1: 2016/03/22(火) 08:24:15.67 ID:oxIGCaZ0.net
にこのぞえり、地の文あり
中編くらいです、百合ではないはず

3: 2016/03/22(火) 08:26:58.94 ID:oxIGCaZ0.net
 ずいぶん日が長くなった、そんなことをわたしはふと思った。
見渡すいつもの屋上はまだ白っぽさを含んだ夕暮れが包んで、
小春日和だった暖かな日差しの跡をそこらじゅうに残している。

「えりちー、アイス食べたーい。えりちー」

 今日も熱のこもる練習でたくさん汗をかいたものね、なんて思い返していると、
さっきからフェンスの側でにこと何やら話し込んでいた希が、こちらへ駆け寄ってきた。

「あぁ、希。にこと何を話してるのかと思ったら、このあと何食べるか話してたのね……
って、にこはなんだか納得してない様子だけど」

「にこっちはな、クレープが食べたいらしいんよ。そやけどな、今日のうちはアイスなん。もうアイス以外見えてないん」

4: 2016/03/22(火) 08:28:51.42 ID:oxIGCaZ0.net
 希がそんな西日よりもキラキラと瞳を輝かせて言えば言うほど、
にこの不服そうで、それでいて渋々クレープからアイスへと
切り替えようとしている複雑な表情がわたしはなんだかおかしかった。

「まー、にこはー? 希がおごってくれるって言うからアイスもやぶさかではないって言うかー?
ま、クレープでもアイス入ってるやつあるじゃないとか、
少しくらいは考えなくもないけどー、まぁいいかなぁって」

 その後もぶつぶつと皮肉交じりで口数多く話すにこは、それでいてやっぱりお姉ちゃん気質だから、
同い年だけど大きい妹みたいな希の決めたことに対して、本気で嫌がったりはしない。
わたしはにこのこういう些細な思いやりが、とてもすきだ。

「さすがにこね」

「あんたはそれ言いたいだけでしょうが」

5: 2016/03/22(火) 08:30:08.14 ID:oxIGCaZ0.net
 それから、この後穂乃果の課題を手伝うという海未やことり、
「かよちんまきちゃん、ラーメン食べに行くにゃー!」と駆けて行った凛たちと別れて、
わたしたち三人も校門をくぐった。

 午後五時、屋上にいた時よりも少し橙色が増した今日の西日は、目がくらむほどにとても眩しい。

「それで希? 何処でアイスを食べるの?」

「そうそう、にこも気になってたのよね。最近話題になってるとこなんてあったかなーって」

 わたしたちが口々にそう言うと、真ん中で少し後ろを歩いていた希は何故だか少し照れたような、
小さな失敗をしてしまった時のような顔で、それぞれを見つめ返した。

「あー……えーっとな? 外で食べよっかーってそういうことでもなくて……
も、もしふたりが良かったら、やねんけど……うちの家で、食べない?」

7: 2016/03/22(火) 08:32:03.92 ID:oxIGCaZ0.net
 希はしどろもどろになりながら、早口になってそう返した。
真っ正面から注がれる夕日にその頬は、まるで初めて好きな人を家に誘った時のような
照れくささで朱に染まっている――ような気がした。

 しかし全く予想外だったその表情は、一緒にアイスを食べるだけ、と
フラットに尋ねたわたしとにこを大いに困惑させていた。

「ちょ、ちょっと希? それは良いけど何かあったの?」

「そ、そうよ。あんた熱でもあるの? 顔真っ赤よ」

「そ、そんなこと……ないよぉ……なんかね、わがままを言ったのはええんやけど、
突然なんかええんかなーって思ったと言うか……いつもうちのわがままを
笑ってきいてくれるえりちとにこっちが、やさしいなぁって思えてきて……って!
ほらっ、アイス買いに行こっ? うちの家の近くのスーパー、めっちゃアイス安いんよっ? ね、ほら二人とも」

「ちょっと、希!? そんな急に……っ」

「こら、引っ張るなってば! のびるのびる!」

8: 2016/03/22(火) 08:34:03.97 ID:oxIGCaZ0.net
 希はわたしとにこの手を引くと、カバンが肩から落ちそうになるのも気にせず走り出した。
突然のことにわたしたちは戸惑いながらも、まるで凛が花陽や真姫を連れ出す時のような天真爛漫さと、
慣れない事を必氏でやろうとしているような、そんな希がなんだか愛おしくて、
すぐにそれぞれで希の手のひらを取って、その肩を並べて走り出すことにした。

 そしてスーパーに着く頃には、高校三年生にもなっておてて繋いで、
しかも全力疾走している女子三人組、と言うなんとも言えない絵面が
わたしたちは可笑しくて、息を切らしながらお腹がちぎれるくらい笑い合っていた。

 ちなみにその様子をたまたま見ていたらしい一年生の三人組は後日、
「あれでにこちゃんがセンターだったら捕獲された宇宙人にゃ」と何の気なしに言った凛に
花陽と真姫が泣くほど笑ってしまった、と教えてくれるのだが、それはまた別のお話。

9: 2016/03/22(火) 08:36:20.86 ID:oxIGCaZ0.net
「それにしてもあのスーパー安いわね、意外と近場なのに気がつかなかったわ」

「でしょでしょっ? うちもいーっつもお世話になってるん。
特に月二でやる【冷凍うどん5玉入り1パック108円!※お一人様3パックまで!】の
日にはうちも修羅と化した主婦さんの群れの中を……」

「ふふっ、修羅と化した主婦――って、なんか良いわね。そういうの好きよ」

「あら、意外なところにえりちのツボが」

「絵里って変なとこにツボがあるのよね。買ったアイスにしたって――」

 そう言ってにこは買い物袋(いつも学校帰りに夕飯の買い物へ行くので、常にエコバッグを学校カバンに忍ばせている)を
ごそごそ、わたしが買ったアイス――チョコミントのおもちアイスを取り出した。

10: 2016/03/22(火) 09:05:33.33 ID:pQIV3FQj.net
「確かに。食べれんことはないけど、一番すきーって味ではないよね。チョコミントって」

「そうよ。にこはどっちかっていうと苦手だし」

「あら、どうして? おいしいじゃない、すーっとミントが口の中で溶けた後、
チョコの甘みで満たされる感じって、とてもいいのよ?」

「その、すーっと、がねぇ……色もそうだけどなんか歯磨き粉食べてるみたいじゃない」

「えっ、にこっち、歯磨き粉食べたことあるん?」

「絶対言うと思ったけど、そういうことじゃないから。絶対言うと思ったけど」

「ふふふっ、今のにこは、食い気味だったわね」

「やかましいわよ、誰のせいよ」

「にこっちのツッコミの腕が……上がっている……?」

「だーかーらぁ、誰のせいだって言ってんのよ!」

 わたしはそれからも「修羅と化した主婦より、主婦と化した修羅の方が面白い」と言う希に、
「じゃあもうそれ修羅じゃないから、主婦だから」とやっぱり食い気味に返すにこがもういちいち面白くて、
希の部屋のドアを開ける頃には「笑いすぎておなかいたい……」と声を出すのもからがらになってしまっていた。

11: 2016/03/22(火) 09:07:10.51 ID:pQIV3FQj.net
「ただいまーっと」

「ええ、おかえり。希」

「おかえりー」

 靴を脱ぎながら癖みたいに呟いたその声を、わたしとにこは逃さなかった。
私たちのつぶやきが希に届くと、片足で上手にバランスを取りながら
ローファーに左手をかけていた希がびくっと跳ねて、わたしたちへとおそるおそる振り返るので、
わたしたちは満面の慈母スマイルで希を見つめ返した。

「な……え、えりち? にこっち?」

「あら、どうしたの希? おかえりなさい」

「に、にこっ……」

「なぁによ、希。おかえり」

 わたしたちが特にからかってやろうとか、そんな気もなくそう返すと、希はみるみるうちに赤面して、
ばさばさっとローファーを脱ぎ捨てると洗面所へと走り出す。
途中へりに躓いて「いたっ!」と叫ぶ希の背中を見つめて、
わたしとにこは微笑み合っていると、洗面所から希は半分だけ顔を出した。

「た、ただいまっ! 二人とも、は、はよ手ぇあらいや! アイス食べよ! うんっ! それがいいよ!」

 真っ赤な顔でそう言った希に、わたしとにこももう一度微笑んで靴を脱ぎ、希のところへと歩き出す。

 三足のローファーを小さいもの順に並べながら、
わたしは「早く冷まさないと、のぼせちゃうものね」と、そんなことを、思った。

12: 2016/03/22(火) 09:09:06.98 ID:pQIV3FQj.net
「いただきまーす」

 西日が差し込むリビングのソファに腰掛けて、わたしたちは手を合わせた。

 希は紫いものワッフルコーン、にこはストロベリーのジェラート、そしてわたしはチョコミントのおもちアイス。
三人それぞれが全く違う外見と中身で、それでも不思議と自然な感じがして、
なんだか「わたしたち」な気がする、そんな組み合わせだった。

「な、なにそれ……絵里のアイス、もう外のモチからチョコミントの色なのね……」

「ええ。なんだか食欲を失う色ではあるけれど、これはこれでなかなか」

「すごいね、それ。スライムみたい」

「希のもおいしそうじゃない、紫いもって、わたし食べたことないかも」

「これがねぇ、最近のうちのマイブームなん。もちろんおいもさんの
アイスもおいしいんやけど、うちはこのワッフルコーンが好きで好きで……」

「あぁ、確かにおいしいわよね。なんか厚みがあって。にこも普通のコーンよりそっちの方が好きだわ」

 思い思いにいろいろ話しながら、ゆっくりと時間が流れていく。
ベランダに続く窓からはすっかり丸みを失って地平線の近くで帯のように伸びた夕日が赤く、優しい光が届いていた。

13: 2016/03/22(火) 09:11:10.36 ID:pQIV3FQj.net
「あっ、えりち。見てみて」と、いつの間にか夕日に見とれていたわたしの右肩を希はたたくと、
「あら、ほんとね」と今度はわたしの左耳に、にこの声が届く。

 いったいどうしたのかしら、そう思ってふたりを見やると、
希が空いていた左手の指先で夕日の帯の少し上を指した。

「ん――? あぁ……ふふっ。そういうこと。確かに、チョコミントみたいな、そんな色してるわね」

 夕日の帯の少し上、まだ夜を信じられずに薄い青を湛えた空が、そこにはあった。

 甘くてすーっと広がりそうな、綺麗で、だけどあんまり美味しくはなさそうな、そんな色で。

 午後六時ちょうど。ほんの二週間前くらいまでは、この時間にはもう夜が来ていたはずなのに。

 そんな夜を忘れてしまったかのような薄い青の空から天辺へ向かって、
青のグラデーションがリビングのわたしたちへとまあるく伸びて広がっている。

 きっとわたしたちの背中の方にある空は、もう夜が来ていて、月が昇っているのだろう。

 今三人で見ているこの景色も、まばたきを一つしたら、あっという間に変わってしまうのかもしれない。

 幻みたいで、幻じゃない。そしてきっと、忘れられない――
そんな色の空を見つめていると、こうしているうちに、一日だって、一月だって、
一年だって、過ぎてしまうのかしら――そんな風に思えて、急に胸が締め付けられたような、そんな気分になった。

14: 2016/03/22(火) 09:12:43.53 ID:pQIV3FQj.net
「……もう、三月ね」

 ようやく吐き出した、わたしのか弱い声に、希とにこの、わたしとふれあった部分が小さく震えたのに気づいた。

「ええ、後、十日ね」

「なーんか、カウントダウン。って感じがして……ちょっと辛いね」

 ふたりの、静かな――まるで眠る前の言葉のような囁きに、わたしは辛くなってしまって。
けれど、前へ進まなきゃいけない。そんな気分で、でも、と言う言葉を吐き出そうとしたその時――
ふたりの顔がわたしの両肩に寄り添った。

「えりち。ずーっと、一緒にいようね」

「仕方ないから、ずーっと友達ごっこしてやるわよ。あんたたちと」

 その言葉と、肩から伝わる少しずつ違うふたりの温度が、とても暖かかったから。
わたしは喉の奥をこみ上げてくる熱をこらえるようにふたりの手のひらを握って、
「ええ、嫌われたって……っ! 離してあげないんだから……!」と、震える声で返すのが、精一杯だった。

15: 2016/03/22(火) 09:13:52.18 ID:pQIV3FQj.net
「もーっ、アイス溶けちゃったじゃなーい。絵里が急におセンチになるからー」

「に、にこ……ごめんなさい」

「い、いや、謝らないでいいわよ。別に怒ってないから……ちょっと、この湿っぽい空気変えたかっただけだし……」

「うふふ、にこっち照れてるー。お顔がまっかっかやね」

「ばかっ、見るなっ……そうね、夕日のせいよ! きっとそうよ!」

「にこって……ほんっとうにやさしいのね……っ、あーだめ、わたし泣いちゃう……!
ねぇにこ、泣いちゃう前に言っていい? あれ言ってもいい?」

「言うなっ! もう何言うかわかるから! さすがに今は言うな!」

「さすがにこっちね」

「お前が言うんかい!」

 わーわー、きゃあきゃあ、こんな風にしてわたしたちはもうすぐそこまで来ている夜も、
明日も、きっといつでもチョコミントと、紫いもと、ストロベリーで。
どこにいたって特別で、どんな時だって、いつも、隣り合わせに並んで笑い合うのだろう。

17: 2016/03/22(火) 09:14:49.54 ID:pQIV3FQj.net
 二度とない昨日と今日と、それからこれから数え切れないくらいに訪れる明日も。

 ずっと、同じ空を見ながら。




 おわり

18: 2016/03/22(火) 09:16:14.04 ID:pQIV3FQj.net
以上!やっぱりこの三人にはずっとわちゃわちゃしててほしい
読んでくれた方ありがとうございました
またどこかで

27: 2016/03/22(火) 17:11:30.79 ID:pQIV3FQj.net
1です。まさかこんなに荒れてるとは…と投下してから気づきました…
そんな中でもレスくれたりほんとにありがとうございます
ちなみに、絵里が食べてたチョコミントのおもちアイスは実在します。コープとかで売ってます

引用: チョコミント・ブルーの夕景【SS】