1: 2011/12/31(土) 21:56:30.73 ID:fEBNlCp50

「はぁ……」

さっきからずっとこうしているのに、いまだに声が漏れる。

「向日葵……おばちゃんみたい。  ……はふぅ……」

「櫻子、あなたも出てますわよそれ」

「えぇぇ……別にいいじゃんか……」

随分と長いこと動いていない気がする。

それも仕方ない。
コレには、それだけの魔力がある。

人を惹きつけてやまない魔法の存在。
引き込んだ人を捕まえて離さない魔性の存在。


コタツ。
ゆるゆり: 22【イラスト特典付】 (百合姫コミックス)

2: 2011/12/31(土) 21:57:22.27 ID:fEBNlCp50

そのこらえがたい魅力にまんまと捕らわれて、
私古谷向日葵と大室櫻子は、こうしてぬくい時間を際限なく楽しんでいる。

場所は、隣人である櫻子の家。
向かい合わせに過ごす時間。

「櫻子……あなた今年のうちにやっておくこととかありませんのぉ……」

「んー、だいじょーぶ……」

「大掃除とか……」

「こないだやったぁ……」

自然と声すらも間延びしてしまう。
時は年の瀬。今年が暮れていく最中。

大晦日である。


4: 2011/12/31(土) 21:58:32.51 ID:fEBNlCp50

とてとて。

がちゃ。

ごきゅごきゅ。

「あー花子ぉ……ミカン、とってぇ……」

部屋に入ってきて、冷蔵庫から取り出した牛乳を飲んでいる妹にそう声をかける櫻子。

「えー、なんで花子がとらなきゃいけないし」

姉の頼みに遠慮もなく難色を示すこの子は、櫻子の妹、三女の花子ちゃん。
簡単なお願いでさえぱっと断るところに、この姉妹の関係性がみえる気がする。

「いいじゃん……どうせまた部屋もどんでしょー……その途中じゃん……」
「櫻子がコタツから出たほうが早い……」

「なんか言ったぁ?」
「なんでもないし。 ……ひま子お姉ちゃんも、ミカン、食べる?」
「へ? あ、あぁ、いただけるのであれば、嬉しいですけど……」

「じゃあ……仕方ない、ひま子お姉ちゃんにとってあげるついでに……し・か・た・な・い・か・ら! 櫻子のも持っていくし」

5: 2011/12/31(土) 21:59:58.65 ID:fEBNlCp50

幼馴染に似て、この子も素直じゃないところがあるみたい。
血筋かな。
もっと素直になったらもっともっと可愛くなれるだろうに、もったいない。

なんだよそれ……私がついでかよ。そうつぶやく櫻子を横目に、ミカンを受け取る。
ありがとう。やっぱりコタツにはミカンですわね。

ちゃっかり自分用のミカンも片手に部屋を出ようとする花子ちゃんに、お礼を告げる。

「そういえば……」

気にしないでとの返事の後に花子ちゃんが続ける。

7: 2011/12/31(土) 22:01:44.07 ID:fEBNlCp50

「どうしましたの?」
「櫻子の大掃除、花子と撫子お姉ちゃんも手伝わされて大変だったし……」
「なっ!? は、花子!?」

「それに、思い出がいっぱーいとかいって中々片付かなかったし!」
「~~~~~~!!」
「ちょっと櫻子、ばたばた暴れないで!」

「それじゃ、ごゆっくりだし~」

語尾に音符でもついていそうなセリフを残し、軽やかな足取りで去っていく。

しばらく櫻子のバタバタは続いていたが、ぶつける相手がいないことに気付いたためか、
単にコタツに癒されたためか。
次第に落ち着きを取り戻していく。
……いったい、大掃除のときになにがあったのかしら。

9: 2011/12/31(土) 22:03:30.53 ID:fEBNlCp50

そういえばバカ娘の大掃除のもうひとりの協力者……被害者。
大室三姉妹長女の撫子さんの姿が見えないような。


大掃除。
撫子さん。


この二つの言葉が結びついて、頭に思い出したくない光景が浮かんだ気がして、すぐこの話を終わらせることにする。


頭を振って視界を正面に戻した先には、甘くなーれ、甘くなーれとおまじないをかけつつミカンを揉み込む小娘がいた。

そうだ、ミカン……いただこう。

10: 2011/12/31(土) 22:05:38.70 ID:fEBNlCp50

もくもくと皮をむく。
ミカンのおしりに指をぷつっと入れ、なるべく剥いた皮が全部つながるように集中する。
なんとなくだけど、むきむき。

無事これが、ちっちゃな挑戦が達成できたら、来年もきっといい年。

私の運命は、今この手の中の一枚皮に託された。 ……ってなんでですか。


ふと視界に白いものが映る。
糸くず? 
……と思っていたら、また増えた?
テーブルの上。
コタツの天板の上。

はてなんだろうと、その世界の半分ほど版図を広げた黄色い地図から目を離して、顔を上げる。

またも飛んできた。
目の前から。

……目の前にはミカンの皮を剥き終わり、白い筋を取り除いている櫻子がいた。

11: 2011/12/31(土) 22:07:51.59 ID:fEBNlCp50


「……なにしてますの」
「ミカン食べてる」

「まだ食べてませんわ」
「もうすぐ食べる。 ……この筋、気になるところ取り終わったら」

「そうですわね」
「そうだよ」

「ではなんで取り終わった筋をこっちに投げてきますの?」
「ん? なんとなく」

ぽいっ。

「……なんでこうして喋っている最中も続けますの?」
「ん? まぁね」

「わけわかりませんわ……しょっと」
「ん、すまんね」


12: 2011/12/31(土) 22:09:50.51 ID:fEBNlCp50

まったく、その態度のどこがすまないと思っているというのか。
コタツの脇からティッシュを一枚とり、正面に掛ける櫻子との間に広げる。
櫻子が撒き散らした白い筋と、同じく十数枚の外皮をまとめる。
さて、続き続き。


―――のんびり会話。


互いに食べ終わったミカンの残骸を脇に避け、ぐだっと一息。

売り言葉に買い言葉をしても、いつもと違ってヒートアップしない。
あったとしても、口論とは言いがたい、嫌味や皮肉に少し毛が生えた程度。
お互いコタツの天板にあごを乗せ、両手両足をあたためながらであれば、少しくらい変なことを言われても心が寛容になるようだ。

15: 2011/12/31(土) 22:12:26.81 ID:fEBNlCp50

広い心って、いいな。
思って足を伸ばす……。

んっ、ん~~~…………ごつっ。

「……ちょっと、足、当たったんだけど」
「あら、ごめんあそばせですわ」

「いやコタツんなかで足を遊ばせんなよ!」
「……心が狭いですわね、コタツ……も広くはありませんけれど、この日本文化の叡智のように何でも受け入れられるようになりなさい?」

「なに言ってるかわっかんねーよ! バッカじゃねーの!?」
「バカは理解ができない櫻子の方ですわ……」

「はぁ!? 変なことを言うほうがバカですー。それがわからなくてもいたって正常ですー」

むか。
いらいら。

まったくこの娘は人を怒らせる天才かしら。
そんなところで才能を発揮する必要ないのに!
もっと勉強が必要ですわ勉強が!

16: 2011/12/31(土) 22:14:47.46 ID:fEBNlCp50

「……このバカ娘」
「はぁ!? なに向日葵は自分が頭いいとでも思ってんの!? だったら歳納先輩みたいにテストで学年一位でもとってみろよ!」

「なんでそこで急に歳納先輩が出てくるんですの。それじゃあ自分がバカだって認めたみたいですわよ? それに私はあなたに勉強を教えられるくらいには」
「うるせーうるせーうるせー!!」

ガタッと。 バンッ、と。 そして、ゴチッ。
そんな音を響かせて櫻子が勢いよく立ち上がる。
立ち上がる際に天板を両手で叩くものだから、てこの原理で向かい側が持ち上がったそれが、少し浮かせていた私のあごを打つ。

「いたっ! なにするんですの! それにあなたのほうがよっぽどうるさいですわ!!」

こちらも負けじと立ち上がる。
テーブルを突いても既に立ち上がった相手には届かないから、何もせずに。

17: 2011/12/31(土) 22:17:49.34 ID:fEBNlCp50

「なんだよ向日葵は! ……」

「だいたい櫻子はいつも! ……」

「……」

「……」

どちらともなくすっとコタツの中に戻る。

「寒い……」

「……あぁ、あったかいですわ」

コタツの外と、コタツの中の違い。
襲いくる寒さにすっかり気を削がれてしまった。

口論の機を失ったまま、足を伸ばす。

18: 2011/12/31(土) 22:19:42.30 ID:fEBNlCp50

「だから当たってるって……」

「じゃあ私が少し左に寄りますから、逆に行きなさいな」

ぶーぶーと文句をたれつつ、櫻子が少し横へ。
私も少し動く。こうしてふたりともが譲り合えば、お互いにぶつかることはない。

「こうすれば櫻子も足を伸ばせるでしょう?」

「真ん中のほうがあったかいんだけどな……」

まだ少しぶつぶつ言っている。

でもこうすれば、お互い触れることはない。

19: 2011/12/31(土) 22:22:03.53 ID:fEBNlCp50



   わたくしたち、いつもこうですわね。
   ……そだね、今年一年もそうだった。
   
   ……来年も、こうなるのかしらね。
   ……先のことはわかんないよ。
   
   そうですわよね、まぁ生徒会副会長になるのはわたくしですが。
   はぁ? なにいっちゃってんのー? 向日葵には負けないし。
   
   ふふ、副会長の漢字を間違えるような子には負けませんわ。
   は!? わ、私がいつ間違えたし!
   
   以前……福笑いとか、福めくりとかの福になってましたわ。
   な、なんだとー……!?
   
   そうですわね、櫻子は正月限定の福を招く会長でもやるのがお似合いですわね。
   なんだよそれー……。
   
   ……福袋でも作ったら?
   よくわかんねーし……ねぇ、




20: 2011/12/31(土) 22:23:55.86 ID:fEBNlCp50

「ちょっと真ん中よってもいい?」
「……わたくしも寄りますわよ」

「いいよ」

よいしょ。
互いの足が、触れるか触れないかの距離まで近づいた。

年が暮れていくなか、何も言わず、ふたり。

多分来年もこの先もずっとこんな感じなのかしらね。
来年の話をすると鬼が笑うというが構わない。

この子と、ずっと二人なら。


ねぇ櫻子。 ……来年も、よろしくですわ。

ん。よろしく。 ……向日葵。


ここからじゃ見えないけれど櫻子の足が、触れている。

やっぱりコタツって、あたたかい。


――完――

22: 2011/12/31(土) 22:26:22.45 ID:fEBNlCp50
あっさりあっさり。

引き続き、なでかの短編、『xx「撫子さんと眼鏡」』のお話でも。

23: 2011/12/31(土) 22:27:22.15 ID:fEBNlCp50

「ここだよ、撫子さん。ここがさっき言ったところ」

ちりんちりん。

そんなに急がなくても大丈夫だよ、そんな寝言を聞き流しつつ、手を引いたまま扉をくぐる。
来客を知らせる鈴の音が、また良い雰囲気をかもし出している。

閉めるときは、あまり音が響かないように、ゆっくりと。
……自分でもわかるくらい心が昂ぶっている。

25: 2011/12/31(土) 22:30:40.89 ID:fEBNlCp50



一緒にみたとある雑誌。
その雑誌に載っていた、オススメ度の高い喫茶店。
記事の中、店内の写真に添えられていた言葉は、……デートにぴったり。

コーヒーとカフェモカ。
復唱をしたウェイトレスさんが席から離れる。
注文した商品を待ちながら、改めて店内を見渡す。

あぁ、素敵なお店だなぁ。

すぐにお気に入りリストに加えることが決定した。
……まだ何も食べも飲みもしていないのに。

26: 2011/12/31(土) 22:33:34.74 ID:fEBNlCp50

でもたぶん絶対大丈夫!

店内はとてもシック。
紺を基調として統一された店内。

椅子の背もたれの意匠。
壁に掛けられた柱時計。
カウンターの向こうにはまるでドラマに出てくるようなマスター。
キュッ、キュッっと、ロックグラスを静かに拭く姿が似合っている。

このお店、お酒もあるのかなぁ?

注文をとったウェイトレスからオーダーを聞き、作業を一時中断する。
コトリと置かれたグラスがキラリ窓から射す光を反射している。

磨きこまれたグラスを見ていると、視界の外、正面から声がかかった。


…………。

……。


27: 2011/12/31(土) 22:35:39.15 ID:fEBNlCp50

私は撫子さんの彼女である。
巷では名前がないどころか撫子さんしかその存在を知らないという噂さえたっているらしい。

まったくもって理解ができない。

私はこうして存在して、放課後を迎えざわめきながらそれぞれの時間を過ごそうとするその他大勢のクラスメイトと同じく、
……大切な時間を送るために振り向いた。

窓側の席の前から3番目。
そこから振り向いたひとつ後ろの席にすわる女の子に話しかける。

28: 2011/12/31(土) 22:36:51.23 ID:fEBNlCp50

「ねぇねぇ撫子さん! この本みてみて!」

机の脇に吊り下げたカバンから取り出した雑誌を、後ろに座る女の子にも見えるように広げる。

その女の子は、突然自分の机に広げられた本を見て、きょとんとしている。
付箋がつけられた箇所をを一気に開いたのだから、もともとこのページがお目当てなのだとはすぐにわかるだろう。

「……なにこれ」

ぽつりと、淡白に返したこの女の子が、私の彼女の撫子さん。
クールで、ミステリアスで……情熱的。

29: 2011/12/31(土) 22:38:36.70 ID:fEBNlCp50

「これねぇ、このカフェ、よさげじゃない?」

店内の写真をひとつ、指差しながら続ける。

「雑誌みてて思ったんだけど、あぁこんなところ、いってみたいなぁって……」
「ふぅん……」

「それでさ、ふと見たらこれ近くないじゃないですか! お店!」
「えぇと……あ、確かに近所だね」

バンバンと興奮して机を叩く私と、
あの辺か……こんなお店あったのかなと頭に地図を思い浮かべているであろう撫子さん。

30: 2011/12/31(土) 22:40:15.98 ID:fEBNlCp50

「だからねぇ! 撫子さん! 今日……何も用事ないって言ってたよね!?」
「えぇと、うん……」

「だから! 今日!」
「今日?」

「今日!」
「……はぁ、今日?」

「うん、今日! いきませんか!」
「これから?」


32: 2011/12/31(土) 22:42:48.82 ID:fEBNlCp50

もっちろん! 元気よく答えながらこれまた元気よく立ち上がる私。
表情を変えずに立ち上がり、すっとカバンを肩にかける撫子さん。

……もちろん、私と撫子さんは彼女同士である。

撫子さんは決して嫌がっているわけではない。
少し恥ずかしがっているだけ。
だから、こうして撫子さんの手をひいて歩いていても、振り払われるようなことはない。

……そうして、今までめぐり合ったことのないような、大人っぽいお店の、大人の世界にたどり着いた。






33: 2011/12/31(土) 22:44:29.68 ID:fEBNlCp50

「すっごいキョロキョロしてるよ」

視界の真ん中に、撫子さん。
視界の外で、コーヒー豆を挽いている音がする。

そんなに視線をあっちゃこっちゃ飛ばしていたのか。
指摘されて少し、恥ずかしくなる。

赤い顔を意識させないように、話を繰り出す。

「撫子さん、来てよかったね、ここ」

話しながらさりげなく視線を店内に巡らせることで撫子さんの意識を外に向けさせようという作戦は、失敗した。

35: 2011/12/31(土) 22:46:16.72 ID:fEBNlCp50

「……」

見つめられる。ますます照れる。

「て、照れるなぁ……」

頭をぽりぽりと掻きながら、正直に告げる。
視線は外れてくれない。

「えっと、撫子さんは、どう? このお店」

直接攻めることにした。
あまり回りくどい作戦は失敗するみたい。

「……いいね」
「うん、よかった」

撫子さんのまっすぐでピュアな瞳は、ようやく外れてくれた。
眼鏡を外し、レンズを拭く振りをしながら、私は撫子さんを盗み見る。

36: 2011/12/31(土) 22:48:25.03 ID:fEBNlCp50

端正な顔立ち。
すらっとした体躯。

誰が見ても惹かれる容姿をしている。
他にもいいところを挙げようとおもったら数え切れず。

寡黙で誤解されそうだけど、みんな第一印象とは大違いと理解してくれる。
撫子さんは、しっかりした大人の女性だ。
その性格も含めて、みんなの人気者である。

私が好きになったところは……恥ずかしいから秘密。
自分からまた顔を赤くする理由はないしね。

37: 2011/12/31(土) 22:50:36.27 ID:fEBNlCp50

ぐるっとまわった撫子さんの視線がもとに戻ってくるころ。
香ばしいかおりとともにウェイトレスさんが戻ってきた。

「こちら、本日のコーヒーと」

無言で撫子さんが手を挙げる。

「こちらがカフェモカですね」

合図をせずとも目の前にソーサーに乗ったカップが置かれ、会釈を返す。

38: 2011/12/31(土) 22:52:29.81 ID:fEBNlCp50

「マグカップじゃないんだね」
「そうみたい……高そう」

撫子さん、それはちょっと直接すぎやしないかな……。
でも実際、こういった趣向に詳しくない私でも、いいものを使ってるんだなと思えた。

お味はどうだろう。
一口。

「……」
「……くもってるよ」

わかってます。そういって、眼鏡を外す。
ほほをとがらせた私の手からそれを奪う撫子さん。

39: 2011/12/31(土) 22:55:53.19 ID:fEBNlCp50

「どうしたの?」
「ん、ちょっと借りるね」

すっと、眼鏡をかける撫子さん。


かわいい。


これは反則だ。
私の華やかさのかけらもない単調な眼鏡が、
一瞬できらびやかさのかたまりに化けるとは。

撫子さんがかけるだけでこんな化学変化がおきるだなんて、
ただのレンズとフレームの組み合わせが加わるだけで、こんなに魅力を増すだなんて。

……いやもちろん普段の撫子さんも充分魅力的だけれども。

41: 2011/12/31(土) 22:58:14.73 ID:fEBNlCp50

「……」

ぽかーんとしてしまった。

「うーん、やっぱり私眼鏡似合わないな……」

普段誰にも見せない撫子さんの姿が、ここにある。

「……い」

「っ!!?」

はて、目の前で普段何事にも動じない撫子さんが急に赤くなった。

「あ、あれ……? どうしたの、撫子さん」

「え!? あ、べ、別になんでもないよ……」

さっと、眼鏡を返される。
少し、残念。

42: 2011/12/31(土) 23:00:36.92 ID:fEBNlCp50

受け取った眼鏡を装着する。
そこまで視力は悪くないものの、クリアさがました視界。
その中で非常に珍しいことに撫子さんはまだ若干もじもじしている。

「?」
「そんな、急に、かわいいだなんて……」

ボソボソと口の中で言葉をつむぐ撫子さんのその声が、かすかに聞こえた。
……どうやら無意識のうちに可愛いという言葉が私の口から漏れていたらしい。

―――どうして撫子さんは私の彼女なんだろう。

時々湧き上がるとめられない感情。

「やきもち、やいちゃうなぁ……」

あふれ出た言葉は無意識だったのか、意識してのことだったのか。

「……どうしたの」

先ほどまで赤い顔をしていた撫子さんが、平素よりも少しかたい面持ちでこちらを見据える。

43: 2011/12/31(土) 23:02:35.01 ID:fEBNlCp50

「……だって、撫子さん、かわいいんだもん」
「……」

撫子さんは何も言わずにただじっとその目をまっすぐ向けてくる。
受け止めてくれているのは、わかる。
理解しようとしてくれているのは、わかる。

あぁ、今度は私が、顔を赤くする番なのかな。
震える声で続ける。
鼻、もうきっと赤くなってるだろうな。

「私は、かわいくないから……撫子さんは、かわいいから……」

「メガネだって、私がつけてたってなぁんにも大したことないのに、撫子さんがかけるだけで全然違うものみたい」
「そんなこと……ない」

「あるよ、撫子さん、すごいかわいいもん」

「他の子とか、寄ってこないか、不安」

「……私も、見合うくらい、釣り合うくらいにかわいく、なりたいなぁ……」

45: 2011/12/31(土) 23:05:18.55 ID:fEBNlCp50

なんだか笑えてきた。
ふふっと、自嘲だか自虐だかよくわからない微笑みを浮かべながら、撫子さんと向かい合う。
途中から居たたまれなくなって見上げた瞳を、おろして。

「じゃないと、もっとやきもち膨らませちゃうことになりそうだもん……」

私はバカだ。
こんなことを言われて撫子さんがどう思うか、考えているのか。
いい気はしないはずだ。

ごめんね、撫子さん。
バカな子が彼女なんかやって、ごめんね。

46: 2011/12/31(土) 23:09:40.11 ID:fEBNlCp50

「……じょうぶだよ」

ぼそり。
撫子さんの口が動いた。
無意識のうちに、聞き返す。

……バカなことを言ったって、いつも慌てず受け止めてくれる、撫子さん。

47: 2011/12/31(土) 23:11:07.90 ID:fEBNlCp50

「……え?」

―――バカだよね、私。

「大丈夫だよ」

それに、

「モチやいたって」

答えてくれる、

「焦げちゃう前に」

私の、

「きちんと火からおろすから」

一番大好きな、

「……私が、全部食べちゃうから」

自慢の彼女。



48: 2011/12/31(土) 23:13:46.79 ID:fEBNlCp50



やっぱりこのお店は素敵なお店だ。

これから先も、また来たいと思う。

大きくなっても、来たいと思える。

撫子さんと、ずっとふたりで来る。



50: 2011/12/31(土) 23:17:43.73 ID:fEBNlCp50

私は撫子さんの彼女である。メタ的っていう言葉はよくわからない。
撫子さんは私のご自慢の彼女だ。
そして私も、撫子さんの自慢まんまんの彼女である。

餅焼いて地固まる。
確かそんなことわざがあったような。

昔のひとはほんといいことを言うもんだ。
今日の私たちを実によくあらわしている。
……迷惑かけたのは主に私だけど。




でも、それでも受け入れて一緒に歩いてくれる撫子さんのことが、大好きです。




ごちそうさまでーす。
ちりんちりーん。

響く鐘の音も、すがすがしい二人の心をあらわしているようで。

さぁ、一緒に帰りましょう。
これから先も、ずっと仲良くしてくださいね、撫子さん。


――完――

53: 2011/12/31(土) 23:22:33.53 ID:fEBNlCp50
小休止。

56: 2011/12/31(土) 23:28:17.78 ID:fEBNlCp50
『お題がより』ってなんやねん、『お題より』です

それでは引き続き、『xxx「撫子は私の彼女だ」』のお話でも。

57: 2011/12/31(土) 23:29:42.83 ID:fEBNlCp50

私は撫子のいわゆる彼女。メタ的な意味……というのはよくわからないけれど、名前はない。
いや、なくはない。だけど……なんだろう、よくわからない。
ただ、私には、両親から授かった立派な名前がある。

……私のことはどうでもいい。

目の前でハンバーグをむさぼりたべているのは、大室撫子。
私は彼女のことをそのまま撫子と呼んでいる。
彼女が私のことをなんと呼ぶかは……だから私の話はどうでもよくって。

場所はよくあるファミリーレストラン。

女子高校生二人組にとって、優しい場所。

入りやすさも、周囲の目も、お財布にも。

58: 2011/12/31(土) 23:33:09.85 ID:fEBNlCp50

「……」

もぐもぐ、もぐもぐと。
先ほど店員さんが持ってきたハンバーグを、目の前で湯気をはなつそれを、どんどん口に入れていく。

いつもはどちらかというとシュッと鋭さを感じさせるその両頬に、精一杯お肉を詰め込んで。

「……撫子、あんた、ハムスターみたいだよ」
「……気にひにゃい」

私はドリンクバー一つで充分。

……長居するにも、これがうってつけ。

60: 2011/12/31(土) 23:36:11.42 ID:fEBNlCp50

撫子は美少女といっていいだろう。
年齢的にそろそろ『少』は抜けてもいいかもしれないけれど、
美女というにはわかすぎる。

もちろん、顔はいいが素行は悪い、というような子ではない。
そんな撫子がなぜ今目の前で向日葵の種を詰め込むげっ歯類のようになっているかというと。

62: 2011/12/31(土) 23:39:36.52 ID:fEBNlCp50


「ケンカ、した?」


このお店に入る少し前のことを思い出す。

いきなりメールで呼び出されたかと思ったら、開口一番そんなセリフ。
オウム返しに聞き返すと、暗ーい辛そうな顔でうなずくのみ。

このまま会話を続けるには今日はいささか寒すぎたので、近くにあったこの店に避難。
お昼時をすこし過ぎた時間であったため、ちょうどいいことに客席もまばらで。

適度なざわつきも込み入った話をするにはうってつけであった。


63: 2011/12/31(土) 23:43:12.49 ID:fEBNlCp50

あと3口ほどで食事を終えそうなこの娘は、どうやら友人とケンカをしてしまったらしい。
それ以降の話は、まだ聞いていない。

ここのチェーン店は、注文をしてから商品が来るまでが異様に早い。
だから、話を始めるより先に食事が始まってしまった。

まぁでもそれでかまわない。

食べているうちに気持ちも少し落ち着くだろうしね。

……それにしてもすごい食べっぷり。
お昼ごはんを食べていなかったのだろうか。

さ、あたたかいコーヒーを飲みながら友人とケンカした彼女が食べ終わるのをじっと待ってあげでもしましょうかね。

64: 2011/12/31(土) 23:46:44.39 ID:fEBNlCp50

「はい、撫子もコーヒー。 砂糖ちょっといれといたから」
「ありがと。 ……いつも助かる」

気になさんな。そういって席に腰を下ろす。
撫子の分と自分のおかわり分。

カップにゆらゆら黒い液面が揺らいでいる。

撫子には、砂糖を少し。
私にも、砂糖を少し。

スティックシュガー1本分を分け合って使う。
それがいつもの私たち。

さ、2杯のコーヒーも準備できたことだし、愚痴を聞く時間の始まりですかね。




―――チクリと胸が痛む時に備えて、ミルクもいれてきたほうがよかったかな―――

66: 2011/12/31(土) 23:52:09.43 ID:fEBNlCp50

私もよく人様からクールだねなどと言われることが多いが、
撫子もまさに同じようである。

それゆえか、二人並んで廊下を歩いていると、
遠くからクールビューティーズだの、お似合いだのという黄色い声が聞こえる。

私たちが通うのは、同じ女子高。
ついでに言えば、同じクラス。


そして、件のケンカした友人というのも、同じクラスのとあるほんわかとした女の子であった。




67: 2011/12/31(土) 23:55:11.47 ID:fEBNlCp50

ぽつぽつと始まったその愚痴は、今も延々と続いていた。
コーヒーは更に2杯ずつ追加。
私はこの手元にある1杯からミルクを入れることにした。

ぐちぐち。

みんな、こんな撫子のことをよくクールだとか言う。
全然そんなんじゃないと私は思う。

はいはい。そうだねー。
そうなんだー。そりゃたいへんだー。

この辺の言い回しでおおむねなんとかなる。




―――まったく、ほんと―――


69: 2011/12/31(土) 23:58:19.60 ID:fEBNlCp50

大体、愚痴といったものの、最初こそ愚痴っぽいところもなきにしもあらずであったが、
次第にその内容はとても仲の良い友人とののろけ話のように感じられてくる。

事実、その認識は間違っていないだろう。

だから、私はそれを受け流すだけで済む。
それだけで、時間が流れていく。

本当にドリンクバーというやつは便利だ。

……5杯目のコーヒーは、更に甘さを投入したものとなった。

72: 2012/01/01(日) 00:06:08.85 ID:Wq3TOoDq0

「ねぇ、聞いてる!?」

ハッとした。

「聞いてる聞いてる、だいじょぶだって」
「ほんと……?」

慌てて答える。
撫子は訝しげにこっちを見ていたが、すぐにもとの話に戻った。




―――ほんと、うらやましい―――


74: 2012/01/01(日) 00:15:06.89 ID:Wq3TOoDq0

「ねぇ、私さ、どうしたらいいと思う?」

そんな問いかけを、される。

茶色いコーヒーの入ったカップを同じソーサーに戻しながら答える。

「そうだねぇ……」

よし、いつも通り返信が出来ている。
カップを置く際、少し手が震えていたのかカチャカチャっと音を立てた。

……なんて、こたえよう。

……正直、つらい。




―――好きな女の子に、延々と彼女とのノロケを聞かされるのは―――

75: 2012/01/01(日) 00:17:30.78 ID:Wq3TOoDq0

一方的な片想いだった。

しかも、その相手には、ラブラブの彼女さんがいて。

その二人ともが自分と同じクラスなものだから、否が応でも視界に入ってくる。

正直辛かった。

でも、二人とも大切な友人で。

特に、撫子にとって私は、あの子の次に大切な友人だ。

少なくとも私はそう自負している。

……だからいまこうして延々と聞きたくない話を必氏に演技をしながら聞き続けている。



友人としての、あるべき姿を。



76: 2012/01/01(日) 00:18:46.54 ID:Wq3TOoDq0

撫子の大切な友人という関係は、私にとって良いものなのだろうか。

考えようによっては、今ケンカしている二人を別れさせるよう誘導もできるのか。

……そんなこと、できるのか?

奪うようなこと。

……できるはずがない。

そんなことしたくない。
しようと思ったこともない。

悲しむ二人の顔なんて、見たくない。

撫子を悲しませたくない。

仮初めの幸せなんていらない、撫子が、本当に笑っていられるように!


―――クールな女の子で、良かったよ。

77: 2012/01/01(日) 00:20:45.63 ID:Wq3TOoDq0

方針が決まったら、後は簡単だ。
散々愚痴は吐き出させた。いいかげんすっきりしているだろう。

そうしたら、後は相槌程度だった返事をちょっと変えるだけ。

仲直りしようと思うよう、誘導させるだけ。








思ったとおり、それはすごく簡単にいった。

79: 2012/01/01(日) 00:24:40.10 ID:Wq3TOoDq0

「ありがとう。じゃあ私、ちょっと行ってくるね」

「おうー、さっさといってこーい」

荷物を抱え、席を立つ撫子。

……去り際に、カバンからチラリ眼鏡ケースが見えた。
普段はコンタクトの撫子が、それを外した時につけるもの。

私は、この中身を見ることができない。

ファンデーションも、アイシャドウも化粧落としもマフラーも忘れることはない。
破れたストッキングの代わりをもらうこともない。
同じシャンプーの匂いをただよわせたとしても、それは偽り。

真実は、この恋心だけ。
他に代えることのできない、想い。
忘れるしかない、一方通行の道。

80: 2012/01/01(日) 00:27:22.08 ID:Wq3TOoDq0

カラっとした空に、カラっとした心。
からから、空っぽ。

去り際に垣間見えた郷愁。
そしてあの子に向かいながらに残していった、言葉。

「今日はほんとありがとう。変なことに付き合わせてごめんね」
「……もしまた何かあったら頼んじゃうかもしれないけど。大好き」

その言葉は彼女さんに言ってやんな。

今さらぽつりひとりごちた。
ひらひらと手を振り返すことしかできなかったからな、くそう。
こんなセリフをすっと返せていたら、私の株ももう少し上がっていたかもしれない。

「……あの子はいい子だからな、勝てなくてもしかた―――」




81: 2012/01/01(日) 00:28:00.53 ID:Wq3TOoDq0

パンパンと頬を叩き、その続きをかき消す。

いけないいけないと、深呼吸。
気合いの入ったついでに勢いよく立ち上がる。

家に帰ったら餅を焼こう。
鏡開きにはだいぶ早いけれど、沢山食べてやろう。
どうせ正月で太るんだったら、おもいっきりやけぐいしてやる。

……それが終わったら、またどんどん撫子に私の良い所を見せ付けてやるんだ。
だってまだ諦めたわけじゃない。
そりゃあ弱みにつけこんで略奪するようなことは絶対にしないけど、
もしかしたら撫子のほうから私を選んでくるかもしれないもんね。

今年はあの子に負けたけれど来年のことはまだまだまだまだわからない。

仲直りした撫子に、いつまでもいっしょだよねとか言っているのかな。
来年の話をすると鬼に笑われるというのに!

再来月の節分は、鬼の役目を自分から志願してもいいかもと思いながら、一人の道を意気揚々と進むのであった。


――完――

82: 2012/01/01(日) 00:30:20.58 ID:Wq3TOoDq0
以上、『xx「撫子さんと眼鏡」』、および、『xxx「撫子は私の彼女だ」』のお話でした。

83: 2012/01/01(日) 00:30:39.34 ID:EvtCJZk00
おつかれ!
今年もよろしく!

84: 2012/01/01(日) 00:35:01.37 ID:Wq3TOoDq0
小粒揃いでしたが……、いろんななでかの流行れ

引用: 向日葵「大晦日と櫻子と私」