19: 2011/11/10(木) 13:23:02.06 ID:Dd1xkwa40
 その日、クウガという存在は氏んだ。

「駄目だ、五代さん! もう変身しちゃ――!」

 背後から声。少年――衛宮士郎の絶叫。
 ここ数週間の生活で、ずいぶんと耳慣れたその声。
 五代雄介は彼に背を向けたまま、誰にも見せることなく微笑んだ。

 ――心配はない。彼のような、心から他人の幸福を願い、立ち向かえる後達がいるのなら。
 もはや、この身に未練はなく。

 腕を掲げた。

 左拳は秘石の横へ。右手は宙を切るように左上へ伸びる。

 眼前の悪なる存在を見つめ、立ち向かうためのキーワードを唱えた。

「……超変身!」



22: 2011/11/10(木) 13:46:06.66 ID:Dd1xkwa40

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 ――数週間前。冬木市深山町、商店街。
 衛宮士郎はその日、夕飯の買い物をする為に後輩である間桐桜とその場所を歩いていた。

 マウント深山と呼ばれる、その昔ながらの商店街は当然ながら娯楽施設に乏しく、
 腹を空かせた運動部の男子学生等ならともかく、帰宅部の士郎と年頃の女の子である桜が制服で歩くような場所ではない。

 しかしそんなことを気にする衛宮士郎ではなかったし、
 間桐桜は士郎の行くところならどこへでも、まるで懐いてしまった野良の子犬のように後をついていっただろう。

桜「先輩、今日は何を作るんですか? 冷蔵庫にお豆腐が残ってましたけど……」

士郎「んー、今日は藤ねえも忙しくて寄れないっていってたからな」
   「麻婆とか大皿料理だと残るし、臭いがあるから朝ご飯にも回せないし……」
 

27: 2011/11/10(木) 13:51:53.29 ID:Dd1xkwa40


 いっそ豆腐は汁物の具材にでもしてメインは別で考えようか、などと士郎が悩みながら歩いていた時。
 ふと、争うような声が飛び込んできた。

店員「困りますよ、お客さん。無銭飲食なんて……とりあえず警察呼びますよ、いいですね?」
五代「いやっ、本当に違うんですって。ほら、お金ならあるんですよ」
店員「外国紙幣じゃないですか!」

 見ると、道ばたに土で薄汚れたバイクが止まっており、
 その横で壮年に差し掛かった男と、大判焼き屋の店員がなにやら口論を交わしていた。

 男の身なりは、はっきり言ってしまえば薄汚れていた。
 まるでどこか、文明の恩恵が薄い土地をバイクで回っていたかのよう。
 そのせいで、本来は温厚なあの店のおばちゃんもヒートアップしているのだろう。

 確かに、あの格好では食い逃げ目的にしか――って、

士郎「……桜、悪い。ちょっと待ってて」
桜「え、あの、先輩?」

 衛宮士郎。正義の味方志望。
 目の前で困っている人がいて、そして助けられるのなら、彼は躊躇いもしない。

34: 2011/11/10(木) 14:10:39.23 ID:Dd1xkwa40


士郎「へえ。世界中を旅してたんですか」
五代「ああ。一通りぐるっと、コイツでね。帰ってきたのは今日なんだ」

 コンコン、と五代はオフロード仕様バイクのガソリンタンクを叩く。
 商店街近くにある公園のベンチ。
 そこで士郎と桜、そして五代雄介と名乗った男は大判焼きを食べながら談笑していた。
 
五代「でも本当に助かったよ、士郎君。いや~換金するのをうっかり忘れててさぁ」
士郎「いいんですよ。金額的に損はしてませんから」

 先ほどのトラブルは、店員の顔馴染みだった士郎の取りなしと、
 士郎が五代の食べた大判焼きの代金を立て替えることで無事、閉幕を見せた。

五代「でも、よく俺の持ってる紙幣が日本円でいくらか、って知ってたね?」
   「ルーブルって、ドルほどメジャーじゃないと思うんだけど」

士郎「ああ、それはじいさ……いや親父が旅をするのが趣味で、そのお金をよくお土産代わりにくれたんです」

五代「ふーん。寒い地方が好きだったのかな」

 

39: 2011/11/10(木) 14:25:53.06 ID:Dd1xkwa40

 さて、と五代は残りの大判焼きを口に放り込むと、ベンチから立ち上がった。

五代「改めて、ありがとう士郎君。それじゃ、俺はそろそろ行くよ」

士郎「もう行くんですか?」

五代「ああ。日本には帰りたい場所もあるし……それに、これ以上ここにいると馬に蹴られそうだから」

士郎「? 牧場なんてなかったと思いますけど……」

 五代の言葉に桜が頬を染め、士郎の返答に五代が苦笑する。

五代「……桜ちゃん、頑張って」

 華麗にサムズアップを決め、五代はバイクに跨った。
 エンジンをかけ、颯爽と走り去ろうとし――

五代「――あ、そうだ。士郎君、銀行ってどこかな? お金、おろさないと」
士郎「銀行……ですか?」

 士郎は桜と顔を見合わせ、そしてひとつ頷き合う。
 高校の下校時間は、とうに過ぎている。

士郎「……あの、もう閉まってると思いますけど」

 五代はエンジンを切った。

41: 2011/11/10(木) 14:32:56.53 ID:Dd1xkwa40

 ――結局、衛宮宅にお邪魔することになった。

五代「なんていうか……いい子だな、士郎君」

 野宿でもするという五代を、士郎は半ば無理矢理自分の家に連れて行った。
 曰く、「最近は物騒であるから」らしい。

 貰った古新聞を読めば、それが比喩でも何でもなく、
 最近この当たりで横行している連続殺人事件のことを指していることが理解できた。

 人が起こしたとは思えぬ怪事件。

 新聞の片隅にはこうあった。5年前の再来。

 過去、日本で頻発した未確認生物事件が再び起こったのではないかと。

五代「……」

 ……それは、あり得ない。
 あり得ないということを、五代自身が一番よく知っている。

 しかし――

五代「誰かが悲しむのは、いやだな」

43: 2011/11/10(木) 14:50:30.05 ID:Dd1xkwa40

 ご馳走なった夕餉は暖かかった。
 それは温度のことではなく、衛宮士郎という少年の人柄だろう。

 桜という少女も、最初は外国帰りという自分を警戒していたが、
 最後の方は二、三言葉を交わす程度には慣れてくれた。

 あの幸いを守れれば良いと思う。

五代「頑張って……見るか」

 そして、五代は薄汚れたビルの壁面から背を離した。

 時刻は深夜。冬木市でも新都と呼ばれる区域のとある路地裏に五代はいた。

 その感覚を捉えられたのは、彼の人ならざる感覚が働いたからだろうか。

 天を睨み、五代は地を蹴った。

 彼の肉体はすでに人ではなく、そして人を超越している。
 己の身長の数倍を跳び、対面のビルの壁をさらに蹴りつけて飛ぶ。

 数秒後には、背を預けていたビルの屋上にまで到達していた。
 街を歩いていて見つけた違和感の大本はここだ。

 グロンギとどこか似ている、しかし決定的に違う存在の痕跡。しかし、

46: 2011/11/10(木) 15:02:22.80 ID:Dd1xkwa40

五代「……女の子?」

???「……」

 屋上で佇んでいたのは一人の少女だった。赤いコートを身に纏い、こちらを睨み付けるように立っている。
 勘が外れたか、と五代は苦笑は浮かべた。
 驚かせてしまって悪かったと、両手を掲げて謝罪のポーズを取ろうとする、と。

???「"動かないで"」

 その動きを、言葉一つで封じられた。

五代「っ!?」

 体がまるで石にでもなったかのように重くなる。
 挙げようとしていた両腕は、だらりと力なく垂れた。

 間違ってはいなかった。五代は再度、認識を改める。

 そもそも鍵の閉まって居るであろう雑居ビルの屋上に、こんな時間に佇む少女が常人であるはずもない。

???「この時期冬木に入ってきた、外国帰りの男――」
???「その日の内にあの子に接触した。そしてその身体能力……」
???「何者かは知らないけど、冬木のオーナーとして……そして聖杯戦争の参加者として」

凛「何にせよ、見逃すわけにはいかないの」

 そして遠坂凜という名前の魔術師は、夜において燦然と輝く左腕を五代に向けた。

55: 2011/11/10(木) 15:32:00.76 ID:Dd1xkwa40

 遠坂凛という少女を魔術師として評価した場合、どういう評価が下るか。

 一言で表すなら、天才的な若輩といった言葉が相応しいだろう。

 その身に宿す才能はまさに当代随一。
 しかし経験は足りず、そして魔術師として必要な冷徹さも備えているとは言い難い。

 今宵、五代と接触したのも決して得策ではない。
 仮に相手が聖杯戦争のマスターであるのなら、未だサーヴァントを召喚していない自分に勝ちの目は薄い。

 令呪の反応が無いとはいえ、魔術回路を閉ざしていれば反応を隠すことは可能だ。

 とっておきの宝石を十と、形見のペンダントを持ち出したとはいえ、
 魔術に対して絶対的な防護を誇る三騎士のサーヴァントであれば役に立たない可能性は高い。

58: 2011/11/10(木) 15:35:49.65 ID:Dd1xkwa40

 それでも彼女がこの接触を押し通したのは、この怪しい男が間桐桜に接触したからだ。

 間桐――桜。間桐になった桜。マキリの家の桜。
 かつて自分の妹だった少女。もはや無関係であるはずの魔術師。

 救う義理はない。それでも放っておけないこの身はなんて無様。

凛(いえ、違う。マスターが誰か把握しておくのは定石よ。
  相手が回路を完全に閉ざしているのなら、こうして直接対峙するしかない。
  そもそも私は冬木の管理者だもの。取り調べるのは正しい行動)

 そんな自己防衛処置を施しながら、魔術刻印のある左腕を五代の頭にかざす。
 暗示は成功し、もはやこの男は動けない。
 まずは記憶を無理矢理除いて、そして必要なら脳を掻き回し廃人にしてしまえばいい。

60: 2011/11/10(木) 15:42:44.85 ID:Dd1xkwa40

 その時だった。男の口から、言葉が漏れたのは。

五代「き、みは……」

凛「……?」

 手を止め、続きを待つ。
 この深度まで暗示を成功させてしまえば、回路を起動させることもできない筈。
 まな板の上の鯉である筈の男の戯れ言を聞く余裕はあった。

五代「ひ、とを、殺せる、のか……」

 人を頃す存在であるのか、と。
 この問いは、遠坂凛の心の琴線に触れた。

 いつもの彼女なら流せた問いだろう。

 だがこの時の彼女は自身の魔術師らしくない行動に自己嫌悪しており、
 そんな自分に対する言い訳を胸中で並べていた。

 人を殺せるのかというという問いかけ。それは魔術師としての責務を果たせるのかという意味。

 男の問いは、図らずしも遠坂凛の心中を逆撫でした。

 だから、

凛「ええ。それが必要ならね」

 彼女は、その"一線"を踏み越えた。

64: 2011/11/10(木) 15:53:21.30 ID:Dd1xkwa40

五代「……そうか」

 響いた声に、凛ははっとして顔を上げた。
 相手の声の質が、変わっていた。

五代「君が、誰かを傷つけるつもりなら……」

 暗示の下から漏れる、掠れた声ではなく。

 確かな意志を見せつける、戦士の声に。

五代「……俺は戦ってでも、それを止めてみせる!」

66: 2011/11/10(木) 15:56:52.47 ID:Dd1xkwa40
 鉛のようだった男の両腕が、鋭く、そして迷いなく動く。

 凛もそれに反応し、バックステップで距離を取る。
 記憶改竄の術式は破棄し、強力な呪いを刻印に自動詠唱させた。 

 男は構わず動き続ける。両手を腹部のやや下へポイント。
 丹田の辺りを押さえつけるかのような動作に呼応し、その部位が歪み、

 強大な神秘の気配が、解き放たれた。

凛(……!? 違う、こいつはマスターじゃない!)

 自分の知らない、無名の魔術師が持っていて良い神秘の格ではない。
 ならば可能性はひとつのみ。

凛「防音、終了――狙え、一斉射撃!」

 フィンの呪いを放つ。数は無数。速度は音速にすら届く、機関銃の如き掃射を。
 ――通じぬことを、半ば予想しながら。

74: 2011/11/10(木) 16:18:22.26 ID:Dd1xkwa40
 轟音とともに、土煙。
 しかしその中には確かな人影。

 どこも欠けることはなく、それどころか――甲冑のようなものを、纏っている。

凛「サーヴァント!」

 影が動く気配を見せた。突進の構え。

 サーヴァントと格闘するなど冗談ではない。逃げに徹するべきだ。凛はさらに後ろに飛んだ。
 魔術刻印は主を助けるための術式を片っ端から詠唱し、
 すでにその身は羽毛よりも軽くなっていた。

 再度、跳躍。容易く、凛の体はフェンスを越える高さに到達する。

 ――その足を、甲冑が掴み止めた。

 魔術で強化した身体能力は、100メートル以上の距離を7秒で走り抜ける。

 その彼女に、甲冑は追随してみせた。
 靴越しに伝わる力からは不吉な予感しかしない。
 このまま屋上の床に叩き付けれられば骨折では済まないだろう。

75: 2011/11/10(木) 16:27:49.22 ID:Dd1xkwa40


 ――だけど、

凛「――引っかかったわね!」

 次の瞬間、甲冑はつんのめるようにその動きを止めた。
 その右手には、少女のローファー"だけ"が残されている。

 逃走の速度すら、サーヴァントに叶わぬことなど承知。

 だからあえて靴を掴ませ、その瞬間、足を引き抜いたのだ。

 もっとも、それでは一瞬の足止めにしかならない。

 だから次の手もすでに打ってある。

 甲冑の頭上にきらめく小粒の光があった。
 跳躍する際、上に投げておいたとっておきのトパーズ。

凛「解放!」

 屋上に、風が吹き荒れる。
 本来なら家屋数軒をぶち抜くはずのその風は甲冑を数メートル後退させるに留まったが、
 しかしサーヴァント相手に命を拾えるなら上等。

 凛は夜の街を落下しながら、相手の姿を目に焼き付ける。

 ――赤の鎧を身に纏った、戦士の姿を。

81: 2011/11/10(木) 16:40:26.55 ID:Dd1xkwa40

 風が収まった屋上で、五代雄介は変身を解いた。

 久しぶりの変身はどうにか上手くいった。体が動かなくなったときは焦ったが、
 秘石の存在を意識した瞬間、重圧は消えてくれた。

五代「……」

 後を追うべきだったが、それをしないのは彼も混乱していたからだ。

 最初は少女が例の連続殺人の犯人なのかとも思った。
 殺人現場の様子からして、相手がグロンギのような奇妙な力を使うかも知れない、とは予想していた。

 しかし聖杯戦争やサーヴァントといった理解できない単語。
 そしてどう見ても連続殺人鬼に見えない、相手の冷静な判断。

 そういったものが、五代の足を止めていた。

五代「本当にあの子が犯人なのかな……?」

 少なくとも、自分に襲いかかってきたのは事実だが、確信が持てない。

 五代はがりがりと頭を掻くと、自分も帰るためにビルから飛び降りようとして、


 ――おびただしい量の、血を吐いた。

86: 2011/11/10(木) 16:57:59.64 ID:Dd1xkwa40
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 翌朝。士郎が目覚め、土蔵から這い出した時には、すでに五代が起きていた。

五代「おはよう、士郎君……え、なんでそこから出てくるの? 倉庫でしょ、そこ」

士郎「いや、がらくた弄ってたらそのまま寝ちゃって……おはようございます、五代さん」

 それにしても、と士郎は庭を見渡した。
 武家屋敷だった衛宮家の庭は広く、この冬の時期は枯れ葉がよく散乱しているのだが、
 今朝はそれが全くない。

 その因果関係は、五代の手にしている竹箒に集約されているようだった。

士郎「掃除してくれてたんですか?」

五代「ああ、お世話になっちゃったしね。それに掃除は得意なんだ。2000の技のひとつだよ」

士郎「2000の技?」

 聞いてみると、どうやら過去の恩師と『2000年までに2000の技を覚える』という約束を交わしたらしい。

90: 2011/11/10(木) 17:12:42.02 ID:Dd1xkwa40

士郎「いい話だな……いや、感動しました。五代さん、約束を守ったんですね」

五代「うん、まあね。俺の人生において、親みたいな人だって勝手に思ってるから」

士郎「親との約束……ですか」

 どこか奇妙な感慨を含んだ士郎の声音に五代は首を傾げたが、しかしすぐにそれは中断された。
 五代が大きなくしゃみをして、鼻を垂らしたからだ。

五代「っくしゅ! うー……やっぱり冬は寒いなぁ」

士郎「他所と比べるとそんなに寒くならない、っていうけれど……五代さん、風邪ですか?」

五代「いや、もうほとんど治ったんだけど、ちょっとまだ体が重くて……」

士郎「あれ、客間、寒かったですか? 母屋の和室よりはましかと思ったんですが」

五代「いやー……実はちょっと深夜に散歩をね」

士郎「危ないですよ! 物騒だって言ったじゃないですか!」

五代「そう、危ないんだ」

92: 2011/11/10(木) 17:24:38.33 ID:Dd1xkwa40
 言って五代は竹箒を母屋の縁側に立てかけると、真剣な瞳で士郎を見つめた。

五代「士郎君、これからしばらく、夜の間は外にでちゃいけないよ」

士郎「……何かあったんですか」

 五代のただならぬ様子に、士郎も表情を変えて応じた。

五代「説明はしにくいんだけど……とにかく、約束してくれるかな?」

士郎「……分かりました。出来る限り、控えます」

 士郎の返答に、五代は笑みを浮かべた。

桜「せんぱーい……と、五代さーん。朝ご飯ができますから入ってくださーい」

士郎「……しまった。今日も桜に朝ご飯を任せてしまった」

五代「しまった、そういえば士郎君を起こすように頼まれてたんだった」

96: 2011/11/10(木) 17:37:49.53 ID:Dd1xkwa40


五代「それじゃあ、俺はこれで」

 朝食を食べ終わり、士郎と桜が家を出ようとするのと合わせて、五代もバイクを押しながら門を出た。

五代「ご飯、美味しかったよ。やっぱり日本食が一番だ」

士郎「これからどこへ行くんですか?」

五代「知り合いの刑事さんに会いに行く予定だったんだけど……やっぱりもう少し冬木にいることにしたよ」

士郎「それじゃ、まだ家にいたら……」

桜「先輩、あまり引き留めるのもご迷惑ですよ」

 士郎の言葉に苦笑しながら、五代はヘルメットを被った。
 ありがたい話だが、昨晩の少女との争いに二人を巻き込むかもしれない。
 それは五代にとって許せることではなかった。

五代「しばらくは新都のビジネスホテルにでも泊まろうかと思ってるんだ。
    もし何か困ったことがあったら……ほら、この番号に電話して」

 そう言って五代は携帯の番号が書かれている名刺を二人に渡す。
 桜が首を可愛らしく傾げて、「2000の技?」と呟いているのを尻目に、五代はバイクを発進させた。

 また会いたいが、できれば会いたくない。そんな矛盾した気持ちを胸に抱いて。

110: 2011/11/10(木) 18:02:50.20 ID:Dd1xkwa40
 新都でホテルを取り、ついでに玩具屋に寄ってから五代は再び深山町に舞い戻った。

 お金は下ろせたのでもはや怖い者はない。
 とりあえず昨日の大判焼き屋に菓子折を持ってお詫びに行った後、
 店の主人と和解し、何故か仲良くなって大判焼きをひとつサービスして貰った。

五代「さて、これからどうするかな……」

 再度新都にまで戻り、新都の公園――とは名ばかりの空き地――に五代は腰を落ち着けた。

 つぶあんの大判焼きを囓りながら、ぼんやりと周囲を見渡す。昼間だというのに、人気はない。

 自分に時間はあまり残されていない。あの少女に再び会う必要がある。それも可能な限り早く。

 少女の年頃は士郎達と同じくらいだろう。ならばこの時間は学校に行っているのか。
 それともグロンギのように擬態できるというだけで、そういう人のコミュニティには属していないのか。

凛「いや、学校には行ってるけどね。流石に今日は休んだわ」

五代「もしかして、俺のせいで休ませちゃった?」

凛「そうね、靴も片方取られたままだし」

 座って良い? と尋ねてくる少女に、五代は頷いて場所をあけた。

118: 2011/11/10(木) 18:16:00.39 ID:Dd1xkwa40


凛「その様子だと、あの後私が放った使い魔には気づいてたみたいね」

五代「ツカイマ? まあ、何となく見られてるのは気づいたけどさ」

凛「そう、それで。こんな人気のない場所でぼーっとしてたのは、やっぱり私を誘ってたのね」

五代「? いや、別に。これからどうしようって悩んでただけだけど……」

 そう五代が呟くと、凛はぴしりと硬直した。
 そのまましばらく沈黙すると、はあ、と溜息をつく。

凛「……安心した。やっぱり貴方、魔術師じゃないのね」

五代「そういう君も、やっぱり連続殺人犯じゃないよね?」

凛「連続殺じ……ってなんで私が――!」

 と、叫びかけて、凛はこほんと咳払いをした。仕切り直すように、ベンチに座り直す。

凛「どうやらお互いに誤解があったみたいね。
  私の相棒も貴方からサーヴァントの気配はしないって言ってるし、アサシンのクラスってわけでも無いみたいだし。
  ねえ、この際だからお互いの情報を交換しない? 貴方、今のこの街に留まるには物事を知らなすぎるわ」

 そうして、二人はお互いの身分を明かし合った。

 凛は聖杯戦争と魔術師のことを。

 五代は五年前の未確認生物事件の真相と、自らの体に隠された霊石アマダムのことを。

128: 2011/11/10(木) 18:28:51.30 ID:Dd1xkwa40


凛「未確認生物事件……か。あの事件は私も覚えてるわ。
  冬木のオーナーとして、正体不明の怪物に蹂躙なんてさせられなかったから。
  結局、この辺には一匹も現れなかったけど。
  あの件は影響の薄い協会や教会より、この国の退魔機関が主導で動いてたから……」

 ぶつぶつと呟いている凛を傍目に、五代は突如叩き付けられた莫大な情報を前に呆然としていた。

五代(聖杯……戦争。サーヴァントと魔術師……)

 ――いや、それは情報の量に圧倒されていたのではない。

五代(犯人は参加した魔術師。魔術師は……自分の為に、一般の人を利用する)

 ならばそれは、ゲーム感覚で殺人を行っていたグロンギと何が違うのか。
 魔術師は反論するだろう。これはゲームではなく、根源に辿り着くための研鑽であると。

 だが五代雄介という人間にとって、そんな主張は知ったことではない。

 どこかの誰かの笑顔を守る。それが五代雄介の行動原理。

凛「――と、それはともかく。
  貴方、今すぐに冬木を出た方がいいわ」

 だからこそ、そんな凛の言葉に五代は反発した。

138: 2011/11/10(木) 18:45:34.03 ID:Dd1xkwa40

五代「……なんでさ?」

凛「貴方が底抜けのお人好しで、この戦争をどうにかしたい、と思っているのは分かるわ。
  それが可能な力を持ってるってことも。でも、今回はそれが不味いの。
  阿呆みたいな神秘を積み重ねてる上に、装備者を伝承保菌者にする特性。
  断言してもいいけど、魔術師なら放っておかない。
  最悪生きたまま標本にされるか、殺されて霊石を摘出されるわ」

五代「そう簡単には――」

凛「いいえ。強い、弱いの問題じゃないの。
  貴方の抱える神秘を奪うためなら、協会の封印指定狩りが動いてもおかしくないんだから。
  今までばれなかったのは、この国が魔術協会の干渉を受けない特殊な環境だったから。
  でも聖杯戦争に絡んでしまえば、絶対に報告が上まで行くわ」

 そうすれば、もはや普通の生活はままならなくなる。
 そんな凛の忠告に、しかし五代は折れない。

五代「……それでも、俺は誰かが泣くのが嫌なんだ」

弓「――たわけが。ならばそのまま氏ねばいい」

153: 2011/11/10(木) 19:11:56.88 ID:Dd1xkwa40
凛「っ、アーチャー!?」

 驚愕の声を上げる凛と、突如響いた声に当たりを見渡す五代の前に、
 赤い外套を纏った褐色色の男が現出する。

五代「サーヴァント……って奴か」

弓「お人好しだな、凛。君も他人のことを言えまい。
  この男は氏ぬのが分かっていても行くという。ならば勝手にさせておけばいいだろう。
  見ず知らずの人を救う? ああ尊い行動だな。素晴らしい。感涙を禁じ得ないよ。
  ならば好きにするがいい。その理想に殉じるのなら幸せなのだろう?」

凛「ちょ、ちょっと――」

 勝手に現界した上、何故か喧嘩腰の従者に凛は慌てて制動をかけようとする。
 だがアーチャーは止まらなかった。
 それどころか、いつの間にか両腕に二対の短剣を握りしめている。

弓「いや――ならばここで私たちに狩られるのも納得済みということだ。
  魔術師である遠坂凛と、聖杯争奪戦参加者の私にな。
  その霊石――宝石を扱う遠坂の家なら十二分に活用できるというものだろう」

159: 2011/11/10(木) 19:33:59.56 ID:Dd1xkwa40

 陰剣の切っ先を向けられ、五代は困惑を浮かべる。

五代「……あんたとは戦う理由がない。俺は他人が傷つくのが嫌なだけだ」

弓「ならばあるだろう。それとも私のマスターの話を理解していなかったのかね?
  聖杯戦争など、結局は頃し合いだ。私たちはその参加者だぞ?」

五代「凛ちゃんは、無差別に人を頃すような人物には見えないけどな」

弓「ほう、無差別でないなら頃してもいいと?」

五代「……それは」

弓「先ほどの話は聞かせて貰った。未確認生物事件だったか。私の知らぬ事件だが」

 そして、弓兵は皮肉気な笑みを口許に浮かべ、

弓「まったく『都合の良い事件』だと失笑してしまうよ」

167: 2011/11/10(木) 19:43:49.13 ID:Dd1xkwa40
 ――ぱしっ、という乾いた音が当たりに響いた。

五代「――取り消せ」

 拳を突き出した五代が低く唸り、

弓「取り消すことなどなにもない」

 それを短剣の背で受け止めたアーチャーが嗤う。

 五代が拳を引き、そのまま数歩をさがった。
 だが意気は衰えず、その身から溢れる怒気はさらに膨れた。

 ――あの事件で、多くの人が無惨な最後を遂げた。

五代「変――」

 その人達の氏を『都合が良い』? 都合が良いというのか、お前は。
 都合の為に、彼らは氏んだというのか――!

 何を言われても良い――だがその言葉だけは、
 人の涙を笑うその言葉だけは、許せない。

五代「――身」

176: 2011/11/10(木) 19:58:43.82 ID:Dd1xkwa40
 空間が歪み、五代の体が昨晩も見た赤の戦士に変化する。

凛「やっぱり――」

 凄い。空恐ろしいまでの年代を重ねた神秘。
 神秘の格としては、自分のアーチャーを軽く凌いでいる。

 神秘は古ければ古いほど強大になる。
 リントの戦士――と言ったか。
 少なくとも紀元前前。下手をすればそれ以上の年月を重ねたそれは、魔術師垂涎の品だろう。

 当然、あれならばサーヴァントにもダメージを与えられる。

五代「はぁっ!」

 赤の戦士が繰り出す拳を、アーチャーが短剣の腹でいなす。

 そういえば、自分のサーヴァントもこれが初戦闘だ。
 記憶喪失とかふざけたことを抜かすので、能力も正体も分からない。
 おまけにアーチャーというクラスの癖に、双剣で戦闘を始めた。

凛(クラスも間違いだった、てんじゃないでしょうね……)

 存外、その可能性も無視できない。
 戦士と同じく赤色を纏う弓兵は、接近戦で互角の戦いを見せていた。

189: 2011/11/10(木) 20:18:37.02 ID:Dd1xkwa40
 ――いや、それは少し語弊があるか。
 弓兵は押されている。数回、拳とぶつかり合うごとにその短剣を取り落としている。

 だが奇妙なことに、アーチャーは落とすたびに新たに剣を虚空から取り出している。

 幾度かの拳と剣の交差後、大上段から斬りかかったアーチャーの腕を、赤の戦士が掴んで止めた。

五代「取り消せ!」

弓「だから、取り消すことなどなにもないという。
  君は一体、何を取り消せといっているのだ?」

 戦士がアーチャーの腕を押し上げ、空いた横腹に膝蹴りを打ち込んだ。
 だが直撃はしない。弓兵は咄嗟に身をかわし、打点をずらす。

 だがそれでお終い。

 僅かに急所ははずしても、どうやら赤の戦士の筋力は、
 弓兵の防御を大きく上回っていたらしい。

 その場に弓兵は崩れ落ちた。
 赤の戦士も、そこで止まった。

198: 2011/11/10(木) 20:29:42.33 ID:Dd1xkwa40
凛「……?」

 どこか奇妙だ。赤の戦士は、呆然としたように自らの手を見つめていた。

 まるで、ここ数秒の記憶を確認するかのように。

 だがそれも僅か数秒のことに過ぎない。
 戦士は膝をつく弓兵に向き直ると、静かに声を吐き出した。

五代「――氏んだ人たちのことを。誰かが悲しむことを嗤ったことをだ」

弓「……勘違いしているようだが、私が都合が良いといったのは」

 弓兵はあくまで皮肉気な笑みを絶やさず、

弓「お前が、この戦争でも人を救えるという勘違いを助長するような事件だった、と言ったのさ」

五代「な――に、を?」

 どこか苦しげな声で、五代が呻いた。

弓「そうだろうな。お前には分かるまい。
  人外の、人に仇をなす、絶対悪のみを相手にしてきたお前には」

 弓兵が立ち上がる。

208: 2011/11/10(木) 20:45:20.33 ID:Dd1xkwa40
あれ

212: 2011/11/10(木) 20:49:33.98 ID:Dd1xkwa40
 もともと、たいしたダメージではなかったのだろう。
 赤の戦士と目線の高さを合わせると、弓兵はさらに語調を強めていく。

弓「戦えば、戦っただけ人を救えると思っているのか。
  ああそうだな、かつてお前が遭遇した事件ではそうだったのだろうよ。否定はすまい。
  過去のお前が、過去の事件でしたことは正しかったのだと」

283: 2011/11/10(木) 22:15:32.03 ID:Dd1xkwa40
弓「だがそれとこれは別の話だ。
  お前が聖杯戦争に、人と人がぶつかり合う『戦争』に介入するというのなら」


凛(ああ――)


 そうか、と凛は理解する。

 あの赤の戦士は――人と戦ったことが、ない。

288: 2011/11/10(木) 22:18:53.55 ID:Dd1xkwa40
 聖杯戦争ではサーヴァントを戦い合わせる。

 だが本質的にはマスター同士の戦いだ。魔術師と魔術師。人と人の。

 だから、あの赤の戦士がこの戦争での被害から誰かを守ろうというのなら。

弓「――人を頃す。その覚悟がお前にはあるのか。
  どこかの誰か、顔も知らない誰かの為に、目の前に存在する人間をその拳で打ち砕けるというのか」


292: 2011/11/10(木) 22:24:34.83 ID:Dd1xkwa40
五代「――それは」

 言葉を詰まらす、赤の戦士。
 鎧の色が薄れる。まるでサナギのような白へ。

 それはまるで、燃えさかるが如き情熱を保てぬとでもいうように。

306: 2011/11/10(木) 22:45:29.42 ID:Dd1xkwa40
弓「お前の戦った人外の悪など、例外中の例外に過ぎない。
  人の笑顔を奪うのは、いつだって同じ人間だ。
  戦いなどで救えるのは、自身の後ろに庇った一握りの数に過ぎない。
  人を助けるために、お前は人を挫けるのか――!」

 弓兵は落とした剣を拾うことすらせず、己の拳を白の戦士に打ち込んだ。


309: 2011/11/10(木) 22:48:23.47 ID:Dd1xkwa40

 先ほどの光景とは対照的に。

 戦士が、膝をつく。

弓「――舐めるなよ、若造」

 弓兵の手に、再び武器が現れる。

 だがそれは剣ではない。
 クラス名に相応しき、本来の武器――長大な黒弓。

弓「もう一度、聞くぞ。お前はそれでもこの戦争に身を投じるというのか」

315: 2011/11/10(木) 22:57:42.67 ID:Dd1xkwa40

五代「――」

 五代は、答えられなかった。
 みんなの笑顔を守りたい。それは代わらない。

 だがこの戦争に、自分が入る余地はあるのか。

 戦うことは嫌いだ。五代雄介は拳を奮うことをよしとしない。

317: 2011/11/10(木) 23:01:03.34 ID:Dd1xkwa40

 五年前は、戦って誰かを守れるならばとクウガになった。

 だが今。この聖杯戦争でクウガの力を使ってすべきことは、
 目の前の"誰か"を打ち砕くこと。

 やるべきことは代わっていないのかも知れない。

 だが倒す対象が人に代わるというのは――

318: 2011/11/10(木) 23:03:35.37 ID:Dd1xkwa40
 






 ――人々の笑顔のために戦ってきた五代雄介にとって、どれほど重い意味を持つのか。







326: 2011/11/10(木) 23:13:25.59 ID:Dd1xkwa40


 五年前の自分なら、即答できたかもしれない。

 だが、いまの自分では――

五代「……それでも、俺は!」

 胸の内の気持ちを吐き出そうとした、その時。

五代「……がはっ、ごほっ!」

 五代は倒れ伏し、昨晩と同じように大量の血を吐いていた。

331: 2011/11/10(木) 23:16:31.34 ID:Dd1xkwa40

 いつの間にか白い鎧さえ消え、人の姿に戻っている。

五代(もう、こんなに――短くなって)

凛「ちょ、ちょっと――?」

 凛は慌てて駆け寄る。
 およそ、尋常な様子ではない。

 まるで――人を超越した分、人である証を捨て去っているかのよう。

335: 2011/11/10(木) 23:25:46.85 ID:Dd1xkwa40
弓「……そうか、貴様」

 弓兵はその様子に思うところがあったのか、
 手にした長弓を消し去ると、うずくまる五代に背を向けた。

弓「……忠告はした。早く、この街を去れ。
  その理想すら零れ落として、氏ぬことになる前にな」

凛「アーチャー、何を言っているの?」

336: 2011/11/10(木) 23:30:26.62 ID:Dd1xkwa40
弓「さて、な。そこの愚か者なら理解できるだろう。
  凛、お人好しついでに、救急車でも呼んでやれ」

凛「……分かった。大丈夫? いま知り合いの霊媒医師がいる教会に――」

五代「いや……平気だよ。ありがとう、凛ちゃん」

凛「平気って……そんなわけないでしょう。そんな血を……」

337: 2011/11/10(木) 23:32:49.48 ID:Dd1xkwa40
 言いかけて、凛も気づいた。

 地面に撒き散らされた血の量は、優に数リットルを超えている。

 人が吐いていい血の量ではない。

 それでも言葉通り、ふらつきながらも立ち上がる五代に、凛は尋ねた。

凛「……貴方、何で生きてるの?」

342: 2011/11/10(木) 23:46:47.97 ID:Dd1xkwa40

 リントの戦士クウガ。その中核をなす霊石アマダム。

 その性質を一言で表すなら、人体改造装置。

 霊石から伸びる神経状の物質が、人を人以上の存在に変質させる。
 より、戦闘に適した状態へと。

 アマダムの力を引き出す度、その改造は進んでいく。

343: 2011/11/10(木) 23:49:01.44 ID:Dd1xkwa40
 止まることはなく、一度装着したアマダムは外すことが出来ない。

 ならば――その行き着く先はどこなのか。



五代「……」

 五代はホテルの部屋で、蛍光灯の明かりに手のひらを透かした。

 この中に、人の部分はどれだけ残っているのか。

344: 2011/11/10(木) 23:52:59.29 ID:Dd1xkwa40
 結局、あれから凛とアーチャーとは有耶無耶のまま別れてしまった。

 次に出会うとき、あの二人組は自分にどういった態度をとるのか。

 いや――そもそも、会うことはあるのか。

 五代の頭の中では、アーチャーの問いかけが未だに渦巻いていた。

 人を守るために、人を傷つけることができるのか。

350: 2011/11/11(金) 00:04:08.00 ID:xjw3nf5Y0

五代「人を傷つけずに……人を守ればいい」

 それが出来れば最良だろう。

 だが今の自分に、それができないことは身に染みて理解させられた。

 あの時――自分はアーチャーに殴りかかるつもりなど『なかった』のだから。

352: 2011/11/11(金) 00:09:11.99 ID:xjw3nf5Y0

五代「やっぱり……時間はないよな」

 立ち上がり、荷物の入った鞄に手をかけた。
 その時、タイミングを図ったように、五代の携帯が着信を告げる。

五代「……」

 知らない番号。無視することも出来たが。

五代「もしもし、五代で」

桜『五代さんですか!?』

354: 2011/11/11(金) 00:12:22.10 ID:xjw3nf5Y0


 五代の声を押しのけるようにして響いたのは、焦りを浮かべた少女の叫び。
 ただならぬ様子に、五代は鞄を放り出した。

五代「桜ちゃん? どうしたの、落ち着いて」

桜『助けて、助けてください! 先輩が、血塗れで』

 ぶつりと、通話が切れる。

358: 2011/11/11(金) 00:16:13.87 ID:xjw3nf5Y0
 つーつー、ととぼけた電子音を響かせる電話機を、五代はしばらく眺めていた。

 いたずらにしては、彼女の声は真に迫りすぎていた。

 五代の頭の中で、思考が渦を巻く。

 だが迷ったのは一瞬。

 バイクのキーだけを手に、彼は部屋を飛び出した。

369: 2011/11/11(金) 00:21:34.25 ID:xjw3nf5Y0
 その日、間桐桜が衛宮の家に居たのは、前日に出会った五代雄介という男のせいだった。

 この時期、外国から冬木にやってきた男。

 そして故意か偶然か、魔術師である衛宮士郎に接触した男。

 魔術師と疑う材料は十分だった。

378: 2011/11/11(金) 00:28:06.73 ID:xjw3nf5Y0

 御爺様に頼み込み監視用の虫を飛ばして貰えば、
 やはり常人ではなく、あの遠坂凛と互角以上の勝負をしている。

 桜は恐怖した。

 五代は、アレは自分の日常を打ち砕きに来た存在なのではないかと。

381: 2011/11/11(金) 00:31:35.76 ID:xjw3nf5Y0

 だけど、

五代『あれ、桜ちゃん? 早いね。ご飯作りに来てくれたの?』

五代『悪いね、お邪魔しちゃって。大丈夫、今日出て行くから』

五代『え、これ? いや、泊めて貰ったお礼に掃除でもと思って……』

 彼が悪い人でないことは、すぐに理解できた。


384: 2011/11/11(金) 00:35:10.89 ID:xjw3nf5Y0
 五代雄介は衛宮士郎と、自分の好きな先輩と『同じ』なのだ。

 他人に悪意を抱かず、誰かを助けたいと思える、とても好ましい人。

 だけど、異形には違いない。

 その不安が拭えず、桜はその日部活を休んで衛宮家に向かい、家主を待っていた。

 ――だが、それが裏目に出た。

386: 2011/11/11(金) 00:39:38.33 ID:xjw3nf5Y0
 今日は何の用事も無い筈なので、衛宮士郎は真っ直ぐ家に帰ってくる予定だった。

 だがどこかの誰かさんに弓道場の掃除を押しつけられた士郎は帰りが遅くなり。

 詳しいことは分からないが、制服に穴を空け、血塗れの姿で帰ってきた。

桜(サーヴァントだ)

 桜は怯える。もはや日常は打ち砕かれた。

388: 2011/11/11(金) 00:44:12.01 ID:xjw3nf5Y0


 士郎の体に残る神秘の残り香。紛れもなく聖杯戦争の参加者に襲われたということを明示している。

 何故か怪我は治療されていたが、記憶処置は施されていない――誰がこんな手抜き処置を。

 魔術師は、例外なく神秘の秘匿に執心している。

 謎の異形に襲われたという記憶持つ衛宮士郎は、再びサーヴァントに殺される。

396: 2011/11/11(金) 00:49:46.60 ID:xjw3nf5Y0

 だが自分にはそれを防ぐ手段がない。

 魔術は使えない。英霊には通じないだろうし、先輩に魔術師と知られることは耐えられない。

 ライダーを従える権利は兄が持っている。返せといって、あの兄が素直に聞くとは思えない。

 だから、桜が頼れるのはただひとり。

 遠坂凛以上の戦闘力を持ち、救いを求める懇願を拒めないであろう男。

397: 2011/11/11(金) 00:52:52.85 ID:xjw3nf5Y0
 そして名刺の番号に電話をかけ、ようやく繋がったことに安堵し、

槍「――よう。一晩で二度も氏ななきゃならねえとは、運が悪いなぁ坊主」

 間に合わなかったことに、絶望した。

士郎「桜……逃げろ」

 自分の目の前で、衛宮家の庭で、木刀を持った士郎と、ランサーのサーヴァントが対峙している。

398: 2011/11/11(金) 00:59:16.80 ID:xjw3nf5Y0
 自分を守ろうとしてくれた衛宮士郎は、英霊を前に二秒ともたなかった。

 胴体に槍を突き入れられ、土蔵の中に叩き込まれる。

桜「あ――」

 空中に、先ぱいの血がいっぱいナガレテイル。

桜「――あは、は」

 ――それで、感情のタガが外れた。

405: 2011/11/11(金) 01:09:21.26 ID:xjw3nf5Y0


桜「声は遠くに――私の檻は世界を縮る」

 架空元素の嵐が吹き荒れる。

 間桐桜。魔術師としての実力は皆無に等しい。

 なけなしの魔力さえも体内に宿す刻印虫に喰われている。

 それでも、回路の隅から隅までの魔力を掻き集め、渾身の一撃を放った。

406: 2011/11/11(金) 01:12:20.91 ID:xjw3nf5Y0

 だけど、それでも。

槍「なんだ、テメエも魔術師だったのか」

 サーヴァントには通用しない。

 対魔力に容易く吹き散らされる自身の全力に、涙が出そうになる。

 間桐桜の怒りも、涙も、あらゆる全てが、蹂躙される。

桜(力、もっと、私に力があれば)

413: 2011/11/11(金) 01:19:25.07 ID:xjw3nf5Y0

 そんな後悔も、猛速で迫る紅い槍の前には意味をなさない。

 だが――

槍「……何もんだテメエ? サーヴァントじゃ、ねえな?」

 ――少女の『願い』だけは届いた。

五代「――桜ちゃん。ごめん、遅くなった」

 赤の戦士が、槍兵の前に立ち塞がる。

599: 2011/11/11(金) 12:27:26.17 ID:xjw3nf5Y0

桜「あ――五代さん。ダメ、ダメです。だってもう、先輩は」

五代「分かってる。でも、まだ助かるかも知れない」

 言われて、はっとする。
 そうだ。もしかしたら、傷は浅いかも知れない。

 応急処置くらいなら自分にも出来る。救急車が来るまでもたせれば、もしかしたら。

423: 2011/11/11(金) 01:32:43.67 ID:xjw3nf5Y0
槍「そうだな。あの坊主、咄嗟に強化した木刀で俺の槍を受けた。
  呪ってもいねえし、いますぐ手当すりゃ助かるかもな」

 ランサーの言葉に、桜が僅かな希望を見出す。

 だが、とランサーは続けた。にぃ、と犬歯をむき出しにして笑いながら、

426: 2011/11/11(金) 01:40:21.69 ID:xjw3nf5Y0
 桜が土蔵に駆け込んでいくのを、尻目に、五代とランサーがぶつかり合う。

槍「最高だなぁおい! サーヴァントじゃねえ奴がここまでやるたぁ!
  ああ本気が出せる闘争なんざ夢みてえだ!」

 令呪の誓約から逃れ、重圧から逃れたランサーが嬌声をあげた。

五代「……っ!」

 対して赤の戦士は黙したまま、連続で翻る朱の軌跡を拳で迎撃する。

428: 2011/11/11(金) 01:42:54.96 ID:xjw3nf5Y0
間違えた>>426の前にこれが入る


槍「――だが、助からねえなぁ。確かに手当すりゃ助かるかもだが、
  ここで全員、俺に殺されちまうんだから」

五代「助かるよ」

 言ってから、五代は首を振った。言い直す。

五代「――助ける! 行け、桜ちゃん!」

429: 2011/11/11(金) 01:50:26.21 ID:xjw3nf5Y0

 桜が土蔵に駆け込んでいくのを尻目に、五代とランサーがぶつかり合う。

槍「最高だなぁおい! サーヴァントじゃねえ奴がここまでやるたぁ!
  ああ本気が出せる闘争なんざ夢みてえだ!」

 令呪の誓約から逃れ、重圧から逃れたランサーが嬌声をあげた。

五代「……っ!」

 対して赤の戦士は黙したまま、連続で翻る朱の軌跡を拳で迎撃する。

431: 2011/11/11(金) 01:52:27.15 ID:xjw3nf5Y0
 戦況は赤い戦士が不利だ。

 徒手空拳の戦士に比べ、槍兵はクラスに違わぬ必殺の武器を手にしている。

槍「さあどうした! 助けるんじゃあ無かったのかよ!?
  足掻けよ藻掻けよ! じゃねえと殺されちまうぞ!」

五代「……!」

 もはや槍の穂先は、紅い瀑布の如く降り注ぎ始めた。
 赤い戦士の反応速度を、上回る。

435: 2011/11/11(金) 02:00:18.26 ID:xjw3nf5Y0

五代「ぐぁっ!」

 とうとう戦士の防御をすり抜けた槍が、胸部装甲の一部を抉り取った。
 地面を転がり、縁側に叩き付けられる。

槍「……それが限界か?」

 槍を引き、転がる戦士を見ながらランサーが呟く。
 訝しげに、首を傾げた。

槍「ただの勘だが……お前にはまだ、"先"がある気がするんだがな」

440: 2011/11/11(金) 02:07:06.64 ID:xjw3nf5Y0
五代「……」

五代(出来るのか。今の俺に)

 仮に出来ても、制御できるのか。

 いまも五代はライジングフォーム――金の力を使っていない。

 こうして通常の赤の戦士を維持するだけで精一杯だ。

 おまけにこの姿すら、五年前ほどはもたない。

442: 2011/11/11(金) 02:12:14.73 ID:xjw3nf5Y0

槍「……出し惜しみしてんのか? なら、しゃあねえか」

 はぁ、と溜息をついて、ランサーは五代に背を向けた。

五代「……?」

 意図が読めず疑問符を頭上に浮かべる五代に対して、ランサーはこともなげに告げた。

槍「今から俺は全速力であの坊主と嬢ちゃんを頃しにいくぜ――そこで見物してろ」

444: 2011/11/11(金) 02:18:08.22 ID:xjw3nf5Y0
 ――思考する前に、体が動いた。

 手を伸ばす。今朝方使って、縁側に立てかけたままの竹箒を掴んだ。

 蒼い槍兵が駆け出す。速い。速いが――

 流水ならば追いつける。その後ろ姿を追いかけるように、腹の底から叫んだ。

五代「――超変身!」

448: 2011/11/11(金) 02:25:13.57 ID:xjw3nf5Y0
 背後から響く声を聞いて、ランサーは立ち止まった。

槍(そうだ、それでいい。勝ち負けなんざ二の次。つまらねえ任務は三の次だ)

 ランサーの真名はクー・フーリン。アイルランドの大英雄。
 その生涯は闘争に彩られ、そして闘争によって生涯を閉じた。

 よって、その価値観は闘争に根ざす。

 彼にとっては戦いこそが全てなのだ。

451: 2011/11/11(金) 02:29:47.92 ID:xjw3nf5Y0


槍「だが……なんだそりゃ、猿真似か?」

 自分の頭上を飛び越えてきた戦士をみて、槍兵は苦笑を浮かべる。

 蒼く、そして長物を手にした戦士。

 自分と瓜二つ。それで対抗しようというつもりか。

槍「いいねぇ。槍使いとしてのプライド、くすぐられちまうぜ」

459: 2011/11/11(金) 02:54:26.52 ID:xjw3nf5Y0

 戦闘が再開する。

 お互いに得物が届き合う間合い。蒼の戦士と槍兵は、持ち前のスピードを活かして立ち回り続ける。

 技量はランサーが上。速度もまだ槍兵に分がある。

 しかし、食いついてくる。

槍「――ぉ」

 得意の槍の間合いで、自分が突き放せない。

 それは、有り得ない槍裁きだった。

461: 2011/11/11(金) 03:03:06.20 ID:xjw3nf5Y0
槍「――ぉお」

 師たるスカアハより学んだ槍の絶技は世界最高。

 過去から未来に至るまでを見渡しても、自身に届く槍使いなど三人も居ないだろう。

 だが、こいつは。

 この戦士は、食いついてくる。

464: 2011/11/11(金) 03:10:27.05 ID:xjw3nf5Y0

槍「――ぉぉおおおおおおおお!」

 歓喜に次ぐ歓喜。狂喜に次ぐ狂喜。ランサーは夜天の下、雄叫びをあげた。

 気概だけでクー・フーリンに届こうとする者など、生前ではいなかった。

 この最高が、もうすぐ終わってしまうのが残念でならない。

槍「――名乗れよ、戦士」

 最後の一合を打ち合った後、滑るにように後ろに退いた槍兵がささやく。

468: 2011/11/11(金) 03:16:50.31 ID:xjw3nf5Y0
槍「今宵は俺が喚ばれてから二番目に最高の時だ。
  ああ、マジな話氏んでもいい。殺せたら最高だ。だから名乗れよ。
  お前の名を心臓に刻ませてくれ。クランの猛犬、クー・フーリンの心臓に」

五代「……?」

 蒼い戦士は困惑する。

 先ほどまでとは打って変わって、どこか礼儀正しさまで感じる槍兵の態度に。

472: 2011/11/11(金) 03:31:40.11 ID:xjw3nf5Y0

 対して、五代の途惑う気配を察したのか、ランサーは笑った。

槍「さっきの反応で予想はしてたが……アレか。
  他人を助ける為には戦えるが、それ以外だとからっきし、ってタイプか」

五代「……」

 見透かされている。
 無言を肯定と取ったのか、ランサーは返答を待たずに続けた。

476: 2011/11/11(金) 03:38:32.23 ID:xjw3nf5Y0

槍「気にすんなよ。俺に関していや、きっちりと悪党だ。
  ただ悪党でも大切にしているものはある……とか言うと戦いにくくなるのか。
  あー面倒くせーな! よし分かりやすしてやっか」

 そう言って、ランサーは宙に指を躍らせた。

 赤い軌跡が、文字を模る。

478: 2011/11/11(金) 03:47:13.42 ID:xjw3nf5Y0
槍「アンサスのルーンだ。火の力を秘めている。こいつを――」

 宙に浮遊する文字を、ランサーが指で弾く。
 力を加えられた赤い模様は、宙を飛んで土蔵の壁に張り付いた。

槍「――あの坊主達がいる建物に刻んだ。一分後、あの建物は発火して崩れ落ちる」

482: 2011/11/11(金) 03:51:38.67 ID:xjw3nf5Y0
五代「……!?」

 慌てて振り返る五代。
 だがその横を、さらに別のルーンが飛んでいった。土蔵の扉に張り付く。

槍「これは不動の土を表すオシラのルーン。もうあの扉は開かねえよ。
  ――さて、これでもアレは原初のルーンだ。一分で向こうかは出来ねえ。
  テメエが二人を救うには、俺に名乗って、俺を倒すしかないわけだが」

487: 2011/11/11(金) 03:56:38.72 ID:xjw3nf5Y0


五代「なんで――なんでこんなこと!」

槍「あと三十秒ー」

 五代の絶叫を、にやにやと笑ったランサーが遮る。

槍「お膳立てはしてやったんだ。もうくだらねえ問答なんざやめようや。
  ……さもねえと、テメエは無駄氏にになるぞ」

 人懐っこい笑みを捨て、ランサーが狂犬の貌を剥き出しにした。

491: 2011/11/11(金) 04:01:31.30 ID:xjw3nf5Y0

五代「……」

 納得は出来ない。
 この槍兵が根っからの悪人だとも、思うことができない。

五代「……っ」

 だが横目で土蔵を確認すれば、そこには燦然と光る氏の模様。

492: 2011/11/11(金) 04:04:07.96 ID:xjw3nf5Y0
 分からない。分からない。分からない。

 ――じゃあ、分かることは?

五代「――あの子達の笑顔を、守りたい」

 士郎君も、桜ちゃんも。
 笑顔で生きていて欲しい。それは嘘偽りの無い、五代の本心だ。

495: 2011/11/11(金) 04:08:16.07 ID:xjw3nf5Y0
五代「――クウガ、五代雄介」

 覚悟を決めた。

槍「――ランサー、クー・フーリン」

 それは相手も同じ。決着が、訪れる。

 先に動いたのは、槍兵だった。

499: 2011/11/11(金) 04:13:40.11 ID:xjw3nf5Y0
槍「刺し穿つ――」

 槍を大きく引き込み、必殺の一撃を見舞おうとする。

 対して、戦士は動こうとしない。

五代(力では……敵わない)

 ならば真っ正面からぶつかり合えない以上、相手の一撃をいなしてカウンターを入れるしかない。

501: 2011/11/11(金) 04:20:56.91 ID:xjw3nf5Y0

 ――五代雄介は、ランサーの宝具を知らなかった。

槍「――氏棘の槍!」

 槍が奔る。速い。今までの攻防で一番速かった。

 だが一番速いと予想していれば回避できる。

 蒼の戦士は携えたロッドで朱槍の軌道をずらし、間合いの内側に踏み込み、

 ――背後から戻ってきた槍の切っ先に、心臓を貫かれた。

507: 2011/11/11(金) 04:28:11.33 ID:xjw3nf5Y0
五代(槍が……曲がって……!?)

 薄れ行く意識の中で、昔の記憶を思い出す。

 大学時代。考古学を専攻していた友人がアイルランドの神話について話してくれたことがあった。

 ゲイ・ボルク。その名前は、確か――

五代(絶対に……心臓を貫く槍)

 回避など無意味。文字通り"必殺"の槍。

509: 2011/11/11(金) 04:32:10.67 ID:xjw3nf5Y0

 もっと早くに思い出すべきだった。

 だが、もはや後悔しても遅い。

槍「……戦士クウガよ。心臓、確かに貰い受けたぜ」

 どこか寂しげな槍兵の声を最後に。

 五代雄介の意識は、闇に落ちた。

514: 2011/11/11(金) 04:36:17.71 ID:xjw3nf5Y0
 ――そして、次の瞬間。

槍「あ?」

 ランサーが疑問の声を上げる。
 自身の槍は必殺。それをまともに食らった相手は確かに氏んだ筈。

 だがそれならば、何故――目の前の戦士が、自分の霊核にロッドを突き立てているのか。

空我「……」

 この、黒い瞳の、戦士は。

522: 2011/11/11(金) 04:46:52.22 ID:xjw3nf5Y0
 次に五代雄介が目を覚ましたのは、ベッドの上でのことになる。

五代「……?」

 見知らぬ天井。状況を確かめる為に起きあがろうとするものの、、
 何故か体が赤い布でぐるぐる巻きになっていて、ベッドを軋ませるだけに留まった。

 ――と、脇から声が響く。

525: 2011/11/11(金) 04:53:39.88 ID:xjw3nf5Y0

士郎「五代さん、目を覚ましたのか!? 良かった……!」

五代「士郎君? ……っ、無事、なのか?」

 ランサーに自分は負けた筈。ならば何故。
 だが五代の台詞に、士郎はさらに声を張り上げた。

士郎「それはこっちの台詞だ! 五代さん、心臓に穴が開いて……!」

言峰「――さて、病人の前では静かにして欲しいものだがな」

532: 2011/11/11(金) 05:01:43.52 ID:xjw3nf5Y0

 新たに乱入してきたのは、黒衣に身を包んだ神父だった。
 べたべたと五代の体を触りまわし、赤い布が緩んでいないかを手早く確認していく。

五代「……お医者さん?」
 
言峰「似たようなものだ……ふむ、意識はあるか。少年、手空きなら凛を連れてきてくれ。
   あちらも大方の刻印虫は取り除いた。あとは経過を見るだけだ」

士郎「あ、ああ。分かった」

601: 2011/11/11(金) 12:34:52.36 ID:xjw3nf5Y0

言峰「さて、凛が来るまで数分といったところか」

 士郎が出て行って、扉が閉まった後。
 言峰綺礼と名乗った人物は、酷薄な薄笑いを浮かべて五代に向き直った。

五代「言峰さんが、助けてくれたんですか?」
言峰「その質問は、根底から間違えている」

 笑みを絶やさぬまま、神父は、

言峰「何故なら君はまだ助かってなど居ないのだからな、リントの戦士」

 そんな不自然な言葉を、まるで息でもするかのように吐いた。

606: 2011/11/11(金) 12:54:18.23 ID:xjw3nf5Y0
五代「……え」

 絶句する。
 それは自分の知る医者とは180°違うこの男の態度にか、それとも、

言峰「何故、私が君の腹に埋まる霊石アマダムのことを知っているか、かね?
    それともまだ己自身が助かっていないという事実に驚愕したのか。
    果てまた――君がもはや助からぬ身であると、君自身も承知しているからか」

 自分の全てを見透かされている。そんな錯覚を覚えたからか。

五代「……俺の記憶を読んだんですか?」

 魔術師はそんなこともできると凛から聞いていた。

言峰「――そこまで趣味は悪くない。単に、昔取った杵柄というだけのことだ。
   リントの遺産の内、いくつかは聖遺物として教会に保管されているのだから。
   そしてやはり、君は自分の体のことを知っているのだな」

五代「……はい」

611: 2011/11/11(金) 13:15:14.09 ID:xjw3nf5Y0

言峰「――ならば私から言うことはない。
    しいて医者の立場から言わせて貰うのなら、二度と変身はしないことだ。
    これ以上戦えば、遠からず君の望みは叶わぬものとなる」

五代「俺の、望み……?」

言峰「"氏ぬことすら難しくなる"……そう言っているのだよ、五代雄介」

 五代は息を止めた。

 突き付けられる、最悪の答え。

言峰「すでに君は、心臓を貫かれた程度では氏ぬことが出来なくなっている。
    変身する度に肉体の強度は、生命力は、再生能力は上がっていく。
    やがては自害すらままならぬほどに、だ」

五代「……予想は、していました」

言峰「だが覚悟はできていなかった。違うかね?」

五代「……」

618: 2011/11/11(金) 13:36:51.41 ID:xjw3nf5Y0
 場に落ちる、沈黙。 

言峰「……気に病むことはない。少なくとも、私はそんな君を好ましく思うよ」

 ぽん、と言峰の手が、慰めるように五代の肩を叩いた。 
 困惑する五代に、神父は優しく、努めて優しく言葉を重ねていく。

 それはまるで、煮え滾った汚泥のように甘く。

言峰「君のしたことは人道的な見地から見ても立派なことだろう。
    五年前の未確認生命体事件でも、君に救われた人は大勢いたはずだ。
    恐怖を拒絶するのではなく、それにひたすら耐えて戦う君の姿を、私は賛美する」

 そう言って、神父はニコリと笑みを浮かべた。

五代「あ……」

 五代は何か言おうとして、喉に言葉を詰まらせた。

 真っ正面からの賞賛に、

 神父から感じる、拭いきれぬ違和感に、

 声帯は麻痺し、舌が凍り付いた。

628: 2011/11/11(金) 13:58:20.51 ID:xjw3nf5Y0
 その時部屋の扉が開いて、凛が入ってきてくれたのは幸運だった。

凛「来たわよ、綺礼。彼、目を覚ましたんだって?」

言峰「……ふむ。今回はここまでか」

 ベッドの傍に立っていた神父の巨体が離れていくのを、五代はほっと見送った。

言峰「凛。私は席を外す。あと三十分ほどしたら彼の聖骸布を外し、出て行くがいい。
    ここは中立地帯であり、サーヴァントのマスターがいても良い場所ではない」

凛「言われなくても出てくわよ」

 ひらひらと手を振る凛に、言峰は苦笑を浮かべて部屋から出て行く。
 入れ替わりに入ってきた士郎が、何故か神父を横目で睨み付けたのが気になったが。

 凛が肩を竦めながら、横たわる五代に話しかけた。

凛「……あんた、綺礼に何かされなかった?」

631: 2011/11/11(金) 14:11:40.91 ID:xjw3nf5Y0
五代「え? 何か、って……」

 思い出すのは神父の言葉だ。何故か、自分の行いを手放しに褒めてくれた。

凛「あいつはね、人の傷を抉るのが大好きなサド野郎なのよ。
  だから何か変なこと言われても聞き流して相手にしないこと。衛宮君もね」

士郎「遠坂。俺は、別に……」

 不満げに反論する士郎。だが五代はそれを遮って疑問をぶつけた。

五代「待った。先に教えてくれない? あれからどうなったのか。
   凛ちゃんが何でここにいて……桜ちゃんは、どうしたの?」

凛「……一応、桜は無事よ。あれから色々あったの」

 桜という名前に、少しだけ表情を暗くして。
 遠坂凛は、ここに至るまでの事情を話し始めた。

 五代がランサーと相討ちになったこと。

 その直後に士郎がセイバーを召喚し、
 その魔力の波動を察知した凛とアーチャーが駆けつけたこと。

 刻印虫によって苦しみ始めた桜と、驚くべきことにまだ息のあった五代を助けるため、
 士郎と凛が一時休戦して、霊媒医師である言峰綺礼の教会まで運んだこと。

636: 2011/11/11(金) 14:33:55.99 ID:xjw3nf5Y0

五代「俺が、ランサーを……?」

凛「遠目だったから、細かい状況はよく分からないけど……
  でもあんたが倒したのは確かよ。心臓を貫かれながらも、カウンターに持ち込んだ。
  覚えてないの?」

五代「いや……全然」

 記憶も、実感もない。

 ――それが空恐ろしい現実を暗示している気がして。
 耐えられず、話題を逸らした。

五代「それよりも桜ちゃんだ。刻印虫って……」

凛「……桜の家はね、魔術師の家系なの。
  刻印虫は、宿主の魔力を食べて生きる寄生虫。
  あの子、なけなしの魔力で魔術を使ったから、刻印虫が魔力の代わりに肉体を蝕み始めたの」

士郎「桜に……あんなものを、埋め込むなんて……!」

641: 2011/11/11(金) 14:58:17.48 ID:xjw3nf5Y0
 ぶるぶると怒りに震える士郎。

 彼らの共有していた日常の一端を知るだけに、五代も表情を歪めた。

五代「士郎君……」

凛「……あんたもそんな顔しないの。大丈夫だっていったでしょ。
  綺礼が自分の魔術刻印を犠牲にして、大部分は摘出してくれた。
  あとは安静にしていれば持ち直すわ」

五代「そうか……良かった」

 五代がほっと全身の力を抜いてベッドに倒れ込む。
 その様子を一瞥すると、凛は顔を背け、一度口を閉ざした。

凛「……衛宮君に聞いたんだけど。
  あんた、桜にお願いされて助けにいったんだって?」

五代「え、あ、うん。桜ちゃん、必氏だったからね」

凛「そう……」

 再び、沈黙。

 昨日の昼間、聖杯戦争に関わることに関しての問答について
 何か言われるのではないかと思っていた五代は不自然な沈黙に眉をひそめる。

凛「その……まあ、昨日はアーチャーと色々あったけど。
  桜がランサーに殺されなかったのは、その……」

646: 2011/11/11(金) 15:11:11.93 ID:xjw3nf5Y0


士郎「あ、そうだ。まだ言ってなかった。
    五代さん、ランサーから守ってくれて、ありがとう。
    俺も桜も、氏なずに済んだ」

凛「……っ!」

 なにやらもの凄い勢い、プラス怖い顔で士郎を睨み付ける凛。
 
 士郎は本気で怯えていた。

士郎「ど、どうしたんだよ遠坂。
    俺、なんか不味いことやったか?」

凛「……別に? ふん、衛宮君、そろそろその人の聖骸布、外してあげなさい。
  着替えはそこ。私は外で待ってるから、なるべく早くね」

 そう言って、ずんずか部屋から出て行くと、バタン! と乱暴にドアを閉めた。

五代「……なんか機嫌悪かったね」

士郎「……厄日だ。俺のイメージがガラガラと崩壊していく。
   っていうか遠坂の奴、五代さんのことあんたって呼んでましたけど……
   五代さんもなんかやらかしたんですか」

五代「昨日の昼間の件かなぁ……ま、いいけどね。
   じゃ、士郎君。とにかくこの布、頼むよ」

648: 2011/11/11(金) 15:17:43.62 ID:xjw3nf5Y0
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 凛と士郎が五代の部屋に入っていくのと入れ違いに廊下にでた言峰綺礼は、
 穏やかな笑みを崩さずに呟いた。

言峰「……五代雄介。とんだイレギュラーだが、しかし思わぬ名優でもある」

 人でなくなる恐怖をはね除けられる強さはなく、しかし同じ恐怖に耐える気概を持っている。

 絶妙なバランスだ。言峰はその精神性を、心より楽しんでいた。

 懸命に藻掻く五代の生き方を。

 必氏に足を動かす、羽虫のような氏に様を。

 ――言峰綺礼は、心から楽しんでいる。


651: 2011/11/11(金) 15:29:56.31 ID:xjw3nf5Y0


言峰「本当に――感謝するぞ、五代雄介。
   お前自身もさることながら、ここに私の愉悦が揃った。
   衛宮の後継、師の忘れ形見、そして――」

 言峰はドアを押し開けた。
 そこには毛布にくるまって怯えている少女の姿。

桜「……嫌……嫌……先輩に、知られた……
  汚い体を、虫のことを知られちゃった……」

言峰「……そして、偽りの聖杯」

 実に――素晴らしい。

 懐から剣を引き抜く。歪な形をした刃。

言峰「情報一つと引き替えに借り受けたものでね。
    これでも宝具だ。『切りたい物だけを切る』という幻想が込められている」

 原典であり、担い手のない宝具。
 だからこそ、使い手を選ばず、所有者から正式に借り受ければ、それは効力を発揮する。

 びくりと、目の前の少女が――

桜?「……キサマ」

 否。少女の中の老魔術師が反応した。

655: 2011/11/11(金) 15:42:31.56 ID:xjw3nf5Y0
言峰「時計の針を進めよう。貴様は退場だ。
    私が頃す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す――」


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 同時刻。深山町、路上にて。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、恐怖していた。

 衛宮士郎に会うために、大英雄を従えて夜の街を徘徊していた彼女は、
 
金「よって、貴様らは退場だ。半神と白き聖杯」

 その大英雄すら超越する、最古の英雄王に遭遇していた。

金「セイバーが再び現界した以上、我が待つこともない。
  そして、貴様の色は我の好みに合わぬ」

 つかつかと歩みを進める、彼女の知らぬサーヴァント。
 その背後で彼女のバーサーカーが倒れ、薄れて消えていく。

イリヤ「嫌だ……バーサーカー……バーサーカー!」

 有無を言わさぬ、金色の腕が彼女の首を捉える。

656: 2011/11/11(金) 15:51:49.28 ID:xjw3nf5Y0


金「――こちらは終わったぞ、言峰。後始末をしておけ」

 血に汚れた鎧姿から平時の衣装に戻ったギルガメッシュが、念話で仕事の終わりを告げる。

金「――そちらも終わったか。ならば残りは女狐が二人に、門番と贋作者が一人ずつ。
  ふむ、今晩中に片づくであろうが――何?」

 何を言われたのか、ギルガメッシュの顔に怒気が浮かんだ。

金「――我に命じる気か、言峰。セイバーを前にして、まだ動くなと?
  わざわざ我の財を貸し与えたのは、そのような戯れ言を口にさせるためではないぞ」

 さらに、念話。ギルガメッシュの表情が、苦い物に変わる。

金「――ちっ。ならば手早くすませろ。我好みの聖杯になるように、な」

 そして、英雄王は夜闇に姿を溶かした。
 

663: 2011/11/11(金) 16:05:27.16 ID:xjw3nf5Y0
 教会の入口前で、彼らは別れることにした。

凛「……桜を助けて貰ったことには感謝してるけど、
  まだ聖杯戦争は続いているわ。なら、私たちは敵同士よ」

 そんな凛の主張に士郎は食い下がったが、結局凛は折れず。
 二人の同盟は、ここに解消される。

凛「……それで、あんたはどうすんの? 五代雄介。
  確かにもう十分すぎるほど関わってしまっているけど、
  毒食わば皿まで、なんて捨て鉢な考えでこのまま関わり続けるつもりじゃないでしょうね」

五代「もちろん、違う。凛ちゃん、アーチャーは今いるかな?」

 五代の問いかけに凛が応えるよりも早く、虚空から赤の弓兵が現出した。

弓「……答えは見つかったのか、若造」

五代「いいや」

 五代は首を振った。弓兵が備える、鷹の目の如き眼光が鋭さを増す。

五代「答えを見つけない。それが俺の答えだ」

666: 2011/11/11(金) 16:23:00.38 ID:xjw3nf5Y0

弓「……なにを」

五代「答えを見つけたら、俺はそこで満足しちゃう気がするんだ。
    きっと動く前に、頭で考えて結論だけ出して、動けなくなると思う。
    でも、動かなきゃ分からないことの方が多いじゃないか。
    ランサーはただ悪い奴じゃなくて、凛ちゃんや士郎くん、桜ちゃんは良い子だった。
    関わらなくちゃ、そんなことは分からなかった」

 分からないまま、答えなど出せるか。

五代「それに――どうしたって、俺はたぶん関わり続けちゃうと思う」

 苦笑を浮かべて、五代は自分の行動を思い出す。

 桜からの電話。ランサーの挑発。
 どれだけ迷っていても、最後には動かざるを得なかった。

五代「だから、俺は答えの分からないまま、この戦争に関わり続けるよ。
    敵は絶対に頃すとか、絶対に殺さないとか、そんなのは思考停止だと思うから」

668: 2011/11/11(金) 16:32:56.35 ID:xjw3nf5Y0


弓「ならば、頃す覚悟はできたということか」

 関わり続けて、相手によって対処を決めるというのなら。
 それは、頃すことすら行動予測の中に含めるということだ。

 五代は頷いた。

五代「耐えてみせる」

 傷つけることを、頃すことを"仕方ないこと"だと割り切らず、
 その重みを、ひとつひとつ、全て受け止めて戦おう。

弓「……」

 弓兵は無言で五代に背を向けた。
 もはや言うことはないということらしい。

 呆れ果てて見放したのではなく――それ以外の理由で。

672: 2011/11/11(金) 16:49:42.35 ID:xjw3nf5Y0


 その背中に、五代は声をかけた。

五代「サーヴァントは喚びだした人に似るって聞いたけど本当なんだね」 

 ぴくりと、弓兵の肩が動く。

弓「……どういう意味だ?」

五代「だって、俺のことを心配してくれてたんでしょ?
    じゃなきゃ何の関わりもない俺のことなんて放っておくだろうし……」

弓「……」

 やはり、弓兵は無言のまま。

 逃げるように霊体に戻り、歩み去っていく主の後を追っていった。

674: 2011/11/11(金) 16:57:17.06 ID:xjw3nf5Y0
 ――ライダーのサーヴァントが暴れ出したのは、その二日後のことだった。

 五代はあれから毎晩を新都のパトロールに費やし、
 士郎は深山町側をセイバーのサーヴァントと共に見回っていたが、
 ライダーのサーヴァントが出現したのは、あろうことか夕暮れに近い学校でのこと。

 ホテルの部屋にいた五代の携帯に士郎から連絡があり、五代はその事件を知ることとなった。

五代「それで、そっちは大丈夫なの?」

士郎『俺と遠坂は大丈夫です……だけど、セイバーとアーチャーが』

 もたらされる驚愕の事実。

 場所が場所なので、なし崩し的に再び共闘関係を結んだ士郎と凛だが、
 なんとライダーのサーヴァントは、セイバーとアーチャーの二人がかりでも圧勝して見せたらしい。

凛『あのサーヴァント、暴走してるわ。最初見た時は、バーサーカーのサーヴァントかと見誤ったくらい。
  おそらくマスターに問題があるんでしょうね。
  心当たりがひとりいるから、とっちめて吐かせてやる』

 士郎から受話器を奪って、凛が息を巻いた。

677: 2011/11/11(金) 17:06:15.24 ID:xjw3nf5Y0
五代「分かったよ。俺もそっちに――」

凛『……いえ、あんたには別の仕事を頼みたいの。
  危険な仕事なんだけど……あんたにしか頼めない』

 凛が状況をさらに詳しく説明する。

 ライダーは暴走を続けており、このままでは無差別に人を襲いかねない。
 事実、学校では人を溶かして吸収するという凶悪な結界を展開したという。

凛『それは全員軽症で済んだけど、たぶん次はそうもいかない。
  だけどセイバーとアーチャーは怪我を負って動けない。
  私たちがマスターと令呪を押さえてる間、誰かがライダーのサーヴァントを押さえてないと』

五代「それを、俺に?」

 ランサー相手に相討ちが限界だった自分に、サーヴァント二体分以上の強さを誇る英霊を止めろと。

凛『……卑怯な頼み方だってことは理解しているつもりよ。
  でも、もうサーヴァントに対抗する手段はあんたしかいないの。だから』

五代「いや、分かった。大丈夫。絶対に止めてみせるから」

 ぴっ、と携帯の通話ボタンを押し、通話を切った。

682: 2011/11/11(金) 17:21:28.99 ID:xjw3nf5Y0

 夜。新都の高層ビル、屋上。五代はそこに立っていた。今度はきちんとドアから侵入している。

 この辺りで一番高いビルを選んだ為、四方の視界はクリア。

 凛を仲介して言峰に頼み、このビルは現在、無人となっている。

五代「これで巻き込む心配はない――かな?」

 いや、と五代は首を振った。その考えは甘い。

 相手は最終的に、宝具で校舎を半壊させたという。

 ランサーが使った対人宝具とは違う、大破壊を目的とした宝具。
 宝具を使わせない戦いを、しなければならない。
 
 五代は給水塔に飛び上がる。手にはモデルガン。
 念のためにと、初日に寄った玩具店で購入しておいたもの。

 変身の構えを取る。
 言峰に変身の危険性は指摘されていたが、しかし。

五代「――変身!」

688: 2011/11/11(金) 17:33:52.84 ID:xjw3nf5Y0

 冬木市の上空1km。

 雲すら眼下に睥睨するその高見に、ペガサスに乗った黒の騎乗兵が存在する。

 その肌は病的なまでに白く、そしてまるで血管のような筋が、肌や服を問わず全身に走っていた。

 彼女はマスターに与えられた命令を実行するために存在する。

 全てのサーヴァントを殺せと。その為に、サーヴァントを誘き寄せるために騒ぎを起こせと。

 先ほど遭遇した二体のサーヴァントには令呪のサポートで上手く逃げられてしまったが、
 しかし次は仕留められるだろう。

 満ち溢れんばかりの魔力。最強と自負する宝具を、好き放題に行使できるのだから。

 さあ、次だ。

 感じられるサーヴァントの気配は山の頂上に二体。

 自分の愛馬を使えば、山頂を消し飛ばすくらいは出来るはず。

 そう、命じようとして。

騎「……!」

 足下より迫る、鋭い針のような一撃に気付き、咄嗟に迎撃をした。

693: 2011/11/11(金) 17:49:20.52 ID:xjw3nf5Y0
五代「……外した!」

 ボウガンを構えた緑の戦士が、驚愕の声を上げる。

 霊核を狙った一撃は、しかし相手が自身の腕を一本犠牲にすることで回避された。

 それでも、本来ならば弾丸に込められたエネルギーが霊核まで届き、敵を破砕したはず。

 だが相手はどうやら奇妙な肉体をしているらしく、エネルギーが届く前に体を修復しきってしまった。

 敵意がこちらを向く。緑の戦士の超感覚がそれを捉える。

 だが――もはや、緑の戦士にはそれを迎撃する術はない。

 ボウガンを捨て、赤の戦士に戻る。

 同時、雲が裂けた。

 騎英の手綱。極光を纏い、ライダーのサーヴァントが体当たりを仕掛けてくる。

 魔力で水増しされた質量をもってすれば、このビルは跡形も残らないだろう。

五代(……青でも紫でもダメだ。迎撃するには……)

 黒か、最低でも金の力が必要だ。

 だが――制御云々の問題の前に。

 その力を使って迎撃すれば、新都は消し飛ぶだろう。

708: 2011/11/11(金) 18:09:26.69 ID:xjw3nf5Y0

五代「ダメだ。やっぱり剣で――」

 そうして、五代が他にも用意していた変身用の道具を手に取ろうとしたとき。

 懐かしい、音を聞いた。

五代「……え?」

 有り得ない音だった。もう二度と聞けないと思っていた音だった。

五代「だって、あの時」

 確かに壊れて――砂になってしまったはずの相棒。

715: 2011/11/11(金) 18:18:26.23 ID:xjw3nf5Y0
 高層ビルの壁面を、異形の二輪が駆け上る。

 その様は以上だ。乗り手はなく、重力に逆らった走行。

 リントによって製造された馬の鎧。ゴウラム。

 それはいまやビルの前に停められていた主のバイクを取り込み、その本来の役目を果たしそうとしていた。

五代「ゴウラム?」

 駆け上ったままの勢いで、転落防止用のフェンスを跳び越え姿を表すその姿に、
 五代は呆然として名前を呼んだ。

五代「お前、どうして」

 その痛々しい姿から、目が離せない。

724: 2011/11/11(金) 18:28:13.57 ID:xjw3nf5Y0

 ゴウラムは壊れかけていた。

 あちこちに罅が入り、縁は欠け、隙間からはさらさらと砂が零れ続けている。

 ――ゴウラムには安全装置が仕掛けられている。

 クウガが人の心を失ったとき、その力を悪用されないよう、砂と化して自壊する。

五代(だからこいつは――あの時。三年前の、あの時に)

 そう。五代雄介は、一度その氏に様を見ている。

 ランサーとの戦いの前に。世界中を旅していた、三年前の、あの日。

 クウガは、空我へと――我を失った闇の戦士へと、墜ちている。

五代(――その後、俺が戻れたから?)

 ならば、このゴウラムの状態は、いまの自分を表しているというのか。

 変身する度に、自分が人であることを忘れてしまいそうな――こんな自分に。

730: 2011/11/11(金) 18:37:01.51 ID:xjw3nf5Y0

五代「……ダメだ」

 ゴウラムのこの惨状が、自分の状態の鏡写しであるというのなら。

 ボロボロの自分同様に、コイツもボロボロの筈。

 おそらく――あの騎乗兵とのぶつかり合いには耐えられない。

五代「やっぱり俺一人で――いてっ!」

 突如の衝撃に五代は尻餅をついた。

 ゴウラムに体当たりされたのだ。

 見ると、ゴウラム背部装甲の球体が、激しく点滅していた。

 ――自分を使えと、抗議するように。

734: 2011/11/11(金) 18:53:01.82 ID:xjw3nf5Y0

 給水塔の壁面をジャンプ台とするように、赤の戦士を乗せたゴウラムバイクが飛び立った。

 元になったオフロードバイクに、かつて五代が乗っていたビートチェイサー程の出力はない。

 だが――変わらない。

 どれだけボロボロになっても。

 この装甲の頼もしさは、変わらない。

五代「行けぇ――――ッ!」

 眼前に光が迫る。

 騎乗兵の繰るペガサスと、戦士の駆る意思持つ鎧が激突する。

 轟音。飛び散るのは石の欠片。

五代「……ぐ、うぅぅうう!」

 押されているのは、戦士の駆る鐙。

 ギリシア神話に端を発するメデューサに比べれば、ゴウラムの神秘の格は劣る。

 バイクという、近代の車両を取り込んでしまっていることも原因だ。

 その結果が、これ。

 ゴウラムの装甲が歪み、点滅する球体からはピシピシと不吉な音が響く。

739: 2011/11/11(金) 19:04:04.45 ID:xjw3nf5Y0

 ゴウラムの突進の勢いが殺されていき。

 だんだんと、高度が下がっていく。

騎「■■■――!」

 声ならぬ声を上げる騎乗兵。

 瞳は奇妙なマスクで隠れているが、しかし――正気でないのは確かだ。

五代「……負けられない」

 だから、戦士は呟いた。

 目の前の騎乗兵は、すでに人の心を失っている。

 黒い戦士――かつての自分と、重なった。

 人の心を保とうとしている自分が、人の心を失ってしまった相手には。

五代「負けらるか――!」

 闘争心に応えて、アマダムが唸った。

 霊石が戦士をより強くしていく。より、人でない存在へと近づけていく。

 応じて、ゴウラムも光を放った。

 戦士の状態に会わせて、失われた力を取り戻す。

742: 2011/11/11(金) 19:19:21.10 ID:xjw3nf5Y0
 ゴウラムの装甲は肥大し、その色は雷を彩った。

 金の力――ライジング・ゴウラム。

 かつての黄金の輝きを取り戻した戦士の鎧は、騎乗兵を押し返す。

騎「■■■――!?」

五代「誰かに負けるのは良くても、お前だけには負けられない――!」

 ここに来て力関係は逆転。

 白の魔獣を、金の装甲が押し戻していく。

 高度は最初の1キロを超えさらに上昇。あわや成層圏にまで届こうかという勢い。

五代「このまま押し込めば!」

 サーヴァントとは本来あり得ぬ幻想。
 聖杯の元でなければ、満足に力を奮うことは出来ない。

 上空。あまりにも高すぎる、空。聖杯の加護すら届かぬそこはサーヴァントにとっても氏地である。

 だから、戦士はビートゴウラムをさらに加速させ、

騎「――自己封印・暗黒神殿」

 騎乗兵は、二番目の切り札を切った。

744: 2011/11/11(金) 19:28:15.49 ID:xjw3nf5Y0
 ライダー――メデューサは三つの宝具を持つ。

 他者を溶解して吸収する他者封印・鮮血神殿。

 竜以外のあらゆる幻想種を従え、力を引き出す騎英の手綱。

 そしてメデューサの代名詞でもある石化の魔眼を封じる自己封印・暗黒神殿である。

 正方形という異形の瞳孔が収縮し、ノウブルカラーの名を冠する魔眼が解き放たれる。

 石化の魔眼。それに抵抗するには一定の魔力が必要だ。

 だが――クウガは神秘を備えていても、魔力は備えていない。

746: 2011/11/11(金) 19:36:57.13 ID:xjw3nf5Y0
五代「そん――な」

 ゴウラムの輝きが消え失せた。

 まるで砂の城が水で侵されていくように、雷の黄金が石の灰色に置換されていく。

 ――力を失った鎧など、もはや鎧にあらず。

 押されていたペガサスが、息を吹き戻し。

 戦士の鎧だった石像は、刹那ともたずに打ち砕かれた。

751: 2011/11/11(金) 19:51:39.89 ID:xjw3nf5Y0

 砂と、石の礫が爆散し、宙を覆った。

 その中を白い閃光が奔った。騎乗兵のペガサスが、駆け抜ける。

騎「■■■――!」

 勝利の雄叫びを上げる石化の魔物。

 次の標的は、眼下の高層ビルだ。

 鎧を打ち砕いた勢いそのままに、騎乗兵は突進を続行しようとし、

 ――背後に、どうしようもない悪寒を感じた。

 己のペガサスの上に、異物がある。

 びりびりと、小さな放電が生じた。

757: 2011/11/11(金) 20:03:59.99 ID:xjw3nf5Y0

 ゴウラムは金の力を取り戻した。

 ならば――その合わせ鏡となる戦士が、取り戻せぬ筈もなく。

五代「……ここなラ、セイギョを気にする必要もナい」

 赤の鎧に金の縁取りがされた装飾。

 ライジングマイティフォーム。雷の力を秘めた戦士がライダーの背後、ペガサスの上に立っている。

 だが、その戦士は異常だ。

 片目が黒く、片目が赤い。

 凄まじき戦士の片鱗。黒の力が――漏れだしていた。

 蘇った愛機を再度打ち砕かれた憎しみに、戦士の心が捕らわれる。

五代「――氏」

764: 2011/11/11(金) 20:14:15.49 ID:xjw3nf5Y0

 と、その刹那。

 ゴチン、という重たい衝撃が戦士の頭を直撃する。

五代「……これハ」

 弱々しく光る球体。

 ゴウラムの、アマダムだった。

 咄嗟に受け止めた戦士の左手に、暖かい感触が伝わる。

五代「……ごめん。また、助けられた」

 笑うように、霊石が光る。

 それに仮面の下で笑い返して、戦士は右手を掲げた。

五代「超変身……!」

 再度の変身。変わるのも今の姿と同じ赤と金の戦士。ライジングマイティ。

 だが――今度はきちんと両の目が、赤かった。

768: 2011/11/11(金) 20:20:00.22 ID:xjw3nf5Y0


 ――その日、冬木市新都の上空十キロの辺りで巨大な爆発が発生した。

 半径数キロにも及ぶその大爆発は、だが高度のせいでさしたる被害もなく。

 爆発した"何か"の破片が落ちてくるという、二次災害も発生しなかった。

 しかし目下のところ爆発の原因は分からず、真相は闇に包まれたままである。

776: 2011/11/11(金) 20:39:46.66 ID:xjw3nf5Y0
剣「……無茶をしますね。五代、といいましたか」

 ぐったりと脱力した赤の戦士を抱きかかえたセイバーが、屋上の上に着地した。

 サーヴァントにとって、高度数キロの落下は問題にならない。

五代「……ええと、確か君は士郎くんの」

剣「セイバーのサーヴァントです。以前、教会の前で会った以来ですか。
  ……何故だか、今初めてあった気もしますが」

 訳の分からないことを呟きつつ、セイバーが五代を床に下ろす。

五代「セイバーちゃんはどうしてここに? 怪我でこれないって聞いたけど」

セイバー「……ム。"ちゃん"はやめて欲しい。
      どうしてか召喚されて以来怪我の直りが早く、こうして助太刀に参じた次第です。
      もっとも、間に合わなかったようですが」

 すまなそうに頭を下げるセイバーに、五代を力なく首を振った。

五代「しかたないよ。大技の撃ち合いだったから、決着は一瞬だったし……
   ……そうだ、ゴウラム!」

 慌てて周囲を見渡すが、その欠片も認めることは出来ず。

 左手に掴んだゴウラムのアマダムのみが存在した証で――

781: 2011/11/11(金) 20:50:42.24 ID:xjw3nf5Y0

 ――その最後の証すら、目の前で砂と貸した。

五代「……っ、なんで……」

剣「……その欠片、かなりの神秘を宿していたようですが――
  ライダーの宝具の直撃を食らってしまったのでしょう?
  神秘は、より強い神秘に打ち砕かれる。
  ですから、その欠片に神秘はもう残っていません」

 ゴウラムという神秘は根底から打ち砕かれ。

 その存在は、消滅した。復活もできないほど、徹底的に。

五代「ゴウラム……」

 手の中の砂を、握りしめる。

 守れなかった――

五代「……なんて言ったら、怒られるかな」

 五代は立ち上がり、屋上の縁のフェンスから新都の町並みを見渡した。

 ゴウラムは彼と一緒に守ったのだ。

 この輝かしい街に住む人々の笑顔を。

788: 2011/11/11(金) 21:00:39.04 ID:xjw3nf5Y0

士郎「五代さん!」

 屋上の扉を撥ね開けて、士郎が駆け込んでくる。
 そこに、無事な姿で佇む戦士の姿を認め、士郎は安堵の息を吐いた。

士郎「無事で良かった。勝ったんですね」

五代「一応……ね」

 いつまでも悲しんではいられない。

 クウガの姿のまま、得意のサムズアップを決めようとして。

 ふと、突きだした右手が、鎧に包まれていないことに気づいた。

剣「――五代。なんですか、それは」

五代「これ? 知らないかな、サムズアップっていって――」

剣「そうではない! 何故、貴方はっ!」

 見れば。

 士郎の顔は、安堵から蒼白に変じ。

 セイバーは異常を見る目で、五代を見つめていた。

790: 2011/11/11(金) 21:04:41.29 ID:xjw3nf5Y0

剣「何故そのように――口から血を吐き出しながら平然としているのですか、五代!?」

五代「……え?」

 ゆっくりと口許を拭うと、手の甲に血液が付着していた。

 ぶるぶると、その赤が震える。手の震えが、押さえられなかった。

剣「やはりどこかに怪我を! くっ、私がもっと早く到着していれば!」

士郎「それよりも病院だ! 救急車を――!」

五代「いや……怪我は、してないよ」

 口の中が血で溢れていることに、気がつかなかった。

 ――五代雄介は、味覚を失っていた。

五代「……もともと、俺はもう長くないんだ」

 もう、隠しているのも限界だろう。

 五代は語り出した。自身の体に潜む異常。

 三年前の、事件を。

797: 2011/11/11(金) 21:19:36.85 ID:xjw3nf5Y0

慎二「ひいいいいいいい! やめろ、やめてくれよ遠坂ぁ!」

 間桐慎二――桜の兄に当たるその人物は怯えきっていた。

 まあそれは仕様がないか、とその醜態を冷めた目で見つめながら凛は独りごちる。

 慎二は桜を教会へ預けてから、一度も学校へ登校していない。

 桜の体の異常がばれたの察知し、家の工房に引きこもっているとするのが妥当だ。

 だからとりあえずアーチャーに外からあのドリルのような矢を数本打ち込ませ、
 さらに宝石をひとつ投げて込んで魔術的トラップを無効化し、窓を蹴破って侵入した。

 今も安物の宝石を慎二のズボンの中に一掴みほど流し入れ、
 話が嘘と分かったら起爆すると脅してある。

凛「さっさと吐きなさいよ。ライダーのマスターはあんたでしょ。
  マキリの家は聖杯戦争の設計に携わった家系だし、
  回路のない貴方でもマスターになれる裏技とか隠してたんじゃないの?」

803: 2011/11/11(金) 21:36:21.22 ID:xjw3nf5Y0
 慎二は魔術師の家系の子でありながら、その才能を引き継げなかった。
 だからマスター候補から外していたのだが――しかしこの家系の諦めの悪さを、見誤っていた。 

慎二「ち、違う! 僕はもうマスターじゃないんだ! あの愚図が、全部あの愚図が悪いんだよ!」
凛「……嘘。まさかライダーにも勝ったの、あいつ」

 デタラメぶりに拍車がかかっている。

凛「でもまさかまた相討ちってんじゃないでしょうね……そこら辺、どうなのよ?」
慎二「あぁ!? そんなの僕が知るわけないだろぉ!」
凛「……ねぇ、間桐くん?」

 脅しても埒があかないので、懐柔策に打って出る。
 にっこりと笑いかけてあげると、慎二は喚くのをやめて大人しくなった。

凛「教えてくれる?」

 こくこくと素直に頷くワカメ。
 何故だか今にも失神しそうな表情だったけど、まあいい。

弓「……我がマスターながら、えげつないな」
凛「うるさいわね。勝てば官軍よ……で、ライダーと戦った相手は最後、どうなったの?」

慎二「……だ、だから、知らないんだってば……」

 まだ言うか、と宝石の魔力を解き放とうとしたとき。

慎二「だって、だってライダーは――昨日、桜に奪われて」
凛「……え?」

808: 2011/11/11(金) 21:51:48.24 ID:xjw3nf5Y0
 五代雄介は冒険家だった。

 五年前、未確認生物事件を解決した後も、彼は世界中を冒険し続ける。

 最後の戦いで壊れたアークルも一年ほどで修復され、再び変身が可能になった。

 ところで世界は、日本のように平和な場所ばかりではない。

 流石にわざわざ紛争地帯の中につっこむ、などという愚行は侵さなかったが、
 それでも金持ちの代名詞である日本人を見れば思わず襲わずにはいられれないというような輩は
 そこらの貧民街を漁れば掃いて捨てるほど出てくる。

 それでも五代はクウガの力をひけらかしはしなかったし、また使おうとすることも無かった。

 三年前の、あの日もそうだった。ただ、少し相手が悪かっただけ。

 五代も迂闊といえば迂闊だったのかも知れない。
 売れば良い金になるバイクに乗って旅をするというのは。

 相手は拳銃を持っていた。相手には仲間がいた。

 命の値段など勘定せず、ただ手に入る金銭と、消費する弾丸の差額だけで計算する連中だった。

 四方八方から銃弾を浴びせられ、五代は意識を失い。

 ――そして気づけば、辺りは更地になっていた。

822: 2011/11/11(金) 22:08:24.67 ID:xjw3nf5Y0
 何が起きたのか――その時の五代には推測するしかなかった。

 片時も傍を離れなかったゴウラムは砂に変じ、
 周囲数キロは自分を中心に更地へと変わっている。

 ――黒の力。

 クウガの最終形態にして、究極の闇。

 人の心を失ったとき、クウガはグロンギと同じ――いやそれ以上の破壊兵器となる。

 五年前を最後に、五代はクウガの力を使おうとしなかった。

 だがそれは、クウガの力で利益を得ようと考えなかったというよりは、

五代「俺はね、士郎くん。人じゃなくなって、空我になるのが怖かったんだ」

 アマダムは人を戦闘兵器に変える。

 それは肉体的な変化に留まらない。
 神経系が改変されるということは、脳に変化が及ぶということ。

 人としての心を保とうとしても、アマダムの性質がそれを許さない。

 そして一度装着してしまえば二度と外せず、その侵行は止められないということは。

 ――五代雄介の末路は、すでに決定していた。

836: 2011/11/11(金) 22:30:24.08 ID:xjw3nf5Y0

五代「もう変身しなくてもゆっくり変わっていくんだけど、変身すると凄い早さで変わるんだ。
    性格が好戦的になったり、
    血を吐いて、その分が血じゃない何かに変わっていったり」

 大丈夫だ、と朗らかに笑えた五年前の自分も、もういなくなってしまった。

 そして、その"変化"が極限まで酷くなったのが一週間ほど前。
 もはや自分はいつ人の心を失ってもおかしくないと自覚して。

士郎「じゃあ、五代さんが日本に来たのって」

五代「……神経断裂弾っていう武器があるんだ。
    未確認生命体に効いたんだから――4号にも効くと思って」

 お金の件は間抜けだったけど、と五代は笑った。

士郎「……なんで、笑えるんですか。氏ぬのが怖くないんですか?」

五代「怖いよ」

 あくまで笑いを崩さず、五代は頷く。

五代「でも今は――自分が生物兵器なって誰かを傷つけることのほうが、ずっと怖い」

844: 2011/11/11(金) 22:51:51.85 ID:xjw3nf5Y0
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 もぐもぐもぐもぐ。

 きんいろのアメは、綺麗だけど食べにくい。

金「言峰ぇぇええええええ――!」

 とけにくくて、うるさくて、どうしようもない。

 でも、食べないと。

 のこさずにたべないと、先輩にきらわれちゃう。

854: 2011/11/11(金) 23:09:39.44 ID:xjw3nf5Y0

言峰「ふむ――吸収したキャスターと、そのキャスターのマスター。
   そして間桐桜から譲り受けた令呪、計4画分。
   英雄王を縛るにはまだ不足か……半分以上が疑似令呪ではこんなものかもしれんが」

 ぶつぶつと、神父さんもうるさい。
 食べてしまおうかとおもったけど、もうおなかいっぱいなのでやめておいた。

言峰「とはいえ、感謝するぞギルガメッシュ。その慢心に。
   お前が少し動けば、私の思惑など簡単にぶち壊れてしまう。
   ――こうして場を整えるまで、座して待っていてくれるとはな」

 もぐもぐ、ごっくん。

 ごちそうさまでした。

 けぷっ。

857: 2011/11/11(金) 23:19:42.82 ID:xjw3nf5Y0

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 教会の扉が、蹴破られる。
 傾れ込むように走り込んでくる三人を、言峰は礼拝堂で迎えた。

言峰「……騒がしいな、凛。だから不出来だというのだ」

凛「ええ不出来でしょうね。あんたの企みを見抜けなかったんだから!」

 凛はすでに刻印を唸らせ、
 士郎は強化した木刀の切っ先を向け、
 五代が怒りに全身を奮わせている。

士郎「てめえ、桜に何しやがった!? いや、桜はいまどこにいる!?」

言峰「彼女なら、自分の意思でここから出て行った。
    彼女自身の目的を果たすためにな」

863: 2011/11/11(金) 23:39:38.89 ID:xjw3nf5Y0

 言峰は語る。

 桜という少女が、いまは亡きマキリの長に偽りの聖杯として造り替えられたという過去。

 聖杯戦争の真実。消滅したサーヴァントの魂を利用して、根源に到達するという試み。

 そして桜がすでにここにいる以外のサーヴァントを、全て吸収したこと。

 明日には根源への『孔』が開き、
 そこから溢れるのは生ける者全てを頃す汚泥――『この世全ての悪』であると。

言峰「場所は柳洞寺の地下。そこに大本の大聖杯がある。
    求めるなら、場所を記した地図を与えるが?」

五代「なんで、そんなことを?」

 五代には分からない。

 人として正しい感覚を持つ五代には、真逆の感性を持つ言峰綺礼を理解できない。

凛「聞いても無駄よ。変態だとは思ってたけど、こうまで手遅れとは思ってなかった。
  言峰、地図を寄越しなさい。あんた、嘘だけはつかないもんね。場所は正確でしょ」

866: 2011/11/11(金) 23:46:41.71 ID:xjw3nf5Y0
言峰「歓迎しよう、凛。
    だが、それで? 行って、どうするつもりだ?」

凛「……っ」

士郎「決まってる。桜を連れて帰るんだよ!」

 言葉を飲み込んだ凛の代わりに、士郎が口を出した。

言峰「……先ほども言ったが。
    彼女は彼女の意思で聖杯になると決意し、あの場所に立っているのだ。
    それに彼女が戻ってくることを願うのなら、
    衛宮士郎という人間があの場に行くのは逆効果だろうな」

士郎「……どういうことだ」

言峰「彼女は君に嫌われることを恐れ、そして嫌われたと思いこんでいる。
    体内に無数の虫が蠢く、自らの体を晒したことで」

凛「思いこんでいる? 思いこませたの間違いじゃないの?」

言峰「これは異なことを。
   衛宮士郎に自身の秘密を知られたかと尋ねられたので、正直に答えたまでだよ」

870: 2011/11/12(土) 00:00:08.74 ID:6nejxsUG0
言峰「そしてまだ答えを聞いていないが、凛。
    お前はいまさら義妹のもとに向かって、何をする気かね?」

 言峰の言葉に、五代と士郎が驚愕を浮かべた。
 桜と凛の過去。桜は過去、間桐に養子として提供された遠坂の子であると。

凛「……止めるわ」

言峰「ふむ。頃してでも、か?」

凛「……っ」

 即答せず、唇を噛み締める凛。
 その姿に士郎と五代は不吉なものを感じた。

士郎「……遠坂?」

凛「っ、仕方ないでしょうが!
  言峰の話が本当なら、被害がどこまで広がると思って……!
  私はあの子に、大量殺人者になんてなって欲しくない!」

875: 2011/11/12(土) 00:19:29.50 ID:6nejxsUG0

五代「嘘をついちゃダメだ、凛ちゃん」

 五代が遠坂凛の瞳を覗き込む。

凛「嘘……?」

五代「君が本当に願ってるのは"桜ちゃんに氏んで欲しくない"、だろ?」

凛「っ、分かった風な口聞いてんじゃないわよ!
  そんな勝手を押し通そうとして、失敗したら目も当てられないじゃない。
  それとも、あんたなら……」

 背伸びをしていた少女の瞳が、年相応の揺らめきを見せた。

凛「あんたなら、救えるっていうの……?」

 サーヴァントと互角以上に張り合える、規格外の存在に。

 一抹の、希望を望む。

883: 2011/11/12(土) 00:39:51.60 ID:6nejxsUG0
言峰「ああ、救えるだろうな彼になら」

 肯定の返事は、思いも寄らぬ人物から。

言峰「リントの戦士。その伝説の一端にはこうある。
   清らかなる戦士、究極の闇を消し去らん――と。
    この世全ての悪を倒し、少女を救うことなど容易いことだろう」

 凛は、戸惑う。
 言峰綺礼がこれほどまでに断言する以上、それは事実に他ならない筈。

 救えるのか、桜を。

 少女の期待は最高潮に達し、

言峰「――ところで、五代雄介。
   もちろんのこと、あれから変身はしなかっただろうね?
   君の体はあの時点ですでに限界だった――となれば、もしもあれからさらに変身をしていたとしたら。
   "絶対に"、次の変身で君は人間でなくなるわけだが」

 その高みから、蹴り落とした。

890: 2011/11/12(土) 00:53:09.54 ID:6nejxsUG0
五代「……っ」

 分かり切っていたことだった。

 この短い期間ですでに二度、黒の力を制御し損なっている。

 ――次はない。

 次に変身をしたら、たとえ金や黒の力を使わずとも、五代雄介の自我は空となる。

 今度は、帰ってこられない。

凛「……そう、よね。ごめん、気にしないで」

 少女が、泣きそうな笑いを浮かべた。

五代「――。――」

 悔しかった。
 少女の期待に応えてあげられないことが。

 そしてもしも黒の力に飲まれれば、
 この世全ての悪以上の殺戮を振りまくであろうことを恐れている自分の心が。

903: 2011/11/12(土) 01:05:00.20 ID:6nejxsUG0
士郎「なら、俺一人でも」

言峰「心意気は認めるが、君に何が出来るのかね、三流の魔術使い。
    君に特別な力は、何一つ存在しないだろう」

 もしも、仮に。

 どこかの平行世界で、衛宮士郎に特殊な力があったとしても。

 この衛宮士郎に、何らかの才能が眠っていたとしても。

 今回の戦争で、それが引き出されることはなかった。

 図らずしも五代雄介の介入が、少年が成長する機会を奪っていた。

士郎「関係ない!」

言峰「己の無力を関係ないと? 失笑だな。
    意思一つでどうにかなるのなら、
   とっくにお前の後ろの二人がどうにかしているとは思わないか?」

士郎「っ! それ、は……」

 礼拝堂に、沈黙の帳が落ちる。

凛「……とりあえず、解散しましょ。『孔』が開くのは明日の正午頃。
  何かする気があるのなら、明日の早朝5:00に柳洞寺の階段前に集合。
  来なくても良いけど、何を選ぶにしても抜け駆けはなし。良いわね?」

 少女の力なき提案に、反論する者はいなかった。

909: 2011/11/12(土) 01:22:10.77 ID:6nejxsUG0

士郎「……セイバー、俺に出来ることって何もないのかな」

 夕刻。衛宮家の縁側で。
 オレンジ色に染まる空を見ながら、士郎がぽつりと漏らした。

剣「……」
士郎「……そうか。そうだよな」

 無言で目を伏せるセイバーに、士郎は小さく独りごちた。
 五代のような凄まじい力も、遠坂凛のような才能も。
 なにひとつ、衛宮士郎は持っていない。

剣「……いえ、違うのです、シロウ」

 だが、セイバーは首を振った。

剣「貴方には――おそらくひとつだけ。たったひとつだけ、特別なものがあります」

士郎「……本当か!?」

剣「ええ……だが、何故それを貴方が持っているのかが分からない。
  それに、あの少女を救う役に立つのかも――」

士郎「頼む、セイバー。いまは少しでも戦力が欲しいんだ」

剣「……分かりました。ではお話ししましょう」

 剣の英霊は語った。自分の真名。十年前の聖杯戦争。
 そして何故か、衛宮士郎の体内に隠されている不氏の鞘の存在を。

912: 2011/11/12(土) 01:36:27.58 ID:6nejxsUG0
士郎「俺の体の中に、そんなものが?」

剣「ええ、でなければ私が召喚されたあの日。
  貴方の負っていた傷が治ったことの説明が出来ない」

 エクスカリバーの鞘。全て遠き理想郷。
 所持者に不氏と見紛うほどの再生能力を与える神秘。

 かつてセイバー――アーサー王の手から失われた宝具である。

剣「ですが、シロウ。おそらく今の鞘ができるのは治癒までです。
  貴方の中から取り出せない以上、真名解放はおそらく不可能。
  今のシロウは、少し氏ににくいだけの人間でしかありません」

士郎「……いや、ありがとうセイバー」

 決心がついた、と士郎は縁側から立ち上がった。

セイバー「……? シロウ、どちらへ?
      凛から先走るような行動は止められて……」

士郎「桜は、俺が説得する」

 言って、苦笑しながら士郎はセイバーを振り返った。

士郎「……安心してくれ。ちょっと、友だちの所にいくだけだから」

914: 2011/11/12(土) 01:49:50.57 ID:6nejxsUG0
弓「凛、もう寝ろ。明日は早いのだろう?
  君の場合、最終決戦に寝過ごすなどというポカをやりかねん」

凛「……つまらない冗談ね」

 遠坂邸の寝室で。
 ベッドに腰掛けた凛と、壁に背を預けたアーチャーが、睨み合っている。

弓「迷っているのか、凛。君の選択は合理的だ。
  少数のために多数を切り捨てるなど、狂人の行動だよ」

凛「……そんなことは分かってるのよ。
  だけど理屈で心の贅肉が削ぎ落とせるなら苦労しないわ」

 凛の膝上にはハンカチが広げられ、宝石が並べられている。
 彼女が長年にわたって魔力を注ぎ込み続けた取っておき。

凛「……だけど、あの子を頃すことにしかつかえない。
  助けるだけの度量は、私にはないか……」

 そこまで言って、縋るように弓兵を見上げる。

凛「アーチャー……軽蔑してくれて構わないけど」

弓「……私に間桐桜を救えと?」

凛「出来るんじゃないの? 英雄でしょ、あんた」

917: 2011/11/12(土) 02:00:15.85 ID:6nejxsUG0

 無論、期待などしていない。半ば八つ当たりのような心境で放つ戯れ言だった。

弓「……出来る、と言ったらどうするかね?」

凛「――本当に?」

弓「さて、な。だが仮に手段があっても、可能性が低ければ私はやらんよ。
  危険を冒すつもりはないのでね」

凛「……」

弓「令呪を使うかね? だが残念なことに、君の令呪は残り一画だ。
  最後の令呪を使うこということは、サーヴァントの離反を意味する。
  それでは意味があるまいよ」

凛「分かってるわよ……もう寝るわ。おやすみ、アーチャー」

 気を張って疲れていたのだろう。
 ベッドに入って、すぐに寝息を立て始めた少女を横目にアーチャーはひっそりと呟いた。

弓「――だからつまり、可能性が高ければやってやらんこともないということだがね」

 弓兵の手の中には、歪な刀身の短剣が。

921: 2011/11/12(土) 02:11:13.63 ID:6nejxsUG0
 ――そして、夜が明けた。

 柳洞寺の階段前に、三つの人影がある。

 衛宮士郎。遠坂凛。そして、

剣「……五代雄介は、来ませんか」

凛「仕方ないわ。だって彼はもうあの力を使えない。なら、来ても仕方ないでしょう。
  ――もっとも、私に借りを返させないまま勝ち逃げしたのは腹ただしいけど」

士郎「……」

 凛の言葉に、士郎は反応しない。
 どこか焦点の合わぬ瞳で、宙を見つめていた。

凛「衛宮くん?」

剣「シロウ、どうしたのです。昨日、帰ってきてから様子が――」

士郎「……いや、気にしないでくれセイバー、遠坂。
   ちょっと……体が重いだけさ」

922: 2011/11/12(土) 02:20:48.54 ID:6nejxsUG0
凛「……うだうだ言ってても始まらないわ。
  確認するわよ、衛宮くんは桜を説得したい。セイバーもその手助けをしたい。
  私とアーチャーは、最悪桜を頃してでも止める」

士郎「だけど、それは俺の説得が失敗してから、だろ?」

凛「ええ、期待しないで待ってるわ」

 凛の言葉に偽りはない。士郎の説得が成功する可能性は零に等しいだろう。
 何せ、あの言峰綺礼という神父は他人の精神をいじくりまわすことにかけては天才的だ。

 その綺礼が衛宮士郎が桜の前に行けば逆効果になると言う以上、
 その通りの結果になるに違いない。

凛「……それじゃ、行きましょうか」

 そうして足取りも重く、三人は出発した。

 ――重すぎたので、途中で思いっきり人を踏んづけた。

五代「ふんぎゃ!」

凛「ご、五代雄介!? あんた、何でこんなところで寝転がってるのよ」

 地下に入る洞窟の前にあった茂みの中。
 そこで、五代雄介その人が寝転がっていた。

928: 2011/11/12(土) 02:36:34.99 ID:6nejxsUG0

五代「何って……野宿だよ野宿。昨日ホテルに帰ろうとして気づいたんだけど、、
    俺のバイク壊れちゃったからさ。わざわざ戻るのが面倒で、直接こっちで待ってたんだ。
    最初は石段の方に居たんだけど、お坊さんに叱られちゃって」

 あはは、と頬を掻きながら五代は笑った。

凛「……呆れた。そう、分かったわ。それで、貴方はどうするの?」

五代「どうするのって?」

凛「変身できない貴方に、出来ることは少ないんじゃないかしら」

 辛辣な調子で、凛が目を細める。

凛「いいのよ、別に帰っても。
  今の貴方なんか、居ても居なくても一緒なんだから。
  いえ、むしろ邪魔――って、ちょ、ちょっと! なんで頭撫でるの!」

 うがー! と暴れる凛をかわしつつ、五代は「まあまあ」と両手で宥めるジェスチャーをしてみせる。

五代「ありがとう。やっぱり凛ちゃんは優しいなぁ。
    でも、もう少し素直になった方が良いと思うけどね」

凛「……ちっ。余計なお世話よ。
  言っておくけど、あんたが私に貸してるものは大きいんだからね。
  私が一生返せなくなるような真似だけはしないでよ」

931: 2011/11/12(土) 02:56:26.73 ID:6nejxsUG0

 それから三人は洞窟を進み、聖杯の大本がある大空洞へと辿り着いた。

士郎「おい遠坂、アレ、もう孔が開いてるんじゃないか」

 まるで黒い太陽のような球体が宙に浮遊しており、
 その縁から、ドロドロと醜悪な臭いを放つ汚泥がこぼれ落ちている。

凛「いえ、まだよ。本格的に開けばあんなもんじゃ済まない。
  とりあえず、こんな地下空洞くらいはすぐ一杯になるわ」

 見ればここの地面はすり鉢状になっており、溢れ出る泥は未だクレーターの中に留まっていた。

凛「……でも、ゆっくりしてる理由もないわね。急ぎましょう」

剣「いえ、凛。どうやらお出迎えのようです」

 セイバーが、不可視の聖剣を構えて告げる。

 ――黒い影のドレスを纏った間桐桜が、一行の前に姿を現した。

桜「お久しぶりです、先輩、姉さん。そして……五代さん」

五代「……桜ちゃん」

 少女の変わり果てた姿に、五代が唇を噛む。

933: 2011/11/12(土) 03:06:50.93 ID:6nejxsUG0
桜「今更、何をしに来たんです? みんな、私を助けてくれなかった癖に。
  姉さんは、私が間桐で苦しんでるときに、手を差し伸べてもくれなかった。
  あの時五代さんがもっと早く来てくれていれば、私は先輩に汚い体を晒すこともなかったのに」

士郎「汚くなんかない」

 士郎が一歩、前に踏み出す。

士郎「桜、俺はお前を軽蔑なんかしない。俺は、優しい後輩だったお前を知ってるから。
    間桐桜がどんな奴だったか、なんてのはな。俺が一番よく知ってるんだよ」

桜「ふふ、嘘つきぃ」

 花の如き可憐さで、花の如き儚さで、桜が微笑んだ。

桜「だって先輩はしらないじゃないですか。私が間桐でどんなことをされたのか。
  虫を体の中で飼うおぞましさも、虫に犯されるおぞましさも」

 ぞろりと、桜の背後で泥が触手を模った。

桜「――適当なこと、言わないでください!」

士郎「……ごめん」

 顔を伏せ、士郎は謝罪を口にする。

935: 2011/11/12(土) 03:17:35.81 ID:6nejxsUG0
桜「ふふ、でもいいんです。許してあげちゃいます。
  だってもうすぐ、先輩は私のものになるんですから。
  あと二人。頑張って食べれば、どんな願い事だって叶うんですよ」

士郎「……ごめん」

桜「だからいいんです。もう、先輩ったら責任感が強いんですから。
  それより、ちょっと待っててください。先輩のセイバーさんからいただきますします」

士郎「ごめん、ごめんな、桜」

桜「……先輩? いくらなんでも、ちょっとしつこいと思いますよ?」

 ――いや、尋常な様子では、ない。
 衛宮士郎の顔色は蒼白。額には脂汗。そして拳を爪が食い込むほど強く握っている。

 見る間に体は傾き、そして膝を突いた。

士郎「ごめんな、桜――ごほっ」

 そして、吐血。
 その血溜まりの中にあるものを見つけて、間桐桜は硬直した。

士郎「――こんなに痛かったのに、気づいてやれなかったなんて」

桜「え――な、んで」

 血溜まりの中には、ぴちゃぴちゃと気色悪く動く――

桜「なんで!? なんで先輩の中に、虫が!?」

939: 2011/11/12(土) 03:30:43.74 ID:6nejxsUG0
慎二「ほんとにやるのかい、衛宮」

士郎「ああ、頼む」

 半壊した間桐邸の一室で、士郎と慎二は対峙していた。
 慎二の手にはラベルが貼られた透明な瓶。
 その中には、蚯蚓のような虫がびっしりと詰まっていた。

慎二「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、お前は底抜けだね。
    自分の体に、刻印虫を植え付けようなんて。
    ま、御爺様がくたばった以上、この虫もあんまり長くないんだろうけどさ」

 でも、たぶんお前は氏ぬぜ、と慎二は小さく告げた。

慎二「桜はあれで、もとの才能だけは遠坂並みにあったからな。
    でもお前は違う。僕には分からないけど、たぶん並みかそれ以下ってとこだろ?
    刻印虫に魔力を食いつぶされたあげく、肉まで食われて骨しか残らないよ」

士郎「大丈夫だ――俺は、あんまり氏なないらしい」

 ふぅん、と慎二は呟いた。
 頬が腫れているため、大声は出せない。
 出会い頭に、このお人好しにグーでいいのを貰ってしまったからだ。

 かつて、唯一の友人だった男の面を見つめて、慎二は溜息をついた。

慎二「……お前は馬鹿だけど、まあやるときはやるしね。
    なあ、衛宮。もしもお前が生きて帰ってきたら、その時は――」

941: 2011/11/12(土) 03:38:23.75 ID:6nejxsUG0

桜「うそだうそだうそだうそだうそだ!
  だってせんぱいはたいようみたいにすてきでかっこよくて。
  こんなきたない虫なんかがちかよっていいそんざいじゃないのに――!」

士郎「……桜!」

 取り乱す桜を、士郎が押さえつける。

士郎「――桜は、こんな俺を汚いと思うとか、軽蔑したりとか、するのか?」

桜「え――そ、そんなわけ」

士郎「じゃあ、俺だって桜のことをそんな風には思わない」

桜「でも、私と先輩は違うじゃないですか」

 今まで、彼女が少年に想いを告げられなかったそんな理由を、

士郎「――どこが違うんだ?」

 少年は、叩き壊した。

947: 2011/11/12(土) 03:54:32.69 ID:6nejxsUG0


 そして、次の瞬間。

弓「全く、大馬鹿者どもが。見てるこっちが恥ずかしくなる。」

 弓兵は一振りのナイフを、背後から桜の体に突き刺した。

弓「――だが感謝するぞ。そのお陰で、被害は最小限になるのだから」

桜「……あ、れ?」
士郎「な――」

 がくりと、桜の体から力が抜ける。
 慌てて抱き留める士郎の横を、弓兵はこともなげに通り過ぎていった。

949: 2011/11/12(土) 03:59:09.15 ID:6nejxsUG0
凛「アーチャー! 桜に何を」
弓「アレとの繋がりを絶った」

 手の中の剣を、アーチャーが放り捨てる。

 それは、弓兵がいつかどこかでみた裏切りの魔女の宝具。

 破戒すべき全ての符。契約破りの短剣だった。

桜「あの、先輩……大丈夫ですけど、その」

士郎「あ、ああ。悪いっ」

 突如大聖杯から供給されていた魔力が消え、
 桜の纏っていた架空元素の服は塵と化していた。

 恥ずかしそうに背を向け合う若い二人に、五代が上着を渡している。

弓「はっ、結局被害者はゼロ。ご都合主義のハッピーエンドもあったものだ」

凛「……私がいうのもなんだけど、素直じゃないわ、あんた」

953: 2011/11/12(土) 04:03:30.51 ID:6nejxsUG0
言峰「――ふむ。こういう結果になったか」

 大空洞の入口から言峰綺礼が現れ、中の様子を見渡していた。

凛「何よ、綺礼。終わりにのこのこと出てきて。
  ふん、今更謝っても許してあげないんだから」

 楽しそうに笑う凛に、言峰は一瞥をくれ、

言峰「……神父が出向く用向きなど、ひとつだけだろう凛。
   無論――新たな誕生を祝うためだよ」

 黒の太陽が、破裂した。

955: 2011/11/12(土) 04:14:13.22 ID:6nejxsUG0
言峰「……先に言っておくが、嘘はついていない。
    確かにあの孔が自然に開くのは正午を回る頃だろうが――
    中の胎児が単独で生きられるようになるのは、いまから1時間ほど前だ」

 この世全ての悪。

 アンリマユが、降誕する。

士郎「嘘、だろ」

 空中から、巨大な――それだけで大空洞の半分を占めるような、異形の腕が突きだしている。

 産道を自らの腕でこじ開けて、それはだんだんと姿を表しはじめていた。

 しかもそれだけではない。

 腕が身動ぎする度、腕と空間の隙間から、夥しい量の汚泥が吹き出している。

言峰「――素晴らしい。素晴らしいぞ、この世全ての悪。
    私が、私だけがお前の誕生を祝福してやる」

凛「綺礼っ、あんた!」

弓「よせ、凛!」

 凛は泥の海に歩いていく言峰を一発殴りつけようとして、しかし弓兵に押し止められ。

 そして、そのまま言峰綺礼は泥中に没した。
 その顔に、生涯最高の歓喜を宿したまま。

959: 2011/11/12(土) 04:30:43.42 ID:6nejxsUG0
士郎「逃げるぞ、急げ!」
弓「馬鹿か貴様。間に合うわけがあるまい。
  途中で泥に飲まれるのがおちだ」
剣「ならば吹き飛ばすまで。私の聖剣ならば――」
桜「……無理です。孔だけならともかく、もうアンリ・マユがそこから顔を覗かせています。
  セイバーさんの剣でも、威力が相殺されて……」

五代「……孔だけなら、セイバーちゃんがどうにかできるんだね?」

 その声に、全員の視線が一点を集中する。
 五代雄介が、五人を庇うようにして立ち塞がっていた。

凛「……なに、してるのよ」
五代「馬鹿なこと」

 五代の腰に、アークルが浮かび上がった。

五代「ごめんね。でも、やっぱり体が止まらない」

 残された五代雄介の最後の部分が。

 先ほどまで、目の前で展開されていた幸せな光景を守れと絶叫する。

五代「だから、見ていて」

 ――俺の、最後の、変身。

963: 2011/11/12(土) 04:43:02.38 ID:6nejxsUG0

桜「やめてください、五代さんが氏んじゃいます!」
五代「どうせもう長くないんだ。なら、ここで頑張った方がいい」

 右手と左手が動く。

弓「……それが貴様の正義か、五代雄介。自己犠牲で人を救って満足か」
五代「まさか。すっごく怖いに決まってる」

 左拳は秘石の横へ。

剣「ですが、変身しては暴走が――まさか、貴方は」
五代「うん。神秘、って奴なら、ライダーの馬よりセイバーちゃんの剣が上なんだろ?」

 右手は宙を切るように左上へ伸びる。

凛「……あたしの借りはどうなんのよ」
五代「最後に俺の我が儘を聞くってことで、チャラでいいよ」

 眼前の、この世全ての悪を見つめる。

士郎「駄目だ、五代さん! もう変身しちゃ――!」
五代「士郎くん」

965: 2011/11/12(土) 04:47:02.64 ID:6nejxsUG0
 振り返らず、五代は微笑みを浮かべた。

五代「俺は君を尊敬するよ。他人の笑顔を守る為に、人をやめる覚悟さえできる君を。
    その覚悟だけは、俺はどうしても持てなかったから」

 だから――人でなくなるのは、やっぱりどうしようもなく怖いけど。

 その勇気を、借りられる。 

五代「ありがとう。最後に君に会えて、良かった」

 右手を右に滑らすように動かし、左拳を左に引いて、

 最後の、キーワードを唱えた。

「……超変身!」

968: 2011/11/12(土) 04:59:06.86 ID:6nejxsUG0
 五代雄介の体を、黒の装甲が包む。


 黒の力。クウガ・アルティメットフォーム。

 その瞳の色は、

士郎「五代さん……!」

 燃えさかるような、赤。

五代「オオオオオ――!」

 最強の戦士が、掌を突き出す。

 いままさに彼らを飲み込もうとしていた泥の大津波が、その場でピタリと静止した。

五代「このまま押し戻す!」

 戦士がさらに腕を突き出すと、全ての泥がまるで不可視の力に縛られるように動いていく。
 あっという間にすべての泥を孔の中に逆流させ、
 さらにアンリマユの腕を押し戻そうとした、その瞬間。

 戦士の心を、闇が蝕んだ。

971: 2011/11/12(土) 05:02:59.42 ID:6nejxsUG0
始まりの刑罰は5種、生命刑、身体刑、自由刑、名誉刑、財産刑、
様々な罪と泥と闇と悪意が回り周り続ける刑罰を与えよ
『断首、追放、去勢による人権排除』『肉体を呵責し嗜虐する事の溜飲降下』
『名誉栄誉を没収する群体総意による抹殺』『資産財産を凍結する我欲と裁決による嘲笑』
氏刑懲役禁固拘留罰金科料、私怨による罪、私欲による罪、無意識を被る罪、自意識を謳う罪、
内乱、勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強◆、放火、爆破、侵害
過失致氏、集団暴力、業務致氏、過信による事故、誤診による事故、隠蔽。
益を得る為に犯す。己を得る為に犯す。愛を得る為に犯す。
徳を得る為に犯す。自分の為に■す。窃盗罪横領罪詐欺罪隠蔽罪殺人罪器物犯罪犯罪犯罪
私怨による攻撃攻撃攻撃攻撃汚い汚い汚い汚い
おまえは汚い償え償え償え償え償えあらゆる暴力あらゆる罪状
あらゆる被害者から償え償え『この世は、人でない人に支配されている』
罪を正すための良心を知れ罪を正す為の刑罰を知れ。
人の良性は此処にあり、余りにも多く有り触れるが故にその総量に気付かない。
罪を隠す為の暴力を知れ。罪を隠す為の権力を知れ。人の悪性は此処にあり、
余りにも少なく在り辛いが故に、その存在が浮き彫りになる。百の良性と一の悪性。
バランスをとる為に悪性は強く輝き有象無象の良性と拮抗する為強大で凶悪な『悪』
として君臨する。始まりの刑罰は五
に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す自分の為に■す
勧誘、詐称、窃盗、強盗、誘拐、自傷、強◆、放火、爆破、侵害汚い汚い汚い汚い
おまえは汚い償え償え償え償え
あらゆる暴力あらゆる罪状あらゆる被害者から償え償え『氏んで』償え!

974: 2011/11/12(土) 05:14:21.88 ID:6nejxsUG0

 黒の戦士の瞳の輝きが、弱々しくなっていく。 

桜「……いけない!」

 アレと同調していた桜が、一番に気づく。
 泥にはこの世の全ての悪意が詰め込まれている。

 正常な者が触れれば、悪意に意識を持って行かれる。

 黒き戦士にとって、あの泥は天敵だ。

桜「声は祈りに――私の指は大地を削る!」

 疲労した体に鞭打って魔術を行使する。
 繋がりは絶たれたが、泥の扱いならこの中で自分が一番だ。

975: 2011/11/12(土) 05:15:44.14 ID:6nejxsUG0

弓「その程度か、五代! 貴様はこんな汚泥如きに屈するのか!」

 アーチャーが次々に対軍クラスの宝具を出現させ、片っ端から弓につがえた。

凛「チャラになんかさせない! 五代雄介! あんたがあたしに借りを作るの!」

 景気よく宝石が大盤振る舞いされ、破邪の結界を形成する。

士郎「行け……」

 そして、唯一戦士に尊敬された、幼き戦士の声が。

士郎「行けぇ―――ッ!」

五代「……!」

 戦士の瞳を、蘇らせた。

983: 2011/11/12(土) 05:25:30.52 ID:6nejxsUG0
剣「五代雄介――貴方に敬意を」

 セイバーは聖剣を上段に振りかぶり、その時を待っていた。

 戦士の力はまさに圧倒的。だが、非常に危うい力だ。

剣「決して諦めない貴方の姿勢は、王を諦めた私にとっては眩しすぎる」

 戦士の体に傷はない。それどころか、攻撃を重ねる度に強靱になっていく。

 五代雄介という人間性と引き替えに、空我は完成する。

 巨大なアンリ・マユの腕に戦士が跳び蹴りを打ち込み、孔に押し戻した。

剣「約束された――」

 振り向く戦士と、セイバーの視線が合う。

 その瞳に、もはや赤い面積はほんの僅かしか残されていない。

 だけど、残っている。それ自体が奇跡的なこと。

 騎士と戦士が、互いに頷き合った。

剣「――約束された勝利の剣――!」

 聖剣から放たれる光が、戦士と孔を飲み込んで――

986: 2011/11/12(土) 05:38:22.17 ID:6nejxsUG0

 結論から言えば、大団円といったところだろう。

 柳洞寺は崩壊したが、人的な被害はなし。後処理は後任の神父に丸投げした。

 桜と衛宮くんは正式に付き合い始めたようで幸せそうだ。くそっ。

 桜のバックアップで限界したままのセイバーと三角関係にでもなって、修羅場ればいいと思う。

 私は三年に進級して、来年からは時計塔に留学することになっている。

 桜に出来て私に出来ない筈もなく、限界させっぱなしのアーチャーが向こうの目に留まったらしい。

 アーチャーは最近、やたらと家事にはまっている。サーヴァントってことを忘れてるんじゃないか、こいつ。

 そして、今回の聖杯戦争終結の立役者である五代雄介であるが。

 一応は行方不明という扱いになった。妥当といえば妥当か。

 聖剣の直撃を食らったのだから、跡形も残るはずがない。

 神秘はより強い神秘に打ち砕かれる。その原則に則った結果だ。

 ――だから、これはちょっとした例外のようなものなのだろう。

凛「――ま、こんな程度の奇跡ならあってもいいと思うわ。ね、五代?」

988: 2011/11/12(土) 05:41:52.06 ID:6nejxsUG0
 返答はない。当たり前か。

 意味のない独り言に苦笑していると、アーチャーから念話が届いた。

弓『……ご機嫌そうだな、凛。例の神父がまた泣きついてきたが、どうする』

凛「分かった。いまから降りるわ」

 わざわざ声にまで出して告げると、私は自室の勉強机から立ち上がった。

 部屋を出て、扉を閉める。

 ――部屋の中には、机の上で微かに明滅する霊石だけが残されていた。


 五代雄介「聖杯戦争…」 END

990: 2011/11/12(土) 05:42:18.51 ID:GuWmCqkU0
五代さん氏んでしまったの?(´;ω;`)ウッ

991: 2011/11/12(土) 05:43:29.48 ID:cVmMfzjFO
乙!

引用元: 五代雄介「聖杯戦争…」