113: 2011/12/03(土) 07:55:47.42 ID:NOOLkeZo0

 俺がそのおっさんと出会ったのは五月の半ば。
 日差しがぽかぽかと暖かいある日のことだった。


配達少女「お届け物でーす」
配達少女「お届け物でーす!お爺さん、お元気ですか?」
配達少女「おはようございまーす、新聞でーす」


114: 2011/12/03(土) 07:56:33.95 ID:NOOLkeZo0

青年「お届け物ーっス」

青年「手紙っス」

青年「確かに届けたっスからね」

青年「それじゃ――え?」

青年「いらないから持って帰れ?」

青年「そんなこと言われても困るっスよ」

青年「いいから持って帰れって……自分、配達するのが仕事でそれ以外は管轄外っス」

青年「あ、ちょ……おいおい。そんなに勢いよく閉めるこたねーだろっての」

青年「えーと、差出人は――女か。姓が同じだから、家族か?」

青年「……ふーむ」
江戸前エルフ(8) (少年マガジンエッジコミックス)

115: 2011/12/03(土) 07:57:15.74 ID:NOOLkeZo0

青年「……」

青年「……んあ?」

青年「ああセンパイ。これ、どう思う?」

青年「まあ見たところ普通の手紙だな。誰だってそう思う。俺だってそう思う」

青年「じゃあ、あのおっさんはいったい、この手紙の何が気に食わなかったってんだ?」

青年「いや、かくかくしかじかで」

青年「やっぱり、差出人がキーだよな」

青年「……」

青年「いや、開けたりはしねーよ。それぐらいはわきまえてる」

青年「大丈夫だって」

青年「しつこい!」

青年「うるさい。センパイのくせして叩かれたくらいでぴーぴーいうな」

116: 2011/12/03(土) 07:57:57.48 ID:NOOLkeZo0

青年「手紙ーっス」

青年「声に覇気がない? はあ、スミマセン」

青年「心がこもってない? はあ、ごもっともで」

青年「いや、申し訳ないっスけど説教を聞きに来たわけじゃないんスよ。仕事もあるんで勘弁してもらえるとうれしいっス」

青年「とにかく、手紙どうぞ」

青年「……またですか」

青年「持って帰れっていわれてもっスね……」

青年「大体、その手紙がどうしたっていうんスか」

青年「お前には関係ない? はあ」

117: 2011/12/03(土) 07:58:47.55 ID:NOOLkeZo0

青年「うーむ、あれは絶対なんかある」

青年「次回はちょっと探りを入れて見るか……」

青年「……何だよセンパイ」

青年「いや、寝ぐせだよ、アホ毛いうな」

青年「引っ張るな!」

118: 2011/12/03(土) 07:59:48.63 ID:NOOLkeZo0

青年「ちわーす、手紙でーす」

青年「ついに玄関先にも出てこなくなったか」

青年「そーれ」

青年「おー、来た来た。――チャイムを連打するな? 出てこないのが悪いんスよ」

119: 2011/12/03(土) 08:00:35.42 ID:NOOLkeZo0

青年「はい、手紙っス」

青年「やっぱり受け取ってもらえないスか」

青年「そんなに娘さんのことお嫌いスか?」

青年「――ビンゴっスか」

青年「いや。カマかけただけスよ」

青年「そんなに怒ることスかね?」

青年「いや、これアホ毛じゃなくて寝ぐせっス」

120: 2011/12/03(土) 08:01:19.71 ID:NOOLkeZo0

青年「一体、娘さんと何があったんスか」

青年「お前には関係ない?」

青年「配達物を受け取ってもらえないんだから、全くの無関係じゃないスよ」

青年「……でもっスねえ」

青年「なんでそこまで言われなきゃならないスか」

青年「っていうかさっきから罵倒がアホ毛のことばっかりじゃないっスか」

122: 2011/12/03(土) 08:02:04.79 ID:NOOLkeZo0

青年「ふうっ……」

青年「……」

青年「ああ、センパイ。お疲れ」

青年「……父親と娘の間でのいさかいってなんだと思う?」

青年「気が早い? なんの話だ」

123: 2011/12/03(土) 08:02:47.38 ID:NOOLkeZo0

青年「ふざけないで聞いてくれ」

青年「じゃないともう一回ぶったたく」

青年「これは俺の問題なんだ。このまま配達物を受け取ってもらえないのは俺のプライドに関わる」

青年「かっこいい、惚れ直した?」

青年「はいもういっかーい」

青年「あ、こら、避けんな!」

124: 2011/12/03(土) 08:03:32.33 ID:NOOLkeZo0

青年「父親と娘は難しい、か」

青年「そんなもんかもな」

青年「何、自分は早くに父親を亡くしたからよくわからないけど?」

青年「……わりい、嫌なこと思い出させた」

青年「これやるよ。飲みかけのコーヒー。間接キスだ」

青年「……冗談だ。鼻血拭けよ」

125: 2011/12/03(土) 08:04:21.88 ID:NOOLkeZo0

青年「となると、参ったな」

青年「これじゃあ解決策が見えない」

青年「なんとかあの頑固親父に手紙をわたさにゃならんのに」

青年「……」

青年「しかたねえなあ」

127: 2011/12/03(土) 08:05:12.38 ID:NOOLkeZo0

青年「お届け物ーっス」

青年「……出てこねえな」

青年「そーれ」

青年「……チャイム爆撃も効かねえか」

青年「だったらこれはどうだ」

128: 2011/12/03(土) 08:05:56.16 ID:NOOLkeZo0

青年「娘さんに愛想尽かされた○○さーん!」

青年「娘さんからのお手紙ですよー」

青年「娘さんに逃げられた○○さんてばー!」

青年「……出ていらっしゃいましたか」

青年「そんなに怒ると血管がバチ切れるっスよ」

青年「健康には気を使ってる? それは知らないっスよ……」

129: 2011/12/03(土) 08:06:55.98 ID:NOOLkeZo0

青年「なんで事情を知ってるか?」

青年「娘さんとのことならなんでも知ってるっスよ」

青年「あなたの娘さん、東京で暮らしたいって言っていたそうスね」

青年「でもあなたはそれに反対だった」

青年「それで娘さんとの大喧嘩があった後。娘さんは家出同然に出ていった」

青年「それから連絡を取っていない」

青年「全て手紙に書いてありました」

130: 2011/12/03(土) 08:07:42.37 ID:NOOLkeZo0

青年「プライバシーはどうなってる、って……」

青年「まあ、ごもっともなんスけど」

青年「でも自分はまだ新人で、それもできた奴じゃないんで」

青年「いやいや、それほどでも。褒めてない? これは失礼」

青年「言いたいことは分かります」

青年「でもね、あなたはそれより知らなければならないことがある」

青年「いいですか、よく聞いてください」

132: 2011/12/03(土) 08:08:25.95 ID:NOOLkeZo0

     ・
     ・
     ・


青年「お疲れ―」

青年「あー、そうだセンパイ。俺って有給とれたっけ?」

青年「そうか。センパイは取れる?」

青年「よし」

青年「ん? ああ、ちょっと一緒に旅行でも、と思ってな」

青年「それはちょっと気が早い? 何赤くなってんだ」

青年「でもわたし頑張る? 勝手に気張ってろ」

134: 2011/12/03(土) 08:09:18.08 ID:NOOLkeZo0

青年「――よーし着いた」

青年「さあ入るか」

青年「ここ? 見ての通り結婚式場だが」

青年「おい、センパイ。何卒倒してやがる」

青年「何? うれしいけど、いろいろすっ飛ばしすぎてる? 知るか」

135: 2011/12/03(土) 08:10:10.16 ID:NOOLkeZo0

青年「何、招待状がないと入れない?」

青年「そこ、なんとかならないスかね?」

青年「いや、俺たち、○○さんの知り合いなんスけど。いえ、お父さんの方の」

青年「え? いいんスか? ありがとうございます」

青年「よし、センパイ、入るぞ」

青年「まだウェディングドレス着てない? 何勘違いしてやがる」

136: 2011/12/03(土) 08:11:25.82 ID:NOOLkeZo0

青年「○○さん。ちわっス」

青年「俺の忠告を聞いておいてよかったでしょう」

青年「娘さん、結婚するんですってね。ジューンブライドだ」

青年「東京でイイ相手見つけてゴールイン、スか」

青年「そんな顔しないでくださいよ。優しそうな新郎さんじゃないスか」

青年「ああ、泣きそうだったんスね」

青年「ここは泣いてもいいと思うスよ」

青年「泣かない? あの子には涙を見せないと誓った? はあ。くだらないっスね」

青年「……嫌いじゃないスけど」

137: 2011/12/03(土) 08:12:46.61 ID:NOOLkeZo0

青年「次、新婦のスピーチっスよ、しっかり聞いてあげないと」

青年「……」

青年「聞きました? 本当はお父さんが大好き、ですって」

青年「あ、どこ行くんスか? ……ああ、いや、しっかり泣いてくるといいっスよ」

青年「……俺も娘もったらああなるんかねえ」

青年「センパイ? もうそろそろ帰ってくるべきだと思うぞ?」

138: 2011/12/03(土) 08:13:35.07 ID:NOOLkeZo0

     ・
     ・
     ・


青年「お疲れ―」

青年「ふう……。ん? ああ、○○さんか。東京に引っ越したよ」

青年「さすがに同居はしないらしいけどな」

青年「……」

青年「ああ、いや。ちょっとクサいこと考えてた」

青年「……心ってのはいつか通じ合うものなんだってな」

青年「あ? 俺とセンパイの心もいつか通じ合う?」

青年「……」

青年「……もうとっくに」

青年「バッ……何でもねえよ!」


青年編 おわり

引用元: 配達少女「お届け物でーす」