528: 2010/08/25(水) 09:09:02.62 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「氏体探しに行くだと!?」

それは蒲原の何気ない一言から始まった。

蒲原「ワハハー、正確に言うとちょっと違うなー。今この学校で噂になってる、消える氏体だよ」

ゆみ「なんだそれは」

蒲原「知らないのかゆみちん? 他のみんなはもちろん知ってるよなー?」

妹尾「うん。私たち二年生の間でも噂になってましたよ」

ゆみ「どんな噂なんだ?」

睦月「はい。先日、ここの生徒が学校裏の森に行ったそうなんですが……」
咲-Saki- 24巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

529: 2010/08/25(水) 09:17:53.86 ID:SNqXtlOg0
睦月「彼女が森を散策していると、茂みの中から人の足がはみ出しているのを見つけたそうで……」

ゆみ「ああ…それで……?」

睦月「それで、誰か倒れてるんじゃないかと思って近付いてみたら……」

ゆみ「………」ゴクッ

睦月「そこには、女性の氏体が……」

モモ「きゃああああああああああっす!!」ガタッ

全員「うわあああっ!?」ビクッ

530: 2010/08/25(水) 09:22:31.55 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「と、突然現れるなよモモ……びっくりしたぞ」

モモ「驚く先輩も可愛いっすよ」

蒲原「驚くのはまだ早いって……ここからが肝心なんだぞ?」

ゆみ「まだ続きがあるのか?」

睦月「驚いた彼女は、警察に通報しようとしたらしいんですけど……」

妹尾「氏体は、彼女の目の前で煙のように消えてしまったらしいんです」

532: 2010/08/25(水) 09:30:34.79 ID:SNqXtlOg0
モモ「うーん……ミステリーっすねー」

全員(お前がそれを言うのか…?)

ゆみ「なるほど、それで消える氏体か。いかにも作り話っぽいな」

睦月「氏体っていうより、幽霊なんじゃないんですか?」

妹尾「ひゃあぁっ? この学校の近くに幽霊が出るっていうんですか?」

ゆみ「そんな話は聞いたことないが…」

蒲原「というわけで、それを確かめに行くぞ―!」


533: 2010/08/25(水) 09:36:38.33 ID:SNqXtlOg0
次の日

ゆみ「なあ蒲原…なにも夏休み初日からこんなことしなくても……」

蒲原「ワハハ、今年の夏はうんざりするくらい遊ぼうって言っただろー?
……よっこいしょっと」ドサッ

モモ「けっこうな荷物の量っすね」

蒲原「暇なら車への積み込み手伝ってくれよ―」

睦月「けっこう本格的ですね…」

蒲原「ワハハ、ちょっとした探検隊気分だな―」

534: 2010/08/25(水) 09:41:04.80 ID:SNqXtlOg0
ブロロロロロロロ……キィィィ

蒲原「森の入口まで着いたぞ―。ここからは歩きだー」

ザザザザザザー

妹尾「うわー、なんだか不気味ですね―」

ゆみ「気のせいだろう。本当に幽霊なんて出るのか?」

蒲原「さーさー、まずはこの荷物を手分けして持ってくれ」ドサッ

睦月「……重っ」

535: 2010/08/25(水) 09:44:44.79 ID:SNqXtlOg0
森の中

蒲原「みんなー、茂みが濃いところとかを重点的に探すんだ―」ガサガサ

妹尾「そんなこと言われても……」

睦月「ロクな手がかりもなく、ただ漠然と探しているだけではらちが明きませんよ?」

蒲原「ワハハ―、そこらへんはテキトーでいいんだ。今この時を楽しめ―」ガサガサ

ゆみ「やれやれ……相変わらずアバウトなやつだ」

トントン

モモ「先輩、何か見つけましたか?」

536: 2010/08/25(水) 09:48:44.81 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「いや……こんな不効率なやり方じゃ、見つかるものも見つからないさ」

モモ「私はせんぱ……みんなとこうしているだけで楽しいっすけどね」

ゆみ「ああ……」

ゆみ(案外蒲原もそうなのかも知れないな……)

氏体だか幽霊探しはただの口実――私たち三年は、この三人と遊ぶきっかけを欲していた。

545: 2010/08/25(水) 13:58:18.35 ID:SNqXtlOg0
蒲原「ここらにはいないみたいだなー。よし、もっと奥へ行くぞー!」

妹尾「ここの森は案外深いから、あんまり奥まで行きすぎると迷っちゃいますよ?」

蒲原「ワハハ―、なんとかなるさー」

そう言って蒲原は森の奥へずんずん進み始めた。慌てて二年生の二人が後を追う。

ゆみ「……まったく人の忠告を聞かないやつだな」

モモ「先輩、私たちも置いてかれないうちに行くっすよ」

546: 2010/08/25(水) 14:05:18.81 ID:SNqXtlOg0
モモ「先輩は……卒業したらどうするんすか?」

ゆみ「えっ……?」

歩き始めてからしばらくして、モモが唐突に切りだしてきた。

モモ「先輩なら大学行くと思いますが……どこの大学へ?」

ゆみ「……っ、それは……」

547: 2010/08/25(水) 14:13:06.10 ID:SNqXtlOg0
蒲原「ワハハー、それでさー」

前方から、蒲原の能天気な笑い声が聞こえてくる。

ゆみ(蒲原……あいつは気楽でいいよな……)

蒲原は地元のA大学を受けるらしい。私の偏差値なら楽勝すぎるレベルの大学だ。
それに、失敗しても実家の家業を継ぐらしい。

ゆみ(どちらにしろ、ここに残れるんだ……あいつは)

548: 2010/08/25(水) 14:21:47.55 ID:SNqXtlOg0
モモ「先輩…ごめんなさいっす」

ゆみ「えっ?」

モモがすまなそうな顔をしてこちらを見ていた。

モモ「受験生に、こんなデリケートな質問するべきじゃないっすよね…」

ゆみ「い、いやそんなことはない……受ける大学はもう決めてある」

モモ「えっ……そ、それはどこっすか?」

ゆみ「それは……」

549: 2010/08/25(水) 14:31:35.36 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「蒲原と同じ、A大学だ…」

モモ「………」

ゆみ「ほら、あそこなら余裕だし、ここからも近い。みんなとも遊べるぞ」

モモ「………」

ゆみ「……モモ?」

モモ「……先輩、それはダメっす」

550: 2010/08/25(水) 14:41:54.65 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「!?」

モモ「それは…先輩が本当に行きたい大学じゃないっすよね?」

ゆみ「い、いやそれは…」

ゆみ(お前がそう言うなんて……私はお前と…みんなと一緒にいたくて……)

モモ「先輩が何を考えてるかは分かるっす……でも、私たちとずっと一緒にいたいがために、
自分の将来の可能性まで狭めてしまうのはよくないっすよ」

ゆみ「モモ……」

551: 2010/08/25(水) 14:49:07.14 ID:SNqXtlOg0
モモ「私は信じてるっす。私の好きな先輩は、そんなに弱くないはずだって」

ゆみ(………!!)

モモ「それに、遠方の大学に行ったって、休みになったら帰ってこれるっす。
いやむしろ、私の方から会いに行くっすよ!!」

ゆみ「モモ……すまなかった、私は……」

蒲原「二人とも何してるんだー? おいてくぞー」

552: 2010/08/25(水) 15:01:39.39 ID:SNqXtlOg0
睦月「おーい」

妹尾「二人とも―、 こっちですよー」

気が付けば、ずいぶん三人から引き離されてしまったようだった。

モモ「はーい! 今行くっすよー!」

モモ「さ、行きましょう先輩」サッ

そう言ってモモは私の手をとった。

ゆみ「ああ、行こう」

ゆみ(モモ……まさかお前に気付かされるなんてな……)

私たちは大急ぎで、三人の元まで走って行った。


553: 2010/08/25(水) 15:14:14.94 ID:SNqXtlOg0
数時間後

蒲原「見つからないなー」ガサガサ

モモ「だんだん日が暮れてきたっすね」

睦月「ここらで引き返したほうがいいのでは?」

ゆみ「私も賛成だ。暗くなる前に帰った方がいい」

蒲原「いやもうちょい……」

ガサガサッ

554: 2010/08/25(水) 15:20:27.44 ID:SNqXtlOg0
全員「!?」

妹尾「今何か物音が……」

ガサガサッ

睦月「まただ……結構大きいですよ」

モモ「誰かいるんすか?」

シーン

蒲原「おいおい、これはもしかして……幽霊か!?」

555: 2010/08/25(水) 15:34:48.30 ID:SNqXtlOg0
睦月
「まさか……まだ夜になってませんよ?」

蒲原「昼間に出るやつもいるって話だぞ―? それとも例の氏体が起き上がって徘徊してるとか……」

妹尾「やだ……気味悪いこと言わないでよ智美ちゃん」

蒲原「ワハハー」

ゆみ「しっ! 静かに……何かこっちに来るぞ」

ガサガサッ…ザザッ!

『グゥ…?』

557: 2010/08/25(水) 15:45:14.79 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「あっ……」

私たち全員がその場に凍りついた。
茂みの奥から飛び出してきたのは、体長一メートルほどの小グマだった。

クマ『グゥ……』

妹尾「く……クマさん?」

睦月「や、やばいですよ…」

ゆみ「お、落ち着け……こういうときは下手に刺激せずにだな……」

モモ「目を合わたまま、ゆっくり後ろに下がるってテレビで言ってたっす…」

ゆみ「だったらこのまま……」

クマ『グワッ!』


559: 2010/08/25(水) 15:55:49.11 ID:SNqXtlOg0
その小グマは二本足で仁王立ちすると、両腕を振り上げて私たちを威嚇した。

クマ『グワッ! グワッ! グワッ!』

睦月「うわっ…」

ゆみ「に、逃げろっ!!」

妹尾「きゃぁぁぁっ!!」

私たちは小グマに背を向け、一目散に走り出した。

モモ「逃げるってどこにっすかー!?」

ゆみ「とにかく走れ!」

蒲原「ワハハー!」

ダッダッダッダッダッダッ……

560: 2010/08/25(水) 16:17:13.12 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「ハァ……ハァ……」

睦月「荷物が重いせいで余計疲れた……」

妹尾「もう……追ってこないですよね?」

蒲原「最初から追ってきてないんじゃないかー?」

モモ「っていうか、子グマ相手にどんだけビビってるんですか私たち……」

561: 2010/08/25(水) 16:27:16.23 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「それも……そうだな」

睦月「ふふ…」

蒲原「ワッハッハッハー」

自然と笑みがこぼれ、気が付けば全員で笑っていた。

睦月「あの状況で、佳織が『クマさん…』とか……思い出しただけでもお腹痛い……」

妹尾「だって可愛らしかったじゃないですかー。きっと、あっちも私たちが怖かったんですよ」

562: 2010/08/25(水) 16:38:21.04 ID:SNqXtlOg0
モモ「っていうかあの時はびっくりしたっすよ。私、自分がステルスできることまで忘れてたっす」

蒲原「一番ビビってたのはゆみちんだなー。冷静なフリしててもバレバレだぞ―」

ゆみ「なっ……違うぞ! 私は決して……」

モモ「子グマに怯えちゃう先輩可愛いっすー!」

ゆみ「モ、モモ……」

蒲原「ワハハ」


楽しい――圧倒的に楽しい時間。これが永遠に続けばいいのにと思った。

563: 2010/08/25(水) 17:00:56.76 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「おい、ところでこれからどうする?」

睦月「もうすぐ日が落ちますね……というかここどこです?」

モモ「無我夢中で走ったから……森のかなり奥深くまできちゃったすね」

妹尾「車のところまでは、帰れそうにありませんね」

睦月「ひょっとして、野宿? でも、ロクに食料もないのに……」

蒲原「ワハハ―、それなら持ってきた荷物を開けるんだなー」


564: 2010/08/25(水) 17:07:49.02 ID:SNqXtlOg0
ドサッ

モモ「これは…」

妹尾「キャンプセット一式ですか?」

睦月「テントまで入ってる……どうりで重かったわけだ」

蒲原「ワハハ、まあ、こんなことになるんじゃないかと思ってなー」

ゆみ「用意がいいというか……いや、お前にはめられたと言うべきか」

蒲原「ワハハ、いいだろー? たまにはこういうのも」

565: 2010/08/25(水) 17:26:43.46 ID:SNqXtlOg0
その後

蒲原「ふっー、食った食ったー」

睦月「カレーおいしかったです。蒲原先輩、料理上手いんですね」

蒲原「ワハハー、昔からキャンプの真似ごとみたいなことはしてたからな―。
それにキャンプの醍醐味は、みんなで協力して料理を作ることにあるんだぞ?」

モモ「みんなで共同作業するのは楽しいっす!」

妹尾「私、こういうの初めてだけど、とってもワクワクして楽しいですね」

566: 2010/08/25(水) 17:38:18.39 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「さて、ご飯も食べたしそろそろテントの中に入るか」

蒲原「ならトランプやろーや。もちろん、ビリには罰ゲームだぞワハハ」

睦月「えーっ、あんまり変なのはよしてくださいよー」

蒲原「そうだなー。ここは定番で、好きな人を言うとか……」

モモ「それだと私が負けたら……きゃーっ!恥ずかしいーっす!」

妹尾「も、桃子さん……」

ワイワイ キャッキャッ

ゆみ(もう氏体とかどうでもよくなってるな……まあ楽しいからいいか)

567: 2010/08/25(水) 17:54:28.72 ID:SNqXtlOg0
『グワオオオーーーン!!』

全員「!?」

突如として夜の森に、動物のものと思わしき鳴き声が響き渡った。

『グワオオオーーーン!!』

妹尾「な、なんですかこの声……」

蒲原「オオカミでもいるのかー?」

睦月「絶滅してますよ」

モモ「もしかして……」

568: 2010/08/25(水) 18:10:57.70 ID:SNqXtlOg0
『グワッ! グワッ! グワッ!』

ゆみ「多分…昼のクマだと思う……」

モモ「子グマがいるなら親もいるはずっす」

蒲原「ワハッ…」

睦月「今からでも移動しますか? もしここまで来たら…」

ゆみ「もうかなり暗いから移動は危険だ。ここを動かない方がいい」

睦月「じゃあどうするんです?」

569: 2010/08/25(水) 18:24:46.34 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「明かりを消して今日はもう寝よう。その代わり、常に一人が見張りに立つ。これでどうだ?」

妹尾「いい考えだと思います。それで順番はどうしますか?」

蒲原「まあ一番目は佳織で決まりだとして、次からはじゃんけんだなー」

妹尾「どうして私が一番目なの?」

蒲原「ワハハ―、だって一番体力なさそうだし」

妹尾「そんな…」


結局じゃんけんの結果、佳織、睦月、蒲原、私、モモの順番となった。

570: 2010/08/25(水) 18:40:53.29 ID:SNqXtlOg0
二時間後

妹尾「津山さん、起きて」トントン

睦月「起きてるよ……蒲原先輩の寝像が悪すぎてちっとも眠れない…」

蒲原「スピー……ワハハー」

妹尾「ふふ、相変わらずだな智美ちゃん」

睦月「まったく、最初はとんでもない先輩だと思ってたけど……この部に入って今まで楽しかったよ」

妹尾「私も半ば強引だったけど……それでも入って良かったなって思ってるよ」

睦月「来年からは三人だけになるけど……お互い頑張ってこの部を盛り上げていこう」

妹尾「うん」

571: 2010/08/25(水) 18:59:29.57 ID:SNqXtlOg0
さらに二時間後

睦月「蒲原先輩、蒲原先輩……起きてくださいよもう」ユサユサ

蒲原「…んぁ? なんだもう朝か―?」

睦月「寝ぼけてないでくださいよ……交代の時間です」

蒲原「……ああー、そういえばそうだったなー」

睦月「しっかりしてくださいよー。私たちの命がかかってるんですから…」

蒲原「ワハハー、すまんすまん」

睦月「じゃあ私は寝るんで…」

蒲原「なあむっきー」

睦月「……なんですか?」

蒲原「頑張れよ新部長……私たちも時々遊びに行くからさ」

睦月「……はい!」

573: 2010/08/25(水) 19:05:22.19 ID:SNqXtlOg0
夢を見ていた。これは部活の夢か?
私を含め五人が、とても楽しそうな顔をして部室で騒いでいた。

蒲原がふざけて、私がそれに突っ込み、佳織がフォローをいれる。
睦月はそれを見てウムとうなずき、モモはとにかく私に抱きつこうとする。
いつもの日常風景だ。

まるでガラスが割れるように――その風景が粉々になった。

ゆみ「あっ……」

私は必氏で散らばった破片を拾い集めようとする。
しかし、砂粒のようなサイズにまで砕け散ってしまったそれはもう元には――

『ゆみちん、ゆみちん!』

574: 2010/08/25(水) 19:08:48.54 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「はっ……!」

蒲原「どうしたんだー? すごくうなされてたぞ?」

ゆみ「悪い…悪い夢を見ていた……」

蒲原「もう交代の時間だけど、大丈夫か? なんなら休んでても…」

ゆみ「いや、大丈夫だ……心配するな」

こういう時の蒲原の気遣いが、私は好きだった。

575: 2010/08/25(水) 19:31:10.30 ID:SNqXtlOg0
蒲原「もうさすがにクマは出ないだろー。見張りやめてもいいんじゃないか?」

ゆみ「一応念のためだ。それにみんなもやったんだし、私もやるさ」

蒲原「そっか。じゃあ私はテントに戻るぞ―」

ゆみ「ああ、そうしろ」

蒲原「ゆみちん」

ゆみ「ん? まだ何かあるのか?」

蒲原「思いっきり楽しもうなー。今も、これからも」

ゆみ「もちろんだ」

576: 2010/08/25(水) 19:42:43.65 ID:SNqXtlOg0
―――――――

ゆみ「モモ、モモ…」ポンポン

モモ「ふぁ……先輩?」

ゆみ「交代の時間だ……といっても、夜明けまでもうすぐだがな」

モモ「そうっすか……でも私しっかり見張るっすよ」

ゆみ「どうせなら、私も一緒にいていいか? 一緒に夜明けを見よう」

モモ「もちろん大歓迎っすよ!!」

577: 2010/08/25(水) 19:49:53.54 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「ふぅ……それにしても、昨日は楽しかったな」

モモ「私は先輩といればどこでも楽しいっす! ……でも、この五人で活動するのも
同じくらい楽しいし、好きな時間っす」

ゆみ「ああ…この時間がいつまでも続けば……」

そこで私は、またあの夢を思い出した。

ゆみ「……っ」

モモ「どうしたっすか?」

ゆみ「いや、なんでも…」

578: 2010/08/25(水) 19:58:32.87 ID:SNqXtlOg0
モモ「私、先輩に見つけてもらうまでは、他人とのコミュニケーションを半ば諦めてたっす。
でも先輩に見つてもらえたおかげで、そのための時間も悪くないってことに気付いったすよ」

ゆみ(なんとなくそうだろうとは思っていたが……モモの口から直接聞くのは初めてだな)

モモ「今じゃ麻雀部以外にも少しずつ友達が出来てきて……」

ゆみ「それはよかった。大切にしろよ? 部活以外の友達も重要だ」

モモ「それでも一番は先輩っす!」

ゆみ「モモ……」

モモ「私にとって、先輩は暗い所にいる私に手を差し伸べてくれた……白馬の王子様っすよ!」


579: 2010/08/25(水) 20:05:11.59 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「あっ…そのだな……」

モモ「///」

ゆみ(て、照れるな……何て言ったらいいものか……)

モモ「……あっ! 先輩、日の出っす!」

ゆみ「あ……本当だ」

私たち二人は赤面したまま、美しい日の出を眺めていた。

モモ「きれいっすね…」

ゆみ「ああ…」

ゆみ(そうだ……この素晴らしい時間を終わらせてなるものか)

580: 2010/08/25(水) 20:12:21.68 ID:SNqXtlOg0
モモ「はっー。楽しかったひと時も、もう終わりっすか」

妹尾「名残惜しいですよねー」

蒲原「ワハハー、まだ私たちの夏休みは始まったばかりだぞー」

ゆみ「受験勉強にも精を出せよ。さあ帰ろうか」

睦月「帰る途中でまたクマに会わないといいんですが…」

581: 2010/08/25(水) 20:23:22.46 ID:SNqXtlOg0
ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…

蒲原「いやー、それにしても楽しかった」

ゆみ「そんなに中身のあることはしてないぞ?」

睦月「森に入って、子グマから逃げて、テントを張って、カレー作って、見張りをして…」

妹尾「ホントだ。あんまり大したことしてませんね」

蒲原「ワハハー、おっかしいなー? 予定ではもっと大冒険になるハズだったのになー」

ゆみ「だいたい当初の目的は……」

モモ「あっー!!」

583: 2010/08/25(水) 20:26:40.98 ID:SNqXtlOg0
蒲原「なんだー、どうしたんだモモ?」

睦月「まさかクマ? 勘弁してくださいよ…」

モモ「あ…あの茂みを見るっす……」

全員「!?」

睦月「あ……あそこから何か突き出てる……」

ゆみ(茂みから突き出した両足……まさか)

蒲原「氏体…?」

584: 2010/08/25(水) 20:32:05.31 ID:SNqXtlOg0
妹尾「ま…まさか本当だったなんて……」

睦月「ど…どうします?」

蒲原「き、決まってるさー。まずは救急車を……ってあれ?」

ゆみ「………」ザザッ…

蒲原「ゆゆゆ、ゆみちん近付いちゃだめだ」

睦月「そうですよ……もし、ふ、腐敗でもしてたら……」

ゆみ「……氏体の靴を見てみろ」

586: 2010/08/25(水) 20:38:41.61 ID:SNqXtlOg0
妹尾「靴って……あっ!」

睦月「あの靴は学校指定の…」

モモ「ってことは、鶴賀学園の生徒?」

ゆみ「そうだ……あの氏体をこのまま放っておくわけにはいかない」

蒲原「……分かったゆみちん。全員で近付こう」

587: 2010/08/25(水) 20:44:20.78 ID:SNqXtlOg0
ザッ…ザッ…ザッ…

私たち五人は、恐る恐る氏体へと近付いた。

ゆみ(まだそんなに腐敗はしてないみたいだ。氏んで日が浅いんだろう…)

ゆみ「いいか…? 顔を見るぞ…」

全員「………」ドキドキ

ゆみ「……」バッ

私は勢いよく茂みをかき分けた。

589: 2010/08/25(水) 20:49:29.63 ID:SNqXtlOg0
睦月「……は?」

蒲原「えっ…? でもそんな……」

妹尾「どうしてこんな……どうなってるんですか?」

ゆみ「バカな……こんなことが……」



モモ「……これ、私っすか……?」

590: 2010/08/25(水) 20:52:22.15 ID:SNqXtlOg0
茂みの中に横たわり、虚ろな眼をして宙を仰いでいる少女の氏体。
それはモモそのものだった。

妹尾「桃子さんはここにるのに……どうして?」

睦月「わけが分からない……頭が…」クラッ

ゆみ(何故……他人の空似? しかし鶴賀の制服を着ている……)

妹尾「!! 桃子さん、足が……」

591: 2010/08/25(水) 20:58:33.93 ID:SNqXtlOg0
スーッ

ゆみ「モモ、お前足が消えて…」

モモ「………」シュゥゥゥゥ

ゆみ(か、影まで消えていってる……いつものステルスじゃないのか?)

モモ「……私、考えてみれば二日前の記憶があいまいっす」

蒲原「えっ?」

モモ「部活が終わって、学校を出て……そこで記憶が途切れてるっす。
気が付いたら次の日の朝だったっすよ」

592: 2010/08/25(水) 21:02:55.17 ID:SNqXtlOg0
ゆみ「モモ…」

モモ「先輩……どうして私、幽霊になっちゃったんすかね」シュゥゥゥゥ

ゆみ「その先は言うな……言わないでくれ」

モモの体は既に半分ほど消失していた。

モモ「もしかしたら、みんなに見つけてほしくて…」シュゥゥゥゥ

ゆみ「いやだ……いかないでくれ、モモ…」

モモ「……先輩……見つけてくれて、ありがとう…」

スーッ

593: 2010/08/25(水) 21:06:57.86 ID:SNqXtlOg0
全員「………」

蒲原(消えた……)

ゆみ「………」

蒲原「ゆみちん…」

ゆみ「……モモを連れて帰るぞ」

594: 2010/08/25(水) 21:13:19.28 ID:SNqXtlOg0
妹尾「えっ…」

ゆみ「みんな木で担架を作るんだ……モモを連れて帰る」

睦月「ム、ムチャですよ」

ゆみ「いや、やるんだ!」キッ

睦月「うっ…」

蒲原「ゆみちん!」ガシッ

ゆみ「……!」

蒲原「それはムリだよ。警察に電話しよう……」

595: 2010/08/25(水) 21:19:55.33 ID:SNqXtlOg0
私たちは警察へ電話をかけた。
氏体は発見された。

その後の事情聴取やらなんやらで、かなりの長時間拘束された。
私たちは警察に、今回のことをどう話したらよいのか、まるで分からなかった。

まず第一に、あの噂の出所自体が不明だった。
私はひそかに、幽霊となったモモが無意識のうちに流したのではないか――
そう考えていたが、こんな話を警察が信じるわけがない。

結局、四人が解放されたのは、氏体発見の翌日の朝だった。

597: 2010/08/25(水) 21:26:38.86 ID:SNqXtlOg0
妹尾「ぐすっ…ぐすっ……うえええっ」

蒲原「佳織…」ポンポン

ゆみ「大丈夫か…?」

蒲原「私は佳織と一緒に帰るよ。それじゃあ…」

トコトコトコトコ…

598: 2010/08/25(水) 21:31:11.86 ID:SNqXtlOg0
睦月「わ、私も帰ります…」

ゆみ「ああ……」

睦月「それでは…」ペコッ

ゆみ「……睦月」

睦月「は、はい。なんでしょうか…?」

ゆみ「……いや、やっぱり何でもない」

睦月「……?」


ゆみ(また学校で……なんて、言えるわけないじゃないか……っ)

599: 2010/08/25(水) 21:39:07.85 ID:SNqXtlOg0
夏休みが終わり、学校が始まって――
私と蒲原は、麻雀部に顔を出さなくなった。

受験に集中していたのもあるが、実際はあの事件のせいだ。
お互いに気まずく、もう四人だけで楽しもうという気にはなれなかった。

佳織と睦月とは、学校の廊下ですれちがった時に軽く会釈を交わす――そんな仲になった。
友達はでき、また離れていく。仕方のないことだ。


そして私は鶴賀学園を卒業し、大学に入り、やがて社会に出た。

600: 2010/08/25(水) 21:49:53.87 ID:SNqXtlOg0
大人になってからも、私は蒲原とは定期的に連絡を取り合っていた。

蒲原の話では、佳織は大学を出た後に結婚し、
今では家事と育児の両方に追われる日々を送っているらしい。

蒲原はというと、なんとか大学に受かり、卒業後は企業に就職したにも関わらず、
自分に合わないという理由で数年で退社、そのまま実家に戻って家業を継いでしまった。

睦月に関しては、卒業後の動向は全く分からなかった。
しかしついこの前、私が何気なくめくった麻雀雑誌の片隅に、彼女の写真が載っていた。
驚いたことに、睦月はプロ雀士としてデビューを果たしていたのだ。


全くもって、人の行く末というのは分からないものである。

605: 2010/08/25(水) 22:00:54.80 ID:SNqXtlOg0
プルルルルル…ガチャッ

蒲原『ワハハ、久しぶりだなゆみちん』

ゆみ「……そっちも相変わらずのようだな。それで、何かあったのか?」

蒲原『あー……それなんだけどさ……』

ゆみ「どうした? 何か言いにくいことなのか?」

蒲原『ニュースは見ただろ? 殺人事件の時効が廃止されたっていう…』

ゆみ「当然知っている」

蒲原『これでゆみちんにもチャンスが出来た……今からでも間に合うよな?』

ゆみ「ああ……今の仕事を続けていれば、きっとな……」

606: 2010/08/25(水) 22:08:48.99 ID:SNqXtlOg0
私?

私は大学の法学部を卒業後、法科大学院へと進んだ。

今では一人の法曹として、日々の激務に忙殺される毎日だ。


蒲原『じゃあまた。忙しいのは分かるけど、たまには会おうや』

ゆみ「そうだな……考えておく」

ピッ

607: 2010/08/25(水) 22:24:44.85 ID:SNqXtlOg0
それでも、毎年夏になると彼女のことを思い出す。
ほのかに漂ってくる桃の香りと共に――


ゆみ(ひょっとしたら、見えないだけで近くにいるのかもしれないな)


ふと、そんなことを考えてしまうのだ。


     ステルス・バイ・ミー  完

次回  京太郎「はいてないってどんな感じなんだ?」

610: 2010/08/25(水) 22:32:59.63 ID:cAK+sBsj0
乙乙
切ないはなしだったな…

引用元: 咲「ボールを相手のゴールにシュゥゥゥーッ!!」