35: 2011/12/03(土) 06:59:08.35 ID:NOOLkeZo0

配達少女「お届け物でーす」



少女「こんにちはー!」

少女「お爺さん、お元気ですか?」

少女「ああ、いえ、別に配達ってわけじゃないんですけど、ちょっと顔を見に」

少女「あはは、ええ、頑張ってますよ」

少女「あ、今日もお手紙ですか。預かります」

少女「ええ、ちゃんと届けますよ」

少女「きっと、届くはずです……」
江戸前エルフ(8) (少年マガジンエッジコミックス)

37: 2011/12/03(土) 06:59:56.93 ID:NOOLkeZo0

少女「ふう。さてと」

少女「あ、お疲れさまでーす」

少女「ずいぶん仕事の手際がよくなりましたね。いいことです」

少女「あ、このお手紙ですか? ある人から預かったものですよ」

少女「……あるお爺さんからお婆さんへの、お手紙なんです」

38: 2011/12/03(土) 07:00:45.41 ID:NOOLkeZo0

少女「こんにちはー」

少女「日向ぼっこですか? 時間あるのでわたしも混ぜてください」

少女「んー……」

少女「ん? 何考えてました?」

少女「あはは、お婆さんのことですか」

少女「……大丈夫、今頃お爺さんの書いた手紙を読んでるはずですよ」

39: 2011/12/03(土) 07:01:26.58 ID:NOOLkeZo0

少女「こんにちはー」

少女「今日は猫、連れてきました」

少女「ポッチャレータムっていうんですよ」

少女「ええ? いい名前?」

少女「お爺さんもあの人と同じネーミングセンスですか!」

40: 2011/12/03(土) 07:02:08.19 ID:NOOLkeZo0

少女「猫と縁側でまどろむ老人。絵になりますねえ」

少女「あ、カメラ持ってきたんです。撮ってもいいですか?」

少女「いや、一枚だけですから」

少女「恥ずかしい? そんな女子供じゃあるまいし」

少女「あ、ポッチャも逃げないでよう!」

41: 2011/12/03(土) 07:02:50.12 ID:NOOLkeZo0

少女「二人とも、っていうか一人と一匹さん、表情がかたーい」

少女「もうちょっと笑って笑って」

少女「こら、ポッチャ。逃げるとまんま、やらないよ」

少女「よーし、二人ともいい感じ」

少女「はいチーズ!」

少女「……え? チーズは嫌い?」

少女「じゃあ、一足す一はー?」

少女「いや、馬鹿にはしてないですって」

42: 2011/12/03(土) 07:03:32.27 ID:NOOLkeZo0

少女「デジタルカメラですから即確認できます」

少女「うん、いい感じですね」

少女「え、このボタンですか? スライドショーですけど」

少女「あ、勝手に押さないでくださいよう!」

少女「いや、これは、仕事の同僚と撮った写真です。決してやましいものでは」

少女「ていうかお爺さん、何怒ってるんですか」

少女「どこぞの馬の骨とも知れないやつに……って、お爺さん、わたしのお父さんですか」

43: 2011/12/03(土) 07:04:14.01 ID:NOOLkeZo0

少女「何してるんですか?」

少女「これは将棋という奴ですね」

少女「わたしこういう頭を使うものが大の苦手で。いまだにあの人にぷよぷよで勝てませんし」

少女「でも将棋って二人でやるものじゃ?」

少女「詰め将棋?」

少女「ああぷよぷよでいう一人モードですか」

少女「ち、違います! ぷよぷよは卑猥なものじゃありません!」

44: 2011/12/03(土) 07:04:55.43 ID:NOOLkeZo0

少女「将棋……よくわかりせんねえ」

少女「あ、終わったんですか? 詰み? おめでとうございます!」

少女「……わたしも将棋強くなればあの人に勝てますかね?」

少女「あの」

少女「わたしにも将棋、教えてもらえませんか?」

45: 2011/12/03(土) 07:05:37.26 ID:NOOLkeZo0

少女「じゃあ、今日はこれで帰りますね」

少女「あ……お手紙ですか」

少女「ええ、ちゃんと預かりました」

少女「それではまた今度」

少女「ほら、ポッチャもばいばーいって」

少女「ばいばーい」

46: 2011/12/03(土) 07:06:18.27 ID:NOOLkeZo0

少女「おはようございまーす!」

少女「今日は将棋を教えてもらいに来ました!」

少女「前に約束したじゃないですか」

少女「そうそう、写真撮った時のことです」

少女「馬の骨? お爺さん、まだあの人のこと覚えてるんですか!」

47: 2011/12/03(土) 07:06:59.88 ID:NOOLkeZo0

少女「まずは駒の名前からですね」

少女「これはあゆむくんでしょうかあゆみちゃんでしょうか」

少女「え? 『ふ』?」

少女「なんで食べ物に……」

少女「あ、そうじゃない? これは失礼」

少女「で、これが総大将の王と玉。その隣をはさむ金銀に、桂馬、両翼を担う角と飛車」

少女「……」

少女「いえ、別に。金と玉が同時に目に入ったとかそんなんじゃありません」

48: 2011/12/03(土) 07:07:42.20 ID:NOOLkeZo0

少女「次に動かし方ですが」

少女「歩は前に一歩ずつ。地道ですね。わたしにはまねできません」

少女「飛車と角はすごいですね。びゅんびゅんいどうします。ちーとです」

少女「あ、王様はけっこう鈍重なんですね」

少女「え!? 何ですかこれ!?」

少女「お馬さんがトリッキーすぎますよ!?」

49: 2011/12/03(土) 07:08:24.36 ID:NOOLkeZo0

少女「これは……!」

少女「名前を覚える段で忘れていましたが、これ、香車」

少女「まっすぐ一直線。行ったら戻ってこない。実に潔い……」

少女「まるで私みたいですね!」

少女「おまけに香車と強者は読みが同じです!」

少女「猪突猛進?」

少女「まあそれもよし、です」

50: 2011/12/03(土) 07:09:10.17 ID:NOOLkeZo0

少女「今日はここまで、ですか」

少女「分かりました、ありがとうございました」

少女「次は実践編ですね、よろしくお願いします師匠!」

少女「あ、お手紙……」

少女「ええ、お預かりします」

少女「それではー」

51: 2011/12/03(土) 07:09:52.12 ID:NOOLkeZo0

少女「あれから数日経ち、実践編も進んできたわけですが」

少女「かたい! かたすぎます、お爺さんの穴熊囲い!」

少女「見た目通り堅実な防御と攻撃です!」

少女「初心者相手に容赦ない!」

少女「行け! 香車ぁ!」

少女「え、王手飛車取り? そんなあ……」

52: 2011/12/03(土) 07:10:36.16 ID:NOOLkeZo0

少女「ふー。激戦の後のお茶は美味しいですね」

少女「一方的な蹂躙だった? これは失礼」

少女「じゃあ、そろそろ帰りますね。次は絶対勝ちますから!」

少女「あ、今日もお手紙ですか」

少女「任せてください」

少女「……いつもと違う封筒ですね」

少女「――え、何か言いました?」

少女「気のせい? ならいいんですが」

少女「それでは失礼します」

53: 2011/12/03(土) 07:11:25.99 ID:NOOLkeZo0

 夜になってふと思い出した。
 あのときお爺さんは

 『これが最後だから』

 と言ったのだ。
 ……ひどく胸騒ぎがした。

54: 2011/12/03(土) 07:12:10.63 ID:NOOLkeZo0

少女「はっ、はっ……」


 タッタッタッタ…… ガラガラ!


少女「お爺さん!」

少女(家の中が暗い……雨戸が閉まったままだ……)

少女「……」

少女「お爺さん!」

55: 2011/12/03(土) 07:13:07.27 ID:NOOLkeZo0

 お爺さんの遺体は寝室で見つかった。
 眠るように、実際ベッドに寝たまま亡くなったようだ。

 わたしは立ち尽くした。
 涙は出てこない。
 ただただ呆然としたまま、立ち尽くしていた。

56: 2011/12/03(土) 07:13:48.24 ID:NOOLkeZo0

少女「……」

少女「……」

少女「……へ? あ、ああ……二郎さんですか」

少女「ええ、大丈夫ですよ。もうお爺さんのお葬式から十日になりますし」

少女「大丈夫です」

少女「大丈夫ですってば」

少女「ああ、叩かれても反抗する気力がわきません。やっぱり駄目です」

57: 2011/12/03(土) 07:14:30.04 ID:NOOLkeZo0

少女「……」

少女「いえ、違います。こう言うとあれですけど、お爺さんが亡くなったことはもう吹っ切れてるんです。勝ち逃げされたのは癪ですけど」

少女「ああ、こちらの話です」

少女「ああ、いえ、ともかくとして、お爺さんの氏自体は乗り越えてるんです」

少女「ただ……」

少女「わたし、お爺さんに嘘をついたまま氏なせてしまったんです」

58: 2011/12/03(土) 07:15:11.65 ID:NOOLkeZo0

少女「ちょっと待ってください、なんでナチュラルに警察に通報しようとするんですか。まずは話を聞いてください」

少女「えーとですね、わたしお爺さんにある小さな嘘をつきとおしてたんです」

少女「それがこれ」

少女「そう、お手紙です」

少女「これは、前も言った通り、お爺さんからあるお婆さんに宛てられたお手紙なんですよ」

59: 2011/12/03(土) 07:15:52.65 ID:NOOLkeZo0

少女「正確には――よっこらしょ!」


 ドサ ザザザ……


少女「ここに積み上がったお手紙全てです」

少女「これは全てお爺さんが書き、わたしが預かっていたものです」

少女「なんで件のお婆さんに渡さないかって?」

少女「答えは簡単。渡せないからです」

60: 2011/12/03(土) 07:16:35.65 ID:NOOLkeZo0

少女「そのお婆さんというのは、お爺さんの奥さんなんですよ」

少女「……だったんです、の方が正確でしょうか」

少女「市の総合病院に、身体を悪くして入院してらっしゃいました」

少女「お爺さんはそのころ足を悪くしていて、面会には行けませんでしたが、毎日お手紙を書きました」

少女「そして、お爺さんの足が治るかどうか、という時にお婆さんは病で……」

少女「それから、お爺さんはほんの少し、心を病んでしまいました」

少女「お爺さんは、お婆さんの氏後も、お手紙を書き続けたんです」

少女「届くことのない、お手紙を」

61: 2011/12/03(土) 07:17:18.92 ID:NOOLkeZo0

少女「もちろん、お爺さんに、お婆さんは氏んだという現実を突きつけることはできました」

少女「でもわたしはそうしなかった。それがお爺さんのためだと思っていたから」

少女「……いえ、そう思いたかっただけかもしれませんね」

少女「ともかく、わたしはお手紙を預かり続けました。お婆さんに必ず届けると約束して」

62: 2011/12/03(土) 07:18:00.75 ID:NOOLkeZo0

少女「わたしは……わたしはでも、やっぱりお爺さんにちゃんと言うべきだったでしょうか? お婆さんは氏んだのだと」

少女「それとも嘘をつき続けたのは正解だった?」

少女「いえ、今となっては考えても仕方のないことですが」

少女「……」

少女「すみません、わたし、ちょっと自分と状況に酔ってるかもしれません」

少女「最低ですね……」

63: 2011/12/03(土) 07:18:43.08 ID:NOOLkeZo0

少女「……」

少女「え? どうしましたか、二郎さん」

少女「――ちょっと、勝手にお手紙をあけちゃあ……」

少女「え、読むべき? わたしたちがおばあさんに代わって?」

少女「どういう理屈ですか……」

少女「おじいさんの生きた証を……お爺さんからのおばあさんへの気持ちを、受け止める、ですか」

少女「……」

少女「よく、わかりません。ですが、了解です、読んでみましょう」

64: 2011/12/03(土) 07:19:24.45 ID:NOOLkeZo0

 お爺さんの流れるような、でも力強い字で。
 それらは静かにつづられていた。

 お婆さんへのいたわり。
 お婆さんを喜ばせるための軽快な言葉。
 そして、お婆さんへの直ぐな想い。

 お爺さんのお葬式では流れなかった涙が、何かを思い出したかのように視界をうずめた。

65: 2011/12/03(土) 07:20:06.28 ID:NOOLkeZo0

少女「……」

少女「……いえ、泣いてはいませんよ、泣いては」

少女「本当です」

少女「最後の手紙ですね。開けてみましょう」


 コロン……


少女「なんでしょう、これは」

少女「将棋の駒?」

少女「……香車」

66: 2011/12/03(土) 07:20:53.89 ID:NOOLkeZo0

 そして、封筒の中に入っていたのは一枚の紙だった。
 ほんの一行。

 『ありがとう。恨んでいません』

67: 2011/12/03(土) 07:21:54.82 ID:NOOLkeZo0

少女「………………」

少女「二郎さん」

少女「泣きます。ちょっと席はずしてもらえますか」

少女「……あ、いや」

少女「やっぱりちょっと胸借してください。すみません」

少女「……」

少女「……」グス

68: 2011/12/03(土) 07:23:00.03 ID:NOOLkeZo0

 その夜は、久しぶりに泣いた。

70: 2011/12/03(土) 07:23:45.31 ID:NOOLkeZo0

少女「う、げほ……」

少女「なかなか、強い火ですね。警察に見つかったらまずそうです」

少女「まあ、こんな山のてっぺんにはだれも来ませんが」

少女「……こういうの、お焚き上げっていうんでしたっけ。違ったかな」

少女「何にしろ、天国に届くといいですね。あ、この場合は極楽なのかな?」

少女「ともかく、そちらで二人で読んでください」

少女「じゃあ、二郎さん、いきますよ。――よっこいしょっと」


 ザザザ ボッ……


少女「……」

少女「さようなら」


おじいさん編 おわり

引用元: 配達少女「お届け物でーす」