575:  ◆tFAXy4FpvI 2013/02/06(水) 14:31:28.91 ID:Y+udWHYXo



前回はこちら



 私、如月千早とその仲間達、菊地真、萩原雪歩、我那覇響。
4人は転送魔法を得意とするみうらさんの力によって首都であるバンナムに舞い戻ってきた。
首都の危機。すなわち国家転覆の危機。


私達が旅に出るようになってからもうだいぶ経つ。
バンナムから始まり、そして現在はバンナムにいる。


目的は王妃奪還。その報酬、また名誉のために。
しかし、それも国家が転覆してしまい、
その拍子にクロイ帝国にやられてしまえば何の意味もないことになる。


そうはさせない。



千早「キサラギクエスト」シリーズ



576: 2013/02/06(水) 14:34:56.71 ID:Y+udWHYXo
「とにかく行ってみないと何もわからないわね」

「うん……」


いつになく真剣な表情の真、そして萩原さんと我那覇さん。
首都にはいるための門をくぐり抜けると、
そこはかつて繁栄していた城下町とは別物になっていた。
あまりに違いすぎて、あまりに残酷な状況に、誰もが息を飲んだ。


町は荒れ、人々の悲鳴がそこらから聞こえ、そして建物は燃えていた。


「酷い……」

577: 2013/02/06(水) 14:36:59.50 ID:Y+udWHYXo
「これじゃあ国境付近の町よりも酷い状況だぞ……」

「くっ……急ぐわよ。ここで立ち止まってはいられないわ。まずは城に行きましょう」


走りだす。一刻も早く城にたどり着き、何がどうなっているのかを知るために。
幸いなことにこんなに攻撃されればこの町に残っている人も少ないのだろうか。
悲鳴や怒轟の響く街なかを駆け抜ける。



しかし、城の前に着くとその見なかった人々は姿を見せた。
この何も説明されないで攻撃され続ける状況に
不満を持った町のみんなが城の前に集まってきていた。
だが城に入れないのかずっとみんなここで大きな声を出して抗議をしている。



578: 2013/02/06(水) 14:37:52.39 ID:Y+udWHYXo
「ど、どうしよぅ……ここからじゃ入れないよ」

「千早、どうするんだ?」

「こっちよ。こっちにまだあの時の抜け道があるなら入れるはずだから」



あの時、私はかつて大臣の律子と剣を交えたことがあった。
あの時は……いえ、何も言うまい。何も考えまい。



みんなを連れて正門から外れ城の周りを走る。
ちょうど正門からは真逆のあたりに位置する場所まで来た。

579: 2013/02/06(水) 14:43:41.19 ID:Y+udWHYXo
「あったわ。この木よ。この木なら相当高いから城の柵も超えられるの」

「こ、この木を登るんですかぁ!? うぅ、やってみますぅ」


萩原さんは少々驚いていたようだが、最後には諦めて登ることを決意した。
あとの二人は何の問題もなくすでに登り始めていた。


「でも千早、これって不法侵入、ってことにならないのか?」

「大丈夫よ。私達は一応名目上は首都のバンナムから
 派遣されている勇者ってことになっているはずだから」


太い木の枝は城の柵の向う側まで伸びている。
そこを一人ずつ渡る。まず真が先導してそして柵の向こうに降り立つ。

580: 2013/02/06(水) 14:48:53.35 ID:Y+udWHYXo
静かに手で来てもいいという合図を送る。


それから萩原さんがゆっくり太い木の枝の上を這うように行き、
柵を超えた辺りで真に飛ぶように言われる。


「む、無理だよぉ……高くて……怖い」


ふるふると首を振る。あなたそこまで来といて何を言っているの。
尻を蹴飛ばそうと思ったが……


「大丈夫だよ、雪歩。僕が受け止めるから」

「ほ、ほんとう?」

「うん、ほら」


柵の向こうで大きく両手を広げる真。

581: 2013/02/06(水) 14:51:43.01 ID:Y+udWHYXo
そんな真を見て飛ぶことをようやく決心したようで


「えいっ」


と飛ぶ。真の身体能力ならこの高さから飛び降りても平気だが、
さすがに萩原さんの身体能力ではこの高さから
飛び降りれば足の骨はイカれていたに違いない。
真は見事に受け止めることに成功していた。


一方我那覇さんは何の問題なく着地していた。

582: 2013/02/06(水) 14:52:43.57 ID:Y+udWHYXo
「真ちゃん……ありがとう」

「大丈夫、雪歩? 怪我はない?」

「うん」

「いつまでやってるのよ」


私も難なく着地し、見事に全員が城の柵を超えることに成功する。
ここから中に入るには……。


「みんなこっちよ」

583: 2013/02/06(水) 14:56:47.81 ID:Y+udWHYXo
再び私を先頭に誰にも見つからないように走りだす。
そして、裏口とも呼べるさほど大きくない扉の前にきた。


「千早、この扉は?」

「確か……キッチンのゴミ捨てのために使ったりなんかする裏口だった気がするわ」


周りには溜まったゴミやそれらを焼却するための焼却炉もある。


「それじゃあ入るわよ」


扉に手を掛ける。ゆっくりと扉が開き、中の様子を確認する。
誰もいない。


サッと入り、警戒しながらキッチンを歩く。

584: 2013/02/06(水) 14:59:15.66 ID:Y+udWHYXo
おかしいわね。誰もいないなんてことは……。
みんな逃げたのかしら。
キッチンを抜け、廊下を走り、誰もいない一階を抜ける。


そしてかつて私と真が最初に出会った、大広間に出た。
見張りが何人かいるそこは柱の影なんかを使い隠れながら進む。


「ねえ千早……なんで隠れながら進むんだ? 別にいいだろ」

「しっ。静かに。一応よ。まずは王か、大臣に直接話を聞きに行くのが一番だわ」


見張りがこちらを見ないタイミングを見計らっていると
ずっと奥の扉から何人も人が出てきた。
その先頭を切っているのが律子だった。


律子の周りにいるのは警備兵が何人もいる。

585: 2013/02/06(水) 15:01:25.89 ID:Y+udWHYXo
そして柱から飛び出し、律子のもとに駆け寄る。


「誰だっ!」


一斉に見張りの兵士なんかがこちらを向く。
律子も我々が出てきたことに驚いている。


「律子! 今首都はどうなっているの!? 王はどこに?
 この攻撃はクロイ帝国のものなの?」


兵士たちは次々にこちらに集まってくる。


「あなた達……どうしてここにいるのよ。あなたは……確か、千早」


そして、ゆっくりと息をする。


「なるほど。あなたがねぇ」

586: 2013/02/06(水) 15:04:16.72 ID:Y+udWHYXo
私の周りにいる他の3人を見て言う。
私がこの人たちを釣れていたら何かおかしいのかしら?


「まあいいわ。もうお終いね。残念だったわ。一足遅かったみたい」


目つきが変わる。
この目つきをする時は本気の目。私と剣を交えた時に見せていた目。


「ひっ捕らえて地下牢にいれなさい」

「はっ!!」

「ちょっと律子!?」


どういうこと!? 私は勇者としてここにきちんと舞い戻ってきたというのに。


「さあこっちへ来い」


腕を掴まれる我那覇さん。

587: 2013/02/06(水) 15:07:15.77 ID:Y+udWHYXo
「うぎゃー! 離せよ!」


がぶっ、兵士の腕に噛み付いた。
私もその隙に剣を抜く。


一斉に襲いかかる兵士を一人斬り倒し、その肩を足場に飛ぶ。
そして、律子の前に立ちはだかる。


「待ちなさい……どういうことなの? 王はどこへ」


グラグラと城の大広間は揺れる。
この大きな地震は萩原さんの魔法。

588: 2013/02/06(水) 15:10:44.79 ID:Y+udWHYXo
そして我那覇さんの


「来い!! いぬ美ーーー!」


「グオオオオオオッ!」


ベヒーモスの召喚と鳴き声。
それから真が戦っているのがわかる。


私は目の前の律子から目を離さなくてもわかる。


「そう……邪魔ね。そこの。剣を貸しなさい」

「はっ」


短く大きな返事をした近くにいた兵士は律子に剣をよこす。
そしてゆっくりと抜く。

589: 2013/02/06(水) 15:13:47.41 ID:Y+udWHYXo
「千早。王の居場所が聞きたいと言ったわね」

「王なら……ここにいるわよ」


自分の胸を指さす律子。
何を馬鹿な……。


「まさかあなた……王を」


そんなことが許されるはずがない。
じゃあこの攻撃はどこからの……?


「この攻撃はクロイ帝国のものじゃないわ。これは社長の部下たちの攻撃」


社長。王のことをあだ名でそう呼ぶ、律子。

590: 2013/02/06(水) 15:14:45.17 ID:Y+udWHYXo
「一体何を血迷ってこんなことを……」

「私が血迷って……? 迷ってなんかないわ。ずっと計画されていたことだから!」


ダッ。


律子が向かってくる。そして剣での付き攻撃。
かわす。


連続の付き攻撃。
律子のこの攻撃は誰よりも早く鋭かった。


後ろに飛び、距離を取る。

591: 2013/02/06(水) 15:17:43.85 ID:Y+udWHYXo
「邪魔よ、そこをどきなさい千早!」


再び付き攻撃が来る。
剣で弾く。


しかし弾いた途端にもうまた次に付きが来る。
それも剣で弾く。
しかしまた次に。


ダメ。埒があかない上にこちらの体力が減っていく。


律子の腹部に蹴りを入れる。
が、律子も当たる瞬間に後ろに飛んで衝撃を減らす。

592: 2013/02/06(水) 15:23:32.63 ID:Y+udWHYXo
「王を一体どこに!」

「それはあなた知る必要はないわ」


ジリジリとにらみ合いが続く。
強い。
私は……まだ勝てないというの?


くっ……。


「おい、あんた、何をやってるんだ」


声のする方向を向く、するとそこには見たこともない男がいた。

593: 2013/02/06(水) 15:26:32.60 ID:Y+udWHYXo
「ふん、秋月律子。まだそんな風に手こずってるのか?」


誰? 何者なの?



「あなたは黙っていて頂戴。これは私の問題なのだから」


「ああそうかよ。じゃあ俺は先に上に行っているぜ」


そう言うと男は振り返り、大広間からは去っていく。
あの格好……音無さんのアトリエで見た伊集院北斗を彷彿とさせる。
どこか似たような格好だった。一体……。

594: 2013/02/06(水) 15:28:41.72 ID:Y+udWHYXo
「この国はもう終わりよ……あんな謎で意味不明で……。
 不気味な実験を、放っておけるわけがない!」



律子の素早い剣が私を襲う。防御で精一杯になっている。



「何を言っているのかさっぱりわからないわ!」

「あなたは何も知らないからそうやって言えるのよ!」



律子は泣き叫ぶように続ける。徐々に隙が見えてくる。

595: 2013/02/06(水) 15:29:37.15 ID:Y+udWHYXo
「国王の真の目的は……うっ」


ドサッ。

突如律子が気を失い、倒れる。
律子の背後に立っていたのは先程の男。
戻ってきたの?


「チッ、戻ってきて正解だったぜ。こんな青臭い奴に教えることなんか何もないっての」

「……どういうつもり、あなたは、何者なの?」


「教える義理はねえよ」


振り返り、去ろうとするその男の背後に剣を突きつける。


「待ちなさい……。誰が行っていいと言ったの」

596: 2013/02/06(水) 15:31:06.70 ID:Y+udWHYXo
「おい」


ゾッとする。まるで先ほどのチャラチャラとした雰囲気が別物のよう。


「誰に剣を突きつけてんのか、あんたわかってんのか?」

「Guilty……」


ボソッと何か呟いたが、何かは聞こえなかった。
考える余裕もなかった。


その男は一瞬にして私の背後に同じように回り込んでいたのだから。


一体、何をしたというの?

597: 2013/02/06(水) 15:33:08.69 ID:Y+udWHYXo
「特別に教えてやろう。俺の名は天ヶ瀬冬馬」

「そう……興味ないわ」

「俺もあんたには興味はないね」

「じゃあ氏んでくれ」


くっ……。


ここで初めて他のメンバーの様子が目に入る。
そこには捉えられた真、萩原さんの姿が。


みんなが捕まってしまってる……。

598: 2013/02/06(水) 15:37:42.29 ID:Y+udWHYXo
「……と言いたい所だが、あんたを頃すこともない。
 この王国の城の地下に存在する拷問処刑場で頃すことにするぜ」

「精々、楽しんで氏んでくれよ」

「待ちなさい!」


振り返り背を向けるその男に向かって叫ぶ。
背中に剣を突き刺してやろうとしたその瞬間、
私は今までに感じたことのない衝撃を受け、広い大広間を端まで吹き飛ばされる。




「ぐぅッ……!?」


何? 何が起きたの……? あ、あれは?
う、嘘でしょう?

599: 2013/02/06(水) 15:41:18.71 ID:Y+udWHYXo
「グォォオオオオ……!」


ベヒーモス、もとい、いぬ美?
わ、私はいぬ美に吹き飛ばされたの?


意識が朦朧とする中で、あの男はとっくのとうにこの場から消えていた。


「ごめんな、千早」

「は?」


真も同じように両手足を縛り上げられていたが
ずっと我那覇さんを頃すような勢いで睨みつけていた。


「よくも裏切ったな……響!」


その真の言葉でようやくハッとする。
裏切り。

600: 2013/02/06(水) 15:44:31.61 ID:Y+udWHYXo
「裏切るも何も、自分はもともとクロイの人間だぞ」

「みんなが勝手にそう思い込んだだけさー」



萩原さんもボロボロになり、両手を縛られ杖は取り上げられていた。


みんな……。私に付きあわせたばかりに。
みんなを失いたくない。


どうしたら……どうしたらいい。

601: 2013/02/06(水) 15:48:09.67 ID:Y+udWHYXo
しかし、間もなく別の兵士に布袋を頭から被せられ暗闇に葬られる。
そして、乱暴に蹴られながらもどこか長い長い道を進む。


真っ暗の中ひたすら引っ張られながら歩く。
何を考えただろうか。


こんな状況になった今。


真は何を考えているだろうか。
萩原さんは私のことを恨んでないだろうか。


そして、しばらくすると布袋を取られ、檻に入れられた。
3人一緒に鳥かごのような檻に入れられた。

602: 2013/02/06(水) 15:54:46.60 ID:Y+udWHYXo
私はひとつ気がかりだったのが、布袋を被ったまま長い道を歩いた時に聞こえた声。


「こいつら手出しても別に怒られは」

「おい」

「っ!」

「そいつらに無駄に触ってみろ。自分のいぬ美がお前たちの体を真っ二つに引き裂くからな」

「……はい」


という声。我那覇さん……よね。
裏切り。敵になってしまったの……?

603: 2013/02/06(水) 15:58:54.75 ID:Y+udWHYXo
それから鳥かごは天井付近まで引っ張られ空中に上がる。


鳥かごの真下には熱湯、それをも超えるマグマのような熱気が立ち込めている。
どうやら鳥かごごとそこに突っ込み私達を骨まで溶かそうと……。
趣味の悪い頃し方をするのね。


と考えるが、よく考えるとこの拷問処刑の施設はバンナム城の地下にあることを思い出す。


仮にも自分の雇われている国がこのようなものを隠し持っていたことに
腹を立てる……気力にもならなかった。




さすがの真も意気消沈し、氏が迫り来る今、ただ俯いていた。
萩原さんはここに連れてこられる以前から今までずっと気絶している様子だった。

604: 2013/02/06(水) 16:00:15.00 ID:Y+udWHYXo
鉄が組まれて鳥かごのようになっている檻には
私と真と萩原さんしかいなかった。
いつもならいるはずのもう一人は……。


こんなのって……ない。
ここで終わるわけにはいかない。


目に輝きを失い絶望の縁に立たされているような顔をしている真に声をかける。



「真、起きて! しっかりして! まだ諦めてはだめよ!」

「……もう無理だよ。ほら、段々僕達の重さで檻が下に下がっていってる」

605: 2013/02/06(水) 16:05:15.17 ID:Y+udWHYXo
下を見ると燃えたぎるマグマが存在する。
しかも真の言うとおりどんどん近づいてきている。暑い……。


「萩原さん、お願い、あなたの魔法が必要なの!」


頬の辺りを少し強めにペチペチ叩いてもピクリともしない。
こうやって暴れるごとに檻はどんどんと下に下がっていく。



檻には3人が入ってちょうどの広さ、余分なスペースなどないくらいの狭さ。
そしてでられない。

606: 2013/02/06(水) 16:08:39.45 ID:Y+udWHYXo
部屋に何かヒントとなるものは何かないか見て探す。
だけど、そこにはもっと意外なものが、いえ、人が見つかった。


部屋の片隅には金髪の。
かつて萩原さんが大規模魔法で消し飛ばしたはずの
あの小悪魔のようで悪魔のような、そして、最強にして最悪の盗賊。
星井美希の姿があった。


そして、その後ろには我那覇さんの姿もあった。


「あはっ、やーっと、気がついたの。ごめんね、千早さん」

「美希っ!?」

607: 2013/02/06(水) 16:21:19.49 ID:Y+udWHYXo
どうして美希がここに……。


「どうしてミキがここに……って思ったでしょ?」

「確かにミキはあの時、雪歩に大規模魔法を喰らって消し飛ばされていたの。
 だけど、雪歩の魔法でもミキのオーバーマスターに寄れば簡単に暴けちゃうの」


「ちょっと術式の構造を読み込んでそれを組み替える。
 するとあっという間にあの大規模魔法は途中でキャンセルさせられることができるの。
 まぁ、簡単に言えば、雪歩の魔法をマスターしてあの魔法の中に溶け込んだって感じ」


「だからこうして生きているんだよ」



そう美希はけろっと簡単に説明するが他人の魔法の術式を読み込み、
上書きし書き換えることなんて並大抵のことじゃできない。


だけど気になるのは美希の髪の毛。
前髪が少し前にかかって右目が隠れている。


いえ、それよりもいったいどんなポテンシャルなのよ。
恐ろしい。

608: 2013/02/06(水) 16:23:36.24 ID:Y+udWHYXo
「それでどうしてあなたがここにいるのよ」

「うーん、ここまで鈍いとは思わなかったけど、響はミキの部下なんだよ?
 つまり、千早さん達はみーんな響に騙されてたってわけ」

「だって、誰かが教えてくれなければあんなアトリエにたどり着けるわけがないし、
 最終的な目的地がバンナムの城になってることも
 響が教えてくれなければここで合流できなかったしね」


……。


そう……そういうことだったのね。
そんなつもりはなかったけれど私は無意識に我那覇さんを睨みつけていた。
だが、我那覇さんは今まで見せたこともないような怖い顔をしてこっちを見ていた。


「それにね……千早さん」



背筋が凍る。
感じたことのない殺気が溢れ出ている。
この鳥かごのような牢屋に入って吊るされているのが幸せなくらい。

609: 2013/02/06(水) 16:28:29.68 ID:Y+udWHYXo
この場所が地下だということなんてどうでもいい。
どこからともなく風が吹き、隠れていた美希の顔の右側があらわになる。


それは萩原さんが放った炎系の大規模魔法による火傷痕だった。
右側はほとんど焼けただれていて見るに耐えない悲惨な状況になっていた。
敵ながらに同情を一瞬してしまうほど。


「そこにいる雪歩には絶対に苦痛を与えて氏なせるんだから」

「よくも……よくもミキの顔に……」


萩原さんは起きていない方が良かった。
この圧倒的な威圧に耐えられるほど彼女の精神は常に強くあるわけではない。


あの時だってたまたま真のピンチで無理矢理にでも引きでた本気だったのだから。
あれは偶然。今度も……そんな風にはいかない。

610: 2013/02/06(水) 16:30:16.99 ID:Y+udWHYXo
美希の隣に経つ我那覇さんを見るが、
やはりこの娘も前までに一緒にいた時とは別人のようなオーラを出している。


「なんだよ」

「そう、足手まといも演技だったってわけ?」

「当たり前さー。自分完璧だからな」

「本当はハム蔵だっていぬ美だって言うこと聞くし召喚に制限なんてないよ」


「そう……それは良かったわね」

「……」

「……」


にらみ合いが続く中で


「ほら、響、もう行くよ。ミキ達にはやらなくちゃいけないことがあるんだから」

611: 2013/02/06(水) 16:32:26.61 ID:Y+udWHYXo
くっ……そんな。

せめて剣があれば……。
奪われた剣はこの地下の部屋の入口に置いてある。萩原さんの杖もそこに。


見張りも誰もいない牢屋で私達3人は殺され骨も残らない。

我那覇さんと美希は静かに部屋を出ていった。


「……っ! あーーー! もうっ!」


思わず叫ぶ。
二人共早く起きて!
檻が落下する速度がだんだんと早くなってる。


「ちょっと、お願いだから二人共早く起きて!」

「起きなさい真! あなたは夢はどうするつもりよ!」

「私がせっかくあの時助けたという命をまた無駄にするつもりなの!?
 生き残れるんだったら最後の最後まで見苦しくたっていいから、少しはあがきなさいよ!」


言ってることもやってることも無茶苦茶だってことくらいわかってる。
だけど、こんな所で氏ぬ訳にはいかない。

612: 2013/02/06(水) 16:35:59.28 ID:Y+udWHYXo
黙ってゆらゆらと動く真はそのまま牢屋の鉄格子を掴む。
ググッと力こぶが真の腕に出るが、牢屋の鉄はびくともしない。


そのま10秒ほど力を込めたあと、ゆっくりを手を離した。


「ほら、無理だよ千早……」


真のちからを持ってしても抜け出せない……なんて。
万事休すの所にまだ救いの女神はいた。
萩原さんが目を覚ましたのだ。

「うぅ……千早ちゃん……?」

「萩原さんっ! お願い。あなたの魔法でこの檻を壊して!」

「へっ!? えぇぇぇ!?」


自分の置かれている状況に驚きながらもなんとか把握する萩原さん。

613: 2013/02/06(水) 16:37:27.36 ID:Y+udWHYXo
しかし、


「だ、だめだよ千早ちゃん。今この檻を壊すような魔法を使った瞬間に
 檻がいっきに落下する仕組みになってる……」


そんな……。
それじゃあ魔法は使えない?


真の方もそれでも何度でも挑戦してこじ開けようとしてくれていた。
だが、檻はビクともしない、それどころ真が開けようとする反動で
繋がれた鎖がジャラジャラと音をたててどんどん落下する。


萩原さんは正座して目を閉じて何かぶつぶつ呟いている。
もうだめかもしれない。

614: 2013/02/06(水) 16:38:56.55 ID:Y+udWHYXo
暑い! マグマが近づく。
ガクンッ。


そして、タイムアップ、ゲームセット、ゲームオーバーを告げるかのように
檻は煮えたぎるマグマへ向けていっきに落下する。


今まであったことがこの瞬間になってスローモーションで流れてくる。





――そう、如月千早……あなたが。首都へ来なさい。

――真の勇者のことを”アイドルマスター”って言うんだよ。

――好きなように生き、好きなように自分の人生を歩みます!

――神の御加護がありますように。




あずささん……?
私は氏への恐怖に負け、目を閉じていた。
だけど、あずささんの姿だけはハッキリと見えていた。
優しくこっちへ微笑んでいる。


私はその優しい光の中で少しだけ意識がなくなったのだった。

615: 2013/02/06(水) 20:15:21.94 ID:fNDuPlD2o
気がつくと私達は檻の外に倒れていた。
ガバッと起きて辺りを見回すとそこには
倒れている萩原さん、そして真の上に乗っかった
ちひゃー、たかにゃ、そしてみうらさんがいた。


「くっくっくっ」

「えっ!? ち、ちひゃー!?」

飛びついてくるちひゃーを受け止めるが反動で後ろに倒れこむ。

たかにゃが私の顔の近くに紙に書いた文字を出してきた。


「しじょっ」


「未来予知」そして「救済」の文字。


「そう、たすけに来てくれたのね」


起き上がりちひゃーとたかにゃを抱きしめる。

616: 2013/02/06(水) 20:17:01.68 ID:fNDuPlD2o
「本当にありがとう。助かったわ」

「くっくっ!」

「ええ、そうね。一刻もはやく国王の救出に向かわないといけないわ」

「今度はあの天ヶ崎なんとかってのには絶対に負けないわ!」

「みんな、二人をお願い!」

「くっ」

「しじょ」

「あら~」


3人、3匹? にまだ気を失っている二人を任せて地下の拷問処刑場を剣を持って飛び出す。


地下牢にたぶん国王が閉じ込められているはず。
どれくらい私が気を失っていたかはわからないけれど、
とにかく律子、そして天ヶ崎なんとかよりも先に国王の救出をしないと!

617: 2013/02/06(水) 20:18:28.34 ID:fNDuPlD2o
廊下を走り、階段を一つ飛ばしで駆け下りる。

兵士が何人か現れたが一撃で倒す。
こんな雑魚に構っている暇はない!


地下に降りて奥の奥まで進む。そこからまたさらに地下へ進む。


そして空の、誰も入ってない牢獄が続く中で一番の奥の牢屋の前で話し声が聞こえた。
牢屋のなかにはいつか見た国王がいた。


「だから、知らねえって言ってんだろ」

「それは嘘なの! さあ、早くミキにその在り処を教えるの」

「だめだ。何も俺達は頃しあう義務はねえはずだぜ」

「ミキは賢者の石のために協力しているの。ここまで協力したんだよ?
 さあ、早くその在り処を言うの」

618: 2013/02/06(水) 20:19:36.11 ID:fNDuPlD2o
賢者の石? 何、それは。
だけど、聞いたことがある。万能にして最強の石。
魔法を扱う人間にとっては誰もが欲しい代物。


しかし、そんなものが本当に存在するとは思えない……。


「あっそ、じゃあこの鍵はもらっていくの」


チャリ、と美希は手の中にある鍵を冬馬に見せつける。


「あ、てめえいつの間に!」


パンッ、チャリンッ。


天なんとかが美希の手にあった鍵を叩き落とした。
が、その鍵はちょうど私の足元に滑ってきたのだった。

619: 2013/02/06(水) 20:21:27.60 ID:fNDuPlD2o
美希と甘なんとかの奥の牢屋には国王が、この鍵は国王を閉じ込めておる鍵!


すかさず拾うが、二人にも私がいることがバレる。


「なっ、てめえ、生きてやがったのか!」

「あれー? おかしいなぁ。ちゃんと殺せなかったのかなぁ?
 あはっ、まぁいいの。ミキが直々に息の根を止めてあげるから」


二人が一斉に向かってくる。
私が国王を救わないと……!


あのミキもいるというのに……二人いっぺんはかなりキツい。

620: 2013/02/06(水) 20:23:30.20 ID:fNDuPlD2o
「邪魔なの!」


ブンッ。


ミキがアマなんとかに思いっきり蹴りをかますが、避けられる。
甘なんとかはその蹴りを掻い潜り私に剣を振るう。
もちろんガードし、激しい攻防が繰り広げられるが、
美希がすぐにそれを邪魔する。


美希は天なんとかとの斬り合いをしてる私の首にダガーを向ける。
咄嗟の判断で避ける。
ステップを踏んで避けて、美希に斬りかかろうとするが美希は
天何とかと斬り合っている。チャンス!


だが、横から天何とかの蹴りが私に炸裂し、私の剣は美希を捉え、斬りつける。
そして美希のダガーも天何とかに突き刺さる。

621: 2013/02/06(水) 20:24:00.25 ID:fNDuPlD2o
「ぐっ……!」

「いったぁぁ!?」

「チッ! くそ!」



三者が同時に倒れ、同時に起き上がる。



天何とかの武器も私と同じ剣。
美希は私と天何とかよりは短いダガー。

622: 2013/02/06(水) 20:24:54.39 ID:fNDuPlD2o
私は敵国の陣営であるこの二人を倒したい。
美希は賢者の石の在り処を聞くために天何とかを、
敵である私を倒したい。


天何とかは敵である私を、
美希を、一時的に手を組んでいたが邪魔をしてくるのでそのまま消したい
(とかなのだろうけれど)。



私は国王に理由を聞きたい、そして救出したいために鍵が必要。
美希は賢者の石の在り処を聞くために国王が必要で鍵もいる。
天何とかはそれらを阻止したいために鍵を保持したい。

623: 2013/02/06(水) 20:25:45.62 ID:fNDuPlD2o
にらみ合いが続く。
援軍が誰かに来た時点で負ける。
しかし、私にくれば勝てる。


三人が同時に突っ込む、私の手から牢屋の鍵を奪う美希、
その瞬間、天何とかに右腕を私は斬られる。


「ぐぅっ」


やられてばかりはいられない。
天何とかを斬りつけかえす。
ダメージも浅く軽くかすった程度。

624: 2013/02/06(水) 20:26:59.82 ID:fNDuPlD2o
「チッ!」



そして鍵を持ち去ろうとする美希を天何とかと同時に斬りつける。


「痛っ! もぅ! 何するの!」


甘何とかが斬りつけたのは鍵を持っている左手。
斬られた痛みで鍵を落とす。


私は咄嗟に鍵を拾いに行くが、美希に鍵を蹴られ鍵は遠くへ滑る。


「そうはさせないの!」


鍵を蹴った勢いで回転し、回転蹴りを私に食らわせる。
私は痛みに耐えながら鍵とは別方向へ転がる。
斬られたばかりで傷が痛む右腕をピンポイントで蹴られるなんて……!

625: 2013/02/06(水) 20:28:09.87 ID:fNDuPlD2o
その隙に甘何とかは鍵へ向かって一直線に走っていた。
がやはり美希の方が動きが早く、美希は甘何とかの背中に跳びかかる。
ダガーで背中をグサグサと何度も抜き刺しをする。


「ぐぉおおっ!?」


振り落とそうと肘を入れるが美希はそれもひらりと飛び跳ねて避ける。
私はその着地地点目掛けて走り着地した瞬間の美希の足を斬りつける。
まずはその素早い足を封じないと!


「痛ぁぁ~~!? なにするの!? あの鍵は」

「あの鍵は」「あの鍵は」



「ミキのなの!」「私のよ!」「俺のだ!」



鍵を中心にし、三人がだいたい均等に立って睨み合っていた。
だが、すぐにその緊張もほどかれ再び三者が激突する。

626: 2013/02/06(水) 20:29:06.18 ID:fNDuPlD2o
私と甘何とかが剣を交える。
重いっ!


そこに飛び蹴りを食らわそうとする美希を二人は交わす。
中に浮いている美希を同時に斬りつける。


「イヤァァァア!!」


美希が倒れる。
よし、残るはこの男……だけ!


「あとはお前だけだな」


互いに剣を構える。

627: 2013/02/06(水) 20:30:14.49 ID:fNDuPlD2o
「チッ、頃すわけにはいかなかったんだがな……。仕方ねえ」


それはどっちのこと?
今頃した美希のこと? それともまだ殺せてもいない私のこと?


「そう判断するのはまだ早いの」


甘何とかは美希に背中から再びダガーを刺されていた。


「お、お前……!」

美希はすぐに距離を取る。
そうだ……そういえば、美希には恐ろしい能力が……。

628: 2013/02/06(水) 20:31:58.64 ID:fNDuPlD2o
「あの時に雪歩とあって助かったの」

「魔法で回復したのね」

「チッ……いつの間に!」


萩原さんと共闘した時に美希はその能力”オーバーマスター”で魔法を覚えている。
人と戦うごとにどんどんと他人の能力を吸収して強くなる。


本当に厄介な敵ね。


「ミキの”妖精計画-プロジェクト・フェアリー-”は絶対に邪魔はさせないからね」

「て、てめぇ……! その計画を口にした以上、どうなるかわかってるんだろうな!」


プロジェクト・フェアリー?
さっきからこの二人にはよくわからない単語が飛び交っている……。
賢者の石。プロジェクト・フェアリー。


これは何か関係があるというの?

629: 2013/02/06(水) 20:33:33.89 ID:fNDuPlD2o
「そこまでだ!」

「”止まれ”ぇ~!」


バンッ、と勢いよく扉が開かれるとそこには回復した萩原さんと真が。
本当に遅いわね、いつもいつも。
でも助かったわ。
ありがとう。


萩原さんの魔法で身動きが取れなくなる甘何とかと美希。
だけど美希の方は早く始末しないといつ魔法を覚えて解除してくるかはわからない。


私はすぐに王の入っている牢屋の鍵を拾い、王を救出する。
萩原さんは常に美希に杖を向けて、いつ解除されてもいいように
次の魔法を用意しているみたいだった。

630: 2013/02/06(水) 20:34:46.57 ID:fNDuPlD2o
「おお、君ぃ、すまない」

「いえ、このくらい……当然のことです。それよりも一体何があったんですか」

「あぁ、どうやらそこの男に唆されてしまったみたいでな。律子くんが」

「なるほど。魔法を解除するには……この男をここで始末する必要があるみたいだね」


剣を構えて、身動きの取れない甘何とかに背後から近づく。


「言いたいことはある? 甘何とかさん」

「天ヶ瀬冬馬だ。言いたいことか。お前らは俺達を甘く見すぎだ」

「そう、それだけね」


剣を振りかぶる。

631: 2013/02/06(水) 20:36:08.15 ID:fNDuPlD2o
しかし、その瞬間に天ヶ瀬冬馬は振り返り私の剣をガードした。


ギィンッ……!


「なっ!?」

と同時に私が動けなくなる。この魔法……!? どういうこと!?
萩原さんと同じ魔法。美希!? いや、美希は萩原さんが見張っているけれど。


「ち、千早ちゃん! ええいっ」


萩原さんがすぐに空いている手を振り、私の魔法を解く。
この隙に天ヶ瀬冬馬はもう遠くまで逃げ出してしまっていた。

632: 2013/02/06(水) 20:37:15.37 ID:fNDuPlD2o
「サンキュー、翔太。助かったぜ」

「全く、冬馬くんも油断しすぎだよ」

「あぁ、悪かったな」


急に聞いたことのないような少年の声が地下に響く。誰!?
萩原さんはすぐに索敵魔法を発動させ、次の瞬間には


「そこ! ”雷槌”よ!」


と電撃を発していたが、手応えはないみたいだった。
王は

「な、なんだ? 何が起きているんだ!」


とオロオロしていた。
真もすぐに天ヶ瀬冬馬を追うが、あのアトリエで会った伊集院北斗に止められていた。

633: 2013/02/06(水) 20:38:05.48 ID:fNDuPlD2o
「ごめんね、真ちゃん。だけど、此処から先へは通せないんだ」


伊集院北斗と真が殴り合いをし始めたが、
あっという間に真が私達の方まで吹き飛ばされてくる。


「うわぁああ……!」

「あなた……そっちがわの人だったのね」

「ごめんよ、騙すつもりはなかったんだ。
 まぁ、もともとそんな話もしなかったし、
 騙したことにはならないよね? それじゃあ、またどこかで会おう。チャオッ」


目から不快なウインクを飛ばし、天ヶ瀬冬馬と見えない声を発する翔太と呼ばれる少年。
そして伊集院北斗は逃げていった。

634: 2013/02/06(水) 20:41:09.59 ID:fNDuPlD2o
しかし、またもこの瞬間には振り返ると美希はいなくなっていた。
幸い全員の持ち物は無事で王も怪我もなく無事にいた。


「はぁ……危なかったわ」

「ほ、ホント……助かって良かったよ」

「ええ、ありがとう、二人共」

「ううん、気にしないで」

「ああ、千早もほら、怪我早く治そうよ」

「うん、そうだね。”癒し”を」


萩原さんの杖から出る魔法で私は回復する。
いろんなところを斬りつけられ、出血し、フラフラだった。


ほとんど限界に近かったから良かったわ。

635: 2013/02/06(水) 20:42:31.39 ID:fNDuPlD2o
「君たちぃ、本当に助かったよ。私ももうダメかと思ったくらいだ」

「いえ、私達は当然のことをしたまでです」

「はい! ボクも王様を助けることができて光栄です!」

「いいんだ。王だなんて……私のことは、ふむ、そうだな社長とでも呼んでくれたまえ」

「えっ、で、でもぉ」

「いいんだ。こっちのほうが慣れているからね」

「王といえど、国の民と同じ地に立たねば見えないものもある」

「さぁ、律子くんの所へと案内しよう」


それから私達三人は社長の後ろをついていき
入り組んだ城の内部を律子の部下に見つからないように
慎重に歩いて進んでいった。

636: 2013/02/06(水) 20:42:59.41 ID:fNDuPlD2o
「ねえ、千早。どうして響は」

「わからないわ」

「わからないって……」

「わからないわよ。スパイが得意だったのかもしれないわ」

「でも、ボクは響が。あの響が……あんなことを本気でやってるなんて思えないんだ」

「私もそう思いますぅ」

「そう思わせるように上手くやるのが彼女のミッションなのよ」

「確かにそうかもしれないけれど」


言葉につまる真。

637: 2013/02/06(水) 20:43:19.48 ID:fNDuPlD2o
「じゃあ千早ちゃんは……それでいいの?」


芯をつかれてハッとしている自分にも嫌気がさす。
私だってわからないし、戸惑っているのよ。
でも、今はとにかくこっちの城の方の問題を解決しないといけない……。


「いい……。訳ないじゃない」

「我那覇さんには絶対に何かあるんだわ。何もない訳がない……」

「私はそう信じてる」


しばらくの重い沈黙のあとに


「彼女は恐らくは王室にいるだろう」


王の一言で我に返る。
そうね、今はともかくこの反乱をどうにかしないといけない。

638: 2013/02/06(水) 20:45:10.17 ID:fNDuPlD2o
王の案内で私達3人は城の中の上階を目指した。
螺旋階段から除かれる町の景色は目も向けられない有様だった。


早くなんとかしないと。



途中何人か巡回している兵士にも見つかったりしたが、
すぐに気絶させるなり魔法でなんなりして警報を鳴らすことは防いだ。


そして、王室の前まで来る。


「ここに恐らく律子くんはいると思うんだ」

「はい……。彼女をなんとかしてでも止めないと!」

「あぁ、こんなことがあってはクロイの帝国軍も黙ってはいないだろう」

「恐らくはこの機会にすぐにでもこちらの城を目掛けて攻め上がってくるはずです」

639: 2013/02/06(水) 20:47:08.34 ID:fNDuPlD2o
王室の前の扉は豪華で王とはこんなふうな生活をしているのか……。
と少し感心もしつつ呆れ返る。
ニゴの町は今もなお復興作業が遅れ廃れたままだというのに。


だが、この国の方針としてはその町でのことは町での問題。
ということであまり干渉してこないというのがこの国の政治の方針の一つ。


あまりにも内部での反乱や争いなどが酷い場合は国が動き、
それらの動きを鎮圧にかかることはあるが。
だけど、それもめったに無いこと。


ほとんどは国のほうが無干渉を保っている。
ただ、現在はクロイ帝国との戦火にあるためにその町を
落とされてしまってはたまったもんではないナムコ側の
策のうちの一つである。

640: 2013/02/06(水) 20:48:33.35 ID:fNDuPlD2o
「行くわよ」


扉に手をかけ、真と萩原さんとアイコンタクトを取る。
そして、扉を開ける。


王室の奥にある大きな王様専用の机に律子は座っていた。
後ろ向き出会ったために顔は見えなかったけれど。


「律子。この反乱をとめて! 今は国の内部でそんなことしてる場合じゃないの!」

「……」

「お願い、いますぐとめて! 律子!」

「……わかってるのよ」

「え?」

641: 2013/02/06(水) 20:49:22.78 ID:fNDuPlD2o
ゆっくりとこっちを振り向く律子。
その顔は半分が焼けただれていた。
未だに血が収まらずにぼたぼたと流れている。


「っ!」

「萩原さん、急いで治療を!」

「うん」

「来ないで!」


大きな声を張り上げる律子に対し驚いた萩原さんは動きを止める。


「いいの。自分で焼いたのよ」


自分で!? どうしてそんなことを……。

642: 2013/02/06(水) 20:50:35.84 ID:fNDuPlD2o
「はぁ……参っちゃったなぁ。私ともあろうものが」


王の椅子に座りながら足をぶらぶらさせてくるくると回る。


「操られてたみたい。この王室でこの町の景色を見て高笑いしてたのよ」

「思ってもないことを口にしたり、叫んだりしてた」

「今さっき魔法が溶けかかったの。その時に記憶が蘇って……」

「でも、またすぐに持っていかれそうになったの」

「どうにかして意識を保とうとした私はすぐ目の前にあった暖炉の火で顔を炙ったわ」

「おかげで今はシラフよ」


ははっ、と乾いた笑いをあげる律子。
王はその場から微塵も動かなかった。

643: 2013/02/06(水) 20:52:53.09 ID:fNDuPlD2o

「どちらにしろこれは私の犯行に違いない。
 私の氏刑は免れない。そうですよね? 社長」


社長は唇を固く結んで何も言わなかった。


「千早、と言ったわね、確か」

「え、えぇ」

「刺しなさい」


王の机の上にドカンと大きなナイフを置く。


「だめよ。そんなこと。これは罪になんてならないわ!」

「いいから早く!」


律子の眼鏡の奥には涙が見えた。
過剰なほどのプライドの持ち主。
王宮の最強の騎士にして国王の補佐を務めた大臣の律子。

644: 2013/02/06(水) 20:54:43.45 ID:fNDuPlD2o
その地位、王に仕えていることこそが彼女の最大の誇りだった。
しかし、操られるといった形で自分がもっともしないことをしてしまったが故に
ショックでしょうがないのだろう。


そして、うっすらと聞こえるかのような声で


「もう氏にたいのよ……」


と呟いた。
ぼんやりと律子はナイフを見つめ、そして手に取り、
自分の首に向けた。


「だめ!」


言うが否や飛び出したのは王の手であった。
王は律子の手首を掴みそしてナイフを取り上げた。

645: 2013/02/06(水) 20:56:06.60 ID:fNDuPlD2o
「君の罪ではない。これは君を操ったものの罪だろう?」

「私も君に辛い思いをさせてしまったのは本当に申し訳ないと思っている」

「本当にすまない」


私達は律子が氏なないことを確認するとすぐに手当に移った。


「うぅ……少しだけ後が残っちゃいますぅ」

「いいわ。それぐらいで。私の罪のあかし」


王に忠誠を誓った律子は反乱を自らが指揮をあげていたことが
ショックだったらしく、それで大変なところまで思いつめてしまったみたいだった。


自分の一番大好きな国を、自分が壊しているのだから。
私も……きっとそうだった。
でも、私も私の時と同じように師匠が私にしてくれたように。


彼女を救うことができたのかもしれない。
手を差し伸べてあげることができたのかもしれない。

646: 2013/02/06(水) 20:58:47.81 ID:fNDuPlD2o

「嘘の言葉が溢れ……」

「嘘の時を刻む……!」


どこから歌が聞こえる。
刹那、私の横を真が盛大に吹っ飛んでいくのが目に写った。
真は壁に激突し、倒れこんだ。


「真っ!? な、なんで……」

「忘れ物ついでだ。簡単にそう収められちまったら困るからな」


そこには先程まで地下牢の前で氏闘を繰り広げた天ヶ瀬冬馬がいた。


「ま、真ちゃん!」

647: 2013/02/06(水) 20:59:55.07 ID:fNDuPlD2o
萩原さんは律子からすぐに真の方へ駆け寄り回復手当に入った。
律子はすぐに

「わ、私はもう大丈夫! 今助けを呼んでくるわ!」


と部屋を出ていった。


「はぁぁぁ!」


私はすぐに剣を抜き、天ヶ瀬冬馬の脳天目掛けて剣を振るう。
しかし、ガードされる。


「邪魔な奴だ!」

648: 2013/02/06(水) 21:02:31.76 ID:fNDuPlD2o
剣を弾き、回し蹴りを喰らい書棚に頭から飛び込んでいく。
でも、今さっき一番最初に天ヶ瀬冬馬は何したというの。


今、歌を歌いながら戦ったというの……?
まさかこの人も……。


「あなたはまさかアルカディアの」

「あぁ? なんでアルカディアのことを知っている」


途端に嫌そうな顔をする。


「アルカディアとは……一体なんなの?」

「はんっ。そんな簡単に教えられるほど俺達は安っぽいものじゃねえってんだ」

649: 2013/02/06(水) 21:11:23.09 ID:fNDuPlD2o
天ヶ瀬冬馬が剣を構える。
こちらも剣を構える。


「はぁぁぁあ!」

「……声の届かない迷路を超えて」


一閃。
一瞬の動きを見抜けなかった。
足を斬られる。


私の一撃を避けて足に一撃を食らわせた。


「ぐっ……ぁぁああ゙ッ!」


萩原さんがすぐに回復魔法の準備に取り掛かる。
しかし、あっという間に天ヶ瀬冬馬の投げたナイフが萩原さんの肩に刺さる。

650: 2013/02/06(水) 21:13:18.28 ID:fNDuPlD2o

「ぅぅッ!」


立て続けにナイフを投げまくる。
手に、足に、お腹にとナイフが刺さる。


「そいつはしびれ薬も塗ってある。しばらくは動けないだろうぜ」


倒れこむ萩原さん。
これでは魔法が……!


ずんずんと剣を構えてゆっくりと近づいてくる!
目の前でゴミを、虫けらを見下ろすような目で私を見ないで!


一太刀、持っていた剣で防御するが弾き飛ばされる。
これではもう防御する術がない……。

651: 2013/02/06(水) 21:15:15.73 ID:fNDuPlD2o
かくなる上は動く素手で奴の剣を受け止めるしか。



「あばよ」


冷たくボソッと言い捨てると剣を振り下ろした。
もう……ダメか。


グサッ!


途端のことで目を閉じてしまった私は目の前に何が起きているのかわからなかった。
目を開けると王が私の盾になっていた。


「なっ……!? あ、あんたマジか!?」

「あ、あぁ……マジだとも」


驚く天ヶ瀬冬馬に対し口から大量の血を吹き出す王。
そして、刺さった箇所から流れでて止まらない血。

652: 2013/02/06(水) 21:16:24.50 ID:fNDuPlD2o
「チッ! さすがにこいつは予想外か……!」


バッ、と剣を王から抜き取り、血を拭き取る。
そして、王の間から去っていった。


「な、なぜ、私なんかを……!?」

「命の恩人に命の対価を持って守ったのさ」


王を腕に抱える。
優しい瞳、威厳のある顔も吐血した血により真っ赤に染まっていた。

653: 2013/02/06(水) 21:18:57.01 ID:fNDuPlD2o
「萩原さん……! 真!」


萩原さんはまだ動けない。


「いいんだ」

「待って、大丈夫だから! 氏んではいけない!
 あなたがいなくなったら国は乱れる一方!」

「あなたのような人がいたからあの場所に勇者は大量に集まったのよ!?」

「私のような老いぼれがいつまで居座る場所ではなかったのさ……ゴホッ」


再び吐血をする。
萩原さん、真! お願いどっちでもいいの早く!

654: 2013/02/06(水) 21:23:03.94 ID:fNDuPlD2o
律子は……!? せっかく回復して助けを呼びに行くといって部屋を出て行った。
扉のほうを振り向くと天ヶ瀬冬馬の代わりに部屋に入ってきたのは律子だった。


その律子はいぬ美ことベヒーモスが口に加えて、血を流しぐったりとしていた。


「い、いぬ美……!」


いぬ美がいるということはこの状況をどこかから我那覇さんが見ているということ。
彼女はクロイ側の人間だった。


それを明瞭とさせているのは彼女のいぬ美が器用に口に加えている血を流している律子。
まるでおもちゃの人形を持っているかのような。


これでは……助けは来ない!
私も足を怪我してもう動けない……。

655: 2013/02/06(水) 21:26:29.74 ID:fNDuPlD2o
止まらない王の血。
回復薬は……!? だめ、捕まった時に全部没収されてる!
剣しか持って来なかった。


「だ、誰か……! 誰か!」

「……た、助けて……」


もう……何もできない……!
このまま目の前で人が氏ぬの!?


嫌!

そんなのは嫌!

656: 2013/02/06(水) 21:27:29.39 ID:fNDuPlD2o
「名を如月くんと言ったかな? ゴホッゲホッ!」

「だめです、喋らないでください! い、今、すぐに回復薬を!」

「真ォ! 起きて!」


遠くの壁に埋まってる真はピクリとも動かなかった。


「私の役目はもう終わりなのかもしれん……王の座は律子くんに明け渡そう」

「何を言って……! だめです! まだ諦めたら!」


王の目はうつろになっていく。

657: 2013/02/06(水) 21:56:26.32 ID:fNDuPlD2o
「彼女は立派な王を務めることができる。
 優秀だからこそ……操られやすい所もあったのかもしれない」

「彼女が操られて反乱を起こしたことは国には好評はしない」

「正式に彼女は国を反乱という形で受け継いだということにしたいのだ、私は」

「だが、姫は確実に救出しなければならない」

「君の、勇者の使命は忘れるな……」

「なぜなら彼女は……」

「……」


ガクン……。
そして、王の手をいつしか握っていた私のその手を握る力は完全になくなる。
目を閉じ、動かなくなった。

658: 2013/02/06(水) 21:57:46.84 ID:fNDuPlD2o
嫌……嘘よ。


し、氏んでる……の?

嫌……いや……。



走馬灯のように記憶が蘇る。忌まわしい記憶。
私の……大嫌いな過去。


私の全てを奪った過去が。

659: 2013/02/06(水) 22:03:05.28 ID:fNDuPlD2o
――ごめんなさい。千早。優。

――嘘よ。ねえ! なんとか言ってよ、お母さん! 





――お姉ちゃん? お母さんは……。

――ごめん、優。……わからない。わからないの。







――助けて、お姉ちゃん!

――優! やめて! 優を返して! 私の……たった一人の家族を!

――嫌だ! お姉ちゃんーーー!

――優! 優! 優ぅぅううううう!





「イヤ……嘘よ……こんなの……!」

660: 2013/02/06(水) 22:04:09.01 ID:fNDuPlD2o
目の前で人が……?
王様だからじゃない。人が……氏んでいる。


目の前には萩原さんをもぶっ飛ばした、いぬ美。


「グォォオオ……」


逃げなきゃ……殺される。


いぬ美が片手をあげる。そして、軽く薙ぎ払うかのように一撃。


激痛。意識がいっきに吹っ飛ぶくらいの打撃。
全身を打ち砕かれたみたい……!

661: 2013/02/06(水) 22:04:41.99 ID:fNDuPlD2o
「……ッッ!」


口から血が噴き出る。内蔵をやられた……みたいね。
血が温かく。


不思議と心地いい。
なぜ……?


再び迫りくるいぬ美。しかし、何か気が変わったのか私の目の前まで来ておいて、
地面に現れた魔法陣の中にゆっくりと沈んでいった。


同情しているの? 馬鹿ね……。
殺せばいいのに。


そうでないならば。私は生きていたら……いつかあなたを頃しにいくのに。

662: 2013/02/06(水) 22:05:29.27 ID:fNDuPlD2o
薄れ行く意識の中で騒ぎを聞きつけた警備兵達が大勢押しかける。
そして近寄ってきて大丈夫か、と聞かれるが答えれるわけもない。


王の部屋での暗殺。
部屋で息を引き取ったのは王。


そして気絶し、重症を負うのは私と真、萩原さん、そして律子。


この日、王位は律子に静かに継承される。
後に国に発表されたのは正式な王位の継承であった。

663: 2013/02/06(水) 22:19:23.40 ID:fNDuPlD2o
律子が催眠にかかった状態で起こした反乱も正式なものとされ、
そして、それはただの律子と王の喧嘩だったということになった。


そして、王の氏は暗殺ではなく、病氏として扱われた。
国には病床で臥せっていた王に対し引退しろと話をした所、
頑固に席を譲ろうとせずに戦いになったと国中に広まった。



高木順二朗が王としてナムコ王国に君臨していた時代は終わった。
そして、私達と我那覇さんの関係も虚しく崩れ去り、終わった。



私は暗闇の中に意識が投げ飛ばされ、世界は私を唐突に断絶した。
絶望を味わう私はこのまま二度と目が覚めないかもしれない。





キサラギクエスト  EPⅥ  国家転覆を狙う黒い影編   END

664: 2013/02/07(木) 07:11:02.35 ID:eA5EjysAO
響抜けちゃったか…

665: 2013/02/07(木) 13:16:04.19 ID:7MGbwe/Ko
響ファンの俺は深い悲しみに包まれた



続きます




引用元: 千早「キサラギクエスト」