1: 2009/10/09(金) 23:37:12.50 ID:n6Fci5/60

―――城の門が見えたとき、改めて「何故こんなところに来てしまったのか」、と感じた。
     しかし、「君が適任だと思うんだ」というかつての上司の言葉を思い出し、
     同時に、特別反対する気持ちが起こらなかったことも、思い出した。

魔人「・・・間違いでは?」

兵士「・・・しかし、本日入城許可は降りていないのですが・・・」

魔人「・・・おかしいですね。本日挨拶に向かうと、事前に打ち合わせていたのですが」

兵士「うーん。『村』関係ならば、話は違ってくるかも知れませんね・・・」

兵士「・・・どっちにしろ、確認までしばらく時間はかかると思いますが・・・」

魔人「・・・困りましたね。どうしましょうか・・・」


・・・このスレは、魔王「間違えた・・・」を読んでいただけると20倍くらい変わると思います。
  続編ではなく、あくまでスピンオフ的なものだと思ってください。

はたらく魔王さま!(21) (電撃コミックス)

2: 2009/10/09(金) 23:43:43.34 ID:n6Fci5/60

勇者「・・・ん、おーい」

魔人「・・・あ」

兵士「あ、勇者さん。ちぃーっす」

勇者「ちぃーっす、じゃねーよ。お前な、いい加減俺に対する態度改めろよ」

兵士「勇者さんの王様に対する態度見てたら、説得力ないっすよ・・・」

魔人「・・・どうも、お久しぶりです」

勇者「ああ、いらっしゃい。えーっと・・・、部下さん?秘書さん?」

魔人「・・・どちらも、『元』です。現在は、『村』の住人です」

勇者「そーだったそーだった。いらっしゃい、魔人のねーちゃん」

魔人「・・・ねーちゃん・・・」

兵士「勇者さん、どーいうことっすか?今日の入城許可は・・・」

勇者「俺が誰も入れねーようにしたんだよ。なんかあっかも知んねーからな」

魔人「・・・・・・・・・」

―――結局、自分は歓迎されていないのだと思った。
     『魔人の村』が認められてからまだほんの一ヶ月しか経っていないのだから、当然だ。

3: 2009/10/09(金) 23:48:46.29 ID:n6Fci5/60

勇者「・・・あ?なんか勘違いしてんだろ、ねーちゃん」

魔人「・・・なんのことでしょうか」

勇者「今のは別に・・・、いや、そう取られても仕方ねーか。悪ぃ悪ぃ」

勇者「別に、ねーちゃんが危険だとか、そーいうこと言ってるんじゃねーんだ」

魔人「・・・・・・・・・」

勇者「・・・ただ、まだ『魔人』は、完全になじんじゃいねーからな」

勇者「ねーちゃんに何かあってからじゃ遅ぇだろ、そーいうことだよ」

魔人「・・・言い訳にしか、聞こえませんが」

勇者「・・・かっ、その通りだわな。申し訳ねー。・・・んじゃ、まぁ入れよ」

兵士「・・・王様や姫様に許可は取らなくていいんですか?」

勇者「許可済みだっつの。大切なお客様だぜ?ほら、どいたどいた」

魔人「・・・・・・・・・」ペコリ

兵士「・・・わかりました、ようこそ」

4: 2009/10/09(金) 23:53:14.37 ID:n6Fci5/60
―――王の間

王「・・・よぉ、いらっしゃい。ご苦労だったな」

魔人「・・・いえ、そういう約束でしたから」

姫様「うおーっ、ねーちゃん久っしぶりー!元気だったか!?」

魔人「・・・え、ええ。まぁ」

姫様「魔王城で別れて以来だろー?あんときゃまともに挨拶できなかったからなー」

姫様「すっげー引っかかってたんだよ。悪かったな。色々世話になったのに」

魔人「・・・いえ、お礼を言うのは、こちらのほうですから」

姫様「相変わらず固ぇなー。・・・胸は、こんなに柔らけーのに・・・」ツン

魔人「ちょ・・・!や、やめなさい・・・!!」バシッ

姫様「痛・・・。父上、ねーちゃんはな、怒ると超怖ぇんだぞ」

王様「・・・おめーが怒らせるよーなことすっからだろ・・・。失礼すぎんぞ・・・」

6: 2009/10/10(土) 00:02:24.74 ID:M/aPIXcv0

勇者「・・・つーわけで、王。コイツが、例の・・・」

王様「・・・ああ、そーだったな・・・」

王様「・・・改めて、ようこそ我が国へ」

王様「手当てはいくらでも出っから、いくらでものんびり過ごしてってくれ」

魔人「・・・分かりました」

―――そう。
     『魔人の村』と、それを引き込んだ『国』とのあいだに結ばれた条約。
     それは、研修という名目で、お互いの住人を一人、つまり・・・。
     人間と魔人を交換し、自分の『領域』に住まわせるというものだ。
     こうすることで、お互いの異文化を持ち帰り、お互いの種族の発展となる。
     ・・・という建前で、お互いの種族をそれぞれ、『人質』に取ることが出来る。

姫様「今日からこっちに住むんだよな?荷物は?」

魔人「ええ。先ほどの兵士様に預けさせていただきました」

―――決して、互いを信頼していないわけではない。
     そうでなければ、ここまで歩み寄れない。
     しかし、事が起こってからでは、遅い。
     他国への言い訳にもなる。
     何重にも保険を重ねた結果の、条約。
     自分で策士を名乗るだけはある、と素直に関心した。
     他でもない、この目の前の、国王の提案だった。

7: 2009/10/10(土) 00:10:16.29 ID:M/aPIXcv0

王様「住むとこは決まってんのか」

魔人「いえ・・・、本日の午後を使って、ゆっくり決めようかと」

姫様「はぁ?そんな悠長な・・・」

魔人「少し融通が利くかと思いまして。ご迷惑だったでしょうか・・・」

王様「いや、そんなもんいくらでも利かせてやるけど、そうだなぁ・・・」

―――私は、今日から人間の町である、この城下町に住む。
     紛れも無く、『人間の町』だ。ここには魔人は一人もいない。
     心苦しい、とは思わない。魔人は、そういった感情には疎いはずなのだ。
     しかし、不安に感じないわけではない。
     この町には、魔人はただの一人も、いないのだから。

王様「・・・いっそ、このまま城に住んじまうのはどうだ?」

魔人「・・・は?」

姫様「おー!いいじゃんいいじゃん、住んじゃえよ!そっちのほうが楽しーし!」

魔人「・・・し、しかし・・・」

勇者「あー、そっちのほうがいーんじゃねーの。いろいろ楽だぞ、ここは」

9: 2009/10/10(土) 00:16:36.02 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・よろしいのですか・・・」

王様「もちろん、むしろこっちの我侭だ。よろしく頼むわ」

魔人「・・・それでは、お世話になります」

姫様「やっほぅ!部屋に遊びに来いよねーちゃん!あっ、先に部屋選ぶか!?」

魔人「・・・選ぶなんてとんでもない、私はどこでも大丈夫ですから・・・」

勇者「遠慮すんなっての。どーせならいい部屋に住もうぜ、使ってねー部屋いっぱいあっから」

王様「おめーが言うな、おめーが」

魔人「・・・あ、それと。お仕事ですけど・・・」

王様「あぁ?いいんだよ、仕事なんて。むしろ、この町に住むことが仕事みてーなもんだろ?」

魔人「ですが、流石にお世話になりっぱなしでは、肩身が狭いですよ」

勇者「・・・ほんっとに、頭が固ぇんだから。遊んで暮らせるよーなもんだぜ?」

姫様「そーそー!むしろこっちが羨ましいぜそんな生活!」

王様「・・・おめーらも見習えよ、少しは」

10: 2009/10/10(土) 00:25:51.60 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・それでは、部屋に荷物を運んでから、仕事を探してきます」

王様「元々、なにしてたんだっけ?あの、魔王の下で」

魔人「・・・あのときは・・・」

勇者「秘書、だっけ?側近というか、サポートしてたんだろ?魔王の」

魔人「秘書だなんて、そんな・・・。ただの部下です」

姫様「でも、飯とか風呂とか用意してくれたの、ねーちゃんだったよな?」

魔人「・・・はい、家事はどちらかといえば、得意なので」

勇者「めずらしーんじゃねーか?そんなマメな魔人ってのも」

魔人「・・・そう、でしょうね。私は、綺麗好きな性分ですので・・・」

王様「・・・ふむふむ。んじゃ、ピッタリな仕事があるじゃねーの」

魔人「・・・ピッタリ、ですか?」

王様「ああ。しかも、城の中で出来る。完璧じゃねーか」

魔人「それって・・・」

王様「・・・メイドさんだよーん」

11: 2009/10/10(土) 00:31:58.04 ID:M/aPIXcv0

王様「おい、おい我が娘、一着持ってきてみ?」

姫様「しゃきーん。もう既に持ってきてある」

勇者「流石姫、いい仕事したな」

魔人「えぇ!?用意良すぎませんか!?」

姫様「ふっふーん。常に先を見通すのが、政治の基本ぜよ」

魔人「見通しすぎでは!?もうエスパーの域じゃないですか!」

王様「いいからほれ、早速着てみろって。ほらほら」

魔人「え、で、でも、サイズが・・・」

姫様「揉んだから大体あってると思う」

魔人「うぇぇ!?なんですかそのトンデモ能力!」

姫様「・・・はい、はいっ!着替えるから男ども、出た出た!」

王様「ガッテン!」ダッ!

勇者「任せとけ!」ダッ!

魔人「ちょっ・・・、無駄な団結力・・・」

12: 2009/10/10(土) 00:38:32.07 ID:M/aPIXcv0

バタム

女兵士「姫様、呼びましたかー?」

姫様「おう、着せんの手伝ってくれ」

魔人「・・・よ、よろしくおねがいします」

女兵士「あっ、始めまして。確か魔人さん・・・、でしたよね?」

魔人「は、はぁ」

女兵士「わー、すっごい綺麗。スタイルもいいですし・・・、メイド服着られるんですか?」

姫様「うちのメイドとして働くことになったんだ」

魔人「え、ま、まだ決まったわけでは・・・」

女兵士「賛成です、賛成!さ、さ、早く着替えましょう早く!」

魔人「わ、分かりましたよ、って、え!?じ、自分で脱ぎますから・・・!」

女兵士「いーからいーから」

魔人「えっ、な、なんでそんなに脱がすの上手い・・・、し、下着は脱がなくてもいいでしょう!?」

姫様「・・・呼んどいてなんだけど、ほんっと恐ろしい女だなコイツ・・・」

14: 2009/10/10(土) 00:44:02.24 ID:M/aPIXcv0

女兵士「サイズは・・・、胸、大きいですねー」

魔人「いや、そんな・・・、あなたほどでは・・・」

姫様「・・・何食ったら二人とも、そんなにデカくなるんだ?」

女兵士「やだなぁ、姫。これからですよー!」

姫様「くっ・・・!その子供扱いもムカツクんだが・・・!」

女兵士「それに、おっOいがある姫なんて姫じゃないみたいな・・・、ああもう可愛いな」ギュッ

姫様「おぅ、だ、抱きつくなよバカ・・・!い、今はこっち、メイド、メイド・・・!」

魔人「・・・に、人間とは、恐ろしいものですね・・・」

姫様「あらぬ誤解を受けている!?離れろっての!疑われてるぞ!!」

女兵士「私には、疑われて困ることなど何一つないので・・・」ギュゥゥ

姫様「私にはあるっつーのぉ!おい、バカ、うっ、苦し・・・!」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「ひ、引かないでくれぇぇぇぇ、誤解なんだぁぁぁぁぁ」

16: 2009/10/10(土) 00:51:06.38 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・一応、着れましたが」

姫様「・・・おー、なんつーか、似合うな・・・。うん、美しいぞ!」

女兵士「ちょっと回ってもらってもいーですか?」

魔人「回る・・・?こう、ですか?」クルリ

姫様「おーおー!綺麗だなーなんか、様になってるというか・・・」

女兵士「私個人的にはもっとスカートのタケを・・・、失礼しますね」

魔人「ひゃあ!?きゅ、急に腰を触らないでください!!」

女兵士「え?ここですか?ここ、好きなんですか?」サワサワ

魔人「ちょ、まっ、お、怒りますよ仕舞いには・・・!」

姫様「ばっ・・・!お前炭にされるぞ!その辺にしとけっ!!!」

女兵士「ちぇー、つまんないの・・・。これで、どうですか?」

魔人「んっ・・・、短くありませんか、これ・・・。スースーする・・・」

姫様「女装した男子か」

17: 2009/10/10(土) 00:56:23.99 ID:M/aPIXcv0

ガチャリ

王様「・・・終わったか」ヒョイ

姫様「終わったけど・・・、ノックも無しに入るとは何事か」

王様「畜生終わってたか・・・」

姫様「・・・・・・・・・」ゲシッ、ゲシッ

王様「痛、痛い、煩悩口から漏れてた。油断したんだ、蹴んな・・・」

勇者「んで、ねーちゃんは・・・」

女兵士「じゃーん、いかがでしょう?」

魔人「・・・ん、き、着れましたが・・・」

勇者「・・・・・・・・・」

王様「・・・・・・・・・」

魔人「・・・あ、あまりジロジロと、見ないで頂きたいのですが・・・」

王様「・・・俺は、今日ほど王様やってて良かったと思ったことは無いかもしれない」

魔人「えぇー・・・、それって上に立つものとして最低の感想じゃないですか・・・?」

18: 2009/10/10(土) 01:01:31.36 ID:M/aPIXcv0

勇者「・・・うん、工口い」

魔人「そんなあけすけな・・・!!」

女兵士「そうでしょ?そうでしょ?」

勇者「・・・だがな。やはり、こんな国王でも、やっぱり王は王だ」

王様「こんな国王って言われた・・・」

勇者「・・・やっぱり、その下で働くとしたら、それなりのケジメは必要なんじゃねーか?」

魔人「あ・・・」

女兵士「・・・っ」

勇者「・・・なんつーかまぁ、俺が言いたいのはな、とにかく・・・」

勇者「・・・スカートが長いからこそのメイド服なのではないかと・・・!」

魔人「結局あなたの趣味の話ですか!?一瞬聞き入ってしまっていた自分が悔しい!!」

女兵士「・・・私が・・・、間違っていました・・・!!」ガクン

魔人「こ、こっちはこっちで膝から崩れ落ちてるし・・・!なんなんですかこのテンション!?」

21: 2009/10/10(土) 01:09:31.65 ID:M/aPIXcv0

女兵士「魔人さん・・・!スカート下ろしましょう・・・!これじゃあただのコスプレ風俗です・・・!」

魔人「あ、あなたがやったくせに風俗扱いですか!?せめてメイド喫茶くらいに・・・!」

姫様「あー、これも好きなんだけどなー、もったいねーなー」

勇者「タコ、清楚さあってこそのメイドだ、履き違えんな」

王様「ああその通りだ。見えてあたりませのパンツ見たって、達成感ねーもんな」

姫様「・・・男って・・・」

魔人「・・・って、ていうか、ぱ、パンツ見る気だったんですか・・・!?」

王様「違っ・・・、やべー口から出てた!今日の俺チャック緩くね?」

姫様「知らねーよ・・・、私は娘として、本気で父親に近づきたくなくなってきたよ・・・」

王様「あらやだ娘が反抗期」

女兵士「はやく下ろしてくださぃぃぃ!!破廉恥ですからぁぁぁ!!」ガクガク

魔人「分かりま、ちょ、腰を、揺さぶらな、んっ、じ、自分でやりますから・・・!!!」

23: 2009/10/10(土) 01:15:28.40 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・で、では、これでよろしいですか」

勇者「完璧」

姫様「美しい」

女兵士「非の打ち所もない」

王様「抱き枕にしたいくらい痛っ」ガスッ

魔人「き、着替えるだけで一体どのくらいかかっているのか・・・」

姫様「・・・冗談はさておき、それじゃあメイドの仕事、これから頼むなー」

魔人「・・・はい、お任せください」

―――こうして、魔人であるはずの私の、
     決してこれまで、人間と交わる事が無かったであろう魔人の、
    『城に仕えるメイド』としての生活が、始まるのであった。

28: 2009/10/10(土) 01:26:53.02 ID:M/aPIXcv0
>>24
なにこれカッケぇ・・・!ありがとう!!


―――城・メイド館

姫様「・・・んじゃ、これから案内するけど・・・」

魔人「はい、ありがとうございます」

姫様「うちの城では、メイドはみんなこの『メイド館』で生活してる」

姫様「飯とかはみんな食堂で食わせるようにしてるし、風呂も好きに使っていーんだけど・・・」

魔人「・・・!お風呂、ですか」

姫様「んー?・・・まぁとにかく、寝たり、メイドたちの会議だったりは全部ここだ」

姫様「だから、生活はほぼココですると思ってくれていーよ」

魔人「・・・わかりました」

29: 2009/10/10(土) 01:33:43.61 ID:M/aPIXcv0

姫様「あと、まぁここまでの空気で分かる通り・・・」

姫様「私も父上も、勇者も、上下関係ってのがどーも苦手でなー」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「・・・ま、お偉い立ち位置だからこそこんな勝手なこと言えんのかもしれねーけど」

姫様「とにかく、テンプレートにメイドとして従わなくて、いーから」

魔人「・・・と、いいますと・・・?」

姫様「下手に謙譲語になったりとかさー、『ご主人様』とかさー・・・」

姫様「くすぐったくてしかたねーよな。そんなん言われて喜ぶのは、成金かオタクだっつの」

魔人「はぁ」

姫様「後は、私らの言うことに絶対服従ってのもやめてくれよな」

姫様「間違ってると思ったら、従わなくていーんだ。上の言うことがすべて正しいわけじゃねー」

魔人「・・・なるほど」

姫様「・・・まっ、それを口実に仕事されなくなるのも困るんだけど・・・」

姫様「・・・まぁ、ねーちゃんは大丈夫だろ、うん。頼んだわ」

30: 2009/10/10(土) 01:41:50.99 ID:M/aPIXcv0
魔人「・・・わかりました」

―――正直、意外だった。人間は、絶対的な上下関係で支配されていると思っていたから。
     しかもそれは、ただの弱肉強食ではなく、
     『権力』という目に見えない、酷く曖昧なものだ。
     私の知識が間違っているとは思わないから、ここの人間たちが特別なのだろう。
     先ほどの、一見無遠慮な応酬も、
     もしかしたら目に見えない、信頼の現われなのかもしれない。

姫様「・・・じゃ、仕事とかは空気とか、他のメイドを見てればつかめると思うから」

姫様「とりあえずメイド長に一緒に挨拶して、それからメイド達んとこにいこう」

魔人「はい」

姫様「そろそろ勤務時間も終わると思うんだよなー、あ。勤務時間とかも、他のメイドに聞いてくれよ」

姫様「はずかしー話だけどよ、メイドの顔は全部覚えてても・・・」

姫様「普段、メイドが何してくれてるかなんて、数えるくらいしかわかんねーんだ。情けねーな」

魔人「・・・いえ」

―――その、『目に見えない信頼』とは、すごく暖かいものである気がした。
     そんなこと、思ったことも無かったから、
     初めての感情に、少し、戸惑う。

32: 2009/10/10(土) 01:50:25.78 ID:M/aPIXcv0

ガチャリ

姫様「・・・おーっす、メイド長。居る?」

メイド長「あらあら、姫様。珍しいですねこんな時間に。なにか用事ですか?」

姫様「あー、ちょっとな。時間大丈夫か?」

メイド長「ええ、もう書類も片付きまして・・・。さ、入ってください。お茶でも入れます」

姫様「悪ぃな。・・・ほら、ねーちゃん」

魔人「は、はい」

メイド長「あらあら?そちらの方は・・・、お友達?」

魔人「いえ、えっと・・・。始めまして」

魔人「これからここで、お世話になります」ペコリ

姫様「・・・ねーちゃんだ。まず、挨拶に来た」

メイド長「あらあら、ご丁寧にどうも・・・。さ、座ってくださいまし。ゆっくりお話は聞きますわ」

姫様「おーう。・・・さ、入れよ。メイド長の入れる紅茶はな、超旨いんだ。私もたまに飲みにくる」

メイド長「最近飲みに来てくださらないから寂しかったですよ。・・・せっかく、いい葉っぱが入ったのに」

33: 2009/10/10(土) 01:59:04.51 ID:M/aPIXcv0

魔人「―――ん、おいしい・・・」ゴクン

姫様「だろー?なーんか、旨いんだよなー」ズズッ

メイド長「あらあら、気に入ってくださってよかったですわ」

魔人「なんだろ・・・、葉っぱが違うのかな・・・、それとも、水が・・・」

メイド長「・・・あらあら!分かりますか?そうなんです、葉っぱのほかに、お水もこだわってまして・・・」

魔人「お水一つでこんなに変わるものなんですね・・・」

メイド長「まー、わかっていただける方がいらっしゃるとは!嬉しい限りですわ!」

姫様「・・・旨けりゃいーんじゃねーのー」ズズッ

メイド長「あらあらそれではいけませんよ姫様。淑女の嗜みとして、良いものを選べるようになりませんと・・・」

姫様「・・・はーじまったぁ。長ぇーんだよ、これが。噂の『クドクドメイド長』」

メイド長「んなっ・・・!?そ、そのような陰口を叩かれておりますの・・・!?一体どなたが・・・!」

姫様「信頼の上に成り立っておりますので、情報提供者の個人情報に関しては一切答えかねます」

メイド長「か、頑なにいらん知識ばかり身につけてしまって・・・!」

魔人「・・・ほんと、おいしい。なんの葉っぱかな・・・」ズズ・・・

36: 2009/10/10(土) 02:07:32.42 ID:M/aPIXcv0

メイド長「・・・確か、あなたは・・・」

魔人「・・・!」

姫様「・・・ああ、そうだ。『村』から条約で来た、『魔人』だよ」

魔人「・・・・・・・・・」

―――『魔人』と呼ばれることに、少しだけ居心地が悪く感じるようになっていた。
     何故だろう、ここに来てからずっとだ。
     自分は『魔人』なのだから、『魔人』と呼ばれるのは当たり前のことだし、
     私自身、人間は『人間』だし、花は『花』、鳥は『鳥』と呼ぶのだから、
     そこに居心地の悪さを感じるのは、身勝手で、余計に嫌な気分になる。

メイド長「・・・そうですの」

姫様「ねーちゃんはなぁ、一ヶ月前、結構世話んなったんだよ」

姫様「家事は一通りこなせるらしい。メイドには持って来いだと思ってな」

メイド長「あらあら、それは心強いですわね」

―――そして、自分が『魔人』だと知った後の、ほんの少しの間。
     それが、たまらなく不安になってきた。
     先ほどまで、楽しく紅茶の話をしていた彼女との間に、
     見えない壁が、出来てしまったかのように、思えてくる。

魔人「・・・・・・・・・」

38: 2009/10/10(土) 02:19:59.15 ID:M/aPIXcv0

メイド長「・・・?どうかしました?」

姫様「・・・ねーちゃん?」

魔人「・・・私は、魔人ですが・・・」

魔人「・・・それでも、精一杯、やりますので・・・」

―――気分を悪くさせたと思う。
     でも、そう言うしかなかった。
     自分で言ってしまったほうが、楽は楽だ。
     決して、人間になりたいわけではない。
     私は、自分自身が魔人であることに、少なからず誇りを持っているつもりだ。
     これは、簡単に覆えることでは、ない。

魔人「・・・どうか、その・・・、よろしくお願いします」ペコッ

―――昔の上司と、その元を訪れた人間の女ことを、思い出していた。
     あの二人が特例なだけで、実際にあそこまで上手く行くはずが、ないのだ。
     そんなはず、ない。私達の間には、見えない確かな『溝』がある。

メイド長「・・・あなたには」

魔人「・・・はい」

メイド長「・・・『メイド魂』はありますか」

魔人「・・・は?」

39: 2009/10/10(土) 02:28:43.72 ID:M/aPIXcv0

メイド長「『メイド魂』はあるかと聞いているのです」

魔人「は、え?・・・『メイド魂』・・・?」

姫様「・・・でた、メイド論」

メイド長「なんと呼ばれようとも結構。・・・で、どうなのですか?」

メイド長「主に身を粉にして従えと言っているのではありません」ズイッ

メイド長「求められるありとあらゆる知識経験技を習得するつもりがあるのかと」ズズイッ

メイド長「そしてそれらすべてを自ら切磋琢磨し磨き上げていく覚悟があるのかと」ズズズイッ

メイド長「そしてそして日々怠ることなくそのすべてを己の鍛錬とし精進させていけるのかと」ズズズズイッ

魔人「・・・っ!?」

メイド長「・・・聞いているのでございます、魔人の君」

魔人「・・・それって・・・」

魔人「・・・誰かの役に立つ覚悟があるのか、ってことですか・・・?」

メイド長「あなたがそう取るのならば、それで結構」

メイド「・・・して?その覚悟はおありで?」

41: 2009/10/10(土) 02:33:31.38 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・私は・・・」

―――求められるのであれば。
     必要とされるのであれば。
魔人「・・・誰かの役に、立ちたいです・・・」

メイド長「・・・・・・・・・」

姫様「・・・・・・・・・」ズズッ

魔人「・・・・・・・・・」

メイド長「・・・それが、あなたの『メイド魂』ですよ」パシッ

魔人「・・・え?」

メイド長「一流のメイドに必要なのは、知識でも経験でも技でもなく・・・」ギュッ

メイド長「・・・強い意志で、ございます」

メイド長「強い意志を持つものが、一流になれる・・・」

メイド長「・・・そこに、人間だの魔人だの、そんなつまらないもの、必要ありませんよ」ニコッ

魔人「―――ッ」

43: 2009/10/10(土) 02:40:56.74 ID:M/aPIXcv0

姫様「・・・もう済んだかー」

メイド長「・・・あらあら、なんのことですの?」

姫様「まったく、大した熱血だよ」

メイド長「メイドたるもの、常に熱いパトスは持ち合わせませんと」

姫様「・・・そんなもんかー・・・。まぁいいけど。メイド長!お茶温くなった!新しいの!」

メイド長「はいはいただいま~・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「・・・面白いだろ、メイド長?」

魔人「・・・は、い。すごく・・・」

姫様「本人が聞いたら喜ぶよ。アレから学ぶことは結構あると思うからー」

魔人「・・・まったくです」

メイド長「あらあら、クッキーを見つけましたわ。他のメイドのものですが、まぁいいでしょう」

メイド長「さっ、食べましょう、魔人さん。おいしいクッキーですわよ」

魔人「・・・はい。いただきます」

45: 2009/10/10(土) 02:46:54.77 ID:M/aPIXcv0
―――メイド館・宿泊部屋

メイド長「二人で一部屋使うのが、原則となっていますの」

魔人「なるほど・・・」

メイド長「現在、メイドの人数が奇数ですから、一人入れますわ」

魔人「だ、大丈夫でしょうか・・・、私なんか、その・・・」

メイド長「・・・魔人さん?」

魔人「は、はい」

メイド長「あなたはこれから同じメイドの身。私達とは変わらない、メイドでございます」

メイド長「そこに、『魔人だから~』という、特別扱いは、適応されませんからね?」

魔人「そ、そんなつもりでは・・・」

メイド長「・・・わかっていますよ、そんなこと。だから、そんなに自分を追い込まないで?」

魔人「・・・わかり、ました」

メイド長「結構。・・・では、この部屋です」

魔人「・・・・・・・・・」ドキドキ

メイド長「・・・私です。はいりますわよー」コンコン

46: 2009/10/10(土) 02:53:39.91 ID:M/aPIXcv0

ガチャリ

メイド長「・・・あら?」

メイド「・・・うべへ!?げほ、げっほ!な、何でばれたんスか・・・!?」

メイド長「あらあらあら?あなた、まさかまた・・・」

メイド「違っ、誤解っスよげほっ、ちょ、チョコレートなんて喰ってねーっスよ!?」

メイド長「・・・一人部屋だからって・・・、毎晩毎晩消灯間際にお菓子を食い漁って・・・」

メイド「だ、だって、甘いもん喰いたくなったりするじゃないっスか!こ、これは・・・!」

メイド長「部屋での隠れ食いは禁止のはずですわよね・・・?部屋は汚れるし太るし損ばっかり・・・」

メイド「き、綺麗に食べてるし、わ、私太らない体質だしそれに・・・、と、糖分は脳をリフレッシュする効果が・・・!」

メイド長「・・・問答無用!折檻ですっ!!!」

メイド「やめ、それだけは・・・!ぎ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!??」

魔人「・・・・・・・・・・」

48: 2009/10/10(土) 03:00:20.19 ID:M/aPIXcv0

メイド長「・・・改めまして、あなたと同室になる方ですよ」

メイド「・・・う、うぃ~っす・・・」

メイド長「人懐っこい子ですから、すぐに仲良くなれると思いますわ」

魔人「ど、どうも」

メイド長「・・・彼女、最近入ったばかりの新人なんです」ボソッ

魔人「は、はぁ・・・」

メイド長「・・・やる気は人一倍あるんですが、おっちょこちょいで・・・」ボソボソ

メイド長「・・・でも、いい子ですから、理解してあげてくださいね」

魔人「・・・わかりました」

メイド「な、なにこそこそ喋ってらしてんスか?メイド長・・・」

メイド長「あらあら、あなたの隠れ食いを監視するようお願いしていたのですよ?」

メイド「うへぇ!?わ、私の唯一の楽しみが・・・!」

メイド長「・・・では、よろしくお願いしますね」

魔人「は、はい・・・、こちらこそ・・・」ペコリ

49: 2009/10/10(土) 03:05:21.80 ID:M/aPIXcv0

バタム

メイド「ふ、ふぃ~。普段ニコニコしてるのに、こーいうときは怖いんスから・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・お恥ずかしいところを見られちまいましたねー・・・」

魔人「い、いえ、そんなことは」

メイド「改めまして、はじめましてっス。いやーそれにしても・・・」

メイド「これでやっと、最下位からの脱出っすかねー!」

魔人「え?」

メイド「いや、私、ドジだから、まだ仕事も覚えきらなくて・・・」

メイド「覚えてる仕事も、ミスしがちっスから・・・、この城のメイドの中では最下位だと思うんすよ」

魔人「・・・思う、とは」

メイド「あ、はい。別に誰に言われたわけでもねーんスけど、自分の実力は、自分が分かってますし・・・」

メイド「・・・最下位ってのは!燃えると思うんすよね!ゴボウ抜き!みたいな!!」

魔人「は、はぁ・・・」

50: 2009/10/10(土) 03:10:58.62 ID:M/aPIXcv0

メイド「・・・そうは言っても、結構ツラいっスよねやっぱ。役立たずってわけですし」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・でも!あなたも新人さんなわけじゃないっスか!!」

メイド「これから仕事も覚えるんスよね!?」

魔人「ええ、まぁ」

メイド「だったら、一緒っすよ、一緒!・・・ああ、いや、私が一緒ってのも、お恥ずかしいんスが・・・」

メイド「・・・でも!一緒にがんばりましょ!二人で仕事覚えれば、ラクショーっスよ、ラクショー!」

魔人「で、でも私は・・・」

メイド「固いこと言いっこなし!いーっスよね?決まりっスよ!?」

魔人「・・・わ、わかりました」

メイド「いやー、良かった。救われたっスー・・・」

メイド「・・・あ、そーいえば全然お互いのこと話してませんでしたね」

メイド「私、この城下町出身なんスよ。あなたは?」

魔人「えっと・・・」

53: 2009/10/10(土) 03:15:32.97 ID:M/aPIXcv0

―――一瞬、言うべきか、迷った。
     言えば、彼女が私を見る目が、変わってしまうかも知れない。
     それは、なんというか、すごく、怖い。

魔人「・・・『村』、です」

メイド「村?どこの村っすか?」

魔人「・・・だから、『村』です。ここから、少し歩いた・・・」

メイド「まさか、魔人の・・・?」

魔人「・・・・・・・・・」コクン

―――また、この居心地の悪さ。
     どうしても感じてしまう、この、狭さ。

メイド「ってことは、ねーさん、魔人なんスか!?」

魔人「うぇ、そ、そうですが・・・、ね、ねーさん?」

メイド「だって私よりずっと綺麗だしグラマラスなボンキュッボンですし!」

魔人「ぼっ、な、なんですかそんな・・・」

メイド「はぁー、魔人の、ねーさん・・・。カッコいーっすね!なんかそれって!」

魔人「か・・・、カッコいい・・・?」

54: 2009/10/10(土) 03:23:27.94 ID:M/aPIXcv0

―――先ほどから、びっくりするくらいの拍子抜けだった。
     メイド長といい、彼女といい、・・・勇者や姫は置いておいて。
     何故こうも、自分の考えの上の上を行くのだろう。
     まるで、自分の考えてることが、不安に感じていることが、
     まったくの見当違いであるかのように、
     軽々と、飛び越していってしまうのだろう。

メイド「いやー、私、魔人なんて始めて見ましたから・・・、って、あっ!」

メイド「すすすすいませんっス!い、今のは別に、あの、気を悪くしないで・・・!」

魔人「・・・いいえ、大丈夫ですよ」

メイド「ご、ごめんなさい。『でりかしーがない』って、昔から言われてるもんで・・・!」

魔人「・・・まぁ、そうでしょうけど」

メイド「なっ・・・!や、やっぱり怒ってるっスか!?」

魔人「怒ってませんよ。・・・ふふ」

メイド「・・・?」

魔人「・・・どうしてあなた達は、そうやって、私を怖がらないのですか・・・?」

57: 2009/10/10(土) 03:30:54.65 ID:M/aPIXcv0

メイド「・・・え?」

魔人「・・・あ、その、単純に、疑問なんです」

魔人「魔人と、人間でしょう?こんなこと、いいたくは無いですけど・・・」

魔人「私達魔人は、たぶんこれまで、たくさん人間を頃してきましたよ・・・?」

メイド「・・・そりゃ、そーかもしれねーっスけど・・・」

メイド「って言うより、私も、森ん中で魔人に会ったら、もっと、怖がってると思うっスよ・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・でも、今はこうやって、お互いベッドに腰掛けて、話してるじゃないっスか」

メイド「この距離で、怖がれってほうが、無茶なんスよ、きっと」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「それに、人間だって、負けないくらい魔人を頃してるっス」

メイド「もちろん、私が頃したわけじゃない。ねーさんも、人間を頃したわけじゃないんでしょ?」

魔人「・・・ええ」

メイド「なら、それでいーんすよ。五分五分っスよ、五分五分!」

62: 2009/10/10(土) 03:37:48.06 ID:M/aPIXcv0

メイド「あー、ねーさんが頭使わせるから、お腹減ったじゃないっスか・・・」

魔人「わっ、私のせいですか?」

メイド「あたりまえっスよ。・・・ほら、食べるでしょ?チョコ」ガサゴソ

魔人「い、いりませんよそんなの・・・!」

メイド「まぁまぁ、どーぞどーぞ」

魔人「また怒られますよ!メイド長に!」

メイド「ねーさんが黙っててくれたら、怒られねーっスよー」

魔人「なっ・・・!」

メイド「あー、ねーさんもチョコ、持ってるじゃないっスか」

魔人「これはあなたが渡したんで・・・!」

メイド「えへへ、共犯っスよ、ねーさん」

―――どうしてコソコソ食べるのか、と聞いたら、
     彼女は、そのそばかす顔を無邪気に綻ばせながら、
     コソコソ食べるのがおいしーからに決まってるじゃないっスか、
     と言って、チョコレートを齧った。

65: 2009/10/10(土) 03:52:46.31 ID:M/aPIXcv0
―――翌朝。

チュンチュン・・・

メイド「・・・ぐー、ぐー・・・」

魔人「・・・ん、朝・・・ですか」

メイド長「・・・あらあら、起こしにきたつもりだったけど・・・?」ガチャリ

魔人「あ・・・、おはようございます」

メイド長「おはよう。朝は強いの?」

魔人「ええ、まぁ・・・。特に理由も無いのですが」

メイド長「結構結構、助かるわ。・・・で、この子は・・・」

メイド「ぐがー・・・、ぐー・・・」

メイド長「あらあらまったく・・・、見習って欲しいものだけど」

魔人「あ、いえ・・・、ゆうべは遅くまで話し込んでしまったから、これは・・・」

メイド長「・・・それなら、条件はあなたも一緒じゃないの」

魔人「・・・あぅ」

67: 2009/10/10(土) 03:59:45.55 ID:M/aPIXcv0

メイド長「・・・あらあら、じゃあ、あなたに免じて起こすのはやめようかしら」

魔人「だ、大丈夫なんですか?」

メイド長「あなたが起こしてくれればいいのよ、どっちにしろ、まだ余裕はあるわ」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・ぐぅ、ぐー・・・」

メイド長「・・・お話、出来たって?」

魔人「え、あ、は、はい。出来ました。すごく」

メイド長「あらあら、もう仲良くなったのね、良かった」

魔人「・・・ええ、本当に」

メイド長「・・・じゃあ、彼女を起こしたら、一緒に食堂まで来て」

メイド長「メイドは、兵士や官僚達より先に朝食を済まさなきゃならないわ」

メイド長「当番制で、朝食前の掃除もあるけど・・・。あ、食事も当番制よ。そのあたりの説明は、あとで・・・」

魔人「わかりました。着替えは?」

メイド長「もう着てきてもらって結構よ。じゃ、先行ってるわ」

68: 2009/10/10(土) 04:05:08.64 ID:M/aPIXcv0

メイド長「・・・あ、そうそう」ヒョイ

魔人「はい?」

メイド長「朝食の前に、ミーティングもやるの。そのとき、あなたを皆に紹介するわ」

魔人「・・・へ?」

メイド長「簡単な挨拶を考えておいて。それじゃ」

魔人「・・・あい、さつ・・・?」

メイド「ぐがー、んぅ・・・、ぐー・・・」

魔人「と、とりあえず起きてください、ねぇ、ねぇ」ユサユサ

メイド「ぐー、ぐがー・・・」

魔人「は、早く!わ、私、挨拶も考えないとだから・・・!」ユサユサ

メイド「ぐー、すかー・・・」

魔人「・・・・・・・・・」パチンッ

メイド「・・・うぉあぉ熱っ!?なっななななななんすかなんすかっ!!??」

70: 2009/10/10(土) 04:15:15.59 ID:M/aPIXcv0

メイド「―――やっぱり、前髪焦げてるっスよね?これ。変じゃないっスか?」スタスタ

魔人「全っ然大丈夫です、むしろ昨日よりキュートですよ」スタスタ

メイド「・・・ねーさん、怒ってます?」スタスタ

魔人「怒ってません。まさかあなたがメイド服を着るのにてこずるだなんて、思っても居なかっただけです」スタスタ

メイド「だってリボンが難し・・・、ってやっぱ怒ってるじゃないっスかー!」スタスタ

魔人「おーこってまーせーんー、私は、そんな余裕、ない、ですっ」スタスタ

メイド「いーんスよぉ、挨拶なんてテキトーで。むしろ掴みのネタ用意したほうがいいんじゃないっスか?」スタスタ

魔人「いえ、挨拶というのは第一印象ですから、しっかりしないと・・・」スタスタ

メイド「あっ、こんなのどーっスか?・・・『どうも、魔人でございまじん・・・』って、渋い声で熱ぅぃ!?」ボッ!

魔人「・・・炭になりたくなかったら、その口のチャックをどーにかしてくださいね」スタスタ

メイド「怖っ!?って、やっぱ前髪焦げてるのねーさんのせいっスか!?ま、まさか寝てるあたしに火を・・・」スタスタ

魔人「さぁ、どうでしょうね。少なくとも、これからはもっと早く起きることをオススメしますね」スタスタ

メイド「ちょ・・・!もう、火はやめてください・・・!シャレにならない・・・、ってやっぱ怒ってるじゃないっスかー!」スタスタ

魔人「怒ってまーせーんーよー・・・」スタスタ

71: 2009/10/10(土) 04:23:13.25 ID:M/aPIXcv0
―――食堂

ザワザワ・・・、ザワザワ・・・

魔人「・・・うう、緊張してお腹が空かない・・・」

メイド「まぁまぁ、飯の前に挨拶っスから、気楽に、気楽に」

メイド長「・・・そろそろ、いいかしら?」

魔人「・・・はい、お、お願いします・・・」

メイド長「―――はい、皆聞いて。ミーティングをはじめますよー」

メイド長「今日はまず初めに、新しく私達の仲間に入った彼女から、自己紹介と挨拶を貰います」

メイド長「・・・じゃ、魔人さん。お願いね」

魔人「は、はい・・・」

魔人「え、えー・・・、たっ、ただいまご紹介に預かりました・・・」

メイド「ねーさーん!落ち着いてー!」

魔人「うっ、しゅ、趣味はその、おおおお風呂で、その、あの・・・」

―――たくさんの『人間』の前で、自分が『魔人』だと告げるのには、相当な勇気が要った。
     ケジメとして、言おうとは決めていたのだ。
     しどろもどろになりながらも、なんとかそのことを話す、糸口を探した。

74: 2009/10/10(土) 04:29:14.31 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・わっ、私は、『村』から来た、その・・・」

魔人「・・・『魔人』です・・・」

ザワッ・・・!ザワザワ・・・

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「ねーさーん!聞こえないっスよー!次、次ー!!」

魔人「あっ、え!?しゅしゅしゅ趣味は、その、お風呂で・・・!」

メイド「それさっき聞いたっスー!!落ち着いて!」

ドッ・・・!アハハハ・・・!

魔人「~~ッ。よ、よろしくお願いします・・・!」

・・・パチパチパチパチ!

魔人「・・・成功なんだか、失敗なんだか・・・」トボトボ

メイド「失敗っスよ、どんだけお風呂好きかー、って思われてるっスよ」

魔人「うっ・・・、そ、それは・・・」

―――あなたのせいだ、とは、言えなかった。
     あの瞬間、まるで彼女に救われたかのように、感じてしまったから。

75: 2009/10/10(土) 04:36:04.91 ID:M/aPIXcv0

先輩メイドA「・・・おっす、新人の魔人ちゃん!」

魔人「ど、どうも・・・」

先輩B「おもろい子だなー、どんだけお風呂好きなんよ」

魔人「え、えっと・・・、あ、ああいうのは苦手でして・・・」

先輩C「あははー、いがーい。何でもできそーな顔してんのにねー?」

魔人「そ、そんなことは・・・」

先輩A「まっ、わかんないことあったらなんでも聞いてよ!力になるよー」

先輩B「いきなりこいつのおもりだろー?大変だよなー」

メイド「なっ・・・!先輩!どーいう意味っすか!!」

先輩C「あははー、きみー、ドジっこちゃんだからねー」

メイド「そ、そんな・・・!おもりだなんて・・・!」

魔人「・・・・・・・・・」

―――あえて触れないようにしているとは、思えなかった。
     実際、面と向かって『魔人』と呼ばれもした。
     しかし、そこに嫌悪感や拒絶感はなく、あるのは好奇心か、興味のみ。
     ここにいる誰からも、悪意は感じられなかった。

79: 2009/10/10(土) 04:45:39.21 ID:M/aPIXcv0

―――仕事はその日のうちに覚えた。
     なんてことはない。やることは、かつて目的の達成のために働く仲間達を少しでも支えようと、
     もう近づくことはなくなった城でしていたことと、ほぼ同じだった。
     むしろ、大人数でやる分、こちらのほうが楽なくらいだ。
     覚えることといえば、シフトや他のメイド達との連携、
     先輩一人一人の名前と、消灯や集合の時間、といったところだ。

メイド「・・・あう、そんな見る見る仕事こなされたら、立つ瀬が無いっス・・・」

魔人「言ってませんでしたっけ?私、家事は経験者ですから」

メイド「酷・・・!裏切り者ぉ!!」

先輩A「いいねいいね、即戦力!」

先輩B「つーかこの手際・・・。おい、あたしらもうかうかしてらんねーよこれ」

先輩C「あははー、まけないぞー」

―――同じ仕事をしているだけあって、通ずるものがあるのか、
     先輩達とはすぐに仲良くなれた。
     ・・・半分くらいは、『彼女』のお陰もあるのだろうけど。
     調子にのるから、言わないで置くつもりだ。
     こうして、私のメイドとしての生活の、記念すべき初日は、
     瞬く間に、過ぎていくのであった・・・。

103: 2009/10/10(土) 11:38:09.52 ID:M/aPIXcv0
おまえらおはよう、悪いなつき合わせて!

105: 2009/10/10(土) 11:47:37.16 ID:M/aPIXcv0

先輩A「さって、そろそろお昼にしますか」

メイド「いいっスねぇ!お腹ぺこぺこっスよ!」

先輩B「おめーはそんなに仕事してねーだろ」

先輩C「あははー、なにもしなくても腹はへるー」

魔人「お昼も、食堂で?」

先輩A「ん、お昼は割りとテキトーだよ。空いた人からどんどん食べるの」

先輩B「食堂に集まって強制的に皆で食べるのは、朝と夜だけな」

先輩C「あははー、食べなくてもいんだけどー、そーはいかないよねー」

メイド「たまーに他のメイドのぶんまで作ってくれる方がいらっしゃるんスけどねー」

先輩A「まっ、今日は一斉掃除だしそういうわけにもいかないって・・・」

先輩B「・・・食堂とキッチンは解放してあっから、テメェでつくってテメェで喰え、ってわけ」

先輩C「あははー、買い食いに行ってもいーんだよー」

メイド「ほらほら、ねーさん!キッチン初めてっしょ?行きましょ行きましょ!!」

魔人「え、ええ・・・」

107: 2009/10/10(土) 11:55:33.72 ID:M/aPIXcv0

先輩A「料理は好き?」

魔人「ええ、まぁ」

先輩B「ほー、ほんとになんでもできんのかー」

先輩C「あははー、わたし料理苦手だからうらやましー」

魔人「はは・・・、たいしたことないですよ」

―――ある『人間』の女の話をしておこう。
     彼女は、私と入れ違いという形で『村』に住むようになった、
     『魔人の村』唯一の『人間』だ。
     ・・・といっても、私のように条約が定まってから来たのではなく、
     まだ完全に始まってもいない、丸々一ヶ月前に、既に移り住んできたのだ。

メイド「ねーさんの料理、楽しみっスねー」

魔人「あっ・・・」

先輩A「ん?どした?」

魔人「そうだ、私が作るのはオススメできないのですが・・・」

―――彼女が私達魔人に最初に教えたことは、
     『カレーは冷たくはない』、ということだった。

109: 2009/10/10(土) 12:04:13.23 ID:M/aPIXcv0

先輩B「なんだ?やっぱ苦手なのか?」

先輩C「あははー、ちょー濃い口とかー」

魔人「そ、そういうわけではないのですが・・・」

魔人「・・・『魔人』の料理は、『人間』にウケが悪いので・・・」

メイド「そっ・・・、そうなんスか・・・?」

魔人「だって、あなた達のカレーって、温かいでしょ?」

―――彼女の作ったカレーは、温かかった。そして確かに、おいしかった。
     もともとこちらの作り方が間違っていたのだ。『本来の味』とは、この味なのだろう。
     その彼女のことが気に入らないとか、そういった個人的な感情は抜きにしても・・・。
     私はたまに、温かいカレーに比べたらはるかにマズい、冷たいカレーが食べたくなる。

メイド「どっ・・・、どーいうことっスか!?か、カレーは温かい・・・?」

先輩A「・・・んー、じゃあ、今日はあなたに作ってもらおうかな」

先輩B「おう、そうすっか。そっちのほうが楽だし」

魔人「そ、そんな・・・。気を使わないで・・・」

先輩C「あははー、気に入らないかどうか決めるのは、私たちなのー」

魔人「・・・後悔しても、知りませんけど・・・」

110: 2009/10/10(土) 12:13:50.06 ID:M/aPIXcv0

先輩A「―――正直、ナメていたわ・・・」

魔人「だから言ったでしょう」

先輩B「・・・うぉう・・・、強烈、だな・・・!」

先輩C「・・・・・・・・・」

メイド「・・・ねーさん、ねーさんたちにはコレがおいしいんスか・・・?」

魔人「ええ、まぁ。・・・ん、ちょっと薄味でしたでしょうか」パクパク

先輩A「それで薄味・・・」

先輩B「・・・アレ、お前が辛いって言ってた奴じゃ・・・」

先輩C「・・・・・・・・・」

魔人「・・・ま、まぁ、分かっていたことですから。気にしないでいいですよ・・・」

メイド「・・・あ、コレ、醤油かければいけるんじゃないっスか?」

魔人「ちょ・・・、やめなさい!それに醤油だなんて邪道です!!」

メイド「いやいや、コレで少しは・・・。うん、喰えます喰えます・・・、うぶ、急なエグみが・・・」

111: 2009/10/10(土) 12:24:09.11 ID:M/aPIXcv0

先輩A「・・・いや、このエグみは酒の肴にいいかも・・・」パクパク

先輩B「あー、あたしこっちのは砂糖ぶっかけたほうかいけると思うんだけど」

先輩C「・・・あははー、いいねー、甘いの私すきー」

魔人「さ、砂糖!?とんでもないですよ、あ、あっー!」

先輩A「これは色が青くなければ味は普通なんだよねー」

先輩B「んじゃあたしはコレを火で溶かす」

先輩C「あははー、コレ砂糖でいけるー、フルーツとかほしーなー」

魔人「わわ、私の料理が・・・!」

メイド「ほら、ほら!喰ってみてくださいよねーさん!」

魔人「・・・な、なにかけたんですかコレ・・・」

メイド「ポン酢」

魔人「ポン酢!?これは香りを楽しむものであって・・・、む、むぐ!?」

メイド「どう?どう?いけるっしょ?」

魔人「・・・ま、マズいですよ・・・、せっかくの料理が・・・」

112: 2009/10/10(土) 12:36:09.25 ID:M/aPIXcv0

先輩A「でも私たちには、こっちの方が好きなんだよね」

先輩B「んー、まぁ最初よりかは、ってやつだけど」

先輩C「あははー、工夫次第だよねー」

魔人「だって・・・、そんなことするくらいなら・・・、食べなくても・・・」

メイド「食べたいんスよ、こんなことしても」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「迷惑って言われたらそれまでっスけどね。なんか、食べたいんスよ」

魔人「・・・・・・・・・」

先輩A「よしよし、これで研究課題が増えたわね!」

先輩B「最近暇してたからなー、どうする?如何に『魔人の料理』を人間向けにするか・・・」

先輩C「・・・料理における、人間と魔人の文化的調和・・・」

先輩A「それいい!それでいこう!!」

メイド「・・・あー、先輩らに火ぃつけたの、ねーさんっスからねー」

魔人「・・・か、勝手にしてください・・・」

114: 2009/10/10(土) 12:42:34.97 ID:M/aPIXcv0
―――廊下

王様「・・・おーっす、おはよう・・・」

メイド「あっ、王様おーっす!」

魔人「・・・こんにちは」

王様「・・・あー、もうこんにちはの時間か・・・、ふあぁ~」

メイド「まぁ~た夜更かしっすか?」

王様「うるせーな。いろいろあんだよ、王様には」

魔人「・・・仕事は、朝やったほうがはかどるのですよ?」

王様「夜中に観るからおもしれーんだろ」

魔人「なにを・・・、って趣味の夜更かしですか!?」

王様「あー、うるせーなガミガミガミガミ・・・。んだよ、今日は珍しく『クドクドメイド長』にばれなかったのに」

魔人「『クドクドメイド長』言ってたのはあんたか!?」

王様「うえぇ!?もしかして本人の耳に入った!?お、俺が言ってたとは言うなよ・・・」

魔人「・・・と、とんでもない国王ですね・・・」

115: 2009/10/10(土) 12:51:23.70 ID:M/aPIXcv0

王様「・・・と、とにかくだ。仕事にゃ慣れたみてーだな」

魔人「ええ、まぁ。・・・まだ初日ですが」

メイド「初日でバリバリ仕事覚えられるんで、こちとらいい迷惑っスよ・・・」

魔人「めっ・・・?あなたはもっと、お仕事を覚えるべきです」

メイド「な、なにおう!?自分が出来るからってー!」

王様「まぁまぁ、誰でも得意不得意はあらーな」

王様「・・・つーか、もっとゆっくりしてから仕事初めても良かったんじゃねーか?」

魔人「いえ・・・、じっとしてられない性分ですので」

王様「そーかい、ごくろーなこったよ。んじゃ、朗報ー」

メイド「なんスか?」

王様「おまえら、今日ずっと掃除してんだろ?なんでだと思う?」

メイド「そーっスよぉ、なんで今日こんなにハードなんすか・・・。ね、ねーさんがかわいそうっスよ」

魔人「私に被せないでください、自分が忙しいからって」

王様「まーまー、わけがあんだよ、わけが」

116: 2009/10/10(土) 12:56:45.90 ID:M/aPIXcv0

王様「・・・ねーちゃんの歓迎会、やってねーだろ?」

メイド「おっ・・・」

魔人「え・・・?」

王様「んだからよ、今夜は・・・」

魔人「ちょっちょちょ、え?か、歓迎会だなんてそんな・・・!」

メイド「いーじゃないっスかぁ、やってないんでしょ!?」

魔人「し、しかし・・・」

メイド「ってことはもしかしてアレですか王様!?」

王様「モチのロンだ!今夜はパーッと酒盛りだぜ!」

メイド「きゃっほぅ!やりぃ!!俄然やる気が沸いてきたっス~!!」

魔人「さ、酒盛り!?」

王様「月イチくらいでやんだよ酒盛り。城内総出でな」

魔人「そ、そんなことして・・・、明日の仕事に支障が・・・」

王様「初日からそのメイドとしての心がけは立派だがな、ちゃんと考えてあるっての」

117: 2009/10/10(土) 13:04:36.78 ID:M/aPIXcv0

メイド「酒盛りの次の日は、メイドは全員休みになるんスよ!」

魔人「ぜ、全員!?」

メイド「全員飲めないと不公平っスからねー。残念ながら、兵士のほうはそうは行かないんスが・・・」

王様「まー、思いっきり羽目外す日ってこった。今夜から明日にかけてはな」

魔人「そ、そんなことしたら・・・、明日の掃除は?お食事は?」

王様「だから今日、朝から掃除してんだっつの。あ、酒盛り中汚したら自己責任なー」

王様「飯なんかテキトーにテメェで食うわな。買って来てもいいし・・・」

魔人「そ、そんなことが・・・」

王様「俺のスタンスはな、基本ユルッユルなんだよ」ヒラヒラ

王様「肩肘張ってもつまんねーだろ?まっ、そーいうこった」

魔人「・・・賛同しかねますね」

王様「へっへ、その態度で十分だっつの。んじゃ、そーいうわけでなー」

魔人「・・・と、とんでもないですね『人間』は」

メイド「『人間』全部がこうじゃないっスよ。勘違いしちゃ駄目っス。私らがおかしいんスよ私らが」

127: 2009/10/10(土) 14:33:47.69 ID:M/aPIXcv0
―――夜・王の間

王様「・・・うし、全員揃ったな、ひっく」

勇者「なんでおめー、既に飲んでんだ・・・」

姫様「この振る舞い・・・、主役でもねーのに・・・」

メイド長「あらあら、好き勝手やりなさるわねー」

王様「いーんだよ・・・、おい、主役来てっか」

魔人「わ、私でしょうか」

メイド「当たり前じゃねーっスか」

王様「おしおし、挨拶したれ、挨拶」

魔人「えぇ・・・、ま、またですか?」

メイド「ねーさん、こーいうのホントに苦手っスねー」

姫様「マジ?意外だなぁ」

勇者「さばさばこなせると思ったんだがなぁ」

魔人「わ、私にだって苦手なものくらい、ありますよ・・・」

128: 2009/10/10(土) 14:39:38.49 ID:M/aPIXcv0

王様「おっし!皆の者!聞けっ!!」

兵士「おっ、なんすかー?」

女兵士「始まるっすか?」

王様「・・・えーごほん。今日から働いてもらってるねーちゃんだ。・・・ほれ」

魔人「ど、どうも・・・」ペコッ

王様「もう知ってるやつらがほとんどだろうが、彼女は・・・」

王様「『村』との条約によって来て貰った、『魔人』だ。トレードだな。こっちからは、あの小娘が行っとる」

魔人「・・・・・・・・・」

王様「・・・つーわけで、なんだ。んじゃ、ねーちゃん、なんか軽く」

魔人「ず、ずいぶんグダグダなところで回ってきましたね・・・」

魔人「・・・ご、ごほん。えーと、き、昨日から、このお城に住まわせてもらっています」

魔人「・・・メイドをしております。よ、よろしくお願いします・・・」ペコッ

ワー!パチパチ!

129: 2009/10/10(土) 14:44:54.76 ID:M/aPIXcv0

王様「―――おし!今日はお前ら飲め!無礼講だ!!」

先輩A「よし、王様に日ごろの鬱憤晴らしにいこう!」

先輩B「無礼講ってのはあれか、ぶっとばしてもいーのか?」

先輩C「あははー、王様お金貸してー」

王様「ちょ、ばっ、お前ら!無礼講つった瞬間集まってくんな痛っ、誰だ今蹴ったの!!」

魔人「・・・平和ですね・・・」

メイド「うんうん、それがここの、いいとこっスよね!」

勇者「・・・おう、飲んでる?」

魔人「ええ、頂いてます」

姫様「ねーちゃん飲むからなー!・・・ほい、かんぱい!」

魔人「あっ、・・・乾杯」

勇者「俺も俺も、ん」

魔人「ええ」

カツン、カツン

132: 2009/10/10(土) 14:55:10.28 ID:M/aPIXcv0

姫様「ん・・・、ぷはぁ。しっかし、ねーちゃんが来るとはなー」

魔人「意外でしたか?」

勇者「まー、知り合いの方が楽は楽だけどよ。なんか悪かったな」ゴクゴク

魔人「いえ・・・。特別、反対する理由もなかったので」

勇者「『向こう』はまだしも、ねーちゃんがここに住んだってなんの特もしねーだろ?」

姫様「はっはっは、割りにあわねーよなぁ。・・・相変わらず、アワアワしてんのか奴らは?」

魔人「ええ、そりゃもう。・・・みてるこちらが、イライラするくらい」

勇者「けっ、そのうち周りの奴らに殺されるんじゃねーの?ヤキモキしてよ」

姫様「あっはっは、そんときは、あいつらが悪ぃよなー」

メイド「・・・その、『あいつら』ってのは、誰のことなんスか?」

勇者「ああ、ねーちゃんと同じように、こっちからも『人間』を『村』に送ったんだが・・・」

姫様「送った、ってよりもありゃ、アイツが自分から行ったみてーなもんだったよなー」ゴクゴク

勇者「違いねぇ。俺らはちょっと、背中を押してやっただけだ」

メイド「??なんか・・・、ずいぶん、仲良しなんスねーその人と・・・」

133: 2009/10/10(土) 15:02:03.71 ID:M/aPIXcv0

姫様「・・・これがケッサクでよ、その『人間』、なんで『魔人の村』に行ったと思う?」

メイド「はぁ?さぁ・・・、物好きな変わり者としか・・・」

勇者「物好きな変わり者って部分はあってるかもな。なんでかってと・・・」

姫様「・・・恋、しちまったからよ。『魔人』と」

メイド「・・・ってうぇぇ!?ほほほ、ほんとうっスか!?」

姫様「あっはっは!だよなだよなー、そーなるよなぁ!」

魔人「まったく・・・、お恥ずかしいです・・・」

勇者「気にすんなよ、あのヘタレ魔王も、こっちの純情娘も、どっこいどっこいだろ」グビグビ

メイド「はぁー・・・、そんなことって、あるもんなんスね・・・」

姫様「だろ?初だよ初、世界初」

勇者「ま、会ってみりゃわかると思うけどよ。その『魔人』、びっくりするくれー『魔人』っぽくねーから」

メイド「まぁ、それは・・・。ねーさん見てれば、わかるっスけど」

魔人「なっ・・・、私はキチンとした『魔人』です!失敬な!」

姫様「キチンとした『魔人』が、メイド服だもんなー。わかんねー世の中だよ、ホント」

134: 2009/10/10(土) 15:11:04.77 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・そういえば」

勇者「あん?」

魔人「言伝というほどでもないのですが・・・。お二人に会いたがってましたよ」

姫様「んー・・・、ここ一月、ずいぶんバタバタしちまってたからなー」グビグビ

勇者「ねーちゃんが来てやっと、条約が完璧になったわけだ。これからはしょっちゅういけるだろーよ」

魔人「そうですか。良かった」ゴクゴク

メイド「そーいえば、その条約っスけど・・・」

姫様「んー?」グビグビ

メイド「・・・ねーさんって、いつでも帰れるんスか?その、『村』に」

魔人「・・・・・・・・・」

勇者「あたりめーだろ。申請で手間どっかもしれねーけど、帰れるよ」

姫様「・・・でも、まぁ。一応表向きにだか裏向きにだか、『人質』って意味はあるからな」

姫様「基本、『こっち』を家としてもらわねーといけねーけど」

メイド「ふーん、そうなんスか・・・」

136: 2009/10/10(土) 15:16:04.25 ID:M/aPIXcv0

メイド「・・・あっ、じゃあ、私がねーさんの『村』に行くことってのも出来んすか?」

勇者「おー、許可さえ出せば、ちゃんと行けるよ。ただし、日帰りでな」

メイド「日帰りじゃあ、いくらもいられねーっスよ・・・」ゴクゴク

勇者「その辺も、調整中だ。まずは俺らが行って、確かめてくっから」

メイド「早めに頼むっスよー・・・」

魔人「え・・・?まさかあなた、来るつもりなんですか?」

メイド「・・・?いけないっスか?行きたいっスよ、そりゃフツーに」

魔人「そう、ですか」

メイド「迷惑っスか?」

魔人「ま、まさかそんな・・・。是非いらしてください」

メイド「了解っス。しばらくかかりそーっスけどねー」

勇者「・・・ふーん?少し心配してたけど、よろしくやってるみてーだな」

魔人「ええ、まあ・・・。いろいろ、助けて貰っています」

勇者「かっ、そりゃーいい。それでこそ、だな」

140: 2009/10/10(土) 15:30:04.43 ID:M/aPIXcv0

姫様「ねーちゃん後で私の部屋来いよー!」

魔人「いいんですか?」

姫様「いーに決まってんだろー?『あいつら』の話もしてーしなー!」

魔人「・・・分かりました、必ず」

姫様「おう、約束・・・っておぉぅ!?」

女兵士「やーん姫様どこいってらしたんですかーさがしましたよぉー」ガシィッ

姫様「ま、た、お、ま、え、か・・・!やめろっ!抱きつくな頬擦りすんな苦しへぶっ!?」

女兵士「すーぐどっか行っちゃうんですもんー、捕まえたー」グリグリ

姫様「お前出来あがんの早すぎっ・・・!うぉぉい勇者!たしけて・・・!」

勇者「あー、カメラってコンビニで買えたよな?」

姫様「待ててめぇ買ってなに取る気だ・・・!これか!?この醜態をか!?」

女兵士「姫様姫様姫様姫様姫様姫様姫様ぁぁぁぁぁぁぁん」グリグリグリグリ

姫様「グリグリすんな、頭グリグリすんな・・・、熱い!?ま、摩擦熱で熱いっ!!??」

魔人「・・・ぷは」

142: 2009/10/10(土) 15:35:01.28 ID:M/aPIXcv0

兵士「・・・まったく、酔っ払いが多くて」ストン

魔人「あ・・・、昨日の」

兵士「あ、どうも。いやー昨日はすいません、連絡が行き届いてなくって」

魔人「いえ、大丈夫です」

兵士「・・・勇者さんがしっかりしてないから」

勇者「あん?今お前俺のせいにしたか?」

兵士「あんたのせいだろほぼ」

勇者「しょーがねーだろー、眠かったんだよ・・・」

兵士「ったく・・・」

女兵士「姫様・・・、むにゃむにゃ」

姫様「・・・お、おい、コイツ落ちた・・・、動けん、たしけて・・・」

勇者「・・・これ素面の本人に見せたらどーなんだろーな」

兵士「実は俺、カメラ持ってんですよ」パシャパシャパシャ!

姫様「おい!私は撮るんじゃねぇ!こっちだこっち!メインはこっちだろぉ!?」

143: 2009/10/10(土) 15:41:47.09 ID:M/aPIXcv0

姫様「・・・酷い目にあった」

メイド「お疲れさまっス・・・」

姫様「ったくよぉコイツにだけは飲ませるんじゃねぇよ・・・」

兵士「遠ざけといても、いつの間にか缶持ってるんですよ・・・」

姫様「ああもう、酔うに酔えねー・・・」カシュッ

女兵士「・・・zzz」ムニャムニャ

魔人「・・・愛されているんですね」

姫様「・・・まぁな、姫だし」ゴクゴク

魔人「言い切りますか」

姫様「・・・ぷはっ。だって、事実だかんなー」

姫様「姫として生まれた私は、愛される運命なんだよ」

姫様「・・・自慢じゃねぇぞ?どーとって貰っても、けっこーだけどな」

魔人「・・・・・・・・・」

144: 2009/10/10(土) 15:50:50.72 ID:M/aPIXcv0

姫様「・・・・・・・・・」

姫様「・・・気持ち悪い・・・」

魔人「えぇっ!?もう!?ど、どうしていつもいつも管理して飲めないのですか!?」

姫様「後先考えないのも・・・、うぷ、これヤバい・・・」

魔人「ちょ、が、我慢してくださいよ!?だ、誰か洗面器を!」

王様「・・・・・・・・・」

先輩A「・・・・・・・・・」

先輩B「・・・・・・・・・」

先輩C「・・・・・・・・・」

魔人「全員潰れてる・・・!?なんでこう揃いも揃って酒に弱いんですか!?」

勇者「おい」

魔人「大変ですよ、勇者さん、姫様が・・・」

勇者「俺、寝るから」

魔人「畜生駄目人間がっ!!」

146: 2009/10/10(土) 16:03:23.87 ID:M/aPIXcv0

兵士「姫様もお酒弱いですからね・・・」

魔人「ど、どうしましょう。とりあえずトイレに・・・」

メイド「ねーさん、とりあえずそっちの腕持って・・・」

姫様「・・・うぅぅ」

魔人「もう少し我慢できますか?トイレまで・・・」

姫様「がんばる・・・」

兵士「じゃあ、俺がおぶっていきましょう」

姫様「うぃ~・・・、兵士、頼んだ・・・」

兵士「お任せくださいー・・・」タッタッタ・・・

魔人「・・・ふぅ。どこぞの不良勇者と違って、頼りになる青年ですね」

メイド「・・・か、かっこいい・・・」

魔人「・・・へ?」

メイド「やっぱ、カッコいいっスよねぇ、彼・・・。そう思わないっスか!?」

魔人「へっ、あ、まぁ、カッコいい、ですね・・・」

148: 2009/10/10(土) 16:10:34.11 ID:M/aPIXcv0

メイド「なんなんスかねぇ、なんか・・・、兵士の中の兵士というか・・・」

魔人「そ、そうですか・・・?」

メイド長「・・・あらあら?姫様は?」

魔人「吐き気を催したので、兵士さんに連れられてトイレに」

メイド長「あらあら。それなら心配要りませんね。では、私は部屋に戻りますので・・・」

魔人「え、は、はい。・・・この惨状、どうしましょうか・・・」

メイド長「放って置いて大丈夫ですわ。では、おやすみなさい」スタスタ

魔人「・・・メイド長、お酒強いんですか・・・?」

メイド「・・・いや、それはもう恐ろしいので、頑なに皆飲ませないだけっス・・・」

魔人「・・・そ、そうですか・・・」

メイド「・・・と、言うわけで、私も、限界、っス・・・」ガクン

魔人「あ・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・なにこのカオス・・・」

150: 2009/10/10(土) 16:16:06.66 ID:M/aPIXcv0

勇者「・・・ぐー、ぐがー」

王様「ごー、ごー」

女兵士「・・・zzz」スースー

メイド「・・・ぐぅ、むにゃむにゃ・・・」

魔人「・・・結局、一人酒ですか・・・」カシュッ

魔人「・・・ん」

魔人「・・・ぷはぁ。まったく、下戸が集まって、なにが酒盛りですか・・・」

魔人「・・・・・・・・・」ゴクゴク

魔人「・・・ふぅ。・・・酔えないというのも、損なものです・・・」

兵士「・・・あ、あれ?みんな寝ちゃったんですか?」

魔人「・・・あ、違っ、あぅ、コレはその・・・!」

兵士「あー大丈夫大丈夫、分かりますよ。全然飲んだ気になれないでしょ?」

兵士「俺も、いっつも余るんですよ。酔えないのって、損ですよね」ストン

魔人「・・・・・・・・・」

151: 2009/10/10(土) 16:27:25.04 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・あ、姫様は・・・」

兵士「姫様なら、少し戻した後寝てしまったので、部屋に送っておきました」

兵士「こっちに戻ってくるよりも、お部屋のほうが近かったので」カシュッ

魔人「そうですか、ご苦労様です」

兵士「いえいえ。・・・あ、かんぱーい」

魔人「え、は、はい。か、乾杯」

カツン

兵士「・・・・・・・・・」ゴクゴク

魔人「・・・・・・・・・」チビチビ

兵士「・・・ふはぁ。やっぱり、誰かと飲むってのは、いいもんですねー」

魔人「・・・まったくです。いつもいつも、一人酒しか出来なくて・・・」

兵士「あはは、お酒強そーですもんね。・・・いやーでも助かった。こんな綺麗な人にお相手してもらえて」

魔人「おっ、お相手だなんてそんな・・・、滅相もないです・・・」

152: 2009/10/10(土) 16:33:13.12 ID:M/aPIXcv0

兵士「こちらに住むことになったんでしたよね?」

魔人「ええ。・・・まったく何から何まで、お世話になりっぱなしで・・・」

兵士「いえいえ。それに、メイドさんとして働かれるなら、むしろお世話になるのはこちらのほうです」グビグビ

魔人「はぁ・・・、そう言っていただけると・・・」

兵士「確か、条約で住むんですから、無理に働く必要は無いはずでしょう?」

魔人「・・・王様達にも言われましたが、流石に肩身が狭いので・・・」ゴクゴク

兵士「そんな、気にしなくていいのに」

魔人「・・・ぷは。気にしますよ、流石に。それに、暇を持て余す性分なんです」

魔人「家事は元々好きですから、こちらとしても都合がいいんですよ」

兵士「はぁ、そうですか。・・・真面目なんですねぇ」

魔人「・・・この城の人たちが、不真面目すぎるんだと思いますが」

兵士「あはは、言い返せませんね、それ」

魔人「・・・・・・・・・」ゴクゴク

兵士「・・・ん」グビグビ

157: 2009/10/10(土) 16:48:32.84 ID:M/aPIXcv0
ごめんちょっとペース落ちりゅ

159: 2009/10/10(土) 17:12:28.46 ID:M/aPIXcv0

兵士「・・・どうですか、ここでの生活は」

魔人「・・・まだ、二日しか経っていませんから、なんともいえませんが・・・」

魔人「思っていた以上に、楽しいです」

兵士「・・・それは良かった」

魔人「・・・正直、ここまで受け入れてもらえるとは、思っていなかったのです」

兵士「え・・・」

魔人「私は、『魔人』です。そしてあなた方は、『人間』です。私は・・・」

魔人「・・・少なくとも私は、あなた方を『人間』と括れる程度には、区別していました」

魔人「文化は違うし、感情も違う。別々の種族なのだから、と、思っていました」

兵士「・・・過去形、ということは?」

魔人「・・・んっ」グビッ

魔人「・・・ふは。よく、分からないのです」

兵士「・・・・・・・・・」

魔人「あなた達はそれくらい、素直に私を受け入れてくれているので・・・」

160: 2009/10/10(土) 17:18:24.50 ID:M/aPIXcv0
―――自分たちは別々の種族。それはもう、当たり前に、違う。
     共通点はあっても、決して『同じ』ではない。
     不思議だった。『同じ』ではないものが、さも『同じ』ように生活しているのかが。
     どれだけ『同じ』に見えたところで、それは、『そう見えるだけ』で、
     まったくの別物なのでは、ないのだろうか。

兵士「・・・ん」ゴクゴク

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「・・・ぷは。・・・僕らも、別に区別していないわけではありませんよ」

魔人「え・・・」

兵士「これは、物凄く変な言い方ですけど・・・、『ちゃんと、差別しています』」

魔人「・・・どういう、ことですか」

兵士「僕は、あなたのことを『魔人』だと思っていますし、面と向かって『あなたは魔人です』といえます」

兵士「それが、あたりまえだからです。あなたは『魔人』だし、僕は『人間』です」

魔人「・・・・・・・・・」

164: 2009/10/10(土) 17:40:17.66 ID:M/aPIXcv0

兵士「僕らは別に、あなたを『人間』扱いしようとも、気を使って『魔人』扱いしないようにもしていません」

兵士「・・・なのになぜここまであなたを受け入れる・・・、失礼。受け入れる、というのは変ですね」

兵士「そうだなぁ・・・、『一緒に居る』って感じでしょうか」

兵士「僕らは別の種族なのに、こうも自然に、一緒に居られるのだと思いますか?」

魔人「・・・どうしてでしょう」

魔人「やはりどちらかが、無理に合わせているからでしょうか・・・」

兵士「・・・違いますよ」

兵士「同じなんです、結局。『魔人』も『人間』も、同じ」

魔人「・・・同じ?」

兵士「食べますし、寝ます。お酒も飲みます。話して笑って、呆れます」

兵士「誰かを想ったり、心配したり、怒ったり、そしてまた、笑ったり・・・」

兵士「・・・僕らの違いなんて、そんなに多くあるわけじゃないんですよ、きっと」

魔人「・・・・・・・・・」

167: 2009/10/10(土) 17:47:16.21 ID:M/aPIXcv0

兵士「・・・それでも、『魔人』と『人間』、分かれているのだから、まったく同じではないんでしょうね」

兵士「そうだなぁ・・・」

兵士「・・・似ている、というのは、どうでしょう?」

魔人「―――っ」

―――似ている。
     私とあなたは、似ている。
     『魔人』と『人間』は、『同じ』ではなく・・・、
     似ている。
     一緒に居れば、一緒に見える。
     それは、別物ではあっても、
     偽物では、ない。

兵士「・・・なぁんて、はは。ちょっと、説教臭かったですね。すいません」

魔人「・・・いえ。非常に参考になりました」

兵士「そうですか?なぁんだ、もっと楽しい話がしたかったのに」グビッ

魔人「私は、『人間』のことは、よく分かりませんから・・・」
    

170: 2009/10/10(土) 17:55:11.63 ID:M/aPIXcv0

兵士「なにか、好きなことはないんですか?趣味とか」

魔人「趣味は・・・、掃除と、洗濯と、お料理と・・・」

兵士「・・・ほんと、真面目な方なんですね、あなたって」

魔人「真面目だなんて、そんな・・・。ただ、ほんとに好きですから・・・」

兵士「もっと、自分勝手な趣味はないんですか?自分にするための趣味とか・・・」

魔人「・・・お風呂が、好きです」

兵士「お風呂?温泉じゃなくて?」

魔人「ああ、いや・・・、温泉も好きです。唯一、のんびり出来るところかも」

兵士「へぇ・・・。もっと普段から、のんびりすればいいのに」

魔人「そういう性分なんです。無理してるとか、そういうわけではないので、こればっかりは」

兵士「なるほど。・・・じゃあ、城の大浴場はもう入りました?」

魔人「いや、実はまだ・・・。興味はあったんですけど、言い出せなくて・・・」

兵士「言ってくれればいくらでも案内しますって。ただお湯張ってるだけですが、広くていいですよ」

171: 2009/10/10(土) 18:03:42.47 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・そうですか。いいですね、楽しみ」

兵士「確か自由に使って良いはずだから、お好きなときにどうぞ」

魔人「昨日はシャワーを頂いただけでしたから・・・」

兵士「・・・気になります?大浴場」

魔人「・・・じ、実は物凄く・・・」ウズウズ

兵士「はは。本当に好きなんですねぇ・・・」グビッ

魔人「お、お恥ずかしいです・・・」

兵士「いやいや、気にしないで。・・・そうだ、今から入ってきてはどうですか?」

魔人「え・・・、い、いいんですか・・・?」

兵士「ええ。僕ももう、寝るだけですし。・・・あ、僕は兵舎の風呂を使うので、気にしないでいいですよ」

魔人「そ、そういうわけではなく・・・、せっかくの大浴場を、一人で使うなど・・・」

兵士「あはは、むしろ、一人で使うからいいんじゃないですか?」

兵士「大浴場を、独り占め。今しか出来ないかも」ピンッ

魔人「・・・あ」

173: 2009/10/10(土) 18:10:10.41 ID:M/aPIXcv0

兵士「・・・お」

魔人「・・・あ、い、いや・・・。・・・ん」ゴクゴク

魔人「・・・っぷは。えっと、その・・・」ウズウズ

兵士「・・・はは。良いじゃないですか、我慢しなくて。・・・ん」グビグビッ

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「・・・ぷは。・・・よっと、それじゃ」カラン

魔人「・・・ど、どちらに?」

兵士「大浴場の鍵、取って来ます。ザルですから、酒盛りのときの鍵当番はいつも俺なんです」

魔人「そ、そんな!じ、自分で行きま・・・、あっ」フラッ

兵士「・・・っとと」ダキッ

魔人「・・・!」

兵士「あっ・・・、し、失礼。大丈夫ですか?」

魔人「・・・え、ええ・・・、ご、ごめんなさ・・・い」ドキドキ

179: 2009/10/10(土) 18:45:37.31 ID:M/aPIXcv0

兵士「・・・いえ。倒れなくて、良かった」スッ

魔人「な、なんでだろ、こんなこと・・・。わ、私も、ザルですから、こんなこと・・・」

兵士「・・・もしかして、友人と飲む酒はなんちゃら、っていう」

魔人「・・・あぅ」

兵士「・・・はは、嬉しいです。あなたを酔わせることが出来て」

魔人「・・・っ。よ、よよよよくそんな、恥ずかしいセリフを・・・!!」

兵士「あれ?俺はただ、仲良くなれて嬉しいっていう・・・」

魔人「・・・っ!そ、そうですか、そそそれはああありありがとうございます」ドキドキ

兵士「じゃあまぁ、とにかく、鍵を取りに行って来るので」

魔人「いや、わ、私も行きます。そんな、私が入るんだから・・・」

兵士「え?いいですよ、すぐソコですし・・・」

魔人「だ、駄目です。そこまでご厄介になるわけには・・・」

兵士「はぁ、まぁいいですけど。真面目というか強情というか・・・」

182: 2009/10/10(土) 18:55:33.95 ID:M/aPIXcv0

―――大浴場・前

兵士「・・・じゃ、この鍵を、さっきの場所に戻せば結構ですから」

魔人「はい、必ず」

兵士「俺は、部屋に戻りますね。おやすみなさい」

魔人「あ、あなたは入らないのですか?」

兵士「え?だって、男湯と女湯は別れてますけど、気味悪いでしょ?」

魔人「そんなことは・・・、大浴場は、個人のものではありませんし・・・」

魔人「入りたくないのであれば別ですが、独り占めできるのは男湯も同じですよ?」

兵士「・・・それじゃ、お言葉に甘えますかね」

魔人「是非、そうしてください。・・・あっ」

兵士「え?」

魔人「べ、別にさっきのは、い、一緒に入りたいという意味ではあああありませんから・・・!」

兵士「ぶっ!?わっ、わかってますよそんなの・・・!!」

185: 2009/10/10(土) 19:02:47.68 ID:M/aPIXcv0
―――大浴場


ガララッ

魔人「・・・あ、本当に広い・・・」テトテト

魔人「こんな広いところに一人で入れるなんて、贅沢ですねぇ・・・」

魔人「・・・どれどれ早速・・・、ん」チャポン

魔人「・・・ふぁぁぁぁぁ~・・・、いいお湯加減・・・」バシャーン・・・

兵士「―――そうですかぁ?良かったぁ・・・」

魔人「ッ!?そ、そうでした、あなたも、いらしたんですよね、失礼しまし・・・」ブクブク

兵士「―――いやぁ、本当に好きなんですねぇ、お風呂・・・」

魔人「い、いまのはその、油断していただけです」バシャン

兵士「―――油断ですかぁ、それは得したなぁ・・・」

魔人「か、からかわないでください・・・」ブクブクブク・・・

カポーン・・・

190: 2009/10/10(土) 19:15:45.48 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・結構、響くものですね、声」

兵士「―――そうですねぇ、やっぱり人が居ないからでしょうかぁ・・・」

魔人「これは、少し気をつけないと・・・」ボソッ

兵士「―――なにか言いましたぁ・・・?」

魔人「い、いえ!なんでもありません!」バシャン

兵士「―――やっぱり俺、出ましょうかぁ?あなたもゆっくり出来ないんじゃ・・・」

魔人「そ、そんな気を使わないでくださ・・・」

魔人「・・・『も』?」

兵士「―――あっ、いえ、あの・・・」バシャバシャン

魔人「・・・・・・・・・」ブクブクブク

兵士「―――お恥ずかしい話ですがぁ、女性経験に乏しいのでぇ、照れているんです・・・」

魔人「・・・そ、そうですか。すいません、言いにくいことを言わせて・・・」

兵士「―――いやぁ、いまのは・・・、笑ってやってください・・・」バシャン・・・

192: 2009/10/10(土) 19:31:58.93 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・・・・・・・」チャポン

兵士「―――やはり、失敗だったかも知れませんねぇ・・・」

魔人「そっ、そうですね・・・」

兵士「―――でも、やはり誰も居ない大浴場ってのもぉ、いいもんです・・・」

魔人「・・・ええ、本当に」

兵士「―――誘ってくれてありがとうございましたぁ・・・」

兵士「―――兵舎の浴槽はぁ、足を伸ばしきれないんでぇ・・・」

魔人「た、大変ですね、お疲れなのに・・・」

兵士「―――いいえ、普段はもっぱらここを使っているのでぇ・・・」

兵士「―――それより、どうですかぁ?なかなか良い風呂でしょう・・・」

魔人「ええ、とても気に入りました。通っちゃうかも」バシャ・・・

兵士「―――是非、そうしてください・・・」

―――お風呂の気持ちよさと、隣に彼が居る緊張と、程よい酒が混ざり合って、
     ふわふわとした、なんだか変な気分だった。
     いままで感じたことのない感情だ。それに少しだけ戸惑った。
     しかし、私はこの感情が、嫌いにはなれなかった。

195: 2009/10/10(土) 19:46:06.83 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・ふわぁぁぁ・・・」

兵士「―――寝ないでくださいよぉ・・・?」

魔人「ねっ、寝ませんよ・・・!」バシャバシャ

兵士「―――あはは、俺は少し寝そうです・・・」

魔人「あ、あなたこそ、寝たらまずいですよ?」

兵士「―――分かってます、先、あがりますねぇ・・・」

魔人「・・・あ、はい」

兵士「―――じゃ、ごゆっくりぃ・・・」ザパーン

魔人「・・・はい、お休みなさい」

兵士「―――はい、お休みなさ・・・」

パチンッ

魔人「―――っひぃ!?」

兵士「―――あ、電気が・・・」

シーン・・・

196: 2009/10/10(土) 19:50:03.05 ID:M/aPIXcv0

―――大浴場・前

王様「・・・あー、トイレ・・・」

王様「ったく、今何時だよ・・・」

王様「・・・ってああ?」

王様「風呂場の電気ついてんじゃねーか」

王様「今日宿直誰だっけ・・・、チェックしとけよったく・・・」

パチンッ

王様「・・・電気は大切にね」

王様「・・・エコロジーこそ、これからの社会に求められる・・・」

王様「・・・ふぁーあ。まぁいいや、トイレトイレ・・・」

200: 2009/10/10(土) 19:59:01.44 ID:M/aPIXcv0
―――大浴場

魔人「どどど、どどど、なに、なに、なにが・・・!!!」

兵士「―――あー、多分、外の誰かに電気消されちゃったんで・・・」

魔人「ほ、本当にそれだけですか!?」

兵士「―――ええたぶん、停電ってことはないだろうし、今日は消灯はありませんし・・・」

魔人「そ、そういう意味ではなく・・・!ててて敵とか・・・」

兵士「―――ああ、それなら大丈夫なはずです。そこまで手薄じゃありませんからぁ・・・」

魔人「・・・わ、わかりました・・・」

兵士「―――落ち着いて、その場から動かないでくださいねぇ・・・」スタスタ

魔人「は、はい・・・」

ガラガラー

ピシャン

・・・シーン

魔人「・・・・・・・・・」

203: 2009/10/10(土) 20:04:55.96 ID:M/aPIXcv0
姉にPC取られ

221: 2009/10/10(土) 21:56:41.58 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・う、動くなといわれましても・・・」

魔人「不測の事態には、備えませんと・・・」

シーン

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・なにも見えませんね・・・」ザパー・・・

魔人「・・・しかし・・・、ゆっくり・・・、歩けば・・・」ソッ

魔人「・・・だ、大丈夫です、このくらい・・・」ヒタッ

魔人「・・・しかし、本当に暗い・・・」

パッ!

魔人「―――っ」クラッ

バタンッ

魔人「・・・目が眩むだなんて・・・」

魔人「・・・ッ」ズキッ

魔人「・・・足を・・・」

223: 2009/10/10(土) 22:11:11.51 ID:M/aPIXcv0

兵士「・・・いま凄い音がっ」バッ

魔人「っ!駄目ですっ!」

兵士「・・・っ」ピタッ

兵士「・・・魔人、さん?」

魔人「・・・電気、ありがとうございました。もう大丈夫です」ズキズキ

兵士「・・・本当に?」

魔人「・・・ええ、早く戻ってください。・・・湯冷めしてしまいますよ・・・?」

兵士「・・・・・・・・・」

兵士「・・・分かりました」

兵士「あなたも、早く上がってください。お酒も入ってますし、危険です」

魔人「ええ、分かりました。ご心配どうも」

兵士「・・・では」スタスタ・・・

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・っく」ズキッ・・・

225: 2009/10/10(土) 22:21:26.87 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・なに、氏ぬわけでは、無いでしょう・・・」

魔人「朝になれば、誰かが・・・」

ガラッ

魔人「―――っ」

・・・ファサッ

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「・・・あの、あなたを辱めることになるかもしれませんが・・・」

兵士「そのタオルを、巻けば、少しは・・・。そうすれば、自分も、入れますから・・・」

魔人「・・・何故」

兵士「・・・あなたは、ご自分で思ってるほど、嘘が上手くはありません」

兵士「だから、その・・・。動けないのではないかと・・・」

魔人「・・・っ」

兵士「・・・その、巻けたら、呼んでください」

魔人「・・・重いですよ、私」

228: 2009/10/10(土) 22:29:59.96 ID:M/aPIXcv0
―――城・廊下

兵士「・・・・・・・・・」

魔人「・・・・・・・・・」ピチャン

兵士「・・・今も、足、痛みますか?」

魔人「・・・触らなければ、大丈夫、です・・・」

兵士「・・・そうですか」

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「・・・・・・・・・」

魔人「・・・重くは、無いですか」

兵士「・・・いえ、そんなことは・・・」

魔人「本当のことを、言ってくれていいのですよ・・・」

兵士「ふ、普段から、もっと重いものを、運ぶ訓練をしているので、じょ、女性一人くらいなら・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「・・・・・・・・・」

232: 2009/10/10(土) 22:39:49.96 ID:M/aPIXcv0
―――城・姫様の部屋

姫様「・・・んで、私のところか・・・」

兵士「・・・この時間では医務室も、町の医者もやっておりませんので・・・」

姫様「・・・んでこんな時間に風呂なんか・・・」

魔人「・・・!」

姫様「・・・まー、いいか。ねーちゃん、足出せ」

魔人「・・・は、はい」スッ

兵士「・・・っ!で、では自分は、外に待機してますのでっ」バッ

魔人「・・・っ」カァァ

姫様「・・・あー?なんだアイツ、改まって・・・。・・・頭痛ぇ・・・」

魔人「・・・お願いします」ペコリ

姫様「・・・んー、正直、酔っ払い中だし・・・、そんな期待すんなよ・・・」

魔人「・・・はい」

233: 2009/10/10(土) 22:48:18.29 ID:M/aPIXcv0

姫様「・・・おー、絶景かな・・・」

魔人「・・・っ、ややややめてください痛っ・・・」

姫様「あーあー、怪我人が暴れんな・・・、どれ、具合みっから」

魔人「・・・くぅ」ギュッ

姫様「・・・・・・・・・」サワッ、サワッ

魔人「・・・!・・・くぅ・・・!・・・っは」グッ・・・

姫様「・・・なんか、工口い気分に・・・。色っぺーな・・・」

魔人「・・・ちょ・・・、そんな場合では・・・っ・・・」ギュゥ・・・

姫様「・・・あー、ただの捻挫じゃねぇな・・・、骨はまぁ、大丈夫だけど・・・」

魔人「・・・ん」

姫様「・・・よし、治癒魔法かけとく。でも、魔法ってのは残念ながら万能じゃねぇ」ポワァ

魔人「・・・それは、わかります」

姫様「完全には治せねぇ、とりあえず、軽い捻挫くらいまでは、治しとくからなー・・・」ポワァ

魔人「・・・痛み、引いてきました・・・」

234: 2009/10/10(土) 22:53:37.63 ID:M/aPIXcv0

姫様「・・・ほい、終了。湿布張って、一日安静。メイド館でも湿布くらいあっから」

魔人「・・・凄いですね。治癒魔法・・・」

姫様「どうってことねぇよ。さっきも言ったとおり、万能じゃねーから・・・、ふぁ・・・」

魔人「・・・痛みは引きました。ありがとうございます」

姫様「ねーちゃんも、魔法はなんか使えんだろ?」

魔人「私は、火を出すくらいしか・・・、誰かの役に立つ魔法なんて、使えませんよ」

姫様「なに言ってんだよ、火だって使いようによっちゃあ役に立つだろ」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「・・・ん?」

姫様「・・・さっきの風呂場で、火出せば足元照らせたんじゃねーの・・・?」

魔人「・・・あ」

姫様「・・・あー、抜けてんだなー、ねーちゃん」

魔人「・・・ご、ごめんなさい」

姫様「謝ることじゃねーよ・・・」ヒラヒラ

236: 2009/10/10(土) 23:04:50.16 ID:M/aPIXcv0

姫様「・・・しっかし、二人で風呂ねぇ・・・。いつの間にそんな仲良く・・・」ニヤニヤ

魔人「なっ・・・!た、たまたまです、たまたま!」

姫様「ふーん?ふんふん、へぇ?」

魔人「な、なんですかその目は・・・」

姫様「いやー?タオル一枚でおぶさってくるなんて、ねぇ?」

魔人「あれは・・・っ、仕方なく・・・!」

姫様「・・・さーて、治療費を貰おうかっ!!」ガバッ

魔人「ひっ!?な、ななにするんですか・・・!」

姫様「金が無いならぁ~、体で払えよぉ~」サワサワ

魔人「ちょ、やめ、この格好はシャレになら・・・、ひゃうっ!!!??」

バターン!

兵士「どうしましたッ!?まさか敵・・・しゅ、う・・・」

魔人「―――ッ」

兵士「・・・し、失礼、しま、したぁ・・・」バタム

237: 2009/10/10(土) 23:12:46.84 ID:M/aPIXcv0

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「・・・あの、ねーちゃん・・・?」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「・・・こ、腰が、好きなの・・・?」

魔人「・・・・・・・・・」ブチーンッ

姫様「・・・っ!い、いま、すっごい怖い音が、聞こえた、ような・・・」

魔人「・・・姫様」クルリ

姫様「ひぃ!?つ、冷たい!!冷たすぎるぞその顔っ!!??」ガクガク

魔人「・・・あら、冷、たいん、ですかぁ・・・?」ゴゴゴゴゴ

姫様「お、落ち着くんだねーちゃん・・・、あの、足!足悪くなるか、ら・・・」

魔人「大変ですねー、冷たいなんて。暖めてあげましょう」

魔人「あなたのために、魔法を、使いましょう」パチン

姫様「待て、大丈夫!冷たくない!ベリーホット!いや汗だくで熱い熱ぅぅぅぅぃぃぃい!!??」

240: 2009/10/10(土) 23:24:56.49 ID:M/aPIXcv0
―――城・廊下

魔人「・・・すいません、帰りまでおぶってもらって・・・」

兵士「い、いえ、気にしないで・・・」トボトボ

魔人「・・・ふ、服まで、、借りてしまって」

兵士「い、いいんです、ただのシャツですし、姫様のじゃ、着れないでしょうから・・・」トボトボ

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「・・・・・・・・・」トボトボ

魔人「・・・な、何故、黙るのですか・・・」

兵士「い、いえ、決してそんなことは・・・」トボトボ

魔人「・・・浴室へ行けば、私の服がありますから・・・、寄ってもらえれば・・・」

兵士「あ、じゃあその服を姫様の部屋へ持ってきたほうが、良かったですね。すみません」トボトボ

魔人「い、いえ、助かりました。その、そっちには下着も―――・・・って」

兵士「―――!」カァァ

魔人「・・・なな、なんでもありません・・・!」カァァ

兵士「そっ!そそそうですか・・・!」トボトボ

243: 2009/10/10(土) 23:30:00.37 ID:M/aPIXcv0
―――翌朝。メイド館・自室

チュンチュン

魔人「・・・結局、一睡も出来なかった・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・彼には、とんでもない迷惑をかけてしまいましたね・・・」

魔人「それに、あんなところを・・・」

魔人「~~っ」バッ!


魔人「・・・氏んでしまいたい・・・、このまま氏んでしまいたい・・・」バタバタ

メイド「・・・おはよ~っス。あ、やっぱりここにいたっすか。ふあぁ」

魔人「・・・お、おはよう」

メイド「雑魚寝したままメイド長に起こされて、皆で片付けしてきたっス・・・」

メイド「・・・姫様が居なかったのが納得いかねーっスよねぇ。後で、王様にチクろ」

魔人「・・・今は、あの方のお名前はださないでください・・・」

メイド「・・・?なんか、あったんスか?」

245: 2009/10/10(土) 23:40:00.65 ID:M/aPIXcv0

メイド「・・・あれぇ?この湿布、どーしたんスかぁ?」

魔人「あ・・・、昨日あなたが落ちた後、ちょっと」

メイド「えぇ?大丈夫なんスか?どんくらい・・・」

魔人「軽いそうです。一日湿布貼っておけば大丈夫だと」

魔人「・・・丁度、休みで良かった。いきなりお仕事を休むわけにも行きませんからね」

メイド「大したこと無くて、よかったっスねぇ。どこで転んだんスか?」

魔人「・・・い、いろいろです。本当に、色々ありまして・・・」バタバタ

メイド「ふーん?まぁ、深くは聞かないっスが・・・。・・・ばふぅ。ベッドはいーっスねぇ~」ボスン

メイド「あー・・・、もう一眠り、するっスかねぇ・・・」

魔人「それなら、私は出ますよ。ごゆっくり」

メイド「えー?いーっスよ気ぃ使わなくて・・・。あっ、そうそう、ねーさんねーさん!」ギシ

魔人「なんです?」

メイド「あの、昨日、私が寝た後なんスけど・・・」

メイド「兵士さんと、一緒に居たっスよね?」

247: 2009/10/10(土) 23:46:54.68 ID:M/aPIXcv0

魔人「ぶふぅ!」

メイド「ど、どーしたんスか?」

魔人「・・・いえ、なんでも・・・」ゴシゴシ

メイド「はぁ・・・。で、どーなんスか?居たっスよね?」

魔人「え、ええ、まぁ・・・。ザル同士、お酒を頂きました」

メイド「いーなぁ、ねーさん。お酒強くて。私、すーぐ眠くなっちゃうんスよねぇ・・・」

魔人「・・・そ、そんな良くも、ありませんよ」

メイド「はぁ、やっぱり、兵士さんお酒超強いんだな・・・」

魔人「・・・ええ、彼は、強かったですね。かなり」

メイド「・・・まっ、出来ねーこと言ってても仕方ねーっス!本題はここからなんスけど・・・」

メイド「・・・彼、私のことなんか言ってなかったっスか!?」

魔人「え・・・、なにをですか?」

メイド「なんでもいーんスよぉ。ただ、私のこと、なにか話さなかったかって・・・」

魔人「・・・い、言ってなかったと思いますが・・・」

253: 2009/10/10(土) 23:53:07.02 ID:M/aPIXcv0

メイド「・・・ちぇっ、なぁんだ。まだまだアピールが足りないっスかねぇ・・・」

魔人「・・・あ、アピール、ですか?」

メイド「ええ。・・・ねーさん、誰にも言っちゃ、駄目っスよ・・・?」

魔人「なにを・・・?」

メイド「これから言うことをっスよぉ。耳、貸してっス」チョイチョイ

魔人「・・・?ええ・・・」

メイド「・・・いーっスか。絶対、ぜーったい内緒っすからね?」

魔人「・・・ええ、分かりました」


メイド「・・・私、彼のことが、好きなんスよ」ボソッ


魔人「―――っ」


―――その瞬間。
     私のお腹の中に、
     とてつもなく重くて冷たい氷の塊が、
     ズドンと落ちた。

255: 2009/10/11(日) 00:02:22.58 ID:hoXyjvcT0

―――一瞬で蘇る、昨夜の記憶。
     彼と話したことの、一音一句が、
     まるで録音したテープレコーダーのように再生し、流れる。

メイド「・・・だから昨日は、惜しいことしたなーって」

魔人「・・・す、き?」

メイド「あぁー、私もねーさん見たく、お酒が強ければなぁ・・・」

魔人「・・・かれの、ことが・・・」

メイド「・・・そうそう、で、なんの話しました?昨日!」

魔人「・・・っ」

メイド「彼のこと、実はよく知らなくて・・・、話す機会もなかなか無いっスから・・・」

メイド「・・・何でもいいんス!助けると思って!この通り!!」

魔人「私は・・・」


魔人「・・・覚えて、いません」


―――とっさに、嘘をついた。

257: 2009/10/11(日) 00:11:59.05 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・っ!違っ・・・」

―――何故、嘘をついたのか。分からない。
     ただ、とっさに、昨日の私と彼との会話を、
     知られたく、なかった。
     彼女に教えることを、私の体のどこかの部分が、
     拒否している。

メイド「・・・そっスか。残念っス・・・。ねーさんも、潰れちまったんスか?」

魔人「・・・はい、実は」

メイド「なーんだ、それじゃ仕方ないっスねー。他をあたるしか・・・」

魔人「・・・き、昨日は・・・!」

メイド「はい?」

魔人「・・・皆さん、潰れてしまっていたから、彼は、一人だったのでは・・・?」

魔人「一番お酒が強いのは、彼、なんですから・・・」

メイド「・・・なるほど。じゃー、意味ないっスねぇ・・・。はぁ。残念」

―――焦る心とは反対に、口からは、淡々と嘘が溢れる。
     次々と吐き出す嘘の苦さを噛み締めながら、
     私は体をくの字に折り曲げて、叫びそうになるのを堪える。

258: 2009/10/11(日) 00:17:49.13 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・っ」

メイド「・・・ねーさん?どーかしたっスか?」

魔人「・・・すいません、気分が・・・」

メイド「えぇ!?大丈夫っスか?すぐトイレに・・・」スッ

魔人「・・・!」

パシンッ

メイド「・・・え」

魔人「・・・あ」

メイド「・・・ねーさん・・・?」

魔人「・・・た、ただの二日酔いですから。大丈夫です」

メイド「でも、足も悪いのに・・・」

魔人「・・・本当に、大丈夫ですから」

魔人「・・・あなたは、寝ていてください。・・・では」

メイド「は、はぁ。じゃあ・・・。お大事に・・・」

259: 2009/10/11(日) 00:26:39.07 ID:hoXyjvcT0

魔人「―――げほっ」

―――便器に向かって、吐いた。
     吐いても吐いても、お腹の中の氷は外へと出てくれず、
     ますます、重さと冷たさを増していった。

魔人「・・・はぁ、っは、ぁ・・・」

―――手を振り払ったときの、彼女の表情が、
     まぶたにこびりついて離れなかった。
     まだあどけなさの残るその顔に、あんな怯えた表情を乗せたのは、
     私だ。

魔人「はぁ、は・・・、・・・う、うぅ、う、く・・・」ボロボロ

―――何故だろう。
     彼女は初めて会ったとき、あんなに幸せそうにチョコレートを齧っていたはずなのに。
     何故だろう。
     そんな彼女に、恥ずかしげも無く嘘をついて、あんな表情をさせてしまって。

魔人「・・・うぅ、うぅぅううぅぅぅうぅうぅぅぅぅ・・・っ!!」ボロボロ

―――何故だ。
     何故あの優しい手を、振り払ってしまえたのだ。

魔人「・・・うぅっ・・・うぅうぅぅわぁぁぁぁぁぁぁっ・・・!!!!」ボロボロ

―――私が、『魔人』だからか。

265: 2009/10/11(日) 00:40:20.07 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・・・・・・・」ゴシゴシ

―――彼女と目を合わせるのが辛くて、城内を散歩することにした。
     昨日は忙しなく人が行きかっていたのに、今日はもぬけの殻。
     大方皆、昨日の酒盛りで疲れて眠っているのだろう。

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・そうだ、彼のシャツは・・・」

魔人「・・・っ。・・・後で、誰かに頼んで届けてもらいましょう・・・」

魔人「とにかく、今は・・・」

兵士「・・・あれ?魔人さん?」

魔人「―――」

兵士「どうしたんですか?・・・面白いでしょ、誰もいない城って」

兵士「早く目が覚めたから、散歩しているところなんですよ、俺。魔人さんも?」

魔人「・・・どう、して」

魔人「・・・どうして、このタイミングなんですか・・・」

268: 2009/10/11(日) 00:44:40.61 ID:hoXyjvcT0

兵士「え?」

魔人「・・・いえ」

魔人「私も、そのようなところです」

兵士「・・・?あれ、なんか顔、青くないですか?」

魔人「・・・っ、実は、二日酔いで、少し・・・」

兵士「へぇ、大変だなぁ。お酒強いって聞いてましたから、昨日の・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「・・・いえ、失礼」

魔人「・・・なぜ、謝るのですか」

兵士「え?あ、いや、その・・・。流石に、無礼を重ねすぎたかと・・・」

魔人「・・・シャツ」

兵士「へ?」

魔人「シャツ、洗ってお返ししますね。では・・・」タタッ

269: 2009/10/11(日) 00:50:08.52 ID:hoXyjvcT0

兵士「あの、ちょっ、・・・魔人さんっ!」

魔人「・・・!」ビクッ

兵士「・・・あの、大声出してすいません。・・・ですが、その」

兵士「・・・また、酒に付き合ってもらっても、よろしいですか・・・?」

魔人「・・・・・・・・・」

兵士「昨日、あなたと飲んだ酒は、その・・・」

兵士「・・・旨かったので」

魔人「・・・ッ」

兵士「も、もしよろしければなんですけど、はは・・・」

兵士「・・・や、やっぱり困りますよね。その、あなたには楽しくなかったかも・・・」

魔人「・・・楽しかったに・・・」

兵士「え?」

魔人「・・・楽しかったに、決まってるじゃないですか・・・」ボソッ

―――氷は融けずに、お腹の中にいる。
     重さと冷たさを持って、そこにいる。

271: 2009/10/11(日) 00:56:50.42 ID:hoXyjvcT0

兵士「今、なんて・・・」

魔人「・・・失礼します」タタッ

兵士「ま、魔人さん・・・?おーいっ・・・」

―――彼への感情は、理解できないものだった。
     昨日の湯船の中から感じていた感情だ。
     それは、彼の背中で彼の体温を感じていた時から、
     さらに熱いものとなっている。
     私はこんな感情を持ったことが無かった。
     初めてなのだ。これがなんなのか、分からない。
     分からないからこそ、怖い。
     怖くて、彼から逃げる。

魔人「・・・はぁ、はぁ」ピタリ

魔人「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」ズズ・・・

―――いっそ、この熱が、私のお腹の氷ごと、
     嘘まみれの醜い私の体を、
     すべて燃やし尽くしてしまえばいいのに、と思った。
     その氏に方はたぶん、とても安らかで、気持ちのいいものだから。

289: 2009/10/11(日) 02:03:12.53 ID:hoXyjvcT0
―――翌日。朝・食堂

魔人(・・・結局)

魔人(彼女とは、ギクシャクしたままだ)

魔人(・・・・・・・・・)

魔人(・・・一体、どうすればいいのだろう・・・)

魔人(・・・私は・・・)

メイド長「・・・あらあら、おはよう」

魔人「あ・・・、おはよう、ございます」

メイド長「あらあら?肌に張りが無いわね。ちゃんと寝てる?」

魔人「え、ええ。まぁ・・・」

メイド長「ならいいんだけど・・・。ねぇ、あの子、最近元気ないのだけれど・・・」

魔人「あの子・・・?」

メイド長「あなたと同室の子。なにか知らない?」

魔人「・・・知りま、せん」

メイド長「・・・あらあら、そう」

290: 2009/10/11(日) 02:15:30.19 ID:hoXyjvcT0

メイド長「・・・今日は、お洗濯をする日なの」

メイド長「お庭に、白いシーツを何枚も並べて干すのは、とても綺麗よ」

魔人「・・・はぁ」

メイド長「・・・それを見れば、あなたの心の汚れも、落ちるかも」

魔人「・・・っ」

メイド長「・・・なにを抱えてるかは、知らないし、聞かない」

メイド長「ただ、今までのあなたは、綺麗すぎたのよ」

メイド長「少しくらい汚れるのなんて、当たり前。むしろ大切なのは・・・」

メイド長「・・・その汚れの落とし方を、考えることよ」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド長「そして、どれだけ綺麗に落とせたところで、新品同様にはならないわ」

メイド長「汚れを落としながら、大切に使い込んでいけば、『味』が出てくるものよ」

メイド長「私は、そう思うのだけれど」

魔人「・・・味、ですか」

292: 2009/10/11(日) 02:20:29.43 ID:hoXyjvcT0

メイド長「・・・だから、あなたが特別なわけではないの。皆そうやって、自分の『味』を探してる」

メイド長「あなたは、まだ汚れの落とし方を知らないだけ。自分だけの『味』を知らないだけ」

メイド長「・・・これから知っていけばいいのよ」

魔人「・・・本当に、そうでしょうか」

魔人「私も、汚れを落とすことが、できるのでしょうか」

メイド長「・・・あたりまえじゃないの」

メイド長「だから、探しましょう。汚れの落とし方を」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド長「・・・お洗濯、がんばりましょうね?」

魔人「・・・はい」

―――本当に、『魔人』の私の心の汚れも、落とせるのだろうか。
     信じられるわけではなかった。だが・・・
     彼女の言葉を、信じたいと思った。

295: 2009/10/11(日) 02:32:06.66 ID:hoXyjvcT0
―――城・庭

先輩A「・・・おーい!引っ張っていいよー!」ブンブン

魔人「こ、こうですかー?」

先輩A「違う違うー!もっと、向こうまで走ってー!!」

魔人「は、はぁい。・・・っと」タッタッタ

―――紐に留めたシーツが、いっせいに風に揺れる。
     照り付ける太陽が、まだ湿っぽいシーツをやいていく。
     空は青で、芝生は緑で、シーツは真っ白だった。

魔人「・・・綺麗」

先輩A「・・・そーでしょ。この仕事が一番好きだなー、私は」

魔人「・・・心の、洗濯・・・」

先輩A「・・・んーっ、いーい天気だなー・・・と」

メイド「・・・えーっと、こっちが・・・」

先輩B「おーい、バーカ!絡まってるってのー!!」

先輩A「・・・あんたら遊ぶなよー!まだシーツはあるんだかんねー!」

296: 2009/10/11(日) 02:39:06.00 ID:hoXyjvcT0

魔人「いつも、こんなに大掛かりなんですか?」

先輩B「ん?ああ、なんせ量があるからなー。天気によってもできねーし、一気にやっちまわねーとな」

魔人「・・・そうですね」

メイド「・・・ねーさーん、コレ、持っててもらっていーっスか?」

魔人「・・・う、うん」

メイド「んじゃ、あっちに留めて来るっスから!・・・うぉぉ」ダダダダ・・・

先輩B「なんだかんだで、楽しい仕事だよなー。気持ち良いし」

魔人「本当に・・・、うわぁっと・・・」ギュッ

先輩B「ははっ、しっかり持ってねーと、転ばされっちまうぞー」

先輩B「こう、腰を入れてな?がっしりと、構えるのがコツだよ」

魔人「・・・コツ」

先輩A「・・・おーい!あんたもやりなさーい!」

先輩B「・・・さぼってるわけじゃねーよー!・・・じゃ、あたしあっち行くな」

魔人「・・・腰を入れて、持つ・・・」

297: 2009/10/11(日) 02:46:34.64 ID:hoXyjvcT0

先輩A「・・・あらかた干せたー?」

メイド「後これだけっスよー」

先輩B「よし!走ってこい!」

メイド「よーし、お任せあれ!・・・うぉぉ!」ダダダ・・・

魔人「・・・・・・・・・」

先輩A「あの子、なんか走るの好きよね・・・。これで最後ー?」

先輩C「・・・うん、おわったよー」

先輩A「・・・あんた、干す方の係じゃなかったっけ?」

先輩C「あははー、だって太陽嫌いなんだもーん」

先輩B「・・・そんなんだから、もやしっ子なんだよ。・・・と、お?よし、留めたな」

先輩C「・・・そーだ、新人ちゃんに聞こうと思ってたんだけどー」

魔人「私、ですか?」

先輩C「うんー、あなた、兵士さんと仲いーのー?」

魔人「・・・っ」

299: 2009/10/11(日) 02:54:22.50 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・なんの、ことですか?」

先輩C「あれー?やっぱり夢かなー」

先輩A「・・・なになに、何の話?」

先輩B「教えろ教えろ」

先輩C「あのねー、一昨日の飲み会のときー、ちょっとウトウトしててー」

魔人「・・・!」

先輩C「話し声が聞こえたからー、誰かなー、って思ってたんだけどー」

先輩C「新人ちゃんとー、兵士さんだった気がするのー」

先輩A「・・・兵士さんって、あの、城門にいる?」

魔人「・・・あの、あれは」

先輩C「そうー。二人でー、お風呂がどーとか話して、そのまま出てったよねー?」

先輩B「マジで?二人でお風呂って・・・、おいおいおい!どういうことだよ、新人ーっ!」

魔人「あれはっ・・・、ただ、お風呂の話をしていただけで・・・!」

魔人「大浴場の鍵の場所に案内してもらっただけです!決して、そんなっ・・・」

300: 2009/10/11(日) 03:00:36.56 ID:hoXyjvcT0

メイド「―――大浴場の、鍵・・・?」

魔人「―――っ」

先輩B「おう、お帰り。今おもしれー話が・・・!」

メイド「え?でも、ねーさん、あの時・・・」

メイド「・・・覚えて、ないって・・・」

先輩A「あなた、兵士さんって知ってる?どんな容姿の人?」

先輩C「あははー、カッコいい人だよー、お酒強いらしいのー」

メイド「・・・話の、内容聞いたときに・・・」

メイド「鍵の話なんて、一言も・・・」

先輩B「酒に強いってのは高ポイントかもなー」

先輩A「それで、この子とお似合いなの?ねぇ・・・。・・・どうかした?」

メイド「・・・ねーさん、あの時・・・」


メイド「・・・嘘、ついたんスか」



303: 2009/10/11(日) 03:07:55.39 ID:hoXyjvcT0

―――私は嘘をついた。

魔人「・・・違っ・・・」

―――私はあなたに、嘘をついた。

魔人「・・・そん、つもりっ、は・・・」

―――私はあなたを傷つけた。

魔人「・・・っ、ごめっ・・・」

―――私は、あなたを裏切り、
     あなたの手を、振り払った。


魔人「―――ごめん、なさいッ・・・!」


―――綺麗になったシーツを見て、
     自分の心まで綺麗になったと思い込んでいた。
     なんと愚かなことだろう。
     その場から走り去ることしか出来なかった。

     ヤッパリ アナタハ 『マジン』ダカラ…

     その声は、背中からではなく、
     お腹の奥の方から聞こえた。

304: 2009/10/11(日) 03:19:22.16 ID:hoXyjvcT0
―――夕暮れ・屋上

魔人「・・・・・・・・・」

―――どのくらいここにいるのだろう。
     さっきま空の天辺で輝いていた太陽は、
     穏やかな色に変わり、山の奥へと消えそうだった。
     私は、こうして膝を抱いて、惨めに泣くことしか出来ないでいる。
     干したシーツは既に、とりこまれていた。

魔人「・・・・・・・・・」

―――吐き気は無かった。吐いたところで、一つもすっきりしないのだから。
     相変わらず、重たく冷たい氷は、
     お腹の中でどっかりと腰を下ろし、動こうとはしない。
     やがて、自分の体はすべてその冷たくて重たい氷になってしまいそうで、
     そのまま凍って氏んでしまえればいいと思った。
     その氏に方は、とても苦しくて、寂しくて、
     今の私には、一番お似合いな氏に方だから。

308: 2009/10/11(日) 03:37:50.60 ID:hoXyjvcT0

―――なにもかも、分からなかった。
     初めてのことだらけで、頭がパンクしそうだった。
     出来ることなら、このまま、子供のように両手をバタつかせて、
     「助けてくれ」と、泣き喚きたかった。

―――しかし、それは出来ないことだ。
     私がやってはいけないことだ。
     私はそれだけ、彼女を傷つけた。
     彼女の想いを踏みにじり、
     彼女の笑顔を奪い去った。

―――彼のことを、少しだけ思い出して、やめた。
     彼に対する、あの熱い感情の正体はいまだに分からないが、
     その感情は、今出すべきものではないと、思う。
     それはもっと、とても綺麗でさわやかな感情で、
     今の私にはふさわしくないものだ。

310: 2009/10/11(日) 03:45:20.24 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・分から、ないのです」

魔人「分からないのです」

魔人「私は、『魔人』なのです」

魔人「『魔人』には、『人間』のことなど、分からないのです」

―――あなたは、『魔人』と『人間』は似ていると言った。
     けど所詮、それは違ったのだ。
     似ているだけで、同じではないのだ。
     両者は、決定的になにかが違っている。
     それはもう、圧倒的に。
     それはもう、必然的に。

魔人「・・・私は、」

魔人「私は、どうすればいいのですか」

魔人「どうすれば、彼女に償うことが出来るのですか」

―――『魔人の村』に住む、一人の人間を思い出した。
     彼女なら、どうするだろう。
     彼女ならば、いったいどうしただろう。
     彼女ならば、『魔人』と『人間』を歩み寄らせた彼女ならば、
     私達『魔人』を救ってくれた彼女ならば、
     私のことも、救ってくれるだろうか。

314: 2009/10/11(日) 03:54:33.55 ID:hoXyjvcT0

・・・コツコツコツ

魔人「・・・・・・・・・」

コツコツコツコツコツ

魔人「・・・・・・・・・」

コツ・・・


―――ずいぶんシケた顔してんじゃねーか。


魔人「・・・っ」



町娘「―――よう、久しぶり」



―――彼女ならば、
     私のことも、救ってくれるだろうか。

魔人「・・・たすけ、て・・・」

魔人「―――たすけて、ください・・・」

380: 2009/10/11(日) 15:52:52.48 ID:hoXyjvcT0
―――城・姫様の部屋

・・・バタバタバタバタ

ガチャン!

姫様「・・・誰だか知らねーけど、ノックくらい・・・」

町娘「おっす」

姫様「―――うぇぇぇっ!?おまっ、おい!久っさしぶりだなーおい!!」

町娘「変わりねーか?」

姫様「ねーよ!相変わらず美しい!・・・じゃなくて」

姫様「なに急に来てんだ、一ヶ月も音沙汰無しだった癖によ!」

町娘「あー。いいじゃねーか別に・・・、あたしがいつ来たってよぉ」

姫様「良くねーよ!魔王は一緒じゃねーのか?待ってろ、今勇者呼んでくっから・・・」

町娘「あたしひとりだ。・・・つーか、あー。呼ばなくていーよ、それより・・・」

姫様「ん?」

魔人「・・・・・・・・・」チョコン

町娘「・・・ちっと、女だけで飲もーぜ」

381: 2009/10/11(日) 16:05:02.80 ID:hoXyjvcT0

町娘「―――まっさか、メイド服で居るとは思わなかったよなぁ」

魔人「・・・私も、思いませんでしたよ」

姫様「似合ってるだろ?」

町娘「似合ってる似合ってる・・・。こーもカチッと収まるとはなー」

姫様「天職ってやつだ。まだ二日しか仕事してねーけど、完璧だってメイド長が褒めてた」

魔人「・・・今日は、サボってしまいました・・・」

姫様「・・・あん?」

町娘「・・・ほら、チューハイしかねーけど」カシュ

魔人「・・・いただきます」ソッ

町娘「んじゃほら、乾杯しよーぜ」カシュ

姫様「ほらねーちゃん、かんぱい!」カシュッ

魔人「え、ええ・・・」

町娘「ほいカンパーイ・・・」

カツカツン…

383: 2009/10/11(日) 16:12:35.38 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・んっ、んっ」グビグビ

姫様「・・・で、どーなん?『村』は」

町娘「ああ、ぼちぼち楽しくやってるよ」

魔人「・・・ぷはぁ」

姫様「そりゃ、楽しいだろうよぉ。二人で暮らしてんだろ?」

町娘「・・・まーな」ゴクゴク

姫様「で?で?どーなんだ?え?二人っきりの生活ってのはよぉ?」

町娘「・・・あー鬱陶しいな!ほっとけよ、そんなもん別に、普通だよ」

魔人「・・・んっ」グビグビ

姫様「ふつうー?ふつうねぇー?どーいう風に普通なんだ?なぁなぁ」

町娘「おめー、個人的な質問ばっかしてくんじゃねーよハゲ。あたしはこれでも条約の一つだぞ」

姫様「んな建前はどーでもいーんだよバーカ!聞かせろっての!!」

町娘「あーあー、また今度ゆっくり嫌になるほど聞かせてやるよ」ゴクゴク

魔人「・・・ぷはぁ。んっ・・・」グビグビ

386: 2009/10/11(日) 16:20:08.98 ID:hoXyjvcT0

姫様「つーかお前、何しに来たんだ?」

町娘「あー?いーだろ別に、いつ来たって」ゴクゴク

魔人「・・・・・・・・」ゴクゴク

姫様「バーカお前、まだ条約は整ってねーんだ。あんま自由にしてもらっちゃ困るって」ゴクゴク

町娘「里帰りだよ里帰りー」

姫様「・・・なんも未練残ってねーくせに、よく言うよ・・・」

町娘「つーか、今日の本題はこっち」クイッ

姫様「あん?」

魔人「・・・ぷはっ。・・・二本目、いただきますね」カシュッ

姫様「・・・いーけど・・・、ねーちゃんペース、速くね?」

魔人「・・・私は戻すことは無いので、心配なさらず。・・・んっ」ゴキュゴキュ

姫様「・・・・・・・・・」チラッ

町娘「・・・ま、そーいうこった」ゴクゴク

魔人「・・・ぷは。・・・んっ」ゴクゴク

387: 2009/10/11(日) 16:33:35.79 ID:hoXyjvcT0

町娘「・・・・・・・・・」ゴクゴク

姫様「・・・よーし、私も飲もー」ゴクゴク

魔人「・・・んっ、んっ」ゴクゴク

町娘「・・・は」

姫様「・・・ん、ふぁ」

町娘「おめーは、ほどほどにしとけよ」

姫様「人のこと言えんのかー?酔って延々惚気とかされたらたまんねーよ?」

町娘「ばっ・・・!誰がんなことすっかハゲ」

魔人「・・・んっ」ゴクゴク

姫様「いーんだよ恥ずかしがらなくて。聞いてほしーんじゃねーのー?」

町娘「ほっとけ」ゴクゴク

姫様「お互い好き合ってんだ、ラブラブしてんだろー?」

魔人「・・・・・・・・・」

町娘「・・・っとにしつけーなぁ。もう出来上がってんのか?」

390: 2009/10/11(日) 16:39:11.46 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・っぷは」

姫様「そーやって逃げるきかー?」

町娘「ほっとけっての」ゴクゴク

姫様「またまたぁ、好きなくせに・・・」

魔人「・・・『好き』、とは」

姫様「・・・え?」

魔人「・・・『好き』、とは、なんですか・・・?」

姫様「・・・・・・・・・」

町娘「・・・ぷは」

魔人「それは・・・、物に対する感情ではないのですか?」

魔人「・・・それは、他人に対しても、使える感情なのですか?」

魔人「・・・私は・・・、『彼女』に・・・、『彼女』の・・・」

魔人「・・・そして・・・、『彼』の・・・」

町娘「・・・おい」

391: 2009/10/11(日) 16:45:04.22 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・・・・・・・」

町娘「話せよ、聞くから」

魔人「・・・っ」

姫様「・・・・・・・・・」

魔人「・・・なぜ・・・」

町娘「知りたいんだろ?教えてやる」

町娘「だから、話せ。聞くよ」

魔人「・・・いい、んですか」

姫様「いいよ」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「話して、いいよ」

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・お願い、します」

町娘「任せろ」

393: 2009/10/11(日) 17:01:03.40 ID:hoXyjvcT0

―――『彼女』のことを話した。
     初めて会ったときから、『魔人』の私を受け入れてくれた彼女の話を。
     『彼』のことを話した。
     『魔人』と『人間』は似ていると言ってくれた、彼の話を。

―――それから、彼に対する、燃え上がるような熱い感情の話をした。
     初めての感情で、熱くて、もやもやとして、怖いのに、
     不思議と心地よい、感情の話を。
    
―――そして、彼女についた『嘘』の話をした。
     何故嘘をついてしまったのか。
     何故彼女の手を振り払ってしまったのか。
     このお腹の中にある重くて冷たい塊はなんなのか。
     どうして自分は、こんなに醜いのか。

―――最後に、その嘘が彼女を突き刺した話をした。
     突き刺した私は、その場から逃げ出し、
     こうしてあなた達と酒を飲んでいると。

―――ここに至るまでの、すべての話。
     いっそ忘れたいと思うほど、鮮明な記憶。
     そのすべてを、目の前の彼女たちは、
     黙って聞いていてくれた。

394: 2009/10/11(日) 17:09:35.35 ID:hoXyjvcT0

―――いつの間にか、泣いていたらしい。
     自分には、泣く権利すらないというのに。
     本当に泣きたいのは、『彼女』のほうなのに。
     悲しかった。
     悲しかった。
     どこまでも汚い奴だ、本当に本当に醜い奴だ。
     『魔人』め。

魔人「・・・・・・・・・」グスッ

町娘「・・・・・・・・・」

姫様「・・・・・・・・・」

魔人「・・・終わり・・・、で、す・・・」

町娘「・・・んっ」ゴクゴク

姫様「・・・・・・・・・」スクッ

魔人「・・・?」


町娘「―――恋だな」

姫様「―――おめでとう!」パチパチ


395: 2009/10/11(日) 17:16:24.30 ID:hoXyjvcT0

魔人「な・・・っ」

町娘「あー、心配して損したー」ゴクゴク

姫様「そっかー、ねーちゃんもなー。うんうん、良かった良かった」ゴクゴク

魔人「良っ・・・?わ、私は・・・、ま、真面目に話してるんです・・・!」

町娘「・・・はい、門出にかんぱーい」カツン

姫様「かんぱーい」カツン

魔人「・・・そん、な、わた、私は、ま、まじめ、に・・・」ボロボロ

町娘「あーあー泣くな泣くなー。わーってるよ、そんなことはー」

姫様「私らも真面目真面目クソ真面目に言ってんだよー」

魔人「・・・う、ゅ・・・?」グス

町娘「ちょっと厄介だけどまー・・・、知りたいのは、何でこーなっちまったか、ってとこだろ?」

魔人「・・・・・・・・・」コクン

姫様「そりゃ簡単だよ。恋だよ恋。言うだけなら、すげー簡単」パタパタ

魔人「・・・こ、い・・・?」グスッ

397: 2009/10/11(日) 17:32:31.98 ID:hoXyjvcT0

町娘「何から説明してけばいーんだろーなー。こじれにこじれてんなー」

姫様「つい最近、恋を知った奴のセリフじゃねーな」

町娘「ばっか・・・!こ、恋くらいいくらでもしてきてら・・・!」

姫様「嘘だぁ、絶対痛、痛い痛い分かりました蹴らんといてください・・・」

魔人「はっ、話をそらさないで・・・!」

町娘「悪ぃ悪ぃ・・・。とりあえず、今回の一連の事件はな、ぜーんぶ、『恋』の話」

魔人「・・・本当に、それだけの話なんですか・・・?」

町娘「そうそう。だけどこの『恋』ってのが厄介でなぁ。簡単に解決できるかはまた別問題」

姫様「・・・まーとりあえずだ。一個だけ、なによりも確実に一つ言えることがあんだけど・・・」

魔人「・・・は、はぁ」

姫様「・・・『人間』でも、ねーちゃんと同じよーなことする奴は、居る」

魔人「・・・っ」

姫様「良いとか、悪いの話じゃねー」

姫様「・・・そこに、『人間』も、『魔人』もねーよ。ねーちゃんが『人間』だったとしても、起こった」

398: 2009/10/11(日) 17:39:19.68 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・・・・・・・」

町娘「・・・まー、そーだなぁ。ねーちゃん、恋したことは?」

魔人「・・・ありません」

姫様「恋ってのは誰でもするもんなんだ。水疱瘡、おたふく風邪、恋」

町娘「・・・そのラインナップはいかがなものかと・・・」

姫様「あん?いーんだよ分かり易いだろー?」

姫様「・・・とにかく、ねーちゃんは『魔人』だからな。今まで知らねーのも、不思議じゃねー」

姫様「・・・でも、『村の魔人』だ。今から知ったってのも、これまた不思議じゃねー」

魔人「・・・・・・・・・」

町娘「自覚がねーから上手く言えねーんだけど・・・、コレって、育てばそれなりに理解してくもんなんだ」

町娘「だから、あんたみたいに成長しきってから初めて知ったらまぁ、想像できねーけど・・・」

町娘「・・・相当、ビビると思うぜ。あたしでもビビる。これは、仕方ねーよ、うん」

魔人「・・・・・・・・・」

402: 2009/10/11(日) 18:05:25.66 ID:hoXyjvcT0

姫様「・・・でも、ねーちゃんの『どっか』では、知ってたんだなー」

魔人「・・・どういう、ことですか?」

姫様「だってついちゃったんだろ?嘘」

魔人「・・・っ」

町娘「・・・彼女は、兵士って奴のことが好きだった。つまり、恋してた」

町娘「それを知って、ねーちゃんはショックだったわけだ。だから、嘘ついちまった」

魔人「・・・なぜ、そんなことを」

町娘「決まってんだろ。あんたが、兵士に恋してっからだよ」

魔人「―――っ」

―――彼女の彼に対する感情が、『恋』。
     私の彼に対する感情も、『恋』。
     あの熱くて、怖いけれど、心地良い感情の正体が、
     『恋』。
     なるほど、それは、しっくりくるかも知れないと思った。
     私は、彼のことが好きだった。
     だから、同じく彼のことを彼女が『好きだ』といったとき、
     動揺したのだ。
     だから、嘘をついた。

404: 2009/10/11(日) 18:12:13.19 ID:hoXyjvcT0

町娘「・・・しっかし、タイミングが悪ぃよな」

町娘「状況が状況なら、あたしだって嘘ついてただろーよ」

姫様「私も私もー」

魔人「・・・そんな」

町娘「ねーちゃんが嘘をついたのは、そのくらい当たり前のことだよ」

町娘「でも、それは『悪いこと』だ。それは、分かるだろ?」

魔人「・・・は、い」

魔人「・・・私は、彼女を、傷つけました・・・」ボロボロ

魔人「嘘で・・・、傷つけました・・・」グス、ヒック

町娘「・・・そっか。分かってれば、いーんだよ」ポンポン

姫様「『人間』のなかにはなー、ソレを悪ぃことだって思わねー連中が多くてなー」

姫様「・・・それはそれで、すげーさっぱりした生き方なんだけど。でもな」

姫様「・・・やっぱソレって、寂しいよ。大事なもん捨てるってのは、寂しいことだ」ゴクゴク

408: 2009/10/11(日) 18:21:54.03 ID:hoXyjvcT0

町娘「それじゃ、どーしたい」

魔人「・・・え」グスッ

町娘「これから、一番に、どーしたい」

魔人「・・・私は・・・」

魔人「・・・私は、彼女に謝りたい・・・」ボロボロ

魔人「あ、謝って、謝って、それで・・・」グスッ

魔人「・・・それで、また・・・」

魔人「・・・また一緒に、チョコレートを―――」

―――コソコソ食べるのがおいしーからに決まってるじゃないっスか。
     彼女は笑った。
     その笑顔を奪ったのは、私だ。
     虫のいい話だということは、分かっている。
     でも、それでも。
     あの時食べたチョコレートは、
     本当に、本当においしかった。
     もしも、願いが叶うのならば。
     許して欲しかった。許して欲しかったのだ。
     彼女に嘘をついたことを、許して欲しい。
     そしてまた、一緒に、笑って欲しい。
     一緒に。

420: 2009/10/11(日) 18:32:57.76 ID:hoXyjvcT0

町娘「・・・そっか」

魔人「・・・う、ぐぅ・・・、ひっぅ、ぅぅぅ・・・」ボロボロ

町娘「お前は全然醜くなんかねーよ。大丈夫だ」ポンポン

魔人「うっく、ひぅ、うぅぅぅ・・・!」ボロボロ

姫様「・・・間違いは、誰にでもあんだよ」

姫様「その後をどーするかで、決まるんだよ」ダキッ

魔人「・・・うぐ、あぅ、ぅぅ・・・」ボロボロ

姫様「謝ろう。許してくれるかわかんねーし、それだけのことをしちまったわけだけど」

姫様「・・・それでも、謝ろう。その選択を選べたねーちゃんは、十分」ギュゥ

姫様「十分、綺麗だよ」

―――ひとしきり泣いて、落ち着いた後。
     人が人を好きになることを『恋』だというのなら、
     私の彼女に対する『好き』や、あなた達に対する『好き』も、
     『恋』と呼べるのですか、と聞いてみた。
     二人は目を丸くした後、顔を見合わせて照れくさそうに少し笑うと、
     ソレはちょっと違うんだな、と、得意げに胸を張った。

422: 2009/10/11(日) 18:38:59.30 ID:hoXyjvcT0
―――メイド館・自室。

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・彼女は、戻ってきていないようですが・・・」

魔人「・・・なんと言えばいいのでしょう・・・」

魔人「・・・何と言って、謝れば・・・」

ガチャ

魔人「・・・っ」

メイド「―――あ」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・・・・・・・」

…バタン

魔人「・・・!」

メイド「・・・・・・・・・」トボトボ

魔人「・・・、・・・。~~っ」

メイド「・・・・・・・・・」…ギシ

425: 2009/10/11(日) 18:45:17.31 ID:hoXyjvcT0

―――声が出ないという状況を、初めて経験した。
     今すぐ、謝らないといけない。
     私は、それだけのことをした。
     出したいのに、出せない。
     声が、出ない。
     喉が干上がる。反対に、瞳は潤む。
     泣くな、泣くところじゃない。私は泣くべきじゃない。
     握り締めた拳に爪が食い込んで、痛かった。
     それでも、声は、出ない。

魔人「・・・ぅ、・・・!・・・っ」

メイド「・・・・・・・・・」

魔人「・・・ぁ、ぅ・・・、・・・」

メイド「・・・・・・・・・」

魔人「・・・っ、~~っ」

メイド「・・・なにも」

魔人「・・・!」

メイド「・・・なにも、言わないで、ください・・・」

427: 2009/10/11(日) 18:50:15.76 ID:hoXyjvcT0

魔人「・・・ぇ・・・?」

メイド「・・・謝ろうと、しているんでしょ?ねー、さん・・・」

魔人「・・・っ、・・・ぃ」

メイド「・・・違うん、スよ。謝らないで、ください、っス・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・謝るのは、私のほうっスよ」

魔人「・・・!?そ、ん・・・」


メイド「―――謝らせてごめんなさい、ねーさん・・・」


魔人「―――っ」

メイド「・・・あんなこと言わせて、私、私・・・」

魔人「・・・違、わたっ、私は・・・」

メイド「・・・・・・・・・」

魔人「・・・あな、たに、嘘、を・・・」

431: 2009/10/11(日) 18:59:17.00 ID:hoXyjvcT0

メイド「・・・ねーさん」

魔人「・・・!」

メイド「ねーさんは、兵士さんのこと、好きでしょ・・・?」

魔人「―――っ」

メイド「・・・ねーさんに、嘘をつかせたのは、私っスよ・・・」

魔人「違・・・」

メイド「それを、私は、ねーさんを・・・」

メイド「・・・ねーさんを、傷つけて・・・」

魔人「違うっ、私が、あなたを傷つけた・・・!」

魔人「・・・ごめんなさいっ、私は・・・!」

メイド「謝らないでって、ねーさん、私・・・」ボロボロ

魔人「あなたこそっ、どうして・・・」ボロボロ

436: 2009/10/11(日) 19:07:36.93 ID:hoXyjvcT0

メイド「・・・ねーさん、ごめん、なさい・・・」

魔人「私・・・、ごめんなさい・・・」

メイド「ごめんなさい、ごめんなさい、ねーさん・・・」

魔人「私の方が・・・、ごめ、ごめんなさっ・・・」

メイド「・・・ねーさぁぁぁん・・・」ガバッ

魔人「・・・っ」

メイド「ねーさん、ねーさんねーさん・・・!」ギュッ

魔人「・・・・・・・・・」ギュウゥ…

―――結局、同じだった。
     私は彼女を泣かせてしまって、
     彼女は私を泣かせてしまった。
     それを悩んで、泣きながら悩んで、
     そして泣きながら、謝ったのだ。

     許すとか、許さないとか、
     そういうものは、最初から無かった。
     ただ、謝りたくて、戻りたくて、
     私も彼女も、
     謝って、
     泣いた。

449: 2009/10/11(日) 19:50:30.63 ID:hoXyjvcT0
―――数日後。某・温泉

カポーン…

魔人「・・・ふぅー・・・。やっぱり、いいものですね、温泉は・・・」チャポン

メイド「・・・・・・・・・」チャプ…

魔人「どうしました?気に入りませんか?」

メイド「・・・いや、気持ちいーっスけど・・・」

―――ついに『魔人の村』に、『人間』が向かう日がやってきた。

勇者『どうせなら一緒に、里帰りでも。どうだ?』

姫様『行こーぜ、ねーちゃん!』

魔人『はぁ・・・。他に、何人か行くのですか?』

勇者『いや。俺達二人、ねーちゃん入れたら三人の予定』

魔人『・・・他に、誘ってもよろしいでしょうか』

姫様『あん?別にいいけど・・・。あんまり多くちゃ駄目だからな、一人ならいいよ』

姫様『誘いたい奴でもいるのか?』

魔人『・・・ええ、まぁ』

451: 2009/10/11(日) 19:57:01.89 ID:hoXyjvcT0

メイド「・・・それが、なんで私なんスか・・・!」

魔人「・・・嫌でしたか?てっきり興味があるものかと・・・」

メイド「い、いや、来たかったっスけど・・・。ってそーじゃなくて!」バシャン

魔人「・・・はぁ、なんでしょう」

メイド「私じゃなくて、『彼』を誘えばよかったじゃないっスかぁ!チャンスだったのに!」

魔人「・・・ああ、それも少しは考えたのですが・・・」

メイド「・・・か、考えたんスね・・・」ブクブク

魔人「・・・でもやはり、この温泉に一緒に入りたかったのは、あなただったので・・・」

メイド「・・・っ!」

魔人「・・・ごめんなさい、迷惑なら・・・」

メイド「・・・め、滅相も無い・・・、滅相もないっス・・・」ブクブクブク

魔人「・・・?おかしな人ですね・・・」

メイド「おかしいのは、ねーさんのほうっス・・・。絶対後で、後悔するっスよ・・・」

453: 2009/10/11(日) 20:07:42.90 ID:hoXyjvcT0

―――『彼』のことは、保留にしておいた。
     私も彼女も、彼のことは好きだったが、
     考えれば考えるほど、お互いに遠慮してしまいそうだったので、
     答えがハッキリするまでは、保留にしておくことに、二人で決めた。

メイド『私たちは敵ではなく、ライバルなんスよ!!どーっスかこれ?かっこよくないっスか!?』

―――いずれまた、衝突することは避けられないのだろうけれど、
     ソレまでにはきっと、私ももう少し上手く『恋』を扱えるようになっていると思うので、
     いまはまだ、考えなくてもいいかなぁ、と思っている。

メイド「・・・しっかし、よくこんな温泉作ったっスねー」チャプチャプ

魔人「近くに温泉が沸く洞窟があったので、運んで見たんです」

メイド「えっ・・・、コレ、ねーさんが作ったんスか!?」バシャ!

魔人「はぁ、まぁ・・・。入りたかったので・・・」

メイド「・・・す、すごいっスね、『魔人』の行動力って・・・」

魔人「そうですか?まぁ、大変でしたけどね。一年くらいかかりましたし」

メイド「一年も!?どんだけ風呂好きなんスかねーさん!!??」バシャン!

魔人「これだけが心残りだったんですよ・・・、はぁ。たまに入りにこよう・・・」チャポン

458: 2009/10/11(日) 20:26:09.99 ID:hoXyjvcT0

メイド「・・・はぁ、そんなんで彼にアタックできるんスかぁ?」

魔人「・・・それは、あなたにだけは言われたくありません」

メイド「なっ・・・!」

魔人「私は酒盛りが始まれば、彼と必然的に二人きりですし・・・」

メイド「・・・わ、私なんて名前覚えてもらえたんスからねー!」

魔人「・・・そういえばこの間、飲みに誘われた返事をしていませんね・・・」

メイド「そっ・・・、ソレは聞いてないっスよねーさん!?」

魔人「なんでもかんでもあなたに話さなければいけないのですか?」

魔人「それに、それを言うなら私はあなたの『名前の件』も知らされてないのですが」

メイド「・・・あー、ねーさんが一人で『村』に来れば、チャンスあったのになー・・・!」

魔人「・・・っ」

メイド「・・・ね、ねーさん?」

魔人「・・・そっ、私は、そんな理由で、さ、誘った、わけでは・・・」グスッ

メイド「わーっ!冗談冗談!ねーさん、泣くのは反則っスよっー!!」バシャバシャ

461: 2009/10/11(日) 20:34:01.76 ID:hoXyjvcT0

―――『村』は、もう夕日が傾きかけていた。
     露天風呂からみるこの景色が、私は好きだった。

メイド「・・・わぁー、綺麗っスねぇ・・・」チャポン

魔人「・・・でしょう?誰にも教えて無い場所なんですよ、ここ」

メイド「へ?そーなんスか?勿体無い、こんなに綺麗なのに・・・」

魔人「私だけの、秘密の場所だったんですよ」

メイド「・・・私に教えて、良かったんっスか?」バシャッ

魔人「・・・ええ」

魔人「・・・誰かと話しながらこの景色をみるのもいいな、と思ったんです」

メイド「・・・・・・・・・」

―――正確には、『誰か』ではない。

魔人「どうやら、正解だったみたいですね」

メイド「・・・ねーさん・・・」

―――でもそれは、内緒だ。

463: 2009/10/11(日) 20:44:51.62 ID:hoXyjvcT0

メイド「・・・ねーさーんっ!」バシャン!

魔人「ひぁ・・・!なななななんですか・・・!?」

メイド「ねーさんねーさんねーさん!」バシャバシャバシャバシャバシャ

魔人「やめ、なんですか急に、ちょ、やめて・・・!」

メイド「ありがとーっス!教えてくれて・・・」ギュッ

魔人「・・・気に入ってきれましたか?」

メイド「最高っス。ねーさんとこれて、良かった・・・」ギュウゥ

魔人「・・・・・・・・・」

―――私は『魔人』として、『人間』と暮らしていく。
     学ぶことがたくさんあって、
     私は少しずつ、自分が豊かになっていくことを感じる。

魔人「・・・私もそう思いますよ」

魔人「あなたとこれてよかった」ギュッ・・・

―――ソレは決して楽なことではないけれど、
     悩んだ後はなぜか、嬉しいのだ。とても。

466: 2009/10/11(日) 20:54:23.59 ID:hoXyjvcT0

メイド「・・・・・・・・・」ピタッ

魔人「・・・どうしました・・・?」

メイド「・・・ねーさんが、デレた・・・」

魔人「で、デレ・・・!?」

メイド「今のそーっスよね?ね!?そーでしょねぇー!?」ザパァ!

魔人「な、なにが、なんのことですか!?」

メイド「だーかーらー、ねーさんが私のこと好きってことっスよー!!」バシャバシャ

魔人「・・・そ、そんなこと言ってません」

メイド「でもそーいう意味っスよね?照れない照れない、私もねーさんのこと大好きっスからー!!」

魔人「か、勝手に想像しないでください・・・!」

―――『魔人』と『人間』は似ている。
     私が恋している、『人間』の言葉だ。
     その通りだ、と思う。
     だって私たちは、
     同じ人を好きになって、
     同じように、恋している。

468: 2009/10/11(日) 21:00:00.89 ID:hoXyjvcT0

―――そして、
     私たちは、お互いに――・・・

メイド「認めないつもりっスか?無駄っスよ!今のは絶対!」

魔人「・・・そ、そんなもの・・・」

メイド「ほらほら、ねーさん!」

魔人「・・・なにかの・・・」

メイド「ねーさん!!」

魔人「・・・間違いでは?」


・・・――好き合っている。確かに。


fin.

471: 2009/10/11(日) 21:03:04.71 ID:239i8H+tO
乙!
超乙!!
感動した!ありがとー!

472: 2009/10/11(日) 21:03:50.20 ID:1yFim39N0
おつー
面白かったです

478: 2009/10/11(日) 21:10:42.68 ID:hoXyjvcT0
お前らお疲れ様でした。
いろいろいいたいことあると思うけどさ、うん。
工口は書かねーよ!!残念だったな!!!

元々1000行かすつもりなかったからこのくらいスッキリでいーよね?

483: 2009/10/11(日) 21:16:13.98 ID:hoXyjvcT0
あ、皆さんありがとうございました。
前スレからわざわざ追ってきてくれた人とか・・・、いや俺が言ったんだけどさ・・・
後保守の人にはほんと感謝です!お陰でグースカ寝れました!

魔王は・・・、あえて出さないほうが面白いかな、と・・・

>>480
面白そーだけどなー、あと500じゃ苦しいかなー

485: 2009/10/11(日) 21:17:34.32 ID:hoXyjvcT0
ごべん安価ミス>>879

486: 2009/10/11(日) 21:20:55.13 ID:hoXyjvcT0
駄目だ・・・!俺は今想像以上に駄目らしい・・・!

改めてありがとうございました。これにておしまいにします。
気が向いたら、他の人の話でも書きます。
ではまたどこかでお会いしましょう!チャオ!!

引用元: 魔人「・・・間違いでは?」