809: 2013/03/07(木) 00:22:43.89 ID:QVGQujIa0

810: 2013/03/07(木) 00:23:23.61 ID:QVGQujIa0
世界の終わり?
―――少女の終わり。

811: 2013/03/07(木) 00:26:14.11 ID:QVGQujIa0









「白井さーん。はい、これも追加でお願いします」

「げぇっ」

風紀委員第一七七支部。
そこに三人の少女がいた。白井黒子、初春飾利、固法美偉。
淑女らしからぬ声をあげた白井の眼前に、ドサッと初春の手によって何らかの書類が置かれた。
先ほどからこうした多くの書類と格闘し続けている白井なのだが、これが中々に捗らない。
とはいえこれも風紀委員の仕事に違いないので投げ出すことも出来ずにいた。
白井は力なくテーブルに突っ伏し、いかにも弱った声で文句を垂れる。

「うぅ……処理しても処理しても全然減りませんの……。
こんな世界は間違っていますわ。どうしてこんなことに……」

「自業自得じゃないですか? でも大丈夫ですよ、苦労するのは白井さんだけですから」
とある魔術の禁書目録 5巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

812: 2013/03/07(木) 00:27:27.21 ID:QVGQujIa0
そう言ってにこりと笑う同僚の姿に、白井は書類をその顔に投げつけてやりたくなる衝動を覚えた。
初春飾利という少女はこういうことを平気で言うことがある。
何とかその衝動を抑えた白井は、しかし溜まったそれを発散させるべく立ち上がりずかずかと大股で初春へと迫る。
荒々しく息巻く白井がいつものように頭をぐりぐりしてやろうか、それとも花飾りを空間移動させてくれようかと考えていると、

「白井さん? 自分の仕事は終わったのカナ?」

上司にあたる固法美偉からの、言い知れぬ重圧が襲ってきた。

「いっ、いえ、その、これからやる予定と言いましょうか……」

「はい着席。勝手に席を立たないこと。いい?」

「……はいですのー」

固法にあっさりと抑えられ、泣く泣く椅子に座りなおして再度書類と格闘する白井。
いつまで経っても固法には頭があがりそうにないな、と思う。
白井のトレードマークとも言えるツインテールも、こころなしかいつも以上に垂れているように見えた。
チラッと初春に目線を流してみればそこにはやはり変わらずにこにこ笑う初春の姿。
固法の陰に隠れてまんまと難を逃れた同僚にせめて何か言ってやろうと口を開きかけた、その時だった。

813: 2013/03/07(木) 00:30:38.48 ID:QVGQujIa0
「……地震?」

固法美偉の一言。
その言葉に白井も初春も各々の作業を一時中断し支部内に目を走らせる。

「本当ですね。とは言ってもかなり小さい地震ですけど」

初春がテーブルの上に置かれているコーヒーを見て言った。
その水面は小刻みに揺れ、カップの中に僅かな波を刻んでいる。
初春の言う通り、本当に小さい地震だ。この程度なら少し動いていれば気付かないだろう。
そう思って白井が何事か言おうと口を開きかけた時、何かに下から突き上げられ白井は僅かに身を揺らした。

それが何かなど確認するにも及ばない。
今まさに地震が起こっているのだから。だが少し、その揺れが強くなっていたような気がした。
咄嗟に机の上にあるコーヒーカップを確認する。
その水面の揺れはより大きく、机とカップがぶつかりカタカタと独特の音をたてていた。

「……待って。これは―――」

その固法の言葉は、ドン!! と先ほどとは比べ物にならない強さで下から突き上げられることで阻害された。
白井には一瞬自分の体が浮いたようにさえ感じられた。
揺れが唐突に激しくなり、建物がミシリと嫌な音をたてる。
机上のカップがあっさりと倒れコーヒーが机を伝い床にまで零れるが、一人としてそれに意識を向ける者はいなかった。

814: 2013/03/07(木) 00:34:36.95 ID:QVGQujIa0

「ひゃ、きゃあぁぁぁあぁぁあぁぁ!!」

初春が思わず悲鳴をあげた。
あまりに激しい揺れに椅子に座っていることさえ困難になり、白井は弾かれたように勢いよく立ち上がった。
まず状況の確認。大地震の際一番気を付けるべきは上からの落下物である。
デスクに並べられている書類が倒れ、更に資料を並べている棚が倒れそうになっているのを見て叫ぶ。

「ッ!! 初春!! 固法先輩!! 落下物に注意を―――!!」

だが遅い。
白井黒子の、精々一〇年ちょっとではあるが、その人生で経験したことのない規模の大地震だ。
その揺れにより棚がバランスを崩して倒れこむ。そしてその先には、縮こまって動けなくなっている初春飾利、の頭。
棚の大きさからしても氏ぬことはないだろうが、大きな怪我を負う可能性は十分にある。
頭、というより脳は複雑で繊細だ。打ち方や運が悪ければ弱い衝撃で重大な結果を招くこともあり得る。

チッ、と思わず舌打ちをして白井はその場を駆け出した。
もともとがそう広くない一室だ、それこそ数歩で初春のところまで辿り着ける。
空間移動は―――もはや走った方が速いだろう。
それにあらゆる物が倒れ散らかっている現状では埋め込みが起きる可能性すらある。
だからこそ白井は激しい揺れによりもつれそうになる己のその両足をただひたすらに動かした。

815: 2013/03/07(木) 00:36:18.15 ID:QVGQujIa0
だが、間に合わない。
どれだけ急いでも、あとほんの僅かが届かない。
やはり空間移動は間に合わない。もともと演算式の複雑な能力なのだ。
こういった一秒単位が争われる状況ではその使用はむしろ悪手にさえなり得る。

「初春ぅぅぅぅぅ!!」

だから白井はただ親友の名を叫ぶことしか出来なかった。
届かないものを掴もうと伸ばされた手はやはり届かない。
そして、ガシャァン!! という棚が倒れた音が響いた。
白井は息を呑み、その現実を拒絶するように思わず目を瞑った。

「……せ、んぱい?」

初春の気の抜けたような声。
棚に頭を殴られたはずの初春が怪我を感じさせない調子の声を発したことに疑問を抱き、白井はゆっくりとその目を開いた。
視界に飛び込んできたのは、覆いかぶさるようにして初春を庇っている固法美偉の姿。

「固法先輩!?」

「……ッたた……。大丈夫? 初春さん。白井さんも」

816: 2013/03/07(木) 00:38:38.36 ID:QVGQujIa0
白井が半ば狂乱気味に叫ぶと、固法はいつもと変わらずにっこりと笑ってみせた。
どうやら肩で棚を受け止めるようにして庇ったらしく、肩を痛めた程度で済んでいるようだ。
しかしそれでも固法が危険な目に遭ったことに変わりはない。
初春ははっと我に返り、瞳に涙を湛えて叫んだ。

「ご……ごめんなさいごめんなさい、固法先輩!! わたっ、私のせいで……!!」

変わらず続いている地震を無視して、固法は初春の頭を撫でた。
慈愛に満ちたような微笑みを浮かべ、

「大丈夫よ。ちょっと肩を打っただけ。それに」

「初春。こういう時は謝るよりも先に言うことがあるんじゃなくて?」

「あ……。あの、ありがとうございます、固法先輩」

「どういたしまし……て……っ!?」

突然言葉に詰まった固法に、怪訝な目を向ける白井と初春。
固法の視線は窓の外に固定されいていて、その目は氏者でも見たかのように大きく見開かれていた。
二人がその視線を追って窓の外に目を向けた時、白井は突き刺すような悪寒が全身を駆け抜けたのを感じた。
ドッと汗が流れたようにさえ感じられる。

817: 2013/03/07(木) 00:40:10.68 ID:QVGQujIa0
初春もやはり瞠目していて、信じられないといったような表情を浮かべていた。
それほどに、三人の風紀委員の眼前に広がっている光景は異常だった。

「何て、こと……」

黒だった。
空が真っ黒に染まっていて、太陽からの暖かな光の一切が遮断されていた。
当然今は深夜などではない。いくら冬が間近とはいえ、まだ暗くなるには早い。
だというのに、外は明らかに深夜の光景だった。

「どういう、ことなんですか、これは……!?」

それだけではない。
雷が轟いている。触れてはならぬ神の逆鱗に触れてしまったかのように、耳を塞がずにはいられないほどの轟音をたてている。
空を覆い尽くす黒雲からそれが現れる度、圧倒的な閃光と音圧を伴って闇を裂く。
白井はあまりの轟音に鼓膜が破れたような気さえした。

「何なん、ですの、一体、これは、何が……!?」

何だ。何なんだ、これは。
一体何がどうなればこんな異常事態が起こり得る。
これほどの地震が発生したというだけで問題だというのに、これはどうしたことだ。

818: 2013/03/07(木) 00:42:06.74 ID:QVGQujIa0
もはや言葉も出て来なかった。
ただ、白井の脳裏をありきたりで、陳腐な言い回しになるが―――世界の終わり、という言葉がよぎった。

そしてそれはこの状況を表すには的確な表現かもしれない。
先ほどから変わらず揺れている地面などもはや意識の外。
白井の、そして初春の、固法の視線は外に向いている。
ただし。彼女らの注意を一番に引いているのは、黒雲に覆われた空でも恐ろしいほどの雷でもなかった。

光の柱が立ち昇っていた。
ある一点から、地上と天上を繋ぐ架け橋のような光が天へと伸びて、あるいは天から降りていた。
異常だった。地震よりも、空よりも、何よりも異常だった。
あの柱が一体何なのか想像することさえ出来ない。
まるで神話の一ページ。
ただ一つ彼女たちが理解出来たのは、現在この学園都市で途轍もないことが起きているということだけだった。

819: 2013/03/07(木) 00:43:24.25 ID:QVGQujIa0









「――――――!」

誰かの助けになりたいと思った少女がいた。

筋ジストロフィー。
筋線維の破壊・変性と再生を繰り返しながら、次第に筋萎縮と筋力低下が進行していく病で、未だ治療法は確立されていない。
そんな恐ろしい病に苦しむ人が、世界には大勢いる。
その人たちが何かしたわけではない。病気というものは善人にも悪人にも平等に降りかかる。

820: 2013/03/07(木) 00:45:23.62 ID:QVGQujIa0
そして、少女はそれを治療する鍵になり得る。
ある研究者からそう告げられた。
嬉しかった。自分の力で誰かを救えると思うと、学園都市に来て良かったと思えた。
誇りだった。人を救うことの出来るこの力が。
誰にもそれを否定させはしないと、当時まだ本当に幼かった少女は胸を張った。

「――――――!!」

これで、筋ジストロフィーの研究が進む。
いずれは根本的な治療法が確立し、その病は不治のものではなくなる。
自分の力がその一端となり多くの人が救われる。

そう、信じていた。

なのに。

故に少女は絶望する。怒って嘆いて自身を壊す。

821: 2013/03/07(木) 00:46:22.90 ID:QVGQujIa0









「こ、これは一体何が起きているのでしょう……!?」

「こん、な、こと……」

学園都市第七学区、通称学舎の園と呼ばれるお嬢様区域にある喫茶店。
その場所や客に合わせて高級感漂う作りになっており、用意されている料理も相応のものとなっている。
そんな場所に三人の少女がいた。

湾内絹保、泡浮万彬、婚后光子。
名門常盤台中学に通う一年生で、学校終わりに二年の婚后を誘ってこの店に立ち寄っていた。
別に大した理由があったわけではない。
何となく立ち寄った、ただそれだけだった。

822: 2013/03/07(木) 00:47:24.96 ID:QVGQujIa0
そしてそこで三人は見た。感じた。
突然の大きな揺れ。染まる空。煌く稲光。鳴り響く雷鳴。立ち昇る光の柱。
何もかもが異常で、常識外だった。
能力なんてものが開発されている学園都市にあってもおかしかった。

「お、お、落ち着きなさいなお二人とも。こっ、この婚后光子が―――」

そこで婚后の言葉は途切れる。
店内は完全にパニックに陥っていた。
悲鳴が止まらない。
逃げ惑う者もいれば、テーブルの下に身を潜めている者もいる。
厨房にあったものだろうか、皿が割れる音が先ほどから連続して聞こえている。
これほどの地震だ。皿など簡単に落ちてしまうに決まっている。

婚后光子は見栄を張りがちな少女だ。
それは家柄からか、幼少期からの環境からか、大能力者であることからか、常盤台生であることからか。
いずれにせよ婚后はそういう人間であり、それはまたこの時も同様だった。
だが流石の婚后もこれほどの異常事態を前にどうすればいいのか、何を言えばいいのか分からなくなっていた。

823: 2013/03/07(木) 00:48:06.38 ID:QVGQujIa0
婚后は超能力者でもなければ、暗部にいるわけでもない。特別な訓練を受けたわけでもない。
この状況で平然としていられるはずがなかった。
それでも慌てふためく二人の後輩の姿を見て、婚后は一つ深呼吸をして動く。
それは先輩としての意地なのかもしれなかった。

「落ち着きなさい! 皆さん落下物にご注意を!! 決してテーブルの下から出ないように!!
泡浮さん、貴女の能力をお借りしてもよろしくて?」

その言葉に泡浮は一瞬何を言われたのか分からないといった表情を浮かべたが、すぐに力強く頷いた。
流体反発。浮力を自在に操るその力により落下物による被害を食い止める。

止まらない地震に足をもつれさせながら、湾内が不安そうに呟いた。

「しかし、これは……本当に何が起きているのでしょうか……!?」

「残念ですが、わたくしにも分かりかねます。こんなもの、見たことも聞いたことも……!!」

鼓膜が破れるのではというほどに唸る落雷に、黒い空。そして大地震。
婚后光子、湾内絹保、泡浮万彬の三人は世界の終わり、という鼻で笑えるようなことを本気で考えざるを得なかった。

824: 2013/03/07(木) 00:49:37.23 ID:QVGQujIa0









「―――――――――!!!!」

妹想いの少女がいた。

妹達。とある実験のためだけに生み出され、生まれた時から氏ぬことが決定されていた少女たち。
結果的に彼女たちは救われた。無能力者の少年と、超能力者の少女によって。
機械的に、淡々と妹達を頃していた殺人鬼は打倒され全ては終わった、はずだった。

しかしその悪魔はいかなる因果か再び少女の前に現れた。
少女は己の手で今度こそこの悪夢を終わらせることを選択する。
自分という人間を作り変え、人頃しの決意を固めたその時。
事態は急変した。

825: 2013/03/07(木) 00:51:52.49 ID:QVGQujIa0
妹達。悪魔に一万回以上殺されてきた妹たちの一人が、悪魔に好意を持ってしまっていた。
そして散々楽しそうに少女たちを頃してきた殺人鬼は、その少女たちの命を幾度か救っていた。
悪魔は、悪魔でなくなってしまっていた。

「――――――――――――!!!!!!」

どうすればいい? 赦すか赦さないか。頃すか殺さないか。
殺された一万人の妹たちか生きている一万人の妹たちか。
そして自分のこのやり場のない黒い衝動はどこに流れればいい?
妹への愛情。殺人鬼への憎悪と殺意。自らへの自罰の意識。
あらゆる要素がめちゃくちゃに絡み合い、一つの形を成すことなく崩壊する。

自分が魔道に落ちて殺人鬼を殺せばそれで終わりだと、そう信じていた。

故に少女は狂う。天を染まらせ大地を揺るがせ、崩れて壊れてゼロへと帰る。

826: 2013/03/07(木) 00:52:56.98 ID:QVGQujIa0









「―――おい。これは一体何なんだよ。何が起きてるっていうんだ!?」

第七学区、とある学生寮。
そこに暮らしている少年、上条当麻はこの異常な光景に瞠目していた。
上条はこれまで何度も何度もまともではない事態に遭遇してきた。
魔術、科学問わずに氏にそうな目にだって何度か遭った。
だが、それでもこれは。

827: 2013/03/07(木) 00:54:25.88 ID:QVGQujIa0
上条は覚えていないが、インデックスが自動書記(ヨハネのペン)として起動した時。
あの時は竜王の殺息(ドラゴンブレス)なんてとんでもないものが容赦なく放たれたが、こんな風に全てを壊すような雷の嵐が襲ってくることはなかった。

学園都市最強の超能力者である一方通行が高電離気体(プラズマ)を生成した時。
暴風が吹き荒れ、光が視界を焼き尽くした。
だがこんな風に空の色が変わるなんてことは起こらなかった。

上条刀夜によって御使堕し(エンゼルフォール)が発動した時。
神の力(ガブリエル)の入ったミーシャ=クロイツェフが『一掃』を発動した。
今と同じく夜になったように空が暗くなり、巨大な魔方陣が空に展開された。
だがこんな風に大地震が発生することはなかった。

今まで経験したことのない事態。
今学園都市を襲っているのは一体どんな大魔術なのだろうか。

前方のヴェント、後方のアックア。
ローマ正教最暗部、『神の右席』に属する者たち。
この二人が学園都市を襲った時―――特に前方のヴェントの時は大混乱に陥った。
つまり今学園都市に起きているのは神の右席クラスの大災害である可能性が高い。
そして魔術のことならば、誰よりも詳しい人間がすぐそばにいる。

828: 2013/03/07(木) 00:55:31.39 ID:QVGQujIa0
「インデックス!! 何が起きてんだ!? 一体どんな魔術か分かるか!?」

インデックス。禁書目録。Index-Librorum-Prohibitorum。
一〇万三〇〇〇冊もの魔道書を一身に引き受け一言一句違わず記憶している、生きる魔道書図書館。
その性質上彼女は世界の魔術のほぼ全てを隅々まで知り尽くしている。
よってインデックスにかかれば、今発動している大魔術だって成り立ちから術式の構造まで全て丸裸にされる、はずだった。

「―――知らない。こんな魔術、……私は知らない!!」

インデックスは地震を無視して、食い入るように窓の外を見つめている。
空は黒く、雷が荒れ狂い、正体不明の光の柱が立ち昇っている。
それらを観察した上でインデックスは「知らない」と言ったのだ。

「知ら、ない、だって?」

思わず掠れた声が漏れる。
インデックスの一〇万三〇〇〇冊は膨大な知識を与えてくれる。
あらゆる魔術を知り尽くす魔道書図書館を以ってして分からないというのは異常だ。

魔道書図書館の真に素晴らしきはその知識ではなく解析力と応用力にこそある、と上条当麻は考えている。
今までもインデックスでも初見では見破れない魔術はあった。
たとえば先ほどあげた前方のヴェント。
神の右席でも前方と神の火(ウリエル)を司るヴェントの振るった術式は天罰術式。
神に唾する者を許さないその魔術は一〇万三〇〇〇冊には記載されていなかった。

829: 2013/03/07(木) 00:57:14.80 ID:QVGQujIa0
だがそれでもインデックスは術式を解析し、既存の知識を分解し組み直し応用してその正体を明らかにしてみせた。
もともと頭の回転は速い方なのだろう、その程度のことはあっさりやってのける。
だから、たとえ今発動している大魔術が未知のものだったとしても、彼女ならその正体を逆算して暴き出せるはずなのだ。
完全には分からなかったとしても全く分からないなどあり得ない。

しかし、インデックスは。
こんな魔術は全く知らないという。

「何……? 何なのこれは……!? こんな超大規模魔術……!!
雷、地震……北欧神話―――トール、ロキ……ううん、違う。
ならポセイドン……魔術的な意味を抽出して……違う、違う、違う!!
何もかも全然違うんだよ!! 全くの的外れ!! だったらこれは何!? いや、そもそも―――」

インデックスは、もはや悲鳴をあげるように叫んだ。

「―――そもそもこの空にも、雷にも、地震にも!!
魔術的要素も、魔術的意味も、魔術的記号も!! 何一つ存在しないんだよ!!」

「どういう、ことだ?」

魔術的なものが一切ない魔術?
そんなものがあり得るのだろうか。
だって、魔術的なものが存在しないのならそれはもはや。

830: 2013/03/07(木) 00:58:22.88 ID:QVGQujIa0
「こんなものは―――魔術じゃない!!」

インデックスの分析が正しいなら、そういうことになるだろう。
どんな魔術だってそれが魔術であるなら必ずインデックスは尻尾を掴む。
ただし、それがそもそも魔術ではないのなら。
一〇万三〇〇〇冊も、それを使った分析も応用も何の役にも立ちはしない。
そして魔術ではないというのなら、可能性は一つ。
それは、

「なら―――『科学』か!!」

そもそも何故魔術と決め付けてしまっていたのだろうか。
魔術サイドの事件に巻き込まれてばかりだからなのだろうが、世界には魔術の他に科学というもう一つの馴染みのある法則が存在する。
それにここは科学の総本山である学園都市で、上条は科学サイドに位置する人間だ。
もっと早くその可能性に気付くべきだったのかもしれない。

しかし科学とは言ってもこんな事態を引き起こしているものの正体まで分かったわけではない。
魔術のことならインデックスがいる。こと魔術に関しては彼女以上のアドバイザーは存在しないだろう。
だがそれが科学となると全く彼女は当てに出来ない。
悪意のある言い方になるが、魔術脳であるインデックスはその領分においてのみの万能だ。

831: 2013/03/07(木) 00:59:35.28 ID:QVGQujIa0
だが上条自身も科学サイドの人間であるとはいえ、それほど科学に精通しているわけではない。
起きている現象からその原因を辿るなんて高等技術は持ち合わせていない。
それでも考えてみる。他に方法は思いつかなかった。

学園都市、ひいては科学サイドの軍事力は兵器に拠っている。
この学園都市では能力者、なんてものまで存在しているが彼らは戦力にはカウントされない。
たとえそれが単騎で軍隊と伍する超能力者であっても、だ。
事実、特殊な右手を持つ右方のフィアンマが世界を救うために始めた第三次世界大戦においても、学生たちが戦力として動員されることはなかった。
科学力が群を抜いているこの学園都市では、特に兵器の発展が著しい。
世界大戦中も超音速爆撃機、地殻破断(アースブレード)といった馬鹿げてるとしか言い様のない兵器群が大国ロシアを一方的に蹂躙した。

だが如何なる兵器を以ってしても、こんな異常事態を引き起こせるとは上条には思えなかった。
そうなると能力者。しかもこれだけの現象を起こせるとなるとおそらく大能力者では足りない。
超能力者でもないと出来ないだろう。

(つっても一体どんな能力なんだよ!?
天候操作? いや、それだとこの地震に説明がつかないか)

先ほどから強い地震のせいで建物全体がミシ、という音をたてている。
いくらなんでも倒壊することはないだろうが、かなり大きい地震だ。
天候操作なんて能力者がいたとしてこんなものまで起こせるとは考えにくい。

832: 2013/03/07(木) 01:00:45.31 ID:QVGQujIa0
(それにあの柱だ)

地上と天上を繋ぐ光の階。
それはかつて存在した宇宙エレベーター、エンデュミオンを思い出させる。
神秘的とも言えるその光景は、しかし異常以外の何物でもない。
神降ろしの儀式と言われたら納得してしまうような状況だった。

一体どんな能力をどんな風に使えばあんなものが出来るのだろうか。
あるいは美琴のような優秀な超能力者なら分かるのかもしれないが―――。

(そうだ!! 御坂!!)

きっと美琴なら何か読み取れるだろう。
美琴は学園都市第三位、即ち世界最高峰の頭脳の持ち主だ。
少なくとも自分のような補習ばかり受けているような無能力者よりは当てに出来るに決まっている。
上条は即座に携帯を開き、アドレス帳から美琴を探し出して電話をかける。
トゥルルル、というコール音が鳴る、ことはなかった。

おかしなノイズが走っていてそもそも繋がりすらしない。
その事実が上条の焦燥を掻き立てた。

(もしかして御坂に何かあったんじゃ……!?)

833: 2013/03/07(木) 01:03:40.84 ID:QVGQujIa0
御坂美琴という少女はどこか危なっかしいところがある。
凛とした瞳、強固な意志、堂々とした立ち振る舞い、揺るがない信念。
それらを持っていながらも同時に弱さも持っている。
何でも一人で抱え込んでしまう、というのもその一つだ。
あの『実験』の時などは自らを責めすぎるあまり自殺なんて本気で考えていたくらいだ。

何となく放っておけない少女だった。
いつもは自分に絡んできて、いつだって強気で電撃を撃ってくるくせに。
ちょっと油断するとその陰で身や心を削っていたりする。

それが単純に友人を心配する気持ちなのか、それとももしかしたら本人も気付いていない、心の奥底では御坂美琴に恋心を抱いているからかもしれない。
それは上条当麻自身にも分からない。
そもそも酷く鈍感な上条は、仮に後者だったとしてもその気持ちに気付くこともないだろう。

834: 2013/03/07(木) 01:04:30.19 ID:QVGQujIa0

ただ上条が美琴に、美琴が上条にどんな意味合いであれ興味を覚えるのは。
おそらく二人が似た者同士だからだ。同じ眼をしているからだ。

揺るがない信念に、誰かの助けになろうとする心。
正義であろうとするのではなく、自分の正しいと思ったことに尽力する主義。
そして何でもかんでも一人で背負い込もうとする考え方。
他人には自分を頼ってほしいと言うくせに、自分のこととなると自分だけで解決しようとしてしまう傾向。
上条当麻と御坂美琴は本当に似た者同士だ。

だから、もしかしたら今この瞬間も御坂美琴は一人苦しんでいるのかもしれない。
この異常事態を解決しようと一人奔走しているのかもしれないし、犯人と一人対峙しているのかもしれない。

(御坂。お前は今どこで何をしてるんだよ……!!)

835: 2013/03/07(木) 01:05:32.90 ID:QVGQujIa0









「――――――――――――!!!!!!」

天上と地上を繋ぐ光のエレベーター。
その発生地点。そこに少女は―――御坂美琴はいた。
苦しい。泣き叫びたい。全てを投げ出して楽になってしまいたい。
だが、そんなことは。ああ、でももう限界を超えている。
こんなにも世界は絶望に満ちている。もういいじゃないか。
自分はよく頑張った。ここで投げ出したって誰も文句は言うまい。
文句を言われる筋もない。そうだ、全てを放り投げろ。諦めろ。そうすれば解放される。

そんなことは分かっている。
たしかに投げ出せばこの苦しみからは逃れられるかもしれない。
それでもやはりそんなことは出来ない。馬鹿な女だと笑えばいい。
何がどうあっても彼女たちだけは。
ああ、だがせめて。せめて、これくらいは言わせてほしい。
誰に向けるわけでもない、ただの独り言だから。

836: 2013/03/07(木) 01:07:10.54 ID:QVGQujIa0
大切な妹たちを、守りたかった。
これからも笑って過ごしてほしかった。
ただ、それだけだった。

「―――――――――て」

美琴が、言葉を紡いだ。
意識は薄れ視界も揺らいでいてほとんど何も視認できない。
唇を動かすという単純極まる動作でさえ簡単にはいかない。
それでももうほとんど無意識のうちに、美琴はその言葉を口にしていた。
吐き出さずには、いられなかったのかもしれない。

「――――――――――――……けてよ」

懇願するような、弱弱しい声。
このままでは学園都市全域に甚大な被害が出る。
先ほどからずっと地震が続いているせいか、風紀委員や警備員の姿も見えない。
あたりに響き渡る悲鳴。逃げ惑う人々。
絶望的な状況だった。このまま学園都市を一人の少女の闇が飲み込むのかと思われた。

だがその時、御坂美琴の前に一人の男が現れた。
それが誰かは美琴には分からなかった。もはや人の顔を識別できるほど意識は残っていない。
その男は暴走している美琴を見て、驚愕の色を浮かべた。

「―――テ、メェ……!! 何してやがる!?」

意識が完全に絶たれる瞬間、純白の輝きを視界に捉えた、ような気がした。
御坂美琴はそれを見て、綺麗だ、と思った。
それが美琴の最後の思考だった。

837: 2013/03/07(木) 01:11:27.21 ID:QVGQujIa0
投下終了

メイン()が470レスぶりに登場
謎の男は一体どんなイケメルヘンなのか……?

そろそろ美琴・一方通行問題も終わりが見えてきました
次スレに食い込むか微妙なところだ……

838: 2013/03/07(木) 01:13:48.17 ID:QVGQujIa0
    次回予告




「じゃあこの滑稽な悲劇の終幕を教えてやるよ。
―――優しい優しいお姫様は最後には耐えられなくなって、狂乱して大切なものみんな壊してしまいました、だ」
『スクール』のリーダー・学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「…………ッ!! 私は―――!!」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴



855: 2013/03/12(火) 23:03:14.72 ID:x0yWDwv+0
希望を胸に。

856: 2013/03/12(火) 23:04:20.63 ID:x0yWDwv+0









「う……ん?」

「目ェ覚めたか」

完全には覚醒していない意識の中で、聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
寝起きのような気だるさの残る体を動かして確認してみると、それは垣根帝督だった。
何故垣根がいるのか全く分からない。
そもそも自分はあの公園にいたはずだ。
いつの間にこんなところに移動したのだろうか。
状況を見るに垣根が運んだのは間違いないとは思うのだが。

857: 2013/03/12(火) 23:07:13.34 ID:x0yWDwv+0
「……垣根? 何があったの……?」

「覚えてねえのか?」

「うん……途中から。でも……」

それでも想像は出来る。
あの時、美琴は酷く不安定だった。
そして能力が暴走したような感覚も僅かながら残っている。
つまり、それは。

「RSPK症候群。一つ聞くが……お前、学園都市を滅ぼすつもりだったのかよ」

「…………」

美琴は答えない。答えられない。
すると突然自分の体が大きく揺さぶられ、鉄橋の落下防止用の鉄柵に背中から叩きつけられた。
ガシャ!! という金属音と共に背中に小さな痛みが走る。垣根にやられたのだ、と気付くのに少し時間がかかった。
だがそれが分かっても美琴は抵抗しようとは思わなかった。

858: 2013/03/12(火) 23:09:51.61 ID:x0yWDwv+0
目の前にある垣根の顔は、何とも形容し難い様相だった。
垣根は美琴の襟元を掴んだまま、その手に更にグッ、と力を込めた。

「分かってんのか?」

「…………」

やはり美琴は言葉を返せない。
ただ暗い表情のまま、垣根の鋭い視線から逃げるように顔を背けた。

「テメェが何をしたのか、何をしようとしたのか。分かってんのかって聞いてんだよ!!
RSPK症候群だと? 馬鹿かテメェは!? それを超能力者が起こすってのがどういうことか、テメェほどの奴が分からないわけねえだろうがッ!!
今回は何とかなったからいい。だがそれは所詮結果論でしかない。
一歩間違えば、何か一つでもズレていれば本当に学園都市は滅んでいたかもしれねえんだぞ……!!」

美琴の体は小さく震えていた。
それを指先に感じていながら垣根は言葉を止めない。

「テメェに何があったのか俺は知らない。だがな、御坂。
何もかもを一人で背負い込んで、抱えて、苦しんで。それでかっこいいつもりかよ?
ハッ、下らねえ。いいか、よく聞けよクソガキが」

859: 2013/03/12(火) 23:11:14.82 ID:x0yWDwv+0
垣根は鋭く射抜くように美琴を見る。
対して美琴はその視線から逃げるように顔を背けたまま。
垣根の一言一言が重かった。

「テメェは悲劇のヒロイン気取ってるつもりかもしれねえがな、他の奴らには大迷惑なんだよ。
全部自分が悪い、全部自分の責任。他人の重荷まで背負い込んじまう。
いい話だな。立派な美談だ。ああ、大いに良しとしようじゃねえか。
じゃあこの滑稽な悲劇の終幕を教えてやるよ。
―――優しい優しいお姫様は最後には耐えられなくなって、狂乱して大切なものみんな壊してしまいました、だ」

「…………ッ!! 私は―――!!」

美琴がついに声をあげた。
拳は固く握り締められ、垣根の言葉に初めて抵抗を見せる。
だが、それも垣根の一睨みですぐに消えてしまった。

「私は、何だよ。何か違げえのか? 言ってみろよ。
……テメェの起こしたRSPK症候群は、テメェの大切なモンをみんなぶち壊すところだったんだぞ。
テメェはあれだけ慕ってくれてる白井を頃したかったのか? 初春飾利や佐天涙子、固法美偉に湾内絹保。あいつらに笑っててほしいんじゃねえのか?
あのクソシスターの命なんて知ったことじゃねえってか? 上条を、氏なせたかったのかよッ!?」

860: 2013/03/12(火) 23:18:28.30 ID:x0yWDwv+0
「そんなこと、絶対にないッ!!」

大声で即答する。その一点だけは絶対に断言出来る。
白井も、佐天も、初春も。みんなみんなかけがえのない大事な友人たちだ。
そんな友人たちに氏んでほしいなんて気持ちは欠片もない。どれだけ僅かにだってあるわけがない。
上条は勿論、目の前にいる垣根だって大切な友人なのだから。

「だってそうだろうがあッ!!!!」

垣根の怒号に美琴は体を震わせた。
垣根は怒っていた。事実はどうあれそれは見方によっては、美琴のためを想っているからこそのようにも見えた。

「理解しろ、御坂!! テメェはその手で全てを頃して壊すところだったんだ!!
馬鹿がッ、ふざけんじゃねえッ!! テメェはそういう奴じゃねえだろうが!!
……耐えられなくなったのはいい。何もかもを一人で背負込みゃそうなって当たり前だ。
じゃあ何でテメェは一人で抱え込んだんだよ? 世界に自分の味方なんていねえとでも思ったのか?
白井たちや上条の存在が、テメェには見えなかったのよ御坂ぁッ!!」

「……巻き込みたく、なかったのよ」

861: 2013/03/12(火) 23:19:56.64 ID:x0yWDwv+0
美琴は観念したようにその場に崩れた。
垣根に掴まれている襟だけが美琴の体を支える。

白井も、佐天も、初春も、上条も。自分の起こした問題に巻き込みたくなかった。
自分と妹達の問題であり、自分と一方通行の問題。
そこに他の人間を巻き込ませたくなかった。
たしかに白井や上条は自分が助けを求めれば一も二もなく即座に応じてくれるだろう。
だが、だからこそ。美琴はそれが怖かった。
助けに応えてくれると分かっていたから、頼れなかった。

「その結果そいつらを頃しかけてりゃ世話ねえな。
そいつは自分だけが、なんて思いあがった野郎の台詞だぜ。
―――……だからテメェはクソガキなんだ、クソボケ。
真っ当な人間であるテメェには支えてくれる奴らがいるんだろうが。俺なんかとは違―――ッ、チ」

垣根はそこで不意に言葉を切り、何かを振り払うように頭を振り手を離して続けた。

「……とにかくだ。お前が勝手に抱え込むのは好きにすりゃいい。
お前がどうなろうと俺は知ったこっちゃねえ。
だがRSPK症候群なんて引き起こすんなら何でも背負い込むのはやめろ。迷惑だ。
お前がそんなことしてると困る奴だっているだろ。
俺は家がなくなるのは勘弁だし、コンビニがなくなんのも困る。
コーヒーの一つも買えなくなるだろうが」

862: 2013/03/12(火) 23:20:43.99 ID:x0yWDwv+0
垣根の言葉はそこで止まったが、声には出さずその唇が「それにお前の妹も、な」と動いた。
顔を背けている美琴はそれに気付くことはなかった。

RSPK症候群。かつてある子供たちの引き起こしたRSPK症候群を経験したことがあるが、今回はレベルが全く違った。
超能力者の引き起こすそれは、まさに天災。
自分が学園都市とそこに暮らす人たちを壊しかけたという事実に、美琴は歯噛みする。
この街には白井も、佐天も、初春も、婚后も、垣根も、湾内も、上条も、妹達だって住んでいるというのに。
本当に情けないな、と思った。

(本当に、何をやってるんだろう、私)

「まあ、一つ朗報だ。
幸い症候群が起きて割とすぐに止まったから大して被害は出てねえ。
地震も震度五止まりだったらしいぜ?
加えて学園都市は地下街を初めとして耐震性が高いからな。
今のとこ人的被害もあまりねえっぽいしな」

美琴は自分の愚かさを自覚すると、それに続いて喜ばしい感情が内から湧いてくるのを感じた。
それを感じて自然と顔に笑みが浮かんでくる。どうしようもなく嬉しかった。

(垣根は、私を叱ってくれたんだ)

863: 2013/03/12(火) 23:22:44.70 ID:x0yWDwv+0
今までこんな風に叱られたことはあまりなかった。
勿論全くないわけではないが、おそらく他の人と比べるとだいぶ少ないだろう。
叱ってくれる人がいるというのは良いことだと美琴は思う。
間違った時に正してくれる。そんな人がいればまた正しい道に戻ってこれる。
だがそんな美琴を見て垣根が、

「何一人で笑ってんだ気持ち悪ぃ。……しっかしガラじゃねえことしちまったな俺も」

「うっさい女の子にそういうこと言うな」

流石に気持ち悪いと正面から言われては傷つくというものだ。
美琴は襟を正しながらふと思いついたように垣根にある質問をした。

「アンタ、どうやって私をここまで運んだの?
私は暴走してたのに……」

二人がいるのは第七学区にある鉄橋だった。
かつて上条と対峙し、一方通行と悪夢の再会を果たした場所。
正直あまり進んでいたいところではなかったが、垣根はそんなことは知らないのだし文句は言えないだろう。
そもそも文句をつけられるような立場でもない。
美琴が派手に破壊した後がところどころに残ってはいるが、だいぶ綺麗になっていた。
原因がどういう扱いになっているのは知らないが、風紀委員や警備員が片付けたのだろう。

864: 2013/03/12(火) 23:23:29.46 ID:x0yWDwv+0
「知らねえよ。俺がお前を見つけて、何度も呼びかけてたら突然糸が切れたように倒れたんだよ。
それを俺が運んできただけだ」

その言葉に美琴は違和感を覚えた。
勝手に倒れた? 一体何故なのだろうか。
詳しいことは意識が絶たれかけていたせいで覚えていない。
だが何であれ垣根には感謝しなくてはならないだろう。

あのまま放置されていたらRSPK症候群が収まっていても警備員なり風紀委員なりがやって来ていたはずだ。
取調べされても美琴はどうせ何も言うことは出来ない。
一方通行や妹達のことを話すわけにはいかないからだ。
結果として垣根のおかげでそうした手間は省けたわけだが。

「……そう。本当にありがとう、垣根」

一度暴走という形であれ吐き出したせいか、幾分気持ちはすっきりしていた。
少なくとも、暴走前と比べるとだいぶ落ち着いている。
そこには垣根に言われた言葉も多分に影響していた。
思考もずっとクリアになっている。

865: 2013/03/12(火) 23:24:59.05 ID:x0yWDwv+0
「んなことより、だ。俺が聞きてえことは分かってんだろ?」

「…………」

RSPK症候群というものは何の原因もなく突発的に起こるようなものではない。
能力者が精神的心理的に不安定となり、自律を失った際に起こるものだ。
今回の美琴にも当然それは当てはまる。
つまり美琴には極度の精神的心理的なストレスがあるということだ。
症候群を引き起こすほどの。超能力者の強固な自分だけの現実が揺らぐほどの。

話すわけにはいかなかった。
それを話すということは、必然的に学園都市の『闇』についても話すことになる。
一般人である垣根をそちらに引き込むことは出来ない。
だが、同時に隠し通すのも無理があった。
垣根には暴走していた瞬間を見られているし、でっちあげようにもRSPK症候群が起きるほどの理由がすぐに出て来るはずもない。

「ま、あんなことになるくらいだ。無理に聞き出そうとは思わねえさ。
話し辛いってんならそれでいい」

「いや、……アンタは」

ぽつり、と。
美琴は観念したようにうな垂れ、弱弱しい声で小さく話し始めた。

866: 2013/03/12(火) 23:26:03.28 ID:x0yWDwv+0
「気を悪くしないで聞いて。ただのたとえ話だから。……そう、たとえ話。
もしアンタに妹が、いや、家族がいて。その人は自分の命より大切な人だったとして。
その人が理不尽に殺されたら……どうする?
ごめんね、こんな縁起でもないこと話して。冗談でも言っちゃいけないことだけど……」

「頃す」

即答だった。

「頃した奴を見つけ出して、頃す。それ以外にあり得ねえ」

美琴は少し驚いた。こんなにもあっさりと頃すと言えるものなのか。
もしかしたら垣根にもそんな人がいるのかもしれない。
あるいはいたのかもしれない。命を賭してでも守りたい人が。
とにかく、垣根の答えは美琴の出した答えと同じだった。
だが、ここからが問題で。

「じゃあ。その人が本当は頃したくなかったとしたら?
その人が改心して、今は無害な人になっていたら?
……自分の家族―――殺されなかった生き残りね―――が、改心したその人を慕っていたら。
アンタは、どうするの?」

867: 2013/03/12(火) 23:27:10.72 ID:x0yWDwv+0
「頃したくなかった、ねえ。もしそいつがんなことほざくカスなら最大の苦しみを与えて八つ裂きだな。
たとえそいつが今更生してようと関係ねえな。
そいつが反省すれば殺された奴は帰ってくるのか? 違げえだろ。
人を頃した時点で殺される覚悟も出来てるはずだしな。
そして家族がそいつを慕ってようと、それも関係ねえ。
俺だったら有無を言わさず氏刑執行。まあ、これは俺だったらの話だ。
普通の奴だったらその家族とかと腹割って話し合ったりするんじゃねえの?」

その普通は俺には分からんが、と垣根は肩をすくめた。
今の垣根帝督は『スクール』のリーダーとしての垣根帝督に近かった。
普段の彼なら、美琴の前で「頃す」なんて言ったりはしないだろう。
だがそんな物騒な発言を聞いても美琴は全く気にしていなかった。
美琴も垣根と同じく頃すという結論に至っていたからか。
垣根の言った通り、一方通行がたとえ改心して善人になったとしても殺された一万人の妹達は一人として帰っては来ない。

だが垣根の言った「腹を割って話し合う」。
この言葉は胸に響いた。
そう、逃げていないでしっかり話し合うべきなのではないか。
打ち止めと。御坂妹と。
彼女たちの本心を聞いて。自分も溜め込んでいないで本心を吐き出して。

868: 2013/03/12(火) 23:32:09.23 ID:x0yWDwv+0
そしてそれから結論を出すべきなのだ。
でなければ、きっと何も解決しない。
彼女たちが話さなかったから、こちらが溜め込みすぎたから、こうなってしまったのだから。

「……そう。分かった。ありがとう、垣根」

「何でもいいけどよ。気を付けろよな。
またRSPK症候群なんて起こされたら俺としてもたまったもんじゃないんでな」

「分かってるわよ。……それじゃ、私は行くわ。
本当にありがとね、垣根」

「しつけえよ。さっさと行け」

実際、美琴は垣根に救われていた。
無論垣根にその自覚はないだろうが、たしかにその言葉は美琴を救った。

『腹を割って話し合え』

美琴はその言葉を胸に、寮へ向かって歩みを進めた。
その足取りはしっかりとしていて、背中は希望に満ちていた。
一度は諦めた。何をどうしても待っているのはバッドエンドだと諦めた。
だが今、御坂美琴は再度立ち上がった。

869: 2013/03/12(火) 23:32:44.60 ID:x0yWDwv+0









垣根帝督は考える。
御坂美琴の引き起こしたRSPK症候群。相当のことでないと超能力者の自分だけの現実が揺らぐことなどあり得ない。
そこまで彼女を追い詰めたのが何なのか垣根は分からなかったが、今は分かる。
先ほど彼女のしたたとえ話を考えれば、推測するのはそう難しいことではなかった。
美琴は垣根は知らないと思ったからこそああいう話をしたのだろう。
だが垣根は知っていた。そっち側の人間だった。
だから分かる。

870: 2013/03/12(火) 23:36:36.78 ID:x0yWDwv+0
殺された家族、妹。これは妹達と見てまず間違いない。
絶対能力進化計画という実験の存在を垣根は知っている。
そして頃した人間。これは言わずもがな。一方通行だ。
それを慕っている人間。これも言わずもがな。一方通行と一緒にいる妹達、即ち打ち止め。

そしてあんな話をし、RSPK症候群まで引き起こしているところを見ると、美琴は一方通行と遭遇したのだろう。
だが美琴は一方通行を殺せなかった。あるいは未だに頃す決断をしきれない、と言ったところか。
御坂美琴は間違いなく善人だ。すぐに決断出来なくて当然である。
そしてそこに打ち止めという存在が絡んでより複雑になっているのだろう。
垣根はこの推測は限りなく正解に近いと確信していた。

(だがよクソ第一位。本当は頃したくなかったって、ありゃ一体何だ?
テメェの意思で一万人頃しといて、そうほざくってならテメェは本当に大したクソッタレだよ。
俺がかわいく見える程に救えねえ。まさかそこまでたぁな。
流石第一位サマは言うことが違げえなあオイ)

自分のやったことを言い訳して正当化し、誤魔化そうとするならばそれは下衆の行いだ。
頃したというだけで外道なのに、更にそれを上回る垣根の言うところのクソッタレとなる。

871: 2013/03/12(火) 23:39:22.31 ID:x0yWDwv+0
美琴がそんな一方通行を頃すというのなら、それも悪くない。
構図的におかしいところは何もない。
一方通行は自分と同様、どれだけ無残に殺されても文句は言えないことをしてきている人間だ。
そして御坂美琴は一方通行を頃す権利を持った人間だ。
それはどこから見ても正当な復讐劇。当然の帰結と言える。

(一方通行。テメェの処刑人に、御坂以上の適役がいるか?
むしろテメェみてえなクソッタレの悪党には上等すぎる処刑台じゃねえか。
……因果応報。地獄へ落ちやがれ第一位。
これ以上ない程の、最上の極刑でな)

垣根帝督は空を見上げる。
これであの忌々しい第一位が破滅するというのだから、垣根としては大歓迎だ。
一方通行が氏ぬ。これほどまでに愉快なことはない。
その様を思い浮かべて垣根帝督は誰もいない鉄橋で顔を歪め、凄絶に笑った。

(罪の標に押し潰されて氏ねよ、第一位)

―――極僅かにあった、ある一つの気持ちに気付かなかったふりをして。

920: 2013/03/27(水) 19:39:11.49 ID:QtYXbrhm0
今日の夜投下予定です~

>>916
ちょっと待ってください、それは凄くショックというか悲しいです
SSを読んでそのキャラが好きになるのは問題ない、というか書き手にとって名誉なことだと思うんですが
SSはあくまで二次創作であって、書き手の好きなように書けるものです
これが公式ならともかく、>>1が好き勝手に書いてるこれでキャラを嫌いになるのは考え直してほしいです
このSSだけでキャラの良し悪しを決め付けないでください

>>912,>>913でも言われてるように他はあまり気にしないようにするけど(今更内容変えられないですし)、そういうのだけは書き手として悲しいので

>>911でも言ったように単に>>1の書き方、纏め方が酷いだけです
マジでアニメの打ち止めとか超可愛いですから……
言っておくと>>1に嫌いな禁書キャラなんて一人もいないよ!
馬場も火野もみんな好きだよ!

10時から11時ごろに投下しにまた出現します





929: 2013/03/27(水) 23:23:25.88 ID:QtYXbrhm0
その咎を、決して許さない。―――You and I

930: 2013/03/27(水) 23:25:43.00 ID:QtYXbrhm0









御坂美琴は寮へと帰る途中、やたらとあちこちを見回していた。
当然この辺りは美琴にとって完全に既知の場所であり、道に迷うようなことは間違っても起こり得ない。
ならば何故美琴はこうも周囲を気にしているのかと言うと、

(どうやら、本当に大きな被害は出てないみたいね。
……安心したわ)

931: 2013/03/27(水) 23:27:48.85 ID:QtYXbrhm0
それは自分の起こしたRSPK症候群の被害の程度を確認するためだった。
垣根の言っていた通り、人々はもういつも通りに行き交っているし、建物が倒れているなんてこともない。
勿論小規模の混乱は各地で起きているようだが。
もしこれで甚大な被害が出ていたら、美琴は罪悪感でどうなっていたか分からない。
そうであったら負のループに囚われて本当に壊れてしまっていたかもしれない。

だが大きな被害はなかったとはいえ、当然だが通行人たちは皆してその話ばかりしていた。
空が黒雲に覆われ雷が鳴り響き、同時に地震までが発生したとなると皆の興味を惹くのも当然だろう。
おそらくこの騒ぎはしばらくの間収まることはないだろう。

道行く学生たちの間で虚数学区がどうとか世界の終わりがどうとか様々な推測が飛び交っている。
中にはオカルト染みた話をしている者もいた。
美琴はそんな話し声にさりげなく耳を傾けながら、寮へと辿り着いた。

門限は過ぎていなかったのでもともと心配はしていなかったが、寮監は寮にいなかった。
おそらく先の混乱と何か関係があるのだろう。それは自分が引き起こしたものであるが。
部屋に辿り着き自室の扉を開ける。電気が入っていなかったのでスイッチを押し、真っ暗だった部屋を光が照らす。

932: 2013/03/27(水) 23:29:18.33 ID:QtYXbrhm0
ルームメイトである白井黒子の姿はなかった。
もしかして先の美琴が起こした騒ぎのせいで風紀委員に仕事が入ったのだろうか。
十分に考えられることだった。風紀委員は相当に地味な仕事だって受け持ったりするのだ。
心の中で白井に詫びながら、美琴はベッドに半ば失神するようにドサッと倒れ込む。
一度横になってしまうともう立ち上がれない。

疲れた。本当に疲れた。身も心も疲弊し切っていた。
今日一日だけで色々なことがあった。
食蜂との対立を通して、一方通行を頃すという決意をした。
上条当麻との決別により、その決意をより強固なものとした。
ところが御坂妹と打ち止めにより、その決意は砕かれた。
もう何が何だか分からなくなり、自分自身さえ見失ってしまった。
そして、能力の暴走。
垣根に救われ、本人にその気はなくともアドバイスを貰った。

933: 2013/03/27(水) 23:32:13.03 ID:QtYXbrhm0
思考はまどろみに沈んでいく。
一度全て吐き出し、やるべきことがきっちりと定まったおかげだろうか。
今日はもう遅いし、何より自分が限界だった。
明日だ。明日、打ち止めや御坂妹と話し合う。
彼女たちの本心を全て話してもらう。一方通行についてどう思っているのか。
打ち止めには特に、だ。
そしてこちらも、今まで押えていた本心を全て曝け出す。
それが腹を割って話し合う、ということだと思うから。

精神的にあまりにもハード過ぎるスケジュールを送った美琴を強烈な眠気が襲う。
彼女は睡魔に抗えず、また抗うこともなく眠りに落ちていった。
その眠りは久方ぶりに味わう、心地の良い睡眠となった。

934: 2013/03/27(水) 23:32:41.61 ID:QtYXbrhm0









そして、翌日。
全てを打ち明けると決めた大事な日。
やることが決まり、道筋が見えたせいか美琴の眼には光が戻っていた。
勿論それでもまだ本調子とは言い難いが。
例によって今日も今日とて授業をたちどころに聞き流し、食蜂あたりに絡まれないうちにそそくさと学校を後にする。

向かうは第七学区にある総合病院。
冥土帰しや御坂妹のいる病院。おそらく打ち止めはいないだろうから、呼んでもらうことになるだろう。
ミサカネットワークを使えば意思疎通は出来るはずだ。

935: 2013/03/27(水) 23:35:21.17 ID:QtYXbrhm0
一端覧祭がいよいよ迫ってきているということもあり、道中は人だらけだった。
過去垣根と共に交通整備をしたことがあったが、その時を思い出すような混雑ぶりだ。
何とかその人ごみを抜け病院に辿り着いたはいいが、その病院もまた混雑していた。
だがこれは一端覧祭の影響だけではないだろう。もともとここの病院は混みやすいのだ。
冥土帰しという神がかり的腕を持つ医師がいるからだろうか。
美琴も幾度か訪れ、上条に至ってはここに住めと言いたくなるほどお世話になっている。

ともあれ御坂妹の居場所を聞きたいところだが、どの医師たちも忙しそうに動き回っていて声をかけるのは憚られた。
この分ではきっと冥土帰しも美琴の話を聞いている余裕はないことだろう。
なので美琴は前回御坂妹の部屋を訪れた時の記憶を頼りに、同じ部屋へと向かう。
あの部屋が御坂妹個人の部屋なのかどうかは分からない。
今行ってもいないかもしれないが、その時はその時だ。
一般病棟から大きく離れ、関係者以外立ち入り禁止のエリアを越えたその先。
そこに以前御坂妹と会った部屋はある。

936: 2013/03/27(水) 23:37:27.95 ID:QtYXbrhm0
立ち入り禁止のテープを当たり前のように無視して進んでいく。
リノリウムの床をローファーが叩くカツ、カツ、という音が反響して響いた。
目的の場所まではそう距離はないはずなのに、何故か遠く感じられる。

ついに部屋の目の前までやって来た美琴だが、中々そのドアノブを回せない。
先日あった出来事を思い出すと、どうしても顔を合わせづらい。
かといって逃げる気はサラサラないのだが、中々踏ん切りがつかないのだ。

(は、入りづらい……)

しかも美琴はその電磁波レーダーにより、この部屋の中に誰かが二人いることを知っていた。
壁を挟んでいることで精度は下がっているものの、人数くらいなら簡単に把握出来てしまう。
それが誰かまでは分からないが一人は御坂妹である可能性が高い。
そんなこんなで、ドアノブに手をかけては離すといったことを幾度か繰り返した美琴だが、ついに決意を固めた。
一つ大きく深呼吸して思い切りバン!! とドアを大きく開け放つ。

937: 2013/03/27(水) 23:38:57.43 ID:QtYXbrhm0
中にはやはり御坂妹がいたが、彼女は突然の出来事にビクッ、と体を震わせた。
いきなり物凄い勢いでドアが開けば誰だって驚く。
それにこの部屋にやって来る人物などそういないのだから尚更だ。
そして驚いたことに、この部屋には打ち止めがいた。
何故いるのかは分からないが、とにかく呼ぶ手間は省けた。

御坂妹と、打ち止めと、視線が交差する。

「……ドアは静かに開けてくださいお姉様、とミサカはあくまで冷静にお願いします」

「あ、うん。ごめん」

「…………」

「…………」

「…………」

938: 2013/03/27(水) 23:40:09.08 ID:QtYXbrhm0
三人の間に、非常に重い沈黙が流れる。
昨日あんなことがあったばかりで、双方とも言いたいことはいくらでもあるのだが中々言い出せないでいるのだ。
それでも御坂妹と打ち止めは僅かに顔を見合わせると、同時にその口を開いた。

「「ごめ「ごめんなさい!」」」

「って、えぇ!? とミサカは……!?」

「お、お姉様!? ってミサカはミサカはー!?」

双方ほぼ同時に口を開き、美琴が僅かに早く話した二人に割り込む形となって謝罪した。
先に謝ったはずなのに割り込まれた二人は思わずおかしな声を漏らす。
打ち止めなど分かりやすくその驚きを顔に映していた。

「昨日、アンタたちに八つ当たりしちゃって本当にごめん。
あんなこと絶対にするべきじゃなかった」

939: 2013/03/27(水) 23:42:40.06 ID:QtYXbrhm0
これに驚いたのは御坂妹と打ち止めだ。
彼女たちもまた、美琴に謝ろうと思っていたのだ。
なのにその美琴に謝られては立つ瀬がない。
二人はあたふたと落ち着きなく体を動かして驚きを表現する。

「ちょ、ちょっとお姉様、何してるの!? ってミサカはミサカは仰天してみたり!」

「顔をお上げくださいお姉様! 謝らなければいけないのはミサカたちの方です、とミサカは……ミサ……」

そこで御坂妹は言葉に詰まってしまった。
一瞬顔を隠すように俯き、けれどすぐに話し始める。
その顔からは、迷いが消えていた。

「申し訳ありませんでしたお姉様。ミサカたちは知らず知らずのうちにお姉様に負担をかけていました。
お姉様なら大丈夫だ、と。そんな根拠はどこにもないのに、とミサカは強く後悔します」

そう言う御坂妹に打ち止めも同じく続いた。

940: 2013/03/27(水) 23:43:36.38 ID:QtYXbrhm0
「ミサカも同じだよってミサカはミサカは追従してみたり。
ミサカもお姉様なら大丈夫だと勝手に思ってあの人のことを話した。
そんな話を急にされても戸惑うだけなのに、そんなことはお姉様の立場を考えれば分かることなのに、ってミサカはミサカは自分の馬鹿さ加減に呆れてる。
ごめんなさい、お姉様」

二人はせめてもの誠意として美琴の目を見て、視線を逸らすことなく話した。

「……うん。じゃ、お互い様、ってことで手を打たない?」

二人の謝罪を聞いた美琴が提案する。
互いに謝り合い続けても終わらないし、本当に話したいことは別にある。
無論これも重要な用件の一つではあったのだが。

「で、でもこれはミサカたちが悪いのに……ってミサカはミサカは言葉に詰まってみたり……」

「上位個体の言う通りです、ミサカたちに非があるのは明らかです、とミサカは改めて謝罪を……」

941: 2013/03/27(水) 23:44:58.03 ID:QtYXbrhm0
バツが悪そうにしている二人に美琴は明るく声をかける。
客観的に見てどうだかは知らないが、少なくとも美琴は自分が悪いと思っている。
だが御坂妹と打ち止めも自分たちが悪いと思っている。
このままでは平行線。だからこその妥協案。
二人が美琴に謝られて動揺していたように、美琴も二人に謝罪されると反応に困るのだ。

とはいえ相手の謝罪を受け取らないというのも失礼だろう。
だから美琴はそれを受け入れた上でもうこれに関しては手打ちにしようと考えているのだ。

「駄目、かな?」

御坂妹と打ち止めは再度顔を見合わせる。
自分たちが一方的に悪いと思ってはいても、傷つけたはずの美琴にそんな提案をされては断れなかった。
どこか釈然としないような表情を浮かべたが、すぐに笑って二人は言葉を返した。

942: 2013/03/27(水) 23:47:35.93 ID:QtYXbrhm0
「いえ、お姉様が望まれるなら、とミサカはその提案に乗っかります」

「ミサカもミサカもー!」

そう言って笑う二人に、思わずふっと笑みがこぼれる。
やっぱり、この子たちを守りたいと。
その決意を新たにする美琴。そして、そのためにも御坂美琴は本題に入る。

「それで……一方通行のこと、だけど」

それを聞いて、御坂妹と打ち止めの表情が固くなる。
避けられない話だと分かっているが、やはりあまり進んでしたい話ではない。
あの夏の地獄は脳裏にこびりついて消えることがない。

「……ミサカたちも、お姉様とその話をするために会いに行こうとしてたんだってミサカはミサカは告白してみる」

どうやらそれが理由で打ち止めはこの病院にやって来ていたらしい。
この二人も、美琴と腹を割って話そうと考えていたようだ。
ならば話は早い。美琴は大きく深呼吸して、その重い口を開いた。

943: 2013/03/27(水) 23:48:52.71 ID:QtYXbrhm0
「私はこれから本心を話す。アンタたちを気遣って話さなかったことがある。
それを全て包み隠さず話す。聞いてほしい」

人は何かを口にする時、必ず何らかのフィルターを通す。
それは羞恥だったり、理性だったりと色々だがそれは誰もが無意識にやっていることだ。
こんなことを言うのは恥ずかしい。これを言えば相手を酷く傷つけてしまうかもしれない、といった風に。
勿論美琴も例外ではなく、こと妹達に関してはそれが特に強かった。
だが今、それらを全て取り払いありのままの気持ちをぶつけようとしていた。

「……はい」

「ありがと。まずは、一方通行の演算補助の話からね。
脳に障害を負った一方通行の演算能力や言語能力を、アンタらが代理演算してるって話だったわね。
……はっきり言って、私には全く理解出来ない。何一つ納得出来ない。
アイツは、アンタたちを一万人以上、一万回以上頃したのよ?」

944: 2013/03/27(水) 23:53:06.79 ID:QtYXbrhm0
それが、御坂美琴の本心だった。
腹の底にあった感情。
そして、当然と言えば当然の感情。
あの愉しそうな狂った笑顔が。あの楽しそうな弾けた嗤いが。
美琴の脳内で再生され、怒りと憎悪を呼び戻す。

「……あの人は、ミサカたちが補助してあげないと喋ることも歩くことも出来ないんだよってミサカはミサカは消え入りそうな声で呟いてみる」

「それが甘いと断言できる程度のことはやってきた男よ」

美琴がきっぱりと、二人の目を見て言い切った。
美琴は忘れない。あの男が何をしたのか、どれほど取り返しのつかないことをしたのか、絶対に忘れない。
たとえ世界中の人間が忘れても。世界中の人間が一方通行を許しても。
御坂美琴だけは忘れず、絶対に許すことはない。

だってあの男は、大切な妹を頃したのだから。

945: 2013/03/27(水) 23:54:40.59 ID:QtYXbrhm0
「私はアイツが廃人になろうが野垂れ氏のうが、自業自得だとしか思えない。
……醜いでしょ? 幻滅するのも仕方ないかな。
でも、これが私の素直な気持ち。アンタたちと笑顔で話しながら、こんなことを思ってるのよ、私は」

ついに美琴はその気持ちを全て吐き出した。
妹達に気を使って決して話すまいと思っていた汚い部分も、全て。
果たしてこれを知った妹達はどう思うだろうか。
やはり幻滅しているだろうか。
だが、答えは違っていた。

「お姉様がそう思うのは当然のことです。お姉様は聖人君子ではありません、とミサカは昨日から学習しお姉様を受け入れます」

「うん。そう考える方がやっぱり自然だよってミサカはミサカはまたもや追従してみる。
あの人を許せなんて言うつもりはないよ」

946: 2013/03/27(水) 23:56:43.62 ID:QtYXbrhm0
二人は幻滅などしていなかった。
美琴を神聖視し過ぎた結果が昨日なのだから。
美琴の全てを受け入れると、そう決めていたのだろう。
それにもともと昨日だって美琴に一方通行を許せ、などと言うつもりはなかった。

あくまで一方通行の良いも悪いも全てを知ってもらった上で判断してほしかっただけ。
勿論その結果少しでも美琴と一方通行の関係が良い方に傾けばいい、というのが打ち止めの願いだったわけだが。

「ありがとう、アンタたち。
でも、私にはアンタたちの意思を尊重したいって気持ちもあるの。
アンタたちが演算補助するって決めたなら、それを優先したいとも思ってる。
要するに、私の中でまだ気持ちの折り合いがついてないのね。これは時間がかかると思う。
……その上で、やっぱり私は演算補助をやめろとは言わない。これが、私の結論よ」

947: 2013/03/28(木) 00:01:27.18 ID:cefS7MOJ0
それは、結局自分の気持ちより妹達を優先するということだ。
無理に抱え込むわけではなく、しっかりと自分の気持ちを確認し、全て吐き出した上で美琴はこの結論に至った。
どうしても美琴には妹達を自分より下に位置づけることは出来なかったのだ。
といっても姉だから、と無理に自分の気持ちを抑えていた時とは違う。
腹の底を吐き出したおかげでずいぶんすっきりしていた。

「次はアンタたちの番よ。
良かったら聞かせてちょうだい。アンタたちはなんで演算補助なんてしているの?
何を思ってアイツを助けているの? ……そして打ち止めは、なんでアイツをそこまで慕っているの?」

それは、美琴は一番聞きたいことであり、一番理解出来ないところでもあった。
二人は躊躇わず、素直に答えてくれた。
御坂妹は言う。

948: 2013/03/28(木) 00:03:13.56 ID:cefS7MOJ0
「ミサカは、一方通行に感謝しているからです。
どんな生まれ方であったとしても、母なき命であっても、一方通行がいなければミサカが生まれてくることはなかったのですから。
そして生まれていなければ、ミサカは目玉焼きハンバーグの味を知ることも出来ませんでした、とミサカは本心を吐露します。それが、ミサカの理由です」

打ち止めは言う。

「あの人は血塗れになりながら、ボロボロになりながら、能力を失ってでもミサカのために戦ってくれたから。
それにあの人は弱いんだよ。手の中の物を守れなかったばかりか、それをすくっていた両手もボロボロになっちゃってるの。
だから今度はミサカが守ってあげたいのってミサカはミサカは打ち明けてみる。それが、ミサカの理由」

打ち止めは続ける。

「あの人は変わろうとしてる、償おうとしてる。
必氏に戦ってるの。ミサカはそれを支えてあげたいってミサカはミサカは追加してみたり。
演算補助もその一つだよ」

949: 2013/03/28(木) 00:05:20.09 ID:cefS7MOJ0
それが二人の本心だった。
一方通行がいなければ御坂妹たちは生まれなかった。
それは確かな事実だ。
だがその彼女たちを一方通行が一万人以上頃したのも揺ぎ無い事実。
そして、一方通行が打ち止めを命懸けで守り抜いたのも、また。

だからこそ美琴は苦しんでいたのだ。
一方通行が悪を貫き通してくれていればよかったのに。
そうであれば、心おきなく憎めたのに。
あるいは、最初から妹達を守ってくれていればよかったのに。
そうであれば、きっと仲良く出来たのに。

「……一方通行がどれだけ悔いようと変わろうと、殺された私の妹はたったの一人だって帰ってはこない」

ぽつりと美琴が呟いた。
今は反省している、でなかったことにされてはたまったものではない。
人の命は、二度と取り返しのつかないものなのだ。
決してやり直せない唯一のものだ。

950: 2013/03/28(木) 00:07:57.04 ID:cefS7MOJ0
「お姉様の言っていることは事実です、とミサカは肯定します。
殺された〇〇〇〇一号から一三〇〇一号までの妹達は生き返らない。
それにミサカたちだって、一方通行を許しているわけではないのです、とミサカは宣言します」

「でも、償いきれるかどうか、結果許されるかどうかはともかく償おうとすることは出来るよねってミサカはミサカは考えてる。
あの人は贖罪の道を歩いているから、ミサカはそんなあの人を支えるんだってミサカはミサカは決意表明!
それに……ミサカは、ずっとあの人と一緒にいたいから!
あの人を許せなんて言うつもりはない。でも、償うチャンスをあげてほしいのってミサカはミサカは本心を晒してみる」

美琴は驚いていた。
御坂妹も、打ち止めも、思っていたより全然大人ではないか。
何だかやけに自分が小さく思えて、美琴は苦笑した。
打ち止めの、「償おうとすることは出来る」という言葉に美琴は何も言い返せなかった。
事実だと思ったからだ。

951: 2013/03/28(木) 00:10:12.41 ID:cefS7MOJ0
一方通行が今もヘラヘラしているのなら、美琴は容赦なくブチ抜けるだろう。
だが彼は変わろうとしている。打ち止め、ひいては全ての妹達を守ったという結果も出している。
それを否定できるのか。全てを捨てて贖罪に走っている彼の行動を、その結果を否定していいのか。
もし一方通行がいなければ彼女たちは生まれることはなく。いたとしても打ち止め、いや妹達は打ち込まれたというウィルスに侵されていただろう。
それを、否定していいのか。

「……それでも、私はアイツを許せない。未来永劫許すことは出来ない」

その答えは、変わらない。けれど。

(私は無意識の内に全部をアイツのせいにしてた。
アイツだけのせいじゃない。これは私の罪でもあるんだ。
あの実験は私のせい。この子たちを頃したのは私。
私は一方通行を許さない。そして―――私は私を、決して許さない)

952: 2013/03/28(木) 00:11:33.48 ID:cefS7MOJ0
美琴は自分で自分を罰しながら生きていく。
きっと一方通行もそうなのだろう。
その十字架を一生背負ったまま。
それを投げ出すことは絶対に許さない。美琴も、おそらく打ち止めさえも。

「もう一度一方通行に会う」

美琴ははっきりとそう言った。その目に迷いは一切ない。
御坂美琴の、あの凛とした瞳が戻っている。
一方通行と会って、今二人としたように腹を割って全てをぶつける。
そして一方通行にも全てを話してもらう。
場合によっては力づくでも、だ。

第三位では第一位には敵わないが、今の一方通行は美琴と同一パターンの脳波を用いたミサカネットワークによって補完されている状態だ。
ならば全ての妹達の母体でありオリジナルにして、電子レベルでの操作まで出来る超電磁砲に干渉できない道理はない。
ネットワークから切断されれば一方通行は廃人同然なのだ。
いまや第一位と第三位の力関係は逆転してしまっていた。

953: 2013/03/28(木) 00:12:19.85 ID:cefS7MOJ0
「打ち止め、悪いけど一方通行に伝令を頼めるかしら?」

「……うん。分かったってミサカはミサカは力強く頷いてみたり。
これはあの人にとってもきっと避けられないことだよね」

打ち止めはあっさりと承認してくれた。
内心ほっとする。美琴には一方通行とコンタクトをとる手段がない。
もし断られれば、ばったり会うという運に任せるしかない。
流石にそんな確実性に大きく欠ける方法は避けたかった。

そして一方通行に再び会うという行為。
怖いと思う気持ちが全くないと言ったら嘘になる。
だがもうあの鉄橋で再会した時のような、あれほどの恐ろしさは感じない。
この数日で一方通行に対する認識も、美琴自身の心境も大きく変化していた。

「それで、いつにするの? ってミサカはミサカは確認してみたり」

954: 2013/03/28(木) 00:13:43.03 ID:cefS7MOJ0
「出来るだけ早いほうがいいわね。……明日、明後日。
いや、今夜ね。それが一番だわ」

「今夜!? ってミサカはミサカは予想外の早さにびっくりしてみたり!」

出来るだけ早いほうがいい。それは間違いない。
最初は一日くらい気持ちを落ち着かせるために空けようかとも思った。
だがこういうのはタイミングを逃すと、ずるずると引き摺ってしまいそうだった。
ならばこの気持ちが変わらないうちに、出来るだけ早く済ませてしまうべきだ。それに、

(さっさと終わらせてしまいたい、って気持ちもあるしね)

いつまでもこの問題を残していては、精神衛生的にも非常によくない。
妹達も解決してくれたほうがありがたいだろう。
一方通行の方はまだ覚悟が出来ていないかもしれないが、そんなことは知ったことではない。

「駄目かしら?」

955: 2013/03/28(木) 00:14:32.30 ID:cefS7MOJ0
「ううん。あの人に伝えとくねってミサカはミサカは確かに引き受けた!」

「なら今夜八時、私たちが再会したあの場所で。そう伝えて」

打ち止めは力強く頷いた。
場所はこの病院の屋上あたりにしようかとも思ったのだが、美琴は一方通行を前にして能力を使わない自信がなかった。
使った場合、病院にある計器に多大な影響を及ぼし患者たちにも被害が出るかもしれない。
そう考えると、この病院は選べなかった。

対して、あの鉄橋は街中から外れているし夜に人が通ることはまずない。
それは『実験』当時、上条と対峙した時や一方通行と再会した時にあれだけ暴れても誰一人来なかったことからも推測出来る。

「打ち止め、携帯持ってるでしょ?
私の連絡先渡すから、予定ついたら連絡ちょうだい」

956: 2013/03/28(木) 00:15:47.72 ID:cefS7MOJ0
そう言って美琴は携帯を取り出し、打ち止めの携帯とくっつけ赤外線送信する。
それを終えると、美琴はいよいよかという実感が湧いてくるのを感じた。
今から数時間後、自分は学園都市第一位と再び相対するのだと。
八月から続く因縁に決着が着くのだと。

「お姉様」

しばらく黙っていた御坂妹が口を開いた。
何か言いにくそうに俯いている。
美琴は優しく笑って、「ゆっくりでいいのよ」と御坂妹が喋るのを待った。
御坂妹はそれを見て一言感謝の言葉を述べ、

「あ、あの。お願いがあります、とミサカは躊躇いながらもようやく話しました」

「何?」

「一方通行を……殺さないでください。人頃しにならないでください、とミサカはお願いします」

957: 2013/03/28(木) 00:16:46.22 ID:cefS7MOJ0
「へ?」

その言葉に驚いている美琴を尻目に、御坂妹は更に続けた。
昨日のことがあったのでお願いはしにくいのですが、と前置きして、

「たしかに、昨日お姉様が言ったように氏んでしまった個体が何を考えていたかなんて細かいところまでは分かりません。
ですが少なくともこのミサカは、そこにいる上位個体は、そして今生きている全ての個体はお姉様に手を汚してほしくないと思っています、とミサカは懇願します」

ミサカネットワークで繋がっているので間違いありません、と胸を張る御坂妹。
御坂妹が話しずらそうにしていたのは、こうした頼みごとが昨日美琴を追い詰めたからだ。
だが、それでも美琴に人を頃してほしくない、というのはたしかに全ミサカの総意で。
それを受けた美琴はふっと笑って、

「分かったわ。頃しはしないわよ、頃しは、ね」

と意味ありげに答えた。

958: 2013/03/28(木) 00:17:51.27 ID:cefS7MOJ0
美琴はかつて会ったスキルアウトのリーダーである駒場利徳との会話を思い出していた。
あの時、美琴は偉そうに上から説教をした。
自分の体を大切にしろ。慕っている人間を悲しませるな、と。

なのに言った自分がそれを守れていなかったのだ。
妹達は自分を慕ってくれている。悲しませるわけにはいかない。
妹達だけではない。美琴が人頃しになれば白井も、佐天も、初春も、上条も悲しむだろう。

あの時あの鉄橋で一方通行を殺さなくてよかったと美琴は心から思った。
もし自分が一方通行を頃していれば、打ち止めは一方通行が氏んだことに酷く悲しんだだろう。
そして御坂妹も自分のせいでお姉様が人頃しになってしまったと深く嘆いただろう。
美琴はそんなことを望んではいない。望むのは彼女たちの笑顔なのだから。

959: 2013/03/28(木) 00:19:38.02 ID:cefS7MOJ0
「それとお姉様。氏んだ九九八二号は、決してお姉様を恨んでなどいません、とミサカは断言します」

「えっ?」

不意の御坂妹の言葉に、美琴はあの悪夢を思い出す。
何人もの妹達が血の海から這い上がり、美琴を糾弾する夢を。
あの夢の中で、九九八二号は美琴に「あなたのせいだ」と怨嗟した。
氏んでしまった人間が何を考えていたかなど分かるはずもない。
だから、美琴は九九八二号が自分を恨んでいたのではないか、と考えたのだ。
自分を助けてくれなかった愚かで無力な姉を。

「何故ならば、ミサカネットワークによる記憶によると九九八二号はお姉様からいただいたバッジをとても大切にしていました。
氏の間際、あの個体が片足を失ってもバッジを抱えたのはお姉様との大切な思い出の品だったからではないでしょうか、とミサカは推測します」

美琴はあの時のことを思い出す。
そういえば、九九八二号は一方通行によって圧氏させられる直前に何かを拾っていたような気がする。
それが何かは分からなかったが、あれは自分があげたバッジだったのか。

960: 2013/03/28(木) 00:21:38.13 ID:cefS7MOJ0
「九九八二号は当時の全個体の中で唯一お姉様に会った妹達。
あれはあの時それを散々ネットワークで自慢していました、とミサカは回想します」

九九八二号は、美琴と過ごしたひと時を心から楽しんでいた。
他の妹達に自慢せずにはいられぬほどに。
美琴からもらったバッジを、氏の直前であっても手放さぬほどに。
お姉様との思い出を、大切にしていた。

(そうか。あの子は、私と過ごした時間を楽しいって、少しでもそう思ってくれたんだ。
……ごめんね、九九八二号。アンタがたしかにこの世界に生きていたことは、もう絶対に忘れないから)

美琴の胸に何か熱いものが込み上げる。
ちょっと油断すると涙を流してしまいそうだった。

「……分かった。ありがとね」

961: 2013/03/28(木) 00:22:46.25 ID:cefS7MOJ0
そう笑うと、御坂妹も相変わらずヘタクソではあるが笑みを浮かべた。

「ねえ、あの人のことだけどお願いだから手加減してあげて? ってミサカはミサカは白モヤシなあの人のライフポイントの心配をしてみる」

「ですが氏なない程度には波動拳から竜巻旋風脚までのコンボ攻撃とか決めちゃっていいんじゃないでしょうか、とミサカは無慈悲に言い放ちます」

そう言って、三人は笑った。
皆が皆、素直に、無理をせずに。
病院の一室に、少女たちの楽しそうな話し声と笑いが響き渡った。

そして美琴はすぐに二人に別れを告げ、病院を後にした。
時間はなかった。現在時刻は午後四時ごろ。
一方通行との決着の時間までは十分にあり、急ぐ必要など全くない。
なのに何故美琴がこうも急いでいるのかと言えば、それは行きたいところがあったからだった。

2: 2013/04/02(火) 18:58:08.12 ID:Y3hy9anU0
とりあえずスレ立てだけ
投下は夜か明日にでも

垣根「これまでのあらすじに常識は通用しねえ」

って感じで今までのあらすじとか書こうとしたけど結局なしに

3: 2013/04/02(火) 19:05:37.17 ID:Y3hy9anU0
前スレ返信

>>966
10031号については……何とも鋭いタイミングで

>>970,>>979
ていとくんは……しばらくベンチです、はい

>>971
その二人がお姉様ラブな可能性が微レ在……?

>>972
9982号は本当に哀しい個体ですよね……
アニメで鬱になる可能性もあります

>>977
美琴の暴走を止めたのはていとくんです
ただていとくんはそれを明かさず、「勝手に倒れた」と誤魔化しました

11: 2013/04/02(火) 22:13:43.36 ID:Y3hy9anU0
一方通行と決着を着ける前に、どうしても行きたいところがあった。やりたいことがあった。
だから美琴は急ぐ。四時間もかかるような用事ではないので十分に間に合う計算だが、時間にゆとりは持っておきたかった。
行き先は花屋。学園都市ではそう多いわけではないが、無論ないわけでもない。
脳内で場所を検索する。そういえばこの病院からそう離れていないところに一軒あったのを思い出す。
いつもは花屋になど行くことがなかったから、全く意識したことはなかった。
今の今まで美琴にとって背景でしかなかった店。

しばらく歩き、目的の店へとやって来た美琴。
入店すると自分の他にも二人ほど客の姿が見えた。
一組の男女。カップルなのだろうか、などと思いながらそんなことはどうでもいいと目を逸らす。
今の美琴は明確な目的があってここに来ていて、更に制限時間もあるのだ。
あまり余計な時間は使えない。

店内には多くの色とりどりの花が並べられていて、非常に綺麗な光景だった。
一年中あらゆる花が手に入るのは学園都市の利点だ。
現にもう冬だというのに店内には向日葵が大きく咲き誇っている。
見方を変えれば季節感の欠如とも言えるのだが、学園都市では今更な話だ。
美琴も季節感といったものを全く気にしないわけではないが、そこまで気にするわけでもない。

12: 2013/04/02(火) 22:17:54.85 ID:Y3hy9anU0
そんなたくさんの花の中からいくつか候補を絞るが、決め手に欠ける。
なので美琴は素直に店員の力を借りることにした。
すみません、と声をかけると人の良さそうな笑顔を浮かべた女性店員がやって来た。
大学生くらいの年だろう。やはりこのような華やかな店では特に笑顔は重要らしい。
綺麗な人だな、と素直に思った。

「はい、どのようなお花をお探しですか?」

店員の笑顔に応えるように、美琴もまた笑って言う。

「お墓に供える花を探してるんですけど、あまりそういうのに詳しくなくて。
何か相応しいものとかってあるんですか?」

それが御坂美琴がここに来た目的だった。
美琴が絶対にしておきたかったこと。―――九九八二号の、墓参り。
今まで忘れてしまっていたことへの謝罪も込めて。
綺麗な花を供えてやりたかった。せめて少しでも安らかに眠れるように。

ただこういう花は何でもいいというわけではない。
美琴の知る限りでは棘や毒のある花、匂いの強いものは避けられる。
また色も清浄を表す白を最上とし、華美な色を避ける。

13: 2013/04/02(火) 22:21:24.01 ID:Y3hy9anU0
「献花ですか。基本的にあまり制限はないです。
棘のある薔薇や匂いの強い百合、色の強いものなどは避けられますが。
その方が亡くなられて時間が経っているのであれば段階的に色花も用いますね」

九九八二号が氏んだのは八月一五日。
氏んでからまだ三ヶ月も経っていない。
となると、やはり控えめな色彩のものがいいのだろう。

「いえ、亡くなって長くないので。
やっぱり菊とかが一番当たり障りないんですか?」

「それは申し訳ありませんでした。
そうですね、故人が好きだった花を供えるのが一番なんですよ、本当は。
そういう理由であれば薔薇も百合も使われたりします。
ですが特に好みの花がないのでしたら菊は間違いがないと思いますよ」

それに、と店員は区切って、

「持ち帰るお供え物と違ってお花はお墓に残すものですから。
あまり汚くなってしまう花ではなく、綺麗に散る花が好まれます。
その点菊は花持ちも良いですし、何より水あげも良いので供えるのに向いているのでしょうね」

14: 2013/04/02(火) 22:26:06.40 ID:Y3hy9anU0
へぇ、と美琴は内心少し驚いた。
おそらくアルバイトだろうに、ずいぶんと詳しい。
学園都市には墓地は第一〇学区にしかなく、住人もほとんどが学生なのでこういう質問に慣れているとも思えない。
ここは素直にこの物知りな店員に従っておこう、と美琴は思った。
あまり時間もないことだし、こういうことはプロに任せるのが一番だ。

「じゃあ菊をお願いします」

美琴がそう言うと、店員は相変わらずの笑顔を浮かべたまま予算内で見繕ってくれた。
菊の花束を二束持って、店員のありがとうございました、という言葉を背に受けながら美琴は外に出る。
途端に冷たい空気が美琴の肌を冷やす。
一様でない風が髪を靡かせ、冬の訪れを知らせていた。

道行く学生たちの中には早くも冬休みの予定を話している者もいた。
何も知らない、だがそれ故に幸せなのだろう人々。
美琴も本来ならそちら側の人間のはずなのだ。
美琴の経験した多くの悲劇や事件は、超能力者となってしまったことに端を発する。

15: 2013/04/02(火) 22:28:01.12 ID:Y3hy9anU0
だが、何も知らずにいれば自分は幸せだったのか? と美琴は思う。
たしかにただの一学生であれば美琴はこんな目に合わずに済んだだろう。
もっと平穏な世界で生きられたはずだ。

だがもしそうだったならロシアでは街一つが大変なことになっていたかもしれない。
学芸都市は消し飛び、多くの客たちの命が失われていたかもしれない。
幻想御手で昏睡した患者は眠ったままだったかもしれない。
木山春生の教え子たちも昏睡したままだったかもしれない。
妹達だって二万人全員が殺されてしまっていたかもしれない。
ロシアやその周辺地域はニコライ=トルストイによって発射された核で完全に破壊・汚染されていたかもしれない。

それが巻き込まれたものであっても、結果として御坂美琴は人を助けてきた。
妹達も一万人は手遅れだったが残り一万人は上条の手を借りて救うことができた。
それは、その一点だけはきっと誇るべきだ。
何も知らずにのうのうと暮らしている自分の陰で妹達が苦しんでいる。
血塗れになって、助けを求めることも出来ずにいる。それに気付かずにふらふらと生きていることが幸せなのか?

違う、と美琴は思う。そんな惨めったらしい幸福なんていらない。
誰かを救うことの出来る不運の方がよっぽど素晴らしい。

16: 2013/04/02(火) 22:31:25.27 ID:Y3hy9anU0
だから、美琴はこれまでの生き方を否定しない。
一万人の妹を救えなかったことも、一万人の妹を救えたことも。
もし『幸運』だったのなら自分の罪に気付くことさえ出来なかったのだから。

花束を二束持って歩く美琴は端的に言って浮いていた。
その人物が常盤台の超電磁砲であるという事実が一層注目を引きたてていた。
中にはわざわざ足元を止めてまで美琴を眺める者までいる始末。
勿論道行く人間の数から見れば美琴に注目している人は少数だ。

だがそれでも美琴は見世物じゃねぇぞ、と叫びたい気分だった。
何も悪いことなどしていないのに、コソコソと逃げるように移動する美琴。
目指すは駅だ。行き先は同じ第七学区だが、少々距離があるため公共機関を利用することにする。

(電車とか乗ったらまた注目されるんだろうなぁ……)

そんなことを考えながら美琴は最寄駅へと急いだ。

17: 2013/04/02(火) 22:37:08.96 ID:Y3hy9anU0
結果から言って、美琴の予感は半分外れた。
電車を待っている時も、乗っている今も注目はされたが意外と気にしていない人の方が多かったのだ。
美琴にとっては非常にありがたいことだった。
あまりに見られていると一挙手一投足にまで気を使ってしまう。
もともとがお嬢様というより庶民に近い美琴なので、どうしても疲れるのである。

車内の席はずいぶん空いていたが、目的の駅まではすぐ近く。
なのでドアの近くに寄りかかって待った。
ガタン、ガタン、と規則的に揺れる電車の窓から学園都市を見渡す。
一見美しく見えるこの街も、裏を見てみれば地獄の底だ。
量産型能力者計画、絶対能力進化計画、プロデュース、暗闇の五月計画、白顎部隊、暴走能力の法則解析用誘爆実験、虚数学区・五行機関、ヒューズ=カザキリ、ドラゴン……。
非人道的、などというレベルではない。それほどこの街の『闇』は深い。

ただそれでも美琴は学園都市を嫌いにはなれなかった。
学園都市の全てを肯定するわけではない。一部の上層部と科学者共は本気で氏ねばいいとさえ思う。
だが、能力者が暮らしていくにはこの街が必要なのだ。
きっとそれさえ上の連中の思い通りなのだろうが。

18: 2013/04/02(火) 22:41:05.34 ID:Y3hy9anU0
それだけではない。御坂美琴は学園都市の『闇』を知りながら『表』の人間でもある。
この街の悪い面だけではなく良い面も知っている。
たくさんの出会いがあった。たくさんの物語があった。
美琴が学園都市にいなければどうなっていただろう。
勝手にクローンなんてふざけたものが作られることも、あの『実験』もなかっただろうと思う。

だが同時に、それは今までの出会いをも否定する。
かけがえのないパートナーである白井黒子と会うこともなかった。
初春飾利とも、佐天涙子とも知り合わなかった。
垣根帝督と友人になることもなかったし、上条当麻という想い人が出来ることもなかった。

だから、美琴は学園都市を本気で嫌いにはなれない。
これが一方通行や垣根帝督だったら違うのだろうが、美琴はそうだった。
だがそれでも学園都市の悪い面はあまりにも大きすぎた。
多くの犠牲者を裏で生んだ。妹達などその最たるものだろう。
だからそれを知る者として、美琴はその氏を悼む。
学園都市の犠牲者などそれこそ数え切れないほどいるのだろうが、美琴にとってのそれはやはり妹達となる。

19: 2013/04/02(火) 22:44:33.86 ID:Y3hy9anU0
誰にも望まれず、誰にも愛されず、生まれ、生き、そして氏んでいった一万人の妹達。
そのほぼ全員を美琴は知らないし、どこで氏んだのかも分からない。
ならばせめて知っている者にだけでも墓前で教えてあげたい。
妹達が何人いようと、ボタン一つで量産できる存在だろうと、その氏を悲しむ人間がいるのだということを。

目的の駅までは僅かに二駅。
電車はすぐにその駅へと到着した。
美琴は電車を降り、駅を出る。駅から目的地まではそう遠くない。
数分後、御坂美琴は一本の路地裏の前に立っていた。
あまりにも存在がおぼろげで、明日には消えていそうなほど存在感が希薄な道。
美琴はそんな路地裏に躊躇わず踏み込んだ。
その道に入った途端、空気が変わる。
つい先ほどまでいた世界とは確かに違った。

そこにはスキルアウトさえもいない。いるのは御坂美琴ただ一人。
どこでも目立つ常盤台の制服や手に持った花束、綺麗なシャンパンゴールドの髪はひたすらにこの異様な空気と調和せず、異物として存在している。

20: 2013/04/02(火) 22:46:38.77 ID:Y3hy9anU0
ローファーがアスファルトをカツン、カツン、と叩く音が両側をビルに挟まれた道に反響する。
吹きつける冷たい風はビル風となって轟々と唸りを上げる。
その強い風は美琴の髪をサラサラと揺らし、更にスカートを揺らした。

辺りに捨てられている紙屑が風に乗って流され、地面を引っ掻きながら飛んでいく。
それらの光景が一層この寂れた路地裏を演出していた。
しばらくビル風の音とアスファルトを叩く音だけが響いていたが、やがて一定のリズムで鳴っていた足音がピタリと止まった。
ついに美琴が目的地に到着したのだ。

何てことはない、ただの路地裏。
どこかの倉庫に出たわけでもなく、目立った何かがそこにあるわけでもない。
それでも美琴は路地裏のある一箇所で歩みを止めていた。
周囲には何もない。何の痕跡もない。
ここで間違いなくあった惨劇など初めからなかったかのように。
だがそれは現実。なかったことになることなど決してない。

そう、ここはかつて『実験』が行われた場所。
一方通行を絶対能力者にするために一〇〇三一番目の妹が息を引き取った場所。
その体が弾け飛ぶ瞬間をモニター越しに見た。その時の場所を覚えていたのだ。
九九八二号だけではない。美琴は一〇〇三一号とも接触したことがあった。
一緒に遊びまわったりしたわけではないが、確かに会った。言葉を交わした。

21: 2013/04/02(火) 22:48:13.19 ID:Y3hy9anU0
「一〇〇三一号」

美琴がぽつりと呟いた。
その声は路地裏に反響することなく、強く吹きつける風の音によって掻き消される。
一度曲がったせいか吹く風は弱くなってはいたが、その音はここまで届いていた。
一〇〇三一号。彼女は美琴に絶望をもたらした妹達だ。
『実験』を止めるために研究所を破壊し続けた美琴が、ついにその目的を達したと、そう思った時。
『実験』は予定通り続いていると告げ、美琴を絶望のどん底に叩き落した妹達。
勿論彼女にそんなつもりはなかっただろうが。

「アンタには、謝らなきゃいけないわね」

美琴は結局それを言えないまま永遠の別れを迎えてしまった。
だから今からでも謝りたい。それはずっと美琴の心にドロドロとしたものとして残っていた。

「アンタにはずいぶん酷いことを言っちゃった。
あの時は私もかなり追い詰められてたってのもあるけど、アンタにあたることじゃなかったのにね。
本当に、ごめんなさい。私だけは絶対にアンタたちを否定しちゃいけなかったのに」

22: 2013/04/02(火) 22:49:25.74 ID:Y3hy9anU0


    ――『お姉様』――


    ――『お姉様』――


    ――『やめてっ……。やめてよ……』――


    ――『その声でっ…その姿でっ…もう……私の前に現れないでッ……!!』――


美琴はあの時一〇〇三一号を否定した。
それは姉として絶対にやってはいけないことだった。
そしてその後、美琴は謝ることも出来ずに彼女は氏んでしまった。

だが、今ようやくそれを伝えることが出来た。
天国にいる一〇〇三一号に届いていることを美琴は願う。
彼女が許してくれるかは分からない。
ある意味でこれはただの自己満足なのだ、と美琴は思う。

23: 2013/04/02(火) 22:53:47.33 ID:Y3hy9anU0
ただ自分が辛い思いをしないために、吐き出して楽になりたかっただけ。
だがそれでも、彼女に謝るという行為はきっと必要だった。
あんな暴言が彼女と交わした最後の言葉だなんて嫌だった。
だから今更ではあっても、自己満足かもしれなくても、美琴は謝罪する。
そして謝らなければならないのはそれだけではない。

「……助けられなくて、ごめん。アンタだけじゃない。
一万人の妹達を私は助けられなかった。もし私がもっと早く『実験』を知っていれば。
もし私がもっと良い、最高の一手ってヤツを打てていたら」

彼女たちが氏ぬことはなかったはずなのに。
DNAマップを提供しなければ、とは言わない。
勿論全ての悲劇はDNAマップの譲渡に端を発しており、あれがなければ悲劇はなかっただろう。
だがそうしていなければ妹達は生まれてくることもなかった。
御坂妹も、打ち止めも生まれなかった。
上条当麻にも言われたことだ。その一点だけは誇るべきだ、と。

一万人の妹達の氏を肯定するわけでは勿論ない。
しかし同時に今この時を確かに生きているもう一万人の妹達の生を否定することも出来ない。
どうしてもそれは出来ない。それは御坂妹や打ち止めとは触れ合った時間が長いからだろうか。
だから美琴はDNAマップを提供しなければ、とは言えなかった。

24: 2013/04/02(火) 23:05:08.74 ID:Y3hy9anU0
残念ながら彼女たちに墓は用意されていない。
美琴はその場でしゃがみ込み、店で買った菊の花束を一束壁に立てかける。
氏んだ者は、生き返らない。
それがこの世界における絶対の法則。
たとえ科学が二、三〇年進んでいても、能力なんてものが一般に広まっていても、魔術なんてオカルトが存在していても。
ただそれだけは絶対に崩せないのだ。
ならば、氏んだ者に願うのは。

「―――……せめて、安らかな眠りを」

目を閉じて、美琴は手を合わせる。
知識としてはある程度知っているが、基本宗教に疎い美琴にはあまり細かい決まりは分からない。
だから多くの人たちがやるような形しかとれない。
あまり拘る必要もないだろう。こういうのはおそらく気持ちが重要なのだ。
それに、一〇〇三一号がクリスチャンだったというような事態は考えにくい。
彼女の生い立ち、生き方を考えれば宗教などとは無縁の無宗教者だったことは間違いないだろう。

しばらくの後、美琴は目を開けて立ち上がった。
こういう時あのインデックスという銀髪のシスターだったらどうするのだろう。
あの大食らいから考えてとてもシスターには見えないが、本人曰くあれでも本物らしい。

25: 2013/04/02(火) 23:06:19.22 ID:Y3hy9anU0
垣根にも「クソシスター」などと呼ばれる始末だが、控えめに考えても美琴よりはこういったことに詳しいだろう。
十字教式にはなるが今度インデックスに頼んでみようか、と美琴は思った。
気持ちが重要とは言ったものの、やはり可能ならば本職の人間にやってもらいたい。
詳しい事情は当然話せないが、きっと頼めば引き受けてくれるだろう。
彼女の人となりはそれなりには理解したつもりだ。

「また、絶対に来るからね」

言って、美琴は歩き出した。
次に向かうのは一方通行と会う鉄橋でも、常盤台寮でもない。
しっかりとした足取りで、狭い路地裏に確かな足音を響かせて美琴は歩く。
その顔に、その足取りに迷いは一片もなかった。

26: 2013/04/02(火) 23:07:53.09 ID:Y3hy9anU0




とある橋の下。何らかのコンテナや、何故か敷かれているレール。
人気は先の路地裏と同じく全くなく、外界から隔絶されていた。
ここが、絶対能力進化計画の第九九八二次実験が行われた地。
即ち、御坂美琴の九九八二番目の妹がこの世に分かれを告げた場所。
そして、美琴が絶望に沈んだ場所でもある。
吹きつける冷たい風が無人のそこを流れ、そこであった出来事とも相まって一層寂寥感を際立たせていた。

「……どうしても、思い出しちゃうわね」

左足をもがれた九九八二号。
平然と何でもないことのようにとどめを刺した一方通行。
身を焼くような激情に駆られ特攻し、圧倒的な力にあしらわれる自分。
自身を実験動物と言う妹達。

27: 2013/04/02(火) 23:12:06.66 ID:Y3hy9anU0
だがもはやそんな痕跡は全く残っていない。
一〇〇三一号の氏んだ路地裏と同様に、残りの妹達によって完璧な証拠隠滅が為されている。
記憶を頼りに九九八二号が氏んだ、まさにその場所のはずの場所へ美琴は足を運ぶ。
そう、たしか丁度ここだったはずだ。
美琴はしゃがみ込み、一〇〇三一号にそうしたように菊の花束を供えた。
近くに転がっている石で花束を押さえ、飛んで行かないようにする。
花自体はすぐに散ってしまうだろうが、それは仕方ないだろう。
そのために散り方の汚くない菊を選んだのだから。

「……久しぶり、九九八二号」

美琴が語りかけるように、言葉を紡ぐ。
その小さな声は風に乗って流されてしまいそうなほど弱弱しいものだった。

「アンタは私を恨んでると思ってたけど、一〇〇三二号……御坂妹はそうじゃないって言うのよ。
でも氏んだ人間が何を思っていたかなんて永遠に分からない。
アンタが何を思って、何を願っていたかはアンタ本人にしか分からない」

28: 2013/04/02(火) 23:13:11.93 ID:Y3hy9anU0
氏んだ人間のことは氏んだ人間にしか分からない。
至極当たり前のことだ。
生者は氏者の気持ちを推測し、代弁することは出来る。
だがそれが必ずしも氏者の気持ちを真に汲んだものかは永久に分からない。
だからこそ、美琴は問う。
答えなど返ってくるはずがないと分かっていても、聞かずにはいられなかった。

「ねぇ、アンタは私をどう思っていたの?
……ううん、違うわね。そんなことよりも。
アンタは、アンタを頃した一方通行をどう思っているの?」

打ち止めは、御坂妹は一方通行を恨んではいないと言う。
しかし彼女たちは『実験』で殺されなかった、生き延びた妹達だ。
氏んでしまった妹達はもしかしたら心の底から一方通行を憎んでいるかもしれない。
勿論、御坂妹らと同様に恨んでなどいない可能性もある。
その答えが美琴は欲しかった。
だがどんなに望んでも、氏者がその想いを伝えることなど出来はしない。

「そんな重い話だけじゃないのよ。アンタには教えてほしいことがたくさんある。
好きな花は何だったのかとか、好物は何かとか、漫画は好きかとか。
挙げたらきりがないわね。全く、いくらなんでも氏ぬには早すぎるでしょうが……」

29: 2013/04/02(火) 23:15:09.51 ID:Y3hy9anU0
気付けば美琴の瞳は濡れていた。
だが九九八二号の前でそんな姿は晒すのも躊躇われた。
逃げるように視線を脇へずらすと、視界の端にゴミのようなものが映った。
いつもなら路上に捨てられている空き缶のように、ゴミ情報として記憶に留められることはなかっただろう。
だがそれは何か違った。あれを見過ごしてはいけないと何かが告げている気がした。

そんな曖昧な予感をどうしてか無視出来なかった美琴は立ち上がり、ふらふらとそれに近寄っていく。
見れば見るほどみすぼらしいものだった。
捨てられて短くないのだろう、雨風に晒され続けたそれはすっかり汚れきっていた。
触れた指に泥や埃が付着する。普通なら触ろうとは考えもしない完全なゴミだった。

「―――これ」

しかし美琴はそれを離さない。離せない理由があった。
たしかにそれは他の人からすればゴミ以外の何物でもなかっただろう。
だが美琴にとっては違う。何故ならそのゴミは子供がつけるような缶バッジで、大人気マスコットキャラクターのゲコ太がデザインされたものだったからだ。
確信する。これはあの日美琴が九九八二号にあげたものだ。
これ自体は『実験』に関連するものではないせいか、回収されずに今この時まで残っていた。
すっかり汚れ、また車両に押し潰されたことによりひしゃげてもいるが、それでも残っていた。

30: 2013/04/02(火) 23:17:45.81 ID:Y3hy9anU0
美琴は手が汚れるのも気にせずにゲコ太の缶バッジを胸元で強く、強く握り締めた。
ポタ、ポタと透明な雫が汚れた缶バッジに落ち、その汚れを流していく。
美琴は体を震わせ、静かに立ち尽くす。
暫くの後再び歩き出した時には、バッジの汚れはだいぶ落ちてしまっていた。

「まだ、持っててくれたんだ。ガチャガチャで出るような安物なのにね」

ぽつりと呟いた。
彼女がこれを大切に思ってくれていたことだけはまず間違いないと言えるだろう。
そうでなければ九九八二号が氏の間際であっても手放さなかったことが説明出来ない。
持って帰ろうかと思った美琴だが、すぐに考え直す。


    ――『ミサカにつけた時点でこのバッジの所有権はミサカに移ったと主張します』――


    ――『それにコレはお姉様から頂いた初めてのプレゼントですから』――


「だって、このバッジはアンタのものだもんね」

言って、美琴は花束と一緒にバッジを供える。
菊の花。一〇〇三一号も、九九八二号も、一体どんな花が好きなのかはもう分からない。

31: 2013/04/02(火) 23:19:20.84 ID:Y3hy9anU0
菊を気に入ってくれるかどうかも不明だ。
美琴には菊が二人の好みに合うことを願うしかなかった。

少しでも気を抜けばまたも流れてしまいそうになる涙を堪え、美琴は俯いた。
一方通行と再会してからというもの、こっち泣いてばかりだ。
何度目か分からない感情が、言葉が、沸々と心の底から沸いてくる。
湧き水のようにとめどなく溢れてくる。
たとえ自己満足であっても、どうしても言わずにはいられなかった。

「ごめんね、九九八二号。守ってあげられなくて。
気付いてあげられなくて。私が一番アンタの近くにいたのに。
アンタを救えるところに一番近かったのが私なのに……っ!!」

―――覆水盆に帰らず。
どれほど悔やみ嘆いたところで時計の針は戻らない。
一方通行が九九八二号を頃したことも、九九八二号が氏んでしまったことも、美琴が九九八二号を救えなかったことも。
何一つとして、覆りはしない。既に確定されてしまった過去は変えられない。
時間というのは残酷だ。あるいはそれは悲しみを癒してくれる薬とも言えるのかもしれない。
だが少なくとも美琴にはその薬は効きそうになかった。

32: 2013/04/02(火) 23:22:49.23 ID:Y3hy9anU0
その謝罪は九九八二号に届いているのだろうか。
氏後魂がどうなるか、とか氏後の世界はどうなっているか、なんてことに対して美琴は独自の考えなど持ち合わせてはいない。
だがもし氏後の世界、天国や地獄なんてものがあったとしても、いつか美琴が氏んだ時そこで九九八二号と会えるとは思えなかった。

美琴が九九八二号に会うことは氏後含めもう未来永劫ない。
彼女は氏後の世界とやらできっと、いや間違いなく天国に行っただろう。
しかし一万人もの人間を手にかけた自分は、天国なんて上等なところには行けず地獄行きになるだろうから。

どれほどそうしていただろうか。
一際強く吹きつけた風に美琴は唐突に現実へ戻る。
視線を戻してみれば、そこには花束とバッジだけが置かれている。
少し寂しい気もするが、彼女たちはまともな方法で『処分』されていない。

一〇〇三一号にしたように、手を合わせながらやはりインデックスにお願いしよう、と美琴は決意した。
それも氏者の意図が分からない以上自己満足に分類されるのだろうか。
だがそれでも美琴は彼女たちを弔ってやりたかった。

33: 2013/04/02(火) 23:27:33.79 ID:Y3hy9anU0
九九八二号は、いや、殺された一万人の妹達はただ氏んだだけではない。
戸籍もなく、氏亡届も存在せず、墓も遺骨も存在せず、カメラやセンサーなどの防犯装置からも完全に抹消されてしまっている。
存在そのものが禁忌だった彼女たちは理不尽に殺されてしまったばかりか、生きていた証を一つも残すことが出来なかった。
まるで初めから存在していなかったかのように、世界からその痕跡を消されている。

「でも、心配しないで」

美琴の声は力強く、先ほどまでとは全く違っていた。
はっきりとした意思を込めて美琴は言った。

「もしアンタが―――アンタたちが世界のどこかに証を望むなら、私がその爪痕になるから」

しばらくの沈黙があった。
その後美琴は精一杯の笑顔を浮かべて、

「さようならは置いていくよ」

さようならは必要ない。
九九八二号にその言葉は絶対に向けたくはなかった。

35: 2013/04/02(火) 23:28:54.20 ID:Y3hy9anU0
いや、誰にであってもあまり言いたくはない。
どうしても九九八二号のことを思い出してしまうから。
「さようなら」ではなく「またね」と言いたい。言ってほしい。
これで終わりなんて嫌だ。また絶対にどこかで会おう、という願いを込めて。
だから、代わりに美琴はこう言うのだ。

「また、来るから」

美琴は出来るだけ笑って、もう一度繰り返す。
出来れば彼女の前では笑顔でいたかった。
美琴のアイスを横取りした時のように、美琴にハンバーガーを要求した時のように、紅茶を飲みたいと希望した時のように。
いつものあの無表情で、美味しいお供え物を要求する九九八二号の姿が一瞬見えたような気がして。

「また、絶対に来るからね」

言って、美琴は九九八二号の元を離れる。
まだ、終わっていない。最後の決着が残っていた。

八月から続く全ての因縁と全ての運命に決着を。

36: 2013/04/02(火) 23:29:54.83 ID:Y3hy9anU0




時計の針はカチ、カチという規則的な音をたて続ける。
そうして、短針と長針がそれぞれ八と一二を指す。
一般的な家庭では、バラエティ番組に興じながら夕食をとっているだろう時間。
家族団欒、憩いの時間。だが、ある二人の超能力者にとっては団欒などとは程遠い。

ついに、午後八時。二一時。
この時がやってきた。

少年と少女が交差する。

果たして振られたサイコロはどんな目を出すのか。
それは、まだ誰も分からなかった。






37: 2013/04/02(火) 23:31:50.78 ID:Y3hy9anU0












そして、御坂美琴は一方通行と対峙する。













60: 2013/04/13(土) 23:04:04.59 ID:EU4odp+w0
少女の想い、少年の本心。
少女の咎、少年の罪。
少女の願い、少年の望み。

それが交差する時。

61: 2013/04/13(土) 23:05:20.28 ID:EU4odp+w0









御坂美琴は三〇分前、午後七時三〇分に鉄橋に現れた。
この時が近づけば近づくほど、落ち着いていられなくなったためだ。
門限は間違いなく破ることになるが、そこは白井に頑張ってもらうことにした。
当然ながら、白井に今日遅れる事情は話していない。

鉄橋にはやはり予想通り誰もいない。
見てみれば、前に二人が再会した時に美琴が残した傷跡はまだ一部残っている。
RSPK症候群を起こし、垣根にここに運ばれた時から修復作業は行われていないのだろうか。

誰もいない鉄橋に一陣の風が吹き抜ける。
もう一一月も間近なので中々に冷たい。
風が吹く度、それは確実に美琴の体温を奪っていった。
揺れるシャンパンゴールドの髪が鼻にかかり、美琴はそれを右手で押さえ、耳にかける。

62: 2013/04/13(土) 23:07:42.56 ID:EU4odp+w0
(全く、早く来なさいよね。風邪引いちゃうじゃない)

思って、一人薄い笑みを浮かべる。
何だかいつもの調子に少し戻ってきた気がする。
以前の自分なら、これから一方通行と会うという時にここまで冷静ではいられなかっただろうから。

八月のあの時も、この橋でこんな風にしていたことがあった。
だがあの時とは状況はまるで違う。
以前は、氏ぬために。そして今は、前に進むために。

一方通行はいつやって来るだろうか。
見るからに面倒くさがりなので、平然と遅刻してくるかもしれない。
なんとなく垣根と似たようなタイプだろうな、と思う。
彼もまた面倒なことは面倒だと断言するタイプだ。

来ない、という可能性も考えたがそれはないだろうなと思う。
打ち止めが一方通行に伝えたはずだ。
御坂妹と打ち止めから聞いた話では、一方通行は命賭けで打ち止めを救ったという話だ。
きっと一方通行は打ち止めにだけは弱いだろう。
それに、来ないなんて選択は美琴が絶対に認めない。
おそらく打ち止めだってそれは許さないだろう。

63: 2013/04/13(土) 23:11:07.83 ID:EU4odp+w0
時刻は七時四〇分。約束の時間まであと二〇分。
一方通行は現れない。
時刻は七時五〇分。約束の時間まであと一〇分。
一方通行は現れない。

御坂美琴は焦らない。
きっと、来る。はっきりとした根拠はなくとも、美琴はそういう確信染みた予感を感じていた。
そうして時計の針が午後八時を示した時。

美琴の携帯の光るディスプレイに、八時という文字が表示されるのと全く同時、夜の闇を切り裂いて白い、白い少年がついにその姿を現した。
夜の闇にあって、一際目立つその風貌。
真っ白な髪に、紅く光る鋭い目。現代的なデザインの杖をついてやって来たのは、学園都市序列第一位の超能力者。
能力名及び通称、一方通行。
御坂美琴を絶望のどん底まで叩き落した人間であり、彼女の大事な妹を一万人以上頃した虐殺者。

カツ、カツと音をたてながらゆっくり少年は近づいてくる。
美琴も彼の姿を認め、何も言わずにやって来るのを待つ。
杖つきであるが故に歩行速度は遅い。
だからか二人の間に流れるどこまでも重い静寂は、とても長く感じられた。
一秒を何倍にも引き伸ばしたような感覚。

64: 2013/04/13(土) 23:13:27.64 ID:EU4odp+w0
そして、ついに一方通行は美琴のすぐ近くに立った。
その姿は杖をついていること以外何も変わっていない。
病的なまでに白い髪も、全てを射抜くような真紅の瞳も、溢れる王者の風格も。
美琴に恐怖を叩き込んだあの時のままだ。

一方通行と超電磁砲は、向かい合う。
しばらくどちらも何も言葉を発さなかったが、やはりというべきか先に沈黙を破ったのは美琴だった。
こちらから彼を呼び出したのだから。
最初に言う言葉は、もう決めていた。

「八時ジャスト。アンタ、意外に時間に細かいのね」

「―――……クソガキがうるさくてな。本当は来るつもりもなかったンだが」

「結局打ち止めに言い負かされた、と。
当然よ。アンタに来ないなんて選択肢はなかった。アンタはそんな立場にない」

会話する。言葉のキャッチボールをする。
以前には考えられないことだ。
この二人の会話といえば、悪意や敵意、殺意のぶつけ合いでしかなかったのに。
とはいえ、仲良くお喋りするつもりはサラサラない。
それは一方通行も同じだろう。さっさと本題に入ることにする。

65: 2013/04/13(土) 23:14:33.80 ID:EU4odp+w0
前口上は、これくらいでいいだろう。

「……それで、何の用だよ」

「本気で言ってる?」

「…………」

一方通行が黙り込む。
御坂妹や打ち止めとの率直な話し合いを通して、腹を決めた美琴とは違うのだ。
美琴は最初頃す、という決意を固めた。次に、話し合うという道を選んだ。
様々な困難の果てに、美琴は自分なりの結論というものを掴み取っていた。

だが一方通行はその立場故に、何も決まっていなかった。何も決められないでいた。
自分がどうするべきなのか分からないまま、今日という日を迎えてしまったのだ。
一方通行はどんな気持ちでここにやって来たのか。
おそらくは、氏刑台へ続く一三階段を上るような心境だったのではないか。
だがそんなことは美琴の知ったことではなく。

「アンタにはきっちりケジメをつけてもらう。
アンタの本心を話してもらう」

美琴が言うと、一方通行は呟くように言った。

66: 2013/04/13(土) 23:19:24.76 ID:EU4odp+w0
「……意味が分かンねェな。
俺とオマエは決して相容れない関係だったはずだ。
初めて会った時のよォに、この鉄橋で再会した時のよォに。
顔を合わせればその瞬間に頃し合う、そンな関係だったはずだ。
そして、それで良かったはずだ」

一方通行は続ける。

「なのに、なンで清く正しく話し合いなンかしよォとしてンだ。
まずは話し合いから入りましょうってかァ?
もォ言葉で解決できるレベルの問題じゃねェだろォが。
あの時みてェにオマエの怒りや殺意を全てぶつけてくりゃいいだろ」

一方通行には理解出来なかった。
たしかに目の前の少女は自分を殺そうとまでしたのに、と。
とはいえ殺されてやることは出来ないが。

一方通行は己の命が惜しいのではない。この優しい少女を人頃しに貶めないためだ。
どうしても必要であれば己の手で幕を引くと決めていたから。
それでも、極めて冷静に振舞う目の前の少女が理解できなかった。
御坂美琴には一方通行を激しく糾弾する正当な権利がある。
一方通行も、いっそ激しく責め立てられた方が気が楽だった。

67: 2013/04/13(土) 23:21:27.50 ID:EU4odp+w0
御坂美琴は妹達を何より大切にする。
そのために命を投げ出すことさえ厭わない、正真正銘のヒーローだ。
だというのに、これは一体どういうことだと。
何故そのヒーローが、悪党を前にしてこんなに平然としていられるのかと。
それが、分からなかったのだろう。

「…………」

今度は美琴が黙り込む。
一方通行はその沈黙をどう解釈したらいいのか分からず戸惑っているようだった。
まさか。まさか。まさか。
そんなこと絶対にあり得ない、というような表情を一瞬浮かべ、おそるおそるといった感じで口にした。
一方通行自身もふざけた可能性だ、と思いながらも。

「……俺への怒りや殺意が希釈されちまってンのか?
それとも、オマエにとっての妹達ってのはその程度のモンになっちまっ」

言葉は、最後まで紡がれなかった。

ゴガンッ!! と、不意に一方通行の頭が揺さぶられた。
頭蓋骨が揺れる。世界が揺れる。
かつてあのツンツン頭の無能力者に殴られた時以来の衝撃だった。
美琴は能力など使わず、ただその拳で満身の力を込めて第一位を殴り飛ばしたのだ。

68: 2013/04/13(土) 23:27:58.56 ID:EU4odp+w0
一方通行はもともと杖つきの身で、その杖がなければ体のバランスもろくにとることが出来ない。
加えて御坂美琴の身体能力は女子中学生という範囲から大きく逸脱している。
更にそこに感情的なものまで加わっている。
そんな御坂美琴の渾身の右拳を受けたことにより、一方通行は無様に地面に転がった。

一方通行は咄嗟にチョーカーに手をやる。
美琴に対し反撃する意思があったわけではない。体に染み付いた、長年の習性のようなものだ。
反射的に能力使用モードに切り替えてしまった一方通行だったが、違和感を覚えた。
能力が、発動しない。
どちらにせよ攻撃するつもりは一方通行にはないのだが、こんなことは普通あり得ない。
冥土帰し特製のこのチョーカーの出来は確かで、不具合など一度も起きたことがない。

「無駄よ。アンタの力はもう私の制御下にある」

打ち止めが、妹達が代理演算をしていないのではない。
チョーカーの不具合などでもない。
御坂美琴は最強の電撃使いだ。あらゆる電流や磁場などを観測し、操る能力者だ。
超電磁砲ともなれば電子レベルでの操作が可能である。
それがどれほどとんでもないことか、分かる者には分かるだろう。

69: 2013/04/13(土) 23:30:10.92 ID:EU4odp+w0
電気の操作ならば彼女の右に出る者は一人としていない。
一方通行の電極から送受信される電波に干渉することなど、美琴にとっては難しくもなんともないのだ。
しかも一方通行の補助に使われているネットワークは『ミサカ』。
その大元はこの御坂美琴である。

今は能力使用モードが使えないだけだが、美琴がその気になればもっと踏み込むことも出来る。
即ち、言語能力や歩行能力を奪うことさえ。
いまや、一方通行の生殺与奪は御坂美琴の手の中にあった。

一方通行はジャミング対策を自前の杖に仕込んでいるが、そんなものに効果はない。
あれは一度食らった妨害電波を解析して効果を発揮するものだし、何よりその程度では最強の電撃使いは止められない。

その美琴は、地面に這い蹲っている最強を前にして隠しもせずに顔を歪めた。

「怒りが、希釈されている?
あの子たちへの想いが、なくなっている?」

そんな。そんな馬鹿なことがあるものか。
御坂美琴が一方通行に再会してからのこの二日を、どれほどの思いで過ごしたか。
どれほど追い詰められて、どれほど悩んで、どれほど苦しんだか。
どれだけの覚悟を決め、どれだけの闇に沈んだか。
あの気丈な美琴が何度その涙を流したか。

70: 2013/04/13(土) 23:32:13.82 ID:EU4odp+w0
たった二日。時間にしてたかが四八時間だ。
だがその間に一般人の一生分以上の苦しみを味わった。
RSPK症候群なんてものさえ起こしてしまうほどに追い詰められた。
そして同時に、この二日間の間で妹達への想いは大きくなる一方だった。

「ッざけんじゃないわよッ!!!!!!」

巨大な落雷のように、御坂美琴は叫んだ。
その咆哮は闇に轟き、あらゆるものを震わせる。
美琴は一方通行の襟元を荒々しく掴んで強引に立たせた。
そしてそのままその華奢な体を振り回し、鉄橋の両脇にある落下防止の鉄柵にその体を思い切り押し付けた。
昨日、垣根が美琴にそうしたように。

「アンタ、自分が何してきたか分かって言ってんでしょうね!?
ふざけた口をきくな、憎いに決まってんでしょうが!! 今すぐにでもこの手で頃してやりたいわよ!!
アンタは知るわけないだろうけど、私はこの二日で本気でアンタを頃す覚悟を固めてたのよ!!
アンタに妹達の味わった苦しみをほんの少しでも分からせてやるために!!
アンタの命は一つしかない! 一〇〇三一回の氏の苦しみをアンタに味あわせてやることは出来ないから!!
せめて一部だけでもってね!! アンタには一生分からないでしょうよ!!」

71: 2013/04/13(土) 23:36:54.84 ID:EU4odp+w0
次から次へと言葉が飛び出す。
絶対能力者になるために『実験』を受けた一方通行。
身勝手な理由で人を頃した一方通行。
妹達を人形だと嗤い、二万人以上もの妹達を“壊した”一方通行。
そんな奴に。人としての倫理も道徳も持っていないような奴に。

「アンタなんかに―――分かってたまるかッ!!」

感情を弾けさせた美琴に、一方通行は安心していた。
なんだ、何も変わっていない。この少女は世界全てが敵になろうと妹達を守ろうとするヒーローのままだ、と。
美琴はそんな一方通行の心境を知る由もなく、ただただ怒りをぶつけていた。
どうしても抑えきれぬ黒い感情の奔流を。

御坂美琴は決して自らを許すことはない。自らの罪を棚にあげるつもりはない。
幼少期にこの悲劇の種を作った自分を一生許すことはないし、その十字架は墓場まで背負っていくつもりだ。
だが。それでも、だ。
何と言っても今目の前にいるこの男は、妹達が一万人も氏ぬことになった直接の原因なのだ。
たしかに妹達を嗤いながら何度も何度もその手にかけてきた男なのだ。

怒りを覚えぬはずがない。
絶対に、氏んでもこの男を許さない。
この怒りを、この男の重ねた罪を、誰にも否定させはしない。

72: 2013/04/13(土) 23:38:16.33 ID:EU4odp+w0
この男が、たった一言。『実験』をやめると、そう言っていれば。
あるいは最初から『実験』を断っていれば。
本当にそんな小さな一言だけで、こんなことにはならなかったのに。

この男は、その時まだ六歳か七歳だった美琴と違って、十分に物事を自分で判断できる歳だったのに。
この男は、医療のためと騙されてDNAマップを提供してしまった美琴と違って、『実験』内容を正しく把握していたのに。
この男には、いくら施設を潰しても樹形図の設計者にまで目をつけても無駄だった自分と違って、それが出来るだけの圧倒的な力と確かな立場があったのに。
この男には、知った時には既に一万人近くの妹達が殺されていた自分と違って、それが出来るチャンスが数え切れぬほどあったのに。

言い訳して自分は悪くなかったと言うつもりは全くない。
だがそれでも、一方通行の方が遥かに『実験』を潰しやすい立場だったのはどう見ても明らかで。

一度流れ始めた黒は止まらない。
黒が美琴を内から侵食し、塗りつぶしていく。
どんな色であっても、黒い絵の具と混ぜれば多少は薄まっても結局それは黒になる。
黒とは全てを塗りつぶす色だ。
僅かにある憎しみ以外のものも、結局は全て憎悪に飲まれてしまう。

73: 2013/04/13(土) 23:40:27.50 ID:EU4odp+w0
「アンタが一言やめると言っていれば。被験者であるアンタが『実験』を放棄していれば!!
……私はアンタを許さない。アンタが一〇〇三一回妹達を守ろうと!! そのために氏んだとしても!!
アンタの罪はこれっぽっちも消えはしない!! 本当に分かってるの!?
アンタが奪ったのはあの子たちの命だけじゃない。不器用な笑顔も、これからの可能性も、何もかも一切合財を全て丸ごと刈り取ったのよ!!」

ところどころ上擦りながら、美琴は腹の底をぶち撒ける。
一方通行という最大悪と対峙して止められるわけがなかった。
思うことなど腐るほどある。
それこそ言葉では語りつくせぬほどに。

美琴はそこで言葉に詰まり、歯を食いしばって顔を背けた。
どうしようもない無力感。こうして言葉にしたことで、本当の意味で、あらゆる意味で彼女たちが氏んでしまったことを痛感する。
氏。氏んだ。彼女たちは、氏んだ。氏んで、しまった。

「あの子たちは、氏んだのよ……氏んじゃったのよ……?」

御坂美琴の全身からふっ、と力が抜けた。
一方通行の襟元を掴んでいた手を離し、頭を垂れるようにして俯く。
先ほどまで感情の赴くままに憎しみをぶつけていたのに。
今はそれが嘘のようで。

74: 2013/04/13(土) 23:43:44.97 ID:EU4odp+w0
「人が氏ぬってどういうことか、本当に分かってるの……? その重みが、その痛さが、アンタには分からないの……?」

声が大きく震えていた。
搾り出すのがやっとという声だった。

「……もう笑えないのよ。何も食べられない。怒れない。悲しむこともない。―――……何も、出来ない」

その声は極めて小さい、消え入りそうなもの。
耳を澄ませていないと聞き逃してしまいそうで。
時折吹きつける冷たい風が音をたて、美琴の言葉を攫っていきそうになる。

「人の命って、そういうものなのよ……? 絶対に替えは効かない。
失われたらそれまでの、唯一無二のもの。なのに……っ!!」

氏んだ人間は生き返らない。そんなこと、子供だって当たり前に知っている。
美琴には理解できなかった。理解したくもなかった。
一方通行を殺そうとした時、美琴はあんなにも苦しんだ。
人の命を奪うということがどういうことか、分かっていたから。
命の重みが、分かっていたから。少なくとも一方通行よりは、よほど。

75: 2013/04/13(土) 23:45:45.82 ID:EU4odp+w0
ようやくその決意を固めた時には、美琴は人であることを捨てた。
普通の人の心を持っていては、殺人というのは絶対に出来ない所業だったから。
まともな精神ではその重さに耐えられるはずがないから。
人の命は唯一絶対。なのに。

「なのに、どうしてアンタは―――そんな、当たり前みたいに人を殺せるのよ……。
神にでもなったつもり……? アンタに、あの子たちの命を自由にしていい権利なんかない。
あの子たちには一人一人に個性があって、笑顔があって、感情があって、未来があって、命があったのに。
それを、アンタが奪ったんだッ!!!!!!」

一瞬、美琴は再びあらん限りの声を張り上げた。
自分で自分を上手くコントロール出来ない。
それほどの黒い感情が大蛇のように美琴の中でのたうっていた。
だがそれも一瞬。すぐに美琴は再度俯き、細く震える声に戻ってしまう。

76: 2013/04/13(土) 23:47:49.10 ID:EU4odp+w0
一方通行は、人を頃す。
それを特別なこととも思わず、その重さを感じることもなく。
目の前を飛んでいるハエを落とすような感覚で人の命を奪う。
相手が外道ならまだしも―――外道なら頃していいというわけではないが―――この男は妹達まで手にかけた。
機械的に、淡々と。呼吸するような自然さで、どこまでも身勝手な理由で。

「人を頃すって、簡単じゃない……。その人の全てを、自分勝手に剥奪するってことなのよ……?
なのにアンタは……ッ。神様面してんじゃない、ふざけないでよ……。あの子たちがアンタに何かした? ふざけんな……っ」

今自分で言ったように、そんなことは神でもなければ不可能と分かっていても、美琴が一番に一方通行に望むことは謝罪でもなければ贖罪でもない。
絶対にあり得ないことと自覚しながらも願わずにはいられない、美琴のたった一つの願い。
おそらくそれが叶えられるなら、美琴は何だってやってみせるだろう。
それほど強い、けれど叶うことのない儚い夢。

77: 2013/04/13(土) 23:49:36.32 ID:EU4odp+w0












「わた、しの、私の―――……一〇〇三一人の妹を、返して……っ!!」













78: 2013/04/13(土) 23:55:26.92 ID:EU4odp+w0
スベテカリトッタ―――。エガオモ、カノウセイモ、ミライモ、ナニモカモ―――。


「……あァ、そォだなオリジナル」

一方通行がこともなげにそう言うと、美琴の拳が再び唸った。
大きく振りぬかれた拳で再度殴り飛ばされた一方通行は、またしても汚い地面を転がる。
無様だった。学園都市第一位として、絶対的に君臨する彼が。
たった一人の少女の拳で、倒れこんでいた。

ただの拳ではない。一方通行は、美琴のそれに何か見えない+αを感じていた。
重かった。何よりも、美琴の拳は重かった。
全ての悲壮と絶望、憤怒をぶつけられているようで、今までのどんなものよりも効いた。
あの無能力者の拳よりも、一方通行の体と精神を抉る。
だが、一方通行にはそれでよかった。
自分にぶつけた分、美琴が楽になるなら。




「アンタは、一万人以上の私の妹を頃した」     「俺は、一万人以上のオマエの妹を頃した」




「殺された妹達は、もう帰って来ない」         「俺が頃した妹達は、もォ帰ってこねェ」




79: 2013/04/13(土) 23:58:10.52 ID:EU4odp+w0
「だから、オマエはこのままその怒りを全て俺にぶつけりゃいい。
オマエにはその権利があるンだ」

「私だってそうしたい。アンタをこの手で八つ裂きにしてやりたい。
でも、それをすると打ち止めが悲しむ」

「打ち止めは、オマエに人を頃してほしくないと言った。
そのためにあのガキなりの努力をした」

「あの子は私よりもアンタを選んだ。あの子にはそんな意図はないでしょうけど。
打ち止めは、アンタと一緒にいたいとはっきりと言った。
アンタはそれほどに打ち止めに、他の誰よりも想われている」

「打ち止めは、オマエと過ごした時間を話す時はいつにも増して笑っていた。
オマエは他の誰よりも打ち止めを笑顔に出来る」




「だから、」           「だから、」


「アンタが、羨ましい」     「オマエが、羨ましい」




打ち止めにそこまで思われている一方通行が。

ただ笑いかけるだけで、一度一緒に過ごした程度であそこまで打ち止めを幸せに出来る御坂美琴が。

どうしようもなく、羨ましかった。

80: 2013/04/14(日) 00:03:46.63 ID:SfF/g84n0
「……アンタはどうなのよ」

美琴が小さく言った。
これが一番聞きたかったこと。
絶対に、力づくでも吐き出させてやると思っていたこと。
この質問をするためだけに一方通行を呼び出した、と言っても過言ではない。

「打ち止めは、アンタと一緒にいたいと言った。
アンタを側で支えたいと言った。
そのアンタはどうなのよ。打ち止めをどう思ってるの?」

「……俺は」

一方通行は答えない。
彼の中でその答えはとっくに決まっていた。
この鉄橋で御坂美琴と再会する遥か前から。
ただそれを間違いなく遺族である美琴に対して、口にするのが憚られるだけで。

美琴は地面に座り込んでいる一方通行を見下ろして、問う。

「アンタにとって、打ち止めは何なの?」



81: 2013/04/14(日) 00:06:02.42 ID:SfF/g84n0
その言葉が、やけに一方通行の胸に響いた。
打ち止めとは一方通行にとって何なのか。一方通行は、そんなこととっくの昔から分かってる。
ただそれを美琴に言う勇気がないだけだ。
足りないのは勇気。今の一方通行はただ怯えているだけだった。
学園都市第一位が、恐怖に負けることなどあっていいわけがない。
それにここで引けば、二度と打ち止めに顔向けできなくなる気がした。
だから一方通行は言う。ずっと腹の底にあった答えを。

「……打ち止めは、俺の全てだ」

「…………」

美琴は何も口を挟まない。
地面に座り込んだまま話し出した彼をただ無言で、先を促した。

「アイツはこンなクソッタレな俺を慕ってくれた。最初こそうざかったがな。
全てを壊して、悪意も善意も全て拒絶して生きてきた俺が、打ち止めに会って初めて何かを守りたいと思えたンだ。
俺には無縁だったはずのそォいう当たり前の感情を、持てたンだ。
アイツはいつの間にか、俺にはなくてはならねェ存在になっていた。代理演算に限った話なンかじゃねェ」

82: 2013/04/14(日) 00:07:19.47 ID:SfF/g84n0
一方通行は、まるで懺悔するように項垂れて話す。
今までただの一度も、一方通行がこんな正直に自らの気持ちを話したことはない。
美琴はやはり何も言わない。一切腰を折らず、一方通行が全てを話すのを待っていた。

「挫けそォになったことも何度もあった。『闇』の奥の奥にまで堕ちて行きそォになったこともあった。
だが、そンな時でもアイツがいてくれればそれだけで俺は大丈夫だった。必ず帰って来ることが出来た。
打ち止めがいなかったら今の俺はねェ。それだけは間違いない。
打ち止めのためだったら俺に出来ることは何でもするし、必要なら俺の薄汚ェ命くらいいくらでも捨ててやる」

一方通行は続ける。
初めて吐き出した気持ちを、最後まで。
これが、彼の本心。

「打ち止めは俺の希望だ。俺の全てだ。俺の命なンざとは比較にならねェほどに大切な存在だ。
そして俺は、俺を救ってくれた打ち止めとずっと一緒にいたいンだ」

はっきりと、臆することなく、言った。
一方通行にとって打ち止めとは何なのか。
一方通行はどうしたいのか。
それら全てを、ついに御坂美琴にぶつけた。

83: 2013/04/14(日) 00:11:30.04 ID:SfF/g84n0
「……そう。それがアンタの本心なのね」

「あァ。ずっと前からこォ思ってた。そりゃ最初は俺なンかが打ち止めと一緒にいる資格なンて、と思った。
けど悪党が善人と一緒にいちゃいけねェのか、悪党が善人を守っちゃいけねェ決まりでもあるのか。
たとえあったとしても、今まで全てをブチ壊してきた俺がそんなルールだけを律儀に守る必要があるのか、ってな。
ただ開き直ったわけじゃねェ。当然だが俺は一生償いを続ける。許しを求めるわけじゃなく、ただの自己満足でだ。
それでも。それでも俺は打ち止めと一緒にいたい。離れたくない。
……そォ思っちまったンだ、俺は。虫がいい。利己的。そォいったことを全て分かった上で、それでもだ」

悪党などという括りにこだわることに意味などない。
一方通行がそれに気付くのに、だいぶ時間がかかった。
悪の道を突き進み、悪の王にまでなれば救えるものがあると考えていた。
けれどそんなことに意味などなく。
結局守りたいものを守るには、馬鹿正直に自分の気持ちに従うしかなかったのだ。
一方通行は時間こそかかったが、それに気付けたからこそ。

美琴はそんな一方通行をジッと見つめ、再び口を開いた。
まだ、確認しておきたいことがあった。
一番に聞きたかったのは打ち止めをどう思っているかだが、それと同じくらいに聞きたかったことがある。
これは打ち止めや妹達というより、美琴の個人的な質問だ。

84: 2013/04/14(日) 00:12:48.77 ID:SfF/g84n0
「ねぇ。最後に、一つだけ確認させて」

「あァ」

「打ち止めが言ってたんだけど。『実験』中、本当は頃したくなかったって、本当?」

これは、御坂美琴が気になって仕方のなかったことだった。
俄かには信じがたい話だが、一方通行はどう答えるのか。
この男の答えによっては。
美琴はギュッと拳を固く握り締めて、一方通行の答えを待った。

「……あン? ……いや、そォいやそンなこと俺も言われたな。
あのガキがそォ言うンだから、もしかしたらそンな気持ちがどこかにあったのかもしれねェな」

それを聞いた美琴が、何かを言おうとした。
だが、美琴が口を開くより先に一方通行が続けた。

「だが、だ。仮にそォいう気持ちを無意識のうちに持ってたとしても。
事実は何一つ変わらねェ。俺は俺の意思で、俺は自分で選んで妹達を頃した。
ただそれだけが重要な事実だ。そンな吐き気のする言い訳をする気は微塵もねェ。言い訳にもなってねェしな。
俺はこれ以上ないほどのクソだが、それでもそこまで落ちぶれたつもりはねェンだよ」

85: 2013/04/14(日) 00:17:24.21 ID:SfF/g84n0
一方通行は言った。
しっかりと美琴の目を見て、力強く。
自分のしたことに言い訳はしないと、一切の淀みなくそう言い切った。

それを聞いた美琴は、握り締めた拳から力を抜いて、ふぅ、と大きく息を吐く。
美琴は小さく笑って、一方通行に向けるはずがなかった笑顔を浮かべて、一方通行の前にしゃがみこむ。
一方通行の本心を、腹の底にあった感情を全て聞いた美琴は、今一体何を思うのか。

間があった。一方通行の言葉の意味を噛み砕き、吟味するような空白の時間があった。
そして御坂美琴は一方通行の顔を見て、決してその紅い瞳から目をそらさずに告げた。

「一方通行。―――……打ち止めを、よろしくね」

それは、絶対に放たれるはずのなかった言葉だった。
遺族として、被害者として、姉として、絶対に言ってはいけないはずの言葉だった。

「……な」

一方通行も驚きにその紅い目を大きく見開いた。
まるで予想していなかった言葉だったからだ。
この話がどう転がろうとこんなところに着地するとは全く思わなかったからだ。
仮に美琴が打ち止めと一方通行が一緒にいることを許容したとしても、まさか美琴自身からこんなことを言われるとは予想も出来なかっただろう。

86: 2013/04/14(日) 00:19:55.47 ID:SfF/g84n0
「……オマエは、自分がナニ言ってっか分かってンのか。
本当にそれでいいのかよ」

呆然と呟く一方通行に、美琴は僅かに、だが確かな笑みを浮かべて答えた。

「あの子たちは人形じゃない。それぞれに個性がある。
打ち止めが自分の意思でアンタと一緒にいたいと言った時点で、私にあれこれ言う権利はなかったのよ。
後はアンタの気持ちだけが重要だった。
……ただもし、アンタが打ち止めを代理演算の要としてしか見てなかったら。
本当は頃したくなかったって言い訳して、自分の罪から逃げ回ってるようなクズ野郎だったら。
それでもきっと私は、無理やりにでも打ち止めとアンタを引き剥がしたと思う」

そんな奴に、大事な妹を任せてはおけないから。
いつ何の気まぐれで打ち止めに危害が加わるか分からないから。
たとえ打ち止めに恨まれても、美琴は二人を離す覚悟を固めていた。
勿論そんなことはしたくない。打ち止めを悲しませるような真似はしたくなかった。
だから、一方通行が自分の望んでいたような答えを返してくれたことに美琴は安堵していた。

87: 2013/04/14(日) 00:21:24.67 ID:SfF/g84n0
「けど違った。アンタはちゃんと自分の気持ちと向き合って、全て理解した上であの子と一緒にいることを望んだ。
アンタの、『悪党が善人と一緒にいちゃいけない、守っちゃいけない決まりでもあるのか』って言葉には正直ちょっと痺れたわ。
その通りだと思う。昔のアンタならともかく、今のアンタになら、安心して打ち止めを任せられる。そう思えたのよ」

一方通行が口八丁に誤魔化そうとしても、きっと美琴はすぐにそれを見抜いただろう。
そしてそうなった時点で、美琴は一方通行を見限っていただろう。
一切の誤魔化しもなく、ただその心からの気持ちをストレートに吐き出したからこそ、美琴は心動かされたのだ。
自分の妹を一万人以上頃した相手に、妹を任せるという一大決心をさせることが出来たのだ。
普通なら絶対に下せない決断だろう。

「そォか。……本当に、いいンだな?」

「しつこいわよ。打ち止めはアンタと一緒にいたがっていて、アンタも打ち止めと一緒にいたい。
それで完結してるじゃない。私が口を挟む余地は本来ないわ」

「……そンな簡単な話かよ」

「違うかもしれないわね。でもアンタは自分の本当の気持ちに素直に従えばいい。
打ち止めを守りたいんでしょ。一緒に過ごしたいんでしょ。失いたくないんでしょ。
だったら、最後までそれを貫き通してみせなさい」

「……あァ」

88: 2013/04/14(日) 00:22:52.44 ID:SfF/g84n0
一方通行は立ち上がり、力強く頷いた。
今日この時、ついにこの決して相容れない両者の間に和解が成り立った。
いや、和解というといくらか語弊があるが、それでも。
御坂美琴が一方通行を頃してしまうことはなかったし、一方通行が自ら命を投げ出すこともなかった。
打ち止めの望んだ未来に近いものが実現したのだ。
ただし仲良く、なんてことは出来そうにないけれど。

「ただ分かってるとは思うけど一応言っておくわ。
私はアンタを許してなんていない。永遠に、アンタが氏んでも許すことはない。
妹達も許したわけじゃないと言っていた。アンタはそんな中で、終わりのない償いをし続けるのよ。
きっと氏ぬまで償っても償いきれない。長く辛い人生になるわよ」

「分かってる、そンなこととっくの昔から覚悟の上だ」

即答だった。
本当に、そんなことは彼自身が一番よく理解していたから。

(ま、果てのない償いをしなきゃいけないのは私も同じだけど。
そこだけ見れば私と一方通行は似た物同士ってことになるのかしら?
ちょっと違うかしら? 何にせよ、認めたくないわね)

89: 2013/04/14(日) 00:24:51.49 ID:SfF/g84n0
一方通行だけではない。御坂美琴もまた自らの罪を償い続ける。
永遠に、一生。決して投げ出すことなく。
許されなくてもいい。許されるなんて思ってないし、求めてもいない。
それだけのことをしてしまったのだから。
一方通行と同じく、ただの自己満足としての償いなのだから。
一方通行だけに全て押し付けていい罪ではない。

「私はこれからも妹達を守り続ける。
何か危機が迫れば全力を以ってそれを排除する。
―――アンタもよ。打ち止めに、妹達に何かあれば全力で守ってみせなさい。
大切なら守り抜きなさい。何に代えても」

「当然だ。オマエにでも打ち止めにでも神にでも誓ってやる。
俺の命なンかよりも優先順位は遥かに上だ」

「それと、絶対に打ち止めを悲しませないこと。
この二つを守っている限り、私はアンタと打ち止めについて一切の口出しをしない。
ただアンタが約束を破れば。打ち止めを泣かせたり、放り出したりするようなことがあれば。
その時は、分かってるわね。覚悟してもらうわ。約束できる?」

「約束する。絶対に投げ出したりなンてしねェ。したくても出来ねェンだ。
あのガキの存在は俺の中で大きくなりすぎた」

90: 2013/04/14(日) 00:27:06.51 ID:SfF/g84n0
やはり即答だった。
答えに躊躇いはなく、一方通行の覚悟が分かる。
そもそも、打ち止めが天真爛漫な笑顔で一方通行の話をしていた時点で、分かっていたことかもしれない。
もし一方通行が善性など欠片もない最悪の虐殺者だったなら、打ち止めがあんな笑顔を見せることはなかっただろうから。
御坂美琴が一方通行を信じるわけではない。そんなことは出来はしない。
ただ打ち止めが信じた一方通行を信じたのだ。

「そう。信じるわ、アンタのその言葉。
今の言葉、胸に刻んで絶対に忘れんじゃないわよ」

「そこだけは信じてくれて問題ねェ。絶対に約束は守る」

「分かった。じゃ、改めてもう一度言うわ。……打ち止めを、よろしくね。
それと、打ち止めを幸せにしてくれて、ありがとう」

「……あァ。任せろ」

「それにさ、単純に打ち止めがアンタといたいと思ってるからってだけじゃないのよ。
こうやって話して、確信した。そりゃアンタを許すことなんて絶対に出来ない。
けど、今のアンタ以上に打ち止めを想ってくれる人なんて多分いない。
過ちを犯したからこそ、なのかしら」

91: 2013/04/14(日) 00:29:10.80 ID:SfF/g84n0
一方通行を許したわけではない。あの『実験』を肯定するわけでも勿論ない。
だがそれでも、あの『実験』があったからこそ一方通行は変われた。
美琴も同様に、『実験』を経て一つ成長することができた。
あれはあまりにも狂気的で、人道や倫理といったものをどこまでも冒涜するものだったが、マイナスしかなかったわけではきっとない。
マイナスがあまりにも大き過ぎるのも事実だが、妹達が生まれたことも含めプラスの面だってゼロではなかったはずだ。

その中の一つが一方通行。
過ちを犯し、それから逃げずに向き合い贖罪する一方通行は大切なものを手に入れた。
命を懸けてでも守りたいと思えるものを。
これからも一方通行は何に代えても、何をしても打ち止めを守り続けるだろう。
そしてそれを肌で感じたからこそ、美琴はこう言った。

「今のアンタにならあの子を預けられる。
ううん、違うわ。あの子がどう思うかとは別の、私個人の素直な考えとして。
―――アンタにだからこそ、打ち止めを任せたい。
一方通行という人間だからこそ、間違いがないと私はそう思えるわ」

打ち止めが一方通行と一緒にいたいと思っているから、姉である美琴が折れるのではない。
他に適任者がいないから、打ち止めの大切な人だから一方通行で妥協するのではない。
妹達のお姉様としてではなく、御坂美琴という一人の人間として。
一方通行に打ち止めを任せたい。それこそお願いしてでも。美琴はそう思うことができた。
一方通行という人間を信じることはできない。
だがあの少女に、妹達に関する領域に限っては、一方通行は全幅の信用が置けると確信出来た。

92: 2013/04/14(日) 00:34:55.87 ID:SfF/g84n0
「……ありがとな、オリジナル。絶対にその期待は裏切らねェよ」

一方通行が感謝の言葉を口にした。
そんな言葉を最後に言ったのはいつなのだろう。
もしかしたら今まで一回も言ったことがないかもしれない。
そしてこれから先もずっと言うことのないかもしれない言葉を今、一方通行は素直に言った。

美琴は肩の荷が下りたような、心地の良い開放感に包まれていた。
ずっと美琴の精神を削り続けてきたこの問題も、ようやく一つの解決を迎えたのだ。

そこで会話が切れる。必要なことは全て話した。
もう残した問題はないはずだ。
一方通行に聞きたかったことは全て聞いたし、言いたいことも全て言った。
一方通行が思っていたよりずっと覚悟を決めていたのには少し驚いたけれど。
とにかく、想定していた中では最高に近い結末を迎えられたわけだ。
ただそれでもハッピーエンディングとは言いがたいが。

「……なァ。ジャミング解除してくれねェか?」

「は?」

93: 2013/04/14(日) 00:35:58.36 ID:SfF/g84n0
不意に沈黙を破った一方通行に思わずそんな声が出てしまった。
そういえば先ほど一方通行の能力を封じてから、ずっとそのままだった。
たしかにもう封じる必要はないだろうけど。

「別にいいけどさ。能力使うつもり? 何に?」

「服に埃がこびりついちまってな。落としたいンだ」

真顔でそう言う一方通行に、美琴は思わず吹きだした。
あの一方通行と一緒にいて笑うなんてなんだかおかしな気分だったが、今は悪くはないな、と思う。
その一方通行は突然笑い出した美琴に顔を顰める。

「……オイ、何笑ってンだオイ」

「っくく。ア、アンタ、そんなことにいちいち能力使ってんの?
はー。ほら、解除したわよ」

一方通行は改めて首元のチョーカーに手をやって、スイッチを能力使用モードに切り替える。
能力が戻る。一方通行は最強の超能力者へと様変わりする。
すると突然一方通行の服についていた汚れがみるみる落ちていった。
洗濯機にかけてもこうはいきそうにない。
それをものの数秒で元の綺麗な姿に戻してしまった。何とも便利な能力である。

94: 2013/04/14(日) 00:36:48.97 ID:SfF/g84n0
「何かそれ一発芸みたいね」

「ブン殴るぞ」

「やってみなさいよ」

減らず口を叩く。
仏頂面の一方通行は舌打ちするだけで、結局手を出すことはなかった。

「アンタ、そんなんじゃ打ち止めに散々振り回されてるでしょ」

「そォだよ文句あっか。ゴチャゴチャうるせェンだよあのガキ。
やれ何が食べたいやれどこに行きたいやれ何がしたい……。こっちは杖つきの身だっての」

「とか言いながら結局付き合ってあげる第一位、と。ふむ」

「蹴り飛ばすぞ」

「出来るものならやってみなさい」

95: 2013/04/14(日) 00:38:47.37 ID:SfF/g84n0
まるで友達同士のような会話をする二人。
だが当然二人は友達などではない。なることも出来ない。
美琴も進んで一方通行と一緒にいたいとは思わない。
たしかに一応の和解は済んだが、だからといって仲良しこよしなんて絶対に無理だ。

「それじゃ、私はもう帰るわ。門限なんてとっくにぶっちぎっちゃってるし。
アンタも打ち止めが待ってるんでしょ? 心配してるだろうから早く顔見せてあげなさいよね」

くるりと美琴は一方通行に背を向けて歩き出した。
今寮に戻ったら寮監に首を捩じ切られてしまいそうだけど。
白井が何とか誤魔化してないかな、と後輩のファインプレーに期待せずにはいられなかった。
どうせ門限を破っているなら、とより道することも考えたがもう精神的に疲れてしまっている。
それに、白井にまた心配させてしまうだろう。
一方通行と再会してからというもの、今思えばずっと白井に心配をかけさせていた気がする。

(何か埋め合わせしなきゃね。黒蜜堂食べ放題、とか?)

張り切って食べたはいいものの、翌日には自分の体重を気にして沈んでいる白井が容易に想像できて、美琴はくすりと笑った。
そんな美琴の背中に、一方通行の声がかかった。

96: 2013/04/14(日) 00:40:13.38 ID:SfF/g84n0
「……なァ、オリジナル」

「何よ?」

少し驚きながら振り向くと、一方通行がバツの悪そうな顔をして立っていた。
一体今さら何だというのか。
さっき互いに全てを吐き出したばかりだというのに。
何となく嫌な予感がして、美琴は静かに次の言葉を待った。
だが、

「……いや、何でもねェ。イイから早く帰れ中学生」

「私は帰ろうとしてたわよ、呼び止めたのはアンタでしょ。
打ち止めや妹達に何かあったら、すぐに私にも知らせなさいよ。じゃ」

そう言って、今度こそ美琴は鉄橋から去った。
一方通行は何を言おうとしていたのか、気にならないと言えば嘘だ。
けどきっと一方通行はどれだけ問い詰めても吐かないだろうな、と美琴は直感的に思った。
自分から言う気にならなければ絶対に言わない、そういう頑固なタイプだと思う。
最後に一応釘を刺してはおいたが、果たしてどれだけ効果があるか。
とりあえず今はもう早く帰って寝よう、と美琴は足を速めた。

97: 2013/04/14(日) 00:41:46.78 ID:SfF/g84n0









一人鉄橋に残った一方通行は、美琴に殴られた箇所をさすっていた。

(痛てェな)

この程度で済んでいるのが奇跡だと思う。
あれだけの複雑極まりない状況下で、よくあんな答えを出せたと素直に感心する。
同じ超能力者であっても、一方通行と御坂美琴ではまるで“違う”。
同じ超能力者なのに、対極の存在。
だからこそ比較して、自嘲する。
だからこそ美琴が輝いて見える。

98: 2013/04/14(日) 00:42:42.20 ID:SfF/g84n0
(……あァ。やっぱ、俺なンかよりオマエこそが最強に相応しいぜ、オリジナル)

あれだけ自分の心を、矜持を貫ける。それは一方通行にはできなかったこと。
一方通行にとっての理想のヒーロー像をそのまま具現化したような人間があの少女。
上条当麻がそうであるように、一方通行にとっての希望なのだ。

だからこそ。
そんな彼女を巻き込んでいいものか躊躇った。
それが良かったのか悪かったのか、まだ分からないけれど。

(第三次製造計画。オリジナルが知ったら、大人しくしてるわけがねェ。
何をしてでも叩き潰そうとするだろォな)

第三次製造計画は統括理事会肝入りの計画だ。
それを潰すとなると平和的には決していかない。
既に潮岸という統括理事会の一員との対立は決定的だし、その他にも多くの血が流れるだろう。
何人もの氏者だって出るに違いない。
そんな『闇』にあの善人を引き摺りこんでいいのか。

御坂美琴は妹達のお姉様であるし、彼女自身も妹達の力になることを願っている。
自分の知らないところでまたもクローンが、それがたとえ一体でも作られているとなれば、きっと美琴は激怒する。

99: 2013/04/14(日) 00:43:22.84 ID:SfF/g84n0
美琴は決して部外者などではない。むしろある意味では全ての中心とも言える。
それに彼女の去り際の言葉からしても、やはり話すべきだったのかもしれない。

だが一方通行はそうしなかった。
こういった荒事は既に血に塗れている自分が行えばいいと思ったからだ。
何も美琴の手を汚させることはない。

それに、もし美琴の身に何かあれば妹達も悲しむだろう。
一方通行がいなくなっても打ち止めが悲しんでくれるだろうが、既に一方通行は第三次について引き返せないところまで来てしまっている。
もっとも引き返すつもりなど微塵もないわけだが。
御坂美琴には『表』で堂々と妹達を守ってもらい、一方通行は『闇』から妹達を守る。
多分、それでいい。そう一方通行は考えていた。

(第三次製造計画、か)

絶対に潰さなければならない。
一方通行は決意を新たに、鉄橋を後にした。
打ち止めに待っている、自分の居場所へ向かって。

100: 2013/04/14(日) 00:44:42.97 ID:SfF/g84n0




一方通行と御坂美琴は、超能力者だ。
無能力者から超能力者までの六段階でレベル付けされる能力者の最上位。
あらゆる能力者の、一八〇万の学生の頂点に立つ存在。

その力を振るうことは戦争と同義であると言っても過言ではない戦力の持ち主だ。
そんな彼らは気付いても、よかったかもしれない。
いや、気付くべきだったのだろう。
鉄橋での二人の一連の流れを見ていた者がいたことに。

垣根帝督が、ずっと見ていたことに。

もしかしたら未元物質が干渉して電磁波レーダーが正常に機能していなかったのかもしれない。
もしくは正常に機能していたが、それどころではなく気付かなかっただけかもしれない。
一方通行もそうだ。暗部で活動していた彼はそういう気配に敏感なはずだ。
やはり御坂美琴を前にして、そんなことに意識を割いていられなかったのかもしれない。

ただ理由はともあれ、二人はついに垣根の存在に気付かなかった。
故に今の垣根帝督がどんな心境で、どんな表情をしているかも当然分からなかった。


限界は、もうすぐそこまで迫っていた。

101: 2013/04/14(日) 00:47:21.54 ID:SfF/g84n0












第三章 振り下ろされる断罪の刃、愛しい貴方に最上の極刑を Execute_For_Your_Sins.




The End












102: 2013/04/14(日) 00:54:28.15 ID:SfF/g84n0
119: 2013/04/20(土) 23:52:23.98 ID:l49D/CF50
「必然だ」

青年が答えた。
まるで事前に用意していたかのような即答。
それを聞いた少女は僅かにまぶたを伏せた。

「テメェと俺は決して交わらない、対極の存在だ。
住んでいる世界が違う。科学と宗教みてえなもんだ。最後には必ず対立し、それぞれの領域に引っ込む」

青年は言った。分かっていたことだと。予定調和なのだと。
信じたくなかった。これからも今までのような日々が続いていくのだと思っていた。
世界は、どこまでも少女を苦しめる。大きな壁を乗り越えたばかりの少女を容赦なく攻め立てる。

少女は決して言うことのなかったはずの言葉を。
言う必要もなかったはずの、言いたくもない言葉を、言った。
精一杯の気力を振り絞って。それは答えを聞くのが怖いから。
ここまで来て、それでも少女はどこかで期待してしまっていた。
何かの間違いであったらいい、と思わずにはいられなかった。
それが、どれほど愚かしく思えても。

120: 2013/04/20(土) 23:53:03.30 ID:l49D/CF50












「ねぇ。――――――……アンタは一体、何者なの?」













121: 2013/04/20(土) 23:54:14.52 ID:l49D/CF50
青年はフッ、とこの状況にそぐわない笑みを浮かべた。
そして、答えた。少女の質問に、正直に。ただ真実だけを。

それを聞いた少女は、くしゃ、と顔を歪めた。
怒りに。悲しみに。悔しさに。後悔に。虚しさに。

青年の口元には、笑み。
愉快そうに口の端を吊り上げて、問う。

「―――絶望したかよ?」

122: 2013/04/20(土) 23:55:38.59 ID:l49D/CF50




御坂美琴と一方通行。
彼らは第七学区の鉄橋で、三度相対した。


「あの子たちには一人一人に個性があって、笑顔があって、感情があって、未来があって、命があったのに。
それを、アンタが奪ったんだッ!!!!!!」


決して相容れぬはずだった、二人の超能力者。


「わた、しの、私の―――……一〇〇三一人の妹を、返して……っ!!」


殺されてしまった妹達を嘆き悲しみ、消えてしまったその命を返せと涙する美琴。
何も言い返せず、ただ何よりも重い拳を受ける一方通行。

だが、それでも御坂美琴と一方通行は、一つの解へと辿り着いて見せた。


「……打ち止めは、俺の全てだ」


「一方通行。―――……打ち止めを、よろしくね」


そして、その裏で。崩壊の時(タイムリミット)が、迫っていた―――。

123: 2013/04/20(土) 23:59:56.79 ID:l49D/CF50
御坂美琴はようやく日常へと回帰する。
それは何よりも大切だった、下らない、けれど宝物のような日々。


「もう大丈夫なのか? 安心したぞ」


「いえ、心配させてしまったみたいで」


ルームメイトとのいつも通りのやりとり。
その貴重さを、美琴は学んだ。


「では、折角お姉様も元気になられたことですし。
グヘ、グヘヘヘヘ。お姉様成分の補給を……」


「ええい、やめんか!」


だから、この日常を今まで以上に大切にしていこうと。

そう、思っていた。


「服装……。そういえば茶色いブレザーのようなものを羽織っておりましたわ。
その中に白いワイシャツと赤いトレーナーのようなものも着込んでいたかと」


「他人を信じて何になるわけ。所詮信じられるのは自分だけ。
それくらいアナタだって分かってるんじゃないの? 散々周囲の悪意力に揉まれてきたアナタなら」


「いやいや、単に御坂の姿が見えたから声をかけただけですのことよ。最近遊んでないしな」

124: 2013/04/21(日) 00:01:10.53 ID:6ahItPvS0
だが、それはいともあっさりと崩れ去る。
あまりにも短時間で、跡形もなく。


「……何者よ、アンタ」


突如美琴の目の前に現れた、一人の少女。
謎めいた雰囲気を纏う少女は、御坂美琴に日常の閉幕を告げる。


「今日はね、あなたにお話があってやって来たのよ。
あなたの大事なお友達……そう、垣根帝督についての話が」


そして御坂美琴は、再度動き出す。
『友達』のために。自分のために。
これまでのような日常を取り戻すために。
誰一人欠けることなく、ハッピーエンドを掴み取るために。


「でもね、そこにあるものは―――……全て、真実よ」


(首洗って待ってろクソ野郎。明日は楽しい楽しいパーティだぜェ?)


そして、時を同じくして第三次製造計画を潰すために動き出す一方通行。
三人の超能力者が、交差しようとしていた。

125: 2013/04/21(日) 00:04:11.07 ID:6ahItPvS0
「はは、は、ははは。全く、こんな、悪戯して、何が楽しいのかしら。
全く、後でとっちめてやるんだから」


御坂美琴の知った、垣根帝督の真実。
それは、認めがたいものだった。
決して、認めたくないものだった。

だが、これが現実。これが世界。
美琴の『友達』。心理定規。
美琴は悟る。あれは、偶然などではなかったのだと。
だが、それでも、美琴は。


「アンタが何と言おうと、私が身勝手にアンタを救う」


「もう嫌よ……」


「ふっ……ざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!!」


超能力者。悲劇を運命付けられた者たち。
何もかもを壊され、壊し、歪んでいく者たち。
しかし、それでも彼らは『人間』で。


「だから、お願い。ねぇ、もうやめようよ。戦う必要なんてなかったのよ」


「……うん。約束する」

126: 2013/04/21(日) 00:06:49.97 ID:6ahItPvS0
決して諦めることなく抗おうとする者。
己を見失い暴走する者。
様々な困難の果てに、それを乗り越えた者。


「……ゴミクズが。俺の癇に障ってんじゃねえよ」


(……超能力者って、本当に何なんだろうね)


ついに三人の超能力者が、交差する。
そして三人が一点に集まるその時、最後の戦いが幕を開ける―――。


「どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが、必ずそこから連れ戻す、だと?
出来るわけねえだろうが。そんな簡単なわけねえだろうが!!
これが俺の世界だ。闇と絶望の広がる果てだぁッ!!!!」


青年と少女が、対峙する。
それは、避けられないものだった。


「んだよ……ッ!! 何を言葉で解決しようとしてやがんだ超電磁砲!!
動きを止めたきゃ殺せばいい。気に食わないものがあるなら壊せばいい。
悪ってのはそういうことなんだよ!! こっちに飛び込んでくるならこっちの流儀に従えってんだ!!」


「アンタは、私の友達なのよ!! 理由なんてそれだけで十分でしょ!! 十分すぎるでしょ!! それ以上どんな理由が必要だってのよ!?」

127: 2013/04/21(日) 00:08:05.28 ID:6ahItPvS0
全てを知った少女は、己の想いを、矜持を、貫けるのか。
『友達』を、救えるのか。

そして、ついに。


「おおォォォォああああああああああああ!!!!」


学園都市第一位、一方通行。
学園都市第二位、未元物質。

―――激突。


「―――逆算、終了」


「さっきのオマエの言葉で分かった。オマエじゃ俺には勝てねェよ。
善人か悪党か。そンな善悪二元論にこだわっているうちは三流だ」


第一位と第二位。
相反するようで、似た者同士の二人。
同じようで、異なる二人。


「―――……無様だな」


「俺は……俺は……ッ!!」

128: 2013/04/21(日) 00:09:47.98 ID:6ahItPvS0
一方通行と垣根帝督は、違ってしまった。二人を決定的に分かつ、理由があった。
勝者と敗者を分けるのは、単純な力量差だけではない。
彼らの選択が。一方通行の選択が、垣根帝督の選択が、二人の差。


「オマエは自分の弱さが招いたことだと認めたくねェだけだろォが!!
だからゴチャゴチャと言い訳並べて、俺を頃してなかったことにしよォとしたンだろォがよォォおおおお!!」


「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」


そして、物語は結末へと収束する。
それぞれがぞれぞれの想いを胸に、一つの言葉で繋がった。


「……ヒーローなんて必要ないでしょ」


「俺は、何をどうしたって血みどろの解決方法しか選べねえ」


「―――だからオマエは三流なンだよ」


第三次製造計画。

それは、命の冒涜。
潰すべき、計画。


「悪いけど、全力で行かせてもらうわ。逃げないってんなら、それなりに氏ぬ気で来なさいよ」


「―――第三次製造計画ってのはどいつの提唱だ?」


「第三次製造計画の黒幕は、誰なンだ?」


「……何を言っている。お前たちも、よく知っているだろう」


その、名前は。


「――――――だよ、超能力者」

129: 2013/04/21(日) 00:15:34.93 ID:6ahItPvS0







次章、




第四章 投げられたコインは表か裏か Great_Complex.











130: 2013/04/21(日) 00:19:13.83 ID:6ahItPvS0












      レベル5    レベル5
―――御坂美琴と垣根帝督が交差する時、物語は始まる。


美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」第四章 【前編】

引用元: 美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」2