1: 2021/03/01(月) 20:34:05.32 ID:hd7Lmxe4.net
歩夢「そうですねえ、侑おばあちゃん」

侑「お茶が美味しいですねえ」ズズズ

歩夢「静岡県のお茶を取り寄せましたからねえ」

侑「いやあ、これは歩夢おばあさんが淹れてくれたお茶だからだねえ」

歩夢「あらあら、侑おばあちゃんったら」

2人『あはははは』

2: 2021/03/01(月) 20:38:41.49 ID:hd7Lmxe4.net
────

侑「おせんべえはありますか?」

歩夢「はい、ここに」スッ

侑「おお、これは嬉しい。やっぱりお茶にはおせんべえですねえ」パリッ

歩夢「それから、果林さんがお土産にくれた黄八丈サブレも」スッ

侑「わあ、どんどん出てきますねえ。けど、良いんですか?」

歩夢「何がです?」

侑「このサブレを食べてしまっても」

歩夢「せっかくくれたものはいただかないといけませんよ。食べ物ですし」

侑「けれど…」

歩夢「大丈夫です。まだいっぱい家にありますから」

侑「…………」

歩夢「きっと果林さんも、食べて欲しいと思っていますよ」

侑「──分かりました。なら、いただきます」サクッ

3: 2021/03/01(月) 20:42:27.43 ID:hd7Lmxe4.net
───

侑「美味しかった。ごちそうさまでした」

歩夢「ふふっ。その言葉を聞いて、きっと果林さんも喜んでいますよ」

侑「だと、いいですねえ」

歩夢「そうそう。果林さんと言えば、こないだヴェルデさんからエアメールが届いてましたよ」

侑「エアメールって言葉、久しぶりに聞きましたねえ」

歩夢「時代がどれだけ便利になっても、無くならないものってあるんですよ」

侑「それで、内容は?」

歩夢「お元気にしていますか、って。エマさんの兄弟と親戚の方達がチーズフォンデュしてる写真付きです」

侑「あらあら、写真を見なくてもその光景が目に浮かぶようですよ」

歩夢「また家族でこちらに遊びにいきますとも書いてありました」

侑「おお。エマさん、会いたいなあ」

歩夢「そう遠くない日に会えるかもしれませんよ」

侑「そうかあ。その日まで元気でいなくちゃいけませんねえ」

5: 2021/03/01(月) 20:46:22.30 ID:hd7Lmxe4.net
───

侑「そうだ歩夢おばあさん、映画でも見ませんか?」

歩夢「侑おばあちゃんから映画に誘うなんて珍しいですね」

侑「ときめきましてね。といっても映画館じゃあなくて、ネットのサブスクですけど」

歩夢「良いですよ。私たちは足が悪いからどこへも行けませんし」

侑「ほら、これです。『お台場の休日』」

歩夢「これ、しずくちゃんが初主演の映画…。半年前に一緒に再上映を見に行ったじゃないですか」

侑「良いんですよ。何度見たって良い映画なんですから」

歩夢「本当は内容を忘れてしまったんじゃないですか?」

侑「歩夢おばあさんはいじわるばあさんですね」

歩夢「もう、そんなこと言うなら一緒に見ませんよ」

侑「ごめんなさい。一緒に見てください」

歩夢「そういうところはいつまで経っても変わりませんね」

6: 2021/03/01(月) 20:49:47.73 ID:hd7Lmxe4.net
───

侑「ああ、やっぱりいい映画だ。ノスタルジーに溢れてる」

歩夢「この頃のしずくちゃんは、まだ幼さが残ってますね」

侑「そこが良いんですよ。この演技は、この頃のしずくちゃんにしかできない」

歩夢「まるで映画評論家になったみたいですね」

侑「映画をただ楽しむだけじゃなく、しずくちゃんの成長も見てきましたからねえ」

歩夢「………」

侑「おや?どうしましたか?」

歩夢「侑おばあちゃんは、私の成長も見守ってくれてましたよね?」

侑「当たり前じゃないですか」

歩夢「うん。なら、良いんです」

侑「もしかして、またやきもち焼いてましたか?」

歩夢「う…うう」

侑「まあ、そういうところも変わらず可愛いんですけどね」

歩夢「もう!侑おばあちゃん!」

8: 2021/03/01(月) 20:53:18.97 ID:hd7Lmxe4.net
───

侑「しかし、本当に温かいですねえ」

歩夢「今日はずーっと晴れですから」

侑「彼方さんじゃないけれど、すやぴしたくなる陽気ですねえ」

歩夢「もう、ちゃんと起きていてもらわないと困りますよ」

侑「歩夢おばあさんは心配性ですねえ」

歩夢「こないだ半日近く寝ていた時は、どうしようかと思いましたよ」

侑「大丈夫。今日はちゃんと起きてます」

歩夢「起きていてくれないといやですよ。本当に洒落にならないんですから」

侑「彼方さんもこんな天気の良い日は、どこかで寝てるかもしれないですねえ」

歩夢「きっとここよりも温かい場所で、ゆっくり休んでるでしょうねえ」

9: 2021/03/01(月) 20:56:35.57 ID:hd7Lmxe4.net
───

侑「歩夢おばあさんや、お昼は食べましたっけ?」

歩夢「何を言ってるんですか。お昼はもんじゃみやしたのデリバリーだったでしょう?」

侑「そうでしたそうでした。あの味はデリバリーでも、いつ食べても変わらないですねえ」

歩夢「あつあつのとろとろで食べやすかったですねえ」

侑「もんじゃは色んな所で食べたけど、なんだかんだ愛ちゃんが作ってくれたものが一番美味しかったですなあ」

歩夢「いつかまた、家族で行きたいですねえ」

侑「そうですねえ。そしたら愛ちゃんが、いらっしゃいませー!って、いつもの元気な声で出迎えてくれたりしてね」

歩夢「………」

歩夢「──ええ。そうですね」

10: 2021/03/01(月) 21:02:46.62 ID:hd7Lmxe4.net
────

侑「あっ、歩夢おばあさんこれ見てください」タブレットポチポチ

歩夢「もんじゃみやした看板娘AIロボット?」

侑「愛ちゃんのことが気になって調べてみたら出てきたんです」

歩夢「あらあら。これもしかして、璃奈ちゃんが作ったんじゃありませんか?」

侑「えーと…あっ、やっぱりです!開発協力のところに──英語が読めない…。なんとかの天王寺製作所って書いてあります」

歩夢「ANIRと書いてアニールと読むんですよ。今は世界最大級のビッグカンパニーで、SIFのスポンサー企業じゃないですか」

侑「いやあ、璃奈ちゃんは本当に遠いところに行ってしまいましたねえ」

歩夢「そうですねえ。あんなに小さかった璃奈ちゃんが、大企業の創業者になるなんて」

侑「まさか同性同士でも血の繋がった子供を授かれる技術まで発明するなんてねえ」

歩夢「せつ──菜々ちゃんが国会で、それを承認する法案を通したときも驚きましたねえ」

侑「もうみんな、簡単には会えなくなってしまいましたねえ」

歩夢「大丈夫。璃奈ちゃんにも、菜々ちゃんにもまたいつか会えますよ」

12: 2021/03/01(月) 21:05:56.24 ID:hd7Lmxe4.net
────

侑「ちょっと日差しが眩しいですね。サングラスをかけますか」カチャ

歩夢「おや?サングラスだけれど、黒くないんですね」

侑「UVカット仕様で度も入ってます。菜々ちゃんからもらったものですよ」

歩夢「言われてみると、菜々ちゃんがかけてた眼鏡に似てますねえ」

侑「それはそうですよ。元々あの子が使っていたものをもらったんですから」

歩夢「えっ!?そんな大事なもの…良いんですか?」

侑「ええ。本人はもちろん、ご家族の方にも許可をもらいましたからね」

歩夢「大事に使わなきゃ駄目ですよ?」

侑「分かってますよ。でも、最後の最期には返しに行きましょうか」

侑「うん。歩夢おばあさんの可愛いお顔もくっきり」

歩夢「ふふっ、なんだか菜々ちゃんに見えてきましたよ」

14: 2021/03/01(月) 21:09:57.74 ID:hd7Lmxe4.net
────

侑「そういえば今日、あの子はどうしましたか?」

歩夢「朝に、スクールアイドルフェスティバルに行くと言っていたじゃありませんか」

侑「あらあら、そうでしたっけ」

歩夢「もう、忘れてしまったのですか?」

侑「いやあ、忘れてたわけじゃありませんよ。思い出せなかっただけで」

歩夢「それを忘れたと言うんです」

侑「そうですかあ。いやあ、足が悪くなければ、会場に応援に行きたかったですねえ」

歩夢「大丈夫です。あの子にはかずみちゃんが付いています」

侑「かずみちゃん?かすみちゃんじゃなくて?」

歩夢「ううん、かずみちゃん。あの子の友達で、かすみちゃんの孫」

侑「ああ、そうでしたそうでした」


侑「……………」


侑「歩夢おばあさん、そろそろこのノリもやめにしませんか」

歩夢「どうしてです?」

侑「なんだか本当におばあさんになった気分になりますから」

歩夢「何を言っているんですか?」









歩夢「私たち、もう本当におばあちゃんじゃないですか」

17: 2021/03/01(月) 21:14:54.85 ID:hd7Lmxe4.net
────

侑「あ、あははは」

侑「だからって、口調までわざわざ変えなくてもいいんじゃないですか?」

歩夢「あの頃の侑おばあちゃんが、最初に歩夢おばあさんと呼んできたんですよ?」

侑「あの頃?」

歩夢「同好会に入って初めての夏合宿、一緒に皿洗いしながら話したじゃないですか」

侑「ああ、思い出しました」

歩夢「あの時も小学校と中学校の思い出をごちゃまぜにしてましたし」

歩夢「年を取って本当にボケボケになってしまって」

侑「歩夢おばあさんは、相変わらず記憶力が良いですねえ」

歩夢「だって……」

歩夢「侑ちゃんとの思い出は、絶対に忘れたくないから」

侑「………歩夢」

18: 2021/03/01(月) 21:18:58.03 ID:hd7Lmxe4.net
侑「へへっ、けど本当にこんなおばあさんになるまで一緒にいるなんてね」

歩夢「侑ちゃんは、ずっと冗談だと思ってた?」

侑「ううん、ちっとも。でも、歩夢おばあさんと呼んでたのは冗談」

侑「歩夢とは、やっぱり昔みたいに、"らしい"私たちでいたいよ」

歩夢「うん、私も」




侑「けど、こうして改めて見てみると」

侑「歩夢の髪がこんなに真っ白になるなんて思わなかったよ」

歩夢「侑ちゃんも毛先まで白髪になっちゃって」

侑「まあでも、歩夢は白髪になっても可愛いね」

侑「あゆぴょん冬毛バージョンって感じ」

歩夢「冬が過ぎても白髪のままだよ」

19: 2021/03/01(月) 21:22:15.95 ID:hd7Lmxe4.net
歩夢「というか、ボケててもあゆぴょんのことは忘れないんだね」

侑「可愛い歩夢のことを、忘れるわけ無いじゃん」

歩夢「もう、侑ちゃん。あまり心臓に負担をかけないで。救急車呼ばれることになっちゃう」

侑「歩夢はまだ私にドキドキするの?」

歩夢「私は、侑ちゃんと会った日から今日まで、ずっとドキドキしてたよ」

歩夢「そしてこれからもずっと、ドキドキし続けると思う」

侑「や、やめてよそういうこと言うの。私も救急車呼んでもらわないといけない羽目になるよ」

歩夢「えへへ、侑ちゃんが私をドキドキさせるのがいけないんだよ?」

21: 2021/03/01(月) 21:25:37.19 ID:hd7Lmxe4.net
────

歩夢「私たち、まだまだ長生きしたいね」

侑「そうだねえ。けど、長生きは寂しいこともあるよ」

歩夢「うん…。でも、それは仕方ないことだよ」

侑「そうなんだけどね。まさか私たち以外、みんな先に逝ってしまうなんて思わなかった」

歩夢「さっきみんなの話をしたときも、少しだけ現実逃避してなかった?」

侑「バレてた?」

歩夢「侑ちゃん、分かりやすいから」

侑「あはは。やっぱりね、まだ信じられないんだ」

侑「もうこの世に、みんなは居ないんだってこと」

侑「これまでの人生で、いろんな人に会ってきたけど──」

侑「私にとって同好会の皆は、何よりも特別だったから」

歩夢「侑ちゃん…」

22: 2021/03/01(月) 21:31:17.37 ID:hd7Lmxe4.net
侑「歩夢は──私より先にいかないでね」

歩夢「私だって、侑ちゃんに先に氏んでほしくないよ」

侑「もう、わがまま言わないの」

歩夢「わがままじゃないよ。侑ちゃんに長生きして欲しいだけ」

侑「そんな…歩夢まで居なくなったら私……さみしいよ」

歩夢「その言葉は、とっても嬉しいよ。けど──」

歩夢「侑ちゃんは一人じゃないよ」

侑「でも……」

歩夢「今は可愛い孫だっているじゃない」

歩夢「私たちの血が繋がった孫が」

歩夢「みんなは居なくなってしまったけど──」

歩夢「私たちや、私たちの子供、みんなの子供、そして孫」

歩夢「今を生きる誰かがみんなを覚えている限り」

歩夢「まだこの世に生きているんだ、って私は思うよ」

侑「……歩夢」

侑「うん…。そうだね」

24: 2021/03/01(月) 21:35:36.02 ID:hd7Lmxe4.net
侑「あはは…。歩夢は本当に強くなったなあ」

侑「気づいたら、歩夢に励まされることが増えてた気がするよ」

歩夢「侑ちゃんがずっとそばにいてくれたからだよ」

歩夢「進む道が違ったときも、お仕事が忙しい日も、入院したりした時も、一緒にいられない時間があっても──」

歩夢「侑ちゃんがずっと一緒だ、って言ってくれたから、私は頑張れた」

歩夢「おばあちゃんになっても、一緒にいてくれてありがとう」

侑「や、やめてよ歩夢。そういうセリフはもっと最期まで取っておいてよ」

歩夢「だめ。こういうのは伝えられるうちに伝えておかないと」

侑「…そっか。なら、私からも──」

侑「と、思ったけど…うまくまとまらないや」

侑「ダメだなあ。年を取ると、言葉がすぐに出てこなくなっちゃう」

歩夢「今すぐじゃなくたって良いよ。きっと、まだ時間はあるから」

歩夢「ゆっくり、侑ちゃんらしい言葉で、伝えてね」

侑「うん。必ず伝える」

25: 2021/03/01(月) 21:39:24.14 ID:hd7Lmxe4.net
歩夢「侑ちゃん」

侑「何?」

歩夢「明日は絶対に、目を覚ましてね」

侑「当たり前だよ。歩夢の誕生日だからね」

歩夢「良かった。ちゃんと覚えててくれた」

侑「あはは。といっても、もう何度目かは思い出せないんだけどね」

歩夢「それでもいいよ。ここまで来たら、何歳かだなんて関係ない」

歩夢「侑ちゃんに祝ってもらえるだけで、幸せ」

侑「ふふっ、いくつになっても歩夢は可愛いな」

侑「絶対に生きて、歩夢の誕生日をお祝いするよ」

27: 2021/03/01(月) 21:42:28.53 ID:hd7Lmxe4.net
───

歩夢「日が傾いてきたね」

侑「今日の夕飯は?」

歩夢「侑ちゃんの好きなたまごやき」

侑「やった。じゃあ、夕飯ができるまで、私は自分の部屋にいるから」

歩夢「うん。楽しみに待っててね」

─────

侑「さて、と。じゃあ、今日の日記、書いていきますか」

28: 2021/03/01(月) 21:45:59.05 ID:hd7Lmxe4.net
2月28日

今日は歩夢と縁側でひなたぼっこをした。

歩夢の淹れてくれるお茶は最高で、おせんべえもうまい。

生前に果林さんがくれたサブレも、美味しくいただいた。

思い出の品の封を切ることは、果林さんがいた証が消えるような気がして複雑だったけど、物にこだわることはないのかもしれない。

歩夢の言うとおり、今を生きる私があの人を覚えていれば、果林さんは私の中で生き続ける。

月並みだけど、本当に大事なものに、きっと形はないんだ。




ヴェルデさん一家も、歩夢の話じゃ相変わらずお元気そうだ。

ニジガクのお母さんであり続けたエマさんは、あんなに温かそうな大家族を築いたんだ。

人間の縁とは不思議なもので、私たちはヴェルデさんたちとはエマさんを通じてしか話したことは無かったのに、あの人が亡くなったあとも、手紙を──しかも日本語で書いて──くれるほど交流が続いている。

エマさんの遺したぽかぽかは、あの人が居なくなった今も、この世に残っているんだ。

エマさんの家族の人達に、しっかり受け継がれている。

それが、あの人が居たという証だ。

29: 2021/03/01(月) 21:49:36.85 ID:hd7Lmxe4.net
しずくちゃんが初主演をつとめた映画を見て、懐かしくなった。

彼女は立派な大女優になり、晩年まで舞台に立ち続けていた。

あの子の遺作となった舞台の千秋楽を、歩夢と一緒に見に行ったことを思い出した。

どんなに老いても、その出で立ちはプロそのもの。

けど妙な飾り気は無くて、私のよく知る、しずくちゃんのありのままの姿が、そこには在り続けた。

あの子が遺した作品は、後世にも語り継がれて行くことだろう。

彼女が生前好きだった大女優の映画でさえ、今の時代も愛されているのだから。

しずくちゃんの名前だって、きっとこの世から消えることはないはずだ。




今日の陽気は、彼方さんがすやぴしてしまいそうなほどに、温かかった。

いつもニジガクの校庭や、部室のソファやテーブルで寝ていた彼方さんの姿を、ついこないだのことのように思い出す。

あの人の訃報を最初に聞いたときは、どうせまた寝てるんでしょう?なんて思った。

そんな不謹慎な冗談さえ頭に浮かぶくらい、あの人はよく寝ていたから。

自身も周りも疲労に気づかないくらい、頑張る人だったからなあ。

お葬式で顔を見たときは、もう一度目を覚ましそうなほど明るい顔色をしていた。

エンゼルケアの力もあるかもしれないけど、きっと晩年は、あの人の大好きな遥ちゃんとの、のんびりとした日常を過ごせたのかもしれない。

今は遥ちゃんと一緒に、天国でぐっすり休んでいるだろう。

こんな晴れた日には、また彼方さんを思い出すよ。

30: 2021/03/01(月) 21:53:36.84 ID:hd7Lmxe4.net
お昼にはもんじゃみやしたのもんじゃを食べた。

愛ちゃんのお父さん、お母さん、愛ちゃん、愛ちゃんの子供、孫。

代々受け継がれてきたもんじゃの味は、愛ちゃんが居なくなった今でも変わらず美味しかった。

現場を離れてからは、ずっとぬか漬けを作ってて、時々私たちのところに持ってきてくれてたなあ。

あんなに元気で豹柄の服が似合うおばあちゃんは、私が知る限りではきっと愛ちゃんだけだったよ。

あの子がもんじゃやぬか漬けを受け継いだように、愛ちゃんの遺したものは着実に次の世代へと受け継がれている。

愛ちゃんの居たという証は、これからも消えないだろう。

名前の通り、多くの人に愛を刻んでいったのだから。




私と歩夢の間に子供を授かれたのは璃奈ちゃんのおかげだ。

誰よりも繋がりを大事にする子だったから、性別に関わらず、本当に好きな人と、命を繋いでいけるような世界を作りたかったのかも。

こんな歴史的瞬間に立ち会えたこと、そしてそんな子と繋がれたことを誇らしく思う。

お葬式で見た彼女の氏に顔は、まさににっこりんだった。

表情を作れなくて悩んでいたあの子も、笑って最期を迎えられたんだ。

私が氏ぬときも、あの子のようににっこりんな笑顔でいたい。

32: 2021/03/01(月) 21:57:04.38 ID:hd7Lmxe4.net
せつ菜ちゃん──菜々ちゃんがいなければ、この世はもっと生きづらかったかもしれない。

璃奈ちゃんが産み出した同性間で子供を授かる技術は革新的だったけど、倫理や差別的な観点から、世間の声は当然厳しかった。

けれども菜々ちゃんが政治家になって、誰もが大好きを叫び、形にできる世界を作り上げてくれた。

スクールアイドルと生徒会長で培った圧倒的熱量とカリスマで、世論を作り、人の心を動かし、自分の野望を叶えたんだ。

私が初めてあの子に出会った日にともったときめきの炎は、今も煌々と胸で燃え盛っている。

優木せつ菜ちゃん、中川菜々ちゃん──君のこと、絶対に忘れない。





かすみちゃんの孫と私たちの孫が、今日SIFに参加したらしい。

私と歩夢は足を悪くしてしまったから、見に行けなかったのは残念。

けど、きっとあの頃のかすみちゃんみたいに、可愛いんだろうね。

私たちが企画したスクールアイドルのお祭りが、おばあさんになるほど時が経った今でも続いてる。

中身も最初の頃とは変わっていったものもあるけれど──

スクールアイドルとスクールアイドルが好きな人、みんなが楽しめるお祭りだということは、これからも変わらないだろう。

天国でも、たくさんの人をメロメロにしてね。

33: 2021/03/01(月) 22:02:29.44 ID:hd7Lmxe4.net
───歩夢。

歩夢と初めて会ったのは、いつだったかな。

引っ込み思案で、泣き虫で、自分に自信がない私の幼馴染。

けれども、そんな欠点に見えることさえも、魅力に変えてしまえる素敵な人。

私の人生で、初めて可愛いと思った人は、歩夢だったんだよ。

歩夢ほど記憶力は良くないし、もうボケも始まってしまってる私だけど──

その時のときめきを、決して忘れることはない。



私はもしかしたら、初めて会ったときからずっと、歩夢に恋をしていたのかもしれない。

歩夢と一緒にいたい。何かを始めたり、何かをするなら歩夢と一緒がいい。

昔からその思いはあったけど、それが恋というのだとは知らなかった。

たぶん初めて自覚したのは、音楽科に転科したときだった。

初めての環境で、周りに味方でいてくれる人も見つけられなくて、夢に破れそうになった。

歩夢と離れて、いつだって一緒にいてくれたことに気づいた。

甘えん坊だと思っていた歩夢が、いつの間にか強くなって、私を支えてくれたから──守ってくれたから──

私も歩夢を、自分の一生をかけて大切にすると誓ったんだ。

34: 2021/03/01(月) 22:06:51.74 ID:hd7Lmxe4.net
プロポーズは私からしたね。

歩夢が大げさなほど泣いたから、私もつられて泣いちゃったよ。

歩夢とは小さいときから一緒にいたから、もう家族みたいなものだったかもしれないけど──

私が歩夢の夫として、歩夢が私の妻として、客観的に証明できる事実が欲しかったんだ。

役所に婚姻届を出して、結婚式を開いて、いつの間にか歩夢が妊娠をして──子供が生まれた。

歩夢と結ばれたという実感が、いくつもの出来事を重ねる毎に湧いていったよ。



いつだったか子供が、『私だけの侑ママで居て』とか言い出したときは、血は争えないなと思ったよ。

私は笑っちゃったけど、歩夢は汗をだらだらかいてて面白かったなあ。

『歩夢ママを最初に可愛いと思ったのは、私なんだからね』とか言い出したときは、私が汗をかく羽目になったけど。

そんな子供も今は結婚して、可愛い可愛い私たちの孫の顔まで見せてくれた。

私たちの家系図は、これから先も絶えることなく続いていくだろうね。

子供に孫──私にとって、大切なものはどんどん増えていったけど、

それでも歩夢を好きだという気持ちは、変わらなかった。

みんなや子供達には悪いけど、やっぱり歩夢だけは特別だよ。

36: 2021/03/01(月) 22:10:58.77 ID:hd7Lmxe4.net
これは、歩夢に贈る、最後のラブレターになるかもしれないね。


私、歩夢と会えて、ここまで生きてこられて、最高の人生だったよ。

好きな人と、好きなことをして、好きなように生きた。

楽しいことばかりじゃなくて、ケンカをした日もあったけれど、

私はそれでも、歩夢をきらいになったことは、一度も無かったよ。

家に帰ると歩夢が居て、「おかえり」と言ってくれて、誰よりも近くで、大好きな人の笑顔を見られる──

挙げるとキリがないくらい、ひとつひとつの日常のやりとりが幸せだった。



歩夢──

私と歩んだ人生は最高だった?

歩夢なら、もちろんって答えてくれるよね。

私たちは、あの時に見た夢の先に立っていて、そろそろゴールも近いと思う。

けれど、向こうの世界で歩夢と一緒にいられるなら、何も寂しくない。

もし生まれ変われたなら、また歩夢と出会って、歩夢の幼なじみになって、歩夢を好きになる。

何があっても、私たちの思いは変わらない。

あの日にした約束は、これからも絶対に忘れないよ。



歩夢、今までありがとう。そして、これからもよろしく。

37: 2021/03/01(月) 22:14:05.48 ID:hd7Lmxe4.net
侑「よし」

侑「ずっと書き続けてきたこの日記も、今日でおしまい」

侑「明日、これを歩夢に渡そう」

侑「もう何度目かは思い出せないけれど、歩夢の誕生日だから」


歩夢『侑ちゃーん!晩ごはんできたよー!』


侑「はーい!今行くよー!」

40: 2021/03/01(月) 22:19:08.81 ID:hd7Lmxe4.net
──歩夢と一緒に見た夢。

──私たちの撒いた種も、今は立派な花を咲かせたよ。

──歩夢からもらった、たくさんのありがとうを、今度は私が返す番だ。

──明日の朝も一緒に迎えて、私は伝えるだろう。

──あの日交わした目覚めの約束を、守り抜くために。











おわり

43: 2021/03/01(月) 22:28:36.48 ID:XjirQqkT.net
切ない…

44: 2021/03/01(月) 22:29:02.46 ID:msWd6FK8.net
号泣しました。ゆうぽむも同好会のみんなも幸せそうな人生でとてもよかったです。

引用元: 侑「お日さまが温かいですねえ、歩夢おばあさん」