1: 2016/02/03(水) 22:54:31.95 ID:ChMrCNos.net
『先輩って、本当は絢瀬先輩とお付き合いされてるんですよね?』



 昨日の放課後、
 弓道場から戻る廊下の影で後輩に呼び止められ、
 聞いたのはそのような話でした。

 また、です。
 こんなふらちな疑いを掛けられるのもこれで三度目です。

 さすがにもうはしたない声をあげて聞き返すような、
 みっともない真似は見せませんが、
 それでも頬がかあっと熱くなって
 彼女の足下ばかりに目を向けてしまいます。

 これでも精一杯なのです、お恥ずかしい話ですが。

2: 2016/02/03(水) 22:55:24.32 ID:ChMrCNos.net
 もちろん冷静に否定しましたよ、

 絵里は敬愛する先輩である以上に
 大切な友人のひとりですがあなたのお考えのようなはしたない関係では決してなく
 あくまで同じμ'sの仲間として個人的にお慕いしているだけであって
 本当に清廉潔白な交友をさせて頂いており私のせいで絵里が
 そのような目を向けられるのであればいっそのこと、


後輩「でも絢瀬先輩、こないだほっぺにキスしてたじゃないですか!」

海未「見てたのですか!?」


 思わず声を荒らげてしまいました。

4: 2016/02/03(水) 22:56:26.25 ID:ChMrCNos.net
 彼女は指折り数え上げます、
 まるで被疑者を取り調べるかのように。

 けれども私園田海未、
 後ろめたいことなんて、ひとっつも、

後輩「ていうか一緒に下着売場に行ったって本当なんですか?」

海未「どこでそれをっ!?」



 私は思わずその娘の口を覆って
 廊下の壁に押さえつけるようにしてしまい、

 支えるように突き出たもう片方の手の冷たさと
 心臓の激しく波打つ鼓動にくらくらしましたが、
 指に沁みる壁の冷たさと共に落ち着きを取り戻す頃、

 大変なことをしてしまったと慌てて身体を離しました。

5: 2016/02/03(水) 22:57:27.90 ID:ChMrCNos.net
 後輩の子は、
 胸元のリボンをきゅっと握りしめたまま、
 唇をぽかんと開けて、

 風邪をこじらせた子どものように
 ぼんやりと私の方を見つめておりました。


  やば、せんぱいが、かべどん、あたしに……


 耳慣れぬ言葉に何か不穏なものを感じた私は、
 すみません失礼しました
 とにかくそのような関係ではありませんからね
 と言い残して後を立ち去ります。

 情けない限りです。

6: 2016/02/03(水) 22:58:30.05 ID:ChMrCNos.net
 と、ここまでが昨日起きた出来事なのですが、
 これはどう考えても絵里にも責任があるでしょう。

 もし今の話を絵里以外の皆さんが耳にすれば、
 十中八九は絵里の軽率な行いに非があると認めるはずです。
 そうに決まってます。

 私も今後はあなたとの付き合い方、
 学生としての適切な距離感を考えなくてはなりません。


 そうでしょう、絵里?




絵里「えっごめん、ちょっと聞いてなかった。海未、もう一度お願い」

海未「ですから! 絵里が近すぎると言ってるんですっ!」

8: 2016/02/03(水) 22:59:32.47 ID:ChMrCNos.net
 私の弁当箱にしれっと伸びた箸を叩き出しながら
 隣の絵里に言い返します。

 って、そもそもなんで隣同士なのですか。

 こんな空き教室の床でなくたって、
 ちゃんと椅子や机のある場所で、

絵里「だって珍しく海未がお昼いっしょに食べてくれるんだもの。
   ひどいと思わないの? 私、一応先輩なのよ?」


 あなた自分で先輩禁止と仰ったでしょう……。

 言い返しているうちに卵焼きがひとつ減っていて、

 隣ではもごもごと緩みきった口元を指先で軽く覆いながら
 絵里が舌鼓を打つ様が。

9: 2016/02/03(水) 23:00:34.86 ID:ChMrCNos.net
 指の隙間から見える唇が
 絵里のフライドポテトの油で少し汚れているせいか、
 窓越しの陽射しに照らされて妙にきらきらと、柔らかそうに輝いていて、

 その唇をティッシュで拭う手先の白と
 その手の甲にうっすら浮かんだ静脈の線とがなぜかもどかしく、
 快く細めたままの目尻と
 瞳の澄んだ青と
 長い睫毛の伸びた先端に、

 そのようなうつくしい人がそこにいるという存在の重みや熱に、
 どうしても私は、

 ……いけません。
 こんな風に人を見つめてしまうのは、はしたないことでしょう。


絵里「ああもう本当においしいわねぇ、海未。
   お母様によろしく言っておいてね」

 ふにゃっと笑ったあどけない顔は幼子のようで、
 心がきゅっと掴まれる心地がして、

 私の声はつい冷たくなってしまうのです。


海未「……このお弁当、私が作ったものなのですが」

絵里「ハラショー! ねえ海未、私と結婚しない?」


 何を仰ってるんですか、あなたは。

10: 2016/02/03(水) 23:01:36.93 ID:ChMrCNos.net
 気づけば昼休み終了十分前、
 またあの人のペースに乗せられたまま時間ばかりが過ぎていきます。

 このままではいけません、
 そもそも私が絵里の誘いにあえて乗ったのは抗議のためなのです。


 近頃の絵里は気づくとすぐ私のそばに居て、
 ときおり悪戯のように肌に触れてみせては
 動揺する私の様子を楽しんでいるようです。

 ラブライブの予選も迫り、μ'sの練習にも熱が入る今日この頃、
 練習時のリーダーシップはさすがのもので、
 経験者ならではの確かな指示と
 豊かな発想には私も信頼を寄せているのですが、

 休憩時のやりとりなどは、
 どうも目に余るような気がします。

11: 2016/02/03(水) 23:02:38.66 ID:ChMrCNos.net
 困ったことに、どうも本人だけでなく
 ことりや希たちまで私の反応を楽しんでいるような気がします。

 ユニット別練習の時に希と凛が下着の話をしていたのですが、
 なぜか周り回って絵里に伝わってしまい、
 先日のあのような展開に繋がってしまいました。

 あの時のことは、もう、思い出したくないです。

 実際、あんなはしたない色や模様の肌着を身につけた姿を、
 お母様に見られでもしたら……

 お母様申し訳ございません、海未は汚されてしまいそうです。


 このままではいけないのです。

 覚悟を決めます。



絵里「ねぇそれでその子から
   『彼氏とお泊まりデートするんだけどどうしよう』
   って聞かれたんだけど、海未だったらなんて答える?

   やっぱりそれって夜に……きゃっ!?」


 からん、と床に転げた私の弁当箱。
 食べ終えていてよかったです。

 ああもう、食事の時に何て話をするのですか!

 常識で考えてください!

12: 2016/02/03(水) 23:03:40.85 ID:ChMrCNos.net
絵里「いや、だってあなたに聞かなきゃ意味ないもの。
   それに女の子はコイバナ、するもの……らしいわよ?」

海未「私はしません!」


 ここは強く否定します。
 当然でしょう。学生は勉学にこそ励むべきなのです。

 なのに絵里がくすくす笑って、
 でしょうねえ、海未にはみんなしないわよね、
 斬って捨てられちゃいそうだもの、ですって。

 人を何だと思ってるんでしょうか。


絵里「あ、斬って捨てるって
   『女の子を百人斬り』とか、そっちの意味じゃないわよ?」

海未「聞いてません!」

 なんですか、その汚らわしい話題は。

13: 2016/02/03(水) 23:04:43.25 ID:ChMrCNos.net
絵里「でも海未ちゃん聞いたわよ?
   園田先輩ねぇ、昨日、
   後輩の女の子を暗がりで襲っちゃったんですって」

 ……。

 最近気づいたのですが、
 この人が「海未ちゃん」なんて呼ぶ時は、本当、ろくな話になりません。

14: 2016/02/03(水) 23:05:45.83 ID:ChMrCNos.net
海未「誤解です。
   あれはその、ふらちな噂が飛び交っていたもので。
   絵里にご迷惑が掛かるといけませんから、否定しようと、」


 すると絵里がふいに私の方へ手を伸ばし、
 その白い手が私の頬をかすめ、
 まばゆい髪が揺れた間にふわりと香るあの人のシャンプーの匂い、
 あなたの匂いが、
 私はなにも云えずにただあの人の腕が私を遮るままに、


絵里「……なあに、
   あっ海未もこういうの欲しかったんだぁ。一口どう?」


 差し出されたのは私の向こう、
 絵里のカバンから取り出したミルキーウェイのチョコレートでした。

 全く、
 こんなものばかり食べてるから
 頭が甘ったるいことばかりになるんじゃないですか。

16: 2016/02/03(水) 23:06:47.91 ID:ChMrCNos.net
 このとき私はなぜか無性に苛立って、
 絵里に何かを奪われたような気持ちと、
 取り返してやりたい、思い知らせてやりたい、という衝動に襲われます。

 楽しいお茶の席を濁すのもはばかられるので、どうにか慎みましたが。



 ――楽しい?

 私は、この場を、この時を、楽しいと感じてしまっている……?

17: 2016/02/03(水) 23:07:51.92 ID:ChMrCNos.net
絵里「ほぉら、おくちを開けて? はい、あーん」

 ぼんやりしていた私は否応もなく口をぽかんと開けて、
 ミルキーウェイのひとかけらを
 詰められるがままにされてしまいます。

 固いチョコレートの感触をかみしめると、
 粘っこく広がる甘々しい味。
 ちょっとしつこいぐらいに舌のひだまで染み込んでいきます。

 絵里はこんなものを
 おいしいおいしいと頂いているのでしょうか。
 悪くない味ですが、栄養にも気を使ってもらいたいものです。

18: 2016/02/03(水) 23:08:54.83 ID:ChMrCNos.net
絵里「ちっちゃい頃からね、
   頭使う時なんかお世話になってたのよ。

   ほら、今だって受験勉強もあるから」


 さらっと口にした言葉、
 それは私とその人との間の絶対的な隔たりを感じさせるものでした。

 しつこいほどの甘みはきっと、
 絵里が小さい頃から親しんできたもので、
 私も同じ甘みを感じたいと思っても、
 その頃にはのどの奥に流し込んでしまっていて。

 後味だけが、ずっと残るのです。


 あと半年もすれば、四月が来れば、
 このような時間は終わってしまう。
 新たな場所で出会う人たちと、新たな関係を築いていく。

 そんな当たり前のことが不意に思い出されると、
 窓の外で赤く色づいた葉の一枚までもが忘れがたく思えて、

 ……ああもう千切れて飛んでいってしまう。いなくなってしまう。

 そういえばもう、十月なのですね。

19: 2016/02/03(水) 23:09:56.96 ID:ChMrCNos.net
絵里「あら? っ、はあ……また希ね、もう」

 私の逡巡に気づきもせず、絵里はその小さな画面に熱心なご様子。

 その青い瞳が見つめる先を、
 自然に緩むと子どものような口元がいつか触れる先を、
 つい考えてしまうのですが、
 なぜかそのたび、胸の奥が焼け付くような心地がします。

 きっと、あんなに甘すぎるものを食べさせられてしまったせいでしょう。
 そうに決まってます。

 だからつまり、これは、絵里のせいです。


海未「あの、絵里」

絵里「ん、なあに?
   ああそうだ、私と距離を置きたいんだったかしら?
   さみしいなあ、えりちか」


 一瞬ひっぱたきたくなったのは気のせいです。はい。

20: 2016/02/03(水) 23:10:59.13 ID:ChMrCNos.net
絵里「でもまあ、海未が本当にそれを望むなら、
   私をちゃんと納得させてくれるなら、まあ、
   仕方ないわね、うん」


 歯切れの悪い言葉をごまかすように続けるその人は、
 うつむいた前髪の影に隠れかかる顔色は、
 いつもわざとらしい態度ばかり取るくせに、

 そのときだけは、
 演技ではないと思えました。

 ずるいのです、この人はいつも。

21: 2016/02/03(水) 23:12:01.35 ID:ChMrCNos.net
海未「……あの、本音で言います。
   絵里が私に親しみを感じて接してくださるのは光栄です」


 絶対茶化される、と身構えて話し始めたのに、
 そんなときに限って、あの青い目をまっすぐに向けてくれていて、
 あらかじめ集めておいたはずの言葉がどれも合わなく、
 物足りなくなってしまいます。


海未「ですが、その……
   絵里と私がそのような関係にあると噂を立てる者も少なくないですし、
   そうあっては、
   いずれ傷つくのは絵里の方なのではと、懸念しまして」


 自分の言葉なのに借り物のようで、
 どうしてこんなに声と噛み合わないのでしょうか。
 まるで本心から喋っていないみたいです。

 絵里はちょっと目を見開くと、
 それはどこか怯えたようにも見えたのですが、
 すぐさま目尻を固くして睨んでみせるような顔を作ってみせて、
 反してしまりのない唇がいやらしい微笑みに変わるのを気にも留めずに
 私の肩に手を当てたりなんかして、


絵里「海未、それ、どういう意味?」

22: 2016/02/03(水) 23:13:03.12 ID:ChMrCNos.net
 自然と肩が震えだして、
 私の声もおぼつきません。
 あの、いえ別に絵里は個人的にお慕いしているのですが、


絵里「ねえ海未、“そのような関係”ってなあに?

   海未ちゃん教えてくれる?」


 そう言って絵里はくすくす笑うのです。

 私の心を手玉に取るように、
 本当、お手玉にでもされて転がされているようです。

 絵里は本当は私の話なんて聞きたくない、言わせたくないのでしょうか。
 こうやって、すぐ邪魔ばかりして、
 ああもう、またです。
 また、なんていつまでも続かないのに。



海未「それは……こういうことです」

 ほんの少しだけ、身を寄せました。
 そのつもりでした。

23: 2016/02/03(水) 23:14:05.24 ID:ChMrCNos.net
 私は熱くなった頬をそのままに、絵里の冷たさへと、
 柔肌を重ねるように、
 この重みを少しだけ預けるように、近づいただけです。

 すると急に近づいたせいか
 絵里は肩をよけようとするのですが
 後ろの壁と手の中のスマートフォンを隠そうとしたせいで
 うまく行かずもつれ込み、
 とっさに掴んだ私の腰もろとも崩れ落ち、二人してそこに倒れてしまいます。


 肘の芯に痛みが響き、制服ごしに身体の熱を感じています。
 制服越しにも絵里の柔らかさがあって、
 抱きしめられているみたいで、
 そんなことより
  絵里大丈夫ですかすみませんと
 声を掛けつつ体勢を立て直そうと身体を起こして見上げた向こう。


 床のタイルに広がった目映い金色の髪。

 ひらいたままの唇、
 熱病に溶け落ちたような青い瞳はかすかに濡れて、
 その白かった頬も赤みが差し、
 まるでお酒に酔ってしまったような、甘く切ない色を見せていたのです。

24: 2016/02/03(水) 23:15:07.34 ID:ChMrCNos.net
 目を奪われてしまうと時が止まったようで、
 私とあの人の間だけ生ぬるく蕩けた空気に取り入れられて、
 その柔らかそうな唇がそっと上向き、
 背中に回ったその人の腕がきゅっと私を引き寄せるように動くのすら切なくて、

 私は、
 絵里が求めているように感じました。

 そうあっては、そのようになるのが自然で、
 この甘い熱に溺れてしまいたいと身体の芯が同じ温度で灯りはじめると、
 その唇から小さく漏れた吐息も甘くて、

 もっと味わいたい、
 教えて欲しい、こんなのはよくない、
 あなたを離したくない、
 あらゆる感情がないまぜになって
 今度こそ熱に冒されてしまうところです。


 その人が、泣きそうな顔のあなたが、そっと瞼を閉じます。

 長い睫毛、滴が浮かんでこぼれそう。

 唇が上向き、もう私に触れてしまいそう。

 私は、

 わたしは、





 ――と、その瞬間、耳元で金属音が響きます。

25: 2016/02/03(水) 23:16:09.09 ID:ChMrCNos.net
 びくん、と
 跳ねた身体は絵里をも震わせ目覚めさせ、

 互いに突き飛ばすようにして離れると
 頭上で鳴り響いていたのはチャイムの電子音でした。

 そうです、昼休み終了五分前の予鈴です。


 まだ寝ぼけたような視界の向こう、
 絵里は、
 あの子はまだ顔を赤らめたまま、
 なにかうわごとのようにつぶやきながら
 散らばった弁当箱やこぼれたチョコの袋を片づけています。

 ああそうだ、私も帰らなきゃ、
 ぼんやりした頭で絵里の所作を真似て帰り支度です。


絵里「だめよ、うみ、こんなのまだダメ、
   私たちまだ付き合ってないんだから、」


 むしろ自分自身に言い聞かせるように何度も唱えながら、
 絵里は支度を済ませると
 生まれたての子鹿みたいにふらついた足取りで教室を後にします。

  あの、絵里、だいじょうぶですか、

 と聞く自分の声もまだ遠くて、

  いいからひとりにして、ほんとゆるして、

 と早口で言い残すと絵里は消えてしまいます。

26: 2016/02/03(水) 23:17:10.72 ID:ChMrCNos.net
 残されたのは、冷えた十月の空気と私の弁当箱。

 じわじわと、さっきの出来事が頭に染みこんでいきます。

 あのとき私は、
 ええとその、絵里を突き飛ばして、
 そしたら絵里の上にもたれかかってしまって、
 その、

 絵里が、私の下で、その、ええと、……




海未「――ぁあああっ! こんなのナシです無理です破廉恥ですっ!!」

27: 2016/02/03(水) 23:18:12.89 ID:ChMrCNos.net
 もうだめです、こんなの私じゃないです!

 ああもう私は最低ではしたない女です、お母様ごめんなさい!
 私を叱りつけて罰してください!


 動揺して意識がそこらに散らばって
 卒倒しそうなところをなんとか落ち着けると頭に浮かぶのは
 悔恨、羞恥、自己嫌悪、
 その壁に頭を打ち付けたりして痛みでどうにか頭を冷やす始末です。


 静まりかえるほど自分の息が荒く響き、
 心臓の音も呼吸音もすべてがふしだらに思えて、

 もう、消えてしまいたいです……。

28: 2016/02/03(水) 23:19:15.05 ID:ChMrCNos.net
 人として最低のことをしてしまいました。
 とにかく絵里には謝らないといけません。
 あととりあえず授業に、今は教室に向かわないと……


 どうにか冴え直しつつある頭を引きずるように動かして、
 教室を出ようとすると、
 足下にこつんと当たったのは絵里のスマートフォンでした。


 あんなに動転していたから忘れ物のひとつも仕方ないのでしょう。
 放課後の練習時にでも、謝罪と共に返すことにします。

 ポケットにしまおうとすると、ちょうど通知が入ります。
 手の中の振動に釣られて思わず親指を動かしスリープを解除してしまうと、
 なんと、
 ステージ衣装の私と目が合いました。


 楽屋で誰かと話していたのでしょうか、
 私は脳天気そうな横顔で、撮られてるなんて思いもよらない様子です。

 こんな待ち受け画面、いつ撮ったんでしょうか。
 というか、他人の携帯なんて見るものじゃありません。


 私は画面を切ろうとして、うっかり通知を開いてしまいます。

29: 2016/02/03(水) 23:20:17.31 ID:ChMrCNos.net
 東條 希


  もういい加減、海未ちゃんに告っちゃったらどうなん?笑

30: 2016/02/03(水) 23:21:19.40 ID:ChMrCNos.net
 ……意味が分かりません。


 書かれている言葉の意味は、日本語ですから、わかります。

 希は、私に対して告白するように勧めています。
 希らしいです。

 それで、これは絵里宛てのメッセージです、
 つまり、希は、
 絵里に対して、

 ……そんなはずないです。きっとそうです!

 と言い聞かせたいのに、
 次から次へと頭に浮かぶ状況証拠は、
 今にして思えばどれもこれも一つの答えを指し示していて。



 つまりその。

 これまでの言動はからかいなどではなく、

 絵里は元から本気で、私のことを、

31: 2016/02/03(水) 23:22:21.75 ID:ChMrCNos.net
  ◆  ◆  ◆


 ――気づくと私は教室の隅で頭を抱えておりました。


 はっ、と振り向くも時計の針はもう九十度ほど進んでいます。

 園田海未、生まれて初めて授業に遅刻してしまいました。
 海未はとんだ親不孝者です、
 もう、お母様にも、穂乃果やことりにも顔向けできません……。


 授業中で人の居ない廊下を歩くのがこんなにも心細かっただなんて、
 十六年間生きてきて初めて知りました。
 それなのに授業の先生は快く、
 ほんの少し物珍しげな目と共に私を迎え入れてくれるのです。

 休み時間ともなれば、穂乃果たちに遅刻の一件を問われ、
 口ごもるうちにいつしか次の話題へ、
 あんなことがあったというのに私は平然とその場に溶け込んでいるのです。


 それでも、目を閉じても開いていても、
 なにをどう振り払おうとしても、あの人の姿が脳裏に浮かんで。

 そこかしこにあの人との痕跡を探してしまう、
 浮ついた気持ちが頭から離れないのです。

32: 2016/02/03(水) 23:23:24.29 ID:ChMrCNos.net
 さて、私はいくつの罪をあがなわなければならないのでしょうか。

 授業に遅刻してしまったこと、
 後輩たちを誤解させてしまったこと、
 絵里にあんなことをしてしまったこと、
 秘密のやり取りを見てしまったこと、

 そして、絵里の想い。

 私が、あの人を求めてしまったという事実。


 ……ポケットに仕舞い込んだスマートフォンが、
 こんなにも重たく感じます。

 けれどもその重たささえも、あの人の重みだと思うと、
 手放すのも心苦しいほどでした。

33: 2016/02/03(水) 23:24:25.99 ID:ChMrCNos.net
 あと数十分で放課後、練習の時間がやってきます。


 せめて、あの人に返さなくては。

 返すべきものは、
 もうこの手の中で熱を発していて、
 今にもあなたに届くのを心待ちにしているのですから。



 絵里。私も、あなたのことが――



おわり。

35: 2016/02/03(水) 23:26:40.30 ID:YnW6K+4m.net
おつ

引用: 絵里「“そのような関係”ってなあに? 海未ちゃん説明してくれる?」クスクス