362: 2011/04/07(木) 23:09:52 ID:M/FhugNk0
「冬の散歩」


散歩なんてやめておけばよかった……
冷たい風に身をすくませながら、私は胸中でそう呟いていた。
先輩たちの受験も終わり、卒業式も近い3月上旬の日曜日。
春はすぐそこまで来ているはずなのに、風はまだまだ冷たく、
雲一つない空に輝く太陽も、街の空気を温める役には立ってくれなかった。
もう3月だけど、気温は冬のままだ。震えるほどに寒かった。

「少しはあったかくなるかなって思ったのに……」

コートの前をしっかりとしめ、身を小さくして通りを歩く。
久しぶりの良いお天気に油断して、
マフラーをつけてこなかったのは失敗だった。
いやそもそも、散歩なんてしようと思ったこと自体が間違いだったのだ。
家で大人しくギターの練習を続けていれば、
そうでなくてもすぐ引き返していれば、
こんな寒さを我慢しなくてもすんだのに。

「はぁ……」

ため息をつきながら、コートのポケットに入れた缶コーヒーを手で弄ぶ。
温かいホットコーヒーがポケットには入っていた……ただし、ブラックの。
カフェオレを買おうとして間違えてしまった無糖のコーヒー。
飲めないわけではないけれど、やっぱりブラックは好きではなくて……
仕方なく、ポケットでカイロの代わりになってもらっていた。
もっとも、ホットコーヒー程度では、
ポケットに入れた指先ぐらいしか温められなかったけれど。

「はぁ……」

渡ろうとしていた横断歩道の信号が赤に変わって、
またため息を吐いて足を止める。
寒さに耐えながら、無意味に町を歩き続けて……
いったい私はなにをしているのだろう?
寒い冬に一人で散歩なんて、ほんとバカみたいだった。

「うん……もう帰ろ……」

無駄に意地を張って散歩を続ける必要なんてない……
そう思って踵を返したそのときだった。

「あ~ずにゃん!」
「にゃっ!」

いきなり唯先輩に抱きつかれたのは。
私が後ろを向いた丁度そのとき、
背後から近づいてきていた唯先輩が抱きついてきて……
図らずも、私たちは真正面から抱き合う格好になっていた。
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363: 2011/04/07(木) 23:13:07 ID:M/FhugNk0
「ちょっ……ゆ、唯先輩! もうっ、
いきなり抱きついたらびっくりするじゃないですか!」
「エヘヘ、ごめんね、あずにゃん。
でもあずにゃんに会えて嬉しくって♪」

唯先輩の胸の中で文句を言うと、耳元で唯先輩がそう言うのが聞こえた。
謝ってはいるけれど、でも抱きしめる腕の力はまるで緩まず……
まったくもうと、私はまたため息を吐いていた。

「でも、あずにゃんどうしたの?
今日こんなに寒いのに、なんかいつもより薄着だよね?」
「あ、はい……ちょっと散歩に出てみたんですけど……
良いお天気だったので油断しちゃって……」
「そっかぁ。うん、今日はすごくいいお天気だもんね」
「ええ。ですから、もうちょっと温かくなるかな、
って思ったんですけど……」
「風も強くて冷たいもんねぇ。もう3月なんだから、
お日様ももっと頑張ってくれたらいいのにね」

そう言いながら、唯先輩は私を更に強く抱きしめた……
そのとき、ビニール袋のガサガサという音が聞こえた。
疑問に思い、首を動かすと……
唯先輩が腕にぶら下げたビニール袋が目にとまった。
この近所のスーパーの袋だった。

「唯先輩はお買い物だったんですか?」

ビニール袋を見ながらそう聞くと、

「うん、今買ってきたところなんだぁ」

そう言って笑いながら、唯先輩が私から体を離した。
そして、腕に下げたビニール袋の中に、もう一方の手を入れて、

「じゃーん!」

袋から取り出したのは、お菓子の袋だった。
デフォルメされた牛が大きく描かれている。
書かれている文字から、中身がミルクキャンディーであることがわかった。

「昨日スーパーに行ったとき見つけてね、
この牛ちゃんに一目ぼれしちゃったんだけど、
そのときはお金がなくてねぇ……」
「それで、今日わざわざ買いにいったんですか?」
「うん!」

364: 2011/04/07(木) 23:15:55 ID:M/FhugNk0
私の言葉に、唯先輩が笑顔で頷く。
この寒い中、お菓子を買いにわざわざスーパーまで行くなんて、
と私はあきれて……
でもそれが唯先輩らしいなと思って、私も笑みを浮かべた。
もうすぐ卒業で、春からは大学生になるけれど、
唯先輩のこういうところはずっと変わっていなかった。

「エヘヘ、可愛いでしょ、この牛ちゃん」

そう言ってお菓子の袋を見せる唯先輩に、
「はい、そうですね」と答えようして……
でもそのとき、一際強い風が私の身を打って、

「くちゅん!」

口から出たのは、小さなくしゃみだった。

「わっ、あずにゃん、大丈夫!?」
「だ、大丈夫で……くちゅん!」

言葉の途中でまたくしゃみが出てしまう。
マフラーのない今の格好だと、やっぱり今日の寒さは厳しかった。
唯先輩に抱きしめられている間は温かかっただけに、
今は余計そう感じてしまう。

「う~ん……お外は寒いし、私の家に行こうよ、あずにゃん」
「……そうですね。お邪魔します」

唯先輩に誘われて、私はそう答えていた。
散歩はやめて帰ろうと思っていたところだったのだし、
もう無理して寒さを我慢する必要もないだろう。

「じゃ、行こ、あずにゃん」
「はい」

寒さのせいかあまり人気のない道を、私は唯先輩と一緒に並んで歩いた。
くしゃみはおさまったけれど、冷たい風に体が小さく震えてしまう。
そんな私を、唯先輩は心配そうに見つめていて、

「ほんとに大丈夫、あずにゃん?」
「大丈夫です……ちょっと風が冷たいだけですから……」

唯先輩に聞かれてそう答えるけれど、
声の元気のなさは誤魔化しようがなかった。
唯先輩も当然それには気づいていて、

「う~ん……」

心配そうな表情は消えなかった。

365: 2011/04/07(木) 23:18:50 ID:M/FhugNk0
唯先輩に心配をかけているのが申し訳なくて、
私はもう一度「大丈夫です」と言おうとして、

「そうだ!」

でも私がそう言うよりも先に、唯先輩の元気な声が聞こえた。
そして、

「えい!」
「にゃっ!」

唯先輩は着ているコートの前を開けると、
その中に私を入れるように抱きついてきた。
大きく広がったコートに、私の体が包まれた。

「ゆ、唯先輩!?」
「エヘヘ、これならあったかいでしょ、あずにゃん」

驚きに声を上げる私に、ほにゃっと笑いながら唯先輩が言う。
唯先輩のコートにくるまれて、それに唯先輩とくっついて、
確かに私は温かかったけれど……

「でも唯先輩は……」
「大丈夫だよぉ、あずにゃんとくっついてるから、私もあったかいもん!」

心配で尋ねる私に、唯先輩はそう答えてくれる。
その言葉に嘘はないだろうけれど……
でもさっきよりもあったかいはずはなかった。
私にかけるためにコートの前を大きく開けているのだから。
これでは保温効果は弱まってしまうし、
体を打つ冷たい風だって遮れない。
卒業式も近いのに、
これが原因で風邪をひいてしまったりしたらどうしよう……
申し訳なさが不安を呼び、嫌な想像まで浮かんできてしまった。

「心配しなくても大丈夫だよぉ、あずにゃん」
「で、でも……」

唯先輩がそう言ってくれても不安は消えず、どうしようと悩んで……

「あ、そうだっ……唯先輩、これっ」

さっき買ったホットコーヒーのことを思い出して、
私はコートのポケットからその缶コーヒーを取り出した。
ポケットにずっと入れていたため、まだ充分温かかった。

366: 2011/04/07(木) 23:22:30 ID:M/FhugNk0
「あの、さっき買ったコーヒーなんですけど、良かったら、これ……
飲めば少しはあったまると思うので……」
「えっ、でもそれ、あずにゃんのでしょ?」
「いえその、間違えて買っちゃったブラックのなんで……
なんか残り物押し付けるみたいで申し訳ないんですけど……」

私がそう言うと、唯先輩は私が持っている缶コーヒーをしばし見つめて、

「じゃそれ、一緒に飲もっか♪」

笑顔で、そんなことを言った。
……それから私たちは、
二人で一本の缶コーヒーを飲みながら道を歩いた。
代わり番こに缶に口をつけながら、
口の中のミルクキャンディーで無糖の苦さを誤魔化して。
ミルクキャンディーは、もちろん唯先輩から貰ったものだった。

「エヘヘ……こういうのも悪くないよね、あずにゃん」
「ちょっと恥ずかしいですけどね」

笑う唯先輩に、私は苦笑を浮かべる。
唯先輩のコートの中に入って、ぴったりくっついて、
一緒に一本の缶コーヒーを飲んで……
知り合いにはあまり見られたい姿ではなかった。
さすがにこの格好はちょっと恥ずかしい。
でもスキンシップ好きの唯先輩は、もちろん全然気にした様子はなくて……
こういうところも唯先輩は変わらないままだなぁと思い、
私は苦笑を笑みへと変えていた。
コートと、唯先輩と、それに缶コーヒーの温かさが、
私の頬を更に緩めていた。
寒くて、ついさっきまでは散歩に出たことを後悔していたけれど。
でも散歩に出たからこそ、
こんなあったかさを感じることができたわけで……
このあったかさは、一人で家にいたら味わうことはできなかっただろう。
だから、

「あったかあったかだね、あずにゃん♪」
「はいっ」

冬の日の散歩も悪くないって、今はそう思えた。


END


長文失礼します。
4月になりましたが、未だちょっと寒い日が続いていますね。
なので、少しはあったかくなれるようなお話をと思って。

367: 2011/04/07(木) 23:26:52 ID:eVw6ZrYY0
>>366
ほのぼのしてて良いな
すごくあったかい気持ちになったよ
ホントかわいい2人だ
GJ!

368: 2011/04/07(木) 23:31:59 ID:Nf/n/23o0
いいねえ
ほのぼのした雰囲気がたまらない

引用: 【けいおん!!】唯×梓スレ3【避難所】