143: ◆.eZhvV6kr4vA 2011/01/24(月) 03:41:49.09 ID:q2EZjBm7P
憂「余命一ヶ月の姉」

144: 2011/01/24(月) 03:44:46.72 ID:q2EZjBm7P
「お姉さんの寿命は、あと一ヶ月です」

憂「えっ……?」

桜の花が咲き始めた4月初めのこと。
淡々と告げられたその言葉に、私と家族は絶望した。

憂「ウソ…ですよね?お姉ちゃんは、元気になりますよね?」

お医者さんは、黙って首を横に振った。

「残念ですが、今の医療技術ではどうすることも…」

憂「そんな……」

憂「やだ、やだよ…。お姉ちゃん…」

憂「う、うぅ…。うわあああああああああああああ」

私は泣き叫んだ。
お父さんも、お母さんも、泣いていた。

お姉ちゃんが、あと一ヶ月で氏んでしまう。
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145: 2011/01/24(月) 03:45:23.58 ID:q2EZjBm7P
唯「………」

別の病室では、お姉ちゃんが静かに眠っていた。
腕には数ヵ所の点滴が打たれ、口には特殊なマスクがされている。

部活から帰ってきたお姉ちゃんは、夜ご飯の前に血を吐いて倒れた。
何の前触れも無かった。今朝だっていつも通り、2人で仲良く登校していたのに。

急いで救急車を呼んだ。お父さんとお母さんも病院に飛んできた。
お医者さんが言うには、珍しい病気らしい。(病名を聞いてもよくわからなかった)

治療法は無かった。あるのは、一ヶ月という「余命」だけ。

憂「お姉ちゃん…」

お姉ちゃんの手を握る。
このぬくもりが、あと一ヶ月しか感じられないだなんて。
私は再び涙した。家に帰ってからも、ひたすら泣き続けていた。

146: 2011/01/24(月) 03:46:19.57 ID:q2EZjBm7P
翌日、私は和ちゃんと軽音部の方たちを音楽室に呼んだ。
事情を話すと、端を発したように泣き崩れた。
和ちゃんも、澪さんも、紬さんも、律さんも、梓ちゃんも、みんな泣いていた。

私は我慢した。
ここで私まで泣いてしまったら、どうすることも出来なくなってしまうから。
涙をこらえ、私はみんなに一つお願いをした。

憂「このことは…、お姉ちゃんには言わないで下さい」

憂「最後まで、お姉ちゃんには笑っていてほしいから…」

みんな了解してくれた。
それが正しいことなのかはわからない。
だけど、知ってしまったらきっと氏の恐怖や絶望に追われてしまうだろう。
そんなのいやだ。お姉ちゃんには最後の最後まで笑っていてほしい。

お姉ちゃんはもう学校には行けない、みんなに会いに行くことも出来ない。
だったら、私たちがお姉ちゃんの元に行けばいい。
残りの一ヶ月、お姉ちゃんと共に笑って過ごそう。そう決めた。

147: 2011/01/24(月) 03:46:51.58 ID:q2EZjBm7P
学校が終わると、私は病院に向かった。
病室に入ると元気な声がした。

唯「あ、うい!」

お姉ちゃんは目を覚ましていた。
いつもの調子で、私を呼んだ。

唯「寂しかったよー。病院ってすごく静かなんだもん」

憂「お姉ちゃん、大丈夫なの?」

唯「うん、平気だよ!ご飯もたくさん食べたし」

唯「でもお医者さんったらひどいんだよ!全然平気なのに退院させてくれないんだもん」

唯「早く帰って憂のごはんが食べたいよ~」

憂「…そうだね。早く、退院出来るといいね…」

唯「?」

この笑顔を見れるのがあと一ヶ月もないなんて。
ウソだと言ってほしい。変われるものなら変わってあげたい。
私はヘタクソな笑顔で、お姉ちゃんに接していた。

148: 2011/01/24(月) 03:47:26.82 ID:q2EZjBm7P
次の日は、軽音部の方たちと一緒にお見舞いに行った。

律「おーっす!」

澪「ばか、声が大きい。病院なんだぞ!」

律「いいじゃん個室なんだし」

紬「唯ちゃん、こんにちは」

梓「こんにちは唯先輩」

唯「みんな!来てくれたのっ?!」

律「どうせ一人で退屈してるだろうなと思ってさ。唯がいないから練習も出来ないし!」

澪「普段からしてないだろっ」

唯「えへへ、ありがと」

149: 2011/01/24(月) 03:48:27.04 ID:q2EZjBm7P
紬「さ、お茶にしましょうか♪」

律「えぇっ?!ここで?!」

澪「やけにムギの荷物が多いと思ったら、ティーセットが入ってたのか…」

紬「いつもに比べて少し小さい物だけどね。持ってきてみたの」

梓「い、いいんですか?病院から出される以外のものを勝手に飲んだりして…」

唯「大丈夫だよ!それにムギちゃんのお茶飲めばもっと元気になれるし!」

紬「うふふ、まかせて♪」

まるで音楽室での一場面を切り取ったかのような光景。
みんながいれば、病院だろうとそこは部室だった。

唯「あ!あずにゃんあずにゃん」ちょいちょい

梓「…?なんですか?」

唯「ぎゅーっ!」

150: 2011/01/24(月) 03:49:14.13 ID:q2EZjBm7P
梓「な、なにするんですかっ///」

唯「あずにゃん分の補給だよーっ。だってベッドから動けないんだもーん」

律「ったく、相変わらずだな」

唯「早く退院して、思いっきり抱きつきたいなぁ」

梓「………」

さっきまで抵抗していた梓ちゃんから、急に力が抜けた。

唯「…あずにゃん?どうしたの?」

梓「す、すいません。目にゴミが入っちゃって…。ちょっと目洗ってきますね」

そう言うと梓ちゃんは病室から出て行った。
梓ちゃんは、目に涙を浮かべていた。
ふと考えてしまったんだろう。あと何回こんなやりとりが出来るのだろうかと。

病室を出て行った梓ちゃんを見た律さんたちも、どこか悲しげな顔をしていた。
だけどそれを表に出さなかったのは、先輩としての意地なのかも知れない。

151: 2011/01/24(月) 03:50:16.22 ID:q2EZjBm7P
さらに翌日、次は和ちゃんと一緒にお見舞いに行った。

和「あら、随分と元気そうね」

唯「和ちゃん!」

こんな風に3人でいるのも、随分と久しぶりだ。

和「病院といえば、小さいころの憂は…」

憂「もーっ、やめてよ和ちゃん!」

唯「懐かしいねぇ、そんなこともあったっけ」

この日は、3人だけしか知らない小さい頃の思い出話に花を咲かせていた。

和「それじゃ、今日はもう帰るわ。また今度ね」

唯「うんっ、ばいばーい」

和ちゃんはいつも通りだった。
寂しげな素振りは一切見せなかった。
お姉ちゃんの勘が良いことをよく知っているから、悟られないよう振る舞ったんだろう。

こんな毎日が続いていた。
会える時はみんなお見舞いに来てくれた。
お姉ちゃんは、そのたびに笑っていた。
私の大好きな笑顔で。

152: 2011/01/24(月) 03:51:22.20 ID:q2EZjBm7P
唯「………」

夜。
私が入院してから、10日ぐらい経った。
何で倒れたのかわからないし、お医者さんも何も教えてくれなかった。
病院のベッドは嫌い。冷たいし、お薬の匂いが鼻をくすぐるから。
早くおうちに帰りたい。ギー太を抱いて寝て、憂のご飯を食べて…。
そんないつも通りの毎日に戻りたい。

唯「…眠れないなぁ」

起きるのが遅かったからか、いつまで経っても寝付けなかった。
数日ぐらい前から、起きている時間が少なくなっていた。
看護師さんは、お薬が効いているからって言ってたけど…。
夜の病室は静かだった。誰もいないし、何もない。
言いようのない孤独感に襲われる。

しばらくすると、部屋に誰かが入ってきた。

153: 2011/01/24(月) 03:52:03.76 ID:q2EZjBm7P
お医者さんだった。
何やら難しいことを看護師さんと話している。
毎日来ているのだろうか。ベッドの傍の機械を見つめ、何かを書いているようだ。
私は寝たふりをして2人の会話を聞いていた。

「平沢さんの様態は?」

「…ダメみたいです。進行が予想以上に早く、数値も下がり続けてます」

「もってあと10日ほどかと…」

「そうか…」

唯(えっ…?)

154: 2011/01/24(月) 03:52:47.20 ID:q2EZjBm7P
なに…?もって10日ほどって。
すぐに退院出来るんじゃないの?
私、10日後に氏んじゃうの?

しばらくよくわからない難しい話をしたあと、
お医者さんと看護師さんはため息をつきながら病室を出て行った。

唯「あと10日。あと、10日…」

自分の両手を見た。
目に写る10本の指。それを一本ずつ折っていく。
小さな手のひらが、あっという間に握り拳に変わってしまった。
こんなちょっとしかもう生きられないの?
やりたいことも、したいこともいっぱいあるのに。
あと10日しか生きられないなんて、やだよ。

私は、声を頃して泣いた。
真っ白な枕が、涙でシミだらけになっていた。

唯「氏にたくないよ…。うい…」

ずっと憂の名前を呼んでいた。

ねぇ、憂。
私、もう憂と会えなくなっちゃうのかな?

155: 2011/01/24(月) 03:53:38.88 ID:q2EZjBm7P
翌日。今日は日曜日だ。
ゆっくりと目が覚める。時刻は12時を回っていた。
泣き疲れたからなのか、それとも体が弱ってきているのか、今までで一番遅い目覚めだ。

ガラッ

憂「お姉ちゃん、おはよう」

お昼ごはんを食べたあと、憂がやってきた。
日曜日だって言うのに、あと10日も生きられない姉のために時間を割いてくれている。
私はなんて恵まれた、幸せな姉なんだろう。

唯「うん、おはよう」

憂「今日はね、リンゴ買ってきたの。お姉ちゃんリンゴ好きでしょ?」

唯「ありがとう」

何を恨めばいいのか、憎めばいいのかわからなかった。
こんな健気な妹を、一人ぼっちにしなければならないだなんて。

156: 2011/01/24(月) 03:54:46.19 ID:q2EZjBm7P
憂「それでね、梓ちゃんがね―――」

私はリンゴを剥きながらお姉ちゃんに話しかける。
曜日なんて関係ない、お姉ちゃんに会いに行くために全力だった。
精一杯おしゃれして、お姉ちゃんが好きなものをたくさん買って。
まるで恋人に会いに行くみたいに。

唯「………」

でも、今日のお姉ちゃんは元気がなかった。
どんなに話しかけても空返事だし、上の空だった。

憂「どうしたの?お姉ちゃん。元気ないみたいだけど…」

唯「んー?さっき起きたばっかりだからさ、頭がまだ回らなくて…」

憂「…?そっか」

リンゴを剥くシャリシャリという音だけが病室に響いた。

憂「うん、上手に向けた」

ちょうど剥き終わってお皿に盛り付けようとしたとき、お姉ちゃんは口を開いた。



唯「ねぇ、うい。私…さ、氏んじゃうの?」

157: 2011/01/24(月) 03:56:15.19 ID:q2EZjBm7P
憂「えっ…?」

突然だった。
誰かがお姉ちゃんに告げたの?いや、そんなことするような人はいない。
でも、なんで…。

憂「ど、どうしたの?お姉ちゃん」

唯「昨日ね、たまたまお医者さんたちが話しているところ聞いちゃったんだ」

唯「私、もってあと10日の命なんだって」

…最悪だ。
どうして、どうしてこのタイミングでお姉ちゃんが知ってしまったんだろう。
お姉ちゃんに元気がなかったのも頷けた。
目が腫れぼったく見えたのは、泣いていたからなのだろう。

しかも、あと10日って…。2週間もない。
お姉ちゃんは、あと1回しか日曜日を迎えることが出来ないの?

唯「ねぇ、うい。私―――」

憂「聞き間違いだよ、お姉ちゃん」

158: 2011/01/24(月) 03:57:11.70 ID:q2EZjBm7P
唯「えっ?」

しばらく黙っていた憂は、口を開いた。

憂「お医者さんは、いい薬があるって言ってたもん」

憂「絶対に治るよ。お薬が出来るまで、あと10日ってことなんだよきっと」

唯「うい…」

うい。私、お姉ちゃんなんだよ?
私には何でもわかるんだから。
だから…。

そんな悲しい顔で、ウソをつかないで。

唯「うい。私、わかってるから」

憂「早く元気になって、また一緒に学校に行こう?」

憂は頑なに受け入れようといなかった。

唯「うい。私は―――」

憂「…やめてよっ!!!」

唯「……!!」びくっ

159: 2011/01/24(月) 03:58:37.43 ID:q2EZjBm7P
大きな声が耳をつく。
憂に怒られたのなんて、初めてかも知れない。
すると憂は私に抱きついた。
顔も見せず、ただただ震えていた。

憂「…そんなこと、言わないでよ」

憂「お姉ちゃんは氏んだりなんかしないもん…」

憂「ずっとずっと、私のお姉ちゃんでいるんだもん…」

私は、ダメなお姉ちゃんだね。
妹を泣かせることしか出来ないんだから。

唯「…ごめんね」

食べたリンゴはしょっぱかった。涙の味がした。
私も、泣いていたのかな?

160: 2011/01/24(月) 04:01:58.14 ID:q2EZjBm7P
憂「ふぅ…」

昨日はみっともない姿を見せてしまった。
泣かないって決めてたのに、お姉ちゃんに抱きついて泣いてしまった。
私は、ダメな妹だね。お姉ちゃん。
でも、もう泣かないよ。残りの日々を笑って過ごすんだから。

私は今日もまたいつものように病室に向かっていた。
背中にお姉ちゃんのギターを背負って。

お姉ちゃんから夜中にメールがあった。
次来るときに、ギー太を持ってきて欲しいと。

学校から帰り、お姉ちゃんの部屋に入る。
少し散らかった部屋の隅にギターが置いてあった。

憂「よい…しょっと」

ギターを背負う。

憂「…んっ」

たくさんの思い出が詰まったギター。
ずっとずっとお姉ちゃんの傍にあったギター。
それを私が背負うには、ほんの少し荷が重いような気がした。

161: 2011/01/24(月) 04:02:34.47 ID:q2EZjBm7P
ガラッ

憂「お姉ちゃん。ギター持ってきたよ」

唯「あっ、ギー太ぁ!」

ギターを渡すとお姉ちゃんはうれしそうにそれを抱いていた。
ほんのちょっぴり、妬けたりもした。
けど、こんなに幸せそうなお姉ちゃんを見たのは久しぶりだった。
思わず私もうれしくなってしまった。

そのあとお姉ちゃんは、私のためにギターを弾いてくれた。
しばらく弾いてなかったせいかどこかぎこちなかったりしたけど、
その時のお姉ちゃんの顔はとても輝いていた。

唯「ここはね、こう押さえて…」

憂「えっと…こう?」

唯「そう!さすがうい。優秀だねぇ~」

憂「えへへ、ありがとう」

その後、私にギターを教えてくれた。
去年の文化祭の時にお姉ちゃんになりすまして弾いたことがあったから弾けないことはないんだけど、
お姉ちゃんに教えてもらって弾くということが私には特別で新鮮だった。

162: 2011/01/24(月) 04:03:24.68 ID:q2EZjBm7P
ジャカジャカ

唯「ふわっふわった~いむっ」

憂が帰ったあとも、私は一人でギー太を弾いていた。
もうこうしてギー太を弾くことも出来なくなるのかな。
そう考えると怖かった。

久しぶりに触ったギー太はやっぱり楽しかった。
憂も、弾いてる私を見てすごくうれしそうだった。

初めて憂にギターを教えた。
まだまだ教えられるほど上手ではないけど、せめてこういう時ぐらいはお姉ちゃんっぽくね。
憂は私とちがって飲み込みも早いし、センスもある。
これなら私がいなくなった後でも、ギー太は寂しくないよね。

唯「ね、ギー太?」

夜はギー太を抱いて寝た。
ほんの少しだけ、寂しさが薄れた気がした。
めずらしく寝付きもよかった。

163: 2011/01/24(月) 04:05:17.50 ID:q2EZjBm7P
それからは、毎日誰かが必ずお見舞いに来てくれた。

澪ちゃんは、学校であったことをいっぱい話してくれた。
私が茶々を入れると、その度に顔を真っ赤にして恥ずかしがったり、怒ったりした。
その姿がかわいくて、さらに澪ちゃんのことを茶化してた。

りっちゃんとは、ゲームとかくだらない遊びをずっとしてた。
最初はりっちゃんの圧勝だったんだけど、回数を重ねるごとに私の勝ちが増えてりっちゃんの負けが増えてきた。
負けず嫌いなりっちゃんの相手をするのは、とっても楽しかった。

ムギちゃんとは、おいしいケーキとお茶を飲みながらたくさんお話しした。
私はムギちゃんにたくさん質問した。実はムギちゃんのことあんまり知らなかった気がしたし。
お茶の淹れ方とかも教わったりした。ムギちゃんはずっと笑っていてくれた。

あずにゃんとは、ギターで一緒に演奏したり教わったりした。
時々ぎゅって抱きつくと、しゅんとするあずにゃんがかわいくて、その姿をおちょくったりしてた。
私はいい後輩を持ったなぁ。つくづくそう思った。

和ちゃんは、私のくだらない話にずっと付き合ってくれた。
幼稚園の時からこういう関係だったから、何か特別なことをしていなくても楽しかった。
私のバカに和ちゃんが突っ込んでくれて、時々和ちゃんをからかって、そんな関係。

憂も毎日来てくれた。
日を追うごとに自分の体が重くなっていくのがわかったけど、
誰かが来たときはそんなの感じなかった。
それほどまでに、充実していたし、幸せな時間だったから。

164: 2011/01/24(月) 04:06:01.92 ID:q2EZjBm7P
ガラッ

憂「お姉ちゃん」

再び訪れた日曜日。

明日から隔離病棟に移動するようで、そこからは誰も面会出来ないらしい。
言ってしまえば今日でお姉ちゃんと病室で会えるのは最後。いや、最期だった。

お昼過ぎに軽音部のみなさんと和ちゃんで一緒にお姉ちゃんの病室に向かった。

唯「あ、みんな…」

かなり無理しているのが伝わった。
顔も痩せ細っているし、体もふらふらしている。

唯「ごめんね、寝起きで頭回らなくて…」

お姉ちゃんがウソをついてるのはみんなわかっていた。
それでも誰も弱音は吐かなかったし、泣きもしなかった。
最後まで、笑顔で。そう決めていたから。

紬さんのお茶をみんなで飲みながら、最後のティータイムを過ごす。
しばらくして、お姉ちゃんが口を開いた。

唯「一人ひとりとお話したいな」

そんな提案から、一旦病室を出て一人ずつお姉ちゃんとお話しすることになった。

165: 2011/01/24(月) 04:06:38.78 ID:q2EZjBm7P
唯「………」

私は、みんなを病室から出した。
もうこれで最後。
お医者さんにも、明日からもうみんなには会えないと知らされた。

時間がいくらあっても足りない。
もっともっとお話したいし、色んなことしたかった。
でも、それは出来ないから…。
せめて、みんなにお礼を言わなくちゃ。最後ぐらい、ね。

なんてことを考えていると、扉が開いた。

ガラッ

澪「ゆい」

唯「みおちゃん」

最初は、澪ちゃんか。
りっちゃんかなって思ったんだけど、ちがったみたい。

166: 2011/01/24(月) 04:07:07.28 ID:q2EZjBm7P
澪「なんだ?話って」

唯「えへへ、ありがとうを言いたくて」

唯「私にたくさん優しくしてくれて、ありがとう」

澪「……!」

澪ちゃんの顔が一瞬崩れたのがわかった。
泣くのを我慢しているのが伝わってくる。
私も、泣きたい。でも泣いちゃダメ。
最後まで笑っているって決めたんだから。

唯「私さ、ドジだし、頭もよくないからたくさん迷惑かけちゃったと思うんだ」

唯「でも澪ちゃんは、その度に色々と私のこと助けてくれて…」

唯「ライブでも、2人でボーカル出来てすごくよかった」

唯「だから、ありがとう」

167: 2011/01/24(月) 04:08:01.93 ID:q2EZjBm7P
澪ちゃんは黙って聞いてくれた。
顔は下を向いていた、泣き顔を見せたくないんだね。
そんな強がりの澪ちゃんのこと、私は好きだよ。

澪「…私こそ」

澪「私の方こそ、ありがとう」

澪「唯がいたから、毎日が楽しかった」

澪「唯といるとな、すごく心があったまるんだ」

澪「これからも何かあったら助けるよ。私がいないと、唯はダメダメだからな」

澪「だから…さ」

澪「また、学校でな」

唯「うんっ」

そう言って澪ちゃんは足早に病室を出て行った。
学校で、か…。また、部室に行きたいな。
叶わないことなんだろうけど、澪ちゃんはそう言ってくれた。うれしかった。

168: 2011/01/24(月) 04:08:37.73 ID:q2EZjBm7P
ガラッ

律「うーっす」

唯「あ、りっちゃん」

次に来たのはりっちゃん。
いつもの調子で病室に入ってきた。

律「んで、なんだよ話って」

唯「へへ…」

唯「りっちゃん。ありがとう」

律「な、なんだよ急にかしこまって」

唯「りっちゃんは、私の人生を変えてくれた」

唯「軽音部に誘ってくれて、ありがとう」

唯「私、危うくニートになっちゃうところだったよ!」

律「なんだよ、ニートって。私たちまだ学生だろ?」

唯「ふふ、それもそうだね」

169: 2011/01/24(月) 04:09:20.55 ID:q2EZjBm7P
律「………」

律「澪もムギも梓もどっちかって言うと真面目な方だろ?」

唯「?」

律「だからさ、平気でバカ出来る唯がいてくれてすごく楽しかったんだ」

唯「そうだね。いつも私たち澪ちゃんに怒られてたかも」

りっちゃんとはずっとバカやっていたかった。
本当にそう思うよ。

律「いいか。またあのゲームで勝負だかんな!」

律「勝ち逃げすんなよ、わかったな!」

唯「…ふふっ、わかってる。いつでも相手になってあげる」

律「待ってるからな、絶対…」

そう言うとりっちゃんは背を向け病室を飛び出して行った。
りっちゃん、背中震えてた。我慢してたんだね。
ちょっと泣いた顔も見てみたかったな、なんて。

170: 2011/01/24(月) 04:09:58.53 ID:q2EZjBm7P
ガラッ

紬「唯ちゃん、こんにちは」

唯「ムギちゃん!」

次はムギちゃんが入ってきた。
ムギちゃんはすでに目に涙を溜めながらも、必氏に笑っていた。

唯「ムギちゃんには、特にありがとうを言わなきゃだ」

紬「?」

唯「ムギちゃんがいなかったら、ギー太なんて持ってなかっただろうし」

唯「合宿も、あんなに楽しいところなんて行けなかったかも知れない」

唯「私ね、ムギちゃんのお茶が楽しみで毎日音楽室に向かってたんだよ」

唯「それだけじゃない。いつも笑ってて、ほんわかしてて、私を癒してくれた」

だからね、ムギちゃん。

紬「………」

そんな泣きそうな顔を、しないで。

紬「唯ちゃんっ…」

ムギちゃんに、そんな顔は似合わないよ。

171: 2011/01/24(月) 04:10:33.61 ID:q2EZjBm7P
紬「…ぐすっ。私ね」

唯「?」

紬「唯ちゃんのおかげでたくさんの夢が叶ったの」

紬「楽しいことも、うれしいことも、たくさん経験出来た。本当に感謝してるわ」

紬「唯ちゃん。戻ってきたら、またお茶しましょうね」

紬「唯ちゃんの大好きなケーキたくさん用意してるから!」

唯「うん、楽しみにしてるよ♪」

紬「絶対よ?」

唯「うん」

そう言ったムギちゃんの顔は、笑っていた。
やっぱりその顔が一番素敵だよ、ムギちゃん。

172: 2011/01/24(月) 04:11:27.86 ID:q2EZjBm7P
唯「………」

ムギちゃんが出てからしばらく経った。
けど、一向に誰かが入ってくる気配がない。
次は順番的にあずにゃんかな?
たぶんあずにゃんのことだから、部屋に入るのを渋ってるんだろうな。
ふふっ、わがままな子猫ちゃんだね。

・・・・・・

【廊下】

憂「………」

軽音部の方達が次々とお姉ちゃんの病室に入っていった。
澪さんは戻ってくると端を切ったように泣き出した。
律さんは泣くのを必氏に我慢し、紬さんは優しい顔で泣いていた。

梓「………」

次は、梓ちゃんの番だった。

紬「梓ちゃん、いいわよ」

梓「………」

しかし梓ちゃんは扉の前で立ち止まったまま、動こうとしなかった。

憂「…梓ちゃん?」

梓「…いやです」

173: 2011/01/24(月) 04:12:11.45 ID:q2EZjBm7P
梓「行きたく、ないです」

梓ちゃんは、病室に入ることを拒絶した。

憂「ど、どうして…」

梓「だって、これってつまり、唯先輩にさよならを言いに行くってことでしょ?」

梓「私は、さよならなんてしたくない…」

澪「お、おい梓…」

紬「私たちは唯ちゃんにさよならを言いに行ったつもりはないわ」

梓「じゃあどうして!!」

梓「どうしてそんな簡単にこの扉を開けられるんですか…?」

梓「これが最後になるのかも知れないんですよ…?」

梓「先輩たちは、唯先輩の氏を簡単に受け入れることが出来るんですか?!!」

パチィン…

174: 2011/01/24(月) 04:12:58.74 ID:q2EZjBm7P
梓「えっ…?」

梓ちゃんの体が横に大きく揺れた。

律「………」

律さんだった。
律さんが、梓ちゃんの頬を叩いたのだ。

律「…いい加減にしろよ」

紬「りっちゃん、落ち着いて…」

律「ここにいるみんな、唯とさよならなんかしたくないんだよ!!!」

梓「……!」ビクッ

律「けどさ、唯が最後まで笑っていられるようにしようって、約束しただろ」

律「最後の最後に、唯を悲しませるようなことすんなよ…。ワガママ、言うなよ…」

澪「律…」

律「…くそっ。なんでだよ…。なんで、こんなことに……」

澪「お、おいっ」

律さんはそう言うと、どこかへ行ってしまった。

175: 2011/01/24(月) 04:13:38.54 ID:q2EZjBm7P
ガラッ

梓「………」

唯「あずにゃん、遅かったね」

梓「す、すいません…」

目が真っ赤だ。泣いてたんだね。
頬も赤く腫れてる。
大方ワガママ言ってりっちゃんあたりに怒られたんでしょ?
ふふっ、かわいいなぁ。

唯「あずにゃん、おいで」

梓「………」

唯「ぎゅーっ…」

腕に力が入らない。
もう抱きしめてあげることも出来なかった。
それでも、力を振り絞ってあずにゃんを抱いた。

唯「あずにゃん分、補給だよ」

梓「…離さないで」

176: 2011/01/24(月) 04:14:56.54 ID:q2EZjBm7P
初めてだった。離さないでだなんて言われたのは。
今まで事あるごとにイヤイヤ言われていたのに。

梓「お願いです、離さないで」

唯「あずにゃん…?」

梓「いやです…。やっぱり、いやですよ…」

梓「お別れなんて、したくないです」

あずにゃんはそう言って泣いていた。
まったく、困った子猫ちゃんだ。


お別れしたくないのは、私の方だよ。


こんなかよわい後輩を残してお別れだなんて、絶対に嫌。
でも、こればっかりはどうすることも出来ないから…。
せめて最後ぐらいは、先輩らしくいさせてね。

唯「ねぇ、あずにゃん」

唯「軽音部をよろしくね」

唯「いい子でいるんだよ?歌も練習して、ギターももっと上手になってね」

177: 2011/01/24(月) 04:15:27.70 ID:q2EZjBm7P
梓「そんなこと言わないで…。いやだっ、いやですよぉ…」

唯「ワガママ言わないのっ」

梓「…!」

唯「ねっ?」

梓「…はい」

そう言うと、しぶしぶ私から離れた。

梓「…約束してください」

唯「?」

梓「絶対、またこうしてぎゅっくれるって」

唯「…うんっ」

今の私は、どんな顔をしているのかな?
先輩らしい顔になってるかな?

梓「…私、待ってますから」

そう言ってあずにゃんは病室を出て行った。
最後の最後まで迷惑かけて、ごめんね。ありがとう。

178: 2011/01/24(月) 04:16:31.84 ID:q2EZjBm7P
スッ

あずにゃんが出て行ったのと入れ替わりで、和ちゃんが入ってきた。

唯「和ちゃん」

和「無理しないで起き上がらなくていいわ、そっちまで行くから」

和ちゃんはそう言うと私のすぐ近くまで来てくれた。
こういう気が回るところは相変わらずだね。

和「私の後ろ、随分と静かになったわ」

唯「…へへ。ずっと騒がしかったもんね」

和ちゃんの後ろの席は、なぜかいつも私だった。
何かあったらすぐ助けてもらえたし、お話しも出来た。
これって運命だったりしてね。和ちゃんはそんなことないって鼻で笑うだろうけど。

和「………」

唯「………」

唯「ねぇ、和ちゃん」

唯「私がいなくなったら、寂しい?」

179: 2011/01/24(月) 04:17:13.49 ID:q2EZjBm7P
ふと、和ちゃんに聞いてみた。
長い付き合いでたくさん迷惑かけたし、お世話になった。
もしかして、私がいなくなったら和ちゃんはもっと自由に過ごせるのかな。
なんてことを思ったからだ。

和「………」

和「寂しくなんか、ないわ」

唯「…へへ、だよね!私、和ちゃんに迷惑かけっぱ―――」

和「なんて、言うと思う?」

唯「えっ?」

そう言った和ちゃんは、泣いていた。
和ちゃんが泣いてるところなんて、初めて見た。

和「…寂しいに決まってるじゃない」

和「バカね…」

唯「…ありがとう」

思わずもらい泣きしてしまいそうだった。
私、和ちゃんと一緒にいれてよかった。
本当に、そう思ってるよ。ありがとう。

180: 2011/01/24(月) 04:17:57.68 ID:q2EZjBm7P
憂「………」

和ちゃんが戻ってきた。

和「憂。いっておいで」

と、言い残して和ちゃんは歩いていってしまった。
和ちゃんは、泣いていた。

憂「お姉ちゃん…」

本当は、私も行きたくなかった。
梓ちゃんが言っていたように、さよならを言いに行くみたいで嫌だから。
でも、行かなきゃ。お姉ちゃんが待ってる。
最後まで、笑っていようって決めたんだから。

そして、扉を開けた。

181: 2011/01/24(月) 04:18:41.09 ID:q2EZjBm7P
唯「うい…」

憂「お姉ちゃん…」

お姉ちゃんは、だいぶやつれていた。
もうこのまま眠ってしまうんじゃないかってくらい。

唯「うい。ごめんね」

唯「お姉ちゃんらしいこと何一つしてあげられなくて」

憂「そんなことないよ、お姉ちゃん」

私は精一杯強がった。
溢れそうになる涙を抑えて、ぎこちない笑顔で笑った。

憂「頑張ってるお姉ちゃんも、だらけてるお姉ちゃんも、大好きだから」

憂「だから…笑って?」

憂「私は、笑ってるお姉ちゃんが一番好きだから」

182: 2011/01/24(月) 04:19:48.75 ID:q2EZjBm7P
唯「………」

目の前にいる妹は、泣くのをぐっと堪らえていた。
強いね、憂は。本当に、よく出来た妹だよ。

本当は伝えたいことがたくさんあった。
ちゃんとご飯食べてね?
和ちゃんとケンカしないでね?
澪ちゃんたちと仲良くね?
あずにゃんを支えてあげてね?

でも、言葉に出来なかった。
ただただ、別れが悲しかった。

鼻の奥がつんとする。
涙がこみ上げてくるのがわかる。
けど、ここで泣いちゃダメ。
憂が頑張って我慢してるのに、お姉ちゃんの私が泣いたら…。
でも、でもっ…。

唯「ねぇ、うい…」

憂「…なぁに?」

唯「…ありがとう……」

やっぱり、我慢出来ないよ。
お別れしたくないもん。もっとずっと一緒にいたいもん。

183: 2011/01/24(月) 04:22:24.16 ID:q2EZjBm7P
憂「お姉ちゃん…」

ありがとうを言ったお姉ちゃんの頬を涙が伝った。

憂「お姉ちゃんっ!!!」

私はお姉ちゃんに抱きついた。
もう我慢出来なかった。大声を出して泣いた。

唯「うい、うい…。ごめんね、ごめ…んね…」

憂「う、ううっ。うわああああああああああ」

ずっと我慢していた涙が滝のように溢れた。
嫌だよ、離れたくない。もっとずっと一緒にいたい。

唯「ごめんね…ごめんね…」

お姉ちゃんも泣いていた。
2人で抱き合いながら大粒の涙を流していた。

ごめんね、ダメな妹で。最後まで笑っていようって決めたのに、出来なかったよ。
でもね、お姉ちゃん。
私、お姉ちゃんの妹でよかった。

ねぇ、お姉ちゃん。


大好きだよ。

――――――
――――
―――
――

184: 2011/01/24(月) 04:23:18.98 ID:q2EZjBm7P
時が経ち、9月。
まだ日差しが眩しい季節だ。

お姉ちゃんが亡くなって、5ヶ月ほど経った。
今日から文化祭の準備が始まる。
装飾やら何やら学校の至る所で活気づいている。

純「ういー。早く行くよー」

憂「あっ、うん…」

私は純ちゃんと買出しに行っていた。

憂「………」

体育館の前で立ち止まる。
扉には、文化祭当日の体育館のタイムスケジュールが貼ってあった。






しかし、軽音部の名前はそこにはなかった。

185: 2011/01/24(月) 04:24:55.05 ID:q2EZjBm7P
お姉ちゃんを失った軽音部は、水を与えられなくなった花のように枯れていった。
澪さんも、律さんも、紬さんも、いる意味を失ったかのように軽音部から離れていった。

残ったのは梓ちゃんだけだった。
梓ちゃんだけは、お姉ちゃんの言葉を守っていた。

―――軽音部をよろしくね―――

そして、お姉ちゃんの帰りを待っていた。約束を信じていた。
もう帰ってこないとわかっていながらも、ずっと待っていた。

私は何度も梓ちゃんを慰めた。
梓ちゃんも、壊れそうになっていた私を支えてくれた。
体を重ねたりもした。お互い醜く傷を舐めあっていた。
体を重ねる度に梓ちゃんは、お姉ちゃんの名前を呼んでいた。
そうすることでしか、私たちは生きられなかった。



一週間ほど前のことだ。
梓ちゃんが自頃したという話を聞いたのは。

186: 2011/01/24(月) 04:27:06.74 ID:q2EZjBm7P
たぶん、文化祭が近づくにつれて思い出してしまったのだろう。
軽音部のこと。お姉ちゃんのこと。
耐え切れなかったのだ。それほどまでに、お姉ちゃんの存在は大きかった。
私なんかで埋められるようなものではなかったのだ。

ねぇ、お姉ちゃん。
やっぱり、ダメだよ。お姉ちゃんがいなくちゃ。

お姉ちゃんは今何してるの?
そっちに梓ちゃんはいる?
もしかして、一緒にギター弾いてたりしてね。
いいなぁ…。私、もう疲れちゃった。
お姉ちゃんのいない家ってね、すっごい静かなんだよ。
ご飯もおいしくないし、何してても楽しくない。

憂「………」

私は空を見上げた。
この空のどこかで、お姉ちゃんは私を見ていてくれてるのかなぁ。

お姉ちゃん。もう少ししたら、私もそっちに行くから。
向こうで会えたら、また一緒に色んなことしよう?
まだ暑いから、いっぱいアイス食べようね。

ねっ、お姉ちゃん。









ごめんね。

187: 2011/01/24(月) 04:27:32.21 ID:q2EZjBm7P
おしまい。
長々とすんませんですた。

引用元: 唯「ああああムナクソ悪いムナクソ悪いよおおおおおお」