1: ◆cjitx1hLjk 2013/10/30(水) 22:56:27.99 ID:AEdZkENfo
2: 2013/10/30(水) 22:58:50.24 ID:AEdZkENfo
いつも通りの、ある日。
いつも通りの事務所。
少しだけ違ったのは。
午前十時になっても
プロデューサーが事務所に来なかったって事。
最初はプロデューサーが寝坊なんて珍しいって
みんな笑ってた。
律子だけはプリプリ怒ってたけど
みんな、どこか楽観してた。
だけど昼になっても何の連絡も無くて
みんな、おかしいと騒ぎ始めた。
3: 2013/10/30(水) 22:59:47.65 ID:AEdZkENfo
小鳥が何度かアイツの
携帯電話や自宅に電話しても不通のまま。
まさか事故に巻き込まれたんじゃ……。
なんて雪歩が言うもんだから、そこからは大騒ぎ。
事故に巻き込まれた人が居ないか
近辺の警察に確認するも該当無し。
みんな、押し黙って
手掛かりが無いかテレビのニュースを観てた。
不安だけを募らせて
気付けば時刻は午後七時。
アイドルのみんなは帰りなさいと促され
不満を漏らしつつ帰宅した。
4: 2013/10/30(水) 23:00:59.65 ID:AEdZkENfo
次の日の朝。
プロデューサーは暫く休むらしいと
社長から報告された。
みんな、思い思いにプロデューサーの事を口にする。
ただの休暇にしては急過ぎる、とか。
このまま事務所を辞めてしまうんじゃないか、とか。
私は今まで築き上げてきた
信頼関係を蔑ろにされた気がして。
一方的な事後報告に腹を立て
その日はレッスンすら、ままならなかった。
5: 2013/10/30(水) 23:01:39.81 ID:AEdZkENfo
更に次の日。
小鳥や社長に有志一同が詰め寄った。
ほとんど全員だったけど。
結果は、知らないの一点張り。
不安が芽を出し始める。
いったい何だって言うのよ。
今すぐ帰って来たら
少しはワガママを控えてあげても良いわよ?
この時は、そんな軽口を叩く余裕もあった。
6: 2013/10/30(水) 23:02:24.61 ID:AEdZkENfo
プロデューサーが事務所に来なくなってから一週間。
どんよりした空気が事務所に蔓延し
イライラに拍車を掛ける。
やよいにキツく当たってしまう時もあった。
レッスンをサボった事もあった。
その度に、プロデューサーの所為にして。
最後は決まって
早く帰って来なさいよ、ばかっ。で締め括った。
8: 2013/10/30(水) 23:03:30.38 ID:AEdZkENfo
プロデューサーが事務所を休んで八日目。
社長室から、こちらを手招きする小鳥を見つけた。
伊織「あら、社長は居ないのね?」
小鳥「社長が留守だから、ここを使わせて貰うことにしたの」
伊織「それで何の用?」
小鳥「プロデューサーさんの事、なんだけど……」
9: 2013/10/30(水) 23:04:42.04 ID:AEdZkENfo
伊織「裏切り者の事なんか今更、興味無いわ?」
小鳥「伊織ちゃんだけには伝えなきゃって思って……」
伊織「聞きたく無い」
小鳥「伊織ちゃん……」
伊織「どうせ事務所を辞めるって事なんでしょ?」
伊織「そりゃ、そうでしょうよ」
伊織「ワガママばかり言うアイドルの世話なんて────」
伊織「私なら願い下げだもの」
10: 2013/10/30(水) 23:05:50.80 ID:AEdZkENfo
小鳥「プロデューサーさんの休暇に伊織ちゃんの事は関係無いわ」
伊織「はっ。どうだか……」
小鳥「プロデューサーさんは今、ここに居るの……」
差し出されたメモには
どこかの住所と大学病院の名前。
早く会いに行ってあげて。
小鳥はそれだけを言うと、さめざめと泣いた。
11: 2013/10/30(水) 23:06:36.82 ID:AEdZkENfo
メモを握り締め、事務所を飛び出す。
何なのよ。
おおかたどこかで躓いて
その拍子に骨折でもしたんでしょ?
ドジなんだから全く。
まあ、担当のアイドルとして
握り拳くらい、お見舞いしてあげるわ。
病院に向かうタクシーの中で強がったけど
不安の芽は、どんどん大きくなっていった。
12: 2013/10/30(水) 23:07:28.96 ID:AEdZkENfo
辿り着いた病院の受付窓口。
説明すら、もどかしくて
足踏みをしてると背中から声を掛けられた。
「あれっ? 君は確か水瀬さんの所の……」
振り返ると、目の前に居たのは
どこか見覚えのある白衣を着た男。
あぁ、いつかの水瀬財閥主催のパーティーで
挨拶に来た、医者Aね。
名前は覚えて無いけど
何かの病気を研究してる、とか言ってたかしら。
13: 2013/10/30(水) 23:08:19.35 ID:AEdZkENfo
医者「お嬢さんはアイドルをされていたんでしたっけ?」
伊織「え、えぇ。そうなんですの。オホホ」
どこぞの令嬢のような言葉使いが
自らの寒気を誘う。
だいたい、医者Aと
和やかに喋ってる場合じゃないっていうのに。
はっきり言って邪魔よ、医者A。
うちの真みたいに実力行使で黙らせてやろうかしら。
14: 2013/10/30(水) 23:09:17.88 ID:AEdZkENfo
医者「誰かのお見舞いですか?」
伊織「私が所属してる社員がこちらで入院してると伺いまして~」
語尾を延ばしながら
自分の頬に手を当てがって気付いた。
まるで、あずさの真似してるみたいね。これ。
15: 2013/10/30(水) 23:10:23.51 ID:AEdZkENfo
医者「社員……あぁ、彼の面会に来られたのですか」
伊織「あら、ご存知なんですか?」
医者「えぇ、私が受け持っている患者さんです」
伊織「うちの者が、ご迷惑をお掛けしてすいません」
医者「いえいえ」
医者「それにしても、お嬢さんの……そうでしたか……」
伊織「……? どうせ、骨折くらい、なんですよ、ね?」
16: 2013/10/30(水) 23:11:38.43 ID:AEdZkENfo
どうにも歯切れの悪い言い方をされ
普段なら、すらすら出てくるはずの敬語も覚束ない。
胸ぐらに掴み掛かりたくなる衝動を
必氏で抑えた。
医者「彼に会う覚悟はありますか?」
不安の芽から、花弁が顔を覗かせた。
恐る恐る頷き
案内されるがまま長い廊下を歩く。
突き当たりまで来たところで
出迎えてくれたのは電子制御されたドア。
17: 2013/10/30(水) 23:12:42.30 ID:AEdZkENfo
伊織「指紋認証なんて、随分と大仰だこと」
医者「一応、研究所ですからね」
医者「その為のセキュリティと言った所でしょうか」
伊織「いつだったかお会いした時……」
伊織「そんな話をしていらしたわね」
医者「覚えていてくれたんですか。光栄です」
伊織「も、物覚えには自信がありますのよ。おほほ……」
医者「それではお嬢さんの指紋も登録しておきましょうか」
伊織「どうして?」
医者「いつでも僕のラボに入れるように、です」
伊織「別にアナタと一緒なら、入れるんじゃ?」
医者「僕が居ない時に来る事も、あると思いますよ?」
伊織「勝手に入って良いって事かしら?」
医者「そういう事です」
伊織「それは光栄だこと」
18: 2013/10/30(水) 23:13:26.87 ID:AEdZkENfo
医者「それでは、ここに指を当てて下さい」
指された場所に人差し指を当てる。
少しの間を置いて
ピッと電子音が鳴ると同時にドアが開いた。
薄暗い通路を歩きながら
ガラス戸の部屋を覗き見ると機械ばかり。
病棟というよりは実験棟と言った方が
当てはまる気がした。
19: 2013/10/30(水) 23:14:43.85 ID:AEdZkENfo
医者「ここが、彼の居る治療室です」
通されたガラス戸の向こうは
またガラス張りの部屋があった。
治療室って言うより、動物園の飼育部屋みたい。
ゆっくりと、ガラスで仕切られた
治療室に近づく。
20: 2013/10/30(水) 23:17:11.35 ID:AEdZkENfo
まず最初に目に付いたのは
所狭しと配置された様々な機械。
次に、白いシーツが張られたベッド。
その上には薄っぺらい掛け布団。
そして、ショーケースのような檻の中。
ベッドと布団に挟まれた、探し人を見つけた。
私のワガママを困りつつも
いつも聞いてくれた優しいプロデューサー。
まるで、すやすやと眠ってるみたいに。
だらしなく開いた口からヨダレを垂らし
朧気な眼で虚空を見つめていた。
21: 2013/10/30(水) 23:17:53.57 ID:AEdZkENfo
伊織「なによ、これ……」
伊織「この間まで、ちゃんと働いてたじゃない!」
伊織「アンタ、こんな所で何やってんのよ!」
言い終えるよりも早く
分厚いガラスを力任せに叩く。
ドン。
それなりの音がしたはずなのに
無反応なアイツに腹を立て、もう一発。
ドン。
さっきよりも響いたはずの音は
私の右手に痛みだけを残した。
22: 2013/10/30(水) 23:18:49.74 ID:AEdZkENfo
焦点の合ってない目、閉まりの悪い口元。
必氏に面影を探しても
どこにも元気なプロデューサーの姿は無くて。
目の前には、ただ廃人のような患者が一人。
言葉の変わりに
胃液だけが口から飛び出しそうだった。
変わり果てたアイツの姿は
私の心を打ちのめすには充分過ぎて。
ギリギリのところで
制御した感情が治療室の中を漂った。
23: 2013/10/30(水) 23:19:48.44 ID:AEdZkENfo
医者「彼は一週間前から、ここで治療をしています」
伊織「一週間前から……?」
医者「突然道端で倒れ、うちに運び込まれてきました」
伊織「そんな……!」
医者「様々な検査の結果、内因性の変性疾患と診断され、ここに」
伊織「治るの……よね……?」
医者「未だ、有効な治療法は見つかってません」
25: 2013/10/30(水) 23:20:43.79 ID:AEdZkENfo
伊織「それって────」
医者「この病気は脳に影響を与え……」
医者「発症者は異常な言動を取るようになります」
医者「何か心当たりは?」
異常な言動……。
思い返せば今から丁度、一ヶ月前。
何気なく会話を交わしたあの時。
既にコイツの身体は
病魔に浸食されていたのかも知れない────。
26: 2013/10/30(水) 23:21:38.67 ID:AEdZkENfo
P「メロンパンとか食べるのか?」
仕事までの待ち時間。
斜め読みしていたファッション雑誌に落ちた影。
顔を上げると、目の前にプロデューサーが居た。
ワンテンポ遅れで
話しかけられていたのが自分だと気付く。
27: 2013/10/30(水) 23:22:24.06 ID:AEdZkENfo
伊織「メロンパン?」
P「ああ、うん……」
伊織「別に、嫌いじゃないけど……差し入れでもあるの?」
P「あ、いや、そういうわけじゃ無いんだけど……」
伊織「…………?」
P「その……そんな庶民的な物も食べるんだな」
28: 2013/10/30(水) 23:23:35.57 ID:AEdZkENfo
気まずそうに頭を掻いた
アンタを見上げたまま。
最初の質問の意図を図りかねた私は首を傾げる。
端から見れば、おかしな構図だったに違いない。
伊織「アンタねぇ、いくら私がお嬢様だからって」
伊織「普段食べてる物なんて、みんなと変わらないわよ?」
P「そう、なのか」
29: 2013/10/30(水) 23:24:32.62 ID:AEdZkENfo
伊織「菓子パンも食べるし、スナック菓子だって好きよ」
ポテチくらいしか食べたこと無いけど……。
みんなと買い食いした
ポテチの味を思い出して思わず生唾を飲み込む。
これじゃまるで、おにぎりを前にした美希みたい。
そんな事を考えてたら事務所に春香が帰ってきた。
30: 2013/10/30(水) 23:25:24.46 ID:AEdZkENfo
春香「ただいま戻りましたー」
伊織「あら、お帰り春香」
春香「あ、丁度良かった!」
春香「プロデューサーさんに聞きたい事があったんです!」
P「………………」
春香「今、大丈夫ですか?」
P「………………」
春香「あの、プロデューサーさん?」
P「………………」
伊織「ちょっとアンタ、何ボーッとしてるのよ?」
P「えっ…………?」
31: 2013/10/30(水) 23:26:41.71 ID:AEdZkENfo
伊織「春香が話しかけてるじゃない!」
P「春香……? あ、スマン!」
春香「い、いえ!」
P「本当にスマン! それで、何だっけ?」
春香「いえ……大した事じゃないんですけど……?」
P「あぁ、そうか…………」
春香「お疲れみたいなので、明日にでも、また聞きますね!」
P「あぁ、うん」
32: 2013/10/30(水) 23:27:43.06 ID:AEdZkENfo
春香「そ、それじゃあ私はこれで帰ります」
P「おぉ、お疲れ様…………」
────この時は気にも止めなかった。
本当に疲れてるんだと思ったし
実際、アイツは多忙だったのだから。
だけど、これは兆しだったのね。
33: 2013/10/30(水) 23:28:49.98 ID:AEdZkENfo
また、別のある日。
プロデューサーが無断欠勤をした日から
遡って、二週間前って所かしら。
また唐突に切り出された。
P「素昆布食べる?」
伊織「はぁ……?」
P「素昆布は好きじゃないのか?」
伊織「好きとか以前に、まず食べた事が無い……わね」
P「そっか……」
34: 2013/10/30(水) 23:29:32.58 ID:AEdZkENfo
それからは、ほぼ毎日
ことあるごとに、この食べ物は好きか?
この食べ物を食べたことはあるか? と聞かれ続け。
プロデューサーが事務所に来なくなる一週間前。
私はついにキレた。
伊織「だから、なんでいつも食べ物の話ばかりしてくるのよ!?」
35: 2013/10/30(水) 23:30:48.00 ID:AEdZkENfo
P「えっ!? あ、いや、すまん……」
伊織「そんなに私の食生活に興味があるの?」
P「いや、そう言うわけじゃ……」
伊織「なんなら、これまで食べてきた物を書き出しましょうか?」
P「そ、そんなに怒らないでくれよ……」
伊織「はあっ………アンタ、最近なんだか変じゃない?」
P「そうかな……へへへ……」
36: 2013/10/30(水) 23:32:02.98 ID:AEdZkENfo
伊織「…………もう、良いわ。叫んだら喉が渇いた」
P「ミネラルウォーターならあるけど?」
伊織「オレンジジュースが飲みたい」
P「す、すまん! すぐに買って来るよ……」
伊織「まったく……」
伊織「こんなに謝ってばっかりのヤツだったかしら?」
37: 2013/10/30(水) 23:33:34.83 ID:AEdZkENfo
慌てて事務所から出て行く背中を見ながら
そう呟いたのを覚えてる。
むしろ、いつも私が言う前に
オレンジジュースを用意してくれてた。
まあまあ使えるヤツだと思ってたんだけど。
これも、きっと病気の所為だったのね────。
38: 2013/10/30(水) 23:34:35.31 ID:AEdZkENfo
過去を振り返り終わった私は
病院の屋上から遠くのビルを眺めていた。
遠くに見える街並は、いつもと何も変わらない。
虚構の様な現実と、日常の境目。
つい数時間前は、あちら側に居たはずなのに
今となっては、あの日常が懐かしい。
笑っちゃうくらいに、残酷な日常。
39: 2013/10/30(水) 23:35:44.64 ID:AEdZkENfo
それを知ってしまった私はどうすれば良い?
教えなさいよ。
プロデューサー……。
黄昏れる私の後ろから
誰かの手が延びてきてハッと振り返る。
缶コーヒーを二つ持った医者Aが
心配そうな表情で立って居た。
40: 2013/10/30(水) 23:36:51.27 ID:AEdZkENfo
医者「良かったら、コーヒーどうぞ」
伊織「……あとで戴くわ。それで、アイツはどうなるの?」
医者「彼の呼吸器系は、まだ健全に活動していますが……」
医者 「いくつかの臓器は既に意味をなしてません……」
医者「いずれは、心臓や肺も……」
伊織「……っ!」
医者「どこに行かれる、おつもりですか?」
伊織「今すぐアイツをひっ叩いて起こしてやるのよ!」
医者「ちょっと、まだ話は終わって────」
41: 2013/10/30(水) 23:38:08.91 ID:AEdZkENfo
……………………………………………………………………………………………………………………………………
伊織「アイツが病気? そんなのやっぱり冗談よ!」
ついこの間までは、ピンピンして笑ってたじゃない!
何一つ、約束も守らずに呆けてんじゃないわよ!
この伊織ちゃんが頬の一つでも叩けば、きっと────
伊織「きっと、目を覚ましてくれるんだから!」
42: 2013/10/30(水) 23:39:52.94 ID:AEdZkENfo
指紋認証をしながら足踏みをする。
息を整える時間すら惜しみ
飛び込んだガラス張りの治療室。
さっきはアイツしか居なかったのに
驚いた顔をした看護士が居た。
訝しげな視線をくれた看護士に
一瞥して呆けたままのアイツに跨がる。
看護士「ちょっと、あなた!? 何してるの! 」
43: 2013/10/30(水) 23:41:33.68 ID:AEdZkENfo
伊織「見たら分かるでしょ!」
看護士「患者さんに跨がるなんて止めなさい! 」
伊織「コイツが起きたらすぐに退いてあげるわ !」
看護士「何を言ってるの!」
伊織「私だって、こんな腑抜けに跨がりたくなんか無いわよ!」
看護士「じゃあ、今すぐに患者さんから降りなさい!」
乱暴にベッドから降ろされそうになり
必氏にプロデューサーの胸にしがみついた。
44: 2013/10/30(水) 23:42:39.26 ID:AEdZkENfo
伊織「離して! ビンタの一発でもすればコイツは絶対に起きるの!」
看護士「あなた、自分が何してるか分かってるの!?」
伊織「───っ!? 分かってるわよ!」
伊織「このバカは、私の大切な───」
大切なプロデューサーの胸元からは
沢山のコードが延びていた。
そのコードを辿ると
ベッドの横に置かれた様々な機械へと繋がっている。
45: 2013/10/30(水) 23:43:39.05 ID:AEdZkENfo
『彼の呼吸器系は、まだ健全に活動していますが……』
『いくつかの臓器は既に意味をなしてません…… 』
高ぶった感情が別方向から掻き乱され、上手く呼吸が出来ない。
胸が。
心が。
安物のベッドみたいにギシギシと音を立てた。
46: 2013/10/30(水) 23:44:47.69 ID:AEdZkENfo
看護士「酸素マスクをしてないから、マシに見えるかもしれないけど」
看護士「もう、自分の意志では手ですら、ほとんど動かせないのよ……」
伊織「コイツは……私の……」
看護士「それは解ったから、ほら退いて」
伊織「大切な……ぐすっ……」
看護士「彼の命を繋ぐ機器に異常が無いか確かめるから────」
47: 2013/10/30(水) 23:45:40.75 ID:AEdZkENfo
命を繋ぐ。
その言葉だけがぐるぐると頭の中で渦を巻く。
そっか。
このままどんどん症状が悪化して。
このバカ、氏んじゃうんだ。
48: 2013/10/30(水) 23:46:56.50 ID:AEdZkENfo
医者「────やれやれ……患者さんに随分と乱暴なさったようですね」
看護士「先生……!」
伊織「…………」
看護士「すいません……。私の責任です」
医者「患者に何かあったら、それは医者である僕の責任です」
看護士「……機器に異常は無かった事が不幸中の幸いでした」
伊織「……がい……ます……」
医者「……?」
伊織「お願いします……このバカを…………」
私の涙が、私の邪魔をする。
それでも、恥も捨てて、ただすがった。
49: 2013/10/30(水) 23:48:15.62 ID:AEdZkENfo
伊織「どうか助けてあげて下さい……っ!」
看護士「あなたは、患者さんの妹さん?」
医者「いや……彼女と彼は、ただの仕事のパートナーだよ」
伊織「っ……………」
そうよ。
確かにアイツから見たら私なんて
大勢いるアイドルの内の一人かも知れない。
だけど……私に取ってアイツは────。
50: 2013/10/30(水) 23:48:50.30 ID:AEdZkENfo
伊織「たった一人しか居ない、私のプロデューサーなの!」
51: 2013/10/30(水) 23:49:33.12 ID:AEdZkENfo
伊織「何でもするから、どうか……私の大切な人を助けて……っ!」
医者「…………最善は尽くすつもりです」
伊織「こうやってただ、命を繋ぐ事が最善なの?」
医者「…………」
伊織「この私が何でもするって言ってるのよ?」
伊織「今すぐコイツを起こして!」
子供滲みたワガママだって分かってる。
52: 2013/10/30(水) 23:50:47.51 ID:AEdZkENfo
私のワガママは誰にも聞き届けて貰えない 。
だって。
私のワガママを聞いてくれる人は
眠ったように呆けてるんだもん。
それでも、誰かに頷いて欲しくて
何度も懇願する。
産まれて初めて下げた頭は
空っぽなんじゃないかと思うほど軽かった。
53: 2013/10/30(水) 23:52:16.26 ID:AEdZkENfo
ピ。
ピ。
ピ。
一定のリズムで脈打つような
機械音だけが、ガラス張りの治療室のBGM。
メトロノームのような
命のリズムに合わせみっともなく請い願う。
自分の目から見ても
滑稽な光景だと思う。
だけど、何度も何度もお願いした。
54: 2013/10/30(水) 23:53:18.49 ID:AEdZkENfo
ピ。
ピ。
ピ。
ただ漏れ続ける私の声。
ただ垂れ流される電子音のリズム。
その中に一瞬、かすれた呻き声が
混ざって聞こえ、ハッと顔を上げた。
目の前の医者と看護婦は
お互いを真似しあったように驚いている。
なぜか亜美と真美の顔が
ダブって見え、目を擦った。
55: 2013/10/30(水) 23:54:02.12 ID:AEdZkENfo
二人の視線の先をゆっくりと辿っていく。
その先にはベッドの上で
アイツが空中を掴まんと手を伸ばしていた。
56: 2013/10/30(水) 23:55:32.81 ID:AEdZkENfo
伊織「プロデューサー……?」
P「り………い………」
伊織「私よ! 私の声が聞こえるのね!?」
P「お……り……」
伊織「そうっ! 伊織よ! アンタのアイドルの水瀬伊織よ!」
P「い……おり……」
伊織「この寝坊助! いい加減、起きなさい! さっさと帰るわよ!」
P「う……あ……」
伊織「みんな、事務所でアンタを待ってるんだから!」
57: 2013/10/30(水) 23:57:22.59 ID:AEdZkENfo
精一杯伸ばされたプロデューサーの手を強く握る。
神様ありがとう。
こんな私のワガママを
聞いてくれてありがとう。
また自然に涙が溢れる。
さっきの涙と味は一緒のはずなのに
どこか甘く感じた。
これから、どんどん病状も安定して
いつか治るかもしれない。
淡い希望が溢れてくる。
58: 2013/10/30(水) 23:58:32.66 ID:AEdZkENfo
とっとと帰って来なさいよ!
私をトップアイドルにするって
約束したじゃないの!
まくし立てるように
ひたすらプロデューサーに声を掛けた。
奇跡って、こんなにもありふれているんだ。
五分前よりも世界が明るく輝いて見える。
だけど…………。
59: 2013/10/30(水) 23:59:59.95 ID:AEdZkENfo
獣の喉なりみたいな
このウザったい音は何なの?
プロデューサーの声が聞こえないじゃない。
ヒュゥっと何か吸い込むような
音が聞こえ、獣はカッと目を見開いた。
伊織「プロデュ──────」
私の叫び声は別の誰かの叫び声にかき消された 。
60: 2013/10/31(木) 00:01:17.13 ID:GaL5q7Xfo
P「くぎゅうううううううううううううううう !!!!」
最初、それがプロデューサーから発せられた声だとは思わなかった。
初めて聞いたプロデューサーの叫び声は。
酷くて醜くて。
だけど、どこか。
母親におっOいをねだる赤ん坊の泣き声に似ていた。
61: 2013/10/31(木) 00:02:10.12 ID:GaL5q7Xfo
医者「まさかここまで釘宮病が進行していたなんて!」
伊織「釘宮……病……?」
看護婦「危ないから、その人から離れて!」
伊織「えっ───痛っ!?」
右手に激しい痛みを感じて
咄嗟に手を振り払うと床に血が垂れる。
恐る恐る右手を見ると
手の甲に付いた爪痕から血が流れ出ていた。
62: 2013/10/31(木) 00:04:36.91 ID:UybuwAd3o
未だ、獣の遠吠えのように叫び続けるプロデューサー。
私は、狼に睨まれた野兎のように
後退りし、ペタンと尻餅を付いた。
足はガクガクと震え、動悸は早くなるばかり。
慌てて左手で傷口を押さえるも
指の隙間から赤黒い血が滲み出す。
傷口はジンジンと痛み、血は止まらない。
だけど何故か流れてる血が
自分のものだとは思えなかった。
64: 2013/10/31(木) 00:07:15.20 ID:hmIXJUOio
医者「人を呼んで来てくれ! 鎮静剤の用意も !」
看護婦「はい!」
バタバタと暴れるプロデューサーを
必氏に医者が押さえてる。
バタバタと人が入ってきて
私は治療室から追い出された。
いったい何なのよ?
やっとプロデューサーが起きたのに。
あんなに元気に泣いてるのに。
ふふふ……あはは、ははは。
65: 2013/10/31(木) 00:08:10.49 ID:hmIXJUOio
どんどん眩しくなる私の世界。
何て綺麗な輝きなのかしら。
遠くから私を呼ぶアイツの声が聞こえた気がする。
早く行ってあげなくちゃ。
だけど、眩しくて、何も見えないの。
もっと大きな声で私を呼んでよ。
白いモヤの中で手を
バタつかせてみると見えない何かが私を邪魔する。
そっか。
檻に閉じ込められた獣は、私だったのね────。
66: 2013/10/31(木) 00:09:09.96 ID:hmIXJUOio
……………………………………………………………………………………………………………………………………
気が付くと
カーテンレールで仕切られた天井を見上げていた。
見上げてるって事は、私は今、仰向けで寝てるのね。
徐々に意識がハッキリとしてくると
消毒液の匂いが、やけに鼻をついた。
ぼんやりした頭で何が起こったのか考えてみる 。
67: 2013/10/31(木) 00:11:00.30 ID:hmIXJUOio
さっき起こった事は本当に現実だったの?
もしかしたら夢だったんじゃないのかしら?
そうよ。
きっと私は交通事故にでも巻き込まれたのね。
そして今日まで、ずっと意識不明だったに違いない。
ついて無かったわね、私。
そうよ。
今までの事は全て夢だったんだわ。
68: 2013/10/31(木) 00:12:04.22 ID:hmIXJUOio
プロデューサーが事務所を休んだのも夢。
プロデューサーが入院したのも夢。
プロデューサーが叫んでたのも夢。
だいたいアイツが獣みたいに叫ぶわけ無いもの 。
アイツは優しくて
人畜無害で
誰も傷つけたりしない ────。
無意識に右手をさすり
私はぎゅっと目をつぶった。
しっかりと巻かれた包帯に滲んだ
赤黒いシミを見ないように。
69: 2013/10/31(木) 00:13:09.08 ID:hmIXJUOio
誰か、側に居ないのかしら。
声を出そうとして
自分の置かれてる状況を理解した。
喉はカラカラで
大きな声を出そうとすれば、かすれる。
起き上がろうとすれば頭がズキズキ痛む。
ふて寝でもしてやろうかと考えた時
カーテンがサッと開いた。
70: 2013/10/31(木) 00:14:16.43 ID:hmIXJUOio
看護士「良かった。気がついたみたいね?」
伊織「ここ、は……?」
看護士「ここは病室。今、先生を呼んでくるから待ってて」
伊織「あ、その前に、水が欲しいんだけど……」
砂漠で遭難した人じゃ、あるまいし
水……って 。
思わず自分でツッコミを入れる。
看護士は笑いながら
ミネラルウォーターを差し出してくれた。
71: 2013/10/31(木) 00:15:38.60 ID:hmIXJUOio
一気に飲むと気分が悪くなるかもしれないから
少しずつ飲んでね?
そんな忠告を残し、部屋から出て行った看護士。
周りに誰も居ないのを確認して
急いでミネラルウォーターをコクコクと飲む。
あまり冷たくないけど
今まで飲んだ水の中で一番美味しく感じた。
72: 2013/10/31(木) 00:16:26.64 ID:hmIXJUOio
…………だから遭難者か、っての!
空になったペットボトルを
ベッドに投げ捨てながら忠告を思い出す。
そう言えば、一気に飲んじゃダメだったんだ、と。
一人でボケたりツッコミ入れたりしてたら
病室に医者Aが入ってきた。
74: 2013/10/31(木) 00:17:33.77 ID:hmIXJUOio
医者「お嬢さん、ご気分は如何ですか?」
伊織「最悪ね」
医者「それは飲み物のせい? それとも、精神的にですか?」
伊織「両方。だいたい、水は……喉が渇いてたから仕方無いじゃない」
医者「それは、仕方無いですね」
伊織「あら、なかなか話が分かるのね」
医者「患者のワガママを聞くのも医者の仕事ですからね」
伊織「私のワガママは聞いて貰えなかったけど?」
75: 2013/10/31(木) 00:18:20.36 ID:hmIXJUOio
医者「ははは。その事なんですが少し、お話しても? 」
伊織「手短にお願い」
医者「残念ですが、彼の症状は末期まで来ています」
伊織「……いきなりパンチが効いてるわね」
医者「包み隠さずが、私の診療方針ですから 」
伊織「まぁ良いわ、続けて?」
医者「まずは彼が、罹ってしまった病気について説明します」
医者「内因性変性疾患、もしくはウィルス過敏性大脳皮膚炎」
76: 2013/10/31(木) 00:20:21.84 ID:lzQNPMWxo
医者「俗に言う釘宮病です」
伊織「そもそも、その、釘宮病ってどんな病気なの……?」
医者「釘宮病は、まだ全く解明されていないんですが……」
医者「特定の周波数を聞き続けると発症する……と言われてます」
伊織「音ってこと?」
医者「はい。そして、S型、L型、N型など様々な症例がありますが」
医者「多くは性的嗜好が変化し、幼い少女を好むようになります」
77: 2013/10/31(木) 00:21:06.46 ID:lzQNPMWxo
伊織「……口リコンになっちゃうって事?」
医者「口リ……まぁそうですね。一部では少年を好む場合もある、と」
伊織「少年って……完全に変態じゃない」
医者「奇異な例としてはメロンパンや素昆布からの発症もあるとか……」
伊織「メロンパンや、素昆布……」
医者「おや?」
伊織「あ、いえ、気にしないで、どうぞ続けて?」
医者「この病気の恐ろしい所は、症状の進行に気付かない所です」
78: 2013/10/31(木) 00:22:50.95 ID:lzQNPMWxo
医者「本人すら気付かないまま各臓器の機能が衰えて」
医者「自分の意志では手足も動かせなくなり……」
医者「最終的には、奇声を発します」
医者「先程あなたも聞いたでしょう?」
伊織「くぎゅううう……ってやつ?」
医者「はい、それが末期の症状です」
伊織「もう、どうにも出来ないの……?」
医者「その事なんですが────」
79: 2013/10/31(木) 00:24:15.51 ID:lzQNPMWxo
医者「先程、アナタが彼に呼び掛けた時……」
医者「彼の脳波から異常な波形が検知されました」
伊織「アイツが、ああなったのは私の所為……ってこと?」
医者「そうとも言えますが、こうも言い換えれます」
医者「彼はあなたの声に反応したんですよ」
80: 2013/10/31(木) 00:25:23.93 ID:lzQNPMWxo
伊織「私の、声……に……?」
医者「彼には、あなたの声が届いていたんです」
届いて、た……?
私の声が?
あんなにも変わり果てた姿になっても。
私の声だけは聞いていてくれたの?
口を開けば、ワガママばかりの私の声を?
81: 2013/10/31(木) 00:26:38.16 ID:lzQNPMWxo
いつだって、ワガママを押し付けて。
今日だって。
それでも。
私の声だけには反応してくれるなんて。
なんて────。
伊織「────なんて、バカなのかしら」
こんなバカな私の声だけに律儀に反応するなんて。
大馬鹿もいいところよね。
でも、良かった。
産まれてきて初めて、この声で良かったと思えた。
82: 2013/10/31(木) 00:27:37.09 ID:lzQNPMWxo
医者「あなたの声だけに反応する」
医者「ここに、きっと光明があるんじゃないかと」
伊織「解った。私が出来る事ならなんでもするわ」
医者「糸のように細い一縷の希望ですが、可能性はある」
伊織「上等よ! 」
どんな細い糸だって、手繰り寄せてみせる。
その先に、私の思い描く未来があるんだから。
83: 2013/10/31(木) 00:28:16.69 ID:lzQNPMWxo
私が居て。
アイツが居て。
みんなが居る。
これまでと変わらない日常。
これからも続いていく幸せな日常。
絶対、そこに戻ってやるんだから。
その為なら、何だってやってやるわよ────。
85: 2013/10/31(木) 00:33:24.44 ID:WBoNLpAno
半年後。
律子「────伊織、亜美、あずささん。準備は良い? 」
亜美「モチのロンだよ→」
あずさ「あらあら、私のマイクはドコかしら~ ?」
伊織「あずさ、マイクはステージにセットされ てるわよ?」
律子「もう、しっかりして下さいよ、あずささん」
あずさ「すみませ~ん……」
86: 2013/10/31(木) 00:34:04.47 ID:WBoNLpAno
律子「あずささんのフォロー頼むわね、亜美? 」
亜美「まっかせといて~♪」
律子「伊織は、何も考えずに歌う事だけに集中してね?」
伊織「……言われなくても、分かってるわよ」
亜美「もしかして、いおりん緊張してる?」
伊織「ぐっ……き、緊張なんかして無いわよ!」
律子「ほら、茶化さない!」
あずさ「そうよ亜美ちゃん……私達には……」
87: 2013/10/31(木) 00:35:18.94 ID:WBoNLpAno
あずさ「いえ、伊織ちゃんには世界の運命が懸かっているんだから」
律子「伊織の声だけが釘宮病の症状を抑えられる……なんて、ね」
伊織「ふん。アイドルの私にはピッタリじゃない」
亜美「にいちゃんも……間に合えば良かったのにね……」
律子「ちょっと、亜美……」
伊織「………………」
88: 2013/10/31(木) 00:36:35.48 ID:WBoNLpAno
あずさ「さあ、行きましょう。みんなが待ってますから」
伊織「ええ…………今は、アイツの事なんか関係無い!」
伊織「世界中で苦しむ、人に歌を届ける!」
伊織「それが今、私達のする事よ!」
律子「伊織……強くなったわね……本当に……っ…………」
亜美「おやおや~? これが鬼のメガネにも涙ってやつですかな?」
律子「もうっ、だいたいそれを言うなら────」
あずさ「そ~だ! ア・レ、やりませんか?」
89: 2013/10/31(木) 00:37:16.52 ID:WBoNLpAno
亜美「ア・レ? ド・レ?」
伊織「アレ? 別に、やらなくても良いんじゃない?」
律子「やるならやるで、ぱぱっと済ませちゃいなさいよ」
伊織「ちょっと私は、やるなんて言ってな────」
あずさ「さあ、伊織ちゃんも亜美ちゃんも手を出して」
亜美「ほいほいっと」
伊織「………………」
律子「ほら、時間無いわよ?」
90: 2013/10/31(木) 00:38:06.85 ID:WBoNLpAno
伊織「あぁ、もう! 仕方無いわね。じゃあ行くわよ?」
伊織「竜宮小町───っ!!」
「「「「お───っ!!」」」」
亜美「んじゃ亜美、先に行ってくんね!」
あずさ「じゃあ私も。ステージで待ってるわね?」
伊織「あっ、えぇ…………」
伊織「…………」
91: 2013/10/31(木) 00:39:06.24 ID:WBoNLpAno
律子「まさか、怖じ気づいたの?」
伊織「……うっさい」
律子「あら、やだ怖い」
伊織「いきなり、全世界同時中継なんてバカげてると思わない?」
律子「それこそ、今更な話じゃないかしら?」
伊織「ぐっ……」
律子「伊織は今まで頑張ってきたじゃない。自信持ちなさいよ」
92: 2013/10/31(木) 00:40:04.64 ID:WBoNLpAno
伊織「もしかしたら、私の声が病気に効かないかもしれないし……」
律子「臨床試験では、ちゃんと効果が出てたじゃない」
伊織「それは、そうだけど……」
律子「はいはい、ごちゃごちゃ言わず、さっさと歌って来なさい」
伊織「でも…………」
律子「プロデューサーにアンタの想いが届くように歌えば良いの!」
伊織「私の……想い……」
93: 2013/10/31(木) 00:40:52.60 ID:WBoNLpAno
律子「いってらっしゃい」
伊織「いって……きます……」
ヨタヨタと歩き出し
自分の足に躓きそうになる。
春香じゃあるまいし
そう考えると、いくらか緊張がほぐれた。
あとで、春香にありがとうって
言わないといけないわね。
94: 2013/10/31(木) 00:42:37.05 ID:WBoNLpAno
たくさんのスポットライトに照らされたステージ。
大勢の人の歓声を浴び
亜美とあずさが手を振っている。
私がステージの中央まで行くと
一層、歓声が大きくなった。
ねぇ。
アンタもどこかで見てるのかしら。
どこでも良いから
ちゃんと私のこと、見てなさいよね。
ばかっ。
95: 2013/10/31(木) 00:43:38.92 ID:WBoNLpAno
ステージの端に居た亜美が
慌てて、こっちに駆け寄って来た。
何かを伝えたいのか
私の身体を揺すりながら叫び続けてる。
マイクを通さないと
歓声がうるさくて何も聞こえやしないのに。
聞こえない事に気付いたのか
今度は身振り手振りで何かを伝えようとしてる。
様々な方向に手が行き来してるけど
さっぱり分からない。
96: 2013/10/31(木) 00:45:23.91 ID:WBoNLpAno
貴音なら「面妖な」って一言で
済ますんじゃないかしら?
亜美は諦めたのか
客席の一カ所をただ黙って指差した。
目を凝らすと、ぼんやりとしたシルエットが
はっきりと輪郭を帯びてくる。
あら?
退院には間に合わないんじゃなかったの?
97: 2013/10/31(木) 00:46:49.15 ID:WBoNLpAno
ったく、病人は大人しくしとけば良いのに。
もし、この所為で退院が延びたら承知しないんだから。
とりあえず、これだけは言わせて貰うわ。
伊織「アンタ、こんな所で何やってんのよ!」
私の言葉は、たくさんの声援に掻き消されたけど。
アンタだけには、ちゃんと届いたでしょ?
にひひっ♪
end.
98: 2013/10/31(木) 00:48:01.54 ID:WBoNLpAno
以上で、投下終了です。
ここまでお付き合いして頂き、本当にありがとうござ いました。
この物語はフィクションです。
だけど、みんな気をつけてくれ。
実際に釘宮病を発症してる人は、この日本中で 何万人も居るんだ。
俺 達 の 世 界 に 伊 織 は 居 な い
だから、症状を抑えることなんて不可能なんd くぎゅうううううううううううううううううう う!!!!
100: 2013/10/31(木) 00:50:12.05 ID:79+4tkn+0
乙。 いやぁ、良い話だったnくぎゅううううううううううううううう!!!!!!
116: 2013/11/01(金) 22:47:59.94 ID:B1l4K7a3o
【釘宮病患者の日記】を見つけた←NEW!
117: 2013/11/01(金) 22:48:27.61 ID:B1l4K7a3o
○月×日
今日、新しく入ったアイドルと初めて顔を合わせた。
彼女の名前は水瀬伊織。
かの有名な水瀬財閥のお嬢様らしく
洗練された立ち振る舞いに感心させられた。
彼女ならすぐにでもアイドルとしてやっていけそうだ。
今日、新しく入ったアイドルと初めて顔を合わせた。
彼女の名前は水瀬伊織。
かの有名な水瀬財閥のお嬢様らしく
洗練された立ち振る舞いに感心させられた。
彼女ならすぐにでもアイドルとしてやっていけそうだ。
118: 2013/11/01(金) 22:48:57.39 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織のプロデュース活動から一週間。
彼女のワガママが目に付き始めて戸惑いを隠せない。
もしかしたら、彼女は猫を被っていたのだろうか。
とても先行きが不安である。
119: 2013/11/01(金) 22:49:30.19 ID:B1l4K7a3o
○月×日
仕事中、ささいな事から伊織と言い合いになった。
彼女の顔色を伺い、機嫌を取り持つ事に一日を費やす。
なんて非生産的な一日だったのだろうか。
120: 2013/11/01(金) 22:50:11.17 ID:B1l4K7a3o
○月×日
営業先から帰る車の中で、伊織は不満を叫んだ。
少なくとも、俺と二人きりの時は
裏表が無くなったような気がする。
前進してるのか後退してるのか。
これからも、今まで以上に気を使う必要があるようだ。
121: 2013/11/01(金) 22:50:45.08 ID:B1l4K7a3o
○月×日
仕事の帰り道、伊織はポツリと家庭の不満を洩らした。
彼女は一人、家柄の抑圧に抗っていたのかもしれない。
涙を拭ってあげると、恥ずかしそうに顔を背けた彼女は、等身大のあるべき少女の姿そのもので、とても可愛らしかった。
122: 2013/11/01(金) 22:51:17.13 ID:B1l4K7a3o
○月×日
あの一件以来、伊織はコロコロと笑うようになった。
年齢に相応しい笑顔で大変満足であったが、それを言うと途端に頬を膨らませた。
オレンジジュースを献上する事で、なんとか事なきを得る。
123: 2013/11/01(金) 22:51:47.17 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織と出会って、もう三ヶ月。
お互い、順調に仕事をこなし、伊織は他のアイドル達ともようやく打ち解けたようだ。
最近は、やよいと楽しそうに話しているのをよく目にする。
姉妹のようで微笑ましい。
124: 2013/11/01(金) 22:52:18.10 ID:B1l4K7a3o
○月×日
仕事の関係で、あるアニメを観た。
よく分からないがヒロインの少女が活躍する物語のようだ。
それにしても、ヒロインの声が伊織の声に似ていて、何故か心が惹かれた。
125: 2013/11/01(金) 22:52:46.63 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織の声を聞くと何故か落ち着くと同時に心が躍る。
もしかしたら俺は伊織の事が好きなのか?
これは非常に不味い。
伊織はアイドルで俺はプロデューサー。
何より、伊織は未成年。
変態の烙印を押されない為にも、この気持ちは封印しなければ。
126: 2013/11/01(金) 22:53:32.80 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織に不必要な接触を取らないようにしてから一週間。
何故か伊織が不機嫌になる日が増えた気がする。
今日も伊織の機嫌は悪かった。
伊織の声を聞きたかったが、触らぬ伊織に祟り無し。
そうそうと退社した。
127: 2013/11/01(金) 22:54:09.86 ID:B1l4K7a3o
○月×日
今日も伊織は不機嫌だった。
仕事の帰り道、なんとなく立ち寄ったUTAYAで以前に観たアニメを見つけた。
ずっと心に引っかかっていたので、まとめ借りした。
丁度、明日は休日。一気に観ようと思う。
128: 2013/11/01(金) 22:54:44.20 ID:B1l4K7a3o
○月×日
例のアニメを観た。
ストーリーもさる事ながらヒロインの声が伊織に似ていて可愛い。
伊織もメロンパンが好きなのだろうか?
129: 2013/11/01(金) 22:55:27.79 ID:B1l4K7a3o
○月×日
自分から伊織とスキンシップを
取らないようにしたのに何故かイライラする。
やはり伊織の事が好きなのかもしれない。
変態にはなりたく無いので
アニメヒロインの声に伊織を重ねて自分を抑えた。
130: 2013/11/01(金) 22:56:18.76 ID:B1l4K7a3o
○月×日
家に帰ってはアニメを観るのが習慣になった。
今日は魔法使いの女の子がヒロインのアニメを観た。
俗に言うツンデレというやつだろうか。
振る舞い方が伊織に似ていて可愛かった。
131: 2013/11/01(金) 22:57:17.90 ID:B1l4K7a3o
○月×日
日中、仕事が手に付かないので日記を付ける事にする。
ぼーっとしてたら律子に怒られてしまった。
そこを伊織に見られて伊織にも怒られた。
今度、駅前にあるパン屋の
美味しいメロンパンを差し入れしよう。
きっと喜んでくれるに違いない。
132: 2013/11/01(金) 22:57:50.74 ID:B1l4K7a3o
○月×日
無気力感が心と身体を包む。
アニメを観るために徹夜が続いたせいだろうか。
今日は早めに寝よう。
それにしても、この鎧の弟も伊織に声に似ている気がする。
133: 2013/11/01(金) 22:58:22.86 ID:B1l4K7a3o
○月×日
仕事にはやりがいを感じて居るのに身体が重い。
伊織の声が聞きたい。
しかし自制しなければ。
アニメを観た。
落ち着く。
134: 2013/11/01(金) 22:58:51.66 ID:B1l4K7a3o
○月×日
思い切って伊織にメロンパンを好きかと聞いてみた。
何故か怪訝な顔をされた。
どうせなら、怒鳴って欲しかった気もする。
135: 2013/11/01(金) 22:59:26.22 ID:B1l4K7a3o
○月×日
今日も身体は重い。
早くアニメを観よう。
136: 2013/11/01(金) 23:00:03.71 ID:B1l4K7a3o
○月×日
左手が上手く動かない。
次の休み、病院に行ってみようか。
137: 2013/11/01(金) 23:00:46.09 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織と話せないと禁断症状のように右手が震える。
仕方無い。早く帰ってアニメを観よう
138: 2013/11/01(金) 23:01:40.07 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織に罵倒された
嬉しかった
139: 2013/11/01(金) 23:02:34.80 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織の声をずっと聞いていたい
ははは
どうやら俺は、立派に変態になってしまったようだ
140: 2013/11/01(金) 23:03:52.11 ID:B1l4K7a3o
○月×日
伊織とはなしてるとたのしい
141: 2013/11/01(金) 23:04:50.37 ID:B1l4K7a3o
○月×日
いおりのこえききたい
142: 2013/11/01(金) 23:05:21.38 ID:B1l4K7a3o
○月
あれきょうはなんにちだっけ
143: 2013/11/01(金) 23:06:15.89 ID:B1l4K7a3o
いおりあいたい
はやくあさになれ
144: 2013/11/01(金) 23:06:53.71 ID:B1l4K7a3o
あさになったはやくしごといこ
145: 2013/11/01(金) 23:07:30.28 ID:B1l4K7a3o
○月×日
久し振りに日記を付ける。
どうやら俺は釘宮病という不治の病に罹ってしまったらしい。
その所為で、通勤途中に道端で倒れ意識不明のまま入院。
リハビリのおかげで字も書けるようになったが
ここまで症状が改善したのは伊織のおかげだ。
意識が戻ったのは倒れた日から一週間後。
最初に見たのは涙を流しながら顔を覗き込む伊織だった。
何度も罵倒されたけど不思議とそれが
心地良かったのを今も覚えてる。
それは病気の所為じゃなくて
俺の手に零れた伊織の涙が温かかったからだと思う。
今までの経過を医者から説明されたが
俺の症状は伊織の声を聞く事で抑えられるらしい。
俺のために伊織が頑張ってくれている。
だから、俺も頑張ろう。
久し振りに字を書いて疲れた。今日はこの辺りにしておこう。
146: 2013/11/01(金) 23:10:24.45 ID:Z3HeB2Bno
○月×日
ついに釘宮病のワクチンが完成したらしい。
内容を聞いて驚いた。
伊織の歌声で治るらしいのだが、疑いの余地は無い。
俺の病状も良くなっているのだから。
面会に来た伊織にありがとうと言ったら
別にアンタの為だけじゃないわと返された。
でもそのあと、早く元気にならないと
許さないんだからと照れながら
聞こえない程の声で呟いた伊織がとても懐かしく感じた。
実は、もう少しで退院出来るらしい。
伊織には内緒で外出許可を取った。
きっと、びっくりするだろう。
それを楽しみにリハビリに励む。
147: 2013/11/01(金) 23:12:23.45 ID:Z3HeB2Bno
○月×日
釘宮病完治プログラムとして結成された
伊織を有する竜宮小町のライブが明日に迫る。
伊織だけで良いんじゃないのかと疑問に思ったが
俺以外の患者には効果がいまいちなのだそうだ。
研究の結果、効果を増幅するためには
他者の歌声も必要と言うことで竜宮小町が結成された。
入院中の俺にはプロデュース出来無いので
プロデューサーに立候補してくれた律子には感謝してもしきれない。
148: 2013/11/01(金) 23:13:02.45 ID:Z3HeB2Bno
○月×日
竜宮小町のライブは結果を先に書けば
大成功で幕を閉じた。
釘宮病発症者の未来は明るい。
それにしても、いきなり全世界同時中継とは
プロデューサーとしての律子の手腕に恐れ入る。
ライブが始まる前、俺に気付いた伊織が
アンタ、こんな所で何やってんのよ、と叫んだ。
きっと、俺にしか聞こえ無かっただろう。
俺にとって、伊織の声は特別なのだから。
その特別は今、疲れ果てたのか
事務所に帰ってくるなり、俺の横でスヤスヤと寝息を立て
竜宮小町のライブは結果を先に書けば
大成功で幕を閉じた。
釘宮病発症者の未来は明るい。
それにしても、いきなり全世界同時中継とは
プロデューサーとしての律子の手腕に恐れ入る。
ライブが始まる前、俺に気付いた伊織が
アンタ、こんな所で何やってんのよ、と叫んだ。
きっと、俺にしか聞こえ無かっただろう。
俺にとって、伊織の声は特別なのだから。
その特別は今、疲れ果てたのか
事務所に帰ってくるなり、俺の横でスヤスヤと寝息を立て
149: 2013/11/01(金) 23:14:03.65 ID:Z3HeB2Bno
伊織「う……ん……」
P「あ、すまん。眩しかったか?」
伊織「ん……何してるの?」
P「ああ、日記を付けていたんだ」
伊織「あら、アンタにしては殊勝なことね」
P「あはは。なんとなく続けてるだけだよ」
伊織「ふーん……それより……」
P「うん?」
伊織「今日、どうだった?」
150: 2013/11/01(金) 23:14:45.07 ID:Z3HeB2Bno
P「最高のライブだったよ」
伊織「そっ、そうじゃなくて……っ!」
伊織「ちゃんと、私の想い……届いてた?」
P「うん。温かかった。聴いてるだけで幸せになれる歌だった」
伊織「そ、そう……? それなら良かった……」
P「伊織の声を、ずっと聞いていたい。これからもずっと」
伊織「そっ、それってプロポ─────」
151: 2013/11/01(金) 23:15:32.11 ID:Z3HeB2Bno
P「ずっとプロデュース出来たら良いのにって思うよ」
伊織「…………何よソレ。アイドルとしてって事かしら?」
P「俺はプロデューサーで伊織はアイドルだからな」
伊織「呆れた。この伊織ちゃんが、こんなに尽くし────」
P「だから、これからも俺の側で歌ってくれないか?」
伊織「────っ! あっ、当たり前でしょ!」
伊織「わっ、私のプロデューサーはアンタしか居ないんだから!」
伊織「ちゃんと私のこと見てなさいよねっ!」
P「うん。伊織が大人になるまで、ずっと見てるよ」
152: 2013/11/01(金) 23:16:30.58 ID:Z3HeB2Bno
伊織「……? あっ、それって……!」
P「ほら、明日も仕事だから早く家に帰らないと、な?」
伊織「もうっ……アンタ、意地悪になったんじゃない?」
P「昔から言うだろ? イジワルするのは好きな証拠って」
伊織「ふふっ。じゃあ、ワガママを聞くのも?」
P「好きな証拠」
伊織「じゃあ、帰る前に……きっ、ききききっ─────」
P「ワガママを叶えるのが仕事だから仕方無いな」
153: 2013/11/01(金) 23:17:30.65 ID:Z3HeB2Bno
伊織「────っ、ん…………ぷはっ。ずっと……側に居てね?」
P「当たり前じゃないか、俺は病に罹ってるんだぞ」
伊織「何言ってんの? もう釘宮病は治ったのに」
P「恋の病ってやつかな」
伊織「なかなか洒落てるじゃない、にひひっ♪」
伊織「それなら、私も病に罹っちゃったみたいね」
伊織「アンタと居たら、胸がドキドキするもの」
P「それは、大変だ」
154: 2013/11/01(金) 23:19:25.30 ID:Z3HeB2Bno
伊織「でも、離れたらもっと苦しくなりそうなの……」
伊織「だから私から絶対に離れちゃイヤよ?」
P「分かってるよ」
伊織「まぁ離れても、すぐに私が見つけてあげる」
伊織「そして、アンタに指を突きつけてこう言うの────」
伊織「アンタ、こんな所で何やってんのよ!」
伊織「────ってね♪」
155: 2013/11/01(金) 23:22:14.73 ID:V4a3DPdto
【釘宮病患者の日記】の最後のページ←NEW!
156: 2013/11/01(金) 23:24:48.85 ID:V4a3DPdto
事務所に帰ってくるなり、俺の横でスヤスヤと寝息を立てている少女。
彼女と出会えて良かった。
これからも続いていく物語だから
こう締めよう。
HAPPY END.
157: 2013/11/01(金) 23:28:46.14 ID:epp/C1MXo
くぎゅう~w疲れました。
以上で終了です。
今までありがとうございました。
また、どこかのSSで会えたら、その時は生暖かく見守って下さい。
それでは最後に短く、くぎゅう。
以上で終了です。
今までありがとうございました。
また、どこかのSSで会えたら、その時は生暖かく見守って下さい。
それでは最後に短く、くぎゅう。
159: 2013/11/01(金) 23:33:06.38 ID:e5izsGJvO
乙
良かった砂糖吐きそう
良かった砂糖吐きそう
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