1: 2016/03/12(土) 04:07:01.61 ID:mEcRfjijo
2: 2016/03/12(土) 04:08:02.92 ID:mEcRfjijo
数か月分の小遣いと手伝いで得た駄賃を手に、少女は走っていた。
息は切れ、足はもつれかけ。それでもその顔は爛々と輝き、疲労の色を見せていない。
今日、少女は服を買う。そこらで売っているちゃちなものじゃない。
少女のために作られ、少女のためだけにある服だ。
それはまだ、どんなものになるかも決まっていない。これから決まるものだけれど。
「……っ」
少女はある店の前で急停止する。小さな店だ。ガラス張りのショーケースが設置されていて、煌びやかなドレスが展示されている。
看板には『Le troisieme pas』。どんな意味かは知らないが、どことなくお洒落だ。
一つ、深呼吸。息を整え、お金を落としていないか確認。
そしてゆっくりと扉を押す。ギッと木製のそれは重い音を響かせて。
カランコロン、とベルがなった。
息は切れ、足はもつれかけ。それでもその顔は爛々と輝き、疲労の色を見せていない。
今日、少女は服を買う。そこらで売っているちゃちなものじゃない。
少女のために作られ、少女のためだけにある服だ。
それはまだ、どんなものになるかも決まっていない。これから決まるものだけれど。
「……っ」
少女はある店の前で急停止する。小さな店だ。ガラス張りのショーケースが設置されていて、煌びやかなドレスが展示されている。
看板には『Le troisieme pas』。どんな意味かは知らないが、どことなくお洒落だ。
一つ、深呼吸。息を整え、お金を落としていないか確認。
そしてゆっくりと扉を押す。ギッと木製のそれは重い音を響かせて。
カランコロン、とベルがなった。
3: 2016/03/12(土) 04:08:28.87 ID:mEcRfjijo
「ぜんっぜん駄目。舐めてるの?」
バン、とことりのデザイン案をまとめてある紙が机に叩きつけられる。
スタンドライトが僅かに宙に浮き、ティーカップのお茶が机上を汚す。
「……はぁ」
「よくこんなもので成績優良者を名乗れたものね。信じられないわ」
講師の酷評は続く。
この講師、それなりに有名な服飾デザイナーだという。日本だけでなく海外でも活躍しているとのことで、事実であれば実力は確かなものなのだろう。
ことりの通う学校……服飾について学ぶ学校で、ここの出身らしい。でなければ臨時とはいえ講師なんかやらないのだろうけど。
いや、まぁ。それにしたって。
「納得いかないって顔ね」
「別にそんなことは」
「大方、今まで褒められるだけだったんでしょう? すごいね、かわいいねって」
「……別に、そんなことは」
「ま、いいけど。とりあえずデザイナー以外の道を考えたら? あなた、絶望的に向いてないから」
どうしてここまでいわれなければならないのか。
全く以て理解不能だ。
バン、とことりのデザイン案をまとめてある紙が机に叩きつけられる。
スタンドライトが僅かに宙に浮き、ティーカップのお茶が机上を汚す。
「……はぁ」
「よくこんなもので成績優良者を名乗れたものね。信じられないわ」
講師の酷評は続く。
この講師、それなりに有名な服飾デザイナーだという。日本だけでなく海外でも活躍しているとのことで、事実であれば実力は確かなものなのだろう。
ことりの通う学校……服飾について学ぶ学校で、ここの出身らしい。でなければ臨時とはいえ講師なんかやらないのだろうけど。
いや、まぁ。それにしたって。
「納得いかないって顔ね」
「別にそんなことは」
「大方、今まで褒められるだけだったんでしょう? すごいね、かわいいねって」
「……別に、そんなことは」
「ま、いいけど。とりあえずデザイナー以外の道を考えたら? あなた、絶望的に向いてないから」
どうしてここまでいわれなければならないのか。
全く以て理解不能だ。
4: 2016/03/12(土) 04:09:23.47 ID:mEcRfjijo
「なにあれ」
「なんか、いやなことがあったみたい」
一心不乱にチーズケーキを食すことりを見て、真姫はため息をついた。
ホールケーキ……それもかつてアメリカのホテルで見たような大きいものだ。
あのときも思ったが、よく食べられるものだ。飽きないのだろうか。
「いやなこと?」
「たぶんね。ことりちゃん、凄い顔してたよ」
と、真姫の隣で食器を洗っている穂乃果が笑う。
負の感情を隠すのが上手いことりが、さてはていったいどんな顔をしたのやら。
「なんか、いやなことがあったみたい」
一心不乱にチーズケーキを食すことりを見て、真姫はため息をついた。
ホールケーキ……それもかつてアメリカのホテルで見たような大きいものだ。
あのときも思ったが、よく食べられるものだ。飽きないのだろうか。
「いやなこと?」
「たぶんね。ことりちゃん、凄い顔してたよ」
と、真姫の隣で食器を洗っている穂乃果が笑う。
負の感情を隠すのが上手いことりが、さてはていったいどんな顔をしたのやら。
5: 2016/03/12(土) 04:09:53.90 ID:mEcRfjijo
見返してやる。チーズケーキを平らげた後、そう決心する。
確かに、あの講師のいうとおりだ。自分に服飾デザイナーの才能があるかどうかは、今はおいておく。
ただ天狗になっていたのは認めなければならないだろう。自身のデザインに不満を持っていなかったわけではないし、自分はまだまだだとも思っている。
それでもどこか驕りのような部分があるのは事実だ。
であれば、やることは一つ。
その驕りが認められるほどのものを作ってしまえばいい。いや、作らなければならない。そのための能力があるのだから。
紙とペンを取り出し、思いつくままに滑らせる。いつもどおりに。だけど、いつもよりも集中して。
案はいくらでもある。かつてボツにしたものをもう一度蘇らせ、幾度もの修正を重ねる。
もちろん、新しいものも忘れない。幸い、モデルは二人いる。見ているだけでアイデアが沸いて出てくる最高のモデルだ。
贅沢をいえばあと六人ほどほしいが。まぁ、仕方ない。
……と、その前に。
「穂乃果ちゃん。チーズケーキもう一個」
「まだ食べるの!?」
頭を使ったあとはお腹が減る。そのときのために、必要なのだ。
確かに、あの講師のいうとおりだ。自分に服飾デザイナーの才能があるかどうかは、今はおいておく。
ただ天狗になっていたのは認めなければならないだろう。自身のデザインに不満を持っていなかったわけではないし、自分はまだまだだとも思っている。
それでもどこか驕りのような部分があるのは事実だ。
であれば、やることは一つ。
その驕りが認められるほどのものを作ってしまえばいい。いや、作らなければならない。そのための能力があるのだから。
紙とペンを取り出し、思いつくままに滑らせる。いつもどおりに。だけど、いつもよりも集中して。
案はいくらでもある。かつてボツにしたものをもう一度蘇らせ、幾度もの修正を重ねる。
もちろん、新しいものも忘れない。幸い、モデルは二人いる。見ているだけでアイデアが沸いて出てくる最高のモデルだ。
贅沢をいえばあと六人ほどほしいが。まぁ、仕方ない。
……と、その前に。
「穂乃果ちゃん。チーズケーキもう一個」
「まだ食べるの!?」
頭を使ったあとはお腹が減る。そのときのために、必要なのだ。
6: 2016/03/12(土) 04:10:20.35 ID:mEcRfjijo
「わたしはことりちゃんのデザインかわいいと思うよ?」
「穂乃果や私にとってそうでも、他の人から見たら違うかもしれないじゃない」
そも、かわいいのとデザインとして優れているというのは別物だ。
日本人女性の使うかわいいには万の意味がある。かわいいと良いがイコールで繋がるわけではないのだ。
感性の違いと切って捨てることはできない。仕事にするのだから、マーケティングの機会を無駄にするわけにはいかないのだ。
……だからといって、あの講師のいうこと全てに納得しているわけではないが。
むしろ何様だという感じだ。わかった風な口を利いて。
「……私、ことりのそんな顔初めて見た」
「え、変な顔してた?」
「してたしてた。こんな感じに悪い顔」
と、真姫は態々物まねを披露してみせる。
……もう、知らないことなんてないように思っていたけれど。
なかなかどうしてひょうきんな感じだ。元からそうなのか、そういう風に変化したのか。
おそらくは後者。家出して穂乃果の家に居座るくらいなのだから、そういう風に変わったのだろう。
「でも、その講師のいうとおり別の道を探すのも悪くないんじゃない? 道は一つじゃないもの」
「えー? わたしはことりちゃんのデザインした服着てみたいけど」
「それはまぁ、ことり次第よ」
「そうだけどさ」
別の道。さて、はて。なにがあるだろう。
デザイナーを志したのも、服飾の仕事に興味があったからだ。それに、楽しい。
μ'sとしての経験も大きいけれど、自分がデザインした服を着て、喜んでもらえるのは物凄く嬉しい。未だ未熟の身なれど、それこそがやりがいなのだと思う。
アイドルを続けるというのも選択肢にあったけれど。それよりも服飾を、という思いがあったのは間違いない。
……思いつかない。なにがあるだろうか。
「穂乃果や私にとってそうでも、他の人から見たら違うかもしれないじゃない」
そも、かわいいのとデザインとして優れているというのは別物だ。
日本人女性の使うかわいいには万の意味がある。かわいいと良いがイコールで繋がるわけではないのだ。
感性の違いと切って捨てることはできない。仕事にするのだから、マーケティングの機会を無駄にするわけにはいかないのだ。
……だからといって、あの講師のいうこと全てに納得しているわけではないが。
むしろ何様だという感じだ。わかった風な口を利いて。
「……私、ことりのそんな顔初めて見た」
「え、変な顔してた?」
「してたしてた。こんな感じに悪い顔」
と、真姫は態々物まねを披露してみせる。
……もう、知らないことなんてないように思っていたけれど。
なかなかどうしてひょうきんな感じだ。元からそうなのか、そういう風に変化したのか。
おそらくは後者。家出して穂乃果の家に居座るくらいなのだから、そういう風に変わったのだろう。
「でも、その講師のいうとおり別の道を探すのも悪くないんじゃない? 道は一つじゃないもの」
「えー? わたしはことりちゃんのデザインした服着てみたいけど」
「それはまぁ、ことり次第よ」
「そうだけどさ」
別の道。さて、はて。なにがあるだろう。
デザイナーを志したのも、服飾の仕事に興味があったからだ。それに、楽しい。
μ'sとしての経験も大きいけれど、自分がデザインした服を着て、喜んでもらえるのは物凄く嬉しい。未だ未熟の身なれど、それこそがやりがいなのだと思う。
アイドルを続けるというのも選択肢にあったけれど。それよりも服飾を、という思いがあったのは間違いない。
……思いつかない。なにがあるだろうか。
7: 2016/03/12(土) 04:10:50.19 ID:mEcRfjijo
「それで、これが?」
幾つかデザインをまとめ、そのなかでも会心の出来と呼べるものを講師に見せる。
が、返ってきたのはため息のみ。講師は落胆の色を濃くしながらことりに顔を向ける。
「……あなた、やっぱり才能ないわ。服をデザインするということがどんなことかわかっていない」
「……」
「見せたいものがあるっていうから期待したけど、無駄だったみたいね」
なんなのだろう。この人は。
「わけがわからないって顔ね。理由を教えてほしければ、相応の態度があるんじゃないかしら」
「……お」
教えてください。その言葉が出なかった。
この講師のいうことは真実なのかもしれない。ことりにデザイナーの才能なんて欠片もないのかもしれない。
それでも、この物言いが気に入らない。こんな人に教わりたくない。
謗ればいい。
どうにも、この講師とは反りがあわない。
幾つかデザインをまとめ、そのなかでも会心の出来と呼べるものを講師に見せる。
が、返ってきたのはため息のみ。講師は落胆の色を濃くしながらことりに顔を向ける。
「……あなた、やっぱり才能ないわ。服をデザインするということがどんなことかわかっていない」
「……」
「見せたいものがあるっていうから期待したけど、無駄だったみたいね」
なんなのだろう。この人は。
「わけがわからないって顔ね。理由を教えてほしければ、相応の態度があるんじゃないかしら」
「……お」
教えてください。その言葉が出なかった。
この講師のいうことは真実なのかもしれない。ことりにデザイナーの才能なんて欠片もないのかもしれない。
それでも、この物言いが気に入らない。こんな人に教わりたくない。
謗ればいい。
どうにも、この講師とは反りがあわない。
8: 2016/03/12(土) 04:11:20.61 ID:mEcRfjijo
どうにもならない苛立ちを床を踏みしめる力に変える。
普段は小さな足音が少しずつ、着実に大きくなっていく。
ことりは普段、苛立ちを覚えることはない。怒ることはあっても、長引くことはないのだ。
だからこそ、どう発散すればいいのかわからない。八つ当たりに地面を蹴ってもどうにもならない。
「おっと」
「あっ」
ドン、と勢い良く人とぶつかる。転びこそしなかったものの、抱えていた紙……デザインしたものが床に散らばる。
流石に、人にあたるわけにもいかず。
「ご、ごめんなさい。よく見ていなくて」
「いえいえ。怪我はありませんでしたか?」
ぶつかったのは年老いた男性だった。背筋はピンと伸びており、そこまで老いを感じさせない。顔に出来たシワが少なければ、四十代といっても通じるだろう。
彼はぶつかったことりをいたわるばかりか、床に散らばった紙を拾い集める。
「あ、ありがとうございます」
「はい。どういたしまして。……これは、あなたが?」
「……っ。そう、です」
この人も否定するだろうか。一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
「ははぁ……。なるほど」
老人はなにやら得心した様子で頷き、頭を下げながら紙をことりに返却する。
胸のポケットから名刺を取り出し、それをことりに差し出す。
「あの、これは?」
「私は仕立屋を営んでいるものです。興味があればいらしてください」
老人はそれだけいうと足早に去っていく。
学校にいる、ということは関係者なのだろうけれど。
……出身者だろうか。
普段は小さな足音が少しずつ、着実に大きくなっていく。
ことりは普段、苛立ちを覚えることはない。怒ることはあっても、長引くことはないのだ。
だからこそ、どう発散すればいいのかわからない。八つ当たりに地面を蹴ってもどうにもならない。
「おっと」
「あっ」
ドン、と勢い良く人とぶつかる。転びこそしなかったものの、抱えていた紙……デザインしたものが床に散らばる。
流石に、人にあたるわけにもいかず。
「ご、ごめんなさい。よく見ていなくて」
「いえいえ。怪我はありませんでしたか?」
ぶつかったのは年老いた男性だった。背筋はピンと伸びており、そこまで老いを感じさせない。顔に出来たシワが少なければ、四十代といっても通じるだろう。
彼はぶつかったことりをいたわるばかりか、床に散らばった紙を拾い集める。
「あ、ありがとうございます」
「はい。どういたしまして。……これは、あなたが?」
「……っ。そう、です」
この人も否定するだろうか。一瞬、そんな考えが頭をよぎる。
「ははぁ……。なるほど」
老人はなにやら得心した様子で頷き、頭を下げながら紙をことりに返却する。
胸のポケットから名刺を取り出し、それをことりに差し出す。
「あの、これは?」
「私は仕立屋を営んでいるものです。興味があればいらしてください」
老人はそれだけいうと足早に去っていく。
学校にいる、ということは関係者なのだろうけれど。
……出身者だろうか。
9: 2016/03/12(土) 04:11:47.80 ID:mEcRfjijo
「……来ちゃった」
何をする気にもなれず街をぶらぶらしていると、自然と足が向かってしまった。
『Spell on you』。まじないをかける、転じて、魔法をかける。店名はそういう風になっていた。
一つ深呼吸。古びた木製のドアを押せばギッと重い音が響く。
カランコロン、とベルがなる。
「いらっしゃい。……ああ、あなたでしたか」
「ど、どうも」
老人は店の奥から出てきた。人の良さそうな笑みを浮かべ、ことりを招き入れる。
幾つかのマネキンとたくさんの布の前を通り過ぎる。耳を済ませればミシンの音が聴こえてきそうだった。
「申し訳ありません。私の教え子が、無礼を働いたようで」
「……教え子?」
「ええ。あの講師です」
「そ、そうなんですか」
衝撃だ。こんな人に教わってあんな風になることが。
「まぁ、悪い奴ではないのだけはわかってやってください。何分、不器用な奴ですので」
「は、はぁ……」
「それで、話は聞かせていただきました。あなたは、ファッションデザイナーを目指している、ということでしたが」
「一応、はい」
「端的に申し上げますと、あなたにその才能がない、というのは間違いありません。ですが」
何をする気にもなれず街をぶらぶらしていると、自然と足が向かってしまった。
『Spell on you』。まじないをかける、転じて、魔法をかける。店名はそういう風になっていた。
一つ深呼吸。古びた木製のドアを押せばギッと重い音が響く。
カランコロン、とベルがなる。
「いらっしゃい。……ああ、あなたでしたか」
「ど、どうも」
老人は店の奥から出てきた。人の良さそうな笑みを浮かべ、ことりを招き入れる。
幾つかのマネキンとたくさんの布の前を通り過ぎる。耳を済ませればミシンの音が聴こえてきそうだった。
「申し訳ありません。私の教え子が、無礼を働いたようで」
「……教え子?」
「ええ。あの講師です」
「そ、そうなんですか」
衝撃だ。こんな人に教わってあんな風になることが。
「まぁ、悪い奴ではないのだけはわかってやってください。何分、不器用な奴ですので」
「は、はぁ……」
「それで、話は聞かせていただきました。あなたは、ファッションデザイナーを目指している、ということでしたが」
「一応、はい」
「端的に申し上げますと、あなたにその才能がない、というのは間違いありません。ですが」
10: 2016/03/12(土) 04:12:14.59 ID:mEcRfjijo
バンッ、と無意識に机を叩く。一瞬にして頭に上った血が、罵詈雑言を浴びせようとする。
……寸でのところで留まったのは、まだ話が終わっていないから。
続きがある。それを聞くまで、冷静でいなければ。
「ですが、ファッションデザイナーとしては、です。あなたは衣服を作るとはどういうことだと思いますか?」
「……例えば、その人に似合うものを作ったり」
「ええ、そうです。では、その似合うかどうかを考えるのは誰でしょう」
「顧客……。えっと、買い手、です」
「服というのは顧客が選ぶものです。自分によいものを、つまり、ベターなものを組み合わせていくわけです」
「モアベター、ですか」
「はい。あなたのデザインは、おそらく、特定の個人に向けてデザインしたものではありませんか?」
心当たりがないわけではない。むしろ、誰かにとって最高のものを作るのがことりの仕事だった。
……ああ。つまり、そういうこと。
「誰かにとって最高のものは、別の誰かにとってベターにすらならない」
良く出来ました。と老人が笑う。
「極論ですがね。あなたはどちらかというと、こっちよりの人のようですから」
「こっち、ですか?」
「仕立屋……オーダーメイドに携わる方ですよ。職人と言い換えることもできますが」
よろしければ、と老人は前置いて、ことりの手を取る。
「私の元で修行をしてみませんか?」
……寸でのところで留まったのは、まだ話が終わっていないから。
続きがある。それを聞くまで、冷静でいなければ。
「ですが、ファッションデザイナーとしては、です。あなたは衣服を作るとはどういうことだと思いますか?」
「……例えば、その人に似合うものを作ったり」
「ええ、そうです。では、その似合うかどうかを考えるのは誰でしょう」
「顧客……。えっと、買い手、です」
「服というのは顧客が選ぶものです。自分によいものを、つまり、ベターなものを組み合わせていくわけです」
「モアベター、ですか」
「はい。あなたのデザインは、おそらく、特定の個人に向けてデザインしたものではありませんか?」
心当たりがないわけではない。むしろ、誰かにとって最高のものを作るのがことりの仕事だった。
……ああ。つまり、そういうこと。
「誰かにとって最高のものは、別の誰かにとってベターにすらならない」
良く出来ました。と老人が笑う。
「極論ですがね。あなたはどちらかというと、こっちよりの人のようですから」
「こっち、ですか?」
「仕立屋……オーダーメイドに携わる方ですよ。職人と言い換えることもできますが」
よろしければ、と老人は前置いて、ことりの手を取る。
「私の元で修行をしてみませんか?」
11: 2016/03/12(土) 04:12:41.22 ID:mEcRfjijo
あの講師の当たりの強さは嫉妬だと老人は語った。
講師は仕立屋になりたかったけれど、その才能がなかった。つまり、そういうことだ。
「え、デザイナーってそういう仕事じゃなかったの?」
「流石に市場に流通するものを全部作ることはできないでしょ」
「あ、そっか」
そんな会話に耳を傾けつつ、先日の言葉を思い出す。
道は一つじゃない。デザイナー以外の道。
仕立屋。
「あ、じゃあことりちゃんにウェディングドレス作って貰えるってこと?」
「そうね。デザインだけじゃなく、最初から最後までことりが作ったものができるんじゃない」
「わたし、ことりちゃんが作ったウェディングドレス着たい!」
「まだ仕立屋になるってわけじゃないでしょうに」
……まぁ、そういうことなら。
十分に、ありだろう。
講師は仕立屋になりたかったけれど、その才能がなかった。つまり、そういうことだ。
「え、デザイナーってそういう仕事じゃなかったの?」
「流石に市場に流通するものを全部作ることはできないでしょ」
「あ、そっか」
そんな会話に耳を傾けつつ、先日の言葉を思い出す。
道は一つじゃない。デザイナー以外の道。
仕立屋。
「あ、じゃあことりちゃんにウェディングドレス作って貰えるってこと?」
「そうね。デザインだけじゃなく、最初から最後までことりが作ったものができるんじゃない」
「わたし、ことりちゃんが作ったウェディングドレス着たい!」
「まだ仕立屋になるってわけじゃないでしょうに」
……まぁ、そういうことなら。
十分に、ありだろう。
12: 2016/03/12(土) 04:13:10.45 ID:mEcRfjijo
――カランコロン、とベルがなった。
妙齢の女性が店の奥から姿を現す。幾つかのマネキンとたくさんの布の前を通り過ぎ、その人の前へと到達する。
「あ、あの! わ、私っ」
緊張からか、焦りからか言葉が上手く出てこない。
女性はくすくすと上品に笑い、少女と視線を合わせる。
「落ち着いて、深呼吸して」
言葉通りに大きく深呼吸。
さて、それで。
「どんなのがいい? リボンは? アクセサリは? どうせだから、いっちばんかわいいのにしちゃお?」
了
妙齢の女性が店の奥から姿を現す。幾つかのマネキンとたくさんの布の前を通り過ぎ、その人の前へと到達する。
「あ、あの! わ、私っ」
緊張からか、焦りからか言葉が上手く出てこない。
女性はくすくすと上品に笑い、少女と視線を合わせる。
「落ち着いて、深呼吸して」
言葉通りに大きく深呼吸。
さて、それで。
「どんなのがいい? リボンは? アクセサリは? どうせだから、いっちばんかわいいのにしちゃお?」
了
13: 2016/03/12(土) 06:32:33.42 ID:vfvvA0MCO
本当に短い
乙乙
乙乙
引用: ことり「ベストデザイン」
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります