1: 2012/01/01(日) 00:09:08.12 ID:JxoyR7tu0
――2023年 冬

杏子「はぁ…はぁ…」

杏子が地面に突き立てた槍に掴まっている

杏子「ちくしょう…こんなことになるんだったら……」

マミ「佐倉さん…大丈夫…?」

杏子は鼻血を流しながら雪の上に倒れた

マミ「!」

杏子「くそ…!」

マミ「喋らないで…今ソウルジェムを浄化するから…!」

マミが浄化素材をかき集めて杏子の胸に押し当てた

マミ「大丈夫、大丈夫よ…しっかりして…!」

杏子「……」

マミが涙目になり始めた

マミ「…お願い、止まって……!」
もう誰にも頼らない
2: 2012/01/01(日) 00:10:29.47 ID:JxoyR7tu0
杏子「…マミ」

マミ「…?」

杏子「手をどけな…。こんな量じゃとても間に合わない…
   …ここにあるサイコロは、全部あんたが使え…」

マミ「…! 駄目よ…そんなこと言わないで…!」

杏子「…あんたにお願いがある」

マミ「佐倉さん…?」

杏子が髪留めの十字架を引き抜いた

杏子「…もし、奴が最後の情けで『あたしだけ』を連れ去ったらさ…」

マミ「……?」

杏子「…この子を頼む…」

マミ「……。『この子』って…?」

杏子は泣きながら笑った


4: 2012/01/01(日) 00:12:21.26 ID:JxoyR7tu0
杏子「…あたしが馬鹿だった…」

体が蒸発していく

マミ「佐倉さん…!? 嫌だよ! 待って!」

杏子「……」

杏子は力尽きて消滅した

マミ「…うぅ…! うぅ…!!」

泣き崩れるマミ

地面についた手に何か温かいものが触れた

マミ「…え…?」

杏子の腹の中にいた胎児だった

マミ「…! うっ…嘘ーーっ!!」

5: 2012/01/01(日) 00:14:02.77 ID:JxoyR7tu0
―――――――
――2029年 恭介の個人オフィス

恭介がデスクでネクタイを緩めてウォッカを飲んでいる

恭介(――世界を救う為には、それでも前向きに生きなければならないのか…
   こんな生き地獄が奇跡の代償だというのなら、あの時氏んだほうがマシだった…)

恭介「……」

(杏子『世界を救うってのはそれくらい途方もなく難しいことなんだよ』)

恭介(…あの言葉を信じるべきだった。佐倉神父の苦悩も想像に堪えない…
   バイオリンでできることは所詮たかが知れているということか…)

ノックの音がした

仁美「入ってもいいですか?」

恭介「…志筑か」

真っ赤な口紅の仁美が外から扉を開けた

仁美「商談のほうはどうでした?」

6: 2012/01/01(日) 00:15:44.82 ID:JxoyR7tu0
恭介(…見る影もなくなったな。ビジネスごっこを始める前は本当に高貴だった)

恭介「…無事成立だ。一滴の血を流すこともなく、な…」

仁美「よかった」

仁美が恭介の肩を揉み始めた

仁美「さて…お約束でしたわね。上条さん」

恭介は鼻で笑った

恭介「…顔色一つ変えないとは、全く大した女だ。それとも金のことで頭が一杯なだけか?」

仁美「はい?」

恭介「腹の底では『誓約書でも書かせるべきだった』と思ってるんじゃないか?
   結婚の話は白紙だ。それから、お前はクビだ。志筑」

仁美「まあ。ご冗談でしょう?」

7: 2012/01/01(日) 00:16:27.09 ID:JxoyR7tu0
恭介「とぼけなくていい。斜太の連中にヤクザが絡んでいた…
   お前は知っていたんだろう? 初めから私をはめるつもりだった
   そうでないなら一体どこの世界に血の流れる商談があるって言うんだ? 言ってみろ」

仁美「さぁ? 何をおっしゃってるのかわかり兼ねますわね」

恭介(小馬鹿にしたような猫撫で声を…。大方また何か企んでいるんだろうが…)

恭介「…顔に銃を向けられたんだ。今日ばかりは私の情けに期待しないほうが身の為だぞ」

仁美「そう」

仁美が肩を掴んだまま耳打ちした

仁美「あなたを強姦罪で訴えることだってできるのよ?」

恭介(…策士気取りか。薬を盛ったのもお前だろうな)

恭介「…お前とをした覚えはない」

仁美「あら。私は覚えてますわ。あなたはひどく酔ってましたけれど、ね」

恭介は震える手でグラスを口に近付けた

8: 2012/01/01(日) 00:17:04.93 ID:JxoyR7tu0
仁美「…赤ちゃんがいますの」

腹をさする仁美

恭介「……」

仁美「父親が誰なのか。ちょっと調べればわかることですわ」

恭介「…ほう」

恭介がグラスを置いて立ち上がる

恭介「なら、こうしよう」

仁美のみぞおちをえぐり込むように殴った

仁美「ううっ!?」

体が背中から浮き上がる

恭介「職業病でな…、私は人の心が読めるんだ。お前のような愚鈍な女の心は特に、なっ!」

渾身の2発目

仁美「はあっ…! あっ…!」

崩れ落ちた仁美の髪を掴み上げる

9: 2012/01/01(日) 00:17:52.06 ID:JxoyR7tu0
恭介「斜太の入れ知恵か? だが私を出し抜こうとしても無駄だ」

仁美「うっ、うぅあ…!」

恭介「レOプが望みならすぐにでも引き受けるぞ。お前の子供とやらも喜んでいることだろう…!」

仁美「…あ…」

恭介「?」

仁美「…悪魔…!」

恭介「……」

恭介がデスクの引き出しからハサミを取り出し、片方の刃を仁美の口に突っ込んだ

仁美「ひっ!!」

恭介「それがどうした、醜い雌豚! 『真人間を相手にしてると思うな』とあれほど言っただろう!」

刃先が仁美の頬を内側から押し上げている

仁美「…!」

10: 2012/01/01(日) 00:18:38.40 ID:JxoyR7tu0
恭介「私の佐倉神父との違いは、第1に『神を信じていない』こと、
   第2に『生まれながらのサディスト』であるということだ
   有名な話だと思っていたが、知らなかったか? …悪魔で結構!」

仁美「かっ…あっ…!」

恭介「お前は自分を『口の堅い女』だと思うか! なら私がこの口を文字通り耳まで裂いてやる!
   それが嫌なら本当のことを言え! 今すぐに!」

仁美は口を開けたまま泣き出した

仁美「あ…、…はっ…」

恭介がハサミを抜いた

仁美「うっ…うっ…。お……お金が…欲しかったの…」

恭介「ふん…。お前の親父は金の使い方も教えてくれなかったのか
   借金はいくら作ったんだ? 2億か。3億か」

11: 2012/01/01(日) 00:20:05.56 ID:JxoyR7tu0
仁美「たった5千万よ…!」

恭介「『たった』? 失敗もする訳だ。5千万という金額は、お前には一生かかっても作れない
   いつまでも空から金が降って来ると思ったら大間違いだ
   …挙句に色仕掛けとは笑わせる。縁でも切られないうちに親に泣き付くがいい」

仁美「うぅ…」

涙でアイラインが流れた

恭介「それ以上私の前で泣くな。見苦しい」

仁美「……。ここまで心から憎いと思った人は、あなたが初めてですわ…」

恭介「私も愛する人以外を傷つけたのはお前が初めてだ」

仁美がよろめきながら立ち上がり、ハイヒールを履き直した

恭介「…妊娠しているというのは本当か?」

仁美「…そうだと言ったら?」

恭介「私の子じゃない」

12: 2012/01/01(日) 00:21:22.58 ID:JxoyR7tu0
仁美「……。さすがですね。ええ、図星ですわ…全て私の考えたでっち上げ…」

恭介「そうだろうとも。馬鹿馬鹿しい…」

恭介がデスクに戻った

仁美はベッドに腰掛けて目を塞いだ

仁美「…斜太さんは何て…?」

恭介「……。杏子の名を商談のダシに使われた。生きてるかどうかさえわからないのに…」

恭介はウォッカをグラスに注いでため息をついた

恭介(もう空か…)

仁美「…上条さんらしくないですわね」

恭介「…私がここまでのし上がって来られたのは、杏子の存在があったからだ」

仁美「…まだ、愛してらっしゃるの…?」

恭介「薄汚い口を閉じろ、ゴキブリめ。お前が欲しいのは金だろうが」

13: 2012/01/01(日) 00:21:55.81 ID:JxoyR7tu0
仁美「…子供だったとはいえ、一度は好きになった男性ですもの」

恭介「執念だけは人一倍だな」

仁美「…必要なものがありましたら、お持ちしますわ…」

恭介「……酒が欲しい。野生の象を2頭殺せるほどの、大量の酒が…」

仁美「……」

恭介「…今度こそ睡眠薬の入っていないやつをな」

仁美「…! …すみません」

扉を開ける仁美

恭介「志筑」

仁美「…はい?」

恭介「口紅を落とせ。お前に赤は似合わない」

14: 2012/01/01(日) 00:22:24.48 ID:JxoyR7tu0

仁美「…ありがとうございます」

恭介「…悪運の強い女だ。全く、虫唾が走る……。神父の戒めは年内に暗記しろ
   そうすれば日曜学校の教師として氏ぬまでコーデリアで働かせてやる」

仁美「……」

仁美が部屋を出ていった

恭介(さやか…)

写真の入った引き出しを開ける恭介

恭介(杏子……)

額縁の真ん中で、赤いドレスを着た杏子がピアノを弾いている

恭介(…どこに行ってしまったんだ…)

15: 2012/01/01(日) 00:24:22.45 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2011年 春 マミの家

QB「――それと引き換えに出来上がるのがソウルジェムという訳
   これを手にした者は、戦いで力尽きるとこの世界から消えてしまう運命を背負うんだ」

さやか「え…!?」

マミ「そう。契約で願いを叶えた魔法少女は、希望によって世界に歪みを引き起こす
   その歪みが解放される時、希望の分だけ、呪いが生まれてしまうの
   それが人の世に災いをもたらす前に、私達は『円環の理』に導かれて去っていく…」

さやか「そんな…じゃあ、いつかはマミさんも…?」

マミ「うん…そうよ」

さやか「……」

杏子「何ビビってんのさ? 戦いに明け暮れてでも叶えたい願いがあるんじゃなかったのかよ」

さやか「あたしは…」

杏子「……まぁ、あんたの望みなんて所詮その程度のもんだったってことだよ
   契約しちゃう前にそれがわかってよかったじゃん」

16: 2012/01/01(日) 00:26:31.48 ID:JxoyR7tu0
さやか「うぅ…」

マミ「……。まぁ、仕方ないよね。人手は惜しいけれど、無理強いはできないもの」

さやか「…ごめん、マミさん…」

マミ「いいのよ。あなたが安易に契約してしまわなくてよかったわ」

杏子「さ、一般人は帰った帰った」

さやか(そうなんだ…。この人達がやってることって、
    傍から見るとかっこよくて楽しそうに見えるけど、実はそんな簡単なことじゃなくて…
    願い事を叶えたのにも、それなりの代償を払ってるんだ…)

さやか「うん…あたしの考えが甘かったよ。軽い気持ちで首突っ込んじゃって、ごめん」

立ち上がるさやか

マミ「あら、帰っちゃうの? せっかく来たんだし、契約の話は置いといて、
   もっとゆっくりして行かない?」

17: 2012/01/01(日) 00:27:53.29 ID:JxoyR7tu0
さやか「ううん、まだ時間早いけど、あたしちょっと用事があってさ
    ちょうど話ついちゃったし、キリいいかなって」

マミ「そう…」

さやか「んじゃね」

さやかは帰っていった

杏子「…馬鹿だよね。『戦い』はよくて『消える』のは駄目って、一体どういう基準だよ」

杏子がケーキをかじる

マミ「仕方ないわよ。実際に魔獣の姿を見たこともない、普通の女の子だもの
   普通に暮らしていく中で本物の頃し合いを想像できる子なんて、そういるものじゃないわ」

杏子「あいつは魔法少女には向いてないだろうね」

21: 2012/01/01(日) 00:42:27.83 ID:JxoyR7tu0
マミ「どうして?」

杏子「んー、勘…っていうのかな。あいつが考えてた願い事、男絡みなんじゃないかって気がする
   単に『あの人と上手く行きますように』なのか何なのか知らないけど
   何ていうかさ、恋なんてその時だけの幻みたいなもんじゃん?

   そこんとこ無視して『それでも戦う』だなんて、間抜け通り越して危険思想だ」

マミ「いいじゃない、幻だって。恋に生き、恋に氏ぬ…
   円環の理は夢から覚めようとしている女の子に永遠を与えるの

   そうして魔法少女はそれぞれの安らぎの中、穏やかに旅立っていく…
   ロマンチックじゃない?」

杏子「…消えちまったら何の意味もねーよ」

マミ「そうかもね」

マミは紅茶を飲んだ

22: 2012/01/01(日) 00:44:47.22 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――恭介の病室

恭介がさやかから顔を背けてCDを聴いている

さやか「何を聴いてるの?」

恭介「…『亜麻色の髪の乙女』」

さやか「あぁ、ドビュッシー? 素敵な曲だよね」

恭介「……」

さやか「…あ、あたしってほら、こんなだからさ。クラシックなんて聴く柄じゃないだろって
    みんなが思うみたいでさ。たまに曲名とか言い当てたら、すごい驚かれるんだよね
    意外すぎて尊敬されたりしてさ…」

恭介「……」

さやか「…恭介が教えてくれたから…。でなきゃあたし、
    こういう音楽ちゃんと聴こうと思うきっかけなんて、多分一生なかっただろうし…」

23: 2012/01/01(日) 00:50:31.53 ID:JxoyR7tu0
恭介「…さやかはさ」

さやか「ん…何?」

恭介「…さやかは、僕をいじめてるのかい…?」

さやか「…!?」

恭介がイヤホンを外した

恭介「なんで今でもまだ、僕に音楽なんか聴かせるんだ…? 嫌がらせのつもりなのか」

さやか「…だって恭介、音楽好きだから――」

恭介「もう聴きたくなんかないんだよ! 自分で弾けもしない曲、
   ただ聴いてるだけなんて…! 僕は…僕は…!」

恭介が素手でCDを叩き割った

ベッドに血が飛び散る

さやか「!!」

24: 2012/01/01(日) 00:55:21.18 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――病院前

さやか「! あんたは…」

杏子がポテトチップを食べている

杏子「よう」

さやか「……」

杏子「何しょぼくれてんのさ?」

さやか「な、何でもないよ…」

杏子「ふーん」

さやか「…そっちは何しに来たの? 病院なんかに…」

杏子「あんたの様子を見に来たのさ。どうせ吹っ切れちゃいないだろうと思ってね」

さやか「! ……」

杏子「…本当は迷ってんだろ?」

さやか「……うん」

25: 2012/01/01(日) 00:57:44.77 ID:JxoyR7tu0
杏子「ここに誰か入院でもしてるのか。男かい?」

さやか「…あんたには関係ないでしょ」

杏子「あるんだよね、それが」

ポテトチップを差し出す杏子

杏子「ほらよ」

さやか「……。ありがと。でもあたし今食欲ないから…」

杏子は出した分を自分で食べた

杏子「そいつ、病気なのかい?」

さやか「……」

杏子「…なるほどね。『治してやりたいのはやまやまだけど、消えちまうのは怖い』って訳か」

さやか「…あんたに何がわかるのよ」

杏子「『このまま勢いに任せて突っ走ったらあんたが後悔する』ってことだよ」

さやか「後悔しない為に、慎重に考えてるんじゃんか…」

26: 2012/01/01(日) 00:59:54.99 ID:JxoyR7tu0
杏子「駄目駄目。一度っきりの願い事を他人の為に使っちまうなんて馬鹿のやることだ
   自分自身の望みが何も思い付かないってんなら、あんたは契約のことなんて
   初めから聞かなかったことにして、早いとこキュゥべえの前から消えな」

さやか「恭介は…あいつは病気なんかじゃなくて…」

杏子「病気じゃない。じゃあ怪我か?」

うなずくさやか

さやか「ちょっと前に事故に遭っちゃってさ。それ以来、左手が使えなくなっちゃって…
    『今の医学じゃもうどうにもならない』って、医者に言われたんだって…」

杏子「……。単なる怪我ならあたしやマミの魔翌力一つで治せるが、
   完全に動かないとなると、元に戻すのは難しいかもしれないな」

27: 2012/01/01(日) 01:06:59.18 ID:JxoyR7tu0
さやか「…だから、あたしが…」

杏子「んー。五体満足のあたしに言われてもウザいだけかもしれないけど、
   人間、腕の1本や2本なくたって生きていけるんだよ」

さやか「…普通の人ならね。あたしも『自分だったらよかったのに』って何回も思ったし…
    でも恭介はそうじゃないんだ。あいつには特別な才能があって、
    それは手がどうしても必要なもので…」

杏子「ふーん…」

さやか「……」

杏子「…とにかく、お前はそいつの為に危険を冒してまで契約なんてするな
   怪我のほうはあたしが一応見てやる」

さやか「…!」

杏子「でも期待するなよ。魔法だって万能じゃないんだ」

さやか「…変なことしないでよね」

杏子「変なことって何さ?」

さやか「変なことは変なこと! …例えばキツい言葉かけたりとか…」

杏子「心配すんなって。あたしも人の子だ。悪いようにはしないさ」

28: 2012/01/01(日) 01:07:51.55 ID:JxoyR7tu0
―――――――
――恭介の病室
恭介が横になったまま背中を向けている

杏子(この坊やか)

恭介「…さっきは、ごめん」

杏子「?」

恭介「…でも、もう音楽も気休めも聞きたくないんだ…」

杏子(あいつ、喧嘩してたのか…?)

杏子「よう。あたしはさやかじゃないよ」

恭介が振り返った

恭介「…だ、誰?」

杏子「佐倉杏子だ。さやかの知り合いさ」

恭介「……」

杏子が椅子に腰掛ける

29: 2012/01/01(日) 01:08:35.37 ID:JxoyR7tu0
杏子「『いきなり何だ』って思ったよね。ちょっとさやかに頼み事されて来たんだ」

恭介「……。さやかを傷つけたこと、叱りに来たんでしょう…?
   さやかに謝っておいてください…今は何も考えられないし、聞く耳持つ余裕もないから…」

杏子「そうじゃない」

恭介「…慰めに来たのなら、尚更結構です」

杏子は恭介の左腕を掴んだ

恭介「…?」

杏子(…サイコロ1個分だけな…。どうせあいつが仲間に加わったら、
   足引っ張られて仕事は増えるし、あたしの取り分は減るし、ロクなことになりゃしない
   ここで治しちゃったほうが魔翌力の節約になる…)

さりげなく魔翌力で治療を試みる

30: 2012/01/01(日) 01:09:27.91 ID:JxoyR7tu0
杏子(…でもなー…やっぱマミにでも頼むんだったかな…)

恭介「…何ですか」

杏子「…動かないか?」

恭介「……」

杏子(無駄だったか…)

恭介「…すみません。もう帰ってもらっていいですか…」

杏子「ああ、悪かったよ」

恭介「いえ…」

杏子「…ところでさやかとはどういう関係だい?」

恭介「え?」

杏子「氏ぬほど心配してるぞ、あいつ」

31: 2012/01/01(日) 01:10:15.70 ID:JxoyR7tu0
恭介「…子供の時からの、友達です…」

杏子(友達ねぇ…)

杏子「…ま、あいつがヤケ起こさないうちにその手が治るように祈っといてやるよ。神様にさ」

恭介「…神様なんているもんか…」

杏子「……。あたしは信じてるよ。神様って奴は気まぐれで意地悪な役立たずだけどね」

杏子が去っていく

恭介は左手を見つめた

恭介「え…?」

CDを割った時に切った傷が治っている

恭介「…何だって…!?」

32: 2012/01/01(日) 01:11:14.32 ID:JxoyR7tu0
――病院の前
杏子が出て来た

さやか「ど、どうだった?」

杏子は首を振った

さやか「…そっか」

杏子「あんたに謝りたがってたぞ。行ってやりなよ」

さやか「…ううん。いい…」

歩き出すさやか

杏子「おい、契約はするなよ?」

さやか「…やれるだけのことはやったんでしょう?
    それで駄目だったのなら、他にどうしろって言うのよ…」

33: 2012/01/01(日) 01:12:10.48 ID:JxoyR7tu0
杏子「だからってあんたが魔法少女になる必要なんてどこにあるんだよ
   あの坊やの手とあんたの命は何の関係もない

   一度契約しちまったら、いつくたばったっておかしくないんだぞ

   それに仲間が増えればその分サイコロの分け前も減らさなきゃならねーし、
   急に足りなくなったら1人で集める羽目になるんだぞ。あんたにはそれができるのかよ?」

さやか「そりゃ、最初は迷惑かけると思うけど…
    あんた達だって、初めから強かった訳じゃないんでしょ?」

杏子「わかんねー奴だな…。契約の願い事で坊やの腕を治したとしても、
   それがきっかけになって、巡り巡って坊や自身を傷つけることになるかもしれないんだぞ」

35: 2012/01/01(日) 01:12:55.35 ID:JxoyR7tu0
さやか「なっ……意味わかんない…なんでそうなるのよ!」

杏子「あたしがそうだったんだよ」

さやか「……」

杏子「契約した時はあんなことになるなんて思いもしなかった
   あの人だって嬉しそうだったし、しばらくの間は、1人で大変だったけど幸せだったよ
   …まぁ、最終的に引き金になったのは、あたしのちょっとした失敗だったんだけどね」

さやか「…『大切な人の怪我を治したい』。それって間違ってる?
    あたしは見返りが欲しい訳じゃない。恭介に真相を教えるつもりもない
    だったら恭介が傷つくことなんてある訳――」

36: 2012/01/01(日) 01:14:21.36 ID:JxoyR7tu0
杏子「その失敗ってのはさ、妹の怪我を治したことだったんだよね」

さやか「…?」

杏子「そう、あんたと一緒さ。妹に見返りなんか求めちゃいなかったよ
   だけどあたしの家族は、その日からすっかり壊れちまった」

さやか「……」

杏子「…魔法ってのはそういうもんさ。人の為になんか使っちゃいけなかったんだよ
   あたしはそれ以来、この力は自分の為だけに使い切るって心に誓ったんだ」

さやか「…だったらなんで、さっき…」

杏子「……。だから言ってんじゃん。あんたが入って来ると迷惑なんだよ
   今の3人で手に入れたサイコロを、どうせ足手まといのあんたにも配ることになる

   それを今のうちに防げるんなら安いもんだと思ったんだ
   …結果的には魔翌力と時間の無駄だったけどね」

さやかは下を向いて泣き出した

37: 2012/01/01(日) 01:15:32.49 ID:JxoyR7tu0
杏子(泣きたいのはこっちだ、馬鹿…魔翌力だってタダじゃないのに)

さやか「…あんな恭介、もう見たくない…」

杏子「…だったら会わなきゃいい」

さやか「そういう問題じゃなくて…!」

杏子はため息をついた

杏子「わかったからもう拗ねるな…。魔翌力に余分ができたらまた何回か試してやるから」

さやか「……」

さやかが顔を上げる

杏子「…だからちょっと待てっての。時間はかかるし、上手く行く保証もないけどね」

杏子(まぁ、坊やの手は治らないけど、何もそれだけが人生じゃない
   しばらく経てば、坊やだって現実を受け入れられるようになるさ
   あんたが契約を考えるのはその後でも遅くない。ちっと頭冷やせっての)

さやか「…ありがとう。…でも、あたしも心の準備はしておくから
    これは、あたしの問題なんだ。いつまでもあんたに迷惑はかけない」

杏子「ったく…」

38: 2012/01/01(日) 01:16:10.43 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2005年 杏子の通う教会
佐倉神父が声を張り上げている

神父「――世界の堕落を食い止めるのは、海の上を歩き、石をパンに変える聖人ではありません

   今こうしてここにいる、私やあなた方であり、その家族や友人達なのです

   聞いてください。誰かに愛されることを全く苦痛に感じる人がいるでしょうか?

   照れ臭いかもしれません。時には不安かもしれません。しかし誰もが望んでいるでしょう」

杏子(かっこいいよ)

39: 2012/01/01(日) 01:17:11.19 ID:JxoyR7tu0
神父「人に愛される人は、気付かないうちにその人を救っています

   貧しい人に与える為にあなたの財産を売り払う必要はないのです

   あなた方は誰一人、手のひらから金貨を出すことはできません

   一度与えてしまった物は、取り戻すまで返って来ないことを忘れないでください」

神父が1円玉を取り出す

神父「しかしながら、ここにいる全員が、少なくともこのコインより

   価値のあるものを無限に生み出すことができます

   一時の癒し、過ぎ去っていく幸福、無意識下の愛……

   これらは小さなものであるが故、誰にでも配ることができ、しかも決して尽き果てません」

40: 2012/01/01(日) 01:18:02.05 ID:JxoyR7tu0
神父「たった一度の握手、ほんの一言の挨拶、わずか数秒の笑顔からも、小さな愛は生まれます

   残念ながら、これによって人の命を救うことはできません

   それでも、疲れ切った人にあと一歩だけ前に進む力を与えることはできます

   この小さな救世主がその人の近くにもう一人いたら、更にもう一歩です

   ここではたった一人がわずかに前進したに過ぎませんが、

   沢山の人が分かち合えば、いつかは大勢が目的地に到達できるのです」

41: 2012/01/01(日) 01:18:51.59 ID:JxoyR7tu0
神父「簡単なことです。今日から始めようではありませんか

   この礼拝堂を出たら、すれ違う人々に笑顔で会釈してください

   家に帰ったら家族に話しかけてください

   今日あなたが見聞きしたことでも、夕飯のおかずのことでも構いません

   多くの人と友達になってください。目が合う度に笑いながら手を振りましょう

   彼らは知らず知らずのうちに心を開いてくれます

   こうして繋がった人達は、倒れても簡単に起き上がることができます

   なぜなら、愛する人を喜んで見捨てる人はいないからです」

杏子の願いで集まった人々が盛大に拍手した

杏子(もうすぐ、みんなが助け合って暮らす世の中になるね
   お父さんがこんなに頑張ってるんだもん。…あたしも頑張って戦うよ)

42: 2012/01/01(日) 01:22:04.21 ID:JxoyR7tu0
――杏子の家

妻「――あなたの説法は素敵だけど、もっと主の御言葉を尊重してもいいんではないかしら…」

神父「……。聖典に書かれた通りの教義を広めるだけじゃあ、もう求道者はついて来ない…
   …新しい時代を救うには、新しい信仰が必要なんだ」

杏子(お父さんはやっぱりすごいな…)

妻「…主はあなたを心配しておいでだわ」

神父「…このことに気が付いた私だからこそ、こうして成功を納めることができたんだ
   みんながようやく関心を持つようになってくれた…
   私には神が啓示をくださったんだとしか思えないんだよ…」

杏子「……」

43: 2012/01/01(日) 01:29:37.99 ID:JxoyR7tu0
神父「お前達にはひもじい思いをさせてしまったけど…
   ここまで来られたのもお前達のおかげだ…本当にありがとう
   今ならきっと世界を救える。みんなが変わろうとする時が来たんだ」

妻「…そうね。信じて待っていたことがとうとう現実になった。素直に感謝しましょう」

QB(君の父さんは、この現象を自分の力で引き起こしたと思っているみたいだね)

杏子(いいじゃん。本当なら初めからこうなるはずだったんだよ
   だってお父さんは当たり前のことを言ってるだけだもん)

QB(君が納得してくれているのなら構わないんだが)

杏子(もちろんだよ。お父さんはみんなに正しいことを教える
   魔獣はあたしがやっつける。こうやって、あたし達で世界を天国にするんだ)

44: 2012/01/01(日) 01:34:49.31 ID:JxoyR7tu0

QB(うん、君の気持ちが揺らいでないことを確認できれば充分だ
   今夜も忙しくなりそうだからね。しっかり頼むよ、杏子)

杏子(わかってるよ)

杏子「…お父さん」

神父「何だい?」

杏子「今日もかっこよかったよ」

神父「あはは。ありがとう、杏子。おいで」

佐倉神父は杏子を抱き締めた

神父「ありがとう…。こんなに優しくて可愛い娘達に恵まれて、お父さんは幸せで仕方ない」

杏子は腕の中で笑った

神父「…本当にいい子に育ってくれた」

神父が杏子の頭をそっと撫でた

45: 2012/01/01(日) 01:41:29.96 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――恭介の病室
杏子が買い物袋を引っ提げて入った

杏子「よう」

恭介「佐倉さん…」

杏子「さやかの奴が気まずそうだったから、代わりに見舞いに来てやったんだ」

恭介「……」

杏子がバナナを取り出す

杏子「食うかい?」

恭介「うん…それじゃあ、後で頂くよ。ありがとう…」

杏子「…何だよ。緊張してんのか?」

恭介「少し…」

杏子「別にかしこまらなくていいよ。歳もそんな離れてないしね」

恭介「…佐倉さんは…どういう人なんだい…?」

杏子「どうって言われてもな…何が知りたいのさ?」

恭介「昨日、君は僕に何をしたの…?」

46: 2012/01/01(日) 01:43:53.65 ID:JxoyR7tu0
杏子「はぁ…?」

恭介「信じられないことだけど…君に腕を掴まれてから何気なく自分の手を見たら、
   怪我をしてたはずなのに、綺麗に治ってて…」

杏子「…? 動くのか?」

恭介「いや…」

恭介は左手を見せた

恭介「昨日、CDに八つ当たりしちゃって、ここを少し切ったんだ…それが、嘘みたいに…
   驚いたけど、気のせいじゃない…。何度も確かめたんだ…」

杏子(……。そいつは気付かなかったな…。昨日魔翌力を使った時、そっちだけ治っちまったんだ…)

恭介「…奇跡だよね、これ…」

杏子「あー…。うん、…よかったじゃん」

恭介「さやかが言ってたんだ。『この世に奇跡はあるんだよ』って
   …そして佐倉さんを連れて来てくれた…

   もしかして、このことだったのかなって…。佐倉さんは、『奇跡』を起こせるの…?
   こんなこと、何だか自分でも不思議だけど、今ならすんなり受け入れられる気がしてる…」

47: 2012/01/01(日) 01:44:27.00 ID:JxoyR7tu0
杏子「…じゃあ、祈りがちょっとだけ通じたんだね」

恭介「あはは、本当にいるんだね。神様って」

杏子「……」

恭介「…もう一度、触れてみてくれるかい…?」

杏子(…何度やったって同じだっての…
   あたしにはあんたの手なんかどうやって治せばいいかわかんないんだよ…)

恭介「『もしかしたら』って――」

杏子「神様はきっと、あんたに意地悪してるんだよ…」

恭介「え…?」

杏子「そういう奴さ…あいつは。希望を持たせて、ちょっとだけ淡い期待を抱かせて、
   その後であたし達を何倍も苦しませる…。頭来ちゃうよね」

恭介「佐倉さん…」

杏子「傷を治したのはあたしじゃないよ。手を元通りになんてしてやれない」

恭介「……」

杏子「まさかそんなトンチンカンな誤解されてるなんてなー…」

恭介が左手を差し出した

48: 2012/01/01(日) 01:45:18.18 ID:JxoyR7tu0
杏子「…何だよ」

恭介「まだわからないじゃないか」

笑っている

杏子(何がそんなに嬉しいんだ…? 無理だって言ってるじゃんかよ…)

恭介「…嫌かな」

杏子「いや、別に嫌じゃないけどさ……言っとくけど、治らないからね?」

杏子は恭介の手を握った

恭介「……」

杏子「……」

杏子(…馬鹿じゃねーの…)

恭介「…ありがとう」

49: 2012/01/01(日) 01:46:17.15 ID:JxoyR7tu0
杏子「…気済んだか?」

恭介「うん」

杏子が手を放す

恭介は自分の手を見た

恭介「…やっぱり、動かないや」

杏子「……」

恭介「…嬉しかったよ。ありがとう」

杏子「ふーん……なら、その調子で元気出しな」

恭介「また、会いに来てくれる…?」

杏子「ああ…?」

恭介「佐倉さんを見てると、ちょっとだけ希望が湧いて来るんだよね…
   先生には『手が動くようになることは一生ない』って言われたけど、
   佐倉さんは、常識では考えられないことが世の中にはあるって、教えてくれたから…」

50: 2012/01/01(日) 01:56:57.06 ID:JxoyR7tu0
杏子「だからあたしじゃないっての…」

恭介「じゃあ、誰が…?」

杏子「…知らねーよ」

恭介が笑った

恭介「『神様』かな?」

杏子「……。そうだね。『意地悪な神様』だ」

恭介「君は信じてるんだろう?」

杏子「…こう見えて、神父の娘なんだよね。とっくに破門されてるし、
   教義も平気で破るけど、それでもいまだにどっかで信じてるよ」

恭介「僕も信じることにする」

51: 2012/01/01(日) 01:57:27.90 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2030年 コーデリア・ガーデン

アナ「――上条容疑者の所有する『コーデリア・ガーデン』で暮らす少女の行方が
   相次いでわからなくなっている事件の続報です」

院長の巴マミがテレビを睨んでいる

マミ「……」

アナ「――音楽家の上条恭介容疑者が12日、都内の自宅で覚せい剤を使用したとして、
   覚せい剤取締法違反の疑いで逮捕されました

   警察の調べに対し、上条容疑者は『仕事の疲れと孤独を紛らわす為に使った』と
   覚せい剤の使用について容疑を認めている一方で、

   行方不明の2人については『彼女達の居場所はこちらが知りたい』などと
   事件への関与を否認しているということです」

マミ「……」

52: 2012/01/01(日) 01:58:04.73 ID:JxoyR7tu0
アナ「――音楽の世界に新たな可能性を切り開いた彼が、
   『コーデリア』設立までに一体どのような足取りで歩んで来たのか、

   また、なぜ覚せい剤の使用に踏み切ってしまったのか
   この後の特集では、上条容疑者の意外な素顔に迫ります」

QB「ここもすっかり騒がしくなったね」

マミ「…ええ。彼は有名になりすぎてしまったの…。もう、私達の手には負えないわ」

QB「故郷が恋しいかい? マミ」

マミ「ううん。あの子達を守り切れなかったのは、やっぱり私の責任だし…
   ここで逃げてしまったら、佐倉さんにも顔向けできないもの」

QB「それにしても、ここが警察機関に目を付けられるとはね
   せっかく優れた素質を持った少女達が集まるようになったのに、
   これ以上安易に契約したら、コーデリアそのものが解体されてしまい兼ねない」

マミがソウルジェムを手に取った

マミ「私も、もうあまり長くはないわ…」

53: 2012/01/01(日) 01:58:31.47 ID:JxoyR7tu0
QB「やれやれ、縁起でもない。このタイミングで君が氏んだら、
   コーデリアの名誉はますます失われてしまう」

マミ「…いっそのこと、魔法少女の存在を表社会に知らしめてみたらどうかしら」

QB「それこそ本末転倒だよ。僕との契約は身を滅ぼすものとして、永久に忌避されるだろう」

マミ「……。キュゥべえには、何か考えはある?」

キュゥべえが体を回転させて背中越しにマミを見上げた

QB「稀な例ではあるけれど、昔僕がアメリカで出会ったヘレンは
   魔法少女でありながら、今の上条恭介と似たような活動をしていた

   肉体の老化が始まってからは、若さをも犠牲にして魔翌力の消耗を最小限に抑えることで
   ソウルジェムの劣化を遅らせていた

   魔獣ともほとんど戦わなくなった。『引退した』と言っても差し支えないだろう」

54: 2012/01/01(日) 02:02:15.90 ID:JxoyR7tu0
マミ「……」

QB「彼女にテレパシーで言葉と戦いを教えたジョアンナもそうだよ
   もっとも、2人は世界中の魔法少女からグリーフマテリアルの援助を受けていたけれど

   おかげで彼女達は、生身の人間と比較しても長い期間に渡って生き残ることができたんだ
   この考えを発展させれば、君の寿命を延ばすことも充分可能になるはずだ」

マミ「……」

QB「僕達は、魔法少女の在り方を今一度見直すべきなんじゃないかな
   その先駆けに、ほむらや杏子達と結成した『ワルプルギスの夜』を、
   もう一度立て直してみるのはどうだろう

   それも全く新しい体制を取り入れた、画期的な組織としてね
   具体的な運営方針は、これから考えなければならないけれど」

マミ「…そうね。暁美さんに相談してみましょう…」

55: 2012/01/01(日) 02:25:25.11 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2011年 恭介の病室

杏子「――母親には『アン』って呼ばれてたね。可愛い呼び名だからって」

恭介「どうして『アン』?」

杏子「アンズの『杏』に子供の『子』って書いて杏子だから」

恭介が笑った

恭介「『赤毛のアン』だね」

杏子「ん…?」

恭介「知らないかい?」

杏子「んー…もしかしたら、聞いたことくらいはあるかもしれない」

恭介「カナダの小説で、『アン』っていう赤毛の孤児の物語だよ
   僕も最後までは読んだことないけど…」

杏子「へぇー。ちょうどあたしも孤児だし、髪の毛も赤いもんね」

恭介「え……それ、本当…?」

56: 2012/01/01(日) 02:28:57.33 ID:JxoyR7tu0
杏子「はぁ? あんたの目にはこれが黒髪に見えるっての?」

恭介「い、いや…」

杏子が笑った

杏子「言ってなかったっけね。そうさ。ちょっと色々あって、
   親父が家族巻き込んで自頃しちゃったんだ。あたしはたった1人、置いてけぼりさ」

恭介「……」

杏子「…あんたに言うことじゃなかったね。悪かったよ」

恭介「ごめん…何も知らなくて…」

杏子「気にしなくていいよ。あたしはこの結果に納得してるんだ
   誰のことも恨んでないし、あたしはあたしで今は好き勝手やって暮らしてるしね」

恭介「うん…」

杏子「ったくもう…いじめに来てんじゃねーんだぞ。今日もおまじないしてやるから手貸しな」

杏子は恭介の左手を握って暗示をかけた

57: 2012/01/01(日) 02:31:01.01 ID:JxoyR7tu0

恭介「……。君はどうして、こんなによくしてくれるんだ…?
   知り合ったのはつい最近だし、病院以外で会ったこともないのに…」

杏子「別に不思議に思うことじゃないだろ? あんたに金払ってる訳でもないし、
   治療してやってる訳でもない。っていうかさ、さやかの奴をあんまり困らせんなよ」

杏子(坊やが立ち直りさえすれば、あいつは契約を思い留まるはずだ
   本当はこいつ自身ももう『治らない』ってことはわかってるんだろう
   まぁ、あとは時間の問題だね。右手があれば何とでもなるさ。物は考えようなんだよ)

恭介「……」

杏子が手を放した

恭介は窓の外を眺めている

杏子「…?」

58: 2012/01/01(日) 02:33:19.56 ID:JxoyR7tu0
恭介「やっぱり、治らないのかな…」

杏子「おい…あんたまさか…まだ信じてたのか…?」

恭介が泣きながら振り返った

杏子「…!」

恭介「というより…『信じたい』、かな…」

杏子「だ、だからね…、あれはあたしが治したんじゃなくて――」

恭介「だったら、教えてくれ…何が奇跡を起こしたのか」

杏子「知らないっての…」

恭介「…今は信じていたい…。でないと、僕は僕でいられなくなってしまう気がする…」

杏子「……」

恭介「狂いそうなんだ…『二度と演奏できない』って思うと、怖くて怖くて…!」

杏子(演奏…?)

59: 2012/01/01(日) 02:34:08.56 ID:JxoyR7tu0
杏子「…楽器が好きなのか?」

恭介「……。さやかから聞いてるかと思ってた…
   …僕は物心つく前からバイオリンと共に生きて来たんだ
   小さい時から発表会で色々な賞を取って来た…みんなから『天才』とまで言われてさ…」

杏子「……」

恭介「事故に遭わなければ、近い将来プロのバイオリニストになれたんだ
   僕にはバイオリンしかないから…
   バイオリンを弾くことができないのなら、僕なんか生きてても仕方ないんだよ…!」

杏子は目を細めた

杏子「……相手考えて物言いな」

恭介「!」

杏子「ムカつくんだよね、そういうの」

恭介「う……」

杏子「ねぇ、あんた人の話聞いてた? あたしはマザー・テレサじゃないんだよ
   あんたが苦しいのもわかるけど、『氏にたい』なんて泣き言垂れ流す奴に
   貸してやれるほどデカい胸は持ってない」

杏子が顔を近付けた

61: 2012/01/01(日) 03:07:36.51 ID:JxoyR7tu0
杏子「もしあたしが人頃しだったらどうする?」

恭介「…!」

杏子「氏ぬか?」

首を振る恭介

杏子が立ち上がる

杏子「…頃してほしくなったらいつでも言いな。あたしがあんたを苦しみから救い出してやる」

恭介「…ごめん」

杏子「泣くんだったら独りで泣きなよ」

出口に向かう杏子

恭介「待って…」

杏子「ん?」

恭介「…これからも、来てくれる…?」

杏子「……。まぁ、適当に暇見つけて来るさ
   こんな部屋で毎日1人ぼっちじゃ頭がイカレちまうだろうからね」

恭介「ありがとう…」

62: 2012/01/01(日) 03:09:06.70 ID:JxoyR7tu0
――夕方
さやかが恐る恐る病室に入った

さやか「恭介…?」

恭介「やあ」

さやか「今までごめん…あたし恭介の気持ちも考えないで、余計なことばっかりして…」

恭介「ううん…僕が間違ってたよ。さやかにはひどいこと言っちゃったよね…あの時はごめん」

さやか「…怒ってないの?」

恭介「怒るもんか。いつもお見舞いに来てくれて、すごく感謝してるよ」

さやか(よ、よかった…)

さやかは椅子に腰掛けた

恭介「ところで、佐倉さんってどういう人なんだい?」

さやか「え?」

恭介「さやかの知り合いだって言ってたけど…」

さやか「あ、あぁ杏子ね。んーまぁ何ていうか、その…」

64: 2012/01/01(日) 03:09:48.26 ID:JxoyR7tu0
さやか(藁にも縋る思いで杏子の魔翌力に頼っちゃったけど、
    まさか本当のこと言う訳にも行かないよね…杏子は何て言って入ったんだろ…)

さやか「あ、あたしもあの子のことはよく知らないんだけどさ、
    えっと…あたしが恭介のこと相談したら、『そいつに喝入れてやる』とか言って!

    いやー、止めても聞いてくれないから参った参った
    …『変なことしないでよ』って釘刺しといたけど、嫌なこととか言われてない…?」

恭介が笑った

恭介「そうだね、時々少し怖い時もあるけど、いつも優しくしてもらってるよ」

さやか(ん…ちょっと妬けるな…)

さやか「そ、そうなんだ…」

恭介「…さやかは、『奇跡』についてどう思ってる…?」

さやか「え…?」

恭介「佐倉さんは『知らない』って言うんだ…」

さやか「な、何言ってんのかな…」

65: 2012/01/01(日) 03:11:54.07 ID:JxoyR7tu0
恭介「自分でもよくわからないんだけどさ…。この間、さやかがくれたCD割っちゃったよね…
   それで手が切れて、血が出てたと思うんだけど…さやかも見てたよね…?」

さやか「…うん」

恭介「あの後、佐倉さんが来て、突然僕の腕を掴んだんだ…
   そしたら、何が何だかわからないけど、その場で傷が治っちゃって…」

さやか(あ、そっか…杏子がかけた魔法、あの怪我にだけ効いたんだ…)

さやか「な、何それー? うーん、不思議なこともあるんだねぇ」

恭介「さやかは、知ってて佐倉さんを連れて来たんじゃないのか?
   佐倉さんが、…何か特別な力を持った人だって」

さやか(…何なのよ、杏子杏子って。あたしだってその気になれば…)

さやか「…杏子は、そのことについて何か言ってた? 手はどれぐらいで治るとか…」

67: 2012/01/01(日) 03:18:26.62 ID:JxoyR7tu0
恭介「…僕の手なら、『治らない』って言ってた」

さやか「……」

恭介「だけど、心のどこかでまだ期待してるんだ…前みたいな奇跡が、また起こるんじゃないかって
   そのおかげで、僕はなんとか冷静でいられてる…」

さやか「…恭介」

恭介「何?」

さやか(もし、このままずっと手が治らなかったら、どうする…?
    やっぱり、この前みたいになっちゃうの…?

    逆に、もしあたしが恭介の手を治したら、どんな言葉をかけてくれる…?
    杏子みたいに『特別な人だ』って、そんな風に思ってくれるの…?)

さやか「……」

恭介「…?」

68: 2012/01/01(日) 03:19:12.71 ID:JxoyR7tu0
――――――――

杏子「――例えば誰かが何の理由もないのにあんたを殴ったとするだろ
   そりゃムカつくよね。でも、そこでムキになって相手を殴り返すんじゃない
   殴られたのと反対側を出して『今度は左だ、来いよ』って言い返すんだ」

恭介「え、あれってそういう意味なの…?」

杏子「ただ我慢すりゃいいってもんじゃない
   平気でそう言えるぐらい強くなることが大事なんだって。沢山の人を救う為にね」

恭介「あはは、そっか。だから杏子は強いんだ」

杏子が笑った

杏子「そいつはどうだかね。あと、その延長でこんなことも言ってたよ
   自分でやり返す必要はない、なぜならそいつは既に罰を受けてるからだ」

恭介「…?」

69: 2012/01/01(日) 03:20:27.03 ID:JxoyR7tu0
杏子「この世の罪と罰のバランスは差し引きゼロで成り立ってるって考え方さ
   面白がって人を殴るような奴は、その分多くの人間を敵に回す

   後にしろ先にしろ、そいつは必ず痛い目に遭わされる時が来るんだって言ってた
   まぁ、世の中は元々そういう仕組みだしね」

恭介「…僕や杏子も、その仕組みの中で生きてるのかい…?」

杏子「そうなんじゃない? それもこれも親父の言葉だけどね」

恭介は左手を見た

恭介「…わからないな。誰かの一生を壊すようなことなんてした覚えはないのに
   どうして僕がこんなにひどい『罰』を受けてるのかな」

杏子が手を掴んでいつもの暗示をかける

杏子「今はまだでも、これからしちゃうのかもしれないよ
   でなきゃ、神様はそれに見合う贅沢でもさせてくれるつもりなんだって思っておけばいい」

70: 2012/01/01(日) 03:24:21.62 ID:JxoyR7tu0
恭介「…バイオリンを取り上げられたことと釣り合う出来事なんて
   僕には思い付かないけどな…」

杏子「…ま、生きてればそのうち見えて来るさ。約束はできねーけど」

恭介が杏子を見つめた

恭介「この間の言葉、本気…?」

杏子「何の話さ?」

恭介「『氏にたくなったら言え』って…」

杏子「まだそんなこと言ってやがる」

恭介「いや…、今はもう『生きていたくない』なんて思ってないよ
   ただ、もしいつかまた耐えられなくなったら、真っ先に君を思い出すと思う…」

杏子「……」

恭介「その時は、ほんの少しの間でいいから、もう一度僕を支えてほしい…」

杏子「…『頃してほしい』じゃないのか?」

恭介「『生きてれば見えて来る』んだろう…?」

杏子「……そうだね。あんたがそう思えたんなら、多分な」

71: 2012/01/01(日) 03:33:18.46 ID:JxoyR7tu0
恭介「杏子は何の為に生きてるの…?」

杏子「あたしはあたしの為に生きてるよ。あんたみたいに1つの物にハマったことはねーし、
   なくしたところで目の前が真っ暗になるほど大事な物も持ってない」

恭介「…音楽の力って、本当にすごいんだよ。君にも感じさせたいくらい…」

杏子「…ピアノならちょっとだけ弾けるよ」

恭介「本当に?」

杏子「んー、あんたからしたら弾けるうちに入らないかもしれないけどね
   子供の頃に教会で覚えた曲がいくつかあるんだ」

恭介「ピアノか…。ずいぶん触ってないな…」

杏子「あんたはピアノも弾けるのかい?」

恭介「『弾けた』だね。仮にも音楽家を目指してた身だし」

杏子「……」

恭介が時計を見た

72: 2012/01/01(日) 03:33:52.94 ID:JxoyR7tu0
恭介「…そろそろ行かないと」

杏子「どこ行くんだ?」

恭介「リハビリ室だよ。診察の予定が変わっちゃって。ちょっと寂しいけど、今日はお別れだね」

杏子「歩けるかい?」

恭介「…車椅子を寄せてくれるとありがたいんだけど…」

杏子は車椅子を壁際まで遠ざけた

杏子「ここまで歩いてみな」

恭介「え…」

恭介に近付いて、肘を掴む

杏子「あたしが支えてやるからさ」

恭介は杏子を見上げて笑った

73: 2012/01/01(日) 03:34:18.31 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――夕方。楽器店
杏子が電子ピアノに向かっている

杏子(何て名前だったっけね…)

体で覚えた、子供の歌の伴奏

ヘッドホンをして、歌詞を思い浮かべながら鍵盤を叩いた

杏子(『わたしの素敵な家族の願い 堅く結ばれて 永遠にそばにいたい
    神様はその願いを聞き届け わたしを導いてくれる』…)

杏子「……」

不意に悲しくなった

杏子(馬鹿…)

同時に演奏ミス。杏子は手を止めた

杏子「…はぁ…」

杏子(…音楽って不思議だよな。知ってる曲が流れると、
   それをよく聴いてた頃を思い出す。忘れてた訳じゃないのにね…)

少し上を向いて、教会とは無関係の明るい曲を弾いた

74: 2012/01/01(日) 03:35:08.52 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2030年 恭介の個人オフィス

恭介が観賞用のダガーナイフを机にトントン突き刺している

恭介(…私は過去に囚われすぎているんだろうか。…確かにな
   最後に会ってから6年以上も経つ
   例え約束を果たしたところで誰も喜んでくれやしない)

恭介「……」

深いため息

恭介(追いかけるほど遠のいていく…。やはり私には世界など救えないのか…
   …よりによってコーデリアからさえも行方不明者を出してしまった
   私の最後の砦だったのに…)

恭介「……」

机の上の書類と電話機を床にぶちまけた

恭介(果てに『頭のイカレた口リコン野郎で誘拐犯、あるいは殺人鬼』と来たか
   これではM・ジャクソンの二の舞じゃないか。平和を願う者は決まって変態扱いされる
   貴様らには良心というものが少しでもあるのか!!)

恭介「くそ!!」

ゴミ箱を蹴飛ばし、ウィスキーの瓶を叩き割った

75: 2012/01/01(日) 03:35:45.13 ID:JxoyR7tu0
恭介(私は何の為にコーデリアを立ち上げたのか…!
   何の為に『世界を救う子供達』を育てようとして来たのか!
   一体何の為に、全てを捧げて来たのか!!)

恭介「何の為に!!」

ダガーナイフを入り口の扉に投げつける

仁美「!!」

恭介「――!」

仁美がオフィスに入ろうとしていたようだ

ナイフが肩と胸の間に刺さった

仁美「うっ…!」

うずくまる仁美

恭介「志筑……」

恭介は仁美を抱き上げてベッドに寝かせた

76: 2012/01/01(日) 03:36:19.88 ID:JxoyR7tu0
仁美「お…おかえりなさい…」

恭介「なぜノックをしなかった…」

引き出しからハサミを出してブラウスを切り裂いた

仁美「それどころではなかったでしょう…?」

恭介(大丈夫だ、傷は深刻じゃない……だが縫わなきゃならないだろうな)

恭介「…肺は無事だ。ナイフを抜くぞ」

仁美「…!」

仁美が強く目を閉じて恭介の腕を掴んだ

仁美「…そっと…お願いします…」

恭介「……」

刃を指で挟むように傷口を押さえ、一気に引き抜いた

仁美「ああっ…!」

ハンカチを裏返しに折り畳んで仁美の手に握らせる

恭介「…押さえろ」

77: 2012/01/01(日) 03:36:53.21 ID:JxoyR7tu0
仁美「…容赦ないんですのね…」

恭介「すまない…」

仁美「……!」

携帯を取り出す恭介

仁美「待って…」

恭介「何だ?」

仁美「執行猶予中ですわ…」

恭介「…それが?」

仁美「念の為、表沙汰にはしないほうが……」

恭介「……」

恭介は携帯をポケットにしまった

78: 2012/01/01(日) 03:37:21.79 ID:JxoyR7tu0
恭介「…裁縫用具をよこせ」

仁美「バッグの中です…1階にありますわ」

恭介「…取って来る。動くんじゃないぞ」

仁美が笑った

恭介「何がおかしい」

仁美「あなたが謝ってくれるなんて」

恭介「…お前はいつも一言多い。もっと深く刺すんだった」

仁美「それは愛情表現ですか?」

恭介「…秘書とはいえお前は敵だ。私は根に持つぞ」

仁美「そう」

79: 2012/01/01(日) 03:37:51.37 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2011年 恭介の病室

杏子「よう」

恭介「やあ。…それは?」

杏子は簡素なキーボードを引っ提げている

杏子「昨日買って来たのさ。暇潰しの道具にちょうどいいと思ってね
   でもこんなんじゃ物足りなかったか?」

恭介「……」

杏子がベッドに腰掛けてキーボードをケースから出した

杏子「こいつはピアノにもオルガンにもなるんだ。それにちゃんと和音も出るよ。弾くかい?」

恭介「…まずは杏子が弾いてみてよ」

杏子「いいよ。大して上手くないけどね」

2人はイヤホンを片方ずつ付けた

一番馴染みのある曲を弾く

恭介は小刻みにリズムを取っている

恭介「何ていう曲?」

80: 2012/01/01(日) 03:38:17.13 ID:JxoyR7tu0
杏子「忘れちまった」

恭介「…歌の伴奏かな」

杏子「そうさ」

恭介「歌える?」

杏子「弾きながらはちょっとね」

恭介「……」

――曲が終わった

恭介「…僕も弾いてみたいな」

杏子「いいよ」

キーボードを渡す杏子

恭介が押し返した

杏子「おい、何だよ?」

恭介「1人じゃ右しか弾けないから」

杏子「…?」

81: 2012/01/01(日) 03:38:59.19 ID:JxoyR7tu0
恭介「左は杏子が弾いてくれる?」

杏子「…!」

キーボードを杏子の膝に乗せる

杏子「っつーか、あんたがどんな曲弾けるかなんて知らないぞ?」

恭介「さっきのでいいよ」

杏子「…まさか、知ってたのか?」

恭介「いや…細かい所は間違えるかもしれないけど、だいたい覚えたから。簡単な曲だしね」

杏子「……!」

恭介が横から杏子の目を見た

恭介「…せーの」

タイミングを合わせて弾き始める

恭介は杏子が先に弾いた通りに鍵盤を叩いた

杏子(本当に弾いてやがる…。すげーな…『天才』ってのはダテじゃなかったのか…)

恭介「…歌ってみて」

82: 2012/01/01(日) 03:39:24.54 ID:JxoyR7tu0
杏子「いいっての」

恭介「あはは」

杏子(キーボードでこれだもんな…バイオリンを持たせたら、さぞ……)

――曲が終わった

恭介「もっと一緒に弾こう? 楽しくなって来ちゃった」

杏子「…その前に手貸しな。それと歩く練習だ」

恭介の手を握った

杏子(そういえば、坊やがこんなに生き生きしてるの、初めて見たな…)

暗示が終わり、肘を掴んで立ち上がる

杏子「何かあったのかい? やけに嬉しそうじゃん」

恭介「え? そうかな…」

杏子「……」

恭介のペースに合わせて後ろ向きに進んでいく杏子

杏子「だいぶ歩けるようになったね」

83: 2012/01/01(日) 03:39:56.30 ID:JxoyR7tu0
恭介「…杏子のおかげじゃないかな」

杏子「何でもかんでもあたしと結び付けんなっての」

恭介「あはは」

互いの腕を掴んだまま部屋の中を歩き回った

恭介「…まだまだ先の話だけど、退院した後も会える…?」

杏子「あたしも気に入られたもんだねぇ。まぁ、別にどうしても会えないって理由はないよ」

恭介「よかった。杏子はどこに住んでるの?」

杏子「……。それ聞いてどうすんのさ?」

恭介「遊びに行っちゃ駄目かな」

杏子「…そんなに会いたきゃあたしが行ってやるよ。気が向いたらの話だけどね」

恭介「あはは、そうだね。うちにおいでよ。…杏子は今、孤児院で暮らしてるの…?」

杏子「…いや。本当のこと言うとね、あたし帰る場所ないんだわ」

恭介「…!」

84: 2012/01/01(日) 03:40:28.61 ID:JxoyR7tu0
杏子「つっても、住む所に困らない程度の金はあるんだよ
   毎日ホテルに泊まって、あっちやこっちを行ったり来たり
   そうやって自由に暮らしてるのさ」

恭介「……。じゃあ、僕が引き取る」

杏子「はぁ?」

恭介は恥ずかしそうに笑った

恭介「…なんてね。杏子と一緒に暮らせたら楽しそうだなって」

杏子「なーに言ってんのさ」

恭介「ごめんごめん」

杏子(家族か……)

杏子「…ま、考えとくよ」

恭介が立ち止まった

杏子「ん、もう疲れたのか?」

恭介「…杏子の助けになりたい」

杏子「いきなりどうした」

85: 2012/01/01(日) 03:41:01.36 ID:JxoyR7tu0
恭介「左手はもう治らないけど…それでも、何とか生きていけるような気がして来たんだ…
   それは奇跡だとか神様だとかっていうのとは関係なく、紛れもなく杏子のおかげで…

   やっと、自分のことだけじゃなくて、他人のことも見えて来てさ…
   それで、まず一番に『助けたい』って思ったのが、杏子で…」

杏子「…あたしは人の助けなんか必要としてねーよ
   誰かに頼らなきゃならないのはあんたのほうだろ?」

恭介「…駄目かな」

杏子「……」

杏子(…もしこいつの家に住むことになったら、手の面倒とかって、あたしが見るのかな…)

恭介は不安定に前進していく

恭介「……」

杏子(…っつーか、いいのかな…人ん家の常識とかしきたりとか、何もわかんねーけど…)

杏子「……」

杏子(…こいつの家族に何て挨拶したらいいんだ…? 話はこいつがつけてくれんのかな…)

トン

杏子の背中が壁に当たった

86: 2012/01/01(日) 03:41:35.59 ID:JxoyR7tu0
杏子「ん…」

恭介「…杏子?」

杏子「……考え事してた」

恭介「…どんな?」

杏子「……何でもねーよ」

恭介「…悲しいこと?」

杏子(でも『助けなんか要らねー』って言っちゃったしな…
   …ていうか要らねーよ。何考えてんだあたしは
   ここんとこ毎日こいつの顔見てたから、馬鹿が移っちまった)

杏子「何でもないっての。ほら、どっちに曲がりたいんだ?」

恭介「……」

杏子「何だよ。あたしの顔なんか見てたって何も出て来ないぞ」

恭介は俯いて何か考えると、生唾を飲んだ

それから、少し迷って顔を近付けた

杏子(え…?)

杏子の唇にキスした

87: 2012/01/01(日) 03:42:15.50 ID:JxoyR7tu0
杏子(は…!?)

――長い

口を塞がれたまま顔を引きつらせる杏子

杏子(キ…キスされてる……どうすんだよ…『キス』だぞ…!?)

恭介がようやく顔を離した

杏子はまぶたを半分閉じたまま目を泳がした

恭介「……」

杏子「……」

恭介の顔に唾を吐きかける

恭介「!」

杏子「…何してんの?」

恭介「……」

杏子「おい」

恭介は下を向いた

杏子「何してんの?」

88: 2012/01/01(日) 03:42:49.09 ID:JxoyR7tu0
恭介「…ごめん…」

杏子「お前は人の体を何だと思ってんだよ」

恭介「……」

恭介をベッドへ誘導する

恭介は目を逸らしたままベッドに上がった

杏子は椅子に腰掛けて膝の上で頬杖をついた

恭介「……」

杏子「……」

杏子(ったくもう…)

杏子「…悪かったよ。顔拭きな」

恭介「いや…。僕が馬鹿だった…どうかしてた。ごめん…」

杏子「……。さやかには言わないでおいてやる」

恭介「…うん」

杏子(変な感触だった…まだ口に残ってる…。人の唇ってあんな柔らかいのか…)

恭介が袖口を掴んで顔を拭いた

89: 2012/01/01(日) 03:43:21.69 ID:JxoyR7tu0
杏子(キ…キスされた。…嘘じゃない…本当に口にキスされた…)

恭介「……」

杏子「…なんであんなことしたのさ?」

恭介「……」

杏子「…あたしがベタベタ触るから行けると思ったのか?」

恭介は顔を背けた

杏子「責めてる訳じゃないよ。理解したいだけだ」

恭介「……」

杏子は小さなため息をついた

杏子「…ただの変態だったのか。抱かれに来てるんじゃないのに」

恭介「ごめん…」

杏子「…帰るわ」

90: 2012/01/01(日) 03:43:53.96 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2005年 杏子の家
杏子の妹が悲鳴を上げた

振り返る杏子

杏子「!」

熱湯を張っていたフライパンが床に落ちている

妹「熱い!」

妹の腕が見る見る爛れていく

杏子「…た、大変…!」

杏子はシンクに水を溜めた

杏子(まだ4時半だ…お父さん達はまだしばらく帰って来ない…
   …そうだ…今、あたしの魔翌力で火傷を治しちゃえば…!)

杏子が踏み台を寄せる

杏子「ここに腕を入れて。すぐに冷やせば治るから」

妹は泣きながら首を振っている

妹「やだ、痛いよ!」

91: 2012/01/01(日) 03:44:25.69 ID:JxoyR7tu0
杏子「怖がってちゃ駄目! 冷たい水だから入れても痛くないよ、ほら!」

妹「やだ…!」

怯えて杏子から離れていく

妹「痛い…!」

杏子「もう…わかったから…じゃあね、水に浸けなくていいからそこで止まってて…」

妹「痛いよ…」

杏子が妹の体をそっと捕まえた

杏子「『火傷が治りますように』って、あたしが神様にお祈りしてあげるから…」

妹「うん…」

杏子「だから目つぶって。一緒にお祈りすれば神様は聞いてくれるから…」

杏子は妹を後ろから抱き締めたままソウルジェムを両手で包んだ

92: 2012/01/01(日) 03:44:57.89 ID:JxoyR7tu0
杏子(どうしよう…お父さんにバレたら絶対何か聞かれる…
   お母さんだったら『神様が治してくれた』って喜ぶかもしれないけど、
   お父さんは多分そんなこと言わない…)

腕の爛れが引いていく

――家の扉が開いた

杏子「!?」

両親が帰って来たようだ

妹が目を開けた

親達がひっくり返ったフライパンに目をやった

神父「あ…!」

妻「! ちょ…ちょっと、2人とも大丈夫!?」

杏子「う、うん…あたしが見てたから…」

妹が腕を見た

火傷が治っている

93: 2012/01/01(日) 03:45:27.99 ID:JxoyR7tu0
妹「あれ…?」

杏子「しーっ…!」

佐倉神父が2人に駆け寄った

神父「怪我はないか…!?」

妹「嘘…。本当に治っちゃった…」

神父「…?」

妹「神様が治してくれたの…?」

神父「…怪我したのか…?」

神父が2人の体を見る

杏子「……」

杏子がソウルジェムを背中に隠した

神父「…? 手を見せてみなさい」

ソウルジェムを指輪に変えて手のひらを差し出す

94: 2012/01/01(日) 03:46:00.48 ID:JxoyR7tu0
杏子「ん、何もないよ…」

神父「……」

妹「あたし、うっかりフライパン落としちゃって、ここ火傷したの……」

杏子「!!」

妹「でも、今お姉ちゃんが神様にお祈りしてくれて…そしたら治ったの…」

両親が不安そうに顔を見合わせている

杏子(『しー』ってば…! もう、そもそもなんで今日に限って早く帰って来ちゃうのさ…!
   まさか教会で何かあったの…? そういえば…お父さん達、さっきから何か…)

佐倉神父が姉妹の顔を順番に見た

杏子「……」

神父「…杏子」

杏子「…何?」

神父「…どうやった?」

杏子「え…」

95: 2012/01/01(日) 03:46:29.60 ID:JxoyR7tu0
神父「何をした…?」

杏子「…あたしはただ…」

神父は遠くを見ながら顎ひげを撫でた

神父「…あの目は…」

杏子「…?」

杏子の手を引いて歩き出す神父

妻「あなた…?」

神父「……杏子に大切な話がある。とても大切な話だ」

妻「……」

杏子は家の外へ連れ出された

神父「……。どうして教会に人が集まるようになったか、知ってるか…?」

杏子「…!」

96: 2012/01/01(日) 03:46:55.82 ID:JxoyR7tu0
神父「…まさかとは思うけど…、お前の仕業なのか…?」

杏子「な…なんで…」

神父「…今日、集まって来た人達と話して来たんだ。お母さんと一緒にね…」

杏子「……」

神父「そうしたら、みんなお母さんの話を全く聞かなかった…私の話は楽しそうに聞くのに…
   よく見ると誰も彼も同じような目をしてて、悪魔に取り憑かれているみたいだった…」

杏子「……!」

神父「何かおかしい…さっきのことと言い…。今のお前の顔を見てると、
   お父さんには、お前が真実を知ってるんじゃないかって思えるんだよ…」

杏子「…」

神父「…もしそうなら…、教えなさい。正直に」

97: 2012/01/01(日) 03:47:22.55 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――マミの家

マミ「あら、今日はずいぶん早いじゃない」

杏子が両手に大量のお菓子を引っ提げている

杏子「…何ていうか、じっとしてられなくてさ…」

マミ「…?」

マミは杏子を部屋に上げた

マミ「――どうしたの? そわそわして。ダイスが足りなくなってしまったの?」

杏子「…サイコロは足りてる…」

杏子はため息をついた

マミ「…心配事?」

杏子「……」

マミがミルクティーを出した

98: 2012/01/01(日) 03:47:48.93 ID:JxoyR7tu0
マミ「言ってみなさい。力になれるかわからないけど、誰かに話せば解決しちゃうこともあるわよ」

杏子「…何つーのかな…」

マミが紅茶をすすった

杏子「…ほむらは何時に来る?」

マミ「聞いてないわ。遅くても5時前には来るんじゃないかしら」

呼吸を整える杏子

杏子「…あのね。…今日、知り合いの男と会って来たんだけど…」

マミ「あら、恋の相談?」

杏子「違う…。ちょっと、嫌な話になるぞ…」

マミ「……」

99: 2012/01/01(日) 03:48:16.03 ID:JxoyR7tu0
杏子「……。ここ最近、2人っきりでよく会ってたんだけどね…
   いや、2人っきりって言っても…そこがたまたま他に誰もいない場所だったってだけで、
   あたしはそいつがどうこうってことで会ってたんじゃなくて…」

マミ「ええ…」

杏子は少し目を泳がした

杏子「…まぁ、それで…。今日、そいつに…変なことされちゃって…」

マミ「…!」

マミが凍り付いてカップを置いた

杏子「んー、『だから何だ』って言われたらそれまでだけどさ…
   …見かけによらないもんだな。まさかあいつが変態だったなんて」

マミ「佐倉さん…」

杏子「ん?」

マミ「…どうして、抵抗しなかったの…?」

100: 2012/01/01(日) 03:48:43.31 ID:JxoyR7tu0
杏子「…気付いた時にはやられてたんだよ…そこからは、さすがに動転してたし…」

マミ「……」

マミが杏子に抱き付いた

杏子「は…?」

マミ「そっか…ごめんね。…そうだよね…怖かったんだよね…」

杏子「…? …あいつは別に怖くねーよ」

マミ「いいのよ、こんな時まで強がったりしないで…佐倉さんだって女の子だもの
   そんな目に遭ったら混乱しちゃうよね…。怖かったね…辛かったね…」

マミが鼻をすする

杏子「お、おい…泣くほどのことじゃないっての…」

マミ「ごめんね…私が慰めなきゃいけない時なのに…」

杏子「…何か行き過ぎた予想してないか…?」

101: 2012/01/01(日) 03:49:11.48 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――恭介の病室
さやかが入っていく

さやか「――恭介?」

恭介は寝そべったままキーボードで遊んでいる

恭介「…さやかか。驚いた」

さやか「それ、何?」

恭介「…杏子から借りたんだ」

さやか(そっか…杏子がねぇ…)

さやか「そういえば、恭介はピアノも上手いんだったね」

恭介「上手くないよ」

さやかは椅子に腰掛けた

恭介「……」

さやか「…聴いてみてもいい?」

恭介「…構わないけど…」

102: 2012/01/01(日) 03:49:40.94 ID:JxoyR7tu0
さやか「…今日、元気ない?」

恭介が手を止めた

恭介「…そんなことないよ」

さやか「……」

恭介「……。せっかくだから、さやかも弾いてみる?」

さやか「あ…、あたしはいいよ」

恭介「簡単だよ」

さやか「うぅ…でも、あたしピアノなんてロクに弾いたことないし…」

恭介「…そっか」

寂しそうに鍵盤を叩く

さやか「…なんか、ごめん…」

恭介「ううん。嫌なら仕方ないよ」

さやか「い、嫌っていうか! そうじゃなくて…その…
    あたしなんかが触っちゃっていいのかなって…」

103: 2012/01/01(日) 03:50:15.04 ID:JxoyR7tu0
恭介「あはは。怖がらなくてもいいのに」

さやか「うぅ…」

恭介「……」

恭介がため息をついた

恭介「…僕って最低だ…」

さやか「えっ…! なんで…?」

恭介「…相手が嫌がってるのに、自分の望むことを人に無理矢理強要したりして…」

さやか「ちょ、ちょっと、何言ってんのよ。恭介は何も強要なんかしてないでしょ」

恭介「……」

さやか「…? あぁ、わかった。なんかさっきから元気ないと思ったら、さては杏子だなー?」

恭介「…!」

さやか「杏子が『ピアノなんか弾けない』って言ってるのに
    無理に付き合わせようとして怒らせちゃったんでしょー」

恭介「……」

105: 2012/01/01(日) 03:51:47.76 ID:JxoyR7tu0
さやか「恭介…?」

恭介「…まぁ、そんな所かな」

さやか(なんか、それにしちゃ…落ち込み方が…)

さやか「そ…そっか。よっぽどキツく怒られたんだねぇ…もう、杏子め…」

恭介がぎこちなく笑った

恭介「……やっぱり、奇跡は起こらないね」

さやか「…あ…」

さやか(そういえば恭介には『治らない』って言ったんだってね…本当はそれが現実なの?
    それならなんであたしには期待させるようなこと言ったの?
    あたしがキュゥべえと契約するのがそんなに迷惑…?)

さやか「…きっと、もうすぐだよ。だから、諦めないで――」

恭介「僕が望んでた奇跡は起こらない。もういいんだ…。今日、それを確信できたから…」

さやか「恭介…」

恭介「自業自得なんだ…諦めなきゃ……」

さやか「杏子に何か言われたの…?」

106: 2012/01/01(日) 03:52:27.51 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

恭介は首を振った

さやか(…もう、だから『変なことしないで』って言ったのに…!)

さやか「心配ないよ…」

恭介「…?」

さやか(もう杏子には恭介を任せられない…
    治療もできないのに、あたしの目の届かない所でこれ以上恭介と会ってほしくない…)

さやか「恭介の手、きっと治るから…それまで頑張ろうね」

恭介「……」

さやか(杏子に迷惑なんかかけないよ。戦い方はマミさんやキュゥべえに教えてもらうもん…
    グリーフマテリアルを誰かに分けてもらうこともしない…

    初めからこうすればよかったのに、あたしは自分の支払う代償を恐れて
    努力もしないで結果だけ欲しがってたんだ…)

107: 2012/01/01(日) 03:52:57.07 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――夜。魔獣退治の帰り道

マミ「それにしても『キス』ね…。暁美さんは、そんな経験ある?」

ほむら「いいえ」

杏子「ったく、なんであたしなんだよ…」

マミ「きっと佐倉さんのことが好きなのよ」

杏子「それなら口で言えっての…」

マミ「いいじゃない。キスは言葉を超えた最高の愛情表現よ
   何気ない会話の中でふと目が合った2人は
   どちらからともなく瞳を閉じ、熱い唇を寄せ合う…」

杏子(…なんか寒気しないか?)

ほむら(ええ、鳥肌が立ってるわ)

杏子「…で、あんたはしたことあるのかい?」

マミ「ないわ」

杏子「何だよ。知ったようなこと言ってるけど、やっぱりないんじゃんかよ」

108: 2012/01/01(日) 03:53:31.33 ID:JxoyR7tu0
マミ「そう…。だから、ちょっぴり羨ましいの」

杏子「そんないいもんじゃないよ。あんたもいきなりされてみな
   びっくりするぞ。それにちょっと腹立ったし…。嬉しさなんて1割以下だ」

マミが笑った

マミ「何も言わずに突然キスするなんて、情熱的よね」

杏子「…からかってんのか?」

マミ「嫉妬してるのかな」

杏子「だったら代わってほしいぐらいだ」

マミ「ううん。誰にもあなた達の邪魔なんてできないわ。2人の恋は始まったばかりだもの」

杏子はため息をついた

杏子「あーあ、こいつに話したのが失敗だった…」

ほむら「そのようね…」

マミ「ごめんね。こんなことって今までになかったから、何だか嬉しくって」

杏子「あのなぁ」

109: 2012/01/01(日) 03:54:07.42 ID:JxoyR7tu0
――その頃

QB「――本当に、いいんだね?」

さやか「うん。やって」

QB「マミや杏子が何て言うか。確かにエネルギーの回収効率が上がる分には大助かりだけどね
   とにかく君が決めたことだ。契約は成立、君の祈りは遂げられる。それじゃあ、行くよ」

キュゥべえがさやかの胸からソウルジェムを取り出した

110: 2012/01/01(日) 03:54:34.47 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――恭介の病室
杏子がたいやきを食べながら部屋に入った

杏子「…よう、変態」

恭介「!」

杏子「言い訳は考えておいたか?」

恭介「え…?」

杏子「ったく、いつまでもダンマリ決め込んでんじゃねーぞ。人のファーストキス奪っといてさ」

恭介「……」

杏子「忘れてほしいってんならそうしてやるよ。別に恨んじゃいないしね」

恭介「…杏子…」

杏子「ん?」

恭介「…もう会えないかと思った」

杏子「まだ水に流した訳じゃない。今日はあんたの考えを聞きに来たんだ」

恭介「……。そうだね…しっかり言おう」

杏子は椅子に腰掛けて脚を組んだ

111: 2012/01/01(日) 03:55:02.05 ID:JxoyR7tu0
恭介「杏子は、突然現れて僕を励ましてくれた。毎日色んな話を聞かせてくれて…
   …杏子に会ってから、不思議なことも起こったりして…」

たいやきを食べ終えて片膝を抱える

恭介「君の父さんの話、すごく興味深かった…。あれから少し、僕の考え方も変わった気がする…
   孤児だって聞いた時は驚いた…全然そんな風に見えなかったし、
   自分の家族にあんなことがあったっていうのに、平然としてて…」

杏子「……」

恭介「初めは、『よっぽど図太いんだな』としか思わなかった…
   それに比べて、僕はなんて不幸なんだって…。君が羨ましかった

   だけど、杏子は明るさの陰にものすごく重いものを背負ってるんだって気付かされて…
   …何とかしてあげたかった…。でも、何もない僕にはどうすることもできなくて…」

112: 2012/01/01(日) 03:55:35.55 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

恭介「…それで、…杏子のことを考えてるうちに、いつの間にか好きになってた…」

杏子「…ふーん」

恭介「…本当にごめんね、昨日は…。杏子の気持ちを確かめもしないで…」

杏子「……。ま、いいよ。遊び半分じゃなかったってことは充分伝わった」

恭介「ありがとう…」

杏子「ほら、手貸しな」

恭介の左手を掴む

杏子「あたしはね。ちょっと事情があって、あんたを立ち直らせたかっただけなんだ」

恭介「……」

杏子「まぁ、さやかの為って言えばいいのかな
   実はあいつが腐ってると、色々と迷惑なんだよね」

恭介「…ねぇ、杏子」

杏子「何だい?」

113: 2012/01/01(日) 03:55:57.45 ID:JxoyR7tu0
恭介「…君は、一体…」

杏子「ん?」

恭介が左手で握り返した

杏子「なっ…!?」

恭介「…見て」

杏子(動いてる…!)

恭介が笑った

恭介「動くようになったんだよ」

杏子(まさか、さやかの奴…)

恭介「本当に治るなんてね。ほとんど諦めてたのに…」

杏子「……」

恭介「また奇跡が起こった…きっと杏子のおかげだよね」

杏子「ち、違う…」

恭介「あはは、違わないよ。見て、こんなに自由に動かせるよ
   昨日まで自分の手じゃないみたいだったのに…」

114: 2012/01/01(日) 03:56:41.05 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

恭介「ありがとう」

杏子「だからこれは…」

恭介は笑いながら涙を浮かべた

恭介「ありがとう…」

杏子(こいつ…)

杏子「…まぁ、とにかくよかったんじゃない…? これであんたも晴れて自由の身だ」

恭介「またバイオリンが弾けるんだ…。もう夢の中でしか弾けないと思ってたのに…」

杏子「ったくもう…あんたにはついて行けねーよ」

杏子も笑った

恭介「あはは。…使ってたバイオリン、捨てちゃったな…」

杏子「…?」

恭介「父さんに頼んで処分してもらったんだ。持ってても辛いだけだと思って…
   少しだけ後悔はしてたけどね。もう仕方ない」

115: 2012/01/01(日) 04:01:08.67 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

恭介「…杏子」

杏子「ん?」

恭介「また新しいバイオリンが手に入ったら、一緒に遊ばない?」

杏子「あたしはバイオリンなんか弾けねーよ」

恭介「違う違う、ちょっと聴かせたい曲があってさ
   その時、一緒にピアノを弾いてくれたら嬉しいんだけど」

杏子「おい…」

恭介「きっと喜んでくれると思う」

杏子「…まぁ、別にいいけど。どんな曲だ?」

恭介「それは秘密だよ」

杏子「あんたじゃないんだから1回聴いただけで再現しろって言われてもそんなことできねーぞ」

恭介「大丈夫だよ。杏子なら絶対弾けるから」

116: 2012/01/01(日) 04:01:36.56 ID:JxoyR7tu0
――夕方。病院の前
杏子が煉りようかんを食べている

さやか「…!」

杏子「よう」

さやか「…何よ。あたしを待ってたの?」

杏子「ちょっと確かめたいことがある」

さやか「……」

杏子「…あんた…キュゥべえと契約したか?」

さやか「!」

杏子「やっぱりな…。人の忠告を無視しやがって。あたしは何の為にここに来てたんだよ」

さやか「…恭介から聞いたよ。『手は治らない』って言ったんだってね
    本当はあんたの魔翌力で恭介の手を治すことなんてできない…
    あんたには、それがわかってたんでしょ…」

杏子「……」

さやか「騙してたのね…あたしのこと」

117: 2012/01/01(日) 04:02:07.59 ID:JxoyR7tu0
杏子「…治療はまだ途中だったんだ。確かに坊やには『あたしは治せない』って言ったけどね
   だってそう思わせといたほうが、無事に動くようになった時に坊やも喜ぶだろ?」

さやか「…本当言うとさ、もうあんたには恭介と会ってほしくないんだよね」

杏子「……」

さやか「…あんた、恭介に何したの?」

杏子「…!」

さやか「いかにも『口止めされてます』って顔してたよ、恭介。…あいつに何したのよ」

杏子「…あたしは何もしてねーよ」

さやか「…答えてよ。なんで恭介があんなに落ち込んでたのか。あんたなんでしょ」

杏子(馬鹿野郎…、被害者はこっちだぞ…)

杏子「だから何もしてねーっつーの。何が『口止め』だ、馬鹿」

さやか「…あっそ…。あんたには感謝してるよ。手を治そうとしてくれたのは事実だから
    だけどこれで恭介に用はなくなったでしょ…とにかくもうあいつに関わらないで」

杏子「…! なんであんたにそこまで指図されなきゃならないのさ?」

さやか「じゃあ聞くけど…あんたは恭介と会わなきゃいけない理由でもある訳?」

118: 2012/01/01(日) 04:02:41.03 ID:JxoyR7tu0
杏子「はぁ? 『坊やと友達になるな』なんて一言も言われてねーぞ」

さやか「ふーん…『友達』ねぇ」

杏子「何だよ。悪いか?」

さやか「…別にいいよ。変なことさえしなければね」

杏子「いつまで人を疑ってんのさ? 落ち込む理由なんて他にいくらでもあるだろうが」

さやか「……」

さやかは下を向いて考え込んだ

杏子「……」

さやか「…ごめん。それもそうだね…。ちょっと神経質になってたよ…」

杏子「ったく…」

杏子がポケットからうんまい棒を出した

杏子「…食いな」

さやか「…ありがと」

119: 2012/01/01(日) 04:03:10.82 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――翌日。病院
杏子が屋上に上がった

恭介が車椅子に座ってバイオリンを弾いている

杏子(『捨てた』って言ってなかったか…?)

足音を立てないように近付く杏子

杏子(…完全にプロじゃんか…)

杏子「……」

杏子は柵にもたれて聴き入った

――曲が終わる

恭介「……」

杏子「よう」

恭介「あ…杏子」

杏子「上手いじゃん」

恭介「ありがとう。だいぶ鈍っちゃったけどね」

120: 2012/01/01(日) 04:03:41.19 ID:JxoyR7tu0
杏子「そのバイオリン、どうしたんだ? 親に新しく買ってもらったのかい?」

恭介「これは…。実はさ、父さんが捨てずに取っておいてくれたらしいんだ
   昨日さやかやみんなが集まって、手が動くようになったこと、お祝いしてくれて…」

杏子「ふーん」

恭介「順調に行けば明後日には退院できることになったんだ
   それでもしばらくは精密検査に来ないといけないんだけど…」

杏子が笑った

杏子「何ていうか…あっけなかったね」

恭介「…杏子にはどんなに感謝しても足りないよ」

杏子「何言ってんのさ。あたしは結局顔見てただけだ」

恭介「…本当は、それで充分だったんだと思う…
   思い返すと短い間だったけど、杏子は本当に心の支えになってくれてた
   もし手が治らなかったとしても、杏子がいてくれたから…いつかは立ち直れたと思う…」

121: 2012/01/01(日) 04:04:11.44 ID:JxoyR7tu0
杏子「……。間違ってもさやかにそんなこと言うなよ」

恭介「え…? どうして…?」

杏子「…あんたは手が治ったことを素直に喜べばいい
   『治らなくてもよかった』なんてつまらないことは口にするべきじゃない
   あいつ、あんたのことが心配で夜も眠れないくらいだったんだぞ」

恭介「…そうなんだ…。さやかにも、沢山ひどいことしちゃったな…」

杏子「ま、やっちまったことをいつまでも引きずってたってしょうがない
   暗くなるようなことは早いとこ忘れちゃいなよ」

恭介「……」

恭介は寂しそうに笑った

恭介「そうだね」

杏子「……。まだあの時のこと気にしてんのか?」

恭介「! …ううん…」

122: 2012/01/01(日) 04:05:24.99 ID:JxoyR7tu0
杏子「あたしのことそんなに好きか?」

下を向く恭介

杏子(…惨めな思いさせたまんまだったな…)

杏子「…例の曲、聴きたいんだけど」

恭介「え?」

杏子「あたしに聴かせたい曲があるって言ってなかったか?」

恭介「…ああ」

杏子「ちゃんと聴いててやるからさ。弾いてみなよ」

恭介「……。いいよ」

恭介がバイオリンを構えた

123: 2012/01/01(日) 04:06:01.16 ID:JxoyR7tu0
恭介「これ、本当はバイオリンの曲じゃないんだ。ピアノと合わせる為に、僕が考えたんだけど…」

杏子「『考えた』?」

恭介「明日にでも、一緒に弾こう?」

杏子「……」

恭介が演奏を始めた

杏子「なっ…!」

杏子が教えた曲らしい

杏子「…これってまさか…」

杏子(あの歌にはバイオリンパートなんてないのに…自分で作っちまったのか?)

恭介「……」

杏子「あんたは作曲もできるのかい?」

恭介はバイオリンを弾きながら笑いかけた

杏子(バイオリンやる為に生まれて来たような奴なんだな…)

124: 2012/01/01(日) 04:06:38.35 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――夜
4人が魔獣退治を終えた

マミ「――昨日より、1歩前進したんじゃないかしら」

さやか「そ、そうかな…。いやー、そんなに褒められると照れますなぁ」

杏子「このくらいで浮かれてんじゃねーぞ、新入り
   あんたの受け取ったサイコロは、半分以上あたしらが出してやったようなもんなんだぞ」

さやか「わ、わかってるわよ…」

マミ「仕方ないわよ。美樹さんはまだキュゥべえと契約したばかりだもの
   もう少し慣れて来れば、きっと貴重な戦力になると思うから、初めは大目に見ましょう?」

杏子「ったく、これだから反対だったんだよ…
   今日だって何度こいつのせいで余計な手間使ったか」

さやか「ご、ごめんって…近いうち、ご飯でもおごるからさ
    って言っても、恭介が退院した後になっちゃうけど…
    お祝い買う為に、お小遣い貯めなきゃいけないし」

125: 2012/01/01(日) 04:07:14.46 ID:JxoyR7tu0
杏子「ん? あとたった2日で一体どうするつもりだ?」

さやか「ええ…? 何よ、2日って…」

杏子「坊やと会ってないのか?」

さやか「恭介…、つい昨日『退院はまだ先だ』って言ってたけど…」

杏子(こいつよりあたしのほうが見舞いに行くようになっちまったな…)

杏子「じゃあ、急に予定が変わっちゃったのかもな」

さやか「…嘘じゃないわよね?」

杏子「はぁ? そんな嘘ついてあたしに何の得があるってのさ?」

さやか「うぅ…」

杏子「そんなにあたしが信用できないってんなら、明日にでも坊やに聞いてみな」

さやか「…そうするわ」

126: 2012/01/01(日) 04:07:48.43 ID:JxoyR7tu0
杏子「本っ当にもう…ちっとは後輩らしくしろっつーの」

マミ「まあまあ。せっかく仲間になったんだし、2人とも仲良くね」

さやか「はーい…」

杏子「あたしが何したってんだよ、ったく…
   じゃ、あたしはそっちのホテルに泊まるから、ここらで失礼するよ」

マミ「そう。わかったわ」

杏子「じゃあなー」

ほむら「ええ」

さやか「……」

杏子が去っていく

マミ「――そう落ち込まないで、美樹さん」

さやか「え?」

マミ「佐倉さんも悪気はないのよ。『足手まとい』なんて言ってるけど、
   本当はあなたのことが心配で仕方ないだけなのよ」

さやか「あたしは別に、落ち込んでなんか…」

127: 2012/01/01(日) 04:08:22.58 ID:JxoyR7tu0
マミ「そう? それならいいんだけど。困ったことがあったらいつでも言ってね
   魔法少女にとって、心のケアはとても大切なことなの
   どんな些細なことでも相談に乗るから、遠慮しちゃ駄目だよ」

さやか「うん…。あたしは今の所平気だよ。もう契約しちゃったんだし、
    あたし自身が後悔しない為にも、早く一人前になってみせるよ」

マミが笑った

さやか(あの子、また恭介と会ってたんだ…。杏子の学校って病院から近いのかな…
    なんかずるいな…。それにしても明後日退院だなんて…)

ほむら「……?」

さやか(そうだ…。明日、学校午前中だけだし、タイミング逃さないうちに何か渡しとこ
    恭介は午前で終わりだってきっと知らないから、いきなり行って驚かせてみようかな…
    そしたら夕方まで時間あるし、恭介とゆっくり話せるよね)

128: 2012/01/01(日) 04:09:03.49 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2030年 見滝原 ほむらのアトリエ

ほむらがマミと映像通話をしている

ほむら「――今のところ、コーデリア・ガーデンは日本に2軒あるだけ
    中でも対象を魔法少女のみに絞れば、運営はそう難しくないはず
    と言っても、実際にやるのはあなただけれど」

マミ「頭が痛いわね……」

ほむら「……」

ほむらはカメラを巨大なキャンバスに向けた

組織図の上に『Walpurgis kNights』と書かれている

ほむら「規模が大きくなっても根底的な発想は変わらないわ
    ただ、カバー範囲を世界レベルにまで発展させなければならない場合も考えられるけれど」

マミ「……」

129: 2012/01/01(日) 04:09:33.27 ID:JxoyR7tu0
ほむら「主な構想はこの通りよ。第1段階、日本各地の魔法少女を
    1つの組織として統一するネットワークの確立

    第2段階、魔獣の活動が活発化する地点の統計と予測
    それも可能な限りリアルタイムで正確な情報共有を目指すもの」

マミ「……」

ほむら「同時に、魔法少女1人1人の戦闘能力やソウルジェムの状態を把握した上で、
    少人数のゲリラ部隊を編成する

    これらを魔獣の動向に合わせて派遣して、瘴気が薄い地区は比較的弱いチーム、
    瘴気が濃い地区は強いチームで制圧する、という具合にキューブを集めていく」

マミ「『最小の労力で最大の功績を』…ね」

130: 2012/01/01(日) 04:10:52.08 ID:JxoyR7tu0
ほむら「ええ…。魔獣退治を戦争として捉え、ビジネス化する理論よ」

マミ「……」

ほむら「現場の指揮者はコーデリア出身の魔法少女が担当する
    そして、…リーダーには報酬が多く行き渡る制度を組み込む」

マミ「難しい問題ね…」

ほむら「でも、魔獣を抑え込める戦力を維持する為には、どうしてもやらなければならないわ」

マミ「……」

ほむら「コーデリア出身者は最終的に、ヘレン・ケラーやアン・サリバンのように戦線を引退する
    その後は私達に代わって司令部の内勤ということになるでしょうね」

133: 2012/01/01(日) 04:13:25.87 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2011年 ホテル一室

杏子がキーボードを練習している

杏子(あいつって何でも弾けそうだよな…)

新しく買った楽譜を開きながら

杏子(こういう曲も、自分でバイオリン用に作れるのかな…
   …もうちょっと難しい曲でもやらせてみたい気もするな…)

何度も弾き間違える杏子

ため息が漏れる

杏子(ちょっとハードル上げただけなのに全然追い付かねーよ
   いっそのことあいつにでも習ってみようかな…)

テレビをつける

映画のラブシーンが映った

杏子(…あいつがバイオリン弾けるようになったのは、さやかのおかげなんだよな…
   こんなこと、さやかが知ったら何て言うかね…)

恭介にキスされたことを思い出す

134: 2012/01/01(日) 04:13:59.10 ID:JxoyR7tu0
(マミ『キスは言葉を超えた最高の愛情表現よ』)

杏子(…あたしのこと、キスしたくなるほど好きなのか…?)

目を泳がす杏子

杏子(そりゃ嬉しいけどさ…。んな簡単にしていいもんじゃないだろ…)

横になってテレビを見つめる

無意識に観察した

俳優と女優が重なってキスしながら手を繋いでいる

杏子(…こういうことされたら、どんな気分だろうな…。あいつこういうの好きそうだし…)

恭介の落ち込んだ姿がよぎった

杏子(…悪いことしちゃったな…。『好きだ』って教えてくれてるのに、唾かけたりして…)

女優の動きを見つめる杏子

杏子(…ま、お詫びも兼ねて応えてやるとするか。明日ならまだ忙しくねーだろうし、
   昼に行けばさやかの奴と鉢合わせちまうなんてこともないだろ
   さやかにはちょっと悪いが、ほったらかしにしとくのも何だしね)

136: 2012/01/01(日) 04:14:33.62 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――翌日。恭介の病室

恭介「――先生にも、どうして急に手が動くようになったのか、理由は全くわからないんだって」

杏子「ふーん」

恭介「…もしかしたら、気持ちの問題なのかもしれないね
   杏子と出会ってから、いいことばっかりだったから…」

杏子「そうか?」

恭介「うん…」

杏子「…嫌なこともあったんじゃない?」

恭介「…! それは…自業自得だから…」

杏子「あはは、よっぽど効いちゃったみたいだね。あの時は悪かったよ」

恭介「その話はやめようよ…思い出すと、杏子の顔見るのも辛いから…」

杏子「……。それなんだけどね。あれから知り合いに相談したり、
   ああだこうだって色々考えたりしてさ…」

恭介「…?」

137: 2012/01/01(日) 04:15:02.41 ID:JxoyR7tu0
杏子「『まぁ、いっか』って思えるようになったんだよ。そりゃ初めはムカついたけどね
   こっちが善意でリハビリ手伝ってやってたら、いきなりキスなんかしやがってさ」

恭介「……」

杏子「…でもね、誰かに好かれるってのは悪いもんじゃない
   あんたには惨めな思いさせちゃったよね。何もあんなことしなくたってよかったのに」

恭介「いや…怒って当然だよ…。あれが初めてだったんだし…」

杏子が呼吸を整えた

杏子「なんつーかさ…。あたしのこと、嫌な思い出にされるのも気に食わないんだよね」

恭介「…?」

杏子「お詫びじゃないけど、あんたに渡したいものがある」

恭介「何だい…?」

杏子はブーツを脱いだ

恭介「え…?」

杏子「『迷惑だ』ってんなら受け取らなくてもいい」

素足でベッドに上がって恭介の膝に跨った

138: 2012/01/01(日) 04:15:33.61 ID:JxoyR7tu0
恭介「……!」

恭介の肩を掴む杏子

杏子「してやるよ。キス」

恭介「…いいの…?」

杏子「うん」

恭介「……」

杏子「あたしはね、要するに嬉しかったんだよ。あんたに『好き』って思われて」

恭介「嫌がってたじゃないか…」

杏子「あの時は、ただあたしが女だからってだけで
   おふざけで手を出したんじゃないかって勘繰っちまったんだ」

恭介「……」

杏子「くだらない下心でやったんじゃないって誓ってくれる?」

恭介「…うん。誓うよ」

杏子が笑った

139: 2012/01/01(日) 04:16:02.34 ID:JxoyR7tu0
恭介「…何だか、恥ずかしいな…」

杏子「ったくもう…それはこっちのセリフだっつーの」

恭介が杏子の体を見た

恭介「…椅子に座ったままでも充分なんだけど…」

杏子「退院のお祝いだ。映画の真似だけどね」

恭介「あはは。洋画を見てるとよくあるよね、こういうシーン」

2人は目を合わせた

杏子「いいもんじゃない? なんか、こういうの」

恭介「…うん。すごくドキドキする」

恭介が杏子の腰に手を当てた

杏子「準備はいいかい?」

恭介「ああ」

杏子「それじゃ、目閉じな」

目を閉じる恭介

140: 2012/01/01(日) 04:16:33.74 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

杏子が唇を濡らして顔を近付けた

――ガラッ

さやかが満面の笑顔で駆け込んで来た

さやか「恭介、退院おめ――」

杏子「!!」

さやか「!?」

腕から小さな花束を落として逃げ出す

杏子(さやか…!? まだ学校じゃねーのかよ…!!)

141: 2012/01/01(日) 04:17:42.87 ID:JxoyR7tu0
――廊下

さやかは慌ててドアを閉めると、震える両手で口を塞いだ

さやか(何…? 何…!?)

過呼吸に陥り、ドアにもたれてへたり込む

さやか(何、今の…? 何やってるの…!?)

体が震える。涙が滲んだ

さやか(何それ…? なんで…!? 何なの…!?)

看護師が通りかかった

ナース「あなた、どうしたの? 具合悪いの?」

142: 2012/01/01(日) 04:18:11.82 ID:JxoyR7tu0
さやか「…ひっ…、ひっ……」

ナース「大変…すごい震えてるわよ。先生に診てもらわないと」

さやかは口を押さえたまま首を振った

ナース「とりあえず、今はここで横になってていいから。すぐに先生呼んで来るわね」

鞄を落としてふらふらと立ち上がる

ナース「歩けるの? 無理しないで」

さやかが声にならない声で泣きながら去っていく

ナース「ちょ、ちょっと…」

143: 2012/01/01(日) 04:18:39.94 ID:JxoyR7tu0
――病室

ナース「上条さん? 入っていいかしら」

恭介「どうぞ…」

看護師が部屋に入った

杏子がベッドに腰掛けて、俯きながら足をぶらぶらさせている

ナース「お友達が来てたけど…。あの子、泣いてたわよ。何かあったの?」

恭介「…いえ…」

ナース「…喧嘩でもしたの?」

恭介「……」

杏子「……」

杏子(やっちまった……)

144: 2012/01/01(日) 04:19:34.26 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――夜。さやかの部屋

さやかがベッドに腰掛けてソウルジェムを見つめている

さやか「……」

QB(ねぇ。入っていいかい?)

さやか(…キュゥべえ…)

QB(3人とも心配してるよ)

さやか「……」

机の陰からキュゥべえが現れた

QB「怖気付いたのかい?」

さやか「…そんなんじゃない」

QB「来ないなら来ないって一言伝えてほしかったな。みんな君を待ってて出発が遅れてるんだ」

さやか「……」

QB「何か困ったことがあるみたいだね」

さやか「…大きなお世話よ」

145: 2012/01/01(日) 04:23:21.43 ID:JxoyR7tu0
QB「魔法少女になった以上、君にも魔獣と戦う使命がある
   君の為でもあるけれど、こっちとしてもきちんと責任を全うしてもらわないと困るんだよ」

さやか「…だったらあたし1人で戦う。マミさん達にはそう伝えといて」

キュゥべえは目を閉じた

QB「あの3人の中に、会いたくない子がいるようだね」

さやか「……」

QB「魔獣は手ごわいよ。今のさやかの実力から考えるに、1人では恐らく荷が重すぎるだろう」

さやか「…あいつの顔見るくらいだったら、危ない目に遭ったほうがまだマシだよ」

QB「君は事を甘く捉えすぎている。杏子の反対を押し切って契約したんだろう?
   ここでまた君が新たに問題を起こしたら、困るのは僕だけじゃないんだよ」

さやか「…なんで杏子なんかに頼っちゃったんだろ、あたし」

QB「杏子のことが気に入らないのかい?」

さやか「あいつ…『変なことしない』って約束したのに…」

QB「味方同士のトラブルなら、きちんと話し合って解決しないと」

さやか「…あいつとは口利きたくない」

146: 2012/01/01(日) 04:23:55.71 ID:JxoyR7tu0
QB「ワガママを言わないでくれ。僕がここへ来た一番の目的は、君を連れて戻ることなんだ」

さやか「…あたしはあいつと一緒に戦わないほうがいいんだよ…
    頭のどこかで『杏子が魔獣との戦いで氏んでくれたら』って考えがちらついちゃって、
    下手したら、あたし本当にそうなるように仕向けちゃうかもしれなくて…」

さやかが下を向いて泣き出した

さやか「最低だよね、こんなこと考えるなんて…
    でもあたし、あいつのことどうしても赦せない…!」

QB「うーん、なるほどね」

さやか「……」

キュゥべえが椅子の上に飛び乗った

QB「君の気持ちはわかった。マミ達にはありのままを話しておくよ」

さやか「! い、今の話…」

147: 2012/01/01(日) 04:24:25.78 ID:JxoyR7tu0
QB「大丈夫。余計な問題を誘発させないように、
   言っちゃいけないような所は黙っておいてあげる。それなら心配ないだろう?」

さやか「……」

QB「今日はひとまずゆっくり休むといい。でも、ずっとこうしてる訳にも行かない
   今君がやるべきことは、一刻も早く元気を取り戻すことだ。いいね」

さやかは下を向いたままうなずいた

QB「うん。それじゃあよろしく頼むよ、さやか。また会おうね」

キュゥべえがベッドの陰に消える

さやか「…あたしって、嫌な子だ…」

148: 2012/01/01(日) 04:24:52.45 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――マミの家

テーブルにリンゴが切り分けられている

QB「――さやかはどうやらメンバーが気に入らないみたいだね」

マミ「そう…困ったわね。何でも相談してって言ったのに…」

ほむら「……」

杏子「……。まぁ、『気に入らない』ってのはあたしのことだろうね」

マミ「そうね…佐倉さんも悪気がなかったのはわかるけど、
   邪魔者みたいな言い方は、美樹さんにはちょっとこたえたかもしれないわね…」

杏子(本当の原因はそこじゃないけどな…)

マミ「美樹さん、他に何か言ってた?」

QB「具体的には特に教えてくれなかったよ。ただ、僕にはひどく落ち込んでいるように見えた」

マミ「心配ね…。そういえば、暁美さんは美樹さんと同じクラスだったわよね?
   学校で何か変わった様子はあったかしら?」

ほむら「……。今日はどちらかと言うと上機嫌だったと思うのだけれど」

マミ「あら、不思議ね」

149: 2012/01/01(日) 04:25:26.55 ID:JxoyR7tu0
ほむら「でも、午後の様子は私にもわからないわ。2年生の授業は午前で終わってしまったから」

杏子(そうだったのか……)

マミ「美樹さんとは何か話したの?」

ほむら「挨拶程度しかしなかったわ」

マミ「そう…」

杏子「……」

マミ「…佐倉さん?」

杏子「…ん?」

マミ「そんな顔しなくていいのよ。悪いのは佐倉さんじゃないもの
   学校で元気だったのなら、美樹さんはあなたが思うほど傷ついてはいないはずよ」

杏子「……」

マミ「きっと、集まる時になって不安になってしまったのね
   『またみんなの足を引っ張っちゃうんじゃないか』って。美樹さん、いい子だから…」

杏子はリンゴを一切れ口に入れた

マミ「あの子には、私からきちんと話をしておくわ。とにかく、今日の所は3人で行きましょう」

150: 2012/01/01(日) 04:25:51.99 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――翌日。学校の屋上

さやか「……」

マミ「お説教をする為に呼んだんじゃないわ。だからそんなに怖がらないで
   私の顔、怒ってるように見える?」

さやか「…ううん」

マミ「…チームの子が嫌なんですって?」

さやか「…! キュゥべえから聞いたの…?」

マミ「ええ」

さやか「……」

マミ「…美樹さん、私のこと嫌い?」

さやか「え?」

マミ「いつも先輩ぶって、かっこつけて、本当は力になってあげられる自信なんてないのに、
   『全部私に相談しなさい』なんて言って…
   こんな頼りない先輩について行くの、嫌になっちゃった?」

151: 2012/01/01(日) 04:26:19.05 ID:JxoyR7tu0
さやか「う、ううん! マミさんはかっこいいし、優しいし…ちゃんと尊敬もしてるよ…」

マミ「…じゃあ、佐倉さんかしら?」

さやか「…!」

マミ「あの子、昨日美樹さんが来なかったのを見て、結構へこんでたわよ
   『この間は言い過ぎちゃった』って、口には出さないけど思ってるみたいで」

さやか「…あのことなら別に気にしてないよ。あたしがお荷物なのは本当だし」

マミ「美樹さん…」

さやか「ねぇ、マミさん…キュゥべえはどこまで喋ったの…?」

マミ「え…?」

さやか「あたしが杏子のこと嫌いだって、みんなの前で言ったの…?」

マミ「そんなこと言ってなかったわよ」

さやか「……」

マミ「…佐倉さん、怖い?」

さやか「…別に」

152: 2012/01/01(日) 04:26:53.02 ID:JxoyR7tu0
マミ「うーん…。どうして嫌いなの?」

さやか「……」

マミ「2人には絶対に内緒にしておくから。言うだけ言ってみない?」

さやか(なんで思い出させるのよ…)

顔を隠すさやか

涙がこみ上げる

マミ「美樹さん…?」

さやか「…何でもない…」

マミ「泣かないで…。どうしたの…?」

さやか「何でもないってば…!」

153: 2012/01/01(日) 04:27:31.48 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――同じ頃。病院の前

医者達が恭介の見送りに出ている

恭介「長い間、お世話になりました」

ナース「お大事にね」

医者「大変だと思うけど、頑張ってね。リハビリとバイオリン」

恭介「あはは。ありがとうございます」

両親に連れられて車に向かっていく

父「さあ恭介、家に帰ろう。…退院おめでとう」

恭介「うん…」

遠くに杏子の姿が見えた

花壇の煉瓦に腰掛けてクレープを食べている

恭介「杏子…!」

父「…?」

恭介「ごめん、2人とも…。父さん達は先に帰ってて」

154: 2012/01/01(日) 04:27:59.00 ID:JxoyR7tu0
父「…どうしたんだ?」

恭介「大事な友達が来てる…。少し話してから帰るよ」

父「……。わかった。あまり寄り道するんじゃないぞ
  まだ体は万全じゃないんだ。くれぐれも車に気をつけなさい」

恭介「あはは、うん。事故はもう二度と御免だからね」

――恭介が杖に縋りながら杏子に歩み寄った

杏子「……」

恭介「…杏子」

杏子「…何の用さ?」

恭介「! 君こそ…」

杏子「あたしはあんたを見送りに来ただけだ」

恭介「見送りじゃなく出迎えだったら嬉しかったんだけど…」

上条家の車が走り去る

杏子「…あれ、あんたの家族じゃないのか?」

恭介「…そうだよ」

155: 2012/01/01(日) 04:28:25.13 ID:JxoyR7tu0
杏子「いいのか? ほっといて」

恭介「母さん達にはいつでも会える…今は杏子のほうが大事だから」

杏子「ふーん…」

恭介「…その…」

杏子「座りなよ。そんな足で立ってないでさ」

恭介「あ、ああ…」

隣に腰掛ける恭介

恭介「…昨日のことなんだけど…」

杏子は遠くを見ながら食べ続けている

恭介「……ありがとう」

杏子「何が?」

恭介「何って…全部さ…」

杏子「…結局できなかったね」

156: 2012/01/01(日) 04:28:53.87 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

杏子「あんたはさ。さやかのことどう思ってるんだ?」

恭介「…なんで…?」

杏子「見てわかんないの? あいつ、あんたに惚れてんだよ」

恭介「……」

杏子「あんたはどうなのさ? そこんとこ。あのままほっとくのか?」

恭介「…さやかは、僕にとって家族みたいなもので…ほとんど弟みたいにしか思えなくて…
   さやかが僕のことを好きだなんて、どう受け止めればいいのかわからないんだよ…」

杏子は口の周りを舐めた

杏子「…もうあたしにしか興味ないのか?」

恭介「…ああ。杏子のことを思い出すだけで、じっとしていられなくなる…」

杏子(…あたしもキスされた日の夜はそうだった)

杏子がクレープを食べ終えた

杏子「前から聞きたかったことがある」

157: 2012/01/01(日) 04:29:31.00 ID:JxoyR7tu0
恭介「何…?」

杏子「あたしを引き取るって言ったよね。あれは本気?」

恭介「…!」

杏子「…ったく。真面目に考えちまったじゃんかよ」

恭介「杏子…」

杏子「……」

恭介「…ごめん。確かにあの時は冗談のつもりだった…
   でも、『本当にできたらいいのに』って、ずっと思ってたよ…」

杏子「…仮の話だけど、一緒に住むとして、あたしと何するんだ?」

恭介「そんなこと聞かれても…。いつもみたいに話したり、音楽をやったり…
   何ていうのかな…僕はただ、一緒にいたいだけなんだよね」

杏子「……」

恭介「最近は、病室に戻る度に杏子の匂いがした…
   夜に杏子のこと考えてると、いつの間にか眠ってて…
   『一緒に寝られたらどんなに幸せだろう』…とか思ったりして…」

杏子は目を泳がした

158: 2012/01/01(日) 04:29:58.88 ID:JxoyR7tu0
恭介「…杏子が来てから何度も奇跡的な出来事があったけど…
   どんな不思議な奇跡よりも、僕はただ君だけが欲しかった…」

杏子「ふーん…」

恭介「…杏子の気持ちが聞きたい」

杏子「……。あいつを怒らせたくて会ってた訳じゃないんだけどな…」

恭介「……」

杏子「…あんたはあたしがいなくなったらどうする?」

恭介「考えたくもないよ…。もっと杏子のことが知りたい
   これからも杏子と関わっていたい。ピアノや歌も聴きたい…」

杏子「……」

恭介「…嫌かな」

杏子「…いいよ。…面倒見てやるよ」

恭介「ありがとう」

杏子が恭介の手を握った

杏子「家まで送ってやる」

159: 2012/01/01(日) 04:30:33.18 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――夜。マミの家

杏子「――あいつはまたサボりか」

マミ「うん…、今日私が説得してみたんだけど、
   泣いてばかりで、何が嫌なのかちゃんと話してくれないのよ…」

杏子「……」

コーンスナックを食べ始める杏子

マミ「失礼を承知で聞くけど、この前のこと以外で何か心当たりはない?」

杏子「…!」

マミ「美樹さん、どうしてもあなたと会いたくないって言うの…
   私の見てない所で何かあったんじゃない?」

杏子は目を逸らした

杏子「…さあね」

マミ「……」

杏子「…あいつがした契約の願い事にケチつけたからかもしれない」

マミ「どういうこと?」

160: 2012/01/01(日) 04:31:33.49 ID:JxoyR7tu0
杏子「…あいつ、知り合いの怪我を治すようにキュゥべえに頼んだんだよ
   それであたしは『くだらねーことに奇跡を使いやがって』って馬鹿にしたんだ…」

マミ「そうだったの…。美樹さんには、それが赦せなかったのかもしれないわね」

杏子「…魔法の力なんて、他人の為に使うもんじゃない
   そんなことしたって、いつの間にか自分も相手も傷つけて、
   最後にはそいつ自身を破滅に追い込んじまうだけだ」

ほむら「……」

杏子(…そうだよ。あいつの手を治そうとなんてしたのがそもそもの間違いだった…
   さやかの奴にはっきり『遊び半分でこっちの世界に入って来るな』
   って言って、無理矢理にでも締め出しちゃえばよかったんだ…)

ほむらがリボンを握り締めて震えた

QB(――マミ、みんな)

マミ(あら、キュゥべえ。どうしたの?)

QB(さやかを連れて来たよ)

杏子「!」

マミ(…鍵は開いてるわ。通してあげて)

161: 2012/01/01(日) 04:32:07.35 ID:JxoyR7tu0
QB(ああ、了解だ)

キュゥべえを肩に乗せたさやかが入って来た

さやか「……」

杏子「……」

マミ「よく来てくれたわね、美樹さん。そろそろ行こうと思っていた所だけど、
   少しゆっくりしてからにする?」

さやか「…そうする。ありがとう」

マミ「今、紅茶を出すから」

マミがテーブルを離れた

さやかは俯き気味に杏子を睨んでいる

杏子「……」

さやか(…何か言うことないの)

杏子(…! …悪かったよ)

さやか(…それだけ?)

162: 2012/01/01(日) 04:32:41.10 ID:JxoyR7tu0
杏子(他に何て言ってほしいのさ?)

さやか(…さあ、何だろうね…あたしわかんないや
    ただ…、『言ってほしい』とかは、ちょっと違うと思う)

マミがテーブルにティーカップを置いた

マミ「もう…。2人とも仲良くしなさい。話すなら私に聞こえるように話したら?」

杏子「……」

マミ「せっかく来てくれたんだもの。いっそここで仲直りしちゃったらどうかしら
   私達は互いに命を預け合う関係なのよ。仲間割れは一番避けなければいけないことよね」

さやか「……」

マミ「美樹さん、何があったかは佐倉さんから聞いたわ」

さやか「…!」

マミ「佐倉さんにも深い事情があるのよ。心無い一言に思えたかもしれないけれど、
   あなたの優しさに共感して、その裏返しで厳しい言葉をかけてしまっただけだと思うの」

163: 2012/01/01(日) 04:33:14.56 ID:JxoyR7tu0
さやか「…?」

さやか(あんた、マミさんに何て言ったのよ?)

杏子「……」

さやか(…嘘ついたんだ。…そうだよね。言える訳ないもんね、あんなこと)

杏子は冷や汗をかいた

さやか(いいよ、それで。これはあたしの問題だもん
    仮に解決できる人がいるとしたら、それはマミさんじゃない)

杏子(…あたしを殺そうってのか?)

さやか(…別に。そんなことしたってどうにもならないでしょ
    たださ…用もないのにあたしに話しかけたりしないで
    あたし、あんなもの見せられた後で愛想笑いできるほど我慢強くないから)

164: 2012/01/01(日) 04:35:09.16 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――昼。見滝原某所

杏子がモナカアイスを食べながら歩いている

杏子(しょうがねーじゃん…あいつはあたしに惚れちまったんだよ
   今更あいつを捨てろっつーのかよ…)

恭介「あ、杏子!」

恭介が遠くで手を振っている

杏子「あ…」

恭介「奇遇だね、こんな所で会うなんて」

杖をついてふらつきながら走って来る

杏子「おい、無理しなくていいっての」

杏子が駆け寄って支えた

恭介「ありがとう」

杏子に抱き付く恭介

杏子「ちょっと…人前であんまりベタつくな…。誰が見てるかわかんねーぞ」

恭介「あぁ、ごめん…つい」

165: 2012/01/01(日) 04:35:56.90 ID:JxoyR7tu0
杏子「あはは。なんか、あんたって年上の女好きそうだよね」

恭介「え…そうかな」

杏子「そうだよ」

食べかけのアイスを差し出した

杏子「食うかい?」

恭介「うん、頂くよ。ありがとう」

恭介は杖にもたれるようにアイスを食べ始めた

杏子「ここで何してたんだ?」

恭介「リハビリの為に散歩してたんだ。月曜には学校に行きたいんだけど、
   まだ親が不安がっててさ。杏子は何をしてたの?」

杏子「ゲーセン行って来た所だ。ここんとこあんたの見舞いばっかり行ってたから
   何して暇潰せばいいかわからなくなっちまった」

恭介「そっか…これからは学校があるからますます会えなくなっちゃうね」

杏子「そうだね…。学校は楽しいか?」

恭介「楽しいよ。病院での生活にうんざりしてたから、みんなの顔を見るのが楽しみだ
   でも杏子がいないのだけが、ちょっと残念だな…」

166: 2012/01/01(日) 04:36:28.59 ID:JxoyR7tu0
杏子「あはは、あたしの分まで勉強しなよ。あんたにはちゃんとした将来があるんだからさ」

恭介「…うん」

杏子「……。んなことより、暇ならどこか寄ってかない? ジュースぐらいならおごるよ」

恭介「そんな。僕が出すよ」

杏子「いいっての。もらえるもんはもらっときな。あんたはまだ働ける歳でもないんだし」

恭介「…そういえば、杏子って――」

杏子「ん?」

恭介「……。何でもない」

恭介が下を向いた

杏子「どうした?」

恭介「…ううん…今は聞かないでおくよ」

杏子「……」

杏子(…馬鹿みたいに正直な奴だと思ってたけど…
   こいつもこいつで気遣ってるのかもしれないな)

杏子「あたしのこと心配か?」

167: 2012/01/01(日) 04:37:09.30 ID:JxoyR7tu0
恭介「え…」

杏子「言いたいことがあるなら言っちゃいなよ。あんたの言葉では傷ついたりしないし、
   そう簡単に見捨てたりもしないからさ」

恭介「…わかった。…少し気になってたんだけどさ…。杏子って、どんな仕事してるの…?」

杏子「……。仕事っていう仕事はしてないよ」

恭介「え? じゃあ、どうやって暮らしてるの…?」

杏子「……。親父の遺産さ」

恭介「…杏子の家、お金持ちだったんだね」

杏子「…嘘だと思うかい?」

恭介「…半分ね」

杏子「……!」

恭介「やっぱり、聞くべきじゃなかったかな…」

杏子はため息をついた

杏子「…本当のこと知りたい?」

恭介「…ううん。今はまだ、僕は知らなくていいと思ってる…
   ただ…、もし悲しい仕事なら、できれば辞めてほしいな…」

168: 2012/01/01(日) 04:37:42.12 ID:JxoyR7tu0
杏子「悲しい仕事って何さ?」

恭介「……」

杏子「葬儀屋とか?」

恭介「いや…そういうことじゃなくて…」

杏子が恭介の背中を叩いた

杏子「一体何を想像してんだよ」

恭介「……」

恭介は鼻を掻きながら小さなため息をついた

恭介「疑ってた訳じゃないけど…。もし、…もし杏子が体を売ってたら、嫌だなって…」

杏子「……」

恭介「……」

杏子「…それ、金になるのか?」

恭介「わからないけど…」

杏子が笑った

169: 2012/01/01(日) 04:38:53.96 ID:JxoyR7tu0
杏子「そんなこと思いつきもしなかったよ。あたしはそっちとは一生無縁だ
   いくら積まれようが、氏んでも御免だね。誰が好きでもない男なんかと…」

恭介「……」

杏子「あたしは正真正銘潔白さ。だからそこは心配しなくていいよ
   キスされたのも抱き締められたのも、家族と女以外ではあんたが初めてだ」

恭介「…そっか……うん。ありがとう…すっきりしたよ」

杏子「ったく、何つーこと考えてやがんだよ」

恭介「ごめん…」

恭介が困ったように笑った

杏子「…ちょっと来な」

恭介を人目の少ない物陰へ引き連れる

杏子「したいと思わない?」

恭介「…何を…?」

杏子がチュっと唇を鳴らした

恭介「…!」

杏子「何戸惑ってんのさ?」

170: 2012/01/01(日) 04:40:00.65 ID:JxoyR7tu0
恭介「…いや。杏子から言って来るなんて、珍しいから…」

杏子「……」

杏子が恭介の肩を掴んで壁に押し付けた

杏子「一瞬だけな。誰も見てないうちに」

恭介「ああ」

目を閉じてキスした

体を離すと、恭介が杖を捨てて杏子を引き寄せた

杏子「!」

恭介「もう少しだけ…」

目を泳がす杏子

恭介からキスした

杏子(ったく…)

恭介が口をこじ開けるように舌を入れた

171: 2012/01/01(日) 04:41:02.86 ID:JxoyR7tu0
杏子「…!」

恭介「…平熱高い?」

杏子「何年も計ってない…なんで?」

恭介「口の中温かいね」

杏子「へんた――」

言い切る前に恭介がまた唇を塞いだ

杏子「……」

知らない人が目の前を通りかかった

杏子はキスしたまま恭介の頭を叩いた

172: 2012/01/01(日) 04:43:18.72 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――夜。4人組が魔獣と戦っている

杏子が魔獣の放つ魔法の糸を切断していく

さやか(どいて)

杏子「…?」

後ろからさやかが剣を脇に構えて突進して来る

杏子「なっ…!」

さやかは杏子と戦っていた魔獣の集団に斬りかかった

さやか「うあああああああ!!」

先頭の首を切り落とし、大量の剣を召還して乱雑に投げ込む

大半はかすりもしなかった

杏子「おい…」

さやかが落ちた首を踏みつけて何度も突き刺す

氏角から放たれた糸がさやかの腕に絡み付いた

173: 2012/01/01(日) 04:44:22.54 ID:JxoyR7tu0
さやか「…ふん」

剣を大きく振って断ち切る

杏子(何やってやがる…ほとんど魔翌力の無駄遣いじゃねーか)

杏子はさやかから目を離さないように別の魔獣を狙った

さやかは自分の仕事を投げ出して杏子の獲物に向かって走った

杏子「…!」

さやか「……」

すれ違う瞬間、冷たい目で杏子を睨んでいるのが見えた

杏子と魔獣の間に割り込んで来る

さやか「だあああああああ!!」

近い敵から剣で殴った

さやか「はぁ、はぁ…!」

魔獣が倒れるまでひたすら殴る

杏子(切れ味が落ちてるぞ…相当疲れてるな)

174: 2012/01/01(日) 04:47:25.91 ID:JxoyR7tu0
杏子「さやか!」

さやか「……」

杏子「何やってんだよ! あんたはもうすっこんでろ!」

さやか「うるさいわね…」

杏子「…!」

さやかを比較的安全な方向へ蹴り飛ばす

さやか「うわっ!」

杏子「手本を見せてやるからそこで座ってな…。そろそろ覚えろっての」

杏子は糸を紙一重の所でかわしながら魔獣を次々と斬り捨てた

さやか「……」

マミとほむらがさやかの頃し損ねた魔獣を処理している

マミ「さあ、行くわよ! 暁美さん、美樹さんを助けてあげて」

ほむら「ええ」

マミが大砲を召還した

ほむらが背中の翼で低空飛行して、尻もちをついているさやかを抱き上げた

175: 2012/01/01(日) 04:48:49.25 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

杏子が退避する

マミ「ティロ・フィナーレ!」

魔獣の群れが燃え上がった

――やがて燃え尽きて静まり返った

マミ「――みんな、よく頑張ったわ」

ほむらがさやかを降ろして翼を引っ込めた

さやか「はぁ…はぁ…」

杏子とほむらが地面に散らばった浄化素材を集め始めた

マミ「美樹さん。ソウルジェムを見せてみなさい」

さやか「……」

俯きながら少し濁ったソウルジェムを差し出す

マミ「佐倉さんを助けてあげようとしたのね? それはいい心がけだわ
   でも、まずは目の前の仕事に集中することから始めなさい」

176: 2012/01/01(日) 04:49:24.05 ID:JxoyR7tu0
さやか「…マミさん。あたしは杏子を助けようとしたんじゃないよ
    また嫌味言われるのが嫌だっただけ…
    こうやって、あたしがちゃんと魔獣を倒せば誰も文句ないわよね」

マミ「あらそう。見返りをもらうことを正当化する為に、人の手柄を横取りしたって訳ね」

さやか「……!」

マミがさやかの傷を修復した

マミ「焦りは禁物よ。美樹さんはまだそんなこと考えなくていいの
   それに、誰もあなたをお荷物だなんて思ってないわ。だって私達、友達じゃない
   当分は素直にダイスを受け取っておきなさい」

さやか「……」

杏子が来た

杏子「…よう…こいつはあんたのだ、さやか…」

浄化素材を一掴み差し出す

さやか(…そうやってマミさんの前でいい顔して、あたしだけ悪者にしようっていうの?)

杏子(何ふざけたこと言ってやがる)

杏子「…全部あんたが倒した魔獣のサイコロだ
   これだけあればその穢れも完全に浄化できるだろ」

177: 2012/01/01(日) 04:50:00.42 ID:JxoyR7tu0
さやか(…余計なことしないで。あんたの手からは何も受け取りたくないから)

杏子「…!」

歯を食いしばる杏子

マミ「もう…またテレパシー? そこで一体何を話してるの?」

さやか「……」

杏子「…あたしらは何も話してないよ。あんたの気のせいだ、マミ」

マミ「…そうなの? 美樹さん」

さやか「…うん。別に何も…」

マミ「……」

さやかは杏子から浄化素材を受け取った

ほむらがさやかの目を見つめている

さやか「…何よ…」

178: 2012/01/01(日) 04:51:04.19 ID:JxoyR7tu0
ほむら「……。戦場に私情を持ち込むべきではないわ。あなたには難しいかもしれないけれど…
    現に、あなた1人の無謀な行動が、残る3人の仕事を増やした」

さやか「……」

ほむら「誤解しないで。あなたを落ち込ませたい訳じゃないわ
    この程度の出来事で本心から責めるつもりもない。私はただ、あなたを助けたいだけよ
    似たような状況が続けば、あなたは近いうちに自分を保てなくなるから」

さやかは涙目になった

マミがさやかのソウルジェムを浄化し始めた

さやか「…もういいよ、マミさん。あたしこのチーム抜けるわ」

マミ「!」

杏子「…!」

ほむら「……」

さやか「そのほうがお互い都合いいよね。足引っ張る子はいなくなるし、
    あたしも今みたいにみんなに怒られなくて済むから」

179: 2012/01/01(日) 04:51:34.72 ID:JxoyR7tu0
マミ「誰も怒ってなんかいないわよ」

さやか「無理しなくていいって言ってるでしょ。本当は追い出したくて仕方ないくせに
    …っていうか、むしろさ。あたしがここにいたくないんだよね」

杏子「…あんた1人で何ができるってんだ、さやか
   もうちっとコツを覚えるまではあたしらの世話になっときな」

さやか(…誰があんたなんかに)

杏子(…テメェ…)

さやか「あ、そうだ、ほむら…。あんたにお礼言ってなかったよね…さっきはありがと」

ほむら「……」

さやか「それじゃ、バイバイ。あとは3人で上手くやって…」

浄化中のソウルジェムを拾って歩き出す

マミ「ちょっと、待ちなさい」

180: 2012/01/01(日) 04:52:16.64 ID:JxoyR7tu0
さやか「…『もういい』って言ったわよね…あたしは1人で生きてくから…
    戦いにも慣れて来たし。…契約した時点で、初めからそのつもりだったんだ」

マミ「美樹さん」

マミが駆け寄る

さやか「…ついて来ないで」

マミ「……。いつでも戻って来てね?」

さやか「……」

さやかは泣きながら走り去った

マミ「…美樹さん、契約する前はあんなに素直な子だったのに…」

ほむら「…どんな不条理も受け入れる覚悟がなければ、魔法少女は務まらない
    美樹さんには、それができなかったのでしょうね。…気の毒な子…」

杏子「……」

181: 2012/01/01(日) 04:52:53.92 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――数日後。廃れた教会

杏子と恭介が席に腰掛けて手を繋いでいる

杏子(さやかの奴…)

恭介「…立派な教会だね」

杏子「……」

恭介「…杏子の父さんにも会ってみたかったな。きっと立派な人だったんだろうな…」

杏子「…ひたすら正直で、優しい人だったよ。変わり者だったけどね
   …正直すぎて、ちょっと馬鹿で、子供みたいな人でさ」

恭介「……」

杏子「あたしの初恋なんだよね。ガキだった頃、親父と結婚したくて、
   親父に好きになってもらう為に一生懸命だった」

恭介「…そっか」

杏子は脚を組んでポッキーを食べ始めた

杏子「食うかい?」

恭介は杏子の手をどけてキスした

182: 2012/01/01(日) 04:55:06.77 ID:JxoyR7tu0
杏子「…!」

恭介「……」

杏子が首を振って立ち上がった

パーカーのポケットに手を入れて説教壇に上がる

恭介が後ろからついていく

杏子「…あんたはあたしのことを何だと思ってる?」

恭介「え…?」

杏子「なんでキスばっかりするのさ?」

恭介「…『好きだから』じゃ駄目かな」

杏子「どこが好きな訳?」

恭介「…全部、かな…」

杏子「あたしの全部なんか知らねーだろ」

恭介「……。これから知ること、全部受け入れるよ。…全部好きになる」

杏子「…あんたを傷つけても?」

183: 2012/01/01(日) 05:01:16.29 ID:JxoyR7tu0
恭介「そのつもりだよ」

杏子「…ふーん」

杏子が振り返って恭介の頬を引っぱたいた

恭介「…!」

杏子「…これでもか?」

恭介「あのさ…。やっぱり杏子、今日イライラしてる…?」

杏子「……」

恭介「いいよ…僕が捌け口になる」

杏子「…くっ…!」

恭介の胸倉を掴んで壁に強く押し付けた

杏子「…言ったね」

恭介「ああ。やってくれ」

杏子が反対の頬を倍の力で叩いた

唇が切れて血が垂れた

184: 2012/01/01(日) 05:06:09.20 ID:JxoyR7tu0
恭介「うっ…!」

杏子「ナメんなよ…」

恭介が目の色を変えて杏子を見つめた

恭介「……」

杏子の左胸に指を食い込ませる

杏子「…! …触んな!」

恭介の頭を壁に叩きつけ、首を絞めながらキスした

恭介が襟元を掴んで押し返す

杏子「!」

足がもつれ合い、抱き合ったまま階段を転げ落ちた

恭介「いっ…た…」

杏子「いい根性してんじゃん…」

杏子が恭介を床に押さえつけて強引にキスした

185: 2012/01/01(日) 05:06:35.36 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

どちらからともなく指を絡めて手を繋いだ

無理矢理舌を入れる杏子。その気になれば喉に届きそうだった

恭介が杏子のポニーテールを鷲掴みにした

杏子「…!」

恭介の首を絞める

恭介が急に舌を噛み締めた

杏子(痛っ…)

杏子は本格的に気道を絞めつけた

顎に一層力を入れる恭介

杏子「っ…!」

繋いだ手に爪を立てる

恭介「……」

舌の裏から血が滲んだ

186: 2012/01/01(日) 05:07:11.24 ID:JxoyR7tu0
杏子(…噛み切られる…!)

首を絞めていた手で恭介の胸を叩く

恭介がようやく口を開けた

飛び退くように倒れる杏子

肘をついたまま口を押さえた。かなり出血している

恭介「杏子…?」

起き上がって来た恭介の腹に蹴りを入れた

恭介「ぐっ…」

杏子「…[ピーーー]気か?」

恭介「…ごめん、つい…。ちょっと興奮しちゃって…」

杏子「……」

杏子は人差し指で手招きすると、口の中に溜まった血を口移しした

杏子「…氏ぬかと思ったぞ」

恭介「…舌、長いんだね」

187: 2012/01/01(日) 05:07:50.74 ID:JxoyR7tu0
杏子「…?」

恭介「大丈夫だった…?」

杏子「…これが大丈夫に見えるか?」

恭介「…もっといじめたいんだけど…」

杏子「は…?」

杏子は目を泳がした

恭介「あ…何言ってるんだろ…頭でも打ったかな…」

杏子「……」

恭介「嫌だよね、こんなの…ごめん」

杏子が少し震える手で恭介の肩を掴んで顎を上げた

恭介「え…?」

杏子「…いいよ」

恭介「…君は…」

188: 2012/01/01(日) 05:09:02.74 ID:JxoyR7tu0
杏子「…?」

恭介が唇をつけた

舌先で杏子の傷を抉る

杏子「んっ…!」

痛みで息が漏れた

恭介の舌を噛まないように顎の力を必氏で抜いた

口から血がこぼれていく

――説教壇の上にキュゥべえが乗っているのが見えた

杏子は横目に睨みながらキスを続けた

QB(なるほどね…。さやかが怒っていた理由はこれだったのか)

杏子(よう。いきなり何の用だい?)

QB(さやかのソウルジェムの状態が思わしくない
   その原因をはっきりさせる為に、みんなの動向を観察していたんだ)

恭介が杏子の上着のファスナーを下げた

杏子「…どこまでする気だ? 変態」

189: 2012/01/01(日) 05:09:32.32 ID:JxoyR7tu0
恭介「…たまには、名前で呼んでほしいな…」

杏子「……変態」

恭介「…どうして呼んでくれないんだ…?」

杏子「んー…。なんか、こっ恥ずかしいんだよ。あんたの名前呼ぶの」

恭介「…そっか」

杏子「悪いね」

恭介「ううん。こうしていられるだけで充分幸せだよ…」

杏子を抱き締める恭介

杏子は血まみれの口で恭介の首に何度かキスした

QB(しかし、どうしたものか…。わかったはいいけど、あいにく上条恭介は1人しかいない)

杏子(…つまり何、『別れろ』っての…?)

190: 2012/01/01(日) 05:09:58.82 ID:JxoyR7tu0
QB(それは違うよ。君が恭介をさやかに譲ったら、そのしわ寄せは杏子に行ってしまう
   だけど僕にとっては、さやかより君のほうが重要な収入源だ
   だからどの道犠牲が避けられないのなら、君のソウルジェムの安定を優先したいね)

杏子(あたしはさやかみたいに神経細くねーぞ)

QB(なら、今すぐ恭介と別れてさやかに謝りに行くかい?)

杏子(……。それで、こいつの気持ちはどうなる。こいつが好きなのはあたしなんだぞ)

QB(彼には割り切ってもらうしかない)

杏子(…ふん。できるか、そんなこと…)

QB(困ったな…。まぁ仕方ない。今日はこれ以上話し合っても進展はなさそうだ
   また別の解決方法を考えつつ、さやかを見守るとしよう
   ところで杏子、今僕が見聞きしたことは、マミ達に伝えても構わないかい?)

杏子(…! …勘弁しろ)

QB(わかったよ。このことは秘密にしてあげる
   また使用済みのグリーフマテリアルが溜まったら声をかけてね
   僕も時々3人の戦いに同行するから、その時でも構わないよ。じゃあね、杏子)

恭介「杏子の血だ…」

恭介は杏子の唇を噛んだ

191: 2012/01/01(日) 05:10:27.35 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――夜。マミの家

杏子がソファでうつ伏せにウトウトしている

マミ(キュゥべえ。美樹さんの様子はどう?)

QB(相変わらずだ。でも大丈夫。さやかには僕がついてるからね
   彼女1人でも危険を極力避けられるように、しつこく助言してあげる)

マミ(ありがとう。早く機嫌を直してくれるといいんだけど…)

マミが何気なく杏子の顔を見た

唇の隙間から血が滲んでいる

マミ「佐倉さん…。口、怪我してるの…?」

杏子「ん?」

杏子が唇に触れた

杏子「チッ…やっぱ完全に治療しないと駄目か…」

ソウルジェムを取り出す杏子

192: 2012/01/01(日) 05:11:02.91 ID:JxoyR7tu0
マミ「口の中を怪我するなんて、一体どうしたの?」

杏子「彼氏にやられたんだよ…。あの変態、急に噛みやがって…何なんだよ」

マミ「……」

ほむら「……」

杏子は舌を治療した

杏子「あいつの相手してたら魔獣と戦う前にボロボロになっちまう
   これじゃ命がいくつあっても足りねーよ、ったく…」

マミ「…佐倉さん。もしかして…彼、エスなの?」

杏子「…『エス』?」

マミ「…『サディスト』っていう言葉、知ってるかしら…」

杏子「何だよ、それ…」

マミ「…えっと…ね…」

ほむら「…相手を痛めつけて快楽を得る人のことよ」

193: 2012/01/01(日) 05:11:45.73 ID:JxoyR7tu0
杏子「なっ…あいつは、そんなんじゃねーよ…」

ほむら「彼がエスでないとすれば、これは単なる暴力ということ」

(恭介『…もっといじめたいんだけど…』)

杏子(…あいつ、まさか本当に変態だったのか…?)

マミ「そこで気になるんだけど…」

杏子「…?」

マミ「佐倉さんは、エムなのかしら…?」

杏子「……」

ほむら「…『エム』というのは、エスの反対よ。痛めつけられることで快楽を得る人」

杏子「…! …待ちな。そんな奴、この世にいねーだろ」

マミ「……。そう思う?」

194: 2012/01/01(日) 05:12:24.52 ID:JxoyR7tu0
杏子「当たり前だっつーの」

ほむら「……」

マミ「きっと佐倉さんは今まさに目覚めの時を迎えようとしているんだわ
   気付けば湧き上がる性の快楽に溺れて…」

杏子「また始まったよ…もうこいつ何とかしてくれよ」

ほむらが笑った

マミ「でも私の予想、ここまで結構当たってるじゃない
   私が言った通り、例の彼とこうして恋に落ちちゃったんだし」

マミが唇に指を当ててウィンクした

マミ「『恋の預言者』! どうかしら?」

杏子「……」

ほむら「……」

195: 2012/01/01(日) 05:13:05.30 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――さやかの部屋

さやかがベッドで膝を抱えている

QB(入っていいかい、さやか)

さやか「……」

QB(魔獣退治に行くのが嫌なのかい?)

さやか(…言われなくてもちゃんと行くわよ)

QB(その前にドアを開けてくれないか。閉まったままじゃ荷物が入らないんだ)

さやか「…『荷物』…?」

ベッドから降りてドアを開ける

QB「やあ」

キュゥべえが薔薇の花をくわえている

さやか「…それ、どうしたの?」

196: 2012/01/01(日) 05:14:55.11 ID:JxoyR7tu0
QB「君にあげようと思ってね。所有権が放棄されていたから拝借して来たんだ」

さやか「……」

さやかがキュゥべえを抱き上げてベッドに腰掛けた

QB「薔薇は嫌いかい? さやか」

さやか「…ううん。ありがと…」

QB「トゲを処理してないから気をつけるんだよ」

さやか「…うん…」

キュゥべえはベッドに薔薇を置いて窓の外を見上げた

QB「…雲が晴れた。部屋を暗くしてごらん」

さやか「どうして…?」

QB「今夜は満月だ。一緒に眺めようじゃないか」

さやか「……」

さやかは照明を落として窓辺に立った

197: 2012/01/01(日) 05:15:29.94 ID:JxoyR7tu0
QB「驚くほど明るいだろう? 月の光だけで部屋の中が隅々まで見えるくらいだ」

さやか「…本当だ」

QB「おかげでいつもより瘴気が薄い。魔獣を倒しに行ったとしても、
   あちこち駆け回ることになって効率が悪いかもしれない
   それなら、今回は部屋にこもって明日の戦いに備えるという選択肢もありだ」

さやか「……」

QB「仮に僕が魔法少女なら、そうするだろうね」

さやか「…いいのかな、こんなことしてて…」

QB「ああ。それでいい。君自身がそう考えることで、明日は普段以上に積極的に戦えるはずだ
   さやかは誰かに指図されると本領を発揮できないタイプだからね」

さやか「……」

キュゥべえが月を見つめた

QB「地球には人間の気に入りそうなものが山ほどある
   戦う気力がない時は、こうやって彼らの力を借りるといい」

198: 2012/01/01(日) 05:16:59.24 ID:JxoyR7tu0
さやか「…うん。ありがとう。…あんたのおかげで、一瞬だけ恭介のこと忘れられた…」

QB「ねぇ、さやか。今、キッチンにはココアの粉と牛乳がある。後でこっそり飲みに行こう」

さやか「うん…」

さやかが少しだけ笑った

マミ(――キュゥべえ。聞こえる?)

QB(ああ、聞こえてるよ、マミ)

マミ(美樹さんの様子はどう?)

QB(花をあげたら少し落ち着いた。チームへの復帰は難しいと思うけれど、
   ソウルジェムが穢れるペースはこれまでより落ちてくれるだろう)

マミ(よかった…。お手柄よ、キュゥべえ)

QB(これも僕の役目の1つだからね)

199: 2012/01/01(日) 05:18:00.20 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2031年 斜太興業の事務所

恭介「――ところで、例の『赤鬼』の手がかりは見つかったのか…?」

初老の組員が両手を上に向けた

組員「んなもんあったらこっちから教えてますわ」

恭介「そうか……」

組員「東京からはるばる戻って来てくれた人にこんなこと言いたかないですけどねぇ、
   あんた騙されてたのと違いますか?」

恭介「……!」

組員「戸籍上、佐倉杏子って女はとっくの昔に氏んでる。それもガキん時です
   あんたの女は偽名で付き合ってたんですよ
   でなきゃ戸籍乗っ取りの出来損ないみたいなもんで――」

恭介「馬鹿を言うな。杏子とは12年も連れ添った。しかも初めに会ったのは中学の時だ
   家柄はまあまあだったが、ただの中学生にわざわざ身分を偽って近付く奴がいるものか」

200: 2012/01/01(日) 05:19:34.63 ID:JxoyR7tu0
組員「まぁ何にしたって、うちが探してる赤鬼とあんたの元カノは別人でしょうや
   口酸っぱくして言ってますけどありゃ怪物ですよ、本当

   佐倉が在籍してたっつー『ワルプルギスの夜』についても調べさせてもらいましたけどね、
   あれただのド貧乏な小劇団ですよ。ふっつーの女の子の集まりなの。わかります?」

恭介「……」

組員「もう諦めたらどうです? こっちもこっちで赤鬼の話は既に伝説と化してる
   これ以上そんな宝探しみてーな仕事に時間割くのマジで馬鹿馬鹿しいんですよ」

恭介は目を逸らした

恭介「…『失くした』とは思えない…。『もう会うことはない』なんて割り切れないんだ…
   今はまだ、『ただはぐれてしまっただけだ』と信じていたい…」

組員同士が呆気に取られたように目を合わせる

組員「…まあ上条さん。取引も落ち着いたことですし、久々におやつでもどうです?
   ずいぶん譲歩していただいてますからなぁ。上物ですが、特別にお安くしておきますよ」

201: 2012/01/01(日) 05:20:50.41 ID:JxoyR7tu0
恭介「…!」

顔を上げる恭介

組員「いやはや、喜んでいただけたようで。あんたの為に取っといてよかった」

恭介「……いや」

組員「…?」

恭介「…ノーだ」

組員「あらま」

恭介「…私を廃人にする気か?」

組員「滅相もない。私はあんたの力になりたいだけですよ」

恭介「……」

組員「すっきりしたいんでしょう?」

恭介が両手で顔を拭いた

恭介「…いや、駄目だ。薬の話はするな…せめて執行猶予が終わるまでは」

組員「大丈夫ですよ、バレやしませんって。うちが保証しますから」

恭介「……。顔を洗って来る…」

202: 2012/01/01(日) 05:21:21.17 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2011年 休日の昼。カフェ

杏子と恭介が向かい合わせに手を握り合っている

恭介「――昨日さやかと会ったんだけど、『顔も見たくない』って言われちゃってさ…」

杏子「……」

恭介「…さやかとの関係は、壊したくなかったのに…」

杏子「……。それなら、ちょうどいいって言えばちょうどいいかもね…
   これであたしもあんたも、あいつに気を遣わなくて済むんだしさ…」

恭介がアイスティーを一口飲んだ

恭介「…綺麗な指輪だね。よく似合ってる」

杏子「…! こいつには触るな…。なくされると困るんだ」

恭介「…家族のもの…?」

杏子「……まぁそんな所さ」

恭介は唇を噛んだ

杏子「もう、何暗い顔してんの? たまのデートだ。気楽に楽しもうじゃん」

203: 2012/01/01(日) 05:21:52.81 ID:JxoyR7tu0
恭介「ううん…そうじゃないよ」

杏子「…?」

恭介「実は、杏子にお願いがあって…。なかなか言い出せなかったんだけど…」

杏子「…何」

恭介が少し顔を赤くした

恭介「…今度の連休、うちに来ない…?」

杏子「……」

恭介「何だか最近…デートが終わった後、妙に寂しくてさ…。杏子、携帯持ってないし…」

杏子はストローをくわえた

恭介「…2人で夜遅くまで話したり、2人で朝を迎えて、一緒に朝食を取ったり…
   そんな1日が、今は僕の夢でさ…」

杏子「…ふーん」

恭介「…親に旅行に誘われてるんだけど、杏子が来てくれるようなら断ろうかなって思ってて…」

杏子「…あたし、夜って忙しいんだよね」

恭介「そうなの…?」

204: 2012/01/01(日) 05:22:35.93 ID:JxoyR7tu0
杏子「うん…ちょっと知り合いと会わないといけなくてね」

恭介「…どんな人?」

杏子「んー、何つーのかな…。あ、そういえばあいつら、あんたの学校の奴らだよ」

恭介「え…誰?」

杏子「巴マミと暁美ほむらだ。知ってるかい?」

恭介「あぁ、暁美さんは確か…さやかのクラスに新しく入って来た子だ。巴さんは知らないけど…」

杏子「あいつは3年だったかな。うん、今年で15だからそうだ」

(マミ『…彼、エスなの?』)

杏子(そういえばマミが言ってたな…。こいつって冗談抜きで変態なのかな…)

恭介「そっか……」

杏子が恭介の手を握り直した

杏子「…1日ぐらい時間作ってやってもいいよ」

恭介「本当?」

杏子「その前に、あんたに確かめたいことがある…」

206: 2012/01/01(日) 05:35:36.18 ID:JxoyR7tu0
恭介「何?」

杏子「…あたしを痛めつけるのって、楽しいか…?」

恭介「え…。あ、あの時はごめん…何だか、殴られてるうちにスイッチ入っちゃったみたいで…
   楽しんでた訳じゃないんだけど…体が勝手に動いたっていうか…」

杏子「……」

恭介「…今でも思い出すんだよね。何だったんだろうって…
   どういう訳か、杏子の痛がってる姿が無性に愛しく思えてさ…」

杏子「…!」

恭介「あはは…。杏子の言う通り、『変態』だよね…僕。自分でも少し怖いよ…」

杏子「…そういえば、あの時さりげなくあたしの胸触ったよね」

恭介「…!」

杏子「しかもその後、服脱がそうとしなかったか?」

恭介が目を逸らす

207: 2012/01/01(日) 05:37:34.90 ID:JxoyR7tu0
杏子「…ぶっちゃけさ…」

恭介「…?」

杏子がストローで氷をくるくる掻き回した

杏子「…抱きたいの?」

恭介「……」

杏子「……」

恭介は鼻を掻いた

恭介「…興味はある」

杏子「…もし子供が出来ちゃったらどうする?」

恭介「…それはまずいね…」

杏子が笑った

208: 2012/01/01(日) 05:38:06.32 ID:JxoyR7tu0
杏子「わかってんじゃん」

恭介「あはは、これはさすがにね…」

杏子「ま、そこんとこわきまえてるならいいよ。一緒に寝てやる」

恭介「ありがとう」

杏子「血迷って無理矢理犯そうとしても駄目だぞ。腕力はあたしのほうが上だ」

恭介「なっ…! そんなことしないって…」

杏子「変態」

恭介「うう…」

杏子はチュっと唇を鳴らした

209: 2012/01/01(日) 05:38:57.42 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――ある日の放課後
恭介が学校を出ていく

仁美「あら、上条君」

恭介「あ、志筑さん」

仁美「遅かったですわね。これからお帰りですの?」

恭介「うん。ちょっと友達とダラダラしてて。志筑さんは?」

仁美「用を済ましていた所ですわ。よかったら、途中まで一緒に帰りませんか?」

恭介「ああ、いいよ。そういえば、志筑さんとこうして話すのは久しぶりだね」

仁美「ええ。退院なさってしばらくは忙しそうでしたので、声をおかけするのは控えてましたの」

恭介「あはは、そんなに気を遣わなくてもいいのに」

仁美が笑った

210: 2012/01/01(日) 05:39:38.29 ID:JxoyR7tu0
――帰り道

仁美「――さやかさん、心配ですわね…。暇を見つけてお見舞いに行くべきでしょうか…」

恭介「…さやかか…」

仁美「…どうかしましたの?」

恭介「…ううん。何でもないよ」

仁美「……」

恭介「…あ、ところでさ…志筑さんって帰る方角はこっちなんだっけ?
   今まで帰り道に見かけたことってないような…」

仁美「…ええ。本当は全然逆方向ですわ」

恭介「え…じゃあ、今日はどうして…?」

仁美「上条君に…お話ししたいことがありますの」

恭介「話…?」

仁美「大切なお話ですわ。…実を言うと、学校に残っていたのはこの為ですの
   ほんの少しだけ、お時間をいただきたいんですけど…」

恭介「え…っと、僕なんかが聞いちゃっていいことなのかな…」

仁美「これは上条君にしかお話しできないことですわ。どこか近くで腰を下ろしませんか?」

211: 2012/01/01(日) 05:40:16.74 ID:JxoyR7tu0
恭介「…うん。わかった」

2人が道を逸れて歩いていく


――遠くを杏子が横切った
ポッキーをくわえながら両手をポケットに入れている

恭介「あ、杏子だ」

仁美「え?」

恭介「ちょっと、待ってて…すぐに戻るから」

仁美「ええ…」

足早に近付いていく恭介

恭介「杏子」

杏子「ん? ああ、あんたか」

仁美「……」

恭介「どこへ行くんだい?」

杏子「マミん家さ。あんたは何してんの? こんな何もない所で寄り道かい?」

212: 2012/01/01(日) 05:40:42.17 ID:JxoyR7tu0
恭介「ううん、ちょっと…友達がね」

杏子が仁美に気付いた

杏子「…あの子か?」

恭介「うん…何か大事な話があるらしくて…」

仁美は鞄を両手で引っ提げて立ち尽くしている

杏子「ふーん…」

杏子はポッキーをかじった

恭介「僕が役に立てることなんてあるかどうかわからないけど…
   …それじゃあ、あんまり待たせると悪いから、僕はもう行かないと」

仁美の顔を見つめる杏子

杏子「……」

仁美「……」

ポッキーの箱を取り出す

杏子「2人で食いな」

213: 2012/01/01(日) 05:42:08.35 ID:JxoyR7tu0
恭介「あ…、ありがとう」

杏子は背中越しに手を振りながら去っていった

恭介が仁美の元へ戻った

恭介「…ごめんごめん、待たせちゃったね」

お菓子の箱を差し出す恭介

恭介「これ、さっきの子がくれたんだ。『2人で食べてくれ』ってさ」

仁美「……」

仁美は少し俯いている

恭介「あぁ…お菓子なんか食べてる場合じゃなかったかな…ごめん。真面目に聞くよ」

仁美「…お友達ですか?」

恭介「うーん…杏子は、入院中によくお見舞いに来てくれてた子で…」

恭介は鼻を掻いた

恭介「…今は、大切な人なんだ」

214: 2012/01/01(日) 05:42:33.70 ID:JxoyR7tu0
仁美「…そうでしたの…」

恭介「あ、杏子のことなら気にしないで。僕が女の子と会ってたからって怒らないと思うから」

仁美「……」

恭介「…どうしたの?」

仁美「…素敵な方ですわね」

恭介「あはは…何だかこっちが照れちゃうな。…うん。いい所を挙げたらキリがない人でさ」

仁美「……」

恭介「学校のみんなには内緒だよ? 冷やかされたら手に負えないから」

仁美が寂しそうに笑った

仁美「…お幸せになってくださいね」

恭介「ありがとう」

恭介は笑いながら頭を掻いた

215: 2012/01/01(日) 05:43:03.93 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――マミの家
杏子がテーブルをピアノに見立てて指で叩いている

マミ「――そういえば暁美さん、最近少し、来るのが早くなったわね」

ほむら「ええ」

マミ「何か理由でもあるの?」

ほむら「あなた達の漫才が見たいのよ」

杏子が手を止めた

杏子「こっちは付き合い切れねーっつーの」

マミ「あら、その言い草はないんじゃない? 私はあなたと彼の恋を応援したいだけなのに」

杏子「どう見てもふざけてるだけじゃねーかよ」

マミ「そんなことないわよ」

マミは目を閉じて紅茶を飲んだ

216: 2012/01/01(日) 05:43:29.33 ID:JxoyR7tu0
杏子「あ、そうだ…。ちょいとそのことで相談があるんだが」

マミ「ええ、何でも言って」

杏子「今度の連休、1日だけ休んでいいか?」

マミ「彼氏とデートかしら?」

杏子「うん…」

マミ「暁美さんはどう思う?」

ほむら「私は構わないけれど」

マミ「そう」

マミが笑った

マミ「何だか、いつの間にかみんなで戦うのが当たり前になっちゃったよね
   本来なら、たった1人でやらなければいけないことなのに…」

ほむら「…そうね」

217: 2012/01/01(日) 05:44:11.32 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

マミ「とにかく、楽しんでいらっしゃい。素敵な土産話、期待してるわよ」

杏子「ったく…」

杏子がミルクティーを飲み干した

(恭介『…興味はある』)

杏子(…あいつ、どうするつもりなんだろう…)

マミ「お代わり、要る?」

杏子「ん…? ああ、もらっとくよ…」

マミ「……」

マミが杏子の目を見つめた

杏子「…? 何だよ…」

マミ「…佐倉さん、ひょっとして…」

218: 2012/01/01(日) 05:45:59.48 ID:JxoyR7tu0
杏子「ああ…?」

マミ「今度のデート…夜中に時間を作るっていうことは、お泊まりかしら…?」

杏子(…もしかして、同じこと考えてんのか…?)

杏子「…なぁ、マミ…」

マミ「な、何?」

杏子「…言いにくいんだけどね」

マミ「ええ…」

杏子は目を泳がした

杏子「…のやり方、知ってる…?」

ほむらがティーカップを落とした

219: 2012/01/01(日) 05:57:57.38 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――デート当日。某所、貸しロッカー室

杏子「……」

ポーチを肩にかけた杏子が自分のロッカーを開けた

杏子(あいつが知ったらどんな顔するだろうな…)

シールドの割れたフルフェイスと穴の開いた防弾ジャケットを見つめる

(恭介『これから知ること、全部受け入れるよ。…全部好きになる』)

杏子「…ふん」

大金の詰まったバッグから、いくらかを財布に移した

杏子(…これはあたしが勝ち取った金だ。だからあたしのデートに使う…
   そんなの、別にあいつが悲しむようなことじゃない
   …そうさ、あたしの好きに使えばいい…今までだってずっとそうして来た…)

中に立てかけておいたキーボードが目に付いた

杏子「……」

杏子(…寝る時になったら持って行くか。あいつの家に)

220: 2012/01/01(日) 05:58:25.04 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――昼。さやかの部屋

QB(どこにも行かないのかい? さやか)

さやか「!」

さやか(キュゥべえ…。今日は早いんだね…あたしに何か用?)

QB(しばらく学校は休みなんだろう? この時間帯なら魔獣の動きも活発ではないし、
   外へ出て自由に羽を伸ばしたほうが君の為になると思ってね。それを言いに来たんだ)

さやか(…別にいいよ。どうせ遊ぶお金もないし、
    優華は家族で旅行行ってるし、仁美は習い事で忙しいだろうし…)

キュゥべえがベッドの下から現れた

QB「それなら、僕が君の遊び相手になろう」

さやか「……」

さやかはキュゥべえの頭を撫でた

221: 2012/01/01(日) 05:58:53.34 ID:JxoyR7tu0
さやか「…あたし、何の為に魔法少女になったんだろ…」

QB「君はまだ、恭介が欲しいのかい?」

さやか「『欲しい』って何よ…。恭介は物じゃないんだから」

QB「『好き』とか『嫌い』とかいった感情は、僕は今のところ理解できていない
   これらに基づく人間の言動にはある程度法則性を見出せたけどね
   この際だ。よかったら、それについて詳しく教えてよ。君はボキャブラリーが豊富だから」

さやか「…そんなこと言われても…」

QB「上条恭介の何が君から『好き』という感情を引き出すんだい?」

さやか「……。人を好きになるのに、『これ』っていう理由なんてないと思う」

QB「原因がないのに結果が起こる。やっぱり感情というものはややこしいね
   最近の研究によって感情を質量やエネルギーに変換することはようやく可能になったけど、
   感情そのものの構造については僕らにとっても未だに未知数である部分が多い」

222: 2012/01/01(日) 05:59:25.40 ID:JxoyR7tu0
さやか「……」

QB「上条恭介という人物そのものについて、少し聞かせてくれるかい?
   今回の事件は感情の造りを研究する上で興味深いサンプルの1つになりそうだ」

さやかはため息をついた

さやか「…恭介は、誰とでも明るく話すし、人に心配かけるようなこととか言わないけど、
    本当は相手のこと考えてる訳じゃなくて、自分が暗いことに興味ないだけっていうか…
    嫌なものを見ないで育った奴でさ…」

QB「……」

さやか「おかげでまだまだ幼くて、好奇心旺盛で、自分の気持ちに真っ直ぐで…
    …その分、ちょっと馬鹿で、鈍くて、時々少しワガママで――」

223: 2012/01/01(日) 06:00:05.57 ID:JxoyR7tu0
――貸切状態のバス内
後ろの席で杏子と恭介がもたれ合っている

恭介「……」

杏子「…寝てんの?」

恭介「起きてるよ…。少し眠いけど」

杏子「昨日は何時に寝たんだ?」

恭介「…最後に時計を見た時は、3時半くらいだったかな…
   なかなか寝付けなかったから、実際にはもっと遅いと思うけど…」

杏子「考え事かい?」

恭介「まぁね…」

杏子「…この間の子、何だって?」

恭介「志筑さんのこと…? うん…何でも、近々バイオリンを買うらしいんだけど、
   自分ではどうやって選べばいいのかわからなくて
   身近に詳しい人が僕しかいないから、僕に聞こうと思ったんだって」

224: 2012/01/01(日) 06:00:29.12 ID:JxoyR7tu0
杏子「…それだけか?」

恭介「あ、あと『お菓子のお礼を言っといてくれ』ってさ」

杏子「……」

恭介「杏子のこと褒めてたよ。『素敵な人だ』って」

杏子「告白されたんじゃないのかよ?」

恭介「告白…? あはは、まぁ期待はゼロだったかって聞かれると、
   胸を張って『うん』とは言えないかもしれないなぁ…
   でも僕には杏子がいるし、何でもない用事でよかったよ」

杏子(のん気なもんだな…)

225: 2012/01/01(日) 06:01:22.10 ID:JxoyR7tu0
――――――――

さやか「――そのくせ、人が落ち込んでる時はさりげなく慰めに来たりしてさ…
    なんでか知らないけど、恭介にはわかっちゃうみたいなんだよね」

QB「それはただ、君が態度や表情に表れすいからじゃないのかい?」

さやか「なっ、失礼ね……。これはあたしに限ったことじゃなくて…
    大して付き合い長くない友達でも、一度恭介と話すと
    『今、なんで悩んでたんだっけ?』なんてことがよくあってさ――」

226: 2012/01/01(日) 06:04:38.05 ID:JxoyR7tu0
――――――――

杏子(――さやかの奴は、家から出ないようにキュゥべえが止めてるんだったな…
   確かに邪魔されたらたまったもんじゃないが、
   あたしがこいつと会う為にさやかをはめるような真似をするってのもな…)

杏子「……」

恭介「…杏子」

杏子「ん?」

恭介「時間は沢山あるし、少し早く降りない? 何だかちょっと歩きたいんだ」

杏子「…途中で『疲れた』って言ってもおぶってやんねーぞ」

恭介「あはは、平気だよ。もう体育の授業にもみんなと同じように参加してるしね」

杏子「ふーん…ま、あんたがそんなに歩きたいってんなら、あたしは別にいいよ」

恭介「…手、繋いでもいいかな」

杏子「…! ったく…」

227: 2012/01/01(日) 06:05:15.77 ID:JxoyR7tu0
恭介「杏子の手って柔らかいよね。こんなに細いのに」

杏子「……。あんたってそういうことよく言うよね。やれ首が長いだの手が細いだの」

恭介「あはは…杏子の体見てるとつい…」

杏子「……」

恭介「…?」

杏子「…変態」

恭介「…! もうそれでいいよ…」

杏子は恭介の手を握った

228: 2012/01/01(日) 06:06:09.18 ID:JxoyR7tu0
――――――――

さやか「――恭介は、演奏する時いつも目を瞑るんだ
    あたしは何より、バイオリンを弾いてる恭介がたまらなく好きでさ…
    …初めて見たのは、あたしがまだ保育園に通ってた頃だったなぁ」

QB「……」
    
さやか「あいつの発表会に行ったんだ。その時あたし、子供ながらに感動しちゃってさ
    …思えばあたしがクラシックとか聴くようになったのって、
    あいつがきっかけなんだよね…」

さやかは笑ったまま泣いた

230: 2012/01/01(日) 06:08:32.55 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――貸しロッカー室

杏子「ちょっと待ってな」

恭介「荷物でも預けてるの?」

杏子「私物は何から何までこの中にまとめてある。親父の遺産も全部…
   本当は『現金なんか入れるな』ってそこに書いてあるんだけどね」

恭介「……」

杏子はロッカーからキーボードを出した

恭介「あ…」

杏子「こいつを持って行くよ。帰ったらバイオリン弾いてくれる?」

恭介「…ああ、もちろん」

231: 2012/01/01(日) 06:09:27.32 ID:JxoyR7tu0
――――――――

さやか「…この前恭介が会いに来たんだけどさ…あいつ、あたしの気持ちに気付いてたみたいで…
    …それとも杏子に吹き込まれたのかな…」

QB「……」

さやか「いつもなら無邪気に色々喋るのに、あの時の恭介は謝ってばっかりで
    自分の思ってること、何にも言ってくれなくて…
    …それであたしイライラして、『当分あんたの顔見たくない』って追い返しちゃって…」

QB「……」

さやか「あたしって馬鹿だよね…。恭介が違う子のことを好きでも、
    傷つけるつもりなんかなかったのに…」

さやかが両手で顔を覆った

QB「さあ、もう泣かないで。さやか」

さやか「でもあたし、どうすることもできないよ…! 恭介のこと取り返せない…!
    なのに、好きなのやめられないんだもん!!」

泣き喚くさやか

キュゥべえは肩に乗ってさやかの顔を舐めた

232: 2012/01/01(日) 06:10:07.69 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――深夜。恭介の家の脱衣所
杏子がシャワーから上がった

杏子(…あいつ変な反応しそうだよなぁ…。まぁいっか…どうせすぐ寝るだろうし
   部屋行ってから外すほうが恥ずかしいもんな)

普段パーカーの下に着ている黒のチューブトップを直接肌に着た

布地が乳首の形に小さく突出している

杏子「……」

乾き切っていない髪で隠した

杏子(…本当に寝て起きて終わりかな…。『抱きたい』とか言い出したらどうすればいいんだ…?
   結局マミの奴も大して当てにならなかったし…)

(マミ『大丈夫。あなたはただ密やかに目を閉じて恋人の手に全てを委ね――』)

(ほむら『それはそうと、念の為、コ……コンドームを持って行くべきね』)

杏子「……」

(ほむら『…妊娠しない為の道具よ。どこで手に入るかは知らないけれど…』)

(マミ『それならコンビニで売ってるらしいわよ。暁美さんも2学期に習うと思うわ』)

杏子「…ったく」

233: 2012/01/01(日) 06:10:47.62 ID:JxoyR7tu0
――杏子が恭介の部屋に入った

恭介「!」

恭介はベッドに腰掛けてキーボードで遊んでいる

杏子「…よっ」

杏子は下着を包んだパーカーを椅子の上に放った

恭介「誰かと思った…」

杏子「あたし以外に誰がいるってのさ?」

恭介「あはは…髪下ろしてるし、その格好は初めて見るから…」

杏子「これはいつも着てるよ。外ではこいつの上にパーカーだけどね」

恭介「それだけでずいぶん雰囲気変わるんだね」

234: 2012/01/01(日) 06:11:48.51 ID:JxoyR7tu0
杏子が隣に座って恭介の首に腕を絡めた

恭介はキーボードを置いて背中を抱き返した

恭介「…え?」

杏子「ん?」

恭介「……」

杏子「何さ?」

恭介「…あれは…?」

杏子の背中に指で円を描いている

杏子「寝る時は外してる…」

恭介「……」

235: 2012/01/01(日) 06:14:47.69 ID:JxoyR7tu0
杏子「…やっぱ変な反応した。変態」

恭介「…それはずるくないかな…」

杏子「そうやって気にされると恥ずかしいじゃんかよ」

恭介は杏子の髪を後ろに流した

杏子「……」

目を泳がす杏子

恭介「…杏子はもう眠い?」

俯いたまま首を振る

恭介が照明を薄暗くした

恭介「眠くなるまで話そう?」

236: 2012/01/01(日) 06:29:01.09 ID:JxoyR7tu0
――1時間後
杏子と恭介が横になってキスし合っている

恭介「――その頃は、杏子もお父さんの教えを広めたりしてたの?」

杏子「…教義のほうは最後まで親父に任せるつもりだったよ
   あたしはあたしで、自分のことで精一杯だったんだ」

恭介「……。杏子はさ…、今でも世界を救いたいと思う?」

杏子「…んー…」

杏子は髪をかき上げた

杏子「…そんなの無理に決まってんじゃん?」

恭介「杏子ならできるよ」

杏子「何言ってんだ?」

恭介「だって、一時的だったとはいえ、大勢の人を教会に呼び集めたんだろう?
   そんなすごいことができたんだから、頑張ればきっと何でもできるはずじゃないか」

杏子「それは…。それは…偶然だったっつーか…」

恭介「僕の手が治ったのも『偶然』?」

237: 2012/01/01(日) 06:29:51.51 ID:JxoyR7tu0
杏子「…! だから…偶然じゃなかったとしても、あたしは関係ねーよ」

恭介「……」

杏子が恭介に上体を被せてキスした

恭介はそっと肩を抱いた

恭介「…僕も手伝うよ」

杏子「…?」

恭介「杏子の父さんがやろうとしたこと、僕が引き継ぐ…」

杏子「…冗談でも守れない約束をするもんじゃない」

恭介「冗談なんかじゃないよ」

杏子「あたしら一家がどれだけ苦労したかわかってんのか? 気安く抜かしやがって、ったく…」

恭介が杏子を遠ざけた

恭介「…命を懸けてもいい」

杏子「! …ふざけるな」

恭介「ふざけてなんかいない」

238: 2012/01/01(日) 06:35:22.93 ID:JxoyR7tu0
杏子「はぁ? だったら今すぐ氏にな」

恭介「どうしてだよ」

杏子「本気で『命懸ける』って言ってるんだったら尚更だ。どうせあんたには何もできやしない
   あれだけ頑張ってた親父が諦めちまったんだ
   世界を救うってのはそれくらい途方もなく難しいことなんだよ」

恭介「君は現に1人の人間を救ってる。だから今度は僕が他の誰かを助けるよ
   そしてその人にもまた誰かを救ってもらえばいい
   これを繰り返していけば、いつかは全員が救われるじゃないか」

杏子「ふん、何でもそう上手く行く訳ねーだろ
   そんなんで世の中救えたら誰も苦労しねーんだよ。この馬鹿」

恭介「……」

恭介が杏子を睨みつける

杏子は素早く恭介の顎を掴んだ

杏子「…何? 喧嘩売ってんの?」

恭介「…君の父さんの言葉を、僕が世界中に届けてみせる…何年かかるかわからないけど」

239: 2012/01/01(日) 06:36:05.14 ID:JxoyR7tu0
杏子「それ以上親父を馬鹿にするな。[ピーーー]ぞ」

恭介「『馬鹿にしてる』? …へぇ。そう思うならやってくれ」

杏子「チッ…!」

杏子は恭介の体に跨って顔面を拳で殴った

恭介「ぐっ!!」

両手で首を絞める杏子

杏子「じゃあ望み通りぶっ頃してやるよ。故人を侮辱しやがって
   それとも何さ? あたしに同情でもしてるつもりな訳?」

恭介は少しも抵抗せずに杏子を見つめている

杏子「…?」

恭介「……」

手の震えを抑えるようにシーツを掴む恭介

わずかに目元を歪めている

240: 2012/01/01(日) 06:36:42.88 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

恭介「……」

恭介が涙目になっていく

それでも抵抗しない

杏子「……」

首は完全に絞まっている

恭介がようやく杏子の手首を掴んだ

が、すぐに放して自分の額を押さえた

杏子「…ふん…」

杏子は手を放した

恭介「――!」

急激に息を吸い込む恭介

241: 2012/01/01(日) 06:37:13.36 ID:JxoyR7tu0
恭介「はぁ…はぁ…!」

杏子「…おい」

恭介は呼吸するのに精一杯だった

杏子「…氏にたかったのかよ…?」

恭介「はぁ、はぁ…!」

杏子「……」

恭介「はぁ…はぁ…」

杏子「…何なんだよ」

恭介「…杏子の為に何か…、やり遂げたいから…」

杏子「はぁ…?」

恭介「それを杏子が許せないなら…、僕は喜んで氏ぬよ…。自分の決意を嘘にしたくないから…」

杏子「…なんで親父と無関係のあんたが命なんか懸けるんだよ」

恭介「杏子が一番尊敬した人の遺志だから…」

杏子が頬をすり寄せた

242: 2012/01/01(日) 06:37:54.88 ID:JxoyR7tu0
杏子「あたしは別にそんなこと望んでねーよ」

恭介「……」

杏子「単純に自分さえ楽しければそれでいい。あたしはあたしを楽しませる為に生きてるんだ
   他に目的なんざありもしないし、それで充分満足だ」

恭介「…杏子…」

杏子「…あたしは自分の家族すら守れなかった。あんたには何が守れるのさ?
   あんたはたった1人、大好きなあたしを救えるのか?」

恭介「何もできないままで済ますもんか…」

杏子「……。ちょっと変わったね、あんた」

恭介「え…?」

杏子「病院にいた頃はあんなにウジウジしてたのに」

恭介「…あの時はただ、滅入ってたんだよ…。でも、今は幸せだから」

杏子「……」

244: 2012/01/01(日) 06:38:41.95 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――マミの家

QB「――ただいま、マミ」

マミ「あら、キュゥべえ。いらっしゃい」

QB「さやかをほっといてよかったのかい?」

マミ「…本当は迎えに行きたかったんだけど、佐倉さんが不在の時だけ家に招くのは、
   美樹さんにも佐倉さんにも失礼だから…」

QB「君がさやかと話し合うには絶好のチャンスだったじゃないか
   彼女は君に謝りたがっているよ」

マミ「学校で会った時にあんな様子だったから、今は私が何を言っても駄目だと思うの
   心の問題を解決するには、時間が必要な時もあるわ…。魔獣退治のほうはどう?」

245: 2012/01/01(日) 06:39:22.52 ID:JxoyR7tu0
QB「何とか上手くやってくれてるよ。力も技術もまだまだ低レベルだけど、
   最低限の素質があって契約した訳だし、君達のよく言う『センス』も悪くない」

マミは読んでいた本を閉じた

マミ「…魔法少女なら、一度はこういう経験が必要なのかもね」

QB「君と杏子は独りの時期が長かったからね。実力の差には裏付けがある
   その点、ほむらはイレギュラー的な才能の持ち主だ。素質はそれほどでもなかったし、
   契約したのだってほんの2ヶ月前だっていうのに、ベテランの魔法少女と区別がつかない」

時計を見上げるマミ

マミ「…佐倉さんは今頃何してるかしらね…」

QB「気になるなら、僕が様子を見て来ようか?」

マミ「駄目よ、2人の時間を邪魔しちゃ」

246: 2012/01/01(日) 06:43:26.62 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――杏子の家の前

佐倉神父が震えながら杏子の顔を引っぱたいた

杏子「……」

神父「人々の心を惑わして来たのか…!」

逆側から裏拳で殴った

涙目になる杏子

神父「何が『魔法』だ!!」

母親と妹が飛び出して来る

神父「魔女め!!」

神父が頭を抱えて泣き崩れた

杏子「……」

神父「お前は魔女だ…! 人の姿をした、恐ろしい魔女だ!!」

妻「あなた、やめて…どうしたの?」

神父は十字架のタイピンを外して投げ捨てた

247: 2012/01/01(日) 06:43:58.74 ID:JxoyR7tu0
神父「誰も耳を貸してなんていなかった……信仰なんてなかったんだ…!」

杏子の妹が母親に縋って涙をこらえている

神父「なんてことだ……」

佐倉神父は細い目を見開いて杏子を見上げた

神父「自分の娘だと思っていたものが、人々を陥れてしまった…!」

杏子「……」

杏子は泣かなかった

何度殴られても構わなかった

神父「魔女め…!」

しかし神父はそれ以上手を出さなかった

杏子(――なぁ、お父さん…。あたしのこと嫌いかい?)

杏子が十字架を拾った

今では髪を留めるのに使っている

248: 2012/01/01(日) 06:44:32.45 ID:JxoyR7tu0
杏子(…辛かったよね。…悔しかったよね。わかるよ…
   あんなに優しかったお父さんが、自分の娘に手上げるくらいだもん…
   あの日あたしの顔を殴った手はさ、やっぱりあたしを散々抱き締めてくれた手だったよ…)

神父の泣き声が耳に刺さる

杏子(また笑ってよ。子供みたいに…恥ずかしそうにさ
   あんたの笑顔見ると、どんなに腹が減ってても安心できたんだよね)

杏子「……」

杏子(嬉しそうに頭撫でてくれるから、あたしはあんたについて行ったんだ
   お父さんはあたしのことが大好きなんだって、どんな時も思えたから)

風が吹いた

もう誰もいない

杏子(連れてってよ…。もう悲しませたりしないから…
   あたしは自分で歩くから…。あんたが疲れちまったら、今度はあたしが手を引くから…)

焼け落ちた家が見えた

249: 2012/01/01(日) 06:44:59.44 ID:JxoyR7tu0
杏子(なぁ、お父さん…。あたしについて来られるの、嫌かい?
   あたしとだけは一緒に氏にたくなかったかい…?
   嫌いでもいいよ…あたしが悪いんだもん。でも氏ぬ時くらい、そばにいさせてよ…)

杏子「……」

幼い杏子が途方に暮れている

杏子(置いて行かないで…。一人ぼっちになりたくない…!)

杏子「――ごめんなさい…」

――杏子は自分の声で目を覚ました

恭介「ん…?」

杏子「……」

恭介と向かい合わせに横になっている

恭介が手を握って笑いかけた

恭介「…可愛い」

杏子「……」

杏子が恭介の手のひらを頬に当ててつぶやいた

250: 2012/01/01(日) 06:46:50.79 ID:JxoyR7tu0
恭介「え…?」

杏子「……」

恭介が口に耳を寄せる

恭介「何…?」

杏子「…ぶって…」

息だけの声

恭介「……」

恭介は横になったまま頬を叩いた

長い髪が乱れる

杏子「……」

再び頬に手を当てる杏子

恭介は体を起こして大きく振りかぶった

パン――

今度は本気だった

251: 2012/01/01(日) 06:52:08.05 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

恭介がそっとキスする

恭介「杏子…」

杏子「……」

杏子は目を細めて、恭介の背中に指で文字を書いた

恭介「何…? もう1回…」

杏子「……」

『m』

恭介「エム…?」

『o』…

『r』…

『e』

252: 2012/01/01(日) 06:52:50.79 ID:JxoyR7tu0
恭介「…『もっと』…?」

杏子は涙目で恭介を見上げている

恭介は首筋と唇に長くキスしてから、反対側を思い切り叩いた

杏子は恭介の肩を掴んだまま髪を掻き分けた

恭介「……」

恭介は杏子に跨り、体を押さえつけながら更に引っぱたいた

杏子「……」

杏子が恭介の口に指を入れる

恭介「…?」

杏子「……」

体を起こして恭介の肩に噛み付いた

恭介「っ…!」

反射的に杏子の指を噛み締める恭介

253: 2012/01/01(日) 06:53:36.56 ID:JxoyR7tu0
杏子「んっ…!」

空いている手で抱き合った

杏子の歯が肩に食い込んでいく

恭介「く…あ…!」

恭介が観念して後ろに倒れた

杏子は肩に食いついたまま離れない

恭介「杏子…!」

杏子「……」

2本の犬歯が突き刺さった

恭介「ああっ…!!」

チューブトップの背中を強く掴んでのた打ち回る

杏子「……」

杏子の口の中に血が滲んでいく

恭介は杏子を抱き抱えたまま暴れた

254: 2012/01/01(日) 06:55:18.56 ID:JxoyR7tu0
恭介「痛い…!」

2人でベッドから転げ落ちた

杏子は下敷きになって頭を打った

恭介「うぅ…」

杏子「……」

恭介「杏子…」

恭介は目の色を変え、杏子を無理矢理引き起こしてベッドにぶつけた

恭介「…杏子…!」

杏子の肩に全力で噛み付いた

杏子「きっ…!」

呼吸が荒くなる

恭介「……」

恭介が杏子の服を限界まで捲り上げた

255: 2012/01/01(日) 06:56:00.97 ID:JxoyR7tu0
杏子「…!」

食い付いたまま杏子の胸を素手で掴んで揉み上げた

杏子「…やめろ…」

恭介「……」

肩から血が流れた

杏子「ああ!!」

悲鳴に似た声を上げ、息を乱しながら何度か頬擦りした

恭介「……」

恭介が血をすすって、杏子の上半身を見下ろした

杏子(…見られた…)

ベッドにもたれかかる杏子

杏子「…今日だけだぞ…」

恭介「何が…?」

杏子「…裸」

256: 2012/01/01(日) 06:56:57.67 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

杏子はため息をついた

両胸を出したまま立ち上がり、机に置いたポーチからコンドームの箱を取り出す

杏子「ほい」

恭介に投げ渡した

恭介「え…、ありがとう…」

杏子「……」

薄暗い中で箱を眺める恭介

恭介「何だろう…グミ?」

杏子「アホか」

恭介「……?」

杏子は背中を向けて上を脱いだ

恭介「…あ…、え、こ、これって…」

257: 2012/01/01(日) 06:57:36.47 ID:JxoyR7tu0
杏子「…一応持って来といた」

恭介「……」

杏子「仮にもそういう関係じゃん? あたし達」

恭介「…嬉しいけど…。で…でも、恥ずかしいな…」

杏子「だからこっちのほうが恥ずかしいっつーの」

杏子がティッシュで体の血を拭き始めた

恭介「…肩、大丈夫?」

杏子「……」

恭介「…先に手当てする?」

(マミ『佐倉さんは、エムなのかしら…?』)

杏子(…かもしれない…)

杏子「…あたしはこのままでいい」

恭介が後ろから杏子を抱き締めた

258: 2012/01/01(日) 06:59:41.43 ID:JxoyR7tu0
恭介「…杏子の体って、どうしてこんなに傷つけたくなるのかな…」

杏子「…あたしの体…、好きか…?」

恭介「ああ、好きだよ…。抑え切れなくなる…」

杏子「…興奮してんの…?」

恭介「かなりね…」

杏子の肩からまた血が流れた

杏子「…どうすんのさ?」

恭介が傷口を指先でなぞった


杏子「! ……」

杏子は少し震えながらショートパンツのジッパーを下げた

259: 2012/01/01(日) 07:01:00.60 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――翌朝

杏子が目を覚ました。恭介の姿がない

杏子(起きてるのか…?)

体を起こす杏子

下着一枚にパーカーを羽織っている

杏子(…昨日寝直す前、お父さんの夢見たな…。ったく、あいつが思い出させるから…)

杏子「……」

夢の直後の出来事を思い出した

(杏子『…ぶって…』)

杏子(…何言ってんだ、あたしは…)

杏子「……」

恭介が部屋に戻って来た

恭介「おはよう」

頬が痣になっている

260: 2012/01/01(日) 07:07:30.72 ID:JxoyR7tu0
杏子「…! 痣できてるぞ」

恭介「うん…覚悟はしてたよ。結構痛かったしね」

杏子「…体弱いのか?」

恭介「そんなことはないと思う。杏子が丈夫すぎるんだよ」

杏子「……」

恭介が鼻を掻いた

恭介「昨日は、どうだった…?」

杏子「どうって?」

恭介「……」

杏子が人差し指で手招きする

恭介は耳を近づけた

杏子「よかったよ」

恭介「! …そっか。安心した」

杏子「あんたは?」

261: 2012/01/01(日) 07:08:05.20 ID:JxoyR7tu0
恭介「…最高の思い出になった」

杏子は笑って、頬にキスした

杏子「バイオリンやらない?」

恭介「ああ、いいよ」

杏子「…あたしね、今新しい曲を練習してるんだ。あんたに聴かせようと思って
   …もしまともに弾けるようになったら、またバイオリンで合わせてくれる?」

恭介「もちろんだよ。何ていう曲だい?」

杏子「そいつはまだ秘密だ」

恭介「あはは。知らない曲だったら聴いたその場ではあんなことできないよ」

杏子「まぁ、別にマニアックなもんでもないし、多分あんたなら知ってるだろ」

恭介「そっか。それじゃあ楽しみにしてるよ」

262: 2012/01/01(日) 07:09:05.68 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――翌日。マミの家

杏子がソファで仰向けに寝転んでいる

マミ「――デートの話の続きが聞きたいんだけど」

杏子「ああ? まだ諦めてなかったのかよ」

マミが笑った

マミ「とっても素敵な話だもの。幸せを分けてもらった気分よね。暁美さんもそう思わない?」

ほむら「私は正直な所、私の忠告が役に立ったかどうかだけが、少し気になっているのだけれど」

杏子が勢いをつけて起き上がる

杏子「ったく、どいつもこいつも…見せもんじゃねーんだぞ」

グラスに入ったプリッツを何本か抜き取って食べた

杏子「まぁ、礼は言っとくよ」

マミとほむらが顔を見合わせた

マミ「つまり…?」

杏子がプリッツを噛み砕く

263: 2012/01/01(日) 07:09:50.75 ID:JxoyR7tu0
杏子「…ほむら。それ、置いたほうがいいよ。また壊すから」

ほむら「…? え、ええ…」

ほむらはティーカップをテーブルに置いた

杏子「…レOプされた」

マミ「…!」

ほむら「……」

杏子「半分冗談だけどね」

マミ「…それは、半分本当っていうことよね…?」

杏子「……」

ほむら「エ…エスだと思ってた…」

杏子「どっち道変態呼ばわりかよ」

マミ「…誰にでも変わった所はあるものよ」

264: 2012/01/01(日) 07:10:36.60 ID:JxoyR7tu0
杏子「あんたにわかってたまるかっての…」

マミ「…どうなのかしら。痛めつけられる快感って…」

杏子は目を泳がした

杏子「んー…」

マミ「……」

ほむら「……」

杏子「…なんつーのかな…痛みそのものが好きって訳じゃないんだよ
   なんかね…苦痛を我慢してないと物足りないっていうか…
   『やりたいようにやられてる』って思うと、変に安心するんだよね…」

マミ「『私を食べて!』なんてね」

杏子「テメェ。馬鹿にしてんのか?」

265: 2012/01/01(日) 07:11:20.90 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――数日後。学校

仁美「――さやかさん、お体の具合は大丈夫ですの…?」

さやか「うん、もう平気。…なんか、心配かけちゃったね」

仁美「ううん。私のほうこそ、お見舞いにも行けずに…」

さやか「あぁ、いいのいいの。仁美は忙しいんだし、それに大した病気じゃないから」

仁美「だといいんですけど…」

教室の前を恭介が通りかかった

顔に大きな痣がある

さやか「…!」

仁美「どうかしましたの?」

さやか「い、いや…。別に何でも」

さやか(何よあれ…久々に学校来てみたら、痣なんか作って…
    …まさか杏子の仕業じゃないわよね…)

266: 2012/01/01(日) 07:12:09.03 ID:JxoyR7tu0
さやか「ところで仁美…、あたしが学校来てない間、何か変わったこととかなかった?」

仁美「変わったこと、ですか…?」

さやか「うん、授業のことでもいいし、みんなのことでもさ。例えば、誰かが怪我した! とか…」

仁美「そうですね…。これと言って、お話しするような出来事はありませんでしたけど」

さやか「そ…そっか」

仁美「…上条君が、さやかさんを心配なさってましたわ」

さやか「…恭介と話したの?」

仁美「ええ…。つい先日、簡単な用があって一緒に帰りましたの」

さやか「用って?」

仁美「……。バイオリンのお話ですわ」

267: 2012/01/01(日) 07:12:58.98 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――休み時間。恭介のクラス

体育の授業を終えて、恭介が教室に戻って来た

さやか「――ねぇ、恭介…」

恭介「さやか…! …おはよう。驚いたな…今日は来てたんだ」

さやか「この前はごめん…追い返すつもりはなかったんだけど…」

恭介「ううん…気にしなくていいよ。僕なら平気だから」

さやか「んっと…その痣、どうしたの…?」

恭介「…! これは…」

さやか「……」

肩にガーゼを当てているのが体操服越しに透けて見えた

さやか「そこも怪我してる…」

恭介「ああ…。えーっと…それがさ、ちょっと、友達と喧嘩しちゃって」

さやか「……」

268: 2012/01/01(日) 07:13:30.63 ID:JxoyR7tu0
恭介「あはは、あんな大怪我したばっかりだっていうのに、よくないよね…」

さやか「…誰と喧嘩したの?」

恭介「…さやかの知らない人だよ」

さやか(絶対嘘だ…)

さやか「…恭介…」

さやかが下を向いた

恭介「さやか…?」

さやか(もし杏子だったら…。杏子は魔法少女なんだよ?
    魔力も何も持ってない恭介が敵う訳ないじゃん…)

さやか「…今日、放課後空いてる? たまには一緒に帰りたいなー…なんて…」

恭介「……」

さやか「…恭介が嫌だったら、無理しなくていいから…」

恭介「…そうだね。最近、落ち着いて話す機会もなかったし…一緒に帰ろう」

269: 2012/01/01(日) 07:15:00.73 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――放課後。帰り道

さやかがため息をついた

恭介「……」

さやか「…ねぇ、恭介」

恭介「何? さやか…」

さやか「…気付いてるんでしょ…」

恭介「…何のこと?」

さやか「とぼけないでよ…。あたしだけ蚊帳の外で、1人で悩んで、馬鹿みたいだから…」

恭介「…ごめん」

さやか「…ひどいよね。こんな終わり方…」

恭介「…あのさ…」

さやか「……」

270: 2012/01/01(日) 07:15:26.27 ID:JxoyR7tu0
恭介「僕…さやかとは、今まで通り友達でいたいんだよね…
   多分、傷つけちゃったと思うし、今だって本当はすごく気まずいよ…
   でも、さやかが僕にとって掛け替えのない存在であることには変わりないから…」

さやか「…そんな風に思ってくれてるんだ」

恭介「…ああ」

さやか「あたし嬉しいよ。たったそれだけでもさ…。あたしだって同じように…、
    …ううん、あたしは恭介のこと、もっともっと大切だもん…」

恭介「…さやか…」

さやか「…例の友達、なんで喧嘩しちゃったの?」

恭介「…それは…その…」

さやか「……」

恭介「えっと…、過去に色々あった子でさ…。この前、身の上話で盛り上がってて、
   僕がその子の家族について思ったことを言ったら、それが癪に障っちゃったみたいで…」

さやか「…杏子のことだよね、それ…」

271: 2012/01/01(日) 07:15:55.61 ID:JxoyR7tu0
恭介「…!」

さやか「…ごめん。あたし本当は最初から疑ってたんだ…あの子のこと」

恭介「……」

さやか「恭介のこと殴ったんだ…あいつ」

恭介「ち、違うよ、さやか…」

さやかが立ち止まった

さやか「……」

恭介「杏子は関係ない…」

さやか(どうして嘘つくの…? こんなひどい目に遭ってるのに、それでも杏子を庇うの…?)

さやか「…嘘言わないで…」

恭介「……」

さやか「…杏子って、本当は恭介の何なの…? まだはっきり聞いてなかったよね…」

272: 2012/01/01(日) 07:16:29.32 ID:JxoyR7tu0
恭介「…杏子は…」

恭介は目を逸らした

恭介「…僕の恩人だ…。氏ぬことしか頭になかった僕に、もう一度生きる希望を与えてくれた…」

さやか「……」

恭介が自分の左手を見つめた

恭介「僕を救ってくれた…」

さやか「…!」

さやか(手を見てる…。『救った』って何よ…恭介の手を治したのはあたしなんだけど…)

(恭介『――佐倉さんが、…何か特別な力を持った人だって』)

さやか(……。もしかして…恭介は杏子に騙されてるの…?)

恭介「…だから…。僕は、杏子の為に生きることにしたよ…」

さやか(…それで、『恩人だから』と思って、あいつの言いなりになっちゃってるの…?
    もし本当にそうだったら……あたしは杏子を絶対に赦さない…)

273: 2012/01/01(日) 07:23:04.32 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――深夜
マミ達3人が戦いを終えて歩いている

マミ「――私の場合は、守りたいものの為に命を懸ける生き方、好きになれたおかげかな」

杏子「ふーん。まぁ、魔力維持する為っつっても、
   こう毎日同じ戦いの繰り返しじゃ面白味もないしね」

ほむら「つまらないくらいがちょうどいいわ
    もし魔獣に個性があって、能力も戦術も1つ1つ違っていたら、
    私達は常に予測できない事故の危険に曝されることになる」

杏子「ハッ、どうせ戦わなきゃならないなら、そっちのほうが楽しみ甲斐があるってもんじゃん」

ほむら「…そんなに簡単なものではないわ」

杏子「何マジになってんだ?」

ほむら「…いいえ」

ほむらが笑った

274: 2012/01/01(日) 07:23:39.69 ID:JxoyR7tu0
マミ「――あら? あそこにいるの、美樹さんじゃない?」

杏子「…!」

さやかが暗がりで道を塞ぐように立っている

ほむら「ええ」

杏子(あいつ…あたし達が来るのを待ってたのか…?)

マミ「…ここで別れておきましょうか?」

杏子「……。さやかはあたしに用があるって言ってるよ。悪いけど外してくれる?」

マミは杏子とさやかを順番に見た

マミ「…わかったわ。早く仲直りしてちょうだいね。行きましょう、暁美さん」

ほむら「……」

マミとほむらは別の道に入っていった

さやか「…!」

杏子がさやかに歩み寄る

杏子「よう。久しぶりじゃん。今度は何の用さ?」

275: 2012/01/01(日) 07:24:07.20 ID:JxoyR7tu0
さやか「……」

杏子「あたしに話があるんだろ? でなきゃ夕方にでもマミん家に来るはずだ」

さやか「…しらばっくれないで。いいわね」

杏子「うん」

さやか「…恭介から聞いたよ…あんたとあいつが会ってる時のこと、何もかも…」

杏子「…何の話だ」

さやか「…心当たりぐらいあるでしょ」

杏子(何が言いたいんだ…? こいつまさか、あたし達が出来てないとでも思ってたのか…?)

杏子「あんたは坊やのこと『顔も見たくない』って思ってるんだろ?」

さやか「……!」

杏子「だったら今更あんたのことを気にする必要なんてないよね
   自分の彼氏と何をしようが、そんなのあたしの勝手じゃん」

さやか「くっ…! 何が『彼氏』よ! 本当は恭介のこと、大して好きでもないくせに!」

杏子「……」

276: 2012/01/01(日) 07:24:49.34 ID:JxoyR7tu0
さやか「…あんたはなんで恭介と付き合ってるの? 何の為に恭介と会うの?」

杏子「…はぁ?」

さやか「恭介と何がしたい訳?」

杏子はため息をついた

杏子「…こういう仕事してるとねぇ、本当ストレス溜まるんだわ…
   新しい後輩も、人が親切にしてやったっていうのに、こうやってチョッカイ出して来るし」

さやかが杏子を睨み付ける

杏子「だからあいつで鬱憤を晴らしてるのさ。向こうもそれで喜んでるんだしね」

さやか「っ…! …赦さない」

杏子「……」

さやか「お前だけは、絶対に赦さない…!」

杏子「…ちょっとさー…やめてくれない? あたしはただあいつの気持ちに応えただけじゃん
   あいつがあたしに惚れちゃったからって、あたしに突っかかるなんてお門違いもいいとこだ」

さやか「くっ!」

さやかが変身した

277: 2012/01/01(日) 07:25:20.54 ID:JxoyR7tu0
杏子「…何のつもりだ?」

さやか「恭介は、本当はあんたと別れたがってる…
    だけどあんたに弱味を握られて、自分から言い出せなくなってるだけなんだ…!」

杏子「…は?」

さやか「『恭介から全部聞いた』っていうのは嘘…カマかけただけ…
    でもこれではっきりしたわ…。あんたが人を傷つけて喜んでる、最低の女だってこと…!」

杏子「…? あんたもしかして、何か大元から勘違いしてない?」

さやか「今更遅いわよ…あんた今、全部認めたわよね。恭介を憂さ晴らしの道具に使ってるって…
    それってつまり八つ当たりだよね。…それもよりによって、恭介に…!
    あたしが気に入らないならあたしを殴ればいいじゃんか!!」

杏子を睨んだまま涙を流し始めるさやか

杏子(そういうことか…)

杏子「『憂さ晴らし』ってのは確かだが、殴って楽しんでるとは言ってないだろ
   あんたは一体誰に何を聞いたのさ?」

さやか「……。よほど恭介のこと怖がらせてるんだね」

杏子「だからそんなことしてないっての」

278: 2012/01/01(日) 07:26:23.34 ID:JxoyR7tu0
さやか「じゃあ恭介はなんで怪我してたのよ!
    恭介と喧嘩する子なんて、あんた以外に誰がいるって言うの!?」

杏子(まだ治ってなかったのかよ…)

杏子「確かに何回か殴りはしたが、それはあいつ本人に『やってくれ』って頼まれた時だけだ」

さやか「くっ…! 恭介がそんなこと言う訳ないでしょ!? どこまでコケにする気よ!」

さやかが剣を握り締めた

杏子「何。やろうっての? やめときな。あんたに勝ち目なんかないよ」

さやか「よくも恭介を…!」

杏子も変身した

杏子「世の中にはね、あんたの理解を超えた事情ってもんがあるんだよ」

さやか「なら教えてよ…。どんな事情があれば、関係ない人を殴っていいことになるのよ…!」

杏子「…あんたには教えられない」

さやか「…和解する気なんて、まるでないんだね…」

杏子「……」

279: 2012/01/01(日) 07:28:04.61 ID:JxoyR7tu0
さやか「…言っとくけど、本気で行くから。あんたが泣くまで…、あたしは絶対に負けない!」

杏子「ふん…」

杏子が槍を出して構えた

さやか「あああああああ!!」

さやかが闇雲に斬りかかる

杏子「……」

杏子が最小限の動きで剣を弾き返した

さやか「うわっ!」

さやかは仰け反って尻もちをついた

杏子「……」

さやか「くっ…!」

立ち上がって突進する

さやか「はああああああ!」

杏子はさやかの突きを捌いて蹴り飛ばした

280: 2012/01/01(日) 07:28:44.97 ID:JxoyR7tu0
さやか「!!」

セメントの壁に突っ込むさやか

杏子「……」

杏子(魔獣と戦ってた時はここまで弱くなかった…余力がない証拠だ)

さやか「うぅ…!」

体勢を立て直してマントで涙を拭く

さやか「…負けない…!」

さやかは何度も繰り返した

さやか「はぁ…はぁ…!」

杏子「……」

さやか「…負…けるもんかー!!」

何度やってもかすり傷一つ付けられなかった

次第に涙の量が増えた

281: 2012/01/01(日) 07:29:53.18 ID:JxoyR7tu0
さやか「…うっ…うっ……!」

杏子「……」

それでも泣きながら戦った

さやか「あんたは間違ってるんだ…! 言いなりになってる恭介も…!」

杏子「……」

さやか「うああああああ!!」

さやかが渾身の攻撃に入った

ドスッ――

さやか「!!」

杏子「……」

杏子が目を逸らしたままさやかの胸を一突きにした

さやか「うぅ……!」

剣を落として膝をつく

282: 2012/01/01(日) 07:30:26.96 ID:JxoyR7tu0
杏子「…もういいだろ。これ以上やっても魔力の無駄だ
   あんたならまだ取り返しは付く。潔く負けを認めな…」

さやか「…こんなのって…」

杏子「…なぁ、さやか…間違ってるのはあんたのほうなんだよ」

さやか「……!」

さやかが隙を見て杏子の心臓目がけて剣を投げつけた

杏子「……」

杏子は刀身を素手で弾き飛ばした

さやか「…!?」

杏子「…テメェは……」

さやかの胸に突き刺さった槍を根元から掴んだ

さやか「ひっ…」

杏子「馬鹿か!!」

傷口を広げるように激しくえぐり回す

283: 2012/01/01(日) 07:31:28.77 ID:JxoyR7tu0
さやか「うっ、うわああああぁーー!」

さやかが叫びながら血を吐いた

杏子「あたしが氏んだらあいつはめちゃくちゃ悲しむぞ…!」

さやか「…うっ…ううぅ、あぁ…!」

肋骨がきしんでいる

杏子「…お前は坊やを悲しませたいのか!」

さやかの体が少し浮いた

さやか「あああああぁーーっ!!」

杏子「よう、さやか…おい。…なぁ、さやか…さやかよ…!
   お前はあいつをどこまで受け入れられるんだ…? あいつは普通じゃねーんだぞ…!」

さやか「うっ…、ううっ……!」

杏子「……あいつを泣かせるような真似はあたしが許さない」

284: 2012/01/01(日) 07:32:06.64 ID:JxoyR7tu0
さやか「……」

杏子が変身を解く

さやかは血溜まりの上に倒れ込んだ

杏子「…余計な心配はしなくていい…あいつの面倒を見るのはあたしだ。…わかったか」

さやか「……」

杏子はポケットに手を突っ込んで歩いていった

さやか「…恭…介……」

さやかはつぶやいて、そのまま動かなくなった

296: 2012/01/01(日) 13:28:27.21 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――2032年 コーデリア・ガーデン

少年「あ、バイオリンのおじさんだ!」

少女「わあ! 本当だ!」

子供達が恭介の所へ集まって来た

恭介「あぁこら、短い足で走るんじゃない、ガキども」

少年「僕、足短くないよ! バイオリンのおじさんより背高いんだから!」

少年が恭介の肩くらいの高さまで何度もジャンプした

恭介「そんなことはどうでもいい。今日はチョコレートを持って来てやった。食べたいだろう?」

少年「うん! 食べるー!」

少女「食べたーい!」

恭介「お前は駄目だ。お兄さんをおじさん呼ばわりする奴にはもったいない」

少年「えー!?」

少女「チョコちょうだーい! バイオリンのお兄さん!」

297: 2012/01/01(日) 13:29:53.72 ID:JxoyR7tu0
恭介「よーし、ほら」

恭介が袋からチョコレート菓子を出して女の子に渡した

少女「ありがとう!」

少年「あー! ずるいよー! バイオリンのおじさん!」

恭介「あ、また言いやがったな? この野郎、今日という今日はあの世へ送ってやる」

恭介は荷物を置いて少年を天高く抱き上げた

少年「あっはははー!」

恭介「ほーら、羽が生えてるぞ」

少年「もっと高く! もっと高くー!」

恭介「ほう。さあ、これでどうだ! 参ったか?」

少年「わあー! あはははは!」

マミ「……」

職員室からマミが出て来た

298: 2012/01/01(日) 13:30:54.16 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

恭介は子供を降ろしてお菓子を渡した

恭介「…特別だぞ」

少年「ありがとう!」

恭介「……」

荷物を持ってマミの所へ向かう

恭介「――見る度に若返るな、院長」

マミ「そう? ありがとう」

恭介「子供達も志筑や私のほうが年上だと思ってるだろうな。大輝に『おじさん』と呼ばれたよ」

マミが笑った

恭介「…無邪気なものだ。ここの連中には避けられても仕方ないはずなのに」

マミ「どうして?」

299: 2012/01/01(日) 13:31:35.56 ID:JxoyR7tu0
恭介「……。私は犯罪者だ。実刑はどうにか免れたが…」

マミ「…魔が差しただけよ。あなたは少し頑張りすぎていたもの…仕方ないわ」

恭介「薬だけじゃない…。絵理と愛美が消えたのは、私がここを買い取った直後だった…」

マミ「……」

恭介「…2人とも、私によく懐いていた。あの子達がいなくなってから、
   私が何と呼ばれるようになったか知ってるだろう…?」

マミ「…あんなの、ただのデタラメよ。あなたほどのカリスマだもの
   マスコミはスキャンダルを面白がっているだけ。あなたの潔白は私達みんなが信じてるわ」

恭介「……ここの運営は、これからどんどん厳しくなるだろうな
   …私とコーデリアの名誉を取り戻さない限りは」

マミ「……。そのことで、社長に相談したいことがあるの」

恭介「…?」

300: 2012/01/01(日) 13:32:42.14 ID:JxoyR7tu0
――応接室

恭介「――暁美さんが本格的に起業したそうだな」

マミ「そうよ。軍資金は少ないけど…」

恭介が鼻で笑った

恭介「相談というのはそれか。『女が金の話を持ちかけて来たら一切耳を貸さない』
   …これが私の信条だ。あいにくだが私は力になれない」

マミ「お金の相談じゃないわ」

恭介「じゃあ何だ」

マミ「『ワルプルギス騎士団』はコーデリアの名誉を守る為に設立された企業よ
   と言っても、それは裏の顔だけれど…」

恭介「……?」

マミが恭介の顔色を慎重に窺った

マミ「…あなたの周りでは、私の知る限り、合計で4人の失踪者が出ている…
   でもあなたはその原因を知らないし、次の被害も防ぎようがない…」

嫌気が差した

ため息をつく恭介

301: 2012/01/01(日) 13:33:36.30 ID:JxoyR7tu0
恭介「…それがあんたにはわかると? 愛美やさやか達がどこに行ったのかも」

マミ「! ……」

恭介「……」

マミ「…もちろん、知らないわ…」

恭介「……」

マミ「…だけど、ワルプルギス騎士団と提携すれば、女の子達の失踪を予め防止できるし、
   万が一何かあった場合も、コーデリアがその責任を問われることはなくなるの」

恭介「後ろ盾ならヤクザがいる。…保険はそれだけで充分だ」

マミ「真面目に聞いて。ちょっと複雑だけど、ちゃんと筋の通った仕組みが考えられてるのよ」

恭介「…『汚い仕事を引き受けろ』とでも言うんじゃないだろうな」

マミ「…正直なところ、確かに綺麗とは言い難いけど…」

恭介が立ち上がった

恭介「時間だ。私は礼拝室に行く」

マミ「何も『あなたの手を汚させよう』なんて思ってないわ」

恭介「いずれにしろもう聞きたくない。そんな嘘だらけの話」

302: 2012/01/01(日) 13:34:24.18 ID:JxoyR7tu0
マミ「…!」

恭介「肝心な所は最後まで隠すつもりだろう。あんたの目がそう語ってる
   私にとって不利な相談である証拠だ」

マミ「ち、違うのよ」

恭介「どうしてもと言うのなら、明日までに書面にでもまとめてファックスしろ
   あるいは暁美さん本人から直々に聞いてやろうじゃないか」

マミ「社長…」

恭介「もうはめられるのは御免なんだ。私をお人好しだと思ったら大間違いだ。肝に銘じておけ」

マミ「……」

恭介は足早に扉に手をかけた

恭介(礼拝室……そういえば…)

恭介「…よく礼拝室にいる、赤い髪の女の子…」

303: 2012/01/01(日) 13:35:03.33 ID:JxoyR7tu0
マミ「…?」

恭介「…彼女はあんたの養子だと言っていたな…?」

マミ「……。ええ」

恭介「…産みの親は誰だ?」

マミ「…どうして?」

恭介「……」

マミ「……」

恭介が盛大に笑った

マミ「…?」

恭介「ああ、どうやら頭がおかしくなってしまったようだ」

304: 2012/01/01(日) 13:35:38.93 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――2011年 マミの家

マミ(…こんな時間に誰かしら…?)

マミが寝ぼけ眼で玄関を開けた

マミ「!」

血まみれのさやかが壁にもたれて座り込んでいる

さやか「……」

マミ(タダでは済まなかったようね…。目を離したのは失敗だったわ…)

さやか「…助けて…マミさん…」

マミはさやかをソファまで運んだ

マミ「…傷のほうは回復してるみたいね。ソウルジェムを貸して」

さやかが目を閉じたままソウルジェムを手渡した

マミ「…大変…すぐに浄化しないと手遅れになるわ」

寝室から浄化素材を貯めた小箱を持ち出し、テーブルの上にひっくり返す

その中にさやかのソウルジェムをうずめた

305: 2012/01/01(日) 13:37:45.78 ID:JxoyR7tu0
マミ「…これでもう大丈夫。しばらくすれば元通りになるはずよ」

さやか「…ありがとう…」

マミが紅茶を淹れながら濡れたタオルを持って来た

血の付いた制服を脱がして顔と体を拭いていく

さやか「…あたし…誰にも頼らないって決めたのに…」

マミ「…1人ぼっちで生きるって、大変なことだよ
   私も今でこそこうして毎日笑って過ごしてるけど、
   佐倉さんと出会うまでは、いつも1人で泣いてばかりだった」

さやか「……。マミさんは、どうしてそんなに優しいの…?」

マミ「…私、優しいかしら?」

さやか「うん、そりゃあもう…」

マミ「うーん…。感謝してるからかな」

さやか「感謝…って、誰に…?」

306: 2012/01/01(日) 13:38:20.60 ID:JxoyR7tu0
マミ「ここまで生きて来られたことにも、キュゥべえやあなた達にも。みんな」

さやか「……」

マミはさやかの血を拭き終えて、着替えと紅茶を出した

マミ「制服はクリーニングに出さないといけないわね
   普通に洗うだけじゃ、この血は多分落ちないから」

さやか「…ねぇマミさん…。マミさんは、杏子のこと本当に友達だと思ってる…?」

マミ「ええ、もちろんよ」

さやか「…怒らないでほしいんだけどさ、あたしにはあの子が良識のある人間とは思えないんだ…」

マミ「どうして?」

さやか「…それは……」

さやかは目を逸らして口を閉じた

マミ「…あなた達を放っておくべきじゃなかったわね。ごめんなさい」

さやか「……」

307: 2012/01/01(日) 13:38:57.40 ID:JxoyR7tu0
マミ「でも、こんなことになってしまった以上、私も傍観してばかりいられないわ
   そろそろあなたの本音を聞かせてくれないかしら?」

さやか「……うん」

マミは膝に手を置いた

さやか「…実は…、あたしの願い事、好きな人の怪我を治すことだったんだけどさ…、
    杏子はあたしが契約する前、『仲間に入って来るのが気に食わないから』って、
    その人のとこ行って、魔力で治療しようとしてたんだ…」

マミ「……」

さやか「でも怪我は全然治る気配なくて…。だからあたし、キュゥべえと契約したんだ…
    それで、杏子には『もう恭介と会わないで』って頼んだんだけど、
    その時杏子は、いつの間にかあいつと恋人になってて…」

マミ「え……」

さやか「…ほんと悔しかった…。『あたしの気持ち知ってて、そういうことするんだ』って…
    でも恭介が杏子を選んだのには違いないし、
    それはあたしがとやかく言うことじゃないからって、必氏で我慢してさ…」

マミ(それであんなに険悪だったのね…。だけど…)

308: 2012/01/01(日) 13:39:42.25 ID:JxoyR7tu0
さやか「…なのにあいつ、自分のストレス解消の為に恭介を殴ってたんだ…」

マミ「…?」

さやかが拳を握った

さやか「赦せない…赦せないよ…! 杏子は恭介の手が治ったことも何もかも自分の手柄にして、
    あたしから恭介を奪って、…その上恭介を傷つけて楽しんでるんだ…!」

マミ「…え…っと…」

さやか「だから仕返ししに行こうって思った…。戦う力のない恭介の代わりに、あたしが…!
    …だけど返り討ちにされて…」

顔をしかめて歯を食いしばった

さやか「あたしどうしたらいいんだろ…。こんなのあんまりじゃんか…!
    好きな人が目の前で痛めつけられてるのに、黙って見てるしかないなんて…!!」

マミ(佐倉さんの彼氏って…)

マミが咳払いをした

309: 2012/01/01(日) 13:40:28.33 ID:JxoyR7tu0
マミ「美樹さん…? それは間違いないの…?」

さやか「そうだよ…杏子にカマかけたらすんなり認めたんだ…。得意げに、開き直ってさ…!」

マミ(逆…じゃないのかしら…)

マミ「……。『彼』にもちゃんと事情は聞いてるの…?」

さやか「…学校で会った時、顔に痣があってさ…どうしたのか問い詰めたんだ…
    その時ははぐらかされたけど…そんなの杏子に口止めされたからに決まってる…」

マミ「…佐倉さんは自分の口から『彼を殴ってる』って話したの…?」

さやか「…うん」

マミ「本当に…?」

さやか「…そうだよ。『頼まれて殴った』なんて苦しい言い訳してたけど…」

マミ(あ…例の彼、エスとエムを両方兼ね備えてるのね…)

マミが浄化の終わったソウルジェムを渡した

マミ「…美樹さん。まずは深呼吸して、冷静になったほうがいいわ」

さやか「……」

310: 2012/01/01(日) 13:41:18.13 ID:JxoyR7tu0
マミ「これは私の想像だけど…、多分、佐倉さんは嘘なんてついてないと思うの…」

さやか「…? どういうことよ…」

マミ「彼にはあなたに知られたくない秘密があるの」

さやか「…何よそれ…。恭介は杏子に秘密を知られたから言いなりになってるって言うの…?」

マミ「ううん。これは恋人にしか打ち明けられない秘密なのよ…
   とってもデリケートな問題だし、私の口から教えちゃう訳にもいかないわ」

さやか「マミさんは知ってるんだ…」

マミ「うん…彼のこと、何度か相談されてね…。佐倉さん、その件でよく悩んでたから…
   その時は、彼が美樹さんの好きな人だなんて思いもしなかったけれど…」

さやか「…その『秘密』は、杏子に殴られなきゃいけない理由と何か関係ある訳…?」

マミ「…そうよ」

マミ(あの子達にとって、傷つけ合うことは抱き締め合うのと同じことなの…)

さやか「だったら教えて。恭介の秘密…」

マミ「駄目よ。本当なら私も知っちゃいけないことだったはずだもの」

311: 2012/01/01(日) 13:42:01.46 ID:JxoyR7tu0
さやか「じゃあマミさんは恭介を見頃しにしろって言うの?

    どういう事情があるのか知らないけど、
    その為に恭介が苦しむことになるならほっとけないじゃんか…

    あたしは杏子とは違う…

    どんな秘密を知ることになったって、絶対に恭介を傷つけたりしない…
    あいつがあたしに黙って背負ってるもの、あたしが解決してみせる…」

マミ(美樹さん…)

マミ「あなたはやっぱり優しい子ね…。だけど、本当に彼を想うなら、
   そっとしておいてあげなさい…彼はきっと、今のままが一番幸せなはずだから」

さやかは涙目のまま頬を膨らました

さやか「…結局、マミさんも杏子の味方なんだね…」

312: 2012/01/01(日) 13:42:42.25 ID:JxoyR7tu0
マミ「そう怒らないで。美樹さんのことだって同じくらい大事よ
   だけど、こればっかりは誰も邪魔しちゃいけないの

   美樹さんの悔しい気持ちもわかるけど、ここは1つ大人になってあげてくれない?」

さやか「…全然納得いかないんだけど」

マミ「…あなたもいつか知ることになるかもしれないわ
   その時が来たら、きっと彼のこと、今までと同じ目では見られなくなるよ」

さやか「……」

マミ「そんな彼と対等に付き合えるのは、佐倉さんだけなの
   …あの子にも、同じような秘密があるから…」

313: 2012/01/01(日) 13:44:34.07 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――ホテル一室

杏子がシャワーを浴びながら俯いている

杏子(きっとさやかはまた突っかかって来る…
   あたしがあいつと付き合ってる限り、何回でも…)

杏子「……」

杏子(…口で説明して誤解を解いたら、ちっとはおとなしくなるのか…?
   でもそれで『はいそうですか』って引き下がるとも思えない…
   あいつは結局、恭介とくっ付きたいだけだろうから…)

水のしたたる髪をかき上げた

杏子(…さやかには、あいつの相手は務まらない…変態の気持ちなんて理解できないだろ…
   …『あたしのほうが沢山殴られてる』って言ってもどうせ信じやしないし…
   そもそもあいつが変態だってこと、さやかにバラしていいのか…?)

QB「悩んでるのかい?」

杏子「!」

浴槽の淵の上にキュゥべえが座っている

杏子「…何だよ。びっくりするじゃんか」

314: 2012/01/01(日) 13:45:18.55 ID:JxoyR7tu0
QB「とうとうさやかとぶつかってしまったね」

杏子「…見てたのか?」

QB「いや、僕はマミからテレパシーで聞いただけさ。さやかが家に助けを求めて来たらしい
   消滅寸前のソウルジェムを抱えて、血液まみれでね」

杏子「…あいつが悪いんだ。ああでもしなきゃ、あの場は収まらなかった」

QB「ああ。君を責めるつもりはないよ、杏子」

杏子は体を洗い始めた

杏子「だったら何しに来たのさ?」

QB「さやかを打ちのめしたことを後悔していないかどうか、確かめに来たんだ」

杏子「なんであたしが後悔なんかするのさ?」

QB「マミと打ち解けてからの君は、家族を失う前の君と似ている」

杏子「……」

QB「独りだった頃は本当にすごかったね
   今の君からは想像も及ばないようなことをやっていたよ」

杏子が手を止めた

315: 2012/01/01(日) 13:46:15.81 ID:JxoyR7tu0
(ヤクザ『何モンだテメェ!』)

(ヤクザ『ぶっ頃すぞオラァ!!』)

杏子「……」

(杏子『――金置いてとっとと失せろ!』)

(ヤクザ『!!』)

杏子「…ああするしかなかったんだよ。他に生き方なんてわからなかった…」

(杏子『…ふーん。これが防弾ジャケットか。面白いじゃん。借りてくよ』)

(ヤクザ『テメェ…手足1本で済むと思うなよ。お前の仲間や家族は全員地獄見るからな』)

杏子「……」

QB「まさか君が暴力団の所へ1人で乗り込んで行くとはね
   全く予想外ではあったけど、ああいう選択も魔法少女ならではだ」

杏子「……」

(杏子『…ふん。チョロいもんじゃん…こんなに簡単なことなら金には一生困らないね
    なんでもっと早く気付かなかったんだか……』)

316: 2012/01/01(日) 13:47:33.25 ID:JxoyR7tu0
杏子「…あたしは、代償としては大きすぎるものを支払っちまったんだ
   魔力と引き換えに、家族も住む家もなくした…
   それならあとは『この力をどれだけ有効に使えるか』ってだけの問題じゃん?」

QB「その考えは、今も変わってないんだね?」

杏子「…失った分は一生かかっても取り返せない
   …だからあたしは、あくまでも自分の望みを叶える為にこの力を使い続ける…」

キュゥべえが立ち上がる

QB「わかったよ。その言葉を聞けて安心した。これからもよろしく頼むよ、杏子」

言い終わってすぐ、物陰に消えた

杏子「……」

杏子(…他人の為に魔法を使うとロクなことにならない…
   あたしは事前に忠告したんだ。それをさやかが勝手に破っただけだ…)

泡の付いた体を見下ろす

杏子「……」

杏子(でも、坊やを奪っちまったのは、『魔法』じゃなくてあたしだ…
   あたしは恭介にベタ惚れされて、キスされて、抱かれて…)

唇が震えた

317: 2012/01/01(日) 13:48:31.24 ID:JxoyR7tu0
杏子(…あたしでよかったのか…? もしあたしが関わらなければ、
   あいつはさやかとくっ付いてたんじゃないのか…?)

(さやか『本当は恭介のこと、大して好きでもないくせに!』)

杏子「……」

杏子(…確かにあんたには負ける…。あたしはただ、『好きだ』って思われるのが嬉しくて、
   喜ばれるのが気持ちよくて…だから女として、この体をあいつの好きにさせたんだ…)

恭介にされたことを1つ1つ思い起こし、目を閉じた

杏子「……」

杏子(…あいつに犯された時、『この瞬間がずっと続けばいいのに』って思った…
   …勝手に力が入って、勝手に声が出て…。あの何かが壊れそうになる感覚…)

目を泳がしながらまばたきを繰り返す

杏子(体が覚えちまったんだよ…)

震える指を胸に食い込ませた

杏子「……」

318: 2012/01/01(日) 13:49:23.49 ID:JxoyR7tu0
杏子(もっと味わいたい…。後になって思い出すほど『物足りなかった』って思っちまう…)

呼吸が少し乱れた

ためらいながら、股の間に手を滑り込ませる

杏子「……」

目を閉じて顔を逸らした

杏子(…いいじゃんかよ…。あいつだってあたしの体が欲しいんだ…
   あたしの裸を見て嬉しそうな顔してた…。あたしのことを『可愛い』って言った…)

膝から崩れ落ち、薄く目を開けた

備え付けのカミソリを分解し、震えながら首の下に当てた

杏子「……」

胸の中間をじわじわと縦に傷つける

深く息をついて、頭を後ろに垂らした

杏子(気持ちいい…)

刃を投げ出し、2本指で血を舐めた

そのまま指を噛み締める

319: 2012/01/01(日) 13:50:15.72 ID:JxoyR7tu0
杏子「っ……」

息が荒くなっていく

生唾を飲み込み、浴槽に頭をぶつけた

痙攣しながら仰のけに倒れ、膣に中指を入れた

杏子「んっ…」

肩に爪を立てる

膝を引き付けて膣の中を力一杯いじった

杏子「ああっ…!」

激しく息を切りながら声を上げる。涙が滲んだ

体が自然にのた打ち回った

杏子「うぅ…!」

床に頭を叩きつけ、ゆっくりと目を開けた

杏子「はぁ、はぁ…」

杏子(…足りない…)

左手の指輪を見つめる

320: 2012/01/01(日) 13:51:07.09 ID:JxoyR7tu0
杏子「……」

杏子(何やってんだ、あたし…)

耳を塞ぐように頭を抱え、背中を丸めた

杏子「くそ…」

杏子(…恥ずかしい姿も見られた…
   『やばいことされてる』って思ったけど、気付いたらあたしも笑ってた…
   …あたしはあいつとのが楽しかったんだよ…)

ソウルジェムを出してため息をついた

杏子(…さやかの奴も、こんな思いがしたかったんだろうな…
   ……いや。さやかならもっと喜んだだだろう…
   あいつのこと、よっぽど好きみたいだから…)

血を吐いて悲鳴を上げるさやかの姿が蘇った

杏子「……」

杏子(…かわいそうなことしちまった)

321: 2012/01/01(日) 13:53:28.31 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2033年 冬 恭介の家

恭介(――とうとう10年か)

ウィスキーの瓶を持ったまま、口をつけずに泣き続けている

恭介「……」

恭介(コーデリア・ガーデンの2号館が建って以来、何一つ進展がない
   私が救ったのは、ほんの一握りの孤児だけだ。…『世界』は、あまりにも遠い)

恭介「……」

恭介(…長いこと資金集めに躍起になっていたが、
   どんなに事業を拡大しても、増えるのは仕事と金と敵ばかり
   …気付けば私自身がすっかり悪の人間だ)

(仁美『あ…悪魔…!』)

(恭介『悪魔で結構!!』)

鼻で笑う恭介

恭介(…『悪魔』か。こんな男に後継者を名乗られては、佐倉神父も浮かばれないだろうな)

瓶を口につけて止める

322: 2012/01/01(日) 13:54:53.14 ID:JxoyR7tu0
恭介(…思えば、こいつに頼るようになったのも、杏子の夢を叶える為だったな
   いつの間にか酒に溺れる理由もなくなってしまった。今では単に依存しているだけだ)

蓋をして内ポケットに入れた

恭介(恐らくここが私の限界なんだろう。1歩も前に進めないままこの歳になった
   あと何十年生きようが、世の中を変えることなんてできやしない
   …人でなしばかりの、救いようのない世の中を、な……)

皮肉な笑いがこみ上げる

恭介(そもそも貴様らに救う価値なんてものがあったのか?
   大した理由もなく傷つけ合い、自分がいい思いをする為に平気で人を落とし入れ、
   その上いかなる施しを受けても感謝一つしない)

恭介「クソだ」

――部屋の扉を蹴破った

電気スタンドで壁をぶち抜く

恭介(代わりに私が地獄を味わった…! この10年を棒に振ったのは、
   全て貴様らの為だったというのに…!!)

恭介「くそったれが!!」

椅子でテレビを壊し、茶箪笥を引き倒し、息が切れるまで暴れ回った

323: 2012/01/01(日) 13:56:01.37 ID:JxoyR7tu0
恭介(何もかも時間の無駄だった! 『杏子の為』などという名分も、
   本当はちっぽけな言い訳に他ならなかった…! 彼女本人がいなくなったこんな世界で、
   私の苦しみを、そして失敗と成功を、一体誰が見守ってくれるというのか!!

   誰を救えというのか――!!)

――恭介は2階の手すりの支柱にネクタイを結び付け、輪を作った

恭介(こんな腐り切った何の価値もない世界なら、喜んで出て行ってやる…!
   例え地獄に落ちようとも、貴様らの顔を見るより遥かにマシだ!)

ダガーナイフで床に文字を彫り込んだ

『Demon Fucked』

脚立に上がり、首を輪に通す

恭介「……」

恭介(…終わりだ…!)

体重を支えていた脚立を蹴った

恭介の体は完全に宙に浮き、手足の届く範囲には何もなくなった

324: 2012/01/01(日) 13:57:03.74 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2011年 マミの家。外は土砂降り

杏子がテーブルに肘をついてうなだれている

杏子「……」

ほむら「……」

マミが手作りケーキを運んで来た

マミ「さあ、2人とも暗い顔しないで。こんな天気だからこそ頑張り時だよ
   気は重くなるけど、景気付けに食べて行きましょう?」

杏子「…ああ」

マミ「ね? ケーキだけに」

ほむら「……」

杏子「……」

マミ「…佐倉さん?」

杏子「ん…?」

マミ「美樹さんのことが心配なの?」

325: 2012/01/01(日) 13:57:47.43 ID:JxoyR7tu0
杏子「…!」

マミ「…この話は後でね。美味しいものを食べる時は楽しむことが一番大事だもの」

杏子「…さやかから聞いちまったのか?」

マミが目を閉じてうなずいた

杏子「……」

ほむら「…?」

マミ「…やっぱり、先に解決しちゃったほうがよさそうね」

蓋をかぶせてケーキを床に置いた

マミ「まずは謝ってくれるかしら?」

杏子「…ああ。悪かったよ」

ほむらが脚を組み替えて2人を順番に見た

ほむら「外したほうがいい?」

杏子「…いや、いいよ」

マミが紅茶を一口飲んだ

326: 2012/01/01(日) 13:58:21.86 ID:JxoyR7tu0
杏子「黙ってたけどね…、あたしが付き合ってる奴、さやかが前から惚れてた男なんだ…」

ほむら「!」

杏子「…さやかがあたしにキレてるのはそのせいだ
   昨日あいつが現れたのは、あたしをぶっ飛ばす為だった」

ほむら「……」

杏子「あたしはやり合うつもりなんかなかったよ。でもさやかは勝ち目がないってわかってて
   何度も斬りかかって来た。最後には卑怯な手まで使って、あたしを殺そうとした…」

マミ「……」

杏子「…それでプツンと来ちゃってね。あいつを氏ぬ1歩手前まで痛めつけたんだ…」

杏子は少し目を泳がすと、皿のほうを見た

杏子「…食っていいか?」

マミが呆れたように笑った

マミ「ええ。いいわよ」

ケーキを切り分けるマミ

327: 2012/01/01(日) 13:59:04.67 ID:JxoyR7tu0
杏子「…あたしね。正直どっちが悪いのかわかんなくなって来ちまったんだ…
   全部あいつの自業自得だって考えるようにしてたけど、
   その気になればさやかを助けてやることだってできたはずだ…」

マミ「うん…」

杏子「…あたしとあいつは同類みたいなもんだ。他人の為に願い事を使っちまった大馬鹿野郎さ
   …でも、あいつの祈りを間違いにしちまったのは、このあたしだ…」

ほむら「……」

杏子「昨日のあれで、なんとなくわかったんだよね
   さやかの奴がどれだけ馬鹿で、純粋か…、どんなに『あいつ』のことを想ってるか…
   …その気持ちばっかは、あたしは勝てる気がしない」

杏子は差し出されたケーキにフォークを刺した

杏子「…あたしは結局、ただイチャつくだけの関係だ…」

マミ「…彼と別れるつもり?」

杏子「…まぁ、そのうちな…」

328: 2012/01/01(日) 13:59:52.78 ID:JxoyR7tu0
マミ「……。あなたがきっぱり割り切れるのなら、そのほうがいいのかもね…
   美樹さんと仲直りするきっかけになるかもしれないし…。暁美さんはどう思う?」

ほむら「反対はしないわ。漫才が見られなくなるのは少し寂しいけれど」

ほむらがティーカップを持ち上げ、紅茶を冷ます

ほむら「…それにしても、あの少年がエスだったなんて…。見た目によらないものね」

杏子(『少年』…? 同い年だろ…?)

マミ「あら。暁美さんは美樹さんの好きな人、知ってたの?」

ほむら「…『知っていた』というより、『気付いていた』だけよ」

杏子「わかりやすいからな、あいつ…」

ほむら「…そういえば、今日も学校で見なかったのだけれど」

329: 2012/01/01(日) 14:03:15.42 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――恭介の家

恭介「――え…昨日から…? 本当ですか…。わかりました…すみません」

恭介は電話を切った

恭介「さやか…」

恭介(あれから家にも帰ってないなんて…)

窓の外を見つめる

恭介(…さやかの行きそうな所…。何件か当たってみよう…)


――家の前
ブラウスの上にカーディガンを着たさやかが手ぶらで立ち尽くしている

さやか(あたし…たった1人の好きな人も守れないで…
    これから恭介にどんな顔して会えばいいんだろ…)

恭介が大きな傘を差して出て来た

さやか「…!」

恭介「!」

恭介(さやか…!)

330: 2012/01/01(日) 14:03:58.82 ID:JxoyR7tu0
さやか(恭介…)

恭介「……」

さやか「……」

恭介「…心配したんだけど」

さやか(…な、何よ…その言い方)

さやか「…あっそう。そりゃどうも」

恭介(…いきなり嫌味…?)

恭介「……」

恭介はさやかを横目に見張りながらインターホンを押した

母「はい、どちら様?」

恭介「…母さん。さやかが来てる。ずぶ濡れなんだ。入れていいよね?」

母「あら、さやかちゃんが? どうぞ上がっていただきなさい」

恭介「タオルと着替えをお願い…」

さやか「ん…別にいいわよ…」

恭介がさやかを傘に入れた

331: 2012/01/01(日) 14:04:34.55 ID:JxoyR7tu0
恭介「いいからおいで」

さやか「…どっか行くんじゃなかったの? あの子のとこじゃないの?」

恭介(くっ…僕は君を探そうと思って……!)

恭介「…さやかこそ何をしに来たんだ? 風邪を引く所でも見せに来たのか」

さやか(なっ…。何だって言うのよ…あんたのこと心配で来たのに…!)

さやか「別に。あたしはただここ通りかかっただけ。あんたに用なんかないわ」

恭介(僕がどんなに心配したか…!)

恭介「…元気そうで何よりじゃないか。学校をサボってどこに行ってたんだ?」

さやか「……」

恭介「明日はどんな理由で休むつもりだ」

さやか「…! うるさいな。あんたには関係ないでしょ」

恭介「……とにかく入って。傘、貸すから」

さやか「大きなお世話だって言ってんのよ。早く杏子のとこ行けば?」

恭介「さやか…」

332: 2012/01/01(日) 14:05:22.73 ID:JxoyR7tu0
さやか「帰るわよ。馬鹿」

さやかが走り出す

恭介「!」

恭介が傘を放り捨ててさやかの手を掴んだ

カーディガンの袖が少し余っている

さやか「触んないで!」

恭介「何だよ!」

さやか「馬鹿!」

恭介「さやか!!」

さやかが力ずくで手を振り解いた

恭介はさやかを思い切り突き飛ばした

さやか「!!」

濡れた地面に尻もちをつく

恭介が苦しそうにさやかを抱き上げた

333: 2012/01/01(日) 14:06:19.80 ID:JxoyR7tu0
さやか「ちょ…! ちょっと、何よ! やめてってば!」

恭介(大丈夫だ、杏子より軽い…!)

歯を食いしばって家に入っていく

さやか(大して力ないくせに…!)

さやかを落とさないように玄関を開けた

恭介の母が面食らっている

母「! ちょっと何てことしてるの、さやかちゃんに!」

恭介「…具合が悪いみたいなんだ。少しベッドで寝かせる」

母「それなら早くお家に送らないと…! ねぇ、そんな乱暴にしないの。恭介!」

恭介「お願いだからほっといて!!」

母「…!」

――恭介が息を切らしながらさやかを部屋に入れた

さやかは靴を履いたまま床に立った

さやか「馬鹿じゃないの!?」

恭介「そこに座って」

334: 2012/01/01(日) 14:07:09.82 ID:JxoyR7tu0
さやか「やだよ。濡れてるもん」

恭介「後で掃除するからいいよ」

さやか「やだ!」

恭介「なら服を脱いでくれ」

さやか「は!?」

恭介「もう…!」

恭介がさやかを無理やりベッドに座らせてカーディガンのボタンに手をかけた

さやか「放して!」

恭介「風邪を引きたいのか!」

さやか「だから帰るって言ってんでしょ!?」

さやかが恭介の手を引き離した

恭介「! …服を脱ぐんだ」

さやか「最っ低!」

恭介はため息をついて部屋から出た

さやか「……」

335: 2012/01/01(日) 14:07:49.76 ID:JxoyR7tu0
さやか(なんで…? なんでこんなことするの…? あたしが一体何したって言うの…?)

恭介がバスタオルとスウェットを抱えて戻って来た

恭介「頼むからおとなしくしてくれ…!」

さやか(くっ…!)

さやか「ふん…。あたしとしたいんだ。そんなにやりたきゃ勝手にやれば?
    あんな怪我してても病院でしちゃうだけあって見境ないんだね。さすが…」

恭介「…!!」

さやか「あたしあんたなんかに興味ないんだけど。警察でも呼んで欲しい訳?」

恭介(本当にもう…!)

恭介「黙っててくれ」

恭介がしゃがみ込んでさやかの足を持ち上げた

さやか(えっ嘘!?)

咄嗟に恭介を蹴る

恭介「痛っ…!」

さやか(ま、待ってよ…本気じゃないよね…?)

336: 2012/01/01(日) 14:08:30.41 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

恭介は呆れながら、さやかの靴下を脱がして濡れた足をタオルで包んだ

さやか「あ……」

さやか(…あたしの馬鹿…)

さやか「いいよ…自分で拭くから」

恭介「……」

さやか「……」

さやかは頬を脹らました

さやか(気持ちいい…)

恭介(少しはさっぱりしたかな…)

恭介「…着替え終わったら呼んで……そこにいるから」

恭介が部屋を出る

さやか「…ありがと」

――さやかはスウェットに着替えて扉を開けた

さやか「…お待たせ」

337: 2012/01/01(日) 14:09:10.36 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

さやか「…何」

恭介「…僕が手を出すと思うなら、母さんの前で話すか…?」

さやか「…ううん…」

ベッドに並んで腰掛ける

さやかはヘアピンを外して髪を拭き始めた

恭介「…さっきはごめん。乱暴して…」

さやか「…あたしこそ、ローファーで蹴っちゃって…」

恭介「…それより、なんで傘も差さずに家の前にいたの?」

さやか「ん…恭介こそ、いつまでこうしてるのよ…
    どうせ杏子に会いに行くとこだったんでしょ…」

恭介「……」

恭介(どうしてさやかはそんなことしか考えられないんだ…)

さやか(…やっぱりそうだった…)

さやかの目に涙が溜まる

338: 2012/01/01(日) 14:09:47.87 ID:JxoyR7tu0
さやか(殴られるってわかってて、どうして会いに行っちゃうの…?)

恭介「…さやか?」

さやか「……」

さやかが鼻をすすった

恭介「さやか…」

さやか「……」

恭介がさやかの顔を覗き込む

恭介「泣いてるの…?」

恭介の肩に目を伏せるさやか

恭介「…?」

さやか「…行かないでよ…」

恭介「……」

さやか「もう行かないで…。もう杏子と会わないで…!」

声が震えた

恭介(これが本音か…)

339: 2012/01/01(日) 14:10:35.18 ID:JxoyR7tu0
恭介「…ごめん」

さやか「恭介…」

泣き声にしゃっくりが混じる

恭介(さやか……)

恭介が無意識に手を伸ばした

しかし、どこへやっていいかわからなかった

さやか「…うぅ…」

さやかが震える手で恭介の服を引っ掴んだ

さやか「お願いだから行かないで…!」

恭介「……」

さやか「行かないでよ…! あたし、恭介のこと…もう守り切れない…!」

恭介「…何を言ってるんだ…?」

さやか「杏子と大喧嘩しちゃった…」

恭介「…!」

340: 2012/01/01(日) 14:11:29.70 ID:JxoyR7tu0
さやか「でもあたしなんかじゃ全然敵わなくて…
    『あんたは恭介の力になれない』って言われてさ…」

恭介「だ…大丈夫…? 怪我は…?」

さやか「…ねぇ、あたしの気持ちわかってよ…! これ以上恭介が傷つくとこ見たくないよ…!」

恭介に甘えるようにむせび泣く

恭介(『傷つく』…?)

恭介「…さやか。僕は傷ついてなんかいないよ…」

さやか「何言ってんのよ…! こんな痣作っといてさ…!」

恭介(…あぁ…さやかは、僕がいじめられてると思ってるんだ…)

恭介「…僕のことなら心配ないよ…。杏子とは、上手く行ってるから…」

さやか「上手く行ってないじゃんか…! 杏子があんたのことどう思ってるかわかってるの…!?」

恭介(やめてくれ…)

恭介「ああ、もちろん…」

さやか「だったら…! だったら付き合う必要なんかないじゃん…!!
    別れてよ…杏子と別れて…!」

恭介(違うんだよ…)

341: 2012/01/01(日) 14:12:08.29 ID:JxoyR7tu0
さやか「…別れて…!」

恭介「……」

恭介がためらいながらさやかの頭を撫でた

恭介「…それはできない…」

さやか「なんでよ…!」

ほとんど声が出なかった

恭介「杏子には大切にされてるよ…」

さやか「嘘だよ…!」

目を逸らして首を振る恭介

恭介「本当なんだ…」

さやか「…恭介のこと殴ったもん…!」

恭介「! …それは…」

恭介は深呼吸して、さやかの背中を何度か叩いた

恭介「ああ…それは事実だよ。昨日はごまかそうとしてごめん…」

恭介(…具体的に話すしかなさそうだ…。さやかに隠し通せることじゃない…)

342: 2012/01/01(日) 14:12:50.97 ID:JxoyR7tu0
恭介「…僕は、杏子にそれ以上のことをしてる…」

さやか「…?」

恭介「…階段から突き落としたり、顔を何度も殴ったり、
   床に叩きつけたり、肩とか噛み切ったりさ…」

さやか「…そんなことまでされたの…?」

恭介「だから…。『僕が』してるんだよ…」

さやか「…え…?」

恭介がため息をつく

恭介「…彼女は、マゾヒストなんだ…」

さやか「……」

恭介「……」

さやか「…それ言うなら『サディスト』じゃなくて…?」

恭介(頼むから1回でちゃんと聞いてくれ…僕の口からは言いたくなかったのに…)

恭介「…それは僕のほうなんだよ…」

さやか「……」

343: 2012/01/01(日) 14:13:41.55 ID:JxoyR7tu0
恭介「…さやかには教えたくなかった」

さやか(う…嘘…)

さやか「恭介…」

恭介「…何だい」

さやか「…嘘でしょ…?」

恭介「…嘘じゃない」

さやか「……」

恭介「…痛めつけられると、なんだか何倍にもして返したい衝動がこみ上げるんだ…
   杏子は多分、それをわかってるんだと思う…。だから初めに僕を殴ったりする…
   …杏子の体には、見えない所にもっと深い傷があるよ…」

さやかが恭介を見つめたまま少し遠ざかった

さやか(恭介の『秘密』って……これだったの…?)

恭介「…完全に見損なったろう…?」

さやか「……」

手を放して下を向く

344: 2012/01/01(日) 14:14:35.78 ID:JxoyR7tu0
さやか「…杏子としてるんだ」

恭介「……」

さやかは無意識に裸で抱き合う2人を想像した

さやか(うう……!)

中指の指輪から聞き慣れない音がした

さやか「!?」

ソウルジェムに変えて確認する

さやか(! …ソウルジェムが…!)

急激に濁っていくのが見えた

恭介「…それは…?」

さやかは軽いパニックに陥り、宝石を床に投げ出した

さやか(助けて…)

さやか「恭介……」

恭介「うん…?」

震えながら恭介と目を合わせた

345: 2012/01/01(日) 14:15:23.84 ID:JxoyR7tu0
さやか(止めて……!)

過呼吸が始まる

恭介「さやか…?」

さやか「お願い…」

涙の粒が大きくなった

恭介に抱き付く

恭介「…!」

さやか「『好き』って言って…」

恭介「……え?」

さやか「嘘でもいいから…!」

恭介「…さやか…」

さやか「うっ…うぅ…!」

恭介(…僕は…)

脱力したまま抱き返した

346: 2012/01/01(日) 14:16:27.99 ID:JxoyR7tu0
恭介(さやかのこと、全部知ってるつもりだった…)

恭介「…好きだよ」

さやかが泣き声を上げた

さやか「…もっと」

恭介「…好きだよ…。大好きだ…」

さやか「…もっと…!」

恭介も涙がこみ上げた

恭介(…残酷すぎる…)

恭介「…好きだよ。さやか」

さやか「…うぅ…! あぁ…!!」

か細い悲鳴。さやかが目の色を変えた

恭介「……」

恭介(…報いなのか…? さやかを沢山悲しませたから…
   誰よりも信頼し合った親友なのに…僕が最低の形で裏切ったから…)

347: 2012/01/01(日) 14:17:14.78 ID:JxoyR7tu0
恭介「…愛してるよ、さやか…」

さやかが詰め襟に顔をうずめる

さやか「…あたしも…。好きだよ…」

恭介「……」

さやか「…スキ…!」

恭介は涙をこぼした

さやか「恭介……」

恭介(杏子…)

恭介「……」

さやか「あたしのこと、好き…?」

恭介「…ああ」

さやかが泣き顔のまま息を切らして恭介の目を見た

さやか「…なんで泣いてるの…?」

恭介(…? …君は、誰だ…?)

348: 2012/01/01(日) 14:18:02.60 ID:JxoyR7tu0
恭介「わからない…」

恭介(知り合いにこんな子はいないはずだけど…)

さやか「……」

恭介(さやか…、君なのか…?)

さやか「恭介…」

恭介(聞いたこともない声だ…)

さやか「エスなんでしょ…?」

恭介「……」

さやかが耳打ちする

さやか「殴って…」

恭介「……」

さやか「いっぱい殴って…?」

恭介(誰なんだ……)

指先が震えた

349: 2012/01/01(日) 14:18:45.84 ID:JxoyR7tu0
恭介「…さやかだよね…?」

さやか「…うん」

恭介「さやか…」

さやか「何…?」

恭介はさやかの顔を指で探りながら瞳を見つめた

恭介(あのさやか…なのか…?)

さやか「恭介…?」

恭介「……」

目を逸らす恭介

さやか「見て…」

さやかが恭介の顔を引き戻した

さやか「もっと見て…」

恭介「…見てるよ」

さやか「ちゃんと見て…!」

恭介(…これがさやかの『本性』みたいなものなのか…?)

350: 2012/01/01(日) 14:19:39.02 ID:JxoyR7tu0
恭介「ああ、見てるよ…さやか…」

さやか「……」

嫌な予感がした

さやか「…もう1回…」

恭介「…?」

さやか「『愛してる』って言って…?」

恭介(…僕は…地獄にいるのか…?)

恭介「…ああ。…愛してる」

さやかが悲しい目のまま笑った

さやか「…嬉しい…」

恭介(苦しい……まるで頃し合いだ…)

さやかが両腕を袖の中に引っ込めた

恭介「……!」

スウェットを脱ぎ捨てる

351: 2012/01/01(日) 14:20:11.52 ID:JxoyR7tu0
恭介(どうしてなんだ…)

さやか「見て……」

恭介「…さやか」

さやか「ん…?」

恭介「何してるの…?」

さやか「恭介が『脱げ』って言った…」

恭介(…さやか…。まさか、頭が……)

恭介「…ここはどこ?」

さやか「恭介ん家…」

恭介「君の名前は…?」

さやか「…美樹さやかですけど…?」

恭介「…大丈夫…?」

さやか「……」

さやかが床に落ちた宝石を見た

352: 2012/01/01(日) 14:20:57.56 ID:JxoyR7tu0
さやか「…大丈夫」

恭介「…脱がなくていいよ」

さやか「……」

さやかはしばらく迷って、下着を外した

恭介(どうすればいいんだろう…)

さやか「…あたしを見て…」

顔だけを見つめる恭介

恭介「……」

さやか「恭介のこと、好きなんだよ…?」

恭介「……」

さやか「恭介は…?」

恭介(さやかのことは、もちろん好きだよ…。でも、こんなのは違う…)

恭介「…やめよう、さやか…」

さやかは下を向いた

353: 2012/01/01(日) 14:21:45.41 ID:JxoyR7tu0
さやか「……」

ふらつきながら立ち上がり、スウェットのズボンを下着ごと脱いだ

恭介「さや……」

さやかが恭介の前で裸になるのは9年ぶりだった

さやか「…見てよ…」

恭介「…見てるだろ…」

さやか「もっと見て…もっと…」

恭介「……」

恭介(さやかは…冷静に見ればスタイルはすごくいいし、指も長くて、綺麗だと思う…
   でも…やっぱり僕は、どうしても偏ったイメージでしかさやかを見られない…)

さやか「……」

恭介(僕の目には、うちで母さんとお風呂に入ってた頃と同じようにしか見えないんだよ…)

恭介「さやか……」

さやか「うん…?」

恭介(…これ以上さやかを傷つけたくない…。でも何を言えば傷つけずに済むんだ…)

354: 2012/01/01(日) 14:22:23.73 ID:JxoyR7tu0
恭介「どうしてほしい…?」

さやか「……」

さやかは視線を落として考えた

さやか「…触って」

恭介「……」

恭介(なんで聞いちゃったんだろう…)

恭介「…おいで」

さやか「うん…」

さやかが恭介の隣に腰掛けて、膝の上に横になった

猫を可愛がるようにさやかの頭を撫でる

恭介(僕のせいだ…僕がさやかをここまで追い詰めたんだ…)

恭介「…さやかのこと、好きだよ…」

さやか「…ありがとう…」

恭介「でも…、僕の知ってるさやかは、こういう子じゃない…」

355: 2012/01/01(日) 14:23:08.08 ID:JxoyR7tu0
さやか「……」

恭介「…明るくて意地っ張りで、わかりやすくて、調子よくて、喧嘩っ早くて……」

さやか「……」

恭介「…優しくて、頑張り屋で、単純で、傷つきやすくて…」

恭介の手が止まった

恭介「…どうしちゃったんだ…。いつものさやかはどこにいるの…?」

さやか「……」

恭介「何だか、さっきからまるで知らない人と話してるみたいなんだ…
   僕が沢山ひどいことして来たから、壊れちゃったのか…?」

さやか「恭介…?」

恭介「『さやか』に会いたい…」

涙声だった

さやか「……」

恭介「…さっき家を出たのは、さやかを探しに行く為だったんだ…」

さやかが鼻をすすった

356: 2012/01/01(日) 14:23:52.52 ID:JxoyR7tu0
恭介「…ずっと自分を責めてた…。さやかをないがしろにして、
   さやかに隠し事して、黙ってさやかの友達と付き合って、苦しい思いさせたから…」

さやか「……」

恭介「…でもさ…。もし杏子が現れなくても、僕はさやかの気持ちに応えられたかわからない…
   さやかは僕にとって、親よりも近い存在で…」

さやか「……」

恭介「『家族』っていうのかな…。世界中の誰よりも大切な…
   …ううん。それも違う…。やっぱり、さやかはさやかでしかない…

   誰かに『さやかってどんな人?』って聞かれたら、僕は正確に説明できない…
   友達とか幼馴染とか、そういう言葉では、とても言い表せないんだ…
   …ただひたすら『さやかなんだよ』って答えるしかない…」

さやか「……」

恭介「…今までこういう機会ってなかったよね…。さやかには、僕の気持ち伝わってたのかな…」

さやか「……?」

恭介「…恋人にはなれない」

さやかはまぶたを半分閉じた

357: 2012/01/01(日) 14:24:29.22 ID:JxoyR7tu0
恭介「今ここでキスしたり、それ以上のことをしたら、
   さやかとの距離は取り返しがつかないほど遠くなってしまう気がする……
   もしさやかと付き合っても、お互い気を遣ってギクシャクしちゃうと思うし…」

さやか「……」

恭介「…さやかは一番の仲良しだ…。僕が一番素直になれる相手も、やっぱりさやかだ…
   さやかが好きになってくれたのは、きっと、そういう僕なんだと思う…」

さやかが起き上がった

さやか「……」

恭介「僕にはもう彼女がいるけど……だからって、僕はさやかから離れたりしないよ…
   いつだってさやかの一番近くにいてあげる…
   さやかが困ってる時は、杏子を置いてでも真っ先に駆け付けるよ…。約束する…」

さやか「……」

恭介「だからさやかも、そばにいて…」

さやか「……。恭介は、あたしと杏子、どっちが大事なの…?」

恭介「…さやかと杏子を天秤にかけることはできない…。どっちも大切だ…
   さやかは『父親と母親、どちらか1人を捨てろ』って言われたらどうする…?」

さやか「…そんなの、例え話になってないよ」

358: 2012/01/01(日) 14:25:19.15 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

さやか「恭介はずるいよ…。『2人とも選ぶ』なんて…」

恭介「…ひどいことしてるのはわかってる…本当にごめん…」

さやか「……」

恭介「…目標が出来ちゃったんだ」

さやか「…何?」

恭介「…杏子の夢を叶えること…」

さやか「……」

恭介「必ず成し遂げるって誓ったんだ…。杏子にも、自分自身にも…」

さやかは俯いたまま頬を膨らました

恭介「…さやかの夢は?」

さやか「え…?」

恭介「さやかは命を懸けて成し遂げたいことって、ある…?」

359: 2012/01/01(日) 14:25:45.73 ID:JxoyR7tu0
さやか「あたし…」

バイオリンのケースを見つめるさやか

さやか「…あたしの夢…」

強く目を閉じて震えた

さやか「もう…、叶ったよ…」

恭介「えっ……?」

さやか「恭介のバイオリンが聴きたかったんだ…」

涙がぽたぽた垂れた

恭介「さやか…」

さやか「もう一度、恭介にバイオリンを弾いてほしかった…
    恭介の演奏を、もっと大勢の人に聴いてもらいたかった…!」

恭介「うん…」

さやか「だから…!」

息が詰まる

恭介は思わずさやかを抱き締めた

360: 2012/01/01(日) 14:26:30.16 ID:JxoyR7tu0
恭介「うん…」

さやか「うぅ…!」

恭介「ありがとう、さやか…」

さやか「恭介…!」

恭介「無駄にしない…」

さやか「うっ…! ううぅ…!」

耳元でさやかが泣きじゃくる

恭介「今日のこと、一生忘れないよ…」

さやか「うわぁあ…! ああぁ…!」

恭介も息が詰まった

さやかの肩に涙が落ちていく

恭介「…氏ぬまでバイオリンを弾き続ける…さやかの為に…」

さやか「うん…」

恭介「さやかの思いも、きっと世界中に届けてみせるから…」

361: 2012/01/01(日) 14:27:26.59 ID:JxoyR7tu0
さやか「うん……!」

2人は抱き合ったまま泣いた

――しばらくして、さやかが我に返った

さやか「――なんか…ごめんね」

恭介「…?」

さやか「あたし、何か見失ってたみたい…」

恭介「……」

さやか「…そうだよね…。恭介は、これからもそばにいてくれるんだもんね…」

恭介「…ああ。当たり前だよ」

さやか「それだけで充分だよ…」

さやかは少し寂しそうに笑った

恭介「あ……」

さやか「どうしたの?」

恭介「いや…」

恭介が鼻を掻いた

362: 2012/01/01(日) 14:28:14.03 ID:JxoyR7tu0
恭介「今一瞬…、ちょっと『可愛いな』って思った…」

さやか「って、一瞬だけかい…」

恭介「あはは」

恭介(さやかだなぁ…)

恭介「…おかえり、さやか」

さやか「うん…ただいま」

恭介「…花、ありがとうね」

さやか「…?」

恭介が窓際を見た

さやかが病室で落とした花が花瓶に入っている

さやか「あ…」

恭介「…大切にしてるよ」

さやか「……。病院って何する所だっけ?」

363: 2012/01/01(日) 14:29:10.51 ID:JxoyR7tu0
恭介(またその話か…)

恭介「ごめんって…」

さやか「恭介の馬鹿」

ため息をつく恭介

恭介「あはは…本当にね」

さやか「……」

恭介「…服、着ていいよ…」

さやか「!」

さやかは顔を赤くした

364: 2012/01/01(日) 14:30:09.42 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――深夜 公園前

恭介とさやかが手を繋いで歩いている

さやか「――こんな時間になっちゃったね…」

恭介「そうだね。こんなに話し込むのは何年ぶりかな…」

さやか「ごめんね…遅くまで付き合わせちゃって」

恭介「…そろそろ帰る?」

さやか「うん…」

恭介「そっか」

さやか「恭介、疲れたでしょ…?」

恭介「ちょっとね。さやかこそ大丈夫?」

さやか「ううん、あたしは全然平気!」

恭介「あはは。体力あって羨ましいよ」

365: 2012/01/01(日) 14:31:13.44 ID:JxoyR7tu0
さやか「あはは…」

恭介「…それより、父さん達が心配だな。帰ったら叱られちゃうかもしれない」

さやか「ご、ごめん…」

恭介「いいんだよ。おかげで『さやかのこと、もっと大切にしなきゃ』って思えた
   …それが一番大事なことだから」

さやか「恭介…」

さやかが下を向いて笑った

さやか「…あたしも、恭介のこともっと好きになった…」

恭介「…帰ろう?」

さやか「うん。でも、その前に…」

恭介に抱き付いた

366: 2012/01/01(日) 14:32:12.65 ID:JxoyR7tu0
さやか「もう1回だけ…」

恭介「!」

杏子「……」

恭介(杏子……)

杏子が見ていた

恭介「……」

杏子を見つめてうなずく恭介

さやか「どうしたの…?」

恭介「…何でもないよ」

杏子「……」

杏子は少し苦いチョコレートをかじりながら背中を向けた

367: 2012/01/01(日) 14:33:16.63 ID:JxoyR7tu0
―――――――――
――2033年 冬 コーデリア・ガーデン 礼拝室

仁美「――『コーデリア・ガーデン』の成り立ちのお話は、こんなところね
   ちょっと人数が多いので、聞きたいことがある方はまず手を挙げてください」

複数人が同時に手を挙げた

日曜学校の青年を指名する

仁美「はい」

青年「えっと…、佐倉神父の教えは、すごく面白いと思います
   入門は簡単だし、色んな人に役立つし、何だかんだ言って、やっぱり正しいと思うし…

   でも、それなのにどうして最初の代で広まらなかったんでしょうか…?」

368: 2012/01/01(日) 14:34:55.22 ID:JxoyR7tu0
仁美「『佐倉神父の戒め』の始まりは、聖書を再解釈した上、一般の方でも受け入れ易いように
   聖書が本来目指した『天国への道』を無視して、神父独自の考え方を取り入れたものです

   これは、彼の属していた教会の方々からすれば神の否定に他ならないので、
   提唱された当初は異端的な扱いを受けていたそうです

   そのせいで本部から破門されてしまい、家族で地道に布教活動を行ったそうなんですが、
   貧しさの為もあってか、世間からはなかなか信用を得られなかったんですね」

青年は小刻みにうなずいた

仁美「他には?」

続々と手が挙がる

12歳の時にコーデリアで暮らし始めた娘を指名

仁美「はい」

娘「関係ないことでもいいですか?」

仁美「いいわよ。適当にしか答えないけど」

全体に笑いが起こった

369: 2012/01/01(日) 14:35:52.95 ID:JxoyR7tu0
娘「院長先生って本当は何歳なんですか?」

仁美「院長先生ねぇ。何歳に見えますか?」

巴「38歳ー」

赤い髪の少女が割って入る

娘「嘘だぁ。行って30でしょう」

巴「38歳だよ」

仁美「ええ、正解ですね」

娘「嘘!?」

仁美「私、こう見えて院長より年下なんですよ」

娘「いやいや、それは嘘だよ!」

全体が更に笑った

仁美「はい、この話はおしまいね。とりあえず、真面目な質問がある方だけ手を挙げてください」

手を挙げる人数は変わらなかった

370: 2012/01/01(日) 14:37:40.10 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2011年 見滝原市街地

杏子「……」

杏子が路地裏に入っていく

杏子(つけてるな…)

最後のポッキーを口にくわえ、パーカーを脱いだ

杏子「……」

地面に捨てて両手を上げる

杏子「負けを認めさせたいんだろ? だったら早く出て来なよ」

さやか「……」

杏子「…刺しなよ。あたしはあんたにそれだけのことをした」

さやかが背後から近付いた

さやか「…いつから気付いてたの?」

杏子「コンビニに入った時だ。停まってる車にあんたの姿が映った」

さやか「……」

371: 2012/01/01(日) 14:38:21.08 ID:JxoyR7tu0
杏子「今度こそ抵抗はしない。卑怯だなんて言うつもりもない
   頃したいってんならそれでも構わない
   …とにかくあんたの気が済むまで、あたしを痛めつければいい」

さやか「…いいんだね。わかった」

さやかが杏子の1歩後ろで止まった

杏子「……」

さやか「…えい」

杏子の首筋に冷たい缶ジュースを当てる

杏子「!?」

首を押さえて振り返る杏子

さやか「…刺すと思った?」

杏子「…何だよ」

さやか「…そんなことしたらあんた喜んじゃうじゃん」

杏子「…?」

372: 2012/01/01(日) 14:39:19.67 ID:JxoyR7tu0
さやか「…ドエム」

杏子「なっ…! テメェ…」

さやかが目を逸らしたままジュースを渡した

さやか「恭介から聞いちゃったんだ…。なんか、ごめん…」

杏子「……」

さやか「あんたの言ってた言葉の意味、やっと理解できた…
    あの時の話は全部本当だったんだって、今ならよくわかる…」

杏子「……」

さやか「…恭介に、あたしの気持ち伝えちゃった
    でも、あいつはあたしのこと、そういう目で見られないみたいでさ…」

杏子「……」

さやか「そりゃあ悔しいけど…。でも、モヤモヤしてた部分は、なんかすっきりした…
    それで、あんたにも謝らなきゃって思って…」

杏子「……」

373: 2012/01/01(日) 14:40:13.27 ID:JxoyR7tu0
さやか「だから…その、何…。邪魔してごめん…」

杏子(…人の彼氏とイチャつきやがって)

杏子「…あいつは何て言ってる?」

さやか「…あんたのこと、好きで好きでたまらないみたい
    ……あたしとは、友達でいたいって」

杏子(振られるのかと思ったじゃんかよ…)

杏子がパーカーを拾った

杏子「…マミの奴にも頭下げな」

さやか「え……」

杏子(…見なかったことにしておこう…。多分、一生…)

杏子「…また面倒見てやるよ。仲直りだ」

さやか「…うん」

互いの顔を横目に見て笑った

374: 2012/01/01(日) 14:41:46.27 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2033年 恭介の家

恭介が首を吊っている

(さやか『恭介のバイオリンが聴きたかったんだ…』)

恭介(…さやか…)

(さやか『もう一度、恭介にバイオリンを弾いてほしかった…
     恭介の演奏を、もっと大勢の人に聴いてもらいたかった…!』)

恭介(…あの日の涙は…)

(さやか『だから…!』)

恭介(『だから』…?)

恭介「……」

恭介(何て言おうとした……?)

急激に視界が狭くなった

恭介「…!!」

(恭介『…氏ぬまでバイオリンを弾き続ける…さやかの為に…』)

恭介(! …私は…何をしているんだ…?)

375: 2012/01/01(日) 14:42:38.43 ID:JxoyR7tu0
(恭介『さやかの思いも、きっと世界中に届けてみせるから…』)

恭介(バイオリン……。そうだ、私は…まだやることが…!)

首に食い込んだネクタイに爪を立てる

指の入る隙間は少しもなかった

恭介(くっ…!)

外れる気配も全くない

首に爪痕ばかり付いた

恭介(氏ぬ…!!)

両手を目一杯上げる

手すりまではとても届かない

恭介「……!」

ポケットから携帯を取り出した

恭介(声は出せない…! 志筑にメールを…!)

操作がおぼつかなかった

376: 2012/01/01(日) 14:44:03.43 ID:JxoyR7tu0
恭介(…間に合わない…!!)

あわただしく体中をまさぐる

背広の内ポケットに飲みかけのウィスキーが入っていた

恭介「!」

瓶を携帯に激しく打ち付ける

4回目で瓶が砕けた

血まみれの手で破片を握り、頭の後ろでネクタイを切った

ドサッ――

アルコール臭い床の上に落ちた

ネクタイを解いてのた打ち回る

恭介「はあっ! はぁ! …はぁー…!」

頭の血管が強く脈打っている

仰向けのまま、壊れた携帯を思い切り投げた

恭介「――あああああああ!!」

377: 2012/01/01(日) 15:14:40.41 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2023年 都内のホテル

杏子が下着姿で化粧を直している

杏子(…魔法少女やってる以上、あいつより先に逝くのはわかり切ってる)

杏子「……」

恭介が洗面所のドアを開けた

杏子「ん?」

恭介「…いや。何でもないよ」

杏子「はは、顔が見えてないと不安か?」

恭介「……」

杏子「……」

杏子(『いつまでもあんたの前にいる』なんて、約束はできない…)

恭介「…せっかくの休暇だから、少しでも見つめていたくて」

杏子が笑った

378: 2012/01/01(日) 15:15:14.63 ID:JxoyR7tu0
杏子「おいで。口紅やっちゃう前に」

恭介「…ああ」

杏子(さやかが連れ去られてから、こいつはかなり神経質になった
   …伝承は実話だったんだ。あれが『円環の理』…。まだ酒も買えない歳だった)

鏡の前でキスした

恭介「…歳を取らないね。23歳くらいから少しも変わってない」

杏子「そうか?」

恭介「よく年上と間違われるよ」

杏子「んー。まぁ、あたしも一応『見せる』仕事してるし、若く見えるに越したことはない」

『ワルプルギスの夜』は、魔法少女が魔獣と戦う際のアリバイ作りを目的に結成された劇団だった

リーダーは見滝原の巴マミ。名付け親は暁美ほむらだった

杏子はフラメンコダンサーとして、赤いドレスで情熱的な踊りを定期的に披露している

379: 2012/01/01(日) 15:17:43.65 ID:JxoyR7tu0
恭介「下のバーでピアノが弾けるらしい。結構人いるけど、1曲どうかな…」

杏子「いいよ」

恭介が少し笑った

杏子「さっき部屋にシャンパンが届いたんだ。冷蔵庫に入れておいた
   下で1杯やった後、一緒に飲まない? 星でも眺めながらさ」

恭介「…ああ。そうしよう。それがいい」

――この日、杏子は恭介の子供を身篭った

妊娠の事実は、杏子本人が消滅する日まで、誰も知らずにいることになる

380: 2012/01/01(日) 15:18:34.39 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2016年 冬 デパートの屋上

魔獣の群れが燃え尽きた

ほむら「……」

マミ「…消耗戦だったわね…」

さやか「……」

杏子「…さやか?」

際に立っていたさやかが後ろ向きに倒れて落ちた

杏子「さやか!!」

杏子が走り出した

マミ達が慌てて追走する

さやか「……」

杏子(気絶してやがった…!)

着地前、さやかがビルの構造物に頭を打つのが見えた

杏子は飛び降りてさやかを抱き起こした

381: 2012/01/01(日) 15:19:01.09 ID:JxoyR7tu0
杏子「おい、さやか!」

さやか「うぅ…」

杏子「大丈夫か! 頭ヘコんだか!?」

さやか「…平気…」

マミとほむらがさやかを囲んだ

マミ「…ダイスを」

ほむら「ええ」

杏子「寝かせるぞ。いいな?」

さやか「……」

杏子「しっかりしろ…大丈夫だ、あんたならこれぐらい大したことない…」

ほむらがありったけの浄化素材を出した

3人がかりでさやかの腹に押さえつける

マミ「…耳から血が出てるわ」

382: 2012/01/01(日) 15:19:52.45 ID:JxoyR7tu0
杏子「さやか…」

さやか「……」

マミ「誰かストックはない?」

杏子がポケットからわずかな浄化素材を出した

杏子「…これで最後だ」

マミ「…オーケー」

さやかが閉じた目から涙を流した

さやか「恭介…」

杏子「…!」

さやか「恭介は…?」

マミ「……」

杏子「……」

さやか「恭介に会いたい…」

ほむら「……」

マミ「…大丈夫だよ。すぐ会えるから…」

383: 2012/01/01(日) 15:20:42.83 ID:JxoyR7tu0
さやか「うぅ……」

杏子「さやか…」

さやか「恭介…」

杏子(こんな時まで恭介恭介って……)

杏子が鼻をすすった

杏子「…ここだ」

ほむら「……」

さやか「恭介…?」

マミ「…?」

杏子「…ああ。ここにいる」

さやか「…恭介なの…?」

杏子は顔を逸らして口を塞いだ

声が震える

384: 2012/01/01(日) 15:21:41.85 ID:JxoyR7tu0
杏子「…そうだよ」

マミ「……」

さやか「…そばにいるって約束したもんね」

杏子「……。ああ、約束したよ」

ほむら「頭を――」

マミ「わかってる」

マミがさやかの頭に手を添えた

杏子「さやか…」

さやか「ん?」

杏子(どうだ、マミ…?)

マミは首を振った

杏子(嘘だろ……)

杏子「…息をしろ」

さやか「ん…?」

385: 2012/01/01(日) 15:22:29.71 ID:JxoyR7tu0
杏子「息をするんだ、さやか」

さやか「…ん…?」

杏子(鼓膜やられてるのか…?)

マミ(いいえ、多分脳の問題だと思う…)

浄化素材が次々と駄目になっていく

ほむら「……」

さやか「恭介……」

杏子「…何だ?」

さやか「…抱き締めて…?」

マミ「……」

マミが悲しそうに顔を歪めた

杏子「…テメェ、また浮気か? おい…」

杏子が泣きながらさやかを抱き締めた

386: 2012/01/01(日) 15:23:13.92 ID:JxoyR7tu0
杏子「さあ、帰ろう…さやか。暖かい家に…」

さやか「…うん」

さやかは涙ながらに笑った

杏子「…いい子だ…」

さやか「……」

さやかの体が蒸発して消えた

杏子「…おい…!」

マミ「…美樹さん…」

ほむら「……」

杏子「くそ!」

杏子が地面を殴った

杏子「馬鹿野郎…! これからって時に消えちまうなんて……!」

387: 2012/01/01(日) 15:23:50.06 ID:JxoyR7tu0
マミ「…仕方ないわ。これが魔法少女の運命だもの…
   この力を手に入れる前からわかっていたはずでしょう…?

   希望を求めた因果がこの世に呪いをもたらす前に、
   私達はこうやって、消え去るしかないのよ…」

杏子「さやかの奴…。やっとわかり合えたのに……」

ほむら「…まどか…!」

杏子「…?」

マミ「…?」

ほむらが赤いリボンを握り締めて泣いている

マミ「…暁美さん…? 『まどか』って…」

杏子「…誰だよ」

388: 2012/01/01(日) 15:25:05.86 ID:JxoyR7tu0
――――――――
――2040年 恭介の会議室

ほむらが呼吸器を顔に当てて腰掛けている

ほむら「――評判は聞いてるわ。上条社長」

恭介「それは光栄だ、暁美社長。こんな歳になってもまだあなたのような美しい女性が
   私と2人っきりでビシネスの話をしたがるのだから世の中捨てたものじゃない」

ほむら「形の上では社名を名乗っているけれど、実際の用件は商談ではないわ」

恭介「ほう。ではこちらからあなたにお尋ねしたい。幾らで手を引くかね?
   この私の貴重な時間を、幾ら手に入れれば今すぐ返すのかね?」

ほむら「お金なんか欲しくないわ。私は――」

恭介「ああそうか! なら何だ! 肩書きか! 名誉か! それとも不動資産か!」

ほむら「…話には聞いていたけれど、ひどい有り様ね」

389: 2012/01/01(日) 15:25:57.27 ID:JxoyR7tu0
恭介「それはお世辞のつもりか? 暁美ほむら
   私は利口なふりをする女が昔っから大嫌いでね
   こうして貴様の吐く息を吸うだけでも反吐が出そうなんだ。わかるな?」

ほむら「…会話にならないわ。私はあなたの敵じゃないの。お願いだから聞く耳を持って」

恭介「貴様の言葉は信じるに値しない
   コーデリアを貴様に譲ってから私は呪いから解放された
   なぜだ? なぜあれ以来誰1人消えなくなった?」

恭介は壁にかかっていたダガーナイフを抜いた

ほむら「……」

恭介「『人頃し』とまでは言わない。だが貴様が一枚噛んでいることは間違いないだろう
   貴様は昔からコーデリアとの提携に必氏だったな
   何を企んでいるのかは知らないが、私を失脚させる為に全てを仕組んだ! 違うか!」

ほむら「……」

恭介がナイフでほむらの呼吸器を弾き落とした

恭介「答えろ」

390: 2012/01/01(日) 15:27:04.52 ID:JxoyR7tu0
ほむら「…馬鹿馬鹿しい」

恭介「……」

ほむら「完全に落ちぶれたわね。こんな男が世界を救おうとしていただなんて
    コーデリア・ガーデンの子供達が見たらどう思うかしら」

恭介「…私はコーデリアの為に実に10年という歳月をドブに捨てたんだ
   今では失われた時を取り戻すのに氏に物狂いだ
   時にコンマ1秒すら惜しく感じられるほどにな」

ほむら「『時間の無駄だ』と言いたいの?」

恭介がほむらの鼻にナイフを向ける

恭介「ご名答」

ほむら「……」

恭介「さあ、血を見ないうちにお引取りください、社長殿」

ほむら「…まだ用件を伝えてないわ」

391: 2012/01/01(日) 15:27:37.21 ID:JxoyR7tu0
恭介「…『消え失せろ』と言っているんだ。知ってるぞ、心臓に持病があるそうじゃないか
   発作を起こせばそれまでだ。例え首に絞め痕があったとしても、誰も気が付かない
   そう、なぜなら彼らは力に屈し、金に目を眩ますからだ。なんとおぞましいことか…」

ほむら「…あなたには子供がいる」

恭介「…?」

ほむら「佐倉杏子との間に出来た子供が」

ドスッ――

ほむら「……」

恭介がほむらの手にナイフを突き刺した

刃先が貫通して机に固定されている

恭介「……」

ほむら「……」

睨み合う2人

恭介だけがわずかに呼吸を乱している

392: 2012/01/01(日) 15:29:05.30 ID:JxoyR7tu0
恭介「…なぜ悲鳴を上げない…」

ほむら「…さあ?」

恭介「何も感じないのか…?」

ほむら「あなたはどうなの? 上条恭介」

恭介「……」

ほむら「あなたはサディストであることを公言しているけれど、
    痛めつけることで喜びを感じられるのは、相手が恋人の場合だったはず」

恭介「…!」

ほむら「あなたは若い頃の恋が忘れられずに関係のない女性を次々と傷つけて来た
    …だけど満たされずに行動がエスカレートしていく

    過去に少女頃しの疑いで『変態』呼ばわりされたことがあったわね
    それが今ではすっかり本物の危険人物」

恭介「…貴様に何がわかる。私の長年に渡るこの苦しみが、貴様ごときにわかってたまるか」

393: 2012/01/01(日) 15:29:46.81 ID:JxoyR7tu0
ほむら「あなたの察しは一部当たっているわ。私は当事者なの。一連の失踪事件のね」

恭介「……?」

ほむら「それもあなたが孤児院を買い取る以前からね
    …つまり、二十数年前に美樹さやかが消えた時から、私は真相を知っている」

恭介「…!」

ほむらは机にナイフで打ち付けられた手を無理やり引き剥がした

手のひらが少し裂けた

ほむら「手当てをお願い」

恭介「…何者だ?」

ほむら「今から説明するわ。終わったら彼女に会わせてあげる
    あなたが投げ出したコーデリア・ガーデン……1号館で」

恭介「……」

ほむら「あなたと同じ、佐倉神父の弟子の1人よ。今日でちょうど17歳になるわね」

395: 2012/01/01(日) 15:30:44.95 ID:JxoyR7tu0
――コーデリア・ガーデン

QB「――恭介を失ったコーデリア・ガーデンは、ただの孤児院とあまり変わらない
   彼は世界レベルの有名人であり、まさに世界を救う為に
   具体的な行動を起こした数少ない人物だからね

   彼抜きでは、ここに集まる少女達にかかる因果も限定的だ

   こうなってしまった以上、僕達に残された選択は、『最後の賭け』…
   上条恭介に魔法少女の存在を知らせることだけだ」

マミ「…私は騎士団の存続より、あの人に元の優しさを取り戻してもらいたいわ
   自殺未遂を起こしてから、彼…人が変わってしまったから…」

QB「ヒカリを呼んで来よう」

マミ「…ええ」

――キュゥべえは礼拝室から17歳になったマミの娘を連れて来た

マミ「いらっしゃい。髪を結んであげる」

巴「うん…」

396: 2012/01/01(日) 15:32:00.88 ID:JxoyR7tu0
QB「確かに杏子の面影がある。赤い瞳に切れ長の二重まぶた…
   …彼女には八重歯があったよね。決定的な違いといえば、そのくらいだ」

巴「あのさ、お母さん…」

マミ「何?」

巴「私、上条さんのこと『お父さん』って呼ばないといけないのかな…」

マミ「……。お父さんじゃ嫌かしら?」

巴「ちっちゃい頃は、上条さんのこと慕ってたし、
  今でもここの創設者って意味で尊敬してるけど…」

マミ「……」

巴「…私、『お父さん』って言葉…あんまりいい思い出ないし…
  それに、未だにあの人が自分の父親だっていうのが、なんか信じられなくて…」

QB「無理もないね。恭介もきっと、君が娘だなんて夢にも思ってないよ」

マミ「それはどうかしら」

QB「どういう意味だい? マミ」

397: 2012/01/01(日) 15:32:43.33 ID:JxoyR7tu0
マミ「彼、ここに来てた頃はよくこの子のことを気にかけてたのよ
   『あの赤い髪の子の親は誰だ』って」

巴「…!」

QB「ヒカリは存在自体がイレギュラーのようなものだからね
   出生体重はたった640g、人類の医学では1歳までの生存率もわずか0.01%と見られていた
   それが今、こうして少女から大人になりつつあるんだから」

巴「……」

QB「マミの魔力で延命されたおかげだね。もしあの時マミがいなかったら、
   君は今頃、もし生きていたとしても、体中に重度の障害を持っていたことだろう」

巴「はあ…ありがたいことで…」

マミが小さな宝石箱を開けた

中には杏子が残した十字架が入っている

マミ「さあ、仕上げに髪を留めるわよ」

巴「それ何?」

398: 2012/01/01(日) 15:34:17.07 ID:JxoyR7tu0
マミ「これはね。あなたの本当のお母さんが、この世界にいた頃大切にしていたものなの
   …子供の頃に失くした父親の形見としてね」

巴「え、あの、そんな大事なもの…、こんなんに使っていいの…?」

マミ「私が持ってても仕方ないし、これを使う日が来るとしたら、今がその時だと思うから」

巴「えー…」

マミ「ほら、こっち向いて」

少女が振り返る

マミが吹き出すように笑った

マミ「そっくりだわ」

巴「うっわー失礼ねぇ…毎日見てる顔でしょうが」

マミ「ごめんごめん」

399: 2012/01/01(日) 15:35:11.90 ID:JxoyR7tu0
――その後

恭介とほむらが車から降りた

ほむら「…最後に来たのはいつ?」

恭介「5年前か…もっと前かもしれない」

ほむら「そう。なら、面識はあると思うけれど…今の彼女の姿、よく目に焼き付けておくことね」

恭介「……」

職員室から、マミが娘の背中を押して出て来た

恭介「!!」

17歳の少女は赤い髪を黒のリボンで結わえている

ほむら「……」

恭介「……」

マミ「久しぶりね。上条さん」

400: 2012/01/01(日) 15:35:42.30 ID:JxoyR7tu0
巴「…お、お久しぶりです」

(杏子『よう。あたしはさやかじゃないよ』)

恭介(この幼い声…)

(恭介『…だ、誰?』)

(杏子『佐倉杏子だ。さやかの知り合いさ』)

恭介は口を塞いで立ち止まった

恭介「……」

巴「…あの…」

少女が目を泳がした

(杏子『…あんたはあたしがいなくなったらどうする?』)

(恭介『考えたくもないよ…』)

(杏子『…いいよ。…面倒見てやるよ』)

401: 2012/01/01(日) 15:36:25.92 ID:JxoyR7tu0
恭介「……」

涙が流れる

恭介は鋭い眼鏡を外した

巴「……」

ほむら「…思い出した? あなたの恋人の顔」

恭介「…馬鹿な…」

ほむら「…似てるでしょう?」

巴「え…あの…うぅ…」

恭介が泣きながら笑った

恭介「…目を泳がす癖がそっくりだ」

巴「……」

恭介(私の娘……?)

402: 2012/01/01(日) 15:37:06.74 ID:JxoyR7tu0
(恭介『…狙いは何だ』)

(ほむら『あなたに、コーデリアに関する一切の権限を掌握してほしい』)

マミが少女に耳打ちした

巴「えー…?」

マミ「ね?」

巴「……」

戸惑いながら恭介に近寄る

巴「…お父さん」

恭介「…!」

巴「……」

恭介はしばらく考えてから、小刻みにうなずいた

403: 2012/01/01(日) 15:38:06.06 ID:JxoyR7tu0
恭介「…ああ。お父さんだ」

巴「…!」

成人した魔法少女達が顔を見合わせて笑った

恭介「…私は子供の時から、幾多の奇跡を体験して、これらによって生きて来た…」

ほむら「……」

恭介「…悲惨な事故から生還を遂げた奇跡、二度と治らないと言われていた左手の回復、
   …憧れの人がそばにいてくれたこと…」

恭介が涙で揺らいだ目で娘を見つめる

恭介「…出世もそう。バイオリニストとしての成功もそうだ…
   そしてコーデリアを無事に創立できたこと…」

巴「……」

恭介「…その反動で、長い間苦しんだが…。恐らくこれが、最大の奇跡だ…」

恭介(私は……杏子に申し訳ないことをした…
   さやかにも…。コーデリアの無垢な子供達にも…)

ほむらの手を見た

包帯が何重にも巻かれている

404: 2012/01/01(日) 15:38:47.32 ID:JxoyR7tu0
恭介(彼女にも…)

恭介「……すまなかった」

ほむら「…大丈夫よ」

恭介(…『魔法』…か)

恭介が呼吸を整えて眼鏡をかけ直した

恭介「…暁美さんと仕事の話をする。中に入っていなさい」

マミ「はい」

巴「おと……。上条さん…」

恭介「……。何だ?」

巴「…今度はいつ会えるかな…」

恭介「……毎週日曜。志筑が説法をやる時間に、礼拝室に来よう…」

405: 2012/01/01(日) 15:39:45.48 ID:JxoyR7tu0
巴「やった」

マミが娘の頭を撫でながら歩いていった

恭介「――コーデリアの運営を、もう一度引き受ける…」

ほむらは目を閉じて頭を下げた

恭介「…そして子供達の保護を、『ワルプルギス騎士団』に一任しよう…」

ほむら「ええ。…ありがとう」




――00年代に亡くなったとされる佐倉神父が説いた教えは、このようにして回復された

神父の教会はコーデリア・ガーデンに置き換わり、
彼の長女はワルプルギス騎士団に置き換わった

『表と裏から世界を救う』

ある魔法少女の願いは、形を変えて、今も生き続けている




     終

408: 2012/01/01(日) 15:45:05.17 ID:JDF+enEAO
淡々と投下乙!

引用: 恭介「君の父さんの遺志を継ぐ」杏子「ふざけるな」