1: 2015/11/20(金) 18:45:25.23 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
あれは、文化祭の少し後のことだったと思う。私は、西木野真姫史上最大のピンチに直面した。
……順を追って話しましょうか。まずその日の昨夜のことよ。私はお風呂に入ったの。
入って……あがって……バスタオルで体を拭いて、洗面所の籠の中に置いておいた着替えを手に取った。
それで、――がないことに気が付いたんだけど、裸で取りに行くわけにもいかないからとりあえずそのままパジャマを着たわけ。
それで部屋に戻って私、そのまま寝ちゃったのよ。すっかり忘れちゃってて。
それがまずかったわね。忘れちゃうってわかってたら裸で廊下に出てでも取りに行くべきだった。
私、そのまま学校に行っちゃったのよ。つまり。
私、パンツ履かないで学校行っちゃったのよ。
・・・・・
……順を追って話しましょうか。まずその日の昨夜のことよ。私はお風呂に入ったの。
入って……あがって……バスタオルで体を拭いて、洗面所の籠の中に置いておいた着替えを手に取った。
それで、――がないことに気が付いたんだけど、裸で取りに行くわけにもいかないからとりあえずそのままパジャマを着たわけ。
それで部屋に戻って私、そのまま寝ちゃったのよ。すっかり忘れちゃってて。
それがまずかったわね。忘れちゃうってわかってたら裸で廊下に出てでも取りに行くべきだった。
私、そのまま学校に行っちゃったのよ。つまり。
私、パンツ履かないで学校行っちゃったのよ。
・・・・・
2: 2015/11/20(金) 18:46:55.23 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
登校中もなんかね、すーすーすると思ってたのよ。
いや、気づけよって言われるだろうけど、そうもいかないでしょ。
だって、まさか自分がパンツ履いてないなんて思う? 思わないわよね。
『自分がパンツを履いていない』なんて事象が起こりうる可能性を普通の人間が考慮するかしら。
否。断じて否よ。ありえない。そういうわけで私はノーパンで無事学校までたどり着いてしまったの。
教室に入って、椅子に座った。それで私は思った。
なんか、感触が直っぽーい。
……それだけね。何かがおかしいんだけど何がおかしいかわからない。
重ねて言うけど普通自分がパンツ履いてないなんて思わないでしょ? いや、実際履いてないんだけど。
私はそのまま一時限目を受けたわ。心なしかいつもより思考が捗った。
そして二時間目の行間。私はついに尿意を催した。
わたしは、おてあらいに、むかった。
むかってしまった。
個室に入って、扉を閉める。それからスカートの裾を……裾を…………。
を…………!? ををを……!?
「あああああああああ!」
いや、気づけよって言われるだろうけど、そうもいかないでしょ。
だって、まさか自分がパンツ履いてないなんて思う? 思わないわよね。
『自分がパンツを履いていない』なんて事象が起こりうる可能性を普通の人間が考慮するかしら。
否。断じて否よ。ありえない。そういうわけで私はノーパンで無事学校までたどり着いてしまったの。
教室に入って、椅子に座った。それで私は思った。
なんか、感触が直っぽーい。
……それだけね。何かがおかしいんだけど何がおかしいかわからない。
重ねて言うけど普通自分がパンツ履いてないなんて思わないでしょ? いや、実際履いてないんだけど。
私はそのまま一時限目を受けたわ。心なしかいつもより思考が捗った。
そして二時間目の行間。私はついに尿意を催した。
わたしは、おてあらいに、むかった。
むかってしまった。
個室に入って、扉を閉める。それからスカートの裾を……裾を…………。
を…………!? ををを……!?
「あああああああああ!」
3: 2015/11/20(金) 18:47:34.90 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
私は叫んだ。天地揺るがし雷鳴轟くほどの咆哮をあげたわ。自分でもびっくりするくらいの声量だった。
ぜひデシベルを計測したかったわね。きっとギネス記録を保持できたわ。ふふん。
私、その日は朝から機嫌がよかったのよ、なんか健やかな気持ちというか解放感というか。
それが一瞬にして絶望の淵に立たされたわけ。
それでも知性あふれる私はクールに冷静沈着に状況を確認した。
ここは学校。私はノーパン。歩く姿は百合の花。
手詰まりね。とりあえず私は落ち着いて用を済ませた。
・・・・・
ぜひデシベルを計測したかったわね。きっとギネス記録を保持できたわ。ふふん。
私、その日は朝から機嫌がよかったのよ、なんか健やかな気持ちというか解放感というか。
それが一瞬にして絶望の淵に立たされたわけ。
それでも知性あふれる私はクールに冷静沈着に状況を確認した。
ここは学校。私はノーパン。歩く姿は百合の花。
手詰まりね。とりあえず私は落ち着いて用を済ませた。
・・・・・
4: 2015/11/20(金) 18:48:06.46 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
教室に戻ると、凛が横からタックルしてきたの。
「真姫ちゃーん」
「ほっあああああああ!?」
「ど、どうしたの」
「いきなり抱き着かないでよでよ転んだらどうするんだら!?」
「転ばないよー」
「とにかく離れて! 離れて!」
「えー……」
残念そうな顔をしつつ凛は離れる。意外と聞き分けがいいのは凛のいいところだと思うの……っ!
「凛! 待ちなさい!」
危なかった。間一髪だった。
凛のお尻のポケットの財布に付いてるキーホルダーが私のスカートに引っかかっていた。
このまま凛が離れたら……常に最悪の事態を想定して動く私はクールで冷静沈着、西木野真姫よ。
「えー……どっちなの」
「動かないで」
「えっ……あっ、真姫ちゃんっ……!」
凛のお尻にある財布に手を伸ばす。
……これね、この金具の部分が私のスカートのほつれに引っかかっているのね。
「真姫ちゃーん」
「ほっあああああああ!?」
「ど、どうしたの」
「いきなり抱き着かないでよでよ転んだらどうするんだら!?」
「転ばないよー」
「とにかく離れて! 離れて!」
「えー……」
残念そうな顔をしつつ凛は離れる。意外と聞き分けがいいのは凛のいいところだと思うの……っ!
「凛! 待ちなさい!」
危なかった。間一髪だった。
凛のお尻のポケットの財布に付いてるキーホルダーが私のスカートに引っかかっていた。
このまま凛が離れたら……常に最悪の事態を想定して動く私はクールで冷静沈着、西木野真姫よ。
「えー……どっちなの」
「動かないで」
「えっ……あっ、真姫ちゃんっ……!」
凛のお尻にある財布に手を伸ばす。
……これね、この金具の部分が私のスカートのほつれに引っかかっているのね。
5: 2015/11/20(金) 18:48:31.30 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「あっ……あっん、真姫ちゃん、ダメだよこんなところでそんなところ……」
「動かないで」
「あっ……はい」
「とれた」
「にゃっ……」
「…………? どうしたの凛、顔がトマト真っ赤よ」
「にゃっ……」
「凛?」
「ま、真姫ちゃんのばかーっ!」
なぜ突然罵倒されたのかは理解できないけど、凛はそう言って走り去ろうとしたわ。
さて、凛が走るとどうなると思う? 突風が起こるのよ。あの子すごく足速いし。
では突風が起こるとどうなる? 私のスカートがはためくのよ。完璧な論述の組み立てだわ。
そうとわかれば私は凛を走らせるわけにはいかなくなる。至極当然の結論よね。
私は凛の腕を掴んだわ。がっしりと。かつてないほど強く。
だって走らせたら自分の下半身が丸出しになるのよ? そりゃもう命がけよ。
「動かないで」
「あっ……はい」
「とれた」
「にゃっ……」
「…………? どうしたの凛、顔がトマト真っ赤よ」
「にゃっ……」
「凛?」
「ま、真姫ちゃんのばかーっ!」
なぜ突然罵倒されたのかは理解できないけど、凛はそう言って走り去ろうとしたわ。
さて、凛が走るとどうなると思う? 突風が起こるのよ。あの子すごく足速いし。
では突風が起こるとどうなる? 私のスカートがはためくのよ。完璧な論述の組み立てだわ。
そうとわかれば私は凛を走らせるわけにはいかなくなる。至極当然の結論よね。
私は凛の腕を掴んだわ。がっしりと。かつてないほど強く。
だって走らせたら自分の下半身が丸出しになるのよ? そりゃもう命がけよ。
6: 2015/11/20(金) 18:48:55.34 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「にゃっ……」
「放さない」
「にゃっ……!?」
「どこにも行かないで」
「にゃっ……!? ……!?」
「お願いっ……!」
私は俯いて、スカートの裾を抑えながらそう言う。やばいみえるやばいやばい。もう必氏よ。きっと泣きそうな顔で凛を見上げたと思う。
「はうっ!?」
それで凛は胸を抑えて完全に硬直した。聞き分けがいいのは凛のいいところだと思う。
私は安心して手を離して、ありがとうと凛に頭を下げ……そうになって寸でのところで踏みとどまり、スカートを抑えて首だけでお辞儀をして席に戻った。
凛はずうーっと、二時限目の授業が始まるまでずうーっとそのまま動かなかったわ。何をふざけているんだか。
・・・・・
「放さない」
「にゃっ……!?」
「どこにも行かないで」
「にゃっ……!? ……!?」
「お願いっ……!」
私は俯いて、スカートの裾を抑えながらそう言う。やばいみえるやばいやばい。もう必氏よ。きっと泣きそうな顔で凛を見上げたと思う。
「はうっ!?」
それで凛は胸を抑えて完全に硬直した。聞き分けがいいのは凛のいいところだと思う。
私は安心して手を離して、ありがとうと凛に頭を下げ……そうになって寸でのところで踏みとどまり、スカートを抑えて首だけでお辞儀をして席に戻った。
凛はずうーっと、二時限目の授業が始まるまでずうーっとそのまま動かなかったわ。何をふざけているんだか。
・・・・・
7: 2015/11/20(金) 18:49:24.88 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
二時限目は数学だったんだけど、私はこの危機をどう脱するかしか考えてなかった。
ノーパンはまずいわ。ばれたらもっとまずいわ。みんなの憧れの天才美少女真姫ちゃんがノーパン痴女だったなんて知れたらおしまいよ。
いや、事実は履き忘れてしまっただけで決して痴女ではないんだけど、みんなはそんな事情は知らないんだから。
百歩譲って見られたとしてもそんなレッテルを張られるのだけはなんとか阻止しないと。
まあ、そのときの私はすっかり冷静を欠いていたわね。だって、百歩譲っただけで見られてもいいと思ってるのよ? もうすでにおかしいでしょ。
「どうすれば……」
私はノートに無限の解決案を展開した。
ばれないように過ごす方法……校内でパンツを調達する方法……諦めて学校から撤退するとして何も疑われない方法……。
できれば撤退はしたくない。私は……負けたくない。(ほら、もうこの時点で私おかしいのよ。負けないって何によ)
撤退はあり得ない。逃げたりしたら、私は私を許せなくなる。
なんとかして放課後まで……放課後まで持ちこたえれば、練習着に着替えてしまえばあとは何とかなる。なぜなら――私の練習着はズボンだから。
「いつもよりヒップのラインが生々しいね!」とか言われてそれで終わり。
そう……放課後まで持ちこたえれば……。
・・・・・
ノーパンはまずいわ。ばれたらもっとまずいわ。みんなの憧れの天才美少女真姫ちゃんがノーパン痴女だったなんて知れたらおしまいよ。
いや、事実は履き忘れてしまっただけで決して痴女ではないんだけど、みんなはそんな事情は知らないんだから。
百歩譲って見られたとしてもそんなレッテルを張られるのだけはなんとか阻止しないと。
まあ、そのときの私はすっかり冷静を欠いていたわね。だって、百歩譲っただけで見られてもいいと思ってるのよ? もうすでにおかしいでしょ。
「どうすれば……」
私はノートに無限の解決案を展開した。
ばれないように過ごす方法……校内でパンツを調達する方法……諦めて学校から撤退するとして何も疑われない方法……。
できれば撤退はしたくない。私は……負けたくない。(ほら、もうこの時点で私おかしいのよ。負けないって何によ)
撤退はあり得ない。逃げたりしたら、私は私を許せなくなる。
なんとかして放課後まで……放課後まで持ちこたえれば、練習着に着替えてしまえばあとは何とかなる。なぜなら――私の練習着はズボンだから。
「いつもよりヒップのラインが生々しいね!」とか言われてそれで終わり。
そう……放課後まで持ちこたえれば……。
・・・・・
8: 2015/11/20(金) 18:50:19.49 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
三時限目の行間。
私は三階の三年生の教室に向かった。ちなみに私たち一年生が一階で、二年生が二階よ。
「失礼します」
もう歩いてる間ドキドキが止まらなかったわ。この緊張感、ピアノのコンクール以上。
み、みられてないわよね……? あの人たちなんか笑ってるけど私のことじゃないわよね?
あっちでなにか内緒話をしてる……まさかばれた……? 私がノーパンだってみんな知ってるんじゃ。
とっさにスカートを確認するけど、大丈夫。みえてない。
大丈夫、私はノーパンだけど、それを知ってる人は一人もいないんだから。誰にも見えてないんだから――
「どうかしたの。真姫」
「はあいエリー」
「いつもよりスカート長いわね」
そう言ってエリーはあろうことか私のスカートの裾を掴んでピラッ……。
「ああああああ!? 触らないで!」
「ひっ! な、なによ」
「見た!? 見えた!?」
「み、みえてな、ないから」
「ほんとに!? ほんとね!?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
私は三階の三年生の教室に向かった。ちなみに私たち一年生が一階で、二年生が二階よ。
「失礼します」
もう歩いてる間ドキドキが止まらなかったわ。この緊張感、ピアノのコンクール以上。
み、みられてないわよね……? あの人たちなんか笑ってるけど私のことじゃないわよね?
あっちでなにか内緒話をしてる……まさかばれた……? 私がノーパンだってみんな知ってるんじゃ。
とっさにスカートを確認するけど、大丈夫。みえてない。
大丈夫、私はノーパンだけど、それを知ってる人は一人もいないんだから。誰にも見えてないんだから――
「どうかしたの。真姫」
「はあいエリー」
「いつもよりスカート長いわね」
そう言ってエリーはあろうことか私のスカートの裾を掴んでピラッ……。
「ああああああ!? 触らないで!」
「ひっ! な、なによ」
「見た!? 見えた!?」
「み、みえてな、ないから」
「ほんとに!? ほんとね!?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
9: 2015/11/20(金) 18:51:25.60 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「なに謝ってるの!? みたの!?」
「みてないぃ……」
「ほんとね!」
「はいぃ」
「二度としないで!」
「ごめんなさい……」
「スカート長くて何が悪いのよ!」
「悪くない……風紀的にいいことだって言おうとしたのに……」
「なんでスカート持ったりしたのよ! 触らないで! 近づかないで!」
「ご、ごめん……なさい、そんな、怒鳴らないで……」
「ふぅ……ごめんなさい取り乱して」
「ど、どうしたの」
「ちょっと来て」
私はエリーをお手洗いに連れ込んで、二人で入って鍵を閉めた。
「みてないぃ……」
「ほんとね!」
「はいぃ」
「二度としないで!」
「ごめんなさい……」
「スカート長くて何が悪いのよ!」
「悪くない……風紀的にいいことだって言おうとしたのに……」
「なんでスカート持ったりしたのよ! 触らないで! 近づかないで!」
「ご、ごめん……なさい、そんな、怒鳴らないで……」
「ふぅ……ごめんなさい取り乱して」
「ど、どうしたの」
「ちょっと来て」
私はエリーをお手洗いに連れ込んで、二人で入って鍵を閉めた。
10: 2015/11/20(金) 18:52:05.48 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「な、なに……? 私何をされてしまうの……?」
「さっきは怒鳴ってごめんなさい。何もしないから落ち着いて」
「嘘よ、あなたは怒っているから、私に乱暴するつもりでしょう! 工口同人みたいに!」
「しないわよっ!」
「許して……なんでもするから許して……」
「しないって言ってんでしょ!」
「たすけて……たすけて……」
「エリー! 私の目を見て!」
「あ、わわ、わ……」
「どうしてそんなに私にビクビクしてるのよ、少し前は……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「ねえ、私怒ってないから、ね?」
できるだけ優しい声で語りかけた。怯えさせちゃったのは私のせいでもあるしね。
「怒って……ない?」
「ええ。ただあなたに用事があってきただけなの」
「こんなお手洗いの個室で……?」
「そのことなんだけど……」
「…………?」
「さっきは怒鳴ってごめんなさい。何もしないから落ち着いて」
「嘘よ、あなたは怒っているから、私に乱暴するつもりでしょう! 工口同人みたいに!」
「しないわよっ!」
「許して……なんでもするから許して……」
「しないって言ってんでしょ!」
「たすけて……たすけて……」
「エリー! 私の目を見て!」
「あ、わわ、わ……」
「どうしてそんなに私にビクビクしてるのよ、少し前は……」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「ねえ、私怒ってないから、ね?」
できるだけ優しい声で語りかけた。怯えさせちゃったのは私のせいでもあるしね。
「怒って……ない?」
「ええ。ただあなたに用事があってきただけなの」
「こんなお手洗いの個室で……?」
「そのことなんだけど……」
「…………?」
11: 2015/11/20(金) 18:52:32.26 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「…………?」
「エリー……その、頼みがあるの。こんなのあなたにしか言えなくて……」
「どうしたの?」
「パンツ……忘れちゃった」
「は?」
「だからなんとかパンツを……」
・・・・・
結果から言うと、エリーは引き受けてくれた。
「それで許してもらえるなら何でもするから、次の行間までになんとかするから」とか言ってね。
私はエリーを信じて教室に戻ることにした。それで階段を降りるんだけど、降りるのは降りるので神経使うわ。
のぼるのも後ろが気になって、なんかすごい息が荒くなったんだけど、降りるときはこう……こうね。
「エリー……その、頼みがあるの。こんなのあなたにしか言えなくて……」
「どうしたの?」
「パンツ……忘れちゃった」
「は?」
「だからなんとかパンツを……」
・・・・・
結果から言うと、エリーは引き受けてくれた。
「それで許してもらえるなら何でもするから、次の行間までになんとかするから」とか言ってね。
私はエリーを信じて教室に戻ることにした。それで階段を降りるんだけど、降りるのは降りるので神経使うわ。
のぼるのも後ろが気になって、なんかすごい息が荒くなったんだけど、降りるときはこう……こうね。
13: 2015/11/20(金) 18:55:07.92 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「あ、真姫ちゃーん!」
下の階に穂乃果が現れた。『三階が三年生の教室で二階は二年生の教室』というのは伏線だったのよ。
天才真姫ちゃんの叙述トリックに震えなさい。
「どうして上から来るの?」
「別にいいじゃない」
私は内股になってスカートを抑えて、戦闘態勢に入る。
「……? どしたの変な動きして」
「どうもしないわ」
「いや変だよ」
「どうもしないから」
「大丈夫?」
「ほんと大丈夫だから」
穂乃果は覗き込むように階段に足をかける。
「ストーーーーーーーップ! Don’t move!」
「英語わかんないよ」
穂乃果はずかずかとのぼってくる。
ストップもわからないとかどうなってるのよ。もう最終防御態勢になるしかないじゃない。
下の階に穂乃果が現れた。『三階が三年生の教室で二階は二年生の教室』というのは伏線だったのよ。
天才真姫ちゃんの叙述トリックに震えなさい。
「どうして上から来るの?」
「別にいいじゃない」
私は内股になってスカートを抑えて、戦闘態勢に入る。
「……? どしたの変な動きして」
「どうもしないわ」
「いや変だよ」
「どうもしないから」
「大丈夫?」
「ほんと大丈夫だから」
穂乃果は覗き込むように階段に足をかける。
「ストーーーーーーーップ! Don’t move!」
「英語わかんないよ」
穂乃果はずかずかとのぼってくる。
ストップもわからないとかどうなってるのよ。もう最終防御態勢になるしかないじゃない。
14: 2015/11/20(金) 18:55:46.77 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「真姫ちゃん? おなか痛いんじゃないの?」
階段で後ろを向いてしゃがみこむ私の肩に手をかけ、穂乃果は体をいたわってくれる。
その優しさを、私は心底煩わしいと思った。
だってしょうがないでしょ、この事態じゃ義理も人情も捨て去るしか生きる手段がないのよ。
同情するならパンツをくれ。いでよ神龍。
「お……おなかが痛いわ。穂乃果、私を教室までおんぶして」
「え、教室? 保健室行こうよ」
「授業の前に保健室に行くって伝えなきゃダメでしょう」
「運んだあと穂乃果が言っておくよ」
「ダメよそれじゃあなたが遅れてしまう」
「何言ってるの! 私はいいんだよ、それより真姫ちゃんだよ、ほら早く背中に」
「う……う……」
私は穂乃果の背中におぶさるしかなかった。それが一番スカートの中を隠すのに適した方法だった。
もうどうしようもなく保健室に向かう穂乃果を止めることはできなかった。
「あれ……なんかスカートの感触が……しっとり? ぴったり?」
階段で後ろを向いてしゃがみこむ私の肩に手をかけ、穂乃果は体をいたわってくれる。
その優しさを、私は心底煩わしいと思った。
だってしょうがないでしょ、この事態じゃ義理も人情も捨て去るしか生きる手段がないのよ。
同情するならパンツをくれ。いでよ神龍。
「お……おなかが痛いわ。穂乃果、私を教室までおんぶして」
「え、教室? 保健室行こうよ」
「授業の前に保健室に行くって伝えなきゃダメでしょう」
「運んだあと穂乃果が言っておくよ」
「ダメよそれじゃあなたが遅れてしまう」
「何言ってるの! 私はいいんだよ、それより真姫ちゃんだよ、ほら早く背中に」
「う……う……」
私は穂乃果の背中におぶさるしかなかった。それが一番スカートの中を隠すのに適した方法だった。
もうどうしようもなく保健室に向かう穂乃果を止めることはできなかった。
「あれ……なんかスカートの感触が……しっとり? ぴったり?」
15: 2015/11/20(金) 18:56:14.29 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
・・・・・
「それじゃあ、私は行くね、ちゃんと伝えておくから安心して休んでね」
「ありがとう穂乃果、助かったわ」
保健室の先生から薬をもらい、飲んだフリをしてベッドに横になる。
とてもいけないことをしてしまった。でも、それでもどこも悪くないのに薬を飲んじゃダメなのよ。パパが言ってた。
……とりあえず、この時間はスカート氏守が約束されたのは間違いない。
ああ、私の無遅刻無欠席がこんなことで途切れてしまうなんて……パンツを履き忘れたせいで……ああ……あああ……。
「大丈夫? 西木野さん?」
頭を抱えてじたばたしていたら先生が心配して声をかけてきた。
「だ、大丈夫です」
「次の授業には出られそう? それとも帰る? 親御さんに連絡しようか」
「出られます、次の時間までには治りそうです」
親に連絡はまずい。だって私どこも悪くないんだから。悪いのはタイミングだけなんだから。
それから私は、どこも悪くないのに、眠気が襲ってきて、きっと疲れてたのね、眠ってしまったの。
ふふ。たまにはズル休み……なんて、この私がそんなことを考えるなんて、ね。
「それじゃあ、私は行くね、ちゃんと伝えておくから安心して休んでね」
「ありがとう穂乃果、助かったわ」
保健室の先生から薬をもらい、飲んだフリをしてベッドに横になる。
とてもいけないことをしてしまった。でも、それでもどこも悪くないのに薬を飲んじゃダメなのよ。パパが言ってた。
……とりあえず、この時間はスカート氏守が約束されたのは間違いない。
ああ、私の無遅刻無欠席がこんなことで途切れてしまうなんて……パンツを履き忘れたせいで……ああ……あああ……。
「大丈夫? 西木野さん?」
頭を抱えてじたばたしていたら先生が心配して声をかけてきた。
「だ、大丈夫です」
「次の授業には出られそう? それとも帰る? 親御さんに連絡しようか」
「出られます、次の時間までには治りそうです」
親に連絡はまずい。だって私どこも悪くないんだから。悪いのはタイミングだけなんだから。
それから私は、どこも悪くないのに、眠気が襲ってきて、きっと疲れてたのね、眠ってしまったの。
ふふ。たまにはズル休み……なんて、この私がそんなことを考えるなんて、ね。
16: 2015/11/20(金) 18:56:49.84 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
・・・・・
「真姫ちゃん、具合を見に来たよ。来られそう?」
終業のチャイムのあと少しして、保健室に花陽が来た。
「大丈夫なら私と一緒に戻ろう。でも無理しないでね」
「大丈夫よ。ありがとう」
私はベッドから起き上がり、上靴の踵のところに指をそえて足を入れる。
「……!?」
「ん? どうしたの、花陽」
「は、はいて!? や、な、なんでもないよ」
「真姫ちゃん、具合を見に来たよ。来られそう?」
終業のチャイムのあと少しして、保健室に花陽が来た。
「大丈夫なら私と一緒に戻ろう。でも無理しないでね」
「大丈夫よ。ありがとう」
私はベッドから起き上がり、上靴の踵のところに指をそえて足を入れる。
「……!?」
「ん? どうしたの、花陽」
「は、はいて!? や、な、なんでもないよ」
17: 2015/11/20(金) 18:57:21.12 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「変なの」
「ままま真姫ちゃん、って」
「なあに?」
「な、なんでもない。大丈夫? 熱とかあるんじゃ?」
「もう元気よ」
「そっか、じゃあ戻ろうか」
「ええ……あっ」
「なに!?」
「いや。先に行ってて。私用事があるの」
「用事って……その……う、うんわかった」
花陽と別れて、私はエリーのもとへ向かった。
「次の行間までになんとかする」って言ってたんだから。
「信じてるわよ……エリー……!」
・・・・
「ままま真姫ちゃん、って」
「なあに?」
「な、なんでもない。大丈夫? 熱とかあるんじゃ?」
「もう元気よ」
「そっか、じゃあ戻ろうか」
「ええ……あっ」
「なに!?」
「いや。先に行ってて。私用事があるの」
「用事って……その……う、うんわかった」
花陽と別れて、私はエリーのもとへ向かった。
「次の行間までになんとかする」って言ってたんだから。
「信じてるわよ……エリー……!」
・・・・
18: 2015/11/20(金) 18:58:34.42 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
・・・・・
「あー、絵里ち、早退しちゃったよ」
「早退!?」
なんであなたが帰っちゃってるの。
「なんかえらいへこんでて。どうしちゃったんやろ」
「か、帰った……そんな……」
一体なにがあったのエリー……。
あなたは私のために何かを成そうとして……失敗してしまったの……?
「私の……せいだ」
「えっ」
「私が……」
「何か知ってるん? 真姫ちゃん」
「ごめんなさい!」
「あー、絵里ち、早退しちゃったよ」
「早退!?」
なんであなたが帰っちゃってるの。
「なんかえらいへこんでて。どうしちゃったんやろ」
「か、帰った……そんな……」
一体なにがあったのエリー……。
あなたは私のために何かを成そうとして……失敗してしまったの……?
「私の……せいだ」
「えっ」
「私が……」
「何か知ってるん? 真姫ちゃん」
「ごめんなさい!」
19: 2015/11/20(金) 18:59:20.24 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
私は走った。ノーパンであることも忘れて走った。
私は一体なにをやっていたの。自分の危機に周りが見えなくなって、「学校でパンツを手に入れろ」なんてミッション・インポッシブルを大切な人に押し付けて保健室でズル休みしていたなんて。
それを何も言わずに引き受けたエリーの顔を、あなたは見ていたの?
あのときのエリーがどんな顔をしていたのか……私は思い出すこともできない。
「ごめんなさい……ごめんなさいエリー……っ!」
私は走る。そこが学校の廊下であることも忘れて、次の授業がもうすぐ始まることも顧みず、昇降口に走る。
今なら間に合うかもしれない。エリーに会って、私は謝らなくてはいけない。
パンツはもういいの。いかないでエリー!
走る、走る。走る走る走る。
風を切り、スカートがはためき、おまたのすーすーは限界を突破する。
ああ…………なんか…………。
気持ちいーい。これ。
・・・・・
私は一体なにをやっていたの。自分の危機に周りが見えなくなって、「学校でパンツを手に入れろ」なんてミッション・インポッシブルを大切な人に押し付けて保健室でズル休みしていたなんて。
それを何も言わずに引き受けたエリーの顔を、あなたは見ていたの?
あのときのエリーがどんな顔をしていたのか……私は思い出すこともできない。
「ごめんなさい……ごめんなさいエリー……っ!」
私は走る。そこが学校の廊下であることも忘れて、次の授業がもうすぐ始まることも顧みず、昇降口に走る。
今なら間に合うかもしれない。エリーに会って、私は謝らなくてはいけない。
パンツはもういいの。いかないでエリー!
走る、走る。走る走る走る。
風を切り、スカートがはためき、おまたのすーすーは限界を突破する。
ああ…………なんか…………。
気持ちいーい。これ。
・・・・・
20: 2015/11/20(金) 18:59:50.07 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
・・・・・
「どこに行くの? 真姫ちゃん」
「――穂乃果」
昇降口には、穂乃果がいた。まるで私を待ち構えていたかのように。
「体、大丈夫? 真姫ちゃん」
「ええ。穂乃果のおかげでこの通り」
「じゃあどうしてここにいるの? 具合が悪くて早退……じゃあないんだね」
「ええ……私は、エリーを追う」
「エリー? 絵里ちゃんを追いかけるの?」
「エリーは帰ってしまったの」
「知ってるよ」
「え?」
「あんな人、追いかけることないよ」
「な……」
何を言っているの? 穂乃果……“あんな人”? ……“追わなくていい”……?
「真姫ちゃん、授業が始まるよ。戻ろう」
「でも……」
「どこに行くの? 真姫ちゃん」
「――穂乃果」
昇降口には、穂乃果がいた。まるで私を待ち構えていたかのように。
「体、大丈夫? 真姫ちゃん」
「ええ。穂乃果のおかげでこの通り」
「じゃあどうしてここにいるの? 具合が悪くて早退……じゃあないんだね」
「ええ……私は、エリーを追う」
「エリー? 絵里ちゃんを追いかけるの?」
「エリーは帰ってしまったの」
「知ってるよ」
「え?」
「あんな人、追いかけることないよ」
「な……」
何を言っているの? 穂乃果……“あんな人”? ……“追わなくていい”……?
「真姫ちゃん、授業が始まるよ。戻ろう」
「でも……」
21: 2015/11/20(金) 19:00:13.43 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
「……部室にね、行ったんだ。部活バッグにお弁当入れ忘れてたことに気が付いて」
「なに……?」
「そしたら、絵里ちゃんがいた」
それから穂乃果は俯き、唇を噛む。その続きを言ってしまうことを躊躇っているようだった。
「絵里ちゃんが……私のパンツを……盗んでた」
「――――――――」
――――これが、運命か。
・・・・・
「なに……?」
「そしたら、絵里ちゃんがいた」
それから穂乃果は俯き、唇を噛む。その続きを言ってしまうことを躊躇っているようだった。
「絵里ちゃんが……私のパンツを……盗んでた」
「――――――――」
――――これが、運命か。
・・・・・
22: 2015/11/20(金) 19:01:08.00 ID:EM1hRWYI0HAPPY.net
それからエリーは不登校になって、私は定期的にパンツを履き忘れるようになった。
この解放感がすっかりクセに……じゃなくて。
――まるでいつかエリーがパンツを届けに来てくれるのを待っているかのように。
この解放感がすっかりクセに……じゃなくて。
――まるでいつかエリーがパンツを届けに来てくれるのを待っているかのように。
39: 2015/11/21(土) 17:15:57.57 ID:/jYDB7s70.net
・・・・・
エリーが学校に来なくなってから私の……私たちの……日常は一変した。
希は生徒会長代理になって毎日胃薬を飲むようになった。
にこちゃんは“外見は”何も変わっていない。
ことりは時折空を見上げて「来たか……」とか言うようになった。
穂乃果はエリーの話を一切しなくなった。
海未はエリーの分まで一歩下がってみんなを見るようになった。
凛はちょっぴり物忘れが多く、言葉がゆっくりになった。
花陽はダイエットに成功した。
私はパンツを履かなくなった。
私たちは、八人になった。
その昔、μ’sは九人じゃなくちゃいけないと誰かが言った。
私たちは、八人になった。
・・・・・
エリーが学校に来なくなってから私の……私たちの……日常は一変した。
希は生徒会長代理になって毎日胃薬を飲むようになった。
にこちゃんは“外見は”何も変わっていない。
ことりは時折空を見上げて「来たか……」とか言うようになった。
穂乃果はエリーの話を一切しなくなった。
海未はエリーの分まで一歩下がってみんなを見るようになった。
凛はちょっぴり物忘れが多く、言葉がゆっくりになった。
花陽はダイエットに成功した。
私はパンツを履かなくなった。
私たちは、八人になった。
その昔、μ’sは九人じゃなくちゃいけないと誰かが言った。
私たちは、八人になった。
・・・・・
40: 2015/11/21(土) 17:16:37.13 ID:/jYDB7s70.net
「真姫ちゃーん」
「何よ凛、今日は練習はお休みでしょ」
放課後、凛が横からタックルしてきた。履いてなくてももう全然焦らないんだから。
「ちょっと来て来て!」
そう言って凛は私を引っ張っていく。
「ちょ、自分で走るから、速すぎ! 待って」
「えー、ごめーん」
「どうしてそんなに速く動けるのよ」
「真姫ちゃんが遅いんだよ……はっ、隠れて!」
言われるままに下駄箱の陰に隠れる。一体何だっていうのよ。
「見てみて、かよちんだよ」
「本当ね。今日は一緒に帰らないの?」
「うん。最近かよちん、用事があるから一緒に帰れないって日が増えたんだ」
「それでさみしいから代わりに私を連れまわしてるのね。悪いけど私じゃ花陽の代わりにはなれない」
「何よ凛、今日は練習はお休みでしょ」
放課後、凛が横からタックルしてきた。履いてなくてももう全然焦らないんだから。
「ちょっと来て来て!」
そう言って凛は私を引っ張っていく。
「ちょ、自分で走るから、速すぎ! 待って」
「えー、ごめーん」
「どうしてそんなに速く動けるのよ」
「真姫ちゃんが遅いんだよ……はっ、隠れて!」
言われるままに下駄箱の陰に隠れる。一体何だっていうのよ。
「見てみて、かよちんだよ」
「本当ね。今日は一緒に帰らないの?」
「うん。最近かよちん、用事があるから一緒に帰れないって日が増えたんだ」
「それでさみしいから代わりに私を連れまわしてるのね。悪いけど私じゃ花陽の代わりにはなれない」
41: 2015/11/21(土) 17:18:03.31 ID:/jYDB7s70.net
「そ、そんな、真姫ちゃんに誰かの代わりになってもらうなんて……。
かよちんだって、みんなだって誰一人……真姫ちゃんだってその、凛にとって替えの利かない……」
「え、なんだって?」
よく聞こえなかったので、顔を凛に近づける。
「なにそのセリフ! ラノベかよ!」
「らのべ?」
「何でもない……っ! ていうか顔近い……っ」
「な、なにテレてるのよ私も恥ずかしくなっちゃうじゃない、ふん」
顔を離して、髪をいじる。なんとなく髪を触っていると落ち着くの。
「あっ、かよちんどこ行った!?」
「もう校門のほうに行ったわよ」
「追うぞー!」
そうして、私たちは花陽を追いかける。
確かに最近、花陽の様子は少し変かなって思ってたけど、それはみんなも同じだしあまり気にしていなかった。
それを踏まえたうえで、凛は花陽が何かをおかしいと感じてるのでしょうね。
凛はこと花陽に関してはイルカの肌みたいに敏感だから。
・・・・・
かよちんだって、みんなだって誰一人……真姫ちゃんだってその、凛にとって替えの利かない……」
「え、なんだって?」
よく聞こえなかったので、顔を凛に近づける。
「なにそのセリフ! ラノベかよ!」
「らのべ?」
「何でもない……っ! ていうか顔近い……っ」
「な、なにテレてるのよ私も恥ずかしくなっちゃうじゃない、ふん」
顔を離して、髪をいじる。なんとなく髪を触っていると落ち着くの。
「あっ、かよちんどこ行った!?」
「もう校門のほうに行ったわよ」
「追うぞー!」
そうして、私たちは花陽を追いかける。
確かに最近、花陽の様子は少し変かなって思ってたけど、それはみんなも同じだしあまり気にしていなかった。
それを踏まえたうえで、凛は花陽が何かをおかしいと感じてるのでしょうね。
凛はこと花陽に関してはイルカの肌みたいに敏感だから。
・・・・・
42: 2015/11/21(土) 17:18:28.35 ID:/jYDB7s70.net
・・・・・
「さっきの道、普段なら左よね?」
丁字路を右に曲がって、私は凛に確認する。
「うん。家とは逆のほうに行くみたいだね」
「用事というのは本当だったみたいね」
「…………」
「凛?」
「気づかれてるな……」
「えっ!?」
「かよちん、周りをキョロキョロしてる」
「私たちの尾行に気が付いたのかしら」
「真姫ちゃん、行って」
「行って?」
「わざとかよちんに気づかれてきて」
「どうしてよ」
「それでかよちんの警戒を解くんだよ。それから凛が単独で尾行を引き継ぐ」
「……凛、あなたもしかしてけっこう頭いいの?」
「それほどでもないよ」
それほどでもあるわよ。あなたいったい何者なの、もしかして凛には深い闇でもあるのかしら。と的確な分析をするのはクールで冷静沈着、西木野真姫よ。
「さっきの道、普段なら左よね?」
丁字路を右に曲がって、私は凛に確認する。
「うん。家とは逆のほうに行くみたいだね」
「用事というのは本当だったみたいね」
「…………」
「凛?」
「気づかれてるな……」
「えっ!?」
「かよちん、周りをキョロキョロしてる」
「私たちの尾行に気が付いたのかしら」
「真姫ちゃん、行って」
「行って?」
「わざとかよちんに気づかれてきて」
「どうしてよ」
「それでかよちんの警戒を解くんだよ。それから凛が単独で尾行を引き継ぐ」
「……凛、あなたもしかしてけっこう頭いいの?」
「それほどでもないよ」
それほどでもあるわよ。あなたいったい何者なの、もしかして凛には深い闇でもあるのかしら。と的確な分析をするのはクールで冷静沈着、西木野真姫よ。
43: 2015/11/21(土) 17:19:07.02 ID:/jYDB7s70.net
そんな西木野真姫は、先行して道の脇に落ちてる落ち葉を思いっきり踏みしめる。パリッ。
「わっ……え、真姫ちゃん?」
「あ、あら花陽。き、奇遇ね」
「奇遇って……真姫ちゃんこっちの方角じゃないよね?」
「なんと! ばれてしまっては仕方ないわね! 実は私、あなたを尾行していたのよ!」
「ええぇ!? や、やっぱり、なんだか視線を感じてて」
「最近あなた勝手に帰っちゃうから気になって後をつけたのよね! でもいやぁばれちゃったならしょうがないわ! 私は諦めて帰りしょう! じゃあね花陽また明日!」
「ちょちょちょちょちょ」
「なに?」
「いや、なに?」
「だから、尾行がばれたから帰るのよ?」
「そ、そっか、うん……そっか。じゃあね」
「ええ」
そうして私は尾行を中断して、暇になったから公園にいって自販機でおしるこを買ってベンチで休むことにした。
「……い、言えなかった。真姫ちゃん、今日は履いてるのかな……」
・・・・・
「わっ……え、真姫ちゃん?」
「あ、あら花陽。き、奇遇ね」
「奇遇って……真姫ちゃんこっちの方角じゃないよね?」
「なんと! ばれてしまっては仕方ないわね! 実は私、あなたを尾行していたのよ!」
「ええぇ!? や、やっぱり、なんだか視線を感じてて」
「最近あなた勝手に帰っちゃうから気になって後をつけたのよね! でもいやぁばれちゃったならしょうがないわ! 私は諦めて帰りしょう! じゃあね花陽また明日!」
「ちょちょちょちょちょ」
「なに?」
「いや、なに?」
「だから、尾行がばれたから帰るのよ?」
「そ、そっか、うん……そっか。じゃあね」
「ええ」
そうして私は尾行を中断して、暇になったから公園にいって自販機でおしるこを買ってベンチで休むことにした。
「……い、言えなかった。真姫ちゃん、今日は履いてるのかな……」
・・・・・
44: 2015/11/21(土) 17:19:43.55 ID:/jYDB7s70.net
公園。自販機で買ったおしるこを片手にベンチで休んでいると凛から電話がきた。
「もしもし?」
「あ、もしもし真姫ちゃん、場所わかったよ」
「花陽の行先がわかったのね」
「うん。来る?」
「そうね……暇だし、この際だから最後まで付き合ってあげてもいいわよ。今どこ?」
「えっとねえ――」
私は耳を疑った。
嘘よ……どうして、どうして花陽がそんなところに……。
・・・・・
「もしもし?」
「あ、もしもし真姫ちゃん、場所わかったよ」
「花陽の行先がわかったのね」
「うん。来る?」
「そうね……暇だし、この際だから最後まで付き合ってあげてもいいわよ。今どこ?」
「えっとねえ――」
私は耳を疑った。
嘘よ……どうして、どうして花陽がそんなところに……。
・・・・・
45: 2015/11/21(土) 17:20:35.17 ID:/jYDB7s70.net
「おーい真姫ちゃん、こっちこっち」
「本当にここに入っていったの……?」
「うん。間違いないにゃ」
「どうやら私たちは……とんでもないことに首を突っ込んでしまったようね」
私たちの目の前にあったのは――。
「エステだね。美容エステだ」
「定期的に、ここに通っていたのね」
「かよちんが最近ダイエットに成功したのはこれだ」
「私たちは……知るべきではなった。知ってはいけなかった」
「そうなの? どうしてかよちんはこんなことを隠してたんだろう?」
「凛、覚えておきなさい。人には誰しも知られたくない秘密が一つはあるものよ」
「へえそんなもんかにゃ」
「エステに通って痩せた……なんてあの子は誰にも知られたくなかったのよ。見なかったことにして忘れましょう」
「うーん……」
「凛、なにを悩んでいるの。花陽のためよ」
「知られたくない秘密ってやつ、真姫ちゃんにもあるの?」
「…………ええ。あるわ。絶対に誰にも知られたくない秘密がね」
私はスカートをぐいっと引き下げながら伏し目がちにそう言ってその場を後にした。
「本当にここに入っていったの……?」
「うん。間違いないにゃ」
「どうやら私たちは……とんでもないことに首を突っ込んでしまったようね」
私たちの目の前にあったのは――。
「エステだね。美容エステだ」
「定期的に、ここに通っていたのね」
「かよちんが最近ダイエットに成功したのはこれだ」
「私たちは……知るべきではなった。知ってはいけなかった」
「そうなの? どうしてかよちんはこんなことを隠してたんだろう?」
「凛、覚えておきなさい。人には誰しも知られたくない秘密が一つはあるものよ」
「へえそんなもんかにゃ」
「エステに通って痩せた……なんてあの子は誰にも知られたくなかったのよ。見なかったことにして忘れましょう」
「うーん……」
「凛、なにを悩んでいるの。花陽のためよ」
「知られたくない秘密ってやつ、真姫ちゃんにもあるの?」
「…………ええ。あるわ。絶対に誰にも知られたくない秘密がね」
私はスカートをぐいっと引き下げながら伏し目がちにそう言ってその場を後にした。
46: 2015/11/21(土) 17:21:27.10 ID:/jYDB7s70.net
・・・・・
「真姫ちゃん、アイドル症候群って知ってる?」
とある放課後。ふと、希がよくわからない話題を振ってきた。
「なにそれ。言っておくけどそんな病気この地球にはないわよ。今のところ」
「ええー真姫ちゃん知らんのー? 今世間じゃ話題沸騰よ?」
え……世間で話題沸騰? そんなはずは、そんな病名聞いたことないのに。
まずいわ。この私がとく医療に関して何かを知らないというのは非常にまずい。
「しっ……しっ……てるわよ」
ちんけなプライドよ。でもそのちんけなプライドがないと私は生きていけないの。
だから見事に知ったかぶってやったわ。こういうときはアレだのソレだの言ってごまかせば大抵なんとかなるものよ。
「もちろん知ってるわよ。アイドル症候群。アレでしょ、アレ」
「そうそうアレ」
「で、それがなに?」
「あー、いやー、ど忘れしちゃってね。真姫ちゃんなら知ってると思って」
「もももちろん知ってるってば当たり前でっしょー。世間で話題沸騰だというのに忘れちゃうなんて案外希ちゃんも抜けてるナノネー」
「ど、どぉんな症状……が出るんだっけぇ?」
「真姫ちゃん、アイドル症候群って知ってる?」
とある放課後。ふと、希がよくわからない話題を振ってきた。
「なにそれ。言っておくけどそんな病気この地球にはないわよ。今のところ」
「ええー真姫ちゃん知らんのー? 今世間じゃ話題沸騰よ?」
え……世間で話題沸騰? そんなはずは、そんな病名聞いたことないのに。
まずいわ。この私がとく医療に関して何かを知らないというのは非常にまずい。
「しっ……しっ……てるわよ」
ちんけなプライドよ。でもそのちんけなプライドがないと私は生きていけないの。
だから見事に知ったかぶってやったわ。こういうときはアレだのソレだの言ってごまかせば大抵なんとかなるものよ。
「もちろん知ってるわよ。アイドル症候群。アレでしょ、アレ」
「そうそうアレ」
「で、それがなに?」
「あー、いやー、ど忘れしちゃってね。真姫ちゃんなら知ってると思って」
「もももちろん知ってるってば当たり前でっしょー。世間で話題沸騰だというのに忘れちゃうなんて案外希ちゃんも抜けてるナノネー」
「ど、どぉんな症状……が出るんだっけぇ?」
47: 2015/11/21(土) 17:21:59.96 ID:/jYDB7s70.net
まずい! 希がペラペラ詳細を語ってくると踏んだのにまさか症状を尋ねられるなんて!
しょ、症状……症状……症状……?
困った。非常に困った。無知を恥じることもそうだけど、無知を隠すことはそれ以上に恥なんだから。
「え、症状……?」
「あーいやー、症状とか別にないんやっけ? あれー。いや、症状じゃなくてそのー……」
「し、症状はアレよ、アレ」
「あ、ああやっぱ症状あるよねー。どんなんだったっけかなー」
「症状は……アレ……よね?」
「そうそうアレ」
「あのー、っね?」
「うんうんあの……アレね」
「わかるわよ。アレね。あの世間で話題沸騰な……」
やばい。もう汗だらっだら。
頭、おでこから噴き出てきて、脇からも変な汗が染みてくる。
それが服の中でツツツ、と流れ小川は合流して本流になる。
そして本流はパンツに受け止められ、少しづつ蒸され、蒸発する。そんな人体のメカニズム。
パンツはいわば汗蒸留システム。パンツは……あ、そのパンツがない。
私パンツ履いてない。
しょ、症状……症状……症状……?
困った。非常に困った。無知を恥じることもそうだけど、無知を隠すことはそれ以上に恥なんだから。
「え、症状……?」
「あーいやー、症状とか別にないんやっけ? あれー。いや、症状じゃなくてそのー……」
「し、症状はアレよ、アレ」
「あ、ああやっぱ症状あるよねー。どんなんだったっけかなー」
「症状は……アレ……よね?」
「そうそうアレ」
「あのー、っね?」
「うんうんあの……アレね」
「わかるわよ。アレね。あの世間で話題沸騰な……」
やばい。もう汗だらっだら。
頭、おでこから噴き出てきて、脇からも変な汗が染みてくる。
それが服の中でツツツ、と流れ小川は合流して本流になる。
そして本流はパンツに受け止められ、少しづつ蒸され、蒸発する。そんな人体のメカニズム。
パンツはいわば汗蒸留システム。パンツは……あ、そのパンツがない。
私パンツ履いてない。
48: 2015/11/21(土) 17:22:35.68 ID:/jYDB7s70.net
流れた汗が水滴となり、そのまま床に……。それはきっとお漏らしだと思われる。
そんな論理的思考を持つのはどんなときもクールで冷静沈着、西木野真姫よ。
言いえぬ恐怖。これがこの世の終わりか。
「そ、そうそう。怖いよね」
私は希と会話を続けながらコマ送りにしないと気が付かないペースで足を閉じ太ももをすり合わせる。
なんとか本流が氾濫しないように太ももに水を引き、足元まで流れさせる。
パンツがないなら靴下に吸わせればいいじゃない。
ありがとう偉大な先人マリー・なんとかネット。
私は平静を装い希の反応をうかがいながらアイドル症候群とやらの症状をあてずっぽうで語る。
「ね、熱……? 熱……じゃないわね……症状ね。怖いわよね。その……嘔吐が……。
嘔吐でもなくてぇ、えっとぉ、あの、アレよね。関節痛……つぅー。関節っ、つぅ……今日ちょっと膝の調子が悪いのよね。湿気多いのかしら」
「はよ言えや!」
「え……」
「はやく症状教えてよ!」
「あの……希?」
「はっ……は、はやく教えてよ! ひ、膝の症状。痛むんやろ。大事になるといけないやん」
そんな論理的思考を持つのはどんなときもクールで冷静沈着、西木野真姫よ。
言いえぬ恐怖。これがこの世の終わりか。
「そ、そうそう。怖いよね」
私は希と会話を続けながらコマ送りにしないと気が付かないペースで足を閉じ太ももをすり合わせる。
なんとか本流が氾濫しないように太ももに水を引き、足元まで流れさせる。
パンツがないなら靴下に吸わせればいいじゃない。
ありがとう偉大な先人マリー・なんとかネット。
私は平静を装い希の反応をうかがいながらアイドル症候群とやらの症状をあてずっぽうで語る。
「ね、熱……? 熱……じゃないわね……症状ね。怖いわよね。その……嘔吐が……。
嘔吐でもなくてぇ、えっとぉ、あの、アレよね。関節痛……つぅー。関節っ、つぅ……今日ちょっと膝の調子が悪いのよね。湿気多いのかしら」
「はよ言えや!」
「え……」
「はやく症状教えてよ!」
「あの……希?」
「はっ……は、はやく教えてよ! ひ、膝の症状。痛むんやろ。大事になるといけないやん」
49: 2015/11/21(土) 17:23:04.43 ID:/jYDB7s70.net
膝痛いって聞いただけで声荒げて心配してくれるなんてなんてお人よしなのかしら。
でも今はそのやさしさが煩わしい。
「いや……そんなに心配してくれなくても、あー治ったわ。もう治ったわ」
「ダメよ! 保健室行こう。そうしよう!」
やばい近寄ってくる。やばいやばいダメよダメダメ。汗がスカートの中からこぼれる……ノーパンがばれる……氏ぬ。社会的に氏ぬ。
「大丈夫もう治ったから。治った。ほらもうこんなに滑らかに動く。イヤ仮病じゃないわよ? さっきまではホントに痛かったの」
「膝は一生もんやから一応見た方がいいよ!」
「ホントにもういいから! そうだアイドル症候群の話はどうなったのよ!」
ひざ、ひざにのぞみのかおがちかい、はなれ、はなれっ……その目線わずかでも上を向いてはいけないっ……。
希が私をおぶろうと足を掴んでくる。あっ、あっ、そんな足を広げないでみえっ……もうダメおしまいよああ……。
万事休すに思われたそのとき。救世主が現る。その救世主の名は――。
「二人とも何してるの? お相撲さんごっこ?」
「あっことり……違うのこれは」
「真姫ちゃんもずいぶん明るくなったよね。なんだか嬉しいなぁ」
「ち、違うんだったらぁ!」
でも今はそのやさしさが煩わしい。
「いや……そんなに心配してくれなくても、あー治ったわ。もう治ったわ」
「ダメよ! 保健室行こう。そうしよう!」
やばい近寄ってくる。やばいやばいダメよダメダメ。汗がスカートの中からこぼれる……ノーパンがばれる……氏ぬ。社会的に氏ぬ。
「大丈夫もう治ったから。治った。ほらもうこんなに滑らかに動く。イヤ仮病じゃないわよ? さっきまではホントに痛かったの」
「膝は一生もんやから一応見た方がいいよ!」
「ホントにもういいから! そうだアイドル症候群の話はどうなったのよ!」
ひざ、ひざにのぞみのかおがちかい、はなれ、はなれっ……その目線わずかでも上を向いてはいけないっ……。
希が私をおぶろうと足を掴んでくる。あっ、あっ、そんな足を広げないでみえっ……もうダメおしまいよああ……。
万事休すに思われたそのとき。救世主が現る。その救世主の名は――。
「二人とも何してるの? お相撲さんごっこ?」
「あっことり……違うのこれは」
「真姫ちゃんもずいぶん明るくなったよね。なんだか嬉しいなぁ」
「ち、違うんだったらぁ!」
50: 2015/11/21(土) 17:24:40.27 ID:/jYDB7s70.net
「今や! 上手投げー」
「きゃあー」
ああああああ!?
スカートがひるがえったら氏ぬ。慈悲はない。重力よ、今だけでいい……この先永遠に走り高跳び110cm飛べなくてもいいから……今だけ私に力を貸して……!
覚醒めて! 反重力スカート! はあああああああああっ!
バッサーッ。
やはり慈悲はない。私は三転倒立しながら下半身をあらわにした。ばばーん。
ありがとう重力。力を貸してくれたのね。おかげで生まれて初めて三転倒立ができた。
でも違うのよ。私じゃないの。スカートを支えてほしかったの……涙がこめかみを伝う。脳裏に走馬燈がよぎる。
『認識しされなきゃノーパンはないのよ』
『ばれなきゃノーパンじゃないのよ』
『みんなが真姫はパンツを履いている。と思っていれば履いていない自分ではなく履いている自分こそが真なのよ』
なんて馬鹿な私……。
――ああ、そうか。
これが、“真実の自分”と“周りが思う自分”とが乖離する奇病、偶像(アイドル)症候群……。
今、『パンツを履いている西木野真姫』という偶像は崩壊した。
「きゃあー」
ああああああ!?
スカートがひるがえったら氏ぬ。慈悲はない。重力よ、今だけでいい……この先永遠に走り高跳び110cm飛べなくてもいいから……今だけ私に力を貸して……!
覚醒めて! 反重力スカート! はあああああああああっ!
バッサーッ。
やはり慈悲はない。私は三転倒立しながら下半身をあらわにした。ばばーん。
ありがとう重力。力を貸してくれたのね。おかげで生まれて初めて三転倒立ができた。
でも違うのよ。私じゃないの。スカートを支えてほしかったの……涙がこめかみを伝う。脳裏に走馬燈がよぎる。
『認識しされなきゃノーパンはないのよ』
『ばれなきゃノーパンじゃないのよ』
『みんなが真姫はパンツを履いている。と思っていれば履いていない自分ではなく履いている自分こそが真なのよ』
なんて馬鹿な私……。
――ああ、そうか。
これが、“真実の自分”と“周りが思う自分”とが乖離する奇病、偶像(アイドル)症候群……。
今、『パンツを履いている西木野真姫』という偶像は崩壊した。
51: 2015/11/21(土) 17:25:17.64 ID:/jYDB7s70.net
「うふふ。楽しそう。あ、希ちゃん。後でお話があるからね、希ちゃん」
「はいよ」
「…………」
見てないじゃないっ! よかったけど! よかったけども!
「あっごめん真姫ちゃん、膝痛いんやったっけ」
「ありがとう」
見てなくて。
それから希は、みんなを集めて「エリちを助けよう」と言うの。
私が、あるいは誰もが後ろめたくて言えなかったことを希は言ってくれたの。
誰かが言ってくれさえすれば、みんなそうするに決まっているじゃない。
じゃあなんで希だったのかって?
それはきっとアレよ。ウチの病院で処方した胃薬が効いたのよ。
・・・・・
「はいよ」
「…………」
見てないじゃないっ! よかったけど! よかったけども!
「あっごめん真姫ちゃん、膝痛いんやったっけ」
「ありがとう」
見てなくて。
それから希は、みんなを集めて「エリちを助けよう」と言うの。
私が、あるいは誰もが後ろめたくて言えなかったことを希は言ってくれたの。
誰かが言ってくれさえすれば、みんなそうするに決まっているじゃない。
じゃあなんで希だったのかって?
それはきっとアレよ。ウチの病院で処方した胃薬が効いたのよ。
・・・・・
52: 2015/11/21(土) 17:25:45.72 ID:/jYDB7s70.net
・・・・・
私は引きこもりになったエリーに、一度も会いに行けないでいた。
エリーがああなってしまった原因は私にある。そのことに少なからず責任を感じ、またそのことを誰にも言えないでいる自分が情けなくて、私はただ誰も知りえぬ罪過を背負った。
懺悔のために、ノーパンでいることを十字架にして。
――私は、エリーがパンツを届けてくれるまでパンツを履かない。
私は待ち続けた。
エリーを待ち続けた。パンツを待ち続けた。
私は信じ続けた。
エリーを信じ続けた。いつかパンツを持って私の前に現れると信じた。
それが、私がパンツを履かない理由。
そんな、儚い理由。
――でも。
でも、エリーが私の前に現れることは二度となかった。
・・・・・
私は引きこもりになったエリーに、一度も会いに行けないでいた。
エリーがああなってしまった原因は私にある。そのことに少なからず責任を感じ、またそのことを誰にも言えないでいる自分が情けなくて、私はただ誰も知りえぬ罪過を背負った。
懺悔のために、ノーパンでいることを十字架にして。
――私は、エリーがパンツを届けてくれるまでパンツを履かない。
私は待ち続けた。
エリーを待ち続けた。パンツを待ち続けた。
私は信じ続けた。
エリーを信じ続けた。いつかパンツを持って私の前に現れると信じた。
それが、私がパンツを履かない理由。
そんな、儚い理由。
――でも。
でも、エリーが私の前に現れることは二度となかった。
・・・・・
53: 2015/11/21(土) 17:26:20.57 ID:/jYDB7s70.net
・・・・・
――エリーの誕生日がきた。
私たちは今『穂むら』にいて、エリーのサプライズパーティの準備をしているところ。
準備ができたら絢瀬家にみんなで突入して無理やり連れ出す手筈よ。
どんなに嫌がろうが、泣こうがわめこうが、引き釣り出してやるんだから。
そのためにわざわざ部活は休みにして、放課後からずっと準備をしているからそろそろ準備は整うわ。
そしたらみんなでエリーのところに押しかける。それでハッピーエンド。
ピンポーン。
「あら、誰かきたよ」
「私の家だし私が出るよ。みんなは準備よろしく!」
「はーい」
穂乃果に来客の接待を任せ、折り紙のわっかをノリでつなげる。
もちろん私はノーパン。私、このパーティが終わったらエリーにパンツを履かせてもらうんだ。
――エリーの誕生日がきた。
私たちは今『穂むら』にいて、エリーのサプライズパーティの準備をしているところ。
準備ができたら絢瀬家にみんなで突入して無理やり連れ出す手筈よ。
どんなに嫌がろうが、泣こうがわめこうが、引き釣り出してやるんだから。
そのためにわざわざ部活は休みにして、放課後からずっと準備をしているからそろそろ準備は整うわ。
そしたらみんなでエリーのところに押しかける。それでハッピーエンド。
ピンポーン。
「あら、誰かきたよ」
「私の家だし私が出るよ。みんなは準備よろしく!」
「はーい」
穂乃果に来客の接待を任せ、折り紙のわっかをノリでつなげる。
もちろん私はノーパン。私、このパーティが終わったらエリーにパンツを履かせてもらうんだ。
54: 2015/11/21(土) 17:27:17.49 ID:/jYDB7s70.net
それから間もなく穂乃果が戻ってきた。
「おかえり、お客さん誰だった……」
「みんな大変! 絵里ちゃんが!」
そう……“そのお客さんこそが絢瀬絵里だった”の。
「でもまだ、パーティの準備中だったから入れるわけにもいかなくて……そしたら走ってどっかいっちゃった!」
「はあ!? ちょっと待ってよ、絵里って絵里!? どうなってんのよ」
「知らないよぉ! どうしよう希ちゃん!」
焦る八人。私は叫ぶ。
「希、あなたのスピリチュアルパワーでなんとかしてよ!」
希なら、希のスーパーパワーならきっとなんとかしてくれるかもしれない。
このどうしようもない状況で私ができることは、希を頼ることだけだった。
「……心配せんでいいよ」
「でも!」
「大丈夫。大丈夫」
「でも!」
「ウチが大丈夫って言ってるんよ。大丈夫やって」
「でも……」
「ウチが探しといて説明するよ。パーティは明日に延期しよか」
「おかえり、お客さん誰だった……」
「みんな大変! 絵里ちゃんが!」
そう……“そのお客さんこそが絢瀬絵里だった”の。
「でもまだ、パーティの準備中だったから入れるわけにもいかなくて……そしたら走ってどっかいっちゃった!」
「はあ!? ちょっと待ってよ、絵里って絵里!? どうなってんのよ」
「知らないよぉ! どうしよう希ちゃん!」
焦る八人。私は叫ぶ。
「希、あなたのスピリチュアルパワーでなんとかしてよ!」
希なら、希のスーパーパワーならきっとなんとかしてくれるかもしれない。
このどうしようもない状況で私ができることは、希を頼ることだけだった。
「……心配せんでいいよ」
「でも!」
「大丈夫。大丈夫」
「でも!」
「ウチが大丈夫って言ってるんよ。大丈夫やって」
「でも……」
「ウチが探しといて説明するよ。パーティは明日に延期しよか」
55: 2015/11/21(土) 17:27:51.95 ID:/jYDB7s70.net
「そ、そうだね……絵里ちゃんがどこか知らないところに行っちゃうわけじゃないもんね」
「希が見つけてくれるんですね、ではあせらずパーティは延期にしましょう」
「希ちゃんなら絶対見つけられるもんね!」
希は落ち着いた声で私たちを諭す。ほらね、いつだって逃げるメンバーを見つけるのは希だったんだから、今回も大丈夫よ。
「じゃあウチ……探しにいってくるから……」
希は胃薬を一錠、口に含むと――
一人でエリーを探しに出て行った。
・・・・・
「希が見つけてくれるんですね、ではあせらずパーティは延期にしましょう」
「希ちゃんなら絶対見つけられるもんね!」
希は落ち着いた声で私たちを諭す。ほらね、いつだって逃げるメンバーを見つけるのは希だったんだから、今回も大丈夫よ。
「じゃあウチ……探しにいってくるから……」
希は胃薬を一錠、口に含むと――
一人でエリーを探しに出て行った。
・・・・・
56: 2015/11/21(土) 17:28:23.21 ID:/jYDB7s70.net
朝。昨日はあのあととりあえずパーティ会場の準備だけ済ませて解散した。
きっと希ならエリーを捕まえて事情をうまく説明したはず。
今日こそエリーのサプライズバースデーよ。一日遅れだけどね!
私は弾む心を抑えて仏頂面をつくりリビングに入る。
「おはよう」
「おはよう真姫。最近あなたの下着が洗濯機に入ってないんだけど」
「うぇ!? あ、ああ……えっと、し、下着くらい自分で洗ってるのよ」
「あら、真姫もレディになったのね」
ノーパンはレディの嗜みだなんて、私の母はとんでもない俗物だ。同じ血が通っていることが恥ずかしい。
「ママには関係ないでしょそんなこと」
「大切なことよ。そうそう。最近勉強の調子はどうですか?」
「別に」
「あなたは医者にならなければいけないんだから、いつまでもアイドルなんかにうつつをつかしてちゃいけませんからね。もし少しでも成績が落ちたら……」
「わかってる!」
きっと希ならエリーを捕まえて事情をうまく説明したはず。
今日こそエリーのサプライズバースデーよ。一日遅れだけどね!
私は弾む心を抑えて仏頂面をつくりリビングに入る。
「おはよう」
「おはよう真姫。最近あなたの下着が洗濯機に入ってないんだけど」
「うぇ!? あ、ああ……えっと、し、下着くらい自分で洗ってるのよ」
「あら、真姫もレディになったのね」
ノーパンはレディの嗜みだなんて、私の母はとんでもない俗物だ。同じ血が通っていることが恥ずかしい。
「ママには関係ないでしょそんなこと」
「大切なことよ。そうそう。最近勉強の調子はどうですか?」
「別に」
「あなたは医者にならなければいけないんだから、いつまでもアイドルなんかにうつつをつかしてちゃいけませんからね。もし少しでも成績が落ちたら……」
「わかってる!」
57: 2015/11/21(土) 17:29:37.85 ID:/jYDB7s70.net
怒りに任せてご飯を書き込み、会話を成立させないためにテレビに集中する。
『次のニュースです。今日未明音ノ木坂の小川で女性の遺体が発見されました』
ふーん近くじゃない。物騒な話ね。私は無感情にニュースを聞き流す。
『――川の河口で見つかった遺体は音ノ木坂学院に通う高校生絢瀬絵里(18)さんであったことが……』
――――。
「え――――」
『川の河口で見つかった遺体は音ノ木坂学院に通う高校生絢瀬絵里さん』
『絢瀬絵里さん』
え?
『次のニュースです。今日未明音ノ木坂の小川で女性の遺体が発見されました』
ふーん近くじゃない。物騒な話ね。私は無感情にニュースを聞き流す。
『――川の河口で見つかった遺体は音ノ木坂学院に通う高校生絢瀬絵里(18)さんであったことが……』
――――。
「え――――」
『川の河口で見つかった遺体は音ノ木坂学院に通う高校生絢瀬絵里さん』
『絢瀬絵里さん』
え?
58: 2015/11/21(土) 17:30:05.68 ID:/jYDB7s70.net
え?
いや……いやよ……嘘よ……。
私…………
生涯ノーパンなんて。
・・・・・
いや……いやよ……嘘よ……。
私…………
生涯ノーパンなんて。
・・・・・
72: 2015/11/22(日) 18:03:28.07 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
「え、あ……パンツ、あ……」
テレビがなにをいっているのかわからない。
「真姫、どうかした?」
隣で親がなにかいっている。それもわからない。
「あ、ああ……! えり、えりがっ……」
「えり? 襟がどうしたの」
「エリーがっ……!?」
それからすぐ、遺体が西木野総合病院に運ばれてきた。
いいえ、遺体というのは語弊があるかしら。
エリーは脳氏だった。
なんでか知らないけど川に落ちて溺れたらしい。
…………。
あのとき、もしみんなで探しに行っていたら未来は変わったのかしら。
…………。
「え、あ……パンツ、あ……」
テレビがなにをいっているのかわからない。
「真姫、どうかした?」
隣で親がなにかいっている。それもわからない。
「あ、ああ……! えり、えりがっ……」
「えり? 襟がどうしたの」
「エリーがっ……!?」
それからすぐ、遺体が西木野総合病院に運ばれてきた。
いいえ、遺体というのは語弊があるかしら。
エリーは脳氏だった。
なんでか知らないけど川に落ちて溺れたらしい。
…………。
あのとき、もしみんなで探しに行っていたら未来は変わったのかしら。
…………。
73: 2015/11/22(日) 18:04:38.21 ID:UUSYHlKc0.net
なんて、そんな話は不毛よね。
希一人に任せてしまったのは私たちだもの。
地面に伏して謝る希をすぐに立たせて、これ以上謝らなくて済むようにみんなで抱き寄せた。
もう何をしても……私たちは、八人だった。
エリーは、もう二度と私の前にパンツを持って現れることはないんだ。
・・・・・
希一人に任せてしまったのは私たちだもの。
地面に伏して謝る希をすぐに立たせて、これ以上謝らなくて済むようにみんなで抱き寄せた。
もう何をしても……私たちは、八人だった。
エリーは、もう二度と私の前にパンツを持って現れることはないんだ。
・・・・・
75: 2015/11/22(日) 18:05:43.96 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
生前叶わなかったエリーのサプライズパーティは私がパパに頼み込んで、院内で行われることになった。
私たちは最後の別れの準備をする。
涙はない。
だって、もう枯れるほど泣いておいたから。
「絵里ちゃん、喜んでくれるかなあ」
院内の一室を、不相応に明るく装飾しながら凛はそんなことを漏らした。
「ええ。きっと」
私がそう答えると凛は弱弱しく笑って、作業に戻った。
それっきり会話はない。みんな黙々とパーティ会場を設置する。
生前叶わなかったエリーのサプライズパーティは私がパパに頼み込んで、院内で行われることになった。
私たちは最後の別れの準備をする。
涙はない。
だって、もう枯れるほど泣いておいたから。
「絵里ちゃん、喜んでくれるかなあ」
院内の一室を、不相応に明るく装飾しながら凛はそんなことを漏らした。
「ええ。きっと」
私がそう答えると凛は弱弱しく笑って、作業に戻った。
それっきり会話はない。みんな黙々とパーティ会場を設置する。
76: 2015/11/22(日) 18:06:14.81 ID:UUSYHlKc0.net
そこに、何分かぶりに声が響く。
「ただいま」
「おかえりなさい穂乃果。最後の別れは済んだ?」
「うん。ちゃんと言いたいこと言ってきたよ」
こうして私たちは準備の合間を縫って一人ひとりエリーの眠る部屋に行って、最後の挨拶をしている。
「次は、私が行くわ」
丁度作業か一段落ついていたので、穂乃果の次は私が行くことになった。
「じゃあ真姫ちゃん。ゆっくりでいいからね」
出る前に花陽にそう言われて、私はエリーのもとへ向かう。
・・・・・
「ただいま」
「おかえりなさい穂乃果。最後の別れは済んだ?」
「うん。ちゃんと言いたいこと言ってきたよ」
こうして私たちは準備の合間を縫って一人ひとりエリーの眠る部屋に行って、最後の挨拶をしている。
「次は、私が行くわ」
丁度作業か一段落ついていたので、穂乃果の次は私が行くことになった。
「じゃあ真姫ちゃん。ゆっくりでいいからね」
出る前に花陽にそう言われて、私はエリーのもとへ向かう。
・・・・・
77: 2015/11/22(日) 18:07:35.17 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
もう、もういいわよね。
そう思って今日はパンツを履いてくることにした。
私たちは前に進まなくてはいけない。
前に進むためにはパンツを履かなくてはいけない。
だって歩いたり走ったりするたびに、いつまでも中身が見えてしまうことを気にしてはいられない。
私は俯いたまま病室に入る。
なぜか、病院の床に一瞬エリーの顔を幻視した。
「ズドラーストビチェ」
エリーの母国の言葉で挨拶をする。
きっとそばにお父さんんもお母さんもいなくて、さびしいだろうから。
ベッドの横にある椅子に座り、綺麗な寝顔を見つめる。
もう、もういいわよね。
そう思って今日はパンツを履いてくることにした。
私たちは前に進まなくてはいけない。
前に進むためにはパンツを履かなくてはいけない。
だって歩いたり走ったりするたびに、いつまでも中身が見えてしまうことを気にしてはいられない。
私は俯いたまま病室に入る。
なぜか、病院の床に一瞬エリーの顔を幻視した。
「ズドラーストビチェ」
エリーの母国の言葉で挨拶をする。
きっとそばにお父さんんもお母さんもいなくて、さびしいだろうから。
ベッドの横にある椅子に座り、綺麗な寝顔を見つめる。
78: 2015/11/22(日) 18:09:06.83 ID:UUSYHlKc0.net
「聞いたわよ。絵里」
眼に涙が溜まる。
寝息を立てていそうな絵里の安らかな顔が、私たちの思い出を呼び起こす。
『絢瀬絵里よ! “エリー”って呼んで』
『よろしく絵里ちゃん』
『絵里ちゃん!』
『絵里ちゃん!』
『よろしく。“エリー”』
――――。
眼に涙が溜まる。
寝息を立てていそうな絵里の安らかな顔が、私たちの思い出を呼び起こす。
『絢瀬絵里よ! “エリー”って呼んで』
『よろしく絵里ちゃん』
『絵里ちゃん!』
『絵里ちゃん!』
『よろしく。“エリー”』
――――。
79: 2015/11/22(日) 18:10:34.28 ID:UUSYHlKc0.net
「聞いたわよ。絵里。臓器移植……“希望していない”そうね」
絵里はなにも答えない。
「私は、それでもいいと思う。確かに提供すれば救われる命もある。でも……」
絵里はなにも答えない。
「ねえ、『エリーって呼んで』って言ってよ……」
絵里はなにも答えない。だって、もう二度と……。
「ねえエリー、私寂しい。あなた一人の命で何人が悲しんでいるかわかる?
絵里……生きていてくれるだけでよかったのよ……氏んだら……終わりじゃない……」
涙をぬぐう。おかしいな。もう枯れたはずなのに。このままじゃダメだ。また……。
ごちゃごちゃな思い出と感情にケジメをつけなきゃ。
絵里はなにも答えない。
「私は、それでもいいと思う。確かに提供すれば救われる命もある。でも……」
絵里はなにも答えない。
「ねえ、『エリーって呼んで』って言ってよ……」
絵里はなにも答えない。だって、もう二度と……。
「ねえエリー、私寂しい。あなた一人の命で何人が悲しんでいるかわかる?
絵里……生きていてくれるだけでよかったのよ……氏んだら……終わりじゃない……」
涙をぬぐう。おかしいな。もう枯れたはずなのに。このままじゃダメだ。また……。
ごちゃごちゃな思い出と感情にケジメをつけなきゃ。
80: 2015/11/22(日) 18:11:11.72 ID:UUSYHlKc0.net
「エリー……ごめんなさい」
私はパンツを履いてしまった。
前に進まなくてはいけなくなった。
「でも……だから、もういいの。パンツはもういいから……ゆっくり休んで。じゃあ私……そろそろ戻るから。お手洗いにも寄りたいし」
病室を後にして、お手洗いに向かう。
思えばすべての始まりはトイレだった。
私がノーパンに気が付いたのも、エリーにパンツ・インポッシブルを依頼したのもトイレ。
すべての道はトイレに通ずると言っても過言ではない。
私はパンツを履いてしまった。
前に進まなくてはいけなくなった。
「でも……だから、もういいの。パンツはもういいから……ゆっくり休んで。じゃあ私……そろそろ戻るから。お手洗いにも寄りたいし」
病室を後にして、お手洗いに向かう。
思えばすべての始まりはトイレだった。
私がノーパンに気が付いたのも、エリーにパンツ・インポッシブルを依頼したのもトイレ。
すべての道はトイレに通ずると言っても過言ではない。
81: 2015/11/22(日) 18:11:43.04 ID:UUSYHlKc0.net
個室に入って、扉を閉める。それからスカートの裾を……裾を…………。
を…………!? ををを……!?
「あああああああああ!」
私は叫んだ。天地揺るがし雷鳴轟くほどの咆哮をあげたわ。自分でもびっくりするくらいの声量だった。
ぜひデシベルを計測したかったわね。きっとギネス記録を更新できたわ。
私、ここが絶望の底だと思ってた。でもまだまだだった。絶望ってそこがないのね。
それでも知性あふれる私はクールに冷静沈着に状況を確認した。
ここは病院。私は履いて――
「ないぃぃぃぃぃぃぃ!?」
どうして? 履いたはずなのに……そうか……。
毎日履かないことに慣れすぎて……履いたつもりで履くのを忘れていたのね……。
なんだ、やっぱり今日も、私履いてないじゃない。
あの日からずっと、履いてないじゃない。
「ふ……ふふふ。ふふふふふっ!」
ほら、やっぱりあなたがパンツを調達してくれないと、ダメなのよ。
・・・・・
を…………!? ををを……!?
「あああああああああ!」
私は叫んだ。天地揺るがし雷鳴轟くほどの咆哮をあげたわ。自分でもびっくりするくらいの声量だった。
ぜひデシベルを計測したかったわね。きっとギネス記録を更新できたわ。
私、ここが絶望の底だと思ってた。でもまだまだだった。絶望ってそこがないのね。
それでも知性あふれる私はクールに冷静沈着に状況を確認した。
ここは病院。私は履いて――
「ないぃぃぃぃぃぃぃ!?」
どうして? 履いたはずなのに……そうか……。
毎日履かないことに慣れすぎて……履いたつもりで履くのを忘れていたのね……。
なんだ、やっぱり今日も、私履いてないじゃない。
あの日からずっと、履いてないじゃない。
「ふ……ふふふ。ふふふふふっ!」
ほら、やっぱりあなたがパンツを調達してくれないと、ダメなのよ。
・・・・・
82: 2015/11/22(日) 18:14:05.80 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
――これは仮定の話だけど。
もしエリーが臓器移植を“希望していた”ら、エリーはこのあと体にメスを入れられ、それを必要としている人のところに旅立つところだった。
そうなればエリーの体の一部は誰かの中で生き続ける。
でもエリーは、脳氏での臓器移植は望まなかった。
望まなかったのだ。
・・・・・
――これは仮定の話だけど。
もしエリーが臓器移植を“希望していた”ら、エリーはこのあと体にメスを入れられ、それを必要としている人のところに旅立つところだった。
そうなればエリーの体の一部は誰かの中で生き続ける。
でもエリーは、脳氏での臓器移植は望まなかった。
望まなかったのだ。
・・・・・
83: 2015/11/22(日) 18:23:20.36 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
Don’t worry, don’t worry!
今から挑戦者?
Don’t worry, don’t worry!
迷わずGo Go!
Don’t worry, don’t worry!
へこたれないでつまんない
Don’t worry, don’t worry!
本心さらけ出して 私が世界 私が掟
本心見せなさいよ 覚悟を決めて 手中のbird
I say NO.1
――Your my only one!
・・・・・
Don’t worry, don’t worry!
今から挑戦者?
Don’t worry, don’t worry!
迷わずGo Go!
Don’t worry, don’t worry!
へこたれないでつまんない
Don’t worry, don’t worry!
本心さらけ出して 私が世界 私が掟
本心見せなさいよ 覚悟を決めて 手中のbird
I say NO.1
――Your my only one!
・・・・・
84: 2015/11/22(日) 18:23:58.04 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
“十年後”
こつ、こつ、こつ。
静かな廊下に靴音が響く。
仕事を終えて、私はいつものようにある病室に向かう。
「はあい絵里」
「…………」
絵里は答えない。
十年前の少女のまま、絵里は動かない。
十年前のあの日――絵里のサプライズバースデー――のあと、絵里は再び病室に戻った。
臓器提供を希望せず、脳は氏んでも心臓は動いている以上、絵里は氏んではいなかった。
絵里の脳氏は、人の氏ではなかった。
“十年後”
こつ、こつ、こつ。
静かな廊下に靴音が響く。
仕事を終えて、私はいつものようにある病室に向かう。
「はあい絵里」
「…………」
絵里は答えない。
十年前の少女のまま、絵里は動かない。
十年前のあの日――絵里のサプライズバースデー――のあと、絵里は再び病室に戻った。
臓器提供を希望せず、脳は氏んでも心臓は動いている以上、絵里は氏んではいなかった。
絵里の脳氏は、人の氏ではなかった。
85: 2015/11/22(日) 18:24:22.98 ID:UUSYHlKc0.net
あの日からずっと、十年間ずっと絵里は眠り続けている。
そして私はノーパンであり続けている。
私は絵里に背を向け、窓の外の夜景を眺める。
「……あれから十年よ。いえ、正確には“九年と364日”ね」
枕元のデスクに赤い花束を飾る。それは去年と同じ“九本目”だった。
「みんなも来たのね。お誕生日おめでとう。絵里」
「…………」
私たちμ’sと妹の亜里沙ちゃんの分のお花でデスクも花瓶もあふれかえっている。
……この花束は花陽ね。今朝同じものを持っているのを見たから――
・・・・・
そして私はノーパンであり続けている。
私は絵里に背を向け、窓の外の夜景を眺める。
「……あれから十年よ。いえ、正確には“九年と364日”ね」
枕元のデスクに赤い花束を飾る。それは去年と同じ“九本目”だった。
「みんなも来たのね。お誕生日おめでとう。絵里」
「…………」
私たちμ’sと妹の亜里沙ちゃんの分のお花でデスクも花瓶もあふれかえっている。
……この花束は花陽ね。今朝同じものを持っているのを見たから――
・・・・・
86: 2015/11/22(日) 18:25:07.40 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
――調子はどう? 真姫先生っ!
「あら、花陽じゃない! ご無沙汰ね」
「わざとらしいなあ。カルテでわかってたんでしょ?」
「まあね。“小泉花陽”って言ったらあなたくらいのもんでしょう」
「それで、調子はどうなの。ちゃんと休んでる?」
「それ、患者が医者に言うセリフじゃないから」
「あはは。元気そうでよかった」
「ええ。花陽も。……凛は?」
「あ……うん、まあね」
「なにテレてるのよ、私まで恥ずかしくなっちゃうじゃない。ふん」
「真姫ちゃんももういい加減前に……」
「進めないわ。風を起こさないように、私は立ち止まっていないといけないの」
「…………まだ、履いてないの?」
――調子はどう? 真姫先生っ!
「あら、花陽じゃない! ご無沙汰ね」
「わざとらしいなあ。カルテでわかってたんでしょ?」
「まあね。“小泉花陽”って言ったらあなたくらいのもんでしょう」
「それで、調子はどうなの。ちゃんと休んでる?」
「それ、患者が医者に言うセリフじゃないから」
「あはは。元気そうでよかった」
「ええ。花陽も。……凛は?」
「あ……うん、まあね」
「なにテレてるのよ、私まで恥ずかしくなっちゃうじゃない。ふん」
「真姫ちゃんももういい加減前に……」
「進めないわ。風を起こさないように、私は立ち止まっていないといけないの」
「…………まだ、履いてないの?」
87: 2015/11/22(日) 18:25:32.46 ID:UUSYHlKc0.net
「ええ。今もね」
「ヘンタイだ」
「なんとでも言いなさい」
「氏ぬまで履かないの?」
「そんなつもりはないわ。あの人が私との約束を果たすそのときまで」
「そっか……うん。そっか。じゃあ私は帰るよ」
「帰る? 診療は?」
「実はどこも悪くないんだよ。仮病しちゃった。ズル休み。忙しい真姫ちゃんとはここでしかゆっくり話せないから」
「ズル休み……」
――だから診療はいいや。どこも悪くないのに薬を飲んじゃダメだからね。
・・・・・
「ヘンタイだ」
「なんとでも言いなさい」
「氏ぬまで履かないの?」
「そんなつもりはないわ。あの人が私との約束を果たすそのときまで」
「そっか……うん。そっか。じゃあ私は帰るよ」
「帰る? 診療は?」
「実はどこも悪くないんだよ。仮病しちゃった。ズル休み。忙しい真姫ちゃんとはここでしかゆっくり話せないから」
「ズル休み……」
――だから診療はいいや。どこも悪くないのに薬を飲んじゃダメだからね。
・・・・・
88: 2015/11/22(日) 18:26:23.36 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
私は髪の毛をいじりながら夜景を見下ろす。
この景色も、ずいぶん変わった。
「あっという間の十年だった。今では私、もうノーパンのプロよ。もうなにされたって、動じないんだから。見えちゃったら見えればいいわ! くらいのもんよ」
十年のノーパンは、すっかり私をレディに変えた。
もう私はタックルされようが、階段昇降しようが、上手投げされようが、三転倒立しようが、どうってことないほどの域に達していた。
「もはや私は……いえ、一つだけ苦手なことがあったわね。誰かさんの過剰な反応のせいですっかりトラウマになっちゃった……あら?」
デスクの上の九つの花束。私、凛、花陽、穂乃果、ことり、海未、希、にこちゃん、亜里沙ちゃん……。
そのどれとも束の違う、品種の違う一輪の花がポツンと置いてあることに気が付いた。
「この花は……私たち以外にも誰か来たのかしら……?」
とっさに踵を返して振り返る……はずが、何かが引っかかった。何かがスカートに引っかかった。
「あっ、なに?」
スカートのほつれにでも引っかかったのか。私は“それ”を外そうと手を回す……その前に“それ”はスカートの裾を掴んでピラッ……。
「ああああああ!? 触らないで!」
私は髪の毛をいじりながら夜景を見下ろす。
この景色も、ずいぶん変わった。
「あっという間の十年だった。今では私、もうノーパンのプロよ。もうなにされたって、動じないんだから。見えちゃったら見えればいいわ! くらいのもんよ」
十年のノーパンは、すっかり私をレディに変えた。
もう私はタックルされようが、階段昇降しようが、上手投げされようが、三転倒立しようが、どうってことないほどの域に達していた。
「もはや私は……いえ、一つだけ苦手なことがあったわね。誰かさんの過剰な反応のせいですっかりトラウマになっちゃった……あら?」
デスクの上の九つの花束。私、凛、花陽、穂乃果、ことり、海未、希、にこちゃん、亜里沙ちゃん……。
そのどれとも束の違う、品種の違う一輪の花がポツンと置いてあることに気が付いた。
「この花は……私たち以外にも誰か来たのかしら……?」
とっさに踵を返して振り返る……はずが、何かが引っかかった。何かがスカートに引っかかった。
「あっ、なに?」
スカートのほつれにでも引っかかったのか。私は“それ”を外そうと手を回す……その前に“それ”はスカートの裾を掴んでピラッ……。
「ああああああ!? 触らないで!」
89: 2015/11/22(日) 18:27:08.00 ID:UUSYHlKc0.net
つい、声をあげてめくり上げてくる“それ”を払う。
未だに正面切ってスカートをめくられるのだけは苦手だ。
「スカート……短く……なったわね……」
「えっ」
声が聞こえた。か細い声。懐かしい声。
「ま……き……」
「え、絵里……?」
未だに正面切ってスカートをめくられるのだけは苦手だ。
「スカート……短く……なったわね……」
「えっ」
声が聞こえた。か細い声。懐かしい声。
「ま……き……」
「え、絵里……?」
90: 2015/11/22(日) 18:27:36.99 ID:UUSYHlKc0.net
あの日のように、絵里の手が私のスカートをめくる。
「ごめんなさい……二度としないって……約束したのに……」
「あ……うそ……あ、ああ絵里……ああ……!」
「呼んでるのに、気が付かないから……」
「絵里っ!」
起き上がろうとする体を支え、ナースコールを押す。
「ああ絵里、絵里……そんな本当に……!」
「まき……ごめんなさい、約束……」
「いいの……いいのよ……」
絵里は十年前の続きを始める。
私は声がつっかえて何も言えなくなってしまった。
「えっ……と、私、どうしてたんだっけ……」
十年越しに目を覚ました絵里は、十年前と変わらずポンコツだった。
「ごめんなさい……二度としないって……約束したのに……」
「あ……うそ……あ、ああ絵里……ああ……!」
「呼んでるのに、気が付かないから……」
「絵里っ!」
起き上がろうとする体を支え、ナースコールを押す。
「ああ絵里、絵里……そんな本当に……!」
「まき……ごめんなさい、約束……」
「いいの……いいのよ……」
絵里は十年前の続きを始める。
私は声がつっかえて何も言えなくなってしまった。
「えっ……と、私、どうしてたんだっけ……」
十年越しに目を覚ました絵里は、十年前と変わらずポンコツだった。
91: 2015/11/22(日) 18:28:59.24 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
「あ、そうだ……」
「ぐすっ、絵里、いいから、いいから……」
「まき……私、かしこくなかったわ……最初から……」
虚ろな目に、光が宿り始める。少しづつ、当時の記憶が蘇っているようだ。
「ねえ真姫……」
「うん……うん……」
「約束、果たすから。私が真姫のパンツを、用意するから……」
「あ、そうだ……」
「ぐすっ、絵里、いいから、いいから……」
「まき……私、かしこくなかったわ……最初から……」
虚ろな目に、光が宿り始める。少しづつ、当時の記憶が蘇っているようだ。
「ねえ真姫……」
「うん……うん……」
「約束、果たすから。私が真姫のパンツを、用意するから……」
92: 2015/11/22(日) 18:30:26.99 ID:UUSYHlKc0.net
「うん……もういいのよ……絵里」
「私のパンツを履いて……」
「えっ」
「そうよ、初めからこうすればよかった。私の、パンツをあなたに……」
「絵里……」
「“エリー”って呼んで」
いつ脱いだのか。絵里は震える手で私にパンツを差し出す。
十年来の約束。ずっと果たされなかった約束。
それを握りしめた手が、私に伸びてくる。
私は満面の笑みでその手を――――
・・・・・
「私のパンツを履いて……」
「えっ」
「そうよ、初めからこうすればよかった。私の、パンツをあなたに……」
「絵里……」
「“エリー”って呼んで」
いつ脱いだのか。絵里は震える手で私にパンツを差し出す。
十年来の約束。ずっと果たされなかった約束。
それを握りしめた手が、私に伸びてくる。
私は満面の笑みでその手を――――
・・・・・
93: 2015/11/22(日) 18:30:58.24 ID:UUSYHlKc0.net
・・・・・
真姫「私がパンツを履かない理由」
終劇
真姫「私がパンツを履かない理由」
終劇
94: 2015/11/22(日) 18:39:02.48 ID:6Q6L6r5f0.net
ハッピーエンドね
95: 2015/11/22(日) 18:54:20.13 ID:jZRwWBOB0.net
超大作でした
引用: 真姫「私がパンツを履かない理由」
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