1: 2011/11/23(水) 16:17:37.32 ID:okz7iWoAO
以前、VIPで投稿したSSです。
前篇 後篇 最終篇を全て再投稿しなおします。

【アマガミ】美也「にぃにー! あっさだよー!」【前編】
【アマガミ】美也「にぃにー! あっさだよー!」【後編】

ご付き合いください
アマガミ Love goes on!(1) (電撃コミックス)
2: 2011/11/23(水) 16:18:36.95 ID:If8wb+Z80
純一「う~ん、美也……ごめん。もう少し寝させてくれ…」

美也「もう、にぃに~! 今日はちゃんと起きなきゃダメだよ~!」

純一「え~……そこまで急がなくてもいいだろ……ふわぁ~…」

美也「なーにいってんの! 今日は終業式でしょ~。ほらほら、早く起きないとダメダメ」がばっ

純一「え、なに終業──うわぁっ!?」どさり

美也「にしししっ。みゃーもう朝ご飯食べちゃったから、にぃにも早く食べて支度してよねー」すたすた

純一「…………」ぼりぼり…

純一「……美也の奴、なんか変にご機嫌だなぁ……ふわぁ~…」

純一「……仕方ない、着替えるか」

純一「………………」

純一「え? 終業式?」

4: 2011/11/23(水) 16:24:01.36 ID:If8wb+Z80
ばたばた…!

純一「み、美也!? ちょっと待て!!」

美也「ん~? みは、はみはひひゅう~」しゃかしゃか

純一「見ればわかるよ! だ、だけどその前に美也……さっきなんて言ったんだ!?」

美也「がらがら……ぺ。もう、なににぃに……乙女が歯磨き中に話しかけるなんてマナーがなってないよっ」

純一「それは謝るから! それよりも美也、今日が何だって!?」

美也「へ? だから今日は終業式だよって」

純一「しゅ、終業式……? あ、あはは……美也からかうんじゃないよ」

美也「……なにいってんのにぃに? どっかで頭打ったの?」

純一「だ、だって……今日は十二月の中旬のはずじゃ……」

美也「もう、にぃに朝からからかうのやめてよ! みゃーだって忙しいんだからね!」すたすた…

純一「え、み、美也……!!」

純一「…………」

純一「こ、これはどういうことなんだ……!?」

6: 2011/11/23(水) 16:31:28.37 ID:If8wb+Z80
居間

純一 もしゃもしゃ…

純一「お。今日の運勢はなかなかだな……って違う!新聞で確認するのはここじゃないよ!!」

純一「今日の日付日付……あった!」

純一「…………………………」じぃー

純一「──とっくに新年度が始まってる……?」

純一「ま、まさか……これも美也が手の込んだ悪戯で…でも、昔の新聞ってわけでもなさそうだし…」

純一「っ………と、とりあえず登校してみよう。それで全てが分かるはずだ……っ」もしゃもしゃ

純一 ごくん

純一「よし、行くぞ!」

登校路

がやがや…

純一「──別に変わった所はないな……何時も通りの登校風景だ。
   みんな普通だし、普段通りに通ってる……」

純一「……。でも、美也が言ったことが気になるな……特に不自然な所は無かったし、
   だけど、なんだろう……」

8: 2011/11/23(水) 16:32:38.12 ID:If8wb+Z80
純一「なんだか、僕だけ違う所にいる感覚がする……なんだろうコレ」

純一「まるで、僕だけ外れているような───」

「よぉー!大将ぅ!」

純一「あ、梅原……」

梅原「ようっ。今日も朝から寒いね~……こうも寒いとブリが甘みが乗って美味しい季節だぜ……って」

梅原「──大将? なんだよ、今日は朝からやけに湿気た顔してんなぁ」

純一「ま、まぁね……ちょっと色々あってさ」

梅原「ふーん、そうか。色々か」

純一「……なぁ梅原。一つ聞いても良いか?」

梅原「んだよー。俺とたいしょーの仲で、そんな気遣いいらねぇっての」

純一「……本当にか? 馬鹿にしないか?」

梅原「しねぇーよ、どんと来い!」

純一「……。今日ってなんの日だか僕に教えてくれないか」

梅原「…………」

純一「…………」

10: 2011/11/23(水) 16:33:43.34 ID:If8wb+Z80
梅原「──大将、頭大丈夫か?」

純一「…………」すたすた…

梅原「ちょ、たいしょー! 歩くの早いって!」

純一「…………」すた…

梅原「はぁ…はぁ…いや、すまん。まさかお前からそんなことを聞かれるとは思ってなくてよ…」

純一「だから先に言っただろ。馬鹿にしないで聞いてくれるかって」

梅原「はぁ……まぁ、そうだが。俺はもっと別のことだと思ったからよ……」

純一「別のこと?」

梅原「……いや、お前さんがなんとも思っちゃーいないんだったら、それでいいんだ。
   俺がとやかく言う必要はねぇ……でもよ」

梅原「急になんだってんだ。今日が何の日かだなんて聞いてくるって」

純一「……まぁ、僕だって変な質問だって思ってるよ。
   でも、ちょっと朝から気になることがあるんだ」

梅原「気になること? なんだよそれって──」

「おはよう、梅原くん!」

梅原&純一「へ?」

12: 2011/11/23(水) 16:34:29.69 ID:If8wb+Z80
「今日も朝から寒いね~……──ってあ……」

純一「も、森島先輩……っ!」

森島「っ………」びくっ

純一「……?あ、あの先輩……?」

森島「……橘くん…居たんだ」

純一「え、あ、はい……いましたけど……?」

森島「う、うん……橘君もおはよう!」

純一「おはようございます……」

純一(な、なんだろう……この森島先輩の感じ。
   まるで僕と会ったらまずいみたいな……)

梅原「──森島先輩、おはようっす。今日はおひとりで登校っすか?」

森島「…………え?あ、そうなの。今日は響ちゃんが部活で早めに登校しててね…」

梅原「そうなんっすか~……そしたら今日は途中で合流な感じっすか?」

純一(合流…? 森島先輩って塚原先輩以外と登校してるのみたことあったっけ…)

14: 2011/11/23(水) 16:35:14.79 ID:If8wb+Z80

森島「──うん、そうなの。これから会うつもりなの」

梅原「そうなんすかぁ~……かぁー! 良いっすねー!
   んじゃ! 俺らはお邪魔にならない様……この辺でおいとまさせていただきます!」

梅原「行くぞ橘っ!」だっ

純一「え、う、うん……あ、それでは先輩。また会えたら……っ!」

森島「………うん、会えたら」

たったったった……

梅原「……」たったった

純一「──お、おい梅原……!!脚早いって……!!」たったった

梅原「──よし、この辺までくればもう、見えないだろ」

純一「はぁっ…はぁっ……なんだよ、梅原……急に走り出して……!」

梅原「……大将の為だろ。それに俺だって見たくなしな」

純一「ぼ、僕の為……? なんだよ、森島先輩から離れることが僕の為っていうのかっ……?」

梅原「何言ってんだよ、橘。それとももう、ふっきれたとでも言うのかよ。
   ……そしたら大将、俺はお前を心から称賛するけどな」

純一「……?」

16: 2011/11/23(水) 16:35:55.87 ID:If8wb+Z80

梅原「──でも、俺はお前がそういう奴じゃないって知ってるつもりだ。
   だから変に強がったりすんなよ、本当に」

純一「……梅原、ごめん。僕はお前が言ってることが全然理解できてないよ」

梅原「……それ、本気で言ってんのか?橘?」

純一「うん、本気で言ってる」

梅原「……。そうか、どんなつもりでそんなこと言ってるんだがわからねぇけどよ、
   少しここで待ってみろ。それなら否応にもわかるはずだ」

純一「ここで? 校門の前じゃなくて?」

梅原「ここでだ。俺も一緒にいてやるから」

純一「……わかった。待ってみるよ」

梅原「…………」

数分後

梅原「──ほら、来たぞ大将」

純一「え、ああ、森島先輩のことか───……え?」

18: 2011/11/23(水) 16:37:01.01 ID:If8wb+Z80
「──あはは。森島先輩は───」すたすた

「──ふふ、だって今日は──」すたすた


純一「なっ……」


「──今日は何処か一緒に──」すたすた

「──ええ、そしたら牛丼──」すたすた


純一「…んだアレ……まるであれじゃ……」


「──いいですよ、そしたら放課後に……あ──」

「──決まりねっ! じゃあ放課後に……っ──」

純一「…………」

「……おはようございます、橘先輩」

純一「なん、で君が……」

樹里「なんでもないでしょう。僕はこの人の隣にいる資格がある」

森島「………」

純一「森島先輩……?」

20: 2011/11/23(水) 16:37:32.56 ID:If8wb+Z80
森島「──ごめんね橘君、今日は急いでるから……」

純一「えっ……先輩?」

森島「っ……行きましょ、路美雄君!」

樹里「ええ、行きましょう──では、これで」すたすた

純一「ちょ、ちょっと待ってせんぱ──」がっ

梅原「大将」

純一「は、離せよ梅原ッ! 僕は先輩と──」

梅原「大将っ! しっかりしてくれ!」

純一「っ……僕はしっかりしてる!! でも、これは……!!」

梅原「いいや、俺には大将がしっかりしているようには見えないぜ。
   だから、ここでお前さんの肩から手を離すことはしない」

純一「梅原……っ!」

梅原「行くな橘。言ってどうする、なにを言うつもりだ?なにを聞くつもりだ?」

純一「それはっ……!」

22: 2011/11/23(水) 16:39:21.05 ID:If8wb+Z80
梅原「なりそめを聞くのか? どうやって付き合ったのか聞くのか?
   あの二人の前に言って、お前はなにをするつもりなんだよ」

純一「……………」

梅原「──もう諦めろよ、橘。もうお前さんが森島先輩の前に行くのは、見てるこっちも辛い。
   ダチとして、同じ男として──やめてくれ、そういうのは」

純一「……梅原──」

梅原「……なんだ、大将」

純一「…………」

梅原「…………」

純一「──一回、僕を思いっきり殴ってくれないか……」

梅原「…………」

梅原「……はぁ、わかったよ。それで大将が気が済むなら……いくらでも殴ってやる」

純一「一回でいいからな……でも、手加減なしだ」

梅原「おう、気合入れろよ」

24: 2011/11/23(水) 16:40:37.12 ID:If8wb+Z80
がつん!

純一「っつ……!!」

梅原「……いやなに、初めて人を殴ったけどよ。いてーのな、こっちも」

純一「たぶん、殴られた方が一番痛いと思う……」

梅原「ちげーねぇや。それで大将、気が済んだか?」

純一「……ああ、これが夢じゃないって事がやっとわかった」

梅原「そうか……気をしっかり持ってくれ大将。
   俺はもうあの時の大将は観たくないからな」

純一「ああ、わかった梅原……」

梅原「……本当に大丈夫か?顔色が悪いぞ、保健室行くか?」

純一「いや、大丈夫だよ……はやく登校しよう」すたすた……

梅原「大将……」

教室

純一「…………」

純一(先輩に──彼氏……)

純一(あんなに楽しそうに笑って、僕とは違う人と会話して……)

純一(僕だって──あんなに笑った先輩の顔、見たことなかったな……)

純一「ずず……っ!?」

純一(や、やばい……教室で泣きそうだ……!!
   クラスのみんながいるのに、泣いたら変に思われる……っ)がたっ

26: 2011/11/23(水) 16:42:05.05 ID:If8wb+Z80
純一(トイレに行くか……周りにばれないうちに、特に梅原とか──)

純一(──薫とかに、見つかったら……!!)

純一「……ってあれ…? 薫……?」

純一「そういえば、まだ薫の姿を見てない──」

がらり

高橋「ほらー。朝のhrはじまるわよー」

純一「あ、もうそんな時間か……」

高橋「こら、橘君。なにぼーっとつったってるの!
   もうチャイムが鳴ってますよ」

純一「あ、はい……あの先生!かお……棚町さんがまだきてませんけど…!」

高橋「……。そうね、それは後で私から説明するわ──今は、とにかく座りなさい」

純一「は、はい……」がたん

純一(説明……?いったいなんのだろう……?)

高橋「それではhrを始めたいところですけど──今日は皆さんに報告があります」

高橋「──本日をもって、棚町 薫さんは転校することになりました」

純一「え……?」

28: 2011/11/23(水) 16:43:03.86 ID:If8wb+Z80
高橋「突然の話──ということでは、ないようだけど。皆さん知ってると思いますが、
   棚町さんは油絵の出品会で特賞を取ったことで、とある外国の学校に行くことが決まってました」

高橋「まさか突然、今日転校となるとは私も予想だにしなかったから……このような急な報告となってしまったわ」

純一「っ……!!!」がたん!

高橋「きゃ……た、橘君っ? 急に立ち上がってどうしたの?」

純一「た、高橋先生……っ!? そ、それは本当のことなんですか……っ!?」

高橋「え、ええ……そうよ──でも、君は前もって棚町さんから言われてたはずじゃなかったの?」

純一「え……」

高橋「そもそも私も貴方から聞いて──橘くん? 顔色が悪いわよ──」

純一(なん、だっていうんだこれは……薫が転校…? 外国へ行く…? 絵が受賞した…?)

純一「あっ……田中さんっ!!」

田中「へっ!? あ、なにっ? 橘くん……?」

純一「田中さんは薫が転校するの知ってたの!?」

田中「えっ……何を、言ってるの橘くん……?」

田中「そもそも──薫が転校するって事は、橘君が言ってくれたことじゃない」

純一「な、んで……そん、な……僕は……」

田中「そ、それに……つい一昨日ぐらいに、梅原君とか伊藤さんとかで一緒に祝った……と思うんだけど」

30: 2011/11/23(水) 16:44:13.27 ID:If8wb+Z80
純一「……………………」

田中「え、私間違ってるかな……? あ、あと……橘君は薫から別れのプレゼントって絵をもらってるはずだし……」

梅原「──ああ、あってるよ田中さん。俺もそこにいたしな」

純一「う、梅原……」

梅原「大将……いや、橘。今日はどうしたんだ、とりあえず落ち着けって」

純一「で、でもこれって……っ!!僕は何も知らなくて……!!」

梅原「……今朝からどうも様子がおかしいと思ってたんだが、ここまでとは……橘。
   とりあえず保健室に行くぞ。少しそこで寝て休め」がた…

純一「う、梅原……!!僕はおかしくなってないっ!ちゃんと正気だよ!?」

梅原「何処がだよ。俺にはお前がおかしくなったとしか見えないぞ、ほら行くぞ……」

純一「や、やめろ……っ!!僕は……っ!!」

梅原「な、抵抗するなって……!!なにやってんだよ本当に……!」

「──今は、hr中よ。二人とも」

絢辻「騒ぐのやめてちょうだい。梅原君も、橘君も」

純一「っ……あ、絢辻さん…!」

絢辻「先生、私が橘君を保健室に連れて行きます。後は引き続き、hrを続けてください」

高橋「え? ええ、わかったわ……後はよろしくお願いします、絢辻さん。
   ……あと橘君も、ちょっと落ち着いてから終業式にでなさい」

純一「…………はい…」

絢辻「──ほら、行くわよ橘君。ちゃんと前を向きなさい」

32: 2011/11/23(水) 16:45:41.87 ID:If8wb+Z80
純一「………」すたすた…

がらり ぴしゃ

絢辻「…………」

純一「…………」

絢辻「なに、めそめそと泣いているの橘君」

純一「え……?」

絢辻「──良いわね、そんな風に感情を外に出せて。羨ましい限り」

純一「あ、絢辻さん……?」

絢辻「──私は、あの時は何も吐き出せれなかったのに……」

純一「さっきから、なにをいって……」

絢辻「─────。さて橘君、さっそく保健室に行きましょう。
   だめよー、ちゃんと寝なきゃ! そうしないと直ぐに気疲れしちゃうんだから!」

純一「え、あ、うん……」

絢辻「大丈夫、そこまでたいしたことじゃないわ。私だって、全然寝なくて変なテンションに
   なっちゃって……深夜の寒い中、野生の鹿と小一時間戯れたこともあるわ」

純一「あ、あはは……それは流石に冗談だよね……?」

絢辻「冗談よ。……んじゃ元気出たみたいだし、保健室行くわよ。それでとりあえず、
   後で高橋先生と、梅原君……それと田中さんに謝っときなさい」

純一「……うん、わかった……ありがとう、絢辻さん」

絢辻「ううん、別にいいのよ。これが私だもの」

純一「え、うん……そうだね。それが絢辻さんだよ」

絢辻「……。それじゃ行きましょう」

34: 2011/11/23(水) 16:46:40.66 ID:If8wb+Z80
保健室前

絢辻「それじゃあ、私は先に戻っておくわね。ちゃんと寝る様に!」

純一「……うん、わかったよ」

絢辻「一時間ぐらいしたら梅原君に、貴方を起こしに来るよう伝えておくわ」

純一「うん、ありがとう……色々としてくれて」

絢辻「いいのよ。だってクラスの委員長だもの」

純一「あはは……それも最後だけどね」

絢辻「そうね、それじゃ」すたすた…

純一「また、後で」

純一「………。なんだろう、絢辻さん……僕が思ってた印象と大分変わったような…」

純一「昔はもっとこう、ちゃんと人を見てたような気がする……」

純一「……」

純一「……本当に、なんだっていうんだ……僕、本当にどうにかなってしまいそうだ…」

36: 2011/11/23(水) 16:47:35.72 ID:If8wb+Z80
昼休み

純一「はぁ~……」

純一「……梅原や田中さん、高橋先生は謝ったら許してくれた……でも」

純一「……僕は、確かに正気なんだ……」

純一「ちゃんと昨日までの記憶だってある。みんなと仲良く会話して、放課後会ったり、
   お昼ご飯食べた時のメニューだって覚えてる……」

純一「──なのに、僕が記憶しているのは……去年の十二月中旬まで」

純一「どうなってるんだ……本当に、僕が一体なにをしたっていうんだよ………」

純一「周りも変わってしまってるし、薫も……そして、森島先輩、も…………」

純一「………だめだ…考えても、なにもわからない……本当に、気が狂いそうだ………」

純一「……ってあれ?あれは──」

テラス

純一「おーい、美也……」

美也「……あ、にぃに…」

純一「こんなところで、なにをしてるんだよ……弁当を食べてる様子でもないし」

美也「うん……食べるつもりだったんだけどね…。ちょっとあってさ」

純一「……どうしたんだよ? 朝はあんなに元気だったじゃないか……」

美也「……うん。そう、なんだけど…………」

純一「……とりあえず、にぃにとして妹の話は聞くぞ?」

美也「………本当に?」

純一「お、おう……どうしたんだよ。今日、なにかあったのか?」

38: 2011/11/23(水) 16:49:13.83 ID:If8wb+Z80
美也「ううん、するつもりだったの……今日はみんなで久しぶりにご飯食べるって約束してて…」

純一「みんな? すると……七咲とか、中多さんとか?」

美也「うん……でも、それがだめになっちゃってさ……こうやって一人でテラスにいるんだ」

純一「だめになったって……あんなに仲良かったじゃないか。断られでもしたのか?」

美也「…………」

美也「……ねぇ、にぃに。最近、紗江ちゃんと会ったことある…?」

純一「中多さん?──え、最近……っていうとその……」

純一(それは、僕が聞きたいよ……〝最近〟って言葉がこんなに怖く感じるなんて……)

美也「……とりあえず、みゃーは最近、紗江ちゃんのこと見てないよ」

純一「お、おいおい……見てないって…同じクラスだろ?」

美也「………出てないの、最近」

純一「え?」

美也「だから……紗江ちゃん、授業にでてないの」

純一「ば、馬鹿言うなよ……! あの中多さんだぞ!? お利口さんで、可愛らしい中多さんが授業サボるなんて……っ!」

美也「……みゃーもそう思う。でも、そう思ってたのは去年まで…」

純一「……どういうこと、だよ…」

美也「知らないの? けっこう輝日東高では有名だと思うよ……アニメ研究部…しらない?」

純一「アニメ、研究部……?」

美也「うん……そこに入ってから紗江ちゃん、色々と変わっちゃって……今はみゃーともそんなに話すこともないよ…」

純一「え、そんなわけ……だってあんなにも美也と仲良しだったじゃないか…」

40: 2011/11/23(水) 16:50:36.96 ID:If8wb+Z80
美也「…………そうだね、ほんとに仲良しだったのに…どうしてこうなったんだろ」

純一「今日も、中多さんはきてないのか……?」

美也「うん……今日は来るって、昨日、街で会った時に言われて……久しぶりに紗江ちゃんと喋って嬉しかったのに……」

純一「……………」

美也「でも、今日はきてないんだよ……全然、姿も見てない……たぶんだけど、またあの男の人たちと一緒に出かけてるんだ…」

純一「お、男の人たち……?」

美也「アニメ研究部の人……はぁ、でもみゃーはちょっとこんなことになるって思ってはいたんだよ、にぃに…
   だから、そんなに悲しそうな顔しないでね」

純一「……そうか」

美也「だって、本当に最近は……みんなとおしゃべりできてなくて…逢ちゃんとも最近は喋ってないし」

純一「七咲ともか?」

美也「……逢ちゃんは部活が、ね。色々と最近、不調が続いてるみたいで……それで塚原先輩が付きっ切りで練習してるみたい。
   だからみゃーも誘いにくくて…」

純一「そうか、七咲……部活頑張ってるんだな…」

純一(……本当に、これはどういうことなんだ……みんな、みんな変わってしまってる……
   もう、僕が悪いのだろうか……この僕がいること自体が、存在してるのが悪いのかな──)

美也「………」じっ

純一「……ん? どうした、急にこっちみつめて…」

美也「ねぇ、にぃに」

純一「なんだよ、どうした?」

美也「……にぃには、離れていったりしないよね?」

純一「ば、馬鹿なこと言うなよ……僕が美也の前からどっかいくなんてありえるか?」

42: 2011/11/23(水) 16:52:04.42 ID:If8wb+Z80
美也「──そうだけど、そうなんだけど……でも、みゃーはそう思って……
   みんなと離れ離れになりつつあるよ……こうやって、一人でご飯を食べてるよ……」

純一「美也……」

美也「──お願いにぃに。にぃにだけは、にぃにだけでも……みゃーから離れないでね」

純一「あ、ああ……わかった。と、とりあえず……一緒に飯食べるか?」

美也「……うん」

放課後・廊下

純一「………………」すたすた

純一「……………」すたすた

「──ねぇ、昨日のmステみたぁ?」
「──みたみた、でてたよねぇ!すごーい!」

純一「…………」すたすた…

「──おんなじ学校の子がでてるって本当に凄いよね!」
「──そうそう!だって私と同じクラスのあの子がだよ!」

純一「………」すた…

「──そうだよねぇ!だってあの─」
「──梨穂子ちゃんが……」

純一「っ!……」

純一「ちょ、ちょっとそこの……!」

女の子A「え……なに、どうしたの?」

純一「い、いま……梨穂子の名前言わなかった…ッ!?」

44: 2011/11/23(水) 16:53:40.06 ID:If8wb+Z80
女の子A「え、うん……言ったけど」

女の子B「誰、この人……?」

女の子A「しらないよ…」

純一(そ、そうだよ……っ!梨穂子が居るじゃないか…!
   僕と幼馴染の、あいつなら……アイツなら何も変わってなんか…!)

純一「かわって……」

純一「……君が、その、持ってる奴、なに…?」

女の子A「……これ? これはあれだよ、今大ブレークの桜井リホのcdだけど……」

純一「CD……?桜井、リホ……?」

女の子B「ね、ねぇ……なんか怖いよこの男子……」

女の子A「う、うん……えっと…それだけかな…?」

純一「え……うん……ごめん…」

女の子A「……それじゃ、いこっ」たったった…

女の子B「うん……なんだろね、あの人──」だっだっだ…

女の子A「わかんないよ──」たったった……

純一「………………」

純一「………なに、が…もう……僕、は…」

46: 2011/11/23(水) 16:55:23.10 ID:If8wb+Z80
>>43
いーもばいるで連投できないんだ…
他に対策あるのかな…ぐぐってもわからん

48: 2011/11/23(水) 16:59:23.53 ID:If8wb+Z80
純一「………………」

純一「…………」

純一「……」

純一「…」

純一「────────」

公園

純一 ふらふら…

純一「………」

純一「……ベンチ、……」すとん

純一「……………」

純一「…………」

純一「みんな…みんな、変わってしまった…僕が知らないうちに、全てが僕から遠ざかってしまっていた…」

純一「僕の、僕の知らない数日間で……なにもかも、僕の手が届かない場所に…みんな、みんな……」

純一「森島先輩も……薫も、絢辻さんだって」

純一「中多さんも……七咲も…そして、梨穂子も……」

純一「僕の知らない、僕の知ってない彼女たちになってた……でも、これが現実で……」

純一「僕だけが、違う現実………」

純一「ッ……どういうことなんだよっ……僕は、僕はただ…っ!!」

純一「あの時のっ……あの時のことを忘れようと、忘れようと……した……だけ、なのに……」

純一「しただけ……なのに……」

純一「…………」

50: 2011/11/23(水) 17:01:03.53 ID:If8wb+Z80
純一「……僕は、おかしいのだろうか」

純一「独り、知らない場所にいて……知らない現実を知って……」

純一「こうやって……なにもかもしらない自分が……全て悪いんだろうか…」

純一「彼女たちの……色々な部分をすっかり忘れてる自分が、自分が……僕が…」

純一「忘れてしまってる……僕が……」

純一「……居なくなってしまえばいいのだろうか……」

純一「………………」

純一(──僕だけが間違ってる。みんなが合っていて、僕だけが外れている)

純一(──みんな色々な考えを持って、今を生きているのに……僕は違ってしまっている)

純一「…………」すっ…

純一「…………」すたすた…

純一「……」すた…

純一「……もう、もう……だめだ。耐えきれない、僕は……僕はこうやって一人でいるのは…」

純一「もう、無理だよ……」

純一「もう、ここから逃げ出したい……僕は無理だ……」

純一「忘れよう……全部、全部しらないことにして……僕はもう、いなくなればいい……」

純一「……」

純一「……そうだよ、そうすれば……例えば、ここから……ちょっと踏み出せば…ここからでも──」

純一「──ここから、居なくなれる……」

52: 2011/11/23(水) 17:02:49.93 ID:If8wb+Z80
純一「もう、なにも後悔なんてない……全部終わってしまったんだから……そう、全部」

『……にぃには、離れていったりしないよね?』

純一「ッ……ごめん、美也……僕は、約束は守れそうに……」

純一「……ないよ」

すっ……



ばきっ!

純一「──……ん?ってうぉおおお!? なんか急に乗り出そうとした柵が折れ──」どしん

純一「あたた……なんだ急に、こんなに柵ってもろいものなのか……?」さすさす…

純一「………」さす…

純一「──なんだ、これ?」

純一「ベンチの下に……手紙…?」

純一「…………」きょろきょろ

純一「……誰かの落としものって訳じゃないよな──」ぺら

純一「──え? なんで……」

橘 純一様へ

純一「ぼ、僕の名前が書いてあるんだ……?」

純一「………」

純一「……読んで、みるか…?」かさかさ…

純一「でも、誰か僕と同じ同姓同名の人のやつかも……」かさ…

54: 2011/11/23(水) 17:06:16.72 ID:If8wb+Z80
純一「…………っ」


純一「……読んでみよう」かさっ

『橘 純一様
必要なことはまだ残っています。
なんでも諦めてはだめです。
無知に囚われてはだめです。
頑なな勇気をもってください。
貴方は失ってはいません。
             金の仮面より』

純一「………」

純一「なんだこれ……と、とにかく僕を勇気づけたいってことはわかったけど…」

純一「──でもまてよ、これって僕の境遇をわかっているってことじゃないか……!?」

純一「まるで……僕がここにくることが分かってたのかのように、手紙が置いてあって……」

純一「それに、この内容だ……」

純一「…………」

純一「……とりあえず、今日は帰ろう……美也も心配しているはずだ…」

自宅

純一「ただいま……」

美也「あ、にぃに。おそかったねー」

純一「あ、うん……ご飯もう食べたのか?」

美也「ううん、今日はにぃにと一緒に食べようって思って待ってたんだよ~」

純一「…………」

美也「ま。それだけ待った分……みゃーはにぃにからおかずをもらう予定だけどね~にししっ!」

純一「……美也…」すたすた…

56: 2011/11/23(水) 17:08:07.35 ID:If8wb+Z80
美也「んー? どうしたのにぃ──ってきゃっ」

純一「…………」ぎゅ…

美也「……にぃに? ちょっと、いたいよ…」

純一「──ごめん、美也……僕、僕……どこにも行かないからな……っ」

美也「………にぃに? 泣いてるの?」

純一「…………」ぎゅう

美也「……ふぅ、ほーらにぃに…泣かないの。よしよし~」

部屋

純一「…………」

純一「──晩飯も食べた、風呂も入った、美也とゲームして遊んだ。
   よし、これは僕が知ってるいつもの日常だ」

純一「確かに学校での事はみんな不思議なことだった。
   みんながみんな、知っていることを知っていて」

純一「僕だけが知っていることを──知らない」

純一「それが如何に変だっていうことは……もう、理解した」

純一「それに囚われて……僕は色々と間違った所に行きつこうとしたかもしれない」

純一「…………」

純一「でも、それはもう大丈夫だ」ばん!

純一「──この手紙、そう、この手紙だけが僕の違和感の証明だ……」

純一「これだけが、僕の命綱。僕が正気だっていう理由だ」

58: 2011/11/23(水) 17:09:26.96 ID:If8wb+Z80
純一「もう少し、ちゃんと読んでみよう

純一「必要なことなことが残っている……どういうことなんだろう?」

純一「これは僕にとって必要なことなんだろうか……それとも、他の人?」

純一「……出来れば僕のことであってほしいな。今は必要なことだらけだ」

純一「なんでもあきらめてはダメ……うん、これは本当にそう思う。
   でも、僕は……これから何に対して頑張ればいいのかわからない…」

純一「無知に囚われては駄目……これは僕が知らないことを知るべきってこと?」

純一「……とりあえず、色々と頑張ってみるか」

純一「頑なな勇気……なんだろう、頑張ることに対してエールをくれたのかな……」

純一「……そして最後、僕は何も失っていない──」

純一「……そうかな。僕はもう、全部を失った気がするけど……」

純一「…………」

純一「……駄目だッ!こうクヨクヨしてちゃまた美也に慰められてしまうっ!」

こんこん!

「にぃに! ちょっとうるさいよー!」

純一「あ、ごめん美也……もう少し、声小さくするよ……!」

「そうしてー」ぱたぱた…

純一「……ふぅ、そしたら。まずは分かりやすい所から行こう」

純一「──この手紙が、僕の違和感を打開するヒントとなる……と僕は思っている」

純一「だから、この手紙に書かれていることを読みとって……」

60: 2011/11/23(水) 17:10:45.20 ID:If8wb+Z80
純一「僕は、見つけるんだ」

純一「どうしてこうなったのかを、そして、僕がなぜ記憶が無いのかを」

純一「──金の仮面、ありがとう。どこだれだかわからないけど、僕は君を信じてみるよ…!!」

「にぃに!」どんどん

純一「ご、ごめんっ!」

数十分後

純一「……うーん、別に僕は日記を付けることはなかったしなぁ…これといって、
   忘れていた期間のことなんか分かるものが無いよ…」

純一「…………」

純一「……とりあえず、テレビでも見るか…」ぱちん

『今日は人気絶好調のアイドル──桜井リホちゃんにゲストできていただきましたァー!』ワァー!キャー!

純一「!?」

『はぁ~い! みなさんこんばんわぁ~。今日も元気にいきたいとおもいまぁす☆』

純一「り、梨穂子……!?」

純一「こ、これってあの人気アイドルしかでれないゴールデンタイムの番組じゃないか……っ!」

純一「そ、そんなに人気があったのか……凄いな、梨穂子……なんかぶりっこぶってるけど…」

『それでそれで、リホちゃんはKBT108から突発的に人気を博し、既にソロでの活動を始めているということですが!』

『えへへ~……そうなんですよぉ。一人でも、みんなが応援してくれたら本当にうれしいで~す☆』

ウワァーキャーヒューヒューリホチャーンハカワイイナァー

『うふふ~。みんなありがとぉ~!大好きだよ~!』

ウワァアアアアアアアアアアア!!!!──ピッ

62: 2011/11/23(水) 17:12:23.00 ID:If8wb+Z80
純一「な、なんかすごかったな……」

純一「……冷静になってみると、ちゃんと梨穂子も頑張ってあそこにいるんだよな…」

純一「……僕も梨穂子に見習って頑張らないと」ちら

純一「……ん? あれは──」ばっ

純一「………これは、油絵?」

純一「なんでこんなたいそれたものがここに───」

『──橘君は薫から別れのプレゼントって絵をもらってるはずだし……』

純一「ああ、そうか……これが、薫の絵なのか…すっごく上手いな」

純一「……まるで、有名な画家が描いたようだ」

純一「……でも、僕はこれを知らないんだ」

純一「──僕は、僕はどんな気持ちでこれをうけとったんだろう……
   悲しかったのかな。嬉しかったのかな……」

純一「……全然、覚えてないや……」

純一「…………」

純一「───…覚えてない、それでいいのだろうか」

純一「それだけで、僕は単純に薫と別れることができるのか……?」

純一「…………」

純一「僕は……僕は、決してそんな奴じゃないはずだ」

純一「忘れている期間の僕の気持は……決してないがしろにしてはいけないはずだ。
   そう、それは──」

純一「──僕が忘れてはいけない、必用なこと」

64: 2011/11/23(水) 17:13:43.91 ID:If8wb+Z80
純一「っ……!」だだだだ!

純一「………っ!」ぴっぴっぴ……

とゅるるる……

純一「出てくれ……まだ、外国なんて行ってないだろ……!」

純一「お前なら、最後の最後で……いっちょかましてくれるはずだ!」

純一「だから──お前はまだ、どこにもいってないだろう薫……ッ!!」

かちゃ

純一「薫!?薫か!? 薫なのか──ってか、薫のおばさん……?」

純一「え、あ、はい……夜分遅くにすみません……ええ、いや!違います!
   薫になにかあったワケじゃなくてでですね!!───……」


ファミレス前

純一「……うん、どうにかここにこれたよ…。
   薫のおばさんには迷惑をかけてしまった……」

純一「……ここにきてるのか、薫。
   まだバイトって訳じゃなさそうだけど」

純一「もうちょっと、ここで待ってみるか……」

数分後

「では、いままでありがとうございましたぁ~」がちゃん

純一 すぴー すぴー

「はぁー……やっぱり別れのあいさつっては疲れるわぁ~ってうおっ!?」

純一 すぴ~ むにゃ…

66: 2011/11/23(水) 17:15:43.56 ID:If8wb+Z80

薫「あ、あんた……ここでなにやってんのよっ?」

純一 ぐか~……

薫「って……寝てんの?まじで?」

数分後

純一「──う、う~ん……むにゃ……さむッ!?え、なんで僕、外にいんの!?」

薫「それはコッチのセリフよ──ばか純一」

純一「え、あ、薫……?」

薫「はぁーい。薫さんですよー……ほら、コーヒー。あったかいわよ」ひょい

純一「お、おう……ありがとな」

薫「結構よー……お代はきっちり後でいただきますからっ」とす

純一「それはまた、きっちりしてることで……」かしゅ

薫「ふふ、それはもう健気小町として有名ですから~」

純一「……程遠い名称だぞ、これとは」

薫「そう? いいじゃない、べつにどうだって」

純一「お前は相変らずだな……」

薫「なによー。あんただって、今日の今日まで会いに来なかったくせにー」

純一「そ、そうなのか……?」

薫「そうなのかって……そりゃまぁ、確かにお別れパーティやったけどさ。
  それでもファミレスとか、色々と会いに来ないって友達としてダメだと思わないの?」

純一「そう、だよな……確かにそうだ」

68: 2011/11/23(水) 17:16:48.76 ID:If8wb+Z80
薫「ったくー。そんな風に思ってれば、変なタイミングで現れるし……しかも爆睡して」

純一「それはちょっと理由があってだな……!!」

薫「はいはい。アンタのくだらない言いわけなんて聞きたくないわよ……
  それよりも、どうしたの急に」

純一「えっと、それは……」

薫「こうやってわざわざファミレスまで……探しに来たみたいだし。なにかあたしに用があったんじゃないの?」

純一「……………」

薫「……なによ、言えないこと?」

純一「──いや、そういうことじゃない、んだが……うん…」

薫「もうっ、はっきしないわね。しゃきっとしなさい!しゃきっと!」

純一「え、お、おはぁっ! ちょ、薫……っ! 首に手を入れんなよ……冷たい!!」

薫「ふふー! なに可愛らしく抵抗しちゃってんのよ~ ほれほれ~」こしょこしょ

純一「や、やめろって……そこは本当にだめだって──あはははははは!!!」

薫「相変らず背中弱いのねアンタ。それー」こしょこしょ

純一「ひゃひゃひゃ!わ、わかったから……言うから薫、や、やめて…あははは!!」

薫「ほんとにぃ~? 嘘だったらしょうちしないわよ~?」こしょこしょ

純一「う、うそついてんどうす、あははは!!!」

薫「んじゃ、おーしまい!」

70: 2011/11/23(水) 17:19:18.74 ID:If8wb+Z80
純一「ははは……はぁ、なんだかどっと疲れが……」

薫「この薫さんと肩を並べるんだから、それぐらいどうってことないでしょ?」

純一「うん、まぁな……」

薫「──それで、どうしたのよ純一」

純一「………」

薫「話してくれるんでしょ。ほら、早く」

純一「それは、だな……」

薫「うんうん」

純一「……お前の、転校のことなんだが……」

薫「転校?──それはまた今さらながらの話ね。それでそれで?」

純一「……えっと、あの……」

薫「うん?」

純一「それだけ、かな……?」

薫「…………」

純一「…………」

薫「………」

純一「………薫?」

薫「はぁああ!? え、それだけなの!?」

72: 2011/11/23(水) 17:22:33.45 ID:If8wb+Z80
純一「え、うん……それだけだけど…?」

薫「なによーまったく……変にもったいぶるから、もっと凄いことだと思ったじゃない!」

純一「なっ……なんだよ、お前が転校するんだぞ!? これのどこか凄いことじゃないんだよ!」

薫「……ねぇ、純一。あたしからも聞きたいんだけどさ」

純一「な、なんだよ……」

薫「なんで、あたしが……あんただけにしか、転校するってこと言ってなかったと思う?」

純一「そ、それは……その、悪友だからか?」

薫「ちっがーうわよ。ほんっとあんたってばかよね」

純一「ば、ばかっていうなよ!」

薫「ばかよ、ばか。本物のばか」

純一「……そこまで言わなくてもいだろ別に……」

薫「すねないすねない……本当のことなんだから、今は黙って聞きなさいって」

純一「……わかった」

薫「あたしがね、純一にしか転校する事をいってなかったのには理由があったの。
  ……まぁ、今はアンタが色々と言いふらかしてみんな知ってるけど」

純一「ま、まあそうだな……ごめんな薫」

純一(それら一切、僕は知らないけど……)

74: 2011/11/23(水) 17:23:55.06 ID:If8wb+Z80
薫「いいのよ、別に。あたしもあたしで馬鹿だったし、アンタが気をまわしてくれた
  おかげで……色々とスッキリ出来たしさ。そこは感謝してる」

純一「お、おう……」

薫「──でも、それと一緒にちょっと恨んでる」

純一「え……?」

薫「──ねぇ、なんであたしが絵を描き始めたのか知ってる?」

純一「えっと、知らないな……うん」

薫「でしょうね。ちゃんと言ってなかったし、言うつもりもなかったけど」

純一「おい」

薫「いいじゃないの。これから言うんだからさ」

すっ……

薫「んん~!……あのね、今日はちょっと薫さん……色々と溜めこんでたの、
  すっごく頑張ってアンタに告白するわー!」

薫「──ちゃんと聞いててね、純一」

純一「……わかった。ちゃんと聞いておく」

薫「てーんきゅ。あのね……純一、あたしはアンタが好きでした!」

純一「おう……ってえええ!?」

薫「ふふん、驚いてる驚いてるっ」

純一「え、でもおま……本気でか?」

薫「だから、言ってるじゃない。棚町 薫は──橘 純一が好きで好きで、
  本当に好きでたまりません──でした。ってね」

76: 2011/11/23(水) 17:25:22.21 ID:If8wb+Z80
純一「……おう。そうか」

薫「それでねー……確かにあたしは、アンタに振り向いて欲しかった。
  色々と頑張ったけど、やっぱり友達っていう関係は壊せなかった」

純一「…………」

薫「色々と頑張ったのよ? いきなり抱きついたりとか、耳噛んでやったりとか…
  アンタは全然、なにも感付いてくれなかったみたいだけどね~」

純一「そう、か……」

薫「そんでもって、絵なんか始めちゃってさぁ~……これもまた動機が不純!
  ただただ、凄いあたしをアンタに見せつけてやるだけって話なのよ」

純一「……確かに、薫は凄いと思う。それは認めるさ」

薫「ふふん、てーんきゅ。
  ──でもね、それじゃダメだった。むしろ悪化してた」

薫「アンタとは距離が離れて行く一方だし、こっちはこっちでなんか受賞しちゃうしさ」

純一「…………」

薫「──だからそのうちに、あたしの心も色々と覚えちゃったのよ。
  堪える方法とか、忘れる方法みたいな感じでさ」

薫「そうやって頑張ってるうちに──あたしはあたしで無くなった。
  いや、別に悪い意味ではなくてよ?良い意味で、あたしじゃなくなったの」

純一「どういう意味だよ?」

薫「難しいこといっても、アンタじゃわかんないでしょ。軽く受け取んなさい。
  実際、あたしだってよくわかってないし」

純一「なんだよそれ」

薫「あたしも純一と一緒で、ばかってことよ。ばか中の馬鹿。
  そんな馬鹿でどうしようもないあたしは──最後に、アンタに呪いをかけて行こうって思ったの」

78: 2011/11/23(水) 17:26:42.67 ID:If8wb+Z80
純一「呪い…? なんだよ、それ」

薫「それは──あたしって呪い。橘 純一を陥れるために、棚町 薫がかけるつもりだった呪い──」

薫「──例えばそう、急に転校した奴が……その旨を一人だけに伝えていたとしたら……どう思う?」

純一「……それは、一人だけの奴が……色々と悩み続けるだろうな。
   なんで自分だけって──あ……」

薫「気付いたかしら? ふふ、そう。あたしはそのつもりで、アンタだけに伝えたの」

薫「──ここからいなくなっても、あたしをという存在を忘れないように。とびっきりの呪いを」

薫「アンタに、ね?」

純一「……そんなことを、思ってたのか…」

薫「なーのに、アンタってば変に行動力あるしさ~
  いつのまにか、みんなに知れ渡っててびっくりしたのよ?」

純一「…………」

薫「これじゃあ呪いの意味が無いって──これじゃあ、なにも残せないって」

純一「……馬鹿言うなよ。薫は薫だ、そんな真似しなくても僕が薫を忘れるなんてことは…」

薫「……ううん、忘れちゃうわ。きっと」

純一「薫……」

薫「確かに、アンタはあたしのこと忘れたりはしないと思う……でも、結局は忘れると思う。
  あのときなにをしたかって、何をはなしたかって、アンタは常に覚えてはいないと思う」

純一「…………」

80: 2011/11/23(水) 17:28:47.95 ID:If8wb+Z80
薫「だからこその……呪いだったのよ。いっつもあたしのことを忘れないようにして、
  思い出を記憶として保存してほしくて……あたしは、呪いをかけたつもりだったの」

薫「ま、失敗しちゃったけど」

薫「──これが、全部。あたしのあんたに──純一にずっと隠しておくつもりだった告白、おしまい!」

純一「…………」

薫「なに、湿気た面してんのよ。今、そんな表情をするのはあたしのほうでしょ」

純一「……薫…」

薫「んー?なに、純一」

純一「なんで、今日……それを言おうって思ったんだ…?」

薫「ん?ん~……なんでかしらねぇ。とりあえず、あたし明日には外国に行くでしょ?
  だから──」

純一「へっ!? ほんとにか!?」

薫「本当にかって……ちょっとちょっと。なに忘れてんのよ! お別れパーティの時、いったじゃないのっ」

純一「へ……あ、ああそうだなっ!確かに言ってた!」

薫「………?」

純一「あ、あはは……はは…」

薫「……ねぇ、純一」

純一「な、なんだよ?」

薫「ちょっと、アンタに質問があるんだけど。いいかしら?」

純一「ど、どんとこい……!」

薫「──アタシのお別れパーティ、どこでやった?」

82: 2011/11/23(水) 17:29:53.46 ID:If8wb+Z80
純一「へっ!?」

薫「カウント十秒前──十、九、八……」

純一「えっと、その……あの……あれだよあれ…!」

薫「──五、四……ヒント。梅原くん──」

純一「っ……あ、それだ! 梅原家の寿司屋!どうだ!?」

薫「……………」

純一「……あ、フェイク……?」

薫「………」すたすた…

薫「──梅原君が言ってたのは、本当だったのね。あと恵子も」すっ…

純一「え……?梅原?田中さん…?」

薫「そうよ、今日街で二人に会ったのよ。そしたら、いの一番でアンタのことを
  教えてくれたわ……なんか今日のアンタは、おかしいって」

純一「二人が……」

薫「その時は、特にどうとでも思わなかったけど……だって何時もおかしいって思ってたし」

純一「おい」

薫「冗談よ。でも──アンタと今日、会った瞬間から気付いたわ。
  どうしたのよ? 純一、なにかおかしくない?」

純一「な、なんだよ……変な顔してるって言いたいのか…?」

薫「ちがう。そうじゃない……何処か怯えてるって言うか、必氏みたいな」

純一「…………」

84: 2011/11/23(水) 17:30:47.15 ID:If8wb+Z80
薫「……言いたくない、って顔をしてるわね。生意気にも」

純一「……たぶん、言ったら……薫は…」

薫「──アンタを変人に思うって?そう思ってんの?あたしを?」

純一「……うん」

薫「馬鹿ね。純一、それはもう手遅れよ」

純一「え……?」

薫「あたしはとっくに純一を……変人だと思ってるわ」

純一「おい、薫……」

薫「でも、そんなアンタをあたしは好きだった」

純一「か、薫……」

薫「安心しなさい──この、あたしが相談に乗ってやるっていってやってんのよ?
  これのどこが不安要素があるっていうの!大船に乗ったつもりで……」

薫「──この、健気小町に相談してみなさいっての!」

純一「……薫は、本当に男らしいな。惚れちまいそうだ」

薫「え? あ、ああうん……そうね!この胸板厚い胸に抱かれて相談したいかしら?」

純一「え? じゃあさっそく……」

薫「ばっ、じょ、冗談に決まってるでしょ!」がん

純一「いたっ!?」

86: 2011/11/23(水) 17:32:24.69 ID:If8wb+Z80

数十分後

薫「───記憶が、ない……?」

純一「うん……そう、そうなんだよ」

薫「…………」

純一「僕が記憶しているのは……去年まで。だから今年の初めを含めて、
   去年の終わりごろの記憶が一切ないんだよ…」

薫「……待って、ちょっと待って純一。ということはなに?
  アンタは十二月中旬に寝て、そっからの起きたら今日──って言いたいわけ?」

純一「そ、そういうことになる、な……うん」

薫「…………」

純一「──馬鹿げた話だと思うだろ。でも、本当なんだ……」

薫「…………………………」

純一「周りを見ても、僕がおかしくてさ……でも、証明するもがなにもないんだ…」

薫「……………………………………………………」

純一「だから、周りから心配されるばっかりで……あ、でも公園でさ──ん?薫?」

薫「……………………………………………………………………」

純一「……おーい?薫ー?どうしたんだー?」

薫「───アンタが言うその記憶が無くなったはじめって、詳しく言うとどのあたり?」

純一「へ? い、いや……なんだか僕も記憶があいまいでよくわからないんだけど…」

純一「……えーっと……たぶん、薫と直接的な分かりやすいものを言えば……」

薫「うん、教えて」

88: 2011/11/23(水) 17:33:47.80 ID:If8wb+Z80
純一「……田中さん問題があった時、かな?」

薫「恵子? ああ、あのキス野郎の時か……」

純一「キス野郎って……まぁ、確かにそうだけどさ」

薫「だいたいその辺なのね? 間違いは無いのね?」

純一「あ、ああ……そうだけど。なに、薫……もしかして何かわかったのかっ!?」

薫「え?なにも?」

純一「………そうだと思ったよ、うん」

薫「とりあえず──これは言っておくべきね。
  純一、アンタが言うことは……とりあえず信用するわ」

純一「とりあえずって……まぁ、いいけどさ」

薫「そうね──今、純一がいる状況はわかったわ。いや、本当は分かってないけど。
  ……それでも、わかった…」

純一「お、おう……それは、僕としても嬉しいよ」

薫「──で、純一はなにをしたいの?」

純一「え? それは──」

薫「アンタは、その無くなった記憶を取り戻したいの? それともなくなった原因を知りたいの?」

薫「……こうなってくると、ちょっと色々面倒ね。だから、アンタはなにをしたいの?」

純一「ぼ、僕は……その……」

薫「…………」

90: 2011/11/23(水) 17:34:53.75 ID:If8wb+Z80
純一「──…………」

薫「……はぁ。わかったわよ、まだ決めかねてるみたいね……確かにアンタは色々と戸惑ってる。
  記憶が無いなんて、あたしだって怖いもの。アンタの気持ちも分かる」

純一「か、薫……!!」

薫「はいはい、泣きそうにならない……よし、じゃあ純一。明日、行くわよ!」

純一「へ?」

薫「へ? じゃないわよ──だから、行くのよって」

薫「明日は学校──輝日東高校に、あたしも一緒に登校するわ」

純一「お、おま……なにいってんだ薫!?」

薫「なによ、一応まだ在籍登録してあるんだから。いけるでしょ?」

純一「そ、そんな簡単に……というか外国は!? 飛行機とかは!?」

薫「ドタキャンする」

純一「マジか……」

薫「マジのマジよ。これ、あたしが嘘言ってるように思える純一?」

純一「……残念ながら…」

薫「よっしゃー! ではいくよ純一ぃ! 明日は何をするか特に決めてないけどッ」

純一「だ、大丈夫かな……本当に…」

92: 2011/11/23(水) 17:36:09.79 ID:If8wb+Z80
翌日
登校路

純一「………寝れなかった。一睡も」

薫「──本当に、くまびっしりね。純一」

純一「色々と悩んでたら……ふわぁ…もう、朝になってたんだよ…」

純一(……本当は、寝てしまったら…また時間が飛んでそうで怖いだけ、なんだけどな…)

薫「──……純一」

純一「……ん?なんだよ、薫…」

薫「あのね……今日の純一は、昨日のアンタって事はあたしが知ってる」

純一「………薫、お前…」

薫「だから、とりあえず──安心しなさい。だから、心配しないで」

純一「……。わかった、すっげー頼りになるよ」

薫「……あったり前でしょっ」ばしん!

純一「あたっ!?……いてて……というか薫、お前こそ大丈夫なのかよ」

薫「え? なにが?」

純一「なにがって……いや、僕も大変だけど。お前だって今日は色々と…」

薫「あ~いいのいいの。もうカタつけてきたから」

純一「え? どういう意味だよ……?」

薫「んーっとね……あたしを引き抜きたかったあっちの人たちをちょっと脅して、
  もう少し待たないと、もう行ってあげないわよーって言ったら」

純一「……いったら?」

94: 2011/11/23(水) 17:37:00.14 ID:If8wb+Z80
薫「おっけーおっけーだって。いやーあっちの人当たりの良さは、ホント素晴らしわ」

純一「そうなのか…そういうもんでいいのか…」

薫「まぁ、深くは考えないって事で。んじゃ、行きますか」

純一「わ、わかったよ……」

教室

梅原「……よう、大将」

純一「……よう、梅原」

梅原「今日は、その……大丈夫か?」

純一「ああ、大丈夫だよ……心配掛けてすまん」

梅原「なーに、いいってことよ。なんてったって……俺らは親友だろ?」

純一「ああ、そうだな。確かにそうだ!」

梅原「だろー! んだからそんなに気を落とすなっ───て……」

薫「はろー」

梅原「た、棚町ィ!? へッ!? なんでここにいんだ!?」

薫「えーと……その、ドタキャン?」

梅原「……い、いや…確かにそうだと思うけどよ…すげーな棚町…
   俺は一発でお前の言葉を信用しちまったぜ……」

薫「説明の手間が省けて助かるわ梅原君、あ、それと恵子ぉー!」

96: 2011/11/23(水) 17:37:56.49 ID:If8wb+Z80
田中「ごくごく……ぶほぉー!? けほっ…けほ……か、薫っ!? なんでいるの!?」

薫「えっとそれがね───」

梅原「お、おいたいしょー!? こ、これはどういうことなんだ!?」

純一「い、いや…なんというか、僕のせいでもあるんだけど…アイツのせいでもあって…」

梅原「な、なんだそりゃ…? と、とりあえずあれは本物の棚町なんだな!?」

純一「うん、ほんものだよ」

梅原「そう、か……なんか色々と複雑なことがあったみてぇーだが……大将、頑張れよ」

純一「うん、頑張るさ。梅原」

梅原「……。とにかく、なにかあったら俺にも言ってくれよな?」

純一「ああ、いつでも頼りにしてる」

梅原「おうよっ」


「…………」


純一「っ……?」

純一「……!」くるっ

梅原「んお? どうした大将──?」

純一(──今、ものすごく視線を感じたような気がする…。
   確かに今は、薫がいるからクラス中が注目してるけど…)

純一「…………」

梅原「……おい、大丈夫か?よく見るとお前さん、眼のくまやばいじゃねぇか…」

98: 2011/11/23(水) 17:39:24.26 ID:If8wb+Z80
純一「……ううん、大丈夫だよ梅原。ちょっと寝不足なだけだ」

梅原「……そうか?大将が大丈夫っていうんなら、いいけどよ。あんま無理すんなよ」

純一「うん、わかってる……」

純一(誰だったんだろう……とにかく確かに視線は感じたし、
   それは……僕に向けてのような気がする…)

きーんこーんかーんこーん

純一「……とりあえず、今日は様子見だ」


「…………」

「………ッチ」


休み2

純一「……眠い。これは眠い」

純一(これほどまで、学校に居る時に……眠たいときってあっただろうか……僕は知らないよ)

純一「……」ちらっ

薫 すやすや…

純一「……なんでお前はそんなに幸せそうに寝れるんだよ。今朝の言葉はどうしたんだ……はぁ」

純一「……とりあえず、なんかジュースでも買って目を覚ますか…」

自動販売機前

がたん、ごとん!

純一「ごくっ…ごくっ……ぷはぁー!」

純一「やっぱり眠気を覚ますなら、炭酸にかぎるなぁー!」

100: 2011/11/23(水) 17:40:33.64 ID:If8wb+Z80
純一「……あ、ここは…確か…七咲に、タオルを借りた水道だったな…」

純一「僕が美也に落書きをされていて……それを洗い流した時、七咲が貸してくれた」

純一「──もう、そんなことはとうに忘れてるだろうな……七咲は」

じゃり…

純一「っ!……足音?」くる

純一「あ、えっとこんにちわ───」

「…………」

純一「───絢辻、さん……?」

絢辻「……………」

純一(え、なんだろ!? なんかすっごく怒ってないか!?)

絢辻「……橘君、貴方はここでなにをしているの?」

純一「えっと……その、休憩中です。はい」

絢辻「クラスのみんなは、じきに行われる……三年生の卒業式準備をしているのに?」

純一「ご、ごめん……でも、薫とか寝てたし……良いかなって思って」

絢辻「人は人。貴方は貴方、一緒にしないの」

純一「は、はい……!」

絢辻「みんなだって、冬休みを満喫したいのも山々のはず。
   そんな時間を惜しんで、みな頑張ってるの」

絢辻「そんな中で、貴方は一人……のうのうと休んでて、
   罪悪感は湧かないの?橘君?」

102: 2011/11/23(水) 17:41:32.53 ID:If8wb+Z80
純一「……うん、ごめんね絢辻さん。僕がどうにかしてたよ。
   ここはちゃんと頑張ってやらなきゃいけないよね」

絢辻「……っ……貴方はそうやってまた──」

純一「え? なにかいった?」

絢辻「っ……────。なんでもないわよ~とりあえず、橘君。はやく教室に戻ってね」

純一(あれ、また雰囲気がかわった……?)

絢辻「……どうしたの? どこか具合悪いの?」

純一「え、いやっ……そうじゃなくて、その……」

絢辻「? なにか、私に用事でもあるの?」

純一(これだ、僕の感じる違和感……僕が知っている絢辻さんと何ら変わらないのに)

純一(この、辺に優しくなった時の声と……表情が、ちょっと気にかかる…)

純一(絢辻さんは──みんなから大人気だ。いっつも笑顔を絶やさないし、どんな質問でも気軽に聞いてくれるし。
   先生でさえも絢辻さんを頼るぐらいに、頼りがいもあるし…頭もよくて、運動もできる)

純一(それに僕が記憶している絢辻さんは──創設祭の委員長も頑張ってた。みんなもそれを賛成するぐらいに、
   絢辻さんを信用してて……僕もずっと良い人だって思ってる)

純一(だから、絢辻さんがけっしてこれが猫をかぶっているとか。本当はもっと黒かったりとか。
   実は色々と考えて行動してたりとか、もう人を元から疑う方針で生きてるとか……そんなんじゃないって僕は思ってる」

絢辻 ぴくっ…

純一「そうなると、僕が感じる……絢辻さんの違和感って何だろう…だってこんなに良い人なのに、そうじゃないような気がするって…
   たとえ心の中で思ってたとしても、絢辻さんに失礼だよ……」

104: 2011/11/23(水) 17:42:31.78 ID:If8wb+Z80
絢辻 ぴくっ…ぴくっ…

純一「そうだよ、確かにそうだ。だからこれは僕の責任だ…だから、今日は素直に絢辻さんに謝ってちゃんと機嫌を直してもらおう!うん!」

絢辻「……ごめんなさい、途中からほとんど丸聞こえなんだけど……橘くん……」

純一「え?」
絢辻「…………」

純一「えっと、もしかして……僕……」

絢辻「──ええ、心の声……かしらね。それが駄々漏れ、だった……みたいねぇ…?」

純一「う、うわあ!? ご、ごめん絢辻さん!! こ、これは決して本心とかじゃなくて……!」

絢辻「……本当は真っ黒で、人を常に見下して、いっつも悦に浸ってる人──だと、私のことを思ってたのかしら」

純一「い、いや……そこまで僕は思ってないけど……っ!」

絢辻「でも、それに似た感情は持っていた……そうなのね?」

純一「いやー……その……」

絢辻「…………」

純一「………なんと、いいますかええ……」

絢辻「…………」

純一「……スミマセン…」

純一(こ、これはまずい……!! 
   なんでってたって、僕ってば本人の前でそんなこと口走っちゃうかな…!!

106: 2011/11/23(水) 17:43:46.10 ID:If8wb+Z80
純一(それに口に出しちゃったを絢辻さんのことについてだって、さっきまで…これっぽっちも思ってなかったのに…
   急に絢辻さんの顔見たら……それを思い出したかのように、溢れだすように色々と疑心が生まれて……)

純一(……思い出したかのように? あれ、僕……これはひょっとして…これが記憶の手掛かり、なのか?)

絢辻「………?」

純一(……これは、もう少し…探るべきなのか……?)

絢辻「……なに、そんなにこっち見てるのよ。叫んで人、呼ぶわよ」

純一「……えっ!? あ、ごめんっ! あ、あのさ……絢辻さん」

絢辻「……なによ」

純一(声に色々、覇気がない……つけ込むなら、今!)

純一「──絢辻さんって、本当は猫かぶってる?」

絢辻「…………」

純一「…………」ドッドッドッド…

絢辻「…………」

純一「ゴクリ……」ドッドッドッド…

絢辻「───猫、被ってちゃ悪いの?誰かに迷惑かけた?特に橘君に」

純一「え……」

絢辻「私は私で、頑張っているつもり。だから貴方にそんな事をばれたとしても、
   なにも思わないし、脅威にも思わない」

純一「あ、絢辻さん……?」

絢辻「………。昔の私なら、そんなこと貴方に言われたら…すっごく怖かったでしょうね──」すたすた…

108: 2011/11/23(水) 17:44:52.13 ID:If8wb+Z80
純一「え、あ、絢辻さん……!!何処行くの…!」

絢辻「………」ぴた…

絢辻「……何処にも行かないわ。ただ、ただ──ずっとここにいるの」すたすた…

純一「……え…」

純一「どっか、いっちゃった……多分、教室に戻ったんだと思うけど…」

純一「……………」

純一(……あれは、どういうことなんだろう…猫かぶってるって、認めたってことなのかな…)

純一「……………」

純一(──だめだ、なにか思いだそうとして…全然、思い出せれない。
   くやしいなぁ……あともうちょっとでわかりそうなのに)

純一「……それに絢辻さんのことも、もうちょっとでわかりそうだったのに…」

純一「……戻るか、教室」

教室

薫「──あはははっ!!恵子ぉー!!似合ってるわよー!!あはははは!!」

田中「…………」ぶすぅー

薫「なーにむくれちゃってんのよ~。ちょっと紙の花で着飾っただけじゃないの~」

田中「……なんか心配してた私が、ずっと馬鹿みたいでムカつくのっ」

純一「……はぁ~」

薫「──え…?まだそんなこといってんのアンタは?」

田中「そんなことってなによー! これでも私はぁー……」

110: 2011/11/23(水) 17:45:58.09 ID:If8wb+Z80
純一「──ちょっと田中さん、薫……借りていいかな」

田中「え? あ、橘君。べつにいいよ? こんな子、借りちゃって」

薫「こ、こんな子!? け、恵子……それはちょっとひどすぎない!?」

田中「ひどすぎない。ほら、早く行っておいでよ」

薫「もうっ──……なによ、アンタ。あたしが起きたら居ないし。心配するじゃない」

純一「じゃあ寝るなよ……まぁ、それよりもちょっと気になることがあってさ」

薫「……気になること? なに、それって──アンタの記憶について?」こそ…

純一「……そんな感じ。ここじゃなんだし、ちょっとついてきてくれ」

薫「ん、おっけー」


とある廊下

薫「さっき、絢辻さんと会話した時……?」

純一「うん、そうなんだけどさ……なんかこう、思い出しそうで。
   思い出せない感覚がふってわいて……」

薫「なにそれ。曖昧ね」

純一「ぼくだってわからないよ。……でも、なにか会話をつづけなきゃいけない気がしたんだ。
   ダメだって思っても、最後まで会話を続ければ──ちゃんと答えになるんじゃないかって」

純一「……そしたら、なんか絢辻さんに酷いこと言っちゃったんだ」

薫「ひどいこと?」

純一「………それは薫にも言えない。ごめん」

薫「はぁー? それじゃあ何もこっちもわかんないじゃないのよ」

112: 2011/11/23(水) 17:47:01.76 ID:If8wb+Z80
純一「すまん。でも、こればっかりは……絢辻さんの為にも、僕の為にも聞かないでくれ」

薫「……そしたら、アンタはとりあえず。なにか思いだそうとして、それを便りに口を開いたら。
  突然、絢辻さんに酷いことを行ってしまっていた……そういうワケ?」

純一「ま、まぁ…そんな感じ」

薫「…………うーん、よくわからないわね。なんで急にそんな口に出すのも嫌な言葉を、
  絢辻さんに言ってしまったのか……」

純一「うん、それが多分。僕が今回、記憶がないヒントになるかもしれないって思ってさ。
   一応、薫にも言っておかないとと思って」

薫「まぁね。手掛かりは色々と会った方がいいわ……んじゃ早速、ひとつアンタに聞きたいんだけど」

純一「え? なに?」

薫「その感覚って──何かを思い出しそうになるって感覚は、あたしと昨日、会話した時もあった?」

純一「………えっと、その。たぶんなかった……気がするな、うん」

薫「そう、なの──あたしになくて、絢辻さんにはある。なんなのかしらねこれって……」

純一(……ここで、胸って言ったら薫に殺されるかな…)

薫「──とりあえず、それは様子見ってことにしましょ。別に絢辻さんと不仲になるってほどまで、
  酷いことを言ったわけじゃないんでしょ?」

純一「た、多分……」

薫「うん、そう信じておくわ。これは何か──手掛かりになるって事は確かだしね」

純一「そうだな……とりあえず、教室戻るか」

114: 2011/11/23(水) 17:48:34.28 ID:If8wb+Z80
すたすた…

薫「あ、待って。そういえばあたし、職員室に呼ばれてるんだった!」

純一「え、何時だよ?」

薫「今朝に」

純一「……おいおい、なにやってんだよ薫。早く行って来い」

薫「ごっめーん。とりあえず、恵子にアンタからさっきのこと謝って置いて~」だだだ!

純一「……はぁ。なんだろう、アイツはなんか気が抜けてるなぁ」

純一「…………」

純一「──とりあえず、教室に……」

あはは…

純一「っ!……あれは、確か……!」ささっ

樹里「──先輩がさぁ、最近……」

純一(勢い余って隠れちゃったけど……アイツは確か、一年の樹里ってやつだよな…)

純一(あの……あの森島先輩と付き合ってる。一年……)

樹里「昨日も牛丼食べ行くっていって──」

純一(遠くでよく聞こえないけど、みた限り友達と喋ってるみたいだ……)

樹里「──え? 当たり前だろ、楽しかったにきまってるよ……」

純一(……くそ、良くは聞こえないけど。とりあえず楽しそうに会話している内容は、
   なんとなくわかる……僕だってあんな表情しながら、梅原に話しそうだし)

116: 2011/11/23(水) 17:49:28.17 ID:If8wb+Z80
樹里「──でも、最近はちょっとあれなんだよ」

純一(うん──? 何か急に顔色が悪くなったぞ……?)

樹里「──……先輩のせいだ。これも全部」

純一「……だめだ、聞こえやしない。もうちょっと近づいて……」

七咲「…………」

純一「もうちょっとかな……っ! もう少し……っってうわぁあああ!?」

七咲「…………」

純一「──な、なななな七咲ぃ!? な、なんでここにいるんだ!?」

七咲「──なにって、ここ。一年の教室廊下ですよ?
   わたしがいるにきまってるじゃないですか」

純一「へ?……そ、そうなのか…気付かなかったよ」

七咲「……。先輩とは久しぶりに会いましたが、本当になにも変わってはいませんね」

純一「いや……たった数日で、そこまで人って変われないと思うぞ。僕は」

七咲「そうですか。でも、男子三日会わざれば刮目して見よ──って言葉があるじゃないですか」

純一「おおう、難しい言葉を知ってるな……七咲は」

七咲「えっと…そこまで難しいものではないと思うんですけど……」

純一「え、そうなの?」

118: 2011/11/23(水) 17:50:40.85 ID:If8wb+Z80
ざし…

純一「あ……」

樹里「…………」

純一(やばい、こっち見てる……! そうだよな、こんな風に騒いでたら誰だってこっちをみるよ……!)

樹里「………」

樹里「………」すたすた…

純一(こ、こっちに向かって歩いてきた……うう、なんか怖い…)

樹里「………」すたすた…

純一「…………ごくり…」

樹里「…………」すっ…

純一「……あれ…」

純一(通り過ぎた───?)


「──あんたはそれだから、先輩を苦しめるんだ──」


純一「っ!?……」ばっ

純一「……もう、いないか……階段下りて行ったのかな…」

純一(……今、通り過ぎざまに小声で…彼が言ったのは……)

七咲「……先輩? どうしました、顔色が悪いですけど……」

純一「え、いや……なんでもないよ。七咲…」

七咲「そうですか。……そういえば先輩、最近、美也ちゃんは元気にしてますか?」

純一「え? あ、ああ…元気にしてるって。言えばいいのか、ちょっとわからないよ」

120: 2011/11/23(水) 17:51:39.51 ID:If8wb+Z80
七咲「……そう、ですか…。まぁ、理由もわかっているので、私からも何も言えないんですけど…」

純一「……水泳、頑張ってるんだって? 美也から聞いたよ」

七咲「え、あ、はい……そうなんです。
   塚原先輩もじきに卒業ですし…今のうちに色々と教わっておこうと思いまして」

純一「へぇー。そうなんだ、そしたら僕も七咲が頑張ってるところ見てみたいよ」

七咲「え……?」

純一「だって──聞いた限りだと、お昼も練習しているみたいじゃないか。
   凄く頑張ってるんだろ? そしたら僕も見てみたいなぁ~……って」

七咲「…………」

純一「あ、あはは……大丈夫だよ。冗談だからさ、うん」

七咲「……冗談なんですか?」

純一「え?」

七咲「──わたしは、別にかまいません。むしろ、先輩に見てほしいぐらいです」

純一「え、あ……いいの? 僕が見ても?邪魔になったりしないかな…」

七咲「……別にかまいませんよ。わたしは」

純一「そ、そうか……わかった。そしたら放課後にでも──」

七咲「──いえ、今からでもかまいませんか」

純一「へ……? い、いまから?」

七咲「無理に、とはいいませんから。特に今は、私も用事が無いですし……」

七咲「それに……」

122: 2011/11/23(水) 17:52:41.34 ID:If8wb+Z80
純一「……それに?」

七咲「──いえ、べつになんでも。どうしますか、先輩」

純一「えっと、その……」

純一「──それじゃあ、喜んでお願いするよ」

七咲「はい、わかりました」


室内プール

純一「っ……」そわそわ

純一「やっぱり、男一人でここにいるのは……ちょっと落ち着かないなぁ」

純一「……見慣れてはいるんだけど。いざ、自分がそこにいるってなるとちょっとなぁ…」

純一「……………」

純一(本当に、僕は……ここにきてよかったのだろうか。なんというか、その……
   自分が知っているまでの七咲と、今の七咲は──そうたいした違いは無い、と思う)

純一(だから、こうやってなにかイベントらしきことを起こせば……なにかなるんじゃないかって
   思ったんだけど……)

「おまたせしました──橘先輩」

純一「──え、うん。七咲お帰り」

七咲「……ふふっ、お帰りって先輩。べつにここは家じゃないんですよ?」

純一「そ、そうだな。うん、ごめん……僕、どうかしてたよ」

七咲「どうかしてるのは、何時もだと思いますけどね」

純一「な、なに……!」

124: 2011/11/23(水) 17:53:44.20 ID:If8wb+Z80
七咲「はいはい、怒らないでください……では、さっそく泳ぎますね」

純一「え? 準備体操とか大丈夫なのか?」

七咲「さっき更衣室ですませてきましたから、大丈夫です」

純一「そ、そうか……」

純一(…ちょっと残念だ。水着で動く姿とか、見てみたかったのに)

七咲「……先輩、私は先輩がなにを考えてるぐらいはわかってますからね」

純一「え、い、いや……特にそんなことはあはは!!」

七咲「……はぁ、じゃあ。行きますよ?」

純一「お、おっけー!」

七咲「────………」すっ…

純一(……おお、これは………飛び込もうとする、七咲を後ろから見る。
   こ、これは凄いぞ!!特に、その……どうとは言えないけど!)

七咲「っ!」じゃぽん!

純一「っておお!」

純一(ほとんど、入水するときの音が聞こえなかった……!!
   凄い、凄いけど……うむ、七咲…まだまだこれから先の成長があるよ!!)

純一「……って、こんな馬鹿なことを考えてる暇なかった。ちゃんと七咲の泳ぎを見ないと」

じゃぱ!じゃぱ!じゃば!

純一「わー……凄く早いなぁ。まるでいるかみたいだ……人ってこんなにも速く泳げるのか…」

純一「……そういえば、七咲はどれだけ泳ぐっていってなかったけど、自分で決めてるのかな」

126: 2011/11/23(水) 17:54:48.49 ID:If8wb+Z80
純一「…………」

純一「とりあえず、七咲が満足するまで──僕も見ていようっと」


数十分後

七咲「──ぷはぁ……っ!」

純一「お。……おーい、七咲ぃー!」

七咲「はぁはぁ……はーい、先輩ぃ! どうでしたぁー?」

純一「すっげー速かったよ! 七咲、ほんとうに今は不調なのかー?」

七咲「ありがとうございますー! でも、これは一応、短距離用のスピードで泳いではいなんですー!」

純一「え、本当に……? それは凄いなぁ!」

七咲「ふふっ……いえいえ、褒め言葉として受取ります!」

純一「いやいや思ったことを言ったまでで──でも、なんでプールの真ん中で泳ぐのやめてるんだー?」

七咲「あ、ちょっと疲れてしまってー! 今からそっちに行きますね……」すい~…

純一「あ、うん。わかったよ!」

純一(……けっこうな時間、泳いでたもんな、七咲。そりゃ疲れるはずだよ)

純一「……でも、本当に凄いなぁ。七咲……こんなに凄いなんて、僕は思わなかったよ……」

純一(もう、僕が知り合った頃の……色々と初々しい七咲じゃないんだな。
   こうやって一人でも、ずっとずっと頑張って行ける強い子なんだ……)

純一(……むしろ、もし僕が関わっていたら、色々と迷惑をかけることになったかもしれないな…
   なんだかそんな気がするよ──)

128: 2011/11/23(水) 17:55:54.71 ID:If8wb+Z80

純一「あ、あれ……なんだろ、どうして急に僕、そんなことを思って──」

ばしゃ!

純一「え──七咲……?」

ばしゃばしゃ……

純一「な、なんだ……どうしたんだ七咲!!」

ばしゃしゃっ!!ばしゃっ!!

純一(ど、どうしたっていうんだ急に……!!水しぶきを上げて、まるであれじゃあ……)

純一「っ……!!」

純一「な、七咲……!!いま行くからなっ!」じゃばん!

純一「うわ……っ! 意外と深い……服もだんだん、重たく……!!」じゃばじゃば…

純一「でも、七咲はもっと大変な目に逢ってるんだ……っ!!」

純一「──なんにでも、諦めずに立ち向かうんだ……!!」

純一「っ……よし、ついた!!七、咲……大丈夫か!?」

七咲「けほっ!かほっ……せ、先輩…ッ…!」

純一「よ、よし……大丈夫だ。僕だよ、ほら、ゆっくりつかまって……!」

七咲「げほっ…ごほ! んは、んぐ……!」

純一「んしょ、んしょ──よし、浅瀬までこれた……この辺で大丈夫だろ…
   脚はつく?七咲?」

七咲「けほっ──は、はい……なんとか足はついてます…げほごほ…っ」

純一「よかった……でも、一応。上にはあがろう
   またなにかあったら大変だし……」

130: 2011/11/23(水) 17:56:55.53 ID:If8wb+Z80
七咲「は、はい……」

純一「はぁっ…はぁっ……」

七咲「けほっ…はぁ……はぁ…先輩…」

純一「……うん? どうした、七咲」

七咲「私を……助けてくださってありがとうございます…」

純一「ああ、びっくりしたよ。急に水しぶきを上げ出して……それに返事もくれなくなったしさ」

七咲「……戻る途中で、足をつってしまって……それで、少し戸惑ってしまって…」

純一「足をつるって……それは、水泳部としてどうなんだ…?」

七咲「はい、面目ないです……」

純一「…………」

純一(すごい落ち込んでるな……七咲。僕は七咲がそうそうそんなミスを犯す子だとは思わなかったけど……あ)

純一「もしかして……」

七咲「……え?」

純一「僕を待たせないよう……準備体操、ちょっとしかしてなかったりする、のか?」

七咲「っ………」

純一「……やっぱり、そうなのか。だって早すぎたと思ったんだ。
   着替えるのは元から下に着てるから早いだろうって思ったけど……」

純一「それでも、準備体操をしたっていうには早すぎだと思ってたし」

七咲「……すみません、これも全部。私の責任です、先輩もびしょぬれになってしまって…」

純一「いいよ、別に。僕のことは……とにかく七咲、今後はこういうことは起こさないようにね?
   傍にいたのが僕だったからいいものの…これが塚原先輩だったら大激怒、だったと思うよ」

132: 2011/11/23(水) 17:58:00.43 ID:If8wb+Z80
七咲「……………はい」

純一「うん、それじゃあ僕は着替えを教室に取りに行くね。七咲も、いくら温水プールだからって…
   ずっとその格好じゃ風邪ひくだろうから。早く着替えなよ」

七咲「──え……そ、それだけですか…?」

純一「え、うん? そうだけど、なんで?」

七咲「普通は──もっと怒るべき所だと思うんですけど…わたしは先輩に迷惑をかけてしまったですし…」

純一「だから、べつにいいよって。濡れちゃったのも、飛び込んだのも僕のせいだよ。七咲は関係ないさ」

七咲「……………」

純一「…………? とりあえず、僕はもう行くよ。風邪ひいちゃいそうだし…あと」すっ…

純一「──七咲、泳ぎ凄かったよ。僕はすっごくびっくりした。七咲も頑張ってるんだなって思った。
   だからこれからも……色々と、悩むことはあると思うけど……七咲、頑張るんだよ」なでなで

七咲「──せん、ぱい……」

純一「は、は……はくしゅん! お、おう……さむいなぁ。んじゃ、七咲──」ぐいっ

純一「さよ、な……って……七咲?」

七咲「…………」ぎゅう…

純一「ちょ、ちょっと七咲……急に後ろから抱きついてきて……ど、どうしたんだよっ?」

純一(む、胸が……あったかい)

七咲「──……なんて、言わないでください…」

純一「…え? 七咲、いまなんて──」

134: 2011/11/23(水) 17:59:18.92 ID:If8wb+Z80
七咲「──さよならなんて、簡単に言わないでください……先輩…」

純一「……。えっとその……七咲、よくわからないんだけど……」

七咲「………」

純一「……と、とりあえず…ごめん、七咲」

七咲「──……はい、ちゃんと謝ってください先輩……もう一度」

純一「ごめん、七咲……」

七咲「──そしたら、下の名前でもう一度。お願いします」

純一「へっ!? え、あ、うん……」

純一「──ごめん、あ、逢……僕が悪かったよ」

七咲「もっと気持ちを込めて」

純一「……気持ちを込めてって…うーん…」

七咲「だめですか? できませんか?」

純一「……ごめんよ逢、僕が悪かった。許してくれないか?」

七咲「……はい、許してあげます。橘先輩…」

純一「うん、うん?……ありがとう、七咲」

純一(あれ……なんで僕が謝る方向になってるんだろう…?)

七咲「…………」

純一「えっと……そろそろ、抱きついてる理由を教えてくれないか…七咲…?」

七咲「……もう少し、このままでいさせてください」

136: 2011/11/23(水) 18:00:31.14 ID:If8wb+Z80
純一「え、うん……ぼ、僕はかまわないけどさ…」もぞもぞ…

七咲「──そうですね、ただ抱きついてるってのもあれですし……ちょっと独り言を言いたいと思います。
   先輩、構いませんか?」

純一「まぁ、かまわないよ。独り言ってなにか気になるけど……」

七咲「ふふっ。良いんです、とりあえず聞いててくだされば……」

七咲「──すみません、先輩。とりあえず私は貴方に謝ることがあります」

純一(謝りたいこと……?)

七咲「なんのこと、って先輩は思ってるでしょう。それはですね──……さっきおぼれてたの、うそなんです」

純一「……えええ!?本当に!?」

七咲「ええ、ほんとうです」

七咲「準備体操もしっかりしてましたし──仮に、足がつっても。
   その場でどうにかできる方法もしってます……だから、あんな風におぼれるって事はありえないんです」

純一「そ、そうだったのか……で、でもなんでそんなこと…」

七咲「………先輩が、本当に変わってないのか確かめたかったんです」

純一「ぼ、僕が……?変わってないかって……?」

七咲「──ええ、橘先輩が、私の知っている先輩なのかって。
   人が困ってる時は、自分も犠牲にして助けてくれる……そんな変わった先輩だってことを」

七咲「……私はもう一度、知りたかったんです」

純一「…………」

七咲「美也ちゃんから聞いてると思いますが……私は最近、全不調なんです。毎日、塚原先輩に指導をもらってますけど… 
   全然、だめなんです。もう、これでもかってぐらいに」

138: 2011/11/23(水) 18:02:30.12 ID:If8wb+Z80
純一「……そう、みたいだな…うん」

七咲「一度は……県大会に出そうになった時はあったんですけど…でも、ダメでした。土壇場でミスをしてしまって…それで決勝敗退」

七咲「我ながら、頑張ったと思うんですけど……だめだったみたいです。だからもっともっと頑張ろうと、思って……思って」

純一「…………」

七咲「思って……たんですけど────やっぱり駄目みたいです」

純一「七咲……」

七咲「色々と工夫して、忘れる様にして、全てなかったことにして……ゼロから始めるつもりでした。
   なんににも囚われず、前だけを見つめて頑張ろうって思ってました」

七咲「──なのに、結局。行きつくのは元の場所で……見えない暗闇を一人歩いてるような気分で……」

七咲「……一人で頑張ろうって、思った自分がいたはずなのに。それはもう、とっくに出来てたはずだと思ってたのに……」

七咲「それが……その考えが逆に、私の足かせになるとは──思ってもなくて……」

純一「…………」

七咲「──私はひとり、同じ所をぐるぐると歩いてる。誰も見えない所で、ただ一人なんです……」

純一「そんな、悲しいこと言うなよ……七咲は別に一人って訳じゃないだろ?」

七咲「…………」

純一「美也だって、塚原先輩だって……それに中多さんもいる。僕だっているじゃないか!」

七咲「先輩……」

純一「……一人で頑張ろうって思うんじゃない、七咲。確かにこれは自分自身の問題かもしれないけど……
   でも、やれることは一人じゃないだろ? 出来ることは一人じゃないだろ?」

140: 2011/11/23(水) 18:03:55.91 ID:If8wb+Z80
七咲「…………」

純一「僕は──いつだって七咲を応援してるよ。七咲が抱えきれない問題があったら、
   いつだって相談に乗ってやる。そうだよ、それがいい!」

純一「──七咲、頑張ろう。なにも一人で頑張らなくていい、抱え込まなくていいからさ。
   僕もみんなも、七咲のこと……その、大好きだからさっ!」

七咲「……先輩、それって……」

純一「……えっと、その……うん。まぁ、あれだよ。みんな七咲大好き!みたいな?」

七咲「…………」

純一「……そ、そうだな…特に言えば……僕は七咲の声が好きだよ?」

七咲「……へっ!? なんですか急に!?」

純一「急にじゃないさ。前から思ってたことだよ、だって七咲の声っていいじゃないか」

七咲「そ、そうですか……?」

純一「例えば、冷静に突っ込んできてくれる…あの低いトーンとか。あと、息の吐き方とか……ちょと工口いよね!」

七咲「ちょ、なに言ってるんですか先輩……っ!?」

純一「し、しかたないじゃないか…っ! 思ってること言ったんだし……」

七咲「言っていいことと、悪いことがあるってわかってください!」

純一「そ、そう? そうかなぁ、僕は最高の褒め言葉だとおもうんだけどなぁ」

七咲「……はぁ、なんですか本当に…何か色々と悩みが吹き飛んでしまったような気が…」

純一「え、それはよかった。七咲の手助けが出来て!」

七咲「……はぁ」

純一(……やっぱり、ちょっとえOちぃなぁ…)

142: 2011/11/23(水) 18:05:15.65 ID:If8wb+Z80
七咲「……とりあえず、すみませんでした。騙した上に、服も濡らしてしまって」すっ…

純一「うん、いいよ。七咲の悩みを聞けただけでも、もうけもんだしね」

七咲「……そう、ですか。それはよかったです」

純一「でも──結局は、どうして僕を騙そうって思ったの?僕を試すってのはわかったけど…
   それでもおぼれる真似って……へたすりゃ七咲も危険だっただろうし…」

七咲「それは……その、あれですよ先輩」

純一「ん、どういうこと?」

七咲「……先輩は、ちゃんと私のことを…その…」

七咲「……………………………」

純一「……七咲? どうした?」

七咲「……すみません、先輩。私の悩み、まだちょっと解決してませんでした」

純一「え、本当に!? なになに、まだあるのか!?」

七咲「──ええ、そうですね……これは私の個人的な悩み出会って」

純一「うんうん」

七咲「実は──すっごい根本的な悩みでもあります」

純一「な、なんだって……それを解決できれば、七咲はもう敵なしじゃないか!」

七咲「そうですね、そうですよね……でも、これは先輩の手助けが無いとだめなんです」

純一「僕の…? 僕だけでいいの?」

七咲「はい、先輩だけ──私は、先輩だけいればそれでいいんです」

144: 2011/11/23(水) 18:06:26.09 ID:If8wb+Z80
純一「え、うん。そうなのか……」

純一(なんだろう……お金とかじゃなかったらいいな…どうにも手助け出来る気がしない…)

七咲「………」すすっ…

純一(でも、そんなことを頼むような子じゃないってわかってるし……でも、一体ぜんたい)


 ちゅ


純一「なんだって……え?」

七咲「──はい、解決しました。ありがとうございます、せんぱい」

純一「な、七咲……こ、これって…?」

七咲「──先輩、橘先輩。私は自分に正直ものです。知っていると思いますけどね」

純一「えっと、うん……そうだね、そういう感じだよね…」

七咲「ですから、何かを隠すとか、騙すとか……やっぱり苦手なんです。
   人はやっぱり正直ものでないとだめですから」

純一「う、うん……で、でもこれって……あれだよね?」

七咲「はいっ。ですから──それは、私の、先輩らか助けられた証拠。証です。
   それに私は……もう一人ではないって、別にもう認識されていない訳じゃないって……私自身の証でもあります」

純一「ど、どういう意味だ……七咲、僕にはさっぱりだ…」

七咲「ふふっ──必氏に考えてみてください。そうすれば、そうするほど…」

七咲「私は、たぶん、幸せになって行くと思いますから!」たったった…

純一「あ、おい! 七咲……!!──行ってしまった……」

146: 2011/11/23(水) 18:07:41.78 ID:If8wb+Z80
純一「………はっくしょん!さむい!今さらだけど、やっぱり寒い……」

純一「じゅるる……さっき、七咲に…キス、されたんだよな……うん」

純一「………しかも、唇に……僕のファーストキスが……七咲か…」

純一「………うん、悪くないな。全然!」

純一「……色々と考えなきゃいけない気がするけど。とりあえず、着替えに教室帰るか──て、あれ?」

純一「ドア付近にジャージが置いてある……これって、塚原先輩の名前だ……あ、手紙もついてる…」

『GJ 塚原より』

純一「……見てたのだろうか、あの人は。全部…」

純一「なんというかその…末恐ろしい人だ………でも、ジャージは借りよう」

純一「…………」じっ…

純一「………くんくん」

純一「あ、塩素の匂いがする……」


教室

純一「……ただいまー」

梅原「よーぅ大将、変に帰りが遅かった──なんでジャージなんだ、お前さんは」

純一「…………いや、なんでもないよ」さっ

梅原「──ッ! 大将、いや橘 純一! いま、いまいま何を隠したァー!」

148: 2011/11/23(水) 18:09:05.20 ID:If8wb+Z80
純一「え、いや…なんでもないから!何も隠してないから!」

梅原「いーや、隠してるな! 俺の目に間違いはない……そうだな、俺にはジャージの名前を隠したように見えたぜ……!」

純一「ッ……!」

梅原「……そのジャージ、やけに…ぴっちぴちだな大将ぉー……誰に借りた?」

純一「そ、それは……!!」

梅原「あ、桜井さんだ」

純一「梨穂子!? サインちょうだい──」

梅原「そるぅあー!!」がさ!

純一「ぎゃー!嘘つきー!」

梅原「なん──だと……こ、こりゃー大将ぉ……凄い人のものを……」

純一「くっ」

梅原「──ぱくってきたな……おい…」

純一「ち、違うよ!? 梅原それは誤解だっ!」

梅原「……お前も散々たる変態だとは…うん、思ってたけどよ。人の物を盗む奴じゃないって思ってた。
   それにしかも……塚原先輩とか……氏にたいのか?」

純一「ま、まってくれ……!盗む以前に、なんで僕氏ぬことになってるの!?」

梅原「すまん──……大将。俺も朝は力になることがあったら言えって言ったけどよ……こればっかりは…」

純一「だから違うって!!」

「──失礼するわね」

150: 2011/11/23(水) 18:10:52.72 ID:If8wb+Z80
純一「これは僕がちゃんと借りたもの──あ、塚原先輩!」

塚原「こんにちわ。橘君」

純一「え、あ、はい……こんにちわ…どうして二年の教室に?」

塚原「ええ、それなんだけど───」

梅原「すみませんでしたァー!!」ばっ

塚原「えっ?」

純一「な、なんだよ梅原……急にジャンピング土下座なんかして!」

梅原「コイツは悪くないんです!ちょ、ちょっとした出来ごころとか、そんなんで!!
   決して悪気があったんじゃないって事は本当です!!」

塚原「えっとあのー……梅原君?」

梅原「はいっ! なんでしょう!? ほ、ほらお前も謝れって…ほら早く!!」ぐいぐいっ

純一「ちょ、やめろって…!だからお前、勘違いしてるんだって!」

塚原「なんだかよくわからないけど……本当にいつも楽しそうね、キミ達は」


数分後
廊下

梅原「ったくー……早く言えっての大将ぉ。俺はすっかりだまされちまったぜ!」

純一「騙したつもりもないし、勝手に騒いでたのはお前だろ……」

塚原「ふふっ…良い友達を持ってるわね。橘君」

純一「か、勘弁してください」

塚原「あら、いいじゃない。わたしのどっかの友人よりは──ものすごく頼りになるわよ」

152: 2011/11/23(水) 18:11:57.03 ID:If8wb+Z80
純一「──え、ああ、そうです、ね……」

梅原「……そんでもって塚原先輩、今日はどのようなご用件で?」

塚原「えっと、そうね……確かに橘君に貸していたジャージの件も言いたかったんだけど…」ちら

梅原「……。なるほど、んじゃ大将。俺はちょっとジュース買ってくるわー」

純一「え? う、うん……わかった。早く戻ってこいよー」

梅原「あいよー」

塚原「……なに、橘君は私と二人っきりになるのは苦手?」

純一「えっ!? い、いやそういうわけじゃないですけど……」

純一(さっきの七咲とのことを見られているって思うと……すっごく気まずいんだよなぁ…)

塚原「それじゃ、さっそくだけど本題に行くわね」

純一「あ、はい! なんですか話って」

塚原「とりあえず君に──ありがとう、と言わせてほしいの」

純一「え、ええ!? なんで塚原先輩が僕に感謝を…!?」

塚原「七咲のこと。悩みを解決してくれたでしょう」

純一「え、あ、ああ……はい。あれでいいのか僕もわかりませんけど…」

塚原「うん、あれでいい。あれで七咲も──なんの迷いもなく、部活に熱が入ると思うわ」

純一「そう、ですか…?」

塚原「とにかく、これだけは言いたかったの。橘君には本当に感謝してる。
   これで気負いなく卒業できるんだもの」

154: 2011/11/23(水) 18:13:40.25 ID:If8wb+Z80
純一「は、はい……そこまで言っていただけると…こっちもちょっと照れますけど…」

塚原「ふふっ。いいのよ、ちゃんと胸を張って自慢しても良いものよ?
   ──だってあなたは、未来の世界チャンピオンを覚醒させたかもしれないんだから」

純一「えぇ? それは流石に言い過ぎじゃ…」

塚原「そうかしら?──そしたら貴方の目で、これからの七咲の活躍を見届けてあげて。
   そうすればそうするほど……あの子は本当に強くなっていくはずだから」

純一「は、はぁ…わかりました」

純一(えらく、七咲のこと信頼してるんだな……塚原先輩。
   でも確かに、僕が見ても七咲は早かったし。それだけの理由があるんだろうな)

純一「……あ、そういえばですけど。このジャージは明日にでも返せばいいんですか?」

塚原「ええ、何時でもいいわよ。それにもう使わないジャージだし……貴方が貰っても構わないわ」

純一「ええぇええ!? ぼ、ぼぼくが塚原先輩のジャージを!?」

純一(こ、これって凄くレアじゃないか……!?あの、塚原先輩を三年間包み込んでいたジャージ…)

塚原「え、そうね。貴方の妹さんに…でもあげたら?サイズが合わないかもだけど」

純一「はい!今度聞いてみます!」

塚原「………?」

純一「ルンルン……えっと、それじゃ塚原先輩はその件で?」

塚原「そうね、七咲のお礼を直接言いたかった──と、もう一つ」

純一「え、もうひとつあるんですか?」

156: 2011/11/23(水) 18:14:49.39 ID:If8wb+Z80
塚原「……。そうね、これは私からの頼みごとでもあるの」

純一「頼みごと……?塚原先輩が僕に、ですか?」

塚原「ええ、頼みごと含め──七咲の件でのお返しも、貴方に返したいと思ってるの」

純一「お返しってそんなの僕は……」

塚原「そう言うと思って、私の頼み事と混ぜたの。良い考えででしょう?」

純一「え、ま、まぁ……」

純一(あれ、これって上手く丸めこまれただけじゃ……?ま、いっか)

塚原「どうかしら、頼みごと。引き受けてくれる?」

純一「は、はい…!喜んで!」


運動場

塚原「ここよ、橘君」

純一「は、はぁ……ここはグラウンドですね」

塚原「見ての通り、色々とごちゃごちゃ置いてあるでしょ?」

純一「……そうですね、卒業式の準備とかで倉庫から色々出してるみたいですし…はっ!?」

純一「ま、まさか……塚原先輩、僕にこの倉庫の道具の片づけをしろってことですか……!?」

塚原「──当たりであって、外れね。惜しい所を突いてきたわ」

純一「へ、違うんですか……?」

塚原「七咲じゃないけど──橘君、今から私、独り言を言うから……だからそれに意味は無いし、
   キミになにかを求めてるってわけじゃないの」

純一「急になんですか……?」

158: 2011/11/23(水) 18:16:44.51 ID:If8wb+Z80
塚原「──この辺で、はるかが罰則を受けてるの」

純一「っ……!?森島先輩、が……?」

塚原「だからこれは独り言。そして、今は、はるかは遅刻したことによって一人で片づけ中。
   周りには誰もいないし、校舎からは──特に一年の教室からは、この場所は氏角になってる」

塚原「私はこれから部活の活動で忙しい。だけど困ってるはるかは助けたい、でも時間が無い。
   ──あーしまったーこんな独り言を……とっても頼りがいのある下級生にきかれてしまったわー」

塚原「はい、おしまい」

純一「……塚原、先輩…それはどういう…」

塚原「うん? どうかしたかしら橘君?」

純一「…………」

塚原「だから言ったじゃない──これは、ただの独り言。何の意味は無し」

純一「そんなこと、言われて……僕が気にしないわけないじゃないですか…」

塚原「──ふふ、そうなの? 私にはわからないけど……」

塚原「──そしたら君は、困ってるはるかを気にするのね?」

純一「………………」

塚原「──どうして、と思ってるみたいね。なんで自分がって。
   あの一年の子じゃなくて、なんで自分を呼んだんだろうって」

塚原「──これも独り言。だから貴方は気にしなくていいから、
   黙って聞いててくれても良いわ」

塚原「──あの子は、本当に不器用なの。なにも一人じゃできないくせに、
   何だって一人で済ませようとする癖がある。困ったものね」

160: 2011/11/23(水) 18:17:58.80 ID:If8wb+Z80
塚原「だけど、そんな癖があるくせに……いざ人に頼るとなると、そのセンスはピカイチ。
   どんな相手だって、仲良くなって。親しくなって、友達になる」

塚原「不器用のクセに……わがままで。なにも一人じゃできないのに……人に好かれる。
   そんな所を知っててもなお……私はあの子と親友であり続ける」

塚原「なんでそうなのか──私にもよくわかってないけど。でも、それでも私はあの子が好きなのよ」

塚原「だからこそ、私はあの子の───悲しい顔を、泣きそうな顔を、見たくない」

純一「…………」

塚原「橘君、無理にとまでは言わないわ。でも、これは私の願い事でもあるの。
   卒業するまでに、私はどうにかあの子に笑顔を取り戻したい」

純一「……でも、僕は森島先輩が笑ってる所を見ましたよ…」

塚原「本当に?それは、確かにはるかの笑顔だった?」

純一「え……?」

塚原「貴方はそのはるかの笑顔が──何時も通りの表情だと思ったの?
   私は、そうは思わない。だって、ここ最近、ずっとそうだもの」

純一「それは……僕には、わからないですよ──」

塚原「え……?」

純一「──だって、僕は……最近なんてことは全部、もう…」

純一(僕には……わからない。だって記憶が無いんだから…
   幾らその時に、森島先輩が……笑っていたとしても)

純一(今の僕には……僕という自分は、なにもしらないんだから──)




(僕だって──あんなに笑った先輩の顔、見たことなかったな……)

162: 2011/11/23(水) 18:20:36.41 ID:If8wb+Z80
純一「っ……!?」

純一「あんなに、笑った先輩の顔……?」

純一(待て、確かに僕は……最近の先輩の笑顔の不具合を知らない。記憶が無い。
   でも、それでも……あの眩しかったころの先輩の──笑顔を覚えている…)

純一(だって僕は、そんな笑顔を浮かべる先輩が好きで……ずっと特別綺麗な笑顔を好きになって…)

純一「だから綺麗な、輝かしい笑顔を──ちゃんと覚えてるんだ」

塚原「た、橘くん…?大丈夫?」

純一「──塚原先輩、僕は……」



倉庫内

森島「うんしょ、うんしょ……ふぅ~、意外ときっついものね~」がたん

森島「………」

森島「──う~ん、ぱっ!!」ちらり

森島「うーん、だめね……こうやって目を閉じて、ぱって開けたら妖精さんがぱぱっと
   片づけてくれやしないかって思ったけど」

森島「そんなに甘くないか~…はぁーあ、響ちゃん遅いなー。ちゃんと手伝いに来てくれるって
   いってくれたのにぃ~」

森島「……ふぅ」

森島「………なんだろうなぁ。こうやって一人で倉庫とか、いると──」

森島「………………」

164: 2011/11/23(水) 18:22:38.49 ID:If8wb+Z80
森島「……ううん、ダメダメ! しゃきっとしなきゃ!」ぱんぱん!

森島「まだまだ先は長そうだし! 頑張って行かなくちゃ──」がさがさ

ぐらぐら……

森島「ふぇ…? あ、なんか倒れそ───」


「せんぱいっ!!」がらり!!


森島「え、誰──……きゃっ!?」

がらがらがっしゃーん

「──いつつ……」

森島「けほ、けほっ……なにもーう──急に抱きついてきて、あぶないじゃないっ」

「い、いや…先輩。もうちょっと周りを見てくださいよ…」

森島「え?……わぁーお。これは掃除が大変そうね」

「……本当に、先輩らしいですね。なんていうかその、能天気というか」

森島「むむむ。そんな失礼なことを言うキミは誰か……な…」

「……。どうも、昨日ぶりですね先輩」

森島「──橘くん……?」

純一「はい、こんにちわ森島先輩。怪我は無いですか?」

森島「え、ええ……怪我はないわ!」がばっ

純一「あ、待ってください!……先輩の髪の毛が、ネットに引っ掛かって……」

166: 2011/11/23(水) 18:23:32.81 ID:If8wb+Z80
森島「え、う、うん……」

純一「いま、僕がほどきますから……ちょっと待っててくださいね」

森島「あ、ありがとう……」

純一「えっと…こうやって、そうやって……」

森島「……………」

純一「──よし、取れた。これで良いですよ、先輩」

森島「──え?あ、う、うん……ありがと。橘くん……」

純一「いえいえ……これぐらい、なんてことないですよ」

森島「…………」

純一「…………あの、先輩」

森島「ひゃい!? なに、橘くん!?」

純一「えっと、その僕的には良いんですけど……そろそろ僕のお腹の上から退いてもらえると…はい」

森島「え、あ、ごめんなさい……!!わ、わたしったら……重かった?」

純一「い、いいえ!まったくもって全然!」

純一「むしろもっと乗ってもらいたかったぐらいですよ!」

森島「え…あ、そうなの……?」

純一「もちろん!こう力を込めてでも──っていやいや!違いますよ!?やましい気持ちとかじゃなくて!」

森島「……へぇ~、橘君は…私に力を込めて、お腹に乗ってもらいたかったんだ」

170: 2011/11/23(水) 18:26:12.20 ID:If8wb+Z80
純一「い、いや……そうじゃなくて!!
   で、でもですね…森島先輩に、なら…誰でも自分に乗ってほしいって思ってる思いますよ……!!」

森島「じゃあ、橘君は?」

純一「も、もちろん……その乗ってもらいたいです!はい!」

森島「…………」

純一「…………」

森島「……ふ、ふふ──相変らず、橘君は面白いわね。尊敬しちゃうわ」

純一「あ、はは……それほどでも」

森島「……」

純一「……」

森島「──えっとその、そしたら。改めて聞くけど橘君。ここになにしにきたの?」

純一「先輩に会いにきました。森島先輩にです」

森島「……どうして、かしら。……私は橘くんと、その…」

純一「──…もうこれからは、会いたくなかった。卒業まで、自分が居なくなるまで……ですか?」

森島「っ……そうじゃない、そうじゃないのっ!でも、でも……」

純一「僕は会いたかったですよ。先輩と」

森島「──えっ……?」

純一「先輩と、ちゃんと会話をしたかったです。なにがあっても、先輩とは不仲になりたくない。
   それが僕の考えであって──それが、僕の頑なな勇気です」

森島「勇気……?」

172: 2011/11/23(水) 18:28:35.01 ID:If8wb+Z80
純一「ええ、そうです。僕は勇気をつけて──ここにいます。逃げ出さずに、貴方の目に映ることを恐れずに、
   頑張ってこの場所に立ってます」

森島「橘君……」

純一「先輩……僕は、貴方の笑顔が見たいんです」

森島「笑顔が…?」

純一「──ええ、僕は何時も輝いている先輩の笑顔……それが、本当に見たい。
   貴方が無理をして──笑顔を増やそうとしても、それじゃだめなんです」

純一「僕はあの時の笑顔が見たい。知っている笑顔をまた、見たい。それがどれだけ身勝手な意見だってことは、
   ちゃんと理解もしてます。でも……でも、僕はそうじゃなきゃ…そうじゃなきゃ…」

森島「……………」

純一「……そうじゃなきゃ、諦めるのも諦めつかないんです!」

森島「橘君、貴方……」

純一「お願いします、先輩!! どうか、僕に貴方の願いをかなえさせてください!!」ばっ

純一「どうしたら、貴方は笑ってくれますか!? あの時の輝きを、取り戻してくれますか!?」

純一「僕が、全然……お呼びじゃないっていうんだったら、もう、ここで帰ります」

純一「いつかは誰かが……先輩の笑顔を取り戻してれると思いますし…」

純一「……でも、僕が貴方を。輝日東高で見る最後の姿、なんです」

純一「ですから、僕にとっても……いや、僕が自ら欲しいものなんです。
   だから僕のすべてを投げ出してでも、僕は今、貴方に笑ってほしい」

森島「……。橘君、キミは…私がその、路美雄くんと…」

174: 2011/11/23(水) 18:30:18.97 ID:If8wb+Z80
純一「……もちろん、知ってます。学校で有名ですし、知らない方がおかしい」

森島「それでも──それでも、こんな私に貴方は……色々と投げ出そうとしているの…?」

純一「───……」

森島「…………」

純一「──僕は……」



「まってください!!」



純一「……うぇ?」

森島「え?」

純一「お、お前は──……!」

「──はい、先輩。ぼくです」

樹里「一年の樹里 路美雄です──そして、」すたすた…

森島「きゃっ」ぐいっ

樹里「──森島先輩の、彼氏でもあります」

純一「…………」

森島「ろ、路美雄くん……っ!」

樹里「先輩は、少し大人しくしてもらっても良いですか。
   ……今は、橘先輩と喋っています」

純一「──こら、一年坊主。なにを先輩に向かって偉そうな口を聞いてるんだ」

176: 2011/11/23(水) 18:31:54.58 ID:If8wb+Z80
樹里「外野はだまっててください」

純一(ぐ……別に外野じゃないだろ僕は…っ!!)

森島「でも、それは──」

樹里「──いいんです、これはぼくも予想してました。ですから、お願いします」

森島「…………」

樹里「……。ありがとうございます──では橘先輩。僕の彼女となにをしてたんですか」

純一「僕は、ただ──」

樹里「……また、口だけの良いこと言って。先輩をたぶらかそうとしてたんじゃないですか」

純一「なっ──なにを……っ!」

樹里「いいえ、それが嘘だとは言わせません。絶対に」

純一「なに、を……なにを根拠にそんなことを!」

樹里「……根拠? そんなもの、貴方の胸に手を当てて聞いてみてくださいよ」

樹里「貴方は最低だ──僕は、心から軽蔑する。なにもかも手に入れてるくせに……
   一つだけを手に入れたいと願った者すら……貴方はすべて持っていく」

樹里「それがどれだけの不幸を生むか──貴方はわかっていない」

純一「……僕は、なにも手に入れてなんか…」

樹里「何を言ってるんですか。貴方は、すでに色々なものを手に入れていたでしょう」

樹里「少し貴方の子と調べさせてもらいましたが──
   ──幼馴染、友達、クラスメイト、下級生二人に……そして上級生」

178: 2011/11/23(水) 18:32:48.38 ID:If8wb+Z80
樹里「これだけの人を……貴方は選べる立場、でいた。まるでどっかの漫画の主人公のように、
   より取り見取りだったでしょうね……全てが、あるすべてが全部」

樹里「貴方の思い通りだったはずだ」

純一「そん、な考え方は……おかしいだろっ」

樹里「おかしい? 本当ですか? ──貴方はそれ自体を、楽しんでたんじゃないんですか?
   まるで王のように、好きな女の子を選べる自分……」

樹里「それを心から楽しんで、生きていたんじゃないんですか?」

純一「──お前、それ本気で言ってるのか……?」

樹里「本気ですよ。なら、貴方も本気で言ってくださいよ。
   ぼくはぼくで、貴方は貴方の本気をいってくださいよ」

樹里「もっともらしい口調で、どうかご教授いただきたいものです」

純一「……ッ」

樹里「……どうしたんですか? ほら、やっぱりそうなんでしょう?
   橘先輩は、なにも考えていない。ろくな言い訳もつくっていない」

樹里「だったら──それは、僕が言った通りなんじゃないんですか?」

樹里「貴方は、何も考えていない。ただただ──目の前にある餌に群がる馬か何かだ。
   美味しい餌を選んで、色々なえさをつまみぐい」

樹里「その後に残った全ての物を──後は無視して、一番のお気に入りを手に入れる」

樹里「それが、橘先輩。貴方なんですよ」

180: 2011/11/23(水) 18:34:16.00 ID:If8wb+Z80
純一「……………」

樹里「後に残ったものの不幸も考えず──目の前にある幸せを貪る貴方に、
   ……森島先輩の前に立つことすら、ぼくは嫌悪します」

純一「……………」

樹里「──行きましょう、森島先輩。ここは後でぼくと一緒にかたづけましょう」

森島「橘君……」

樹里「だめです、先輩。なにも喋りかけちゃだめです。
   ……そうしたら、ただつけ上がるだけですから」

森島「…………」

樹里「……では、先輩。これで」すたすた…

純一「…………」

樹里「──もう二度と、森島先輩に近づかないでください」

純一「────……」

182: 2011/11/23(水) 18:35:22.74 ID:If8wb+Z80
純一「──待て、樹里 路美雄…」



樹里「……」ぴた…

樹里「なんですか、先輩。まだ何か───」くるっ



樹里「──な、なにやってるんですか……先輩!?」

純一「──なにって……? 見ればわかるだろ。見れば」

樹里「い、いや……た、確かにわかりますけど……!」

樹里「なんで、ロープを首に巻いてるんですか……っ?」

純一「はっ。わからないようだな───……見ていろ一年坊主。これが僕の……」

純一「僕の……力ってものだ!!!」ぐぐっ……






純一「わんわんわん!!わんわんわんわーん!!!」ばたばた!!

森島「きゃっ…!」

184: 2011/11/23(水) 18:37:08.65 ID:If8wb+Z80
純一「わんわん~……わんわん!!へっへっへ……!!」

森島「ちょ、橘君……?」

純一「わんわん? わんわん~…」

森島「え……橘じゃないですって?」

純一「わんわん! わぅーん!!」

森島「──なるほど、貴方の名前はジュンなのねっ」

ジュン「わんわん!!わんわん!!わぉーん!!」

森島「あら、かわいいわぁ~! それじゃあ、お手」

ジュン「わんっ」ぽすっ

森島「おかわりっ!」

ジュン「わわんっ」ぽすっ

森島「わぁお!キレがいいわぁ!じゃあこれは出来るかなー……ちOちん!」

ジュン「わん!へっへっへっへ……!!」ささっ

樹里「な、なにやってんだ貴方達は──……ッ!?」

ジュン「わんわん!!」

森島「あ、それじゃあ……さっき倉庫で見つけた、犬耳を付けてあげるわ!」すっ…

ジュン「わぉーん!!」

森島「あら、気にいってくれたの?いいこね~よしよし~」さすさす

ジュン「わ、わふっ……オフッ……く、くぅ~ん…!」

186: 2011/11/23(水) 18:38:06.22 ID:If8wb+Z80
森島「え、なになに? もっと下だって?──ここら辺かしら?」

ジュン「オ、オフッ……ウッフ…!」

樹里「──せ、先輩!!森島先輩ってば!!」

森島「──うふふ~。よしよし~」

樹里「なっ──ぼ、ぼくの声が……届いてない、だと…?」

ジュン「──もう、無理さ。一年坊主」

樹里「な、なに……?!」

ジュン「僕はもう──完璧に犬になりきっている。
    この状態になったらもはや、僕ですら……いや、塚原先輩でも。森島先輩をとめやできない」

樹里「な、なんなんだその自信は…!」

ジュン「自信?──馬鹿言っちゃ困る、路美雄……お前はなにもわかっちゃいない」

樹里(な、なんだよこの迫力──……)

ジュン「僕はそもそも──犬なんだよ。餌をもらい、遊んでもらい、お返しに楽しませてあげる。
    それが犬にとっての至福。そして全てだ」

ジュン「お前は──最初から間違ってるんだ。僕が選ぶんじゃない、僕が彼女たちを指定するんじゃない。
    全ては……ご主人様、その方たちからいただけるものが全てなんだ!!」

樹里「なっ……そんな、そんな人間がいるわけ……」

ジュン「いるさ。今、お前の目の前に……」すっ…

森島「わぁお!ジュンは立つこともできるのね!」

ジュン「わふぅん!───さぁ、目に焼き付けろ。これが僕の本気だ」

ジュン「お前が言った通り、これが僕の本気──あらんかぎりを出しつくした、僕の全てだ」

188: 2011/11/23(水) 18:39:38.33 ID:If8wb+Z80
樹里「う、うそだ……そんなのただ、の…戯言にしかすぎない!!」

ジュン「……そうかな。僕はこれが全てだと思うよ」

すっ…

純一「──路美雄、お前が言ってることも……僕も分かるよ。なんだって全てを取られたら、
   そいつを恨みたくなるのも分かるさ」

純一「僕だって頑張ったのに、頑張ったのに報われない結果だけがくる……なんて悲しすぎるじゃないか」

樹里「………アンタに、なにがわかるっていうんだ……っ!」

純一「わかるよ。わかるんだよ……だからこそ、君が森島先輩を好きになった理由も分かる」

樹里「っ……!」

純一「──だから、僕は否定する。君が言った言葉を全て、全部ひっくるめて否定してやる。
   僕が犬だからって、そういうことじゃなくても。僕は君を否定したい」

純一「──聞いてくれませんか、森島先輩」

森島「……え?あ、橘君……もしかして今まで、どっか行ってた?」

純一「いいえ、ずっとそばにいましたよ。ずっとみてました」

純一「今までずっと……多分、僕が記憶が無い時も…ずっと貴方を見ていたんだと思います」

森島「橘君……」

純一「だからこれからも、そしてこれからさきも……どうか、森島先輩を見させてください」

純一「その、笑顔を。ずっと」

森島「───橘く……」

190: 2011/11/23(水) 18:40:35.87 ID:If8wb+Z80
「ぼ、ぼくだって……!!森島先輩!!」

森島「ろ、路美雄くん……!」

樹里「ぼくも……ぼくだって負けてません!!ずっと貴方を見てました!!」

純一「お前……」

樹里「なにがあっても貴方を好きになり続けるって…!!毎晩毎晩、寝る前に誓って寝たこともあります!!
   森島先輩を好きだと言う気持ちは、誰にだって負けるつもりはありません!!」

純一(……え?あれ、こいつ…森島先輩とつきあってたんじゃ…)

森島「でも、貴方は……」

樹里「──はい、知ってお通り……僕はそろそろ学校をやめます」

純一「や、辞める……?どういうことだよ、お前…」

樹里「っ……それは、その…」


「──それは、私から説明してあげるわ」


純一「なっ……この声はっ!」

がらり…

塚原「こんにちわ、橘君、樹里君」

純一「つ、塚原先輩……!!」

樹里「……塚原先輩…」

森島「あ、ひびきちゃ~んっ!」

192: 2011/11/23(水) 18:41:51.09 ID:If8wb+Z80
塚原「……。面々が募ってるみたいね、私も頑張ったかいがあったものよ」

純一「塚原先輩…? これはどういう…?」

塚原「……騙してごめんなさい、橘君──そうね、いちから説明してあげるわ」


数十分後

純一「──い、許嫁……?」

塚原「そうなの。この子──樹里君だけど、家が凄い所でね。
   親同士が決めた結婚相手がいるの」

樹里「……」

純一「それで、なんですか……それが何の関係が?」

樹里「……ぼくは、その女性とは結婚したくはないんです。
   実はこうやって輝日東高に入学したのも…親の反対を押し切ってのことだったんです」

塚原「……でね、樹里君がいうには──親は学校で交際が出来たとき……それが許嫁との
   結婚を取りやめることにするって言ってきたらしいの」

純一「は、はぁー……僕にはよくわからない所の話ですね……」

塚原「私も橘君と同意見よ。でも、それを真っ向から本気で、最大的に信じて──」

森島「………」

塚原「調子に乗っちゃった子が一人、ここにいるわけ」

樹里「でも、それは──……」

塚原「──そうね、確かに君も悪い」

195: 2011/11/23(水) 18:42:48.11 ID:If8wb+Z80
樹里「…………」

塚原「そんな事を言ってしまえば……事実じゃないながらも、
   はるかと付き合える確率が上がるって事は貴方も理解出来てたはず」

樹里「……はい」

塚原「──それに、はるか」

森島「……なによぉ、ひびきちゃん…」

塚原「貴方も悪い。悪ノリが過ぎたわ」

森島「……ひびきちゃんだって、最初は乗ってたクセに…」

塚原「そうね、私も最初は話に乗ったわ。でも──」ちら

純一「っ!」

塚原「──彼がここまでショックを受けるなんて、ちょっと予想外だったのよ」

塚原「……一応、私も一通り──橘君を見ていたつもりだったけど。
   まさか、はるかが付き合ったなんてことを、まっこうに信じるとは思わなくて…」

純一(……。たぶんこれは、僕が記憶が無い期間のことなんだろう…
   そうか、僕ってば落ち込んでたのか……)

塚原「ごめんなさい、橘君。私も貴方に……謝罪しなければならないわ」

純一「え、いや……でも結局は、路美雄の思惑は理解できましたけど…
   森島先輩と、塚原先輩の考えがよくわからないんですけど…?」

塚原「…そうかしら?少し考えてみれば、わかることだと私は思うけど」

純一「え……?」

樹里「…………僕が言った通り、橘先輩は他の人ばっかり相手をしていたでしょう」

純一「え、いやだからそれは……」

197: 2011/11/23(水) 18:44:10.08 ID:If8wb+Z80
樹里「──はい、もうわかってます。あれだけのものを見せられたんです、嫌でも分かります」

純一「あ、そう? ならいいけど……」

樹里「でも、はたからみればそれは……僕が言った通りにしか見えないんです。
   先輩の凄さは分かりましたが、それも見せられない限り、他人は勘違いしていく」

純一「勘違、い……──まさか…」くるっ

森島「っ……なによー、橘君っ!私の顔になにかついてるっ?」

純一「いえ、なにもついてませんけど……え、でも…えっ!?」

塚原「……ま、そんな感じでね。はるかが変に意識しちゃったもんだから、
   こうやって曲がりくねっておかしくなって」

塚原「──はるかはちゃんと笑わなくなり、樹里君もそんなはるかにヤキモキし。
   橘君は落ち込んで酷いことになった。というわけ」

塚原「わかったかしら、橘君。これがこの倉庫での出来事の真実。
   ……あ、ついでに言うとここに樹里君呼んだのも私」

純一「え……?」

塚原「あと、寝坊して倉庫の掃除って言われたはるかも、実はこれ水泳部の仕事」

森島「へ……?」

塚原「あと樹里君……君にはとっても不利な状況だと知ってて送ったのも……私」

樹里「………」

純一「そしたら全て、塚原先輩の──」

塚原「そう、全部私の策略よ。──まあ、これもすべて上手く言ったのも」

199: 2011/11/23(水) 18:45:16.04 ID:If8wb+Z80
塚原「橘くん──君のおかげでもあって、全ての原因は君でもあるの」

純一「……………」

塚原「責めるつもりは一方ない。だって私たちが悪いんだもの。
   試そうとしたことも悪い、こうやってまた騙したのも私たちが本当に悪者でしょう」

塚原「でもね──わかってほしかったの。君は確かに良い子で、誰に対しても優しいと思う。
   これは君に惚れてない私でも、わかることだわ」

純一「あ、ありがとうございます……で、いいですかね…これ…?」

塚原「いいわ、ほめてるんだもの。
   でも、でも……それが不安で仕方ない人もいるってことも気付いてあげて」

純一「不安……?」

塚原「──さぁ、ここまでお膳立てしてあげたわよ。
   だからここからは、全部貴方がやりなさい……」

塚原「はるか」

森島「…………」

純一「……森島先輩……?」

森島「──ごめんなさい、橘君っ!!」

純一「え、いや、その……騙されてた僕悪かったっていうか…その…」

森島「ううん、これは全部……全部全部わたしのせい…なにもかも、
   わたしがやっちゃったこと……!」

森島「──路美雄くんと付き合ったことにして、キミの興味をひこうって…
   わたしが馬鹿なことをかんがえなきゃ…今まで気まずい雰囲気にならずにすんだと思うのに…」

純一「先輩……」

201: 2011/11/23(水) 18:46:32.89 ID:If8wb+Z80
森島「──でも、許してもらえないよね……キミが傷ついたことは、わたしもすっごくわかってた…
   でも、後に引けなくて…今さら君に、橘君に……言える勇気が無くて……」

純一「…………」

森島「ずるずる引き摺って…卒業まできちゃったの……もう、そこからはどうにでもなれって思っちゃって…
   色々と忘れようって、無くそうって思い始めてね…」

森島「──でも、それでも。私はちゃんと君に謝りたかったっ!
   ごめんなさいって、キミに嘘をついてしまってごめんなさいって……!」

森島「ずっとずっと……謝りたかったの……っ」

塚原「──はるかはずっと悩んでたわ」

純一「塚原先輩……」

塚原「キミを騙してしまったこと、試そうとしてしまったこと。
   それがどんな結果に繋がるかわかってなくて、安易な行動してしまったこと…」

塚原「それは、この私が証明する。
   橘君、キミは幸せ者だって思っていい。このはるかが、他人を悔やみ続けるなんてめったにないもの」

森島「ちょ、ちょっとひびきちゃん……それは言い過ぎじゃない…?」

塚原「黙ってて、はるか」

森島「はい……」

塚原「──そこで、二人とも。橘君と樹里君」

純一&樹里「はい?」

塚原「これから、はるかに告白してくれない?」

203: 2011/11/23(水) 18:47:15.45 ID:If8wb+Z80
純一「は、はいっ!? ほ、本気で言ってるんですか!?塚原先輩!!」

樹里「い、いまここでですか……?」

塚原「そうよ、二人とも。──これでスッキリするでしょう、だって。
   もう悩みなんてないんだもの」

塚原「誰かしらの思惑なんてない、動いてなんかない。
   ──ここにあるのは、好きか嫌いか……これは違うわね」

塚原「ここにあるのは、誰がはるかと付き合えるか。ただそれだけのはずよ」

純一「…………」
樹里「…………」

塚原「──それともなにかしら、キミら二人は。
   負けるんじゃないかって自信が無いの?」

純一「っ!……」
樹里「っ………」

塚原「よろしい。じゃあ、はるか。告白タイム……スタート」

森島「へ、へっ!? 本当にするきなのひびきちゃん!」

塚原「私は留めても良いけど──もう、既に二人は本気よ」

純一「…………」

樹里「…………」

森島「…えっと、その……ふたりとも、眼が怖い…かな?」

205: 2011/11/23(水) 18:48:36.10 ID:If8wb+Z80
樹里「先輩──……」

森島「は、はいっ!」

樹里「──ぼくは確かに、ただの坊ちゃんで。なにも森島先輩を楽しませることが無かったと思います」

森島「……そんなことなかったよ、本当に」

樹里「いいえ、さっきの橘先輩との……その、絡み合いで…よくわかりました。
   だからといって…ぼくは橘先輩のように人間を止めるなんてことはできません…」

純一「おい」

樹里「──でも、ぼくは貴方のことが好きです」

森島「──っ……!」

樹里「半端な気持ちじゃなく、心から……先輩のことが好きです。まだまだ先輩のことがわからないことだらけだけど…
   それもゆっくり、理解していくつもりです」

樹里「森島先輩、ぼくと付き合ってください……!!」すっ…

森島「路美雄君……」

純一「──先輩……」

森島「……橘君…」

純一「僕はその、えっと……」

純一(──ああ、だめだ!なんか頭がごちゃごちゃしてる!さっきは路美雄にかっこいいこといってやったのに!)

純一(ど、どうしよう……僕ってば肝心な時に限ってこう、緊張しちゃうからなぁ……あっ!)

207: 2011/11/23(水) 18:49:40.80 ID:If8wb+Z80
純一(そうだ──なにか頭がごちゃごちゃしていると思ってたら……そうだよ、この感覚は!)

純一(なにかを思い出しそうになってるときだ!なんだろう、これ……僕は何を思い出しそうになってるんだ…?)

森島「橘君……?」

純一「え、あ、はい…!今から告白します……!」

純一(えーとっ……良く思い返して、考える……そして実行!)

純一「森島先輩……」


純一「……一生、僕に膝の裏を舐めさせてください!!お願いします!!」

森島「………」

純一(ど、どうだ……僕の渾身の告白は……)ちら

森島「~~~~……」

純一(あ、なんかすっごい悩んでる! あれ、失敗したこれ!?)ちら

樹里「────」

純一(コイツはドン引きしてるな……なんだよ、お前の性格だって僕は嫌いだぞ!)ちら

塚原「ッ──ッッ~~~!!」ぴくぴく

純一(塚原先輩は……なんだろ、お腹痛いのかな…?)

森島「───わかった、よーくわかったわキミたち」

純一「ほ、ホントですかっ!?」
樹里「……本当にですか?」

209: 2011/11/23(水) 18:50:47.74 ID:If8wb+Z80
森島「どっちも良い告白だったわ。それはもう、私の心にストライクで来るぐらい……
   本当にいい告白だと私は思うわ!」

純一「や、やった…!」
樹里「…………。森島先輩は、どちらを選んでくれるんですか?」

森島「え、どっちもダメ?」

純一&樹里「………」

純一&樹里「え?」

森島「んーとね、確かにキュンとくる告白だったわ!
   でもでも、ちょっと熱意が足りないっていうか──」

純一「ね、熱意ですか!? 熱意ならありあまるほどにここに!ありますから!」
樹里「ぼ、ぼくも熱意ならまけないですよ!!森島先輩だったら、なんだってします!」

森島「──ホントに?なんだってできる?」

純一&樹里「は、はい……!!」

森島「じゃあ、ひびきちゃん。出番よー」

純一&樹里「……え?」

「──ふふ、なるほどねキミたち……どうやら私と勝負がしたいってワケなのね…」

純一「え、いや……塚原先輩…?」
樹里「ちょ、ちょっとまってください……ぼくにはよく展開がつかめないでいるんですけど…ッ」

塚原「──大丈夫、心配しなくていいのよ。直ぐ終わるわ」

211: 2011/11/23(水) 18:51:51.88 ID:If8wb+Z80
塚原「──水泳部直伝、登下校坂ランニングコース……通称〝ナナサキ〟。これに誘ってあげるから」

純一「つ、塚原先輩目が怖い……!!」

樹里「も、森島先輩……!?これ、どういう…!?」

森島「きゃー! ひびきちゃんカッコイー!」

純一&樹里(かっこ、いい……!?)

塚原「……ふふ、わかったかしら二人とも。この勝負に勝てば、どうやらはるかに気にいってもらえるって事を」

純一「……」
樹里「……」

塚原「──良い眼ね、二人とも。スカウトしたいぐらいだわ」

塚原「その思い──本物なら、この勝負で私に勝ってみなさい!!」

純一&樹里「──はい……!!」



一時間後

「はぁっ……はぁっ……」
「はぁっ…ぼ、ぼく…もうだめです……はぁ!」

純一「ば、馬鹿野郎!ここまで来たんだ、ゴールまで行くぞ!」

樹里「も、もう無理ですよ……! ぼくはあんまり体力ないですし……!」

純一「僕だってないよ…!でも、二人でガンバってここまできたんだろ…!」

樹里「……た、確かにそうですけど……あっ!先輩前!」

213: 2011/11/23(水) 18:52:33.30 ID:If8wb+Z80
純一「え──ごは!」ごちん

樹里「はぁっ……はぁっ…ちゃんと前を向いて走らないと、ダメですよ先輩……」すっ

純一「う、ううん……まさか電柱があるとは……さんきゅ、路美雄……」ぐいっ…

樹里「…ふぅ……というか、塚原先輩…影すら見えませんね……」

純一「はぁ……そうだな、もうゴールしてるんだろうな……」

樹里「……行きましょうか、先輩…」たったった…

純一「ああ、そうだな……」たったった…


校門前

森島「お疲れ、ひびきちゃん」

塚原「──ん、ありがと。はるか」

森島「ダントツだったね~。というか、スタートした瞬間からひびきちゃんの姿消えてたし」

塚原「そうかしら? いつもどおりに走っただけだけどね」

森島「ふーん……そうなんだ」

塚原「なによ、はるか。文句でもあるの?」

森島「べっつにぃ~…ただ、ひびきちゃんなら一時間もかからないって思ったんだけどなぁ」

塚原「……あらあら、お見通しで」

森島「まぁね~。たびたび二人に、背中を見せることでやる気を出してたんでしょ?」

215: 2011/11/23(水) 18:53:16.66 ID:If8wb+Z80
塚原「……二人は確かに強い思いを持ってるけど、ことそれが他の場面で出さないといけない時…
   意外ともろくなるものなのよ」

森島「……えっと、それ経験談?」

塚原「聞いた話」

森島「えー? つまんないのぉ。ひびきちゃんの恋バナが聞けると思ったのにぃ」

塚原「私のことより……はるか。これでよかったの?」

森島「……うん、おっけーだよ。改めてありがと、ひびきちゃん」

塚原「……。やっとあの子からの告白が来たって言うのにね」

森島「……」

塚原「…嬉しくなかったの?」

森島「──ううん、嬉しかった。本当に、すっごく嬉しかった。
   それでもって……やっぱり好きなんだなって、思ったの」

塚原「それなら、どうして…」

森島「うーんとね!……あれかな、ざいあくかん?」

塚原「……まさか、はるかからその言葉を聞くとは思わなかったわ…」

森島「もぉう! ひびきちゃん、さっきから私をばかにしすぎっ!」

塚原「ごめん、本当に思ったことだったから……でも、それはもうちゃんと、
   彼に謝ったじゃない。きちんと」

森島「………そうなんだけどね」

217: 2011/11/23(水) 18:54:22.15 ID:If8wb+Z80
森島「でもさ急にだけどね──ちょっと彼、かっこよくなったって思わない?」

塚原「……え?橘君のこと?」

森島「そうそう!──前までは、なんかこうカワイー子犬ちゃん見たいだったのに…
   今はまるでドーベルマン!みたいな感じかな」

塚原「それは変わりすぎね……」

森島「本当よ? だって、ひびきちゃんだって実はそう思ってるでしょ?」

塚原「え、なに急に……!」

森島「──だって、私が言いだした偽彼氏の時に……橘君が落ち込んじゃって。
   それに私の次に落ち込んでたの──ひびきちゃんじゃない」

塚原「なっ──そ、それは…その偽彼氏を知ってるのが私だけって話で……!」

森島「ふふ、そうだけどね。でも、その後……わたしがくじけちゃって、なにもかも
   忘れようとしてた時……それでもずっとあの子のこと心配してたのは──」

森島「──ひびきちゃんでしょ?」

塚原「ま、まって! それはそうだけど…ちょっと勘ぐりすぎじゃないっ?」

森島「そう? 私はそうは思わないけどなぁ……ひびきちゃん自身が気づいてないだけかもよ?」

塚原「そ、それは……私のことだから、はるかみたいに適当に生きてないから…ちゃんとわかってるつもり!」

森島「……ひびきちゃん、可愛いね」

塚原「なっ……」ぷしゅー

森島「──あのね、だからって。私はあの子を譲るつもりはないから」

塚原「だ、だからっ……わたしは…っ!」

219: 2011/11/23(水) 18:55:47.16 ID:If8wb+Z80
森島「でも、ひびきちゃんには幸せになってほしいし、私もひびきちゃんと仲悪くなんかなりたくない」

塚原「………もう、本当にはるかは…」

森島「ふふっ! だってもうこりごりだもの。
   いままでずっと悩み続けてたがばかみたい……本当に、橘君に感謝しなくちゃ」

塚原「……そうね、ちゃんとお礼を言わなくちゃね」


「はっ…はっ……路、路美雄…もうすぐだ……ぞ!!」
「は、はい……せんぱい……はぁ…はぁ…!」

森島(橘君──私も大好きよ。でも、まだ…私は素直に受け止められない)

純一「はぁっ……あれ、先輩たちじゃないか……!?」

森島(キミは本当に凄くて……いっつも私は感心されっぱなし)

純一「──あ、こら路美雄! くずれおちるな! 最後の坂だぞ!!」

森島(いつもキミは優しくて、心強くて)

純一「ほら、肩貸してやるから……いくぞ、はぁっ…はぁっ…!!」

森島(とってもとっても頑張り屋さん……)

純一「はぁっ……はぁっ…!!もう少し、もうすこし……!!」

森島(そんなキミを──そんな貴方を、私は心から……)

森島「──二人ともぉー!ゴールは目の前よ!ファイトー!」

純一「はぁっ……ほら、路美雄ッ…先輩が応援してくれてるぞ……!!」

路美雄「ふぇ…?」

森島「がんばれぇー!!まけるなぁー!!」

221: 2011/11/23(水) 18:57:00.11 ID:If8wb+Z80
森島(ずっとずっと……好きでいられると思うの)

純一「ご、ごっぉおおおお……るぅ……!!!」どしゃ

森島「──お疲れさま、橘君」

純一「はぁっ……は、はい……なんかもう、暗くなってますね…すみません…」

森島「いや、いいのよ。十分、これで十分なの」

純一「はぁっ…はぁっ…え? どういう意味ですか……?」

森島「──よいしょ。これで二人からは見えないかな…?」

純一「え──なにも、ふぇ?」ちゅ


森島「──今はほっぺにしかできないけど、いつかは。ね?」

純一「え、な、あ、は、はい……ぐるー」

森島「わぁお! 橘君、いきなり白目向いてどうしたのっ?」

塚原「あ……それ過呼吸!」

森島「かこきゅう……?ひびきちゃん、それなに?」

塚原「病名を説明してる暇なんてないわよ! はやく保健室にいかないと!」

森島「え、ホントに? そ、それじゃ早速、運ばないと…うーん、重い!」

塚原「ああ、もう。私が彼を運ぶから、はるかは樹里君を頼むわよ!」

森島「へ、わかったわ……」

びゅん

森島「わぁお! ひびきちゃんたら、なにやら必[ピーーー]~……ふふ」

223: 2011/11/23(水) 18:58:09.57 ID:If8wb+Z80
樹里「森島、先輩……」

森島「あら、もう起きて大丈夫なの?」

樹里「……ええ……何度か橘先輩に背負ってもらってましたし…」

森島「わぁおー……彼って案外、体力があったのね」

樹里「──いえ、違うと思います」

森島「え?どういうこと?」

樹里「──あの人は、本気なんです。色々と…」

樹里「なににたいしても、一生懸命になれる…とことん頑張れる」

樹里「憎まれ口叩いたぼくにたいしても、橘先輩は……すぐに助けてくれました…」

森島「うん、しってるわ。彼はそんな子だもの」

樹里「──……完敗です。これはもう、何も言えないぐらいに……ぼくは負けました」

森島「…………」

樹里「──先輩、いままでぼくのわがままに付き合ってくださって本当にありがとうございました」

森島「いいのよ、わたしもけっこう楽しかったし」

樹里「あはは……それを言っていただけると、幸いです──それと」

森島「うん?どうしたの?」

樹里「……ぼく、まだ学校を続けてみたいと思います」

225: 2011/11/23(水) 18:58:57.96 ID:If8wb+Z80
森島「わぁお!親御さんたちは大丈夫なの?」

樹里「大丈夫じゃないと思いますけど……それでも、頑張れると思うんです」

樹里「これは理屈じゃなくって、ただの妄想かもしれない──
   でも、それをやってのけた人を、ぼくは……見てしまいましたから」

森島「──そう、キミも橘君と出会ってよかったわね。本当に!」

樹里「──ええ、本当に」

樹里「……それじゃあ、ぼくは帰ります。親にさっそく言わなくちゃいけないので…」

森島「ファイトよ!──……樹里君!」

樹里「……はい!先輩も、そんなに気負わないで……素直になってくださいね!」すたすた…

森島「…………」

森島「……ありがと、樹里くん」



森島「………あ、そういえば保健室いかなくちゃ!」

保健室

塚原「ふ、ふくろ……袋……ない、ビニール袋でもいいのに、なにか…なにか…」

純一「」

塚原「──どうしよう、ああ、本当に……っ!」

塚原「……そういえば、過呼吸は…他人の口同士を合わせた空気交流でも治るって……」

227: 2011/11/23(水) 18:59:44.01 ID:If8wb+Z80
塚原「──ってだめよ響!何を考えてるの!これは、これはいけないこと……」

純一「」

塚原「で、でも……今は袋は無いし…橘君も苦しそうだもの……」

塚原「…………………………………………………」

塚原「…………………………………………………ちょとだけなら、うん」すっ…

塚原「っ……」ドキドキドキドキ…

塚原(もう、唇が目の前───!!)すっ

森島「ひびきちゃんいるー?」

塚原「きゃぁああ!!」どすっ

純一 ゴフッッ

塚原「はぁっ…はぁっ…は、反射的に…お腹殴っちゃった…」

森島「え──ひびきちゃん、それがかこきゅうの治療法なの?」

塚原「え、あ、ああ……そうなの!これがね!良い方法なの!」ドスドスドグッ

純一 びくんっ

森島「あ、ホントだ。少し目が覚めそうだわ!」

塚原(え、ホントに……?)

純一「け、けほっ……あ、あれ?ここは……?」

229: 2011/11/23(水) 19:00:42.14 ID:If8wb+Z80
森島「なんかね、橘くん──かこきゅうって奴になってて、ひびきちゃんがここに運んでくれたの」

純一「か、過呼吸……? あ、そういえばゴールしてからの記憶があいまいだ……」

純一(こ、これは記憶が無くなった理由と関係ないよな……なっ!?)

塚原「……コホン。た、橘君…容態はどう?」

純一「え? とりあえずありがとうございます……なんかお腹が痛いですけど…意識もはっきりしてます」

塚原「そ、そう……それはよかったわ、うん」

純一「……?」

塚原(──実はちょっと、口先が触れてたは……自分だけの秘密にしておかなくちゃ…)

塚原「……七咲、ごめんね…」

純一「な、なんか塚原先輩のようす……おかしくありません?」

森島「そう? 何時も通りだともうけど?」

森島「それよりも!ねぇ橘君!牛丼たべいかない?」

純一「へ? 牛丼…?」

森島「そうそう! このまえ樹里君と食べ行った時、すっごく美味しかったの!
   あーんっ!またあの汁気たっぷりのどんぶりに箸を差し込みたいわ!」

純一「えっとその、いいですよべつに」

森島「ほんとにっ!? じゃあじゃあ、ひびきちゃんも一緒にどう?」

塚原「ファースト──……え?うん、いいわよ!全然わたしもいく!」

純一「お、おう……塚原先輩も乗り気だ…!」


森島「オーキドーキー! ならさっそくみんな着替えて、食べに行くわよ!」

231: 2011/11/23(水) 19:01:51.33 ID:If8wb+Z80
………
……




とある放課後
とある廊下
とある人物


「…………」すたすた…


「ご、ごっぉおおおお……るぅ……!!!」


「っ!……あれは──」すた…


「え、な、あ、は、はい……ぐるー」


「──……ッチ。本当にあなたって、何時までも幸せそうね」

「なにもかも、知らないふりをして。何もかも知ってるふりもして。
 そこに何が待ってるかなんて、一切考えてない……」

「弱い皮を、被った人間」

「──私よりも、よっぽど達が悪い……」すたすた…

「──この世界でも、また〝失敗〟しなさい……橘 純一」


前篇 終

234: 2011/11/23(水) 19:15:10.17 ID:If8wb+Z80
美也「にぃにー! あっさだよー!!」

後篇に入ります。

236: 2011/11/23(水) 19:15:56.22 ID:If8wb+Z80
純一「……う、う~ん……もう、朝なのか……美也、もう少し寝させてくれ…」

美也「にぃに──あ、そうじゃなかった……コ、コホン──お兄ちゃん、起きなきゃだめだよ~!」

純一「……うん? なんだよ美也……家だから別に、にぃにでもいいだろ……ふわぁ~…」

美也「な、なにいってるのかな、このお兄ちゃんは……みゃーは高校生になっても、
   そ、そんな呼び方しないよっ」

純一「……? まぁとりあえず起きるけど───」

薫「………」じぃー

純一「───……へっ!? なんで薫がいるんだ、ここに!」

薫「はろー! こうやって妹さんに起こしてもらうなんて、あんたも良い身分ね」

純一「いや、それはなんていうかその……というかその前に、色々と説明してくれっ!」

数分後

純一「──……ぼくを迎えに来たぁ?」

薫「もぐもぐ……そうよー。だってアンタってば、学校くるのけっこう遅いし……なんか
  待ち合わせして会うのもかったるいじゃない?」

純一「ま、まぁ…そうだけどさ…それでも、別に家に来るほどでもないだろっ」

薫「ごくっ…ごくっ……ぷはぁ。やっぱ朝は牛乳に限るわね!
  ──そんな釣れないこと言わないの純一ぃ……あたしとあんたの仲でしょ」

純一「どんな仲だよ……」

薫「んっと……耳をかみあった間柄?」

純一「僕は噛んでないだろっ!薫だけだ!──それと、なに普通に僕の家でご飯食べてるんだよ」

238: 2011/11/23(水) 19:17:11.91 ID:If8wb+Z80
薫「いやー、あんたっちって朝ご飯豪華ね~。見てたらあたしもお腹すいてきちゃってさー」

純一「だからって食べるなよ……まぁ、今日は両親は早出だしいいけどさ……」

薫「そそそ。あたしだって無粋に家族だんらんの朝ご飯中を割っては言ったりしないわよ~。
  あ、美也ちゃん。これてんきゅね~」

美也「あ、は~い」

純一「はぁ……まぁ、わかったよ。でも、来る時ぐらいは前もって連絡してくれよ」

薫「え~……それだと面白みがないじゃないの、色々と」

純一「僕は断然、面白みは無い方がいい」

薫「なによぉ、釣れないわね……ん。そしたら、なにかしら。
  前もって──連絡しておけば、毎日こうやって迎えにきてもいいってワケ?」

純一「そ、それはちょっと勘弁してほしいかな……」

薫「ひっど~いっ! このあたしがあんたの為を思って迎えに来てあげるっていってあげてんのにぃ」

純一「──それ、絶対に僕の為を思ってじゃないだろ……お前が面白いからやってるだけで」

薫「あ、ばれた?」

純一「バレてる」

薫「あははー! ──ま、そうね。冗談はこのへんにしておいて……純一」

純一「ん? どうしたんだ急に」

薫「どうしたじゃないでしょ。今日は、大丈夫なの?」

純一「──うん、大丈夫。ちゃんと昨日のことは覚えてるよ」

240: 2011/11/23(水) 19:18:17.59 ID:If8wb+Z80
薫「そう……それならいいわ。また記憶が吹っ飛んでるーなんて言われたら、困ってたわよ」

純一「……まぁね。僕だって少し、緊張してたよ」

純一「──今、こうやって薫と会話してたけど。これは本当に何時も通りの会話なのかって。
   ちゃんと昨日からの薫との会話なのかって……」

薫「ふーん、そうなの」

純一「おい、なんだよその興味なさそうな感じは……これでも僕は困ってるんだからな」

薫「そう? 案外、大丈夫そうに見えるわよあたしには」

純一「……そうか? いや、これでも結構怖いんだけどな……
   あ、でも朝から突然、薫の顔を見たからそうでもなかったかも」

薫「ちょ、こら。あたしの顔をお化けみたいな例えするのやめなさいよね」

純一「事実を言ったまでだ」

美也「──にぃに……じゃなかった、お兄ちゃん。もう朝ご飯食べたの?
   みゃー早くお皿洗いたいんだけど~」

純一「あ、直ぐ食べるから待っててくれ美也」

数十分後

美也「じゃあ、美也先に出てるからね~。お兄ちゃんも遅れないようにしてよね!」

純一「うん、わかった。美也も事故とか気をつけろよ」

美也「も、もう高校生なんだからそれぐらい大丈夫だよっ。にぃにこそ気を付けなよ!」

純一「ああ、気を付けるよ。いってらっしゃい美也」

美也「いってきまーす」ぱたぱた… がちゃん

242: 2011/11/23(水) 19:19:16.25 ID:If8wb+Z80
薫「ん~……兄妹っていいわね~。あたしもあんな可愛い妹欲しかったなぁ」

純一「…兄妹なんてそう良いもんじゃないぞ」

薫「そお? 美也ちゃんみたいな妹だったらあたし、これでもかって甘やかしちゃうと思うけど」

純一「それはアイツの表向きしか知らないからだよ……よし、僕も着替えるか」

薫「ん、そしたらあたしは居間に居ても良いかしら?」

純一「好きな所に居ていいよ。すぐ着替えるから」

薫「りょーかい」


部屋

純一「………」しゅるしゅる…

純一(──あれから、二日目になる今日。僕の記憶は未だにそれから継続したままだ…)

純一(十二月中旬に寝たときから、二日前にいたるまで……僕の記憶はすっかりなくなっていて。
   年終わりも年明けの記憶もないまま──)

純一(今の僕は、ここにいる……)

純一(その記憶が無くなっている期間……それは様々なことがあって、僕が知らないうちに色々な人が
   すっごく変わってしまっていた……)

純一(──森島先輩は彼氏が出来ていて、薫は転校することになっていて……
   七咲は水泳につきっきりで、中多さんはアニメ研究部に入ってしまっていて…
   梨穂子はなんちゃらリホってアイドルになってたし…)

純一(それに、絢辻さんも変わっていた……)

純一(……その現実を歩んでる彼女たちは、もう僕の知っている彼女たちじゃなかった)

純一(それを知った僕は……とてもショックを受けて、一回だけ本当にくじけそうになって…)

244: 2011/11/23(水) 19:20:23.83 ID:If8wb+Z80
純一「……でも、それでも。僕はどうにかここに居るんだ」

純一「例え──僕が記憶が無いとしても、僕はちゃんとここにいる」

純一「──僕は決して、諦めたりはしない。ちゃんと、ちゃんと記憶を取り戻す…つもりでいるんだ」

純一「……それに、この手紙もある」すっ…

純一「この手紙に書いてあること……そして金の仮面。
   僕はこの確かなてがかりを、しっかり受け止めるんだ」

純一「………」

純一「──よし、じゃあ今日も頑張っていこうじゃないかっ!」

数分後

純一「おーい、薫。もう着替えすんだよー……って」

薫「すぅー…すぅー……」

純一「なに寝てるんだよ薫……」

薫「すぅー…むにゃむにゃ……すぅー…」

純一「くそ、僕だってこの時間帯はまだ寝てるって言うのに……
   こうやって幸せそうに寝てる顔を見ると、なんだかちょっとムカつくな」

薫「すぅー……すぅー……」

純一「…………」

純一「そうだな、少し悪戯してみるか」

246: 2011/11/23(水) 19:21:08.74 ID:If8wb+Z80
純一「まだ登校するまでの時間に余裕はある……」ちらっ

純一「──よし、じゃあ薫。覚悟を決めろよ」

薫「すぅー……んん……すぅー…」

純一「さて、悪戯するって言っても……意外と何も浮かばないなぁ」

純一「なんかこう、良いアイディアはないもんかな……あっ!そうだ!」

純一「前にそう──僕がまだ記憶が無くなる前のじきに、お前に……」

純一「僕は耳を噛まれていたな、そういえば」

純一「うんうん。そしたら普通はお返しをしなくちゃいけないよね。
   噛まれたら噛み返す、これが僕の知っている常識だしね」

薫「すぅ…すぅー……」

純一「薫ぅー…? 僕は今からみみを噛むぞ~? いいなぁ~?」こそこそ…

薫「すぅすぅ……」

純一「よし、確認取れたな。んじゃ、さっそく……」

薫「う、う~ん……むにゃ…すぅー……」

純一「…………」こそこそ…

純一(髪をかき分けてっと……おお、指に髪の毛が絡まっちゃうよ。
   本当に薫の髪の毛はすごいなぁ…)さわさわ

純一(それなのに、しっとりしとした質感…それでいて芯のある髪。
   一見ただのジャングルにしか見えないけど、こうやって改めて触ってみると…)

純一(こう、なんというか……いけない気持ちになってくるよね!)

248: 2011/11/23(水) 19:21:46.59 ID:If8wb+Z80
純一(あ、耳たぶ見えた! よし、じゃあさっそくかみますか……覚悟しろ!薫!)

純一「んー……」すっ

薫「すぅー……すぅ…」

純一 カプッ

薫「──んっ……すぅー…すぅ…」

純一「…………」

薫「すぅー……すぅー…」

純一「──………」もぐもぐ…

薫「んっ……んん……?……んあ……」スゥースゥー…

純一(……意外と起きないもんだなぁ。よし、もう少し強引にいってみるか!)

純一「もぐ……はむはむはむ!」

薫「ちょ……んっ!……やめ、ひゃ……!」

純一「はむはむ……かりかり」

薫「あっ……いたっ……んんっ……ひぅ…」

純一(あれ……なんだろう、お返しに耳を噛んでるだけなのに…)はむはむ

薫「すぅー……ん、あ!……だ、だめ……んっ」

純一(なんだかちょっと……あ、それ以上は考えてはダメだ純一!こ、これは決してやましい思いで
   やっているわけではないんだ…!)はむはむ

薫「ひぅ……ん、いや……そこ、だめ……!」

250: 2011/11/23(水) 19:22:35.80 ID:If8wb+Z80
純一(──これは紳士のたしなみ……そう、そうだよ。これは紳士たる僕のおちゃめなんだ!
   だから絶対にえ、えOちぃとかそんなんじゃないんだよ!)はむはむ

薫「だ、だめよ……そん、な……あっ」

純一(う、うん……だからそうだよっ!薫もちょっと大げさな反応し過ぎだよ!
   もう、これだから紳士力の足りないお子ちゃまは…)はむはむ

純一(──そうだなこれは。僕が、紳士とはいかなるものか薫に教えないとだめだな…!)すっ…

薫「んっ……」すぅすぅ…

純一(……いざ、僕の紳士力を持って──薫に、教えようじゃないか)

純一「……行くぞ、薫」すっ……

薫「──ん……ん、んん?……あれ、あたしって眠って───」

純一(秘儀、耳の中を舐め──あ、やべっ!)ぺろぺろ

薫「──え、ちょ……あひゃひゃひゃ!ちょ、なに……これ、あひゃひゃ!」

純一(ま、まずい…!薫が起きてしまった! こ、これはしかたない…!)ささっ

薫「え、ま、待ちなさい! だ、だれなの耳を舐めてるの……手を離しな──あひゃひゃ!」ばたばた

純一(なんとか視界を封じた! あ、こら暴れるな薫……ちゃんと舐めれないじゃないか!)ぺろぺろ

薫「あひゃひゃ…!ひゃ…ひゃ…!」ばたばた…

純一(こ、こうなったらもう、色々と最後まで僕の力をだしきってやる…!
   どうせ後で酷い目に会うってわかってるんだから……それっ!)ぺろぺろぺろぺろ

薫「ひゃひゃ……ひゃう…ホン、ット…! や、やばいから……! や、やめて……あひゃひゃ…!」ばた…

252: 2011/11/23(水) 19:23:34.28 ID:If8wb+Z80
純一「……っ!」ぺろぺろぺろ

薫「あひゃひゃ……ひゃ、ひゃ……!」ばた…

純一「……はむ、ぺろぺろ…!」

薫「んっ!…ひゃひゃ……も、もうヤメ…ひゃひゃ…っ」びく…

純一(──ん? なんだか大人しくなってきたぞ…これならもしや、
   終わった後も許してもらえるかもしれない……!)

薫「あ、あんた……じゅ、じゅんいちでしょっ!? わ、あひゃひゃ──
  わ、わかってんのよあたしには……っ! あ、あとでホントに覚えておき…あひゃひゃ!」

純一(──だめだ! ばれてしまってる! しかたない……ここは本気で薫を舐めるしかないな!)

薫「そ、そろそろやめないと……──んっ!?」びくん!

純一(それっ! これが僕の本気だ!)ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ

薫「ちょ──それ、は……ひぅっ……あ、だめじゅんいちっ…や、やめな、あっ」びくん…

純一「ん、んん~……!」

薫「か、噛みながら喋るな……!い、息があたって……ひゃうっ」びくんびくん…


数分後

薫「はぁっ……はぁっ…!」くたー…

純一「はぁっ……はぁっ……」

薫「はぁっ……あ、あんた…やってくれたわねホント…はぁっ…はぁっ…」

254: 2011/11/23(水) 19:24:25.48 ID:If8wb+Z80
純一「はぁっ……ま、まぁね……これが僕の本気だよ……」

薫「なんかもう……あたし、怒ってたのに……こう、どうでもよくなってきたわ…」

純一「そ、そうか……僕も、なんであんなに頑張ってたのか…よくわかんなくなってきたよ…」

薫「……馬鹿ね、あんたも……もう、みみの中…べったべたじゃない……!」

純一「そ、そうだね……なんか、ごめん…」

薫「──ふ、ふん。ちょ、ちょっとトイレ借りるわよ……!」

純一「え? ……べ、別にかまわないけど…」

薫「………」

純一「ん? どうしたんだ薫、早く行きなよ」

薫「──純一、手を貸して」

純一「なんだよ…立つぐらい、自分でやれよ」

薫「……っ。い、いいから何も言わずに、手を貸しなさいってば…っ」

純一「……仕方ないなぁ。ほら、手を持って」すっ…

薫「…………」

純一「なんだよ、ほら。僕の手を握って」

薫「──……かしら…」

純一「え? なんだって?よく聞こえないぞ薫」

薫「──だ、抱きかかえてくれない、かしら……って言ったのっ」

256: 2011/11/23(水) 19:26:39.20 ID:If8wb+Z80
純一「……はぁ? なんで僕が──」

薫「あ、あんただって好き勝手したでしょ!? そ、そのお返しよ…っ」

純一「……ま、まぁそれで許してくれるんなら、いいけどさ……」すっ

薫「あ……」ひょい

純一「トイレの前まででいいんだろ」

薫「あ、うん……お願い」


トイレ

純一「ほら、ついたぞ」

薫「そ、そう……ゆっくりおろしなさいよ純一」

純一「はいはい、薫お嬢様……よっと」

薫「………」

純一「なんだよ、まだ僕に頼みごとでもあるのか?」

薫「え、いやっ──そうじゃないけど、あんたって意外と……その、
  体力あるのね……」

純一「え? ……んー、そうかもね。昨日だって色々とかついだ記憶もあるし…」

薫「そ、そう……へぇ、ちょっと見なおしたわ。あんたのこと」

純一「今さらだよ。お前と三年間一緒にいたんだし」

薫「……そうね。確かにそうよね」

258: 2011/11/23(水) 19:27:17.42 ID:If8wb+Z80
登校路

だっだっだっだ…!

純一「はぁっ……お、お前…トイレでなにしてたんだよ……!!
   結局、遅刻しそうになってるじゃないか…!」

薫「はぁっ……う、うるさいわね! 乙女のと、トイレは長いものなのよ……!!」

純一「僕にはわからないよ…! と、とにかく急ぐぞ…!!」

薫「あ、あんたに言われなくてもわかってる……!!」ぎゅん

純一「なっ!? か、薫ひきょうだぞ!」

薫「なーにが卑怯なのよ…!これでも、足はクラスで一番なんだからね……!!」

純一「へ、へー…そうなのか……」

薫「そうなのかって──……あんたも体育の時、見てたじゃないの……っあ…」

純一「んっ!? どうした薫っ?」

薫「──なんでもないわよ、ほら校門見えてきた!あたしは先に行ってるから!」ぎゅん!

純一「え、ちょ、おま……!」

260: 2011/11/23(水) 19:28:03.40 ID:If8wb+Z80
純一「……? ほらとにかく、トイレ入れって。学校遅刻しちゃうぞ」

薫「あ、うん……あんたこそ聞き耳とかたてるんじゃないわよ!」

純一「し、しないよ…」


登校路

だっだっだっだ…!

純一「はぁっ……お、お前…トイレでなにしてたんだよ……!!
   結局、遅刻しそうになってるじゃないか…!」

薫「はぁっ……う、うるさいわね! 乙女のと、トイレは長いものなのよ……!!」

純一「僕にはわからないよ…! と、とにかく急ぐぞ…!!」

薫「あ、あんたに言われなくてもわかってる……!!」ぎゅん

純一「なっ!? か、薫ひきょうだぞ!」

薫「なーにが卑怯なのよ…!これでも、足はクラスで一番なんだからね……!!」

純一「へ、へー…そうなのか……」

薫「そうなのかって──……あんたも体育の時、見てたじゃないの……っあ…」

純一「んっ!? どうした薫っ?」

薫「──なんでもないわよ、ほら校門見えてきた!あたしは先に行ってるから!」ぎゅん!

純一「え、ちょ、おま……!」

262: 2011/11/23(水) 19:28:53.24 ID:If8wb+Z80
教室

梅原「ん?──おう、大将。今日はお偉い出勤だな」

純一「はぁっ…はぁっ……ま、まぁな……ふぅー…」がたん

梅原「今朝からお疲れとはぁー……モテル男はつらいねぇ!」

純一「なに、梅原……お前も朝からなにをいってるんだよ…あー疲れた…」

梅原「しらばっくれんなってー! 聞いたぜ聞いたぜぇ……森島先輩の話だよっ」

純一「え……?」

梅原「なにすっとぼけてんだよ大将。こちとら今朝から噂の持ちきりだぜ?
  ──あの難攻不落の森島先輩を落とした、一年坊主の樹里 路美雄!」

梅原「校内でもトップクラスのカップル認知度だったあの二人相手に……お前さん、
   どうやらアタックしたみてぇじゃねぇか!」

純一「え……いや、梅原…その、なんというか突っ込みたいところはたくさんあるんだが…
   ひとついいか?」

梅原「なんだよ、言ってみな」

純一「その──お前は、僕があの二人の前に行くってのは見てて辛いんじゃなかったのかよ…?」

梅原「……うーん、そんなこと言ったか?」

純一「言った。……それと、あれだけど記憶を問いただすようなことを僕に振るのはやめてくれ…
   今はちょっとそれ、トラウマ気味なんだよ」

梅原「? まぁ、冗談だ大将。確かに俺はそんなことを言ったな。うん」

純一「……じゃ、どうしてだよ」

梅原「──いや、これはだな大将。本当は言いたくなかったんだがよ……実は俺はな、
   お前さんにあんなこと言っておきながら…大将は絶対に、森島先輩の所に行くって思ってたんだ」

264: 2011/11/23(水) 19:29:37.68 ID:If8wb+Z80
純一「え……そうなのか?」

梅原「ああ、そう思ってた。……だって、あんだけ頑張ってたんだぜ?
   どんなときだって、お前は森島先輩のために頑張ってたのを俺は知ってる」

梅原「だからそうそう──森島先輩に彼氏が出来ても、大将は諦めないって思ってた。
   だがら──まぁ、そうだな。確かにここ数日は大将の落ち込み度は凄かったが……」

純一「う、うん……そうだね」

梅原「──でも、昨日からのお前さんはちょっと違うような気がするんだ、俺は」

純一「違うような気がする?どういう意味だよ梅原」

梅原「──いや、俺にもよくはわからねぇけどよ……確かにそう感じるんだって。
   こう、何もかもを忘れてるようでよ……でも、凄く頑張ってるような」

純一「……。曖昧だな、梅原なんか…」

梅原「だから俺にもわかってねぇんだって……でも、これだけは確かだ。
   ──噂されてるどうり、大将が森島先輩カップルに挑んで」

梅原「なにもかもひっくるめて、きれいさっぱりにしちまったってことは」

梅原「それだけで、俺はぁー……もう、わかっちまったよ大将ぅ!」ぐしぐし…

純一「え、お、おい……梅原、急に泣くなよ…みんな見てるぞ…?」

梅原「いやぁー……俺は感動してんだ。本気でよっ!…あんだけ落ち込んでた大将がよぉ…
   こうやって森島先輩のことで頑張ったってことがよぉ~!」

純一「ま、まぁ……そう思われるのは、ちょっと嬉しいけどさ…」

266: 2011/11/23(水) 19:30:17.06 ID:If8wb+Z80
梅原「ぐしっ──それで大将ッ! お前さんは今日から彼女もちなのか!
   かぁーッ……いいねぇ!この幸せ者!」

純一「……え? 違うよ?」

梅原「……へ? い、いや大将……だって森島先輩と付き合ってるんじゃ…?」

純一「……えっと、その──振られた、かな?あはは…」

梅原「へ?た、大将……冗談キツイぜ…まさかそんなことありえるわけ…」

純一「…………」

梅原「ない、だろ…?」

純一「……森島先輩とは、付き合ってないよ。僕は」

梅原「っ……!」だっ!

純一「──ちょ……っ? 梅原っ!?どこいくんだよ!?」がしっ

梅原「なに、言ってんだよ……森島先輩の所に決まってんだろ…ッ!?」

純一「は、はぁっ!? なに、急に熱くなってんだよお前…!」

梅原「こりゃぁ──いくら俺でも許せねぇってもんだ!俺は怒ってるぞ大将ッ!
   なんてたって……こりゃあ、森島先輩でも許せてもんじゃねぇ!」

純一「ちょ、待ってくれ梅原……ッ! これは色々とわけがあってだな……!」

梅原「ワケ? わけってなんだよ大将……俺にはわかってんだっ!
   ──あの一年坊主は、森島先輩とは本当はつきあってなかった」

梅原「一年坊主のほうの理由は噂で知ってるけどよ……森島先輩の方は俺でも予想がつくぜ!?
   ──あらかた、お前を色々と試そうとしたってことだろ!?」

268: 2011/11/23(水) 19:31:17.73 ID:If8wb+Z80
梅原「なのによぉ……なのに、そんな全てを知っても大将は森島先輩の告白したって言うのによ…
   俺のことじゃねぇのに…すっげー悔しくてよ…!」

純一「ま、まて梅原…! い、言いたいことは色々とあると思うけどっ。
   と、とりあえず教室じゃみんなが聞いてるから…!」

梅原「……ッ。わかったよ……」

純一「ああ、そしたらとりあえず……人気のない所に行くぞ梅原」

梅原「あいよ……」

がらり… ぴしゃ



「………」

「………ッチ」



自動販売機前

ぴ がたん

梅原「っ……くそ……!」

純一「──ほら、梅原。とりあえず飲んで落ち着けって」ひょい

梅原「………」ぱしっ

純一「……はぁ。朝からいきなり叫ぶなよ…みんな見てたぞ?
   昔からひょうきんだって思ってれば、急に熱くなんのも治ってないよな…」

梅原「……なんだよ、大将……なんでお前さんはそんなに落ちついてんだよ…」

純一「……。いいんだよ、梅原。僕は大丈夫だからさ」

270: 2011/11/23(水) 19:37:44.49 ID:If8wb+Z80
梅原「ウソつくんじゃねぇよ……俺は、俺は…お前の友達だ。親友だ。だからよ…
   お前が思ってることは、ちゃんとわかるってもんだ」

梅原「お前さんがあんだけ悔やんだことを──……そう簡単に、なかったことにされていいのかよ…?」

純一「……そうだね。確かに僕は……僕は、色々と落ち込んだろうと思う。
   もしかしたら氏にたいって思ったのかもね」

純一「でも、でも……僕は、僕だ。
   いくら梅原が自信を持って僕のことを分かるって言っても、わからないことだってあるはずだ」

梅原「大将……なにをいってるんだ、俺にはさっぱりなんだが…?」

純一「あはは。そうだね、確かにそうだよ」

純一「僕は──こうなってよかったって思ってる。
   確かに先輩に彼氏が出来たのは、ショックだったし……わけもわからなくなった」

純一「でも、僕は──ちゃんと知れたんだ。分からないって戸惑ってた自分を、どうにかできたんだ」

純一「僕はそれだけで十分、十分幸せなんだよ梅原……」

梅原「……大将、俺にはやっぱり何を言ってるのか全然わかんねぇよ」

純一「だろうな、ワザとそうしてる」

梅原「……。でもよ、お前さんのその顔をみちゃー……なにも言えなくなっちまった。
   なんだよ、変にスッキリした顔しやがって」

純一「だからいったろ? 僕は大丈夫だって、お前が変に熱くなるから悪いんだよ」

梅原「──っだぁー!なんだよくちくしょー!! なんだか俺はぁースッキリしねぇけど、
   今の大将の表情に免じて、この怒りも抑えようって思っちまった!」

純一「おう、それでいい──ありがとな、梅原」

梅原「ん? なんだよ急に」

272: 2011/11/23(水) 19:38:24.92 ID:If8wb+Z80
純一「いや、だって……僕のことなのにここまで怒ってくれてさ。…ちょっと嬉しかったよ」

梅原「ったりめーだろ大将。俺はお前の親友だ、それぐらいのことで感謝されちゃー
   ……親友って言葉が泣いちまうぜ」

純一「うん、そうだな。梅原もなにかあったら話せよ?
   ──僕も全力で、悔しがって怒ってやるからさ」

梅原「おうっ! 期待してるぜ大将っ!」

純一「あはは……──ん、あれは……」

梅原「んお?……おいおい、噂をすればなんとやらだな」

純一「あ、ああ…そうだな──おーい!二人ともー!」

「……っあ、先輩…」
「橘先輩……」

梅原「えっ!? た、大将!?」

純一「な、なんだよ梅原……急に大声出したらびっくりするだろ」

梅原「い、いやいや……なんでそこで呼ぶんだよっ!?
   だ、だってお前とアイツは……その、色々とアレだろ!?」

純一「え? ──ああ、そういうことか……」

「橘先輩、おはようございます」

純一「うん、おはよう。筋肉痛は大丈夫?」

「──ええ、大丈夫です」

樹里「先輩こそ、大丈夫なんですか?」

274: 2011/11/23(水) 19:38:58.22 ID:If8wb+Z80
純一「あはは…実はちょっと足がきてるんだよね。やっぱりあの坂はやばかったんだよきっと」

樹里「そうですね。確かにあの坂はきつかったです。
   でも、塚原先輩のあの……動きの方が見ててきつかったですよ」

純一「あ、あれか……なんでかわからないけど、塚原先輩……僕らの前に現れては消えるみたいな……
   こう、不可思議な現象を起こしてたよね」

樹里「はい。姿が消えた──と思って顔をあげたら、またそこに居る。
   ぼくはその現象が気になって気になって、ランニングどころじゃなかったですから」

純一「やっぱりあの人は凄い人だ……改めてそう思ったよ」

「先輩、あの……」

純一「ん、七咲もおはよう」

七咲「はい、おはようございます……あの、突然ですけど聞いても良いですか?」

純一「え、いいよ。どうしたの?」

七咲「えっと、その……樹里君とは仲良かったですか? 先輩って」

純一「え、仲良くないよ?」
樹里「ええ、その通りです」

純一「………」
樹里「………」

七咲(仲良さそう……)

つんつん

純一「ん……?」

梅原(おい……た、大将……)

276: 2011/11/23(水) 19:39:40.12 ID:If8wb+Z80
純一「なんだよ、梅原唐突に……」

梅原(な、なんでお前さんこんなにも和気あいあいと一年坊主と会話してるんだ!?
   お前さんは二人の間を引き離した本人だろ……!?)

純一「まぁ。和気あいあいのつもりはないけど、そうだなぁ……」

純一「ちょっと色々とあってさ。まぁ、とりあえず会話してて気まずいことはないよ」

梅原(そ、それは……凄いな大将ッ…! 別れさせた彼氏とも仲良くなっちまったのか!?)

純一「だから仲良くなんかないって……」

樹里「──で、先輩。なんのようでぼくを呼んだんですか?」

純一「あ、えっとその……あれだよ」

純一「二人でいるところが気になってさ。僕も逆に聞くけど、七咲は路美雄とは仲いいの?」

梅原(なっ──下の名前で呼んでるだとたいしょー!?)

七咲「そういうことじゃないんですけど……同じクラスではないですし。
   さっきそこで、ちょっと色々と聞かれてただけですよ」

純一「へぇ、そうなんだ──路美雄、なにを聞いてたの?」

樹里「…………」

純一「あ、えっと……そうだよね。僕が気軽に聞いていいものじゃなかったか…」

樹里「──いえ、いいんです。手間が省けました」

純一「え…?どういうこと?」

樹里「ええ、実は先輩にも聞きたかったことがあったんです。
   ……いや、ちがいますね。先輩じゃないと解決できないことを相談しに来たんです」

278: 2011/11/23(水) 19:40:22.58 ID:If8wb+Z80
七咲「……………」

純一「ぼ、僕じゃないと解決できない問題……?」

樹里「──ここじゃなんですし、とりあえずは他の場所で」

樹里「七咲さん、どうもありがとうございました」

七咲「……え? ああ、うん。別にいいよ」

梅原「───ん、そしたら俺もそろそろ教室に戻るわ」

純一「お。そうか、もうほとぼりは冷めたか?」

梅原「……実はさっきまで全然だったんだが…こんな光景を見せられちゃな。
   あがるもんもあがんねぇよ大将」

純一「そ、そうか……そしたらまた後でな」

梅原「おう、後でな。あとジュースさんきゅーな!」たったった…

七咲「──それじゃあ、先輩。私もこれで」

純一「うん、七咲もまたね。あ、また今度、七咲の泳ぎ見ても良い?」

七咲「ええ、何時でもどうぞ。ぜひ来てください──……」かぁ

純一(え、なんでそこで顔が赤く──ああ!そうだよ僕七咲とキスしてた!)

純一(な、なんで忘れてしまってたんだろう…しかも安易に呼んじゃったし!
   うぅ…今さらながら、恥ずかしくなってきた…)

樹里「──……? 急にお二人とも黙りこんで、どうかしたんですか?」

純一「えっ!? い、いやなんでもないよ!うん!」

七咲「──先輩……あの、その…」すっ…

純一「え、なに七咲……?」

280: 2011/11/23(水) 19:41:14.67 ID:If8wb+Z80
純一(近いよ七咲!?)

七咲「ちょっと静かに聞いててください
   ──私、その……先輩が誰を見てても良いんです。それは気にしません」

純一「え……?なにを、急に……」

七咲「黙って聞いててください。
   えっと……いえ、すみません。本当は気にします──ものすごく気にしますけど…」

七咲「──でも、絶対に。私を……
   その先輩が見てる中に、かならず私は入れといてください……」すっ…

純一「七咲……?」

七咲「……約束ですよ?先輩」

純一「え、えっと……うん、わかった。とりあえずは」

七咲「はいっ。それでは、これで」たったった…

純一「な、なんだったんだろう……七咲…」

純一(で、でも……帰り際の表情…とっても可愛かったな──)

樹里「──こほん、先輩。そろそろいいですか」

純一「ふぇっ!? あ、うん!ごめんね!」

純一(や、やばい……!!よりにもよって路美雄の前でも、森島先輩以外と
   なんかこう……やっちゃった!)

樹里「…………」

純一(怒ってるよね…当たり前だよ、昨日あれだけのことを言われたんだんだ…
   それを言った本人の目の前でやってしまったよ…!)

282: 2011/11/23(水) 19:42:39.74 ID:If8wb+Z80
樹里「……はぁ。別にぼくは森島先輩じゃありませんけど…」

純一「え……?」

樹里「そうやって、怒られるんじゃないかってびくびくしてる先輩って、
   本当に犬みたいですね」

純一「えっとその……あはは! 僕って犬みたいかな?」

樹里「実際に犬になった所を見てますしね。……まぁ、いいです。
   とりあえず……今の橘先輩のこと、べつにぼくは怒ってませんので」

純一「え、でも僕は……」

樹里「──とりあえず、まだ言ってなかったことがあったんで言っておきます。
   先輩、昨日は出過ぎたこと言ってすみませんでした」すっ…

純一「ろ、路美雄……?」

樹里「はっきりいって、ぼくはぼくでまだ不満に思ってます。
   貴方がまだ、色んな女性と関係を持ってることは、そう簡単にはゆるせません」

純一「…………」

樹里「ぼくは……ぼくは、今でも森島先輩が好きです。だからこそ、あの人が悲しむ所はみたくない。
   そうやって貴方が他の女性といちゃいちゃしてると、気が気でないです」

純一「……うん、ごめん」

樹里「ほら、そうやってあやまる所は上手い。そうやって貴方はどんどん……勘違いを起こす人を作る。
   ……まぁ、今のぼくがとやかくいうことはありません」

樹里「とりあえずは、ぼくは貴方が他の女性といちゃいちゃしててもどうも思わないようにします」

純一「え、それは……」

284: 2011/11/23(水) 19:43:48.63 ID:If8wb+Z80
樹里「だって、貴方はそういう人なんでしょう?
   また、今日も貴方は誰かの為に頑張ってる……奉仕を続けて、犬みたいに楽しませ続けてる」

樹里「ぼくが……ぼくが他人の生き方まで、どうこう言えるものでもないと、判断してんです」

純一「ちょ、ちょっとまって……それだと僕、本当に犬みたいな感じじゃないか…?」

樹里「冗談ですよ。あながち冗談とも言えないですけど
   ……でも、そんな先輩は尊敬しますよ」

純一「え、あ、うん……なんかありがとう。路美雄」

樹里「ええ、ですからここで本題です」

純一「本題? ああ、僕にしか解決できないってやつか…」

樹里「そうです。これは──ぼくの考える限り、多分貴方にしか解決できないと思ってます」

純一「えらく持ち上げるなぁ……僕の月のおこづかいは四千円だよ?」

樹里「お金じゃないです。別にお金には困った生活はしてませんから」

純一「ああ、そう……」

樹里「先輩、橘先輩。貴方は本当に人の為になんだってできる人だと、ぼくは思ってる」

樹里「そうだとわかったからこそ──ぼくは森島先輩を諦められた。ですから、そんなあなたに」

純一「お、おう……なんだい、路美雄」

樹里「──とある人を、救ってほしいんです」


とある会場

がやがや…がやがや…

純一「──うっぷ……なんだよ、この人の多さは……!」

286: 2011/11/23(水) 19:44:43.25 ID:If8wb+Z80
純一「人ごみに酔いそうになるって初めての経験だよ……!!」

純一「っ……!」

純一「はぁ……はぁ……なんとか人だかりから抜けれた……ふぃ~…」

純一「…………」

純一「──う~ん、すごいところだなぁ……」

純一「コミケッツマートって………」


回想

純一「人を、救う……ってまた、凄いこと言いだすなキミ」

樹里「ええ、大層なことを言ってるとは理解してます。
   これを貴方に頼みたいと言ってる自分も、ちょっとどうかしてると思います」

純一「えーと、まぁ。それでとにかく話は聞くけど……
   一体ぜんたい、誰を救いたいの?」

樹里「……その、あれです」

純一「? なんだよ急に言い淀んで……」

樹里「──はい、そうですね。はっきりといいましょう」

純一「う、うん……」

樹里「それはですね」

純一「それは?」

288: 2011/11/23(水) 19:45:29.02 ID:If8wb+Z80
樹里「それは──」

純一「…それは?」

樹里「……ぼ、ぼくの……」

純一「僕の?」

樹里「………………………ぼくの、許嫁の人です」

純一「……………」

純一「はい?」

純一「許嫁ってお前……」

樹里「……はい、そうなんです。是非とも橘先輩にその人を救ってほしいんです」

純一「うーん……頼られるのは嬉しいけどさ。
   いくらなんでも路美雄の許嫁を救うってのも……」

樹里「いえ、これはなんというか……橘先輩と近しい問題でもあるんですよ、実は」

純一「……え? どういうこと?」

樹里「……。怒りませんか?」

純一「なにをだよ」

樹里「ぼくが……その、許嫁の人の名前を言っても…怒りませんか?」

純一「なんで僕が怒るんだよー!
   あはは、路美雄もまた変な奴だなぁ~。僕になんか気を使ってさ」

樹里「…………」

290: 2011/11/23(水) 19:46:15.80 ID:If8wb+Z80
純一「ほらほら、いってごらんって。とりあえず名前をきくからさ。
   ──それにしたって、僕が路美雄の許嫁と関係があるってこと自体、なんかうそっぽいし…」

樹里「──です……」

純一「だから……───え?」

樹里「中多 紗江さんです」

純一「……なにが?」

樹里「ぼくの、許嫁が。です」

純一「……………」

樹里「──せ、せんぱい……ぼくはいいましたよ。怒らないですかって…!」

純一「…………うん、わかってる」

樹里「で、ですが……その表情は全然わかってないように思えるんですけど……っ」

純一「…………うん、わかってる」

樹里「ぜ、絶対にわかってないですって…!それ、どうやったらそんな顔できるんですか…!」

樹里「と、とりあえず昨日のぼくの言葉を思い返してください先輩……!!」

純一「…………うん、わかっ───昨日の、言葉……?」

樹里『……ぼくは、その女性とは結婚したくはないんです。
   実はこうやって輝日東高に入学したのも…親の反対を押し切ってのこと───』

純一「……ああ、そうか。君はだから輝日東高に入学したんだっけ…」

樹里(戻った……こ、こわかった……)

292: 2011/11/23(水) 19:47:04.02 ID:If8wb+Z80
純一「えーと、待てよ……路美雄。君はその許嫁の人ってのは最初から知ってたのか?」

樹里「あ、いいえ……昨日、両親から聞きました」

純一「両親から?その時に初めて聞いたのか?」

樹里「ええ、以前までずっと秘密にされてました──ですが、
   昨日ぼくが学校を続けることを言ったら……」

純一「言ったら?」

樹里「──なんの答えもなく、ただ許嫁の名前だけ言われました」

純一「おおう……なんだか意味深だね」

樹里「そうでしょうか──ぼくはただ、元からこの学園に入ったことすら、
   両親にとって計画のうちだったんじゃないかって……思ってしまってます」

樹里「なにもかも──そろった環境で生きてきました。だから、最近は…
   森島先輩に認められるように一人で頑張ろうとやってきたつもりだったんですけど…」

純一(……。ただのお坊ちゃんだと思ってたけど…色々と考えてるんだな)

樹里「──こうやって、何も言われずに。そして許嫁のことを言われたら…軽くへこんでしまって…」

純一「ま、まぁ…ご両親だって路美雄のこと思ってやったことかもしれないよ?」

樹里「そうでしょうか……? 確かに両親に甘えてばっかなぼくですけど……
   それでも……ぼくは……ぐすっ…」

純一(あ、なんだか泣きそうになってるな……よし、ここは僕が慰めてあげようかな!)すっ

純一(後輩のめんどうを見るのも先輩の務めだ!ここは路美雄の好きそうな話題でもだすか……)

純一(……うーんと、あれ……なんだか頭のもやもやがでてきたぞ……これってもしや。
   またもや何かを思い出しそうになってるのか!?)

294: 2011/11/23(水) 19:47:57.73 ID:If8wb+Z80
純一(……と、とりあえず…このもやもやを意識して、なにかを思い出して、そしてつなげる──!)

純一「──ねぇ、路美雄?」

樹里「ふぇ……?ぐすっ、なんでしょうか……?」ぐしぐし…

純一「森島先輩のひじって、舐めたことある?」

樹里「ぶっ!? な、なにをいってるんですか橘先輩!?」

純一「……いや、ふと思ったんだよね。先輩の肘ってすっごく綺麗じゃない?」

樹里「い、いや……ですから…あんた、なにいってんだ本当に」

純一「うるさいぞ一年坊主!黙って聞くんだ!」

樹里「えっ、怒られた……っ」

純一「イメージするんだ!路美雄!
   ──場所は校舎裏にある、パイプ小屋……」

純一「──はやる気持ちを抑えつつ、ぼろいドアに手をかける。音を立てて空いたドアの向こうには、
   人が数人やっと入れるほどに狭いスペースに……一人の可憐な女性がいるんだ」

純一「それが──森島先輩。周りに漂うカビ臭い匂いなんて吹き飛ばすほどの、
   輝くような笑顔と共に振り返り、僕を出迎えてくれるんだ」

樹里「──は、はい……出迎えてくれる…っ」

純一「そこで先輩はいう──『遅かったねっ、私少し待ちくたびれちゃったよ』ってな。
   それに僕はビューティフルな返答でその場を和ませる」

樹里「ビューティフルな、返答……」

純一「そう! 和んだ空気はさらなる加速をきわめ、二人の距離を縮めて行く……そうして、
   森島先輩はいうんだ……『ねぇ──私のひじ、なめてみない?』──と……」

296: 2011/11/23(水) 19:48:44.37 ID:If8wb+Z80
樹里「いいますか!? いってくれますか先輩は!?」

純一「路美雄──いいか、ここは現実じゃない。イメージしろ、思い浮かべるのは良いイベント。それだけだ
   そこにいかに不都合があろうとも、何も間違っちゃいない。むしろ紳士的でベストだ!」

樹里「は、はい…!」

純一「そして、僕らは近づき合い……先輩は白い肌を保持したひじを、僕の眼下に持ってきてくれる…」

樹里「ごくり……」

純一「僕は言うんだ『これが先輩のひじなんですね……とってもやわらかそうで、美味しそうです』と!」

樹里「な、なるほど……」

純一「だがな! そこで焦ってなめちゃだめだ……じっくりと見つめるんだ、じっくりとな」

樹里「見つめるんですか…?」

純一「そうだ! 見つめて見つめて…先輩の肘がもう、よくわかんなくなったとき……」

樹里「なったとき…?」

純一「──そこには、パラレルが待っているんだよ路美雄……!」

樹里「ちょ、ちょっとぼくにはわかららないんですが……特にどこらへんで…っ?」

純一「──いいか、これは僕と梅原しか知らない禁断の行為だから誰にも言うなよ?
   ひじっていうのはこうまげるとだな──」

樹里「──なっ、それは……!!」


数分後

純一「ははは……路美雄。お前もなかなかやるやつだな」

樹里「──いや、すみません……ぼく、なんだかこの数分間、後悔しかないです…」

298: 2011/11/23(水) 19:49:47.39 ID:If8wb+Z80
純一「馬鹿言うなよ、お前ってちょっと妄想の才能があるぞ!」

樹里「はぁ……まぁ、その…とりあえず本題に言っていいですか…」

純一「ああ、いいよ。僕も楽しくなってきたし、なんだかキミの許嫁の件も許せそうだよ」

樹里「あ、ありがとうございます……それで本題なんですけど、先輩」

樹里「中多さんとはどのくらい、仲良いんですか?」

純一「え?──あ、ああ……そうだな…」

純一(──あ、やばい…この質問はどうやって答えたものかな…。
   あ、でも路美雄が僕に相談してくるってほどだし、それに……)

純一(……路美雄は少し、僕の女性関係を調べていたって言っていた…すると、少しは中多さんと
   僕は仲のいい関係だったのかもしれない……よし、ここはどうにか誤魔化すか)

純一「──そうだなぁ、とりあえずは一緒に帰ったりしたぐらいはあるよ。
   キミも知ってるだろ?」

樹里「ええ、まぁ──だからこそ、貴方に頼んだわけですけどね。
   まぁわかりました、結論から言いますとね先輩」

純一「うん。なんだい?」

樹里「中多さんの今の現状を、打破していただきたいんです」

純一「中多さんの今を……?」

樹里「はい。中多さんはいま──その、授業にほとんど出てないのは知ってますか?」

純一「……ああ、知ってる。なんだっけか…アニメ研究部だっけ?そこに入り浸ってるとか」

樹里「その通りです。ぼくも一年ですし、許嫁の件を除いても中多さんは元から知ってました…」

樹里「……ですが、あの中多さんの変わりようは、はっきりいって酷い」

300: 2011/11/23(水) 19:51:21.93 ID:If8wb+Z80
純一「う、うん…まぁ、そうだね…」

樹里「勘違いしないでほしいんですが、
   べつにぼくの許嫁だからちゃんとしてほしい……とかじゃないんですよ?」

純一「え、違うの? てっきり…」

樹里「違いますよ。これは、ぼくの反抗なんです」

純一「反抗?だれに?」

樹里「両親にですよ──ぼくが両親からのレールを外れるために。
   ぼくという力を見せつけるために……」

純一「んと……もう少し、詳しく教えてくれないか」

樹里「実は、中多さんのことはけっこう許嫁関係で問題になってるんです。
   あのような変わりようですしね、あちらのほうも色々と大変なんでしょう」

純一「へぇー……それで、僕が中多さんを助けたら路美雄になんの良いことがあるの?
   いっちゃなんだけど、今の現状の方が許嫁として結婚しない流れになってない?」

樹里「そうですね、確かにそうですけど……それじゃだめなんです。
   中多さんとの許嫁がダメになっても、結局は次がある…」

純一「あ……なるほど」

樹里「中多さんの次は誰が許嫁になるかぼくもわかりませんけど……ですが、ここで一発かましてやるんです!」

樹里「今、問題になってる中多さんのことをぼくが解決したら……両親は色々と認めてくれるんじゃないかって!」

純一「……うーんと、簡単にそう上手くいくかな…?」

樹里「……わかりません。けど、先輩はいいんですか?」

純一「え?」

樹里「──今の中多さん、貴方は見てられるんですか……?」

302: 2011/11/23(水) 19:52:15.66 ID:If8wb+Z80
樹里「授業も出ていない、学校も行ってない……そんな中多さんを、
   貴方は見捨ててもいいんですか?」

純一「見捨てるだなんて……そんな」

樹里「ですから、先輩。どうかぼくに力を下さい……!!」ばっ

純一「え、これって──」

樹里「これ、ぼくのコネで手に入れた……コミケッツマートのVIP券ですっ」

純一「こ、こねって……すごいな路美雄」

樹里「ええ、頑張りました! 先輩……どうかこのチケットを使って、
   中多さんを助けに行ってください!」

樹里「そして──そして、ぼくのことも、どうか助けてください……」

純一「路美御……」

樹里「──どうか、橘先輩。ぼ、ぼくの願いをぜひ…!かなえてください……!」


回想終わり

純一「──あいつも、必氏だったんだな。色々と…」

純一(……その熱意、頑張り。僕にはよくわかる。
   路美雄、まかせとけ……!僕に任せれば、なんだって大丈夫さ!)ちらっ

女性「どうぞー!こちらにも商品はありますよー!」

純一「──ハイソックスか。チェック柄なんてすごいなぁ…!」

304: 2011/11/23(水) 19:53:06.02 ID:If8wb+Z80

純一「……よし、さっそく中多さんを探さないとね!」

数分後

純一「ひ、人が多すぎる……! なんだこれ、中多さんを探すってどころじゃないよ…!」

純一「す、すでに僕がどこにいるのかもわからない……!
   どういうことだろう、西東ってどこで区別されてるの…!?」

純一「……はぁ。どうしよう、このまま日が暮れたら路美雄に悪いなぁ…」

「──ッ……!…ッ!!」

純一「──ん? なんだろ、あの機敏な動きをしている人たちは……」

「ちがう、最短ルートはそこじゃなく、階段をおり───」
「お前はd29な、俺は──」

純一「な、なにか無線機もって紙の束を持ってぶつぶつ言ってる……なんだろう、よくわからないけど
   なにかしらの覇気を感じるな……!」

「───ッ───そうじゃないです!──」

純一「ん……?あれは女の子か──へぇ、凄いキレっぷりだ。なんだか仕事が出来る女性みたいだなぁ」

「──違いますっ! そこではなくて、もっと人ごみをわけて走りなさ──」

純一「うわぁ! すごい、あんだけ身体が小さいのに人ごみをかきわかえていくよ……体力あるんだなぁ」

純一「…………」

純一「あ、そうだった! 僕もぼーっと人を見てる暇なんてなかった。
   中多さんを探しに行かないと……」すたすた…



「──っ!?……あ、あの人は……」

306: 2011/11/23(水) 19:54:05.92 ID:If8wb+Z80
一時間後

純一「ほ、ほう……これは何という大胆なお宝本なのだろうか…!」

「もし、よかったら読まれていきますー?」

純一「えっ!? あ、じゃあちょっと読んでいきます」

「はい、ありがとうございます」にこにこ

純一(……えっ!? 中身も凄いぞ……こ、これ…席に座ってる女性が書いたのだろうか…?
   なんという衝撃だ…カルチャーショックにも程があるよ……!)

純一(で、でも手が止まらない…!僕の手が読み進めるのを止めようとしない……!)

純一「……ふぅ。ありがとうございました、失礼ですが、これおいくらぐらいですか?」

「ありがとうございます!六百円になります!」

純一「はい、では千円でもかまいませんか?」

「では、おつりは四百円で!」

純一「──はい、これで。では家でじっくりよませていただきますね」すたすた…

「ありがとうございましたー!」

純一「……まさか、な。僕が人前で紳士モードの突入できるとは…」

純一「──流石だコミケッツ。未知の領域に、僕をいざなうとわ……な」

純一「…………」すたすた…

純一「さて、僕はいったいここに何しにきたんだっけか───」

純一「──フ、よくわからなくなってきたよ……」

308: 2011/11/23(水) 19:54:59.39 ID:If8wb+Z80
「──ま、まだよ…!はやくいきな──きゃぁ!?」

純一「ん、え、うわあああ!?」

どしん!

純一「あたた……だ、だれだ…?いきなり目の前に人が……」

「──いたぃ……」

純一「あ、すみません…!ご怪我はないですか?」

「え、あはい……大丈夫です………あっ!」

純一「……? えっと立てますか……?」

「あ、はい……ありがとうございます……」

純一「いえいえ、こちらこそ前を向いておらず……すみませんでした」

「あ、いえっ! こ、こちらこそ前を向いてなくて……その……」

純一「ご謙遜なさらずに、こちらが悪かったのですから……はて」

「…っ!?」

純一「──すみません、失礼ながら御質問させていただきたいのですが…」

「…………」

純一「以前、どこかでお会いしたことありましたか……?」

「……わたしは、その………」

310: 2011/11/23(水) 19:55:54.39 ID:If8wb+Z80
純一「………………」

純一「!」

純一「も、もしや……貴方は……!!」

「………はい、私は……」

純一「さきほど購入した……『きらめけっ!ちびっこぼいんサーちゃん!』
   のコスプレイヤーのかたですか……っ!!」

「なか──ぇええっ?」

純一「な、なんというクオリティ……素晴らしい、その短く切ったボブカットと。
   髪の色合い……まさしくサーちゃん!素晴らしい!」

「……えっと、その───」

サー「───わ、わたし……!その、サーちゃんのコスプレをしてるものです!
   どうかお気軽にサーちゃんって読んでください……っ!」ぴしっ

純一「なっ………」がくがくがく…

サー「えっ!? きゅ、急に膝を崩してどうしたんですか……っ!?」

純一「そ、その敬礼の仕方……一寸狂わぬクオリティ……!
   常套句ですが…素晴らしいとしか言えません……!」

サー「あ、ありがとうございます……!」


数分後・休憩所

純一「──ふぅ。すみません、休憩所まで案内してもらってしまって……」

サー「あ、いえっ……初めての方が、ここにきたら……みんなそうなると思いますので…」

純一「そうなんですか……いやー、やっぱり人ごみの中をかきわける人は体力凄いですねぇ」

312: 2011/11/23(水) 19:56:41.90 ID:If8wb+Z80
サー「い、いえ……それほどでもないです…っ」

純一「──あ、そうだ。お返しになにかおごりますよ、なに飲まれます?」

サー「え、ええとだいじょうぶです……!おごられるほどことはしてませんから…っ」

純一「いえいえ、そんなこといわないで……」

サー「…………っ…」

純一「………」

純一(──あ、あれ……? なんだか、気を悪くさせちゃったかな…?)

サー「……あの、その──」

純一「は、はい……?」

サー「その、貴方の……お名前を、聞かせてください……!」

純一「えっと……僕の名前ですか?」

サー「え、はい……飲み物をもらう代わりってのもなんですけど…変わりに、お名前を聞かせてください…」

純一「あっとその、名前でいいんですか…?」

サー「ええ、ぜひ……っ」

純一(不思議な人だなぁ…お返しに名前を聞きたいだなんて…まぁ、とりあえず名乗っておこう…)

純一「──僕の名前は橘 純一です。えっと、よろしくお願いします」

サー「あ、はい……!よ、よろしくお願いします……!」へこへこ

純一「えっ!? あ、はい僕こそ!!」へこへこ

サー「……」

純一「……」

314: 2011/11/23(水) 19:57:44.57 ID:If8wb+Z80
純一「……あはは」

サー「ふふふ……」


数十分後

純一「へーそうなんだ……じゃあサーちゃんは何時もここに?」

サー「そうなんですよ~……で、色々と本を探してるんですっ。
   で、今日も仲間たちと一緒に割り当てして本を探すんですよ…!」

純一「へぇ~。そしたらサーちゃんは、ゆっくりしててもいいの?
   ……僕がいうのもなんだけどさ」

サー「え、ええ……いいんです。もう多分、売り切れてると思いますし……それに…」ちらっ

純一「それに?」

サー「……えっと、その……こうやって橘さんとお話してるのも……
   た、楽しいのでいいんです……っ」

純一「そ、そうかな? いやぁ、そう言ってもらえると僕も嬉しいかな…」

サー「っ…っ……」テレテレ

純一(可愛い人だなぁ。サーちゃん……意外と会話も弾んでるし、良い感じだ。
   なんだろう、僕ってばこの人と会ったことあったかなぁ)

純一「えっと──サーちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさ」

サー「は、はい…!なんでしょうか……っ」

純一「えーと、その……」

316: 2011/11/23(水) 19:58:42.91 ID:If8wb+Z80
純一(どうしよう、この流れで何処かで会った事ありますかって言いにくいなぁ……
   そしたら、あれかな…ちょっと容姿からなにか言っていって、それとなく聞いてみるか…)

純一「──その……サーちゃんの髪型は、何処で切ってもらったの?」

サー「これですか? これは近くの行きつけの美容師に切ってもらいました……」

純一「へぇ、じゃあいつもそこでその髪型に?」

サー「いえ──実はもっと前は長かったんです。ちょうど肩に垂れるぐらいはありました……」

純一「ふぅん。そしたら大分、イメージチェンジしたんだね」

サー「ええ、そうですね……この髪型の方が、色々とコスプレ用のカツラとか合わせやすいので…その、
   切っちゃったんです…」

純一「そうなんだ……でも、ここから見てもサーちゃんの髪って綺麗だよね」

サー「ふぇっ!? そ、そうですか……?」

純一「うん、とっても。なんだかさらさらしてそうで……触ったら気持ちよさそうだよ」

サー「そ、そうですか……気持ち良さそう……」

サー「───えっと、それじゃあ……その…橘さん…」

純一「うん? どうしたの?」

サー「少し、その……触ってみますか…?」

純一「え、えええ!? ど、どこを!?」

サー「か、髪の毛です!」

純一「あ、髪の毛か……でも、いいの?女の子って髪の毛触れるのって嫌じゃない?」

318: 2011/11/23(水) 19:59:36.16 ID:If8wb+Z80
サー「た、確かに苦手な人もいますけど……その、私は先輩になら…」

純一「え?なに?」

サー「い、いえっ! と、とにかく私は大丈夫なので……どうぞ、触ってください…!」ひょい

純一(頭を差し出された……い、いいのかな触って。
   こうやって触ってくださいって言われたのはじめてかも──)

純一(──っ……また、来た。このもやもやだ……また何かを思い出しそうになってるか…?)

サー「た、橘さん……?」

純一「あっ、うん! そ、そしたら触るね……」さわさわ

純一「…………」さわさわ…

サー「ふわぁ──……」

純一「…………」さわさわ…

サー「た、橘さん──頭なでるのうまい、です……」

純一(───なん、だこれ……!
   凄い、なにかを思い出しそうになってる……!今までのもやもやの比じゃない!)

純一(今まで色んな人たちと会ってきて、色んなもやもやが起こってきたけど……)

純一(これは、今起きてるもやもやは……比べ物にならないぐらいに大きい…!!)

純一(──なんだ、この子……サーちゃん。この子は一体何なんだ…!)

サー「ふふ……ふふっ…」

320: 2011/11/23(水) 20:00:24.96 ID:If8wb+Z80
純一「──あれ、ああ! ごめんサーちゃん!なんかずっと撫でてたよ…!」

サー「ふふ──あ、いいですよぉ……その、気持ちよかったですから…」

サー「……はっ!? あ、あああのののすみません…!なんか私おかしくなってませんでした…っ?」

純一「え、ああ、大丈夫だったかな…?うん」

サー「す、すみません……本当に、ごめんなさい…!」

純一「い、いや僕の方こそずっと撫でて……」

サー「いや、その……私こそ…あのその……き、ききき…気持ちよくてその……はい…」

純一「………」

サー「っ……っ……っ……」

純一「──ねぇ、サーちゃん。聞いていいかな?」

サー「え、はい……なんでしょうか…?」

純一「……僕たちって、どっかであったこと────」

「──あー!いたでござるよ!」
「はあく!こっちにボスをかくにしますた!」

純一「───え…?」

サー「あ………」

「ぼ、ぼぼぼぼす!なにやってんっすすすかっ…?」
「ボスからの命令がなくて、獲物をいくつか逃してしまってっ!!」

純一「ぼ、ぼす? 獲物……?」

サー「あの……その────」

322: 2011/11/23(水) 20:01:15.19 ID:If8wb+Z80
純一「えっとこの人たちは────」

サー「──しゃぁきっとしなさい!くよくよする場合じゃないです!」

「「「は、はい!」」」

サー「そんな風に慌てちゃ、手に入れられるものも手に入れられなくなります!
   ──ここは踏ん張りどきです、なにも諦めることはありません!」

「「「はい!!!!」」」

サー「──この地域一帯は、わたしが責任を取ります……ですから、貴方達は各持ち場に
   素早くつきなさい!さぁ、はやく!」

「「「サー、いえっさー!」」」

サー「声が小さいです!!」

「「「サー!!!いえっさー!!!!」」」

サー「よろしいです! では、解散っ!!!」

ばばっ!!!!

サー「──……ふぅ。これだからあの人たちは……」

純一「……!?……!?」

サー「……あ、すみません……お見苦しい所を見せてしまって……っ」

純一「あ、いや……その…サーちゃん凄かったね、うん。かっこよかったよ」

サー「い、いえっ!そ、そんなことないですよ……えへへ…」

純一(なんだか嬉しそうだなサーちゃん……うん、まぁ凄いって思ったのは本当だしな)

324: 2011/11/23(水) 20:01:50.74 ID:If8wb+Z80
純一「えっと……それじゃあこれから忙しくなるのかな?」

サー「あ、えっとそうですね……仲間たちにも激昂しちゃいましたし…」

純一「そっか。そしたら……その、サーちゃん」

サー「はい、なんでしょうか……?」

純一(──やっぱり、このもやもやだ……サーちゃんの顔…いや、主に髪の毛を見ていると…
   すっごい頭がざわざわするんだ……これは、一番って良いほどに…)

純一(ここで──ここで、今彼女と別れて言いべきなのか……?
   このもやもやを、ほっといても良いものか……?)

サー「…っ……?」

純一(……だめだ、もうこんな風に考えてる暇もないっていうのに────)

純一「───……黒い、りぼん…?」

サー「え、どうしました……?」

純一「──サーちゃん、その手首に巻いてるりぼん……それ、なに…?」

サー「──えっとその…これは……」

純一「いいから、答えてくれないか」

サー「っ?……えっとその、あの…これはですね──以前に髪が長かった時に付けてたやつでして…」

純一「………………」

サー「髪を切ってしまったので、その……あの…橘さん…?」

326: 2011/11/23(水) 20:02:35.98 ID:If8wb+Z80
純一「……ねぇ、サーちゃん。お願いがあるんだけど……そのりぼん、少し借りていい?」

サー「え……? あ、はいっ……どうぞ!」しゅるしゅる……

純一「………ありがとう。すこし、見るだけだからね───」すっ

純一(────────いあうぇjrがwwhでおpfじゃwwpdgfじゃおpwwqdjふぉいwwさjd)

純一「──っ!!?……っはぁ!っはぁ!っはぁ!……!!」

サー「た、橘さん…!? ど、どうかなされました……!?」



純一「な、なんだよコレ───」

ジジッ…ザザァー…

『んじゃ紗江ちゃん! 今日も特訓だよ!』
『はいっ!先輩っ!』

純一「この、頭に溢れだすこれって───」

ジザザ…ざざっ……

『…そしたらジャンケンだ、負けたら背負うって感じでね』
『せ、せんぱい……!』

純一「僕の、いままでなかった───」

ジザッ……!ざざ!!

『一緒にプールだなんて、感激だなぁ』
『しぇ、しぇんぱ~い…まってくださ~い…!』


純一「──────……サーちゃん…」

サー「は、はい……?な、なんでしょうか…?」

328: 2011/11/23(水) 20:03:33.36 ID:If8wb+Z80
純一「──いや、違うな。ごめん」

サー「え……?た、橘さん…?」

純一「──やめてよ、僕は君にそんな風に呼ばれたくはないんだ」

サー「え───……あ、その……ごめんなさいっ…その、わたし…」

純一「…………」

サー「……は、い…すみません…………わたし、い、色々と……
   失礼でしたよね……わ、わかってたんです……」

純一「…………」

サー「と、とつぜん……はなしかけたり、とか…して…ごめい、わくとか…ぐす…
   かんがえずに……ごめんさい……ひっく……」

純一「───違う、違うんだよ」

サー「えっ……ひっく…」

純一「僕が──僕が言いたいのは、そういうことじゃない。そうことじゃないんだよ」

純一「──中多、紗江ちゃん…」


「───……っ!?」

純一「全然、気付かなかったよ……髪を切るだけで、だいぶ印象が変わるんだね。
   それともなんだろう、化粧も少ししてる? だいぶ大人びてる気がするよ」

「───………せん、ぱい…」

純一「うん、そうだよ。僕は先輩だ。君と同じ学校の──二年の橘 純一」

純一「そして君は僕の後輩──美也と同じクラスの中多 紗江ちゃんだ」

330: 2011/11/23(水) 20:04:25.97 ID:If8wb+Z80
中多「……………」

純一「久しぶりだね。元気にしてた?」

中多「……………」

純一「だいぶ学校でもあってないもんなぁ…あ、そうだ。
   美也が心配してたよ?最近、ずっと喋ってないってさ」

中多「……先輩…」

純一「うん? どうしたの紗江ちゃん?」

中多「──なんで、怒らないんですか……私を…」

中多「わたしは──わたしは、先輩の知ってる通り……学校に行ってません…」

純一「そうだね、確かに」

中多「──……それでいて、仲の良かった美也ちゃんとも、逢ちゃんとも…喋ってません…」

純一「うん。だね」

中多「そんな……そんな変わってしまった私を……先輩は、怒らないんですか…?」

純一「…………」

中多「今日だって……コミケッツで見かけたとき……とても怖かったんです…
   先輩がいたって…とうとう、わたしを怒りに来たんだって…」

中多「だ、だからわたし……その……」

純一「──だからずっと、隠れながらとかで見てたの?僕のことを」

中多「…………はい…」

純一「だろうって思った。それだったら見つからないわけだよ」

332: 2011/11/23(水) 20:05:30.01 ID:If8wb+Z80
純一「だって──紗江ちゃんみたいな可愛い子、そうそう見つからないわけないよ」

中多「えっ……か、かわいいですか…?」

純一「そうだよ!──まぁ、さっきまで僕は気付かなかったわけだけどね。説得力無いね。あはは」

中多「…………」

純一「ねぇ──紗江ちゃん、僕はさ。ここに紗江ちゃんに会いに来たんだ」

中多「っ───」

純一「それでね、どうしても紗江ちゃんと喋りたかった。どうなってたんだろうって。
   どうして紗江ちゃんは変わってしまったんだろうって」

純一「そればっかり気になってたんだ。わかるかな紗江ちゃん」

中多「……はい、わたしも…先輩とおしゃべりしたかったです…」

純一「ありがとう。そういってくれると、嬉しいよ」

純一「──でもさ、紗江ちゃん……出来るなら僕は──学校で会話したい」

中多「っ……先輩……」

純一「みんなでワイワイとおしゃべりしながら、美也がふざけて、七咲がクールにつっこんで、
   紗江ちゃんが笑って……そして僕も笑っている」

中多「……………」

純一「これが僕の覚えている──紗江ちゃんの全てだよ。
   僕はこの記憶に残ってる紗江ちゃんが、全てで全部なんだ」

334: 2011/11/23(水) 20:06:29.15 ID:If8wb+Z80
中多「…………」

純一「でも、今の君は僕は知らない君だ。
   現実には、僕の目の前に……こんな風に変わってしまっていた紗江ちゃんがいま、ここに居るんだ」

中多「わたしは……その…っ!」

純一「……いいよ、言ってみて」

中多「わたしは──わたしは、この自分を……嫌いじゃないです!」

純一「…………」

中多「た、確かにわたしは変わってしまったかもしれない……でも、でも…こうやってかわった私は…!
   私は…自分で自分を好きでいられてます……!」

中多「自分の大好きな趣味で生きられる──……これがどれだけしあわせなこと、なのか…
   今、本当に感じてるんです……この感情は誰に邪魔されることはありません…!」

中多「前までの…くよくよしていた自分が馬鹿みたいに思うぐらい…私は充実してる…!
   なにごとにも臆病で、怖がってたわたしはもう…いなくて…」

中多「なにもかも自分で決められるこの世界──…これが私の今の、全てなんです…先輩…!」

純一「──そうだね、今の紗江ちゃんは本当にイキイキしてる。
   僕が見てきた中で、一番だと思うよ」

中多「…………はい、でも先輩はやっぱり私のこと怒って──」

純一「──ううん、紗江ちゃん。僕は君を怒ったりなんかしないよ」

中多「っ……ど、どうして……!」

純一「──やっぱりそうなんだね。紗江ちゃん、君は怒って──いや、止めてほしかったんだ」

336: 2011/11/23(水) 20:07:20.95 ID:If8wb+Z80
純一「君はこうやって自分の好きな場所を作れた。自分を隠さず、趣味で突っ走れる場所──」

純一「──そうやって得た場所を、周りに認めてほしかった」

純一「そうやって頑張って作り上げた場所だけど……認められることが程遠い世界だとわかっていたから」

純一「だから──君はひねくれることを、装うしかなかった」

純一「認められることのない趣味だと理解してたから…最後までやるしかなかった。
   誰かが自分にいいにくるまで、誰かが自分を止めに来るまで……君は突っ走るしかなかったんだ」

純一「自分だって、おかしいことをしているってわかってる。でも、誰かに止めてもらわなきゃ止められない──」

純一「そうじゃないのかな、紗江ちゃん?」

中多「──なん、で……わかるんですか…? だれにもいったこと……」

純一「うん?……そうだな、確かになんでわかるんだろうね」すっ…

中多「ふぇ……?」なでなで

純一「それは多分、僕は紗江ちゃんのこと──すっごく大切に思ってるからだよ」

中多「せん──ぱい……」

純一「うん、いいんだ。紗江ちゃんは悪くない、むしろいいことなんだよ!
   この趣味は悪くないよ、僕が──僕が認めてあげるから」

純一「紗江ちゃん、頑張ったね。君が頑張れることを見つけて、本当によかったね」

中多「……しぇ…しぇんぱぁい…っ」

338: 2011/11/23(水) 20:08:26.67 ID:If8wb+Z80
純一「──ほら、いいんだ。もう戻っておいで。
   僕がいるから、紗江ちゃんも戻っておいで」

中多「ぐす…しぇんぱい……しぇんぱいっ……!」だっ…!

純一「──よしよし……頑張ったね紗江ちゃん。君は凄いよ!
   なんてったって、あんだけ臆病だった紗江ちゃんが激昂をあげてたんだよ?」

中多「はい、はい……っ!…しぇんぱい……っ」

純一「これだともう、美也に色々成すがままにされることもないだろうね!」

中多「ぐしゅ……み、みやちゃんにもちゃんと……ぐすす…っ」

純一「そうだね、ちゃんと謝ろうね。僕も一緒にいてあげようか?」

中多「──ぐすっ……いえっ…それは、私でも…でき、ますから……!」

純一「おお! すごいね、まるで紗江ちゃんじゃないみたいだよ!」

中多「え、えへへ……ありがとうございます、せんぱい……」ぎゅう…

純一「──うん、いいってことさ。紗江ちゃん」


「うっ…うう……良い話だぞなむし…」
「ああ、ほんとだな…うぉおおおおおおお!!」


純一「──えっ!? あ、貴方達は……!?」

中多「あ……アニメ研究部みんな……!」

340: 2011/11/23(水) 20:09:03.35 ID:If8wb+Z80
「ぼ、ボスぅ…!よかったですね…やっと、やっと……!」
「本当によかったっすね……拙者は本当に感動してまする…!」

純一「え、ええっと……その…」

中多「──もしかして、みんな…無線を……?」

「はいっ!ぼす、よかったっすねっ!」
「幸せになってください!拙者も披露宴行きますから!」

中多「み、みんな……わたし、やっと解放されるみたいです…!」

「いいんですぅ!!ぼ、ボスがいた数日間……本当にわすれません!!!」
「もう、色んな戦利品だって……ボスが居なくちゃ買えませんでした!!」

中多「うん……みんな、本当にありがとう…!
   わたし、わたし…っ!!」だっ…!

「「「ぼすぅうううう!!!!」」」だだだっ…!!

純一(お、おう……みんなでエンジン組んで……それだけ仲が良かったんだろうなぁ…)


数時間後・駅のホーム

中多「みんなー!! これからも頑張るんですよー!!」

「「「はい!!ボス!!」」」

中多「ボスじゃありません!!中多紗江です!!」

「「「はい!!中多ボス!!」」」

中多「違います!!ボスいらならいです!!」

「「「はい!!!中多さん!!!」」」

342: 2011/11/23(水) 20:10:33.41 ID:If8wb+Z80
中多「声がちいさーいです!!」

「「「はい!!!!!──今まで本当にありがとうございました!!」」」

中多「えっ……み、みんな……」

「「「このご恩、この思い、一生忘れません!!」」」

中多「──わ、わたしも…!絶対に忘れません!!」

ぷしゅー……ぱたん がたんことん…

中多「───本当に、忘れませんよ……アニメ研究部のみんな……」



数十分後

純一(おー…行く時はきづかなかったけど、あれが有名な橋か……)

中多「……せんぱい…」

純一「──ん、おきたの紗江ちゃん?」

中多「はい……いつの間にか寝ちゃってました…」ごしごし…

純一「そうだね、多分泣き疲れたんだとおもうよ。もう少し寝てなよ。
   駅に着いたら、起こしてあげるからさ」

中多「──はい、しぇんぱい…ありがとうございます……」

中多「あ、そうだせんぱい……ひとつだけ、気になったことがあるんですけど…」

純一「うん? どうしたの?」

中多「……えっと…その、私の勘違いじゃなかったらあれなんですけど…」

純一「うん」

中多「──しぇんぱいって……わたしのこと、名前で呼んでましたっけ…?」

344: 2011/11/23(水) 20:12:01.21 ID:If8wb+Z80
純一「──え……?それは──」

中多「……いいえ、わたしもうれしいので…そっちのほうがいいですけどぉ…」

純一(どう、だった──僕は…?
   確かに僕は……ここにくる前まで〝中多〟さんって言ってた気がする…)

純一(でもそれは──よくわかってないけど、紗江ちゃんのリボンを触れたおかげで…
   紗江ちゃんのことを思い返して……紗江ちゃんと読んでたと気づいたんだ…)

純一(──それはまさに、紗江ちゃんと呼んでた時期が──僕が記憶がない時期だと思ってるんだけど…)

純一「……まさか──…そのよみがえった記憶と、紗江ちゃんの記憶が合致して、ない……?」

中多「……? せんぱい…?」

純一「……えっ?あ、うん、ごめん紗江ちゃん……ちょっと考え事をしててさ……」

純一(どういうことだこれは……僕は何を思い出したんだ…?
   紗江ちゃんのリボンを触れて、僕は……一体何を……っ)



がたんごとん…がたんごとん……



自宅

純一「ただいま~」

美也「お帰り~……にぃに。今日はおそかった──……ねって……」

中多「──そのぉ…美也ちゃん…」

美也「──さ、紗江ちゃん……?ほんとにほんとに紗江ちゃんなの……!?」

346: 2011/11/23(水) 20:12:41.28 ID:If8wb+Z80
中多「うん……わたしだよ、美也ちゃん!」

美也「さ、紗江ちゃぁん……!!」だっ!

中多「きゃっ……美也ちゃん、あぶないよ急に抱きついてきたら…!」

美也「紗江ちゃん…!紗江ちゃん…!もう、学校にも来るよね…!?
   一緒にみんなでご飯食べれるよね…!?」ぎゅう…

中多「うんっ……ごめんね、ごめんね美也ちゃん……!」

美也「っ……もう、なにも言わないでどっかいくのはやめてねっ…約束だよっ」

中多「うん、約束……美也ちゃんとわたしの、約束だよ…!」

純一(よかったな美也……よし、後は……)ごそごそ…


数分後

樹里『──…ありがとうございます、先輩』

純一「おう。これでいいんだな?」

樹里『はい……本当に感謝の言葉しかありません…ありがとうございます…』

純一「いや、いいんだよ。僕だって色々と収穫があったしさ……うん」

樹里『……?そうですか、でもこれはぼくの頼みであって。先輩を巻き込んだにすぎません…
   何度も言うようですが、本当にありがとうございました』

純一「いいってば。それよりも、お前も頑張らなきゃいけないんだろ?これから」

樹里『……はい、そうですね。ぼくの戦いはこれからです』

純一「ああ、頑張れよ。僕も応援してるからさ」

348: 2011/11/23(水) 20:13:31.86 ID:If8wb+Z80
樹里『──それほどまで心強い言葉は、ないでしょうね…』

純一「え、なんだって路美雄?」

樹里「いえ……なんでも、先輩。最後に一つだけいいですか」

純一「なんだよ、もう頼み事はいやだぞ」

樹里「いえ──どうか頼ませてください。貴方に、ぼくから」

純一「おいおい……まったく、次はなんだっていうんだよ」

樹里「──どうか、貴方が困ったことがあったら、ぼくに助けさせてください」

純一「え……?」

樹里「貴方がどうしようもなく困った時。助けが欲しかった時。どうか僕に、
   貴方を助けさせてください。お願いします」

純一「路美雄……お前…」

樹里「先輩、貴方はすごいひとだ……ぼくは本当に尊敬している。
   無理だと思ってたことを、全て貴方はやってのけている」

樹里「そんな先輩がもし──困ることがあったら、それは本当に大変な時だと思います。
   ですから……ぼくは…」

純一「──ちょっと待て。路美雄……お前はなにをいってるんだ?」

樹里「え……?」

純一「頼ませてくれ?どうか助けさせてください?……馬鹿言うな路美雄。
   こんなこと口に出さなくても良いことだろ?」

純一「──お前とはもう、僕は友達でいるつもりだ。そんなもん、口に言う必要はないさ」

樹里「せん、ぱい……」

350: 2011/11/23(水) 20:14:13.54 ID:If8wb+Z80
純一「助けが欲しかったら、遠慮なく言うつもりだよ。お前の力がひつようだったら、
   僕はなんだってお前に頼るつもりだ」

樹里『はい…はい…!』

純一「そうだな、お返しにジュース一本とかでいいか?
   あ、でもペットボトルだぞ!高い奴の!そこはケチらないからな!」

樹里『いいんです、缶でもぼくはかまいません…!』

純一「そ、そう? ならよかった……いや、意外とペットボトルって高い気がするんだよねぇ。うん」

樹里『はいっ……先輩。ありがとうございました』

純一「あ、うん。お前も頑張れよ」

樹里『はい……では、これで』

純一「おう、また明日な」

樹里『──では、また明日に』

ぴっ…!

純一「ふぅー……アイツも色々と行儀がいいなぁ。もうちっと楽に生きればいいのにさ」

純一「さて、お風呂にでも入るか~……うん!」

352: 2011/11/23(水) 20:14:59.24 ID:If8wb+Z80
とある自宅

「───………」

「…………」パラパラ…

「──カキコミは、無し──……ふんっ」

「何気に頑張ってるのねぇ……今回の〝世界〟では」

「……どんなに頑張っても、めぐる答えは決まってるのに」

「ばかみたい。本当に」

「──………」ぴくっ…

「──そうね、ちょっといいことを思いついちゃったかも」

「いいわね、これでいい」

「……見てなさい、橘 純一…」

「貴方には、絶対に幸せを迎えさせなんか──」

「──させないんだから……ッ!」



翌日

純一「────」

純一「────……」

じりりr

純一「はぃいい!」ばん!

純一「……ふわぁぁ…なんというこだろう、この僕が目覚ましより早く起きているとはね…」

354: 2011/11/23(水) 20:15:56.69 ID:If8wb+Z80
純一「……これもすべて、君のおかげかい…?」すっ

純一「僕の──『きらめけっ!ちびっこぼいんサーちゃん!』…?」

純一「ふふ……流石だよ、この僕を起床時まで紳士でいさせるなんて…素晴らしい限りだ」

純一「──さて、朝のブレイクコーヒーとでも行きますかね」


居間

純一「おはよう、美也」

美也「おは──にぃに!? なんでいるの?!」

純一「ははは! なにをいってるんだ美也、僕は何時もこの時間帯だろ?」

美也「た、確かにめざましはこの時間帯にセットしてた気がするけど……
   にぃにはそれを守ったことなんて、一度もないでしょ…!」

純一「舐めては困るぞ、美也……これでも僕は紳士なんだ」

美也「……なにいってるの? にぃに…」

純一「──ふむ、どうやらお子様にはまだ早いようだったな。すまないな美也」

美也「お、お子様っていうな!ばかにぃに!」ばたばた!!

純一「はっはっはっは!!なんだなんだ美也!今朝からご機嫌だなぁ!!」

純一「ついでに言うと僕もご機嫌だ!!なんか今日は良いことが起きそうだ!!」

美也「きぃー! なんなの今日のにぃに…!ちょっと気持ち悪いよ…!」

純一「照れるな照れるな。妹よ、僕の紳士力に磨きをかけないでおくれ」

356: 2011/11/23(水) 20:17:01.72 ID:If8wb+Z80
教室

純一 ぐだぁ~……

梅原「……た、大将? なんか今日は一番お疲れのようだな…」

純一「あー……? ああ、梅原か。おはよう梅原…」

梅原「おう、おはよう大将。なんだよなんだよ、いくらなんでも疲れ過ぎじゃねぇかそれ?」

純一「……うん、そうなんだけどさ…昨日色々ありすぎて…なんか今になって疲れがきたんだ…」

梅原「そ、そうか……それしてもそのグダりようなダメだ。
   見ててなんかこっちもだるくなってくるぜ…」ぐだー

純一「──お、梅原。九時の方向……三メートル先」

梅原「ん──おおう、これはこれは…このアングルだと…ぎりっぎりだな……っ」

純一「そうだな……もうちょっと机が低かったら…見えてたのにな…!」

「──なにアンタ達、低レベルな会話をしてんのよ」

純一「薫──これは一見、机にへばりつきがら……歩いてる女子のスカートを覗こうと風に見えるかもしれないが…
   これは立派な検証実験なんだよ」ぐだぁ

薫「なによそれ、とうかそんな体制でキリッとされたもなんも伝わらないんだけど」

純一「大丈夫だよ、この会話にそんな意味は無いからさ」

薫「…認めちゃうのね。パンツを覗こうとしたことは」

純一「見えたもんはしかたないっていうだろ?なぁ梅原ぁ?」

梅原「そうだぞ棚町──人は見てしまったら仕方ない。それをどうにかできるやつなんて、いるわけないんだぜ」

358: 2011/11/23(水) 20:17:57.36 ID:If8wb+Z80
純一「そうだぞぉー……僕は無罪をしちょうしまーす」

薫「……はぁ、とりあえず。あんたに用事があるのよ純一」

純一「えー……僕ぅ…?やだー……」

薫「やだぁ…じゃないわよ。ほら、しゃきっとする!」

純一「なんだよ……これからどこへ行くのか?」

薫「……まぁ、そうね。確かにちょっといくわ」

純一「……なんだよ、それって僕に関係のあることなのか…?」

薫「…………」

純一「──な、なんだよ…急に黙って」

薫「──まぁ。とりあえず、来るのよ。着たらわかるから……」ぐいっ…

純一「お、おい……! そんなにひっぱるなって……!!」


下駄箱

純一「なんだよ……ここまで連れてきて、どうしたんだよ」

薫「──ねぇ、あんた。わたしになにか隠してない?」

純一「え? な、なにを薫に隠すっていうんだよ……僕は別になにも」

薫「──なんで今、言い淀んだの?それってなにかを隠してるとかじゃないのかしら?」

純一「ば、ばかいうなよ…!」

360: 2011/11/23(水) 20:19:11.07 ID:If8wb+Z80
純一(一体急にどうしたんだ薫は……僕が薫に隠すことなんて、これっぽっちも…)

純一(これっぽっちも───)

純一(………あれ?なんかちょっと色々と薫に申し訳ないようなこと、ばっかしてた気がする…かな?)

純一(で、でもそれは彼女たちと過ごしてたら自然とそうなったわけだし、それに……
   薫は、僕のことを──好きだった。言ったんだ…これは今はどうとか言えることじゃない…)

薫「…………」

純一(で、でも──薫には色々と世話になったし、なにも離さないってのもあれだよな…うん…正直に話そう…)

純一「……ごめん、薫…僕、実は隠してることがあるんだお前に……」

薫「っ──……そう、そうなんだ。それで?何を隠したかいってちょうだい」

純一「う、うん……薫には、色々と記憶のことで世話になったから…正直に言うよ…」

薫「──え……?記憶って──」

純一「ごめんな薫!!お前に助けを求めたくせに……僕ってばここ数日、女の子といちゃいちゃしてばっかだんだ!」

薫「へ……?なにいってんのアンタ…?」

純一「い、いや…だからもしかしてお前が僕の記憶のことで頑張ってるのに…
   僕はただ女の子と色々としてただけって……」

薫「………そ、それだけ…なの?」

純一「そ、それだけ。……だけど?」

薫「──っぷ、あははは! なによそれー!あんた本気で言ってるんでしょうね!あははは!」

純一「な、なんだよ急に笑い初めて……!」

362: 2011/11/23(水) 20:20:10.16 ID:If8wb+Z80
薫「ああ、おかしっ……なによもう、本当にあんたって思わせぶりな態度とるわよねぇ~」

純一「よくわからないんだが…ちゃんと説明してくれるんだろうな、薫」

薫「え──?あはは、うんうん。説明してあげるわよ……まぁ、これのことなんだけどね」ぴらっ

純一「なにそれ、手紙?」

薫「そうね。詳細にいえばメモ翌用紙みたいなもんかしら……これが今朝、あたしの下駄箱に入ってたの」

純一「へー…それで?」

薫「……とりあえず、今のあんたには教えてもよさそうだから。信用してるつもりだから見せるのよ?わかってる?」

純一「あ、ああ…なんだよ、怖いなちょっと」

薫「うん、そしたら呼んでいいわよ」

純一「おう──なになに……棚町 薫の母親は直ぐに再婚するあばず……おい、なんだよこれ……!!」

薫「………。その反応は確かに知らないみたいね……
  そもそも私に呼ばれた瞬間から、少し反応うかがってたけどそうでもなかったしさ」

純一「ちょ、ちょっとまってくれ……色々と聞きたいことがあるけどその前に…
   薫のおばさん、再婚するの…?」

薫「──安心して純一、今の言葉で疑いは百パー晴れたわ。おめでとう」

純一「え……どういうことだよ薫」

薫「あのね、あたしのお母さんが再婚するって話をしたのは──私の記憶では、あんただけだった」

364: 2011/11/23(水) 20:21:06.83 ID:If8wb+Z80
純一「え、そうなのか…でも、僕は知らないぞ?」

薫「そう、しらないはずなのよ……だってアンタは記憶がないんでしょ?」

純一「う、うん……そうだよ。こんなこと初耳だし…」

薫「そうなのよね……そこが問題」

薫「これは予測で、ただのあたしの妄想かもしれないけど……」

純一「う、うん……!」

薫「どこのどいつかが──アンタしか知らないことを、知っている。
  どこのどいつかが──アンタが記憶を無くしていることをしっている……という可能性があるの」

純一「お、おう……なんでそんなことがわかるんだ?」

薫「これはあたしの場合だけで答えるから、確証はないわよ?
  でも、それなりに自信がある……だって、他人の悪意なんてそもそも分かりやすいにも程があるわ…!」

薫「──覚悟して聞いてね、純一。あんたは今……わけのわからないどこぞの馬の骨とも知らない奴に、
  罠にはめられそうになってるかもしれないわ……」

純一「え、ええ……!? どうしてそこまでわかるんだ!?」

薫「カンよ。でもこれは女のカン」

純一「自信満々に言われても……僕はどうすればいいんだよ…!」

薫「だから女のカンって、他人の悪意に敏感なのよ。これでも高校生よ? 色々と修羅場くぐってるわよー」

純一「そ、そうなのか……凄いんだな、薫」

薫「まーねぇ。でも、それはいいのよ純一、あんた……このメモ翌用紙には見覚えある?」

純一「……いやぁ、ないなぁ…もちろん、筆記にも見覚えがない。明らかに僕じゃないと思うよ」

366: 2011/11/23(水) 20:22:17.42 ID:If8wb+Z80
薫「……そうね、やっぱりこれは誰かの仕業だと見ていいわ」

薫「純一、気をつけなさい…」

純一「な、なんだよ…ちゃんと気を付けるさ。お前こそあぶないんじゃないんか」

薫「……あたしは大丈夫。たぶん、あたしは狙われたんじゃなくて──使わされた。ただ、それだけ」

純一「そうなのか……よくわからないけど、僕大変な目に逢ってるんだな……」

薫「理由が分かってない分、さらに最悪ね。でも。これは思っても良いじゃないしら……」

薫「確実に今回のことを起こした奴は──あんたの記憶がないことを知っている。わかっている」

薫「なら、その事件の真相を暴けば……見つかるかもしれない、アンタの記憶も」

純一「なるほど……」

薫「──でもあれよね、なんであんたその謎の人物に嫌われてるのよ?」

純一「わ、わからないよ……分かったら苦労はしないさ」

薫「まぁそうよね。でも、これはいいアドバンテージになるわ──だって、あたしが
  アンタを嫌いになることが相手側の狙いだったとしても……あたしは上手くいかなかった」

純一「そうだね、こうやって和解もできてる」

薫「……そう、だから相手はあたしがあんたと〝記憶がない事実〟を共有してることを知らない……人物になる」

純一「………けっこうな人がいるんだけど。というか、ほとんどじゃないか」

薫「───………」

純一「薫?」

368: 2011/11/23(水) 20:23:13.43 ID:If8wb+Z80
薫「──とりあえず、今日一日は気を付けて純一。あたしも色々と聞いて回るから。
  下駄箱に誰か近づいてなかったとか、色々ね」

純一「お、おう……わかった。お前も気をつけろよ薫」

薫「てーんきゅ!」


廊下

純一(気を付けてか──……薫のことも心配だけど、なんだろうなこれって…
   薫のことを悪く書いたメモ…それが僕だけしか知らない事実…)

純一(一体ぜんたい、僕は誰に嫌われてるんだ……?)

純一(……もしかして、この──)ごそごそ…

純一(──公園で見つけた手紙の、金の仮面さんが……僕のことを…?
   まさか、でも…記憶がないことを知ってるのは薫とこの金の仮面さんだけだ…)

純一(それでもこの手紙は、僕を励ます内容だけだった…まるで頑張れって言ってるような。
   それでいて、この記憶がない僕を知っているような…)

純一「──ああ、だめだ…全然わからないよ。僕ってばそう難しことなんて、
   頭良くないし考えてもわかることないしなぁ」

純一「とりあえず……教室にでも戻るか…」

純一「……待てよ、教室……?」


『(──今、ものすごく視線を感じたような気がする…。
   確かに今は、薫がいるからクラス中が注目してるけど…)』


純一「確か僕は教室で──……」


『(誰だったんだろう……とにかく確かに視線は感じたし、
   それは……僕に向けてのような気がする…)』

370: 2011/11/23(水) 20:23:57.26 ID:If8wb+Z80
純一「誰かに、見られていた気がしていた……?で、でもそれってただの気のせいかもしれないし…」

純一「……………っこれは!…」

純一「──きた、これだ……きたぞ。頭のもやもやだ……!!
   あの時はならなかったのに、その時のことを思い返しただけで…頭のもやもやが出てきた…!!」

純一(また、なにかを思い出しそうになってるのか…? でも、これは昨日の紗江ちゃんの時とか…
   今までてきたやつより、全然小さい……なにか足りないのかな)

純一(それに、昨日の紗江ちゃんのりぼんのこともある……アレを触れたら、僕は紗江ちゃんのことを全て思い出した…
   ──あ!しまった!)

純一「そのことを薫にいってないじゃないか! い、いまからでも言いに行かなくちゃ……!!」くるっ

だだだだ…!


体育館裏

純一「はぁっ……はぁっ……まったく、あいつは何処に行ったんだよ。
   教室にもいないし、職員室にもいないしさ……うん?」

ガサガサ…

純一「なんだろう──あれは。なにか黒いのが動いてる…」

ガサガサ…ぴょこ!

純一「──……あ。お前……ぷーじゃないか」

ニャー

純一「久しぶりに見た気がするな。お前、元気にしてたか?」

ニャ~

372: 2011/11/23(水) 20:24:52.07 ID:If8wb+Z80
純一「そうか、元気にしてたか。
   あはは。でも、相変らず触らせてくれない位置を陣取るんだなお前さんは…」

ニャッ

純一「──うん、どこいくんだぷー。待ってくれよ」すっ

タッタッタ…

純一「おーい。待てってば、何処行くんだよ──……って、七咲じゃないか」

七咲「──先、輩……?」

純一「うん、僕だよ。こんなところでなにをしてるんだ七咲…ラーメンでも食べてるの?」

七咲「た、たべてないですよ……ただぷーに会いにちょっと…」

純一「へー……そしたら、毎日会いに来てるの?」

七咲「ええ、まぁ……今日はちょっと早めに会いに来ましたけど……」

純一「……?」

純一(どうしたんだろう? 今日の七咲、なんだか元気がないな。
   具合でも悪いんだろうか?)

純一「──七咲、今日はちょっと大人しいね。なにかあったの?」

七咲「え……? い、いや…そうでもないですよ…はい」

純一「そうでもない様には見えないけど……七咲、またなにか相談でもあるの?───っっ!!?」びくん!

七咲「っ──いえ、そんな、ことは……っ…」

純一(…なん──だ、これ……またきた!頭のもやもやが……!!
   これは……これは、紗江ちゃんの時と同じぐらいの……もやもやだ…!!)

374: 2011/11/23(水) 20:25:35.25 ID:If8wb+Z80
七咲「──先輩、その……ひとつ聞いても良いですか…?」

純一「──え? うんいいけど……」

純一(──待て、待て待て…どうしてこのタイミングで…僕のもやもやも出てくるんだ…っ!?)

七咲「えっとその、ですね……」

純一(なんてことだ…このタイミングで出なくても良いだろ…っ!
   今は七咲のことに集中しなくちゃいけないっていうのに……!)

七咲「──先輩は、私のこと軽蔑してますか……?」

純一「……はい? な、七咲……なにをいってるんだ?」

七咲「っ……いいえ、分かってるんです。私……こんな弱い私ですから、
   先輩に頼りっきりで…それで、それで……」

純一「い、いやいや。待ってよ、七咲。僕はなんのことだがさっぱりなんだけど…?」

七咲「──……今日、私の机の上に…落書きがされてあったんです…」

純一「落書き──…?」

七咲「……はい、それに書かれてたことは…その、色々と酷いことをかかれてまして…」

純一「酷いことって……七咲のことを?」

七咲「はい……ちょっとそれが、こたえてしまって…こう、自分が見ないようにしてたことを…
   無視をしようとしていたことを…全て…問い詰める様に書いてあって…」

純一「そ、そんな酷いことが描かれてたのか…?」

七咲「はい……それでちょっと、教室を抜け出して…ぷーに…ぷーに…」

376: 2011/11/23(水) 20:26:18.19 ID:If8wb+Z80
純一(──え、ま、まさか…あの七咲が泣きそうになってる?……嘘だろう。
   僕の知ってる限りじゃ、七咲は強い心を持った子だと思ってた…)

純一(それほどまで──……酷い落書きだったのかな。
   誰だよ書いた奴は! 七咲をこんなことにして……!)

純一「……ん? ひどい落書き…?」

純一(……まさか、これって薫の時と同じように…謎の人物がやったことなのか!?
   なんで七咲にも……いや、こんなことを考えても仕方ない)

純一「な、七咲……その落書きには、どんなことを書かれてたの?」

七咲「……………」

純一「七咲……?」

七咲「──先輩は、本当は……なにを考えているんですか…」

七咲「私が落ち込んだ時は、先輩はいつだって慰めてくれて…
   困った時は、何時だって先輩は助けてくれていました…」

七咲「でも……でも、これは……私にはどうしたらいいのか……まったくわからないです…」

純一「……七咲、ごめん。もうちょっとわかるようにいってくれないか…?」

七咲「……先輩。先輩は、私のことをなんだってしってますよね…だって私は先輩に
   なんだって見せてきました……その分、私も──色々と得ることもできましたし…」

純一(──なんだって見せてきた…!? お、おい…記憶がない時の僕!
   いったい七咲のなにを見てきたんだ!)

七咲「ですから……先輩と会話をしてる時はいつだって楽しくて…
   私の全てを知ってる人と会話するのって、こんなにも楽しいのかって…思ってました…」

七咲「……でも、でも…先輩。正直に言いたいことがあったら、言ってください」

純一「え……?」

378: 2011/11/23(水) 20:27:09.15 ID:If8wb+Z80
七咲「こんな私は──こんな先輩に頼りっきりな私は……もう、今後先輩に…」

七咲「話し、かけないほうがいいでしょうか……?」

純一「なに、言ってるんだよ……七咲。あはは、話しかけない方がいいって?」

七咲「………──『貴方は依存している』…」

純一「え、どうしたの七咲。急に…?」

七咲「……『他人というものに依存し、自分の弱い部分を強いと勘違いする』…」

純一「な、七咲…それって落書きの…?」

七咲「『お前はなんだって一人じゃできない』『憧れの人というカテゴリで自分を誤魔化す』
   『好きな人がいることを知ってながら知らないふり』『好きだと言わなず飼いならす』」

純一「…………」

七咲「『努力も知らず他人任せ』『見えないものにただ怖がる』『強がるだけでなにもしない』……」

純一「七咲……それは…」

七咲「『なにひとつ、お前は手に入れてない。自らの手で手に入れてない。
    お前はいつも他人に任せ、恋路も誤魔化し、邪魔をし、全てを見ないふりをする』」

七咲「──これで、全部です。せんぱい……これが描かれていた落書きの内容です…」

純一「……なん、でそんなことを……」

七咲「──あはは、なんで、でしょうね……でも、でも…これも全部、その通りなんですよ…先輩」

純一「七咲……」

七咲「書かれていた落書き……全部、私はわかっていたことなんです…」

380: 2011/11/23(水) 20:28:08.95 ID:If8wb+Z80
純一「で、でも……!そんなのただの落書きだろ……っ!?気にする事なんか……!」

七咲「……はい、そうなんですけど……そう、思いたいんですけど……
   やっぱり、私にはもう……──…無理みたいです」すっ

純一「な、七咲…? ど、どこいくんだよ…?」

七咲「──…とりあえず、もう先輩に近づくことを止めようと思います」

純一「え…?ど、どうして…!」

七咲「いえ──…私も、ここまで色々と馬鹿なことをしてきたなって思ってたんです。
   落書きに気付かされたなんて…ちょっとくやしいですけどね」

純一「七咲、何を言ってるんだよ…本当に…!」

七咲「先輩──橘先輩、今まで馬鹿な私に付き合ってくれて……その、ありがとうございました…!」だっだっだ…

純一「七咲!おい、待てってば!」

純一「な、七咲…ッ! だ、だめだよ戻ってきて!」

純一(だめだ──…っ! 今の七咲に、何を言ってもダメな気がする…!
   でも、でも──ここで七咲と分かれてしまっていいのか…!?)

純一(なにか──なにかないのか!? 七咲を止める、七咲と会話できるものは…!
   考えろ、考えろ橘 純一…ッ)

ニャー

純一「……ッ!!」

純一(──そうだ、わかってきた!!さっきから出てきている……このもやもや!
   これって……七咲と、ぷーを同時に見たからじゃないのか!?)

382: 2011/11/23(水) 20:29:11.84 ID:If8wb+Z80
純一(今だってそう──今この瞬間も、走り去っていく七咲とぷーを見ていると
   最高潮にもやもやが出てきてる…!!──……ものは、ものはためしだ……!!)

純一(僕の、全ての力を使って……この場をどうにかするんだ!
   七咲と離れ離れになるなんて……僕は嫌なんだっ!!)


純一「──わぉおおおおおおおおおん!!」


ニャッ!?


純一「わんわんわん!!」ばたばた!!

ニャー!? ニャニャッ!! ばたばた!!

純一(──無理だ、無理なんだぷー……今の僕はお前の天敵、犬だ!
   いくらお前のようなすばしっこい奴でも…)ばたばた!

ニャァアアアア!! ばたばた…

純一「へっへっへっへ……」じりじり…

ニャァ…ニャァ… びくびく…

純一(僕の本気の犬モードでは……敵いはしない!)ばっ

ニャッ!?

純一「──つかまえ、」

純一(─────fじゃおあじょじょあじょfjdそjふぁjそdjふぁおsjd)

純一「──ッ──ッッ!!!ッ!!」びくん…

384: 2011/11/23(水) 20:29:53.54 ID:If8wb+Z80
純一「き──きた……これだ───」

ジザザ…! ザザ!

『先輩!今日はどこにいきますか?』
『そうだなぁ。ラーメン屋とかどう?』

純一「そう、僕は七咲と───」

ジジジ……ザザー…

『…だめなんです。先輩…』
『いいんだよ、七咲。無理をしなくて』

純一「色んな事を話して───」

ザザザ……ザザッ…

『ありがとうございますっ!先輩っ!』
『な、七咲…っ!なにもきて…っ』

純一「僕は──知っている。七咲のことを全部」

純一「…………」

純一「────行かせるか。行かせるもんか、七咲…ッ!」



数分後

七咲「はぁっ……はぁっ……」

七咲「はぁっ──……これで、よかった…よかったんだ…」

七咲「……先輩には、もう迷惑はかけれない…だって長い間、迷惑をかけつづけたんだから…」

386: 2011/11/23(水) 20:30:58.76 ID:If8wb+Z80
七咲「っ……え──なに……」ぽろぽろ…

七咲「なん、で……泣いてるの、わたし…」ぽろ…

七咲「ッ……!」ごしごし

七咲「──大丈夫……なにも、なにも変わらないんだから…こうやってまた、一人で頑張れる…」

七咲「頑張れるん、だから………」


だっだっだっだ……


七咲「……え、この足音は…?」くるっ


七咲「───えっ!? せんぱい!?」

純一「わん!わん!わぉーん!!七咲ぃー!!!」だだだだだ!!

七咲「え、ちょ、なんで四足歩行でダッシュしてくるんですか……!?なんかこわいです!」だっ!

純一「──えっ!? 何で逃げるの七咲!?」だだだだ!!

七咲「に、逃げるにきまってるでしょう!? なんでそんな走り方で追いかけてくるんですか!!」だっだっだ!

純一「だってコレの方が速いから……というか待て!ぷー!僕の耳を噛むんじゃない!」だだだだ!!

ニャニャッ!

七咲「──え、ぷー? な、なんで先輩の肩……というか背中の上に…!」だっだっだ!

純一「いや、なんか捕まえた途端、急に懐いてきて……ちょ、いたい!やっぱ痛いから!」だだだだ!!

七咲「そん、な──ぷーは私以外に慣れなることないのに……っ!」だっだっだ!

388: 2011/11/23(水) 20:31:46.50 ID:If8wb+Z80
純一「──ああ、そうか。七咲、ぷーの弱点は耳の裏だろ?」だだだだ!!

七咲「えっ? なんでそれを……?確か先輩にも言ったことないのに……」だっだっだ!

純一「やっぱりな。あ、七咲はたぶん言ってないと思うよ、たぶんね」だだだだ!!

七咲「せ、先輩……? なにをいって──というか脚早い……!もう私の横に…っ」だっだっだ!



だだだだ!!
だっだっだ!

純一「──七咲。どうやらもう色々と立ち止まってくれなさそうだから……この状況で言うけどさ」

七咲「ほ、本当になんでこの状況で…そんな表情を出来るんですか…っ?」

純一「良いから聞くんだ七咲。僕は言いたい事ある」

七咲「……はい、なんですか先輩……」

純一「七咲──君は別に、弱くないよ」

七咲「っ……なんですか、慰めにきたんですか……っ?
   でも、私はそれを先輩に───」

純一「ああ、そうだろうね。僕に言われてもしょうがない……また、それは僕という存在に
   頼ってるって事になる……そんな感じだろ、七咲は」

七咲「っ………」

純一「だから七咲は──僕に何かを言われる前に、走って行った。
   僕は自分のことだから……よーくわかる。たぶん、あの時。僕は七咲を慰めてただろうね」

七咲「じゃあ──なんで、追いかけてきたんですか……っ!
   わかってて、それでも私を追いかけてきて……!!」

390: 2011/11/23(水) 20:32:27.06 ID:If8wb+Z80
純一「それはね───好きだからだよ、七咲が」

七咲「───……えっ…?」

純一「僕は七咲が好きだから、追いかけてきた。悲しませたくないから、
   ……こんなことで、七咲が離れて行ってしまうのが嫌だから」

七咲「せん、ぱい……くっ──でも、それじゃっ……!」

純一「──でもね、七咲。これじゃダメなんだろ」

七咲「えっ……?」

純一「確かに僕は……七咲のことが好きだ。その声も、足も、眼も…
   そして時々見えているスカートの中の水着も……好きで好きでたまらない」

七咲「っ……」ばっ

純一「それに僕は七咲と──キスもした。あれって僕、初めてだったんだよ?」

七咲「わ、わたしもです……よ…!」

純一「そっか、これはもうけもんだね!」

純一「確かに僕は七咲が──好きだ。
   でも、これじゃ七咲はもっと……苦しむことになるんだろ?」

七咲「…………」

純一「僕が君を好きっていっても……これはまた、ドつぼにはまるだけ。
   好きだと言ってくれたからあの人と頑張れる、好きだから期待にこたえようとする……」

純一「──でも、それが、七咲はとてつもなく嫌になったんだろ……?」

七咲「…………」

純一「前にプールで……一人で頑張ることに挫けた七咲はさ、僕に相談してくれたよね?
   それで七咲は、僕がいるから頑張れるって──あの時、言ってくれたんだと思ってるよ」

七咲「……はい、その通りです……先輩…」

392: 2011/11/23(水) 20:33:13.21 ID:If8wb+Z80
純一「ありがとう、七咲。でも──君は落書きで気付いてしまった。
   そんな風に頼って頑張っても、自分は何も変わってはいない……」

純一「七咲は以前までやっていた……一人で頑張ることを、僕っていうもので台無しにしてしまった──
   それに気付いて、七咲は僕から離れようとしたんじゃないのか?」

七咲「…………」

純一「自分が恐ろしく弱い人間じゃないかって……人の為にじゃないと頑張れない人間になってしまったんじゃないかって」

七咲「先輩、そしたらなぜ……そこまでわかってて、私のことを追いかけてきたんですか…?」

純一「──そうだね、もうこれは僕と七咲が離れないと、七咲が納得できなくなってしまってるよね。
   だからこうやって僕と七咲が会話してるのも、君には辛いはずだ」

七咲「それだったら───…」

純一「でもね、僕は知っているんだよ。七咲」

七咲「えっ……?」

純一「僕は知っているんだよ──君がどれだけ頑張れるかを。
   どんな困難でも、君は一人でも……みんなに頼ってでも頑張れるって事を」

七咲「なにを、いってるんですか…先輩…?」

純一「これは七咲を見てきた僕だから言えることだ。だから、僕を信じてくれる七咲なら、
   これが冗談で言ってるんじゃないってわかってくれると思う」

純一「七咲──君は将来、たぶんだけど背泳ぎで県大会に出れるはずだ」

七咲「なんですかそれ……?」

純一「これは妄想じゃない。嘘でもないよ?──ただ、絶対にある世界なんだ。
   七咲はどんなことがあっても、なにがあっても……頑張れる強い子なんだよ!!」

394: 2011/11/23(水) 20:33:49.09 ID:If8wb+Z80
グラウンド

純一「自分を信じてくれ七咲! 僕はそんなくよくよした七咲は見たくない!!
   誰にだって負けない鋼のような心を持ってるって、僕は知っているんだから!!」

七咲「──せん、ぱい……?」

純一「七咲──七咲、僕は信じてる。この言葉がどこまで七咲が信じてくれるかわからないけど…」

純一「それでも、僕は七咲が好きだから……大切に思ってるから、僕はこんな妄想みたいなことを言える」

七咲「…………」

純一「──頼ることは、苦痛じゃない。他人の為に頑張ることは、ダメじゃない。
   それを僕に証明してくれたのは…なんてたって……七咲じゃないか!」

七咲「わたしは、そんなこと………」

純一「いいや!!!!」すいっ!

にゃっ!?

純一「七咲、お前は絶対にそうなる!!僕の言葉を信じろ!!」だっだっだ!!

七咲「せ、先輩…!?」

純一「僕は──そんな七咲は見たくない!
   知らないし、見たくもないし、信じたくもない!」だっだっだ!

七咲「な、なにを郁夫みたいな訳の分からないこといってるんですか先輩……!」

純一「良いから聞くんだ七咲!よーく耳をかっぽじってきくんだぞ!──すぅううう…」だっ…

七咲「えっ───」

純一「──ぼくはななさきのことがだいすきだぁあああああああああああああああああ!!!」

七咲「」

純一「ああああああああああ──……ふぅ、すっきりした」

396: 2011/11/23(水) 20:34:39.06 ID:If8wb+Z80
七咲「──な、ななななななにいってるんですか先輩…!? グラウンドの真ん中ですよ…!
   これ、絶対に校舎中にっ……!?」

純一「──これで、もう大丈夫だろ。七咲」

七咲「本当に、なにをいってるんですか貴方は……!」

純一「なにって七咲──もう、これできまってしまったじゃないか。
   みんなもう知ってしまった──それだったらもう、七咲は始めるしかないんだよ」

純一「いまだに七咲が……他人の為に頑張ることが、自分でダメだって思うなら。
   ──もう周りから固めればいい、他人の為に頑張れる自分だって。そう作り上げればいい」

七咲「せ、先輩……それってけっこう無茶なこと言ってるって…気付いてますよね」

純一「無茶じゃないさ。僕の知ってる七咲ならね。
   ……でも、こうしなきゃ七咲は──絶対に始めようとはしないだろ?」

純一「自分が強い人間だってことを、気付くことをさ」

七咲「──もう、先輩が何を言ってるのか…ほとんど理解できてませんよ…わたし…」

純一「そう? でも、大丈夫。僕は七咲のことわかってるからさ」

七咲「……なんなんですか、先輩。ほんとうに……はぁー…」

純一「……それで七咲、君は僕知ってる七咲になってくれる?」

七咲「……その、誰に頼っても頑張れて。一人になっても頑張れる…私ですか?」

純一「そうだよ! そんな七咲が僕は好きだ、だからそうなってほしいと思ってるよ」

七咲「……無茶苦茶ですね、本当に言ってることが支離滅裂ですよ…」

純一「わかってるさ。でも、僕はなってほしい」

398: 2011/11/23(水) 20:35:36.18 ID:If8wb+Z80
純一「逃げる七咲なんて、七咲じゃないじゃないか!」

七咲「……はぁ。もう、なんていったらわからないですけど…」

七咲「──わかりました、先輩。私…頑張ります」

純一「ほんとに!?」

七咲「ええ──もう、さっきまでの色々な感情が…もうどうでもよくなってきました。
   凄いですね先輩」

純一「素直に褒め言葉として受取っておくよ!」

七咲「はい、そうしてください……ん~!──そうですか、先輩って私のこと大好きだったんですね」

純一「えっ──うんっ!そうだよ……」

純一(……あ、今さらだけど僕…告白しちゃったんだ!何だ急に恥ずかしく…)

七咲「へぇー…そうなんですか。でも、私いろいろと噂を聞いてるんですけど、先輩」

純一「えっ……?どういうのかな…?」

七咲「森島先輩のカップル事件」

純一「うっ……」

七咲「…深夜にクラスメイトと徘徊。次の日そのクラスメイトと一緒に登校」

純一(か、薫のことか…?)

七咲「……とある会場で女の子と泣き合いながら抱き合う」

純一「へっ……!? なんでそんなことまで──あっ……」

七咲「………先輩、私はいくらなんでもそんな人の為に頑張るっていうのは──」

七咲「──いささか、周りに公言しにくいんですが?」

400: 2011/11/23(水) 20:36:32.64 ID:If8wb+Z80
純一「えっと、あの………あはは…」

七咲「──はぁ、本当に先輩って……犬みたいにこっちに、
   こっちにわんわん、そっちにわんわん──してますよね」

純一「え、えーとその……」

七咲「──まぁいいんですよ、先輩」

純一「え?な、なにが…?」

七咲「先輩は先輩らしくて、いいんです。これからもそうしてください
   ……そうしてくださらないと、逆に困ってしまいます」

純一「ど、どういう意味かな?」

七咲「だって──先輩は、また色々と動いていたんでしょう?
   誰かの為を思って、先輩は色んな人の周りを駆け回ってた」

七咲「先輩の言葉を借りるなら──これが私が知っている先輩です」

純一「な、七咲……」

七咲「ですから──……」すっ…

純一「え、ちょ七咲───…んむ!」

七咲「──これで、少しは先輩の知ってる私になれましたか…?」す…

純一「……な、なな七咲……ッ」

七咲「ふふっ……先輩、私はすっごく素直なこです。知ってますよね?」

純一「あ、ああ…うん、前にも言ってたね…」

402: 2011/11/23(水) 20:37:33.56 ID:If8wb+Z80
七咲「ですから、私も素直に言っちゃいます──先輩……」

七咲「いつかは必ず、〝誰よりも一番、七咲が好きだ〟って……言ってくれることを期待してますからね」

純一「え、あうん……わかったよ…」

七咲「では、これでっ。せんぱいっ、私──頑張りますから!こっちも期待しててくださいね!」たったった…

純一「………」ぼぉー

純一「──ハッ!? いつの間にか七咲がいない……!」

純一「……でも、言ってた言葉は覚えてる。」

純一「──誰よりも一番、か………」



校舎・とある廊下

「──はぁ、あたしが頑張ってる時に…あんたってなにしてんのよ」

薫「………堂々とグラウンドで告白とはね。やけちゃうわー」

薫「──……あたしは、確かにあんたが好きだった……でも、でも」

薫「……あんたが記憶がないと言われた時、あたしは少し嬉しかった」

薫「サイテーよね……だってアンタが困ってんのに。あたしはその状況が
  ……嘘でもいいから縋りつきたくなったの…」

薫「──記憶が無くなってしまったのなら、
  もう一回やり直せるんじゃないかって……」

薫「あんたと一緒に、あたしも素直になって……
  また、あの日々を過ごせるんじゃないかって……」

薫「………はぁ。なーに独り言言ってるんだろ、あたし」

404: 2011/11/23(水) 20:38:32.42 ID:If8wb+Z80
薫(一度起きてしまった現実は──……もうどうしようもない)

薫(アイツに一度だけ、この状況になってアンタは何をしたいのって……言ったことあるけど)

薫(──それは、あたしが受け止めるべき言葉だった)

薫(この状況になって、一番戸惑ってるのは……あいつじゃない。
  この私……あいつはもう、あんなに一人で走り回ってるじゃない…)

薫「──あーあ、いつ外国に行こうかなぁ……これも全部、アイツのせいねホント」すたすた…

「──……ッチ」

薫「──……あれは──」すた…

「────……本当に、グズ…─」カキカキ…

薫(メモ帳…?黒いメモ帳……そんなの使って何してんのかしら……)

薫「というか何を見てぶつぶついってんのかしら……ああ、純一か──」

薫(──ふーん……まぁ、それとなくわかってはいたけどさ)

「────」スタスタ…

薫「──あーりゃりゃ、これはご立腹のようでねぇ」

薫「……絢辻さん」


放課後

がやがや…

純一「……………」

純一(な、なんだろう……なんだか周りの人の目が僕に集まってる気がする…!)

純一「……ま、なんでかは分かるけどね」

406: 2011/11/23(水) 20:39:38.01 ID:If8wb+Z80
純一(グラウンドでどうどうとあんなことやってしまったんだ……そりゃ誰だって気になるさ
   教室に戻ったら、梅原も無言で親指立ててきたし……なんだよアイツ。誰のミカタなんだよ…)

「おーい、純一ぃ!」

純一「……え? あ、薫」

薫「よっ! この大胆破廉恥男!」

純一「や、やめろよ……僕はそんな醜い名称は嫌だよ」

薫「なによー。だったらなんて呼べばいいのよ?」

純一「……紳士、かな?」

薫「──みみをなめたり、グラウンドの真ん中で告白するのが紳士っていいたいワケ?」

純一「ばっ……!ちょ……! なにをいってるんだよお前…!!」

がやがや!がや!

薫「いいじゃないのよぉ~……だって事実なんだから、隠すことないじゃない。ひひひ!」

純一「こ、これ以上色々とややこしくさせるなよ…!
   ま、まぁ僕が勝手にやってしまったことだけどさ…!」

薫「わかってるなら宜しい。んじゃ、純一。行くわよ」

純一「……え?どこにだよ?」

薫「はぁ? なに、あんた今朝のことも忘れたの?」

純一「え……ああ、あのメモ帳の切れ端のことか…」

薫「そそそ。その件でちょっと──わかったことがあるわ。だからきなさいっての」ずりずり!

408: 2011/11/23(水) 20:40:29.13 ID:If8wb+Z80
純一「ちょ、なんで引き摺るんだよ薫……!!」

薫「なんでもなんでもないの!はやくきなさいって!」

純一「どっちもなんでもになってるぞ薫──うぉお!」ずささ…!


ファミレス

純一「………」ムスー

薫「あ。あたし、チョコレートのマフィンアラモード、トッピングはバニラ、シロップ、オレンジで~」

純一「………」

薫「ほらほら~なにいじけてんのよ。あんたも頼みなさいって、ここはあたしのおごりよ~」

純一「……じゃあ、やきそば」

薫「やきそば? 純一おなかすいてるの?」

純一「……いや、わからないならそれでいいよ薫」

薫「そう? じゃあ彼はやきそばで~。よろしく!」

薫「はぁー…楽しみ。ここのバイトやめてから、この数日きてなかったからねぇ。
  ここのすぃーつ美味しいのよ?あんたにもわけてあげよっか?」

純一「別にいいよ…それよりも、なんでここなんだ」

薫「んー…だって学校じゃアンタも話しにくいでしょ?
  ここのほうが輝日東高の生徒もいないしさ」

純一「まぁ、そうだけどさ……」

410: 2011/11/23(水) 20:41:27.37 ID:If8wb+Z80
純一「でも、あの連れて行き方はないだろ!
   僕、かばんとか全部おいてきちまったんだぞ…!」

薫「いーじゃないの。どうせアンタは、帰っても教科書見なおしたりしないんだから」

純一「ったく……それで、今日はなにがわかったんだよ薫」

薫「ん? ああ、そうね……あきたきた!きたわよ純一ぃ!スィーツがっ」

純一「……はぁ~…」


数十分後

薫「はぁー……美味しかった。やっぱりここのは最高だわ~」

純一「うん、それは認める…そのスィーツも美味しかったし、
   この焼そばだって麺がちょうどいい硬さで美味しかったよ」

薫「でしょー? ここの料理長がさ、けっこう食材にこだわっててさぁ
  もともとはチェーン店だから基盤の材料使わないといけないんだけど」

薫「そこを押し切っての食材の味ってのをだしてて──」

純一「──なぁ、薫。ちょっといいか」

薫「──……もう、なによ純一ぃ。あたしが気持ち良く話してるって言うのに」

純一「ああ、でもその前に話すことがあるだろ」

薫「……ま。そうね、引き延ばすのもこれぐらいにしとくわ」

純一「引き延ばしてたのかよ……なんだよ、早く言えって」

薫「──とりあえず、今回の犯人はわかったわ」

純一「ほ、ほんとうか!?」

412: 2011/11/23(水) 20:42:10.48 ID:If8wb+Z80
薫「うん、まぁ……確かな証拠ってのはなかったけど。
  それでもあたしのカンは告げているの……」

純一「か、かんかよ……お前、それ大丈夫なのか?」

薫「大丈夫よ!……たぶん」

純一「…………」

薫「ま、とりあえずは──今日はその人をここに呼んでるの」

純一「………え?」

純一「よんでるって……その、犯人を?」

薫「そそそ。ここに、ファミレスに呼んでみました」

純一「だ、大丈夫なのかそれ!? え、だってお前それだと……」

薫「べっつに気にしなくていいわよ。確かに悪口書かれたことはムカつくけど…」

薫「……それよりも、アンタが大切だから」

純一「か、薫……お前…」

薫「──あれぇ、今さら棚町さんの魅力に気付きはじめちゃった?」

純一「か、からかうなよっ…! ま、まぁ…感謝はしてるけどさ」

薫「そうそう、感謝してよね~。その犯人、意外と誘うのは簡単だったんだけど…」ちらっ

からんからーん…

薫「──多分、その後がすっごく大変だと思うから。純一、頑張りなさいよ?」

純一「え──一体、だれだって言うんだ──」ちらっ…

414: 2011/11/23(水) 20:42:46.34 ID:If8wb+Z80
「こんばんわ。棚町さん、橘君」

純一「えっ……」

薫「こんばんわ。えっとそしたら、あたしの横に座る?」

「ええ、お邪魔しても良いかしら」

純一「なんで……」

薫「──ちょっと、あんた何黙ってんのよ。ちゃんと挨拶しなさい!」

純一「え、だって…お前……この人は…」

「いや、いいのよ棚町さん。だっていきなり私が現れた誰だってびっくりするでしょう?」

絢辻「──ねぇ?橘君?」

純一「いや、そんなことは……ないよ、絢辻さん」

絢辻「…そう? よかった、でも……橘君ならそう言ってくれると思ってたわ」

純一「そ、そうかな…? あはは……いだっ!?」げしっ

薫「…………」

純一(机の下で足を……ッ! わ、わかってるよ薫、飲み込まれるなって言いたいんだろ…)

絢辻「──それで、今日はどうして私を誘ってくれたの?
   委員会の仕事で色々と忙しくて……それで少し、遅れてしまったけれど」

薫「ううん、別に気にしてないわよー。
  とりあえず……純一が絢辻さんに言いたいことがあるみたいなのよ~」

純一(そ、そんな直球にこっちにふるのか……!?)

絢辻「──橘君が?えっと、なにかな?」

純一「え、えーとその……あの……」

416: 2011/11/23(水) 20:43:50.33 ID:If8wb+Z80
絢辻「うん?」

純一「ええっとですね……あはは…」

純一(──い、言えるわけがないよ! か、薫の下駄箱に悪口をかいたメモを入れたのかって!)

純一(──でも、僕は……)じっ

絢辻「………?」

純一(薫の勘を信じるわけじゃないけど──僕は、絢辻さんの顔を見た瞬間……)

純一(──やっぱりこの人か、って思ってしまった自分がいる…)

純一(そう思う自分を否定したい気持ちもある……でも、それよりも先に。
   僕の頭の中にはあの──もやもやが起こってしまっていた)

純一(──この人は、猫を被っていると。それは事実、もう本人からそうだって
   言われてもいる……ただ、それだからって犯人と決め付けるにはおかしい)

純一(でも──僕は、彼女が犯人だと思っている)

純一「──……絢辻さん、さっき僕にいったことばがあるよね」

絢辻「えっ?……えっと、なんだったかしら。ごめんなさい、思い出せないわ」

純一「……橘君ならそう言ってくれると思ってた──そう、絢辻さんは言ったんだ」

絢辻「──……そうね、確かに言ったわ。それがなにかしら?」

純一「でもさ、これっておかしいよね?僕、の勘違いだったらあやまるけど…」

純一「──僕は、一昨日貴方に酷いことを言ったはずだ」

絢辻「…………」

418: 2011/11/23(水) 20:44:33.46 ID:If8wb+Z80
純一「貴方は──貴方はそう、猫を被ってると。その性格良さそうな面持ちも、
   人当たりの良さそうな性格も、勉強も運動もできるのも……」

純一「ただ、貴方が周りから良い風に見られるためのかぶりものだと…」

絢辻「…………」

純一「ここまで酷いことを言った覚えはないけど……それでも同じ意味合いな事を言ってしまった。
   だから、僕は貴方に聞きたい」

純一「──なんでそう平気そうな顔で僕の前にいれられるのかな?
   そう平気そうに、僕を信じてるみたいな言葉をいってれたの?」

純一「僕は──あれから絢辻さんと目を合わせない様、ずっとそらしてた。
   だって気まずいからね。でも、絢辻さんはそうじゃない」

純一(──思い出せ……ここまで来てるんだ、思い出すんだ僕……!!
   なぜ彼女はこうやって平然としてられるんだ? これは、これは絶対に僕の記憶と関係しているはずだ…!)

純一(そもそもノープランで話を始めるじゃなかった……!
   なんかみんな、真剣に僕の話をきいてるけど……なにも考えてないよ僕!)

純一「こうやって、絢辻さんは薫のお誘いだって断らずにきたんだよね?
   それに、僕がいることだって知ってたはずだ」

純一(なぜ──絢辻さんはそんなことをしたんだ?
   いくらなんでも、そんな自分の地位を貶める行為を簡単に……だって)

純一(いくらなんでも、僕という存在に知られたら……絢辻さんだって困るはずだ)

純一(なのに……なのに、ここは僕に会いに来たかったという線で見るのが正しいはずだ…
   だから、なぜ…絢辻さんはここに……)

純一(──もしかして、怖くないのか?)

420: 2011/11/23(水) 20:45:08.57 ID:If8wb+Z80
純一(ここで何かが暴露されても……絢辻さんにとって、なにも怖くない?
   でもなんでだ、これは絢辻さんの人生…とまではいかないけど、それでも)

純一(残る学生生活に支障が至るのはあたりまえだ───ッッ……!?)

純一(──な、なんだよ…! またもやもやがきたっ……!!
   これは大きい…確実に、紗江ちゃんや七咲と同じぐらいの奴だ……!)

純一(どうしだ…っ?このタイミング、というかいっつもタイミングが分からないから困ってるんだけど…
   それでも、なにか──僕はなにか見て………)

絢辻「──さっきから黙ってしまって、どうしたの橘君」

純一「え……」

絢辻「もうっ! ちょっと寝ぼけてるんじゃない?
   ──私と橘君が不仲になってる…? ふふっ、橘君も面白い冗談を言うわね」

純一「え、でも僕は確かに……!」

絢辻「猫をかぶってるって? ……そうねぇ、でもそれって誰しもやってることじゃないの?
   だって貴方も、高橋先生と会話してる時はねこをかぶってるでしょう?」

絢辻「誰だってやってること……そこまで重く受け止めてる橘君って…意外とピュアなのね。
   誰しも日常生活でやってることを、橘君に言われても……まぁ、あのときはちょっとびっくりしたけどね」

純一「なにを、いって──……」

絢辻「ねぇ、橘君。わたしがなんで今日ここに来たかっていうとね…それはあやまりたかったの」

純一「え……?」

絢辻「……だって、一昨日のことがあるって君も言ってくれたじゃない。
   あの時のこと、私もすこし気になってたんだから」

422: 2011/11/23(水) 20:45:40.53 ID:If8wb+Z80
純一「気になって…?」

絢辻「ええ、だって──とても橘君、困ってた顔してたんだもの。
   これは委員長の私として、ほっとけるわけないわ」

純一「でも、あの時は──」

絢辻「それに、貴方が前に錯乱したときだって、私はちゃんと保健室に連れて行ってあげたわ。
   覚えてる?そんな風に私は周りをちゃんと見てるつもり。だから」

絢辻「今の貴方の慌てようも、ちょっとした勘違いなのよ」

純一「勘違いなわけ──」

絢辻「私は委員長。周りのことをよく見てる──って言ったわよね?
   だから橘君の…その、素行の悪さもいろいろとしってるわ……」

絢辻「……でも、私は貴方がどんなに凄いことを言っても、なにかしら困ったこと言っても
   ちゃーんと聞いてあげる。意味が分からないって無視もしないし、相談にも乗ってあげるわ」

絢辻「──だから、橘くん。なにか悩みがあるなら私が聞くわよ?」

純一「な、悩みなんて──」

純一(な、なんだこれ……いつのまにか、僕がおかしくなったような感じにされてる…!?
   どうして、どこでそんなことに…!?)

純一(だ、だめだ……なにもかも話のつながり断たれてしまった…
   そもそも何も考えずに話しだした僕も悪いんだけど…)

純一(──だめだ、ここで諦めちゃ…ちゃんと理解するんだ。
   絢辻さんはなにを知っている?──それは、僕にしか知らない事実を知っていた。
   絢辻さんはなにを考えている?──それは、僕に猫を被ってることを黙ってほしい。
   絢辻さんはなにを思っている?──それは、それは………)

424: 2011/11/23(水) 20:46:25.04 ID:If8wb+Z80
純一(──ここだ、ここがわからない…だって、絢辻さんは…僕の知っているまでの絢辻さんと、
   何かが根本的に違っているような気がするんだ……)

純一(ここはもう──素直に、絢辻さんに悪口をかいたメモのことを言った方がいいのか…?
   でも──それも、さっきみたいにのらりくらりと返されそうな気がする……)

純一(元々、絢辻さんが犯人だって決めたことも薫の勘だし……これじゃ勝ち目がないじゃないか!)

純一「っ……!」

純一(──これはもう、『思い出す記憶』に頼るしかない。このもやもやをどうにかするしか……!)

純一(なにか、原因となるものは……頑張れ、僕…!
   このもやもやをどうにかする…!近くにあるはずなんだ、この原因が!)

純一「………?」じっ

絢辻「………?」

純一(顔──? いや、違う。そうじゃない…顔ならいつも見てた。
   だからってもやもやが起こったことは……ちょっとだけだった)

純一(じゃあ、何にこれは反応して───)



純一「…………絢辻さん、少し。聞いても良いかな?」

絢辻「あら、相談かしら? いいわよ、それをききに此処に来たようなものだから」

純一「ありがとう。絢辻さん……そしたらさ、明日の日程教えてくれない?」

絢辻「っ……え?明日の日程かしら?」

純一「うん、お願いするよ」

絢辻「そうね──……ちょっと待ってて。えっと…」ごぞごぞ

純一「……………」

426: 2011/11/23(水) 20:47:10.33 ID:If8wb+Z80
絢辻「あったあった。これね、この生徒手帳に──きゃっ」がたん!

薫「───じゅ、純一…っ!? あんたなにやって…!」

純一「──あった、薫」

薫「え、なによ…?」

純一「これだよ、この絢辻さんが持ってる生徒手帳……これ、お前が開いてみてくれ」

薫「あ、うん……それじゃ」すっ…

絢辻「…………手が痛い、橘君」

純一「ごめん……でも、離せないよ」

薫「……あ、ホワイトページが破られてる…それも、これって…」

絢辻「…………」

純一「……そうだよ、薫。そのページは多分…薫の悪口を書かれていたページだと思う」

薫「……といことは、これは…」

純一「僕が知っている絢辻さんは、学校の配布である生徒手帳を…そうそう破くなんてしないと思う。
   だってそれだけでも、評判は下がる所は下がるしね」

純一「……でも、こうやって破かれた跡がある。そして薫、あのメモと合わせて見て」

薫「あ、うんっ──……切れ目、ぴったりだわ」

絢辻「…………」

純一「うん、これで犯人はわかった。絢辻さん──……貴方が悪口をかいた、犯人だ」

絢辻「…………どうして、いきなりメモが思いついたの?」

純一「それは──その……」ちらっ

薫「?」

純一「──男の、勘ってやつだよ」

428: 2011/11/23(水) 20:48:25.30 ID:If8wb+Z80
純一(本当は──頭のもやもやが酷く反応する物をみていたら、
   ちらっとカバンから手帳らしきものが見えて……)

純一(頭のもやもやが大きくなったから──とりあえず突っ込んでみたんだけど…
   よかったぁー!合ってて!外れてたらもう、僕はどうなってたやら…!)

薫「それで……あんたは聞かなくていいの?」

純一「……え?なにを?」

薫「記憶よ、記憶──いったでしょ。今朝に、あんたしか知らなかったことを。
  この犯人──絢辻さんが知っていた事実があるじゃないの」

絢辻「……………」

純一「あ、そうだった……絢辻さん、僕は貴方に言うことがあるんだ」

絢辻「……………」

純一「あ、絢辻さん……? ど、どうしたの急に黙って──」

絢辻「───ククク…アハハッ…!」

薫「絢辻、さん……?」

絢辻「──あっはははははは!!これじゃあ何のためにこの〝世界〟で頑張ったのかしら!!
   ホント滑稽ね私ってっ!」

純一「絢辻さん……!?」

純一「なにをいって……世界…?」

絢辻「あはははは──ええ、そうよ橘くん……いや、それとも別の言い方がいいかしら?」

430: 2011/11/23(水) 20:49:23.10 ID:If8wb+Z80
絢辻「橘? ジュン? 純一君? それとも呼び捨てで純一?
   ──ああ、これもあったわね……あ・な・た?」

純一「なに、をいってるんだよ…絢辻さん…?」

絢辻「なにをいってるですって?──馬鹿言わないでちょうだい…あなたが全部全部全部…
   私の全てを何回も壊して言ったくせに……」

純一「壊すって……僕はなにも……」

絢辻「ええ、知らないでしょうね! 今のあなたはのんきに今を生きるだけ!
   なーんにも知らないくて、なーんでも知ってる橘君……ほんっと幸せ者ねっ!」

絢辻「その幸せが──多大な不幸で成り立ってることも知らないで、そうやって笑っていられるんだから
   無知は本当に良さそうでいいわぁ……うんうん」

薫「……絢辻さん、ちょっといいかしら」

絢辻「──あら? なにかしら棚町さん…はやく家に帰らなくてもいいのかしら?
   今日もまた知らない男性とお母様は、色々としてるんじゃなくて?」

薫「ッ……!!」

薫「あ、あんた奴は……!!」がた!!

純一「ちょ、やめろって薫!!」

絢辻「──フン、なによそれぐらいのことで。馬鹿みたいにうろたえて…本当に馬鹿みたい。
   たったそれだけのことで傷つくの? はっ、本当に貴方って弱い人間ね」

薫「──純一ぃ……やばいわよ……本気で止めなさい。あたしのこと……!!」

純一「もう止めてるよ!! どっからそんな力だしてんだよ!!」

絢辻「いいわね、そうやって仲良しそうにワイワイ騒げて……羨ましい限りだわ。
   でもね、そうもしてられるのどうぜ……あと少しだけよ」

432: 2011/11/23(水) 20:50:00.10 ID:If8wb+Z80
純一「なにをいってるんだよ絢辻さん…!!僕にはまったく理解できないよ…!?」

絢辻「へぇ~…やっぱりそうなんだ。こうやって直接、貴方と〝このこと〟を
   会話したことは──記録に残ってなかったけど…いいわよ。教えてあげるわ」

絢辻「ねぇ、橘くん……私とのキス──覚えてる?」

純一「え……?キス…?」

絢辻「ええ、そうよ。そしたら次は神社の前で手帳を燃やしたことは?
   あれは感動的だったわねぇ~…だって猫をかぶるのをやめた話よ?」

純一「なにをいってるの……?絢辻さん…?」

絢辻「そしたら次は手帳をばれたときは?
   ──あの時はごめんなさい、首といたかったでしょう?でもね」

絢辻「私はもっともっともっともっと痛かったのよ?
   そのあとに待ち受ける未来、終わり、全てが貴方のせいで潰れたのよ?」

絢辻「──貴方はそれを、知ってるの?わかってるの?でも笑っていられるの?
   知らないからって、貴方は前を見てられるの?」

絢辻「私は……私は、貴方のせいで全てが見えないのに……それなのに」

絢辻「貴方だけが──幸せになるのはゆるせない」

純一「っ………」

絢辻「──これ、見覚えはあるかしら?」すっ…

純一「え、それは……──ッ─ッッ──!!」

純一(もやもやが……きた!? 
   なんで、これはさっきの生徒手帳に反応したんじゃ…!?)

純一(でも、今はこの──黒い、手帳を見たら……反応してる…!?)

434: 2011/11/23(水) 20:50:44.83 ID:If8wb+Z80
純一(でも──そうだよ、確かに僕は絢辻さんが出した生徒手帳には、もやもやを
   感じては無かった……カバンの中の時、僕はこっちの手帳に反応してたのか…?)

絢辻「何やら少し、見覚えがあるようね橘君。
   そうじゃなきゃ困るわ……だって、私だけが知っている真実なんていやだもの」

絢辻「だって──もう、逃げられないんだもの。だから橘君……」すっ

純一「え……?」

絢辻「──一緒に、不幸になりましょう?」

絢辻「──不幸になれば、また終わるわ。エンドを迎えれば、また終わる。
   貴方が不幸になり続ける限り、貴方はどんどん繰り返す」ぱらぱら…

絢辻「そうやってそうやってそうやって続けて行く限り……私の不幸もどんどん溜まる」

絢辻「──いいでしょう?これって、いつまでも橘君と一緒よ、私は」

純一「なん、なの…その手帳は…?」

絢辻「ん? そうねぇ……大分前の私は貴方に──悪口の書かれた手帳、
   って言ってた記録があるわね」

純一「記録……?」

絢辻「その時の私は嬉しくても、ちょっと怖がってたみたいよ。
   真実をばらされたら、誰だって怖いものね。だから記録に残ってるの」

純一「絢辻さん、その手帳は一体何なんだ…!?」

絢辻「──不幸手帳。私はそう呼んでる、貴方が繰り返してきたほとんどすべての終わり…
   それについて、私が関わったことの事実が詳細に書かれてるの」

純一「わけがわからないよ…?僕がくり返してきた終わり…?」

436: 2011/11/23(水) 20:51:29.15 ID:If8wb+Z80
絢辻「ええ、わからないでしょうね。でも、私には分かってる。
   貴方が行ってきた全ての行い、私にはわかってる」

絢辻「この手帳に書かれてることは全て事実──変わることのない、貴方が行っていた物」

絢辻「わたしは、それをゆるさない」

絢辻「だから──さぁ、よんで橘君……」すい…

純一「え……これ、を僕が…?」

絢辻「ええ、そうよ。読んでくれるだけでいいの。
   そしたらおしまい。すべてがね」

純一「…………」すっ…

薫「………純一…?」

純一「──すべてが、終わる…?」

絢辻「そうよ。安心して、貴方は別に変わることは無いわ……ただ、
   私と同じ時間を繰り返すだけ。そうやって何も変わらないだけ」

純一「──変わらない…?」

絢辻「そう、そうよ橘くん……貴方の活躍は、この世界での活躍は私も見てたわ。
   頑張ったわね、きつかったでしょう?」

絢辻「──でも、その結果…貴方は自分が望んだ世界を見つけたかしら?
   自分が頑張ってやった世界…それはちゃんと望んでいた世界だったかしら?」

純一「僕は……僕は…」

絢辻「頑張ったけれど、貴方は──ちゃんと後悔なくできたかしら?
   この世界を守って、後悔なく今に居る?」

438: 2011/11/23(水) 20:52:29.17 ID:If8wb+Z80
純一(僕は──この記憶のない所から始まって……今、至る。
   それまでの間…色んな事があった気がする…)

純一(まるっきり変わってしまった世界……自分が知らない世界。
   そこに放り投げられた僕は……それでも頑張ると決めた)

純一(色んな人と出会って、みんなと協力し合って。何でもかんでも頑張った)

純一(時にはくじけそうになったり──時には叫んだり──時には慰めたり──)

純一(──時には頑張ったり──時には犬になったり──僕は、走って行ったんだ)

純一(──その結果、周りは幸せになった…と、僕はおもう……僕の思う限りの幸せが、
   出来あがったって思う…)

純一(でも……絢辻さんの、言葉が気になるんだ…)

純一(終わらない世界……これが、もし絢辻さんの言う通り…繰り返されることなんだと…
   本当に、本当にそうだというんだったら──)

純一(僕はこれからの日常を、耐えきることができるんだろうか……?)

純一(終わらないことが決まっている日常。絢辻さんの変貌……それが、それが…)

純一(僕には────)


薫「しっかりしなさい!この馬鹿純一!!」


純一「──へ……?薫……?」

薫「なーに、わけのわからない嘘っぽい猫かぶりにほだされてんの!」

純一「で、でも……僕は…」

440: 2011/11/23(水) 20:53:25.65 ID:If8wb+Z80
薫「──……はぁっ! アンタって本当に、思わせぶりな態度が上手いわね…!
  あたしがあんたが大丈夫だって思ったのが、馬鹿だったわ…っ」

薫「こいつの何の言葉に釣られたかわからないけど…ッ!
  あんたは別に、なにも悪くないわよ!」

純一「薫……僕は、悪くないのか……?」

薫「当たり前でしょ! なーにいってんだが……そんなの、あたしが見てきてるじゃない。
  全部が全部、そうじゃないけれど──それでも、あたしはあんたを見てたから!」

薫「アンタは悪くない、だから──こいつの言う通りになる必要は、まったくない!」

純一「薫……」

薫「そもそもなに……終わらない現実? 繰り返される不幸?
  ──ねぇ、絢辻さん…貴方こそ大丈夫なの?」

絢辻「…………」

薫「そんな中学生みたいなことを言って……まだ頭の中成長してないんじゃない?
  私のことを心配するより先に、自分のおつむの心配したらどうかと思うわ!」

絢辻「──そうねぇ…確かに。棚町さんがご心配されてることも、わかってるわ」

薫「…なによ、なにがいいたのアンタ」

絢辻「──ねぇ棚町さん。後悔してない?」

薫「なに、アンタ私にも色々といってくるワケ?はんッ、馬鹿ねアタシには──」

絢辻「転校するのよね、棚町さん」

薫「っ……それが、なによ…っ!」

絢辻「だから転校するんですってね──……ただ、私が言いたいのはそれだけ」

442: 2011/11/23(水) 20:54:27.02 ID:If8wb+Z80
薫「──アンタ、それは……っ!」

絢辻「うん? どうしたのかしら……まさか、私が言う前に気付いちゃったのかしら?
   あらあらぁ、あんだけ橘君に言ったのに…そういう考えはちゃっかりなのね」

薫「……っ…」

絢辻「そしたら敢えて私から言ってあげるわ。──棚町さん、ここで私の言う通りにして
   いただけるなら──その、悩みもどうにかできるわよ?」

絢辻「もっとも、この私の言葉を信じるのだったらねぇ?」

純一「か、薫……どうしたんだ顔色悪いぞ…?」

薫「──純一、あたし……」

純一「なんだよ、お前どうしたんだよ…?」

薫「───……」

純一「薫……?」

絢辻「──そんなに責めないで上げて?橘君、彼女も必氏なのよ?」

純一「え…?」

絢辻「彼女は、一番貴方を見てきたって言ってたでしょう?その分、誰よりも不幸を感じてるの。
   何もできない状況にただ後悔して、表向きには楽観的に装ってる……なんて健気なんでしょうね」

薫「……………」

絢辻「──棚町さん。貴方は悪くないわ、それはね? この世界が悪いの。
   この悪い歯車が回ってるこの世界……それがすべて悪いの」

絢辻「それをわかってしまえば──後は話が早いわ。
   あとは背中を押すだけ、ただ、それだけで終わるのよ」

薫「っ…………」

444: 2011/11/23(水) 20:55:05.87 ID:If8wb+Z80
絢辻「彼が──不幸になれば、この世は終わる。
   そして新しい世界が生まれて……貴方は救われる」

薫「…………」

絢辻「これが突拍子もないことだって思ってるでしょう?
   ──でも、貴方は信じせざるおえない。だって縋るしかないんだもの」

絢辻「いいわね? 棚町さん……私は今から、手帳を橘君に見せるわ」

薫「…………」

純一「薫……!! 絢辻さん、僕は……!」

絢辻「ううん、わかってる。わかってるのよ橘君。
   貴方は悪くない……だから認めてあげて」

純一「え……?」

絢辻「今までの貴方の頑張りを。この世界での頑張りを認めてあげて。
   ……それが今から先、どこかで消え去る前に」

純一「……本当に、僕が…不幸を、終わりを迎えたら……」

絢辻「みなまでいわなくていいわ。もうわかってるでしょう?
   ──今、貴方が終わらせてあげるの、ここで」

絢辻「いつ終わってしまうか分からない現実──今、ここで貴方の意志で
   終わらせるの。それがどれだけ幸せのことなのか……わかる?」

絢辻「………」

純一「………僕は……この、世界がすきだよ」

絢辻「ええ、そうね。私も好きだわ」

純一「だから、こうやって…絢辻さんと喋ってるのも…意外と悪く思ってないんだ」

446: 2011/11/23(水) 20:55:49.48 ID:If8wb+Z80
絢辻「ええ、そうね。私も思ってるわ」

純一「だから…だから……僕は、いつか終わってしまうと言うのなら…
   ──やっぱりそれはいやだ…」

絢辻「ええ、そうね。私も感じてるわ」

純一「──絢辻さん、僕に…その手帳を読ませてほしい」

絢辻「───ええ、わかった。私も読んでほしいわ」

純一「…………」

絢辻「はい、橘君。大切に受け取ってね」すっ

純一「──うん、わかったよ。絢辻さん……」すっ…


絢辻(──やったわ…やったわ!!この手で!!私はこの手で復讐してやった!!
   その手帳を読めば、確実に不幸になる!!それだけの恨みをこもった物を見れば!!あなたは!!)

純一「………」

絢辻(ざまーみなさい!!橘純一!!!あんたは不幸になればいい!!)

絢辻(せっかく作り上げた今を、すべて投げ捨てて!私の思うつぼになったらいいのよ!!)

絢辻「──……どうしたの?橘君、はやく受け取ってよ」

純一「──うん、そうだね。じゃ受け取るよ」

絢辻(なにぐずぐずしてんのよ……はやく、はやく、はやく!!)

純一「最後にいいかな、絢辻さん」

絢辻「え、どうかしたかしら?橘君…」

448: 2011/11/23(水) 20:56:38.45 ID:If8wb+Z80
絢辻(なにやってんだよ橘純一!!のろま!!)

純一「うん、絢辻さんにとっては……どうでもいいかもしれないけどね」

絢辻「……どういう意味かな?」

純一「僕は、君の不幸の理由を知りたいんだ」

純一「──だから、僕はこの手帳をうけとるんだよ──ッッ─ッ!!!!」びくん



純一(─────あfじゃsjふぁjsdfじょsjどじゃsjぁsvlwwjだlfj
   ふぁじょsjdふぉあdじょふぃじゃそdjふぉあsjどjふぁおjsどいじゃ
   fじゃおfじゃおいsjdふぉいあjsどいjふぁそjdふぉじゃそdじjfじ)

純一「──ッ─ッッ───………」

純一(……これが、絢辻さんの過去…)

ザザザザザァアアアアア…

『■■■■…っ!』
『■■■■っ!!』

純一(なにもかもを思い出す───)

ピガァアアガガガ…

『■■す■よ──』
『ああ■■もだよ──』

純一(こうやって、絢辻さんと僕は──)

ジガガガジッザァアアア…

『契約よ、橘君…』
『う、うんわかったよ…』


純一「──………うん、わかったよ。絢辻さん」

450: 2011/11/23(水) 20:57:12.54 ID:If8wb+Z80
絢辻「……何を言ってるの?まだ、開いてもいないじゃない」

純一「いや──これで十分なんだ。
   絢辻さん……僕は君に言いたいことがあるんだけど、いいかな?」

絢辻「……なにかしら?」

純一「えっとその……──どうしたらそんな風に皮をかぶれるの?」

絢辻「……いきなりすぎて、話が分からないのだけど。
   橘君、こんな無駄な会話するよりも先に──」

純一「聞きたいんだ。お願い、聞かせてよ」

絢辻「……橘君、私はこれでも優しい方よ。
   大切な手帳を貴方に貸してる時点で、私にとっては苦痛になってるの」

純一「あ、そうなんだ。絢辻さん、今は苦痛なの?」

絢辻「──……いえ、言い方が悪かったわね。そうじゃなくて私は…」

純一「苦痛じゃなくて?」

絢辻「……橘君、私をおちょくってるの?」

純一「おちょくってなんかないよ!
   ただ、今のは、絢辻さんの本音じゃないかなぁっ……って思ったんだ」

絢辻「──いやぁねぇ、橘君。手帳を貸すぐらいどう手ことないわよ?
  ちょっとしたじょーだん。だからほら、早く読んじゃって」

純一「あ、そうなの?でもさー…この手帳って、なんだか古くかんじるよねぇ」

絢辻「っ……そうかしら、でも。私は気にいってるからいいのよ」

純一「あ、気に言ってたんだ? ごめんね絢辻さん……僕、そんなことも
  気付けなくて……」

452: 2011/11/23(水) 20:58:17.07 ID:If8wb+Z80
絢辻「…いいわよ、別に。それよりも早く……よんじゃってよ」

純一「あ、でもまって! この手帳ってよく見ると……あそこのスーパーで買える奴じゃない!?
   高そうなものだって思ってたら、意外と安いのコレ?」

絢辻「ッ……橘君、いいかげんにしないと──」


純一「──怒ってくれるの?絢辻さん」


絢辻「っ……何を急にいいだすのよ…っ!
   怒るわけないじゃないの、ほら、私って委員長だし──」

純一「それがどうしたの?」

絢辻「え……?」

純一「絢辻さんが委員長でどうしたの? ──絢辻さんが怒っちゃなにが悪いの?
   どっちにしったって、僕にはどうにだって思わないよ」

絢辻「なにをいって、るのかしら……橘君?」

純一「絢辻さんこそ。いつまで隠しての?
   僕に言わないで、なにを一人でいつまでも隠してるのかわからないけど…」

純一「もう、大丈夫。全て知ってるから、隠さなくても良いよ」

絢辻「──……。貴方、なにをいってるの?
   言ってることがすべて理解不能なんだけど」

純一「──僕は、君を振った。君は一人クリスマスツリーで待つ」

絢辻「ッ……!?そ、それは……!」

純一「別の子に告白をする──君は何も言わずに去っていく」

454: 2011/11/23(水) 20:58:58.43 ID:If8wb+Z80
絢辻「──なん、で…読んでもないのに……知ってるの…?」

純一「──やっぱり、絢辻さんは知らないんだ……僕はなぜこうなのか」

絢辻「え……?」

純一「……ふぅ、ずっとおかしいと思ってたんだ。
   思い返す記憶は全部、みんなと合致しないんだもの──」

純一「──よし、じゃあ言ってあげようかな。絢辻さん、僕は君を知らないんだ」

純一「どうして絢辻ここまでそうなのか、どうして僕をここまで思ってくれてるのか…
   僕は記憶にはないんだよ」

絢辻「なにを、いってるの…?そんなの、世界が終われば記憶だって──」

純一「そうだね。そういう感じなんだろうね──この世界って」

絢辻「橘君…?あなた、なにをいって……?」

純一「でも、知らないってのはそういうことじゃないんだ」

純一「僕は実は……少し、記憶がなくなってるんだよ。十二月の中旬から、今の今まで」

純一「そしてそれは──色々な条件で、こうやって思い返すことがある。
   今回は……たぶん、絢辻さんの手帳だったんだろうね」

絢辻「………?」

純一「……だろうね。こんなことを絢辻さんに言っても伝わらないんだろう、だってこれは別のことだ。
   だから今は、絢辻さんのことを言いたいと思う」

絢辻「わたし、のこと……?」

純一「そうだよ。偉くしおらしくなってしまったけど……絢辻さん」

456: 2011/11/23(水) 20:59:56.62 ID:If8wb+Z80
純一「僕は〝絢辻 詞〟と会話がしたいんだけど。いいかな?」

絢辻「……………」

純一「……ダメかな?」

絢辻「──わたしはわたしよ、誰でもないし、それに…」

純一「ああ、だめだよ絢辻さん……ぜんぜんなってない」

絢辻「どういうこと……っ?」

純一「たぶんだけど、この世界の僕は──ちゃんとクリアできてないんだ。
   絢辻さんと会話をしていない……ちゃんとした絢辻さんと会話をしていない」

純一「だから──思いだされる記憶と、今の絢辻さんとに違いが出てるんだ」

絢辻「わけ、がわからないわよ……本当に、なにをいってるの…?」

純一「──記憶がなかった僕が、どんなふうに君と接してたのかは…
   今の僕にはわからない。でも……とりあえず、言ってみようかな」

純一「可愛いね絢辻さん、どうしてそんなにも可愛いの?」

絢辻「えっ……なに、急に橘君……!?」

純一「え? 突然じゃないよ?
   今までの僕は…ずっと絢辻さんのこと、可愛い人だって思ってた」

絢辻「なっ、なにをいって……!」

純一「それにクラスで人気者だし、頑張りやだし、みんながやりたくない仕事もやって、
   努力家で、負けず嫌いで……ちょっとひねくれてるけど、そこがまた可愛い」

絢辻「う、うう……じょ、冗談いうのやめないさよ…っ」かぁー

458: 2011/11/23(水) 21:01:01.42 ID:If8wb+Z80
純一「これ、本気で僕が思ってることだよ? 全部ウソじゃないさ、本気の本気」

絢辻「で、でもなんで急にそんなことをいうのよっ…!?」

純一「それはこっちのセリフだよ、絢辻さん。
   もう一度言うけど、いきなりえらくしおらしくなったね絢辻さん」

純一「さっきまでの悪役溢れる気高い絢辻さんは…どこにいったの?
   なんていうかその……絢辻さんって、けっこう脆いよね?」

絢辻「そ、そんなことないわよ! あ、わたしは……わたしは弱くない!!」

純一「──そうだね、絢辻さんは弱くないよ。強くてカッコイー人だ。
   でも、それでも絢辻さんも人間だよ?」

純一「絢辻さんは凄いけど、それでも可愛い一人の女の子だ。
   さっきみたいに、みんなを陥れたりするけど……やっぱり可愛い絢辻さんだ」

絢辻「あんまり……か、可愛いとか言わないで……よ…っ!」

純一「あはは。照れてる絢辻さんも可愛いね。
   ──だからさ、この手帳はいらないんだよ」

絢辻「え………」

純一「──君は確かに僕はから受けた不幸を……知っていると思う。
   絢辻さんは頭がいいから、溜まって行くメモ翌欄がどういったものなのか直ぐに気付いた」

純一「これが繰り返される世界で受けた──不幸の叫びなんだって。
   自分自身が繰り返し続けた、その叫びなんだって」

純一「絢辻さんは──それを読んでどう思ったのかはわからないよ。
   でもこうやって、僕の不幸を望んでいるっていうのなら……凄く傷ついたんだと思う」

460: 2011/11/23(水) 21:02:02.06 ID:If8wb+Z80
純一「だって絢辻さんって、猫かぶってるから……周りのことに影響されやすいもんね」

絢辻「ちょ、ちょっと!なにを急に…!」

純一「だって、周りを気にするから猫を被ってるんじゃないの?
   ──だから、絢辻さんはメモ翌欄に溜まって行く不幸の叫びを気にし始めた」

純一「これが…本当に我が身に起こってることなのかって。自分が知らない自分が、
   誰かによって不幸にされている……それが他人を信じない様生きてきた絢辻さんにとって」

純一「完璧に生きようとする自分を否定されてるようで……嫌だったんじゃないのかな」

絢辻「っ………」

純一「……って僕は思うんだ、うん」

純一「──なんだか急に上から目線で絢辻さんに行っちゃったけど…
   結局はそう、僕がいいたのはさ……」

純一「……絢辻さん。これから僕と、友達になろうよ」

絢辻「──え……?」

純一「友達だよ、絢辻さん。僕と友達になろう
   ──僕は、べつにこの手帳の僕じゃないんだからさ」

純一「手帳の中に書かれた僕じゃなく、
   ……今、絢辻さんの目の前にいる僕が橘純一だよ」

絢辻「…………」

純一「なにも怖がることは無い──僕はなにも裏切ることは無い。
   裏切った僕の過去? そんなの知ったこっちゃないよ」

絢辻「橘君……」

純一「今は今なんだよ、絢辻さん。どうか僕の声を聞いてくれ。
   過去か未来かわからない……手帳の言葉を信じるよりも」

純一「──僕は、今の可愛い絢辻さんに声を聞いてほしいと思ってる!」

462: 2011/11/23(水) 21:03:07.14 ID:If8wb+Z80
純一「聞こえてるんだよね? 僕の声が、目の前に居る僕の声が!
   そんなぼろい手帳より、生の僕が言ってあげるんだ!」

純一「僕は──必ず不幸にはしない!絢辻さん、僕の声聞こえる?」

絢辻「…………」イラ

純一「聞こえてるよね? だから、もっと僕の声を聞いてよ!
   絢辻さん、可愛いよ。ねこかぶってても、ちょっとドジっ子な所とかすっごくかわいい!」

絢辻「…………」

純一「例えばそうだなぁ…こうやって手帳のことでショック受けてるのも…可愛いよ?
   なんというか、本当に受けたことのないのに…そこまでショックだったなんて…
   その時の絢辻さんを、後ろからそっと抱きしめてあげたいよ!うん!」

絢辻「…──さい」

純一「それにそれに!思いだしたことなんだけど…絢辻さんて髪がいい匂いだったよね!
   いいなぁ、もっかいさわりたいなぁ…あ、そうだ!友達になったきっかけに匂い
   かがせてくれないかな!もっかい嗅ぎたいんだよ!」

絢辻「──…るさい」

純一「え? なになに?どうしたの? あ、もしかしてもうかがせてくれるとか?
   ほんとに?わぁーありがと僕ってば本当に幸せものだなぁ──」



絢辻「──ぅるさいっていてるのっ!!」ばちーん!

純一「絢辻さん絢辻さ──わふぅん!」ばたん…!

絢辻「──はぁ……はぁ…ほんっと、わんわん吠える……駄犬なこと…っ!」

純一「…あ、絢辻さん……?」

464: 2011/11/23(水) 21:03:52.12 ID:If8wb+Z80
絢辻「──お座り」

純一「え……?」

絢辻「お座りっていってるの。あ・た・し」すっ…

純一「は、はいい!」ばばっ

絢辻「──あら、なにを人の言葉を発してるのかしらー……貴方は犬でしょ?」

純一「わ、わんっ……!」

絢辻「声が小さい」

純一「わ、わぉーん!!」

絢辻「三回まわりなさい。そしてまた叫ぶの!」

純一「へっ…へっ…へっ…!」くるくるくる

純一「わぉーん!!」

絢辻「よろしい。伏せで待機しておきなさい」

純一「わふぅーん……」すっ…

絢辻「──はぁ……うん。よし、あたしはあたし」

絢辻「あたしであって、私でもある。これは完璧!」

絢辻「棚町さん──ごめんなさい、お見苦しい所を見せたわ」

薫「──……そうね、なんというか、
  知り合いの残念な所を見せつけられたというかそんな感じね」

絢辻「まぁ、それもでしょうけど。これは私からの謝罪です。
   ──ごめんなさい、私は貴方に酷いことをいってしまったわ」す…

466: 2011/11/23(水) 21:04:42.08 ID:If8wb+Z80
薫「………」

絢辻「私は──その、上手く説明できないけれど……」

絢辻「私は、さっきまでの私とは違う……なんて曖昧なことしか言えないわ。
   ただはっきりと言えるのは、こうやって貴方に素直に謝れることだけよ…」

薫「……ごめん、ちょっといいかしら?」

絢辻「……なにかしら?」

薫「それ、絢辻さん──本気で言ってないでしょ?」

絢辻「………流石は、橘くんのお友達なのかしら。意外とバレるものね」

薫「そりゃそうよ。あんだけアンタの騒ぎようを見ておいて、
  そう簡単にすみませんでしたって言われても、信用なんかできないわ」

絢辻「……元から、許してもらおうなんて思ってはいないの。
   言ったことはどこまでも酷い言葉なのはわかってる…だから」

絢辻「言葉一つで許してもらおうなんて、さらさらない」

薫「……」

絢辻「──だから、なんでもいって。
   私が出来る全てを使って、私は貴方に贖罪をするわ」

絢辻「誰かを陥れたい……全力で期待にこたえるわ。
   学力をあげたい……完全に秀才にしてみるわ。
   恋をしてみたい……十全を持ちして叶えるわ」

絢辻「貴方は──貴方には、それだけのことを私はやってしまったのだから。
   貴方の無理難題にもすべて、答える。期限も貴方の好きに決めていい」

468: 2011/11/23(水) 21:05:35.64 ID:If8wb+Z80
薫「……はぁ。堅苦しいわね絢辻さん…」

絢辻「え……?」

薫「──あれだけクラスで人気者のクセして…一回でも裏がばれたら、
  そんなにも不器用にもなるものなのっ?」

薫「化けの皮が剥がれたってこういうことねー。
  ま、あたしはどうだっていいんだけどさ……」

薫「──とりあえず、そうねぇ。じゃあかなえてもらいましょうか一つ」

絢辻「……なにかしら、私が出来ることであれば」

薫「そうね……とりあえず、全身全霊をもって──この犬に謝りなさい」

犬「わふぅ?」

絢辻「──それだけで、いいのかしら…?」

薫「ええ、いいわよ。それでチャラにしてあげる。
  それと期限とやらも今日まででいい……今すぐかなえてくれたらだけどね」

絢辻「──わかった。それでいいのね?もう後悔はないのね?」

薫「……ないわよ。それは、自分でどうにかするもんでしょ?」

絢辻「──……そう、ね。そうよね……」すっ…

犬「わふっ! わん!」

絢辻「………」なでなで…

絢辻「──橘君、わたしはね…ずっと君のことをみてたわ」

470: 2011/11/23(水) 21:06:47.94 ID:If8wb+Z80
犬「………」

絢辻「貴方が頑張ってた所を、ずっと見てたわ。何に対しても、全力で
   向かっていく……そんな貴方を見てた」

絢辻「でもね、それに対して──私は恨みを持つしかなかった。
   私が知ってる橘君は……非道で、トラウマを植え付けるそんな奴…」

絢辻「そんな、そんな、貴方しか知らなかった……だから、そうやって
   頑張るあなたを……私は知らないのに──この現実では、貴方しかないの」

絢辻「頑張り続ける橘君──これしか、私の前には映らなかった。
   そんな頑張る貴方を恨み続ける私が……どうしても、どうても…許せなかった」

絢辻「なんでこんなにも憎いのに…なんで貴方は凄いの?
   こんなにも嫌いなのに…素敵なことばかり起こすの?」

絢辻「私は……もう、そんな橘君のことを見てられなくなって…」

絢辻「作戦を実行させた──貴方しか知りえないことを、知り合いの子たちに広める」

絢辻「そうやって──橘くんを不幸にさせようとした」

絢辻「こんな私は───貴方にとって、迷惑でしかないと思う…
   ただ一方的にかけらてた恨み…そんなの嬉しく思う人なんていないもの」

絢辻「……でもね、そうしないと。私はだめだった」

絢辻「貴方を恨み続けないと……そうじゃないと、私が壊れてしまうから」

絢辻「完璧を求める私にとって、そんな何処とわからない場所から…自分の醜態を知らしめて来る」

絢辻「それなら、もとから……人を信じなきゃよかったんじゃないのって……私にいいたくなる」

犬「……」

472: 2011/11/23(水) 21:07:50.95 ID:If8wb+Z80
絢辻「でも、その時の自分には伝えられない…だって、今の私じゃないんだもの。
   結局は、その時の自分が馬鹿なだけ」

絢辻「それがとてつもなく──とてつもなく、私には辛かった……」

犬「………」

絢辻「こんな私を作り上げたのは……ほとんど貴方だった。恨むのも当然だと思ってほしい…
   でも、だからって今回のことは本当に……」

絢辻「──ごめんなさい、橘君………………」


犬「──絢辻さん…」

絢辻「っ……なに、橘君…」

犬「僕はね、けっして絢辻さんのことは嫌いになったりしないよ」

絢辻「…………」

犬「だってね──僕は嫌いになる要素なんて、絢辻さんには持ってないんだ。
  思い返された記憶も、すべて全部……僕にとって可愛い絢辻さんだった」

犬「猫を被ってる絢辻さんだって…今いる絢辻さんだって…僕にとっては同じ」

犬「だから、知っている絢辻さんが…僕は好きって訳じゃない」

犬「僕はどんな絢辻さんだって好きなんだよ。可愛くて、憧れの人には違いないよ」

絢辻「橘、くん………」

犬「うん、だからさ…僕から、またお願いしていいかな」



純一「どうか、僕と友達になってくれない?絢辻さん」

絢辻「……はい、あたしでよかったら」

474: 2011/11/23(水) 21:08:37.30 ID:If8wb+Z80
薫「────はい!!!では、店長お願いします!!」

絢辻&純一「……えっ!?」

ぱっ…

純一「急に店内が暗く…!?」
絢辻(──思いだしてきたけど、ここファミレスだったわね…えらくお客が騒がないって思ってたけど…)

薫「れどぅうううううううういすえんどじゃとぅるむぅえええええええええん1!!!」キーン…!

純一「うわぁ…!薫巻き舌すごいぞ!」
絢辻(え、そこに着目するの!? 橘くん!?)

薫「今宵ぃ…このファミレスに居ていただいたお客様ぁあああご二人にぃいいいい!!」

薫「こちらの天地動命風林火山パフェをおくらさせていただきまぁあああああああす!!!」

「………はい、こちらが天地動命風林火山パフェでございます」ごとん!!

純一「なに、これ……凄い大きさだ…」

絢辻「……なにこれ、食べ物なの?」

薫「れっきとした食べ物よー。食べきった人は一人しかいないけど」

純一「こ、これを食べきった人が一人いるのか……?」

薫「んー……あんたがよく知ってる人よ?」

純一「え、誰だよ?」

薫「桜井さん」

純一「り、梨穂子が……?」

476: 2011/11/23(水) 21:09:52.08 ID:If8wb+Z80
絢辻「──私はその前に、この状況について知りたんだけど」

薫「あ、そうね。これねぇ……実は色々と店長に頼んでおいたの」

薫「絶対になんかあるっておもったのよ。アンタと絢辻さん……あたしが見てた限りじゃ、
  わかりやすいぐらいに険悪だったし。だから店長に最後のお願いって貸し切りにしたの」

絢辻「……そう、それで今日はここに呼び出したのね。お客が少ないから気になってたのよ」

薫「そそそ。んでもって、あたしはちょっと着替えてくるからぁ~…お二人さん、
  積もる話もあるでしょうから、このへんで邪魔ものはきえときます!」

純一「こ、こら薫…!」

絢辻「……まぁいいわ。たべましょ橘くん」

純一「え、えーと……食べるの?これ?」

絢辻「お言葉には甘えないと……もぐ、あら美味しいわね…」

純一「え、本当に……もぐもぐ……あ、上手い!」

純一(確か薫が言ってたけど、料理長さんは食材の味を使ったものこだわってるっていってたな…
   なるほど、こりゃ納得だよ!)

絢辻「──あ。イチゴいらないなら貰うわよ?」

純一「あ、いいかな。そしたらこのバナナは貰うね」

絢辻&純一 もぐもぐ…

絢辻&純一「おいしぃー……」

純一「あ、そういえば聞きたいことがあったんだ……絢辻さん」

絢辻「あら、なにかしら?」

478: 2011/11/23(水) 21:10:26.41 ID:If8wb+Z80
純一「あ、いや……さっきというか、ききそびれたことあったでしょ」

絢辻「──ああ、さっきね。なにが聞きたかったのかしら?」

純一「えーっと……その、あれ? でもこれってどうでもよくなったかなぁ」

絢辻「どうしたの?」

純一「えっと、聞きたかったことは……絢辻さんが、なんで薫の…その両親ことを
   知っていたのかなって」

絢辻「ああ、なるほど……それはあたしが関与したエンドだったからじゃないかしら?」

純一「……ということは、絢辻さんがそれをしった終わり方があったエンドがあったということ?」

絢辻「そうなるわね──でも、何でそんなこと気になったの?
   ……あ、そういえば橘君も気になること言ってたけど──記憶がないって本当かしら?」

純一「あ、うん……そうなんだよね。ちょっとの期間なんだけどさ」

絢辻「──少し、気になるわねそれ。もう少し詳しく聞かせてくれない?」

純一「え、いいけど……?」


数十分後

絢辻「──……なるほどね。特定の人物と、なにかしら物に触れると、
   橘君が無くしていた記憶が戻ると」

純一「うん、その記憶が戻りそうになった時の、ものや動物……を見たときは、
   頭の中にもやもやが起こるんだ。記憶が戻りそうになった時は、ものすごく大きなもやもやが起こるよ」

絢辻「それでさっきのあたしの手帳──ってなるわけね。りょーかい、やっとさっきの疑問が解消されたわ」

純一「え、疑問…?」

絢辻「貴方が手帳の中身を見ずに、あたしとの過去を話したこと。
   あのねぇ、あの時あたしは橘君が超能力者にでもなったかと思ったんだから」

480: 2011/11/23(水) 21:11:13.90 ID:If8wb+Z80
純一「そ、そうなんだ……でも、この触れたら記憶が戻るっていうのも、超能力っぽいよね」

絢辻「そうねぇ……確かに、すこし不思議に思う所もあるし」

純一「不思議な所?」

絢辻「──思うに、貴方がものや動物に触れて思いだす記憶……それってホントに貴方が無くしてしまった期間だけの、
   記憶なのかしらってこと」

純一「……あー…それは僕も思ってた。途中からこれでいいやって放って置いたけど」

絢辻「橘君……貴方って本当に危機感というか、常識が足りてないのね…」

絢辻「あのね? あたしも確かに不思議な現象を体験しているけれど、
   そうやって分からないものはいいやって放っておいたりはしなかったわ」

純一「……でも、そのせいで絢辻さん。色々と大変だったんじゃないの?」

絢辻「つべこべいわないの!」

純一「はい……」

絢辻「とりあえず──そうね、どうせ橘君だからまだ何か言い忘れてることがありそうだわ…」

純一「えー? 別にもうないよ……あ!」

絢辻「……橘くぅん…?」

純一「い、いや! でもこれはその、ごめんなさい……これがありました…」がさっ…

絢辻「──はぁ……これはなに?手紙?」

純一「え、うん…これは、僕が記憶が無くなったと気付いて直ぐに拾った手紙なんだ」

絢辻「拾ったって…なんで、そんなの拾ったの?」

純一「たしか、僕宛の名前が書いてあったんだよ。そうそう、裏に」

482: 2011/11/23(水) 21:12:45.75 ID:If8wb+Z80
絢辻「ホントね…貴方の名前が書いてる。ふーん……」ぺら

純一「──僕は、その手紙に救われたんだよ……不安でいっぱいだった時、
   これを読んで頑張ろうって思ったんだ…」

絢辻「へぇー……そうなの。はい、返すわ」

純一「あ、あれ…意外と反応薄いね…」

絢辻「そう?───むしろ、何でこんな手紙に橘君が救われたのかが良くわからないわ」

純一「え、だってこう──……読んでたら、頑張ろうって。救ってあげようって思わない?」

絢辻「思わないわ」

純一「そ、そっか……僕だけなのかな…」

絢辻「───ちょっと待って。橘君、さっきなんていった?読んでたらどうおもうって?」

純一「え、頑張ろうって……とか、救ってあげようとか」

絢辻「………。ねぇ橘君、それって何処から湧いてくるの?」

純一「どこからわいてくるって…うーん……よくわからないなぁ」

絢辻「その頑張ろうって、救ってあげようって思う感情……その手紙を呼んでからなのよね?」

純一「そう、だね……読むまではそうでもなかったし」

絢辻「──……ねぇそれって、例のもやもやなんじゃないかしら?」

純一「え、あの記憶が取り戻しそうになったときの?」

絢辻「そう、そのもやもや……聞いた限りだと、橘君のそのもやもやは…若干の方向性がある」

484: 2011/11/23(水) 21:13:11.22 ID:If8wb+Z80
純一「方向性…?」

絢辻「例えば……そう、その中多さんかしら?中多さんのりぼんを触ったら記憶が戻ったと
   いってたわね?」

純一「そうだね、確かに…」

絢辻「でもそれは、無くなっていた期間の記憶……ということを置いといても。
   〝なくなっていた記憶の期間の……中多さんだけの記憶〟が戻っただけじゃないかしら?」

純一「あ、確かに……無くなった期間の記憶の中で、中多さんだけの記憶が戻った……」

絢辻「次に七咲さん……これは後であたしも謝りに行かなくちゃいけないけれど…」

純一(あ、やっぱり絢辻さんだったんだ…あの落書き…)

絢辻「七咲さんの場合は……猫。その時の記憶は……確か色々とおかしくはなかった?」

純一「そうだね……確かに七咲の時の戻ってきた記憶は、色々と確認する事が多かったよ」

純一「──まるで未来のことを思い出したかのように、七咲の頑張ることを肯定できたんだ。
   だからこれは…ちょっと思いだしたんじゃないって、思い始めたんだ」

絢辻「──これでわかったわね。橘君がもやもやを便りに思いだした記憶…それは、
   無くなった記憶の期間──ではなく、もっと違うものを思い出している」

絢辻「……なるほど、これなら辻褄があうわ」

純一「どうしたの、絢辻さん?」

絢辻「ちょっと見てもらいたいものあるんだけど、いいかしら」

純一「えっ……見てもらいたいもの…ごくり…」

絢辻「……橘くん?よだれでてるわよ?」

純一「え、ごめん…!それでそれで!なになに!?」

絢辻(……わかってたけど、色んな私たちはこんな男子に悲しまされたのかしら…はぁ…)

486: 2011/11/23(水) 21:14:04.90 ID:If8wb+Z80
絢辻「とりあえず──この手帳なんだけどね」

純一「あ、それは愚痴手帳……」

絢辻「…変な名前を付けないで。ま、とりあえずなんだけど……」ぱらぱら…

絢辻「──この手帳に書かれていることは、確かに私が経験したことだと思う。
   いまのあたし自身が経験したことじゃなくても、それでもあたしにはわかる」

純一「うん、わかってるよ」

絢辻「そして経験した数……その橘君の言葉を借りるのはしゃくだけど、愚痴の数だけ
   あたしには世界があったんじゃないかって思ってるの」

純一「それで、世界やらエンドやらって言ってたの?」

絢辻「そういうことよ。突拍子なこと考えてるなって常日頃思ってたけれど…
   今の橘くんのことを考えれば、納得がいく」

純一「どういうこと…?」

絢辻「貴方がいうもやもやから思い出す記憶と──この手帳に書かれている愚痴の記録。
   これは何処かでリンクしてんるじゃないかしら?」

純一「えーと……そうかな?」

絢辻「そうかなって……むしろそう思えたのは、貴方があたしの過去を言い当てたからなのよ」

純一「あ、そっか。僕そういえば言ってたなぁ…」

絢辻「そうなると、答えは一つ。
   アタシの考えは間違いではなくて、世界は必ずどこかで巻き戻される」

純一「……それは絶対なの? なんだか信じられないなぁ」

488: 2011/11/23(水) 21:14:53.75 ID:If8wb+Z80
絢辻「あたしの愚痴手帳に書かれてるのは、数日設定もみんなバラバラ。
   こんなことをあたしがするはずがないし…」

絢辻「それに貴方がもやもやからの記憶の回復も…どこも規律の取れてるモノじゃないんでしょう?」

純一「そう、だね……なんかパンサーみたいになるし…」

絢辻「? まあその様な感じで、色々と考える所はある──……あら、パフェ無くなっちゃったわね」

純一「うそ!? ほ、ほんとだ……!僕はそんなに食べてないのに……」

絢辻「……さて、少しあたしは風に当たってこようかしら…」

純一「あ、絢辻さん…まさかこれひとりで……」

絢辻「ち、違うわよ! そんなことあたしがするわけ…!」


薫「──はろー!お二人とも、仲よさそうね!」

絢辻「あら、棚町さん。それってファミレスの?」

薫「そそそ。最後にって店長がかしてくれてねー
  ほらほら、どう純一ぃ?」

純一「──ええ? どうってお前、見慣れてるに──」

純一「あっ……これ、あ、ああ絢辻さん…!薫…!」

薫&絢辻「なによ?」

純一「きてるんだ──……あの最高潮のもやもやがッ……!」

薫「きてるって……なに、アンタ…薬決めちゃってるの…!?」

490: 2011/11/23(水) 21:15:42.49 ID:If8wb+Z80
純一「ば、馬鹿違う……!そういうことじゃなくて!」

絢辻「──橘君、それが貴方が言った奴なの?」

純一「あ、うん……そうだよ。これは、僕はどうしたらいいと思う…?」

絢辻「とりあえず……触ってみたらどうかしら?」

純一「触るって……その、薫に?」

薫「?」

絢辻「そう、どうやら棚町さんの制服姿に興奮してしまった橘君は……
   どうしても触りたくてしょうがないみたいね」

薫「あ、あんたなに考えてんの…!」

純一「ちょ、ちょっと待ってよ…!ちゃんと薫に説明しなくちゃ…!」

絢辻「──ああ、もう。めんどくさいわね…ほら!」ぐい

純一「あ、ちょっとまっ──」ぽにょん

純一(────ばおgじゃjごいあjぢじゃsjだjそだjどあじょdじょ)

純一「ッッッ───……!!」

492: 2011/11/23(水) 21:16:30.06 ID:If8wb+Z80
純一「ああ、やらかいなぁ───」

ぽわん…ぽわん…

『関係を調べるのよ…』
『ば、ばか人が見て…』

純一「そうだよ、薫は──」

ぽわわ……ぽわん…

『もう一回、ほら…』
『薫。ん……』

純一「何処を触っても良い──」

『あはは!ちょ、あんた…』
『お前が服を被せるから…』



純一「………うん、薫はやわらかいなぁ!」

薫「ッ……ッッ…!」ブン!

絢辻(あ、ローリングソバット)



数分後

純一「あいたた……何も暴力を振ることないだろ、薫…」

薫「……ふん! 乙女の胸を触って置いて、
  なんの制裁を受けないなんてだめにきまってるでしょ!」

純一「……まぁ、そうだよな。ごめん薫」

薫「ん、まぁ……べつにいけどさ…」

494: 2011/11/23(水) 21:17:55.37 ID:If8wb+Z80
純一「えっと……そしたら謝罪となんだけど…へそ、なめてあげようか?」

薫「……えっ!? なんでそのこと……もしかして」

純一「うん、ちょっと今。思いだした所かな?」

薫「ど、どうやってよ…?あたし、そんこと聞いてないわよ…っ!
  なにどうやって記憶を取りもどしたのよっ?」

純一「えーと、そのだな……」

絢辻「──ええ、それはね棚町さんのむね──」

純一「ストーぷ!!絢辻さんはだまってて!!僕が説明するから──…」

…………
……


とある会場

「───ふぅ…今日もつかれたんだよぉ…」

「お疲れリホちゃん…頑張ったね」

「うんうん~! でも、こうやって頑張って頑張っていれば、
 みんなが幸せになるんだよね~?」

「そうなんだよ。これはとってもいいことなの……
 だからリホちゃんは、これからもアイドルを続けるんだよ?」

「はーい! ありがとうねぇ……金の仮面さんっ!」

「それじゃあ、お疲れ様。りほちゃん、今日も幸せを運んだよね?」

「運んだよぉ! もっともっとずんいちにも幸せになってもらうんだぁ!」

「──うん。そしたらまた会おうね、リホちゃん……」す…

「さよなら~!」

梨穂子「──さーて、さっそくきがえますかねぇ!」

後篇 終

495: 2011/11/23(水) 21:19:08.17 ID:okz7iWoAO
後篇の再投下が終わりました

次は最終篇です。
どうか最後までご付き合いください

しばし休憩します


【アマガミ】美也「にぃにー! あっさだよー!」【最終篇】

引用元: 美也「にぃにー! あっさだよー!」