ユミル「ええい離せマルコ! 私たちのためを思うなら行かせろぉ!!」ジタバタジタバタ

マルコ「うわっ……!? 暴れないでよ、危ないだろ!」ササッ

アニ「あんたにはわからないだろうさ……! 裁縫ができない女の子の気持ちなんて……!」ギリッ...

マルコ「君たちの気持ちはわからなくても、教官の闇討ちが駄目ってことくらいは僕にもわかるよ! 一旦落ち着こう!」

アニ「正々堂々襲ったら顔が見られちゃうでしょ!?」

マルコ「そういう話をしてるんじゃないっ!!」

ユミル「……なるほど。いきなり教官ってのが駄目だったんだな」ポン

アニ「……! そうか、だったら私は女子寮に行ってくるよ」ダッ

ユミル「よしマルコは男子寮を頼む」ダッ

マルコ「待った待った待った待った!! さらっと共犯にしないでくれ!! どうして君たちはそう短絡的な発想しか出ないんだ!?」

ユミル「うるせえこっちゃ切羽詰まってんだよ!!」

アニ「痛い目にあいたくなかったらとっととそこどきな!!」

マルコ「だから待ってくれって!」
進撃の巨人(34) (週刊少年マガジンコミックス)
443: 2014/02/18(火) 22:04:35 ID:wVPYmXvg

マルコ(普段は落ち着いてる二人がここまで興奮するなんて……裁縫できないのがよっぽどコンプレックスなんだろうな)

マルコ(……よし)

マルコ「二人の言い分はわかった。……つまり、再来週の野戦治療実習までに裁縫ができるようになればいいんだろ?」

ユミル「だから、それができれば苦労しねえって」

アニ「それともマルコがなんとかしてくれるの?」

マルコ「そうだよ。僕が君たちに教える」

ユミル「……え」

アニ「……」キョトン

マルコ「まだ実習まで十日以上あるんだ。付きっきりで教えたらなんとかなる……はずだ」

ユミル「お前……私らなんかのために付きっきりで教えてくれるのか……?」

アニ「どうしてそこまで……」

マルコ「誰かさんたちによると、どうやら僕はいい子ちゃんでお人好しらしいからね。今回もいい子ちゃんでお人好しなことをしたいだけだよ」

ユミル「うっ……すまん」シュン

アニ「ごめん、私たちはけなすつもりで言ったわけじゃ……」

マルコ「大丈夫、それくらいはわかってるからさ。――とにかく訓練が終わったら、裁縫道具を持って兵舎裏に来てくれ。約束だよ?」

444: 2014/02/18(火) 22:05:43 ID:wVPYmXvg

―― 女子寮 廊下

ユミル「マルコ、いい男だったな……」スタスタ...

アニ「……そうだね」スタスタ...

ユミル「ちっちゃいおこさまならともかく同期の女だぞ? 普通付きっきりで裁縫の面倒なんか見てくれねえだろ……」

アニ「……うん、すごいね」

ユミル「……」チラッ

アニ「……」ドヨーン...

ユミル「……なんだなんだ、元気がないな。闇討ちできなくて気を落としたのか?」

アニ「そうじゃないよ。……さっきマルコが最後に言ったこと、覚えてる?」

ユミル「最後? 兵舎裏に来いってアレか?」

アニ「その前にさ、『裁縫道具を持って』って言ったでしょ?」

ユミル「ああ……そういや言ってたな。それがどうかしたか?」

アニ「……私、針も糸も持ってない。裁縫しないから……そういう道具、一つもない」

445: 2014/02/18(火) 22:06:20 ID:wVPYmXvg

ユミル「なーんだ、そんなことか。安心しろって、私も持ってねえからさ」ハハハ

アニ「あんたはいいよね。……クリスタから借りればいいから」

ユミル「まあなー。そういうお前はアテはないのか? 一人くらいいるだろ?」

アニ「……いるって言えばいるけど」

アニ(ライナーやベルトルトに『裁縫道具貸して』って言うの、恥ずかしいな……今パーカーの穴縫ってもらってるのに)モジモジ

ユミル「仕方ねえなぁ……そう悲観するなって。私がクリスタから少し余分に借りてきてやるからさ」ポンポン

アニ「……迷惑かけるね」

ユミル「何言ってんだ、お互い裁縫ができないって知れた時点で私たちは仲間だろ? 気にするなよ」

アニ「ユミル……!」ジーン...

ユミル「一つツケな」ニヤリ

アニ「……」イラッ

ユミル「まあ、私たちの運命はマルコとクリスタにかかってるんだが…………ん? なんだ、あっちが騒がしいな」

アニ「私らの部屋からだね。……行ってみる?」

ユミル「だな。急ごう」タタッ

446: 2014/02/18(火) 22:07:15 ID:wVPYmXvg

―― 女子寮 ユミルたちの部屋

クリスタ「ひっく……ううっ、私の、私のせいでぇっ……!」グスグス

サシャ「泣かないでくださいよクリスタ、クリスタは何も悪いことしてませんよ? ねっ?」ナデナデ

ミーナ「そうだよクリスタのせいじゃないよ! だから元気出して?」

ミカサ「え、えっと……えっと…………」オロオロ

ユミル「おいどうしたクリスタぁっ!? なんで泣いてるんだ!?」バーン!!

ミカサ「ひぇっ」ビクッ

クリスタ「ゆっ、ユミルぅ……」グスグス

アニ「おはよう。……クリスタに何があったの?」

ユミル「さてはお前か芋女……?」ギロッ

サシャ「ひぃっ!? わっ、私じゃありませんよ!!」ブンブン

クリスタ「違うの、サシャは悪くないの……悪いのは、全部私なの……!」グスグス

ミーナ「だからクリスタのせいじゃないって! ジョセフィーヌとアンドレーは自分の使命を全うしたんだから、クリスタのこと恨んでないよ!」ナデナデ

447: 2014/02/18(火) 22:08:35 ID:wVPYmXvg

アニ「……誰? ジョセなんたらって」ヒソヒソ

ユミル「そんな名前の訓練兵いたか?」ヒソヒソ

ミカサ「訓練兵じゃない。ジョセフィーヌとアンドレーは、この前クリスタが止血に失敗したお人形の名前」ヒソヒソ

アニ「……ああ、あれか。丸太足の」

ユミル「なんだ、あいつら開拓地送りになったのか?」

ミカサ「違う。もうだいぶ古いから焼却炉行きになっただけ」

ユミル(おぉう……もっと悲惨だった)

アニ(たかが人形で……とか、言わないほうがいいんだろうな……)

ミカサ(自分のお人形ならともかく、備品なのに……どうしてあそこまで感情移入できるのだろう……?)

クリスタ「ひっく……ううっ、私が、私がもっとしっかりしていたらっ……今頃あの二人はぁ……っ!」グスグス

ミーナ「大丈夫だってクリスタ! あの二人が特殊だっただけで、もう一人はまだ生きてるじゃない? 気にすることないよ!」アセアセ

サシャ「そうですよ、この前の実習の時は私なんか五人も頃しちゃったんですよ? それに比べたらクリスタはまだマシですって!」オロオロ

ミーナ「もーうサシャってば頃しすぎー! ちゃんと教官の話聞いてたのー?」ウフフ バチコンバチコン

サシャ「いやぁ、ちょうどお腹空いてて昼ごはんのこと考えたんですよねー……あのミーナちょっと痛いです叩き過ぎです痛い痛い」アハハ

ミーナ「あ、ごめん」

448: 2014/02/18(火) 22:09:27 ID:wVPYmXvg

サシャ「それに、ええっと……ほら、次の実習は針と糸を使うじゃないですか!」

ユミル「……」ピクッ

アニ「……」ピクピクッ

サシャ「裁縫はクリスタの得意分野でしょう? 前回救えなかった三人分、次は多く救ってあげればいいんですよ!」

ミーナ「そうそう、ここでめそめそ泣いてるよりは、ジョセフィーヌとアンドレーもそっちのほうが嬉しいと思うよ?」

クリスタ「……うん、そうだね。二人の言うとおりかも。――よーし、私頑張るよ! 次は絶対誰も氏なせない!」グッ



アニ(うわぁ……こりゃ次回の実習は失敗できないね。私はともかく、ユミルが失敗したらどうなるか……)チラッ

ユミル「……アニ」

アニ「何」

ユミル「…………裁縫、うまくなろうな」キリッ

アニ「あんたはクリスタを泣かせたくないだけでしょ」

ユミル「その通りだ。―― けどどうする? こりゃ針と糸貸してくれって言える雰囲気じゃないぞ」ヒソヒソ

アニ「……仕方ないね。私も少しアテがあるから、そっちを当たってみるよ」

449: 2014/02/18(火) 22:11:05 ID:wVPYmXvg

―― 昼の兵舎裏

アニ「……」キョロキョロ

アニ(確か、この辺りだったはずだけど……)

????「おーいアニ、こっちだこっち」チョイチョイ

アニ「……なんで草陰に隠れてるの? ライナー」ガサガサ

ライナー「お前とこっそり会ってるところを見られるわけにはいかんからな。……ほらよ、ベルトルトがやってくれたぞ。紙袋の中に入れといた」ポン

アニ「どうも。……お願いしてる立場で言うのもなんだけど、今回直すのが遅かったね。何かあったの?」

ライナー「……辛い別れがあった」ギリッ...

アニ「は?」

ライナー「詳しい事情は悪いが伏せさせてくれ。語ると3ヶ月近くかかるからな」

アニ「……まあ、興味ないから別にいいけど」

450: 2014/02/18(火) 22:13:16 ID:wVPYmXvg

アニ(……ライナーはともかく、ベルトルトなら針と糸は確実に持ってるんだよね。こうしていつも繕い物してくれるから)

アニ(正直恥ずかしいけど……なんとかして、二人から針と糸借りなくちゃ……! マルコから裁縫を教わるためにも……!)グッ

アニ「あ、あのさぁ……は、……はり……の、……ぃと…………」ボソボソ

ライナー「あぁ? なんだって?」ズイッ

アニ「……は、」

ライナー「は?」





アニ「――流行りの服は、嫌いですか……?」ニコッ...

451: 2014/02/18(火) 22:13:52 ID:wVPYmXvg



ライナー「……」

アニ「……」

ライナー「……いや、特別服に好みはない」

アニ「……そう」

アニ(ああもうばか! 私のばか!! まじめに答えるライナーはもっとばか!!!)ギリッ...

ライナー(なんだ……? 今の質問は一体どういう意味なんだ……? そして俺は何故睨まれているんだ……?)

452: 2014/02/18(火) 22:15:03 ID:wVPYmXvg

ライナー「あー……そういや、服で思い出したことがあるんだが」ポリポリ

アニ「……何?」

ライナー「再来週に実習があるだろ? 野戦治療実習。知ってるか?」

アニ「……し、知らない。知らないそんなの。全然知らない」ブンブン

ライナー「やっぱりか……その実習なんだがな、どうやら針と糸を使うらしいんだ。傷口の縫合をするとかで」

アニ「へえ……、へえー……、そうなんだ、すごいね。すごいすごい。人類すごい」パチパチ

ライナー「すごいかどうかは置いといて……それでな、お前裁縫ちっともできないだろ? こうやってベルトルトに服を繕ってもらうくらいだしな」

アニ「…………」カチンッ

ライナー「しかも女子寮の誰かじゃなくて、未だに同郷の俺たちに頼むくらいだからな……実はお前友だち少ないんじゃないか?」ハハハ

アニ「…………」ムカッ

ライナー「だからな、ベルトルトと話し合って決めたんだが――」

アニ「……できる」ボソッ

ライナー「俺とあいつの二人で、お前に…………ん? 今何か言ったか?」

453: 2014/02/18(火) 22:16:20 ID:wVPYmXvg

アニ「……一人で、できるもん。裁縫くらい……もう、一人でもできる」ボソッ

ライナー「……」

アニ「……」プイ

ライナー「……アニ、お前」

アニ「……何さ」

ライナー「気持ちはわからんでもないが……その年で『できるもん』はちょっと」

アニ「~~~~っ!! うるさいっ!!」ゲシッ!!

ライナー「っだぁっ!?」ビターン!!

アニ「さっきから人のこと馬鹿にしないでくれる!? たかが裁縫なんて自分でできるんだから!!」ゲシゲシッ!!

ライナー「いてっ……! 痛えって、スネ蹴るなスネ!!」ジタバタジタバタ

アニ「ふんだ!! もうしばらく話しかけてこないでよね!!」ズカズカ

ライナー「あっ……おいアニ!?」

ライナー(ああー……やっちまったぁ…………)ズーン...

ライナー(俺とベルトルトで裁縫教えてやるって言うつもりだったんだが……失敗したな)ハァ

ライナー(……まあ、渡すもんは渡したからいいか)

456: 2014/02/22(土) 22:36:38 ID:eMU.wHdw

―― 女子寮の廊下

アニ「……」ドヨーン...

アニ(もうやだ……私、何してるんだろ……)

アニ(馬鹿はライナーじゃなくて私じゃないか……これじゃあ、コニーのことを馬鹿だって笑えない……笑ったことないけど)

アニ(しかも余計なことまで言っちゃったから、これから服直すの頼みにくくなっちゃったし……)

アニ(……いや、服のことはまだいい。問題は……今日使う針と糸をどうするかってことだ)

アニ(マルコに正直に話して借りる……? でも、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないよね)

アニ(ユミルは……無理だろうね。裁縫をやる気はあるんだろうけど、今日のクリスタはそっとしておきたいって考えてるだろうし)

アニ(今から戻ってライナーに謝って、事情を話して借りる……? それともライナーは無視してベルトルトに直接頼み込むとか……ん? なんか変な感触が)ガサッ

アニ(紙袋の中に何か入れたのかな、あいつら……)ガサガサ

アニ「……」



アニ「……何、これ」

457: 2014/02/22(土) 22:37:35 ID:eMU.wHdw

―― 男子寮 エレンたちの部屋

ライナー「ただいまー……」トボトボ...

ベルトルト「やあライナー、おかえり。アニには渡せたかい?」

ライナー「……渡せはしたが失敗した」

ベルトルト「? どういうこと?」

ライナー「裁縫を教えてやるって言う前に逃げられたんだ。引き止める暇もなかった……」シュン

ベルトルト「あーあ……だからこの前言ったじゃないか。糸切りハサミにハートマークのチャームはありえないって」

ライナー「いや、別にそのことで言い争いになったわけじゃ――おいちょっと待て、女の子はみんなハートマークが大好きじゃないのか?」

ベルトルト「その点に関してはもう何度も話しあっただろう? ハートマークが無条件で好きなのは小さなお子様くらいだって。……全く、図体はでかくても感性は子どものままなんだから」ハァ

ライナー「……なんだと?」ムカッ

458: 2014/02/22(土) 22:38:22 ID:eMU.wHdw

ベルトルト「大人っぽいアニがハートを好きなわけないよ。世の中には小鳥とか花とか色々モチーフがあるんだから、せめてそういうのを選択したらよかったのに。よりにもよってハートマークだなんて」ハハッ

ライナー「……じゃあ俺も言わせてもらうがな、お前だって裁縫箱にピンクはねえだろピンクは!! しかもなんだあのド派手な色!!」バンッ!!

ベルトルト「はぁ!? それこそ君は何を言ってるんだ、ピンクが似合わない女子なんていないだろ!?」

ライナー「似合う似合わないの話をしてるんじゃあないっ! 取り敢えずピンクを使っときゃいいだろという短絡的な発想を批判してるんだ俺は!!」バンバンッ!!

ベルトルト「だ・れ・が!! 短絡的な発想で裁縫箱の色を決めるもんか! アニの手に渡るものだから配色は三日三晩悩んだんだよ!? しかもキャンディの服と同時進行だったから、どれほど大変だったか……!」

ライナー「ふん、三日三晩悩んで行き着く先がピンク一択とはお笑い草だな! アクセントに白のフリルリボンを使った点は評価するがところであれ新作か?」

ベルトルト「そうだよ。見る?」

ライナー「見る見る」イソイソ

459: 2014/02/22(土) 22:39:16 ID:eMU.wHdw

ベルトルト「この前出かけたらちょうど入荷したところでさー。運が良かったよ、本当」ゴソゴソ...

ライナー「新作はすぐ売り切れるもんなー。全く、訓練兵ってのは辛いぜ。行きたい時に手芸屋に行けねえんだからよ」

ベルトルト「それもあと少しの辛抱さ。……はい、これだよ」シャランラー

ライナー「どれどれ……やっぱりいい仕事してるな」フムフム

ベルトルト「正直このシリーズは値段以上の価値があるよねー」

ライナー「だよなー、手触りいいよなーこれ。かわいいし」サワサワ

ベルトルト「……」

ライナー「……」モフモフ

ベルトルト「……なんの話してたんだっけ?」

ライナー「さあ? どうでもいいんじゃないか?」モッフモッフ

460: 2014/02/22(土) 22:40:20 ID:eMU.wHdw

―― 訓練終了後の兵舎裏

マルコ「二人とも、訓練お疲れ様。針と糸は持ってきた?」

ユミル「忘れた」キッパリ

マルコ「……少しも悪びれてないのがユミルらしいね」

ユミル「だって元々無い袖はどう頑張ったって振れないからな。持ってないものを持って来いって言われても無理だ」

マルコ「そっか、持ってなかったなら悪いことしたな。ごめん。――ところでアニは?」

アニ「」ビクッ!!

マルコ「アニ?」

アニ「……」モジモジ

マルコ「もしかして、君もユミルみたいに持ってなかったの? それならそうとはっきり――」

アニ「……」ブンブン

マルコ「……? アニ、どうしたんだ?」

ユミル「そいつはさっきからずーっとそんな調子だぞ。背中の後ろに何か隠してるみてえだが、ちっとも見せてくれねえし」

461: 2014/02/22(土) 22:41:05 ID:eMU.wHdw

マルコ「背中に何か……? もしかして、針と糸?」

ユミル「そうなんじゃないか? ――おいアニ、持ってきたならとっとと出せよ。それともマルコが酷い目にあってもいいのか?」

マルコ「アニを脅したいんだろうけど被害に遭うのは僕じゃないか。やめてくれ」

ユミル「マルコも暇じゃねえんだぞ。早くしろ」

マルコ「話聞いてる? っていうかなんでユミルは持ってきてないのにそんなに偉そうなの?」

アニ「……………………笑わない?」

ユミル「なんだ、そんなに愉快な裁縫箱持ってきたのか? 開けた途端に中からピ工口でも飛び出すのかよ?」

アニ「そうじゃないけど……でも……」モジモジ

マルコ「煽るのはやめなよ、ユミル。――絶対とは言わないけど努力するよ。時間もないし、裁縫箱を持ってきたなら出してくれる?」

アニ「……これ、なんだけど」ゴソッ

462: 2014/02/22(土) 22:42:07 ID:eMU.wHdw

アニ「……」モジモジ

ユミル「……」

マルコ「……」

ユミル(布製の裁縫箱……? いや、紙の箱に布が貼ってあんのか? それにしたってモコモコしすぎだろ! ぱっと見じゃどこからどう開けりゃいいのかわかんねえぞ!?)

マルコ(淡い桃色ならまだしもショッキングピンクとは……! しかもリボンで『Annie』って名前まで書いてあるなんて、器用な人が作ったんだなぁ……)

アニ「……」モジモジ

マルコ「随分と……………………………………………………………………………………えっと、かわいらしい裁縫箱だね」

ユミル「気合い入ってんなぁ」

アニ「……」

463: 2014/02/22(土) 22:44:04 ID:eMU.wHdw

アニ「これは…………拾ったの」キリッ

ユミル「いや無理あるだろ」

アニ「…………わ、私の趣味じゃない」ブンブン

マルコ「そんな恥ずかしがらなくても、別に僕たちは気にしないよ?」

ユミル「そうそう。お前が乙女趣味だってことはこの前の人形への態度で丸わかりだし」

アニ「違うの、本当に違うの……! 私の……私の、趣味じゃないっ……!」プルプルプルプル...

マルコ「アニの趣味じゃないのに、手放さないできちんと持ってるってことは……もしかして、誰かにもらったのかな? それで仕方なく持ってるとか?」

アニ「……! そう、もらったんだよ!! だから私の趣味じゃないから!!」コクコクコクコク

464: 2014/02/22(土) 22:45:03 ID:eMU.wHdw

ユミル(アニにこんな乙女チックな裁縫箱を贈る奴なんていたかぁ……?)

マルコ(ミーナ辺りにもらったのかな? 『裁縫するから針と糸を貸して』って頼んだら、お下がりの裁縫箱をもらったとか……でもあそこまで凝ってる装飾は不自然だよなぁ、名前入りだし)

アニ(なんなの……? なんなのこれ……! 新手の嫌がらせ? 『どうせお前は裁縫もできないんだろう』って嫌味? 『初心者にはこんなお子様みたいな裁縫箱で充分だろう』ってこと? しかも名前まで律儀につけて……!)

アニ(もうあったまきた……!! あいつら、絶対に見返してやる!!)

アニ「決めたよマルコ。――私、裁縫界の女神になる」キリッ

ユミル「何言ってんだ、私がなるんだ」

マルコ「……うん。二人の心意気は買っておくよ」

469: 2014/03/15(土) 19:33:55 ID:PgauRLVM

マルコ「それじゃあ……はい、これ」スッ

ユミル「……? なんだこの切れっ端は」ピロン

マルコ「端切れだよ。取り敢えずそれにこのボタンを縫いつけてみてほしいんだ。どれくらい裁縫ができるかわからないと、こっちもどう教えたらいいのか見当がつかないからね」

ユミル「ほう……つまりマルコは、私たちがボタン付けもできねえと思ってるわけだ?」

マルコ「できる?」

ユミル「できない」ブンブン

アニ「無理」ブンブン

マルコ「だよね。付け方は?」

ユミル「それくらいはわかる。馬鹿にするなよ」

アニ「……ごめん、知らない」

マルコ「ううん、謝らなくていいよアニ。正直に答えてくれてありがとう」ニコッ

マルコ(ということは……アニは知識がないからできないって可能性もありえるな。ユミルは知識はあるけど技術が伴ってないのかもしれない。――よしよし、なんとか方針が立てられそうだ)フムフム

マルコ「それじゃあユミル、ボタンの縫いつけ方をアニにもわかるように教えてくれる? ざっくりした感じでいいから」

ユミル「わかったよ、任せときな。――まずはこの4つの穴それぞれに糸を通すだろ」シュッ

マルコ「はいちょっと待った」

470: 2014/03/15(土) 19:35:04 ID:PgauRLVM

ユミル「なんだよマルコ、ここからが大事なんだぞ」

マルコ「もう既に違うんだけど、そこからどうするか一応聞いておこうかな。後学のために」

ユミル「後は縫い付けたい位置に針をぶっ刺して……」ブスッ

マルコ「……」

ユミル「ええっと……マルコ、接着剤はどこだ?」

マルコ「どこに使うつもり?」

ユミル「決まってんだろ。この布と針と糸とボタンをまとめて接着剤でくっつけるんだ」

マルコ「針は使い切りの道具じゃないんだけどな……」

ユミル「そうなのか……!? で、でもミカサは縫い物する度に針をボキボキ折ってたぞ!?」

マルコ「でもその針を服に刺しっぱなしにはしてなかっただろ?」

ユミル「……!」ポン

マルコ「……わかったよ、ボタンの付け方は取り敢えず置いとこう。次は二人の道具の使い方を見たいから……そうだな、並縫いでもやってもらおうか」

471: 2014/03/15(土) 19:35:48 ID:PgauRLVM

アニ「並縫いって何?」

マルコ「説明してもよくわからないと思うから、実際に僕がやってみせるよ。――まずは二人とも、針に糸を通してくれるかな」

アニ「それくらい楽勝だね」フフン

ユミル「軽い軽い」ハハハ

マルコ「君たちの自信はどこから来るの?」

アニ「そんなこと言わずに黙って見てなよ」

ユミル「そう、私たちの華麗な糸通し捌きをな……!」

マルコ「……」

472: 2014/03/15(土) 19:36:35 ID:PgauRLVM

アニ「……」ツルン

ユミル「……」ツルン

マルコ「……」

アニ「……」グニュグニュ

ユミル「あっれー……? っかしいな、入んねえぞこれ……」ブツブツ...

マルコ「……」

アニ「……っ」グスッ

ユミル「このっこのっ」グイグイ

マルコ「……わかった。糸通しは僕がやるよ。進まないからね」

ユミル「すまねえなぁマルコ」

アニ「お願いね」

マルコ「二人も少しずつでいいから覚えてくれよ? ……よっと」シュッ

アニ・ユミル「!?」

473: 2014/03/15(土) 19:37:14 ID:PgauRLVM

マルコ「はいできた。糸の端も玉結びしておいたよ。――じゃあやってみようか、二人とも」

アニ「マルコって魔法使いだったの?」

マルコ「なんでそうなるのかな?」

ユミル「だってお前……こんなちんまい穴にこんな細っこい糸を通すなんて人間業じゃねえぞ? ……もしかして、お前巨人なのか」ハッ

マルコ「その理屈で言えば裁縫できる人間はみんな巨人になっちゃうよ? 君の大好きなクリスタも人間なのか?」

ユミル「何言ってんだマルコ、クリスタは女神だよ」ハハハ

アニ(そうか……! ライナーとベルトルトが裁縫上手いのは、巨人だからだったんだ……!)ハッ

アニ(……あれ? でもおかしくない? 私も巨人化できるのに一人だけ仲間はずれなんて)

アニ(女型は対象外なのかな……今度ライナーとベルトルトに聞いてみよう)

マルコ「僕がすごいんじゃなくて、この針がいいんだよ。穴が大きいから糸が通しやすいんだ。……アニ、いいものをもらったんだね」

474: 2014/03/15(土) 19:37:57 ID:PgauRLVM

アニ「……この針、そんなにいいものなの?」

ユミル「はぁ? 針どころか裁縫箱からして高級品だろ? 針山も糸切りバサミも何もかも新品じゃねえか。……使い勝手は別にしてよ」

マルコ「そうだね、デザインが前衛的なのは置いといて……これをくれた人がアニのことを大事に思ってるんだって、僕にもわかるよ」

アニ「……違うよ。これをくれた奴は、私がどういう反応をするのかを見てからかいたいだけさ。私のことなんかちっとも考えてないよ」ムスッ...

ユミル「そうか? 私にはそいつの気持ちがなんとなくわかるけどな。……お前みたいに四六時中むっつりしてる奴のことなんか、気になってしょうがねえだろうよ」

ユミル「でもさ、からかってでもそういう……お前が何かしら反応する姿を見たかったんじゃねえの? ……実際見てて面白いし」プッ

マルコ「ユミル……一言余計だよ」

ユミル「ただ慰めるってのは性にあってねえんだよ。これくらい見逃してくれ」

アニ「……」

アニ(ユミルの言うことを信じるなら……あいつらなりに、私のことを心配してくれたってことでいいのかな。……だったら私、さっきライナーに悪いことしちゃった)

アニ(ベルトルトも一緒に用意してくれたんだろうし、あとでお礼言わないとね。……ハートのチャームとショッキングピンクはありえないけど)

アニ(……裁縫、頑張ろうっと)

475: 2014/03/15(土) 19:39:00 ID:PgauRLVM

マルコ「まずは僕がお手本を見せるね。……最初に、布の裏から針を刺す」ブスッ

アニ「……」ジーッ...

ユミル「それでそれで?」

マルコ「刺した針を表から抜いて、今度は表から針を布に刺す。そしたら針が裏に出てくることになるから、それをまた布に刺す……これを繰り返すんだ」

アニ「……? それがどうして並縫いになるの?」

マルコ「それはね……よっと」チクチク シュッ

マルコ「ほら見てごらん、布地に一つ一つの縫い目が綺麗に並んでるだろ? だから並縫いって言うんだ」

ユミル「へー……」

マルコ「他にも、横から見た布地が波打ってるように見えるから……っていう説もあるんだけど今は関係ないから置いておこうか。二人とも、やり方はわかった?」

アニ「……なんとなく」

ユミル「完璧だな」

マルコ「ユミルの自信はどこから来るんだ? ……それじゃあ、ちょっと一人ずつやって見せてよ。下手くそでもいいからさ」

ユミル「よし、ならまずは私からやるよ。……年長者の意地見せてやる」スッ

476: 2014/03/15(土) 19:39:48 ID:PgauRLVM

マルコ「僕は基本的に口出しも手出しもしないからやって見せてくれ。……さてユミル、最初は何をするんだっけ?」

ユミル「決まってんだろ? 布の裏から針を刺すんだ。……ん?」ピタッ

アニ「……? どうしたの? まだ何も始まってないけど」

ユミル「……マルコ」

マルコ「何?」

ユミル「この……この布地の裏はどっちだ……? 見てもよくわからないんだが……」オロオロ

マルコ「ああ、いや……裏って言うのは説明をわかりやすくするために言っただけだから、ユミルの好きな面から刺していいよ」

ユミル「真横でも?」

マルコ「どうしてそうひねくれた回答をするのかな? ……もういいや、僕が決めるね。こっちが裏だよ」

ユミル「おっしゃあ!」ブスッ

477: 2014/03/15(土) 19:40:37 ID:PgauRLVM

マルコ「……それだと布の端に刺しすぎだ。縫ってるうちにほつれるよ」

ユミル「おおっと……マルコ、そんなこと言って私を脅してるのか?」

マルコ「なんで脅しの言葉に聞こえるんだ……」

ユミル「だがそんなことじゃ私の裁縫魂は鎮まらな……あっ」シュルンッ

マルコ「……」

ユミル「ああー……」シュルシュルシュルシュル...

マルコ「……」

ユミル「……」ションボリ

マルコ(実はユミルって天然なんだろうか……てっ、天然!? ユミルって天然だったのか!?)

アニ(ユミルったらなかなかやるね……! 私は裏とか表とかあやふやで進めようと思ってたのに、そこに気がつくなんて……まだ目覚めてないだけで、ユミルの本当の姿は裁縫の天才なのかもしれない)

478: 2014/03/15(土) 19:41:49 ID:PgauRLVM

マルコ「……よし、大体問題点はわかった。次はアニの番だ」

ユミル「あれだけでわかったのか……マルコ、お前天才だったんだな」

マルコ「君たちの裁縫に対する理解能力も天才並みだよね。コニーと並ぶよ」

アニ「天才のバーゲンセールだね。……さて、まずは布に針を刺すんだったかな」シュッ

アニ(それにしても……まさか私が裁縫をやることになるなんてね。あの時は思いもしなかったよ)

アニ(あれは……確か、あいつらと会ってからしばらくした時のことだったかな……)

479: 2014/03/15(土) 19:42:35 ID:PgauRLVM

―― アニの回想

アニちゃん(5)「らっ、らいなぁっ、べるっ、べるとるとっ」ヒックヒック

ベルトルトくん(5)「!? アニ、どうしたの!? なんで泣いてるの!?」

ライナーくん(6)「だれかにやられたのか!?」

アニちゃん「ちがっ、ちがうのぉっ、そ、そこで、そこでころんでぇっ……ぼたんが……っ」プラーン

ライナーくん「あー……取れちまったのか」

アニちゃん「ごめっ、ごめんなさっ、ごめんなさいっ」グスグス

ベルトルトくん「いいよいいよ。それよりアニ、ケガはしてない? お膝見せて?」

アニちゃん「……ん」グスッ

ライナーくん「すりむいてんじゃねえか……ベルトルト、手当てしてやってくれ。俺はちょっと出かけてくるから」

ベルトルトくん「うん、わかった。――さあアニ、井戸に行こう? まずは傷口洗わないと」

480: 2014/03/15(土) 19:43:26 ID:PgauRLVM

アニちゃん「……つめたい」

ベルトルトくん「ほら、顔も拭こう? ハンカチ貸してあげるから」

アニちゃん「つめたいからいや」プイッ

ベルトルトくん「そんなわがまま言わないで……」

アニちゃん「だって……わたしたちは、放っておいても治るでしょ?」

ベルトルトくん「でも、そのままにしておいたら痛いじゃないか。傷にバイキンが入ったらもっともーっと痛くなっちゃうよ? いいの?」

アニちゃん「……じゃあ、服から先に拭いてあげて?」グスッ

ベルトルトくん「服から……? なんで?」

アニちゃん「だって、服は、なおらないから……わたしよりもっと、いたい思いしてるもん」ズズッ

ベルトルトくん「……そうだね、服は直らないよね。あはは、アニはいい子だなぁ」ポンポン

アニちゃん「……」ゲシッ

ベルトルトくん「いたい!」

アニちゃん「……年下扱いしないでっていつも言ってるでしょっ」プイッ

481: 2014/03/15(土) 19:44:42 ID:PgauRLVM

ライナーくん「おーいベルトルト、アニ! ばんそうこう持ってきたぞ!」タタタッ

ベルトルトくん「あっ、おかえり! ……? ライナー、そっちの箱はなんだい?」

ライナーくん「ははは、聞いておどろくなよ……針と糸だ!」ジャーン!

ベルトルトくん「ええっ!? それってお母さんの!? ……ま、まずいよライナー、そんなの持ってきたら怒られちゃうよ……」オロオロ

ライナーくん「あとでちゃんとあやまるから大丈夫だ! それに、早くその服直してやりたいだろ? アニ」

アニちゃん「……! うん、直してあげたい」コクコク

ベルトルトくん「でもライナー、裁縫なんかできるの? むしろ君は穴を開ける側なんじゃ……」

ライナーくん「甘いなベルトルト……はちみつのように甘いな! 穴をしょっちゅう開けてるからこそ、縫ってる母さんの姿はいつも間近で見てるんだ! ちゃんとどうやってやるかも覚えてるぞ!」

アニちゃん「……! ライナーすごい! 頭いい!」パチパチ

ライナーくん「だろ? だろ?」エッヘン!

482: 2014/03/15(土) 19:46:25 ID:PgauRLVM

ベルトルトくん「じゃあ早く服を直してあげようよ。このままだと痛そうだし」

ライナーくん「そうだな、さて……じゃあ箱を開けるぞ」パカッ

アニちゃん「わぁっ……」ドキドキ

ライナーくん「おお……」

ベルトルトくん「……へえ、すごいなぁ。きちんと整頓してあるんだね」ソワソワ

アニちゃん「なんだかいけないことしてる気になるね」

ベルトルトくん「そうだね。……あ、これお母さんに触るなって言われたのだ」ヒョイ

アニちゃん「ふーん、変な形してるんだね。……先っぽ、尖っててこわい」ギュッ

ベルトルトくん「リッパーって言うんだって。糸を切る時に使うんだよ」

アニちゃん「へえ、すごーい……ライナー、これ全部使えるの?」キラキラキラキラ

ライナーくん「え? あっ、……ああ、もちろんだ! 全部使うぞ!」

アニちゃん「すごいすごい! 全部使って直すの?」キャッキャッ

ライナーくん「うん……うん、たぶんそうだ、全部使うぞ、なんたって俺は裁縫の天才だからな!」

ベルトルトくん(あっ……これダメなパターンだ)

483: 2014/03/15(土) 19:47:21 ID:PgauRLVM

ライナーくん「まず……まず、そうだ、針を使うんだったな、ええっと、針はどこだったかなー……?」

ライナーくん(……あれ、針と糸が見当たらないぞ? どこにあるんだ?)オロオロ

ベルトルトくん(! もしかして……ライナー、針山の位置に気づいてないのかな。ライナー、針山はここだよ、糸はそっち)チラッチラッ

ライナーくん「……! あった、あったぞ! 針と糸だ!」ヤッター!

アニちゃん「ライナーすごい!」ワーイ

ベルトルトくん「……」

ベルトルトくん(僕が教えたのに……)シュン

アニちゃん「それで? それで次はどうするの?」ワクワク

ライナーくん「次は……次はそうだ、針に糸を通すんだ! お前、確かピンクが好きだったよな。うん、糸はピンクにしよう」ゴソゴソ

ベルトルトくん「ライナー、アニの服は白だから、ピンクの糸だと目立っちゃうよ?」

アニくん「目立つほうがいいよ。遠くからでも見つけられるし」

ベルトルトくん「ああそっか、そういういいところもあるのか……ごめんライナー、続けて?」

ライナーくん「おう! ちょうど糸も見つかったところだ!」シュッ

484: 2014/03/15(土) 19:48:11 ID:PgauRLVM

ライナーくん「確か……ここの穴に、糸を通して……」スカッ

ベルトルトくん「……」

アニちゃん「……」

ライナーくん「……」スカッスカッ

ベルトルトくん「……」

アニちゃん「はいんないね」

ライナーくん「静かにしろって」

ベルトルトくん「……ライナー、僕がやるよ。ちょっと貸して」ハァ



―― 現在 兵舎裏

アニ(結局あの後、ベルトルトが全部やってくれたんだよね……懐かしいな。そんなこともあったっけ)フッ

アニ(このまま大人になっても、ライナーやベルトルトにやってもらおうって、内心思ってたんだけどな……)

アニ「……」ダラダラ

485: 2014/03/15(土) 19:49:20 ID:PgauRLVM

マルコ「アニ、すごい血だけど大丈夫!?」

アニ「これ……返り血、だから」

マルコ「誰の?」

アニ「自分の」

マルコ「……医務室行く?」

アニ「……一人で行けるから、いい」グスン

ユミル「でもよマルコ、アニはちゃんと並縫いができてるぞ? ――ほら、お前の言ったとおり縫い目だって均等だし。黒に赤でよく見えねえけど」

マルコ「それ、元は青の布地に白の糸だったんだけどねー……」

マルコ(アニは自傷癖を疑うくらい手に針刺してたな……うーん、技術はあるのにどうしてこうなるんだろう)

マルコ(取り敢えず、これで二人の問題点ははっきりしたけど……僕一人の手に負えるのか? あと二週間で形にできるんだろうか)

マルコ(これは……何かしら代案を考えておいたほうがよさそうだ)

491: 2014/04/02(水) 21:00:36 ID:moLpM0wo

―― 夜の男子寮

エレン「……」カリカリ...

エレン(この本いいな……俺でもスラスラ読めるし、何よりわかりやすい。後でマルコにお礼言っとかねえとな)カリカリ...

エレン「……よしできた! レポート終わり!」

ジャン「おうエレン、奇遇だな。俺もできたぞ」

アルミン「僕もだよ。コツさえ掴めば簡単だったね」

ライナー「お前ら早いな。さっき始めたばかりだってのにもうできたのか?」

ベルトルト「そういうライナーだって完成してるじゃないか。まあ僕もだけどね」

コニー「俺も俺も!」





エレン「……」

492: 2014/04/02(水) 21:01:43 ID:moLpM0wo

エレン「……なあ、それなんだ?」

ライナー「これか? ――これは針金で作ったミニチュアサイズの椅子とテーブルだ」コトッ

ベルトルト「僕のはケーキだね。チョコレートケーキ」チョコン

ジャン「俺はくまちゃんを作ったぜ。……おいコニー、服はできたか?」

コニー「ああ、お前らからたくさん材料もらったからな。最高に滾る衣装を仕立てたぜ!」シャランラー

アルミン「うわぁ、フリルがいっぱいでかわいいね! それじゃあ僕のうさちゃんに着せてっと……」

エレン「……」

ジャン「ティーカップと椅子の背もたれに置くクッションが欲しいところだな。クッションは俺が後で作っとく」

ライナー「ならティーカップは俺が調達してこよう。最近いい塗料を手に入れたからな、塗装も任せておけ」

コニー「ところでタイトルはどうする? なるべくファンシーでキュートな名前にしたいよな」

ベルトルト「いや、ここはシンプルに……そうだな、『森のお茶会』なんてどう?」

アルミン「それいいね、採用! ――というわけでエレン、これは『森のお茶会』だよ」

エレン「ちょっと待て」

493: 2014/04/02(水) 21:02:29 ID:moLpM0wo

エレン「お前ら縫い物はどうしたんだ? あんなに熱中してたのにもう飽きたのか? 何やってんだよ五人とも」

ベルトルト「スイーツデコ」ニュルニュル

ジャン「羊毛フェルト」チクチク

ライナー「カラーワイヤークラフト」バチンバチン

コニー「洋服作り」チクチク

アルミン「編みぐるみ」アミアミ

エレン「……よし、大体わかった。コニー以外は手を止めろ」

ジャン「手芸差別はよくねえぞエレン」プスプス

ライナー「俺はどんなジャンルも手に手を取り合うべきだと思う」グネグネ

ベルトルト「同じ手芸仲間なんだからね」ニュルニュル

アルミン「エレン、話してくれ……僕らは話し合うことができる!」アミアミ

エレン「だから話しあうために手を止めろって言ってんだろ。話聞け」

494: 2014/04/02(水) 21:03:26 ID:moLpM0wo

エレン「なあジャン、お前は何のためにここの訓練所に来たんだ? 憲兵団に入って内地に行くためだろ? 立体機動じゃなくて手芸の道を極めてどうすんだよ」

ジャン「ああそうだ。俺の夢は憲兵団に入って……可愛い物を愛でながら内地で暮らすことだ!」キリッ

エレン「おい余計なの混じってんぞ」

ライナー「俺にもあるぜ、絶対曲がらないものが……」グニュン

エレン「ワイヤー曲げながら言われてもな」

ライナー「帰れなくなった故郷に、失われた技術を持ち帰る……俺の中にあるのはこれだけだ」

エレン「もっと他に何かあったろ? ……そもそもアルミンはコニーに裁縫習いに行ったんじゃなかったのかよ。編み物に転向したのか?」

アルミン「だってさエレン、よく考えてみてよ」シュルッ

495: 2014/04/02(水) 21:04:16 ID:moLpM0wo

アルミン「いいかい? ここにミカサがいるとするだろ?」スッ

エレン「うん……うん、その毛糸の輪っかで何するんだ? あやとりか?」

アルミン「違うよ。こうしたほうがわかりやすいと思ってね。―― ミカサのマフラーをエレンが巻いてあげたら……ほら、これで一本の線になった」スッ...

エレン「……」

アルミン「そして僕がミカサのマフラーを直してあげるとする。……あ、指が足りないや。エレン、僕の役やってくれる?」

エレン「……ああ」スッ

アルミン「ありがとう。――ほら見て、僕たちの前には綺麗なトライアングラーができたでしょ? 素敵だと思わない?」ニコッ

ジャン「そこにミカサを褒める俺が加わってスクエアに」スッ

ライナー「ジャンを慰める俺たちが加わって」スッ

ベルトルト「出来上がるのはヘキサゴン」スッ

エレン「なんでお前らが加わってんだ」

496: 2014/04/02(水) 21:05:17 ID:moLpM0wo

エレン「しっかりしろよ! 俺たちは手芸を極めにここに来たんじゃない、巨人を駆逐するために兵団に入ったんだろ!?」

ライナー「! それは……」

ベルトルト「……そうだね、エレンの言う通りだ。巨人とは……仲良くなれない……」

コニー「待てよ! ……巨人だって入れてやりゃいいじゃねえか」

ジャン「はぁ? お前何言ってんだ、巨人がこの裁縫の輪に入れるわけねえだろ!」

コニー「そんなわけねえよ! だってほら、この指が超大型巨人と鎧の巨人だとするだろ?」スッ スッ

ベルトルト「……!」

ライナー「これは……」

コニー「ほら見てみろよ、ちゃんと輪の中に入れたじゃねえか……!」

エレン「指入れただけだろ」

コニー「こいつら以外の巨人だってそうだ……! なあ、お前らの力も貸してくれ! 他の巨人も輪の中に入れてやるんだ!」

ジャン「おうっ、任せとけ!」

アルミン「この場には六人いて、人差し指は十二本あるから……よしっ、十二角形になったぞ!」

エレン「……」

497: 2014/04/02(水) 21:07:06 ID:moLpM0wo

コニー「違ぇよアルミン、よく見てみろ……これは十二角形なんかじゃない」

アルミン「え? 十二角形じゃないって――まさか」ハッ

ジャン「こ、この形は……!」

コニー「ああそうだ! ――綺麗なまん丸になってるだろ?」

ベルトルト「コニー……君には最初からこの形が見えていたっていうの……?」

ライナー「……大したやつだぜ、全く」フゥ





一同「「「「「これがサークル、サークル・オブ・ライフ……!」」」」」





エレン「…………」

エレン(こいつらの話してることが何一つわからないのは、俺が馬鹿だからなんだろうか……)

エレン(あのコニーが、アルミンやライナーと対等に話してるんだよな……もしかして、俺が間違ってんのか……?)

503: 2014/05/09(金) 20:45:55 ID:VvQcGMTo

―― 夕方の資料室

マルコ「……」ペラッ

マルコ「……」

マルコ「……はぁ」パタンッ

マルコ(駄目だ、これだけ探しても見つからない……そもそも手芸の教本なんて、訓練兵団の資料室に置いてあるわけがないんだよな)

マルコ(他に何か……あっ、応急手当ての本がある。これなら――)パラパラ...

マルコ(……これも駄目か。せめて糸通しのテクニックが載ってたらよかったんだけど)パタンッ

マルコ(困ったなぁ……次の休暇になったら本屋に買いに行こうか? でもそれから教えるんじゃ実習には間に合わないし……)

マルコ(これはもう、僕以外の誰かに教えてもらったほうが手っ取り早いんじゃ……うん?)





クリスタ「……」キョロキョロ

504: 2014/05/09(金) 20:46:26 ID:VvQcGMTo

マルコ「……クリスタ、どうしたの? 何か用事?」ヒソヒソ

クリスタ「あ、マルコ……ねえ、ジャンを見なかった? さっきから探してるんだけど、見つからなくって……」

マルコ「ジャン? いや、見てないよ。訓練終わってすぐくらいからずっとここにいるけど、一度も来てないと思う」

クリスタ「そっか、ありがとう。――でも困ったな、どうしよう。急いでるのに……」ウーン...

マルコ「ジャンに何か用事だったの? ……って、あれ? クリスタが持ってるのって、もしかして裁縫の本……?」

クリスタ「これ? ううん、違うよ。これは羊毛フェルトの本」ペラッ

マルコ「羊毛……?」

クリスタ「そう! ――えっとね、この綿をこっちの針でチクチク刺すとね、丸くなって固くなって人形になるの!」ジャーン!

マルコ「へえ、綿が人形に……なんだか面白そうだね。よかったらその本少しだけ見せてくれる?」

クリスタ「いいよ、はいどうぞ!」

マルコ「ありがとう。……じゃあ少し読ませてもらうね」ペラッ...

505: 2014/05/09(金) 20:47:03 ID:VvQcGMTo

マルコ(へえ、図解で解説してるんだ。便利だな……こういう本があったら、アニやユミルに教えるのもスムーズに出来そうだ)ペラペラ...

マルコ(糸通しの方法は……あるわけないか。糸は使わなさそうだしね)ペラペラ...

マルコ(……あれ? ここに書き込んである字、なんだかジャンの字に似てるような――)

クリスタ「ところでマルコは資料室で何してたの? お勉強?」

マルコ「え? ああいや、ちょっと探してる本があってね。――すごく参考になったよ。ありがとう」パタンッ

クリスタ「どういたしまして。――本が見つからないの? だったら一緒に探してあげようか?」

マルコ「ううん、ないってわかりきってる本を探してたから別にいいんだ。……あっ、でも」

マルコ(クリスタなら、裁縫に関する本を何冊か持ってるんじゃないかな……聞くだけ聞いてみようか)

マルコ(他の人とは違って、誰かに不用意に話したりすることもないだろうしね。それじゃあ早速――)

506: 2014/05/09(金) 20:47:38 ID:VvQcGMTo

マルコ「……あのさ、クリスタに少し相談があるんだけどいいかな」

クリスタ「私に?」キョトン

マルコ「すぐ終わる話だし、終わったら一緒にジャンを探すの手伝うからさ。……いい?」

クリスタ「うん、大丈夫だよ。私でいいなら喜んで!」ニコッ

マルコ「ありがとう。……それじゃあ、ちょっとだけ移動してもいいかな。ここじゃ他の人の迷惑になるし、できるだけ人に聞かれたくない話だから」

クリスタ「秘密の話なの? ……なんだかワクワクするね!」ワクワク

マルコ「あはは、そう言ってもらえると少しは気が楽かな。……じゃあ、少しついてきてくれる?」

507: 2014/05/09(金) 20:48:15 ID:VvQcGMTo

―― 兵舎裏

クリスタ「……」ガサガサ

マルコ「……」

クリスタ「……」キョロキョロ

マルコ「……あのさクリスタ」

クリスタ「待ってマルコ、まだ近くに誰か人がいるかも……!」ガサガサ

マルコ「……」

マルコ(弱ったな……何故か知らないけど、クリスタに妙なスイッチが入ったみたいだ。もう二十分は周囲を確認してるぞ……)ハァ

クリスタ(男の子と二人きりでお話ししてる姿をユミルに見られるわけにはいかないもんね。念入りに確認しなきゃ……!)キョロキョロ

クリスタ「……よし、大丈夫みたい。近くには誰もいないよマルコ!」グッ

マルコ「……満足した?」

クリスタ「うん、ばっちり! ――それで、話ってなぁに?」

マルコ「……ええっとね」

508: 2014/05/09(金) 20:48:47 ID:VvQcGMTo

マルコ(あまりストレートに話したら、ユミルたちのことだって気づかれちゃうかもしれないな。……さて、なんて言おうか)

マルコ(今だけジャンの名前を借りようか? ……いや、ジャンは糸通しくらいは普通にできたはずだ。後からバレたらジャンにも迷惑がかかる)

マルコ(……仕方がないな。名前は明かさないようにして、話を続けよう)

マルコ「クリスタは、次の野戦治療実習で何やるかは知ってる?」

クリスタ「……安心してマルコ」ギュッ

マルコ「え? 何が?」

クリスタ「次は私、絶対に誰も氏なせないから……!」グッ...

マルコ「……」

マルコ(……ああそっか、そういえばユミルが話してたっけ)

マルコ「あの……ごめんねクリスタ、そういう話をしたいわけじゃないんだ」

クリスタ「氏体?」キョトン

マルコ「違うよ。……あのさ、次の実習では針と糸を使うだろ?」

509: 2014/05/09(金) 20:49:20 ID:VvQcGMTo

マルコ「僕の友だちに、裁縫が不得意な子が何人かいてね。――実は僕、彼らに裁縫の基礎を教えて欲しいって頼まれてるんだ」

クリスタ「へえ、そうなんだ……マルコは裁縫できるの?」

マルコ「ひと通りはね。でも、流石に人に教えられるほどうまくはなくってさ。彼らのこともなんとかしてあげたいとは思ってるんだけど、どうも僕の手には負えなさそうで困ってるんだよね」

クリスタ「男の子なら裁縫にはあんまり馴染みがないから、教えるのも大変だよね。仕方がないよ」ウンウン

マルコ「……うん」

マルコ(実は女の子二人なんだけどな……訂正するわけにはいかないけど)

クリスタ(そう考えるとコニーやジャンってすごいよね。今じゃ裁縫以外にも手を出してるし……あ、そうだ)

クリスタ「ねえマルコ、それならコニーがやってる手芸教室に来ない? みんな親切だから丁寧に教えてくれると思うよ?」

マルコ「うーん、それはかなりありがたい申し出なんだけど……彼らはそのことをみんなに知られたくないらしくてね。人がたくさん集まるところはちょっと」

クリスタ「そっかぁ……何か他に方法はないのかな」ムー...

510: 2014/05/09(金) 20:49:54 ID:VvQcGMTo

マルコ「うん、だから僕の話っていうのはそのことでね。――クリスタが持ってる本の中で、初心者用の裁縫の本ってある? もしあったら貸してもらえるとありがたいんだけど」

クリスタ「! それなら私持ってるよ! しかも図解が大きく載ってる本!」

マルコ「本当!?」

クリスタ「……あっ、でもちょっと待って」

クリスタ(あの本は今ライナーに貸してるんだよね……確か昨日、巻末の付録のレース見本を写したいって言って持ってっちゃったんだった)

クリスタ(昨日の今日で『一旦マルコに貸してあげて』ってお願いするのは、ちょっと失礼だよね……)

マルコ「クリスタ? どうしたの?」

クリスタ「……ごめんねマルコ。貸してあげたいのは山々なんだけど、ちょうど昨日、他の子に貸しちゃったばかりなの」シュン

マルコ「えっ、そうなのか……タイミングが悪かったな」

クリスタ「でも本がないと、マルコもその子たちも犠牲になるお人形さんたちも困るよね……これ以上氏体を作るわけにはいかないし……」ブツブツ...

511: 2014/05/09(金) 20:50:50 ID:VvQcGMTo

クリスタ「そうだ、コニーに直接教えてもらうっていうのはどうかな?」ポンッ

マルコ「コニーに? ……でも他の人がいるところは」

クリスタ「ううん、そうじゃないよ。私たちのいるところへマルコたちが来るんじゃなくて、マルコたちがいるところへコニーに行ってもらうの! これなら他の人のことは気にならないでしょ?」

マルコ「……なるほど。いい考えかも」ポン

クリスタ「でしょ? ――本当は私が手伝ってあげられたらいいんだけど、他の人に教えてあげられるほど上手じゃないから……ごめんね?」

マルコ「ううん、その提案だけでもすごく助かるよ。ありがとう。……じゃあ早速、コニーのところに行って話をつけないと」

クリスタ「それなら私がお願いしておくよ。これからコニーのところに行く予定だし」

マルコ「いや、そこまでしてもらっちゃ悪いよ。僕が自分で――」

クリスタ「いいの! お手伝いできないんだからこれくらいは私にさせて? ……ねっ、お願い」ギュッ

マルコ「……じゃあ、お願いしようかな」

クリスタ「うん、任せておいて!」ニコッ

519: 2014/07/03(木) 22:15:36 ID:zIwj8YNQ

―― しばらく後 兵舎裏

マルコ「……と、いうわけなんだけど」

アニ「……コニーに」

ユミル「教えてもらう……だと……?」

マルコ「うん。……本当は僕が君たちに全部教えてあげられたらよかったんだけどさ、僕もお世辞には上手いとは言えないし、ここはもう少し上手な人の手を借りようかと思って……」

アニ「…………」

ユミル「…………」

マルコ「……思ってたんだけど、駄目かな。やっぱり」

アニ「……いや、いいよ。あんたがそう判断したんならそれで構わない」

ユミル「だな。……人形はともかく、裁縫については元々私らの問題だ。何もかもお前に解決してもらおうってのは甘えすぎだろ」

マルコ「甘えすぎってことはないと思うけどね。困ったら助けあうのは当然のことだろ?」

ユミル「……」ハァ

アニ「あんたさぁ……」

マルコ「?」

520: 2014/07/03(木) 22:16:20 ID:zIwj8YNQ

ユミル「……取り敢えず、マルコの人間性の問題は横に置いておこう」

アニ「そうだね、後でなんとかしようか」

マルコ「えっ? 人間性って……酷いなぁ、そんなにおかしいつもりはないんだけど……」シュン

ユミル「欠点って自分じゃ気づきにくいもんだからな、気にするこたぁねえさ。――さて、そうと決まれば準備をしないとな。アニも手伝えよ」シュルッ

アニ「準備?」

ユミル「いくらなんでも素面でご対面ってわけにはいかないだろ。一応私らにもプライドやメンツってもんがあるんだからさ」ゴソゴソ...

マルコ「……? ユミル、その暗幕は何に使うんだ? テントでも張るのかい?」

ユミル「こんなちっちぇ布でテントなんか張れねえよ。これは変装に使うんだ」

マルコ「変装……? 顔にでも巻くの?」

ユミル「違う。――これで服を作る」キリッ

マルコ「ごめんちょっと意味がわからない」ブンブン

521: 2014/07/03(木) 22:17:06 ID:zIwj8YNQ

ユミル「まあ、実際に見ないと信じられないよな。――よーしアニ、手を広げろ。私がやってる手順をよく覚えるんだ。後からお前にもやってもらうからな」シュルッ...

アニ「了解」スッ

マルコ「えっ? ――ちょっ、ちょっと待ってくれ、本当に? 本当にその一枚の布で服を作るのか?」

ユミル「布一枚を笑う奴は布一枚に泣くんだぞ、マルコ」

マルコ「いや笑ってはないけど」

ユミル「裁縫は不得意でもこれは得意なんだ。昔取った杵柄ってやつだな。……ん?」シュルシュル...

マルコ「……」プイ

アニ「……? マルコ、なんで目を逸らしてるの?」

マルコ「だって、ほら……仮にも女の子が着替えてるわけだし、真正面から見るわけには……///」カアアッ...

ユミル「ったく、マルコは本当に真面目ちゃんだなぁ……別に素肌が見えるわけでもあるまいし、今作ろうとしてるのだってただの外套だぞ? 気にしすぎだろ……」ブツブツ...

マルコ「それでも気になるものは気になるんだよ! ――あ、アニだって嫌だろ? 仮にも服を仕立ててもらってるのに、男にそういうところを見られるのなんか……」チラッ

アニ「……」

522: 2014/07/03(木) 22:17:53 ID:zIwj8YNQ

アニ(何これすごい、ただの布がちゃんとした服になっていく……! 布一枚でこんなこともできるの……!?)

アニ(この前からユミルには驚かされっぱなしだ……きっとこれが、才能っていうものなんだろうね……)

マルコ「……? アニ? 聞いてる?」

アニ「――凄い才能だ」

マルコ「え? ……ああ、ユミルのこと? うん、確かにすごいとは思うけど……僕の話聞いてた?」

アニ「何が?」キョトン

マルコ「……聞いてなかったんだね。別にいいけど」シュン

ユミル「ほい、これでトップスの出来上がりっと。そんで仕上げはこれを使う」チャキッ

アニ「……? 何それ」

ユミル「安全ピンだ。これで補強する」プスッ

アニ「安全ピンって……要するに針でしょ。危なくない?」

ユミル「よく考えてみろよアニ。――なんで安全ピンって名前がついてると思う?」

アニ「……! もしかして、絶対に手に刺さらないってこと……!?」ハッ

マルコ「そんなわけないと思うんだけどなー」ボソッ

523: 2014/07/03(木) 22:18:36 ID:zIwj8YNQ

アニ「待って。それなら、その……安全ピンとやらで裁縫はできないの?」ピコーン

マルコ「いきなり何を言い出したの君は」

アニ「だって安全なんでしょ? ――ほら見なよ、ピンの端にちょうどよく糸を通す穴が空いてるじゃないか」

ユミル「……! ほ、本当だ……!」ガーン

マルコ「待って待って、なんで君まで驚いてるの? ユミル」

ユミル「これまでずーっと安全ピンを触ってきたが、糸を通すなんてこと少しも考えなかったからな。目から鱗が落ちる思いだ……!」ドキドキ...

ユミル(常識にとらわれない柔軟な発想……! なるほど、こいつが上位にいる理由がわかった気がするな……)ジッ...

マルコ「いやいや……考えなかったも何も、普通の人はそんなこと思いつきすらしないからね? ――あのね、アニ。それは糸を通す穴じゃなくて、ピンを開くためのバネなんだよ」

アニ「えっ?」

ユミル「えっ?」

マルコ「だからなんでユミルも驚いてるの? ……逆に聞きたいんだけど、君はこの穴のことをなんだと思ってたんだ?」

ユミル「……私はてっきり、安全ピンの穴はいわゆるオシャレ穴の一種かと思ってたんだが」

マルコ「オシャレ穴? なにそれ?」

ユミル「ほら、ズボンだの上着だの無意味にビリビリ破ってる奴いるだろ? あの穴だよ」

マルコ「…………」

524: 2014/07/03(木) 22:19:27 ID:zIwj8YNQ

マルコ(どうしよう……ここまではなんとか付き合ってきたけど、やっぱりアニとユミルの考えがまるでわからない……裁縫に関しての知識が自由すぎるよ、二人とも……)

マルコ(二人が裁縫を習ってる間、僕はどこかに行ってようか……いやいや、僕が投げ出したら二人はもっと……それこそ行き着くところまで行っちゃうはずだ。コニー一人に押し付けるわけにもいかないし、僕がちゃんと見張ってないと……!)チラッ



アニ「ところでユミル、どうして暗幕にしたの? どうせなら教官室のカーテンにしたらよかったのに」

ユミル「確かにあの花柄は可愛いと思ったんだけどなー。流石に使用中のもんはパクって来れねえだろ。あと目立つ」プスッ

アニ「今度あれにしようよ。くすんでるけどピンクでかわいいし」

ユミル「まあ待てよアニ。私が何の考えもなしに黒を選んだと思うのか? ちゃんとお前のことを考えてこの色にしてるんだぜ?」

アニ「私のことを……?」

ユミル「どうして布が黒いのか……少し考えればわかるはずだ」

アニ「……! もしかして、服に血が付いても目立たなくするため……?」

ユミル「正解だ。――さあ、二人で楽しく裁縫を学ぼうぜ。アニ」

アニ「……ふふっ、楽しくなってきたね……!」ワクワク



マルコ「……」

マルコ(不安だ……)ズーン...

525: 2014/07/03(木) 22:20:59 ID:zIwj8YNQ

―― しばらく後 兵舎裏

コニー「えーっと……?」キョロキョロ

コニー(クリスタが言ってたのはここだよな? 誰もいねえみたいだけど……少し待ってみるか)

コニー(ってか、急に裁縫を教えてくれって言われてもなー……いったい誰なんだ? クリスタは名前教えてくれなかったけど……)

コニー(しかも秘密にしてくれって約束までさせられちまったが……うーん、自信ねえなぁ……俺、そこまで口は堅くねえし……)

コニー(そもそも、男子が相手なら顔見たらすぐわかるよな? 秘密にする意味ってあんのか?)

コニー(女子ならクリスタ本人に教えてくれって頼むだろうし……なんで俺なんだ? もしかして、訓練兵以外の人間なのか?)

コニー(教官……は、ねえよな。キース教官だったら面と向かって頼んでくるだろうし、それ以外の教官は俺たちのこと知らねえだろうし……ということは……?)

コニー「ま、まさか――馬?」ハッ



   「――動くな」



コニー「うわっ!?」ビクッ

526: 2014/07/03(木) 22:22:14 ID:zIwj8YNQ

コニー(な、なんだ……!? 後ろに誰か……)クルッ...

  「振り向くんじゃあないっ!!」

コニー「ひぇっ」ビクッ

   「ちょっ……どうしたのさ二人とも、いきなり大声出して……」ボソボソ

  「あんたは黙ってな。ここから先は私たちの仕事だ」ボソボソ

コニー(相手は……男一人に女二人、か……? くそっ、武器があるならまだしも、こんな大人数の相手は俺には無理だ……!)ビクビク...

   「おいお前。ここに来るまでに誰かにつけられてねえだろうな?」

コニー「つけられ……? い、いや、わかんねえけど……?」

  「……ちっ」

   「これだから馬鹿は困る」

   「君たち教えてもらう立場なのになんでそんなに偉そうなの?」

   「こういうのは最初が肝心なんだよ」

  「そうだよ。下手に出たら舐められるからね」

コニー(!? 今、こいつら……「教えてもらう立場」って言ったか? ……え? 俺が教えるのか? こいつらに? 何を? ……ああ、裁縫か!)ポン

527: 2014/07/03(木) 22:23:28 ID:zIwj8YNQ

   「ていうかさ、こんな脅しみたいなことしなくても普通に頼めば」

  ・   「「嫌だ!!」」

   「君たち本当に仲いいよね」

コニー「頼めば……ってことは、やっぱりお前らが……?」

   「ほう……コニーのくせに察しがいいじゃねえか……」

コニー「!? お前、なんで俺の名前を知ってるんだ……!?」

   「名前なら僕も知ってるよ?」

  「身長が158cmだってこともね」

コニー「なっ……!?」

コニー(既に個人情報まで……!?)

   「出身はラガコ村だったよな? 家族は確か……お前を含めて五人のはずだ」

コニー「家族構成も……!? ちくしょう、お前らはいったい何が目的なんだ……!」ギリッ...

   「なんだ、知らずにここまで来たのか? ――私たちの目的は……お前に裁縫を教えてもらうことだ。それ以外にない」

  「……ねえ、ちゃんとコニーに話が通ってないみたいなんだけど? どういうこと?」ボソボソ

   「たぶん君たちの訳のわからないアドリブに混乱してるんだと思うよ。正直僕もよくわからないで参加してるんだけど」ボソボソ

528: 2014/07/03(木) 22:24:55 ID:zIwj8YNQ

コニー「……なるほどな、読めたぜ。俺の家族を人質に取って、無理やり裁縫の基礎を聞き出そうって魂胆だろ! その手には乗らねえぞ!」

   「ねえ、なんかコニーまで壮大な勘違いをしはじめたんだけど」ボソボソ

  「そう騒がないでよ。まだ慌てる時間じゃないから」ボソボソ

   「ほう、生きのいい小坊主め……果たしていつまでそんな大層な口を聞いてられるかな……?」ペチペチ

コニー「ひっ……!」ビクッ

コニー(な、なんだ……? 頬を何かで叩かれてる……? な、ナイフとかじゃねえよな……?)ビクビク...

   「……三角定規?」ボソボソ

  「静かにして」ボソボソ

   「お前を焼却炉にくべたら、さぞかしうまい蒸かし芋ができるんだろうな……芋女が涎垂らしながら頬張ってくれる様が目に浮かぶぜ……」ペチペチペチペチ

コニー「ひ、ひいぃぃいいぃぃ……」ガタガタ...

   「なんで君たちコニーを追い詰めてるの? 何してるの?」ボソボソ

  「どっちが上かを事前に教えてるだけさ」ボソボソ

   「……いや、考えるまでもなくコニーでしょ? 君たちが教えてもらう立場なんだから」ボソボソ

  「細かいことはいいんだよ。……さーて、そろそろ仕上げと行こうか」

529: 2014/07/03(木) 22:25:44 ID:zIwj8YNQ

   「なあ、お前……氏にたくないよなぁ? 五体満足無事な身体で訓練所を卒業したいだろ? ん?」ペチペチペチペチペチペチペチペチ

コニー「そ、そりゃあもちろん……」プルプル...

  「だったら私たちに裁縫を教えるんだ。具体的には、そうだね……今度の野戦治療実習の日までに、私たちを裁縫のプロにしな」

   「待って待って、いくらなんでもそれは高望みし過ぎだよ。ね? コニー」

コニー「まあ、それくらいならできなくもねえけど……」

   「えっ、できるの!? この二人をプロに!?」

コニー「いや……ぷろ? ってのが何なのかよくわかんねえが……要するにお前らに裁縫を教えりゃいいんだろ? それくらいなら俺にもできるぜ」

   「それくらいって……驚いたなぁ、やっぱりコニーに頼んで正解だったか……」ボソボソ

   「よーし、それじゃあ早速教えてもらおうか。まずは糸通しのやり方からだ」

  「あと指から血が出ない縫い方も教えてね」

530: 2014/07/03(木) 22:26:37 ID:zIwj8YNQ

コニー「その前に、一つだけ聞かせてくれ。――お前らはいったい何者なんだ……?」

   「こっちの素性は明かせねえな。そういう条件でお前はここに来てるはずだぞ」

コニー「……俺は別に、根掘り葉掘り聞き出そうってわけじゃねえんだ。ただ……俺だけ一方的に何もかも知られてるってのは、気持ち悪いっていうか……」

   「僕もそう思う」

  「あんたはさっきからどっちの味方なんだい?」

   「特別誰かの味方になった覚えはないけど、今はコニーかな」

531: 2014/07/03(木) 22:27:30 ID:zIwj8YNQ

   「……ちっ、仕方ねえな。なら今回は特別に、私たちの組織名だけ教えてやるよ」

   「えっ、そんなのあったの? 僕聞いてないけど……」

  「さっき二人で一緒に考えたんだよ。ちなみにあんたもメンバーに入ってるからね」

   「脱退してもいいかな?」

  「駄目」

   「いいか? 耳の穴かっぽじってよく聞きな。私たちは――」





  「シルバニアファミリー……」





   「――闇の葬儀屋さん」





.

562: 2015/01/17(土) 23:32:04 ID:.REH6N5g

コニー「そ、葬儀屋だと……!? そんなもの、今の俺には必要ねえぞ!」

   「ああ、確かに必要ないのかもしれないな。……正しくは『今のお前』には、だろうが」

  「けどさぁ……あんたの今後の態度次第じゃ、ちょっとわからないよね……」

コニー「ひっ、ひぃぃ……」プルプル...

   「棺桶の中は暗くて寒くて狭いぞ……」

  「底は固いし寝心地は最悪だし、自由に動けなくて床ずれ起こしちゃうかもよ……?」

コニー「あわわわわわわわわ」ガタガタガタガタ

   「待った待った待った! 二人とも、必要以上に脅すのはやめなよ! ユミルは定規をしまって…… …………あっ」

  「あっ」

563: 2015/01/17(土) 23:32:47 ID:.REH6N5g

コニー「……! ユミル……? おい、今ユミルって言ったのか!? 聞き間違いじゃねえよな!?」

   「……ちっ、バレちゃ仕方ねえな。――毟るか」

  「了解」

   「じゃないだろ! ――二人とも、いい加減こういうやり方はやめようよ。今から僕らが頼むことを、コニーは笑ったりからかったりしないよ」

   「するだろ」

  「するだろうね」

   「しない。――もし何かあったら、コニーの代わりに僕が責任取るから。それならいいだろ?」

   「……」

  「……でも」

564: 2015/01/17(土) 23:33:25 ID:.REH6N5g

   「誰かに何かを頼むときってさ、頼む側が誠実じゃないと相手もきちんと応えてくれないと思うんだ」

   「正直に全部話して、素直に教えてもらうのが一番だよ。人を騙すようなこんなやり方は……今後の君たちにとっても、よくないことなんじゃないかな」

  「……わかったよ」

   「けっ、とことんイイコちゃんだなお前は…… ……仕方ねえな、振り向いていいぞ。コニー」

コニー「……お、俺が振り向いた途端に何かするんじゃ」

   「してほしいのか? んん?」ペチペチ

  「自力で向きたくないなら私がやってあげるけど? ただし身体と首は逆方向に回す」

コニー「そっち向く! そっち向くから!!」クルッ

565: 2015/01/17(土) 23:34:06 ID:.REH6N5g

コニー「……? ?? 誰だよお前ら」

ユミル「改めて自己紹介しようか。――私はユーミール」

マルコ「えっ」

コニー「んん……? お前、ユミルじゃねえのか?」

ユミル「そりゃ聞き間違いだな。もしくは誰かさんの言い間違いだ」

アニ「そして私はアーニャだ。よろしくコニー」

コニー「お、おう……? よろしく……??」

マルコ「……………………」

コニー「……それでさ、そっちのお前は……?」チラッ

ユミル「ああ、こいつの名前は――」

マルコ「……僕はマルコだよ」バサッ

566: 2015/01/17(土) 23:34:48 ID:.REH6N5g

ユミル「おいこらマルコ覆面取るなよ! あとお前のコードネームはマルロだ、訂正しろ!」

マルコ「訂正しないよ。元はといえばコニーを呼んだのは僕だ。僕にはコニーにきちんと説明する義務がある」

マルコ「コニー、色々と混乱させて悪かったね。――こんな妙な真似をしておいて言うのもどうかとは思うんだけど……もう一度、改めて僕からお願いさせてほしい」

マルコ「もしよければ、この二人に裁縫を教えてあげてくれないか? ……もちろん、タダでとは言わないよ。代わりに今度、僕が座学を教えるからさ」

コニー「……いいぜ」

マルコ「だよね、やっぱり断るよね…… ……えっ、いいの!? なんで!?」

アニ「私らの誠実さが伝わったんだね」ペチン

ユミル「やったなアニ!」ペチン

マルコ「絶対違うからそこの二人ハイタッチしない! ――本当にいいの? 嫌なら断ってもいいんだよ? コニー」

コニー「裁縫を教えてやること自体は大した手間じゃないしな、別にいいぞ。……ああそうだ、座学も教えてくれなくてもいいからな」

マルコ「えっ? でも、ただ一方的にこっちが教えてもらうってのも悪い気がするんだけど……」

567: 2015/01/17(土) 23:35:28 ID:.REH6N5g

コニー「座学は俺の友だちに教えてもらうからな。お前らみたいな怪しい奴らの手は借りねえよ」

マルコ「……」

ユミル「おい、あいつ私らの正体に気づいてないっぽいぞ」ボソボソ

アニ「髪型も変えたし暗幕で覆面もしてるからね。当然さ」ドヤァ

コニー「その代わり……二つだけ俺と約束をしろ。これが守れないなら俺はお前らに裁縫を教えねえ」プイッ

ユミル「毟ってもか?」

アニ「逆方向に回しても?」

コニー「ひぃっ……な、何をされてもだ! 教えねえったら教えねえ!!」ビクッ

マルコ「コニー、そっちの二人は無視していいから。――それで、約束って何?」

568: 2015/01/17(土) 23:36:03 ID:.REH6N5g

コニー「一つ目は、裁縫を悪用しないこと。二つ目は……俺の家族に手を出さないことだ」

マルコ「…………裁縫ってどうやって悪用するの?」

コニー「それを考えるのがお前らの仕事だろ!!」

マルコ「なっ……コニー、君まで何言ってるんだ! そんな仕事ないよ!」

コニー「何言ってんだよ、『闇の葬儀屋』だなんて明らかにそれっぽい悪いことしそうな組織名を名乗ってんじゃねえか! どうせ俺から裁縫を習った後に何かしらやばいことする気だったんだろ!」

ユミル「いやいや、むしろ人命救助だよなぁ」

アニ「だよね。酷い言いがかりもあったもんだよ全く」

マルコ「…………」

マルコ(コニーの勘違いの大半は二人のせいだと思うんだけどなぁ……)チラッ

569: 2015/01/17(土) 23:37:16 ID:.REH6N5g

マルコ「わかった、約束するよ。――このままずっと話してても時間がもったいないし、とにかくサッと教えてあげてくれないか? せめて今日中に、糸通しだけでも二人に覚えさせたいんだけど……」

コニー「ああー、慣れてないと難しいよな。糸通し」

ユミル「だよな! だよなぁ! 難しいよな!」コクコク

アニ「流石コニー、わかってるね」コクコク

マルコ「それで、糸通しがスムーズに出来るようになるにはどうすればいいのかな。何か方法ある?」

コニー「方法っつうか……練習しかなくね?」

ユミル「……あっそ」シュン...

アニ「……」ショボーン...

マルコ「いや、練習する前の段階というか……何か糸を通すコツとかってないかな? せめて感覚だけでも掴ませてあげたいんだ」

570: 2015/01/17(土) 23:38:06 ID:.REH6N5g

コニー「コツって言われてもなぁ……教えてやりてえけど、俺には使えない技なんだよな」

マルコ「使えない……?」

コニー「俺の母ちゃんがよくやってたんだけどよ、髪の毛を使って通すやり方があるんだ」

アニ「……! それって髪の毛何本いるの? 百本?」

コニー「一本でいいんだよ。でもある程度の長さがないと無理なんだ」

コニー「けど俺の髪は短いし、マルコの長さじゃギリギリ足りな――」

ユミル「おらぁっ!!」ブチンッ

コニー「うおっ!?」ビクッ!!

マルコ「わあ。豪快だなぁ」

ユミル「これなら足りるんだな!? な!?」ズイッ

コニー「お、おお、足りるぞ。――この髪の毛を糸に結びつけてだな……」チョイチョイ

571: 2015/01/17(土) 23:39:01 ID:.REH6N5g

コニー「で、結んだ髪の毛の端を針の穴に通した後に……髪の毛を引っ張る」シュッ

ユミル「おおー……! 通った……!」パチパチ

アニ「コニー……あんた魔法使いだったんだね。すごいよ……!」パチパチ

コニー「え、マジで……!? 俺魔法使いだったのか!?」

マルコ「違うよコニー。君は魔法使いじゃない」

コニー「……ちぇっ、違うのかよ……」シュン...

ユミル「とにかく、糸通しに関しちゃ勝ったも同然だな! よっしゃ!」グッ

アニ「髪の毛なら豊富にあるからね。これなら生涯糸通しで悩むこともなくなるだろうよ」

マルコ「いや、普通に練習もしようよ。というか君たち一生それで凌ぐ気なの?」

コニー「やり過ぎるとハゲるんじゃねえかなぁ、たぶん」

ユミル「……」チラッ

アニ「……」チラッ

マルコ「……二人とも、コニーは髪を抜きすぎてこういう髪型になったんじゃないからね。違うからね」

572: 2015/01/17(土) 23:40:33 ID:.REH6N5g

アニ(もし仮に、私がハゲたのをあいつらが見たら――)



ライナー『よぉアニ、今日は来るのが遅かっ……た、な…………?』

ベルトルト『……あのさ。……アニ……? だよね……??』

ライナー『…………』

ベルトルト『…………』

ライナー『それ、その……あのさ、あれだよな? イメージチェンジってのだろ? ベリーショートヘアって言うんだっけか、ははは……』

ベルトルト『……似合ってるよ、うん。……え? やだなぁアニったら、目なんか逸らしてないよ。大丈夫大丈夫、平気平気』

ライナー『ほ、ほら……お前若いからまだ生えてくるって、大丈夫だって! いざとなったら巨人化すればいいだろ、腕も足も生えるんだから髪の毛くらい…………生えるよな?』

ベルトルト『…………たぶん?』



アニ「…………」

573: 2015/01/17(土) 23:41:21 ID:.REH6N5g

ユミル(もし仮に、私がハゲたのをクリスタが見たら……)



クリスタ『……ねえユミル。本当はずっと前から言おうと思ってたんだけど……』

クリスタ『もしかして……今使ってるシャンプー、お肌に合ってないんじゃない? ……え? 私と同じの使ってるの?』

クリスタ『……それならさ、ストレスとかはない? 最近夜更かしはしてない?』

クリスタ『この前ミーナがね、髪の毛を引っ張ると目がすぐ覚めるって言ったじゃない? あれを実践……してない、んだよね。だよね、知ってたんだけど……確認っていうか……』

クリスタ『じゃあ……じゃあさ、夜中に私の見ていないところで頭のてっぺんを壁に擦りつけて寝たりしてない? ……してないんだね? そっか……』

クリスタ『……え? 言いたいことがあるならはっきり言えって?』

クリスタ『…………』

クリスタ『えっとね……本当は、こんなこと言いたくないんだけど……』

クリスタ『女の子なのに、髪の毛に気を遣ってないっていうのは……ちょっと、ね…………』



ユミル「…………」

575: 2015/01/17(土) 23:42:00 ID:.REH6N5g

アニ「……コニー、マルコ。私、一生懸命練習するよ」キリッ

ユミル「私もだ。髪の毛に頼らない女になってみせるぜ」キリリッ

マルコ「……? そう? ならいいんだけど……」

コニー「なあ、俺そろそろ行ってもいいか? 夕飯の時間になる前に使ってた部屋片付けねえと、教官にバレて怒られるんだよ。いい加減戻らねえと……」

マルコ「そうだね……今日はこれで充分だよ、コニー。――今日はありがとう、また来てね」

コニー「え? またこんなところに来なくちゃなんねえのか? お前らのほうからこっちの部屋に来れば――」

マルコ「……サニーちゃんって金髪が似合う可愛い子だね」ボソッ

コニー「よっしゃあ俺に任せとけ!」ガタガタガタガタ

580: 2015/02/03(火) 22:35:46 ID:bQphkrWo

――しばらく後 兵舎裏

ユミル「……」

アニ「……」

マルコ「……覆面、まだ取らないの? 二人とも」

ユミル「取った途端にコニーが戻ってくるかもしれないからな。……まあ、そろそろいい頃合いか」バサッ

アニ「……ふぅ」バサッ

ユミル「あー暑かったー……マルコ、水くれ水ー」ウダウダ

マルコ「そんな急に水って言われても……わかった、汲んでくるよ!」ダッ

アニ「行かなくていいよ、マルコ。――そんなことよりさ、なんであんたコニーの……、えっと……」

マルコ「妹さん?」

アニ「そう、その子。……サニーちゃん、だっけ」

ユミル「ああ、そいつは私も気になってたんだ。――なんでお前、コニーの妹の髪色なんて把握してるんだよ」

アニ「……マルコ、あんたまさか本気でコニーの妹を……!?」ゾッ...

581: 2015/02/03(火) 22:36:30 ID:bQphkrWo

マルコ「違う違う、コニーが前に話してくれたのを思い出しただけだよ。ちなみに妹さんの他に、マーティンって名前の弟くんもいるんだってさ」

ユミル「なーんだ、つまりコニーが自分から喋ったのか」

アニ「遂にあんたが非行に走ったのかと思ったんだけどね……心配して損したよ」

マルコ「僕の心配より大事なことがあるだろ? ――糸通し、寮に帰ってからもちゃんと練習してくれよ? もう実習まであまり時間がないんだからさ」

ユミル「まあ、コツも教えてもらったし楽勝だろ。充分間に合うって」ヘラヘラ

アニ「当日までにはモノにしてみせるよ。あんたの努力は無駄にしない」

マルコ「当日じゃ遅いんだってば……縫い方の練習もしなくちゃいけないんだよ? わかってる?」

ユミル「わかってるわかってる」

アニ「このペースなら超余裕だよ」

マルコ「このペースも何も、まだ糸通しすらできてないじゃないか……」

マルコ(不安だ……本当に実習までに間に合うのか……?)

582: 2015/02/03(火) 22:37:34 ID:bQphkrWo

マルコ「……あっ、そうだ。ところでこの人形どうしようか? そろそろ二人に渡そうと思ってたんだけど」ゴソゴソ

ユミル「……! そ、そうか、そうだな……まあ一人で一週間も持ってちゃ長いし、三日くらいの間隔で回したほうがいいよな、うん」ソワソワ...

マルコ「……次はユミルにする?」

ユミル「………………い、いやいやいや、私は別にそういう意味で言ったわけじゃないぞ? それにアニの意見もちゃんと聞かなきゃ不公平だよな? なっ?」チラッチラッ

アニ「次、ユミルでいいよ。私はその後でいい」

ユミル「……!」

マルコ「いいの? アニ、もしかしてユミルに遠慮してるんじゃないか?」

アニ「そういうわけじゃないよ。……今日受け取ったら、血塗れにしそうで怖い」

ユミル「……あー……」

マルコ「……なるほどなぁ……」

583: 2015/02/03(火) 22:38:26 ID:bQphkrWo

―― 夜の男子寮

エレン「……」ペラペラ

エレン(マルコが選んでくれた本、面白い上にわかりやすいなー……おっ、ここ座学で役立ちそうだ。メモしておこう……)カリカリ...

エレン(アルミンも本には詳しいけど、基本的に細かい字がびっしり並んだ本しか勧めてこないからな……内容も小難しいのが多いし、読むと眠くなるんだよなぁ……)

エレン「……」チラッ

ライナー「……」ペラッ カリカリ...

エレン「……なあライナー、その本やけに分厚いな。なんかの辞典か?」

ライナー「裁縫の本だ」カリカリ...

エレン「…………そっか」

エレン(聞かなきゃよかった……)ズーン...

エレン(なんだよ、勉強してたんじゃねえのか……っていうか最近、部屋で勉強してるのって俺だけじゃねえか? みんな消灯過ぎまで何かしら作ってるし……)

584: 2015/02/03(火) 22:39:06 ID:bQphkrWo

エレン「……一応聞くけど、さっきから何してんだ?」

ライナー「巻末に載ってるレースの見本を写してるんだ。この前作ったベンチに転写したら映えるかと思ってな」

ベルトルト「……お花のほうがいいのに……」ボソボソ

ジャン「……うさちゃん一択だろ、どう考えても……」ボソボソ

アルミン「……モノクマ柄にしないなんてわかってないなぁ……」ボソボソ

エレン「お前ら部屋のあっちこっちで文句言うなよ。怖ぇぞ」

コニー「それ、クリスタの本だよな。借りたのか?」

ライナー「ああ。ひたすら拝み倒してようやく貸してもらったんだ。今は本を買えるほど懐に余裕がないからな」

エレン(……そりゃ休みの度に手芸店行ってりゃ金もなくなるだろ)

585: 2015/02/03(火) 22:39:47 ID:bQphkrWo

ジャン「おいおいライナー、いくら懐が寒くても同じ辛さを他人に味わわせちゃあいけねぇな。……ほら、これ使えよ」スッ

ライナー「! これは……!」

エレン「……? なんだそのモッフモフしたの」

ジャン「ブックカバーだ」

エレン「ブックカバーにそんなにモフモフ感はいらねえだろ?」

ライナー「しかもこの手触りは、この前入荷したばかりのフリース生地じゃねえか……!」モッフモッフ

ジャン「ああ。――140×100で給金3ヶ月分だ」

エレン「高っ!?」

ジャン「そいつに着せてやりな。……今は夏とはいえ、夜は冷え込むようになってきたからな」

コニー「でもフリース生地は流石に暑くね?」

ジャン「うるせえな余計なこと言うと口縫い合わすぞ」

ベルトルト「ちょっと待ってくれ! ――本を読むならこれも欠かせないだろ?」スッ

586: 2015/02/03(火) 22:40:40 ID:bQphkrWo

ライナー「ほう……これは栞か? 布で作るとはなかなか洒落てるじゃないか、ベルトルト」

コニー「へー、よくできてるなー」

ベルトルト「ついでだから三色作ったんだ。これもブックカバーと一緒に使ってよ」

エレン「何のついでだよ」

ベルトルト「えっ? …………ちょ、ちょっとね」

ベルトルト(アニのお裁縫箱作るついで、とは言えない……)ダラダラ...

ジャン「この花は……もしかしてチューリップか? 確か花言葉は『博愛』『思いやり』だったよな」

エレン「は? なんで花言葉なんて覚えてんだよお前」

ジャン「何言ってんだ、こんなの一般常識だろ?」ドヤァ

エレン「…………」

ベルトルト「ちなみに黄色が『実らぬ恋』、白が『失われた愛』、そしてピンクが『真実の愛』だよ。エレン、覚えてね?」

エレン「……………………お、おう」

エレン(なんでわざわざ重たい意味の花言葉ばっかり選んできたんだ……? ベルトルト、なんか悩んでんのかな……)

アルミン「ライナー、僕からはこれを贈るよ。是非使ってくれ」スッ

587: 2015/02/03(火) 22:41:23 ID:bQphkrWo

ライナー「おお、アルミンも用意してくれたのか!」

アルミン「うん。トイプードル」

エレン「いらなくね?」

コニー「いらねえなぁ」

アルミン「でもかわいいでしょ? トイプー」

エレン「……それ、どうやって使うんだよ」

アルミン「文字を追うのに疲れたら眺めるんだよ。手持ち無沙汰になったら揉んでもいいし、一人が寂しくなったら見つめ合ってもいい」

アルミン「この編みぐるみは……いや、このトイプーは僕らの読書生活を豊かにしてくれる。必ずね」

コニー「なくてもあんまり変わらないと思うんだけどなぁ」

ライナー「……いや、みんな待ってくれ。お前らの気持ちは嬉しいが……これは受け取れん」

ライナー「これは俺の本じゃなくてクリスタの本だからな。栞はともかく、このブックカバーに合う本は持ってないから……もらっても、正直置き場に困る」

アルミン「トイプーは枕元に置くといいよ」

エレン「今のそういう話だったか?」

588: 2015/02/03(火) 22:42:07 ID:bQphkrWo

コニー「それなら、ブックカバーはクリスタに贈ればいいんじゃねえか? ジャンだって出来上がったもん返されても困るだろ?」

ジャン「……確かに困るな。俺もそんなでかい本持ってねえし」

ベルトルト「じゃあさ、僕の栞も一緒にクリスタにあげようよ。かわいいのが嫌いな女の子なんていないからね」

アルミン「トイプーは? トイプーは付けてくれないの?」

ライナー「そうだな、アルミンがよければトイプーも一緒にクリスタに贈ろう。……けどなぁ、こんなに細々としたのを一度に渡したら荷物になるんじゃねえか?」

エレン「問題はそこなのか?」

ジャン「だったらバラバラにならないように一つにまとめりゃいいだろ。俺のブックカバーにでも縫い付けておけよ」

アルミン「それはいい案だと思うけど……トイプーはともかく、栞は縫いつけたら使えなくなっちゃうよ。何か他に方法を考えたほうがいいと思う」

コニー「っつうかさ、ブックカバーも栞もトイプーも見た目が地味じゃねえ?」

ベルトルト「あー……もう少し華やかさが欲しいかな」

ライナー「栞とトイプーは取り外し可能にして……更に華やかさを追求するとなると……」ブツブツ...

589: 2015/02/03(火) 22:43:58 ID:bQphkrWo

ライナー「……よし。ブックカバーに全部盛ろう!」ポン

エレン「なんでそうなった?」

アルミン「じゃあまずはコンセプトから決めよう! えっと……ブックカバーの色は緑だから……」カリカリ...

コニー「草原とかいいんじゃね?」

アルミン「採用」カリカリカリカリ...

ベルトルト「ところでジャン、どうしてブックカバーの色を緑にしたの?」

ジャン「だってライナーのシャツ緑だろ?」

ライナー「緑以外も着てるし持ってるぞ」

ジャン「でも今着てるの緑じゃねえか」

ライナー「……たまたまだ」

ベルトルト「持ってるシャツの7割が緑だよね。ライナー」

ライナー「…………」イラッ

ライナー(……今度ベルトルトのシャツにハートマークとフリルを足しとこう)

590: 2015/02/03(火) 22:45:12 ID:bQphkrWo

エレン「…………」

エレン(ああ、ちくしょう……また一気についていけない世界になった……)シュン...

エレン(……いやいや、別にこいつらに構ってもらわなくても俺には勉強があるしな。ちっとも寂しくなんか……)チラッ



アルミン「どうせだから、ブックカバーとして以外にも使えるようにしたいなぁ」

ジャン「なるほど、多機能型ブックカバーか……その発想はなかったな」

ライナー「取り外せるようにするならボタンでも使うか? マジックテープとスナップもあるが……」

ベルトルト「スナップはやめておこうよ。金属が引っかかって本が傷つくかもしれないし」

コニー「草原なら……ああ、この端切れとか使えるんじゃねえかな」



エレン「…………」

エレン(楽しそう……)

エレン(……勉強はいいや。消灯時間も過ぎたし、もう寝ちまうか……)モゾモゾ...

591: 2015/02/03(火) 22:46:04 ID:bQphkrWo

ライナー「エレン、もう寝るのか? まだ消灯から十分しか経ってないぞ?」ユサユサ

エレン「何言ってんだ、十分経ったから寝るんだよ。……おやすみ、夜更かしすんなよ」

ライナー「待てエレン、寝るならクリスタの本を預かってくれ」スッ

エレン「はぁ? なんでだよ、自分で持ってりゃいいじゃねえか」

ライナー「いや、今から裁縫道具を広げるからな。部屋の中に置く場所がない」

エレン「ならベッドの上に置いときゃいいだろ。俺を巻き込むんじゃねえ」

ライナー「ベッドの上も使うんだ」

エレン「……」

ライナー「預かってくれ」

エレン「やだ」プイッ

ライナー「エレン、俺はお前を一人の男と見込んで言ってるんだ。……頼む! この通りだ!」ガバッ

エレン「やなもんはやだ。……おい土下座やめろ! みっともねえことすんなよ!」

ライナー「……これほど言っても嫌なのか?」

エレン「……」ムスッ

592: 2015/02/03(火) 22:47:49 ID:bQphkrWo

ライナー「そうか…… ……それじゃあ頼んだぞ! 借りた本だから汚すなよ!」ドサッ

エレン「あっ……! おい、人のベッドの枕元に勝手に置くなよ!! おい!!」

コニー「エレン、本くらい預かってやれよー」チクチク

ジャン「そもそもお前何もやってないんだからこれくらい協力しろよ」

エレン「なんで俺が協力しなきゃいけねえんだよふざけんなぁっ!!」ジタバタジタバタ

ベルトルト「……! ねえアルミン、どうせだから馬と羊と豚の足は可動式にしようよ。今のエレンの足の動きを見て思いついたんだけど……」

アルミン「採用」カリカリ...

エレン「…………」

エレン(くそぉ……! なんで俺がこんな目に……!)ギリッ...

エレン(大体なんで俺が裁縫の本なんか預からなくちゃいけないんだよ! こんなちっとも面白くなさそうな本……)ペラッ...

エレン「…………」





エレン「…………バリオン、ステッチ……?」

593: 2015/02/03(火) 22:48:40 ID:bQphkrWo

―― 次の日 とある倉庫の近く

クリスタ「……」

ライナー「……」ニコニコ

クリスタ「……ねえライナー」

ライナー「なんだ?」

クリスタ「私、ライナーに本を貸したんだよね?」

ライナー「ああ」

クリスタ「……」ジーッ...

クリスタ(なんだか……見た感じ、いろんなところがモコモコしてるんだけど……)

クリスタ「……えっとね。そのブックカバー…………ブックカバー??」

ライナー「ああ」

クリスタ「……ブックカバーは、ライナーのじゃないの? 私がもらってもいいの?」

ライナー「ああ」

クリスタ「……」

594: 2015/02/03(火) 22:49:26 ID:bQphkrWo

クリスタ「あの……あのね? その、いろんなところから生えてるのは……」

ライナー「コンセプトは『まきばののどかな日々』だ」

クリスタ「……まきばの?」

ライナー「ああ」

クリスタ「そう……そうなんだね……」

クリスタ(……どうしよう。色々聞きたいけど……)チラッ

ライナー「……」ニコニコ

クリスタ(ライナー、なんでずっとニコニコ笑ってるんだろう……? 目の下にクマもあるし、なんだか怖くて聞けない……)

クリスタ(……うん、今は何も考えないで受け取っておこう。それでいいよね)

クリスタ「そっか、ありがとう。大切にす――」

ライナー「ああぁぁあぁああああああああああああああっ!?」

クリスタ「きゃっ!?」ビクッ!!

595: 2015/02/03(火) 22:50:05 ID:bQphkrWo

ライナー「しまった……! クリスタ、頼むもう少しだけ時間をくれ!」

クリスタ「えっ? う、うん……?」ビクビク

ライナー「すまん、俺としたことが……!」ゴソゴソ シュルッ

クリスタ「……? 何してるの?」

ライナー「ひつじさんの首輪に鈴を付けるのを忘れていた」

クリスタ「……そ、そうなんだ。大変だね。うん……」

ライナー「最後に何度も確認したはずなんだけどな……よし、これでいいだろう」チリンッ

クリスタ「……」

ライナー「じゃあ、俺は当番があるからこれで。……本、貸してもらえて助かった。ありがとうな!」タッタッタッ...

クリスタ「……どういたしまして」

596: 2015/02/03(火) 22:50:45 ID:bQphkrWo

クリスタ「……」

クリスタ(ライナー、走って行っちゃった……)

クリスタ(これ……こんな豪華なの、本当にもらっちゃってもよかったのかな……)

クリスタ(本よりも大きいし……持って帰るの恥ずかしいなぁ……)

クリスタ「……」

クリスタ「……」モニュモニュ...

クリスタ「……」

クリスタ「ふわふわ……」

597: 2015/02/03(火) 22:51:34 ID:bQphkrWo

―― 女子寮

ミーナ「ああクリスタ、おかえりなさ……何その塊!?」

サシャ「なんですかそれお野菜盛り合わせですか!? 一口ください!!」

ミカサ「……クッション?」

クリスタ「ううん、野菜でもクッションでもなくて……あの、私の本なの。これ」ペラッ

サシャ「えぇっ!? まさかお野菜の中から本が!?」

ミカサ「サシャ、静かにして。うるさい」

ミーナ「……ああ! ライナーに貸してた本が戻ってきたんだね?」

ミカサ「何の本を貸したの? クリスタ」

クリスタ「初心者向けのお裁縫の本だよ。巻末のレースの見本を写したいってお願いされたから貸してたの」

ミーナ「それにしても、なんだか妙に凝ってるね……ねえクリスタ、ちょっと本から外して広げてみない?」

クリスタ「いいよ、見てみよっか。ちょっと待っててね……」モゾモゾ...



ユミル「……」チラッチラッ

アニ「……」チラッチラッ

598: 2015/02/03(火) 22:52:29 ID:bQphkrWo

ミーナ「へー、広げると牧場になるんだ……あっ、これ池かな? あひるがいるし」

クリスタ「こっちのはミルク缶かな? ――わっ、すごい! ちゃんと取り外せるようになってる!」ペリペリ

ミカサ「……これ、犬?」

サシャ「牧羊犬ですかね? こっちに羊もいますし」

クリスタ「……? なんだかこのチューリップ、他のに比べて薄いね」

ミーナ「あれ、本当だ……綿を入れ忘れたのかな? ぺったんこだね」

ミカサ「大きさから見て栞じゃないだろうか。布製の栞」

サシャ「でもこれ三つありますよ? 栞三つもいらなくないですかねー?」



ユミル「…………」

アニ「…………」

ユミル(楽しそう……! なんだよあれすっげー楽しそう! じっくり見たい!)

アニ(混ざりたい……! いや、混ぜて欲しい……! ……でも私から声なんてかけられるわけないし……)

599: 2015/02/03(火) 22:54:00 ID:bQphkrWo

サシャ「しかしまあ、やたらと小物が多いですね。これだけ細々としたのを作るなら、動物ももう少し増やしても良かったんじゃないでしょうか」

ミーナ「うーん、そうだね……見た感じあひるとうさぎと犬しかいないし、これじゃ牧場とは言えないんじゃない?」

ミカサ「……ところでクリスタ、こっちの牛の首が出ている建物は何? 中が見えないようになっているけど」

サシャ「……何故牛の首が……?」

クリスタ「それね、最初は羊の首が出てたんだけど、ライナーが受け取る前に入れ替えちゃったの」

ミーナ「ふーん、羊ねぇ…… ……もしかして、中にいるんじゃない? 他の動物」

クリスタ「屋根取れるみたいだから開けてみよっか」ペリペリ...



ユミル「……」ドキドキ

アニ「……」ドキドキ

ユミル(クリスタ、もうちょい上にあげてくれ……! 私の位置からじゃ見えないんだ……!)ソワソワ

アニ(床に置いてくれないかな……サシャとミカサの膝元は見えるから、あそこにちょうどよく動かしてくれるといいんだけど……)ソワソワ

600: 2015/02/03(火) 22:55:05 ID:bQphkrWo

ミカサ「………………………………うわぁ」

ミーナ「……いっぱい出てきたね」

クリスタ「二十匹……は、いるよね? たぶん」

ミカサ「……確かに、数の規模としては牧場と言えるかもしれないけれど」

サシャ「このちっさい建物の中に二十匹も家畜が押し込められていたと思うと軽くホラーですね」

クリスタ「私、もう一度キレイにしまう自信ないよ……」シュン...

ミーナ「あっ、見て見て! この羊、首に鈴つけてる! かわいいー!」チリンッ

サシャ「ああなるほど、みんなそれぞれ違う特徴があるんですね……ほらミカサ、この馬は首にマフラー巻いてますよ!」

ミカサ「何故私に言うの」

クリスタ「マフラーじゃなくてバンダナじゃないかな?」

ミーナ「どっちでもよくない?」



アニ(えっ……! ちょっと待って待って、あの豚さん服着てる……! 何あれかわいい! チョッキ着てる!)キュン

ユミル(うおおおおお! あんよも短いぃぃいっ……! なんだあれなんだあれー!!)キュン

601: 2015/02/03(火) 22:55:49 ID:bQphkrWo

サシャ「ええっと、なんて言うんでしたっけこういうの……そうだ、押し掛け絵本!」ポン

ミカサ「……しかけ絵本?」

サシャ「そうです、それそれ」

ミーナ「絵本じゃなくてブックカバーだけどね。……っていうかさ、ちっちゃい子用のおままごとセットみたいだよね。これ」

クリスタ「おままごとセット?」

ミーナ「ほら、布でできた野菜とかで遊ばなかった? ちっちゃい頃にさ」

サシャ「布の野菜っていうとコニーの大家族を思い出しますねー」

ミカサ「サシャ、やめてあげて」

ミーナ「でもクリスタいいなぁー……材料費は持つから、私にもこういうの作ってくれないかな? ダメもとで頼んでみようかな……」

サシャ「食費もくれるなら私が作ってあげますよ!」

ミーナ「うーん、ごめんね。いらない」

サシャ「……そうですか」シュン...

ミカサ「……? このブックカバーはライナーが作ったの? 一人で?」

602: 2015/02/03(火) 22:56:33 ID:bQphkrWo

ミーナ「えっ、違うの? だってそれ、どう見ても手縫いだよね? ミシンを使ってるようには見えないし……」

サシャ「んんん? これって売り物じゃないんですか? 小物類って手縫いで仕上げてるものが多いですし、てっきり町で買ってきたんだと思ってたんですけど」

ミカサ「クリスタ、この本はいつライナーに貸したの? 一週間前? それとも一週間前?」

クリスタ「ううん、一昨日だよ。――そっか。ライナーが作ったとしたら、2日でこれ作ったことになるんだね。ちょっと無理があるかも……」

ミカサ「それに、この本は初心者向けの本でしょう? ……このカバーはどうみても初心者が作ったものじゃない。ライナーが作ったとは私には思えない」

ミーナ「うーん……でも確か、ライナーってコニーやジャンと同じ部屋だったよね? 二人が手伝ったならギリギリ2日でも作れそうな気がするな。ライナーも最近裁縫上手くなってるし……」

サシャ「農場主コニーならやってくれそうな気がしますよね」

クリスタ「それでもやっと三人だよね? 三人でこの量はやっぱり無理なんじゃないかな……」

ミーナ「じゃあ結局これは売り物ってこと? ……買ったものだとしたらかなり高そうだよね。細かい部品多いし、丁寧に作ってあるし」

クリスタ「……! ど、どうしよう……! そんなに高いものだったら返してきたほうがいいのかな? それともお金払ったほうが……」オロオロ...

603: 2015/02/03(火) 22:57:15 ID:bQphkrWo

ユミル「おいおい落ち着けよ、クリスタ。――別にそいつは無理矢理もらってきたわけじゃないんだろ? だったら素直にもらっときな」

クリスタ「……でも、もし本当に買ったんだとしたらライナーに悪いよ。私はそんなつもりで貸したわけじゃないのに……」

ユミル「何言ってんだよ、そのブックカバーを渡すだけの価値がその本にあったってだけの話だろ?」

ユミル「何にせよ、そいつをお前に渡そうと決めたのはライナー自身だ。お前は自分が納得出来ないからって、ライナーの気持ちを無碍にするのか?」

クリスタ「それは……そういうことは、したくないけど……」

ユミル「けどまあ、直接モノを見てみないことには判断できないよな。――というわけでそれ見せてくれ。できるだけ間近で」

アニ「……!」

アニ(ユミル……! あんた、最初からそれが目的だったのか……! ずるいずるい! ユミルずるい……!)ジーッ...

ミカサ「……? アニ、どうかした?」

604: 2015/02/03(火) 22:58:33 ID:bQphkrWo

アニ「! ……べ、別に? なんでもないよ」プイッ

ミーナ「もしかして、アニもブックカバー見たいの? ――やだなぁアニったら、言ってくれたら最初っから混ぜたのに! ほらほら、寝っ転がってないでこっちおいでよー」ニヤニヤ

アニ「違うってば、私はそんなつもりじゃ……」ハッ



ユミル『お前みたいに四六時中むっつりしてる奴のことなんか、気になってしょうがねえだろうよ』

ユミル『でもさ、からかってでもそういう……お前が何かしら反応する姿を見たかったんじゃねえの?』



アニ「…………」

アニ(……あまり、同期の子とは関わらないほうがいいのはわかってる。わかってるけど……)チラッ

ユミル「……?」

アニ(私だって、本当は…… 私の、本当の気持ちは……)ギュッ





アニ「……私も、見たり……触ったり、してみたい。ちょっとでいいから、見せてくれる……?」

605: 2015/02/03(火) 22:59:53 ID:bQphkrWo

アニ「…………」

ミーナ(あのアニがしおらしい……!?)

サシャ(あのアニが恥ずかしがってる……!?)

ミカサ(あのアニが人を睨みつける以外の目的で見つめてきてる……!?)

アニ「あ、あのさ…… ……やっぱり、だめかな。いきなりこんなこと言っても……」シュン...

クリスタ「ううん、そんなことないよ! ――ユミル、終わったら次はアニに渡してね! いい?」

ユミル「へいへい、わかったわかった」チリンチリンチリンチリン

ミーナ(ユミルはユミルでめっちゃ羊撫でてる)

サシャ(首の鈴取ってから撫でたほうが良かったんじゃないですかね)

ミカサ(ユミルがクリスタ以外を愛でているところなんて、初めて見る……貴重だ……)

ユミル「あー気持ちよかっ…… ……んー、まあ、この本の価値を考えたら妥当な対価なんじゃあないか? 何もおかしくないぞクリスタ、これをもらっても全然おかしくない」ブンブン

クリスタ「そっか、ならいいんだけど……それじゃあユミル、アニに渡して?」

ユミル「あいよ。……ほら、アニ。丁寧に扱えよ」スッ

アニ「……わかってるよ」

606: 2015/02/03(火) 23:00:50 ID:bQphkrWo

アニ(やだやだー何これ! 何これ! すっごくかわいい……!!)モニュンモニュン

アニ(みんなもれなくかわいいってどういうことなの!? ああっ、毛並みもふかふかする……! いいなーいいなーこの子と一緒に寝たい……! 抱っこして寝たい!! いいなーいいなー!)モニュンモニュンモニュンモニュン



ミーナ(めっちゃモニュモニュ揉んでる)

サシャ(ほっぺた緩みまくりじゃないですか)

ミカサ(アニのあんな気の抜けた顔、初めて見る……これも貴重だ……)

アニ「はい、クリスタ。……ありがと」

クリスタ「もういいの?」

アニ「充分だよ。……それに、もう寝るし」

クリスタ「そっか……ねえアニ、また触りたくなったらいつでも私に言ってね?」

アニ「……わかったよ。じゃあおやすみ」

クリスタ「うん、おやすみなさい!」

ミーナ「いい夢見るんだよー」フリフリ

607: 2015/02/03(火) 23:01:58 ID:bQphkrWo

―― 消灯後の女子寮

アニ「……」

アニ(みんな、もう寝たよね……?)モゾモゾ...

アニ(クリスタの本は……あっ、あった。机の上だ)

アニ(こっそり眺めるだけなら、クリスタに断らなくてもいいよね? 大丈夫だよね?)コソコソ...

アニ「…………」ジーッ...

アニ(私もこういうの、小さいころに欲しかったな……)

アニ(いいな、クリスタは……かわいいもの、普通に人からもらえて)

アニ(ライナーとベルトルトも、もっとこういうほのぼのした感じの裁縫箱くれればいいのに……)チラッ

アニ(あいつら、本当にかわいいの意味わかってんの? ……いや、あいつらに可愛さを求めるほうが酷ってもんかな)

アニ(……うん、今からでも遅くないよね。私が自分でかわいいの作ろう……思いっきりピンクわたウサギの赤ちゃん愛でよう……!)

アニ(……そういえば、あの豚さんはチョッキ着てたんだっけ)



アニ(……お人形用の、かわいい服が欲しいな)

611: 2015/02/24(火) 23:16:46 ID:xvbtvm7o

―― 数日後 午後の兵舎裏

ユミル「……」シュッ

アニ「……」シュシュッ

マルコ「…………」

ユミル「……」シュシュッ

アニ「……」シュシュッシュッ

マルコ「一回見ればわかるからもういいよ」

ユミル「ふっふっふっふっ……! どうだマルコ、私たちだってやりゃあできんだよ! 思い知ったか!」

マルコ「うんうん、思い知った思い知った」

アニ「……」チラッチラッ

マルコ(……これアレだ。お手伝いした子どもが親に褒められるのを待ってる時と同じ顔だ……)

ユミル「すごいか? すごいだろ? なっ?」ニマニマ

マルコ「うんうん、すごいすごい。……君たちはやればできるって僕は最初から信じてたよ。よくやったね」

ユミル「……! ……ま、まあ、私たちにかかればこんなもん楽勝だし? だよなぁアニ!」バチコンバチコン

アニ「ユミル、痛いんだけど」ヒリヒリ...

612: 2015/02/24(火) 23:17:25 ID:xvbtvm7o

ユミル「さてと! ――そろそろ私らも次の段階に進む時期かな」フゥ

マルコ「ああよかった、一応『次』があるって自覚はあったんだね。ほっとしたよ」

アニ「何言ってんだいマルコ。私たちはこんなところで終わるような女じゃないよ」

マルコ「そうだね、そもそも糸通しだけで終わる裁縫教室なんて聞いたことないよ? ……じゃあ今日からは並縫いを教えてもらおうか。今回の野戦治療実習では使わないだろうけど、裁縫の一番基本的な縫い方だし」

ユミル「使わないなら習う必要ないだろ? もうちょっと新しいことに挑戦しようぜ!」

アニ「私、今日はコニーに服の作り方を教えてもらうって決めてるから」

マルコ「本当自由だな君たち」

613: 2015/02/24(火) 23:18:03 ID:xvbtvm7o

マルコ「というか、ユミルはともかく……アニはいきなり何を言い出したの? 服?」

ユミル「服なら私が作ってやるぞ? 糸と針は使わないけどな!」

マルコ「それにいくらコニーでも、女の子の服の作り方なんか知らないと思うよ?」

アニ「勘違いしないでくれる? ――私が言ってるのは、ピンクわたウサギの赤ちゃんの服のことだよ」フフン

マルコ「いや、そんな得意気に言われても……」

アニ「ところでユミル、人形は? 確か今日から私の番でしょ」

ユミル「あー、そういやそうだったな。……悪い、忘れた」

614: 2015/02/24(火) 23:18:43 ID:xvbtvm7o

アニ「……………………」

ユミル「悪かったって、そんなに睨むんじゃねえよ! 代わりに一日長く持ってていいからさ」

アニ「えっ……! いいの?」

ユミル「マルコもいいよな? 一日くらいなら延びても平気だろ?」

マルコ「もちろんいいよ。むしろ僕の割り当ては三十秒くらいで充分だよ」

ユミル「何言ってんだ、それじゃあ平等になんねえだろ? ……それで、今日は結局服作りでいいんだよな?」

マルコ「勝手に予定を変更しないでくれるかな? ……というか、ユミルも欲しいの? 服」

ユミル「ほしい」

マルコ「…………」

ユミル「ほしい」

マルコ「……わかったよ。この裁縫教室は元々君たちのためのものだからね、好きにするといい。……でもさ、糸通しの次にいきなり服の作り方なんて、コニーも面食らうと思うけど」

ユミル「その辺りは大丈夫だ。私とアニで協力して、ピンクわたウサギの赤ちゃんの服を作れるような自然な流れに持っていく」

アニ「私たちが上手にコニーを誘導できるかどうか、あんたには温かく見守っていてほしいんだ。頼んだよ」

マルコ「……もし過激な手段を使うようなら、止めに入るからね」

615: 2015/02/24(火) 23:20:45 ID:xvbtvm7o

―― しばらく後の兵舎裏

コニー「おーい、来たぞー」スタスタ...

アニ「いらっしゃいコニー」ガサガサ

ユミル「待ってたぞコニー」ガサガサ

コニー「うおっ! 今日はそこの茂みか…… ……んで、今日はいったい何を教えりゃいいんだ? また糸通しか?」

アニ「その必要はないよ」シュッ

ユミル「私らは日々進化しているからな」シュシュッ

616: 2015/02/24(火) 23:21:27 ID:xvbtvm7o

コニー「おおっ! なーんだ、アーニャもユーミールもやっとできるようになったのか! マルコはどうだ?」

マルコ「僕は最初からできるよ」シュッ

コニー「じゃあ、今日からはやっと別のことを教えられるな! 次はなんだ? 玉どめのやりかたか?」

ユミル「服の作り方だ」

コニー「ふーん……誰が着るんだ?」

アニ「この子だよ」スッ

マルコ「いつの間に絵なんて描いたの?」

アニ「そっくりでしょ?」ドヤァ

コニー「……!? お、おい! ちょっと待て、こいつおかしいぞ……!」

617: 2015/02/24(火) 23:22:29 ID:xvbtvm7o

コニー「このウサギ……! 二本足で立ってやがる! どういうことなんだ……!?」

マルコ「そこが気になるの?」

コニー「すげえなぁ、こいつ新種のウサギか!? 見たことねえぞこんなの!」

ユミル「まぁな」

アニ「かわいいでしょ?」

マルコ「なんで君たちが喜んでるの?」

ユミル「このピンクわたウサギの赤ちゃんのための服を作りたいんだ。できるよな?」

コニー「……? ピンクワンピ?」

アニ「ピンクわたウサギの赤ちゃんだ二度と間違えるな!!」バンッ!!

コニー「すっ、すみませんでした!! ……で、でもよ、こいつウサギなんだろ? ウサギなら服なんて着る必要は――」

ユミル「いいから黙ってピンクわたウサギの赤ちゃんのために可愛らしい服をこさえろぉっ!!」

コニー「ひぃっ!?」ビクッ

618: 2015/02/24(火) 23:23:15 ID:xvbtvm7o

マルコ「二人とも、その辺にしておきなよ。……というわけでコニー、この二人でもできる簡単な服の作り方ってないかな? ちなみに人形のサイズはこれくらいなんだけど」

コニー「……? やけにちっちぇな」

マルコ「……ウォール・シーナの中だけで出回ってる細工物の人形でね。珍しい品だから、服とか小物類は自分で作るしかないんだ」

コニー「へー、ウォール・シーナってすげぇんだなぁ」

アニ「ちょろいね」ヒソヒソ

ユミル「扱いやすくて助かるな」ヒソヒソ

マルコ「はいそこ静かに。……やっぱり、この大きさだと難しいかな」

コニー「ん? ――いや、できないってことはないと思うぞ」

アニ「……!」

ユミル「本当か!? 嘘吐いたらマルコに針千本飲ますぞ!!」

マルコ「なんで僕!?」

コニー「この大きさならむしろ、凝った服を作るほうが難しいんじゃねえかな。簡単なのでいいなら……ちょっと待ってろ、ちょうどいい端切れ探すからよ」ゴソゴソ...

619: 2015/02/24(火) 23:23:56 ID:xvbtvm7o

コニー「人形の正確な寸法がわかんねえから大雑把になるけど……まず、胴体にこうやって布を巻きつけるだろ?」

アニ「腕ごと?」

ユミル「腰巻きに?」

マルコ「二人とも、きちんと見なよ。……なんだか、お風呂あがりにバスタオル巻いてる姿に似てるね」

アニ「……? 男子もこうやって胸から下を隠して巻くの?」

コニー「いや、男は別にこんなことしねえぞ」

ユミル「じゃああれか、女だからこうやって巻いてるのか? それともピンクわたウサギの赤ちゃんを一旦風呂に入れてから服を作り始めるのか?」

コニー「違ぇよ、女だからでも風呂に入ってからでもなくて…………あれ? 何だったっけ? なんで俺こんなことしてんだ?」

マルコ「……服を作るんだろ」

コニー「…………ああ、それだ!」ポン

マルコ「アニ、ユミル。楽しみなのはわかるけど関係のない質問は控えるんだ。このままじゃいつまで経っても完成しないよ?」

アニ「それは困る」

ユミル「あとどれくらいでできるんだ? コニー」

620: 2015/02/24(火) 23:24:48 ID:xvbtvm7o

コニー「すぐできるから焦るなって。――生地の縦の長さは胸から爪先までがちょうどいいだろうな。横は胴体を一周とちょっとくらいだから……まあ、たぶんこれくらいだろ」チョキチョキ

アニ「……? ぴったりじゃ駄目なの? なんで?」

ユミル「そりゃあ……縫うのに失敗した時、生地が足りなくなったら困るだろ? あらかじめ余裕を持たせとかないとな」

アニ「……! なるほど、勉強になるね……!」カキカキ...

マルコ「全然違うよ。――ユミル、アニが真に受けちゃうから適当なことをでっち上げるのはやめてくれ。アニもメモらなくていいから」

ユミル「あぁ? じゃあなんで布をぴったりに切らないんだよ? 他に理由が――」

コニー「ただ巻きつけるだけだと脱げちゃうだろ。後からボタンを付けるための縫い代が必要なんだよ」

アニ「ぬい……」

ユミル「……しろ……?」

マルコ「コニー、続けてくれ」

コニー「ん? 縫い代の説明はいいのか?」

マルコ「できないうちから余計な知識は増やさせたくないんだ。独自解釈でとんでもない理論が飛び出してきたりするからね」

621: 2015/02/24(火) 23:25:28 ID:xvbtvm7o

コニー「んじゃ、続けるけどよ…… ――そんで、胸元の上側……の、真ん中に印を付けとく」カキカキ

アニ「できた? できた?」ワクワク

マルコ「ちょっと落ち着こうか」

コニー「あともうちょっとだ。……それで、細長い葉っぱ型に切った布を二枚、さっき印を付けたところに縫い付ける」チクチク...

マルコ「……」チラッ

アニ「…………」

ユミル「…………」

マルコ(見入ってる……)

コニー「この状態で広げると……地面からチューリップの葉っぱが生えてる状態みたいな感じになるだろ?」

ユミル「真ん中に印を付けたのに、布の真ん中からチューリップは生えてないんだな」

コニー「ボタンの縫い代があるからな、むしろこの状態が正解なんだよ。この状態で人形に着せた後、葉っぱの先っぽを背中側に縫い付ければ……襟付きワンピースの出来上がりだ!」ジャーン!!

622: 2015/02/24(火) 23:26:11 ID:xvbtvm7o

ユミル「天才だ……!」

アニ「魔法使いだ……!」

マルコ「へえ、すごいな…… これ、コニーが自分で考えたの?」

コニー「いや、昔母ちゃんが作ってた服の見よう見真似だ。単純だけど色々アレンジも出来るから面白えぞ」

ユミル「……! なあコニー、これにビーズとか! ビーズとか縫いこんだりできるか!?」

アニ「あのさ、レースとか重ねてみたいんだけどさ、できる? できる?」

コニー「両方できるぞ。やってみせるか?」

ユミル・アニ「「見たい!!」」

コニー「よーし俺に任せろー!」チクチクチクチク...

623: 2015/02/24(火) 23:27:07 ID:xvbtvm7o

マルコ「…………」

マルコ(覆面してるから、顔は見えないけど……二人とも、まるで子どもみたいだな。近所のお兄さんに手品をせがんでるみたいだ)

マルコ(並縫いのやりかた……は、今日はいいか。二人とも楽しそうだし、一日くらい平気――)チラッ



アニ「ねえコニー、これ何?」ゴソゴソ

コニー「それか? 力(ちから)ボタンだよ。今回は使わねえからしまっていいぞ」チクチク...

ユミル「チカラボタン……?」

アニ「血から牡丹……? ――まさか、何かの暗号……?」ゴクリ

コニー「だからボタンの種類だっての」



マルコ「…………」

マルコ(もう実習まで十日もないのに、本当に間に合うのかなぁ……?)

624: 2015/02/24(火) 23:28:03 ID:xvbtvm7o

―― しばらく後 図書室前の廊下

ミカサ「……」キョロキョロ...

ミカサ(あのブックカバー……あれからクリスタに頼んでもう一度見せてもらったけれど、どう見ても買ったものとは思えない。あそこまで手が込んでるものは、訓練兵の給金じゃ到底買えない)

ミカサ(でも、ライナーが一人で作ったものとも思えない。――ということは、エレンやアルミンが関わっている……もとい、巻き込まれている可能性は否定しきれない)

ミカサ(またエレンが一人ぼっちになっているのなら、私がフォローしなければ……)

ミカサ(……そう思って、エレンと話そうと思ったのだけれど)



エレン「…………」カリカリ...



ミカサ(エレンが……あのエレンが勉強してる。珍しく本を読んでいる……)

ミカサ(どうしよう、邪魔をしないほうがいいだろうか? あんなに真剣な表情は、久しぶりに見る……)ジーッ...

625: 2015/02/24(火) 23:28:53 ID:xvbtvm7o

ジャン「おいミカサ、そんなところで突っ立って何してんだ? 入らねえのか?」

ミカサ「……! ジャン」

ジャン「一体何を……って、エレンを見てたのか?」チラッ

ミカサ「……いえ、なんでもない」クルッ スタスタ...

ジャン「……? そうか、ならいいけどよ」



ミカサ「…………」スタスタ...

ミカサ(エレンが自分から勧んで勉強をしている。これはとても喜ばしいこと)

ミカサ(私が余計な口出しをしたら、反抗して勉強をやめてしまうかもしれない。ここはおとなしく身を退こう)

ミカサ(……そうなると、ブックカバーのことも下手に聞かないほうがいいのかもしれない。勉強に集中してるなら、不必要な情報は耳に入ってこないだろうし、逆に入れたいとも思わないはず……)

ミカサ(廊下で会ったジャンは別にシュシュを押し付けてこなかったし、見た目は正常そのものだった。……たぶん、大丈夫。エレンもアルミンも正常。何も心配することはない)

ミカサ「…………」

ミカサ(なんだろう……? エレンが勉強しているというのは、とてもいいことなはずなのに……)

ミカサ(なんだかとても、嫌な予感がする……)

626: 2015/02/24(火) 23:29:56 ID:xvbtvm7o

―― 図書室

エレン(結び目で、結びを作るステッチ……? どういう意味だ?)

エレン(図解のおかげでどっちも別物だとはわかるけど……なんで針と糸の通し方だけでこんなに変わるんだ?)

エレン(駄目だわからん……! くそっ、これじゃお花の刺繍なんてできやしねえ……!)

ジャン「よおエレン、勉強熱心だな」

エレン「……ジャンか」

ジャン「昨日俺たちが出した課題はできたかよ?」

エレン「……」スッ

ジャン「……! ほーお、やるじゃねえか。どれが一番難しかった?」

エレン「ブドウだな。ここのツブツブを一つ一つ表現するのが大変だった」

627: 2015/02/24(火) 23:30:44 ID:xvbtvm7o

ジャン「けど、この出来ならアルミンたちも合格点を出してくれると思うぜ。――善は急げだ。早速提出しに行くか?」

エレン「いや、待ってくれ……! さっきからこの文章の意味が理解できねえんだ! これがわからないと俺は次に進めねえ……!」

ジャン「なんだエレン、お前こんなのもわかんねえのか? ……仕方ねえな、今やって見せてやるよ」スッ

エレン「……! ジャン、お前実はいい奴だったんだな……!」ジーン...

ジャン「何言ってんだよエレン。……ジャンルは違えど、俺たちは同じ手芸仲間だろ? 助けあうのは当たり前じゃねえか」ニッ



フランツ(……えっ? えっ?? なんか二人で変なことやってる……)

トーマス(ジャンが持ってるのって、工具箱じゃなかったのか? でもなんで裁縫箱……?)

ダズ(あの二人は注意するべきなのか? けど、図書室で裁縫やっちゃいけないって決まりはないよな……)

ハンナ(へー……二人とも、刺繍が趣味なんだ……)

628: 2015/02/24(火) 23:31:29 ID:xvbtvm7o

―― 夕食後 とある倉庫の裏

アニ(ユミルったら、いったいどこに行ったんだろ。見つからないから、先にライナーたちとの待ち合わせを優先しちゃったけど……)

アニ「…………」ゴソゴソ...

アニ(早く人形渡してもらえないかな……実物見ながら、じっくり服のデザイン考えたいのに……)

アニ「…………」

アニ「…………」ニヤニヤ

アニ(今日の私、すごく充実してた……! たぶん壁内に来てから一番楽しかった!)

アニ(マルコは頑なに否定するけど、やっぱりコニーは魔法使いなのかもしれないね。どう見たってあれは人間業じゃないし)

アニ(いっそのこと、壁壊すときにコニーだけ逃がそうかな。あの技術を失うのはこの世界にとっての損失だよね)

629: 2015/02/24(火) 23:32:36 ID:xvbtvm7o

アニ(口の中に入れて運べば…… ――でもちょっと待って、もしかすると裁縫用具も持って行くって言い出すかもしれない……!)

アニ(なら、荷馬車に必要な物を全部詰め込んで…… ……ああでも、必要な物を全部詰め込むとなったら馬車一つじゃ足りないかな。まあその時はライナーとベルトルトにも頼めばいいよね。うん)

アニ(ふふふ、どんな服作ろうかな……夜が楽しみ……!)スリスリ ナデナデ





                                  \ガサガサ.../





アニ「!」ササッ

630: 2015/02/24(火) 23:33:12 ID:xvbtvm7o

ライナー「おお、ここにいたか。アニ」ガサガサ

ベルトルト「もう来てたんだ? 早いね」ガサガサ

アニ「……寮にいても、やることないから」

アニ(本当は早く終わらせて服のデザイン考えたいけど、バレたら何言われるかわかったもんじゃないしね……)チラッ

アニ「……? ライナーも一緒なの? 今日はベルトルトだけじゃなかった?」

ベルトルト「うん、予定ではそのはずだったんだけど……」

ライナー「お前に一言謝りたくてな。……この間は悪かった、アニ」

アニ「この間……?」

アニ(えっ、何かあったっけ? ――どうしよう、全然覚えてない……こっちはそれどころじゃなかったし……)

631: 2015/02/24(火) 23:33:58 ID:xvbtvm7o



アニ「……………………」



ベルトルト(うわぁ、アニの眉間の皺が大変なことに……)

ライナー(めちゃくちゃ怒ってるじゃねえか……!)

ライナー「あの時は、変なことを言って本当にすまなかった。……許してくれ、この通りだ!」ペコッ

アニ(変なこと……? ――ああ、あれか! 思い出した!)ポン

アニ「別に怒ってないから、頭は下げなくていいよ。……それに、私もやりすぎたしね。ごめんライナー」

ライナー「……そうか、怒ってないのか」ホッ

ライナー(じゃあさっきの表情はなんだったんだ……?)

ベルトルト(あの顔って、怒ってる時の顔じゃなかったのか……)

632: 2015/02/24(火) 23:34:41 ID:xvbtvm7o

アニ「でもさ、わざわざ今日来る必要はなかったんじゃない? あんたたちみたいなデカいのが二人もいなくなったら目立つでしょ」

ライナー「その点は抜かりないぞ。ちゃんと口実も用意してある」ジャラッ

アニ「何その袋」

ライナー「企業秘密だ」ドヤァ

アニ「……ふぅん」

ライナー(帰ったら歯車を継ぎ合わせて花を作ろう)ワクワク

ベルトルト(帰ったらお花に添えるスイーツを作ろう)ワクワク

アニ(……? 変なの。なんでニヤついてるんだろ、二人とも……)

ライナー「とにかく、俺たちのことは心配しなくても大丈夫だ。うまくやってるからな」

ベルトルト「けどまあ、あまり長い時間ここにいたら怪しまれるかもしれないからね。手短に済まそう。まずはこの前話してたことだけど――」

633: 2015/02/24(火) 23:35:26 ID:xvbtvm7o

ベルトルト「――というわけで、僕たちからの報告はこんなところだね。……他にはなかったよね? ライナー」

ライナー「ああ、それで全部だと思う。……端的に言えば、特に目立った進展はなかったな」

アニ「……そう」

アニ(コニーを仮に馬車に積みこむとして……やっぱり妹さんや弟くんも一緒のほうが言うこと聞きやすいよね。両親も含めて五人分の荷物を考えたら、どう考えても私一人じゃ全部運べない……)モンモン

ベルトルト「アニ、何か聞きたいことはある? 僕らがわかる範囲でなら答えるけど」

アニ「……聞きたいこと?」

ライナー「ああ、なんでもいいぞ」

アニ「じゃあ、一つ聞くけど…… ――あんたたち、口の中にどれくらい入る?」

ライナー「……は?」

ベルトルト「……ごめん、もう一回言ってくれる? なんだって?」

アニ「だからさ、口の中にどれくらいモノ詰め込める?」

ベルトルト「……」

ベルトルト(聞き間違いじゃなかった……)

ライナー(どういう意味だ? いったい何を意図した質問なんだ……?)

634: 2015/02/24(火) 23:36:12 ID:xvbtvm7o

ライナー「……たぶん、目一杯押しこめばパン半分くらいは入ると思うぞ。正確にはわからんが」

ベルトルト「僕はたぶん……それより少し少ない、かなぁ……?」

アニ「……そう」

アニ(立方メートルで答えてほしかったんだけど、まあいいか……ああ、もう少しわかりやすい単位で聞いたほうがよかったかな)ポン

ライナー「それが聞きたいことなのか? どう考えても任務に関係あるとは思えんが――」

アニ「もう一個いい?」

ライナー「……」

ベルトルト「……どうぞ」

アニ「馬車なら口の中に何個入る? 大体でいいから教えて」

ライナー「……馬車?」

アニ「うん。馬車」

ベルトルト「……」

635: 2015/02/24(火) 23:36:56 ID:xvbtvm7o

ライナー「……なあアニ。俺の知ってる馬車は、どう頑張っても口には入らないと思うんだが」

アニ「入るでしょ?」

ライナー「入らんぞ」

ベルトルト「無理だよ」

アニ「それはおかしいね。私(の巨人)でも二台は絶対にいけるはずなんだけど」

ライナー「……お前、馬車食ったことあるのか?」

アニ「まだ食べてないよ。将来的な話」

ベルトルト「将来的に食べるの……?」

アニ「その予定だけど、一人じゃ厳しいからあんたたちにも手伝ってもらおうと思って」

ベルトルト「馬車を食べるのを?」

アニ「うん」

ベルトルト「……………………」

ライナー(……待てよ? もしかすると、俺たちの認識が間違ってるのかもしれん。悩む前に、きちんと確かめたほうがいいな)

636: 2015/02/24(火) 23:37:46 ID:xvbtvm7o

ライナー「アニ。一応聞いておきたいんだが……バシャってのは、新種の魚か何かか? それとも料理の名前か?」

アニ「は? 何言ってんの、あんたも知ってるでしょ?」

ベルトルト「……僕らも知ってる(食べ)物なの?」

アニ「ほとんど毎日見てるよ」

ライナー(駄目だ全然わからんぞ……!)

ベルトルト(アニはさっきから何を言ってるんだ……!)

アニ「それで、何個くらいなら大丈夫そうなの?」

ベルトルト「わからないよ。食べたことないし」

ライナー「見当もつかん」

アニ「だから、大体でいいんだってば。……早く教えてよ」イライラ...

ベルトルト(駄目だ……! これ答えないと引き下がらないパターンだ……!)

ライナー(確か、アニがさっき言ったのが二台だろ? ということは……)

637: 2015/02/24(火) 23:38:56 ID:xvbtvm7o

ライナー「……5つかな」

アニ「ふぅん、5つね……ベルトルトは?」

ベルトルト「僕は…………3つくらい、だと思う

アニ「もっと入らない?」

ベルトルト「……じゃあ4つ」

アニ「ということは、あんたたち二人合わせて9つか……」

アニ(超大型巨人なのに4つしか入らないんだ。……ああ、高温で溶けるかもしれないから少なめに見積もったのかな)

アニ(でも、流石に4つっていうのは大きさに対して少なすぎると思うんだけど……)チラッ

アニ「……意外と根性ないんだね、ベルトルト」ハァ

ベルトルト「!?」

ライナー(馬車を食うのは根性の問題なのか……?)

ベルトルト(よくわからないのに罵られた……)クスン

ライナー「……と、とにかくだな、他に聞きたいことはないんだろ? お前のほうはどうだったんだ?」

アニ「ああ、こっちは少しだけど動きがあったよ。この前見た壁教の信者のことなんだけど――」

638: 2015/02/24(火) 23:39:55 ID:xvbtvm7o

アニ「――だから、誰を尾けてるのかまでは突き止められなかった。こっちでも引き続き調べるけど、二人も余裕があったら気にかけておいて」

ベルトルト「わかった、壁教の信者だね? 覚えておくよ」

ライナー「…………」

ベルトルト「……? ライナー、聞いてた?」

ライナー「ん? ……ああ、もちろん聞いてたぞ。――ところでアニ、この前渡した紙袋の中身は見たのか?」

アニ「……見たけど、それが何」

ライナー「箱が入っていただろう。中は見たか?」

アニ「……まだだけど」

ライナー「箱の外側は見たんだよな? どう思った?」

ベルトルト「……」チラッ



アニ「……………………」



ベルトルト(アニの顔が怖い……)プルプル...

639: 2015/02/24(火) 23:40:40 ID:xvbtvm7o

アニ「………………………………もこもこしてた」

ライナー「そりゃあ、そういう生地を貼ったからな。当然だ」

ベルトルト「ちょ、ちょっとライナー……? いきなり何を言って――」

ライナー「まあ、ちょっとした雑談だ。少しくらいいいだろ? ――そういえばお前、確かハートマーク好きだったよな? そうだろアニ?」

アニ「……は?」

ベルトルト「……!」

ライナー「いやな? ベルトルトがハートは良くないって言うもんだから、この前から気になって気になって仕方がないんだ。ここはお前からはっきりベルトルトに言ってもらおうと――」

ベルトルト「……待ってよ。そういうことなら僕だって言わせてもらうよ! ――ねえアニ、アニはピンク好きだよね? そうでしょ?」ズイ

アニ「! ちょっ……ベルトルト、なんで知って――」

640: 2015/02/24(火) 23:41:40 ID:xvbtvm7o

ライナー「こらこら待て待てベルトルト、自分の意見が通らないからって無理強いするんじゃない! アニから離れろ!」グイグイ

ベルトルト「何言ってるんだ、無理強いしてるのはライナーだって同じだろ! アニがハートを好きだなんて確たる根拠もないくせに、君の好みを一方的に押し付けるなんてアニがかわいそうだ!」グイグイ

ライナー「なっ……! さっきから好みを押し付けてるのはお前のほうだろ! いい加減にしろ!」

ベルトルト「押し付けてない! ――僕は前に、町でアニがピンクのワンピース羨ましそうに眺めてたの見たんだよ!! だからアニはピンクが大好きなんだぁっ!!」バンッ!!

ライナー「あのなぁ……! ――俺だってなぁ、ハートの形の髪留めを買うか買わないかでこいつがずっと悩んでたの知ってるんだ!! だからアニはハートが大好きなんだよ!!」バンッ!!





アニ「……………………へえ」





ライナー「」ビクッ

ベルトルト「」ビクッ

641: 2015/02/24(火) 23:42:35 ID:xvbtvm7o

ライナー「……」チラッ

ベルトルト「……」チラッ





アニ「…………………………………………」





ベルトルト(さ、さっきライナーに話しかけられてた時よりも怖い……)プルプル...

ライナー「ア、アニ……? どうしたんだ、そんなに睨んで……?」ビクビク

アニ「……」クルッ スタスタ...

ライナー「お、おい? アニ、どこに――」

アニ「帰る」スタスタ...

ベルトルト「えっ、もう帰るの? もう少しここにいても、僕らは大丈夫だけど……」

アニ「私が居たくない。……それと」

ベルトルト「……それと?」

642: 2015/02/24(火) 23:43:19 ID:xvbtvm7o

アニ「……ハートもピンクも、どっちも嫌い」

ライナー「……!」

ベルトルト「アニ……」

アニ「だから、そんな風に変な気は回してくれなくていいから」

ライナー「……」

ベルトルト「……」

アニ「じゃあね。……それと、次の報告の日まで話しかけないで」スタスタ...

643: 2015/02/24(火) 23:44:05 ID:xvbtvm7o

―― しばらく後 とある井戸近く

ベルトルト「……」

ライナー「……」

ベルトルト「……ライナーのせいだよ」

ライナー「お前だって乗っかってきただろう」

ベルトルト「……」

ライナー「……」

ベルトルト「ハートの髪留め、欲しかったんだね」

ライナー「ピンク、好きだったんだな。あいつ」

ベルトルト「……早く言ってよ」

ライナー「お前もな。……しかしどうする? もう実習まで十日切っちまったぞ」

644: 2015/02/24(火) 23:44:52 ID:xvbtvm7o

ベルトルト「点数はたかが知れてるとはいえ、このままじゃいけないよね。兵士として溶け込むためには、そういう治療の技術は身につけておいたほうがいいと思うし」

ライナー「怪我人を前にして『私にはできません』じゃ通らないからな…… ――だが、今からあいつを説得するとなると骨が折れるぞ? この前だって相当意固地になってたのに、あの状態じゃあな……」

ベルトルト「……僕ら、アニを甘やかしすぎたんじゃないか? やっぱり繕い物は自分でやらせるべきだったのかもしれない」

ライナー「いや、俺は甘やかした覚えはないぞ? これまでだって何度か裁縫教えようとしただろ。お前がすぐに泣いて止めに入ったけどよ」

ベルトルト「だってさ……あんなに毎回毎回プスプスプスプス手に針刺してたら、アニの手がすぐに穴だらけになっちゃうよ。いくらなんでもかわいそうだ」

ライナー「穴が空いても治るんだからいいだろ」

ベルトルト「……そういう考え方、良くないと思うよ」

645: 2015/02/24(火) 23:45:33 ID:xvbtvm7o

ライナー「……」

ベルトルト「……」

ライナー「……で、だ。それとは別にもう一つ、気になることがある」

ベルトルト「気になること? 何?」

ライナー「あいつ、俺たちが来た時に懐に何か隠したろ? ありゃ一体なんだったんだ? 俺の位置からは見えなかったんだが……」

ベルトルト「ああ……たぶん、お守りか匂い袋だと思うよ。手のひらくらいの大きさしかなかったから、何か物を入れて持ち運ぶってわけじゃないだろうし」

ライナー「ほう、お守りか……そんなもんまで隠す必要ないのにな。恥ずかしかったのか?」ハハハ

ベルトルト「……」

ライナー「どうした、そんな浮かない顔して。お守りくらい何もおかしくねえだろ?」

ベルトルト「……あのさ、たぶん見間違いだとは思うんだけど……」

646: 2015/02/24(火) 23:46:20 ID:xvbtvm7o

ベルトルト「……アニが持ってたあの袋ってさ、どうも空っぽみたいなんだよね。確証はないんだけど……」

ライナー「……? それがどうした?」

ベルトルト「だからさ……お守りでも匂い袋でも、袋の中には何かしら入れておくものだろ? でも、あの袋はどう見てもぺったんこだったんだ。紙すら入ってなかったんじゃないかな、たぶん」

ライナー「……? いや、別にカラでもいいだろ? それに何の問題があるんだ?」

ベルトルト「よく考えてみてよ。……袋の中に何も入ってないってことは、その袋はお守りじゃないってことになるだろ?」



ベルトルト「……つまりアニは、お守りでもないただの空の袋を愛おしげに撫で付けて……更に、微笑みかけていたってことになる」



ライナー「……」

ベルトルト「……」

647: 2015/02/24(火) 23:47:02 ID:xvbtvm7o

ライナー「……やばいな」

ベルトルト「やばいよね」

ライナー「あいつ、袋と友だちになるほど思いつめていたのか……」

ベルトルト「……まあ、袋は滅多に裏切らないからね。話し相手としては打ってつけだと思うよ」

ライナー「……フォローになってるのか? それ」

ベルトルト「…………」

ライナー「……なあベルトルト、今からでも他の女子と交流を持つように言ったほうがいいんじゃないか? このままじゃアニが不憫すぎるぞ」

ライナー「あいつにだって、同年代の友人は必要だ。……少なくとも、裁縫を教えてもらえる程度には、仲良くなってもいいんじゃないか?」

ベルトルト「……壁内に友だちを作って、後から辛くなるのはアニだよ」

ライナー「だからって、今がどうでもいいってわけじゃないだろ」

ベルトルト「でも、友だちを作れって言ってもさ……今のこの時期から、どうやってきっかけを掴むんだよ。並の手段じゃ無理じゃないか?」

ライナー「そこで紹介したいのがこれだ」ザラザラ

648: 2015/02/24(火) 23:48:07 ID:xvbtvm7o

ベルトルト「……ビーズ?」

ライナー「超特大のスワロフスキーだ。今度馬術の訓練があるだろ? ――これで鞍をデコる」

ベルトルト「なるほど……! 『キラキラッ☆彡コーデで友だちと差を付けちゃえ! 夏のモテカワ馬術デビュー!』だね!」ポン

ライナー「いきなりじゃ緊張するかもしれんからな。まずは俺が次の馬術の時間にやってみせよう!」ワクワク

ベルトルト「ははっ、あまり目立ちすぎないでくれよ? あくまでもアニがデビューするのが目的なんだからさ」ハハッ

ライナー「わかってるって、心配するな。……それにアニの時は倍のビーズを付けてやろうと思ってるからな。俺はただの前座だ」フッ

ベルトルト「次の馬術訓練が楽しみだ……!」

ライナー「ベルトルト、見てろよ……! 俺のこの鞍で、他の奴らの度肝を抜いてやるぜ!」

649: 2015/02/24(火) 23:49:09 ID:xvbtvm7o

―― 数日後 兵舎裏

ベルトルト「……アニ」ガサガサ

アニ「遅い」

ベルトルト「ごめん。こっちにも色々あって……」

アニ「……? ライナーは? 今日はあいつが来る日でしょ?」

ベルトルト「……鞍の手入れをするから、今日は来れないって」

アニ「鞍?」





―― とある教室

ライナー「何故だ……! 何故鞍にスワロを散りばめてはいけないんだ……!」ブツブツ...

アルミン「僕にもさっぱりだよ。教官の考えてることがまるでわからない」

ライナー「こんなシャレオツな鞍なんて訓練所のどこを見回したってねえぞ! 教官はどこに目ぇ付けてんだ!」

アルミン「きっと時代がまだ追いついてないんだよ。気に病むことはないさ、ライナー」ポン

650: 2015/02/24(火) 23:49:52 ID:xvbtvm7o

ライナー(くそっ、おかしいぞ……! 今日の俺のコーデは完璧だったはずだ。その証拠に、周りの奴らが次から次へと俺の馬に群がってたしな……)

ライナー(方向性は間違っていないはずなんだが……教官に止められてはどうしようもない。だが、このままじゃアニがモテカワデビューできねえ……!)ギリッ...

ライナー(……それとも、俺が間違っていたのか? 教官のセンスのほうが真っ当ってことなのか……?)

ライナー「……なあアルミン。もしかして、間違ってるのは教官じゃなくて俺らなんじゃねえのか? お前はどう思う?」

アルミン「いいや、僕は全然そんなことないと思うよ? ――ねえエレン、僕らは間違ってると思う? 君から見てどうかな?」

エレン「そうだなぁ……強いて言うなら、夜道でも見えやすいように蛍光色を使うべきだったんじゃないか?」

ライナー「なるほど、蛍光色か……! いい着眼点だ!」ポン

アルミン「流石エレンだ!」パチパチ

651: 2015/02/24(火) 23:50:48 ID:xvbtvm7o

エレン「そういや最近、夜道でも光るビーズってのが出たらしいぜ。この前新聞にが載ってたぞ」

アルミン「でもそういう新商品って異常に高いだろ? 新商品を逐一追いかけるのって、訓練兵には辛いものがあるよね……」ハァ...

エレン「何言ってんだアルミン、その辛さがいいんだろ?」

ライナー「そうそう、辛い時はカタログ眺めてるだけで幸せになれるしな」

アルミン「カタログか……僕、もうどこに何がどこに載ってるか覚えちゃったんだよね」ハァ

エレン「848年発行XXX社手芸カタログ3巻、注文番号104534」

アルミン「シャンデリアフラワーのシルバー。大きさは35×20mm」

ライナー「171530」

アルミン「ガラスパールの4mm玉40個入り。色はオーキッド」

エレン「……すげぇなお前」

ライナー「早く新しいカタログが出るといいな、アルミン」

アルミン「せめて白黒じゃなくて、カラーだといいんだけどなぁ……」ハァ...

652: 2015/02/24(火) 23:51:36 ID:xvbtvm7o

エレン「……」

ライナー「……」

アルミン「……」

エレン「……あとさ、股ずれも心配だよな。そんなにゴツゴツしてると」

ライナー「ああ……そういうのもあったな。全然考えてなかった」

アルミン「股ずれに屈するデコレーションなんて聞いたことないよ」

エレン「……」

ライナー「……」

アルミン「……」

エレン「……続きやるか。全部剥がさなくちゃメシ抜きなんだろ? ったく、ひでぇよなぁ教官も」ベリベリ

ライナー「すまねえな二人とも、面倒なこと手伝わせちまって……」ベリベリ

アルミン「どうせ暇だったし大丈夫だよ。気にしないで」ベリベリ

655: 2015/03/31(火) 23:59:00 ID:izPERMKQ

――同刻 兵舎裏

アニ「今日はこんなところだね。ライナーにはあんたから伝えといてくれる?」

ベルトルト「わかった、任せておいて。……ところでさ、アニ」

アニ「何?」

ベルトルト「……あのさ」

アニ「……?」

ベルトルト(実習まで、もう一週間もない。……今日を逃したら、きっと間に合わない。教える時間もほぼなくなる……)

ベルトルト(……ライナーがいないんだから、僕だけで何とかアニを説得しないと)

ベルトルト「……その、今度の実習のことなんだけど」

アニ「……」

ベルトルト「君が裁縫苦手なことは知ってるし、点数にならない訓練には本気になれないこともわかってる。……でも、今回の実習だけは真面目に取り組んでおいたほうがいいと思うんだ」

656: 2015/03/31(火) 23:59:51 ID:izPERMKQ

ベルトルト「将来的にも、裁縫は覚えておいて損にはならない技術だし……アニさえよければ僕らで」

アニ「あんたたちは嫌」

ベルトルト「……」

アニ「嫌」

ベルトルト「……………………じゃ、じゃあ、僕かライナーのどっちか一人ならどう? それなら」

アニ「だから、どっちも嫌。……二人には、教わりたくない」

ベルトルト「……そ、そっか。嫌なんだ……そっか……」シュン...

アニ(今二人に教わったら、私の密かな努力が無駄になっちゃうからね。……せいぜい腰を抜かさないように身体を鍛えておけばいいさ)フフン

ベルトルト(僕たち、アニにそんなに嫌われてたのかなぁ……)

アニ「話はそれだけ? ――じゃあ私、先に戻るから」スタスタ...

ベルトルト「……うん。またね……」

ベルトルト(ごめん、ライナー……やっぱり僕には、アニの説得は無理だったよ……)

657: 2015/04/01(水) 00:00:41 ID:5BzD7sjw

――数日後 兵舎裏

アニ「……」チクチク...

コニー「おっ、ようやく玉どめできるようになったのか? やるじゃねえかアーニャ!」パチパチ

アニ「……どうも」

アニ(野戦治療実習まであと5日……このペースならなんとかなりそうだ)

アニ(ふふふふふ……! あいつらが腰を抜かす姿を見るのが楽しみだね……!)ワクワク

マルコ「……最近楽しそうだね。アニ」

アニ「楽しそう? ……私が?」

マルコ「うん。僕の見間違いじゃなければ、今もちょっとだけ笑ってたよね?」

アニ「…………」

マルコ「あのさ、怒らずに聞いてほしいんだけど……アニっていつも一人でいるから、こうやって集まるのは苦手なのかなって思ってたんだ」

マルコ「もし本当に苦手なら、誘って悪かったって思ってたからさ。……少なくとも、不快には思ってなさそうで安心したよ」

アニ「……やれることが増えると、誰だって嬉しくなるでしょ」

658: 2015/04/01(水) 00:01:27 ID:5BzD7sjw

アニ「それだけだよ。他に理由なんかない。――私は一人でいるほうが好きなのは本当だし、……楽しそうに見えるのも、あんたの気のせい。見間違いだよ」ドバドバ

マルコ「アニ、アニ!? 手!! 手から血が出てる!!」オロオロ

ユミル「おいおいおいおい、ベッチャベチャだぞお前」

アニ「………………これは、わざと染めたの」

コニー「んなわけねえだろ」

ユミル「ったく、アー……ニャは進歩がねえなぁ。私なんかもう並縫いを自分のものにしたぞ? どうだこれ!」シュルシュル

マルコ「引っ張ったところ全部ほどけてるよ」

ユミル「……なんでもかんでも糸で縫ってもらおうとするのは、甘えなんじゃないかと私は思う」ペタペタ

コニー「おい何塗ってんだ」

ユミル「のり」ペタペタ

659: 2015/04/01(水) 00:02:13 ID:5BzD7sjw

マルコ「……紙のりでくっつけてもすぐ剥がれるよ」ペリペリ

ユミル「ああっ!? ――おい何すんだよマルコ! 二人を無理矢理引き剥がしてそんなに楽しいかぁっ!!」

マルコ「僕がやらなくてもそのうち剥がれてたと思うけど」

コニー「あーあ、二人とも生地こんなにしちまって……」デローン...

アニ「私たちが悪いんじゃない。生地が根性ないんだよ」

ユミル「この布と私たちとの相性が悪いんじゃないか?」

マルコ「相性や根性の問題だったらこんなに手こずってないよ」

コニー「っつうか、アーニャは縫うときに力が入り過ぎなんだよな。逆にユーミールは力……ってか、手の抜きすぎだ」

アニ「入れてないよ」

ユミル「抜いてねえよ」

コニー「お前らがそう言ってもこっちは見ればわかるんだよ。布は正直だからな。例えばアーニャの縫ったこの布だが――ちょっと糸抜くぞ?」シュルッ

660: 2015/04/01(水) 00:03:05 ID:5BzD7sjw


   ― ◯ ― ・ ― ◯ ― ◯ ― ◯ ― ・ ― ・ ― ◯ ―


コニー「ほら、針の通った穴見てみろよ。針よりもひと回りくらいでかくなってるところがあるだろ?」

アニ「……? みんなそうでしょ?」

マルコ「少なくとも僕やコニーはなってないよ。……ほら」


   ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ― ・ ―


ユミル「おー、本当だ」

661: 2015/04/01(水) 00:03:57 ID:5BzD7sjw

コニー「革を縫うわけじゃねえんだし、もう少し手から力抜いて縫ってみろよ。あと布に針を刺すときに勢いはいらねえぞ」

アニ「……でも、もし針が通らなかったら」

コニー「そんなろくでもねえ布渡してねえよ」

マルコ「布と勝負してるわけじゃないんだし、もっと気楽に構えなよ。アニ」

アニ「……ん。わかった」

662: 2015/04/01(水) 00:07:39 ID:5BzD7sjw

コニー「んで、ユーミールの方だが……お前はまずこのガッタガタの縫い目をどうにかしろ」


   ― ・ \ .  ̄ ・ / ゜ ― ・ _ ・ \ ・ / ・ ―


ユミル「私は枠にハマらない女だからな」

マルコ「そういう問題じゃないだろ?」

コニー「別に直線にしろとは言わねえけどよ、縫ってくうちに端に寄ってくのだけでも気をつけようぜ」

ユミル「端のほうから自発的に近寄ってきてるんじゃないか?」

マルコ「布はそんなことしません」

コニー「あとは……二人に言えることなんだけどさ」

663: 2015/04/01(水) 00:09:29 ID:5BzD7sjw

コニー「お前ら、縫うときはちゃんと針と糸と布を見ろよな。なんで毎度毎度目ぇ閉じてるんだ?」

マルコ「……えっ、閉じてたの!? 目を!?」

コニー「おう。前回気づいたんだけどさ、二人とも布に針刺す瞬間にどこも見てねえんだよ。危ねえからやめたほうがいいぞ」

マルコ「……アニ? ユミル?」

アニ「……だって手に針刺さったら痛いし」

ユミル「あまり熱心に見つめてたら、針が緊張して布に刺さってくれないかもしれないだろ?」

マルコ「きちんと見てないから手に針が刺さるし、針が布にうまく刺さらないんだよ」

アニ「……そうなの?」

ユミル「そんなバカな……!」

マルコ(二人の手元ばかり見てたから全然気が付かなかった……まさか、こんな初歩的なことだったなんて……)

マルコ「……二人とも、試しに目を開いたまま並縫いしてみてくれないか?」スッ

664: 2015/04/01(水) 00:10:36 ID:5BzD7sjw
今日はここまで 続きはできたら今週中
しばらく裁縫講座になる予定

666: 2015/04/05(日) 23:17:17 ID:RZ.LeUNE

―― 一番手・ユミル

ユミル「……」シュッ

マルコ「それはもういいから」

コニー「二人とも本当に上手くなったよなぁ、糸通し」

ユミル「私とアーニャは日々成長してるからな。今では目を閉じたままでも針に糸を通せる気がするくらいだ」

マルコ「だから目は開けろって言ってるじゃないか」

ユミル「それで、並縫いすればいいんだったよな? ………………………………えっと」

マルコ「こっちが布の裏だよ」

ユミル「……」プス

アニ「今のところは目が開いてるね」

コニー「やり始めたばっかりだしなー」

667: 2015/04/05(日) 23:18:05 ID:RZ.LeUNE

ユミル「……」プスッ...プスッ...

マルコ「ユミル、また端に寄ってるよ」

コニー「針じゃなくて布を動かしたほうが真っ直ぐな線になりやすいぞー」

ユミル(……布? 布を動かす……??)

ユミル「…………」

ユミル「…………ふんっ! ふんっ!」バッサバッサ

コニー「違ぇよ! ていうか針がついた布を振り回すんじゃねえ!」

マルコ「ユミル、そうじゃないよ。――いいかい? まずは右手の針を左手の布に刺すだろ?」

ユミル「……刺した」プス

マルコ「今、ユミルは布に針を刺すときに針を下に向けて刺したよね。その時左手はどうなってる?」

668: 2015/04/05(日) 23:18:49 ID:RZ.LeUNE

ユミル「全力で布を引っ張ってる」

コニー「なんでだよ」

ユミル「なんでも何も、こうしないと真っ直ぐ刺さらないだろ?」

マルコ「でもさ、実際は布を引っ張りすぎて、刺す場所を毎回間違えてるよね?」

ユミル「まあ………………そうとも言うな」

マルコ「ええと、なんて言えばいいのかな……布は割りと自由に動くけど、針は真っ直ぐなままだろ?」

マルコ「だから、縫うときに動かすのは針じゃなくて布なんだ。真っ直ぐな針に合わせて縫いやすいように、布を上下に動かしていくんだよ」

ユミル「ほうほう、布を……」



コニー「……なあアーニャ、マルコは何言ってるんだ?」ヒソヒソ

アニ「なんであんたがわかんないの?」

669: 2015/04/05(日) 23:19:35 ID:RZ.LeUNE

ユミル「……? ?? む、難しいな……??」チクチク...

マルコ「そう? ――だったら、紙に円を描くときのことを想像してみるのはどうかな?」

マルコ「綺麗な円を描きたいなら、鉛筆じゃなくて紙を動かすほうが上手に書けるだろ? 針と布もそれと同じだよ」

ユミル「……………………」

コニー「ほらほら目ぇ閉じてるぞ目」

ユミル「ぐっ……! くそっ、見てろよお前ら……!」チクッチクッ

670: 2015/04/05(日) 23:20:20 ID:RZ.LeUNE

―― 二番手・アニ

マルコ「さあ、次はアーニャの番だよ。因みに布の裏はこっちだからね」

アニ「……あのさ」

マルコ「何?」

アニ「瞬きはどれくらいの間隔でしたらいいの? 三秒くらい?」

マルコ「どれくらいって言われても……アニの好きな間隔でいいと思うよ」

アニ「……わかった」

アニ(目を閉じずに刺す、力を無理に入れない、勢いもつけない……)ブツブツ...

671: 2015/04/05(日) 23:21:06 ID:RZ.LeUNE



アニ「…………………………………………」ジーッ...



ユミル「いやいや、いくらなんでも見過ぎだろ」

コニー「まだ力入ってんぞ、アーニャ。……あと、針は五本指で持たなくても大丈夫だからな」

アニ「くっ……! この指を離したら、制御しきれるかどうか自信がないんだよ……っ!」プルプル...

コニー「ただの針と糸だっての」

アニ(……大丈夫。私は糸通しだってできるようになったんだから……! 並縫いだってきっとできる、できるはず……!)グググッ...

672: 2015/04/05(日) 23:23:09 ID:RZ.LeUNE

アニ「……やぁっ!」ブスッ!!

コニー「だから勢いつけるなってば!!」

ユミル「目も閉じてたぞ今」

マルコ「最後の瞬きをしてから、針を布に刺すまでの時間が長すぎるんだ。――ねえア……アーニャ。針を刺す瞬間に目を閉じてちゃ、いつまで経っても上手にならないよ?」

アニ「わかってるよ。……わかってるけど」

コニー「うーん、なんで治んねえのかなぁ……もしかして、また手に針刺すのが怖いのか? アーニャ」

アニ「……怖くないよ。全然怖くない。もう慣れてるし」ブンブン

コニー「慣れるほど刺すなよ」

673: 2015/04/05(日) 23:24:05 ID:RZ.LeUNE

ユミル「でもさぁ、昔っからあんなにプスプスプスプス指に針刺してんだろ? だとすると、裁縫すること自体が怖くなっててもおかしくないよな」

アニ「……? どういうこと?」

ユミル「だから、『慣れた』って思ってるのはお前の頭の中でだけだってことだよ。……もしそうなら、私たちにはどうにもできないってことになるぞ」

アニ「……でも、糸通しはできたじゃない」

ユミル「そりゃあ、厳密に言えば糸通しは『裁縫』じゃないからな」

アニ「…………」

アニ(……どうしよう。このままだと私、一生裁縫できないんじゃ……)

674: 2015/04/05(日) 23:24:48 ID:RZ.LeUNE

マルコ「それならせめて、肩から力を抜くことだけでも心がけようか。それならできるだろ? アーニャ」

アニ「……力を抜いても、手に針が刺さったら同じでしょ」

マルコ「同じじゃないよ。針は深く刺されば痛いけど、軽く当たるだけなら血だって滅多に出ないんだ。――ほら、見てごらん」プスプス

アニ「!! ……あんた、なんで自分の手に刺して……!」

マルコ「平気だよ。これくらいじゃ全然痛くないからね」プスプス

コニー「そもそもなんでお前、手に針刺しても我慢してるんだよ? 普通は怪我したくないから、自分で自然と加減するもんじゃねえのか?」プスプス

ユミル「そうそう、もっと気軽に刺そうぜ!」プスプス

マルコ「いや、気軽に刺すのはどうかと思うけど……」

アニ「気軽に……」

675: 2015/04/05(日) 23:25:47 ID:RZ.LeUNE

マルコ「怖いなら、針が布に刺さる瞬間は目を閉じててもいいよ。ただし、その前の段階まではしっかり目の前に集中するんだ」

マルコ「こうやって針先を布に宛がった後、自分の指と針先の位置を充分に確認して……ほら、これなら目を閉じたままでもできるだろ?」シュッ

コニー「すげえ! 裁縫って目ぇ閉じたままでもできるのか!」

ユミル「それで進めてったら逆に怖そうだけどな」

マルコ「そりゃあコニーや僕が縫うような速度でやったら怖いけど、ひと針ひと針確認して縫う分には大丈夫だよ。……はい、じゃあ縫ってみて。ゆっくりでいいからね」

アニ「…………」

アニ(刺しても、大丈夫。……大丈夫だから、力は入れない。入れない……)



アニ「…………………………」チクッ...



マルコ「そうそう、その調子その調子」

676: 2015/04/05(日) 23:26:51 ID:RZ.LeUNE

―― 夜の女子寮

ミカサ「……ふぅ」ゴロゴロ...

ミカサ(久々のお風呂、気持ちよかった……)

ミカサ(一緒に行ったサシャとミーナが遅いから、置いて出てきてしまったけれど……)チラッ



アニ「……………………」モゾッ...モゾッ...



ミカサ「…………」

ミカサ(……二人きりだと気まずい)ソワソワ

677: 2015/04/05(日) 23:27:35 ID:RZ.LeUNE

ミカサ(クリスタやユミルはどこに行ったんだろう。誰でもいいから、早く帰ってきてほしい――)

アニ「あっ」

ミカサ「」ビクッ

アニ「……………………あー」

ミカサ「……」

ミカサ(な、何? 何事? 何かあったの……?)オロオロ...

アニ(あーあ、糸なくなっちゃった……じゃあ次は、赤で練習してみようかな)ゴソゴソ...

ミカサ(……気になる。さっきから何をしてるんだろう)チラッチラッ

678: 2015/04/05(日) 23:28:21 ID:RZ.LeUNE

ミカサ「……ねえアニ、お風呂には行かないの?」

アニ(それとも、まだ赤は早いかな……あっ、このピンクもいいかも。……かわいい)キュン

ミカサ「…………」

ミカサ(無視された……)シュン...

ミカサ「あの、……アニ? お風呂は……」

アニ(この端切れも縫うところなくなってきたし、そろそろ別のに変えようかな。明日マルコに言って新しいのもらおうっと)

ミカサ「……アニ、お風呂」

アニ(……練習するだけなら、ハンカチとかでもいいのかな。後で糸ほどけばもう一回使えるよね)

ミカサ「おふろ……」

アニ(確かまだ、血がべったりついたのがその辺にあったはず――)クルッ

679: 2015/04/05(日) 23:29:13 ID:RZ.LeUNE

アニ「……」

ミカサ「……」

アニ「……どうも」

ミカサ「……こ、こんばんは」

アニ「……」

ミカサ「……」

アニ「…………ミカサ、いたの?」

ミカサ「いた。……ずっといた」

アニ「…………いつから?」

ミカサ「五分くらい前からいた。……今気づいたの?」

アニ「……まあね」

アニ(いつ戻ってきたんだろ、気付かなかった……)

ミカサ(よかった……! 無視されてるわけじゃなかった! よかった!)ホッ

680: 2015/04/05(日) 23:29:56 ID:RZ.LeUNE

ミカサ「あの……あのねアニ。お風呂がある。今日はお風呂の日。知ってる?」

アニ「お風呂? ……知ってるけど、今日はいいよ。遠慮しとく」

アニ(こっちはそれどころじゃないからね。……消灯まで、もう少しだけ進めておきたいし)

ミカサ「駄目。次のお風呂は三日後だからちゃんと入ったほうがいい。というか入るべき」ブンブン

アニ「だから、今日はいらないって。やることがあるから放っておいてくれない?」

ミカサ「やることがあるって……さっきから何をしてるの?」ヒョコッ

アニ「! ちょっ、何勝手に見て――」

681: 2015/04/05(日) 23:30:48 ID:RZ.LeUNE



ミカサ「…………………………」



アニ(ああ……しまった。ミカサに見られた……!)

ミカサ(な、なんなの……? この物体はいったい何……!?)

ミカサ(端切れの端から端まで、びっしりと並縫いが施してある……! しかも上のほうはちょっとドス黒い……!?)

ミカサ「……これは何なの。アニ」

アニ「…………」プイ

ミカサ「無視しないで、ちゃんと説明して。……みんなが寝る空間に、このような呪術的な道具を置いてはいけない」

アニ「そんなんじゃないよ」

ミカサ「じゃあ何?」

682: 2015/04/05(日) 23:31:39 ID:RZ.LeUNE

アニ「……ひ、拾ったの」

ミカサ「今あなたがガッツリ持ってたでしょ?」

アニ「見間違いじゃない?」

ミカサ「誤魔化さないで。私はちゃんと見てた」

アニ「…………」

ミカサ「もう一度聞く。――これは何?」

アニ「それは……」

アニ(見られたんじゃ仕方がない。……正直に話すしかないか)

アニ「……次の実習の練習してたの」

ミカサ「練習……?」

アニ「……私、裁縫下手だから」

ミカサ「……」

アニ「他に理由なんてないよ。……もういいでしょ。それ返して」スッ

ミカサ「……」ヒョイ

683: 2015/04/05(日) 23:32:30 ID:RZ.LeUNE

アニ「……」

ミカサ「……」

アニ「……」ピョンピョン

ミカサ「……」ヒョイヒョイ

アニ「……」

ミカサ「……」

アニ「……ミカサ。怒るよ」

ミカサ「……実習では、並縫いは使わない」

アニ「は? ……何の話?」

684: 2015/04/05(日) 23:33:16 ID:RZ.LeUNE

ミカサ「この縫い方で傷口を縫えば、後から傷口が突っ張ってしまう。裁縫道具を使って練習するなら、かがり縫いを身につけなくちゃいけない」

アニ「……そうなの?」

アニ(そういえば、マルコがそんなことを言ってたような……)

ミカサ「かがり縫いは知ってる? やったことはある?」

アニ「……知らないよ。下手だって言ったでしょ」

ミカサ「そう。……ねえアニ。他にいらない布はある?」

アニ「布? ……ハンカチならあるけど」

ミカサ「わかった。……じゃあちょっと待ってて」ゴソゴソ...

685: 2015/04/05(日) 23:33:56 ID:RZ.LeUNE

アニ「……? 何? 何してるの?」

ミカサ「端切れ、まだ持ってたはずだからアニにあげる。……黄色でいい?」

アニ「いいけど……何するつもり?」

ミカサ「かがり縫い、私が教えてあげる。……アニがよければだけど」

アニ「……何それ。いきなりどういう風の吹き回し?」

ミカサ「……私も、最初の頃は裁縫が得意じゃなかった。かなり不器用だった」

686: 2015/04/05(日) 23:34:46 ID:RZ.LeUNE

ミカサ「開拓地にいたおばあさんや……お母さんに教えてもらって、ちょっとずつできるようになっていった。――今あなたにこうやって教えるのは、その人への恩返し」

アニ「……恩返し」

ミカサ「……と、言われたことがある」

アニ「……つまり、あんたが私に裁縫を教えることが、その人たちへの恩返しになるってわけ?」

ミカサ「そう。……だから、私が今からやることは気にしなくてもいい」

ミカサ「もし、それでも気にかかるなら……今度はアニが、誰かにこのことを教えてあげて。裁縫ってそういうものだから。……私は、そう教わったから」

アニ「……」

ミカサ「まずは私がやってみせるから、アニは針と端切れを手に持って…………………………ちょっ、ちょっと待って待って、目はちゃんと開けなきゃ危ない! 目は開いて! ――違う違う違うそこに刺さない私の手元をよく見て! 見なさい!! ちゃんと見なさいって言ってるでしょ!!」

690: 2015/04/27(月) 21:51:53 ID:bL0YPLwM

―― 五分後

ミカサ「……」ゼエハア

ミカサ(さ、叫びすぎた……酸欠でふらふらする……)

ミカサ(でも、あれだけ言ったんだからアニだってわかってくれたはず。私の努力は無駄になってなんか――)チラッ



アニ「……」プス



ミカサ「……」

ミカサ(……また目を閉じてる)

ミカサ「アニ、目を開けて」

アニ「嫌」

ミカサ「……そんな縫い方じゃ怪我をする。聞き入れて」

アニ「……」プイ

ミカサ「」イラッ

691: 2015/04/27(月) 21:52:57 ID:bL0YPLwM

ミカサ(……駄目駄目、落ち着いて。ここで怒ってはいけない。無闇やたらに叱っては、アニの教育上非常によろしくない。気をつけないと……)

ミカサ(第一、こんな超絶技巧よりももっと優先して教えるべきことがあったはず。アニに裁縫を教えた人は一体何を考えているの? ……そもそも、誰が教えたのだろう)

ミカサ(とにかく、まずはあの危なっかしいやり方を矯正しなければ。……よし)

ミカサ「……」スクッ スタスタ...

アニ「ミカサ? どこか行くの?」

ミカサ「いいえ、どこにも行かない。座る位置を変えるだけ。……よいしょ」ストン

アニ「……? なんで私の後ろに座るわけ?」

ミカサ「すぐにわかる。――こうするの」スッ

692: 2015/04/27(月) 21:53:51 ID:bL0YPLwM

―― 同刻 女子寮廊下

ミーナ「ミカサってば、私たちのこと置いて帰っちゃったんだねー。……そんな長風呂してたわけじゃないんだけどなぁ」

サシャ「全くミカサったら、仲間を置いて帰るなんて酷いですよね! 帰ったら文句を言って明日のパンを3食分要求しましょう! ミーナはスープでもいいですか?」

ミーナ「ううん、私はいらない。……ところでさ、今ってアニとミカサが部屋で二人っきりってことだよね?」

サシャ「そうですねー。お風呂に入る前にユミルとクリスタでどっか行っちゃいましたから、戻ってきてないとそういうことになりますね」

ミーナ「二人きりだとどういう会話してるのか気にならない?」

サシャ「なりません」

ミーナ「私は気になる。……といわけで、サシャはちょっとその辺で待ってて。私、二人の会話盗み聞きしてくるから」

サシャ「えー……私、明日は当番があるので早く寝たいんですけど」

ミーナ「そういえば、さっきあっちのほうに芋が転がっていくのを見たような気がするなぁ」ポン

サシャ「……ちょっと見回りに行ってきますね!」ダッ

ミーナ「はいはい。いってらっしゃーい。……さてと」

ミーナ(あの二人はいったいどんな会話をしてるのかなー、っと……)ヒョコッ

693: 2015/04/27(月) 21:54:51 ID:bL0YPLwM

  『ちょっと、どこ触ってるの……っ、やだっ……』

   『そんなに恥ずかしがらなくてもいいでしょう? ……大丈夫。私に任せて』

  『……』

   『アニ、力を入れては駄目。……このままじゃ動かせない』

  『だ、だって……、その……』

   『怖いの?』

  『……いきなりこんなの、やめてよ。他の人に見られたらどうするの?』

   『廊下から見られたとしても、何をやっているかまではわからない。だから平気』

  『……! ――ちょっと! 私、初めてだって言っ……』

   『……震えてる』

  『…………』

   『安心して。……私が責任を持って、優しく教えてあげるから』

  『ミカサ……』

694: 2015/04/27(月) 21:55:58 ID:bL0YPLwM



ミーナ「…………………………………………」



ミーナ(……えっ? えっ? どういうこと??)

ミーナ(ミカサが後ろからアニを抱きしめてて、それで……手を握って…………?)

ミーナ「…………」

サシャ「ちょっとミーナ、どこにもお芋ありませんでしたよ! どうなってるんですか!」プンスカ

695: 2015/04/27(月) 21:56:51 ID:bL0YPLwM

ミーナ「……」

サシャ「……? ミーナ? どうかしました?」

ミーナ「……思い出した」

サシャ「はい? 何をです?」

ミーナ「今思い出した。ミカサはまだお風呂に入ってるんだった」

サシャ「えぇー……? でも、私たちがお風呂から出た時は誰もいませんでしたよ。脱衣所に服もなかったですし」

ミーナ「それは…………その、あれだよ、ミカサは服のまま湯船に入っていたんだよ! ……たぶん?」

サシャ「いえ、私に聞かれても知りませんけど」

696: 2015/04/27(月) 21:57:53 ID:bL0YPLwM

ミーナ「というわけで戻ろうサシャ。ミカサをお風呂まで迎えに行こう?」グイグイ

サシャ「迎えって……ミカサなら勝手に一人で帰って来ると思いますよ? ほっときましょうよー」

ミーナ「そんなことないよ……そんなことないよ! ミカサだって、サシャが探しに来てくれるの待ってるはずだよ!! だって仲間なんだから!!」ブンブン

サシャ「そう言われましても……私、もう眠いんですけど」

ミーナ「私眠くない!!」

サシャ「ミーナじゃなくて、私が眠いんですってば。……あっ、そうだ! だったらアニに頼みましょうよ。確かまだお風呂入ってないんですよね?」ポン

ミーナ「……えっ、アニに?」

サシャ「そうですそうです。中にいるんでしょう? アニ」

697: 2015/04/27(月) 21:58:43 ID:bL0YPLwM

ミーナ「アニは……………………えっと、あの、いい感じだから無理」

サシャ「いい感じ……? ぐっすり寝てるってことですか?」

ミーナ「そうそうそう、そんな感じそんな感じ」

サシャ「じゃあ叩き起こしましょう」スタスタ...

ミーナ「いやいや駄目だよ駄目だよ、せっかく気持ちよさそうに眠ってるのにかわいそうでしょ!?」グイグイ

サシャ「……まあ、そうですね。確かにぐっすり寝てるところを起こされるのは嫌ですよね」

ミーナ「でしょでしょ? ――じゃあ、サシャが今やるべきこともわかるよね?」

サシャ「私もお布団入って寝ます。おやすみなさい」スタスタ...

ミーナ「いやいやいやいや待って待ってお願いちょっと待って!!」グイグイ

ミーナ(ど、どうしよう……! このままじゃアニとミカサの…………何かヤバい諸々がみんなに広まっちゃう! 私が何とか時間を稼がないと……!)

698: 2015/04/27(月) 21:59:31 ID:bL0YPLwM

ミーナ「えっと、えっと……ね、ねえサシャ、よく考えてみて? サシャが苦しかったり辛かったりした時、支えてくれる人がいるでしょう? そういう人のことってなんていう?」

サシャ「お医者さんです」

ミーナ「違うよ仲間だよ!! ――いい? ミカサは今、サシャが助けに来てくれるのを浴槽の底でじっと待ってるの!! わかるよね!?」

サシャ「いえ、ミーナが何を言い出したのか全くわかんないです」

ミーナ「私はね……サシャには、仲間の一大事を見て見ぬふりする子になってほしくないの。だから一緒にお風呂に行こう? ねっ、いいでしょ?」

サシャ「……ミカサの手に負えない一大事を、私たちでどうこうできるとは思えないんですが」

ミーナ「……」

サシャ「寝てもいいですか?」

699: 2015/04/27(月) 22:00:08 ID:bL0YPLwM

ミーナ「……さっき私、芋があっちを転がっていくのを見たって言ったよね」

サシャ「……? はぁ、そうですね。結局何もありませんでしたけど」

ミーナ「その子ってさぁ……もしかして、サシャが持ってるコイモちゃんの、生き別れの家族だったんじゃない?」

サシャ「えっ……? でも、コニーは家族は作らないって――」

ミーナ「……異母兄妹だったとか」ボソッ

サシャ「……! いっ、イモ兄妹……!?」

700: 2015/04/27(月) 22:00:52 ID:bL0YPLwM

ミーナ「コイモちゃんのお兄ちゃんはね……幸せな家庭にもらわれていった妹を一目見に、食料庫からここまではるばるやってきたの」

ミーナ「何故なら……お兄ちゃんは明日の朝食のスープに入れられてしまうから!!」

サシャ「そ、そんな……!! 悲しすぎますそんなの!! なんとかできないんですか!?」

ミーナ「うーん、そうだねぇ……私には、今すぐ食料庫に行ってお兄ちゃんを助け出しに行くくらいしか思いつかないかなぁ」

サシャ「行きましょうミーナ! 家族が離れ離れになるなんていけないことです! 今すぐ行きましょう!! ついでに色々物色してきましょう私お肉ある場所知ってます!! さあ早く!!」グイグイ

ミーナ「…………うん、行こっか」

ミーナ(まさかイモに負けるなんて……ミカサ、かわいそう)

701: 2015/04/27(月) 22:01:33 ID:bL0YPLwM

―― 同刻 女子寮 ユミルたちの部屋

アニ「……? ねえ、今何か聞こえなかった?」

ミカサ「聞こえない。……いいからアニ、私の手元をよく見て。ちゃんと集中して」

アニ「……あのさ」

ミカサ「何?」

アニ「この体勢はなんなの? ……恥ずかしいんだけど」

ミカサ「これなら絶対に手には刺さらない。それに、目で見るだけじゃなくて手も動かしたほうが理解も早まる」

アニ「だからって、こんな……手取り足取りみたいな教え方しなくていいでしょ? 子どもじゃないんだから……」

ミカサ「はじめて字書きの練習をするときは、親や先生にこうやって手を添えてもらいながら教えてもらうでしょう? それと一緒。何も恥ずべきことじゃない」

アニ「……」

ミカサ「さあ、力を抜いて。……大丈夫。ゆっくり進めるから、焦らなくていい」チクチク...

702: 2015/04/27(月) 22:02:17 ID:bL0YPLwM

―― 同刻 とある教室

クリスタ「……はい。ボタン付けたよ」プツンッ

ユミル「おおー! ありがとなークリスタ、これで着れるシャツが増える!」グッ

クリスタ「ふふっ、ならよかった。――他に縫ってほしいものはある?」

ユミル「そうだなぁ……私の心にポッカリと開いた大きな穴かな……」

クリスタ「ないなら戻ろっか。お風呂にも入りに行きたいし」ゴソゴソ

ユミル「あるあるすまんもう一個ある!! ――実はさ、部屋着の膝のあて布が擦り切れちまったんだ。ほら、三ヶ月と五日前にやってもらっただろ?」

クリスタ「どれどれ、ちょっと見せて? ……あ、本当だ。じゃあ今直しちゃうね」

703: 2015/04/27(月) 22:03:05 ID:bL0YPLwM

ユミル「……糸通すのか? 通すのか?」ソワソワ

クリスタ「通すよ。今度は茶色だね」ゴソゴソ

ユミル「糸通しやってもいいか? いいだろ? なっ?」クイクイ

クリスタ「いいけど……糸通しが好きだなんて変わってるよね、ユミル。――それじゃあお願いね」スッ

ユミル「よっしゃ! 糸通しは私に任せろー!」シュッ

クリスタ「わぁっ、早い! ……ユミルってば、いつの間に糸通しなんてできるようになったの? しかもこんなにすんなり……」

ユミル「ふふふふふ……何せ成長期だからな、私は」フフン

クリスタ「へえ……成長期ってすごいんだね。私、糸通しが苦手だから羨ましいなぁ……」ハァ

ユミル「なら、私が糸通しのコツってのを教えてやるよ! ……ああでも、クリスタの髪が一本でも減っちまうのは困るな……」ブツブツ...

クリスタ「?」

704: 2015/04/27(月) 22:03:50 ID:bL0YPLwM

―― 同刻 男子寮 エレンたちの部屋

ライナー「……そうか。お前から言っても駄目だったか」

ベルトルト「うん、ごめん……僕なりに、頑張ってはみたんだけど」

ライナー「いや、別にお前を責めてるわけじゃないから気にするな。俺が一人で行ったところで結果は同じだろうしな」

ベルトルト「でも、このままだと傷口を縫うための実習が止血の実習になっちゃうよ?」

ライナー「仮にそうなったとしても、前回の実習の復習になっていいんじゃないか? 試験をする暇も省けるだろ」ハハハ

ベルトルト「……………………」

ライナー「…………いや、すまん。俺が悪かった」シュン

ベルトルト「全く……冗談を言ってる場合じゃないだろ? 状況を考えてくれよ、状況を」

ライナー「……おう」ショボン...

705: 2015/04/27(月) 22:04:33 ID:bL0YPLwM

ベルトルト「それに、止血の実習をすると廃棄される人形が必ず1体か2体出るじゃないか。彼らの犠牲をもう忘れたのかい?」

ライナー「いや、覚えてるぞ。――えーっと……あいつらの名前なんだっけか……? “腰ばきのレオン”?」

ベルトルト「誰だよそれ。……ジョセフィーヌちゃんとアンドレーくんだよ」

ライナー「……ああ! 上半身裸の男とシフォンワンピースを着た可愛い子ちゃんだな!」ポン

ベルトルト「……でもさぁ、あのワンピースは正直ないよねー」

ライナー「だよな。――そうだな、俺だったらもう少しこう……落ち着いた色にするかな。巨人に狙われにくくなるように目立たない色を選ぶ」カキカキ...

ベルトルト「えっ、そこ? ワンピースのデザイン自体はいいの?」

ライナー「問題ない。俺は好きだぞああいうの」

ベルトルト「……ライナー、ふわふわした格好大好きだよね」

ライナー「その言い方は止めろ!! 周りに誤解を与えるだろうが!!」

706: 2015/04/27(月) 22:05:29 ID:bL0YPLwM

ライナー「……」

ベルトルト「……」

ライナー「じゃなかった、違う! 今はジョセフィーヌの格好なんてどうでもいい!!」ビリビリ

ベルトルト「そうだよ、アニの裁縫の件だよ! ……それで、どうしようか。もう打てる対策なんてほぼないけど」

ライナー「……人形に、あらかじめ血が目立たないような服を着させておくのはどうだ」

ベルトルト「うーん……悪くないアイディアだとは思うけど、何体分縫う気なの?」

ライナー「ええと……人で一班で、訓練兵が二百人ちょいだから……」ブツブツ...

ベルトルト「……」

ライナー「……四十体ほどだな! 俺とお前で二十体ずつ担当しよう」

ベルトルト「どう考えても無理だろ」

ライナー「だよなぁ……」ハァ

710: 2015/05/31(日) 14:36:29 ID:5wC5fUSc

ライナー「ところでお前、次の休みの日は空いてるか? 当番とかないよな?」

ベルトルト「……? うん、今のところは何もないよ。どうかした?」

ライナー「こうなったら荒療治しかねえだろ。……朝のうちにアニを捕まえて、一日みっちり付き添って裁縫を教える。暇ならお前も付き合え」

ベルトルト「……! わかった、そういうことなら協力するよ。二人がかりならなんとかなるかもしれないしね」

ライナー「そうとなれば、まずは教材を用意しなくちゃな。なるべく女子が好む、かわいい題材を選ぼうじゃないか」

ベルトルト「そういえば、カタログに初心者用のキットの見本があったような……あ、あった。これを参考にして用意すればいいんじゃないかな」ペラッ

ライナー「なるほど……『森のどうぶつたち』と『かわいいお花ばたけ』か。……よし、花でいいよな?」

ベルトルト「えっ? どう考えても動物でしょ?」

ライナー「……」

ベルトルト「……」

711: 2015/05/31(日) 14:37:56 ID:5wC5fUSc

ライナー「……アニと言えば花だろ。お前、小さいころによくわからん花で冠を作ってもらったこともう忘れたのか?」

ベルトルト「忘れるわけないじゃないか! ……ライナーこそ、アニが野良猫と一緒ににゃーにゃー話してる姿覚えてないんじゃないの? あの時のアニはとってもかわいかっただろ!」

ライナー「何言ってるんだ、にゃーにゃーだけじゃなくてわんわん言ってたこともしっかり覚えてるに決まってるだろ! ……けどな、野原で適当に選んだ花を組み合わせて小さい花束を作っていたアニのほうが何倍もかわいかったぞ!!」

ベルトルト「くっ、確かにそのアニも捨てがたいところではあるけれど……でも僕は、山でうさぎと追いかけっこしてたアニのほうがもっともっとかわいいと思うよ! 鳴き声がわからないからって『ぴょんぴょん』って喋ってた時なんかもう最高だったじゃないか! そうだろ!?」

ライナー「……そうかもしれんが」

ベルトルト「だろ?」

712: 2015/05/31(日) 14:38:39 ID:5wC5fUSc

ライナー「……でも俺は花がいいと思う」

ベルトルト「僕は動物じゃないと嫌だ」

ライナー「……」

ベルトルト「……」

ライナー「……ちっ。話にならん」ギスギス

ベルトルト「ライナーがこんなにわからず屋だとは思わなかったよ」ギスギス

ライナー「その言葉、そっくりそのまま返させてもらうぞ。……もういっそのこと、お互い別々にキットを作らないか? それでどっちがいいかアニに選んでもらおう」

ベルトルト「いいよ、そうしよう。――まあ、僕のが選ばれると思うけどね」

ライナー「言ってろ。……次の休みの日、覚えてろよ」

713: 2015/05/31(日) 14:39:28 ID:5wC5fUSc

―― 数日後 休日の朝 兵舎裏

アニ「こんな朝早くに呼び出して何の話? ……私、用事あるんだけど」

ライナー「残念だが、その用事は諦めてもらうしかないな」

ベルトルト「僕たちが何を言いたいかわかるだろ? アニ」

アニ「全然」ブンブン

ライナー「とぼけるな。……野戦治療実習のことだ。『知らない』とは言わせねえぞ」

ベルトルト「君が実習で困らないように、僕たちが今日一日付きっきりで裁縫を教えるよ。できるようになるまでとことん付き合うからね」

アニ「別にいいよ、そんなの。……今は特に困ってないし」

ライナー「よくねえ」ズイッ

ベルトルト「これから困ったらまずいから教えるんじゃないか」ズイッ

アニ「近いんだけど」

714: 2015/05/31(日) 14:40:14 ID:5wC5fUSc

ライナー「おそらくお前のことだ、端切れをチクチク縫い合わせる練習じゃあ物足りないって言うんだろ? ――そこでおすすめしたいのがこの『初心者専用キット・お花ばたけでの思い出』だ。いくつかの段階を踏めば、最終的に大きな花束を抱えたお前の人形が完成する」

ベルトルト「いや、ここは『初心者専用キット・動物たちとの約束』がいいと思うよ。簡単な課題をこなすだけで、最終的に6種類の動物に囲まれた君の人形が完成するんだ。ライナーのなんかよりこっちのほうが断然いいと思うよ」

アニ「……どっちも嫌なんだけど」

ライナー「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!! 前々から思っていたがお前には兵士としての責任感が足りんぞ!!」ガミガミ

ベルトルト「ライナーの言うとおりだ! これは間接的にだけど任務に関わることなんだよ!?」ガミガミ

アニ「……」イライラ

ライナー「さて、どちらのキットにするかは後で決めてもらうとして……そうだな、先に最終的な目標だけ教えておこう。ゴール地点は両方とも同じだからな」

ベルトルト「アニにとってはかなり難しいかもしれないんだけど……一度も出血しないで、ここからここまでまつり縫いで縫えるようになることが最終的な目標だよ。頑張ろうね」

ライナー「今はまつり縫いってのがなんなのかわからないかもしれんが、そう心配するな! 俺の『初心者専用キット・お花ばたけでの思い出』を最後までやりきれば、お前は裁縫のプロになれる! 必ずだ!」

ベルトルト「いや、ここは僕の『初心者専用キット・動物たちとの約束』でワンランク上の技術を手に入れよう! 実習で使う縫い方だけじゃなくて、ボタン付けや裾のほつれの直し方みたいな実用的なテクニックも盛り込んであるんだ! ここで覚えておけばいつかきっと役に立つはずだよ!」

アニ「…………」

アニ(こいつら、どこまでも人のことを馬鹿にして……)イライライライラ...

715: 2015/05/31(日) 14:41:05 ID:5wC5fUSc

アニ「……その端切れ、貸して」

ライナー「これをか? ――お前もしかして、引き千切ってなかったことにしようってんじゃ」ハッ

アニ「いいから貸して」

ライナー「…………ほらよ」スッ

アニ「……」ゴソゴソ... パカッ

ベルトルト(……! あれ、僕とライナーで作った裁縫箱だ……!)キュン

ライナー(あいつ、普段から持ち歩くほど気に入ってくれたのか……!)キュン

アニ「……」ゴソゴソ...

ライナー「……お、おい? なんで針を手に取ってるんだ? 危ないぞ?」ソワソワ

ベルトルト「待ってよアニ、まだ僕たち針の持ち方なんて教えてないよ? ……あのさ、縫い針には糸を通す穴っていうのがあって、そこに糸を通さなくちゃいけないんだけどこれがまた難しくてああああああ危ない危ない怪我しちゃう気をつけて!!」ビクビク



アニ「……」シュッ



ライナー「」

ベルトルト「」

716: 2015/05/31(日) 14:41:47 ID:5wC5fUSc

アニ(よかった……ちゃんと通った)ホッ

アニ「まつり縫いでいいの?」

ライナー「……」

ベルトルト「……」

アニ「ちょっと、聞いてる?」ツンツン

ライナー(今のはなんだ……? アニはいったい何をやったんだ……?)

ベルトルト(まさか、一人で糸通しを……? ――いや、ありえない。あのアニが出血せずに、それも一回で針に糸を通すなんて絶対にありえない……!)

アニ(……もういいや。勝手にやろうっと)プスッ

ライナー「あっあぁあっあぁぁあ危ねええぇぇええっ!! 危ねえよ気をつけろ何してんだぁっ!!」ビクビク

ベルトルト「ひいぃっ!! あああああアニ、気をつけて気をつけて手元見て!! お願いだから!!」ガタガタ

アニ「うるさい」チクチク...

717: 2015/05/31(日) 14:42:42 ID:5wC5fUSc

アニ「……」チクチク...

ライナー「……」スッ

ベルトルト「……」スッ

アニ「包帯も消毒液もいらないからしまいなよ。――はい、これでどう? ちゃんと縫ったしもう行っていいかい?」スッ

ベルトルト(うっ、嘘だっ……! 少し縒れてるけどちゃんとできてる……!?)

ライナー「いいや、まだだ! 玉留めするまでが裁縫だ!」

ベルトルト「!? 待ってくれライナー! アニが玉留めなんて高度なこと、できるわけが――」チラッ



アニ「……」シュッ ...プツンッ



ベルトルト(できちゃった)

ライナー(う、嘘だろ……? あのぶきっちょさんなアニが、こんなにも簡単に……!?)ガタガタ...

718: 2015/05/31(日) 14:43:27 ID:5wC5fUSc

アニ「さてと。……次はあんたたちが縫う番だね」ポイ

ライナー「はっ? ……い、いや、俺たちはできるから別にやらなくてもいいんじゃ」

ベルトルト「――やれよライナー」

ライナー「……! ベルトルト……」



ベルトルト「兵士としての責任を……教えてやるんだろ?」



ライナー「……」ハッ

アニ「……」

アニ(なんでベルトルトが偉そうにしてるんだろ)

ライナー「あぁ……そうだな。兵士には引けない状況がある。――今がそうだ!」キリッ

719: 2015/05/31(日) 14:44:14 ID:5wC5fUSc

ライナー「…………」チクチク...チクチク...

ベルトルト「……」

ベルトルト(アニより丁寧に縫おうとしてるせいで、逆に遅くなってる……)

アニ「ねえ、もう私帰ってもいい? 本当に急いでるんだけど」

ベルトルト「あ、うん。わかった、ライナーには僕から言っておくよ。……あのさ、帰る前に一ついいかな」

アニ「何?」

ベルトルト「裁縫、誰から教わったの? ……びっくりしたよ。ついこの間まで僕らに繕い物を頼んでたのに、いきなりあんな風に縫えるようになってるんだからさ」

アニ「……」

ベルトルト「同室の……ミーナとかに教わったのかい? それとも誰か他の――」

アニ「……言いたくない」プイ

ベルトルト「……そっか」

アニ「……」

アニ(教えないほうがいいよね。……二人に教えたら、菓子折持って突撃しそうだし)

ベルトルト(何かお礼の品を作ったほうがいいよなぁ……後でライナーと相談しないと)グッ

720: 2015/05/31(日) 14:45:09 ID:5wC5fUSc

―― しばらく後 昼前の兵舎裏

ユミル「なあコニー、これでどうだ? ちゃんとまつり縫いになってるよな?」

コニー「どれどれ……おおっ、よくできてるじゃんか!」

ユミル「……へへへ、まあなー」ニヤニヤ

アニ「私もできたよ。……見てくれる? マルコ」

マルコ「いいよ、ちょっと貸してくれる? ……うん。縫い目も曲がってないし、いいんじゃないかな。すごく丁寧に仕上がってると思うよ」

アニ「…………そう。ならいいけど」プイ

マルコ(……覆面で見えないけど、たぶん照れてるなよなぁ。これは……)ジーッ...

コニー「しっかし、こんな短期間でここまで上手くなるとは……よくやったなぁ、ユーミールにアーニャ」

ユミル「私たちは才能に満ちあふれているからな」

アニ「能ある鷹は爪を隠すって言うからね」

マルコ「才能の片鱗が見えるまでとんでもなく苦労したけどね」

721: 2015/05/31(日) 14:45:51 ID:5wC5fUSc

ユミル「……ところでコニー、例のブツは?」ソワソワ

コニー「ああ、ちゃんとできてるぞ。――ほい、頼まれてた…………えーっと、チアノーゼ?」

ユミル「チアガールだ。……おおっ! すげぇ、ちゃんとプリーツスカートになってるじゃんか……!」ワクワク

アニ「……ねえ、私のマーメイドドレスは? まだ?」クイクイ

コニー「そっちもできてるって。……ほらよ。お前の希望した通り、白いサテン生地で作ったぞ」

アニ「……!」ピクッ

マルコ(あっ、喜んでる)

コニー「これでお前らから頼まれた分は全部渡したはずだよな? ――んじゃ、この集まりは今日で終わりってことでいいんだろ? もう教えることもないし、明日からはここに来なくてもいいんだよな?」

ユミル「私たちが困った時はいつでも駆けつけてきてくれていいからな」

アニ「用事ができたらまた呼ぶから、夜道と背後には常に気をつけなよ」

コニー「…………」

マルコ「『今までありがとう』だってさ」

コニー「……おう。どういたしまして」

722: 2015/05/31(日) 14:46:51 ID:5wC5fUSc

マルコ「僕からも改めてお礼を言わせてくれ。――コニー、本当にありがとう。できれば何か、お礼をしたいところなんだけど……」

コニー「あー……別にそんなのいいって。俺が最初に言ったことを守ってくれりゃあそれでいいぞ」

ユミル「裁縫を悪用しない」

アニ「コニーの家族に手を出さない」

コニー「約束だかんな!! お前ら絶対破るなよ!?」

ユミル「わかってるわかってる」

アニ「善処するよ」

コニー「ぜっ……? ぜ、ゼンショスルーってなんだよ!! 難しい言葉使ってんじゃねえぞ!?」ガミガミ

マルコ「コニー、善処するってのは……えっと、『約束は破らないように頑張ります』っていう意味だよ。――心配しなくても大丈夫、僕がちゃんと二人を見張っとくからさ」

コニー「そ、そうか。ならいいけどよ……とにかく、その二つを守ってくれさえすれば俺はそれで……っと、そうだ。そういえばもう一つ言っておきたいことがあったんだった」ポン

アニ「……ボタン付けは、そのうちできるようになるから」プイ

ユミル「裾直しは……! 裾直しだけは見逃してくれ……!」

コニー「それは別にどうでもいい」

723: 2015/05/31(日) 14:47:53 ID:5wC5fUSc

コニー「その人形……ピンクわたウサギの赤ちゃんだっけ? ――大切にしてやってくれよな、そいつのこと」

ユミル「何言ってんだ当たり前だろ!」ナデナデ

アニ「全力で愛でてるけど?」ナデナデ

マルコ「二人とも、それただの袋だよ、本物はこっち」サッ

コニー「ああ、大切にしてくれるならそれでいいんだ。……実は最近、俺もぬいぐるみを二体ほどかわいがってたんだけどさ」

マルコ「……えっ?」

マルコ(コニーったら、いつの間にそんなことを……最近ってことは、寮の部屋が分かれた後の話だよな? ……同室のジャンやアルミンは知ってるんだろうか)

ユミル「へえ、お前がぬいぐるみをか? 想像つかねえな」

アニ「……私は、ちょっとわかる気がするよ。あんたは意外と面倒見いいからね」

コニー「意外は余計だっての。……それでさ、部屋のみんなも一緒になって、そのぬいぐるみを――」

マルコ「みんな一緒に!?」ビクッ!!

コニー「うわっ!? ……そ、そうだよ、みんな一緒にだよ」ビクビク

マルコ「…………一緒に……」

マルコ(みんなってことは……ジャンとアルミンに、エレンに……ライナーとベルトルト……? あ、あの五人が、ぬいぐるみを……??)

724: 2015/05/31(日) 14:48:43 ID:5wC5fUSc

マルコ(待てよ? そういえば前に、コニーが手芸教室をやってるって言ってたよな。そこでぬいぐるみの手直しをしてるらしいし……)

マルコ(もしかして、そのぬいぐるみの手直しを部屋のみんなが手伝っているのを指して『かわいがってる』って言ったのかもしれない。……きっとそうだ、そうに決まってる……!)

コニー「……と、とにかくだな、そのぬいぐるみたちをみんなで世話してたんだよ。毎日毎日手入れしたり、添い寝してもらったり、夜通し話し込んだり……俺たち、本当に大切にしてたんだ」

マルコ「……ぬいぐるみを、だよね?」

コニー「ぬいぐるみだぞ?」

マルコ「…………」

ユミル(ふーん、割とがっつりかわいがってたんだなー……どこの誰かはわかんねえけど)

アニ(……コニーと同室って誰だろ。あとでライナーとベルトルトにそれとなく聞いてみようかな)

コニー「そのうちの一人に、俺がぬいぐるみの手入れの方法を教えたんだけどさ。キャン……そのぬいぐるみの世話してる間、すっげえニコニコ笑ってるんだよな。それこそ、普段見せないような笑顔でさ」

725: 2015/05/31(日) 14:49:26 ID:5wC5fUSc

コニー「そういう奴らをずっとそばで見てきたから……できれば俺、自分のじゃない人形でも粗末に扱ってほしくねえんだよ。……わかってくれるか?」

ユミル「ああ、わかったよ。……しかし、あのむさっ苦しい男どもの中にそんな奇特な連中がいるとはな」

アニ「手入れまで覚えるなんてすごい奴がいたもんだね。……会ったことないけど尊敬するよ」

マルコ「…………」

コニー「まあ、俺の作った服はお前らにやったもんだから好きにしてくれていいけどよ。その人形だけは大切にしてやってくれよな? 飽きて捨てるくらいなら、他の誰かにあげてやってくれ」

アニ「大丈夫。飽きる予定はないから」サワサワ

ユミル「捨てるつもりもないな」サワサワ

マルコ「…………」

コニー「んじゃ、そういうことで頼むわ。……じゃあな、もう二度と呼ぶんじゃねえぞー!」クルッ タッタッタッ...

726: 2015/05/31(日) 14:50:08 ID:5wC5fUSc

ユミル「『ここで別れたとしても常にお前を見張っているぞ……!』って付け加えておいたほうがよかったかな」

アニ「『そう遠くないうちに、我々と貴様は再び相まみえるだろう……必ずだ!』っていうのはどう?」

マルコ「…………」

ユミル「……? なんだよマルコ、さっきから顔色悪いぞ? 腹でも痛いのか?」

アニ「……水、必要なら汲んでくるけど」

マルコ「いや……大丈夫だよ、ありがとう」

マルコ(……今はまだ、みんなのことはあまり考えないようにしておこう。本人たちに聞く前に、こっちで勝手に決めつけるのはよくないよな……)

ユミル「さて、それじゃあ私も寮に帰るかな。昼メシまでまだ時間あるし、適当に寝て過ごすとするか」

アニ「私も一旦戻るよ。――あんたはどうする? マルコ」

マルコ「ああ……僕はもうちょっとここにいるよ。色々考えたいことがあるし…… ……あ、そうだ」ゴソゴソ...

747: 2015/06/15(月) 22:16:58 ID:02yW4J5I

マルコ「確か次はユミルの番だったよね? ――はい、人形」スッ

ユミル「ああ、そういやそうだったな。……」

マルコ「……? ユミル?」

ユミル「……いや、今は受け取らないでおく。実習が終わるまで、お前が預かっておいてくれ。マルコ」

マルコ「僕が?」

アニ「あんたを飛ばして私が持ってるっていうのは駄目なわけ?」

ユミル「駄目だ。私もお前も、人形持ってたら絶対遊ぶだろうからな」

アニ「……否定はできないね」

マルコ(……アニもユミルも遊んでるのか……)

ユミル「頑張ったご褒美……ってのとはちょっと違うけど、試験が終わるまでは物理的に断っておいたほうがいい。そのほうがやる気も出るだろうからな。――というわけで、実習が終わったらまたここに集合な、マルコ」

マルコ「……一応聞いておきたいんだけどさ、この人形の交換っていつまでやるつもりなんだ? もしかして……」

アニ「私は取り敢えず卒業までって考えてるけど」

マルコ「……そっか。うん、なるほどね……」

マルコ(結構長いな……僕、卒業までバレずに持ってられるんだろうか)ハァ

748: 2015/06/15(月) 22:17:58 ID:02yW4J5I

―― しばらく後 女子寮

アニ(せっかくもらったんだから、マーメイドドレス着せてみたかったな……実習の後なんて、とてもじゃないけど待ちきれないよ)ソワソワ...

ユミル「……なあアニ」

アニ「? 何?」

ユミル「実習が終わった後の話なんだけどさ……次は、お前がマルコから人形受け取れ」

アニ「え? ……いいの?」

ユミル「いい。……それと、これもお前にやるわ」スッ

アニ「やるって何を…… ……ちょっとユミル、これ……」

ユミル「私がコニーに作ってもらった人形の服だ。お前にもらわれたほうが幸せだろ」

アニ「……」

ユミル「私は、今回限りでこういうことは止める。……やらなくちゃいけないことがあるからな」

ユミル(最近は実習のことばかり気にして、他の訓練まで手が回ってなかったからな。クリスタを十番内に入れるためには、そろそろ動き出さないと間に合わなくなる。……人形遊びは、これでおしまいだ)

ユミル「んじゃ、そういうことだから。……マルコと仲良くやれよ、アニ」

アニ「……待ちなよ」

749: 2015/06/15(月) 22:18:42 ID:02yW4J5I

アニ「これは……この服は、コニーがあんたのために作ったものだよ。私は受け取れない」

ユミル「けど、私が持ってても仕方がないだろ? どうせマルコは人形いらないって言うだろうから、次の持ち主は必然的にお前ってことに――」

アニ「……私も、いらない。受け取れない」

ユミル「はぁ? ……あのなぁアニ。都合が悪いからってわざわざ私に便乗しようとしなくても――」

アニ「便乗してるわけじゃない。……本当はわかってたけど、言い出せなかっただけ」

アニ(ユミルだけじゃない。……私も、やらなくちゃいけないことがある)

アニ(憲兵になって、内地に入り込むために……任務のためには、いつまでもこうして遊んでいるわけにはいかない。あいつらだってちゃんとやってるんだから……)

ユミル「……おいおい。じゃあどうすんだよ? 早速コニーとの約束破っちまうことになるぞ?」

ユミル「それともマルコにあの人形のことを愛でてもらうのか? んなことしたら、すぐに男子寮中の笑いものになっちまうぞ」

アニ「その辺は大丈夫だよ。……私に、考えがあるから」

750: 2015/06/15(月) 22:19:40 ID:02yW4J5I

―― 午後 資料室

マルコ(あの後、コニーたちの部屋に行ったけど誰もいなかった)

マルコ(兵舎の中もくまなく探したけど見つからない。……みんな、どこに行ったんだ?)

マルコ(コニーが言っていたことが本当なのか、本人たちから直接聞きたかったのに……)



   ・   「「はぁ……」」



   「……? マルコ?」

マルコ「ミカサ……と、サシャ? ……ああ、二人で勉強中なのかい?」

ミカサ「違う。……私は見張られている」ハァ

マルコ「見張られてる……?」

サシャ「ねえマルコ、マルコはクロワッサンて知ってますか? 外はサクサク中はふんわり、濃厚なバターの匂いがたまらな」

ミカサ「エレンたちが街に出るというので、ついていこうとした。……そしたら『ついてくるな』と言われたあげく、クロワッサンで買収されたサシャを押しつけられた」

サシャ「押しつきました!」エッヘン

751: 2015/06/15(月) 22:20:30 ID:02yW4J5I

マルコ「へえ……じゃあエレンとアルミンの二人で買い物に行ったわけか。ミカサにないしょで何を買うんだろうね」

ミカサ「……何を買うかは想像がつく」ボソッ

ミカサ(おそらく、手芸用品でも買いに行ったんだろうけど……休日まで付き合わされるなんて、エレンがかわいそう。帰ってきたら、話をたくさん聞いてあげないと……)

サシャ「マルコ、二人じゃないですよ? ジャンも一緒らしいです」

マルコ「へー、そうなんだ……えっ? ジャンも?」

ミカサ「! サシャ……!」

マルコ(どういうことだ……? アルミンがいるとはいえ、エレンとジャンが揃って一緒に買い物に? 一体なんでそんなことに……)

ミカサ(……まずい。確かマルコはアルミンやジャンと仲がよかったはず。もし二人の手芸狂いを知ったら、さぞかしショックを受けるんじゃないだろうか)



ミカサ(とにかく、アルミンとジャンのことは絶対にバレないようにしよう)

マルコ(とにかく、サシャからもう少し情報を聞きだそう)

サシャ(クロワッサン楽しみですねー)ホクホク

752: 2015/06/15(月) 22:21:15 ID:02yW4J5I

マルコ「ねえサシャ、三人がどこに出かけたのか知ってる?」

ミカサ(……! いきなり核心を突いた質問を……! 流石はマルコ、鋭い……!)

サシャ「はい、知ってますよ! えーっと、確かお店の名前はシュゲ――」

ミカサ「サシャ、話してはいけない。話さなかったら晩ご飯のパンをあなたにあげる」

サシャ「えっ、本当ですか!?」ガタッ

マルコ「……!」

マルコ(ミカサが買収を仕掛けてきた……! ということは、ミカサは三人が出かけた場所と理由を知っている上で、僕に話さないでいるってことか? しかも、サシャにパンをやってまで……)

マルコ(ミカサがそういうことをするってことは、単なるいじわるでやっているわけじゃないんだろうけど……ごめんミカサ、それでもどうしても僕は気になるんだ!)

マルコ「なら僕は、更にスープを付けよう。そして食事当番の子に頼んで芋の量も倍にしてもらう」

サシャ「私、マルコのこと今日から神様って呼びます。こんにちは神様!」

マルコ「はい、こんにちは」

ミカサ「では私は更にクロワッサンを一つ付けよう。なんならチョコクロでも構わない」

サシャ「ちょ、チョコクロ……!? チョコクロ食べたいです! やったーミカサありがとうございます!」ワーイ

753: 2015/06/15(月) 22:22:05 ID:02yW4J5I

マルコ「クロワッサン二個にプレッツェルを追加だ。僕はキャラメル味が特においしいプレッツェルの店を知っているよ、サシャ」

サシャ「キャラメル味のプレッツェル……!? えっ、なんですかそれ食べてみたいです神様!!」

ミカサ「ならば更にこちらはベーグルを足そう。もっちり生地は一度食べたらヤミツキになるはず。きっとサシャも気に入るだろう」

サシャ「わぁっ、ベーグルもいいですね……! でも、クロワッサンにプレッツェルにベーグルってちょっと多すぎなんじゃ――」

マルコ「スコーン四つ追加」

ミカサ「よっ、四つ……!? 正気なのマルコ!!」ガタッ

サシャ「えっ? えっ?? ……あ、あの、二人とも落ち着いてくださいよ。私そんなに食べられませんからね!? まあ嬉しいのは嬉しいんですけど限度ってものが」

ミカサ「デニッシュを三つ」

サシャ「人の話聞いてます!?」

マルコ「バターロール五つ」

754: 2015/06/15(月) 22:23:10 ID:02yW4J5I

ミカサ「…………仕方がない。マカロンを一箱」

マルコ「一箱と言っても幅がありすぎるし、マカロンのサイズだってばらつきがある。具体的な数値で示してくれないと話にならないよ」

ミカサ「ぐっ……では、これくらいのサイズのマカロンを十個」

マルコ「サシャ、マカロンのサイズを記録しておいてくれ。もちろん今までのも全部だよ」

サシャ「えっ? なんで私が……」

ミカサ「あなたのものになるんだから当たり前。ほら、チラシをあげるから早く書いて。――ではマルコ、続けよう」

マルコ「望むところだ」

サシャ「ううっ……! ミカサを見守るだけの簡単な仕事のはずだったのに、なんでこんなことにぃ……」カキカキ...

755: 2015/06/15(月) 22:23:57 ID:02yW4J5I

―― 二時間後

ミカサ「ならば私は猪二頭を狩ってこよう。もちろん解体も調理も私がやる。これならサシャもきっと満足してくれるはず」

マルコ「僕は更に鹿を三頭仕留めてくるよ。――ねえサシャ、君は鹿肉好きだよね?」

サシャ「えっ? あ、はい……お肉は大体好きですけど……」

ミカサ「……じゃあ私はクマを四頭削」

サシャ「あ、あの! ……すみません、ちょっといいですか?」

ミカサ「よくない」

マルコ「今忙しい」

サシャ「そんなこと言わないでくださいよ……えっと、紙にもう書くところがなくなっちゃったんですけどどうしたらいいですかね? 新しい紙に続けて書けばいいですか?」

ミカサ「……そんなに書いたの?」

サシャ「そんなにって……そもそも、二人が書けって言ったんじゃないですか」

マルコ「書くところがなくなるほど話しこんでたなんて信じられないな……サシャ、その紙見せてくれるかい?」

サシャ「はぁ、いいですけど」ペラッ

756: 2015/06/15(月) 22:25:22 ID:02yW4J5I

マルコ「……多すぎないか?」

ミカサ「ええ。私もそう思う」

サシャ「そう言われましても、私はただ単に言われたことを書き取ってただけですし……」

ミカサ「第一、この鴨肉一キロがまずありえない。こんなもの、訓練兵の給金で買えるわけがない」

マルコ「そうだね、肉類は全てなかったことにしよう」

サシャ「えっ? ――で、でも、猪とか鹿とか熊は残しておいても、」

マルコ「狩猟が許可されている区域はこの訓練所からは遠すぎる。そこから運搬してくる手間を考えると現実的じゃないよ」

ミカサ「というわけでサシャ。お肉を消して」

サシャ「……私が自分の手で消していくんですか? お肉を?」

ミカサ「そう。早くして」

サシャ「ううっ……! 私の、私のお肉が……!」ケシケシ...

757: 2015/06/15(月) 22:26:30 ID:02yW4J5I

マルコ「……うん、これで大分減ったね」ニッコリ

サシャ「減りすぎですよ……」

ミカサ「かといって、残ったこれらを全て一日で揃えるというのはどう考えても無理。――もう少し話し合って、双方が納得できるラインを探っていこう」

マルコ「異議なし」

サシャ「異議ありです!! 一日が無理なら分割払いじゃいけないんですか!?」

ミカサ「駄目」

マルコ「駄目だよ」

サシャ「……そ、そんなぁ……」ショボーン...

ミカサ「さてマルコ、話し合いを続けよう。――まずはサシャへの報酬に、どれだけ費用をかけるかだけど」

マルコ「ええと、僕らがひと月にもらう給金がこれくらいだろ? そこから考えると……」ブツブツ...

758: 2015/06/15(月) 22:27:35 ID:02yW4J5I

―― 夕方 廊下

アルミン「ふう、一日中歩きっぱなしで疲れたな……でも、思ったよりたくさん買えたね!」

エレン「在庫処分セールって素敵な響きだよな! 客はお求めやすい値段で商品を手に入れられて、店は不良在庫を一気に駆逐することができる……!」

ジャン「大量にあるセール品の中から、掘り出し物を探すのがまた楽しいんだよな! ――見ろよ、このハートモチーフのピンク水玉2段ギャザーレース……! これぞ正に職人技! 真っ白なレースの上に淡いパステル系のピンクを重ね合わせることで、揺れ動く繊細な乙女心を表現した見事な」

エレン「そんなことよりアルミン、サシャにやるクロワッサン持ってきたか? 潰れてねえよな?」

アルミン「うん、ついでにラッピングもしておいたよ。今日買ったばかりのレースペーパーを使ってみたんだけどどうかな?」スッ

エレン「くっ……! なんだよ、かわいいじゃねえか……!///」キュン

ジャン「ったく、お前のセンスには一生追いつけそうにねえな。アルミン」キュン

アルミン「やだなぁ、そんなに褒めないでよ……///」ウフフ

759: 2015/06/15(月) 22:28:28 ID:02yW4J5I

―― 夜 食堂

サシャ「…………」ドヨーン

サシャ(あの後減りに減らされて、結局私の手元に残ったのは……)

ミカサ「サシャ、元気を出して。今度クッキー買ってあげるって言ったでしょう? しかも大きいのを二枚も」

サシャ「……二枚じゃ少ないです」クスン

ミカサ「わがままを言ってはいけない」メッ

サシャ「何故私が怒られてるんですかね……? ここに書いてあるものを全部くれるって言ったのは、ミカサとマルコなのに……」ブツブツ...



エレン「よぉミカサ、サシャ。――ここいいか?」

アルミン「ただいまー」

ジャン「あー、腹減った腹減った」

ミカサ「……! おかえりなさい、三人とも」

760: 2015/06/15(月) 22:29:15 ID:02yW4J5I

サシャ「……遅かったですね」ジトッ

ジャン「あぁ? ……なんだよ、別にいいだろ門限も守ってんだから」

サシャ「…………」ムスッ

サシャ(人がどんなに辛い目にあったかも知らないで……)ウジウジ...

ミカサ「……エレン、ちょっといい? 二人だけで話したいことがある」クイクイ

エレン「話したいこと……? 今すぐか?」

ミカサ「手遅れになると困るから、早いほうがいい」

エレン「それなら、時間ももったいないし端っこのほうで二人で食べながら話そうぜ。――悪いな、そういうわけで抜けるわ」ガタッ

ジャン「……………………おう」チッ

アルミン「行ってらっしゃーい」フリフリ

761: 2015/06/15(月) 22:29:57 ID:02yW4J5I

アルミン「さてと。……はいサシャ、約束してたクロワッサン。昼前に買ったから少ししぼんでるけど、味は変わらないはずだよ」

サシャ「……! クロワッサン……!?」

ジャン「わざわざ並んで買ってきてやったんだから感謝しろよな」

サシャ「…………」

アルミン「……? どうしたの? もしかしてこれじゃなかった?」

サシャ「いえ、合ってます。合ってますけど……本当にもらっていいんですか? 後から没収とかしませんよね? 大丈夫ですよね?」ソワソワ

ジャン「んなことしねえよ。何言ってんだお前」

アルミン「これは僕らがサシャのために買ってきたものだから、そんなことしないよ。味わって食べてね」

サシャ「ううっ……! ありがとうございますありがとうございます……! 私、お昼の間ずーっと辛くってぇ……!」グスグス

ジャン「おいおい、大袈裟だな……昼メシ抜きにでもなったのか? ――ん? なんだこの紙」ピラッ

アルミン「模様が描いてあるね。包装紙か何か?」チラッ

762: 2015/06/15(月) 22:30:40 ID:02yW4J5I

アルミン(……じゃない。包装紙じゃない。模様でもない。なんだこれ……なんだこれ?)

ジャン(黒い文字が、端から端までびっしり並んでやがる……)ゾワゾワ

サシャ「あ、それ全部私が書いたんです。すごく大変だったんですよ!」

ジャン「……この食べ物の羅列を?」

サシャ「はい!」

アルミン(わあ。いい返事)

ジャン(どんだけ腹減ってたんだよこいつ)

アルミン(最初のほうは割とまともだけど、中盤からだんだんおかしくなってるよ……納屋いっぱいの小麦に、教官室を埋め尽くす芋……? どうやって運び込むんだ……?)

ジャン(大木の表面全体に生えた椎茸に、彩り野菜のスープパスタ……? ってか、なんでところどころにイラストが描いてあるんだ? こっちのはマカロンか?)

アルミン(シェフの気まぐれ&こだわり窯焼きピザ、ごろっとフルーツ盛りだくさんのクレープ……?? ……大衆食堂のメニューかな? 違うか……)

763: 2015/06/15(月) 22:31:25 ID:02yW4J5I

ジャン(いくらなんでも、こりゃやりすぎだろ……呪いに使う紙みたいになってんじゃねえか)

サシャ「まあ、書いたっていうか書かされたっていうほうが正しいんですけどね。あはは……」

アルミン「あの……サシャ、ごめんね?」

サシャ「へっ? 何がです?」キョトン

アルミン「だってさ、ほら……クロワッサン一個だけじゃ、全然足りないよね? 気が回らなくて、本当にごめん……」シュン

アルミン(ここまでするほど、お腹が減ってたなんて……)

アルミン(こんなことなら、レジ横に置いてあったラスクも買ってきてあげたほうがよかったかなぁ……)ハァ

サシャ(……! もしかして、何か勘違いされてる……!?)ハッ

764: 2015/06/15(月) 22:32:11 ID:02yW4J5I

サシャ「アルミン、違うんです! それは元々ですね、ミカサとマルコがくれるはずのもので、」

アルミン「これ全部もらう気だったの!?」

ジャン「エグすぎるぞお前……これ全部揃えたら、憲兵の生涯年収のざっと三倍はかかるんじゃねえか?」

サシャ「それは……その、そうなんですけど! でも……」

アルミン「……サシャ。いくら仲間とはいっても、越えちゃいけないラインってあると思うんだ。わかるよね?」

ジャン「食い気もほどほどにな」

サシャ「いや、そうじゃなくて……! これはミカサとマルコが言ったのを私が書き留めただけで、決して私からこの品物全部を要求したわけじゃ――」

アルミン「ああ、まあ……うん。二人は優しいからね」

ジャン「お前感謝しろよ? 他の奴らならたぶん紙見せた時点でキレてるぞ?」

サシャ「だから違うんですってば! もう!!」

サシャ(あああああ……! また私に変なイメージがついちゃったじゃないですか!! ミカサにマルコ、恨みますよ……!!)

765: 2015/06/15(月) 22:32:58 ID:02yW4J5I

―― 食堂 端っこのテーブル

エレン「よし、ここならいいだろ。――で? なんだよ話って」

ミカサ「話は特にない」

エレン「おい」

ミカサ「今日は、特に疲れたんじゃないかと思った。……ので、あそこから連れ出した」

エレン「そりゃあ、歩き回ったから少しは疲れてるけどな。訓練ほどじゃねえよ」

ミカサ「……そう」

エレン「……」

エレン(これは……あれか。一人で留守番させられて拗ねてんのかな、ミカサ)

エレン(けど一緒に連れてったら、『無駄遣いするな』って怒られて生地もそんなに買えなかっただろうしな。あの調査兵団の紋章が入った金ボタンとか、見られたら絶対没収される……)ハァ...

ミカサ「……!」

ミカサ(エレンがため息を吐いている……! ――やはり、今日は過酷な一日だったのだろう)

ミカサ(同じ部屋で生活しているだけであんなに辛そうだったのに、一日中ずっと一緒にいたのならそのストレスは尋常ではないはず……!)

ミカサ(ここは私なりの方法で、エレンに気分転換をさせてあげないと……!)

766: 2015/06/15(月) 22:34:09 ID:02yW4J5I

ミカサ「……エレン。晩ごはんの後、時間はある?」

エレン「ん? ……あー、まあ、あるというかないというか……」

エレン(メシ食い終わったら戦利品の選別しようと思ってたんだが、拗ねてるミカサを放っておくのもなー……)

エレン(昼間は寂しい思いしたんだろうし、何かしたいことがあるなら少しだけ付き合ってやっても――)

ミカサ「じゃあ……じゃあ。もしよかったら、なのだけれど……」モジモジ

エレン「なんだよ、遠慮しないではっきり言えって、はっきり」

ミカサ「……うん、わかった。――あのね、エレン」





ミカサ「……私と一緒に、筋トレする?」

エレン「え? しねえけど?」


.

767: 2015/06/15(月) 22:34:54 ID:02yW4J5I

ミカサ「……」

エレン「……」

ミカサ「……じゃあランニングを」

エレン「しない」

ミカサ「……そう」シュン

エレン「……」

エレン(なんで『疲れてる?』って聞いた後に筋トレだのランニングだの勧めてくるんだ……? どうなってんだよミカサの頭の中は……)

ミカサ(断られた……ストレス発散には、身体を動かすのが一番だと思ったのに)ショボン

エレン「あー……あのさ。お前がしたいってんなら付き合うぞ? 筋トレ」

ミカサ「ううん、いい。……エレンがしたくないなら、しない」

エレン「そうか? ならいいけどよ……」チラッ

768: 2015/06/15(月) 22:35:41 ID:02yW4J5I

エレン「……ところで、そのマフラーって俺がお前にやったんだよな?」

ミカサ「えっ? ……うん、そうだけど」

エレン「そうか……」

エレン(……くそっ、アレンジしてえ……! めちゃくちゃに弄り倒してえ……!)ウズウズ...

エレン(でも首に巻くもんだからな。あまりゴテゴテした装飾は似合わないどころか邪魔になるだけだ。もうちょっと何かこう、工夫しねえと……)チラチラ ジーッ...

ミカサ(……? なんだろう、エレンが何か言いたげな顔でこっちを見ている)

ミカサ「私の顔に何かついてる? エレン」

エレン「ん? ……いや、ついてねえよ?」

ミカサ「……」

ミカサ(なら、そんなにじっと見ないでほしい……! 緊張する……!///)ドキドキ

エレン(マフラーに付けられて、日常的に使えるようなアクセサリー……? ――いや、それだと訓練の時に教官に没収される可能性があるからな。却下だ)

エレン(と、いうことは……休日に付けられるような、お出かけ仕様のものがいいんじゃねえか? それならもう少し派手なデザインでも大丈夫そうだな。でもミカサに派手なの似合うかな……)ウーン...

ミカサ(もしかして、このマフラーが臭うのだろうか? 一昨日洗ったばかりなのだけれど……)クンカクンカ

エレン(……! 今の匂いを嗅ぐ動き、ウサギに似てたな……そうだ! 作るなら動物モチーフの何かにしよう!)ポン

769: 2015/06/15(月) 22:36:28 ID:02yW4J5I

ミカサ「……マフラー」

エレン「? マフラーがどうかしたか?」

ミカサ「マフラーは、ちゃんと洗ってる。……ので、誤解しないでほしい」

エレン「? ?? おう……?」

ミカサ「…………」

ミカサ(寮に戻ったら、マフラーから変な匂いがしないかみんなに聞いて回ろう……)シュン...

エレン(誤解って何のことだ……? ――まあいいや、とにかく寮に戻ったら早速デザイン考えるか!)ウキウキ





ジャン「……あいつら、えらく楽しそうだな」イライラ

アルミン「そう? ミカサのほうはそうでもなさそうに見えるけど……」

サシャ「……ふーんだ。知りませんミカサなんか」ム-...

770: 2015/06/15(月) 22:37:28 ID:02yW4J5I

―― 夕食後 夜 男子寮

エレン(えーっと……ミカサに何か作ってやるのはいいとして、まずは何からすればいいんだ? いきなり生地ぶった切って作り始めるってのは流石に違うよな……)

エレン(これまでステッチの技術しか磨いてこなかったからなー……どうすりゃいいのか全然見当もつかねえぞ……?)ウーン...

エレン(取り敢えず、今決まってるのは――)



ジャン「おいベルトルト、今日はスイーツデコやらねえのか?」

アルミン「ライナーまで裁縫道具引っ張り出してきて……珍しいことしてるね。どうしたの?」

ライナー「ああ、今日はお互いに初心者専用キットをやってみようって話になってな。因みに俺のは『初心者専用キット・動物たちとの約束』だ」

ベルトルト「僕のは『初心者専用キット・お花ばたけでの思い出』だよ」

コニー「やたら長い題名だな」



エレン(そうだ、動物だ! 動物をモチーフにした、マフラーに付ける何かを作ろうとしてたんだよな)カキカキ...

エレン(マフラーそのもののアレンジは難しいからな。あのマフラーに似合う、オシャレ度の高い物をミカサに贈ろう)カキカキ...

エレン(……よし、こんな感じでまずは構想練ってくか。デザインは後から決めることにしよう)

771: 2015/06/15(月) 22:38:11 ID:02yW4J5I

ライナー「お前らこそ、床に店を広げて何してるんだ? ……いらないものがあるなら引き取るぞ?」ソワソワ

ジャン「んな期待した瞳で見られてもやらねえよ。全部必要なもんだからな」

アルミン「今日買ってきた戦利品の品定めをしてるんだ。いくつか中身もろくに見ないで買ってきちゃったのもあるからね」

コニー「ああ、お前ら三人でセールに行ったんだもんな。――なあエレン?」

エレン「ん? ……ああ、そうだな」

アルミン「普段はお店に置いてないものまで並べてあって、見てるだけですごく楽しかったよ! 行ってよかったなぁ、在庫処分セール」

ジャン「種類もやたら多かったし、きっと倉庫に眠ってる商品も根こそぎ引っ張り出してきたんだろうな。――ところで、ライナーとベルトルトとコニーはなんで来なかったんだ? しばらくセールしないって店長言ってたぞ?」

ライナー「あー……ちょっと外せない用事があってな」

コニー「俺、午後はずーっとここでレポートやってたけど二人とも全然見かけなかったな。どこ行ってたんだ? 訓練所の中にはいたのか?」

ベルトルト「……まあね」

ベルトルト(午後はずっと二人で女子寮の周りを彷徨いてたなんて、絶対に言えない……!)

ライナー(結局、アニに裁縫を教えてくれた恩人はわからなかったんだよなぁ……もういっそのこと、女子全員にお礼の品を作ってやるしか……)

772: 2015/06/15(月) 22:39:02 ID:02yW4J5I

ジャン「まあ、言いたくないなら無理に聞き出すこともねえだろ。……それより見てくれよこの白のフリルレース! こんな繊細な物を人の手で作ってるなんて信じられねえよな!」ファサー

エレン「……!」ハッ

エレン(そうだ、繊細さは絶対に必要だ……! 丁寧かつ繊細な仕上がり! 高品質な物こそ相手に喜ばれる! ……当たり前のことだからこそ、心に留めておかねえとな)カキカキ...

アルミン「レースもいいけど、こういう普通の生地もよくない? フリースの肌触りって最高だと思うんだよね……」サワサワ...

エレン(ああ、肌触りか……つまり、そっと寄り添う優しさってことだよな)

エレン(いつでもそばに置いておきたくなるようなもの……! そんなものを敢えておでかけ仕様に仕上げることで、よりいっそう愛おしさが増すに違いない!)カキカキ...

エレン(早く着けて歩きたい、でも今は会えない……会いたくて会えないそのもどかしさは、きっと最高のアクセントになるはずだ!)

エレン(いいぞいいぞ……! みんなの意見を取り入れたことで、方向性が少しずつ定まってきた……!)ニヤニヤ

773: 2015/06/15(月) 22:39:42 ID:02yW4J5I

コニー「こっちの袋はっと……へー、ビーズも買ってきたのか」ガサゴソ

ジャン「おい、勝手に見るなよ」

コニー「いいじゃんか少しくらい」

アルミン「まあまあ二人とも、喧嘩しないでよ。……コニーも興味ある? 少しだけなら分けてあげるけど」

コニー「うーん……今は遠慮しとくわ。このレポートの提出期限明後日だし、正直遊んでる暇がないっつうか……」

エレン(遊び……? なるほど、遊びか!)ポン

エレン(そうだよな、たまにはミカサも思いっきり遊びたいんじゃねえか? ……ミカサは口下手だしな、きっといつもは我慢してるんだろ)

エレン(よし、ここはいっちょ遊び心も取り入れてみるか! 童心に返りたくなるような、そういう物作りを目指すんだ……!)カキカキ...

774: 2015/06/15(月) 22:40:36 ID:02yW4J5I

ライナー「それにしても、本当に色々買ってきたんだな…… ……ん? ビーズは初心者専用キットもあるのか」ヒョイ

アルミン「僕、そういうものから入らないと駄目なんだよね。手順を踏まないと覚えられないっていうか……」

コニー「アルミンってそういうところあるよなー、一番最初に裁縫教えた時は苦労したぜ」

ジャン「でもよ、初心者専用キットって作ってても途中で飽きねえか? 解説が丁寧すぎるっていうか、作業が単調なもんばっかりっつうか……」

コニー「まあ、そもそも俺たちみたいな年代の男向けに作ってるわけじゃないしな」

アルミン「そうだね、つまらないと感じるのは仕方がないことなのかもしれないね……」

ベルトルト「……そんなことないよ。少なくともライナーは、初心者専用キット界のエンターテイナーだ!」スクッ

ジャン「おいなんでライナー出てきた」

アルミン「初心者専用キット界って狭すぎじゃない?」

ベルトルト「だってこれ見てよ! 僕、これまでの短い手芸人生の中でとびだす教本とかはじめて見たよ!!」バイーン

コニー「俺の割と長めの手芸人生でもそんなの見たことねえぞ」

ジャン「……おい、あのキットお前が作ったのか? 初耳なんだが……」ヒソヒソ

ライナー「まあな。いい出来だろ?」フフン

ジャン「売り物かと思ってたぜ……! すげえなライナー!!」

775: 2015/06/15(月) 22:41:24 ID:02yW4J5I

アルミン「これ、絵本じゃなくて教本なんだ? へー…… ……えっ!? すごい、ここ引っ張ると針に糸が通るよ!? なんで!? なんで!? どうなってるの!?」クイクイ

ライナー「この前、ブックカバーを作ってた時に子ども向けの本を色々勉強してな。その時に覚えたんだ」フフン

コニー「もっと他に覚えることがあるんじゃねえの?」

ジャン「そうか、ついに工作業界に殴り込みってわけか……子どもに大人気になるな……!」

アルミン「ライナー、着ぐるみが必要なら協力するからいつでも言ってね! 僕、絶対に力を貸すから!」

ベルトルト「手芸本出したらサインよろしくね、ライナー!」

ライナー「おいおいお前ら、気が早すぎるぞ? ……まあ、悪い気はしないけどな」ハハハ

ジャン「おめでとさん、ライナー! もうすっかり遠くの世界に行っちまったな!」パチパチ

アルミン「おめでとうライナー! 本当におめでとう!」パチパチ

ベルトルト「おめでとう、エンターテイナー・ライナー!」パチパチ

コニー「おめでたイナー!」パチパチ

ライナー「おい混ぜるなコニー」

776: 2015/06/15(月) 22:42:10 ID:02yW4J5I

エレン(そうか、ライナーはエンターテイナーなのか…… ……えんたーていなー? えんたーていなーってなんだ……??)

エレン「なあアルミン、『えんたーていなー』ーってなんだ? ライナーの新しいあだ名か何かか?」

アルミン「違うよ」

コニー「えっ!? ……マジかよ、違うのか……」

ジャン「なんでコニーが驚いてんだ」

アルミン「簡単に言うと娯楽を提供してくれる人のことだね。ほら、街でよく大道芸人が出し物をやっていたりするだろ? 彼らもまたエンターテイナーだと言えるね」

エレン「ふーん……」

エレン(ということは、エンターテイナーってのはつまり……遊び心!)

エレン「……」

エレン(……遊び心はもう出てるな。これは書かなくてもいいか……)

777: 2015/06/15(月) 22:42:55 ID:02yW4J5I

アルミン「ベルトルトがライナーの作ったキットを作ってるってことは、ライナーが今作ってるのはもしかして……」

ベルトルト「うん、僕が作ったものだよ。……とはいっても、僕のはエンターテイメント性に欠けるんだけどね」

コニー「エンターテイメント性って別にいらなくね?」

ジャン「いるに決まってんだろ」

ライナー「だがベルトルト、お前は俺にないものを持ってるじゃないか。……みんな、これを見てほしい」スッ

ジャン「ああ、付属の教本か? 妙に分厚いこと以外は別におかしなところはなさそうだ……が…………」

アルミン「……ねえ、なんで応急処置のやりかたが書いてあるの?」

コニー「五十ページはあるぞこれ」ペラッ

ライナー「俺にはこの発想はなかった……! このキットを作るぶきっちょさんへの思いやりという点では、俺の完敗だ!」

ジャン「俺にもそういう発想ねえけど?」

アルミン「ぶきっちょさんって決めつけるのもどうかと思うよ」

エレン(思いやり……は、そっと寄り添う優しさと微妙に被るな。これも書かなくていいか……)

エレン(うーん……もうちょっとこう、斬新な意見がほしいなー……)

778: 2015/06/15(月) 22:43:38 ID:02yW4J5I

コニー「初心者向けって考えるなら、ベルトルトの考えは何一つ間違っちゃいねえと思うぜ? 特にこの消毒液・ガーゼ・包帯の三点セットは外せねえよな」

ジャン「その包帯、この前の野戦治療実習で余ったやつじゃねえか。血糊ついてんぞ」

ベルトルト「いいんだよ、どうせあとで大量出血するんだから」

ジャン「裁縫で大量出血なんてしねえだろ」

アルミン(全っ然納得できないけど、裁縫歴が長いコニーが言うんだからやっぱり必要なのかな……?)

アルミン「ねえ、エレンはどう思う?」

エレン「俺か? そうだなー……」

エレン(まだまだ意見を聞きたい気もするが、取り敢えずは――)





エレン「……お前ら、それで満足してていいのか?」

779: 2015/06/15(月) 22:44:23 ID:02yW4J5I

エレン「さっきから黙って聞いてれば、繊細さだのそっと寄り添う優しさだの遊び心だのエンターライナーだの思いやりだの……! ありきたりな単語ばっかりじゃねえか! そんな安っぽい言葉で褒められて嬉しいのかよお前ら!」バシーン!!

ライナー「おいエレン、俺が混ざってるぞ」

ベルトルト「言った覚えのない言葉がちらほら混じってるんだけど」

エレン「文句を言う前にこれを見ろ!」バンッ!!

アルミン「紙? ……あ、ミカサに何か作ってあげるの? いいね、楽しそう」

ジャン「わかった。俺も参加するぜ」

ライナー「ほう、まだ何を作るかは決まってないんだな。因みにここに書いてあるマフラーってのは、一から新しく作って渡すってことか? それともミカサがいつも巻いてるあのマフラーのことを指してるのか?」

エレン「えっ? ……あー、あの、いつも巻いてるマフラーのつもりで書いたんだが……」

ベルトルト「それなら金属系の部品は避けたほうがいいね。万が一マフラーに引っかかったら取り返しがつかないし」

780: 2015/06/15(月) 22:45:18 ID:02yW4J5I

コニー「んじゃブローチは却下だな。マジックテープもできれば使わないほうがいいか……せいぜい使ってもボタンくらいか?」

ジャン「エレン、俺も参加するからな。忘れるなよ」

アルミン「今の流行はくるみボタンかな……自分でいろいろアレンジできるからね。――ねえエレン、ここに書いてある『動物』は何をイメージしてるの?」

エレン「……まだ決めてない」

アルミン「なら、その辺りも含めて考えていこう。みんなもそれでいいね?」

ベルトルト「……ほらね。やっぱり世間は動物を求めてるんじゃないか。花なんてもう時代遅れなんだよ、ライナー」ボソッ

ライナー「ぐっ……くそ、どうやら認めるしかないようだな……!」ギリッ...

コニー「世間狭くねえ?」



エレン「…………」

エレン(あっという間に乗っ取られた……)ショボン...

エレン(……まあ、どうせ作るならいいもん贈ってやりたいしな。こいつらなら変なもの生み出したりしねえだろうし、別にいいか……)

781: 2015/06/15(月) 22:46:13 ID:02yW4J5I

ライナー「そういえば、キットを作った時に余ったボタンがいくつかあったな。……少し待っててくれ、探してみる」ゴソゴソ

ベルトルト「マジックテープは駄目なんだよね? ……ハートと星形、使ってもらいたかったな……」シュン

ジャン「端切れなら俺に任せてくれよな! シュシュ作った余りだがまだまだ使えるぞ!」ドッカン

エレン「うわっ!? ……箱でかいな。端切れだけでどれくらいあるんだ?」

ジャン「ここにあるだけで一キロはある」

アルミン「まだあるんだ……?」

ジャン「新しい生地が出たらついつい買っちまうんだよなー」

コニー「それにしても、ジャンって本当にシュシュ大好きなんだなー。一時期それしか作ってなかったろ」

ジャン「作るのが簡単だし、アレンジも楽だからな。……それと、黒髪の女の子も俺は大好きだぞ」キリッ

アルミン「それは聞いてない」

782: 2015/06/15(月) 22:46:54 ID:02yW4J5I

コニー「じゃっ、みんな頑張ってくれよな。――俺、レポートの続きやるわ」

ジャン「何言ってんだコニー、お前は強制参加に決まってんだろ」ガシッ

ベルトルト「君がいなきゃ進められないじゃないか。逃げちゃ駄目だよ」ガシッ

コニー「んなこと言われてもよー……これ以上ゆっくりやったらどうやったって期限に間に合わなくなるし、正直こうして話してる時間ももったいないっつうか……」

ライナー「なら、ミカサへの贈り物のデザインとレポートを同時進行でやりゃあいいだろう。なんなら俺たちみんなで手伝うぞ?」

コニー「は? 同時進行ってどうやって……」

エレン「ところで、前回のレポートのテーマってなんだ?」

アルミン「『立体機動装置開発以前の対巨人戦術について』だね。コニー、講義の内容はどこまで覚えてる?」

コニー「どこまでって……一応、教官の話はきちんと全部聞いてたぞ?」

783: 2015/06/15(月) 22:47:57 ID:02yW4J5I

アルミン「じゃあ、予備知識は充分にあるっていう前提で話を進めるね。――当初、個人が携行できる対巨人武器として有効だと考えられたのはライフル・マスケットだったんだけど、これにはいくつかの問題点があったんだ。問題点で思い出したけど、ミカサのマフラーと言えば耐久性が不安だよね。さっきの話でもあったけど、マフラーに負荷をかけるものはなるべく避けたいな」

ベルトルト「狙撃なら巨人に必要以上に近づかなくてもいいし、加えてライフル・マスケットはライフリングが刻んであるから弾道が安定するっていう利点もあったんだけど……残念なことに、ライフル・マスケットでは巨人のうなじ部分を破壊するほどの威力は得られなかったんだ。それから、僕は安定性ってのも要素に加えたいと思う。いくらかわいいアクセサリーをもらっても、少し歩くだけでポロポロ取れるんじゃ付けて歩く気がなくなっちゃうだろ? 衣服か髪にしっかり固定できて、且つその人の活動の妨げにならないような安定感のあるものを作っていきたいね」

ジャン「その後、威力を底上げしたハンドキャノンって武器が開発されたんだが……今度は個人が持って歩くにはでかすぎるってことになってな。有効射程も短すぎて、結局使い物にならねえってことでこれも採用されなかったんだ。……ああ、でかすぎるものも避けたほうがいいな。でかいぬいぐるみを持って歩くのが好きな女は多いが、あくまで今回は身につけるアクセサリーを作らなくちゃいけねえからな。せいぜい手のひらくらいの大きさに留めたほうがいいと思うぜ」

エレン「駆逐してやる……! この世から、一匹残らず!!」

ライナー「そういうわけで、『個人が携行する対巨人武器として、銃は適切ではない』って結論に至ったわけだ。今じゃ銃は巨人への牽制に使われるくらいだな。――ところでコニー。巨人を牽制する時には、どこを狙撃するべきだと思う?」

コニー「……目?」

ライナー「そうだ、それと耳も有効だな。ここは板書せずに口頭で説明していただけだから、レポートに書き足しておくと加点要素になるはずだぞ。そういえばミカサの耳は髪で隠れているが、この耳を覆う防寒具を作るってのはどうだ? 耳当て付きの帽子ってのも流行ってるみたいだからな、候補に入れておいてもいいと思うぞ」

コニー「……………………」

コニー(ああー……そういえば、こいつら全員頭いいの忘れてたなー……)

アルミン「……? コニー、どうしたの? 僕たちの説明わかりづらかった?」

コニー「……うん。すまん、俺が悪かった。先にミカサの贈り物から片付けちまおうぜ」

784: 2015/06/15(月) 22:48:48 ID:02yW4J5I

―― 数日後 野戦治療実習当日 8班

マルコ「サシャ、曲がってるよ。手元をちゃんと見て、もっと真っ直ぐ縫ってみて?」

サシャ「うぐっ……! それはわかってますけど、これすごく縫いづらいんですよ? 針もなかなか通りませんし……」

ミカサ「だからといって適当に縫っては駄目。人の命を預かるという意識がサシャには足りてない。今から彼のことをエレンだと思って取り組んでほしい」

エレン「俺はここにいるぞ」

サシャ「彼はマイケルでしょう?」

ミカサ「だから、そうじゃなくて……ええっと……」

サシャ「そんな気合い入れなくたって、マイケルならきっと自力で治しますよ。私信じてます!」グッ

マルコ「これ人形なんだけど」

サシャ「やだなぁ、実際のマイケルの場合ですよ!」

エレン「自力で治るってそりゃ巨人だろ……まさかマイケルは巨人だったのか!?」ハッ

ミカサ「そんなわけない」

785: 2015/06/15(月) 22:50:03 ID:02yW4J5I

エレン「駆逐してやる……」スクッ

ミカサ「!? エレン、うなじを削いではいけない! 違う訓練になってるからやめて!」ガシッ

エレン「ええい、止めるなミカサ! ――駆逐してやる……! この世から、一匹残らず!」ギリッ...

ミカサ「くっ、なんて力なの……! サシャ、エレンを止めるのを手伝って! マルコも!」

マルコ「わ、わかった! ――エレン、やめるんだ! 無駄な巨人狩りはよせ!」ガシッ

サシャ「ミカサはクッキー二枚しかくれないので嫌です! 手伝いません!」キッパリ

ミカサ「今度手焼きのクッキーたくさんあげるから!」

サシャ「エレン、やめてください! マイケルは巨人じゃありませんよ!」ガシッ

マルコ「そうだよエレン! マイケルは立派な兵士の一人、僕たちの仲間…… ……ところで彼は一般人なのかな、それとも兵士なのかな」

サシャ「え? ジャケット着てるから兵士なんじゃないですか?」

マルコ「でもこれ憲兵団のジャケットだろ? ……ということは、彼はいったい何が原因で怪我をしたんだ? まさか巨人に襲われたわけじゃないだろうし、だとしたらなんでこんな何針も縫わなくちゃいけないほどの大怪我を――」

ミカサ「ああもう!! マルコまでどうでもいい設定にこだわらないで!!」

786: 2015/06/15(月) 22:50:51 ID:02yW4J5I

―― 26班

クリスタ「……はい、おしまい! ちゃんと傷口塞いだよ。これでいいかな?」

ライナー「ああ、大丈夫だ。……」チラッ

ユミル「あのさクリスタ、私もさっき外周走ったら二の腕がぱっくり裂けちまってさ」

コニー「医務室行けよ」

ユミル「……」

コニー「それで、次は誰がやるんだ? 順番決まってるんだろ?」

ライナー「ああ……そうだな、決まってるぞ……」チラチラ

クリスタ「……? ライナー、どうかしたの? 何か気になる?」

ライナー「……いや、なんでもない。――次はユミルだったな。準備はできてるか?」

ユミル「もちろんだ。――ちっくちくにしてやんよ」シャキーン

コニー「なんだよちっくちくって」

ライナー「……」チラチラ

ライナー(ベルトルトには後で報告するように頼んではいるが、心配だな……くそっ、見えそうで見えん……!)チラッチラッ

ライナー(確か、二人のいる班はあの辺りだったはずなんだが……)

787: 2015/06/15(月) 22:52:26 ID:02yW4J5I

―― 32班

アニ「……」チクチク

ジャン「へー……うまいもんだな」

アルミン「こういうの慣れてるの? アニ」

アニ「まあね。……できたよ。確認してくれる?」

ジャン「……おう、これでいいんじゃねえか? えーっと……アニは良し、っと……」カキカキ...

アルミン(勉強も実技も体術も裁縫もできるなんて……羨ましいな。僕も見習わないと……)

ベルトルト(あのアニが……! あのアニが人並みに裁縫できる日が来るなんて、信じられない……! 生きててよかった……!)グスッ

ミーナ「……ベルトルト、なんで泣いてるの? 大丈夫?」

ベルトルト「うん、うん……平気だよ。ちょっと昼間に玉ねぎを目に突っ込んだからかな……」グスッ

ミーナ「……ねえアニ、普通玉ねぎって目に突っ込まないよね?」ヒソヒソ

アニ「さあね。知らない」

アニ(泣きすぎでしょ、ベルトルト……しかもライナーまでこっち見てる気がするし……)チラッ

788: 2015/06/15(月) 22:53:17 ID:02yW4J5I

―― 26班

ライナー(……! 今、アニがこっちを見た気がする……!)ドキッ...

ライナー(そうか、不安なんだな……? できればすぐ横で応援してやりたいが、班を見捨てるわけにはいかないんだ。わかってくれ、アニ……!)



ユミル「どうだクリスタ、これでいいだろ! さあ褒めろ、全力で私を褒めろ!!」エッヘン

クリスタ「すごいユミル、上手だね! 壁内一!」パチパチ

ユミル「よしよしよし……ついでに頭も撫でてくれ。ほら、こうやって屈むからさ」サッ

クリスタ「うん、わかった。……えらいねぇ、ユミル。立派だねー」ナデナデ

ユミル「……///」ニヤニヤ

コニー「顔緩みまくってんぞ」

789: 2015/06/15(月) 22:54:06 ID:02yW4J5I

―― 8班

マルコ「…………」

マルコ(よかった。アニもユミルもうまくいったみたいだ……)ホッ

ミカサ「……? マルコ、どうかした?」

マルコ「ああ、うん……よかったなって思ってさ」

サシャ「マイケルが助かって?」

マルコ「……今日の訓練で救われたのは、マイケルだけじゃないはずだよ。きっと」

ミカサ「……? どういう意味?」

サシャ「さぁ……?」





エレン「ちくちくしてやる……! この針で、傷痕残さず!!」チクチク...

812: 2015/07/17(金) 19:25:40 ID:HktBEhaU

―― 訓練終了後 兵舎裏

マルコ「……」コソコソ キョロキョロ

マルコ(二人とも、遅いな……今日の訓練は全部終わったし、もうそろそろ来てもいい頃なのに……)

マルコ(今は僕が人形を持ってるからな。ここは滅多に人が通らないけど、他の誰かに見られたら変な誤解されるかもしれないし、気が気じゃないよ……)ソワソワ...

マルコ(……思えば、今日まで本当に長かったな。元はといえば、アニとユミルがこの人形を拾ったのがきっかけだったわけだけど)ゴソゴソ

マルコ(あそこで二人が人形を拾わなかったら、どうなってたんだろう。今みたいに、僕はあの二人と仲良くなれていたんだろうか)

マルコ(……いや、アニもユミルも積極的に人と仲良くしようとする性格じゃないからな。もしかすると、お互い相手のことを何も知らないままで卒業していたかもしれない)

マルコ(そう考えると、この人形には感謝しないといけないな。コニーとも約束したし、これからも大切にして――)



   「……? おい、そこに誰かいるのか?」ガサガサ...



マルコ(!! まずい、誰か来る! 人形しまわないと……!)ササッ

813: 2015/07/17(金) 19:26:27 ID:HktBEhaU

ジャン「いったいどこのどいつだ……って、マルコじゃねえか。ここで何してんだ?」

マルコ「……かくれんぼ」

ジャン「一人でか?」

マルコ「みんな忙しそうだったから、誘う気が引けちゃってさ。仕方なくね」

マルコ「それより、ジャンこそどうしたんだい? こんな人気のないところまで来て」

ジャン「ああ、ステファニーの手荒れが酷くてな。部屋に連れて帰るところなんだ」

マルコ「へえ、ステファニーの…………誰?」

ジャン「何言ってんだ、同じ訓練兵だろ? 知らねえのか?」

マルコ「うーん……ごめん、聞いたことがないな。そんな名前の子、同期にいた?」

ジャン「違ぇよ、同期じゃねえって。この子だよ、この子! 見たことあんだろ?」サッ

マルコ「……ジャンが今背負ってる人形、ステファニーって言うの?」

ジャン「おう!」

マルコ「oh...」

814: 2015/07/17(金) 19:27:08 ID:HktBEhaU

ジャン「おいおいマルコ、ステファニーのこと知らなかったのか? 俺はてっきり、お前は訓練兵の名前を全部暗記してるもんだと思ってたぜ」

マルコ「流石に人形の名前までは把握してないかなー」

ジャン「まあ、最初にこいつの手荒れに気づいたのは、俺じゃなくてベルトルトなんだけどな」ハハハ

ジャン「……それにしても、かわいそうだよな。今までずっと雑に扱われてきたせいで、こんな風になっちまってよ……」スリスリ...

マルコ「…………」

マルコ(……落ち着けマルコ・ボット。よく見知った相手でも僕が知らない一面を持ってるってことは、あの二人とのことで散々学んだじゃないか……!)

マルコ(だから、ジャンが人形をかわいがっていても何も不自然じゃない。そのはずだ……! 全然おかしくないぞ……!)ブンブン

ジャン「――ってなわけで、トムとメアリーとそのお友だちも面倒見てやんなくちゃなんねえからさ、あと三往復はしねえといけねえんだ。まあ同室のコニーやエレンたちも手伝ってくれたおかげで、今日中にはなんとか全員運び込めそうなんだが……おいマルコ、なんで頭振ってんだ? 虫でもいたか?」

マルコ「ううん、いないよ。大丈夫…………ジャンは大丈夫、大丈夫だ……!」ブツブツ...

ジャン「?」

815: 2015/07/17(金) 19:27:53 ID:HktBEhaU

マルコ(むしろこれは喜ぶべきことなんじゃないか? 人形の手入れ…………じゃなくて、人のためになることを率先してやってるし、以前はよく衝突してたエレンとも仲良くしてるらしいし……)

マルコ(こんなにいいことずくめなんだから、一緒に喜んでやらなくっちゃあジャンに失礼だ。僕はジャンの友人なんだから……!)

マルコ「……ジャン、毎日楽しい?」

ジャン「たのしい!!」ニッコリ

マルコ「そ、そうなんだ……はは……」

マルコ(くっ、なんていい笑顔なんだ……! こんな満面の笑みははじめて見たぞ! 以前のジャンとはまるで別人じゃないか!)

マルコ(……そうだよな。ジャンの人形遊びは何もおかしなことじゃない、普通のことなんだ。僕もきちんと受け入れてやらないと……)

817: 2015/07/17(金) 19:28:45 ID:HktBEhaU

マルコ「それにしても、ジャンが人形遊びを好きだったなんて知らなかったな。驚いたよ」

ジャン「……遊び?」ピクッ

マルコ「うん、でもいいと思うよ。別に男だからって、人形遊びしちゃいけないわけじゃないからね。なんていうか、えっと………………その、まあ、いいと思うよ。いいと思う。すごくいいんじゃないかな、うん」

ジャン「……………ってんじゃねえ……」ボソッ

マルコ「え? 何? 今何か言っ――」





ジャン「遊びでやってんじゃねえっ!!」バンッ!!





マルコ「ひっ!?」ビクッ!!

819: 2015/07/17(金) 19:29:24 ID:HktBEhaU

ジャン「俺たちはなぁ、いつだって本気でこいつらと向きあってんだ!」

ジャン「ステファニーたちだけじゃねえ……モノクマやキャンディを飾り立てる時だって、全力でぶつかりあってきたんだよ!!」バシーン!!

マルコ「えっ、くっ、くま? キャン……何? だれ??」

ジャン「モノクマとキャンディだ二度と間違えるな!!」

マルコ「ひっ!? ご、ごめんなさいごめんなさい」ヘコヘコ

ジャン「短い付き合いだったが……俺たちとあいつらとの関係は遊びじゃねえ。お互い真剣だったんだ……!」ギリッ

マルコ「ジャン……」

マルコ(……どうしよう。なんでジャンが怒り出したのか全然わからない……! 適当にわかったようなフリをしたから見抜かれたんだろうか……?)

820: 2015/07/17(金) 19:30:03 ID:HktBEhaU

ジャン「……すまねえ、取り乱しちまったな。怒鳴って悪かった、マルコ」

マルコ「ううん、僕のほうこそ……ごめん。もう少し、ジャンの気持ちを理解する努力をするべきだったね」

ジャン「俺、もう行くからよ。一人かくれんぼ、頑張ってやり遂げろよな……」クルッ ポロッ

マルコ「あっ……待ってジャン、ステファニーのカツラが取れたよ」

ジャン「カツラ……? ――!? おいステファニー、お前カツラだったのか!? なんで一言俺に言わねえんだ!!」ガックンガックン

マルコ「ジャン、人形は喋ったりしないよ。それにあまり揺するとステファニーの首がもげるよ」

ジャン「……? 何言ってんだマルコ、人形は喋るぞ?」

マルコ「…………」

ジャン「?」

マルコ「……ステファニーを背負ったまま屈むのは大変だろうから、僕が拾うね。カツラ」

ジャン「おう、んじゃ頼むわ」

マルコ「……」

マルコ(まともに話すのが久しぶりとはいえ、こんなに壁って感じるものなのかな。なんだかジャンが遠い存在に思えてきたぞ……)シュン...

821: 2015/07/17(金) 19:30:55 ID:HktBEhaU

マルコ「はい、どうぞ。……ステファニーの頭に被せてあげたほうがいいのかな。このカツラ」スッ

ジャン「いや、運んでるうちにまた脱げるかもしんねえし、俺が手に持って……」ピタッ

マルコ「……? ジャン?」

ジャン「……マルコ」



ジャン「胸ポケットから見えてるそれって…………もしかして、ウサミミか?」

マルコ「えっ? ……!!」ハッ



マルコ(し、しまった……! さっき急いで胸ポケットに突っ込んだから、耳が外に出てた……!)

ジャン(見間違いじゃねえ……! ウサミミ……、ウサミミだ……!! 嘘だろ、あんなにちっちゃくてかわいいウサミミがこの世に存在するわけが……!!)ハァハァ

822: 2015/07/17(金) 19:31:52 ID:HktBEhaU

ジャン「……どうしたんだよ、そのウサミミ」

マルコ「これは……ひ、拾ったんだよ。道ばたで」

ジャン「拾った、ねえ……それにしちゃあ随分と小綺麗なお耳じゃねえか? なあ?」

マルコ「それは……」

マルコ(ここはもう一度ジャンを誤魔化してやり過ごすべきか? それとも、正直に全てを話すべきか……?)

マルコ(けど、中途半端に嘘を吐いたらまた見抜かれるだろうし……僕はどうしたら……)

ジャン「なあ、マルコ……今までずっと黙ってたのかよ? そいつのこと」

マルコ「……ごめん。言い出す勇気がなくて」

ジャン「…………」

ジャン(だったら、もっと早く言えよな……! 愛でる時間は有限なんだぞマルコ……!)ギリッ...

ジャン(それにしても、あの小ささであそこまで緻密な造形は見たことがねえ……! おそらくあれは内地で作られた細工物、しかも一級品に間違いない!)

ジャン(なんでマルコがそんなモンを持ってるのかは気になるが……ああくそっ! 今すぐ手にとって間近で観察してえぇぇ……!)ハァハァ

823: 2015/07/17(金) 19:32:47 ID:HktBEhaU

マルコ(……! ジャン、興奮してる……! 本当に怒ってるんだ……!)

マルコ(……何もかも全て話したら、アニやユミルにも迷惑がかかる。二人のことはなるべく隠して……とにかく、誠心誠意込めて話してみよう。ジャンならきっとわかってくれるはずだ……!)

マルコ「ジャン、聞いてくれ。僕はきっと、君ほど真剣にはこの人形……いや、この子とは向き合えていないのかもしれない」

マルコ「だけど、この子のことは本当に大切に思ってるよ。……それだけは、信じて欲しい」

ジャン「大切に……?」



ジャン(んん……?? どういう意味だ……?)

ジャン(ええっと……つまりマルコは、俺たちと同じく……あの人形を愛でている……?)

ジャン(ということは……マルコは俺たちの仲間ってことか!?)ポンッ

ジャン(なんだ、なら話は早ぇじゃねえか!)



ジャン「……マルコ。今日の晩、俺たちの部屋に来い」

824: 2015/07/17(金) 19:33:34 ID:HktBEhaU

ジャン「そこでたっぷり時間をかけて話そうぜ。……今後のことも含めて、な」

マルコ「……わかった」

マルコ(ジャンの部屋ってことは……他のみんなにも、この人形のことを説明しsなくちゃいけないのか)

マルコ(人形、取り上げられたらどうしよう。アニやユミルにはなんて説明すれば……)

ジャン(ぃよっしゃああぁああぁぁあ今日の予定決まったっ!! ……あ、でもミカサへの贈り物も並行して作らねえとな。時間足りるか……?)

ジャン「ところでマルコ、そのウサミミちゃんは」

マルコ「ピンクわたウサギの赤ちゃんだよ。ジャン」

ジャン「ああ、すまんすまん。――そのピンクわたウサギの赤ちゃんに、ちゃんとした服着せてやってんのか? ……もしよければ、俺が作っ――」





   「マルコー? おーい、どーこだー?」ガサガサ...

825: 2015/07/17(金) 19:34:14 ID:HktBEhaU

マルコ「! ……ユミル?」

ユミル「なんだ、取り込み中か? ……ってかジャンは何を背負ってんだよ? 土のうかそれ」

ジャン「違う!! ステファニーちゃんだ!!」

ユミル「誰だよそいつ知らねえよ」

マルコ「実習用の人形だよ。古くなって糸がほつれてきたから、寮に持ち帰って直すんだってさ」

ユミル「へえ、そりゃあお優しいことで……それで、そのステファニーちゃんとやらを連れてコソコソ二人で何を話してたんだよ? 猥談か?」

マルコ「わっ……!?/// な、何言ってるんだよユミル!! そんなこと外で話すわけないだろ!?///」

ジャン「二人じゃない。三人だ」

ユミル「それは別にどうでもいい」

ジャン「マルコからピンクわたウサギの赤ちゃんについて聞いてたんだよ」

ユミル「……何だと? ウサギ?」ピクッ

ジャン「ほら、胸ポケットからかわいいかわいいウサミミが二つはみ出てるだろ?」

ユミル「ウサミミ……」チラッ

マルコ「あっ……! いや、ユミルこれは――」

826: 2015/07/17(金) 19:34:53 ID:HktBEhaU

ユミル「……ああ、それ拾ってくれたのか? 悪いなマルコ、手間かけさせて」ヒョイ

マルコ「えっ……」

ジャン「ん? そのピンクわたウサギの赤ちゃんはお前のなのか?」

ユミル「そうだよ、私のだ。ちょっと考えれば、マルコがこんなかわいらしい人形を持ち歩くはずがないってわかるだろ?」

ジャン「けど、さっきは大切にしてるってマルコが言って――」

ユミル「お前の知ってるマルコ・ボットっていう奴は、他人の落とし物を粗末に扱うような男じゃないだろ? 違うか?」

ジャン「……そう言われてみれば、確かにそうだな。マルコはそんな男じゃねえ」

ユミル「だろ?」

マルコ「……」

マルコ(ユミル、もしかして……僕のこと、庇ってくれてるのか……?)

ジャン(なーんだ、マルコのじゃねえのか……せっかく今日はピンクわたウサギの赤ちゃんを思いっきり愛でて過ごそうと思ったのによ……)ドヨーン...

ジャン(……待てよ? 愛でるのは無理でも、頼み込めば眺めさせてもらえるんじゃ……)チラッ

827: 2015/07/17(金) 19:35:28 ID:HktBEhaU

ユミル「そういうことで、こいつは私が頂いていくぜ。……ああ、そうだマルコ」ポン

マルコ「……? 何?」

ユミル「後でこいつを拾ってくれた礼をしたいから、夕食後に資料室に来てくれ」

マルコ「資料室に……?」

ユミル「そうだ。『お前が一番最初に私らの落とし物を拾った場所』に、だよ。覚えてるよな?」

マルコ「……」

マルコ(……そういうことか)

マルコ「わかった。……後で必ず行くよ」

ユミル「ああ、待ってるぜ。……んじゃ、そういうことでよろしくなー」スタスタ...

ジャン「ちょっと待ったユミル! 寮に戻る前にその人形見せてくれ、頼む!!」

ユミル「やだ。じゃあなー」スタスタ...

828: 2015/07/17(金) 19:36:17 ID:HktBEhaU

ジャン「即答すんな!! ――タダでとは言わん、水汲み一ヶ月交代でどうだ!」

ユミル「駄目だ。水汲みは再来月までサシャにやらせるって決めてるからな」

マルコ「水汲み二ヶ月も交代する人って聞いたことないんだけど」

ユミル「そうだな。普段少しも講義のノート取らないで、試験前に慌ててやってくるような奴がそういうハメに陥るんだ。お前らも気をつけたほうがいいぞ」

ジャン「じゃあサシャがやる分も肩代わりして更に一ヶ月……つまり三ヶ月代わってやる! これならどうだ!」

マルコ「ジャンも食いつきすぎだよ!? 何もそこまでしなくても――」

ユミル「それにプラスして、休日の倉庫掃除もやってくれるならいいぞ。再来週の山岳訓練の直後にある休みの日の当番だ」

ジャン「……なんだ、それっぽっちでいいのか?」ニッ

ユミル「いや止めとけよ。ふっかけた私が言うのもなんだが、次の山岳訓練ってかなりキツイらしいぞ? もうちょっと自分を労れよジャン」

マルコ「君はもう少し他人を労ったほうが」

ユミル「何か言ったかマルコ」

マルコ「なんでもありません」

ジャン「山岳訓練がキツイからなんだってんだ! そんなの楽勝に決まって――」ハッ

829: 2015/07/17(金) 19:36:58 ID:HktBEhaU

ジャン(再来週の山岳訓練の、直後の休みの日……?)

ジャン(その日は確か……新作レースの発売日じゃねえか!!)

ジャン「…………」

ユミル「で、本当にやる気か? 止めるなら今のうちだぞ?」

ジャン「いや、その……」

ジャン(こうなったら、誰かに頼んで代わりに手芸店まで行ってもらって……いや、駄目だ駄目だ駄目だ!! 自分の目でしっかり見て、自分の手できっちり触って選ばねえと、本当にいいものは手に入れられねえ……!)

ジャン「……………………やっぱりやめる」

ユミル「あっそ。じゃあなー」スタスタ...

ジャン「…………」

ジャン(俺の…………俺のウサミミが………………)グスッ

マルコ「ジャン、大丈夫……?」

マルコ(目の焦点が合ってないんだけど……)

830: 2015/07/17(金) 19:37:51 ID:HktBEhaU

ジャン「……さっきは悪かった、マルコ。俺、どうやら勘違いしてたみたいだな」

マルコ「いや、僕のほうこそごめん。あの人形は拾ったものだって、もっとはっきり言っておけばよかったね」

ジャン「けど、あのユミルが人形をなぁ……」

ジャン(意外と女っぽいところあるんだな、あいつ…………ウサミミかわいかったなぁ…………)ウットリ...

マルコ「あのさ、ジャン。……ユミルとの用事が終わったら、部屋に行ってもいいかい?」

ジャン「? 部屋って……俺たちの部屋にか?」

マルコ「うん。久しぶりにみんなと話がしたいし、相手がいないからしばらくチェスもしてないんだ。……それとも、いきなり行ったら迷惑かな」

ジャン「……何言ってんだ、お前ならいつでも大歓迎に決まってんだろ? 準備は俺たちでやっておくから、用事を済ませてからゆっくり来いよ」ポン

マルコ「……ありがとう、ジャン。じゃあ後から行くね」

ジャン「おう、待ってるぜ」ニッ

ジャン(レース見本と生地見本とビーズのカタログと……えーっと、後は何を準備しとけばいいんだ? ――そうだ! みんなにもマルコが人形を好きで好きで好きでたまらないってこと言っておかねえとな!)

マルコ(準備ってなんだろう……?)

831: 2015/07/17(金) 19:38:39 ID:HktBEhaU

―― 夕食後 焼却炉付近

マルコ「……」コソコソ

マルコ(僕が一番最初に、ユミルたちの落とし物を拾った場所……)

マルコ(あの日以前にユミルの落とし物を拾ったことはないし、ユミルは「私ら」って言ってたから、ここで間違いないはずだけど……)キョロキョロ

アニ「……マルコ、こっち」ヒョコッ

マルコ「! ……やあアニ、ユミル。こんばんは」

アニ「……どうも」

ユミル「よっ。……今度は捕まらなかっただろうな?」

マルコ「うん、大丈夫だよ。尾行もされてない。――さっきはありがとう、ユミル。おかげで助かったよ」

ユミル「……さあな。何のことだかさっぱりわからん」プイ

アニ「……ユミル、照れてる?」

ユミル「馬鹿、違うっての! ……と、歳を食うと物忘れが激しくなるんだよ。だからもう忘れたんだ。それでいいだろ!」

マルコ「歳って……僕らとそんなに変わらないじゃないか」

アニ「身長も二十センチくらいしか変わらないよね。大して違わないよ」

マルコ「それは結構な差だと思う」

832: 2015/07/17(金) 19:39:17 ID:HktBEhaU

ユミル「ここまでうまく隠してきたのに、あの程度のことで教官に人形を没収されちゃたまんねえからな。それだけだよ。……べっ、別にお前を庇ったわけじゃないんだからなっ!」ツンッ

アニ「そんなツンツンするほどのことでもないと思うけど」

マルコ「没収って……大袈裟だなぁ。見つかってもせいぜい口頭での注意か、反省文くらいで済むと思うよ? たかが人形だし、教官もそこまで目くじら立てないと思うけど……」

ユミル「そうかぁ? つい最近、男子が寮に妙なモン持ち込んで罰則食らったって聞いたから、教官方がうるさくなってるって思ってたんだが……」

マルコ「妙なもの……? 僕は聞いたことないな。それ、いつの話?」

ユミル「いや、私も詳しくは知らないんだ。妙なモンってのも色々噂があってさ、奇怪な雄叫びをあげる籠だとか、黄色い耳が生えたカブの人形だとか……」

アニ「……カブに耳?」

ユミル「どれもこれも又聞きで聞いた話ばかりだから、信憑性に欠けるんだよな。罰則食らった奴も本当にいたのか怪しいもんだ」

アニ「ふうん……」

アニ(……後であいつらにも聞いてみようっと)

833: 2015/07/17(金) 19:39:54 ID:HktBEhaU

ユミル「なあ、この話はこれくらいでいいだろ? 見回りの教官に見つかりたくないしさ、とっとと用事済ませようぜ。――アニ、箱は持ってきたな?」

アニ「もちろん。弾薬が入ってたせいで少し火薬臭いけど、これくらいの大きさなら充分足りるでしょ?」

ユミル「どれどれ……うん、これならいいな。蓋もあるしぴったりだ」

マルコ「……? その箱は?」

アニ「……まだ話してないの? ユミル」

ユミル「話してない。……お前もいる時のほうがいいだろ」

アニ「……」



ユミル「あのな、マルコ。……その人形、手放すことにしたんだよ。私たち」



マルコ「……え? 手放すって……」

834: 2015/07/17(金) 19:40:35 ID:HktBEhaU

マルコ「……もしかして、僕に遠慮してるのか? この前『いつまでやるのか』なんて聞いたから――」

アニ「違うよ、マルコ。その話とは別」

ユミル「ああ、お前は悪くない。お前のせいじゃない。私らが二人で話し合って、お前に黙って勝手に決めたことなんだ」

マルコ「……」

ユミル「現実的に考えて、訓練兵の……兵士の私たちが、人形をずっと大切にするなんてどう考えても無理だ。下手に持ち歩いて立体機動なんかしたら、簡単に吹っ飛んでいっちまうだろうしな」

ユミル「それに、お前とアニは憲兵志望だろ? いつまでも人形遊びなんかしてたら、そのうち他の奴らに蹴落とされちまうぞ。野戦治療実習も無事終わったし、ここらがいい止めどきだと思うんだよな」

マルコ「でも、……手放すって、いったいどうするんだ? まさか、ここに呼んだのは……」チラッ

ユミル「馬鹿、持て余したからって燃やしたりはしねえよ! そんなことしたら、コニーとの約束破っちまうだろ?」

アニ「コニーの妹さんのところに送ろうと思ってるんだよ。『あの』コニーの妹なら、大切にしてくれると思わない?」

マルコ「コニーの……」

ユミル「不満か?」

マルコ「……いや。君たちがそう決めたのなら、僕は従うよ」

マルコ(最初にこの人形を見つけたのは、彼女たち二人なんだ。その二人が決めたことなら、その気持ちを尊重すべきだ。僕が口を挟んでいいことじゃない……)

835: 2015/07/17(金) 19:41:21 ID:HktBEhaU

マルコ「……いつ送るのかはもう決まった? 決まってないなら、今度の休みの日に街に出て交渉しにいかなくちゃいけないけど」

ユミル「ああ、それは大丈夫だ。私のほうで話はつけといた。ラガコ村……で、合ってるよな?」

マルコ「うん、合ってるよ。……人形はどうやって送るんだ? その箱にそのまま入れるのかい?」

アニ「そっちもちゃんと考えてあるよ。私らがコニーからもらった服を緩衝材にしようと思ってるんだ。ただ、量が少ないから少し嵩まししなくちゃいけないけど」

ユミル「荷札も書かないとな。他の荷物と紛れちゃ困るし」

マルコ「なら、荷札は僕が書くよ。教官の手伝いで何度かやったことあるから」

ユミル「おっ、助かる。書き方わからなくて困ってたんだよなー。じゃあ頼むわ」

アニ「……ユミル、花はどうしたの? 箱に入れるんでしょ?」

ユミル「ああ、もちろん摘んできたぞ? ――ほらよ」バサッ

マルコ「わっ、こんなにたくさん……! 探すの大変だっただろ? 言えば手伝ったのに……」

ユミル「お前、さっきはジャンに絡まれてそれどころじゃなかっただろうが」

マルコ「……そうでした」シュン

ユミル「送るだけなら服と人形だけでも良かったんだけどさ、やっぱり棺には花がないと物足りないだろ? ……けど、ちょっと多く摘みすぎたな。少し減らすか」ゴソゴソ

アニ「……棺?」

ユミル「私らは葬儀屋だろ? ……だから、この箱は棺だ」

836: 2015/07/17(金) 19:41:56 ID:HktBEhaU

ユミル「葬儀ってのはさ、次に生まれ変わった時にイカした人生を送るための儀式だからな」

ユミル「こいつはここで一旦氏んで、新しくコニーの実家で生まれ変わって、改めて別の人生を歩むんだ。……めでたい旅立ちの儀式なのに、花が一輪もないのは寂しいだろ」

マルコ「……僕、そんな風に考えたことなかった」

アニ「私も。……生まれ変わるための儀式だなんて、初めて聞いた」

ユミル「そうか? でもさ、人間の葬式でも棺に金だの故人が着てた服だの入れるだろ? それと似たようなもんじゃないか?」

マルコ「へえ……ユミルの故郷にはそういう風習があるのかい? 僕のところでは入れなかった気がするけど……」

アニ「……私は覚えてない。お葬式、そんなにやらなかったし」

ユミル「ふうん、そうなのか……もしかすると、私が住んでたところだけなのかもな」

マルコ「でもユミル、ちゃんと色々考えてたんだな。てっきりその場のノリで適当に『葬儀屋』なんて名前付けたんだと僕は思ってたよ」

アニ「私も」

ユミル「おい」

837: 2015/07/17(金) 19:43:47 ID:HktBEhaU

ユミル「花はこんなもんでいいか。――で、人形を真ん中に置いて、蓋をして……」

マルコ「……改めて見ると、本当に棺みたいだな」

アニ「配置的にそう見えなくもないね。……かすみ草なんて生えてるとこ、訓練所の中にあったっけ?」

ユミル「かすみ草だけじゃなくて結構いろんな花が生えてるぞ? クリスタとサシャがこういうの見つけるの得意なんだよなー……なあアニ、リボンは?」

アニ「持ってきたよ。ピンクでもいい?」

ユミル「縛れりゃなんでもいいよ。……んーっと、こうだったかな……」シュルッ

マルコ「……器用だね、ユミル」

ユミル「クリスタと一緒に街に出かけるとさー、こういう凝ったラッピングしてる店員とかよく見かけるんだよ。そんで覚えた」シュルリンチョ

838: 2015/07/17(金) 19:44:26 ID:HktBEhaU

マルコ「裁縫は?」

ユミル「見て盗む機会がなかった。以上」

マルコ「でもさ、クリスタが裁縫やってる姿くらいは見たことがあるんだろ? それでも覚えられなかったのか?」

ユミル「あー……大体はクリスタの顔見るのに夢中になってたからなー、無理だった」

マルコ「手元を見ようよ」

ユミル「馬鹿言え! そんなことしたらクリスタが『や、やだユミル……そんなに見ないでよ、恥ずかしい……っ///』って照れてる姿が見られないだろうが!!」

マルコ「はいはい、わかったわかった。そりゃあ大変だね」

アニ(私はすぐ側で見てたはずだけど、ちっとも覚えられなかったな。ユミルみたいにあいつらの顔を見てたわけじゃないんだけど……やっぱり、才能の差ってあるのかもしれないね。ユミルが羨ましいな)ハァ

839: 2015/07/17(金) 19:45:10 ID:HktBEhaU

ユミル「よし、できた! ……入れ忘れたモンとかないよな? もう開けられないけど」

アニ「ないと思うよ」

マルコ「そういうことは閉じる前に言おうか」

ユミル「私は自分のためだけに生きるって決めてるんだ。――甘ったれるなマルコ!」

マルコ「別に甘ったれてるわけじゃないんだけどなー」

アニ(……そういえば)ゴソゴソ

アニ「ところで、この袋はどうするの? ……もう、使い道なくなっちゃったけど」スッ

マルコ「……! それ……」

ユミル「袋? ……ああ、マルコが作ってくれたヤツか? どうすっかなー……」

アニ「コニーの妹さんは人形を隠して持ち歩いたりしないから、この袋は箱に入れる必要はないでしょ? それにこれ、小さすぎて他のことには使えないし」



マルコ「……もしよかったら、そのまま持っていてくれないかな」

840: 2015/07/17(金) 19:45:54 ID:HktBEhaU

マルコ「その袋は、僕が二人のために作ったものだからさ。できれば他の人にあげたりしないで持っててほしいんだ」

アニ「……いいの?」

マルコ「もちろんだよ! ……あ、いや、そもそもそれはとっくに君たちのものだし、いらなくなって捨てられたとしても僕は何も言えないんだけど……」

アニ「……」

アニ(これくらいなら、きっと荷物にはならないよね……)

アニ「じゃあ、お言葉に甘えてありがたくもらっておくよ。……もし壊れても、今度は自分で直せるから」

マルコ「うん、今のアニの腕前ならきっと大丈夫だ。――ユミルはどう? 必要ないなら、僕が引き取ってもいいけど……」

ユミル「うーん……」

ユミル(将来どういう道に転ぶにせよ、小銭袋くらいは必要になるだろうしな。……持ってたところで損はないか)

ユミル「しょうがねえな、私も持っててやるよ。その代わり、変なモン入れても文句言うなよな」

マルコ「言わないよ。君の好きにしていい。……ありがとう、ユミル。アニ」

841: 2015/07/17(金) 19:46:41 ID:HktBEhaU

ユミル「何言ってんだ、礼を言うのはこっちのほうだよ。……散々振り回して悪かったな。マルコ」

アニ「あんたには、最初っから最後まで迷惑の掛け倒しだったね。……ごめん」

マルコ「……? どうして謝るんだ? 振り回されたとか迷惑だとか、そんな風に思ったこと一度もないよ」

ユミル「……最後くらいいい子ちゃんはやめろっての、このお人好し」ムスッ

アニ「マルコこそ、私たちに遠慮してるんじゃない? ……言いたいことがあるなら言ってみなよ、怒んないから」

マルコ「……そうだね。じゃあ一つだけ」





マルコ「――君たちと友だちになれて、本当によかった」

843: 2015/07/17(金) 19:47:18 ID:HktBEhaU

ユミル「…………」

アニ「友だち……」

マルコ「うん。――大変なことは多かったけどさ、それ以上に毎日が楽しかったよ」

ユミル「……お前だけだよ。あそこまで付き合わされて、そんなこと言えるのはさ」ハァ

マルコ「そうかな? ……君たちは楽しくなかった? ちっとも?」

アニ「……」

ユミル「……まあ、少しだけな」

マルコ「それ、すごく楽しかったって解釈でいいのかな? ユミル」クスクス

ユミル「……うっ、うるさいな! 知らん!!」プイッ

マルコ「ははっ、ごめんごめん。からかうつもりはなかったんだ。怒らないでくれよ、ユミル」

ユミル「……くそっ、人を振り回しやがってぇ……」ブツブツ...

844: 2015/07/17(金) 19:48:04 ID:HktBEhaU

アニ「…………」

アニ(「楽しかった」なんて言葉、私が言っていいはずがない。でも……)

マルコ「なあ、アニはどうだった? ……楽しくなかったかい?」

アニ「私は……」

アニ(ライナー、ベルトルト……ごめん。今だけだから……)

アニ「私も、楽しかったよ。……あんたのおかげでね」

マルコ「そう言ってもらえると嬉しいな。頑張った甲斐があったよ」

アニ「コニーには結局しなかったけど、やっぱりあんたにはちゃんとお礼しておかないとね。何がいい?」

マルコ「ううん、僕は何もいらないよ。……君たちの満足そうな顔が見られただけで充分だ」ニコッ

アニ「あのさ、もしよければその性根を根本から叩き直してあげようか? 世の中の誰もが信じられなくなる感じで仕上げてあげるけど?」シュッシュッ

マルコ「遠慮しておくよ。それが君の精一杯の真心だってのはわかるんだけどね」

845: 2015/07/17(金) 19:49:40 ID:HktBEhaU

ユミル「……で、だ。マルコ、荷札は書けたか?」

マルコ「うん。あとは差出人の名前を書けば終わりだよ」

アニ「差出人って?」

ユミル「荷物を出した人の名前だよ。――送り主をコニーに見せかけたいなら、差出人の欄にはあいつの名前を書くべきだが……」

マルコ「確実に受け取ってもらいたいならそう書くべきだよね。……さて、どうしようか?」

アニ「……そんなの、聞かなくても決まってる」

ユミル「ああ、愚問だな」

アニ「書き間違えないように、耳の穴かっぽじってよく聞いてなよ、マルコ」

ユミル「一度しか言わねえからな? いいか?」





        「私たちは――」





(おしまい)

846: 2015/07/17(金) 19:50:21 ID:HktBEhaU

終わった! ここまで付き合ってくれた方、本当にありがとうございました 追っかけお疲れさまでした
1がモタモタしてた間にアニとユミルが新旧キュアフローラになってしまった……なんということだ……

最後に、ジャンにご招待されたマルコの末路と終盤ぬいキチどもが作ってたモノのお披露目をする短編を投下して終わります
もう書き上がってるので、このまま投下します もうちょいお付き合いください

848: 2015/07/17(金) 19:54:52 ID:HktBEhaU

―― ある日 女子寮

ミカサ「エレンが冷たい」

サシャ「いつものことじゃないですか」

ミカサ「いつもと違う。最近、あまり構ってくれない。話しかけても上の空で、生返事をしてくることが多い。話がちっとも続かなくて困っている」

サシャ「ふーん、そうなんですかー。そりゃあ大変ですねー」バリボリ

ミカサ「…………」

サシャ「わーい、おいしいー」バリボリバリボリ

ミカサ「……サシャ。ちゃんと私の話を聞いて」

サシャ「聞いてますよー。……ああ、おいしいおいしい」パクパク

ミカサ「…………」

サシャ「ミカサ、クッキー焼くの上手ですよねー。もう何枚でもいけちゃいますよ私」

ミカサ「えいっ」メキィッ

サシャ「いだだだだだだだだだだだだだだだだだだ」ジタバタジタバタ

ミカサ「ちゃんと私の話を聞いて」メキメキメキメキ

サシャ「わ、わかりました! 聞きます! ちゃんと聞きますからー!!」ジタバタジタバタ

849: 2015/07/17(金) 19:55:25 ID:HktBEhaU

サシャ「ああ、氏ぬかと思った……でもミカサ、そもそも『いつもと違う』って言われても、私にはどこがどう違うのかわかんないですよ。何かおかしなところあったんですか?」

ミカサ「むしろおかしなところしかなかった。どうしてわからないの? もっとちゃんとエレンのことを見ていてほしい」

サシャ「はぁ、わかりました。んじゃ頑張ります」

ミカサ「…………やっぱり、三日に一回くらいにして」

サシャ「えぇー……? 三日に一回って言われても、三日置きにきっちり見られるかどうか自信ないですよ?」

ミカサ「大丈夫、私も協力するから」

サシャ「はぁ、そうですか。それはどうも」

ミカサ「ええ、一緒に頑張ろう。サシャ」

サシャ「…………」

ミカサ「…………」

サシャ「……で、エレンのことは結局どうするんです?」

ミカサ「! ……どうしよう」

850: 2015/07/17(金) 19:56:10 ID:HktBEhaU

―― 翌日 兵舎

ミカサ(夜明けまでサシャと二人で話し合ったけれど、何も解決策が出なかった……)

ミカサ(私の考えすぎならそれでもいい。でも、何か引っかかる……大事なことを見落としているかのような……)



   「あっ、やっと見つけた! ――よっ、ミカサ」ポン



ミカサ「……エレン」

エレン「随分探したんだぜ、お前のこと」

ミカサ「走るの? じゃあ一緒に行く」タッタッタッ

エレン「違ぇよ走らねえよちょっと待て! お前に渡したいもんがあってさ。……ほら、これ」ポイ

ミカサ「……紙袋?」

エレン「中、ここで見てくれよ。きっとお前腰抜かすぜ!」

ミカサ「……」ガサゴソ

851: 2015/07/17(金) 19:57:29 ID:HktBEhaU

ミカサ「……? これは、ぬいぐるみ……?」

エレン「ねこだ」

ミカサ「ねこ」

エレン「かわいいだろ? しかもお前と同じ赤いマフラーを着けてるんだぜ? かわいいだろ? かわいいだろ?」

ミカサ「……うん、かわいい。でも、何故ねこのぬいぐるみを」

エレン「ぬいぐるみじゃない。マフラー止めだ」

ミカサ「マフラー止め」

エレン「そうだ」

852: 2015/07/17(金) 19:58:03 ID:HktBEhaU

ミカサ「……エレン。見ての通り、私のマフラーはこういうものを使わなくてもしっかり首に巻き付いている。ので、固定する器具は必要ない」

エレン「えっ……? いらないのか……?」シュン...

ミカサ「いる。いるけど、正直使わない。……ごめんなさい」

エレン「そっか……お前のために、心をこめ(て作っ)たんだけどな。そうか、いらねえのか……」

ミカサ「…………」

エレン「……ははっ、ごめんな? 迷惑だったよな、いきなりこんなもんお前に押しつけようとしてさ」

エレン「えっと……そうだな、晩メシまで時間あるし、一緒に走りに行くか? この前お前が好きそうな足元の悪い道を見つけたんだよ。負荷が足りないならさ、昔みたいに薪背負って行こうぜ? なっ?」

ミカサ「…………」

853: 2015/07/17(金) 19:58:35 ID:HktBEhaU

―― 夜 女子寮

ミカサ「……にゃーにゃー」バタバタ ゴロゴロ

サシャ「ミカサってば嬉しそうですね! 何食べたんですか? にゃーってことは魚ですか? 私の分は?」

ミカサ「これ、エレンにもらった。ついさっき」

サシャ「へえ、よかったですねえ! ……ちっ、魚じゃないんかい……」

ミカサ「見たい? 見たい?」ソワソワ

サシャ「いえ、別にいいです。ちっとも興味ないので」プイ

ミカサ「……そう。とても残念」メキメキ...

サシャ「ひぃっぃぃいいぃやったあっ! 見せてくれるんですかありがとうございます! 実は私すごく見たいなぁって思ってだんでずよぃいだだだだだだ!! 腕折れる!!」ジタバタジタバタ

ミカサ「最初から素直に言っていればよかったのに。サシャは照れ屋さん」

サシャ「最初っから素直なつもりなんですけどね、私……それで、なんでエレンからぬいぐるみなんてもらったんです?」

ミカサ「実は――」

854: 2015/07/17(金) 19:59:05 ID:HktBEhaU

ミカサ「――ということがあった」

サシャ「ふーん、それで持って帰ってきたわけですか」

ミカサ「あんな捨て猫のようなエレンを裏切れるわけがない」ナデナデ

サシャ「それエレンじゃなくてぬいぐるみです。……で、実際にマフラーにつけるとどんな感じになるんです?」

ミカサ「こんな感じ」スチャッ

サシャ「ふむふむ……顎に猫の耳がガッツリ刺さってますけど痒くありません?」

ミカサ「……少し」ポリポリ

サシャ「ですよね。――それにしても、よく作りこんでありますね。いったい誰が作ったんです?」

855: 2015/07/17(金) 19:59:39 ID:HktBEhaU

ミカサ「……? どういうこと?」

サシャ「え? だってここに『ミカサ』って刺繍してあるじゃないですか。ほら」

ミカサ「……本当だ。気がつかなかった」

サシャ「仕立て屋さんにでも注文したんですかねー」

ミカサ「…………」

ミカサ(いえ、エレンに限ってそんなこと……でもアルミンのこともあるし、エレンたちの部屋は既に汚染されているし……)

ミカサ「……」

サシャ「ミカサ? どうかしましたか?」

ミカサ「なんでもない。……明日、エレンに直接確かめてみる」

856: 2015/07/17(金) 20:00:11 ID:HktBEhaU

―― 翌日 訓練後の営庭

エレン「久しぶりに走ると気持ちいいなー!」タッタッタッ

ミカサ「……うん」タッタッタッ

ミカサ(……やっぱりおかしい)

ミカサ(あの訓練大好き人間のエレンが、営庭を久しぶりに走っただなんて……やはりエレンも既に……)

ミカサ「……エレン。止まって」

エレン「ん? なんだ、負荷が足りなかったのか? でもよ、流石に営庭走るためだけじゃ立体機動装置は貸し出してくれないんじゃ――」

ミカサ「違う、そうじゃない。……このマフラー止めのことで、聞きたいことがある」スッ

エレン「……気づいてたか。やっぱり、お前に隠しごとはできねえな……」

ミカサ「……! ということは、やはり……!」

857: 2015/07/17(金) 20:00:52 ID:HktBEhaU

エレン「悪い! 渡すの忘れてたんだ。昨日部屋に帰ってから気づいてさー。――ほら、これ」ポイ

ミカサ「……これは何」

エレン「オプションパーツの魚だ」

ミカサ「おぷしょんぱーつのさかな」

エレン「ちなみに種類は鯉だ」

ミカサ「こい」

エレン「ちょっと猫借りるぞ? ――えーっと、ここの猫の口がー、マジックテープになっててー……」ベリベリ

ミカサ「…………」

エレン「魚を……こうやって、くわえさせることができる!!」

ミカサ「エレン……! そうじゃない! そうじゃないでしょ!!」ユサユサ

エレン「何怒ってんだよ? ――他にも焼き芋とか作ったんだ。手の肉球もマジックテープになっててさー、芋をこうやって手に持たせてー……」ベリベリ

858: 2015/07/17(金) 20:01:26 ID:HktBEhaU

エレン「口に突っ込めば……ほら! 焼き芋を食ってる猫!」

ミカサ「猫は焼き芋を食べない」

エレン「食うだろ」

ミカサ「食べない」

エレン「食う!」

ミカサ「食べない。猫は猫舌だからそんな熱いもの食べない」

エレン「……」

ミカサ「……」

エレン「……じゃあ後でアルミンに聞いてみる」ムスッ

ミカサ「聞かなくてもわかる。そもそも焼き芋を頬張る猫なんて見たことがない」

エレン「~~っ、ああもうわかったよ!! それなら今すぐアルミンに聞いてきてやらぁ!!」ダッ

ミカサ「いえ、今すぐ聞く必要はないのでは…… ――!! 違う、そうじゃないエレン!! 私が聞きたいことはそのことじゃない!! 待って戻ってきて行かないでエレン!!」ダッ

859: 2015/07/17(金) 20:02:01 ID:HktBEhaU

―― しばらく後 とある倉庫近く

ミカサ(見失った……エレンに振り切られるなんて、はじめてかもしれない……)キョロキョロ

ミカサ(結局、この魚と焼き芋と猫はエレンが作ったものなのだろうか……)

ミカサ(……オプションパーツという発想自体は評価できるけれど、たった二つしかなくてしかもどちらも食べ物系というのがいただけない。これでは遊びのバリエーションがぐんと狭まる)

ミカサ(ここはねこじゃらしスナップブレードとかマタタビ立体機動装置とか十キロの重しを着けられるリュックとか持ってきて欲しいところ。……まだまだ発想が甘い。経験と研究が圧倒的に足りない。もっと徹底的に対象へのリサーチをすべき)

ミカサ(……違う! そういう勉強はエレンには必要ない!! しなくてもいい!!)ブンブン



   「おっ! ミカサみっけ!」



ミカサ「……コニー」

860: 2015/07/17(金) 20:02:39 ID:HktBEhaU

ミカサ「コニー、エレンを見なかった? もしくはアルミン」

コニー「いや、どっちも見てねえよ? ――それよりミカサ、お前どこにいたんだ? ずっと探してたんだぞ俺」

ミカサ「ごめんなさい、私はずっと営庭を走っていた。……じゃあ私、エレンを探しに行くので」クルッ スタスタ...

コニー「まあ待てって、ちょっと付きあえよ。――実はさ、お前に渡したいモンがあるんだよ」

ミカサ「私に? 何?」

コニー「大したもんじゃねえんだけどさ。――ほい、やる」ポイ

ミカサ「……紙袋?」

コニー「中身、今確認してみてくれよ。気に入らなかったり寸法合わなかったら持ち帰って直すからさ」

ミカサ「中身……」

ミカサ(このやりとり、この前エレンとやったような……)ガサゴソ...

861: 2015/07/17(金) 20:03:12 ID:HktBEhaU

ミカサ「……人形の服?」

コニー「訓練服と私服とよそいきのドレス3着だ」

ミカサ「人形は訓練しない」

コニー「はぁ? 当たり前だろ、何言ってんだミカサ」

ミカサ「…………」

コニー「私服はエレンとアルミンに聞いて、お前が普段良く着てる服と同じにしたんだ。ドレスはエレンとアルミンに頼んで、それぞれお前に似合いそうなのを1着ずつデザインしてもらった」

ミカサ「3着目は?」

コニー「みんなで意見出しあって作った。……ちなみにどのドレスを誰が考えたのかは秘密な」

ミカサ「…………」

コニー「寒いよな、素っ裸にマフラーだけだと」

ミカサ「……寒いけど」

コニー「訓練所の中ではどっちの服でもいいけどよ、町に出る時は私服にきちんと着替えさせてやれよ?」

ミカサ「……わかった。そうする」

862: 2015/07/17(金) 20:04:03 ID:HktBEhaU

―― しばらく後 兵舎の廊下

ミカサ(エレンとアルミンが、私のために考えてくれたドレス……)

ミカサ「……///」

ミカサ(……違う!! 冷静に考えて!! 厳密に言えば私のためじゃなくてこのぬいぐるみのためでしょう!? なんか違う!! 絶対おかしい!!)ブンブン

ミカサ(しかし、このラインナップは流石はコニーと言ったところ……まさか、訓練服と私服に加えてドレスも用意してくるとは侮れない)

ミカサ(でも、欲を言えばせめて鎖帷子は付けてほしかった。次はもう少し細やかな気遣いを期待したい)

ミカサ(……それにしても、大分増えた)モサッ...

ミカサ(こんなにたくさん増やして、どうしろって言うの……? 全部紙袋には入るけど、中から目的のものを探し出すのがちょっと面倒)

ミカサ(もっと使う側の気持ちに寄り添った物作りを……違う、そうじゃない! しなくていい!! しなくていいからみんな正常に戻って欲しい!! せめてエレンとアルミン!!)ブンブン

ミカサ(でも、何故エレンは突然手芸の道を歩み始めてしまったの……? 何かきっかけがあるんだろうか……)



     「――お困りのようだね」



ミカサ「別に困ってない」

863: 2015/07/17(金) 20:06:02 ID:HktBEhaU

ベルトルト「わかるよ。……そばにいないと不安になる、その気持ち」

ミカサ「…………」

ベルトルト「――せつないよね」

ミカサ「ベルトルト、エレンはどこ? もしくはアルミン」

ベルトルト「ごめん……知らない」

ミカサ「そう。ではさようなら」スタスタ...

ベルトルト「待ってくれミカサ! 実はね、君に渡したいものがあるんだけど……」

ミカサ「そう。後にして」

ベルトルト「僕の贈り物を受け取れば、きっと君の悩みも瞬く間に解決すると思うよ? ミカサ」

ミカサ「……本当?」ピタッ

ベルトルト「本当本当。……はい、じゃあこれね」ポン

864: 2015/07/17(金) 20:06:40 ID:HktBEhaU

ミカサ「……布の袋」

ベルトルト「ポーチだよ。マフラー止めを持ち歩くポーチ」

ミカサ「持ち歩く時は首に着けるからこれはいらない。返してもいい?」

ベルトルト「それでねミカサ、ちょっとその正面のジッパーを下げてみてほしいんだ」

ミカサ「嫌。これ返す」スッ

ベルトルト「えい」ジーッ

ミカサ「何故ジッパーを開けたの? ちゃんと受け取ってくれないと困る」

ベルトルト「ほら、中を見てくれよ……なんとオプションパーツや服をしまうポケットがついてるんだ! すごいだろ?」

ミカサ「すごいすごい。ちゃんと持って帰ってくれればもっとすごい」パチパチ

ベルトルト「えっ……? そ、それは無理だよ!! だって僕、女子寮には入れないし……///」

ミカサ「違う。ベルトルトの部屋に持って帰ってと言ってるの」

ベルトルト「……? ミカサ、僕たちの部屋に住むの?」

ミカサ「違う。話を聞いて」

865: 2015/07/17(金) 20:07:26 ID:HktBEhaU

―― しばらく後 資料室近くの廊下

ミカサ(……悩みの種が増えただけだった)ドヨーン...

ミカサ(持ち運びはしやすくなったけれど、こんなパンッパンに膨らんだポーチなんて持ち歩くだけで恥ずかしい……)

ミカサ(というか、オプションパーツを入れたらぬいぐるみが入らない。これは明らかに設計ミス。同じ部屋にいるんだから、こういうものはお互い情報を共有しあって連携しながら作ってほしい。コミュニケーションは大切)

ミカサ(……いえ、まだエレンが作ったものだとは確定してない。これは……これはきっとベルトルトが無意識で作り出したものに決まってる。だから寸法が合ってないのも当然。おそらくは目分量で作ったものだろう)

ミカサ(でもこのポーチ、部屋に置いておくにはど派手過ぎる……虹色のグラデーションの生地なんてどこに売ってるんだろう。見たことがない……)ギンギラギンギラ

ミカサ(ポーチは紙袋に入らないし……部屋に戻る前に、これを隠せるような何かを調達してこよう。それからエレンを探しに行っても遅くはないはず)



    「そこで俺からの新提案だ」



ミカサ「帰って」

866: 2015/07/17(金) 20:08:07 ID:HktBEhaU

ライナー「おいおい、随分と辛辣な物言いだな。会っていきなりそれは酷いんじゃないか? ミカサ」

ミカサ「その弾薬箱が十二ダースほど入ったような鈍器箱をどこかに捨ててくるなら話ぐらいは聞いてあげてもいい」

ライナー「これはお前へのプレゼントだ。捨てられない」

ミカサ「必要ない。いらない。帰って」

ライナー「そう言わずに話だけでも聞いてくれ。このドールハウスなんだがな」

ミカサ「今は忙しい。兵団を卒業してからにして」

ライナー「……受け取る気ないだろ」

ミカサ「ない」

ライナー「……」

ミカサ「そんなことよりエレンかアルミンを見なかった? 知ってたら教えてほしい」

ライナー「このドールハウスを受け取ったら教えてやろう」

ミカサ「じゃあいらない。自分で探す」スタスタ...

ライナー「……そうか、残念だ。お前はきっと、このドールハウスを欲しがると思っていたんだがな……」

ミカサ「そんなわけない。そもそもそんな重そうなものをすすんで受け取る女の子はいない」

867: 2015/07/17(金) 20:08:43 ID:HktBEhaU

ライナー「そこでこれを見てほしい」サッ

ミカサ「今度は何」

ライナー「俺はこの前、兵団内の女子の中から無作為に五十人の訓練兵を抽出してアンケートを採った」

ミカサ「あなたは何をしているの」

ライナー「そのアンケートによると、だ……『あなたが子どものころに欲しかったドールハウスはどんなものですか?』という質問には、三十五人の女子が『豪華なドールハウスが欲しい』と答えた。わかるか? 女子の7割だぞ7割」

ミカサ「帰っていい?」

ライナー「まあ聞け。しかしだな、『あなたが子どものころに実際持っていたドールハウスはどんなものですか?』という質問には、四十六人の女子が『お手ごろ価格の小さなドールハウス』と答えたんだ。この意味がわかるか?」

ミカサ「帰っていい?」

ライナー「聞け。――つまり、豪華なドールハウスってのは乙女の憧れなんだ」

ミカサ「……乙女の憧れ?」ピクッ

ライナー「そうだ。お前だって一度くらい思ったことはあるだろう? 『みんなが持ってないような、素敵でかわいいオモチャが欲しい』って」

ミカサ「……」

ライナー「もう一度聞くぞ? ……本当にいらないのか?」

868: 2015/07/17(金) 20:09:29 ID:HktBEhaU

―― しばらく後 厩舎近く

ミカサ(……結局受け取ってしまった)ドヨーン...

ミカサ(くっ……どうして今日の私は押しに弱いのだろう……! もっと強く「NO!」と言える人間になりたい……! 強くなりたい……!)ギリッ...

ミカサ(でもこのドールハウス、思っていたよりも芸が細かい。ドアも開け閉めできるし螺旋階段まで付いている。人形用だからといって妥協しているわけではないのは好印象)

ミカサ(……しかし、やはりこの大きさと重さはいただけない。クリスタやミーナ辺りが受け取ったら寮まで持って帰れないのではないだろうか)

ミカサ(せめて重さだけでも改善してほしい。これは今後の課題として、ライナーに伝え……なくていい! そんなことどうでもいい!!)ブンブン

ミカサ(それにしても、どうして一人ずつ私の前に現れるの? 全員が一度に来てくれたら削ぎ落とすのも一回で済むし、無駄なやりとりも少なくできるのに……)

ミカサ(……とにかくエレンかアルミンを探そう。会って話せば何もかも解決する……ような気がする。たぶん)スタスタ...



   「――そんなに急いでどこに行くんだ?」



ミカサ(ああ、また来た……)ドヨーン...

869: 2015/07/17(金) 20:10:11 ID:HktBEhaU

ミカサ「……ジャン。エレンとアルミンは?」

ジャン「さあ? 訓練終わった後にどこかに出かけたのは知ってるが、今どこにいるかはわからねえな」

ミカサ「そう。……どうもありがとう、ではまた明日」スタスタ...

ジャン「待てよミカサ、お前に渡したいもんがあるんだ! これなんだが――」ガサゴソ

ミカサ「シュシュなら間に合ってる。あなたからもらったものが部屋に三十個くらいある。もうお腹いっぱい」

ジャン「そう言わずに話だけでも聞いてくれって! それに今日俺が持ってきたのはシュシュじゃねえ!」

ミカサ「えっ……? シュシュじゃない……?」

ジャン「人形用のアクセサリーと、それを入れるアクセサリーボックスだ。受け取ってくれ」

ミカサ「なるほど……わかった。それはいらないので持って帰ってほしい」

ジャン「なっ、なんだと……!? いらねえって、正気かよミカサ……!?」

ミカサ「あなたは早く正気に戻ったほうがいい」

ジャン「で、でもよ! 素っ裸にマフラーだけじゃ寒くて人形が凍えちまうかもしれないだろ? だから――」

ミカサ「そのことはついさっきコニーから聞いた。……それに、仮にあなたの言うとおりにアクセサリーを着けたとしても、素っ裸にマフラーとアクセサリーだけを身に纏うわけだから寒いことに変わりはない。ジャンは頭が悪くはないんだから、もうちょっと考えてからそういうことを提案してほしい」

ジャン「頭が良くなりたいならこの青色の眼鏡を猫にかけさせるといいぜ!」サッ

ミカサ「人の話を聞いて。――そんなのいらない。それに、猫に眼鏡をかけても頭は良くならない」

870: 2015/07/17(金) 20:10:53 ID:HktBEhaU

ジャン「何言ってんだよミカサ、かわいいは作れるんだぞ?」

ミカサ「いらな……意味がわからない。何の話? もうちょっと落ち着いて話をして」

ジャン「このアクセサリーを人形に着けると頭が良くなるんだ」

ミカサ「……ジャン。もっと噛み砕いて、サシャやコニーでもわかるように説明をして」

ジャン「なあミカサ、お前は眼鏡をかけた女の子が知的に見えたことはないか?」

ミカサ「ない」

ジャン「だよな! どんな女の子だって、ちょっとしたアクセサリーを1つ着けるだけで魅力的になったりするんだ。アクセサリーを着けることで女の子はかわいくなる……かわいいは、自分の手で作れる……つまり、眼鏡をかけると頭が良くなる!!」

ミカサ「その理屈はおかしい」

ジャン「えっ? でもかわいいは作れるよな?」

ミカサ「…………」

ミカサ(話が通じなさすぎて、頭が痛くなってきた……)ズキズキ...

871: 2015/07/17(金) 20:11:32 ID:HktBEhaU

―― しばらく後 兵舎裏

ミカサ「…………」

ミカサ(身体が重い……全身がだるい……こんな澱んだ気持ちになるなんて、壁が破られた日以来かもしれない……)ドヨーン...

ミカサ(まさか、ジャンがあんなに話が通じなくなっているなんて思わなかった……最後は怖すぎてひったくるように受け取ってきたのに、「よかったら後で感想聞かせてくれよな!」って笑顔で言い出すし……もう訳がわからない。今後はあまりジャンには近づかないようにしよう……)

ミカサ(しかしそれでいて、アクセサリーとアクセサリーボックスは文句の付けようのない出来映えなんだから更に恐ろしい。……肉球ポシェットなんてどうやったら思いつくの? もうこれだけで満足できる。ずっとプニプニしていられる)サワサワ プニプニ

ミカサ「…………」プニプニ

ミカサ(もしかして、アルミンも既にあの状態になってしまっているの? もう、昔のエレンとアルミンには二度と会えないのだろうか……)プニプニ

ミカサ(私にできることと言ったら、物理的に止めることしかない。……でも腕や指を折ったら訓練に差し支えるし……いったいどうしたら……)プニュン

ミカサ(……もう、考えるのはやめよう。おとなしく晩ごはんの時間まで寮の部屋に引きこもっていよう。流石に女子寮の中までは追ってこないだろうし……)プニュリンチョ

ミカサ「…………」

ミカサ(なんだか、二人が離れていってしまうようで……すごく、さみしい……)グスッ...



   「ミカサ? どうしたの?」



ミカサ「ひっ」ビクッ

872: 2015/07/17(金) 20:12:10 ID:HktBEhaU

マルコ「あっ……ごめん、急に声かけて。驚かせちゃったかな」

ミカサ「……マルコ?」

マルコ「なんだか暗い顔してるね。……何かあったのかい? 僕でよければ話を聞こうか?」ニコッ

ミカサ「…………」

ミカサ(あぁっ……! やっと、やっとまともな人に……! 会えてすごく嬉しい、ありがとうマルコ……!)ジーン...

ミカサ(でも、マルコは他のみんなの手芸狂いのことは知らないはず。慎重に、真実を極力伝えないように話さなければ……)

ミカサ「あの……マルコは、ある日突然家族や友だちが変わってしまったらどうする?」

マルコ「……? 変わるって……例えばどんな風に?」

ミカサ「え? えっと……あの、具体的にはちょっと言えないのだけれど……」

873: 2015/07/17(金) 20:12:46 ID:HktBEhaU

マルコ「うーん……それってさ、実はミカサが知らないその人の一面だった、っていう可能性はない?」

ミカサ「ない」

マルコ「そう? 少しくらいは心当たりがあるんじゃないか?」

ミカサ「あんな一面があるなんて思いたくない。……それで、マルコならどうするの? 参考にしたいから聞かせてほしい」

マルコ「そうだなぁ……僕だったら、そういうところも受け入れようって、まずは努力してみるつもりだよ。どんなに見かけは変わっても、根っこの部分はそう変わらないものだからね」

ミカサ「でも……もしかしたら、アクセサリーを着けたら変わるかもしれない」

マルコ「? アクセサリー? なんで?」

ミカサ「! ……な、なんでもない。アクセサリーのことは忘れてほしい」プイ

ミカサ(危なかった、つい気が緩んでしまった……)ドキドキ

ミカサ(けれど、久しぶりにまともな考えの人と話して少し落ち着いたかも……これなら、なんとか寮までは心安らかに帰れそう)ホッ

874: 2015/07/17(金) 20:13:37 ID:HktBEhaU

ミカサ「……では取り敢えず、力尽くで考えを改めさせるのは止めることにする。骨を折ったら痛いだろうし」

マルコ「骨折る気だったの?」

ミカサ「……まあ、嗜む程度に」

マルコ「嗜む程度に折るってかなり難しいと思うんだけど……まあ、ミカサの気が少しでも晴れたんならよかったよ」

ミカサ「マルコに話を聞いてもらったおかげ。……本当にありがとう」

マルコ「どういたしまして。……じゃあ、これを渡しておくよ」スッ

ミカサ「……? これは……」





マルコ「ドールハウス用のカーテンだよ」





ミカサ「」

875: 2015/07/17(金) 20:14:20 ID:HktBEhaU

マルコ「それと、玄関マットとテーブルクロスだろ? ……あ、テーブルはこれね。ダイニング用の椅子は三人分しかないから足りなくなったらすぐに言ってくれ。用意するから」

ミカサ「……」

マルコ「ベッドは少し大きめのを用意したんだ。これなら寝返りを打っても床に落ちることないよ! 後は子ども部屋に敷くラグと……そうそう、おもちゃ箱も作ったんだ! こっちが積み木のセットでこっちがトランプセットだよ。因みに五十二枚あるからなくさないように気をつけてね。あとこのクローゼットは寮に帰ってから開けてみてくれ。きっとミカサ、すごく驚くと思うよ!」

ミカサ「……マルコ」

マルコ「キッチンは兵舎にあるものを完全再現したんだ。特に苦労したのはオーブンかな。それとパンとスープセットも三人分作っておいたよ。それから――」

ミカサ「マルコ」

マルコ「ん? なんだい?」

ミカサ「最近、エレンたちの部屋に行った?」

マルコ「そうだよ、よく知ってるね! エレンから聞いたのかい?」

ミカサ「いえ……聞かなくてもわかるというか……」

マルコ「そうなの? ミカサはすごいんだなぁ…… ――ああ、あとは顕微鏡と……机! 机と椅子は特にこだわったんだ。集中して勉強するには座り心地とかも重要になってくるからね。椅子に敷く座布団も用意しておいたから、合わせて使ってくれ」

ミカサ「……」

マルコ「それと食料庫に馬小屋だろ? ……そうだ、ホウキとチリトリも作っておいたんだ! 本物のワラと木の枝を使ってるから本格的だろ? これは結構自信作なんだよ! それでさ、この食料庫の中には野菜がはいってるんだけど、その野菜って言うのが――」

876: 2015/07/17(金) 20:14:59 ID:HktBEhaU

―― しばらく後 教官室

教官「……アッカーマン」

ミカサ「はい」

教官「今、私の机の上に置いた紙はなんだ」

ミカサ「立体機動装置の使用許可申請書です」

教官「……申請理由は」

ミカサ「寮に帰るため」

教官「却下」

ミカサ「……」

教官「アッカーマン、寮には歩いて帰りなさい。君にはご両親からもらった立派な足があるだろう」

ミカサ「……すみません、書き間違えました」

教官「ほう、ではなんと書くつもりだね」

877: 2015/07/17(金) 20:15:39 ID:HktBEhaU

ミカサ「命の危険を感じるため」

教官「アッカーマン、ここは壁内だ。巨人の脅威はない」

ミカサ「あります」

教官「ない」

ミカサ「……」

教官「……」

ミカサ「教官……! 許可を、立体機動装置を使う許可をください……! なんでもしますから……!」

教官「駄目だ。帰りなさい」

ミカサ「……じゃあ、寮まで付き添っていただけないでしょうか」

教官「アッカーマン」

ミカサ「……」グスッ

教官「アッカーマン、泣いても許可は出せない。おとなしく歩いて帰りなさい」

879: 2015/07/17(金) 20:16:18 ID:HktBEhaU

―― しばらく後 女子寮近く

ミカサin木箱「……」ズリッ... ズリッ...

ミカサin木箱(ううっ……! 流石に、この大荷物を抱えて移動するのは厳しい……)

ミカサin木箱(エレンとアルミンはおかしくなってしまった。同期の仲間も助けてくれない。教官はアテにならない……自分でなんとかするしかない)

ミカサin木箱(……もしかして、本当はみんなから嫌がらせをされているんじゃないだろうか? 対人格闘の訓練でよくライナーを投げ飛ばしているし、シュシュばかり渡してくるから鬱陶しくてジャンに素っ気なくしてしまったこともあるし……)

ミカサin木箱(エレンに愛想を尽かされるのも、当然かもしれない。……いえ、とっくに嫌われてしまったのかも……)

ミカサin木箱「…………」

ミカサin木箱(ああ……この世界は、なんて残酷なんだろう……)

ミカサin木箱(さみしい……)グスッ...



    「あれっ? ミカサ?」



ミカサin木箱「…………」

880: 2015/07/17(金) 20:16:54 ID:HktBEhaU

ミカサin木箱「……私は木箱。あなたと無関係」カサカサ

    「木箱じゃなくてミカサだよね? 隠れてないで出てきてよ。渡したいものがあるんだ」

ミカサin木箱「嫌だ!!!!」ガタガタッ

    「わっ!? ……びっくりしたぁ、いきなりどうしたの? 何かあった?」

ミカサin木箱「……なんにもない」

    「本当に?」

ミカサin木箱「なんにもないったらなんにもない。……私のことは放っておいて」

    「……もう、仕方がないなぁ。二人とも、手がかかるんだから……」

ミカサin木箱「……? 何を――」



    ―― ズボッ!!



ミカサin木箱(な、何……!? 木箱の隙間に、何かを詰め込まれた……!?)

881: 2015/07/17(金) 20:17:37 ID:HktBEhaU

    「――コットン生地だよ」

ミカサin木箱「こっ……!? コットン……!? な、なんでコットン……??」

    「ミカサ、知ってるかい? コットンは肌触りがよくて涼しい上に、吸湿性にも優れているから下着に使われることが多いんだ」

ミカサin木箱「下着に……?」

    「さあ、触ってごらんよミカサ。この生地は繊維長が特に長いから、柔らかな肌触りが楽しめるはずだよ……ふふふ……」

ミカサin木箱「…………」

ミカサin木箱(まさか、コットンがそんな柔らかいわけが……っ!?)

ミカサin木箱「こ、こんな……! これがコットンだというの!? エレンやアルミンの下着とはまるで肌触りが違う……っ!」

    「そりゃあそうさ。この生地は細かく長い繊維で丹念に織っているからね。僕ら一般人の下着とは格が違うのさ」

ミカサin木箱「すごい……! 肌触りがよくて涼しい上に吸湿性にも優れているなら、もう欠点なんてどこにもない……!」

    「いいや、欠点はあるんだよ。コットンは洗濯すると縮んだり皺になりやすいんだ。それに長い間太陽の光に当てておくと黄ばんでくる」

ミカサin木箱「そんな……縮みと皺はともかく、黄ばみを取る方法はないの?」

    「あるよ。――重曹を使って煮洗いするんだ。他にも重曹には染みついた匂いを取ったり服を白くする効果もあるからね。煮洗いすれば一石二鳥どころか一石三鳥だ」

ミカサin木箱「そう……よかった。これで黄ばみにもなんとか立ち向かえそう……」ホッ

882: 2015/07/17(金) 20:18:25 ID:HktBEhaU

    「いいや、これくらいで安心してもらっちゃあ困るよ。――お次はこれだ」ズボッ

ミカサin木箱「……? これは……」

    「――リネン生地だ」

ミカサin木箱「リネン生地…… ……!? この生地、コットンと比べると手触りがすごく悪い。ザラザラするし、お肌が荒れそう……」

    「うん、リネン生地の欠点はそこだね。まあ、そんな風合いを好む人もいるにはいるんだけど……」

ミカサin木箱「こんなにゴワゴワしているのに? ……信じられない」

    「いいの? ミカサ…… 僕の話をこのまま聞き続けて……」

ミカサin木箱「えっ……? どういう意味……?」

    「君が木箱の中から出てこない限り、僕はこれからずっと穴という穴から布と布に関する知識を詰め込む……すると君は、布なしじゃ生きていけない身体になる……!」

ミカサin木箱「そ、そんな……! そんなのいやっ……! やめてぇっ……!」ガタガタ...

883: 2015/07/17(金) 20:19:00 ID:HktBEhaU

    「……」

ミカサin木箱「……」

    「……」

ミカサin木箱「布は生活必需品。だから、それはおかしい」

    「うん、そうだね。―― じゃあそろそろ出て来てくれる? ミカサ」

ミカサin木箱「……布の話、もうしないの?」

    「してほしいの? なら、今度のお休みの日にじっくり話してあげるよ」

ミカサin木箱「……」

    「ねえミカサ、出て来てよ」

ミカサin木箱「……わかった」モゾモゾ

884: 2015/07/17(金) 20:19:33 ID:HktBEhaU

ミカサ「……こんにちは、アルミン」

アルミン「やあミカサ、元気?」

ミカサ「あんまり元気じゃない……」シュン...

アルミン「それなら、ミカサの元気が出るようなものをあげるよ。――はい」スッ

ミカサ「ひっ……! か、紙袋はもう嫌……! 見たくないぃ……!」ガタガタ...

アルミン「そうなの? じゃあ、中身だけ渡そうかな」ゴソゴソ

ミカサ「……? その人形は……」

アルミン「人形じゃなくてマフラー止めだよ」

ミカサ「マフラー止め……」

アルミン「どう? 結構自信作なんだ。これ」

ミカサ「……アルミン。猫のマフラー止めはもう持ってる。この前エレンにもらった」

アルミン「猫じゃないよ。エレンが作ったその子はミカにゃんって言うんだ。僕が持ってきたのはね、エレンをモチーフにしたエレにゃんだよ」

ミカサ「エレンを……?」ジーッ...

885: 2015/07/17(金) 20:20:12 ID:HktBEhaU

ミカサ「……確かに、目元がエレンに似てる」

アルミン「うん、目は特にこだわったからね! そこを一番に褒めてもらえるのは嬉しいなぁ」

ミカサ「……」ジーッ...

ミカサ(かわいい……)

アルミン「この人形にはまだ仕掛けがあってね? エレにゃんの左手とミカにゃんの右手をこうしてくっつけると……ほら! 手を繋げることができるんだ!」

ミカサ「……! わぁっ、すごい……!」

アルミン「気に入った?」

ミカサ「えっ? ――あっ……え、えと、ごめんなさい。ついはしゃいでしまった……」モゴモゴ...

ミカサ(私は今、いったい何を……? は、恥ずかしい……///)

アルミン「……あのさミカサ。昔、三人で遊んでたころのこと覚えてる?」

ミカサ「……? もちろん覚えてる。三人でかけっこしたり、本を読んだりした。楽しかった」

アルミン「うん、楽しかったよね。僕も覚えてるよ。……でもさ、ミカサはいつもそういうとき、『エレンがやりたいことでいい』『アルミンが読みたい本でいい』って言ってくれてたよね」

886: 2015/07/17(金) 20:20:49 ID:HktBEhaU

アルミン「いつもミカサは僕たちに合わせてくれてたからさ、ずっと気になってたんだ。本当はもっと、女の子らしい遊びがしたかったんじゃないかって……」

ミカサ「……そんなこと」

アルミン「うん。ミカサは優しいからね。そんなこと思ってなかったのかもしれないけど、僕たちは僕たちなりに一応気にしてたんだよ。……結局は、女の子らしい遊びが何かわからないからいつも通りだったけど」

ミカサ「……」

アルミン「このことを話したらみんなが盛り上がっちゃってさ。コニーは妹さんがいるからわからなくもないけど……ライナーとベルトルトにも、そういう幼なじみの女の子がいたのかもしれないね。『一生大切にしたくなるような立派なものを作ろう』って張り切ってたよ」

アルミン「それに、マルコも相談に乗ってくれたんだ。すごく親身になって話を聞いてくれたよ。……あっ、クローゼットはもらった? その中に、エレンの私服と同じものが入ってるから後で着せ替えてみてね」

ミカサ「……私のために、みんなが……?」

アルミン「元々の言い出しっぺはエレンなんだけどね。エレンが最初に『ミカサに贈り物を作ろう』って言い出したんだ」

ミカサ「……」

ミカサ(……マルコの言ったとおりだった)

ミカサ(エレンもアルミンも、変わってなかった。私の知っている、優しい二人のままだった……)

887: 2015/07/17(金) 20:21:23 ID:HktBEhaU

ミカサ「……大切にする。すごく嬉しい。ありがとう、アルミン……」

アルミン「本当? ……よかった。ミカサに喜んでもらえて、僕も嬉しいよ」

ミカサ「でも私、みんなに酷いダメ出しを心の中でしてしまった。それに知らなかったとはいえ、一人で勝手に怒って怯えてしまったし……あとでちゃんと謝らないと」

アルミン「そうなんだ? でも、みんな気にしてないと思うよ。ミカサが楽しんでくれたらそれだけで充分じゃないのかな」

ミカサ「そうかもしれないけど、私は気になる。……ので、後でお礼に行きたいから……あの、えっと……」

アルミン「うん、わかった。僕が付き添うよ。じゃあ今度の休みの日に、布の話をしながらみんなでお茶でもしようか?」

ミカサ「……じゃあ私、クッキーを焼いていく。サシャに見つからないように上手に焼く」

アルミン「あはは、みんなに謝るよりも難しそうだね。頑張ってね、ミカサ」

ミカサ「うん、頑張る。……そうだアルミン、エレンを見なかった? エレンにも謝らないと……」

アルミン「エレン? ううん、見てないよ。喧嘩でもしたの?」

ミカサ「さっき勢いに任せて、『猫は焼き芋を食べない』って言ってしまった。……食べないなら、食べさせればよかった。今気づいた」

アルミン「う、うん……? それはちょっと違うような……?」

888: 2015/07/17(金) 20:21:57 ID:HktBEhaU

―― 夜 女子寮

ミカサ「…………」チクチク...

サシャ「ミカサ、裁縫してるんですか? ――あのぅ、私のシャツの裾がすり切れちゃったんですけど、ついでにやってもらっても……」ヘコヘコ

ミカサ「直してあげるからそこに置いて」

サシャ「やったー! ありがとうございます! ――ところで何をしてるんですか? なんかそれモコモコしてますけど」

ミカサ「アルにゃんを作ってる」

サシャ「はあ、そうですか。……あるにゃん??」

ミカサ「サシャにゃんも後で作ってあげる。楽しみにしてて」

サシャ「にゃ、にゃん……?? ――いえ、私はどちらかと言えば食べ物のほうがいいんですけど……」

ミカサ「ならば、今こそ見せよう……! 畑で野菜を作っていた私の再現力を……!」ゴゴゴゴゴ...

サシャ「えー……? どうせもらうなら、本物のほうがいいんですが……」

889: 2015/07/17(金) 20:22:45 ID:HktBEhaU

サシャ「ところで、エレンがおかしくなっちゃった問題はもう解決したんですか?」

ミカサ「……よくよく考えたら全く何一つ解決してないけど、もういい」

サシャ「おや、どうしてです?」





ミカサ「……宝物が、増えたから」





(おしまい)

890: 2015/07/17(金) 20:24:15 ID:HktBEhaU
というわけでおしまい! ここまでありがとうございました
一応ネタはあるけどキリがないのでここで一旦やめておきます
あと重曹煮洗いは殺菌効果もあります

それではまたどこかでー

891: 2015/07/18(土) 00:11:17 ID:11CFW//s
完結まで約二年か長いこと楽しませてもらったよ
お疲れ様でした

また書きたくなったら書いてくれてもいいのよ

引用元: コニー「モノクマ、そしてキャンディ」