212:  ◆tFAXy4FpvI 2012/12/10(月) 23:28:47.11 ID:t9o9Tp5no



前回はこちら



 4人で旅をすることになり、もう1ヶ月が過ぎた頃。
私、如月千早自身の旅はもう半年以上が経過している。



今頃は城に集まっていたあの勇者達がどれくらいまで進行しているのかは
もうわからないけれど、私達はかなりの遅いペースで進んでいると感じて

いる。



途中、山道で我那覇さんが崖から落ちたり、
萩原さんが温泉を掘り当てたり,
我那覇さんが拾ってきた動物が猛毒を持っていたり、
我那覇さんが池に落ちたり、と色々していた。



千早「キサラギクエスト」シリーズ



213: 2012/12/10(月) 23:30:41.56 ID:t9o9Tp5no
だが、
現在、一行は国境付近の紛争地帯、ニゴの目の前の砂漠地帯を歩いている




この辺りはモンスターも国有の軍に所属しているモンスターがいたり、
帝国のモンスターがいたりと、大変であったが、4人でなんとか
乗り越えてようやくここまでたどり着いた。



そんな中で、私達はまた彼女と会うことになった。

214: 2012/12/10(月) 23:31:25.36 ID:t9o9Tp5no
荷物を積みすぎて山のようになっていて
ほとんどが荷物の荷車をゴーレムが引いて動く、旅商人。


幼い顔をしているが商売はしっかりと行う抜け目ない女の子、
前にあった時は右後ろに髪をちょこんと束ねていたようだけど、
今日は左に束ねているようだった。


まぁ、別段気にすることもないようなことだけど。


「んっふっふ~、ねえねえ、お姉ちゃんたち、いい武器あるよー?」

215: 2012/12/10(月) 23:32:30.74 ID:t9o9Tp5no
「久しぶりだね、前に会った時はアズミンの前であったのかな?
 今日こそはボクもお得な買い物させてもらうからね!」


真がそう言うと、少女は首をかしげた。


「んー? 真美とは初めまして、だよ?」

「真ちゃん、知り合い?」

「ううん、真美とお姉ちゃん達は初めて会うよ?」

萩原さんは真に聞いたが、旅商人の女の子が答える。
でも、初めまして? どういうこと?

216: 2012/12/10(月) 23:33:37.12 ID:t9o9Tp5no
「別人……?」

「え? 千早……どういうこと?」


我那覇さんは別段興味無さそうに地面にヤンキー座りをしてその辺の草をいじっていた。子供か。


萩原さんはすっかり混乱していたが、どうやらこの少女は前にアズミンの
入り口で会った時の子とは別人のようだ。

217: 2012/12/10(月) 23:34:07.14 ID:t9o9Tp5no
「あー! なるほどね。お姉ちゃん達、亜美に会ったんだ!」

「そうだ! 亜美だよあの女の子の名前は……君は……えと」


真も思い出してきたようだった。


「真美だよー。えっと、千早お姉ちゃんに……」

「あぁ、僕は真。それからこっちが雪歩、あっちのが響」

真がささっと紹介を済ませてしまう。

218: 2012/12/10(月) 23:34:32.79 ID:t9o9Tp5no
「うんうん、じゃあじゃあ名前も覚えたということで、
 何が欲しい? いい武器あるよー?」

「千早お姉ちゃんの剣も随分、ボロっちくなってきたんじゃない?」

「そうかしら?」


そう言われてみればそうかもしれない、と剣を鞘から抜いて見てみる。
そこに食い入るように見てくる真美の顔。
それからこちらを見つめてきて、


「お姉ちゃん、ちゃんと整備してないでしょう?」

219: 2012/12/10(月) 23:35:07.40 ID:t9o9Tp5no
「そ、そんなことないわ。
 ちゃんと戦闘のあとには血を拭きとっていたりするもの」

「戦闘の無い時だってちゃんと整備してあげなきゃダメなんだよー!」

「そ、そうなの?」

「普通はそうだと思うぞ?」


横から我那覇さんにも言われる。くっ。
あなたに言われるなんて。

220: 2012/12/10(月) 23:35:49.41 ID:t9o9Tp5no
「自分も戦闘のない時以外にだって召喚獣達に餌あげてるぞ」


なんか違う。放っておきましょう、彼女のことは。


「そんなお姉ちゃんに……」

と言いながら荷物の中に潜って進んでいってしまった。
相変わらず頭から突っ込んでいくためにパンツが丸見えである。


そして、荷物を詰んだ車ごとがたごとと揺れたあとに真美は顔を出し、


「ほい、この剣! いいよー?」

221: 2012/12/10(月) 23:36:16.11 ID:t9o9Tp5no
「なに、これ?」

「性能自体は今の千早お姉ちゃんの持っているものと代わりはしないんだ

けど、
 なんといっても錆にくい! すごい! 最高!」

「それから魔法の属性の付加も付け加えやすいというお得感が!
 ゆきぴょんは魔法使えるよね?」


突然話を振られて驚いている萩原さん。


「う、うん。一応一通りは使えるよ」

222: 2012/12/10(月) 23:36:50.61 ID:t9o9Tp5no
「じゃあこの剣に炎とか雷とかいろいろつけられるから!」

「それで千早お姉ちゃんの強さもパワーアップだよ!」

「そうね、そこまで言うなら買おうかしら……」

「たまには千早、自分の買い物をするのもいいと思うよ」


と真。我那覇さんも頷いてし、萩原さんも


「うん、いいと思うよ」


と言う。

223: 2012/12/10(月) 23:37:37.22 ID:t9o9Tp5no
「そう、ありがとう。じゃあ買うわ」

「まいどありー!」


それから私は新調した剣を背負い、古い剣を我那覇さんにあげた。
我那覇さんは

「いらないんだけど……」

と言っていたが護身用に、と持たせておくことにした。

いい商売ができたと、満足をした真美は荷車を引くモンスターの方に飛び乗り、


「じゃあ、またねー! さ、ゴーレムちん。いっくよーん!」


と大きく手を振りながら私達がきた道の方へと消えていった。
私も新しく武器が手に入って久しく上機嫌だった。

224: 2012/12/10(月) 23:38:32.08 ID:t9o9Tp5no
それから街へ入る。
街はなんというか寂れていて、建物は茶色く汚れていた。


街全体も薄汚く、どこか居心地の悪い空気が流れてる。
そしてすれ違う人々は生気が感じられずにいつ氏んでもおかしくないかのような
雰囲気だった。



そして時折鳴り響く、爆発音、悲鳴、怒轟。
せわしなく、だが、確実に戦闘の気配を感じさせられる場所だった。


225: 2012/12/10(月) 23:39:19.18 ID:t9o9Tp5no
萩原さんは大きな爆発音のなる度に体をびくつかせ、そちらを向いて、
それが遠くであることを確認すると少し安堵の表情を見せていた。
今からそんなでは本物の戦争に巻き込まれた時どうするのだろうか……。


そんな中、我那覇さんは

「あうー、お腹すいたぞ……」


と駄々をこねだしたので、まぁ、お昼時でもあるか、と私達も昼食をとることにした。
昼食はその辺のご飯屋さんでいいか、という話になり、店に入る。

226: 2012/12/10(月) 23:39:59.83 ID:t9o9Tp5no
店はかなりオープンになっていた。
普通はお店に入るのにもドアがついていて、
と思ったが、この街ではこれが普通なんだろう。


お店の人に聞くと、街に襲撃があった時に全員が逃げやすいように
ドアはなく開放的になっているとのこと。
なるほど。


「さて、じゃあご飯にしましょうか」

「やったー」


両手をあげて喜ぶ我那覇さんにお腹を軽くさすりながら

「実はボクもお腹ぺこぺこだったんだよー」


と真。
それから店の奥の屋根のある場所に座り、
つかの間の休息。

227: 2012/12/10(月) 23:40:34.88 ID:t9o9Tp5no
寂れた街の中で食べるご飯はあまり美味しくなく、
よくこれでご飯が出せたものだろう、
と思いみんなの様子を見てみると
萩原さんもどうやらそんな様子だった。


萩原さんにこっそり耳打ちで


「あまり美味しくないわね」

というと、申し訳なさそうに小さく頷いた。
丸いテーブルに座った私達4人はこれからについて喋りながらご飯を食べていた。

228: 2012/12/10(月) 23:41:06.13 ID:t9o9Tp5no
「じゃあこれから、
 あっちの帝国に入るためにここで準備をしなくちゃいけない
 ってことか?」

「そうね、だからもう少し、ここの街にはいるのだけど……
 でも、まずは色々と情報が必要よ」


そうやって話していると……
いかついオジサンに話しかけられた。
この店の人ではないみたいだけど。

229: 2012/12/10(月) 23:41:39.13 ID:t9o9Tp5no
「おい、姉ちゃん。
 その背中に背負っているもん、少し見せてくれないか?」

「……?」


男の人っ、と私の後ろで萩原さんがびくついているのがわかる。


「今時、剣が珍しいでしょうか?」

「そうじゃねえよ、ちょいと見せてみろってんだ」

「はぁ……」

230: 2012/12/10(月) 23:42:05.13 ID:t9o9Tp5no
仕方なく、背中から剣を下ろし、自分で真美から買ったばかりの
剣を鞘から抜き、刀身を見せる。


「あぁーーー!!」


突然の大声に萩原さんはビクついて小さくなる。


「やっぱりだ、やっぱりこいつはうちの店の剣じゃねえか!!」

「えっ?」

231: 2012/12/10(月) 23:42:35.17 ID:t9o9Tp5no
「いえ、これは……旅商人から買ったもので」

「いいや、間違いねえ、これはうちの店のもんだ!!」

「お前そんな旅商人とか言いながらあんたが盗んだんじゃあるめえな!!」

「おい、千早は確かに旅商人から買った、それは僕達3人が見ていたぞ!」


そう言いながら真が立ち上がる。我那覇さんも


「そうだぞ!! きっとあの旅商人が盗んだんだぞ!」


なんか違う。

232: 2012/12/10(月) 23:43:02.97 ID:t9o9Tp5no
「旅商人が盗んだものを転売しやがったってことか……」


なぜか納得しかけているオジサン。


「じゃあもともとは俺の店のもんなんだからあんたが払ってくれよ」

「どうしてそうなるのよ」

「うちの店だってなぁ……かなり苦しいんだぞ……」

「息子は戦争に巻き込まれ氏んじまうし……」


と突然のお涙頂戴がはじまった。私はこういう話は好きではない。
どうしても思い出してしまうことがあるから。

233: 2012/12/10(月) 23:43:29.72 ID:t9o9Tp5no
「わかったわ。払うからあっちに行ってください」


刀を置いて、そして、お金をオジサンに払う。
思わぬ出費。痛々しい。でも、まぁお金は割りと余裕があったりする。
今度会ったらあの真美とかいう旅商人をとっちめてやらなくちゃ。


オジサンもそれで手打ちにしてくれたのか、
その後は何も言わずに去っていった。

234: 2012/12/10(月) 23:43:58.08 ID:t9o9Tp5no
「はぁ……」

「なんだったんだ……? あのオジサン」

「わからないわ……」


テーブルに再びつく、まだ残ってる。
皿の上の不味いご飯を食べる気にはなれなかった。



235: 2012/12/10(月) 23:44:48.66 ID:t9o9Tp5no
「ごちそうさま。もういいわ」


と言いかけた所でまた別の人が話しかけてきた。今度は女の人。


「ねぇ、あなたの持っている、その杖、もしかしたら
 私の家のものかもしれないのよ」


そう萩原さんに話しかけた。
萩原さんの装備してる杖に言ったのだろうか。
でも、これは確か萩原さんの一族の特殊な杖だったはず。

236: 2012/12/10(月) 23:45:53.74 ID:t9o9Tp5no
「おい、君、その椅子はこの店に来た時にいつも私が使っているのだ。
 使用料金を払ってもらうぞ!」

「えっ!? じ、自分そんなにお金持ってないぞー!?」


今度は我那覇さん……。
まさか……この店。
いえ、違うわ。店にいなかった人までもが来ている。
この街自体が。


「みんな、行きましょう……」

237: 2012/12/10(月) 23:46:27.27 ID:t9o9Tp5no
「うん」

ガタッ。席を立ち行こうとする。
しかし、次々に現れる金を出せと迫り来る
街の人たちが邪魔で店さえも出れない。


さらには店主までもが


「おい、いつまで店にいるつもりだ。
 居座った時間分の料金がまだ払われてないぞ」


と言い出す始末。この街……人の心までもが寂れているのかしら?

238: 2012/12/10(月) 23:46:53.33 ID:t9o9Tp5no
剣を背負い、外に、早く出たい。


「あ、あれ?」

「どうしたの千早……」

「さっきの……私の剣がない……」

「「「 えぇぇ!? 」」」

239: 2012/12/10(月) 23:47:30.44 ID:t9o9Tp5no
咄嗟に周りの人間達が黙りこむ。
あっという間にこんな大人数に囲まれてしまったのか。
買ったばかりの剣がない。誰かに盗まれた。
この乞食の街に住む、誰かに……盗まれた。


周りを見渡す。人と人の間。


「どいてください!! 道を開けてください!!」


真がいっきに戦闘モードに入る。
途端に溢れ出る真の尋常ではない殺気に
囲んでいた乞食達はどよめきいっきに離れた。

240: 2012/12/10(月) 23:48:26.76 ID:t9o9Tp5no
4人は一斉に店の外に飛び出す。
他の3人は荷物は取られていないみたいだ。


「我那覇さん、匂いでわかったりしないの?」

「えぇ!? さすがにそれはわかんないぞー!?」

「まったく、相変わらず使えないわね……」

「千早!? そんなことないぞ!?」

241: 2012/12/10(月) 23:48:59.17 ID:t9o9Tp5no
「千早ちゃん、あれ!」


萩原さんの指差す方向、遠くの街角に、
ボロい服にフードを被った少年が
私の剣を抱えて、消えるのを見た。


「いた!」


咄嗟に走り出す私をみんなが追いかける。
絶対に逃すものですか。

242: 2012/12/10(月) 23:49:34.34 ID:t9o9Tp5no
「もしかしたら最初のオジサンも全部ウソかもしれないね」

「そうかもしれないね、
 たぶんそれで街のみんながお金をくれる人だ、って
 思って寄ってきたのかもしれない……」


萩原さんと真の会話が後ろから微妙に聞こえる。
私は騙されたっていうの!? 余計に腹が立ってきた。


この街の住人だけあってさすがに逃げるのに手馴れている。
街の角を右に左に……。

くっ、おいつけない……? あんな子供に!

243: 2012/12/10(月) 23:50:04.42 ID:t9o9Tp5no
「千早ちゃん、ちょっと待ってね。今、身体強化の魔法かけるから」

「お願い、萩原さん」

「はい!」


萩原さんの手から白い閃光が走り、私の体を取り囲む。
すると、体がいつもよりも軽く感じる。何倍もの力を出せる気がした。

いや、実際には出ているんだろう。
どんどんと少年の後ろ姿が近くなる。

244: 2012/12/10(月) 23:50:59.46 ID:t9o9Tp5no
そして、飛び込む。
体をがっちり掴んで抑えこむ。


二人同時に倒れこみ、少年の手から持っていた剣が落ち、地面を滑る。
それを誰かに拾われたらたまったもんじゃない
と思った私は強化された身体能力で
滑り行く剣の行き先に先回りし、足で剣を跳ね上げキャッチする。


剣を抜き、いっきに少年の首にそえる。
残念ながら今は機嫌が悪いのよ。


「覚悟はいい……?」

245: 2012/12/10(月) 23:51:36.45 ID:t9o9Tp5no
少年は顔をあげた拍子にフードが取れた。頬には絆創膏をしていた。
だが、どこか街の他の人間のしていた目をは違った。


「くそ……化物め……」

「別に化物で構わないわ。人の道を踏みはずすあなたよりはましよ」


黙って私を睨みつけるその少年。
悪びれる素振りもなく。

246: 2012/12/10(月) 23:53:10.08 ID:t9o9Tp5no
「人の物を盗むという罪を知っているかしら?」

「うるさい、おっOい盗まれた女に人間を語られたくないね」


殺そう。ここで首を落としてやろう。
振りかざす。


その時に後ろから羽交い絞めにされる。


「待った、千早、ストップ!」

「放して、真。頃すの。いいのよ! こんなヤツ頃したって!」

「お、落ち着いて千早! だめだってば!」

247: 2012/12/10(月) 23:53:54.37 ID:t9o9Tp5no
「あ、あのぉ……ど、どうして千早ちゃんの剣を盗んだのかなぁ?」


にこっ、と笑いながら中腰になって少年と同じ目線になって
話しかける萩原さん。
子供の男の子は平気なのかしら?


「うるせえちんちくりん」


プイとそっぽを向く少年。
次の瞬間には近くには穴が誕生していた。
そして、穴の中からはしくしくと泣く声が。

248: 2012/12/10(月) 23:55:04.25 ID:t9o9Tp5no
「こら、だめだろそんなこと言っちゃ」


ゴン、と軽くゲンコツをかます我那覇さん。


「いってぇ、何すんd」

「君、名前は?」

「……ぅ」

「名前。言えるだろ? 自分の名前だよ。ほら」

「……き」

「え?」

「高槻……長介」

251: 2012/12/11(火) 21:43:03.29 ID:AMslQVDHo
…………
……


「それで、なんで盗んだんだ……?」

「お前らよそ者には関係ねえよ」


再びむっとする我那覇さん。


「そんな言い方はないぞ」

「そうね、とりあえず理由だけでも話してくれないかしら?」

「チッ、わかったよ……」

252: 2012/12/11(火) 21:43:39.80 ID:AMslQVDHo
「剣を売り飛ばそうとしていたの?」

「そうじゃねえよ。この街ではどこも安く買い取ろうとしたがる。
 売る時はぼったくるくせにな」

「俺の家は貧乏で両親はずっと出稼ぎにいってて、帰ってこないし
 姉ちゃんもずっと働いてた」

「だけど、つい3日前。
 姉ちゃんは帝国の街にある貴族のお嬢様とやらに連れて行かれたんだ」

「でもそこで雇われたっていうわけじゃなく、
 ただそこに囚われているって感じなんだ」

「そこまでは俺がこの街で得た情報だから宛にはならないけど……」


帝国の街……。

敵地。

253: 2012/12/11(火) 21:44:08.62 ID:AMslQVDHo
「真、ここから一番近い帝国の街って確か……」

「うん、この町と国境を挟んでちょうど反対側にあるのは
 クギューウの町だ」

背中の荷物から地図を取り出し、広げる。
そこに4人で顔を寄せて見る。
真が現在地であるニゴを指さす。

「ここがニゴ。そして、このラインが国境」

「国境近くの紛争地域とは聞いていたけど地図でみると
 やっぱりすごく近いぞ……」

254: 2012/12/11(火) 21:45:00.04 ID:AMslQVDHo
「そして、これが帝国の一番近い街……クギューウの町」

「そうだ! 思い出した!
 確か、水瀬とかいう金持ちの家があるんだ」

「たぶんそこに連れ去られたんだよ……」

「なぁ、あんた勇者だろ。助けてくれよ……」


そういう長介の目は俯いていた。


「だめよ」


だからこそ、きっぱりと断った。

255: 2012/12/11(火) 21:45:30.14 ID:AMslQVDHo
真と我那覇さんはやっぱり私の発言には驚いていた。
すっかり二人共助ける気まんまんだったようだ。


「じゃあいいよ、剣貸せよ」

「剣を使って何をする気?」


長介は真剣な眼差しで手をだしてきた。
思わず飲み込まれそうになるくらい、まっすぐな目をして。


256: 2012/12/11(火) 21:46:44.35 ID:AMslQVDHo
「もともと剣を盗ったのはそのつもりだったんだ。自分で助けに行く」

「あんたのその強そうな剣で戦って、助けだしてみせる」

「たった一人の姉ちゃんだからな……」



――助けて、お姉ちゃん!

――優! やめて! 優を返して!



はぁ……。
またいい良いタイミングで出てくるのね、あなたは。
私もまだ未熟者なのかしら。

257: 2012/12/11(火) 21:47:46.29 ID:AMslQVDHo
「確かにそうね。
 私に頼むんじゃなくて、助けたいなら自分で助けなさい。
 だけど剣は貸せない。これは私のよ」


「あなたのお姉さん、助けるためにはあなたが使うよりも
 私が使う方が何倍も戦力になるわ。
 だから、手伝いくらいはしてあげられる」



そう言うと長介も真も我那覇さんも安心した顔をした。
一方、近くにある穴からは未だにめそめそと泣く声が聞こえていた。

258: 2012/12/11(火) 21:48:21.84 ID:AMslQVDHo
「さて、そうと決まれば助けに行くためには
 どうやって行けばいいのかしら?」

「そうだね、国境を超えるとなるとかなり難しいと思うんだよね……」

「戦地どまんなかをどさくさにまぎれて突っ込むってのはどう?」

「危険すぎるわ。戦闘の素人の長介がいるのよ」

「雪歩の魔法でなんとかならない?」

「そんなに万能じゃないけど、シールドぐらいなら……」


たとえシールドを張って特攻したとしても知らない地に潜伏して
逃げ回れるという自信はない。そんな危険な賭けにはでられない。

259: 2012/12/11(火) 21:49:18.56 ID:AMslQVDHo
他に何か方法は……?

地上がだめならば空から? だけど空をとべるものは?

ある。一匹だけ。


「我那覇さん、バハムートで向こう側まで行けないかしら?」

「ハム蔵のことか? ハム蔵は人を乗せて飛ぶのはすごく嫌がるんだ」

「ましてや自分以外の人を乗せるなんてのはもっての外だぞ」

「そう……なら仕方ないわ」


全然使えないわね、ハム蔵。

260: 2012/12/11(火) 21:49:49.50 ID:AMslQVDHo
「とりあえず様子だけ見てみましょう」

と言い。国境付近、立入禁止の戦闘区域に行く事にした。
本当に街を出ればすぐそこにあった。
こんな所でなぜ戦闘を。


戦闘の様子を少し見るだけでもわかるが、これは圧倒的にナムコ王国が
押されている。

戦闘区域の入り口には憲兵が鬼のような顔をして立っていた。

261: 2012/12/11(火) 21:55:45.26 ID:AMslQVDHo
「なんだ貴様らは……。ここは立入禁止の区域だぞ」

「あの私は勇者なんですが……」

「勇者? あぁ、国がやってる催し物か」


ため息をつくように憲兵はいった。


「勇者が助けに何人か入ったいずれも全員氏体になって返ってきたよ」

262: 2012/12/11(火) 21:56:21.71 ID:AMslQVDHo
「どこに行きたかったのかは知らんがね。
 氏体の処理をするこっちの身にもなってほしいものだ」

「だからとにかくここを通すわけにはいかないんだよ」


と言い、しっしっ、と手で払うようにする。
仕方なく街に戻ろうとすると見たことのあるものを見つけた。


263: 2012/12/11(火) 21:56:50.45 ID:AMslQVDHo
それは後にぼったくりで偽商売で詐欺に
あったからこそ招待はわかったが、
それでも思い出しただけでもイライラとするほどのその荷車の形。


荷物が大量に積んであってまるで一つの小さな山のようなその形容。
よくぞバランスを保っているものだ、と思うほど。
それは旅商人の亜美、もしくは真美のものだった。


「みんなあれよ! 走って!」

264: 2012/12/11(火) 21:57:49.09 ID:AMslQVDHo
荷車はまっすぐそのまんま戦地に向かって動いていた。


「はぁっ、千早、どうしたんだよ急に!」

「あの荷車、真美か亜美のでしょう!」

「あの車がもしここを渡ろうとするのであれば何らかの方法を持っているはず」

「それに便乗して一緒に渡ろうという作戦よ!」

「な、なるほど」

265: 2012/12/11(火) 21:58:25.96 ID:AMslQVDHo
「亜美ーーーっ! 真美ーーーっ!」


どちらかわからないのでとりあえず両方呼ぶ。
すると驚いたことにピタっと止まってくれた。


「はぁっ、はぁっ、ねえ、亜美? えっと真美?」

「どちらかはわからないけれど、ここを渡って帝国に行こうというの?」


荷車の上にいつもちょこんと乗っかっていたあの双子はどこにも乗っていなかった。
どこにいるの?

266: 2012/12/11(火) 22:00:06.83 ID:AMslQVDHo
「さて、私はどっちでしょー? 真美でしょうか? 亜美でしょうか?」


荷物の中から聞こえるあの双子の軽い声。
実際には見分けがつかない。
そんなクイズどっちもわかるわけがない。


萩原さんはさっきの走ったので息を切らし膝に手をついて、
全然顔をあげずにハァハァ言っていた。

267: 2012/12/11(火) 22:00:45.31 ID:AMslQVDHo
長介はあとから送れてハァハァ言いながらこっちに到着した。
やはり戦闘では足手まといになる……かもしれない。


「クンクン……この匂い、さっきあった子とは違う子だぞ」


我那覇さんが言った。本当に? 
正直信じていいとは思えないくらい我那覇さんは使えない。


「ってことは亜美?」

我那覇さんは続けて言う。

268: 2012/12/11(火) 22:04:38.69 ID:AMslQVDHo
「ピンポンピンポンー! さっすがひびきん!」

「おおーっ! やったぞ! 千早!」


ニカッ、と笑いかけてくる我那覇さん。
確かにさっきの子とは別の子だった。最初にあったのは亜美。
次にこの町の入り口であったのが真美。
そして、次に会ってるのが亜美。

と交互に会ってきている。


「えぇ、よくやったわ。ありがとう」

269: 2012/12/11(火) 22:05:05.51 ID:AMslQVDHo
という訳で本題へ。


「これ、一緒に連れて行ってもらうことはできないのかしら?」

「……」

「旅費は払ってもらうよ?」


以外にシビアである。
確かにこの爆発なりやまない戦地を駆け抜けるというのは
危険な航路になる。

270: 2012/12/11(火) 22:06:03.15 ID:AMslQVDHo
「わかったわ……」

「毎度ありー! えっと、5人だからお一人様3000ヴァイだよー」


萩原さんがすごく苦い顔をする。
長介もそんなに持っているとは到底思えない。


私だって5人分払えるほど持っているとは思えない。
剣を買ってしまったせいで。

271: 2012/12/11(火) 22:06:58.23 ID:AMslQVDHo
「と、言いたい所だけど、まぁ、お得意さんだし、
 一人、1000ヴァイでいいっしょ」

と荷物の中から答える亜美。

「その背中の剣。真美から買ったんでしょ?
 亜美もお姉ちゃんには買ってもらったことあるし」

「ありがとう。みんなは払えるわよね?」

「じ、自分、そんなに持ってないぞ……」

「……」

272: 2012/12/11(火) 22:08:22.29 ID:AMslQVDHo
……。私もさすがに我那覇さんの分までは出せないわ。
よし、仕方ないここは


「みんなで割って出しましょう。長介の分は」

「自分も出してよお! 
 自分、召喚獣達のご飯代で結構すぐお金なくなっちゃうんだぞ」

「はいはい、わかったわ。じゃあ我那覇さんの分も出しましょう」

「ははは、大丈夫だよ、響。僕達が出してあげるから」

「うぅ、真、雪歩、千早、ありがとうな」

273: 2012/12/11(火) 22:08:50.64 ID:AMslQVDHo
「なんだ、ちびの姉ちゃん、貧乏なのか! 俺と一緒だな!」


長助が言う。


「うるさい! 自分は仕方ないんだぞ!」



荷物が大きく揺れたと思うと一本の手が伸びてきた。

「ひぃっっ!」


それがよっぽどホラーに見えたのだろうか萩原さんは悲鳴をあげた。

274: 2012/12/11(火) 22:09:50.08 ID:AMslQVDHo
「ほら、ゆきぴょん捕まって? たぶんみんな自分じゃ
 中に入れないと思うから亜美が引っ張って中にいれてあげるから」


中に入ってしばらくはこの荷物の中で
ギュウギュウになってうごけない姿勢で
いると思うと気が引けるが、何よりもその他の手段がないために、
今はこれに頼るしかないのである。


恐る恐る手の伸ばす萩原さん。
指先がチョンと触れた瞬間に亜美の手は萩原さんの手を思いっきり掴み。


そして、荷物の中に引きずり込んだ。

275: 2012/12/11(火) 22:10:34.32 ID:AMslQVDHo
「い、いやぁぁぁ! ま、真ちゃぁぁぁん!!」


本気の形相で泣き叫ぶ萩原さんは
真に助けてと大きく空いた手をぶんぶん振り回した。


「だ、大丈夫、雪歩?」


とは言いつつも一歩も近寄ろうとしない真。
真も怖いのだろうか。

276: 2012/12/11(火) 22:11:17.73 ID:AMslQVDHo
みるみる内に荷物の中に体を引きずり込まれている萩原さん。
肘、肩と飲み込まれるごとにどんどん萩原さんの泣き叫ぶ声もでかくなっていく。


私達自信もその様子を恐怖としか表すことができない
と言った表情で見ている。
一歩も動けない。近づいたら捕まって一緒に引きずり込まれそうだった。


「ま、真ちゃぁぁぁん! イヤァァアアア! た、たすけんぷぅッ!」


とうとう、顔がすっぽりと荷物の中に消えていった。

277: 2012/12/11(火) 22:11:48.98 ID:AMslQVDHo
隣にいる真も顔を真っ青にしてその様子を見ていた。
我那覇さんは腰がぬけてへたれこんでいた。


荷物の中からはさっきとはいっぺんし


「んん゙~~~ッッ! ん゙ん゙~~ッッ!」

と口を塞いでもなお叫び続ける声がする。

278: 2012/12/11(火) 22:12:16.35 ID:AMslQVDHo
一方萩原さんは今だ残るもう一方の手を
荷物に当てて顔を引っ張りだそうと
暴れているが、荷物に手を当てるとそこからその手も荷物に埋もれて
飲まれていくために荷物をボフン、ボフンと叩くようにしていた。


その努力もむなしくとうとう反対の腕も飲まれて、
最終的には胴体の下半身だけになった。


萩原さんはスカートのために白い純白の、
レースが可愛くついたパンツを丸出しにしてもなお、
その両足でバタバタ暴れまわってなんとか抜けだそうとあがいていた。


279: 2012/12/11(火) 22:12:42.67 ID:AMslQVDHo
一方、長介は顔面を真っ赤にしながら食い入るようにパンツを見ていた。
まぁ、他のメンバーはズボンだし、
パンツを見られることもないからいいけれど。


「すけべ」

「なっ、べ、別に見てねえよ!」


そして、まもなくその可愛いお尻と白いパンツが
見えなくなるまで荷物に飲み込まれた。

280: 2012/12/11(火) 22:14:16.67 ID:AMslQVDHo
最後に脚、つま先まで飲み込まれていって、
そしてグラグラと暴れていた荷車も
すっかりシーンとなってしまった。


中からはかすかに真美と萩原さんの会話が聞こえる。


「ほら、ゆきぴょん、目をあけて。大丈夫だから」

「う~、……え? 何ここ?」

「す、すごい! すごいよ真美ちゃん!」

281: 2012/12/11(火) 22:14:44.69 ID:AMslQVDHo
そして、外に向けて


「真ちゃーん! 真ちゃんも早くおいでよ! すごいよー!」


真っ青になっていた真もその萩原さんの変貌に気がついたのか
再びニョキッと出てきた真美の手を恐る恐る掴んだ。


そして同じ様に引っ張られ最初はうわっ、
と小さい悲鳴をあげた真だったが
観念したのか、目をぎゅっと固くつむり、大人しく飲まれていった。

282: 2012/12/11(火) 22:15:12.77 ID:AMslQVDHo
それから全身が飲まれたあとに、


「す、すごい……! 千早ー! 響ー! 早くおいでよ!」

「本当にすごいんだって!!」


それから我那覇さんが嫌々ながら抵抗しながらも飲まれ、
頭まで飲まれた時にはもう目を開けていたのだろうか、


「す、すごいぞー! あはは!」


と楽しそうに自ら飲まれていったように見えた。


283: 2012/12/11(火) 22:16:53.92 ID:AMslQVDHo
そして、もう中からは楽しそうな会話が聞こえる中。
外に残った私と長介。


「先に行きなさい」

「わかった……」


とは言っても震えている様子だった。
荷物から出ている真美の手を前にして少し立ち止まっている。
真美の手は黙って、ほらほら、早くおいでよ、と言わんばかり
ピコピコ動いている。


少し怖いのか、まだ立ち往生をしてる。
そっと肩に手を置いてあげる

284: 2012/12/11(火) 22:17:42.09 ID:AMslQVDHo
「ほら、待ってるわよ。時間もないわ」

「わ、わかってるって……」

そして、手を取ってあげる。

「離さないから」

「……ありがとう」

私が反対の手を握ってあげることで安心したのか
さっと真美の手をとり、そして
飲まれていった。

285: 2012/12/11(火) 22:18:23.05 ID:AMslQVDHo
我那覇さんと同じように顔まで飲まれていった時にはもう

「すげー!」

と言い、そして私の手を自ら離して、中に飲まれていった。


そして、私も恐れながらも真美の手を取る。
おもった以上に強い力で引っ張られるその感覚。
最初の入り口だけが妙に狭いが荷物なので別段硬いわけでもないので
本当に何かの生き物に飲み込まれるようだった。

286: 2012/12/11(火) 22:19:52.72 ID:AMslQVDHo
しかし、その気持ち悪さを超えてしまうと何か別の空間に出るかのようだった。
顔まで飲まれて行き、そして、顔が別の空間とおもわれる所で目を開けた。


そこには大量の本、苗木、薬草、花、薬品、そして武器の数々。
これらが綺麗にビッシリと棚に陳列されていた。


本当に何から何まで揃っていた。


「……すごい……」

287: 2012/12/11(火) 22:20:22.87 ID:AMslQVDHo
その光景に思わず声が漏れてしまった。
圧倒的な広さ。外から見た時のあのギュウギュウ詰めになっている
荷物の山とは大違いである。


私は早くその異空間に降り立ちたくて自分から飲まれた。
というよりも潜り込んだ。
降り立った場所には広々としたソファに4人とも腰をかけていた。
そして、奥から真美が出てきた。


「やっほー、みんなようこそ!」

288: 2012/12/11(火) 22:21:03.76 ID:AMslQVDHo
私が周りを見渡すと私が入ってきたその穴はすぐに埋まってしまった。


「ここは亜美、真美特性の異空間なんだよ」

「外のあの荷物の山はそれを隠すための魔法陣と
 言ってもいいものなんだ」

「実はあの荷物の山にはちゃんと構造があってね。
 順番が入れ替わると大変なんだよ」


なるほど。あの荷物の山で一つの固有結界を作り出していると。
だけど、それでよくこれほどまでの空間を作り出せたものね。

289: 2012/12/11(火) 22:22:03.47 ID:AMslQVDHo
「さ、もう車は戦地に向かっていると思うけど
 この中自体はチョー安全だから安心してねー」

「みんながこの中にいる時に外の荷物の山をいじられて魔法陣の陣形が崩壊した
 場合は外には二度とでられないんじゃないの?」


真にしては嫌に察しがいいが、その通りである。
この荷車自体が攻撃を受けて魔法陣が崩れた場合はどうするのだろうか。

290: 2012/12/11(火) 22:23:12.12 ID:AMslQVDHo
「それは大丈夫っしょ。一応協力なバリアーは今張ったし、
 砲撃なんか受けてもへっちゃらなんだ」

「人の手でいじるって場合も一応触っただけで感電するようになってるから」

「そ、そっか……」

「ま、そんなことは気にせずにゆっくりしていってよ」

「ただ、進むのは遅いからかなり時間がかかるんだけどね」


……という訳で、この荷車の中でかなり1日ほどかかるらしい。
思わぬ、痛手。
しかし、安全に行けるのであればいいわ。

291: 2012/12/11(火) 22:24:40.26 ID:AMslQVDHo
明日の朝には目的地であるクギューウの街についているはずである。
と言ってもこの街はほとんどが水瀬家の私有地であり、
水瀬さんがこの街の中で王のようなものだということである。


私はもっぱらこの荷車の中での生活は本を読むことにしている。
せっかくある大量の本、本来は売り物なのだけど特別に許可をもらった。


魔導書なんかが大量にあったり、歴史の本や。
それ以外の物語の本などがある。

292: 2012/12/11(火) 22:25:12.17 ID:AMslQVDHo
萩原さんもどうやら本を読んだり、草を見たり、お茶を入れたりとしていた。
お茶を杖からコポコポと出していた。


我那覇さんと真はというともっぱら長介との遊び相手であった。
真と我那覇さんのなけなしの金で真美から購入したダガーで
戦闘訓練を行なっていた。


真いわく、5年もしないうちに僕らと同じ位の強さになっているらしい。
今のところはまずダガーの持ち方から危なっかしくて見てられないけれど。

293: 2012/12/11(火) 22:26:05.31 ID:AMslQVDHo
真美は夜と思われる時間になってもガサゴソと動きまわり、荷物の整理をしているのか知らないが、ずっと働いていた。
この空間には窓がなくランプの灯りだけで過ごすことになっていた。


ためにいつも外で活発に活動を続けている私達にとっては一日近く、この空間に閉じこもっている
という状態は中々に辛いものであった。


「姉ちゃん達ー、そろそろ夜っぽいから寝ておいた方がいいかもよ」


と棚の奥のほうから真美の声がする。

294: 2012/12/11(火) 22:28:10.86 ID:AMslQVDHo
確かにそうね、と本を閉じ、そのままソファで寝ようとする。


「あぁ、だめだめ。売り物なんだけど、ベッド使っていいからさ。
 そこで寝ていいからね」

「ホントに!? やーりぃ! 久しぶりのベッドだよ~」


と言いながら歩いていく真にみんなでついていく。
いつの間にそんなものが置いてある場所まで見つけたのよ。


ベッドは4つあった。一人分足りない。

「一人分、足りないけれど……」

295: 2012/12/11(火) 22:28:40.33 ID:AMslQVDHo
そこで我那覇さんはニヤニヤしながら長助に話しかけた。


「長助は誰と寝たいんだ?」

「え? なっ、はぁ!? 別に誰とも寝たくねえよ!」


顔を真赤にして否定するところがまた怪しい。


「すけべ」

「な、違う! 別に何も考えてない」

「で、だれなんだ?」

「だから、俺は……!」


顔を赤くして俯く。あら、いるの?

296: 2012/12/11(火) 22:29:27.71 ID:AMslQVDHo
「まぁまぁ、その辺にしてあげなよ。
 私が真ちゃんと寝るからさ」

「チェッ、つまんないの~」


さすが萩原さん、優しいのね。
我那覇さんはぶーたれていたけれど。


そんな会話もしながらも私達は床につき
明日の戦いに備えるのであった。

297: 2012/12/11(火) 23:35:39.56 ID:AMslQVDHo
そして、翌朝。
出口のない空間であったためにどうやって
出るのかと思っていたが実はこの外壁。
柔らかいものらしく、これをこじ開けるようにしてでればいいそうだ。


というわけでこの壁。
レンガづくりのこの異空間。
のレンガとレンガの間を手で引き裂くように手を入れる。


すると案外それは簡単にも開けて外の様子が見えるほどであった。
そこに今度は私が最初にでることになり、
腕を出し、頭をだし、そして腕をつかって這いずり出るようにでてきた。

298: 2012/12/11(火) 23:36:49.55 ID:AMslQVDHo
出る時は入る時みたいに手を荷物に
ついても飲み込むようなことはなかったために
私はすんなりと外にでることができた。


一体どうやってあの戦地を駆け抜けたというのだろうか。
軍人達にとってはとても異様な光景であっただろうに。


私の次に真がでてきて、次に長介が。
萩原さんがおそるおそる出てきて出てくるなりに真に抱きついていた。
最後に我那覇さんが出てきた。

299: 2012/12/11(火) 23:39:09.42 ID:AMslQVDHo
降ろしてもらった場所はクギューウの街の入り口であったが、
入り口からでもわかるこの寂れた空気。
そして、戦地の近くというだけで伝わるピリピリとした重い空気。


「ありがとう、あなたのおかげで助かったわ」

「なんのなんの。姉ちゃん達はお得意様だかんね。
 お礼よりも何か買ってくれれば真美達はそれで大喜びだよん」

「ふふっ、そうね。それじゃあまたどこかで会いましょう」

「そだね。じゃあ真美はもう行くね。
 さあ、ゴーレムちん、出発するよ~」


そうして真美にお礼を言うと真美は同じように
とろとろとしたスピードで去っていった。

300: 2012/12/11(火) 23:41:34.23 ID:AMslQVDHo
それから街に入ると、どこの店もクローズと札がかかっており、
何もやっていないといったところだった。


だが、街をウロウロと歩きまわる一行はすぐに高い塀が目に入った。
その壁は落書きだらけでとても口に出せる内容ではないものまで書いてあった。


「どうする?」

「長介だけこの塀の奥に投げて飛ばせばいいんじゃない?」

301: 2012/12/11(火) 23:42:05.84 ID:AMslQVDHo
我那覇さんの冗談めいた提案に長介がぎょっとした。


「じゃあ響行きなよ」


と真が冷たく返すと


「えぇ!? ど、どうしてそうなるんだ!?」


と焦っていた。
仕方ないわね。


「自分は嫌だぞ! だって、長介が助けてやりたいんだろ!?」

「長介が飛んで中にはいって先にどこにいるのか見つけるべきだぞ」

「そう、じゃあ私が先に行くわ」

302: 2012/12/11(火) 23:45:06.82 ID:AMslQVDHo
とスッと手をあげる。


「ちょっと待てよ。確かにこの響の姉ちゃんの言うとおりだよ」

「俺のことなんだ。俺が行く」


と言い出した。
さらにそこに


「待ってよ。こういうのは特攻隊長のボクが行くべきだろ。
 二人はあとからゆっくり入ってきなよ」


と前に踊りでた。だが、そこへ萩原さんが


「ま、待ってください。こ、ここは私が先に行って
 魔法で沢山の人を眠らせてその隙にみんなが来るべきです!」

303: 2012/12/11(火) 23:45:34.75 ID:AMslQVDHo
「私が剣で見張りを倒してくるわ」

「いや、僕が!」

「俺のことなんだから!」

「私が魔法で」

「じゃ、じゃあ自分だって」


「「「  どうぞどうぞ  」」」


「 うぎゃー! なんなのもうっ! 」

304: 2012/12/11(火) 23:46:01.15 ID:AMslQVDHo
すかさず真が我那覇さんを羽交い絞めにする。
そして、私が壁を背に中腰になり両手を前で組み
バレーボールのレシーブの時のような構えで足台を作る。


そこに足をかけた真と息を合わせて上に真を飛ばす。


そのまんま真は塀よりも高くに飛び、
その塀の向こうに我那覇さんを投げ捨てた。


「うぎゃぁぁあ~~~!」

305: 2012/12/11(火) 23:46:34.56 ID:AMslQVDHo
「ぎゃっ! お、覚えてろよ二人共!」


地面に転がり落ちる音と、
塀の向こうから聞こえる嘆きの叫びと、それと同時に


「誰だ! 侵入者だ! 捕まえろ!!」


という怒轟も続けて聞こえてきた。
そして、すかさず聞こえる獣の大きな雄叫び。

「グォォオオオッッ!!」

306: 2012/12/11(火) 23:50:30.54 ID:AMslQVDHo
またしても、悲鳴と断末魔の嵐が塀の向こうで。

「行きましょう。たぶん正門はあっちになるわ」


そして4人は走りだした。
正門に着くと、目の前には大きな噴水があり、
たくさんの緑で囲まれた綺麗な庭だった。


「さっき我那覇さんを放り込んだのはここから正門を正面に見た時に
 東の方角。なら私達はこっから入って西に向かいましょう!」

307: 2012/12/11(火) 23:52:50.46 ID:AMslQVDHo
スラッと剣を抜き、力を貯める。


「おい、この門どうするつもりなんだよ」

「真美の売りつけた剣。お手並み拝見と行きましょうか」


門を×字に斬りつける。
すると門は崩れ落ちるように開いた。
正門から4人は堂々と正面を突破しようというなんも作戦を考えてない
行き当たりばったりの行動である。

308: 2012/12/11(火) 23:53:21.13 ID:AMslQVDHo
もう少し、クギューウの街でゆっくりと作戦を考えたかったが、
生憎この街には開いているお店は結局の所一つもなかった。


噴水の奥にある建物から次々に人がでてきた。


「僕に任せて! 千早達は早く西の方へ!」


真が前に踊り出て、そのままスーツを剣を持った騎士達のどまんなかに
突っ込んでいった。

309: 2012/12/11(火) 23:56:07.84 ID:AMslQVDHo
真が突っ込んでいったのを見て、
萩原さんと長介を連れて建物を回って西へ。
しかし西の方には綺麗な庭園があり、誰もいなかった。


だが、
高い建物の上の方に何かを見つけた長介は指をさし大きな声で叫んだ。


「ね、姉ちゃんだ!! おい! あれ、姉ちゃんだよ!」

「どこ!?」

「あそこだよほら、あの右から3番目の窓の所にいる!」

310: 2012/12/11(火) 23:56:37.37 ID:AMslQVDHo
1,2,3……あ、あれが?
あのオレンジ色の髪をした2つ結びの……?


ドクン。

鼓動が早くなる。


ゴクリ。


な、なにこの気持ち。た、ただわかることはただひとつ。

「あ、あなたのお姉さんって……すごく可愛いのね……」

「へ? はぁ?」

311: 2012/12/11(火) 23:57:16.79 ID:AMslQVDHo
兄弟からしたらそんなのは別に気にならないみたいだとか。
遠目にだけどわかる。美しさ、とは違う。


「姉ちゃーーーーーん!」

長介が思いっきり叫ぶがあの窓には届いていないみたいだった。
そして、すぐに奥に連れて行かれた。


真っ白のドレスを着ていた高槻さん。
まるで兄弟とは思えないみすぼらしい格好の長介。
純粋な瞳をきらめかせていた高槻さん。
生意気そうな長介。

312: 2012/12/11(火) 23:58:12.74 ID:AMslQVDHo
確かにあの可愛らしさでは誘拐してしまいたくなる気持ちはわかるわ。
今、見ただけでも私も目を奪われるほどの可愛らしさ。


私の中で何かに火がつくのが感じられる。
それは確かな感情。


今すぐ、助けに行かなくちゃ!
私が、今すぐ、助けるから!


「全力で助けにいくわよ!!」

「おう!」


長介と拳と拳を突き合わせる。
全力で近くにある建物内に侵入できるドアを蹴破る。

313: 2012/12/11(火) 23:58:39.50 ID:AMslQVDHo
しかし、そこには待ち構えていたかのように
多くの召使いとも思われる人間が武器を構えていた。


スーツ姿のものや、メイド服姿のもの。
ましてやコックの格好をした人までもが武器をこちらに向けている。


「伊織様に何のようだ!!」

「伊織様には指一本触れさせんぞ!」

314: 2012/12/11(火) 23:59:24.07 ID:AMslQVDHo
そして、飛び道具のようになんでも手にとるものをなげつけてきた。
ナイフや包丁なんかも混ざっているから蹴破ったドアよりも先に進まなくてよかった。
逃げ場を失って大変だった。


私達3人は咄嗟の判断で建物には侵入せずに外を逃げることにした。
しかし、ドアを挟んで私と長介は右に
萩原さんは左に逃げたために萩原さんとははぐれてしまった。

315: 2012/12/12(水) 00:00:19.18 ID:ArGZQvoeo
たぶん数分もしないうちに捕まるだろう……。


なんてことを考えていたがどうやらそうでもないらしい。


ゴゴゴゴゴゴ……!!


「じ、地震だぁぁぁ!!」

「うわぁぁ!」


あまりにも大きな揺れだったから瞬間的に驚いてしまったが
すぐに萩原さんの大規模魔法だとわかる。

316: 2012/12/12(水) 00:00:45.75 ID:ArGZQvoeo
軽く震度6とかの地震は平気で出せるようだった。
どうしてそんな土系統の魔法に強いのだろうか……。
やはり人が埋まる穴を一瞬で作れるだけはある……。


というかこの塀も掘ってもらえばよかったと思っているくらい。


一旦は草木に隠れることにして追ってくる屋敷の人たちを撒くことに成功した。
だけど、ここからが本番。

317: 2012/12/12(水) 00:03:06.98 ID:ArGZQvoeo
再び屋敷の内部に侵入。
どうやらこの窓から適当に侵入した所が男子用のトイレだったようだ。


ちょうど一人用を足している人がいたが、
こんな所から襲撃されるとは思っていなかったらしく
あまりにも驚きぎて声もでていなかった。


騒がれるのは面倒なので
首の裏をみねうちで素早く叩いて気絶してもらうことにした。

318: 2012/12/12(水) 00:03:40.77 ID:ArGZQvoeo
その早業に驚いて立ち止まっている長介の手を引く。


「こっちよ。ぼさっとしない」


サッとドアを開け外の様子を確認し、誰もいないこと見て、廊下に出る。
高槻さんは上の階にいたから上へいかないといけない。
まずは階段を探さなければいけないわ。


廊下を走り、角になったら左右の様子を見て、
誰もいないことを確認してまた走る。

319: 2012/12/12(水) 00:04:07.66 ID:ArGZQvoeo
ようやく見つけた階段。
途中まで登った瞬間に上から3人。下から2人現れた。


「見つけたぞ! 捕まえろ!」


上から飛んできた敵の服を剣に引っ掛けて下の敵に投げ飛ばす。
これで下の2人はOK。
残る一人は、下からの足払いで脛を打撃。


320: 2012/12/12(水) 00:04:33.56 ID:ArGZQvoeo
基本的に人間は斬らない。これが私流だったりする。
あれ? 旅を始めた頃はそんなことなかった気がするけれど。


まぁなんでもいいわ。
それでも、師匠は容赦なく切り捨てることのできる人だった。


私にはまだその覚悟が足りないみたいだった。
本当にまだまだ未熟なのね。


今のを機に次々と人が出てくるようになり
それぞれを一撃かニ撃くらいで
倒して次に進んでいく。

321: 2012/12/12(水) 00:06:54.83 ID:ArGZQvoeo
「はぁ……一体どれだけ人がいるのよ!」

「伊織様には触れさせんぞーーー!!」


しまった! 一瞬の油断だった。後ろにいる長介の様子を見ようとして
振り返った瞬間に背後を取られた。


これで終わるの……?


「させるかぁぁ!!」


ガギィンッ


目の前には私よりも先に持っていたダガーで飛び出した長介だった。
だが、すぐに長介のダガーは弾き飛ばされてしまった。


322: 2012/12/12(水) 00:07:22.99 ID:ArGZQvoeo
「うわぁっ!」


私はその隙にすかさず柄で顔面を横殴りし、顎を蹴り上げる。
後ろに仰け反った相手に長介が捨て身の肘鉄タックルを食らわせる。


軽く吹っ飛び、そしてダウンした。
その相手を血眼になって見下ろす長介。
ハァハァと息を荒くして、大きく肩が揺れる。


きっとアドレナリンが大量に分泌されている状態。
少し落ち着かせる必要があるかもしれない。

323: 2012/12/12(水) 00:09:44.74 ID:ArGZQvoeo
「長介。もう大丈夫よ。ありがとう」


そういい、後ろから両手を回し抱きしめる。


「う、うん……ハァ。びっくりしてやっつけちゃったよ」

「それは誰にでもできることではないわ」


軽く頭をなでる。
顔をこちらに向ける長介。

324: 2012/12/12(水) 00:14:08.62 ID:ArGZQvoeo
「千早姉ちゃん、おっOいないんだな」


撫でていた手におもいっきり力が入る。
髪の毛を引っ張りあげるようになってしまったために


「いっでええ!! ご、ごめん……!!ごめん!!」

「わかればいいのよ。次に言ったら髪の毛引きちぎるから」

「……は、はい……」

325: 2012/12/12(水) 00:16:37.66 ID:ArGZQvoeo
続いて2階から3階へはすんなりと上がれた。
だが、3階についた時にはすでに一番偉そうな執事の人が待ち構えていて


「こちらです」


と案内してきた。


「待って、罠よ。長介」


と軽々と付いて行こうとした長介を引き止める。
疑うことをしなさすぎよ。

326: 2012/12/12(水) 00:17:15.99 ID:ArGZQvoeo
しかし、執事は何も言わなかった。
少し間をあけてから執事はようやく口を開いた。


「あちらの奥の扉に伊織様と高槻やよい様が控えております」

「くれぐれもご無礼のないようにお願いいたします」


高槻さんの名前を聞くやいなや飛び出して部屋に飛び込む長介。
すぐに後を追う。

327: 2012/12/12(水) 00:19:37.89 ID:ArGZQvoeo
だが、残念ながら時はすでに遅かった……。
大きな部屋の真ん中の方で長介は男の人に取り押さえられ、
大きな部屋を中央で真っ二つに区切るようにある透明のガラスの向こうに
窓から見た高槻さんはいた。


やはり私は間違っていなかった!
遠目に見た時よりもより確かに、確認できる。


あぁ、どうして私は今までこんなに可愛い子に出会わなかったのかしら。
愛くるしい表情、つぶらな瞳。


あ、ついでにその隣に例の水瀬伊織と思われる女の子もいた。

328: 2012/12/12(水) 00:20:10.63 ID:ArGZQvoeo
「新堂。そこの餓鬼は丁重に扱い、ニゴの街に送り返しなさい」

「そっちの女は……どうでもいいわ。やってしまいなさい。
 私の計画を邪魔する者は何ぴとたりとも許さないわ」



そう言うと水瀬さんは高槻さんを引っ張って別の扉から部屋を出ていこうとしたが
高槻さんが長介の名前を大きく呼ぶ。


「伊織ちゃん、長介に酷いことはしないで!!」

「姉ちゃん! 姉ちゃん! 一緒に帰ろう!」


329: 2012/12/12(水) 00:20:54.93 ID:ArGZQvoeo
すると水瀬さんは予想外に困ったような顔をして


「やよい……お願いだからいうことを聞いて。
 大丈夫だから。やよいの家族には手を出さないって約束したじゃない」

「だからお願い……こっちに来て」

「長介を放して」

「わかったわよ……。二人共、放してあげて」

長介を捉えていた男は長介を放し、そして部屋を出ていった。
と無理矢理引っ張っていきドアが閉じた。

330: 2012/12/12(水) 00:23:39.48 ID:ArGZQvoeo
「くそ……姉ちゃん!」


高槻さんの方へ伸ばしていた手を床に殴りつける長介。
剣を抜いてガラスを切ろうとしても無駄だった。


「申し訳ありません。そちら、水瀬家特製の作りになっておりますので」


と新堂と呼ばれた先ほどの案内をしてきた執事は
ジャケットの中から2つの剣を取り出した。

331: 2012/12/12(水) 00:24:44.42 ID:ArGZQvoeo
「双剣……」


長介は後ろの方で鉄格子の大きな鳥かごのようなものに入れられていた。


「水瀬家、伊織様専属第一執事、新堂。参る」


ヒュンヒュンと2つの刀を回して突撃してくる。
こっちは剣は一本。盾は持たない主義だし……。


さて……どうする……。

332: 2012/12/12(水) 00:25:17.10 ID:ArGZQvoeo
~~響Side~~


くそー! あいつら本当に許さないからな!


いぬ美もたくさん出てくる敵に少し疲れが見える。
ここはハム蔵も出して、いっきに片を付けるべきか……。



「逃げろーーっ!! ジャンバルジャンだぁぁぁ!」

「退けー! ジャンバルジャンが来るぞ!!」


次々と屋敷の人たちは屋敷内に逃げていく。

333: 2012/12/12(水) 00:28:46.20 ID:ArGZQvoeo
「あ、あれは……い、イフリート!?」


角の生えた獣。体に炎をまとっている。
いぬ美よりも一回り大きい……!


「いぬ美、いけそうか……?」


「グォォオオオッッ!!」


鈍く、しかし、それでいて鋭い雄叫びをあげる。
いぬ美が走りだし、そして、イフリートとの取っ組み合いになる。

334: 2012/12/12(水) 00:31:14.08 ID:ArGZQvoeo
たぶんこれを間近で見ている人たちにとっては怪獣大決戦のような
ものすごい光景になっていると思う。


近くにあるイフリートの頭目掛けて痺れ薬を塗りたくった小さいナイフを投げる。
頭に刺さるがそんなものではビクともしないようだった。


だが、確実に効果のある毒ではあるので時間の問題だぞ。
毒ではないので、氏ぬこともないし。

335: 2012/12/12(水) 00:33:07.20 ID:ArGZQvoeo
いぬ美はイフリートに力比べで思いっきり負けて投げ飛ばされる。
その際に、自分も投げ出される地面に転がり落ちる。


「仕方ない……! 来いっ!! ハム蔵!!」


両手を合わせて、それから地面につける。
巨大な魔法陣が自分を取り囲む。


通常、召喚獣を召喚する場合、一体が限界。
だけど、完璧な自分ならば、二体くらい一気に召喚しても
すぐにいぬ美は戻せば大丈夫! ……なはず。

336: 2012/12/12(水) 00:35:35.99 ID:ArGZQvoeo
魔法陣からハム蔵、ことバハムートが登場する。


「ハム蔵、お願い! あいつをやっつけて!」


ハム蔵は自分とイフリートを見比べるように見て、
そして何も言わずに突っ込んでいった。


一発。ハム蔵がイフリートの横っ面を殴り飛ばす。
起き上がる所に対して飛び蹴りを食らわせる。

337: 2012/12/12(水) 00:36:28.82 ID:ArGZQvoeo
なんとも武闘派である。魔法力が勿体無いとかで
確かにあまりフレアは使わないハム蔵。


イフリートの反撃の右ストレートをひらりと交わし
肘鉄を顔面に入れる。ふらふらよろよろとするイフリートを見て
ハム蔵は自分の方をチラッと見る。


「行けー! ハム蔵!! メガフレア!」


小さく頷くハム蔵。イフリートの方を向くと全力のメガフレアの放出。
イフリートはあえなくダウン。

338: 2012/12/12(水) 00:37:15.25 ID:ArGZQvoeo
ただでさえ砂漠地帯で気候は熱帯だというのに
こんな業火を何とも思わずに放出するハム蔵はやっぱりすごいぞ。


ハム蔵は相手が戦闘不能になるのを確認すると
すぐに自分で足元に魔法陣を出して、
沈むように魔法陣の中に消えていった。



「ハム蔵! ありがとうなー!」


ブンブンと手を振るがハム蔵はこちらの方は一瞥もしなかった。

339: 2012/12/12(水) 00:37:43.46 ID:ArGZQvoeo
「おーい、響!」

「真っ!?」

「ってなんだその後ろの数!!」


真を追う屋敷の人間の数。ざっと50は超えていた。
慌てて踵を返し走りだす。


すぐに真が自分の横を走りだす。

340: 2012/12/12(水) 00:39:28.89 ID:ArGZQvoeo
「た、助けて響! さすがにあの人数はかなわないよ!」

「自分だって無理だぞー! ハム蔵もいぬ美ももう出せないよ!」

「えぇ! じゃ、じゃあ雪歩はどこに!?」

「と、とりあえず、逃げながら雪歩を探すぞー!」



~~~

347: 2012/12/13(木) 19:36:48.87 ID:fkaBCjwVo
ギィン……ギィン。


激しい攻撃にただ圧倒されるのみ。
この新堂という男。相当な手練であることは
彼の構えの時点での気迫から伝わってきている。


「姉ちゃん……」

長介が心配そうにこちらを見ている。
私とてここで負けるわけにはいかないし、
ましてや氏ぬわけにはいかない。

348: 2012/12/13(木) 19:37:20.54 ID:fkaBCjwVo
「はぁぁ!」

「甘い……!」


足元のなぎ払いも間合いを取られ避けられる。
逆に間合いを詰めれば剣ではなく近接の格闘術を使用してくる。


「くっ……」


不味い。勝てない……。

349: 2012/12/13(木) 19:38:20.65 ID:fkaBCjwVo
「如月千早と言いましたね」

「……はい」

「あなたは……何故、国のための勇者をしているのですか」


構えの状態を解く新堂さん。
何故……?


「……あなたには関係のないことです」

350: 2012/12/13(木) 19:38:46.52 ID:fkaBCjwVo
「あなたの剣にはまだ迷いがある……。
 怒り、憎しみ……それらの負の感情が
 今のあなたをとても弱くしている」


何を知った風な口を……!


「はぁぁぁっ!」


ギィン。

片方の剣で弾かれそして間合いを詰めすぎた結果、
鳩尾を蹴り上げられる。

351: 2012/12/13(木) 19:39:59.35 ID:fkaBCjwVo
「ぐぅッ!」


床を転がり壁に激突した。


「はぁ……はぁ……たかだか今日会っただけのあなたには
 何もわからない……」

「私にはわかる……」

「私はかつて……戦争の中を生き抜いた一人の兵士だった。
 大佐クラスまでに上り詰めたるほど、国のために戦った」

「だが、私を待っていたのは裏切りだった」

352: 2012/12/13(木) 19:41:11.68 ID:fkaBCjwVo
「軍からは追放され、あまつさえ私は指名手配犯に仕立て上げられ
 命を狙われた。厳しいスパルタ教育のせいもあったのだろうな」

「仕方ない。……と思えるはずもなかった。私は恨み、憎み、怒った」

「命を狙う人間達をことごとく返り討ちにして頃した」

「頃し、頃し、奪い、逃げて、また頃してその繰り返しだった」

「だが、ある日、食べる物もなく疲弊しきった私をあるお嬢様が拾ってくれた」

「それがまだ8歳の伊織様である」

353: 2012/12/13(木) 19:44:52.10 ID:fkaBCjwVo
「あの日は冬で食べるもののなく、寒さに凍え、氏にかけていた」

「伊織様はそんな私めを見て、この屋敷に連れ帰り一杯のスープをくださった」

「あの味は忘れられないものだ」


「それから私は命を救ってくださった優しさ。恩義に対し、忠を尽くすと誓った」

「私の全てに、私の生きがいである伊織様に近づく貴様らに。
 何の忠も持たぬ貴様らに……私が負けるわけがない」


そう言い切った。
自分の過去を話したあと、それを思い出したかのように
新堂さんの目はさっきとはまるで違うものになった。
それは完全な戦士の目であった。
幾多の視線を乗り越えた最強の戦士のそれであった。

354: 2012/12/13(木) 19:47:07.57 ID:fkaBCjwVo
「そんなの……。そんなのおっさんの勝手だろ!
 俺には関係ねえよ!」

長介が叫ぶ。

「返してくれよ! 俺の……みんなの大事な姉ちゃんなんだぞ!」

「……!」


そう。約束をした。取り戻してあげると約束した。
家族と別れるのは何よりも辛いもの。
辛くて苦しくて悲しくて……。


そんな思いをこの少年にはさせたくない。
かつて私がそうさせてしまった償いをこの少年で払うように。

懇親の力で立ち上がる。

355: 2012/12/13(木) 19:48:00.26 ID:fkaBCjwVo
「そうよ……私は約束した。長介に高槻さんを取り返すと。
 そして……過去の私との決別を!」

「なるほど、過去に何かあるようですかな」

「一体何の目的があって姉ちゃんを連れて行ったんだよ!」

「それは……お嬢様に直接お聞きください」

「だったらあなたが邪魔よ!」


振りかぶる剣。防御の体勢を取る新堂さん。
何度叩いてもその防御は崩れることはなく、ついには弾き返される。

356: 2012/12/13(木) 19:49:36.28 ID:fkaBCjwVo
間合いを取り、体勢をたてなおす。
が、すぐに詰め寄る新堂さん。
そこに自分も突撃し、ダッシュからの付き攻撃。


「ぐぁッ!」


私の剣は咄嗟に避けられてしまったが頬をかすめ、血が吹き出す。
だが、そこで新堂さんは倒れずに踏ん張り回転を利用した両方の剣での回転斬り。
なんとかガードは間に合ったものの勢いが強すぎたためにふっとばされる。


「さて、そろそろお終いにしてあげましょう」

ダッ!

素早く間合いを詰められる。

357: 2012/12/13(木) 19:52:22.99 ID:fkaBCjwVo
「はあぁッッ!」


ビュッ!

斬撃を飛ばし、一直線にこちらに向かってきた新堂さんに直撃する。


「ぐあぁぁッ!」


ゴゴゴゴゴ……。

まるで見計らったかのようなどこかで発動しただろう、
萩原さんの大規模な土系統の地震魔法で建物ごと大きく揺れる。


新堂さんが立ち上がろうとした瞬間に起きたために新堂さんは蹌踉めいた。
その隙をついて、いっきに間合いをジャンプで詰めてその勢いで斬り裂いた。


「ぐあああああッ!」

358: 2012/12/13(木) 19:53:06.16 ID:fkaBCjwVo
最後の力を振り絞るかのように私を蹴り上げる。
完全に宙に舞う。回避ができない!


「ぬぅぅあああッ!」


右腕を斬りつけられる。


「アァァ゙ッ! ……ッッ!」


落下する所を首を掴まれる。
苦しい……!

359: 2012/12/13(木) 19:55:10.01 ID:fkaBCjwVo
どこにまだ……そんな力が。
そのまま壁までもの凄い勢いで叩きつけられる。


く、首の骨をおられる……!
このままだと! 


左手に持つ剣を動かそうとした瞬間に、
左肩に新堂さんの剣が刺さる。


「あ゙ぁぁあああ!」

360: 2012/12/13(木) 19:58:30.76 ID:fkaBCjwVo
その刹那、視界に飛び込んできたのは
まっすぐこっちに走ってくる長介の姿。


まだ動く左肩から下、肘から思いっきり剣を
長介の方へ床を滑らせるようにして投げる。


「何っ!? ……小僧ォ!」


瞬時に私の首から手を離し返り討ちにしようと攻撃の体勢を取る。
だが、そこに私が後ろから羽交い絞めにし身動きを封じる。


「は、離せ!」

「あなたの手で、お姉ちゃんを救うのよ! 長介ぇ!」

「うわああああああ!!」

361: 2012/12/13(木) 20:01:38.11 ID:fkaBCjwVo
ズバァッッ!


長介の振り下ろした剣は、縦一直線に新堂さんの体を斬りつけた。
血が噴き出し、ゆっくりと倒れこむ新堂さん。


「ぐっ、不覚……」


「喋らないで。全てが終われば回復の魔法の使える子が助けに来るから」


そして、気絶する新堂さん。このまま放置しておくのは本当に命に関わることだけど。
でも萩原さんの魔法ならなんとかなるはず。

362: 2012/12/13(木) 20:04:20.85 ID:fkaBCjwVo
未だに自分が斬ったことを自覚してるのかしてないのか、
息を荒くして、倒れている新堂さんを見下ろしている長介。


剣を持つ手は固くて、指を一本ずつ外して
その手からゆっくりと剣を貰い受ける。


少し、足がふらつく。


「お、おい、大丈夫かよ姉ちゃん」

「大丈夫よ。……また、助けてもらったわね」

「いいんだよ、それより早く姉ちゃんを」


そう言いながら、長介は私に肩を貸してくれる。

363: 2012/12/13(木) 20:07:10.21 ID:fkaBCjwVo
水瀬さんが高槻さんを連れて行った奥の扉に行くために邪魔だった
透明の特殊なバリヤーはいつの間にか消えていた。


新堂さんが気絶したからかしら?


扉を開けると長い廊下があった。
廊下の奥からは今まで聞こえたこともなかった音楽が聞こえてくる。


廊下を急ぐ。
蹴られた箇所や殴られた箇所、そして不覚斬りつけられた右腕と左肩が痛む。


ズキズキと痛み、重かった。

364: 2012/12/13(木) 20:07:53.15 ID:fkaBCjwVo
長い廊下を抜けるとそこはダンスホールのように広く、
何十人もの人が音楽に合わせ楽しそうに踊っていた。


だけど、不気味なのは全く笑顔ではなかった。
楽しそうに振る舞うが、その顔はまるで氏んでいるかのようだった。


「な、なんだこれ……」

「私にもわからないわ」

「そう、新堂を倒したの……」

水瀬さんは奥から綺麗な衣装に身をまとい現れた。

365: 2012/12/13(木) 20:08:21.88 ID:fkaBCjwVo
まるでこの氏んだような目をした人々と
これからダンスパーティでも一緒にするかのようなきれいな衣装を。


「こ、これは……」

「これは町の人間よ。小汚い人間から何から何までここにいるわ」


見るとそこには衣装だけは綺麗だが、顔はどうみても不釣り合いで
着せられている、といった人が何人もいた。

366: 2012/12/13(木) 20:08:49.18 ID:fkaBCjwVo
「町の人間を……どうして!」

「私の夢だったのよ」

「……」

水瀬さんは柱によっかかりながら話を始めた。


「私、おじいちゃんの代からお金持ちで私が生まれてからもすごく裕福だったわ。
 頼めばなんでも買ってもらえた。表の噴水も私がつけてって言ったのよ」

367: 2012/12/13(木) 20:09:42.45 ID:fkaBCjwVo
「でも、私はいつも一人だった」

「ある時、屋敷を抜けだしたの。子供心につまらない屋敷の中にいても
 勉強しなさいだのなんだのうるさく言われるだけだったからね」

「そしたら、やよいと出会ったのよ」

「私とやよいは一緒に遊んだの。何時間も。何日も」

「だけど、間もなくナムコとクロイの間で戦争が始まった」


「クギューウとニゴの町の間がちょうど国境。
 ここはあっという間に紛争地帯になったわ。
 クギューウの町は私がいるおかげでお金の循環は良い方だった」

368: 2012/12/13(木) 20:11:21.91 ID:fkaBCjwVo
「だけどニゴは戦争により、吸収されるお金で廃れる一方だった」


「そんな戦争が始まったせいで、私はやよいと会うことができなくなったの。
 私は恨んだわ。私の唯一の友達だったやよいとこんな訳のわからない戦争で
 引き離すなんて……」


「8歳の頃、ボロボロで汚らしくて、この人も人との別れを知ってるんだろうな、
 って、そんな人を一人の見つけたの。
 それが新堂だったわ。
 ボロボロで、たまたま気が向いただけだったけど助けてあげたの」


「それが私と新堂との出会い」

369: 2012/12/13(木) 20:12:17.75 ID:fkaBCjwVo
「そして、私は戦争を恨む、新堂と共に小さな反乱を試みたの」


「昔、やよいとした、大きくなったら楽しくダンスをみんなで踊ろうって」


水瀬さんの後ろには、目に光もない人たちが、
くるくると周り、楽しそうに振るまい、踊っていた。

「これは魔法の一種だけど、感染症の高いもの。
 あとでこの人間たちを町へ解き放つわ」

「すると、町をくるくると踊りながら楽しそうに徘徊するのよ」

「そして、軍を巻き込み、ここの紛争は集結する」

「一石二鳥どころではないわ。何羽も落としてやるんだから」

370: 2012/12/13(木) 20:12:44.67 ID:fkaBCjwVo
「やがて、この世界は楽しく平和でいつまでも踊り続けるのよ」


ダンスホールの一番奥の椅子に高槻さんが眠っていた。


「やよいにはとりあえず眠ってもらったの」

「それじゃ、私は町へ解き放つ準備をしなくちゃ」

「待ちなさい!」


剣を抜く。だが、その剣にも臆することはなく


「私を頃しても無駄よ。この魔法は発動した限り解くことはほぼ不可能」

371: 2012/12/13(木) 20:13:47.36 ID:fkaBCjwVo
「ほぼ……? 可能性があるのね?」

「さあ、どうかしら?」

「止めたいなら止めてみなさい。
 あと10分で町に解放するわ」


そう言い、水瀬さんは消えていった。
新堂さんとの約束ゆえに水瀬さんを傷つけることはできない。


どうする?
一人一人、叩いてでも止める?
無理よ、こんな人数。時間がないわ。

372: 2012/12/13(木) 20:15:02.67 ID:fkaBCjwVo

「姉ちゃん……ど、どうしたら……!
 ま、町のみんなが! ニゴの町にだってすぐに来ちゃうよ!」


焦る長介。わかってるわ。私だってどうしていいかわからない!
これを動かしてるのは何?


魔法で洗脳されてる? 洗脳され続けている。
ということは、今、鳴り続けている音楽……。
もしかしてこの音楽が原因?

373: 2012/12/13(木) 20:15:57.77 ID:fkaBCjwVo
私達もここにいすぎるというのは危険かもしれない。
この音……どうしたら。
何か音を消せれば……。


剣を構える。左肩を右腕を負傷していて、上手く剣が持てない!
それでも……斬撃をいっきに飛ばす。


誰もいない。誰も座っていないパイプオルガンに向けて。
だけど、斬撃は届かなかった。

374: 2012/12/13(木) 20:17:06.43 ID:fkaBCjwVo
この負傷では無理か……!
音を別の音で……。


――貴様、アルカディアの人間か!


ふいにどこかで聞いた言葉を思い出す。
そうだった。私はあの時……。


「姉ちゃん、剣が使えないんだな!?
 俺が行って壊してくる!」

375: 2012/12/13(木) 20:18:17.64 ID:fkaBCjwVo
「そうか、姉ちゃん、剣が使えないんだな!?
 俺が行って壊してくる!」


だめ、長介の筋力じゃ、あの大きなものは全部破壊できない。

長介の肩に手を置き、止める。


あの歌はなんだったかしら。始まりを思い出す。
大きく息を吸う。


「ずっと眠っていられたら……この悲しみを忘れられる」

「ね、……姉ちゃん?」

376: 2012/12/13(木) 20:20:26.24 ID:fkaBCjwVo
「そう願い 眠りについた 夜もある」


この音を……私の歌で、かき消して見せる!
剣を振るうことができない今。


視界の隅に誰かが入る。
新堂さん……?


どうやら気絶していた所からもう意識を取り戻したらしく、
這いずりながらこっちまで追いかけてきたらしい。
しかし、戦闘という素振りはない。

377: 2012/12/13(木) 20:22:41.41 ID:fkaBCjwVo
「この……音色。この歌……。
 貴様も、戦術舞踊民族、理想郷(アルカディア)の人間だったか」

「しかし、歌を聞くのは……初めてか。 これが伝説の民族の歌……悪くない」


そう言って再び倒れていった。
最後の最後のちからだったのかもしれないわね。


私の歌がどれほどの効力を持っているのかは私は知らない。

だけど、人々の動きはだんだんと迷いが生じ始めた。
いける。

378: 2012/12/13(木) 20:24:34.10 ID:fkaBCjwVo
歌を唄い、体が軽くなる。
確かな思いを乗せて歌を。


不思議と声は出る。
気持ちが楽になる。


そして……。
歌い終わる頃にはすっかり洗脳は溶けて、
自分達の着ている衣装や場所がどこなのか、わからずに戸惑い出した。
中には親子で再会し、喜び合っているのもいた。


「みんな! ここにいればまた洗脳される魔法にかかるわ!
 今すぐ出口から逃げて!」


と叫ぶと出口を目指して人々は走りだした。
洗脳されている時の記憶はどうやらわずかながらにあったらしく、
すぐに理解をしめしてくれた。

379: 2012/12/13(木) 20:25:11.19 ID:fkaBCjwVo
間もなく、人々がいなくなろうとしていたダンスホールに
水瀬さんが再び現れた。


「なんでよ……私はただ……やよいと遊びたかっただけなのに……」


涙を浮かべる水瀬さんに同情はできなかった。


「国が戦争状態になってから私はやよいとは遊べなくなった。
 だけど……私のお友達なんてのはやよいしかいなかった」

「だから私はやよいを屋敷に連れてきて、一生こうして遊べるようにしたかったのよ!」

「それの何がいけないのよ!!」

380: 2012/12/13(木) 20:26:34.26 ID:fkaBCjwVo
「一人しかいない友達と遊びたいと思ったからこうしたのよ!」

「あんたみたいに仲間を何人も引き連れてるような奴にはわからないのよ……」


あの人達は最初は勝手に一緒に来ただけとはいえない。
でも、別に今はそんな気持ちはない。
だって私達は……。


「伊織ちゃん……」

高槻さんが奥の椅子から起きたのか歩いてくる。

381: 2012/12/13(木) 20:29:12.99 ID:fkaBCjwVo
「伊織ちゃん……ありがとう。
 私も久しぶりに伊織ちゃんに会えて本当に嬉しかった。
 ちょっと強引にこっちに連れてこられちゃったけど」


えへへ、と笑う。笑顔が眩しい。


「でも私、ニゴの街に残してきた兄弟達を放っては置けないの……。
 だからいつかは帰らなきゃっていわないと思ってたんだけど中々言えなくて」


「だから私、もう帰らなくちゃいけなくて……ごめんなさい」


そう申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

382: 2012/12/13(木) 20:30:36.98 ID:fkaBCjwVo
「そんな……やよい……」

「わかったよ。姉ちゃん。
 俺がもう頑張るから……姉ちゃんはここに残ってろよ……」


長介が言った。
それでは元々ここにきた意味がないとは思った。


「俺も男だし、一人でできるよ」

「だめだよ……まだ長介にはそんなことできない……よ」


しかし、このままでは拉致があかない。

383: 2012/12/13(木) 20:31:03.01 ID:fkaBCjwVo
「……私にいい案があるわ」

「あなた達の問題は要は国の状況、またはここが
 国境付近の紛争地帯だから、なのよね?」

「そうよ……だから私とやよいは会えなくなったのよ」

「この地域だけでも紛争をなくせばいいんじゃないかしら」


国境付近の紛争地帯。
補給地であるニゴ、そして帝国側の補給地であるクギューウ。
この区間で起きてる戦争だけでもなんとかなくせばこの二人は行き来も
自由にできるし、平和に暮らせるのではないだろうか。

384: 2012/12/13(木) 20:31:41.79 ID:fkaBCjwVo
「馬鹿!? そんな無理に決まってるわよ」

「い、いや……まだ可能性は……」

「新堂!? 動いちゃだめだってば!」


新堂さん!? あなたさっきから氏んだり生き返ったり……。
どれだけしぶといのよ……。


と瀕氏の新堂さんに思うのだが。


バタンッ。勢いよく扉が開くと、そこには
タイミングよく萩原さんがいた。


「萩原さん、お願い。まずはこの人を治してあげて」

「うん、わかった」

385: 2012/12/13(木) 20:32:19.24 ID:fkaBCjwVo
突然の展開に驚いている水瀬さんだったがすぐに新堂さんを治療してくれるということに驚き


「治してくれるの……?」


と聞いてきた。萩原さんは杖を円上に振り、呪文を唱えている。


「ええ、もう事情はわかったわ。解決策も見えてきた」

「”癒し”を!!」


大きな光が新堂さんを包み込む。
そして、みるみるうちに傷口がふさがっていく。
私も早く治して欲しいのだけど……。

386: 2012/12/13(木) 20:34:01.03 ID:fkaBCjwVo

「すげえ……」


と横で長介が言葉を漏らしていた。
新堂さんはまずは床に座り、深呼吸をすると話だした。


「この区間の戦争を止めるにはただひとつ。
 どちらの国にも属さない第3勢力の介入だ」

「伊織様……すぐに……軍を作りましょう」

「軍を?」

「我々が武力を持って、武力を封じるのです」

「それで本当に、この地域は平和になるというの?」

私は大きく頷く。何よりこの新堂さんが指揮を取れば確実に勝てるはず。



「わかったわ。今すぐ私兵団を買うわ。大量の傭兵を雇いなさい!」

387: 2012/12/13(木) 21:30:05.13 ID:fkaBCjwVo
こうして、水瀬さんは私兵団を購入した。
そして、現在では新堂さんを軍の中心にしてあの区間の戦争を止めるために
第三の勢力として介入している。


私達はあのあと、我那覇さんと真に合流した。
結局ずっと逃げ回っていたらしい。本当にお疲れ様。


高槻さんと水瀬さんはもうしばらくの辛抱であるとのことで
なんとか引き離すことが成功した。

388: 2012/12/13(木) 21:33:27.10 ID:fkaBCjwVo
と、思ったのだけど、どうやら萩原さんが戦闘中に作った巨大な穴が
隠れ通路となって行き来が簡単にできるようになってしまったらしい。


ただし、それを知っているのは私達と、水瀬さん、高槻さん、長介、そして新堂さん。


私は高槻さんのその度量を見込んで私達と一緒に旅をしないかと
誘ったのだが、あえなく断られてしまった。


後日また誘いに行けば気が変わりOKしてくれるだろうから、と
みんなに相談すると首根っこを捕まれ街を出ることになった。


街の出口には水瀬さんと新堂さんと高槻さん、
そして高槻さんの後ろに隠れるように長介が見送りにきていた。

389: 2012/12/13(木) 21:35:53.11 ID:fkaBCjwVo
「如月……また戦えるといい。
 あの時は不意打ちにも程がある。実に悔しい戦いであった」

「私も勝った気がしていません。次は……きっと
 迷いも捨て、もっと強くなってまた来ます」

「あ、あの……これ、お礼よ。
 その……これからきっと解決してみせるわ。私の育てる軍隊がね」

何をしたのかもよくわからないままに解決してしまったが
一応お礼の品として水瀬さんに特殊な水晶でつくられた
イヤリングをもらった。


「これはきっと役立つから……」

と言ってくれたが効力は本人もよくわかっていないのか教えてはくれなかった。

390: 2012/12/13(木) 21:39:20.87 ID:fkaBCjwVo
「千早さん、本当にありがとうございました」


膝につくんじゃないかという勢いで頭を下げる高槻さん可愛い。
それから、私の手を取りながら


「本当に本当にありがとうございます。長介がお世話になりました」


ええ、私はこの時のために生きていたのかもしれない。


「ええ、大丈夫よ。だからあの、良かったら一緒に」

「すみません、それはできないんです」


キッパリ。でも可愛い。

391: 2012/12/13(木) 21:40:29.32 ID:fkaBCjwVo
「あ、あのさ」


長介が話しかけてくる。


「ありがとうな……ほんとに」

「いいのよ。私は最後には私の意志で高槻さんを助けたのだから」


少し話してあげようかしら。気分が乗ったのかもしれない。
あるいは血迷ったのかもしれない。



「私には、そうね、生きていたらあなたみたいな弟がいるの」

「えっ」


他の萩原さん、真、我那覇さんも驚いていた。

392: 2012/12/13(木) 21:42:39.38 ID:fkaBCjwVo
「それで、少し放っておけなかったのかもしれないわ。
 まぁでもあなたみたいに生意気じゃないけれどね」

「うるせえぞ、壁!」

ゴンッ!

「こら! 長介! なんてこと言うの! 謝りなさい!」

「ご、ごめんなさい……」


「ふふっ、ありがとう高槻さん。お礼に私と一緒に旅を」

「ごめんなさい、それはできないんです」


…………。
ぽん、と真が肩に手を置く。


目で「諦めろ」と言っていた。

393: 2012/12/13(木) 21:43:37.06 ID:fkaBCjwVo
「小僧。最後の私への一撃。見事なものだった。
 どうだ、小僧。私と共に戦わないか?」

「は? い、いや、だって俺、あの時、無茶苦茶でわけわかんなくて……。
 それに姉ちゃん一人で家のこと任せられないし」


慌てる長介。
しかし、高槻さんは


「え? 私なら大丈夫だよ?」

とケロッという可愛い。

394: 2012/12/13(木) 21:44:59.34 ID:fkaBCjwVo
「そうね、あんたが強くなって私の軍で戦えば、
 この地域の紛争はなくなるわけだしね」


と水瀬さん。そう言われて高槻さんを見る長介。


「ね、姉ちゃん……」

「えへへ、長介が私のために戦ってくれるんなら私は止めないよ。
 行きたいなら行っておいでよ」


高槻さんは笑顔でそう言う可愛い。

395: 2012/12/13(木) 21:46:05.24 ID:fkaBCjwVo
「行っておくが私の訓練は血反吐を吐くほど厳しいからな」

「なんてことないね! 俺はあんたを斬った男だからね!」


すっかり調子にのっていた。
いつか、私も長介とも戦ってみたい、とそう思う。


それから私達は次に帝国の首都に近いとされる町へ向かう。


396: 2012/12/13(木) 21:48:37.38 ID:fkaBCjwVo
――クギューウの街、出口。

「ふぅん……なんか着々と進んでて本当につまんないの」

「またお邪魔が必要かな?」

「まぁ、ミキ的には真くんの活躍している所は多いに見たい所だけど」

「やられちゃってる所も見たいって感じ」

「あの人達にかけておいた保険ってのは効いてる……かはわからないけれど」

「きっとあの人達はこれから何が起きるかきっとわかってないの。あはっ」

――。

397: 2012/12/13(木) 21:54:10.92 ID:fkaBCjwVo
4人で旅をすることになり、もう1ヶ月が過ぎた頃。
私、如月千早自身の旅はもう半年以上が経過している。


歩きながらふと思い出した。

「ところで長介って誰と一緒に添い寝して欲しかったのかしら?」

「え?」

「え?」


そして、みんなでせーのっで私のことを指さした。


「えぇっ!?」


一行は次の町、タキタウンへ向かう。





キサラギクエスト  EPⅢ  紛争地帯の舞踏会編   END

398: 2012/12/13(木) 21:59:42.31 ID:fkaBCjwVo
今回はここまでにしたいと思います。
ストックがなくなりました。気長に待っていただければ幸いです。

誤字脱字乱文、設定の矛盾等、大変申し訳ございませんでした。
お付き合いくださってありがとうございます

399: 2012/12/14(金) 00:29:12.31 ID:mx8Xrh/Uo
おつー



続きます




引用元: 千早「キサラギクエスト」