1: 2010/05/03(月) 14:16:33.77 ID:hJIAT8h60
唯「ふんふん~は~ふ~♪ おんがっくしっつ~♪」




唯「あっ、ムギちゃん! 今日は1番乗りだねー」

紬「……」

唯「今日のお菓子はなんだろな~」

紬「……」

唯「ピアノ弾いてたの? あ、これ楽譜ー? ねえねえ、これなんの曲?」

紬「……」

唯「ねえームギちゃーん」
けいおん! 1巻 (まんがタイムKRコミックス)

4: 2010/05/03(月) 14:19:41.15 ID:hJIAT8h60
唯「ねえ、ムギちゃん?」

紬「……」

唯「なんでしゃべってくれないの……?」

紬「……」

唯「な、なんか私悪いことした……かな」

紬「……」

唯「……くすん」

5: 2010/05/03(月) 14:23:44.86 ID:hJIAT8h60
『おーーファイッ、オッ、ファイッ、オッ』

『今日帰りどうするー?』『マックでいいじゃん』『スタバ高いしー』

『先生さよーならー』『はい、さようなら』

『プァァァァーーーーッパパパパパパパパパパ』



唯「わたし、なにしたのかな……」

紬「……」

6: 2010/05/03(月) 14:27:44.17 ID:hJIAT8h60
紬「はぁ。あ、唯ちゃん」

唯「……ムギちゃん。わたし、ムギちゃんに何かひどいことした?」

紬「え? なんでー?」

唯「だだっ、だってー! 話しかけても答えてくれないし! ウウゥ~」グスン

紬「ごめんね。今、演奏してたから」

唯「演奏?」

紬「うん。コレ」

唯「あ、さっきの楽譜」

7: 2010/05/03(月) 14:34:21.30 ID:hJIAT8h60
唯「あれ? この楽譜ヘンだよ。音符がひとつもないよ」

紬「これはね、演奏をしない演奏なの。だから、さっきの私はピアノの音を出してなかったでしょう?」

唯「それって曲なの?」

紬「唯ちゃん、私がピアノに向かってる間、どういう音が聴こえた?」

唯「えー。うーんと、ああ~バレー部の掛け声とか、廊下の人とか……」

紬「私は唯ちゃんのコロコロ変わる声が聴こえてたわ。それが今の曲だったの」

唯「はぁ……はぁ?」

紬「さっきまでの4分33秒の間に聴こえてた音が、この曲だったの」

唯「???」

9: 2010/05/03(月) 14:38:11.39 ID:hJIAT8h60
唯「なんかよくわかんないや」

紬「あ、お茶にする? それとも今日はコーヒーにしてみる?」

唯「おー! いよいよコーヒーメーカーちゃんの出番だねっ!」

紬「じゃあ、コーヒーにするわね」

唯「うふふ~コーヒーかぁ~うふふ~」



律「はい! 私ですよん!」

唯「あっ、りっちゃん、澪ちゃん~」

10: 2010/05/03(月) 14:43:06.03 ID:hJIAT8h60
唯「今日はね~コーヒーなんだって~」

澪「へー。とうとうアレの出番がきたのか」

律「おおーう! ムギ~本格的だね~」

紬「じゃあ、豆を入れて……」


『ゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリゴーリ』


紬「粉になりましたぁ~」

皆「おおーっ!」パチパチ

12: 2010/05/03(月) 14:48:33.09 ID:hJIAT8h60
紬「じゃあ、お湯を入れマース」


『コポコポコポコポコポ……』


唯「いいにおいだねー!」

律「ダメだなー唯。もっとお上品に、香りと言いなさいっ」

澪「へーけっこう面白そうだなー」

梓「こんにちわー。なんですか、このにおい?」

紬「梓ちゃんもちょうど来たから、お茶にしましょう! 今日はベルギーワッフル」

13: 2010/05/03(月) 14:54:15.05 ID:hJIAT8h60
唯「いただきまーっす!」

律「ふふーん。唯は飲めるのー? コーヒー……って熱っ!」

唯「あう、ニガーイ……」

紬「お砂糖ありますよー」

澪「お前ら子供だなー」

律「なんだよー。澪だってカフェ行くと、ガムシロ二つは入れてるくせにー」

澪「んなっ」

梓「へーすごい甘党なんですね、澪先輩」

澪「そんなことないよ。ブラックだって飲めるよ(ニガクナイニガクナイ)」

14: 2010/05/03(月) 14:58:24.23 ID:hJIAT8h60
律「今日は新曲を作るっ!」

唯「はいっ、わくわくさんっ!」

澪「なにかアイデアあるの?」

律「えへっ! ありませーん!」

澪「お前なぁ……」

律「だっ、だってー! 今日は珍しいもの飲んだから勢いで言ってみたっていうかー!」

紬「あ、曲っていうほどじゃないけど、アイデアなら……」

梓「へー。どんなのですか?」

紬「ちょっと待っててね」

16: 2010/05/03(月) 15:02:16.66 ID:hJIAT8h60
紬「よいしょ、よいしょ……」カチャカチャ



澪「心なしか、いつものキーボード周りの機材が増えてる気がする」

唯「キー坊もオシャレだねっ!」

律「いつ名前つけたんだよ」

梓「なんか、ムギ先輩、ケーブルまみれですごいことになってます」



紬「じゃあ、いきまーす」

18: 2010/05/03(月) 15:07:30.88 ID:hJIAT8h60
『ゴリッ    ゴリッ    ゴリッ    ゴリッ
    コポポポ   コポポポ   コポポポ   コポポポ
  ダーン    ダーン    ダーン    ダーン   』



澪「なんだかすり潰すような不気味な音が……」

梓「所々入ってくる水っぽい音がなんかソワソワします……」

律「ムギがピアノ弾いてるとこしかわかんない……」

唯「……あっ! ハイハイッ! これ、さっきのコーヒーメーカーの音でしょ!」

紬「あたり~」

20: 2010/05/03(月) 15:13:42.94 ID:hJIAT8h60
律「あ~ムギ。私には今のは何が何だかよくわからなかったんだけど」

紬「さっき、コーヒーを作るときに豆を潰してたでしょう? それからドリップするときにお湯を入れたけど」

澪「その時の音が今のゴリゴリとか、ポポポ?」

紬「そうなの~」

梓「あぁ、確か生活音で曲を作る人がいるって聞いたことあります」

唯「ムギちゃん! 今のすっごくおもしろかったよ!」

紬「ありがとう。ふふっ」

23: 2010/05/03(月) 15:19:10.28 ID:hJIAT8h60
次の日

紬「今日はお茶じゃなくてミックスジュースにしてみました~」

唯「おおう! ヘルスィ~!」

律「ごめん、青汁とか私苦手なんだけど……」

紬「オレンジとかリンゴも混ぜるから、飲みやすいと思うの」

澪「まあ、たまにはこんなのもいいな」

梓「唯先輩、果物食べちゃダメですよ。使うんですから」

唯「はっ、はい~っ!」


『ギューーーーンッ ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ』

26: 2010/05/03(月) 15:25:32.69 ID:hJIAT8h60
澪「じゃあ、まず、ふわふわ時間からー」

律「あ、ワン♪ あ、ツー♪ あ、ワンツースリー♪」

唯「あはは、ヘンなカウントー!」ジャカジャカ



唯「だけど、それがいちばんむずかしいぃのよっ! はなしのきっかけっとっかどうしよっ!」

『ギューーーーンッ ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ』

澪「(おお! すごいギターの音! 梓スゴイナ~)」

唯「ぜんぜん! しぜんじゃないよね~!」

『ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ』

27: 2010/05/03(月) 15:31:25.52 ID:hJIAT8h60
梓「ふぅーっ!」

澪「梓、さっきのすごかったよ! どうやってたの?」

梓「え? なにがですか?」

澪「ほら、ラップのとこで電車が止まるみたいな音が……」

梓「え!? あのバリカンみたいなギターは唯先輩が弾いてたんじゃないんですか?」

唯「わたし、歌いながらあんなの弾けないよ~」

梓「えっ、じゃあなんの……」

紬「あのう、さっきの私」

律「ムギかよっ!? え? え? キーボードっていうのはギターみたいな音が出るんでしたっけ?」

28: 2010/05/03(月) 15:37:33.42 ID:hJIAT8h60
紬「さっきのジュースのミキサーの音を録っておいたの」

律「ああ、それでガガガって……」

澪「はぁ、あんなにこわ……乱暴な音だったんだな。普段そんなの気にしたことなかったけど」

唯「へ~……」

律「唯ちゃん、ずいぶんキラキラしてますわね」

唯「あっ、そうだ!」

梓「でも、スゴイですっ。これから私たちのバンドの音楽ももっとすごくなるかもっ」

29: 2010/05/03(月) 15:41:30.08 ID:hJIAT8h60
『ガシャンッ ガシャガシャーーンッ』


律「ああ! なーにやってんだよ唯ー」

澪「もう。フォーク落としたら割れちゃうだろ。ムギが持ってきてくれてるヤツなのに」

唯「ねえねえ、ムギちゃん! 今の音なんかどうかな~」

律「ああ、さっそく自分でもやってみたのね」

梓「こういう素直な感性が唯先輩らしいというか……」

紬「フォークとかナイフを落とした音は、すごく複雑で、面白いと思うの~」

律「もうやったことあんのかいっ!」

30: 2010/05/03(月) 15:47:04.76 ID:hJIAT8h60
それからのムギ先輩はとにかく強烈でした。
ありとあらゆる音を求めて、常にレコーダーを持ち歩いていました。
ある時は。

『ぶうっ』


唯「……」

律「はーいっ、今のオナラ誰だー。手をあげろー。先生怒んないからー」

澪「これで怒るって、気が短すぎだろ」

律「犯人はお前だっ」

澪「ちっ、ちがう!」

律「うーん、ホシは唯かなーと思うんだけど」

梓「すいません、私です……」

唯「あずにゃん、おならもか~わいい~」

33: 2010/05/03(月) 15:51:49.59 ID:hJIAT8h60
『ブーーーーン ブーーーーン ブーーーーン ブーーーーン』


梓「ムギ先輩、さっきのフレーズかっこいいですっ。キーボードで出してたんですか?」

紬「えっ!? あ、ああー。えーと、梓ちゃん、ちょっと耳かして」

梓「はい?」

紬「じつは、おならの、音なの」ヒソヒソ

梓「おっ、おならっ!?」

紬「やっぱりまずかったかしら……」

梓「いえっ! い、いいと思いますっ。あの、ちなみに誰の……」

紬「……その、こないだの、ほら、梓ちゃん……」

梓「……!」

35: 2010/05/03(月) 15:58:07.40 ID:hJIAT8h60
私はその時は泣いてしましました。
後日、ムギ先輩は「あれはやはりまずかった」と謝ってくれました。
私は自分のおならだとバレなければかまわないと告げ、その場は和解することができました。

しかし、ムギ先輩の過激さは増す一方だったのです。


『シュオンシュオンシュオン ケヒケヒケヒケヒケヒ』

澪「ムギー、この音なに? まるで聴いたことないけど」

唯「はいっ、はいっ、答えはお風呂洗剤ですっ!」

紬「唯ちゃん、残念」

律「んー。じゃあ、台所とか?」

紬「正解は戦車の進む音でした~」

律「戦車っ!?」

36: 2010/05/03(月) 16:03:39.57 ID:hJIAT8h60
紬「正確には装甲車。ダイムラー・フェレット・マーク・3・アーマード・スカウト・カー」

唯「大村?」

紬「前から欲しかったんだけど、ようやく手に入って。毎日、お庭で乗ってるの」

律「お庭ってアンタ……」


こういう具合だったのです。
ムギ先輩は私たちとは少し違う感覚を持つようになりました。
いえ、本来ムギ先輩はこういう人であり、今までが遠慮していたのかもしれません。

38: 2010/05/03(月) 16:09:32.42 ID:hJIAT8h60
ムギ先輩がその先鋭さが最も発揮されるのはライブでした。
そのころから私たちは地元のライブハウスに定期的に出演するようになっていたのです。
その日、ムギ先輩がライブに持ち込んだのはキーボードではなく
ジュースミキサーとターンテーブルでした。


唯「もーはりがなぁ~んだか~とぉ~らなぁ~いぃ~ららまた明日~」

『ギイイイイイイイイイイギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ』

「うおおおギターソロすげえ!!」「女の子でデスメタルって最高だろ!!」
「うっひょおおおおおおおおwwwwwwwwwwww」「おねえちゃ」「むぎゅうううううううう!!」

梓「(みなさん、ごめんなさい。これ、ギターの音じゃないんです。私でも唯先輩でもないんです」

39: 2010/05/03(月) 16:13:32.51 ID:hJIAT8h60
さわ子「みんなー!!」

唯「あ、さわちゃん!」

さわ子「さっきのライブすっごくよかったわよ! も~私の中のヘビメタブラッドが掻き立てられるっていうか~」

律「ヘビメタねぇ……」

さわ子「梓ちゃん、ギターうまいわねぇ。アレ、どうやって出してたわけ?」

梓「いえ、私じゃありません」

さわ子「ん? じゃあ、唯ちゃん?」

唯「ほへっ?」

澪「唯じゃないです」

紬「あ、私です」

さわ子「は?」

40: 2010/05/03(月) 16:18:12.86 ID:hJIAT8h60
紬「さっきのはターンテーブルに紙やすりを置いて回してたんです」

さわ子「かみやすり」

紬「えっと、それから今までのキーボードの代わりはジュースミキサーでやってて。
  操作のタイミングが少し難しかったけど……」

さわ子「みきさー」

紬「どうでしょうか?」

さわ子「え、あ、ああ。い、いーんじゃなかしらー? ウンウン」


思えば、私たちの間に溝ができ始めたのもこの頃からでした。

42: 2010/05/03(月) 16:33:52.80 ID:hJIAT8h60
切り出したのは律先輩でした。

律「あのさ、ムギ」

紬「うん、なあに?」

律「ミキサーとかはちょーっとやめたもらいたいなーって思うんだけど」

紬「え、でも、面白いじゃない」

律「いや、面白いことは面白いけど……」

そこに澪先輩が

澪「はっきり言うと、私たちは嫌なんだよ、ムギ。もう、ガーガーピーピーとかそういうのが」

梓「澪先輩っ! それはっ」

澪「梓、ここではっきりさせておこうよ。梓は今のままでいいと思う?」

澪先輩はシャイな人ですが、ときに部長の律先輩よりも指導力がありました。
私は戸惑いました。確かにムギ先輩のやってることに感心はしていました。
けれど

梓「しょっ……正直、辟易することもあります。ライブのときとか」

43: 2010/05/03(月) 16:38:24.51 ID:hJIAT8h60
その時の言葉は私の本心でした。
けれど、私は今でもこの一言を後悔しています。
だって、その時のムギ先輩の、悲しいとかそういう言葉にできるもの以上の感情を
表情がそこにはあったからです。

唯「わ、私は楽しいけどな~。今のムギちゃんの、音楽?」

澪「唯はそう思うんだな。わかった……」

次の日、部室に澪先輩、そしてムギ先輩は来ませんでした。

44: 2010/05/03(月) 16:45:26.70 ID:hJIAT8h60
唯「澪ちゃんも、ムギちゃんも来ないね……」

律「そうだな……」

梓「わたし、ひどいことを言いました」

律「いや、私もなんであんなこと言い始めちゃったんだろ」

次の日、澪先輩が部室に来ました。
けど、先輩たちの話では、今日はムギ先輩は学校にも来なかったということでした。
そして、私は1週間ムギ先輩と顔を合わせることができませんでした。

律「ムギはさ、ほら、なんていうか。私たちのすることにいちいちビックリというか。嬉しそうというか。
  今までこんなことしたことなかったみたいな感じでさ。その私たちに、否定されちゃったら……」

澪「……私もどうかしてた」

45: 2010/05/03(月) 16:52:05.49 ID:hJIAT8h60
それからまた1週間後、ムギ先輩は突然イギリスに留学してしまいました。

さわ子「もうすぐ受験もあるのに。みんなは何か聞いてない?」

誰も答えませんでした。その日は練習もせずに、みんな静かに帰りました。
家に帰り、私は涙を流しました。涙を流す自分が嫌でした。
ムギ先輩が出ていく原因を作ったのは自分なのに、どうして悲しむ資格があるのでしょう。
私は、頭がこんがらがって、一晩中悶えていました。

そうして、月日が過ぎ、先輩たちは進学。
私も大学生になっていました。

47: 2010/05/03(月) 16:57:51.85 ID:hJIAT8h60
その後も、軽音部のみんなとは連絡を取り続け、クラブに遊びに行ったり、音を合わせたりしていました。
私たちは、10代の頃にはなかった遊び(お酒、夜通しのパーティ、ちょっとした恋愛etc)に夢中になりました。
でも、そこにはいつもムギ先輩の姿がありませんでした。
そのぽっかり空いたスキマを、私たちは興奮のるつぼの中に身を置くことで忘れようとしていたのかもしれません。
たとえ、一時限りでも。

唯「あずにゃん! 踊ろうよ~」

梓「はい!」

48: 2010/05/03(月) 17:05:10.47 ID:hJIAT8h60
ある日、インディペンデントのレーベルから、私たちのバンドの音源を出さないかとオファーがありました。
もちろん、私たちは承諾しました。バンドをやる人間にとって、レコードが作れることは一つのゴールです。
私たちはそれまでに作り上げたいくらかの曲を選び、録音しました。

どうやらある人たちには快く受け入れられたらしく、私たちの音源はちょっとした話題になりました。
もちろん、ミリオンセールスを記録したとか、そういうレベルではなく、あくまでごく一部の評価でした。
けれど、インターネットを通じ、国内に限らず、世界からもレスポンスを得ることができました。

私たちは目を丸くしたあと、お互いに成功を喜びあい、また興奮しました。
同時に気がかりもありましたが。

50: 2010/05/03(月) 17:10:10.58 ID:hJIAT8h60
澪先輩は高校時代に比べ、憂鬱な表情を浮かべることが多くなっていました。
唯先輩と比べると、影のある人でしたが、これほど内向的ではありませんでした。
楽曲のメインライターは澪先輩でしたが、その作風はかつてのように甘い、夢見がちなものではなく
孤独で、どこか冷たい印象を残すものになっていました。

梓「やっぱり、ムギ先輩のことがあったからでしょうか」

律「まぁ、そうなんだろうね。口には出さないけど、きっと私よりもずっと悔いてるはずだから」


51: 2010/05/03(月) 17:15:55.63 ID:hJIAT8h60
唯先輩は相変わらず天真爛漫に見えましたが、きっと常にムギ先輩のことを考えていたと思います。
私たちのように。

唯先輩はギタリストというポジションでしたが、その音楽的嗜好は節操がありませんでした。
高校生のころは音楽よりも、ギターを弾くということに夢中になっていたようでしたが
今では、誰よりも音というものに敏感になり、バンドの中で一番レコードを持っていました。
そのコレクションはロックから、テクノ、レゲエ、現代音楽……などなど。

唯「ねえねえ、あずにゃん。コレ知ってる?」
これが最近の唯先輩の口癖でした。

52: 2010/05/03(月) 17:20:55.12 ID:hJIAT8h60
梓「はいはい。今度はなんですか?」

唯「これね~こないだのクラブイベントで教えてもらったんだ~。なんかイギリスで流行ってるんだって~」

梓「へ~」

それはディジリドゥという民族楽器を使ったもので、第一印象はとにかく凶暴でした。
ぐわ~んぐわ~んとかビシバシとかドッカンドッカンとか、まるで怪獣の戦いのような音楽でした。

唯「ふん~ふふ~ん♪」

梓「なんか、こんな音を、昔よく部室で聞きましたね」

唯「そうだね~♪」

54: 2010/05/03(月) 17:27:22.87 ID:hJIAT8h60
ある時、私たちのバンドが雑誌のインタビューを受けることになりました。
フロントマン(ウーマン?)の澪先輩、そして私の2人が答えました。
唯先輩はやりたがったのですが、レーベルからおしゃべりになるだけだと却下されました。

唯「うぅ。私だってしゃべりたいっ」

質問は大体、澪先輩のソングライティングについて、それからバンドの結成、バンドの目指すところとか。
結成の話は、ムギ先輩のことに触れないようにしました。

―それじゃあ、最近のバンドで気になるのはいる?

澪「えーーっと……私は古いものが好きなので……」

梓「あ、私、アレですね。なんか最近イギリスで流行ってるっていうテクノの」

―あぁ、タクアン・ツイン?

57: 2010/05/03(月) 17:31:40.11 ID:hJIAT8h60
―今度アルバム出るらしいですよ。

梓「そうなんですか」

澪「知らないな」

梓「えっとですね、なんかこう……ゴワッゴワッ! みたいな?(笑)」

澪「ゴワッゴワッ?(笑)」

―そうそう(笑)。でも、今度のは全然違うらしいですよ。アンビエント志向とか。

梓「じゃあ、聞かなきゃまずいですね(笑)」

澪「あとで教えてね」

梓「はい」

―今日はありがとうございました。

58: 2010/05/03(月) 17:38:57.51 ID:hJIAT8h60
その後、私たちは通算2枚目のアルバムを発表。以前よりも多くの人に聴かれ
いわゆる評論家の人たちにもまずまずの評価をいただきました。

律「別にそんなのはどうでもいいじゃん」

律先輩はそう言っていましたが、実はこっそりセールスをチェックしてる姿を度々目撃する
と広報担当の人から聞きました。

そして、ある日唯先輩が

「ねえねえ、あずにゃん、コレ知ってる~?」

とお決まりの文句を言って、あるアルバムを聴かせてくれました。

Takuan Twin『Selected Teatime Works』

ジャケットに大きなたくあんがプリントされていました。

59: 2010/05/03(月) 17:45:09.83 ID:hJIAT8h60
それはどこまでも優しくて、人懐っこくて、そして寂しい音でした。
まるで突然この世に自分ひとりしかいなくなってしまった風景を想起するかと思えば
ウザくて、人に嫌がらせをすることしか考えてないのでは、という音もありました。

私たちはみんなで夢中になってこのアルバムを聴き、みんなでファンになっていました。
特に澪先輩は全員で初めて聴いたときは、涙さえ流していました。

それから、このタクアン・ツインという謎のアーティストの噂が少しずつ伝わってきました。

60: 2010/05/03(月) 17:51:04.18 ID:hJIAT8h60
タクアン・ツインのタクアンは出鱈目なスペルである、とか。
両眉毛がたくあんだからタクアン・ツイン、とか。
イギリスはコールウォール出身のひきこもり、とか。
16歳まで自分の曲しか聴いたことがない、とか。
自家用車が戦車である、とか。
重度の神経症だ、とか。

どこまでが本当でどこまでが嘘かわからないものばかりでした。
また、ライブを見たことがある人がいても
「パンダの顔だった」
「9歳の幼女だった」
とか支離滅裂でした。

61: 2010/05/03(月) 17:59:44.58 ID:hJIAT8h60
それからまた数年のあいだ、私たちはいくらかのアルバム製作と成功と中傷を経験しました。
一方、タクアン・ツインも『I Wear Because You Do』、『Bukimi.K.Oouutts Album』を発表。
またここで物議を醸し、前者のタイトルの意味は『普段は服を着ていないのだろう』と解釈されたり
後者は『間の“K”はドラッグの意味で、アシッドについてのアルバムである』とか。

ある時、私たちは大きな音楽フェスで、タクアン・ツインと同じ日のタイムテーブルで出演しました。
私たちはみんな興奮し、自分たちよりもはやく彼(?)のステージが見たくて仕方ありませんでした。

唯「はやく見たいよ~う」

62: 2010/05/03(月) 18:05:17.58 ID:hJIAT8h60
―お疲れ様です。ステージ最高でした。

律「うん。あんがとっ。はい、じゃあ解散!」

―それはないでしょう(笑)。

律「なぁ~んだよ。はやく解放しろー!」

唯「そうだそうだー!」

―急いでしゃべるから(笑)。いつもとライブの雰囲気は違いましたか?

澪「えっと……蜂が」

―はち?

澪「野外だから……蜂が飛んでて……それがちょっと」

律「澪そんなこと考えてたの!?(笑)」

澪「なんだよう……」

63: 2010/05/03(月) 18:12:49.54 ID:hJIAT8h60
この頃は澪先輩も段々以前の元気を取り戻していました。
それは曲にも反映されたようで、そのことをファンや評論家には
「大人になった」とか「優しくなった」とか言われるようです。
けれど、私たちは今でも高校生のときの、ムギ先輩にしてしまったことを抱えていました。
そのことが、私たちを結束し、また原動力になっていたのかもしれません。

―ところで、今日は噂のタクアン・ツインがこの後出ますね。

とインタビュアーが言いました。
私は以前から「タクアン・ツインとは誰なのか」と考えていました。
どうしてたくあんなのか。ときたまタイトルに現れる日本語はなぜなのか。
どうして、あそこまで過激なのか。あそこまで穏やかなのか。
どうして、ムギ先輩を思い出してしまうのか。

―今日は初めて顔出しかといわれますが。

64: 2010/05/03(月) 18:17:30.74 ID:hJIAT8h60
唯「はやく見たいから、インタビューおしまいっ」

―で(笑)、タクアン・ツインみたいな音楽は放課後ティータイムには影響はありますか?

梓「え~っと……」

律「あー……」

澪「影響っていうか……なんだか、昔を思い出しちゃうんですよね」

唯「アレ? なんだっけ? なんだっけ? ジップロックみたいの」

―ノスタルジック?

唯「あ! それそれ! ノスタルジックですっ」

65: 2010/05/03(月) 18:22:43.35 ID:hJIAT8h60
―タクアン・ツインの音楽には今言ったノスタルジー、子供時代への郷愁があります。
 “Children Chatting”という曲もあります。こうしたノスタルジーには共感しますか?

澪「……します。私たちも、高校生のころ部室でお茶してた感じというか……
  それを今も続けてる感じですかね」

―だから放課後ティータイム?

澪「……そうですねぇ」

唯「ってことはわたしたちって、まだ放課後の途中なんだねっ」

梓「まだ高校生ってことですか?」

―じゃあ、これで終了です。タクアン・ツイン観に行きましょう。

67: 2010/05/03(月) 18:43:34.68 ID:hJIAT8h60
梓「まだ準備中ですね」

唯「よかった~間に合って~」

律「時間押してるみたいだな」

澪「うん」

唯「あっ! ライト点いた! 始まるよ!」


まず、聴こえてきたのはおしゃべりでした。

『今日は~放課後ティータイム見に来ました―』『暑いですっ。夏暑いですっ』
『えー今日はずっとヘヴンで酒飲んでます。酔っ払ってます』
『今日は家族で来ました。ねー。あ、この子3歳です』『……』『最高ー!』

68: 2010/05/03(月) 18:49:53.17 ID:hJIAT8h60
ライトが灯り、ステージ全体の中央にあったのはノートPC。それと、たぶんサンプラーでした。
次に、ぞろぞろと恐らく10代の少女たちが登場。20人くらい。
そして、タクアン・ツインが現れました。
猫の着ぐるみ姿で。

「にゃー」

その第一声に観客たちは歓喜につつまれました。
それから猫は手に持っていたもの掲げ、見せつけます。ティーポットでした。

『コポコポコポコポコポコポ……』

69: 2010/05/03(月) 18:54:11.99 ID:hJIAT8h60
タクアン・ツインはまずお茶いれました。
すぐさま今の音を取り込んで、ループさせます。

『コポッ コポポポポッ コポポポポポポポポポポ』

続けて地鳴りのようなブレイクビーツが重なり、観客は歓声をあげました。
ふわふわとした、ファニーでかわいらしい上モノが流れ、みんな踊りだしました。
お客さんも、ステージの女の子たちも、私たちも。

71: 2010/05/03(月) 18:58:32.19 ID:hJIAT8h60
演奏中、タクアン・ツインは着ぐるみを決して取りませんでした。
ただひたすら、たぶん手元のPCのに映る波形を見つめ、時々サンプラーを叩きました。

「あれ、本物かなぁ」「本人はステージ裏にいたりしてなwww」
「あの猫wwwwwwなにwwwww」

お客さんは今まで通り正体不明のタクアン・ツインのステージに
それぞれが疑惑と期待と興奮を抱きながら、踊り続けました。

72: 2010/05/03(月) 19:04:15.56 ID:hJIAT8h60
『うげえええええええええええええええええええええええええええ』

何曲目だったでしょうか。誰かの嘔吐でその曲は始まりました。

『飲み過ぎたっ『のみ『のみすぎっ『うげえええええ『飲み過ぎたっ』

ドラムのかわりに「ピチャッ ピチャッ」という音。
ひたすら繰り返される恐らく今日どこかで録音された誰かの嘔吐。
これには誰もが生理的嫌悪を抱いたはずでした。
しかし、私たちは興奮し、麻痺していました。
この最悪なダンストラックに合わせ、なおも私たちは踊りました。

74: 2010/05/03(月) 19:10:53.60 ID:hJIAT8h60
30分以上遅れて始まったこのステージも1時間が経った頃
それまでに女の子、紅茶、猫、ガバ、ドリルンベース、嘔吐、ハードコアが
ない交ぜにされ、吐き出され続けた音楽が突然止まりました。

そして、始まったのはピアノの音でした。

いえ、ステージにピアノは見当たらないので、既に準備してあったものでしょう。

「あ、これなんか聴いたことあるねー」

そう漏らすお客さんがいました。
私たちの曲のメロディーだったのです。“ふわふわ時間”の歌メロでした。

75: 2010/05/03(月) 19:16:31.44 ID:hJIAT8h60
「タクアン・ツインってさーリミックス頼まれてもやらないらしいよ」
「嫌いな曲だけ、リミックスするんだろ? 世の中からクソな曲を減らすためにwwww」
「タクアン、放課後ティータイム嫌いなんじゃねwwwwww」
「そうかなー」

ああ、ムギ先輩。今でも私たちを怨んでいるのですか。
これは私たちへの復讐なのですか。
私たちへのヘイト・コールなのですか。

タクアン・ツインがムギ先輩だと決まったわけではありません。
けれど、私は、そしてたぶん先輩たちも、タクアン・ツインをムギ先輩とみていました。

時々、猫の姿をしたタクアン・ツインは観客席側に手をふりました。

77: 2010/05/03(月) 19:22:59.10 ID:hJIAT8h60
数分前までの曲が悪夢で、そこから目を覚ましたかのような安堵感のあるアンビエントに包まれ
この日のタクアン・ツインはステージを終えました。最後に

「にゃー」

と、開演と同じく鳴き声をあげ、スキップしながらバックへ消えて行きました。

終演後、お客さんたちは次のお目当てのステージへ移動を始め、人の数もまばらになっていきました。
私と先輩たちは数十分経っても、その場に立ち尽くしていました。

78: 2010/05/03(月) 19:36:55.64 ID:hJIAT8h60
ステージでタクアン・ツインが放課後ティータイムを使用したためか
世間ではなにかと、この二つが比較されるようになりました。
ライバル意識はあるか、交流はあるのか、相互の影響は。
私たちは、今まで休みなしで続けたバンド活動に疲れ、お休みを取ることにしました。

一方、タクアン・ツインはいっそうペースをあげ、作品を発表しました。

80: 2010/05/03(月) 19:56:53.14 ID:hJIAT8h60
まず、『Come to Yuri』
これは曲そのもの以上にPVが注目されました。
フェス出演時と同じ猫の顔をした少女たち20人が、OLに一斉に群がり
OLが恍惚の表情を浮かべる、という内容の映像でした。
ジャケットには猫顔の少女たちが勢ぞろい。
このPVは公共の場ではふさわしくないとみなされ、世界各国で放送禁止になりました。

音楽について話すと、そのグロテスクさ、美しさはそれまで以上のものでした。

81: 2010/05/03(月) 20:04:21.52 ID:hJIAT8h60
同時に、タクアン・ツインの所属する<ニャーン>レコーズは続けざまに先鋭的なアーティストを輩出していきました。
タクアン・ツインがライナーノーツを描いたトライアングルプッシャー。
ランダムなドラムビートが印象的なゲルテカ。
メロディアスでサイケデリックなケーキ・オブ・カナダ。

それでも、やはり最も評価が高いのはタクアン・ツインでした。
そして、再び猫顔の女性をあしらったジャケットに包まれ
新しいシングルが発表されます。

82: 2010/05/03(月) 20:13:04.71 ID:hJIAT8h60
猫顔の女性がビキニ姿でポーズをとっているジャケがとても話題になりました。

タイトルは『Teacuplicker』

日本のファンは恐らく、文字通りティーカップを舐める人のことなのだろうと解釈しました。
緻密に計算されたリズムパターン、隙のない音響、謎の喘ぎ声と不快な声が繰り返される上モノ。
ここにきてタクアン・ツインは絶頂期を迎えたとされ、さらなる喝采と期待が持たれました。

その頃、私たちはというとそれぞれがソロ活動をしたり、プライベートを重視したりしていました。
けれど、電話、メールの際には必ずタクアン・ツイン、というよりムギ先輩の話題になりました。

そう、私たちは活躍を続けるムギ先輩に罪悪感と引け目を感じていました。

83: 2010/05/03(月) 20:18:34.83 ID:hJIAT8h60
梓「あ、澪先輩ですか。梓です」

澪「うん。元気? しばらく顔合わせてないから、声を聞いてなかったから新鮮だ」

梓「はい……あのう、あれ聴きました?」

澪「ああ……うん」

梓「私たちもそろそろバンドを再開させるべきじゃないですか?」

澪「そうだなー」

梓「少し気が重いですけど、ここで始めなきゃ私たち潰れてしまいます」

澪「かもね」

梓「澪先輩、気持ちはわかりますけど、いつまでも……」

澪「気持ちがわかる? どうして私の気持ちが梓にわかるんだ?」

84: 2010/05/03(月) 20:25:24.65 ID:hJIAT8h60
梓「えっ、いや……」

澪「私はムギを追い出した張本人だぞ。私は今でもそれが頭から離れないんだよ」

梓「わっ、私だってそうです」

澪「あの時、あんなこと言わなきゃ、今ここにみんながいてムギもいたかもしれない。
  仲良くバンドやってたかもしれない。
  仲良くお茶してたかもしれない。
  でも、そうはならなかった。
  そういうふうにしたのは私なんだよ」

澪先輩は初めて気持ちを打ち明けてくれました。
それは苦しすぎる後悔。それと、少しばかりの自己憐憫の陶酔がありました。

86: 2010/05/03(月) 20:30:19.59 ID:hJIAT8h60
梓「私だって、私だってそうですっ。あの時ムギ先輩にあんな顔を……あんな思いをさせてしまったのは私なんですっ」

澪「……そういえば聞いた? タクアン・ツインが私たちの曲をリミックスしたいって言ってきたの」

梓「え?」

澪「これがどういう意味か、わかるよね」

タクアン・ツインはリミックスはしません。
リミックスが必要なのはこの世にいらないクズみたいな曲だけです。
つまり、あの人は音楽の掃除をするのです。

澪「私は別にやってもらっていいけど……そうだな、今度そのこと話すために一応集まろう。久しぶりに」

梓「……」

澪「梓?」

梓「あ、はい……」

88: 2010/05/03(月) 20:37:03.23 ID:hJIAT8h60
『Teacuplicker』リリース後、3年間タクアン・ツインは作品を発表しませんでした。
その代わり、いくつかのアーティストのリミックスをした、という噂が流れました。
私たちの楽曲のリミックスもOKを出しましたが、それが発表されることはありませんでした。

私たちはなんとか重い腰をあげ、少しずつ活動を再開し始めました。
その間作ることのできたアルバムはたった1枚。
あれは思い出したくもないほど、辛い作業になりました。
メンバーのお互いへの罵り、不和、緊張、ストレス、解散の瀬戸際。
私たちはどん底にいるようでした。

89: 2010/05/03(月) 20:45:14.06 ID:hJIAT8h60
青天の霹靂というべきか、タクアン・ツインはある時「一生アルバムは出さない」と宣言しました。
これには当然世界中が度肝をぬかれました。
もう才能が枯渇した、ただ飽きた、きっと生まれた故郷の惑星に帰るのだろう……などなど。

そして、そうした騒ぎの中、2枚組のアルバムがリリースされることが明らかになりました。
さらに、今まで公の場に姿を現さなかった本人が、インタビューを受けてもいいとまで発言したのです。

アルバムのタイトルは『Mugiqks』でした。

90: 2010/05/03(月) 20:52:15.95 ID:hJIAT8h60
発表と同時にまた、新たな噂が広まりました。
タイトルの『Mugiqks』は「Music」の意味である、とか。
これまでになかったピアノ曲があるのは本人が弾いているのではない、とか。
3年前から作った曲の寄せ集めにすぎない、とか。
その溜まった曲が入ったipodを最近なくしてしまった、とか。
最初のインタビュアーは抹殺される、とか。

そして、最初のインタビューが載った雑誌が発売になりました。

そこにはムギ先輩の屈託のない、笑顔のフォトが掲載されていました。

91: 2010/05/03(月) 20:57:01.74 ID:hJIAT8h60
―初めまして。今日はよろしくお願いします。

紬「よろしくお願いします~」

―まず最初に。女性だったんですねっ!

紬「そうですよ~」

―あの、僕、今日すごく緊張してここ来て。殴られるんじゃないかとか(笑)。

紬「大丈夫ですよ~恐くないですよ~」

―いやぁ、でもあの楽曲からは想像できないルックスでしたので。

紬「そうですか? うーん」

―ご自分では自然な感じ?

紬「そうですね。昔からなので」

92: 2010/05/03(月) 21:02:55.94 ID:hJIAT8h60
―あなたの新作はドリルンベース、ハードコアなどこれまで集大成的な内容になっています。
 あとは新たにプリペアードピアノの曲があるのですが、これは以前から暖めておいたものなのでしょうか?

紬「ピアノの曲はラップトップで遊びで作ってあるのをずっと忘れてて。
  それで、『あ、あれがあったっけ』と思いだしたので入れました」

―じゃあ、ご自身で弾いたものではない?

紬「うーん。どうだったかしら。弾いたのもあるかも」

―覚えてない?

紬「まぁ、曲はずっと作ってるので、うん、覚えてないです。ごめんなさい」

―いえいえ(萌える)。

94: 2010/05/03(月) 21:11:51.48 ID:hJIAT8h60
―あなたのイメージとしてよく使われるものに猫、もしくはたくあんがあります。
 これはどういった意味があるのでしょうか?

紬「猫はですね、高校生のころ部活に入っていて、その時新入生の勧誘に猫のかぶりものを使っていて」

―へえ。勧誘はうまくいきました?

紬「それが全然!」

―それは残念でしたね。じゃあ、たくあんは?

紬「私の眉毛って濃いでしょう? たくあんに似てませんか?」

―ああ(笑)。

紬「でしょう~?」

―(イカン、はぐらかされてるけどかわいい)

96: 2010/05/03(月) 21:18:17.24 ID:hJIAT8h60
―高校生のときは何の部活入っていたんですか?

紬「軽音部です」

―なるほど。そこでの経験が今の礎になっていますか?

紬「そうですね。というより、なによりもいい思い出ですね」

―「タクアン・ツインの音楽は階段からフォークを落としたようだ」と言われたら怒ります?

紬「いいえ。フォークとかナイフの音はとても音楽的に複雑で、面白いわ」

―あっ、やったことあるんですか?

紬「うん」

―(かわいい)

98: 2010/05/03(月) 21:24:21.99 ID:hJIAT8h60
―あなたはコールウォールの出身と聞いていますが、コールウォールにはケルト文化が根付く場所でもあります。
 この土地があなたに及ぼした影響はありますか?

紬「う~ん……でも、学校はほとんど日本で過ごしたし」

―あ、そうなんですか。

紬「そうですね、楽しい日本から急にもの寂しい場所に来たのは影響あったかも。
  ずっと音楽作ってたし」

―『Bukimi.K.Oouutts Album』という不思議なタイトルがありますが、これはケルト語から来ているのでしょうか?

紬「あ、それはただのアナグラム。KOTOBUKI TSUMUGIの並べ替え」

―じゃあ、一般的にいわれるようなアシッドとかは関係ないと。

紬「私の最高のドラッグは紅茶です」

99: 2010/05/03(月) 21:29:03.22 ID:hJIAT8h60
―あなたの楽器を自分で作るというエピソードから、あなたはフランスのシンセ紳士、
 ジャン=ミッシェル・ジャールの隠れファンに違いないという確信があるんですけど。

紬「(笑)あの人はホントにダサっぽいとこが最高ですよねっ。でも、私のファンらしいんですよ。
  あの人のすごい機材を貸してもらえればリミックスしようかと思ったんですけど」

―知ってます、その話!

紬「でも、ちょうど私に別の仕事が入って流れてしまったんです」

100: 2010/05/03(月) 21:35:08.12 ID:hJIAT8h60
―あなたの伝説の一つに「クズな曲だけリミックスする」というものがあります。

紬「なんだか誤解されているんですけど、そういうふうに思ってやってないですよ」

―あなたのリミックスをする基準はどういうものなのでしょうか?

紬「基本的には向こうからの依頼で、時には全然知らない人からもお声がかかります。
  あ、でも私がやりたくてやるのもあって。この間やった放課後ティータイムのやつには
  自分でもすごく満足してる」

―ザ・フ―の再来といわれていますね。

紬「私は本当に本当にあのバンドが好きで……というかお友達で(笑)」

―そうなんですか。

103: 2010/05/03(月) 21:41:29.15 ID:hJIAT8h60
紬「さっき言った軽音部で一緒だったのが彼女たちで。だから、あのバンドを見つけたときは嬉しかったです」

―では、いわゆる敵対関係にはない?

紬「敵対もなにも。高校以来会ってなくて」

―リミックスしたんじゃないんですか?

紬「だから連絡を取るっていう下心もありつつ(笑)、リミックスしたんですけど」

―会えばいいじゃないですか。

紬「だって、久しぶりすぎて、緊張するんだもん!(サッと顔を隠す)」

―(かわいい)

105: 2010/05/03(月) 21:47:46.51 ID:hJIAT8h60
紬「前にフェスで一緒になったこともあるんですけど、その時もすれ違いで……」

―ああ。確かあのフェスで放課後メンバーがあなたのステージで踊りまくる姿が目撃されてますよ。

紬「え!! ホント!?」

―ファンの間では、その時の唯ちゃんの尋常でない踊りが伝説になってます。

紬「あぁ……唯ちゃん。懐かしい。元気かしら」

―ステージでもよく踊ってますよ(笑)。

紬「じゃあ、元気ねっ(笑)」

―かわいい。

紬「え?」

―え?

106: 2010/05/03(月) 21:55:32.85 ID:hJIAT8h60
―あなたの曲にはノスタルジックなものが数々あります。それは幸福な過去があるからなのでしょうか?

紬「そうですね……特に高校生のころは幸せで。お友達には何も言えずお別れしてしまったけど。
  質問なんでしたっけ?」

―じゃあ、あなたはノスタルジックな曲と凶暴な曲、どちらにアイデンテファイしますか?

紬「両方。これもよく言われるんですけど、私の曲って凶暴に聴こえるのかしら?」

―その一方で、ノスタルジックで、穏やかな曲も数多くあります。

紬「じゃあ、私にとってはどちらもノスタルジックで、暴力的で、穏やかなものです」

108: 2010/05/03(月) 21:59:35.18 ID:hJIAT8h60
―では、最後の質問です。あなたはなぜ音楽を作り続けるのでしょうか?

紬「私は毎日お茶を入れるように、曲を作っています。それは高校生の頃からずっと。
  だから、人生の一部ですね」

―ありがとうございました。

紬「ねえ、放課後ティータイムに会わせてくれます?」

―いつでも会いにいけるでしょう(笑)。

紬「だって(笑)、なんか恥ずかしい!」

―本当に会いたいんですね。

紬「だって、みんなのこと大好きだもの」

109: 2010/05/03(月) 22:06:15.43 ID:hJIAT8h60
それは世間で騒がれる、悪意の塊のトリックスターではありませんでした。
あまりにピュアで、イノセントが服を着て歩いているような。
少しとぼけていて、世間知らずで、そして人懐っこくて、誰もが好きにならずにいられない
あの頃のムギ先輩そのままでした。

その後、ムギ先輩をカバーにした音楽関係の雑誌が次々と出版され
ムギ先輩は「音楽界最大のアウトサイダー」から「ポップ・ミュージック界のヒロイン」と呼ばれるようになります。

そして、私たちはムギ先輩と雑誌での対談という形を借り
数年ぶりの再会を果たすことになりました。

112: 2010/05/03(月) 22:10:54.72 ID:hJIAT8h60
―えーと、今日はよろしくお願いします。

紬「よろしく~」

律「よ、よろしく」

梓「よろしくお願いします」

唯「わぁ~! ムギちゃんっ! 久しぶりっ!」

紬「本当に! 唯ちゃん、ストパーかけた?」

唯「もう高校生じゃないよ~」

―最初がストパー(笑)?

紬「だって、唯ちゃんは私と一緒で、くせ毛仲間なんです」

8: 2010/05/03(月) 22:31:24.46 ID:hJIAT8h60
唯「ムギちゃん、もうアルバム出さないのー?」

紬「どうかしら?」

唯「えー」

澪「ムギ……」

紬「うん、澪ちゃんも、りっちゃんも久しぶり。梓ちゃんも」

澪「あの時のこと覚えてる?」

紬「あの時?」

澪「ムギが最後に学校に来た日」

13: 2010/05/03(月) 22:38:20.52 ID:hJIAT8h60
澪「あの日、私はひどいことを言って、ムギを追い出した……」

紬「澪ちゃん、それは違うわ。あの時、親の都合でどうしても日本を離れることになったの」

梓「で、でも! 私もムギ先輩を悲しませることを!」

紬「確かに……ちょっとイヤだなぁって思ったこともあった。
  でも、むしろ私は嬉しかった。友達と喧嘩ってしたことなかったもの。
  私ってあれなのよ。ほら、えっと、マホ? マロ?」

律「マゾ?」

紬「そう! 私マゾなの~」

唯「ムギちゃん、やるねえ~」

紬「いえいえいえいえ~」

15: 2010/05/03(月) 22:44:27.36 ID:hJIAT8h60
澪「そうじゃないよっ!」

紬「……」

澪「ムギ、怒ってるんだろ? 私のこと怨んでるんだろ? そう言ってよ!」

紬「澪ちゃん、私には澪ちゃんを怨む理由はないよ」

澪「嘘だよっ! 絶対私のことなんか嫌いで嫌いでたまらないはずなんだっ!」

律「澪……」

澪「そうでしょ……そうだって言ってよぉ……」

17: 2010/05/03(月) 22:51:52.80 ID:hJIAT8h60
紬「澪ちゃん……ずっと、今まで苦しかったんだね」

澪「私だって……ムギなんか、キライだ……」

紬「私は澪ちゃんのことも、みんなのことも大好きで、大切よ」

澪「キライだって言えよぉ……」

紬「澪ちゃん、もう苦しむ必要はないの。もう赦されてるの。
  そもそも、澪ちゃんにはなんの罪もないのよ」


澪「うあああああああああああああああああああああああああああああああ」

21: 2010/05/03(月) 22:58:34.99 ID:hJIAT8h60
澪先輩は子供のように大声で泣きました。本当に大きな声で。
それが今まで抑えていた、澪先輩の本当の声のようでした。
ムギ先輩は澪先輩が泣きやむまで、ずっと彼女を抱きしめていました。
でも、澪先輩はいつまでも泣きやまず、その対談は結局お開きになりました。

私は、私は家に帰ってから、ムギ先輩の赦しの言葉がずっと頭の中でぐるぐると廻っていました。
「苦しむ必要はなく、そもそもなんの罪もない」
私はいつの間にか、眠り、高校生のころの夢を見ました。
唯先輩、澪先輩、律先輩、わたし、そしてムギ先輩の夢。
みんなでお茶を飲む夢。

23: 2010/05/03(月) 23:08:17.12 ID:hJIAT8h60
後日、ムギ先輩のマイスペース上で新しい曲が発表されました。
もうリリースがないと思っていたファンは喜び、当日中にサイトがダウンするほどのアクセスがありました。

それはタクアン・ツイン初のボーカル・トラックでした。
「何も言わずにごめんね お別れ お別れ」
というリフレインが印象的で、ピアノのループ、一定のリズムのキックとちょっとしたトリートメントだけの
ミニマルな曲でした。

ファンや評論家はタクアン・ツインが最後に見せた人間らしい、別れの言葉として受け取り
この歌モノをその年のベストトラックとして位置づけました。

もちろん、私たちにとっては別の意味を持つものでした。
まだ誰もが幼くて、考えが足りなかった、あの青春時代に向けてのレクイエム。
悪い言い方をすればいいわけでした。

けれど、私たちはムギ先輩にまた会えることができたのです。

24: 2010/05/03(月) 23:16:16.78 ID:hJIAT8h60
私たちは今でもバンドを続けています。
そして、タクアン・ツインは活動を終えていました。

ある時、私たちのリミックスアルバムを出すことになり、以前から気にかけているアーティスト
バンド、友達から協力をしてもらったことがありました。
その中に、当時、頭角を現し始めていた名前のないリミキサーがいました。
そして、彼にもリミックスを依頼したのですが、その正体はムギ先輩だった、ということがありました。

紬「なんで隠していたか? だってビックリさせたかったんだもの」

やはりタクアン・ツイン、イノセントの塊という言い方は訂正しましょう。
ムギ先輩は今でも、時々思ってもないことをする、トリックスターです。

25: 2010/05/03(月) 23:21:51.01 ID:hJIAT8h60
ムギ先輩が放課後ティータイムに入ることはありませんでした。
だって、私たちはもう高校生の部活バンドではなく
それぞれのやるべきこと、やりたいことがある大人だったのです。

唯「ムギちゃん、やっぱり一緒にやらない?」

紬「そうねえ。じゃあ、今度私がミキシングやるっ」

澪「ムギ、私はけっこうムギのおかげで、少し遠回りするこになっちゃったよ」

紬「ごめんね」

澪「だから、これからは」

27: 2010/05/03(月) 23:28:31.28 ID:hJIAT8h60
律「ムギになんて言ったの?」

澪「さーてね。さー早くスタジオ行くぞー!」

律「あっ、ああんっ! 耳をひっぱりあそばせにならないで~」


物語はここでおしまいです。
語り足りませんか?
でも、あとはとりわけ面白くないと思います。
ここまでもどうでしょう。
でも、物語はおしまいですが、私たちの人生はまだ続いています。
それは蛇足ではなく、長い長い軌跡なのです。

                    中野梓より   お・わ・り♪

28: 2010/05/03(月) 23:28:55.06 ID:zvmZvOCf0
お疲れ!!
面白かったよ!

29: 2010/05/03(月) 23:30:38.52 ID:1sVCzjpK0
乙 

引用元: 唯「音フェチ!」