846:  ◆tFAXy4FpvI 2013/03/21(木) 16:20:36.50 ID:hWToRdhWo



前回はこちら



 ………………
…………
……





毎晩毎晩泣いた。
声を出して泣くとうるさいと殴られた。


だから必氏に声を押し頃して泣いた。


来る日も来る日も私は太陽の光なんて一切見ないように下を向き、
土を耕し、肥料をまき、家畜に餌をやり、そして、収穫をする。



千早「キサラギクエスト」シリーズ



847: 2013/03/21(木) 16:21:02.89 ID:hWToRdhWo
私の連れて来られた家は広く、
今考えるとかなり売れている農家の地主でもあり、
何かの実業家でもあったらしい。


家の外装はそれなりに裕福な雰囲気があったが、
私はその家の中には一切入ることは許可されていなかった。
ただ、玄関などの掃除は許可されて入ることはあるが。


手に豆ができても、豆が潰れても私は道具を握らされた。
逆らうと殴られるから。

848: 2013/03/21(木) 16:21:45.06 ID:hWToRdhWo


朝になると、とは言っても陽が登らないうちから仕事を始める。


主人であるあのオジサンが起きる前に終わらせておかなくてはいけない仕事が山ほどある。
毎日主人の靴を磨いたり、装備品の整備をしたり。
婦人はたまに早起きして玄関にだけ入ることを許される私の姿を見ると
嫌そうな顔をして、汚れ一つないか確認して
何かしらにケチをつけて私を革のベルトで打ち付けた。



日が昇りしばらくすると主人はどこかへ出掛けるのでまだ気が楽だった。
何も考えずに与えられた仕事を淡々とこなす日々。


849: 2013/03/21(木) 16:22:11.16 ID:hWToRdhWo

自然と体力も力もついていったつもりだった。
でも飢えには勝てない。


朝食はなかった。正しく言えば食べる時間など到底なかった。



昼食の時間になると主人はいないので、代わりに婦人がご飯を与えにくる。
そう主人に言われているから仕方なくそうしているそうだ。
その時が一番苦痛だったかもしれない。


850: 2013/03/21(木) 16:22:40.22 ID:hWToRdhWo



主人はご婦人にも私を頃すことだけは許さないと言いつけてあった。
だけど、どうやらそれが気に食わなかったらしい。



髪を引っ張られ、顔を蹴られ、食べ物だ、と言われ投げ捨てられたことも、
目の前に置かれ、踏みつけられたものを泣きながら食べたこともあった。


「お前みたいな女に……。なぜ私がご飯を与えなくちゃいけない」


と怒鳴られた。口答えは許されなかった。
あとで帰ってきた主人に言いつけられ殴られるから。


851: 2013/03/21(木) 16:23:15.19 ID:hWToRdhWo

殴られるのは嫌。痛いのも嫌。
苦しいのも嫌。



歌うことだけは好きだった私。
だけど、許されなかった。



夕方になると主人は帰ってくる。
あることないことご婦人に吹聴され、その度に私はバツを受けた。


852: 2013/03/21(木) 16:23:44.26 ID:hWToRdhWo


夕飯がなかったことが多々あった。
ご飯が食べられないのが一番辛い……。
お腹が空いて日中に倒れると、蹴られて、水をかけられて起こされる。


何もでないのにゲーゲーとひたすら吐いた。
胃液の苦味が口の中に広がるのも我慢して飲み込んだ。


そして、私はまた再び仕事をする。
黙って、黙々と仕事をする。


853: 2013/03/21(木) 16:24:18.08 ID:hWToRdhWo


夜は寒い家畜小屋で家畜と一緒に寝た。
藁の布団は毎晩毎晩寒くて凍えていた。
バツで夕飯のなかった時はよく寝床の藁を噛み締めて
少しでも食料になれば、なんて考えたこともあった。
実際には土の味がして食べれたものじゃなくすぐに吐き出すのだけど。




拷問のような、悪魔のような日々が続いた。



何度だって幾度だって私は主人らを皆頃しにしようと考えていた。
竹を薄く、鋭く切って、研いで槍を作ったこともあった。


大きな石で頭を殴ろうとしたこともあった。


すべて失敗した。

854: 2013/03/21(木) 16:24:58.82 ID:hWToRdhWo
失敗してたくらみがバレる度に酷い拷問を受けた。


婦人の楽しそうな高笑いの中で、
水車に括りつけられて溺れ氏ぬかと思った。
馬で引きずり回されたこともあった。


泣きながら泥の中に頭を突っ込んで謝った。



そういう日々が2年続いた。

855: 2013/03/21(木) 16:25:45.77 ID:hWToRdhWo

仕事にも慣れてきて、
あとは日々の拷問のような待遇に耐えるだけの生活になっていた。
明日のことなんて考える余裕なんてなかった。



私はなんで生きているのだろう。



そんな答えのない疑問が頭によぎる毎日だった。

856: 2013/03/21(木) 16:26:28.18 ID:hWToRdhWo

そんなある日、昼下がりの午後。
いつものようにご婦人から嫌がらせをされながらも昼食を
下剤の仕込まれている部分だけを取り除きながらも少量を飲み込む。


こんな芸当もできるようになっていた私はまた


「折角持ってきてやったのにこれっぽっちも食べないで残すのか!
 だったら夕飯はいらないね!?」



と怒鳴られて皿を取り上げられた。食べれば下剤に苦しむ。
食べなかったら夕飯がなくなる。
怒る気力はとっくの昔になくなってただ悲しみを味わうだけになった。

857: 2013/03/21(木) 16:27:43.47 ID:hWToRdhWo

そんなことがあった後、
それからまた土地を耕している最中だった。
しょぼくれながらもさっきの嫌がらせについて何も考えないようにしようと
せっせと手を動かしている所、頭に小石がぶつかった。


コツン。


私は婦人の嫌がらせかと思ったために無視をした。
二回目がすぐに飛んできた。


コツン。


今度は来たら避けてやろうと思ったのでチラッと投げられた方を向く。
するとそこには見たこともない人がいた。


「こんにちは」

858: 2013/03/21(木) 16:29:40.25 ID:hWToRdhWo

この2年まともに主人の家の人以外は見ていなかった。
誰なんだろう。と思う前に私は別のことを考えていた。



その女の子は手で手招いてる。
こっちだ、と言わんばかりにちょいちょい、と手を動かしている。


私は主人に怒られたくないので注意しにいくことにした。
こんな風に部外者に侵入を許されるとは何事だ、とか怒られそうだったから。


「ねえ、君、名前は?」

「あの……ここには入らないでください」

「へえ~」

859: 2013/03/21(木) 16:31:01.95 ID:hWToRdhWo
私の格好をじろじろと眺めるその女の子。
少し不快になった。
このことが婦人に見つかればバツを受けるのは私なのに。


「へぇ~。それで、ここで一生奴隷をやっているんだ?」

「……。何を言っているのかわかりません。失礼します」

「変わりたくないの?」


振り返り、仕事に戻ろうとしたが、足が止まってしまった。
変わりたくない?

860: 2013/03/21(木) 16:32:11.40 ID:hWToRdhWo

こんな奴隷のような生活から?
変わりたくない訳ないじゃない。


キッと睨みつける。


「それが答えだね。私と一緒においでよ」

「私、天海春香。見たところ私と同い年くらいだけど……あなたは?」

「……。如月千早」


つい乗せられて名乗ってしまった。

861: 2013/03/21(木) 16:32:51.26 ID:hWToRdhWo
風で頭についたリボンがひらひらと揺れるその少女は。


私に手を差し伸べた。


私の泥だらけの汚い手に向かって。


「私が変えてあげるよ」

862: 2013/03/21(木) 16:35:30.68 ID:hWToRdhWo

私は迷った。
この手を取ってしまったらもう戻れない、あとには退けない。
そういう気がしていた。


だけど、この手を取らない限り、私は変わることなく
苦痛に耐えるだけの生活を送ることになる。


「千早ちゃん。あなたは本当にこのままでいいの?」


私の気持ちを見透かされたようで、
すごく嫌だった。


私は何でも知っているわ。とかそんなことも言い出しそうな、
そんな自信にも満ちた顔をしていた。

863: 2013/03/21(木) 16:36:21.19 ID:hWToRdhWo

だけど……。
だけど、頼らずにはいられなかった。


私は握ってしまった。どんなものでもすがりたかった。
私を救ってくれそうないかなるものにでも私はこの時反応していただろう。


その時の春香は羨ましいくらい、妬ましいくらい、どこか輝いて見えた。


864: 2013/03/21(木) 16:37:05.98 ID:hWToRdhWo

「作戦は夜に決行だよ」


と言い残し、その場を去っていった。
私は内心なにも期待していなかった。
と言えば嘘になるが、
どちらかと言えば疑っている方が強かった。



そんなの無理に決まってる。
私を助けるって……一体どうするつもりなのか知らないけれど。
あんなの口約束に過ぎないものだわ。

865: 2013/03/21(木) 16:37:35.32 ID:hWToRdhWo

夜。
私はいつものように仕事を終えて寒さに凍えるように支度をしなかった。
せめて私はもし来てくれるのならば、
と願いを込めるように竹槍をまた作っていた。


懐に忍ばせて、それを抱いてそのまま寝た。
いつだって騒ぎがあれば聞きつけて表にでて、
そこから私の逆転劇が始まるんだと。


そんな考えをしていた。

866: 2013/03/21(木) 16:39:48.22 ID:hWToRdhWo


しかし、そんなことは決してなく、ただ小屋の扉がゆっくりと開いた。
月明かりが差し込み、慣れていないのか藁を踏む音が大きくそれで私は目が覚めた。


うっかり寝てしまっていた所だったために反射神経で
咄嗟に抱いて寝ていた竹槍を扉の方に構えるがそこには誰もいなかったが、
後ろには春香がいた。


「お待たせ、千早ちゃん」

「ひゃあっ!?」


867: 2013/03/21(木) 16:44:35.18 ID:hWToRdhWo

びっくりした拍子にいつもは転ばないのに藁で滑って転んでしまった。
その転倒に起きたのか隣の豚が鳴き始めた。


「や、やめて、お願い! 静かにして!」

「静かにしたいならその槍で一突きすればいいんだよ」

「え?」

「こういう風にね」


868: 2013/03/21(木) 16:45:06.07 ID:hWToRdhWo

私の手からひったくるように竹槍を取って、豚の喉元に竹槍を刺した。
自分で作った竹槍の切れ味に驚きつつも、
春香が一瞬にしてやった動作に驚いて声が出なかった。


「私はもうお家の人たち片付けてきたからもう逃げるだけだよ」



そういう春香の手には月明かりの光が差し込んでいた。
私にとっては希望の光が。

869: 2013/03/21(木) 16:45:35.90 ID:hWToRdhWo

だけど、同時にこの人に着いて行って大丈夫なのだろうか。
という不安も抜けきれずにいた。


差し伸べられた手は結局迷うことなく取ることになった。
何よりもここにいるくらいだったらこの人と着いて行ったほうがまだましだと、
そう私が直感的に感じたからだった。


「心配みたいだね。見ていく?」

870: 2013/03/21(木) 16:46:07.22 ID:hWToRdhWo

何を見ていくかはすぐに解った。
氏体だ。私のことを今まで散々傷めつけた家族達を見ていくのか、と。


私は頷いた。覚悟が必要だった。
この家の敷地を逃げ出すのに私は、
家の人たちがちゃんと氏んでいるのを確認しないといけない気がした。


私は初めて領主の家の中に入り込んだ。
中はもう蝋燭の火も何もついていなくて真っ暗だった。

871: 2013/03/21(木) 16:46:50.45 ID:hWToRdhWo
春香のあとを着いて行き、ある部屋に到着した。
そこには大きなベッドが一つあった。


だが、そのベッドは何かによって真っ二つに切られていた。
たぶん、このベッドごとベッドで眠る夫婦を頃したのだろう。
切れ目の辺りから血が流れていた。


「千早ちゃん、これは私がやったものだけど、でもあなたも共犯なんだよ」

「わかって……います」

「……」


私の手を急にとる春香は顔を近づけてじっと目を見て言った。

872: 2013/03/21(木) 16:47:24.87 ID:hWToRdhWo

「もうっ、敬語はなし! 私達同い年なんだよ?」

「えっ?」

「私も同じ13歳だよ」



驚いた。確かに若い、とは思ってたけど、
まさか自分と同じ年だなんて想像もしなかった。
でも、なんでこんなに私とは違って強いの?


「どうしてそんなに強いの?」

「強い……のかなぁ。えへへ」


結局この質問にだけは答えてくれずに私と春香は屋敷をでた。
しばらく歩いて、完全に領地から出ることになった私達。

873: 2013/03/21(木) 16:48:14.70 ID:hWToRdhWo

「まずは……服だね」


春香は私の格好をジロジロと上から下まで舐めるように見たあとに言った。


「服……? 別に私はこのままでも構わないですから……あ、えっと、構わないわ」

「何言ってるの!? せっっかくこんなに可愛いんだからもっといい服着ないと」

「えぇ!?」


874: 2013/03/21(木) 16:48:54.46 ID:hWToRdhWo

今の格好はというと説明を受けた所、
都会の方に行くとそれは下着のようなもので、
そんな格好で歩いている人はもういないらしい。


「あそこのオジサンはよく千早ちゃんを襲わなかったね」

「ご婦人が厳しい人だったから……。私を殺されるのはなんかまずかったみたいです。
 あ、えっと……みたいよ」

「そうなんだ」


875: 2013/03/21(木) 16:49:45.77 ID:hWToRdhWo
私なんかにオジサンが手を出していたら
私はきっとご婦人に嫉妬で殺されていただろう。
だけど、それはオジサンが許さなかった。
なんでなのかはわからないけれど。庇っていたみたい。


だからこそ、それが気に入らなくてご婦人は私に色々としてきたのだったけど。



2年間、あの場所で奴隷生活をしていた私には
世間の変わり様なんてのは疎くても仕方ない。


それから春香はとある民宿のような宿屋を借りて、
一晩私を待たせた。

876: 2013/03/21(木) 16:50:32.31 ID:hWToRdhWo

私は春香が宿をあとにしてからしばらく呆然としていた。
目の前にはベッドがある。


扉がある。屋根がある。
シャワーがある。シャワー!


私は久しぶりにシャワーを浴びた。


昼間のうちにシャワー代わりに、
家畜達の水を浴びて自分の着ている服で拭いたりしていたこともあった。
もっともその服はただの布切れのようなものだったのだけど。

877: 2013/03/21(木) 16:51:28.39 ID:hWToRdhWo
シャワーのお湯は温かくて心地よくて、涙が出た。
気持よくて私はシャワーを止める腕が震えた。


止められない。
勿体無いくらいで。


そんなことを思っていたせいで
10分もしないうちにあっという間に逆上せてしまって、ぐったりしていた。
だけど、悪くない。幸せだった。


フラフラの足取りでベッドに倒れ込んだ。

878: 2013/03/21(木) 16:53:52.44 ID:hWToRdhWo

ふかふかでベッドは暖かい。
枕が柔らかい。



初めて藁の布団で寝た時のことを思い出す。
こんな所で眠るのか、とか
家畜の臭いがキツくて眠れなかったことや、
寒くて凍えていたこと。



目の前には春香が出て行く前に用意してくれたであろう
パンがいくつも置いてあった。


私はそれを見た瞬間に、いつもの癖で
本当に食べてもいいのだろうか、とか
毒は入ってないだろうか、とか考えてしまった。

879: 2013/03/21(木) 16:54:29.49 ID:hWToRdhWo
きっとお母さんが見ていたら御行儀悪いなんて怒られそうだったけど、
ベッドに寝転んだまま手を伸ばして、パンを一つとった。
その時、私にはそのパンは宝石の山のようにも思えていた。


一口。
普通のパンの味を長らく思い出せなくて、
こんなに美味しいものだったっけ。



胸が苦しくなる。
目閉じれば苦しかった昨日までの、光景が目に浮かぶ。

880: 2013/03/21(木) 16:55:20.88 ID:hWToRdhWo

だから私は目を開けていた。ずっと天井を見ていた。
もぐもぐとパンの味を確認しながら、少しずつ少しずつあじわって食べる。
目を開けていても、
あの小屋はこんな風に屋根はなかったなぁ、なんて思い出してしまう。


2年もいたんだもの。仕方ないわ。


私はタオルがあったのに体を拭きもしないでそのまんま、ベッドで寝ていた。

881: 2013/03/21(木) 16:56:05.19 ID:hWToRdhWo
いつの間にか私は眠っていた。
夢を見ることもなく、深く眠った。


朝、目が覚めると私はしっかりとベッドに寝ていた。
隣のベッドでは春香が眠っていた。


カーテンを開けると外はまだ暗かった。
すっかり生活が染み付いている。


そして自分が今ここにいる瞬間こそが、夢ではないことを悟る。



「夢……じゃないんだ」

882: 2013/03/21(木) 16:57:47.83 ID:hWToRdhWo

春香の、恩人の春香の寝顔が見たくて振り向くと春香はもうベッドの上に座っていた。
そしてこちらに微笑みかけてくれた。


「おはよう、千早ちゃん」

「おはようございます」

「もう、敬語はなしだって言ったのに」

「昨日帰ってきたら寝てたからそのまま寝かして置いたんだけど、
 食べながら寝ちゃったの?」

「え、えっと……ごめんなさい」


ベッドの枕元には食べかけのパンが落ちていた。



883: 2013/03/21(木) 17:01:25.88 ID:hWToRdhWo

「あ、あと、千早ちゃんが寝ている間に色々買い物してきたんだけど」


と眠そうにしながらも顔を赤くして
目を逸らしながら話を始める春香だった。
いつもはまっすぐに目を見てきて
こっちが逸らすのにどうしたのだろう、と考えた時。


窓から入る隙間風をあびて
自分が昨日の晩から何も着ていないで過ごしていたことに気がついた。


顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
昨日あったばかりの他人にこんな姿を見られるなんて。
そんな感情が自分の中からまだ出てきてることにも驚いていた。

884: 2013/03/21(木) 17:01:52.73 ID:hWToRdhWo

「ねえ、千早ちゃん、どの服にする? 動きやすいのがいいかなぁ?」


寝起きだからか、少しフラフラしながらも、どっさりと服を出してくる。
一体……同じ年なのにどうしてこんなにお金を持っているの。


「ありがとう……。ど、どうしたらいいか私はわからないわ」

「どうして?」

「お金……持ってないもの」

「いいよ、いらないよ」

885: 2013/03/21(木) 17:02:37.23 ID:hWToRdhWo
「そんなの悪いじゃない」

「悪くないよ。大丈夫大丈夫! ほら、これなんかどう?」

「そ、その……着方がよくわからないのもあるし」

「着せてあげるよ」

「えっ」

「ほら、こっち着て」



言われるままに着せられたのはふりふりのスカートがついたもので
小さなエプロンが前についていた。
これは機能性としては欠けるものがあると思うのだけど。

886: 2013/03/21(木) 17:03:20.49 ID:hWToRdhWo

「これはねえ、メイド服って言ってお金持ちの家の使いの人が着る格好なんだよ」

「私は……またどこかに……?」

「あぁ……ごめん。そうじゃないの。大丈夫だよ。どこにも売ったりなんてしないから」


私の不意によぎった心配ごとを察した春香は私を抱きしめて、
すぐにその服を脱がした。


次に着せたのは普通のズボンで、それまで私はスカートしか履いたことのなかったから
履き方には苦労したが慣れればなんてことはないもので、
動きやすく気に入った。


上もなんてことはない普通のジャケットに装備品をいくつかつけた。

887: 2013/03/21(木) 17:03:50.76 ID:hWToRdhWo
そして最後に、


「はい、これ」

「な、何これ……」

「何って……剣だよ。千早ちゃんの武器」

「武器……?」

「うん」

「いらないわ」

「なんで?」

888: 2013/03/21(木) 17:04:16.51 ID:hWToRdhWo

「戦わないもの」

「敵が来たらどうするの?」

「逃げるわ」

「無理だよ。すぐ追いつかれる」

「どうして決め付けるの」

「馬に乗ってたら絶対に勝てないよ、速さじゃ」

「……」

「千早ちゃんは強くならなくちゃいけないと思うの」

「……」

889: 2013/03/21(木) 17:04:44.95 ID:hWToRdhWo

「千早ちゃん自身のためにも」

「……わかったわ。でも使い方なんてわからない」

「大丈夫。それは私が教えるから」

「……ありがとう」



剣を握った。ずっしり重くてこんなものを振り回すのかと思うとゾッとする。
だけど、一つだけわかるのは畑を耕していた農具とさほど重さが変わらないということ。

890: 2013/03/21(木) 17:05:54.51 ID:hWToRdhWo
2年もやってきたから体力はついてきたけれど
私にはこれをちゃんと扱えるのかしら……。


それから私はここがどの辺りに位置する場所なのかを教えてもらい
だいたいの位置がつかめた。


私と春香が現在いる場所はバンナムより、国境付近。
私が元々住んでいたミンゴスよりはもっと北に位置する。


891: 2013/03/21(木) 17:06:31.16 ID:hWToRdhWo

そしてこれからどこに向かうのかと言うとまずは国境を南に下り、
それから首都であるバンナムに一度向かうということ。


私と春香は午前中は移動をして、午後は剣の特訓をした。
だから私達の旅を予定よりもずっと遅いものとなっていた。


時々宿が見つからない場所で夜になってしまい、
仕方なく森のなかで眠ることもあった。だけど、私には春香がいた。
焚き火もたいてあったけれど、何よりも春香が横にいたことが大きかった。

892: 2013/03/21(木) 17:07:05.74 ID:hWToRdhWo

「そう、いいよ」

「はっ……! えぇいッ!」

「甘い甘い……!」

「はぁ。はぁ」

「うん、少し休憩にしようか」


私と春香はいつものように午後は剣の稽古。
そこで私はまた春香に聞いた。


「ねえ、春香……。どうしてそんなに春香は剣が使えるの?」

「私と同じ年なのに」

893: 2013/03/21(木) 17:08:14.49 ID:hWToRdhWo

春香はゆっくりと教えてくれた。


「助けたい人が助けられない時、私自身が戦えたらって思ったことがあったの」

「その時から私は気がつけば剣を持ってたんだ」


「それと……春香はどうして旅をしているの?」

「私が旅をしていた理由ねぇ」

「別に私も何も考えなく旅をしていたわけじゃないんだよ」

「千早ちゃんみたいに救えるかもしれない人や村を私は救うんだ」

「えへへ、なんかかっこつけすぎかな?
 実際全然人の役にたてたことなんてないのにね」

894: 2013/03/21(木) 17:09:14.76 ID:hWToRdhWo

少し自虐的な風に言ったけれど、
春香は嬉しそうにそう話していた。
本当に嬉しそうに。





後日。
私はついに春香の役にも少しはなるんじゃないかってくらいの
実力までたどり着いたらしく、ともにある村を救おうとした。


村の支配構造は単純だった。
強い権力を持ったお偉いさんへの賄賂により
村の経済が回らなくなっていて、住民の懐は貧しくなる一方。
そこを私達が正義のために、やっつけてしまおうという。

895: 2013/03/21(木) 17:09:46.58 ID:hWToRdhWo

「行くよ千早ちゃん。準備いい?」

「ええ、春香。大丈夫よ」


私はこの時、すごく頼もしかった。春香が隣にいてくれることが。
私がミスをして敵にやられそうになっても


「千早ちゃん! 大丈夫?」


そういってすぐに助けてくれた。少し甘えていたのかもしれないと思うくらいに。
村は見事に救われ、これから経済が回り始めるだろうとのこと。
私にはその辺の詳しい経緯はわからないけれど。

896: 2013/03/21(木) 17:11:56.03 ID:hWToRdhWo

そんな風に寄り道を重ねながらナムコ王国の首都。
バンナムに向かうこと2年が経過していた。


私は春香と旅をして2年になっていた。
春香との関係は最早、友人だけには収まることはなかった。
恋人のように感じてもいたし、親のようにも思っていた。


私は春香とよく話し、よく笑い、よく怒った。
剣の稽古では私は怒られっぱなしだった。
でも時折みせるおっちょこちょいな一面を持つ春香を私は叱ったりもした。


とにかく充実していた。
思い出せないくらい中身のない会話をして、
くだらないことで喧嘩をして。


なくてはならない存在。
傍にいることが当然の存在になっていた。

897: 2013/03/21(木) 17:12:50.96 ID:hWToRdhWo

そんなある日。
いつものように早朝から移動をしていると、
とある集団の拠点としている場所へ到達した。
それは軍隊だった。


「は、春香……この人達は……」

「シッ、静かに」


汗が噴き出る。つばを飲み込む音さえ消したいくらいに二人は息を潜める。
トラウマがよみがえるようだった。
いつか、私の住んでいた村に突然現れた軍人達。

898: 2013/03/21(木) 17:13:34.65 ID:hWToRdhWo

「どうしてこんな軍隊がここに?」

「ここはもうナムコ王国の領地だよ。だから多分、クロイ帝国の軍人達だと思う」


春香の予想ではここにテントを張っている連中はクロイ帝国の連中だろうとのこと。
しかし、なんでこんな所にいるのか?


それは単純で簡単である。ナムコ王国への奇襲だろう。
それを春香が黙って見ている訳がない。


「そこにいるのは誰だッッ!」

899: 2013/03/21(木) 17:14:08.38 ID:hWToRdhWo

ビクッ。
体が凍る。見つかった!? 隠れていたはずなのに。
だけど、人の気配も感じることのできる強い魔法使いが
いればそれも容易いことかもしれない。


と思っていたがどうやらそれは私達のことではなかった。


「はっ、ただいま偵察から戻りました。
 現在ナムコの軍勢も我々の侵攻に気づかれたみたいで、
 こちらに向かってきています! どうしますか?」

「そうか……では迎え撃つとしよう」

「正面から叩き潰してくれる! 全軍に指揮を取れ!」



現れたのはここの軍勢の仲間で敵軍の情報の偵察兵だった。
これから戦争が目の前で始まろうとしている。

900: 2013/03/21(木) 17:14:53.18 ID:hWToRdhWo
「春香……」

「私は常に中立の立場だけど、争いは認めたりはしない」


春香は真剣な眼差しで慌ただしく動き回る目の前の軍隊を見る。


「だから……止めないといけない」


だけど、どうやって……。
いくら春香が強くても2つの軍を止めるなんてことができるわけがない。
私の横の春香は珍しく額に汗をかいていた。

901: 2013/03/21(木) 17:15:24.31 ID:hWToRdhWo

「これを見て、千早ちゃん」


春香は荷物の中から大きめの地図を広げる。


「私達が現在いるのがこの森。……それのだいたいこの辺ね」

「彼らが待ち伏せするとしたらここの谷になっている所ね」

「少ない軍勢を魅せつけて細い谷へおびき出し
 横から挟み撃ちにするという作戦を取るはず」

「そんな風に罠に気づかずにハマってしまえば氏者が大量に出る」

902: 2013/03/21(木) 17:16:09.01 ID:hWToRdhWo

「私達はそこへたどり着く前のナムコ軍に合流して話をしなくては!」

「だけど、春香。そしたらナムコ軍が今度優勢な作戦を考えるんじゃ」

「そこを止めるしかない……。たぶんこの戦いが引き金になってまた大きな戦争が始まる」


そう言って荷物をしまって私達は急いで移動を開始した。
なるべく誰にも見つからないように迂回して迂回して移動を重ねる。


何時間かかけて移動すると、ある町へ出た。
そこの町は何やら緊張感が漂っていた。
ピリピリしているのは多分軍隊がここに駐留しているからに違いない。

903: 2013/03/21(木) 17:17:05.00 ID:hWToRdhWo
「どうするの春香。どこから話せば……」


私はただただうろたえるばかりだった。
大きな戦争が始まろうとしている。
この殺気が溢れる駐屯所は最早狂気とも言えた。


戦争なんてしたくないんだ。
誰も頃したくない。殺されたくない。うちに帰りたい。
そんな顔をしながらも血の気溢れて、体は血に飢えている。


「とにかく、上の方の人に掛けあってみよう」

904: 2013/03/21(木) 17:17:39.32 ID:hWToRdhWo

ガサッと隠れていた草むらから飛び出す私と春香はそのまま軍の方に歩いて行く。
すぐに軍人に見つかり大騒ぎになるが、春香の懸命な敵ではないという話がやっと通った。


それも軍の上層部である秋月律子が騒ぎを聞きつけ自ら出てきたからである。


「何? それであの谷へ行くのはやめろって?」

「そんなもの信用ならないわね。むしろ行ってみて確かめた方がいいわ」

「誰か偵察に出なさい。出陣はそれからでもいいわ」



と言い、念には念をおしてなのか、偵察を一人出した。

905: 2013/03/21(木) 17:18:06.86 ID:hWToRdhWo
私達はその間、もし嘘の情報ならば頃す、と宣告され、偵察がでている間も
ナムコ王国の軍の中にいた。



「律子さん。この戦いを中止してください」

「できないわ」

「どうして!」

「当たり前のことよ。向こうの国から売られた喧嘩なのよ?」

「だからって……」

「それを買わないで自分の国の土地をどうぞってあげるの?」

906: 2013/03/21(木) 17:18:35.25 ID:hWToRdhWo


確かに言うとおりである。
対抗しなければ国は喰われる。


「向こうの国も血気盛んだし、今更止まる訳無いわ」

「だいたい、この戦争も社長が受けたものだし、社長がやらないって言わない限りは無駄ね」

「どうして……」



私にはわからなかった。それでも戦わなきゃいけないのは土地のため?
国のため? 自分の保身のため?
何のためにこの人達は剣を取るの?

907: 2013/03/21(木) 17:19:37.45 ID:hWToRdhWo
「もし……」

「もし……あなたと戦って私が勝ったらこの戦争をやめてくれますか?」


自分でも馬鹿だと思う。
誰がどうみても戦闘力は歴然の差であった。


剣を取る私に春香も猛反対した。


「ち、千早ちゃん……! だめだよ!」

908: 2013/03/21(木) 17:20:31.74 ID:hWToRdhWo
「でも、春香……」

「いいわ。すぐに負かして上げるから」



スッと腰に下げたサーベルを抜く律子。
初めてこんな風に一対一で戦う……。
どうしよう。


いつもいつも春香に助けてもらってばかりだった私は
これが実質の初めての実践のようなものだった。


今まで見せていた表情とは全くの別物になっている目の前の相手に
私は少しビクビクしていた。

909: 2013/03/21(木) 17:21:23.66 ID:hWToRdhWo

「千早ちゃん、落ち着いて。剣をしまって!」

「……私、今ここで引いたらダメな気がするの」


律子が構えるのを見て私も集中する。


「後悔させてあげるわ……!」



爆発的なスピードの突きが飛び出す。
私は頬をかすめながらも避ける。

910: 2013/03/21(木) 17:21:53.73 ID:hWToRdhWo

頬には血が流れるのがわかる。
痛い。でも、いつかの痛みに比べれば……!



「よくかわしたわね。でも次はどうかしら」


再び同じ構えを取る律子に距離を取る。
しかし、その距離なんてのは無意味なほどに律子の突きのスピードは早く、
圧倒的なリーチの長さだった。

911: 2013/03/21(木) 17:22:45.52 ID:hWToRdhWo
突き攻撃の特徴は前進的な攻撃のために横からの薙ぎ払いに弱いこと。
春香との修行で何度も教わったし、春香の突き攻撃のスピードも
それは恐ろしいものだった。


私は脳裏に出てくる修行の日々を思い出し、律子のサーベルを横から叩き落とそうとする。



しかし、私が剣を振った瞬間に律子はあろうことか剣を引っ込めて避けたのだった。
体は前に進んだままの突き攻撃だが、無理な体制を取ってでも剣を引いていた。


そしてそこから再び突きが飛び出した。
右肩を斬られる。

912: 2013/03/21(木) 17:24:36.11 ID:hWToRdhWo

負けずと剣を振るうがガードされて鍔迫り合いになる。
ガリガリと剣と剣が音をたてる。


パワーではなんとか私の方が押している!
右肩を負傷しながらも力押しでなんとか押し切ろうと思った。


だけど、律子は力を一気に抜いて
私はそれに反応できずそのままよろけて体勢が崩れた。
その瞬間飛んできたのは律子の鉄拳だった。



「ぐぅッ!?」

913: 2013/03/21(木) 17:25:30.36 ID:hWToRdhWo
モロに顔面にヒットし、軽い脳震盪。
目の前がチカチカする。


ぼたぼたと鼻血が落ちるのがわかる。
それでも構えた剣を持つ手に血が垂れていたから。


「やぁぁあ!」


今度はこちらから攻撃しないと。
防いでばかりでは勝てない。
攻撃は最大の防御。

914: 2013/03/21(木) 17:25:58.25 ID:hWToRdhWo

足払い。
足元に向かって剣を振るうが後ろに飛び避けられてしまう。
だけど、ここで引いてはいけない。


すかさず着地点に目掛けて剣を振るう。


私の剣は届かなかった。
いえ、正確に言えば当たられなかった。避けられた。


律子は空中で地面に向かって自分の最速の突き攻撃を繰り出し
その反動で着地点をさらに奥にやり避けていた。

915: 2013/03/21(木) 17:26:32.90 ID:hWToRdhWo

「くっ」

「単調な攻撃ではあるけれど、何も考えてない訳ではなさそうね」


言うが否や二人はまたしても激突する。
剣を交える度に伝わってくる一太刀の重さ。


強い。
そして、そこにタイミング悪く偵察兵があっという間に帰ってきてしまった。
なんて速さで移動をしていたの。

916: 2013/03/21(木) 17:27:13.38 ID:hWToRdhWo
それを見た律子は


「楽しかったわ。だけどもう終わりね。そろそろ予定していた出陣の時刻になるの」


そう言って目つきがさっきよりも鋭くなる。
私はこの時、直感的に本能的に、殺されると感じた。
同じく春香もそう感じたのか鞘から出しはしていなかったが剣を手にかけていた。


そこから律子の全く見えない無双のごとき連続の突き攻撃が繰り出される。

917: 2013/03/21(木) 17:28:22.40 ID:hWToRdhWo
私は何十にも斬られ、刻まれる。
初の一対一をとても無茶苦茶な相手に挑んでいたということを思い知る。
そして、私は剣を握ることもできなくなり、その場に倒れこむ。


「急所はすべて外してあるわ」


私はもう何もできなかった。痛みに苦しみ、無駄な呼吸を一切許されない。
氏の間際で何も反撃の減らず口の一つも叩くことできなかった。


「千早ちゃん!」

918: 2013/03/21(木) 17:30:25.72 ID:hWToRdhWo
春香が駆け寄ってきて回復薬を私に無理矢理飲ませ大分楽になる。
それでもまだ当分は動けない。


「それじゃあ、いいことを教えてもらったことだし」

「感謝しているわ。幸いこちらのほうが軍の人数的には多少負けている所はあったのよね」

「作戦を立て直し、それからすぐに配置について」


私と律子の戦いを見て取り囲んでいた兵士達は一斉にバラけだして
自分のやるべき仕事へと戻っていった。


「千早って言ったわね? 氏ぬには本当に惜しいわ。これを」


そう言って春香に何か投げた。
それは軍だけが持つことを許されている高価な回復薬だった。

919: 2013/03/21(木) 17:31:24.02 ID:hWToRdhWo
すぐに春香はそれを私に無理矢理飲ませる。


「春香……ごめんなさい」

「もう。無茶しすぎだよ」

「でも、春香もそうしたでしょう?」

「……」


春香はバツが悪そうにする。
私がああやって勝負を挑んだのは何より春香がそうするだろうと思ったから。

920: 2013/03/21(木) 17:32:11.78 ID:hWToRdhWo

「バレてたか」

「やっぱり」


えへへ、と軽そうに笑うが春香は今にも泣きそうだった。


「失敗しちゃった……春香」

「うん、あとは私に任せて。力づくでもあの軍隊を止めてみせる」

「ダメよ春香。私も行くから……待って」

「千早ちゃんはここにいて」

921: 2013/03/21(木) 17:33:13.53 ID:hWToRdhWo

私はこの時、怖かった。
私は春香とは違ってまだまだ弱い。
足手まといになっているんじゃないかって不安だった。


春香に一緒に連れて行って貰えるとたかをくくっていた。
きっと連れて行ってくれると。
だから私はこの時に本当にショックを受けた。


母親に捨てられたことが何よりも心の傷となっていた私は裏切られることを
何よりも怖くて恐れていた。


じゃあなんで春香は私を連れて旅をしてくれたの?
……どうして私を連れ出してくれたの。

922: 2013/03/21(木) 17:33:39.35 ID:hWToRdhWo

「……」

「ごめんね。必ず帰ってくるから」



そして、そのショックからもこの言葉を私は信じることができなかった。
駐屯所とされていた町はすっからかんになり、人っ子一人いない状態になり
私は一人取り残された。


木の根元に座り込み、渡された回復薬をちびちび飲みながら
体の回復を待っている。

923: 2013/03/21(木) 17:34:05.82 ID:hWToRdhWo

だんだんと体の傷も癒えてきて楽になってくる一方。
私は一人残された虚無感に耐えられなくなっていた。


本当は一緒に行こうって言って欲しかった。
だけど、しょうがない。
あんな無様な戦い見せつけてしまっては足手まといになるのは目に見えている。


春香は私となんでいたの?
どうして一緒にいてくれたの?

924: 2013/03/21(木) 17:34:34.71 ID:hWToRdhWo

春香は私といたかったの?
私は?



私は……。


私はいつだって春香と共にいたい。
春香のためにいたい。


春香と一緒にいたい。


925: 2013/03/21(木) 17:35:12.41 ID:hWToRdhWo

たまらずに駆け出していた。
自分では全力で走っているつもりだったのかもしれないけれど、
傍目から見たらびっこ引いてズルズルと足を引きずるように歩いている子。


1分も動かないうちに息が切れてきた。
春香……。


春香……。


置いていかないで。
私も一緒に戦うから。あなたの盾になることくらいできるから。

926: 2013/03/21(木) 17:36:28.09 ID:hWToRdhWo

とにかく森へ入る。地図はない。とにかく急ぐ。
急いで合流しないと。一人でなんて危険すぎる。


森に入り、谷へ向かう。
まだ森の中は静かだった。戦争はまだ始まっていない。
もしかしたら春香が説得に成功しているのかもしれない。


そんな淡い期待もしながら私は森を歩いた。
どれぐらい歩いただろうかわからないくらい。
でもきっと痛みが再発したりして、
どれぐらい歩いたなんてことを考える余裕もなかった。

927: 2013/03/21(木) 17:37:05.89 ID:hWToRdhWo

そんな中で足の痛みも回復薬がやっと効いてきてやっと冷静になれたのか
何の手がかりもなく飛び出してきてしまったことにようやく気がつく。
なんてことを。


また馬鹿な失敗をしたものだと自分で嘆くがもう過ぎてしまったこと。
どうしようもない。
だったらもう先に進むしかない。


木々をかき分け進む。
そこには軍隊が通った足あとがあった。

928: 2013/03/21(木) 17:37:57.78 ID:hWToRdhWo

良かった。これを辿っていけばまずは片方の軍に追いつける!
私は足あとを見落とさないように注意深く、しかしなるべく早く移動した。


「どこまで言ってるのかしら……」


何百もの人間が歩いているから移動のスピードはそれほど早いわけではない。
だから私も頑張って追いかければそこに追いつくことはできた。


「あ、あの……!」

「誰だ貴様ッ!」

「え?」


背筋が凍る。

929: 2013/03/21(木) 17:39:19.77 ID:hWToRdhWo
ヤバい。なんてことを。
これは違う。さっきの人たちとは違う。


春香が止めに先に行ったナムコの軍隊ではない。
クロイ帝国の軍隊に出くわしてしまっていた。
ナムコの軍隊の人達ならばさっきの騒動を
だいたいの人が見ていたはずだから私のことも分かるはずだった。


何重にも武装している兵士達、焦っていたからこそそうかもしれないが
私には見分けがつかなかった。
とにかく人がいればそうだと信じ込んでいた私の思い込み。


足あとを見つけたからと言ってそれがナムコの王国軍だとは限らなかった。

930: 2013/03/21(木) 17:39:47.50 ID:hWToRdhWo
「敵か!」


大勢の人間がこちらを振り向き武器を向ける。
ヤバい……。だけど、一か八か。
春香が止めてくれているならばこちらも止めに来るはず。


だったら私だってその役に立たなければならない。
この人達を止めておけば春香の役にも立てる。


「あ、あの! この先は危険なんです! 私は敵ではありません」

「この先でナムコの王国軍が待ち伏せしています!」

「どうか、今回の戦争を先延ばしにすることはできないでしょうか!」


私は叫んだ。こちらに武器を向けている人達に向けて、
何も持たずに、無抵抗であるということを示しながら。

931: 2013/03/21(木) 17:40:17.08 ID:hWToRdhWo

しかし、私の思いは届くわけもなく。
どこからともなく笑いが起きた。失笑。嘲笑。


私をあざ笑った。


「馬鹿な連中だ! こんな女にスパイなど送り込みおって。
 それで我々が臆すると思ったのだろうか」

「全軍、このまま侵攻を始めろ!」

「そこの女は殺せ!」

「ハッ!」


馬に乗った偉そうな人がそう叫ぶと軍のほとんどは瞬くもなく移動を始め
だんだんとその姿は小さくなっていくのだった。
そして、私の目の前には小隊が残り、武器を構えている。

932: 2013/03/21(木) 17:41:08.37 ID:hWToRdhWo

「待ってください、私は敵じゃないんです! 本当に待ちぶせはされています!」


もし春香が王国軍を止めることができなかったならば確かに待ち伏せはされている。
だけど、成功しているのであれば、こちらの軍隊も止まらなくてはいけない。


人数は4人。どうしよう。


私はこの時、さっき律子に負けたばかりで自信をなくしていた。
剣に手をかけるが手が振るえている。


「おい、なんだお嬢さん? 剣を握るの初めてかい?」


一人の男がニヤニヤとしながら話しかけてくる。

933: 2013/03/21(木) 17:42:36.59 ID:hWToRdhWo

「くっ、本当のことを言っているのよ!」

「あーあー、わかったわかった。お嬢ちゃんもツイてないねぇ」


4人のうちの一人は明らかに身長が小さかった。
少年兵? クロイ帝国はそんなのまで軍隊に入れて戦争をしているの?


「なあ、おい。こいつにやらせるか?」

「お、俺か!?」

「いいだろ、こいつも実践が初めてなのにこんな戦場の最前線に送り込まれちまってよ」

「この女と斬り合いさせて慣れさせてやれよ、頃しって奴を」



二人の男がそう話している。
そして、小隊の中で最年少であろう男の子の背中を
ぽんと押すとよろよろと剣を抜きながらこちらに来た。


実戦経験が浅いとは言え、一度経験した私と全く経験していないこの男の子とは違う。
そう思い込むように自らを奮い立たせる。

934: 2013/03/21(木) 17:43:02.69 ID:hWToRdhWo

剣を構える。呼吸を整える。
集中していくことにより周りが見えなくなる。


「うわぁぁあああ!!」


がむしゃらに突っ込んでくる少年をかわす、
男達はそれを見てヘラヘラと笑っていた。


殺らなきゃ殺られる。これは戦争。戦い。
命を賭けた頃し合いなのだから。

935: 2013/03/21(木) 17:43:34.92 ID:hWToRdhWo

振り返り、すかさず一撃入れる。
背中を斬りつけるが、浅い。


「ぎゃああッ!」


痛みに転げている所を顔面を蹴飛ばす。


「ッッがッ!?」


フラフラと立ち上がろうとする所にフルスイングで剣を横にして
顔面を殴りつけ、振りぬいた。


男の子は吹っ飛び、木に激突し、ずるずると落ちて、そのままダウンした。

936: 2013/03/21(木) 17:44:07.82 ID:hWToRdhWo
やった。勝った!
まずはこのぐらいの強さの男の子が調度良かったのかもしれない。



「ははは、野郎。やってくれやがったぜ?」

「どうする? やっちまうか?」


ヘラヘラと笑いながら3人は剣を抜く。
緊張が走る、手から汗がでているのがわかる。


「まぁ、元々そういう命令だしな」

「じゃあそういうわけだお嬢さん。サクッと頃してやるから安心しな」


3人が一斉に向かってくる。
さすがにこの人達は素人ではない。
一人ずつなんとか相手して倒そうとした私の考えは
あっという間にもろく崩れ去り、囲まれてしまう。

937: 2013/03/21(木) 17:44:39.66 ID:hWToRdhWo
「オラァァッ!」


一人の男が斜め後方から攻撃してくる。
これをいちいち受け止めていたらいけない。
その隙に多分背中側に回っているもう二人に斬られてしまう。


軽いステップで避ける。
突っ込んできた男は私を斬れなかったらすぐに諦めてまた3人で陣形を建てなおす。


次々に同じようにかかってきては私が避けて、
また陣形を建てなおす。3人が常に均等に立って囲んでいるせいで抜け出せない。


938: 2013/03/21(木) 17:45:13.30 ID:hWToRdhWo

この剣の長さでは、一人斬っても次に飛び出してくる相手に行くまでに
私が斬られてしまう。


どうする……。
どこから、3人のうち誰が来るのかを常に気を使うために集中力がかなり必要。
必然的に体力もずるずると削られていく。


「どうやら、本当に戦闘は素人のようだな。お嬢さん」

「ちょっとばかり鍛えているのかもしれんが」

「俺達には勝てないさ」

939: 2013/03/21(木) 17:45:39.96 ID:hWToRdhWo

一人の男が目の前に立った瞬間、その男は地面を盛大に蹴り上げ、
土を被せて目眩ましをしてきたのだった。


「っはははー!」


後ろから肩を斬られる。
また足を斬られる。



「~~ッッ!!」


声も出ない叫び。
激痛が走る。

940: 2013/03/21(木) 17:46:19.45 ID:hWToRdhWo

腕を斬りつけられ、ついに剣も持てなくなる。
地面に倒れこむ。



口の中が懐かしい、泥の味がする。



倒れ込んでいるからこそわかるが、何かがこちらに走ってくる。
それもとんでもないくらいの速さで地面を走り抜ける音が伝わってくる。

941: 2013/03/21(木) 17:46:57.02 ID:hWToRdhWo
音のする方向を見た瞬間、木が真っ二つに縦に斬れた。
その奥からは鬼の形相の春香が割れた木の間を走ってくる勢いを
全く落とさずに飛び越え、私に剣を振り下ろそうとする男の前に立った。


しかし、春香はその男の前で剣を収めたのだった。
剣が鞘に入り、カチンと音がした時、遅れていたかのように
3人の男達が血を噴水のように吹き出し、真っ二つになった。


「何してるの?」

「……ごめんなさい……」

942: 2013/03/21(木) 17:48:03.39 ID:hWToRdhWo
「はあ……。しょうがないなぁ。
 なんて……私も千早ちゃんのこと責めることなんてできないんだ……」

「ごめんね、千早ちゃん、私も失敗しちゃったんだ」


春香は悲しそうに、悔しそうに言った。
見ると春香はボロボロで、傷だらけだった。


「そ、そんな……」

「うん、戦争は始まる」

「ここから逃げないと……」

943: 2013/03/21(木) 17:48:56.47 ID:hWToRdhWo
春香は私に肩を貸してくれてそれからもう片方の手で
自分の荷物の中をガサゴソと探してから


「ごめんね、回復薬はもうこれしかなくって」


と回復薬を私に飲ませてくれた。
私はそのおかげでなんとか生きることはできそうだけど、
それでも、まだ一人でなんて歩けない状態だった。


私を一生懸命に運んでいる春香に、
また足を引っ張ってしまったなんて考えていた。

944: 2013/03/21(木) 17:49:26.63 ID:hWToRdhWo

「どうして……人は戦争をするのかなぁ……」

「どうして人は人を頃してしまうのかなぁ……」



春香はブツブツと繰り返す。



「春香……?」

「何? あ、ごめんなさいはもう無しだよ」

「うぅ……」


心が読まれてしまった。

945: 2013/03/21(木) 17:49:52.39 ID:hWToRdhWo

「気にしないで。それに、私がこうしたいからしているの」

「私、もっともっと千早ちゃんと旅がしたい」

「今までずっと一人だったけど、私ね……千早ちゃんがいるからもっと強くなれる」


春香は少し血で汚れた顔で私に屈託ない笑顔を見せてくれた。
私の方は半ば瀕氏でそれどころじゃないけれど、
それでも春香に対して笑ってみせた。きっと醜いものだったろうけれど。


946: 2013/03/21(木) 17:50:39.22 ID:hWToRdhWo

私のことを最早引きずりながらも春香は諦めてなんかいなかった。


「足手まといなんかに思ってないよ」

「でもね、私が千早ちゃんと一緒に旅をするためにはこうするしかないって思ったの」

「あそこでもし、怪我をした千早ちゃんを連れて行って、
 戦争を止めることもできずに千早ちゃんが殺されちゃったらって思ったら……怖くて」

「私、馬鹿だからさ……こんなやり方でしか、千早ちゃんを守れなくって」


私は捨てられたんじゃないんだ。
私は一緒にいていいんだ。
春香と一緒に旅をしててもいいんだ。


何も責められはしない。
誰にも止められない。


春香はまだ諦めていなかった。

947: 2013/03/21(木) 17:52:00.99 ID:hWToRdhWo

「……まだ間に合う。始まったばかり……」

「少し時間がかかるかもしれないけれど、絶対に止めよう」

「えぇ……」

「今は一回情けないけど、逃げて、それからまた一緒に強くなって」


私は泣いていた。
安心したのか、それとも今になって恐怖が形になって出てきたのか。

948: 2013/03/21(木) 17:52:37.84 ID:hWToRdhWo

「心配かけちゃったかな? 不安にさせちゃったかな?」

「むしろ謝るのは私の方だったんだよ千早ちゃん」

「ごめんね」

「ずっと……私が側にいるからね、千早ちゃん」


私は涙と嗚咽で何も言えなかったけれど、それでも首を横に振った。
いいの、春香。私の方こそごめん……。
春香は反対の手で涙を拭ってくれた。


「ほら、もう。綺麗な顔が台無しだよ」

「千早ちゃんは笑顔が一番似合ってるんだから」

「一緒に……頑張ろう?」

949: 2013/03/21(木) 17:54:43.66 ID:hWToRdhWo

春香はえへへ、と笑っていた。
私はまたその笑顔に応えるべく、地面ばかり見ていた顔を上げ、
春香の方に見せた時……




春香の背中に一本の矢が刺さった。





トンッ、と軽々しい音を立てたその矢は春香を射抜いていた。
そのまま春香は足元がふらつき、私は地面に投げ出さた。


正確にはあれは春香が私を突き飛ばしたのだろう。


春香の方を振り向くと、
森の木々の奥のほうからは何十人もの帝国軍が矢を引いて
私と春香に向けていたのが目に入った。

950: 2013/03/21(木) 17:56:50.11 ID:hWToRdhWo

たった二人しかいないこっちに何十人もが。



「撃てぇぇぇえええーーーーッッ!」



飛んでくる矢に向かって春香は剣を取り出し、次々になぎ払い斬り落としていく。
しかし、その圧倒的な矢の量に次第に一つ、二つと春香の体を矢が貫いていく。


「春香ァァァーーーーーッッ!」


春香の振る剣は段々と遅くなり、力が抜け、剣を無残にも落とした。
しかしそれでも今度は両手を広げ、矢の雨の盾となった。


私は動けなかった。
身体が言うことを聞かない。
助けに行こうにもあんな矢の雨なんて防ぎきれない。
でも、春香は……。

951: 2013/03/21(木) 17:57:50.82 ID:hWToRdhWo

春香は崩れ落ち、地面に転がる。
私は地面を這って春香の元へと手を伸ばす。
その手には何の能力も魔法の力もないけれど。


氏なないで欲しい。どうか、私の命を吸ってでもいいから生きて欲しい。
私の最後の、最後の親友だった春香。


手を伸ばせど手を伸ばせど春香の体には届かず温かい血だけが流れ出てくるばかり。


春香、私を地獄のような日々から救い上げてくれた命の恩人。


私を必要としてくれた心優しい親友。
私が愛した唯一の……。

952: 2013/03/21(木) 17:58:32.73 ID:hWToRdhWo

「第二軍……う、」


指揮官が私に向かって矢を射るように命令を下そうとした瞬間、
今度は逆にその指揮官が矢で首筋を射抜かれ乗っていた馬から転落する。


私の背後からは今となってはもう頼もしくもなんともない王国軍が現れたのだった。


「ここに居たか、帝国軍第二勢力軍め!
 撃てぇえぇええーーーーッ! 民間人を守れーーーッ!」



それに対し、先ほど倒れた指揮官の次に偉いだろう人が反応する。


「な、何故、こっちにもこんな軍勢がいるんだッッ!」

「迎え撃てッ帝国軍っ!」


私の頭の上を無数の矢が飛び交う。
矢の嵐が終わったあとに帝国軍、王国軍の両軍共が剣を抜き、
私と春香のことなど忘れたかのように森は戦場となった。

953: 2013/03/21(木) 17:59:17.90 ID:hWToRdhWo

春香の体に手が届いた時、
私は確かな春香の氏を実感していた。


もし私がお母さんに捨てられてなんかいなかったら。
もし私が優と生き別れになんてならなかったら。
もし私が春香と出会わなければ……。


春香となんて……。


こんな思いをするくらいなら春香となんて……。


954: 2013/03/21(木) 17:59:53.59 ID:hWToRdhWo
頭の中には春香と旅をして、
春香と剣を交え修行をして、春香とご飯を食べて、
春香と寝ている。


そんな楽しそうな私がいた。
確かにに楽しかった。
かけがえのない時間だった。


辛い修行や辛い事件なんかが起きてる町に出会ったことも会った。
だけど、春香がいたからこそ私は……。


春香の頭を抱きしめる。


「は、……るか……」

955: 2013/03/21(木) 18:00:35.05 ID:hWToRdhWo



――今までずっと一人だったけど、私ね……千早ちゃんがいるからもっと強くなれる。



また、私は一人じゃない。春香の馬鹿。




――ずっと……私が側にいるからね、千早ちゃん。



嘘つき。嘘つき嘘つき。


春香……大好き。



「あああああああああああああああああ!!」

「春香あああああああああああああ!」



戦場の断末魔と怒轟が飛び交う中で、
私は春香の頭抱いて泣き叫んだ。


956: 2013/03/21(木) 18:02:42.64 ID:hWToRdhWo

何も考えずにただただ悲しみ、涙を流し、叫んだ。



周りで戦う軍人達は私のことなんて気にもとめずに戦い、
倒れて、血を流している。


このまま……氏んでしまいたい。
優がいなくなって、春香もいなくなる……こんな世界なんて……。
もう生きていても仕方がなかった。


そう思った。


その時、私の体には片腕のない誰かも
どちらの軍の人間かも分からない氏体が吹き飛ばされてきて激突した。
私はその衝撃で抱いていた春香から手を放して地面を転がる。


957: 2013/03/21(木) 18:03:58.13 ID:hWToRdhWo

さらにその勢いが止む間もなく私は拾い上げられた。
とても強い力で引っ張らて、うなだれている私にも声だけは聞こえていた。


「何をしているの……! 早く逃げなさい!」

「千早! 氏んだのよ! あの子は!」

「嫌あぁぁ!! 降ろして! 春香がああ!」

「春香あああああっ!」


私が最期の力で暴れてもびくともしなかった。
それから私を担いでいる人は叫んだ。



958: 2013/03/21(木) 18:04:28.91 ID:hWToRdhWo

「あばれないでよ! もう!」

「全軍、反撃に出るわよ! 押せ押せ押せ!」

「あ、あれは鬼軍曹の直々の部隊……!! ええい、怯むなァァ!」



私は馬に乗った律子に担ぎ上げられ戦線を離脱していた。
私はその中でもいつまでも春香がいた場所から目をそらさなかった。


木々で見えなくなっても私はずっとそこを見ていた。



「春香ぁ……」



………………
…………
……

959: 2013/03/21(木) 18:05:02.54 ID:hWToRdhWo


気がつくと私は病院らしきベッドの上にいた。
起き上がろうとした瞬間に体の痛みによって、
戦争のこと、春香が氏んだことを全て思い出した。


私はいつまでも泣いた。
何もかもに悔いた。後悔ばかりした。
あの時、私が……あの時、春香が……。


そんなことを考えては泣いた。


一ヶ月間、私は病院に入院していた。
この町がなんて町なのかもわからないままに。


それから、私は退院することになりフラフラと病院をあとにした。
しかし、すぐに病院から出てきた医者に捕まり、ある手紙を手渡された。

960: 2013/03/21(木) 18:05:29.32 ID:hWToRdhWo

私は何も考えずにポケットにしまい、またフラフラと歩き出した。
町の離れたところまで来ると人はいなくなり、
まるで世界には自分一人しかいないんじゃないかと思うくらいだった。


町はどこか見たことがると思ったら、いつかナムコ王国軍が駐留していた町だった。


私はその辺りで野宿をした。
農奴の時代だった時よりも寒くて、心が折れそうだった。


いえ、もう心はずっと前に折れていた。

961: 2013/03/21(木) 18:07:15.13 ID:hWToRdhWo

ぼぉーっと次の日もその場にいた。
何も考えずにいた。誰かが声をかけてきた。
春香じゃなかった。


次の日もその場にいた。
けど、途中で雨が降ってきた。
雨宿りのために町のはずれの大きな木の幹のなかに入った。
中に春香はいなかった。


次の日。
お腹がすいたから何かご飯を買いに行こうと立ち上がった。
町に戻り、ごはん屋さんの前で自分が財布も何も持っていないことに気がつく。



「あ……」



ポケットの中に手を入れると、
いつか読みもしないで取っておいた手紙がぐしゃぐしゃになっていた。


あの時の……名前は確か秋月律子。
手紙の中身はこうだった。

962: 2013/03/21(木) 18:08:08.72 ID:hWToRdhWo
如月千早へ。


あなたを勝手ながら病院へ運ばせてもらったわ。
それから彼女、天海春香のことだけど、遺体が奪われてしまった。
かなり酷い状態になっていたからあの戦いが終わったあとに
帝国軍が間違えて遺体を持って帰ったのかもしれない。


それとあなたの荷物とかお金とか持っていた持ち物は町の銀行に預けてあるわ。
それを持って、城へ来なさい。


いつまでも氏んだ人のことでくよくよしていても仕方がないわ。
確かにあなたにとってかけがえのない人だったかもしれないけれど。
でも、あなたはそこで立ち止まっていてはいけない。

963: 2013/03/21(木) 18:08:35.41 ID:hWToRdhWo

あなたが元気よく生きて逃がすことがあの人の最期の使命だったはず。
それが最後の最後に願ったものだと私は思う。


ごめんなさい。私みたいな何も知らない人が言うものではなかったわね。


それと。
今すぐ自分で鍛えながら城へ向かって欲しいの。


私達のナムコ王国の姫である四条貴音が攫われたわ。
恐らく犯人はクロイ帝国の連中。
この前の戦いの時に手薄になった城をやられたの。

964: 2013/03/21(木) 18:09:06.12 ID:hWToRdhWo
その貴音を探すために一年後、城で王国内の全国規模で勇者を募集しているわ。
今は始まってしまった戦争に手一杯で、そこまでできない。
だけど、この一年の間、あなたがどれだけ成長するか、私は楽しみにしているわ。


もちろんその中で選出するためには試験があるのだけど、
あなたが少し鍛えてくれば何も問題ないわ。きっとパスできるはず。


まあこれももし良かったらの話、なんだけどね。


あなたがもう剣を二度と取らずに悲しみに打ちひしがれたまま
一生を暗いどん底のような生活で終えるのならばそれで構わないわ。
私には関係ないもの。

965: 2013/03/21(木) 18:09:38.06 ID:hWToRdhWo
だけど、それでも、この理不尽な結果に抗いたいのであれば、
城へ来て、試験をパスして、まずはそれから考えなさい。


そして思い出しなさい。
自分の使命を。


あなたがやるべきことを。
答えはきっと必ずどこかで繋がっているはず。
人生ってそういうものよ。



ナムコ王国 大臣 秋月律子より。

966: 2013/03/21(木) 18:10:42.12 ID:hWToRdhWo

私は手紙をこれでもかというくらいに破り捨てた。
細かく細かく刻んでいた所で風が吹いてそれらは全て飛ばされていった。


「知った風なこと言って……勝手なことばかり言わないでよ……」


拳は固く握られてブルブルと震える。
悲しみなんて吹き飛んでいた。
全て怒りに変換されていた。

967: 2013/03/21(木) 18:11:09.69 ID:hWToRdhWo

「いいじゃない……。受けて立つわ……」


私はそれから荷物を預けているという所へ行き、剣と荷物とその他もろもろを受け取った。
そしてその場で銀行の人間にすぐに城へはどうやっていけばいいのかと聞いた。




するとここから東へ向かうと半年くらいで到着するとのこと。
私が棒へ降ってしまった日付がどれくらいかわからないけれど、
それでも私は今からたくさん修行しながら向かえばきっちり一年になる。


私は町を出ることを決心した。
出発する前に私は財布に入っているお金でご飯を食べて、
残りのお金で剣を一本買った。

968: 2013/03/21(木) 18:11:45.58 ID:hWToRdhWo

自分の剣を一つ。


少し低予算になるのかもしれないけれど。


それから私は森へ入った。
森は荒れ果てて所々魔法で木が燃えたあとがあったりした。


私は森を一日中歩いて回った。


そして、夕暮れが近づいた時にようやく見つけた。
春香が氏んだあの場所を。

969: 2013/03/21(木) 18:12:16.63 ID:hWToRdhWo
銀行から預かっていた剣を抜く。古い剣の方を。
剣で鞘に傷をつける、というか掘っていく。


ガリガリ削って掘っていく。

HARUKA。


そして剣を地面に深く突き刺した。
簡単な墓標だけど……こんなんでごめんなさい。


私……春香が大好きだった。
春香のことは一生忘れない。
一生あなたのことを愛し続けることを誓います。

970: 2013/03/21(木) 18:13:25.51 ID:hWToRdhWo
何分間そこに立ったままいたのだろう。
色んな思い出を思い出していた。


こんなことして決別をしたつもりになっているのかもしれない。
でもそれでいいのよ、今は。
私はもう……前に進まなくちゃいけない。


私の一番最初の目標を思い出す。
この戦争を終わらして、私は、
私の弟、如月優を見つけ出す。


バラバラになった家族を取り戻す。

971: 2013/03/21(木) 18:14:10.89 ID:hWToRdhWo
失った春香はもう元には戻らないけれど、
まだ可能性が1%でもあるならば、
私はいなくなったもう一人の如月を探し出す。


振り返り、歩き出す。
それから私はナムコ王国、首都であるバンナムへと向かう。
旅の途中で何度かモンスターに出くわし、
その度に何て弱いのだろうと思いながらも切り捨てていく。


そうだ。私は殺さないといけない。殺らないと殺られてしまう。
迷いはなかった。次々に現れるモンスターを斬って斬って斬りまくった。
ただ、それらは私に向かってくるものだけだったが。

972: 2013/03/21(木) 18:14:52.25 ID:hWToRdhWo
そして、1年が経過する頃。


ついに私は首都であるバンナムに到着した。
戦争中であるにも関わらず賑やかで華やかな街だった。
とても姫が誘拐されたのを知っている風だとは思えなかった。


もしかして知らされていない?


私は食料を調達してから城の近くへ行くと受付を済ませ、
試験会場へと向かった。
受付に名前と使用する武器を一つ書いてすぐに中に通せてもらった。


973: 2013/03/21(木) 18:15:19.18 ID:hWToRdhWo

試験の内容は簡単だった。
単調なアスレチックコースの突破。
パワー計測試験。
持久力試験。


どれも難なく合格した。
他の人達は苦戦を強いられているようでどんどんと落ちていく。


その中でも成績の優秀な者達が城の中へと案内された。
私が受付を済ませたのは実は締め切りギリギリだったみたいで
私の名前は最後に呼ばれた。

974: 2013/03/21(木) 18:16:38.76 ID:hWToRdhWo
私達合格者は王の話を直に聞くということで、
城の大広間へと次々と合格者から順々に案内されていく。
最後に私が案内された。


「こちらが、大広間への入り口となっております」


お城の使いのものである女性に丁寧な案内をされて
大きな扉の前に立つ。


「そう、ありがとう……」

975: 2013/03/21(木) 18:17:19.24 ID:hWToRdhWo
私の中の意識は春香からしっかりと継承されている。
あの人は今も……私の中で生きている。


そして、私のやるべきこと。
私の使命。


利用できるものならば何でも利用してやる。
こんな姫奪還なんて簡単よ。
私と優が離れていた期間は長いけれど、
姫を奪還するくらいの期間に比べればきっと短くなるはず。


そしたら報酬に国を上げて優の捜索でもお願いしてやるわ。
最も、旅の途中で見つけられることに越したことはないのだけど。

976: 2013/03/21(木) 18:19:08.20 ID:hWToRdhWo
「春香……あなたの意志は確かに受け取っているわ。
 必ず戦争を終わらせてみせる……」


それと。


「待っていて……優。生きているのならば……必ず、見つけ出してみせるから」



こうして私はもう一人の如月を探すために動き出した。


いつかまた戻ってくるであろう大広間への扉に手をかける。
これから始まるまだ見ぬ冒険があるとも知らずに。




キサラギクエスト  EP   終わりと始まり編   END

977: 2013/03/21(木) 18:27:50.67 ID:elenjNF50
春香の遺体が奪われたってのがフラグにならなきゃいいが
すげえ引き込まれた、乙

978: 2013/03/21(木) 18:30:20.56 ID:hWToRdhWo
お疲れ様です。急にボリュームアップしたから
文が雑になったりして申し訳ないです。
読んでくださった方はありがとうございます。


とあるシーンで「ホースでカレーうどんを食わされたこともあった」
とかいう文を入れようかと思ったけどやめた。


きりが悪くなるから次回から次スレに行きます。



981: 2013/03/21(木) 23:02:59.83 ID:fvr918on0
おつおつ



続きます




引用元: 千早「キサラギクエスト」