1: 2015/07/31(金) 09:41:26.49 ID:QhH6coXp0
自分が歩くたび、希望ヶ峰学園の廊下に靴音が響く。見える景色は、鉄板が打ちつけられた窓ばかり。
僕は足早に購買部へと向かう。手中には、モノクマメダル。
木板の扉を開けると、目的のモノはすぐに目に入った。モノモノマシーンだ。
コイン投入口。ガラスケースの向こうには色とりどりの、卵状カップ。
ガラスを軽く叩き、背部の方も覗いてみる。トラップが仕掛けられている様子はない。
僕は震える手でコインを投入した。一息吐き、つまみを捻る。
マシンが吐き出した景品を手に取るが、僕は首を傾げるしかなかった。
朱色のボタンがついているだけで、それ以外に機能はないように見える。
僕は足早に購買部へと向かう。手中には、モノクマメダル。
木板の扉を開けると、目的のモノはすぐに目に入った。モノモノマシーンだ。
コイン投入口。ガラスケースの向こうには色とりどりの、卵状カップ。
ガラスを軽く叩き、背部の方も覗いてみる。トラップが仕掛けられている様子はない。
僕は震える手でコインを投入した。一息吐き、つまみを捻る。
マシンが吐き出した景品を手に取るが、僕は首を傾げるしかなかった。
朱色のボタンがついているだけで、それ以外に機能はないように見える。
2: 2015/07/31(金) 09:43:47.18 ID:QhH6coXp0
「やあ。苗木くん」
耳障りな声にぎょっとする。視線の先には一体のぬいぐるみ。
「何しに来た」
「そう邪見にしなさんな。 ボクは邪魔しにきたんじゃないんだよ」
うぷぷぷ、と自称学園長、モノクマが不敵に笑う。「用があるのはそのスイッチです」
「押すとどうなるのさ?」
「慌てない慌てない」
左右で表情が違う、歪なデザインをしたぬいぐるみは腕を組む。
背丈は僕の半分もないのに、どうしてか、威圧するような空気に包まれていた。
しばらくの沈黙の後、言葉を発す。「これは舞台チェンジ装置だね」
耳障りな声にぎょっとする。視線の先には一体のぬいぐるみ。
「何しに来た」
「そう邪見にしなさんな。 ボクは邪魔しにきたんじゃないんだよ」
うぷぷぷ、と自称学園長、モノクマが不敵に笑う。「用があるのはそのスイッチです」
「押すとどうなるのさ?」
「慌てない慌てない」
左右で表情が違う、歪なデザインをしたぬいぐるみは腕を組む。
背丈は僕の半分もないのに、どうしてか、威圧するような空気に包まれていた。
しばらくの沈黙の後、言葉を発す。「これは舞台チェンジ装置だね」
3: 2015/07/31(金) 09:44:47.48 ID:QhH6coXp0
「舞台チェンジ……」
「意味は…まあ分かるでしょ?」
「意味自体は…でも押すとどうなるのさ」
「うぷぷぷぷ」
耳障りな笑い。
「苗木くん。 押すか押さないかは君の自由だ」
そう言って、僕が言葉を発する前に煙のごとく姿を消した。手中にある、ちっぽけなスイッチを見つめる。
舞台チェンジ。舞台とはなんだろう。いま居る希望ヶ峰学園のことだろうか。
「意味は…まあ分かるでしょ?」
「意味自体は…でも押すとどうなるのさ」
「うぷぷぷぷ」
耳障りな笑い。
「苗木くん。 押すか押さないかは君の自由だ」
そう言って、僕が言葉を発する前に煙のごとく姿を消した。手中にある、ちっぽけなスイッチを見つめる。
舞台チェンジ。舞台とはなんだろう。いま居る希望ヶ峰学園のことだろうか。
4: 2015/07/31(金) 09:46:17.93 ID:QhH6coXp0
「苗木くん」再びどこからか現れ、
「言い忘れてたよ。この装置のこと、誰かにいったらもう効果なくなるからね。
みんなに相談なんていう甘ったれたことはしないように。じゃあ」
まくし立て、姿を消す。僕はゆっくり、ゆっくりと赤色のボタンに指を近づけ、押す。
目の錯覚なのか。装置が金色の光を放った。
強烈な眩暈に襲われ、よろめくように床に座り込んだ。重くなった瞼を必氏で持ち上げる。
誰か来てくれ。声を出したが、実際に発せられたのは空しいかすれ声だった。
「言い忘れてたよ。この装置のこと、誰かにいったらもう効果なくなるからね。
みんなに相談なんていう甘ったれたことはしないように。じゃあ」
まくし立て、姿を消す。僕はゆっくり、ゆっくりと赤色のボタンに指を近づけ、押す。
目の錯覚なのか。装置が金色の光を放った。
強烈な眩暈に襲われ、よろめくように床に座り込んだ。重くなった瞼を必氏で持ち上げる。
誰か来てくれ。声を出したが、実際に発せられたのは空しいかすれ声だった。
5: 2015/07/31(金) 09:47:17.65 ID:QhH6coXp0
ギシリと軋む音が聞こえた。背中には固い感触。黒い世界に、少しずつ光が入ってくる。
遠くからは誰かの掛け声。時折聞こえる渇いた音。僕は体を起こす。
途端、湿布の臭いが鼻をつき、顔をしかめる。ここは医務室だろうか。
薬品が詰められた戸棚。その横には姿見。
ベッドから見て左に、所々錆びついた事務机が鎮座し、そこにはポータブルテレビが放り置かれていた。
僕はベッドから降りる。部屋には熱気が漂っていて、体からは汗が染み出ていた。
なんとなしに歩き回り、姿見の前に立つ。映しだされた姿を見て絶句した。
遠くからは誰かの掛け声。時折聞こえる渇いた音。僕は体を起こす。
途端、湿布の臭いが鼻をつき、顔をしかめる。ここは医務室だろうか。
薬品が詰められた戸棚。その横には姿見。
ベッドから見て左に、所々錆びついた事務机が鎮座し、そこにはポータブルテレビが放り置かれていた。
僕はベッドから降りる。部屋には熱気が漂っていて、体からは汗が染み出ていた。
なんとなしに歩き回り、姿見の前に立つ。映しだされた姿を見て絶句した。
6: 2015/07/31(金) 09:48:39.48 ID:QhH6coXp0
かわいいと言われてしまう顔と女の子より低い身長。どちらも苗木誠そのままだ。
おかしいのは服装。野球のユニフォームを着ていて、足にはソックスを履いていた。
突然、鏡に誰かが映し出された。鏡越しの女は、暢気に手をひらひらと振っている。
痩せ形の体型で、大きく膨らんだ胸は僕と同じユニフォームを着ているせいか、色気は微塵もなかった。
「
「おはよ。苗木くん」
見知らぬ女子が僕の名を呼ぶ。色白の顔。少し垂れ気味の瞳は温かみのある印象を受ける。
「押したんだね。スイッチ」黙り込む僕に歩み寄ってくる。「さすが超高校級の幸運」
「僕を知ってるの?」
彼女はゆっくりと頷く。
おかしいのは服装。野球のユニフォームを着ていて、足にはソックスを履いていた。
突然、鏡に誰かが映し出された。鏡越しの女は、暢気に手をひらひらと振っている。
痩せ形の体型で、大きく膨らんだ胸は僕と同じユニフォームを着ているせいか、色気は微塵もなかった。
「
「おはよ。苗木くん」
見知らぬ女子が僕の名を呼ぶ。色白の顔。少し垂れ気味の瞳は温かみのある印象を受ける。
「押したんだね。スイッチ」黙り込む僕に歩み寄ってくる。「さすが超高校級の幸運」
「僕を知ってるの?」
彼女はゆっくりと頷く。
7: 2015/07/31(金) 09:49:18.65 ID:QhH6coXp0
「私は七海千秋。 なんていうか」七海は斜め上を向き、「君の案内人って感じかな」
そう言って、片目を閉じた。
聞きたいことは山ほどあるけれど、あまりにも多すぎて何からどう聞いていいのか迷ってしまう。
「じゃ、さっそく行こっか?」
「行くって?」
「探索、かな?」
微笑むと、ゆったりと歩き出す。僕は七海の背中を追う。背番号50を背負う、頼もしく見えた背中の後を歩く。
そう言って、片目を閉じた。
聞きたいことは山ほどあるけれど、あまりにも多すぎて何からどう聞いていいのか迷ってしまう。
「じゃ、さっそく行こっか?」
「行くって?」
「探索、かな?」
微笑むと、ゆったりと歩き出す。僕は七海の背中を追う。背番号50を背負う、頼もしく見えた背中の後を歩く。
8: 2015/07/31(金) 09:51:43.13 ID:QhH6coXp0
七海におずおずとついていき、通路を抜けると緑のベンチが置かれた場所へと行き着いた。
この場所。テレビで見たことがある。目の前には、ならされた土と綺麗に手入れされた芝生のグラウンド。
青いフェンスで囲まれ、センター方向には有名な炭酸飲料メーカーの。
空はオレンジ色に染まっていて、夕暮れ時を思わせた。
「よーっす苗木。 大丈夫だったの?」
「江ノ島さん?」
クマの絵が描かれたキャップを、ラッパーのように斜めにかぶった女子がいた。
ショートカットにはなっているが、明るめの髪はそのまま。
この場所。テレビで見たことがある。目の前には、ならされた土と綺麗に手入れされた芝生のグラウンド。
青いフェンスで囲まれ、センター方向には有名な炭酸飲料メーカーの。
空はオレンジ色に染まっていて、夕暮れ時を思わせた。
「よーっす苗木。 大丈夫だったの?」
「江ノ島さん?」
クマの絵が描かれたキャップを、ラッパーのように斜めにかぶった女子がいた。
ショートカットにはなっているが、明るめの髪はそのまま。
9: 2015/07/31(金) 09:52:47.13 ID:QhH6coXp0
学園でも雑誌でも露出の多い服装をしているせいか、彼女のユニフォーム姿は新鮮だった。
「どーもー」
きゃはは、と甲高い笑いも変わっていない。
「あ、そうそう」
何かを思い出したようで、表情が変わる。
「なに?」
江ノ島さんは一歩近寄って声を潜めた、
「葉隠の奴のこと。あいつはあいつで落ち込んでるみたいだからさ。 怒んないでやってよ」
「あ、ああ…」
言われても、生返事しかできない。危惧していたことがさっそく起きてしまった。
僕が知らない出来事について振られたらどうするのか。もっと対策しておくべきだったと後悔した。
「とにかく何もなくて良かった良かった」
江ノ島さんは満足げに頷くと、じゃ、と手を挙げてベンチ裏へと消えていく。
「どーもー」
きゃはは、と甲高い笑いも変わっていない。
「あ、そうそう」
何かを思い出したようで、表情が変わる。
「なに?」
江ノ島さんは一歩近寄って声を潜めた、
「葉隠の奴のこと。あいつはあいつで落ち込んでるみたいだからさ。 怒んないでやってよ」
「あ、ああ…」
言われても、生返事しかできない。危惧していたことがさっそく起きてしまった。
僕が知らない出来事について振られたらどうするのか。もっと対策しておくべきだったと後悔した。
「とにかく何もなくて良かった良かった」
江ノ島さんは満足げに頷くと、じゃ、と手を挙げてベンチ裏へと消えていく。
10: 2015/07/31(金) 09:53:27.21 ID:QhH6coXp0
「それで」僕は七海の方へ向き直る。「葉隠くん云々って何の話?」
七海の視線は天に向く。そらんじるように言葉を発す。
「キミの打撃翌練習の時にね、葉隠くんの投げたボールがすっぽ抜けちゃって」
「それってかなり危険なんじゃ…」
「メット越しだったからね。 意識はあったし」
そうだったのか。最初医務室で気が付いた時。
あれは眠りが目が覚めたのではなく、目は覚めていて、意識が乗り移ったということなのか。
「あ、ちょうどいいとこだよ」
七海の視線の先。ゲージで囲まれたバッターボックス。
七海の視線は天に向く。そらんじるように言葉を発す。
「キミの打撃翌練習の時にね、葉隠くんの投げたボールがすっぽ抜けちゃって」
「それってかなり危険なんじゃ…」
「メット越しだったからね。 意識はあったし」
そうだったのか。最初医務室で気が付いた時。
あれは眠りが目が覚めたのではなく、目は覚めていて、意識が乗り移ったということなのか。
「あ、ちょうどいいとこだよ」
七海の視線の先。ゲージで囲まれたバッターボックス。
11: 2015/07/31(金) 09:54:15.41 ID:QhH6coXp0
大神さくらがどっしりと構えをとっていた。投手が足を上げ、球を放る。
大神さんが豪快にバットを振り抜くと同時に、耳をつんざく打球音がベンチまで響いてきた。
二球目、三球目も変わらず、特大な当たりをスタンドにぶち込んでいく。
それに驚いていたのもつかの間。次に打った大和田くんも負けていない。
左打席に立った彼は、二球ほど、場外へとかっ飛ばし、ぼくはただ口をぽかんと開けているしかなかった。
「あの二人はうちの中軸。 次はブルペン行こっか」
「確か、ピッチャーがいるとこだよね?」
「正しくはリリーフのピッチャーだよ。 あ、でも試合前は先発の人もいるかな?」
大神さんが豪快にバットを振り抜くと同時に、耳をつんざく打球音がベンチまで響いてきた。
二球目、三球目も変わらず、特大な当たりをスタンドにぶち込んでいく。
それに驚いていたのもつかの間。次に打った大和田くんも負けていない。
左打席に立った彼は、二球ほど、場外へとかっ飛ばし、ぼくはただ口をぽかんと開けているしかなかった。
「あの二人はうちの中軸。 次はブルペン行こっか」
「確か、ピッチャーがいるとこだよね?」
「正しくはリリーフのピッチャーだよ。 あ、でも試合前は先発の人もいるかな?」
12: 2015/07/31(金) 09:55:23.83 ID:QhH6coXp0
先ほど通った通路。僕の目覚めた場所を通り過ぎた、
さらに奥。スチール製の扉の前に着く。
その部屋は、ピッチャーマウンドを模した場所が二つほどあった。その脇で、4人の選手が談笑している。
「やあ、七海さんお疲れ」
最初に僕らに気付いたのは、色白の男の子だった。
「おす」
七海のだるそうな挨拶。
「誠ちゃん、体は大丈夫っすか!」
髪にメッシュの入った女の子が、ずいっと顔を近づけてきた。
「ああ、大丈夫。 ありがとう」
「苗木くん、今日はベンチに入るの?」
帽子を目深く被った女の子が、鋭い目を向けてくる。質問には七海が答えてくれた。
「今日は大事をとってお休みだって言ってたよ。監督が」
「うへえ。まじかよ。苗木の役目、あたしとコマエダがやるってことじゃん」
江ノ島さんが口を尖らせた。「ミオタ、あんたまじしっかりね」
さらに奥。スチール製の扉の前に着く。
その部屋は、ピッチャーマウンドを模した場所が二つほどあった。その脇で、4人の選手が談笑している。
「やあ、七海さんお疲れ」
最初に僕らに気付いたのは、色白の男の子だった。
「おす」
七海のだるそうな挨拶。
「誠ちゃん、体は大丈夫っすか!」
髪にメッシュの入った女の子が、ずいっと顔を近づけてきた。
「ああ、大丈夫。 ありがとう」
「苗木くん、今日はベンチに入るの?」
帽子を目深く被った女の子が、鋭い目を向けてくる。質問には七海が答えてくれた。
「今日は大事をとってお休みだって言ってたよ。監督が」
「うへえ。まじかよ。苗木の役目、あたしとコマエダがやるってことじゃん」
江ノ島さんが口を尖らせた。「ミオタ、あんたまじしっかりね」
13: 2015/07/31(金) 09:56:00.62 ID:QhH6coXp0
「私からもお願いしよっかな」
七海は微笑み、小さく合掌を。
「任せてくださいっす。 ここまで16勝してるんすから!」
メッシュの女の子は、ミオタというらしい。
「頼もしい限りだね。できれば七回まで投げてくれるとありがたいな」
色白の男の子が遠慮がちに言った。
やりとりから察するに、メッシュの子はミオタ。色白の男の子はコマエダ。
名を知らないのは、鋭い眼光の彼女だけか。
七海は微笑み、小さく合掌を。
「任せてくださいっす。 ここまで16勝してるんすから!」
メッシュの女の子は、ミオタというらしい。
「頼もしい限りだね。できれば七回まで投げてくれるとありがたいな」
色白の男の子が遠慮がちに言った。
やりとりから察するに、メッシュの子はミオタ。色白の男の子はコマエダ。
名を知らないのは、鋭い眼光の彼女だけか。
14: 2015/07/31(金) 09:56:42.32 ID:QhH6coXp0
突然、七海が僕の耳元で、まかせてとささやいた。ゆっくりと戦刃さんに近づき、
「ねえ戦刃さん、監督からの伝言、いいかな」
「何」
「直球も磨けって」
戦刃と呼ばれた彼女は、
「わかってるよ」
目を逸らしてぶっきらぼうに言った。僕は少ししてから、七海の意図に気付く。
僕に聞こえるように呼名して名を教えたわけだ。七海に向かって眉をあげ、感謝の意を伝える。
彼女の機転のおかげで、この場にいる面子の名は知った。
「ねえ戦刃さん、監督からの伝言、いいかな」
「何」
「直球も磨けって」
戦刃と呼ばれた彼女は、
「わかってるよ」
目を逸らしてぶっきらぼうに言った。僕は少ししてから、七海の意図に気付く。
僕に聞こえるように呼名して名を教えたわけだ。七海に向かって眉をあげ、感謝の意を伝える。
彼女の機転のおかげで、この場にいる面子の名は知った。
15: 2015/07/31(金) 09:57:30.78 ID:QhH6coXp0
「うし」
ミオタがグローブを引っ掴み、ネットをくぐった。途端、口は堅く結ばれ、凛々しい空気が彼女を包む。
豪快なフォームから球を弾き出した。ぱぁん。と気持ちの良い音が響く。
「ケガすんなよー」
江ノ島さんが声を張る。ミオタは聞こえているのかいないのか、真剣な面持ちで球を放り続けた。
投げるたびに舞う土埃。コマエダが。イクサバが。江ノ島さんが。
マウンドを見つめる全員が、大きく目を見開いていた。きっと僕も。
ミオタがグローブを引っ掴み、ネットをくぐった。途端、口は堅く結ばれ、凛々しい空気が彼女を包む。
豪快なフォームから球を弾き出した。ぱぁん。と気持ちの良い音が響く。
「ケガすんなよー」
江ノ島さんが声を張る。ミオタは聞こえているのかいないのか、真剣な面持ちで球を放り続けた。
投げるたびに舞う土埃。コマエダが。イクサバが。江ノ島さんが。
マウンドを見つめる全員が、大きく目を見開いていた。きっと僕も。
16: 2015/07/31(金) 09:58:29.05 ID:QhH6coXp0
「澪田唯吹。それが彼女の本名だよ」
傍らにいる七海が言った。「今日の先発投手だったかな」他の人には聞こえない、囁き声。スローテンポな語り口。七海は続ける。
「狛枝凪人、江ノ島盾子、戦刃むくろ」
僕は頭の中でメモを取る。「あと、キミと私。この五人はリリーフ」
自分が投手だったことに心底驚いた。野球で一番目立つのは投手だ、と聞いたことがある。
僕の人生の立ち位置といえば、目立つ誰かの後ろが常だ。
「あとの細かい役割は試合が始まってから教えた方がいいよね」
彼女は語尾を上げながらも、得意げに腕を組んでいた。
不思議と、偉そうにしている印象はない。多分、温かみのある大きな瞳のせいだろう。
「よろしく頼むよ」
傍らにいる七海が言った。「今日の先発投手だったかな」他の人には聞こえない、囁き声。スローテンポな語り口。七海は続ける。
「狛枝凪人、江ノ島盾子、戦刃むくろ」
僕は頭の中でメモを取る。「あと、キミと私。この五人はリリーフ」
自分が投手だったことに心底驚いた。野球で一番目立つのは投手だ、と聞いたことがある。
僕の人生の立ち位置といえば、目立つ誰かの後ろが常だ。
「あとの細かい役割は試合が始まってから教えた方がいいよね」
彼女は語尾を上げながらも、得意げに腕を組んでいた。
不思議と、偉そうにしている印象はない。多分、温かみのある大きな瞳のせいだろう。
「よろしく頼むよ」
17: 2015/07/31(金) 09:59:12.73 ID:QhH6coXp0
試合が始まると、僕たちはブルペンから戦況を見守った。
澪田は毎回のようにピンチを招きながらも、なんとかかわし続ける。無失点のまま、五回のマウンドへ。
足取りは重く、大きく息をはいていた。
「この回までだね」狛枝が言う。
「と、なれば六回は私かな」七海が言った。
「だろうね」深く頷く。「でも、幸いというべきかな。一点リードしてるし、五、六回しのげば僕らの勝ちだ」
澪田は毎回のようにピンチを招きながらも、なんとかかわし続ける。無失点のまま、五回のマウンドへ。
足取りは重く、大きく息をはいていた。
「この回までだね」狛枝が言う。
「と、なれば六回は私かな」七海が言った。
「だろうね」深く頷く。「でも、幸いというべきかな。一点リードしてるし、五、六回しのげば僕らの勝ちだ」
18: 2015/07/31(金) 10:00:28.66 ID:QhH6coXp0
僕たちは、パイプ椅子に腰かけ目前にあるテレビを注視している。
座り方にも各々の個性があって、前のめりになっている戦刃、狛枝、僕。
ぼんやりとして、見ているのか見ていないのか分からない七海。足を組み、ニヤケ面を浮かべている江ノ島。
「あっ」狛枝の声でテレビへ目をやる。
澪田が右中間奥深くへ長打を食らった。無氏二塁。
「あいつスタミナなさすぎっしょー」
「七海さん」狛枝が意味ありげな視線を七海へと向ける。
七海は頷き、グローブをはめ、投球を始めた。肩をつくったほうがいい、と伝えられたのだろう。
座り方にも各々の個性があって、前のめりになっている戦刃、狛枝、僕。
ぼんやりとして、見ているのか見ていないのか分からない七海。足を組み、ニヤケ面を浮かべている江ノ島。
「あっ」狛枝の声でテレビへ目をやる。
澪田が右中間奥深くへ長打を食らった。無氏二塁。
「あいつスタミナなさすぎっしょー」
「七海さん」狛枝が意味ありげな視線を七海へと向ける。
七海は頷き、グローブをはめ、投球を始めた。肩をつくったほうがいい、と伝えられたのだろう。
19: 2015/07/31(金) 10:01:04.77 ID:QhH6coXp0
「うっし!」
江ノ島さんが勢いよく立ち上がる。澪田が、坂本を三振に打ち取ったらしい。一氏二塁。
「唯吹いいぞ。あと二人ぶっ殺せ」
「ちょ、ちょっと江ノ島さん。熱くなりすぎだよ」
狛枝が笑ってたしなめた。「あ、トガミくん。どうしたんだろ?」
眼鏡をかけた巨漢の捕手がマウンドへ向かった。「小笠原だかんねー。警戒するのも無理もないっしょー」
「ここはトガミくんのリードにも注目だね」
江ノ島さんが勢いよく立ち上がる。澪田が、坂本を三振に打ち取ったらしい。一氏二塁。
「唯吹いいぞ。あと二人ぶっ殺せ」
「ちょ、ちょっと江ノ島さん。熱くなりすぎだよ」
狛枝が笑ってたしなめた。「あ、トガミくん。どうしたんだろ?」
眼鏡をかけた巨漢の捕手がマウンドへ向かった。「小笠原だかんねー。警戒するのも無理もないっしょー」
「ここはトガミくんのリードにも注目だね」
20: 2015/07/31(金) 10:01:42.01 ID:QhH6coXp0
トガミは一体何を言ったのか。澪田は外角を攻めるピッチングから一転、徹底してインコースをつき始めた。
小笠原を空振り三振。続くラミレスも空振り三振にしとめ、この回を終える。
テレビ画面は、生気を抜かれたような表情の澪田を映す。
江ノ島さんは、うっしゃーと叫び、狛枝は安堵の息をはいた。僕はブルペン中に響けとばかりに、拍手をする。
たった五人しかいないブルペン。広くもない土塗れの部屋で、いつのまにか、熱い連帯感が生まれていた。
小笠原を空振り三振。続くラミレスも空振り三振にしとめ、この回を終える。
テレビ画面は、生気を抜かれたような表情の澪田を映す。
江ノ島さんは、うっしゃーと叫び、狛枝は安堵の息をはいた。僕はブルペン中に響けとばかりに、拍手をする。
たった五人しかいないブルペン。広くもない土塗れの部屋で、いつのまにか、熱い連帯感が生まれていた。
21: 2015/07/31(金) 10:03:08.01 ID:QhH6coXp0
6回から上がった七海は、切れ味鋭いスライダーとシュートのコンビネーションで打者を幻惑した。
何事もなく三人で退ける。
ブルペンに戻ってくると、ホールドゲットだぜ。と控えめにガッツポーズをしていた。
7回狛枝はフォークボールを決め球に、三者三振。
8回の戦刃はさらに凄かった。スピードこそないものの、直球がコーナーにズバズバ決まる。
加えて多彩な変化球をも操っていた。
「どうして彼女を先発させないの?」僕は訊いた
「スタミナが信じられないほどないからね。リリーフしかできないんだ」
七海は悔やむような口調でそう教えてくれた。
何事もなく三人で退ける。
ブルペンに戻ってくると、ホールドゲットだぜ。と控えめにガッツポーズをしていた。
7回狛枝はフォークボールを決め球に、三者三振。
8回の戦刃はさらに凄かった。スピードこそないものの、直球がコーナーにズバズバ決まる。
加えて多彩な変化球をも操っていた。
「どうして彼女を先発させないの?」僕は訊いた
「スタミナが信じられないほどないからね。リリーフしかできないんだ」
七海は悔やむような口調でそう教えてくれた。
22: 2015/07/31(金) 10:04:26.97 ID:QhH6coXp0
9回、江ノ島。。常時150km後半の直球でゴリ押しするスタイル。見事、三者三振に打ち取った。
「さ、いこっか」
「行くってどこに?」
「勝利を讃えるためにかな」
歩き出した七海の後をついて行った。軽いハイタッチをナインと交わす。
数時間振りに見あげた空には、あちこちに散らばった星がきらきらと輝き
僕らの勝利を祝福しているようにも見えた。
「さ、いこっか」
「行くってどこに?」
「勝利を讃えるためにかな」
歩き出した七海の後をついて行った。軽いハイタッチをナインと交わす。
数時間振りに見あげた空には、あちこちに散らばった星がきらきらと輝き
僕らの勝利を祝福しているようにも見えた。
23: 2015/07/31(金) 10:04:59.23 ID:QhH6coXp0
お わ り
24: 2015/07/31(金) 16:11:11.48 ID:EuU1grflo
え?
25: 2015/08/02(日) 02:08:00.16 ID:A/ldIagXo
こんな中途半端に終わるとはどういうことだ?説明しろ>>1!
引用元: 七海千秋「プロ野球」
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります