



にこが反応するよりも早く、にこのすぐ目の前まで歩を進めて、少しだけかがむと、
にこの唇の少しだけ隣に、真姫は軽く唇をつける。

448: 2015/03/29(日) 09:58:30.02 ID:cYdfPfAf.net
にこ「・・・あ。あああああ、あんた、なにしてくれてんのよ・・・」

真姫「・・・いつかのお返し」

にこ「うぅ・・・」

真姫「どう?・・・ドキドキした?」



上目遣いに聞いてくる真姫。
大胆な行動に出ておきながら、自分でも大それたことをしたと自覚しているのか、
顔は真っ赤で、額にはじわりと汗もかいている。


にこ(なによ・・・年下のくせに強がっちゃってさ)


心の中で少しだけ口を尖らせるにこ。
けれども、今の口付けは、以前のライブのときとはまるで印象が違う。
にこは心の奥がぽかぽかと温かくなっている自分に気がつく。


にこ(たしかに、少しドキドキしたかも・・・でも、なんだろう・・・
   それ以上に、なんだか、私、・・・凄く嬉しい)



しばし沈黙のにこ。

そんなにこの様子に、不安そうな表情を浮かべる真姫。


真姫「・・・あの、にこちゃん、もしかして、怒ってる?」


おずおずと尋ねる真姫。


にこ(いつもの自信たっぷりな真姫も素敵だけど、なんだか、こういう真姫も可愛いわね・・・)

真姫「にこちゃん?」

にこ(なんだか、少しいじめたくなっちゃうかも)

真姫「・・・な、なにか言ってよ」

にこ「・・・んない」

真姫「え?」

にこ「よく、わかんなかった」

真姫「うっ・・・」

449: 2015/03/29(日) 09:59:33.99 ID:cYdfPfAf.net
じわりと涙を浮かべて、肩を振るわせる真姫。
にこは慌てて、言葉を続ける。


にこ「ああ、違う違う。
   今のじゃ、よくわかんなかったって、言ったの」

真姫「え?どういうこと?」

にこ「今の、唇の隣でしょ? それじゃよくわかんないって言ってんの」

真姫「・・・?」

にこ「・・・だから、えと、その・・・ちゃんと唇同士が触れ合ったら、
   もしかしたら、・・・もしかしたらよ? もっとドキドキするかも?みたいな?」

真姫「・・・は?」

にこ「もう、あんたってば、推しが強いのか弱いのか、よくわかんない子ね!」

真姫「・・・えーと」

にこ「だから、こうしたらもっとドキドキするかも、って言ってんのよ!」



今度はにこから、真姫のすぐそばに近寄り、少しだけ背伸びをして、
真姫の顔に唇を近づけて、そして2人は目をつぶって・・・






???「エリチ!それ以上前に行ったらあかんって!!」

???「あっ、ちょっと、押さないでっ!」


完全に雰囲気ぶち壊しの声が2つ、屋上に響き渡った・・・

459: 2015/03/29(日) 23:17:46.43 ID:cYdfPfAf.net
希「このたびは」

絵里「本当に」

のぞえり「すみませんでした!」



部室に戻り、正座して謝罪する3年生2人。
その目の前には、矢澤にこと言う名の鬼が仁王立ち。
そして、部屋の隅で体育座りをしてどんより落ち込んでいるのは真姫である。


にこ「ほんと、ふざけんじゃないわよっ!」

真姫「・・・もうやだ。3年生全員嫌い・・・」

にこ「・・・ちょっと、なんでサラッと私まで入ってんのよ!」

希「・・・こうしたら、もっとドキドキするかも(にこの真似)」

絵里「ぶふっ!」

にこ「くっ、あんたたち~!」

希「まあまあ。でも仲直りできたみたいでよかったやん?」

にこ「ま、まあね」

絵里「・・・仲直り、っていうか、あれは・・・」

にこ「わー!何言っちゃってるわけ?意味わかんないんだけど!!
   そ、それより、あんたたちこそ、あんなとこで何をこそこそしてたのよ?」

希「え?」

絵里「いや、それは・・・その・・・」

希「・・・」(顔真っ赤)

にこ「・・・ふ~ん。そっちも『仲直り』できたみたいじゃない?」



言葉の調子は厳しいものの、でもどこか和やかな雰囲気が漂っているのは、
お互い、相手との気持ちが一歩近づいたからだろうか。


真姫「・・・ねえ。ところで」

にこ「ん?」

真姫「お昼休み終了まであと3分で、しかも私、お昼食べてないんだけど・・・」

3人「あ・・・」

460: 2015/03/29(日) 23:18:46.50 ID:cYdfPfAf.net
海未「はい、では今日も柔軟から始めましょうか」


放課後、屋上でいつものように練習が始まる。


凛「かよち~ん、体操するにゃ~」
花陽「うん」
ことり「穂乃果ちゃん、一緒にやろう?」
穂乃果「うん、いいよ!」



希と絵里は、互いにチラッと視線を交わす。

と、恥ずかしいのか、思わずうつむいてしまう希。

そんな希の態度に心の中で苦笑しつつ、でも絵里はもう迷わない。



絵里「希。一緒にやりましょう?」

希「・・・うん」


絵里が希の手を取ると、
ぽぉ~っとしたまま絵里をみつめてしまう希。


絵里「もう!しっかりしなさい。
   練習時間はきちんと練習しないと怒るわよ?」

希「あ、うん、ごめんなさい」


慌てて謝る希。そして、そんな希の耳元に顔を寄せて、絵里は囁く。



絵里「放課後、一緒に帰りましょう?
   ・・・それまでは、いつも通りちゃんと練習。いいわね?」


希は顔を真っ赤にしつつ、こくりとうなずいた。

462: 2015/03/29(日) 23:19:49.02 ID:cYdfPfAf.net
にこ「私たちも体操しましょう?」

真姫「・・・う、うん」

にこ「ちょっと・・・そんなに動揺しないでよ。私まで慌てちゃうじゃない」

真姫「ううっ・・・そんなこと言われたって・・・」



真姫(昼休み、ここで私はにこちゃんと、もう少しで・・・)


昼休みの出来事を思い出して、思わず顔を赤らめる真姫。

仕方ないわね~という表情でにこは真姫の手を取り、背中合わせになってぐぐ~っと真姫を持ち上げる。


真姫(うぅ~、なんか、いつも以上にドキドキする)


と、そこで真姫は、なんだか背中が妙に汗ばんでいることに気づく。


真姫(私、緊張しすぎでしょ!・・・もう、何なのよ~)


しかし、少し冷静になってみると、汗ばむ理由はそれだけではなく・・・


真姫(にこちゃんの背中が、いつもより熱いような・・・)


にこ「・・・なんでずっと無言なのよ。何か言いなさいよ!」

真姫「・・・にこちゃん?」

にこ「ん?」

真姫「・・・もしかして、今、緊張してる?」

にこ「は?・・・な、なに、ばかなこと言ってくれちゃってるわけ?
   そ、そ、そんなこと、全然、ないんだから!」


にこの慌てたような声に思わず笑ってしまう真姫。

真姫(そっか・・・私だけじゃないんだね)

にこ「ちょっと!背中越しでもわかるわよ!今、少し笑ったでしょ?
   私は全然、緊張とか、ドキドキとか、してないんだからね!」

真姫「はいはい」

にこ「こら!信じてないでしょ!」


いつものように、賑やかで明るい練習風景が、屋上に戻ってきたのだった。

463: 2015/03/29(日) 23:20:48.57 ID:cYdfPfAf.net
希「どうぞ、召し上がれ」

絵里「ハラショー! おいしそうね!いただきます」


昼食を食べそびれ、練習前に軽くお菓子を口にしただけの2人は、もうお腹がぺこぺこだ。
学校からの帰り道でそんな話をしているうちに、
いつの間にか話が進んで、希は絵里に夕食をふるまうことになっていた。
そして今、2人は希の家にいて、テーブルの前には豚のしょうが焼きとご飯とお味噌汁がホカホカと湯気を立てている。

希「なんか、その・・・パパッとすぐに作れるもので、と思ったんで、
  あんまり凝ってなくてごめんね?」

絵里「なに言ってるのよ?押しかけたのはこっちなんだから気にしないで?
   っていうか、とってもおいしいわよ」

希「そっか、よかった!」


しばし、食事を進めながら談笑する2人。

そして、食事を終えて一息ついたところで、絵里が話題を変える。




絵里「にこと真姫のこと。・・・よかったわね」

希「・・・うん」

絵里「なんだかとても素敵なところで邪魔しちゃったけど、
   でも、あの2人ならもう心配はいらなそう」

希「うん、そうやね」

464: 2015/03/29(日) 23:22:18.20 ID:cYdfPfAf.net
しかし、そこで、ふと不安になる希。

希(・・・でも、うちらはどうなるんやろう?
  何かはっきりと言葉をもらったわけでもないし、にこちゃんみたいにキス・・・未遂があったわけでもないし。
  ちょっと手を強く握られただけで、結局うちの勘違いやったら・・・)


そんな希の不安を感じ取った絵里は、両手を伸ばして希の手をギュッと握る。

希「エリチ!?」

絵里「もう、そんな顔をしないで?
   えと・・・その・・・あらためて言わせてちょうだい。
   まず、以前の私の返事は撤回させて」

希「え?」

絵里「あなたのことをただの『友達』だって言ったこと」

希「それって・・・」

絵里「うん、やっぱりただの友達じゃ、私も嫌みたい」

希「・・・」


絵里は、そこで大きく息を吸って、吐いて、
もう一度吸って、・・・そして言葉を続けた。



絵里「希・・・好きです。もう、私から離れないで?」



希の目から、涙が零れ落ちる。

その涙を止めたくて、絵里は椅子を立って希のそばに近づくと、希の頭をギュッと自分のお腹に押し当てた。


絵里「希・・・今まで振り回してばかりでごめん。
   これから、いっぱいいっぱい、償うから、・・・だから、許して?」

希「・・・さない」


絵里のお腹辺りからくぐもって聞こえる希の声。

絵里「え?」

希「許さない」

絵里「・・・希」

希「でも、優しく頭を撫でてくれたら・・・許すかも」

絵里「はいはい、お姫様、おおせのままに」

よしよしと希の頭を撫でる絵里。
希は少し泣きながら、笑顔でされるがままになっていた。

465: 2015/03/29(日) 23:22:52.52 ID:cYdfPfAf.net
絵里「落ち着いた?」

希「・・・うん」

絵里「・・・これからは、ちゃんとするから。だから、何かあったらすぐ私に言ってね?
   隠し事は無しよ?」

希「うん・・・あっ!」



と、そこでビクっと体を震わせる希。


絵里「?・・・どうかした?」

希「隠し事・・・1つあった」

絵里「え?」

希「うち・・・この前、エリチがお見舞いに来てくれたとき、
  寝ているエリチの髪を勝手になでなでしてました・・・ごめんなさい・・・」

絵里「はぁ」

希「あれ?反応薄い?」

絵里「ええ。隠し事なんていうから、もっと凄いことかと思って身構えてたもので・・・」

希「ええ~、そう?うちにとっては大事件なんやけどなあ・・・」

絵里「っていうか、それなら私は・・・えと・・・その・・・」

希「なに?隠し事は無しやで!」

絵里「・・・キスしました」

希「は?」

絵里「寝ている希にキスしちゃった・・・」

466: 2015/03/29(日) 23:23:24.42 ID:cYdfPfAf.net
希「はぁあああああああ??」

絵里「ちょっと、希!声!声大きいから!!」

希「全然意味がわかんないんやけど!?」

絵里「えっと・・・あの・・・寝ている希が可愛すぎて、つい・・・」

希「ぎゃああああああ」


顔を真っ赤にして悶絶する希。
あまりのナイスリアクションにあたふたする絵里。
しかし、しばらくして、正気を取り戻した希さんのターン。


希「・・・ずるい」

絵里「え?」

希「エリチばっかりずるい」

絵里「はあ」

希「エリチ、うちのベッドに横になって!」

絵里「え?」

希「いいから、言われたままにしなさい!」

絵里「う、うん」


とりあえず、命じられたままに希のベッドにお邪魔して、横になる絵里。


希「はい、じゃあ、そのまま、手は胸の上で組んで・・・はい、そう。
  そしたら目を閉じてください」

絵里「はいはい」


言われたままに目を閉じる絵里。
そして「これからどうするの?」と聞こうとして、
次の瞬間、絵里は希に唇を奪われていた。

467: 2015/03/29(日) 23:24:27.06 ID:cYdfPfAf.net
絵里「・・・」

希「・・・」

絵里「・・・」

希「・・・」

絵里「・・・しょうが味」

希「うわーん!うちもちょっと思ってたけど!!
  なんでこんな日に、よりによってしょうが焼きなんてつくったんや!うちのあほー!」



思わず笑ってしまう2人。
しかし、いつの間にかターンが切り替わっていることに、希はまだ気づいていなかった。


絵里「もう、希ったら・・・
   ところで、希?」

希「ん?なに?」

絵里「私、さっきのご飯、少し足りなかったみたい」

希「え?ごめん!何か追加でつくろっか?」

絵里「ううん」

希「え、でも・・・」

絵里「ご飯はもういいわ。・・・でも、そうね。
   しょうが味のお代わりが欲しいかも」

希「え?」


希のベッドからフワリと起き上がり、そのまま希に口付ける絵里。


絵里「・・・このしょうが味、クセになりそう」

希「・・・エリチのばか」


2人は、もう一度顔を見合わせて、そして微笑んだ。 👀

481: 2015/04/02(木) 00:21:07.96 ID:Pq7ZI6/V.net
時は少し遡る。




練習を終えて次々と帰途につく他のメンバーたち。


海未「では、私たちもこれで」

ことり「先に帰るね」

穂乃果「2人とも、また明日!」


そして、部室に残ったのは2人だけ。
その2人は、だいたい同じようなことを考えて悶々としていた。




にこ(さて、あのキス未遂は・・・)

真姫(結局、無かったことになったのかしら?・・・)

にこ(とはいえ、今更やり直しっていうのも、変な話よね?・・・)

真姫(こっちから催促するのも・・・なんだか・・・ね)



特に問題はないのに、練習用シューズの紐をほどいて、閉めなおしてを繰り返すにこ。

もうすでに完全に覚えているのに、既存曲の歌詞を何度もおさらいする真姫。


時間だけが、ゆっくりと過ぎていく。

482: 2015/04/02(木) 00:21:35.88 ID:Pq7ZI6/V.net
海未「あの2人を残してきて良かったのでしょうか・・・」

歩きながら、心配そうに話す海未。
ことりも同じく不安そうだ。

ことり「・・・うん。もしも、これ以上こじれて仲が悪くなっちゃったら・・・」


そんな2人を、リーダーが笑い飛ばす。


穂乃果「もう、2人とも心配性だなあ。にこちゃんと真姫ちゃんなら、大丈夫だよ」

海未「で、でも!」

ことり「そうだよ!なんでそう言えるの?」

穂乃果「だって・・・」


ふふっ、と微笑む穂乃果。


穂乃果「2人からあふれ出てた『大好きオーラ』、見えなかった?」

海未「え?」

穂乃果「とにかく、大丈夫。心配いらないよ」

ことり「穂乃果ちゃんがそう言うなら・・・大丈夫なのかな」

海未「・・・ええ、そうなんでしょね」


ズンズンと前へ歩いていく穂乃果。
顔を見合わせてから、そんな穂乃果を追いかける2人。


空は夕暮れ。どこからか、烏の鳴き声が聞こえている。

483: 2015/04/02(木) 00:23:12.55 ID:Pq7ZI6/V.net
にこ「・・・そろそろ、帰ろっか?」


さすがに間が持たなくなって、真姫に声をかけるにこ。
真姫もこくりとうなづく。


にこ(まあ・・・別に今日、無理やり何かしなくても、明日も、明後日もあるわけだし・・・)


部室の鍵をかけて、夕焼け色に染まった廊下を歩く2人。

外からは運動部の掛け声が聞こえてきて、離れの棟からは合唱部のハーモニーももれ聞こえてくる。


にこ(みんな、この時間は、まだ頑張ってるのね)


にこや真姫も普段ならまだ練習をしているような時間だが、
ライブの直後ということで、今日は早めの解散だった。
だから、いつもの帰り道とは違って、他の部活の音や声がとても新鮮に聞こえてくる。

高校の放課後ならではの、胸を軽く締め付けられるような独特の空気感・・・


ふと、にこは、自分があとどれだけこの空気の中にいられるのか、ということを考える。

にこ(卒業まではまだ時間があるけど・・・でも受験がせまって来たら、練習に参加することは少なくなるだろうし、
   こんなに遅くまで学校に残ることもなくなるのかな?
   だとしたら・・・この音や声や空気を感じられるのも・・・あとわずかってこと?)


そして、にこはもう1つ、大事なことに思い至る。


にこ(・・・そっか。私が真姫と一緒にいられる時間も、あとわずかなんだ・・・)


父親の仕事の都合で学園を離れるという2年生の女の子のことを、自分には関係ない話だと思って聞いていたけれど、
なんのことはない、自分だって、あと少しでこの学園とはお別れなのだ。
そう考えると、にこは「今」という時間の大切さに改めて気づかされる。


そして、突然歩みを止めるにこ。真姫も驚いて一緒に足を止める。


真姫「どうしたの?」

にこ「・・・ねえ、音楽室に寄っていかない?」

484: 2015/04/02(木) 00:24:32.76 ID:Pq7ZI6/V.net
吹奏楽部は今日はお休みだったのだろうか。
誰もいない音楽室に足を踏み入れる、にこと真姫の2人。


にこ「・・・真姫、何か弾いてよ?」

真姫「はあ? 意味ワカンナイ。なにがしたいの?」

にこ「・・・私もわかんない」

真姫「ふふっ、なによ、それ」


そう言いながら、ピアノの前に座ると、鍵盤の蓋を開ける真姫。


真姫「μ’sの曲がいい?」

にこ「それもいいけど・・・例えば、仰げば尊し、とか?」

真姫「何で?」

にこ「なんとなく・・・」

真姫「いやよ、そんなの」


ズバッと切り捨てる真姫。


真姫「突然、何の感傷にひたってるのか知らないけど、
   今も、それににこちゃんが卒業するときも、そんな泣きそうになる曲を弾くなんて、嫌だからね、私は」

にこ「そっか。たしかに私には似合わないかもね。
   ・・・じゃあ、どんな曲を贈ってくれるのよ?」


何も言わずに、鍵盤に優しく指を這わせる真姫。
流れてきたのは、にこも何度も聴いてきたあの曲のイントロ・・・。


にこ「愛してる、ばんざい・・・」

真姫「・・・そうよ、いつも前を向いてるにこちゃんに、ぴったりじゃない」


音楽室に流れる優しいメロディ。
そして、女の子たちの精一杯の歌声。


観客が1人もいない、2人だけの演奏会は、真姫が演奏につまづくまで続いた。

485: 2015/04/02(木) 00:25:59.15 ID:Pq7ZI6/V.net
にこ「ちょっと、あんたらしくもない。そんなとこでピアノを間違えるんじゃないわよ」

そう笑いながら声をかけたにこは、
真姫がいつの間にか泣いていることに、今更ながら気づく。


にこ「え? どうしたの?」

真姫「・・・」

にこ「何?・・・もう、何か言ってくれなきゃわからないじゃない」

真姫「だって・・・」

にこ「ん?」

真姫「あと何ヶ月かしたら、にこちゃんが卒業しちゃうんだって思ったら、私・・・」

にこ「真姫・・・」

真姫「にこちゃんは、3年間も高校生活を過ごしてきて、心の準備ができてるのかもしれないけど・・・、
   私は、ついこの間高校生になったと思ったら、スクールアイドルの毎日が始まって、
   それで、もう少しでにこちゃんたちが卒業しちゃうなんて・・・
   展開が速すぎて、全然頭が追いつかないのよ・・・」

にこ「・・・ばーか」

真姫「え?」


スッと立ち上がって、ピアノの前に座る真姫を優しく抱きしめるにこ。


真姫「にこちゃん!?」

にこ「そんなの、私だって全然準備できてないわよ・・・」

真姫「・・・そ、そうなの?」

にこ「そうよ。あんただって、あと2年したらわかるわ」

真姫「・・・そんな先のこと、想像もつかないわよ」

にこ「はあ・・・私もそう思っていたんだけどねえ・・・」

真姫「ふふっ、なによそれ。おばあちゃんっぽい」

にこ「うるさいわね!」


コツンとおでことおでこをぶつけて、ふふっと笑い合う2人。

と、自然と2人の顔は、お互いの呼吸の音が聞こえる距離まで近づき、
そして真姫は目を閉じて・・・



にこ「・・・甘い!」

にこの手刀で、ペシッとおでこを叩かれていた。

486: 2015/04/02(木) 00:27:09.28 ID:Pq7ZI6/V.net
え?という表情の真姫に、にこが言い放つ。


にこ「何を勘違いしてくれてるのか知らないけど、前も言ったでしょう?
   『私は、あんたにドキドキしたことなんかない』って」

真姫「むっ・・・」



真姫のむくれ顔を見て、ふふっと笑うにこ。


にこ「そうそう、あんたはそういう顔の方が似合ってるわ」

真姫「どういう意味よ、それ!」



と、そこで急に真顔になって、真姫に語りかけるにこ。



にこ「ねえ、『あと』数ヶ月って言ってるけどさ」

真姫「うん?」

にこ「『まだ』数ヶ月もあるのよ?」

真姫「あ・・・」

にこ「だから・・・」

真姫「だから?」



にこ「残りの時間で、精一杯頑張って、私をドキドキさせてみせなさいよ?」

真姫「え?」

にこ「そうしたら・・・もしかしたら、私も心変わりするかも、ね?」


そう言って、にこは真姫に向かって、満面の笑みで、お決まりのにこにこにーポーズを決める。

487: 2015/04/02(木) 00:32:41.69 ID:Pq7ZI6/V.net
真姫(くやしいけど・・・やっぱり可愛いなあ・・・)

にこのまっすぐな瞳に見惚れる真姫。


でも、そこはやはり、気高く凛々しい西木野真姫だ。
すぐに気を取り直して、にこに向かって宣戦を布告する。


真姫「ふんっ、今言ったこと、後悔しないようにね!」

にこ「ん?」

真姫「今に見てなさい、にこちゃんの方から『キスさせてください』って言わせてみせるんだから!」

にこ「へえ、やれるものならやってみなさいよ。受けてたつわ!」



さっきまでのしんみりした空気はどこへ行ってしまったのか、
ぎゃあぎゃあといつものように軽口を叩き合う2人。



しかし、にこは、心の奥で確信していた。

たぶん数ヶ月のうちに、自分は目の前の女の子の魅力に陥落するんだろうな・・・と。


いや、本当は数ヶ月もいらないんだろう・・・。
だって、すでに、矢澤にこの本心は、もう・・・。



にこ(でも、今は認めない)

にこ(だって、そんなの、真姫に完敗したみたいでなんだか悔しいじゃない)

にこ(だから、今はまだ、認めてなんかあげないんだから!)



と、そんなにこの手を真姫がギュっとつかむ。

真姫「ほ、ほら!これでどうよ?」

にこ「・・・」

真姫「うぅ・・・私が、ドキドキしてきた・・・」

にこ「はぁ・・・先が思いやられるわね。
   まあ、とりあえず、今日のところは一緒に帰りましょうか?」


そう言って、真姫の温かさを手のひらに心地よく感じながら歩き出すにこ。
その手が汗ばんでいるのは、真姫の体温のせいだけではないことに、そろそろ気づいても良さそうな頃なのだが・・・


ともかく、2人はそのまま手を離すことなく、家路についたのだった。

488: 2015/04/02(木) 00:34:35.55 ID:Pq7ZI6/V.net
あれから数週間が経ったある日の放課後・・・



にこ「はあぁぁぁぁ・・・」



矢澤にこは憂鬱である。

そしてその原因は・・・もちろん西木野真姫であった。




今までは、主導権は常ににこのものだった。

始めに相手を好きになったのは真姫だったし、
告白したのも真姫、
振ったのはにこで、
諦め切れなかったのは真姫・・・。


だから常ににこが優位に立っていた。
そう、あの日までは・・・。


しかし、『自分を誘惑してみせて』と挑発されてからの真姫は、それまでの真姫とはまるで違っていた。

いや、むしろ、それまでの真姫が本来の真姫ではなかったのだろう。

にこに対しての負い目や躊躇がなくなって、自信に満ち溢れた真姫は、
とても魅力的で輝いていて・・・

489: 2015/04/02(木) 00:36:29.85 ID:Pq7ZI6/V.net
真姫「にーこーちゃん」


3年生の教室に響き渡る、鈴の鳴るような可憐な声。

真姫のファンなら歓喜に身を震わせるのだろうが、にこはビクリと怯えたようにからだを揺らす。

以前だったら何事もなく接していたはずなのに、今、にこはうまく真姫と目を合わせることができない。


真姫「にこちゃんってば、無視しないで、ちゃんと返事しなさいよ!」


そう言って、周囲のクラスメイトに軽く挨拶をしながら、にこの席までやってくる真姫。

にこ「な、なにしに来たのよ?」

真姫「なにしにって、・・・いつもみたいに、一緒に練習に行きましょう、って誘いに来ただけじゃない?」

にこ「あ、うん、そっか・・・」

真姫「ふふっ、変なにこちゃん」


そう言って微笑む真姫。その笑顔がとても眩しくて・・・


にこ(真姫の笑顔って、こんなに可愛かったっけ・・・)

にこ(って、私ってば・・・)

にこ(・・・いつの間にか、完全に陥落してんじゃないのよ!!)

にこ(うぅっ・・・あんだけ偉そうに真姫を挑発しておいて・・・
   今更この子に、私の気持ちをどう伝えればいいのよ・・・)


矢澤にこの憂鬱は、真姫のあと一押しで、
きっともうすぐ解消されるのだろう。

だがしかし、少なくとも今はまだ、矢澤にこは憂鬱なのだ。


                             おしまい

490: 2015/04/02(木) 00:38:41.23 ID:8dq2eZJK.net
うひゃあああ終わっちゃったああああ
一番楽しみにしてたSSがああああ


491: 2015/04/02(木) 00:44:29.40 ID:2zrs6SX2.net
おつ!でも本音をいうといつまでも続いてほしかった
ここをのぞくのが楽しみだったのに、これからさみしくなるなあ

510: 2015/04/11(土) 20:55:01.72 ID:AbPTO0J1.net
渡り廊下の向こう側から歩いてきた金髪の美少女と紫髪のおっとり美人が、
握り合っていた手をさりげなく離す。

にこは、それをチラリと視界の隅に認めながら、見なかった振りをしつつ、廊下の反対側から歩き続ける。

そして軽く手を振ってすれ違う、にこと2人組。



渡り廊下から校舎へ入り、ふと、にこが後ろを振り返ると、
同じように向こうの校舎に入り、これから階段を昇ろうとする2人の後ろ姿が見えた。
その2人の手は、当然のように、また重なり合っていて・・・



にこは一瞬、自分が同じように、誰かと手を握り合っていたら、と夢想する。



『誰か?』

『誰か、なんて、とっくにわかっているくせに』


そんな心の声をぶんぶんと振り払って、にこは再び前を向いて歩き出す。


にこ(そうよ・・・別に、全然、これっぽっちも、うらやましくなんてないんだからねっ!)

511: 2015/04/11(土) 20:55:41.71 ID:AbPTO0J1.net
真姫「にこちゃん、練習に行きましょう?」


今日も変わらず、にこの教室へやってくる真姫。


にこ「あ・・・うん」


真姫の笑顔に、胸がドキドキと脈打つのだが、、
その弾む気持ちを相手に伝えるほどの勇気が出ないにこは、
なんとも中途半端な返事をしつつ、カバンを手にとって真姫について教室を出て行く。


当たり障りのない会話を交わしながら歩いていく2人。

そして、そんな2人を隣の教室の入り口から見つめる2人組。



希「なあ、エリチ。あの2人、どう思う?」

絵里「・・・もどかしいわよね」

希「うん」

絵里「仕方がない・・・ここは私たちが一肌脱ぎましょうか」

希「そうやね」

513: 2015/04/11(土) 20:56:38.60 ID:AbPTO0J1.net
絵里「にこ、今度の日曜日、私たちと一緒に遊びに行かない?」

にこ「は?」


次の日の昼休み、突然にこの教室にやってきた絵里と希。
そして絵里は、お天気の話の後に、唐突に話題を切り替えてきた。

絵里「μ’sの3年生で一緒に行動することって、あまりなかったじゃない?
   だから、卒業する前に一緒に思い出をつくれたらなぁ、って」



「そんなのもいいかもね」と口にしかけて、昨日の渡り廊下での光景がにこの脳裏をよぎる。
握り合った手と手。優しく微笑む絵里。はにかんでうつむき加減の希。



にこ「・・・お断りよ」

希「え? なんで?」

にこ「あんたたちの惚気た姿を見せ付けられて1日を過ごすなんて、耐えられそうに無いわ。
   2人でどこへなりと行ってくればいいじゃない?」

希「え~。うちら、そんな風に見えてるん?
  照れるなあ、エリチ~」

絵里「ふふっ、にこは誰かさんに素直になれないから、
   仲睦まじい私たちに妬いているのよ」

にこ「うん、そういうのにずっと突っ込まなきゃいけないのが嫌」



一瞬、目と目が合い、互いの心情を探ろうとする絵里とにこ。

と、絵里は「はい降参」と言うかのように両手を挙げ、ふぅ~とため息をつく。



絵里「わかったわ。無理強いはしない。じゃあ、私と希、あと真姫の3人で出かけることにしましょうか」

514: 2015/04/11(土) 20:57:27.12 ID:AbPTO0J1.net
「はいはい、いってらっしゃい」と言いかけて、「ん?」と頭にハテナマークを浮かべるにこ。




にこ「・・・なんでそこに真姫が入ってるのよ?」

絵里「あれ? 言ってなかったかしら? 真姫も一緒に行くことになってるんだけど」

にこ「3年生で一緒にって、言ってたじゃない!」

絵里「3年生だけ、とは一言も言ってないけど?」

にこ「ぐぬっ・・・」

絵里「残念だけど仕方がないわね。真姫には私から伝えておくわ。
  にこは『私たちや真姫とは一緒に出かけたくないって言ってた』って」

にこ「ちょっと、そんなこと言ってないでしょ!」

絵里「ん? それは『真姫と一緒なら行ってもいい』ってこと?」

にこ「あ・・いや・・・その」

絵里「・・・」

にこ「べつに、そういう・・・わけでも・・・ないけど(ごにょごにょ)」

絵里「聞こえないわ。やっぱり行きたくないのね」

にこ「わあああ、違う!! 行く、行きます!」

絵里「・・・なんだか気持ちがこもってないわ。本当に行きたいの?」

にこ「行きたい・・・です! 行かせてください!」

絵里「ふふっ、はい、よろしい」



希(ああ、賢いエリチは最高に素敵やな・・・)

515: 2015/04/11(土) 20:58:26.24 ID:AbPTO0J1.net
そして土曜夜の矢澤家。
鏡の前で、下着姿に色々な服をあてがって、
あーでもない、こーでもないと格闘中のにこ。


にこ「この花柄フリフリのワンピースなら、にこの魅力が最大限に発揮されるわよね。
   ・・・で、でも、ちょっと子供っぽ過ぎるかしら? それに季節はずれ?
   だけど、あまり地味だと目を惹かないかもだし・・・」



『誰の目を惹かないの?』



心の声がまたしても容赦ない質問を浴びせかけてくる。

・・・そんなの、決まってるじゃない。

私より年下のくせに、私より大人っぽいあの子・・・

だから、あの子に馬鹿にされるような服装はしたくないの・・・


と、そこまで自答して、顔を真っ赤にするにこ。



にこ(ばっかじゃないの! ばっかじゃないの!!)
 
にこ(うぅ~!!)

にこ(だいたい、ちょっとみんなで出かけるだけじゃないの!
    なんで遊びに行く服装を選ぶだけで、こんなにグダグダ悩んでんのよ!)

516: 2015/04/11(土) 20:59:50.01 ID:AbPTO0J1.net
そんなにこを、ふすまの隙間から見守る影が一つ。

こころ(いつだって何事も即断即決のお姉さまがあんなに頭を悩ませるなんて・・・
    明日はなにかとんでもないことがあるのかしら?
    きっと、スクールアイドルとしての大変なお仕事があるに違いないわ・・・)


こころの熱い視線に気づくことなく、
迷走するにこは、今度は入学式のスーツなどを取り出し始めた。


こころ(お姉さま。こころはいつだってお姉さまの味方です!
    今度はどんな難題に挑戦なさっているのかわかりませんが、
    頑張ってスクールアイドルのミッションを遂行してくださいっ!)



でも・・・。姉のことを知り尽くしたこころには、1つだけ不安なことがあった。


こころ(お姉さま、あまりお体が強くないのに、この寒さの中、
    こんなに長時間、下着姿でいて大丈夫かしら?・・・)

517: 2015/04/11(土) 21:02:56.21 ID:AbPTO0J1.net
一夜明けて、日曜日がやってきた。

結局にこは、もこもこの白ニットにチェックのスカートを選び、
コートを羽織って待ち合わせ場所の駅へと向かう。


時刻は、集合時間の15分前。
少し早かったかな、と思いながら歩いていくと、
駅前に赤髪の女の子が立っているのが遠くから見えた。


にこ(なんか、あの子、目立つわね・・・)


真姫が特別に目立つ服装をしているわけではない。
爽やかな色合いのトレンチコートを羽織ってただ立っているだけだ。
なのに、にこは、その少女から目が離せない。


にこ(存在感が他とは違うのかしら?さすがはμ’sのメンバーね)

にこ(・・・)

にこ(あ、今の若いサラリーマン、思い切り真姫のことを見てたわね。やっぱりわかってるわ)

にこ(今脇を通って行った男子高校生3人組もめちゃくちゃ気にしてたわね。やっぱりあの子、モテるのかしら?)

にこ(・・・って、あれ?)

にこ(若い男性がチラチラ見てるだけで、私が意識してるほどには、みんなが見てるわけじゃ・・ない?)

にこ(っていうか・・・)


他の人に比べて、自分が真姫を目で追いすぎているのかもしれない、
そんな事実に気づいて顔を真っ赤にするにこ。


にこ(うぅ~・・・なんでこんなに、あの子のことが気になるのよ~)


それでも歩みを止めずに、真姫のもとへと歩いていくにこ。
やがて、そんなにこの姿を目に留める真姫。


真姫の顔が一瞬、パッと明るくなり、
そして次の瞬間、そんな気持ちの変化を押し隠すかのように、顔をそむけて、髪の毛をクルクルし始める。


にこ(・・・)

にこ(・・・うううう、そんな仕草も、かわい・・・いや、なんていうか、その・・・好感を持てる、わね)

518: 2015/04/11(土) 21:03:52.14 ID:AbPTO0J1.net
にこ「お、おはよう」

真姫「おはよう・・・」


なんだかぎこちなく挨拶を交わす2人。
そして、挨拶の後、いきなり訪れる沈黙。

にこ(・・・何でこんなに緊張してるのよ!いつもみたいに、普通に話せばいいじゃない!)


心ではそう思うのだが、何を話していいのか、途方にくれてしまうにこ。
どうやら真姫も同じようで、いつもの自信たっぷりな様子はどこへやら、先ほどからもじもじしている。


にこ(っていうか、絵里と希はどうしたのよ? そろそろ来てもいい頃じゃ・・・)


と思った矢先、にこの携帯がぶぅ~んと震える。
メールの着信だ。

どれどれ、と携帯画面を見ると、メールは絵里からで・・・。





文面『にこ、ごめんなさい。
   私と希は、今日は遠慮しておきます。
   2人で楽しんできてね!』

525: 2015/04/12(日) 23:06:36.39 ID:j8oqQRvS.net
にこ「は?」

思わず携帯を二度見、三度見してしまうにこ。


隣を見ると、同じメールが真姫にも届いていたようで、
まったく同じような反応で、口をあんぐり開けながら携帯を見ている。 


にこ「えっと・・・そっちも絵里から?」

真姫「う、うん・・・」

にこ「・・・」

真姫「・・・」

にこ「・・・どうしよっか?」

真姫「・・・」


にこは、「今日はこれで解散する?」と言いかけて、その言葉をゴクリと飲み込む。
代わりに、少しだけ勇気を振り絞った。


にこ「・・・も、もしよければ、だけど・・・
   あの・・・その・・・2人でどっかに遊びに行く?」


勇気の報酬は、真姫のあふれんばかりの眩しい笑顔。
にこは、思わず自分も笑顔になってしまうのだった。

526: 2015/04/12(日) 23:08:10.23 ID:j8oqQRvS.net
とはいえ、どこへ行けばいいのか。
今日のプランは絵里任せだったので、にこにはすぐに代案が思いつかない。

むむむ、と考え込むにこを見かねて、真姫が口をはさむ。


真姫「あ、あの・・・」

にこ「うん?」

真姫「ちょうど新しい靴が欲しかったの。もしよかったら、買い物に付き合ってくれない?」

にこ「あ、うん。いいわよ。お店は決めてるの?」

真姫「うん、いつもよく行くお店があるから」

にこ「じゃあ、任せるわ」


行動の指針ができてほっと胸をなでおろしたにこは、
心にゆとりができたのか、気さくに真姫に話しかける。

いつものような気軽さを取り戻し、仲良くおしゃべりしながらしばし歩き続ける2人。


にこ(よかった・・・いつもみたいに、普通に話せてる。)


おしゃべりを続けながら、心の中で安堵するにこ。
そうよ、さっきの気まずさは、たまたまで、
気にすることなんて何もないんだから!


が、そんな思いとは裏腹に、心の奥に湧き上がる意地悪な声。


『せっかく2人きりなのに、【いつもみたい】なままで終わっていいの?』


にこ(・・・)

にこ(・・・)

にこ(・・・それじゃ・・・嫌かも)

528: 2015/04/12(日) 23:09:46.22 ID:j8oqQRvS.net
真姫が行きつけというお店は、百貨店の中にある意外と庶民派のお店だった。
勝手に高級店をイメージしていたにこは、ふぅ、と胸をなでおろして店内に足を踏み入れる。
いつもなら店員が寄ってきてあれこれと話しかけてくるのだろうが、
今日は休日ということもあってか、なかなかの盛況ぶりで店員もてんやわんやの状態だ。


にこ(まあ、おかげで自分たちで好きに選べていいけど)

ということで、あーだこーだと言いながら靴を選ぶ2人。


にこ「どんなのが欲しいのよ?」

真姫「とりあえず、今日履いてるブーツ以外、かな」

にこ「漠然としてるわね~」

真姫「にこちゃん、これはどう思う?」

にこ「うん、いいんじゃない。あんたに似合いそう」

真姫「そ、そっかな」

にこ「あ、それより、これは?これは?」

真姫「ちょっと!そんなの、どんな服と合わせて履けばいいのよ!」

にこ「あはははっ」



そして、にこは1足の靴に目を留める。
真姫のイメージカラーの赤色のハイヒール。


にこ「これ、真姫に似合うかも」

真姫「え?」

にこ「うん、きっと似合うわよ」

真姫「そ、そう?」

にこ「うんうん」

真姫「・・・サイズもぴったりみたいだし、試しに履いてみようかしら?」


と、動揺したのか、体勢を崩してふらふらと転びそうになってしまう真姫。


にこ「もう、危なっかしいわね。私が手伝ってあげるから、そこに座りなさい」


真姫を笑ってたしなめながら、にこは赤い靴を手に取ると、
ほとんど無意識のうちに、妹たちにしてあげる要領で、スッと真姫の足元にしゃがみこむ。

529: 2015/04/12(日) 23:10:50.83 ID:j8oqQRvS.net
にこ(あれ? つい、こころやここあにやってあげる感じでしゃがみこんじゃったけど、
   ・・・これ、相当おかしいわよね?)

女子高生の足元にしゃがみこみ、ブーツのファスナーに手をかけている女子高生・・・。


うん、これははたから見たらありえない絵だ。


にこ(えーと、とりあえず、笑ってごまかしてすぐに立ち上がろう!)


そう思って顔を上に向けると、にこの目に映ったのは、顔を真っ赤にしつつも、ジッとにこを見つめる真姫の姿。


にこ(・・・)

にこ(・・・可愛い)


にこが笑顔でごまかして立ち上がったら、この可愛らしい表情は消えてしまうのだろうか?

そう思うと、予定していた次の行動になかなか移ることが出来ない。

互いに見つめ合ったまま、5秒ほどフリーズしてしまう2人。
沈黙を破ったのは、真姫だった。

530: 2015/04/12(日) 23:13:21.20 ID:j8oqQRvS.net
真姫「・・・は、はやくしてよ。手伝ってくれるんでしょ?」

にこ「・・・あ・・・うん」


真姫の言葉に急かされて、そのままブーツのファスナーをじじじと下ろすにこ。


にこ(・・・なんか、これ・・・かなり恥ずかしいんですけど!!)


真姫に負けず劣らず、にこは耳まで真っ赤にしながら手を動かし続ける。

真姫のふくらはぎを軽く握りながら、ブーツを抜き取るにこ。



にこ(あああああ・・・私ってば、手にめちゃくちゃ汗をかいてるんですけど!!)

にこ(・・・)

にこ(でも・・・)

にこ(・・・この子の体温をこうして感じているのって・・・嫌いじゃないのよね)



そして、赤いハイヒールを手にして、今度は真姫のかかと辺りをつかみ、ゆっくりと靴を履かせていく。
真姫の足にぴったりとおさまり、キラキラと輝く赤い靴。



にこ「お、お姫様、お加減は・・・その・・・いかがでしょうか?」


ちょっとだけおどけながら、従者に扮したにこは、王族の真姫様にご機嫌をうかがう。


真姫「・・・うん。悪くないわ。・・・悪くない」



騒々しいはずの店内のざわめきも、今の2人の耳には届かない。

お姫様と従者とは、互いの瞳を、静かに見つめ合うのだった。

544: 2015/04/15(水) 23:02:21.64 ID:oFGPg7aE.net
にこ「っていうか、ありえないし!」

真姫「・・・うん、私もかなり恥ずかしかった」


ハンバーガーショップに入り、先ほどの反省会を行う2人。


にこ「自分でも意味がわからないわ・・・なんで、あんなことしたのかしら・・・」

真姫「ほんと、意味ワカンナイ・・・」


そう言いながら、ストローでコーラをずずずっと吸う真姫の隣には、綺麗な紙袋が置かれている。


にこ「ほんとに買っちゃったのね」


その中身は、もちろん、さっきの赤いハイヒール。
自分ですすめておきながら、後で価格を確認してドキドキしていたにこは、
真姫が即決でニコニコ現金払いをしたのを見て、少し気後れしていた。


真姫「うん・・・まあ、靴は欲しかったし」

にこ「そう」

真姫「それに・・・にこちゃんが・・・似合うって言ってくれたから(ボソボソ)」

にこ「うん?」

真姫「・・・ううん、大事に履くね」

にこ「別に、私がプレゼントしたわけじゃないけど」

真姫「うん、そうだけど・・・でも大事に使いたい」


そう言って、にこに向かって微笑む真姫。
その笑顔に照れてしまい、にこは思わず顔をそむけてしまう。


にこ「・・・そう、まあ、勝手にすれば」

真姫「うん。勝手に大事にする」


靴の入った紙袋をぴたりと自分のそばに置いて、
自分が目を離した隙に消えやしないかと疑うように、チラチラと視線をやる真姫。


にこ(いや。べつに、誰も盗らないわよ・・・)


そう心の中で突っ込みながらも、何度も何度も紙袋の方を見やる真姫が
なんだか落ち着きのない小動物に見えてくる。


にこ(ふふっ、いつもは落ち着いて大人ぶってるくせに、こんな可愛いところもあるのね)

545: 2015/04/15(水) 23:03:52.98 ID:oFGPg7aE.net
感じたことを素直に言葉にできればいいのだろうが、
あいにく矢澤にこの辞書にそんな手法は載っていない。
それどころか、真姫の可愛らしい一面を垣間見て、にこのいたずら心に火がついてしまう。


にこ「でも、赤いハイヒールだなんて、童話の『赤い靴』みたいじゃない?」

真姫「え?」

にこ「赤い靴が欲しくなった女の子は、おばあさんの言いつけを守らなかったから
   踊りが止まらなくなって、最後は足を切り落とす羽目に陥るのよ。
   やだ~、にこ怖い~」


両肩に両手をまわしてぶるぶると震える真似をするにこ。
しかし相手はその挑発には乗らなかった。


真姫「ふふっ、いいじゃない。踊りが止まらなくなるなんて」

にこ「ん? なんで?」

真姫「だって、私たちはスクールアイドルなのよ?
   そんな私たちが踊りを止めてどうするのよ?」

にこ「あ・・・」

真姫「それにね、赤い靴のお話は、たしかに『年長者の言うことは守りましょう』って教訓もあるだろうけど、
   私は、それだけじゃないと思うんだ」

にこ「うん?」

真姫「きっと女の子は、どんなに酷い目にあっても、心の奥では後悔なんてしてないわよ?」

にこ「どうして?」

真姫「だって、踊りたいって思ったときに踊れたんだもの。
   自分がどうしてもやりたいと思ったことを、思ったとおりにできるって、
   それって、とても素敵なことだと思わない?」

546: 2015/04/15(水) 23:05:53.29 ID:oFGPg7aE.net
突然、にこは、穂乃果たちにスクールアイドルに誘われる以前のことを思い出す。

かつての仲間たちとの諍い、スクールアイドルの活動停止、アライズや他のアイドルたちがきらきらと輝いて見えたあの頃・・・



踊りたい。歌いたい。
その気持ちは誰よりも強かった。
なのに、自分ひとりでは何もできなかった。
あろうことか、その鬱屈した思いが、他者への批判や非難となって表れてしまった。


あのときの悔しさと後悔が胸の奥によみがえってきて、ズキズキとにこの心を苦しめる。



にこ(あれ? あの頃のことなんて、もうなんとも思ってないはずなのに、
   真姫の何気ない一言で、なんで私、こんなにネガティブになってるんだろう・・・)


息を吸って、息を吐いて、なんだかその行為すら、今のにこには辛くて難しい。
だんだんと目の前が暗くなってきて、胸が苦しくなってきて・・・



と、額に冷や汗を浮かべるにこに向かって、真姫のまっすぐな言葉がするりと素直に届いた。



真姫「ねえ、にこちゃん。私たち、今、とっても幸せだよね。
   だって、歌いたくて踊りたくて、
   そしてみんなでスクールアイドルができてるんだもんね」


それまで曇っていたにこの視界が、パッと一瞬で明るくなる。胸の痛みも嘘のようになくなっている。


ああ、と驚いて、にこは改めて目の前の女の子の顔を見つめる。

にこ(どうしてこの子はこんなに眩しいんだろう?)

にこ(そう。前も感じたことだけど、西木野真姫は『格好いい』んだわ)

にこ(私がどうしようもなく後ろ向きになったときでも、この子はいつも前を向いてぶれないのね・・・)

にこ(そんなところが・・・)



矢澤にこの辞書に「素直になる」という言葉は載っていない。
でも、「うっかり」とか「油断して」とか「ついつい」とか、その辺の言葉は完全に網羅しているのだ。



にこ「・・・あんたの、そんなところが、好きよ」



つい、うっかり、油断して、
にこは心に浮かんだ素直な思いを口にしていた。

557: 2015/04/18(土) 23:44:47.74 ID:RqESXy2d.net
真姫「え?にこちゃん、今、なんて・・・」」

にこ「あ、いや・・・その・・・」


真姫の驚いた顔を見て、一瞬、腰が引けてしまうにこ。
でも・・・


にこ(しっかりしなさい、私!
   今まで散々この子の想いに応えることを保留してきたんだから、
   今こそ、きちんと、私の気持ちを伝えるのよ!
   私が真姫をどう思っているのかを!)


そして、大きく息を吸って・・・


にこ「真姫! 聞いて。私は、あなたのことが・・・」

真姫「ちょ・・・ちょっと待って!!」


気合を入れたにこの出鼻をくじく、真姫の声。

にこ「え?」

真姫「あの・・・今すぐ、詳しく聞きたいんだけど、
   でも、タイミングと場所ってものが・・・」

にこ「ん?」



場所はハンバーガーショップ。
当然周りにはたくさんの人がいて・・・

にこが左右を見渡すと、右隣のカップルの男性と目が合ってしまう。
男性は慌てて、何事もなかったかのように手にしていたハンバーガーにかぶりつくが、
聞き耳をたてているのは明らかだ。


にこ(・・・)


にこ「で・・・出よっか・・・」

真姫「う、うん・・・」


荷物をつかみ、逃げるようにその場を立ち去る2人。


にこ(うぅ・・・あの男の人の視線が痛い・・・)


ちなみに、この男性は後日、美少女同士の百合世界に目覚めてしまい、
彼女に「好きな女性はいないのか?」とわけのわからない質問をして
それがきっかけで別れることになってしまうのだが、それはまた別のお話である(エンデ風)。

558: 2015/04/18(土) 23:46:16.35 ID:RqESXy2d.net
お店を出たにこと真姫は、しばし無言で歩き続ける。


にこ(・・・)

にこ(絶対、「早くちゃんと言え!」って思ってるわよね・・・)


にこがチラリと隣を見ると、
そこには、うつむいたまま歩き続ける真姫の姿。


にこ(うぅ・・・でも、タイミングを逃すと、もう一度そういう流れに持っていくのがつらい・・・)

にこ(歩きながらさっきの話題を繰り返すのは無粋すぎるし、
   とにかく、まずは2人きりになれるところに移動しなきゃ・・・)

にこ(漫画喫茶・・・は静かだけど雰囲気があまりよろしくないし、静かなカフェは?)

にこ(いやいや、やっぱり周りにお客さんがいるし・・・)


と、いつの間にか大通りから外れて路地裏に入っていた2人の前に
怪しげなネオンがまたたく「HOTEL」の文字が・・・



にこ(・・・)

にこ(これって・・・恋人同士が入る・・・そういうホテルよね・・・)

にこ(いやいやいやいや!!)

にこ(高校生でそんなところに入るなんて!)

にこ(じゃなくて、それは飛躍しすぎでしょ!!)

にこ(・・・)

にこ(・・・でも)

にこ(入ったら、どうなるんだろ・・・)

559: 2015/04/18(土) 23:47:04.92 ID:RqESXy2d.net
ふと、真姫と一緒にそういうホテルに入った自分を想像してみるにこ。



<以下はフィクションであり実在の人物・団体・世界線とは一切関係ありません>



にこ「真姫、こっちへいらっしゃい?」


ベッドに横たわるにこと、バスタオルをからだに巻いたままオドオドと立ちすくむ真姫。

真姫は「う、うん・・・」と返事をしながらも、なかなか歩き出そうとしない。

ついににこは焦れて、ベッドから立ち上がると、真姫の手をとって、そのままベッドへ押し倒した。



真姫「きゃっ」

にこ「知ってるでしょう?私はせっかちなの。あまり待たせないでよね」

真姫「うん・・・」

にこ「ほら、そのバスタオルが邪魔よ。早く取りなさい」

真姫「で、でも・・・」

にこ「もう、いちいちうるさいわね・・・そんな唇は、こうよ」


そう言って、真姫の唇に、にこの唇が重なる。
やがてにこの唇は、真姫の唇から首筋へ、さらに胸元へと、次第に降りていって・・・




<妄想終了>



にこ「うん、全然違うわ・・・」

にこは確信をもって呟いた。

560: 2015/04/18(土) 23:47:33.85 ID:RqESXy2d.net
にこ(もし万が一、真姫と私が、その・・・こ、恋び・・・えっと、お互いの気持ちを確かめ合ったとして)

にこ(そういう行為がしたいかっていうと、うん、別にそういうわけじゃないのよね・・・)

にこ(でも、恋人同士ってそういうことをするもの、なのよね? いや、知らないけどさっ!)

にこ(だとしたら・・・私は真姫と恋人になりたいのかな?)

にこ(いや、そもそも、私は真姫とどうなりたいのよ?)


改めて、自分に問いかけるにこ。


にこ(ううう・・・頭が痛くなってきた・・・)


結局、ホテル街を足早に向けて、また別の大通りに出ると、
今度はカラオケ店の看板が視界に飛び込んできた。

にこ「あ!」

真姫「?」

にこ「真姫、カラオケに行かない?」

真姫「う、うん。いいけど」

にこ「よし、決まりっ!」


そして2人は歩き出した。

561: 2015/04/18(土) 23:48:32.27 ID:RqESXy2d.net
じゃじゃーん!


曲が終わり、満足げににこにこにーポーズを決めるにこ。

にこ「いやー、やっぱり1曲目はアフタヌーン娘のラブメカニカルに限るわよね~
   セクシーミサイル~の掛け声でテンション上がるわ~。
   ほら、あんたも曲をさっさと入れないと、にこにーオンステージになっちゃうわよ?」


と言いながら席に腰を下ろし、歌本をペラペラとめくり始めたにこは、
2人切りになれる場所を探していた本来の目的を唐突に思い出して歌本の角に頭をぶつけた。


にこ(・・・なんで普通に、いつもの調子で歌ってんのよ!私は!!)

にこ(しかもそのせいで、またさっきの話題に話を戻しにくくなっちゃったじゃない!!)


歌本を壁にしながら、チラリと真姫の様子をうかがうと、
真姫は次の曲を入れるでもなく、オレンジジュースをストローでちゅうちゅうと吸っている。


にこ(・・・可愛い)


と、ぼんやりと真姫を見つめるにこに対して、真姫ははぁぁああああ、と深くため息をついた後、
おもむろにマイクを手に取って、にこをキリッとにらみつける。


真姫「にこちゃんの意気地なし!」

にこ「!」

真姫「これ、今の私の気持ちだから!」

にこ「え?」


そして真姫はアカペラである曲を歌い始める。
曲は「snow halation」。


カラオケボックスの狭い室内に、真姫の切ない歌声が響きわたる。

さすがににこも、手に持っていたタンバリンをそっと下に置いて、シャンシャン鳴らすことは自重したのだった。

562: 2015/04/19(日) 00:23:51.88 ID:hjhZDF0T.net
名曲を見事に歌い上げる真姫。


にこは、真姫の感情に圧倒されて、言葉も出せない。
けれど、にこが言葉を発しないのはそれだけが理由でもなく・・・


にこ(今度は自分から動き出すんだ、って思ってたのに、結局この子に主導権を握られてしまった・・・)

にこ(だけど、こんなこと、勝手過ぎるって、自分でもわかってるけど・・・)

にこ(・・・)

にこ(この子にこんな風に思われているってことが・・・)

にこ(どうしよう、たまらなく嬉しい・・・)


歌い終わった真姫は、当然にこの様子を伺うのだが、
にこの沈黙を「困惑」や「拒否」と捉えて、目元にじわりと涙を浮かべる。


真姫「やっぱり、迷惑?」

にこ「え?」

真姫「さっきは『好き』って言ってくれたけど、
   やっぱりにこちゃんはどこか冷めてるっていうか、
   私が思っているほど、私のことを思ってくれてはいないみたい・・・」

にこ「そ、そんなこと!」

563: 2015/04/19(日) 00:24:25.97 ID:hjhZDF0T.net
にこ(本当にそんなことないのかな?)


この期におよんで、心の中に浮かび上がる、にこのネガティブな声。
だいいち、自分は真姫とどういう関係になりたいのか、それすらもわかっていないではないか。
それなのに、好きとか嫌いとか、そんなことを言える立場なのだろうか?


にこ(うるさい!うるさい!)


にこは内なるネガティブな声を必氏になって振り払う。


にこ(ええ、そうよ。私は真姫とどうなりたいのか、よくわかってないわよ!
   女の子同士で、好きとか、愛してるとか、そんなこともよくわかんないし!
   でも、はっきりしていることが一つある!)

にこ(真姫が、私のことで泣くなんて、もう二度とそれだけはさせたくない!!)

にこ(だから、今の私は、私基準で言えば「失格」よ!)


自分で自分の頬をバシッとひっぱたくにこ。

その音にびっくりして、泣き顔の真姫はにこを見つめる。



にこ「ごめん、真姫。私がうじうじうだうだしてたせいで」

真姫「え?」

にこ「でも、さっき言ったことは本当だから」

真姫「それって・・・」

にこ「わ、私は、真姫、あんたのことを・・・」

真姫(ゴクリっ・・・)

にこ「いつの間にか好きになっちゃってたのよ! わ、悪い!?」



どこか、最後まで締まらない矢澤先輩であった。

566: 2015/04/19(日) 00:50:51.33 ID:hjhZDF0T.net
真姫「ふふっ、なによ、その言い方」

そう笑いながら、真姫の目からは、涙があふれて止まらない。

にこ「え? ど、どうしたのよ、真姫?」

にこは慌ててハンカチを取り出して、真姫の目元を拭おうとする。

と、その伸ばした手が真姫の目に届く前に、にこの腕をぐっと掴む真姫。


真姫「つかまえた」

にこ「うっ?」

真姫「・・・もう、離さないんだから」



その小悪魔めいた表情に、胸をわしづかみにされたかのような感覚を覚えるにこ。


にこ(ぐぬぬっ!な、なんなのよ、この子・・・)

にこ(この妖しさで高校1年生って。嘘でしょ!)



にこの胸からはドクンドクンという心臓の音がうるさいほどに鳴り響いている。



にこ(・・・ああ、そうか)


しかし、その心臓の音を聞きながら、にこはようやく気づいた。



にこ(この子とどうしたいとか、どうなりたいとか、そういうことも確かに大切かもしれないけど・・・)

にこ(そんなのは後から考えることで、今私が感じているこの温かい気持ち・・・)

にこ(これを無くしたくないっていうのが「好き」って気持ちなのね)



相手と「どうしたいか」は自然と心のうちに浮かび上がってくるものなのだろう。

そしてにこの心に今、自然と浮かび上がってきたのは「真姫に触れたい」という想いだった。

567: 2015/04/19(日) 00:51:54.10 ID:hjhZDF0T.net
真姫につかまれた右腕に力をこめて、そのまま真姫の顔へと手を伸ばすにこ。


真姫「え?にこちゃん?」


ハンカチはすでに下に落としてしまっていた。
なので、にこは仕方なく、親指で真姫の目元をぬぐう。
んんっ、と切なげな声をあげる真姫。


そしてにこは、残りの4本の指で、真姫の頬を優しくなでる。

真姫「に、にこちゃん・・・」


もう涙はない。なのに、目を潤ませる真姫。


にこは、そんな真姫に優しく微笑むと、顔を近づけて、自分の唇を真姫の唇へと・・・




運んでいく途中に、「う~ん」と唸り声をあげて、真姫の肩に倒れこんだ・・・。



真姫「は?」

576: 2015/04/19(日) 21:54:10.97 ID:hjhZDF0T.net
にこ「・・・ううん」


気がつくと、にこは真姫におんぶされて、閑静な住宅街の人通りの少ない道を進んでいるところだった。


にこ「え? あれ?」

真姫「もう、じっとしてて!危ないでしょ?」

にこ「・・・なんで、おんぶ?」

真姫「にこちゃんが突然倒れちゃうからじゃない」

にこ「へ?」

真姫「へ、じゃないわよ。熱があるのに、今まで気づいてなかったの?」

にこ「・・・あー」


たしかに今日は、朝からなんだか調子がいまいちだったような気がする。
にこはこれまでの自分の行動を振り返り、昨晩の、下着姿であーだこーだやっていた自分の愚かさに思い至る。

にこ(原因はあれか・・・)

今日はやたらとネガティブな思考に偏りがちだったのも、もしかしたら熱のせいだったのだろうか。

真姫「まったく・・・体調がすぐれないなら、家で大人しくしてなさいよ」

にこ「だって・・・」

真姫「ん?」

にこ「・・・あんたが来るっていうから」

真姫「え?」

にこ「一緒にお出かけできるって思ったら嬉しくなって無理しちゃったのよ!悪い?」

真姫「・・・にこちゃん」

にこ「と、とにかく下ろしてよ!大丈夫、自分で歩けるから!」

真姫「ダメっ!」


真姫の強い語気に気圧されてしまうにこ。


にこ「・・・だ、だって・・・重いでしょ?」

真姫「全然。むしろ軽すぎるわよ」

にこ「むぅ・・・」

577: 2015/04/19(日) 21:55:13.77 ID:hjhZDF0T.net
しばらくの間、真姫は無言で歩き続ける。

そんな真姫の背中に寄りかかり、真姫の体温を感じながら心地よく揺られているにこ。


にこ「・・・ごめんね。せっかくのお出かけだったのに」

真姫「・・・別に、気にしてないわよ」

にこ「・・・だめね。私、先輩なのに、今日は格好悪いことばかりで・・・」


おんぶをされているにこから、真姫の表情は見えない。
けれど、ふふっ、という笑い声が確かに聞こえた。


にこ「・・・なに笑ってるのよ?」

真姫「ふふふっ、ごめん。だって、にこちゃんが格好悪いのなんて、別に今日だけじゃないじゃない?」

にこ「は? どういうこと?」

真姫「どういうことって・・・」


真姫からの返事が途絶える。
またしても、しばしの沈黙。


そしてにこは、前から気になっていた質問を真姫に投げかける。


にこ「ねえ? 真姫ってさ、私のどんなとこを好きになってくれたの?」

真姫「え?」

にこ「ステージで輝いてる私?アイドル研究部の部長として頑張ってる私?
   あ、それとも、私の完璧な容姿に惚れちゃったとか?」


気恥ずかしさのために、少しだけおどけながら聞くにこ。
でも、その質問に対する答えは、にこの予想とはかなり違っていた。


真姫「・・・どれでもないわ」

にこ「え?」

真姫「・・・前から思ってたんだけど、にこちゃんのぶりっこって、そんなに可愛くないわよ?」

にこ「はあっ!?」

真姫「うん、だから、にこちゃんにぶりっこは似合わないって言ってるの」

にこ「あ、あんたねえ~、喧嘩売ってるの?」

真姫「・・・だって、そのままのにこちゃんが一番可愛いのに・・・もったいないじゃない・・・」

にこ「へ?」

578: 2015/04/19(日) 21:56:12.51 ID:hjhZDF0T.net
またしても、しばらく無言で歩き続ける真姫。

にこ(うぅぅっ・・・おんぶされてて良かったかも・・・今、絶対、顔が真っ赤だわ・・・)


真姫「な、なんとか言いなさいよ!」

そして、真姫はしびれをきらして声をはりあげる。


にこ(時折、すごく大人びていてビックリさせられるかと思ったら)

にこ(やっぱり可愛らしい面もあったりして・・・)

にこ(ふふっ、なんだか、今日という日のおかげで、真姫のことがまた少しだけわかっちゃったかも)



にこは心の中で微笑んで、真姫の肩にまわしていた手にギュッと力をこめる。


真姫「ひゃっ」

にこ「そっか~、真姫ちゃんは、普段の私にメロメロなんだ~?」

真姫「はぁっ?」

にこ「そうかそうか~。仕方のない子ね~」

真姫「もうっ!絶対、そういう反応をされるって思ってたから言いたくなかったのにー!」

にこ「はははっ」

真姫「・・・ふふふっ」

にこ「・・・今まで、ごめんね?」

真姫「え?」


突然、にこの声のトーンが変わり、戸惑う真姫。



にこ「風邪がうつったら嫌だから、今はこれで許して?」



真姫の耳元でそう囁いて、
にこは真姫の左頬に軽く唇をつけるのだった。

580: 2015/04/19(日) 22:19:17.71 ID:hjhZDF0T.net
それから特に会話もなく、にこのマンションの前までたどり着く2人。


にこは、真姫の背中から降りて、改めて真姫と向かい合う。


にこ「あ、あの・・・今日は、その・・・色々とごめんね?」

真姫「・・・」

にこ「・・・えと、たぶん熱はたいしたことないし、明日には元気になってると思うから」

真姫「・・・」

にこ「・・・また、明日」

真姫「・・・」

にこ「真姫?」


何か真姫を不快にさせるようなことをしてしまっただろうか。
不安なにこは、おどおどと、沈黙を続ける真姫の顔色をうかがう。


にこ「えと・・・ごめん。さっきの、何か怒らせちゃった?」

真姫「・・・ねえ」

にこ「ん?」

真姫「もう1回ちゃんと言って?」

にこ「え? なにを?」

真姫「わ、わたしのこと・・・どう思ってるのか・・・を」


不安そうに肩を震わせながら話す真姫。

そういえば、とにこはこれまでの2人の行動を思い返す。


にこ(なにかと邪魔が入ったり、私がミスをしたりで、ちゃんと2人で面と向かって話すのって、
   実はまだできていなかった・・・かも?)

にこ(わたしが真姫をどう思っているか・・・)

にこ(そんなの、もう決まってる。今度こそ、迷わないんだから!)


今までのにこだったら、ここで照れ隠しにふざけたり、恥ずかしさの余り逃げ出していたかもしれない。
けれど、もう、今のにこはこれまでのにことは違うのだ。

581: 2015/04/19(日) 22:24:22.11 ID:hjhZDF0T.net
にこ「真姫」

真姫「・・・うん」

にこ「好きよ、あなたのこと」


その言葉が引き金となって、真姫の目から涙が溢れ出す。


真姫「・・・本当に?」

にこ「うん」

真姫「本当の本当に?」

にこ「うん」

真姫「・・・嘘よ、どうせまた私をからかって」

にこ「あー!もう、面倒くさい子ね!」




一歩、真姫に近づき、少しだけかがんで、真姫を見上げるようなポーズをとるにこ。

にこ「ねえ、さっきはああ言ったけどさ・・・」

真姫「え?」

にこ「今、私、あんたに風邪を移したい気分なんだけど?」

真姫「は?」

にこ「移してもいい?」


きらりと、いたずらっぽく光るにこの瞳。
そして、そんなにこと見つめ合いながら、ここでようやくにこの意図に気づく真姫。


真姫「・・・っ!・・・か、勝手にすれば!!」

にこ「・・・うん、勝手にする」


そう言って、ようやく、にこの唇は、真姫の唇にたどり着いた。

583: 2015/04/19(日) 22:40:06.86 ID:hjhZDF0T.net
それからしばらくして。



渡り廊下の向こう側から歩いてきた金髪の美少女と紫髪のおっとり美人が、
握り合っていた手をさりげなく離す。

にこは、それをチラリと視界の隅に認めながら、ふふんっと鼻を鳴らして、隣を歩く赤髪美女の手をギュッと握り締める。


真姫「ちょっと!にこちゃん!」


真姫の抗議も気にせず、そのまま渡り廊下を歩いていくにこ。


と、向こうからも「ちょっ、エリチ?」という動揺の声が聞こえてくる。


そして、互いに互いのパートナーの手を握り合ったまま、おほほほと笑い合いながら渡り廊下ですれ違う2組。



渡り廊下から校舎へ入ったところで、真姫が抗議する。

真姫「・・・もう! 私は絵里や希と張り合うための道具じゃないんだからね!!」

にこ「わかってるわよ、そんなこと」

真姫「じゃあ、なんであんなこと・・・」

にこ「可愛い『彼女』を自慢して、何が悪いのよ?」

真姫「・・・っ!」


言った方も、言われた方も、耳まで真っ赤にして立ちすくむ。

どうにも格好がつかないが、これがこの2人にお似合いの関係なのだろう。


そして2人は、手をつなぎ合ったまま、再び前を向いて歩き出すのだった。


                      おしまい2

584: 2015/04/19(日) 22:45:06.16 ID:fWR6sgPA.net
常にキュンキュンさせてもらった、乙

585: 2015/04/19(日) 23:31:51.87 ID:FPuGDb4t.net
また1つ名作が終わってしまった、、、
乙!

引用元: にこは憂鬱。真姫も憂鬱。