314: 2019/08/29(木) 21:11:31.30 ID:2XhceC2Fo
「一旦、ストップで!」
プロジェクトクローネは、アイドル部門統括重役の美城常務の主導で進められてきた。
海外から帰国してすぐに、現在進行中のプロジェクトを解体、白紙に戻す。
そして、対外的な346のブランドイメージを確立すべく、
常務が選んだアイドルを一つのプロジェクトにまとめ……大きな成果を得る。
「はい! 大至急お願いします!」
当然、社内でも反発はあった。
けれど、それでも上手くいっていたと思う。
プロダクションの玄関ホールに飾られたメンバーの写真を見て、少し誇らしくもあった。
……でも、今はどうしたら良いかわからず、立ち尽くす事しか出来ない。
「横になった方が……」
女性スタッフの一人が、彼女の左側にしゃがみ、
今にも倒れそうな体をしっかりと支えているのが見えた。
私も、慌てて反対の右側にしゃがんで、見様見真似で同じ様に体を支える。
これで良いのかしら……わからない。
「ありがとうございます、助かります……!」
お礼を言われたけれど、それに対する言葉は喉から出てこなかった。
小さな、届くか届かないかわからない程度に「いえ」と返すのが精一杯。
下から覗き込むようにして、顔色を窺う……白い。
眉間に寄っている皺が、彼女の苦しみを否応無しに伝えてくる。
「ゆっくり立ちます……せーの……!」
反応が少し遅れて、最初は斜めになってしまったけど……すぐ、持ち直す。
ヒールだから、つま先にしっかりと力を込めて。
ソロステージが終わって疲れていたけれど、十分に休めたと思っていたのに。
彼女の軽いはずの体は……今は、とても重く感じた。
315: 2019/08/29(木) 21:35:06.57 ID:2XhceC2Fo
「……!」
スタッフさんが、彼女の体をしっかりと支えながら、ゆっくりと先導してくれる。
私は、躓かないように合わせて歩く事しか出来ない。
リーダーとして、もっと他にやるべき事があるんじゃないだろうか。
そんな不安を誤魔化すようにして、彼女に声をかける。
「大丈夫……?」
……なんて、卑怯な質問。
自分が、何かをしているという実感を得ようとするなんて。
大丈夫じゃないから、こうしているのはわかってるんだから。
だから、彼女は、
「すみません……」
謝罪の言葉を言うしかなくなってしまう。
自分への怒りで、表情が強ばりそうになったけれど、耐える。
私が、今ここで何かに対する怒りを見せたなら。
それはきっと、彼女をより傷付け、追い詰めるだけになってしまう。
「文香ちゃん……!」
「美城常務に、伝えた方が良いんじゃ……!?」
自分の事で手一杯になってしまっている私の背中に、二人分の声が突き刺さる。
一人分は、普段の掴み所の無さは完全になりを潜め、本気で彼女を心配する声。
もう一人分は、飄々としたいつもの様子からは想像もしていなかった、的確な判断を。
そして、
「って言うか……どこ居んの!?」
いつも明るく天真爛漫な子の、怒りの声が廊下へ響き渡った。
316: 2019/08/29(木) 21:51:49.50 ID:2XhceC2Fo
「ちょっと、その辺探してみようか……!」
「そうだね……!」
遠ざかっていく声。
「……!」
つかず離れずの距離で鳴る、靴音。
「……」
本当なら、今頃ステージの上で一緒にライトを浴びて居る筈の、
プロジェクトクローネの最年少のメンバーの子。
不安げに、両手を胸の前で組んでいる姿が瞳に焼き付いている。
けれど、今どんな表情をしているかを確認する余裕は、私にも無かった。
「ここなら、ソファーで横になれるので……!」
スタッフさんが示したのは、控室の一つ。
ドアを開けようと思ったけれど、体を支えるために両手が塞がっている。
片手で、しっかり支えられるかわからない。
考えを巡らせようと思った矢先、
「すみません! 失礼します!」
私達の前に躍り出た小さな人影が、ドアを勢い良くノックした。
返事を待たずに開けたのは、彼女が相当焦っているからだろう。
でも、本当に助かる。
いくら私でも、キャパシティをとっくにオーバーしていたから。
317: 2019/08/29(木) 22:16:19.53 ID:2XhceC2Fo
「どっ、どうしたんですか!?」
都合良く、中に誰も居ないという訳にはいかなかったようだ。
先客は、二人。
どちらも先輩のアイドルで、私にとっては遠い存在だった人達。
次の出番まで休憩していたのか、Tシャツにハーフパンツのラフな格好だった。
「かましまへん。どうぞ、ソファーに」
入り口で一瞬立ち止まった私達に、視線で指示をくれた。
言われるまま、彼女を部屋の隅の大きなソファーへと連れて行く。
そんな中、先輩達はどこからか毛布を何組か持って来てくれた。
体を冷やさないためとは言っても……過剰すぎじゃないかしら?
「んしょ……はい、これを枕にしてください!」
……成る程、そういう事ね。
「まず、座りましょう……!」
ゆっくりと腰を下ろしていく。
人の体を支えながら……それも、ヒールで行うのは、正直きつい。
それを察したのか、
「うちも手伝います」
正面から抱きかかえる様にして、両脇の私達を合わせて三人で。
ソファーに腰掛けたけれど、私はずっと落ち着かないままだった。
318: 2019/08/29(木) 22:34:30.31 ID:2XhceC2Fo
「それじゃあ……寝かせるわよ」
体をずらし、両腕に力を込めながらゆっくりと横たえていく。
前髪から覗いた瞼は、閉じようとするのに抗っていた。
彼女も、不安なのだろう。
ステージが……今、どうなっているのかが。
「……!」
彼女達の直後に、出番が控えているメンバー達も居た。
この事は、きっと彼女達を動揺させてしまっているだろう。
それに、他のメンバーも出番が……!
そもそも、この二人の出番は? 全体曲だって……!
「……」
……駄目、わからない。
美城常務は、どうするつもりなのかしら……。
『会場の皆~!』
……えっ?
『ど~う? ここまでのLIVE、盛り上がってくれたかにゃ~?』
この子……シンデレラプロジェクトの。
「……どうして?」
319: 2019/08/29(木) 22:51:35.77 ID:2XhceC2Fo
『あれあれぇ~? ちょっと元気が足りないみたい~?』
呆然と、画面の映像を見続ける。
「……繋いでくれてるみたいですね」
「安心して休んでおくれやす」
二人が、笑顔で言った。
彼女は、その笑顔を見てやっと気を緩めたらしい。
聞こえるか聞こえないか……わからない程の小さな声で返事をして。
やっと、眉間に寄っていた皺が無くなった。
『じゃあ、ちょっと注入しちゃおうか!』
……どうして、彼女達が……私達のフォローをしてくれているんだろう。
プロジェクトクローネは、シンデレラプロジェクトに目の敵にされてもおかしくないのに。
評価によっては、解散がかかっている――オータムフェス。
プロジェクトクローネのために、メンバーに欠員を出し、参加出来ないユニットまであるのに。
『『元気~!』』
『『注~入~!』』
かき鳴らされるギターの音が、胸をざわつかせる。
そして、歓声はもっと……より、強く。
320: 2019/08/29(木) 23:10:40.20 ID:2XhceC2Fo
「……」
誰も、助けてはくれないと思っていた。
だって、今回の評価は……相対的なものだから。
シンデレラプロジェクトのメンバー達は、見事に逆境を乗り越えて見せた。
今も、こうしてトークでファンの人を楽しませている。
「……」
それに対して、私達は崩壊寸前だったと言っても良い。
大きなステージに対する不安、それに……直属の常務に対する、不信感。
真っ直ぐな道は、走る速度が速ければ速い程……何かあった時に、脆い。
見えないものを見るためとは言え、投げ出された状態じゃ上も下もわからないもの。
「……」
シンデレラプロジェクトが成功して、プロジェクトクローネが失敗すれば。
事務所内でのパワーバランスも、かなり変わったと思う。
勝者と敗者。
どちらの発言が大きな影響を与えるかは、火を見るより明らかだから。
「――ファンの人、楽しんでくれてますね!」
「――ほんまどすなぁ」
……だけど。
そんなもの、最初から彼女達には関係が無かったみたい。
321: 2019/08/29(木) 23:32:22.86 ID:2XhceC2Fo
「……ふぅっ」
息を吐く。
楽になった。
何が楽になったのかは、そうね……色々。
おかげで、見えていなかったものが見えてきた。
「椅子、座ったら」
例えば、ソファーの横で立ち尽くす小さな姿。
今にも泣き出しそうな表情に、小さく震えている肩。
こんなものまで見えなくなってしまってたなんて、ね。
「貴女まで倒れちゃ大変でしょう」
椅子を引いて来て、横に置く。
「す、すみません……あの……」
小さな瞳が、真っ直ぐに私を捉えた。
「すぐに来てくれて……本当に、助かりました」
思いも寄らない一言。
私は、笑顔で肩を軽くポンと叩き、返事の代わりにした。
322: 2019/08/29(木) 23:48:55.12 ID:2XhceC2Fo
「……」
予定には無い会場トーク。
それなのに、シンデレラプロジェクトの面々はそれをしっかりとこなしている。
プロジェクトクローネに、これが出来るかしら?
……無理ね。
「……」
個性では負けているつもりはないけれど、経験の差があるもの。
それに、立ち上がったばかりで、メンバー同士の距離感も微妙。
遠慮があったり、遠慮が無さ過ぎたり。
そんな状態じゃ、すぐにボロが出るに決まってる。
「……」
彼女達のプロデューサーさんって、どんな人なのかしら。
上の命令に従わない、非常識な人だって思ってたけれど……。
せっかくの機会だし、聞いてみるのも悪くないわね。
でも、そうね……とりあえず今日は、
『それじゃあ! 次の準備もオーケーとの事なのでー!』
『後半戦も! 盛り上がっていきましょー!』
貴方のプロデュース、乗ってあげる。
おわり
引用元: 武内P「キスします」
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