1: 2017/06/26(月) 10:00:40.47 ID:riU4WlOj.net
【ラブライブ】千歌「――私と卓球、しませんか!?」【前編】
【ラブライブ】千歌「――私と卓球、しませんか!?」【中編】

前スレ。スレ容量が少なくなってきたため移転。

 

卓球をほとんど知らない方へ。

打ち方集 一分で大体の打ち方がわかります。
https://m.youtube.com/watch?v=8BqtMoDAzr8


サーブ集 こちらも一分で大体わかります。
https://m.youtube.com/watch?v=qXC7Gtzv9Q4
^_^

2: 2017/06/26(月) 10:02:36.44 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇




ダイヤ「さあみなさんおはようごさいます!!」

ダイヤ「睡眠は十分に取れましたか!? 今日に対する準備は大丈夫ですか!?」

善子(あなたがエアコンの温度は大丈夫? とか毛布はこうすると暖かいとか異様に過保護だったおかげで少し損なってるわよ)

ダイヤ「善子さんはよく眠れたようで」


善子「え、ええ……そうね」


ダイヤ「本日の流れを説明します」


ダイヤ「試合開始はまだまだ先ですが、今日は準決勝です。昨日とは打って変わって選手入場等の演出があるの」


ダイヤ「鞠莉さん、ちゃんと曲のデータは提出していますよね」

鞠莉「ばっちりー」


花丸「でもすごいよね! 自分達の曲に合わせて入場シーンがあるなんて」


曜「想像出来ないけど……なんかプロみたいー」

ダイヤ「あくまでラブライブの一環ですからね、衣装は昨日のものでいいとして、メイクもきちんとしましょう」

ダイヤ「それと……一番あなた達に関係があるのは、準決勝以降は1試合、4セット先取になります。準決勝までは3セット先取だったので……」


千歌「うん。だから試合も長引く。――流れも、色々変わる」


ダイヤ「ええ」


千歌「よしっおっけー!! 出発だ!!」

3: 2017/06/26(月) 10:03:19.92 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


千歌「わ……会場が……」

梨子「おっきな会場に……卓球台が二台……フェンスでもかなり大きめに囲われてて……すごい贅沢」

千歌「こ、こんな中で試合するんだ……」


千歌「お客さんもいっぱい入れそう……」

果南「怖気づいた?」


千歌「つーかーないっ!!」

ダイヤ「さあ、控え室が容易されているようなので、行きましょう」

ルビィ「控え室……!! ルビィ達も?」


ダイヤ「同じグループならば良いとのことです」


花丸「すごい……っ」


千歌「じゃあ行ってみよっ!」

4: 2017/06/26(月) 10:04:12.65 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

控え室


千歌「……」

梨子「あと少ししたらメイクしようね」

千歌「うん」


曜「会場、盛り上がってるみたいだね」


千歌「うん、団体戦の準決勝が始まってるんだね」

ダイヤ「公式サイトから見れますよ」スタ…カタカタ


ダイヤ「ほら」


千歌「ほあ……実況とか解説とかついてるんだ」

千歌「これ、試合中は聞こえないよね?」


ダイヤ「ええ」


千歌「だよね、さすがに気が散るもん」


千歌「自分の試合が実況されて解説もつくなんてなんか考えられないや。ちょーっとフォームが崩れてきてますよねーとか言われちゃうんでしょ?」


梨子「くす……」


千歌「いよっし、ちょっと歩いてくる!」


梨子「うん」

5: 2017/06/26(月) 10:05:06.64 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌「緊張してる?」

千歌「緊張……どうなんだろう」

千歌「会場大きかったしな……やっぱり緊張するかな」スタスタ

聖良「ぅ……」

千歌「あ、聖良ちゃ」

タッタッタッ


千歌「……気がつかなかった?」


千歌「なんか、様子変だったけど……口に手を当てて……」

スタスタ…


千歌「……」ソ-…


「おえ……ぅ……けほっ、けほ……」


千歌「!?」


千歌(誰か吐いて、る? いや、個室一個しか埋まってないし……)


千歌(――聖良ちゃん……?)

6: 2017/06/26(月) 10:07:11.67 ID:riU4WlOj.net
千歌「……」

ガチャッ…

聖良「ん……」

千歌「あ、あの大丈夫!?」

聖良「え」

千歌「その……慌てて入っていくの見て変だなって……」

聖良「ああ……ごめんね、みっともないところを」

千歌「吐いてた、よね?」

千歌「もしかして、体調……すっごく悪いんじゃ」



聖良「――いつものことなの」



千歌「え」

聖良「私は結構、緊張するほうだから」

7: 2017/06/26(月) 10:10:29.49 ID:riU4WlOj.net
聖良「そういう経験、ありませんか?」

千歌「う、ううん」

聖良「……そうですか」

千歌(プレッシャーって……こと?)


千歌(聖良ちゃんは……ここまで)


千歌「顔色、酷いよ……」


聖良「まだ時間はあるし、試合までには治ります。心配しないで」

千歌「そっか……」


聖良「では、お腹に少しは物を入れないと」


千歌「が、がんばろうね!」


聖良「ええ」

8: 2017/06/26(月) 10:11:29.44 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


善子「吐いてた?」

千歌「うん……」


善子「あんな顔してて……本当はめちゃくちゃ緊張してるってこと?」

千歌「みたい……」


聖良『余裕そうに見えましたか? そうでもないんですけど……』


善子「ふぅん……」

善子(ま……色々あの人も大変なのかもしれないけど)


善子(あそこまで強くなった人にしかわかんないことも、あるのかもね)


千歌「昨日さ聖良ちゃん達が同じホテルにいたの話したでしょ? でね、実は聖良ちゃんと、結構話して……」

9: 2017/06/26(月) 10:12:46.32 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

善子「ふぅん……」

千歌「だからきっと……そういう強さだって、あっていい」

千歌「楽しいにも種類があるみたいに」

曜「……」

曜(千歌ちゃんは、なんでも聞き出しちゃうね)

曜(きっと聖良さんも……千歌ちゃんだったから話したんだと思う)

曜(千歌ちゃんは、そういう人だ」

梨子「……勝つ理由、負けられない、理由」

千歌「もちろん、千歌の憶測も入ってるけど」

 

梨子「――あ、よっちゃんじっとして、可愛くならないから」


善子「ん……」

善子(思いっきりお化粧してスポーツっていうのもなんか……慣れない)


善子「ねえ髪の毛、邪魔になんないようにしてよ」


鞠莉「わかってまーす」クルクルワシャワシャ…シュ-ッッ


善子(スプレーガチガチ……)

11: 2017/06/26(月) 10:23:51.62 ID:riU4WlOj.net
曜「ん……いい感じかなー?」

曜「花丸ちゃん達どこ行ったの?」

千歌「団体戦見に行ってて、果南ちゃんが呼びに行ったよ」

曜「そっか」

ガチャ…

ルビィ「すっっごい盛り上がりだったよ!」

花丸「準決勝はもうすぐ終わりそうで……次は個人戦」

千歌「いよいよだね」


果南「うん、三人とも可愛くして貰ったね」

果南「いろんな人、見るからね。余裕があればファンサービスなんかも」


千歌「いやあ……出来るかなあ」

コンコン


千歌「っ」ビク

ダイヤ「はい」


「スタンバイお願いします」


ダイヤ「わかりました」

善子「ふー……」


ダイヤ「三人とも、いよいよね」

12: 2017/06/26(月) 10:24:41.74 ID:riU4WlOj.net
千歌「うん……みんな」

千歌「ここまで三人も残れたこと、本当に奇跡だと思う! 奇跡だけど、これは絶対頑張ってきた私たちへのご褒美で……」

千歌「絶対悔いは残さないようにしよう!! 全力で戦って全力で声出して、全力で楽しんで……」

千歌「この会場にいるみーんなにっ!! 私たちAqoursが、浦の星女学院っていう学校があったんだって覚えていて貰えるような、そんな試合にしよう!!!」


曜「うんっ」

善子「総リトルデーモン化……」


千歌「きっと伝わる! 私たちが必氏でやれば、きっと、きっと!!」

千歌「だから今……全力で輝こう!!」


千歌「行くぞっ!! Aqours!!」

 

「サンシャイン!!!!」

13: 2017/06/26(月) 10:25:35.43 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌「ふー……」パチッ…

千歌(この扉を開けたらそこはもう……)ギシ…バタンッ!!!

千歌「!!!」

ワ-ワ-ッッ!!!

千歌「す、すごい人っ……」

スタ…スタ

千歌(わ、モニターある……千歌の紹介されてる……なんか恥ずかしい)

千歌(っと……ふぁんさーびす……)ニコッ…フリフリ

千歌(あ、お姉ちゃん達!)


美渡「いやまって、もう見てらんない……」

志満「早いよ」

美渡「こんな観客の中でさ……もうだめだめ!」

志満「あはは……」

千歌ママ(がんばれ……)

スタスタ…


曜「……」


千歌「……」

千歌「ふふ……」


曜「よろしく」ギュッ


千歌「うんっ」

14: 2017/06/26(月) 10:26:54.56 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

カコンカコンッッ


善子(10分の練習時間。普通の試合よりはかなり長いけど、正直アップには短すぎる、でも、仕方ない)

聖良「……」

善子(今日ここで……やってきたことを証明してみせる)

善子(そろそろ練習終わり、かな)


「練習をやめてください」


ピタッ


善子(少し離れたところで曜達も同時進行か……試合の展開くらいは見えそうね。そんな余裕あればだけど)スタスタ


ダイヤ「善子さん、冷静に……周りのことは考えなくていいから」


善子「ええ」

花丸「がんばるずら!」


――


鞠莉「大丈夫よ、あなたが今までどれだけ研究して強くなろうとしてきたか、知ってるから」


曜「うん……」


ルビィ「気持ちを強く持って! 曜さんなら出来る!」

16: 2017/06/26(月) 10:28:24.52 ID:riU4WlOj.net
――

理亞「姉様……」

聖良「私は平気よ」

理亞「そう……」

理亞「……」


――

果南「本能で戦うのもいいけど、基本は冷静に。そういう戦型なんだから」

千歌「うん」

果南「空気にだけは呑まれないように、鈍感に」

千歌「おっけー!」

梨子「千歌ちゃん……」

千歌「うん……よろしくね」

千歌「行ってきますっ!」スタスタ

曜「道具交換……する?」

 

千歌「えへへ、一応。知ってるけどね」

 

千歌(もちろん変わりなし、ただ――試合前にラバーは新調済み、か)

18: 2017/06/26(月) 10:30:50.94 ID:riU4WlOj.net
――

スッ

善子(鹿角聖良の道具は……ふぅん、メーカーのカタログ通り、ね。ただ弾み具合とかがプロストック品で変わってたりする可能性も)

善子(まあ、そんなところまでは気にしてられない)

聖良(!!)

聖良(結局粘着ラバーを変えることはなかったようですが……このラバーは)


聖良(中国ナショナルチーム用の……ブルースポンジ色のラバー。通常の粘着ラバーより回転も抜群にかかり、なおかつ弱点である弾みも大幅に強化されている。日本で手に入れるのは中々難しいと言われる逸品)


聖良(……なるほど)


聖良「ありがとうございます」


善子「私だって、ただであなたに挑むつもりはないんだから」


聖良「……そのようですね」


スタスタ

20: 2017/06/26(月) 10:36:02.82 ID:riU4WlOj.net
個人戦準決勝


津島 善子
ラケット   ティモボルALC
フォアラバー 国狂neo3ブルースポンジ(特厚)
バックラバー ラクザXソフト(厚)

VS

鹿角 聖良
ラケット   インナーフォースレイヤーALC
フォアラバー テナジー05(特厚)
バックラバー テナジー80(特厚)


高海 千歌
ラケット   アコースティック
フォアラバー ファスタークG1(特厚)
バックラバー テナジー80FX(特厚)

VS

渡辺 曜
ラケット   ガレイディアT5000
フォアラバー ブライスハイスピード(特厚)
バックラバー ブライスハイスピード(特厚)

 

「よろしくお願いします!!!!!」

21: 2017/06/26(月) 10:37:19.05 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

曜「……」ギロ…


千歌(だ、大丈夫……曜ちゃんは私のことを睨んでるんけじゃない)

千歌(集中してるだけとはいえ……)

千歌(怖い顔……)

千歌(それだけ真剣……本気で私のことを倒そうとしてる)

千歌(私もそれに……答えなくちゃ)

千歌(曜ちゃんは超速攻型、まともに正面から打ち合って勝てるわけない。でもサーブの時は絶対にこっちから攻める……! そこでまで主導権握れなかったら、負け)


千歌(だから基本的には短く、がつんと切れた純粋な下回転!!)キュパッッ!!!


曜(フォアへ下回転っ……)ツッツキッ


千歌(ツッツキ! 速い、ドライブで後ろに押し込む!!!)ギュワンッッ!!!!


曜(っ!!)ポ-ンッッ


千歌「よしっ!」

ワ--ッッ

22: 2017/06/26(月) 10:38:28.81 ID:riU4WlOj.net
梨子「ナイスボール!!!」

曜(いきなり速いやつ、か……珍しい。びっくりして抑え切れなかった)

曜(……てことは、次は遅いドライブでのチェンジオプペースかな)

キュパッッ

千歌(よしっ、また打たせなかったっ! 次も……速いやつ!!!)スパ-ンッッ!!!

曜「!?」

曜「また……」

2-0

鞠莉「ドンマイドンマイ!!」

梨子「いい形で二ポイント先取した……!」

果南「最初っから思いっきり攻めるの珍しいね……でも効いてるみたい」

果南「千歌は普段、立ち上がりは様子見ながら攻める方だから……曜もびっくりしたのかも」

曜(いきなり捨て身の攻め……?)

曜(まあいいや、そっちがその気なら……)カコンカコンッッ!!!!

千歌(ロングサーブ!! 打ち合いっ)ギュウンッッ

曜(……)スッ…


千歌(――ライジングで、ぶっ叩かれるっ)

 

パコ-ンッッ!!!!

23: 2017/06/26(月) 10:39:23.90 ID:riU4WlOj.net
曜「ちっ……オーバー……」

千歌「よしっ!!」

千歌(ラッキーっ……絶対取られると思った)

曜(……ラバーの感触、変だな)


千歌(ラバー見てる……打球感が良くない?)


千歌(張り替えたばかりだから打球感もスピードも回転も、曜ちゃんの中では今が最高レベルなはず……)


千歌(ん……待って。曜ちゃんは初日もラバーを張り替えてたよね。そしてその一回戦……確か、苦戦してたって……)


千歌「……」


千歌(なるほど……いける、これならなんとかいけるかも!!!)

24: 2017/06/26(月) 10:40:24.42 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

善子「しゃっ!!!」


5-4


聖良「……」

ダイヤ「ナイスボールですわ善子さん!!!」


聖良(確実に……強くなってる)

聖良(千歌さんの話を聞いたら……当たり前、かもしれませんが)キュパッッ


聖良(元々この人は才能があった)


聖良(初めて対戦した時、その回転をかける才能を羨ましく思ったことだって、あった)ギュウンッッ!!


善子(チャンスっ!!)ググッッ


聖良(これは……)



善子「失楽園!!」ギュムツッッッ……ポ-ンッッ


聖良(――必殺の、ループドライブっ)

25: 2017/06/26(月) 10:42:28.42 ID:riU4WlOj.net
聖良(打球点を限界まで落として、そこから素早いスイングスピードで擦り上げられる球の弧線は異様な程高いのにっ……ネットスレスレでありえないくらい、堕ちてくる)

聖良(回転量は極めて絶大……下手に打とうとしたら……。ここはチャンスボールにならないようにだけ、ブロックで)


善子「……」


ギュルルルルルッッッッ


聖良「!?」
 


善子「その球――沈むわよ」


 

グンッッッ


聖良「なっ……」スルッ……


6-4

善子「っ!」グッッ

ワ-ッ!!!

善子(観客の声、すごいな……こんなの初めて)


花丸「善子ちゃんナイスっ!!!」

花丸「リードしてるよ!!」

ダイヤ「ええ……ええっ」

ダイヤ「必殺のループドライブ……異様な程高い弧線でありながらネットスレスレで落ち、スピードが無いため、推進力はなく……バウンドした瞬間――まるで沈むような軌道を描く」


ダイヤ「極めてカウンターが難しく、時間を作り出し主導権を握れる……善子さんだけの球」


ダイヤ「前から使ってはいましたが……さらに威力共々、上昇していますわっ!!」

26: 2017/06/26(月) 10:46:50.94 ID:riU4WlOj.net
カコンッカコンッッ

聖良(あのループドライブっ、予想以上の回転量と素晴らしいコース)

聖良(沈む幅が大きすぎて当てることすら出来なかった。不覚です)

――

聖良(ただ、次はそうはいきません)スパン!!!!

善子(くっ、スピードドライブっ。拾えるっっ)ポ-ン…

聖良「っ」

善子(浮いたっ、打たれ――)

聖良「ふっ」ギュン

善子(!? 完全にスマッシュチャンスだったのに、わざわざ上から擦るドライブ? 威力もそんなにない)

善子(決められるチャンスだったのに、もったなかったわね!!)


善子「っ」グググッッ

聖良(来た! 下半身に力を溜め、跳躍と共に擦り上げる大きな予備動作……ループドライブが、来る)


聖良「っ!!」

27: 2017/06/26(月) 10:49:55.86 ID:riU4WlOj.net
 、

28: 2017/06/26(月) 10:50:35.37 ID:riU4WlOj.net
善子(はっ……そういうことね、私のループドライブ……真っ向からぶち破ってやろうっていう)

善子(いいわ……全国トップクラスのあなたに進化した私のこれが通用すれば……箔がつくって、ものでしょ!!!)ギュワンッム!!!!!!

聖良(相変わらず特異な軌道、思った以上に推進、沈み込む……前で落ちるからと言って慌てて取りに行ったら詰まってそれだけでミスになる)

聖良(焦って前に出ず、中陣よりで構え……ドライブで撃ち抜――)

ギュルルルルッッポ-ンッッ!!!

 

善子「――今度は跳ねるけどね」


 
聖良「え」カツンッポ-ンッ

聖良(は、跳ねたっ……!!! 打球点が狂っ――)


善子「……!!」パコ-ンッッ!!!!


聖良「……」カツ…カツカツ……


聖良(やられた……)ゴク…

 

「11-7。ゲームトゥ津島選手」

29: 2017/06/26(月) 10:52:46.74 ID:riU4WlOj.net
ワ-!!!!!!

ダイヤ「よしっ!!!!」

花丸「やった、やった!!! 1セット取った!!」

善子「ふぅ……よしよし」スタスタ…

ダイヤ「や、やりましたわね!」

善子「ええ」

花丸「嬉しくないの?」

善子「いや嬉しいわよ」

善子「でも……わかるでしょ?」


ダイヤ「まだまだ、全力じゃない」


善子「……」コク…


善子「でも前はあの人が今の状態でも負けてた。比べたら私が強くなってるって思えて嬉しいけど」

善子「このまま舐めたプレー続けるならそれでもいいけどね」


善子「そしたら……押し切るだけ」



ダイヤ「ええ……ループドライブを打てたのは1セット中3本、聖良さんにはまだ慣れられていないようなので……出来るだけ温存しつつ、行きましょう」

30: 2017/06/26(月) 10:54:17.03 ID:riU4WlOj.net
――

理亞「姉様」

聖良「思った以上にループドライブが沈んだ」

聖良「回転量もコースも前とは比になってない。女子であんなレベルのループ、初めてみた」


聖良「それに、沈むと思ってた球が跳ねたのもあった。あれはおそらく偶然じゃない」

理亞「……」

聖良「インパクトの瞬間に擦り上げるだけじゃなくて、スポンジに食い込ませて、前へのエネルギーも少し加えてるのね。軌道もフォームも同じ、バウンドしてから反応するしかない」

聖良「予想してなかったからだめだったけれど、もう少し見れば……多分捉えられる」


理亞「姉様……」

聖良「なに?」

理亞「――大丈夫?」


聖良「大丈夫よ」


理亞「そっか」

理亞「……」

理亞(なにが大丈夫か、聞いてないのに……)

聖良「……」スタスタ


理亞(やっぱり……)

 

聖良(あっちの試合は……へえ)

31: 2017/06/26(月) 10:56:32.37 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌「よしっ!!!」

「11-5。ゲームトゥ高海選手」


曜「あー……」

曜(取られちゃった)


千歌「やった! 思った通り……」

果南「どうしたの? なんでこんなに調子良いの」

千歌「私が調子良いっていうより……曜ちゃんが」

梨子「?」

――


曜「はぁぁ」

鞠莉「調子悪い? オーバーが多すぎるわ」

曜「ん、なんか……」

ルビィ「……ラバー?」

曜「飛びすぎる、おかしいな今まで使えてたんだけど」

鞠莉「あなた……今日ラバー張り替えてたわよね?」

曜「え、うん」

 

鞠莉「あなたのラバーとラケットは元々かなり飛ぶけど……――それね」

32: 2017/06/26(月) 10:58:13.97 ID:riU4WlOj.net
曜「え?」

鞠莉「いえ……確かあなた、昨日の個人戦一番苦戦したの、一回戦よね」

曜「……うん、フルセットだった」

鞠莉「見てなかったけど……調子悪かったらしいじゃない。でもあなたはそれに反して勝ち進むごとに調子が上がっていった」

鞠莉「身体があったまっていったのもあると思うけれどおそらく……張りたてのラバー、つまり反発力が強いことにアジャストしていったのね」

鞠莉「張りたてのラバーはかなり飛ぶし回転もよくかかる。でもその性能は使えば使うほど抑えられていく。プロなんか試合ごとに変えたりするし」


鞠莉「……いまのあなたは張りたてのラバーにアジャスト仕切れていない。練習中から頻繁に変えるほうじゃなかったでしょう? だから少し劣化した状態に身体が慣れてしまってるのかもしれない」


曜「……なるほど。確かに、昨日の一回戦……勝てたけど全然だめだった。段々振れば入るようになったのは……そういうこと」

33: 2017/06/26(月) 11:00:33.09 ID:riU4WlOj.net
鞠莉「試合中に少し劣化が進んで、かつ、あなたが適応したから」

鞠莉「あなたは前陣速攻型。そういう細かいところがすぐミスに繋がる。このまま適応仕切れないと……ちかっちに弄ばれて終わる」

曜「……」

鞠莉「大丈夫よ。4セットもあれば必ず慣れる。次のセット、捨ててもいいから……全力で振っていきなさい。思い切ってオーバーするのは結構。感覚を掴むしかない、あなたもあれこれ考える方じゃないはずだから」

曜「……」コクッ…


◇――――◇


ギュワンッッギュワンッッッ

善子「っ!! ここ!!」スパンッッ!!!

聖良「……くっ」


「11-6。ゲームトゥ津島選手」


善子「しゃっ!!!」グッッ

ワ-ッッ!!!


「鹿角聖良が2セット取られた」

「もしかして負ける?」

「いやいや全日本でもトップクラスなんだからそんなわけ」


「相手の人、強いの?」

 


「――浦の星女学院?」


 
ザワザワザワ…

34: 2017/06/26(月) 11:02:16.42 ID:riU4WlOj.net
善子「……あなた、それでいいなら構わないけど……いい加減見せなさいよ」


聖良「何をですか」


善子「わかってるんでしょ」


善子「調子悪いのかなんなのか知らないけど……もうそんな状態のあなたに負けるわけないから」スタスタ


聖良「ふぅ……言われちゃいましたね」

聖良「でも確かに……」


聖良(ここまでの成長具合……もう手を抜いて勝てる相手では、ないのかもしれません)チラッッ


千歌ママ「……」


聖良(高海さん……流石、いい指導をされますね)スタスタ…

理亞(姉様、動きがかなり鈍い……打ち合いでも完全に押されてる)


理亞(そんなに動いてないのに……どうして)


理亞(やっぱり……怪我が)


聖良「ふっ……」パンパンッ

聖良「よし、行ってくる」


聖良「――負けるわけには行かないから」スタスタ…

35: 2017/06/26(月) 11:03:57.26 ID:riU4WlOj.net
 、

36: 2017/06/26(月) 11:04:25.30 ID:riU4WlOj.net
理亞「……」

カツカツカツ…

聖良(……一気に取る)キュパッッ

善子(は……ようやく、本気ってわけ)ストップ

善子(さあ見せなさいよ……あなたの)

聖良「っ!」ギュン

善子(っ、チキータ! 今日初めて……相変わらずすごい曲がり、こんなのじゃ攻めは、無理ね)カコン

聖良「……っ」グググッッ

ダイヤ「あれは!!」


善子(来た……!!)


聖良「ふっ!!!」グニッ…カコンッッ!!!


善子(――シュートドライブ!)


ギュルルルルツッッ!!!


善子(真横に跳ねる!! バックに一気に逃げる! 横っ、横に動いて――)パコンッッ!!!!



スパンッッ!!!!!


聖良「な……」

37: 2017/06/26(月) 11:05:32.28 ID:riU4WlOj.net
ダイヤ「真横に跳ねたボールを……バックハンドで、クロスに、カウンタードライブ……ノータッチ……」


理亞「そんな……」

善子「はっ……」


ワ-ッッ!!!!!

 


善子「――言ったでしょ、リベンジに来たって」


 
聖良「……」ズキ…


聖良(完璧に捉えられた……なるほど、よく研究しているみたいですね)


善子(さあ、そんなものじゃないでしょう? あなたの本気……見せてみなさいよ)

39: 2017/06/26(月) 11:09:38.90 ID:riU4WlOj.net
ダイヤ「ナイスカウンタードライブでした……しかし」

花丸「シュートドライブを攻略したならもう……」

ダイヤ「あれは彼女の数あるうち、一つのシュートドライブを攻略しただけ……。回転も速度も自由自在なのが鹿角聖良さんの特徴ですわ。さっきのは明らかに不自然なフォームから大振り、速度も遅く回転重視でした」

ダイヤ「いわば善子さんのループドライブのシュート回転版」

ダイヤ「まだまだ……ここからなはずですわ」


ギュルルルルッスパンッッ!!!


善子「ひっ」ポ-ンッ


聖良「……」コクコク

善子(な、なによ今のシュートドライブ……さっきとは打って変わって、早くて……コースもフォア側に来た)

善子(速度があっても尚、バカみたいに跳ね上がる……フォア側に着弾すると……まるで私の顔面目掛けて跳ねてくるみたい)

40: 2017/06/26(月) 11:11:00.63 ID:riU4WlOj.net
善子(回転重視ならカウンターも出来るけど……速度上げられるときつい)キュパッッ

聖良「っ!!」キュッッグニュンッッ!!!

善子(そっちに、曲がっ!!)

善子「もうっ……!!」


聖良「――シュート、意識しすぎでは」


善子「ちっ……」

善子(今度は――カーブドライブ……)


花丸「シュートドライブとは逆方向に曲がった!? 善子ちゃんのフォア側に逃げてくみたいな……ブーメランみたい」


ダイヤ「カーブドライブです……速度も通常のカーブドライブなんかとは比べものにならない……」


ダイヤ「強烈なシュートドライブを意識するとどうしてもバックハンド側に意識がよる……そんな中で、触るのも難しいカーブドライブをあんなコーナーに打ち分けられたら」


善子「はは……」

善子「流石……」

善子(カーブドライブがあることくらい分かってたけど、すっかり頭からなくなってた)


善子(まずい……わね)

42: 2017/06/26(月) 11:12:36.20 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

3セット目


千歌「ふぅ……」コツコツコツ…

千歌(2セット目も主導権は握り続けられた)

千歌(思った通り、曜ちゃんはまだラバーに適応仕切れてない。適応仕切る前に、一気に押し切りたい)

千歌(でも、2セット目……1セット目よりも明らかに捨て身の攻めというか……振って来てた)

千歌(あの狙いは……)

曜(2セット落としたけど……まだなんとかなる)

曜(2セット目も1セット目同様、点差は開いてたけど、かなり分かってきた)

 

曜(――さあ、捉えるよ)

 

千歌「ごく……」

千歌(嫌な予感が、する……)キュパッッ

43: 2017/06/26(月) 11:14:20.12 ID:riU4WlOj.net
曜(フォア側に曲がってくる、逆横回転の、巻き込みサーブ)

曜(長さは一番手前)

曜(回転は……)ジッ

クルクル…

曜(横下っ!!)スパンッッ!!!

千歌「わっ」

曜「ナイスボール!!」

千歌(サーブから超高速フリック。ぶっ叩かれた……やっぱり回転に横、入れない方がいいかな)

千歌(そもそも曜ちゃんにあんまり私のサーブは効かない……いつだったか、回転が見えるって言ってた)

 

千歌(くるくるってマークが回ってるじゃん、それ見れば良くない? って……平気な顔して言ってた)

 

千歌(つまり……遅くて短いサーブは見切られる)


千歌(選択肢はいくつかあるけど……。見切られることを覚悟してかなり下回転に寄せたサーブで、打たせないことだけ意識すること。ロングサーブを出して回転を見極められる時間を減らすこと)


千歌(答えは――どっちも!!!)キュパッッ!!!

44: 2017/06/26(月) 11:15:46.76 ID:riU4WlOj.net
曜(下回転のロングサーブ! 浮き上がるような変な軌道……これは……回転は多分強め)キュッッ

千歌(よしっ、擦り上げるような打ち方させたっ、主導権は――こっちだ、思いっきりっ!!!)ギュンッッ!!!


曜「っ!!」パコンッ!!

千歌(そんなタイミングでっライジングカウンター……っ、食らいつけ)ギュン


ギュンッカコンッギュンッッッ


梨子(速い……)

梨子(曜ちゃんが全部ライジングで……叩きだしてる)

梨子(千歌ちゃんはどんどん後ろに下げられて、曜ちゃんがどんどん、前へ)


曜(もっと速く)


曜(もっと強く)


曜(もっと高く)


 
曜(さあ、ついてきてみせて――千歌ちゃん!!!)バコンッ!!!!

45: 2017/06/26(月) 11:17:32.06 ID:riU4WlOj.net
千歌「くっ……」

曜「しゃっ!!」

鞠莉「ナイスナイス!!!」

2-8

千歌(まずい……速すぎ。ついていけない)

千歌(ドライブ打ってもライジングで叩かれる、前半みたいに後ろに追いやれない)ポ-ンッ


3-10

千歌(サイドから出てく球で振っても――)

シュッッ

千歌(なんでそこまで追いつ――)

曜「ふっ!!」バチコ-ンッ!!!!

曜「よしっ!!!」グッッ


3-11


千歌「ごく……」


千歌(まるで飛ぶみたいなフットワーク……なんだ、あれ……)

 

46: 2017/06/26(月) 11:18:36.94 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌ママ「……」

美渡「曜ちゃんのフットワークなんだあれ……変わった?」

志満「……一歩動ね」

千歌ママ「うん」

千歌ママ「卓球のフットワークはいくつかあるけど……基本は3歩動ってもの。右利きなら、右足、左足、右足、打球って感じで3歩で動く」


千歌ママ「中陣なんかで打ち合う時は大きく動くことも多いから使用頻度が高いし、卓球の一番基本的なものだから普通にやってたらこれを強化していくの」


千歌ママ「ただ、曜ちゃんの場合は一歩動。右足踏み込むと同時に、打球。一歩しか動かない。手順がこれだけ」

47: 2017/06/26(月) 11:19:34.84 ID:riU4WlOj.net
千歌ママ「フットワークの時に足をクロスさせる手間が省けるけど、要は飛び込みながら打つから……安定するはずないんだよ。驚異的な体幹、バランス感覚、回転判断、速度反応。一つでもかけたら成り立たない」


美渡「全部飛び込みながら……しかもライジングでぶっ叩いて打ってた」


志満「曜ちゃんの反射神経と瞬発力、一歩動特有の前陣での驚異的な守備範囲……」

志満「一歩動は元々前陣向きのフットワークだから……教えなくても身体が勝手に動いてるのね」


千歌ママ「常に身体を最適化させながら強くなっていく……そういう子だよ、曜ちゃんは」

48: 2017/06/26(月) 11:21:56.83 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

曜(たん、たん、どん)スパンッ

曜(ぽーん……どんっ)バコンッ

曜(たっ、どんっ)バチコンッッ!!


千歌「く……」


「4-11。ゲームトゥ渡辺選手」


曜「あれ?」


曜(――なんだ。もうセット終わりか……)


千歌「くっ……」

千歌(なに、これ……一気に強く……)


千歌(流石曜ちゃんだ……もう完全に合わせてきた)


千歌(なに打っても、どこに打ってもぶっ叩かれる)


千歌(ついて行こうとしてもどんどんスピードが上がって結局打ち負ける)


千歌(でも……こんなスコアだったけど、こっちの方が楽しいかも)


果南「千歌、落ち着いて?」

49: 2017/06/26(月) 11:24:59.59 ID:riU4WlOj.net
 、

50: 2017/06/26(月) 11:25:25.58 ID:riU4WlOj.net
千歌「ん、落ち着いてるよ」

梨子「曜ちゃん……今回のセットは明らかに異常な出来だった」

果南「多分集中力が極限まで高まってる。曜は高飛びとかそういう短期間で一気に集中力をあげるの、慣れてるから」

千歌「なるほど……」

果南「でもそれが続くわけない、大丈夫、戦術は今まで通り、相手を押し込むこと、主導権は渡さないこと、そして、小さなラリーに付き合わないこと。相手を下げて中陣のおおきなラリーに」

千歌「……」コク

千歌「……」

梨子「千歌ちゃん、なんか……さっきより……いい感じ?」

千歌「え?」

梨子「なんか、ちょっと楽しそうというか」

千歌「ああ……そうかも。なんか……ここで曜ちゃんと対戦出来てるんだ……って思って」


千歌「強くない曜ちゃんなんて曜ちゃんじゃないもん! いつもいつも凄くてかっこよくて……それでも私は、そんな人に私は、勝ちたいって、思うんだ」

 

千歌「いつもいつも先に先に行っちゃうけど……絶対追いついて――隣に行くんだ」


 
梨子「……そっか」


千歌「よし、行ってくる!」

51: 2017/06/26(月) 11:26:45.81 ID:riU4WlOj.net
――

曜(とん……がんっ)

曜(とーん、とんがんっ!!)

曜(とーーん……っ、がんっ)ユラユラ…

曜(基本このみっつかな)


鞠莉「よ、曜?」

鞠莉「最高の調子だったわね……この調子で」

曜「……」コク…

ルビィ「曜さん……大丈夫ですか?」

曜「なにが?」

ルビィ「いえ、なんか……」

ルビィ(心がここにないみたいと言うか……)

曜「もうコート行くね」スタスタ…


鞠莉「え、ええ」

ルビィ「どうしちゃったの、曜ちゃん」

鞠莉「……あれがあの子の集中状態なのかも」

鞠莉(心ここにあらずって感じで……ずっとリズム取ってた)

鞠莉(……リズムとして捉えてる、のかしら)


鞠莉(極限の集中世界……アスリートが経験すると言われる全てが上手くいく状態……人それぞれ状態はあるけど、あれが曜の。プレーの間だけじゃなくて、あんなに長い時間……)


曜「……」コツコツコツコツ…

52: 2017/06/26(月) 11:29:16.01 ID:riU4WlOj.net
曜(あ、私サーブか)

曜(なんか……わかんないけど、すっごく楽しい)

曜(なんでだろ……)

千歌「っ!!」

曜(あ、そっか)


曜(――千歌ちゃんと打ってるからか)


曜(でも、まだ)

曜(――そんなに後ろにいたらつまんないよ、そんなに後ろにいたら今までとおんなじだよ、そんなに後ろにいたら……隣で話せないでしょ)


曜(きてよ、ここまで)


曜「……」


曜(……もっと速く……もっと深く、もっと、もっと!!)キュッッ


千歌(ロングサーブだけど……打ち合いになんか、しないっ!!)ギュルルルルルッッ!!!


曜(高くて遅いやつ回転も強いドライブ……とーーーーん、どんっ)スパンッッ!!!!!!


千歌「くっ……」


千歌(ペース変えようとしても叩かれるか……)

千歌「はあぁ……」


千歌(やっぱり凄いよ曜ちゃん……)


千歌(負けないよ……絶対っ)

53: 2017/06/26(月) 11:30:55.30 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

善子(カーブっ!!)キュパッッ


善子(次は速くて跳ねるシュート!)カコンッッ


善子(次はストレートにスピードドライブっ! わかって、んのよっ!!!)ググッ…スパンッ!!


善子「よしっ!!」

聖良「ちっ……」


聖良(段々カウンターされることも多くなってきた)

聖良(……もう慣れたとでも?)


聖良「……」


ダイヤ「よしっ、よしっ!!」


ダイヤ「ナイスですわ善子さんっ!! ナイスカウンター!!」


花丸「段々返せるようになってきてる! 聖良さんの色んなドライブを!!」


ダイヤ「ええ……まぐれじゃありません。ちゃんと反応して軌道も予測して凌いで、そこから善子さんのカウンタードライブが決まる!」


ダイヤ「聖良さんが本領を発揮し出して2セットは抵抗も少なく取られてしまいましたが……セットカウントは2-2このセットは現在8-9……」

54: 2017/06/26(月) 11:32:05.73 ID:riU4WlOj.net
善子(思った通りね……この人時々、決められるのに、決めてこない時がある。様子を見てるって感じでもないのに――わざわざラリーを繋ぐような)

善子(そこがチャンス……)


花丸「このセット……すごく重要だ……」

ダイヤ「ええ……このセットは試合の流れを、決定付けます。本人達が、一番よくわかっているとは思いますが」

聖良(シュートもカーブも……かなり捉えられるようになってきた)


聖良(一体津島さんはどれだけ……)


善子「……」

聖良(余程の執念があるのでしょう。ただ、私だって執念程度に負けるわけには行きません)


ギュワンッギュワンッッ!!!!


聖良「……」ググッ


善子(速いシュート、遅いシュート……どっちか!)


スパンッ…ギュルルルルッッ


善子(速くて、跳ねるやつ!!)グッ…パァンッ!!!

善子(よしっ!!)

 

ダイヤ「決まった――」

55: 2017/06/26(月) 11:32:44.58 ID:riU4WlOj.net
 、

56: 2017/06/26(月) 11:34:25.47 ID:riU4WlOj.net
シュンッッ


善子(追いつくかっ、なんて守備範囲っ)


聖良(あなたとは――背負って来ているものが違う!!!!)キュッッ……グニッ…グニョンツッ!!!!
 

善子「!?」


善子(な、なにこの軌道っ……ネットの外から、入――)

 

シュ…ギュルルルルルッッッッ、

善子「っ!?!?」

善子(な、すべ……球が、跳ね、ない……?)カツカツカツ……

 
8-10


ワ-ッッ!!!!!!


「なんだ今の」

「ボールがブーメランみたいにネットの外から」

「しかもあれ全然跳ねなかった、滑るみたいにコート抜けてった!」


ザワザワ


聖良「ふぅ……ナイスボール」


ダイヤ「……なん、なんですの、あれ」

57: 2017/06/26(月) 11:35:34.26 ID:riU4WlOj.net
花丸「ネットの上通さなかったのに相手のポイントなの!?」

ダイヤ「え、ええ……ネットを通さなくても……ブーメランのような軌道でコート外からねじ込むことを、テニスにあやかって、ポール回しと呼ぶこともあります」

花丸「ポール回し……」


ダイヤ「カウンターで振り回された聖良さんでしたが……打球点を落として、台の下からボールの真横を擦るようにして振り上げた。猛烈な横回転がかかったカーブボールは……まるで滑るようにコートの横から横へ、抜けていく」
 

花丸「ごく……ほとんどバウンドしないで、コートを、横切って行ってたずら……」

 
 


ダイヤ「ポール回しでのゼロバウンドドライブ、打たれたら最後、返球する方法は――ありません」

58: 2017/06/26(月) 11:37:14.72 ID:riU4WlOj.net
花丸「な、なんでバウンドしないずら?」

ダイヤ「それは……普通に考えてみてください。上からボールを落としたら、反発で跳ねますね?」

ダイヤ「じゃあ下の方からボールを……頂点である卓球台に、ちょうど良い具合で乗せることが出来たら……?」

花丸「……バウンドが、最小限になる……」

花丸「だから、ボールの打球点をあんなに落として……下の方から卓球台に」

ダイヤ「そういうことです。走りながらカウンターをゼロバウンドドライブでカウンター……おそらく偶然が重なったものであるとは思いますが、善子さんにとっては応えるはずです」


聖良「……」

聖良(さっきのカウンターは完璧だったわね)

聖良(私のサーブ……ここで取れば3セット目。津島さんに流れかけていた流れを一気に持ってこれる。そしてそれが勝利を、決定付ける)

聖良(――さあ、チェックメイトです)


善子(このセット取られたらまずい!! 絶対、なんとしてもっとるっ!!!!)

 

善子(私だって負けるわけにはいかないっ、いかないのよっ!!!)

60: 2017/06/26(月) 11:40:07.55 ID:riU4WlOj.net
スッ…

善子「――え」

善子(な、なによそのフォーム)

聖良「……」フワンッ…

善子(トスが高いっ、ハイトスサーブ!?)


善子(ま……待ってよ。今までそんなサーブ一度も、なんだ、どんなサーブ!? 回転は、スピードは!?)
 

聖良「ふっ!!」キュパッッギュルルッッ!!



善子(――バックハンドの、しゃがみこみサーブ!?)


善子(は、速いっ、回転は――)ポ-ンッ……


善子「くっ……」


聖良(ナイスホームランです)グッッ


ワ-ッ!!!!!


聖良「――負けるわけには行かないって、言いましたよね」


善子「ち……っ!!」

61: 2017/06/26(月) 11:41:49.61 ID:riU4WlOj.net
善子(な、なんて回転……。サーブはかなり捉えてきてたのに、まだ、まだ。あんなサーブまで……今までのどのサーブより回転とスピードが、両立してた。あんな必殺サーブ、まだ残してたなんてっ!! 私はもうとっくに、全開だってのにっ!!!)


善子(長さはチャンスボールだった、でも……回転がわからなすぎて……結局ホームランよ)

善子(――あんなの、返せっこない)

善子(くそっくそっくそっくそ!! ……チャンスだったのに、あそこのセット取れてればまだまだ可能性はあったのにっ……)スタスタ…ギリリリッ
 


善子(あなたは一体――どこまで、高いの……っ)


ダイヤ「しゃがみこみサーブ……。高く投げ上げた球に、自らがしゃがみこみながらインパクトすることで威力を高めるサーブですが……」


ダイヤ「使用者自体はとても少ない……」


ダイヤ「まさかあんなサーブまで」

62: 2017/06/26(月) 11:43:21.05 ID:riU4WlOj.net
善子「訳わからないくらい、回転かかってた……っ」


善子「一体、一体どこまで追いつけば全部見えるのよ!! 一体……っ」


善子「なんなのよあの人!! 私は一体、なにしてたのよ!!!」

花丸「落ち着いて善子ちゃん」


善子「わかってるっわかってるってば!!!! シュートも返した、カーブも返したっ、あとはポール回しもきっと追い込んだらまた使ってくるし、まだあのしゃがみこみサーブだって使ってくるっ! それ以外にも、まだまだあの人は隠してるかもしれない!!」

善子「あと1セット取られたら終わりなのよ!! そう結局、全部破ればいいの、全部……っ」


善子「ここまで来たの、せっかく、せっかくここまで来たんだから……っ」


花丸「善子ちゃん」ポン…


善子「なに、よ……」


花丸「気負いすぎたらだめ……勝ちたいっていうの、すっごくわかる。善子ちゃん、ずっとそう言ってたもん」

 

花丸「でも……今の善子ちゃんはなんか、違うと思う。もっと伸び伸びやった方が、きっと身体も動くはず」

63: 2017/06/26(月) 11:45:04.94 ID:riU4WlOj.net
花丸「いい時はいつもそうだったよ、試合中なのによくわからない、いつもの言葉叫びながら」

花丸「市民体育館で時々練習じゃなくて、遊びで打ってる時はいつもそうだった、それが一番、楽しそうだった」

善子「……」

花丸「――この会場のみんな、全部リトルデーモンにするずら! そうしたら、みんなが力を貸してくれる。善子ちゃんに――翼をくれる」


花丸「みんなでこの舞台に来れるのは最後なんだから……っ、後悔はしないで欲しい」


善子「……」

善子「……はっ」

善子「……」

善子「ずらまるのくせに、生意気よ」


善子「やってやるわよっ、この私がそんな窮屈そうに見えたならっ! この会場をヨハネの煉獄で埋め尽くすの!」


ダイヤ「……それがいいかもしれません。どうせこのセットを取られたら終わり、だったら……余計な考えはいりません。自分のしたいプレーに近づける、それだけです」


善子「――行ってくるわ」


善子「ちゃんと、見てるのよ!」


花丸「うんっ」

65: 2017/06/26(月) 11:49:01.69 ID:riU4WlOj.net
――


聖良「……タオル貸して」ダラダラ…

理亞「姉様、汗が」

聖良「お化粧、崩れちゃうね」

理亞「そうじゃなくて……っ、しゃがみこみまで使う必要」

聖良「あったわ、どう考えたって」

聖良「もう……次も全力で行く」

理亞「姉様……」

聖良「安心して、勝つから」

理亞「っ」


理亞(そりゃ、勝てるだろうけど……でもっ)


聖良「……」ズキ…スタスタ

善子「クックックッ……」


聖良「?」

 

善子「――聖戦の儀は近い!! 堕天使ヨハネのこの魔眼が、あなたの放つ幾重もの白光を絶望の煉獄にて、焼き払うことになるでしょう」

66: 2017/06/26(月) 11:49:39.37 ID:riU4WlOj.net
善子「時は来た! 会場にいるリトルデーモン達よっ!! 魂を捧げなさいっ、言霊を吐き晒しなさいっ!!」


善子「安心して。少し借りるだけ。その全てを、ヨハネが預かってあげるわ」


善子「このラグナロックに煉獄を! 黒き稲妻を!!!」

ダイヤ「だ、だいじょうぶ……?」

花丸「えっと」

聖良「……」

聖良(……良い病院でも紹介してあげた方がいいのかしら)

聖良(とっても可愛いのに、人格に問題ありな、変な人なのね。勿体無い)


善子「クックックッ……」シュバッ

 

善子(ねえ、私)


善子(飛べる?)

68: 2017/06/26(月) 11:52:56.11 ID:riU4WlOj.net
善子(ねえ、飛びたい)

善子(相手がすっごく強いの)

善子(私だけじゃ、今のままじゃ負けちゃう)

善子(でも、"私"となら)

善子("私の"翼を。紛い物じゃない、本物の翼をくれるのなら)

善子(きっと羽ばたける。今日のために、私は"私"を作り出した)

善子(だから、力を貸して。私に津島善子に、力を貸して)

花丸「いけーっ、善子ちゃん!!!」

善子「ふぅぅ………」ス-ッ


善子("私"は堕天使ヨハネ)


善子(最高の景色を――二人でみましょう?)

善子「っ!!!」

善子(飛べるっ!! 今この瞬間にっ!!!)

聖良「何を言っているのかわかりませんが、次で終わりにします」



善子「――さあ来なさい!!!!!」

70: 2017/06/26(月) 11:55:04.43 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

ホテル


善子『ったく、ありえないわよあの人』

善子『服くらい自分で畳めるのに』

善子『手を悪くするといけません、とか言って。いや、私の手はそんな脆くないから、人間だから。あ、いや堕天使』

ルビィ『あはは……』

花丸『それだけ善子ちゃんが聖良ちゃんと試合したいって気持ち、察してくれてたんだよ』


善子『まあそりゃ、そうでしょうけど』

ルビィ『ついに明日だね』

善子『ええ、やっとね』

花丸『善子ちゃんが堕天使になるきっかけになった人ずら、きっと明日は白熱するね』

ルビィ『きっかけ……』


善子『べ、別になんでもないってば』


善子『ただ、そうね……。ちゃんと見てなさいよっ、リトルデーモン、なんでしょ』

花丸『うんっ』


ルビィ『っ』コクコクッ

71: 2017/06/26(月) 11:56:28.13 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇
「11-7ゲームトゥ渡辺選手」


曜「しゃあ!!!」

鞠莉「ナイスボールっ!!!」

曜「よし、3セット目!!」

曜(あと1セットっ!!)


千歌「……はぁ」

スタスタッ
千歌「ごく……ぷは」

果南「どう?」

千歌「うん……」


千歌「3セット、取られちゃったね」


千歌「でも、後半は」


果南「うん、後半は良かった。実際、後半は連続得点出来てた」


千歌「曜ちゃん、集中力切れてきてる」

梨子「そう、なの?」

千歌「うん、わかるんだ」


千歌「ボールに乗ってる気持ちって言ったら変だけど……段々迷いが出てきてる」


果南「うん、叩くんじゃなくて中途半端に擦り上げる打球も後半は多かった」


千歌「次のセット、そこをつけば、まだまだ行ける!」

72: 2017/06/26(月) 11:57:13.43 ID:riU4WlOj.net
果南「よしっ、まだ最後じゃないよ。的を絞らせなければ大丈夫、あくまで冷静に」

千歌「オッケー、だいじょぶ! 行ってきます!!」

――

曜「ふぅ、おっけーおっけー、3セット取ったぞ」

曜「あと1セット」


ルビィ「曜さん、戻ってる」


曜「?」

鞠莉「……」

鞠莉「曜、勝ちたいなら……もう一度、引き締め直して」

曜「ゆ、緩んでるかな」


曜「確かにさっきはもっと……」

ザワザワ


曜「こんなにお客さんの声、聞こえなかった」


鞠莉「あなたは次のセットとったら勝ち、流れもほとんどこっちにあるわ。それでもあなたの卓球は攻めつぶすこと、それだけは忘れないで」


曜「うん」ペシペシッ


曜「よし、いこっ」スタスタ…

73: 2017/06/26(月) 11:58:22.88 ID:riU4WlOj.net
――

曜(とん、とんっ!)シュパッ

曜(ネット……)

曜(とーん………どんっ!)

曜(くっ、オーバー……)

7-4

曜(まずい、ミスが重なってる……)

千歌(よし、曜ちゃんの集中力が……切れてる)

千歌(曜ちゃんは短時間、意図的にすごい集中力の世界に、自分を落としこめるみたい)

千歌(そうなった時の曜ちゃんはほとんど手がつけられない)

千歌(……実際、3セット先取だったらもう千歌は負けてる)

千歌(いつもそうだった。たまにする試合で、曜ちゃんが極限集中して、3セット連取されて、負ける)

 

千歌(――でもこれは4セット先取だ!!)

 

千歌(そうやって極限の集中の後は――大っきな隙になる!!)


千歌(思ってた通り! 私が曜ちゃんに勝つとしたら、そこしかない!!!)


曜「くっ!!」ポンッッ


曜(またオーバーっ……なんで、さっきと同じ球でしょ! なのになんではいんないの! なんでミスってるんだわたしっ!!)イラッ…

曜(はぁ、違うか。集中、しなきゃ)

74: 2017/06/26(月) 11:59:42.18 ID:riU4WlOj.net
千歌(曜ちゃんはリズムみたいなタイミングで、頭じゃなくて、身体を反応させて打つ)

千歌(回転の変化にもかなりついてくる。前陣速攻特有のミスも、そのおかげでかなり減るけど……でも――かなり微妙な回転の変化なら、どう?)

千歌(速い、遅いドライブに、カーブが混じる、シュートが混じる、少し跳ねる、沈む、失速する推進する。ほんの微量でも、曜ちゃんみたいなかなり際どいタイミングで降ってくるタイプには、最高に効く球になる!!)ギュウンッ!!!

曜(なんでっ!!)

曜(回転が微妙に違う……)


千歌(同じタイミング、同じコース……そう思って曜ちゃんの身体は反応するけど、でも――)


ポ-ンッ…


千歌「ふっ!!」パコンッ!!!!!!

千歌「しゃぁ!!!!」グッッ


千歌(――1球たりともおんなじ球、出してないんだから!!)


11-6

ワ-ッ!!!!!!


千歌「よしっ、よしっ!!!」


千歌(繋がった!! まだ、まだ曜ちゃんと出来る!!!)

75: 2017/06/26(月) 12:00:35.25 ID:riU4WlOj.net
曜「……」スタスタ…

鞠莉「……次がラストセットよ」

曜「うん……わかってる」

曜「だからさ。アドバイスとか、いいや」

鞠莉「え?」


曜「わたしの好きなようにさせて欲しい。この瞬間を、全力で感じたいの」


ルビィ「……」

ルビィ「それが、いいと思う」

ルビィ「がんばって」

鞠莉「ええ……楽しんで来なさい」

曜「うんっ」タッタッッ

鞠莉「ほんとにこれで良かったのかしら」


鞠莉「さっきのセット、アドバイスすることはいくらでもあったけど」


ルビィ「いいんじゃないかな……だってなんか、ウキウキしてる」


鞠莉「そっか、そうよね」

76: 2017/06/26(月) 12:01:22.73 ID:riU4WlOj.net
千歌「そっか、最後か」

果南「セットカウント3-3、正真正銘、ラストセット」

果南「きっと曜は、集中してくる」

果南「ただそれも1セット中ずっとは、難しいはず。流れは来る」

千歌「うん」

千歌「後は全力でやるだけ!」

梨子「行ってらっしゃい」

梨子「……」

千歌「うんっ!!」

スタスタ…

千歌「……」

曜「……」

ザワザワ

千歌「最後だね」

曜「うん」

千歌「始めよっか」

千歌「……終わるのは嫌だけど」

曜「はは……私もそう思う」


千歌「いくよっ!!」


曜「……」スッ……ギロッッ

 

千歌(集中モード……そう来なくっちゃ!!!)キュパッッ

77: 2017/06/26(月) 12:03:54.35 ID:riU4WlOj.net
 、

78: 2017/06/26(月) 12:04:54.11 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

 別に他に何か好きなことがあったわけじゃないし、熱中していたものがあったわけでもない。

 だから私の人生の半分以上は、卓球だったわけで。強いて言うならば小さい頃から始めていて、私が自信を持って他人に言えることが卓球しかなかったわけで。

 大会に出れば結構勝てたし、周りもみんな褒めてくれてた。打ってるのは楽しいし勝つのも楽しい。中学二年生まで、すごく順調だった。


 ――全国大会で鹿角聖良に当たるまでは、だけど。


 ぼろ負けした。惨敗なんて言葉だけでは足りないくらい、ぼろぼろにされてしまった。


 疑った。何を? 今までの私の時間を全て。そして鹿角聖良の圧倒的な才能、圧倒的な違い。今までは負けても悔しい悔しいと泣き散らして周囲に慰められて、その後試合のビデオを見返して、すぐに練習に戻っていた。


 でも、そうなることはなかった。

79: 2017/06/26(月) 12:05:42.11 ID:riU4WlOj.net
 どれだけ走ったとして、全速力で長距離を走り抜ける体力があったとして、私の足では追いつけない。鹿角聖良にとっては早歩きする程度の速さでしかないのだろうと、思えば思うほど、ラケットが手から離れていくような気分だった。


 そしてついに、卓球はやめた。中学二年生の、乾燥した冬前の出来事だ。


 からっぽになった。


 私は私の半分を失ったみたいだった。


 その異様な気配を察したのか、友達は減った。クラブに通っていた友達とはもちろん、クラスの人達とも。きっとその時の私は、周りに当り散らしたり、最悪な性格だったんだろう。


 ――堕ちて行った。


 そんな時、暗い自室で何気なしに流れていたアニメのキャラクタに不自然な程、目を奪われた。

 三対の漆黒の翼を広げ、何者も寄せ付けぬ高貴な存在。堕天使だった。


 大きな翼。

 自由に宙を、舞っていた。

80: 2017/06/26(月) 12:07:01.02 ID:riU4WlOj.net
 調べれば堕天使というのは、叛逆をして地に落とされた存在らしい。今までの自分の境遇から一変したというのにも関わらず、どうして自由にするんだろう。

 一瞬にして惹かれた。

 私は私の中の何と、堕天使を重ね合わせたのだろう。左手にいくつも出来ていた豆を見て、そっと拳を握りしめた。

 次の日から、堕天使になった。

 私は翼を貰った。

 無くなってしまった私の半分を、埋めてくれた。

 友達は、いなくなった。

 だから高校も廃校寸前の高校に行った。ほんとはもっと都会の、私のことを誰も知らない場所に行きたかったんだけど。

 中学を卒業する直前、堕天使の翼は、もう限界だった。

 そりゃそうだ。私は堕天使じゃない。


 半分は正真正銘津島善子で、どこかで居場所を欲しがってた。


 ああ、高度が堕ちていく。

 ああ、翼が無くなる。


 見下ろすは、なんにもないド田舎のみかん畑と、どこまでも広がる青い空と海。


 ううん、私は最初から飛んでなんていなかった。ただ堕ちていただけ。私が作り出した私に貰った――レプリカの翼を広げながら。


 そんな中、降りた先で、私は――。

81: 2017/06/26(月) 12:08:27.24 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


善子(――さあ行くわよ堕天使ヨハネ)


善子「甘いわねっ!!!」ズバンッ!!!!


聖良「くっ」


善子「クックックッ……ふふふ」


善子「これぞ堕天使ヨハネの全てを寄せ付けぬゲヘナの焔……、触れたものはたちまち煉獄へと落ちる」


善子「あなたのその自慢の白光も……ヨハネの前では無力!!」


聖良(この人ほんとうに、何言ってるんだ)

 

聖良(私の方がリードしてるとはいえ……捉えられるものがあるのも依然変わらない)


聖良(いえ、それ以上に……動きは良くなってきている)

聖良(どうして……十分心は折れても、おかしくないのに!!)ギュンッッ!!!


善子「くっ……」


聖良(何がこの人を動かしてるっ)

善子「は……」


善子(最高ね、強い人とするのは……)

善子(いいわ……もっと見せて……このヨハネが全て返してみせる!!)

82: 2017/06/26(月) 12:09:29.19 ID:riU4WlOj.net
ギュワンッギュンッ


花丸「善子ちゃん……」グッ…

ダイヤ「凄いラリー……」

善子「よしっ!!!」

ワ-!!!

善子「リトルデーモン達、足りない、もっと声出せるでしょ!!」

ダイヤ「会場が……」


善子「さあついて来なさい!! 後のことなんて、今はなんにも!! 考えなくていいでしょ!!」スパ-ンッ!!!!


善子(巡り巡って、あなたには感謝してるわ)


善子(あなたに負けたから、そしてみんなに出会ったからっ、私は私じゃなくなった!! でも、今の私がいる!!)

善子(もっと速く。もっと強く!)ギユンッ


善子(私だけじゃない。浦の星で、みんなで作り上げてきたこの翼で――あなたを超える!!)フワッ…


善子(あなたが馬鹿みたいな速さで後ろを顧みず走り続けるなら、私は飛ぶ)


善子(誰よりも速くっ、誰よりも、高く!!!)ピョンッギュンッッ

 

善子(あの空の――そのまた向こうまで!!!!)

83: 2017/06/26(月) 12:11:49.62 ID:riU4WlOj.net
聖良「っ……」

聖良(またループ……っ)

「8-9」

善子「よしっ!!!!!」


善子「――私は堕天使ヨハネよ!!! ちゃんと、覚えておきなさい!!!!」


ワ-ッッッ!!!!!

聖良「ふぅ……」

聖良(あと2本取れば……)ズキッ

善子「失楽園!!」

聖良(ループっ、これは……沈む方っ)ググ


善子(ねえ。見える? 私は今、空を飛んでいる)

善子(漆黒の翼を目一杯広げて、見たことのない景色を見ている。あなたに貰った紛い物の翼なんかじゃない)

善子(私とあなた、いえ、私と私、そしてみんなで生み出した――本物の翼で)

フワッ…


善子(へえ……ループをループで……でもそれ、美味しいエサだから!!!)スパンッ!!!!


聖良「っ……」

善子「うああああああっ!!!!!!」グッッ

花丸「やった、やった!!!!!」

ダイヤ「善子さん……っ」


ワ-ッ!!!!!!!



「9-9」

聖良「はぁ……」


聖良(っ、カウンタードライブ……)


聖良(ここにきてループの頻度が高い。あの低いループは――捉えられない)

84: 2017/06/26(月) 12:13:08.41 ID:riU4WlOj.net
聖良(中国選手のような、粘着ラバーを利用した不規則な回転。ドライブの回転が一定になることなく変化するから、かなり取りにくい)

聖良(それが中国選手が強い特徴の一つだけど、日本の女子選手でここまで回転に特化する人がいるなんて)

聖良(近年ボールの材質が変わって、回転がかけにくくなったプラスチックボールが公式球となった)


聖良(前に対戦した時はそれに慣れていないのか棒球も多かったけど、今は)

聖良(私もほとんど全力……あなたのそのボールタッチ、見習いたいくらいです、津島さん)

聖良(――あなたは強い、認めます)

聖良(この試合を見た人からスポンサー提示なんかもあるかもしれません、実業団から声もかかるかもしれません)

聖良(ただそれでも!!!)スッ…


善子(バックハンドの、しゃがみこみサーブ……っ!!)


キュパッ!!!

ポ-ンッッ

善子「ちっ……」


聖良「ナイスサーブっ!!!」グッ

「9-10」


聖良(ラスト……っ!!)ズキッ…

85: 2017/06/26(月) 12:14:37.34 ID:riU4WlOj.net
 、

86: 2017/06/26(月) 12:14:51.87 ID:riU4WlOj.net
ダイヤ「聖良さんが大きな声をあげた……」


善子(相変わらずあのしゃがみこみサーブの回転はわからない、でも)

善子(そんなの関係ないっ)


聖良(もう一本、これで――チェックメイトです!!!)ギュムッッキュパッッ


善子(しゃがみこみサーブ!!)

善子(バックに曲がって来る横回転系……後は、知らないっ)フワ…


聖良(回り込んだ……っ――まるで、飛んだみたいに)


グググッ


善子(私はこれと一緒に過ごして来たんだ!!)


善子(なによ――もう限界?)

善子(もう、これ以上空は飛べない?)

善子(まだ速いでしょう? だってまだ試合は終わってない!!)

善子(もう一回だけ、最後にもう一回だけでいいからっ!! 私に、私に力を貸しなさいっ!!! ――堕天使ヨハネ!!!)フワ…グググッッ


善子(翼を。どこまでも羽ばたいていける漆黒の翼を!!!)ギュワンッッッッ


花丸「っ……」

 
 

聖良(――ループドライブっ!!)

87: 2017/06/26(月) 12:20:46.57 ID:riU4WlOj.net
善子「入れぇっ!!!!!!!!!」

ポ-ンッッ


聖良(弧線がいつもより数段高い、横上サーブを出した影響ですね)

聖良(それでも、強大な回転によってコートの深いところに――入る)

コツン…ギュルルルルッ


聖良(私の一番のサーブを、最後の最後に、捉えてきた…やはりあなたは底知れません)チラッ


聖良(強引に回り込んで、極端に空いたフォアゾーン、そこに落とすだけならいくらあなたのループドライブといえども、難しくありません。しかもループドライブは高く深く入ったら、絶好のカウンター球)


善子(もっと、もっと、まだ、私は飛べ――)

 

聖良(当てるだけで、いい)パコンッ


善子「っ!!!」ガクンッ……

 

聖良(――あなたにはもう、そこから体勢を立て直す力はない)
 

善子「……くっ」

カツカツ…カツ……


善子「……」


善子(はは……。ここまで、ね)


善子(――堕天使ヨハネ)

89: 2017/06/26(月) 12:22:18.33 ID:riU4WlOj.net
善子(それは漆黒の翼。私が生み出した、もう一人の私)

善子(空を飛びたかった私が生み出した私だけじゃ、空は飛べない。空を飛びたかった私は、空を飛ぶ私を、夢みてた。いくら作っても作っても、私は飛べない)

善子(空を飛びたかった私はいつでも確実にそこにいて、どこかでずっとずっと燻ってて……でも今日初めて……私は飛べた)


善子("あなた"と一緒に)


善子(――最高の景色だったでしょう? 自由な翼を目一杯広げて、見た景色は)


善子("あなた"と見れて良かったわ)


善子(……今まで、ありがとう)

善子(きっとまたどこかで……会いましょ)


聖良(――チェックメイトです)


善子「ふー……」

 

「9-11、マッチトゥ鹿角選手!」


ワ---ッ!!!!!!!


聖良「……」

聖良(最後、強引にループドライブを掛けに来たせいで……ほとんど彼女の体勢は崩れてた)


聖良(捨て身の一撃、だったわけですか)


スタスタ…

90: 2017/06/26(月) 12:22:53.71 ID:riU4WlOj.net
善子「はー……っ」

善子「やっぱ、勝てないわね」

聖良「……今日は正真正銘、本気でした」

善子「ほんとに?」

聖良「ええ」

聖良「まさか、あなたと本気で試合が出来るだなんて正直思いませんでした」

善子「酷いわね」

聖良「また、打ちたいです」

善子「遠慮しとく、もうなんか……満足しちゃった」

聖良「え?」


善子「ずぅぅっと、あなたに勝ちたかった。あなたに負けて卓球つまんないって思って辞めて、でも今日……負けたけど、こんなにいい試合ができた」


善子「あれだけ上が見えなくて、近づけば近くほど大きく見えた背中が……少しだけ小さく見えた気がして。少しだけだけど、触れた気さえして」


善子「あなたが怪我して以降、練習も満足に出来てないの、聞いてるから……気だけなんだろうけど」

91: 2017/06/26(月) 12:24:31.25 ID:riU4WlOj.net
善子「あなたみたいな強い人とするの……本当に、楽しかった。私はそれで、十分よ」

善子「ただ、あなたと今度打つだなんて命削れそうだから、やめとく」

聖良「……残念です」

聖良「卓球は、続けるんですよね? あなたなら今からでも競技の第一線でも通用する。関係者の知人に紹介したいくらいです」

 
善子「……さあ、どうかしら。私はもう無理。もう空は――飛べない」

 

善子「あなたのお陰で――満足、しちゃったから」


聖良「そうですか……」


聖良「――あなたのような選手がいたことを、私は忘れません。共に踊ったことを」


善子「そうしてくれると、嬉しい」

聖良「……」

聖良「ありがとうございました」ギュ

善子「ありがとうございました」ギュ

聖良「あの、最後にいいですか?」

善子「?」


聖良「試合中に訳のわからないことを言っていたのは?」

善子「っ……はは。そうね」


善子「――理想の私を追いかけてただけよ」

92: 2017/06/26(月) 12:26:11.97 ID:riU4WlOj.net
善子「はー……負けた」

花丸「善子ちゃん……」

善子「なに、悪かったわね」

花丸「ううん……最高だった」

善子「そう? 実は私もそう思う」


善子「負けてこんなに清々しいの、初めてよ。今まで馬鹿みたいに泣き散らしてたのに」


善子「ちゃんと全部……出し切れたから、かな」


ダイヤ「ええ……あなたの努力が、想いが、鹿角聖良をあそこまで追い詰めた」


善子(あの日、あの時……千歌さんが私にボロ負けして楽しそうにしてたのがどうしてか……わかった気がする。私がようやく気がついたこと、あの人はあの時点でわかってたのね)


善子「……みーんなリトルデーモンになったこと間違いなしね」


「善子ー!!!」


善子「誰だ今の!!」

93: 2017/06/26(月) 12:27:22.33 ID:riU4WlOj.net
善子「ふふ……」

善子(って……私はもう、善子だ。それ以外なんて、ない)


善子(あなたと見た景色、忘れないから)


花丸「よかったね! みんなみんなリトルデーモンになっちゃった!!」


「善子ー!!!!」


パチパチパチッ…



善子「は……なによこれ……はは」ウル…ウル…


花丸「ほら」ギュッ…


善子「……ええっ!」ギュッ


 
個人戦準決勝


津島 善子VS鹿角聖良


11-7
11-6
4-11
3-11
8-11
9-11

2-4

鹿角聖良 勝利

94: 2017/06/26(月) 12:28:27.16 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌ママ「いくら聖良ちゃんが全盛期に比べて落ちているとはいえ……すごいわね善子ちゃんは」


美渡「……強いね」


美渡「かなり本格派だし、苦手なプレースタイルもなさそうだし」


千歌ママ「相手によっては爆発する曜ちゃんもいいけど……善子ちゃんみたいなスタイルの方が勝ちやすいといえばそう」


千歌ママ「聖良ちゃんはほとんど本気だったと思う。あれをあそこまで追い詰めたんだから……」


千歌ママ(――でも聖良ちゃんはもう)

千歌ママ(果南ちゃんが聖良ちゃんに一瞬全力を出させ)

千歌ママ(善子ちゃんが長期間の全力を出させた)

千歌ママ(まるで示し合わせたかのように繋いだ勇気の力を……きっと、どちらかが)


千歌ママ(――羨望期待賞賛嫉妬。いろんな炎に焼かれた、そんなボロボロの翼で、あなたはどこまで飛ぶ?)

 


千歌ママ「ねえ、聖良ちゃん」

100: 2017/06/26(月) 15:41:50.63 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

曜『ちかちゃんちかちゃん!! サッカーやろ!』

千歌『うんっ!!』


――


曜『ちかちゃんちかちゃん……サッカーやらないの?か

千歌『ん、なんかもういいかな』

曜『なんで?面白いのに』

千歌『曜ちゃんはうまいから……』アハハ…

曜『んー……?』


――


曜『水泳部とかどう?』

千歌『えーでも』

曜『ほらー私もやったことないし』

千歌『でも曜ちゃん高飛びとか凄いから水は慣れてると思うし』


曜『千歌ちゃんだって海でいつも泳いでるじゃん』


千歌『んー……私はいいかな』

101: 2017/06/26(月) 15:43:03.72 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

曜(初めてだった)

曜(私が今まで生きてきて、こうやって、千歌ちゃんと一緒に、何かやれてるのは!!)ギュインッ

曜(卓球も、少しやっていた時期があったけれど、結局やめちゃってた)

曜(でも今こうしてっ!! 全力でぶつかってる!!!)スパンッ!!

曜「しゃっ!!!!」

千歌「はは……」


2-4


千歌(伝わってるよ……)

千歌(ラケット、これにしてよかった。相手がどんな球を打ったかが手にすっごく伝わってくるの、思い切りの良さ、迷い、そして想いまで)

千歌(その人がどんな想いを込めて、球を打っているかが手に取るようにわかる!!)

千歌(曜ちゃん、私も一緒)ギュインッ!!!!


千歌「ナイスボール!!!」グッ


5-4


千歌(いつもいつもっ、曜ちゃんに甘えてばかりだった!!)

千歌(私がすぐに投げ出して、それでも曜ちゃんはなんでか、私の近くに居てくれた)

千歌(なんの才能もない私の近くに)

千歌(期待に応えたかった、隣で堂々と、歩いて、走りたかった)


千歌(みんなのヒーロー、ううん私だけのヒーロー……私を救ってくれてた、あなたの隣に!!!)スパンッ


千歌「ああああっ!!!!」グッ


7-6


梨子「よしっ、よしっ!!!」


果南「っ……ぁぁもう」

102: 2017/06/26(月) 15:44:54.70 ID:riU4WlOj.net
千歌(私は、歩けてますか? 走れてますか? ちゃんと、あなたの隣で!!)

曜(うん、見える。やっと、来てくれたんだね……)

千歌(ヒーローは孤独だから)

千歌(でも私は隣に、いるっ!!)

曜(ずっとこうやって……一緒に本気で、何かしたかった)

千歌(私もだよ!)

曜「しゃっ!!!」グッ


8-8


千歌「っ……はは」


曜(ずっとこの時間が、続けばいいのに)ギュワンッ!!!

千歌(終わりたくないね)


曜(うん)

千歌(曜ちゃんとこんな舞台で打てて、幸せだよ)

曜(私も)


千歌「ふふ……」

曜「……」ニッ…


ルビィ「2人とも時々、笑ってる……」


鞠莉「……見てよこの会場」


鞠莉「さっきと比べてかなり静か」


鞠莉「誰しもが、この勝負の行方を見守ってるの」


鞠莉「人間同士の想いのぶつかり合いは、こんなにも……」


鞠莉「もうこの試合は勝ち負けとか……そういうのじゃないってことを」

103: 2017/06/26(月) 15:45:52.00 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

美渡「もう見てらんないっ……っ」

志満「だめよ、ちゃんと見なさい」


志満「あの千歌ちゃんの姿……あんなに輝いてる人、なかなかいない」


美渡「……」


千歌ママ「千歌……」


千歌ママ(おそらく千歌はここに来て、極限の集中世界に落ちてる)


千歌ママ(打てば入るみたいなゾーンの状態の2人、でも曜ちゃんはもう……)


千歌ママ「成長してるのは……当たり前か」


◇――――◇



梨子『明日、千歌ちゃんとだね』

曜『うん』

梨子『戦えそう?』

曜『うん、きっと平気』


曜『私が倒してきた人の分まで、頑張ろうって思ってる』


曜『みんないろんな想いを、内に秘めてここまで来た人ばかりだと思うから』

梨子『そっか……」

曜『千歌ちゃんは不思議な人でさ』


曜『欲しい言葉をくれる。飛び込みの大会前、ピリピリしてる時なんかも千歌ちゃんだけは大会頑張ってじゃなくて……終わったら一緒に遊ぼうねって言ってくれた』


曜『いや勿論頑張ってとも言われたんだけど』

曜『私はそれに、救われた。何回も』


曜「ちっちゃい悩みがあっても……千歌ちゃんになら言えた。そりゃ、本人との関係性についてのでっかい、悩みは言えなかったけどさ」

104: 2017/06/26(月) 15:46:33.16 ID:riU4WlOj.net
曜「なんでだろう……」

曜『きっと、千歌ちゃんは私の安心する居場所になってくれるって。勝手に思ってたんだ』

曜『きっと梨子ちゃんにも、心当たりがあると思う』

梨子『……うん』

梨子『だから私はこうして……みんなと一緒にいる』

曜『だね……千歌ちゃんは、そういう人なんだと思う。相手の心を溶かして……するりって滑り込む』

曜『そうしてるうちに、色んなこと話しちゃう』

梨子『……うん』

曜『時間はかかっちゃったけど、結局私は全部言えた。千歌ちゃんだったから』


曜『……なんだかんだ私は甘えっぱなしなんだよ』

梨子『ヒーローの方が、甘えてたんだ』


曜『そこは……ヒロインにして欲しいかな、一応』

梨子『ふふっ』


曜『私からしたら……千歌ちゃんみたいに、色んな人が思わず口を滑らせちゃうみたいな、心を開ける人が……ヒー――ヒロインにふさわしいかなって』


梨子『そう……かもしれないね』

106: 2017/06/26(月) 15:48:51.04 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

キュパッッカコンッスパンッッ

曜「ふっ……」スパンッ

千歌「っらっ!」バコンッ!!

曜「ふふっ」

千歌「……」ギュワンッ!!!


梨子「すごいラリー……」

梨子「ふたりとも」

果南「千歌、真っ向から」

 

梨子「これでやっと、ふたりは……」


 
千歌「はっ!! くっ、あ!!!」スパンツッッ!!!

曜「くっ」


鞠莉「段々ちかっちが押してる」

鞠莉「……楽しい時間は――あっという間」


鞠莉「いつだって」



曜(あれ、反応が……)ポ-ン

曜(観客の声が、聞こえて)

曜(私は今、こんな大きな場所で試合してるんだ)

曜(観客の声がうるさい)


曜(ああ、うるさい。うるさい)


曜(違う、違うっ、もっと意識を深くもっと強く!! もっと速く!!!)スパンッァ


千歌「!!!!」バコンッッ!!!!!


曜「くっ……」ヨロ…

107: 2017/06/26(月) 15:50:01.32 ID:riU4WlOj.net
曜(ああ、どんどんお客さんの声が近く、なる)

曜(どんどん千歌ちゃんの奥の景色が鮮明になっていく)

カコンッカコンッ!!!!

曜(もう、終わりなの?)

曜(終わっちゃうのかな)

千歌(……)

千歌(……まだ終わってないよ)

ギュワンッギュワンッ!!!!

千歌(まだ続いてるよ!!!)

曜(うんっ!!!)


鞠莉「曜……」ウル…

曜(まだ終わらせないっ、まだ……まだ! 動けっ!!!)ギュワンッ!!!!

カコンッカコンッッッ


曜「くっ」ガクッ…

 


曜(はは、千歌ちゃん……走るの速いね)

千歌(え)


曜(……私はもう、だめみたい)


千歌(曜ちゃん)

108: 2017/06/26(月) 15:53:22.16 ID:riU4WlOj.net
曜(……最高の時間を、ありがとう。ここから先は、千歌ちゃんだけの道だよ)


曜(きっと、この先には、苦しんでる人が待ってる)


千歌(曜ちゃんは?)

曜(少しだけ、休憩かな。長距離は苦手なの、知ってるでしょ)

千歌(……もっと隣で)

曜(無理だよ)

曜(これはスポーツだもん、優劣はつく)

曜(でも……確かに一緒に走った)

千歌(うん)

曜(ここまで、来てくれてありがとう)

千歌「うんっ……」

千歌(じゃあ……先に行くね)


千歌(――隣で走れたこの瞬間を)

千歌(忘れません)


曜(うん)


千歌(ねえ、曜ちゃん……これからも、また一緒に――)


曜(うんっ……!!!)


千歌「――うああああっ!!!!」スパ-ンッッッ!!!!!!


カツカツカツ……


曜「ふ……は、ぁ」

千歌「ふふ……」

 

「11-9 マッチトゥ高海選手!」



ワ----ッッッ!!!!!!!

109: 2017/06/26(月) 15:54:25.78 ID:riU4WlOj.net
梨子「やった!! やったぁっ!!!!」

果南「勝ったっ!!!!」

鞠莉「……」

ルビィ「う……」


曜「そっか……終わったか」ヨロ…

曜「……」スタスタ


千歌「……」スタスタ

千歌「終わっちゃったね」

曜「……うん」

ギュッッ


千歌「……」

曜「もう……今、汗くさいから、やめてよ」ギュッ

千歌「いいのっ」ギュッ…


千歌「……ありがとう、ございました」ギュッゥ…

曜「うん……うんっ――おめでとう、千歌ちゃんっ」

 

千歌「ぅぅ……」

 

梨子「……」ウル…

111: 2017/06/26(月) 15:59:32.40 ID:riU4WlOj.net
果南「最高の試合だった」

梨子「うん」

梨子(2人とも……良かったねっ。こんな試合が、出来て)

梨子(これで、ふたりはやっと――)


鞠莉「曜も、思い残すことはなさそうね」


ルビィ「うん……」

善子「勝ったのね、千歌さんが」

ルビィ「善子ちゃん」

善子「負けちゃった、ごめん」

ルビィ「う、ううん……」

善子「こっちも……いい試合だったみたいね」

千歌「……」ギュッゥ

曜「も、もー……離してよ」アハハ


鞠莉「ええ……眩しすぎるくらいね」


聖良「……」

聖良「なんであの2人は、あんな風に……試合を」

聖良「……」


個人戦準決勝

高海 千歌vs渡辺 曜


11-5
11-6
3-11
4-11
7-11
11-6
11-9

4-3 


高海千歌 勝利。

112: 2017/06/26(月) 16:01:15.52 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


美渡「いやぁ……勝ったよ……勝ったよ千歌」

美渡「あそこまで強くなる……?」


千歌ママ「曜ちゃんは試合の度にゾーンに意識を落とし込めてた。でもおそらく、それが続くのが3セットが連続で、そこから先は慣れてなかったから……途切れ途切れになったんだと思う」

千歌ママ「最後のセット、千歌は完全に振れば最適な回転とコースで飛んでくって感じだったけど」


千歌ママ(千歌は土壇場で意識の深淵に……真っ向からラリーで打ち勝った)



千歌ママ「でも、いいね……ああいうの」

千歌ママ(今度は、辞めなかったね、千歌)

千歌ママ「勝ち負けも重要だけど……ああいうのだって、重要なのは間違いない」

美渡「……なんだよ、千歌のくせにさ」


美渡「あーあ、なんだじゃあ家族で一番下手なのは私かぁ」

志満「くす……」

美渡「なんで笑った」

美渡「じゃああれだね、志満姉に勝ったら」


千歌ママ(きっと色んな人に、その輝きは映ったはずだよ)

113: 2017/06/26(月) 16:02:06.35 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

控え室


聖良「相手は千歌さんか」


理亞(あいつ、負けたんだ)


理亞(……結局)


理亞「良かったね、姉様。渡辺曜じゃなくって」

聖良「どうかしら」

聖良「……きっとまた、苦戦する」


理亞「だとしても……決勝はシュートもカーブも、チキータだってだめなんだから!!」


聖良「心配してくれてる?」

 

理亞「――当たり前でしょ!!」


聖良「……」


聖良「心配しなくていいわ、勝つから安心して」ポン…

理亞「……」

114: 2017/06/26(月) 16:03:04.57 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


千歌「よしっ!!!」パンパンッッ


曜「みんなで応援するから!!」

鞠莉「辛くなったら後ろを見て、私たちがいる」

ルビィ「千歌ちゃんなら絶対やれるよ!!」

善子「ちゃんと全力、だすのよ」

千歌「うんっ」

果南「いよいよ決勝戦か」

果南「あっという間だったね」

梨子「これで正真正銘……最後の試合」


ダイヤ「あなたの全てを、我々浦の星女学院の全てを……見せてあげましょう!!!」


花丸「リトルデーモンにするずら!」

千歌「いやリトルデーモンは違うから」

千歌「でも……うん。みんなの力があったから、みんなの想いがあったからここまでこれた」

千歌「辛いこともあった、苦しいこともあった……でも、みんなと一緒だったから、私たちは今、ここにいる!!」

果南「うんっ!」


千歌「行こうっ!!! Aqoursの輝きを、浦の星女学院の輝きを……みんなに、見せに行こう!!!!」


スタスタ


ワ---ッッッッ!!!!

115: 2017/06/26(月) 16:08:26.17 ID:riU4WlOj.net
千歌「……ふう」スタスタ…フリフリ…ニコッ

千歌(あ、今の反応……いい感じだったかも?)

千歌(よしよし//)

千歌「何はともあれ、こんな環境で試合するのは最後……そして相手が聖良ちゃん」

スタスタ…

聖良「……」パチ…

 

聖良「――なんとなく、こうなる気がしていました」

 

千歌「ふふ、そっか……偶然なのかな」


聖良「いえ、ここまで来たあなたの努力による必然であったということ……あなた達の想いが本物であるということ、私に見せて! さあ、華麗に踊りましょう」


千歌「うんっ!!!」

 

「――よろしくお願いします!!」

 

個人戦 決勝戦


高海 千歌

ラケット   アコースティック
フォアラバー ファスタークG1(特厚)
バックラバー テナジー80FX(特厚)

VS

鹿角 聖良

ラケット   インナーフォースレイヤーALC
フォアラバー テナジー05(特厚)
バックラバー テナジー80(特厚)

116: 2017/06/26(月) 16:10:13.62 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌(道具交換……聖良さんのはメーカーのカタログに乗ってた通り)

聖良(木材ラケット……自分の実力がはっきりと出やすくて、回転の強弱、勢いの強弱を自分でつけないといけない)

聖良(使用者の実力に応じて答えてくれるラケット)

聖良(ラバーは……少し硬め、通常のテンションラバー。相性は良い組み合わせ)

聖良(なるほど……)

聖良「さあ……」


◇――――◇

第一セット


聖良「……っ」キュパツッ


千歌(YGサーブっ! だけど――全然、わからないっ)ポ-ン


聖良「さっ!」


「0-1」


千歌(はーっっ。そんな……今のは横下じゃ……)


千歌(……ラケット面もほとんど見えない)

千歌(フォームで判断するしかないけど、それも)

千歌(前打ってた時とは明らかに違う。聖良さんのサーブ)


千歌(それくらい成長出来たって、こと)


聖良「ふっ」キュパツッ

千歌「いっ」ポ-ンッッ


聖良(ナイスホームラン)

千歌「くっ」

117: 2017/06/26(月) 16:11:28.09 ID:riU4WlOj.net
千歌(あのゆっくりな軌道で、猛烈に切れた横上……? 完全に下だと思った……まずい、サーブが取れない)

千歌(落ち着いて……私のサーブ……打たせないよう、フォア前に切れた横下っ)キュパッ

聖良「……っ」スッッ

千歌(バックで回り込んだ!?)


千歌(――チキータが)


ブンッッグニョンッッッ!!.!


千歌「わっ」

聖良「さっ、ナイスボール」

千歌「くー……一撃」

千歌(チキータを触ることも出来ないなんて)

聖良「……」スッ…

千歌(ごく、凄い威圧感……)キュパッ


千歌(サーブはかなりいいっ。でも――打たれっ)


スパ-ンッッッ!!!!ギュルルルルルッッッ


千歌「くっ……」

「0-4」


千歌(フォアで、ぶち抜かれた……ノータッチじゃ、話にならないっ……)


聖良「……」

千歌(攻めが早い……こんなに早いタイプだっけ……?)

118: 2017/06/26(月) 16:13:43.64 ID:riU4WlOj.net
 、

119: 2017/06/26(月) 16:14:23.50 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

鞠莉「なんだか……攻めが早いわね、相手」

果南「あんなに速攻寄りだったかな」

善子「いえ……あの人は様子みながらじわじわ、確実に逃げ道を無くして潰してくるタイプ、そもそも打ち合いメインだし」


鞠莉「もちろんすごい強さだけど、本来のプレースタイルではないみたいね?」


鞠莉「それか……」

果南「どういうことだろう……」

梨子「あぁ……」


「4-11、ゲームトゥ鹿角」


聖良「よし」

聖良「……っ」ズキッ…


千歌「くっ……」スタスタ


千歌「だめだ……ほとんど中陣から一撃で撃ち抜かれちゃう……」


善子「かなり速攻系で攻めて来てるみたいね。じっくり攻めてくるいつもの感じじゃない」


鞠莉「普段のプレーが研究されてると見ての速攻か、或いは」


――

理亞「速攻?」

聖良「ええ、出来そうだったから」

理亞「時間は長くない方がいいけど…チキータはやめて」

理亞「バックドライブも押し込まれたら使わないで……肘に悪い」


聖良「平気」

理亞「……出来るだけ早く決めてよ」


聖良「もちろん」

120: 2017/06/26(月) 16:16:36.73 ID:riU4WlOj.net
2セット目


千歌(ファーストサーブ大事っ!! 聖良さんは中陣くらいまで下がってのドライブ戦術がメイン)

千歌(今日の聖良ちゃんはとにかく強いドライブで撃ち抜こうとしてくる)

千歌(曜ちゃんの時よりは、打球までに時間はあるけど、万全の体制で打たれたら苦しい)

千歌(……大丈夫っ、後ろにはみんながいる。1人じゃない)

千歌(……前に張り付かせて、得意の中陣からのドライブを打たせないっ)キュパッッ


聖良(横下回転の巻き込みサーブ……なるほど、左利きによく効くコースをわかってる)


千歌(そこまで、チキータ!?)


聖良(でもそこはチキータで――……とりあえずやめておいて)ストップッ

 

千歌(一瞬遅れた?)


千歌(短いけど、払えるっ!!)フリックッ

121: 2017/06/26(月) 16:17:40.63 ID:riU4WlOj.net
パンッ

聖良(バックにフリック、甘いっ)ギュンッ!!!

聖良「くっ」ズキッ…

千歌(アプローチショットとしては甘かったっ、バックドライブがくるっ。聖良ちゃんは両ハンドドライブ型だから、バックハンドも全然弱点じゃない)

千歌(フォアに比べたら多彩さには欠けるけど、すごくパワフルで抑え付けるのも難しいっ)

千歌(なんとかっ)ギュルルルッ

千歌(あれ?)ブンッッスパ-ンッ!!!


ワ-ッ!!!!!


「1-0」


聖良「ち……」


理亞「っ……」


 

善子「ナイスカウンターよ!!!」

千歌(ん……なんか今そんなに威力無かったような)


千歌(回転も普通だったし……振ったらいい感じにカウンター出来た)


千歌(ともあれナイスカウンターだった!)グッ

122: 2017/06/26(月) 16:18:47.80 ID:riU4WlOj.net
ギュンッカコンッカコンッッ


果南「さっきと違ってラリー戦になってる?」

ダイヤ「ドライブの威力も、1セット目のような威力はないようですわね」

善子「いえ……あれが元のスタイルなはず」

善子「ともあれ、そっちの方が対策立ててるからやりやすいはず」


千歌(ラリーになってる!!)


千歌(ドライブの威力はなんでか、かなり弱まってる、なにより……満遍なく、色んな球種色んなコースに打ち分けてくる)



千歌(これは……探ってるってことだよね。つまり、本来の聖良ちゃんのスタイルに戻ってる!!!)

千歌(なら第一関門突破に向けて……)

――


善子『アカシックレコードにアクセス。鹿角聖良に勝つためには、まず一つ目の関門を早々に潰す必要がある』

千歌『関門?』


善子『そ、鹿角聖良がシュートドライブやカーブドライブとか、そういうドライブを使わないで、一般的な技術で攻めてくる時期。それでもすごく強いけど、ここで一気に1セット取らないと厳しい』


善子『なんでかわからないけどこっちに得意技を打たせるようなショットを繰り返す。私ならループだし、果南さんなら回り込みのスピードドライブ』

123: 2017/06/26(月) 16:20:05.13 ID:riU4WlOj.net
ダイヤ『おそらくメンタルを折りに来ているのですわ』

ダイヤ『得意な技を遺憾なく出せているのにも関わらず無情に得点を積み重ねらられば、鹿角聖良の実力に恐慌し、早々に勝敗は決します』


善子『なるほど……』


千歌『得意な技か』


善子『そういう面だと、あなたいいんじゃない?』

千歌『え?』

 

善子『だって――得意な技とか、あるの?』

124: 2017/06/26(月) 16:20:52.34 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌「さーっ、ナイスボールっ!!!!」

「7-4」


聖良(弱点らしい弱点は無し)

聖良(強いていうなら台上処理だけど)


聖良(打ち合いはそこそこ自信あり、ストレートへの返球は甘め)


聖良(ただ、明確な弱点も明確なストロングポイントもない。オールBって、ところ)

聖良(逆にやりにくい、なんてオーソドックスな卓球をする。確立されたプレースタイルというものがあまり、見えてこない)

聖良(よく言えば柔軟……悪く言えば自分がない)

聖良(……)

聖良(メンタル面から崩すのは厳しい、1セット目のような威力のあるドライブを打つのも、少し厳しい)ズキ…


聖良(ただ千歌さんの攻め手を全て受け切ってなお、正面から打ち破るのも……今の状態では)ズキ…


聖良(よく私のプレーを研究していますね……)

125: 2017/06/26(月) 16:22:26.31 ID:riU4WlOj.net
千歌「ごく……」

千歌(なんだろう、すごく違和感)

千歌(ずっと鍛えてきた、普通で普通の卓球をしてるだけ)

千歌(それが聖良ちゃんに効いてる?)

千歌(いや、というよりも)

聖良「……」ダラ…


千歌(今は冬、会場は空調があるとはいえ寒いし、そんなに汗を掻くほど動いてもいない)


千歌(1セット目みたいな一撃で決めるような速攻が私に効いてたんだから続ければ良かったのに、自らテンポを悪くするみたいなスタイルの変更……)


千歌(いや、変更せざるを得なかった?)


千歌(やっぱり……どこかおかしいんだ)


千歌(そんなの関係ないっ!! 昔の私だったら、きっと今の状態の聖良ちゃんにだってボコボコに負けてる、だったらもっと……聖良ちゃんに、私の、普通の卓球を見せつけるだけ!!!)キュパッッ

 

千歌(ボールの威力も弱まってる今ならいける! 軌道もコースも回転も――全部、コントロールしてみせる!!!)

126: 2017/06/26(月) 16:24:39.83 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇
美渡「あれ、なんか普通にこのセット勝ちそうじゃん」

志満「うーん?」



千歌ママ「聖良ちゃん急に酷い動きね……チャンスボールすら決めてない」

千歌ママ「あのレベルの選手がチャンスボールを見逃すはずが」

千歌ママ「やっぱり……まだまだ治り切ってないと見るべきか……」

――


聖良(ショート――ロングサーブ!?)

カコンカコンッ!!!

聖良「っ!!」キュッ


千歌(よしっ、フォアで薄く擦らせただけっ、スマッシュだ!)


ググ


千歌「ふっ!!」パコ-ンッッ!!!!!

聖良「くっ……」


「11-8、ゲームトゥ高海選手!」


千歌「よしっ!! よしっ!!!」ピョンッッ!!!

曜「やったー!!!!」


タッタッタッ


千歌「やった、取った!」

曜「うんっ!!」

善子「どんな感じ?」


千歌「ん……終始攻めてたと思うんだけど、聖良ちゃんのプレーが善子ちゃんが言ってたみたいなのに戻った」

127: 2017/06/26(月) 16:26:00.26 ID:riU4WlOj.net
善子「そうね」

千歌「なんでかは、わからない……。でもなんか調子悪そうで」

ダイヤ「ええ、本来の彼女の動きとはどこか違いますわね」

千歌「時々、肘……気にしてる感じがして。チキータも反応が遅くて威力もないし……」

曜「やっぱり……」

千歌「……」

善子「関係ないわ。チャンスよ。コンディションも試合のうち」

善子「それより! 終始攻めてる印象で、相手は怪我もあってかさっきのセットは調子最悪レベル。それなのにスコアは意外と競ってる」


善子「――相手のサーブ、ほとんどわかってないでしょ?」


千歌「う、うん……。とりあえず面見て……ガツンと下回転で上書きかけてるだけ……」

善子「そして相手が何故かミスしてくれる。1セット目みたいな状態なら、ぶち抜かれてるような球ばかり」


ダイヤ「ええ」


善子「でも……これで第一関門突破よ! おそらく何事もなければ……次から攻め手が変わる」


千歌「……」コクッ

128: 2017/06/26(月) 16:27:25.99 ID:riU4WlOj.net
――

聖良「んぐ……ぷは」

理亞「……どうしてあんなボールミスしてるの」

聖良「決勝戦だから、焦っちゃったんだと思う」

理亞「姉様はそんなことであんなミスしない」

聖良「……そんなわけないでしょ、人間なんだから」

理亞「そういうレベルの話をしてるんじゃないの」

聖良「……もう行くね」


理亞「普通のドライブ以外――使っちゃダメだから」


聖良「……」スタスタ

聖良(さあ気合を入れ直しなさい、鹿角聖良)

千歌「……」

聖良(千歌さんは全力で向かってくる。構えているときの意識が、前とは雲泥の差)


聖良(サーブはかなり効いている。下回転でかけ返すだけのシンプルなレシーブに頼っているのは、私のサーブの回転をほとんどわかっていないから)


聖良(3球目攻撃を……1セット目同様、確実に決めていく)キュパッッ!!!


千歌「っ」ガツンッッ…フワ


聖良(中々切れたツッツキレシーブ。ただ、回転が丸わかり、これを――)


千歌(ちょっと浮いたっ、けどバック側はさっきからパワーもないし、カウンターが決まるかも――)


聖良「!!!」ブンッッギュルルルルッッッ!!!!!

129: 2017/06/26(月) 16:29:35.63 ID:riU4WlOj.net
千歌(また強いチキータ!?)

千歌(はやっ、それになんて、曲がりっ……フォアにすごい勢いで、逃げて……当たれっ)コツン…ポ-ンッ

千歌「くっ……」

聖良「!!」グッッ


千歌(なんて回転量、スピードまで合わさってのチキータ……)ダラ…


千歌(チキータ自体は使うことも多い生命線だとも聞いたけど、今まであまり使って来なかったのは……使いにくい理由があるから)


聖良「……」ズキ…


キュパッッ


善子『そして第二関門。鹿角聖良の代名詞、シュートドライブが見れる」


善子『勝負所で打つ必殺のショットだけど、最初は遅くて激しい曲がりのもの。要は私のループドライブのシュート版で思えばいいわ。真横に跳ねるやつね』


善子『いくら鹿角聖良といえども、ちゃんと構えてのシュートドライブは打つ場面が限られる。一番良いのは打たせないことだけど、打ち合いの中じゃ確実にどこかで打たれる』


善子『初見じゃまず取れないから……最初は取る気出さないで、空ぶるふりして――観察するのがいいかもしれない』


善子『そして何本か見た後、勝負どころで相手にわざとシュートを打たせなさい』

130: 2017/06/26(月) 16:30:42.27 ID:riU4WlOj.net
聖良「くっ……」

千歌「しゃ!!!」

千歌(やっぱり、思い切った攻撃はあんまり出来ないみたい?)

千歌(相変わらず聖良ちゃんのミス自体はある、いける!)


千歌(ボールの勢いが弱まってるから、コントロールできてるっ)

ワ---ッッ!!


聖良(ちっ……ラケット面が狂った……千歌さんのさっきのドライブ、フォームも軌道も同じだったのに、回転は少し違った)

聖良(その前のドライブも……思った以上に伸びて来なかった)

聖良(……意図的でしょうか)キュパッッ


6-4


聖良(リードされてる、こっちのミスが減らない)

聖良(いえ、ミスを誘われてる?)


千歌(クロスに微妙にカーブ!!)ギュンッッ

聖良(カーブ……? いえ、さっきはこの軌道で)


聖良(くっ通常通り、軽いカーブですかっ)ギュンッッ

聖良(判断が遅れたっ)

 

千歌(バックに、低い弾道で、緩いループっ!!)ギュルルルッ

131: 2017/06/26(月) 16:31:24.48 ID:riU4WlOj.net
 、、

133: 2017/06/26(月) 16:32:21.27 ID:riU4WlOj.net
聖良(ループ系……全てにおいて津島さんには劣るけど、この打球も及第点)

聖良(どの打球も、どのコースにでも、一定以上のクオリティが保たれている)

聖良(ただ、明確なストロングポイントがないのは、弱点!!)ググッッ


千歌(来たっ、シュートドライブの構え!!)


理亞「っ……」


ブンッッギュイッ…ギュルルルルルツッッッ


千歌「っ!!」ブンッッスカ…



聖良「しゃっ!!」

「6-5」

ワ-ッッッ


聖良(私は、状態が悪いとか、言ってられないんですよ)

千歌「くー……」


千歌(ほんっ、とに真横に跳ねる。あの軌道で跳ねるなんてありえる……?)


千歌(でも大丈夫……あと何本か見れば……)

134: 2017/06/26(月) 16:34:56.07 ID:riU4WlOj.net
――

花丸「そこっ、よしっよしっ」

ルビィ「ああっっ」

鞠莉「っ……がんばって」

善子「いい勝負になってる……ここ、このセット取れる……お願いっ」


8-9


千歌「ふっ」ギュンッッ

聖良「らっ!!」ブンッッ

千歌「まだ、まだ!!」ギュワンッ

千歌(……来いっ!)

聖良「しつ、こい!!」ググッ

千歌(来たっ!! シュートドライブがくるっ。シュートドライブはもう、このセットの間に3本も打ってきてる)

千歌(そして、それを全部――見てきた)


ブンギュワンッッッ


聖良(この遅くて跳ね上がるシュートドライブにほとんどタイミングはあっていない、だから……押し切るっ)

――

善子『首尾よくシュートを打たせたなら――思い切りっ、ぶっ叩きなさい!』

――

千歌(見たこともないような変な軌道、台にバウンドしてから……跳ね上がる)

千歌(そこを、叩くっ!!!!!)バチコンッ!!!!!!


曜「!!」


聖良「なっ」


聖良(こんなところでそんな、シビアな――ライジングで……)


ワ-ッ!!!!!


千歌「よしっ、よしっ!!!」

135: 2017/06/26(月) 16:36:37.65 ID:riU4WlOj.net
「9-9」

聖良(完璧に捉えられた……連発、しすぎましたか……)


聖良「でも」スッ…ズキッ

聖良「っ」チョコンッ

千歌(よし、甘いっ!!)スパンッ!!!!

聖良「くっ……」


「10-9」


果南「ナイスボールだ千歌ー!!!!!」

千歌「ナイスっ!!!」

千歌(今……また聖良ちゃん)


聖良「……っ」ズキッ…ズキッ

千歌「一気に……!!!」スッ…フワン…


聖良(なに、このサーブ……ここにきて――ハイトスサーブ!?)


鞠莉「!!」


千歌(決めるっ!!)キュパッギュルンッッ

聖良「っ」


聖良(落下のエネルギーが、回転と勢いに力を……)ツッツキ

ストンッ


聖良(――思った以上に……切れて、る)


「11-9、ゲームトゥ高海選手」


千歌「よしっー!!!!!!」


ワ-ッ!!!!!

136: 2017/06/26(月) 16:37:47.54 ID:riU4WlOj.net
曜「やった!! やった!!」

善子「セットカウントリード!!!」

ダイヤ「完璧なライジングショットで第一段階のシュートを捉えましたわね」


鞠莉「それに――サービスエース……流れは向いてきてる」


――


聖良「ふっ、はぁ……」

理亞「姉様、すごい汗……」

聖良「平気」


理亞「平気に見えない……っ」


聖良「私は、負けるわけには行かないの、わかるでしょ」スタスタ…

理亞「……」

理亞「姉様」

137: 2017/06/26(月) 16:40:46.88 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌「しゃあー!! ナイスボール!!!」


「4-1」


ワ-ッッ!!!!


聖良「はっ……はっ」

聖良(力が入らない。腕の感覚が、おかしい)


聖良(力が入らないで、中途半端な打球だと……千歌さんは様々なショットで、ラケット面を狂わせてくる)


聖良(同じ軌道、同じスピード……それなのに回転を変えてくる)


聖良(回転が変わればそれらが普通自動的に変わるものだけど、それを、計算した上で。しかも、ラリー中に)

聖良(もっと強い打球を、もっと……っ)ダラダラ…


千歌(第二関門が、来ない?)


善子『次に第二関門』


善子『あなたが色んな回転を操るプレーであるみたいに、鹿角聖良はより高次元のもの』

善子『必殺のシュートは、様々なコースに跳ね上がりのスピードや角度を自由自在に操ってくる。それだけで試合をコントロールするものだけど、高速かつ急角度のカーブドライブも同様に使用してくる』


善子『正直……この段階に入ったら……気合いでなんとかしてとしか……』

139: 2017/06/26(月) 16:42:00.18 ID:riU4WlOj.net
善子『振り回されるのを覚悟して……ついていくしか、ない』

千歌(遅くて跳ねるシュートドライブも打って来なくなった!! その他の威力も弱まり続けてる!!)ギュワンッ!!!

千歌(いけるっ!! チャンスだ!!!)スパ-ンッッ!!!!!!

果南「!!」

聖良「っ」


聖良(回り込んで逆クロスに、スピードドライブ……)

「7-4」

ギュンッカコンッカコンッ


聖良(追い、こんだ!!)スパンッッ!!


千歌「っぅ!!」ガツンッッッ

ダイヤ「!!」


聖良(ここで、フォアカット!?)ストンッ


「8-4」


千歌(みんながいてくれたから、私はここにいる)ガツンッ


花丸「!!」


聖良(裏ソフトなのに、ドライブを、カット性ショートブロックっ……攻められ、ない)チョコンッ

140: 2017/06/26(月) 16:43:04.32 ID:riU4WlOj.net
千歌(みんなの声が、力をくれるっ!!!)パコ-ンッッ!!!!!


ルビィ「!!」


聖良(バックハンドのナックルプッシュ……そん、な)

「9-4」

千歌「しゃあー!!」


聖良(そんな、私は)


千歌「ここっ!!」ググッ…ピョンッッギュインッッッ!!!!!


善子「っぅ、リトルデーモンらしくなってきたじゃない!!」


聖良(ループドライブ……さっきのものよりも、沈――くっ……こんな)スカ…


「10-4」


千歌(だから私は見せるんだ。私の精一杯を!!!!)スッ…スパンッ!!!!!


曜「!!」


梨子「千歌ちゃん……っ」


聖良(ミドルの球を強引に一歩動で追いついて……逆、チキータ……っ)


「11-4、ゲームトゥ高海選手」


千歌「っ!! うおおぉぉぉっ!!!」グッッ


ワ-ッッ!!!!

142: 2017/06/26(月) 16:44:01.31 ID:riU4WlOj.net
梨子「やった!! やった!!!」

スタスタ…

鞠莉「やったわねちかっち!!」

千歌「次、取れば……」

梨子「……」ウル


千歌「みんなが後ろで、精一杯応援してくれてるから……私も、絶対……恥ずかしいプレーできないって思って」

千歌「……だから」

果南「うん」

千歌「行ってきます!!!」クルッ


――


聖良「……」スタスタ

理亞「……」

理亞「……」


理亞「姉様、怪我を悪くするくらいならこのまま負けたって……」


聖良「ふざけないで」

聖良「勝つ、絶対」

ワ-ワ-…

聖良「ふー……」
 


聖良「――うあっ!!!!」ドンッッ!!!!!!!

143: 2017/06/26(月) 16:45:12.38 ID:riU4WlOj.net
理亞「っ……」

ザワザワ…


「思いっきり地面踏みつけたぞ」

「イライラしてるね」


聖良「ふー……」

聖良「私は誰?」

聖良「そう、鹿角聖良よ」


聖良「だとしたら……こんな、こんなところで――負けていいはずがない」


聖良「一番それがよくわかってるのは、私」スタスタ…


千歌「……」


聖良「さあ高海さん、もっと、踊りましょう?」


千歌「ごく……」


千歌(……雰囲気が)

145: 2017/06/26(月) 16:46:38.78 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

ホテル 千歌の部屋


聖良『なにを話せば』

聖良『そうですね……卓球を始めたのは、3歳の頃』

聖良『親が趣味でやってたみたいで、卓球台が家にあったの』

千歌『うちとおんなじだ!』


聖良『そうなんだ……。で……小さい頃だし始めた時の記憶なんてもう無いんだけど』

聖良『……そこそこ見込みはあったみたいで……小学生になる少し前だったかな、強豪のクラブチームに入ったんです』


千歌『へえ……』

聖良『多分その頃が一番楽しかったと思います。やればやるだけ、練習って概念よりも……打ってれば上手くなった』


聖良『時々テレビで見るような泣きながら練習するとかそういうのは……ありませんでしたから』

千歌『……すっごく楽しかったってことだよね』

聖良『おそらく……親も親戚もみんな褒めてくれていました』

聖良『私が打つのを見てる時、みんな……笑っていたんです』


聖良『そしてクラブに入ってからは、それが少し変わって、試合で勝ったらみんな笑ってくれました。褒めてくれました』


聖良『クラブの星だと、地元の星だと、県の星だと……そう言われるように、なりました』

147: 2017/06/26(月) 16:48:16.27 ID:riU4WlOj.net
聖良『嬉しかったです。当たり前ですよね、褒められることは嬉しいです』


聖良『でも、段々……市大会で優勝した程度では、驚かれることもなくなった。次第に北海道で優勝するだけでは……』


千歌『……』


聖良『その時は少しだけ、苦しかったです。それでも、私はやり続けました。だって……もっと勝てばみんな笑ってくれるでしょう? 次第に大きくなる期待を……上回ればいいだけでしょう? って』

 

聖良『全国で優勝して、メーカーの人から声をかけられました。才能があるって、言われて……よくわからないけれど、契約しました。親が、クラブのコーチが友達が……嬉しそうだったから』

148: 2017/06/26(月) 16:50:08.25 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

聖良(そう!! 私はずっと、ずっと!! 勝ち続けてきた!!)


聖良(今回だって同じ! 前回、前々回この大会で優勝したんだから、それ以外の結果なら、私を見てくれている人、期待してくれている人……その全てを、裏切ってしまう!!!)ギュワンッッ

「1-6」

千歌(まるで、舞い踊るような、華麗なフットワーク)

千歌(豪快、かつ繊細なボールタッチ……)


千歌(なんて、シュートドライブ……さっきとは速さも、回転もコースもっ……)


聖良「しゃあっ!!」


聖良(だから、負けられないっ!!)


聖良(私はこんなところでは、負けられないんです!!)スパ-ンッッッ!!!!!!


千歌(なっ……今度は、カーブドライブ……あの体制から!?)


「3-11、ゲームトゥ鹿角」

 

聖良「よしっ!!!」

千歌「も、うっ……!!!」


千歌(これが、鹿角聖良ちゃん……)

149: 2017/06/26(月) 16:51:20.18 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

千歌ママ「急に戻った……」

美渡「いや、いやいやなんだあれ……」

志満「今までとは、次元が……」


千歌ママ「聖良ちゃんが万全なら、元々天地がひっくり返っても覆せないくらいの実力差が2人には、ううん、善子ちゃんにだってある。相手は全日本でもトップクラスなんだから、まぐれなんてありっこない」


千歌ママ「……さっきまでは怪我の影響か、千歌のプレーも色々できてたけど、今は本来の力……」


美渡「これが……」


千歌ママ「……」


千歌ママ「なにか、吹っ切れた、のかな」

150: 2017/06/26(月) 16:53:13.89 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


聖良『全国大会で、何度も優勝しました』


聖良『階級も、小学生の頃からジュニア、つまり高校生に混じって出ていました』


聖良『段々、注目されました。メーカーはもちろん、クラブの人も、地元の人も、そして雑誌の編集者の方なんかも』


聖良『私が勝つから、私が勝つことでその人たちは何かを感じ、何かを得てくれている。いろんな人が、私に声をかけて、くれました』


聖良『中学生に上がって、部活に入るつもりはなかったけれど、入りました』


聖良『全国で優勝しているという噂を聞きつけたのでしょう。顧問の人が、頭を下げて来ました。期待、されていました。ただの田舎の小さな中学校です。私が卓球によって、何かを拓いてくれることを』


聖良『部活もクラブの合間、少しだけど出ていました……時々しか来ないくせに、みんな、とっても、とっても、優しかった』


聖良『そして、ホープス、ジュニアの二大会で全国優勝して――全中シングルスでも……優勝しました』


聖良『学校で表彰されて、部活のメンバーも顧問も生徒も誰しもが喜んでくれました。恥ずかしながら、地元新聞の、一面も、飾りました』

 

聖良『――私が、勝ったからです』

151: 2017/06/26(月) 16:54:50.61 ID:riU4WlOj.net
聖良『一通り勝って勝って勝って……今まで疑問にすら思わなかったそれを思ってしまったんです。一瞬ではあれど、立ち止まって、しまいました』


聖良『――なんで、勝たなきゃいけないんだろうって』


千歌『……』


聖良『ちょうどその頃、高校生になる辺りで――怪我をしました』


聖良『肘の、怪我です。私の無理な打法が、祟ったのでしょう』


聖良『――一時的に、プレーが出来なくなりました。私を構成していたそれが、私の手から、離れて行きました』


聖良『同時に、人も、少し、離れて行きました』


聖良『当然ですよね。……再起不能とまでは行かなくても、前までのプレーが出来る保証はどこにもありませんから』

152: 2017/06/26(月) 16:56:02.67 ID:riU4WlOj.net
 、

153: 2017/06/26(月) 16:57:41.60 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

聖良(全てが、否定された気分だった)

聖良(今まで生きてきて、私にはそれしかないんだと、思い知らされた)

聖良(手術をした後、リハビリをしている時……みんな、みんな……優しかった……)

聖良(なんでだ!!)


聖良(私は期待を裏切った)

聖良(私が鹿角聖良であることの、証を失ったんだ)


聖良(なら、そこにいる人はだれだ。一体なんなんだ)

聖良(ラケットを握っていない私なんて、私じゃなくてっっ)

聖良(わからなくなった)


聖良(わからなく、なったんだ!!!!)ギュウンッ!!!!!!!


ギュウンッギュルルルッッ


千歌「な……っ」


千歌(ポール回しの、ノーバウンド、カーブドライブ……)


千歌「っっ」

聖良「うああああっ!!!!!」グッッ


ワ--ッッッ!!!!!


「0-7」


理亞「姉様……だめよ、もう、もう、やめて……っ」



善子「なによ、あれ……あんなのっ本物の全日本ランカーのプレーじゃないっ……」


ダイヤ「……っ」

154: 2017/06/26(月) 16:59:20.23 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

聖良『妹の理亞のサポートをしながら……私はスクールアイドルに出会いました』


聖良『A-RISE。常勝高校の、常勝トップスクールアイドル』


聖良『綺麗でした。あの人たちが優勝して、見せる笑顔は。勝つことに対してまるで迷いが無い。私のように、勝利に対して疑問を抱くことなく……その笑顔を見せている気がして』

聖良『もちろん、彼女達の本心はわかりません』

聖良『高校生の中頃になって……妹にからかわれながらも、支障が出ない範囲で始めました』

千歌『スクールアイドル……』


聖良『ええ……。まるで新しいことでした。思えば……初めて自分から挑戦したこと、だったかもしれません』

聖良『……とっても、楽しかった。誰からも期待されるわけでもなく、日の目を浴びることなく……自由に出来たことが。嫌味に聞こえるかも、しれませんが……』


千歌『ううん……』


聖良『……卓球が嫌いなわけじゃないですよ。もちろん……』


聖良『ただ……』


千歌『なんか、分かる気がするよ。千歌はね、そんな経験したことないけど……話を聞いているだけで』


千歌『わかった気になられるのも嫌かもしれないけど』アハハ…


聖良『いえ、そんなこと……』


聖良『……スクールアイドルの卓球も、出る気は無かった。でもメーカーの人に声を掛けられたんです』

 

聖良『――出てみたら? って』

156: 2017/06/26(月) 17:05:13.03 ID:riU4WlOj.net
聖良『近年注目度が急速に集まっていたスクールアイドルスポーツ大会。それに私が出るとなれば宣伝になると、メーカーは期待していたのでしょう』

千歌『……』

聖良『私は優勝しました。期待通り』

聖良『スクールアイドルを続ける理由にもなりました。結果として、私は卓球に救われたんだと思います』

聖良『そして、明日』


聖良『――私は優勝します。期待してくれる人、全てのために。全ての、私に向けてくれた笑顔のために』


千歌『……そっか』


千歌『でも千歌はね、聖良ちゃんが初めて出場したその大会見てた。その時の聖良ちゃん……今みたいに、苦しそうじゃなかったよ』


聖良『……』


千歌『どうしてかな……。きっとどこか楽しかったんじゃないかな。期待に押し潰されそうでも、普通の大会とは違うお祭りみたいな雰囲気。周りはみんな可愛くてお化粧して……』


聖良『っ』


千歌『初めてすることは――やっぱり楽しいと思うんだよね』

157: 2017/06/26(月) 17:06:55.55 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

聖良(私にとって、卓球は人生だった!!)

聖良(私を形成するそのほとんどが、卓球だった!!)


聖良(みんな、卓球で私を見て、卓球で私を判断し、卓球によって、私は報われてきた!!!)ギュンッッ!!!!

千歌(シュートドライブっ!)カツンッギュルルルルッッ


千歌(くっ、返した――けどっ)


聖良(その私を!! 私の人生を、こんなところで、あなたに!! いえ、他の誰にだって!!)スッ…

千歌(シュートドライブの回転が強すぎてっ、完全に返すコースが読まれてるっ)

 

聖良(――否定させはしないっ!!!!!)スパ-ッン!!!!!!


 
「2-10」


聖良「っ!!!」グッッッ


ワ-ッ!!!!!!!


千歌「っはぁ……」


千歌「なんて人……」

158: 2017/06/26(月) 17:08:02.92 ID:riU4WlOj.net
聖良(卓球は一つの技術じゃ意味がない。一つのショットから次へ、次へ)

聖良(いくらシュートをカーブを返しても、その後がある)

聖良(詰みです)


千歌(さっきまでとは、ボールの勢いも回転もコースも……別人だ。怪我の影響が無かったら、常にこんな卓球、なんだ……)

千歌(これが鹿角聖良ちゃん)

千歌(これが……才能の力……これが)



千歌(……日の目を浴び続けてきた子の――悲鳴)


千歌(……やっぱりこのラケットにしてよかった)


千歌(あなたが何が言いたいのか、わかる、気がする)


千歌(だけどね、聖良ちゃん……私だって)ギュワンッ!!!


カツ…スカッ


聖良「っ!!」


千歌「よし――」


「アウト、2-11、ゲームトゥ鹿角」


千歌「え、あ、あの……入ってました、よ?」

159: 2017/06/26(月) 17:09:32.17 ID:riU4WlOj.net
聖良「……」


千歌「ほ、ほんとなんですっ! エッジボールで、ギリギリ台に入ってて!!」

聖良「……」クル…スタスタ

千歌「っ……」


聖良(確かに入っていた)

聖良(でもここでは審判こそルール。こういうことも、あります)

 

千歌「……っ」スタ…スタ

曜「千歌ちゃん……」


千歌「……」


ダイヤ(まずいですわね、鹿角聖良さんがあそこまでの出来……手も足も出ていない。アドバイスしてどうにかなるとか、そういう次元じゃ、ない。それに、先ほどの際どい判定で一気に気持ちが……)


ダイヤ(嫌な空気……)


曜「――大丈夫だよ!!」


千歌「……?」

曜「千歌ちゃん……あんなに練習してたんだもん。勿論、聖良さんが今まで、人生をかけて練習してきた時間に比べたら少ないかもしれない」


曜「でも……それは千歌ちゃんなりの精一杯だったはず! それでダメだったとしても、ここにいる私達だけじゃない、みーんなもう! 千歌ちゃんの輝きを、目に焼き付けてるよ!!」


千歌「……うんっ」

160: 2017/06/26(月) 17:11:55.82 ID:riU4WlOj.net
果南「そうだよ。もう一回原点に戻って……がんばってきたこと、ぶつけるだけ」

果南「まだ終わってないよ。正真正銘、最後のセット……思いっきり、振るってきな。しっかり見てるから」

梨子「私達も一緒だよっ。千歌ちゃんに誘われて、一緒にここまで来て……だからもう、思い残すことなんてない。千歌ちゃんが千歌ちゃんなりに……この舞台を、楽しんでくれるなら」


鞠莉「そうね……曜との準決勝……あなたは心底楽しんでた。勝ち負けにこだわるのも勿論大切だけれど……きっと最後は、その想いを爆発させることが大事」


千歌「うん……曜ちゃんと打ってる時、すごく楽しかった。まるで、2人だけの世界にいるみたいで」


千歌「勿論、みんなの声だって力になったけどね!」


曜「私がなんですっごく楽しかったか、わかる?」

千歌「?」

曜「千歌ちゃんがすごく楽しそうだったから」

千歌「……っ」


ルビィ「楽しそうな人と打ってるのって、すっごく楽しいの、わかる! なんだか自分まで楽しくなってくる気がして」
 

花丸「卓球は1人じゃ出来ないから……相手が楽しいと自然に楽しくなっちゃうんだと、思うよ」

161: 2017/06/26(月) 17:12:58.97 ID:riU4WlOj.net
善子「ま、私もその感覚……わからなくもないわ。誰かさんのおかげでね。……鹿角聖良にもそれ、教えてあげなさいよ」


善子「――あなたの卓球なら、それが出来る」


千歌「っ……」


千歌「聖良ちゃんて……どうしてあんなに強いのに、どうしてあんなに……苦しそうなんだろう。なんだか打ってる時……悲鳴がずっと、聞こえてる気がして」


千歌「……だからね、私の今までを全部かけて……聖良ちゃんと卓球、してくる!!」


千歌「聖良ちゃんと本音で話すには、きっとそれが一番だから!!」

ダイヤ「ええ……」

ダイヤ「私達も本気で声を出します。この会場のみんなだって」

ダイヤ「さあ、千歌さん時間ですわ」


曜「私達Aqoursを、浦の星の想いをみんなにっ!!!」


千歌「うんっ!!!」

162: 2017/06/26(月) 17:14:08.38 ID:riU4WlOj.net
――

聖良「……んぐ」ズキズキ

理亞「姉様、ラケット持ってきたの」

聖良「え、ああうん」ボ-…

スル…ガタンッ

理亞「っ」


聖良(ああ……握力が)ズキズキ…


理亞「……姉様、棄権しよ」

聖良「は?」


理亞「もう無理よ。そんな、そんな状態で……っ」

聖良「最後のセットなのよっ、馬鹿言わないで!」

 

理亞「――ほんとに最後になったらどうするの!!!!」

 

聖良「っ……」

聖良(最後……そうなったら)


聖良(私はみんなの期待を……今度こそ完全に)

聖良(そうする方が、合理的)


聖良(でも……)


聖良(どうしてだろう。こんな状態で最終セットに行っても、どうしようもないかもしれない)


聖良(でも……逃げたくない)

163: 2017/06/26(月) 17:16:19.37 ID:riU4WlOj.net
 、

164: 2017/06/26(月) 17:17:08.18 ID:riU4WlOj.net
理亞「姉様はすごい人なのっ、姉様の卓球はもう姉様のものだけじゃないのっ! だからお願いっ!! お願いだから――理亞の言うことを、聞いてよっ……」

聖良「……ごめんね、理亞」

聖良「あなたの声はいつでも、聞こえていた」

理亞「え」

千歌「……」


聖良「――千歌さんが待ってる、行かなくちゃ」


理亞「ちょ……」

聖良「いいから、ラケット返して」パシッ


聖良「私は今日ここで……千歌さんと最後まで打たなければ後悔すると思う」


理亞「どう、して」


聖良「彼女は不思議な人なの」


聖良「よくわからないけれど……何か、何かが見つかりそうな気がする。だから……だから、打たせて」


聖良「――お姉ちゃんからのお願いよ」


理亞「っ……」


スタスタ…

165: 2017/06/26(月) 17:17:49.15 ID:riU4WlOj.net
聖良「あなたとここまで試合を出来たこと、光栄に思います」

千歌「私の方こそ!」


聖良「だからこの試合……なんとしてでも、頂きます」


千歌「うん……私も負けないよ」


千歌「今ある私の全部を見せるっ!! だから聖良ちゃんも!!」


聖良「ふふ……相変わらず、変な人ですね」


千歌「さいっこうに! 楽しい試合にしよう!!!!」

166: 2017/06/26(月) 17:18:40.10 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


聖良(彼女は言っていた)


聖良(私と話す時、勝つ、負けない。それだけじゃなくて、その後に必ず楽しもうと)


聖良(あなたのその気持ちが本当なら、私に見せてください)

聖良(私が全力で相手をする中で、そんな楽しむ余裕が、あるというのなら!!!)


聖良「見せてみろ!!!!」スパ-ンッッ!!!!


千歌「くっ、はぁ」

聖良「ナイスボールっ!!!」ズキズキッ

千歌「っ、まだここまでのっ」

千歌「……ふふ」


「0-2」


聖良「どうして笑ってるんですか」

千歌「だって……楽しいじゃん」

聖良「っ」

キュパッッ


千歌(聖良ちゃんが全力で相手をしてくれて! あなたの想いをもっと、聞ける気がして!!!)

167: 2017/06/26(月) 17:20:04.38 ID:riU4WlOj.net
聖良(なんで笑うどうして!!)


聖良(勝ってるのは私じゃないか!!)


聖良(それなのにっ!!)スパ-ンッッ


◇――――◇


千歌『聖良ちゃんにとって、卓球は使命なの?』

千歌『やらなくちゃ、いけないことなの?』

聖良『は……?』


千歌『だってさっきから話を聞いてると……そんな気がして』


千歌『誰かに言われたから、誰かが期待してくれているから……誰か、誰か……』


千歌『――聖良ちゃんは? 聖良ちゃんは……どう思ってるの?』

168: 2017/06/26(月) 17:20:54.21 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


聖良(どう思ってる!?)

聖良(どう、思ってる……?)


聖良(卓球は、私にとって生まれた時からすぐそばに、あって)

聖良(それが当然で)


聖良(あって当たり前で、ずっとこれからも……私の人生に在り続けるもののはずで)

聖良(なんで続けてる?)


聖良(どうしてこんな、苦しい想いをしてまで……今、打ってる?)

千歌「っ!!」スパンッ!!!

千歌「しゃ!!!」


「1-4」


曜「よしっ!!!」

千歌「っ!」グッ…ニッ


聖良(なんで負けてるあなたが、そんなに――綺麗なんですか)

169: 2017/06/26(月) 17:23:15.67 ID:riU4WlOj.net
聖良(勝たなくちゃいけないんだ)

聖良(私は勝ってきたから私がある!)

聖良(勝って勝って勝って、人の希望を打ち砕き続けてきたから私がいる!!)

聖良(みんな、努力している。当たり前。"それ"を持ち合わせずとも全てをかけて、人生をかけて私に挑んでくる人ばかりっ。その想いをいつも、砕いて砕いて砕いて砕いて砕いて!!! 時には憎まれ蔑まれ、それでも私がいるっ!!!!!)


聖良(それが私っ、それ以上でもそれ以下でもありません!!)ギュワンッ!!!


聖良(私が私であり続けるために勝ちたいっ、勝つしかないの!!!)ギュンッッ


千歌「くっ!?」ストンッ…ギュルルルルッッ


千歌(し、下回転のドライブ!?)

ダイヤ「し、下回転ドライブ……あんなものまで」

梨子「下回転のドライブ? ドライブって前進する球じゃ」

ダイヤ「カーブドライブは真横を擦るから曲がります。その要領で、球の後ろをすくうように擦りあげると……ボールは下回転になる。カーブドライブとフォームはそっくりで、横上、横、下回転の数種類のドライブが繰り出される」


ダイヤ「なんてボールタッチ……」



千歌「ふふ……」

千歌(やっと教えてくれたね!)

千歌(勝ちたいって気持ち、それがまず、他の誰でもない――聖良ちゃんの気持ち!!)


聖良(っ)


千歌(他には!? もっと、もっと聴かせてよ!! あなたの気持ちを!!!)

170: 2017/06/26(月) 17:25:35.02 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

美渡「あっ、うっ、そこっ……よしっ!!」

千歌ママ(ここに来て千歌の動きが格段に良くなってる……)

千歌ママ(曜ちゃんの時みたいな……極限の集中に落ちてる)

千歌ママ(対して聖良ちゃんは……どんどん鈍く)

千歌ママ(やっぱり肘ね……)

千歌ママ(彼女が復帰を急いだのは、焦っていたんだろうな)

千歌ママ(常勝の恐怖、追われ続ける者の恐怖……それらが聖良ちゃんを動かした。いくら走り続けても背後に忍び寄る敗北の恐怖……)


千歌ママ(よく、わかるけど)


千歌ママ「でもきっと……だから彼女は強いのね。そんな強さだって、あって、いい」

 


千歌ママ「――それに耐え続けられる、なら」

171: 2017/06/26(月) 17:27:08.03 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


千歌(でも、それだけじゃ苦しいでしょ!?)

千歌(聖良ちゃんの打つ球、苦しそう、悲鳴が聞こえる)

千歌(きっと勝つってことだけじゃ、あなたはっ、苦しいはずなのっ!! 使命に囚われ続けてする卓球はっ!!)

千歌(聖良ちゃんはなんで卓球をしてるの!? きっと、きっと……それだけじゃないはずだよ!!)


千歌「……だって、卓球を始めた頃は誰だって」

千歌「楽しいはずだから」


聖良「っ……」


「6-7」


聖良(私は……)

聖良(どうしてこんなに心が高鳴る……? 一撃で決められない、勝つために磨き続けてきたショットが、決まらない、ラリーが、続く)


聖良(怪我のせい、それもある。でもどうして……こんなにも!!)


聖良「うああっ!!!!!」ピョンッ!!!


ガシャ-ンッ!!!!!


千歌「聖良さんっ!!」

理亞「姉様!!!」

聖良「ぅ……っ」

理亞(フェンスに飛びこんでっ)

ザワザワ…


聖良「くっ……――来ないで理亞!!!」


理亞「っ」

172: 2017/06/26(月) 17:28:13.38 ID:riU4WlOj.net
聖良「今、何か、分かりそうな気がするの」ヨロ…ズキッ

千歌(なんて執念……。追いつかないたまに、あんなに飛びこんで)


千歌(でも……)


聖良「さあ千歌さん、もっと――踊りましょう」

千歌「にっ……」

聖良「ふふ……」


理亞「……姉様?」


梨子「聖良さんが笑ってる……?」


曜「きっと千歌ちゃんの声が、届き始めてる」

曜「千歌ちゃんはそういう人だから」


ギュンンッギュワンッ!!!!!


聖良(どうして)

聖良(どうして決まらないのに、千歌さんに拾われるのに、こんなに……)

聖良(こんなにっ!!)ギュンッッ


千歌(聖良ちゃん……それが!!)スパ-ンッ!!!!


千歌「あなたの、"楽しい"だよ」


聖良「っ……私の」


「8-8」


ワ-----ッッ!!!!!

173: 2017/06/26(月) 17:30:11.86 ID:riU4WlOj.net
 、

174: 2017/06/26(月) 17:30:38.08 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

理亞「姉様……」

理亞(姉様が、笑ってる)


理亞(こんなに――楽しそうに試合する姉様、知らない)


理亞(小さな時から姉様は強かった。練習中も試合の中でも感情を爆発させることはほとんど無くて、勝っても少し喜ぶだけ、負けても決して泣くことなんてなくて、ただただ分析するだけ)


理亞(周囲の人のため、みんなのため)

理亞(姉様はその為に、勝利を求めていた)

理亞(復帰を急いだのだって、きっと、そう)

理亞(人のためを思うならば、今日の試合はなんとしてでも棄権させるべきだった)

理亞(それなのに姉様は)


理亞(姉様は今――自分の為に卓球をしている)


理亞(何かを追い求めて)

 

理亞「――がんばって……姉様っ!!!」ウルッ…

175: 2017/06/26(月) 17:31:29.15 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

聖良(最初は拙い打球音だけ響かせて、少しのラリーを続けるのに精一杯だった)

聖良(その時くらいまでは親や友達とそれだけして遊んでいたような気がする)

聖良(遠い記憶の中だから、定かではないけれど)


聖良(やがてラリーが続くことは普通になった。色んな回転を覚えてラリーをして遊んだ。そしてそれも普通になると――ラリーを続けさせない技を覚え始めた)

聖良(ストップやツッツキ、切れたサーブやドライブ、私の、シュートドライブ)


聖良(いつかのラリーを続けていた気持ちはどこかで眠りに入ってしまった。得点を取る快感、敗者が膝をついて私の目の前で崩れる瞬間、それも悪くない)


聖良(――でも私はいつも、どこか決めきれないことがあった。決められるチャンスボールを無意識に中途半端なボールで返して、相手が拾う)


聖良(そういう風な、ラリーを続けてしまう癖かあった。速攻が向いていると言われて挑戦したこともあった)


聖良(実際向いていたのかもしれない。褒められた、でも……それだけはやめてしまった)

聖良(どうしてだろう)


聖良「ぅあっ!!」ギュンッッ

176: 2017/06/26(月) 17:33:31.29 ID:riU4WlOj.net
聖良(ううん、きっと私は――こうやって人と全力で打ち合うのが好きなんだ)


聖良(――楽しいんだって)


聖良(今、分かった!!!)ギュンッッ!!!

千歌「っぅ!!!」バコンッ!!!


聖良(カウンターっ……)

千歌(やっと聴けた。あなたの声、あなたの想いっ)

千歌(私も負けない!! 応えてみせるよ聖良ちゃん!!)

千歌(私1人じゃ無理かもしれない。でも私は1人じゃないっ!!)


「10-9」


千歌「しゃぁっ!!!!」

曜「よしっ!! よしっ!!! あと一本だ!!!!」

千歌(みんながいるっ! この精一杯で持って、あなたの声を!! 受け止めて見せる!!!)ギュンッッギュワンッ!!!

千歌(だから安心してっ!!!)


千歌「今、全力で楽しもうっ!!!」


聖良「……ふぅ」

聖良(ようやく分かった)

聖良(あなたのおかげで、どうして私が卓球を続けていられるのか!! 苦痛があっても尚、卓球をしているのか!!)

聖良(誰かの為じゃない。私自身が心の奥底に、しまっておいた、楽しいって気持ちが、好きって気持ちが……私を動かしていたんだ!!!)

ガクッ


聖良(ぅ……力がっ)

ブンッ…ピタッ…


カツカツカツ…

177: 2017/06/26(月) 17:34:47.97 ID:riU4WlOj.net
千歌(!? 勢いのあるドライブを、あんなに短く……)

聖良「はは……」

聖良(もう、肘から下の感覚はほとんどない。打てているのが、不思議なくらい)

聖良(今のレシーブも……握力がほとんど無くなっていたから勢いを殺せただけ。そう、ただのまぐれ……)


聖良(――でも……まだ終わりじゃない)フフ…


千歌「ふふ……」


聖良「……神様はまだ私に、あなたと打てと、そう言っています」


「10-10!!」


千歌「はは……っ」


ワ-ッ!!!!!!!!


理亞「っ……ぅ」ズキッズキッ



ルビィ「会場が……震えてる」

鞠莉「そりゃそうよ……こんな、こんな」ウル…

鞠莉「2人とも輝いてるんだから」

178: 2017/06/26(月) 17:36:08.12 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇
「11-11!!」


美渡「よしっ!!」


千歌ママ「賞賛の中に快楽はあるし」

千歌ママ「勝利の中でしか見えないものもある。それらを得続けても、ぽっくりと辞めてしまう人がいる」

千歌ママ「……卓球自体を好きになれていないと、そうなってしまう」


 
「12-12!」


志満「千歌ちゃん……っ」


千歌ママ「聖良ちゃん、千歌と打てたこと……良かったでしょ」

千歌ママ「きっとあなたの大切なものを呼び起こしてくれたはず」

千歌ママ「あなたのその大きな翼は、きっと遥か遠くまで、飛んでいける」


千歌ママ「がんばれ……千歌っ!!」


千歌ママ「今の千歌ならやれるっ!」


千歌ママ「やりきりなさいっ! 最後まで!!」

179: 2017/06/26(月) 17:37:27.29 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

「14-13!」


聖良「はぁっ……はぁっ」


曜「ごく……」

梨子「千歌ちゃんっ……」

聖良「……」

千歌「ふぅ……」


ダイヤ「一体……いつまで……」


聖良(肘が壊れそうだ)

聖良(ラケットがいつ手から離れたっておかしくない)

千歌「ふっ!!」キュパッ


聖良(でも、ここまでやれているのは、あなたのおかげです)ギュイユッ!!!


千歌(卓球は1人じゃ出来ないから)


千歌(相手が居て、全力で打ち合って、精一杯の想いをぶつけあって……私はそれが大好きなの)


千歌(だから……っ)ギュインッ!!!!


聖良「くっ……」ポ-ンッッ

曜「――浮いたっ!」


梨子「いける……いけるよ千歌ちゃんっ!!!」


 
千歌「!!」

180: 2017/06/26(月) 17:39:00.94 ID:riU4WlOj.net
果南『チャンスボールはしっかり決める』

果南『チャンスなんて、そう来ないんだからしっかり掴まないと』


果南「いけ……っ、いけっ!!!」

聖良「……」

聖良(あなたが渡辺さんと打っている時、2人ともとても楽しそうでした)

千歌(うん)

聖良(それが不思議だった。そして……多分、羨ましかった)

聖良(私も――あんな風になれていましたか?)

千歌(もちろんっ!!)

千歌(さいっこうに、輝いてた!!)

聖良(そう……あなたの輝きが眩しすぎて、きっとその、おかげ)

聖良(相手があなたで、良かった。こうなるのは……必然だったのでしょう)

千歌(うん)

聖良「……」


聖良(――その輝きを、私は忘れません。最高に、素晴らしい景色でした)

聖良(あなたに、いえ……あなた達に、感謝します)



千歌(……うんっ!!!!)

 

千歌「――うああああっ!!!!!」バコ-ンッ!!!!!!

181: 2017/06/26(月) 17:40:46.98 ID:riU4WlOj.net
 、

182: 2017/06/26(月) 17:42:28.14 ID:riU4WlOj.net
聖良「くっ……」


聖良(追い続けて来た白球が、ラケットの先へ抜けていく)

聖良(静寂に包まれる会場の中に、こつこつと音を立ててバウンドする白球の音が、馬鹿らしいくらいに、響き渡る)


「15-13! マッチトゥ、高海選手!!」


聖良(続けて、審判の声、観客の声)

聖良(力が抜ける。ごろりとその場に横たわらざるを得ないほどの、最高の夢見心地)

聖良(天井が見えた、眩しい)


理亞「……姉様」


聖良(ああ、私は、負けたのね)


千歌「っぅ……うっっ」フルフルフルフル


千歌「――やっ、た……やった!!!」


曜「やった! やったあぁ!!!!!」


鞠莉「まだいっちゃだめっ!!!」

183: 2017/06/26(月) 17:43:29.97 ID:riU4WlOj.net
曜「え」


鞠莉「まだ試合は終わってない」


曜「……」

千歌「……」スタ…スタ


千歌「はい」スッ…


聖良(差し伸べられる手、照明を隠すみたいに覗き込んでくる千歌さん)

聖良(その目からは静かに、涙が流れていた。最高の涙、でした)


聖良(照明より遥かに眩しい彼女に、思わず目がくらみそうになる)


グッ…


千歌「大丈夫?」

聖良「ええ」

聖良「……」

千歌「ありがとうございました」ギュ

聖良「……ありがとうございました」


聖良(私が手を取って立ち上がると、また観客の声が一段と大きくなった)

聖良(ほとんど感覚がない左腕と彼女の右腕が触れ合って、試合は、終わった)


千歌「ふふ……」


聖良「また、打ってくれますか」

千歌「私でよければっ」エヘヘ


聖良(そう笑いあって、彼女は背を向けた)

184: 2017/06/26(月) 17:45:03.24 ID:riU4WlOj.net
聖良(Aqoursの皆さんが、よろける千歌さんに駆け寄る。誰もがみんな、光を放っている。その色は、一人一人、違うけれど)

聖良(1人じゃない。確かにそうなのでしょう。Aqoursはいいグループですね……ありがとうございます)


理亞「――姉様」


聖良「え……?」

理亞「泣いて……」

聖良「え、は、はは……そんな」ポロ…

聖良「ぅ……わたしは」

聖良「ぅっ……うぅっ」


理亞「……」ギュッ


理亞「お疲れ様……っ、最高に、かっこよかったっ!!」


聖良「うんっ……うんっ……」


個人戦 決勝戦。


4-11
11-8
11-9
11-4
3-11
2-11
15-13


4-3


高海 千歌 勝利

185: 2017/06/26(月) 17:46:40.27 ID:riU4WlOj.net
表彰台


聖良「本日お集まり頂いた皆様、貴重なお時間をありがとうございました」

聖良「この大会のスタッフの皆様、観客の皆様、わたしを支えてくれていた皆様……そして高海千歌さん、すべての人に感謝しています」

聖良「……」


聖良「私は小さな頃から卓球をしていました。色々な大会にも、出場していました」


聖良「でも、こんなにも! 楽しいと思えた試合は、大会は初めてでした」


聖良「それも、決勝戦の相手が高海千歌さんだったからなのだと思います」


聖良「私が忘れていた大切なことを教えてくれました。……実は彼女とは、夏前に試合をしたことがあったんです」


聖良「私的試合ですが、私はその時……三割も力を出さないで圧倒しました」


聖良「その時、彼女は言ったんです。次こそはと。次は全国大会に出て、私を倒すと」


聖良「ごめんなさい。言わせてね、千歌さん。内心、馬鹿にするなと思いました。そんなことできるわけない、彼女はそういうレベルでした」


千歌「ぅ」

186: 2017/06/26(月) 17:48:12.43 ID:riU4WlOj.net
聖良「でも見事……実現しました。その強い目的意識、全員の団結力それはAqoursというグループの最大の真骨頂なのだと思います」


聖良「今日の高海さんの嬉し涙を、皆さんは見ましたか? その一回の嬉し涙を流すためだけに、どれだけの悔し涙を流して来たのでしょう。……想像も出来ません」


聖良「――私はAqoursを、そして浦の星女学院を、一生忘れることはないでしょう。その輝きは、お集まりの皆様にも届いていると信じています」


千歌「……っ」


聖良「私は今回準優勝なので、この辺りで。最後に千歌さん――優勝、おめでとうございます」ペコリ


千歌「ぅ……聖良ちゃん」


聖良「Saint Snowの、鹿角聖良でした! LoveLive決勝トーナメントで、またお会いしましょう!」スタスタ…


聖良「……どうぞ」

千歌「っ」コクッ…

千歌「すぅ……」

千歌「皆様、こんにひっ……ぅ」


クスクス

千歌「あっうぅ、ごめんなさい。もう一回っ」

187: 2017/06/26(月) 17:49:19.45 ID:riU4WlOj.net
千歌「皆様こんにちは! Aqoursの高海千歌です!!」

千歌「えっと……なに話そうかな。ごめんなさい……全然考えてなくて。聖良ちゃんみたいに上手くは無理、かも」

千歌「今日来てくれた皆さん! ほんっとう本当にありがとうございました!! 皆さんの声が私に力をくれました!! スタッフの皆さんの細かな気遣いがあったから、試合に集中できました」


千歌「みんなが居たから、私はいまこうして……ここで話せていますっ」

千歌「皆さんに言いたいことがあります!」

 

千歌「――私達、Aqoursが通っている学校、浦の星女学院は今の一年生の世代を最後に廃校します!」

 
ザワザワ

千歌「静岡県のはしっこ、だーれも!! 知らないようなみかんと、海と、おっきな空だけが広がるど田舎の高校です!」


千歌「人数も少ない、先生も少ない、部活も少ない。全てが少なくて、何もなくて……でも私は、私達Aqoursは、そんな高校が大好きです!」


千歌「何も無いように見えて、そこには大切なものしかない。みんなの笑い声、話す声……全部全部、青春の宝物」

 

千歌「――だけど、廃校してしまいます。やっぱり悲しいです」

188: 2017/06/26(月) 17:51:00.35 ID:riU4WlOj.net
 、

189: 2017/06/26(月) 17:51:49.43 ID:riU4WlOj.net
千歌「私はスクールアイドルµ’sに惹かれて、スクールアイドルを始めました。あの人たちみたいに、かっこよく華麗に廃校を阻止できたらなんて、少し考えていました」

千歌「……でもそんなの、ただの何の取り柄もない一生徒に出来るわけなくて」

千歌「私は基本的になんにもありません。昔から何を初めても中途半端で、得意なことがあっても必ず私より得意な誰かがいたから。それでやめちゃうことばかりで」

千歌「周りは凄い人ばかり、頑張れって言われても、私だって頑張ってるつもりだった。きっと――凄い人たちからみたら怠けて見えてたんだろうけど」

千歌「そんな自分を変えたくて、始めたスクールアイドル。それすらも廃校が阻止出来ないと決まってて……そんな時私は卓球に出会いました」

千歌「小さい頃から卓球台が家にあって、私の家族は卓球一家で、私だけが途中でやめちゃってたんです。ある日鹿角聖良ちゃんが前々回の大会で優勝しているのを見て……感動して。また戻ってきました」


千歌「諦めたくなかった。スクールアイドルも私が昔、好きだった卓球も」


千歌「みんなと出会って! 廃校を阻止出来なくても、私たちがいた証を残したくて、その一心で、活動を続けてきました! 私にしか出来ないことなんて無いかもしれない、でも、やってきました」

190: 2017/06/26(月) 17:53:48.36 ID:riU4WlOj.net
千歌「そして今日……精一杯の努力が実ってくれたから、みんなが居てくれたから……ここでお話を出来ています」

千歌「私が戦ってきた相手、みーんなっ努力していたと思います! だってみんな、輝いてたから! 勝ち負けはこうやってついちゃったけれど、でも……私は、必氏に頑張ったならその輝きは一緒なんだって思うんです」

千歌「スポーツにおいて、勝ち負けは大切。素直に、そう思います」

千歌「でも楽しいって思いでスポーツをするのが一番かなって千歌は思うんです!」

千歌「楽しみ方は色々あっていい。ただただ遊ぶのもいいし、真剣に勝つためにするのもいい、強い人としたいがためにするのもいい、コミュニケーションをするためにするのもいい、大切な仲間と一緒だからって、するのもいい」


千歌「――だって楽しみ方は人それぞれだもん! きっと一人一人に、それがあるはずなんです」


千歌「自分のそれと正直に向き合えることが出来たなら……それでいいのかなって」

聖良「……」


千歌「……私は、輝けてましたか? こんな何もない私だけれど……皆さんに何か伝えられていたら、嬉しいです」

千歌「……」


千歌「本日は、ほんっとうにほんっとうにありがとうございました!!!」

 

千歌「――浦の星女学院、Aqoursの、高海千歌でした!!!!」


千歌「決勝トーナメントの方でも、よろしくお願いします!!」

191: 2017/06/26(月) 17:54:45.41 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

体育館前


聖良「卓球……続けるんですか?」

千歌「うーん……」

聖良「やめてしまうんですか?」


千歌「まだわかんない! でもとりあえず今は休むつもり」

千歌「決勝トーナメントももう少しで始まるし。そこが最大の本番だしね!」

聖良「そうですか……」


聖良「あなたのおかげで、私は何か……見つけられたような気がします」

聖良「ありがとう」

千歌「そ、そんな」

スッ…

ギュ…


千歌「肘、大丈夫?」


聖良「ふふ――この後すぐに病院です」


千歌「うえぇ……」

192: 2017/06/26(月) 17:55:54.34 ID:riU4WlOj.net
聖良「でもあなたと最後までプレーしたこと、一生の財産になると確信しているんですよ」

聖良「――本当に、強くなりましたね」

千歌「えへへ、聖良さんが怪我のせいで調子悪かったからだよ……」

聖良「いえ、そんなこと。そう思うのならば、今度また、リベンジさせてください」

千歌「うぅ、万全の状態だったら確実にストレートだってばあ……」

聖良「ふふっ」

聖良「……私は今回のラブライブで、スクールアイドルを辞めようと思います」

千歌「え」

聖良「怪我をしっかりと治して、私は、私の人生と向き合おうと思っているんです」

千歌「そっか……」

千歌「うんっ、応援してる! 聖良ちゃんならきっと、てっぺんに登れるよ!!」

聖良「がんばります」


聖良「なので、決勝トーナメントでは負けません。覚悟してください」


千歌「えへへ……」

193: 2017/06/26(月) 17:56:47.13 ID:riU4WlOj.net
善子「わ、私、卓球はもうしないんですっ!」

善子「うぇ、だ、だからもう大丈夫ですから!」

善子「お話だけでもって、卓球やらせる気満々じゃない! しーないのー!」


千歌「ふふっ」

聖良「津島さんも、続ければいいのに」

千歌「善子ちゃんはそういう人なんだよ」


――



理亞「あなたは負けちゃったけど、あの千歌って人……姉様を救ってくれた」

曜「うん」

理亞「……結果としては、良かったのかも」

曜「千歌ちゃんはああなんだ。人の懐にすっって入っていって、気がついたら心が触れ合ってるみたいな」

理亞「ああいう人もいるのね」

曜「うん」

曜「理亞ちゃんはどうするの?」

理亞「多分スクールアイドルは辞めるし、卓球も、迷ってる」

理亞「――私には才能ないから」

曜「……全日本32じゃん」

理亞「だからそれだけ努力したって言ったでしょ、何回言わせるの」

194: 2017/06/26(月) 17:57:52.54 ID:riU4WlOj.net
理亞「どこまで努力したって先は見えないし、きっと私の羽じゃこの先まで羽ばたけることはない。ここが限界。この先は真っ暗闇しか広がっていない」

曜「……」

理亞「でもね。羽ばたこうとした先に残酷な運命しか待ってなくたって……いいんじゃないかって思えた。欲を言うならあなたみたいな高く飛べる羽が欲しかったけど。でも、納得した」


理亞「――あなた達のせいでね」


曜「じゃあ」

理亞「でもやめるよ、やっぱり」

曜「……そっか」


理亞「まあ、色々考える。私もあの人見てたら、色々思うことだってあるし」


曜「うん」


理亞「……眩しいわね」

曜「……うん、快晴だ」


理亞「じゃあ、そろそろ行くわ。姉様の病院について行かないと」


曜「うん」


理亞「今度会うことがあったら……その時はよろしく」

195: 2017/06/26(月) 17:58:12.15 ID:riU4WlOj.net
 、

196: 2017/06/26(月) 18:00:04.93 ID:riU4WlOj.net
曜「こちらこそ」

理亞「あ」

曜「?」

スッ

理亞「れ、連絡先教えてよ」//

曜「え?」

理亞「あ、いや……なんとなく」

曜「うんっ、私のでいいなら」スッ

理亞「あ、ありがと」

理亞「……じゃあ、また」

理亞「姉様、行こ」

聖良「ええ」


スタスタ


聖良「ではAqoursの皆さん、本日は本当にありがとうございました」

聖良「今回は敗北してしまいましたが……決勝トーナメントでは、わかりませんよ」

理亞「そうよ」


聖良「またその時に会いましょう」

理亞「じゃあね」


聖良「……」ペコリ

197: 2017/06/26(月) 18:00:44.25 ID:riU4WlOj.net
――

聖良『……私がどう思ってるか』

千歌『……わからないなら、それも仕方ないかもしれない』

千歌『じゃあさ、細かいことは気にせず、とりあえず!』

千歌『お互い決勝戦に進んで、試合することになったら!』

千歌『見てる人も思わず楽しくなるような――さいっこうに楽しい試合にしよっ!!!』

――

 

千歌「――楽しかったよ!!!」


聖良「……ええっ!!」


聖良「私も!」

198: 2017/06/26(月) 18:02:05.30 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇

聖良「高海さん!」

千歌ママ「?」

美渡「わ……」

志満「あら」


聖良「あの、すみません! 高海さんにどうしてもお話が聞きたくて」

千歌ママ「……なんの?」


聖良「千歌さんに、どういう指導をされたんですか」


千歌ママ「どういう……? うーん、やっぱり、大体フットワーク……だけど」

聖良「そうじゃなくて……」


聖良「かつて全日本選手権で敵無しで二連覇、その圧倒的で支配的、全てを投げ打つような鬼気迫る卓球。何故かスポンサーも何もつけず、世界でも中国すら圧倒した。今後も全日本を席巻し続け、オリンピックでは確実に日の丸を背負うと言われた若きヒロイン」


千歌ママ「……」


聖良「――しかしなんの前触れもなく競技をやめた。そしてしばらくしてから、指導者として戻ってきた」

199: 2017/06/26(月) 18:04:11.07 ID:riU4WlOj.net
千歌ママ「……」

聖良「千歌さんにどういう指導を行ったんですか」

千歌ママ「ただやりたいって言ったことに向かってメニューを組んだだけ。やりたいって気持ちがないと……どうしようもないし」

千歌ママ「スポーツは煙のない戦争だなんて、中国の選手は言ってたけれど……きっとそう思えるのも、才能」

千歌ママ「中国のあの環境だからこそ、その才能が開く。どこでも花が咲くとは、限らない」

千歌ママ「でもここは、日本だからね」


千歌ママ「――きっと、勝っても虚しいだけだと思ったから」


千歌ママ「あなたならおそらくもう……そうならないでしょ?」

聖良「……」


聖良「完敗です」

聖良「いつか言ったあなたへの無礼、謝罪させねください」

聖良「今ならあなたの気持ちがわかる気がします」

千歌ママ「そう?」


聖良「高海さん、お願いがあります。無理を承知でお願いします」

200: 2017/06/26(月) 18:05:36.03 ID:riU4WlOj.net
聖良「――私のコーチをしてください!!」


聖良「私にはやりたいことがある! その為には、今まで同様! いろんな方の助けがいるんです」


聖良「私は期待に応えたい、私のことを見てくれる全ての人の。そしてそれ以上にもっと高く――羽ばたきたい。誰も見たことがないくらい、高いところへ」


美渡(……まじ?)


志満「おお……」


千歌ママ「……私も見ている選手がいるんだけど」

聖良「わかっています」

千歌ママ「……少し話をしてみるわ。どんな条件になるかはわからないけれど、それでもやりたいと言うのなら」

聖良「!! はいっお願いしますっ!!」


千歌ママ(千歌……あなたは1人の未来を救ったよ)


千歌ママ(ううん――きっと、日本の卓球界を)


千歌ママ(がんばったね、私の、誇りだよ)

201: 2017/06/26(月) 18:06:20.25 ID:riU4WlOj.net
 、、

203: 2017/06/26(月) 18:07:20.66 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


 本日はよろしくお願いします。鹿角聖良です。


 あ、ここに座っていいんですか? 失礼します。
 ええ、本日はよろしくお願いします。雑誌の取材を受けるの自体は結構久しぶりなんですよ。はい、少し緊張しています。

 あ、それなら……コーヒーでお願いできますか? ミルクだけで。はい。

 私もこの卓球国という雑誌は昔から手元に置いておくことが多くて、はい、今でも読んでいます。相手選手の知らない情報だったりが乗っていたりもするので。くす……私のことがどんな風に書かれているかな、なんてことも少し気になったりしているんですよ。

 いつも良い風に書いてくれてありがとうございます。

 で、今日は何を話せばいいですか?

 はい、はい……全日本選手権のこと、ですね。

 もちろん、そのことだとは思っていましたよ。私の人生の中で全日本選手権優勝というのは一つの目標でもあり……通過点であるとも考えていますから。
 ええ、ええ…通過点と考えています。


 全日本で優勝したからと言って、卓球人生がゴールなわけではないですし、その先のアジアカップやオリンピック、世界選手権だってあります。まだまだ……全力で走らなくちゃって……思っていますよ。流石に今は少し休憩中ですけど。はい。

204: 2017/06/26(月) 18:08:58.65 ID:riU4WlOj.net
 飛躍のきっかけ、ですか?

 うーん……そうですね。

 私、スクールアイドルっていうのをやっていたんです、あ、ご存知でしたか?
 はい、そこで……ある人と出会って……。その人との出会いによって、私の卓球人生が大きく変わったんです。それまで、誰かの為でしかなかった卓球が、ちゃんと自分のものなんだってわかって。

 ちゃんと私は卓球のことが好きで楽しいんだって、思えるようになって。

 その試合のせいで怪我がかなり悪化してしまったんですけどね。治したあと氏ぬ気で練習をしたので……でも時間は全然なくて間に合うか不安でした。結果として、高校生最後の年に優勝出来たことは、本当に誇らしく思っています。

 あの時の影響で、プレーを見直したんです。新しいコーチを招いて、それまでの私はシュートドライブや肘に負担をかける不自然なフォームで打つことも多かったんですけど、良さを残しつつ、悪いところを取り払うようにしました。
 以前に比べて、派手さは無くなったかもしれませんけど。直接的なプレーの影響と言ったらそのくらいですが、私にとってしてみればとても大きいことなんですよ。

 はい、はい。

 あ、コーヒーが。


 ええ。私、ブラックは駄目で。でも甘いのがいいかと言われたらそういうわけでもなくて。

205: 2017/06/26(月) 18:10:53.58 ID:riU4WlOj.net
 くす、わがままですか? なら、高校を卒業するこれをきっかけに、ブラックだけ飲むようにしようかな。やっぱり少し大人に見えたりしますかね?

 ええ、ミルクだけ入れると、苦味の中にまろやかさがあって、ちょうどいいんですよ。ずず……。

 ……これを見てくれる方にアドバイス、ですか?

 うーん、そうですね……。

 卓球はメンタルスポーツと言われることがとても多いです。そしてそれは、事実です。他のスポーツもおそらく、そうなのでしょう。

 自分と向き合って、自分を理解することから始めて見てください。迷ってしまいそうになったら、最初に戻って、どうして自分はこれをしているのか、どうしてこれがしたいのか……それを聞いて見てください。


 スポーツとの向き合い方は人それぞれです。勝ち負けは本当に重要です。でも、勝ち負けが全てとも思いません。
 それは個々人の自由で、個々人が決めることだから。人の心は、誰かの物差しで測れるようなことではないとは思うんです。ただ、どんな理由であれ……それに取り組みたいと思った時、それが一番、あなたにとっての良い心理状態なのだと思います。

 
 

 人によっては――それを楽しむこと、というのかも、しれませんね。

207: 2017/06/26(月) 18:12:27.20 ID:riU4WlOj.net
 ……。

 自分がわからなければ、相手のこともわかりませんよね。卓球は相手がいないと出来ないスポーツですから。やっぱり楽しそうな人と打つのは、楽しいですよ。
 是非そんなパートナーを見つけて、自分なりに精一杯、楽しんで欲しいなって思います。

 
 ふふ、なんだか恥ずかしいですねこういうことを言うのは。本当ですか? ちゃんと良い感じの記事にしてくださいね、くす……いえいえ、信頼していますよ。

 寒いですか?

 確かに、今日のように東京で雪が降るのは珍しいですもんね。私もホテルでカーテンを開けて見た時、少しだけ親近感が湧きましたから。

 朝焼けに照らされる前から、いつも忙しなく時間が進み続けている東京は、来ても来ても慣れません。でも、今日みたいな日は少し違う気がして。


 街を歩く人達は空からの贈り物に視線を上げ、立ち止まる。薄く降り積もった雪化粧を、滑らないよう、ゆっくりとした歩調で踏みしめる。

 まるで異世界に来たかのような光景に目を奪われ、その場に立ち止まる人だっている。

 ……雪が降るだけ、たったそれだけでどこかゆったりとした空気が流れるのが、好きなんです。私は北海道に住んでるので、それは見慣れているんですけどね。

 こっちも、寒くなって来ましたね。ええ、これだけは慣れません。


 ……ああ、卓球がしたくなって来ました。


 小さな小さな、一つのボールの行方をかけて、想いをかけて、一喜一憂する。そうすれば、身体もあったまりますから。

 

 大袈裟なんかじゃありませんよ――あなたも、いかがですか?

208: 2017/06/26(月) 18:13:55.26 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


千歌「うーーんっっ」

梨子「どうかした?」

千歌「いやあ、これ、聖良ちゃんかっこいいなって」

梨子「良かったでしょ、買ってきて」

千歌「うん」

梨子「本屋さんで手に取ったらびっくりしちゃって思わず」

千歌「こんな雑誌手に取るなんてね」

梨子「誰かさんのおかげだね」

千歌「やっぱり、凄い人だ」

梨子「うん、でも千歌ちゃんは勝ったよ」

千歌「あはは、あんなの勝ったうちに入らないよ」

千歌「全日本前に聖良ちゃんと試合したら私、4セット合計で7点しか取れないの、逆に凄くない?」

梨子「相手は日本で一番上手いんだから」

千歌「まあ、そうなんだけどね」


千歌「ふぁぁ……なんか夢みたいだなあ、あの時聖良ちゃんとあんな会場で打ち合えたの」


梨子「……凄かったね」

209: 2017/06/26(月) 18:14:47.04 ID:riU4WlOj.net
千歌(ほんとに夢だったのかも、なんて)

千歌「えへへ」

千歌「なんか、卓球したくなってきた」

梨子「私はやめておく」

千歌「えーっ」

梨子「寒いもん」

千歌「いいじゃんっ」

梨子「……ちょっとだけだよ」


千歌「やったっ、じゃあ曜ちゃんと……果南ちゃんは忙しいから――」


プルルルルルッ


千歌「ん、聖良ちゃんだ!!」

梨子「?」


千歌「もしもし!」

210: 2017/06/26(月) 18:15:23.19 ID:riU4WlOj.net
聖良『あ、もしもし、千歌さん』


千歌「どうかしたー?」


聖良『あの、今ちょうど東京に来ているんだけど』


千歌「あ、そうだ! 卓球国の雑誌見たよ!!」


聖良『あ、ほんとに?』


千歌「ねえねえあの、ある人って千歌!? 千歌だよねえ!?」

聖良『ふふ、どうでしょう』


聖良『急で申し訳ないけれど、明日は暇? 明後日まで東京にいるんだけど……良かったら会いませんか』


千歌「いいね、春休みだし暇! 何するの?」


聖良『もちろん――』

211: 2017/06/26(月) 18:16:16.67 ID:riU4WlOj.net
千歌「うぇぇ、この前ストレートで飛ばされたばかりじゃん」


聖良『いいじゃないですか、お願い。その後に東京で遊びましょう?』

千歌「うぅ、それなら」


聖良『くす、良かった。良かったら他の皆さんも』

千歌「うんっ」


聖良『じゃあまたね』

梨子「また行くの?」


千歌「え、梨子ちゃんもだよ」

梨子「えっ」


千歌「他の人も誘おーっと!!」ニシシッッ…

 

 あの日、あの時、想いをぶつけあって、手にしたものは今もきっと……私の中にある。


 生涯の中で、それを手離すことはないと思う。夢中になって、白球を追いかけた記憶は、いつだって私の中に――。

212: 2017/06/26(月) 18:20:48.40 ID:riU4WlOj.net
◇――――◇


 その旅館では、女の子が声をかけてくるらしい。
 静岡の片田舎、どことなく和情緒漂う外観。中に入ってみても、外観を裏切らない木目調の、暖かい雰囲気に包まれた建物だった。


 自慢であるとの露天風呂から出てすぐのところにある二台の卓球台。誰しもが心踊る異空間。童心に帰りコツコツと拙い打球音を響かせる。


 その打球音がしだすと、どこからともなく、女の子が現れるらしい。

 ぴょこりと触覚のように跳ねた髪の毛が木目調の柱から顔を出す。

 2人で打っている時は、特に何をするでもなく少し離れている椅子に座ってちらりちらりとこちらを覗き込む。

 しかし、それが3人になると、少女は現れる。まるで妖精のようにどこからともなく。


 その旅館では、女の子が声をかけてくる。


 ラケットとオレンジ色の球を持って、砂浜に燦々と降り注ぐ陽光のような煌めきを、いっぱいに振りまきながら。


「あの、良かったら!」

 

「――私と卓球、しませんか!?」

 

 

おわり。

213: 2017/06/26(月) 18:22:29.68 ID:riU4WlOj.net
ここまで、完走してくださった方がいたならば…本当に感謝です。
特典的な感じで、各キャラクタのデータがあるので。見直したらあげますね。

214: 2017/06/26(月) 18:23:15.39 ID:jw/+UbD9.net

感動した

231: 2017/06/26(月) 20:23:09.27 ID:riU4WlOj.net
最後まで付き合ってくださった皆様に感謝の気持ちを込めて。各キャラクタデータです。道具に関しては独断と偏見が混じってます。


Aqours一年生

 

津島善子
no title



黒澤ルビィ
no title



国木田花丸
no title

232: 2017/06/26(月) 20:24:50.61 ID:riU4WlOj.net
Aqours二年生


高海千歌
no title


渡辺曜
no title


桜内梨子
no title

234: 2017/06/26(月) 20:26:16.54 ID:riU4WlOj.net
Aqours三年生。

松浦果南
no title



黒澤ダイヤ
no title



小原鞠莉
no title

235: 2017/06/26(月) 20:28:23.34 ID:riU4WlOj.net
鹿角姉妹


鹿角理亞
no title


鹿角聖良
no title

236: 2017/06/26(月) 20:31:23.76 ID:riU4WlOj.net
以上です。

後は何か質問等ありましたら、お答えさせて頂きます。キャラクタデータのことでも、卓球に関することでも。

>>224
一番直近はこれ。ふたなりばかり書いてる。

曜「あの、善子ちゃんの様子が変で!」果南「あー……発情期だよ、それ」

242: 2017/06/26(月) 21:22:14.89 ID:zIsm2aGa.net

243: 2017/06/26(月) 22:12:32.09 ID:8s0ihoua.net
相当楽しめた
力作をありがとう!

引用元: 千歌「――私と卓球、しませんか!?」2