575:  ◆tFAXy4FpvI 2013/04/30(火) 09:22:13.95 ID:abMfBsPXo



前回はこちら




私、如月千早は旅を初めてもう3年以上経過していた。
母にその身を守られるために遠い村の名も無き人物に売り飛ばされ
しばらくの間、農奴として生活を送る。……はずだった。



しかし、その道中に賢者の石の発動条件である
アルカディア出身の血を狙うクロイ帝国の軍隊によって
弟の優とは生き別れになる。
私は必ず優を取り戻してみせることを誓った。



千早「キサラギクエスト」シリーズ



576: 2013/04/30(火) 09:23:07.92 ID:abMfBsPXo

苦痛に耐える日々だったが、そこに現れた謎の人物、
春香によって救出され、共に旅をすることになる。


その中で私は生き抜くための強さとして春香に剣を教わった。


春香と旅をしている中で私はナムコ王国を目指していたが、
その王国の敵国であるクロイ帝国の軍隊に遭遇する。

577: 2013/04/30(火) 09:23:38.24 ID:abMfBsPXo

帝国軍は王国へと奇襲をしかけるつもりだったが、
王国に悟られその土地は一気に戦場へと変わる。


私達はその戦争が
賢者の石を奪い合った先の大戦を
引きずって起きたものだとも知らずに止めに入るが失敗。


そこで春香は私を守り、命を落とすことになった。


578: 2013/04/30(火) 09:24:23.59 ID:abMfBsPXo

悲しみにくれる中で戦場で出会った王国の大臣である秋月律子に
教えられ王国の勇者の収集に応じることになる。


そこで王直々に下された命令は
私達の止め損ねた戦いの隙をつかれて奪われた王国の姫、
と表の名義ではされている賢者の石、四条貴音の奪還が目的だった。


私はその報酬として弟の優の捜索を依頼しようと考えていたのだった。

579: 2013/04/30(火) 09:24:50.80 ID:abMfBsPXo

旅の中で出会った菊地真、我那覇響、萩原雪歩を仲間にして
教会に騙されている町を救ったり、
国境付近の紛争地帯では最愛なる高槻やよいの弟である高槻長介と出会い
共に水面下で行われようとした水瀬伊織の計画を阻止したりした。


国境を超えてから森の中で出会った天界から追放されていた三浦あずさと遭遇し
先の大戦を終戦にまで持ち込んだ実力の持ち主である音無小鳥にも出会った。


記憶のないあずささんを天界へ還すために帝国領の未発展地域にある村に行き
ちひゃー、まこちー、はるかさん、たかにゃ、みうらさんなどの小さな種族と出会った。


580: 2013/04/30(火) 09:25:20.32 ID:abMfBsPXo

転送魔法の得意とするみうらさんの力を借りてあずささんを天界へ帰すと
私達は首都のピンチということでナムコ王国の首都、バンナムに飛んで帰る。


そこでかつての大臣であった秋月律子が
クロイ帝国の手先によって操られて反乱を起こしていたのだった。
反乱を収めるべく帝国の大幹部である天ヶ瀬冬馬、星井美希と激突するが
ここで我那覇さんが敵対するクロイ帝国の幹部の一人だったことを同時に知る。


そして王である高木順二朗は命を落とすこととなった。


581: 2013/04/30(火) 09:25:53.79 ID:abMfBsPXo

人の氏を間近に触れたショックと身体に受けたダメージが原因となって
私は2年もの間深い眠りにつき逃げていた。


その間に戦争に敗北したナムコ王国は大半の領地を奪われることとなってしまった。


魔法を私のために開発して真と協力して萩原さんは私を目覚めさせてくれた。

582: 2013/04/30(火) 09:26:21.23 ID:abMfBsPXo

王無き今、王の座を受け継いだ律子に会い、
城の図書館の下の隠し部屋にある
四条さんを捕らえていた場所を見つけることがきっかけで
私達は四条さんが何者なのかを知ることになった。


そして、同時にその賢者の石の動力源が私の持っている
アルカディアの血であるということを知る。

583: 2013/04/30(火) 09:26:54.66 ID:abMfBsPXo


私達はアルカディアとは何なのかを知るべく、
生きている母親がいる私の育った町を訪れるべく旅をまた始める。


町は私を逃した時のお金で買った武器で帝国軍と戦ったが
敗北して、それからはずっと帝国領になっていたという。
その支配権を持っている御手洗翔太を討伐するが、
氏んだはずの春香とも再会する。
そして、またしても私は母親を失うのだった。

584: 2013/04/30(火) 09:27:28.52 ID:abMfBsPXo

悲しみを乗り越え帝都を目指すことにした私達は
道の途中でいつも武器や道具を売ってくれる旅商人である亜美と真美の
亜美の方に出会う。


そこで亜美と真美の過去を知り、住んでいる町を助けるために
その町を統治する帝国幹部の一人、
伊集院北斗を撃退し、牢獄に閉じ込めることに成功する。

585: 2013/04/30(火) 09:28:14.92 ID:abMfBsPXo

亜美と真美からは紛争地帯の戦闘の集結を目的として作られた有志の軍隊が
危険な状態にさらされているという情報を得て
その軍隊の潜む帝国内唯一の島へと移動をする。


そこで私は賢者の石を使って帝国軍そのものを神と同等か
それ以上の存在にして全世界をも乗っ取ろうとする計画、
妖精計画-プロジェクト・フェアリー-の全貌を知って
賢者の石、四条さんを連れて逃げ出した我那覇さんと遭遇する。


586: 2013/04/30(火) 09:29:23.15 ID:abMfBsPXo


賢者の石は島へ行く途中、美希に奪われてしまったために
島では美希と四条さん、そして水瀬さんの軍隊を捜索することになる。


帝国の決定で島ごと吹き飛ばすことになってしまい、
私達は島をも焼きつくす業火の中で美希との戦いに終止符を打つ。


島を攻撃する帝国の魔術艦隊に対して為す術のない私達の前に
天空から空飛ぶ船団を指揮する水瀬さんが登場する。

587: 2013/04/30(火) 09:29:58.17 ID:abMfBsPXo

しぶとく生き残る美希の前に我那覇さんは一人島に残り
その最期を美希と共にした。


空飛ぶ艦隊は天界で力を取り戻したあずささんの支援のもとに
得ることのできたものだった。


水瀬さんの軍による攻撃で帝国軍は多大なダメージを追ったことを
抜け目なく感じ取った律子は直接軍隊を帝都へと向ける。


そして、私達は王国の本軍と合流をし、ついに帝都へと直接向かうのだった。

588: 2013/04/30(火) 09:30:37.62 ID:abMfBsPXo



空を行く船は、甲板に出ると
風も強く、移動するのにも大変だった。


幸い船の構造はそんな所もちゃんと考えてられて、
中だけで、全て移動ができてしまう。

589: 2013/04/30(火) 09:32:59.32 ID:abMfBsPXo

水瀬さんは追加されて入った私達に対しても待遇よく、
部屋を一人ずつ用意してくれのだが、
どうにも落ち着かない私達は
少し大きめの部屋にしてもらって3人でいるのだった。


船なのに各部屋には窓がたくさんついていて外の景色が見られるのだった。
窓にべったり張り付きながら真は


「雲の上ってこうなってるんだね」


とお茶を飲みながらほっと一息ついている萩原さんに言う。

590: 2013/04/30(火) 09:33:37.98 ID:abMfBsPXo

私は真や萩原さんが無理しているのを分かっていた。
一緒に旅してきた仲間が……。


いえ、暗い顔をするのはやめましょう。
だって、我那覇さんはまだ氏んだ訳ではない。
生存者はゼロだったいうニュースが流れてきていても私は信じて待たないといけない。


そんな中で突然私達の部屋の扉が開いた。

591: 2013/04/30(火) 09:34:13.61 ID:abMfBsPXo

「あのー、失礼しまーす」

「高槻さんっ!?」


思わぬ来客に私は椅子から音をたてて立ち上がってしまった。
そんな私に隣に座っていた萩原さんはびっくりしていたけれど。


592: 2013/04/30(火) 09:35:10.86 ID:abMfBsPXo

「どうしたの?」

「えっと」

「まぁいいわ。さ、入って」


私はすかさず高槻さんを部屋の中に入れてドアを閉める前に
部屋の前、付近に人がいないことを確認しながら戸を閉めた。


私はすぐに部屋の真ん中にあるテーブルの椅子を引いてあげて
高槻さんを座らせてあげる。

593: 2013/04/30(火) 09:36:13.92 ID:abMfBsPXo

萩原さんにはアイコンタクトでお茶を出してもらう。
湯のみは余りのものを用意して、高槻さんにだす。


「あ、ありがとうございます」


えへへ、と笑う高槻さんは今まで見た人類の笑顔の中でもより一層輝いていた。

594: 2013/04/30(火) 09:36:41.01 ID:abMfBsPXo

「それで、どうしたの? やよいちゃん」


私を見かねた萩原さんがとうとう話を振る。


「まだ帝都へは着きそうにもないので
 久しぶりに会えたんですし、ちょっとお話したいなーって」

595: 2013/04/30(火) 09:37:32.85 ID:abMfBsPXo

「本当!? 嬉しいわ。私も高槻さんがやっと私達と一緒に来てくれることを」

「千早。違うって」


真が私の肩を掴みながら首を横に振る。何よ、邪魔をしないで。


「あと、2年前のこと、もっとちゃんとお礼を言いたくて」

「あの……。あの時は本当にありがとうございました」


高槻さんは椅子から立ち上がって頭を深々と下げた。
だけど、私はその姿が嬉しいとは思わなかった。

596: 2013/04/30(火) 09:38:05.78 ID:abMfBsPXo

「いいのよ……。結局は私達は戦争を止めることにも失敗して
 あなたの町も帝国領土になってしまったのだし」

「ううん、そんなことないですよ! それとこれとはまた別です!」

「別……」

「はい! だって千早さん達はすごく頑張ってくれました!」


頑張った……私が。
高槻さんに感謝されているのに私は……。
今までどれだけの人が犠牲になって、
助けられたはずの人も助けられなくて。

597: 2013/04/30(火) 09:38:39.61 ID:abMfBsPXo

素直に喜ぶことはできなかった。


「……ありがとう」


私はそう言って部屋を出た。
後ろでは高槻さんが何か不味いことを言ったのかと心配そうに
真の方を見て、真は私の代わりに代弁してくれていた。


真だって同じような気持のはずなのに、
いつもこういう時ばかりは逃げて真に押し付けたりしている。
それも分かっていて、私はまたやるせない気持ちになった。

598: 2013/04/30(火) 09:39:56.88 ID:abMfBsPXo

船は進み、再び私達は収集をかけられていた。
もうすぐ到着するから出撃する準備を始めて欲しいとのこと。


作戦は私と真、萩原さんを全力で支援する形を
水瀬さんの軍で取ることに。


「見えてきたわ……」

「さあ、みんな、この地図をもう一度見て」


テーブルの真ん中に置かれた地図を囲みながら水瀬さんが説明を始める。

599: 2013/04/30(火) 09:40:24.05 ID:abMfBsPXo

「この城はお堀に囲まれていて城内へ侵入するのはそうそう簡単なことじゃないわ」

「お堀の外にも内にも大量の軍を構えているはず」

「私達が雲の上から奇襲することはとっくにバレているだろうから
 ここはあえて、雲の上から行くのをこの私達が乗っている一隻に絞るわ」

「他の船は王国軍と合流して攻撃をかけることになったわ」

「私やあずさ、やよい、それから長介以外の兄弟なんかは
 一番奥の出撃しない船にこれから移動することになっているわ」


水瀬さんは地図の上にたくさんの船の模型を起き始める。

600: 2013/04/30(火) 09:41:29.64 ID:abMfBsPXo

「いい? 今私達の乗っている船はこれよ」


とそれぞれがいる、または移動する船のだいたいの位置を指で差す。


「一応雲の上にいるから安全だけど、襲撃されてもすぐに連絡取れるように
 長介が設定してあるから大丈夫よ」

「それじゃあ長介も一緒に行くということ?」

「いや、違うよ。俺も下に降りて爺さん達と一緒に戦うよ」

601: 2013/04/30(火) 09:41:58.18 ID:abMfBsPXo

「すぐに連絡の着くように家族間の念話くらいの魔法は姉ちゃんと一緒に勉強したんだ」

「そう……ならいいのだけど」


念話というのは家族間のもの限定らしい。
何より魔法は血が関係しているものが多く、
同じ血の通う兄弟ならば尚更繋がりやすいとのこと。


「それじゃあ、千早。幸運を祈っているわ」

602: 2013/04/30(火) 09:42:25.37 ID:abMfBsPXo

「ええ、ありがとう」

「千早さん……」


高槻さんが心配そうな目でこちらを見ている。
私は高槻さんの頭を撫でてあげた。

603: 2013/04/30(火) 09:42:58.42 ID:abMfBsPXo


「この前はごめんなさい……。
 ありがとう、高槻さん。私、あなたのおかげでもう少し頑張れそう」

「……っ! はい! こっちこそありがとうございます!」


ガバっと高槻さんは私に抱きついてきて
胸に顔を埋める。


「絶対帰ってきてくださいね」

「ええ、任せて」

604: 2013/04/30(火) 09:45:17.36 ID:abMfBsPXo

その様子を見てあずささんがこちらに近づいてくる。



「千早ちゃん。私はもうこれ以上は直接、手を下すことは
 ルール違反になってしまうから何も教えることはできないけれど」

「あなたの信じる道を……まっすぐ進みなさい」

「はい、ありがとうございます。あずささん」


そう言うとあずささんと高槻さんは部屋から出て行った。

605: 2013/04/30(火) 09:45:53.96 ID:abMfBsPXo

そうして少し騒がしかった船内はあっという間に静かになった。
彼女達はもう別の船に移った頃なのかしら。


「如月。私と小僧でお前たちの道をあける」

「小僧っていうのやめろってのに……。ああ、俺達にまかせてくれ」


長介の実力は美希と戦った時に明らかになっているし、
船に乗ってからも彼はずっと自分の身体を鍛え続けていた。

606: 2013/04/30(火) 09:46:25.77 ID:abMfBsPXo

そして、言うまでもなく新堂さんの戦闘力は折り紙つき。
本当にこの二人は頼もしい限り。


私達の乗っている船は雲の切れ目ぎりぎりまで高度を下げて、
城の付近の戦場の状況を見守っていた。


城を囲むように大量の兵が配備されていて、
お堀の外にも内にも大量の人がいた。

607: 2013/04/30(火) 09:48:38.19 ID:abMfBsPXo

この人数を神をも超える存在である妖精に変えられるなんて
たまったものじゃないわ。


そして、時は一刻と過ぎていき、ついに下では戦争が始まった。
私達の最後の戦いが始まったのだった。



私達は作戦上、まだ上で見ているだけだったので
この戦争が始まってしまったことに実感を持てなかった。

608: 2013/04/30(火) 09:51:16.07 ID:abMfBsPXo

「本当に始まったんだね」

「ええ、私達の手で、終わらせるのよ」


そう言いながら私達は下の戦争の様子を
逐一の報告を受けながら待機を続ける。


「まだだ。時を見定める……」

609: 2013/04/30(火) 09:51:46.77 ID:abMfBsPXo

ある程度、王国軍が押して、城へ近づかないと私達が
城へ降りていった所で挟み撃ちにされるだけだからこうして待機している。。


真と長介は落ち着かない様子で下を見下ろしていた。


私はあの城に行けば、優と会えることを考えていた。
だけど、同時に春香にも会うことになる……。

610: 2013/04/30(火) 09:53:35.98 ID:abMfBsPXo

春香は……私はどうやって倒せばいいの。
彼女を倒す術は私にはあるの。
歌を歌いながら戦ったとしても勝てる自信がない。


彼女のあの不思議な魔翌力。
あの重力を操る力に勝つためには
一体どうしたらいいのだろうか。

611: 2013/04/30(火) 09:54:10.35 ID:abMfBsPXo

そして、一度は氏んだはずの春香が生きていたということが
私は嬉しいと共に、同時に裏切られてしまったという感情があり、
またしても複雑な気分になっていた。
それはとても言い表すことのできない。


だけど、私は優を助けるのであれば、
それを邪魔するものを排除しなくてはいけない。
例えそれが春香だったとしても。

612: 2013/04/30(火) 09:54:52.16 ID:abMfBsPXo

真と長介はいつの間にかスポーツの観戦のように
拳を振ったり、貧乏揺すりしたりと興奮している様子だった。


空飛ぶ船に苦戦を強いられる帝国軍に対して
王国はどんどんと押していくのだった。


「さあ、行くぞ……! 我々もここで呑気には見て入られまい」

「はい!」

「突撃をしかけるぞ!!」

613: 2013/04/30(火) 09:56:37.77 ID:abMfBsPXo

新堂さんの指揮のもと、私達の乗っている船は急下降を開始し、
一気に城の前へと降り立つ。


私達の乗ってきた船からは次々と人が飛び出し、
本軍と合流するチーム、そして、城を目指すチームの2つに別れて
進軍を開始したのだった。


「行くわよ、真、萩原さん!」

「ああ、行こう!」

「うん!」

614: 2013/04/30(火) 09:57:52.77 ID:abMfBsPXo

「姉ちゃん達の道は俺と爺さんがあける!」


長介は剣を盛大に振ると私達に向かってきた帝国軍を数十人単位でなぎ倒した。
同じように新堂さんはとても一般の兵士じゃ太刀打ちできないような
動きをして次々と人を斬り裂いていく。



二人の開けてくれた道を私達は走り抜ける。城へと向かって。
帝国軍は数に限りなく現れ、私達の前に立ちはだかる。

615: 2013/04/30(火) 09:59:19.89 ID:abMfBsPXo

その度に長介と新堂さんは剣を振るい、鬼のように暴れまわる。


私達は何時間もかけて進軍を続け、そして、ついにお堀の前へと到着した。
後方の王国軍がどうなってるのかも気になるけれど、
私達は振り返ることを許されなかった。


「のこのこと現れおって……! 撃てェェーーーッ!」


城の塀から次々に顔をだす帝国軍が一斉に矢を私達に放つ。


616: 2013/04/30(火) 10:00:19.11 ID:abMfBsPXo

この矢の雨……一本ずつ落とすには無理があるんじゃ……。


「私に任せて……。”インフェルノ”ォーーーッッ!」


矢の雨に対して果敢に踊り出る萩原さんは
業火の魔法を即座に唱え、矢の雨を全て消しずみに変えてしまった。


617: 2013/04/30(火) 10:01:07.27 ID:abMfBsPXo

「ハァ……、このお堀を渡ればいいんだよね!?」

「ええ、でも、萩原さん、無理はしないで!」

「うん、まだまだ大丈夫だから」


萩原さんは珍しく、目の前に魔法文字を書き始める。
これは私達が援護しないと……!

618: 2013/04/30(火) 10:01:58.63 ID:abMfBsPXo

「今、地盤を作りなおして、このお堀を全部埋めてあげます……!」


「奴ら、何かするつもりだぞ……! 例の奴の起爆を始めろぉ!」


城の中にいる帝国軍は一斉にもう一度私達に矢を向ける。
しかも今度は普通の矢ではなく火のついた矢を。

619: 2013/04/30(火) 10:02:32.08 ID:abMfBsPXo

「撃てェェーーーーーッ!」


「不味い……!」


しかし、その矢は私達の遥かしたを行き、全く的外れの方向へと飛んでいった。


「な、なんだ全部外れ……」

620: 2013/04/30(火) 10:03:40.58 ID:abMfBsPXo

その瞬間、地面を大きく揺らす爆発音が聞こえる。
帝国軍は土系統の魔法を使ってくることを予想していたらしく、
お堀の内側に、ちょうど私達の立っている真下に
爆弾を何十個もしかけておいたらしい。



お堀のすぐ近くに立っていた私と真と萩原さんは
その視界には堀の下の水と向かいの岸しか見えていなかった。
だが逆に言えば、城にいる帝国軍からは
向かいの岸にいる私達も見えていれば、
その真下の地面にむき出しで産めらた爆弾も丸見えだった。

621: 2013/04/30(火) 10:05:37.10 ID:abMfBsPXo

地面を崩された私達は次々と堀の水の中に落ちていく。
私も同様に水の中に落ちてしまう。



「うわぁぁあ!」


「崩れる……!」

622: 2013/04/30(火) 10:07:13.46 ID:abMfBsPXo

不味い、このまま水面に顔をだしていたら的になってしまう!


「どうする……! 千早! なんとか脱出しないと!」


真は一緒に落ちてきた帝国軍の何人かを
水面に浮きながらも殴り飛ばしている。

623: 2013/04/30(火) 10:09:40.42 ID:abMfBsPXo

だけど、考えている暇なんてなかった。
水面に浮く私達に向けてすぐに矢が大量に飛んでくる。
味方だっているはずなのに躊躇いも何もなく打ち込んできてる。


その瞬間、私達の上空を一つの影が通る。
あれは……!

624: 2013/04/30(火) 10:10:47.10 ID:abMfBsPXo

「ハム蔵……!?」

「なんだあのバハムートは! 撃ち落せ!」


帝国軍はすぐに飛び回るハム蔵に矢を放つが
すいすいと避けて旋回して私達に突っ込んでくる。


「あれに捕まって!」

625: 2013/04/30(火) 10:11:27.48 ID:abMfBsPXo

「ひぃぃい、ま、真ちゃん~~!」

「雪歩!」


飛んでくるバハムートの足に捕まる私と真。
しかし、高速で飛んでくるバハムートが怖かった萩原さんは
真の足にしがみついていた。


「……ゆ、雪歩……! さすがにそれは、キツい!」

「頑張って真、もうすぐだから」

626: 2013/04/30(火) 10:11:55.11 ID:abMfBsPXo

私達のことなんてお構いなしにぐるんぐるんと旋回を続けながら
飛ぶバハムートはようやく私達を城の中へと放り込んだ。


少し大きめの窓だったが、木で封じられている所へと私達は投げ込まれた。


「痛っい……! もう少し優しくできないのかしら……!」

「いてて、さすがは響のバハムートだよ……」

「それもそうだね……」


3人は立ち上がり、その部屋がどういうものか知る。
ここは……。誰の部屋か……。

627: 2013/04/30(火) 10:12:22.60 ID:abMfBsPXo

「我那覇さんの部屋……?」

「あんな風に窓を木材で打ち付けて陽の光も浴びないで
 ここで過ごしてたのかなぁ」


部屋の中は私達が突っ込んでくる前から多少荒らされていて、
だいたいのものは捨てられていて、残されたのは空の本棚。
机、ベッドだけだった。

628: 2013/04/30(火) 10:12:49.02 ID:abMfBsPXo

だけど、私達はここが我那覇さんの部屋だってのはすぐにわかった。
何もないけれど、確かにここに彼女はいた。



机の中の引き出しをなんとなく開けるとそこには一冊の日誌のようなものが。
私は黙って手に取り開く。


その日誌は過去に色々としてきたものの報告書が全部書いてあった。
こんなものいつの間に書いていたんだろう。
知らなかった。

629: 2013/04/30(火) 10:13:26.53 ID:abMfBsPXo

『初めての任務。後ろから見てるだけだった。はやくにぃにをたすけないと』

『にぃにのハム蔵といぬ美が言うことを聞いてくれない。どうしてだろう』

『ハム蔵といぬ美と仲直りした。最初は怖かったけど二匹とも大好き』

『新しくワニ子を捕まえた。優しくて強くていい奴!』


パラパラとページをめくる。

630: 2013/04/30(火) 10:13:57.69 ID:abMfBsPXo

『美希が上司になった。何を考えてるかよくわからない人。ちょっと怖いかも』

『町を占領した。たくさん人を傷つけた。早くにぃにに会いたい』


ページに血がこびりついていた。


『任務に失敗して怒られた。にぃにが助かるならこんな罰は平気』

『美希から指示を受けた。今度の任務は潜伏』


631: 2013/04/30(火) 10:15:33.68 ID:abMfBsPXo

私の名前が初めて出てきた。


『千早の仲間になれた……っぽい。けどまだ疑われてるのかも』

『真と喧嘩した。初めて喧嘩した。真は強かったぞ』

『雪歩のお茶はいつも美味しい。また頼めばさんぴん茶淹れてくれるかなぁ』

632: 2013/04/30(火) 10:16:40.16 ID:abMfBsPXo

『千早がいらないって言った剣をもらった! 
 でも捨てなきゃいけなかった。嬉しかったのに』

『真は”真の勇者-アイドルマスター-”ってのになりたいって言ってた。
 かっこいいから自分もなりたい』

『雪歩が怪我した傷をすぐに治してくれた。いつも優しくて素っ気なかったり
 意地悪言わないでくれるから好き。残りの二人も好き』

『楽しい』



日誌はここで途切れていた。
ここから彼女ももしかしたら忙しくなったのかもしれない。

633: 2013/04/30(火) 10:18:22.33 ID:abMfBsPXo

我那覇さん……。


いつか萩原さんにも会う前の、初めて彼女に会った時のことを思い出す。
モンスターに襲われている私達を助けてくれた。


そしてまた彼女の最期の後ろ姿を思い出す。
……どうしてあんな無茶な真似をしたのよ。


あなたという人は本当に馬鹿よ。

634: 2013/04/30(火) 10:18:53.28 ID:abMfBsPXo

馬鹿でどじでまぬけで臆病で何にも考えてなくてうるさくて
すぐに疲れたとか言うし、いらないお節介もするし、
一人で全部抱え込んで……私達を守って……。


私こそ……本当の大馬鹿者だわ。
またありがとうもごめんねも言いそびれてしまった。



「千早……」

「ええ、分かってるわ。行きましょう」

635: 2013/04/30(火) 10:20:04.35 ID:abMfBsPXo

私達は何も言わずにその部屋を出た。
まずは私達は階段を登る。
上の方に行けばきっと帝王もいれば春香も……そして、優もいるはず。



そして、戦争を止めるには……トップの首を取らないといけない。


「いたぞ!! こっちだ!」

「しまった、見つかった!」

636: 2013/04/30(火) 10:22:49.28 ID:abMfBsPXo

私は剣を抜き、真は構え、萩原さんは魔法の準備をした。
こんな雑魚の一般兵を相手にしている暇なんてないのに。


私達は次々と出てくる城の中の警備兵達をなぎ倒して進む。


そうして、城の出口にたどり着いた。
まずは、城門への跳ね橋を降ろさないといけないわ。

637: 2013/04/30(火) 10:24:42.31 ID:abMfBsPXo

私は一人の敵を捕まえ、脚に剣を突き立て、


「城の跳ね橋を降ろすにはどこへ行けばいいの!」

「ぐ……あ、あの階段だ……。上へ行けばレバーがある……」


そして、それだけ聞くと剣を引きぬき、斬りつけた。


「千早……今のは生かす所じゃ……」

「いいのよ別に。急ぐわよ」

638: 2013/04/30(火) 10:26:53.72 ID:abMfBsPXo

さすがに跳ね橋を降ろすわけにはいかない帝国軍は
かなり厚めに守りを固めている様子だった。


「”凍てつけ”!」


萩原さんの氷の魔法で跳ね橋のレバーまでの道のりを
封鎖する敵達をいっきに凍らせる。


私達は凍って動けなくなった敵の間を縫うように進み
階段を上がっていく。

639: 2013/04/30(火) 10:27:23.54 ID:abMfBsPXo

階段の上まで来て、レバーを前に真が腕まくりをしながら


「よーし、ボクに任せて!」


とレバーを引いている隙に、凍って動けなくなった敵を一人、上から蹴り落とす。
敵は一つ下の段にいた敵にぶつかり倒れる。
そいつはまた下にいる敵にぶつかって……とドミノ倒しのようにして敵を一掃する。

640: 2013/04/30(火) 10:30:46.98 ID:abMfBsPXo

「よし、これで跳ね橋は降りるはずだ!」


そう言って真は跳ね橋を動かすレバーを蹴って折った。
これで、作戦通り、跳ね橋を上げにきた人がいても
簡単には上げることができないわ。


跳ね橋が降りたことにより城の正門を破るのも時間の問題。
互いの兵力、数は互角。
だけど、水瀬さんの軍はとにかく一人一人が強い。

641: 2013/04/30(火) 10:31:31.63 ID:abMfBsPXo

城が落とされるのもやはり、時間の問題かもしれない。


「みんな、これに乗って!」

「ち、千早……それ……」

「いいから、時間がないわ!」


私達は全身氷漬けの身体の大きな敵を見つけ、
その上に乗って、ソリの容量でいっきに階段を降りた。

642: 2013/04/30(火) 10:32:21.48 ID:abMfBsPXo

城の正門に滑って降りてきた私達の前にいた。
これで私達の役目はほとんど終わっているはず。
あとは城内の掃除は国王軍に任せましょう。


「王を始末するわ!」

「うん!」

「ああ、行こう!」


城の階段を登る。城の中はまるで迷路みたいになっていて
あちこち行ったり来たりした。

643: 2013/04/30(火) 10:33:04.72 ID:abMfBsPXo

その度に敵に見つかっては、斬って捨てて。
倒して乗り越えて。


ようやく、それっぽい扉に到着した時にはもう3人とも息が上がってきている頃だった。
だけど、こんな所でへこたれてちゃいけない。
まだ、この先にもっとキツい戦いが待ってるのに。



扉を勢いよく開ける。
部屋は綺麗な赤い絨毯の敷かれた部屋で天井も高く、
いかにも帝王が座っていそうな部屋だったが、
そこには誰もいなかった。

644: 2013/04/30(火) 10:33:41.48 ID:abMfBsPXo

「くっ、逃げられた……!」

「まだだよ千早……! この城を探すしかないんだ」

「見つけたぞ、ここまで来ていたか!」

「ひぃっ、ま、また来たよ、真ちゃん! 千早ちゃん!」


帝国軍が部屋に雪崩れ込んでくる。
私達は最後の力を振り絞り、戦う。

645: 2013/04/30(火) 10:35:14.01 ID:abMfBsPXo

「ハァ……。こ、これで最後よ!」


一人の敵を剣の鞘で殴り抜く。
吹っ飛んでいった敵は壁を壊してその奥に消えていった。


「い、”癒し”を……!」

「ハァ、ありがとう萩原さん」

「見て、千早。今ので壊れた壁……!」

646: 2013/04/30(火) 10:36:28.35 ID:abMfBsPXo

壊れた壁の向こうにはまだ先があった。
隠し扉? 隠し部屋!?
何にせよ私はその部屋へと繋がる新しい階段を見つけていた。


「こっちだ。登ろう! きっとこの上にいるはず!」



「さすが、千早。よく気がついたね。
 自分の案内がなくても平気だったか……」


えっ?

647: 2013/04/30(火) 10:40:42.63 ID:abMfBsPXo

私達が振り返ると、そこには我那覇さんが
王室の入り口に立っていた。


「が、我那覇さん?」

「響、どうして、いや、どうやって生きて」

「えへへ……。恥ずかしいんだけど、美希を倒したあと
 ベヒーモスが必氏に助けてくれて」

648: 2013/04/30(火) 10:44:11.26 ID:abMfBsPXo

あの業火の中をよく生きていられたわね。
本当に良かった。ん……?
ベヒーモス? 


「響……?」

「待って真っっ!」


真が我那覇さん向かって走りだす。
しかし、私が叫んだ瞬間には、
萩原さんは杖を思いっきり振って真の動きを止めた。

649: 2013/04/30(火) 10:45:58.23 ID:abMfBsPXo


急に足が地面から離れなくなった真は思いっきり転んで顔面を強打していたけれど。
いつもの萩原さんなら焦って謝りまくるのに
そんな気配一つも見せなかった。


我那覇さんはいぬ美のことをベヒーモスと呼んだりなんかしない。
あの業火の中……。ここまで執念で生き残るとは……。
私達の宿敵ながら最強を誇るだけはある。

650: 2013/04/30(火) 10:46:39.81 ID:abMfBsPXo



「ふっ……。あはははは!! あはははははは!」





我那覇さんの甲高い笑い声が聞こえる。


「ねえ、ねえ、雪歩」

「ねえ、なんで分かったの~~~? あはははははは!」

「完璧じゃない? ねえ?」

651: 2013/04/30(火) 10:47:22.24 ID:abMfBsPXo


突然笑い出す我那覇さんからは全くの別人のオーラが溢れ出す。
我那覇さんのよりも、もっとドス黒くて、
恨みへ負の念が強く籠ったオーラが。



「ま、まさか……」

「違うよ。千早ちゃん。真ちゃん」



「よくも……よくも響ちゃんの身体で……!!」



萩原さんの言葉に耳を疑いかける。
だけど、あの人物ならばそれも可能にしてしまうということを私は知っていた。
小悪魔のようで悪魔の。
最悪にして最強の盗賊。
星井美希ならば。

652: 2013/04/30(火) 10:49:50.46 ID:abMfBsPXo


「よくも? よくも~~? 雪歩は人のこと言えないの」

「ミキの顔にあんな傷つけてくれて……絶対に許さないの」

「でも、やっっっっと、殺せるの」

「ねえ、雪歩……。ミキがちゃーーんと頃してあげるから覚悟してね」


「頃して頃して頃して頃して頃して頃して
 頃して頃して頃して頃して頃しまくるの」



けたけたと我那覇さんの身体で笑う美希。
私は剣に手をかける。
しかし、その瞬間、萩原さんは私の手を取り、首を横に降った。

653: 2013/04/30(火) 10:51:16.02 ID:abMfBsPXo

「千早ちゃんは先に行って。間に合わないかもしれないんだよ!」

「ここは私と真ちゃんに任せて……」


真も起き上がり、美希を牽制しつつ、こちらにアイコンタクトを送ってくる。

654: 2013/04/30(火) 10:53:08.00 ID:abMfBsPXo

「幸い、美希ちゃんの狙いは私だし、きっと大丈夫」

「で、でもあなた震えて」


いるじゃない、と言おうとした時、
萩原さんはそっと私の口元に人差し指を持ってきて「それ以上は言わないで」
と目で訴えていた。
真の方を見ると、グッと親指をたてていた。

655: 2013/04/30(火) 10:53:47.74 ID:abMfBsPXo

「……絶対に、無事でいてね」


私はそれだけ言うと振り返らずに穴の空いた壁に走りだす。


「あれ~~? 誰が行っていいって言ったの!?」

「”炎”なの!!」

「”イクシアダーツサムロディーアー”」

656: 2013/04/30(火) 10:55:30.41 ID:abMfBsPXo


美希が私の背に向けて出した炎は
萩原さんの魔法によって一瞬にして消え去った。


ありがとう。


私は二人を残して階段を駆け上がる。
また必ず会えると信じている。






657: 2013/04/30(火) 10:59:32.38 ID:abMfBsPXo




~~菊地真Side~~



千早が穴の向こうの隠し階段に消えていき、
王の部屋に残ったのはボクと雪歩の二人だった。


なんとか傷つけないで、倒す方法はないのだろうか。
響の身体……。きっと、響は戻ってくるはず!

658: 2013/04/30(火) 11:02:41.69 ID:abMfBsPXo

「雪歩。もしかしたら美希を倒せば」

「うん、私もそれを考えてたの」


美希が身体能力を上げる魔法を自分にかけると同時に
雪歩はボクにもかけてくれていた。

659: 2013/04/30(火) 11:05:19.53 ID:abMfBsPXo

「”雷槌”なの!」

「壁に!」


雪歩の元へと美希が電撃をいっきに飛ばすが、
雪歩は地面を盛り上げて壁を自分の前に作り出してガードする。

660: 2013/04/30(火) 11:07:00.47 ID:abMfBsPXo

「たぁぁあーーーッ!」


ボクは美希の顔に向かって思いっきり蹴りを入れようとした、
だけど……この身体は響ので。


「……うっ」


思わず勢いが弱まる。
そこを美希はすかさずボクのボディに蹴りを入れる。
たぶんこの蹴りのフォームは……ボクのもの。
自分で自分の蹴りを食らうがやっぱりキツいなぁ。

661: 2013/04/30(火) 11:07:46.68 ID:abMfBsPXo

「”泡”よ!」


雪歩は吹き飛ばされて壁に激突する瞬間に、
ボクと壁の間に泡を作り、クッションを作ってくれた。


「サンキュー雪歩」

「”雷槌”なの!」

662: 2013/04/30(火) 11:09:09.28 ID:abMfBsPXo
間髪入れずに美希の電撃が走ってくる。
ボクは横っ飛びでなんとか避ける。


「”氷”よ」


雪歩の魔法で美希の足元が凍りつく。
そこにボクは突っ走り、飛び蹴りを食らわせる。

663: 2013/04/30(火) 11:11:01.20 ID:abMfBsPXo

そうだ。この身体は響のものでも、
今は美希が操っている……!
早く割り切らないと今度はボクがやられる!


そしたら雪歩だってやられちゃうかもしれない。
そんなのは嫌だ! ボクはもう伊集院北斗と戦った時に決めたんだ。
足手まといになるのなんて御免だ。


そのためにボクが壊れようが構いやしない。

664: 2013/04/30(火) 11:12:15.96 ID:abMfBsPXo

「たぁぁぁ!」

「ぐっ!? なのぉぉ!」


美希はボクの蹴りを食らいながらもその足を掴んで
身体の捻りだけでボクの身体を投げ飛ばす。


空中でなんとか体勢を建てなおす。

665: 2013/04/30(火) 11:13:07.40 ID:abMfBsPXo

美希はその間に炎の魔法で足の氷を溶かし始めていた。


「さ、さすがに無意識のうちに習得していた技だから
 魔法の効力を保つので精一杯なの……」


「その魔法は一体……」

「この魔法……。まさか」


雪歩が突然目の前に魔法文字を走らせて何かの解読を始める。
美希は自分の足を溶かすのにいっぱいでそれに気がついていない様子だった。

666: 2013/04/30(火) 11:13:33.64 ID:abMfBsPXo

このまま美希の足を黙って溶かすわけにはいかない。
ボクは美希に怒涛の連続攻撃をしかける。


「うおおおおっ!」

「じゃ、邪魔しないで欲しいの!」

667: 2013/04/30(火) 11:17:45.01 ID:abMfBsPXo

美希の出してくる電撃や炎をかいくぐりながらも攻撃を続ける。


「もう! ”氷”なの!」


美希の氷の魔法を食らえばボクも美希と同様動けなくなる!
足元を狙った魔法を空中に飛んで避ける。

668: 2013/04/30(火) 11:19:08.51 ID:abMfBsPXo

「かかったの! ”雷槌”なのおおお!」


宙に浮いたボクを美希は電撃の魔法で撃ち抜く。
しまった。足元の魔法は囮だった。
美希は氷の魔法をなんて使おうともしていなかった。



「うあああああッ!」


「真ちゃん!」

669: 2013/04/30(火) 11:19:57.96 ID:abMfBsPXo

雪歩がすぐに駆け寄ってきてくれて魔法で回復をしてくれる。


「美希ちゃんのこの魔法……。魂だけをこの身体の中に憑依している魔法!」

「どういう原理で、誰のものをコピーしているのかはわからないけれど」

「真ちゃん……! 少し時間稼ぎできる!?」

670: 2013/04/30(火) 11:22:35.33 ID:abMfBsPXo

「何かあるんだね? 任せて!」

「うん、これで決めてみせる」


雪歩の言葉を信じて、痛みの残る身体をなんとか奮い起こす。


同時に美希の身体も身動きが完全に取れるくらいにまで
治ってしまっていた。

671: 2013/04/30(火) 11:26:27.50 ID:abMfBsPXo

「真くんも美希と同じ目にあえばいいの!」


美希の出す炎が顔面目掛けて飛んでくる。
またしてもギリギリの所でかわす。


雪歩は少し離れた所で長そうな魔法文字をずっと書いている。
たぶん、かなり大きな魔法で雪歩自信も文字を書いてみないと分からないのかもしれない。

672: 2013/04/30(火) 11:29:45.51 ID:abMfBsPXo

「何してるの!」

「させないよ!」


さすがに雪歩に気がついた美希は
何かをしようとしているということを察したみたいだった。
だけど、そこをさせないのがボクの役目なんだ。


673: 2013/04/30(火) 11:30:48.21 ID:abMfBsPXo

「邪魔しないでって言ってるの!」


ボクの攻撃も美希はなんなくガードしてしまう。
多分、こうして戦っているうちにボクの攻撃方法なんかも
マスターしてしまって、その上で見切ってるのかもしれない。


さっきからどんどん攻撃が通用しなくなってきてる。

674: 2013/04/30(火) 11:33:09.17 ID:abMfBsPXo


「なのっ!」


美希のボディーブローがボクに炸裂する。
怯んだ所に回し蹴りが飛んでくる。


「ぐあっ!?」


吹き飛んでいきそうな所を響の服を掴んでこらえる。
そして、引っ張った勢いで頭突きをかます。


675: 2013/04/30(火) 11:33:34.86 ID:abMfBsPXo

「いっだぁぁあ!?」


美希は少し後退りするもののすぐに体勢を立てなおして


「いい加減にするの! ”氷”なの!」


ボクは足元を凍らされて身動きが取れなくなる。

676: 2013/04/30(火) 11:34:39.79 ID:abMfBsPXo

「しまった……!」

「ハァ、やったの。さっきのお返しなのーー!」


美希に何度も何度も顔面を殴られる。
だけど、手を動かせない訳じゃないから
ボクだって殴り返す。


足がうまく踏ん張れない分、威力は弱いけれど。
美希にタコ殴りにされる。

677: 2013/04/30(火) 11:37:08.52 ID:abMfBsPXo

「ハァ、ハァ、すっきりしたの……」



「ハァ……ミキはね。ミキの”オーバーマスター”の可能性を
 信じていて良かったの」


美希はそう話しだした。
一体なんのことを言っているんだ。

678: 2013/04/30(火) 11:41:09.99 ID:abMfBsPXo

「真くんはミキ的には本当にかっこよかったけれど、
 でも、そこの雪歩を[ピーーー]にはまずは真くんをボコボコにしないといけないの」

「だから、もうお終いだよ」


ボクだってそう簡単にやられるものか。
思い出すんだ……。

679: 2013/04/30(火) 11:44:19.56 ID:abMfBsPXo


「真くんはミキ的には本当にかっこよかったけれど、
 でも、そこの雪歩を頃すにはまずは真くんをボコボコにしないといけないの」

「だから、もうお終いだよ」


ボクだってそう簡単にやられるものか。
思い出すんだ……。

680: 2013/04/30(火) 11:46:52.44 ID:abMfBsPXo

雪歩の魔法によって自我が崩壊したあの”迷走mind”を。
圧倒的なパワーを誇ったあの戦闘状態を。


今、自ら引き出さないといけない……!


「ボコボコにされるのは……そっちだ!」

「はぁぁっぁああ……ッ!!」


681: 2013/04/30(火) 11:47:30.33 ID:abMfBsPXo

ボクはもう雪歩のことなんて見えなかった。
いや、たぶん美希以外に見えているものは何もないくらいに
ただ直感だけで動いていたのかもしれない。


美希は近づいてきた所を狙う!



美希はただ無表情で”迷走mind”状態のボクの攻撃を次々と受け止めていく。
ボクは自分のコントロールが効かなくなってしまっている状態だったからこそ
わからなかったが、美希の口が何やら動いていた。

682: 2013/04/30(火) 11:50:36.41 ID:abMfBsPXo

そう。やはり彼女は天才だった。
”オーバーマスター”の真髄は何も見て覚えるだけではなかった。
攻撃を喰らうことで、口にふくむことで、味を知ることで、
そして、歌を聞いて覚えていた。


見て、聞いて、感じて、全ての五感を駆使して習得していた。
人智を超えた習得能力。




彼女の口は動いていた。
歌を唄っていたから。





683: 2013/04/30(火) 11:52:20.39 ID:abMfBsPXo



「かっこ悪いわよ
 アタシを堕とすのバレてるの」


ボクの攻撃は全く通じなかった。
何もかもが読み取られているかのように
全てお見通しのようだった。



美希はもう受け止めることもせずにただひらひらとかわしていく。
しかも最小限の動きでかわして全く体力も消耗していない。

684: 2013/04/30(火) 11:53:26.29 ID:abMfBsPXo

「カッコつけたところで
 次に出るセリフ計画Bね」


ついにボクの攻撃を避けながらも反撃を加えてきた。
ボクはあっという間に劣勢に追い込まれ次々と殴られる。


美希のそのパンチのスピードはとても目で終えるようなものではなく
ボクはガードするだけのものになってしまった。

685: 2013/04/30(火) 11:54:11.82 ID:abMfBsPXo

「優しさ欲しいと思ってる?
 やっぱアンタには高嶺の花ね」


もっと、もっと攻撃だけを!
今雪歩が頑張ってなんとかしてくれているんだ……!


「心に響き渡らなくちゃ意味がないのよ!」

686: 2013/04/30(火) 11:54:44.43 ID:abMfBsPXo

美希は唄うことによってそのテンションはさらにヒートアップしていく。
パンチの速度もキックの威力も段違いに跳ね上がっていく。


こ、これが……アルカディアの力……。
だけど、どうやって力を手に入れたんだ。
あれは血族の技……。


「Thrillのない愛なんて
 興味あるわけないじゃない
 分かんないかな……」

687: 2013/04/30(火) 11:56:14.09 ID:abMfBsPXo

だ、だめだ。もう意識が持たない。
これ以上、無意識で戦うにはキツすぎる。


まだ雪歩が……。


「Tabooを冒せるヤツは
 危険な香り纏うのよ
 覚えておけば?」

688: 2013/04/30(火) 11:57:02.48 ID:abMfBsPXo

高速の美希の打撃の中で
一瞬、美希の目に涙が見えた。


……響?


「Come Again!」



しかし、考える間もなくボクは吹き飛ばされ動けなくなった。
美希の完璧なフィニッシュがボクに炸裂する。

689: 2013/04/30(火) 12:02:44.25 ID:abMfBsPXo


そして美希は未だに文字を書き連ねる雪歩に
ゆっくりと歩み寄る。


もうかなり限界なのかもしれない。


美希は雪歩の首を締め
壁に叩きつける。

690: 2013/04/30(火) 12:04:59.57 ID:abMfBsPXo

「うぅっ……」

「ハァ、早く……早く氏ぬの」


それでも雪歩は書くのをやめない。
またしても雪歩の首を締め上げる。



「ハァ、ハァ……ッ! 早く落ちるの!」

691: 2013/04/30(火) 12:06:06.94 ID:abMfBsPXo

「うっ……。ふっ」

「? 今笑った? ミキを笑った!?」

「お、お待たせて真ちゃん……」


王の部屋が急に揺れ始める。
いや、城全体が揺れている!?

692: 2013/04/30(火) 12:07:15.02 ID:abMfBsPXo

「な、何をしたの……ゔッ!?」


突然美希は雪歩からも手を話して
苦しそうにもがきだす。


美希の、いや、あれは響の身体。
響の身体は光を帯びていく。

693: 2013/04/30(火) 12:07:57.21 ID:abMfBsPXo

「や、やめるの……! ハァ、ここから追い出されたらミキは!」

「ミキは……!!」

「そうだね。もう終わろう……美希ちゃん」

「なんなの!」


美希は苦し紛れで最後にダガーを
雪歩に投げつけた。

694: 2013/04/30(火) 12:08:46.71 ID:abMfBsPXo

雪歩はそれを避けもしなかった。
ダガーは雪歩の顔面の横を通り抜けて壁に突き刺さった。
まるで当たらないことを分かっていたように微動だにしなかった。


「ハァ、ああああ……!」

「あぁ……ああああああああ゙あッああああ!」


響の身体からは光が一粒現れ、
そして、空中で散布していった。

695: 2013/04/30(火) 12:11:35.20 ID:abMfBsPXo

「お、終わったの……?」


ボクのやっと絞り出した一言に雪歩も頷くだけだった。
雪歩はすぐにボクの足を解凍してくれた。


ボク達は……ついにあの美希を倒したのだった。
最後まで見苦しくも生き残り、
ボク達に牙をむき続けた星井美希はここに消滅した。

696: 2013/04/30(火) 12:12:24.08 ID:abMfBsPXo


彼女が何故アルカディアの血が流れていなくても
アルカディアの能力が使えたのか。
予想ではあるけれど血の成分を一からバラバラにして
全部調べあげたのかもしれない。



美希はヌーの島での千早との戦闘でかなり千早の血も浴びている。
それを口に含んだか何かして血を覚えたのだろう。
そして、アルカディアと同じ血を体内で創りだしたのか
それとも似たような能力を自分の血でもできるように書き換えたのか。

697: 2013/04/30(火) 12:15:54.62 ID:abMfBsPXo

初めて会った時はおばあさんの格好をしてボク達を騙してきた美希。
本当に恐ろしい敵で、ボク達の史上最強のライバルだった。


ボクは無意識に敵である美希に、
その執念と圧倒的な力を尊敬した。

698: 2013/04/30(火) 12:16:24.73 ID:abMfBsPXo

ボクと雪歩は響の看病を始める。
美希が魂に乗り移っていたおかげで身体の方は
未だに機能を続けているが、
響の魂自体はまだ眠ったままだった。



雪歩に話を聞くとどうやら美希は完全に響の魂をも押さえつけて
身体を乗っ取っていたらしい。
このままではほぼ氏体と同じで身体が腐っていってしまう。
どうにかしないといけないけれど、どうしよう。


氷漬けにして保存するのは生命の維持が難しそうだし。
何か……身体が腐らないように保存できればいいのだけど。



699: 2013/04/30(火) 13:36:27.41 ID:abMfBsPXo




~~如月千早Side~~






私は壊れた壁の向こうに現れた階段を登る。
登った先の扉をゆっくりと開く。


「うい、貴様か。我々の邪魔をしているという輩は」

700: 2013/04/30(火) 13:38:05.26 ID:abMfBsPXo

この男……。
その隣にいるのは天ヶ瀬冬馬!


「ついにここまで来ちまったのかアンタ」

「当たり前よ。私にはやるべきことがある」

「やるべきこと? この私の首を取ることか?」


余裕そうに椅子に座っている。
この男こそが、クロイ帝国、現帝王、黒井。

701: 2013/04/30(火) 13:40:13.78 ID:abMfBsPXo

「はぁぁあ!」


私は剣を抜き、黒井に飛びかかる。
しかし、あっという間に私との間に天ヶ瀬冬馬は割り込む。


「いかせる訳がねえだろうが」

702: 2013/04/30(火) 13:40:46.48 ID:abMfBsPXo

「やっぱりまずはあなたから……倒さないといけないようね」

「あなたが何故、私の……私達の能力を使えるのかも分からないけれど」

「それはこっちの台詞だ……何故あんたは俺と同じ能力を持っている」


鍔迫り合いの中、私と天ヶ瀬冬馬は言葉を交わしている。

703: 2013/04/30(火) 13:41:41.32 ID:abMfBsPXo

「ククク……。愚かだな。冬馬。お前も気づかないのか?」

「あ? 何がだ!」


互いの剣を弾いて私は一度距離を取る。


「お前達の悲しい運命に……」


ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら話す黒井に苛立つ。

704: 2013/04/30(火) 13:42:11.74 ID:abMfBsPXo

それと同時に私はまたしても嫌なことを思い出していた。
それだけはないと信じていたいが、
この天ヶ瀬冬馬という男。


今亡き母からの教えで
この能力が使える人間はもうこの世には私と優しかいないということ。


だとするとやはりこの男は……。

705: 2013/04/30(火) 13:43:48.88 ID:abMfBsPXo

「冬馬。お前、確か兄弟がいたな」

「 !? 」


やっぱり……。
受け入れたくない。でも、この男は……。


「ま、まさか……本当に。あなたが私の弟だというの?」

「は、はぁ!? おい、どういうことだおっさん。俺には兄弟なんて」


黒井という男はニヤニヤとしながらも
ゆっくりと語りだす。

706: 2013/04/30(火) 13:44:37.93 ID:abMfBsPXo
「なぁに、簡単なことだ。冬馬。お前の使える能力は
 とある血を持って生まれた人間のみが使える能力なのだ」

「つまり、貴様らには何らかの血縁関係がある……」

「ば、馬鹿な……!」

「やっぱり……優だったのね」

「違う! 俺は優なんて名前じゃない!」

「俺は……! 俺は天ヶ瀬冬馬だ!」

707: 2013/04/30(火) 13:45:43.10 ID:abMfBsPXo

「ククク……。冬馬、やはりまだ修行が足りないな」

「何!?」

「あぁ、お前は立派な天ヶ瀬冬馬だ。その通りだよ」

「お前には立派に幼少の頃の記憶もちゃんとあるはずだ。うい、そうだろ?」

「あ、あぁ」

「ククク……。ちょっとおもしろいと思って揺さぶりをかけただけだ」

「単なるジョークだよジョーク」


剣を交える私達を余裕そうに見ている。
一体何が目的なのよ。
そしてその天ヶ瀬冬馬を揺さぶるような言動に特に意味などなかったのだった。

708: 2013/04/30(火) 13:46:21.61 ID:abMfBsPXo

「じゃあどうして私と同じ能力が使えるのよ」

「何故……だと思う?」

「……」

「……」




「天ヶ瀬冬馬は自分の血液で生きている人間ではないからだ」



「 !? 」

709: 2013/04/30(火) 13:47:48.35 ID:abMfBsPXo

「何……だと?」


自分の血液で生きている人間じゃ……ない?
しかも、この天ヶ瀬冬馬の反応。
知らなかったというの!?


しかし、そんなことどうでもよくなるくらいの衝撃が私を襲う。
私が求めていた、答えが。



「我々のミスでな。格好の悪い話だが、お前の弟。
 如月優は氏んだ。自分で氏んだんだよ」

「我々の素晴らしい計画の全てを話した時に」

「自ら命を断った」

710: 2013/04/30(火) 13:48:23.93 ID:abMfBsPXo

嘘……。
優が。


「計画に使われてしまうくらいならばと言ってな」


もう氏んでいた?
たぶん、この言い方はもうずっと前から氏んでいた。


じゃあ私の……生きている意味はなんだったの?
旅をしてきた意味はなんだったの?


私は何をしてきたの?



あの子が生きていないんだったら……私は……。

711: 2013/04/30(火) 13:48:58.45 ID:abMfBsPXo



――千早。


――千早ちゃん。


――千早!


……。


みんなの呼ぶ声が聞こえる。

712: 2013/04/30(火) 13:49:25.80 ID:abMfBsPXo


そうよ。もう迷わないと決めた。
こうなることも薄々分かっていた。


もしかしたら本当はもう氏んでしまっているんじゃないかって。
あんな風に連れ去られてしまって、
生きている可能性が1%かもしれないって。


でも私はその1%に賭けて旅に出たんじゃない。
優を探しに来たんじゃない。

713: 2013/04/30(火) 13:49:56.59 ID:abMfBsPXo

その1%の賭けに負けたら、私の旅は全て意味なんてなかった?
そんなの嘘。


私には……この旅でたくさんのものを失った。
失って失って……。



それでも大切なものを得ている。



私は襲いかかる頭痛にふらつく足でなんとか堪える。

714: 2013/04/30(火) 13:51:01.33 ID:abMfBsPXo

黒井はまだ話を続けている。
まだ続きが存在していた。



「そう、お前の弟は氏んだ」

「間違いなく氏んだ」

「だが、肉体はまだ微量ながらに生きていた」

「私達はそこに確実に漬け込んだのだ」

「特殊な液体を生成し、肉体が腐らずに
 長らく保存できるようにしていたのだ」

715: 2013/04/30(火) 13:51:30.47 ID:abMfBsPXo

「だが、そんな身体にアルカディアの血液を残していては
 腐って使い物にならなくなってしまう」

「だからこそ、全て移したのだ」

「氏にぞこないだったそこの器にな」



そう言って、天ヶ瀬冬馬を指差した。

716: 2013/04/30(火) 13:52:04.22 ID:abMfBsPXo

「器……? 俺が。器だと!?」

「そうだ。貴様には最初から何の期待もしていなかった」

「アルカディアの血に馴染み、その能力が使えるようになったのだって
 つい2年くらい前なだけではないか」

「おっさん……。俺に何か隠してやがると思っていたが……」

「そんなこと隠してやがったのか!」

「口には気をつけろよ! 貴様を生かしてやったのは誰だか忘れた訳じゃあるまい」

「ぐっ……」

717: 2013/04/30(火) 13:52:53.19 ID:abMfBsPXo

「冬馬。素晴らしいことを教えてやろう」

「お前を負かしたのはそこの女なんだよ。冬馬」

「何を言ってやがるおっさん!」

「そこの奴こそが、先の大戦が始まるきっかけとなった
 あの森の戦闘の時……。お前を瀕氏に追いやったのは……」

「そこの女だ」

718: 2013/04/30(火) 13:53:26.16 ID:abMfBsPXo

あの時。
私は春香を追い森へ入り、
春香の追っていた国王軍だと思って話しかけたら
帝国の軍隊で、その小隊が私を頃す時に
真っ先に私と戦わされたあの少年。


天ヶ瀬冬馬は剣を持っていた。
固く握りしめ私を睨みつけていた。


そしてその目を見た時、私は思い出した。
私が初めて倒したあの少年のことを。

719: 2013/04/30(火) 13:55:48.56 ID:abMfBsPXo

「どうやらお前たちは……奇妙な運命にあるようだな」

「では、私はこれから賢者の石を使いに行く。
 やっとこの時がきたんだ」
 
「石の力を使い、まずは忌々しいナムコ王国の連中を皆頃しにする」

「すでに冬馬からは少量の血液を採取してある」


小さなガラス瓶の中に入れてある血液を私に見せる。
あれが優の血液。もしかしたらあれを元に戻せば……!

720: 2013/04/30(火) 13:56:15.04 ID:abMfBsPXo


「うおおおーーッ!」


その動作に気を取られた私に天ヶ瀬冬馬が飛びかかってくる。
私は彼を傷つけることはできない。


彼の血こそが、優の血であるならば……。
その血を元に戻せば。
優は生き返るかもしれない。

721: 2013/04/30(火) 13:57:30.95 ID:abMfBsPXo

黒井はゆっくり立ち上がってまた奥の部屋へ消えてしまった。


「待ちなさい!」

「余所見してられるとは余裕だな……!」

「俺はな、あんたのせいで。女に負けただの散々馬鹿にされまくって」

「ここまで登り詰めているんだ!」


再び私と天ヶ瀬冬馬の剣は鋭い音をあげて交わる。

722: 2013/04/30(火) 13:58:14.04 ID:abMfBsPXo

「それは私の優の血が入ったから強くなっただけよ」

「うぅッ! ま、またこんな時に……」

「は? うゔッ!? な、なにこの頭痛……!」


天ヶ瀬冬馬が急に頭痛で剣を落としたかと思いきや
私にまでそれが感染してきた!?
どういうこと!?


何この頭痛は!

723: 2013/04/30(火) 13:58:42.06 ID:abMfBsPXo

「や、やめろ……。そうか、やっと分かったぞ!
 やっぱりこの頭痛はお前の弟のだったのか!」

「出てくるな! 消えろ! あ、う、ぐおおおおおッッ!」


天ヶ瀬冬馬が藻掻いて苦しそうにすればするほど
私も同じように苦しみが飛んでくる。
だけど、今、なんて?
何を言っているの!?


724: 2013/04/30(火) 14:00:27.59 ID:abMfBsPXo

頭の中からガンガンと鉄の固まりで殴られてるような
鋭い痛みに悲鳴をあげる私と天ヶ瀬冬馬だった。


しかし、その痛みが引いていく頃には
天ヶ瀬冬馬はただ私の目の前で棒立ちをしているだけだった。


まだ痛みがあるというのにどうして平気なの!?




「……お姉ちゃん」




725: 2013/04/30(火) 14:00:56.96 ID:abMfBsPXo

私はその言葉に耳を疑った。
しかし、その言葉の意味する所を直感的に察知していた。


「優!? 優なの!?」


身体や見た目は天ヶ瀬冬馬なのに、この口調、この感じ。
分かる。
これは優。
間違いない。

726: 2013/04/30(火) 14:02:37.33 ID:abMfBsPXo

でも、もしかして……身体だけなの?
私はすぐに天ヶ瀬冬馬の身体に乗り移っている優に近寄る。


「だめだ、すぐに離れて。ごめんね、冬馬さん」

「すぐに返すから……」

「お姉ちゃん久しぶり。会いたかったよ」


その言葉を私はずっと待っていた。
ずっと探していた言葉だった。


私は……この瞬間のためだけに今を生きてきていた。

やっと!


やっとたどり着いた。


727: 2013/04/30(火) 14:03:41.98 ID:abMfBsPXo

「優、私……!」

「待って。聞いてお姉ちゃん」

「僕はもう身体は氏んでいるんだ。
 魔法でできた特別な液体に入れられているけれどもう氏んでいる」


え? い、今なんて言ったの?
氏んでいる?


「今は血液が全部この身体にあるおかげで
 簡単に魂も移住できているんだ」

「あの身体はもう持たない」

728: 2013/04/30(火) 14:04:42.80 ID:abMfBsPXo

私は全然追いつけていなかった。
頭の中の整理が追いつかない。


天ヶ瀬冬馬の口は優の優しかった口調で喋りかけてくる。


「だけど、お姉ちゃんを冬馬さんが頃すのを
 少しだけ阻止してみたり色々と自分なりにサポートはできたと思うんだ」

「僕は……賢者の石がこの世なくなればこの身体からは出て行くつもり」

「そしたらもう、完全に僕という存在は消える」

「あの賢者の石をすぐに壊して、お姉ちゃん」

729: 2013/04/30(火) 14:05:17.04 ID:abMfBsPXo

あの天ヶ瀬冬馬の口とは思えないほど弱々しい言葉だった。


「待って、優! で、でも……賢者の石を使えばあなただって元に」

「違うよお姉ちゃん。分かってるでしょう? もうとっくに」

「それはあの帝王がしようとしたことだよ。同じになってしまう」


優に手を伸ばそうにも
一歩退いて私から避ける。

730: 2013/04/30(火) 14:05:52.89 ID:abMfBsPXo

「僕はお姉ちゃんと引き離されたあの日。
 この城にすぐに連れて来られたんだ」

「ずっと牢屋に入れられて過ごしてきた」

「賢者の石を手に入れるためにナムコ王国に
 攻め込もうとした時に、この計画を全て教えられた」


そして攻めこんでいたあの森で春香は殺された。

731: 2013/04/30(火) 14:06:56.58 ID:abMfBsPXo

「僕が何であるのかも。どうして生かされているのかも」

「だから僕は舌を噛んで氏んだんだ」

「だけど、その氏に方が不味かった」

「血の流れる氏に方をした僕は血を1滴残らず摘出されて移植された」

「この身体にね」


「僕は朦朧とする意識の中でそこに気がついて
 魂をなんとか踏みとどまらせて、この身体の中に隠れて住むようになったんだ」

「ずっと賢者の石を狙う隙を伺いながらね」

「それは結局は失敗してしまったけれど」



732: 2013/04/30(火) 14:07:42.23 ID:abMfBsPXo

優は氏んでいた。
もうとっくの昔に。
こんなのってあんまりじゃない。


酷すぎる。


この世界は私になんの恨みがあるというの……。
どうして私にこんな使命を与えたの。


どうしたらいい。
優がいる天ヶ瀬冬馬をここで殺さないといけない。
だけど、彼は帝国の人間。
どうしたら止められる。

733: 2013/04/30(火) 14:08:09.45 ID:abMfBsPXo

もしかしたら彼を……。



「優。私に任せて。私が……なんとかしてみせる」

「お姉ちゃん、無理だよ! この人は何よりも忠義に厚い」

「あの帝王を裏切ることはできない!」

「いいから……退いて」

734: 2013/04/30(火) 14:09:11.40 ID:abMfBsPXo

私の真剣な眼差しをあびて
優は一度目を閉じて深く息を吸った。


「変わってないね。自分で決めたことは絶対に曲げない。
 昔からそう芯が強かった」


優はもう覚悟を決めたようだった。
私に全てを託すための覚悟を。

735: 2013/04/30(火) 14:09:38.59 ID:abMfBsPXo

「お姉ちゃん。それじゃあこれでさようならだ。
 僕とはもう、一生会えない」

「分かってるわ」

「ねえ、お姉ちゃん。僕の夢……覚えてる?」

「勇者になること。でしょう?」

「うん、結局僕はなれなかったけれど。
 でも、お姉ちゃんがもう代わりになってくれてるからそれでいいか」

736: 2013/04/30(火) 14:10:40.83 ID:abMfBsPXo

「私はそんな勇者なんて強いものじゃ、もう到底ないわ」

「ううん、お姉ちゃんは立派な勇者だよ」

「優」

「何? お姉ちゃん」

「助けられなくてごめんね」

「……」




優は困ったように少し笑ってみせた。
顔は天ヶ瀬冬馬そのものだったけれど、
私には優の姿がはっきりと見えていた。


これが最後のチャンス。
優と言葉を交わす最後の。

737: 2013/04/30(火) 14:14:07.46 ID:abMfBsPXo
欲を言えばもっと話したかった。
色んな話をして真や萩原さんや我那覇さんを紹介したかった。


思い残すことはたくさんある。
だけど、最後に彼に会えたことで少しは私は
報われたのかしら。


母との約束は守ることができなかった。
ごめんなさい。
また怒られるかしら。


そして、優が再び目を閉じた時、
私達には同じように激しい頭痛が走る。

738: 2013/04/30(火) 14:15:16.29 ID:abMfBsPXo


「ハァ、ハァ……あいつ! あれがお前の弟か」

「ええ、そうよ」

「名を如月優」

「私のたった一人の大切な弟」


「そうか……。だが、俺にはもう関係ない」

「俺はあんたを殺さないといけない」

739: 2013/04/30(火) 14:16:12.53 ID:abMfBsPXo
「待って。落ち着いて話を聞いて」

「おかしいと思わないの!?」


「あなたという器はもうあの帝王にとってはもう必要のなくなった存在よ」

「あぁ!?」


すぐに落ちている自分の剣を拾い上げる天ヶ瀬冬馬。
しかし私はそれを目の前にしても剣は構えなかった。

740: 2013/04/30(火) 14:17:10.08 ID:abMfBsPXo

「彼はもうあなたを捨てるということよ」

「何よりも忠誠を誓っていたはずのあなたをも」

「自分の目的のために」

「ハッ! 関係ねえ。おっさんの計画はゆくゆくは人類全員が
 妖精になる計画だ。今ここで必要とされなくても俺も妖精にまで進化すれば」

「私はあなたが必要」


言葉を遮るように話す。
そう、私は彼が必要。例え何度も剣を交える結果になろうとも。

741: 2013/04/30(火) 14:17:44.34 ID:abMfBsPXo

私には必要だった。いえ正確に言うのであればこの帝国にこの人は必要。


天ヶ瀬冬馬はより一層警戒しだす。


「な、何を言い出すんだお前」

「あなたには生きていて欲しい」

742: 2013/04/30(火) 14:18:11.64 ID:abMfBsPXo

「……っ! ふざけんな! 
 結局お前は自分の探していた弟が俺の中にいたから、
 だから、俺を生かしておきたいんだろう!?」

「俺が氏んだらお前の弟も消えちまうからなんだろう!」

「そんな安い嘘で俺が必要だと!? 舐めるのも大概にしろ!」


天ヶ瀬冬馬はそう私を怒鳴り散らす。

743: 2013/04/30(火) 14:18:51.46 ID:abMfBsPXo

「確かにそうよ。でも優は違うわ」

「あなたのことをあなたの中でこの数年間見てきて、
 全てを知っているのよ」

「優はあなたならばアルカディアの力を悪用することもないと」

「アンタに何が分かるんだ!」


天ヶ瀬冬馬は剣を握り、私に向かう。
だけど、その剣は単純でいつものこの人の剣とはまるで別だった。
荒っぽくて、ただの刃物を持った子供みたいだった。

744: 2013/04/30(火) 14:19:25.13 ID:abMfBsPXo

「私は分からない。だけど、優は分かると言ってくれていた」

「あなたに……やって欲しいことがある」

「あなたにこの国を任せたいのよ」

「……っ!?」


再び後ろに飛び、私と距離を取る天ヶ瀬冬馬。


「ふざけんな。何が目的なんだ」

745: 2013/04/30(火) 14:19:58.00 ID:abMfBsPXo

「俺達はずっと敵同士で戦い続けていたはずだ」

「今起きているこの戦いで負けたらアンタ達は帝国をまるごと飲み込むつもりだろう!」

「じゃあ……どうして私達が負けた時には全て飲み込むことはしなかったの」

「それは俺には関係ない。おっさんが決めたことだ!」


「私が現王女である、秋月律子に直接話すわ。
 彼女は話の分かる人よ。私にまかせて」

「俺達の計画を邪魔するのならば……排除するのみだ!」


再び剣を握り直す天ヶ瀬冬馬だった。

746: 2013/04/30(火) 14:20:30.94 ID:abMfBsPXo

「その計画に何の意味があるというの!!」

「あなたは不氏の身体を手に入れて何をするの」

「何もかもが可能な身体を手に入れて
 何をしたいと言うの! それに何の意味があるの!」

「……」


天ヶ瀬冬馬は言葉に詰まった。
私は自分の思っていることをただぶつけるだけだった。
あの計画は間違っている。

747: 2013/04/30(火) 14:21:38.20 ID:abMfBsPXo

「そんなもん知るか! 手に入らない力を手に入れて何が悪いんだ!」


「望んだ力が赤の他人の血が身体に流れているおかげで手に入れたものだと
 そう今更知らされた俺の気持ちがあんたに分かるのか!」


「その気持ちだって私達人類が妖精にでもなればあっという間に
 その無限の魔法の力で知ることができてしまうわ!」


「それともあなたこそ、ずっと戦ってきた相手の中にずっとずっと探していた
 弟の魂だけが取り憑いていた姉の気持ちを知りたいの!?」


「やっと友達になれたと思ったのに自分だけ犠牲になって助けてくれた時の
 気持ちを知りたいの!?」


「黙れ、そんなもの俺も一緒だ!」

748: 2013/04/30(火) 14:22:45.82 ID:abMfBsPXo


天ヶ瀬冬馬は剣を私の首に突きつける。


「知りたくないんじゃない」

「何もかもが可能になってしまう人生が楽しいというの!?」

「私は確かに辛い思いもした」

「だけど……それが全部不幸には繋がらなかった」


749: 2013/04/30(火) 14:23:21.74 ID:abMfBsPXo

「私がずっと旅をしてきて得たものは
 あなた達の言う妖精の魔力ではそう簡単に手に入るものじゃないわ!」

「あなたの仲間だってそうのはずよ」

「あなたが思い描く自分の国も簡単にはその通りに行くわけがないし、
 今あるこの帝国の姿が簡単に成り上がるものじゃないわ」

「それでもあなたは……魔法を一回だけしか使わずに
 大事な仲間も、理想郷もつくり上げたいの?」


天ヶ瀬冬馬は言葉に詰まっている。

750: 2013/04/30(火) 14:23:50.02 ID:abMfBsPXo

「だって……この国は元々一つの国だったのでしょう?」

「お互いにいがみ合うのはもうやめましょう」

「敵はもっと別の所にある」

「あなたが理想とする国をお構いなしに
 潰そうとしているのは誰!?」

「戦乱を世に招いた賢者の石を己の私欲のために使い、
 今、さらなる血を流そうとしているのは誰!?」

「あなただって帝王のやり方には疑問を持っていたんじゃないの!?」

751: 2013/04/30(火) 14:24:17.48 ID:abMfBsPXo

「だったらそこから目を背けてはだめよ!」

「私の親友は目を背けずに戦ったからこそ
 命を落としてしまった……!!」

「私達のために命を……!」 

「そんな悲しい思いをまだ生み出そうというの!?」


「私はそれを……全てを止めにきた」

752: 2013/04/30(火) 14:24:50.30 ID:abMfBsPXo

「確かに優を取り戻したい。生きていて欲しかった」

「だけど、もう間に合わない! 優はこの戦いが終わったら
 あなたの身体から出て行くつもりでいるわ」

「この国を本当に見ていて」

「この国を知っている人でなければ帝国側の管理はできない」



「そのために俺を利用するってのかよ」

「そうよ」

753: 2013/04/30(火) 14:25:52.21 ID:abMfBsPXo

「きっぱり言いやがって……」

「ふざけんな! 俺はな、仲間の翔太も北斗もやられてんだぞ!!」

「だからそれはお互い様よ」

「私だって大切な人をあなた達に殺されたわ」

「……ッ!」

「悲しみの連鎖を、
 苦しみの痛みを、
 いがみ合い涙を流すのは……」



「もう終わりにしましょう」




754: 2013/04/30(火) 14:26:23.64 ID:abMfBsPXo




「クソがぁぁぁあああああッッ!!」



天ヶ瀬冬馬は振り返り、壁に向かって力の限り剣を振るった。
壁は吹き飛び、その威力は城が揺れるくらいのものだった。


「ハァ……。キレイ事ばっかり言いやがって、ハァ」

「クソッ! クソ!クソ!」

「お前が全て正しいみたいな言い方しやがって……」

「俺はな、ずっと……ずっと国のために戦い続けてきたんだぞ」

「それが正しいと信じて……」

755: 2013/04/30(火) 14:26:52.82 ID:abMfBsPXo

「お前の言う通り疑うこともあった。だけど、見ないふりをしてきた」

「俺は……そんな自分が許せなくもあったんだ」

「だけどなぁ! こんな簡単にはいそうですか、で
 お前ごときに任せられる訳がねえんだよ!!」

「あなたの気持ちが根は私と同じなのよ」

「全て守りたかった。そうでしょう?」

「…………」

「あとのことは私に任せて」

756: 2013/04/30(火) 14:27:46.87 ID:abMfBsPXo

「このあとのことはあなたには辛すぎる」


それは彼自信がずっと支えてきた帝王の抹殺を意味していた。
彼さえ殺せばこの一連の事件は丸く収まるはず。


あとはもう私が、なんとかしなければいけない。


「……アンタ。……どうしてそんなに強いんだ」


いつか、私も春香に聞いたことがある言葉だった。
私はそんなんじゃない。


「私は強くなんてないわ」

「自分のことだけで精一杯よ」

757: 2013/04/30(火) 14:28:55.94 ID:abMfBsPXo

天ヶ瀬冬馬はそれだけ聞くとため息をついて、その場に座り込んだ
そして、黒井が消えていった扉の向こうを指さしていた。


「行け」

「……」

「お前の正しいと思う世界を俺に見せてみろ」

「ありがとう」

758: 2013/04/30(火) 14:29:23.91 ID:abMfBsPXo


「俺だってたくさん失っちまったんだ」

「もう失わないために……今度は守らせてくれよ」


「ええ、共に……」


私は天ヶ瀬冬馬の横を走り、通りすぎていこうとした時。


「なぁ、もうひとつだけ聞いていいか」

「何?」

759: 2013/04/30(火) 14:30:07.12 ID:abMfBsPXo



「俺の小さい頃の夢ってさ、立派な勇者になることだったんだ……
 って言ったら笑うか? 俺は今、どう見えてるんだ」



……。
そっか。
だからこの人は優の器になっていたのかもしれない。


「立派よ。立派な”勇者-アイドル-”よ」



それだけ言い残して、私は壁の奥の階段を登りはじめた。
彼には私はこの戦いが終えることができるのであれば、
中立の協定を結ぶための協力を頼もうとしていた。

760: 2013/04/30(火) 14:31:00.71 ID:abMfBsPXo

それは決して優が天ヶ瀬冬馬の中にいたからという訳ではない。
優はどの道、もうあの身体の中にいるのは申し訳なく思ってるだろうし、
長居しすぎてしまっているためにもう居座るのはやめようと思っているはず。


それから他にも彼にお願いしたのはまだ理由はあった。
彼は私が何度も生氏を懸けてぶつかり合った敵ながらにして
その剣筋からしてよく知る人物でもあったからだった。


長い廊下を走り、階段にさしかかった。



誰もいない静かな階段を登り終えて最後の部屋にたどり着き
その扉をゆっくりと開ける。

761: 2013/04/30(火) 14:31:26.89 ID:abMfBsPXo


「こ、これは……」

「何……この部屋は」

「研究室……?」




分からない。
だけど、部屋は大きな機械がたくさん置いてあった。
最新鋭の魔法で常に動いている仕組みだろう。
その大きな部屋の中央には巨大な水槽がのような、
謎の液体の中でたくさんの管に繋がれた一人の男の子がいた。

762: 2013/04/30(火) 14:32:07.21 ID:abMfBsPXo

「……優……?」


身体は細く、だけど、身長はずっと伸びていた。
私の想像をするよりもずっと身長が伸びていた。
このよくわからない液体の中でずっと過ごしていたのかもしれない。
だからこんなにやせ細ってしまった……。



一歩、私は優に近づく。
目を開ける気配が全くない優に向かってもう一歩。

763: 2013/04/30(火) 14:32:33.75 ID:abMfBsPXo

だけど、これはもうあの子はいない。
この身体はもう消滅しなければならない。
魂と一緒に。


私はただ、眠る優を眺めるだけだった。
ゆらゆらと液体の中で眠る優を。


その部屋の奥には四条さんが磔にされていた。
早く救い出さないと……!


764: 2013/04/30(火) 14:33:18.10 ID:abMfBsPXo

「おめでとう……やっと、ゴールしたんだね」


「っ!?」


私達が来た扉のほうを向くと、
そこには……頭に真っ赤なリボンをしている人の姿が。


私のかつての親友でも、恋人でも、親でもある、
天海春香だった。


765: 2013/04/30(火) 14:33:56.59 ID:abMfBsPXo


「千早ちゃん……ここまで来たんだね」

「春香……。どうして春香はそっちにいるのよ……」

「昔っから千早ちゃんはわからないことがあればすぐに質問をするよね」

「素直でいいと思うけど」


春香は少し笑ってみせた。
その笑いはとても乾いたもので私を馬鹿にしてるかのようにも聞こえた。

766: 2013/04/30(火) 14:34:30.26 ID:abMfBsPXo

「どういうこと……教えて春香」

「あなたはどうして……生きているの」



春香は少し拗ねた振りをしてみせた。


「私が生きてるのがそんなに悪い?」

「いいよ、教えてあげる」



春香はやっとあの事件の日のあとの話を始めてくれた。

767: 2013/04/30(火) 14:34:59.18 ID:abMfBsPXo

「私ね、助けてもらったんだよ」

「帝国軍に」

「あの時、遺体が回収されたって……」

「そうだよ。あの時ね、私は確かに氏んでいた」


「でも、帝国軍に間違って拾われて氏体の置き場にいた
 私をある人が見つけてくれたの……」

「黒井社長だよ」

768: 2013/04/30(火) 14:35:37.49 ID:abMfBsPXo

「あの人は純粋な黒魔術が得意でね」

「しばらく氏んだ者達はみんなアンデッドとして蘇ったてたの」

「あの人は不氏に対する執着心が異常でね。そういう研究もしていたんだって」

「私達、創られたアンデッドはその後、帝国の城の秘密裏に創られた施設で
 何度も何度も実験を繰り返された」


「耐久性、耐熱性、色んな実験をした」

「でもね、次々にアンデッド達はもろく崩れ去っていった」

「最後まで残ったのはたったの3人」

「その3人はどうなったと思う?」


春香は意地悪そうに笑って問いかけてくる。

769: 2013/04/30(火) 14:36:50.86 ID:abMfBsPXo

「妖精計画の先駆け、実験台になったんだ」

「帝国はすでに実験を始めていたの」


まさか……それじゃあ……春香は。
春香は今……その身体は!


「私はそうして実験に成功した。
 氏んだ人間から、人を超えて、神も超えて」


「もうワンランク上のSランクの存在。妖精になったんだよ」



「ねえ、すごいでしょ千早ちゃん!」

「その気になれば空も飛べるんだよ!?」

770: 2013/04/30(火) 14:38:04.83 ID:abMfBsPXo

やめて……春香の顔をして、
そんな狂気に満ちた笑顔を向けないで。


「妖精の最大の力、魔力」

「人間は未だに、術を唱えないと魔法が発動できない下等種族」

「でも私はもう違うの」

「欲しい物は何でも手に入る。私が望めば思い通りになる!」

「I want……。そこに跪いて!」


771: 2013/04/30(火) 14:39:00.42 ID:abMfBsPXo


「ゔぅ……ッッ!?」


お、重い……! また重力で縛り付けられたような感覚。
解除できない! ま、不味い……。


「……ッ!」


近寄ってきたが城は外からの攻撃によって揺れる。
春香はその衝撃でバランスを崩す。

772: 2013/04/30(火) 14:40:18.09 ID:abMfBsPXo

春香がそのまま体勢を崩して、転んだために
私達の術は解除されたのだった。


「ハァ……ハァ。春香。どうしてこんなことを」

「だってもう必要ないもの。私の……天下を取る時が来たんだよ千早ちゃん」

「私は戦争を亡くす……!」


春香は私の少しばかりの体力回復にも当てられない時間稼ぎの問に応える。


773: 2013/04/30(火) 14:40:48.40 ID:abMfBsPXo

「帝王は戦争によって戦争をなくそうとした」

「でもそれって矛盾してるよね?」

「それから妖精計画の最終段階。人類を全て妖精に進化させる」

「この段階で千早ちゃん達のことを聞いたんだ」

「そしたら……千早ちゃん達は妖精にはしないで頃すって言ったの」

「だから私のような力を求める帝王も……こうしてやったわ」


そう言って春香が取り出したのは
人の頭だった……。

774: 2013/04/30(火) 14:41:21.01 ID:abMfBsPXo

たぶんあれは帝王のもの……。


「ほら見て。こうやって首を切断しただけで
 血を一定量流しただけで、簡単に氏んでしまうの」


ぽいっと捨てると私達にまた一歩近づいてくる。


「時は来たよ。黒井社長が全て準備を終わらせてくれた」

「この部屋で全ての調整を終えた所を私が頃した」

775: 2013/04/30(火) 14:42:59.93 ID:abMfBsPXo

「私は黒井社長と違ったやり方で戦争をなくそうとしている」

「黒井社長は自分や自分の軍のみが妖精に進化して
 世界を支配しようという計画だったよね」

「でもその実、どこかで自分達だけで進化しようとしていた所があったの」


「だけど私は違う。そんなセコいことしないよ」

「みんな、みーんな、妖精になるの」

「少し時間がかかるかもしれないけれど、
 私はもう不氏だし、貴音さんも氏ぬことはないでしょう?」

「こうしてる間にも誰かが氏んでいるかもしれない」

「だから邪魔をしないで千早ちゃん」

「一刻も早くみんなを進化させないと」

776: 2013/04/30(火) 14:44:28.84 ID:abMfBsPXo

「千早ちゃんを殺そうとする人間は誰もいらない」

「そんな人が出るならば私が頃す」


世界中の人々を全員いっきに妖精に進化させようという春香。
だけど、そんなこと私は。


「私は……」

「私は……そんなこと許せないわ」

「どうして? 千早ちゃん」

777: 2013/04/30(火) 14:45:02.50 ID:abMfBsPXo

春香は本当に分からないと言った風だった。
そのとぼけた言い草も私は腹がたった。



「千早ちゃんも願ってくれたでしょう? 戦争を止めること」

「だって、千早ちゃんは現にそのために
 こうやって旅をしてきたんでしょう?」

「私とじゃなくて、素敵な仲間たちと……!!!」


わざとらしく後半部分を強調していう春香。
私もその勢いに飲まれそうになる。

778: 2013/04/30(火) 14:45:30.38 ID:abMfBsPXo

「ち、違う、春香! 私はあなたが生きていたなんて知らなくて」

「言い訳なんて聞きたくないよ」


私の訴えも虚しく、届かないで
春香は続ける。


「でもいいの」

「私は一人になっても最初からあった私の目的を果たすために戦争を止めるの」

「私は……千早ちゃんのような目に会う子がなくなるようにしたかったんだよ。私」

「初めて千早ちゃんを見た時そう思ったの」

779: 2013/04/30(火) 14:46:23.83 ID:abMfBsPXo



初めて見た時!?
だってあなたは……私を助けてくれた時にはすでに強くて。




「私は千早ちゃんを助けた時にはすでに……って?」

「違うよ千早ちゃん。違うんだよ」

「私が最初から強い子だったら千早ちゃんはあんなに長い間苦しまなくて済んだんだよ」

「どういうこと……! 何を言ってるの春香!」

「私は一人だったって言ったよね? 千早ちゃんに会う前は」

780: 2013/04/30(火) 14:47:26.76 ID:abMfBsPXo


春香が強かったら?
長い間苦しまないで済んだ?
あの奴隷のような生活を救ってくれたのは確かに春香だけど。


そして、今まで知らなかった事実を春香は口にするのだった。


「私はずっとあなたを見ていたの」




「だって、私は……千早ちゃんが奴隷になってきたお家の一人娘なんだもん」



「っ!?」

781: 2013/04/30(火) 14:48:56.40 ID:abMfBsPXo

「私は千早ちゃんを助けたいと思った……」

「同時に千早ちゃんに意地悪をする親が許せなかった」


「千早ちゃんには絶対に近づくなってお父さんにも
 お母さんにも言われてたからそうしたの」


「お父さんもお母さんも本当にうまく隠してたよね」

「話しかけた時本当に知らなくてびっくりしたもん」


春香の言葉に理解が遅れる私だった。
だけど、それがどういうことなのかも段々と理解してきてはいた。

782: 2013/04/30(火) 14:49:42.77 ID:abMfBsPXo

「それから私は昼間は剣の稽古に町へ出かけて
 通い続けて2年が経った」

「実力も着いて来て……」

「だからもういいかな、と思って頃したの」

「両親を頃した時のベッドが真っ二つになってたの覚えてる?」

「あれ、最初に二人を頃してから真っ二つにのこぎりで斬ったんだよ」

「服もお家のお金を使ったの」

「強いなんて嘘。私はずっと嘘をついて千早ちゃんと旅をしてきた」

「私は千早ちゃんと旅を続けることでそれなりに強くはなったけれど」

「ただ私は千早ちゃんといたかっただけなの」

783: 2013/04/30(火) 14:50:34.00 ID:abMfBsPXo

「私は逆らう暇もなく不氏にされてしまったけれど」

「でもほら、千早ちゃんも一緒に妖精に進化すればずっと一緒」

「千早ちゃんだって願ってたはずだよね?」

「千早ちゃん……今度こそ、ずっといられるね」


春香は不気味なほど優しく笑う。


冷たくて人間味のないそれは、人として、
春香を愛していた者として言える純粋な気持ち悪さだった。

784: 2013/04/30(火) 14:51:00.78 ID:abMfBsPXo

だけど、これはきっと春香なりの愛だった。
それを分かった上で私は首を横に振った。



「春香……。私、あなたとは行けないわ」

「……どうして?」

「あなたは……もう氏んだのよ」

「そんな嘘を嘘で塗り固めて、誤魔化していちゃいけない」


春香の表情から明るみが消え暗くなる。

785: 2013/04/30(火) 14:51:29.56 ID:abMfBsPXo

「どうして? ねえ、私、千早ちゃんと一緒にいたいだけだよ?」

「千早ちゃんだってそう願ってたんじゃなかったの!?」

「願っていたわ……。あの時、あなたと過ごした時間は間違いなく、
 かけがえの無い時間だった……」

「だけど、それはもう終わったのよ」

「あなたは氏んだ」

「違うよ、生まれ変わってる」

「だったらあなたはもう春香なんかじゃないわ!」

786: 2013/04/30(火) 14:52:25.27 ID:abMfBsPXo

「あなたを認めてはいけないのよ!」

「そこにいる氏にぞこないは認めようとしているのに!?」


氏にぞこない……。
それは紛れもなく私の後ろにある水槽。
その中にいる優だった。



「ううん、もう。そんなことない。
 あの子に思い残すことはたくさんあるけれど」

「でも、もう私は分かっているの」

「あの子は氏んだ」

787: 2013/04/30(火) 14:52:59.85 ID:abMfBsPXo

「そこの水槽に入ってるあの子の身体はもうとっくのとうに朽ち果てているわ」

「魔法でできた特殊な水につけてあるのだろうけれど、
 きっとそこから出したら身体はすぐに元のあるべき姿へ還る」

「さあ、春香……。そこをどいて。四条さんを渡して」

「だめだよ」

「……そんな子供みたいなことを言って」

「私はね、千早ちゃん。千早ちゃんと一緒にいるために」

「あなたの言いたいことは分かったわ。その気持ちも十分に受け止めてるつもり」

788: 2013/04/30(火) 14:53:28.79 ID:abMfBsPXo

「だけどね」

「私には戦争を止めなくちゃいけないの」

「この戦いを」

「だったら私と一緒じゃない」

「違う!」


声を張り上げる。
私は剣を握りしめていた。強く、固く。

789: 2013/04/30(火) 14:54:09.47 ID:abMfBsPXo

「悲しんだわ。私は。とても悲しかった。
 立ち直れないと思ってたし、ずっと引きずっていた」

「私が氏んだことを?」

「そう。でも……その思いを。
 あの時感じた気持ちを……なかったことになんてできない」

「そんな苦しい思いをもうしなくてもいいんだよ千早ちゃん」

「だめよ。私はあの時春香が氏んでしまったから。
 私のせいで氏んでしまったからここまで頑張ってこれたのよ」

「苦しい思いもしてきた。だけど、それでも」



「何もかもが願っただけで手に入る世界なんて間違っている!!」



790: 2013/04/30(火) 14:54:38.49 ID:abMfBsPXo

「きっとみんなが、世界中の人が氏ぬことなんてなくて
 なんでも手に入ってなんでもできて毎日をダラダラと過ごして……」

「飢えて苦しむこともなくて、働きもせず」

「そんな人に見合わない能力なんて得たって……」

「退屈すぎて氏んでしまうわ」




氏ぬことはないのに、ね。
と自分の中でツッコミを入れてしまったが、
よく考えると妖精の魔法のレベルはどれぐらいなのかは
計り知れない部分があるけれど、
もしかしたら自分の意志でその存在を抹消することくらいはできるのかもしれない。


氏ぬことはできないながらに自分の存在を消すことはどうなのか……。
私にはわからなかった。私はそんな妖精なんかじゃないから。

791: 2013/04/30(火) 14:56:28.36 ID:abMfBsPXo

そうして優しく微笑んでいた春香の顔から笑顔は消え、
暗いどこまでも暗く、人を喰らうような暗黒の一面を見せる。


その表情は今まで出会った人達の中で誰よりも
冷酷で残酷な表情だった。


「もういいよ。千早ちゃん」



「分かってくれないんだね」



792: 2013/04/30(火) 14:58:37.27 ID:abMfBsPXo

震えるほどの寒気がする春香の気迫に飲み込まれそうになる私は
すぐに剣を構える。


私のとっておきの策が……。
私にしかできない策を。


春香を頃した私しか許されない策を。



「人間風情がSランクの妖精に勝とうなんて無理に決まってるのに!!」



793: 2013/04/30(火) 14:59:15.00 ID:abMfBsPXo

春香は自分の目の前に手を伸ばす。
手のひらには空中からどこからともなく集まった光が集結し、
それは一本の剣を作り出していた。


あれは間違いなく私や普通の人が使っている金属の剣。
空中から何もないのに創りだしたというの?


春香は構える。
いつか一緒に旅した時のことを思い出す。
その時の構え方とまるで変わっていなかった。

794: 2013/04/30(火) 14:59:56.14 ID:abMfBsPXo

「私はね、春香。あなたを氏なせてしまったことに罪を感じているの」

「ずっと引きずっていたし、今でもそう」

「しかも、氏ねない身体にまでされて、そんな風に不氏の色香に惑わされて」

「それも全部私のせいよね……」

「でも……あなたは救ってみせるわ。私が」



私は剣を握りしめ走りだす。
そして、春香に一振りした所で春香がすでに目の前からいないことに気がつく。
どこへ行ったの!?
瞬間移動!?

795: 2013/04/30(火) 15:00:33.09 ID:abMfBsPXo

「賢者の石の力を使って私を元の人間に戻そうなんてそうはいかないからね」


誰もいない部屋で、春香の声だけが鳴り響く。
私は周りをキョロキョロと見回すが、それらしき気配もない。


「はぁぁあ!」

「うッ、あぁ゙ぁぁあ!」


空気の変わる流れを感じた私は後ろに振り向いた瞬間に
春香が何もない空間から飛び出してきたのだった。
剣を受けきるのが精一杯で私は少し吹き飛ばされる。

796: 2013/04/30(火) 15:01:05.87 ID:abMfBsPXo

「……あの頃にはもう……戻れないのね」

「千早ちゃん……今ならまだ許してあげるんだからね」

「結構よ! 人間でなくなったあなたに何の魅力もないわ!」


私は吐き捨てるように言う。
あなたは私を許さなくていいわ。


そんなもの……いらないもの。


私は大きく息を吸う。
これが……きっと最後の戦い。

797: 2013/04/30(火) 15:02:38.46 ID:abMfBsPXo


「目と目が逢う
 瞬間好きだと気づいた」


春香が高速で部屋の中を縦横無尽に移動する。
私はそれを目だけで追い切ってみせた。


そして春香の攻撃が2、3度来る。


「 「あなたは今、どんな気持ちでいるの」 」


「”炎”」


春香は剣の先から炎を噴射してくるが、私はそれを走って避ける。
しかし、逆に炎を剣で吸収して炎剣にしてみせる。

798: 2013/04/30(火) 15:09:35.31 ID:abMfBsPXo

「戻れない二人だと わかっているけど
 少しだけ そのまま瞳  そらさないで」


私は春香が空間から消えては現れて攻撃するのを舞うように避ける。
身体が軽くて、ひらひらと避けれる。


こんなに至近距離で現れる春香に私は臆しもしないで
むしろ現れたらそこを叩いてやろうかぐらいの気持ちでいた。

799: 2013/04/30(火) 15:12:49.51 ID:abMfBsPXo


春香は次々に魔法を繰り出す。
現れては消えては面倒だわ。


部屋はある箇所は燃えさかり、ある箇所は凍てつき。
またある箇所は猛毒で溶けて、ある箇所は空間ごと抉り取られていた。


次の瞬間また春香は私の背後に現る気がした。
全ては賭け。
しかし、予想通り春香は現れた。


やっぱり私は春香と伊達に2年も旅はしていない。
この春香の攻撃パターンもなんとなくだけど読める。


「たくさんの人の波 あの人だけは分かる」

800: 2013/04/30(火) 15:13:42.11 ID:abMfBsPXo

「がッ!?」


私は春香を掴んだ。ちょこまかと空中に逃げられても敵わない。
真直伝の背負投げをお見舞いするが、
投げたという感触はなく、逆に私が投げられていた。


「いッ゙!?」


床に倒れていて、気がついた時には私は春香と場所が入れ替わっていて
私が投げられていた。
こ、こんなの無理すぎる……。

801: 2013/04/30(火) 15:16:50.38 ID:abMfBsPXo

だ、だけど唄うことをやめてはいけない。
今歌を止めてしまったら、私はすぐに殺される。


「つ、ないだ……指の強さ
 あの頃の愛が今動き出すの」


私は立ち上がり、投げられた時に手から離れた剣を拾い上げて
春香に向かおうとしたが……。


剣を拾い上げるどころか全く持ち上がらない。
何この重さ!? まさかこの剣の重さも変えてしまったというの!?

802: 2013/04/30(火) 15:18:53.53 ID:abMfBsPXo

「Ah~揺れる気持ち
 Ah~奪って欲しい」


歯を食いしばり何とか持ち上げて
そのあとは遠心力で重たくなった剣を振り回し、
ハンマー投げのようにして春香に投げる。


アルカディアの力があってもこの実力差。
私の体力が削られる一方で春香は底なしの体力を使い氏ぬこともない。

803: 2013/04/30(火) 15:25:59.56 ID:abMfBsPXo

だけど、あと一撃くらいは与えて
今発動している魔法の効力だけは揺らがせておきたい。



「目と目が 瞬間好きだと気付いた
   「あなたは今どんな気持ちでいるの?」 」


春香は私の投げた剣を瞬間移動であっさりと避ける。
そして、背後に殺気を感じ私が振り返るとそこには
五人に増えた春香が……。


に、人数までも増やせる!?
恐らくこれは幻覚なんかではない。
本体を攻撃しない限り揺るがない……!

804: 2013/04/30(火) 15:26:30.75 ID:abMfBsPXo

ヤバい。剣は重たくて持てない。
だとすれば……。


四条さんの所へ急いで行けば!


私は走りだすが何者かに足を掴まれ盛大に床に叩きつけられる。
足を見ると床からぬるぬると這い出てくる春香の腕が。


私はそれをすぐに蹴飛ばすが、
同時に目の前から現れた春香に顔面を蹴飛ばされる。

805: 2013/04/30(火) 15:27:36.44 ID:abMfBsPXo

転がる私はすぐに立ち上がり、直感的に拳を振るう。


それは私の背後。


「なッ!?」


唄いながらだったから勘が冴え渡ったのか
それとも本当にまぐれだったのか。


私の拳は春香の横っ面にモロに直撃し、春香は床に転がる。
私はその隙に壁に突き刺さる剣を引きぬく。


春香の分身はほぼ実体を持っていたが消えていった。

806: 2013/04/30(火) 15:30:30.44 ID:abMfBsPXo

春香に攻撃が加わったことにより継続されていた魔法は絶たれて
剣もいつも通りの重さに戻っていた。


春香はゆっくりと立ち上がる。


「あれ? おかしいな。痛くないのに……」


「痛くもないのに……。どうして涙が出るんだろう」


春香は泣いていた。
私だって本当は泣きたい気持ちだった。

807: 2013/04/30(火) 15:33:03.09 ID:abMfBsPXo

あんなに愛していた春香とこんな風に頃し合いをしなくちゃいけないなんて。
でも、元はと言えば春香を頃してしまったのは私のせいでもある。


だから……私はやらなくちゃいけない。


私は泣いている春香には見向きもしないで倒れている四条さんの元へと走る。


「行かせないよ」

「その歌も止めてあげる」


春香に首を締め上げられる。今さっきまであっちにいたというのに。
速すぎる……。  く、苦しい!

808: 2013/04/30(火) 15:35:19.95 ID:abMfBsPXo

四条さんはもうそこなのに手が届かない……。


「戻れない……二人だと 分かっているけど
 少しだけ  このまま瞳……  そらさないで」



春香は私の目から一瞬足りとも逸らしはしなかった。
涙がこぼれ落ちるその目で私をずっと見ていた。


く、苦しい……!

こ、このままじゃ首の骨ごと折られる。

809: 2013/04/30(火) 15:36:26.02 ID:abMfBsPXo

私は何度か持っていた剣で春香の首を狙って斬りつけるが
その箇所はまたしても光の粒になり消えて手応えがまるで感じられない。


だったらこの私に触れてる手なら!


喉を傷つければ唄うことができなくなる。
私はそれでも剣を自分の首に向けた。


「な、何をするつもりなの!?」

「ぐ……。こうするのよ!」


己の首に向けた剣を動かした時、
春香は私を壁まで投げ飛ばした。

810: 2013/04/30(火) 15:37:17.91 ID:abMfBsPXo

「……ハァ、ハァ。おかしいんじゃない千早ちゃん」

「ゲホッ、ゲホッ! 人間じゃなくなったあなたに言われたくない」


「もういいよ。手足くらいなくてもいいかな」

「どうせ妖精に一緒になればまた生やすこともできるし」


春香は再び剣を握りしめて私の元へと向かってくる。
私は座り込みながらもその春香の剣を受け止める。

811: 2013/04/30(火) 15:38:16.71 ID:abMfBsPXo

私が私であるために、私は唄わないといけない。
母がそう言ってくれた。
きっと優もどこかで聞いていてくれる。


私のアルカディアの力。最後の力を。



「風は天を翔けてく
 光は地を照らしてく
 人は夢を抱く
 そう名付けた物語……
 arcadia……」




剣だけなら私は負けることはもうないはず。
押し返す。

812: 2013/04/30(火) 15:38:51.56 ID:abMfBsPXo



「遙かな空を舞うそよ風
 どこまでも自由に羽ばたいてけ……」




私はその隙に立ち上がり、春香と何度も何度も
剣を交える。


その時ばかりは何故だか分からないけれど、
春香は魔法を一切使わなかった。

813: 2013/04/30(火) 15:39:18.16 ID:abMfBsPXo

魔法を全く使わずに強化された身体能力だけで
私と剣を激しく交えている。



「始まりはどんなに小さくたって
 いつか  嵐に変われるだろう……」



脚を斬られ、腕を斬りつけてやり、
肩を斬られ、胴を斬りつけて。


「さあ願いを願う者達
 手を広げて 大地蹴って
 信じるなら……」


814: 2013/04/30(火) 15:39:45.90 ID:abMfBsPXo

一瞬の隙をついて春香は私の剣を弾き飛ばした。
その瞬間私は春香の剣を持っている右手を蹴り飛ばし、同じく剣を落とさせた。


「翔べっ!」



春香はもう剣を拾おうともせずに私のみぞおちにキツい一発をお見舞いした。
私は負けずと春香の眉間に裏拳をぶち込んだ。



「海よりも激しく
 山よりも高々く
 今
 私は風になる
 夢の果てまで」

815: 2013/04/30(火) 15:40:16.73 ID:abMfBsPXo

次に春香は私の髪の毛を掴み、顔面を膝に打ち付けた。
私は鼻血を噴射しながらも、春香のちょうど頭の2つのリボンの辺りを
両手で掴んで思いっきり頭突きをした。


「ヒュルラリラ
 もっと強くなれ」




春香は後ろに仰け反るが、踏みとどまってすぐに拳が炸裂する。
拳は私の横っ面を完璧に捉えていた。
意識が飛びそうなのを堪えて、私も春香の頬を殴り飛ばす。


「ヒュルラリラ
 目指す arcadia……」

816: 2013/04/30(火) 15:40:51.01 ID:abMfBsPXo

お互いの息は切れいていた。
春香もそんな傷も疲れも回復できるはずなのに
回復しようとなんてせずに真正面から私に向かってきていた。



互いが構え、互いの闘志たぎる目から一瞬足りとも逸らさず睨み合いが続く。
部屋には城の外の戦場の騒音、部屋にある機械音、
そして、互いの乱れた呼吸だけが響いていた。



私と春香は同時に己の落ちた剣を取りに走る。
剣を拾い、振り向いた時にはすでに剣を振り下ろそうとする春香が
目の前に迫ってきている。



私は転がりながら避けようとするが、脚を斬られる。


817: 2013/04/30(火) 15:41:33.07 ID:abMfBsPXo

春香と一定の距離を保つ。
睨み合い、互いの次の手を読み合う。
彼女は今、何を考えているのだろう。


「これで……終わりにしてあげる」


春香が構える。
私も構える。


「それはこちらの台詞よ」


静寂にも程遠い環境の中で、
二人はもうお互いの呼吸の音しか耳に入らなかった。


春香。
私はこれで、この一手で終わらせるわ。



「はぁっぁぁぁああああ!!」

「うあああああああっっ!」

818: 2013/04/30(火) 15:42:43.50 ID:abMfBsPXo



春香の振り下ろす剣は私の剣とは交わることはなかった。



私は春香の横をすり抜け、四条さんのもとへ駆け寄った。


「裏切り者ぉぉおおおっ!」


春香が瞬間移動で私の背後に立ち、
四条さんに向かう私を背中から剣で突き刺した。


激痛が全身に走り抜ける。
だけど通り越して何が起きてるのかなんて
全く分かりもしなかった。

819: 2013/04/30(火) 15:43:12.81 ID:abMfBsPXo

私は、身体の中から沸騰しているんじゃないかと思う程の熱い血を吐いた。



その血は……四条さんに大量にかかっていく。


「な……まさかこれが狙いで……」


「げほっ、お゙えぇッ……! ハァ、ハァッ!
 そ、……そうよ。ハァ……ハァー」


流れる血は止まらず口の中は鉄の味でいっぱいだった。


820: 2013/04/30(火) 15:44:23.20 ID:abMfBsPXo

「ハァ、し、四条さん……いえ、賢者の石。
 お願い、私の願いを聞いて……」


身体が熱い……意識がぶっ飛びそう。
目の前がくらくらして世界が歪みだす。





「は、春香を……! 封印してッッ!」





史上最強の生物となった春香は
ちょっとやそっとのことじゃ氏ぬことはない。
氏ねないならばいっそのこと封じ込むしかない。


彼女が望んでいたこと。
私が望んでいたこと。

821: 2013/04/30(火) 15:44:58.19 ID:abMfBsPXo

ずっと一緒に旅をしていたかった。
そんなの私も同じ。


私だってずっと一緒に旅をしていたかった。


だけどあなたは氏んでしまって、もう別の何かに変わってしまった。
それでもあなたは私と一緒にいることを最後まで望んでくれていた。


私はずっと後悔していた。
私の弱さで春香を頃したこと。


そのことのせいで春香は氏ねない身体になり
永遠に生き続けなければならなくなったこと。

822: 2013/04/30(火) 15:45:24.66 ID:abMfBsPXo

そして、私は
永遠に生き続けなければならなくなったことを
受け入れてしまった春香の罪を問う。


その罪を裁く。


私は私の罪で春香の罪を裁く。
これは私の罪滅ぼしでもあり、春香への制裁でもある。



「ま、まさか……嘘。私の魔法が聞かない……!!」

「な、なんでっ! わ、私より……賢者の石の方が上だってこと!?」

823: 2013/04/30(火) 15:46:01.29 ID:abMfBsPXo

人間は決して人間の域を超えることはできなかった。
春香は確かに賢者の石の力を持ってして妖精に進化することはできていた。


だけど、元をたどれば賢者の石のおかげで進化することができた。


だからこそ、春香の魔法は賢者の石の魔力より劣っていたのだった。


春香の魔法では賢者の石の魔力を総裁することができなかった。
生みの親を超えることなど到底できなかった。


そして、春香は封印される。


824: 2013/04/30(火) 15:47:07.02 ID:abMfBsPXo

「い、嫌……! 許さない……! 絶対許さないから……」

「あなたが望んでいたことよ」





「あああああああああああああああああああ」


「あああああああああああああああああああ」





「さあ、春香。一つになりましょう」




春香はその身体をボロボロと崩しながら
断末魔の叫びをあげる。


その悲鳴は城の中はもちろん、
この帝都全域にさえ広がるのではないかという勢いの叫びだった。

825: 2013/04/30(火) 15:48:12.34 ID:abMfBsPXo



――! ―! ―――ッッ!


いいえ、出さないわ。
あなたは私と……これからずっと一緒にいるのよ。
もう一生顔が見られないのは残念だけど。


それでもあなたが望んだこと。


――――――――ッ! ――ッ!!



頭の中に響く春香の叫び声や罵倒。
頭ががんがんする。

826: 2013/04/30(火) 15:51:56.19 ID:abMfBsPXo

気絶する四条さんにもう一度血をかける。


「き、……傷を……治し……」


だ、だめ。もう限界。意識が。


城は揺れる。外からの攻撃を防ぐ術も持たず、
ただ陥落するのを待つかのように。


私は床に倒れ、その振動を身体で感じ、
遠くなる意識の中でもう何も考えることはできなかった。



こうして、私、如月千早はクロイ帝国帝都で意識を失った。




827: 2013/04/30(火) 15:57:22.31 ID:abMfBsPXo



………………
…………
……







~~萩原雪歩Side~~






こんにちは。こんばんは。それともおはようございます、かな?
萩原雪歩です。


私は今、アズミンの自分の教会にいます。
もうすぐ私の月に一回ある魔術講座にたくさんの生徒さんが来るんです。



828: 2013/04/30(火) 15:58:05.91 ID:abMfBsPXo


「雪歩さん、そろそろ時間ですよ!」

「はい。ありがとう。行ってきます。お祖父様」



お祖父様と和解してから何年経ったのでしょう。
もう分かりません。
お祖父様は私の念写によって描かれた一枚の大きな紙に飾られて
もうその身はどこにもありません。


私が帰ってきたことに安心したのか、その後、数年して亡くなってしまいました。
お祖父様は私のために無理をして魔法で自分の身体を
誤魔化して何年も寿命を伸ばしていたそうです。

829: 2013/04/30(火) 15:58:54.39 ID:abMfBsPXo

あ、紹介し忘れてました。
さっき私を呼びに来たのはアシスタントの高槻やよいちゃんです。


私とやよいちゃんで町の出入り口の方へと行くと
馴染みのある山のように荷物を詰んだ貨車が見えて来ました。


「おーい! やよいっちーー! ゆきぴょーん」

「お疲れ様亜美ちゃん。真美ちゃんは中?」


「うん、真美は中だよ。やっぱりこの荷車を運搬に使うのは厳しいかなぁ?」

「そう? 結構いいアイディアだと思うよ?」

「まぁ、月に一回だしね」

830: 2013/04/30(火) 15:59:56.12 ID:abMfBsPXo

荷物の中からはぞろぞろと子供達から大人まで様々な人が
顔を出して降りてきました。


「今日もよろしくね」

「先生! 炎の魔法また教えてね!」

「今日は何教えてくれるの!?」


と口々に私に挨拶してからそれぞれ私の教会の中に入っていきます。


元々やよいちゃんはこの生徒の中の一人だったんですけど、
その強い一心でどんどん上達していって、本当にすごいんです。


確か、
炎の魔法、水の魔法、雷の魔法で、生活費が……。
ってすごい気合でした。でもそれで上達しちゃうんだもんなぁ。

831: 2013/04/30(火) 16:00:33.44 ID:abMfBsPXo

私なんかだめだめで小さい頃がずっとやってたのに怒られてばかりで。
今は怒ってくれるお祖父様はいなくなってしまって少し寂しいです。


「ハム蔵もお疲れーーっ!」


そんなやよいちゃんは貨車を引いて歩いてきていたハム蔵ちゃんの頭を撫でる。
大きな身体のハム蔵ちゃんの頭には届かないのでぐーっと背伸びをしていると
自分で屈んで頭を出してくれます。


やよいちゃんに撫でられるのは好きみたいです。
私は怖くて触れませんけど。

832: 2013/04/30(火) 16:01:33.90 ID:abMfBsPXo

このハム蔵ちゃんはもちろん響ちゃんの召喚獣です。
召喚士である響ちゃんの契約から解き放たれたハム蔵ちゃんは
今では亜美ちゃんと真美ちゃんの荷物を引く役目を追っています。
どうしてそんなことをしてくれるのか、それは私達にもわかりません。



だって私達の誰も彼女ではないから。



亜美ちゃんと真美ちゃん。
彼女達は復活した水瀬グループの元、営業販売、
町から町への運搬業もこなしています。
二人共まだまだ働き盛りで、二人だからやっていけるそうです。

833: 2013/04/30(火) 16:02:22.32 ID:abMfBsPXo

伊織ちゃん。
伊織ちゃんは義勇軍として、ナムコ王国、クロイ帝国のこの二国を飛び出して
世界中で起きている戦乱の地域を転々とし、戦争経済の波に上手く乗っているそうです。
もちろん国の中で起きる内紛には一目散に駆けつけてくれます。


特に未だに根強い両国の先代の王達の熱烈な支持者達は
現在の律子さんや天ヶ瀬冬馬さんのことをよく思っていないようで
よく反乱が起きます。



それを収集する伊織ちゃんの軍の中でも若き将軍として大活躍している高槻長介くん。
彼がいるといないとじゃ大きく戦争が左右されるとか。


今じゃその活躍が有名になりすぎて、
水瀬グループよりもあの将軍がいる、という印象の方が強くなっていて
伊織ちゃんはそれに対してちょっと怒っていました。


今では彼のファンクラブもあってすごいことになっているのだとか。

834: 2013/04/30(火) 16:04:32.62 ID:abMfBsPXo

新堂さんはさすがに戦地へ直接赴いて戦うという業務は引退したみたいですが
未だに伊織ちゃんの傍は離れないみたいです。
もちろん伊織ちゃんも新堂さん以外は置かないとか。



その長介くんの活躍を耳にした小鳥さんは
長介くんについて延々と熱く語っている本を出版した所、
これが結構売れているらしいです。


私の所に一度だけ魔法を教わりに来ましたが
20分経たずに断念してしまいました。
魔術講座に来てくれた生徒の中では歴代最速です。
私がもっと教え方に工夫しないとだめですよね。


お迎えを済ませて生徒達と坂を登って私の教会に向かう途中、
亜美ちゃん達が運んできた私の生徒のうちのある子ども達が
私に突然あることを聞いて来ました。

835: 2013/04/30(火) 16:05:31.03 ID:abMfBsPXo

「ねえねえ先生。先生ってあの伝説の”勇者-アイドル-”とお友達って本当!?」

「一緒に旅してたって聞いたよ!?」

「ふふ、秘密」



元気にしてるかなぁ。






………………
…………
……

836: 2013/04/30(火) 16:06:05.36 ID:abMfBsPXo

あのあと、私は千早ちゃんが倒れているのを発見しました。
そして、四条さんが無事でいることを確認しました。


また城に異常がないことも。


ただ、千早ちゃんは気絶しているのにも関わらず
白目をむいてうわ言のように何かを呟き続け、
ずっと耳を塞いでもがき苦しんでいました。


「真ちゃん……! 大変。早く回復を!」

「雪歩。貴音にお願いしよう」


真ちゃんの咄嗟の判断はとても正しかったのですが、
私達では言うことは聞いてくれませんでした。

837: 2013/04/30(火) 16:06:47.28 ID:abMfBsPXo

なのでまずは四条さんを起こすことにしました。


「四条さん、起きてください」

「貴音、起きて!」


何度か頬の辺りをぺちぺちと叩く。


「……ん。こ、ここは……」

「貴音! 起きて! 千早を治して欲しいんだ」

「……なんと」

「アルカディアの血なら千早からでているのを使って」

「分かりました」


そうして四条さんはすぐに千早ちゃんの血を止めました。
だけど、千早ちゃんはもがき苦しんだままでした。

838: 2013/04/30(火) 16:07:31.22 ID:abMfBsPXo

そして程なくして、
天ヶ瀬冬馬さんがこっちにやってきました。


「な、なんの用だ……!」

「ま、真ちゃん……!」


私と真ちゃんはアイコンタクト一つですぐに戦闘モードに入りました。
しかし、天ヶ瀬冬馬さんは両手をあげるだけで何もしませんでした。


「代表に取りつないで欲しい。クロイ帝国は……
 ナムコ王国と和平協定を結びたいと思う」


「な、なんだって」

「本当だ。だから両手を縛るなりでもしてくれて構わない」

839: 2013/04/30(火) 16:07:59.57 ID:abMfBsPXo

「急いでそっちの代表に繋いでくれ。この戦争を止めたいんだ」

「で、でも」

「早くしやがれ! こうしてる間にも血が流れてるんだぞ」

「四条、連れていけるか」

「……はい」


四条さんはすぐに千早ちゃんの血を手のひらいっぱいにつけて
お祈りするように胸の前で手を組みました。


万物の頂点に立っていたのは賢者の石であり、
その存在を何者も超越することはできない。

840: 2013/04/30(火) 16:08:41.97 ID:abMfBsPXo

四条さんの身体は淡い光を帯びて私達は
すぐに城ではないどこかに飛ばされました。
目を開けるとそこには律子さんの後ろ姿があり、
指揮をとっています。



「おい、秋月」

「ひゃぁっ!? な、何!? なんであんたたちがここに。
 た、貴音までいるし……」


律子さんは振り返り城の中に突入したはずの
私達を見てすぐに作戦が成功したのだと察したようでした。

841: 2013/04/30(火) 16:09:42.50 ID:abMfBsPXo

千早ちゃんは重症ですが。


「話があるんだ、聞いてくれ」

「な、何よ」


律子さんはかつて操られて城の反乱を起こしてしまったことから
少し天ヶ瀬冬馬さんには抵抗があるようです。


「帝国はナムコと和平協定を結びたいと思っている。黒井のおっさんは氏んだ」

「なっ!? そ、それは本当なの」

「うん、ボク達からもお願いなんだ。千早が……ここまで漕ぎ着けてくれたんだ」


私達に聞いてくるけれど、すぐに私も真ちゃんも頷きました。
そして、それを見て信用してくれたのか

842: 2013/04/30(火) 16:10:11.54 ID:abMfBsPXo

「そう。わかったわ。なら早くこの戦いを終わらせるわよ」

「おう」

「急いで。こっちの船に乗って」


それから私と真ちゃん、律子さん、天ヶ瀬冬馬さん、四条さんは
あずささんが用意してくれていた宙を飛ぶ船に乗り込んで
一番戦闘が激しい部分に向かいました。


それから上空で私の音声拡大の魔法を使って
国の代表者二人が話を始めました。


「止まりなさい国王軍!」

「帝国軍、お前らもだ!」

843: 2013/04/30(火) 16:10:48.76 ID:abMfBsPXo

「我々、我々クロイ帝国は先ほど帝王黒井の氏去により
 その権限を全て俺が受け持つことになった!」

「それに伴い、今、この時を持ってナムコ王国と和平協定を結ぶことを誓う!」

「我がナムコ王国もそれに応じることにしたわ!」

「だからもう戦う必要はないんだ!」

「武器を置いてみんな! 回復薬を持っている奴はすぐに重傷者に使ってあげて!」

「皆で協力して怪我人を救ってやってくれ」



戸惑いどよめき戦地は誰しもが二人の言葉を耳にしていた。
武器を持つものは一人、二人と減っていき。


その動揺から漏れる声は戦争の終結。
平和の訪れから大きな歓声に変化していきました。

844: 2013/04/30(火) 16:11:31.11 ID:abMfBsPXo

こうして、後に教科書にも載るようになった長きに渡るナムコ・クロイ間の戦争は
この時を持ってようやく終焉を迎えることとなりました。


一度目は賢者の石巡る戦争。
二度目は賢者の石が奪われた戦争。
そして、この三度目は賢者の石を取り戻した戦争。



兵士達は家に帰れることを喜び、
仲間の氏を悲しみ、それぞれがそれぞれの思いを口々に言葉にしていました。



私も真ちゃんと目が合うと、
真ちゃんは満足そうに、でもどこか淋しげに


「やっと……。終わるんだね」


と。


「うん。そうだよ。真ちゃん」

845: 2013/04/30(火) 16:12:17.66 ID:abMfBsPXo

律子さんと天ヶ瀬冬馬さんは
もうすでに今後の二国のことについて話し合いをしていました。



クロイ帝国とナムコ王国の両国は
2年前に起きていた戦争。高木元国王が亡くなったあの戦争。
これによって奪われたナムコ王国の領地をクロイ帝国は返還することになりました。
国境は元通りになりました。


国境の整備も順調に進み、今では3ヶ月に一度は
国の代表者は直接会って会談をしているそうです。


前回の会談ではあの紛争地帯、ニゴとクギューウの間の整備が
決定してやっとの思いであの区間は元の姿に戻っていくそうです。


また、千早ちゃんの弟の優くんが入れられていたあの水槽の液体。
あれの使用費を決めていたそうです。

846: 2013/04/30(火) 16:13:10.33 ID:abMfBsPXo

他にはちひゃーちゃん、たかにゃちゃん、みうらさん達がいた
不思議な種族の村をしっかりと開拓してあげようと決めたそうです。
なんでも律子さんの狙いはあの可愛い子達を観光スポットにしたいとかなんとか。



私達は国の申し出を断りました。
知っている人だけが知っていればいいと話し合った結果です。
国は私達を盛大に表彰したいと言ってくれました。


私はそんなの恥ずかしくてだめだし、
真ちゃんもそんな私を気遣ってくれました。


帝国の野望を阻止して欲しいと頼んできたあずささんは
その任務を終えるとまた空へ帰って行きました。
そのあと、きっと天空街で私達のことを見守っていてくれてるといいな。

847: 2013/04/30(火) 16:13:36.68 ID:abMfBsPXo

私達は千早ちゃんが起きるまで首都のバンナムにて
ずっと看病をし続けていました。



律子さんの提案を断って程なくして、ついに。


「……うるさいっ!」


ガバッ、と急に起き上がるものだから運んでいたお茶を
落としてしまい、グラスを割ってしまいました。

848: 2013/04/30(火) 16:14:10.90 ID:abMfBsPXo

「……ハァ、ハァ」


息を荒くして少し長い眠りから目覚めた千早ちゃんは
ずっと頭を抑えていました。


「だ、大丈夫……?」

「ハァ、ハァ。萩原さん? こ、ここは? 帝国は?」


頭を抱えるようにしながら私に聞く千早ちゃんは実に何週間ぶりに起きました。
千早ちゃんはずっと小言で誰かと会話をしていますが、
私には誰と話しているのかなんて到底分かりません。


そして、そこには踏み入ってはいけない、そんな気がしていました。

849: 2013/04/30(火) 16:15:07.98 ID:abMfBsPXo

それからベッドの上で頭を抱え丸くなっている千早ちゃんに
あのあと起きたことを全て報告しました。


「……そう。お別れは済ませたのだし。これでいいんだわ」


千早ちゃんがずっと探していた弟の優くんとは
どんな手段を使ったのかは私は詳しくは知りませんでしたが、
ちゃんとお別れを言えたみたいでした。


生きて連れ戻すことができなかったのが残念ですが、
千早ちゃんはもうそのことに関しては自分の中で決着がついている様子でした。


だから私は何も言いません。

850: 2013/04/30(火) 16:16:05.83 ID:abMfBsPXo

「四条さんは?」

「今は真ちゃんと外にいるよ。お買い物に行ってもらってるの」


万物にして、戦争の原因である賢者の石、四条貴音。
四条さんは律子さんにお願いして私達の元に預からせてもらうことになりました。


「そう。じゃあもう壊さないと」

「ま、待って。まだ安静にしてなくちゃだめだよ」


起き上がってベッドから出ようとする千早ちゃんを止める。
少し鬱陶しそうにそこをどいて欲しいと目で私のことを睨みつけてきます。


うぅ、こういう時の千早ちゃんは本当はちょっと怖い。
けれどもう慣れっこなので、じっと堪えて見つめ返しますと、


「はぁ。わかったわ。安静にしてるわよ」


そう言って折れてくれます。やっぱり千早ちゃんは優しい。

851: 2013/04/30(火) 16:16:39.99 ID:abMfBsPXo

しばらくすると真ちゃんと四条さんが帰ってきました。


「ですが、あれは知らなければ大変なことに」

「それはこっちの台詞だよ!」

「おかえりなさい。どうしたの?」


何か言い合いながら帰ってきた二人に聞いてみる。


「あぁ、ただいま。貴音が店頭においてある食べ物食べちゃうんだよ」

「うぅ、はしたなくてすみません」

「ふふ、しょうがないよ。そういうのも知らなかったんだから」

「恥ずかしながら」

「あれ? あぁ、千早。おはよう。調子はどう?」


起きている千早ちゃんに気がついたみたいでベッドの脇に立つ真ちゃん。
その後ろにそっと立つ四条さん。

852: 2013/04/30(火) 16:17:28.36 ID:abMfBsPXo

「あまりよくはないわ」

「そっか。無理しないで寝てなよ?」

「えぇ。そうする」


真ちゃんと入れ替わりで千早ちゃんの前に立つ四条さん。
真剣な表情で、でもどうやって伝えたらいいのかわからない、
といった様子で少しおどおどしている。


「あ、あの。千早。目が覚めて早々で恐縮ですが、お願いがあるのです」

「なにかしら」

「わたくしは常々思っていました」

853: 2013/04/30(火) 16:18:02.27 ID:abMfBsPXo

四条さんはゆっくりと、たどたどしい所はありながらも
自分の言葉で。生きる自分の意志で思いを語り始めました。


「わたくしは賢者の石として生まれながらこのように自我を持っています」

「ですが、わたくし自信を皆が求めたのではなく
 求めていたのはわたくしの持つ魔力。賢者の石の力でした」

「そのことが原因で此度の長きに渡る戦が起こってしまいました」

「そんなこと……」


と反論する千早ちゃんもその言葉はあまりにも無責任すぎると思ったのか
すぐに口を閉じてしまった。

854: 2013/04/30(火) 16:18:51.81 ID:abMfBsPXo

「わたくしは……わたくしのこの力を求める者の気持ちがわからなかったのです」

「わたくしを我が娘のように愛し何もかも教えてくれた
 高木殿は亡くなり、そして響も……」

「わたくしを求めるために人は頃し合い」

「わたくしを使い人は頃す」

「大切な人を失って気がついたのです。どうしてこのようなことが起こりうるのだろうか」

「だから、わたくし自信でわたくしを土に還すのです」

「そのために千早の血が必要なのです」

855: 2013/04/30(火) 16:19:42.02 ID:abMfBsPXo

「誰かがわたくしを求めて、傷つくのはもう見たくありません」

「そんな風に争いの原因を生むのがわたくしであるのならば
 わたくしはいっそのこと野に咲く花になりたいのです」

「世の汚れ、人の心の汚れを知ることなく雄々しくも美しい花に」


千早ちゃんはそっと四条さんの手を取り
少し強引に引っ張って抱きしめ優しく撫でました。


「そんなことを思う必要はもうないわ」

「あなたは賢者の石だろうけれど、その心は立派な人間じゃない」

856: 2013/04/30(火) 16:20:19.61 ID:abMfBsPXo

その言葉に対して今まで無表情で微動だにせず
淡々と言葉を紡ぐだけだった四条さんの目からは
大粒の涙がこぼれていました。


「こ、これは……」

「涙よ」

「涙も出れば人のために悩み、大切な友達を思い苦しんでいる」

「あなたはもう立派な人間なのよ」


その言葉を聞いて四条さんは初めて少し嬉しそうな表情をして
お礼の言葉を言った後、


「だからこそ、わたくしは人々のために
 いなくなるべきだと思います。どうか手伝ってくださいませんか」

「……」

857: 2013/04/30(火) 16:20:53.82 ID:abMfBsPXo

千早ちゃんは少し悲しそうに俯いてから私と真ちゃんの方を
それぞれ見ました。


「分かったわ。最後は静かに終わらせましょう」






それから私達はいつか千早ちゃんが見たというとある場所へ行きました。


千早ちゃんと真ちゃん、それから私と四条さんは
3ヶ月ほどの旅路を行った後、千早ちゃんの目的地へと到着しました。


そこは千早ちゃんだけでなく、私も真ちゃんも見たことがある場所でした。

858: 2013/04/30(火) 16:21:25.21 ID:abMfBsPXo

見渡す限りの花が咲いた千早ちゃんが育ったミンゴスの近くにある場所でした。


私と真ちゃんはいつか千早ちゃんの夢の中に入った時に
見た花がたくさん咲いているあの場所と同じだということを
景色を見た瞬間に思い出しました。



本当はもうすっかり忘れていたはずなのに。
あまりにも綺麗だったあの景色を。
きっとどこかで覚えていたのかもしれません。


「わたくし、ここでこの綺麗な花たちと共に
 永久に美しく咲いて、秋には枯れ、また春にはこうして咲きたいです」


四条さんは綺麗な花を一本だけ摘み
大事に両手で包み込んでその場に座りました。

859: 2013/04/30(火) 16:22:19.34 ID:abMfBsPXo

「四条さん、私はあなたのこと忘れないわ」

「うん、ボクも絶対に忘れない」

「響ちゃんが起きたら、伝えておくからね」



「ふふ、みな、ありがとうございます」


四条さんはそっと目を閉じてゆっくりと口を動かした。


「響。ごめんなさい。最後にお会いできなくて」

「わたくし、四条貴音はここに眠ります」



千早ちゃんは戦争は終わったというのに
持ち歩いている剣を抜き、自分の手の平を斬り、
四条さんの持っている花に血を垂らしていきます。

860: 2013/04/30(火) 16:24:22.16 ID:abMfBsPXo

真っ赤な血は四条さんの持っている白い花を
赤に染めて、ゆっくりと四条さんの手に垂れました。


「賢者の石よ。四条貴音をこの世から抹消して」


千早ちゃんの声は驚くほど冷静でした。
それでも涙を流しながら段々と光の粒に足元から変わっていく
四条さんを誰よりも悲しそうに見ているのは千早ちゃんでした。


こうして四条さんは綺麗な花に囲まれて、
その姿は少しずつ光の粒となり消えて行きました。



頬を撫でる風は冷たく、
花一面の景色は誰に語ることもなく、
そっと静かで、私達は何の言葉を交わすこともなく、
その場を離れて行きました。

861: 2013/04/30(火) 16:25:08.01 ID:abMfBsPXo

ミンゴスの町へ戻ってきて一晩宿を取ることにしました。
そこで私達は最後に


「これからどうするの?」


という真ちゃんの切り出した話題を語り明かすことになりました。


「真ちゃんはどうしたいの?」

「……ボクは旅を続けるよ。色んな所へ行きたい」

「帝国以外にももっと外の国に。
 ボクはまだ”真の勇者-アイドルマスター-”には程遠いからね」

「それに外の国に行けば響が目を覚ます方法も見つかるかもしれないし」

「そっか」

862: 2013/04/30(火) 16:26:06.98 ID:abMfBsPXo

でも私もずっとずっと旅をしながら気がかりだったことがありました。
それが今のやっていることです。
教会を継いであげたい。


「あ、あの……私は自分の町に帰るね」

「千早ちゃんが眠っていた2年の間の侵略されていた時代にも
 町へ戻っていたんだけど。私はやっぱりあの教会の娘なんだなって思ったの」

「で、私もやりたいことがあるからそこで挑戦してみようと思うんだ」

「何を?」

「魔法の先生」


少し照れくさかった。
でも二人共笑わないでいてくれてよかった。
それどころか二人共すごく褒めてくれたのが嬉しかったなぁ。

863: 2013/04/30(火) 16:26:46.09 ID:abMfBsPXo

「すごいよ雪歩! ぴったりだよ!」

「そうね。きっと向いてると思うわ」

「えへへ、ありがとう。……千早ちゃんは?」

「私は」




「私はもう剣を握るのをやめるわ」




それは私と真ちゃんにとって本当に衝撃でした。


864: 2013/04/30(火) 16:27:35.73 ID:abMfBsPXo

「ど、どうして」

「本当に探していた物はもう見つからないし手に入ることはない。
 だけど、その最期がきっちりと見れたことに私は満足しているのよ」

「戦争は収まったし、私はもう剣を手にする理由がなくなってしまったの」


千早ちゃんは本当に満足気に言ったので
私と真ちゃんはそれを否定することはできませんでした。


何より私達自信が心のどこかで彼女には
もう剣を握らずに幸せに暮らして欲しいと思っていたから、
というのもあったのかもしれない。


865: 2013/04/30(火) 16:28:17.19 ID:abMfBsPXo

「真みたいに我那覇さんが起きるのを手伝いたいけれど、
 私には何もできないし、かえって邪魔になるだけだと思うの」

「そのことに関しては天ヶ瀬冬馬に任せてあるし、
 きっと我那覇さんは起きるって信じてる」


「だから私はもう剣を握らずにゆっくり待つことにするわ」


「……じゃあ、お別れなのかな」

「そうね」


しばらくの沈黙。
夜も深まって一層気持ちが沈んでくる。

866: 2013/04/30(火) 16:29:30.56 ID:abMfBsPXo

「ねえ千早ちゃん、良かったら私の」

「ねえ千早、良かったらボクと」


真ちゃんと被ってしまった。
多分言いたいことも一緒。


私の家に来ない。なんてもう言えない。
よく考えてしまったら私は千早ちゃんのその意志を踏みにじってまでも
私のワガママを通す自信がなかった。


それに私だってこの千早ちゃんの意志を尊重したかった。

867: 2013/04/30(火) 16:30:03.35 ID:abMfBsPXo

「二人共ありがとう。私は誰も知らないような場所で一人で住むわ」

「……いえ、二人で」


千早ちゃんは胸の辺りできゅっと手を握り目を閉じました。


それから私達はいつかのように
千早ちゃんを真ん中にして3人で寝ました。


千早ちゃんは私と真ちゃんの手を優しく握って、
私と真ちゃんは千早ちゃんに寄り添うようにして眠りました。


もう私達の間に多くの言葉はいらない。

868: 2013/04/30(火) 16:30:39.29 ID:abMfBsPXo

翌朝、
それぞれの荷物を持ってミンゴスの町の入り口に立っていた私達は
いきなりそれぞれの進行方向が違っていました。


「これで会えなくなる訳じゃないのよね」

「当たり前だよ」

「うん、また会えるよ」


意外なのは千早ちゃんからそんなことを言い出したことだった。
でも私もそんなこと考えてたからそれが嬉しかった。


誰も涙はしなかった。
笑って3人で拳を付きあわせて

869: 2013/04/30(火) 16:31:18.44 ID:abMfBsPXo

「千早ちゃん、絶対お手紙書いてね」

「か、書くわよそれくらい」

「どうかなぁ? わかんないよ千早のことだし」

「真こそどうやって連絡取ればいいのよ」

「うーん、どうしよっか」

「響ちゃんが起きたら私と響ちゃんで真ちゃんを探しに行くね」

「そしたらボクと雪歩と響で千早の家に行くよ」

「ええ、じゃあずっと待ってるわね」

870: 2013/04/30(火) 16:32:07.53 ID:abMfBsPXo

「じゃあ、またね!」

「うん、ばいばい。千早ちゃん、真ちゃん」

「うん。……二人共!」



「……ありがとう!!」



こんな所でそんなこと言われたら……
せっかく踏み出した脚、戻したくなっちゃうよ。

871: 2013/04/30(火) 16:33:15.31 ID:abMfBsPXo


「千早ーー! ありがとう!」


「千早ちゃん、私もありがとう!」




千早ちゃんは最後に私達にとびっきりの笑顔を見せてくれて
私も真ちゃんもそれに答えるように笑ってみせた。


振り返り、誰もいない道を一人歩く。
横には誰もいなくて。
後ろにも前にももう誰もいない。


私達4人の旅は一人欠けたまま、
静かに朝日を浴びながら幕を閉じたのでした。







………………
…………
……

872: 2013/04/30(火) 16:33:44.25 ID:abMfBsPXo

「――い?」

「――先生?  どうしたの?」

「えっ!? あぁ、ごめんなさい。ちょっと思い出してて」


子供達に声をかけられてやっと我に返った私を
不思議そうに見上げる子供達。


「じゃあちょっとだけ先生の昔話してあげるね」

「本当!? それってもしかして伝説の”勇者-アイドル-”と旅してた頃の!?」

「ふふ、どうかな?」

「珍しいですね。雪歩さんがその話するの」

873: 2013/04/30(火) 16:34:25.37 ID:abMfBsPXo

やよいちゃんが横で驚いていました。
あの頃やよいちゃんはまだ少し幼い部分があって
あの戦争がどれだけすごいものなのかを全く理解していなかったみたいで
今ではその戦場に自分もいたことが信じられないみたいです。


私もあの時の話はいつもは自分だけの宝物で
大事にしてるんだけど、
不思議と今日は気分が乗ってるみたい。


「それにしても雪歩さん」

「何?」

874: 2013/04/30(火) 16:35:39.20 ID:abMfBsPXo

「良かったんですか?
 千早さんの弟さんが長年浸かっていたあの液体から
 目が覚めたのに、一人で行かせちゃって」

「どうしても待てないって言ってたからね」

「真ちゃんが異国の魔術医学を持ち帰ってきてくれたから起きれたんだし」

「その真ちゃんが一緒だし大丈夫だよ」

「私も月に一度しか無い講座をサボるわけにもいかないし、
 すぐにあとから魔法使って追いつけば大丈夫だよ」

875: 2013/04/30(火) 16:36:11.83 ID:abMfBsPXo

「そっかー。そうですよね!」

「それじゃあ今日も頑張りましょう! はい、ターッチ!」

「いぇい!」


やよいちゃんの手のひらは温かく
気持ちのいい音が鳴り響く。



元気にしてるかなぁ。







………………
…………
……




876: 2013/04/30(火) 16:37:34.64 ID:abMfBsPXo








「早く早く! こっちだってば!」


「はぁっ、ま、待ってよお姉ちゃん……」


「遅いよ! もう!」


「はぁ、はぁ。ど、どこいくの?」


「えへへ、”勇者-アイドル-”のお家」


「ええ!? あそこに住んでる女の人は変だから
 近寄ったらだめってママが言ってたよ……」


「もう、そんなんだからいつまで経ってもお友達に馬鹿にされるんだよ?」


「うぅ……お姉ちゃん……とは違うもん」


「それに、あの人は全然変な人じゃないよ?」

877: 2013/04/30(火) 16:38:36.69 ID:abMfBsPXo

「でも」


「森に入って狼に襲われたのを助けてくれたのはあの人じゃない」


「そ、それはそうだけど」


「気絶してたから聞いてなかった歌を
 そんなにすごい歌なら聞いてみたい! って言ってたから連れてきたのに」


「確かに言ったけど、町の外れの家の人のことだなんて思わないよ」


878: 2013/04/30(火) 16:39:12.62 ID:abMfBsPXo

「すごかったんだよ? 歌を唄いながらカッコよく睨みつけるの!」


「そしたら狼たちがサーッと逃げていったんだよ!?」


「確かにすごいけど……でもやっぱり……」


「ほら、見えてきたよ」


「こんにちはーー!! 千早お姉ちゃんー!」

879: 2013/04/30(火) 16:39:44.64 ID:abMfBsPXo

「はい、どちら様? あら、また来てくれたの? ……って、そちらは?」


「えへへ、私の弟!」


「……ふふ、こんにちは。いらっしゃい」


「えっと、こんにちは」


「今、お茶を淹れるわ。中に入って」


「はーい」


「……はい」

880: 2013/04/30(火) 16:40:18.05 ID:abMfBsPXo

「ほら、優しい人じゃん」

「う、うん」



――――。


「え? 何よ。もう、まだ怒ってるの?」


――。 ――――、―――――――?


「違うわよ。そうじゃないわ。別にいいじゃないそれくらい」

881: 2013/04/30(火) 16:41:15.81 ID:abMfBsPXo

「ひ、一人で誰かと喋ってるよ……」


「千早お姉ちゃんはたまにそうなんだよね。
 なんかね、誰とお話してるの?
 って聞いたらとっても大切な人って言ってた」


「大切な人?」


「うん、確か……春香って人」




――。―――――。――――?

「何? もしかしてヤキモチ?」


――!? ―――、―――――。


「嘘よ嘘。冗談。ふふ、分かってるわよ」

882: 2013/04/30(火) 16:43:37.02 ID:abMfBsPXo

……………………



「ほら、早く! あの家だよね!? 二人共急いで急いで!」


「ハァ、ハァ。む、無理だって、自分病み上がりなんだぞ!」


「そんなに急がなくても大丈夫だと思うよ?」


「すぐに会いたいって言ったから来たんだろ!?」


「うぎゃー! そうだけど、ちょっとは自分のことも考えてよ!」


「もう、二人とも喧嘩はよくないよぉ。大丈夫? ちょっと身体強化しとく?」


「だめだぞ。自分の足で会いに行くって決めたんだから……」



……………………

883: 2013/04/30(火) 16:45:01.61 ID:abMfBsPXo


「あ、ごめんなさい。二人共。はいどうぞ。熱いから気をつけてね」


「ありがとうございます!」


「……ありがとうございます」


「それで、今日はどうしたの二人共?」


「えっと」


「ほら、お願いしなよ。自分で」


「で、でも」


「あのね、千早お姉ちゃん。この子、千早さんの歌が聞きたくて来たんだよ」


「まぁ。嬉しいわ」


「ほら、ちゃんと千早お姉ちゃんお願いしなさい!」


「う、唄って! 唄ってお姉ちゃん!」



「えぇ。もちろんいいわよ」

884: 2013/04/30(火) 16:48:08.18 ID:abMfBsPXo


いつかいた一面の花を思い出す。
母に持っていくために二人で駆けたあの花畑。


空は青く、春は訪れ花が咲く。
枯れた花はいずれまた彩り春を描く。


両の手は歌に合わせて舞い、
鉄の固まりも握ることはない。


訪れた小さな二人の観客を前に
自分と私の中にいるもう一人だけが住む
理想郷-アルカディア-というステージで。


私はただ、私であるために。
歌を唄った。






キサラギクエスト   Last Episode     arcadia編      END

885: 2013/04/30(火) 16:48:53.46 ID:pJOXMxUHo
乙!
面白かったです!

887: 2013/04/30(火) 17:01:45.62 ID:abMfBsPXo
お疲れ様でした。
今まで応援してくれた方々大変ありがとうございました。
最後の最後で乱文大変失礼しました。
これで終わりたいと思います。

感想を教えていただければ幸いですし、
宜しければどのエピソードが一番好きだったとかこのシーンが好きだったとか
教えて頂けると嬉しいです。
また質問でも気になる所があればお答えします。







888: 2013/04/30(火) 17:12:39.05 ID:abMfBsPXo
最初期のプロットのメモを見つけてが全く違ってちょっと面白いので
ここまで読んで頂いた方は
ちょっと楽しめるんじゃないかという需要に淡い期待を抱いて貼ってみますね。
存在しないエピソードや、エピソードの順序が大幅に違ったり、
書いてない設定があったり設定超適当だったり。

書いてなかったり中途半端に書いてあるのは全部後付けです。
読みづらいのは自分が分かるメモのせいなのとそのまま張ってるからなんでご勘弁。





社長(国王。失敗だと思っていた賢者の石を奪い成功に導いた。)
律子(城の大臣。超強い)
亜美真美(旅商人兼シーフ生き別れ?)
やよい(町娘。伊織に拐われるが理由は遊びたいため。)
伊織(富豪。寂しがり。)
春香(千早の師匠。氏んだはずが、黒井に用心棒として引き抜かれる)
小鳥(天空街への架け橋の役目を果たす超重要人物))
あずさ(天空街の娘。森で見つかる。町の名前は誰も知らないからとりあえず連れて歩く)
黒井(王。賢者の石を制作した)
貴音(捕らわれ姫。賢者の石そのもの。)
冬馬(三幹部の一人。剣士)
翔太(魔法使い)
北斗(戦士)
美希(シーフ。響を差し向ける。賢者の石が目的。オーバーマスターの使い手でなんでも人の能力を奪うことができる)
響(途中で裏切る。ハム蔵の救出のために一人頑張っている。封印解除の魔術書を入手すると裏切る。)




~真Side~
~~

回想『』


通貨:ヴァイ

勇者王である春香の一人弟子、千早は
黒井に拐われる姫、貴音の救出に向かう。
千早の目的は徴兵、名目で私兵団に囚われた弟を助けること。
また春香は黒井のに殺されている。(本当は生きてる)
旅の途中で仲間になる、真、雪歩、響。

シーフ、美希(武器、ダガーナイフ)に遭遇する。
真が仲間になるのが先。
真は真の男になるために。
BBAになって真を騙す。
(金品の没収)

美希が千早を気に入る。

響(召喚師)が鬱陶しく着いてくる。
(美希の差し金。最高に使えない)

男、真編(真)

889: 2013/04/30(火) 17:13:54.57 ID:abMfBsPXo
協会のヒーラー、雪歩編
とある町に寄り協会からヒーラーを雇うことを決めるが、協会は魔術ヤクザそのものの集団だった。
ヤクザ間の抗争に巻き込まれつつも雪歩を救出する。その時に真に惚れる雪歩。
旅を共にすることを決意する。

やよい伊織編
長介に刀を飯屋で盗まれる千早。問い詰めるとこの武器で
やよいを助けに行くとのこと。
かすみを連れて伊織邸に行くが伊織は昔遊んだやよい
ともう一度遊びたいだけだった。

天空の迷い子あずさ編
次の町を目指す途中の森で見つける。とりあえず着いてくることに。
しかし、次の街で調査をした所あずさの住んでいる場所は天空街であった。
生き方もわからずに途方にくれる一同。

国家展望編(律子編)

あずさ、小鳥を仲間にし、ジュリキチの村へ。そこはぷちどる達の村だった。
みうらさんの転送を使い、なんとか首都バンナムに到着。
そこではかつての繁栄していた町が嘘のように戦火に包まれていた。
城へ戻ると高木はいなく律子が王座に。
私が代理で、というが律子が企てたものだった。
かつての律子を討伐しにでる一行。

そこには冬馬が。冬馬にそそのかされた律子の愚行だった。

王の買い物編(社長)

裏切りの召喚師編
王宮の地下書庫からハム蔵を助けるのに必要な魔術書を発見。
美希の侵入を許し王宮が大混乱。

双子の商人編
いつも片方ずつ現れる亜美と真美。町で
リンチされてる亜美を発見。
話を聞くと姉がどこかで氏刑になりそうだとのこと。両翼をかたほうずつ持つ二人。片方の生命の危機を感じることができる代物。
しかし、売っていた物は全て盗品だと発覚。盗まれた所がバレてボコられ大事羽を捕られる。
真美の消息も気になる亜美は羽を取り返し亜美のもとへ。
翔太が捕まえていた。刑務所に囚われてる真美を助けに行くが捕まる。牢屋にいたら殺されにいく真美に遭遇する。
ギリギリで響が助けてくれる。

堕ちた貴族編(伊織)
春香の差し金であったために伊織は没落していた。
再び黒井に向かう所でまたやよいに出会う。伊織を助けてくれ、と頼まれる。

千早過去編(千早春香)
春香に遭遇した千早はショックを受ける。
千早が抱える過去とは。
楽しく暮らす千早はある日、弟を町の徴兵だと言われ捕らわれる。
北斗の所有地こそが千早の故郷だった。
そこに立ち寄ることになったみんな。千早は乗り気ではなかった。


千早の過去
家族仲良くくらしている所、突如村は山賊に襲われる。
山賊はクロイの手下で領土拡張のため。
父親はそれで亡くなる。領土を守ることに成功。
しかし、次にクロイの人間が来た時にすべて破壊される。
母親は千早と優をとある商人に農奴として売り飛ばす。
しかし、それはお金がないからではなく守るためのものだった。
奴隷として働く一方で千早は優だけがいればいいと思うが。
唯一の弟はクロイ側に連れ去られた。
クロイだとは知らない千早。

連れ去られた優を助けるために旅へ。
そこで春香と出会う。空腹で旅の途中の春香を襲いその強さに圧倒され弟子入り。
そして成長した春香に止められるも首都バンナムに乗り込む。
そこで律子と氏闘を繰り広げるが、敗走。
逃げた先にはちょうどナムコに攻め込む所のクロイの軍勢。
囲まれる千早を助ける春香。そして氏亡。

優の場所もわからず、春香も氏に途方にくれる千早。
そこへ、律子が現れ国で働け、と言う。
そこに何かあるかもしれないと


最終決戦編
春香を頃す。貴音助けるが貴音は賢者の石。
賢者の石を破壊。

892: 2013/04/30(火) 21:01:18.37 ID:N9yRad/do
壮大な物語だった、かけ値なしに乙

響の裏切り編は衝撃的だったけどそこら辺から一気に面白くなったわ

893: 2013/04/30(火) 21:06:15.10 ID:Px6Qk0Oto
乙!
最初から最後まで本当に面白かった!
特に亜美真美の話と千早の過去の話が良かった

リアルタイムで追えてよかったよ



894: 2013/05/01(水) 01:44:04.22 ID:LYhi/MxAO
乙です!
本当に面白かった!
美希は最初から最後までチートくさくていいボスだったな

895: 2013/05/03(金) 14:18:31.76 ID:UHIpyntDO
一部誤字とか一文字多かったりしてるけど面白かった!
春香が自分が黒井さんに助けられたのを話してる時に黒井帝王とかと呼ばず社長と呼んでたのは誤字かな?そのあとは帝王と普通に呼んでたし…
あと初期プロットの亜美真美の部分で「真美の消息も気になる亜美は羽を取り返し亜美のもとへ。」とあるけど真美のもとへじゃないん?
一番好きな話はいっぱいありすぎて決められないが決めるとするならやっぱ響の故郷での戦いかな
あの時は響の最期に泣いたがやっぱ契約解除してハム蔵を逃がしたところが印象強い

引用元: 千早「キサラギクエストⅡ」