1: 2011/09/14(水) 18:55:07.60 ID:A5SRrbsOo
 ※注意書き

・ゆるゆりのSSです

・百合要素多目です

・地の分だらけです

・ひまさく(あるいはさくひま)です

・書き溜めありです

・スレ立て童Oの仕業です



 生温かい目で見ていってください

2: 2011/09/14(水) 18:58:50.48 ID:A5SRrbsOo



      『Day by day』


.

3: 2011/09/14(水) 18:59:33.01 ID:A5SRrbsOo
 とある放課後の教室にて。

 向日葵はとてもイライラしていた。

 その原因はというと、彼女を怒らせることにかけてはぶっちぎりトップをひた走る、櫻子その人であった。

 彼女たちのクラスは今日、プリントの提出があったのだが、珍しく向日葵はそのことを忘れてしまっていた。

 そのため、今慌ててプリントの記入を済ませようとしているところなのである。

 が、それをひたすら妨害してくる邪魔者が一名。
ゆるゆり: 22【イラスト特典付】 (百合姫コミックス)

6: 2011/09/14(水) 19:00:23.05 ID:A5SRrbsOo
「プリントなんか生徒会室で書けばいいじゃんかー。早くしろよー」

「よくありませんわ! 先生をこれ以上お待たせするわけには……」

 文句を言うなら先に行けばいいのに、櫻子は向日葵がプリントを埋めるのをずっと待っていた。

 待っているだけならいいのだが、ひっきりなしに話しかけられては集中力が削がれるばかりである。

7: 2011/09/14(水) 19:01:17.86 ID:A5SRrbsOo
「というか、櫻子こそちゃんと提出しましたの!?」

「したよーっだ! 向日葵とは違って、今日の朝にはね」

「ぐっ……!」

 誰に言われるでもなく提出の期限を守るとは、櫻子にしては珍しいこともあったものだが、実際今回は向日葵が忘れていたのだから、それ以上言い返すことはできない。

 いつもとは逆の立場を悔しく思いつつ、黙ってプリントに集中することにする。

 しかし、櫻子はそれを見逃すほど大人しくはなかった。

8: 2011/09/14(水) 19:01:53.76 ID:A5SRrbsOo
「優・等・生、な向日葵さんでも、プリントをお忘れになるのですわね~」

「それひょっとして私の真似じゃないでしょうね!?」

「頭に行くはずの記憶がおっOいに行っちゃったんじゃないの~?」

「意味がわかりませんわ!」

 お互い胸の話は禁句と言っていいほどコンプレックスを持っているのに、何故か櫻子はそのネタで喧嘩をしかけてくるのだった。

9: 2011/09/14(水) 19:03:15.62 ID:A5SRrbsOo
「櫻子こそ、頭にも胸にも栄養が足りてないんじゃありませんこと!?」

「おっOい魔神に言われたくねー!」

 優越感に浸った状態から一転、一瞬でキレた櫻子が、向日葵の机に膝乗りになる。

「このおっOい! おっOいぼいーん!!」

「や、やめなさいよ!」

10: 2011/09/14(水) 19:03:50.68 ID:A5SRrbsOo
 櫻子の得意技(?)おっOいドリブル。

 ボールのように弾む向日葵の胸への最大級の嫉妬の表現だが、半泣きでこれをやられるととてもウザい。

 というか、痛い。

「ぼいー「やめろって言ってんでしょうが!」ごはぁっ!?」

 忍耐の限度を超えた向日葵の掌底が、櫻子の顎に炸裂した。

 そのまま櫻子の体が後ろに倒れて──────

11: 2011/09/14(水) 19:04:33.87 ID:A5SRrbsOo
「あ」

 と思ったときには遅かった。

 ごん、と音を立てて、頭から床に落ちる櫻子。

「さ、櫻子! 大丈夫ですの!?」

 さすがにやりすぎたと慌てた向日葵が、櫻子の上半身を抱え起こす。

 しかし、その声にも反応はなく、櫻子は小さくうめき声を上げるだけだった。

12: 2011/09/14(水) 19:05:24.24 ID:A5SRrbsOo
「だ、誰か……誰かいませんか!」

 向日葵は蒼白になって、悲鳴のように人を呼ぶ。

 それを聞きつけたのは、偶然にもあかりとちなつの二人だった。

「向日葵ちゃん、どうしたの!?」

「すごい大声だったけど……」

「櫻子が……!」

 教室に入ってきた二人は、向日葵に抱えられている櫻子を見てやはり悲鳴を上げる。

13: 2011/09/14(水) 19:06:11.17 ID:A5SRrbsOo
「櫻子ちゃんどうしたの!?」

「私が突き飛ばしたせいで……頭を打って……!」

「私、先生呼んでくる!」

 どうやら怪我らしいと理解したちなつが、真っ先に駆け出す。

 あかりは一瞬どうしようか迷ったものの、おろおろと今にも泣き出しそうな向日葵を見てここに残ることにした。

14: 2011/09/14(水) 19:07:03.79 ID:A5SRrbsOo
「向日葵ちゃん、大丈夫だよ。先生すぐ来てくれるから」

「え、ええ……」

 それで少し落ち着きを取り戻したのか、向日葵は一度深呼吸して、打ち付けたと思われる場所を探ってみた。

「……たんこぶになってますわ」

「ほんとだ。痛そう……」

 後頭部に、見てすぐ分かるほどのこぶができていた。

 外傷はというと、それくらいのものである。

15: 2011/09/14(水) 19:07:59.32 ID:A5SRrbsOo
「血が出たりはしてませんけど……頭となると、判断できませんわ」

「そうだね。櫻子ちゃんが目覚めればちょっとはわかるかな?」

 と言っていたあかりは、ふと似たようなことが前にもあったことを思い出した。

16: 2011/09/14(水) 19:08:32.44 ID:A5SRrbsOo
「そういえば、京子ちゃんも前に頭を打ったことがあったんだけど」

「歳納先輩が?」

「うん。そうしたら京子ちゃんがね、なんだか違う人みたいになってて……」

「漫画みたいな話ですわね……」

 そう呟きながらも、向日葵はふと思った。

「……まさか、櫻子までそんな風になるなんてことは」

 ないでしょうね、と言おうとしたとき、

17: 2011/09/14(水) 19:09:35.18 ID:A5SRrbsOo
「うーん……んー……?」

「櫻子!?」

 それまで目をつむっていた櫻子が、ゆっくりと目蓋を開ける。

「あれ……?」

「大丈夫ですの? どこか痛むところは……」

「頭痛い……」

 うぅー、と後頭部を押さえる櫻子。

 しかし、言葉もはっきりしているし、どうやらそれ以外に問題はないようだった。

18: 2011/09/14(水) 19:10:20.87 ID:A5SRrbsOo
「よかったー、教室に来たら櫻子ちゃんが気絶してて、あかりびっくりしたよぉ」

「えー、私気絶してた……? なんで?」

「うっ……それは……」

 自分が突き飛ばして頭を打ったから、とは言えない向日葵は、話題を逸らすことにした。

19: 2011/09/14(水) 19:10:56.92 ID:A5SRrbsOo
「そ、それより、そろそろプリントを出しに行きますわよ。櫻子、立てる?」

「あ、うん」

 ひょいと身軽に体を起こす櫻子。

 本当に大丈夫そうだと一安心する反面、余計な心配をさせて、と理不尽な怒りもこみ上げてくる。

21: 2011/09/14(水) 19:11:29.59 ID:A5SRrbsOo
「まったく、気をつけなさいよ。机なんかに乗るからこうなるんですわ」

「えへへ、ごめんね」

「……櫻子?」

 てっきりまた怒り出して反論してくると思っていた向日葵は、素直に謝る櫻子を見て首を傾げる

22: 2011/09/14(水) 19:12:05.07 ID:A5SRrbsOo
「えっと……本当に大丈夫? 熱とかないでしょうね」

 櫻子の前髪をかき上げて、手を額に当てて確認しようとする。

 と、櫻子が突然ずいっと体を乗り出してきた。

 そして、

23: 2011/09/14(水) 19:12:52.09 ID:A5SRrbsOo



「おでこー、こつん」



「っ!?」

 向日葵の額に、自分の額をくっつけた。

「ねっ、熱なんてないでしょ?」

「ななな、なんで頭をくっつけますの!?」

 櫻子の顔が間近にある。

 あとほんの少しでも唇を突き出せば、キスしてしまえる距離で──────

24: 2011/09/14(水) 19:13:49.52 ID:A5SRrbsOo



「おでこー、こつん」



「っ!?」

 向日葵の額に、自分の額をくっつけた。

「ねっ、熱なんてないでしょ?」

「ななな、なんで頭をくっつけますの!?」

 櫻子の顔が間近にある。

 あとほんの少しでも唇を突き出せば、キスしてしまえる距離で──────

25: 2011/09/14(水) 19:15:32.84 ID:A5SRrbsOo
※連投しちまいました、失礼



「~~~っ!!」

 顔を真っ赤にして、両手で櫻子を押しのける。

「と……ともかく! 熱は、ないみたいですわね……」

「なんでそんなに慌ててるの? 変なひーちゃん!」

「ひーちゃ……え?」

 さっきから感じていた違和感が膨らみ……そして、ある可能性に思い至る。

26: 2011/09/14(水) 19:16:21.71 ID:A5SRrbsOo
「赤座さん、これってまさか……」

「そ、そうかも……」



 つまり、京子の人格が変わってしまったように、櫻子も頭を打った拍子におかしくなってしまったのだ。


.

27: 2011/09/14(水) 19:17:02.69 ID:A5SRrbsOo
「ど、どうしたらいいんですの赤座さん……!?」

「それはね……あ、えーっと」

 答えようとして、口ごもるあかり。

 こうなったときの“治療法”を(身をもって)知っているとはいえ、あまり他人にお勧めできるやり方ではなかったからだ。

28: 2011/09/14(水) 19:18:12.44 ID:A5SRrbsOo
「赤座さん? 歳納先輩がこうなったときはどうしたんです?」

 そのときの事情を詳しく知らない向日葵は、あかりが対処法も把握しているものと考えていた。

 それ自体は、間違いではないのだが。

「あ、あれは……ちょっと真似しないほうがいいんじゃないかなぁ……」

「そんな! それじゃ櫻子をこのまま放っておくんですの!?」

 明らかにその方法を知っているのに隠そうとする様子のあかりに、向日葵は憤慨する。

29: 2011/09/14(水) 19:19:03.10 ID:A5SRrbsOo
「でもね向日葵ちゃん、あのやり方は……」

「いいから教えてください! どんなやり方だろうと、聞くだけならいいじゃありませんか」

 実行するかは別として、確かに教えるだけなら問題ないかもしれない。

 あかりはまだ少し悩みながらも、それを教えることにした。

30: 2011/09/14(水) 19:19:57.03 ID:A5SRrbsOo
「京子ちゃんのときは、もう一度頭を強く打ったら元に戻ったよ」

「も、もう一度? 櫻子の頭を叩けっていうことですの!?」

「そうなるかなぁ……」

「できませんわ! そんなかわいそうなこと!」

 櫻子の頭を守るように抱きしめながら叫んだ向日葵は、自分が何を口走ったのか気付くと、顔を赤くして訂正した。

「……もとい、そんな非常識なこと」

31: 2011/09/14(水) 19:20:31.71 ID:A5SRrbsOo
「やっぱりそう思うよね……」

 ため息をつくあかり。

 櫻子はといえば、二人の会話がよくわかっていないのか、疑問符を浮かべたまま、にこにことその様子を見ていた。

 ……無意識に、向日葵が櫻子の頭を抱きしめた状態のままで。

32: 2011/09/14(水) 19:21:35.58 ID:A5SRrbsOo



 さてどうしたものかと向日葵とあかりが考え始めたタイミングで、教師を連れたちなつが戻ってきた。

 連れてきたのは、西垣先生だったが。

(どうしてこの人を選んでしまったの吉川さん──────!)

33: 2011/09/14(水) 19:22:26.41 ID:A5SRrbsOo
 生徒会で彼女の奇行を目の当たりにしている向日葵は頭を抱えたが、意外にも西川女史の判断は適切なものだった。

「ふむ。自分で立って歩けるし、他に問題もなさそうじゃないか。念のため帰りに病院で診てもらえ」

 素早く櫻子の様子をチェックすると、西垣先生はそう結論づけた。

 てっきり余計な実験に巻き込まれはしないかと警戒していた向日葵は、その真っ当な判断に拍子抜けしてしまった。

34: 2011/09/14(水) 19:23:18.32 ID:A5SRrbsOo
「先生、今日はなんだか……お急ぎの予定でも?」

 さっさと教室を去ろうとするその背に、問いかけてみる。

「新しい実験の最中でな。松本を待たせてるんだ」

 ああ、なるほど。

 もしかしてこの人も頭を打ったんじゃないかと思ったが、どうやら単なる優先順位の問題だったようだ。

35: 2011/09/14(水) 19:24:04.05 ID:A5SRrbsOo
「向日葵ちゃん、病院行くんだよね。あかりたちもついてったほうがいい?」

「いえ、私が付き添いますので、大丈夫ですわ。赤座さんも吉川さんも、ありがとうございました」

 あかりやちなつは、まだ櫻子の様子に不安そうではあったが、彼女のことを一番よく知っている向日葵がついていくならと思い、納得することにした。

「それじゃ私たち、部活に行くから」

「ええ、お先に失礼しますわ」

36: 2011/09/14(水) 19:24:44.70 ID:A5SRrbsOo
 二人と別れ、櫻子を連れて病院に向かおうとする向日葵。

 が、

「櫻子? 早く行きますわよ」

 櫻子がじっと向日葵の顔を見つめる。

 そして、

37: 2011/09/14(水) 19:26:14.87 ID:A5SRrbsOo
「ひーちゃん、手つなご!」

「はあっ!?」

 にっこり笑った櫻子が、向日葵の手をがしっと握った。

 不意打ちのように手を握られた向日葵の心臓は、早鐘のように高鳴った。

38: 2011/09/14(水) 19:27:57.68 ID:A5SRrbsOo
「な、なにを言ってますの!? どうして手なんか……」

「えー、いいじゃん。よくしてたじゃんか」

「よくって、いったい何年前の話ですの……」

 そんな時期もあったと、忘れかけていた記憶を掘り起こす。

39: 2011/09/14(水) 19:28:28.30 ID:A5SRrbsOo
 でもそれは、小学校に入るよりも前の、本当に昔の記憶だ。

 小学生になって、少し生意気になってきた櫻子は、向日葵が手をつなごうと言っても決してそうしてくれなくなったのだった。

 そのときはちょっと悲しくなったことを思い出した。

 ほんの、ちょっとだけのことだけど。

40: 2011/09/14(水) 19:29:12.80 ID:A5SRrbsOo
「……自分の足で歩けるんだから、ひとりで歩きなさい」

 当時の逆襲というわけではないが、意図して少し冷たく言ってやる。

 しかし、



「……だめなの?」



 悲しそうに瞳をうるませて、上目遣いに向日葵を見上げる櫻子。

 向日葵の心臓が爆発した。

41: 2011/09/14(水) 19:30:53.28 ID:A5SRrbsOo
「だだだだ、だめとか言ってませんわ!! どうしてもと言うなら今日だけはつないであげるということも考えなくはありませんことよっ!?」

 興奮しすぎて自分でもなにを言っているのかよくわからない。

 しかし櫻子はオッケーという意図を受け取ったようで、嬉しそうに微笑んだ。

「……えへ」

(はぅあーっ!!)

42: 2011/09/14(水) 19:31:36.10 ID:A5SRrbsOo
 その笑顔がまた、向日葵の理性にひびを入れる。

 千歳ではないが、頭に血がいきすぎて鼻血が出そうになってきた。

(きょ、今日だけですわ。そう、櫻子は頭を打ってるんですから、ひょっとしたら転ぶかもしれませんもの。だから手をつなぐのは仕方ない仕方ない仕方ない──────)

 理性という名の堤防を必氏に補強すべく、向日葵はひたすら自分に言い聞かせる。

 だが、それとは裏腹に、その手は絶対に離すまいとするかのように櫻子の手をしっかりと握りしめていた。

43: 2011/09/14(水) 19:32:16.13 ID:A5SRrbsOo
(櫻子の手、なんだか昔と変わらないくらい小さいですわ……)

 怒涛のような言い訳の合間に、ふとそんな思考のノイズが交じった。

(だめ、余計なことを考えては……!)

 理性堤防を巡る攻防戦がいよいよ佳境に突入した向日葵は、それ以上なにも言わず、櫻子の手を引いて歩き出す。

 櫻子もまた、大人しくその後をついていく。

44: 2011/09/14(水) 19:32:52.80 ID:A5SRrbsOo
 無言のままの、短くて、長い時間。

 だけど、言葉よりもずっと雄弁な、お互いの手の温もり。

 そうしている間中、櫻子は満足げな笑みを浮かべているのだった。






 ちなみに向日葵が結局プリントの提出を忘れていたことに気づくのは、病院で検査を終えて家に帰ってからのことである。

45: 2011/09/14(水) 19:33:46.34 ID:A5SRrbsOo



「ひーちゃんおはよーっ!」

「はぁ……」

 病院の検査では異常なしと診断され、打つ手もなくそのまま帰宅した翌朝。

 ひょっとしたら、一晩寝たら元通りになっていないかと思っていた向日葵の思惑は、見事に外れた。

 登校の支度を整え、玄関から出た途端に、すっかり出てくるのを待ちわびていたと言わんばかりの櫻子に挨拶されたのである。

46: 2011/09/14(水) 19:34:31.17 ID:A5SRrbsOo
 この場合、名前の呼び名もおかしいが、それ以上に櫻子が既に身支度を整えて待っているということそのものがおかしい。

 いつもなら向日葵が先に支度を済ませ、いつまで経っても出てこない櫻子を待ちかねて、家に上がりこんで支度を手伝うというのがお決まりのパターンだ。

 普段は面倒で仕方ないのに、急にパターンが変わると、調子が狂ってしまう。

47: 2011/09/14(水) 19:35:54.59 ID:A5SRrbsOo
「おはようですわ……」

「ひーちゃん元気ないなあ。病気?」

 そう言って櫻子は顔を近づけ、また額を──────

「なっなんでもありませんわ!」

48: 2011/09/14(水) 19:36:46.07 ID:A5SRrbsOo
 昨日の出来事を思い出して、向日葵は思わず飛び退った。

「そう?」

「えぇ……別に心配いりませんわ、櫻子」

「そっか、よかった!」

49: 2011/09/14(水) 19:37:18.85 ID:A5SRrbsOo



 ちげーし! 心配なんかしてねーし!



 いつもならそんな風に言い返してくるであろう櫻子は、本当に安心したように屈託のない笑みを浮かべた。

 そんな様子にどうしようもない違和感を覚えつつも、向日葵はもっと気にかかることがあった。

50: 2011/09/14(水) 19:38:08.35 ID:A5SRrbsOo
(心配、してくれたんですのね。櫻子が……)

 昨日とは違う、胸の苦しさ。

 いつもと違う櫻子。

 その調子に戸惑いつつも、心のどこかで懐かしく思う、この気持ち。

51: 2011/09/14(水) 19:38:59.33 ID:A5SRrbsOo
(昔の櫻子は、こんな子だった気がしますわ)

 今のような意地っ張りになる前の櫻子。

 表情がころころとよく変わるのは今と同じだが、あの頃の櫻子はとても優しい子だった。

 引っ込み思案な自分の手を取って外へ連れ出してくれた。

 調子が悪かったり、悩み事があるといつも気にかけてくれた。

 思い返す記憶の全部に、櫻子はいてくれた。

52: 2011/09/14(水) 19:40:08.95 ID:A5SRrbsOo
「ほらひーちゃん、行こっ」

 そう言って櫻子は向日葵の手を取って歩き出す。

 昨日とは逆に。

 昔と同じように。

 向日葵の前に立って、手をぎゅっと握って。



 今日の向日葵は、抵抗も言い訳もしなかった。

 ただあの頃の記憶と同じように、向日葵の後を歩いていく。

53: 2011/09/14(水) 19:40:48.36 ID:A5SRrbsOo



「櫻子ちゃん、まだ治らないんだね……」

「……ええ」

 昼休み、向日葵は事情を知っているあかりとちなつも加え、今後の対策を練っていた。

 櫻子自身も向日葵の隣に座っているのだが、やはり三人がなにを話しているのかいまいち要領を得ない様子だった。

54: 2011/09/14(水) 19:42:03.07 ID:A5SRrbsOo
「どうしよう。ひょっとしてずっとこのままとか……?」

「やっぱり頭を殴るしかないんじゃない?」

 そう言ってちなつが立ち上がる。

 なんの話をしているのかはわからなくても、なにをされようとしているのかは理解できた櫻子が、怯えたように身を縮こまらせる。

55: 2011/09/14(水) 19:42:45.94 ID:A5SRrbsOo
「ちょ、ちょっと待って、吉川さん!」

 その様子を見た向日葵が慌てて止めに入る。

「でも、こうでもしなきゃ治らないと思うよ」

「それは……でも、最後の手段ということにしたほうが……」

「うんうん! あかりもそれがいいと思うよ!」

 向日葵の意見に、あかりも追従する。

 やはり実際に殴られた側からすれば、安易に容認できないのであろう。

56: 2011/09/14(水) 19:43:26.76 ID:A5SRrbsOo
「大丈夫、殴られたほうはその間の記憶なんてすっぱりなくしてるから!」

「そういう問題じゃないよ! あかり本当に痛かったんだよ!?」

「でもずっと櫻子ちゃんがこんな調子じゃ、変な感じだもん。向日葵ちゃんもそうでしょ?」

「……………………」

「向日葵ちゃん?」

57: 2011/09/14(水) 19:44:08.66 ID:A5SRrbsOo
 ちなつの問いに、向日葵は即答できなかった。

 あかりやちなつには、違和感しかないであろう今の櫻子。

 向日葵だけが知っている、櫻子の姿。

 そんな様子を一日見ていた向日葵は、段々と今の櫻子を否定する気になれなくなってきていた。

58: 2011/09/14(水) 19:44:46.75 ID:A5SRrbsOo
「もしかして向日葵ちゃん、このままでもいいって思ってる……?」

 再度のちなつの問いに、向日葵は、

「……よく、わかりませんわ」

「……そっか」

 心情まではわからずとも、なにか向日葵の表情に感じるものがあったのか、ちなつはそれ以上深く追求することはなかった。

59: 2011/09/14(水) 19:45:48.71 ID:A5SRrbsOo
「それじゃ櫻子ちゃんは? 櫻子ちゃんは、今の状態をどう思ってるの?」

 さすがにそれに関しては本人の意志を無視するわけにもいかない。

 そう思ってあかりは櫻子に直接訊ねたのだが、

「んー? ひーちゃんが優しいから、これでいいよ」

 こともなさげに、そう答えた。

60: 2011/09/14(水) 19:46:48.62 ID:A5SRrbsOo
「うーん……」

「これでいい、のかなぁ……?」

 本人が今の状況に納得し、一番身近な向日葵も積極的に治そうとはしていない。

 そして、特別誰かが困っているわけでもない。

61: 2011/09/14(水) 19:47:57.72 ID:A5SRrbsOo
「もう大胆なイメチェンとして受け入れるしか……」

「でも櫻子ちゃんが騒がしくないと変な感じだよー」

「でもあかりちゃんよりはキャラ立ってると思うよ」

「ええっ、そこあかりを引き合いに出す意味ないよね!?」

62: 2011/09/14(水) 19:48:30.85 ID:A5SRrbsOo
 あかりには迷惑なことだが、この話はここまでというちなつなりの合図だったのかもしれない。

 その後は櫻子のことに触れることもなく、普段どおりの昼休みが過ぎていった。

 櫻子もそうした会話には支障なく交じり、傍目にはあまり変わっていないようにも見える。

 ただ向日葵だけが、浮かない顔をしたままだった。

63: 2011/09/14(水) 19:49:12.44 ID:A5SRrbsOo
 午後の授業も終わり、放課後。

 先輩たちにどう説明しようと思いつつ、向日葵は生徒会室に来ていた。

 もちろん、あのままの状態の櫻子も連れて。

 どうやら二年生組はまだなにか用事があるようで、綾乃や千歳はまだ来ていないようだ。

 そのことに若干の安堵を覚えつつも、どうせ問題の先送りにしかなっていないことに気づき、向日葵はため息をつく。

64: 2011/09/14(水) 19:50:04.56 ID:A5SRrbsOo
「……とりあえず、先に仕事を済ませてしまいましょう」

「うんっ」

 向日葵の気を知ってか知らずか、櫻子は必要な書類をまとめて、机に置く。

 ただし、向日葵の使っている机に。

65: 2011/09/14(水) 19:51:18.93 ID:A5SRrbsOo
「……櫻子? あなたの机は向かいですわ」

「いいじゃん、並んでやろうよ」

 ただでさえ広くない机の半分を占領して、櫻子は仕事を始める。

 諦めたように向日葵も席について、自分の担当分の仕事をすることにした。

66: 2011/09/14(水) 19:52:33.25 ID:A5SRrbsOo
「ひーちゃん、これ」

「ええ」

 向日葵も目を通す必要がある書類が、隣の櫻子から渡される。

 普段は溜めに溜めて一度に持ってくることが多いので無駄に手間がかかるのだが、今日はちょうどひとつの書類の決裁が終わったタイミングを見計らって渡してくれるので、とてもやりやすい。

 そのためか、いつもよりスムーズに仕事が進んでいった。

67: 2011/09/14(水) 19:53:52.30 ID:A5SRrbsOo
「……………………」

「……………………」

 しばらく無言のまま仕事が続く。

 しかし、ふと向日葵が隣に目をやると、いつの間にか櫻子が先ほどよりも近くに寄ってきている。

68: 2011/09/14(水) 19:54:43.66 ID:A5SRrbsOo
「櫻子? ちょっと狭いですわ……」

「ちょっと冷房効きすぎかなーってさ」

「だったら温度を上げてきなさいな」

「ん、これでちょうどいい」

69: 2011/09/14(水) 19:55:20.06 ID:A5SRrbsOo
 ぴたっと櫻子が向日葵に寄り添う。

 肩から二の腕が密着して、そこから櫻子の体温が伝わってくる。

 途端に、薪をくべられた火のように向日葵の体温が急上昇した。

「さ、櫻子……仕事がしづらいですわ……」

「もう終わりじゃん」

 言われて手元を見ると、本当に書類は全部片づいていた。

70: 2011/09/14(水) 19:55:51.00 ID:A5SRrbsOo
「だったらもうおしまいですわ! こんなにくっつかなくても……」

「ヤダ」

 身をよじる向日葵を逃すまいと、櫻子はいっそう体を寄せてくる。

 そして体をべったりくっつけると、そのまま向日葵の肩に頭を乗せた。

71: 2011/09/14(水) 19:56:21.43 ID:A5SRrbsOo
「あう……うぅ……」

 櫻子の吐息を間近に感じる。

 涼しすぎたはずの室温なのに、全身に汗がにじむ。

「ひーちゃん」

「な、なんですの?」

「呼んだだけー」

72: 2011/09/14(水) 19:57:14.45 ID:A5SRrbsOo
 えへへ、と櫻子が笑う。

 向日葵が押し留めていた感情が、それで決壊した。



(可愛い)



 そう思った瞬間、向日葵の手が肩に乗せられた頭を撫でていた。

74: 2011/09/14(水) 19:58:01.05 ID:A5SRrbsOo
「きもちー」

 目を閉じて、大人しくそれを受け入れる櫻子。

 ふわふわとした柔らかな髪は、子猫の毛並みのような手触りだった。

75: 2011/09/14(水) 19:59:13.55 ID:A5SRrbsOo
(昔の櫻子は、こんなに甘えん坊だったかしら)

 どうだっただろう。

 内気な向日葵の前に立つように、先導していたことが多かったような気はする。

 しかし、本質的にはやはり小動物のような、甘えたがりの女の子だったかもしれない。

 向日葵が寂しいと思うこともないくらい、櫻子は傍にいてくれた。

 それはつまり、櫻子もきっと寂しがりやだったのだろうから。

76: 2011/09/14(水) 20:00:15.37 ID:A5SRrbsOo
(いつの間にか、あんなに意地っ張りになっちゃいましたけど)

 でも、それは向日葵も同じ。

 櫻子に対抗するように、向日葵も意地を張り出して、それが今まで続く関係の発端だ。

 いつも一緒なのに、いつも素直になれない。

 変わらないのは、二人の距離だけ。

77: 2011/09/14(水) 20:00:52.03 ID:A5SRrbsOo
(…………そう。変わってないのですわ、本当に大事なことは)

 向日葵はようやく、それを認めることができた。

 昔の関係を忘れてはいないからこそ、今は意地っ張りになっている。

 けれども、二人で過ごす時間は──────あの頃と、ちっとも変わってないのだ。

78: 2011/09/14(水) 20:01:52.07 ID:A5SRrbsOo
「さくちゃん」

「なに?」

 唐突に昔の愛称で呼びかけても、櫻子は迷うことなく返事をした。

 頭を肩に乗せたまま、目だけで向日葵の顔を見る。

79: 2011/09/14(水) 20:02:50.74 ID:A5SRrbsOo



「大好きですわ」



 意地も照れもなく、ごく自然な口調で、向日葵は言った。

 対照的に、櫻子の顔は見る見る間に赤くなっていく。

80: 2011/09/14(水) 20:03:37.80 ID:A5SRrbsOo
「昔からずっと、あなたのことが大好き」

 肩の上の櫻子の頭に、頬を寄せて囁く。

「何も変わってませんわ。私はずっと、櫻子のことが好きだった」

「ひ、ひーちゃん……」

「覚えてる? 昔の約束」

81: 2011/09/14(水) 20:04:45.14 ID:A5SRrbsOo
 それだけの言葉で、思い出せる約束が、二人にはたったひとつだけあった。

「大きくなったら……」

「結婚しようって」

 無邪気な約束。

 二人が素直だった頃の、本心からの願い。

 ずっと一緒にいたいと思って誓った約束。

82: 2011/09/14(水) 20:05:50.37 ID:A5SRrbsOo
「覚えてる、よ……忘れてなんかないもん」

「私も、忘れてませんわ。大事な、大事な約束だから」

 今となっては、それがどれだけ馬鹿な約束なのかわかる。

 だけど、それでも。

83: 2011/09/14(水) 20:06:34.34 ID:A5SRrbsOo
「いつか、きっと果たしますわ」

「ほ、ほんとに……!?」

 気持ちを確かようと、櫻子はさらに顔を近づけてくる。

「ほんとに……結婚してくれる?」

84: 2011/09/14(水) 20:07:20.65 ID:A5SRrbsOo
「櫻子」

 返事の代わりに、



 向日葵は、そっと櫻子に口付けた。


.

85: 2011/09/14(水) 20:08:09.42 ID:A5SRrbsOo
「~~~っ!」

「…………約束」

 幼い頃の記憶を確かめるように、もう一度結んだ約束。

 無邪気さや無知を言い訳にはしない、本当の約束。

86: 2011/09/14(水) 20:09:37.56 ID:A5SRrbsOo
「だから櫻子。私は、昔のままの関係なんていや」

「う……うん」

「昔のままの櫻子じゃなくて、これからも一日一日、変わっていく櫻子を、ずっと見ていたいの」

87: 2011/09/14(水) 20:10:25.01 ID:A5SRrbsOo
 頭を打ってからの櫻子を見て、とても懐かしく思った。

 とてもいとおしく思えた。

 けど、それは過去の櫻子だ。

「昔の櫻子が好き。今の櫻子が好き。だから……これからの櫻子も、ずっと好き」

 だから、

88: 2011/09/14(水) 20:11:10.60 ID:A5SRrbsOo
「だからね、櫻子」

 寄り添った体を、そっと引き離す。

「もういい加減に、」



 右手を振り上げる。

89: 2011/09/14(水) 20:11:48.23 ID:A5SRrbsOo
「え、ちょ、ひまわ」

 突然のことに反応しきれない櫻子の頭めがけて



「目を覚ましなさい!」



 振り下ろした。

90: 2011/09/14(水) 20:12:59.57 ID:A5SRrbsOo



 ちょっとやりすぎたか、と向日葵は焦っていた。

 脳天に拳骨を振り下ろすと、櫻子は昨日のように倒れ、そのまま起き上がってこなくなった。

 そこまでは同じだったのだが、今度はどれだけ待っても目覚める気配がない。

91: 2011/09/14(水) 20:13:49.59 ID:A5SRrbsOo
「や、やっぱり今度こそ救急車……!」

 焦りが頂点に達し、本気で電話をかけようと思った刹那、



「う……うぅ……ん」



 またうめき声をあげて、櫻子が目を覚ました。

92: 2011/09/14(水) 20:15:05.55 ID:A5SRrbsOo
「あ、櫻子!」

「いてー……頭が痛すぎるぅ!」

 気づくと同時に頭を抱えてのたうち回る櫻子。

93: 2011/09/14(水) 20:15:43.42 ID:A5SRrbsOo
 その様子を見て、どうやら元に戻ったようだと思った向日葵だが、念のため確認しておくことにした。

「ねえ櫻子。どこかおかしいところはありませんこと?」

「おかしいわ! 頭痛いって言ってんだろ!」

 涙目で叫ぶ櫻子。

94: 2011/09/14(水) 20:16:40.40 ID:A5SRrbsOo
 それでようやく、完全に元通りだと確信した向日葵だったが、






「もうちょっと手加減して殴れよバカ!」




95: 2011/09/14(水) 20:17:59.83 ID:A5SRrbsOo
「──────えっ」

 呆然とした向日葵の呟きに気づいた櫻子が叫ぶのをやめ、同じように呆然として……次の瞬間、烈火のごとく怒り出した。

「ちげーしーーー!! なんも覚えてないしぃー!!!」

「だ、だってあなた、今私に殴られたって……」

「聞き違い思い違い記憶違い!! 私なにも言ってなーーーい!!」

「ちょ、痛いですわ! やめなさいこのっ!」

 ぽかぽかと殴りかかってくる櫻子を押しのけようとして、そのままもみくちゃの喧嘩になる。

96: 2011/09/14(水) 20:18:42.36 ID:A5SRrbsOo
「バーカバーカ! 向日葵のおっOいぼいーん!」

「やめろって言ってんでしょうが!」

「おぶぁ!?」

 今度は膝蹴りが櫻子の腹にめり込み、それでようやく大人しくなる。

97: 2011/09/14(水) 20:19:36.94 ID:A5SRrbsOo
「もう知りませんわ! 先に帰りますから!」

 ぜぇぜぇと荒い息を整える間もなく、向日葵は生徒会室を飛び出していく。



 …………真っ赤になった顔を、それ以上櫻子に見せないために。

98: 2011/09/14(水) 20:20:07.42 ID:A5SRrbsOo
「う……うぅ……」

 悶絶していた櫻子も、のろのろと体を起こし、立ち上がる。

 そして向日葵が出て行った扉を見ながら、呟いた。

99: 2011/09/14(水) 20:21:05.52 ID:A5SRrbsOo



「…………絶対、約束守れよ」



 その顔は、向日葵に負けず劣らず、真っ赤になっていた。






      おしまい

100: 2011/09/14(水) 20:25:17.78 ID:A5SRrbsOo












 ──────なお、その一部始終を見ていた生徒会長は、誰に聞かせるでもなく「二人は相変わらず仲がいいわね」と呟いていた。



      本当におしまい


102: 2011/09/14(水) 20:33:13.88 ID:A5SRrbsOo
短いけど、昨晩着想したばっかの短編なんでこんなもんです
支援くれた人ありがとうでした

103: 2011/09/14(水) 20:33:34.40 ID:f7vD/IPRo
おつおつ

引用元: 櫻子「ひーちゃん!」 向日葵「えっ」