604: 2012/06/22(金) 12:33:36.98 ID:bXeM3Drv0

魔王「暇だな」【前編】
魔王「暇だな」【後編】


上記作品の番外編をちびっと投下します。
605: 2012/06/22(金) 12:35:40.98 ID:bXeM3Drv0
側近「四天王を編成しようぜ!」ドンッ

鬼人族長「急にどうした?」ガツガツ

魔王「働き過ぎでおかしくなったか?」パクパク

側近「魔王といえば四天王だろ。風火水土に対応してます的なアレが必要だろ」アリガチー

使用人「ボクは魔法は使えないよ。妖術なら使えるけど」パクパク

エルフ「そもそも魔法に風火水土なんて無いけどね」チビチビ

側近「とにかく! 魔王といったら四天王なの!」オウドーナノ!

魔王「バウムクーヘン美味いな」モグモグ

エルフ「だね」チビチビ

側近「話を聴けよ!!」ツクエバンッ

606: 2012/06/22(金) 12:38:10.40 ID:bXeM3Drv0
鬼人族長「騒がしいな。誰を四天王にするというのだ?」ヤレヤレ

側近「それを決めるんだよ」フンスッ

使用人「未定じゃん。せめて決めてから言いなよ」モラッタ!

側近「一緒に決めようぜ。冷たいなぁ」ヤメテ!

エルフ「魔王を抜いたら此処に四人しかいないよ」チビチビモグモグ

魔王「確かにな」ゴチソウサマ

使用人「このメンバーで四天王って。エルフちゃんも戦闘要因にしちゃうわけ」ヨコセヨー

側近「なに。魔王の次に強いから問題無い」ダガコトワル!

鬼人族長「側近が最弱じゃないか?」ホソイシナ

使用人「側近は戦闘要因ってわけじゃないでしょ」シッポサワラセテアゲルヨー

側近「俺は思考力と判断力に重点が置かれたんだよ。戦闘を期待されても困るぜ」メッチャキモチヨサソウ…

607: 2012/06/22(金) 12:40:42.96 ID:bXeM3Drv0
鬼人族長「それで、四天王はどうするのだ」オチャノミタイ

側近「流石オッチャン。ずれた話を戻してくれる」ヤルヨー

使用人「この四人になるなら、別に話題に出す必要が無かったじゃん」ワーイ?シッポドーゾ

側近「いや、異名を付けようと思ったんだよ」ナントイウテザワリ…

エルフ「異名?」ゴチソウサマ

側近「こう、爆炎のソソッキン! みたいな」?キリッ ?デモシッポモフモフ

魔王「うわ……」ドンビキ

エルフ「う、うん……」サスガニナイヨ…

鬼人族長「お前の発想力は稚児と同等か」ジブンデイレルカ

使用人「思った以上にダサかったね」オイシー

608: 2012/06/22(金) 12:45:08.99 ID:bXeM3Drv0
側近「壊天のダイオーガ! とか」ヨクナイ?

鬼人族長「誰の異名だ?」ミナモドウゾ

側近「オッチャンだよ」アリガト

使用人「だったら『喫茶店のオッチャン』の方がしっくりこない?」ゴチソーサマシッポオシマイネ

エルフ「それは最早四天王じゃないと思うよ」アリガトウ

魔王「『海底のダイオウイカ』でも良くないか」ドウモ

側近「確かに語感は似てるけどさ、イカじゃん」シッポー!

609: 2012/06/22(金) 12:47:21.46 ID:bXeM3Drv0
側近「キツネちゃんは、うーん」アノテザワリヤバイ…

使用人「異名なんて頃し屋時代のがいっぱい有るけどね」ボクノオチャハ?

鬼人族長「随分と名の有る頃し屋だったらしいな」ジブンデイレロアホダヌキ

使用人「魔族でも最強の部類に入る妖狐族だしね」キツネダ! クソジジイ!

側近「キツネちゃんは、戦浄のミズヨーコ! とか」ゾクセイハミズ

エルフ「……それも無いよ」マオウノウデギュー

魔王「戦場と洗浄が掛かっているのか……?」アタマナデナデ

鬼人族長「ははは、相応ではないか」ジジイデハナイ!

使用人「水中でも呼吸できる妖術は有るけどさ。『ミズヨーコ』は無いよ」クソジジイデショ?

側近「結構好きなんだけどなぁ」ケンカシナイノ

魔王「どうでもいいが、『洗浄のミズヨーコ』と『ジョンとオノヨーコ』って似てないか?」カミノケヤワラカイナ

側近「響きは似てるけど、誰だよ?」マジデ

611: 2012/06/22(金) 12:51:43.21 ID:bXeM3Drv0
エルフ「私は?」アリガト

側近「大魔法少女エルフちゃん! で良くないか?」ステキナヒビキ

鬼人族長「『ちゃん』まで異名なのか」チッ、オチャダ

使用人「それはもう四天王じゃないよね」アリガト、ツンデレジジイ

側近「それで、もしも勇者が攻めて来た時、誰が最初に行く?」ダイジナヤクダヨ

鬼人族長「お前だろ。強さの序列的に」ウルサイ、アホダヌキ

使用人「ボクは『奴は四天王で最弱だ』っていう役割が良いな」キ・ツ・ネ ダ!

側近「あれ? 俺が負ける前提なのかよ?」ヤメナサイッテ

エルフ「側近って噛ませ犬っぽいしね」ギュースルノシアワセ

魔王「確かにな」マア、オレモ

側近「ははは、泣いていい?」グスッ

使用人「もう泣いてるじゃん」メンタルヨワッ

612: 2012/06/22(金) 12:56:22.44 ID:bXeM3Drv0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

魔王「ふぁ?」

彼女は目を覚ます。
自身の寝室だった。

魔王(……懐かしい夢を見ちゃったなぁ。龍ちゃんが来るちょっと前かな)

陽光が窓から射し込む。
朝が訪れていた。

魔王(皆、ボクを置いてくんだから)

枕に顔を埋める。

魔王(こんな辛い別れを繰り返すんだから、長寿も良いもんじゃないね。魔王様の気持ちが、ボクにも少し分かる)

彼女は起き上がり、着替え始める。
王といえど、豪華な衣装は纏わない。
前王もそうだった。

魔王(あの世で仲良くやってそうだなぁ。羨ましい)

天国で騒いでる彼らを想像しながら寝巻きを脱ぐ。

着替え終わり、彼女は寝室を出た。

魔王「ま、ボクだって終わりが来るまで進み続けるしかないよね」

613: 2012/06/22(金) 13:02:46.49 ID:bXeM3Drv0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

その言葉を耳にして、臣と司書は眉をひそめた。

臣「よく分からないのですが」

司書「急にどうしたんですか?」

朝餉の為に、三人は食堂に会していた。
半狐は作った食事を配膳する為、厨房にいた。

魔王「そのままの意味だよ。人数は足りないから補強しないとね」

半狐「お待たせしました。どうしたんですか?」

食事を運ん来た少女は、二人の顔を見て訊ねる。

魔王「ちょっと提案したんだよ。半狐にも言っておこうかな」

彼女が愉快そうな調子で、先程と同じ言葉を繰り返した。


魔王「四天王を編成しよう」

614: 2012/06/22(金) 13:05:07.05 ID:bXeM3Drv0
番外編1は終了です。
こんな短編を幾つか書きます。

621: 2012/06/23(土) 10:26:57.58 ID:sdXQklct0
龍「世界が滅んでしまったか」ヤレヤレ

龍「……することもないし、宙を遊泳しようかな」ヘンシン!

龍「しかし、どこまでも発展した結果がこれか。
せっかく不老不氏を手に入れたのに。進化の果ては破滅のようだね」ザンネンダッタネ

龍「地上には全自動の機械たち。御主人様もいないのに、未だ稼働中か」ケナゲダネ

龍「しかし、原子を好きに変換できるからって金をこんなに錬成する必要は無かったろうに。黄金だけで街を作るなんて酔狂なことをしたものだ」メガイタイ…

龍「それにしても、やっと『世界』を改造して、完全な球形、完全な回転を得て、不変の世界を手に入れたのに、世界そのものに殺されるなんてね」ヒニクダネ

龍「強欲は身を滅ぼすとは、発展前の人間はよく言ったものだ。せめて無尽蔵のエネルギーくらいは諦めた方が良かったね」ヨクバリハヨクナイ

龍「……まあ、今更か。どれ、可哀想な機械たちと氏んだ黄金の街を還してやろうかな」ファイアー!

龍「そうだ。どうせなら、地表全てを壊そう。零に戻そう」イクスプロージョン!

622: 2012/06/23(土) 10:29:33.69 ID:sdXQklct0
龍「いい暇つぶしになった」タノシカッター

龍「さて、何をしようかな。……おや」アレハ

天使「……」フワフワ

龍「天候を操作する為の機関か。確か、聖書の天使と同数いるんだったかな」オオイナ

龍「面白い。神の敵であるドラゴンさんが戦ってやろう」リュウダケド

天使「自己防衛の為、自己防衛機能を使用します」ムヒョウジョウ

龍「お、そうこなくっちゃ」ワクワク

天使「絶対領域を展開します」ボウギョ!

龍「私は最新にして最後の兵器だよ。そんなシールドでは私の炎は防げないよ」ファイアー!

天使「ーー」ヤラレター

龍「悪は勝つ! ついでだから、天使を全て堕としてしまおう。
堕天の前に粒子になってしまうだろうけど」フンスッ

623: 2012/06/23(土) 10:31:44.57 ID:sdXQklct0
龍「中々楽しかったよ」ミカエルガツヨカッター

龍「……やることがないね。尤も私はネタ兵器だから、人間たちが生きてたとしても自宅警備員だったかな」ゴロゴロシテルダケ
?
龍「どうせなら、宇宙にでも行きたかったな。でも私は『コア』からエネルギーを得てるから無理だね」ザンネンダ

龍「そもそも私は明確な目的があって造られたわけでも無いしね。酔狂な開発者たちの娯楽だよ」アソビダヨアソビ

龍「……取りあえず人型に戻っておこうかな」チッチャクナリマース


龍「そうだ。瘴気の研究でもしよう」メイアンダ

龍「未知のものを調べる。大変重要なことだ」ウンウン

龍「思い立ったが吉日だね。早速行動だ」ヤルゾー

624: 2012/06/23(土) 10:34:22.69 ID:sdXQklct0




龍「ふむふむ、やはりコアから放出されるだけ有って、高エネルギーだね」メガネモツクッテミタ

龍「抽出したら、液状になったよ。飲んでみるか」フンイキッテダイジ

龍「ふむふむ、私に人間と同じ味覚があったら、吐き出してたいたね。あ、人間はとっくに味覚なんて無かったか。口から食べなくなっていたしね」メガネクイッ

龍「この環境下で再び生物が生まれるのかな?」デモジャマ

龍「もっと研究するか」ヤッパイラネ





龍「飽きた。こんなもの調べても私には利用しようもないよ」グダー

龍「独りはつまらないね」ジメンゴロゴロ

龍「そうだ。私が生物を創りだそう」メイアンダー

龍「あ、既存の生物じゃ瘴気に耐えられないか」シマッタ

龍「……寝よう。ぐっすり眠ろう」オヤスミ

625: 2012/06/23(土) 10:35:30.19 ID:sdXQklct0




龍「……私の残り稼働時間を見る限り、相当な時を経たな。瘴気は消えていない。生物は一切いない」セカイフカン

龍「独りぼっちのままか」

龍「コアめ。私以外頃しやがって。寂しいんだぞ!」

龍「いや、悪いのは人間か。うん、そうだね」ソウダッタ

龍「……独りで何言ってるんだろう」

龍「……寝るか」

626: 2012/06/23(土) 10:36:57.42 ID:sdXQklct0




龍「何も変わってない。稼働時間はまだ腐るくらいある。起きる度に土中なのも嫌だ」ホリオコシッ

龍「暇だね」ハァ…

龍「ちょっと地表に八つ当たりしてやろう」ハカイコーセン!





龍「虚しい」

龍「そもそも私に感情なんて付けたのが間違いなんだ」

龍「きっと世界政府が発足する前に存在していた極東の島国の末裔が、私を造ったに違いないね」ヘンタイノクニダッタソウナ

龍「だから、生殖器まであるんだ」ツカイミチネー

627: 2012/06/23(土) 10:38:48.37 ID:sdXQklct0
龍「兵器に感情やら生殖器やら変なオプション付けやがって。人道的にどうなんですかー!?」

龍「……何を言ってるんだろう私は」

龍「糞人間でいいから居てくれよ」


龍「そうだ! 瘴気の発生場所を無くせば良いんだ!」メイアンダー!

龍「龍ちゃん、あったまいい!」スゴイ!エライ!

龍「早速、やるぜ! 全部、塞いでやるぜ!」キャッホーイ

龍「興奮し過ぎて口調がヤバイ!」オッシャー




628: 2012/06/23(土) 10:40:13.91 ID:sdXQklct0
龍「ふふふ、これで全部塞げたね」ヤリトゲタゼ!

龍「瘴気もかなり減った。生物復活も充分有り得るね」ウンウン

龍「長い時間が掛かることは間違い無いけど」ショウガナイネ


龍「……独りじゃなくなるんだ」

龍「楽しみで中々眠れない」ワクワク

龍「うまいこと運んで知的生物が生まれたら、頑張って溶け込もう」ガンバロー

龍「疎まれても全然堪えないだろうし、暴力すら優しいと思えるんだろうね」ヘンタイダー


龍「ーーうまくいきますように」オヤスミ





629: 2012/06/23(土) 10:41:42.24 ID:sdXQklct0
龍「無理やり抑えたところで、無駄だったんだね」

龍「何も変わってない。大地は荒廃。生物はいない。瘴気はいっぱい」

龍「どうしようもないね」

龍「あっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

630: 2012/06/23(土) 10:43:39.49 ID:sdXQklct0
龍「ふざけろよ!!」ヘンシン!

龍「もう、無理だ!無理無理無理無理!」

龍「世界なんて壊してやる! コアごと私も氏ぬ!」

龍「砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ!!」

龍「もう充分だよ! これ以上生きてられるか!」

龍「兵器なんだから停止装置くらい付けろよ!
何で時限なんだよ! ×××なんて付けてんじゃねぇ!
オスなんていねぇだろうが! メスすらいねぇだろうが!」

龍「こんなポンコツ造ってんじゃねーよ!」

龍「もう知らね! なんも知らね!」

龍「自分の尻尾を噛んでウロボロス! なんつって!」

龍「あっははは! 楽しい! 楽しいなぁ!」

龍「このまま、発狂させてくれ! 頼むよ!
?狂わせてくれ! もう限界なんだ!?
悠久の孤独なんて耐えられるわけないだろバーカ!」

631: 2012/06/23(土) 10:46:08.10 ID:sdXQklct0
龍「……興奮抑制のホルモンが分泌され始めた。
発狂もできない、と」


龍「……もうやめてよ。寂しいよ。辛いよ。苦しいよ。
もう生きたくない。独りは嫌だよ」ポロポロ

龍「私が何をしたっていうの?」

龍「どうして狂うことも許されないの?
正常な思考のまま生きなければいけないの?」

龍「誰か教えてよ」



龍「……眠ろう」

龍「このまま、目覚めなければ良いのに」


龍「ーーーー」

632: 2012/06/23(土) 10:49:38.98 ID:sdXQklct0




龍(……総生命活動時間の半分以上も眠ったか。今は深い土の中。文字通りの生きた化石だな)オキチャッタ…

龍「……一応、出るか」ホリオコシ…

龍「……!! 瘴気が減っている。そして、生命がいる!!」マジカ!

龍「凄い! 生命凄い! 感動した! 龍ちゃん感動しちゃった!」ウオー

龍「おお! まだ原始的な生物だな! でも凄い! 凄い! 凄い!」

龍「研究しなければ! 瘴気を取り込んでる生物もいる!
凄い! やるしかない!」

龍「全部だ! 全部知り尽くしてやる!」





龍「瘴気が世界の約半分までにしか拡がっていない。八つ当たりのせいで、コアの内部に僅かな歪みが生まれたせいらしい」ナルホドナー

龍「永遠不変の場所では無くなったが、なんの因果か再び生命が生まれた」

龍「やはり、『完全』の中に生命は有り得ないのだな」

633: 2012/06/23(土) 10:51:01.95 ID:sdXQklct0
龍「疲れた。しかし、現時点での全てを把握した」フー

龍「ちょっとだけ眠るか。まだ知的生物は生まれそうにないし」オハナシヲシタイ

龍「残された時間はかなり減ってきた。
誕生が間に合うか不安だな」ダイジョウブカナ?

龍「取り敢えず信じて寝よう」オヤスミ





龍「残り時間が僅かだ。想定よりも寝てしまった」シマッタ

龍「あと千五百年ほどか。本格的に眠ればすぐに過ぎる時間だな」

龍「ーー知的生物が誕生している。長かったなぁ」ホロリ

龍「ちょっと遊泳してくるか」ヘンシン!

634: 2012/06/23(土) 10:52:44.80 ID:sdXQklct0
龍「前人類に酷似した種族がいるな。瘴気の耐性は圧倒的に違うが」スイー

龍「瘴気を取り込むようになった生物も進化したのか。前時代とは違う進化だね」スイー

龍「驚いてるなぁ。まあ、当然か」フフフ

龍「人間と話をしようかな。なに、言語なんて所詮記号さ。パターンが分かれば習得は容易い」カシコインダゾー

龍「ついでに良いことをしてやろう。龍だしね」カミデスヨ

龍「あれ、元の口調ってどんなのだっけ?」アレー?


龍「まず、一人称は何だったかな。俺、儂、我、僕、ワッチ、アタシ、アタクシ、俺様、小生、我輩、私」イッパイダネ

龍「無難に私で良いか」

龍「言葉遣いはどうだったかな。例えば『落ち着く』の命令形」

龍「落ち着け。落ち着こうか。落ち着くべきだ。騒げば頃す。落ち着いてくれ。落ち着いてくださいです。もちつけ。荒ぶり昂ぶる魂よ、鎮まれ」サイゴノチガウネ

龍「……まあ、何とかなるか」

635: 2012/06/23(土) 10:54:41.44 ID:sdXQklct0




龍「噛みまくってしまった」ショボーン

龍「これがコミュ障というやつか。怖がらせるだけ怖がらせてしまった」ナンテコッタイ


龍「でも取り敢えずやることはやった。良いこともした」ウン、ヤッタ

龍「……疲れた。また少し仮眠を取ろうかな」ゴロン

龍「すぐ目覚めるだろうしね」コレハフラグ…?





龍「残り二十年ほどか。随分と早く起きれたみたいだね」ソンナノナカッタ!


龍「……面白い存在がいるな」ホウホウ

636: 2012/06/23(土) 10:56:05.93 ID:sdXQklct0
龍「魔王、か。コアと密接に繋がってる。エルフという種族もコアの力を引き出せるようだが、彼は全く別物だね」フムフム

龍「面白い。進化の果てを超えた存在といっても過言じゃないくらいだ」クツクツ

龍「寂しいからか、分身を生み出しているようだ。……私もそうすれば良かったじゃないか!」ソノテガアッタカ!


龍「私ってアホの子だな。実際は変態の子だが」カイハツシャテキニ

龍「それよりも観察するか」フカン!


龍「彼も氏にたがりか。千年くらい生きたみたいだけど、私からしたらまだまだだね」ヤレヤレ

龍「……何で誇らしげなんだ私は」

637: 2012/06/23(土) 10:57:31.91 ID:sdXQklct0




龍「エルフの少女を手懐けたか。中々の口リコン紳士だな」クツクツ





龍「仲間が増えていくな。どうせいつかは別れるのに」ヤレヤレ


龍「……でも、羨ましい」





龍「生命活動の持続時間も残り一ヶ月。あれだけの膨大な時間を私は過ごしてしまったのか」スゲー

龍「……このまま、生命活動が終わって良いのだろうか」

龍「誰も私を知らない。誰も私を必要としていない」

龍「それで良いのだろうか」

638: 2012/06/23(土) 11:00:32.94 ID:sdXQklct0
龍「ーーよし」

龍「私も何かを残していくさ」

龍「誰かに必要とされて。誰かの役に立って。
そして消えていきたい」

龍「……魔王、そしてその仲間たちは」

龍「私を受け入れてくれるだろうか」

龍「謎と神秘に満ちた雰囲気を押し出していこうかな。

龍「あまり、フレンドリーにいきすぎるとまた噛みそうだ。少し距離を置いた感じで……でも一ヶ月しかないから、愛嬌もみせなきゃ」

龍「……まあ、頑張ろう」




龍「行くか」

639: 2012/06/23(土) 11:02:56.17 ID:sdXQklct0
番外編2終了です。
こうして一部に繋がります。
次の番外編でラストの予定です。

643: 2012/06/23(土) 21:38:23.08 ID:sdXQklct0
>>642
番外編3で回収する予定です。
登場はしないと思います。


オッチャンの一人称編なんて需要有るのかしら?
無くても供給しますけれど。

651: 2012/06/25(月) 17:03:49.16 ID:nR9dFl110
私は城を頂端に構えた丘を登っていた。
この丘を踏みしめるのも一年振りのことだ。

現在は朝の早い時間だが、初夏の陽光は既に薄紫の霞を貫いて大地に注いでいる。

左手には土産として購入した、城下街に店を構えている菓子屋のフルーツケーキが入った箱を携えている。

姫様の好物だ。
彼女が満面の笑みで、土産を喜ぶ姿を想像すると、自然と私の顔が綻んだ。

私も随分と丸くなったものだ。
国一番の戦士。歴代最強の鬼人とまで称せられた自分は既にいない。



ーー正直なところ、城を訪れるのは心苦しかった。



私の全盛期はとうに過ぎたが、それでも側近程度なら未だ勝てるだろう。

元々鬼人族は、矮人族のように老齢の姿になることなく、壮年の姿のまま氏んでいく種族だ。

しかし、それでも肉体は確実に老い、集中力は途切れるようになる。

それは私も例に漏れない。

その為、私は一年前に王殿の侍従を辞した。

老兵が老害と変わる前に。



652: 2012/06/25(月) 17:10:44.72 ID:nR9dFl110
故に、今回王殿に召還されたことが辛いのだ。

勿論、老いても信を置いていただいていることは無上の喜びだ。
一世紀以上もの間、仕えたことを認められているということだ。

しかし今の私では、それに応えられるとは思えなかった。

数日前に、自分の老化を痛感したばかりなのだから尚更だ。

信頼を裏切ることよりも恐ろしいものは此の世に無い。



姫「オッチャン! 久しぶり! 会いたかった!」

姫様が門前で私を出迎えた。
その可愛らしい笑顔に、つい先ほどまで胸中を占めていた憂いが吹き飛ばされる。

姫様は側近の影響で私のことを『オッチャン』と呼ぶ。
嫌悪感は全く無い。むしろ喜ばしい。

鬼人族長「つい最近、弊屋にいらっしゃったばかりでは無いですか」
?
姫「でも、去年までは毎日来てたのに、今は全然来ないし」

姫様は拗ねた顔をする。
唇を軽く突き出しているのが可愛らしい。

鬼人族長「申し訳有りません。お詫びといってはなんですが、姫様の好きなフルーツケーキを買って参りましたぞ」

653: 2012/06/25(月) 17:16:09.61 ID:nR9dFl110
彼女は、大粒で美しい瞳を更に大きくした。
そして満面の笑みを浮かべる。

姫「オッチャン、ありがとう!」

鬼人族長「喜んで頂けて幸いです」

姫「中にいこ!」

姫様は私の手を掴み、転移の魔法を使った。

私は魔法に明るく無いが、彼女の才能が突出していることは、王殿と妃様の驚き振りを見れば分かった。

今の姫様の外見は龍殿が来た時の妃様程度だろうか。
こうして思い返してみると、妃様も姫様も随分と大きくなられた。



転移先は執務室だった。

側近が複数の資料に目を通している。
その顔には疲労が色濃く滲んでいた。

鬼人族長「久しいな。元気にしていたか」

側近「お、久しぶりだなオッチャン。募る話も有るけど、忙しいから後でな」

側近はそれだけ言って、また資料を読み始める。

国内は今まで王殿が掌握していた権力を分立している最中で、かなり慌ただしい。
その為、側近の業務の多忙振りも今が佳境らしい。



妃様が執務室の扉を開けて、中に入って来た。

654: 2012/06/25(月) 17:23:47.61 ID:nR9dFl110
膝を着き、頭を深く下げた。
私の背丈は、これでようやく妃様の背丈より低くなる。

エルフ「久しぶり」

鬼人族長「お久しぶりでございます」

下げていた頭を上げ、立ち上がる。

世間話を軽く交わしてから、妃様は本題を切り出す。

エルフ「族長さんにお願いがあるの。本当は魔王が話すはずだったんだけど、急な用件で出ちゃったから」

鬼人族長「左様ですか。それで、如何な用件でしょうか」

エルフ「実は、或る女の子の面倒を見て欲しいの。
ちょっと訳有りの子みたいでね。
施設も造って有るんだけど、面倒を見れる人がいないんだ。
それで、おそらく族長さんが適任だろうって話になってね」

任務の内容に思わず怪訝な表情をしてしまうが、直ぐに消す。

655: 2012/06/25(月) 17:26:26.60 ID:nR9dFl110
鬼人族長「ふむ。分かりました。しかし、あまり私に向いている仕事とは思えないのですが」

唐突な話で理解が追いつかないが、命令されたからには遂行するのが私の信条だ。

取り敢えず詳細を聴かなければ。

側近「オッチャンならできるさ」

側近が目もくれずに言う。

こいつは何を根拠にそう宣っているのか。

姫「できるよ!」

姫様に断言してもらえば何でもできるように思える。

656: 2012/06/25(月) 17:28:38.11 ID:nR9dFl110
側近「差別を受けた気分なんだが、何故でしょ?」

鬼人族長「側近だからだろう」

エルフ「側近だからね」

姫「側近だからだもん!」

側近「ははは、泣けるぜ」

確かに奴の涙腺が緩んでいるようだが、私の知ったことではない。

私にとって現在の最重要は任の詳細だ。


姫様がケーキの箱を物欲しげに凝視している。

取り敢えず、土産を妃様に差し出した方が良いだろう。

エルフ「お土産有難う。でも、私たちの分は良いよ。その女の子と娘と三人で食べて」

鬼人族長「ふむ。了解しました」

657: 2012/06/25(月) 17:31:38.35 ID:nR9dFl110
側近「俺の分は残しといて。と、言いたいところだが飯食う暇もないからいいや」

鬼人族長「過労氏するなよ」

側近「ありがとよ。でも倒れたら魔王かエルフちゃんが何とかしてくれるから大丈夫だ」

倒れる前に休息を取るべきなのだが、奴は言っても聞かないだろう。
軽薄な振る舞いをしながらも、強情で頑固な男なのだ。

私も他人のことはあまり言えないが。

姫「それじゃ、しゅっぱーつ!」

姫様が私の隻腕に触れ、転移魔法を使う。

鬼人族長「姫様、私は殆ど何も訊いていないのですが。あのーー」

しかし、私の言葉は流される。

658: 2012/06/25(月) 17:39:08.66 ID:nR9dFl110
次の瞬間には見知らぬ山の頂にいた。
初夏にも関わらず冷涼とした土地だ。

瘴気の濃度が城周辺よりも薄く、視界はかなり明瞭だ。
人間の国に近しい土地なのだろう。

太陽光が強く、目が焼け付くように痛んだ。
直ぐに慣れれば良いが。

南の方角に急峻の山が見えた。
天を貫く霊峰だ。

鬼人族長「あれは矮人族の崇める高山か」

あの峻険が南に位置するということは、此処は国の最北端だ。
冷涼であることに納得がいく。

矮人族の長と久方振りに酒を酌み交わしたいところだが、勅命を受けたからには自粛するしかない。

姫「中に入ろーよ」

姫様に裾を摘ままれ、私は建造物に目を向ける。

木造の簡易的な宿泊施設が設けられていた。

その左には、薪小屋と簡易的な風呂場。

右側には、やはり簡易的に作られた厨房と思われる小屋。

659: 2012/06/25(月) 17:45:54.20 ID:nR9dFl110
姫様と共に入口に向かう。

素朴な木造の小屋だ。

この場所で、件の幼児と二人で過ごせば良いのだろうか。

任務の期間も訊いていない。
そもそも、幼児がどのような身分、境遇なのかも分からない。



室内から、異様な音が聞こえた。

大きな何かが壊れている音だ。

姫様が、扉に手をかける。


しかし、彼女がドアを引く前に、内側から何者かが勢いよくドアを押した。

瞬間的に左手に持っていたケーキの箱を上に放り、姫様を引き寄せる。

それと同時に、撃退の為に右足を蹴り上げる。

しかし、対象に当てる前に辛うじて止めた。


出て来たのは、二十年ほど前から城で働いてる鳥人族の使用人だった。

彼女は血塗れだった。
ひどく震えていて、瞳の焦点が定まっていない。

660: 2012/06/25(月) 17:50:14.62 ID:nR9dFl110
鬼人族長「彼女を城に送ってください。できれば執務室に」

口早に告げる。

姫様は混乱しているようだったが、彼女を魔法で転移させる。

彼女は瀕氏だった。
執務室なら、側近か妃様が治癒の魔法をかけるだろう。

姫様は何故か治癒の魔法が使えないそうだ。
ならば、それが打てる最善策だろう。

落ちてきたフルーツケーキの箱を、衝撃を頃すように掴む。
中身は無事だろう。
これくらいの芸当なら老いてもできる。


申し訳ないが、姫様に箱を持たせる。
それから外で待機するように促す。

使用人に傷を負わせた者がこの先に居るからだ。


ドアを開ける。

室内に光源は無い。
窓は少し暗いクリーム色のカーテンで閉ざされていた。

灯りは開けたドアから射し込む陽光だけだ。

661: 2012/06/25(月) 17:56:24.93 ID:nR9dFl110
室内は荒れていた。
生物の仕業というよりも、自然災害が訪れたかのような荒れ方だ。

特に木製のテーブルが悲惨な状態になっている。
喧しい音の正体はこれが壊れる音だったようだ。


光は薄暗い室内を嘗めるように照らしていき、それは室内の者にまで届く。

姫様よりも小柄な娘が、圧倒的な敵意を持って、私を睨んでいた。


観察と分析を始める。
強者と思われる者と対峙した時の癖だ。

見た目は人間や亜人に酷似している。
しかし、纏う雰囲気は明らかに魔物だ。

王殿や妃様、姫様に矮人族は、魔族とはどこか微かに異なった雰囲気を持つ。

彼女にはそれがない。


観察を続ける内に気付く。

娘は、私と対峙した際の小型の魔獣に似ていた。
牙を剥き出し、唸り声を上げて己を鼓舞する猛獣に。

逃げるか、戦うかを余裕の無い思考で考えている獣に。



この娘は怯えている。

662: 2012/06/25(月) 18:00:00.16 ID:nR9dFl110
この類を仕留めるのは、手負いの獣と同じくらい面倒だ。
撃退するだけなら簡単なのだが。

……いや。

私が面倒を見る少女とは彼女のことだろう。
敵では無いのだ。

故にこの警戒を解かなければいけない。



しかし、どうすれば良いのだろうか。

この娘から警戒と恐怖を除去しなければいけないのは分かるが、具体的な策が浮かばない。

ただでさえ、偉丈夫である私は威圧感を与えてしまうのだ。

私は、自身の三倍はある敵相手でも怯まないと自負しているが、この幼児は勇猛果敢な鬼人では無い。

怯えるのも至極当然だ。

更に隻腕で、我ながら厳めしい顔をしている。


成る程。絶望的な状況だ。

663: 2012/06/25(月) 18:03:19.57 ID:nR9dFl110
鬼人族長「カーテンを開けてもよろしいか」

彼女は一瞬体を硬直させるが、それ以外に返事は無い。

鬼人族長「入室させてもらう。カーテンを開けるだけだ」

一歩、中に踏み出す。

驚かせないように緩慢な速度で窓の前まで歩み、辿り着く。

彼女の迎撃領域まで侵入していることをその気配から察知する。

尚更ゆっくりとした動作で、カーテンを開ける。
すりガラスにも大きな亀裂が入っていた。

それから遅々とした歩みで再びドアまで戻る。

迎撃領域に入ったことで分かったが、この小屋の中全域が彼女の警戒領域らしい。

幼児にしては広過ぎる。

664: 2012/06/25(月) 18:05:18.89 ID:nR9dFl110
どうしたものか。

姫「オッチャンまだー?」

鬼人族長「相当時間がかかりそうです」

姫様は帰った方が良いのかもしれない。

元々、此処に私を運び、室内の彼女とケーキを食べる予定だったようだが、これでは無理だろう。

姫「中に居るの?」

鬼人族長「ええ、まあ」

姫「会ってくる!」

そう言って、姫様はバンガローの中へと駆け出す。

鬼人族長「姫様!」

制止の声を上げるが、彼女は止まらない。

665: 2012/06/25(月) 18:09:17.45 ID:nR9dFl110
瞬間、真空の刃が部屋に満ちる。
娘が使ったらしい。

私がよく目にしている力だ。

鬼人族長「魔法!? 姫様!」

風の刃は姫様に襲いかかる。
慌てて駆け寄るが、間に合わないだろう。

姫様に怪我、ないしは氏なせてしまったら、私の生命を差し出しても贖いに足りない。

しかし、鎌風は打ち消される。

姫「アナタも魔法が使えるんだ。でも独流みたいだね」

言葉から察するに、どうやら姫様が鎌風打ち消したらしい。

「……あなたもナーガなの?」

魔族間で公用語となっている、人語では無かった。

666: 2012/06/25(月) 18:11:16.45 ID:nR9dFl110
私には理解できる言語だったが、姫様は理解できなかったようだ。

殆ど知られていない言語で、姫様が存じていないのも当然だ。

その言語は或る種族の間でしか、用いられないのだ。

娘の見た目はその種族とはかけ離れていたが、それにも見当が着いた。
おそらく私の考えは正しいだろう。

無駄に五百年近く生きているわけではない。

667: 2012/06/25(月) 18:13:22.57 ID:nR9dFl110
姫「えーと、『解言の呪』。こんにちは。言葉分かる?」

少女は目を剥いた。
様子から察するに、急に言葉が理解できるようになって驚いたらしい。

ということは、私のさっきの言葉も理解されていなかったということだ。

それでも攻撃しなかったということは中々慎重な性格らしい。

姫「ケーキを食べよう!」

「……ケーキ? それなに?」

姫「おいしーものだよ。でもその前に、お部屋の中をキレイにしなきゃ」

姫様は魔法を使う。

部屋が片付いていく。
テーブルは元の形に戻り、すりガラスのヒビは消える。

どうやら物を修復する魔法と、生物を治癒する魔法とでは系統が違うらしい。

姫様の存在は魔法を解き明かす鍵になると、以前に王殿が口にしていたことを思い出した。

668: 2012/06/25(月) 18:15:19.13 ID:nR9dFl110
私はふと気付く。

修復の魔法をかけた時、テーブルは木材と他の部品にまで戻らない。

これは魂の逆説的証明にならないだろうか。

『魂とは万物構成の要素』だというのが私の持論だ。

魂が形を定めているから万物は形を為しているのだ。

『テーブルの魂』というものが有るから、木材では無くテーブルの形に戻るのだ。

……いや、今は関係の無い話だ。

そもそも魔法の機構を知り得ない私には証明する手段が無い。


やがて、部屋が完全に復元された。

669: 2012/06/25(月) 18:21:45.52 ID:nR9dFl110
「……ほんとに、おなじ力なの?」

姫「そうだよ。アナタのは未だ形になってないみたいだから後で教えてあげる。
それよりケーキ食べよ! おいしーんだよフルーツケーキ」

「あ……」

姫様が娘の手を力?く引いた。



……やはり、王殿の子だ。

幼いながらに強かな心を持っている。


ただ、あまり危険なことをしないで欲しい。

ただでさえ短い私の寿命が更に縮んでしまう。

670: 2012/06/25(月) 18:26:45.41 ID:nR9dFl110



私は包丁でカットしたフルーツケーキを、席に着いてる二人に差し出す。

姫「オッチャンは食べないの?」

鬼人族長「ふふ。私は既にたくさん食べてしまったのです」

姫「えー! ずるいよ!」

鬼人族長「おかわりしても良いので、許してください」

姫「ほんと!? やったー!」

姫様は満面の笑みを浮かべる。

感情表現に乏しい者たちに囲まれながらも、これだけ純粋に育ってくれたのは非常に嬉しい。

私も早く孫の顔が見たいが、長男も次男も契りを結ぶような女性はいない。

彼奴らの顔を思い浮かべると共に、数日前に言われた言葉も連なって思い出す。

陰鬱な心持ちになるが、直ぐに振り払う。

任務に当たっている最中に、マイナスにしかならない雑念は不要だ。

671: 2012/06/25(月) 18:29:39.55 ID:nR9dFl110
娘に目を向ける。
彼女はケーキを凝視しているが、手を付けようとしない。

姫「おいしーよ。でも、次はシュークリームが食べたいなぁ」

鬼人族長「またの機会に買って参ります」

姫「やったー!」

他の者には姫様を甘やかし過ぎだと言われるが、それも仕方ないだろう。

私は姫様にとって祖父のような存在で有りたい。



「……たべて、いいの?」

鬼人族長「遠慮は要らない。存分に食べなさい」

彼女と同じ言語を用いて言う。

姫「……? 何語で喋ったの?」


鬼人族長「蛇人族の固有言語です」

672: 2012/06/25(月) 18:33:28.92 ID:nR9dFl110
姫「あの下半身がヘビの人たちのこと?」

鬼人族長「その通りです。ラミアとも呼ばれてますな」

姫「でもこの子は足が有るよ?」

それは彼女の前で言って良い事では無いだろう。

しかし、姫様がそう発言した発端は私に有るのだ。
猛省しよう。

「……わたしは、ナーガだから」

ポツリと娘が告げた。


……やはり、彼女は蛇神か。

蛇人で有りながら、鱗の肌も尾も持たずに足を持ち、面妖な力を行使する特異な存在。

その面妖な力の正体は魔法だったのか。

あまり好ましい存在とは思えない。

673: 2012/06/25(月) 18:35:22.98 ID:nR9dFl110
姫「じゃあ、ナーちゃんって呼んで良い?」

ナーガ「……ナーちゃん?」

姫「そう! ナーちゃんもケーキを食べて!」

姫様にそこまで言われて、彼女はようやくケーキに手を付ける。

ナーガ「……おいしい」

驚嘆したように呟く。
その表情は、やはりただの娘だ。

ナーガ「……っ」

唐突に彼女は涙を流す。

姫「ナーちゃん、どうしたの……?」

姫様は慌てた様子で訊ねる。

ナーガ「わ、わか、わかんない……」


ナーガの嗚咽は、しばらく止まらなかった。

674: 2012/06/25(月) 18:41:28.80 ID:nR9dFl110
王殿が小屋を訪れたのは、姫様たちがケーキを食べ終えてからのことだった。

手短な挨拶を交わす。
鳥人族の使用人は命に別条はないらしい。

魔王「あの娘の正体は聞いたか?」

王殿は、少し離れた場所で魔法の訓練をしているらしい二人を眺めながら訊く。

鬼人族長「ナーガでしょう?」

魔王「その通り、蛇神だ。
ーー鬼人族と蛇人族は不仲だったな」

王殿はそれを存じながら、私に蛇神の面倒を見ろと命じているのか。

魔王「……あの娘は、一族に迫害されていたらしい」

私は耳を疑う。

鬼人族長「まさか。彼奴らはナーガを崇めるはず。現に、数百年前のナーガはまさに神として蛇人族に崇められていましたぞ」

ナーガは何時の時代も存在するわけではない。

数百年前に存在していた一つ前の蛇神は、鬼人族と蛇人族間の戦争で他のラミア共を先導していた。

前王の時代の話だ。

675: 2012/06/25(月) 18:43:01.72 ID:nR9dFl110
魔王「戦争があったのだろう? 当時の私は人間の国にいたから文献で知るのみだが」

私は神妙な顔で肯く。

魔王「そして鬼人族は勝った」

鬼人族長「その通りです」

互いに総力を尽くす戦いだったが、私たちは勝利した。

蛇人族は蛇神が討ち取られて戦意を喪失したのだ。

魔王「その結果、蛇神は迫害されるに至った」

鬼人族長「真ですか?」

魔王「ああ。どうやら戦争の発端も敗因も蛇神に有ると考え、憎むようになったらしい」

676: 2012/06/25(月) 18:48:39.02 ID:nR9dFl110
あの当時は戦争が至極当然の時代で、誰が発端も無いだろう。

おそらく、何かに責を負わせなければやり切れなかったのだろう。

その転嫁先を敗戦の原因になった蛇神にしたのだろうか。

……そうだとしたら、今回のナーガの件は鬼人族にも因果の有る事柄だ。



魔王「あの娘を城に連れてきたのはキツネだ。つい昨日のことだ。
キツネもあの娘の魔法で怪我を負っていた」

アホダヌキめ。
久方振りに帰ってきたと思ったら厄介事を持って来たか。

一体、今は何をしているのだ。

魔王「酷い有様だったらしい。話によれば教育は全く受けさせず、食事も与えなかったそうだ。それでも氏ななかったらしいが」

人語を理解していないのはその為か。



ケーキを食した時のナーガの涙を思い出す。

少し、胸が痛んだ。

677: 2012/06/25(月) 18:50:40.98 ID:nR9dFl110
魔王「魔法を使える貴重な存在だ。大事にしたい。
故に、お前にはナーガを保護してもらいたい。
有る程度心を開いたら、後は城で預かろう」



王殿は告げる。



魔王「これが、お前に命じる最後の任務だ」



……最後の任務。



様々な業務を行ってきた。

壊す。捕まえる。頃す。建てる。



皮肉なことに、その最後は心を“治す”らしい。



思わず苦笑を漏らす。

魔王「どうしたのだ」

怪訝な目を向ける王殿に、何でも無いというように首を振った。

王殿は眉をひそめたが、それ以上は追及してこなかった。

678: 2012/06/25(月) 18:53:04.92 ID:nR9dFl110
魔王「娘も、自分と同じように魔法を使える娘を見つけて嬉しいようだ」

鬼人族長「そのようですね」

魔王「……あの子は治癒の魔法を使えないのを気にしてるようだ。
得手不得手が有るのだから、気に留める必要も有るまいに」

姫様に目を向けながら『彼』は言う。

優しい眼をしていた。

私は、そんな『彼』のことも好ましいと思った。

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ーー

679: 2012/06/25(月) 18:56:03.21 ID:nR9dFl110
番外編3を書いていたはずが、1.5部を書き始めていました。
もう少しだけお付き合いください。

次の投下は三日以内の予定です。

692: 2012/06/27(水) 16:32:18.24 ID:8RTO035n0
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王殿の助力を得て、自宅から生活必需品をバンガローに運び込んだ。

息子たちにはしばらく帰らない旨を書き残してきた。


陽は大分前に沈んだ。

王殿と姫様は夕餉の後に帰った。

小屋には電気は通っておらず、頼りないランプのみで夜を過ごすしか無い。

必然的に就寝時間も早くなるだろう。


私は釜風呂を沸かしていた。

釜は私の体躯が入るほど大きくない。

必然的に私は冷水と残り湯で体を洗うことになる。

そのことに不満は特に無い。

私の体が入る容量の釜を温めようとしたら、膨大な薪が必要になる。

それを用意するのも面倒だ。
その癖、追い焚きも不可能な為、直ぐに冷めてしまう。

それに冷水も湯も、私にとってはあまり変わらないのだ。

694: 2012/06/27(水) 16:36:35.94 ID:8RTO035n0
薪小屋には、幹の状態の薪が多少蓄えられていた。

水源も近くに有り、水に困ることは無さそうだ。


風呂が湧いた。

小屋内のナーガに、風呂が沸いたことを伝える。

彼女は恐る恐る風呂に近寄ってきた。

まだ心を開いてはいないようだ。


彼女が風呂に入っている間に、私は彼女が着ていた服を洗う。

着ていた服は姫様のお下がりだ。
清潔ながらも、豪奢な服では無い。


干した後は、布団を敷いた。

その後にもう一度水を汲む。

695: 2012/06/27(水) 16:40:44.16 ID:8RTO035n0

風呂から上がったナーガにバスタオルを渡す。

彼女の体はひどく赤味を帯びている。
足が生えていても、一応変温動物であることに変わりはないようだ。

全く体を拭こうとしない為、私が拭いてやる。

彼女は色々と常識が欠落しているようだ。



着替え終えた彼女が小屋に入ったのを見届けて、少し小屋の周囲を徘徊する。

暗闇の中に少なからず小型の魔獣が潜んでいた。

見つけ次第頃して、木の枝で串刺しにして晒しておく。

テリトリーを示す為だ。

身の危険を察知すれば、複雑な思考をしない魔獣でも流石に近寄らなくなる。

それから戻って、残り湯と冷水で手早く体を洗う。

私が今日着ていた服は、明日洗えば良いだろう。

696: 2012/06/27(水) 16:45:32.84 ID:8RTO035n0
バンガローの中に入り、扉の近くの壁にもたれる。

鬼人族は横になって安眠する種族では無い。
私もその例に漏れない。


ナーガ「……あの」

ナーガが私に声をかけた。
彼女から声をかけてきたのは初めてのことだった。

鬼人族長「どうした?」

できるだけ柔らかい声音を出すように努力して訊く。

ナーガ「……これからどうなるの」

どうやら自分の処遇について訊ねているらしい。

私の知るところでは無い。

鬼人族長「ナーガはどうしたいのだ? それが大事だろう」

彼女の望みを、王殿は聞き入れてくれるだろう。

蛇人族の許に戻りたくないなら引き取るであろうし、戻りたければ戻らせるだろう。

王殿はそのような方だ。


長い沈黙があった。

697: 2012/06/27(水) 16:50:41.20 ID:8RTO035n0
ナーガ「……わかんない」

鬼人族長「そうか。それも当然だろう」

焦る必要は無いだろう。
彼女はたくさんの時間を有しているはずなのだ。


ナーガ「つかれた……」

鬼人族長「ぐっすり眠ると良い。おやすみ」

ナーガ「……ん」


間も無く、小さな寝息が聞こえてきた。


この任務、私が一番適任で有ることは間違い無いだろう。

蛇人族の言語を習得していて、魔法への理解も他より有る。

この二つは大きな利点だ。

尤も、この二つを除けば、私の有する利点は皆無と言っても良いが。

698: 2012/06/27(水) 16:54:45.66 ID:8RTO035n0



しかし、やはり姫様の存在は大きかった。

彼女がいなければ未だに私は彼女に睨まれていたのかもしれない。


もしかしたら、彼女が差し伸べた手は、ナーガには実際以上の意味を与えたのかもしれない。

というのも、午前に比べて彼女の顔が幾分柔和になったからだ。

この調子で、食と住を共にしていれば、やがて連帯感が生まれ、仲間意識が芽生えて私にも心を開くだろう。


最後の任務だ。


完璧に遂行してみせよう。

699: 2012/06/27(水) 16:57:36.53 ID:8RTO035n0
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ーー

暁の刻限。

私は、仮想敵である側近を五回ほど屠った。

仮想敵に物足りなさを感じつつも、三時間に及ぶ鍛錬を終える。

全盛期には三時間睡眠で充分だったが、今となっては五時間近くの睡眠が必要となっていた。

やはり年は取りたく無い。



物心ついた時から、ずっと肉体を鍛えてきた。

冷たい煌めきを放つ刃を丹念に研ぐように、肉体を洗練してきた。

そして、この身が動かなくなるその時まで続けていく。


釜風呂を設置している場所まで向かう。
そばに、水をタンクで汲んでいるからだ。

早々と汗を流して、朝食を作らなければいけない。

700: 2012/06/27(水) 17:05:41.02 ID:8RTO035n0
汗を流し終えた後、勝手で朝食を作り始める。

通電していない為、王殿が持ち込んだ食材は常温でも日持ちしそうなものばかりだ。


最近は電気に頼りがちだが、元々は全く電気無しでやってきたのだから不便は大して感じない。


隻腕で調理するのにはとっくに慣れている。

利き腕では無かった左腕も、今では以前の右腕よりも器用に動く。

失うことで得るものが有るのだ。
逆もまた然りだが。


半世紀も前に妻が亡くなってから、こうして勝手に立つようになった。

今では料理の腕にも、それなりの自負がある。

しかし、彼女の料理に及ぶことは永遠に無いだろう。

反論されても、誰の理解も得られずとも私は確信しているからだ。


妻の料理は今も昔も世界で一番だ、と。

701: 2012/06/27(水) 19:34:27.02 ID:8RTO035n0
ナーガが小屋から出て来た。

眠そうに眼を瞬いている。

鬼人族長「おはよう」

蛇人の言語で挨拶する。

ナーガ「……」

彼女は無言だ。
まだ打ち解けられていないことを再認識する。

鬼人族長「もうすぐ食事が出来上がる。着替えて顔を洗ってきなさい」

娘は無言のままだったが、私の指示通りに動き始める。

702: 2012/06/27(水) 19:50:35.45 ID:8RTO035n0
キノコのスープを底深い皿に盛り付けながら、私は空いた時間をどう使うかを思案する。

王の侍従を辞してからの一年の内、最初の半年は修行として森に篭った。

後の半年は鬼人の少年達を指導したり、無償労働をしたりしていた。

着替えて顔を洗い終えたナーガが厨房の外から、私を覗き見ていた。

昨日はよほど疲れていたらしい為、同じ小屋で眠ったが、今は同じ室内に居たくないようだ。

鬼人族長「用意できたぞ。自分の分は自分で小屋に運びなさい」

ナーガを甘やかすつもりはない。
過去にどんな辛い境遇に有ったとしても今は関係無いのだ。

私が入口に近付くと、娘は小動物のように逃げ出した。

703: 2012/06/27(水) 19:52:13.77 ID:8RTO035n0
バンガロー内のテーブルに腰掛けながら、ナーガを待つ。

ドアは開け放ったままにしていた。

小さな蛇神はやはり小屋のドアから私を窺い、中に入ってこようとしない。

鬼人族長「入ってきなさい。私は何も危害を加えない」

暫くして、ナーガは警戒しながら入って来る。

それだけ無闇に警戒していたら、疲弊してしまうだろう。

鬼人族長「座りなさい。早くしないと食事が冷めてしまう」

テーブルの前に立ち尽くしていた少女は、その言葉を聞いてようやく椅子に腰かけた。

ナーガ「……たべて、いいの?」

704: 2012/06/27(水) 19:55:18.84 ID:8RTO035n0
ナーガは食事の度に許可を求める。

面倒な娘だ。

しかし、それを微塵も顔に出さないように努める。

鬼人族長「その為に作ったのだ。これからは許可を取る必要は無い」

言って、スープを口にした。

それからパンを噛み切って咀嚼する。

しかし、ナーガは一向に手を付けようとしない。



鬼人族長「……お前のことはよく知らない。
それにお前も私のことを知らないだろう」

娘は、全てを見透かそうとするように私を凝視する。

鬼人族長「しかし、私は味方だ。だから信頼して欲しい」

その瞳に、真摯な気持ちで応える。

閉ざされた心に届けば良いのだが。



彼女は長い間を空けてから、やがて、微かに肯いた。

そして、パンを小さな口で食べ始めた。

705: 2012/06/27(水) 19:57:01.62 ID:8RTO035n0
私が食べ終えた時、ナーガは未だ一品も完食してなかった。

あまりに遅いような気もするが急かしたりはせずに、これからどうするかを再思考する。

色々と案が浮かんではいたが、結局決めあぐねていた。



ナーガ「おなか、いっぱい……」

苦しげな呟きに、思考が遮られた。

食事は半分以上残っていた。

顔を見るに、満腹なのは確かなようだ。

鬼人族長「今日は随分と少食だな」

昨日は完食していた。
今日も殆ど同じ量のはずだが。

ナーガ「きのうの、のこってる……」

まだ腹の中に未消化分が残っているらしい。

706: 2012/06/27(水) 20:00:20.80 ID:8RTO035n0
私は多くの魔族の生活様式や、特徴や生態を熟知している。

異種族同士が同居する為には、相手を理解することが大前提であるからだ。

今の初等学校では、人語の授業と共に教育課程に含まれている。
因みに、現在の教育課程を作ったのは龍殿と側近だ。

尤も、私にとっては戦闘を有利に進める為の要素としての意味合いが強いのだが。

……話が逸れた。


つまり、彼女は私が知るラミア族の食事量よりも遥かに少ないのだ。

蛇神は外見的な差異が有っても、そこまで肉体構造が違うわけでは無いと思うが。

鬼人族長「いつもそんなに少食なのか?」

ナーガ「こんなに、たべるの、はじめて。
からだ、びっくりしてる」

……大した量では無いはずだ。
今まで、どれだけ少ない食糧で生き抜いてきたというのだ。

鬼人族長「無理はしなくても良い。
お前が残した分は私が食べよう」

707: 2012/06/27(水) 20:04:57.85 ID:8RTO035n0
食べかけの皿を取ろうと手を伸ばしたら、指先が血塗れになった。

ナーガ「あ……」

極小の鎌風のせいだ。
どうやら彼女の魔法らしい。

様子から察するに、無意識的に使ってしまったようだ。

同年代の姫様は別として、大人に手を向けられるのは恐ろしいらしい。
図体の大きい私ならば尚更だろう。

テーブルが私の血で汚れていく。

娘のただでさえ蒼白な顔色からは、尚更血の気が引いていく。

鬼人族長「気にしなくて良いぞ」

傷は深いが切断したわけでないから、そのうち治癒するはずだ。

それよりも娘の不安や恐怖を取り除くことが先決だ。

ナーガ「ごめんなさい……」

鬼人族長「謝れるのは偉いぞ。良い子だな」

708: 2012/06/27(水) 20:08:14.07 ID:8RTO035n0
ナーガが残した分も食べた後は、食器を洗った。

娘にも手伝わせる。

指先負傷の為、ナーガが食器を洗い、濯いで、私は拭いて収納した。

娘は中々手慣れていた。

話を聞けば、蛇人族の長の許で雑用を強制されていたらしい。


現在の蛇人族の長は、当時の戦争経験者だったはずだ。

蛇神への遺恨も根深いのかもしれない。


食器を洗い終えた後、ナーガをテーブルに座らせた。

空いた時間にすべきことを決めたのだ。


ナーガ「べんきょう?」

娘は歌うように言った。
透き通った声だ。
一日過ごして気付いたが、彼女は中々美しい声をしている。

顔から察するに、意味を知らないらしい。

709: 2012/06/27(水) 20:10:53.64 ID:8RTO035n0
鬼人族長「お前に言葉を教える。人語も、蛇人の言語もだ」

知とは大きな力だ。

戦闘力にも成り得る。

実際の側近は私よりも賢い分、仮想よりも強いように。

そして、知を得る為には言葉が必要だ。

言葉では語れない物以外は、言葉で語れるのだから。


娘は、曖昧な表情でうなずいた。

実際に教えていった方が早いだろう。

先ずは彼女の語彙力を調べておくか。

710: 2012/06/27(水) 20:12:24.23 ID:8RTO035n0


正直、失敗した。

彼女が知っている単語は非常に少ない。

そして、知っている単語もロクなものでは無かった。


有りとあらゆる罵声。

彼女はそれを歌うように声にした。

深い意味を理解していないのだろうが、中傷や悪意を孕んだ言葉だということは察しているようだ。

それの意味を教えるのも、人語に訳すのも難しい。

迷った結果、『屑』などは、本来のの意味で教えることにした。

彼女は賢いようで、本来の意味から揶揄としての意味を感じ取ってしまったらしい。

方針を転換して、実際に目の当たりにしているものから人語を教えることにした。

家、テーブル、椅子、ベッド…………。

一度聞いただけで覚えていく。

やはり聡明な娘だ。

711: 2012/06/27(水) 20:17:52.78 ID:8RTO035n0
終了です。

722: 2012/06/29(金) 14:03:25.74 ID:lq5sOVyg0
姫様と妃様が遊びに来たのは、昼食を食べ終えて、ちょうど午後の勉強を開始しようとしたところだった。

姫様は手にケーキの箱を持っていた。

姫「シュークリーム買ってきたよ。
皆で食べよ!」

鬼人族長「おお。有難うございます」

ナーガ「シュークリーム?」

姫「おいしーものだよ」


四人でテーブルを囲み、皿に取り分けられたシュークリームを食べる。

私からすれば量は少ないが、その分も味わって食べた。

723: 2012/06/29(金) 14:07:23.53 ID:lq5sOVyg0



エルフ「一日経ったけれど、どう?」

小屋の前で魔法の特訓をする少女二人を眺めながら、妃様は訊ねた。

鬼人族長「中々に難儀ですな」

そう応えて、手を見せる。

エルフ「酷い傷……。骨が見えそうだよ」

妃様は気付いていなかったようで、顔をしかめた。

エルフ「ごめんね。直ぐに気づいてあげられなくて」

鬼人族長「いえいえ」

私が、戦闘技術の応用で手に注意を向けられないように振舞っていたのだから、妃様が謝る謂れもない。

エルフ「どうして傷を負ったの?」

724: 2012/06/29(金) 14:13:04.61 ID:lq5sOVyg0
私は事の顛末を手短に話した。

エルフ「……ナーちゃんは、昔の私に似ているね」

姫様の影響か、妃様もあの娘をその愛称で呼ぶらしい。

エルフ「私も魔王の手を斬り落としたことがあったんだ。
多分、あの娘は本能的に拒絶してしまったんだと思う。
私も同じだったから分かる気がするの」

妃様も凄絶な過去を経て、此処にいる。
詳細は分からないが、エルフの中でも特別な存在だったらしい。

エルフ「そして私は魔王に救ってもらった。
だから確信を持てるの。
今の族長さんなら、あの子を救えるって」

鬼人族長「……それは違いますな」

エルフ「え?」

鬼人族長「私は護り、道を示すことしかできません。
ナーガを救うのはナーガ自身です」

口にしてから、頭を下げる。

鬼人族長「差し出がましいですな。すいません」

725: 2012/06/29(金) 14:17:33.84 ID:lq5sOVyg0
エルフ「ううん。族長さんは正しいよ」

妃様は微笑む。

真に美しくなられた。

エルフ「指、治すね。
戦闘の傷じゃなくて、事故だから良いよね?
ナーちゃんも、罪悪感に苦しまなくてすむだろうし」

鬼人族の誇りとして、戦闘で被った傷は最低限の治療しかしない。
誇りであり、相手への礼儀でもある。

右腕も、当時生やそうとすればできたそうだが、断った。

しかし、今回は戦傷ではなく、事故の負傷だ。

鬼人族長「そうですな。お願い致します」


妃様が唱えた治癒の魔法で私の指先は急速に肉を取り戻す。

その様子から植物の発芽を思い浮かべた。

傷があった箇所が燃えるように熱い。

王殿は修復の度に、この熱に身を焦がしているのだろうか。

726: 2012/06/29(金) 14:20:30.67 ID:lq5sOVyg0
姫「こういうところにはねー。オバケがいるんだよ!
青白い炎が、ぼわー、って!
あと、ブキミな人が立ってるんだよ!」

姫様は、魔法で炎を出したり、砂を集めて形を成したりして、ナーガに語る。

砂は屍人の姿を形成していた。

魔物の屍体と泥に、体液を注ぐことで繁殖する種族だ。
戦闘力は低いが、耐久性が異常に高い。

尤も、屍人族は不氏ではない。
来る時が来たら氏ぬ。

ナーガ「オバケ……」

娘は、蒼白な顔を引きつらせている。
年甲斐の有る側面に、顔が綻んだ。

727: 2012/06/29(金) 14:23:58.03 ID:lq5sOVyg0
エルフ「娘も、ナーちゃんと居ると凄く楽しそう。
あの子、自分のお小遣いでシュークリームを買ったんだよ。
ナーちゃんに食べさせてあげたいって」

鬼人族長「なんと……」

屈託なく笑う姫様を見つめる。

本当に優しい娘に育った。

少し、涙腺が緩む。

エルフ「鬼の目にも泪、だね」

鬼人族長「……ふふ、そうですな」


728: 2012/06/29(金) 14:27:12.96 ID:lq5sOVyg0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

ナーガはようやく眠った。

昼に姫様からオバケの話を聞いて、恐ろしくなったらしい。

風呂の時も、トイレの時も近くにいるように懇願された。

私よりもオバケの方が怖いらしい。

幾分複雑な気分だ。

しかし、存在しない敵のおかげで、私たちの距離はかなり近づいた。

それは喜ぶべきことだろう。



耳鳴りするほど、静かな夜だ。

おかしい。

普段は様々な生物の声が充ちていて、中々に騒がしいはずだ。

どうして今夜は全くの無音なのだろうか。

729: 2012/06/29(金) 14:30:50.66 ID:lq5sOVyg0
ーーああ、なるほど。


眠っているナーガに緩く握られた手を、彼女が起きないよう静かに抜く。

それから、音を立てずに扉の前まで歩き、やはり音を立てないように扉を開けて、小屋の外に出た。

音を忍ばせるのも、やはり戦闘技術の一つだ。
暗殺や隠密において必須ともいえる。
他にも用途は広い。


温い風が靡く。

風は、私の頬を掠めて何処までも流れていく。


眼前の暗闇に、青白い炎が二つ。

螺旋を描きながら小屋へと近寄って来る。


オバケなどではない。

730: 2012/06/29(金) 14:37:47.67 ID:lq5sOVyg0
鬼人族長「久し振りだな。アホダヌキ」

妖狐「キツネだよ、クソジジイ」

蒼の双炎が描く螺旋の中心には、キツネがいた。

恒例となっている挨拶を交わす。


山が静かなのは、周囲の獣が彼女の放つ雰囲気を気取り、大人しくしているからだ。

比較的穏和な獣たちが怯えるのも無理ない。

キツネは、最凶の獣でもあるのだから。


鬼人族長「元気そうだな」

妖狐「まあね。オッチャンは老けたね。髪の毛が殆ど真っ白だ。
鬼人族は、髪が全て白くなった頃が今際って聞くけど」

鬼人族長「よく知ってるな」

731: 2012/06/29(金) 14:42:08.47 ID:lq5sOVyg0
彼女の言通り、鬼人族は白髪のみになった頃が、氏の目安だ。

私の寿命も、両の指で数えるほどだろう。

私には片側の指しか無いが。


妖狐「ボクも伊達に長生きしてないからね。
ほら、お酒持ってきたよ」

彼女は携えている鞄から酒瓶を取り出し、私に放った。

受け取り、匂いを嗅ぐ。

鬼人族長「矮人族の地酒では無いな」

以前に、矮人族の長が飲んでいた酒を口にして、酷く噎せたことがあった。

あれはクセが強すぎる。

妖狐「残念ながら違うよ。
新しく造られたお酒。名付けて『鬼頃し』。
命名者はボクだよ。
あ、オッチャンが飲んでも大丈夫だから安心して」

732: 2012/06/29(金) 14:46:18.89 ID:lq5sOVyg0
鬼人族長「随分と物騒な酒名だ」

蓋を開けて、中身を呷る。

癖のない味だ。酒精度は高くなさそうだ。

鬼人族長「悪くは無いんじゃないか。これでは鬼を殺せないが」

妖狐「なるほどね。
じゃあほら、オッチャンの大好きなヤツだよ」

もう一瓶、彼女は私に放った。
それから、近くにあった倒木に腰掛ける。

私は小指と薬指で空になった酒瓶の口を挟み、中指と薬指で新しく投げられた酒瓶を掴む。

妖狐「相変わらず凄いね」

鬼人族長「これくらい造作でもない」

733: 2012/06/29(金) 14:49:06.75 ID:lq5sOVyg0
美酒を口にしながら、キツネと会話を交わす。

鬼人族長「お前は今、何をしているのだ。
また、厄介事を持ってきたようだが」

彼女は十年に一度くらい、思い出したように城を訪れる。

しかし、満足に話をする暇もなく、彼女は再び旅に出て行く。

忙しない奴だ。

妖狐「各地を放浪としながら、人助けとかしてるよ。
特に人魚族には迷惑かけたし、十年近く色々と助力したね」

鬼人族長「それは前に聞いたな。
今、何をしているのかと訊いているんだ」


妖狐「……オッチャンは口が固いよね」

彼女は神妙な顔になる。

鬼人族長「……また厄介事か」

734: 2012/06/29(金) 14:53:23.52 ID:lq5sOVyg0
妖狐「最近『商会』を設立したんだ。
裏稼業で生計を立ててる者たちのね」

鬼人族長「……ほう」


彼女は放浪と同時に、一世紀もかけて、賊や頃し屋など各地の成らず者を集めて、裏の組合を作ったらしい。

限りなく平和になろうとも、表の社会に馴染めない者は、やはり存在するのだ。

その者たちが一つの組織になれば、新たな秩序が生まれ、治安は改善される。

更に適正な距離を保てば、一つの抑止力としても作用するのだ。

735: 2012/06/29(金) 15:00:56.87 ID:lq5sOVyg0
妖狐「魔王様は素晴らしいよ。暴力を振るわない暴力。
誰にでもできることじゃないよ。
いや、魔王様にしかできない」

酒を断続的に飲みながら、彼女は語る。

狐火は彼女の周囲をゆっくりと旋回したままだ。

妖狐「でも、やっぱり足りないよ。
優しさだけじゃ足りない。暴力も必要なんだよ」

彼女が息巻く言葉には、彼女の裡に有る熱がこもっていた。

夢を語る若者の瞳をしていた。



私も反対ではなかった。

王殿の戦い方は素晴らしい。

しかし、彼女の言葉もまた正しい。

力が開く未来も数多く有る。

それは確かだ。

736: 2012/06/29(金) 15:04:56.95 ID:lq5sOVyg0
キツネ自身、血に濡れる仕事を行ってきたからこそ、言えるのかもしれない。

鬼人族長「しかし、もしも私の眼前で誰かを襲撃していたら、全力でねじ伏せるぞ。弱者に暴力を振るっていてもな」

妖狐「それで良いよ。
『商会』のメンバーは結局、日陰者なんだから。
世に憚っちゃダメなんだよ」

空になった酒瓶を所在なげに弄びながら、彼女は呟く。

妖狐「このことは内密にね。
オッチャン以外の城の皆には言ってないんだから」

私はもう城の者とは言えないが。

鬼人族長「お前は商会に加入しているのか」

私の問いにキツネは首をふった。

737: 2012/06/29(金) 15:07:21.07 ID:lq5sOVyg0
妖狐「理事か顧問に就くよう強く誘われたけど断ったよ。
また城の使用人として働かせてもらうつもり。
ボクが目指す未来は『商会』にはないからね」

鬼人族長「なるほど。側近の隣ということか」

妖狐「にゃっ!?」

キツネの頬が紅くなる。

まだ酒は飲み始めたばかりだ。
酒精の所為ではないだろう。

それに、尻尾のばたつきも激しい。

鬼人族長「お前はネコじゃなくて、タヌキだろう」

妖狐「キツネだよ!
……なんでそんな恥ずかしいことをサラリと言っちゃうの」

738: 2012/06/29(金) 15:09:25.03 ID:lq5sOVyg0


妖狐「……実はね、三日前にプロポーズされたんだ」

鬼人族長「ほう! やっとか!」

初耳だった。
自分のことのように喜ばしい。

妖狐「今の忙しい時期が終わったら結婚しようって。
後でもう一度正式にプロポーズするとも言われた」

生娘のように照れながら、彼女は告げる。

なるほど。
側近がいつも以上に根を詰めて業務に取り組んでるわけだ。

鬼人族長「幸せになれよ」

妖狐「エルフちゃんにも、妹にも言われたよ」

彼女の妹は成長して、二十年ほど前に妖狐族の生き残りと結婚したらしい。

今では一児の母だそうだ。

739: 2012/06/29(金) 15:13:50.87 ID:lq5sOVyg0
妖狐「でも、正直不安だよ。
ボクは、幸せになる権利が有るのか分からないよ」

私は噴き出してしまう。

鬼人族長「アホダヌキも、そんな殊勝なことを考えるのだな」

妖狐「ボクは本気で悩んでるんだけど。
クソジジイの助言が欲しいほどに」

彼女は目を吊り上げる。

私は肩を竦めた。

鬼人族長「幸せになる権利なんて誰にもない。
幸せになれるのは、幸せを望む者だけだ。
望むことこそが幸せの種子となるのだからな」

彼女は顔から怒りを消した。

鬼人族長「それに、例えば『商会』のことを隠したところで、側近にはバレるぞ。彼奴は自他ともに認める敏腕だからな」

妖狐「……そう、だよね」

鬼人族長「そして、知った上でお前を嫌いになるとは微塵も思わないな。そんなに器量の狭い漢ではないことくらい、お前も充分に承知しているだろう」

740: 2012/06/29(金) 15:16:19.53 ID:lq5sOVyg0
私の言葉に妖狐は肯き、それから笑う。

妖狐「流石オッチャン。無駄に老けてないね」

彼女の顔の曇りは、少なくとも表面上は消えた。

鬼人族長「嬉しい言葉だな。
良き未来が有ることを祈って、改めて乾杯といくか」

妖狐「おー」

彼女は、鞄から新しく酒瓶を十本も取り出す。

どれだけ飲むつもりでいたのだ。



有る程度酒を飲んでから、ナーガのことについて訊ねた。

キツネは酔いが回ったのか、若干舌足らずになりながら、娘を保護するに至った経緯を語った。

741: 2012/06/29(金) 15:20:03.78 ID:lq5sOVyg0
蛇人族は蛇神を憎んでいる。

特に、戦争経験者ほどそのきらいが強い。

現在の族長はナーガを殺そうと画策していたらしい。

しかし、頃したら呪われるという迷信や、ナーガ自身の魔法による抵抗で誰も彼女を殺せなかった。

絶食させても氏なず、恨まれることを恐れた族長は、彼女に最低限の食事を与え、雑用係として酷使した。

キツネが、放浪の旅でラミアの村を訪れた時、ナーガは衰弱しながらも、外で族長の屋敷の壁を掃除していたらしい。


キツネは、族長に話を聞いた。

ひたすら、蛇神が忌むべき存在であることを語られたらしい。
蛇人族を滅ぼす存在とも言っていたそうだ。

キツネは、ナーガを引き取ることを提案したが、にべも無く断られたそうだ。

742: 2012/06/29(金) 15:24:37.62 ID:lq5sOVyg0
仕方なく、無断で連れだしたらしい。

その際にナーガから魔法の抵抗を受けたが、何とか城まで連れて行き、今に至る。


妖狐「蛇人族はきっとあの娘を探してるよ。
手許に置いていないと不安でしょうがないんだと思う。
実際、城まで遣いが訪ねてきたらしいし」

なるほど、だからこんな僻地で保護しているのか。


私は溜息を吐いた。

鬼人族長「お前のせいで、王殿と蛇人族の間に軋轢を生じたぞ」

私の言葉に彼女は顔を険しくする。

妖狐「じゃあ、そのままで良かったっていうの?
あの娘は奴隷のように扱われながら、何も知らないまま氏んでいけば良かったの?
ボクは自分が間違ったことをしたとは全く思わないよ」

鬼人族長「それはお前の価値観だ。
異種族をお前と同じ定規で測るな。
互いの価値観を理解し、尊重することが大事なのだ」

妖狐「誰かを迫害することを是とする価値観なんて認められるわけないよ。
異種族を理解することの大切さは充分知ってるよ。
でも理解した上で、お互いの価値観を練磨していくことが、本当に分かり合うってことじゃないの」

743: 2012/06/29(金) 15:30:06.63 ID:lq5sOVyg0
若干声を荒げながら、彼女は捲し立てた。

怒りのあまり、酔いが醒めたようだ。

鬼人族長「……そうだな。
私が間違っていた。今回はお前の言葉が正しい」

妖狐「別にオッチャンの考え方に反対してるわけじゃないよ。
ただ、あの娘が迫害されていることを、迎合するようなオッチャンの言葉が嫌なだけ」

彼女はいつもの表情に戻り、再び酒を呷った。

妖狐「鬼人族は鬼だけど、どの種族よりも誇り高い精神を持って生きている種族でしょ。
そんな鬼人族の長が苦しんでいる少女を見捨てたら、何を信じて良いか分からなくなるよ」

鬼人族長「……ああ。その通りだ。
全く持って、その通りだ」

私も酒瓶一本を一気に飲み干す。



744: 2012/06/29(金) 15:32:31.89 ID:lq5sOVyg0
妖狐「蛇人族がこの場所を突き止める可能性だって零じゃない。
でも、オッチャンなら大丈夫だよね」

鬼人族長「当たり前だろう。
老いても、私は魔族最強である一族の長だぞ」

それは私の誇りであり、自己証明だ。

簡単には譲らない。

妖狐「お互いのこれからを願って、もう一度カンパーイ!」

キツネは更に酒瓶を取り出す。

良いさ。最後まで付き合ってやろう。


こうして、初夏の夜を飲み明かした。

745: 2012/06/29(金) 15:33:38.27 ID:lq5sOVyg0
終了です。
二日に一回ペースを維持していきたいです。

755: 2012/07/01(日) 08:11:57.90 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

私の首が巨腕に折られた。

私の手は、相手の胸の薄皮を軽く抉っただけだ。

敗北だ。


技では負けていない。

しかし体力、身体能力、瞬時の判断力で負けている。

通算勝率は五割程度か。


……くそっ。年は取りたくない。


鍛錬を終える。

汗を流して、朝食を作らなければいけない。


一息吐いたところで気配を感じ、後ろを振り向いた。

756: 2012/07/01(日) 08:13:31.61 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「起きてたのか」

ナーガが樹の幹に隠れるようにして、私を窺っていた。
まだ着替えていない。

仮想敵との戦闘に集中していた為、気付かなかった。


この娘との生活も、もう一ヶ月になる。

季節は真夏になった。

尤もこの地域は比較的冷涼だが。

ナーガ「毎日してるの? いつも、朝いない」

人間の言語で私に訊ねる。
この一ヶ月で、娘は人間の言語をだいぶ流暢に喋れるようになっていた。

鬼人族長「まあな。私は汗を流してくるから、着替えて待ってなさい。朝食はまだ暫く時間がかかる」

ナーガ「わかった」

ナーガは肯いて、小屋へと戻っていく。

757: 2012/07/01(日) 08:15:32.44 ID:ZNeyAryE0


ナーガ「すごくキレイな動きだった」

朝食のパンを小さな口で頬張りながら、彼女は言う。
食べる量もだいぶ増えていた。
私からすればそれでも少ないが。

鬼人族長「口に物を入れながら喋るのはやめなさい。
パンの欠片が飛び散っているだろう。
無駄な動作を極限まで削ってるからな。
無駄がないものは美しい」

言って、川で捕まえた魚の塩焼きを口にする。

ナーガ「あれは、なにをしてたの?」

鬼人族長「鍛錬だ」

ナーガ「たんれん?」

歌うように娘は繰り返した。

同じ単語にも関わらず、この少女が言うと美しく聞こえるのは何故だろうか。

鬼人族長「身体を強くしていたのだ」

ナーガ「どうして?」

鬼人族長「色々と理由は有る」

758: 2012/07/01(日) 08:21:29.70 ID:ZNeyAryE0
ナーガは俯く。何かを考え始めたようだ。

その間に私はサラダを平らげる。

ナーガ「……復讐もできる?」

鬼人族長「……そのような言葉をどこで覚えたのだ」

ナーガ「百科事典にのってた」

娘に様々なことを教える為に、百科事典を妃様に購入してもらっていた。

娘は自主勉強で、その単語を覚えたらしい。
勉強熱心なのは良いことだが。

鬼人族長「復讐か。蛇人族が憎いか?」

私の問いに彼女は肯く。

憎しみを抱くのは当然だ。

759: 2012/07/01(日) 08:25:05.73 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「復讐はやめておきなさい」

ナーガ「……どうして」

鬼人族長「実際に復讐したことがあるからだ。
その行為の無意味さをよく知っている」

ナーガ「……だれに復讐したの?」

鬼人族長「王殿だ。弟を殺されてな」

実際は他にも理由は有るが、最大の原因は副族長であった弟を殺された恨みだった。

鬼人族長「憎しみが消えるわけでもなく、ただ虚しさだけが募った。
もう一度言おう。復讐はやめておきなさい」

ナーガ「……」

鬼人族長「憎しみを棄てるなとも、我慢するなとも言わない。
お前の大事な感情だ。生きる原動力にもなる」

760: 2012/07/01(日) 08:26:35.17 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「だが、囚われるな。それを攻撃に使うな。
お前には素晴らしい未来が有るはずなのだから」

ナーガ「……よく分からない」

説明が難しい。

何百年も生きてきたにも関わらず、小さな娘にこんな些細な事柄も満足に教えてやれない。

鬼人族長「……いや、復讐はもう良い。
私が、お前にそんなことを忘れるほど素晴らしい世界を教えてやる。
その後で、まだ復讐がしたいというのなら私は止めんさ」

ナーガ「……分かった」

彼女は曖昧に肯いて、またパンを頬張り始めた。


素晴らしい世界を教える。

私にできるのだろうか。

761: 2012/07/01(日) 08:32:43.24 ID:ZNeyAryE0
姫「さーんーぽー! たーんーけーん!」

森の中を三人で探索する。

今日は魔法の特訓は休みにするらしい。

陽気に歌いながら、姫様は突き進む。

その後ろにナーガ、私と続いている。


太陽が頂点まで昇った後、下り始めた時間だ。

二日前に新しく魔獣を串刺しにした。

故に魔獣が辺りに出没する可能性は低いだろう。

しかし、万一に備えて私も同伴する。

串刺し屍体を姫様たちが発見しないように、密かに誘導する必要もある。

762: 2012/07/01(日) 08:33:53.41 ID:ZNeyAryE0
姫「夏はね! カッコ良い虫さんがたくさんいるんだよ!
ツノとかもってるの!」

ナーガは真剣な顔で姫様の話を聞いている。

姫「しかも飛んだりもするんだよ!」

ナーガ「すごい」

姫「でしょ! 夏は楽しいことがいっぱい有るんだよ」

ナーガ「うん。教えてほしい」

娘の声は小さいが、その眼は輝いている。

姫「もちろんだよ!」

同年代から学ぶことも多々あるだろう。
私が教えなくても、彼女は素晴らしい世界を見つけるかもしれない。

763: 2012/07/01(日) 08:36:18.70 ID:ZNeyAryE0


木の実を採ったり、小さな昆虫を長々と観察したりしながら、森の散策を続ける。

ナーガ「虫をつかまえちゃダメなの?」

姫「お父さんがね、生き物を頃しちゃダメって言ってたからね。
それに、虫さんも自由じゃなくなったら、かわいそうだよ」

ナーガ「そっか……。……そうだよね」

ナーガは何度もうなずく。

姫様の言葉から、本来の意味以上の訓戒を得たようだ。



瀕氏の小鳥を発見したのはそれから暫くしてのことだった。

樹の下で、終焉を静かに待つかの如くうずくまっていた。

獣に襲われ、何とか逃げのびたが、致命傷を負ってしまったといったところか。

深々とした裂傷が、鳥の生命が残り僅かであることを示していた。

764: 2012/07/01(日) 08:38:47.28 ID:ZNeyAryE0
姫「……たすけられないかな?」

姫様は翳った瞳を私に向けた。

治癒の魔法が使えないとしても、救ってやりたいようだ。

鬼人族長「……無理ですな。衰弱していますし、傷も深い」

姫「……」

姫様は哀しい瞳を小鳥に向ける。

それから、自分の無力さを戒めるように小さな拳に力を込めていた。


自力ではどうしようもないことは、往々にしてある。

それらを乗り越えるのも確かな強さだろう。


765: 2012/07/01(日) 08:40:30.66 ID:ZNeyAryE0
ナーガが小鳥の前に歩み出た。

それから膝を着いて、両の手を小鳥に翳した。

そして、呪を詠唱する。

姫「……ナーちゃん?」

ナーガ「『治癒の呪』」

小鳥の体に刻まれた赤の線が、急速に癒えていく。

小鳥は体を起こし、それから頼りないながらも、確かな羽ばたきで飛んでいった。

姫「……っ」

姫様は一瞬、悲痛な面持ちになった。
しかし直ぐに消す。

766: 2012/07/01(日) 08:42:22.07 ID:ZNeyAryE0
姫「ナーちゃん、すごいよ!
教えた魔法を使えるようになったんだね!
ししょーとして、鼻が高いよ!」

ナーガ「ありがとう……」

はにかみながら、彼女は微笑む。

それから、言葉を求めるように私へと目を向けた。

鬼人族長「すごいぞ。私では救えなかったからな」

ナーガ「うん……」

娘は眠そうに目を擦る。

魔法の行使はかなり堪えるようだ。
徐々に慣れていくのだろうか。

姫「オッチャン、戻ろ」

鬼人族長「そうですな。ほらナーガ、おぶされ」

ナーガを背負い、小屋まで引き返した。

767: 2012/07/01(日) 08:43:50.98 ID:ZNeyAryE0
姫「ねえ、オッチャン」

鬼人族長「何でしょうか」

ナーガが眠った後、姫様と私は椅子に座って、束の間の休息をとっていた。

もう暫くしたら、夕食を作り始めなければいけない。

姫「わたしは、優しくないのかな」

姫様は呟いた。

姫「『治癒の呪』が使えないのは、わたしが優しくないからなのかな」

鬼人族長「そんなことは絶対に有りませんぞ」

姫「でも、ナーちゃんは使えたし。
それに、ナーちゃんが『治癒の呪』を使ったとき、心がすごくモヤモヤしたの。
これって、わたしが優しくないからだよね」

768: 2012/07/01(日) 08:45:14.78 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「違いますぞ。絶対に違います。
当たり前のことです。
追い抜かれるのは悔しくて当たり前です」

私自身、同じ気持ちを痛感してるのだ。

それでも、それを笑って祝福してあげられる姫様が優しくないとしたら、一体誰が優しいというのだ。


姫様の優しさは純粋だ。

王殿の優しさにも、妃様の慈愛にも、側近の笑顔にも、翳りがある。

勿論、私にもキツネにも。

哀しみを経験して、罪悪を背負い、それでも生きていく為に優しく有ろうとするのだ。

それが素晴らしいことであるのは否定しようがない。

しかし、姫様の優しさは翳りなどなくて、どこまでも透き通っているのだ。

それはこの上なく貴いことだろう。

769: 2012/07/01(日) 08:47:54.78 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「姫様は多くの者に優しくしていますよ。
私もその一人です。
姫様にいただいたシュークリーム、とても美味でしたぞ」

姫「そうなの、かな」

涙声で姫様は呟く。

鬼人族長「それに、姫様はナーガを救いました」

姫「ナーちゃんを?」

私は力強く肯く。

鬼人族長「初めて出会った時、ナーガに手を差し伸べたでしょう。
あれを優しさと言わずに何と言いましょうか」

姫様は肩を振るわせながら俯いている。

雫が落ちるのが見えた。

鬼人族長「王殿が仰っておりましたぞ。
魔法には向き不向きがあると。ただそれだけのことです。
それに、側近でさえも治癒の魔法を使えるのです。
優しさは関係ないでしょう」

770: 2012/07/01(日) 08:49:18.85 ID:ZNeyAryE0
姫「……うん!」

姫様は涙を腕で力強く擦り、満面の笑みで笑った。

鬼人族長「鼻水が出ていますぞ」

そう言って、ティッシュを差し出した。


この少女に、多大な幸せがあることを切に願う。



ナーガが目覚めたのは、ちょうど夕食を作り終えた頃だった。

ナーガ「姫ちゃんは?」

鬼人族長「お帰りになられた。もう夕餉ができたぞ」

ナーガ「ん……」

771: 2012/07/01(日) 08:50:29.78 ID:ZNeyAryE0



食事を終えて、ナーガが風呂に入った後、私は水を補給した。

そして、体を流す。

それから娘と私の衣類を洗濯して、干した。


ナーガ「オッチャン」

小屋に戻ると、ナーガに声をかけられた。

鬼人族長「起きてたのか」

いつもなら寝ている時間だが、今日は仮眠をとったせいか、まだ眠くないらしい。

ナーガ「……復讐は、やめることにした」

鬼人族長「そうか」

772: 2012/07/01(日) 08:54:26.31 ID:ZNeyAryE0
寝る為、入口の壁にもたれる。

ナーガ「朝に言ったこと、今なら分かりそう。
わたしにも、できることがあると思えたから」

鬼人族長「勿論あるさ。小鳥の生命を救ったしな」

ナーガ「ーーーーでも、私も強くなりたい。
だから、私も『たんれん』したい」

鬼人族長「……何の為に強さを求める。
それが重要だ」

娘は暫く黙考し、やがて言った。

ナーガ「……よく分かんない。
でも、オッチャンみたいになりたいから」

なるほど。

773: 2012/07/01(日) 08:55:45.53 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「良いだろう。私の指導は厳しいぞ。
鬼人族の童も音を上げるからな」

同一化。

今はそれで充分だろう。

ナーガ「うん。がんばる」


老いていく私にできることは、後進を育てること。

技術を、意思を、魂を継いでもらうこと。

そしてそれが、この娘の未来を切り拓く力となれば良い。


774: 2012/07/01(日) 08:56:45.36 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

また、負けた。

くそっ。


一人での鍛錬を終える。

風が冷たい。

今朝は雪を連れてきてはいないが、夜になればまた雪が降るかもしれない。


火照った体を冷水で流す。

夏よりも多少冷たく感じる。

しかし、凍えるほどではない。

775: 2012/07/01(日) 08:58:12.14 ID:ZNeyAryE0


朝食を作り終え、小屋へと運ぶ。

陽はだいぶ前に昇った。

ナーガはようやく目を覚ました。

蛇人族は、冬眠とまではいかないが、冬はやはり動作が緩慢になり、小食になる。

そして、目覚めは陽が昇り気温が上がってからになる。

ナーガもその例に漏れない。

秋には私と同じほどの食事を食べる健啖家だったが、今ではスープ一杯で満腹になるらしい。

ナーガ「おはよう」

鬼人族長「おはよう。寒くないか?」

ナーガ「だいじょうぶ」

776: 2012/07/01(日) 08:59:39.33 ID:ZNeyAryE0
彼女は立ち上がり、テーブルに座る。

最近は食事の後に着替えなどを行うようになった。

ナーガ「鍛錬おつかれさま。
暖かくなったら、わたしもまた鍛錬する」

鬼人族長「そうだな」

娘は緩慢にスープを食べる。

三ヶ月ほど格闘術を教え込んだが、かなり筋が良い。

尤も、娘の力では実践で役に立たないだろう。

しかし実際の強さではなく、心の強さを養えればそれで良い。

私も朝食に手を付けた。


777: 2012/07/01(日) 09:01:06.50 ID:ZNeyAryE0
洗い物をして、多くの雑用をこなす。

昨日は、薪の原料として大樹を伐採した。

姫様に乾燥させる魔法をかけてもらった為、直ぐに使えるだろう。

あと一年は大丈夫だ。

水も心配はない。

最近はナーガも水を浄化させる魔法を覚えたからだ。

他にも娘は多くの魔法を覚えた。

才能は姫様には及ばないようだが、努力家であるのは確かだ。

毎日のように室内で魔法を操る訓練をしている。

778: 2012/07/01(日) 09:03:15.65 ID:ZNeyAryE0



王殿が訪れたのは、雑用が終わって一息着いた時だった。

挨拶を交わし、下げていた頭を上げる。

魔王「娘がいつも世話になっているな」

鬼人族長「私こそ、姫様には活力をいただいております」

魔王「あの娘は元気が良いからな。
俺にもエルフにも似なかった。顔はエルフによく似ているが」

王殿は咳払いする。

魔王「それで、ナーガのことだが。
まだ暫くは保護してもらって良いか?
ラミアたちも存外しつこく城を訪れるからな」

鬼人族長「了解しました」

魔王「奴等も冬になったら、あまり活動的にはならないだろうがな」

779: 2012/07/01(日) 09:06:12.03 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「左様でございますな」

魔王「それでは頼むぞ。娘も後でこちらに来るだろう
よろしくやってくれ」

鬼人族長「分かりました。
ーーところで、キツネと側近はいつ式を上げるのでしょう」

魔王「分からんが、あと半年近くは多忙そうだ」

鬼人族長「まったく。私が氏ぬ前に上げてほしいものです」

王殿は顔を綻ばせる。

魔王「それは流石に大丈夫だろう。
それでは、頼んだぞ」

王殿は別れの挨拶もそこそこに転移する。

やはり、側近と同じように多忙らしい。

重大な任を負ってるとしても、そこにもう肩を並べられない自分が情けなく、悔しい。

780: 2012/07/01(日) 09:08:19.82 ID:ZNeyAryE0
ナーガは本を読んでいた。

妃様が公用語に翻訳した魔物の説話集だ。

元本は多数の言語で書かれており、私でも全てを読むことはできなかった。

今では、幼児でも大体は読める。

妃様の成した偉業の一つだ。

ナーガ「あ、お茶いれる」

娘は緩慢に立ち上がり、茶葉を包んだ薄紙の袋をコップに入れた。

鬼人族長「ありがとう。火傷するなよ」

最近はいつも茶を淹れてくれるが、毎回火傷しないか心配だ。

私には生意気な息子たちしかいなくてよかった。

娘がいたら、大層な親馬鹿になっていただろう。

ナーガ「だいじょうぶ。なれてるから」

781: 2012/07/01(日) 09:09:35.00 ID:ZNeyAryE0
ナーガは魔法で沸かしていた湯をコップになみなみと注ぐ。

それから私の前のテーブルに置いた。

鬼人族長「ありがとう」

ナーガ「うん。熱いから気を付けて」

微笑みながら言った。

最近は表情が豊かになった。
姫様の影響だろう。

それに随分と流暢に話せるようになっていた。

何時の間にか姫様との会話にも、言語のズレを修整する魔法が使われなくなっていた。

成長していることを深く実感する。

782: 2012/07/01(日) 09:10:56.71 ID:ZNeyAryE0
……最早私が娘を保護する理由もないのかもしれない。

ナーガ「……なに?」

自身が凝視されていることを不審に思ったのか、娘は小首を傾げた。

鬼人族長「なんでもないさ。
お前も成長しているなと、しみじみと思っただけだ」

ナーガ「そう?」

鬼人族長「ああ」

ナーガ「そのうちオッチャンくらい大きくなる?」

そんなに大きくならなくて良いだろう。

お茶を啜った。

783: 2012/07/01(日) 09:12:39.55 ID:ZNeyAryE0


姫様が訪れた時、ナーガは私の片足を椅子にして、私の上体を背もたれにして本を読んでいた。

最近は私に密着してくることが多い。

熱源に触れていると、あまり眠くならないそうだ。

姫「ナーちゃんズルい! わたしもオッチャンの片足もーらい!」

姫様も私の片足に乗っかる。

両手に花。

いや、両足に花。

いやいや、両足に蕾だろうか。


私は大層な幸せ者だろう。

784: 2012/07/01(日) 09:14:51.16 ID:ZNeyAryE0


……もう王殿の横には並べない。

もうすぐ鬼人族の長も務まらなくなるだろう。

それでも、この前途ある娘たちの成長をこんなに近くで見届けられるのだ。

誇らしいことだろう。


私はこの生命続く限り二人を護る。


そしに、二人に聖い幸福があることを深く祈る。

788: 2012/07/01(日) 15:04:30.18 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

鬼人族長「だいぶ洗練されてきたな」

ナーガ「ほんと?」

湯上りのように体を赤くしたラミアが、荒く息を吐きながら確認する。

鬼人族長「ああ、一年で随分と上達した」

彼女は満面の笑みを浮かべる。

ナーガ「鍛錬で、オッチャンに褒められたの初めて」

そうだったろうか。

……娘が言うのならそうなのだろう。

鬼人族長「しかし、お前のその戦闘様式は世界で唯一だろうな。
もっと鍛えれば実戦でも使えるかもしれない」

最初は強い精神力が身につけばそれで良いと思っていたが、この娘には相当な才能があった。

ナーガ「うん。がんばる」


鬼人族長「そろそろ風呂の時間だな。
湯を沸かしてくる」

789: 2012/07/01(日) 15:05:40.33 ID:ZNeyAryE0
ナーガと暮らし始めて、一年が過ぎた。

この一年間で彼女は飛躍的な成長を遂げた。

そして、これからも成長を続けるだろう。


そして対照的に、私の体も静かに、そして確かに老化を続けていく。

あとどれだけの季節を越えられるだろうか。



ナーガ「ねえ、オッチャン」

布団に入ったナーガが私を呼んだ。

鬼人族長「なんだ」

ナーガ「明日も、明後日も、これからもそばにいて」

鬼人族長「急にどうしたのだ」

790: 2012/07/01(日) 15:07:21.40 ID:ZNeyAryE0
ナーガ「ん、なんとなく」

鬼人族長「そうか」

夜は感傷的になりやすい。

娘も、夜がもたらす寂寥に胸を締め付けられたのだろう。

鬼人族長「まあ、約束はできないな」

ナーガ「…………」

沈黙が返事らしい。
もしくは続きの言葉を促しているのだろうか。

鬼人族長「取り敢えず、私が氏ぬまでは一緒にいてやろう」

ナーガ「氏ぬ……」

鬼人族長「うむ。別れを告げなければいけない時まで、そばにいよう」

791: 2012/07/01(日) 15:09:12.39 ID:ZNeyAryE0
ナーガ「オッチャンがいなくなったら悲しい」

鬼人族長「別れとはそういうものだからな。
だが、誰かに見送ってもらえるなら幸せなのかもしれない」

人を遺して氏ねるならば、それは素晴らしい人生といえるだろう。

少なくとも私はそう考える。

鬼人族長「まあ、簡単には氏なんさ。
私は強いからな」

ナーガ「……うん。オッチャンは強いもんね。安心した」

鬼人族長「ならば眠りなさい。明日もやることはたくさん有る」

ナーガ「うん。おやすみ」

鬼人族長「おやすみ」


792: 2012/07/01(日) 15:11:00.46 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

鬼人副族長が訪れたのは、朝食を食べ終え、その洗い物をちょうど終了した時だった。

私よりも僅かばかり高い背を有している。
髪は漆黒だ。


私が最も仮想敵に配置する漢だ。


そして、私の一番上の息子だ。

長男「一年ぶりだな。親父よ」

鬼人族長「……どうして此処が分かった」

長男「なに。鳥人族の使用人に聞いたのさ。
急用があって親父に会いたい言ったら教えてくれたのさ」

なるほど、彼女か。

あの使用人は一月ほど前に、姫様と共に訪れた。

その時にナーガが、負傷させてしまったことを謝罪した。

793: 2012/07/01(日) 15:13:24.83 ID:ZNeyAryE0
副族長は私の後ろにいるナーガに視線を向ける。

長男「蛇神か。確か、鬼蛇戦争の時に祖父と相討ちしたのが蛇神なんだっけか?」

ナーガ「……え?」

鬼人族長「そんなことはどうでも良いだろう。
ナーガ、小屋の中に戻ってなさい。
これは親子ではなく、鬼人族同志の話のようだ」

ナーガは逡巡したが、バンガローへと戻って行った。

長男「相変わらず勘は良いな。
察しの通り、親子の話ではない。
尤も、“話”というほど穏便でも無いけどな」

鬼人族長「だったら、敬語を使え。不敬者め」

副族長はその幅広な肩を竦めた。

長男「肩書きばかりの老鬼人に使う敬語なんてない。
さっさと族長の座を俺に明け渡せ」

794: 2012/07/01(日) 15:14:33.57 ID:ZNeyAryE0
言って、副族長は封筒を投げ付けた。

果たし状だ。

鬼人族の伝統に則ってきたということは、本気らしい。

長男「親父が王殿の任務を遂行してからにしようとしていたんだが、あまりに遅すぎるからな。
くたばっちまう前に、認めてもらおうと思ってよ」

随分と生意気に育ったものだ。

鬼人族長「ふん、良いだろう。受けて立ってやる。
期日はいつだ」

果たし状の封を開け、紙を見る。



白紙だった。

795: 2012/07/01(日) 15:16:47.60 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「……どういうつもりだ」

長男「こういうつもりだ」

副族長は私に接近する。
私は紙を放り、迎撃態勢を取る。
副族長が左腕で殴りかかる。
早い。防ぐしかない。
左腕で受ける。
しかし右側から顎を穿たれた。

右腕で殴られたらしい。

鬼人族長「ーーーーっ」

強烈な衝撃に視界が黒く染まり、意識が遠のく。
しかし、気合いで踏みとどまる。

首根を掴まれ、浮き上がった体を地に激しく叩きつけられた。
鍬を地に落とす農夫のような勢いだ。

仮想敵として戦っていた時の何倍も速く、一撃が重い。

最後に闘った時は、全く本気ではなかったらしい。

796: 2012/07/01(日) 15:18:41.52 ID:ZNeyAryE0
両足の骨を折られる。
脛の骨も大腿の骨も。
更に腱を絶たれた。

絶叫してしまう。
くそっ。
痛みに喘ぐなど屈辱だ。

更に踏みつけられる。

舐めるな。
腹筋だけで起き上がり、左腕で腹を殴る。

長男「くっ……」

顔を歪めつつも、副族長は私の隻腕を掴み、もう一度地に叩きつけた。

更に左腕の骨を踏み折る。
軽快な音色を鳴らしながら、私の腕はあらぬ方向に曲がる。

胸を踏まれる。
あまりの力強さに呼吸が止まった。
おそらく肋骨が折れた。

咳き込んだ瞬間血を吐いた。
折れた肋骨が肺に刺さったらしい。

更に、踏まれる。
地を均すように。
執拗に。

797: 2012/07/01(日) 15:21:14.83 ID:ZNeyAryE0
ナーガ「やめて……!!」

悲痛な声が、遠ざかった私の意識を呼び戻した。

副族長の足が私の体から退けられた。

ナーガが私に駆け寄ってきたのが視界の端に映った。

ナーガ「オッチャンに暴力をふるわないで!!」

娘が私の体に覆い被さる。

もう体に感覚がなく、ナーガの感触も分からない。

副族長の大笑いする声が耳に障った。

長男「親父! そんな小さな少女に護られて良いのかよ!
情けねぇ! 情けねぇよ!お前はもう俺の親父じゃねぇ!
誇り高い鬼人とも認めねぇぞ!」

ナーガ「オッチャンを悪く言うな! このバカヤロー!」

798: 2012/07/01(日) 15:23:08.94 ID:ZNeyAryE0
長男「なんだと。このクソガキ」

ナーガ「ひっ。……オッチャンに謝れ!」

長男が指の骨を鳴らすのが聞こえた。

鬼人族長「やめろ」

本当に己の身体かと疑うほど重い上体を起こし、副族長を睨む。

更に隻腕と胸でナーガを包み込む。

鬼人族長「ナーガに手を出したら頃すぞ」

彼女を傷つける者は、副族長でも息子でもなく、ただの駆逐すべき敵だ。

長男「……弱いくせによくそれだけの迫力が出せるな。
威勢だけで族長になったんじゃねぇの。
そういや、親父の代替わりは族長氏亡で繰り上がりか」

鬼人族長「この娘に危害を加えるなら頃す」

799: 2012/07/01(日) 15:25:39.53 ID:ZNeyAryE0
長男「……ふん。決闘は来月だ。傷も癒えてるだろう。
癒えてなければ、魔法で治してもらえば良いさ。
お前には鬼人族の誇りなんてないだろうからな」

ナーガ「弱い犬ほどよく吠える」

長男「あ? ……ふん。遺言でも遺しておくんだな」

副族長は森を立ち去って行った。


姿が見えなくなり、安心した私は身を再び地に投げ出す。

そのまま、意識を失った。


目覚めた時、相変わらず激しいながらも、身体の痛みが幾分鎮まっていることに気付いた。

ナーガが治癒の魔法をかけたらしい。

ナーガ「オッチャンごめんね……。
『治癒の呪』は三回以上かけると逆に害になるらしいから。
ごめんね……」

ナーガが泣きながら謝る。

鬼人族長「なぜ、あやまる。
むしろ、れいをいわなければ。
ありがとう」

くぐもった声で何とか告げた。

800: 2012/07/01(日) 15:28:18.94 ID:ZNeyAryE0
「見つけたぞ。蛇神よ」

男の声がした。
副族長ではない。

嗄れた声だ。
そして、口にしているその言語は蛇人族のものだった。

ラミア「随分と手間取らせおって」

ラミアの集団が私たちを取り囲んでいた。

数は二十ほどか。
視界が霞んでちゃんと視認できない。

ラミア「あの鬼人を尾行して正解だった」

集団の代表者と思われる老蛇人が、蛇人族の言語で喋る。

あの大馬鹿者のせいか。
彼奴、尾行されていることに気付いていたにも関わらず放置したな。

ナーガ「あ……」

801: 2012/07/01(日) 15:30:30.61 ID:ZNeyAryE0
護らなければいけない。

体を起こして、戦わなければいけない。

しかし、激痛がそれを妨げる。

立て。

立つのだ。

立ち上がれ。

くそっ。私は戦士だぞ。

くそっ! 私は鬼だぞ!



ナーガ「オッチャン、今までありがとう」

802: 2012/07/01(日) 15:31:45.52 ID:ZNeyAryE0


その言葉に力が奪われた。

どうして、そんなにも優しい声音を出せるのだ?

どうして、そんなにも哀しい声音を出せるのだ?


ナーガ「わたしは、貴方たちのもとに戻る。
だから、オッチャンには手を出さないで」

やめろ。

ふざけるのもいい加減にしろ。

護るのは私だ。

お前ではない。

803: 2012/07/01(日) 15:35:05.92 ID:ZNeyAryE0
ラミア「ほう。舌がまわるようになったな。
その老いた鬼に何を仕込まれたのだか。
粗方、ラミアが酷薄だとか吹聴されたか?
鬼人族は図体だけでかい塵のくせに」

ナーガ「貴方たちが酷薄なのは事実。
そして、オッチャンの悪口を言うな……!」

ラミア「……っ。ふん、呪われた存在が吠えおって。
まあ、良い。素直に私たちについてくるなら、その老いた鬼人には手を出さない。
私たちは誓いを違えはしない。それがナーガだとしても」

それは事実だろう。

蛇人族もまた、誇り高い種族だ。

鬼人族長「ナーガ……。だめだ」

ナーガ「……オッチャン、しっかり休んでね。
一年間、本当にありがとう。
姫ちゃんにも伝えておいて」

ナーガは微笑み、私のそばから離れていく。


歯を食いしばって伸ばした手は、空を切って終わった。

804: 2012/07/01(日) 15:36:06.78 ID:ZNeyAryE0



「ーーーーさようなら」




805: 2012/07/01(日) 15:37:07.73 ID:ZNeyAryE0
陽は、空の一番上まで昇った。

私の体を焦がす。

そうだ。焦がしてくれ。

私を灰にしてくれ。

もういっそのこと全てを忘れさせてくれ。

私はもう生きていたくない。

隻腕では娘を護れなかった。

私に護れるものなど何もない。

図々しく鳴る心の臓よ。

脈動を止めろ。

骨に突き破られた肺よ。

呼吸を封じろ。

806: 2012/07/01(日) 15:39:14.75 ID:ZNeyAryE0
もう、何もできない。

老いた私はもっと早く氏ぬべきだった。

いや、そもそも私には何もできないのだ。


もう、考えたくない。

何も。


消えてしまいたい。


全てを。

無くせばいい。

807: 2012/07/01(日) 15:40:13.05 ID:ZNeyAryE0



「オッチャン!? だいじょうぶ!?」




808: 2012/07/01(日) 15:43:19.87 ID:ZNeyAryE0
聞き慣れた声が響く。

優しさに満ちた高音だ。


その声は、体に力を戻した。


その声は、心に火を灯した。


「お願いがあります……」

声を絞り出す。

「な、なに?」

「私ならできる、と、言ってください。
笑顔で、言ってください」

「え?」

「できる、と。笑顔で」

「……うん!」

809: 2012/07/01(日) 15:44:07.91 ID:ZNeyAryE0



姫「できるよ!」




810: 2012/07/01(日) 15:46:54.75 ID:ZNeyAryE0
ああ。

その言葉だけで。

私の体は再び立ち上がれるのだ。


護れなかった。

ならば。

取り返して、また護る。

単純じゃないか。

私の体はまだ動くのだ。


ナーガを救うのはナーガ自身だ。

そして、ナーガは救われたはずなのだ。

それを再び妨げるならば。


鬼が相手してやる。

811: 2012/07/01(日) 15:48:51.40 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

獣が引く車に揺られていた。

月明かりの眩しい夜だ。


ナーガと離れてから、三日が経った。

体の痛みは殆ど癒えていない。

それでも目指す。


この獣車は、『商会』のものだ。

姫様に、キツネにだけナーガのことを伝えるよう頼んだのだ。

その結果、一日経ってから獣車を借りることができた。


キツネの頼みだからタダ働きでいいと、『商会』からの派遣者は言った。

彼奴も存外人望がある。

意外と王の素質も有るのかもしれない。

812: 2012/07/01(日) 15:49:54.15 ID:ZNeyAryE0


姫様には、直ぐにナーガを連れて帰るといった。

来週には、また遊べるとも。

姫様は心配そうな顔をしていたが、肯いてくれた。

やはり優しい娘だ。


姫様の為にも、ナーガを取り返さなくてはいけない。

勿論、ナーガ自身の為にも。

何よりも私自身の為に。


ラミアの村まであと僅かだ。

813: 2012/07/01(日) 15:51:46.11 ID:ZNeyAryE0
グール「着きましたぜ」

魔獣が止まり、手綱を握っていた屍人が車のドアを開ける。

鬼人族長「ありがとう。すまないな」

グール「いえ。……しかし、本当にその体で大丈夫ですかい。
腐ってるオイラが言うのも何ですが」

鬼人族長「大丈夫だ。
しかし、本当に慈善活動させてしまうのも、申し訳ない。
後で、必ず謝礼はする」

グール「はあ。そこまで言ってもらえるなら貰っておきやす」

痛む体を叱咤して、車を降りる。

グール「頑張ってくだせぇ。オイラは待機してまさぁ」

もう一度礼を言い、村へと未だ折れたままの足を踏み出した。

814: 2012/07/01(日) 15:52:56.64 ID:ZNeyAryE0
すぐさま、蛇人に囲まれた。

鬼人族長「邪魔だ。私は族長に用が有るのだ」

村といっても、非常に大規模だ。

蛇人族の六割以上が未だにこの地で暮らし、共同体を形成している。


族長の屋敷は見えない。

まだまだ奥に有るようだ。

「満身創痍の老鬼人に何ができるというのだ」

鬼人族長「ナーガを連れ出すさ。
狭い世界に閉じ込めさせてたまるか」

威勢の良い若者の蛇人が蛇の下半身をうねらせて迫る。

815: 2012/07/01(日) 15:54:23.26 ID:ZNeyAryE0
私はその首根を素早く掴み、ラミアの集団に勢いよく投げ付けた。

全身が痛む。

しかし、そんなことはもういいのだ。

鬼人族長「瀕氏だからな。
殺さないよう手加減する余裕もない。
氏んでも良い奴だけかかってこい」

私は鬼だ。

覚悟すれば、幾らでも戦える。


氏ぬ覚悟さえすれば。


ラミアたちが一斉に襲い掛かる。

私は、吼えながら前へと走り出した。

816: 2012/07/01(日) 15:56:21.10 ID:ZNeyAryE0
薙ぎ払う。

振り払う。

邪魔だ。

退け。

消えろ。

妨げるな。

立ちはだかるな。

前しか用はない。



愚直に進む。

ナーガのもとまで。

817: 2012/07/01(日) 15:57:32.39 ID:ZNeyAryE0
噛まれる。

ラミアの毒は神経性の麻痺毒だ。


……知るか。


進む。

進む。

体が重い。

進む。

進む。

818: 2012/07/01(日) 15:59:08.20 ID:ZNeyAryE0
意識が遠のく。

視界の歪みがあまりに酷い。

何時の間にか耳は音を拾わなくなっていた。

全身が震える。

まだ。

まだ……。

膝を着く。

それでも、進む。

くそっ。

まだ。

まだ……!

819: 2012/07/01(日) 15:59:59.74 ID:ZNeyAryE0



「『治癒の呪』!」



820: 2012/07/01(日) 16:03:51.93 ID:ZNeyAryE0
身体が急速に癒えていく。

朦朧とした意識が、全身を駆け巡る熱で呼び覚まされる。

強力な治癒の魔法だ。


側近「はいはい、皆大好き側近ですよー。
久しぶりだなオッチャン」

鬼人族長「どうしてここに……?」

民家の屋根の上に、側近が立っていた。
いつも通りの軽薄な笑みを浮かべている。

顔に疲労はなかった。

多忙とも別れを告げたらしい。

側近「姫ちゃんと、キツネちゃんの会話を盗み聞きしちゃった。
なんで俺を頼らないかなぁ」

側近は芝居がかった溜息を漏らす。

側近「ところで姫ちゃんに頼んで此処に飛ばして貰ったけど、どうよ。カッコ良くない?」

……大馬鹿が。

821: 2012/07/01(日) 16:05:57.95 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「最高にカッコいいではないか!?
お前には似合わん!」

側近「そりゃ残念。
あ、オッチャン。今の治癒魔法は事故だからな。
ただの事故。治そうとして治したわけじゃないから。
事故なんだから誇りとか気にしなくて良いぜ」

どんな言い分だ。

鬼人族長「そうか! 事故か!
?事故ならしょうがないな!
どんどん事故を起こしてくれ!」

側近「ほいきた。『治癒の呪』。『治癒の呪』。
わー、ごめんよオッチャン。三回も間違ってかけちまった。
もう間違えないようにするよ」

鬼人族長「はははは!! 側近は間抜けだな!
だが気分が良いから許そう!」

側近「そりゃ、どうも」

楽しい。

最高に楽しいぞ、側近。

周りの蛇人共が引いている。

良いぞ。

そのまま道を開けろ。

822: 2012/07/01(日) 16:08:19.48 ID:ZNeyAryE0
奴等の士気はまだまだ高い。

だが、私の身体もだいぶ癒えた。

邪魔をするなら全て薙ぎ倒してやる。

鬼人族長「キツネとの挙式はいつだ!」

側近「来月くらいかな。
当たり前だけど、オッチャンも招待するからな」

鬼人族長「楽しみにしているぞ!」

迫ってきたラミアを放り投げながら、私は笑う。

側近「はいはい。俺も久々に暴れるか」


「必要ない」


鬼人族長「……王殿」

王殿が、私の隣に現れる。

魔王「大変だったようだな」

鬼人族長「申し訳ありません。
任務を果たすことができませんでした」

膝を着き、頭を深く下げる。

823: 2012/07/01(日) 16:22:31.00 ID:ZNeyAryE0
魔王「ならば、もう一度果たせ。
やり直しなど幾らでもできるだろう」

鬼人族長「……はっ!」


魔王「ラミアたちよ!
暴力を振るうのなら、この俺に幾らでも振るえ!
私は魔を統べる王だ! お前たちの全てを掌握する者だ!
お前たちの暴力如き、全て受け入れて微笑んでやるわ!」

そのあまりの威厳に、周囲のラミアたちは沈黙し、やがて武器を降ろして平伏した。

側近「すげぇな。氏ぬ為に王になった男とは思えないね」

鬼人族長「全くだ。
ーーーー私は前に進むぞ」

側近「おう。頑張れ老雄」

魔王「取り返してこい」

激励の言葉を背に、私は更に前へと駆けていく。

825: 2012/07/01(日) 16:33:11.13 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

鬼人族長「勝手に入ってすまないな。蛇人の族長よ」

ナーガ「……オッチャン! だいじょうぶ!?」

ナーガが私を見て声を上げた。

粗末な服を着せられ、首輪をつけられている。

裾から見える腕や足には青痣ができていた。

鬼人族長「ああ、大丈夫だ。
今、その首輪を千切って助けてやる」

堪え難い怒りを胸に抱きながら、蛇人族の長へと目を向ける。

全身が白い老いたラミアは、唯一別色である紅い眼で、私を睨む。

鬼人族長「ナーガを解放しろ」

826: 2012/07/01(日) 16:34:59.43 ID:ZNeyAryE0
蛇人族長「断る。この娘は呪われた存在だ」

鬼人族長「そう決めつけている貴様の心が呪われているぞ。
いつまで戦争を引きずるのだ」

蛇人族長「勝者である鬼人族には分かるまい」

鬼人族長「分からぬさ。
だが、蛇神を迫害することがおかしいことくらいは稚児でも分かる」

蛇人族長「蛇神のせいで我等は戦争に負けたのだ……!
ナーガが氏ななければ我々が勝っていた……!」

鬼人族長「それはどうかな。
蛇神は、私の父である先代族長と相討ちだった。
我々の士気も勿論下がった。
だがな、我々は勝ったんだ」

蛇人族長「何が言いたいのだ!」

鬼人族長「貴様らの敗因は貴様ら自身に他ならないだろう。
ナーガに依存していたことがあの戦争の勝敗を分けたのだ」

蛇人族長「きさま……!」

鬼人族長「更に言わせてもらえば、貴様らは未だに蛇神に頼りきりだ。
ナーガを迫害することで、責任や真相から逃げていただけだろう。
どこまで脆弱で、卑屈で、愚鈍で、矮小なのだ」

827: 2012/07/01(日) 16:37:41.80 ID:ZNeyAryE0
老いたラミアは蛇行しながら、私へと迫る。

私はその腕を掴んで、部屋の隅まで放った。

鬼人族長「話にならんぞ。ナーガは私が引き取らせてもらう」

娘を拘束していた首輪を千切る。

ナーガ「オッチャン……」

娘は泣いていた。

鬼人族長「泣くな。帰るぞ」

ナーガ「……うん!」



蛇人族長「ーー我はどうすれば良かったのだ」

倒れこんだままのラミアの長が、途方に暮れたように呟いた。

蛇人族長「我々はナーガ様に心酔しきっていた。
だからナーガ様が討たれた時、もう戦えなくなっていた」

828: 2012/07/01(日) 16:43:45.63 ID:ZNeyAryE0
蛇人族長「そして崇拝していたものを卑しめ、守るべき幼子を傷つけた。
どうすれば我々は誇りを歪めずにいられたのだ」

やはり、自分たちが間違っていることは悟っていたらしい。

鬼人族長「自分で考えればいいだろう。
無駄に長生きしているわけでもないのだから」

蛇人は暫く沈黙し、やがて再び呟いた。

蛇人族長「分からんよ。教えてくれ。
我々はどうして間違えたのだ」

ナーガは老いたラミアに寄り、手を差し伸べた。

族長の赤眼が見開かれた。

ナーガ「後悔しても遅いよ。
だから、今を頑張ろう。
世界はすごくキレイだから」

ナーガの透き通る声に、蛇人族の長は再び黙り込み、やがて笑う。


そして、娘の手を取った。

829: 2012/07/01(日) 16:49:00.71 ID:ZNeyAryE0
蛇人族長「今更、何も頑張ることなどないわ」

彼は体を起こす。

蛇人族長「だから、幼きナーガよ。
お前の頑張る姿を見せてくれ。
我はそれを見届けたい」

やはり、彼もまた誇り高く、そして未来を信じる漢だった。

ナーガ「……うん!」

830: 2012/07/01(日) 16:51:05.40 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

長男「一ヶ月で傷は癒えたようだな。親父よ」

鬼人族長「ああ。お前のせいで色々と大変だったぞ」

私と副族長は同じ場所で対峙していた。

ナーガと姫様もいるが、危険な為、小屋の中に退避させた。

二週間ほどの療養で傷は治っていた。

勿論止められようがその間も鍛錬は行い続けた。

長男「決闘は伝統に則って戦闘不能にしたら勝ちだ。
尤も、俺は親父を頃すつもりだがな」

鬼人族長「ふん」

長男「鬼人族長の座、俺が貰い受ける」

鬼人族長「奪い取ってみろ。馬鹿息子が」

長男「氏ぬ覚悟はできてるみたいだな。
あの世でお袋に土下座してこい。
今まで多大な迷惑をかけたのだからな」

鬼人族長「お前に言われるまでもないわ。
それに、それはお前の方が早いかもしれないな」

831: 2012/07/01(日) 16:52:32.07 ID:ZNeyAryE0
副族長は私に殴りかかる。
突き出された右腕を、上体を下げて紙一重で避けた。

早いが、視える。
一ヶ月前に殴られたのも無駄ではなかった。

掬うような左腕の突き上げが迫る。
左腕を使って、何とか受け流す。
やはり一撃が重い。

左足が蹴り上げられる。
同時に伸ばされた右腕を折って、肘打ちもしかけてくる。

私は副族長の軸足となっている右足へと身体をできる限り丸めて転がり込んだ。
そしてしゃがんだまま、無防備な軸足に地を薙ぐような回し蹴りを放つ。

長男「食らうかよっ!」

副族長は片足のみで、高く跳躍した。

その身体能力は流石だ。
客観的に見て、全盛期の私にも劣らない。

832: 2012/07/01(日) 16:55:18.92 ID:ZNeyAryE0
鬼人族長「できるだけ上に跳ぶなと教えたろうが」

副族長は空中で迎撃の体勢を取るが、地に足を付けている私の方が断然有利だ。

フェイクで体勢を崩させて隙を作り、後頭部を掴んで地面に顔を付けさせた。
地面に副族長の顔の型ができたかもしれない。

敵はすぐさま体勢の立て直しに入ろうとするが、その間に私は奴の右手、右肘、右肩の関節を外して、更に上腕骨、橈骨、尺骨を粉砕した。
骨は強靭な筋肉を突き破ることはなかったようだ。

これで、同じ状態か。

副族長は片手を用いて後ろに跳ね起き、再び殴りかかってくる。

833: 2012/07/01(日) 16:56:30.60 ID:ZNeyAryE0
凄まじい気迫だ。

まさに鬼の名を冠するに相応しい。

乱打戦になる。

副族長は最低限の防御を取るだけで、ひたすら攻めてくる。

痛みも無視して、右腕を鞭のようにしならせて叩きつけてくる。

……強くなった。


純粋に息子の成長を喜ぶ父がいる。


そして、勝利を渇望する漢がいる。


殴り合う。

フェイクに引っかかった。
息子は冷静さも忘れていない。

顎を穿たれる。

網膜に閃光が散った。

まだ、闘える。

834: 2012/07/01(日) 16:57:46.93 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

私は地に臥していた。

代替わりの瞬間が訪れたのだ。

長男「やっぱ、親父はすげぇな。
そんなに老いぼれて、片腕も無いのに、こんなに強いなんてな」

息子は私の前に立ち、息も絶え絶えに言った。

純粋な賛辞だった。それから頭を下げた。

長男「ーー今まで有り難うございました」

息子は左拳を硬く握る。
軋む音が響き、最硬の鈍器と化す。

疲弊していたが、私の霞んだ生命を絶つには充分な余力を残しているだろう。

……息子に屠られるなら、悪くない終わり方だ。






ナーガ「待て!」

835: 2012/07/01(日) 16:59:45.08 ID:ZNeyAryE0
気力を振り絞って首を僅かに曲げれば、小屋からナーガが飛び出てくるのが横目に入った。

その後ろに姫様もいる。

ナーガ「わたしが相手だ!」

ナーガは凛とした声音で叫び、小さな拳を握って構えた。


一人の戦士がそこにいた。


長男「……鬼人族の誇り高い決闘に口を出してんじゃねぇぞ!」

息子は激昂する。

姫「ほ、誇りなんか知らないよ!
わたしはオッチャンに生きててほしいもん!」

ナーガ「そうだ!」

836: 2012/07/01(日) 17:03:40.49 ID:ZNeyAryE0


ナーガは副族長へと駆ける。

長男「クソガキが……!」

娘へと突き出された左腕を、折れた左腕で受け止める。

この隻腕はナーガを護る為に有るのだ。

ナーガは、私の横を抜けて副族長に接近する。



ナーガ「魔法拳『昏倒の呪』!」



小さな拳が美しい構えから放たれた。

拳は鬼の大足を打つ。

長男「かっ……!?」

副族長は仰け反る。
その膝は震え、顔は引き攣っている。

意識を刈り取る魔法を拳に籠めているのだ。

世界で唯一。
ナーガだけの戦闘様式だ。


837: 2012/07/01(日) 17:06:05.15 ID:ZNeyAryE0
長男「鬼を舐めるなぁぁぁぁあああ!!」

副族長は意識が混濁しつつも、それでもナーガに頭突きを食らわせようとする。


……隻腕では護りきれなかった。



ならば、全身を使って護る。



頭突きを胸に食らって倒れる瞬間、娘と目が合った。

ーーーーいけ。


私のアイコンタクトは通じたらしい。


ナーガ「魔法拳『昏倒の呪』!!」


鬼人副族長は完全に気絶した。






暫く静寂が辺りを包んだ。


姫「……勝ったね」


やがて、姫様が呟いた。

838: 2012/07/01(日) 17:07:46.86 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

ドワーフ「そりゃ、面白かったのう」

事の顛末を聞き終えた矮人族の長が愉快そうに言った。

キツネと側近の結婚式の二次会を終え、城の外に出て二人で更に飲んでいたのだ。

地には既に暗闇が満ちていた。

矮人族の長は、式の席でも花柄の帽子を被ったままだった。

ドワーフ「で、結局その娘っ子はどうしたんじゃ?」

老鬼人「私の自宅で預かる事になった。
しかもーーーー」

私の言葉に、族長は小さな碧眼を見開き、それから笑った。

ドワーフ「面白い。面白いのう。本当に面白い。
そんなことも有るのか。鬼人族は面白い」

839: 2012/07/01(日) 17:10:36.74 ID:ZNeyAryE0
老鬼人「私は反対したんだが、馬鹿息子が聞かなくてな。ついに鬼人族全体を説得してしまった」

ドワーフ「ほう。やっぱりカリスマ性は有る様じゃな」

族長は矮人族の地酒を飲みながら、しみじみとうなずいた。

老鬼人「馬鹿息子だがな」

ドワーフ「若いうちはそれくらい丁度ええんじゃよ」



老鬼人「さて、私はそろそろ帰る。娘が待ってるしな」

ドワーフ「そうじゃな。それじゃあ達者でのう」

老鬼人「ああ」

840: 2012/07/01(日) 17:12:06.27 ID:ZNeyAryE0
自宅へ通じる道を、私は独り歩いて行く。

酔いは心地良く、体は軽い。



夏もやがて去っていく。


あとどれだけの季節を越えられるかも分からない。



私はどの季節と共に去っていくのだろうか。



……そんなことは問題ではないか。



私の肉体が朽ちても、心は誰かの中に残れば良い。


繋がっていけばいい。



ただ今は。




娘と共に在りたい。

841: 2012/07/01(日) 17:13:56.26 ID:ZNeyAryE0
ーーーーーー
ーーーー
ーー

「王殿、久しぶりですな」

魔王「その口調はやめなよ。オッチャンみたいだよ」

司書「ええと。どなたでしょうか」

魔王「半狐、司書ちゃん、臣ちゃんと並ぶ四天王の、最後の一人だよ」

司書「あの話本当だったんですか!?」

半狐「私も四天王なの!?」

「……貴方が、姫ちゃん……姫様のご子息か。
……申し訳ありませんでした。
姫様を護るという父の遺言を果たせませんでした」

司書「えっと……」

魔王「彼女は貴方のお母さんの親友で、護衛だったんだよ。
尤も、人間の国に行っちゃったから護衛のしようがなかったんだけどね」

842: 2012/07/01(日) 17:15:08.70 ID:ZNeyAryE0
臣「……」

「貴女が、姫様を頃した者か」

臣「……ああ」

「そうか。……これから頼む」

臣「……冗談だろう?
どのようにして殺されたのか聞いていないのか?」

「……知っている。
そして、貴女を頃したいほどに憎んでいる」

臣「じゃあ、どうしてそんなことが言える?」

「私は憎しみに囚われない。攻撃に使わない。
尊敬する父の教えだ。
それに私は強いからな。護る為に力を使いたい」

臣「……本当に強いな」

843: 2012/07/01(日) 17:18:13.47 ID:ZNeyAryE0
魔王「まあ、話したいことは一杯有ると思うけど、取り敢えず自己紹介してね」


「ーーーー私はナーガ」




ナーガ「蛇神。そして、魔族最強の一族を束ねる者だ」

844: 2012/07/01(日) 17:20:03.09 ID:ZNeyAryE0
全部おしまいです。

長々とお付き合い有り難うございました。

次回作も読んでいただければ幸いです。

845: 2012/07/01(日) 17:25:01.17 ID:X1VolG+fo
堪能したッ!!!!!!!

846: 2012/07/01(日) 17:25:25.13 ID:UurjBWXUo

お疲れ様でした

ナーガは蛇神で鬼族族長って
両方の魔族を率いてるのかしら

848: 2012/07/01(日) 17:41:05.31 ID:ZNeyAryE0
html化依頼を出したいのですが、iPod touchからURLをコピーして貼り付けると、適切なURLにならないようです。

おそらく自分のやり方が悪いのでしょうけれど。

どなたか代理で依頼していただけませんか?

852: 2012/07/01(日) 18:16:26.51 ID:E3cIfFr40
よし俺が>>1の代わりに代理依頼するぜ!
とか思ったらexARJcORoに先を越されたww 有り難うexARJcORo


しかしまさか四天王に繋がるとはナーちゃん…!!
次回作も楽しみにしてる

因みに次スレ作るとしたらタイトルとかやっぱ今と同じ「暇だな」?

854: 2012/07/01(日) 18:32:21.78 ID:ZNeyAryE0
>>852
ダークエルフ「男の尻尾をモフモフしたい」
というのを書き始めました。

一応、この作品の延長線上を想定して書いてます。
ほのぼのをやる……はず。

861: 2012/07/02(月) 11:25:43.40 ID:8uzVE3BIO

引用: 魔王「暇だな」