768:  ◆tFAXy4FpvI 2013/03/08(金) 18:00:45.72 ID:/PCTaSjwo



前回はこちら




私、如月千早がナムコ王国のバンナムを旅だって早くてもう3年が経過していた。
その1年は激動の1年だったとも言える。
もう2年は……私はただ眠りこけていたのだけど。


3年前、私は首都であるバンナムを旅立ってからすぐに真と仲間になり、
そして次に我那覇さん、萩原さんと仲間になる。


それから国境地帯の紛争を止める役にも立っているし、
意外と考えてみれば勇者っぽい仕事はかなりしているんじゃないかしら。


そして、クロイ帝国の首都へ攫われた姫、四条貴音を取り戻しに行くが道中で
バンナムが反乱の危機に合っているとの噂を聞きつける。



千早「キサラギクエスト」シリーズ



769: 2013/03/08(金) 18:01:49.52 ID:/PCTaSjwo
とある村の転送魔法の得意とするみうらさんを訪ねて、
見事にバンナムに帰り着くことができた。


しかし、反乱に乗じたクロイ帝国の刺客により王は氏亡。
王の最期の言葉から秋月律子が女王として君臨することになる。


そして、この動揺に漬け込んだクロイ帝国によりナムコ王国は敗北。
国の半分の地域を奪われてしまう。


私は情けないことにもそのショックで現実逃避をして
2年もの間、城の秘密の部屋で寝たきりになった所を匿ってもらっていた。

770: 2013/03/08(金) 18:02:18.75 ID:/PCTaSjwo
そして、王の遺言から導き出した答えによると、
攫われた四条貴音は人ならざる人であった。


それは賢者の石。
彼女自信が賢者の石として動き、感じ、思考する生き物として誕生してしまった。   


彼女を使い何かの計画を行おうとしているクロイ帝国の野望を阻止するために
私達はその魔法の発動条件の一つであるものがアルカディアの血だと律子から知らされる。


「あ、アルカディア……」

「それって……」

「戦術舞踊民族アルカディアよ」

771: 2013/03/08(金) 18:05:09.96 ID:/PCTaSjwo
何度も気になっていた。その民族とは一体なんなの?
何があるというの?
私は……誰なの?


頭の中で数え切れない疑問がぐるぐると回りだす。


「ち、千早ちゃん」


萩原さんが心配そうにこちらを見る。
真も何も言わないがこちらを気にはしているみたい。

772: 2013/03/08(金) 18:07:41.31 ID:/PCTaSjwo
「? どうかしたの? 3人とも」

「えっと……実はそのアルカディアの出身がここにいるんですよ」


と申し訳無さそうに真は私のことをチラっと見た。


「ほ、本当なの!?」


ガタッ、と椅子から勢いよく立ち上がる律子。

773: 2013/03/08(金) 18:10:14.24 ID:/PCTaSjwo
「ええ、確証みたいなものはないのだけど。本当よ」

「ど、どうして?」


そう律子が聞く。
だって、それは仕方ないもの。
私は……過去の記憶なんてほとんど思い出したくないようなものばかりだし。


それに、出生の地がどこかなんて小さな頃の記憶のことだけあってもうわからないわ。


「小さな頃の記憶だからわからないわ。ごめんなさい」

「そう……。仕方ないわ」


とゆっくり椅子に座る律子。

774: 2013/03/08(金) 18:13:50.87 ID:/PCTaSjwo
「千早……あなた、家族や兄弟はいるの?」

「一応いるにはいるんですが……」

「千早、その人に会って確認を取りなさい。自分がどこの産まれなのかを」

「イヤよ」

「 !? 」



それだけはイヤ。
どうして。どうしてあの人に。頼らなくてはいけないの。

775: 2013/03/08(金) 18:15:07.73 ID:/PCTaSjwo
「な、何を言っているの千早? そんな子どもみたいなことを言っている場合じゃ」

「それだけは……イヤなのよ」

「千早、落ち着いてよ。訳を話してみてよ」


真が私の手を握り、そっと指を開く。
いつの間にか拳に力が入っていたみたい。


「大丈夫だから」


そう言う真の目はどこまでも深く、落ちてしまいそうだった。

776: 2013/03/08(金) 18:20:21.42 ID:/PCTaSjwo
「はぁ……」


深呼吸を一つする。私が駄々をこねても仕方がないのかもしれない。
だけど、私は……あの人を許すことは到底できない。


記憶の扉を開ける。
重い重い扉をゆっくりと開ける。


苦くて苦しくて寒くてひもじいあの頃の私。


「家族は……父は……とっくの昔に氏んでいます」

「弟も……たぶん氏んでいます」

777: 2013/03/08(金) 18:23:01.42 ID:/PCTaSjwo
「じゃあ……」


と律子が私の言おうとしたことを言ってしまいそうになったのでそれを遮るかのように。


「母は……たぶん生きています。どこにいるのかはわかりませんが」


シンと静まる王室。
広々とした空間が静かに音がなくなる。


「一番最後に住んでいた場所は?」

「私が……最後に住んでいた村……」

778: 2013/03/08(金) 18:23:31.34 ID:/PCTaSjwo



思い出したくもなかった……。
だけど、私は。


「ミンゴス……」

「そう……。ミンゴスの育ちだったのね。悲惨。だったわね」



そう暗い顔をする律子だった。
何か知って悟っているかのような。

779: 2013/03/08(金) 18:24:15.69 ID:/PCTaSjwo
「律子、ミンゴスでは一体何があったの?」

「……あなた達が8歳だかの頃に村が襲われたのよ。
 そこは国境の近くではあったけれど、襲われるようなことのない場所だったわ」

「山に囲まれてて物資と言えば山のトンネルから採掘するだけの平和な村だったの」

「そこにクロイ帝国が侵攻をしてきたのよ」



私自信はそこで初めて知る。クロイ帝国だったのね。あの人達は。
と同時に沸々と怒りが込み上げてくるのをなんとかなだめる。


780: 2013/03/08(金) 18:25:17.14 ID:/PCTaSjwo

「千早、これ以上のことは行ってみて全てを確認しないとわからないよ」

「……」


真の言葉は聞こえてるが、答えることができない。
私にはどうしてもあの人には頼りたくない理由がある。
あの人は私達を……。



「ち、千早ちゃん、もし嫌ならば私達だけが聞いてくるから近くまでは一緒に……」



そういう問題ではないの。
誰が聞こうと最終的に私はあの人が出した道標を歩まなくてはいけないということが。
それが何よりも嫌なのよ。

781: 2013/03/08(金) 18:25:58.88 ID:/PCTaSjwo

「千早らしくないね。うじうじしてても仕方ないだろう」

「私がここまで拒む理由があるのよ……」



「……」

「……」


二人共黙ってしまった。
重い空気が流れる。私だって好きでこういう重い空気を作りたいわけじゃない。
ここまで来られたのは私だけでは無理だった。


彼女達がいたからこそ、いえ、彼女達だけでなくここに辿り着くまでに出会った
色んな人が私を強くしてくれたんだと思う。

782: 2013/03/08(金) 18:27:58.00 ID:/PCTaSjwo
彼女達にまた助けてもらうのだろうか。
でもきっと、嫌な顔一つもしないで言ってくれるのでしょう。


「ごめんなさい。わかったわ。行く。だけど……一緒に着いて来て欲しい」

「もちろんさ!」

「うん、私で良かったら着いて行くよ!」


そう……こうやって言ってくれる。
私達はいつしかこんな風に仲間になっていたのね。

783: 2013/03/08(金) 18:28:28.63 ID:/PCTaSjwo
と考えた時に、いつもいたもう一人の声が頭の中に響く。


「当たり前だぞ! なんくるないさー!」


違う。
少し頭を振って脳内に響く声をかき消す。
あの子はもう……私達の敵なのよ。


命を狙われる側。


もう容赦はできない。私があの子を殺さないといけない。
できるの?


私が?


脳裏に浮かぶのは私が一緒に我那覇さんと笑っている姿。
楽しそうに。何も知らない私は。

784: 2013/03/08(金) 18:29:17.68 ID:/PCTaSjwo
「ええ、行きましょう。絶対にクロイ帝国の思い通りにはさせはしないわ」

「頼むわよ、千早。真。雪歩」


「「「  はい!  」」」



こうして、私達3人は私の故郷であるミンゴスへと向かうことになった。


その晩、私達は城にある部屋に泊り3人は
昨日今日と起きた出来事に困惑しながらも眠りについた。


城の中は夜になるともうクロイ帝国の連中は見回りには来ないので
安心して寝ててもいいとのことだった。

785: 2013/03/08(金) 18:30:08.64 ID:/PCTaSjwo
私はなかなか寝付けずにベッドの上でずっと体育座りして、
小さくなって座っていた。


頭の中には今でも思い出される人の氏を目の当たりにしたこと。
悲惨な光景。


そして、我那覇さんの顔。
あの子はどうして私達を裏切って……。
何か理由があるはず。


本当にあの子が、本心から私達を殺そうと思っていればそんなのはいつだってできただろう。
それに、私達に招待を明かす時の表情。
つらそうにしていた。
彼女にも何か後ろめたいことがあるんだろうとすればそれは一体……。

786: 2013/03/08(金) 18:32:34.63 ID:/PCTaSjwo
コンコン……。


「千早ちゃん……」


この声は萩原さん?


「萩原さん? 今開けるわ」


私はベッドから降りて、別の部屋で寝ているはずの萩原さんを部屋にいれる。


「こんばんは。えへへ」


白い綺麗な寝間着姿の萩原さんを私の部屋の中に入れる。

787: 2013/03/08(金) 18:33:11.27 ID:/PCTaSjwo
「どうしたの?」

「ううん、なんか眠れなくって。隣の真ちゃんはもう寝ちゃったっぽいし」


萩原さんは真と同じ部屋。私は、一人の部屋を。
いつもはここに我那覇さんもいるのだけど。


二人二人で別れて泊まったりもしてた。


「それよりも千早ちゃんも起きてたんだ」

「うん。寝付けなくて」

「私も」


えへへ、と笑う。
枕を抱えたままこっちの部屋に来たのか。そのままベッドの上に座った。

788: 2013/03/08(金) 18:33:42.73 ID:/PCTaSjwo
私はその隣に座る。
私を見て、萩原さんは寝間着のポケットから小さなカップを2つほど取り出した。


「お茶入れる? 温まるよ?」

「ええ、お願いするわ」


萩原さんはお茶の魔法を唱えて指先からお茶を精製する。
指先から出るお茶を飲むってのもまた不思議なものね。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」

789: 2013/03/08(金) 18:34:25.20 ID:/PCTaSjwo
カップを受け取るとお茶の熱が伝わっていて熱かった。
それをゆっくり口にする。


「美味しい……」

「ありがとう」



今度は萩原さんがお礼を言う。


しばらくの沈黙。
気まずくはない。前みたいに。
きっと出会ったころはお互い何を話していいのかもわからなくて、
少し気まずい空気が流れたのかもしれない。

790: 2013/03/08(金) 18:35:43.26 ID:/PCTaSjwo
二人で窓の外の夜空を見ている。
窓の外の景色はとてもいいものではなかった。
復興作業をこんな夜中になってもしている人達がいる。


「ねえ、千早ちゃん」

「なにかしら?」

「響ちゃんのこと……怒ってる?」



ドキッとした。まさか萩原さんから聞いてくるとは思ってなかったから。


「怒ってる……のかしら。わからないわ」

791: 2013/03/08(金) 18:36:40.14 ID:/PCTaSjwo
萩原さんは何も言わない。


「それこそ最初は怒っていたわ。裏切られた、という感情だったり、
 騙された、って感情だったりが、もうぐちゃぐちゃだった」

「だけど、今はもう落ち着いてる。彼女が色々としたことは何も代わりはしないけれど」

「それでも私は信じている」


そしてようやく萩原さんも口を開く。


「だよね」

「絶対……そんなわけないよ。響ちゃんが」

792: 2013/03/08(金) 18:37:54.83 ID:/PCTaSjwo
コンコン。


また? 真?


「千早、起きてるかな? そっちに雪歩いる?」

「王子様が迎えに来たわよ」


と少しからかうように萩原さんに言う。


「いるよ、真ちゃん。あけてもいいよね?」


頷くと萩原さんは嬉しそうにドアを開けに行った。
真が眠そうな顔をして立っていた。

793: 2013/03/08(金) 18:38:42.18 ID:/PCTaSjwo
「はぁ……良かった。
 起きたらいなくなってたからどこに行ったのかと思って探しちゃったよ」

「真も寝れなかったのね」

「へへっ、まぁね」

「なんか今日は色々あったからねぇ」

「そうね」

「これから千早の故郷に行くんだよね」

「ええ」

「千早ちゃんの故郷ってどういう所だったの?」


私のベッドに萩原さんと真が座る。
萩原さんの入れてくれたお茶が温かい。

794: 2013/03/08(金) 18:39:08.82 ID:/PCTaSjwo
私の故郷……。


何から話したものか。少し悩む。
私はこの時、二人になら、と思っていた。
私自信を信じてくれているこの二人にならば。


「私の住んでいた村は何もなかったわ。山の炭坑で稼いでいただけの小さな村」

「大人たちはみんな炭坑勤めだった。
 私達は私も幼い時にミンゴスの村に来たから覚えてないのよ」


「あの日は……確か……」






795: 2013/03/08(金) 18:45:46.78 ID:/PCTaSjwo
………………
…………
……





あれは私がまだ小さかった頃の話。
私は小さい時にミンゴスという炭坑が盛んな村に引っ越してきた。
その経緯は私は知らなかった。
何故、私はこの村に移ったのかわからなかった。


「お母さん~!」

「あら、千早。どこで見つけたの? そんな綺麗なお花」

「えへへ、あっちの方にあったんだ!」


家の中にいるにも関わらずとにかく遠くの方を指したくって目一杯腕を伸ばす。

796: 2013/03/08(金) 18:48:05.87 ID:/PCTaSjwo
「待ってよお姉ちゃん……。はぁ、はぁ……」

「遅いよ優!」

「だ、だってぇ……」

「まぁ、優も取ってきたの?」

「はぁ、はぁ。うん! これお母さんに!」

「二人共ありがとう……」


二人から一輪ずつ花を受け取ると優しく微笑んでくれた。
私と優はこの笑顔が大好きだった。


優しいお母さん。いつも私達を見てくれていたお母さん。
とは言ってももちろんお母さんも働きには出ている。

797: 2013/03/08(金) 18:49:02.48 ID:/PCTaSjwo
この村の大人はみんな炭坑の仕事をして掘り出したものを売ってみんなで生計を立てている。
村はみんなが家族のようなものだった。


だけど私達は村からは少し離れた所に家があった。


「ねえお母さん。どうして村の子たちと私の家は遠いの?」


こんなことを聞いたことがあった。
お母さんは困ったように眉をハの字に曲げて、それでも笑顔で答えてくれていた。


「私達がこの村に引っ越してきた子だからよ」

「そっか~」


聞いたはいいけれど幼い私には何も理解できていなかった。

798: 2013/03/08(金) 18:49:29.07 ID:/PCTaSjwo
生活は安定してた。
お母さんは優しく何を言っても笑顔でいてくれた。


私はいつも弟の優と遊んでいた。
優とままごとあそびをしたり、村の外を探険したりした。


探険に行って、優が転んで怪我をして泣くと私は決まって歌を唄った。


「ほら、泣かないの。もう、しょうがないなぁ。
 コホン、泣くことなら容易いけれど~」


そうしているうちにいつの間にか優も一緒に歌う。
元気になって、一緒に歩いて帰る。これがいつものお決まりだった。

799: 2013/03/08(金) 18:52:15.91 ID:/PCTaSjwo
優は私の唄う歌が大好きで、機嫌がいい時も、挫けそうな時も、
悲しい時も、楽しい時も、いつも決まって私に言った。


「唄って! 唄ってお姉ちゃん!」


私も、優の前で唄うことが大好きだった。
歌い終わるといつも拍手は2つに増えていた。


優とお母さん。


毎日が幸せで、私の生活にはいつも歌があった。

800: 2013/03/08(金) 18:55:53.09 ID:/PCTaSjwo
それから幾ばくかの時が過ぎたある日、優が


「遊びに行ってくるね!」


と行って家を出た。
それに私は


「私も行く!」


と付いて行こうとしたが、優は


「お姉ちゃんはだめ! これは男の子の遊びなんだ!」

「えー、そうなの?」


私はその時はすんなりと諦めた。

801: 2013/03/08(金) 18:56:19.72 ID:/PCTaSjwo
男の子の中の遊びというものはどういうものかはわからなかった私は、
特にこの時はぐいぐいと聞いたりはしなかった。


何せ私の家には男の人は優しかいなかったのだから。


最近、優は村の男の子とも仲良くなっていた。
私はそれに着いて行ったりすることもあったが、大抵は蚊帳の外で見守っているだけだった。


優の勧めで村の子供達の前で唄うことになったこともあった。
最初は優が


「お姉ちゃんはすっごく歌が上手なんだよ!」


と自慢したことから始まったのだった。
それを疑った村の子供や、馬鹿にした子供がどうしても許せなくて
私に泣きながらお願いをしてきたことがあった。

802: 2013/03/08(金) 18:56:58.34 ID:/PCTaSjwo
もちろん私は泣き止むように優に唄ってあげたし、
村の子供たちの前で唄ってあげた。


その時だった……。


いつもより感情を込めて唄ったのだが、みんなはそれこそ最初は圧倒されていたが、
いつの間にかぼぉっとした表情でどこか上の空になっていた。


「どう!? お姉ちゃん、すごいでしょ!?」


優は村の子供達にそう聞くが


「……うん」

「……すごい」

「どうしたの?」


優の言葉がまるで届いているのかがわからない様子だった。
私の歌がそんなに気に食わなかったのか、とその時私は不愉快になり
そのまま帰ってしまった。

803: 2013/03/08(金) 18:58:41.45 ID:/PCTaSjwo
今思えば、あれは私が持つ歌に関する能力の何かの始まりだったのかもしれない。
私の歌には何か特別な力がある。
優が上の空にならなかったのは優はいつも聞いていたから?


それとも私達が姉弟だから?
血の繋がった。アルカディアだから?


だけどその時はわかりもしなかった。


ある夜。
もう真夜中だって時に玄関の方で話し声が聞こえてきていた。
私は眠い目をこすって、玄関に向かう。

804: 2013/03/08(金) 19:01:58.95 ID:/PCTaSjwo
そこには村の大人達とお母さんが話している姿だった。
私は影からこっそり見ていることしかできなかったけれど。
お母さんはずっと頭をペコペコ下げている。


「お母さん……」


その時は私は何かお母さんがいじめられてるようにも見えて、苦しかった。
だけど、もっと苦しかったのはその場で飛び込んで割って入ってでも


「お母さんをいじめないで!」


と一言言えたら良かった。そう、ほんの一言だけでも。
しばらくすると話は終わったみたいで私はお母さんに近づいていって聞いた。


「お母さん……どうしたの?」

805: 2013/03/08(金) 19:02:27.24 ID:/PCTaSjwo
「っ! 千早……なんでもないわ。さ、寝ましょう」


そう言いお母さんは私の頭を優しく撫でながら私を寝室へと押して歩いた。
誤魔化すように。


その時の私は何も考えなかった。
眠くて何も考えてなかったし、それにお母さんが何でもないと言ったのを信用してしまった。



今思えば、私が見たお母さんが、村の人達にペコペコと頭を下げていたあの時。
あれはきっと私の歌が原因で意識が朦朧としてしまった子供達の親だったのだろう。
それの苦情を私の母親にぶつけていたに違いない。

806: 2013/03/08(金) 19:03:51.24 ID:/PCTaSjwo
それからもお母さんは何日も何日も来る人達に謝り続けていた。
何時間も何日も。



話は戻って。


そんなことなどがあったのを思い出した私はやっぱり優が一人で村の子供と遊ぶのは
まだ早いんじゃないかもしれない、と思った。


だからこっそりと後ろからあとをつけることにした。


村の中央の方にあるいつもみんなで遊ぶ所に行くと誰もいなかった。
探険に行ったのかしら?


私は森の付近も探した。
村の周辺を探してしばらくすると。

807: 2013/03/08(金) 19:04:34.12 ID:/PCTaSjwo
子どもたちの大きな歓声が聞こえた。


「やれー!」

「いいぞー!」

「はっはっは! バケモン姉弟め! くらいやがれ!」

「お、お姉ちゃんを馬鹿にするな!」

「こいつ、いつもいつもお姉ちゃんお姉ちゃんってよ!」

「情けなくねえのかよ!」

808: 2013/03/08(金) 19:06:01.52 ID:/PCTaSjwo
「うぁ゙ッ! くっ、情けなくなんかない! お姉ちゃんはすごいんだ!」

「どこがすごいんだ! 気持ち悪い歌、聞かせやがって!」

「ぎゃぁッ……! そ、それ以上は許さないぞ!」


茂みの奥には数人の男の子達に囲まれて殴られて、
蹴られて、それでもなお立ち上がる優がいた。
卑怯なやり方をするのが許せなかった私はすぐに飛び出していった。


「何してるの! やめなさい!」

「げっ、バケモンの姉が来たぞ!! 逃げろ!」

「あ、待ちなさい!」

809: 2013/03/08(金) 19:08:19.11 ID:/PCTaSjwo
しかし、静止も聞かずに逃げられてしまう。
数人の男の子を追いかけて全員捕まえるなんてことは私はできなかった。


それよりもまずはボロボロになった優を助けに行った。


「優! 優! 大丈夫!?」

「ご、ごめん……お姉ちゃん」

「いいのよ。すぐにお母さんの所に連れて行くから」


そう言って優を背中におんぶする。

810: 2013/03/08(金) 19:10:51.68 ID:/PCTaSjwo
いつもなら泣いて私に泣きついてくる優だった。
だけど、今日はいつものと違った。


こんなにボロボロにされたっていうのにどこか誇らしげだった。


「お姉ちゃん……」

「なぁに? 優? もうすぐお家だからね」

「お姉ちゃんの夢って何?」

「夢……? わからないわ。そんなことよりもどうしてお姉ちゃんに黙って」

「お姉ちゃん、僕、大きくなったら立派な勇者になるんだ!」

「勇者……?」

「うん、色んな所、冒険して、旅して、強くなるんだ」

「こんなにボロボロにされたのに?」

「これから強くなるんだよ」

811: 2013/03/08(金) 19:12:32.52 ID:/PCTaSjwo
私はいつの間にか涙が出そうになっていた。
あぁ、いつの間にかこんな風に成長してたのか、
と近くにいながらも気が付かなかった優の成長に嬉しく思っていた。


「ふふ、きっとなれるわ。応援してる」

「うん、強くなったら。僕がお姉ちゃんを守ってあげるよ」

「ええ、ありがとう。待ってるわ」



私達はこの時にはすでに狂い始めていた生活の安定をまだ知らなかった。
そして、もう手遅れだった。

812: 2013/03/08(金) 19:16:28.19 ID:/PCTaSjwo
ボロボロになった優を見かねたお母さんは
優を殴りつけたりした男の子の家を優から聞き出した。


優としてはそんなことしたら折角話せるお友達が増えたのにまた減ってしまう、
という気持ちでいっぱいだったろう。


しかしお母さんはそれでもその家にいって子どもたちを全員連れてきて優の前で謝らせた。
私はこの日、こんなに怒ってるお母さんを見たことがなかった。


と同時にいつも優しいお母さんが怒っていて怖かった、けれどまた大好きになっていた。


813: 2013/03/08(金) 19:21:37.09 ID:/PCTaSjwo
だけどお母さんは段々とやつれていた。
気がつけばまた腕が細くなっている気がした。


それからお母さんが玄関で夜な夜な村の人に謝っている姿も
日に日に増えてきている。たぶんそのせいでちゃんと休むこともできてないのかもしれない。





そして、事件は唐突に起きた。


村の近くで遊んでいた私と優は高台に登っていた。
そこから私と優は歌を唄っていた。

814: 2013/03/08(金) 19:22:14.68 ID:/PCTaSjwo
誰にも邪魔をされずに、村にも聞こえないから文句を言われることもない穴場。
二人だけで、いつも色んな歌を。


「お姉ちゃん、あれ何?」

「どれ?」

「あの沢山の人は何?」

「……」


たくさんの人が行列を作って歩いている。
進行方向はこの村。間違いない。


「あれ、武器持ってない? 村に向かってるよ?」

「大変……みんなに知らせなくちゃ!」

815: 2013/03/08(金) 19:28:27.84 ID:/PCTaSjwo
私と優は急いで高台を降りて、一生懸命走った。
村まで走って走って、息が切れても、枝に頬を切られても。


「村長さん!」

「なんだ。騒騒しい」


この村の村長にまずは伝えなくちゃ!


「きょ、今日って、何か武器持った人が大量に来る日!?」

「何を馬鹿なことを言っているんだ」

「武器を持った人達がたくさんこっちに近づいてくるの!!」

816: 2013/03/08(金) 19:29:07.01 ID:/PCTaSjwo
「それじゃあきっと国の人だろう」

「国の色じゃなかった……!」

「黒かった! 国の人はもっと色があった!」

「何? どこで見たんだ?」

「高台から見たの」

「うむ、少し若いものを行かせてみよう」


村長さんは信じてくれた。が、私が一番恐れていたことが起きた。

817: 2013/03/08(金) 19:29:36.27 ID:/PCTaSjwo
「じいちゃん、その姉弟のことは信用しないほうがいいぞ!
 そいつらバケモンだからきっと嘘ついてるんだよ!!」

「コラ! そんなことを言うもんじゃない!」

「絶対嘘だって!」


村の子供。優をいじめていた主犯格の男の子の祖父が村長だった。
その子がでてきた。


「嘘じゃない! お姉ちゃんと僕が嘘つくわけない!」

「そうよ、嘘じゃないわ!」

「確かにこれは終わったはずの戦争の影響かもしれん。
 だが、それにしては早すぎはしないか……」

818: 2013/03/08(金) 19:31:06.42 ID:/PCTaSjwo
村の位置は当時は国境の近くだった。
ナムコ王国とクロイ帝国の国境の南側。
村の位置はナムコに入ってる。


「こんな村に……物資の調達をしにくるほどあの国もヤバいということかのう」

「とにかく、千早、優。家に帰ってまずは自分達の母親に知らせるのだ」



そうして私達は村のはずれに自分達の家にいるお母さんの元へと走っていった。


「お母さん大変! 村に悪い人たちが攻めて来てるの!」

「千早……」

「そう……来たのね」

「千早。優。よく聞いて。あなた達は今からここを出るのよ」

「迎えの馬車が来ているから」

「え? 何?」

819: 2013/03/08(金) 19:31:49.06 ID:/PCTaSjwo



どういうこと? と近づこうとした瞬間。


「近づかないで!」


こんな風にお母さんが怒鳴り散らすのは
初めて聞いた私は身動きが取れなくなってしまった。



「私はあなた達二人を売るわ」




この日まで築き上げられていた私の大好きだった母親は一瞬にして崩れ去った。
このたった一言で。


唐突すぎる言葉に私達は戸惑うばかりだった。



私は頭が真っ白になった。何? お母さんは何を言っているの?
何がどうなっているの?

820: 2013/03/08(金) 19:40:02.00 ID:/PCTaSjwo
「突然のことで分からないわよね。
 ごめんなさい。あなた達はもう私には必要ないのよ」


違う。そういうことを聞いているんじゃない……。


「ちょうど良かったのよね。タイミング的にも」

「ちょっと待ってお母s」

「もう耐えられないのよ」

「あなた達が毎日毎日毎日毎日毎日毎日
 唄うせいで私がどれだけ文句を言われ続けているのか」

「もう……我慢できない」

「だから……売ってしまうのよ」

「あなた達二人分を売って……
 私は攻めて来た軍の人にお金を払って私は助かるの」

「外にお迎えの馬車が来ているわ。そこのおじさんの所で農民の奴隷として働いて」


そう言うと母親は背を向けた。

821: 2013/03/08(金) 19:41:57.82 ID:/PCTaSjwo
「お……母さん?」

「どうして?」

「こんちは。如月さん。この二人でいいのかい?」

「えぇ、約束は……守っていただけるのですね」

「もちろんさ。金がかかった約束だからね」

「ただし、この子達はもう私の物。
 何をしようとも私の勝手ですからね」


突如、家の奥から知らない見たこともないオジサンが現れた。
身なりは汚らしくとても嫌な雰囲気をまとった人だった。


「ええ……わかっているわ。連れて行って」

「待って! お母さん! なんで!? 私達何かしたの!?」



優は何が起きているのかさっぱりわからないと言った感じだったが、オロオロしていた。
私の服の裾をギュッと握りしめて離さなかった。

822: 2013/03/08(金) 19:42:37.66 ID:/PCTaSjwo
「さあ、お譲ちゃん、ぼく。こっちに来るんだ。急がねえといけねえ」

「嫌! 触らないで!」


パシン、と手をはたくが子供の力ではどうにもならない。


「いてえな、クソガキめ! お前はご主人様に暴力を振るうのか!!」


思いっきり頬を殴られる。
今までに味わったことのない痛み。
痛い。痛い。なんで? なんで殴られなきゃいけないの。
涙が止まらない。理不尽な暴力に、突然の別れに。


どうしていいのかわからない。
お母さんは背中を向けたままだったが顔を手で覆って
膝から崩れ落ちる。

823: 2013/03/08(金) 19:43:28.05 ID:/PCTaSjwo
「お姉ちゃん! 何すんだお前!」

「うるせえガキ! 黙って早くこっちに来い!」


優は押さえつけられただけで殴られはしなかった。
そんな所に少しホッとしてる自分がもう自分で怖かったりもした。



「おら、お前らこっちに来い!」


服を無理矢理に引っ張られズルズルと引きずられていく。
段々とお母さんの背中が遠くなっていく。



824: 2013/03/08(金) 19:44:03.03 ID:/PCTaSjwo
「お母さん! ごめんなさい! もう悪いことしませんから!」

「……」

「お母さん! ごめんなさい! ごめんなさい! 捨てないで!」

「おら、とっととこっちに来やがれ!!」


ずるずると玄関の方まで引きずられて行く私と優はそれでもまだ全力で叫び続ける。


「お母さん! お母さん!」


優は泣きながら叫ぶ。
小さくつぶやいた。私達との完全な決別の言葉を。


「ごめんなさい。千早。優」

「こうするしかなかったのよ」


そう言うお母さんの声は震えていて何を言ってるのかわからなかった。


825: 2013/03/08(金) 19:45:00.20 ID:/PCTaSjwo
「嘘よ。ねえ! なんとか言ってよ、お母さん!!」



お母さんは背中を向けたまま、もう何も言わなかった。


泣き叫ぶ私達を引き連れたオジサンは鉄格子の檻のような
内側から開けられないようになってる籠へ放り込まれる。


その間にも暴れ泣き叫ぶ私達をオジサンは何度か殴りつけて黙らせようとした。
優は痛みに泣き叫ぶ。
これ以上、優が殴られないように私は優を抱きしめ庇って、
背中を何度も何度も殴られ蹴られた。



826: 2013/03/08(金) 19:45:28.98 ID:/PCTaSjwo

私と優が落ち着いた頃にはすでに私達は馬車に揺られかなり遠くまで来ていた。


どこへ連れて行かれるのだろう。
お母さん、助けて。


お母さんに裏切られたばかりだというのにも関わらず私は神にも祈らずに
ただひたすらお母さんに助けを求め祈った。


優は泣きつかれて眠っていたのか。


「お姉ちゃん? お母さんは……」

「ごめん、優。わからない。わからないの」

827: 2013/03/08(金) 19:45:56.54 ID:/PCTaSjwo

それだけ聞くと優はまたすすり泣きを始めた。


「うるせえぞ! また殴られてえのか!!」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
 殴らないでください。痛くしないでください。痛くしないでください」


馬車は揺れる。
私達二人の姉弟を乗せて、どこか遠くへ。




828: 2013/03/08(金) 19:46:36.49 ID:/PCTaSjwo


ズガァンッ!


何か衝撃が走る。
馬車自体に響く大きな衝撃。


咄嗟に優を抱きしめて守りの体勢に入る。
おかげで私は後頭部を強く強打した。


気がつくとどうやら馬車は転倒したらしく、私達を入れていた檻は見事に開いていた。



「優……こっちよ!」


そっとささやくように優に言うと優も察したのか黙って頷いて私のあとについてくる。
そして、馬車から抜けだして通ってきただろう小道の腋の茂みに隠れる。

829: 2013/03/08(金) 19:47:21.42 ID:/PCTaSjwo
すると、高台で見た格好の人が何人もオジサンを囲んでいた。


「貴様。あの村から子供を二人、連れだしたな」

「ええ? な、なんのことでしょう?」

「とぼけるなよ……!」


そう言うとオジサンの足を武器の槍で刺した。


「ア゙ッぎゃぁ゙あ゙ああああ!!」

「大佐、荷物は空です」

「今倒れた拍子に抜け出しのだろう。探せ!」

830: 2013/03/08(金) 19:47:54.09 ID:/PCTaSjwo
私達のことを探している!?
急いで逃げなきゃ!


「優、こっち!」


優を引っ張って走りだす。
走って走って、それでも走り続けた。


転んで足を擦りむいても、枝に引っかかって血が流れても。


だけど、子供の足で逃げれるわけがなかった。
索敵系の魔法を使ったのかすぐに居場所がバレてしまった。


私達は取り押さえられ、もとの馬車の位置まであっという間に戻された。

831: 2013/03/08(金) 19:50:32.48 ID:/PCTaSjwo
「貴様。この子供を二人連れ出したな?」

「は、はい」


首に槍を向けられたオジサンはすぐに答える。


「ならば、我々が二人共もらっていくぞ。
 あの村は帝国の領地になったからな」

「いや、正しくはこれからなるのだが……まぁどちらでもいい」

「とにかくこの子供二人はもらっていくぞ」

「ま、待ってください……! こいつらは母親から売られたものです」

「何? チッ、奴隷法に反するか」


分からない会話が目の前で続いてく。
なんの話をしているの。

832: 2013/03/08(金) 19:53:04.78 ID:/PCTaSjwo
「貴様、いくらでこいつらを買ったのだ」

「我々が買い戻そう」

「二人共売る気はありませんよ……」

「黙れッ!」


オジサンはさっき刺された同じ箇所をまた刺された。


「あぁ゙ぁああ゙ああああッ!」

「ならば、二人分の金をここに置いていく。
 片方はもらっていくぞ」

「そ……それなら……」


オジサンの顔はいっきにいやらしく笑みをだす。

833: 2013/03/08(金) 19:54:52.70 ID:/PCTaSjwo
「嫌! お姉ちゃんと離れたくない」

「黙れ小僧。貴様がどういう立場の人間かわかっていないらしいな」


武器を持った男の人は優を引っ張りあげて言う。
私は目の前で優と引き裂かれそうになるのが怖かった。


優もいなくなってしまったらどうしよう、とあの馬車の中で
揺られながら考えたが、それがすぐに現実になってしまった。


「貴様らの血のおかげで我らに勝利をもたらすのだ」


何を言っているのかさっぱり理解ができなかった。
どういうことなのか。

834: 2013/03/08(金) 19:55:19.09 ID:/PCTaSjwo
「お姉ちゃん!! 助けて! いやだああああ!」

「いや、もうこれ以上バラバラにしないで!」


私も必氏に叫ぶ。


「いいからお前はこっちに来るんだ!」


オジサンに髪の毛を引っ張られる。


「では、こちらの男子の方は私達がもらっていく。
 いいか。貴様はこのことは他言無用だぞ!」

「へ、へい。 おら、こっち来ねえか!」


「い、痛い! 痛い……! 嫌ぁぁ!」

835: 2013/03/08(金) 19:56:11.73 ID:/PCTaSjwo
「そこの馬ももう起きる頃だろう」


「強烈な麻酔の魔法をかけておいたが、今解除した」


馬は起き上がり、そして、武器を持った男の部下たちが倒れた馬車を持ち上げて立てる。


優はまた泣き叫び声が枯れてでなくなるくらいに叫び続けた。


「お姉ちゃん!! 嫌だ!! 連れて行かないで!」

「優! 優ーーーーッッ!」

「助けて、お姉ちゃん!」

「優! やめて! 優を返して! 私の……たった一人の家族を!」

「うるさいぞ小僧! さっさとこっちへ来い!」

「嫌だ! お姉ちゃんーーー!」

「お前もだクソガキ! 早く中に入れ!」

「優! 優! 優ぅぅううううう!」

836: 2013/03/08(金) 19:57:23.36 ID:/PCTaSjwo
馬車は襲われ、どちらの所属かもわからない軍人に私と優は引き裂かれた。


どうして。


なんでこんなことに……。



馬車の中から綺麗なお花畑が目に入る。
涙が、前が見えないくらいにこぼれて止まらない。



――ねえねえ、お姉ちゃん。このお花、お母さんに持って行こうよ!

――いいわね。きっと喜んでくれるわ!



いつかの記憶がよみがえる。
今は憎くてたまらなかった。綺麗な花が。
何も知らずに咲いてる花が。

837: 2013/03/08(金) 19:58:28.44 ID:/PCTaSjwo


――ほら、優! 置いていくわよ!

――えっと、ど、どれが一番綺麗かなぁ? あ、待ってよ!




再び馬車は揺れる。
握りしめた拳から血は流れ。
そして、涙は枯れるほど流れた。









………………
…………
……

838: 2013/03/08(金) 19:59:10.74 ID:/PCTaSjwo




私は……このあと数年、農奴として毎日毎日ボロボロになるまで働いた。
日の出てる間は休みもなく働いて、夜は家畜達と一緒に寝た。



幸いなのは私を連れて行ったオジサンが私をただの奴隷としか見ていなかったこと。
オジサンには家庭もあり、何より奥さんにビクビクしていたから、
私なんかに手を出したらもっと大変なことになる。
それにそのことで逆上して私を奥さんが頃しても人手がまた足りなくなるだけだったから。
だから私のことにはより一層気を配ってはいた。




だが、それが気に食わなかったのは奥さんの方だった。
私は奥さんから度し難いいじめを受け続けた。



そうやってオジサンのもとで働くこと2年。

839: 2013/03/08(金) 20:01:49.55 ID:/PCTaSjwo
私は心に決めていた。


「絶対に……優を探しだしてみせる! 見つけだして二人で幸せに静かに暮らしてみせる」



だけど、私の心はもう壊れていて、とっくにそんなことも忘れ果てていた。
そんな中で私の元に転機が訪れる……。



――千早ちゃん。あなたは本当にこのままでいいの?



しかし、それは悪夢の目覚めではなかった。
悪夢が覚めてもまだ……悪夢は続いていく。






キサラギクエスト  EPⅨ   幼き日の悪夢編  END

840: 2013/03/08(金) 20:06:48.10 ID:/PCTaSjwo
お疲れ様でした。
読んでくださった方はありがとうございます。

841: 2013/03/08(金) 20:14:31.78 ID:BXk0YJgDo



続きます




引用元: 千早「キサラギクエスト」