129: 2013/04/21(日) 00:15:34.93 ID:6ahItPvS0
144: 2013/04/27(土) 01:26:27.64 ID:Xkdfljk10
「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

きっと、こんな日が来ることは決まっていた。

いつから? あの話が入ってきた時から? 二人が出会った時から?
それとももっと後だろうか? もしかしたらその遥か前から?

出会いは、ろくなものではなかった。
けれどあの時から、青年と少女の物語は交錯した。

青年と少女が対峙している。
夜の闇の中で、少女が青年に呼びかける。
そう言う少女の顔は、酷く悲しそうで。
今にも壊れてしまいそうにも見える。
対照的に、青年は感情というものが全て消えてしまったかのように、どこまでも無表情だった。

とある魔術の禁書目録 5巻 (デジタル版ガンガンコミックス)

120: 2013/04/20(土) 23:53:03.30 ID:l49D/CF50












「ねぇ。――――――……アンタは一体、何者なの?」













121: 2013/04/20(土) 23:54:14.52 ID:l49D/CF50
青年はフッ、とこの状況にそぐわない笑みを浮かべた。
そして、答えた。少女の質問に、正直に。ただ真実だけを。

それを聞いた少女は、くしゃ、と顔を歪めた。
怒りに。悲しみに。悔しさに。後悔に。虚しさに。

青年の口元には、笑み。
愉快そうに口の端を吊り上げて、問う。

「―――絶望したかよ?」

122: 2013/04/20(土) 23:55:38.59 ID:l49D/CF50




御坂美琴と一方通行。
彼らは第七学区の鉄橋で、三度相対した。


「あの子たちには一人一人に個性があって、笑顔があって、感情があって、未来があって、命があったのに。
それを、アンタが奪ったんだッ!!!!!!」


決して相容れぬはずだった、二人の超能力者。


「わた、しの、私の―――……一〇〇三一人の妹を、返して……っ!!」


殺されてしまった妹達を嘆き悲しみ、消えてしまったその命を返せと涙する美琴。
何も言い返せず、ただ何よりも重い拳を受ける一方通行。

だが、それでも御坂美琴と一方通行は、一つの解へと辿り着いて見せた。


「……打ち止めは、俺の全てだ」


「一方通行。―――……打ち止めを、よろしくね」


そして、その裏で。崩壊の時(タイムリミット)が、迫っていた―――。

123: 2013/04/20(土) 23:59:56.79 ID:l49D/CF50
御坂美琴はようやく日常へと回帰する。
それは何よりも大切だった、下らない、けれど宝物のような日々。


「もう大丈夫なのか? 安心したぞ」


「いえ、心配させてしまったみたいで」


ルームメイトとのいつも通りのやりとり。
その貴重さを、美琴は学んだ。


「では、折角お姉様も元気になられたことですし。
グヘ、グヘヘヘヘ。お姉様成分の補給を……」


「ええい、やめんか!」


だから、この日常を今まで以上に大切にしていこうと。

そう、思っていた。


「服装……。そういえば茶色いブレザーのようなものを羽織っておりましたわ。
その中に白いワイシャツと赤いトレーナーのようなものも着込んでいたかと」


「他人を信じて何になるわけ。所詮信じられるのは自分だけ。
それくらいアナタだって分かってるんじゃないの? 散々周囲の悪意力に揉まれてきたアナタなら」


「いやいや、単に御坂の姿が見えたから声をかけただけですのことよ。最近遊んでないしな」

145: 2013/04/27(土) 01:27:25.86 ID:Xkdfljk10
「必然だ」

青年が答えた。
まるで事前に用意していたかのような即答。
それを聞いた少女は僅かにまぶたを伏せた。

「テメェと俺は決して交わらない、対極の存在だ。
住んでいる世界が違う。科学と宗教みてえなもんだ。最後には必ず対立し、それぞれの領域に引っ込む」

青年は言った。分かっていたことだと。予定調和なのだと。
信じたくなかった。これからも今までのような日々が続いていくのだと思っていた。
世界は、どこまでも少女を苦しめる。大きな壁を乗り越えたばかりの少女を容赦なく攻め立てる。

少女は決して言うことのなかったはずの言葉を。
言う必要もなかったはずの、言いたくもない言葉を、言った。
精一杯の気力を振り絞って。それは答えを聞くのが怖いから。
ここまで来て、それでも少女はどこかで期待してしまっていた。
何かの間違いであったらいい、と思わずにはいられなかった。
それが、どれほど愚かしく思えても。

146: 2013/04/27(土) 01:28:50.91 ID:Xkdfljk10












「ねぇ。――――――……アンタは一体、何者なの?」















147: 2013/04/27(土) 01:29:54.10 ID:Xkdfljk10
青年はフッ、とこの状況にそぐわない笑みを浮かべた。
そして、答えた。少女の質問に、正直に。ただ真実だけを。

それを聞いた少女は、くしゃ、と顔を歪めた。
怒りに。悲しみに。悔しさに。後悔に。虚しさに。

青年の口元には、笑み。
愉快そうに口の端を吊り上げて、問う。

「―――絶望したかよ?」

148: 2013/04/27(土) 01:30:53.30 ID:Xkdfljk10









149: 2013/04/27(土) 01:32:21.48 ID:Xkdfljk10
取り戻した日常の味は。

150: 2013/04/27(土) 01:33:44.14 ID:Xkdfljk10









「……御坂、どうやら元気を取り戻したようだな?」

「えっ?」

ようやく帰ってきた美琴を出迎えたのは寮監だった。
門限はとっくに過ぎている。
白井は誤魔化しきれなかったのだろうか。
これから己の首に襲い来るだろう痛みを考えて、思わず体が震える。
ある意味つい先ほどまで顔を合わせていた一方通行よりも恐ろしい。
だが、寮監からかけられた第一声はよく分からないものだった。

「この二日というもの、ずっと氏んだような目をしていたろう。
まるで抜け殻のようになってな。白井はずいぶん心配していたぞ」

151: 2013/04/27(土) 01:35:11.25 ID:Xkdfljk10
やはり白井にはずいぶん気苦労をかけていたらしい。
あの後輩はあれでいて他人を思える優しい人間なのだ。
ただ普段がちょっとアレだからアレなだけで。
それにしてもここ二日の自分はそこまで酷かったのか。
たしかに極限まで追い詰められてはいたが、抜け殻とまで言われるとは。

「もう大丈夫なのか? 安心したぞ」

「いえ、心配させてしまったみたいで」

「全くだ。いいか御坂。我々は親御さんから大事な子供を預からせてもらっている立場だ。
お前たちに万一のことがあっては、親御さんたちに申し訳が立たん。
……それに、私個人としても生徒が世界の終わりのような顔をしていれば心配もする」

美琴は少し驚いた。
あの寮監がこんなことを言うとは。
寮監の意外な一面という意味では、夏にあすなろ園で目撃しているのだが。
とにかく、どうやら心労をかけさせたのは白井だけではないということだったようだ。
今にして思えば、婚后や上条にも心配させてしまっていたに違いない。
あの時の美琴は本当に限界ギリギリだったのであまり気にもしていられなかったのだが、今ならそう思えた。
それと同時にあの八月の悪夢はついに終わったと、日常に帰ってきたんだと実感した。

152: 2013/04/27(土) 01:36:38.48 ID:Xkdfljk10
「次にまた何かあれば遠慮なく相談しろ。
私でも何かの力にぐらいなれる自信がある。お前たちの悩みは私の悩みだ。
いいか御坂。一人で背負うな」

「……はい。ありがとうございます、寮監」

「分かればいい。人は間違いから学ぶのだからな。さて」

寮監は突然その両腕を恐ろしい速度で伸ばし、美琴の首をがっちりと固定してしまった。
美琴はこれを知っている。経験則から知っている。
これから自分がどうなるのかが分かってしまう。
それが分かっているのに大人しくはしていられない。抵抗は、させてもらう。
これから己に降りかかる災厄に、精一杯の抵抗を。

「なぁ御坂。今何時だと思ってる?」

「えぇー!? マジですかちょっと!
今シリアスじゃないの!? どう考えてもシリアスだったでしょ!?」

必氏に身を捻らせて脱出を図るが、寮監の腕は固く締められていて中々抜け出せない。
そんな美琴の耳に寮監の無慈悲な声が聞こえてきた。

153: 2013/04/27(土) 01:37:43.68 ID:Xkdfljk10
「シリアスだろうがギャグだろうが、門限を過ぎたことに変わりはない。
規則破りには罰が必要だ。そうは思わんか、御坂?」

それは、氏刑宣告だった。
グキッ、という何とも痛々しい音と共に美琴はその場に崩れ落ちてしまった。
ほんの少し前まで最強とあれだけの激論を交わしたのだ。
妹達というデリケートな部分について、ガッチガチのシリアスで。
その後くらいゆっくりさせてほしい、と心の底から思う美琴だった。




首を押さえながら美琴が自室の扉を開けた時、中は電気が点いていた。
入ってみれば、白井が美琴の枕に顔を埋めスーハースーハーと恍惚とした表情で深呼吸を繰り返している。
これを垣根に見られれば再びドン引きされること間違いなしだろう。
というか美琴もちょっとやめてほしいかな、と割りとマジで思ってたりする。
ドアを開けて入ってきた美琴にも気付かず、美琴の匂いをかぐという悪癖に浸る白井にそーっと迫る美琴。
そしてその腰のあたりに、思いっきりエルボーを落とした。

154: 2013/04/27(土) 01:38:59.11 ID:Xkdfljk10
「うりゃ!」

「ぎゃふっ!?」

奇声をあげてエビのように体を大きくそらす白井。
結構痛かったらしい。
白井は腰を手で押さえながら顔をあげると、キョロキョロとあたりを見回し始めた。
それに追従するように、下ろされた長い髪がぶんぶんと振り回される。

「な、何事ですの!? 奇襲ですの!? おのれ曲者! 風紀委員ですの!」

「落ち着け」

背後からぺしりと頭を叩く。
まさか背後にいるとは思っていなかった白井は勢いよくガバッと振り向いた。
そこには久しぶりに、心の底からの純粋な笑顔を浮かべている美琴の姿があった。

「お姉様!? こんな時間までどちらにいらしてましたの!?」

「ちょっと野暮用で、ね。それより黒子、アンタ人の枕で何してんのよ」

「お、おほほほ……。いやぁ、ちょっとわたくしのベッドと勘違いしてしまいまして」

155: 2013/04/27(土) 01:40:13.67 ID:Xkdfljk10
「流石に苦しすぎるでしょそれ。どれだけこの部屋で過ごしてんのよ。
ってか思いっきり深呼吸してたし」

そう言いながらも、美琴にはあまり白井を責めるつもりはなかった。
いつものことであるし、何より今はそういう気分になれない。
今美琴が欲しいのは、何よりも日常だった。
そういう意味では白井のこういった行動も日常の一つなのだ。
いや、そもそもそれが日常になっていることが異常なのだが。

「……元気になられたようですわね」

ボソッ、と白井がそう呟いたのを美琴は聞き逃さなかった。
美琴は柔らかい笑みを浮かべると白井の額をコツン、と軽く小突いた。

「せやっ」

「あふんっ! な、何をするんですの!?」

急に額を小突かれた白井は思わず抗議する。
美琴はそんな白井を見て謝罪した。

「ごめんね、黒子。心配かけちゃったよね」

156: 2013/04/27(土) 01:41:41.77 ID:Xkdfljk10
「! お姉様……」

まさか美琴の方からそれについて触れてくるとは思っていなかったのだろう。
白井は一瞬驚いたような表情を浮かべた。

「心配させちゃってごめん。でも、もう大丈夫だから。
御坂美琴、完全復活よ! わっはっはー!」

そう言って力こぶを作り、陽気に笑って元気さをアピールする美琴。
それを見た白井も心からの笑みを浮かべる。
やはり白井は相当に美琴を心配していたのだ。
大好きなお姉様の力になれないことを悔しがっていたのだ。
最初は寮監と話し合い、独自に調べを入れたほどだ。

「分かりましたの。……一体この二日の間に何があったのか、それはもうお聞きしません。
ただ、元気なお姉様が帰ってくれただけで黒子は十分ですの」

勿論、本心では何があったのか知りたいところだろう。
だが美琴はどうせ話さないだろう、ということも何となく分かっているはずだ。

157: 2013/04/27(土) 01:42:45.79 ID:Xkdfljk10
白井はそういったことを全て流し、ただ美琴が戻ってきたという事実だけを大切にすることにしたのだ。
何と出来た後輩なのだろうか。
やはり白井は心優しい良い後輩だと美琴は思う。

「では、折角お姉様も元気になられたことですし。
グヘ、グヘヘヘヘ。お姉様成分の補給を……」

唇を尖らせて美琴の顔に迫ってくる白井。
美琴はその白井の顔を右手で押し戻す。

「ええい、やめんか!」

本当に、これさえなければ。
美琴はどうしてもそう思わずにはいられなかった。
自らの貞操は己の手で守らなければ。

158: 2013/04/27(土) 01:44:46.30 ID:Xkdfljk10









翌日、一〇月二九日。
御坂美琴は一人の学生の当然の責務として登校していた。
今日は土曜日ではあるが、何かの振り替えだったか何だかで常盤台は学校があった。
その話は二、三日前に説明があったらしいのだが、その時期美琴は完全に氏んでいたので詳しくは分からない。
学校でも授業など全て右から左だった。
そのせいか何だか久しぶりに登校したようにさえ感じられる。

授業でも今日はしっかり話を聞くことが出来た。
教師に指名されたことも幾度かあったが、二日の空きなどものともせず全て正解してみせた。
何といっても美琴は序列第三位の超能力者。記憶力も理解力も応用力も、その他あらゆる能力が凡人とは一線を画す。
たとえそれが常盤台という天才秀才の集まりの中であってもだ。
語学だけでも英語、フランス語、ロシア語、ラテン語など多様な言語を習得している。
美琴より優れた頭脳の持ち主はこの街に二人しかいない。

159: 2013/04/27(土) 01:46:14.51 ID:Xkdfljk10
よって異様にハイレベルな授業も問題なくパスし、昼食の時間を迎える。
美琴がまっすぐ向かったのは食堂でもなければ白井のところでもない。
友人である婚后光子を探すためである。
婚后にも心配させてしまったのだから一言侘びを入れたかった。
それと同時に元気な顔を見せることで、婚后を安心させてあげたいという気持ちもあった。

婚后を探して校内を散策する。
学舎の園を見れば推測できるが、その内部にあるお嬢様学校は非常に大きい。最低でも校内で迷子になれる程度にはある。
常盤台も同じで、あちこちに豪華な装飾が施されいかにも高価そうな絵画などもかけられている。
今でこそすっかり見慣れているが、初めて来た時は驚いたものだ、と美琴は回想した。
だいぶ時間をかけ、ようやく美琴は婚后を見つけた。
巨大な人魚を象った噴水のある、ヨーロッパ風の中庭に婚后の姿はあった。
友人の湾内絹保、泡浮万彬の二人と何か談笑している。

「やっほ、婚后さん。湾内さんと泡浮さんも」

「あら、御坂さんではありませんの。どうかしまして?」

「御坂様。こんにちは」

「ん。婚后さんと……湾内さんもか。
あのさ、二人に心配かけちゃったでしょ。ここ二日私の様子が変だったからって」

160: 2013/04/27(土) 01:48:10.18 ID:Xkdfljk10
泡浮とはこの二日間会っていないので問題ないが、湾内とは一方通行と再会した翌日にばったり出会ってしまっている。
その時にどうかしたのか、と湾内に心配されていた。
婚后も同じだ。この中庭で相談に乗ってくれると言ってくれた。
流石に話せる内容ではなかったので辞退したが、その気持ちは素直に嬉しかった。
ならば、元気になった今、せめて顔だけでも見せておくべきであろう。

「でももう大丈夫よ。強がりなんかじゃない、もう解決したから。
心配させてごめん。心配してくれてありがとう」

美琴がそう言って笑うと、婚后と湾内のほうが慌て始めた。
婚后は顔を赤くして、湾内は手をパタパタ振って。

「とっ、当然ですわ! わたくしのお友達なのですから。
御坂さんが元気になられたのならそれでよくってよ」

「そんな、やめてください御坂様!
わたくしはちょっとご様子がおかしいようでしたので声をおかけしただけで……」

人はそれを『心配する』というのだと思うのだが。
湾内絹保は謙虚な人間なのである。
そして婚后光子は若干ツン率の低いツンデレ、といったところだろうか。
ともあれ内容については突っ込んでこない二人に美琴は内心感謝していた。
どうしても話せる内容ではないからだ。

161: 2013/04/27(土) 01:50:18.68 ID:Xkdfljk10
「はて。お礼で思い出したのですが、泡浮さん。
あなたを助けてくれたという殿方とはあれから会えましたの?」

婚后がふと思いついたように泡浮に訊ねる。
その泡浮は首を横に振って否定した。

「いえ、あれから一度も。わたくしちゃんとお礼してませんのに……」

「優しい殿方だったのですね」

湾内も知っているようだが、美琴には何の話をしているのかさっぱり分からない。
なんとなく疎外感を覚えた美琴は、

「ねぇ、何の話? よかったら聞かせてくれない?」

彼女たちは快く話してくれた。
どうやら泡浮が街でチンピラに絡まれていた際、ある一人の男がやって来て助けてくれた。
その男にお礼をしたいのだが名前も何も分からないので困っている、ということらしい。

(……まさかあの馬鹿じゃないでしょうね)

162: 2013/04/27(土) 01:51:44.27 ID:Xkdfljk10
普通にあり得そうだから困る。
もはや他人を助けることを生きがいとしていそうな男、それが上条当麻である。
どうしても気になった美琴は泡浮に確認してみることにした。

「ねぇ泡浮さん、その男って黒髪のツンツンヘアーだった?」

上条はそのウニ頭が最大の特徴といってもいい。
もしその男が上条であるなら覚えているはずだ。

「いえ、そうではなかったと記憶しています。明るい茶髪でしたわ」

茶髪。その時点で上条はあり得ない。
何故かホッとしてる自分に気付き、一人顔を赤らめる美琴。

「御坂さん? どうしましたの?」

婚后にも突っ込まれる始末である。
何でもない、と弁解しながら考えてみたが、その人物に心当たりはなかった。
やはり美琴の知らない人物なのかもしれない。
というかこの学園都市には二三〇万人もの人が暮らしているので、泡浮を助けたその人物が知り合いである可能性は相当に低いのだが。

163: 2013/04/27(土) 01:58:35.39 ID:Xkdfljk10
「他に何か覚えてることない? ほら、能力とか服装とかさ」

「服装……。そういえば茶色いブレザーのようなものを羽織っておりましたわ。
その中に白いワイシャツと赤いトレーナーのようなものも着込んでいたかと」

「ん?」

美琴の中で何かひっかっかる。
なんというか、すごく知ってる人のような気がした。
学生ばかりのこの街で、そんな特徴的な服装の人物がそういるとは思えない。
そのホストみたいな服装に茶髪とくればもう確定していいだろう。
が、念のために。

「あー、そいつの口調ってどんなだった?
何かすごく口が汚かったりした?」

「言われてみれば……こういう言い方は失礼ですが、あまり綺麗ではなかったように思えますわ。
結構過激だったような……」

これは確定でいいのではないだろうか。
口調と茶髪はまだしも、その独特すぎる服装はあの男くらいしか見たことがない。
美琴はおそるおそるといった感じで口を開いた。

164: 2013/04/27(土) 01:59:43.26 ID:Xkdfljk10
「あの、さ。私、そいつ知ってるっぽいんだけど」

勿論、断定は出来ないが。
それを聞いた三人が一斉に反応する。
本人である泡浮は特にだ。

「ほ、本当ですの御坂さん!?」

「そ、それでどなたですの御坂様!? よければ教えていただきたいのですが……」

「いや、湾内さんも知ってる人よ。確定ではないけど、垣根だと思う」

「垣根様!?」

湾内が激しく反応する。
湾内もかつて垣根に助けられたことがあった。
お礼をしたいと思っているのだが、会えないのでそれが出来ないでいるのである。
つまり泡浮と全く同じ状況ということだ。

「湾内さんはその垣根様を知っているのですか?」

「わたくしも以前垣根様に助けていただいたことがあります。
お礼をと思っているのですが、全然会えなくて」

165: 2013/04/27(土) 02:00:36.46 ID:Xkdfljk10
そこで美琴は湾内に垣根への伝言を頼まれていたことを思い出す。
忘れていたというわけでもないのだが、なにせここのところは自分のことだけで精一杯だった。
こう言っては悪いが、そんなことに気を払っている余裕などとてもじゃないがなかった。
だが今はそれが解決したので、今度会ったらその時に伝えよう、と美琴は思った。
とそんな美琴に泡浮からも伝言があるという。

「御坂様、迷惑でなければ垣根様にお礼をお伝えしていただけませんか?」

「あ、うん。分かった、伝えとくわ」

その前の湾内からの依頼もまだ消化していないけれど。
というか垣根も何だかんだでしっかり人助けしているじゃないか。

(ま、アイツは素直じゃないからなー。
それにしても名乗りもせずに立ち去るって……いや逆にアイツらしいかも)

無駄なかっこつけではなく、本当に単純に名乗る必要がないと思ったのだろう。
その時だけの関係なのだから。すぐに別れるのだから。
垣根らしいかもしれない。たった数分の関係を引っ張る必要はない、と。
湾内の時は名乗っていたが、これは気分の問題なのだろうか。
詳しいことは美琴には分かるわけもなかった。
それにしても「アイツは素直じゃない」の下りを垣根や上条、白井に聞かれたら「お前が言うな」と即座に切り返されそうである。

184: 2013/05/01(水) 23:55:03.21 ID:IeW8CMXK0
人の感情に、方程式は存在しない。
そしてそれ故に、美しい。

185: 2013/05/01(水) 23:58:15.90 ID:IeW8CMXK0
そんなことを考えていると、食蜂操祈が中庭に突然現れた。
学園都市第五位、心理掌握。
つい先日、この中庭で美琴とあわや戦闘かというところまでいったことがあった。
食蜂はことあるごとに美琴に因縁をつけてくる。
どうせ今回もそうだろう、と考えていると、

「みっさかさぁーん。元気になったみたいねぇ?
私が楽しめなかったのはすごい残念力だけどぉー」

やはりそうだったようだ。全く期待を裏切らない。

「アンタは本当にいちいちいちいち……。
何なのよ一体。私に何か用でもあるわけ?」

美琴はそう強気に返すが、一緒にいる湾内や泡浮はそうはいかない。
常盤台最大派閥の主が、第五位の心理掌握が目の前にいる。
しかもどちらかと言えば険悪な空気が漂っている。
その事実に二人は動けない。
婚后も似たようなものだ。
強がって平気な振りをしてはいるが、冷や汗を流し全く動こうとはしない。
彼女たちに食蜂の心理掌握に抗う術はないのだ。

186: 2013/05/02(木) 00:02:08.10 ID:55XXSEqk0
「べっつにぃー? 御坂さん元気になったんだなぁーって思っただけよぉ?
ちょっと前までの御坂さんてばすごい恐怖力だったのよぉ?
流石の私もガタガタ震えそうになっちゃったわぁ」

キャピ☆とはしゃぎながら食蜂がふざける。
美琴からすればどう見ても茶化しているようにしか見えなかった。
ついこの間ここで戦闘一歩手前までいっておいて、何故普通に話しかけてこれるのか理解できない。
そんなに格上が苦しんでいたのが楽しかったのか。

「はぁ。呆れた。本当に哀れな奴ね。
いちいち人に突っかからないと生きていけないのかしら?」

婚后と湾内、泡浮を守るように食蜂と向き合う美琴。
彼女たちに背中を向ける。それは絶対に手を出させないという意思表示。
食蜂はそれを見てくすりと悪戯っぽく笑った。

「相変わらずお優しいのねぇ御坂さん。
他人にそこまで入れ込む気持ちが理解出来ないわぁ。
そんなことしても何にもならないゾ☆」

「アンタみたいな奴にはそりゃ理解出来ないでしょうね。
アンタを慕っている派閥の人にさえ能力を使うような奴にはね」

187: 2013/05/02(木) 00:10:00.95 ID:55XXSEqk0
美琴と食蜂が再び中庭で対峙する。
まるで三日前の光景をそのまま再現したかような状況。
ただ今回は前回ほどの威圧感は両者共に放ってはいない。
そのせいか、前回のように人だかりができるということはなかった。
食蜂は美琴の言葉にその端整な顔を僅かに歪めた。

「他人を信じて何になるわけぇ? 所詮信じられるのは自分だけ。
それくらいアナタだって分かってるんじゃないの? 散々周囲の悪意力に揉まれてきたアナタなら」

たしかに人間というのは信じられるような人間ばかりではない。
幼い子供を騙してDNAマップを手に入れるような薄汚い人間だってたくさんいる。
立場の弱い人間を食い物にし、私腹を肥やすことに汲々としている人間も少なくない。
それでも、だからといって疑心暗鬼に陥って他人を疑ってかかるようなことにはなりたくないと思う。
だって、

「信じたいじゃない。そりゃ信じた結果馬鹿を見るようなことだってある。
それでも私は人を信じられなくなったら終わりだと思う。
私は、疑うよりは信じたいから」

「理解できないわぁ。そうやって信じた人間に背中から刺されることだってあり得る。
今アナタの後ろにいるその三人だっていつかアナタに牙を剥くかもしれない」


188: 2013/05/02(木) 00:12:51.57 ID:55XXSEqk0
勿論信用に値する人間かどうかくらいはこちらで判断する。
誰も彼も無条件に信用する、というのは流石に危なくて出来はしない。
無闇に人を信じた結果が量産型能力者計画や絶対能力進化計画なのだから。
だが美琴が信じている人間は、本当に信用できる優しい人間ばかりだ。
婚后も湾内も泡浮も、白井も佐天も初春も固法も春上も枝先も、上条も垣根も打ち止めも御坂妹も。
皆、美琴は全幅の信頼を置いている。

「そんなことは絶対にない。婚后さんも湾内さんも泡浮さんも、私の大切な友達よ。
彼女たちだけじゃない。私の友達は絶対にそんなことはしない。
みんな意味もなく人を傷つけるような人じゃない。
それでも彼女たちが私に牙を剥くのなら、それはきっと私が悪いのよ」

「……何故そんなことが言えるのぉ。何の根拠があってそんなことが言えるの。
アナタが気付いていないだけでその人たちは莫大な悪意力を隠しているかもしれないじゃない。
アナタを利用しているだけかもしれないじゃない。なのに、何故」

「信じているからよ」

「アナタはさっきからそればっかり。まるで馬鹿の一つ覚え。
じゃあその信じられる理由は、って聞いたら答えられるの?
どうせ信じられるから信じられる、なんて幼稚なロジックでしょ。
論理的な思考が全く出来ていない」

189: 2013/05/02(木) 00:16:12.75 ID:55XXSEqk0
「そんなもんでしょ、人の気持ちなんて。
誰かが誰かを好きになったり、信じたり、一緒にいたいと思ったり。
そういう気持ちは数式で表せるものじゃない。
脳で論理的に理解するものじゃなく、心で直感的に感じるものだと思うのよ」

たとえばの話。美琴は上条当麻が好きだ。
何故好きになったかと言われれば、もしかしたら『実験』の時絶望から救ってくれたからと答えるかもしれない。
じゃあ何故救われたからといって好きになったかと聞かれれば、答えに詰まる。
そこに論理的なものは存在せず、あくまで心で感じたものだからだ。
それは言葉で言い表せるものではないからだ。

好きなものは好き。だから一緒にいたい。大切ならば守りたい。
哲学的に掘り下げればそれにも何か名前があるのかもしれないが、いずれにせよ論理的なものではないと思う。

他人を一切信用せず、唯我独尊を貫き通す食蜂操祈にはそれが分からない。
信じられるのは自分だけ、他人とは利用したり利用されたり。
きっとそんな考えしか出来ないのだ。

そしてまず自分が他人を信じなければ、他人も心を開いてはくれない。
気に入らないものを全て能力で潰す排他的な生き方を改めなければ、食蜂はいつまで経っても独りなのだろう。
ただ人が変わるには何かきっかけが必要だ。一方通行にとっての打ち止めのように。
だがそうしたきっかけを得るためには、自分が変わらなければならない。
この二律背反が何らかの形で破られない限り、食蜂操祈はきっと孤独なままだ。

190: 2013/05/02(木) 00:19:08.23 ID:55XXSEqk0
そして食蜂がそうなってしまったのは、彼女が心理掌握なんて力を持ってしまったからだ。
他人の思考が、人間の汚い部分がダイレクトに飛び込んできてしまう。
そこにはある一人の少女の存在もあるのだが、そうして食蜂操祈は人を信じられなくなった。
同時に美琴のような、何を考えているのか分からない人間を恐れるようにもなった。
もし食蜂がこんな能力を持たなければ。無能力者だったならば、どこにでもいるような女子生徒として日々を送れたのだろうか。

「……ふん。なら勝手にすれば。いつか寝首を掻かれても後悔しないことね」

食蜂は一度も見たことのない表情を浮かべ、その場を逃げるように去っていった。
美琴もそんな彼女の背中を複雑な気持ちで見つめていた。
もはや怒りなどなかった。第五位の超能力者、食蜂操祈。その背中は、酷く小さく見えた。

食蜂が消えた途端、婚后、湾内、泡浮が大きく息を吸った。
まるで息止め最長記録が終わった直後のような光景だった。
食蜂がいなくなったことでプレッシャーから開放されたのだろう。
あれでも超能力者なのだ、無理もないだろう。

「ふぅ。思わず体が動かなくなってしまいましたわ」

「やはり超能力者とでもいうべきでしょうか。この婚后光子、不覚でしたわ……」

「それにしても、今の御坂様とても素敵でしたわ」

191: 2013/05/02(木) 00:20:52.10 ID:55XXSEqk0
「ふぇ!?」

突然の湾内の言葉に顔を赤らめる。
その時は全く気にしていなかったが、改めて言われるとずいぶん恥ずかしいことを言っていた気がする。

「わたくしたちのこと、あんな風に思ってくれていたのですわね」

「御坂様……」

顔を赤らめる婚后、湾内、泡浮の三人と美琴。
全員顔を赤くしているという傍から見たらよく分からない空間が構築されていた。
食蜂に対して啖呵を切った時に言ったことは全て本心だが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
四人揃って真っ赤な顔で指をもじもじさせていると、校内に昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

常盤台であってもこのチャイムというものにあまり変わりはない。
というか、ずっと婚后を探していて見つけてからは食蜂に絡まれたりで結局昼食を食べていない。
美琴は三人と別れ、自己主張する腹を押さえながら次の授業へと向かった。
あまり午後の授業には集中出来そうにない、と美琴は苦笑した。

192: 2013/05/02(木) 00:22:56.94 ID:55XXSEqk0









予想していた通り、授業はあまり頭に入ってこなかった。
だがそれは一方通行のことを考えていたからではなく、空腹のためというなんとも平和な理由であった。
平和ではあっても、美琴からすれば深刻である。
一刻も早く食事を確保しなければ倒れてしまいそうだ。
一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、すぐに美琴は学校を飛び出した。
学舎の園を飛び出し、目についた適当なコンビニに駆け込む。
学舎の園の中では他校の生徒含め注目を集めてしまうことが多いからである。

パンやらサンドイッチやら飲み物やらを買った美琴は近場にあった公園へと足を運んだ。
小学生低学年くらいの子供たちが数人遊んでいる以外は人の姿は見えない。
適当なベンチに腰掛けてふぅ、と大きく息をつく。
あの問題が解決してからこうしてゆっくりするのは初めてだ。
部屋では白井がいるし、学校は論外。
別に白井がいて邪魔というわけではないのだが、折角訪れたこの機会だし、と美琴はくつろぐことにした。

193: 2013/05/02(木) 00:24:49.33 ID:55XXSEqk0
今日は一段と寒い。常盤台指定の冬服にマフラーを巻いているが、それでもまだ肌寒い。
手をこすり合わせ、時にははぁ、と息を吹きかけて暖を取ろうとする。
サンドイッチを食べながら美琴は昨日の出来事を回想する。
我ながらよくもあれで収まったものだ、と感心する。
前は絶対に解決なんてできっこないと思っていたのに。

御坂妹と打ち止めには一方通行と別れてすぐ電話で事の顛末は報告済みだ。
その時の御坂妹と打ち止めの嬉しそうな声を思い出し、美琴は一人笑みを浮かべた。
結局二人の願いは叶ったということになるのだろうか。
一方通行も御坂美琴も、どちらも無事に終わったのだから。

そんなことを考えていたから、突然声をかけられた時美琴は大げさに肩を震わせてしまった。

「御坂?」

「ひゃあっ!?」

ビクン、と体を震わせる美琴。その大袈裟な反応に声をかけた方もびっくりしている。
思わず喉を詰まらせそうになった美琴は、飲み物でサンドイッチを流し込んでから振り向いた。
美琴の目が驚きに見開かれる。
ただし別に一方通行が現れたとかそういうことではない。

194: 2013/05/02(木) 00:29:44.06 ID:55XXSEqk0
「よっ、御坂」

上条当麻である。
完全に上条当麻である。
どこからどうみても万年補修レギュラーの上条当麻である。
ウニ頭をした一級フラグ建築士の上条当麻である。

「きゃ、ちょ、ちょっと近寄らないで!!」

近づいてきた上条に思わずそんな声をあげてしまう美琴。
周囲に非常によろしくない誤解を与えてしまいそうな光景だった。
それで失われるのは主に上条の名誉だが。
せめて「来ないで」程度にしてあげればまだマシだったのだろうが、言ってしまったものは撤回できない。
友達だと思っている美琴にいきなり否定された上条は、両手両膝をついてショックを受けていた。
気のせいだろうか、目に光るものが浮かんでいるように見える。

「何もそんなに否定しなくてもいいじゃないか……。
俺だって傷つくんですよ? 近寄らないでって。近寄らないでって……。
俺、もう駄目かも分からんね……」

それを見た美琴が慌てて取り繕う。
別に上条を否定したかったわけではないのだ。
ただ上条とは顔を合わせづらくて仕方なかっただけなのだ。

195: 2013/05/02(木) 00:31:56.86 ID:55XXSEqk0
というのも、美琴は一度上条とは二度と会わないと決意したからである。
一方通行を頃すという考えに固まっていた時、もう上条とは会わないことにした。
上条と会うと決意を崩されそうだったから。
頃した後も、人頃しになった自分が上条とあわせる顔がないと思ったから。

だから涙を流し上条と決別したのだが、結果的には人頃しになることなく解決できてしまった。
つまり上条と会わないという決意も意味をなくしたということなのだが。
なのだが、断腸の思いでその覚悟を決めた手前、いきなり現れた上条との接し方が分からなかったのだ。
そのせいで、自分でも意識せずに半ば反射的にあんな言葉が飛び出してしまった。

「い、いや、ちょっと顔あげなさいよ。
別にそういう意味で言ったわけじゃなくて、だから、その……。
わ、悪かったわよ……。ええい、とにかく顔をあげなさいこの馬鹿!」

みっともなく土下座に近いポーズをとっている上条を半ば強引に立たせてベンチに座らせる。
残りのおにぎりなどを食べながら普通の友達を装う。
あんなところを誰かに見られたら本当にどんな勘違いをされるか分かったものではない。
また変な噂が出回っても困る。

(ったく、噂は妹達の時に散々経験してるっつーの)

あの時も多くの人たちに好奇と奇異の目で見られたものだ。
ジロジロと見世物のように見られていい気分になるわけがない。
あの時は本当にただの噂としか思っていなかったので、尚更不快だった。

196: 2013/05/02(木) 00:34:22.79 ID:55XXSEqk0
人の噂も七五日とは言うものの、やはり嫌なものは嫌である。
というか七五日は長すぎる。

「……それで、アンタは結局何してんのよ?」

「いやいや、単に御坂の姿が見えたから声をかけただけですのことよ。最近遊んでないしな」

最近遊んでいない、とは言っても最後に垣根、美琴、上条の三人で遊んだのは一週間ほど前だ。
垣根と美琴の二人を含めれば数日前である。言うほど期間が空いているわけではない。
だがそれまではほぼ毎日のように遊び倒していたため、やたら時間が空いたように感じられるのだ。
言われてみれば美琴もずいぶん三人では遊んでいないような気がした。
一方通行の問題が解決した以上、今美琴が欲しいのは何よりも日常。
この三人で馬鹿をやるのが一番の日常ではなかったか。

「言われてみればそうよねぇ……。まぁたしかに久しぶりではあるわね。
アンタ、明日とか大丈夫?」

「大丈夫だぞ。垣根はどうなんだ?
何だかんだであいつともずいぶん会ってないんだが」

「垣根ね……垣根……垣、根……? あっ」

美琴はふと思い出す。
一方通行の方で手一杯だったため忘れていたが、そういえば垣根も様子が変だった。
美琴は脳内で記憶を手繰り寄せる。
たしかあれは一方通行と再会した日、一〇月二四日のことだったはずだ。
御坂妹と打ち止めと遊んでいた時、ばったり垣根帝督と遭遇したのだった。

197: 2013/05/02(木) 00:43:02.89 ID:55XXSEqk0
その時の垣根の様子があまりにもおかしかった。何かに苦しんでいるようにみえた。
更には、その原因すら分かっていないようにさえ感じられた。

とにかく、今垣根は苦しんでいる。それだけは確かだったはずだ。
友達が苦しんでいるのなら、助けになってあげたい。
そうは思うのだが、やはり無理に事情を聞きだすような真似をするのはどうしても躊躇われた。
ただもしかしたら垣根は言葉に出せないだけで、助けを求めているのかもしれない。
『実験』時の美琴のように、何らかの理由で自分を追い詰めすぎているのかもしれない。
そう考えるとやはり放ってはおけなかった。

(何となく、嫌な予感がする。まるで放っておいたら取り返しのつかないことになるような……)

それはただの予感というにはあまりにも確信染みていた。
未来が読めるなんていう胡散臭い預言者になった覚えはないのだが、何故か気のせいと一蹴できない。
二四日に感じた不安よりも遥かに大きいそれ。
一度自覚してしまうともう止まらない。
それは美琴の中でどんどんと更に大きくなっていき、いてもたってもいられなくなってくる。

「ごめん、遊ぶ話はやっぱなしで。来週なら大丈夫かもしれないけどね。
ってわけでちょっと用事思い出したからじゃあね!」

198: 2013/05/02(木) 00:45:59.00 ID:55XXSEqk0
一方的に会話を打ち切りその場から走り去る美琴。
どうしても言い知れぬ不安が抑えきれない。
ただの思い過ごしであればいいが、そうは思えなかった。
一人残された上条が何かを叫んでいたが、美琴はそれを無視して走り続ける。

珍しい光景だった。
上条が美琴から逃げることはよくあっても、美琴が上条から逃げることはそうない。
これといった目的地もなく走りながら、美琴はスカートのポケットからゲコ太デザインの携帯を取り出す。
垣根や上条と一緒に買いにいったものだ。

美琴は迷わずアドレス帳から垣根の名前を探し、そこに表示されている番号に電話をかける。
コール音が鳴っている時間がやたらと長く感じられた。
放課後直後の時間ということで下校中の学生が多く、何度も体がぶつかった。
だが美琴はそんなことは意にも介さない。それどころではないからだ。
もう少し時間が経てば一端覧祭の準備のため更に人は増えるだろう。
一日風紀委員の垣根と一緒に過ごした日のように。

何度も鳴り続けるコール音がようやく終わり、「もしもし!?」と大声をあげる美琴の耳に入ってきたのは、

『電源が入っていないか、電波の届かないところにいるためかかりません。
ただいま電話に出ることが出来ません。御用のある方は、ピーッという発信音の後にお名前とご用件をお入れください』

199: 2013/05/02(木) 00:48:24.69 ID:55XXSEqk0
という無慈悲な機械音声だった。
電話に出ない。その事実が更に美琴を焦らせる。
別に垣根に何かがあったという確信があるわけではない。
携帯を忘れて外出してるのかもしれないし、携帯を壊してしまったのかもしれない。
もっと間抜けな展開としてただ寝ているとか、忙しくて出れないとか、理由はいくらでも考えられる。

だが今の美琴は悪い方にしか考えられなかった。
頭の中で最悪の想像がシミュレートされる。
周りでとりとめのない話で盛り上がっている学生たちの笑い声がやけに耳に障った。
何も知らないで暢気な。そんな理不尽な悪態すらついてしまう。

ふと、何故自分はこんな必氏になっているのだろうと思った。
もしかしたら本当にただ充電が切れているだけかもしれないし、風呂に入っているなんてことだってあり得る。
それに垣根の性格を考えれば、あえて電話を無視している可能性さえある。
別に垣根と男女の関係なわけでもないし、そもそもの話自分の思い過ごしの可能性も高い。

だが、理由なんて知るか、と美琴は思考を放棄した。
以前見た様子も含め、どうしようもなく嫌な予感がするのだ。
とにかく確認してみて、それが思い過ごしならばそれでいい。
だがもし本当に何か困難に直面しているのであれば、助けになってあげたい。
それが友達だと思うから。

213: 2013/05/10(金) 00:25:24.40 ID:RyvpB6bW0
投下するぜー

>>203
上条さんのことだから、一週間もあれば魔術師の一人や二人そげぶしてたことでしょうw

>>204
超電磁砲を見る限り、ミコっちゃんも上条さんに負けず劣らずの過密スケジュールを送ってますよね……

>>206
友達とまでは行かないでしょうが、苦手な奴程度でしょうね
にしても美琴のクローンだと思われるドリーがどうなるか怖くて仕方がないです
エクステリアにされちゃうのかなぁやっぱり……

>>211
美琴にとっては垣根はそうですからね……それだけにキツイ経験になるでしょう

>>212
実際美琴の食蜂のイベントは、垣根のフラグというか伏線というか前振りというか、そういうものとして入れました

214: 2013/05/10(金) 00:28:08.92 ID:RyvpB6bW0
疑念の壁と対峙せよ。

215: 2013/05/10(金) 00:30:49.80 ID:RyvpB6bW0
美琴は垣根の住所など知らない。
電話に出てくれないとなると美琴から垣根にコンタクトをとる手段はない。
長点上機に乗り込むという物騒な手段まで考えたが、そもそも垣根は通っていないと言っていたので意味がない。
一応メールはしておいたが、おそらく無意味だろう。

そうなると八方塞だ。後は自分の足で学園都市を走り回るくらいしか方法がない。
だがそれで探し人を見つけられるほど学園都市は狭くない。
二三〇万の人々が暮らすこの街で、あてもなくたった一人の人間を見つけようとする方が間違っている。
もうこうなったら情報収集に長けた初春飾利に協力を求めるか、と考えていた時のことだった。

美琴がいたのは例の自販機のある公園。
そこに一人の少女がいた。実際の年は美琴と大差はないだろうが、やけに大人びた雰囲気を纏っている。
回りの空間から浮いているというか、異常な強い存在感を持っていた。
水に一滴だけ垂らされた油のように、周囲と調和しない異物。
和風の庭園に置かれた洋風の噴水のような。黒人の集団の中にいる白人のような。

それは少女の服装がドレスのような派手なものだから、というだけではない。
うまく言葉では言い表せない何かがあった。
まるで少女を中心にこの公園そのものが異界と化してしまったかのようにすら感じられる。

異世界の主はまるで美琴が来ることが分かっていたかのように、くすりと笑った。
その動作一つをとってもこの世界には馴染まない。
全く文化の違う国からやってきた異邦者にすら見える。

216: 2013/05/10(金) 00:32:37.97 ID:RyvpB6bW0
「初めまして、ね、超電磁砲。
私は……そうね、やっぱり心理定規って呼んでちょうだい」

「……何者よ、アンタ」

美琴は身構えない。
だが普段と変わらないようでいて、美琴のスイッチは切り替わっていた。
この少女がいつ何をを仕掛けてきても対応できるように。
この明らかに場違いな人間を警戒しないわけがなかった。

先ほどからずっと感じている不穏な予感と相まって、美琴の脳が警戒信号を激しく鳴らしている。
この少女は危険だ。こいつは自分にとってプラスをもたらさない。
そう感じて警戒を怠らない美琴を見て、心理定規は意味深な笑みを絶やさないまま答える。

「そうね。あなたのお友達のお友達、ってとこかしら?
もっとも本人は否定するでしょうけどね」

友達の友達?
美琴は心を落ち着けて考える。
美琴の知り合いにこんな奴はいない。佐天や初春といった人間がこんな少女と関わりがあるとも考えにくい。
常盤台のメンバーも同様の理由で除外。
上条なら……あり得そうなのが何とも言えないが、本人は否定するだろう、と言っているので候補から除外する。
あの上条が「友達じゃない」と誰かを否定するなどよっぽどのことがない限り考えにくいからだ。

217: 2013/05/10(金) 00:34:09.01 ID:RyvpB6bW0
そうなると、垣根帝督、なのだろうか?
そうだ。考えてみれば美琴は垣根の知り合いなんて一人も知らない。
どころか垣根について知っている情報などないに等しい。
嫌な予感がする。やはり勘違いなのではなかったのかもしれない。
このまま放っておくと、取り返しがつかないことになるような―――。

「今日はね、あなたにお話があってやって来たのよ。
あなたの大事なお友達……そう、垣根帝督についての話が」

ゾクッ、とあたりの雰囲気が一変したような気がした。
この少女の出したその名前に、やはり自分の予感は正しかったのだと知る。
一体この少女は何を美琴に話すのか。
美琴はいつの間にか荒くなった息を整え、少女を無言で先を促す。
覚悟を決める。きっとこの少女がこれから話すことは途轍もなく重要なことだ。
もしかしたら、垣根が何に苦しんでいるのか分かるかもしれない。

「これを受け取って」

心理定規が差し出したのは一枚の地図。
第一九学区にあるとある工場に赤で丸印がつけられている。

234: 2013/05/10(金) 03:57:46.08 ID:RyvpB6bW0

「話があるとは言ったけど、用件はこれだけよ。
そこに私の伝えたいものがある。垣根帝督に関するね。
そこにある証拠と一緒にあなたの目で確かめなさい」

218: 2013/05/10(金) 00:35:05.26 ID:RyvpB6bW0
美琴はおそるおそるといった感じで地図を受け取る。
ここに一体何があるというのか。
垣根帝督がどうしたというのか。
美琴の心臓がバクバクと大きく音をたてる。

とにかく行ってみるしかない。それは分かっているのだが、同時に行きたくないという気持ちもあった。
この工場にあるという何かはきっと美琴の大事なものを壊す。
ことによっては垣根ともう一緒にいられなくなるかもしれない、とさえ感じてしまう。
心理定規はそんな美琴に対して一言、釘を刺すように言う。

「あなたは嘘だと断じるかもしれない。理解することを拒むかもしれない。
その気持ちは分からなくないし、当然だとさえ思うわ。でも」

句切って、続ける。






「でもね、そこにあるものは―――……全て、真実よ」







219: 2013/05/10(金) 00:35:52.38 ID:RyvpB6bW0
それを聞いた途端、御坂美琴は弾かれたようにその場から駆け出した。いや、逃げ出した。
これ以上聞くのが怖かったから。これ以上あの少女の言葉を耳に入れたくなかったから。
嫌な予感がするなんてものではない。
もはや確定だ。垣根に関する恐ろしい何かがこの工場にあるのだ。
かつて美琴が『実験』の存在を知った時のような、あの感覚を再び味わうことになるのか。
まるで脳内に直接冷水をかけられたような、体の芯から凍りつくあの感覚を。

(違う。違う違う違う違う違う!!)

何度も心の中で繰り返し、恐怖を振り払う。
もしかしたら予想外につまらないものかもしれない。
鼻で笑えるような、そんな程度のものかもしれない。
震える体を押さえつけ、御坂美琴は第一九学区へと急ぐ。

長い長い一日が始まる。
既に時刻は一六時だというのに、これから先の時間は一部の人間にとってはあまりにも濃すぎる時間となる。
青年と少女が、ついに交わろうとしていた。

220: 2013/05/10(金) 00:36:33.77 ID:RyvpB6bW0









心理定規は美琴を見送った後、一人考えていた。
これでもう後戻りは出来ない。後は全てがなるようになるだろう。
ただサイコロを振ったのは自分だが、出る目はランダムではなく選ばせてもらうつもりだ。
神になど委ねてたまるか。運になど任せてたまるか。
心理定規は全てを、御坂美琴という一人の少女に託したのだ。

(彼女ならきっとやれる。友達思いの彼女ならきっと。
友達を、私の愛する人を救ってくれる。私には決して出来ない方法で。
お願い。任せたわよ、御坂さん)

221: 2013/05/10(金) 00:38:01.76 ID:RyvpB6bW0
自分では垣根帝督という愛する人を救うことは出来ない。
それは心理定規もとっくの昔から分かっていることだった。
今の垣根が何に苦しんでいるのか、何故そうなっているのかを考えれば垣根を救えるのはあの少女くらいだ。
悔しい気持ちが全くないわけではない。
だが選択の余地はなかったのだ。こうしなければ垣根はきっと壊れてしまう。
勿論美琴が失敗すれば更に最悪のバッドエンドを迎えることとなるが、心理定規は美琴を信頼していた。

心理定規は度々垣根と美琴が一緒にいるところを偵察していた。
あまり長時間いたり張り付いたりすれば垣根にすぐに見つかってしまう。
そのため遠目に一目見る、程度ではあったがそれだけでも十分に分かった。
あまりにも十分すぎた。だって、垣根は今まで見たことのないような表情を見せていたから。
それは御坂美琴や上条当麻といった存在がいなければ生まれない笑顔だったから。
自分と一緒にいても決して見せない顔だったから。
それだけではない。


    ――『超電磁砲は『表』の人間だ。暗部に堕ちてないどころか、学園都市の塔だろうが』――


    ――『お人好し。御坂もその知人もだが、究極のお人好し』――


(ふふっ。あなたは気付いていなかったでしょうね。
私に対しても、いつの間にか彼女のことを超電磁砲でもなく第三位でもなく、名前で呼んでいたことに)


222: 2013/05/10(金) 00:40:34.58 ID:RyvpB6bW0
垣根帝督は無意識のうちに御坂美琴に、そして上条当麻に対して心を開いていた。
それは心理定規がどんなに頑張っても出来なかったこと。
たとえ能力を使ったとしても同じことだった。
未元物質による防御だけではない。所詮大能力者の彼女では、超能力者たる垣根帝督の強靭な自分だけの現実を揺るがすことは出来なかったのだ。

それほどに堅かった垣根の心を、いとも簡単に開かせたのが美琴なのだ。
けれど、ここに逆説的な事態があった。
たしかに心理定規では垣根の心を開かせることは出来なかった。
だが心理定規が垣根に惚れたのは、この事実のためなのだ。

今まで手に取るように分かった人の心が、初めて読めなかった男。
圧倒的な力とカリスマを持ち、既存の道を全て薙ぎ倒し想像もつかないような発想で困難を飛び越えていく、めちゃくちゃな男。
上層部への反抗の気持ちを忘れず、決して飼い犬にはならずに反逆を企む男。
自分にとっての昨日までの非常識をあっさりと今日からの常識へ塗り替えた男。

彼の生き方の一つ一つが心理定規を魅了した。
もし心理定規で垣根の心を読み取れていたら、ここまで魅かれることはなかっただろう。
読み取れないからこそ垣根が何か作戦を考える度、アイディアを出す度、彼女はいつもその柔軟かつ奇抜な発想力に素直に驚けた。
読み取れないからこそ垣根が心理定規に対して、たとえ軽口であっても思わせぶりなことを言う度に内心動揺出来た。
だがどれだけ心理定規が垣根を想っていても、垣根は決して彼女を見ることはない。
それは彼女自身も分かっていたことだった。

223: 2013/05/10(金) 00:47:01.30 ID:RyvpB6bW0
ならば自分と結ばれなくともいい。せめて垣根には幸せになってほしい。
それが心理定規の願い。
ただ暗部に身を置いている以上、それが実現する可能性は限りなく薄い。
ならばまず暗部から抜け出す必要があるが、それを許すほど学園都市の『闇』は甘くない。

既にどっぷり『闇』に浸かっている垣根がどれだけ足掻いてもおそらくは無駄だ。
そもそも垣根は『表』に戻ろうなんて考えないだろう。
同じく『闇』に浸かっている心理定規が助力しても同じこと。

暗部から抜けるには『闇』を知っていながら決して沈まずに、尚『表』に留まっている強い人物の助けが必要だ。
それが御坂美琴。美琴ならきっと垣根を救える。身も心も強く、上条のような仲間にも恵まれている美琴なら。
きっと無理やりにでも彼を『表』に帰してくれる。

あの依頼が来た時から超能力者唯一の人格者である美琴ならもしかして、と淡い希望を抱いてはいた。
そして同時にどうせ無理に決まっている、と諦めてもいた。
だがそれがこの一ヶ月で確信に変わっていた。

(―――信じてるわ、御坂さん。あの人を救ってあげて)


              チップ         ベット
心理定規は自分の願いを全て美琴に賭する。

224: 2013/05/10(金) 00:48:59.21 ID:RyvpB6bW0









美琴が心理定規と遭遇したその時。
学園都市第一位はついに反撃の狼煙をあげんとしていた。

「いよいよか。遅せェンだよ待たせやがって。
焦らしプレイなンざ興醒めだぜェ?」

『そう言うな。これでも早い方だぞ。
親船、貝積、そして雲川の尽力により潮岸の行動は完全に封じた。
後は同権限者視察制度を実行するだけだ』

同権限者視察制度とは統括理事会一二人の間で結ばれた取り決めだ。
彼らは常に均一の力を持っていなくてはならない。
誰かが突出するようなことはあってはならない。
そういう理由で統括理事会員が他の理事会員に探りを入れることが出来る制度だ。

225: 2013/05/10(金) 00:50:12.52 ID:RyvpB6bW0
だがこれはあくまでお飾りの制度であって、こんなものが振るわれることは本来あり得ない。
だが親船、貝積、雲川の三人はこの制度に全てを賭けた。
一見無意味に見えるような小さな条約を幾重にも結んでいく。
たとえ自分の側に不利なものであったとしてもだ。

それは一つ一つは何の意味もないような取るに足らないものだが、それらは全て同権限者視察制度に干渉するよう仕組んである。
ある方法で突き返そうとするとある条約によって阻まれ、別の方法を取ろうとするとまた別の条約が食い込んでくるように。
もともと親船は第三次製造計画のことがある前から潮岸には警戒していて、既に潮岸包囲網はだいぶ出来上がっていた。
それを、今回完璧な形に仕上げてみせたのが天才少女雲川芹亜である。

とにかくこれで舞台は整った。
潮岸が同権限者視察制度を受け入れれば遠慮なくガサ入れさせてもらうし、断れば強行突破。
この場合行為の正当性はこちらにあるため、強行突破が許されるのだ。
ようやくだ。ようやくこの時が来た。
潮岸を捕らえることは第三次製造計画を潰すための第一歩。
避けては通れない道だ。
電話相手の土御門元春によれば、実行は明日とのこと。
一方通行は通話を切断し、その口の端を大きく吊り上げた。

(首洗って待ってろクソ野郎。明日は楽しい楽しいパーティだぜェ?)

一方通行、垣根帝督、御坂美琴。
全ての歯車が今回りだす。

226: 2013/05/10(金) 00:51:03.14 ID:RyvpB6bW0









御坂美琴は心理定規に指示された廃工場へと辿り着いていた。
ここ第一九学区は再開発に失敗して急速に寂れた学区で、人口も極端に少ない。
こうした廃棄された施設も全く珍しくないのだ。
だがこの工場はまだ真新しく、廃棄されてそう日数は経過していないことが窺える。
大きな機材や電動ノコギリなどが残っており、もともとはそれなりに大規模な工場だったのだろう。
床にも細かい金属片や工具が落ちていてだいぶ散らかっていた。

美琴は足元に気をつけながら中を進んでいくが、一体この工場のどこに行けばいいのか分からない。
それに心理定規にはここに真実があるとしか言われておらず、具体的に何があるのかも分からなかった。

227: 2013/05/10(金) 00:52:15.77 ID:RyvpB6bW0
(この工場やたらと大きいし、どこに行けばいいのよ……。
もうちょっと細かく教えとけっつーの。っと、あれは……?)

途方にくれる美琴だったが、その視界にある一室が映った。
この工場は電気が消えているにも関わらず、その部屋だけは電気が点灯している。
まるで誘っているような状況に一瞬躊躇ったが、すぐにその部屋へと向かう。
来てみれば、その部屋の入り口には電子ロックがかかっていた。
八桁の暗証番号を入力しない限り開かないシステムのようだ。
だが美琴は能力を使いシステムを乗っ取り、強引にこじ開ける。
こういう時美琴の能力は便利である。

あっさりと開いたドアの向こうは資料室のような印象を受けた。
本棚にはびっしりと本が並べられ、壊れてはいるがデスクトップパソコンも置かれている。
部屋は相当に大きく、何故かテレビや冷蔵庫まで置かれており、まるで誰かが住処にしているように見える。
しかし美琴はそんなものは見ていなかった。
美琴の注意を引いたのは、机の上にわざとらしく置かれている何枚かの紙。
何らかの報告書のようだ。

この部屋に本以外の紙媒体は見つからない。
机の上にはパソコン以外には何一つ置かれていない。
そんな状況の中で、その紙は一際異色を放っていた。

228: 2013/05/10(金) 00:53:49.29 ID:RyvpB6bW0
それは心理定規の置いた『スクール』の報告者である。

『スクール』はクラッキング対策としてあえてアナログを用いるという手段を講じているため、紙媒体となっている。
本来こういった紙はリーダーである垣根が暗記すると即座に焼却処分される。
だが心理定規はこの書類だけは焼却せずに保管していたのだ。

美琴は中々その書類に手を伸ばせない。
中身を見るのが怖いという単純な理由だ。
きっとあれには、ようやく取り戻したはずの日常を木っ端微塵に砕くようなことが書かれているに違いない。
一方通行と妹達というこれ以上ないほど複雑な問題をようやく乗り越え、日常に帰ってきたと思っていたのに。
その日常は一日ももたなかった。一九時間ほどで崩れ去ってしまった。
けれど、垣根のことを放っておくことなど絶対に出来ない。
だって御坂美琴にとって垣根帝督はとっくの昔に親友になっていたから。

美琴は大きな深呼吸を二回繰り返し、意を決してその書類を手に取った。
まず視界に入ったのは一枚目に書かれているタイトル。

229: 2013/05/10(金) 00:54:36.51 ID:RyvpB6bW0








『超電磁砲監視任務』









247: 2013/05/13(月) 22:54:48.62 ID:HDiDjvWv0
因縁の決氏戦。

248: 2013/05/13(月) 22:56:44.93 ID:HDiDjvWv0

『超電磁砲監視任務』


それを見た途端、美琴の体に貫くような寒気が走った。
冷や汗すら流れそうになる。

(なっ、な、によこれ……!!)

思わず息が止まる。
震える指で、何度も失敗してようやくページを捲る。
かつて量産型能力者計画の存在を知った時と、全く同じ反応だった。
観察。観察。何とも薄気味悪い不気味な言葉だった。
観察とは、そのもののあり方がどういうものなのか注意して見ること。


『超電磁砲が学園都市第三位の超能力者であることは周知の事実である』


まただ。妹達の時のように、また得体の知れない計画が行われていたのだ。


『その超電磁砲が、裏方に介入することが最近多くなっている。
例としては絶対能力進化計画や残骸をめぐる一件などがあげられる』


249: 2013/05/13(月) 22:58:53.63 ID:HDiDjvWv0
だが今回はそんな分かりやすいものではない。
量産型能力者計画。絶対能力進化計画。
どちらも狂っているとしか言い様のない狂気の実験ではあったが、その目的ははっきりしていた。
前者ならば御坂美琴を素材とした超能力者の人工的量産。後者ならば学園都市の目標でもある絶対能力者の創造。
だがあくまで観察という、よく分からないものだった。
一体、何を観察しているというのか。かつてDNAマップを騙し取った時のように、また何か企んでいるのか。


『他にも幻想御手事件や乱雑解放事件などいくつかあげられるが、それについては別紙にまとめておく。
このまま超電磁砲を放置しておくと、いずれ我々にとっての障害となる可能性がある』


それが何かは分からない。だがろくでもないようなものだということだけは確かだろう。
ある一枚の紙にはこれまで美琴が関わってきた事件が一つ一つ詳細にまとめられていた。
ロシアでのデモンストレーション、幻想御手、乱雑解放、絶対能力進化計画、学芸都市、エンデュミオン、大覇星祭、残骸……。
どうやって知ったのか疑問を感じずにはいられないほど事細かなデータが載っている。


『もちろん超電磁砲は暗部の人間ではない。表立って事を起こすわけにはいかない。
だが我々はいざそうなった時には対処できるよう、超電磁砲の詳細な情報を必要とした。
能力者との戦闘の際、相手の詳細な情報を持っているかどうかは非常に重要な意味を持つ。
ただしこれは誰にでも出来るようなものではない。
直接接触しての情報収集が基本となるが、超電磁砲は超能力者だからである』

250: 2013/05/13(月) 23:06:36.21 ID:HDiDjvWv0
ここに書かれていることだけが真実なのか。
かつてDNAマップから人体クローンを作り、二万人の妹達を絶対能力者の創造のために使い捨てた学園都市が。
本当にこんな理由のために動いたのか。
美琴の中で不安が渦巻く。だがもっと大きいものが美琴の中に生まれていた。

直接接触、情報収集。心理定規。
ピースが美琴の中で組み合わされていく。真っ白なパズルではなく、絵のついたパズルが。
組みあがっていくにつれ、一枚の絵が浮き彫りになっていく。
ただ、そこに浮かんだ絵は絶対に認めたくないものだった。
ガタガタと震える指で、それを否定する答えが書かれていることを祈って美琴は二枚目を確認する。
まさか。まさかまさかまさか。


『そこで我々は超能力者を擁する組織に本任務を依頼することで合意した。
即ち「グループ」、「スクール」、「アイテム」である。
しかしこの内「グループ」と「アイテム」に関しては、両組織とも肝心の超能力者が超電磁砲との間に問題を抱えている』


『グループ』。『スクール』。『アイテム』。それは学園都市の暗部に潜む組織の名前らしい。
核心に迫ってきたと思う。
この次には、きっと美琴の馬鹿な想像を裏切ってくれる答えが用意されているはずだ。
美琴の欲しい答えがそこにあって、こんな不安を消し飛ばしてくれるはずだ。

251: 2013/05/13(月) 23:08:34.80 ID:HDiDjvWv0
『それが本任務の遂行に支障をきたすことを危惧した我々は、唯一超電磁砲と繋がりのない「スクール」を起用することに決定した。
無論そんなことはあってはならないが、それでも実行人は有事の際超電磁砲に対処出来る人間でなければならない。そのための超能力者である。
そこで「スクール」のリーダーである超能力者序列第二位、未元物質の垣根帝督を指名することとした』


だが、現実はどこまでも残酷だった。そこにあったのは美琴の馬鹿げた想像を肯定するもので。
全身から力が抜ける。フラッ、と倒れそうになり慌てて耐えようとするが全く力が入らない。
握力がなくなり、持っていた何枚もの書類がヒラヒラと宙を舞って散らかる。
そのまま美琴はその場に座り込んでしまった。その目には光がない。
嘘だ。こんなのは何かの間違いだ。

「は、あはははは」

乾いた笑い声をあげる。
手の込んだ悪戯だ。近くに垣根と上条あたりがいて面白がっているのだろうか。
だって、こんなのあり得ない。垣根が、あの垣根が。
そんな馬鹿なことがあり得てたまるか。
ちら、と少しだけ続きを見てみる。
これをひっくり返すようなことが書かれていないかと期待して。


『ただし超電磁砲は学園都市の塔であるため、たとえ対立するようなことがあっても殺害は固く禁ずる。
しかし他の人間、超電磁砲の周囲の人間はどうしてもその必要性が認められた場合のみ、こちらの認可を得た上での殺害を許可する。
未元物質はその正体を悟らせず、全てを穏便に済ますのがベストである』

252: 2013/05/13(月) 23:10:54.95 ID:HDiDjvWv0
ほら。やっぱり悪戯だ。
これではまるで垣根は簡単に人を殺せる人間であるかのような書き方ではないか。
超能力者。第二位。十二分に驚愕に値する事実ではあるが、ここまではまだいい。
だがそれ以外は悪戯にしてもたちが悪い。
いくらなんだってあり得なさ過ぎる。あの垣根が人を頃す?

「はは、は、ははは。全く、こんな、悪戯して、何が楽しいのかしら。
全く、後でとっちめてやるんだから」

歪んだ笑みを浮かべる。引き攣った、無理やり作った笑い。
目は笑っていないし、唇も無理に形を変えているせいで小さく震えている。
人は自分の考えを肯定する意見を持つ人と、否定する人間と議論する場合どうしたって前者に縋ってしまう。
美琴も同様で、一言でもこれを否定する内容があれば、その他を無視してそれだけを自己採用していただろう。
だが必氏に目の前の現実を否定する材料を探しても、ない。そんなものはどこにも見つからない。
それどころか、あの心理定規と名乗る少女の言葉は。


    ――『あなたは嘘だと断じるかもしれない。理解することを拒むかもしれない。
       その気持ちは分からなくないし、当然だとさえ思うわ。でも』――


    ――『でもね、そこにあるものは―――……全て、真実よ』――


「……なんで。なんでなんでなんでなんで!!」

253: 2013/05/13(月) 23:13:11.77 ID:HDiDjvWv0
美琴は理解した。いや、とっくに理解していた。
ただそれを受け入れたくなかっただけで。信じたくなかっただけで。
だって、信じられるものか。あれだけ笑いあって遊んできた垣根が。

だが美琴は、ついに現実を誤魔化すことを諦めた。
今まで見てきた、過ごしてきた垣根帝督など最初からどこにもいない。
本当の垣根帝督は学園都市の暗部にいて、超能力者の第二位で、人を平然と殺せるような冷酷な人間なのだ。
たとえて言うなら、そう。―――学園都市第一位、一方通行のような人間。

美琴が友達だと思っていた垣根は、偽りだった。
あれは作られた虚構の人格。垣根帝督などではない。
それを理解した途端、美琴の全てを吸い取るような虚無感が襲った。

じゃあ、今までの日々は。
垣根と馬鹿騒ぎしたこれまでの日々は、全て無駄だったのか。
美琴の脳内に、スライドショーのようにこの一ヶ月の記憶が蘇る。
その一つ一つが美琴にとってかけがえのない大切な思い出だ。

上条当麻が笑っている。御坂美琴が笑っている。そして、垣根帝督も。
白井黒子と垣根帝督が言い争っている。上条当麻が冗談を飛ばし、御坂美琴が赤面している。
垣根帝督が上条当麻を揶揄し、御坂美琴がそれに便乗している。上条当麻が必氏になって反論している。

これら全てはただのゴミ記憶? そんなどうでもいいようなものだったか?
そう考えると冷静に物事を考えられるようになった気がした。体に活力が戻ってくる。

254: 2013/05/13(月) 23:17:50.25 ID:HDiDjvWv0
「違う」

美琴は呟いた。
無駄なんかじゃない。偽物なんかじゃない。
たとえ垣根とのこれまでが全て偽物だったとしても、絶対の事実がある。
それでも偽物ではないと一〇〇%断言できる事実がある。
それだけは、たとえ垣根本人にさえも否定はさせない。
大丈夫だ。垣根には間違いなく善性が存在する。その事実が、それを証明している。
あの一方通行にさえあったのだ、ないはずがない。

垣根帝督は御坂美琴の親友だ。
このたった一つの答えを変える気は今でもない。永遠に変えてやるつもりはない。
もともとたとえ垣根がそう思っていなくても、自分にとって垣根は親友だと結論したのだから。
垣根が本当はそういう人間だというのなら、美琴は垣根の全てを丸ごと受け入れる。汚い部分も全て。
友達だから。綺麗も汚いも全て受け入れる。綺麗な部分だけを見るような関係は長続きしない。
その上で、垣根を『闇』から強引にでも引っ張りあげる。

泥沼にはまっていた一方通行を、打ち止めが引き摺りあげたように。
御坂美琴が垣根帝督を『闇』の底から引き上げてみせる。
もし垣根が本当にどうしようもない悪党ならともかく、彼は確かな善性を有しているのだ。
絶対に諦めない。親友を、諦められるものか。
それに、垣根とは“約束”もしている。絶対に“約束”は守ってもらう。

「……垣根。私はアンタを絶対に諦めないから。
アンタが何と言おうと、私が身勝手にアンタを救う」

255: 2013/05/13(月) 23:19:02.18 ID:HDiDjvWv0
そう呟く美琴の目には光が戻っていた。
かつて美琴の事情など全く無視し、上条当麻がズカズカとこちらに踏み込んできたように。
上条が美琴の言葉に取り合わず、強引に救い上げてくれたように。
意を決し、再び書類に目を通し始める。


『超電磁砲の能力使用時の癖や一挙手一投足にいたるまで、細かく観察すること。
超電磁砲の協力者になり得る者の調査も怠ってはならない』


垣根は、一体どんな気持ちだったのだろう。
どんな心境で美琴たちと同じ時を過ごしていたのだろう。


『超電磁砲についての情報はどんな細かいものでも漏らさず収集すること。
特に戦闘時における能力使用の応用範囲などはもっとも優先順位が高い』


彼は何を思っていたのか。
本来の目的を隠したまま、ずっと偽り続けて。


『期限は特に設けないこととする。
少しでも多くの情報を集めること。未元物質は定期的な報告を忘れてはならない』

256: 2013/05/13(月) 23:20:21.89 ID:HDiDjvWv0
垣根が何に苦しんでいるのか分かったような、気がした。
駆けつけてやらなくてはならない。助けてやらなくてはならない。
困っている時に助け合うのが友達なのだから。
美琴は垣根に救われているのだから。
今度は、こっちの番だ。あまり借りを作っておきたくはない。

美琴は書類を投げ捨て部屋から飛び出した。
工場中に散乱した何かの用具を踏み越え、手すりを飛び越え、階段を駆け下り出口へと向かう。
誰もいない工場に、美琴の息をつく音と足音だけが反響する。

(待ってて、垣根。アンタを一人にはさせない。
アンタがどんな奴でも、私はアンタの味方であり続けるって決めたのよ)

たとえ聖書に書かれていなくても絶対にそうなのだ。永遠不変の事実。
それに、垣根と話したいことも山ほどある。
言ってやりたい文句があるし、教えてやりたいこともたくさんある。
聞かせてほしいことだってある。

かつて美琴が垣根に教えられた言葉、「腹を割って話し合え」だ。
美琴は間違いなく垣根のこの言葉に救われた。
垣根帝督に思いの丈をぶつけてやらなくては。そして垣根にも。

257: 2013/05/13(月) 23:23:23.19 ID:HDiDjvWv0
だが、物事はそううまくいかないものである。

世界の抑止力、とでもいうのだろうか。
誰もがどうしてよりによってこのタイミングで、というような事態を経験したことがあるだろう。
そして御坂美琴はまさにそれに直面する。


工場の出口付近までやって来た時、何の前兆も文脈も前触れもなく。


空気も気配も雰囲気もルールもタイミングも読むことなく。


突然無数の閃光がズバァ!! と迸った。
それは金属も何も関係なく、圧倒的な力で全てを薙ぎ払っていく。
反応がもう少し遅れていれば巻き込まれていただろう。
突然の攻撃に、美琴は閃光が放たれた方向へ目を向ける。

いつの間にこの工場内に入ってきたのか、人影があった。
見知った女だった。
その女の右目はなかった。その女の左腕は千切れていた。
赤黒い空洞となった眼窩の奥から、溶接のような青白い閃光が迸っていた。
左腕にしても同様。本来なら存在しない左腕を補うように、断面から眩い閃光のアームが飛び出している。
相当の高エネルギーなのか、まるで誘蛾灯の虫を焼く高圧電流のような音まで聞こえてくる。

258: 2013/05/13(月) 23:26:05.34 ID:HDiDjvWv0
能力によるものだった。第四位の超能力者によるものだった。

原子崩し。

誰でも発現出来るような安い能力ではない。美琴の知る限り、その能力を使える人間は一人しかいない。
御坂美琴の口から掠れた声が漏れた。
驚きに目を見開きながら、干上がった喉からその名前を搾り出す。

「……第四位、麦野、沈利……!?」

学園都市第四位の超能力者、麦野沈利は笑いに笑って叫んだ。








「……ひっさしぶりだねぇ、レェェェルガァァァァァァァァァァン!!!!!!」









259: 2013/05/13(月) 23:28:33.32 ID:HDiDjvWv0
目の前の痛ましい姿がどういう理由なのか、美琴には分からなかった。
美琴が最後に麦野と会ったのは佐天が誘拐されたあの時だ。
施設が炎上し、危険と判断して美琴はあの研究施設を脱出した。
当然その後麦野がどうしたかは美琴には分からない。

もしかしたら脱出し遅れて施設の炎上・崩壊に巻き込まれてしまったのだろうか。
とにかく、重要なのは麦野沈利は今現在、御坂美琴に対する明確な悪意と殺意を持ってここにいるという事実。
実際麦野は冥土帰しの残した『負の遺産』と呼ばれる技術を使って復活を果たしたわけだが、そんなことはどうでもいい。
だが美琴は、

「……何よ。何なのよ、アンタ」

意味が分からなかった。理解が出来なかった。
麦野の執念が。こんなことになってもまだ自分の前に立ち塞がる理由が。
こんな醜い体になってまで。女どころかまともな人間であることまで捨てて。

「……何でそんなになってまで。馬鹿じゃないの?
何がアンタをそこまでさせるのよ。一体アンタは、何がしたいのよ……っ!!」

美琴の声は掠れていた。

「何故、だぁ?」

260: 2013/05/13(月) 23:31:24.20 ID:HDiDjvWv0
麦野は歯が折れてしまいそうなほどに強く歯軋りする。
美琴に対して、獣のように吠えた。
それとも、事実として麦野沈利は獣だったのかもしれない。

「決まってんだろうが。そんなこと分かりきってんだろうが!!
シンプルにテメェが気に食わないんだよ、超電磁砲!
第三位の座を奪ったことも、触れているくせに『闇』に堕ちねぇことも!
テメェのその姿が、声が、言動が! 全てにムカッ腹が立って仕方ねぇんだよ!!」

もっとも、と麦野は続ける。

「滝壺がいりゃあもっと早くテメェをぶち頃しに来れたんだけどな。
まさか絹旗の奴が滝壺連れて逃げるとはねぇ。
おかげで遅くなっちまった。未元物質も殺さねぇといけねぇが、何よりもまずはテメェだ、超電磁砲」

それを聞いた美琴の表情が一変する。
今までは哀れみや戸惑いの色を浮かべていたが、それらが一気に消えてなくなる。
今麦野は確かに「未元物質を頃す」と言った。あの書類によれば未元物質とは垣根の本当の能力名だ。

つまり麦野は垣根を殺そうとしているということになる。
親友である垣根を。今も苦しんでいるだろう垣根を。
理由は分からない。けれど。

261: 2013/05/13(月) 23:33:33.41 ID:HDiDjvWv0
「させないわ」

美琴は力強く言った。
友達に手を出そうというのなら、こちらも容赦することは出来ない。
それだけではない。この女は自分を頃すためにここまでになったのだという。
その執念は美琴の理解の外だが、きっと目的を果たすまで麦野は止まらない。
ここまで醜悪な体に成り果てても、ここで見逃せばまた美琴の前に現れるだろう。

「言ってろ。とにかく私はお前を上下左右に裂いて頃す。
お前を頃して、私の方が優れていることを証明する」

美琴には麦野が酷く哀れに思えた。
麦野は序列に取り付かれすぎている。能力こそ全てだと考えている。
序列でしか、自分の価値を、計れない。
この女は止まらない。美琴は確信した。

第三位と第四位、どっちが優れているのか。はっきり白黒つけない限り絶対に止まらない。
どれだけ身体と精神を犠牲にしてでも戦い続けるだろう。
不本意ではある。美琴としてはこの戦いに、この頃し合いに何の意味も見出せない。
だが。垣根を守るためにも、この哀れな女を止めるためにも。

やるしかない。ここで、第四位と決着をつけるしかない。

262: 2013/05/13(月) 23:35:38.22 ID:HDiDjvWv0
「……いいわ。けど私は負けるわけにはいかない。
アンタの気持ちに応じて、私も本気で相手になる。だから、全力で叩いて潰す」

麦野はそれを聞くとニィ、と口の端を吊り上げた。
ついに麦野にとって待ちわびた時がやってきたのだ。

「ようやくかよ。待ってたんだ、この時を。
第三位と第四位、どっちが強いのか。第三位の座に相応しいのはどちらなのか。
恨みっこなしだ、超電磁砲。お前の五体を塵にしてでもどっちが上か分からせてやる」

「上等よ」

第三位と第四位。超電磁砲と原子崩し。
二人の超能力者は、向かい合う。
過去戦った時とは違い、一対一で。お互いにほぼ万全の状態で。
麦野はこの体になって弱くなってはいないが、強くなってもいない。
美琴は精神的に若干の揺らぎはあるものの、ほぼ万全に近い状態を保てている。
ハンデとか数とか、そういうものに影響されない本当の決戦が始まろうとしているのだ。

単騎で軍隊に勝る超能力者。個としての圧倒的戦力。

訪れるのは、静謐。
異常なほどに音が氏んでいた。
互いの心音が聞こえてしまうのではと思えるほどの無。
嵐の前の静けさとはまさにこのことだろう。

263: 2013/05/13(月) 23:38:23.38 ID:HDiDjvWv0


御坂美琴と麦野沈利は静かに向き合って、そして同時に口を開く。




「「証明しましょう」」




超電磁砲と原子崩し、二人の超能力者の歌うような声がただ朗々とこの空間に響く。
そして、決戦の火蓋は切って落とされる。
果たして生き残るのは超電磁砲か、それとも原子崩しか。




「「どちらが上なのかを!!」」





283: 2013/05/22(水) 00:20:57.23 ID:NWEpM7fj0
生き残ったのは。

284: 2013/05/22(水) 00:22:02.38 ID:NWEpM7fj0
「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

最初に動いたのは第四位。
その右手を大きく振ると、その軌跡をなぞるように青白い光が現れる。
そして全てを無に帰す破壊の力が容赦なく放たれた。
麦野沈利の原子崩しは一切の防御を許さない。

電子を粒子でも波形でもない曖昧な状態に固定する能力。
『曖昧なまま固定された電子』は『粒子』にも『波形』にもなれないため、外部からの反応で動くことが無い「留まる」性質を持つようになる。
この「留まる」性質により擬似的な「壁」となった『曖昧なまま固定された電子』を強制的に動かし、対象を貫く特殊な電子線を高速で叩きつけることで、絶大な破壊力を生み出す。

正式名称『粒機波形高速砲』。触れるもの全てを滅する破壊の具現化。
したがって、美琴は防御という選択肢は最初から捨て回避に移る。
だがそこで麦野の攻撃は止まらない。
麦野の近くの空間に不健康な青白い球体が三つ出現し、それぞれから再度原子崩しが放射された。

「ッ!!」

美琴はかつてやったように原子崩しに干渉し、その全てを捻じ曲げる。
逸らされた原子崩しは工場のあちこちに大穴を開け、破壊の限りを尽くしていく。
やはり原子崩しの破壊力は折り紙つきだ。
間違いなく全能力最高だろう。破壊力一点のみならば第一位すら上回る。

だがその代償か、原子崩しは応用範囲が広くはない。
超電磁砲や未元物質、一方通行の圧倒的な応用力と比すれば何てことはない。
麦野から予想外の攻撃がくる可能性はほとんどないと言っていいだろう。
麦野の攻撃手段は基本的に原子崩しのみ。ならばそれのみに気を配ればいい。

285: 2013/05/22(水) 00:23:53.09 ID:NWEpM7fj0
原子崩しを捻じ曲げると同時に前髪から超高圧電流を放つ。
だがそれも美琴がやったのと同様に、麦野に干渉されて曲げられてしまう。

「こっちもお前の力に干渉できるのを忘れたか?
さっさと潰されちまえクモ女ァ!!」

(やっぱり直接的な電撃は効果なし、か)

だがそれは最初から分かっていたこと。
こんな程度の攻撃で第四位を打倒できると思えるほど、美琴は楽観主義者ではない。
麦野が攻撃に回る前に、美琴は追撃をかける。
美琴の目がカッ、と大きく見開かれる。
するとそれに呼応してあたりに散らかっている大量の鉄材が浮き上がり、空中で一列に並んだ。
それはまるで空を翔る竜のようにも見えた。
鉄材は恐るべき速度で麦野沈利に迫る。食らえば悪くて氏亡、良くても立つことは出来なくなるだろう。
だが、

「甘めぇんだよクソガキ」

ス、と右手をかざす第四位。
そこに半透明な円盤のようなものが発生し、それに触れた途端鉄材は跡形もなく次々と消滅していった。
原子崩しを防御に転用した能力の応用だ。
原子崩しはその特性上、こうして防御に回ればいかなる攻撃も全てを防ぐことが出来る。
つまり麦野沈利は最強の矛と最強の盾を両立させているのだ。
おそらくあの防御を打ち破る方法はない。

286: 2013/05/22(水) 00:26:48.49 ID:NWEpM7fj0
「『原子崩し』を舐めるなよ。攻撃に回れば全てを滅し、守りに転じれば絶対の防御となる。
そんな攻撃で破れるほど安くはねぇ」

(でもあれは一方通行のような自動展開でもなければ全身を覆っているわけでもない。
展開させないか、そこを避けて攻撃を加えることが出来れば!)

一方通行の場合たとえ本人が寝ていても『反射』は働く。
加えて全身を一ミクロンの隙間もなく完全に覆い尽くしてるため、どうやっても攻撃を届かせることが出来なかった。
だが麦野はあくまで手動。ならばそこに突破口はある。

麦野から間段なく放たれ続ける原子崩しを磁力を用いて立体的に回避する美琴。
食らうより防御、防御より回避だ。

「そらどうしたどうした!! 逃げてばっかじゃねえかドMかテメェは!?」

中々攻撃の当たらないことに業を煮やした麦野は懐からあるカードのようなものを取り出した。
美琴はそれに見覚えがあった。

「それ、弾幕を張るための……!」

「覚えていたか。拡散支援半導体(シリコンバーン)。
散々腰振って逃げてばかりだが、もう逃げ場はねぇぞ売女ァ!!」

麦野は拡散支援半導体を一枚空中に放り、それを射抜くように原子崩しを放った。
原子崩しが拡散支援半導体を通過した途端、原子崩しが幾重にも枝分かれして美琴に迫った。
相当の広範囲をカバーしている。暗部に身を置く以上、自身の弱点に対策を講ずるのは当たり前。
磁力をフルに使って破壊の雨から脱した第三位。

287: 2013/05/22(水) 00:28:13.89 ID:NWEpM7fj0
だがそこに第四位からの更なる追撃が待っていた。

「―――捉えた」

二枚目の拡散支援半導体。
二撃目の原子崩しの雨は確実に美琴を捉えた。回避できるタイミングではない。
だが、ここで不可解な現象が起きた。
バチバチィ! という音をたて幾重もの原子崩しが全て虚空へと掻き消えたのだ。
これまでのように干渉されて曲げられたのではない。
完全に消滅させられたのだ。

「なん、だ……?」

「分からないの?」

数秒前までと全く変わらぬ姿で君臨するは第三位。
当然その体に傷はただの一つもついてはいない。

「アンタの今の攻撃は範囲は広いけど一つ一つは弱体化している。
威力だけなら普通に撃った方が上よ。
あの程度なら曲げるどころか消し去るくらい造作もないわ。
そっちこそ忘れたの? 八月、私はボロボロの状態でも原子崩しを曲げることが出来た。
なら万全の今ならそれ以上のことが出来て当然でしょ」

「……なーる。どこまでも腹の立つ。
だったら、これならどうだ超電磁砲!!」

要は拡散支援半導体を用いた攻撃では美琴には届かない、ということだ。
もう拡散支援半導体は意味がない。そう判断した麦野は次の一手に撃って出る。
閃光のアームに莫大な光が宿っていく。

288: 2013/05/22(水) 00:30:41.07 ID:NWEpM7fj0
そう。拡散支援半導体を使えば掻き消される。
普通に撃てば捻じ曲げられる。
ならば話は簡単で。

第三位の超電磁砲が、消すことも曲げることも出来ない一撃をお見舞いしてやればいい。

「ハラワタを、ブチ撒けろォォォォォ!!」

今までのものとは比較にならない特大の原子崩しが放たれる。
チャージが必要だし、疲労も溜まる一撃ではあるがその威力と大きさは比較にもならない。
直径数メートルの光の砲撃は全てを抉り取りながら御坂美琴に迫っていく。

美琴は考える。これを消すのは絶対に無理だ。
曲げることは全力でかかれば多分出来る、と思う。だが成功する保障はない。
もし失敗すれば本当に愉快なオブジェになってしまう。
とてもではないが、試す勇気は出ない。
ならば残された選択肢はたった一つ。

「そんなもの、まともに受け止めるわけないでしょうが!!」

御坂美琴は磁力を最大にして緊急回避を試みる。
体に多少の負担はかかるが、そんなことは言っていられない。
能力をフルに使用し、まさに間一髪のところで特大原子崩しを回避する。
そのまま磁力線を繋げた金属の壁に猛スピードで引き寄せられながらも攻撃に出る。
まさかこのタイミングで攻撃がくるとは麦野も思わないだろう。
再び磁力を使い、あたりに残されている金属製のものを引き剥がし一斉に麦野のいたところへと向かわせる。

289: 2013/05/22(水) 00:32:01.43 ID:NWEpM7fj0
美琴が背中から思い切り壁に叩きつけられたのと、美琴の攻撃が麦野を捉えたのはほぼ同時。
背中に鋭い痛みを覚える。緊急回避はこの加減が出来ないのだ。

(っ痛ぅ……。第四位はどうなって?
まさかあれで終わりってことはないでしょうけど)

麦野沈利は超能力者だ。第四位だ。
そんな簡単に倒せないのは承知している。
おそらく美琴が磁力でかき集めた金属の山の中から、今にでも吹き飛ばして飛び出してくるだろう。
そう考えていたからこそ、突然腹部に加わった強い衝撃に一瞬思考に空白が生まれた。

「がっ……!? げほっ、ほっ、ぅあっ……!!」

御坂美琴の腹に麦野沈利の足が深く食い込んでいた。
恐ろしい威力だ。これがただの脚力とは。
呼吸が止まる。続けて思わず胃の中のものを吐き出しそうになる。
そのまま蹴飛ばされた美琴が床の上を滑っていく。
一体何が起きたのか分からない。
いつの間に、どうやって。そんなことばかりが美琴の中で繰り返される。

「あの程度でお前を殺れるとはハナから思っちゃいなかった」

麦野沈利は危なげなく二本の足で立っている。美琴の磁力攻撃を食らった形跡はない。
実はあの時、麦野は原子崩しをロケットエンジンのようにして放ったのだ。
それを推進力に転換して美琴の磁力攻撃を回避した。それだけではなく、そのまま攻撃に転じていたのだ。

290: 2013/05/22(水) 00:33:28.95 ID:NWEpM7fj0
「お前が回避することは読めていた。
だから、私はその隙をついたってワケだ。中房にゃ難しいかにゃーん?」

麦野は美琴にとどめを刺すべく原子崩しを数発放った。
それを必氏に捻じ曲げながら美琴は磁力を使って自身の体を持ち上げ、麦野から距離をとる。
迂闊だった。まさか原子崩しにあんな使い方があるとは思いもしなかった。
片手で腹をさすり、咳き込みながらも美琴は麦野から目をそらさない。

近接戦闘はあまり上策とは言えないだろう。麦野の身体能力が高いからではない。
先ほどから美琴はいつもの戦闘スタイルがとれずにいた。
その理由は簡単で、

(ここには砂鉄がない。こんな機械機械したところじゃ仕方ないけど。
おかげでだいぶ取れる選択肢が減ってるわね)

御坂美琴の近接戦闘は砂鉄の剣に依存する。
特定の形を持たない砂鉄の剣は長さを不意に伸ばすことも、鞭のように使うことも出来る。
砂鉄は美琴の主戦力の一つなのだ。
それが使えないとなると、自然に美琴のリズムも崩れてきてしまう。
いつも取っている戦術がとれない。

「どうしたぁ超電磁砲! そんなもんじゃねぇはずだろうが!!
見せてみろよ。それとももう力を使い果たしちまったかァ!?」

そして何よりも美琴を縛っているのが彼女の性格だった。
美琴は人を殺せるような人間ではない。一方通行すら結局頃すことはなかった。
そんな美琴に麦野を頃すという選択肢はなかった。
ところが、こうなると困った事態になる。
対する麦野は全力で美琴を頃しにきているからだ。

291: 2013/05/22(水) 00:35:47.15 ID:NWEpM7fj0
本気で頃しにかかってくる相手を殺さずに倒すためには、こちらの実力が数段上でなければならない。
向こうはこちらを頃すつもりだからどんな手段でも使える。自らの体を壊すような、危険な攻撃だって出来る。
そんな相手を正攻法のみで殺さずに勝つためには、実力が五分では分が悪い。
そしてそれが出来るだけの力が自分にあるか、美琴には分からなかった。

いくら美琴が「全力を出す」と言っても、大抵は全力ではない。
決して相手を殺さないように、大怪我をさせないように気遣ってしまうから。
それが半ば無意識的に力を抑えてしまう。それは人を頃したことのない、『表』の人間なら誰もが持っているストッパーだ。
美琴が本当に本気を出したのは一方通行と戦った時くらいのものだろう。
あの時は怒りのあまり手加減なんて考えていられなかったし、また一方通行なら絶対に頃してしまうことはないというのもあった。

だが麦野沈利は違う。たしかに麦野は強いが、一方通行とは比べ物にもならない。
相手が圧倒的格上ならそんな心配は無用だが、麦野とはそこまでの力の差はない。
しかし、それは。美琴は僅かに口の端を吊り上げた。

「笑ってやがる……。諦めて開き直ったか。
それとも第三位らしく何か隠し玉でもあるのか」

だがそれがどれだけ麦野を馬鹿にした、自意識過剰な考えであるか美琴は分かっていた。
麦野はただ美琴を殺せればいいというだけではないはずだ。
第三位の超電磁砲を真っ向勝負で打ち倒し、自らの優秀さを証明する。
それが麦野沈利の目的だったはずだ。
そのためにあんな体になってまで美琴の前に再び現れたのだ。

そんな彼女の気持ちに応えて美琴は本気を出すと言った。
それで本気じゃなかった、なんて分かった時にはそれこそ麦野は激怒するだろう
しかもやりすぎてしまうかもしれないから、という麦野にとっては屈辱過ぎる理由で。

292: 2013/05/22(水) 00:37:58.05 ID:NWEpM7fj0
それに、このままでは負けるつもりは全くないが苦戦は必至。
砂鉄が封じられているこの状況で、余裕を持って麦野を倒すのは難しいだろう。
だから、第三位は本気を出すことにした。
やはり頃すつもりはないが、それこそ頃すつもりでかかる。
麦野が全力を出すのなら、こちらも本当に全力で迎え撃つ。
麦野の放った原子崩しを捻じ曲げ、美琴は口を開いた。

「……アンタの気持ちに応じて全力で、なんて言ったけどやっぱりそうじゃなかった、か」

「はぁ?」

美琴は麦野の目を見て、はっきりと言った。

「分かった。やってやるわ。口先だけじゃない、フリなんかじゃない。
正真正銘の全力を見せてあげる。本気の、本気よ」

「くくくっ……。ぎゃはははははは!!
そうだそうだよ超電磁砲!! それでいい!
さっきからお前の戦いに違和感を感じてたんだ!
お前の全力を私の全力で捻り潰す!! それでもって証明完了だ!!」

別に互いに今までがお遊びだったわけではない。
けれどここからはもう一段階上のレベルの戦いとなる。
決戦などではなく、頃し合いだ。
第三位と第四位の本当の戦いが始まる。

仕掛けたのは打って変わって第三位。明らかに先ほどまでとは目つきの鋭さが違う。獲物を射抜くような鋭い目つきだ。
ダンッ!! と床を蹴り猛スピードで麦野へと迫る。どう考えても生身の人間に出せる速度ではなかった。
迎え撃つは第四位。その速度に驚きつつも右腕を居合いのように腰から思い切り振り抜く。
すると原子崩しが途轍もない勢いで半円状に放たれ、一息に扇状に広がり、美琴を両断せんとする。
だが美琴は回避も何もしなかった。
一切の減速をせずにそのまま原子崩しへと突っ込んでいく。

293: 2013/05/22(水) 00:40:24.36 ID:NWEpM7fj0
「何っ!?」

まるで美琴の前に見えない壁があるかのように、原子崩しは美琴に触れた部分のみ不自然に歪んで消えた。
だがその他の部分はそのまま工場を輪切りにしていく。
轟音をたて、工場がその形を徐々に失っていく。

だが麦野は続けて青白い球体を四つほど出現させ、原子崩しを乱射する。
その際拡散支援半導体を通したため、その数は一気に膨れ上がった。
雨、という表現がぴったりだろう。それほどの数の原子崩しが美琴に迫る。
その数は一〇〇は超えていただろう。これが通用しないのは分かっていたため、麦野としてはあくまで足止めが目的だった。

だが第三位は一切怯まず原子崩しの雨に飛び込んだ。
原子崩しは美琴に触れるか触れないかといったところで悉く捻じ曲がり、あるいは消失していく。

「『超電磁砲』をあまり甘く見ないでほしいわね。
そんな程度の攻撃で倒されるほど安くはないわ」

原子崩しを打ち破った美琴は左手を振り、雷撃の槍を麦野に向けて放った。
それだけではない。それと同時に鉄材を磁力で操り麦野へ射出する。
雷撃の槍と磁力。この同時攻撃への対処を迫られた麦野は落ち着いて原子崩しの盾を二つ展開、双方を防いだ。

だがそれこそが美琴の狙い。そちらに意識を集中させ、自身から気をそらさせるためだ。
攻撃をしのいだ麦野が見たのは誰もいない空間。
美琴の姿はどこにもない。
必氏に美琴の姿を探す麦野に、いつ回り込んだのか背後から声がかかった。

「こっちよ、ウスノロ」

「テメッ……!!」

その声に反応し咄嗟に振り向いた第四位の顎に、第三位の掌底が深々と突き刺さった。
バランスを崩して倒れそうになるも、何とか踏みとどまる。
麦野は激しく動揺していた。

294: 2013/05/22(水) 00:43:06.22 ID:NWEpM7fj0
美琴の異常な身体能力だけにではない。何より美琴が格闘を仕掛けてくるとはまるで考えていなかったのだ。
全くの予想外を突かれた麦野は反応が遅れ、まともに食らってしまった。

更に追撃をはかろうと体を沈めて体勢を低くしている美琴に気付き、カウンターを合わせるべく蹴りを繰り出そうとする。
だが第三位の攻撃はまたも予想外のものだった。
何か得体の知れないものが美琴の指から伸びている。
麦野は咄嗟に体を捻り間一髪のところで回避に成功した。

確認してみれば、美琴の右手の五本の指からそれぞれオレンジ色の閃光が瞬いている。
二、三メートルもの長さの溶接や溶断に使うようなバーナー、アーク溶断ブレードが指先から伸びている。
麦野の後ろにあった何らかの機材に美琴のアーク溶断ブレードが触れた途端、それは豆腐のようにあっさりと切断された。
もし当たっていれば最低でも重傷は免れなかっただろう。

だがこの溶断ブレードは本来美琴のスタイルにそぐわないものだ。
出来る出来ないではなく、美琴の流儀にあわない。
なのにそれを使ったのは砂鉄の代わりというのが最大の理由だが、他にも。

「言ったでしょ。本気の本気だって」

「クソがっ!!」

バックステップして距離をとろうとする麦野だが、美琴はそれを許さない。
電撃を放ち、麦野がそれを曲げている間に飛び蹴りを放った。
対する麦野はそれをかわし、美琴の無防備に晒された腹に膝蹴りを叩き込もうとする。
だがその時、美琴の左手にも右手と同じ溶断ブレードが生み出され麦野の足を切断せんと迫った。
慌てて足を止めた麦野に美琴からの絶え間ない連撃が襲い来る。

前髪から飛ばす電撃で麦野を牽制し、アーク溶断ブレードで動きを止め、卓越した身体能力で打撃を加える。
それはまさに蝶のように舞い蜂のように刺す、という言葉がぴったりだった。
電撃を放ち、溶断ブレードを振るい、磁力を用い、裏拳を撃ち、掌底を放ち、蹴りを繰り出し、肘打ちや膝打ちを叩き込み、頭突きまで使い。
一切の間断なく放たれる鬼神の如き怒涛の乱舞攻撃に、麦野は捌くだけで手一杯でとても反撃までは出来なかった。

それでも麦野は原子崩しの球体を要所要所に仕掛け美琴の動きを抑えようとする。
原子崩しは防御不能の一撃だ。威力が高いという以前に、その特性上“そういう風”になっているのだ。
絹旗最愛でも削板軍覇でも原子崩しを食らえば最低でも重傷は免れない。それは原子崩しが防御の固さで勝負できる概念ではないからである。
御坂美琴はその原子崩しに干渉することで防いでいる。

295: 2013/05/22(水) 00:44:26.96 ID:NWEpM7fj0
だがそれは逆に言えば干渉する以外に原子崩しを防ぐ方法はないということ。
そして美琴のそれは一方通行の『反射』のような自動防御の類ではなく、麦野の盾と同じく手動で行われる。
つまり麦野から原子崩しをもらう度、美琴はそれを捻じ曲げるために一手間割かなければならなくなるということだ。
麦野が美琴の電撃を曲げるのも同様のことが言えるが、やはり純粋な破壊そのものである原子崩しに干渉する方が手間がかかる。

八月にでも出来たことなので万全の今ならそれは極めて短時間の間に出来ることではある。
だがそれでも、原子崩しへの対処に僅かに美琴の乱舞が緩くなる。
麦野はその僅かな隙を突き原子崩しをロケットエンジンのように射出し、回避すると同時に美琴から距離をとった。
今の美琴の連撃に耐え抜き反撃の機を作ってみせたあたり、やはり麦野も超能力者だった。

「ハァ、ハァ、クソッタレが、テメェ、超電磁砲……ッ!!
分かったぞ、その動き、能力で……」

一連の御坂美琴の動きは本来あり得ないものだった。
勿論音速だとかそこまでではない。だがそれでも女子中学生が、いや生身の人間が出せるスピードではなかった。
どんなに鍛えたアスリートであってもとても追いつけるレベルではなかった。
ならば、そこには何かカラクリがあるはずなのだ。

「そうよ。私は能力で電気信号や筋組織に干渉して本来あり得ないレベルにまで身体能力を高めている。
いくらアンタの身体能力が高かろうと、今の私には及ばないわよ」

学園都市最高最強の電撃使いである美琴だからこそ為せる技だった。
並の電撃使いではここまで精密な操作は出来ない。
一歩間違えば自身の体が弾け飛ぶ可能性をも孕んでいる。
それを可能にしたのが超能力者の超電磁砲だった。

これで近接戦闘の優劣は完全にひっくり返った。
だがこれは美琴にとっても諸刃の剣だった。
確実に麦野を上回るため、美琴は少々無理をし過ぎたのだ。

296: 2013/05/22(水) 00:45:53.20 ID:NWEpM7fj0
度を超えた身体強化は美琴の肉体に負担をかけている。
あまり長くは使えない。勿論強化の度合いを下げれば負担も軽くなり長時間の使用も可能となる。
だが相手が麦野沈利であることを考えると、生半可な強化では優位に立てない可能性があった。

そして今美琴が行っている強化度合いが許される最大のレベル。
更に引き上げ、究極音速の世界に突入することもおそらく出来るだろう。
ただこれ以上上げれば肉体への負担が許容量を大きく超えかねないし、音速まで行くとなると数分で体が壊れてしまうだろう。

チッ、と舌打ちして麦野は原子崩しをロケット噴射し、凄まじい勢いで美琴へと突っ込んでいった。
美琴に自分には及ばない、と言われたのが悔しかったのだろう。
その体で美琴を叩き伏せるべく、勢いに任せて膝蹴りを放った。
原子崩しを推進力に換えたその一撃は並の威力と速度ではない。

だがここでまたも不可解な事態が起こる。
麦野沈利の体は美琴の隣を素通りしていった。
美琴はその場から一歩も動いていない。にも関わらず、麦野は攻撃を外したのだ。

「な、に?」

あり得るはずがなかった。
たしかに麦野は美琴目掛けて飛び掛った。
なのに、何故外れたのか。
だが麦野の優秀すぎる頭脳は一瞬で答えを弾き出す。

「テメェ……周囲の光を捻じ曲げやがったな?」

美琴は隠すこともなく答える。
麦野は学園都市で四番目の頭脳の持ち主。
脳開発を受けている科学の最先端、学園都市で四番目ということは世界で四番目の頭脳であるということだ。
単純な頭の出来なら世界最高峰。
そんな麦野ならこんな小細工はすぐに見破られると分かっていたからだ。

297: 2013/05/22(水) 00:47:49.77 ID:NWEpM7fj0
「ええ。光や電磁波については様々な議論がなされている。
たとえば光は波なのか粒子なのか、とか。アインシュタインの光量子仮説なんかはそれでノーベル賞を貰ってるわね。
まあそこから量子力学なんてのも発展したわけだけど」

美琴は一度切って、

「でも電磁気学の理論体系を確立したマクスウェルの電磁理論に従えば、光っていうのは電磁波そのものよ。
ただその波長の長さによって呼称が違うだけ。赤外線やら紫外線やらX線、ガンマ線とかって具合にね」

「そうだ。人間は電磁波の中でも見ることの出来る範囲……可視域にある可視光線を光と呼ぶ。
……チッ、超電磁砲。本当に面倒な奴だ」

「そういうことよ。光は電磁波そのもの。
なら私に操れない道理はない。私の能力の真骨頂は多角的に敵を叩く手数の多さよ」

つまり、美琴は光を捻じ曲げることにより麦野に誤った位置に像を結ばせていたのだ。
かつて、美琴は知らないが偏光能力(トリックアート)という能力者がいた。
幻想御手使用者で、白井黒子と交戦した際光を捻じ曲げて焦点を狂わせていた。
座標攻撃を行う白井は相性的に苦戦を強いられたのだが、美琴はそれと全く同じことをしているのだ。
全く電気というものは素晴らしい。ありきたりな能力でも、超電磁砲ともなればこれだけの事象を起こせるのだから。

「その溶断ブレードすらもテメェの応用ってわけだ。器用貧乏って言葉知ってるか?」

「やろうと思えばまだまだ行けるわよ。まずは二倍」

美琴の水平の伸ばされた両腕から出現している溶断ブレードがゴッ!! と不気味な音をたてた。

298: 2013/05/22(水) 00:49:55.70 ID:NWEpM7fj0
「まだまだね。もう二倍」

またも溶断ブレードが爆発的な音をたてる。
誘蛾灯の虫を焼くような音が響いた。

「まだ届くわ。更に二倍」

あまりの長さに達した溶断ブレードが工場内に収まりきらなくなった。
その壁を破壊し、外にまで伸びる。

「……更に二倍」

同じ言葉を繰り返す。
あまりにも長くなりすぎたそれは、それぞれ一本の巨大な剣のようだった。
もともとの長さが三メートル超。現在の長さは五〇メートルを超えている。
それを振るう美琴とは明らかに不釣合いな大きさだった。
溶断ブレードに美琴がついている、と言った方が正しく思えるほどだった。
美琴がそれを振るえば、工場ごと丸ごと輪切りにしてしまうだろう。

そのあまりの大きさに、麦野の顔にも驚きと焦りが見えた。
美琴は不敵に笑って言った。

「ま、これくらいかな。とはいえ維持するだけで消耗はするし、長けりゃいいってもんでもないから実用的とはとても言えない。
ここまでになるとむしろ扱いにくくて仕方ないわ。
これを満足に振るおうと思ったら結構な練習が必要ね。
ただ、長さを求めるだけならもうちょいいけるわよ。少なくともアンタよりは器用だと思うけど?」

溶断ブレードが半分ほどの長さに縮む。とはいえ、それでも二〇メートルはある。
巨大な大剣が美琴の一〇指から伸びているようにさえ見える。

「実戦に使おうと思ったらこれくらいが適度なとこかしら。
この程度の長さなら扱える。ま、砂鉄があればこんなもの使うことはないんだけど」

299: 2013/05/22(水) 00:52:07.03 ID:NWEpM7fj0
溶断ブレードはあまりにも致氏率が高すぎる上に、砂鉄ほどの応用性を持ってはいない。
普段の美琴なら全く必要になることがないものだった。
それに、長ければ優秀というわけでもない。
そしてフッ、と美琴から伸びていた溶断ブレードが空気に溶けるように消滅した。
それを見た麦野が怪訝な目で美琴を見る。

「……何故溶断ブレードを消した? そのまま斬りかかってくりゃよかっただろうが」

美琴はたった一言、何を当然のことを、というように言った。

「必要がないからよ」

麦野が何かを言おうとしたが、それより早く美琴が再度口を開いた。

「行くわよ、麦野沈利」

美琴は一言、宣言するように言った。
その言葉を言い終わるのと同時、美琴が強く金属の床を蹴り飛ばし一気に正面から駆け出す。
ただし、その速度は並大抵ではない。
生身の人間に生み出せる速度ではなかった。
だが、麦野沈利もまた普通の人間ではない。即座に反応し、迎撃する。

「その程度で私を殺れると……ッ!!」

しかし当たらない。麦野の放った大きめの原子崩しは美琴の前で不自然に捻じ曲がった。
今までのように干渉して強引に曲げたのではない。
偏光能力。光を曲げることで像を結ぶ能力を狂わせたのだ。
原子崩しは美琴ではなく、何もない空間を貫いていった。
必然、虚像に囚われ美琴の突撃を許した麦野はその一撃をまともに食らうこととなる。

300: 2013/05/22(水) 00:53:55.42 ID:NWEpM7fj0
「がはァ……!」

美琴の打撃が的確に麦野の右肩を捉えた。
骨は折れてはいない。とはいえ、走り抜ける激痛に麦野は動きを止める。
それは人間なら当然の反応だった。
誰だって頭を強く打てば咄嗟に手を頭にやるし、腕を怪我すれば手で腕を抑える。
ただ。学園都市第三位には、その隙が決定的だった。

麦野に打撃を食らわせた美琴は、その勢いを殺さず麦野の後ろまで回り込んだ。
そしてザザザ、と足で床をひっかいて運動エネルギーを消失させる。
それがゼロになった瞬間、つまり美琴の体が完全に止まったその瞬間、再度美琴の体が砲弾のように麦野へ向けて放たれた。
身体強化を受けた脚力だけではない。
自身の体と金属製の床を磁力で反発させ、その双方による後押しを受けて推進した美琴の掌底が、振り返った麦野の顎に容赦なく突き刺さる。

電撃は曲げられ、磁力は防がれるのなら偏光能力を組み合わせた打撃が一番有効だ。
砂鉄は使えず、代わりの溶断ブレードは致氏率が高すぎる上、使いにくい。
他に取れる選択肢がないのならともかく、それがあるのなら溶断ブレードの使用は出来る限りさけたかった。

「ぅぐっ!!」

美琴はそこで止まらず、同様にその勢いのまま麦野を通り抜けた。
そしてやはり同様にズザァ、と足で床を擦ってすぐに再度麦野へと猛烈に突撃する。
その動きはプロレスにおけるロープ振りにも似ていた。
ロープにぶつかって大きく振られ、その跳ね返す力を利用して勢いよく突進する。
そして反対側のロープに突っ込み、振られ、その力で突撃してまた反対側のロープへと突っ込み、振られ……。
ひたすらにその単純作業の繰り返し。

とはいえそれ自体はただの突進であり、本来なら麦野には通用しない幼稚な戦術だろう。
だが今の美琴はそれに偏光能力を組み合わせている。
美琴を捕まえようとする麦野の動きは全て虚像を掻き、御坂美琴を捉えることは叶わない。
上下を除いたありとあらゆる方向から御坂美琴が襲い掛かり、少しずつ、確実にダメージを蓄積させていく。

301: 2013/05/22(水) 00:55:20.18 ID:NWEpM7fj0
「クッソがァァああああああ!! チョコマカしやがって、ゴキブリかテメェはァ!!」

高まる苛立ちに麦野は叫んだ。もともと麦野沈利という人間は我慢強いタイプではない。
美琴を捉えられず、一方的に攻撃を受けるこの状況に彼女の苛立ちが爆発する。
そして頭に血が上り、余計に冷静さを失い更にどろ沼へと嵌っていく。

「私が光を捻じ曲げてる以上、単純な視覚だけじゃどうしようもないわよ。
直感や空気の動き、そういったものを使わないからそうなるのよ」

肘打ちを叩き込み、膝蹴りを食らわせながら美琴は言う。
一撃を食らわせてはすぐに跳ね返り、また一撃を入れる。
そんな単純攻撃に冷静さを失っていた麦野だが、その言葉に落ち着きを取り戻す。
落ち着きさえ保っていれば、麦野は頭の切れる聡明な人間だ。
弾かれたように突撃してくる美琴の姿を麦野は注意深く観察する。

「……なるほど」

目に見える美琴に攻撃したのでは当たらない。
その左か右か、とにかく周辺に美琴はいる。
大きく深呼吸し、頭を冷やす。
右手に閃光を集約させ、迎撃準備を整えた麦野だったが。

ズンッ!! と。突然腹に走った重たい衝撃に、原子崩しの光が消失する。

「ぁ、かっ……」

馬鹿な。麦野の中に生まれた言葉はそれだけだった。
麦野は冷静に状況を観察し、迎撃準備を整えた。
事実美琴が今までのように攻撃していれば、麦野の反撃を食らっていただろう。
何故そうならなかったのか。答えは単純だ。

単に、美琴が偏光能力を使わなかっただけの話。

302: 2013/05/22(水) 00:57:44.82 ID:NWEpM7fj0
散々偏光能力を使い麦野を翻弄し、そして今回は正直に真正面から攻撃したのだ。
美琴の口車に乗せられ、偏光能力にのみ警戒していた麦野は美琴からすればただの的でしかなかない。
能力によって強化され、腰の入った美琴に無防備な腹を激しく殴打された麦野は思わずその場に片膝をついた。

美琴はその隙を逃さず好機到来とばかりに追撃をかける。
麦野は何とか反応し、左の閃光のアームを叩きつけるがそれは虚像。
止めることの出来なかった本物の美琴の一撃に頭を揺さぶられた。

「がァァああああああ!! うっぜぇんだよクソガキがあああああああああああ!!
チマチマチマチマとちゃっちぃやり方しやがって!!」

そして、麦野沈利は取り戻した冷静さを再度失う。
今度は先ほどよりも強く。
反応も鈍くなり、攻撃は単調で大振りになり、晒す隙も大きくなる。
美琴はそれらを突き確実に攻撃を叩き込んでいく。

「どうしたの? もっと頑張りなさいよ」

だがこれも美琴の作戦の内。あえて一度冷静さを取り戻させ、そして再度それを失わせることでより強い興奮状態へと陥らせる。
あえて挑発するような言葉を選んだのも意図的だ。
もはや麦野は完全に美琴の術中に嵌っていた。
冷静さを奪われ、形勢は確実に美琴へと傾いていた。

学園都市第三位。あらゆる事象を自軍とする女王はその手数で以って愚かな挑戦者を圧倒する。
超電磁砲は超能力者の第三位に座する理由を、実力を存分に発揮していた。

美琴が偏光能力を使っているのか使っていないのか。
右か左か。後ろか前か。頭に血が上りきった麦野はそれらに対処出来ず、ただされるがまま。
だが、圧倒的優位に立った御坂美琴には二つだけ誤算があった。

303: 2013/05/22(水) 00:59:16.64 ID:NWEpM7fj0
たしかに像を違う位置に結ばせてしまう以上、視覚は当てにならない。
ただ偏光能力に苦戦した白井と麦野では、状況は同じではなかった。
あくまで点攻撃である白井の空間移動に対し、麦野の原子崩しは範囲攻撃を可能とするからだ。

そして何より。麦野沈利という人間は、美琴の想像以上に怒りやすかった。

「ナメるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
見下しやがってクソがぁ!! 消し―――飛べぇ!!」

「うぇ!? ちょ、ちょっと……ッ!!」

麦野は先ほども放ったものよりも更に大きい、超特大の原子崩しを怒りに任せて撃ち出した。
莫大な光が麦野に宿っていた。こんな制御も危うい状態のものを撃てば麦野本人も危険なはずだが、それを気にかけている様子はない。
何もかもを削り取って消滅させながら美琴へ真っ直ぐと恐ろしい速度で迫る。
それは光に干渉して誤魔化せる範囲を超えていた。
よって磁力と強化した身体能力を駆使し、ぎりぎりのところで回避することに成功した美琴だが、回避した先に再び特大原子崩し。

回避したばかりで自由に動けない美琴をそれが飲み込む瞬間、唐突に美琴の姿が掻き消えた。
莫大な高圧電流で空気を爆発させ、その勢いで高速移動したのだ。
麦野は特大の原子崩しを叫びながら次々と放っていた。

そのせいか麦野にも疲労の色が見えたが、自身の浪費を無視し全く止まる気配はない。
こんな制御の甘い無茶苦茶なことをしていては、本当に麦野は自身の能力で吹き飛んでしまうかもしれない。
美琴の策は予想以上に効き過ぎ、麦野は半ば暴走していた。

そして先ほどとは一転、美琴は逆に追い詰められていた。
一つ一つの原子崩しが強大過ぎる上に、こうも連発されては回避が間に合わない。
本気でかかれば曲げることも出来るかもしれないが、その最中に二撃目をもらうのは目に見えていた。
あまりにもそれぞれが大きく連発されているため、反撃もままならない。
やろうと思えば出来るかもしれないが、試すにはリスクが高すぎた。

304: 2013/05/22(水) 01:00:35.67 ID:NWEpM7fj0
それにこの状態が長く続けば、負荷のかかっている美琴の肉体の方が先に限界を迎えてしまう。
磁力と身体能力を最大に発揮し、緊急回避を幾度も行い、空気の爆発を利用した飛翔をし、何とか回避し続ける。
だがそろそろ危ない。回避速度が遅くなってきている。
このままでは原子崩しの直撃を受けることになってしまう。

(ヤ、バ……ッ!)

まだ大丈夫だ。まだ回避できる。
しかしずっとそれが出来るかと聞かれれば答えはNOだ。
美琴にも限界はある。無理な負担をかけている体が持たなくなってしまう。
だが時間を制したのは美琴だった。

美琴の回避が間に合わなくなるより早く、麦野に限界が訪れたのだ。
原子崩しは相変わらず問題なく撃てているが、目に見えてその弾数と規模は減っている。
汗をだらだらと流し、肩で大きく息をつくまでに疲弊してしまっていた。
今なら間に合う。
そう判断した美琴は目の前に迫った特大原子崩しに両手をかざし、苦戦しながらも最終的には見事逸らしきった。

(今がチャンスなのは間違いない。これ以上不必要にアイツを追い詰めると何をしでかすか分からない)

ただでさえたった今自滅まがいのことをやったのだ。
そのうち本当に自爆でも図りかねない。
早急にケリを着けることにした美琴は、磁力であたりに散らかっている鉄材をありったけ操作した。
先ほどからの原子崩しのせいで、もはや工場は穴だらけで天井もほとんど破壊され空が見えていた。
これほどまでに破壊されれば当然瓦礫や金属片も大量に発生する。
細かいものではなく、できるだけ大きいものを選んで自らの支配下に置く。
その数は二〇や三〇ではきかない。巨大な鉄塊が大量に宙に浮かんだ。

305: 2013/05/22(水) 01:03:03.41 ID:NWEpM7fj0
「ハァ、ハァ、ハァ、テメェ、何を……」

「アンタは可哀相な奴よ。序列でしか自分の価値を計れなくて、そのために自分の体まで壊して。
何かに取り憑かれたように、もう引き返せないところまで来てしまった。だから私がアンタを解放する」

「ふっ……ざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!!」

美琴は右の拳をグッ、と握り締めた。
すると美琴の磁力で操られた大量の、そして巨大な鉄材や何かの機械は一気にある一点へと猛スピードで集約し出した。
即ち、麦野沈利のいるところへ。
大量の、そして超重量の物質が地面に直撃したことにより粉塵が舞い上がる。
あたりが地震に見舞われたように大きく揺れ、前方が全く見えなくなるほどに、工場内を覆い尽くすほどの粉塵が発生していた。

だが麦野沈利は生きていた。原子崩しのジェット噴射でその場を離脱していたからだ。
そして、ここまでは美琴の想定通り。
美琴は一方向からではなく全方位から取り囲むようにしてぶつけたため、麦野が原子崩しの盾ではなくジェット噴射で回避すると踏んでいた。
しかしあたり一帯は砂煙で完全に覆われ、一メートル先すらも見えない状態だ。
そうなると麦野は原子崩しで煙を吹き飛ばそうとするに違いない

「今更目くらましかよ。おいおい、あんま失望させんな! 居場所はモロバレなんだよぉ!!」

美琴の予想通り、麦野は原子崩しを放って粉塵を散らそうとしていた。
だが麦野沈利も超能力者。暗部で活動している身。
自分の横から噴煙に紛れて近づいてくる美琴の気配を暗部で培った鋭い勘で察知、すかさず迎撃のために原子崩しを放った。
ところがそれは美琴を貫くことはなく、かと言って防がれるでもなく、それどころか何もない空間を裂いていった。
それを見て、学園都市第四位の麦野沈利はしまった、と思った。
これは違う、と。

306: 2013/05/22(水) 01:03:34.42 ID:NWEpM7fj0








自分の見た御坂美琴は、虚像だ。









307: 2013/05/22(水) 01:04:43.86 ID:NWEpM7fj0
「つーかまーえたー」

隙を晒した麦野沈利を、背後から美琴ががっしりと捕まえた。
最初からこれこそが狙い。
この舞い上がった粉塵に紛れて麦野を捕らえるためだったのだ。
粉塵の中で麦野は美琴の居場所を正確に知る術はないが、美琴は電磁波レーダーにより正確に麦野の居場所が掴める。
そして保険のため光を捻じ曲げ虚像も作っておいた。

「ッ!! なんだと……ッ!!」

美琴に捕まえられている以上、原子崩しのジェット噴射は使えない。
振りほどこうと思えば振りほどけるが、この零距離では何をするにも美琴の方が確実に早い。
つまり、チェックメイト。詰み。勝敗は、決した。

「終わりよ、麦野沈利。この戦い、勝たせてもらったわ」

勝利宣言をした第三位に、第四位は醜く顔を歪めた。

「クッッソがぁぁぁぁ!!」

麦野が原子崩しで構成される閃光のアームを美琴に叩きつけようとする。
美琴を消滅させようとする。だが。

「遅いッ!!」

美琴は麦野に超高圧電流を直接流し込む。
決して氏なないように、後遺症を残さないように。けれど絶対立ち上がれないように。
バチバチッ、バリバリバリバリィ!! という耳を劈くような恐ろしい雷鳴と共に青白い電撃が麦野沈利へと流れ込んだ。
美琴のそれは何の抵抗もなく麦野の体を貫いていく。

308: 2013/05/22(水) 01:06:40.14 ID:NWEpM7fj0
「ぐあああああああああああ!!!! ちっくしょおおおおおおおおおお!!!!」

喉が裂けるほどに叫んで、叫ぶ。
麦野沈利の体の感覚が失われていく。意識さえも。
ガクッ、と麦野の力が抜ける。ついに気を失ったのだ。

あたりに静寂が訪れる。つい先ほどまでの氏闘が嘘のようだった。
立っている御坂美琴に、気絶して倒れている麦野沈利。
誰が見ても勝敗は明らかだった。
ついに超電磁砲は原子崩しを破ったのだ。

両者を明確に隔てたのは応用力の差だった。
麦野の『原子崩し』の応用は幅が狭い。
応用力が広ければ、それだけ取れる戦術も広くなる。
どうしても麦野の戦い方は限られてくるのだ。
勿論原子崩しはそれを補って余りある恐ろしい能力だが、相手が同等以上だとそれが致命的となりえる。

対して御坂美琴の有する力―――能力名『超電磁砲』は圧倒的な応用力を誇る。
その桁外れの出力も勿論だが、何よりもその真骨頂は美琴本人が言ったように多角的に敵を叩く手数の多さにこそある。
今回砂鉄を封じられていても代わりに溶断ブレードを生み出したり、焦点を狂わせたり、身体強化や電磁波レーダーだったり。
その他挙げればキリがないほどのレパートリーを有している。現に超電磁砲以上の応用力を有しているのは未元物質と一方通行だけだ。
それこそが彼女の勝因。他を寄せ付けない女王の牙。

御坂美琴は、倒れ伏し動かなくなった麦野沈利を悲哀の混じった目でいつまでも見つめていた。

309: 2013/05/22(水) 01:10:23.05 ID:NWEpM7fj0
投下終了

しっかしこれだけ1レスに詰め込んでも25レスとはなんつー長さだよ
しかもこの先にはこれより長いバトルがあるという……
どうしてこうなった

そしてこのSS最大の重要シーンが近いよ、やっとだよ……

336: 2013/05/30(木) 23:54:47.33 ID:EjmmehtF0
因縁からの解放。

337: 2013/05/30(木) 23:56:02.35 ID:EjmmehtF0









「……う、ん? ここは……」

「気がついた?」

ソファに横たわっていた麦野が目を覚ましたことを確認した美琴が声をかける。
ここは垣根について書かれたあの書類があった部屋だ。
二人が戦ったところから離れていたからか、この部屋は損傷が少ない。
気を失った麦野を美琴がここまで運び、ソファに寝かせておいたのだ。
放置しておくのも気が引けたし、言いたいこともあった。
ちなみに心理定規の残したあの書類は気分が悪いので電撃で焼き払っておいた。

体を起こした麦野は状況の理解が出来ていないようだったが、それでも美琴の姿を認めると表情を一変させた。
獰猛に顔を歪め、いきなり原子崩しを放とうとする。

338: 2013/05/30(木) 23:57:30.46 ID:EjmmehtF0
「テメ……ッ! 超電磁砲!!」

破壊の力が麦野に集約されるが、結論から言ってそれが放たれることはなかった。
美琴はゆっくりと首を横に振って、目を伏せた。

「もう嫌よ……」

美琴がポツリと呟いた。
意識して言葉を選んでいるのではなく、体の底から自然と言葉が溢れてくる。
美琴はただそれを口から発しているだけで、感情だけの言葉は論理性のとれたしっかりしたものにはなり得ない。
ただ、それでも良かった。とにかく美琴はもう嫌だった。
美琴は溢れる激情に逆らわず、その身を預けた。

「……何の、つもりよ……」

「何で私たちがこんな風に頃し合いなんてしなきゃいけないの!?
そもそも対立のきっかけになったあの『実験』だって、ホントは学園都市のちゃんとした大人たちが解決しなきゃいけない問題じゃなかったの!?
腐ったマッドサイエンティスト共や上層部の救えない連中が、この街の『闇』を作ってたんでしょ!
絶対能力者なんて“クソ下らないもの”に取り憑かれた連中が!!
何でその尻拭いのために学生の私たちがこんな必氏にならなきゃいけないのよ!!」

「…………」

麦野は何も答えない。
口を挟まず、かといって美琴に攻撃を加えるでもなく、黙ってその言葉を聞いている。
支離滅裂な、勢いだけの滅茶苦茶な言葉。だがそれでもそれらは確実に麦野に響いていた。

339: 2013/05/31(金) 00:00:40.78 ID:Ip6KJfEp0
「アンタだってあの三人と仲良くしてたんじゃないの!?
あのピンクのジャージの子と、茶髪の女の子と、金髪の外人と!!
私はアンタたちのことなんて何も知らない。それでも八月の時とこの間に少しは見た。
アンタたちは暗部とはいえ同じ組織にいる仲間だったんでしょ!? 背中を預け合ってたんでしょ!?
なのに何でよ。何でこうなったのよ!!
アンタは女で、控えめに見ても美人だったのに!
そんな醜悪な体に成り果てて、仲間も捨てて、もう意味が分からない!!」

麦野沈利は既にボロボロだった。
顔には酷い火傷を負い、片目は潰れ、左腕も千切れてなくなっている。
以前からは想像もつかない有様だった。

更に内側を見たらどうなっているのだろう。
内臓は本来なければならないだけの数が揃っているのか。
それは本来あるべき位置に収まっているのか。
あるいは“増えてはいないか”。
それすらも分からない。

あの施設で美琴と別れた後、麦野沈利に何があったのか詳しいことは分からない。
だが、それでもこれだけは分かる。
麦野の負っているダメージは明らかに許容量を超えている。

こんな風に美琴を追って、暴れて、戦っていい状況ではないはずだ。
一体どれだけの技術を投入してその体を支えているのか分かったものではない。
結局麦野沈利は学園都市に翻弄された操り人形だ。
暗部に沈み、心を壊し、ここまで堕ちて。
もしこのまま復讐に取り憑かれて氏んでしまえば、それは最後まで学園都市の思う壺なのではないか。

340: 2013/05/31(金) 00:02:48.86 ID:Ip6KJfEp0
「ねぇ、私の無様なところが見たいのならいくらでも見せてあげる。
公衆の面前で土下座したっていいし、氏ぬほど頭を下げるし、靴底を舐めたっていい。
序列第三位っていう座だって欲しいならあげるわよ!! “そんな程度”で戦いが終わるならいくらでも投げ捨ててやるわよ!!
何だってやってやる!! プライドなんて犬に食わせろ。序列なんてドブにでも捨ててしまえ。称号なんていくらでも泣かせろ!!」

それは御坂美琴の本心だった。
常盤台という名門校に属し、血の滲む努力の果てに超能力者の第三位を勝ち取り、けれどまだ一四歳の中学生。
そんな彼女が必要なら全てを投げ捨てると言ったのだ。

何年もの時間をかけて得た第三位なんていらないと。
一四歳という難しい年頃で、しかも女の子なのにいくらでもプライドを捨てると。
それでこの悲劇の連鎖が断ち切られるのなら、と。
麦野との戦いに負けるわけにはいかなかった。けれどそれは第三位という序列が惜しかったからではない。

そして麦野沈利は美琴の言葉に驚いていた。
麦野は自分を第三位の座から引き摺り下ろした美琴に対して強い憎悪を感じていた。
自分の方が第三位に相応しいに決まってる、とここまでして美琴を殺そうとした。

だが美琴はその第三位の座をいらないと言った。
自分が異常なほど執着していたものを。美琴が努力の相応の対価として得たものを。
まるで何でもないことのように。
それを聞いた途端、麦野はここまで序列に拘っていたことが馬鹿らしく思えてきた。
目の前の年下の少女がいらないと捨てるものに対して、自分は惨めにしがみついて何をやっているのだろう、と。

唐突に、それは他人の残飯を漁るような行動としか思えなくなった。
目の前の少女はそれに価値を見出さず、ただのゴミとして捨てた。
なのに自分はそのゴミ袋を開封し、中身を漁っている。

そして麦野は美琴と同じく何でこんなことになったのだろう、と思った。
麦野沈利はあまりにも悪意に塗れていた。
超能力者になって、暗部に堕ちて、どうしようもない程に壊れていった。

341: 2013/05/31(金) 00:04:55.45 ID:Ip6KJfEp0
それは確かに麦野沈利という人間の性質だ。
人を頃すことに躊躇いなど覚えない、彼女の人間性だ。
それは周囲が誘導した程度で生まれる災厄ではない。
そういう領域から外れてしまった、どうしようもない怪物だった。

だが、それでもだ。それでも全てを仕組み、誘導し、麦野のような者を生み出し笑っている人間がいるのなら。
それは麦野をも凌駕する強大な悪意なのではないか。
一方通行と同じ。一方通行も、麦野沈利も。笑って人を殺せる怪物だ。
それでも、その根本的な原因を辿っていけば、結局のところ行き着く先は学園都市上層部。

御坂美琴はそんな麦野の目を見て、決して視線を逸らさぬまま続けた。

「だから、お願い。ねぇ、もうやめようよ。戦う必要なんてなかったのよ」

美琴は懇願するように、宣言するように、言った。

「もう、頃し合いなんてやめよう」

それを聞いた麦野はハッ、と笑った。
嘲笑ではない。もはやどれくらいぶりなのか想像も出来ないほど久しぶりの、純粋な笑い。
ソファに寝転がったまま上半身だけ起こしていた麦野は、体から力を抜いてドカッとソファに倒れこむ。

「……だからオマエは甘ったれのクソガキだって言うのよ。
ここまで来て言葉で解決しようって? ホンット、甘すぎてヘドが出るわね」

けれど、それが御坂美琴という人間。
別に美琴は麦野の目が覚めるまで待つ必要なんてなかった。
麦野は気絶していたのだから無視して立ち去ることも、頃すことも簡単に出来た。
少なくとも麦野だったら間違いなく頃していただろう。

だが美琴はそうしなかった。彼女はあくまで話し合いでの解決を望んだ。
そこが美琴と麦野の違い。善人と悪人の境目。『表』と『闇』の境界線。そう考えた。

342: 2013/05/31(金) 00:06:52.32 ID:Ip6KJfEp0
「好きにすりゃあいいさ。敗者にあれこれ言う権利はないしね。
全く、負けた挙句に命も取られないなんて屈辱以外の何物でもないわね」

麦野沈利は御坂美琴に敗北した。
それは何の言い訳も出来ない事実。純然たる敗北だった。
麦野沈利の全力は御坂美琴に叩き潰された。
しかも美琴はギリギリの辛勝というわけではなく、まだ幾分か余裕すらあった。
それが意味するところは美琴と麦野の間には確かな壁が存在するということ。
決して絶対に超えられない、という程のものではないだろう。だがそれでも確かに差はあったのだ。

もともと、薄々感じていたことではあった。ただ絶対に認めたくなかっただけで。
麦野を開発した研究者曰く、生存本能がかけているセーブを外せば超電磁砲を瞬殺出来るらしい。
それを麦野が聞いた時、思わず腹を抱えて笑ってしまったのを覚えている。
それはただの自爆じゃないか、と。出せない本気に何の意味があるのか、と。

それにこれは逆を言えば自爆以外に美琴を倒す術はない、という意味にもとれて。
そんな予感がついに証明されたというだけだ。
麦野が欲していたのは第三位の座だが、それ以上に美琴と自分のどちらが優れているのか、という結果だった。
その結果が出た今、そして序列へのこだわりを捨てた今、もはや麦野に美琴と戦う理由は存在しない。

「良かった……。本当に良かった……」

美琴は感極まって体を震わせた。
麦野は自分の提案を受け入れてくれた。
八月から続いた頃し合いに終止符が打たれた。
それはつまり麦野を縛り付けていた鎖が断ち切られたということだ。
もうこれ以上、目の前の哀れな女が自分を壊していく必要はない。
全てがあるべき場所に戻り、麦野はまたいつもの日常へと戻っていくだろう。

343: 2013/05/31(金) 00:09:37.74 ID:Ip6KJfEp0
だが、

「どのみち私はもう終わってる。戻る場所も何もない」

「あの三人がいるじゃない」

「私は復讐のために全てを捨てた。『アイテム』も、勿論あいつらも。
滝壺に無理やり体晶だって使わせようとしたんだ」

「でも分からないじゃない。その『アイテム』の人たちは今でもアンタの帰りを待ってるかもしれない。
笑顔で迎えてくれるかもしれないじゃない」

「ボケてんのか超電磁砲。んなワケねぇだろ」

「ううん、そうとは限らない。一万人以上頃した私にだって待っててくれる人はいるのよ?
あの第一位にすらね。だから決め付けないで。きっとアンタの居場所になってくれるはずよ」

勿論保証などどこにもない。
美琴は『アイテム』のメンバーのことを何も知らないし、どんな関係だったかもよく分からない。
だがきっと大丈夫だ、と思った。根拠なんてなくても何故かそう思えた。

「私は間接的にとはいえ滝壺を殺そうとしたんだぞ。『アイテム』を引き裂こうとした。
今更どの面下げて戻れって言うんだ」

執拗に躊躇う麦野。そして美琴には何となくその理由が分かった。

「もしかして、アンタは怖いの? 戻って、仲間に拒絶されるのが」

麦野の肩がビクッ、と震えた。図星だったからだ。
人間、誰かに拒絶されるのは嫌なものだ。
それも相手がかつての仲間ともなれば当然の感情だろう。

344: 2013/05/31(金) 00:11:29.98 ID:Ip6KJfEp0
ジッと麦野を見つめる美琴に、麦野は観念したように大きくため息をついた。
ゆっくりとした動作で起き上がって、呟くように答えた。

「……ああそうだよ。怖いさ、拒絶されるのが。
ハッ、笑えよ超電磁砲。天下の第四位サマはずいぶんと臆病者になっちまったみたいね」

自嘲するように麦野は笑った。
今まで麦野は一度も恐怖というものを感じたことがない。
暗部での仕事だって楽にこなしてきたし、垣根や美琴といった格上と対峙した時でも恐怖は感じなかった。
そんな中で始めて感じた恐怖が拒絶される恐怖。
何とも情けない、と麦野は自分を卑下した。

だが美琴は笑わず、そっと麦野の肩に手を置いた。
麦野は呆然と美琴の顔を見た。美琴は笑みを浮かべていた。

「信じなさい。私を、じゃなくてアンタの大切な仲間を。
もし駄目だったら、氏ぬほど謝って頭を下げて許しを乞うの」

そこで美琴は一回言葉を切って、麦野の目を見て力強く言った。

「そうしたら、アンタたちはもう一度『アイテム』になれる。必ずなれる!!」

その言葉に驚きを隠せずにいた麦野だったが、やがて再び素直な笑みを浮かべた。

「ケッ。お前に『アイテム』の何が分かるってんのよ」

「何も分からないわよ。だから言ったじゃない、私のことなんて信じなくていいって。
アンタは自分の大切な仲間だけを信じなさい」

「仲間、か……」

345: 2013/05/31(金) 00:13:55.07 ID:Ip6KJfEp0
麦野は過去の光景を思い出す。
いつものファミレスに屯って、くっついてくるフレンダを引き剥がしたりした。
絹旗の持ってくるC級映画の情報に呆れたりした。滝壺はいつもボーッとしていた。
そして麦野の鮭好きに皆にため息をつかれたりもした。

それは傍から見れば友達同士がわいわいやっているようにしか見えなかったはずだ。
そんな時間を少なからず楽しいと感じてもいた。
もし、あのころに戻れるのなら。もし、今からでも遅くはないのなら。

「……そうね。うじうじ悩むなんて私らしくもない。
やってやるわよ超電磁砲。学園都市第四位の超能力者の次元の違う謝罪ってもんをあいつらに見せてやる」

「どんな謝り方するつもりよ!?」

「そんなことも分かんないのかにゃーん? これだから中房は」

「分かるわけないでしょうがぁ!!」

「ま、とにかく私はあいつらを信じるわ。
お前のことは信じないけど。ええ、もうこれっぽっちも信じないけど。
小指の甘皮ほども信じるつもりないわ。信じるくらいなら氏を選ぶわ」

「おい」

確かに信じなくていいとは言ったが、何もそこまで言わなくたっていいのではないか。
微妙にショックを受けながら美琴は思わず突っ込んだ。
ついさっきの氏闘が嘘のような光景だった。
美琴と麦野が冗談を言って笑いあっているという、絶対にありなかった光景。

346: 2013/05/31(金) 00:15:43.95 ID:Ip6KJfEp0
「お前みたいな生き方も、出来るんだね」

そう言ったのは麦野。
突然のその言葉に、美琴は意味が分からない、と目をぱちくりさせた。

「……は? いきなり何言ってんのアンタ?
もしかして更年期障gったぁぁぁぁ!!」

言葉の途中でバチィン!! と麦野の猛烈な右のビンタをもらった美琴。
途轍もない威力だ。早速赤くなっている頬を片手で押さえ、思わず涙ぐんで抗議する。

「にゃ、にゃにするのよ!!」

「何するのじゃねぇよ誰が更年期障害だブチ頃すぞコラ。
……私が言ったのはお前みたいに『表』に生きるってことだよ。
超能力者にまともな生き方なんて出来るわけないと思ってた。
『闇』を知っていながら平然と暮らしているお前は逃げてるように見えた」

「……うん」

「けどきっと違うんだね、お前はただ逃げてるだけじゃない。
『闇』を知って、その中に飛び込んだりしながらお前は絶対に『闇』に染まることはなかった。
私なんかには到底出来なかったことだよ。その強さが正直羨ましい」

「違う。私がいつだって帰ってこれたのは、支えてくれる人たちがいたからよ」

「それでも、そこにはお前の強さも絶対にあったはずでしょ。
お前は私みたいな暗部の人間の希望になり得る。
無理やりに暗部で働かされてる人間、そこから抜け出そうと頑張ってる人間。
私のような超能力者。多少条件は違えど、『闇』から抜けることは不可能じゃないんだ、と。
超能力者でも、化け物でも人並みに生きられるんだ、ってね」

347: 2013/05/31(金) 00:17:42.43 ID:Ip6KJfEp0
学園都市の『闇』はあまりにも深く、粘着質だ。
一度捕まればもう抜けることは決して出来ない。
そのままぬぷぬぷと、底なし沼のように際限なく深みに嵌っていってしまう。

だが御坂美琴はそんな『闇』に何度も触れていながらも取り込まれることはなかった。
量産型超能力者計画の時も。絶対能力者進化計画の時も。残骸の時も。一方通行と再会した時も。
その事実が、光を求める人間にとっての希望となるのだという。

「違う……。違う、私はそこまで大それた人間じゃない」

「お前が『闇』に飲み込まれなかった、っていう事実が大切なんだ。
だけど、お前はこのまま真っ直ぐ生きてくれ。私みたいに屈せずに、ね」

「……うん。約束する」

そう言って、麦野と拳をぶつけた。
言われなくとも、美琴は『闇』に堕ちてやるつもりなんてない。

348: 2013/05/31(金) 00:19:42.80 ID:Ip6KJfEp0
そこに飛び込むことはあっても、絶対に帰ってくる。
とっくにそう決めていた。
そして美琴にはまだもう一仕事残っている。
かけがえのない親友である垣根帝督と会わなくてはならない。
麦野の妨害を受けたが、もともと垣根のところに行くつもりだったのだ。

「それじゃ私はもう行くわね。助けなきゃいけない親友がいるの」

「そう。誰だか知らないけどお前ならきっと大丈夫だよ。
こんな私を引っ張りあげたお前ならね」

「うん、ありがとう“麦野さん”。
あ、アンタはすぐに病院に行かなきゃ駄目だからね!
第七学区にあるカエル顔の医者がいる総合病院ね!
それとお仲間と仲良くね!!」

それだけ言って、美琴は麦野をおいて部屋を飛び出した。
向かうは勿論垣根のところだ。
今度こそ、御坂美琴は友達を助けにいく。

349: 2013/05/31(金) 00:21:15.12 ID:Ip6KJfEp0









そして残された麦野は部屋の出口を見つめ、小さく呟いた。

「しっかりやんなよ、“美琴”」

麦野は立ち上がり、大きく伸びをする。
ここにはおそらくすぐに警備員がやってくるだろう。
というかむしろ何故まだ来てないのか疑問すら覚える。
あれだけ暴れたというのに。人気のない学区だからだろうか。
だがいずれ必ずやってくるはずだ。そうなると少々面倒くさい。
麦野なら全員消し飛ばすことも可能だが、そんな気分でもない。

「警備員やら風紀委員やらが来る前に退散するかね」

麦野は美琴の後を追うように部屋を出た。その足取りはしっかりしていて、迷いがない。
やり直す。まずは病院に行って、『アイテム』のメンバーと会うことから。
そしてその後はどうしようか。学園都市上層部のクソ共を皆頃しにでもしてやろうか。
麦野はそれを想像し、獰猛に笑った。

麦野沈利は、帰っていく。
ヘドロの中へ、元いた場所へ。血の臭いのする世界へ。
だが今度は今までとは違う。
麦野沈利はこの時、新たなステージへと踏み出していた。

ここからが反撃の時。

(楽しいねぇ。目的があるっていうのは、本当に楽しい)

350: 2013/05/31(金) 00:23:30.90 ID:Ip6KJfEp0









「ぐぁ、あ、ごほっ……」

「…………」

「や、やめてくれ、頼む、俺たちが悪かった!
何でもする、金もある、だからもうこれ以上はやめてくれぇぇぇ!」

そこには三人の男がいた。
一人は既に息絶え、一人は瀕氏の重傷を負っている。
そして最後のもう一人にも氏が迫っていた。
男に氏をもたらす氏神は、目の前にいるたった一人の青年。
非常に整った顔立ちをして、茶髪にホストのような服装をしている。
その男の名は垣根帝督。暗部組織『スクール』のリーダーにして、学園都市第二位の超能力者だ。

別にこの男たちは特別悪党というわけでもなければ、仕事で抹殺を依頼されたわけでもない。
学園都市には大勢いるただのスキルアウトだ。
ただ垣根をカツアゲしようとしたのが運の尽きだった。

351: 2013/05/31(金) 00:28:56.77 ID:Ip6KJfEp0
垣根帝督は暗部の人間にしてはかなり人間味のある方だ。
敵対する者であっても小物なら見逃す。
だが不運なことに今の垣根は不機嫌だった。いや。そんなものではない。
今までにないほど、完全に荒れ狂っていた。

ともかく、今の垣根に無謀にも自分に絡んできたスキルアウトを見逃してやるほどの余裕はなかった。
一人は腹が赤黒く抉れて氏んでいる。一人は右腕が切断されて痙攣している。
そして垣根は男の命乞いに一切の耳を貸さず、ただ無言でその力を振るった。
男の断末魔の絶叫をBGMに圧倒的な殺戮が行われる。

まず瀕氏の男に容赦なく止めを刺し、最後の一人の体が弾け内臓と血があたりを綺麗に彩った。
正に地獄絵図。誰が見ても吐き出してしまうような無明の地獄。
能力で何らかの防御を展開しているのか、垣根が返り血を浴びることはなかった。

「……ゴミクズが。俺の癇に障ってんじゃねえよ」

その地獄を作り出した張本人は無表情で呟いた。
あたりに散らばっているクズ共とその破片を無視し、垣根はフラフラと歩く。
そんな瑣末事は気にしない。どうせ下部組織あたりが勝手に動いて隠蔽するだろう。

どこへ行くでもない。目的地などない。
まるで足元のおぼつかない酔っ払いのように歩く。
全く分からない。何もかもが分からない。

自分の身体と精神を何かが蝕んでいることはだいぶ前から気付いていた。
上層部からの連絡にやけに苛立ちを覚えたりしたのがそれだ。
そして膨れ上がったそれは学園都市第七位の超能力者、削板軍覇との戦いによって解消された。
全てではないが、彼との戦いがいわゆる一つのストレス解消となっていたのだろう。

352: 2013/05/31(金) 00:30:20.90 ID:Ip6KJfEp0
だがそれも長くは続かなかった。
安定を取り戻した垣根だったが、ある事件をきっかけに垣根の心は再び不安定となった。

それが御坂美琴と一方通行との一件。
あの問題に解答などあるはずがなかった。何をどうしても待っているのは悲劇だけのはずだった。
美琴が一方通行を頃して双方共に破滅するか、一方通行が自殺でもするか、それとも一方通行が美琴を頃してしまうのか。

一方通行は史上最悪の殺戮者だ。そんな奴に救いなどあるはずもない。あってはならない。
今まで自分の罪から逃げ回っていた一方通行に、ついに断罪の刃が振り下ろされるはずだったのだ。
御坂美琴という最上の氏刑執行者によって。

だが結論から言って、一方通行が断罪されることはなかった。
それどころか悲劇など一切起こりはしなかった。
あの男は結局美琴と対峙しても何の裁きも受けず、またのうのうといつもの暮らしを送っている。
打ち止めと一緒に、平然と。あれだけのことをしておいて。

一方通行は悪党だ。そして打ち止めは善人だ。これは間違いない。
しかも一方通行は加害者で、打ち止めは被害者で、美琴と同様遺族でもある。
普通の人間なら―――少なくとも垣根には、そんな真似は出来ない。
一体どの面を下げて、という話だ。

一方通行や垣根帝督のような、真っ黒に染め上げられた悪が善人と一緒にいることなど許されない。
黒と白を混ぜれば、多少薄まろうとも結局白は黒になってしまう。
美琴も美琴だ。結局彼女は罰らしい罰を一方通行に与えることはなかった。
RSPK症候群を引き起こすほどに悩んでいたくせに、導き出した結論は言葉での解決。
その結果あの殺戮者は今も野放しになっているのだ。

353: 2013/05/31(金) 00:30:53.15 ID:Ip6KJfEp0
(何でだよ。何であんな終わりがあるんだよ。
おかしいだろうが。何をどうしても待っているのはバッドエンドのはずだろうが。
あんなハッピーエンドなんざ悪党に用意されてるはずがねえだろうが!!)

垣根帝督の中の“それ”は限界を迎えようとしていた。
もはや一時の誤魔化しでどうにかできるレベルではない。
だが“それ”の名前が分からない。その原因も分からない。

(クソが。クソクソクソクソクソクソクソ!!
一体何だってんだよ!! 分からねえ。何も、分からねえんだ……)

フラフラと、指先でちょっとつつくだけで倒れてしまうのではないかと思えるほど不安定に垣根は歩く。
彼はどこを目指しているのか。何を求めているのか。
それは本人にも分からなかった。

381: 2013/06/14(金) 00:24:26.21 ID:D30LGKJg0
天才と凡人の違い。

382: 2013/06/14(金) 00:26:50.70 ID:D30LGKJg0









御坂美琴は暗くなった学園都市の上空を舞っていた。
学園都市には高層ビルが非常に多い。
今の時代、『外』にだって多いだろうがこの街ではその数は更に跳ね上がる。

そしてそういったビルを建てるのに金属を使わないことなど不可能と言っていい。
それこそ前時代的な木造建築にでも戻らない限りは。
そしてそこに金属があるのなら、それはその全てが御坂美琴にとっての足場となる。
美琴にとってビルの壁に“立つ”ことなど容易いことだ。

それと似たようなもので、まるでスパイダーマンのようにビルからビルへ磁力線を繋げ移動していく。
高度数十メートル。目も眩むような高度を超能力者は自在に駆けていた。
恐ろしいスピードで擬似的な飛行を行う。
だが垣根は一向に見つからない。こんな高度から一人の人間を見つけられるはずがないので、別に美琴は垣根をピンポイントで探しているわけではない。
おおよその方角を掴もうとしていたのだ。こんな高層ビルの立ち並ぶ街のド真ん中にいるとも考えにくい。

383: 2013/06/14(金) 00:28:30.38 ID:D30LGKJg0
しかし手がかりは見つからず、美琴はとあるビルの屋上に足をつけ羽休めをする。
そこから下を見下ろせば、眼下に広がるは科学の街学園都市。
あちこちでネオンが点き始め、美しい光景が浮き上がってきていた。

『表』と『闇』、両極端な二つの面を持つ街。
そして今美琴が目指しているのは舞台裏である『闇』の面だ。
総人口およそ二三〇万人。その内の一人を手がかりもなく見つけ出すことなど不可能に近い。
だがその時、美琴の目がある一箇所を捉えた。

(……あれは)

そこだけ街中と違いライトアップが為されていなかった。
いや、正確にはされてはいるのだがその光は非常に弱い。
だが何よりそこは美琴にとって非常に縁のある場所だった。

最近だけでも二度そこに行っている。
そしてそこではいつだって歓迎できない出来事が待っていた。
今回も、そうなのだろうか。

美琴は目を細め、曖昧なままに高度数十メートルから身を投げた。
傍から見れば投身自殺にしか見えないその光景は、しかしこの超能力者にとっては違う。
御坂美琴はそのままその場所へと向かった。
どうせ目印になるものなどないのだから、とりあえず気になったところは行ってみようと考えた。

384: 2013/06/14(金) 00:29:54.94 ID:D30LGKJg0




学園都市第三位、『超電磁砲』御坂美琴は第七学区のとある鉄橋にいた。
ここに来るのは久しぶりでも何でもない。
つい先日訪れたばかりなのだから。
思えばこの鉄橋は何度も美琴にとって重大な場面を迎えた場所だ。
『実験』時、妹達を助けるために命を捨てようとした美琴をここで上条当麻が止めてくれた。
ほんの数日前、ここで最狂最悪の虐殺者と二度目の邂逅を果たした。
昨日、ここで一方通行と決着を着けた。

本当に不思議な縁だ。
そしてその縁はまだ切れないらしい。
昨日今日と連続でこの鉄橋は美琴に決断を迫る。
何故ならそこに垣根帝督の姿を認めたから。
親友が、『実験』時の美琴と同じようにポツリと立っているのに気付いたから。

まるで世界に自分一人しかいないように、垣根は立っていた。
だが御坂美琴はその世界にズカズカと踏み入っていく。
かつて上条がこうして自分を助けてくれたように。

(垣根……。今行くから。アンタは一人じゃない)

美琴のコツ、コツという足音に反応し、うな垂れていた垣根が顔をあげた。
二人の視線が交差する。そこに言葉はなかった。
薄暗い夜の始まりの中で、御坂美琴と垣根帝督は向き合った。
どれくらいの間そうしていただろうか。数秒にも、数十分にも思える。
お互いに言葉は交わしていないのに、垣根はまるで全てを悟ったように口元に笑みを浮かべた。

「そうか。その顔、その眼。真実を、知ったのか“超電磁砲”」

垣根帝督が口を開いた。
いつもの、あのクールでありながらどこか子供染みていた垣根帝督はどこにもいない。
冷たい声だった。認めたくないが、たとえるなら一方通行のようだった。
冷徹で、残忍で、無慈悲で、人を頃すことに躊躇いを覚えない殺人鬼のような。

385: 2013/06/14(金) 00:31:28.84 ID:D30LGKJg0
「垣根、」

胸にちくりとした痛み。垣根を助けると誓ったものの、やはり苦しかった。
難しい事情なんて何もなくてよかった。ただの仲のいい友達として、垣根と同じ時間を過ごしたかった。
友達に、『超電磁砲』なんて呼ばれたくはなかった。いつものように名前で呼んでほしかった。
けれどそれは叶わぬ夢で。現実は今目の前にある。
どこまでも残酷なこの世界は、御坂美琴に平穏な生活を送らせてはくれない。

「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

きっと、こんな日が来ることは決まっていた。
いつから? あの話が『スクール』に入ってきた時から? 二人が出会った時から?
それとももっと後だろうか? もしかしたらその遥か前から?

出会いは、ろくなものではなかった。
けれどあの時から、青年と少女の物語は交錯した。

垣根と美琴が対峙している。
夜の闇の中で、御坂美琴が垣根帝督に呼びかける。
そう言う美琴の顔は酷く悲しそうで。
対照的に、垣根は感情というものが全て消えてしまったかのようにどこまでも無表情だった。

「必然だ」

垣根が答えた。
まるで事前に用意していたかのような即答。
それを聞いた美琴は僅かにまぶたを伏せた。

「テメェと俺は決して交わらない、対極の存在だ。
住んでいる世界が違う。科学と宗教みてえなもんだ。最後には必ず対立し、それぞれの領域に引っ込む」

垣根帝督は言った。分かっていたことだと。予定調和なのだと。
信じたくなかった。これからも今までのような日々が続いていくのだと思っていた。
世界は、どこまでも御坂美琴を苦しめる。大きな壁を乗り越えたばかりの少女を容赦なく攻め立てる。

美琴は決して言うことのなかったはずの言葉を。
言う必要もなかったはずの、言いたくもない言葉を、言った。
精一杯の勇気を振り絞って。それは答えを聞くのが怖いから。
ここまで来て、それでも少女はどこかで期待してしまっていた。
何かの間違いであったらいい、と思わずにはいられなかった。
たとえそれがどれほど愚かしく思えても。

386: 2013/06/14(金) 00:32:09.28 ID:D30LGKJg0












「垣根。―――……アンタは一体、何者なの?」













387: 2013/06/14(金) 00:34:59.67 ID:D30LGKJg0
垣根はフッ、とこの状況にそぐわない笑みを浮かべた。
そして、答えた。美琴の質問に正直に。ただ真実だけを。

「―――……俺は、学園都市の暗部組織『スクール』を率いる者」

垣根帝督の背中からシルクを擦り合わせたような、小気味のいい音が響く。
シュルッ、という音と共に垣根の背中に展開されるは左右三対、計六枚の翼。
美しさと、まるで異世界から引き摺り出してきたかのような異質さを併せ持つ純白の翼。
六枚のそれは僅かな発光を伴って、夜の闇を切り裂くように優雅に広がり、天使の如きシルエットを暗闇にくっきりと浮かび上がらせた。

『未元物質』。この世に存在しない新物質であり、垣根帝督の有する真の能力。
大能力者の『物質生成』などではない。そんな低俗なものでは断じてない。
これこそが学園都市の序列第二位に君臨する圧倒的な力。
唯一一方通行の代わりになり得るとされ、アレイスターの『プラン』にも組み込まれる途方もない素質。
未元物質を展開した垣根は美琴を突き刺すように見て、続けた。

「オマエを監視するために差し向けられた、超能力者だ」

それを聞いた美琴は、くしゃ、と顔を歪めた。
怒りに。悲しみに。悔しさに。後悔に。虚しさに。

垣根の口元には、笑み。
愉快そうに口の端を吊り上げて、問う。




「―――絶望したかよ?」





388: 2013/06/14(金) 00:38:01.62 ID:D30LGKJg0
「……それが真実なのね」

「そうだ。オマエの知る垣根帝督などハナからどこにもいねえ。
俺は、垣根帝督は俺一人だ」

垣根は断言した。御坂美琴の知る垣根帝督など存在しないと。
だが美琴は知っていた。確かに存在する垣根の一面を知っていた。
だから、美琴は諦めたりはしない。諦めるわけにはいかない。諦められない。

「テメェらは一度でも俺を疑ったか? 質問したか?
俺はテメェに能力は大能力者の物質生成だと言ったが、一度でもテメェは俺の能力らしい能力を使ってるとこを見たことがあるか?
一人でも俺の人間関係を把握しているか? テメェと初めて会った時もそうだ。
“第三位のテメェの一撃をモロに食らって、かすり傷一つつかなかったこと”をおかしいとは思わなかったのか?」

だが美琴はそれを聞いて、酷く動揺した。
その通りだったからである。美琴は垣根のことを何も知らない。
言われて見れば垣根が能力を使用しているところなど見たことがない。
それらしいところを見たところはあるが、その時も垣根はいつだって身一つだった。
今広げているような得体の知れない翼など生やしてはいなかった。
美琴の電撃のような、目に見えるはっきりとしたものは一度も使ってはいなかった。

そもそも垣根の言った物質生成という能力にも何故興味を持たなかったのか。
結局これは嘘の能力だったわけだが、物質生成とはどう考えても電撃使いや発火能力者のようなポピュラーなタイプではない。
いかにも珍しい能力である。にも関わらず、美琴はただの一度もその能力について聞いたことがなかった。
興味を示したことがなかった。「どんな能力?」程度の質問すらもしなかったのだ。

理由は美琴にも分からない。たとえ美琴が質問していても、垣根が真実を話すことは絶対になかったはずだ。
だがそれでも、美琴が垣根のことを知ろうとしなかったのは事実である。

そして垣根の人間関係。これは心理定規と名乗る女と会った時も感じたことだが、美琴は全くそれを知らない。
ただの一人も垣根の関係者を知らない。兄弟でも、担任でも、友人でも、顔見知り程度でも。
普通ならいるはずだ。美琴にルームメイトの白井黒子や友人の佐天らがいるように。
上条当麻に同居人のシスターや担任の月詠小萌、友人の土御門元春らがいるように。

だがしかし、それが垣根となると不自然なほどその人間関係は不透明だ。
およそ一ヶ月もの間、毎日と言っていいほど遊んでいたのに一度もそういった人間と会っていない。
そこに疑問を感じはしなかったのだろうか。

389: 2013/06/14(金) 00:41:48.15 ID:D30LGKJg0
「材料はあったはずだ。決め手となるような隠し味はなかったとしてもだ。
それなりの料理は出来たはずだ。テメェも、上条も、人を疑わなすぎる」

思えば、他にもあった。
垣根が一日風紀委員をしたあの日のことだ。
あの日、無能力者狩りをしている能力者を二人で捕まえに行くこととなり、一本の路地裏へと出向いた。
そこで垣根と美琴は二人組みの能力者の奇襲を受けたことがあった。
美琴は己の能力の応用である電磁波レーダーを用い事前に察知し、回避することに成功した。
だが、垣根帝督はどうだ?


    ――『(……来たわね。反応は二。後方三メートル地点から上方二メートル地点に一人。
       もう一人は前方僅か一メートル地点、そこから上方二メートル。二人とも廃ビルに身を隠してるわね)』――


    ――『垣根』――


    ――『ああ。“分かってる”』――


何故垣根は“分かっていた”のだろう。
能力者の隠れ方がお粗末すぎた、というわけでもないのに。
垣根帝督は大能力者の極普通の青年なのだ、“まさかそういった状況に慣れているわけでもあるまいに”。
しかもそれだけではない。その能力者の能力を分析した時にも今思えば疑問点はあった。


    ――『(一人は空力使い、もしくは風力使いね。もう一人は……)』――


    ――『念動能力者。もしくはお前と同じ電撃使いだな』――


たしかに、不可能ではないだろう。
ATMの残骸が飛んできたところからそう推測するのはとんでもなく難しいというわけでもない。
だが、だ。それでもあまりにも垣根の判断は速やかで鮮やかすぎた。
隠れている能力者を一瞬で見破ったのと同様、一目それを見ただけで能力の系統を看過してみせた。
美琴のように、これまで学園都市の暗部と戦ったことがあるわけでもない。
風紀委員でもなく普通に日々を過ごしてきた一般人の青年とするには、あまりにも戦い慣れしているように思える。

390: 2013/06/14(金) 00:43:24.80 ID:D30LGKJg0
そう考えると、あの日の出来事も疑わしく思えた。
一〇月一八日、垣根、美琴、上条、白井の四人でカラオケに行った日だ。
その日四人は偶然遭遇した銀行強盗の犯人を捕らえた。

だがその犯人は小細工を施しており、美琴、上条、白井の三人が捕まえた男は囮で、本命は別にいた。
すぐに美琴と白井は気付いたものの、三人が三人共一度それに騙された。
だというのに、垣根は一目でそれが囮と見抜き、美琴たちが囮に気をとられている内に本命を捕らえていたことがあった。

やはり大能力者の一般人というには鋭すぎる。
暗部との戦闘経験もある超能力者よりも、数多の事件を解決している風紀委員の大能力者よりも。
大能力者と言うとたしかに能力は強大だが、婚后光子や本物の海原光貴を見れば分かるように普通の人間なのだ。
明らかに垣根帝督はその範疇から逸脱していた。

そして何より決定的なのが、垣根と初めて会ったあの時の出来事。
あの日、御坂美琴の上条を狙って放たれた雷撃の槍は垣根帝督に直撃してしまった。
そう、『直撃』した。完全な不意打ちの形で、美琴の攻撃は垣根の体を貫いた。

にも関わらず、その後垣根はまるで何でもないことのように立ち上がり、事実ピンピンしていた。
これは、おかしくないだろうか。
いや、絶対にあり得ないことだ。


    ――『あっ!? す、すみません!! 大丈夫ですか……!』――


    ――『落ち着け御坂! とにかく早くこの人を病院に連れて行かないと……』――


    ――『……その必要はねえよ』――

    
    ――『あの……本当に申し訳ありませんでした。大丈夫ですか? お怪我などは…』――


    ――『あぁ、大丈夫だって。心配すんな』――


美琴の放った一撃は無論加減は為されているが、あくまで上条が打ち消すという前提の元の一撃である。
つまりスキルアウトなどを追い払う際のように繊細な加減をしていたわけではない。
最大出力の一〇億ボルトオーバーには程遠いとしても、間違いなくそれなりの出力ではあったはずだ。

391: 2013/06/14(金) 00:45:04.47 ID:D30LGKJg0
それは並の能力者には到底耐えられるはずのないものだ。
大能力者であっても、不意にそれを食らって平気でいられるわけがない。
仮に耐えられたとしても、ああも平然としていられるはずがないのだ。
なのに垣根はかすり傷一つ、火傷一つすら負うことはなかった。
だが美琴はそのことに一切疑問を感じることはなかった。

一つ一つを別々に考えれば、そう気になることでもないかもしれない。
ただ頭の切れる青年、で済ませられるかもしれない。
だがこれだけの事実が積み重なれば、偶然で流すには厳しくなってくる。
超能力者の不意打ちを受け無傷、強盗の策謀を一目で看過、隠れている人間の気配をあっさりと掴み、一瞬で相手の能力を正確に分析する。
これだけのことを、大能力者とはいえあくまで風紀委員ですらない一般人の青年がやってのけたというのか?

垣根の言う通りだ。材料はこんなにもあったのだ。
美琴の電撃を受けて全くの無傷だった、という隠し味になり得るスパイスすらあった。
なのに、御坂美琴は料理をしなかった。
具材の並べられたまな板を前に、美琴は手をつけることはなかった。

人を疑え。それは食蜂操祈にも言われたことだ。
お前は人を信じすぎる、と。身近にいる人間が莫大な悪意を隠していることだってあり得る、と。
あの食蜂の言は正しかった、ということになるのだろうか。

たしかにそうなのかもしれない。
もし美琴が暗部の人間のように警戒心が強かったら、垣根の不自然さに気付けたのかもしれない。
食蜂や麦野、一方通行のような人間ならばこれだけの材料があれば、的確に調理できただろう。
だがそれでも、美琴の答えは食蜂に言った時から変わりはしない。
美琴は毅然とした態度で断言した。

「信じたいから。疑うよりは信じたいから。
だって友達を疑うなんて、苦しいじゃない。悲しいじゃない」

「ヘドが出るな」

今まであれだけ遊んで笑い合っていたはずの男が、美琴を否定する。

392: 2013/06/14(金) 00:47:12.43 ID:D30LGKJg0
「分かってんのか、テメェのその無用心さがこの状況を招いたってことに。
テメェが気付けていたら、ここまで面倒なことにはならなかったはずだぜ」

「それでもよ。どんなに甘いと言われたっていい。
それでも私は友達を、アンタを疑いたくなんてない」

「その甘い考えが身を滅ぼす。所詮テメェがさっきから並べてるのはただの綺麗事だ。
『そっち』ならともかく、『こっち』じゃそんな綺麗事は通用しねえんだよ。
俺だってそれこそヘドが出るようなクソッタレの外道なんだ。いい加減に自覚しろ、世界が違うんだよ」

御坂美琴と垣根帝督では住んでいる世界が違う。
美琴の甘さは優しい、お人好しと言われるものだ。
だが垣根の甘さは全く違う。彼の世界で甘さを見せれば待っているのは己の破滅。

そして『闇』に踏み込むのなら甘さを捨てろ、と垣根は言う。
そうでなければ騙され、利用され、捨てられ、滅びるだけだと。
だが御坂美琴は決めていた。約束していた。

(麦野さんとも約束した。絶対に『闇』に堕ちないって)

必要ならば『闇』にも飛び込め、されどそれに身を染めるな。
光輝く太陽のように、ただ『闇』を晴らす光であれ。

「アンタだってこっちの世界で生きてたじゃない。
私たちと一緒に過ごした時間は? アンタが浮かべてた笑顔はどうなのよ?」




    ――『そんな本何に使うんだよ?』――


    ――『そりゃあ何ってナニに……うぉ!?』――


    ――『学校の課題で、レポート書かなきゃいけないのよ!』――


垣根帝督は『表』の人間のように過ごしていたはずだ。

393: 2013/06/14(金) 00:48:12.44 ID:D30LGKJg0
    ――『どうした上条。知恵熱か?』――


    ――『上条さんを赤ん坊と同じにしないで!?』――


    ――『口より手動かしなさい』――


普通の学生のように、下らない話をして盛り上がっていたはずだ。


    ――『ちょっと待ちなさいよ。アンタとは、その、ペ、ペペペペ……』――


    ――『どうしたペペペマン』――


それは誰が見ても友人同士が戯れているようにしか見えなかったはずだ。


    ――『でかしたぞ御坂。早くもフラグが効果を発揮した』――


    ――『だ、だからフラグって何なのよー!?』――


垣根帝督は美琴たちと過ごす時間を楽しんでいたはずだ。


    ――『な、なら私はこれで……。垣根、頑張って』――


    ――『あ、コイツも応援の風紀委員だ。迂闊にも腕章忘れちまったらしいがな』――


垣根帝督はその時間に素直な笑みを浮かべていたはずだ。
難しい事情などなく、本当の友人のように。
そこに偽りはなかったはずだ。

394: 2013/06/14(金) 00:50:16.80 ID:D30LGKJg0
「戯れるな」

だが垣根はそんな美琴の言葉を一蹴した。
美琴の希望を一つ一つ砕いていくように、言った。

「言ったはずだ。俺がテメェに近づいたのは仕事だからだ。
テメェと『友達ごっこ』をしたのもその方がやりやすくなると踏んだからだ。
俺は悪意と欺瞞に満ちている。テメェの言う時間も、笑顔も、全て虚構だ」

その瞬間、美琴の体からふっと力が抜けた。
一瞬で涙を浮かべそうになるほどに、垣根の言葉は御坂美琴の心を激しく抉り取った。

『友達ごっこ』。

その言葉は美琴を絶望させるには十分すぎた。
セブンスミストで買い物をしたのも。ボーリングに行ったのも。
ゲームセンターで遊んだのも。カラオケに行ったのも。喫茶店でくつろいだのも。
スキルアウトの集団と戦ったのも。一緒に一日風紀委員をしたのも。

全てが虚構。簡単に砕けて散る幻想。
所詮は子供がするような、ただのごっこ遊び。
目覚めれば消える儚い夢。

それを強く感じさせられた。
美琴の日々は鮮やかに輝いていた。垣根と知り合ってからの一ヶ月。
毎日のように遊んで、馬鹿をやって盛り上がった。
超能力者ということで何もしなくても周囲から距離を取られてしまう美琴には、初めての体験だった。

白井や佐天、初春らと遊ぶ時とはまた違った経験。
普通の学生がするような、けれど美琴にとっては得難い貴重な時間。
本当に、楽しかった。心の底からそう思っていた。

ところがどうだ。垣根はただの仕事でやっていたごっこ遊びだと言うではないか。
ただ一人舞い上がって笑っていたのは自分だけ。滑稽なピ工口だったというわけだ。
楽しんでくれていると思っていた垣根は、ただ事務的に仕事をこなしていただけだった。
本当はやりたくもないのに、仕事だからと嫌々付き合っていただけ。

きっと美琴と離れているプライベートな時間には、他の仕事もこなしていたのだろう。
おそらく人頃しなんて日常茶飯事。
美琴といる時は欺瞞の仮面を被り、それをとった時が垣根の本当の姿。
美琴の知らない裏では薄汚い汚れ仕事をやっていた。それが垣根帝督だ。

395: 2013/06/14(金) 00:52:45.77 ID:D30LGKJg0
気付けば、美琴は震える指でスカートのポケットから一枚のコインを取り出していた。
それはゲームセンターでよく見るような、何の変哲もないただのコイン。
ただ美琴がコインを取り出した時、それはただのチップ以上の意味を持つ。

即ち超電磁砲。

第三位たる御坂美琴の切り札であり、同時に美琴の能力名でもある。
震える右手で、垣根に向け超電磁砲を構える。
それは数日前と全く同じ光景だった。
この鉄橋で、一方通行に超電磁砲を向けたあの時と。

「……本、気で、言ってるの?
嘘だった、って言うの? 私、たちの一ヶ月は、無意味だって?」

垣根は超電磁砲の有効範囲内にいる。
放たれれば、たちまちに消し飛んでしまうだろう。
だが垣根は全く動くこともなく、淡々と、感情のない平坦な声で事務的に答えた。

「そうだ。全てが幻想。ツクリモノだ。
理解しろ超電磁砲。無駄だったんだよ。ただの『友達ごっこ』だ」

垣根はその言葉がどれほど美琴を傷つけるか分かった上で、あえてその言葉を選ぶ。
目の前の物分りの悪い少女に現実を突きつけるために。
そしてその予想通りに、御坂美琴はその言葉に心を貫かれる。

(やめて……。やめてよ……)

「テメェもガキのころやらなかったか?
そういうごっこ遊び。俺はそれに付き合ってやっただけだ。
テメェのおままごと、『友達ごっこ』にな」

執拗にその言葉を繰り返す垣根。
ただのおままごと。子供の遊び。
親友からのその言葉は、少女の脆い心を確実にズダズタに破壊していく。

垣根が再び口を開く。開こうとする。
駄目だ。あの口が開いたら、そこからはまた大切な思い出を否定する言葉が飛び出してくる。
これ以上は駄目だ。耐えられない。これ以上否定してほしくない。
御坂美琴にとって何物にも代え難い記憶が壊れてしまう。
他ならない、一緒にその思い出を築いたはずの親友の手によって。

頭の中が真っ白になった。
気付いた時には、既に御坂美琴の超電磁砲は放たれていた。
もしかしたら美琴は目の前の自分を否定する垣根帝督を打ち払って、友人である『垣根帝督』を取り戻そうとしていたのかもしれない。
問題はどちらが垣根の本質であったのかということで。

396: 2013/06/14(金) 00:54:28.65 ID:D30LGKJg0
「ッ、垣根ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

コインがオレンジ色の閃光となって撃ち出される。
しまった、と思った。爆発する感情に流されて、気付けば撃ってしまっていた。
音速など軽く超え、しかしそれは真っ直ぐに垣根の隣へと向かっていく。
ギリギリのところで美琴が何とか軌道を逸らしたのだ。

いかなる遮蔽物をもぶち抜く第三位の力は、それがかき乱す空気だけで風力使いを無効化する。
たとえ直撃を避けたとしても、超電磁砲が巻き起こす圧倒的な衝撃波と烈風が垣根を襲う。
そして垣根の体はボロクズのように宙に投げ出される、はずだった。

だが垣根帝督は信じられない行動に出た。
わざわざ脇に移動し、超電磁砲を自分から受けに行ったのだ。
そんなことをすればどうなるか一番よく分かっている美琴は、その顔を絶望に染める。

しかしここでまたもや信じられないことが起きた。
垣根が背中の翼の何枚かを一振りする。
それだけだ。たったそれだけで、絶対的な美琴の超電磁砲はバギィン!! という轟音を立てて消滅した。
無論垣根に傷はない。傷一つない。
冗談のような光景だった。

「ぇ、あ……」

美琴はそのあまりの光景に絶句する。言葉が出てこない。
こんな風に超電磁砲をあしらったのはこれまで一方通行だけだ。
二人目。学園都市第二位は、一方通行と同じくあっさりと防いでみせた。
上条当麻というイレギュラーを除いて、自分より上位に位置するたった二人の超能力者にはまるで通用しない。

御坂美琴は本能で理解する。
まるでハエを叩き落すかのような動作で自分の超電磁砲を防いでしまう相手に、勝ち目はない。
麦野沈利を打ち倒した彼女をして、まるで歯が立たない。
力の強弱ではない。どっちが強いとか、そういうレベルですらない。
文字通り次元が違うのだ。

だがそれもほんの刹那のこと。それより御坂美琴を襲っている感情があった。
今、自分は何をした。誰に向かって超電磁砲なんて撃った。
もし垣根が防げなかったらどうなっていた。友達をどうしようとした。

激情に駆られて、一瞬とはいえ自分を見失い取り返しのつかないことをしなかったか。
自分のした行動に愕然とする。プルプルと唇が震えた。
だが垣根はそれを超電磁砲が防がれたことによるものと解釈し、口の端を吊り上げた。

「本来ならテメェの超電磁砲は俺をブチ抜いていたはずだ。
速度も威力も、申し分なかった。まあ超電磁砲は仕組み的にもっと上にいけるはずだがな。
ただ相手が悪かったな。学園都市第二位、未元物質。そいつに既存の常識は当てはまらねえんだよ」

垣根帝督が緩やかに手を動かす。
それに呼応して何かの力が美琴の体を横薙ぎに襲った。
それが何なのか、垣根が何をしたのか。それすらも分からないまま美琴は吹き飛ばされ、鉄橋の落下防止用の鉄柵に叩きつけられた。
ガシャア!! と鉄柵が金属特有の嫌な音をたてる。

麦野沈利を打倒した第三位の超能力者は、あっさりとその膝を地につけた。
無論戦えないほどのダメージを受けているわけではない。
不意打ちだったというのもあるだろう。だがそれでも、超電磁砲をいとも容易く防がれた時点で優劣は明らかだったのだ。

397: 2013/06/14(金) 00:57:15.77 ID:D30LGKJg0
「ゲホッ、ゴホッ……」

激しく咳き込みながら美琴はよろよろと立ち上がる。
考えていたのは超電磁砲を防がれた恐怖ではない。
理解不能の力で吹き飛ばされたことでもない。
驚きこそしたが、そんなことは至極どうでもよかった。

何故なら“御坂美琴は戦いに来たのではなく、助けにきたのだから”。
ただ先ほど超電磁砲を放った己の行動を悔い、責めていた。
効いた効かなかったではない。親友を傷つけようとしたこと自体が許しがたいものなのだ。

(全く……本当に何をやってるのかしら、私は)

自嘲しながら垣根の前に立つ。
そして美琴は己の頬を、思い切り自分の拳で殴りつけた。
ドゴ、という音と共にビリビリと鋭い痛みが走る。少しやりすぎたかもしれない。
だがそれくらいは当然だろう。まだまだ足りないくらいだ。
その一連の行動を見ていた垣根はわけが分からない、と言うような目で美琴を見た。

「……ついにラリッちまったか? いい医者知ってるぜ?」

いきなり自分で自分を殴ったのだ、わけが分からなくて当然だろう。
だが美琴はその垣根の言葉を無視し、両手を左右に大きく広げて立ち塞がるように立った。
その拳は握り締めない。まるで敵対の意思がないことを示すように。
垣根は迷いを振り切ったような目で見つめてくる美琴に、素直な疑問をぶつけた。

「何の、つもりだ?」

「私は戦わない。アンタとは戦いたくない」

美琴はハッキリと断言した。
先ほどまで散々揺さぶられていた心は安定を取り戻した。
廃工場であの書類を見つけた時に思ったはずの、なのに失念していたある事実を思い出したから。

「だって、垣根は友達だもの」

そう言って御坂美琴は笑った。
無理に作ったものではない。純粋な、友人に向けるような警戒の色がない笑みだった。
当たり前だ。何故友達を警戒しなければならないというのか。
垣根はその言葉に初めて感情を揺らした。
僅かな動揺を隠すように、垣根は言った。

398: 2013/06/14(金) 00:59:17.08 ID:D30LGKJg0
「その年でもうボケてんのか。ちょっと前の会話を忘れるとはちっと物忘れが激しすぎねえか?」

美琴は垣根の僅かな動揺を見逃さなかった。
青年の瞳が、迷うように動いたことに気付いていた。
御坂美琴は人間の感情の機微に鈍くはない。
ことそれが今のような状況となると、小さな動きでも見逃さない自信があった。
自らの言葉が少しでも垣根の心を動かした。
その事実を胸に美琴は続ける。

「アンタがそう思っていなくても、アンタは私の友達よ。
それにさっきの話。やっぱりおかしいわよ。
だって、アンタが浮かべていた笑顔はどう考えたって作られたものなんかじゃなかったもの」

「ッ」

何か心当たりがあるのか、垣根は僅かに顔を歪めた。
美琴から見た垣根の笑顔は本物にしか見えなかった。
おそらく上条当麻も同じことを言うだろう。
つまりそれは、垣根帝督は美琴たちと過ごす時間を確かに『楽しい』と感じていたということだ。
美琴は好機到来とばかりに一気に畳み掛ける。

「それにさ。たとえこれまでの日々が全て偽物だったとしても。
それでも絶対にツクリモノなんかじゃない事実がある」

それこそが美琴が垣根を頑なに信じ続ける最大の理由。
垣根帝督が善性を有しているという何よりの証。

「―――垣根帝督は、確かに人を助けたじゃない」

「…………」

「覚えてる? アンタが黒子の挑発に乗っちゃってさ、一日風紀委員やったじゃない。
意外と子供っぽいところもあるのね、アンタ。
危険な能力者を倒したり、スリを捕まえたり、交通整備のお手伝いしたりさ。
正直本当に風紀委員っぽかったわよ。それに黒子から聞いたんだけど、佐天さんも助けてくれたらしいじゃない。
しかもそれだけじゃなく、泡浮さんのことも。本当にありがとうね」

沈黙する垣根に美琴は優しく言い聞かせるように、大切な思い出を一つ一つ話していく。
この夢のような日々の名残を消さないために。

「……もういい」

「覚えてる? アンタは私が自分を見失って暴走しちゃった時、助けてくれたじゃない。
あれ、本当はアンタが止めてくれたんでしょ?
あの時のアンタの言葉に私がどれほど救われたか。本当に感謝してるのよ?」

「……れ」

美琴は語りをやめようとはしない。
ただ自分の想いを言葉にのせて紡ぎ続ける。
それが親友の心に強く響くことを信じて。

399: 2013/06/14(金) 01:01:43.16 ID:D30LGKJg0
「覚えてる? アンタはスキルアウトに絡まれてる湾内さんを助けてくれた。
そういえばこれが私が初めて見たアンタの人助けね。あの時に垣根にある優しさを確信したんだっけ」

「……まれ」

美琴は垣根に伝えなくてはならないことがあった。
それはある人からの伝言。頼まれたのはずいぶん前だが、何だかんだで伝えられないでいた。
だが結果的にはそれは良かったのかもしれない。
そのおかげで、これ以上ないほどの最高のタイミングでその言葉を垣根帝督に届けることが出来る。
そういえば、と美琴は前置きして、

「湾内さんが言ってたわよ。『助けてくれてありがとう』って。
それと早くお礼をさせてほしいってさ。垣根。湾内さんの笑顔はアンタが作った笑顔よ。
それだけじゃない。泡浮さんも同じことを言ってたわ」

薄い笑みと共に告げた。
垣根帝督は人を助けることが出来る人間だと。
確かに結果を出しているのだと。
それによって笑顔になった少女たちがいるのだと。
御坂美琴の素直な気持ちは垣根帝督に届いたのか。

「黙れえぇぇぇぇええぇぇえええ!!!!!!」

答えは、届いていた。ただそれは垣根の感情を爆発させる結果となって。
垣根は獣のように吠えた。闇の中に絶叫が響き渡る。
美琴の言葉を聞き流せなくなった垣根は、強引にそれを止める。
思わずビクッ、と体を震わせる美琴。
垣根帝督は吠え続ける。溜め込んでいたものが内から弾ける。

「んだよ……ッ!! そんなことあり得るわけねえだろうが。
あっていいはずがねえだろうがぁ!! 俺みてえなゴミクズにそんな権利はありはしねえ!!
黒に染まった悪党は『表』には行けねえ。そんな野郎がペタペタ歩き回ったら周りを汚しちまうんだよ!!」

垣根の、心からの叫びだった。
垣根は自分が少女の笑顔を作ったという、美琴を救ったという事実を信じない。認めない。
それを認めてしまったら、壊れる。
何者をも意に介さず唯我独尊を貫くクソッタレの悪党、という一本柱が砕けてしまう。

悪党が善人と一緒にいるなど、悪党が善人を救うなど、悪党が善人を笑顔にするなど考えられなかった。認められなかった。
だから彼は否定する。御坂美琴の言うことも、善人である御坂美琴自身も。
二人以外誰もいない鉄橋に、悲痛な叫びが響き渡る。

「常識的に考えろ! 俺みてえな『闇』に浸かった悪党が、テメェみてえな善人と一緒にいていいわけがねえ!!
そんな資格はとうの昔になくなってんだよ!! そんなことも分かんねえのか超電磁砲!!」

違う、と美琴は思った。
悪党か、善人か。そんな括りに意味などない。
最強の超能力者一方通行はそれに気付き、美琴の目の前でこだわりを捨て善人である打ち止めと一緒に暮らすことを望んだ。
だが垣根帝督はそれに気付けていない。自分を何よりも低い位置に置いてしまっている。
しかしそれならそれでいい。方法はあった。
目の前で苦しんでいる親友を救う方法が。

400: 2013/06/14(金) 01:03:56.08 ID:D30LGKJg0
「垣根。アンタが悪党だろうが善人だろうが関係ない。
どうしても暗い世界に浸かっている悪党である自分が、善人と一緒にいることが認められないなら私のやることは一つよ。
アンタをそこから連れ戻す。どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが関係ない。
アンタが『闇』から抜け出ればその“下らない”こだわりにも縛られなくなるんじゃない?」

結局、御坂美琴のやることは変わりはしなかった。
友達が苦しんでいる。だから助ける。ただそれだけのことだ。
どれほど話が大きくなっても、中核となるのは友達への想い。

「私は絶対にアンタを諦めない。アンタを暗い『闇』の底から引き摺りあげてみせる。
そのためなら何だってする。何年かかったっていい。その結果人生を棒に振ったって構わない」

御坂美琴は胸を張ってそう断言した。
何に誓ってもいい。この想いは絶対に折れることはないと言い切れる。
美琴に友達を見捨てることなど出来なかった。
それが出来ない程度には、彼女は非情になれなかった。

これほどに美琴が垣根を―――友達を大切にするのは、美琴にとっての友達は他の人にとってのそれより遥かに大きいからだ。
学園都市に七人しかいない超能力者。序列第三位の超電磁砲。常盤台のエース。
様々な肩書きを持つ美琴を皆特別視する。雲の上の存在のように一歩引いてしまう。
集まるのは尊敬ばかりで友情は得られない。
美琴が対等な立場で接してほしいと思っていても、現実にはそれは叶わない。

おそらく今の中高生はたくさん友達がいるだろう。
下らないことで笑い合え、愚痴り合える対等な立場の友人が。
しかし御坂美琴は違う。能力が、序列が、環境がそれを許さない。
美琴に対しても対等に接してくれる人は数少ない。
そして垣根帝督はその中の一人なのだ。

こういう事情があるからこそ、美琴は人一倍友達を大切にする。
もしかしたら美琴は―――そうすることで、無意識的に友達が自分から離れないようにしているのかもしれなかった。
御坂美琴は中学生だ。一四歳の、思春期の女の子だ。超能力者だって一人は寂しい。
見捨てられたくない。一人にしないでほしい。もう一人に戻りたくない。

401: 2013/06/14(金) 01:07:05.13 ID:D30LGKJg0
超能力者という称号と引き換えに得てしまった孤独が、今の美琴の性格を形作ったのかもしれない。
誰かを助けることで、誰かを守ることで、誰かに必要とされていたい。
そんなある種病的なまでの願望。

もしも白井が、佐天が、初春が、そして上条が、垣根が自分から離れてしまったら。
美琴は再び孤独になってしまう。そんなのはもう嫌だ。そんなことには耐えられない。
だから絶対に失わないように、絶対に失望されないように、美琴は彼らを守る、のかもしれない。

だとしたらだ。だとしたら、御坂美琴が優しい少女であることに変わりはないが―――それはどこまでも悲惨で痛々しい優しさだ。
超能力者になったばかりに美琴がこうなってしまったのなら、『実験』含めやはり美琴も学園都市に狂わされた人間なのかもしれない。
勿論これらは推測でしかなく、実際のところどうなのかは分からない。
それはもはや美琴本人にすら分からないだろう。ただ確実なのは、美琴が垣根をここまで大切にする理由はそれだけではないということ。
そう、他にも理由がある。

(……超能力者って、本当に何なんだろうね)

一方通行も、美琴も、麦野も、食蜂も、削板も、そして垣根も。
超能力者になって、何かプラスがあっただろうか。
人格が曲がったり、大事なものを壊したり、壊されたり。
垣根にも何かがあったのだろう。一方通行や美琴が『実験』で壊れたように。
美琴も垣根と同じ超能力者だからこそ分かる。

そしてその垣根の『闇』は、意外にも本人の口から語られることとなる。
美琴の言葉を聞いた垣根は驚くほどの無表情へと一変した。
先ほどまでのような激しさは嘘のように消えてしまっている。

「……『闇』に沈みきる前、俺にはいわゆる恋人がいた」

静かな声だった。逆にそれが異様さを搔き立てる。
美琴は突然の垣根の変化と、唐突な話に戸惑いの色を浮かべたが何も口を挟まず無言で先を促した。

「その時はまだお互いガキだったから、付き合ってるといってもそんなしっかりしたもんじゃねえ。
それでも、俺たちはガキなりに本気で好き合ってた」

そこで垣根は一旦言葉を切り、自嘲するような笑みを口元に浮かべた。

「俺が頃した」

「っ!?」

その言葉に、思わず美琴は息を呑む。
心音が一際大きくなった気がした。
両手をギュッ、と固く握り締めて美琴は俯いた。

402: 2013/06/14(金) 01:08:55.69 ID:D30LGKJg0
「多重能力者(デュアルスキル)って言葉ぐれえ知ってんだろ。
今でこそ能力者には一人一つしか能力は宿らねえってのが常識だ。そんなことは馬鹿でも知ってる。
……じゃあ聞くが、何故そんな法則が存在すると分かった?」

それが意味するところは明らかだった。
普通ならそんなことはやらない。まともな感情と倫理観を持ち合わせていればそんなことは出来ない。
だが残念なことに、学園都市に巣くうイカれたマッドサイエンティスト共はそんな上等なものは持っていない。
美琴はカラカラに乾いた口を開き、掠れた声を絞り出した。

「人体、実験……」

単純なことだ。何でそんなことが分かるのかと言えば、試したからだ。
本当に能力者には一つの能力しか宿らないのか、複数の能力を植えつける方法はないのか。
それは何人もの人間を犠牲にして得た法則なのだ。

「そうだ。そして多重能力者に限らずこうした実験ってのは置き去り(チャイルドエラー)が使われることが多い。
学園都市のお荷物が科学の発展に貢献出来るなんて名誉なことだ、っていう愉快な考えでな。
俺も、恋人も、置き去りだった。そして恋人は多重能力者の被験者となることが決まった」

大体話が読めた。読めてしまった。
あまりにも残酷だ。何故そこで垣根の恋人が選ばれてしまったのか。
こう言っては問題だが、別に他の置き去りでも良かったはずなのに。

「偶然じゃない」

垣根はそんな美琴の考えを読み取ったかのように言った。

「超能力者の俺を『闇』に引き摺り込むためだ。
俺の精神を折って利用するためだ。そのための手段として、俺の弱点として、俺の恋人は狙われた。
……今思い出しても吐き気がする。氏んだ方がマシ、っていうのはああいうのを指すんだろうよ」

美琴はもはや何も言葉を搾り出せない。
ただ震える体を押さえつけて、話を聞くことしか出来なかった。

「特例能力者多重調整技術研究所。通称特力研で俺は“それ”を見た。
手が何本あるか分からねえ。そもそも手なのかどうかも分からねえ。
首元にはもう一つ頭でも生えてんのか、ってくらいの塊があった。
顔のパーツも目、鼻、口なんてろくに判別できるはずもねえ」

それはその言葉だけで吐いてしまいそうなほどの地獄だった。
想像するだにおぞましい。出来の悪いスクラップ映画すら上回るような現実。
何をどうしたらそんなものが生み出されるのか分からないような光景。
白衣の悪魔たちはそんな地獄を淡々と作り上げていった。

「俺は研究者共に促され、化け物に成り果てた恋人をこの手で頃してやった。
説明は省くが色々あってな。断ることは絶対に出来なかった。
だが何だかんだでいざやってみりゃ少し楽しかったぜ? 腕はたくさんあるからもいだり切断したり手段を考える楽しみがあったしな。
しかもやたらしぶといからちょっと乱暴に扱っても壊れねえんだ。よく出来た玩具だと思ったもんだ」

403: 2013/06/14(金) 01:11:03.54 ID:D30LGKJg0
「やめて……」

美琴が真っ青になって言った。
それは垣根がグロテスクな表現をしているからというだけではない。
垣根の言っている楽しかった、という言葉が真実でないのは分かっている。
何故なら何でもないことのように語る垣根の顔は、美琴に負けず劣らず真っ青になっていたからだ。

これ以上垣根にこの話をさせるのは危険だ。
自らの手で怪物になった恋人を頃した、という事実はまだ少年だった垣根の心に永遠に消えない傷を刻み付けたはずだ。
駄目だ。自分ではなく垣根が危ない。
だからこそ美琴はやめるように頼んだが、垣根はまるで聞こえていないかのように話し続けた。

「俺はそうして恋人を血だるまにした。
けど俺は見ての通り中々反抗的な奴でな。そんな俺を大人しくさせるために奴らは手段を選ばなかった。
今度は恋人の妹が特力研へと送られた。俺には二つの選択肢が突きつけられた。
人間のまま頃すか、化け物にして少しでも生かすか。
だが結局本人の希望もあって、俺は恋人の妹を頃した」

どんどん垣根の顔色が悪くなっていく。
考えずとも分かる。こんなこと、思い出したくもないに決まってる。

「やめてったら!!」

だが垣根はやはりそれをあっさりと流し、話をやめることはしない。

「聞こえねえよ。けど事はそれだけで終わらなかった。
今度は俺と同じ置き去りの施設にいた、一番仲の良かった友人が標的になったんだ。
『プロデュース』って聞いたことがあるか? まあ知らねえだろうな。
能力者の自分だけの現実は脳のどこに宿るのかってのを調べる実験なんだがな。
俺の友人はそれを受けて脳味噌をクリスマスケーキのように綺麗に切り分けられた」

聞いているだけで吐き気がする話だった。
しかもこれらは全て垣根帝督ただ一人を得るためだけに行われたというのだ。
勿論垣根自身が対象となる狂気の実験もあった。
だが基本的には垣根ではなく、その周囲の親しい人間を執拗に犠牲にしていくという手段がとられていた。

404: 2013/06/14(金) 01:13:56.58 ID:D30LGKJg0
もはや外道とか悪党とか、そんな言葉では足りない。この世界に存在する既存の言葉ではこの悪魔の所業を形容するには足りない。
そんな目に遭わされて、少年の心が耐えられるはずがなかった。
そうして、垣根帝督は研究者たちの思い通りに『闇』の奥へ奥へと沈んでいった。
全てを失った空っぽの少年は、何も信じず誰もそばに置こうとはしなくなった。

「まだまだこんなもんじゃねえぞ。俺が少しでも反抗したり非協力的な態度をとりゃ容赦はなかった。
俺を親身になって世話してくれてた施設の先生は文字通り“吹き飛んだ”。
俺が妹のように接していた女は『白顎部隊(ホワイトアリゲーター)』っつうプロジェクトに参加させられた。
そしてふるいにかけられて落第、脳味噌がドロドロに溶けて氏んだ。
俺の兄貴分だった男は暴走能力の法則解析用誘爆実験を受け頭が弾けた。
全部俺の目の前で起きたことだ。この目でその瞬間を見てきた」

垣根の見て、受けてきた地獄は美琴の平和な想像力を遥かに上回るものだった。
そして垣根の地獄は今話したもので全部ではない。
むしろこの程度まだ一部を話した程度でしかない。

垣根自身の受けた人間の考えることとは思えないような実験。
更に恋人、その妹、恩師、親友、兄貴分、幼馴染、友人、知り合い、関係者……。
少しずつ関連性が薄まりながらもどんどんと凄惨な最後を遂げていく周囲の人間たち。
その数は数十人にも上る。こうなると垣根はもはや氏を撒き散らす氏神だった。
本人にそれを見せたのは、「お前が協力しないとお友達がこうなるぞ」という脅しを徹底的に刷り込むためだろう。

ただ垣根と関わりがあったから、近くにいたから、という理由だけで狂った実験の被験者にさせられてしまう。
垣根とて抵抗はした。だが最後には必ず敗北した。止めることは出来なかった。
所詮自分に何かを守ることなど不可能なのだと垣根は心底理解した。理解してしまった。

「もうやめてぇ!!」

涙を瞳に湛えて美琴は絶叫した。
聞いているこっちが耐えられないし、何より垣根の口からこんなことを話させたくなかった。
あまりにも残酷過ぎる。今まで美琴も学園都市の『闇』を何度か覗いたが、そのどれよりも凄惨だった。
頭二つ、三つは飛び出しているように思える。
この街の『闇』はどこまで深いのだろう。まるで底が見えない底なし沼だ、と美琴は思った。

「聞こえねえっつってんだろぉがよおおおおおッ!!!!」

垣根が再度吠える。
その顔はくしゃくしゃに歪められていて、垣根の心情を映している。
涙を浮かべて震える美琴と、顔を思い切り歪めて叫ぶ垣根。
もはやどっちが苦しいのかも分からなかった。

405: 2013/06/14(金) 01:16:07.36 ID:D30LGKJg0
「んだよ……ッ!! 何を言葉で解決しようとしてやがんだ超電磁砲!!
動きを止めたきゃ殺せばいい。気に食わないものがあるなら壊せばいい。
悪ってのはそういうことなんだよ!! こっちに飛び込んでくるならこっちの流儀に従えってんだ!!」

垣根帝督の叫びがこだまする。
怒りと悪意が先行し、結果として論理と整合性が失われた言葉の数々が衝撃波となって御坂美琴を叩く。
垣根の雄叫びは続いた。美琴という人間の心を叩き続ける。
言葉で解決しようとするな。それは一方通行にも麦野沈利にも言われたことだ。
それでも美琴は暴力よりは言葉で解決したいと願う。そう望むのは間違っているのだろうか。

「どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが、必ずそこから連れ戻す、だと?
出来るわけねえだろうが。そんな簡単なわけねえだろうが!!
これが俺の世界だ。闇と絶望の広がる果てだぁッ!!!!」

あらゆるもの全てを目の前で破壊され尽くした。
自身もおぞましい実験にかけられ、底なし沼のようにどこまでも深くへと嵌っていった。
垣根がそうした地獄に苦しまなくなったのは、単にもう垣根の大事なものがなくなったからだ。
垣根の守りたいものは、守りたかったものは。全て学園都市に奪われていた。

これが垣根の世界。闇と絶望の広がる果て。
正直に言って、美琴の想像を遥かに上回っていた。
まさかここまでとは予想もしていなかった。
けれど垣根の抱える計り知れぬ闇を知った今でも、美琴は己の答えを変える気はなかった。

「俺の闇を第一位や第四位程度と同列に見るんじゃねえ!!
俺はそんなヘドロの底で一流のクズとして生きてきた。生粋のクソ野郎としてだ!!
なんでそんな『闇』の底で這いずり回る薄汚ねえドブネズミのために、善人のテメェが人生棒に振ろうとしてんだよッ!!」

支離滅裂な言葉。垣根の心の底から湧いてくる言葉がそのまま次から次へマシンガンのように放たれる。
悪意という名の銃弾が御坂美琴を撃ち抜いていく。
だが美琴は弾丸を受けてもそこで倒れず、反撃に出た。

「決まってんでしょうが。そんなこと決まってんでしょうが!!
さっきから言ってるでしょ。分からないなら一〇回だって二〇回だって何度でも言ってやるわよ!!
いい、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。アンタは、垣根帝督は私の友達なのよ!!
理由なんてそれだけで十分でしょ!! 十分すぎるでしょ!! それ以上どんな理由が必要だってのよ!?」

御坂美琴もまた溢れ出る気持ちの全てを垣根にぶつける。
お互いに心の内の全てを曝け出して、本気でぶつかっていた。
かつて何度も美琴に辛い決断を迫ったこの鉄橋で、美琴は全力で戦っていた。

「馬鹿かテメェは!! そんなちっぽけな理由で人生捨てるってのか!?
それだけの価値が俺にあるとでも本気で思ってやがんのか!? ふざけんじゃねえぞ!!
いいか、テメェは超能力者でありながら胸を張って表を歩ける『闇』の人間にとっての希望なんだよ!!」

垣根帝督は胸に溜まったドロドロとしたものを吐き出すように叫ぶ。

406: 2013/06/14(金) 01:18:17.28 ID:D30LGKJg0
「テメェは、御坂美琴は『表』の住人なんだろうが!! だったらそこにいろよ!!
普通の女子中学生として日々を過ごせっつってんだよ!!
こっちの連中がどれだけ望んでも手に入れられないもんを持ってんだ。もういいだろ。
量産型能力者計画の時も、絶対能力進化計画の時も、残骸の時も、第一位と再会した時も!! もう十分に地獄を見ただろうが!!
何でわざわざまた血塗れの地獄に戻ろうとしてやがんだテメェは!?」

早口に、極限まで蓄積された憤怒、悲哀、疑問。
それらを濁流のような勢いで垂れ流していく。

「いくら超能力者の第三位っつっても、超電磁砲なんて圧倒的な能力を持っててもだ。
御坂美琴はただの中学生だろう!! 友達がいる!! 家族がいる!! 帰る場所がある!! 待っててくれる人がいる!!
一緒に泣き、笑い、喜び、悲しんでくれる人間がいる!! 誰かを想い、理解することが出来る!!
そんな真っ当な人間がこっちに来ようなんて冗談でも抜かすんじゃねえッ!!
テメェのいるべき世界はそっちだ。テメェは今までみてえに笑って中学生やってろ!!
それが―――……本来あるべき、正しい形だろうがぁッ!!」

気付けば、垣根は美琴を気遣うようなことを叫んでいた。
けれど本人に自覚はほとんどない。今の垣根はほとんど意識せずに自然と湧き出てくる言葉をただ機械的に発しているだけなのだから。
だから、こんな言葉が湧いてくるということはそれが垣根の本心なのかもしれない。

「だが俺は違う!! 嫌われ、恨まれ、憎まれ、蔑まれ、恐れられる。
それが垣根帝督だ。それが『俺』なんだ。そうでなけりゃ垣根帝督じゃねえんだよ!!
俺は、物心ついた時には既に化け物だった。
物心ついた時には、周囲から負しか向けられないような存在だった。テメェとは違う!!」

「……そんなわけ、ないでしょ」

小さく、本当に小さい美琴のその呟きは、垣根には届いていない。

「そもそもテメェが俺を引っ張りあげるなんざ不可能だ。テメェ如きでどうにか出来る程度の『闇』じゃねえんだよ!!
分かったら諦めろ!! 俺や第一位みてえな生粋のクズ、テメェの無能さを棚にあげてずるずると堕ちてきたカス共。
そんな奴らと、真っ当に生きて正当に努力してきた奴の行き着く先が同じなんて、俺は認めねえッ!!」

自分みたいな悪党のために、人生を無駄にしてほしくない。
自分みたいなクズのために、身を滅ぼしてほしくない。
自分みたいな人頃しのために、堕ちてきてほしくない。

おそらくは、それが垣根の素直な気持ち。
だが美琴はそれを知っても聞いてやることは出来ない。
絶対に聞いてやるわけにはいかなかった。

美琴はふぅ、と一息ついた。
僅かな静寂が訪れる。
その静謐の中で、美琴は垣根帝督という人間について考えてみた。

407: 2013/06/14(金) 01:20:16.67 ID:D30LGKJg0
垣根帝督は、間違いなく天才だ。
彼には他の能力者が当たり前に経験するものを経験していない。
無能力者から低能力者へ、低能力者から異能力者へ、異能力者から強能力者へ。
大能力者へ、そして超能力者へ。
ほとんどの能力者は、そうしてステップを踏んで成長していく。

ごく稀に発現した時から大能力者、というような例外もいるが、それは極めて希少な例外である。
御坂美琴も、白井黒子も、研鑽を重ねた結果今の力を得ている。
美琴などは今の境地に至るまで六年ほどの時間を要した。

素養格付、というものがある。
非常に勘違いされがちだが、これはあくまでその者の上限を示すものであり、それを約束するものではない。
素養格付に大能力者になる素質があると示されていても、その人間が必ずしも大能力者になれるとは限らないのである。
たとえば白井黒子。彼女は現在大能力者だが、強能力者の時に成長を諦め、自分で勝手に自分の限界を決めつけ、能力開発を投げ出していたら。
白井は大能力者に至れるだけの素質を腐らせ、強能力者のままだっただろう。

美琴も同じだ。美琴はDNAマップを騙し取られた時は低能力者だった。
あの時の美琴は『将来超能力者になる低能力者』ではなく、『将来超能力者に至れるかもしれない低能力者』だったのだ。
それを実現させたのは、六年にも及ぶ美琴の弛まぬ努力である。
つまり、才能が絶対と思われるこの学園都市でも、努力に意味がないわけではない。
そうして学生たちはいつか成長することを信じ、能力開発に取り組む。

勿論、中には素養格付によって永遠に無能力者や低能力者でいることを運命付けられた者もいるだろう。
だがそれは決して多くはない。幻想御手事件の際、多くの人間がそれを使用し能力者になったように。
ほとんどの人間が〇,一だが〇,五だかの素質は持っている。

彼らは決して才能がないわけではない。
幻想御手を使用して能力が使えたということは、真剣に開発に取り組めば、最低でも低能力者にはなれるということだ。
本当に完全な〇なら、何をどれだけ掛けても〇なのだから。

それでも投げ出してしまった者たちは堕落し、大抵がスキルアウトになる。
だが投げ出さなかった者たちにとっては、美琴のような人間は希望になる。
低能力者から努力で超能力者にまで駆け上がった少女。
自分たちも必氏で努力すれば、あの境地に立てるかもしれない、と。

素質のある美琴はそこに至るまで六年かかった。他の者が超能力者を目指すのなら、それ以上かかるだろう。
六年以上も努力を続けられる美琴のような人間がどれだけいるか知らないが、素養格付を知らない以上、可能性はあるのだ。
そうして一八〇万もの学生たちは夢を見る。

だが。それらは全て、凡人の苦悩に過ぎない。
凡人だからこそ、上にのし上がるのに膨大な努力を必要とする。
それだけやっても、大したことのないところで終わるかもしれない。それが凡人の宿命だ。
それは誰にとっても当たり前のことなのだが、天才にとっては違う。

408: 2013/06/14(金) 01:23:17.82 ID:D30LGKJg0
努力の結果超能力者に行き着いた美琴でさえ、垣根からすれば所詮は秀才止まり。
能力が初めて発現した時から超能力者だった垣根帝督は、本物の天才に他ならない。
垣根は今の境地に立つのに努力をしていない。
凡人と違い、超能力者になるのに六年もかかったりはしない。

一八〇万もの学生がいつかは自分も、と夢想する終着点。
誰もが望み、そして辿り着けぬ超能力者という遥か彼方の地平線。
才ある御坂美琴が六年かけて到達した領域。

垣根帝督は、初めからその地平線の果てに立っていた。
何の苦労もなく、何の代償もなく、全ての学生を見下ろす位置にいた。
それは麦野沈利や食蜂操祈もそうだ。彼女らもまた、能力が発現した時から超能力者クラスだった。

だが垣根や一方通行は、そんな彼女たちと比べても尚、それを見下ろせるほどの圧倒的な高みにいた。
だからこそ彼らは妬まれた。そして恨まれた。
一方通行は昔から何度もスキルアウトたちに命を狙われたし、垣根も暗部で何度も命を狙われた。

だが天才というものは、往々にして異端でもある。
世界が天才についていけない、とでも言うべきだろうか。
あまりにも常人離れした才を持つ人間は、常人からすれば狂人でもある。
それはこれまでの歴史においても同様だ。

初めて地球球体説を唱えた人間。
初めて地動説を唱えた人間。
初めて物質の構造を解き明かした人間。
そうした先鋭的な天才は、世の理解を得られない。
何故ならば、天才と凡人では見ている世界が違うからだ。

そうして、垣根帝督は物心ついた時から化け物で、物心ついた時から狂人で、物心ついた時から異端だった。

誰も、垣根の見ている世界を理解できない。
誰も、垣根と同じ価値観を共有できない。
誰も、垣根に近寄ろうとはしない。
誰も、垣根のいる高みには辿り着けない。

有り体に言って、垣根帝督という人間は孤独だった。
並外れた天才であるが故に、一人だった。

学園都市の暗部という、普通の人間とは違う者たちばかりが集う場所においても、変わらなかった。
垣根帝督や一方通行といった存在は、そんな場所においても異端で、狂人だった。
もし垣根が違う世界―――たとえば魔術世界に生まれていたなら、ここまで壊れはしなかっただろう。
学園都市という土壌が悲劇を加速させてしまった。

409: 2013/06/14(金) 01:24:59.27 ID:D30LGKJg0
凡人では天才についていけない。凡人には天才の気持ちは分からない。
彼らはただ、最初から完成されていた垣根を妬むだけ。
超能力者の孤独も、超能力者の苦悩も、何も知らずに。
ほとんどの人間は、かつての佐天涙子がそうだったように、無能力者には分からない超能力者の苦しみがあることが分からない。
ただ嫉妬し、高位能力者は自分たちを見下していると盲目的に思い込み、超能力者に無能力者の気持ちは分からないと愚痴るだけ。

超能力者だからこそ学園都市の『闇』に飲まれ、天才だからこそ孤独になる。
そんな天才と価値観を共有し、分かり合えるのは同じ天才のみ。
孤独に苦しむ垣根を救うことが出来るのは、同じ境地に立つ人間にしか不可能。
そう、たとえば―――御坂美琴のような。

美琴は低能力者から超能力者まで駆け上がった唯一の超能力者だから、双方の気持ちが分かる。
レベルの低いところから始まったから、少なくとも初めから超能力者だった人間よりは、折れた者の気持ちが分かる。
超能力者まで辿り着いたから、嫉妬されて恨まれる者の気持ちが分かる。
そして何より、美琴は他人の気持ちを理解できる―――理解しようとすることのできる人間だ。

美琴は誰かに恐れられたことがある。距離をとられたことがある。
常盤台の学生たちが、婚后や白井といった一部を除いて美琴と対等に接してくれないのもそういうことだ。
彼らにとって美琴は雲の上の存在。美琴と同じ領域に至っていないから、対等にはなれない。
湾内や泡浮でさえ、「御坂様」と呼んでいるように美琴を神聖視している節がある。
彼女らは悪意があってやっているのではなく、ただ単純に尊敬しているだけだ。

だがそれこそが、天才の味わう孤独である。
美琴は唯一人、低能力者、異能力者、強能力者、大能力者、そして超能力者と正しく段階を踏んでいった。
そこには美琴の性格に裏打ちされた弛まぬ努力がある。血の滲むような思いだっただろう。
少なくとも、垣根のような他と隔絶した圧倒的才能があったわけではない。
しかしそれでも、超能力者という究極に至った美琴は他者からすれば天才に他ならなかった。

勿論中には天才と同じレベルにいなくとも対等に接し、手を差し伸べてくれる人間も存在する。
一方通行に打ち止めや黄泉川愛穂、芳川桔梗といった理解者がいるように。
麦野沈利に『アイテム』の仲間たちがいるように。
御坂美琴に白井黒子や佐天涙子、初春飾利、そして上条当麻がいるように。

だが垣根帝督には誰もいない。
孤独を癒してくれる人間が、自分を理解してくれる人間がいない。
一方通行や美琴、麦野と垣根。何が違ったのだろう。
何故同じ化け物であるはずの彼らにはそういう人間がいて、垣根にだけはいなかったのか。

同じ超能力者なのに。麦野や美琴には仲間がいる。
だが彼女たちはまだいい。自分よりも下だから、まだ引き返せる範囲の化け物だったのだと思える。
しかしあろうことか自分と同等以上の化け物であるはずの一方通行にまで、理解者が現れてしまっている。

410: 2013/06/14(金) 01:26:46.07 ID:D30LGKJg0
何が違った。何が悪かった。
どうして自分と同じはずの化け物が救い上げられていくのに、自分にだけはそれがない。
どうして垣根にだけは誰も手を伸ばさない。

だからこそ、美琴は垣根を救う。
垣根の孤独を知った自分が。垣根と同じ遥かな地平線に立つ自分が。
美琴には、垣根の孤独が、天才の苦悩が理解できたから。
飛び抜けた力や才を持つ人間が辿る道は、往々にして崇め奉られるか排斥されるかの二つに一つ。
そして美琴はどちらかといえば前者で、垣根は後者だった。

だがもはや垣根は一人ではない。垣根を分かってくれる人間は“いなかった”のであって、“いない”のではない。
美琴には分かる。垣根と対等になってくれる人間は自分以外にもいると。
白井黒子は、きっと垣根と対等に接せるだろう。
白井は美琴の気持ちを、孤独を理解してくれている。
今の佐天涙子や、初春飾利も同様。
超能力者の美琴を受け入れてくれた彼女たちなら、垣根も受け入れてくれるに違いない。

そして、何より上条当麻だ。
不思議に胸を打たれる力強い言葉と、幻想を頃す右手。
美琴も何度も上条には救われている。
上条ならば、“こんなつまらない問題”も容易く乗り越えてくれると確信できる。

垣根の居場所は、受け入れてくれる人間はたしかに存在する。
ならば今美琴のやるべきことは、垣根をそこまで連れて行くこと。
光と闇の狭間で苦しんでいる友人に、道を示してやること。

美琴は右手を固く握り締め、僅かな沈黙を破る。

「アンタにとってはちっぽけでもね、私はそれだけで命懸けられんのよ。
だいたいね、アンタは第二位なんでしょうが。私より上位の、学園都市のナンバーツーなんでしょうが。
だったら試す前から諦めてんじゃないわよ!! 結果を決め付けてかかるんじゃないわよ!!
もし引き摺りあげられなければ、私が『そっち』に飛び込んでアンタとその周りの世界を照らす。
それが出来なければアンタの横に立って手を取って、『表』まで連れて行く。
それも出来なければ蔓延ってる『闇』の全てを払ってみせる。方法なんていくらだってあんのよ!!」

それを聞いた垣根の顔が歪む。それは悲しんでいるようにも、喜んでいるようにも、怒っているようにも見える。
御坂美琴の心からの叫びは垣根の心を強く打った。
今まで、垣根のことをここまで心配してくれた人間がいただろうか。
ここまで一切の打算なく言ってくれた人間がいただろうか。
垣根帝督は自らの動揺を隠すように、一際大きく吠えた。

411: 2013/06/14(金) 01:31:22.18 ID:D30LGKJg0
「黙れッ!! 何も知らねえくせに偉そうに説教垂れやがって!!」

垣根はこれまで、想像もできないほどの苦痛や悲しみ、絶望を味わってきたのだろう。
それは分かる。だが、想像できないからこそ、美琴と垣根は別の人間だからこそ、口にしてくれなければ分からない。
御坂美琴は憤る。気付いてやれなかった自分の愚かさに、一言も助けを求めてくれなかった垣根に。
もし垣根がたった一言でも何か言っていれば。美琴も上条も即座に動けただろうに。

「その通りよ。でも、だからこそアンタは言葉にして伝えるべきだった!!
そんな風にずっと黙って、隠してたら伝わるわけないでしょうが!!」

垣根は、いつでも孤独から抜け出せたのに。
ずっと垣根を閉じ込めていたのは、垣根自身だったのに。

「―――苦しいなら苦しいって言いなさいよ!! つらいならつらいって言いなさいよッ!!!!
寂しいって、助けてくれって。具体的じゃなくてもいい、そんな言葉が一言でもあれば、私は―――ッ!!」

それは、御坂美琴が犯した過ち。
そして垣根帝督に間違っていると諭されたはずの間違い。

「ベラベラベラベラと知ったような口を利くんじゃねえッ!! テメェなんざに俺の何が分かるってんだ!?」

「……ええ、分からないわよ」

激しく荒れる垣根とは対照的に、美琴は冷静に言った。
美琴は、垣根のことをよく知らない。
暗部の人間だということを知ったのも、超能力者であることも、つい先ほど知ったばかり。
その悲惨な過去もその一端を聞いただけに過ぎない。
それは認める。だが。




「だから、分かりたいの」




泣き出しそうな表情を必氏に押さえ込み。
精一杯の笑顔と共に、美琴は手を伸ばした。
まるで握手を求めるように。

「――――――ッ!!」

その言葉に、垣根は。

412: 2013/06/14(金) 01:34:31.37 ID:D30LGKJg0
「黙れ黙れ黙れ!! 黙れええええええええ!!!!」

垣根は右手を大きく振るう。
何かが美琴の頬のすぐ横を途轍もない速度で掠めていった。
垣根が、何かを撃った。そんな程度のことしか分からなかった。
垣根は美琴をジッと刺すように睨み付けて言った。

「……次は当てるぜ」

それは、垣根帝督からの最終通告だった。

「逃げるか、戦うか。それとも第三の選択肢か。何でも好きなのを選びな」

それを聞いた美琴は再び両腕を大きく開いた。
そしてその拳は、握り締めない。
かつてこの場所で、上条当麻が自分を救ってくれた時のように。

(全く、アイツに馬鹿馬鹿言ってたけど。
こりゃ私も人のこと言えないわね。私もたいした大馬鹿野郎だわ)

それでも、戦いたくなかった。逃げるなんてもっと無理だった。
あの時上条が為したように、非暴力で垣根を救ってみせる。
美琴のそれを見て垣根は小さく呟いた。

「……この馬っ鹿野郎が」

その本当に僅かな呟きを敏感に聞き取った美琴は柔らかく笑った。






「心配しないで。自覚はあるわ」






本当に、明るく。太陽のような笑みを。
それを見た垣根は―――。

「あああああああああああ!!!!!!」

垣根帝督は何かを振り払うように絶叫し、その場から飛び跳ねる。
背中の翼を美琴へ向けて撲殺用の鈍器として構え、目にもとまらぬ速さで叩きつける。
瞬きほどの一瞬の出来事。だがこの時、美琴にもとれる行動はあった。磁力を使った緊急回避でかわすことも出来た。
防御してダメージを軽減することも出来た。だが美琴はそれらの行動を一切とることはない。

ただ六枚の翼を携え襲い来る垣根を見ても両腕を大きく広げ、無防備に体を晒したままどこまでも柔らかく暖かい笑みを絶やさなかった。
御坂美琴の体にメリッ、という嫌な音と共に垣根の白翼がめり込む。
再度猛烈な勢いで横薙ぎに吹き飛ばされた美琴は一際大きい、鉄橋の支柱の一本に鈍い音をたてて猛スピードでぶつかり動きをとめた。

413: 2013/06/14(金) 01:36:55.63 ID:D30LGKJg0
まるで大型自動車に思い切り跳ねられたような、そんな光景。
実際、それ以上の力がもろに美琴を襲っていただろう。
垣根の白翼は高層ビルを縦に割る。それを無抵抗に食らえばどうなるか。

氏んだ。今まで数え切れないほどの人間を頃してきた垣根には分かる。
どうすれば、どこまでやれば人間が壊れるかなんて嫌というほど知り尽くしている。
地面に伏す御坂美琴はピクリとも動きはしない。まるで糸の切れたマリオネットのように。
美琴はかわそうと思えばかわせた。対抗手段は持っていた。
けれど御坂美琴は目の前まで『氏』が迫っても、最後まで一切の戦闘行動をとることはしなかった。


結局は、たったそれだけのお話だった。




全く動かなくなった美琴を見て、垣根は乾いた、壊れたような引き攣った笑みを浮かべた。

「は、はは、はははは……」

これでよかったはずだ。自分を揺さぶって進むべき道を阻害する邪魔者を排除した。
これで垣根帝督は垣根帝督に戻れる。本来あるべき姿へとようやく帰れる。
なのにまるで垣根の心には何かがすっぽりと抜け落ちてしまったような、底の見えない穴が開いていた。
御坂美琴を頃しても達成感もなければ後悔もない。垣根が感じていたのは喜びでも悲しみでもなくただ虚しさ。虚無だけだった。

垣根はフラフラと、逃げるようにその場を後にする。
倒れている美琴は、最後まで指先一本動かすことはなかった。




美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」第四章 【後編】