1: ◆eZUHOxTppE 2012/01/01(日) 22:00:07.59 ID:e8lTIrAm0

※ゆるゆりSS(短編)です※

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『カレー、食べたい』

初詣や年始の挨拶など忙しい元旦行事を終えて、さあゆっくりテレビでも見ようかな。
ケータイの着信音が鳴ったのは、そんな事を考えていた矢先の事だった。


2: 2012/01/01(日) 22:02:08.34 ID:e8lTIrAm0

私の実家には親戚や両親の知り合いたちが、元旦から多く集まる。
そのせいで実家でのお正月は、正直あまりくつろげる環境ではないと言える。

いや、一人親戚に小さい子が居て、その子の相手をするのは好きなほうだと思う。
彼女たちが訪問してくるのは例年2日か3日頃だったはずだから、今日はその癒し成分は無かったのだけど。

3: 2012/01/01(日) 22:03:34.49 ID:e8lTIrAm0

『はい?』

『だからぁ、結衣さん。あなたのカレーが…』

『いや、今日、元旦なんだけど…』

『いーじゃんべつにぃ、私が食べたい日がカレー記念日なの!』

『自分で作れよ』

『ああん、つれないこと言わないで作ってよぉ』

『わたし、いま実家なんだけど…』

『じゃあ、今夜な!よろしく!』

『あっ、ちょっと…もう、切りやがった』


4: 2012/01/01(日) 22:05:09.41 ID:e8lTIrAm0

いつも通りの押し問答で、結局こうなるんだよね。
半ば諦めにも似た気持ちで、ケータイを机に置いてため息をつく。

元旦の彼女は寝正月だろう、とタカをくくっていたのが甘かった。
おおかた、適当な思い付きで言っているに違いない。
これから両親に言い訳をして出掛ける事になる、私の身にもなってほしいものだ。

内心愚痴をこぼしながらも、それを容認してしまう私。
まったく私もお人好しだなぁ、なんて自画自賛するくらいは許されてもいいよね。


5: 2012/01/01(日) 22:06:02.28 ID:e8lTIrAm0


***



6: 2012/01/01(日) 22:06:51.39 ID:e8lTIrAm0

(あー、やっぱり買い出し行かないと材料ないなぁ)

自慢じゃないけれど、私の心配ごとは良く当たる。
マンションの自室で冷蔵庫の中身を確認していた私は、それを確信した。

ピンポーン

無音の室内にチャイムが鳴り響いて、今回の犯人が到着した事を知らせる。
さて、今日はどんなネタを仕込んでくるのやら…若干面倒になりつつインターホンの受話器を手に取ると、


7: 2012/01/01(日) 22:07:56.04 ID:e8lTIrAm0

『結衣ー、着いたー』

あ、あれ?
拍子抜け、とまでは行かなくても、珍しく何も無かった事に戸惑う。
もちろん、何も無いのは良い事なので気にしない事にした。

「はい、いらっしゃい」

「うー、さぶいさぶい」

「到着して間もなくの所悪いんだけど、買い出し行くよ」

「えぇ~」


8: 2012/01/01(日) 22:08:54.55 ID:e8lTIrAm0

「…私は、このまま帰っても良いわけだが」

「お手伝いさせて頂きます、結衣様」

「ならば良し」

京子を連れて玄関の外へ出ると、冷たい風が私のマフラーを揺らす。
年が明けると冬本番という気がするのだけど、私だけだろうか?


9: 2012/01/01(日) 22:10:02.09 ID:e8lTIrAm0

「あぁ、ホントに寒いね」

「だろう? 年が変わった瞬間から、冬って感じがするよね~」

「はは、なんだよそれ」

……こいつはエスパーか何かか?
同じ事考えていたのが何となく気恥ずかしくて、適当にごまかしてしまう。


10: 2012/01/01(日) 22:10:51.33 ID:e8lTIrAm0

「ねえ結衣、手繋ごうよ~」

「…はぁ?」

「寒いんだもん」

「手袋してこいよ」

「ああん、いーじゃんかー減るもんでもないし」

「仕方ないなあ…」

寒いなら、仕方ない。
仕方ない、うん。


11: 2012/01/01(日) 22:11:53.60 ID:e8lTIrAm0

「それにさっき鍵締めるとき、結衣の手震えてたもんね」

「……っ!」

…めざといやつ。
京子にああ言っておいて、私も手袋持ってくれば良かった、なんて思っていた矢先だ。


12: 2012/01/01(日) 22:12:47.48 ID:e8lTIrAm0

「いいから、早く行くぞっ」

バレバレの照れ隠しで、私は歩みを早める。
京子はいつも自分の事しか考えていないようで、良く周りを観察してるんだよなぁ。
隣を歩く幼馴染の、意外な一面。
その数少ない理解者である、と自負している私。
そんな事をふと考えて、握る手にちょっとだけ力を込めてみたりした。


13: 2012/01/01(日) 22:13:22.92 ID:e8lTIrAm0


***



14: 2012/01/01(日) 22:14:18.64 ID:e8lTIrAm0

~誠に申し訳有りませんが、元旦の営業はお休みさせていただきます~

「おおう………」

「あー…これは、仕方ないな」

閉められたシャッターに一枚の貼り紙。
アニメとかマンガのように、唖然とする私たちに無情な風が吹き枯れ葉が舞う、そんなイメージが目に浮かぶ。


15: 2012/01/01(日) 22:15:27.88 ID:e8lTIrAm0

そうだった。
忘れかけていたけれど、今日は元旦で祝日だ。
スーパーが営業していない可能性を考えなかったのは誤算だったと言える。

「京子、どうする?」

「ん~…じゃあ、レトルトにしようよ。コンビニ行けばあるっしょ」

「うーん。別にいいけどさ、おまえ、そんなにカレー食べたかったの?」

「だって、食べられないって考えると余計に食べたくなるじゃん!」


16: 2012/01/01(日) 22:16:48.99 ID:e8lTIrAm0

「気持ちは分かるけど」

「正直、おせちにお餅にお雑煮ってもう飽きちゃったじゃん?」

「いやまだ正月は始まったばかりだし」

「いいの! たまには違う事したいの~!」

「ああそうかい…」


17: 2012/01/01(日) 22:17:47.51 ID:e8lTIrAm0

良く分からない事を主張する京子を尻目に、私はお財布の中身を確認する。
まあ、確かにレトルトなら安上がりって考えられなくもない。

全然、お正月っぽくないけれど、彼女がそれを望むならまぁいいか。
不思議と京子を相手にすると、だいたいの事は許せてしまう。
いや…だいたいの場合“流されてしまう”と考えた方が合ってるのかもしれないけれど。


18: 2012/01/01(日) 22:18:21.09 ID:e8lTIrAm0

最寄りのコンビニに到着すると、元旦だというのに店内は結構な賑わいを見せていた。
あながち、京子の言うことも間違いではないのかな。
いや、単純にみんな料理をするのがめんどくさいだけなのかも?

不意に、私の持つ買い物カゴが重たくなった。
犯人はもちろん、隣の彼女である。
入れられた商品を眺めてため息をつく。


19: 2012/01/01(日) 22:19:19.07 ID:e8lTIrAm0

「おいこら」

「な、ななな、何か?」

「何か? じゃないだろ。これ、戻してきなさい」

「ええ~! いいじゃんラムレーズン! 食べようよ~!」

「…………あるから」

「え?」


20: 2012/01/01(日) 22:20:18.53 ID:e8lTIrAm0

「だから…うちにあるから」

「おおー」

「なので今日は買いません」

「へーい………………じゃあ、いっこだけー……」

「だーめ。無駄遣いはできないの!」

「うっうっ…」


21: 2012/01/01(日) 22:21:22.58 ID:e8lTIrAm0

私、知ってる。これは嘘泣き。
時には非情な態度を取るのも、京子にとっては必要な事なの。

日常茶飯事なやり取りはここまでにして、とりあえずカレーのレトルトパックを2食分カゴに放り込む。
ああ、そういえばたぶんお米も無かったはず。
ちょっと高いけど、念のため暖めるだけで食べられるご飯も買っておこうか。


22: 2012/01/01(日) 22:22:28.41 ID:e8lTIrAm0

「ねえ結衣、これも買って~」

さっきまでの泣き顔はどうしたと言いたくなるほどケロッとして、京子はお菓子を投げ入れてくる。

「これと、あとこれと、あーこれもいいなぁ、おおぅ私これ好きー」

「おいこら!」

「あ、結衣も食べたい? おいもチップス!」

「あ、食べたい………って、そうじゃなくって!」


23: 2012/01/01(日) 22:23:21.98 ID:e8lTIrAm0

「なにが?」

「買うなら自分で払えよな」

「えー、今日私お財布持って来てないんですけどぉ」

「じゃあ没収」

「え~ん!」

「嘘泣きしてもダメ」

「…………………チッ」


24: 2012/01/01(日) 22:24:20.02 ID:e8lTIrAm0

「早く戻してこい」

「えー。いーじゃんたまには~」

「たまにはって…毎回ねだるだろおまえは」

「だってえ、夜中におなか空くじゃんか」

「え、夜中? カレー食べたら帰るんじゃないの?」

「………泊まっちゃダメ? この寒空の下に身ぐるみはいで私を放り出す気なのね!」

「おい人聞きの悪い事を言うな。まぁ別に、いいけどさ…ちゃんと電話しとけよな」

「やったー!」


25: 2012/01/01(日) 22:25:48.43 ID:e8lTIrAm0

あぁ、それじゃあ私も親に電話しなきゃな。もう一度ため息。

京子の前では、どうも相手のペースに流されて、気分を狂わされてしまう。
流されついでに、レジで肉まんもお会計に追加されてしまった。
本当に、こいつはどこまでも自由で、人の気も知らないで……まったく。

辺りはすっかり暗くなっていて、風の冷たさも家を出た時より幾分か厳しく感じた。
でも、横で肉まんを頬張って幸せそうな顔の彼女を見ると、自然と笑みがこぼれてしまう。


26: 2012/01/01(日) 22:26:26.52 ID:e8lTIrAm0

「あ、何笑ってんだよ」

「ふふっ…いや、別に。何でも無いよ」

「ふぅん? あ、これいる?」

そう言って、食べかけの肉まんを惜しみなく差し出す京子。
私は、丁重にそれをお断りしてマンションへの道のりを急いだ。


27: 2012/01/01(日) 22:26:57.18 ID:e8lTIrAm0


***



28: 2012/01/01(日) 22:27:32.95 ID:e8lTIrAm0

「うおーさっみぃ………こたつこたつ」

「いいけど、せめてコートは脱げよ」

「あったまるまで!」

「はいはい」

少し家を空けただけで、室内は随分と寒々しい気がした。
タイマーを設定して、リモコンのスイッチを入れると、控えめに機械が動く音。
これで1時間ほど経てば、室温は快適なものになるだろう。


29: 2012/01/01(日) 22:35:38.00 ID:e8lTIrAm0

こたつで丸くなっている京子は置いたまま、先ほど買って来たレトルトパウチを鍋にかける。
案の定お米は切らしていたので、自分の判断に心の中で拍手を送った。
結局、一品限定という事にして買わされてしまったおいもチップスは、キッチンのお菓子ボックスにしまい込む。

冷凍庫を念のため確認して、ラムレーズンの事を頭に入れておく。
まあ、忘れても京子が騒ぐんだろうけど。


30: 2012/01/01(日) 22:36:16.20 ID:e8lTIrAm0

鍋が吹き出す前に、ご飯をパッケージのまま入れて電子レンジを回す。
ああ…これは確かに便利で楽ちんだな。
たまのお正月くらいは料理しないで楽してもいいかもしれない、と思った。

ああ、でもサラダくらいは用意しよう。
簡単なものをと考え、キャベツの千切りにレタスを少し足してプチトマトを乗せる。
とりあえずこれだけあれば、十分だろう。
私だけならともかく、京子の栄養にもなるし。
今日はこれで許してください、と誰に向かうでもなく呟いてみた。


31: 2012/01/01(日) 22:37:13.26 ID:e8lTIrAm0

「ゆい~、まぁだ~?」

「はぁい、もうちょっとー」

こんなに楽ちんでも彼女は待ちきれないらしい。
まったくたいした度胸の持ち主だ。
私はあんたのお母さんじゃないんだからねっ!
などと、つい、とある人物の口調を思い出してしまう。
もちろん、口に出しては言わないけれど。


32: 2012/01/01(日) 22:37:43.83 ID:e8lTIrAm0








33: 2012/01/01(日) 22:38:12.57 ID:e8lTIrAm0

「はい、出来たよ」

「お~うまそう」

「食べるときは上着脱いで」

「へーい」

「それじゃあ、いただきます」

「いただきまーす!」


34: 2012/01/01(日) 22:38:56.14 ID:e8lTIrAm0

お腹が空いていたのか、カレーを勢い良く食べ始める京子。
調理していたらもっと時間が掛かっていたはずなのに、そこまで分かっていたのか?

「分かっちゃいない、だろうなぁ………」

「ほぇ? ふぁふぃが?」

「口に物入れて喋るなっての」

「ふぇーい」


35: 2012/01/01(日) 22:39:28.93 ID:e8lTIrAm0

うん、まあ。
たまには、レトルトカレーの味も悪くないよね。
……今日が、元旦だという事さえ忘れてしまえるならば。

「ぷはー。ごちそうさまでした!」

「って、はやっ!」


36: 2012/01/01(日) 22:39:59.66 ID:e8lTIrAm0

「いやー食った食ったー」

「良く噛んで食わないと太るよ」

「あらいやですわぁ奥さん、わたくしこう見えても太らない体質でしてよ?」

「わけわからん…」

京子は、ご満悦な表情で自分の腹をさすっている。
その姿はまるで、法事とかで会う親戚のおじさんみたい。
私は、見た目とのギャップで密かに笑いをこらえつつ、お皿片付けといてね、と付け加えた。


37: 2012/01/01(日) 22:40:34.32 ID:e8lTIrAm0


***



38: 2012/01/01(日) 22:41:25.41 ID:e8lTIrAm0

「あー。今更だけどさ」

「なにー?」

食後、案の定お菓子とラムレーズンアイスを要求され、テーブルに並べる事となった。
お正月の特番を眺めながらのまったりとした時間。
私はふと思いついた事を聞いてみたくなった。


39: 2012/01/01(日) 22:42:34.59 ID:e8lTIrAm0

「結局、レトルトのカレーだったよね」

「うん。それがどうしたの?」

「いや、別にレトルトなら、うちで食べる意味なかったじゃん」

「んー」

京子は、少し考える仕草を見せてから、こう言った。


40: 2012/01/01(日) 22:43:00.63 ID:e8lTIrAm0


「結衣んちで食べるから意味があるんだよ」



41: 2012/01/01(日) 22:43:34.51 ID:e8lTIrAm0

「……!」

まったく予想だにしなかった回答を受けて、私はうろたえてしまった。
それって、つまり………いや、何考えてるんだ私は!

そんな私の気も知らず、京子はさらに攻撃を仕掛けてくる。


42: 2012/01/01(日) 22:44:25.54 ID:e8lTIrAm0

「あ、ラムレーズン一つしか無いから結衣にもあげるよ! はい、あーん!』

私は、ほんのり赤くなっているであろう表情を悟られないように、俯き加減に小声で返答する。
それが、今の私に出来る…精一杯の事。





おしまい

43: 2012/01/01(日) 22:45:26.36 ID:e8lTIrAm0

以上です。
オチなくてすんません。


カレーが食べたかっただけなんです。本当です…


44: 2012/01/01(日) 23:19:27.23 ID:twp3wLr0o
乙!
なんとなくほんわかした

47: 2012/01/06(金) 11:13:44.01 ID:sjQE/tw5o
乙カレー
ほのぼのはやっぱり良いね

引用: 京子「カレー、食べたい」