177: ◆d85emWeMgI 2011/02/15(火) 22:09:08.87 ID:Fe9d2dbe0

178: 2011/02/15(火) 22:10:12.96 ID:Fe9d2dbe0



ぼんやりと俺はベッドに寝転んでいた。

あれからどれほどの時間が経ったのかはわからないし、どうでもいい。

部屋が暗くなり始めたことからようやく五時を回ったのかと、ぼんやりと思う。

ベッドにはインデックスの香りがまだ強く残っている。まるで変態だな。

暗くなった部屋で、スフィンクスが腹の上に乗ってしきりに鳴く。まるで母親を探してる子供みたいだ。

だったらさしずめ俺は父親で、女房に逃げられたダメな親父に息子が文句を言ってるみたいな構図になるわけだ。

笑おうとして、上手く笑えなかった。

俺はあの気に食わないニコチン神父の言葉を思い出していた。




とある魔術の禁書目録 1巻 (デジタル版ガンガンコミックス)


179: 2011/02/15(火) 22:13:21.06 ID:Fe9d2dbe0





『イギリス清教は最大教主を失って久しい。

 彼女がしようとしていたこと、してきたこと、それを考えれば彼女の結末は因果応報だったのかもしれない。

 あの雌狐を、善か悪かの二元論、本来僕は嫌いなのだがねこのような言い方は、しかし、それで語るとすれば間違いなく悪にあたっただろう。

 しかし、同時に我々が存在の寄る辺とする名と同様に、彼女の存在そのものが必要悪だったのも事実だ。

 彼女とシンボルがいて、初めて我等は機能することが出来た。本来、孤立し、拒絶されるだけの魔術士に生きる価値と意義と場を与えた。

 彼女というシンボルが、そして彼女が存在する必要悪の教会だったからこそ、魔術に身を置くもの達に意味が付加されていたのだ。

 それが、今や崩壊しようとしている。ははは、全員まとめて迷える子羊というヤツだ。

 勝手なもので、散々魔術士を利用してきた連中も、最大教主という存在を失い纏まりを欠き始めた途端に我々に対して露骨な警戒心を抱き始めたよ。

 まるで、檻から放たれたケダモノの集団を見るような目でね。何だ、早く結論を言えって?ふん、相変わらず余裕のない男だな君は。

 ならばはっきりと言ってやろう。我等……そう魔術士と呼ばれる異端の者達はシンボルを求めている。

 自分達の身に着けた力が異常なの暴力ではなく、大儀ある才能だと、世界に証明してくれるシンボルを。

 そう、そうだよ。頭の回りの悪い君でもわかったようだね、我等が選んだ新たなるシンボル。

 次代の最大教主はあの子さ。


180: 2011/02/15(火) 22:14:56.11 ID:Fe9d2dbe0

出自不明の修道女。

十万三千冊の魔道書をその中に封じ込め、そして操ることの出来る存在。

聖人でも魔神でも辿り着けない極地に存在する現人神




『ローラ・スチュアート』を引き継ぐ者としてうってつけなのさ。





―――― ッ!



痛…ッ…いきなり殴るとはね……

何?彼女を犠牲にした…だと?………チッ……少しはマシになったかと思えば……

言っておくが僕は強制したわけじゃない。

彼女が引き受けるかどうかは彼女の意思に委ねる、これは僕だけではなく、彼女と、そして君と接してきた全ての者達の総意だ。


181: 2011/02/15(火) 22:16:40.79 ID:Fe9d2dbe0


 ああ、例え世界の鼻つまみ者になろうとも、僕らは彼女の意思を踏みにじるつもりはない。気に食わないが、そういう風にさせたのは貴様だ。

 ……僕が嬉しそうに見えるかい?君から彼女を引き離せて、だと?





 付け上がるなよ?上条当麻。

 僕が君からあの子を引き離すためにこんな手の込んだことをするものか。

 もし、彼女がそれを必要としているのなら、僕は何もかも捨てて、すぐにでも君を消し炭にしてでも彼女を連れ去っているさ。

 ああ、そうだ。君如きにそんな回りくどいことなんてするものか……

 これは彼女が望んだことだ。

 あの二年前の夏の日に。

 

 最大教主となることを。

 インデックスという名も、彼女の本当の名も、全てを捨てて、ローラ・スチュアートとなることも。



 そして、同時に彼女は懇願した。

 君が、自分という存在を気にせずに、自分の人生を歩き出す時、そう、今日という日が来るまでせめて待って欲しいと。


182: 2011/02/15(火) 22:18:05.28 ID:Fe9d2dbe0


 上条当麻。彼女はね、ローラ・スチュアートとなった瞬間から、それまでの彼女としての人生を切り捨てることになる。

 友とも会う事はなくなる。当然、君にも二度と会う事はないだろう。

 彼女の手に残るのは………君と過ごしたこの三年の思い出だけだよ。



 腹立たしい……



 腹立たしいが……感謝する。

 正直、君がいたからこそ、あの子は最後まで笑っていられたんだ。

 そうそう、これは彼女からの手紙だ。

 しっかり噛み締めて読むことだね。あの子の万感の思いが篭ってるだろうから。

 それじゃあ、さようならだ上条当麻。

 二度と会うこともないだろうね ―――――





                             ――――――― 科学の街の、僕の友人よ。







183: 2011/02/15(火) 22:19:07.32 ID:Fe9d2dbe0




いがみ合っていたし、実際気が合わなかった。

それまでの人生も、価値観も何もかも違っていたから。

ただ、インデックスを守りたい。アイツの涙を見たくない。いつも笑っていて欲しい。

この点に限り、俺とアイツは多分ライバルであり、最大の理解者だった。

だから、わかる。魔術の世界の俺のダチは、インデックスのことで、下らない、浅ましい嘘なんて吐かないと。

そして、アイツの誠実さがすなわち俺に伝える。

インデックスはもういないんだと。

俺は何度目かになるアイツの手紙を開く。

暗い部屋では、アイツの字ははっきりと見えないけど、何十と読んでいた手紙の内容は、既に記憶されている。

184: 2011/02/15(火) 22:19:40.00 ID:Fe9d2dbe0

綺麗なアルファベットを書く手が書いたとは思えないくらいの汚い字で書かれた漢字。

そういえば、俺の勉強を手伝う傍ら、分厚い漢字辞典を読んでいたっけ。


『ん?どうしたのかな、とーま。ああ、これ?何だか面白いんだよ。漢字って。ひらがなは書けるんだけど、漢字ってまだ読めるだけなんだよ。

 だから、書けるようになったらお手紙書いてみるね。その時はとーま、読んでくれる?』


俺は、多分軽い気持ちで返事をしたんだと思う。

勉強で余裕なんてなかったし、何より、インデックスが照れた顔が可愛くて、反射的に頷いてた。

アイツは、あの時には既にコレを書く事を決めてたんだ………


185: 2011/02/15(火) 22:20:51.01 ID:Fe9d2dbe0




当麻へ。

こうしてお手紙を書くのって初めてかもしれないね。

何だか恥ずかしいかも。

まず、最初に、大学合格おめでとう。実は小萌に聞いてたんだよ。ちょっとズルイね。だって、当麻ってば昨日散々緊張して眠れてなかったものね。

でもね、私は当麻が合格するって信じてたよ?一方通行や小萌に秋沙、それに舞夏や元春、色んな人が協力してくれたんだもん。

それを当麻は無駄にしないって、わかってるから。





それと、もう一つ。





黙って出て行ってゴメンなさい。





でも、後悔はしてないんだよ。だって、当麻の顔を見たらきっと私は残ってしまうと思ってたから。

当麻を振り切ってまでイギリスに行けるほど私は強い女の子じゃないんだよ。

当麻が帰ってきて、いつもみたいに『ただいまインデックス』って言われたら、それだけで私はステイルや火織との約束を破ってしまうから。

私にとって、当麻との毎日はそれくらい重くて、大切なものなのだから。

だから、黙って何も言わずに出て行きます。ステイルに言伝は頼んでおきました。

186: 2011/02/15(火) 22:22:15.68 ID:Fe9d2dbe0

当麻は納得が行かないと思うけど、これは私が悩んで悩んで、それから決めたことです。

私が私の意志で、初めて自由を与えられて決めることが出来たことです。

だから、当麻に怒られても、恨まれても、悲しまれてもいいけれど、否定だけはさせません。

当麻が自分の力で頑張って大学に行くことを決めたように、私は私の出来ることをするためにイギリスに行きます。





ねぇ、当麻。

今、当麻はどんな顔をしてますか?

怒ってますか?それとも呆れてますか?

もしかして、泣いてますか?

もし、泣いてるのだとしたら………ゴメンなさい。少し嬉しいかも。

私のことで、当麻が心を痛めてくれることに、嬉しいなんて最低の人間と思われるかもしれないけれど、嬉しいものは嬉しいんだよ。

だけど、泣くのは今日だけにして、明日からは笑って下さい。

情けなくて、でも温かくて優しい当麻の笑顔が、インデックスは大好きなんだよ。

大丈夫。当麻の側には美琴がいるから。だから、大丈夫。

いつもの当麻にすぐに戻れるんだよ。

187: 2011/02/15(火) 22:23:42.43 ID:Fe9d2dbe0


私は当麻と出会うまで記憶のないままでした。

気付いたら周りが知らない人ばかり。わかっているのは自分の中の魔道書。

出会う人は、皆私のことを物扱いするか、目も眩むような宝物の入った宝箱という器を見るような目で見てきました。

命もいっぱい狙われてきました。

当麻は覚えていないかもしれないけれど、地獄のそこまでついてきてくれると聞いた私に、貴方は……言わない。

ゴメンね。これは私の宝物の一つだから。

前の上条当麻との大切な思い出だから、当麻にも秘密なんだよ。

ただ、当麻の言葉に私はとても救われました。そして、実際に命も救われました。

そのせいで当麻は色んなものを失くしちゃったけど……それでも言わせてください。


当麻、本当にありがとう。


私は当麻の家族になれて幸せでした。


188: 2011/02/15(火) 22:24:45.18 ID:Fe9d2dbe0

記憶を繋ぐことが初めて出来て、何もかもが新鮮で、毎日がとても楽しかった。

いつでも守ってくれる当麻に、ついつい私は何処までも甘えて、我が侭ばかり言って困らせてしまいました。

それでも、当麻が妹のように、娘のように大切にしてくれていることがとても嬉しかったです。

とても嬉しくて、本当は、とても辛かったです。

だって、私は当麻が大好きだから。

家族としても、一人の男の子としても。

私は、上条当麻をずっと愛しています。

これからも、ずっとずっと、ずーっと、愛しています。

どうか、幸せになってください。




189: 2011/02/15(火) 22:25:25.45 ID:Fe9d2dbe0








大好きな当麻へ。




                                                                             INDEX








190: 2011/02/15(火) 22:26:17.14 ID:Fe9d2dbe0






俺もお前が大好きだよ。

呟く。

ああ、大好きだ。本当に大好きだよ。

何でこれを言ってやれなかったんだ俺は。

どうして、どうして後一歩が踏み出せなかったんだろう。

もし、もし踏み出せていたら何か変わっていたのかもしれないのに。

でも、これは俺が招いたことなんだ。

失くしてから初めて気付く、なんて使い古した言葉だけど俺はずっと前から気付いていた。

ただ、失くしてしまわなければ、そのことを認められないくらい弱くて情けないだけだったのだ。




時間の感覚が麻痺し続けるなか、ドアのチャイムが鳴った。



191: 2011/02/15(火) 22:27:04.02 ID:Fe9d2dbe0




今日はアイツの合格発表の日。

正直模試の結果からすると五分五分というところだけどどうなんだろう。

メールを送っても返ってこないし、とうとう待ちきれなくなって私は来てしまった。

アイツの部屋の前だ。

チャイムを鳴らす…………出ない。

ドアを叩く………出ない。

ノブに手を掛けてみる………開いた……

部屋は真っ暗で、一瞬鍵をかけ忘れて何処かへ出かけているのかと思ったが、そうではなかった。

ベッドに見慣れたツンツン頭のシルエット。

落ち込んでいるのが一発でわかる重い空気に、まず過ぎったのは『不合格』という三文字。

でも、アイツは首を振ると、「受かってた」とぼそりと呟く。

じゃあ、一体何なのだろうかと疑問に思う私にアイツは説明してくれた。

細かいことは言わなかったし、たどたどしい説明だったけど、わかったのは二つ。




あの子がイギリスに帰ったということ。


あの子に二度と会えないということ。





192: 2011/02/15(火) 22:27:42.93 ID:Fe9d2dbe0




正直に言おう。

私は、その瞬間歓喜に震えた。

アイツは、悲しみに私がショックを受けていると思って気遣っていたけど。

けれど、すぐに私の中の喜びも、優越感も消し飛ぶ。

「……何の為に俺は頑張ってきたんだろうな……アイツがいないんじゃ意味がないってのに……」

震える声で、力なく呟く。

「なぁ、御坂……いつまで経っても帰ってこないんだよインデックスが。もう夕飯の時間で、こんな遅くまで出歩くようなヤツじゃないのに……」

ベッドの ――― あの子が使っていたシーツを抱きしめるのが、衣擦れの音でわかる。

「はははは……何言ってるんだろうな。アイツは帰ったって、そう説明したばかりなのに……もう帰ってこないのに……」

何を情けないこと言ってやがる、そう罵ってやりたくなる。

あの子がいないくらいで、と。

アンタには私がいるじゃないか、と。

それは見当違いの怒りだと、わかっているのに、思わずアイツの頬を両手で掴んでいた。

掌に濡れた感触。




193: 2011/02/15(火) 22:28:55.36 ID:Fe9d2dbe0





アイツは泣いていた。

涙でベトベトのアイツの頬。

間近に引き寄せたことで、薄暗闇でもわかるアイツの顔立ち、そして感じる吐息。

腹立たしさと、愛しさが同時にこみ上げる。

私は、思わず呟いていた。




194: 2011/02/15(火) 22:29:25.15 ID:Fe9d2dbe0




「あの時の言葉覚えてる?」

御坂は俺の顔を包み込みながらゆっくり囁く。

あの時、半年以上も前の夏の日だろう。


『アンタが好きなの』


そう言ってくれたあの日。

俺は返事をしなかった。

まだ、自分の感情がよくわからないからだと。

そして御坂はこう言った。


『じゃあ……私、待ってるから。アンタの気持ちが向いてくれるのを』


何でこんな俺みたいなヤツに、こんな素敵な女の子が、と不思議に思ったものだ。

御坂はゆっくりと頷く俺を見てから、そろりと口を開く。


「あの時の言葉に偽りはないわよ、今も、ずっと、ずっとアンタを待ってる」


その言葉の意味は俺にだってわかる。

だけど、それはいけないことだ。御坂に対して失礼だ。

俺が首を振ろうとするのを、御坂の手が阻む。

言葉を俺が紡ぐ前に、御坂の強い眼差しが言葉を喉へと押し込む。







195: 2011/02/15(火) 22:30:25.27 ID:Fe9d2dbe0




ズルイ女だと思う。


逃げ場を用意してやると言いながら、私がしてるのは私の方へと道を誘導しているだけ。


私への逃げ道なんて、要は私から逃げられない道っていうことなのに。


テレビでも映画でも、小説でもマンガでも目に知るテンプレのような泥棒猫。


吐き気がする。



こんな女、大嫌いだ。





その大嫌いな女に、今私はなろうとしている。




大好きなコイツを手に入れるために、私は大嫌いな私になろうとしている。














196: 2011/02/15(火) 22:33:52.41 ID:Fe9d2dbe0




「私がアンタの側にいるから………アンタが好きになってくれなくても、それでも……ずっと当麻の側にいたいの……」



御坂…おい、ちょっと……




          
「だから、お願い ――― “とーま” ……… 私を ―――― 」




掠れるような言葉だった。


その言葉に。


そのイントネーションに。


自分の中の何かが崩れたのを聞いた。


俺は堪えていたものを吐き出すように、目の前の自分を好きだと言ってくれている少女の気持ちに付け込むようにして縋りついた。


197: 2011/02/15(火) 22:34:33.13 ID:Fe9d2dbe0







俺は、その夜、多分人生で一番最低の判断をした。











238: 2011/02/19(土) 00:01:41.76 ID:RR8j+Mh90



御坂と付き合うようになって三ヶ月が経った。

御坂のマンションと俺のアパートは意外に近く、御坂が俺の家に夕食を作りに来てそのまま泊まっていくことも増えた。

それに伴って、俺の部屋には御坂の私物が少しずつ増えていった。

小物やクッション、シャツやタオル、歯ブラシ、専用のマグカップ。

それらのものが増えるにつれて、俺の部屋での御坂の色、御坂の匂いに占める割合は大きくなっていった。

そのことを特に嫌だとか重いとは思わない。自分の生活空間に誰かの匂いが混ざり合っているのには慣れているのだから。

寧ろ、俺にとってはそちらの方が落ち着く。

誰かの存在が同じ空間にあることだけで、救われるものがあるのだと俺は知った。




御坂との付き合いを一方通行に話したとき、一方通行は「それでテメェもアイツも納得するンだな?」と真剣な目で聞かれた。

納得?ああ、してるさ。当然だろ?俺も御坂も……きっとアイツも。


239: 2011/02/19(土) 00:04:26.42 ID:RR8j+Mh90

「………イギリスか…」


一方通行も思うところがあったんだろう。

俺が学校に行っている間、アイツが入り浸っていたのは一方通行の部屋。

料理をしたり、買い物に行ったり。

アイツはその日一日あったことを俺が学校から帰って来ると懇切丁寧に話してくれた。

アイツの話によく出てくる名前は小萌先生でも姫神でも舞夏でもなかった。

他の誰よりも一方通行の名が出た。




『ねーねー、とーま、とーま。あくせられーたってね、包丁使うのがとっても上手なんだよ。私も負けてられないんだよ!!』




そうやって頑張ろうと意気込むアイツは凄く可愛くて、俺はいつまでもアイツの話を聞いていたいって思っていたんだ。




でも知らねーだろうな。

嬉しそうな顔でアイツがお前のことを話すたびに、俺はかきむしりたくなるくらい苦しかったんだって。


『あくせられーた』って呼ばれてるたびに、俺はどこかでお前にムカついてた。


髪の色のせいか、一緒に歩いていると兄妹に見えるお前らの姿を遠巻きに見ちまって氏にたいって思ったことだってある。











もう、そういうのも過去なんだけどさ。



240: 2011/02/19(土) 00:05:16.13 ID:RR8j+Mh90

俺はこれから御坂と映画に行く。

今日は授業は二コマ目まで。アイツはテストが午前中で終わるとかで、待ち合わせて昼食を食ってデート。

明日は土曜だから、きっと御坂は泊まって行くんだろう。



俺が自暴自棄になりそうなときに、アイツがいなくなって、ぐちゃぐちゃになりそうな俺を支えてくれた御坂。



ずっと俺の側にいてくれたあいつの気持ちに応えなきゃな。







241: 2011/02/19(土) 00:08:52.24 ID:RR8j+Mh90



当麻と付き合い出してから三ヶ月。

今日はアイツとデート!!見てくる映画は勿論ゲコ太!!!

……と行きたいんだけど、流石に大学生の男と女子高生の組み合わせでゲコ太は気まずいっていうのは私にもわかってるわよ。

テストも終わったし、アイツとの待ち合わせまで少し時間が出来たから妹達の様子を見に病院に来てる。

妹には、当麻と付き合うようになったことを最初に報告した。妹の好きな人でもあるんだから、そういうことってはっきりさせておくべきだろうってね。

結論から言うと妹は祝福してくれた。

『確かにミサカはあの人をお慕いしておりますが、心が未熟なミサカは残念ながらこの泥棒猫!!と罵倒するほどの豊かな感情を持ち合わせていません。
 
 ですから、ここはひとことおめでとうございますといわせてくださいと、ミサカは歯を食い縛ってミサカに殴られるのに備えてスタンバってるお姉さまの覚悟を無に帰してみます』

なぁんてさ、可愛げのないこと言ってくれちゃってさ。

涙目で、必氏に無表情作っちゃってさ。

素直じゃないっていうか、可愛いげないんだから。

ホント、可愛げのない……可愛い妹だ。恨み言の一つだって言ってもいいのにさ。心配させまいって泣くのを堪えてさ。

242: 2011/02/19(土) 00:09:46.54 ID:RR8j+Mh90


病院に行くと、私は予想外過ぎる、っていうか、予想したくないヤツにあった。

向こうも同じらしく、露骨に『ゲッ』っていう顔してやがる。私だってアンタの顔なんざみたくないっての。

でも、アイツの手にある花束を見て、正直毒気が抜かれる。

アイツには全然、これっぽっちも、少しも似合わない花束。



ガーベラ ――― 妹達が好きだって言ってた花だ。




『希望』っていう花言葉だったっけ?頑張れっていう想いを込めて送るんだよね。

何、アンタ花言葉とか詳しいの?キモイんだけど。



「ンなわけねェだろォがボケ。調べたンだよ……」


調べた?


もっとキモイ。


つーか、第一位が花言葉とか調べてる姿想像すると………ぷはははははははは





「病院内で笑うンじゃねェよ馬鹿」

病院内で笑わせるんじゃないわよ馬鹿。




ま、いいわ。


243: 2011/02/19(土) 00:11:08.37 ID:RR8j+Mh90


せいぜいお見舞いちゃんとすることね。言っておくけどあの子達に変なことしたらぶっ頃すからね。


「出来るのか?テメェ程度に?」


ああ、出た出た。『俺ってば悪党なんだぜ』スマイルだ。はっきり言って怖くないわよ。

だってアンタ私に……つーか私達に手出せないでしょ?

自分で決めた自分ルールに縛られて身動き取れないなんて馬鹿みたい。




「………出すつもりもねェよ」






……

………

…………何よ、素直に認めないでよ。



調子狂うなぁ。

ああ、そうだ、一言アンタに言っておかなきゃならないことがあったんだ。


「ああァ?まだなンかあるンですかァ~」




244: 2011/02/19(土) 00:12:33.52 ID:RR8j+Mh90







私の大事な妹達を、今までずっと守ってくれて、ありがとう。






245: 2011/02/19(土) 00:13:20.66 ID:RR8j+Mh90


一度きっちり言っておきたかったんだよね。



ああ…

なんだかなぁ~

嫌だな。

何が嫌だってさ。

コイツに今こうやって頭下げてお礼言ってることがあんま嫌じゃないってことが嫌だな。

私もっと情に熱いヤツだって思ってたんだけどな。

コイツに惨たらしく殺された妹の姿はしっかり覚えてるはずだし、コイツを許したくないって気持ちも健在なのにさ。

なのに、すんなり言えちゃった。当麻に告白した時の方が勇気がずっと要ったよ。

コイツはコイツで、ぽかんとしたマヌケ面曝してやんの。写メって妹達に流してやろうかしら。

ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、妹達守ってくれたことには感謝してるけど、アンタのしたこと許したわけじゃないんだからね。


246: 2011/02/19(土) 00:14:45.77 ID:RR8j+Mh90



「……後半の言葉だけ貰っておくわ」



は?何よそれ。後半って……ちょ、オイ、無視すんなぁ~!!


ま、いいわ。あんなヤツに構ってる場合じゃないもんね。

これから当麻とデートなんだから。

夕食は当然作るでしょ。明日は土曜日だし、当麻の部屋泊まってくつもりだし。

卵とかあったかな。

帰りに買出ししないとね。エコバック忘れちゃったしな。

どうしようかな。マンション寄ってから行こうかな。

アイツ大概待ち合わせ15分遅れだしいいよね。

うん、こんな可愛い彼女が夕飯作ってあげるんだから、遅刻しても文句なんて言わせないわよ。







247: 2011/02/19(土) 00:15:19.10 ID:RR8j+Mh90



病院に来るといつも緊張する。妹達に見舞いの品を渡して、少しばかり雑談っつー名の妹共のいびりにあう。

それ自体は別に構わねェ。

ただ、いつオリジナルに会うのかっていうのが頭にある。

会ったらどうすりゃいいンだ。

そう思ってたら会っちまった、クソッタレ…




「私の大事な妹達を、今までずっと守ってくれて、ありがとう」




くはッ…

かかかかかか…

何言ってやがンだか。馬鹿じゃねェのか?こンな大虐殺野郎の加害者に向かって感謝とか。

頭沸いてるンじゃねェのか?

248: 2011/02/19(土) 00:16:05.17 ID:RR8j+Mh90

………

……………感謝なンてしてンじゃねェよ……クソ…ッ

だから貰っておく言葉は後半の「やったことを許したわけじゃない」の部分だけで十分だ。

さっさと退散するに限る。

あのクソガキといい、コイツといい、遺伝子レベルでどォかしてるぜ。

お人好しのクソバカ共が……



アイツ、幸せそうに笑っていやがったな。

上条とオリジナルが付き合い始めたってのは聞いた。

だからそれがどうした。そう思った。

オリジナルがアイツに惚れてるのなンざ知ってるし、それにアイツが応えたってだけなンだからな。

けど、本当にそれでいいのか?納得なンざ出来ンのか?

以前アイツに聞いたら返ってきたのは「当然だろ?」の一言ってそりゃそうだ。

俺こそ何聞いてやがンだか。

上条のヤツ、しっかりやってやがるんだろうな?

ぞんざいな扱いしてやがったらぶち頃すンだがな。

249: 2011/02/19(土) 00:19:01.47 ID:RR8j+Mh90

インデックス…あのシスターがいなくなってすぐに付き合い始めたことには特に文句はねェ。

居候がいなくなったのと大学に受かった開放感で女作った野郎ってところか。

どンだけ端からモロバレでも、アイツ等は最後まで家族って便利な言葉で終わっちまった。








『でね、でね、とーまってばこの間も女の人にデレデレしててね……って聞いてるの?あくせられーた!!』



『とーまってやっぱり、年上の女の人の方が好きなのかな?私じゃ妹止まりなのかな……?』



『あくせられーたと一緒にいるとね、何だかホッとするんだよ。とーまといる時に似てるんだよ。

 何でだろうね?あれ?どうしたのあくせられーた?顔が赤いかも。熱でもあるの?』






あの馬鹿……結局言えなかったンだな。

あンなに鬱陶しいくらい毎日毎日惚気聞かせておいて、何てザマだ。




俺が何か引っかかってるのはきっと其処だ。




250: 2011/02/19(土) 00:22:58.74 ID:RR8j+Mh90




イギリスにあのチビシスターは帰っていった。アイツを大切に思ってくれてるヤツ等もいるンだろ。



世界は、とりあえずマシになりかけてる。

っても、生ゴミが可燃ゴミになった程度だがなァまだ。異臭がしねェだけマシってか。



残されたアイツは自分の側にいてくれる女の大切さに気が付く。



綺麗な締めだ。

ああ、誰もが納得するだろォさ。

口当たりも悪くねェしよォ。

拍手喝采ってかァ。

どいつもこいつも物分りの良いこった。

きっと「グッドエンド」って呼べるンだろォな。






じゃァどォして俺はこンなにも納得がいかねェンだ?







251: 2011/02/19(土) 00:23:46.06 ID:RR8j+Mh90


隣りで眠る御坂を起こさないように俺はそっとベッドを抜け出す。

ベランダを開けると生暖かい風が汗ばんだ身体から熱をゆっくり奪っていく。

もう7月になる。

アイツが出て行ったのが3月。

もう四ヶ月になるのか。あっという間だった。

慣れない大学生活に、俺は忙殺されてて。

初めてやるバイトに悪戦苦闘で。

平常運行の不幸に追い立てられて。

御坂との清く…は無いけど、それなりにありふれた男女交際をやって。

アイツのことを思い出すことは減っていった。

そういうもんなんだろう。

悲しいけど。考えられる物事の許容量は限られてるし、俺は贔屓目に見てもそれが人よりあるとは思えない。

だから、きっと薄れていくんだと思ってた。期待もしてた。

胸の痛みが消えてくれると。

252: 2011/02/19(土) 00:24:27.27 ID:RR8j+Mh90

あの寮の前を通るとき。

ゲーセンの前を通ったとき。

スーパーで買い物をするとき。

そんな些細な瞬間に、俺の出来の悪いはずの脳は即座に回転して、検索しちまう。

お前と一緒にいた時の思い出を、まるでキーワード検索にかけたみたいに幾つも幾つも。

それが一斉に展開されると堪ったもんじゃない。

泣きたくなるときなんて何度もあった。

思い返す回数が減る変わりに、まるで思い出されていない間のタメのように、ズドンと重たいものをもらっちまう。

くしゃくしゃのよれよれになった封筒を取り出す。

中からそっと取り出した三つ折の便箋を開ける。

何度も目を通して、今更見る必要なんてなくてもわかっているはずの手紙を読む。

夏の夜の、今日は満月だからか余計に明るい月明かりの下、俺はアイツの手紙を読む。

もう何回目かなんて数えてない。

それでも目を通す。


253: 2011/02/19(土) 00:26:09.66 ID:RR8j+Mh90

相変わらず汚い字だ。

そんなに長くも無い手紙を、何倍もの時間をかけてゆっくり読む。

まるで儀式だな。

そして、最後の『大好きな当麻へ』で俺の目はいつも止まる。

“麻”と“へ”の二文字が滲んでいるからだ。多分涙の跡。

俺が濡らしたわけじゃない。最初からそうだった。






アイツの涙だ。

これを書きながらアイツは泣いてたんだ。

手紙で俺に笑っていますか?なんて聞いておいて、肝心の自分は泣いてたんだ。



なんだよそれ。



そんなものを遺されて、簡単に忘れられるはずがないんだ。

記憶を失くして、空っぽの中に最初に飛び込んできたのがアイツの涙。


254: 2011/02/19(土) 00:26:57.02 ID:RR8j+Mh90


アイツの涙を見た瞬間、すぐにわかった。

前の上条当麻はこの子に惚れ抜いて、後悔もなく氏んだんだって。

そう思わせるくらいの威力だった。

誰もが母親や、父親の顔を生まれて最初に目に焼き付けるってのに、俺はアイツを焼付けちまったんだ。

そんなものがどうやったら消せるんだってんだよ。








チクショウ…




273: 2011/02/19(土) 17:18:13.41 ID:rfYxn5Yf0


黄泉川に食事に呼ばれて、断る理由もなく、正直メンド臭ェが行くことにした。

暇を持て余してたし、食事の準備をする気がしねェ。

随分と飯炊きのスキルは上がったが、どォにも張り合いがねェのは比べ合う相手がいねェからだ。



イギリスねェ……



あのクソチビシスターは向こうでも作ってンのか?

いや、作ってねェかもしれねェな。

相手がもういねェンだ。

黄泉川からメール。

……タマネギが足りねェだ?クソが。どォして片手落ちなンだあの女は。

仕方がねェ、通り道にあるからな、スーパーにでも寄るか。



確かこのスーパーだったか。

あのチビシスターと会ったのは確か何となく立ち寄ったこのスーパーだった。

スーパーに行くなンざ似合わねェってことはわかってンよ。

自覚はある。

ただ何となくだ。暇だしな。グループの仕事も閑古鳥が鳴いてるしよォ。

別に打ち止めに「貴方の手料理を食べてみたい」と言われたからでもねェし、

「学園都市第一位ともあろう者が飯一つまともに作れねェのかにゃーん」と番外個体に言われたからでもねェ。

ただ、まァなンとなくだ。


274: 2011/02/19(土) 17:19:06.11 ID:rfYxn5Yf0

レシピ通りに作れば問題なンざねェだろォと思って入ったスーパーで、見慣れたチビガキを見つけた。

例の修道服を着ていなかったせいで一瞬誰だかわかンなかったが、銀髪碧眼のチビなンざ早々お目に掛かる機会はねェ。

珍しく一人でいやがるンだなと三下を探すが、学校の時間だとすぐに気付く。

学校なンざ行ってねェからあンま感覚ねェな。声を掛けるか迷ってるこっちにお構いなしにチビシスターは笑って近づいてきやがった。

打ち止めと同じで、どォもコイツは物怖じしねェヤツだ。普通の奴だったら俺に近づこうなンてしやしねェのにな。

周りの客みてェに。

いや、コイツは物怖じしねェっつーか警戒心がねェだけか。

『あくせられーただ。あくせられーたもお買い物?』

ああ、まァ暇つぶしになァ。

ん?

今、あくせられーた『も』って言ったか?

お、オイ…オイオイオイ…此処は飯食う場所じゃねェンだぜ?

その材料を買う場所であってだ……

ッ!?

まさか…テメェ…料理が出来るのを待つのがまどろっこしいからって……材料を直に…だと…?


275: 2011/02/19(土) 17:19:38.63 ID:rfYxn5Yf0

『違うんだよ!!とっても失礼なんだよ!!お料理の材料を買う為に来てるんだよ!!』

ああ、お遣いか。やるじゃねェか。……だが、打ち止めは既に身に付けているスキルだがな!!

『親馬鹿炸裂させないで欲しいかも……お料理するのはとーまじゃなくて私なんだよ!!』




なん…だと?





276: 2011/02/19(土) 17:20:14.39 ID:rfYxn5Yf0



結局成り行きで俺のマンションに付いてきやがったチビシスター。

あの三下は男の部屋に簡単に上がっちゃいけねェって教えてねェのかァ?

『あくせられーたもお料理の練習するんだ?』

練習っつーか……まァ、暇つぶしにな。出来ねェからって絡んでくる馬鹿黙らすためだ。

『優しいんだね』

……お前人の話聞いてましたかァ?

暇つぶしだし。つーかそもそも、誰の為でもねェし。

『でも、その人にお料理作ってあげるんでしょ?』

一人で食うだけならコンビニで十分だしな。

どォせなら極上の料理を作ってやって敗北感を味あわせてやるってのもいいかもしれねェ。

それだけだ。

『ふ~ん』

オイ、そのニヤニヤ止めろ。スッゲーイラつく。

テメェこそあの三下に飯作ってやるとか、随分家庭的じゃねェか。

『とーまの役に少しでも立ちたいんだよ』

そいつはまた、どういう風の吹き回しだ。


277: 2011/02/19(土) 17:20:49.19 ID:rfYxn5Yf0

髪をポニーテールにして、エプロンを付けて立つと最早誰だかわかンねェなお前。

修道服ってなァ記号みてェなもンだったンだな…別人だろ。

『あくせられーただって無地のシャツとか着てたら別人なんだよ。特撮ブランドは着ないの?』

……お前、それ誰が言ってた?

『とーまだけど?』

よォし。今度自転パンチだあのクソ野郎。

で、無駄飯食いシスターが一体どういう化学変化を起こしたらそんな健気なことを口走るようになるンだ?

何か悪いモンでも拾い食いしたのかァ?体晶とか。

『失礼なんだよ本当に!!とーま並かも』

それは流石にキツイな。

『とーまにね、私ずっと我が侭ばっかり言ってきたの……』

知ってる。

『この前ね、とーまが風邪引いちゃって……私どうしていいのかわからなくてね、それで友達に来てもらって何とかなったんだけど……

 ずっと側にいたのに、私とーまの手を握ってることしか出来なかったんだよ…』



278: 2011/02/19(土) 17:21:25.72 ID:rfYxn5Yf0



……

………

…………

……………チッ……


泣いてンじゃねェよ。




『泣いてないもん……』

どォ見ても涙目です。本当にありがとうございますゥ。


279: 2011/02/19(土) 17:23:00.94 ID:rfYxn5Yf0

お前はそれで、どォにかしようとしてンだろ?

アイツの為に何かしてェって思って、それで此処にいンだろ。少しでもテメェ自身を変えようとしてよォ。

何も感じないで何もしねェンだったらただのクソだが、お前は何とかしよォって足掻こうってしてンじゃねェか。

それが、これから足掻こうって時に何いきなりテンション下げてンだよ。いきなり敗北宣言か?

テメェはまだ足掻いてねェだろ。

まだ足掻ききってねェだろ。

足掻いて足掻いて、足掻ききって、それから泣け。

そン時まで泣くのは取っとけ。

その時に嬉し泣きするか負け犬の涙になるのかはお前次第だろォけどな。




……


………


…………


……………何だよ…マヌケ面でこっち見てンじゃねェよ。


『ううん、ちょっとビックリしたんだよ。とーまみたいだったから』

説教臭いって言いてェのか?

『私、とーまのお説教好きだよ?』

フォローになってないンですけどォ。


280: 2011/02/19(土) 17:24:02.88 ID:rfYxn5Yf0

『何だかとーまに励まされちゃった気がしたかも』

そいつァ良かった……のか?

『うん!!』

そう言ってアイツは危なっかしい手付きで包丁を握った。

人の事は言えないがなァ。

『ねーねー、あくせられーた』

なンだよ。オラ、包丁握って余所見してンじゃねェ。

『やっぱりあくせられーたって優しいんだね』

あァ?

『とーまの次に優しいかも』

…フン……

あの三下の次点たァ、光栄なこった。

『そうだよ』

皮肉も通じねェときたもンだ。





281: 2011/02/19(土) 17:24:41.48 ID:rfYxn5Yf0



そォだ、そォだった。

こんな始まりだったな。あのチビがウチに来るよォになったのは。

二人揃って出来た料理は、料理の顔をした何かだった。

かかかかかか……十万三千冊の魔道書とやらが頭に詰まってるガキと、学園都市最高の頭脳が集まって、それで出来たのが犬の餌以下の代物だったンだから笑っちまうな。

それでも、あのチビは食いきったンだっけか。食べ物は粗末にするなだとか、婆臭ェことほざきながら。




282: 2011/02/19(土) 17:25:30.18 ID:rfYxn5Yf0





『あくせられーた…もう桂剥きを習得してる…器用なんだよ』

テメェとは格が違うンだよ、格がァ。

『むぅ…でも味付けが濃いんだよ』

そォいうことは、一人でまともに飯が作れるようになってから言いやがれ。

『この前卵焼き作ったんだよ』

元卵だったじゃねェか。

『かわいそうな卵から凄い進歩かも』

牛歩だろ。全然変化してねェよ。しかも殻が入りまくってガリガリ言いやがるしよォ…

『……新食感…なんだよ』

殻は食べ物としてカウントされてンのかお前の中では…痛ッ…

『あ~あ、包丁握ってるときに余所見してるから』

うるせェ。sのドヤ顔止めろムカつく。テメェずっとそれ言うチャンス狙ってたろォ!

『叫んでないで早く止血するんだよ。って、何でじっと見てるの!?』

いや、なンとなくこういうのって見ちまうだろォ?



『怖いんだよ!!もうっ…』




283: 2011/02/19(土) 17:26:24.30 ID:rfYxn5Yf0



……オイ。



『ひゃに?』

何してンだ…お前…?

『ひへふ』

止血か……ってオイ。それが何で指咥えることになンだよ。

…ッ…くすぐ……舐めンな!!

『あっ』

…ったく……そォいうことは三下にやってやれ。

『ふぇッ!?』

ガキ。何一丁前に赤くなってやがンだァ?



『……あくせられーたも十分赤いんだよ』




284: 2011/02/19(土) 17:28:45.95 ID:rfYxn5Yf0



なァに思い出してンだか……

あァ、レジ袋も結構です。

タマネギを……五個も買う必要があるのか?

俺と打ち止めと番外個体と黄泉川に芳川。

多過ぎねェか?あのシスターだったら一食分にも満たねェだろォけどな。





285: 2011/02/19(土) 17:30:17.91 ID:rfYxn5Yf0




『わ…美味しい…』

てめェで作っておいて何絶賛してンだ馬鹿。

まァ、そこそこの味っちゃー味かァ。

『あくせられーたのよりも美味しいと思うんだよ』

そいつは……まァ認めてやる。

そして、生煮えのニンジンがお前作のモンだってのも認めろよ?

『わ、わかってるもん!!茹で時間が足りなかったんだもん』

致命的だなァ。

味付けはこのチビが一歩リードってところだ。最も包丁捌きは三馬身差以上付いてるがな。

『私と、はふはふ、あくせられーたが、もぐもぐ、組めば至高、んぐんぐ、のメニューが出来るかも、むしゃむしゃ…』

取り合えず口の中のモン全部食ってから喋れ。

つーか、食いながら喋ンな。

チッ……食べかす付いてンぞ。あのガキとマジで一緒だな。

『あくせられーたお母さんみたいなんだよ。とーまみたい』

三下も苦労してンのな。

286: 2011/02/19(土) 17:31:07.69 ID:rfYxn5Yf0

で、どォなンだ?

そろそろ食わしてやれそォなのか?

オイオイ、何露骨にうろたえてるンだよ…

そもそも、その為に毎日毎日飯マズな思いしてンだろォが。

それに、そろそろあのクソ鈍い、それこそ犀のツラ並に鈍い三下でも気付いてンだろ。

心中穏やかじゃねェかもなァ。

……ってお前何不思議そォなツラしてやがンだ?

他人事みてェに……お前もしかして全然気付いてないのか?

ヤベェ…鈍いのはコッチもか。




287: 2011/02/19(土) 17:31:54.91 ID:rfYxn5Yf0




黄泉川のマンションに着くなりクソガキからの弾丸タックル。

威力増してンだろコレ…

ゲラゲラ笑ってンじゃねェよ番外。

相変わらずファッションって言葉から掛け離れたジャージ姿とか……黄泉川…

アイツもこのクソガキみてェに三下にくっ付いてたンだろォな。犬ころみてェに。





288: 2011/02/19(土) 17:32:53.60 ID:rfYxn5Yf0



『今日ね、とーまに作ってあげるんだよ』

カレーとはまた安牌だな。

けど、一人で最後まで作れるのがまだそれくれェだからなァ。いいンじゃねェの?

いや、ドヤ顔じゃねェよ。褒めてねェから。

鼻歌交じりでスルーかよ。

つーか、スゲー集中力。

人ン家のキッチン独占しやがって…

ホントにスゲー真剣なツラだな。

あンな顔して作られたら、不味いとは言えねェよな。

念でも籠もってそォだな、カカカカ……

………

…………三下の野郎…いい加減わかれってンだ。

…あんなに想われてンだからよ、これで『不幸だ』なンて抜かしたら……

……チッ……

アイツにあンなに想われて幸せな野郎だ……



289: 2011/02/19(土) 17:34:06.00 ID:rfYxn5Yf0


実際のところ、心中穏やかじゃねェどころじゃなかったンだがな。

まさか、あの鈍感馬鹿がストーカー紛いの尾行までかましてくれるとは予想しなかったな。

全然バレバレだったけどよ。

つーか三下の嫉妬深さに驚いた。

事情を知らなかった三下が、邪推するのもわからないでもない。

けど、俺はアイツがどれだけ三下を想ってるのか見てきた。

だから、思わずブン殴った。能力なンざ無しで。おかげでスゲー手が腫れちまったが、ソイツは些細なことだ。

誤解を解いたアイツは俺に礼を言ってやがった。

晴れ晴れとしたツラで。

隣に、幸せいっぱいってツラのチビシスターを置いて。



クソが。



礼なンて言ってンじゃねェよ。

お前らの為にブン殴ったわけじゃねェ。

ただムカついたから……いや、違うな。もっとドロドロした気持ちだ。

俺は、あの時、少しだけ三下に ――― 上条に嫉妬してた。

アイツに、あンなにも真っ直ぐな気持ちを向けられてることに。

だから、ソイツに気付かないことがムカついて、どォにも堪えられなくてアイツをブン殴っただけだった。



だから、礼なンて言われる資格俺にはなかった。







314: 2011/02/23(水) 21:49:29.93 ID:QzdXcszD0


大学に入ってそろそろ一年が経とうとしていた。

御坂とは相変わらず俺のアパートと自分のマンションの往復生活を送っている。

週末は泊まっていくにしても、アイツの学校はそうそう半同棲しながら通えるレベルではない。

アイツはそこで、自分の夢を叶える為の研究をしているという。筋ジストロフィーの治療についての研究だそうだ。

細かい話は聞かされて1分で挫折した。

そういえば、一方通行も今大学で研究してるって言ってたな。妹達の寿命を正常な人間と同様の長さに変えるための研究だそうだ。

御坂に言わせれば、『人に説明する能力が決定的に欠けてる上に、同等の思考能力が居ないから、一人で閉じこもって研究みたい』と呆れた口調だ。

あの悪人面が白衣を着て、薄暗い研究室で一人研究に明け暮れている……どう考えても世界を滅ぼす算段をしてる方がイメージしやすい。

そんなこと勿論言おうものならベクトルパンチだろうけど。

御坂と付き合って一番俺が救われていると思ったのは、誰かが側にいてくれるという事を実感できること。

呼びかけて返事があることは、驚くほど心が安らぐ。

温もりが側にある、それだけでどれだけ頑張れるのだろうか。俺は思っていたよりもずっとそういうものに依存していたのかもしれない。

315: 2011/02/23(水) 21:51:09.42 ID:QzdXcszD0


夕食も週の半分は御坂の手料理だ。

御坂の料理の腕はアイツよりもずっと上なんだろう。

同じ食材を使っても俺では絶対につくれない、というか作ったことの無い料理を作る。

これが常盤台の実力よ、と胸を張る御坂は恋人の贔屓目を除いても可愛いと思った。

勝負だと言ってはいつも追い掛け回されていた頃には思いもしなかったけど、御坂は凄く気の付くヤツだ。

課題で徹夜になってしまうときは熱くて濃いめのコーヒーを淹れてくれる。

ついついサボりがちにしていた洗濯物を気付いたら綺麗に畳んでおいてくれることもざらだ。

土御門や青ピに言わせると「良妻スキル完備のスーパー女子高生」なのだそうだ。




『お姫ちゃんは(お姫ちゃんというのは土御門が付けたあだ名だ)カミやんには勿体無さ過ぎるぜい』




土御門は会う度にそう言って笑う。

御坂への同情のようにも、俺に対する忠告のようにも聞こえる声色で。



実際俺もそう思う。





316: 2011/02/23(水) 21:52:50.42 ID:QzdXcszD0


御坂ほどの女の子だったらよりどりみどりだろう。



俺よりもカッコいいヤツ。

俺よりも頭の良いヤツ。

俺よりも気配りの出来るヤツ。

俺よりも優しいヤツ。






……俺よりもアイツを想ってくれるヤツ。


そんな選択肢はゴロゴロしてるし、それに気付かないようなヤツじゃない。

それでも、アイツは俺を選んで、俺を見てくれている。

喪失感に打ちのめされてる俺の側にずっといてくれたことを俺は言葉に言い尽くせないないくらい感謝してる。

こんな幸運なことは無い。ああ、きっとコレが幸せっていうのだろう。

笑っちまう。俺が幸福を噛み締めるなんて。




ああ、そうだ。


俺達は上手くやっている。



317: 2011/02/23(水) 21:56:31.79 ID:QzdXcszD0





ただ、時々俺は思い出す。


野菜が歪で、ニンジンが生煮えの、ダマの目立つあのカレーを。




アイツの作ってくれるものの味が不意に疲れた時に恋しく感じる。

部屋にいる時に、舌足らずの声が聞こえた気がして思わず「何か言ったか?」等と聞いてしまう。

御坂はきょとんとするばかりで、俺は空耳だったと慌てて誤魔化す。



アイツの手紙は大事に取ってある。

御坂に見つからないようにと隠し場所に腐心した挙句に肌身離さず持っている。

大学に慣れ、バイトに自分のリズムが合ってくるにつれて、自分の時間を捻出できるようになるにつれて、一人の時間が増えた。

御坂だってそういつもいつも泊まりにくるわけじゃないのだから。

一人でぼんやりと過ごす夜、俺は一人ぼっちの夜っていうのを今の記憶を持ってからの三年間殆ど経験していない。

常に何かに巻き込まれてそれどころじゃないか、夜を味わう前にぶっ倒れているか。

そうじゃない場合はアイツが一緒にいた。今では御坂か。

だから、いざ優雅な夜の時間を手にしたとしても、案外何をすればいいのかわからなくなってしまう。




そんな夜、一人の夜に俺はその手紙を読む。




一人でぼんやりと過ごす自分への慰みに、なんてつもりはない。

ただ、あまり興味の持てない本を読むよりも、ずっと俺にとって有意義に思えるから。

真っ白な便箋は何度も何度も丁寧に指で押さえて折り畳んでは、カバンにしまいこんでるせいで、手垢で薄汚れ、よれよれにしおれている。

破ってしまわぬように、その手紙を開く時が、俺は好きだった。





318: 2011/02/23(水) 21:57:23.52 ID:QzdXcszD0




佐天さん達から「御坂さんってば彼氏さんが出来てから付き合い悪いですよ~」とからかい混じりの不平不満をぶつけられることに私は半ば心地良さを覚えていた。

大切な親友達を蔑ろにしてしまっているという罪悪感だって勿論ある。

言っておくが、まったく遊んでいないわけじゃない。大切な親友たちだもの、友達の少ない私は、自分に出来る限り彼女達を大切にしているつもりだ。

長天の友達は、何処かドライで、一線を互いに踏み込ませないという空気に満ちている。

それはそれで、楽だけど、過剰なスキンシップを取ってくる後輩やら、トンデモ事件を潜り抜けるという経験を共にした友人がいると物足りないというのが大きい。

それって凄く贅沢な悩みかもしれないとわかっていても、ついつい比べてしまっては、黒子や佐天さん、初春さんを優先してしまう。

でも、そんな親友達よりも、当麻を優先させてしまっているのは、やはり惚れた弱みだろうか。

切欠はどうであっても、三年越しの片想いが実ったのだから、大目に見てもらいたい。

そして、私はそんな不満をぶつけられる度に何処かで喜んでいた。正確には酔っていたのかもしれない。

ゴメンね、当麻のご飯作りに行かなきゃいけないの、なんて言ってお茶の後のカラオケをパスする瞬間に、そんなやり取りをしてる自分に酔ってるのかもしれない。

少し困ったように、仕方が無いからと、当麻とのことをそんな当たり前の“日常”として口に出来る日々を、私はずっと夢に見ていたのだから。

当麻ったら、私がいないと何も出来ないんだから困ったものだわ、何て亭主の愚痴を言うように友達に語れる日を、中学二年の夏からずっと妄想していた。

夢に見ては、朝起きて落胆することも何度もあった。


319: 2011/02/23(水) 22:01:08.99 ID:QzdXcszD0

そんな日が現実になっているのだ。浮かれるなという方が無理じゃないだろうか?





でも、私だってただ、ただ恋に浮かれているというわけじゃない。



当麻が私に惚れているとは思わない。


あの娘がいなくなったから、じゃあ私に、などとスイッチを切り換えるように惚れてくれるような男だったら苦労はない。


そもそもそんな男に惚れたりはしない。


私に惚れていないからと言っても、好意は抱かれてると思える程度の自信はある。


他の女の子よりもずっと大切に想ってくれているというのはわかっているし、これは私の思い込みじゃないと思う。


ただ、アイツが好きなのは―――― 惚れているのは“あの娘”だけ。遠い海の向こうへと当麻を置いて行ってしまったあの娘だけ。



悔しくないと言えば嘘になる。

正直、あの子を恨んだことも一度や二度じゃない。

アイツが時折切なげに遠くを見ている時なんて、多分あの子のことを考えてるのだろう。

そう思うと、遣り切れない怒りと、自分が無性に惨めに、滑稽に思えてきて、あの娘を恨めしく思う。


320: 2011/02/23(水) 22:02:29.09 ID:QzdXcszD0


でも、それでも私は概ね今に充実していた。



アイツが全力で私を好きになろうとしてくれているのがわかるから。

アイツが自分の中に私のいる世界を広げていってくれていると思えて、それが嬉しかった。

それだけで私は喜びに満たされたし、幸せだった。

アイツをどうやって私に釘付けにしてやろうかと毎日あれこれ考えるのだって楽しかった。



もっとアイツの中の私の居場所は大きくなってくれればいいのに。その分あの娘の場所が減ってくれればいいのにとも思っていた。

私を思う機会が増えることで、あの娘を想う時間が減ってしまえば、無くなってしまえばいいのにとも思った。

嫌な子だと、自分でも思うけど、それは否定しようがない自分の中の事実だった。

私達は上手くやっている、やっていける。これからもっとそうなる。


今日よりも明日はもっと近づけると、一年が経とうとする頃には私の中でそれは、期待から確信へと変わって行った。



321: 2011/02/23(水) 22:03:22.12 ID:QzdXcszD0








でも、そんなものは幻想だと思い知らされた。








322: 2011/02/23(水) 22:04:58.92 ID:QzdXcszD0

アイツが風邪を引いた。

滅多に体調を崩さない代わりに、一度体調を崩すと徹底的に酷くなるという難儀な体質。

私は、部屋を温かくして、アイス枕で頭を冷やしてあげて、薬を飲ませてあげて、寝やすいようにしてあげた。

タオルで身体を拭いてやり、何度も清潔な下着に着替えさせてあげた。

おかゆを作り、玉子酒も作って、それから、アイツの側にずっと付いてた。

恩を着せたいからなんてわけじゃなくて、恋人として当然のことだからだ。

そして、アイツの側にいる口実にも良いと少し思っていた。

アイツは、熱い息を吐きながら、上気した顔で手をふらふらと伸ばす。

つとてを伸ばすと、無意識の行為なのだろう、私の手を握ってきた。

普段のアイツからは信じられないくらい弱い力だけど、しっかりと握ろうとするその手を私は握り返してやる。

握り返す感触に気付いたのか、当麻はうっすらと瞳を開ける。

焦点の合わない瞳が私を見つめる。




「ああ……そこに、いてくれたのか……――― 」




ほっとしたような顔でアイツが笑う。

とくんと、心音が跳ね上がる。


















「―――― インデックス」



323: 2011/02/23(水) 22:10:22.80 ID:QzdXcszD0



跳ね上がった心音が、一気に止まった気がした。




私は勘違いをしていた。

確かにアイツの中の私の場所は広がっていっていたのだと思う。

けれど、それは決して私が“望んだ場所”じゃなかった。

残酷なまでの棲み分け。

減らしていく、縮めていく、そんなつもりは無かったのだ。

自分の中の『あの娘の住む世界』を隔離して、大切な宝物として奥底にしまっていたのだ。


溢れるような花に囲まれたお花畑から切り離された寂寥とした平原を手に入れて私は喜んでいただけだったのだ。



324: 2011/02/23(水) 22:11:17.33 ID:QzdXcszD0





病み上がりの身体は若干まだ気だるいものの、御坂がずっと看病してくれたおかげだろう、すっかり回復していた。

御坂は看病疲れか、言葉もそこそこにマンションに帰っていった。

送っていくと言うと「病み上がりが何言ってるのよこの馬鹿。私は天下の『超電磁砲』御坂美琴様なのよ?」と不敵に笑う。

徹夜と看病疲れのせいか、赤く腫れた目元が少し痛々しかった。

大学は自主的休講にして、俺は平日の午前中をベッドに転がって過ごすことにした。

何もやる事が無い以上に、やる気が起こらない。

あれだけ寝たせいか、眠気も襲ってこない。

俺は天井を、この一年でようやく見慣れた天井を見つめながらふと思い出した。

以前もこうやって風邪を引いたことがあったな。

高校の頃だ。

まだアイツがいた頃。

おかゆも作れなくて、どうすれば良いのかわからなくて、アイツは泣きそうな顔をしてた。

小さな白いシルエットが落ち着き無くふわふわ、ふらふらと歩き回っていたのを朦朧とする意識で眺めながら可愛らしいと思った。

慣れない手つきで小萌先生や姫神に電話して、看病仕方を教えてもらって、それを見よう見真似でしてきた。

濡らしたタオルは十分に絞られてなかったし、入れてくれた卵酒はお酒の割合が凄まじいことになっていたし。

姫神が来なかったら病気は長引いていただろう。ホント、どうしようもないダメシスターだ。



325: 2011/02/23(水) 22:12:29.27 ID:QzdXcszD0



笑いがこみ上げた。

あの時、熱が少し沈静化して、目を覚ますとアイツは俺の手を握りながら、小声で何かを歌っていた。

結局あの時に聞けなかった歌を、俺は二年経ってから知った。





あれは子守唄だった。




柔らかくて甘い声で、アイツは瞳を閉じて、優しく歌っていた。

俺は眠ったフリをして、その歌と、手の温もりを味わっていた。

熱で霞の幕が掛かったような俺の頭は、その時、はっきりと確信していた。

コレが幸せなのだと。

例え、これが一瞬で崩れてしまっても、それでも、微塵も疑うことのないくらいの確信。






この一瞬が永遠に続けば良いのに、そう強く願っていた。






326: 2011/02/23(水) 22:12:56.71 ID:QzdXcszD0




― ―― ―

―― ――――   ―

―――   ――――― ―― ―――

―――――    ――――    ――――――


チャイムの音がする。

いつの間にか眠っていたらしい。

あまりに寝覚めが良かったから、もう夕方かと慌てて時計を見ると、まだ二時間も経っていなかった。

チャイムはまごついている間にも、何度となく鳴る。

居留守を使おうかという目論見を見透かしているようなしつこさに根負けしたのは俺の方だった。

ベッドから起き上がると、一瞬ふらつくものの、すぐに身体が普段の調子を思い出そうと機能し始める。

はいはい、今行きますよ~とダラケた声が思わず口から出てしまう。

新聞の勧誘だったら即座にお引取り願おう。

扉を開けて、そんな決意は霧散した。


「お久しぶりですね、上条当麻」


目の前にいるヤツに、俺は呆けた顔を向けるばかりで、言葉が出てこない。

余程俺はマヌケそのものの顔だったんだろう、ソイツは不審げに首を傾げる。


「あの……上条当麻?」


首を傾げると、腰まで伸ばした黒髪がさらさらと滑らかに揺れる。

相変わらずの奇妙なウエスタンスタイルに、長い得物の包み。

以前に会ったのは二年、いや、もう三年前になるのだろうか。

だとすれば、変わらない外見にようやく年齢が追いつき始めたのかもしれない。



「神裂……?」



俺は、ようやく回転を始めたポンコツ脳みそから、ソイツの名前を引っ張り出した。








344: 2011/02/27(日) 21:20:46.39 ID:kC5971VI0


神裂を部屋に上げる。

じりじりする。

俺はじりじりする気持ちを堪えながらお茶の準備をする。

お茶葉が切れていたので、コーヒーを淹れる。

雰囲気的にお茶を出した方が良いかとも思うが、「お構いなく」と神裂が言ってくれたので甘えることにする。

いや、何か魔術的な云々で和風にしておいた方がいいかなって思ってよ、そう言って笑ってみる。

笑い声は返ってこなかった。

……ま、まぁ昔から真面目なヤツだったからな。

二年ぶりに会う神裂は一言で言うと変わっていなかった。

元々の外見が老けが…大人びていたので違和感がなくなってきているというべきなんだろう。

コーヒーを飲もうとして、熱かったのか小さく悲鳴を上げる。

神裂は咳払いをする。

「お久しぶりですね、上条当麻突然の訪問を許してください」

ぺこりとお辞儀。律儀だ。つられてぺこり。

今日は突然どうしたんだ?

戦友とも言えるヤツが会いにきてくれたことを嬉しくないわけじゃない。

けどイギリスからわざわざ俺に会いに来たとは思わない。

それほど自惚れてはいないし、コイツラの立場上そんな気安い行動が出来るものじゃないことぐらいわかっている。


345: 2011/02/27(日) 21:22:14.94 ID:kC5971VI0
「護衛です。こちらの理事がイギリスにいらしていたので」

親船統括理事か?

「ええ、イギリスに訪英されていたので」

新聞でやってたな、そういえば。それで何でお前が?

「ちょっとしたパフォーマンスです。魔術サイド側の切り札を自分の身から遠ざけて守るというイギリス清教の」

神裂はようやくコーヒーの熱さに慣れてきたのか、ちょびちょびと口にする。

「そして、同時にそんな核兵器を身の回りに近づけるという統括理事のアピールでもありますが」

うわ、両方とも何だか黒いな。

つうか、王室じゃなくてイギリス清教なのな。

と言っても、日本の一都市の代表っていう建前だからそんなもんか。

「全ては最大主教のご指示ですが」

かちゃんとソーサーにカップを置くと、神裂が何でも無い事のように言う。




最大主教という言葉が他所事のように響く。




じりじりする。

さっきからずっと。

神裂は知っていて焦らしているのだろうか。

俺がずっと聞きたいのはそんなことじゃなくて。




最大主教という呼び名が、咄嗟にアイツと結びついてくれない。




346: 2011/02/27(日) 21:23:43.53 ID:kC5971VI0

神裂がアイツの名を口にしないことで、俺は聞きだすとっかかりを失ったように寸止めを食らう。

焦れた俺の気持ちが伝わったのか、涼しい顔で神裂は首を傾げる。

「どうかしましたか?上条当麻」

嗤うような響き。

確信する。

コイツ知ってて黙ってやがる。

コーヒーを啜る音しか部屋にしない。

俺はどうやって切り出せば良いのかいよいよわからなくなる。

「あの子なら…頑張っていますよ」

呼吸にタイミングがあるとすれば、完全に虚を突かれた。

あ、とマヌケな声を漏らす俺を、弄るように神裂が笑う。

口も声も笑ってるのに、どこか、ぞっとする冷たい瞳。

「あの子というのはこの場合ふさわしくありませんね。もう16になりますし」

そうか、アイツがもう…

正直想像が付かないわけじゃない。

一緒にくらしていた二年半の間に目に見えてわかるくらいアイツは成長していった。

精神的な意味だけじゃなくて、単純に身体的に。

というか、女らしい体つきになっていくのが目の毒で、理性を抑えるのが日に日に辛くなっていった。

今だともう胸なんか五和くらいあるんじゃないだろうか……なんて不埒なことを考える。



ただ、純粋にアイツが今どうなっているのか見たいと思う。



どんな顔で毎日を過ごしているんだろうか。




347: 2011/02/27(日) 21:25:05.09 ID:kC5971VI0

「若くして最大主教に祭り上げられて、世界から懐疑と憎悪の眼差しを浴びながら健気に我々を導いてくれています」

神裂の言葉に、血の気が引いた。

祭り上げられて?

憎悪?

「何を驚いているのですか?」

神裂は何を今更と言うように眉を顰める。

いや、だって何でアイツがそんな?




「当然でしょう。アレイスター・クロウリーの娘なのですから。世界の仇の娘と言っても良いでしょう」




言葉が出なかった。

初めて知ることじゃなかった。

そのことを今まで忘れていただけ。

アイツを見て、それであんなヤツのことを思い出すなんてこと今までなかったから。

俺も、一方通行も、誰もがアイツ、普通の一人の女の子だという認識を当たり前のように持っていたから。

喉が渇く。

冷めたコーヒーを一気に飲む干すと、深呼吸をする。一つ、二つ、三つと。

だったら何でそんなヤツの娘をわざわざイギリス清教のトップに?

神裂は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。

348: 2011/02/27(日) 21:27:11.22 ID:kC5971VI0


「一つは能力的にあの子が一番の適任者だからです。魔術的に聖人に劣る者が聖人の上に立つ事は無い。少なくともイギリス清教ではね」


「嘗ては私が候補に上がったこともありました」と神裂は零す。「本当はそれで収まるならそれで良かったのに…」瞳を伏せてぽつっと呟く。


「二つ目はあの子をアレイスターに恨みを持つ者から守るには結局イギリス清教で保護するのが一番早いからです。特に科学サイドから」


たとえ、脳内の魔道書を狙う魔術師がいたとしても、科学の中枢に置いておくよりはずっとマシだと判断したのだろう。

或いは、俺一人に任せておくことに不安があるのかもしれない。




「そして……三つめ。イギリス清教のトップに置くことで、イギリスは誇示出来るのです。

 魔術側には世紀の魔術師アレイスター・クロウリーの娘を抱えているという強みを。

 科学側には、旧統括理事の娘を握っているという ―――― 人質として」





カップがガチャンと音を立てて転がる。テーブルに膝をぶつけたからだ。

俺は気付いたら立ち上がっていた。

それでも、自分にしてはまだ冷静だった。

神裂の胸倉を掴まなかったことを寧ろ褒めたいくらいだ。

ステイルや土御門相手だったら殴ってたかもしれない。

ふざけるなよ。人質だと?アイツは…そんなもんになる為にいったってのかよ。

それがアイツの望みだって、本当にそう言うのかよ。


349: 2011/02/27(日) 21:29:45.49 ID:kC5971VI0


「ええ、彼女が望み、自分で決めたことです」

ちらりと冷めた目で見上げてくる神裂が癇に障る。

お前知ってたろ?アイツ此処でどんな風に暮らしてたか。どんだけみんなに好かれてたのか。

「ええ」

アイツはさ、記憶をずっと消されてて、ようやくそれから解放されて、ニコニコニコニコずっと笑ってたんだぞ。

「ええ」

幸せだって、楽しいね、ってずっと…お前だって聞いたことあるだろ。


「ええ…」


ようやく人並みに暮らせるようになって、それで…それで…どうしてソイツを捨ててまで人質になりに行くんだよ。憎まれに行かないといけないんだよ!



「………」



アイツは……インデックスが人に憎まれなきゃいけないなんておかしいだろ!!




「…――― せぇ…」




そんなもん、絶対に間違ってる。





「…―― せぇんだよ…」





今すぐ、俺が―――







「うるせぇんだよ!!ド素人が!!」





350: 2011/02/27(日) 21:31:20.27 ID:kC5971VI0

とんでもなく強い力に胸倉を掴まれ、一気に引き寄せられた。

捩れた襟が首を締め付ける。

神裂の真っ赤になった顔が真正面、数センチ先に迫る。

「今更言われなくてもわかってんだよ!!あの子は何も悪くないってことなんて、私も、ステイルも、誰だって、あの子を知ってる者なら皆なぁ!!!

 でもな、他に方法が無いんだよ!!聖人だって言っても私には何も出来ないんだよ!!!そうじゃなかったら、どうして私があの子を……」

ドンと突き飛ばすように掴んでいた胸倉から手を離す。

俺は踏みとどまることも出来ずにふらふらとしりもちをつく。

背中が本棚にぶつかって、本がバラバラと落ちてくる。

神裂はジージャンの袖で乱暴に目元を拭う。

ようやく、俺は神裂が泣いてることに気付いた。

荒くなった息を整えると、神裂はすっかり落ち着きを取り戻したように、頭を下げる。



「……すみません。取り乱してしまって」

まだ頬は上気したままだが、声は普段通りの神裂だ。普段どおりって…そこまで俺は神裂を知ってるわけじゃないけど、と突っ込みを入れる。

俺の方こそ悪い。

そうだ、俺には何も神裂達を非難する資格なんて無いのに。

少なくとも、この一年、美琴に支えられて、呑気に暮らしていた今の俺には無い。

気まずい沈黙が生じる。

言葉が出てこない。

昔だったら、もっと色んな言葉が出てきた気がする。

屁理屈だろうと、思い込みだろうと、とにかく言葉が出てきた気がする。

自分の中のもやもやしたもんを全部吐き出すように、拙い言葉をぶつけていた気がする。

それが今の俺には無い。何も生じない。

どうしてだろう。


351: 2011/02/27(日) 21:34:28.08 ID:kC5971VI0

「本当は……貴方には、ただ、あの子が頑張っているとだけ伝えるつもりだったんです」



どうにもならないことをグルグルと考えている俺の思考を遮るように神裂がぽつりと零す。

乾いた声、疲れきった声だ。

「だからこれは八つ当たりです。貴方には何の関係も無いのに……私は…」

唇を噛み締めて、神裂が俯く。

神裂…

「はい」

アイツは……インデックスは今どんな顔してる?正直に言って欲しい。

「……」

口ごもる神裂。

それだけで、アイツが今どんだけ辛い思いをしているのかわかる気がする。

けれども、はっきりと教えて欲しい。

頼む、教えて欲しいんだ。




「…教えてどうなるというのですか?」

するりと刺すような低い声。

神裂が発したのかと、俺は一瞬自分の耳を疑う。

俺を咎めるように見つめる神裂。

期待なんて何もしていないと、これ以上踏み込むなと、そう言ってるような目。

こんな目をされるのは、多分初めてだ。

少なくとも、記憶の中にある限り、神裂にこんな目で見られたことはない。

「聞いて、それで貴方はどうするのですか?何が出来るのですか?ただ、可哀想だな、なんて言葉で片付けて終わらせるくらいならば、

 貴方に伝える言葉は何もありません」

そんなわけないだろ!!俺はアイツが苦しんでるんじゃないのか、知りたいんだどうしても。頼む!

「………我々聖人が常にあの子の側で守っています。あの子に傷一つ付かぬように…けれども、悪意から守ることは出来ない。
 
 守るべき人々の悪意に曝されて、泣き伏せるあの子を抱きしめて、頭を撫でてやることしか私には出来ない…それ以外何も出来ない」


352: 2011/02/27(日) 21:36:49.78 ID:kC5971VI0

何も出来ないなんて決め付けるなよ。

「あの子は孤独です。誰からも支えられているのに、誰にも支えられていない……寄り添う者を失ったあの子は、歯を食い縛ることしか出来ない

 ……私では役者不足です…」

何か俺に出来る事は無いのかよ。

「ありません。勘違いしないで下さい」

視線が刃のように、鋭利な気迫となって真っ直ぐに貫く。

「今のあの子は守るべきか弱いシスターではなく、イギリス清教のトップ。貴方は取るに足らない大学生」

カチンと来る。

大学生だからって守っちゃいけないのかよ。

「守る?それ以前の問題です。近づくことすら出来ません。貴方はどうやら根本的に勘違いしています。確かに貴方は世界を救いました」

いや、それは流石に俺一人の力じゃねぇし。

「そうですね。謙遜は貴方らしいですが、事実でもあります。我々から協力を求めた、或いは、陰謀に巻き込まれた。
 
 貴方はあくまでも外的要因によって、強引にその役割の場を作り出してきた」

だから一介の高校生がイギリス王室に面識も出来ましたと、神裂は静かに、冷めた声で続ける。

「けれど、今は無理でしょう。貴方を巻き込む陰謀を練る者は既に存在しません。そして、我々が貴方に協力を求めることもありません。

 “幻想頃し”という魔術、科学双方における切り札によって世界は救われました。

 けれども、その右手に頼らねば回らぬほど世界は…いつまでも脆弱ではありません。

 世界は緩やかに、そして穏やかに変わりつつあります。故に、異端の力に頼る事は最早無いでしょう」

言葉が無かった。

そんな事はない、そんなふざけた幻想なんて認めない。

などと言えるわけが無かった。

だって、それはふざけてるけど…でも現実だった。


353: 2011/02/27(日) 21:39:41.02 ID:kC5971VI0

「私の八つ当たりについては謝ります。ですが、もうここまでです。貴方がこちら側に飛び込むことを一番望まないのは………あの子です」

俺は求められて、必要に迫られて、いつだってそういう理由があって飛び込んで行っていた。

けれど、今は違う。

誰も求めちゃいない ――――― インデックスさえも。

誰かの手引きが無けりゃ、今の俺にはアイツに近づくことすら出来ない。



「あの子は言っていました。貴方に貰った思い出があるから大丈夫だと。貴方にもらった掛け替えのない宝物さえあれば、それだけで、自分は十分だと」


だから、そう言って仕方が無いなんて笑えるのか?


「去年、あの子に久しぶりに会ったとき私は驚きました。甘えん坊で幼かったあの子が信じられないくらい強くなっていた。

 それはきっと貴方がいたからでしょう。あの子が頑張れるのは、貴方のおかげです」


けど、それで納得なんて出来るわけがない。


「ですから、お礼を……私からもお礼を言わせてください」


それで、引き下がれるわけがない。


「ありがとうございます、上条当麻。どうか、貴方はこちら側の世界で……今まで散々我々のせいで傷ついてきた分も幸せに、穏やかに生きて下さい」


354: 2011/02/27(日) 21:41:19.77 ID:kC5971VI0










アイツが泣いてるってわかっててて、諦められる奴はきっと上条当麻じゃない。










355: 2011/02/27(日) 21:43:00.95 ID:kC5971VI0



神裂。


「はい」


最後に…最後にもう一回聞く。

本当にアイツの為に俺に出来ることはないのか?

いや、違うな。こんな聞き方じゃないな。



                、、、、、
俺がアイツの側にいる為に……俺のすべきことを教えてくれ。




「何を…」


どんなことでも構わない。

どんな苦しいことでも構わない、どんな辛いことでも構わないんだ。


「ですから……何も…」


神裂!!


「…………」


俺は、此処で知ることが出来なかったら、きっと一生後悔する。


「上条当麻………」


神裂は暫く黙って俯く。

重苦しい空気なんて、気にならない。

ジリジリと焦れる気持ちが、吐き気のようにこみ上げる。

何でも良いから、そう言った言葉に今更後悔するつもりはない。

ただ、アイツが今、どんな苦しいのか、神裂を通して感じただけでいてもたってもいられない。


「一つ……あります」


一つ?


356: 2011/02/27(日) 21:44:39.35 ID:kC5971VI0

「ただ…私は絶対これを貴方にして欲しくは無い。誰も幸せになんてなれません。貴方も、貴方の周りの人も。

 そして、きっとあの子は泣くでしょう………誰もが泣いて俯くバッドエンドになるかもしれません」


確信に満ちた言葉に、気圧されるように冷たい汗が流れる。


「それでも構いませんか?」


構わない。

迷うより先に言葉が出た。

アイツが泣くと言われて、それでも俺は悩むよりも先に結論を口に出した。


「あの子と……地獄に落ちることになるのですよ?」


構わないさ。

だったら、アイツを引き上げてやる。


「あの子といることが地獄そのものなのかもしれないのですよ?」


構わない。

アイツとなら……アイツの側に居ることが地獄だってんなら、俺は天国なんていらねーよ。


357: 2011/02/27(日) 21:48:13.80 ID:kC5971VI0


「あの子は絶対泣きます。貴方を巻き込んだ自分を責めるでしょう」

それでも、構わない。

泣いて、アイツに散々罵倒されてもいい。

アイツが自分を責めるってんなら、俺がそれを止めさせてやる。

幸せを否定されて、それがアイツさえも泣かしてしまうと聞いても。




だって、これは結局は、単なる俺の我が侭だから。



そう、アイツの涙を止める為、なんてカッコ付けてるだけだ。

アイツの願いを酌んでこちら側の世界で幸せに暮らすことよりも、俺はアイツにすら泣かれてもアイツの側に居たいのだ。


「……はぁ…本当に、変わりませんね…」

力尽きたように神裂が溜息を吐く。

気のせいだろうか。

少し、口元が笑ってる。

「私が貴方があの子を支えて欲しいというのは……単なる友人としてではなく、その……つ、つまり…伴侶としてです」

伴侶?

「確かにあの子はシスター…それも最大主教です。つまり……神に身を捧げた立場にあります。だから、貴方と夫婦になることは出来ません」

知ってる。

「逆にいえば、神に等しい、或いは近しい存在という名目があれば、あの子の伴侶になれるということです」

…?

言ってる意味が……

「聖人……いえ、この場合、そんなものではないですね。神の子として……つまり……神上…と呼ばれる存在……」

神上……?

………俺がそれになればいいのか?でもどうやって?修行とかそういうことをするのか?

「いえ、その必要はありません。必要なのは強さではなく、資格。貴方にその資格があるのは、既に知っています。アレイスターを倒した時に」

ああ…

「貴方がすることはたった一つ。シンプルで……そして残酷なことです……」

………

358: 2011/02/27(日) 21:54:27.41 ID:kC5971VI0








「捨ててください。親も、家族も、友人も、恋人も、責任も、しがらみも、誇りも、過去も、未来も。

 上条当麻としての何もかもを捨ててください。そして、二度と拾わないで下さい。

 上条当麻の全てを捨てて、学園都市に住む上条当麻ではなく、イギリス清教の…最大主教の影となって寄り添うだけの存在になって下さい。

 誰もを救うヒーローを捨ててください。あの子ただ一人のヒーローになって下さい。

 聖人ではなく、神上になるというのはそういうことです。

 神の子をなぞるように、人としての生を……擬似的にですが、全て終わりにしてもらうことになります。

 それが、貴方のすべきこと。貴方があの子の側に居続ける為にしなければならないこと」






359: 2011/02/27(日) 22:01:23.13 ID:kC5971VI0

「私は一週間程コチラに滞在する予定です。ですから、ゆっくり考えてください。簡単に決められることではないはずです。

一週間でもきっと短過ぎるのでしょうが……

 出来る事なら、貴方にそんな真似をして欲しくはありません。一人の友人としては…」


それでも、インデックスのダチとしてはどう思ってるんだ?

意地の悪い質問だと、口にしてから思った。

アイツは口ごもる。

でもさっきの神裂の浮かべた笑みがすなわち全てを物語ってる。

そういうことなんだろう。

神裂は来週もう一度来ると行って去って行った。

俺よりも、インデックスの幸せを優先的に考えたことへの不満なんてない。

寧ろ、嬉しい。アイツの友人である、神裂に認めてもらえた気がして。

少なくとも、コイツは俺がアイツの側に居ることで、アイツの涙が止まると思ってくれているのだから。


一週間なんて必要ない。

俺の答えは既に決まっているのだから。









389: 2011/02/28(月) 23:54:19.30 ID:sBT1sc470

どれくらい走ったのだろう。

何処に向かって走っていたのだろう。

ようやく立ち止まって、顎を伝う汗を拭って辺りを見回す。

目の前には見慣れたアーケードが広がる。

少し拍子抜けする。

こういう時って気付いたら来た事もない場所に走ってるものだと思ってた。

ドラマやマンガではそうだった。

街路灯にもたれて、座り込む。

行儀が悪いって黒子が見ていたら言うんだろうな。

そんな事を思いながら、気付けば1時間以上が経っていた。

今まで読んできたマンガや映画だとこういう時ってヒロインは迷子になってたりするものだ。







ヒロインと主人公は些細な擦れ違いから、口論が過熱してきて、遂にはお互いに普段抑圧してる不満までぶつけてしまう。

主人公の言葉に傷ついたヒロインは、主人公の部屋を飛び出す。夢中で駆け出し、気付けばヒロインは見慣れない場所に来ている。

どうやって帰ればいいのかわからなくて、途方に暮れていると、必氏の形相で探し回っていた主人公が見つけてくれる。

そして、少し言い争いをした後に、わだかまりが解けた二人は恥ずかしそうに手を繋いで家路につく。







けれども…

……

………見回しても、そんな事はない。


390: 2011/02/28(月) 23:56:19.77 ID:sBT1sc470

やっぱりね…

そんな呟きが自然と転がり落ちる。

声に出してみると、それは強がりなのだと自分でもわかるくらいに震えていた。

自分の気持ちでさえも誤魔化せてないでやんの。

はははと、笑おうとして、乾いた声が出る。

好奇の視線が気にならないと言えば嘘だ。

中には、何となく察したのか、興味半分、同情半分という視線を投げてくる奴もいる。

打ち返してやろうかしら?なんて思う。





本当は、頭の片隅で期待していた。アイツが来るのを。

汗だくになりながら走ってくるアイツの姿を想像していた。

汗だくになって走ってきて、それで、『ゴメン、御坂!!俺どうかしてた。くだらねぇこと言って、それでお前を傷つけちまった』なんて真剣な顔してアイツは言う。

私は泣きながらアイツを一発…いや、二発くらい引っ叩いてやって、それからアイツの胸に飛び込む。

走り回ってたせいで汗臭くなったアイツの匂いを感じながら、思い切り泣いてやるのだ。

それから、少し落ち着いて、私はとっておきの笑顔で許してやる。

ドラマのように、ちょっと照れくさい顔でアイツの差し伸べてくれる手を取って、アイツのアパートへ戻るのだ。

そこでエンディング曲なんて流れれば完璧なくらいの仲直り。





けれども、そんなもの私の妄想だ。

期待してる以上に諦めてる。

いくら待ってもあのツンツン頭は一向に視界に入らない。

アイツの姿は一向に見えない。

見えるはずがないのだ。


391: 2011/02/28(月) 23:58:46.44 ID:sBT1sc470

いつものように学校が終わって、アイツのアパートに行った。

アイツの部屋で、喧嘩になった。

私は泣きながら飛び出した。

そこまでは一緒。

でも、決定的に違うのはドラマのように、想い合う二人が些細な擦れ違いや誤解で喧嘩をしたというわけじゃないということ。

「話があるんだ…御坂」と、いつになく真剣な顔でアイツが話したのは簡単なことだった。




――― 別れ話 ―――




言葉にすると、たったこれだけの実にあっけないことだ。

私のこと嫌いになったの?

嫌なところがあれば直していくよ?

泣かないように、声が震えてしまわないように、出来るだけ見っとも無くないように気を張って訴えた。

カッコ悪い姿を見せたくなかったから。

見っとも無くて、見苦しくて、そんな姿を見せて幻滅されたくなかった。

それでも言葉は自ずと険のあるものになり、責めるものになってしまった。

自分でも鬱陶しいと唇を噛み締めたくなる。

映画やドラマを見るたびに、「みっともないわね」なんて他人事のように別れ話を切り出す男に縋る女を軽蔑していた。

あんな姿だけは見せたくない、別れ話が出た時点で終わりなのだから。 ――― なんて、恋愛経験もないくせにわかった気になっていた。

切れてしまいそうな絆を必氏に手繰り寄せようとするのは本能に近いものだと、無駄だと理性が思うより先に必氏にもがくのだと、そんなこと当たり前のことなのに。



自分の立場になるまでそんなことわからなかった。


でも、私はそんな立場になどなりたくなかった。


切れてしまう絆を手繰り寄せようと足掻く気持ちなんて知らなくても良かった。




392: 2011/03/01(火) 00:00:31.00 ID:LNMR/TdA0


イギリスに帰ったあの子を追いかけて行く。

そのまま向こうに永住するつもりだ。

こっちにはもう帰らない。





それくらいしかアイツは言わなかった。





結局そうなのか。

結局アンタの一番はいつだってあの子なのか。

いつだって……そして、いつまでも。

いてもいなくても、アンタの心を縛るのはあの子なのか。



此処にはいない女への憎悪で眩暈がする。



ふざけんじゃないわよ!

私のことはどうでも良かったのか!

私と過ごした時間はアンタにとって何の価値も無かったのか!



山ほど浮かんだ罵声は、喉で絡まる。

アイツの瞳が真っ直ぐ私を見ていたから。

完全に、勝手に、一人で何もかも決めてしまったあの目だ。

周りの意見も、気持ちも全部無視して、自分の決めた自分の道を自分の思うままに突き進むことを決意した目。




誰に何を言われようとも、決して止めることのない覚悟をした“いつもの”アイツの目だった。




その言葉が私から完全に言葉を奪い去る。

身体から力が抜け、罵声の変わりに口から出たのは嘲笑だった。

軽蔑を思い切り籠めた嘲笑。

見る目の無い男だと、馬鹿にするように。

無計画で無謀な奴だと侮蔑するように。

私は顔中を嘲笑で必氏に塗り固めた。


393: 2011/03/01(火) 00:05:03.27 ID:LNMR/TdA0


他の女の手紙をいつまでも大切にしまっておいて、何度もこっそり読み返す女々しい男なんてこちらからお断りだ。



強気を取り繕って、震えそうな声でアイツの心を出来るだけ抉るような言葉を浴びせてやった。

嫌な女だと、そう思われてもいい。

それでもアイツの中に爪痕のように残ることが出来るなら、それでいい。

それは、つまり負け犬の発想……私は諦めることを既に選んでいた。


――――

――――――

―――――――――



半ば眠りかけていたんだ私。

気が付けば辺りは暗くなってた。

ずっとこうして家出少女みたいに座り込んでいたのか。



何て滑稽なんだろう。


じゃりとレンガを踏みしめる音がすぐ側でする。

西日を背に座り込んでいた私の目の前のレンガ造の床に影が長細く映る。

誰だろう。

またナンパだろうか。だったら適当に料理してやろう。

気分的に、今日はやりすぎるかもしれないけど。

捨て鉢な気持ちで俯いた顔を上げようとするより先によく知る声が耳朶を震わせた。





「…お前…何やってンだ」






はははは……

何で私っていつもこうなんだろう。

一番会いたいヤツは来ないっていうのに。

誰よりも弱みを見せたくなくて、誰よりも許せないって思ってて。

誰よりも嫌いで、憎いはずなのに、何でか感謝もしてるわけのわからないヤツ。

誰よりも気に入らないヤツ。


394: 2011/03/01(火) 00:06:26.93 ID:LNMR/TdA0





「お前…泣いてンのか?」




一番会いたくないヤツが目の前に立っていた。






395: 2011/03/01(火) 00:07:40.44 ID:LNMR/TdA0




アイツの出て行った部屋で俺はずっと天井を見上げて寝転がっていた。

どれくらいそうしてただろう。

口の中いっぱいに鉄の味が広がる。

顔の辺りを手で触ってみると、また風邪でも引いたのかっていうくらい熱くて、ぬるっとした感触がする。

拭った手をかざして見ると、ぬるりとした赤黒い汚泥のようなものが指先に絡む。

乾いてぱさぱさになった赤黒い血が顔に砂のように掛かる。

頭がぼうっとするのは、しこたま殴られたのと、顔が腫れて熱を持ち始めたことの両方だろう。

少しでも口を動かすと、鋭い痛みが走る。

遠慮なく、本当に遠慮なんて少しもしないで殴ってくれたのだ。

下手に優しく、健気にされるよりも余程気持ちが救われる。

アイツはそれを知ってたから、俺をぶん殴ったんだろうか。

それは自分に都合の良い考えかもしれないけど、でも、その通りだとも思える。

少なくとも、俺の知ってるアイツは……御坂美琴はそういう不器用な優しさを持った子だから。

そして、俺はその優しさに付け込んだんだ。


396: 2011/03/01(火) 00:08:30.54 ID:LNMR/TdA0

「他の女の手紙をいつまでも大切にしまっておいて、何度もこっそり読み返す女々しい男なんてこちらからお断りだってのよ!!!」

そう言って思い切り殴りつけてきた御坂。

「いい加減私も惰性で付き合っていたんだもの…アンタみたいなボンクラときっぱり切れた方が清々するわよ!!」

そう言って泣きながら殴ってきた御坂。

行かないでくれと、行かせやしないと、そう言って泣いて縋り付かないだろうと、俺はアイツの自尊心の強さと、優しさを利用したのだ。

ずっと、この一年の時を共に過ごし、支えてくれた子を、そうやって俺は




切り捨てたんだ。




最低のクズ野郎だ。

けれど、じゃあ、御坂を追いかけて行って、取り消すのかと聞かれれば、それは出来ない。

どれだけ、最低と、屑だと、罵られても譲れないものがある。

俺らしさを捻じ曲げてでも、側にいたいと、ようやくはっきり言えるんだ。

だから、罪悪感はあっても、後悔は不思議としていない。


397: 2011/03/01(火) 00:08:57.38 ID:LNMR/TdA0

暗い部屋に、ドアを開ける音が不意に届く。

御坂だろうか。

いや、違う。

確信めいた思いが、すぐさまその可能性を消す。

ドアを開け、ソイツはゆっくりとした足取りで部屋に入る。

コツコツコツと、杖を突く音。

薄暗い部屋に、そこだけ仄かに月明かりが差し込むように、くっきりと白いシルエットが浮かび上がる。

よぉ、やっぱりお前か。

冷たく見下ろすそいつに寝転がったまま声を掛ける。

座ることもせずに、見下ろしたままのソイツから小さく歯軋りの音がする。

夕日を束ねたような紅の瞳が僅かに歪む。


398: 2011/03/01(火) 00:10:53.45 ID:LNMR/TdA0




「よォ……クソ野郎」



よぉ、一方通行。



「話せ。洗い浚い全部だ。言わなきゃ頃す。誤魔化しても頃す。言葉を尽くして、納得できるまで全部吐き出せ……


 ぶち殺されたくなかったらなァ……」








杖がフローリングを強く打つ。

まるで、裁判長が判決を下そうとしてるみたいだ。









428: 2011/03/05(土) 02:04:06.90 ID:PCuqn5Hg0


鈍い音に、俺は目を覚ます。



何度目なんだろう。

口の中がじゃりじゃりする。

時計を見ようとしても、真っ暗で見えない。

でも明るくても見えたかどうか。



「何でだ」



ゴツン。

また鈍い音がする。

毛布越しに固いものを叩いたような薄ぼやけた音。

目の前を、白いものが過ぎるのが微かに映る。



ごっ。



そんな音が耳の奥からする。

鉄の味ばかりする。

顔中が熱い。



429: 2011/03/05(土) 02:05:12.36 ID:PCuqn5Hg0

掴まれた胸倉が苦しい。

息をするのがやっとだ。



「何でだよ」



音が止む。

耳元で荒い息遣い。

珈琲と僅かなシャンプーの匂い。

視界の端に、白い髪が映る。

カーテンから差し込む月明かりを浴びて、銀色に見える。

少しアイツに似てる。



「何で笑ってンだ」



笑ってたのか。

悪い。感覚無くてわかんなかった。

今何時なんだろうな。

いつからこうしてたんだろうな。

腹の上に微かな重み。硬い感触。

馬乗りになった一方通行の赤い瞳が俺を見下ろしてくる。



430: 2011/03/05(土) 02:09:27.11 ID:PCuqn5Hg0



「クソ野郎」



掴んだ胸倉を引き寄せ、無理矢理起こされる。



「何でやり返さねェ」



やり返す?

何のことだよ。



「じゃがいもみてェに不細工な面にされて、どォして無抵抗なンだって聞いてンだよ。悪い事をやらかしてるって自覚があるってことなのかよ」




ああ、そのことか。

やり返す意味がないからだよ。

そう言おうとして言葉が出なかった。

ねっとり口の中に溜まった血が、糊みたいに舌に絡み付いて上手くしゃべられない。

口の中にじゃらじゃら転がる歯が、裂けた口の中を皿に刺激する。

喋るのを諦めて、俺は笑う。



 ――――― また殴られた。





431: 2011/03/05(土) 02:10:16.56 ID:PCuqn5Hg0


フローリングに後頭部を強かに打つ。

正直、完全に目が覚めた。

俺に馬乗りになっていた一方通行が降りる。

それでも視線はずっと俺を見ているのがわかる。

瞼が腫れたせいで、よく見えないけど。

ただ、笑ったのに深い意味なんて無い。

少し安心しただけだから。


やっぱお前優しいわ。



「………あァ…?」



だって、俺ホントはビビッてたんだ。

お前みてェな屑野郎に殴る価値もねェ、そんな風に言われるんじゃないかって。

そうなるよりも、こうやってぶん殴られてる方がずっとマシだった。

そう思うと何だかホッとして。



432: 2011/03/05(土) 02:11:16.35 ID:PCuqn5Hg0



「馬鹿野郎…」



舌打ち。

この部屋に入って来て何度目だろう。

一方通行が座り込む。

イライラしてるのが、見なくても空気で伝わってくるってスゲェな。

殴られ過ぎて、正直顔はあまり痛くない。

寧ろ口の中の欠けた歯の感触や、血の味の方が辛い。

俺は天井を見上げたまま、力なく寝転がったまま。

一方通行がどんな顔してるのかなんてわかるはずもない。

沈黙。


「………聞かなきゃ良かった……」



溜息。

吐いたのは一方通行。



「話なンざ聞かずに一方的にぶち頃しておけばよかったぜ」




鈍い音。

殴られたわけじゃない。

多分だけど、拳で床を叩いたな。



433: 2011/03/05(土) 02:12:32.27 ID:PCuqn5Hg0


「何でだよ……」


ゴツン。

フローリングを殴る音。

力の入らない身体で、のそのそと視線を向ける。


「違ェだろォが……」


どうしてお前の方が苦しそうなんだよ。


「泣かすのはお前の役割じゃねェはずだろォがよ……」


お前の方が殴られたみたいな声だぞ?

一方通行に声をかけようとして、喉がざらついて声が出ない。


「お前は皆を笑顔にしてやれる……最っ高にクソッタレなヒーロー ――――― アイツのヒーローのはずだろォが……」


歯軋りする音。

沈黙。

沈黙。

舌打ち。


「それなのに……テメェは…アイツを置いて行くのか?切捨てて ――― 」


行くぜ。ああ、そうする。



「テメェ…」



だって、インデックスに俺は会いたいから。


「 ―――― ッ」


434: 2011/03/05(土) 02:13:20.40 ID:PCuqn5Hg0

会ってアイツの涙を拭ってやりたいんだ。

それさえ出来ればもう、それでいい。

「それは……お前に縋ってる奴等を振りほどいてまでする価値があンのかよ……アイツの涙に…」

多分な。

「多分だァ?」

俺じゃない、『前』の上条当麻もきっとそうだったんだよ。

直接聞いたわけじゃないけど、ずっと前からそうだったんだ。

わかるんだよ。

何となくだけど、俺のココが教えてくれるんだ。

名残…いや、燻ってるものがあって。

消えきらない気持ちみたいなのが、ずっと熱を持ってるんだ。

それは多分、前の『俺』がアイツを好きだったっていう証なんだろ。



「…………」




前の上条当麻は……俺と違って、15年間生きてきた上条当麻は……

アイツの為にその15年を擲っても良いって思ったんだ。

だから俺は、『俺』に負けたくない。

アイツへの気持ちで、『俺』に負けたくない。



435: 2011/03/05(土) 02:14:53.98 ID:PCuqn5Hg0



「その為に、ヒーローを辞めるってか」



違ぇよ。

辞めるも何も、元々そうじゃねぇし。

俺は最初から皆のヒーローなんかじゃなかったんだよ。

自分でやろうって思ったことが偶々、色んなヤツを助ける手伝いになってただけで。




ああ、でも……

多分、アイツのヒーローにはなりたかったんだろうな、俺は。





息を呑む音。

呆れたんだろうか。

沈黙が重い。

「………どォして……もっと早く気付かねェンだよ……」

一方通行?

「テメェら見てりゃ即バレだろォが。互いをどォ想ってるかなンてよ。あのチビがどンだけテメェに惚れてたかなンてわかりやすすぎてたンだよ」

そう言われると何だか恥ずかしいな。


「くだらねェ嫉妬するくせに、どォしてさっさとアイツの気持ちに応えてやンなかった……アイツがテメェだけ…テメェだけしか見てなかったってのに……

 あンなに一緒にいやがった癖に……さっさと受け入れてやってりゃ…こンなことにならなかっただろォが。御坂のヤツだって……」


……そっか……

クリスマスの夜、アイツの言葉は……アイツの最後の勇気だったんだ。


436: 2011/03/05(土) 02:15:54.22 ID:PCuqn5Hg0

今更気付く。

俺はそれから逃げたんだ。

アイツとの心地良い生活が崩れるんじゃないかって、そんな事考えたら、怖くて、真正面から向き合うなんて出来なかった。

そんでもって、アイツがいなくなってから、想いを告げておけば良かった、なんて都合の良い後悔をしてる。

御坂の好意に付け込んで、甘えて、忘れたフリなんてして。

俺は ――――



「テメェは最低のゲス野郎だ」



………ああ……そうだよな。



「愚図で鈍感でなカス野郎だ」



返す言葉も無いな。



「卑怯で臆病者のクズ野郎だ……」



痛い程わかってるつもりだよ……



「だから、テメェはもうヒーローじゃねェ、ただの下らねェ三下だ」


一方通行が立ち上がる。


「だから、さっさと消えろ。この街から。目障りなンだよ」


一方通行………



「俺が代わりに背負う」



こつんと杖を突く音がする。

空気がピンと張り詰めた。


437: 2011/03/05(土) 02:17:14.48 ID:PCuqn5Hg0



「テメェが捨てて行くモン、全部、全部、俺が背負ってやンよ。勝手に好きなだけ捨て行けよ」


思わず起き上がる。

その言葉の意味がわからないほど俺だって馬鹿じゃない。

暗闇にすぐにでも溶けて無くなりそうな華奢な背中が、立ち止まる。

薄く、細いというのに、鋭い空気を纏っている。



「野良犬が残飯漁るみてェなモンだ。卑しい野良犬根性だとでも思ってくれりゃいい」



その代わり、と一方通行が首だけ振り向く。



438: 2011/03/05(土) 02:22:30.59 ID:PCuqn5Hg0










「テメェは氏んでもあのチビ………インデックスの笑顔を守れ。ヘタ打って泣かせてみろ、すぐに出向いて縊り頃す」










439: 2011/03/05(土) 02:23:50.52 ID:PCuqn5Hg0


そう言い残して一方通行は部屋を去った。

お前の背負ってるもんは誰が支えてやるんだ。

お前だって重たいもん背負ってるのに、それでこれからも背負っていけるのかよ。

何でお前がそこまで抱えるんだよ。

言いたい事は山ほどあったのに、俺は何も言えずに立ち竦んでいた。

アイツなら安心だと、心の何処かで無責任な安堵を抱きながら。

アイツに掛けようと思った言葉、今までの俺だったら絶対に掛けていた言葉を呑み込む。

きっと、これが“捨てる”ってことなんだろう。

上条当麻のすべてを捨てるっていうことなんだ。

捨てる俺には、もう何かを言う資格は無い。

殴られてズタズタに切れた唇を噛み締める。

こんな痛みでうろたえてる場合じゃない。

俺は俺で選んだんだ。



アイツは背負い続ける選択をして。

俺は捨て去る選択をした。




ただ、それだけなんだ。





442: 2011/03/05(土) 02:41:57.35 ID:PCuqn5Hg0





時計に目をやる。

19時半。

思ったよりもずっと時間は過ぎていた。

クソガキに黄泉川ン家に呼ばれてンのは21時。

時間としちゃ十分に間に合う。

出来れば遅刻してクソガキ一号、二号に絡まれるのは回避しておきたい。

あと90分。

20分もあれば黄泉川の家だ。

つまり、70分以内に用事を済ませれば良い訳だ。






なァ?海原。



443: 2011/03/05(土) 02:42:40.70 ID:PCuqn5Hg0


「正直理解に苦しみますね」


あァ?


「何で、あんな男を庇うのですか?」


あンな……けけけけ。その“あンな男”に大切なお姫様まかせっきりでよく言えるなァ。


「ええ…仰る通りですよ」


海原は普段のニヤニヤした笑いを引っ込める。


「あんな男に御坂さんを任せたことは、一生の過ちでした」


それで?物騒な黒曜石まで持ち出して三下の暗殺ですかグループは。


「いえ、勘違いしないで下さい。コレは僕の独断です」



くきゃははははッ。

最っ高に見っとも無くていいですねェ海原くゥゥン。

テメェは単に八つ当たりしてェだけだろォが。

自分はストーカーになることしか出来ねェってのに、ホイホイ恋人になったあの野郎に。

その挙句に他の女に走ったことが許せねェ……だから嫉妬してるだけだろォが。

テメェからじゃ何も出来ねェ腰抜けの癖によォ。




「………何とでも言えよ……」


あン?



「悪いかよ……惚れた人を悲しませる男を許せないって思うのが……そんなに悪いことなんですか?」




444: 2011/03/05(土) 02:46:16.74 ID:PCuqn5Hg0

……

………

…………

……………

………………悪かねェさ。

惚れた女の気持ちが蔑ろにされてりゃ、いい気はしねェ…

その気持ちを返せって、叫びたくなる。


「一方通行」



けどよォ…

テメェの気持ちを全部押し頃すって決めてンだったら、ハンパな真似してンじゃねェよ。醜い嫉妬も、手前勝手な独占欲も、全部しまっとけよ……

あの馬鹿は決めたンだよ。一人の女の側にいてやるって。誰に恨まれよォとも構わないってなァ……

影から見守るだなンて、耳障りの良い言葉に酔ってるテメェや俺みてェなチキン野郎なンざ比べモンにならねェだろォが。


「………」



コイツを殺さねェよォにブチのめすのは少し厄介かもしれねェ。

だが、此処で引くわけにはいかねェ。

上条を行かせてやるって決めたばかりだからな。

アイツだけなんだよ……あのチビの涙を拭ってやれンのは。

それに、あの三下に何かあればテメェの愛しの姫様も悲しむだろォよ。



「…そうですか。ようやくわかりましたよ、貴方が彼を行かせようとしている理由……貴方は……」




下らねェおしゃべりはここらで終わりだ海原。


こちとらクソメンドクセェ食事会が後に控えてンだよ。






485: 2011/03/08(火) 22:07:40.77 ID:VHoWt+tE0


『アクセラレータといるの私凄く好きなんだよ』



『一緒にいるとホッとする』



『とーまに似てるかも』



『でもね、最近は少し違うの』



『んとね、とーまと一緒にいるとそわそわするんだよ』



『胸が痛かったり、苦しくなったり、不安になったり』



『とーまの顔見てるとね、泣きたくなるときがあるんだよ』



『でもね、何となくそれが厭じゃないかも……』



『ぽかぽかして、ちょっとドキドキしたりすんだよ』



『えへへへ、何か変なこと言ってるね、私』










『ねぇ、あくせられーたはそうなったことある?』







486: 2011/03/08(火) 22:08:31.14 ID:VHoWt+tE0








さァな










487: 2011/03/08(火) 22:11:18.09 ID:VHoWt+tE0



気づけば空には鉛色に重苦しくなった雲。

ナメクジが蠢くみてェに重く鬱陶しい。もうすぐ降りそうだ。

思ったよりも手間取っちまった。

魔術ってのはつくづく鬱陶しいモンだな。

以前のバッテリーだったら正直ヤバかった。

オイ、生きてるだろ。

瓦礫の山の中央に大の字になって横になっている海原がヒラヒラと手を振ってくる。


「ええ、貴方が全力で手加減してくださったおかげで特に問題ありませんよ。氏ぬほど身体が痛いだけで」


そォか、そォか、そンだけ減らず口が叩けりゃ問題ねェな。

人が来ねェ内にズラかるか。


「僕は…」


海原が空を見上げたまま話しかけてくる。

そのツラは半分はがれて、本来の黒い肌が覗いてる。

ンだよ、面倒くせェ。


「まだ納得はしていません。御坂さんを傷つけた彼を許すことなんて出来ません」


許す許さないっつー話じゃねェだろ。

そンなモンそもそもアイツ等の問題だろォが。



「わかってますよ、理解しています。ですが、僕とて感情で動いてるんです。納得できないものは納得できません」



厄介な奴だな、マジで。



「お互い様ですよ。貴方こそ納得出来るんですか?僕が言えた義理じゃありませんが、彼に任せて、自分はそれを遠くから願うだけ…」



488: 2011/03/08(火) 22:13:55.89 ID:VHoWt+tE0


チッ…何か勘違いしてやがンな。

別に構わねェンだよ。

端から勝負にだってなりゃしねェし、勝負自体する気もねェ。

上条しかダメなら、上条が笑顔にしてやりゃいいだけの話だろォが。



「……悔しくありませんか?……僕は悔しくて仕方がありません。僕だったらあの人を絶対に悲しませたりしない…

 誰にも目移りなんてしない。ただあの人だけを見て、あの人だけの為に生きて…」



ハッ。

それこそテメェが言うなよ。

誰かの側だとしても、馬鹿みてェにニコニコしてくれりゃそれで良かったンだろ?

決めておいて、今更未練がましくしてンじゃねェよクソが。



「これは手厳しい……」



それでも未練タラタラだっつーなら、いっそ後釜でも狙ったらどォだ。

鬱陶しい皮はひっぺがしてぬけぬけとよ…ケケケケケ。

口には出さなかったが、コイツくれェ想ってくれるンなら幸せになれンじゃねェか、アイツも。

もう言ってやる言葉もねェから、俺はさっさとこの場を離れることにする。

警備員が来たらクソ面倒くせぇ。

空模様もやべぇしな。






「報われませんね…お互い」






俺は振り返らなかった。



489: 2011/03/08(火) 22:15:39.64 ID:VHoWt+tE0

足元が少しふらつく。

クソが…久しぶりにやり合うとやっぱりうまく反射出来ねェ。

魔術が厄介なだけじゃねェ。

単純な話俺が府抜けてたって話だ。

その上今度は雨が降っきやがった。

つくづく上手くいかねェよォに出来てるみてェだ。

脇腹を押さえていた手はべっとりと血がこびりついてる。

あのクソにやけ顔マジに殺りに来やがって……この服まだ三回しか着てねェンだぞ。

弁償させてやる。利子込みで10倍だ。


ったく……


目に付いた店先に飛び込むと、電話を掛ける。

二回のコールで通話状態になった。



490: 2011/03/08(火) 22:17:16.83 ID:VHoWt+tE0



朝から立て続けにあった手術が終わってようやく人心地…というところで思わぬ着信。

「レッチリとか、相変わらず似合わない着信ですね、とミサカはドクターの趣味に未だに違和感を拭えぬことを吐露します」

メタリカとかもおススメなのだがね。女の子には少々キツイかな。

着信の表示に少々驚く。

おやおや、君から掛けてくるなんて珍しいこともあるもんだね


『悪ィかよ……』


いや、患者からのコールを断る理由など、何時如何なるときであっても医者には無いよ。


『用件だけ手短に話す。アンタ今日中に傷の縫合出来るか?』


伺うように聞くとは、君らしくないね。

口ぶりから察するに中々深いようだ。それに私にわざわざ尋ねるということは完璧に処置しろということだね。

馬鹿を言っちゃいけないよ。



『………まァ、我ながら無茶なこと抜かしてンなとは思ってる』



ふむ。

君は何か勘違いしているようだが、私がいつ出来ないと言ったかね?



『あァ?』




491: 2011/03/08(火) 22:19:52.06 ID:VHoWt+tE0

今日中などとは随分見くびられたものだ。

今すぐ来るなら、今日のディナーには間に合うよ。



『 ――― 何でもお見通しって訳か……チッ……ウゼェ……』



先週からあの子がずっと同じことを他の妹達にも話していてね。



『クソガキが…ぺらぺらと……』



それだけ楽しみにしているということさ。たまには帰ってあげなさい。

バックアップが切れたからといって、絆まで断ち切る必要はないだろう?



『………考えておく』



電話はそこで切れてしまった。

まったく、随分この子も丸くなったものだ。

昔だったら『うるせェテメェには関係ねェ』なんてセリフが飛んできただろうに。



「ドクター?何か嬉しいことでもあったのですか?とミサカは電話が終わったらやたらにこやかになったゲコ太先生に好奇心から質問してみます」


何、これから常連さんが来るのでね。

困った子だよ。

さて、手術が終わったばかりですまないのだが、また準備をしてくれるかな。

特に清潔なガーゼをたっぷり用意しておくれ。

急ピッチで終わらせて王子様を送ってあげなくては、お姫様達に怒られてしまうからね。





492: 2011/03/08(火) 22:24:53.23 ID:VHoWt+tE0


この前はあの人が黄泉川のお家に来てくれて、番外個体と、黄泉川と芳川とミサカであの人をおもてなし。

芳川の昇進祝いなんだよ。

ニートだった三年前から比べると恐竜もビックリの進化だねって言ったら笑顔で芳川にグリグリされた。

番外個体は相変わらずあの人を怒らせるようなことばかり言ってたけど、お料理の準備を一番頑張ってたのはあの子。

ミサカも負けずに頑張ったけどね。

随分角が取れたあの人は、憎まれ口や馬鹿にしたような返事をするけど、キチンと芳川や黄泉川のお話にも相槌を打ってるし、番外個体の相手だってしてる。

勿論ミサカのお話も聞いてくれているし、根が真面目というか、律儀なんだね。


「学校は楽しいか?」


なんて、お父さんみたいなことまで言ってくる。来年はもう中学に上がるのに、ちょっと子供扱いし過ぎじゃない?

なんて言うと、決まって「いつまでたってもクソガキはクソガキだ」なんて言葉が返ってくる。

この人の最近のスタンスは正直ミサカとしては嫌だ。嫌だっていうのは嫌いというわけじゃないの。

だけど、こんなお父さんらしさみたいなものをミサカは求めてない。

ミサカだけじゃない、番外個体も、他の妹達も。

守ってくれるのには感謝してるし、大切にしてくれるのも嬉しい。

だけどね、ミサカ達は貴方にお父さん役なんてして欲しいわけじゃないんだよ?なんて言えないけどね。


493: 2011/03/08(火) 22:27:22.82 ID:VHoWt+tE0

それに、今のあの人にそんな事言えない。

昨日また遊びに来てくれたあの人はそのまま泊まっていってくれたけど、今はソファーで寝転んでボーっとしてる。

どうしたのかな?研究が上手くいってないのかな?

何だか元気がない。

物思いに耽ってるように、じっと天井を見て。

あと、何処か具合が悪いのかな?顔色も良くない。

って言っても元々顔色の良い人なんてお世辞にも言えないんだけどね、てミサカはミサカはちょっぴり毒を吐いてみる。

ねーねー、何かあったの?一方通行。

ソファーに駆け寄って、ちょっと小首を傾げてみる。あの人におねだりする時のミサカの必殺ポージング。

あの人は、のろのろと身体を起こすと、ポンポンと頭を撫でる。


「ガキが気にするようなことじゃねェよ」


意地の悪い笑み。また子供扱い。

むぅって膨れるけど、そんな事しても余計子供扱いされるだけなんだよね。

あの人はまたソファーに寝転がる。

ミサカがもっと大人で……例えばお姉さまくらい大きかったら話してくれたのかな?

あの人の側でしゃがんでると、黄泉川のお手伝いをしてた番外個体がやってきて、いきなりあの人のお腹の上に座った。



494: 2011/03/08(火) 22:35:10.17 ID:VHoWt+tE0

「よっこいしょっと」

「ぐふゥ!!」

「あっれ~~?下敷きにしちゃった~~?ゴメンゴメン、気付いててわざとやっちゃった、ぎゃははは」

「テメェ…どォいうつもりだ」

「だってさぁ。ただでさえ気持ち悪い第一位が何もしないでゴロゴロしてやがるだけでも頃したくなるくらいムカつくってのに、

 その面が辛気臭さが此処まで臭ってくるくらいなんだもん。おぇ~~臭ぇ~~」


なんて言いながらあの人のお腹にお尻をグリグリする番外個体。

オイ、テメェ、何羨ましいことしてやがる………なんてちょっぴりミサカはミサカは殺意を抱いてみたりしたけど、それはこの際些細な問題。

当然、もやしなあの人が不意討ちでお腹に乗られればひとたまりも無い。


「………重てェ……」

「…………」

「ぐェェ…ッ」


最もな事を言ったあの人のお腹の上にのった番外個体は更にお尻をぐりぐりとする。

っていうか、いつまで乗ってるの!


「つーか、アンタどうせ暇してるんだったらさ~ミサカ達を楽しませるために何処かに行こうっていう発想も無いわけ?
 
 第一位なんて言っても大したことないよね~」

あの人に乗っかったまま、番外個体が更にあの人の上に寝そべるように身体をくっつける。

胸なんてもろにあの人の薄い胸板にぐにゅって押し付けられてたりする。




そろそろコイツ頃してもいいかな?

ってちょっぴりミサカはミサカは苛立つ気持ちのまま黒いことを思ったりなんかしちゃったけど、それは些細な問題だよね?



495: 2011/03/08(火) 22:37:39.70 ID:VHoWt+tE0

「クソ重てェンだよ…いいからさっさと降りろってンだよクソガキ二号」

「出来もしねぇくせに吠えるにゃーんクソもやしってば。ツンツン」

「突くなウゼェ」

「親父面するんだったらきっちり家族サービスくらいしてくんなきゃさ、

 そっちのちっこいのなんてアンタの辛気臭さが移っちゃってさっきからきのこ生やしそうなウザさなんだけど?」


ちょ、いきなり振らないでよ。

あ、べ、別にミサカ全然平気だからね?もう昔みたいにどっか連れてってなんて駄々こねたりしないんだから。


「………」


ただ、貴方の元気が無いのが少し心配で…

でも無理に貴方から事情を聞きだしてやろうなんてそんなことは思ってないんだからね、ってミサカはミサカは尋問の意思が無いことを表明してみたり。


「………」


あの人はじっとミサカの事を見てから、髪を掻き毟る。

番外個体を無理矢理押しのけると、のそのそと立ち上がる。


「チッ…ガキに気遣わせちまうとはな……情けねェ……」

「情けないのは今に始まったことじゃないじゃん、親御さ~ん」


そう言いながら、番外個体が一瞬ホッとしたような顔をした。

そっか……この子、この人に元気出して欲しくて気晴らしに誘ったんだ。

すっごくわかりづらいデレだけど。


「うるせェ、喋れなくなるように歯全部圧し折るぞ。……ったく……10分だ」

へ?

「何よ?」



「10分で仕度しろクソガキども。腐りそうに暇してンのは確かだからな。出かけるぞ」






496: 2011/03/08(火) 22:44:51.31 ID:VHoWt+tE0


ご飯は喉を通らなくなって。

学校には行く気力も無く。

毎日毎日ベッドでシーツに包まって泣き明かしてばかり。

頭の中はアイツと重ねてきたアイツとの楽しい日々ばかりで、私はそれに浸り続ける。

部屋の外では黒子や佐天さんが私に出てくるように呼びかけている。

本当に良い友達を持ったな、なんて嬉しいくせに、私の身体は半分氏んでしまったように、動いてくれない。

アイツを失ったことで本当に私の半分は氏んでしまったのかもしれない。

それくらい、アイツとの日々は私にとって掛け替えの無い日々だったのだ ――――












497: 2011/03/08(火) 22:46:51.12 ID:VHoWt+tE0










―――― なんていう可愛げのある女だったらどれ程良かったんだろう。


498: 2011/03/08(火) 22:51:53.73 ID:VHoWt+tE0

ショックだったのは確かで、部屋に帰ると私はお風呂場で思い切り泣き喚いた。

本当に、シャワーを全開にして、浴室にわんわん響くくらいに泣いた。

枯れることなんて無いんじゃないかって思うくらい泣いて泣いて泣き明かして。

それでもお風呂から上がって時計を見てみれば、一時間も経っていなかった。

散々泣いたからお腹は空いていて、あり合わせの物を炒めてパスタにして食べた。

グルグルと当麻の言葉を思い出して眠れないなんてことはなく、ぐっすり眠って次の日は午後から学校に行って研究室に直行。

いつもの研究の続きをして、論文の骨子を見直して、教授と意見を交わした。

不思議なくらいいつもどおりだった。

アイツに恋する為に生まれて来た、なんて中学生の頃は本気で思ってた。

ロシアにもアイツを追いかけて乗り込んで行ったこともある。

本気でアイツの高校に行こうかとも考えたこともある。

でも、そういうのは一過性のものだった。

恋が冷めたとかじゃなくて、視野が通常に戻ったっていう意味。



499: 2011/03/08(火) 22:53:24.02 ID:VHoWt+tE0


私は案外とそれを別のフォルダに入れて、しまっておくことが出来るようになっていた。

アイツのことを自分が思っていた以上に好きというわけではなかったというのではない。

好きなのは変わらないし、ショックだって思ってる。気を抜けば泣いてしまいそうなのも確かだ。

でも、私は現にこうしている。

歯を食い縛って、やせ我慢してるけど、案外いつもどおりの御坂美琴でいられている。


理由は二つ。


一つ目。

多分、それは私が何処かで覚悟していたからだと思う。

ずっと覚悟を決めていたからだ。

歯を食いしばっていたから、強い衝撃が来ても踏み留まれた。


500: 2011/03/08(火) 22:55:09.36 ID:VHoWt+tE0


そして、もう一つの理由は、意地。

あの子を選んだアイツへの。

捨てられたからって、それで何もかも手が付かなくなって、泣き崩れて寝込んでしまうなんてのが許せなかったから。

アイツへの恋心以外の御坂美琴としての日々まで、アイツに振り回されたくなかったから。

アイツに何から何まで支配されているようで。

多分、アイツをぶん殴って、泣き喚かずに、縋りつかずに飛び出した時、私の中の秤ははっきりと傾いたんだろう。

私の中の比重はアイツへの恋心よりも、自分自身の、御坂美琴という女のプライドが優先されたんだと思う。

だから、みっともない別れ方、捨てられ方なんてしたくないと、意地を張ったんだ。




馬鹿みたいな意地だってわかってる。


つまらないプライドだってわかってる。


でも、そうすることくらいしか、私はアイツにやり返す術を知らなかった。




501: 2011/03/08(火) 22:56:15.46 ID:VHoWt+tE0



気晴らしに今日は買い物。

黒子達は誘わなかった。

一人で。

洋服でも買いまくってやろうかな。

なんていうかそいう気分。

学校でいつもどおりに振舞おうとしてた反動みたいに、誰とも話したくなかったから。

一人で部屋に閉じこもってるのも悔しい。

色々可愛い服があって目移りしちゃう。

鏡で合わせてみて、気に入ったものを籠に放り込んでいく。




けど、正直効果はイマイチ。

そうやって、楽しそうに買い物してる、っていう行為を必氏に自分がやろうとしているのがわかる。

感情が何もかも上滑りして行く。

アイツと回った場所が目に付くたびにメモリが自動的に再生してしまう。

何でいつも私はタイミングが遅いんだろう。

自分の感情も、それに気付くのも。

いつだって遅い。




ようやく今になって、悲しくなってきてるんだから。



泣きそうだ。



でも泣き崩れるわけじゃない。



歯を食いしばって、これくらい堪えてみせる。



502: 2011/03/08(火) 22:59:11.47 ID:VHoWt+tE0


アイツに別れを告げられた日、私は一番見っとも無い姿を見られた。

よりにもよって、一番見られたくないヤツに。

泣いて、しょぼくれて、落ち込んでる姿を見られたのだ。



「三下の野郎と何かあったのか?」


何ていう察しの良さだろうクソ野郎。

そうだ、コイツは当麻と仲が良かったんだって思いだす。

あの傲岸不遜な悪魔みたいな一方通行が気遣うような目を向けてきたのが癇に障った。

可哀想って哀れまれていると思った瞬間に血が頭に上っていた。




煩い!

アンタには関係ないでしょ!

私の前に現れないでよ!

アンタなんかに心配されるなんて怖気が走るのよ!

さっさと消えてよ!



大声を上げたら涙がぼろぼろ零れた。

怒鳴り返されると思ってたけど結局アイツは何も言わずに黙って私の前から立ち去った。

ホッとするのと同時に、私は激しい自己嫌悪に吐き気がした。


何処かで思ってたのだ。

アイツになら何を言ってもいい。言う権利があるのだと。

完全にそれが八つ当たりだとしても。

そして、一方通行への罪悪感なんてやっぱり私の中には今も無い。




……無いのに。

そんなもの抱く筋合いなんて無いはずなのに。


それなのに、私の胸の中にはずっと何かドロドロしたものがへばりついている。


コールタールのように執拗に。





503: 2011/03/08(火) 23:01:00.06 ID:VHoWt+tE0


「ねーねーこっちだよ」
「引っ張るンじゃねェ、クソガキ!」



聞き覚えのある声が、するりと私の中に入った。

思わず振り返る。




「これって良くね?ねーねー、どう思う第一位?」
「馬鹿野郎。テメェは何処の露出魔だ!!水着じゃねェかそれ!!」
「げひゃひゃ、何か工口い想像でもした?しちゃったぁ?ミサカの工口い姿想像しておっ勃てちゃったぁん?」



私の目に映ったのは一方通行の手を引っ張る打ち止めと、もう片方の腕に自分の腕を絡めた番外通行の姿。

困ったようで、でも何処か嬉しそうな、慈しむような目で二人を見つめる一方通行の顔。

そして、強烈に焼きついたのは二人の笑顔。

一方通行の手を握って心の底から楽しそうに笑う打ち止め。

一方通行をからかいながら、それでも喜びが隠しきれてない番外個体。

私にはすぐにわかった。

大好きな人と、同じ時間、同じ場所、同じ思い出を共有出来ているという笑顔。

心の底から恋することの幸せを噛み締めている笑顔。

そんな笑顔をあの二人は浮かべていた。









私と同じ顔をしたあの二人が。



504: 2011/03/08(火) 23:01:51.04 ID:VHoWt+tE0



同じ顔なのに。


あの二人の側には、大好きな人がずっといてくれるのだ。


私は隣を見る。

誰もいない。

どうして?

どうしていないの?

同じあの子達の側にはアイツがいるのに。

同じ私の側にはどうして“アイツ”がいないの?



同じはずなのに。


知らず知らずの内に私はコインを握り締めていた。

こみ上げてくる感情が何なのか私にはわからなかった。






505: 2011/03/08(火) 23:09:29.43 ID:VHoWt+tE0



「うふふ…すっかり眠っちゃったみたいね」

芳川が覗き込むのは、ホットカーペットで仲良く眠りこけてる番外個体と打ち止め。

ったく、見た目は大学生と中学生だってのに、中身は一緒か。

「それだけ楽しかったんじゃん」

「家族サービスお疲れ様、お父さん」

にやにやとビール缶片手の黄泉川がウゼェ。

樽にならねェよォに程ほどにしとけよ。

それから、お父さンじゃねェし。

「今日は泊まっていくじゃん?」

黄泉川はプルタブを開けながら聞いてくる……てオイ、何本目だ。

「愛穂ってば飲みすぎよ。私の分も残しておいてってば」

止めろよ。つーか、女二人で酒盛りかよ…

「何言ってるじゃん?」

「当然貴方も付き合うのよ?」

何で俺の意思無視して決定事項みてェに言ってンだよ!!

しかし、コイツらだけにすると最悪ガキ共を起こして付きあわせかねねェ。

せっかく間抜け面曝して眠ってやがンのを起こすのもウゼェ。腹を括るしかねェか……


「およ?一方通行、携帯鳴ってるじゃん」


黄泉川がテーブルに置きっぱなしにしていた携帯を投げて寄越す。

誰だ?

表示を見て、一瞬頭が真っ白になっちまった。




【御坂 美琴】





506: 2011/03/08(火) 23:12:18.61 ID:VHoWt+tE0




『……やっほー、一方通行』


超電磁砲……


『あのさ、今って空いてる?』


何だ?




『っていうか…空いてるよね?』



背筋が寒くなった。

コイツ何があった?

こんなからっからの声を出す女じゃなかったはずだ。

言葉に詰まってる俺に構わずに、受話器から、調子っ外れに軽い声が聞こえる。

上滑りしているような、乾いた声だ。


神経を鑢で撫でられたみてェに怖気を覚える。





『今からちょろ~っと会えないかな?場所はさ……―――― 』









542: 2011/03/13(日) 02:16:20.60 ID:BBsHBRkt0
手摺りにもたれて街を眺める。
そういえば、こうして街を眺めるのは二回目だ。
この場所には何度も来てるのに、落ち着いてこの場所にいたことは殆どない。
大抵ここは通り過ぎる場所だから。
走って駆け抜けていくだけの場所。


アイツに特大の雷撃をぶつけたのも此処だ。

結局通用しなくて、ヘトヘトになって帰ったこともあった。

徹夜で、学校の授業は眠くて眠くて氏ぬかと思った。

氏ぬといえば、氏にたいくらいの絶望に沈み込んでいたときも此処でアイツに雷を食らわしてやったけ。



あはははは



何だか物騒だわ。

ホント、振り返るとアイツがビリビリって呼ぶのもわかる。

だって雷撃ってばかりだもん。

素直になれなくて、手より先に雷撃っちゃったりして何してるんだか。

ホントは、苦しんでいる人の為の力だった。

筋ジストロフィーで苦しんでる人の為の力。

クローンだとか、ネットワークだなんて想像もしなかった。

クローンの子達を否定するつもりはないけど。


543: 2011/03/13(日) 02:17:09.97 ID:BBsHBRkt0


でも、それも今日で最後。

これで最後。

さっさと最後にしたい。

これでおしまいにしたい。

空を見上げる。

鬱陶しいくらい重そうな雲ばかり。

お月さまなんて見えやしない。

でも、その方がいいかも。

これからのことは月にも星にも見られたくない。

誰にも見られたくない。

これからの私は、きっと最低だから。

最低にみっともないだろうから。

アイツに…当麻の前では、最後まで見せなかった…

意地と見栄で誤魔化してた、最低の御坂美琴だから。

見せるのはたった一人でいい。

コイツにだったら見られても構わない。

コイツにだけはそんな意地も見栄も必要ない。



544: 2011/03/13(日) 02:17:35.49 ID:BBsHBRkt0





そうだよね、一方通行。







545: 2011/03/13(日) 02:19:01.68 ID:BBsHBRkt0



「何だよ、ずいぶんとシケたツラしてンじゃねェか超電磁砲」


杖を突く、乾いた音。

夜の闇の中から這いずり出てきたみたいに、不気味な空気を纏った姿。

私がこの世で一番憎くて、嫌いで、目障りな奴。

きひ、そんな嫌悪感しか抱けない笑顔で私を馬鹿にしたように見つめてくる赤い瞳。

「三下にフラれたってのは、ありゃマジみてェだなァ…きひひひ」

喉を振るわせて笑う。

改めて再確認。

私はやはりコイツが嫌い。

不気味な赤い目も、得体の知れない白い髪も、見下したような口元も。

コイツの全てが気に入らない。

でも、嘗て、アイツが止めた日のように私の中に恐怖心はない。






アンタさ、前に言ったよね?






「あァ?」






私には殺されても文句は言えないって。






「………」






あれってさ、まだ有効な約束だったりする?





546: 2011/03/13(日) 02:20:02.30 ID:BBsHBRkt0

一方通行は何も思っていないみたいな、静かな目で見てくる。

呆れたようにも見える

それが感に障る。

まるで私が馬鹿なことを言ってるみたいじゃない。

私にはコイツをどうにでもしてもいい、そういう権利がある。

私だけじゃない。

妹達みんなが、コイツをどうにでもしたって良い。

八つ裂きにしても、奴隷のように扱っても、ゴミのように蔑んでも。

そうされてもコイツには文句一つ言えない。

それだけのことをコイツは今までやってきたのだから。

一万人の妹達の命を救ったから、それでチャラに出来るの?

プラスとマイナスでゼロになる。

そんな簡単なものなの?

たとえ一万人の命を救うことが出来なくたって、一万人の命を奪わないのに越したことはない。

仮に、コイツが10万人の命を救ったからって、それで一万人の命を奪ったことが無くなりはしない。

私が散々踏みにじられたことが帳消しにもなりはしない。

だから私にはコイツを糾弾する権利がある。

たとえ、救われた妹達にとってのヒーローだとしても、そんなこと関係ない。

コイツが幸せになるなんて間違ってる。

人を散々もてあそんで、命を奪っておいて。

コイツに殺されたあの子達が、生きていれば知ったかもしれない喜びをコイツが知るなんて間違ってる。

コイツが、そのために支払った代償がどれだけあろうとも関係ない。


547: 2011/03/13(日) 02:22:30.75 ID:BBsHBRkt0


「ったく……クソガキといい…どいつもコイツも攻撃的な奴ばかりだな…全部テメェの遺伝子のせいってか?」


面倒くせェ、なんて皮肉気な声。

その癖、顔は全然嫌だとは思ってないような。

あの子達のことを思い出してるのか、何処か幸せそうでもある。


あははあははははははっははははははははははははははっははははっははははああはは

ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは

あははははははっはああはははははははははははははははははっははははははっはははは




ふざけるな。




コイツが幸せになるなんて、そんなこと私が認めない。




548: 2011/03/13(日) 02:23:55.40 ID:BBsHBRkt0





なんでアンタが笑ってるのよ…なんでアンタが幸せそうにしてるのよ…





嫌な声。

余裕も、思いやりも何も無い声。

誰の声なのかしら。

アイツがびっくりしたように、少し目を丸くする。

ふふふ、アンタでもそんな人間らしい顔するんだ。

そういう顔すると、アンタって結構可愛いんだね。

初めて知ったわ。

きっと、あの子達はコイツの前では笑ってるのだろう。

これは予想じゃなくて、事実。

昼間目にした、あのとろけそうな笑み。

何て幸せそうなんだろう。

姉と、母と、そう自覚する私はそれを祝福すべきなんだろう。

きっと、そうだ。

不遇な出生。

悲しい出自。

そんなあの子達がようやく手にした安住。

何て素晴らしいんだろう。

自分を守ってくれる、最高の騎士なのだコイツは。

いや、王子様なのかしら?

ホント、素敵だ。

自分の大好きな人が、自分の事を考えて、自分の側にずっといてくれるなんて。

それは何て幸せなんだろう。


549: 2011/03/13(日) 02:25:06.32 ID:BBsHBRkt0



「お前……何泣いてンだよ」」




あははあははははははっははははははははははははははっははははっははは

はああははははははははははははははははははははははははははははははは

はははははははははは ――――………




……―――― 何でアンタが辛そうな顔してるのよ?

私が泣いてる?

ハァ?

何よ、同情?

馬鹿で哀れな奴だって、そう思ってるの?



550: 2011/03/13(日) 02:26:31.13 ID:BBsHBRkt0



なんでアタシが泣かなきいけないのよぉッ!!!








あははは、ちょっと、誰この声。

ヒステリック過ぎない?

みっともない。全然スマートじゃない。

火花が闇の中で、鮮やかに散る。

ヤだな、思わず放電しちゃった。

アンタがくだらない事言うから、街灯が割れちゃったじゃない。



「テメェは言えたはずだろォが。行くなって。言う権利があったはずだろォが、テメェには…」



忌々しそうに呟く一方通行。

何言ってるのよ。

何知った風に言ってるのよ。

大体行かないでって、そう言って何になるってのよ。



「どうにもならねェかもしれねェ……あの馬鹿はクソが付く頑固な奴だからな……」



アンタ、知ってるの?



「テメェは、そンなンになる前に、いくらでもぶつけることだって出来たンだろォが…」



何言って…



「クソが……ガキが生意気にカッコつけるからそォなンだよ」



551: 2011/03/13(日) 02:29:48.30 ID:BBsHBRkt0


!?



見透かされた気がした。

私のつまらないプライドが。

それで、結局自分を追いつめてるのを。






よりにもよってコイツに。

こんな奴に。

こんな悪魔に。






あんた…なんで生きてるのよ!!あの子達を頃しておいて、そんなアンタがなんで、



あの子達に幸せを与えてる奴に。

あの子達に幸せを貰ってる奴に。





なんでそんな満たされた顔で生きてるのよ!!




おかしいじゃない。

散々踏みにじって、奪って、足蹴にして、あざ笑って、貶めておいて。

その分傷つけばそれでいいわけ?

傷ついた分だけ幸せになれるなんて、そんな決まりがあるの?


552: 2011/03/13(日) 02:30:24.11 ID:BBsHBRkt0



だったら、私はダメなの?




私だっていっぱい傷ついたって、そう思ってたのは私の思いこみなの?

もっと傷つかないといけないの?

もっと、もっと、たくさん踏みにじられないと、私の番は来ないの?

そんなはずないよね。

そんなことあっていいわけないよね。

当麻を失って、これ上どうやって傷つけば良いのよ。

当麻がいないのに、どうやって幸せになれば良いのよ。







なんで…なんでアタシがこんな気持ちにならないといけないのよ!!





アンタなら知ってるの?

アンタなら、報われる為の方法を知ってるの?

だったらさ、答えを教えてよ。







ねぇ、答えてよ!!!











553: 2011/03/13(日) 02:32:21.28 ID:BBsHBRkt0




「知ったことか……教えれるもンならとっくに教えてやってるよ」


一方通行はくだらないと、そう言いたげに吐き捨てる。

その瞬間、私の中の最後の躊躇が消えた。

火花が弾ける。




あああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!





指先を白光が走る。

その瞬間だけがやけにゆっくりと見て取れたた。

気づけば、目の前には倒れ伏した白髪頭。

街灯が火花を弾く以外に、何の音もしない暗闇の中、私は大きな困惑と、小さな安堵を持て余す。

何故コイツは倒れているのだろうという戸惑い。

小さく身じろぎする姿への安堵。

手加減をしたのはコイツを思ってのことではない。

人を殺めることへの忌避感だ。

つまりは、私自身の為のもの。

正直、本当に反射しないとは思ってなかった。

コイツのことを信用なんて出来るわけがないじゃない。

仮に本当だとしても、せいぜい逸らすくらいだと思っていた。

まともに浴びるとは思わなかった。

能力を使う暇もなかったのかもしれない。

でも、本音はどうでもいいと、そう思っていた。

それによって、氏ぬことになっても。

でも……

でも、もし仮にこいつを失ったら、妹達はどうするのだろう。

今の私のような気持ちになるのだろうか?

それとも、仕方がない末路だと、案外あっさりと引くのだろうか。

浅ましい好奇心がぬるりと鎌首をもたげる。


554: 2011/03/13(日) 02:34:50.72 ID:BBsHBRkt0

震える腕に力を込めて、華奢な体がゆっくりと起きあがる。

思い切り手加減をしたとはいえ、少しびっくりする。

起きあがった一方通行は、顔中に馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

「かは、はは……温いなァ……これで第三位とか……きひひひひ、クソ雑魚すぎンだろ」

杖を付いて、思い切り馬鹿にした笑み。

膝が震えているはわかってるのに、どうしてそんな口が利けるんだろうか。

「やっぱり、アレだなァ……身体まで使ってもあっさり捨てられた挙げ句に……くだらねェ意地で……
 
 それも無駄にしちまう馬鹿じゃこれくらいが限界か」



腕を振るったのは無意識だった。

ピンボールを弾いたように、細い身体が跳ね上がる。

ぶつけた電撃は、あっさりと華奢な身体を打ちのめす。


「かははは……はは……」


また……起きあがる。


「何なんですかァ~?……静電気しか起こせないンですかァ超電磁砲さンはァ?」


小馬鹿にした笑みに、腕を振るう。

起きあがる度に私は腕を振るう。

殺さないように手加減をして。

その笑みを打ち消してやりたくて。

けれど、次第に、私の中に別の感情が沸き始める。

嘗て手も足も出なかった第一位を一方的に叩きのめしてるという確かな快楽。

一方通行は、ただ、立ち上がるだけで、何も言わない。

というか言えないのだろう。

舌が痺れて何もしゃべれないはずだ。

もし喋れたらなんて言ってただろう。

相変わらず憎まれ口か?

それとも命乞い?

奪った命への言い訳がましい言葉の羅列だろうか?

なんでここまで私に手を出さないのか、そこまでこだわる必要あるのだろうか。

そもそも、そこまで義理堅いなら最初からあの研究に荷担しなかったのではないだろうか。

そんな疑問は理性の部分としては理解してるのに、私はそこから目を背けてしまう。

コイツが、こんな風に、ひたすら打ち据えられてる理由なんて何だって良かった。

けれど、叩きつけた雷撃が10を越えた頃、荒くなった息を整えながら気づいた。

コイツ…能力どころか、チョーカーに指を伸ばしさえしていない。

555: 2011/03/13(日) 02:35:50.32 ID:BBsHBRkt0


馬鹿じゃないの?

けれど、感謝なんてしない。

そんなこと当然なのだから。

何よ、そうやって……償ってるつもり?

ただの自己犠牲に酔ってるだけの自己満足じゃない

ふと、昏い好奇心が沸く。

ポケットを探ると慣れ親しんだ感触。

体温で温い感触になったコインだ。

だったら、試してあげる。

コレにだって同じように出来るのか。



一方通行は顔色を変えない。

いや、そんな余裕もないのだろう。

目の焦点が合っていない。

痛覚も麻痺しているのかもしれない。

それでも構わずにコインを指で弾く。

狙いを定める。

ずっと、あの時夢想し続けていたことを実現させるのもいいかもしれない。

この学園都市第一位をありったけの電撃で貫くという。

脳裏を、小さな疑念がよぎる。

本能的に能力を使うかもしれないと。

それによって、反射された超電磁砲を浴びて氏ぬかもしれない、と。


556: 2011/03/13(日) 02:37:03.94 ID:BBsHBRkt0


でも、本音はどうでもいいと、そう思っていた。

それによって、私が氏ぬことになっても。

だから、私は迷うことなく、指でコインを弾く ―――――



―――――― 瞬間、私は目にした。


両手を広げて、じっと私から目を逸らさない一方通行の姿を。

いつか、どこかで見た姿。

私の、私自身さえ信じていない良心を信じきった、馬鹿な奴。

それと同じ馬鹿な瞳がじっと見つめていた。


557: 2011/03/13(日) 02:38:14.21 ID:BBsHBRkt0









「ダメェーーーーーーーーー!!!!!!!!!」










558: 2011/03/13(日) 02:40:01.04 ID:BBsHBRkt0

――――――

――――――――

―――――――――……


痛みすら感じられねェ中、分厚い幕を重ねられたみてェだ。

そんな中を、遠い叫び声が聞こえていた。

気のせいか?

そもそも、俺は今何をやってンだ?

起きあがろうとするが、いっこうに力が入らねェ。

声も出ねェ。

体中が麻痺したみてェだ。

もしかして氏ンじまったか?

そう思っていると、温かけェ感触が唇にした。

夢か?


「―――― きなさいよ……」


いや、違う…


「ねぇ、起きなさいよ………」


夢じゃねェ。


「………起きてよ……お願いだから………」


夢なんかじゃねェ。

瞼に力を入れる。

じりじり、苛つくうすのろぶりで開いた視界には不細工出みっともねェ泣き面。

ボロボロボロボロと、鬱陶しいくれェの泣き面。

温かかったのはこいつの涙か。

ガキかテメェは。


……てか……お前………



結構ピーピー泣くンだな。



「バカ……」




560: 2011/03/13(日) 02:42:37.68 ID:BBsHBRkt0


本当に馬鹿だ。

心臓が止まっていたのに。

超電磁法の余波で、簡単に氏にかけてしまっていたくせに。

何余裕だぜって感じに笑ってるのよ。

人工呼吸が功をそうしたのか、それとも、電気ショックが上手くいったのかわからない。

ただ、ただ、夢中で私は此奴を助けようとした。

自分が、どうしようもない取り返しのつかないことをしてしまったと、本能が叫んだ。

失くしちゃいけないものを、自分で捨てようとしていると、何処かから声が聞こえた気がした。

コイツは馬鹿だ。本当にバカだ。あの馬鹿以上に馬鹿かもしれない。

あの右手も無いのだから、かもしれないのではなくて、確定だ。


「泣いてンじゃねェよ……鬱陶しい…」


無茶言わないでよ、この馬鹿。

何であんな無茶したのよ?

ただの八つ当たりなのに……そうよ。

これはただの八つ当たり……手頃な相手を見つけて、ただ、ただ理不尽をぶつけたいがための……

そんなもの…付き合う必要なんて無いのに。

もしかして、私が当てないなんて、本気で信じてたっての?

あのバカみたいに。



ハッ、と一方通行が笑う。

馬鹿を言うな、そう言いたげに。

561: 2011/03/13(日) 02:44:44.16 ID:BBsHBRkt0



「どこのお人好しのヒーロー様ですかァ?おめでてェなァおい」


ボロボロの身体で何悪ぶってるのよ、馬鹿じゃないの?


「フン……うるせェよ。テメェごときの電撃なンざモノ数じゃねェンだよ」


何言ってるんだか。

最後の超電磁法外さなかったら、今頃アンタ跡形もないわよ。


「だろォな」


あっさりと言い放つ一方通行にとっさに言葉が出ない。

まるで私が最初から外すって思ってたみたいに。

何よ……

アイツみたいに、わかってるんだぜ、みたいな顔しないでよ。


「馬鹿が……どンだけブチ切れてよォと……そういうタマじゃねェだろォが……」


…………

……………


「テメェはよォ……どンだけ腐っても、トチ狂っても……簡単に人を殺れるよォには出来てねェンだよ……馬鹿が……」


…………

………………

…………………


ヘタクソ。


562: 2011/03/13(日) 02:45:40.69 ID:BBsHBRkt0


「あァ?」


ヘタクソって言ったのよ。

「何がだよ……」


もっと、上手く慰めなさいよ……


「チッ……」


本当、女心のわからない奴。


膝の上の、その今世紀最大の馬鹿は、何でだろう、悔しそうな顔をしてる。


そこまで悔しかったの?ヘタクソ呼ばわりが。


アンタのそんな顔見られるならもっとこれからも呼んであげよっか?


「違ェよ……」


ぼそりとつぶやく。


何がよ?


「うるせェ……俺が勝手にムカついてるだけだ……」


わけがわかんない。


わけがわかんないけど……


ありがとう。



「何がだよ……」



んん~~


とりあえず、スッキリしたことについて?



「サンドバッグかよ……」


ああ、それいいわね。


「ぶっ頃すぞ……」



そんなボロボロで言われてもね。


「フン……」


563: 2011/03/13(日) 02:47:52.03 ID:BBsHBRkt0


ふふふふ……


あは…あはははは。



「……何だよ急に……キメェな……」



あははは……


どうしてかな…何だか、急に笑えてきちゃった。


ホッとしたからかな。



「知るか……」



うん。そうだね。

答えを預けるのはズルいよね。



私は、多分ホッとしてるんだと思う。

ギリギリの、本当にギリギリのところで、踏みとどまれたことに。

心底ホッとしてるんだ。

アイツを失くしても、それでも、私は、何もかも手放したかったわけじゃなかったんだって、気づけたから。

上手く説明できないけど、アイツだけが、私のすべてだって思い込もうとしてただけで、全然そんなことないって。

ギリギリで、それに気づけたことが嬉しいんだ。


悲しいけど、嬉しいんだ。


それと、踏みとどまらせてくれる馬鹿がいてくれたことにも。


こんな馬鹿な私を、どうにかしようとしてくれる馬鹿がいてくれたことにも、私はホッとしたんだ。


私は、久しぶりに笑ってた。



泣きながらだけど、心の底から笑ってた。








564: 2011/03/13(日) 02:50:38.55 ID:BBsHBRkt0




クソが……

何、勘違いしてンだよ…

コイツはただの自己満足だ。

お前がどンだけ泣こうとも、アイツが笑ってくれることを選ンだ俺自身への当然の報いだってのに…




ああ……


どォして上手くいかねェかな…


笑って欲しい奴は笑ってくれェし。


泣いて欲しくねェ奴は泣かせちまう。


アイツみてェに、上手くできねェ……


……馬鹿が……


何、泣きながら笑ってやがンだよ……うぜェ……






ホント、






確かにヘタクソだな。







565: 2011/03/13(日) 02:52:07.91 ID:BBsHBRkt0
以上で投下終了。アニメ見るたびに美琴と打ち止めが可愛くて辛い。
それではまた次回まで~ ○ノシ

571: 2011/03/13(日) 03:12:39.67 ID:SbVCQPoDO
乙ー

572: 2011/03/13(日) 03:20:23.10 ID:HvbfxqOTo
美琴はスッキリできたか

594: 2011/03/15(火) 00:07:50.35 ID:KoKVPhiq0

結局何が変わったというわけでもない。

当麻が私の前からいなくなったという事実は存在し続けている。

私が捨てられたことには変わりなく、そのことを思い出すと泣きたくなる。

ただ、何ていうか少しだけ吹っ切れた気がする。

泣くのをこらえているんじゃなくて、泣きたいな~っていうくらい。

涙を堪えてるんじゃなくて、泣きそうって、そんな程度。

当麻の事が好きなのは一緒だし、いきなりあんなことがあったからってアイツに惚れるなんて、そんな漫画みたいなこともない。

ただ、こんな私を止めてくれるヤツがいることが、心のどこかで救いになった気がする。

一つだけ確かなことがあるのだ。

アイツのおかげで踏み止まれたということ。

だから、私 ――― 御坂美琴は、アイツ ――― 一方通行にとても感謝してるのだ。





あれから、ゲコ太先生の病院まで運ばれた一方通行は緊急手術。

私の応急処置があったおかげで助かったと、先生は褒めてくれたけど、そもそもそんな状況に追い込んだのは私。

喜べるはずがない。

結局一方通行は丸一日眠っていた。

携帯に目を覚ましたという連絡が入ったのは今朝の5時前。

すぐに跳ね起きたけどどんな顔して会えばいいのかわかんなくて結局アイツの部屋の前をうろうろ。

行き掛けにフルーツの盛り合わせは昨日買っておいて、これをチャチャッと渡すだけなのに、怖くて行けない。







ヘタレすぎよ………御坂美琴。


595: 2011/03/15(火) 00:09:45.78 ID:KoKVPhiq0




「あれぇ~~お姉さまじゃん」




声に振り向けば其処には末っ子の姿。

末っ子だけど、一番年上。

見下ろしてくる視線は、気のせいなんかじゃなく冷たい。

私より若干高い位置から見下ろしてくる

悪意を抽出するっていう設定は解除されつつあると聞いている。

ということは、この子の冷たい目は、純粋にこの子の中から生まれた意思。

だからこそ逃げちゃダメだ。

ごくりと唾を飲み込む。

小さく深呼吸。



一つ。



二つ。





お…





おはよ~





「なに作り笑い浮かべてるのキモイ。お姉さまもしかして緊張してるぅ~~?ミサカがあの馬鹿を傷付けられたから怒ってるとか、そういう展開予想しちゃったりしてる~?」



馬鹿にした笑み。



うわ、なまじ私そっくりだから余計ムカつく。



番外個体は私の手の中のフルーツの入った籠と部屋の扉を見比べる。




596: 2011/03/15(火) 00:11:21.48 ID:KoKVPhiq0


「……なぁ~んだ。てっきり止め刺しに来たかって思ってたのに、ツマンネー」


何よ、止めって!!


「え?だってあの馬鹿に恨みつらみ晴らしたからこうなったんでしょ?」


どこからの情報だそれ!

復讐鬼のイメージかアンタ達の中の私は。っていうか、アンタはその方が良かったの?


「はァ?バッカじゃないの。アイツはミサカの獲物なの。すぐには殺さないけどね。じわじわじわじわ嫌がらせしてさ。

 ずぅ~~っと擦り切れたボロ雑巾になるまで嬲り抜いてやるの」



番外個体ははんっと笑う。

不自然に唇を捲るような、変な顔。



「………だからさ。ミサカの獲物勝手に取るんだったら………お姉さまでもただじゃ済まさないよ?」



真っ直ぐな目が私を射抜く。


それはほんの一瞬で、直ぐに三日月みたいに目を歪める。



「――――……にゃ~んてね。べっつにお姉さまがアイツをどうしようがミサカには関係ねーし。それに、お姉さまじゃアイツ殺せないでしょ?

 アイツをいたぶるのも頃すのも、ぜーんぶミサカの役目なんだもん」



げひゃひゃひゃ、なんて下品な笑い声が病院の廊下に響く。

私の顔で止めて欲しいなそんな笑い。






でもさ、アンタの手にあるのってお菓子の袋じゃない?




597: 2011/03/15(火) 00:12:41.11 ID:KoKVPhiq0


「!?な、なん、何でミサカがクッキー焼いてきたってわかったの……?」


ああ、クッキーなのね、やっぱり。

うん、すっごいデジャブ。

そして、手作りかぁ……

恋しちゃってるわね~~


「はひゃッ、こ、こ、恋とかバッカじゃねーの!!げひぇへひゃは…ッ、ミサカがそんな真っ当なもんするわけないじゃん、あんなモヤシに。
 
 これはね、特性の甘~いクッキーで、甘いの苦手な一方通行の苦しむ顔を拝んでやろうっていう、ミサカのいやらしい嫌がらせっていうの?つまりは ―――………」

「箱の中身は甘さ控えめなビターチョコクッキーですと、ミサカは上位個体からのリークにより番外個体が一方通行好みのクッキーを徹夜で焼いたという事実を暴露します」

「ちょッ!」

あ、やっぱり?



「グッモーニンですお姉さま」


アンタも此処に来てたんだ。


「ええ、今日は調整の日ですので。番外個体もおはようございます」

「あ、おはようございま………って、違ぇ!!てめぇ……この欠陥姉。どっから湧いてきたぁーーーーーーー!!!!!」

「おっと、やべぇと、ミサカは沸点の低いヤンデレ(笑)妹をpgrしつつ華麗に去ります」

「ぶっ頃す!!」



598: 2011/03/15(火) 00:13:26.36 ID:KoKVPhiq0


あ~あ、行っちゃった……

病院の廊下は走っちゃダメなのに。

あとで先生に叱ってもらわないとね。

それにしても、アイツったら結構隅に置けないのね。

ふふふふふ……



……


…………


………………


…………………… ま、あんだけお人好しの馬鹿だったらそうかもね。


何だか毒気が抜かれちゃったな。

さっきまでの緊張が無くなっちゃった。



うん。

これなら、すんなりお見舞い出来そう。

一度だけ深呼吸をしてドアに手を掛ける。




おっはよ~~一方通行~~~!!!




















あれ?居ない?





599: 2011/03/15(火) 00:14:12.47 ID:KoKVPhiq0






色々すまねぇな、土御門。

「水臭い事言うなよカミやん」

からからと土御門はいつもの笑いで、陽気に返す。

「しっかし、寂しい旅立ちだにゃー」

見送りは土御門以外誰も居ない。


まぁ仕方ねーだろ。誰にも知らせてないんだから。


今、俺と土御門は空港のロビーにいる。

見送りの土御門は、ファー付きのジャンパーを着ているだけで、手には荷物なんて何も無い。

俺はキャリーバック一つ。小旅行にでも出かけるのかっていうノリだ。


「一生帰らない旅に出るとは思えないにゃー」


必要なものなんて殆どねー。

この身と、この心、それから、この右手で十分だろ。


「微妙にカッコ付けきれてねーセリフだなカミやん」


え、俺結構決まったと思ったのに。






600: 2011/03/15(火) 00:15:04.25 ID:KoKVPhiq0



一週間の期限が来て、神裂はもう一度尋ねてきた。

それが三日前。

俺の返事は当然何一つ変わりはない。

アイツはホッとしたような、悲しそうな顔をした。

きっと、俺がしようとしてることは決して褒められるようなもんじゃないんだろう。

だって全てを捨てようってんだからな。

美琴に別れを告げて、一方通行に全てを託して ――― ハッキリと確認したわけじゃないけど、アイツの言葉を俺はそう捉えた ――― からアイツ等には一度も会ってない。

俺は俺で準備が忙しかったし、伝えるべきことは全部伝えたからだ。

馬鹿なことしてると思う。

最低だと思う。

全部全部、うっちゃって、振り返らずに走っていくんだ。

俺のやったことは、誰もが非難しても、肯定はしないだろう。

でも、それでいい。

その方が割り切れる。



「何だか、思ってたよりずっとさっぱりした顔してるにゃー先週なんてじゃがいもみたいな顔だったのに」


ぷぷぷと思い出したのか、土御門が笑う。

一方通行にしこたま殴られた俺の顔は翌日が悲惨なものだった。

夜道で会えば悲鳴をあげるような、そういう怪談レベルで。


「で、その様子だと全然迷いはねーみてーだにゃー」


まぁな。

土御門は俺の返答に満足したのか、鷹揚に頷く。


「そうか。なら俺から最後に言っておくが、カミやんは金輪際コッチに連絡を取ることは出来ない。親御さんに連絡することもな」


わかってるって。

上条当麻としての名残を全部消すんだろ?


「そうだにゃ。コッチの戸籍は俺の方で消しとく。アパートにある物の処分もな」

悪いな。



「礼なんて言うなよ。これで終わりじゃねぇ、カミやんの戦いはこれからなんだぜい?」



どんと胸を土御門の拳が軽く押す。


601: 2011/03/15(火) 00:16:04.45 ID:KoKVPhiq0


「これからカミやんは今までのカミやんが見たらまっさきに軽蔑するようなことだって平気で出来るようにならないといけねー。禁書目録の為に、目の前で苦しむ人間を放っておくことだって必要になる。 
十を切り捨てて千を救う英雄なんかじゃなくて、一人の為に万の人間を見捨てることだって要求されうる。カミやんにとっては地獄だろう。その地獄にこれから足を踏み入れるんだぜい?」


わかってる。

俺は正義のヒーローになるんじゃねー、アイツのヒーローになるんだ。

それに……約束してるしな。


「約束?」


いや、なんでもない。

つーか、今のは俺にもわからねー。まるで、誰かが頭の中で呟いたみたいだ。


「おいおい、幻聴とか大丈夫かよ」

問題ねーって。それよりも、俺の痕跡を残さないって、父さんと母さんはどうするんだ?

記憶操作でもするのか?

「んにゃ、あまり一般人に魔術を使うわけにはいかねーにゃ。カミやんには今から氏んでもらうんだぜい」





は?




「というか、今からジャンボジェットに乗ってもらうわけだが、乗客はカミやんひとり。後は全部こっちで用意した偽名。カミやんはその右手によって“不幸”にも飛行機ごと……」


………

……………大げさ過ぎないか?



「ジャンボジェット一機でも十分おつりが来るんだよ、神上にはな」



そっか…


何だか複雑だな。


602: 2011/03/15(火) 00:16:36.05 ID:KoKVPhiq0



『10時35分発のイギリス行きの便に搭乗予定の………』




そろそろみたいだ。


「おう、達者でなカミやん」


土御門が右手を差し出してきた。

何だか、こうやって改まると恥ずかしいな。

そっと握り返す。



「カミやんの行動はダチとしては褒められたもんじゃねぇ。小萌先生も姫神も、吹寄も、青ピも、みんな裏切って騙すわけだからな」

ああ……

「……けど男としては、羨ましいな」

土御門……


「俺にもいるからな。他の誰をも裏切ってでも守りたいヤツが。しがらみが多過ぎて捨てて連れて逃げたいヤツが」


まぁ、此処までどっぷり浸かっちまうと、そうも言ってられねーけど、そういって土御門は笑う。

その顔はどこか寂しげだ。

握り締めた土御門の手に若干込められた力が、コイツの数少ない本音を物語っている気がした。

血が繋がってないんだろ?

そんな野暮な質問は呑み込んだ。

コイツがこんな顔するんだ、きっとそれだけじゃないんだろう。

でも、それを聞き出してどうこうするのは俺の役目じゃねぇ。

だから、俺はただ、土御門への感謝も込めて握り返す。

それが伝わったのか、土御門が、子供みたいに無邪気に笑う。




603: 2011/03/15(火) 00:21:59.69 ID:KoKVPhiq0






「さ、行ってこい。お姫様を思い切り抱きしめてやれ」




ああ、行ってくるよ。









「じゃあな、親友」




ああ、さよなら親友。








土御門の上げた手に、思い切り手のひらを思い切り叩いた。


小気味の良い音が鳴る。


ゲートに向かう。









俺はそのまま二度と振り返らなかった。









622: 2011/03/16(水) 20:59:15.37 ID:bNMeyf8/0



退屈極まる病室からの脱走に成功。

といっても、外出なンざ出来やしねェ。

だが、あそこにいて、超電磁砲のヤツが万が一、いや、億に一でも見舞いに来られた日には堪ったもンじゃねェ。

俺はただ『アイツ』の元にあのクソバカを送り出してやる為にした事のツケを払っただけだ。

アイツを笑顔にしてやれンのはあの馬鹿しかいねェンだからな。

仮にアイツの元に俺が行ったとしても、どうにも出来るモンじゃねェ。

ああ、ンなことはわかりきってンだよ。

チッ…らしくねェな。過ぎたことをグダグダ……






「さっさと入ったらどうですか浜面!」

「いや、だって、こんなバラの花束持ってよ…いきなり変に思われたら」

「大丈夫です。浜面は超デフォルトで変でキモイですから」

「酷いッ!!高校生になって、少しは落ち着いたと最近思ってた矢先に罵声の通常運行ですか!!」

「うるさいですよ。そんな変でキモイ浜面のことが滝壺さんは超好きなんですから、今更くだらねぇ心配なんてする必要ないんですよ」

「絹旗……」

「ああ、浜面。言っておきますけどこんなところで超獣欲を超解放して滝壺さんに何かしたら……超デンプシー窒素パンチですよ?」

「どんだけ俺は猿設定なんだよお前の中で。しませんから!!ええ、しませんさ。病み上がりの我が姫君をそんなぞんざいに扱うはずがねぇーだろ!!!」

「でも、ベッドの上でちょっぴり弱った滝壺さんの超上目遣いに、超クラクラっと来るんでしょ?」

「うん、まぁね。なんていうか、こう髪が解れて頬に掛かっている滝壺の可憐さと庇護欲直撃っぷりと色気はもうレベル6なわけで……ハッ!?誘導尋問!?」

「ホラ見ろ。ホラ見ろ。超猿じゃないですか。超大猿じゃないですか……ま、今回はあえて信じてあげましょう馬面」

「てめ、全然信じてねぇだろ…」





623: 2011/03/16(水) 21:00:33.73 ID:bNMeyf8/0


ありゃ浜面と、もう一匹のチビは……モアイだったか。

相変わらず仲が良いっつーか、猿山の猿並にウルセェな。




「ホラ、さっさと行ってこいヌケ面。恋人の癖に超モジモジとか超キモイです」

「お、おう!!すまねぇ絹旗」






「ったく…超世話が焼ける……」


泣かせるねェェ、モアイ。


「おっひゃぁぁ!!ゲッ!!!第一位?」


久しぶりだなチビモアイ。


「モアイ言うな!!最愛です。さ・い・あ・い」


わかってるって、も・あ・い、だろ?


「だろ?じゃねー!!何で超ドヤ顔なんですか!」


うるせェぞ、チビガキ。病院で騒ぐンじゃねェ!!


「…エェェェ……超不条理に怒られました……」





それにしても、浜面の野郎もしかしてあのピンクに?

「超プロポーズですよ」

そォいや、アイツ働いてンだっけか。

ちゃンと給料三か月分か?

「浜面の超薄給じゃ三か月分じゃ足りないんで、超九か月分です」

ヘッ…

気合入れてンじゃねェか、ド三下が。

「超ヘタレの浜面が、滝壺さんなんて超優良物件を手に入れようとするんです。九か月分でも超格安です」



くかかかかか……違いねェ。



624: 2011/03/16(水) 21:04:00.82 ID:bNMeyf8/0

それにしても……お前学校行ってンのか。

「………悪いですか?どっかの誰かさん達のせいで暗部解散しちゃいましたしね~~超暇を持て余してたんですよ」

ふゥん。

「笑いたかったら笑ってくれてもいいですよ」

笑いやしねェよ。

「ふん。似合わない社交辞令は超結構です。暗部のガキが何世迷いごと言ってるんだって、ハッキリ言ってくれても超構いませんよ?

 私だってそう思ってるんですから……」


思わねェっつってンだろォが、バカチビガキ。

「超失礼ですね!」

馬鹿だから馬鹿だっつってンだよ、バカチビヒンニューチビガキ。

「貧Oじゃないもん。大きくなってるもん!!超成長してるもん!!!」

うるせェな……

勝手に世迷い事だって決め付けてンじゃねェよ。

表の世界に行きてェンだろォが。じゃあ、行けよ。

誰に笑われよォが関係ねェ。やりてェよォにすりゃいいだろォが。

ゴチャゴチャ抜かしてくる奴等はぶっ飛ばしてきてンだ。

折角自由になったってのに、テメェでテメェを縛ってンじゃねェよ、ボケが。

ガキの癖に何も失くすモンはねェって面して泥に浸かってた時はぶっ飛ばしてやろうかってくれェイラついたがなァ。

今のテメェは悪くねェ。

少なくともクソったれ暗部にいた時より、少しはマシな面してンじゃねェか。

まァ、この先お前がどォするつもりなのかは知らねェが、そのまま抜け抜けと表舞台に出りゃいいンじゃねェの?


「一方通行……」


浜面といい滝壺といい……テメェらは全然温過ぎて暗部は場違いなンだよ。

とっとと、表の世界に出ちまえ、邪魔臭ェ。

少なくとも、テメェは俺なンかより、ずっと似合いそうだぜ。



「………一方通行……」




…………


……………あァ……


………………………………今の言葉は話半分に聞いとけ。



625: 2011/03/16(水) 21:13:32.08 ID:bNMeyf8/0







~~~~~~~~~~~~~~~~~~氏にてェ~~!!!

思わず病院の外にまで出ちまった。

なンなンですかァ?俺のキャラじゃねェだろ?

会って速攻何語ってンだァ…あ~あァ…らしくねェ……

ったく…………あの馬鹿の説教癖が伝染ったか?

………だが、表を生きてくのはあのチビにはお似合いな感じだ。

少なくとも俺の一万倍は似合いそォだしなァ。



「一方通行!!」



あァ?モアイじゃねェか。

何か用か?つーか病院で走るンじゃねェ。



「絹旗最愛には超夢があります!!」

……ジョルノ?

「可愛くて優しい保母さんになることです!!」


……………

…………

……………ハァ?


「その夢が叶った暁には、『あの計画』に関わってた連中全員に『超ザマァ!!!』って言って笑ってやるつもりです。

 当然、貴方も例外じゃありません。つーか、超最優先です!!」


…………


「だから……悔しかったら」


絹旗が、何故か茹でタコみてェなツラをする。




「悔しかったら『表』出ろォってンです!!」




何いきなりデケェ声あげてンだよ。


「いきなり会って人に説教かましただけでも超ウザイってのに……何勝手に諦めきった顔してンですか。超々ウザ過ぎて気になっちまったンですよ!!

 言うことはそれだけです!!フンッ」



626: 2011/03/16(水) 21:15:55.70 ID:bNMeyf8/0


何?

何なンだ?

何なンですかあのガキ…

言うだけ行ってドスドス歩いて帰りやがった……

ホント……何なンですかあのガキ……





クハッ…かかかか……

ホントにアイツ俺の思考パターンを元にしてンのか?

あのバカっぷりでか?

ぎゃはははッ……愉快すぎンだろ。



ったく……喧嘩売られちゃ買わねェわけにはいかねェな。

表に…出てやるか。

手始めに、まずアイツに会わないとなァ……


もしかしたらあの電撃娘が来てるかもしれねェ病室に俺は向かうことにした。


顔を合わせたら気まずいだとか、面倒くせェだとか、そンなチャラけた情けない考えなンざ、バカチビの大声でとっくに吹っ飛んでいた。





627: 2011/03/16(水) 21:17:44.59 ID:bNMeyf8/0
閑話休題終了。いたぶられっぱなしの一方さんに愛の手を編とも言う。
本編投下は12時前後を目標にしています。暫しのお付き合いをヨロシクお願いします。では。

642: 2011/03/17(木) 00:10:52.16 ID:ZKVoi/S+0

軽い頭痛がこめかみを打つ。

自分の眉間に皴が自然と寄ってしまっているのがわかる。

この一年、気持ちいい朝っていうのを、一体私は何回味わったのかな。

数えようとして、両手で事足りそうだとわかったので止める。

何も自分で自分の心を圧し折る必要はないし。

シルクのシーツを払いのける。

このベッドにしても、とんでもないお金なんだと、寝ぼけた頭でぼんやり思う。

高級品だろうと、快眠を提供してくれなきゃ意味なんてあるのかな。

見渡すと上質の調度品が目に付く。

けれど、そういうものに心を慰められるような教育は受けていない。

ウチに寄付をしてくれるお歴々の中には随分造詣の深い者ものもいるけれど。

ジノリだのウェッジウッドだのロイカーカムだの。

ベリークは結構好きだって言ったら顔を顰められたことがある。

別にアイルランドだからって、食器に罪は無いのに。

正直使いやすくて紅茶が十分に楽しめるなら何でもいい。

そういう意味なら、百均で買ったカップの方が気を遣わなくてもいいから寧ろ好ましいかも。

ベッドから降りる。顔を早く洗いたい。

身体が重い。

勿論、体重が増えてしまったからどいうわけではない。

むしろ最近は体重が減る一方。

確かにイギリスの料理はお世辞にも美味しい部類には入らないけど、それでも食事はしっかり摂っている。

そうしないと身体が保たないからだ。

望めば洗顔一式を持ったシスターが現れて、恭しく洗面器を差し出してくれて、ベッドに座ったまま洗顔できるんだけど正直それはちょっと遠慮したい。

逆に落ち着かない。生まれてからずっとそれが当たり前になっている王族の人間なら疑問にも思わないのだろうけど、生憎私は庶民暮らしが長い。

髪が濡れてしまわないように括ると、冷たい水で顔を洗う。ようやく頭がしゃっきりとする。

濡れた洗面台を顔を拭いたついでに拭っていく。いつになっても私は顔を洗うのが下手だな。





643: 2011/03/17(木) 00:16:49.23 ID:ZKVoi/S+0




『あ~     !!また洗面所がびしょびしょじゃねーか!!』





不意に懐かしい記憶が過ぎって、思わず笑ってしまう。

彼は元気にしてるだろうか。

………

…………

……………

………………止め止め。そんなこと考えても仕方が無い。

ドアをノックする音が聞こえた。

遠慮がちにコンコン、コンコンと穏やかなリズム。

それだけで誰かわかる。

ノックにもその人の性格や気分て現れるものなんだって最近わかった。


『最大主教、お目覚めでしょうか?お着替えをお持ちしました』


今目覚めたところです、構いませんよ。


出来るだけ気取った声を出す。

油断をすると直ぐに昔のイントネーションと口癖が出てしまうから。

ドアをゆっくりと開けて足を踏み入れてくるのは、この一年間ですっかり見慣れた顔。



「おはようございます、最大主教」



おはよう、五和。

セミロングの黒髪に、下がり気味の柔らかい瞳をした美人さん。

いつ見ても羨ましいなって思ってしまう。

あいさもそうだったけど、黒髪の女の人って、それだけで凄くたおやかな感じがする。

思わず自分の髪を摘んでみたりする。私の髪ではそんな雰囲気は出せない。

「どうなされましたか、最大主教?」

何でもありませんよ。

下らないことに頭を悩ませているなんて、流石に言えない。

不思議そうに首を傾げるいつわから装束を受け取る。

着せてくれようとする彼女を制して、着替え始める。そんなに複雑な衣装でもないのだ。

流石に安全ピンなんてものは何処にも無い。

姿見鏡の前の椅子に腰掛けると、いつわが髪を梳いてくれる。気持ちいい。

一つ一つの動作が細やかで柔らかいいつわに髪を整えてもらうのは一日の中で一番の楽しみかもしれない。

気持ちが落ち着くというか、ホッとする。



644: 2011/03/17(木) 00:18:12.41 ID:ZKVoi/S+0


「最大主教。先ほど連絡が入りました。あと1時間ほどでローマ教皇様、総大主教様のお二方が到着されるそうです」


あいかわらず働き者のお二人だ。

ローマ教皇はもう随分な御年のはずなのに、精力的過ぎて周りがハラハラしてしまう。

御本人曰く、今が無理のし時なのだそうだけど。


「実直な方ですからね。第三次世界大戦を食い止めることが出来なかったことを随分と悔いていらしゃるようですから」


その実直さがあの方の力の源であり、同時に消耗させている要因なのだろう。

そして、総大主教。そのままモデルとして通用しそうな美少年……じゃなくて、美青年なのかな。

あの方がお見えになると、シスター達がそわそわするのが面白い。

確かに、女から見ても綺麗な方だと思う。

「総大主教様、今日もウキウキしながらお見えになるのでしょうかね。うふふふ、余程此方に来るのが嬉しいのでしょうね」

そうなの?

知らなかった。そんなにもイギリスを気に入って下さってるなんて。今度護衛付きだけど、イギリス内をご案内しようかしら。

「え……そういう意味じゃなくてですね…つまり、総大主教様は、最大主教に会えるのが……」

どういうこと?

「いえ……何でもありません。…………あの方も報われませんね……」

よくわからないことをいつわはぶつぶつと呟く。

何か不味いことでも言ったのかな。

ごめんなさいね、五和。

「え?」

お側人とかいって、貴女にこんなメイドじみたことまでさせてしまって。

鏡越しにいつわをチラッと見る。

柔らかな笑顔のいつわと目が合う。

「こんな…なんて言い方をなさらないで下さい。こうして少しでも最大主教のお役に立ててることが嬉しいんです。寧ろ自慢にしたいくらいなんですから。女教皇なんていつも羨ましそうにしてますし」

くすくすと笑うと、いつわは優しく頭を撫でてくれる。

気持ちいいけど、少し恥ずかしい。

「最大主教、忘れないで下さい。私達は、貴女がとても大好きなんですから」



うん、ありがとう。




でも、いつわの言葉に甘えてしまうわけにはいかない。

簡単に誰かに縋ったり頼ったりしていい立場じゃないことを、私は理解しているつもりだ。




645: 2011/03/17(木) 00:19:32.70 ID:ZKVoi/S+0








「ごめんなさいね、五和」

そう言って目を伏せる最大主教に私はありきたりの慰めしか出来ない。

この小さな女の子に、私達はイギリスにいるイギリス清教徒、そして魔術師達の運命を背負わせている。

勿論、罪悪感なんかじゃなくて、私自身がこの人の事を大好きだからお側人として従っているのだけれど、でも、こうして朝サラサラのプラチナブロンドに櫛を通していくと堪らなく泣きたくなることがある。

彼女お気に入りの青いヘアピン。

高級品に固められた中で、余り高くないそのヘアピン ―――― 青い羽を模したヘアピンを最大主教は毎日身に着ける。

それ以外のアクセサリーは絶対に身に着けない。

きっと   に貰ったものなんだろう。

可愛らしいなと思う。本当に、可愛らしい。

お人形さんのような愛くるしい少女。

本当なら、誰からも愛されて、幸せになるべきなのに。

辛い思いをしてきた人間は、その何倍も幸せにならなきゃ嘘だ。

それが叶わないならば、その時は手を差し伸べるべきなのが私達であるはずなのに。

それなのに、私達はこの華奢な肩に自分達の運命すら乗せてしまっている。

この人の事を魔法名にちなんで子羊姫と揶揄する者がいる。生贄になるためだけに存在するお飾りのお姫様という意味らしい。

政治的な手腕なんてものは求められず、前最大主教程気ままな自由は与えられていない。求められているのはたったの二つ。

『あの男』の娘として世界の憎しみを受ける為の『人柱』。

有事の際の魔術サイドの最大の切り札としての『決戦兵器』。

自ら被災地に赴いたこの人を罵る声は数年たった今も変わらない。

『悪魔』

『魔女』

『バケモノ』

『お前が氏ねば良かったんだ』

『地獄へ落ちろ』

この人は何もしていない。そんな事が出来る人ではないと私達は知っている。

けれども、他の人々にはわからない。

何も知らされず、ただわけもわからず巻き込まれた人々には、自分達を欺いてきた女にしか見えない。

あの男の娘という理由だけではない。

前最大主教に瓜二つに成長したこの人の姿に、あの女への怒りをダブらせる者も多い。

唯一の血族という理由で、そして、最大主教に就いたことで、全ての不満も怒りも憎しみもぶつけられることになった。


646: 2011/03/17(木) 00:20:08.91 ID:ZKVoi/S+0

それでも、この人は泣き言を漏らさない。

初めて会った時の、あの幼児のような無邪気さと同じくらいの我が侭な甘えん坊が、どうしてこんなにも強くなれたのだろう。

そう疑問に思った者は数知れない。けれども、私はすぐにわかった。

全てをもらさず記憶するこの人は、誰よりもずっと長く、誰よりも近くであの人の姿を目にしてきたのだ。

倒れても倒れても立ち上がるあの人の勇気をその頭の中に焼き付けてきたのだ。

そして、その心に刻み付けてきたのだ。

だから、この人は決して逃げ出さない。立ち向かうのをやめない。どれだけ傷ついても。まるであの人のように。

それでも……だからといって、この人が傷ついていないわけではない。

湯浴みの時に背中を流していると、腕や手に赤い傷痕を見かけることがある。

手に刻まれたミシン目のような傷痕。

腕に走る赤い蚯蚓腫れ。

その痕の正体に気付いたのは包丁で指を切った時に、自分の指を咥えている時だ。

止血するつもりで、強く指に口を咥えていたときについた歯型。

頭を殴られたような気がした。

この人は泣かなくなったんじゃない。

誰かの前で泣くことを止めただけだったんだ。

声を頃して泣くために手を噛み。

抑えきれない辛さを押し頃す為に腕に爪を立てて、一人ぼっちで耐えていたのだ。

そして、漠然と理解してしまった。

頼る人が居ないからこの人は強くなった。

けれども、同時に孤独になったのだ。

頼りたい人が居ないからこの人は泣くことが出来なくなったのだ。



647: 2011/03/17(木) 00:21:16.18 ID:ZKVoi/S+0


ねぇ、知っていますか最大主教?

お酒なんて嗜むことのなかった女教皇が、この頃時折酔いつぶれるんですよ?

絡み上戸の泣き上戸。お相手は大体が斎字さん。

頼ってもらえないっていうの、結構辛いんですよ?

あの人の側にいた貴女ならわからないはずがないですよね。

でも、きっとそう言っても貴女は止めないのでしょうね。独りで泣く事を。

それに、私達にはそれを止めて私達にもっと頼れなんて言う資格はない。

貴女に守られてしまっている私達じゃ、そんな言葉言えない。




私達は皆知っています。自分達が役者不足だってことくらい。





そして私達は知っています ――― 貴女が思い切りわんわん泣ける人はたった一人しかいないんだって。






だから ――――






648: 2011/03/17(木) 00:21:59.99 ID:ZKVoi/S+0









三者会談は思ったよりも難航してしまった。

無責任なトップ同士の会談も長引くけど、責任感が強過ぎるトップ同士も考え物。

私のような例外を除いて、頂点に担がれる人というのは大なり小なり背負いたがり。

責任感の強さに比例するように、自分だけで全て解決しようとしがちで、これはこれで議論が平行線。

ローマ教皇様は御自分の御年を懸念されているみたいで、生きている内に出来る限り全てを終わらせておこうと息巻いていて。

総大主教様は、先の大戦で若輩者と侮られた苦い経験から、少しでも自分の総大主教としての実績を上げて周囲を納得させたいという焦りがある。

互いに自身の無力さを悔いたが故の強迫観念じみた使命感で、気持ちは理解できる。

結論は結局次回に持ち越し。

それまではイギリスが指揮をとるという形に落ち着いた。

つまり、此方の思惑通り。

装束を脱ぐと、私はベッドに倒れこむ。

行儀が悪いけれど、何も考えたくない。

記憶力があっても、駆け引きは得意なわけじゃない。

先代ならば嬉々として取り組み、軽々とこなしてみせた権謀術数を覚えてみたところで、それらしく振舞うのだけで精一杯。

多分経験とかじゃなくて、教養の積み重ねによって培われた素養だったり、人間関係によって形作られてきた性質なんだろう。

私に出来ることはやっぱり、魔法名の示す通り献身的な子羊であること。

でも、それで誰かが救われるならそれで構わない。

一時であっても、私に憎しみをぶつけることで、その人の明日を生きる気力が少しでも満たされるのならそれでいい。

辛いと思わないといったら嘘になるけれど、どうして自分が、とは思わない。

ううん、思わないなんていうのは嘘で、思いそうになるたびに、そんな弱い自分の気持ちを打ち消す。

だって自分で決めたことだから。

あの人のように強くなろうって決めたから。

あの人にもらった強さが私の大切な宝物だから。


649: 2011/03/17(木) 00:22:46.58 ID:ZKVoi/S+0

ヘアピンを外す。

薄い青色の羽のヘアピン。

私の二番目の宝物。

二年間、毎日着けてるせいで随分色褪せちゃった。

そのうち銀色の羽になっちゃう。

せっかく、銀色の髪に青色って合うと思ってなんて珍しく   にしては気の利いた言葉を尽くしてくれたのに。

身体がずっしりとする。

ベッドに沈み込んでそのまま落ちて行きそう。

嫌だな……こんな時は、色々思い出しちゃう。

身体が現実逃避を促すみたいに、私に   との思い出を色々見せてくる。

それはとっても温かな思い出で。私の一番の宝物。

でも、だから辛い。

我に返った時の苦しさが途方もない。

だから、私は思い出さないようにする。

持ち帰った写真も見ないようにする。

一度辛過ぎて、逃避するようにアルバムを見てしまった夜は大変だった。

夢に   を見て。

それから夜中に起きて、寝ぼけて部屋中探し回って。

そして我に返り思い出す。

ここは学園都市の小さな寮の一室ではなくて、イギリス清教の最大主教の部屋なんだと。

その瞬間の絶望。

思い出すだけでぞっとする。

けれど、疲労が澱のようにこびりついている身体は、柔らかなシーツに包まれて条件反射のように眠気を齎す。

湯が溢れるように、温かな記憶が箍が外れたように沸き出でる。

今にして思えば結構わかりやすかったよね。それはお互い様だったかもしれないけど。

どうして、もう少し素直になれなかったのかな。今更だけどね。

それに今頃の彼の側には、あの子がいるだろう。私と同じように、ずっと彼に焦がれ、追いかけていた子が。

私よりも強くて、ただ守られているばかりの私と違って強くて、どんどん突き進んで行く子。

いつも待たされて待ちぼうけを食らって、それから蚊帳の外にされてしまう私とは違う子。

強引に自分の居場所を作り出してしまいそうな女の子。

結局最後まで面と向かっては名前で呼んであげることも出来なくて、『短髪』なんて呼んでた。

私と違って、彼と並んでいると、とてもお似合いで、私はそれが悔しくて目を逸らすか、嫉妬を堪えきれずに噛み付いていたりした。







650: 2011/03/17(木) 00:24:20.72 ID:ZKVoi/S+0





『こら!!     !!年頃の娘さんがはしたない。いい加減俺のシャツをパジャマ代わりにするのは止しなさい!!』

やだもん。これがいいんだよ。

   のシャツが。どうしてわかってくれないのかな…   のバカ……




『あのぉ……     さん?私の見間違いでなければ、このカレーに入っているのはワカメのような気がするのですが…?』

ふっふぅ~~ん、ワカメは髪の毛に良いんだよ。お馬鹿な  は知らないかも。

『何でカレーにまでそれを入れる必要があるのでせうという疑問が沸々と沸いてくるのですが?』

だって、いつも私に噛み付かれてるんだよ?このままじゃ、   ってば、10代で気の毒な頭になるかもって心配になったんだよ。

『だったら噛み付き癖をどうにかする方に解決策を持っていけよ!!』

それは聞けない話なんだよ。




『     、大丈夫か?指切ったのか?ホラ見せてみろって……』

わわわ…ッ、   恥ずかしいんだよぉ~~……

『あッ!……わ、わりぃ……』

……もう………




『美味ぇ!!味付けじゃ、既に     に負けてるな』

今まで   にはずっと作ってもらってばかりだったからね。毎日は無理でも交代で作ってあげるんだよ?

あくせられーたにも色々教えてもらってるし。あくせられーたってとっても器用なんだよ。

そうそう、それでね、あくせられーたって、教え方も凄くわかりやすくて上手なんだよ。でね、でね…

『………ああ~~っと……     さん。今は一方通行の話は置いておいてですね、その、何と言いますか……この時間を楽しむというかですね』

?楽しいよ?   と一緒にいるの。

『いや、そうじゃなくて。俺も楽しいけど、そういう意味じゃなくて、だな。俺と一緒にいるんだからあまり一方通行の話ばかりというのは……その……』

よくわかんないけど、   がそう言うんだったらそうする。

おかしな   、ふふふ。






651: 2011/03/17(木) 00:25:32.57 ID:ZKVoi/S+0




いつの間にか眠っていたらしい。

目が覚めると、外は日が上り始めたばかりみたい。

顔を触ると涙と寝汗でべとべとして気持ち悪い。

のろのろと起き上がる。洗面所まで足を運ぶことも苦痛なくらい。

でも、そんな事も言ってられない。

冷たい水を叩き付ける様に顔に浴びせる。

今日も頑張らなくちゃ。

鏡を見て、顔色の悪い自分の顔に言い聞かせる。

ふとヘアピンに目が行く。




青い羽。

青い鳥の羽。

童話にそんなのがあった。

どうしてだろう。二年もたって、私はそのモチーフに気付いた。

私の思い込みかもしれないけれど。

彼の性格上そんな洒落たモノをくれるとも思えないし。

けれど、この羽が童話をモチーフとしているとしたら。

確か、物語は幸せの青い鳥を探しに幼い兄妹のお話。

結局探し続けていた『幸せ』はすぐそばにあったという教訓の童話。

   はそれを知っていて私に青い羽をプレゼントしてくれたのだろうか。

いつも『不幸だ』なんて叫んでいた彼が、『幸せ』という意味を私に持たせてくれたのだろうか。

それは、私の幸せを祈ってくれてのこと?

それとも………自惚れも甚だしいけれど、私といることが彼にとっての幸せだったということ?



あはははは……


だとしたら、私は何て酷いんだろう。

前者なら彼の祈りを無碍にしてしまい、後者ならば、彼から幸せを奪ったことになる。

何で今になってそんな事に気付いてしまったんだろう。

気付かないままなら良かったのに。



652: 2011/03/17(木) 00:27:04.17 ID:ZKVoi/S+0




ドアをノックする音が部屋に転がり込んだ。

このリズムはいつわだ。



「このようなお時間に申し訳ございません、最大主教」


予想通りのいつわの声。

私は慌てて鏡を見る。

確認。

泣きそうな気持ちにはなったけれど、涙は出ていない。

小さく咳払い。



構いません。お入りなさい。




「失礼致します」


背中越しにいつわの声がしてから少しの間を置いてドアがゆっくりと開く。

私はその僅かな間に、小さな違和感を覚える。

何となく変だな、くらいの些細なものだ。



こんな朝早くにどうしたのですか、五和 ―――



一体何かあったのだろうか、そう続けるつもりで振り返り、私は続くはずの言葉を呑み込んだ。





653: 2011/03/17(木) 00:33:51.56 ID:ZKVoi/S+0











「よ、久しぶり……インデックス」




一年ぶりに私は自分の名を呼ばれた。







654: 2011/03/17(木) 00:36:23.12 ID:ZKVoi/S+0

一年ぶりに会ったアイツの顔は呆気に取られたという言葉以外に無いって感じだ。

でも、ビックリしたのはこっちも同じ。

つーか俺の方がやばいね、絶対。

一緒に暮らしてた時も、日増しに成長してく姿に、内心どうしたもんかとモンモンとしてた。

一年も会ってなかったら多少は大人びてるだろうな、なんて思っていた。

けど、一年ぶりに会ったコイツはそんな上条さんの予想を優々と超えていた。

何ていうか……って、色々例えを思い浮かべようとしてみたが何も当てはまらない。

余計な言葉なんていらねぇな。

ただ一つの言葉しか俺には言えない。


―――― 綺麗になってた。


ローラ・スチュアートとほとんど同じパーツなのに、全然比べられないくらい綺麗だ。

身体が熱くなる。

すげぇドキドキしてるのが自分でもわかる。



「来ないで!」



ぴしゃりとたたきつけられた言葉に、足が止まる。

というか、気付けば部屋の真ん中まで俺は踏み込んでいた。

自然と俺はアイツに近付こうと歩き出していたようだ、まるで夢遊病者のように。

後ずさりするアイツに、俺は不覚にも可愛いとか思っちまう。

ホント、どうしようもない思考回路だ。


「当麻…どうして貴方が此処に?」


一年ぶりにその目に映すアイツの姿に、上条当麻のすべてが過剰に反応してるみたいだ。

過呼吸に陥ったように、から回しし過ぎて苦しい。


「どうして……どうして此処にいるの…」


答える代わりに一歩踏み出す。


「当麻…答えて、当麻」


アイツが後ずさる。

これじゃ、まるで悪者だ。可憐なヒロインを追い詰める。


「当麻……答えて…」


かぶりを振るたびに、腰まで伸びた銀髪が静かにさらさらと震える。


655: 2011/03/17(木) 00:38:14.73 ID:ZKVoi/S+0




「とーま!!」



足が止まる。

その声に、怯んだからじゃない。

その声に、ずっと聞きたくて仕方が無かった声に、身体が震えたんだ。




「どうして…来たの…」

碧い瞳に、薄い泪が幕を張っていく。

「どうして来てしまったの……」

小さな手を胸の前で心細そうに組み合わせる。

それだけで胸が痛くなる。

それなのに、足は目の前の少女に近付くことを決して止めようとしない。


「どうして……来ちゃったんだよぅ」


限界まで張り詰めた水の天蓋が崩れ落ちるように、透明な雫が白磁の頬を滑り落ちる。

気付けば、俺の指先がそっと白い頬に触れていた。

熱い涙を指で受け止めて、微かに感じる柔らかい感触だけで俺は、心の中の何処かが声を上げるのを聞いた気がした。

旱魃で干上がった土地に、雨が降った時の様な、人々の上げる喜びに近いかもしれない。

俺が指で触れちまったせいか、それを切欠に宝石のようにキラキラとした泪が次々と溢れていく。


656: 2011/03/17(木) 00:40:23.25 ID:ZKVoi/S+0

「どうして此処に来れたの?」

静かに尋ねる。

まるで答えを知っているかのように。多分知っているのだろう。

だから答える。



全部捨ててきたと。



簡潔に。言い訳の余地なんて自分自身に微塵も与えないように。

息を呑むのがわかる。

瞳を伏せると、微かな吐息と共に「ああ…」という声が漏れる。

後悔と自己嫌悪をどろりと溶かし込んだような声。

きっとコイツのことだ、自分が巻き込んでしまったと思っているんだろう。



お前のせいじゃねぇ。コレは俺が勝手に決めたことだ。


両肩を掴んで真っ直ぐに目を見る。

蒼い瞳が、一瞬丸くなるが、直ぐに悲しそうに伏せられる。

悲しみに歪めるのも勿論嫌だが、それ以上にインデックスが俺を見てくれないことが嫌で顔を覗き込む。


「何てこと……バカ……もう、どうしてそんな……そうだ、今からでも……ッ」


それは絶対に断る。


「どうして!?」

悲鳴のような声。でも、少し満足。俺を真っ直ぐに見上げてくれるから。

俺はゆっくりと、噛んで含めるように、言い聞かせるように目の前のお姫様に語りかける。



全て自分の我が侭だと。


657: 2011/03/17(木) 00:41:26.82 ID:ZKVoi/S+0



自分が臆病だったから、こんな回り道をしてしまったと。


その代償に過ぎないってこと。


そんでもって俺は最低の行為をしてしまったこと。


けれども………それでこの場所に今いられることに何ら後悔をしていないってことを。





アイツはそれでもかぶりを振る。

「それでも……とーまが私に会いさえしなければ ――― 」

それ以上は言うな。

「とー…ま?」

それ以上はアイツのことまで侮辱することになる。

「アイツ?」


上条当麻……お前が最初に出会って、お前を救って、お前の為に氏んでった上条当麻だよ。

喉の奥で何かが閊えたかのようにインデックスが言葉を切る。

そうだ、コイツとの出会いを否定するっていうのは、多分全部の否定、今の世界の姿まで否定しちまうってことなんだ。

だから、そんな事を言うのはやめてくれよ。

恋敵だけど……お前を助けてくれたっていう意味では恩人なんだよ。


「とーま……」


インデックス……お前覚えてるか?合格発表の日の約束。

「約束…?……あ…――― 」



658: 2011/03/17(木) 00:42:59.92 ID:ZKVoi/S+0






―――― もし、大学に合格したら。その時は聞いて欲しいんだ。

                          
                       俺のきもちを ――――






659: 2011/03/17(木) 00:45:02.28 ID:ZKVoi/S+0


思い出してくれたな。

「あ、あの…とーま、その……」

逃がさないように、俺はインデックスの両肩に手を置く。


「あ、う…―――― 」


ははは、真っ赤な顔だな。

俺も多分同じか。

やべぇ、スッゲー緊張する。





「とーま………」




インデックス……


660: 2011/03/17(木) 00:45:42.43 ID:ZKVoi/S+0


俺は……上条当麻は、お前のことが好きだ。


家族として。でもそれ以上に、一人の女の子として、ずっと、ずっと前から ―――― お前を愛してる。



「 …ぁう ―――――――ッ 」


綺麗な帯びを描くように滑り落ちる泪。

ようやく言えた言葉に、俺は突き飛ばされるように目の前の小さな身体を抱きしめた。

知ってたはずの温もりは、俺が知ってるよりももっと柔らかくて、温かくて、甘くて、溶けてしまいそうだ。

手が自然と腰と背中に回され、サラサラの髪ごとかき抱く。


知らなかった、こんなに俺は飢えていたんだ。


この少女に。






「あ、ぅ、、、、、、――――― ……、、ぅ、」


声が上手く出せないのか、幼い女の子のような嗚咽が腕の中から響いてくる。

俺の中の知らない誰かの声が不意に口を突いて出る。




661: 2011/03/17(木) 00:48:30.82 ID:ZKVoi/S+0






『約束したよな?例え地獄の底でも、お前を ――― 必ず引っ張り上げてやるって』







662: 2011/03/17(木) 00:49:20.94 ID:ZKVoi/S+0



そうなのか?

俺は尋ねる。


そうなんだ。

『俺』が照れくさそうに答える。


らしいな。

俺は笑って答える。


だろう?

『俺』が少し誇らしげに答える。



腕の中のインデックスが、涙だらけの顔を上げる。

責めるように、非難するように、訴えるように。


「……とーまは…なにもわかってないんだよ……引っ張り上げても無駄なのに……私がいる場所が地獄になっちゃうんだよ?それなのに……はうっ」


腕の中に再度閉じ込める。

まぁ~~た、この子は悲しいこと言っちゃって。上条さん怒りますですのよ。


「と、とーま…ッ!」


じゃあ、その約束……更新させてもらうわ。


「こーしん?」


ああ……

腕に力を込める。

甘い香りが、俺の決意を誘い出すような気がした。




663: 2011/03/17(木) 00:57:54.24 ID:ZKVoi/S+0




















約束する……もしお前がいるところが地獄だっていうなら ――― その地獄ごとお前を愛してやる。お前を決して離さない。


























664: 2011/03/17(木) 01:02:52.53 ID:ZKVoi/S+0


腕の中から響く嗚咽が止む。

腕の中から見上げてきた顔は、せっかくの美人が台無しなくらいぐしゃぐしゃ。

涙と鼻水と涎の三重奏。

それは…悲しくなるくらい上手な泣き方を知らない子供みたいで。

ぐちゃぐちゃの泣き顔は、ただただひとしおコイツを愛しくさせた。

しゃくりを上げながら、けれど少女は俺から目を逸らさずに、一句一句区切るように口にする。



「わだ、わたしも…ど、とぉまが、、、、、大好゛き…なんだよぅ……ぅ、ぇ、………」




何の変哲も無い言葉の一つ一つが、ゆっくりと染み込んで行く。

身体が、心が、何を求めて飢えて乾いてたのか、俺の頭が把握するより先に言葉に反応していく。

抱きしめる腕に力がこもる。誰にも渡すまいとするように、腕の中に銀色の少女を閉じ込める。

………もし、仮にこのまま力を込めてしまえば、この少女は雪ウサギのように簡単に壊れてしまうのだろうか。

もし、コイツを壊してしまえば、コイツは俺だけのものになるのだろうか。そんな事を少し考える。



ああ、俺はどうしようもないな。

救いようがねぇわ。


あんだけ御坂を泣かせて。

あんだけ一方通行に背負わせて。

裏切って、捨ててきて、見限られて、軽蔑されて、失望されて、手放してきておいて。

そこまでしておいて、ようやく手にしたのはこの温もりだけ。

それも、手を伸ばせば、俺が臆病でなければ手に入っていたかもしれないものを手にしただけだというのに。

それなのに、俺はこんなにも満ち足りてしまってる。

何もかも捨ててきたってのに、コイツの言うとおり、俺はまさしく不幸になってるはずだってのに。

この右手の呪いのなのか、コイツの地獄なのか、それはわからない。

けれども、この右手が不幸を招くとしたら。

俺に不幸を齎すコイツを引き当てたのだとしたら。

俺は何て………――――

665: 2011/03/17(木) 01:04:58.55 ID:ZKVoi/S+0



「とーま…?」



ん?



「泣いてるんだよ?」



泣いてる?

ああ、そうだな。ああ、そうさ。

泣いてるよ。チクショウ、お前のせいだぞ、インデックス。



「えぇッ!」



慌てるインデックスの額にこつんと自分の額を当てる。

はにかんだ顔が可愛くて、思わず泣きながら笑っちまった。

ホントに、全部お前のせいだ。

俺が何もかも捨てることになったのも、こうして泣いてるのも。

ぜーんぶお前のせいだからな。ちくしょう……本当に…







ああ……不幸(しあわせ)だ……」



666: 2011/03/17(木) 01:12:51.11 ID:ZKVoi/S+0

上条当麻とインデックスの、周囲を思いきり、傍迷惑に振り回し傷付けた恋物語はこれで一つの終わりを迎える。

学園都市を舞台としたヒーローとヒロインのラブストーリーは閉幕。

けれども、彼らの舞台がイギリスへと移り、これからも日々として続くように、他の者達の物語はこれからも学園都市を舞台として続いていく。



捨てられた者、託された者、残された者、知らない者、ただ傍観していた者。



彼らの舞台は変わらず、主演降板により、新たなる主演による日々(物語)は続いていく。

彼らの物語は、また別のお話にて。





668: 2011/03/17(木) 01:15:14.57 ID:ZKVoi/S+0

投下終了。長々とお付き合いありがとうございました。
200レスで終わらせるつもりだったのだがどうしてこォなった…
一方通行、御坂美琴、貧乏くじを引かされた人たちのお話は別の場所で続いて行きます。

それでは ノシ


671: 2011/03/17(木) 01:18:16.64 ID:lYKzJ+Lq0
>>1お疲れ様!
カプ系SSではNo.1に面白かった!

引用元: 上条「約束したよな?例え地獄の底でも、お前を ――― 」