137:  ◆tFAXy4FpvI 2013/04/06(土) 09:47:01.66 ID:L6dNy5Nfo



前回はこちら




私達の旅が始まって3年は経過していた。
そのうち2年は私は眠りこけていたのだけど。


そして2ヶ月前、私はまた大事なものを失った。
それが弱みにもなっていた私は強みにもなった。


一歩一歩、今みたいにこうして歩き続けている。




千早「キサラギクエスト」シリーズ



138: 2013/04/06(土) 09:47:34.44 ID:L6dNy5Nfo

森の中を菊地真と萩原雪歩と歩いている。
3人で歩いている私は何か心地よく、初めて会った時よりも
気が軽く、もっともっと足が軽かった。


「次の町は……確かシモネタウンだよね?」

「ええ、そうね」

「それにしても敵も森の中をウロウロしている所もあって
 一つの森を抜けるのも大変だよ……」



私達はクロイ帝国の城へ向かうためにとりあえずは
元国境を超えて帝国の南の方を進んでいく。

139: 2013/04/06(土) 09:48:55.63 ID:L6dNy5Nfo
次の宿を取るために一番近いシモネタウンに向かっている。


私達の進路が見透かされているのか、
この辺りの森はかなり警戒されていて、
よく帝国の軍人達と出くわすことも多くなっている。


その度に私達も容赦なくなぎ倒し前進むのである。
でも頻度があまりにも多すぎて最近は無駄な戦闘は回避するようになってきている。

140: 2013/04/06(土) 09:50:02.72 ID:L6dNy5Nfo

そんな中、私達は森の中でまたしても奇妙な光景に出会うのだった。
それは懐かしくもある山のように荷物を詰んだ貨車だった。


そして、その上には一見見覚えなのない少女がちょこんと座っているが、
すぐにそれが双子の旅商人である亜美と真美のどちらかであることがわかった。


何やら休憩中で貨車を引く役目のゴーレムは
何の肉はかはわからないけれどとにかく肉を骨ごとバリボリと食べていた。

141: 2013/04/06(土) 09:52:09.74 ID:L6dNy5Nfo

後ろ姿のせいで亜美か真美のどちらかわからないけれど、
山のように詰んだ荷物の上に座りながらサンドイッチのようなものを頬張っている。


「亜美? それとも真美?」

「んひゃぁッ!?」


後ろから声をかけてしまったせいかびっくりして飛び上がっている。

142: 2013/04/06(土) 09:53:55.67 ID:L6dNy5Nfo

「ケホッ、ケホッ。あ、亜美だよー。あー、びっくりした~」

「ごめんなさい、大丈夫?」

「うんうん、大丈夫大丈夫! ってあれ?
 千早お姉ちゃん? なんだか随分久しぶりじゃない?」

「いつぶり?」


うーん、と首をかしげている亜美。
確かに2年もの間私は眠っていたから随分と久しぶりになるのかもしれない。

143: 2013/04/06(土) 09:55:13.59 ID:L6dNy5Nfo

それはそうと、私が寝ている間に2年も経っていたせいで
随分と立派に成長していた亜美だった。


「あなたも随分と身長が伸びたんじゃないかしら?」

「えぇ~? そうかな? うーん、そうだといいね」

「さてさて、それじゃあ早速であったんだから商売のお話でもしようじゃないの!」

「何かいる?」


持っていたサンドイッチを口の中に押しこみ、
ぴょんっと上から飛び降りて目の前に着地する亜美。

144: 2013/04/06(土) 09:56:16.00 ID:L6dNy5Nfo

「だめよ亜美。ちゃんともぐもぐしなさい?」

「うぇ~!? したよー!」

「だめよ? 次からは気をつけなさい」

「はぁーい」


どうにも放っておけなくてそんなことを注意してしまった。
少しおばさん臭いのかもしれない。
いいえ、違うわ。世話好きなだけよ。

145: 2013/04/06(土) 09:59:01.96 ID:L6dNy5Nfo

「なんだか千早お姉ちゃんは本物のお姉ちゃんみたいなこと言うね」

「それって真美のこと?」

「うんうん、なんだか最近真美が結構過保護でさー」

「お手紙がすごい多くて、亜美的にはちょーっと参っちゃうんだよねぇ」


やれやれと肩をすくめる亜美。
お姉ちゃんはきっとこういうお調子者な所も心配だと思うんだけど。

146: 2013/04/06(土) 10:00:50.08 ID:L6dNy5Nfo

「で、どうする? 何買う?」

「そうね、あ、確かあれが切れてたかも……」

「あいあいー」

「あ、私も薬草と調合酒と……」

「あいあいあいー」


それから私達は足りなかったもの、壊れかけていたもの、
その他もろもろを亜美に頼んで買った。

147: 2013/04/06(土) 10:01:29.08 ID:L6dNy5Nfo

亜美は相変わらず頭から荷物の中に潜り込んでいってパンツを丸出しにしていた。
……もしかして少しパンツも大人っぽくなった?


なんて余計なことを考えながらしばらく待って、
それから亜美はいつもは胴体だけ出して来るのだけど
ちゃんと荷物の中から出てきて私達に売り物を渡してきた。


亜美も私達が次々に購入しているからご満悦の様子だった。

148: 2013/04/06(土) 10:02:17.56 ID:L6dNy5Nfo

「ふむふむ、千早お姉ちゃん達は次はどこにいくの?」

「私達は次はシモネタウンよ」

「おお~~! んじゃ、亜美とおんなじだね!」


と亜美は嬉しそうに抱きついてきた。
もうっ……。


人懐っこい亜美の頭を撫でていたのは特に理由もなく、
甘えてくる亜美の頭がそこにちょうどあったからであるのに……。

149: 2013/04/06(土) 10:03:09.91 ID:L6dNy5Nfo

その様子を真と萩原さんはニヤニヤしながらこっちを見てくる。


「何よその目は。もう行くわよ。買い物は済んだのだし」

「うん、そうだね」

「やっぱり千早ってお姉ちゃんなんだね」

「う、うるさいわね!」


そのあと私は真にからかわれながらも森を歩き、
亜美とも色んな商売のお話から他愛もない雑談まで
たくさんの話をして歩いた。

150: 2013/04/06(土) 10:03:40.66 ID:L6dNy5Nfo
1時間程度したあとに森を抜けると少し離れた所に
町があるのが見えた。


町は川の中にあった。
と言うと少しおかしな表現になるのだけど。


私達が抜けた森は町全体を軽く見渡せるくらいの丘にあり、
そこから一望できる場所だった。


川はその地形のせいで大きくうねり極端なくらいのカーブを描いていた。
その内側が丸々一つの町になっていた。

151: 2013/04/06(土) 10:04:31.17 ID:L6dNy5Nfo

「あった。あれだね!」

「町の警備はどういう状況なのかしら?」

「警備?」


亜美が不思議そうに聞いてきた。
亜美は私達がこの国でお尋ね者状態になっているということは知らないのかしら?


「私達、実はクロイ帝国からすると犯罪者扱いされてて追われてるのよ」

152: 2013/04/06(土) 10:06:08.89 ID:L6dNy5Nfo

なんてついうっかり言ってしまった私はその発言した直後に
もしかしたら亜美も帝国と内通しているかもしれない、
なんてことを疑ってしまった。


「うあうあ~! お姉ちゃん達……悪い人だったの!?」


サッと飛び跳ねて私達から距離を取る亜美。
その私達との間にこれまたサッと亜美を守るようにしてゴーレムが割り込む。
亜美はゴーレムの足元からそ~っとこちらを見ている。


この様子だと内通してる訳ではない?

153: 2013/04/06(土) 10:07:41.70 ID:L6dNy5Nfo
「違うわ。ちゃんと言うならば仕立て上げられたって感じかしら?」

「うん、そうだね。ボク達はただ、帝国の敵ってだけさ」

「真ちゃん、それじゃあ追われると思うんだけど」

「えっ、そっか……。うーん、なんて説明すればいいのかなぁ」


なんて真は考えていた。


「ふぅ~ん……。そっか」


ゴーレムの足元から出てくる亜美。
手でゴーレムに対してもう大丈夫だよ、と合図する。
いつもいるけれど、この二人の関係は一体どういう関係なのかしら?

154: 2013/04/06(土) 10:08:08.52 ID:L6dNy5Nfo

「じゃあ亜美達の……味方かもしれないんだね」

「え?」

「ううん、なんでもないよ! 警備の人たちはちょっと厳しいかもしれないけれど……」

「まぁ、亜美がなんとかするよ! ちょうどお祭りの時期だからねん!」


亜美はぴょんっと大きな山のように積んである荷物の上に華麗に登るとそう言った。

155: 2013/04/06(土) 10:08:40.93 ID:L6dNy5Nfo

私達もそれに着いて行くことにしたが、お祭り?
少し引っかかることも多い気がするけれど。
しかし、この戦争の終わった直後のご時世でお祭りなんてよくもやっていられるわね。


と思っていたが、
今年のお祭りは終戦後2年目でやっとできるように復活したお祭りとのことだった。


「ねえ、亜美、そのお祭りって一体……」

156: 2013/04/06(土) 10:09:11.43 ID:L6dNy5Nfo

亜美は自分の座っている足元に手を突っ込んで何かを探している。
あの荷物の中には一度だけ入ったことがあるけれど、
所有者ならばどこからでも引き出すことは可能なのかしら?


ゴソゴソ手探りしている亜美は何か見つけたらしく、
不敵な笑みを見せる。


ゆっくりとその手に掴んだものを顔に持ってくる。
それは……不気味な、というか悪趣味にも程があるお面だった。


「仮面舞踏会……?」

157: 2013/04/06(土) 10:09:39.95 ID:L6dNy5Nfo

萩原さんがそう答えるが、
こんな悪趣味な仮面つけてる人には中々寄ってこないんじゃないかしら。
しかし、そうだとしたら私達みたいな者はか売れるのにはうってつけなのかもしれない。


「ううん、ミュージックフェスタだよ」

「仮面関係ないの!?」


真が盛大にツッコミを入れるが、
亜美の反応からするとどうやらそうでもないらしい。

158: 2013/04/06(土) 10:10:09.18 ID:L6dNy5Nfo

「違うよ~。まぁ、仮面をつけるのが流行りだしたのは実は亜美達のためなんだー」

「亜美達の?」


そう聞き返すと亜美は少し恥ずかしそうに
頭の後ろをぽりぽりと書きながら私達に話を始めた。


「実は……シモネタウンってあの町は亜美達の故郷なんだ」

159: 2013/04/06(土) 10:10:53.21 ID:L6dNy5Nfo

「亜美達のってことは……」

「うん、真美もそう」

「へぇ~、そうだったのか」


真は亜美から受け取った仮面をまじまじと見ながら言う。


「今日は年に一度の仮面の音楽祭だから帰ってきたんだ」

160: 2013/04/06(土) 10:11:40.04 ID:L6dNy5Nfo

年に一度の……。
亜美の容姿は私達よりもいくつか若く、いつか会った高槻さんと同じくらいだった。
そんな子がどうしてこんな森なんかも旅してたりするんだろう。


「じゃあ久しぶりに真美にも会うの?」


真の質問に対して私は


「そんなことないでしょう? 二人で商人をやっているんであれば
 自分達の家計簿のためとか売上高で話し合うのに何回も会うでしょう」


と言った。
しかし、亜美はそれに対して怒りとも悲しみとも取れる表情をした。

161: 2013/04/06(土) 10:12:35.27 ID:L6dNy5Nfo

「会わないよ……」

「会いたくないの……真美には」


「え?」


「け、喧嘩でもしたの?」


と萩原さんが少し戸惑った様子で聞くが亜美はそれもまた違うようで首を横に降った。


「正確には会えないんだ……亜美達」

「って、うあうあ~! こんなシリアスモードは亜美はお得意じゃないんだよ!」

「亜美のお家案内するからついておいで!」

162: 2013/04/06(土) 10:13:33.99 ID:L6dNy5Nfo
「ほい、仮面だよ。今日は特別に貸してあげるからね~」

「でもでも、レンタル料とかも取ってもいいんだよ?」


と商売人の顔をしたが、私達が苦い顔をするとすぐに


「うそうそ、冗談だよ!」


と笑ってくれた。
それから私達は亜美にもらった仮面をつけて丘を降りて町に入る。


町では色んな人が仮面をつけていた。
みんな仮面をつけていることが普通であるかのように振舞っていた。

163: 2013/04/06(土) 10:14:02.57 ID:L6dNy5Nfo

「お? その仮面は亜美ちゃんかな? 真美ちゃんかな?」

「亜美だよ~! んっふっふ~! 本屋のおっちゃんはまだ見分けがつかないのかい?」


と町を歩く度に声をかけられる亜美。
私達はそんなに目立って歩きたくないんだけど……。


「そちらの子はお友達かい?」

「そうなんだよー!」


元気に笑う亜美は歳相応の少女の顔をしていた。
いや、顔は仮面でわからないけれど、
きっと声の調子で嬉しそうな顔をしているのが何となく分かる。

164: 2013/04/06(土) 10:15:47.45 ID:L6dNy5Nfo

「さ、着いたよー」


町を歩いてから数分。とある家の前に着いた。
しかし私達はその家をみた瞬間に違和感を感じた。
と、言うよりも確実にどこかがおかしい。


何故って……。


「ねえ……。どうして玄関の入り口が2つあるの……?」


家を正面から見た時、これは完全なシンメトリーだった。
ドアが2つある。入口が2つ。
二世帯住宅とかいうのは聞いたことがあるし不思議な話ではないけど、
何か違和感を感じる。

165: 2013/04/06(土) 10:16:19.52 ID:L6dNy5Nfo

「ん? あぁ、気にしないで~。そういう変なお家なんだよ」

「ささ、上がって上がって~」


と亜美は正面から向かって左側のドアから入った。
私達もそっちのドアから亜美の家に入ることにした。


不思議な家だった。
玄関の靴箱も、キッチンも、
階段も、階段を上がった上の部屋も、全て……


全て左側にあった。

166: 2013/04/06(土) 10:16:46.99 ID:L6dNy5Nfo

そして、外から見た家の大きさとは裏腹に中に入ると半分の広さしかなかった。


しかし、ご飯を食べるだろう食卓だけは真ん中にあった。
左側にはなかった。


そして、壁の向こうまで広がっていた。


「さ、座っていいよ~」


と言われたので、私は違和感あふれる食卓に腰をかけた。
腰をかけた瞬間に分かったことがあった。
それは背筋も凍る異常な空間で気持ち悪くもあった。

167: 2013/04/06(土) 10:17:20.40 ID:L6dNy5Nfo

家の中まで全くのシンメトリーだった。
仮にこの家の屋根を切り取って上から見るとする。
すると真ん中から右と左が完全に鏡の世界のようになっているのだった。


最初に玄関から入った時、廊下を抜けた時、
壁の向こう側はどうなっているのだろうなんて考えもしなかった。


その答えは、壁の空間の向こうには真逆の世界が広がっていた。
私は思わず正面から家を見た時に右側に来るだろう玄関まで行った。
私達の入ってきてない逆側の玄関の所まで行った。

168: 2013/04/06(土) 10:17:48.89 ID:L6dNy5Nfo

最初に入った時とは別の世界。


玄関の靴箱も、キッチンも、
階段も、階段を上がった部屋も全て右側にあった。
壁の向こうはこれとは逆に左側に同じものが揃っている。


全く同じ。
まるで鏡の世界を行き来しているみたいだった。


その中で食卓だけが唯一その空間をぶち抜いて家の真ん中にあった。


「何……この家……」

169: 2013/04/06(土) 10:18:19.41 ID:L6dNy5Nfo

私はこの異常とも言える空間に素直な気持ち悪さを覚えていた。
気持ち悪い。こんな家……。


真も萩原さんも不思議がっていた。


ちなみに、ゴーレムは家の外にいるらしい。
あの、山のような大きな荷物を乗せた貨車を見張っているとか。


「亜美、お母さんは?」

「……」


真が挨拶をしたがっていて、聞いたが亜美はまた暗い顔をした。

170: 2013/04/06(土) 10:18:54.91 ID:L6dNy5Nfo

「ご、ごめん……もしかして聞いちゃいけなかった?」

「ううん、平気だよ。大丈夫。お母さんもお父さんもちゃんと生きてる……」

「でも、今は鎖で繋がれてるの……」


鎖で繋がれてる……。それって……牢屋?
この子たちは……犯罪者の娘達だったの?

171: 2013/04/06(土) 10:20:15.13 ID:L6dNy5Nfo

「あはは……こんなこと言ったら普通気味悪いよね。
 嫌だよね……こんな子が入れたお茶とか飲めないかな。ごめん」


と言って折角入れたお茶を左側の世界のキッチンで流しに捨てようとしていた。


萩原さんはすぐに止めようとガタッっと大きく椅子から立ったが、
時すでに遅く亜美が入れたお茶は流しの奥に消えていってしまった。

172: 2013/04/06(土) 10:21:11.97 ID:L6dNy5Nfo
亜美はため息混じりに食器を置いてから
我に返ったように言った。

「うあうあ~~! またセンチメートルな気分になっちゃったよ!」


きっとセンチメンタルとかって言いたいのかしら?


「こんなの亜美には似合わないよ! あ、そうだ! 
 亜美用事思い出したからちょっと3人ともここでお留守番しててもらっても大丈夫?」

「ボクはいいけど……」

「私も……」

173: 2013/04/06(土) 10:21:43.91 ID:L6dNy5Nfo

と真と萩原さんは答える。
私は……。
なんだか少し今の亜美は方ってはおけない。


「私は……亜美に着いて行ってもいいかしら?」

「えっ!? あ、えっと……うん、いいよ」

「ふふっ、ありがとう。さ、行きましょう」


私は亜美の手を取り少し急かすように言う。

174: 2013/04/06(土) 10:22:10.20 ID:L6dNy5Nfo
亜美はまたお面を持ってきて私に渡して


「お外出る時はこれ必ずしてね!」

「ありがとう亜美」


こうして私と亜美は亜美の用事に付き合うことにした。
真と萩原さんは亜美の家で何をするのか知らないけれど、
のんびり二人でお話でもしてるのだろう。


外に出てからまた仮面の人々が悠々と歩く町に
私達も溶けこんでいく。

175: 2013/04/06(土) 10:22:48.96 ID:L6dNy5Nfo

「ところで、どこに行くの?」

「うーん、お役所かな?」


ギクリとした。お役所って言うことは……。
つまりはこの町を納めている人がいる所。
敷いてはつまり、クロイ帝国と繋がりのある人のいる所……。


ちょっと引き返したくなってしまったけれど。
ここで弱音を吐いちゃいけない。

176: 2013/04/06(土) 10:24:33.91 ID:L6dNy5Nfo

むしろ敵の内側を探るいい機会だと思えばいいのよ。
幸いにも祭りに乗じて仮面をつけているのだし
知っている顔がいたとしてもまずバレることはない。


そう考えることにした私はとりあえず亜美の後ろに着いて行くことにした。


「すごい熱気ね」

「まぁね。町をあげての大きなお祭りは年に一回だけだし。
 それに終戦から初めてのお祭りだから久しぶりにみんなはしゃぎたいんだよ」


楽しそうに亜美は言う。
亜美もそんなこと言いながら内心では心躍るのでしょう。

177: 2013/04/06(土) 10:25:56.48 ID:L6dNy5Nfo
「亜美はいつもこのお祭りで何をしているの?」

「いつも? うーん。年に寄って変わるかな?」

「そう、楽しそうね」

「あっ! ねえねえ千早お姉ちゃん!」

「どうしたの?」

「唄ってよ! ステージで!」

「えぇ!? ステージ!? 私が!?」


私は条件反射のようにドキッとしていた。
そんなこと今まで求めてきたのは後にも先にも
弟の優だけだと思っていたから。

178: 2013/04/06(土) 10:26:28.49 ID:L6dNy5Nfo
「んっふっふ~、亜美達の情報網を甘く見てもらったら困るんだよ」

「ま、まさか……」


まさか亜美達も帝国側と内通していて私の情報が漏れているとかだとしたら。
もしかしたら私はここで彼女を始末する羽目にも最悪なりかねない。


「実は……とある極秘ルートから仕入れた情報だと
 千早お姉ちゃんはめちゃくちゃ歌が上手だって」

「え? そ、そう」

179: 2013/04/06(土) 10:27:06.83 ID:L6dNy5Nfo

私の勘違い?
それにしても誰がそんなことを教えたのかしら?
真? いえ、でもそんなこと話している様子はなかったけれど。


「ねえいいでしょ? 亜美も一緒に唄うからさー!」


私の勘違いならばいいのだけど。


「そうね、分かったわ。お祭りが上手くいけば唄うわ」

180: 2013/04/06(土) 10:27:49.27 ID:L6dNy5Nfo

もういつかの時みたいに聞かせた人達に無意識に
アルカディアの力を発動させて気分を悪くさせることはないと思うし。
唄ってもいいかしら。


きっと……お母さんも喜んでくれると思うし。



亜美と取り留めのない話をしながらも、
私達はすぐに役所についてしまった。


「そんじゃ中に入るよー」

「ういーっす」

181: 2013/04/06(土) 10:28:17.73 ID:L6dNy5Nfo

と陽気に挨拶をする亜美だったが、後ろ姿、仮面をしていてもわかる。
明らかに体が一瞬緊張したように感じた。


中に私も続いて入るとそこには4人いた。
4人とも仮面をつけていたからどの人が
どんな顔をしているのかなんてのはわからない。


「おや、その仮面は亜美ちゃんかな?」

「そだよー」

「へぇ~、君が……。で、そちらは?」

182: 2013/04/06(土) 10:29:00.63 ID:L6dNy5Nfo

一人の長身の男がそう言う。
私のことを亜美はなんて説明するのだろうか。


「あぁ、この人? 気にしないで。亜美の身内みたいなもんだからさ」

「剣を持った用心棒みたいなもんか?」

「うーん、まぁね。おっきな荷物持ってるとそれなりに狙われるからね」


別の男に聞かれても平然と答える亜美。
役所の中で亜美を待っていたのは3人が男。
残りの一人は髪が長いから女の人だろう。

183: 2013/04/06(土) 10:29:45.92 ID:L6dNy5Nfo

「で、今回の納はどんぐらいなんだ?」

「んっとねぇー、こんぐらいだよ」



と一人の男に亜美の懐から出した手帳を見せる。
しかし、何か気に食わなかったようにため息を一つついてから


「お前……やる気あんのかよ」


とそう言った。

184: 2013/04/06(土) 10:31:31.10 ID:L6dNy5Nfo
さすがに亜美もいきなりそんな風に
攻撃的な言葉を投げられるなんて思っていなかったみたいで
言葉にも焦りが見えてきていた。


「え? で、でも今年はこの額でいいって……」

「そんな言葉真に受けてたのか? ……ったく、しょうがねえ野郎だぜ」


一人の男が亜美をキツい言葉で責めていく。
もう一人の男は申し訳なさそうに俯いていて、
あとの男と女は別に当たり前のように座っている。

185: 2013/04/06(土) 10:32:50.10 ID:L6dNy5Nfo

「お前の姉はこれの倍はしっかり稼いでいたぞ」

「だ、だって、終戦後みんなの生活だって苦しくて
 それで亜美の所から買ってくれる人もいなくて……」

「……これじゃあこの町は買い戻すことなんてできないな」


町を買い戻す?
亜美が? いや、この場合はたぶん亜美と真美が。


「そんなの仕方ないじゃん。亜美はこの額でいいって確かに言われたんだし」

186: 2013/04/06(土) 10:34:56.04 ID:L6dNy5Nfo

亜美の言葉は段々と弱くなる。


そのやり取りの中、気になっていたのは女の人が私のことをジッと見ていること。
仮面で本当にこっちを見ているのかなんて怪しいけれど、
明らかな視線をこの女の人から感じる。
何故この人は仮面をつけている私のことをそんなに見ているの。


「でも、確か約束の金額は全部払ったと思うんだけど……」

「あぁ? まぁ今年で終わりだろうとは思ったんだがな……。
 延長したんだ……。帝国も金がない」

「え?」

187: 2013/04/06(土) 10:35:49.70 ID:L6dNy5Nfo

亜美の声に動揺も混じる。
何かの取引を無断で先延ばしにされた?
そんなことくらいしか何も知らない私には分からなかった。


「そ、そんなの無しっしょ! 嘘つきだよそれは!」


亜美が声を張る。


「まあ、帝国のために働いていると思え」

「いいじゃねえかその方が……」


「よくないよ!」

188: 2013/04/06(土) 10:36:57.87 ID:L6dNy5Nfo

「せっかく亜美と真美が頑張ったのに……!」

「私達姉妹が頑張って約束のために頑張ったのに……!」

「そんなのズルっ子だよ!」


亜美はワガママを言う子供みたいに叫ぶ。
必氏に訴えている。


「私達姉妹……? 顔も見たこと無いのにか?」

「……そ、それは関係ないっしょ……!
 それにそんなことそっちがやったことじゃん!」

189: 2013/04/06(土) 10:37:27.26 ID:L6dNy5Nfo

「俺達が? 俺は知らないな……そんな昔のこと」


顔を見たことがない?
どういうこと?
私はこの時、まだ亜美と真美の隠された秘密には気づいていなかった。


「それに顔くらい見たことあるもん!」

「だけど思い出せない。そうなんだろう?」

「うっ……」

190: 2013/04/06(土) 10:37:54.25 ID:L6dNy5Nfo

「ふん、そんなの見たことにはならないな」

「……違う」

「本当は姉妹なんかじゃなくてただの赤の他人かもしれないぞ?」

「そんなことない! うるさい!」


亜美はカッとなって怒りに任せてその男を突き飛ばした。
しかし、所詮は亜美の体力。
体勢が崩れた時に仮面が飛んで素顔を見るだけになったのだが……。


私にとってはそれは大きなダメージだった。

191: 2013/04/06(土) 10:39:16.10 ID:L6dNy5Nfo

「暴力か……いいだろう……」


机の下に隠すかのように置いてあった剣を取り出し、
亜美の前で抜いたその男は……。


かつて、首都バンナムの城で私と戦い王を殺害した張本人、
天ヶ瀬冬馬だった。


何故、奴がまたここに。
天ヶ瀬冬馬は床に落ちた仮面を拾う素振りも見せずにドアの前に立って言う。


「表に出な」

192: 2013/04/06(土) 10:39:54.41 ID:L6dNy5Nfo
私は亜美の前に出て、


「私に任せて」


と仮面の下からでもわかるように合図した。
実際に勝つ寸法なんかは特に考えてはいなかった。


しかし、この仮面の男が天ヶ瀬冬馬だとすると
もう一人一緒にいる長身は恐らくは伊集院北斗。


と、するともう一人いる女の人は……。

193: 2013/04/06(土) 10:40:41.39 ID:L6dNy5Nfo

「やれやれ……。やめろって言っても聞かないんだろう?」

「あぁ? 当たり前だ。邪魔すんなよな」

「俺はまだこの町に用があるから残っているけど、どうする?」


長身の男は女の人に尋ねる。
二人共小さな声で話しているから何を言っているのかはよく聞こえない。


「自分はまだこの町に残るよ。最後まで見ておきたい。
 これが……帝国のやり方だって言うんならね」


と、何か言い終わったみたいだった。
亜美は不安そうに私の方を見ている。

194: 2013/04/06(土) 10:41:30.49 ID:L6dNy5Nfo

「大丈夫……」


とそっと亜美の肩に手をおいてあげる。
それから私達は表にでる。


役所が面してあったメインストリートに二人で立って向かい合う。
まるで荒野でやる西部劇の決闘のように。


周りには仮面をしたたくさんの町の人々が私達の決闘を、
何かのデモンストレーションだと勘違いしているのか
次々とギャラリーになって増えていく。



195: 2013/04/06(土) 10:42:42.60 ID:L6dNy5Nfo

「ぐっ……こんな時に! またか!!」


何やら天ヶ瀬冬馬は頭を抱えていた。頭痛がするようだった。
これは願っても見ない好機!


向こうは私のことには気がついてはいないみたいだし、
ここで不意をついて唄いながら戦うことができたならば。


と、思考した時に私はあることを思い出した。
天ヶ瀬冬馬は……確か。



確か、王を頃した時、正確にはその前にそれを阻止する私達と戦う時に


唄っていた……。



196: 2013/04/06(土) 10:43:08.71 ID:L6dNy5Nfo

そして、その歌いながらの戦闘は明らかに人智を超えたものであった。
それはつまり、あの力はアルカディアの力……?


まさか……そんな馬鹿な。


そして、またしても嫌な予感は的中するように
私の中に流れてくる記憶。


197: 2013/04/06(土) 10:44:07.42 ID:L6dNy5Nfo


――優は……。どこへいるの。

――生きているわ、でも氏んでいるとも言えるかもしれない。



嘘。


じゃあ、この男が。


天ヶ瀬冬馬は……優なの……?


「ハァ……。ハァっ」


呼吸が荒くなる。
だって、そんなの嘘よ。

198: 2013/04/06(土) 10:44:36.65 ID:L6dNy5Nfo

「お姉ちゃん……大丈夫?」


湧き上がるギャラリーの歓声の中で亜美が心配そうに見ている。
同じようにさっき役所にいたその他の3人も見ている。


天ヶ瀬冬馬は頭痛でしきりに頭をグリグリと押して痛みを紛らわしている。


私は目の前が歪み出す。激しい吐き気に襲われる。
そんな馬鹿なことがあるはずない……。

199: 2013/04/06(土) 10:45:08.28 ID:L6dNy5Nfo

でも……じゃあ、なんで?


答えのでない疑問が頭のなかでぐるぐると回る……。
剣を握り直す……。


そんな訳がない。


きっと違う。いいえ、絶対に……こんなひねくれた奴が優なわけがない!


200: 2013/04/06(土) 10:46:16.81 ID:L6dNy5Nfo

「はぁぁあ!」


私は剣を天ヶ瀬冬馬に振るっていた。
しかし、頭を抑えながらも天ヶ瀬冬馬は寸での所で避けてばかりいた。


「ぐ、くそ……! こんな時に……!」


「ーーッ!?」


私の剣と天ヶ瀬冬馬の剣が交差しようとした瞬間。
互いの剣を持つ手が何者かによって捕まった。

201: 2013/04/06(土) 10:47:11.25 ID:L6dNy5Nfo
そして、それを跳ね除けようとしたが、
動揺が隠し切れない私の攻撃などいとも簡単に交わされて
私は地面に押さえつけられた。


隣では天ヶ瀬冬馬も同じように押さえつけられていた。


顔をあげると目の前には見たことのないおじさんたちがいた。

202: 2013/04/06(土) 10:47:54.06 ID:L6dNy5Nfo

「ったく……喧嘩は困るんだよ。お祭りだからってはしゃぎ過ぎなんだよ」


まさか町の保安官……!? 馬鹿な!
一体誰が呼んだの。


保安官の後ろには役所にいた3人目の男の人がいた。
たぶん、恐らくはこの人が町の役所に勤めている人。
この人が呼んだんだわ。

203: 2013/04/06(土) 10:48:36.76 ID:L6dNy5Nfo

だけど私はこの人を恨むつもりにはなれなかった。
この町を思う人であるならばこの行動は当然の結果だろう。
町で喧嘩を堂々としようとする輩がいれば止めに入るのは当然。


私と天ヶ瀬冬馬はそのまま連行されて
町のどの辺りに位置するのかもわからない牢屋へと一緒に行くことに。


亜美はこのことをいち早く察したのかすでにこのギャラリーの中からは逃げていた。
同じく役所にいた他の連中もそれぞれいなくなっていた。


留置所の中を歩かされ、
たくさんある空っぽの牢屋の前を淡々と歩く私と天ヶ瀬冬馬だったが、
その一つが埋まっていた。

204: 2013/04/06(土) 10:49:22.15 ID:L6dNy5Nfo

その中にいたのは。



「真美!? どうしてここに!?」

「……誰? なんで真美のこと知ってるの?」


「私よ、千早!」


仮面をしたままだったがそう叫ぶ。
隣にいた天ヶ瀬冬馬が驚いていた。

205: 2013/04/06(土) 10:50:43.32 ID:L6dNy5Nfo

しかし、頭痛がするのかいつもの勢いは半減されていた。
そんな彼を尻目に私は真美に問いかける。


「どうしてこんな所にいるの!?」

「えへへ。……騙されちゃった」


とぺろっと舌を出すのは可愛いが、状況がさっぱり理解できない。


そのまま私は保安官に蹴られながらも
天ヶ瀬冬馬と共にそれぞれ別の牢屋に入れられた。
私の隣には真美が、向かいには天ヶ瀬冬馬が入れられていた。

206: 2013/04/06(土) 10:52:09.34 ID:L6dNy5Nfo

「ぐっ……いってぇ……」


未だに頭が痛そうにするのをよそに私は
隣の牢屋に入れられている真美に話しかけようとするのだが、
見張りが何度も通るので中々会話が進まない。



「どういうこと? 教えて」

「真美達、帝国にいいように使われていただけなんだ」

「真美、もうこのまま亜美の顔も見れずに氏んじゃうなんて嫌だよぉ……」


真美のすすり泣く声が聞こえる。

207: 2013/04/06(土) 10:52:43.08 ID:L6dNy5Nfo

「顔も見れないって……」

「真美達ね……顔みたらいけないの」

「え?」

「真美と亜美はお互いの顔を少しでも見たら氏んじゃう呪いにかかってるの」


お互いの顔を見たら……氏ぬ?
私は亜美の家、真美の家でもあるあの不思議な家の構造を思い出した。

208: 2013/04/06(土) 10:56:23.04 ID:L6dNy5Nfo

「じゃ、じゃああの家は……?」

「え? 家? もしかして真美の家に行ったの?」

「ええ、上がらせてもらったわ」

「気持ち悪いでしょ? あれね、お母さんとお父さんが
 亜美と真美のためにああいう風に作ってくれたの」

「元々の家を鏡みたいに2つに内装してくれたの」

「一つの家に顔を見ちゃいけない二人がいて、
 どっちも優劣つかないように、そうしたんだってさ」



それから私は真美から一部始終をようやく
教えてもらえることになった。

209: 2013/04/06(土) 10:58:46.73 ID:L6dNy5Nfo

双海亜美・真美は双子だった。
生まれる前に帝国に領土が分割された時に
帝国に支配されることが決定したシモネタウン。



そんな町に生まれたのが亜美と真美だった。


帝国はその町に生まれてくる子供達に対してある計画をたてた。


それは生まれた時から商人の魂が宿り、いついかなる場合でも、
一生涯、金を稼ぎ続けなければ氏んでしまうんじゃないか
と言う精神を作るための計画だった。
だから子供のうちから稼ぎに出すことにしたのだとか。

210: 2013/04/06(土) 10:59:44.83 ID:L6dNy5Nfo

帝国は幼い亜美と真美を始めとした、シモネタウンに生まれる
子どもたちに、町にとっても重大な任務を与えた。


その子供達の代表として選ばれていたのが亜美と真美だった。



「お前たちが毎年決められた額のお金を収めることができれば
 帝国も君たちの町には一切手出しはしない」


「みんな幸せになる。
 だけど、その間は二人が真面目にお仕事できるように
 ちょっとだけ魔法をかけさせてもらうよ」


「それに毎年じゃないさ。10年もすればちゃんとこの町を自由にしてあげるよ」

211: 2013/04/06(土) 11:00:23.64 ID:L6dNy5Nfo
「そのために必要なのは……このぐらいだね」


そう金額を提示されて言われた。


その魔法は呪い系の魔法でお互いの顔を見ると石になってしまう
という誰が生み出したのか悪趣味な呪いだった。


亜美達は子供達の代表として魔法をかけられることになってしまった。
両親もこのことには上手い手口で乗せられて知ってはいたが、
町のためだと信じてやまなかった。

212: 2013/04/06(土) 11:00:58.87 ID:L6dNy5Nfo

石にされてしまうということを幼い亜美と真美は真に受けて恐れて一生懸命働いた。
今の亜美と真美が商人をするきっかけがこれだった。



町の人達はだから亜美にあんな風に優しく声をかけていた。
彼女達は町を救っているヒーローだったからだ。



初めは自分達の町で売ることしかできなかったために
結局、町の住人は生活が厳しくなる一方であまりいい思いをしなかった。
だけど、成長するに連れて隣の町へ、一つ森を超えた先の村へ。
と段々と商売できる幅が広くなってきていた。

213: 2013/04/06(土) 11:01:41.74 ID:L6dNy5Nfo

しかし、少し知恵がついてきた亜美と真美は
自分達のやっていることに初めて疑問を持った。


「どうして亜美達ばかりがこんな目に合わなきゃいけないのだろう」


亜美は真美とはお互いの声だけを頼りに逃げ出すことを決意した。



しかし、亜美と真美が逃げ出すとなっては町がどうなるかはわかったもんじゃないと、
町の人間たちは一気に亜美と真美の敵に回ったのだった。

214: 2013/04/06(土) 11:02:59.71 ID:L6dNy5Nfo

「あの餓鬼……! 見つけたらただじゃおかねえぞ!」

「探せー! まだ遠くへは行ってないぞ!」

「こっちの森はだめだ! 向こうを探せ!」



町の人間達は他の町が帝国のせいで酷い目に合っているという噂を信じこんで
自分達の町がそうならないようにも躍起になって亜美と真美を探した。


しかし、厄介なのはこの事が
帝国側にも騒ぎすぎたせいで知れ渡ってしまったことだった。

215: 2013/04/06(土) 11:04:22.58 ID:L6dNy5Nfo


そして、亜美と真美は止む無くして捕まった。
あろうことか亜美と真美と同じく商売に駆り出されていた仲間だったはずの
別の子供達が大人に買収されていて、
それに騙された亜美達は子供達に近づいた所を取り押さえられたのだった。


帝国の人間は亜美と真美にムチを打つように町の人間達に言った。
自分達でやらずに今まで応援してくれていた町の人達が鬼のような顔をしてムチを打ち、
それに恐怖と絶望、痛みを味わう亜美と真美の顔を楽しもうとしていたらしい。
下衆な連中。

216: 2013/04/06(土) 11:05:13.47 ID:L6dNy5Nfo

しかし、亜美と真美を最後まで庇っていたのは両親だった。
亜美と真美がムチを打たれる中、そこに割り込んでずっと身を呈して
代わりにムチを打たれ続けたのが二人の両親だった。


亜美と真美はムチに打たれ痛みに耐える両親の体の下で
泣きながら謝った。



「ごめんなさい。もう逃げたりしませんから」

「ごめんなさい。ちゃんと働きますから」


217: 2013/04/06(土) 11:06:32.77 ID:L6dNy5Nfo

こうして、亜美と真美は罰として今まで収めてきた金額は白紙にされ、
最初に設定された町を自由にしてもいいという
設定金額を倍に増やされてしまった。


町の自由はまたしても遠のいてしまった。


そして、亜美と真美に更なる悲劇が起きた。


「また逃げられても困るからな」

「今後は見張りをつけて働いてもらおう……」


218: 2013/04/06(土) 11:07:57.95 ID:L6dNy5Nfo

そういう帝国の人間に対して双子の両親は猛反発した。


「娘達がもうしないと約束しているんだ!」

「これ以上、あの子達に何をやらせるというの!」


「ええい、鬱陶しい家族だ。うい……。そうだな」

「貴様らに見張ってもらえばいいじゃあないか」

「それこそが家族思いの私からのプレゼントだ。クククッ、素晴らしいだろう?」





「…………それでね、一生懸命逆らってくれた真美達のお母さんとお父さんは」




「…………ゴーレムにされちゃったの」



219: 2013/04/06(土) 11:09:13.20 ID:L6dNy5Nfo

「……な、なんですって……?」


じゃあ、いつも一緒に連れていたあのゴーレムは……まさか。


「うん、亜美が一緒にいたのがお母さんで、真美が一緒にいたのがお父さんなんだ」


なんて……酷いことを!


「酷いことするよね、って思ってくれた? ありがとう。
 でもね、きっと真美達のほうがもっと酷いことしてたんだと思う」

220: 2013/04/06(土) 11:11:32.42 ID:L6dNy5Nfo

「もうここ数年はさ、親の自覚なんて薄れちゃったんだろうね。
 すっかりただの言うこと聞いてくれるモンスターだよ」


「そんなお母さんとお父さん達のことを真美達は嫌気が刺して、
 ゴーレムちんなーんて、ふざけて呼ぶようになってさ」

「いつしかそれが当たり前になっちゃったけど。
 でもきっとお母さんとお父さんに、
 意識があるのだとしたらすごい悲しかったと思う」

「でも、真美達もそんな呼び方でもしないと
 ゴーレムにされた二人を見て、いつも悲しい気持ちになっちゃうんだもん」

「ほんと、真美は最低だよね……」


あはは、と乾いた笑い声が聞こえる。

221: 2013/04/06(土) 11:12:29.92 ID:L6dNy5Nfo

私も帝国には酷い目に合わされた……。
なんて声をかけていいかわからなかった。
それからまた真美は話を聞かせてくれた。



「それから真美達はゴーレムの引ける貨車をもらったの。
 それで遠くの町にも出稼ぎに行けるだろうって」


こうして、今の亜美と真美の旅商人のスタイルが完成されていたのだった。
そこからは稼ぎまくることだけを考えては
年に一度、この時期にシモネタウンに帰ってきて一定金額を収めているとのことだった。

222: 2013/04/06(土) 11:12:57.85 ID:L6dNy5Nfo

しかし、真美がなぜここにいるのか、答えは簡単だった。
真美は騙されていたのだった。


帝国はこの町を開放するつもりはなかった。
元々そういうつもりだったらしい。


そして、帝国の人間、私の横で頭痛にうなされている奴らは
真美がまた裏切って逃げ出すという嘘を吹聴しにきていたのだった。


そうして真美は町に帰ってきた所をまんまと捕まって
牢屋に閉じ込められているということだった。

223: 2013/04/06(土) 11:13:32.26 ID:L6dNy5Nfo


そして、町の方針としては最近一人でも二人分稼げるようになってきている
亜美と真美を今度は一人で稼がせるようにすることにしたのだった。
だから亜美は捕まらなかった。


しかも、真美を人質に取ることで亜美はもっと真剣に働くだろうからということだった。


町も町で大馬鹿だけれど、もっと許せないのは汚いやり方をする帝国だった。

224: 2013/04/06(土) 11:14:40.35 ID:L6dNy5Nfo

私は向かいの牢屋の天ヶ瀬冬馬の方をキッと睨みつけるが……
ようやく頭痛が治まってきたのか、痛みになれたのか、
牢屋の隅に大人しく座っていた。


「何見てんだよ」

「いいえ、汚いやり方をする国の人間は
 どんな面をしているのか見てみたくてね」

「チッ、やろうってのか?」

「……」

225: 2013/04/06(土) 11:15:16.27 ID:L6dNy5Nfo

無言で睨みつけ返すが、


「やめだ。俺の体調がすぐれない状態だしアンタも何かあるみたいだしな」


私の声は動揺して震えていたのかもしれない。
だって……この男はもしかしたら……。



「……優」


ぼそっと声が漏れてしまっていた。

226: 2013/04/06(土) 11:15:55.28 ID:L6dNy5Nfo

「あ? 誰だそいつ……俺の名前は天ヶ瀬冬馬だって言ってんだろ」



違う? 優じゃない?
私はこの時晴れ晴れとした気分でいたかった。
なんならこの狭い牢屋をスキップしてまわってもいいくらいに。


だけどまだ聞かなくてはいけないことがたくさんある。

227: 2013/04/06(土) 11:16:26.34 ID:L6dNy5Nfo
「あなたは……なぜアルカディアを知っているの?」

「……は? 前にもそんなことを聞いてきたな」

「ええ」

「それは簡単に教えられるもんじゃねえんだよ」

「いいえ、それは違うわ。あなたは私に話さないといけないの」

228: 2013/04/06(土) 11:17:11.03 ID:L6dNy5Nfo
「はぁ? なんでお前がそんなこと決めるんだよ」

「私もアルカディアの出身だからよ」

「……」


天ヶ瀬冬馬が黙る。
沈黙が走るが天ヶ瀬冬馬は俯いてしまった。
私も、なんてのはあえてそういう言い方をしてみただけ。


「……そうか」

229: 2013/04/06(土) 11:17:40.66 ID:L6dNy5Nfo

そうして何かを言い掛けようとしたが、


「……」

「なんでもねえよ」


少し間を開けてそう言った。

230: 2013/04/06(土) 11:18:40.12 ID:L6dNy5Nfo
「一時休戦ね。ここを出なくちゃ話にならないわ」


とは言ったものの剣もなく、
どうやってこの牢屋を抜け出すべきか……。


またきっと真達が異変を察知して助けに来てくれるはず。
たぶん亜美が知らせてくれれば伝わるはずなのだけど。


今の真美の話を聞いたら、
亜美もどんな目に合わされるかわかったものではない。
余計に心配だわ。


でもきっと私のとなりにいる真美のほうがもっと心配なのよね。
今一番真美自信が心の支えとしているのが亜美なのだから。

231: 2013/04/06(土) 11:23:02.12 ID:L6dNy5Nfo




~~菊地真Side~~





「それにしても遅いねぇ」

「うん」


ボクと雪歩は取り留めの無い話を適当にしながら
雪歩の入れてくれたお茶を飲んで亜美の家でのんびりしていた。
しかし、遅い帰りに二人共段々落ち着かなくなってきていた。


232: 2013/04/06(土) 11:23:36.93 ID:L6dNy5Nfo

「少し様子見てくる?」

「でも、入れ違いになるとまたあれだし……」

「……でも、探しに行こう、雪歩。やっぱりなんか変だよ」



ボクの言葉に後押しされるように雪歩も立ち上がる。
こんなに遅くなるような用事であればいいんだけど。


それならばボク達も役所に向かえばそれでまた会えるんだから。

233: 2013/04/06(土) 11:24:42.34 ID:L6dNy5Nfo

ボクと雪歩は仮面をつけて亜美の家をあとにした。
家を出て、町の中心街の方へ行って、仮面をつけた町の人に役所はどこか聞いた。


親切に教えてもらったボク達はそのまま役所に向かうことにした。


町はお祭りムードでどこか浮かれていたようだったが、
ボクは気になる言葉を耳にしていた。


「さっきの暴力沙汰の。あれって結構な犯罪者らしいんだって」

「聞いた聞いた。すぐに氏刑になるらしいよ」

「えー、やだ怖い~」


暴力沙汰の事件?

234: 2013/04/06(土) 11:25:13.11 ID:L6dNy5Nfo
どこで起きたものなんだろう……。
千早たちが巻き込まれていなければいいけれど。


お祭りの中で酔っ払って暴れまくった奴でもいたのだろうか。
そんなことを考えながらも役所に向かっていると、
役所の前で一層の人だかりが見えた。


なんだろう、なんかのイベントが始まったのかなぁ?


「真ちゃん、あれ……なんだと思う?」

235: 2013/04/06(土) 11:25:40.82 ID:L6dNy5Nfo
「わからない。誰かパフォーマンスでもしてるんじゃないかな?」

「……うん。でも変なの。あの中心にすごい殺気を感じるの」

「……」


ボクと雪歩は目を合わすと無言で頷いて、
足早に中心の方に人をかき分けて入っていく。

236: 2013/04/06(土) 11:26:51.56 ID:L6dNy5Nfo

「こいつ……! また逃げようとしたんだってな!!」

「ち、違うっ! 逃げようとなんてしてない!」

「やっちまえ! そんな疫病神!」

「もっと懲らしめないとまた何か企み出すぞ!!」

「このッ! こいつ!」


たくさんの大人たちが寄ってたかって暴力を振るっている相手は亜美だった。

237: 2013/04/06(土) 11:28:10.86 ID:L6dNy5Nfo

「亜美!?」

「亜美ちゃん!!」


ボクは咄嗟に飛び出して大人たちの間に割って入る。


「待てッ! そんな大人数で何のつもりだ!」

「……誰だあんた!」

「クズに名乗る必要なんてない……!」

「はぁぁぁッッ!」


ボクは迷わず亜美達を囲んでいた大人たちを一人残らずぶっ飛ばしていく。

238: 2013/04/06(土) 11:29:07.80 ID:L6dNy5Nfo

ギャラリーはボクの登場も催し物の一貫だと思ってるらしく歓声が沸き上がる。


「どっからでも来い……!」

「真ちゃん頑張って!」

「や、やめて……まこちん……」

「なんでだよ亜美!」

「悪くないの。みんなは悪くないの……」

「だからってこんなこと許せる訳無いだろう!!」

239: 2013/04/06(土) 11:31:51.78 ID:L6dNy5Nfo

ボロボロになった亜美はそれでも大人たちを庇っていた。
なんでだよ! そんなになってまで……。



ボクはたまらずにはいられなくなって亜美を抱えて走りだそうとしたが、
ギャラリーが邪魔でここを抜け出せない……!


一旦ここを抜け出さないと。
騒ぎが大きくなりすぎる前に退こう。


「真ちゃん……! ”JUMP”!」

240: 2013/04/06(土) 11:32:45.77 ID:L6dNy5Nfo
雪歩の魔法と意図する行動が手に取るようにわかる。
ボクの足元にかかった雪歩の魔法。


ボクは役所の屋根の上にひとっ飛びした。
すごい……! こんな高く飛べる魔法があるなんて!
その高さは町が一望できるほどの高さだった。


「す、すごい……」


亜美は怪我の痛みも忘れるくらいに驚いて声を漏らしていた。


241: 2013/04/06(土) 11:33:30.84 ID:L6dNy5Nfo

飛ぶ瞬間に雪歩とはアイコンタクトで落ち合う場所を亜美の家に指定した。
たぶん、くるはず……。


それからボクは屋根伝いに飛び回り、追手を振り払うためにあえて
町を半周以上も周り、それから亜美の家に帰ってきた。



しかし、それが仇となったのか、家に着いた時には
町の人間たちが寄ってたかって亜美達の家に火炎瓶を投げ込んでいた。

242: 2013/04/06(土) 11:34:13.39 ID:L6dNy5Nfo

「しまった……。不味いな……」

「亜美の家……」


家を遠くから見ているが、家では必氏に亜美の帰りを待つ一匹のゴーレムがいた。
ゴーレムは必氏に家に向かって投げられる火炎瓶を素手ではたき落としたり
自分で盾になって食らっていた。


「くっ……。亜美、一旦ここを離れるよ」

「雪歩なら索敵魔法か何かを出しておいて何とかするだろうし……」

「ま、待って! ママが……」

243: 2013/04/06(土) 11:34:39.78 ID:L6dNy5Nfo

ママ? お母さんがどこに!?
まさか、あの火炎瓶を投げている連中の中にいるのか?


ボクは亜美の言うことを聞かずに一先ずここを離れることにした。
それから町からかなり離れてきて外れのほうまできた。


ここならもう誰も追ってはこない……。


雪歩はすぐに息を切らしながら走って追いついてきた。
どうやら索敵魔法を街中に張ったらしい。

244: 2013/04/06(土) 11:35:09.89 ID:L6dNy5Nfo

「ハァ……ご、ごめんね真ちゃん」

「ううん、こっちこそ助かったよ」


それからボクと雪歩は亜美に全て聞いた。


「じゃあ……あのゴーレムは……。不味い……今頃、戦っているんだ」

「でも、もう一匹は!?」

「……わからない。さっきお家を守ってたのがお母さんだけど
 お父さんの方は真美が面倒を見てたから亜美にはわからない」

245: 2013/04/06(土) 11:36:10.37 ID:L6dNy5Nfo

そうがっくりとうなだれている。
町の人達が亜美のことをこれっぽっちも信用なんてしていなかった、
そのことに対して亜美は非常に強くショックを受けていた。


あんなに頑張ったのに、簡単な噂に踊らされるくらい
亜美達のことを信用していなかったんだと。


だけど、亜美はそのことを責めようとはあまりしなかった。
一度逃げ出そうとした前科がある以上町の人が疑うのはしょうがないと思っていた。

246: 2013/04/06(土) 11:37:27.46 ID:L6dNy5Nfo

ボクはここでもう一つ大事なことを思い出した。
……千早は!?


「亜美! 千早はどうしたんだ!」

「千早お姉ちゃんは亜美を庇って町の保安官に捕まっちゃった……」

「役所にいた帝国の人と喧嘩になって……」

「捕まっただって……!?」


不味いぞ……。さっき町で聞いた言葉を思い出す。
暴力事件で捕まった奴らは氏刑になる!

247: 2013/04/06(土) 11:38:57.27 ID:L6dNy5Nfo

「ヤバい……! 早く千早を助けないと!」

「えっ!? ど、どうしたの真ちゃん」

「さっき、チラッと聞いたんだけど、
 捕まった千早達は氏刑になるかもしれないってことを」

「そ、それどこで聞いたの……?」

「町を歩いてる時にその辺の人達が話していたんだ」

「わかった……。確信はないけれど、助けにいかないと……」


雪歩も同調してくれる。

248: 2013/04/06(土) 11:39:23.11 ID:L6dNy5Nfo

「ボクは千早を助けに行くよ! 雪歩は亜美を手伝ってあげて!」

「わかった。行こう、亜美ちゃん」


雪歩が亜美の手を取る。
亜美はまだ戸惑っているのか、どこに行くのか理解していないといった様子だった。


「ど、どこに行くの……ゆきぴょん」

「亜美ちゃんのお家だよ! お母さん、お家守ってるんでしょ?
 私が行ってあの燃えてるお家はなんとかするから」

「そ、そんなことできるの……?」

249: 2013/04/06(土) 11:40:30.95 ID:L6dNy5Nfo
半泣きの亜美を必氏に諭す雪歩。


「任せて。だから、お家の方まで案内して!」

「うん、ついてきて!」


亜美は泣きそうな目をごしごしと拭い、
それから雪歩と一緒に走りだした。


「さて、ボクも急がないと……!」

250: 2013/04/06(土) 11:41:25.59 ID:L6dNy5Nfo

ボクはまだ残ってる雪歩の”JUMP”の魔法の効力を活かし
町中を飛んで移動をする。


さっきまで来ていた役所にやっと着いたボクは役所にいた人に
留置所はどこにあるのかということを尋ねた。


「ど、どうしてそんなことを聞くんだい」

「どうしてもだよ。ボクの友達が、無実の罪で逮捕されてるみたいなんだ」

「それならもう……無駄だよ。今は11時50分、12時ちょうどには
 氏刑が執行されている時間だ」

251: 2013/04/06(土) 11:41:52.07 ID:L6dNy5Nfo
「なっ……! ここからどこに行けばあるんですか!」

「今から行っても10分以上はかかる……」


大丈夫……まだ魔法の効力が残っている。


「早く教えて下さい!!」


ボクはつい熱くなって受付のテーブルを叩き割る。

252: 2013/04/06(土) 11:42:18.75 ID:L6dNy5Nfo

「ひぃっ、こ、ここから町の反対方向だよ」

「そこに大きな有刺鉄線の貼られた大きな塀がずっと続いてる所がある」

「そこがそうだよ」


それだけ聞くとボクは役所を飛び出し、大きく飛んだ。
……しかし、二回目の跳躍をしようとした瞬間、
魔法の効力は切れてしまった。


反動と急に元に戻った衝撃でボクは
5メートルくらい飛んだ所で急激に落下して地面に叩きつけられる。

253: 2013/04/06(土) 11:43:52.83 ID:L6dNy5Nfo

「痛っっ……」


不味い、これじゃあ間に合わない……!
痛みに悶えてる暇なんてない。急がないと!


ボクはすぐに起き上がり走りだした。


確かあっちの方角になっているはず。
待ってて、千早……! 今助けるから……!



254: 2013/04/06(土) 11:55:04.81 ID:L6dNy5Nfo

~~如月千早Side~~




はぁ……。
いつまでこの冷たい牢屋の中にいなくちゃいけないのかしら。


真達は何をしているのだろう。


暇を持て余した私は何をする気力もなく、
歌でも歌っていようかと思ったけれど、
捕まっている以上、そんな風に呑気に過ごすわけにもいかない。


何より、向かいの牢屋で逮捕されている天ヶ瀬冬馬に私の歌を
戦闘以外で聴かせることになるのが気に食わなかった。

255: 2013/04/06(土) 11:55:31.74 ID:L6dNy5Nfo

しかし、その天ヶ瀬冬馬には……。


「チャオ☆ 遅くなったね、冬馬」

「ったく、おせえよ……」


突然現れた伊集院北斗に対して悪態を突きながらも
安心したようのを隠すかのようにかったるそうに起き上がる。



「まぁ誤認逮捕ってことで勘弁してあげてよ」

「ふん、まぁいい」

256: 2013/04/06(土) 11:55:59.88 ID:L6dNy5Nfo
「でも、こっちのお嬢さん達は氏刑らしいけどね」

「国を危機に陥れる者かもしれないってことで」

「ふん、妥当だ」


氏刑……!? 私が!?
まさか!? 喧嘩を売ってきたのはそっちなのに!


「喧嘩を売ってきたのはそっちでしょう?」

「はっ、なんとでも言え。好きなだけ呪うんだな」

「どっちみちお姉さんは国をあげての指名手配犯だからね」

「くっ」

257: 2013/04/06(土) 11:56:27.76 ID:L6dNy5Nfo

牢屋の中にいる私に届かないからといって、
天ヶ瀬冬馬は私の入っている牢屋の鉄格子を思いっきり蹴飛ばして
大きな音をたててそのまま私の見えない所まで行ってしまった。
一体どこの不良よ。


「ど、どうしよう千早お姉ちゃん。真美、殺されちゃうの……?」

「くっ、わからないわ。でも、きっと助けに来てくれるはず」


私自信も真と萩原さんのことは信用しているのだけど、
それでも絶対にここまでたどり着けるなんて自信はなかった。
額に汗がにじみ出る。


少し焦ってきていた。

258: 2013/04/06(土) 11:56:58.58 ID:L6dNy5Nfo
アルカディアの力で歌いながらだったら
この鉄格子は破壊……できそうにない。


私の戦闘スタイルが剣術なだけに
蹴りだけではどうにもならない気がした。


「千早……」


私の檻の前に現れたのは役所に天ヶ瀬冬馬達と一緒にいた女の人だった。
もうその正体はとっくに予想がついている。


ゆっくりと仮面を外す。

259: 2013/04/06(土) 11:57:25.59 ID:L6dNy5Nfo

「我那覇さん……一体何の用なの……」

「ひびきん!? 助けに来てくれたの!?」

「真美、違うわ。我那覇さんは私達の敵だったのよ……」

「えぇ!? そ、そうなの……」


隣の牢屋で見えないけどきっと真美は悲しそうにしている。


「ねえ千早。自分、今帝国の城の中でさ、こんな風に
 檻に入れられた女の子とよく話すんだ」

「……?」


なんのこと? 一体なんの話をしているの。


260: 2013/04/06(土) 11:57:56.48 ID:L6dNy5Nfo

「とってもいい奴でさ。ちょっと変わった所もあるんだけど」

「自分はそいつの秘密を知っちゃったんだ。知っちゃいけないような秘密を」

「どうしたらいいか分からなくて。必氏で考えたんだけどな」

「千早! 千早も今からクロイ帝国に来ようよ!」

「帝国はいいぞ!? 自由だし、何より最高の目標があるんだって!」

「……目標?」

「まぁ、その内容は……自分もよくわからない所が多いんだけど。えへへ」


我那覇さんは楽しそうに私に話す。
かつて、私達と旅をしていた時と何も変わらないように。

261: 2013/04/06(土) 11:58:25.55 ID:L6dNy5Nfo

「でもさ、自分、気がついたんだ……段々自分の居場所がなくなってる気がしてて」

「目標みたいなのも教えてくれないし」

「最高の目標ってのも、自分の想像していたのとはずっと違ってる気がしてね」

「……自分、今、どうしたらいいかわからないんだよね」

「ほんと……。どうしよう」


我那覇さんは一人、話を続けていた。
私には到底理解できない、状況の話を。


きっと彼女は本当に何か悩み事があって本気悩んで苦しんでいる。
だからこそ話の筋もめちゃくちゃだし、
私は言ってることが全然理解できなかった。

262: 2013/04/06(土) 11:58:56.22 ID:L6dNy5Nfo

「だからさ、今日の自分はおかしいんだよね」

「帝国のやり方がなんだかそれで正しいのかわからない」

「今日、自分のやっていることは別になかったことにしてもらっても構わない」

「2年前に……千早がこんな自分に居場所を与えてくれたこと」

「自分は本当はすごい嬉しかったんだ」



ひゅんっと私の前に何かを投げる。
チャリンと音がしたそれは、鍵だった。


263: 2013/04/06(土) 11:59:54.31 ID:L6dNy5Nfo

「こ、これは……どういうつもり?」

「……血迷っただけださー」

「千早にここで氏んでほしくなんかないんだ」

「だって、千早は自分が頃すんだから」


そう言い終わると、我那覇さんは私の牢屋の前から消えてしまった。
私はすぐに牢屋の扉を空けて外に出たが、
そこにはもう我那覇さんの姿は見えなくなっていた。


あなた一体。
何を考えているの?
どうしちゃったのよ。

264: 2013/04/06(土) 12:00:52.31 ID:L6dNy5Nfo

「……どういうつもりなのよ……」

「千早お姉ちゃん早くあけて!」

「貴様ッ!! どうやって脱出したんだ!!」


振り返ると私達を氏刑に連れだそうと
現れた留置所の連中だった。


「や、やばっ、えっと、これを……」


私は急いで真美の牢屋を空けて、
手を引っ張り逃げ出した。

265: 2013/04/06(土) 12:02:01.70 ID:L6dNy5Nfo

私の剣はどこに……!?


牢屋がたくさん並んでいる横を走り抜ける。
私の剣の在り処も出口もどこか分からずに
とりあえず目の前の扉を開けると外に出た。


外といってもグラウンドのようになっていた。
恐らくは囚人たちの運動場なんだろう。


これじゃあ逃げ場も隠れる場所もない……!

266: 2013/04/06(土) 12:02:27.99 ID:L6dNy5Nfo

高い塀の上には有刺鉄線が張られていて
簡単には外に脱出することはできない。


「ど、どうしよう千早お姉ちゃん! このままじゃ真美達!」


けたたましい警報音が留置所全体に鳴り響く。


『脱走者発見! 並びに侵入者発見! ただちに始末せよ!』


次々と警備員や、保安官が飛び出てくる。
ジリジリと私と真美を囲む。

267: 2013/04/06(土) 12:02:57.26 ID:L6dNy5Nfo

「や、やばいよ……千早お姉ちゃん!」


真美はギュッと私の袖を握り締める。
その手はガタガタと震えていた。


私だって震えて怯えているだけで助かるならそうしたい。
だけど、今は私がこの子を守らなくちゃ。


「捕まえろ! 抵抗するなら殺せ!!」


何十人もが一斉に二人に襲い掛かってくる。
真美を背中に、私は剣なしで、一人一人殴りつけるなり、
蹴り飛ばすなりして戦う。

268: 2013/04/06(土) 12:03:36.73 ID:L6dNy5Nfo

だけど、その抵抗はこの人数差あまり意味をなさなかった。
すぐに私は押さえつけられて、真美も捕まる。


「ぐっ……!! 真美ッ!」

「い、痛いよ! 千早お姉ちゃん……助けてぇ!」




「ーーーッッ! うああああああああああッッ!!」



私の中で何か電撃のようなものが走る。
あの時のフラッシュバック。


二度と、あの時と同じ思いをするもんですか!
私に助けを求めているならば……私はその身がどうなろうとも助けだしてみせる。

269: 2013/04/06(土) 12:04:37.92 ID:L6dNy5Nfo

私は必氏に暴れまくるが何十人もの人が
上に乗っかってきていて身動き一つ取れやしない。
真美との距離はどんどんと遠くなる。


早く助けないと! 真美が!
くっ! どうしたら……!




「な、なんだ貴様うわぁああ゙あ゙ーーーっ!」

「ば、化け物だぁぁあ!」


悲鳴が聞こえたかと思うと、
真美を囲う警備員達は急に吹き飛んだ。
何十人もの人間が一斉に宙を舞っていた。

270: 2013/04/06(土) 12:05:17.11 ID:L6dNy5Nfo

そして、その真ん中にいて、亜美を救い出していたのは
真と一匹のゴーレムだった。


「行くよ、お父さんッッ!」



真とゴーレムは目を合わせアイコンタクトを取ると暴れ始めた。
そして、真の背中に背負っているものは……私の剣だった。


ゴーレムが次々と亜美を取り囲む警備兵達をなぎ倒す中、
真が一目散にこっちに向かってくる。
私を取り押さえていた人たちは次々と真に向かっていくが、
あらぬ方向に吹き飛ばされていく。

271: 2013/04/06(土) 12:05:58.81 ID:L6dNy5Nfo

「千早、お待たせ!」

「……ありがとう。真。待ってたわ」


真から剣を受け取り、ゆっくりと抜く。
その殺気に先程までのしかかってきていた連中は恐れをなしていた。


「私にあんな思いをさせたことを後悔させてあげる……」


大きく息を吸う。
力が湧いてくる。
戦える。私は真美を、亜美を、あの子達の家族を守ってみせる……!

272: 2013/04/06(土) 12:07:10.23 ID:L6dNy5Nfo
次々と向かってくる敵をなぎ倒していく。
横では真も暴れまくっていた。
2年前よりも……本当に強くなっている真を隣で実感する。


少し離れた所では真美を肩車したゴーレム(お父さん)が
雄叫びを上げて力の限り大暴れしていた。
真美を傷つけたことが本当に許せないのだろう。


私も同じ気持ち。


一人の警備兵を真が勢いよく蹴り上げる。
そこを私がジャンプして斬りつける。


真は着地した私にぐっと親指を突き立て見せる。

273: 2013/04/06(土) 12:07:40.50 ID:L6dNy5Nfo

はぁ……これで全員かしら……。
亜美の方の最後の一人をゴーレムがアイアンクローしたまま高々と持ち上げている。
そして人一人はおもちゃのように扱っている姿に、
ゴーレムの圧倒的パワーに、一人のお父さんの愛の力に絶句した。


「いっけぇぇーーー!」


真美の掛け声とともにゴーレムは塀の外まで
持っていた人間を投げ飛ばした。


そのあと、グッと二人してガッツポーズしていた。
その姿は……やはり本当の親子で、少し羨ましくもあった。

274: 2013/04/06(土) 12:08:22.04 ID:L6dNy5Nfo

「千早、奴らもういなくなったのかもしれないけれど、
 まだ間に合うよ、追う?」

「えぇ、もちろんよ」

「このままじゃ真美や亜美の家族は一生このままだもの」

「追う必要はないよ」


建物の方から声がする。
中からは伊集院北斗、そして我那覇さんがいた。
奥には天ヶ瀬冬馬がいるようだったが、



「冬馬、お前は先に帰っておけ」

「ここは俺に任せてもらおうか」


275: 2013/04/06(土) 12:09:11.48 ID:L6dNy5Nfo

伊集院北斗は指の関節をぽきぽきと鳴らしている。
奥の天ヶ瀬冬馬に関してはもういなくなってしまったのかもしれない。


「千早……やっと殺せるんだね」


さっきの牢屋の前で見た我那覇さんとはまた顔が違っていた。
帝国の人間としての、幹部としての顔をしていた。


「真美、下がってて」

「う、うん。……千早お姉ちゃん大丈夫なの?」

276: 2013/04/06(土) 12:10:14.89 ID:L6dNy5Nfo
「このぐらい心配ないわ」

「あんなへなちょこ恐竜使いなんて雑魚に等しいわ」


剣を再び構える。


「ふぅん……自分のいぬ美やハム蔵にも同じことがいるのかな?」

「来いッ! いぬ美、ハム蔵!!」


我那覇さんは地面に両手をペタリとつける。
そしてそこからはいぬ美とハム蔵が出てきた。


二体同時!?
彼女も2年の間ただ過ごしていた訳じゃないようね。

277: 2013/04/06(土) 12:10:44.04 ID:L6dNy5Nfo

「一匹の操作が限界だと思ったら大間違いだぞ」

「一匹も二匹も変わらないわ!」


真の方を見ると、真はもうすでに伊集院北斗と取っ組み合いをしていた。


「へへん、2年前のお城での借り……! 返してもらいますよ!」

「おっと、そいつは光栄だね……」



278: 2013/04/06(土) 12:11:12.18 ID:L6dNy5Nfo


いぬ美がいっきに突進してくる。


「グオオオオオオッ!」


私は咄嗟に避ける。
しかし、そこに今度はハム蔵の連続攻撃が来る。


ハム蔵の炎系の攻撃は食らうとかなりダメージが大きい。


そのハム蔵の顔面を横から飛んで殴りつけたのは真美のパパゴーレムだった。

279: 2013/04/06(土) 12:11:53.00 ID:L6dNy5Nfo

「パパがどうしても助けたいって言うから」

「真美……」


ハム蔵はゴーレム掴んで地面に叩きつける。
しかし、体の硬いゴーレムにはその程度の攻撃は効かなかった。


私はいぬ美の攻撃を避けつつも、少しずつ斬りつけていく。
よし……一気にかたを付けよう。


大きく息を吸う。
剣を握りしめる。

280: 2013/04/06(土) 12:12:27.94 ID:L6dNy5Nfo

「冷めたアスファルト
 人波掻いて
 モノクロのビル
 空を隠した」


いぬ美は私に次々とその牙を向けながら
爪をたてて攻撃してくる。


私はそれをギリギリの所でかわしながら唄う。
まだ、もっと隙ができる!


「勝手な信号
 標識の群れ
 せめてこの手で
 貴方を描く」


281: 2013/04/06(土) 12:12:57.20 ID:L6dNy5Nfo

いぬ美の突進攻撃を飛んで避ける。
背中に飛び乗って剣を突き立てる。


「グオオオオオッッ!」


剣をここで手放す訳にはいかないし、
振り落とされるわけにはいかない。


暴れまわるいぬ美はすぐに
横に転がろうと体勢を整えだした。
さすがに横に転がれば私を地面に叩きつけられるし
振り落とすことができる。

282: 2013/04/06(土) 12:15:20.34 ID:L6dNy5Nfo

私はなんとかタイミングを見計らうが失敗して地面に投げ出される。
いぬ美は転がりながらも私が降りたことを確認すると
すぐにまた向かってきた。


私はそれをモロに喰らい地面を数十メートル滑るように吹き飛ぶ。
だけど……唄うことだけはやめない。
たぶん今やめたらアルカディアの力の効力はなくなって
身体のダメージがやばいことになる。



「『ミライハオワリノミチ』
 嘆くセイジャが説けば
 すぐ抱きしめてくれた
 だけどどうして 泣くの?」

283: 2013/04/06(土) 12:16:16.26 ID:L6dNy5Nfo

いぬ美の爪が私に向かってくる。
これだけ的が大きいと斬るのは楽だけど、
体力が全然削れない……!


いぬ美の引っ掻き攻撃を交わしその腕を斬りつける。


「グギャッァアアアッッ!」


痛みに暴れ回り、回転した拍子に尻尾が私を直撃する。
私は歌うことをそれでもやめない。

284: 2013/04/06(土) 12:16:57.68 ID:L6dNy5Nfo


「全て
 燃える愛になれ
 赤裸に今焦がして
 私が守ってあげる」



尻尾にしがみついてそこからまた背中に飛び乗り、
思いっきり剣を突き立てる。


痛みにいぬ美が暴れまくり私もそれに振り落とさないように
突き刺した剣をしっかりと握り締める。

285: 2013/04/06(土) 12:18:02.49 ID:L6dNy5Nfo


「全て
 燃えて灰になれ
 それがこの世の自由か」


今度こそタイミングを見計らい
いぬ美の背中から剣を引っこ抜きその反動で飛び降りる。
そして、地面に着地した瞬間にいぬ美を最大の力で斬りつける。


「貴方が微笑むなら
 愛じゃなくても
 愛してる」


いぬ美は盛大に血しぶきを上げてそのまま地面に
現れた魔法陣の中に引き込まれていった。

286: 2013/04/06(土) 12:18:48.24 ID:L6dNy5Nfo

「い、いぬ美……! よくもいぬ美を……!」


我那覇さんはハム蔵の肩まで
ぴょんぴょんと身軽に登っていく。


「遊びは終わりだぞ!」


ゴーレムを軽々しく掴み上げる。


「パパ!」


真美の泣きそうな声が聞こえる。
まさかそれを投げつけるつもり!?

287: 2013/04/06(土) 12:19:17.64 ID:L6dNy5Nfo

斬る訳にもいかないし、ましてや受け止めるなんて無理!
避けるしかない……。
でもあの巨体をタイミングよく避けないと押しつぶされる。


「くらえっ! 千早ーーッ!」


我那覇さんの掛け声とともに振りかぶる。
その瞬間にまたしてもハム蔵の顔面を横から殴りつけるゴーレムがいた。


「あ、あれは二匹目……ってことは」

「ママ!?」

「真美ー! お面つけて!」

288: 2013/04/06(土) 12:19:46.64 ID:L6dNy5Nfo

真美の大きな叫び声。
亜美は真美を呼びながらも真美のいるだろう方向に一瞥もくれないで仮面を投げる。
両肩には仮面をした亜美と
それから反対の肩には萩原さんも乗っている。


殴りつけたあと、
見事に私達の目の前に着地するママゴーレム。
パパゴーレムの方もハム蔵の手の中から逃れることができたのか着地する。



「お待たせ、千早ちゃん……」


萩原さんが、フラフラした足取りでこちらに走ってくる。
そして、ついに私の目の前でずっこけた。

289: 2013/04/06(土) 12:20:22.56 ID:L6dNy5Nfo

よくみると内面がお母さんだとは言え、
モンスターに担がれて飛んできたらしい。
そのため萩原さんの顔はよほど怖かったのか真っ青だった。


萩原さんに駆け寄って声をかけるが


「だ、大丈夫!?」

「な、なんとか大丈夫です……」


亜美達は仮面をつけてお互い声もかけずにいた。

290: 2013/04/06(土) 12:20:58.41 ID:L6dNy5Nfo

だけど、お互いに言うことはばっちりとシンクロしていた。


「「行くよ、パパ、ママ!」」


それに答えて
グッと親指をたてるパパゴーレム。


それからいっきにハム蔵に向かって二匹が走りだす。


「「行けーーッ! パパ・ママダブルアッパー!」」


ハム蔵の巨体が浮き上がるほどのダメージ。
そして、ゆっくりとハム蔵は地面に落ちる。

291: 2013/04/06(土) 12:21:57.14 ID:L6dNy5Nfo

「……やっつけちゃったの……?」


本当に倒せるなんて思っていなかったのか真美がそんな声を漏らす。
剣を構えながらも驚愕する。
恐るべき子を守る親の力。


私の……お父さんも私達を逃がすために
町に残り戦っていた。


お母さんも作戦は失敗していたけれど、
私達を守っていた。


私もいつかそういう気持ちが分かる時が来るのかしら。

292: 2013/04/06(土) 12:22:55.08 ID:L6dNy5Nfo

「まだよ! 萩原さん!」

「行くよ千早ちゃん!」


ハム蔵はそれでもなお立ち上がろうとしている。
だけど、もうかなり限界のはず。
そうまでしても私達を始末したいの!?


「”炎”を千早ちゃんの剣に!!」



私の剣は萩原さんの杖から出た炎を纏う。
燃え盛る炎の剣へ。

293: 2013/04/06(土) 12:23:44.58 ID:L6dNy5Nfo
炎は強く燃える。
こんなに燃え上がる剣を持っているのに
私はちっとも熱くなんてなかった。


そして、立ち上がろうとするハム蔵を前に私は立つ。
大きく息を吸う。


「枯れた花は
 種に変わって
 いつかまた彩るだろう」

「星は堕ちても
 流れ星になる」


萩原さん!? 
私の隣にスッと並んで立つ萩原さんに私は驚いていた。
いえ、そんな暇もないのかもしれない。

294: 2013/04/06(土) 12:24:38.96 ID:L6dNy5Nfo
「オオオオオオオオ゙オ゙オ゙オ゙ッッ」


ハム蔵のドスの利いた雄叫びを目の前に受けても
萩原さんはびくりともしなかった。
私も同じ気持ち。もう何も怖くない。


隣に仲間が立っていてくれる。
こんなに心強いことはない。
私の燃える剣はその炎の勢いを増す。


「あの日の様に抱きしめてよ」

「だけどどうして泣くの」


295: 2013/04/06(土) 12:26:10.57 ID:L6dNy5Nfo

萩原さんは杖から炎を噴射しているが
その形はまるで炎でできた剣のようだった。
魔法で作り上げてるものだった。




「「”インフェルノ”ォォオオーーーーーッ!」」




立ち上がるハム蔵を容赦なく二人で斬りつける。
萩原さんも一緒に唄ってくれている。


「全て
 燃える愛になれ
 赤裸に今焦がして
 私が守ってあげる」


私はハム蔵の身体を斬りつけながらも
ハム蔵の攻撃を避け続ける。

296: 2013/04/06(土) 12:26:56.32 ID:L6dNy5Nfo

「”インフェルノ”」


萩原さんも今度は剣ではなく、大規模魔法を直に
ハム蔵に何度もぶつけ始める。


「全て燃えて灰になれ
 それがこの世の自由か
 貴方が微笑むなら
 愛じゃなくても」



「愛してる……」


ハム蔵の身体を斬りつけながら駆け上がり
最後に背中を一突きしてから飛び降りた。


私が着地して剣を鞘に収めた時、
ハム蔵は己の体液を吹き出しながらも地面に倒れこむ。
そして今度こそびくともしなくなった。

297: 2013/04/06(土) 12:27:22.13 ID:L6dNy5Nfo

それからハム蔵はゆっくりとその場に現れた魔法陣の中に消えていった。
しかし、我那覇さんの姿はもうそこにはなかった。


おそらくはもう逃げ出したのだろう。


だけど、彼女とは……またいずれ決着をつけなければならない気がしていた。


「ハァ……やれやれ……」


伊集院北斗の蹴りで私達の元まで飛ばされてくる真。

298: 2013/04/06(土) 12:27:56.26 ID:L6dNy5Nfo

「ぐっ、まだまだ!!」

「雪歩、ボクに身体強化の魔法を……!」

「えっ!? うん、わかった!」


「そんな魔法で体を一時的にドーピングしたってボクには勝てないよ」


と肩をすくめる伊集院北斗。


「うおおおおっ!」


真が伊集院北斗に突っ込んでいく。
激しい殴り合いが続く。

299: 2013/04/06(土) 12:28:25.75 ID:L6dNy5Nfo

真もガードしたり避けたりすることをしなければ
伊集院北斗もガードも避ける動作も一切しなかった。


お互いが全力で殴り、殴るための体力を
ガードや回避に使うことを惜しんでいた。


「「いけーっ! まこちん!」」


亜美と真美は仮面の下から応援する。
さすがにゴーレムの体力にはついていけないらしく
ヘトヘトになっていてその場に座り込んでいた。

300: 2013/04/06(土) 12:29:18.73 ID:L6dNy5Nfo

私も参加してあげたかったけれど体力に限界が来ていたし、
今無駄にいっても邪魔なだけになる。


それで倒したとしても真はあとで嫌がるだろうし、
何より私だったらそれで怒るかもしれない。


「よっと」


伊集院北斗はバク転を決めて真から距離を取る。
そして、懐から何かを取り出した。
一枚の紙。


それはもうボロボロで黄ばんでいた。

301: 2013/04/06(土) 12:29:51.56 ID:L6dNy5Nfo

「これは一枚の契約書さ。
 ここは俺の管轄地域でね。
 ここの人間達と契約したものは全て俺が持っている」

「この古ぼけて黄ばんだ紙が何の契約書かわかるかい?」

「この契約書はそこにいる二匹のゴーレムが
 ゴーレムになった時の魔術契約書さ」

「ゴーレムにしてしまう魔法を使ったものは契約書を作ることによって
 魔力を一定ずつ提供しなくても済むようになるんだよ」

「雪歩ちゃんは知ってるよね?」


目からウインクを萩原さんに向かって飛ばす。

302: 2013/04/06(土) 12:30:17.32 ID:L6dNy5Nfo

「はい、つまりは……魔術契約書である、あれを破壊すれば
 亜美ちゃんと真美ちゃんのご両親は元に戻るの」


真がそれを聞いた瞬間に理解したのかいっきに走りだす。
だがそれを


「おっと、待った。ここで一つ提案があるんだ」

303: 2013/04/06(土) 12:30:49.85 ID:L6dNy5Nfo
「俺と真ちゃんが勝ったほうがこの契約書の持ち主ってことにしよう」

「しかもこの契約書はこの町の所有権も兼ねている、優れものだ」

「つまり、こいつを破壊することはこの町の自由をも意味している!」

「どうだい? 燃えるだろう?」


自分の所有している管轄の地域だからといって
ここまで遊ばれては私達のプライドにも関わってくる。


「いいだろう……ボクが負けることもあれば
 そっちが負けることもあるんだ」

「受けて立つ!」

304: 2013/04/06(土) 12:31:17.64 ID:L6dNy5Nfo
「受けて立とう!」


伊集院北斗と真がゆっくりと近づく。


「はぁっぁあ!」

「おおおおっっ!」


お互いの殴り合いが再び始まる。



「はぁぁあッッ!」

「うおおおおっ!」

305: 2013/04/06(土) 12:31:43.38 ID:L6dNy5Nfo

とても人が人を殴って出す音なんかしていなかった。
岩でも砕きそうな音がしている。
真は今、自分の中の限界値をとっくに超えて戦っている。


自分の中で無意識のうちに定めてしまった限界値を。
自分が自分でなくなるくらい、リミッターを解除して、
二度と元の自分には戻れなくなり、自我が迷走したような状態にまで。


真がタイミングを見て顎に拳を入れようとしたが
今まで全く避けずに避ける暇もなく殴り返していた伊集院北斗が避けた。


身をそらすにようにして避けた。
その反動を利用して肘で殴り飛ばす。

306: 2013/04/06(土) 12:32:12.14 ID:L6dNy5Nfo

「……ッッ!」


地面に転がる真はゆっくりと立ち上がった。


「少し……ハァ、ずるになるけれど……ハァ」

「雪歩。身体強化の魔法をかけて、ハァ」


しかし、萩原さんはそれに対して


「無茶だよ。今の真ちゃんは体力が限界で、
 身体強化をしても身体がついていかないよ……」


と首を横に降った。

307: 2013/04/06(土) 12:32:38.88 ID:L6dNy5Nfo

「いいから!! それでもいいんだ。雪歩」

「ボクは……ボクはここでやらなきゃいけないんだ」

「例え、その身が果てようとも……!」


真の覚悟は本気だった。
だけど、そんなものを認められる訳がない。


「だめよ真……!」


「ハァ……ハァッ。いくらエンジェルちゃんでもその隙は与えないよ!」


伊集院北斗はフラフラの真に飛びかかる。
そのまま真のマウントポジションを取って、顔を殴り始めた。

308: 2013/04/06(土) 12:33:12.53 ID:L6dNy5Nfo

「本当はッッ! こんなのッッ! 趣味じゃッ!
 ないんだけど……ねッッ!」


真はそれでも萩原さんの方に手を伸ばしていた。


「真ちゃん……!! ……ッ! ごめんッッ!」


そう言ってとうとう萩原さんは真は向かって身体強化の魔法をかけた。



マウントポジションからの猛攻を魔法のかかった瞬間に素手で受け止める真。
そのまま力だけで押し返し、頭突きをかます。

309: 2013/04/06(土) 12:33:59.85 ID:L6dNy5Nfo

「ぐっ……」


よろめいた隙をついて横っ面を一気に殴り飛ばして窮地を脱した。
伊集院北斗はそのハンサム(風)な顔を土で汚していた。


「や、やるねぇ……」


「雪歩。もう一回だ」


「え?」

「何を言っているの真!」


もう一回って、まさか身体強化の魔法を!?
そんなのまださっきかけてもらったものが解けていないのに。

310: 2013/04/06(土) 12:34:25.61 ID:L6dNy5Nfo

そんなことをしたらあなたの身体は……。


「で、でも」

「早く!!」



声に驚いたのか怯えたのか、萩原さんは勢いに乗せられてしまって
真にもう一度身体強化をかけた。


真のリミッターは完全に外れてしまっているどころか壊れている。


「はぁぁぁあああああ」

「そんな生半可なドーピング魔法じゃ俺には勝てないよ」

311: 2013/04/06(土) 12:35:57.07 ID:L6dNy5Nfo

「うおおおおおおおっっ」


伊集院北斗の電撃のようなラッシュが真の身体を次々と撃ちぬいていく。
だけど、真はガードもしなければびくともしていなかった。


「おらっぁあ!」


伊集院北斗の飛び蹴りが真に炸裂するも真は間一髪の所で足を掴んだ。
そしてその掴んだ足を真は一発の拳を入れる。


痛みに再び地面を転がる伊集院北斗だったが、すぐにその異変に気がつく。
右足の膝から下はあらぬ方向に曲がっていた。

312: 2013/04/06(土) 12:38:45.98 ID:L6dNy5Nfo

「ぐっ、おおおあああああ゙ああーーーっ」

「だ、誰も……悲しまないように……」

「ボクが……終わらせるんだ!」


真の身体には遠くにいても分かるくらい血管が浮き出ていて
誰かに揺すられているんじゃないかというくらいにガクガク震えていた。


「く、来るなっ! お、俺が、そんな魔法の力ごときに」


そう言い終わる前に
片膝をついて痛みに悶える伊集院北斗の横っ面を全力で真は蹴りぬいた。
衝撃で伊集院北斗は留置所の壁を貫通し、外に放り出されてしまった。


しかし、真も無事ではないようで、その場に倒れこんでしまった。

313: 2013/04/06(土) 12:41:51.31 ID:L6dNy5Nfo

「ハァ……ハァ。み、みんな、やったよ。ボク」

「真っ!」

「真ちゃん!」



二人で真のもとへ駆け寄るが真は満身創痍で気絶していた。
すぐに萩原さんは魔法で治癒を始める。


「真ちゃん……どうしてこんな無茶を」

「ホント。無茶苦茶よ」


後にこの時の真の新境地にいたった戦闘スタイルを
マインドコントロールの崩壊から
”迷走Mind”と呼ぶようになった。



外にまで放り出された伊集院北斗はその後起き上がる気配はなく、
亜美と真美の両親であるゴーレムは伊集院北斗を留置所の檻の中へ入れた。
私もそれを手伝った。

314: 2013/04/06(土) 12:42:20.38 ID:L6dNy5Nfo
私達もボロボロでもう陽が沈みかけていた。
町の方からは文字通りお祭り騒ぎが聞こえる。


「さあ、亜美、真美。これを」


私は伊集院北斗のポケットから例の契約書を取り出していた。
契約書には幼い頃だったのだろう、
亜美と真美と思われる小さな手のひらの印が血で押されていた。


契約書はもう黄ばんでボロボロになっていたが、
それを未だ仮面をつけた二人に渡す。

315: 2013/04/06(土) 12:42:49.89 ID:L6dNy5Nfo
「ねえ、亜美」

「なに?」

「亜美ってどんな顔してるの?」

「んっふっふ~、知ってる癖に~」

「……そっか。そうだよね」

「何度も色んな人に聞いたことあるんだ。
 真美がどんな顔してるのかって。町の人にも」

316: 2013/04/06(土) 12:43:26.67 ID:L6dNy5Nfo

「うん、その答え、真美もわかるよ」

「みんな口を揃えて『大丈夫だよ。お前とそっくりの同じ顔してるから』って」

「真美も同じこと言われた!」

「やっと会えるんだね、お姉ちゃん」

「うん」


そんな二人を二匹の、いえ、ゴーレムとなってしまった二人は優しく見守る。
真美はゆっくりと契約書を破いた。
何度も何度も破いて細切れになるまで破いて、
全てを風にのせてバラバラにまいた。

317: 2013/04/06(土) 12:44:10.10 ID:L6dNy5Nfo

亜美と真美の身体は特別な光を帯びて「これで解けましたよ」
なんて合図も特になく、二人はつけていた。仮面をゆっくりと外した。


二人はしばらく見つめ合うと少し涙を目に浮かべていた。
だけど、二人はそのまま涙を流すことはなかった。



「「 ぷっ、あはははは! お、おんなじ顔してる! あははは! 」」



笑い転げていた。笑い疲れてもう一度目を合わせてはまた笑って、
そうして止めたはずの涙が出るほど二人で笑っていた。

318: 2013/04/06(土) 12:44:41.03 ID:L6dNy5Nfo

その後、しばらくの遅れはあったもののゴーレム二匹は
だんだんと人型に戻り、そして、夫婦になった。


二人は優しく微笑んだまま亜美と真美を見ている。
ずっと二人で笑っていた亜美と真美だったが、
今度はわっと大泣きしだして、親に抱きついた。


お父さんは優しい微笑みで、目に涙を浮かべながらも
私達にお礼をいった。

319: 2013/04/06(土) 12:45:07.85 ID:L6dNy5Nfo

この時、
私達はこれが正しい選択だったんだと初めて実感することができたのかもしれない。
人の涙が悲しい時ばかりに流れるものではなく、
嬉しい時や楽しい時にも出てきてしまうものだと私達は感じていた。


しばらくして亜美と真美は泣きやんで落ち着いたのか
すっかり元通りに戻っていた。


私達は一晩、亜美と真美の家に泊まろうかと思ったが、
お父さんもそう提案してくれていたのだが、
家に戻った時に燃やされたことを思い出してしまった。

320: 2013/04/06(土) 12:45:44.51 ID:L6dNy5Nfo

もっとも私は真美は燃やされた経緯は知らなかったので
驚きすぎてどうしていいかわからなかった。


家はほぼ全壊していた。


「あ……」

「あちゃ~! 燃やされたか! でもいいよ。みんな一緒だもん」

「だねっ! ママがね、すっごい頑張って守ってたんだけどね」


もうさっきのことの出来事を笑い話にして
二人で笑い飛ばしていた。
さすがのその勢いに驚いたのか
最初は圧倒されていた両親二人も一緒になって笑っていた。

321: 2013/04/06(土) 12:46:12.49 ID:L6dNy5Nfo

双海家は4人、仲良く笑っていた。
亜美と真美はギュッと手を繋いで片時も離そうとなんてしなかった。


真が起きるまで私は亜美と真美の付き添いで町のお祭りに参加することになった。
私はそこで約束していたステージへ立つことになった。


催しというか、お祭りの前祝いとして、
そして、町がクロイ帝国にいながらその権利を独自に獲得したことへの
勝利を告げる歌を唄うことになってしまった。


過去の過ちは繰り返さないように能力を使い過ぎないようにしよう。
初めて聞く人にも影響のでないように力をセーブして歌わないと。

322: 2013/04/06(土) 12:46:45.96 ID:L6dNy5Nfo

結局私は亜美と真美と3人で唄って
ステージで二人が喋って
大盛り上がりのステージになった。


町の人達は町自体が解放されたことを知ったのは
亜美達と共に商人にされていた別の子ども達から聞いていたのだった。
そのために次々と亜美と真美に謝りにくる人ばかりで
私達は真の寝ている病院に行こうにも中々進めないでいた。


亜美と真美はお詫びと仲直りの印に


「いいよ。許してあげる。でも、その代わり……」

「そ、その代わり?」

323: 2013/04/06(土) 12:47:28.00 ID:L6dNy5Nfo

「おっちゃんとこの屋台の食べ物タダでちょーだい!
 あ、もちろん亜美のだけじゃなくて真美のも千早お姉ちゃんのも
 ゆきぴょんのもまこちんのもパパのもママのもだかんね!」


なんてお願いしているくらいだった。



それから私達は真が起きて、なんとか歩けるようになるまで
萩原さんが何重もの魔法をかけて完治するまで待った。


324: 2013/04/06(土) 12:48:07.42 ID:L6dNy5Nfo

祭りの行事が一通り終わる頃、私は亜美と真美と話していた。



「楽しかったーー!」

「うんうん、ぱもみまっまー!」


口いっぱいに祭りで買った食べ物を頬張りながら喋る亜美。
おそらくは楽しかったと言っているのだろうけれど。


「「ちゃんと食べてから話しなよ」なさい」


真美と被った。

325: 2013/04/06(土) 12:48:49.85 ID:L6dNy5Nfo

「ごくん。ぷっ、お姉ちゃん達大好き!」


そう言って亜美は笑いながら両腕を目一杯広げて私と真美に抱きついた。
真美はちょっと涙目になりながらも亜美の頭をぎゅっと抱きしめた。
私はその二人の頭を優しく撫でてあげた。


「えへへ。ねえ千早お姉ちゃん! また来てくれるよね!」

「楽しかったから来年も一緒に唄おうよ! ね!?」

「ええ、すごく楽しかったわ。また来るわね」


楽しかったのは本当。
力をセーブしながら唄うことができたおかげで私は
聞きに来てくれた人達に苦しい思いも気分を害することもなく
無事にそのステージを終えることが出来た。

326: 2013/04/06(土) 12:49:18.26 ID:L6dNy5Nfo

またこうやって唄うことができるのならば私はいつだって駆けつけたい。
なんて、自分の旅の目的も忘れてしまいかねないほど楽しい一時だった。


「でも、これからどうする亜美?」

「何が?」

「これから亜美達の町が自由になったのはいいけど、
 この土地自体は帝国内にあるんだよ?」

「大丈夫っしょ。帝国軍が来たら亜美達の売り物の武器を
 みんなに使ってもらって戦えばいいよ」

「そっか! 大丈夫か」

「でもしばらくは町の生活も安定しないし、
 また出稼ぎに行かないといけないかもね」

327: 2013/04/06(土) 12:50:25.67 ID:L6dNy5Nfo
「また行くの? 二人共」

「うーん、だってしょうがないっしょ」


帝国から解放されたからこそ帝国からの供給も断たれてしまう。
これから自分達のことは自分達でやらないといけないのだった。


「あ、そういえばさ」

「ん? どうしたの?」

「お得意さんのいおりんが結構今ヤバいらしいじゃん?」

「あー、それね……。大丈夫かなぁ?」


亜美達はいつの間にか町の心配や商売の話を始めていた。
彼女らは生まれきっての商売人だったのね。
それが例え強いられたものだったとしても。

328: 2013/04/06(土) 12:51:27.86 ID:L6dNy5Nfo

でも、どこかで聞いたことのある……名前。
確か……。



「だって、水瀬財閥は潰れちゃったじゃん?」

「水瀬財閥……? そこって財閥なのに武器が必要なの?」

「千早お姉ちゃん知ってるの?」

「いえ、似たような名前の子と知り合いなのよ。確か、水瀬伊織……」


自分で名前を口に出してからようやく気がついた。
彼女達の言っていたいおりんというのは水瀬さんのことだった。

329: 2013/04/06(土) 12:52:19.31 ID:L6dNy5Nfo

「えぇ!? 千早お姉ちゃん、いおりんと知り合いだったの!?」

「そう……みたい。で、その水瀬さんがどうやばいの?」


私自身すっかり忘れていた。


「どうやばいって、いおりんは元々お父さんのお金で
 とある町に別荘を建ててずっと暮らしていたんだけど
 何のきっかけかわからないけれど、軍を持つようになったんだよね」

「そのことが帝国に反乱分子とされて、帝国領に本社を構えている
 いおりんのお父さんの財閥が帝国軍によって潰されちゃったんだよ」

「しかもお父さんを潰したら今度はいよいよいおりんの番になったみたいなんだ」

「水瀬さんが危ないということは……高槻さんは」

330: 2013/04/06(土) 12:54:49.11 ID:L6dNy5Nfo

私の永遠の天使、高槻さんがピンチ……! かもしれない。
助けに行かなくちゃ!! 高槻さんがピンチならば。


いえ、もちろん水瀬さんも知っている身として放っては置けない。


「タカツキサン?」

「もしかしてやよいっちのこと? あのニゴに住んでるいおりんの友達の」

「え、えぇ、ニゴは今無事なの? あそこは今帝国領になってしまったのでしょう?」

「う、うん。でもやよいっちなら多分大丈夫だと思うけどなぁ?」

「だって、やよいっちはいおりんとずっと一緒にいたよ?」


水瀬さんと一緒に?
でも水瀬さんは危ないのでしょう?
私は個人の情報だと思ったが、一応ダメ元で聞いてみる。

331: 2013/04/06(土) 12:55:16.11 ID:L6dNy5Nfo
「水瀬さんはどこにいるのかわかる?」

「うーん、知り合いっぽいし、教えても平気かなぁ?」

「ねえ、千早お姉ちゃんはいおりんに会ってどうするつもりなの?」

「もちろん助けるのよ」


高槻さんを。いえ、水瀬さんももちろん助けるのよ。

332: 2013/04/06(土) 12:56:02.38 ID:L6dNy5Nfo

「じゃあいっか。千早お姉ちゃんを信じてるよ。
 亜美と真美はしばらくは町から離れることはできそうにないからさ」

「うん、町が自由になったのはいいけど支配から解かれて不安定になってるし」

「いおりんがいるのはここからずっと南の方角にある帝国唯一の
 リゾート地である、ヌーの島だよ」

「島には一番近い海岸から船の便がでて、
 一日に何回か往復しているからそれを使うといいよ!」


交互に、口々に、詳しく教えてくれる亜美と真美。

334: 2013/04/06(土) 13:02:58.87 ID:L6dNy5Nfo
そうと決まれば真の治療もそろそろ終わる頃かもしれないし、
さっそく出発しなくちゃいけないわ。


次に目指す場所は最南の島、ヌーの島。
リゾート地ということではあるが、一体何が起きるかわからない。


恐らく水瀬さんはリゾート地という表の面に潜んで軍を動かしているはず。
私達は急ぎ次の地へと向かう。










キサラギクエスト EPⅩⅡ   呪われた双子の旅商人編   END

335: 2013/04/06(土) 13:11:15.01 ID:L6dNy5Nfo
お疲れ様です。
あれだけ騒いだのに全く気づかずにいました。
12より上ってもう表示されないんですね。

魔法属性付加の戦闘は本当はリトルバードでの美希戦で
使う予定でしたが、こっちにまわしてみました。

亜美真美の話は最初から含まれていて設定を本当は二人で一人だったとか
生き別れとか色々考えて取り入れていった結果少し長めになりました。



読んでくださった方。
感想を言ってくれる方。本当にありがとうございます。






336: 2013/04/06(土) 13:27:27.51 ID:hgJuZajVo
召喚獣弱すぎワロタ
雑魚やんww

337: 2013/04/06(土) 13:29:30.06 ID:xv1BvddAO
乙です
けっこうひどい話だったけど亜美真美が救われて安心した



続きます




引用元: 千早「キサラギクエストⅡ」