1: ◆2oAC0/KsUw 2011/11/21(月) 22:52:27.30 ID:eA9nlIoIO
勇者は無能であった
皆から勇者であるが故に期待され、重荷を背負わされた
なんと不幸であろうか

しかし、そんな重荷もスグになくなる

なんせ自分の目の前にいるのは桁外れに強い魔王なのだ

敵うはずがない
敵うはずがない

頭ではわかっているのに、体はそれでも立ち向かおうとする

なぜだろう?
敵うはずがないのに

勇者は思った
今、魔王を倒せば皆が喜ぶ。倒せなければ皆が悲しむ。
勇者は人が悲しんでいるのを見るのは嫌いだ
だから倒そうとする

いつぞやの母の言葉が脳裏に浮かんだ
「勇者は偉くないし、強くない。賢くもなければ、性格もよくない。ただ、人の為に勇気を出して戦う者……それが勇者なんだよ」

今の自分は勇者なのだろうか?
もし勇者でなければこの場から立ち去れる
あぁ、私は勇者なのだ。だから立ち向かわなければいけないのだ

「どうした?降参か?」

魔王の野太い声が部屋中に響き渡る

あの時、世界の半分を貰っていたら
そんな考えが頭を過ぎった

「……」

勇者はなにも言えなかった
降参は出来ないけど、敵うはずもない

勇者に選択肢などなかった。道路のコンクリートのように敷かれた道を進むだけ

今は道など見えやしない
この合間まで言われるがままにすればよかったのに
はたらく魔王さま!(22) はたらく魔王さま! (電撃コミックス)
5: 2011/11/22(火) 17:26:35.44 ID:HL9oGisl0
右手に持つ剣を握りなおし、対峙する者の目へ瞳を向ける

睨みつける事などしない、いや出来やしない
相手を見るだけで背筋は凍り、腕から力が抜け、足は震えそうになる

さしずめ、目の前にいるのは『魔王』なんてものじゃなく
『絶望』を形にした、そのものなんだろうと思えてくる

「……ふっ……ふふっ……」

なんだ、まだ俺も馬鹿な事を考える余裕があるじゃないか
そう気付くと、こんな時にもかかわらず、つい笑い声が抑えられなかった

「……余裕そうだな 我を前に醜く笑うか」

余裕だと? そんなものがあるわけない
醜いか? 悪いな、元からこんな顔なんだよ

「………」

あぁ、言ってやりたい
お前なんてすぐに倒してやる、と
俺が、平和な世界を取り戻す、と

でも声はまるで、何かに奪われたかのように音をたててくれない


ただ

それでも

この勇気だけは奪わせない、奪わせてたまるか

「……惜しいな、誠に世界を半分。 分けてやっても…… な…」

目の前の『恐怖』は甘い言葉を発し続けている

「……五月蝿ぇ」

その言葉を、振り切るように声を吐き出し、剣を振り上げた

6: 2011/11/22(火) 17:45:57.30 ID:HL9oGisl0
ガキイイィィィィンッ!!!

そう、金属音を響かせた剣は腕に大きな反動を伝えてきた
自慢の一つであった「力」だが、奴には何の効果もないようだ

「……っ! はあああぁぁ!!!」

即座に剣を引き、すぐさま次の一撃をぶち込む

頭、腕、足、胴体、首、肩、目、指
なんだっていい、どこかに傷を付けたい
俺の一撃は、無駄じゃないという、証が欲しい

「うわあああぁぁぁぁっ!!!!」

ブオォンッ と、剣が空を裂きながら
致命傷を与えるべく、敵の身体へ向かってゆく


だが

剣戟は、まるでくる事が解っていたかのように
まるで、そこにある事が当然であるかのように


すべて、魔王の持つ武器へと吸い込まれてゆく

頭を狙った一撃は
     全て行き先を地べたへ変えられ

胴を狙った一撃は
     何もない空へ誘導され

首を狙った一撃は
     ただ、魔王の持つ塊とぶつかり、俺の腕を痺れさせるだけ

「っっっぐ、まだだあああぁぁあっ!!!」

それでも、俺は剣を振り続けた

7: 2011/11/22(火) 18:07:16.99 ID:HL9oGisl0
今まで、何十もの魔物を割った一撃
何百もの魔物を切り裂いた 斬撃

自身に才能のない事はわかっていた

だが、それでも…… その上で…
文字通り血反吐を吐き、崩れた身体でもなお剣を握り
自身に習得させた斬撃たち

どんな生物、いや神だろうが、悪魔だろうが通用すると信じて振り続けてきた、いや

・・・・
今までは、信じていた

「……ふむ…」

自身の腕は悲鳴をあげ
        剣は不快な高音を奏で

  足は地面を踏み散らし


勇者は、自身の最強……  いや、人類最強の斬撃を繰り広げていた


8: 2011/11/22(火) 18:20:45.79 ID:HL9oGisl0

「……そう、か… なるほどな…」

だが、それすら魔王に傷一つ付けられない
それどころか、汗一つかかせることも、息一つきらせることも出来ない


「うおおおぉぉぉ!!!」


だが、その程度で諦めてたまるか

この一撃は俺の、辛いなんて想い程度で止めるわけにはいかない


この一撃には

魔物に親を殺されたと泣く、子供達の『想い』
    笑って過ごしていた友を、肉塊へと変えられたと目を腫らした者達の『想い』

恋人が、目の前で喰われるのを見たと、血を流していた者達の『想い』
     皆が、笑っていられる世界が来たら…… と、願いを続ける者達の『想い』


……多くの、『想い』が詰められていた


「喰らええぇぇぇぇ! 魔王ぉぉぉぉ!!!」

その時

ヒュンッと、風を切る音すら聞かせない、最高の一撃を繰り出し

肉を裂く音が、耳を支配した

9: 2011/11/22(火) 18:27:03.90 ID:HL9oGisl0

「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!!」


俺は、足りない空気を飲み込むかのように体内へ送り


「……勇、者…」


魔王は、まるで信じられない、と言った形相でこちらを見ている


しばらく、刻が止まったかのように世界は歩みをやめ


ボトッ、と


俺の左腕が、地面に落ちていった

11: 2011/11/22(火) 19:24:36.94 ID:HL9oGisl0

「う、うわああぁぁぁ!!?!?」

熱い、痛い、熱い、痛い、アツイ、イタイ アツイイタイアツイイタイアツイ!!


「まさか、我が傷を負う、か……」


その言葉で、戦いの途中だと冷静を戻し
グッと相手を睨みつける


「ぐっ~~~!!! ま、魔ぉ…ぅ…っ!!」


彼の顔には、濃い緑の液体が線を作って流れていた

俺の渾身の一撃は、ただ魔王の額から血を流させる事しか出来なかったようだ


「……まだ、その目を我に向けるのか… 出来損ないの勇者よ…」


奴は、そう呟き、顔を破顔させ、


「……ク ……クククッ! クハハハハハ !!!!」


城に響き渡るほど、声を出して笑っていた

12: 2011/11/22(火) 19:39:22.22 ID:HL9oGisl0

「…………っ!?」

ワケが解らない
なぜ笑う? 俺と言うゴミを踏みつける事への快感か

いや、違う……
なぜか解らないが、違う気がする


「ククククッ…… ククッ… 決めた、決めたぞ……」


ゾクッ!!!

なんだコレは


恐怖を感じた? 殺気を当てられた?

違う、そんな言葉では表せない


先ほどまで唸り散らされていた痛みは 、 何も感じなくなり

危険を捕らえ、敵を追い続けていた俺の瞳は、 ただ震えるだけ

恐怖を振り払うため、動いていた腕と足は 、 固まったように動かない 


「……勇者、世界の半分を得る『権利』のみを、やろう」


俺は、ただ魔王の声を聞くことしか出来なかった

13: 2011/11/22(火) 19:52:59.84 ID:HL9oGisl0

コツッ コツッ コツッ……

「勇者、我は貴様を…… 物と変わらぬと、思っていた」


足音が響き、魔王が徐々に、俺の瞳に大きく写ってゆく
それが解るのに、身体が動かない


「許せ、我の落ち度だ。 貴様は間違いなく 『人間』 だ」


今まで、勇気を示し続けていた身体が……っ!
想いを体現してきた俺が、動かない……っ!


「貴様は、『出来損ないの勇者』だが…… 『勇者』という物ではない…」


ほんの少し、右手が動けば……
笑ってくれる人が、涙を流さずに居る人が……っ!!


「我は、それが堪らなく、愉しい……」


その言葉の後、俺の瞳は、
  魔王の手のひらで埋め尽くされた

15: 2011/11/22(火) 21:23:02.27 ID:HL9oGisl0

メキッ メキ メキ メキ メキッ!

「がっ…! がああぁぁぁあぁあぁっぁああ!!!?」


頭が割れるっ! 骨がっ! 目がっ! 壊れ…っ!?


「勇者よ…… 貴様に時間と、力をやろう…」


まるで燃えるように熱いッ! 目から液体が流れてく!!


「貴様がどの様な選択をしようと、我は許そう……」


さっきまで見えていた光がっ!! 魔王の命がっ!!


「我を楽しませよ…… 次に目覚めた時、貴様は…」


バチュッ

そう、音が聞こえた気がして

俺の意識は途絶えた

16: 2011/11/22(火) 21:30:07.01 ID:HL9oGisl0
[薄暗い、場所]



………

………………

………………………ん


………ここは、どこだ?


「俺は…… 何をして……?」


………あ

そうだ、俺は魔王と戦って……


そして…… 腕を落とされて……


……魔王に、頭を掴まれて…


「……負けた…のか…?」


記憶はないが、おそらくそうなのだろう……

だが……


「なんで、俺は生きているんだ……?」

18: 2011/11/22(火) 21:41:11.44 ID:HL9oGisl0

頭が痛い、目眩がする……
氏んでいない事は幸運だろうが、気分は最悪だ


「クソッ…… まぁいい、まずはこの頭痛をどうにかしなきゃ…」

にぶく痛みが続く頭を左手でおさえ、立ち上がろうと右手を地面に付ける
体中の至る所から、ギチギチと音が出てきそうだ


……左手?


「落とされた左手が…… 付いている…?」


どういうことだ?
ここは治療室でも、教会でもないのに腕が付いている?

いや、それどころか……


「……痛みが、ない?」

19: 2011/11/22(火) 21:47:27.31 ID:HL9oGisl0

いや、痛みは完全にないということではない

だが切り傷など、外的要因からくる痛みがない……


「なんだよ…… 傷はないの…… か…… ぁ…?」


身体を触れ、また、目で見て傷がないか確認をした

……ただ、それだけだったはず


「……嘘…だろ…?」





俺の腕は、小麦色の毛が隙間なく生えていた

20: 2011/11/22(火) 21:54:20.25 ID:HL9oGisl0

「なんだよこれ…! お、俺の、身体は……!?」


何処を触っても、肌の感覚がない

代わりに返ってくるのは毛の感覚
それも、毛髪のようなものではく、もっと軽い


「そんなっ……! これじゃ… まるで……っ!?」


……魔物


「嘘だっ! 嘘だあぁぁぁ!!」


地を手で殴り、足で蹴り、身体を飛び上がらせて

わずかに見える光へと飛び出した

21: 2011/11/22(火) 22:05:15.23 ID:HL9oGisl0
[地上、何処かの草原]


地面を蹴り跳ね
       腕を振り回し
             息を切らせる


苦し…… くない…

疲れがこない

身体に、重みを感じない

何処までも走っていけそうな気すらする


「ハァッ ハァッ ふざけるな…… ふざけるなっ……!!」


どれも、感じた事のないモノ

少なくとも、魔王と戦う前はこんな事などなかった


「違うっ…! 違うっ!!」


・ ・ ・ ・ ・
水のにおい に気付いて、俺はそっちに足を向けた

22: 2011/11/22(火) 22:12:19.19 ID:HL9oGisl0
[どこかの、泉のほとり]


「ハァッ ハァッ ハァッ……」


あまり切れていない息を整え
水のにおいを頼りに着いた泉へと、足を進める


「フゥー…… フゥー……」


目の前の水に乾ききった身体が騒ぎ出す
喉が騒ぎ出し、水を飲めと騒ぎ立てる


だが、今の俺はそれを無視して
唯一つ、自分の姿を確認することだけしか、頭になかった


「……フッ ……フッ ……ッ!」


どれだけ走っても、大して変わらなかった呼吸が荒くなる

そして、それは泉に近づくたびに、荒くなっていた

23: 2011/11/22(火) 22:17:15.57 ID:HL9oGisl0

一歩、踏みしめる

水面が揺れているのが、よく解る


一歩、踏みしめる

魚が泳いでいるのが見えた


一歩、踏みしめる

水の底で、草のような物が水に合わせて揺れている



そして



……一歩踏みしめ、水面へと、顔を近づけた

24: 2011/11/22(火) 22:25:00.11 ID:HL9oGisl0

「……は…はは…」


水にうつった顔は、髪があり、眉があり

目があり、耳があり、鼻があり、口があった


「はははっ…… ははははっ…!」


俺の顔は間違いなく、人の形をしていた



「ハハハハッ! ハハハハハハッ!!」


目の前の水は、歪んだ笑みを浮かべた
                    人型の魔物が写っていた


「なんだよコレッ! 俺はっ! 俺はっ!!」

俺は人の、人類の希望、勇者だった


でも、今水に映っているのは魔物……

人でないものが、人の希望になる事など出来るわけがない

つまり…… 俺は、勇者でなくなった


………


元勇者「終わったか……」


終わり

25: 2011/11/22(火) 22:36:38.05 ID:f660dqNgo

26: 2011/11/22(火) 22:48:30.12 ID:HL9oGisl0


ポカポカ天気が田畑と、家と、みんなを照らす

少女「こんな日が、ずっと続くといいなぁ」

………




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『崩れる世界』

「魔物がっ! 魔物が攻めてきたぞー!!」


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        『失う者物』

子供「お、おねいちゃ…… 助け……」


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                『定まる覚悟』

少女「勇者がいないんだったら…… わ、私がっ! 勇者になるっ!!」


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                          『出会う「勇者」』


元勇者「……俺は、只の偽善者だ。 それ以上の存在じゃない」


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                    第一章

                 『勇者 と 希望』


次回も、厨二病全開! スレ主来たら即終了!! 投下予定日は後日通知!!!

28: 2011/11/23(水) 00:00:49.48 ID:U08tANLv0
プロローグだから判断できないが、まだ続けてほしいと思う。
だから期待するよ!続きを

: 勇者「終わったか……」