882:◆5O/A9uxXpSAG 2012/05/20(日) 00:05:06.53 ID:uqHtcN3DO
――あ、どうも連絡が遅れましたね
――ええ、昨日目が覚めたばかりで
――……まあ滅多にこんなこと体験出来ませんし
――命あっての物種ですけども
883: 2012/05/20(日) 00:05:58.96 ID:uqHtcN3DO
――っ……その話ですか?
――それは本当ですよ
――ただ
――あれは確実に
――……詳細は文面でお伝えしますね
――私の武器はカメラとペンですから
884: 2012/05/20(日) 00:07:24.25 ID:uqHtcN3DO
――1945年5月某日、オトラント海峡
――古くからギリシャとロマーニャを対岸に隔てて存在するこの海峡は
――アドリア海への入り口であり、ヴェネツィアなどの主要な都市の発展に貢献した
――『ローマは一日にして成らず』という格言
――それだけ多くの船がこの海を滑り、世界と交易したのだろう
885: 2012/05/20(日) 00:08:35.07 ID:uqHtcN3DO
「ふぅ……」
ロマーニャでは季節外れの霧
こんなに濃いと久々の海面もうんざりする
ただひんやりとしたこの空気も悪くはないのだが
886: 2012/05/20(日) 00:11:26.40 ID:uqHtcN3DO
「もう少しで最寄りの港に着くが……どうだったかね?この艦の乗り心地は」
後ろからの声に振り向くといかにもロマーニャ男らしい風貌でありながら威厳のある瞳の軍人が立っていた
このアデュア級中型潜水艦、『シィーレ』のジュニオ・ヴァレリオ・ボルゲーゼ艦長だ
「ええ、もちろん良かったですよ。潜水艦とは思えない陽気さも相まって」
「誉め言葉だ。君が居なくなると寂しくなるな」
私の言葉の半分は冗談、半分は感謝
まさかロマーニャの一流料理を一週間、毎日食べられるとは誰も思いもよらないだろう
887: 2012/05/20(日) 00:12:20.21 ID:uqHtcN3DO
ここに来る前、私はリベリオンで記者をしていた。今もだが
『ニューヨーク・タイムズ』、少しは名の知れた新聞社のしたっぱ
事実、うちの社は国との繋がりが無いこともないからだろう
戦場の記録を記事にし、いい意味での情報操作もとい戦意高揚を任されている
今回、私はその社命を受けてロマーニャの取材をするためにジブラルタルからこの艦に乗った訳だ
888: 2012/05/20(日) 00:13:20.77 ID:uqHtcN3DO
未だ海面には蒼白い霧が漂っている
この艦はジブラルタルへ到達する前に一度、アフリカ沿岸で補給支援を行っていて
その帰りに人員輸送のついでで連合軍の正式記者となった私を拾ってくれたらしい
ただ惜しむらくは順番が違えば、あのパットン将軍や『アフリカの星』とも会えたかもしれない事だ
まあ、取材目標はヴェネツィア最前線なので被写体の諦めはつくが……
889: 2012/05/20(日) 00:14:53.25 ID:uqHtcN3DO
「ふむ、『ファタ・モルガナ』でも現れたかな?」
海を眺めていた艦長が少しおどけたように口を開く
「『ファタ・モルガナ』?」
「そうだ、シチリアの伝説でな。蜃気楼を起こす妖精の事だ」
「解りやすく言えば『モルガン・ル・フェイ』だな」
「『アーサー王』の?」
あの妖女……アーサーやランスロットを惑わしたとかいう
890: 2012/05/20(日) 00:16:31.72 ID:uqHtcN3DO
「ここはオトラントだからな。しかし……」
「何か?」
「君はもちろん第501統合戦闘航空団は知っているだろう?」
「ええ!今回の取材で是非逢えたらと!」
知らない訳がない。ブリタニアでの彼女たちの命を賭けた戦功は何にも代えがたいものだ
「彼女たちが数日前、成層圏にコアがあるというネウロイを撃破してな」
「そのネウロイのコードネームが『エクスキャリバー』だったのだよ」
891: 2012/05/20(日) 00:17:18.37 ID:uqHtcN3DO
「艦長!それくらいは教えてくださいよ!」
な、なんというスクープを逃したのだろうか……
「……伝えても海の上だったのだがな」
「うっ!?」
一本取られてしまった
「その流れから言えば『モルガン』ぐらいは居てもおかしくはないと思わんかね」
「……ええ。そうですね」
この霧をネウロイが……それはそれで風情のある奴も居たものだ
892: 2012/05/20(日) 00:18:37.19 ID:uqHtcN3DO
霧は晴れずに存在感を増している様だ
「さてと……ではあと一踏ん張りするよう、機関室に気合いを入れてくるか」
「君も艦内に入りたまえ。ここまで来て海に落ちていられては私も堪らんよ」
「ありがとうございます。では、ご一緒させて頂きますね」
私は艦長の提案を快く受けた。少し体を冷やした様な気もしたから
でもそれは――その感覚はもっと違うものだった
893: 2012/05/20(日) 00:19:32.38 ID:uqHtcN3DO
「艦長!左舷から飛行物体でっせ!」
「ぬあっ!?」
下士官の若者がドアに手を掛けた艦長を勢いに任せて突き飛ばす
「うぐ……飛行物体だと?ネウロイか?」
「解りまへんのや!四機で編隊組んでるくらいしか!」
「第一種対空戦闘配置だ!同時に潜航準備!」
「艦長が口説いてる間にもう着いてますー!」
「……これが」
そう……何となく空気が震えていたんだ。やっと解った
894: 2012/05/20(日) 00:20:29.22 ID:uqHtcN3DO
「観測班見えるか!」
「まだです!」
先程までとは艦の空気が変わる――でも何故か胸騒ぎは違った方へ酷くなっていく
<<こちら副長!やっぱり潜航準備に五分かかります!>>
「ふむ、仕方有るまいて!レーダーはどうだ?」
<<飛行物体の上空接近あと10秒……5、4、3――>>
895: 2012/05/20(日) 00:21:59.11 ID:uqHtcN3DO
――とっさに私はカメラを霞む空へ向ける
――轟く衝撃波の爆発音
黒いシルエットがその霞を斬り裂いて――
「――ネウロイ!」
――四機の怪異は私の構えたファインダーへ収まった
896: 2012/05/20(日) 00:22:52.15 ID:uqHtcN3DO
――シャッターが切れる音
――そこから刻が動き出すまで確かに私は『彼』と見つめ合った
――黒い紙飛行機の様なフォルム
――紅に染まった機首と二枚の垂直尾翼の先端
――それはこの穹を我が物にしたような力強さで
――すぐにでも闇に溶けてしまいそうな儚さを持っていた
897: 2012/05/20(日) 00:23:39.04 ID:uqHtcN3DO
「「「「……」」」」
四機はダイヤモンド編隊を保ったまま再び穹へ翻る
「よし、タリホー!司令部に発見を通達せよ!」
<<サーイエッサー!>>
「っ……」
私の中の恐怖はいつの間にか変質していた
『彼』を撮らなきゃならない
いや、『彼』をもっと知りたいんだと
898: 2012/05/20(日) 00:24:19.83 ID:uqHtcN3DO
「これより10サンチ砲で霧を払う!機銃座は偏差射撃を心掛けろ!」
「操舵はランダム回避!機関最大!潜航準備急げ!」
潜航まであと二分ぐらいか……
次のチャンスを逃せば彼とはもう逢えないだろう
何故私はこうも『彼』に心惹かれるのか――
――もどかしいが答えは出ない
899: 2012/05/20(日) 00:25:03.29 ID:uqHtcN3DO
一呼吸ののち、アデュア級唯一の単装砲が火を吹き
穹を鉄が裂いて彼方へ消える
あとには忘れ去られていたロマーニャの蒼い大空が顔を覗かせた
そしてその穹の隙間へ――『彼』は僚機を率いて飛び込む
自身を迎え撃つ二条の火線などものともしない機動を携えているから
それを体現する様に急降下と共に空中へ美しい螺旋を描いていく『彼』
900: 2012/05/20(日) 00:25:59.31 ID:uqHtcN3DO
「当てろォオオオ!!!」
「気概を見せてみやがれえええええ!!!」
――ああ、『彼』には当たらない……
――迫る四機
――終わりを確信した私は
――最後にもう一回、『彼』にピントを合わせて
意識を手放した――
901: 2012/05/20(日) 00:26:47.70 ID:uqHtcN3DO
私が目覚めたのは昨日、あれから数日経った軍の病院だった
話によるとあの四機は主砲への攻撃を行い、次に機関部を狙ったらしい
しかし、付近を航行していたブリタニア海軍の『プリンス・オブ・ウェールズ』艦隊所属巡洋戦艦『レパルス』と
アドリア海からアフリカへの航路を取っていた戦艦『クイーン・エリザベス』、『ヴァリアント』の加勢によって
『彼』は一旦撤退し、乗員の救助は完璧に行えたのだという。
私の生きているのがその証拠だ
902: 2012/05/20(日) 00:28:23.24 ID:uqHtcN3DO
だが最後に『レパルス』が『シィーレ』から離れた瞬間を見図って再度奇襲され
『彼』は『シィーレ』を永遠の海中へと誘った
これが何を意味するのかは全く理解出来ないが少なくとも
怪異の中で一際『彼』が戦況を読み、確実な戦果を上げる事の出来る
いわば『エース』であることは確かなのだろう
903: 2012/05/20(日) 00:29:43.97 ID:uqHtcN3DO
――私が敵である怪異にこんな気持ちを持つのはニューヨークなら考えられなかった
――けれどあの霧の『亡霊』たちはそれを覆した
――限り無く生産される怪異に命という概念は当てはまるのかは判らない
――しかし少なくとも『彼』は
――人類が命を賭けて戦う事に対して自身も真っ直ぐだった気がするのだ
904: 2012/05/20(日) 00:30:17.88 ID:uqHtcN3DO
――たった数分の邂逅が私の視界を広くしてくれた
――これから私の撮る世界がいつか『彼』をまた捉える事
――それを楽しみにしている
――今はそれだけだ
905: 2012/05/20(日) 00:31:04.40 ID:uqHtcN3DO
「ふぅ……」
明日からはロマーニャの取材に戻らなければいけない
私の本心は隠した文章を書き上げ、封筒へ突っ込む
「署名、署名っと」
――Albertine Genette
「これでよし……」
そしてもう一度、痛む身体でシーツに潜り込んだ
906: 2012/05/20(日) 00:31:56.38 ID:uqHtcN3DO
――さあて
――夢でなら
――愛しの『彼』と
――逢っても文句は言われまい……ふふっ
漆黒の咆哮~悪魔~
~THE END~
907: 2012/05/20(日) 00:34:11.35 ID:uqHtcN3DO
さていかがだったでしょうか
主人公のモデルはもちろん亡霊やら南十字星やらを取材したあの人です
あとボルゲーゼ艦長は人物的にこのお話にうってつけでした(詳細は暇なら調べてみてくださいね)
引用元: 宮藤「サーニャちゃんが猫になった!?」
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