1:◆H4iwFNXQsw 2014/05/11(日) 21:18:34 ID:Taafcv6E

2: 2014/05/11(日) 21:19:19 ID:Taafcv6E

―― 試験一日目 朝 女子寮 ユミルたちの部屋

クリスタ「今日はいつもより早めに部屋を出たのに、井戸の周りかなり混んでたね。あの時間に列に並ぶなんて初めてだよ」

ユミル「まあ、なんてったって卒業試験の一日目だからな。みんな気合い入ってんだろ。どうせ明後日にはまたいつも通りに戻るだろうけど」

クリスタ「……? 試験は全部で四日間でしょ? どうして明後日にはいつも通りになるの?」

ユミル「緊張するのも浮き足立つのも体力使うからな。本命の立体機動の試験が終われば少しは空気が緩むってことだよ。……たぶんだけどな」

クリスタ「……そんなに単純かなぁ」ウーン...

ユミル「単純かどうかは明後日になりゃわかるさ。……ほれ、さっさと着替えて準備しろよ。メシ食いに行くぞ」ヌギヌギ

クリスタ「あ、そっか朝ごはんの……わぁっ! 見てユミル、もうこんな時間!」アタフタ

ユミル「だからさっさと着替えろって言ったろ? ……さて」チラッ





サシャ「……」モゾモゾ
進撃の巨人(34) (週刊少年マガジンコミックス)
3: 2014/05/11(日) 21:19:54 ID:Taafcv6E

ユミル「おいダンゴムシ、起きろ。いつまで寝てんだ」ペシペシ

クリスタ「朝だよサシャ、起きてー」ユサユサ

ユミル「あと十数えるうちに出てこないと布団引っ剥がすぞいーちにーいさーんしーい」

サシャ「……」ヒョコッ

クリスタ「あ、顔が出た。……おはよう! サシャ」ニコッ

サシャ「……おはようございます。クリスタ、ユミル」

ユミル「はいはいおはよう。……待っててやるからお前も準備しろよ。試験に間に合わなくなっても知らねえぞ」

サシャ「……いいです」

ユミル「何が」

サシャ「ごはん、いらないです……」モゾモゾ

ユミル「……」

クリスタ「どうしたの? お腹空いてないの?」

4: 2014/05/11(日) 21:20:52 ID:Taafcv6E

サシャ「……昨日から、お腹が痛くて」

ユミル「食えば治る」

サシャ「……」

ユミル「……」

サシャ「……」クルンッ

クリスタ「あっ、今度は丸まっちゃった……サシャ、起きてー。朝だよー」ユサユサ

ユミル「……クリスタ、ちょっと廊下で待ってろ。少し説教する」ハァ

クリスタ「……」ジトーッ...

ユミル「お前が見てないからって別にサシャをいじめたりはしねえよ。すぐに終わらせるつもりだしな」

クリスタ「すぐに終わるなら、私がここにいても――」

ユミル「クリスタ」

クリスタ「……わかった。外で待ってるね」スタスタ... ガチャッ バタンッ

5: 2014/05/11(日) 21:21:33 ID:Taafcv6E

ユミル「ったく……あまりクリスタに心配かけんな。誤魔化すほうの身にもなれよな」チラッ

サシャ「……どうしてクリスタに言わないんです?」

ユミル「事情を知ったら際限なく甘やかすに決まってるからだ。そりゃお前のためにならねえだろ?」

サシャ「……」クルンッ

ユミル「……なあ、布団から抜け出せないなら引っ張ってやろうか? なんなら私が蹴り出してやってもいいぞ?」フミフミ

サシャ「……私のこと、いじめないんじゃなかったんですか」

ユミル「そんなの、お前がクリスタにチクらなきゃいい話だろ」フミフミ

サシャ「……言いつけますよ」

ユミル「いいぞ別に。その代わり、その後に何が起こっても私は知らないからな」フミフミ

サシャ「……いじわる」

ユミル「正解」

サシャ「……」モゾモゾ

ユミル「……あのなぁ、辛いのは自分だけだとでも思ってんのか? あいつにしてみりゃお前はフった側だろ? フラれた側のこともちったぁ考えて行動しろよ」ハァ

6: 2014/05/11(日) 21:22:08 ID:Taafcv6E

ユミル「お前がメシ時に顔出さねえと、あのクソ真面目は気に病むぞ」

サシャ「……」

ユミル「お前がしたいことってそういうことじゃないんだろ? だから今日まで頑張ってきたんじゃないのか?」

サシャ「……そんなの、もう意味ないですよ」

ユミル「……意味がない?」イラッ

サシャ「だって、頑張ったって……無駄じゃないですか……」イジイジ

ユミル「……」イライラ

サシャ「もう、追いつくのも追いかけるのも……しなくていいんです。忘れろって、言われたんです……」ウダウダ

ユミル「…………」ムカムカムカムカ

サシャ「終わっちゃったんですよ、何もかも。……だから今の私には、なんにも残ってな――」

ユミル「ふんっ!!」ゲシッ!!

サシャ「んぎゃっ!?」ゴロンッ ドシンッ!!

7: 2014/05/11(日) 21:22:50 ID:Taafcv6E

ユミル「あったまきた。――もうお前なんか知らん。勝手にしろ」

サシャ「え、あ、ユミル……?」オロオロ

ユミル「うるせえな、私はクリスタほど気が長くないんだよ! ――人が黙って聞いてれば、いつまでもいつまでもグダグダグダグダ弱音吐きやがって……! そこでブツクサ言ってりゃ何か変わるのか!? 違うだろ!?」

ユミル「自分には何も残ってないって本気で思ってるんなら、今すぐ壁から飛び降りて巨人どもの餌になってこい! それが嫌ならそこで一日中うじうじしてろ!」バサッ

サシャ「……」

ユミル「……ふんっ」プイッ

クリスタ「……ねえ、今の音なに? 何か落ちたような――」ガチャッ

ユミル「なんでもねえよ。――食堂行くぞクリスタ」グイッ

クリスタ「えっ、えっ? 待ってユミル、サシャはどうするの?」

ユミル「そんな奴は部屋にいない」スタスタ...

クリスタ「いないって……あっ、待ってよユミル!」

8: 2014/05/11(日) 21:23:27 ID:Taafcv6E

クリスタ(ドアが閉まってたから、最後に言ったことくらいしか聞こえなかったけど……二人が喧嘩したってわけじゃないんだよね? そうだよね?)オロオロ

クリスタ(どうしよう、ユミルを追ったほうがいいのかな……? でも、床に座り込んじゃったサシャも気になるし……)チラッ

サシャ「……」

クリスタ「……あのね、サシャ。ユミルがちっとも教えてくれなかったから、昨日サシャに何があったのかは詳しく知らないの。その前提で聞いてくれる?」

サシャ「……」コクッ

クリスタ「ありがとう、じゃあ手短に話すね。――それでね、ユミルが最後に怒鳴ってたことなんだけど……本当は、あんなこと言いたくなかったんだと思うの」

クリスタ「何に対してユミルが怒ったのかは、私にはわからないよ? でもね、『巨人の餌になっちゃえ』とか、『一日中うじうじしてろ』とか、そんなことは全然思ってないはずなの。それはサシャにもわかるよね?」

サシャ「……わかります」

クリスタ「でしょ? ――だからね、サシャもあんな風に言われて、とっても嫌な気持ちをしたかもしれないけど……同じくらい、ユミルも傷ついてるはずなの。言いたくないこと言っちゃって、絶対後悔してると思うの」

クリスタ「それで、サシャに聞きたいんだけど……私、ユミルを追いかけてもいいかな? ――ユミルってね、誰かに甘えるっていうのがすごく下手なの。だから私が今行ってあげないと、このまま一人ぼっちになっちゃうと思うんだ」

サシャ「……そうですね。一人ぼっちは、寂しいですよね……」ギュッ...

9: 2014/05/11(日) 21:24:05 ID:Taafcv6E

クリスタ「もちろん、サシャのことを心配してないわけじゃないんだよ? でもね、ユミルのことも私――」

サシャ「大丈夫です、ちゃんとわかってますよ。……ユミルのところに行ってあげてください、クリスタ」

クリスタ「……いいの?」

サシャ「私は平気です。食堂にも、後からちゃんと行きますから」ニコッ

クリスタ「そっか、そう言ってもらえてよかった……ありがとね、サシャ」ホッ

サシャ「いえいえ、どういたしまして」

クリスタ「でもさ、ユミルもちょっと酷いよね。なんでも知ったような顔して、私にはなんにも教えてくれないんだもん」ムー...

サシャ「……ユミルは、クリスタのこと心配してるんですよ。クリスタのことを思って何も話さないんです」

クリスタ「それはわかるよ? ……でも、私だけ一方的に守られたくなんかないな」

クリスタ「私じゃ頼りにならないってわかってるけど……それでも、力にはなりたいなって思うよ。せめて一言でも相談してもらえたら、一緒に悩んだりはできるのに」ムー...

サシャ「……」

10: 2014/05/11(日) 21:24:56 ID:Taafcv6E

クリスタ「あっ……ごめんね、つい変な話しちゃった。――そろそろ追いかけなくちゃいけないから、私はもう行くね?」スクッ

サシャ「……クリスタ」

クリスタ「ん? なあに?」

サシャ「ユミルのこと、よろしくお願いします。……後で私も謝りに行きますから」

クリスタ「……うん、わかった。任せておいて! 試験が始まる前までに元気いっぱいにしておくよ!」エッヘン

クリスタ「だから、サシャも……その、元気出してね? うまく言えないんだけど」

サシャ「……」

クリスタ「昨日、サシャに何があったのかは……ユミルは教えてくれないだろうし、サシャも無理に話そうとしてくれなくてもいいけど」

クリスタ「サシャが話したくなったら、私はいつでもどこでも聞くからね? そういう時は、いつもみたいに遠慮しないで私に話して? ねっ?」ナデナデ

サシャ「……はい。わかりました」

クリスタ「じゃあまた後で、食堂で会おうね!」ガチャッ バタンッ

11: 2014/05/11(日) 21:26:11 ID:Taafcv6E

サシャ「……」

サシャ「……はぁ」ポフッ

サシャ(ああああ……もう……何やってるんでしょうね、私……)

サシャ(ユミルを、怒らせて……クリスタにも、心配かけちゃって……)グスッ...

サシャ「……」

サシャ(……でも、ユミルの言うとおりですよね。こうやって弱音を吐いてても何も変わりません)ゴシゴシ

サシャ(このまま一日中布団と結婚してたいですけど……クリスタとも約束しましたし、食堂にはちゃんと行きましょう。いつも通りの姿を見せて、心配かけないようにしないと――)グー...

サシャ「……」グーキュルルルル...

サシャ「……」

サシャ(……お腹も空きましたしね。まずは着替えましょう)モソモソ

12: 2014/05/11(日) 21:27:26 ID:Taafcv6E

―― しばらく後 食堂

ベルトルト「……」チラッ

ライナー「……」ボーッ...

ベルトルト(ライナー、朝からぼんやりしてるな……食事もちっとも進んでない)

ベルトルト(やっぱり昨日、サシャと何かあったんだ。告白するとは聞いてたけど、この様子だとフラれたのかな……)

ベルトルト「ライナー、大丈夫? 手が止まってるみたいだけど」モグモグ

ライナー「ん? ……ああ悪い、しっかり食わねえと身が持たないよな。今日から四日続けて試験なんだから、気合い入れねえと」モグモグ

ベルトルト「試験もそうだけどさ……ほら、サシャの」ヒソヒソ

ライナー「サシャ? あいつがどうした?」

ベルトルト「昨日は教えてくれなかったけど、本当は何かあったんだろ? 話しにくいなら無理には聞かないけどさ、いつまでもぼんやりしてると――」



モブ男「よお、ここいいかー?」ガタッ

13: 2014/05/11(日) 21:28:00 ID:Taafcv6E

ライナー「おう、向かい側でよければいいぞ。ベルトルトもいいよな?」

ベルトルト「……うん、いいよ」

モブ男「悪いな。他の机空いてなくってよ」

ベルトルト「……」

ベルトルト(しまった……これじゃサシャの話ができないじゃないか)

ベルトルト(ライナーも少しは考えてほしいよ、全く……いや、逆に追求されたくないことがあるから人を呼んだって考えるほうが自然かな)

ベルトルト(……だとしたら、うまくはぐらかされたのは僕か)ハァ

モブ男「ところでライナー、少し聞きたいことがあるんだがいいか?」ヒソヒソ

ライナー「……? なんだ、試験の話か? だったら声を潜めなくてもいいだろ」

モブ男「いや、試験のことじゃねえんだ。――あのさ」



モブ男「お前、芋女と付き合ってんのか?」



ベルトルト(わーお)

ライナー「……何のことだ?」

14: 2014/05/11(日) 21:28:37 ID:Taafcv6E

モブ男「とぼけるなって。――お前らさぁ、昨日の夕方に営庭でキスしてたろ? 俺見たんだぜ?」

ライナー「……悪いが全く記憶にないな。別の何かと見間違えたんじゃないのか?」

モブ男「いいや、あれは絶対にお前と芋女だった。間違いねえよ」

ライナー「……」

ベルトルト「あ、あのさライナー! 今日の試験のことなんだけど――」

モブ男「おいおいベルトルト、ちょっと静かにしてくれよ。今は俺がライナーと話してんだからさ」ギロッ

ベルトルト「……ごめん」シュン

モブ男「わかればいいんだよわかれば。――それでさぁ、あんな遅くまで二人で何してたんだよ。デートにしちゃあ長すぎだし、街にある連れ込み宿にでも行ってたのか?」ニヤニヤ

ライナー「……おい。冗談も程々にしろよ」

モブ男「何言ってんだ、冗談言ってるのはお前のほうだろ? 顔はいいけど芋女はありえねえって」ヘラヘラ

ライナー「……」

15: 2014/05/11(日) 21:29:37 ID:Taafcv6E

モブ男「……でさ、結局芋女とは昨日どこまでいったんだ? 少しでいいから聞かせて――」



     ―― バンッ!!



ベルトルト「!!」ビクッ

モブ男「うわっ!?」ガタンッ

ライナー「……いい加減にしろ。いつまでくだらん話を続けるつもりだ」

モブ男「く、くだらないって……だってお前ら、前からそういう噂ばっかりだしよ。気になって当然だろ? 俺は確かめてみようとしただけで――」

ライナー「……いいか。この際だからはっきり言っておく」



ライナー「俺とサシャの間には何もない。どんな噂が流れているのかは敢えて聞かないが……お前らが勘ぐるような関係は一つもない」



ライナー「わかったら妙な妄想をして騒ぎ立てるな。こっちはいい迷惑だ」

16: 2014/05/11(日) 21:30:25 ID:Taafcv6E

―― 食堂前 廊下

コニー「ふーんふっふふーんふっふふーんふっふふーん♪ めーしっ♪ めーしっ♪」ルンタッタ

コニー(……ん? あそこにいるのは――)

コニー「よおサシャ! こんなところで何やってんだ?」ポンッ

サシャ「……いえ、ちょっと」

コニー「ここに突っ立ってるってことはもうメシ食ったのか? 早ぇなーお前」ウロウロ キョロキョロ

サシャ「……」

コニー「なあなあ、ところで今日のスープの具はなんだった? 豆は入ってたか? 最後の試験なんだから少しは奮発してほしいよなぁ、あんまり量が少ないと頭が働かねえ――」

サシャ「……ごめんなさい、コニー。失礼しますね」タタタッ

コニー「は? 失礼しますって……あっ、おい!」

コニー「……? なんだあいつ」

コニー(顔色も紙みてぇに真っ白だったし……具合でも悪いのか? パン半分残しといてやるかなぁ……)スタスタ...

17: 2014/05/11(日) 21:31:02 ID:Taafcv6E

―― 食堂

モブ男「い、いや、関係ないならいいんだ。しつこく聞いて悪かったな……でもよぉ、何も机叩くことはないだろ? こっちが驚くじゃねえか」

ライナー「……ああ、すまんすまん。つい手が滑っちまってよ」ハハハ

モブ男「まあ、芋女と一緒にされちゃ誰だって迷惑――って、ああっ! スープが全部、上着にかかっちまってる……!」ガタッ

ライナー「何? そりゃ悪いことしたな……昼になっちまうが、詫びに俺のを全部やるよ。朝の分はもう空なんでな」カランッ

モブ男「いや、スープはともかく……どうすんだよこの上着、替えはちょうど切らしてるのに……」ビッチョリ

ライナー「今から洗えば明日の試験には余裕で間に合うだろ。なんなら俺が洗濯を引き受けてやってもいいぞ」

モブ男「何言ってんだ、試験は明日からじゃなくて今日からだろ!? 今日の分はどうすんだよ!!」

ライナー「どうするって聞かれてもな。他の奴から借りるか、私服で出るしかないだろ」

モブ男「し、私服って……!」ワナワナ...

ライナー「幸い、今日の試験は対人格闘と技巧だ。服装はあまり関係ない。周りの目は気になるだろうがな」

ライナー「借りる相手のアテは残念ながら思い浮かばないが、私服で出席するつもりなら俺が教官に話してきてやるぞ? どうする?」

モブ男「はぁっ!? ふざけんな、そんな恥ずかしい真似できっかよ!!」バンッ!!

ライナー「そうか? お前がさっきまでやっていたことと同じだろ?」

18: 2014/05/11(日) 21:32:02 ID:Taafcv6E

ライナー「俺はてっきり、お前も他人から笑い者にされたいんだと思ったんだがな。違ったか?」

モブ男「んなわけねえだろ! どういう聞き方すりゃそうなるんだ!」

ライナー「そんなの見てればわかるだろ。さっきのお前は座学の講義を受けている時より、よっぽど生き生きしてたんだがな。自覚がないのか?」

モブ男「うぐっ……! だ、だからって、芋女と一緒にするんじゃ――」

ライナー「おい」

モブ男「」ビクッ

ライナー「いつまでそのくだらん呼び方を続けるつもりだ。いい加減不愉快なんだが」

モブ男「は? ……なんだよ、お前芋おん――」

ライナー「サシャだ。芋女じゃない。……言い直せ」

モブ男「……お前さぁ、サシャとは別に何も関係ねえんだろ? そんなムキになる必要あるのかよ?」

ライナー「……それは」



ベルトルト「……関係なくても、気分はよくないよ」

19: 2014/05/11(日) 21:32:39 ID:Taafcv6E

ライナー「! ……ベルトルト」

ベルトルト「僕からもお願いするよ。サシャだって女の子なんだし……そういう呼び方はやめてあげてほしいな」

ベルトルト「それに、その……今まで流れてたっていう噂話はともかく、君がさっき言った連れ込み宿っていうのは単なる推測だろ?」

ベルトルト「僕ら男子はいいとしても、女子にとってそういう話を無闇に広められるのはあまり良くないと思うんだ。だから――」

モブ男「……ちっ、わかったよ。やめればいいんだろ、やめれば」ガタッ

ライナー「……? おい、どこに行くんだ」

モブ男「移動するんだよ。こんなところでメシなんか食ってられっか」スタスタ...

ライナー「まあ待てよ。――さっきの話なんだがな、俺の訓練服でよければ貸してやろうか? 確か替えがまだあったはずなんだ」

モブ男「……何?」ピク

20: 2014/05/11(日) 21:33:27 ID:Taafcv6E

ライナー「俺とおまえの体格差じゃ、私服の時と同じ視線を浴びることになるだろうが……まあ、少なくとも教官に報告する必要はなくなるだろう。服装違反してるわけじゃねえからな」

モブ男「……」

ライナー「それでどうする? 俺の上着を貸してやるか? 必要なら今から取ってくるが」

モブ男「……いらねえよ。もういいから話しかけんな」

ライナー「おいおい、ちょっと待てって。上着は脱いでいかねえのか? 今から洗濯しねえと明日の試験には間に合わんぞ?」

モブ男「~~~~っ!! わかったよ、脱げばいいんだろ、脱げば!! 言ったからには明日までになんとかしとけよな!!」バサッ スタスタ...



ライナー「おっと。――ったく、食堂で服を投げつけるとは感心しねえな。水がこぼれたら俺まで洗濯しないといけなくなるじゃねえか」ブツブツ...

ベルトルト「……」

ライナー「ベルトルト、悪いが先に行く。ちょっと野暮用ができたんでな」ガタッ

ベルトルト「なら、僕も食べ終わったし一緒に行くよ。……少し話したいこともあるからね」

21: 2014/05/11(日) 21:34:03 ID:Taafcv6E

―― しばらく後 井戸近く

ライナー「よっと……」ザバーッ...

ライナー「あいつ、普段はしっかり洗ってないらしいな。……見ろよベルトルト、もう二回も石鹸かけたのにまだ水が黒いぞ」ゴシゴシ

ベルトルト「……」

ライナー「……? ベルトルト? どうした?」

ベルトルト「えっ? ……ああいや、ちょっとね」

ライナー「そろそろ水を取り替えるか。そっちの桶取ってくれ」

ベルトルト「うん、任せて。……よいしょっと」チャポンッ

ライナー「ありがとな。……しかし、今の時期に冷水で洗濯はキツいな。自分で言い出したこととはいえ、引き受けなきゃよかったぜ」ゴシゴシ

ベルトルト「……あの時、よく手が出なかったね」

ライナー「お前が味方してくれなきゃどうなってたかわからなかったけどな。おかげで助かった」ゴシゴシ

ベルトルト「いいよ別に、それくらい。気にしないで」

ライナー「しかし、サシャは結局俺たちがいる間に姿を見せなかったが……あの食いしん坊が食事時に顔を出さないなんて珍しいよな。腹でも下したんじゃないか?」ハハハ

ベルトルト「……」

22: 2014/05/11(日) 21:34:40 ID:Taafcv6E

ベルトルト「……あ、そういえばさ」ゴソゴソ

ライナー「ん? なんだ?」ゴシゴシ

ベルトルト「昨日の晩に、君に頼まれた包帯なんだけど……前に野戦治療演習で使った余りを見つけたんだ。よかったら使ってよ」

ライナー「包帯……?」

ベルトルト「うん。目立った汚れもないしまだ使えるよ。ええと、どこにしまったんだっけ……」ゴソゴソ...

ライナー「ちょっと待てベルトルト、俺は怪我なんかしてねえぞ? 包帯なんてどこに使えばいいんだ?」

ベルトルト「……え?」

ライナー「いや、だからな? 傷も出血もねえのに、そんなものどこに巻くんだって聞いてんだよ」

ベルトルト「……」

23: 2014/05/11(日) 21:35:23 ID:Taafcv6E

ベルトルト「……ねえライナー。昨日の午後は何をしてたか覚えてる?」

ライナー「は?」

ベルトルト「……」

ライナー「昨日の、午後って……お前、何言ってんだ?」

ベルトルト「いいから答えてくれ。……大事なことなんだ」

ライナー「そう言われてもなぁ、お前もよく知ってるとは思うんだが……」ポリポリ

ベルトルト「……」

ライナー「昨日はサシャと出かけたんだ。前もって何度か話したはずだぞ?」

ベルトルト「何のために? 何のためにサシャと出かけたの?」

ライナー「大通りに新しく開いた店で、肉が食えるらしいから付き合えって言われたんだよ。結局店には行かなかったんだけどな」

ベルトルト「他には? 他にはどこか行った?」

ライナー「行ってねえよ。……なんだなんだ、お前まで疑ってんのか? 普通に考えりゃ訓練兵の身で連れ込み宿なんて入れねえだろ」

ベルトルト「違うんだ。そうじゃなくて――」

24: 2014/05/11(日) 21:36:54 ID:Taafcv6E

ベルトルト(……朝から何か、変だとは思ってたんだ)

ベルトルト(いや、おかしいのは昨日の晩からだったけど……でも、受け答えの違和感を覚えたのは、今日の朝になってからだ)

ベルトルト(どこか憑き物が落ちたみたいな、妙に明るい話しぶりで……試験前で気が昂ってるだとか、一晩寝たら落ち着いたとか、頭の中では無意識に理屈をつけて納得してたけど)

ベルトルト(その違和感を、積極的に追求する気になれなかったのは……僕は、こういう風になったライナーを、知っていたからだ……)

ベルトルト(……もう二度と、こんなことは起こらないと思ってたのに)



ベルトルト「昨日……昨日、君が街から帰ってきた後にさ、僕と何を話したのかは覚えてる?」

ライナー「おいおい……何言ってんだ、ベルトルト」






ライナー「帰ってきてからお前と話はしてねえだろ?」






.

25: 2014/05/11(日) 21:37:53 ID:Taafcv6E

ベルトルト「…………」

ライナー「おい、顔が青いぞ? 大丈夫か?」

ベルトルト「……なんでもない。変な質問してごめん」

ライナー「いや、まあいいけどよ……手遅れになって倒れちまう前に自分で医務室に行けよ? 俺らみてぇな身体のでかい奴は、人によっちゃ運ぶだけで一苦労なんだからな。コニーやアルミンだと潰れちまうかもしれねえぞ」ハハハ

ベルトルト「……」



ベルトルト(昨日の晩に、寮に帰ってきてから……僕の前で怪我を治したってこと、忘れてる)

ベルトルト(巨人の力を忘れてるってことは、つまり……戦士のことも、任務のことも、一緒に忘れてるってことだ……!)

ベルトルト(ど、どうしよう、なんでこんな時に……!? ここしばらくはずっとなかったのに……!)

ベルトルト(やっぱり昨日、サシャと何かあったんだ。それで、サシャとのことは……兵士じゃなくて戦士として接した記憶だから、一緒に閉めだしちゃったんだ……)

ベルトルト(……待てよ。もしかすると、サシャに任務のことも話しちゃったのかな。だとしたらまずいぞ……! 計画のことを教官にでも報告されたら、どうしようもなくなる……!)

ベルトルト(くそっ……! こんなことになるなら、昨日無理矢理にでも何があったのか聞いておけばよかった……!)

ベルトルト(とにかく今は、できる限り探ってみよう。まだ情報が少なすぎる……でも、僕とライナーとサシャで共通すること、何かあったかな……)

26: 2014/05/11(日) 21:38:24 ID:Taafcv6E

ベルトルト「えーっと……あのさライナー、秋に四人で町に出かけた時のことは覚えてる?」

ライナー「なんだよ、さっきから変な質問ばかりして。記憶力の検査か?」ザバーッ...

ベルトルト「うん、まあ……そんなところ」

ライナー「しかし、秋って言えば何ヶ月も前の話だろ? ……四人ってヒントだけじゃなぁ」ウーン...

ベルトルト「ええと、そうだな……そうだ、確かあの日の前に大きな嵐があったよ。覚えてない?」

ライナー「嵐? ――ああ、そういやそんなこともあったな。ということは……」ブツブツ...

ベルトルト「……」

ライナー「……わかった、あれか! 覚えてるぞ、結構洒落た雰囲気の喫茶店に行ったんだよな!」ポンッ

ベルトルト「そ、そう! そうだよ、その話! ――それでね、その時にさ……僕たちの他に、誰がいたのか、わかる……?」

27: 2014/05/11(日) 21:39:52 ID:Taafcv6E

ライナー「誰って……アニとサシャだろ。もう忘れたのか?」

ベルトルト「……」

ベルトルト(……あれ? どういうことなんだ……? サシャとのこと、全部忘れたってわけじゃないのか……?)

ベルトルト(昨日のことだけ……なのかな。――いや待てよ、昨日のことだって、サシャと出かけたこと自体は覚えてるんだ。ということは、忘れてるのはサシャとの関係……?)

ベルトルト(んん……? わからなくなってきた……ええと、何か法則とか、条件のようなものがきちんとあるのかな。だとすると……)ウーン...

ライナー「なあ、お前今日はなんだかおかしいぞ? 試験前で緊張してんのか?」

ベルトルト「……うん。まあ、そうなのかも」

ベルトルト(おかしいのは君だよ、とは流石に言えない……)

ライナー「よーし、これくらいでいいか。――俺はこれから物干し場に向かうが、お前はどうする? 一緒についてくるか?」ザバーッ...

ベルトルト「僕は……」

ベルトルト(今のライナーを、一人のまま歩き回らせるのはよくないよね。……でも)

ベルトルト「……いや、行かない。ここに残るよ」

28: 2014/05/11(日) 21:40:32 ID:Taafcv6E

ベルトルト「物干し場と倉庫を往復してたら、試験の開始時間に間に合わなくなるかもしれないし……ここに残って、君の代わりに桶とか洗濯板を片付けておくよ。だからライナーは、その服干したら真っ直ぐ営庭に向かって」

ライナー「おお、悪いな。助かる。……じゃあ頼んだ、また後でな」スタスタ...

ベルトルト「……」



ベルトルト(もちろん、一人にさせておくのはよくない。よくないけど……僕が近くで見張ってたところで解決する問題でもないんだ)

ベルトルト(これまでだって、元に戻そうとしても戻らないことが多かったからな。今は時間がないし、しばらくこのままにしておこう)

ベルトルト(でも、どうしよう……今回ばかりは自然に治るのを待つってわけにはいかないぞ。計画の日までもう何日もないんだ。今はよくても、その日までにはなんとか元に戻さないと)

ベルトルト(ここは、アニに相談したほうがいいのかな……いや、駄目だ。連絡を取るのは前回で最後って決めたじゃないか。不用意な接触はできるだけ避けないと)ブンブン

ベルトルト(それに兵士化のことはまだしも、サシャのせいでこんなことになっただなんて聞いたらどうなるか――あっ!)

29: 2014/05/11(日) 21:41:09 ID:Taafcv6E

ベルトルト(ま、まずいぞ……! 今のライナーにサシャを会わせるのは危険すぎる……!)オロオロ

ベルトルト(一緒に出かけたことは覚えてるみたいだけど、怪我をしたことは覚えてないんだ。今日は偽装用の包帯も巻いてないし、塞がった傷を見られたら不審に思われる……!)

ベルトルト(流石にそれだけで巨人のことに辿り着けるとは思えないけど……あの子、妙に勘が鋭いからな。徹底してかからないと)

ベルトルト(……そもそも、あの傷はどういう経緯でできたものなんだろう。転んだだけじゃ指からあんなに出血しないだろうし……ということは、何かで切ったのか……?)

ベルトルト(その辺りをなんとかサシャから聞き出せないかな。……もしかしたら、あの怪我が原因で兵士化したっていう可能性もあるかもしれないよね)

ベルトルト(でも、僕にそういうことできるんだろうか。……誰かから何かをそれとなく聞き出すなんて、それこそライナーやアニに全部任せてきたのに)ドヨ-ン...

ベルトルト(……いいや、できるかできないかじゃない。やらなきゃいけないんだ。こういう時くらい力になってあげないと)グッ

30: 2014/05/11(日) 21:41:54 ID:Taafcv6E

ベルトルト(……けどまさか、今頃になって兵士になっちゃうとは思わなかったな。最近は、まあ……考え方は過激になってたけど安定してたし、心配いらないと思ってたのに)

ベルトルト(それだけ、サシャとのことが本気だったってことだよね。思い詰めすぎて任務まで忘れちゃうのは予想外だったけど……やっぱり、色々辛かったんだろうな)

ベルトルト(……ん? ということは……今朝起きてから、ずっと兵士のままだったってことだよね?)

ベルトルト(食堂でやり取りしてる時は、サシャを庇ってとぼけてるのかと思ってたけど……そういうわけじゃなかったのか)

ベルトルト(あの状態で連れ込み宿なんていきなり言われて、ライナーもびっくりしただろうな。……でも、そうか)

ベルトルト(サシャとのことを覚えてなくても……サシャのこと、守ったんだ)

ベルトルト「……すごいな」ハァ

ベルトルト(僕も、ライナーみたいになれたらな……。そしたらライナーは兵士化することもなかっただろうし、アニにも辛い思いさせなくて済んだかもしれないのに……)

ベルトルト(僕にも……そういう守り方、できたらいいのにな)

31: 2014/05/11(日) 21:43:15 ID:Taafcv6E

―― 午前 営庭 試験:対人格闘術

エレン「……よし」スーハー

エレン(卒業試験は全部で四日間だ。一日目は対人格闘と技巧、二日目は立体機動。三日目は座学で、四日目は兵站行進……)

エレン(技巧と座学で点数取りにくい俺は、今日の対人格闘と四日目の兵站行進で稼ぐしかない。……もちろん、立体機動を落とさない前提で、だ)

エレン(憲兵団はどうでもいいが、俺だって一つくらいはミカサに勝ちたいんだ。1位と8位じゃ逆転は無理かもしれねえけど、諦めるわけにはいかない)

エレン(やることは決まった。まずはこの対人格闘で満点を取る! ミカサが満点だったらその上を取る! これだ!)バシッ!!

エレン(さて、方針が決まったところでアニ辺りと組むか。最後にもう一勝負して弾みをつけてえしな)スタスタ...

エレン(ええっと、アニはどこに――)キョロキョロ





ミカサ「エレン」

32: 2014/05/11(日) 21:44:05 ID:Taafcv6E

エレン「……」

ミカサ「エレン、今日は私と組んでほしい」

エレン「……お前なぁ、こういう試験の時くらい俺から離れて――」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「聞いてるか? だからな、いつまでも子どもみたいにうろちょろうろちょろ」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「……あのさ」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「……」

ミカサ「私と組んでほしい」

エレン「断る。他の奴にしろ」

ミカサ「今日は無理。氏人を出したくないなら私と組んでほしい」

エレン「……脅迫かよ」

ミカサ「早くして。教官が見てる」

エレン「……わかったよ。組めばいいんだろ組めば」

33: 2014/05/11(日) 21:44:50 ID:Taafcv6E

エレン「……」

ミカサ「……」ムスッ...

エレン(眉間にめちゃくちゃ皺寄ってる……)

エレン「……お前、なんだか今日は機嫌悪くねえか?」

ミカサ「悪くない」

エレン「……」

ミカサ「……」

エレン「……」

ミカサ「……今日の朝、少し不愉快なことがあった。……ので」ボソボソ...

エレン「不愉快なこと? ……ああ、ライナーたちが大声で話してたあれか」

ミカサ「そう。……今エレンが組んでくれなかったら、私はあの上着の男のところに行って何かいけないものをもぎ取ってしまったかもしれない。だから感謝している」ギリッ...

エレン「もぎ取るって何を……いや、やっぱりいいや。答えるな」

34: 2014/05/11(日) 21:45:26 ID:Taafcv6E

ミカサ「……それと、今日の朝は食堂にサシャが来なかった」

エレン「? なんで知ってんだお前」

ミカサ「今日は一日中ずっと食事当番だからわかる。私は最初から最後まで食堂にいたけれど、サシャは少しも姿を見せなかった。代わりにパンを受け取りに来る人も来なかった」

エレン「見逃した可能性は」

ミカサ「ない。ありえない」ブンブン

エレン「ふーん……サシャが朝メシ食わないなんて珍しいよな。何かあったのか?」

ミカサ「わからない。詳しいことは聞いていない。……でも」チラッ

ミカサ「……ここから遠目に見ても、少し元気がないように思える」

エレン「もしかすると、今朝のやり取りを廊下で聞いてたのかもな。それで気まずくなって逃げたとか」

ミカサ「仮にそうだとしても、最後はライナーとベルトルトがはっきり言ってくれたから気に病むことはない。……と、思う」

エレン「じゃあ、具合が悪かった……わけじゃなさそうだよな。コニーといつも通りじゃれあってるし」

ミカサ「うん。私にもそう見える」コクッ

エレン「そんなに気になるなら本人に直接聞いて来いよ。ここで俺と喋ってるよりかはそっちのほうがよっぽど早いぞ」

ミカサ「うっ……それはそうかもしれない、けど……」モジモジ

35: 2014/05/11(日) 21:46:13 ID:Taafcv6E

ミカサ「……こういう時、なんと声をかけてあげればいいのかわからない」

エレン「なんてって……『よう元気か』でいいんじゃねえの?」

ミカサ「……『よう元気か』」

エレン「棒読みすぎるな」

ミカサ「『ようっ! 元気か!!』」グッ

エレン「お前普段そんな喋り方しねえじゃん。怪しまれるぞ」

ミカサ「……エレンがそう言えって言ったのに」ム-...

エレン「そうは言ってねえだろ……そもそも俺に言ってどうすんだよ。サシャに言ってこいサシャに」

ミカサ「なんて言えばいいの?」キョトン

エレン「話が戻ったんだが」

ミカサ「……ごめんなさい」シュン

エレン「いや、別に謝らなくてもいいけどさ……」ハァ

36: 2014/05/11(日) 21:47:13 ID:Taafcv6E

エレン(……なんだよ、朝のことが不愉快だったから俺のところに来たわけじゃねえじゃん)

エレン(そんなのは、ただの建前で……本当は、ミカサは俺のところに相談に来たんだ)

エレン(……はは、素直じゃない奴。……って、俺が言えた義理はねえか)ポリポリ



ミカサ「さっきから一生懸命考えてはいるのだけれど、いい言葉が浮かばなくて……つい、エレンのところに来てしまった。……怒ってる?」

エレン「怒ってねえよ。流石にそこまで気は短くねえって。……なあ、ミカサはなんでアルミンのところじゃなくて俺のところに来たんだ? そういう相談はアルミンのほうが適役だろ?」

ミカサ「確かに、アルミンに聞けば正しい答えを教えてくれるだろうとは思う。……でも」

エレン「でも?」

ミカサ「その答えを、そのままサシャに伝えるのは違う気がする。……もちろん、アルミンの答えがよくないという意味ではないのだけれど」

エレン「ふーん……なんだ、わかってんじゃねえか」

ミカサ「……? わかってるというのは?」

エレン「他の奴から言われたことをそのまま伝えたんじゃ意味がねえってことだよ。アルミンの言葉はアルミンの言葉だからな。お前がそのまま同じこと言ってもサシャには通じない」

ミカサ「……つまり?」

37: 2014/05/11(日) 21:47:48 ID:Taafcv6E

エレン「ミカサが思ったことを、そのままサシャに伝えればいいんじゃねえの?」

ミカサ「えっ……む、無理。そのままは伝えられない。……難しい」ブンブン

エレン「だったらさ、言葉じゃなくて……お前が他の奴にやってもらって嬉しかったこととか、サシャがやってもらって喜んでたことをやってやりゃいいだろ」

ミカサ「……嬉しかったこと」

エレン「ああ。それこそパンの一つでもやれば少しは元気になるだろ。サシャだしな」

ミカサ「……なるほど、わかった。行ってくる」クルッ

エレン「はぁ? 行ってくるって……今!? 今行くのか!?」

ミカサ「善は急げ」ダッ

エレン「ちょっと待てって、俺はどうすりゃいいんだよ! お前がいなくなったら俺一人になっちゃうだろ!」ガシッ

ミカサ「そんなこと言われても私は忙しい。ので、あそこで散歩しているアニとでも組んでいて」ピッ

エレン「アニとって……いや、そりゃ最初からアニと組むつもりだったから別にいいけどよ、でもなんかこう、放置されてるっていうか釈然としねえっていうか……」ブツブツ...

ミカサ「エレン」

エレン「あぁ!? なんだよまだ何かあるのか!?」

38: 2014/05/11(日) 21:48:51 ID:Taafcv6E

ミカサ「エレンに相談してよかった。……ありがとう」

エレン「…………どういたしまして」

ミカサ「それでは行ってくる。――アニの足技に気をつけて。怪我をしないように」タッタッタッ...

エレン「……おうともよ」



アニ「……」ウロウロ

アニ(対人格闘術なんか大した点数にならない。こんなことやったって意味なんかない。……でも、流石に卒業試験ともなるとそうはいかないらしいね)

アニ(当たり前と言えば当たり前か……三位から二十位辺りまでは点数が団子状態だから、たった一点で順位がガラリと入れ替わる。点を取れる機会をみすみす捨てる奴はいない)

アニ(みんながみんな真面目に取り組んでるせいで、サボるのも一苦労だ。……全く、試験をやるならこんな時間なんて設けないで試験だけやってほしいよ。準備運動なんか人と組んでやるものじゃないし)スタスタ...

アニ(……ん?)ピタッ



エレン「……」

39: 2014/05/11(日) 21:49:31 ID:Taafcv6E

アニ「……何? 目の前に立たれると邪魔なんだけど」

エレン「……アニ。俺と組め」ムスッ...

アニ「はぁ? ……ねえ、さっきあんたミカサと組んでなかった?」

エレン「それがどうしたんだよ」

アニ「また上からライナーが降ってくるのは勘弁してほしいから聞いてるんだよ。ミカサはどこ?」キョロキョロ

エレン「安心しろ。今回はそのミカサからのご指名だ」

アニ「……ミカサが私を指名したの? あんたの相手に? なんで?」

エレン「なんだっていいだろ。……いいからやるぞ。教官が見てる」

アニ「あんた、もしかしてミカサにフラれたの?」

エレン「…………」

アニ「冗談だよ。……いいよ、組もうか」クスッ

51: 2014/05/22(木) 20:08:47 ID:9RgZ4tP2

アニ「あんた、さっきまでミカサと何話してたの? 随分盛り上がってたみたいだけど」

エレン「別に盛り上がってはねえよ。……サシャのこと話してたんだ。あいつ、今朝は食堂に来なかったんだってさ」

アニ「へえ……」

アニ(……そういえば、告白するって話どうなったんだろ)

アニ(昨日、ライナーはサシャに言ったのかな。そのせいで、あのサシャが食事を抜きたくなるほどの何かがあったとか……? でも、ライナーは普通に食堂に来てたよね)

アニ(まあ……任務に支障が出なければ、あの二人がどうなろうが興味はないけど……)ソワソワ

アニ(男の人に告白されるのってどんな感じなんだろ。そこだけちょっと気になる……)ウズウズ

エレン「よし、まずは俺がならず者をやるぞ。準備はいいか?」グッ

アニ「……」ソワソワ

エレン「……? アニ? 聞いてるか?」

アニ「え? ……ああ、聞いてるよ。うんうん聞いてる」コクコク

エレン「だったらさっさと構えろよ。時間なくなっちゃうだろ」

アニ「……」

52: 2014/05/22(木) 20:09:35 ID:9RgZ4tP2

アニ「……ところでさ、ミカサから昨日のことは聞いてないの? あんた」モジモジ

エレン「は? 昨日? ――昨日は俺、ミカサとずっと一緒にいたぞ? 何を聞くんだ?」

アニ「そうじゃなくてさ、……昨日、えっと……あの……出かけたらしいね。サシャ」ソワソワ

エレン「……ああ! そういやそうだったな!」ポン

アニ「そのことは、ほら……なんか聞いてないの? ミカサはサシャと仲いいじゃない? 昨日のことについて何か――」

エレン「知らん」

アニ「……」

エレン「そういう話はしなかったからわかんねえよ。それにミカサも今朝から食事当番だしな。サシャと話す機会なんかなかったんじゃねえか?」

アニ「……じゃ、じゃあさ、あんたライナーと同じ部屋でしょ? 昨日一緒に出かけたライナーなら、サシャがごはん食べに来なかった理由もわかるんじゃない?」ソワソワ

エレン「あー、そうかもなー」

アニ「でしょ? ライナーからは何か聞いてないの? 具体的にいつどこで何を言ったとかそういうの」

エレン「聞いてねえなぁ」ポリポリ

アニ「……」

53: 2014/05/22(木) 20:10:34 ID:9RgZ4tP2

エレン「俺とアルミンが街から帰ってきた時はまだ戻ってきてなかったし、飯食って部屋に戻ってきた時はもう寝てたからなー。朝もそういう話する暇なかったし」

アニ「じゃあ今聞いてきなよ。私はここで待ってるから」

エレン「え? やだよ面倒くさい」

アニ「遠慮なんかしなくていいって」

エレン「してねえよ」

アニ「……あんたさ、サシャとライナーに何があったか気にならないの?」

エレン「いや別に?」

アニ「…………ふぅん」チッ

エレン「」ビクッ

54: 2014/05/22(木) 20:11:21 ID:9RgZ4tP2

アニ(この駆逐馬鹿が……! あんたが気にならなくても私が気になるんだよ……!)イライラ

エレン(し、舌打ちされた……!? なんだか知らねえけどめちゃくちゃ怒ってるぞ、アニの奴……!)ビクビク

エレン「……な、なあ、話してねえで訓練しようぜ? 近くに教官はいねえけどさ、こうやって話してる時間がもったいねえし……」オロオロ

アニ「……あんたに教えることは、もう何もない」

エレン「何もないって……そんなわけねえだろ! まだ俺お前に一度も勝ってねえんだぞ!?」

アニ「技術の基本はもう全て教えたんだ。……私に勝てないのは、あんたに足りないものがあるからだよ」

エレン「足りないもの……?」





アニ「――女子力だ」

55: 2014/05/22(木) 20:12:02 ID:9RgZ4tP2

エレン「……」

アニ「……」

エレン「他の奴と組むわ俺」スタスタ...

アニ「待ちな。何も冗談で言ってるわけじゃないんだ。――あんた、サシャの成績が急に上がった訳を知ってるかい?」ガシッ

エレン「……いや、知らねえけど」

アニ「実はそれ、女子力のおかげなんだよ」

エレン「…………」

アニ「格闘技において、身体の柔軟性はとても大事だ。それはあんたも知ってるだろ?」

エレン「……おう」

アニ「ここだけの話、柔軟性ってのは女子力と比例するんだよ。――ねえ、最近のサシャって女の子らしくなったと思わない? 以前と比べてさ」

エレン「……確かに、前と比べたら落ち着きは出てきたが」

アニ「でしょ? それも女子力のせいだよ」

エレン「……」

56: 2014/05/22(木) 20:12:46 ID:9RgZ4tP2

アニ「私があの子に格闘の手ほどきしてたの見たことあるでしょ? あの時に私が教えたんだよ。『強くなりたいなら女子力を鍛えろ』って」

エレン「初耳だぞ」

アニ「はじめて話したからね」

エレン「……俺、サシャより前からお前に格闘術習ってたんだけど」

アニ「あんた、私が最初から『女子力をつけろ』って言ったら素直にやってなかったでしょ? あんたがある程度力を付けて、足りないものを自覚した時……改めて、話そうと思ってたんだよ」

エレン「……」

アニ「まあ、疑うのも無理はないけどね。……ちなみに、ミカサやライナーが強いのも女子力のおかげだよ」

エレン「はぁ? ミカサはともかく、ライナーなんて女子力から遠く離れた――」ハッ

57: 2014/05/22(木) 20:13:51 ID:9RgZ4tP2

エレン(そういえばライナーは裁縫ができたよな。昨日、ボタンを付ける時の手際もかなりよかった……)

エレン(まさかあいつら、本当に女子力が……!)

エレン「……」

アニ「……どうやら、思い当たる節があるようだね」フッ

エレン「ああ、悔しいことにな。――待てよ、ということは……ベルトルトやジャンもか!? あいつらも……!」

アニ「そうだよ」

エレン「コニーやマルコも!?」

アニ「当然さ。あんた以外の上位はみんな女子力が充実してるんだ」

エレン「な、なんだって……!?」

アニ「試しにミカサに聞いてごらん。ミカサは強さの秘密をあんたに知られたくないだろうからね。あんたが女子力を身につけたいって言っても、嫌がって教えてくれないと思うよ」

エレン「聞いてくる!」ダッ

アニ「待ちな。……ミカサは忙しそうだからね、代わりに私が教えてあげるよ。これさえやればすぐにでも強くなれるって方法をね」

エレン「……! そんな方法があるのか!?」

58: 2014/05/22(木) 20:15:01 ID:9RgZ4tP2

アニ「あるよ。――昨日、ライナーとサシャに何があったのかを詳細に調べて私に報告するんだ。できるだけ早めに」

エレン「……? どういうことだ? あいつらの話を聞くと、その……柔軟性が」

アニ「女子力」

エレン「……女子力が上がんのか?」

アニ「ああ、恋バナは乙女の嗜みだからね。そりゃあもうめちゃくちゃ上がるよ。うなぎ登りさ」コクコク

エレン「けどよ、なんでいちいちアニに報告しなきゃいけないんだ? 聞くだけじゃ駄目なのか?」

アニ「駄目に決まってるでしょ!!」

エレン「うおっ!? な、なんだよ怒るなよ……」ビクビク

アニ「……で、弟子の成長を見守るのも師匠の勤めだからね。これでも一応あんたのこと、心配してるのさ」ソワソワ

エレン「ふーん……まあいいや、じゃあ昼の休み時間にでも聞いてくるか」

アニ「……」グッ

アニ(やった……! これで本人たちに聞きに行かなくて済む! ミカサやミーナに探りを入れる手間も省ける!)ヨッシャ

エレン(柔軟体操だけじゃ身体は柔らかくなんねえのか……今まで俺がやってきたトレーニングってなんだったんだろう……)ションボリ

59: 2014/05/22(木) 20:16:10 ID:9RgZ4tP2

サシャ「せいやぁーっ!」バッ!

コニー「あちょーっ!」バババッ!

サシャ「くっ……コニー、なかなかやりますね……!」ゼエハア

コニー「へへへ、強くなったのはお前だけじゃないってことだ……! 俺もこっそり特訓したからな……!」

サシャ「な、なんですと……!? ちなみにいつ……?」

コニー「秋ごろから二週に一回くらいのペースで、エレンと組み手してたんだ……! そして俺は、この前必殺技を手に入れた!」

サシャ「必殺技……!」

コニー「今こそそれをお披露目する時だ……! サシャ、お前は俺の技の練習台になってもらうぜ!」ビシッ

サシャ「そんな……! 練習台になったら氏んじゃいますよ! 氏んじゃったらごはんが食べられません!」

コニー「! それもそうか……じゃあ少し手加減する!」

サシャ「それならいいです!」

60: 2014/05/22(木) 20:17:01 ID:9RgZ4tP2

コニー「……」ジリジリ...

サシャ「……」ジリジリ...

コニー「アニの弟子であるお前と、エレンの弟子である俺……戦うのは必然だったんだな……!」

サシャ「師弟対決……というわけですか……!」

コニー「師弟の弟子同士が対決したら……なに対決なんだ……!」ゴゴゴゴゴ...

サシャ「さあ、私にはよくわかりません……!」ドドドドド...





ミカサ「……」コソコソ

61: 2014/05/22(木) 20:18:13 ID:9RgZ4tP2

ミカサ(サシャが喜ぶことは、改めて考えるまでもない。何かしらの食べ物を渡せば、サシャはたちまち笑顔になるはず……とはいえそれでは捻りがないし、何よりここには食べ物がない。今すぐ実行するということは不可能……)

ミカサ(私が他の人にしてもらって嬉しかったこと……そう、それはエレンにマフラーを巻いてもらったこと。これなら、やろうと思えばすぐできる)

ミカサ(後ろから、こっそり近づいて……このマフラーをサシャの首にぐるりと巻けば、たちまち元気になるはず。間違いない)シュルッ

ミカサ(驚いたサシャは暴れるかもしれないけれど、抵抗する暇は与えない。必要ならば絞め落としてでも巻きつける。元気になるためには多少の犠牲は仕方がない)

ミカサ(さあ、一瞬でケリをつけなければ……)

ミカサ「……」

ミカサ(首の周りが、寒い……)カタカタ...



ミカサ「……へくちっ」プルッ

62: 2014/05/22(木) 20:19:20 ID:9RgZ4tP2

コニー「おっ? ミカサじゃねえか、何してんだ?」

サシャ「あ、本当だ。どうしたんです? さっきまでエレンと組んでませんでした?」クルッ

ミカサ「……サシャ」

サシャ「ミカサも混じります? これからコニーが手加減した必殺技を見せてくれるそうなんですよ! 一緒に迎撃しましょう!」

コニー「果たしてお前らに俺の超必殺技が止められるかな……!」フフン

ミカサ「……」スタスタ...

サシャ「……? ?? ミカサ? あの……」

ミカサ「動かないで」ガシッ

サシャ「は、はぁ……」

ミカサ「……」

ミカサ(こっそりやるのは失敗したけれど、まだチャンスはある。何より今のサシャは警戒していない。マフラーを巻き付けることくらい、私にはできるはず……!)

63: 2014/05/22(木) 20:20:05 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「……」シュルッ

サシャ「……? マフラー?」モフモフ

コニー「マフラーだな」

サシャ「でもどうして私の首に巻くんです? これ、ミカサの大事なものじゃ――」

ミカサ「……」

サシャ「? ミカサ? みーかーさー?」ペシペシ

コニー「固まったまま動かねえな」ツンツン

ミカサ「……」

ミカサ(ひぃ……寒いぃ……)カタカタカタカタ...

ミカサ(で、でも……これでサシャも元気が出たはず。確かめなければ……)プルプル

ミカサ「……サシャ」

サシャ「はいはい、なんですか?」

ミカサ「これで元気に……元気に……………………くしゅんっ」プルッ

64: 2014/05/22(木) 20:21:22 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「……」

サシャ「……」

コニー「……」



ミカサ「……」クルッ タッタッタッ...

ミカサ「……」ゴソゴソ

ミカサ「……」チーンッ



コニー「鼻かんでる」

サシャ「鼻かんでますね」

コニー「お前、早くそれミカサに返してやれよ。寒そうだろ」

サシャ「ですねぇ。優しく巻いてあげましょうか」シュルッ

65: 2014/05/22(木) 20:22:07 ID:9RgZ4tP2

サシャ「ミカサ、ミカサ。ほら、これ巻いてください」シュルッ

ミカサ「……サシャ」

サシャ「はいはい、なんですか?」ナデナデ

ミカサ「……元気出して」

サシャ「出ました出ました。ミカサのおかげでいっぱいになりましたよ!」サスサス

ミカサ「……それならよかった」

コニー「うおっ、今日のミカサは随分と薄着だなぁ。ちゃんと服着て来いよ」ジロジロ

ミカサ「対人格闘だったから、あまりモコモコしていたら動きにくい。……ので」

サシャ「それで風邪引いちゃったら意味ないじゃないですか」

コニー「そうだぞ、ミカサは俺たちと違って馬鹿じゃないんだからな。身体は大切にしろよ!」

ミカサ「……うん。わかった」

66: 2014/05/22(木) 20:23:07 ID:9RgZ4tP2

コニー「あっ、そうだ! 寒いなら俺の作業用の軍手貸してやるよ。ないよりマシだろ?」ゴソゴソ

サシャ「なんでそんなもの持ち歩いてるんです?」

コニー「持ち歩いてるってか、前に作業した後そのまま突っ込んでたんだよ。――ほらミカサ。試験までそれつけてろよ」ポイ

ミカサ「ありがとう。……? これ、ごわごわしてる」

コニー「ごわごわしてるけど洗濯はしてあるぞ。白いだろ」

サシャ「洗濯した後にわざわざ突っ込んどいたんですか?」

コニー「違う違う、上着ごと軍手洗って干したんだよ。しかも二回くらい」

ミカサ「……くしゃくしゃになってる」ビローン

サシャ「干物みたいですね」

コニー「食うなよ? お前なんでもかんでも口に入れるからな」

サシャ「むっ……なんでもかんでもとはなんですか! 流石に軍手は口に入れませんよ!」プンスカ

ミカサ「……ふふっ」クスクス

67: 2014/05/22(木) 20:24:06 ID:9RgZ4tP2

マルコ「……」ジーッ...

マルコ(ミカサがサシャとコニーにお世話されてる……)

ジャン「……あ、あのさぁマルコ」ソワソワ

マルコ「何? まさか君、ミカサのお世話したいだなんて言わないよね?」

ジャン「…………言わねえよ」ヌギッ...

マルコ「だよね、よかった……その上着をそっとミカサの肩にかけてこようだなんて思ってないよね?」

ジャン「おっ…………思ってねえし」

マルコ「本当に?」

ジャン「……おう」

マルコ「……」

ジャン「……暑かったからな」ボソッ

マルコ「そうだね、暑いね」

68: 2014/05/22(木) 20:25:26 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「……」ウロチョロ

ベルトルト(うーん……サシャに話が聞きたいんだけど、話しかけづらいな。あの三人の中に割って入ってもいいんだろうか)

ベルトルト(まあ、ずっと三人で話してられないだろうし、そのうち一人あぶれて相手を探し出すだろうけど……その時にサシャが余るとは限らないよね……)

ベルトルト(……仕方がない。多少無理矢理でも行ってこよう)スタスタ...



ミカサ「……」パフパフ

コニー「ミカサ、その軍手似合ってるぜ!」ニッ

ミカサ「うん、ありがとう。……あったかい」

サシャ「軍手って意外と温かいですよねぇ。手袋よりも隙間があって寒そうなのに」

コニー「そこはほら、不思議な力が宿ってんだよ。不思議な力が隙間を埋めてんだ」

サシャ「不思議な力ってなんですか?」

コニー「知らん」

ミカサ「私もわからない。……ので、後でアルミンに聞いてみよう。きっと教えてくれるはず」

69: 2014/05/22(木) 20:26:20 ID:9RgZ4tP2

コニー「待てよミカサ、なんでもかんでもアルミンに頼るのはよくねえぞ。ここは三人で考えてみようぜ」

サシャ「そうですね、三人よればもんじゃ焼きって言いますし!」

ミカサ「……文殊の知恵」

サシャ「そうそう、それですそれです」

コニー「『もんじゅ』ってなんだ?」

ミカサ「私もわからない。……ので、後でアルミンに聞いてみよう。きっと教えてくれるはず」

コニー「待てよミカサ、なんでもかんでもアルミンに頼るのはよくねえぞ。ここは――」



ベルトルト「あの……三人とも、ちょっといいかな」

70: 2014/05/22(木) 20:27:24 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「ぼんやりしてたら組み損ねちゃってさ、もしよかったら誰か僕と組んで欲しいんだけど――」

コニー「……」

サシャ「……」

ミカサ「……」

ベルトルト「……? え、何? 三人で僕の顔じっと見て……何かついてる?」ペタペタ

サシャ「ここはベルトルトに聞いてみましょう」

ミカサ「異議なし」

コニー「ベルトルトはいっぱい本読んでるもんな。……というわけでベルトルト、もんじゅって何のことなんだ?」ズイ

ベルトルト「も、もんじゅ……? ……ごめん、知らない。何の話?」

サシャ「もんじゃ焼きっておいしいんですか?」ズイッ

ミカサ「どうして軍手はあんなに温かいの?」ズズイッ

ベルトルト「え、えっと……?」

ベルトルト(どうしよう、三人が何を言ってるか全くわからない……)オロオロ

71: 2014/05/22(木) 20:28:39 ID:9RgZ4tP2

コニー「あっ、やべえ! 教官こっち来るぞ!」

サシャ「本当だ、急いで組まないと……!」

ミカサ「ちょうど四人いるから、二人ずつに分かれよう。ベルトルトもいい?」

ベルトルト(……! やった、チャンスだ……!)

ベルトルト「うん、じゃあ僕はサシャと組むね」ガシッ

サシャ「へ? 私ですか?」

ベルトルト「そうだよ。ついでにもう少し離れたところに移動しよう。隣でやったら腕や足がぶつかるかもしれないし」スタスタ...

サシャ「は、はぁ、そうですね……じゃあコニーにミカサ、また後で!」スタスタ...



コニー「おおー……あいつら足速ぇなぁ。もうあんなところまで行っちまったよ」

ミカサ「ベルトルトに、サシャを取られた……」ムスッ...

コニー「んあ? なんだミカサ、サシャと組みたかったのか? だったら俺、ベルトルトと代わってくるぞ? 話せば代わってくれるだろうしな」

ミカサ「……ううん、いい。コニーとやる」フルフル

コニー「そっか、じゃあ代わりに俺がサシャのものまねしながら組んでやるよ! えーっと……さあミカサ、かかって来い……くるです! 相手になるぞ……じゃない、相手になるです!」ババッ

ミカサ「……サシャはそんなこと言わない」

72: 2014/05/22(木) 20:29:35 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……」ウロウロ

ライナー(うーん、駄目だ。相手が見つからん。完全にあぶれちまったな……)

ライナー(しかしなんでこういう時間は毎度余る奴が出てくるんだ? アニみてぇにサボってる奴がいるからか?)

ライナー(このままぼさっと立ってるわけにはいかないよな。他に誰かいないか?)キョロキョロ

ライナー(……ん? ユミルがこっちに向かって歩いてくるな……)



ユミル「……」スタスタ...

ユミル(あの腑抜け……もといサシャがヘコんでようがどうでもいいが、クリスタが気にしてたからな。朝に追ってきた来た後も、一生懸命フォローしてたし……)

ユミル(だから、今からやることはサシャのためじゃない……クリスタのためだ。クリスタのために仕方がなくやるんだからな)

ユミル「ようライナー。暇なら私とお話しようぜ」

ライナー「……」

73: 2014/05/22(木) 20:30:23 ID:9RgZ4tP2

ユミル「おいおい、なんだよその顔は。組む相手が私じゃ不満か?」

ライナー「いや……驚いただけだ。お前が真っ直ぐ俺のところに来るなんて思ってなかったんでな。正直そのまま通りすぎるんじゃないかと読んでたんだが」

ユミル「そうか? 今までだってたまに組んでたろ?」

ライナー「教官に言われた時だけな。こういう誰とでも自由に組める時間は、いつもクリスタにべったりだっただろう。お前」

ユミル「ああ、そういうことか……まあ、その推測も間違っちゃいないな。今もべったりって言ったらべったりだ」

ライナー「……? どういう意味だ?」

ユミル「どういう意味でも今はどうでもいいだろ。……少し端に寄るぞ。これから話すことは、できれば他の奴らには聞かれたくないからな」スタスタ...

ライナー「……わかった。行こう」スタスタ...

74: 2014/05/22(木) 20:31:24 ID:9RgZ4tP2

サシャ「ベルトルト、ベルトルト。どこまで行くんですか? 結構ミカサたちから離れましたけど……」スタスタ...

ベルトルト「ああ、うん。そうだね……この辺でいいか」

ベルトルト(うまいこと、サシャを誘い出すことには成功した。――さて、どうやって聞こうかな……)ウーン...

サシャ「あの……こうやって組んでくれたってことは、もう怒ってないんですか?」

ベルトルト「え? 怒る? 何を?」

サシャ「……山岳訓練の、です」

ベルトルト「……あ」

ベルトルト(すっかり忘れてた……そういえば、そんなこともあったな。でも今は、正直それどころじゃないっていうか……)

ベルトルト「ええっと……確かに、やられたあの日は結構腹が立ったけど、今はそうでもないよ。君が言うとおり、あの時油断してたのはこっちだしね」

ベルトルト「それに、もう終わっちゃったことだからさ。どうしようもないことをいつまでも根に持ったりしないよ」

75: 2014/05/22(木) 20:32:23 ID:9RgZ4tP2

サシャ「……アニと同じこと言うんですね。ベルトルト」

ベルトルト「えっ、アニ? アニもそんなこと言ってたの?」

サシャ「はい。……ついでに、卒業試験で叩きのめすって言われました」

ベルトルト「……怖いね」プルプル...

サシャ「ええ、とても怖かったです……」ガタガタ...

ベルトルト(サシャのついでに僕まで叩きのめされたらどうしよう……)プルプル...

サシャ「え、ええっと……じゃあ、組みましょうか。また突っ立って話してたら教官が来るかもしれませんし」イソイソ

ベルトルト「そうだね、じゃあ……じゃないや。ちょっと待って」

サシャ「はい? なんですか?」

ベルトルト「……」

サシャ「……?」

ベルトルト「……えーっと」

ベルトルト(駄目だ……遠回しに聞く方法なんて思い浮かばないや。もう真正面から聞いちゃおう)

76: 2014/05/22(木) 20:33:37 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「あのさ……昨日、ライナーと何かあった?」

サシャ「……」

ベルトルト「……」

サシャ「……そんなの、本人から直接聞けばいいじゃないですか」

ベルトルト「うん、だから本人に聞いてるじゃないか。直接」

サシャ「……」

ベルトルト「昨日は帰りが遅かった上に、手を怪我してたみたいだから心配してるんだよ。でもライナーは何があったか教えてくれなかったし、夜ごはんも食べないでそのまま寝ちゃって――」

サシャ「……! 医務室、行ってないんですか?」

ベルトルト「え? えっと……それは……」

ベルトルト(確か、記録が残っちゃうから行かないって言ったんだよね……でも、まさかそのままサシャに言うわけにいかないし……)

ベルトルト「た、大したことないって本人が強がってさ。それに……それに、そうだ、この前の野戦治療演習で残ってた消毒液と包帯があったから、それで一応消毒して手当てしたんだ。だから、君は心配しなくて大丈夫だよ」

サシャ「……約束したくせに」ボソッ

77: 2014/05/22(木) 20:34:27 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト「約束? 医務室に行く約束したの?」

サシャ「……」

ベルトルト「……」

ベルトルト(ああ、また黙っちゃった……うーん、困ったな。やっぱりそれとなく聞き出すなんて、僕には無理だよ……)

サシャ「……してません。約束なんか」

ベルトルト「えっ、してないの? ……どっち?」

サシャ「してません。――私とライナーは、関係ないんですから……そんな約束なんか、してません」

ベルトルト「関係ないって……」

サシャ「朝にライナーが言ってたじゃないですか。ベルトルトも聞いてたでしょう?」

ベルトルト「朝に? ……あっ」

ベルトルト(食堂で話してたあれか……! でも、あの時サシャは食堂にいなかったはずだ。ということは――)

ベルトルト「……もしかして、あの時廊下で聞いてたの?」

サシャ「……」

78: 2014/05/22(木) 20:35:28 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト(き、聞いてたんだ……! 何も言わないけどわかるぞ、サシャは聞いてたんだ……! しかも、結構都合の悪いところだけ聞いてたっぽい……!)

ベルトルト(どうしよう、誤解だって言ったほうがいいのかな。でも、今はライナーがサシャとのこと忘れちゃってるし、結局昨日はどうなったのかすらわからないし……)

ベルトルト(せっかく別れたのに、よりを戻すような結果になったら……戦士に戻った後に、ライナーはまた苦しむかもしれない……)

ベルトルト(ううっ、どうすればいいんだ……ライナー、アニ……)チラッ

ベルトルト「……あれ!?」

サシャ「ひゃっ!?」ビクッ

ベルトルト(どうしてユミルがライナーと一緒にいるんだ!? ……ま、まさか、昨日のことをライナーに聞き出すつもりなんじゃ……!)ダラダラ

ベルトルト(まずいぞ……勘のいいユミルなら、ライナーの異変にも気がつくかもしれない……! どうしよう、どっちを優先したら……)オロオロ

79: 2014/05/22(木) 20:36:31 ID:9RgZ4tP2

サシャ「ベルトルト? どうしました? すごい汗ですけど……」

ベルトルト「うん……うん、ちょっと待ってね。うん……」ダラダラ...

ベルトルト(聞き出すことも誤解を解くことも後からいくらでもできる。今はあっちを先に何とかしよう!)

ベルトルト「ごめん、サシャ。……僕、ちょっと用事ができちゃった」

サシャ「はい? 用事?」キョトン

ベルトルト「うん。だから後でもう一度話を聞かせてくれる? 今は……今はちょっと……!」ハラハラ

ベルトルト(あああああ……! ユミルがなんか話してる! まずい、まずいぞ……!)

ベルトルト「ええっと……本当にごめん! じゃあね!」クルッ ダッ

サシャ「あっ……ちょっ、ベルトルト!?」

ベルトルト(ああもう、どうしてこう次から次へと問題が出てくるんだ! 戦士に戻ったら覚えとけよ、ライナー!)

80: 2014/05/22(木) 20:37:20 ID:9RgZ4tP2

ライナー「この辺りが限度だろう。あまり離れすぎても教官に注意されるからな。……で、話ってなんだ?」

ユミル「大したことじゃねえよ。――まず、山岳訓練の話だが……もう気づいているとは思うが、そのまま黙っておいてくれるとありがたい」

ライナー「……? 何のことだ?」

ユミル「いいんだいいんだ。そのまますっとぼけてくれると助かる」

ライナー「お、おう……?」

ユミル(この反応……どうやら、点数をちょろまかしてたのは私だけじゃないらしいな)

ユミル(あの順位の跳ね上がり方からして妙だとは思ってたが、これはサシャもやっちまったって考えるのが自然か)

ユミル(まあ、実直なこいつのことだから……自分がやらせちまったようなもんだって思ってるんだろうな。ライナーに追い付きたいって気持ちがなけりゃ、サシャも無茶してなかっただろうし)

ユミル(だからこそ……サシャが「一緒に行けない」って言った程度で、あっさり諦めた理由がわからないんだよな。切り捨てられないで庇っちまうくらい好いてるくせに、なんで簡単に手放したんだ? やらなきゃいけないことってのがそんなに大事なのか?)

ユミル(こいつは……こいつらは一体、何を考えてる?)ジーッ...

81: 2014/05/22(木) 20:38:19 ID:9RgZ4tP2

ライナー(山岳訓練だと……? 黙っておいてくれって何のことだ? ユミルが何かやったのか? 心当たりがまるでないんだが……)

ライナー(もしかして、話す相手を勘違いしてるんじゃないだろうな? ……怒鳴られるかもしれんが、確かめてみるか)

ユミル「……お前さぁ、昨日は――」

ライナー「待てユミル。……その山岳訓練の話とやらで、一つ確認しておきたいことがあるんだが」

ユミル「ん? なんだよ」

ライナー「お前、話す相手を間違ってないよな? さっきから何を言いたいのか、俺にはさっぱり――」



ベルトルト「ちょっと待ったぁっ!!」ズザザザザ――ッ!



ライナー「」ビクッ

ユミル「」ビクッ

82: 2014/05/22(木) 20:39:13 ID:9RgZ4tP2

ベルトルト(ま、間に合った……! かな……!?)ゼエハア

ユミル「な、なんだよベルトルさん。何か用か? えらい勢いで走ってきたが……」

ベルトルト「ユミル……!」ガシッ

ユミル「ひっ!?」ビクッ

ベルトルト「僕……僕! 今、すごくユミルと組みたい! ユミルがいい!」ハァハァ

ユミル「は、はぁ……!? 息切れしながら気持ち悪いこと言うんじゃねえ!! あっち行け、手も離せこら!」ブンブン

ベルトルト「絶対に離すもんか……!」ギギギ...

ユミル「他にいくらでも相手がいるだろ!! なんで私なんだ!!」

ベルトルト「ユミルじゃないと駄目なんだよ……! 他の子じゃ意味がないんだ……!」ハァハァハァハァ

ユミル「そんなの知らねえよ!! ていうかせめて息整えてから話せっての!!」ブンブン

83: 2014/05/22(木) 20:40:14 ID:9RgZ4tP2

ライナー「べ、ベルトルト……? ユミルとは、俺が組んでたんだが……」オロオロ

ベルトルト「君はあっちにいる暇そうなダズと組むこと!! いいね!?」ハァハァ

ライナー「え? ……いや、ちょっと待ってくれよ。俺たちはまだ話の途中で――」

ベルトルト「それ全部僕が聞いとくから!!」

ライナー「お、おう? そうか?」

ベルトルト「そういうこと!! じゃあユミルもらってくから!!」ズルズル...

ユミル「ちょっ……! 待てこら離せ!! 私はお前じゃなくてライナーに話があるんだ!!」ジタバタ

ベルトルト「僕は今からライナーになる!!」

ユミル「意味わかんねえよ!! はーなーせー!!」ジタバタジタバタ



ライナー「……」

ライナー「……なんだったんだ今の」

84: 2014/05/22(木) 20:41:36 ID:9RgZ4tP2

―― 昼 食堂

ライナー(あの後はベルトルトがユミルにべったり貼り付いてて、結局話が聞けなかったな……今も食堂に来てねえし、どこかで何か話してんのか?)

ライナー(後でユミルを探すか……もしくは、技巧の時間になんとか捕まえて続きを聞くか? だが、どうも話す相手を間違ってるような気がするんだよな。山岳訓練で思い当たることなんて特にないし……)ウーン...

ジャン「よおライナー、朝からお疲れさん」ガタッ

マルコ「ここ座っていいかな? それとも後から誰か来る予定?」

ライナー「ああ、ジャンにマルコか。誰とも約束してないから座っていいぞ」

ジャン「約束してなくても勝手にあいつのほうから来るんじゃねえか?」

マルコ「あはは、そうだね。今は見当たらないみたいだけど……もう食べ終わったのかな? それともこれから来るのかな」キョロキョロ

ライナー(……? あいつって誰だ? ベルトルトのことか?)

ジャン「それよりお前、今日は色々と散々だな。スープ取られるわ洗濯させられるわ……さっきの試験前も相手取られてたしよ」

マルコ「でもさ、ベルトルトが大声張り上げるなんて珍しいよね。目立つのは好きそうじゃないのに、あんな事するなんて……よっぽどユミルの相手をしたかったのかな」

ライナー「さあな、俺にもよくわからん」ハァ...

85: 2014/05/22(木) 20:42:30 ID:9RgZ4tP2

コニー「ライナー、ライナー!」タタタッ

ライナー「コニー? どうした、何か用か? 座りたいなら少し詰めるが」

コニー「いや、席はあるから大丈夫だ。――あのさ、俺のパンをサシャにやってもいいか? 朝に少し残した分なんだけどよ」

ライナー「……? コニーの好きにしたらいいんじゃねえか?」

コニー「そうか? 一応お前に聞いてからのほうがいいと思ったんだけどさー。――んじゃやってくるわ!」ダッ



ジャン「勝手に渡せばいいものを、わざわざ聞きに来るとは……律儀な小坊主だな」

マルコ「こら、小坊主とか言うなよ。……律儀なのはまあ、コニーだからね」

86: 2014/05/22(木) 20:43:15 ID:9RgZ4tP2

ライナー「なあ、なんでコニーは俺に聞いたんだ? お前ら何か知ってるか?」

マルコ「なんでって、そりゃあ……ねえ?」

ジャン「お前があいつの保護者だからじゃねえの?」

ライナー「……俺はいつからサシャの保護者になったんだ」

ジャン「……」

マルコ「あー……そういう……」

マルコ(つまり、保護者という認識はないってことだから……なるほどなるほど、新しい惚気かな?)

ジャン「……あー、イライラする」チッ

ライナー「??」

87: 2014/05/22(木) 20:44:16 ID:9RgZ4tP2

―― 調理場

ミカサ「……」ジーッ...

ミカサ(どうやら、昼はきちんと食堂に来たみたい。……でも)

ミカサ(……絶対におかしい。朝は食べていないはずなのに、スープを半分以上残している)

ミカサ(マフラーを巻いただけでは、元気が出なかったのだろうか……でも、あの方法はエレンが教えてくれたもの。効かないはずがないし、サシャだってにこにこ笑っていた)

ミカサ(……こうなったら、アルミンにも相談してみようか。エレンの言うことを信じないわけではないけど、何かしら違った意見が聞けるかもしれない)

ミカサ「……」ソワソワ

ミーナ「? ミカサ、どうしたの? トイレ?」

ミカサ「ううん、違う。トイレじゃない。……少し、用事を思い出して」ソワソワ

ミーナ「用事? だったら先に済ませてきちゃいなよ。もうしばらくは暇だし」

ミカサ「急ぎの用事ではないので、後からでも大丈夫。ここにいる」フルフル

ミーナ「そう? だったらいいけど……でもさ、そんなそわそわしててお皿洗えるの? 割ったりしない?」

ミカサ「しない。私は強い。すごく強い。……ので、ちゃんと洗える。一人でも」

ミーナ「いやいや、一人で洗わなくてもいいけどさ」

88: 2014/05/22(木) 20:45:02 ID:9RgZ4tP2

ミーナ「……」

ミカサ「……」ソワソワ

ミーナ「……」

ミカサ「……」ウロチョロ

ミーナ「……用事、済ませてきたら?」

ミカサ「大丈夫。ここにいる」フルフル

ミーナ「うーん……じゃあ、言い方変えるね。――『見ててこっちが落ち着かないから、先に用事済ませてきて。お願い』」

ミカサ「でも」

ミーナ「でもじゃない。……ほら、ここは私に任せて行った行った」グイッ

ミカサ「……わかった、すぐ戻ってくる。ありがとうミーナ」

ミーナ「どういたしまして。しっかり解決してから戻ってきてねー」フリフリ

89: 2014/05/22(木) 20:47:14 ID:9RgZ4tP2

―― 物干し場

ライナー「……」ペシペシ

ライナー(晴れてるせいか乾きが早いな。これなら夕方に取り込んで、夜の間は部屋干ししても問題なさそうだ。午後に雨が降らなきゃいいんだが……)

ライナー(ん? 袖から雫が垂れてるな。絞るのが甘かったか?)ギュー... ポタポタ

ライナー(これでよしっと……おっと、手が濡れちまったな。ハンカチハンカチ)ゴソゴソ フキフキ

ライナー(しかし、ベルトルトもユミルも見かけねえなぁ。どこ行っちまったんだか……)ゴソゴソ...

ライナー(……? なんだかハンカチがしまいにくいな。中に何か入ってんのか?)

ライナー(奥に押し込んでるから取りづらいな……よっと)ズルンッ

ライナー「布? ……じゃねえな。これもハンカチか」

ライナー(二枚も入れるわけねえから……ポケットに突っ込んだまま、一緒に洗濯しちまったってことか。一応毎回確認してるんだけどな……)

ライナー(しかし、こんな柄のハンカチなんか持ってたか? 斑模様なんて買った覚えがないんだが)ピラッ

ライナー(色も……なんだこりゃ? 赤……というか、赤黒いな。まるで血みたいな――)

90: 2014/05/22(木) 20:48:33 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……」

ライナー「うっ、うおおおおおおっ!?」バシーン!! ズザザザザッ!!

ライナー(な、なんで血塗れのハンカチがポケットの中に入ってんだ!? 誰かの嫌がらせか!? それとも俺が寝ぼけて自分で突っ込んだのか!?)ドキドキ

ライナー(驚いて、思わず地面に叩きつけちまったが……このまま放置するわけにはいかねえよな。回収しねえと……)キョロキョロ

ライナー(でも、あんな不気味なもんを素手で触るのはな……ちょっと長いが、物干し竿を借りるか)ガコンッ

ライナー(……中から変なものが出てきませんように)

ライナー「……」ツンツン

ライナー「……」ベシベシ

ライナー「……」

ライナー「……」スッ...



   「……何してるの」



ライナー「ぎゃあっ!?」ビクッ!!

91: 2014/05/22(木) 20:50:08 ID:9RgZ4tP2

ライナー「み、ミカサか……驚かすなよ! びっくりするだろ!」ドキドキ

ミカサ「そんなつもりはなかった。ごめんなさい。……ところでこれは何?」ヒョイ

ライナー「こら、触るんじゃない! 呪われても知らねえぞ!」ビクビク

ミカサ「……」サワサワ

ライナー「お、おい……」

ミカサ「……」

ライナー「……」ビクビク

ミカサ「……あっ」

ライナー「な、なんだどうした!! 呪われたのか!?」

ミカサ「違う。……何か出てきた」ビローン...

ライナー「……? なんだそりゃ? 虫の氏骸か何かか?」

ミカサ「違う。ひも」

ライナー「ひも?」

ミカサ「正確には髪ゴム。……見て」ビヨンビヨン

92: 2014/05/22(木) 20:51:00 ID:9RgZ4tP2

ライナー「おおっ、伸びたな。しかしそれで髪を結うのか? 短すぎて使えねえだろ」

ミカサ「伸びるから大丈夫。……使うつもりなら結んであげる。アルミンが」

ライナー「お前じゃないのか」

ミカサ「こういうのはアルミンが得意。今から行くので一緒に行こう。ついてきて」スタスタ...

ライナー「……俺は使うとは一言も言ってないんだが」

ミカサ「ハンカチも返す。はい」ポイ

ライナー「うおっ!?」ササッ

ミカサ「? どうして避けるの? また地面に落ちてしまった」ヒョイ

ライナー「いや、返されても使い道がないしな……それに、受け取るのは……その、怖いっつうか……」モソモソ

ミカサ「そもそも、このハンカチは誰の?」

ライナー「知らん。俺のじゃないことは確かだ」

ミカサ「そう。……なら、焼却炉に捨ててくる」スタスタ...

ライナー「! そうか? そりゃ助かる――」ハッ

93: 2014/05/22(木) 20:52:06 ID:9RgZ4tP2

ライナー(待てよ……逆に、捨てた途端に呪われるようなシロモノじゃねえだろうな……!?)

ライナー(ベルトルトが前に話した怪談の中で、そういうのがあったよな……あれはハンカチじゃなくて人形だったが……)

ライナー「待てミカサ。……やっぱりくれ、そのハンカチ」

ミカサ「? 使うの?」キョトン

ライナー「使わねえ。使わねえが……捨てたら、後悔するような気がする」

ミカサ「そう。じゃあ受け取って」ズイ

ライナー「……」ササッ

ミカサ「触りたくないなら無理やりポケットに突っ込んであげる。どこがいい?」

ライナー「……右胸で頼む」

ミカサ「わかった。――ふんっ!!」ズボッ

ライナー「」ビクッ!!

ミカサ「これでよし。……では、アルミンのところに行く」スタスタ...

ライナー「……おう」

94: 2014/05/22(木) 20:53:04 ID:9RgZ4tP2

―― とある空き教室

アルミン「……で、なんだって? 女子力が何?」

エレン「だからさ、女子力をつけると強くなるらしいんだよ」

アルミン「うん……うん、わかった。そこまではわかったよ。それで? 次に君はなんて言った?」

エレン「アルミンもやろうぜ」

アルミン「嫌だよ」

エレン「なんでだよ!! お前いつも『僕も……ミカサやエレンみたいに強くなりたい……!』って言ってたじゃねえか! 女子力くらい我慢してつけろよ!!」

アルミン「強くはなりたいけどさ、どっちかっていうと僕は男らしくなりたいんだけどな。それこそライナーとかベルトルトみたいな」

エレン「あいつらも女子力が充実してんだぞ!!」

アルミン「とてもそうは見えないよ……ええと、アニからその話聞いたんだっけ? からかわれてるんじゃないの?」

エレン「騙すならもっとマシな嘘つくだろ?」

アルミン「う、うーん……? そうかなぁ……?」

95: 2014/05/22(木) 20:55:00 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「アルミン、エレン。ここにいたの?」ガチャッ

エレン「ん? ああ、ミカサと……ライナーか? 二人で何してんだ?」

ライナー「ちょっとその辺で会ったんでな。ついてきたんだ」

アルミン「ふうん……あれ? 今日はミカサ、ずっと食事当番じゃなかったっけ? こんなところにいていいの?」

ミカサ「大丈夫。断った上で抜けてきた。……アルミンにすぐ相談したいことがあって」

アルミン「僕に相談? ライナーも?」

ライナー「いや、俺は付き添い……でもないか。俺もお前に用があるんだ」

アルミン「僕に?」

エレン「俺は?」

ライナー「……すまん、今は特にない」

エレン「……そっか」シュン

ミカサ「先にライナーの用事を済ませてしまおう。……アルミン、これを結んであげてほしい」スッ

96: 2014/05/22(木) 20:57:58 ID:9RgZ4tP2

アルミン「ああ、髪ゴムだね。ミカサのかな?」

ミカサ「ううん、ライナーの。……らしい」フルフル

アルミン「ライナーの……ということはあれだね。いいよ、やってあげる」

エレン「俺がやる! 俺にやらせてくれ!」

ミカサ「駄目。エレンはこういうのはへたくそ」ブンブン

エレン「へたくそって言うなよ! 傷つくだろ!」プンスカ

アルミン「はいはい、喧嘩しない喧嘩しない。――でも、この短さだと輪っかがかなり小さくなっちゃうよ? それでもいい?」

ライナー「ああ、大丈夫だ。……すまねえな、アルミン」

アルミン「気にしないでよ。これがないと眠れないんでしょ?」クスクス

ライナー「……? あ、ああ」

エレン「リラックスして寝るためのおまじないだっけ? 確かに一昨日と昨日は寝入ってたよな、ライナー」

ライナー「……そうなのか?」

エレン「ああ、ぐっすり寝こけてたぜ」

ライナー(あんな細っこいもんにそんなすげぇ効果が……? なら、一緒に持ってたハンカチもそういう曰くつきなんじゃねえか? よくわからないが……)

ライナー(迂闊に捨てなくて正解だったな。……あのハンカチも、もうしばらくは持っておこう)

97: 2014/05/22(木) 20:59:31 ID:9RgZ4tP2

アルミン「はいできた。こんな感じでどう?」

ライナー「おお、充分だ。ありがとうなアルミン」

アルミン「どういたしまして。また千切れたら持ってきてね、結んであげるから。――それで、ミカサの相談したいことって何? このタイミングってことは技巧の話かな?」

ミカサ「違う。サシャのことについて相談に来た」

アルミン「サシャの?」

エレン「ああっ! そうだ、サシャで思い出した! ――なあライナー、お前昨日サシャと何かあったのか?」

ライナー「は? ……いや、何もないが」

エレン「本当かよ? 昼飯食った後にどこか行ったりとか、何か変なこと話したりとかしてねえか? あったら教えてくれ、頼む!」

ライナー「んなこと言われても、昨日はただメシを食いに行っただけだしな。しかも本命の店には行けなくて、代わりに……」

ライナー(……あれ? 昨日は代わりにどこでメシを食ったんだ? 他の店に入ったんだっけか? ……いや、違う気がするな)

ライナー(待てよ……そもそも俺はいつ寮に帰ってきたんだ? すぐに帰ってきたのか、それとも夕方まで街にいたのか?)

ライナー(朝のあいつは、夕方に俺とサシャを営庭で見たって言ってたよな。――だが、サシャと一緒に帰ってきた記憶なんて、少しも……)

98: 2014/05/22(木) 21:00:15 ID:9RgZ4tP2

ミカサ「エレン、流石にその聞き方はぶしつけだと思う。もう少し考えて」

アルミン「そうだよ、何もそんなストレートに聞かなくてもいいじゃないか。話しにくいことだってあるだろうし……」

エレン「そりゃあ、俺だってこんなことしたくねえけどさ。女子力をつけるためには必要らしいんだよ。仕方ねえだろ……」シュン

ミカサ「女子力? ……何の話?」キョトン

エレン「女子力を手っ取り早く身につけるには恋バナが有効らしいんだ」

ミカサ「……アルミン、エレンが何を言ってるのかわからない」

アルミン「うん、それは後で説明してあげるね。説明してもわからないだろうけど。――ごめんねライナー、言いにくいなら無理に答えなくてもいいよ? エレンは僕が説得しておくから……」

ライナー「……」

アルミン「……? ライナー?」

ミカサ「どうしたの? 顔が青いけれど……」

ライナー「いや……なんでもない。少し目眩がしただけだ」

99: 2014/05/22(木) 21:01:08 ID:9RgZ4tP2

アルミン「調子が悪いなら医務室に行く? 支えてあげるくらいなら僕らにもできるけど……」

ライナー「駄目だ。医務室に行ったら記録が残っちまうからな……」

エレン「は? 当たり前だろ? 記録残さねえと教官に変に疑われちまうぞ?」

ライナー「……」ハッ

アルミン「前にそれで罰則受けた訓練兵がいたよね。医務官を通さないで勝手に傷の治療をして、消毒薬の瓶を丸ごと空けちゃった子」

ミカサ「薬もタダではないから、ある意味当然といえば当然。お金を請求されてもおかしくないくらい」

エレン「おかげで俺らもとばっちり受けちまってるけどなー。医務官がいないと医務室開けてもらえねえから、夜メシの後に指切ったら朝までそのままなんだよな。本当困るぜ」ハァ

ライナー「……なあ。さっきの俺、何か言ったか?」

エレン「……? だから、医務室に行ったら記録が残るんだろ? だよな?」

アルミン「うん。どうも記録を残したくないみたいに僕には聞こえたけど……」

ミカサ「私にもそう聞こえた。……成績を気にしてるのかもしれないけれど、目眩ならきちんと診てもらったほうがいい。明日の立体機動の試験に関わるかもしれない」

ライナー「そう……だな。このままじゃ、まずいよな……」

100: 2014/05/22(木) 21:02:05 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……悪い。先に戻る。結んでくれてありがとうな、アルミン」フラフラ...

アルミン「えっ、戻るって……部屋に戻るなら送って行こうか? 僕たち、他に用事もないし……」

ライナー「部屋までなら一人で行ける。大丈夫だ……目眩も、横になったら治るだろ」

エレン「ライナー……その、悪い。変なこと聞いちまったよな、俺」シュン

ライナー「いや、エレンのせいじゃない。気にするな。……ただ、もしかすると横になったまま寝こけちまうかもしれねえからな。試験の二十分前になっても見かけなかったら起こしに来てくれないか?」

エレン「ああ、それくらいなら任せてくれ。俺が責任持って起こしに行く!」

ライナー「なるべくそうならないようにするけどな。……じゃあ、また後でな」スタスタ... ガチャッ



エレン「……やっぱり、聞き方がまずかったかな」ウーン...

アルミン「そうだね、エレンはもうちょっと駆け引きを覚えたほうがいいかもね。なんでもかんでも真正面から聞いて教えてもらえるとは限らないよ?」

エレン「うーん、ライナーなら教えてくれると思ったんだけどなー……」ポリポリ

ミカサ「エレン、後でライナーに謝りに行こう。私もついていってあげるから」

エレン「……前にお前、アルミンに同じこと言われてなかったか?」

ミカサ「知らない。気のせい」ブンブン

101: 2014/05/22(木) 21:02:52 ID:9RgZ4tP2

―― とある廊下

サシャ「……」

サシャ(お腹、痛いです……)ズキズキ...

サシャ(なんだか頭もくらくらしますし、無理にでも朝食べればよかったですね……でも、朝は……)

サシャ(……わかってるんです。本当は……朝のあれは、私を守るためについてくれた嘘だって……)

サシャ(なのに……嘘なのに、こんなにさびしいなんて……)

サシャ(今までと同じじゃなくても……違う関係なら、まだ築けるかもしれないって思ってましたが)

サシャ(これじゃあ、もう……無理ですよね。私のせいであんな噂を立てられるなら、あまり近づかないほうが、いいですよね……)

サシャ(もう、話しかけることも……できないかも……)ジワッ...

サシャ「……」ゴシゴシ

サシャ(あと、三週間とちょっと……兵団が同じだったら、もっと長い間……)

サシャ(もしライナーが調査兵団を選んだら、違う兵団に行くべきなんでしょうか。そのほうが、……っ)ズキズキ...

102: 2014/05/22(木) 21:04:25 ID:9RgZ4tP2

サシャ「痛くない、痛くない……」ブツブツ...

サシャ「忘れなくちゃ……気のせいだって、こんなの、嘘なんだから……」

サシャ「ユミルが言っていた通り、食べれば治るんです。……食べれば、痛くなくなるんですから……」

サシャ「関係ない、関係ない……関係、ない……」

サシャ(……そうですよ。一人でも大丈夫だってところ……ちゃんとライナーに見せなくちゃ)

サシャ(ああやって、いつまでも庇われてる場合じゃないんです。……一人でも平気だってところを見せないと、またライナーに心配かけちゃいます)

サシャ(もっと頑張らなきゃ……頑張って、ライナーに心配かけないようにしないと!)グッ

サシャ「よしっ!」スクッ

サシャ(いつまでもこうしてはいられません! 次は技巧でしたよね、寮に戻って少し復習しておきましょう!)

103: 2014/05/22(木) 21:05:44 ID:9RgZ4tP2

ライナー「……」フラフラ...

ライナー(昨日は、店には行かなかったんだ。……そのはずだ。それは覚えてる)

ライナー(だが……その代わりに、どこに行って、何をしたか……思い出せない……)

ライナー(なんで覚えてないんだ……? どこかで頭でも打ったのか?)

ライナー(もしかすると、このハンカチの血は俺のなんじゃねえか? 記憶が飛ぶほど強く頭をぶつけて、その傷を押さえるか血を拭うかして……)

ライナー(……それはないか。この出血量だと相当深い傷らしいしな。自分で触った限り、頭にそんな傷はなさそうだ。一晩で塞がったわけでもないだろうし)サスサス

ライナー(そもそも、昨日使ったなら訓練服にハンカチが入ってるわけないからな。昨日は帰ってすぐ寝たらしいから、まだ私服に入れっぱなしになってるはずだ)

ライナー(やっぱりこれは、誰かの嫌がらせって線が濃厚だな。――まあ、ハンカチの件は後で考えるか。先に飛んじまってる記憶をなんとかしよう)

ライナー(ベルトルトに相談……いや、「記憶が飛ぶなんて気味が悪い」って言われたらヘコむな。やめておこう)ブンブン

ライナー(サシャに話を聞くのが一番手っ取り早いんだろうが、今朝から妙にタイミングが合わないんだよな。さて、どうしたもんか……)





   「よしっ! 午後も頑張りましょう!」スクッ!

104: 2014/05/22(木) 21:06:31 ID:9RgZ4tP2

ライナー「おっ、ちょうどよかった。――サシャ!」

サシャ「……ライナー?」ピクッ

ライナー「ちょっといいか? お前に聞きたいことがあるんだが」スタスタ...

サシャ「……」

ライナー「大したことじゃないんだけどな、昨日二人で出かけただろ? そのことで少し――」

サシャ「……私はないです。話すことなんて」

ライナー「いや、お前にはないかもしれんが俺にはあるんだ。――それでだな、」

サシャ「……」プイ スタスタ...

ライナー「……? おい、ちょっと待てよ。何も無視することねえだろ」スタスタ...

サシャ「私は忙しいんです。技巧の試験の前に、色々と復習しないといけないんです」

ライナー「そうなのか? そりゃすまねえが……だが、こっちも急ぎなんだ。すぐに終わらせるから少し付き合ってくれないか?」

サシャ「無理です。すごく忙しいんです。大変なんです。ライナーに構ってる暇はありません」スタスタスタスタ...

ライナー「だから、何も構ってくれって言ってるんじゃない。少し話を聞かせてほしいだけなんだ」スタスタスタスタ...

105: 2014/05/22(木) 21:07:42 ID:9RgZ4tP2

サシャ(ううっ、ライナーってばしつこいですね……! もうっ!)

サシャ「何も話すことなんかないですってば! 私のことはほっといてくださいよ!」ダッ

ライナー「あっ……おい、待てって! 逃げるな!」ダッ

サシャ(わあああ! 追って来ちゃいました! どうしましょうどうしましょう!)タッタッタッ

サシャ(というか、この姿見られたら二人で遊んでるって思われちゃいますよね!? できるだけ、人目を避けて逃げないと……! えっと、えっと……!)キョロキョロ

サシャ(と、とにかく外に……営庭さえ通らなければなんとかなるはずです! 適当な物陰でやり過ごして、寮にさっさと戻りましょう!)ヒョイ



ライナー(……! 兵舎の外に出たか。本気で逃げ回る気なのか、それともそのまま女子寮に逃げこむつもりか……)

ライナー(ともかく、さっきのサシャの反応ではっきりした。――恐らく昨日は何かがあったんだ。俺の記憶がぶっ飛んで、あいつが聞き出されるのを嫌がるほどの何かが……!)

ライナー(無理やり聞き出すのは気乗りしないが、このままじゃ俺だってすっきりしないままだ。……悪いが付き合ってもらうぞ、サシャ)

ライナー(簡単に女子寮まで辿り着けると思うなよ……! 本気で追わせてもらうからな!)ダッ

113: 2014/06/03(火) 21:03:55 ID:oBFHsesc

―― しばらく後 とある小屋付近

サシャ「……」キョロキョロ

サシャ「よし、こっち側からなら……」タタタッ

サシャ「……あっ」



ライナー「……」スタスタ...



サシャ「……」コソコソ

サシャ(完全に撒いたと思ったのに、まさか先回りしてるなんて……! ――ライナー、なかなかやりますね。今度コニーと鬼ごっこする時に混ぜてあげましょう)グヌヌ

サシャ(でも、これからどうしましょうか……営庭を避けて女子寮に行くには、あの小屋の横を通らないといけませんし)チラッ

サシャ(ライナーの横を通り抜けるだけなら難しくないと思うんですけど、その後が大変なんですよね。この空腹状態で、ライナーを振りきれるんでしょうか……)グー...

サシャ(やっぱり、無理してでもごはん食べておくべきでしたね。……そういえば、残したスープって一体どこに行くんでしょう? 食事当番で分け合うんでしょうか、それとも捨てちゃうんでしょうか)

サシャ(ああ、お腹空きましたぁ……)グー...

114: 2014/06/03(火) 21:04:48 ID:oBFHsesc

ライナー(女子寮に戻るためのルートなんざいくらでもあるが、どうもサシャは営庭を通ることだけは避けてるらしいからな。先を読んで回りこむなんて簡単だ。……しかし)

ライナー「……」チラッ

ライナー(あそこの木箱の陰から聞こえてきた腹の虫は、どう考えてもサシャだよな……? あいつ、コニーからまだパンもらってないのか?)

ライナー(朝も昼も見かけなかったが、メシはきちんと食って……るよな。そうじゃないとこうして逃げ回れねえはずだ)

ライナー(……よくよく考えたら、律儀に追いかけないで食いもんで釣ればよかったんじゃないか?)ハッ

ライナー(けど、今は食べるようなもん持ってないしな……。夜メシは明日の試験のためにも抜くわけにはいかねえし)

ライナー(そもそも、なんでサシャにここまで逃げられなきゃならねえんだ? 話くらい聞かせてくれてもいいだろうに)

ライナー(それとも……昨日はそれほど深刻なことをやらかしちまったのか? もしそうなら、ああやって逃げられても仕方がないか)

ライナー(だが……そのことを謝るにしたって、サシャから話を聞かないとこっちは何もできねえんだ。……なんとも情けない話だが、俺は覚えてないんだから)

ライナー(とにかく、サシャをとっとと捕まえるか。このままだと昼休みが全部潰れちまうしな)スタスタ...

115: 2014/06/03(火) 21:05:27 ID:oBFHsesc

サシャ(いっそのこと、営庭を一気に抜けてしまいましょうか。この距離なら全速力で走れば振りきれるでしょうし、流石に女子寮の中までは追ってこな……追ってきませんよね? 大丈夫ですよね?)

サシャ(……いえ、考えてる暇があったら動くべきです! ここでぼんやりしてたらライナーに見つかっちゃいますし!)

サシャ(よし……! そうと決まれば、なんとかライナーがあっちを向いてる隙に……)クルッ

ライナー「……」ジーッ...

サシャ「……」

ライナー「……」ジーッ...

サシャ「……」コソコソ

サシャ(あっちどころか、私のほうをじっと見てるんですが……ええと、どうしましょう……?)

ライナー「おーいサシャ、出てこーい」

サシャ(ああああ……! 呼ばれちゃってます……! バレバレじゃないですかぁ……!)

サシャ(……仕方ありません、こうなったら真っ向勝負ですよ、ライナー!)スクッ

116: 2014/06/03(火) 21:06:22 ID:oBFHsesc

サシャ「ふふふふふ……! よくぞ私のいるところがわかりましたね! お見事です!」

ライナー「結構バレバレだったぞ」

サシャ「えっ? ……い、いえ、決してそんなことは」

ライナー「本気で隠れたいなら腹の音も押さえないとな。あまりにもでかいんで、巨人の唸り声かと思ったぐらいだ」

サシャ「きょっ、巨人……!? そんなに大きくありませんよ! 何言ってるんですか!!」

ライナー「いいや、離れた俺のところまで聞こえたんだから相当なもんだろ。……お前、今日はまともにメシ食ってないんじゃないのか? コニーが心配してたぞ?」

サシャ「え、ええっと……ごはんは、その…………あっ」グー...

ライナー「おっ。それだそれ、その音だ」

サシャ「う、ううっ……!///」サスサスサスサス

ライナー「擦って収まるわけねえだろ」

サシャ「……わー! わぁーっ! わああああっ!」グー...

ライナー「誤魔化しきれてないぞ」

サシャ「……っ///」プルプル...

サシャ(ああもう、なんでこんなタイミングで……っ!///)カアアアッ...

117: 2014/06/03(火) 21:07:34 ID:oBFHsesc

ライナー(ほー……サシャにも腹の音を気にするなんてところがあったんだな。あそこまで顔を赤くするとは意外だ)

ライナー(……少しだけ煽ってみるか。うまくいけば昨日のことも勢いで聞けるかもしれん)

ライナー「なあサシャ、いい加減逃げ回らないでほしいんだがな。それだけでかい腹の音じゃ、また隠れてもすぐに見つけられるぞ」ジリッ...

サシャ「うっ……!」

サシャ(ま、また大きいって言った……! いくらなんでも酷いです……!)ガーン...

ライナー「もう観念したらどうだ? 第一、お前が俺に敵うわけねえだろ」

サシャ「……!」カチンッ

ライナー(ただの追いかけっこならまだしも、こっちは行き先がわかってるからな。しかもあれだけでかい腹の虫じゃ、朝も昼もろくに食ってねえってことだろうし、いずれ体力が尽きるはずだ。……そこまで深追いしたくはないが)

サシャ「……なんですかそれ。私じゃライナーに追いつけないって言いたいんですか?

ライナー「ん? ……いや、追ってるのは俺のほうだぞ? お前じゃない」

サシャ「……」ムカムカ



サシャ(今まで……ずーっとここまで、私はライナーのこと追いかけてきたのに……)

サシャ(……つまりは、相手にもされてなかったってことですか)ムカムカムカムカ

118: 2014/06/03(火) 21:08:30 ID:oBFHsesc

サシャ「……わかりました、奥の手を使います」

ライナー「奥の手……?」

サシャ「これだけは使いたくなかったんですけどね。――それっ!」ダッ

ライナー「あっ、この……!」

ライナー(しまった、横を抜けられた!)

ライナー「こら、逃げても無駄だって言ってるだろうが! おとなしく捕まれ!」ダッ

サシャ「捕まえられるなら捕まえてみてくださいよ! ――とうっ!」ダンッ!!

ライナー「なっ……!?」

ライナー(あいつ、屋根の上に飛び上がりやがった……! どういう運動神経してんだ!?)

ライナー「おい降りろ! 落ちたらどうする!」

サシャ「落ちませんよ―だ! ――ふんだ、もう追ってこないでくださいよ!」ダッ

ライナー「追わねえわけにいくか! おいサシャ――」

サシャ「いーっだ!!!!」タッタッタッ...

119: 2014/06/03(火) 21:09:10 ID:oBFHsesc

ライナー「……」ポカーン...

ライナー「……」

ライナー「『いーっだ』ってお前……ガキじゃねえんだから……」

ライナー(しかも、追い詰められたら屋根の上を走って逃げるって……猫かあいつは)

ライナー(逃げ回るのを諦めさせるつもりだったんだが、逆にムキにさせちまったな。足を滑らせて落ちなきゃいいんだが……)

ライナー(……悩んでないで追いかけるか。――だが、あいつどこからどうやって降りるつもりなんだ? 女子寮の屋根に飛び移るなんて芸当はできねえだろうし、何かアテが……ん?)チラッ

ライナー(蹄の跡……? そうか、ここは厩舎の近くか。ということは……)キョロキョロ

ライナー(そうだ、確か……この小屋の裏手に、馬用の飼い葉が積んであったはずだ。……もしかして、そこに着地するつもりなのか?)

ライナー(……よし、先回りしてやる。木や山に登るのは簡単でも、降りるのは難しいからな。今から追いかけても間に合うはずだ!)ダッ

120: 2014/06/03(火) 21:10:03 ID:oBFHsesc

―― 小屋の屋根の上

サシャ「ひぃ、ひぃ……」ヨロヨロ...

サシャ(お腹痛くて、登るので精一杯です……)ゼエハア

サシャ(もう追ってこないでしょうし、ちょっと屋根の上で休みましょう。……ああ、疲れた)ペタン

サシャ(屋根の雪、全部溶けちゃっててよかったです……冬まっただ中だとこの手は使えないんですよね。屋根自体も濡れてて危ないですから)

サシャ(……そういえば、ライナーの聞きたいことってなんだったんでしょうか。結構切羽詰まってるみたいでしたけど)

サシャ(昨日……と言ったら、怪我のことでしょうか。確か医務室には行ってないんですよね。そのことについて、何か聞きたいことがあったとか……?)

サシャ(……ライナーの話、ちゃんと聞いてあげればよかったですね。さっきは周りに人がいませんでしたし、それに……もう、話す機会なんて、ないかもしれないのに……)ジワ...

サシャ「……」ゴシゴシゴシゴシ

サシャ(早く寮に戻って、試験の準備をしましょう。もう時間は少ないですけど、何もやらないよりかはマシです……)

121: 2014/06/03(火) 21:10:43 ID:oBFHsesc

―― 小屋の裏手 軒下

ライナー「……」ジーッ...

ライナー(さて、飼い葉が積んである場所は見つけたが……おかしいな。サシャが降りた形跡がないぞ)キョロキョロ

ライナー(溶けた雪で地面がぬかるんでるからな。着地したら跡ぐらいは残るはずなんだが……まだ上から降りてきてないのか? もしくは、他の場所から飛び降りたか……)

ライナー(……もう一周だけ見てくるか)スタスタ...

122: 2014/06/03(火) 21:11:48 ID:oBFHsesc

―― 小屋の裏手 屋根の上

サシャ「……」キョロキョロ

サシャ(よし、ライナーはいませんね。うまく撒けたみたいです)

サシャ(ええっと、飼い葉は……あらら、思ったより位置がズレてますね。もうちょっと移動しないと……)ズリズリ...

サシャ(あれ? なんだか、この前見た時より量が少ないような気が……? 気のせいですかね?)

サシャ(うーん、上からだとわかりにくいですね。――ちょっとだけ離れて、少しだけ身を乗り出してっと……)ズリズリ... ググッ

サシャ(ふむふむ……あれくらいの高さなら大丈夫そうです。あの上に着地さえできればなんとか――)

サシャ「う、うぐぐっ……!」プルプルプルプル...

サシャ(ううっ……! これ……この体勢、かなりキツいです、早く戻らないと……)グググッ...



    「おい! 危ねえぞ!!」



サシャ「えっ? ――わあっ!!」グラッ...

サシャ(おっ、落ちる……っ!)

123: 2014/06/03(火) 21:12:42 ID:oBFHsesc

―― 小屋の裏手 軒下

ライナー(一周したが、俺の足跡しかなかったな。――しかし、地面がぬかるんでるせいでブーツが泥だらけだ。後で拭き取らねえと……)スタスタ...



   「う、うぐぐっ……!」



ライナー(……? 上から声が――)チラッ

ライナー(!? な、何やってんだあいつは……! 屋根からあんなに身を乗り出す奴があるか!)

ライナー「おい! 危ねえぞ!!」

サシャ「えっ? ――わあっ!!」グラッ...

ライナー「!! サシャ!!」ダッ

ライナー(駄目だ、ここからじゃ間に合わない……っ!)

124: 2014/06/03(火) 21:13:28 ID:oBFHsesc

サシャ「う、ううっ……!」ガシッ...

ライナー(……! よかった、かろうじて屋根にしがみついたか……! だが、あのままじゃ――)

ライナー「待ってろ、下で受け止める!」ダッ

サシャ「……! いっ、いいです! 大丈夫ですからっ、来ないでください……っ!」プルプル...

ライナー「強がってる場合か! どこも大丈夫じゃねえだろ!」

サシャ「違います、本当の本当に大丈夫ですから! そこからどいてください!」

サシャ(落ち着け、落ち着け……)スーハースーハー

サシャ(これくらいの高さなら、小さいころに何度か落ちたことがあったはず……!)

サシャ(今回は森じゃなくて平地ですから、受け身を取った後で木の根っこに頭をぶつけることはないはずです……! やり方だって立体機動の訓練で散々やってますし、あの通りにやれば……!)ググッ...

サシャ(体を振って、勢い付けて――)グイッ... ブオンッ

サシャ「えいっ!」ピョンッ

ライナー(……! 飛び降りやがった!)

125: 2014/06/03(火) 21:14:35 ID:oBFHsesc

サシャ「ていやぁっ!」ダンッ!! ゴロゴロゴロゴロ...

サシャ(やった……! きちんと受け身取れました! 成功です!)ゴロゴロ...

ライナー「あっ……おい、そっちは――」

サシャ「へっ? ――ぎゃっ!?」ズボッ

サシャ(し、しまった……! 飼い葉の位置を計算に入れてませんでした!)ガサガサガサガサ

サシャ(早く抜け出さないと……! ええと、上! 上はどっちですか!?)モシャモシャ

ライナー「待て待て、暴れるんじゃない! おとなしくしろ!」

サシャ「上上上! ライナー、上はどっちですかぁっ!?」ジタバタ

ライナー「いや、上って言われても……ああもう、とにかく引っ張りだすからじっとしてろ! お前足以外全部飼い葉に埋まってるぞ!」

サシャ「足!? ということは、足のほうに進めばいいんですねわかりました!」モシャモシャ

ライナー「違うっ!! 今は逆さまになってるからそっちに進んでも意味ないぞ!!」

サシャ「えっ、今の私逆さまなんですか……? いやぁ、どうも動きにくいと思って――わぷっ!?」バサバサッ

サシャ(ああああ、上からどんどん飼い葉が崩れて――)

サシャ「うひゃあああああああっ!?」バサバサバサバサ...

126: 2014/06/03(火) 21:15:15 ID:oBFHsesc

ライナー「……」ポカーン...

ライナー(屋根から、飛び降りた後……なんとか地面に着地して、受け身を取ったまではよかったんだ。そこまではよかった)

ライナー(そのまま転がって、飼い葉の山に頭から突っ込んで……逆さまでしばらく暴れた後、埋まっちまった)

ライナー(……生きてるよな? ちょうど右足だけ飼い葉から出てるし、つついてみるか……)

ライナー「お、おーい……? サシャ……?」ツンツン

サシャ「……」

ライナー「……」ドキドキ

サシャ「……」

ライナー「……」ジーッ...

サシャ「……」ムクリッ

ライナー「うおっ!?」ビクッ!!

サシャ「……」

ライナー「さ、サシャ……? 大丈夫か? どこも打ってねえよな? 折れたなら誰か呼んでくるか?」オロオロ

127: 2014/06/03(火) 21:16:04 ID:oBFHsesc

サシャ「……ライナー」

ライナー「お、おう。なんだ?」

サシャ「ここの飼い葉っておいしくないんですね。がっかりです……」シュン

ライナー「……」

サシャ「これなら、私の故郷の山でむしった雑草のほうがまだおいしいですよ。ここのお馬さんたちに食べさせてあげたいです」

ライナー「いや、ここの飼い葉って……飼い葉に良し悪しなんてねえだろ。どれも同じじゃねえのか?」

サシャ「全然違いますよ! 隣村の飼い葉はなんとなーく甘かったですし! 麓の町はそれとなくハーブの風味がしましたし!」

ライナー「……食ったのか?」

サシャ「え? 食べたことないんですか?」キョトン

128: 2014/06/03(火) 21:16:36 ID:oBFHsesc

ライナー「…………」

サシャ「おや、眉間に皺寄せてどうしました? 風邪ですか?」

ライナー「……なんでもない」

ライナー(ったく、心配して損したな。屋根から落ちたってのに、いつも通り元気じゃねえか……)ハァ

ライナー「悪かったな、屋根の上まで追い込むような真似をして。……ほら」スッ

サシャ「? ハンカチ?」キョトン

ライナー「それで顔拭いとけ。泥ついてるぞ」

サシャ「えっ、そんな……!」ゴソゴソ パカッ

129: 2014/06/03(火) 21:17:14 ID:oBFHsesc

サシャ「わ、わ、本当ですね……飼い葉まで引っ付いてます……」フキフキ

ライナー「……」

ライナー(手鏡なんて持ってたのか……いや、前から持ってたか? 少なくとも俺は見たことないが……)

ライナー(もしくは、昨日出かけた時に買ったのかもしれないな。――その時に、俺が何かやらかしたのか……?)ウーン...

ライナー(くそっ、記憶が飛んでるってのは厄介だな。なんでもかんでも怪しく見えちまう……)イライラ...

サシャ「……あ、あの」クイクイ

ライナー「ん? ……ああ、拭き終わったのか。綺麗になったじゃないか」

サシャ「はい、ありがとうございます。――それで、ハンカチなんですけど……かなり汚れちゃったので、ちゃんと洗って返します。試験明けになるかもしれないんですけど、それでもいいなら」

130: 2014/06/03(火) 21:17:51 ID:oBFHsesc

ライナー「あー……いい。やるよそれ」

サシャ「えっ? ……くれるんですか?」

ライナー「さっき追い回しちまった詫びだ。……本当はパンの一つでもやるべきところなんだろうが、今回は勘弁してくれ。昼にスープ抜いちまったばかりでな、俺も今日はキツいんだ」

サシャ「……本当に? 本当にくれるんですか? これ」

ライナー「いらないなら俺が処分して――」

サシャ「もらいます!!」

ライナー「……? そうか? ――まあ、泥の汚れは落ちにくいって言うしな。ハンカチとしてはもう役に立たねえだろうが……そうだな、たぶん靴磨き程度にはなるだろ。お前の好きに使ってくれ」

サシャ「そんなことには使いませんよ。……大事にします」ギュッ

ライナー「……おう」

ライナー(大事にしなくてもいいと思うんだが……まあいいか)

131: 2014/06/03(火) 21:18:49 ID:oBFHsesc

ライナー「ああそうだ、試験前に髪のほうもなんとかしておけよ? その頭で技巧室に入ったら反感買うぞ」

サシャ「そうですね、部品の隙間に飼い葉が挟まったら困りますよね……」ガシガシ

サシャ(ううっ……、なんだかライナーに言われた途端、頭がちくちくしてきました……痒いです……)ガリガリ

ライナー「おいおい、んな乱暴に頭を掻く奴があるか。こういうのはな……」シュルッ

サシャ「へっ? あ、髪ゴム……」

ライナー「終わったら返してやるよ。こういうのは一旦ほどいて、ゴミを払って軽く櫛をかけるんだ」バサバサッ

サシャ「へえ……ライナーは櫛持ち歩いてるんですか? すごいですね!」

ライナー「持ってるわけねえだろ。お前のを貸せ」

サシャ「ないです」

ライナー「……」

サシャ「持ち歩いてないです。邪魔なので」

ライナー「……それもそうだな。まあ、今のところは手櫛でいいか」ワシャワシャ

サシャ「ひゃあっ!?」ビクッ!!

132: 2014/06/03(火) 21:20:15 ID:oBFHsesc

サシャ「あ、あ、あの……自分でできるので、そこまでやってもらわなくても……」オロオロ

ライナー「いや、こうなったのも元はといえば俺のせいだしな。このまま途中でやめても落ち着かねえし、最後までやらせてくれ」ワシャワシャ

サシャ「……ちょっとだけですからね、結んでもらったら帰りますからね、もう追ってこないでくださいね」ブツブツ...

ライナー「わかったわかった。――まあ、ゴミはこんなもんだろ。今から結うから動くなよ?」クイ

サシャ「は、はぁ……よろしくお願いします……」モジモジ

ライナー「こら、動くなって言っただろ。止まれ」グッ

サシャ「……」ピタッ

ライナー「よし、それでいい」キュッ

サシャ「……」

サシャ(なんか、ライナーってばいつも通りですね。――というか、いつも通りすぎるような……?)

サシャ(まるで、昨日は何もなかったみたいに振る舞って……まさか、本当に忘れてたりして)チラ

ライナー「よそ見するな。前向け」

サシャ「……はぁーい」

サシャ(考え過ぎですよね。いくらなんでも)

133: 2014/06/03(火) 21:21:14 ID:oBFHsesc

ライナー「よし、できたぞ。どこも引きつれてないよな? 痛くないか?」

サシャ「……」

サシャ(なんでこんなに上手になってるんですか……!? 前に結ってもらった時はいっぱいいっぱいだったのに……!)

サシャ(もしかして、あれからわざわざ練習したんでしょうか? この前髪ゴムを持って帰ったのも、実はそれが目的で……?)ジーッ...

ライナー「……? なんだ、文句があるならちゃんと言え」

サシャ「いえ、その……随分手馴れてるんですね」

ライナー「そうか? これくらい普通だろ?」

サシャ「……」

ライナー「じゃあ俺は帰るからな。どっか痛むんなら自力で医務室行けよ」スタスタ...

サシャ「あっ……! ちょ、ちょっと待って下さい! ――あの、私に話があるんでしたよね? そっちはもういいんですか?」

ライナー「あるにはあったが、そこまで大事な話じゃないしな。お前が嫌なら別にいいぞ」

サシャ「違います、嫌ってわけじゃなくてですね……お話は、したいんです。したいんですけど……」キョロキョロ

サシャ(見える範囲には誰もいませんし、……少しくらいなら、いいですよね? 一緒に話しても問題ないですよね?)

134: 2014/06/03(火) 21:22:08 ID:oBFHsesc

サシャ「昨日のことが聞きたいんですよね? 少しだけならいいですよ」

ライナー「……いいのか?」

サシャ「私に答えられるかどうかわかりませんけど、それでもよければ」

ライナー「ああ、充分だ。助かる。――それで、昨日のことなんだが」

ライナー(……待てよ? ここで馬鹿正直に『昨日の記憶がない』って話したらまた逃げられるんじゃないか?)

ライナー(ここから女子寮はすぐ近くだし……次に逃げられたら、今度はいつ話を聞けるかわからんな)

ライナー(……少しぼかして話してみるか)

ライナー「昨日は……昨日は、二人でどこに行ったんだっけか」

サシャ「そうですねぇ、昨日は色んなところに行きましたけど……あっ! もしかして、今度はベルトルトと食べ歩きに行くんですか?」ポン

ライナー「あ、ああ、そうだ。そのつもりでベルトルトを誘ったんだが、行った店の位置と食い物をど忘れしちまってな。よかったら順番に回ったところを教えてくれないか?」

サシャ「それくらいならお安いご用ですよ! ――えっとですね、まずは鶏の串焼きのお店に行ったんですよね。中心部の露店通りの、……ええと、ちょっと待ってくださいね。地面に地図を書きますから……はい、この辺です! ここはおいしいので一番最初に行くべきですよ!」ガリガリ

ライナー「ほうほう、それで?」

サシャ「次はですね、ここから西にもうちょっと歩いて――」ガリガリ

135: 2014/06/03(火) 21:22:50 ID:oBFHsesc

―― 五分後

サシャ「――ですので、プレッツェルは絶対に外せませんよ? ベルトルトと一緒に行った時は必ず寄ってくださいね?」

ライナー「……ああ」

サシャ「それで、次は――」

ライナー「ちょっと待て」

サシャ「はい? なんですか?」

ライナー「いや、その……俺たち、そんなにたくさん食ったのか? 昼だけで?」

サシャ「食べましたよ?」

ライナー「……」

サシャ「……? 話を戻しますね。――それで、六番目のプレッツェルのお店から東に向かって、こっちの真ん中の道を抜けたところで素揚げしたお芋を食べたんです。カラッと揚がってておいしかったんですよね! ここもおすすめです!」ガリガリ

ライナー「……」

136: 2014/06/03(火) 21:23:36 ID:oBFHsesc

サシャ「その次はですね、ここの――」

ライナー「まだ食うのか!?」

サシャ「えっ? ……いえ、食べ物屋さんはここで終わりですよ? 次はアクセサリーショップに行ったんです。ここの辻を曲がってすぐのところですね」ガリガリ...

ライナー「お、おお……そうか、そうだったか」ホッ

ライナー(七軒目で打ち止めか、よかった……だが、昨日の数時間で恐ろしい量を食ってるな。今日の夜は少し多めに筋トレするか)

ライナー(……それにしても)チラッ

サシャ「どのお店も捨てがたいですけど、やっぱり最初の串焼きのお店は格別でしたよね! 鹿や猪とはまた違った味で……いえ、もちろん狩りで狩った獲物もおいしいんですけど、それでもやっぱりお塩のスパイスが利いてるだけで幸せっていうか――」ニマニマ

ライナー(こうして聞く分には、記憶が飛ぶようなことがあったとは思えないんだがな……)

137: 2014/06/03(火) 21:24:55 ID:oBFHsesc

サシャ「ですからね、やっぱりベルトルトと行く時はこっちの西側から回ったほうがいいと思います! 午前中から行くなら朝ごはんも抜いてきたほうがいいですよ? まあ、お腹がいっぱいになればなるほど、お財布が軽くなっちゃうんですけど……」ガリガリ

ライナー「……なあ」

サシャ「はい? なんですか?」ガリガリ

ライナー「昨日は楽しかったか?」

サシャ「……」ピタ

ライナー「……」

サシャ「……半分、ですかね」

ライナー「半分か」

サシャ「……」ガリガリ...

ライナー「その、もう半分を楽しめなかったのは……」

サシャ「……」ガリッ...

ライナー「……もしかすると、俺のせいか?」

サシャ「……」

ライナー「……」

138: 2014/06/03(火) 21:25:47 ID:oBFHsesc

ライナー(サシャの奴、黙りこんじまったな。……まあ、すっとぼけてると思われても仕方がないか。もう少し聞いてから切り出すべきだったかもな)

ライナー(ここは形だけでも謝っておくべきか……? それとも、余計なことをせずに待つところか……)

サシャ「……違います」

ライナー「……? 違う?」

サシャ「そんな風に思ってないです。私」

ライナー「……」

サシャ「私が、弱いから……だから……っ」ギュッ

サシャ(だから、あの時……嘘でも、気休めでも……一緒に行くって、ライナーに言えなくて……っ)ジワッ...

ライナー「!? お、おいサシャ、なんで泣いてるんだ?」

サシャ「な、泣いてません。目にゴミが入っただけです……」ゴシゴシゴシゴシ

ライナー「こら、袖で拭う奴があるか。ちょっと待てよ、今何か……」ハッ

ライナー(しまった……! 後は血塗れのハンカチしか持ってねえ……!)ガーン

ライナー(いくらなんでもこれを差し出すのはちょっとな……いや、逆にこのハンカチを見せて、何か心当たりを聞くってのもありか?)ウーン...

139: 2014/06/03(火) 21:27:04 ID:oBFHsesc

サシャ(ああ、もう……泣き顔、見たくないって言ってたのに……また……)ピクッ

サシャ(……? あれ、どこかから、何か……?)



   ―― タッタッタッ...



サシャ(! 足音……! ど、どうしましょう、誰かこっちに来ます……!)オロオロ

ライナー「あのな、サシャ。驚かないでこれを見て欲しいんだが――」ゴソゴソ...

サシャ「というわけで、お店はさっき言ったとおりです! それじゃあ失礼しますね!」スクッ

ライナー「は? ちょっと待てよ、話はまだ途中――」

サシャ「いいえ、もう終わりました! 私がお話できるのはここまでです! ――もう追ってこないでくださいね、さっきの追いかけっこは私が勝ったんですから!」ダッ

ライナー「おい、だから待てって! こっちはまだ終わってねえぞ!」

サシャ「だから、私がお話できるのはここまでなんです! それではまた!」タッタッタッ....

140: 2014/06/03(火) 21:27:54 ID:oBFHsesc

ライナー「……逃げられちまったか」ハァ

ライナー(だが、思ったよりは色々聞けたような気が……しないな。結局メシの話しかしてねえぞ)

ライナー(途中まではいい感じだったんだがなぁ……っつーか、あそこまで慌てて逃げることねえだろ……)イジイジ

ライナー(もしかして、実はそこまでサシャに嫌われちまってたのか? ……いや、完全に嫌われてるなら、髪を結った時に逃げてるよな。勘ぐり過ぎか)

ライナー(せめて、このハンカチを見たことがあるかどうかだけでも聞けたらよかったんだがなぁ……)ゴソ

コニー「おーいライナー!」タッタッタッ...

ライナー「……? コニーか? どうした?」

コニー「あのさ、この辺でサシャ見なかったか? パン渡してえんだけどどこにもいねえんだよ、あいつ」

ライナー「サシャなら今あっちに行ったぞ。女子寮のほうだ」

コニー「……」ジーッ...

ライナー「? なんだ?」

コニー「そのハンカチ……」

ライナー「ハンカチ? ――あっ! い、いや、これはだな……」アセアセ

コニー「ライナー、お前……そういうもん持ち歩いてんのか? いくらなんでも趣味悪ぃぞ」ジトッ...

141: 2014/06/03(火) 21:28:54 ID:oBFHsesc

ライナー(ぐっ……! まずい、このままじゃおかしな方向に誤解される……!)

ライナー「違うんだコニー。これはだな……あー…………そうだ、これはある種のまじないなんだ。実は」

コニー「まじない……??」

ライナー「血染めのハンカチを持ち歩くと成績が上昇するんだ」キリッ

コニー「な、なんだってー!?」ガーン!!

ライナー「しかもだな、これはただのハンカチじゃないんだぞ? ――このハンカチはな、あのリヴァイ兵長から譲り受けたものなんだよ」

コニー「リヴァイ兵長……!? ……誰だ?」キョトン

ライナー「……お前、人類最強の兵士の名前も知らないのか?」

コニー「知らねえ」ブンブン

ライナー「……」

コニー「で、そのリヴァイ兵長のハンカチをなんでライナーが持ってんだよ? もしかして知り合いなのか?」

ライナー「いや、知り合いじゃない。これはとある筋から手に入れたものなんだ。――因みにな、ただ血の付いたハンカチじゃ駄目だからな。調査兵団の兵士が持っていたハンカチじゃないと意味がないんだ。だから自分の手を切ろうとするんじゃない馬鹿やめろ」ガシッ

コニー「えー、なんでだよ。別に訓練兵のハンカチでも問題ねえだろー?」ブーブー

ライナー「『壁外に行った兵士が再び壁内に持って帰ってきた』ってことが重要なんだよ。そういうところにご利益があるらしい」

142: 2014/06/03(火) 21:30:06 ID:oBFHsesc

コニー「ふーん……じゃあ、今の卒業試験中に手に入れるのは無理かぁ……」シュン

ライナー「……」ダラダラ...

ライナー(すまん、すまんコニー……! 本当はご利益どころか出処すらわからねえんだ、そこまで落ち込まないでくれ……!)オロオロ

コニー「……まっ、いいか。取り敢えず俺はサシャを追いかけねえとな」クルッ

ライナー「追いかけるって……おい、もう女子寮の中にいるかもしれんぞ?」

コニー「その時はその時で考える! ――ライナー、色々ありがとな! んじゃ行ってくるわ!」タッタッタッ...

ライナー「試験前には戻ってくるんだぞー」

コニー「わかってるって!」タッタッタッ...

ライナー「……」ハァ

ライナー(なんとか誤魔化せたようだな。……くそ、嫌な汗かいちまった)

ライナー(あの勢いで女子寮に入っちまわなきゃいいんだが……いや、流石のコニーでもやらねえか。そんなこと)

143: 2014/06/03(火) 21:31:38 ID:oBFHsesc

ライナー(……さっさとハンカチしまっちまうか。これ以上言い訳を考えるのも面倒だしな)ゴソゴソ... ポロッ

ライナー「おっと。……危ねえ危ねえ、髪ゴム落とすところだった」ガシ

ライナー(ハンカチはともかく、髪ゴムのことはサシャに聞いておくべきだったかもな。実はサシャのものだったのかもしれねえし)

ライナー(それにしても……女の髪なんか触ったことないのに、やけにスムーズに結べたな。まるで前にやったことがあるみてえな……)

ライナー(ということは……このちぎれた髪ゴムで、夜な夜な練習していて……それがサシャに知られて殴り飛ばされたとか……?)

ライナー(……いやいや、俺はそんな変態じゃないぞ、第一やってやる相手なんかいねえだろ。予行練習にしては早すぎだ)ブンブン

144: 2014/06/03(火) 21:32:24 ID:oBFHsesc

ライナー(しかし、サシャもよくおとなしくしてたよな。他の奴に結ってもらうのに慣れてんのか?)

ライナー(けどなぁ……ミカサやクリスタみたいな女友達ならまだしも、普段はあまり話さねえ俺なんかじゃ――)

ライナー「……」

ライナー(……だよな、普段はあまり話さねえんだよな。それこそ班が一緒になった時くらいだ)

ライナー(それなら……なんで昨日は一緒に出かけたりしたんだ?)

ライナー「……」

ライナー(……まあ、それこそ深い意味はねえか。どうせ暇そうにしてたのが俺だけだったんだろ、たぶん)スタスタ...

ライナー(取り敢えず、後でもう一度謝っておくか。……腹の音でからかったのはまずかったよな)

145: 2014/06/03(火) 21:33:48 ID:oBFHsesc

―― 同刻 女子寮近くの小屋の物陰

ベルトルト「……」コソコソ...

ベルトルト「……」ジーッ...

ベルトルト(……あ、クリスタが一人で出てきた。ユミルはまだ部屋かな?)

ベルトルト(時間も時間だし、工具箱も持ってるから……そろそろ技巧室に向かうのかもしれないな。ということは、ユミルとは別行動か……)フムフム

ベルトルト「……」

ベルトルト(……なんで僕、昼休み中ずーっと女子寮の玄関見張ってるんだろ)ズーン...

ベルトルト(昼食を食べ終わるまでユミルに付きっきりだったから、ライナーとサシャを見失っちゃったんだよな……それで、食べ終わった後も仕方なくユミルの後をつけてたんだけど……)

ベルトルト(ユミルってば、ライナーに接触する素振りなんか全ッ然見せないし……念のためにこんなところまで追ってきたけど、今の時間まで女子寮に入ったままだ……)

ベルトルト(こんなことなら、ライナーかサシャを探したほうがまだマシだったかな。……いや、サシャも食堂で見かけなかったじゃないか。女子寮の中にいる可能性だってあるはずだ。僕がここで張り込みしてた時間は、無駄なんかじゃ――)

ベルトルト「あっ、誰か走ってきた……隠れないと……!」コソコソ...

ベルトルト「……」ジーッ...

ベルトルト(あっちの倉庫の横から出てきたサシャが、女子寮の中に入っていった……)

ベルトルト(なんだよ、サシャは寮の中にいなかったんじゃないか……! ――ということは、僕のこの張り込みの時間って、一体何だったんだ……)ズゥーン...

146: 2014/06/03(火) 21:35:23 ID:oBFHsesc

ベルトルト(……いや、正直に張り込みする僕が馬鹿だったんだよな。どう動くかわからないユミルやサシャを追うより、素直にライナーを探しておけばよかった)

ベルトルト(ユミルの後をつけるにしろ、もっと良いやり方があったはずだ。……こういう、人の後をつけるのはアニが得意なんだよな。話せるうちに、尾行のコツを聞いておけばよかった)

ベルトルト(ライナーなら、こんな時どうするんだろう……なんだかんだ言って顔が広いから、いろんな人にユミルの場所を聞いて回るのかな。人と話すのも得意だから、理由を聞かれてもうまくはぐらかしちゃうんだろうな……)

ベルトルト「……」

ベルトルト(僕……自分がこんなに何もできない人間だなんて思ってなかった。ライナーやアニは、僕のことそんな風に言わないけど……でも、二人がいないとそう思っちゃうよ……)

ベルトルト(僕の人間関係って、こんなに狭かったんだな。人と関わらないようにしてきたのは僕だけど……ライナーとアニがいなくなっちゃったら、何も残らない……)

ベルトルト(誰にも相談できないって、結構辛いなぁ……いや、誰かに話すわけにはいかないんだけどさ……)

ベルトルト「……」

ベルトルト(……帰ろう。寮に帰って、ライナーと合流しよう)スクッ

ベルトルト(どうせ僕らには……他に頼れる人なんていないんだ……)スタスタ...



コニー「おっ、ベルトルト! ちょうどいいところにいたな!」ガサガサ

147: 2014/06/03(火) 21:36:14 ID:oBFHsesc

ベルトルト「コニー? なんでここに……ちょっと待って、その頭につけてるの何?」

コニー「ここに来る途中でむしった雑草で作ったんだ! よく隠れてるだろ?」ドヤァ

ベルトルト「……芸術的だね」

コニー「へへっ、だろ? ――ところでお前、サシャ見かけなかったか? 技巧室にパン持って行ったら叱られるからさ、さっきからずーっと探してんだけど見当たらねえんだよ」

ベルトルト「サシャなら女子寮に入っていったよ。ついさっき」

コニー「マジか!? しまった、遅かったかぁ……」ポリポリ

ベルトルト「コニー、サシャにパンあげるの? なんで?」

コニー「なんでって……あいつ、今日は朝から元気ないみたいだったからさ。パンでも食えば機嫌だけでもよくなるかと思って――んんん?」ズイッ

ベルトルト「わっ……な、何?」ビクッ

コニー「……ベルトルトも元気ねえみてえだな。眉毛がいつもより下がり気味だぞ?」

ベルトルト「眉毛で判断してるの……?」

コニー「眉毛だけじゃねえけどなー。――サシャも元気ねえのにお前までしょんぼりすんなよなぁ、試験で緊張してんのか?」

ベルトルト「……そうだね。まあ、そんなとこ」

148: 2014/06/03(火) 21:37:06 ID:oBFHsesc

コニー「そっか、んじゃ俺のパンやるよパン。食え食え」ブチィッ

ベルトルト「えっ? それ、サシャのなんだろ? 僕が勝手にもらってもいいの?」

コニー「いいんだよ、まだ俺のなんだから。――これ食って元気だせよな、ベルトルト」

ベルトルト「……うん、そうする」

コニー「えーっと、半分の半分だからー……? えっと……うん……よし、三分の一な! お前の取り分だ!」ポン

ベルトルト「四分の一だよ」

コニー「そこに気づくとは……やはり天才か」

ベルトルト「……ぷっ」

コニー「おっ、笑ったな。もう元気出たのか?」ニッ

ベルトルト「うん、もう大丈夫。……ありがとう、コニー」ナデナデ

コニー「うおっ!? なんだよジョリジョリすんなよな! はげるだろ!」ジョリジョリ

149: 2014/06/03(火) 21:37:47 ID:oBFHsesc

―― 午後 とある教室 試験:技巧

サシャ「……」カチャカチャ

サシャ(ボルトを緩めて……シャフトはこっちに置いて……)キュッキュッ カチャッ

サシャ(最後に、ここのネジを外して……)キュルキュル...

教官「そこまで。――以降、こちらから指示があるまで装置に触ることを禁止する。工具は机の上に置け」

サシャ「はっ!」ゴトッ

教官「……」ジーッ...

サシャ「……」

教官「右のワイヤーを巻き取るシャフトが歪んでいるな。明日までに部品を交換しておくように。替えはあるか?」

サシャ「いえ、ちょうど切らしてます。その部品はこの前替えたばかりでしたので……」

教官「では、新しいものを渡しておく。――試験は以上だ。技巧室に戻って整備に入れ。整備が終わったら寮に帰ってよし」

サシャ「はっ! ありがとうございました!」

150: 2014/06/03(火) 21:38:36 ID:oBFHsesc

―― 技巧室

サシャ(ふう、緊張しました。……えーっと、どこに座りましょうか)キョロキョロ...

ミーナ「サシャ、こっちこっち! こっち座れるよ!」

サシャ「おお、ミーナにアルミンですか……座ってもいいんですか? じゃあ失礼しますね!」イソイソ

アルミン「どう? うまくできた?」

サシャ「一応、いつも通りにはできたと思います。でも、教官の前で分解するのって緊張しますね。ドライバーも何回か落としそうになりましたし」

ミーナ「わかるわかる。変なところに力が入って余計疲れるよねー……見られながら組み立てるよりは何倍もマシだけどさ」

サシャ「しかも、何から何まで完全にバラバラにしちゃうんですもんね。……移動中にネジとか落っことしてないといいんですが」

ミーナ「でもさ、なんで目の前で組み立てさせないんだろうね? 別にやりたいわけじゃないんだけどさ、分解するのを見ても評価しにくいと思うんだけど」

アルミン「そんなことないよ。分解するのにもそれなりの知識がいるからね、悪くない評価方法だと僕は思うな」

アルミン「それに、組み立てとなるとそれぞれ時間のばらつきが出てくるからさ、とてもじゃないけど全員分見てられないんだよ。それこそジャン辺りなら、ちょっとした整備に三十分はかけるし。分解なら一人十分もかからないでしょ?」

ミーナ「むぅ……確かに、分解に時間をかける人なんて見たことないなぁ」

151: 2014/06/03(火) 21:39:36 ID:oBFHsesc

サシャ「でもやっぱり、分解だけで評価できるとは思えないんですが……ここまでバラバラにしちゃったら、部品のはめ間違いとか起こるんじゃないですか? そういうところは見なくてもいいんでしょうか」

アルミン「見るよ。明日」

ミーナ「明日? 明日は立体機動の試験しかないよ? 技巧の試験時間なんて取ってないじゃない」

アルミン「うん。だから、明日の試験の結果でわかるんだよ。いつもより成績が落ちたら整備がきちんと出来てないってことだし、逆に上がったら自分に合った調整に仕上げてきてるってことになるからさ」

サシャ「へえ、なるほどー……」

ミーナ「ということは、明日の試験は技巧の試験も兼ねてるってこと?」

アルミン「技巧だけじゃないよ。明日の午後は臨時で組んだ班での試験だからね、まだ試験内容は発表されてないけど、恐らくかなり複雑な作戦をやらされるはずだ。そしてその時は、座学で習った兵法が役に立つはずだよ」

アルミン「しかも、明日の試験は一日中だからね。兵站行進で培った体力がなかったら、とてもじゃないけど最後まで保たないよ」

アルミン「だから、明日の試験はただ単に立体機動の成績を見るだけじゃない。少なくとも、他の三科目の成績にも関わってくる……すごく、大事な試験なんだ」

サシャ「……なんだか緊張してきました」カタカタ...

ミーナ「私も……」プルプル...

アルミン「そんな緊張することないって。……二人とも、僕よりは体力あるんだし」ハァ

152: 2014/06/03(火) 21:40:45 ID:oBFHsesc

ベルトルト「……」キョロキョロ

ベルトルト(ライナーは……まだか。まあ、僕よりも後ろに並んでたし当然かな)

ベルトルト(仕方がない。さっきと同じことになるかもしれないけど、ユミルとサシャを見張ろう。たぶん、クリスタも入れて三人一緒にやってるだろうし……)

ベルトルト(あ、あれ……? また別行動!? しかも真逆の机に座ってるなんて……!)

ベルトルト(なんで一緒にいないんだよ……! もう、仲良くしなよ三人とも……!)イライラ...

ライナー「ベルトルト? 出入口で突っ立って何やってんだ? 整備終わったのか?」

ベルトルト「! ライナー……!」クルッ

ベルトルト(よかった、ライナーが来た……! 後はこのまま、試験が終わるまで一緒にいれば――)



コニー「ベルトルトォォォォォォッ!!」ガシィッ

153: 2014/06/03(火) 21:41:43 ID:oBFHsesc

ベルトルト「うわっ!? ――な、何するんだよコニー! 危ないじゃないか!」

コニー「ごめんなさい!!」ペコッ

ベルトルト「えっ? ……ああ、うん、わかればいいんだけど……えっと、僕に何か用?」

コニー「ああ、用事だ用事! ――あのさ、この前お前と一緒に部品買いに行っただろ? 覚えてるか?」

ベルトルト「うん、買いに行ったっていうか……交換してもらおうと思ったら買い取り扱いにされたっていうか……挙げ句の果てに部品を買い直さなくちゃならなくなったっていうか……そもそも一緒に行ったんじゃなくて、たまたま街で会っただけっていうか……」ブツブツ...

コニー「よかった、じゃあ来てくれ!」グイッ

ベルトルト「来てくれって……ちょっ、ちょっと待ってよ、行くならライナーも一緒に――」

コニー「悪ぃライナー、俺のところ空席一つしかないんだ。別のところ探してくれるか?」

ライナー「ああ、構わんぞ」

ベルトルト「僕が構うんだよ!!」

ライナー「頼られてよかったじゃねえか。きちんと教えてやれよ、ベルトルト」ポン

ベルトルト「そりゃ悪い気はしないけど……あっ、待ってよコニー、袖引っ張らないで! 伸びるから伸びるから!!」ズルズルズルズル...



ライナー「……さて」

ライナー(サシャはどこに……ああ、アルミンとミーナが一緒か。席も空いてるみたいだし……行ってみるか)スタスタ...

154: 2014/06/03(火) 21:42:28 ID:oBFHsesc

サシャ「ところで、アルミンはもう整備終わったんですか?」

アルミン「うん、後はしまうだけだよ。……でも、寮に帰ってもやることがないからね。読む本もほぼ処分しちゃったし……エレンとミカサが終わるまではここにいるつもりだよ」

サシャ「じゃあ」

アルミン「アドバイスはしないよ? 一応これも試験だからね」ニッコリ

サシャ「……ですよねー」シュン

ミーナ「組み立てるのが得意な人はいいなぁ…… 一から組み立てるのってかなり大変だよね。そもそも私、技巧はあんまり得意じゃないし」カチャカチャ

サシャ「ああ、わかりますわかります。私も組み立てるのは苦手なんですよね。分解は結構好きなんですけど」カチャカチャ

アルミン「分解ができるなら組み立ても簡単じゃない?」

ミーナ・サシャ「「簡単じゃないっ!!」ですよっ!!」ガチャンッ!!

155: 2014/06/03(火) 21:43:09 ID:oBFHsesc

ミーナ「まずね、ネジが本ッ当に無理! どれくらい締めたらいいのかわからないから、いつも適当に締めちゃって……技巧室でトリガー引いて動作確認しても、実地演習で使ってるうちに緩んできちゃう時もあるし! 納得できるほど完璧に整備できたことなんて一度もないよ!」

サシャ「ここまでバラバラにしちゃうとはめる順番がわからなくなっちゃうじゃないですか! 似たような部品が多すぎなんですよ、もう少し形を変えてくれたらいいのに……!」

アルミン「ネジは最後まで締めてから何回転か緩めればいいよ。それで何回か試行錯誤して、自分に合ったネジの締め具合を探せばいいと思う。部品は分解しながら順番に並べとけば、後から悩むことが少なくなるよ。回数こなせばどれがどこの位置か自然と覚えてくるし」

ミーナ「そっか、なるほど!」キュルキュル

サシャ「もちろんそうしたんですけど、移動する間に混ざっちゃったんですよぅ! ほら!!」ザラッ

アルミン「どれどれ? …………うん、頑張って」

サシャ「頑張りますけどぉ……あうう、くじけそうです……」シクシク...

ミーナ「あっ……! アルミンどうしよう! もう試行錯誤する時間がないよ!?」

アルミン「時間がないのは流石の僕にもどうしようもないよ。取り敢えずネジを締めながらトリガーを引いて、自分が一番引きやすい固さより少し強めに締めておけばいいんじゃないかな」

ミーナ「強めに? なんで?」

アルミン「使ってるうちに緩んできちゃうんでしょ? ということは基本的に締めが甘いんだよ。緩むか緩まないかくらいの微妙なところで、自分に合った調整をしないと」

ミーナ「そっか、なるほど!」ポンッ

156: 2014/06/03(火) 21:45:08 ID:oBFHsesc

サシャ「……って、落ち込んでる場合じゃないんですよね。早く組み立てないと」カチャカチャ

ミーナ「そうそう、私たちまだメインのシャフトすら取り付けてないんだし」

アルミン「頑張ってね。僕は暇だから表面を磨いておくよ」キュッキュッ

ミーナ「手助けは」

アルミン「しないよ?」

ミーナ「くぅうう……っ!」カチャカチャ

サシャ「頑張りましょうミーナ、これが終わったら夜ごはんですよ!」カチャカチャ

ミーナ「私ごはん当番だもん……! 全然楽しみじゃないもん……!」カチャカチャ



ライナー「……ここ、空いてるか」



サシャ「」ガチャンッ

164: 2014/06/13(金) 21:34:22 ID:tLsKXAdc

アルミン「ライナー? うん、空いてるよ。よかったら座る?」

ライナー「ああ、そうさせてもらう」ドスッ

サシャ「……」ダラダラ

サシャ(な、なんで私の真正面に……!? どうしましょう、こんなところで話しかけられでもしたら……)オロオロ

ミーナ「サシャ、手が止まってるよ? 大丈夫?」

サシャ「はい、大丈夫です。大丈夫ですが……私……その、私……えっと、移動します。ごちそうさまでした」スクッ

アルミン「え?」

ミーナ「移動しちゃうの? なんで?」

サシャ「あの……それは、えっと……」モジモジ

ライナー「……わかった。俺が移動する」スクッ

サシャ「!! いえ、ライナーはここにいてください! 大丈夫ですから!」

ライナー「何が大丈夫なんだ。……後から来たのは俺のほうだからな。俺が移動するのが当然だろう」

サシャ「いえ、私、そんなつもりじゃなくてですね……」オロオロ

アルミン「……」

ミーナ「……」

165: 2014/06/13(金) 21:35:09 ID:tLsKXAdc

アルミン「移動するって、横に少しズレるってことだよね? サシャ」

サシャ「え?」

ミーナ「ちょっと近くに寄り過ぎちゃったもんね。暑苦しくはないけど、肘が当たって窮屈じゃない? 違う?」

サシャ「……! は、はい! そうです! その通りです!」コクコク

アルミン「だってさ、ライナー。だから君が移動する必要はないよ」

ミーナ「そうそう、ちょっと大袈裟に考え過ぎだよ? そんなこと言われたらサシャだって困るじゃない」

ライナー「……そうだな。少し過剰反応だった。すまんサシャ」

サシャ「い、いえ……私こそ、すみません……」

アルミン「取り敢えず、二人とも目立つから座りなよ。他の人に見られたくないでしょ?」

サシャ「……! はい……そうですね、座りますね、すぐ座ります」イソイソ

ライナー「……ああ」ドスッ

166: 2014/06/13(金) 21:35:56 ID:tLsKXAdc

サシャ「……」カチャカチャ

アルミン「……」キュッキュッ

ミーナ「……」カチャカチャ

ライナー「……」カチャカチャ

サシャ(……気まずいですね)

アルミン(気まずいなぁ……)

ミーナ(なんでこんなに空気重たいの?)

ライナー(これは……どう考えても俺のせいだよな。三人には悪いことをした……)

サシャ(アルミンとミーナが助けてくれなかったら、またこじれるところでした……後で二人にはお礼をしないといけませんね。何がいいんでしょう……)

アルミン(なんだか不穏な雰囲気だったから取り敢えずごまかしたけど、この後はどうしたらいいんだろう……ミーナがなんとかしてくれないかな……)チラッ

ミーナ(せっかくいい感じでアルミンが言い訳してくれたのに、また変な空気になっちゃった……アルミン、なんとかしてよ……! 私よりも頭いいんでしょう……!?)チラッ

ライナー(この妙な空気の中で、さっきのことを切り出すってのはなぁ……)チラッ

167: 2014/06/13(金) 21:37:08 ID:tLsKXAdc

サシャ「……」カチャカチャ

サシャ(……ん? 何か視線を感じますね)チラッ

ライナー「……」ジーッ...

サシャ「……」

ライナー「……」ジーッ...

サシャ「……何見てるんですか」

ライナー「あっ……いや、すまん。なんでもない」カチャカチャ

サシャ「……」カチャカチャ

ライナー(しまった、見過ぎたか……)

サシャ(あああああ、また変な言い方を……! なんでもっとうまく言えないんでしょう、私……!)

サシャ(……いえ、今はこれでいいはずです。周りに人がたくさんいるんですから……話してるところなんか見られたら、陰で何を言われるかわかったもんじゃありません)

サシャ(むしろここは、積極的にツンツンしていきましょう。――大丈夫です、私は間違ってないはずです……)

ライナー(サシャに話しかけるのは後回しにするか……なんだか警戒されてるみたいだしな)ハァ

168: 2014/06/13(金) 21:38:03 ID:tLsKXAdc

ライナー「……ところで、アルミンは何してるんだ? 整備はどうした?」

アルミン「もう終わったよ。今は暇潰し……じゃない、手入れしてる最中なんだ」

ライナー「お前今暇潰しって」

アルミン「言ってないよ?」

ライナー「……寮には戻らないのか? ここにいたって暇なだけだろう?」

アルミン「そうでもないよ? 他の人の整備方法を見るのって結構面白いからね。寮に戻ってボーッとしてるよりも楽しいよ」チラッ

ミーナ「……そう言われると緊張してきたかも」ギクシャク

サシャ「あんまり見ないでくださいよぅ……」プルプル...

アルミン「そんなじっとは見てないって。気負わなくていいよ、二人とも」クルクル...

ライナー「……? アルミン、どうしてハンカチに立体機動装置を包んでるんだ? そのままケースにしまわないのか?」

アルミン「ああ、これ? ……まあ、大した意味はないよ。願掛けみたいなものかな」

ミーナ「願掛け? ――それってつまり、『食堂でスプーンを床に落としたら次の日の朝はおかわりできる』みたいなジンクスのこと?」

サシャ「その話もっと詳しく」ガタッ

ライナー「座れ」

169: 2014/06/13(金) 21:38:51 ID:tLsKXAdc

アルミン「ごめんねミーナ、僕のこれはそういう面白い話じゃないんだ。――あのさ、結構前にウォール・シーナから技師の人が来たでしょ? 覚えてる?」

ミーナ「そんな人来てたっけ……?」

サシャ「記憶にございません」ブンブン

ライナー「確か、去年の期末試験の直前に来てたよな。技巧の試験の監督もしてなかったか?」

アルミン「そうそう、よく覚えてるね。――その人に聞いたんだけどさ、僕らが使ってるこのケースって、実は欠陥品らしいんだ」

ミーナ「欠陥品……?」

アルミン「普通に使う分には問題ないんだけどね。なんでも、ケースに入れたまま強い衝撃を受けると部品が歪んじゃうんだって」

ライナー「部品ってざっくり言われてもな……具体的にはどの辺りが悪くなるんだ? レールアームならまだわかるが、リールケースや射出装置にも影響あるのか?」

アルミン「僕は実際に落として壊れたところを見たわけじゃないから、技師の人に聞いた話になるんだけど……えーっとね、確かここの……」パコッ カチャカチャ

サシャ「何の躊躇いもなく分解し始めましたね」

ミーナ「また自力で組み直さなくちゃいけないってことでしょ? ……無理無理、私なら絶対無理」ブンブン

170: 2014/06/13(金) 21:39:36 ID:tLsKXAdc

ライナー「これは……かなり広範囲に影響があるな」

アルミン「うん。だから替えの部品を持ってなかったら悲惨だよね。今回は試験前だから特別に教官が支給してくれてるけど、基本的には自分で調達してこなくちゃいけないからさ」

ミーナ「……私、もうほとんど部品残ってない」

サシャ「私もです……今回も教官からもらっちゃいましたし」

アルミン「僕もだよ。この時期はみんなそうなんじゃないかな? 来年入ってくる訓練兵のために、新しく立体機動装置を作らなくちゃいけないから供給量が減るんだよね」

ライナー「部品の位置はわかった。――それで、強い衝撃ってのはどれくらいだ? 装置本体だけならそれなりに耐久力はあるだろ。机から床に落としたくらいじゃびくともしないはずだが……」

アルミン「それも技師の人に説明してもらったよ。正確な高さは覚えてないんだけど……これくらい、だったかな」スッ

サシャ「……机より低いじゃないですか」

アルミン「それでもケースを持ち歩いてる時よりは高いでしょ? だから『普通に使う分には問題ない』って判断されて、検査が通っちゃったんだって」

ライナー「持ち歩いて運ぶ分には壊れないだろうが、保管庫で出し入れする時には危ない高さだな。上の段に入れてる奴は特に」

ミーナ「……私、上の段なんだけど」

サシャ「私もです……どうしましょう……」

171: 2014/06/13(金) 21:40:26 ID:tLsKXAdc

アルミン「それとね、馬車に載せた時みたいな、弱い振動をずっと与え続けるのもよくないらしいよ。――ほら、去年の春にトロスト区襲撃想定訓練があったでしょ? あの時、全員で自分の立体機動装置を背負っていったよね?」

ミーナ「ああ、そういえばあったね。……重かったなぁ、あの時は」

ライナー「てっきり馬車代を節約しているのかと思ったんだが、なるほどな……そういう理由があったのか」

サシャ「私、馬に食べさせる飼い葉がもったいないから取りやめたのかと思ってました」

アルミン「もちろん、ケースのことだけが理由じゃないだろうけどね。ああやって運ばせるのも訓練になるだろうし……この場合は兵站行進になるのかな」

ミーナ「ね、ねえ……? あの時の移動中ってさ、点数付けられてないよね? 私、結構後ろのほう歩いてたんだけど……」

アルミン「さあ? 僕にはなんとも言えないよ」

ミーナ「……」

サシャ「だ、大丈夫ですってミーナ! これから取り返せばいいんですから!」ポンポン

ライナー「そうだぞ、まだ試験は始まったばかりなんだからな! なんとかなるさ!」グッ

ミーナ「……そうだね。落ち込んでばかりもいられないかぁ……」ハァ

172: 2014/06/13(金) 21:41:31 ID:tLsKXAdc

アルミン「ええっと、ともかく……気休め程度だけど、何もやらないよりかはマシだと思ってやってるんだ。だからさっきは願掛けって言い方をしたんだよ」

ミーナ「じゃあ私もやる! 願掛けでも気休めでもおまじないでもいいからやる!!」ゴソゴソ

ライナー「そうだな、何があるかわからんからな」ゴソゴソ

サシャ「アルミンと一緒に整備して正解でした!」ゴソゴソ

アルミン「やるのはいいけど早く組み立てないとね。……ふぅ、できた」キュッキュッ

ミーナ「へっ? できたって……もっ、もう二回目組み立てたの!? 早くない!?」

アルミン「試験の時と違って全部分解したわけじゃないからね。カバー外しただけだし」

ミーナ「ううっ……! 私も早く楽したい……!」キュッキュッ...



ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー(よくよく考えたら血の付いたハンカチしかねえ……)

サシャ(よくよく考えたらライナーからもらったハンカチしか持ってません……)

173: 2014/06/13(金) 21:42:32 ID:tLsKXAdc

ライナー(これを使う、のか……? ハンカチとしてはもう使えねえだろうから、再利用という点から見れば正しい使い方なのかもしれんが……流石にこれはやばいんじゃないか……? 別の意味に捉えかねられんぞ……)

サシャ(なんでこういう時に限って普通のハンカチ忘れてきちゃったんでしょう……でも、普通のハンカチで包んだらもったいないといえばもったいないですよね。アルミンが使ってるのは結構古びたものみたいですし……やっぱり、包めば機械油とか付くんでしょうか)

ライナー「……」

サシャ「……」

ライナー「……やらねえのか? サシャ」

サシャ「いえ、今は……さっきもらったのしか、ないので」

ライナー「それで包めばいいだろ」

サシャ「え、でも……」ソワソワ...

ライナー「別にもらったもんだからって気にしなくていいんだぞ? ありゃもうハンカチとしては使えねえだろうしな」

サシャ「……後でやります。今はほら、先に組み立てないといけませんし……」カチャカチャ...

ライナー「おっと……そうだな、お前の言う通りだ」カチャカチャ...

174: 2014/06/13(金) 21:43:50 ID:tLsKXAdc

ライナー(……おっ? 今のやり取りはいい感じじゃなかったか? 普通に話せたよな)

サシャ(あっ……! いつもの調子で、つい普通に話しちゃいました……)

ライナー(今なら切り出しても大丈夫かもな。……よし)チラッ

サシャ(もっと……もっと気合いを入れてツンツンしないと……!)



ライナー「……なあサシャ」

サシャ「……」カチャカチャ...

ライナー「……」

サシャ「……」カチャッ...

ライナー「おい、無視するなよ。聞こえてるんだろ?」ズイッ

サシャ「わっ!」ビクッ

サシャ(か、顔がいきなり目の前に……! 何乗り出してきてるんですかびっくりするじゃないですか!!)ドキドキ



アルミン(なんか始まった)

ミーナ(ええっと、ネジを一旦全部締めてから緩めるんだったよね……)キュッキュッ

175: 2014/06/13(金) 21:45:11 ID:tLsKXAdc

ライナー「……」ジーッ...

サシャ「き、聞こえてます。聞こえてますけど……い、今、すごく難しいところをやってるんです。静かにしてください」カツカツ

ライナー「そこ、ネジ穴じゃないぞ」

サシャ「うっ……! あ、あの……なんでこっちずっと見てるんですか? 集中できないんですけど……」ソワソワ

ライナー「お前が聞いているのに無視するから悪いんだろうが」

サシャ「……」プイッ

ライナー「はぁ、また無視か……わかった。じゃあそのままでいい。俺が勝手に話す」

サシャ「……」サッ

ライナー「耳を押さえたら整備できねえぞ」

サシャ「……なんなんですかもう」プク-ッ



アルミン(なんなんですか君たち)

ミーナ(ああもうっ! 整備したいのに隣が気になる……!)ソワソワ...

176: 2014/06/13(金) 21:46:16 ID:tLsKXAdc

ライナー「いいから、黙って聞いててくれ。昼休みのことなんだが――」

サシャ「その話は終わったはずです。私から話すことはもうありません」カチャカチャ...

ライナー「だから違う、それとは別件だ。……その、さっきは悪かったな。色々」

サシャ「色々って言われても……どの話ですか? 泥だらけになったことなら別に気にしてませんけど」

ライナー「いや、それも含めての話ではあるんだが……あの時、少しからかいすぎたと思ってな。改めて謝らせてほしい」



アルミン「……」

ミーナ「……」

アルミン(泥だらけってなんで……?)

ミーナ(からかったって何を……?)

アルミン(なんで泥だらけになったの……? ていうか二人で何してきたの……!?)ソワソワ

ミーナ(何をどうからかったら泥だらけになるわけ……!?)ソワソワ

177: 2014/06/13(金) 21:47:07 ID:tLsKXAdc

サシャ「……だ、だから、気にしてませんってば。もういいでしょう、この話は」

ライナー「よくない。……正直、お前があそこまで気にしてるとは思わなかったんだ」

サシャ「き、気になりますよ……だって…………ィナーの…………ですし……」ボソボソ...

ライナー「しかし、大きいってのは厄介だよな。こればっかりは自分で何とか出来る問題じゃねえし」

サシャ「……っ///」カアアアアッ...



アルミン(なんでサシャの顔が真っ赤になってるんだ……?)

ミーナ(何の? 何の話?)

アルミン(「だって」の後、なんて言ったんだろう? よく聞こえなかったけど……ライナーの何かって言ってたな……)

ミーナ(誰の何が大きくて厄介で自分で何とか出来る問題じゃないの? しかもなんでいきなりそんな話を?)

178: 2014/06/13(金) 21:47:58 ID:tLsKXAdc

サシャ「や、やめてくださいよ。こんなところでする話じゃないですって……っ!」アセアセ

ライナー「こんな時じゃないと話せねえだろ。昼は一度逃げられたしな」

サシャ「うっ、それは……でっ、でも、その……そういうこと、話されるのは……すごく、は、は、は、恥ずかしいんです。やめてくださいっ……///」モジモジ

アルミン(ちょっと君たち何の話してるの! ねえ!)

ミーナ(昼間から何してるの? 二人で何してきたの? こんなところじゃなくてどんなところなら話せる話なの?)

サシャ(もうっ、なんでアルミンとミーナのいる前でお腹の音の話なんかするんですか! ライナーってば酷いですよぅ……)ソワソワ

ライナー「そこまで神経質にならなくてもいいと思うけどな。お前だけじゃなくて誰だってぶち当たる問題だ。……俺もな、つい最近まで悩んでたぞ」

アルミン(ライナーも!? なんで!? しかもつい最近!?)

ミーナ(えっ男の人ってそういうの気にするの!? アルミンも!?)チラッ

ライナー(腹の音ってのは自分でコントロールできないから困るよなぁ……わかる、わかるぞサシャ)ウンウン

サシャ「でも……あの、その、あんまり、そのことは話したくないんです。人のいるところでは、特に……」チラチラ

サシャ(ああもう……! 冷たくしなきゃいけないのに、ライナーに遊ばれっぱなしです……! 他の人に見られたらどうしましょう……)ソワソワ

サシャ(こうなったら集中しましょう、集中……えっと、ここの部品をこっちに――)ソッ...

179: 2014/06/13(金) 21:48:43 ID:tLsKXAdc

ミーナ「……」ガタッ

アルミン「……」スクッ

サシャ「あっ」カチャンッ

ライナー「……? どうした二人とも、整備終わったのか?」

ミーナ「いや、整備は終わってないんだけどね……その…………」モジモジ

アルミン「だって、ほら…………邪魔じゃない? 僕たち」

ライナー「は? なんでそうなる」

ミーナ「そりゃあ……」チラッ チラッ

アルミン「ねえ……?」チラッ チラッ

ライナー(? 何故俺とサシャを交互に見るんだ……?)

ライナー(……ああそうか、アルミンとミーナもサシャの態度がおかしいってことに気づいてんだな? ――ったく、だったら気を利かせて、このままここにいてくれよな……俺一人じゃ会話にならなくて困ってるってんのに……)

ライナー「誰も邪魔になんか思ってないぞ。むしろいてもらったほうがいいだろ? サシャ」

サシャ「…………」

ライナー「……おいおい、これくらいは答えてくれてもいいんじゃないか? いい加減俺だって傷つくぞ?」ムッ...

180: 2014/06/13(金) 21:50:04 ID:tLsKXAdc

サシャ「や、やっと……」プルプル...

ライナー「……? やっと?」

サシャ「やっと……やっとここまで組み上げたのに今ので全部外れちゃったじゃないですかぁっ! もうっ!」ガタンッ!!

ライナー「うおっ!?」ビクッ

ミーナ「あっ」カチャンッ

サシャ「あああああ……もう、全部やり直しぃぃ……」ヘナヘナ...

ライナー「そ、そう落ち込むなって、何も壊れたわけじゃねえんだからよ……」オロオロ...

アルミン「ごめんサシャ、まさか外れちゃうと思ってなくて……あっそうだ、飴あげるから元気出して? ねっ?」

サシャ「飴ですか!?」ガバッ!!

ミーナ「ああっ」ゴトンッ

アルミン「昨日、ミカサが街でいっぱいお菓子買ってきてさ。さっき少しだけ分けてもらったから、サシャにもあげるよ」ゴソゴソ...

サシャ「あめ……!!」キラキラキラキラ...

ライナー「サシャ、もらうのはいいが今は食うなよ? 試験中だぞ、一応」

サシャ「……やだなぁ、食べるわけないじゃないですか。それくらい弁えてますよ」ピーヒョロロ

ライナー「間があったな」

181: 2014/06/13(金) 21:50:51 ID:tLsKXAdc

ライナー「アルミンもアルミンだ。軽率にそういうものを出すとは感心しないな」

アルミン「あはは、ごめんごめん。つい……今日のところは見逃してよ、ライナー」

ライナー「ったく、仕方ねえなぁ……で、そういう菓子はいつも持ち歩いてんのか? 座学や技巧ならいいが、立体機動の時には落ちるだろ。それ」

アルミン「ううん、これは昼間にもらったばかりだったから入ってただけで、いつもは入れてないよ。……あ、そうだ。ライナーにもあげるね。いちご味」コロン

ライナー「いや、いらねえよ。俺はこういう甘いもんは――」

アルミン「まあまあ、いいからいいから。……こういうものは一つくらい持っといたほうが都合がいいかもよ?」ヒソヒソ

ライナー「は? 都合がいい……?」

アルミン「いざという時に手懐けるために必要でしょ?」

ライナー「お、おう……? そうだな……??」

ライナー(手懐けるって……こういうのはサシャにしか通用しねえだろ。飴一つで他に誰が食いつくんだ?)チラッ

サシャ「あーめっ♪ あーめっ♪」ニマニマ

182: 2014/06/13(金) 21:52:07 ID:tLsKXAdc

アルミン「そうそう、ミーナにもちゃんと分けてあげるね。みかん味でいいかな?」コロン

ミーナ「…………」

アルミン「……? ミーナ?」

ミーナ「……私のも、外れてた」

アルミン「えっ? 外れてたって? ……あっ」

ミーナ「~~~~っ! もう、サシャがいきなり立ち上がったせいで私までやり直しじゃない!! どうしてくれるのよ!!」プンスカ

サシャ「なっ……! 先にやったのはミーナたちじゃないですか! 二人がやらなかったら私だってしませんでしたよこんなこと!」ガツッ

ミーナ「ああああーっ! またぶつかった! 歯車取れたぁっ!」カランッ

サシャ「えっ? ……あ、あの、ごめんなさ――ってちょっと待った、言うほどバラバラじゃないでしょうそれ! 私は最初っからやり直しなんですよ最初っから! ほらほらほらほら!」グイグイ

アルミン「ふ、二人とも、落ち着いて……」オロオロ

ライナー「喧嘩するなって、なっ? 俺も手伝ってやるから――」

ミーナ・サシャ「「ライナーとアルミンは黙ってて!!」ください!!」クワッ!!

アルミン「はいすいませんごめんなさい」ヘコヘコ

ライナー「わかりました静かにします」ヘコヘコ

183: 2014/06/13(金) 21:52:54 ID:tLsKXAdc

ミーナ「むぐぐぐぐ……」ギリッ...

サシャ「がるるるる……」ジロッ...



ライナー「……」カチャカチャ...

アルミン「……」キュッキュッ

ライナー「……」

アルミン「……」

ライナー「……さてと」ガタッ

アルミン「ちょっと待ってライナー。どこ行くの?」ガシッ

ライナー「なぁに、便所だ便所。すぐ戻ってくるって」ハハハ

アルミン「へえ……じゃあその手に持った立体機動装置は置いていきなよ。お手洗いで使わないでしょ?」

ライナー「えっ? 普通使うだろ?」

アルミン「使わないよ。そもそも何に使うのさ」

ライナー「……」

アルミン「ライナー?」

184: 2014/06/13(金) 21:53:49 ID:tLsKXAdc

ライナー「いや、だってよ……無理だろあいつら止めるの……」ボソボソ...

アルミン「僕にだって無理だよ置いてかないでよ一人にしないで」グイグイ

ライナー「話しかけたらうるさいって言われるからな……せいぜいそっと距離を取るくらいしかできねえぞ?」ササッ

アルミン「だからって現場放棄しても何の解決にもならないじゃないか。何とかしようよ」

ライナー「その何とかが無理なんだろ? ――なあ、アルミンはこういうことには慣れてねえのか? お前ミカサと幼馴染だったんだろ? ミカサと誰かが喧嘩してるのを仲裁したことは?」ヒソヒソ

アルミン「ないよ。そもそもミカサはエレンや僕以外の人にはあまり執着しないからね。去る者は追わずっていうか、モメるほどまでの状態にまでならないっていうか」

ライナー「執着がないって言っても一度くらいはあるだろう? 昔ならともかく、訓練兵団に入った今ならそういう相談もあったんじゃないか?」

アルミン「だからないんだってば。大体ミカサと口喧嘩してもほとんど勝負にならないし、仮に負けそうになっても彼女には拳があるからね。こういうモメ状態に陥ってるのなんか見たことないんだよ」



ミカサ「私が何?」



アルミン・ライナー「」ビクッ

185: 2014/06/13(金) 21:54:47 ID:tLsKXAdc

ミカサ「アルミン、ライナー。三人がけの椅子を二人で占拠してはいけない。もっと詰めて」

ライナー「……すまん」ササッ

アルミン「ごめん……」ササッ

ミカサ「……? そこまで寄る必要はない。ライナー、もう少しアルミンから離れて。そのままだとアルミンが椅子から落ちてしまう」

ライナー「……おう」モソモソ

アニ「それで、なんでサシャとミーナが睨み合ってるわけ? 何かあったの?」

サシャ「ミカサあああああっ!」ダキッ

ミーナ「アニいいいいいいっ!」ギューッ!!

ミカサ「むむっ……どうしたのサシャ、そんなにくっついたら暖かくて幸せな気持ちになってしまう」ホワホワ

アニ「暑い。邪魔。離れて」グイグイ

186: 2014/06/13(金) 21:56:23 ID:tLsKXAdc

ミーナ「だってだってサシャがね私のね装置をね」ヒックヒック

サシャ「ミーナがミーナがせっかくここまで頑張ったのにミーナが」エグエグ

アニ「二人とも落ち着きなよ。どっちも何言ってるのかわかんないし」

ミカサ「どうどう」ポフポフ



アルミン「……」

ライナー「……」

アルミン「ライナー。提案なんだけど」

ライナー「おう。なんだ」

アルミン「あの二人はミカサとアニに任せておこう」キュッキュッ

ライナー「そうだな。手に負えん」カチャカチャ

187: 2014/06/13(金) 21:57:09 ID:tLsKXAdc

―― 一分後

ミカサ「――ということで、二人とも不幸な事故だったのでお互い謝る必要はないし、相手を謝らせる必要もない。ので、このことはさっさと忘れて仲良くすべき」

アニ「それでも気になるなら形式的にでも謝っとけば? ……全く、くだらないことで言い争ってるんじゃないよ」ハァ

ミーナ「ごめんなさい」ペコッ

サシャ「すみませんでした」ペコッ

アルミン(解決した)

ライナー(馬鹿な、簡単過ぎる……! なんでこんなあっさりと……!?)

アニ「あんたたちも正面から取り合ってるんじゃないよ。少し考えれば真面目に喧嘩してないことくらいわかるでしょ?」

ライナー「全然わからん」ブンブン

アルミン「どうやって見分ければいいの?」

アニ「見ればすぐわかるよ、それくらい。――はい、ありがとミーナ。これ返すよ、助かった」スッ

ミーナ「いえいえ、どういたしまして」

188: 2014/06/13(金) 21:58:05 ID:tLsKXAdc

アルミン「……? アニ、ミーナからドライバー借りてたの? なんで?」

アニ「ああ、これ? 私のドライバーが昨日の夕方から行方不明でね。朝も昼も探してたんだけど、見つからなかったからミーナに借りたんだよ」

ミーナ「私も一緒に探したんだけどねー……どこに家出しちゃったのかなぁ、アニのドライバー」ハァ

サシャ「家出……ということは、アニのドライバーには足が生えてるんですか? 食べられます?」ジュルリ

アニ「生えてないよ。それに食べられないから」

ライナー「朝昼探して見つからないなら、ただ単にその辺に落としたってわけじゃなさそうだな。最後にあるのを確認したのはいつだ?」

アニ「この試験の前の技巧の時間だよ。だから……そうだね、一週間以上前か」

アルミン「ふむふむ……つまり、犯行時刻は一週間以上前の技巧の時間から昨日の夕方までってことか」ウーン...

ミーナ「ちょっと待ってよ、犯行時刻って……盗まれたわけじゃあるまいし、そんな大袈裟なこと言わなくても――」

ミカサ「いえ、実は私もその可能性を考えていた。寮の部屋には個別に鍵はかかってないし、私たち三人はいつも部屋にいるわけではない。貴重品は寮母さんに預けるけれど、工具箱なんてものは預けないから……しまう位置さえわかっていれば、盗むのはたやすい」

189: 2014/06/13(金) 21:58:58 ID:tLsKXAdc

ライナー「……一気にきな臭い話になったな」

アルミン「因みにアニの工具箱はどこに置いてあったの?」

アニ「机の上」

ライナー「盗み放題じゃないか」

アニ「……そういうあんたはどこに置いてたわけ?」ジロッ

ライナー「そりゃ当然………………俺も机の上だな。そういえば」

アルミン「僕もだよ。大抵の訓練兵はみんな机の上に置いてるんじゃないかな? いざという時は他の人に持ってきてもらうように頼むことがあるから、わかりやすい位置に置いておくんだよね」

ライナー「ということは……犯行は誰にでも可能だったってことだな。男子以外」

ミカサ「いえ、誰でも可能なわけではない。私たち三人が同時に部屋を空ける時間帯を把握していなければできない。……ので、同じ階の人間である可能性が非常に高い」

サシャ「うーん……でも、そもそも部屋に置いてある時になくしたとは限らないんじゃないですか? お手洗いに入ってる隙にとか、ちょっと工具箱をその辺に置いて目を離した時にとか……」

ミーナ「……あ、そっか。最後に確認したのが技巧の時間だから、ここの部屋に工具箱を置いて保管室に行ったら誰でもできちゃうのか……」ウーン...

アルミン「人類皆容疑者ってことだね!」パチンッ

ミカサ「それは範囲が広すぎる」



アニ「……」

190: 2014/06/13(金) 21:59:57 ID:tLsKXAdc

アニ「……あのさ、そんな大袈裟に考えなくていいよ。どうせその辺に落としたに決まってるんだし」

ミーナ「えー……? そうかなぁ、落としたなら教官のところに届け出があってもいいと思わない?」

サシャ「そうですよね……これ、立体機動装置のカバーを開けるためのドライバーでしょう? 調整用の精密ドライバーならともかく、こんなに大きいものが落ちてたら普通気づきますよ」

アルミン「訓練兵なら工具の大事さを知ってるだろうし、拾ったらみんなに心当たりがないか聞いて回ったりするよね。その話を聞かないってことからして怪しいよ」

ライナー「アニ、お前のそのドライバーだが……何か目立った特徴はないのか? 探す時の目印にしたい」

アニ「は? ……探すの? 今日これから? 明日も試験なのに?」

ミカサ「じゃあいつ探すの?」

アニ「卒業試験が全部終わってからでいいでしょ? 第一、しばらくドライバー使う用事ないんだし」

サシャ「でも、早く見つけてあげないとお腹を空かせてるかもしれませんよ? アニのドライバー」

アルミン「ドライバーはごはん食べないよ、サシャ」

191: 2014/06/13(金) 22:00:48 ID:tLsKXAdc

ライナー「確かに使う用事はないかもしれんが……自分のものをなくしたままってのはどうも落ち着かないんじゃねえか? 明日の試験にも影響が出るかもしれんぞ」

アニ「そんなヤワな鍛え方してないよ。……あのさ、探偵ごっこがやりたいなら他所で勝手にやってくれない? 近くでやられちゃいい迷惑なんだけど」カチャカチャ...

ミカサ「わかった、では勝手にやろう。――ただその前に、アニのドライバーの特徴を教えてほしい。情報がなかったら何もできない」

アニ「人の話聞いてた? ――だから、何もしなくていいよ。私のことはほっといて」

ミカサ「何かしたい」

アニ「……」

ミカサ「させてほしい」

アニ「…………」

ミカサ「させて」

アニ「しつこい」

ミカサ「じゃあ教えて」

アニ「……わかったよ。一度しか言わないからよく聞きな」ハァ

192: 2014/06/13(金) 22:01:48 ID:tLsKXAdc

アニ「柄は金属でできてるんだけど……てっぺんが三日月型に欠けてるんだ。普通に使ってたらまずつかないような傷だから、見ればすぐにわかると思うよ」

ミカサ「なるほど、三日月型……ところで、どうしてそんなオシャレな装飾をしたの? 目印ならハートマークを入れたらよかったのに」

アニ「……一番最初に立体機動装置を分解した時に、どうしても部品が外れなかったからドライバーの柄で殴ってたんだよ。それで傷がついたの」

ライナー「……お前そんなことしてたのか」

アルミン「道具は大事に使おうよ」

アニ「うるさいな、私の勝手でしょ。……これで満足?」

ミカサ「うん、満足した。ありがとうアニ」スクッ

サシャ「……? ミカサ? どこ行くんです?」

ミカサ「おさんぽ。一周だけしてくる」スタスタ...

ライナー「……一応今は試験中なんだがなぁ」

アルミン「いいんじゃない? ミカサはもう組み立て終わったみたいだし」

サシャ「えっ? ――本当だ、もうできてます……!」ガーン

ミーナ「わ、私も急がなきゃ……!」カチャカチャ...

193: 2014/06/13(金) 22:02:50 ID:tLsKXAdc

アニ「……隣」ムスッ...

ライナー「ああ、空いてるぞ。今詰める」ササッ

アニ「……どうも」ストンッ

ライナー「……なあアニ。愛想を良くしろとは言わんから、そうみんなに冷たく接してやるな。せっかく親身になって話を聞いてくれてるんだからよ」ヒソヒソ

アニ「余計なお世話だよ。第一ミーナたちには何も関係ないのに、なんで口出しされなきゃいけないわけ?」カチャカチャ...

ライナー「他の奴らはともかく、ミーナには関係あるだろ。お前、あいつからドライバー借りたんじゃないのか? なら立派に当事者ってことになるだろ?」

アニ「それは……そうかもしれないけど」

ライナー「まあ、お前が人付き合い苦手なのは知ってるけどな。だがこういう時くらいは歩み寄ってもいいんじゃないか?」

アニ「……嫌だよ。他人と関わるとろくなことがない」

ライナー「そうも言ってられないだろ。俺たちは兵士なんだからよ、助け合いや協力は不可欠だぞ? 巨人を倒すためにもな」

アニ「……兵士?」ピクッ

アニ(さっきから妙に話しかけてくるなとは思ったけど……もしかして、今のライナーは――)

アニ「ねえ、あんた――」

194: 2014/06/13(金) 22:03:53 ID:tLsKXAdc

ミカサ「アニ、アニ。ドライバーあった」タタタッ

アニ「……は? あったってどこに?」

ミカサ「あっちのほう。――ついてきて。私じゃ本物かどうかわからないから」グイッ

アニ「……」チラッ

ライナー「行ってこいよ。見間違いだったら戻ってくればいいだけの話だろ?」

ミカサ「……見間違いじゃない」ムー...

ライナー「ははは、そうか? 悪い悪い」

アニ「……はぁ、わかったよ。今行くから袖引っ張らないでくれる? 伸びるし」スクッ

ミカサ「ドライバーが逃げたら追うのが大変」

アニ「だから、ドライバーに足は生えてないってば。……じゃあ、行ってくるから」スタスタ...



アルミン「これは……スピード解決しそうな予感?」

ミーナ「こんな短時間でよく見つけたね。常人離れしてるというかなんというか……」

サシャ「でもちょっと空気が不穏ですよ? ……大丈夫ですかね、二人とも」

ライナー「二人で何とかできるだろ。どっちも口下手だが頭は回るからな」カチャカチャ...

195: 2014/06/13(金) 22:04:48 ID:tLsKXAdc

ミカサ「ここ。ここにある」ピッ

アニ「いや、ここって言われても……」

アニ(……確かに、机の上にそれっぽいのはあるけど)チラッ

モブ女「……?」キョトン

アニ(まさか本当に盗まれてたとはね……まあ、まだ断定はできないか。ただ単に拾って預かってくれてただけかもしれないし、この子のものである可能性も充分にあるし)

アニ(でも、今の時期に面倒事は起こしたくないんだけどな……見つけてくれたミカサには悪いけど、ここは勘違いで通そうか。ドライバーくらい、別になくなっても困らないし――)

モブ女「ミカサにアニ……? 私に何か用?」

ミカサ「ううん、違う。あなたじゃなくてその使ってないドライバーに用事がある」

モブ女「これ? 貸してほしいの?」ヒョイッ

ミカサ「違う。それはアニのだから返してほしい」

モブ女「……はい?」ポカン

アニ「……」

アニ(……ああ、そういえばミカサは口下手だったね。忘れてた)

196: 2014/06/13(金) 22:05:43 ID:tLsKXAdc

モブ女「アニのって……ちょっと、何言ってんの? これは私のなんだけど」

ミカサ「でも、そのドライバーの特徴はアニから聞いたものと全く同じ。もしあなたのものだというのなら、そのてっぺんの傷がどういう経緯で付いたものなのかを詳しく説明してほしい」

モブ女「どういう経緯って言われても、机から落としただけだよ。それ以外に何かあるの?」

ミカサ「机から落としただけではそんな傷はつかない。――アニから聞いたときは半信半疑だったけれど、こうして見たらすぐわかった」

ミカサ「その形状に欠けさせるには、特殊な使い方をする必要がある。その特殊な使い方の話が出てこない時点で、そのドライバーは元々あなたのものではないとわかる」

モブ女「……」

ミカサ「あなたがどういう経緯でそのドライバーを手に入れたのかは敢えて聞かない。たまたまどこかに落ちていたものを拾って、自分のものにしただけなのかもしれない」

ミカサ「でも、今ここにこうして落とし主が現れた。だから返してと言ってるだけ」

アニ「……」

アニ(この状況……周りから見たら、ミカサが無理やりドライバーを強奪しようとしている風にしか見えないだろうね)

アニ(ミカサはこれで説得できてると思って……るんだろうな。たぶん)ハァ

アニ(まあ、このまま黙ってるわけにもいかないか……取り返すなら自力でやらないとね)ジロッ

モブ女「……! な、何よ」ビクッ

197: 2014/06/13(金) 22:06:33 ID:tLsKXAdc

アニ「ちょっとそのドライバー貸してくれる? 確認したいことがあるんだけど」

モブ女「……」ジッ...

アニ「別にそのまま持って帰ったりはしないよ。私のじゃなかったらすぐ返すから」

ミカサ「もしアニのじゃなかったら、今日の私の夕食は全部あなたにあげる。それなら文句ないでしょう?」

アニ「だってさ。……どうする?」

モブ女「……わかったわよ。どうぞ」スッ

アニ「どうも。……さて」キュルッ

モブ女「あっ……! ちょっと、何してんのよ!」ガタッ

アニ「確認したいことがあるって言ったでしょ。そんな騒がなくてもすぐ終わるよ」

ミカサ「アニのドライバーは柄が外れるの? 何故?」ジーッ...

アニ「これ、元々は刃先を交換できるドライバーなんだよ。しばらくこれ一種類で使ってたから、自分でも忘れてたんだけどね」キュルキュル...

ミカサ「ほうほう、なるほど」ジィーッ...

アニ「ミカサ邪魔。近い」グイ

198: 2014/06/13(金) 22:07:25 ID:tLsKXAdc

アニ「あった。……ミカサ、柄の内側に文字が彫ってあるよね。読んでくれない?」

ミカサ「わかった。……『Leonhart』」

モブ女「は、はぁ……!? な、何それ……! デタラメ言わないで、ちょっと見せてよ!」ガタッ

ミカサ「はいどうぞ」スッ

モブ女「……! 嘘でしょ、そんな……」

アニ「というわけで、だ。……あんたが恋のおまじないでもしてない限り、私の名前を自分の工具に彫るわけないよね」

モブ女「……」

アニ「これでもまだあんたのだって言い張るの? ……それならそれで、こっちには考えがあるけど」

モブ女「……わかったわよ、返せばいいんでしょ返せば!」ブンッ

アニ「はいはい、預かってくれてどうも。邪魔したね。……帰るよミカサ」スタスタ...

ミカサ「わかった、帰る。――おじゃましました」スタスタ...

199: 2014/06/13(金) 22:08:11 ID:tLsKXAdc

アルミン「おかえり二人とも。……それで、ドライバーは本物だったの?」

ミカサ「もちろん。私の目に狂いはない」ドヤァ

サシャ「狂いがなさすぎて逆に怖いんですが」

ミカサ「ニンジャは観察力が大事」ニンニン

サシャ「むむっ……! 狩人だって観察力なら負けませんよ!」ギラギラ

ミーナ「何はともあれ戻ってきてよかったね、アニ! これで整備にも集中できるんじゃない?」

アニ「……」ムスッ...

ライナー「どうした、眉間にしわ寄ってるぞ? 何か言われたか?」

アニ「別に何も言われてないよ。……ねえミカサ、あんたどういうつもり?」

ミカサ「……? 何の話?」キョトン

アニ「とぼけないでよ。あんたならもう少し上手い言い方できたでしょ? 口下手の限度を超えてたよ、あれは」

ミカサ「……私の勘違いだったら申し訳ないのだけれど、あの時のアニはあまり乗り気じゃなかったように見えた」

アニ「勘違いも何も最初から言ってたよ。迷惑だって」

200: 2014/06/13(金) 22:09:06 ID:tLsKXAdc

ミカサ「いえ、私はそうは思わなかった。少なくとも、ドライバーを探し出すことに関してはまだ諦めていないように感じた。だから、どちらかと言うと……その」チラッ

アニ「何? はっきり言ってよ」

ミカサ「……アニは、私たちに迷惑をかけることを嫌がっていたのではないだろうか」

アニ「……」

ミカサ「普通の人なら、どうでもいいものを長時間探したりはしない。話題にもしないでさっさと忘れる。……特徴を他人に教えたりなんかしないし、そもそも覚えてすらいないと思う」

ミカサ「だから、本当は……『大切にしていたドライバーを探したい』という気持ちと、『私たちに迷惑をかけたくない』という気持ちが混ざり合って、さっきは『迷惑だ』の一言で切り捨ててしまったと考えている」

ミカサ「……ので、アニを乗り気にさせるにはどうしたらいいか考えた結果、ああいう言い方になった」

アニ「……」

ミカサ「アニ、怒ってる……?」

アニ「別に。……余計なお世話だとは思ってるけど」ムスッ...

201: 2014/06/13(金) 22:10:03 ID:tLsKXAdc

アニ「ドライバーはちょうど新しいのが欲しかったところだから、なくなっても困らなかったよ」プイ

ミカサ「そうなの? ――ではもう一本買って、そっちのドライバーは予備にするといい」

アニ「……こんなことされたら余計気を遣うんだけど。その辺は考えてなかったの?」

ミカサ「考えてなかった。……というか、私が勝手にやったことだから、アニが気にする必要はないのでは?」

アニ「そっちが思いっきり巻き込んでたでしょうが」ジロリ

ミカサ「……おお、そう言われればそうかもしれない」ポン

アニ「……まあ、一応お礼は言っておくよ。――どうもね」

ミカサ「ふふっ、どういたしまして」クスッ

アニ「……ミカサ」

ミカサ「何?」





アニ「私の訓練服に身体をねじ込もうとするのはやめて」グイッ

ミカサ「大丈夫大丈夫、平気平気」グニュリ

アニ「平気じゃないよ服が伸びる……っ!」ググググッ...

202: 2014/06/13(金) 22:11:40 ID:tLsKXAdc

ミカサ「アニ、何をそんなに恐れているの……? さあ、同じ服の中に入って私に話してみて……?」

アニ「恐れてるんじゃなくて嫌がってるんだよ邪魔」グイグイ

ミカサ「なんと……! そんなに心が寒いなら二人でほっかほかになろう。二人羽織しよう」モゾモゾ

アニ「しない。そもそも訓練服は一人用だからあんたの入る隙間はない」

ミカサ「……ふむ。それも一理あるかもしれない。――ではライナー、あなたの上着を貸して」

ライナー「俺のも一人用なんだが」

ミカサ「なるほど、それならベルトルトのを借りてこよう」スタスタ...

ライナー「やめてやれ」ガシッ



ジャン「……」ジーッ...

マルコ「ジャン、何か言いたいことがあったら一言」

ジャン「アニが羨ましい」ギリッ

ベルトルト「君、見境ないんだね……」

コニー「重症だな」

マルコ「何言ってるんだい、かなり前からさ」ハハハ

203: 2014/06/13(金) 22:12:29 ID:tLsKXAdc

―― 夜 食堂

アニ「……」

サシャ「……」

ミーナ「……」

アニ「……なんでサシャがここにいるの」

サシャ「ミーナに一緒に食べようって誘われたからです」

アニ「……ミーナって食事当番じゃなかったっけ」

サシャ「そうらしいですね。でも、お昼の狩りがどうとかで先に食べさせてもらえることになったみたいですよ」

アニ「借り?」

サシャ「はい、なんでもミカサがお昼に狩りをしたそうなので……何を狩ってきたんでしょうかねえ、お肉一切れでも分けてもらえないでしょうか」ムフフ

アニ「……まあ、それは置いといて」チラッ



ミーナ「……」ムスッ...

204: 2014/06/13(金) 22:13:10 ID:tLsKXAdc

アニ「あんたが機嫌悪いなんて珍しいね。ミーナ」

ミーナ「……私、ああいう陰でコソコソやるのって好きじゃない」ムー...

アニ「……ああ、技巧の時間の話か。――だけどさ、あんたが機嫌悪くならなくてもいいんじゃないの」

ミーナ「アニが怒らないから私が代わりに怒ってるの!!」バンッ!!

アニ「……」パチクリ

ミーナ「あっ……ごめん、大声出して」シュン

アニ「別にいいよ。……怒ってくれてどうも」

ミーナ「……どういたしまして」ショボン...

サシャ「でも、教官に報告しなくて本当によかったんですか? 証拠はあってないようなものですけど、このまま黙ってちゃ泣き寝入りになっちゃいますよ?」

アニ「こんなの今に始まったことじゃないからね。報告してたらキリがないよ」ハァ

ミーナ「えっ、前にもこんなことあったの? 私聞いてないよ?」

アニ「言わなかったからね」

205: 2014/06/13(金) 22:13:58 ID:tLsKXAdc

ミーナ「あっ……アニの一匹狼ぃっ! 一人っ子ぉっ!!」バシバシ

サシャ「一人っ子なんですか?」

アニ「ノーコメント。……ミーナうるさい。机叩かないで」

ミーナ「ばかばかばかぁっ! レオンハートなのに狼なんてずるいんだからぁっ!! このいいとこ取りぃっ!!」バシバシ

アニ「知らないよ、どこに怒ってるのさ……ところで、あんたも気をつけたほうがいいよ。サシャ」

サシャ「? 何をですか?」キョトン

アニ「何をじゃないよ。あんたも上位なんだから、こういうやっかみは慣れてるだろうけど……卒業試験が終わるまでは何をされるかわかったもんじゃないんだ。気は抜かないほうがいい」

アニ「特にあんたは前回の山岳訓練で一気に順位を上げてるからね。ふとした時に階段から突き落とされても不思議じゃないよ」

サシャ「……なんでそんな縁起でもないこと言うんですか」ガタガタ

アニ「それだけ目立つことをしたんだからね、当然でしょ。――あんたやミーナは気づいてなかったかもしれないけどさ、こういう雰囲気は前からあったよ。サシャなら身に覚えがあるんじゃない?」

サシャ「えー……? そう言われましても……さっきから、何が何やらよくわからないんですが」ウーン...

アニ「じゃあ聞くけど、この前の山岳訓練の前後に何かなかった? 大して親しくもない奴に話しかけられて、酷い言葉を浴びせられたことは?」

サシャ「……ありました」

アニ「でしょ?」

206: 2014/06/13(金) 22:14:37 ID:tLsKXAdc

アニ「今は訓練所全体がピリピリしてるんだ。全員……とまでは言わないけど、一部の人間は、隣に座っている誰かを引きずり下ろすのに必氏になってる。あんたもぼんやりしてると巻き込まれるよ」

サシャ「……ここの訓練所、そんなギスギスしてましたっけ……?」

アニ「時期的なものだから仕方がないさ、諦めな。――憲兵団を目指してる奴は当然として……駐屯兵団を希望していても、望み通りの町に配属されるかどうかは最終成績次第だからね。順位が上がればそれだけ自分の希望が通りやすくなる」

ミーナ「……だからって、あんなことするの? 同じ訓練所の仲間なのに……」

アニ「さっきも言ったけど、全員が全員やってるわけじゃないよ。やっかむのだって体力と時間がいるんだからね。みんなそこまで暇じゃないし」

アニ「今回だって、やつあたりするのに都合がよかったのがたまたま私ってだけさ。こんなの野良犬に噛まれたのと一緒だよ、気にするだけ時間の無駄だ」

ミーナ「……」ムー...

アニ「だからあんたも怒ることないよ、ミーナ。……さっさとごはん食べな」ポン

ミーナ「……うん。そうする」

サシャ「余ったら私が請け負いますが」ジュルリ

ミーナ「だーめ。あげないよーだ」モグモグ

アニ「……」

207: 2014/06/13(金) 22:15:20 ID:tLsKXAdc

アニ(こんな小競り合いなんかどうでもいい。……それより、ライナーのことをなんとかしないと)

アニ(あいつ、いつから兵士になってたんだろ……? 原因は、まあ……考えるまでもなくサシャなんだろうけど)

アニ(やっぱり昨日、何かあったのかな。……計画までに元に戻ればいいけど、原因がサシャなら難しいだろうね)

アニ(ベルトルトは知ってて放置してるのかな。それとも気づいてないのか……もしくは気づいてるけど、手が打てなくて困ってるのか)

アニ(何にせよ、一度あいつらと話す必要があるね。それも早いうちに――)



ミーナ「――というわけで、アニはお湯を持ってきてね」

アニ「……」

ミーナ「サシャは一度私の部屋に来て、食器とか運ぶの手伝ってくれる? ミカサはそのまま部屋に向かうって言ってるから」

サシャ「はーい、わかりました!」

アニ「……ちょっと待って。何の話?」

208: 2014/06/13(金) 22:16:12 ID:tLsKXAdc

ミーナ「あれ、聞いてなかったの? ――今日は夜ごはん食べたらユミルの部屋に集合だよ。ミカサがみんなにお土産くれるんだって」

サシャ「ついでにちょっとしたお茶会をやるんですって! 楽しみですよねー!」ニマニマ

アニ「……い、いや、私はいいよ」アセアセ

ミーナ「いいよじゃなくて行くんだよ」

アニ「だってさ、ほら……あの、用事あるから。私」

ミーナ「今日は当番ないでしょ? 用事って何?」

アニ「……く、草むしりとか……?」

ミーナ「今は冬だから草生えてないよ?」

アニ「……お土産なら、部屋で渡せばいいじゃない。そこなら逃げも隠れもしないよ」

ミーナ「だめだめ、全員一緒に渡したいんだってさ。私とアニとサシャとクリスタとユミルに」

アニ「…………試験前だし、早く寝たいんだけど」

ミーナ「すぐ終わるって言ってたよ」

アニ「……」

アニ(……ああもう、なんでこんなことに)イライラ

209: 2014/06/13(金) 22:17:18 ID:tLsKXAdc
今回はここまで これで話の半分くらいです 盛り込みまくってるのでまだ長い模様

ところで映画の前売券のデザインが素晴らしくいいですね 
>>1はライサシャの部分だけ拡大コピーしてポスターにして壁に貼りたいのですが、公開劇場が近くにありません どうしたものか……

210: 2014/06/13(金) 22:39:44 ID:gqnllfYg
乙!
いいですねあの特典ファイル!
ライサシャの民には御褒美です。

211: 2014/06/13(金) 23:14:45 ID:Xou8Dr8Q
わあああ来てたー!更新ありがとうございます!前売りのイラストは、完全にライサシャでしたね!信じられなくて二度見しましたw

212: 2014/06/13(金) 23:16:11 ID:KFXw/3Vc
乙。面白い。

213: 2014/06/14(土) 02:20:50 ID:1P/YuvN.
おつおつー!
サシャがシリアスにしようとしてもずれていくところも好きだー


サシャ「それが持ち味ですからね」【後編】


引用元: サシャ「それが持ち味ですからね」