1: 2010/01/19(火) 05:17:50.63 ID:KmqRKDbT0
男「あー」
黒髪娘「きょろきょろするな」

男「うん」
黒髪娘「やれやれ。茶はどうだ?」

男「いただき、ます。はい」
黒髪娘「しばしまて」

ことん

男「……熱ッ」
黒髪娘「猫舌なのか。ふふふっ」

男「悪いですかよ」

黒髪娘「いいや。似ているな、と」

2: 2010/01/19(火) 05:21:12.88 ID:KmqRKDbT0
さらさらさらさら……

男「……」

黒髪娘「ずいぶん落ち着いているのだな」

男「いや、結構一杯一杯」
黒髪娘「そうか」

男「質問は可?」

黒髪娘「もちろん」

男「ここはどこで、あなたは誰?」

黒髪娘「ここは温明殿(うんめいでん)と梨壺の間の
 あたりにある小さな東屋の一つだ。
 おおむねわたしの住処と云って良いだろうな。
 と、云っても質問の答えには不十分か。
 おそらく、質問の正答は、こうだ。
 ――ここは平安時代とよばれている」

男「……マジすか」

4: 2010/01/19(火) 05:23:24.49 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「私は尚侍(ないしのかみ)だ。
 内侍司(ないしのつかさ)を掌握する役目を
 承っている。従三位となるな」

男「……なにそれ?」

黒髪娘「判らなければ、そのままでよいと思う。
 まぁ、政どころの女性の役人だ」

男(官僚なのか……)

黒髪娘「そちらの方は……」
男「あー。男です。多分、助けてくれたんでしょ?
 ありがとうね。これも」

黒髪娘「ああ、その塗り薬は……。うむ。
 傷によく効く生薬なのだ」

男「もう平気。かすり傷だし」

黒髪娘「ずいぶんと、落ち着いているのだな」
男「まぁねー」

5: 2010/01/19(火) 05:25:46.85 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「聞いて良ければ、なぜ?」

男「あー。ないしのかみ……さん? が」
黒髪娘「黒髪でよい」

男「ああ、んじゃ。黒髪が、さっき『似ている』って。
 云ったじゃね? だから、もうちょっと詳しい事情も
 知っているんだろうな、と。
 その説明を聞くまでは仕方ないじゃん?」

黒髪娘「察しも良いのだな。敬服する」
男「そんなことは、ないけど」

黒髪娘「わたしは、その。……その方の」
男「俺も同じだ。男でいいよ」

黒髪娘「感謝する。男殿の、祖父君とは知己であってな」
男「爺ちゃん?」

黒髪娘「うむ、茶飲み友達というか。生徒というか」
男「……あ。ああっ!」

6: 2010/01/19(火) 05:29:08.82 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「?」

男(あな。そうだ。俺、爺ちゃんの家、掃除してた
 納戸の奥の長びつのうち側が真っ黒で、
 俺はその中に“落ち”て……)

黒髪娘「……我が東屋に唐突に現われたので、
 祖父君との知り合いか親族だと考えていたのだ。
 幸い祖父君から男殿の容姿は聞き及んでいた」

男「そっか……」

黒髪娘「祖父君は何度もこの東屋を訪れてくれた。
 わたしに色々と教えてくれたのだ」

男「爺ちゃんは、小学校の先生だったんだよ。
 引退した後もちゃんと先生だったんだな……」

黒髪娘「尊敬申し上げている」

男「……」
黒髪娘「祖父君は……」

男「うん」

7: 2010/01/19(火) 05:37:49.46 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「やはり……身罷られたのか」
男「……うん。癌」

黒髪娘「病か」
男「うん」

黒髪娘「何とはなしにそんな気がしていた。
 痩せていったし、疲れやすくなっていた。
 返せそうもないほどの恩を受けている。
 最期の様子を聞いても良いだろうか?

男「病院で、家族に囲まれて。最期まで冗談言ってたよ。
 俺には優しくてさ。おれ、ほら。
 名前の一文字は、爺ちゃんからもらったから。
 二束三文だろうけれど、爺ちゃんの家も俺がもらった。
 山の麓だし、古い平屋だけど。庭が綺麗だからって。
 その二話で、小さい頃は良く爺ちゃんに遊んでもらった」

黒髪娘「祖父君は磊落な方だった」

男「うん。あんなシモネタばっかり
 小学校で云ってたのかよってな」

黒髪娘「ははははっ」 くすっ

8: 2010/01/19(火) 05:51:13.56 ID:KmqRKDbT0
男「納戸の掃除をしていて、あの長びつに……」

黒髪娘「判っている。それと対になるのが、
 あちらの奥部屋に置いてある長びつなのだ。
 唐渡りのものらしいが」

男「そっか。帰れるんだな」
黒髪娘「もちろんだ」

男「よかったぜー。ほっとしたよ。
 大学だってバイトだってあるって云うのにさぁ」

黒髪娘「ふふふっ」

 すっ

男「うわぅ」
黒髪娘「何を頓狂な声を」きょとん

男「急に触ろうとするから」
黒髪娘「なんだ。別に私は怪物じゃないぞ」

男(つか、近くで見るとすげぇ美人じゃんかよ。
 人形みたいっていうか、すげぇ美少女って云うか。
 いきなりひんやりした指で触わるな。慌てるだろがっ)

男「び、びっくりしただけ」

黒髪娘「ふむ。――まぁ、礼を逸していたか。すまぬ」

11: 2010/01/19(火) 05:57:50.33 ID:KmqRKDbT0
男「いや、そのっ」
黒髪娘「?」

男「ご、豪華で綺麗だからっ。びっくりした」
黒髪娘「? ああ。これか」

さらり

男「つか、すごい格好なんですけれど」
黒髪娘「萌葱の襲だ。普段着だな」

男「ハイスペック過ぎでしょ。
 それ、和服……なの? めちゃくちゃ刺繍はいって
 あれ、刺繍じゃないの?」

黒髪娘「こういう浮織なのだ」

男「すげぇなぁ」

黒髪娘「まぁ。尚侍ともなればな。これくらいは」

男「それに、その髪、すごいな!
 真っ黒で、サラサラで、ろうそくの光できらきらで。
 滝みたいに豪華だよなぁ!」

12: 2010/01/19(火) 06:08:51.57 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「それはっ……。褒めて頂いたのか? そうなのか?」
男「そうだけど?」

黒髪娘「そうか。ありがとう。――そうか」

男「なんか悪い事言った?」

黒髪娘「いや、嬉しかっただけだ。
 そう言ってくれる人は、多くはないから」

男「そうなのか? ものすごく豪華なのに」

黒髪娘「ふふふっ。わたしは変わり者で……。
 ああ、そうだな。ヒキコモリなのだ」
男「引きこもり?」

黒髪娘「そうだ。祖父君に聞いたのだが。
 家に籠もって読書三昧の日々を過ごす
 放蕩者を言うらしいではないか」

男「えー、っと。まぁ……間違ってはいないか」
黒髪娘「それゆえ、女房以外、余り人と会うこともなくてな」

男「そか(……美人なのに、もったいない話だなぁ)」

黒髪娘「しかし、夜も更けた」
男「あぁ、そうかも」

13: 2010/01/19(火) 06:15:12.36 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿のお陰で、祖父君の最期を聞くことも出来た」
男「ん? そだな」

黒髪娘「感謝に堪えない」 ふかぶか
男「そんなに頭下げることないじゃん。
 正座とか、土下座っぽくて怖いよっ」

黒髪娘「いや、気にかかっていたのだ。
 お見舞いに行くことも出来ないゆえ。
 物忌みはしていたのだが……」

男「いいっていいって。爺ちゃんの生徒さんじゃん」

黒髪娘「……あの長びつに入れば戻れる。
 酒でも飲んで忘れてしまうと良い」
男「?」

黒髪娘「こんな気持ち悪い話は、
 一夜の夢として忘れてしまった方が良い。
 手間を取らせて本当に申し訳なかった」

男「へ?」

黒髪娘「時を超えて漂流するなど、出来の悪い戯作の
 ような物語だろう? 祖父君は哀れみ深くわたしの
 我が儘に付き合ってくださったが、普通に考えて
 気持ちの悪い話だ」

14: 2010/01/19(火) 06:26:52.20 ID:KmqRKDbT0
男「それは……そなのかな」
黒髪娘「男殿には、大きな感謝を」

男「あのさ」
黒髪娘「なんだろう?」

男「黒髪は、いくつ?」
黒髪娘「歳か? 15になった」

男「中学生じゃんよっ!」
黒髪娘「はぅわっ」びくっ

男「なんでそんなに落ち着いちゃっているわけ?」
黒髪娘「びっくりするではないか。
 ――ごく普通かと思うが」

男「……」

黒髪娘「何か、まずかったのだろうか?」
男「……なんでもないけど」

15: 2010/01/19(火) 06:29:24.90 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「礼節を失うのは人として恥ずべきだ」
男「そりゃそうだけど」

黒髪娘「恩人の孫でもあり、また恩人の消息を伝えてくれた
 この上なき恩人でもある。その男殿の平安を祈念したいのだ」
男「それはもう判ったけどよ」

黒髪娘「そうか」 ほっ
男「なんで、爺さんが何度も来たのかも判る気がするな」

黒髪娘「?」

男「俺も、また来るから」
黒髪娘「……良いのか? 気持ち悪くないのか?」

男「爺さんが出来たんだし、俺に出来ないわけがねぇ。
 それに、爺さんが『あの家を頼む』って云った意味が
 これじゃないかって云う気もする」

黒髪娘「よく判らないが」

男「また来っから」
黒髪娘「あの、それはっ」

男「また来っからな!」

ざくっ、ばたんっ

17: 2010/01/19(火) 07:32:19.26 ID:KmqRKDbT0
――祖父の平屋。納戸

どてっ。ごろっ

男「……って、ってって。脚! 小指! ぶっけたっ!!」

男「くはぁ痛ってぇ……。って」

男「どうやら」

男(戻れたか。……してみると、最初のは、
 頭から落ちたせいで気絶したのか。
 普通に足から入れば、ちょっと飛び降りるような
 感覚なのかね……)

男「ま、いっか。安全に往復できるって判れば」

……良いのか? 気持ち悪くないのか?

男「なんか、物わかりの云い中学生とか気持ちわりぃっつの」

男「ったく。ヒッキーなめんな」

18: 2010/01/19(火) 07:43:19.06 ID:KmqRKDbT0
――数日後、典侍の東屋

ぼて。がたっ

男「おーい! 黒髪~」

からから

黒髪娘「男殿ではないか。本当に来てくれたんだなっ」
男「ちゃんとそう言ったじゃねぇか」

黒髪娘「いや、あれは。その……。
 社交辞令というか、虚ろ言かと」
男「なんでそう思うかなぁ」

黒髪娘「それは、女房達がそういう風に」
男「女房ってなに?」

黒髪娘「ああ。それは、ん……。侍女? 召使い?
 そのような存在だ。生活を補佐してくれる」

男「ああ。うん(そか、こいつかなり偉いんだもんな)」

黒髪娘「男性の去り際の言葉は信じるものではない、と」
男「なんだかなぁ。すげぇ耳年増な」

黒髪娘「そ、そうか? すまない」 しゅん

19: 2010/01/19(火) 07:49:52.05 ID:KmqRKDbT0
男「まぁ、いいや。黒髪はヒッキーなんだろう?」
黒髪娘「うむ、ヒキコモリだぞ」

男「まぁ、そんなわけで色々もってきたわけだ」
黒髪娘「?」

男「まずはー。びゃーん。シュークリームっ!」
黒髪娘「お、おおっ!!」

男「お、すげぇ反応」
黒髪娘「それは知っている!!」

男「なんと!」
黒髪娘「祖父君に頂いたことがあるっ」

男(熱い視線だ。ふふんっ。やはりな。作戦成功だ)

黒髪娘「頂けるのか」
男「うむ」

黒髪娘「感謝する」 ふかぶか、ぺとり
男「だからいきなり土下座はやめれっ」

20: 2010/01/19(火) 07:55:43.68 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「そう言うことならば、一席設けよう」
男「一席って?」

黒髪娘「飲むものくらい欲しいのではないか?」
男「ああ、うん」

黒髪娘「茶を入れる」
男「ああ。そう言えば前ももらったっけ。茶、あるんだ」

黒髪娘「うむ、飲むのは貴族だけだが。
 祖父君も好きだったゆえこの庵でも沸かすことが出来る」
男「そかそか」

黒髪娘「ぬるめがよいのであろう?」 にこっ
男「あ。……うん」
黒髪娘「?」

男(不意打ちで笑われるとびっくりするな。
 やべぇやべぇ。こっちも引きこもり同然だと見破られちまう)

黒髪娘「しばし待っていてくれ」
男「おーけー。この部屋にいればいいのか?」

黒髪娘「うむ、準備をしてくる」

21: 2010/01/19(火) 08:00:26.75 ID:KmqRKDbT0
男「ふぅむ。なんか、すかすかした部屋の作りだなぁ」

男(これは……箱? ああ、本か。和綴じの)

ぺらぺら

男「うへぇ。古典だ。あいつ古文読めるのか?
 ってあたりまえか。これがあいつらの現代語か。
 ……これは植物か、薬草かな?
 こっちのは、なんだろう。
 オカルトか? こっちは漢文か
 毎日本を読んでいるとか云ったもんな。
 結構あるなぁ」

ぺらぺら

男「ってか、多いな。おいおい。こっちのは天文に見えるな」

男「……よく分かんないけど、平安の中学生って
 こんなに勉強するのか? どんだけやってんだ?」

からん

男「お」
黒髪娘「待たせたな」
男「いやいや」

22: 2010/01/19(火) 08:02:53.39 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「冷ましてある」
男「ありがとう。ほら、これ、シュークリームだろ」

黒髪娘「わぁ」

男「で。これが堅焼ポテチ。
 こっちは俺の好きなサラダせんべい。
 で、カントリーマァムと、
 抹茶ポッキーと、羊羹と……」

黒髪娘「なんだ、それらは」
男「おやつだよ」

黒髪娘「菓子……なのか?」
男「そうだね」

黒髪娘「こんなにか?」
男「うん、何が気に入るか判らなかったしさ」

黒髪娘「……」そわそわ
男「もしかして、結構気になっている?」

黒髪娘「そんなに不作法ではない」

23: 2010/01/19(火) 08:18:51.97 ID:KmqRKDbT0
男「これ、ちょと開けてみ?」
黒髪娘「?」

男「これは包装って云って、まぁ、包む紙みたいなもの」
黒髪娘「うむ」

男「ここを引っ張って」

ぺりぺり

黒髪娘「良い香りが」
男「で、あとはこの内側の小さな包装も」 ペリペリ

黒髪娘「! このように愛らしい菓子が出てきたぞ」

男「食べて」
黒髪娘「頂く……」ちらっ
男「いいよ、どうぞどうぞ」

黒髪娘「甘いっ! これは美味しい」 にこっ
男「そうかそうか」

24: 2010/01/19(火) 08:25:47.47 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「こちらも美味しいな」
男「うん。……爺ちゃんはあんまりもってこなかったの?」

黒髪娘「うむ。あ、いや。理屈は判っているのだ。
 このような物は、本来手に入るはずもないわけで。
 もし何らかの手違いでこの時代に残しては
 大問題になってしまう、と」

男(ああ、そうか。……プラスチックやビニールが
 遺跡から出土したら大変だもんな)

黒髪娘「そう考えれば、これらも……」

男「ああ、いいよ。そんなにしょんぼりしないで。
 要するにばれなきゃ良いんだろう?
 俺は爺ちゃんとはちょっと考えも違うしさ。
 食い終わったら、残った包装紙とかは
 全部きれいにこのコンビニ袋に入れてさ。
 俺が持って帰れば、問題なしって訳だ」

黒髪娘「そうしてもらえるか?」

男「ああ。もちろんだ」

黒髪娘「しかし、このように高価な土産を頂いても
 わたしには返せる物が余りにもないのだが……」

25: 2010/01/19(火) 08:30:16.08 ID:KmqRKDbT0
男「いやいや。構わないよ。
 こっちって俺から見たら知らない国だからさ。
 来てみると、どきどきして楽しいし」

黒髪娘「はははっ。祖父君も、あれは何か、これは何かと
 いくつもいくつも問いを重ねてきたなぁ」

男「俺も聞いちゃうと思うけれど、ごめんな」

黒髪娘「かまわない。……その、男殿は、先生?
 ……それとも卜筮官や陰陽師なのか?」

男「へ?」

黒髪娘「いや、だから。祖父君は、子弟に学問全般を
 指南する事を生業にしていたと聞く。
 で、あるから、家系的に男殿もそうなのかと」

男「いや、俺は違うよ。まだ学生だよ。
 教育いこうかどうかは、悩んでるなー」

黒髪娘「学生とは? 祖父君の言う生徒とは違うのか?」

男「あー。似たようなもの。ちょっと年が上になって
 専門的なことを学んだり研究したり……」

黒髪娘「ふむ」

26: 2010/01/19(火) 08:42:07.22 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「よければ……」
男「?」

黒髪娘「わたしに祖父君に続いて、
 学問の手ほどきをしてくれないか?」

男「えーっ。俺はそこまでの学識はねぇよ」
黒髪娘「そうなのか? 先ほどから話していても
 知恵深く、賢者を感じるのだが」

男(そりゃ時代による格差だよ)

黒髪娘「……」

男「そんなにしょんぼりしないでくれ」
黒髪娘「していない」

男(表情に出ないけど、なんか判っちまうんだよな)

黒髪娘「していないのだぞ?」

男「何を勉強しているんだ?」
黒髪娘「それは、色々と」

男「ふむ。どんな?」

28: 2010/01/19(火) 08:54:03.76 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「大きく、文章、明経、明法、算だな。
 他にも本草、天文、暦法なども調べている」
男「ちょっと聞きたいな」

黒髪娘「まず、文章(もんじょう)は、唐の歴史と漢文だ。
 唐は我が国から見ても隣国だし文化も花開いている。
 我が国は唐を手本にして居るから、それを知るのは重要だ」
男(歴史と漢文って事ね。この場合漢文ってのは
 大学の一般教養で英語やるくらい必須って訳だ)

黒髪娘「明経は儒学を教える。この世の理と礼節についてだな。
 明法は律令についてだ。法……律というのか? あれだ。
 この辺は実学なので、位をえるためにはどうしたって必要だ。
 算は算術だ。えっと、祖父君によれば、算数? だそうだ」

男「ああ、うん。だいたいは判った。
 えっと、学ぶとどうなるんだ?」
黒髪娘「学ぶと?」
男「ほら。位がどうとか」

黒髪娘「ああ。大学寮というのがあって」
男「大学あるのか!?」

黒髪娘「もちろんあるぞ? 大学寮は式部省の一部なんだ。
 ここは将来の有力な文官や武官を育てるところで、
 陰陽寮とともに、この国の学問の頂点だ。
 例えば明経道を教える大学博士ともなると正六位下
 という非常に高い位階をえることが出来る」

男「そうなのかぁ。結構きっちりとした機構なんだな」

31: 2010/01/19(火) 08:57:46.78 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「殿上人にとって学識は、とても重要なんだ」
男「あれ?」
黒髪娘「?」

男「でもさ。黒髪ってさ」
黒髪娘「うむ」

男「なんだっけ、その。典侍(ないしのすけ)だっけ?」
黒髪娘「そうだ、従四位となる」

男「数字が小さい方が偉いんだろう?」
黒髪娘「そうだな」

男「じゃ、もうすでに偉いんじゃないか」
黒髪娘「……そうかもしれない」

男「じゃぁ、勉強する必要なくないか?」

黒髪娘「ああ。……うん。そうかもしれない。
 でも……わたしは女だからな。
 そもそも、この従四位も
 学識で手に入れたものでもなければ、
 自分で手に入れたものでもないのだ」

男「?」

32: 2010/01/19(火) 09:01:08.85 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「いや、よそ事をいった」
男「う、うん」

ことことこと

黒髪娘「もう一杯いかがだろうか?」
男「お、もらう」

黒髪娘「煎れよう」
男「えっとさ」

黒髪娘「ん?」
男「次は、サラダせんべい行っておくか?」

黒髪娘「開けさせてくれるのか?」 にこっ
男「ああ、いいぞっ」

黒髪娘「嬉しいぞ。かたじけない、男殿」

男(なんだか、中学生なのになぁ……。
 年相応なんだか、大人びちゃってるんだかわからねぇ)

黒髪娘「~♪」

男(あんな表情も出来るのになぁ……)

34: 2010/01/19(火) 09:27:24.57 ID:KmqRKDbT0
――男の実家

姉「あら、あんたどこ行ってたの?」
男「あ? 爺ちゃんの家」

姉「ああ。あそこ、どう?」

男「んー。荒れ果ててないよ。何日か掃除したけどさ。
 わりと良いな、あそこ。
 俺バイクあるし、あそこ済もうかな」

姉「そうねぇ。人がいないと荒れ果てるって云うしねぇ」

男「なんか、結構愛着あるかも。俺」
姉「あんた子供の時はあそこの庭で
 相当やんちゃだったからね」

男「そう?」
姉「まったくよぉ。心配で心配で母さん育児放棄よ」
男「心配してねぇじゃん」

姉「まぁ、お爺ちゃんも、すぐ取り壊したり
 売られちゃったりしたら寂しいだろうしねぇ」

男「そうだなー」

35: 2010/01/19(火) 09:34:00.23 ID:KmqRKDbT0
姉「夜は?」
男「もちろん食うよ」

姉「父さんも母さんも遅いみたいだか、先食べちゃおっか」
男「うん。何食うの?」

姉「メンチと煮物」
男「む。良いね。庶民って物がわかってるね」

姉「あったり前よ。わたしクラスになるとね。
 足の爪先から黄金の庶民オーラが出て
 髪の毛金色で逆立つわけ」

男「すげぇな」

姉「サイバイマンくらいなら鼻歌交じりで倒せるのよ。
 んっ。ほら、運んで」

男「へいへーい」

姉「あんたちゃんとやってんの?」
男「やってる」 こくこく

姉「ならいいけど」
男「さすがに、中学生に後ろから煽られると
 勉強する気に多少なるわ」

36: 2010/01/19(火) 10:06:20.67 ID:KmqRKDbT0
――黒髪の四阿

がつんっ。すたっ

男 きょろきょろ

しーん

男「おーい、黒髪? いるかー?」

男「いないのかな。おーい?」

ぱたぱたぱたっ

友女房「お、男様っ」
男「!?」

友女房「男様でございますね。ほ、本日はっ。
 はぁ、はぁっ」

男「いや、一つ落ち着いて」

友女房「は、はいっ」
男(なんか面白い女の人だな)

37: 2010/01/19(火) 10:09:14.87 ID:KmqRKDbT0
友女房「済みません。取り乱しました。
 ……黒髪の姫はご実家の方に向かっておられまして。
 本日のところは、この友っ。
 黒髪姫の腹心の女房、友女房がお相手いたします」

男「はぁ」

友女房「お疑いですか? 男様の件は姫より聞いています。
 祖父君とも面識がありますし、そのぅ……」

男「あの、爺ちゃんさ。もしかして失礼なコトしなかった?」

友女房「……」
男「その、えーっと。ね?」

友女房「そ、それは……その。
 めいどおっOいとか云いまして」 ごにょごにょ
男「良し、合格。面識があるのは判った」

友女房「ほっといたしました」
男「苦労してるんだね」 ほろり

友女房「そう言ってくださると幸いです」
男「そっか、黒髪、居ないのか」

友女房「ええ。申し訳ありません」

38: 2010/01/19(火) 10:33:04.50 ID:KmqRKDbT0
男「まぁ、それはしかたないよ。
 ケイタイで様子聞いてから来るわけにも行かないし」

友女房「ケイタイ?」
男「いや、こっちの話」

友女房「姫より、もし男様が来られるようならば
 お相手をしてくつろいでいただけと
 仰せつかっております」

男「そっか、どうしようかな」

友女房「?」
男「……。ん、いいや、 んじゃしばらく
 お邪魔させてもらう。ってか、俺ここにしばらく居て良いの?」

友女房「ええ、ここは姫の引きこもりの砦ですから。
 滅多に客人も来ません。少なくとも奥までは。
 安心してくださって大丈夫ですよ」

男「ありがとう。ああ、女房さん、だっけ?」

友女房「友女とお呼びください」
男「友女さん。女房さんって結構人数居るんでしょ?」

友女房「この四阿には数人ですね」
男「じゃ、このお菓子、みんなで分けて食べてよ」

39: 2010/01/19(火) 10:35:13.99 ID:KmqRKDbT0
――四阿の一室

友女房「お茶を……あら、書ですか?」
男「ああ、うん。俺も勉強しようと思って」

友女房「そちらの書ですか? ずいぶん厚いですね」
男「面倒なんだわ、それ」

友女房「どうぞ」 ことり
男「ありがとう」

友女房「……」
男「……」

カリカリカリ

友女房「えーっと、その。男様」
男「ん?」

友女房「宜しければ、お召し替えをなさいませんか?」
男「なんで?」

友女房「実は前回いらっしゃった時も思ったのですが
 男様は見た目はわたし達とたいして変わりませんから
 狩衣でも着て頂ければ、もし誰かに見かけられた場合も」

男「ああ。あんまり不審に思われないで済む、と」

40: 2010/01/19(火) 10:44:13.17 ID:KmqRKDbT0
友女房「ええ、そうです」
男「いいですけど。そういう服ってあるんですか?」

友女房「ございますよ。僭越ながら用意させて頂きました」
男「申し訳ないです。じゃ、着ちゃった方がいいかな」

――着替え中

  友女房「いえ、それは後ろ前が逆です」
  男「え? え?」

  友女房「紐を先に締めてから」
  男「こうです?」

  友女房「あら。意外に……」
  男「うわぁぁん。見るなぁ!!」

友女房「ご立派ですよ? 男様」
男「生温かい励ましは要りません。
 でも結構温かいですね。見た目よりは」

友女房「外歩き用の衣装ですからね」
男「はぁ」

友女房「太刀でも佩けばご立派な公達でございますよ」

41: 2010/01/19(火) 10:52:44.06 ID:KmqRKDbT0
そよそよそそよ

友女房「良い風でございますねぇ」
男「静かだなぁ。こんなに静かなの?」

友女房「もう夕暮れでございますから」
男「?」

友女房「内裏に出仕……勤めにいらっしゃる方は、
 夜明け前にはいらっしゃいます。
 昼には勤務を終えて帰られるのが普通ですよ」

男「そうなの?」

友女房「ええ、灯りがありませんから。
 祖父君も驚いていらっしゃいましたが」

男「そっか」

そよそよそそよ

友女房「ささでもお持ちしましょうか?」
男「ささ?」

友女房「お酒ですよ」
男「え。あ。いや……。きゅるる」

友女房「むしろお食事ですね」くすっ
男「面目ない」

42: 2010/01/19(火) 11:01:26.00 ID:KmqRKDbT0
――四阿の一室

友女房「たいしたお持てなしも出来ませんが」
男「いえいえ。温かい匂いします。ご馳走の雰囲気!」

ことん、かちん

友女房「こちらは瓜の漬け、ササゲ豆の煮物、
 赤魚の醤付けの干物です。あとは豆飯と
 酒(ささ)を――」

男「あ、どうも」

とぷとぷとぷ

友女房「どうぞ」
男「頂きます」

友女房「……」にこっ
男「友さんは飲みませんか?」

友女房「わたしは女房ですからね」
男「……んー。頂きます」

友女房「召上がれ」
男「あ。美味いです! 魚すげー美味いっ!」

友女房「それは良かった」
男「いや、ほんと……ん。美味いです」

43: 2010/01/19(火) 11:04:26.91 ID:KmqRKDbT0
友女房「……男様は、姫様を普通に扱ってくださいますね」
男「へ? 普通って?」

友女房「いえ」
男「んー。俺は爺ちゃんと違って学が足りてないんで、
 まだ色々と判って無いんですよね。多分」

友女房「ええ、まぁ……」
男「?」

友女房「我が姫にこんなことを言うのも何ですが、
 姫は皆からは……
 妖憑きのキチOイ姫だと云われておりまして」

男「なんでまた?」

友女房「まぁ、もう14ですし?」
男「――?」

友女房「14ですし」
男「よく判らないです」

友女房「14でまだ嫁いでも居ないわけでして。
 もう時間の問題で15です。完全な嫁き遅れです。
 それなのに宴にも出ず引きこもりで、お恥ずかしい」

男「!?」

44: 2010/01/19(火) 11:11:37.99 ID:KmqRKDbT0
友女房「なんですか、うちの姫は」
男(目が座ってる……)

友女房「幼い頃はそれはそれは清らかな心優しく
 学問に優れた、それはそれは聡明な姫だったのですが」

男(いまでも勉強好きなのじゃないか?)

友女房「そのうち勉学にどっぷりつかってしまい
 時間さえあれば、やれ漢詩がどうのこうの、
 天文が巡ってどうのこうのと」

男(あー)

友女房「私どもがお世話をしない限り
 碌に髪もとかさぬような出不精のダメ人間に」

男(あー)

友女房「届かれる恋文にも、漢詩で返事を……
 しかも痛烈なのを送りつける始末。
 和歌ならばともかく、あんなに堅い漢詩で
 議論をふっかけられてしまっては返答できるのは、
 いまは亡き道真様くらいにちがいなく」

男(あー)

45: 2010/01/19(火) 11:17:32.05 ID:KmqRKDbT0
友女房「わたし達も頑張ったんですけれどね。
 すごく頑張って色々可愛い襲(衣服)を集めたり
 年頃の女性の好む絵巻物をみせたり。
 そんなものにはまったく興味もなく、
 それでも身分だけは高いものですから
 内侍司(ないしのつかさ)入りが決まって
 これでなんとか普通になるかと思えば……」

男「?」

友女房「こんな秘密の離れを造って引きこもり三昧」がくり

男「はぁ……。もぐもぐ」

友女房「いえ、姫は悪い訳じゃないんですよ。
 悪い姫じゃないんです。
 ……下々に至るまで優しいですし」

男「はぁ」

友女房「それにしたって、学問に操を捧げるとは
 あんまりにもお労しいと……」

男「だってまだ14でしょ?」
友女房「もうすでに残念なことに14なんです」

男「はぁ」

47: 2010/01/19(火) 11:21:11.53 ID:KmqRKDbT0
友女房「ですから、せめて男様には姫のお心を
 こう、軽やかに、出来れば浮き立った感じに
 して頂きたいとか思うんですが」
男「それは本人のつもりがないとあんまり意味がないかと」

友女房「ダメですか」
男「ダメでしょ……もぐもぐ」

友女房「……」 がくり
男(つか、嫁き遅れなのか……)

友女房「なぁ、運も色々なかったんですが」
男「そうなんです?」

友女房「右大臣家のご息女ともなりますと。
 お相手にも不足いたしますし……。
 当代の東宮はまだ八つにしかなりませんしね。
 本来であれば尚侍として後宮に権勢を振るうことも
 いえ、我が姫には、似合いもしませんが……」

男「よく判らないけど。身分の高い姫が学問没頭で
 婿捜しも放り出して恋愛音痴で婚期を逃したと。
 そんな感じ?」

友女房「そうです」 こくり
男(つまり婚活放置で賞味期限間近の腐女子?)

友女房「どこでこうなっちゃったんでしょうか」
男「それは俺に聞かれてもなぁ」

49: 2010/01/19(火) 11:25:27.28 ID:KmqRKDbT0
さらさらさらさら

男「ごちそうさまでした」

友女房「お粗末様でした。ささは?」
男「いえ、もう結構です」

友女房「はい。では灯明はこちらに」
男「はい。もう少しレポートを薦めます」

友女房「レポート……勉学ですね?」
男「ええ、なぁ。こっちでやると捗るんで」

友女房「さようですか。姫からくれぐれも粗相の
 無いようにと申し使っております。ご存分に」

男「ありがとうございます」

友女房「では……」
男「ふぅ」

男(まぁ、こっちの方が時間の流れが遅いみたいだし。
 こっちで三日くらい勉強して帰っても
 向こうでは数時間だしな。レポートあげるには都合がいいや)

53: 2010/01/19(火) 11:50:10.64 ID:KmqRKDbT0
――四阿。夜

こつん。かたん。

男「……?」

こつん。……きぃ。……きぃ。

男(だれだ? 泥棒?)

黒髪娘「……」こそっ
男「黒髪じゃん」

黒髪娘 びくっ。くるっ
男「あ。俺。お邪魔してる」

黒髪娘「男か。まだ起きていたか」
男「来てるの、知ってた?」

黒髪娘「ああ。女房が知らせてくれた」
男「どうしたんだ? こんな時間に」

黒髪娘「父様の説教がうるさくて、逃げてきた」
男「そうか」


55: 2010/01/19(火) 11:56:56.00 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「ん。ん」
男「どした?」

黒髪娘「火鉢を、かき混ぜて欲しい」
男「判ったよ。寒いのか?」
黒髪娘「こっそり牛車で帰ってきたのだ」
男「そうか」

がさごそ。……がさがさ。……ぽぅ。

黒髪娘「かたじけない」
男「いやいや。飯食わせてもらったぞ?」

黒髪娘「ああ。出来ればわたしが一緒にいて
 世話を出来れば良かったのだが」

男「黒髪はずいぶん身分が高いらしいじゃないか」

黒髪娘「聞いたのか。友女だな。
 ……でも、身分なんて当てになるものではない。
 わたしの物ではなくて、家のものだ」

男「そんなものか?」

黒髪娘 ふいっ
男(機嫌悪くしちゃったかな)

56: 2010/01/19(火) 12:00:26.22 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「男殿は、なぜ学生に?」

男「んーっと。それは進学ってことか?
 やっぱし、就職。いや、何となくもあったかなぁ」

黒髪娘「そうか……」
男「寒いのか?」

黒髪娘「いや……。うむ。少し寒いな」
男「えっと、ごめん。ここ姫の部屋なんだよな?」

黒髪娘「部屋というかなんというか。
 この時間では女房も起きていないだろう。
 すまないが、その記帳を動かすのを手伝ってもらえぬか?」
男「ああ。これか? 間仕切りか」

ずり、ずりっ

黒髪娘「ん。これで多少は良いだろう」
男「えっと」

黒髪娘「そういえば」 くるっ
男「なに?」

黒髪娘「狩衣は似合っているな。始め誰だか判らなかった」
男「そうか。ははっ」

57: 2010/01/19(火) 12:03:44.69 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「ほら」
男「?」

黒髪娘「襲だ。それだけでは寒かろう?」
男「女物じゃん」

黒髪娘「蒲団のようにも使うのだ」
男「そうなのか?」

黒髪娘「わたしを信じろ。ほら、そこに座って」
男「ん」

すとん、ふわり

黒髪娘「こうすれば温かいだろう?」
男「あ。あ」

黒髪娘「?」
男「あったかいけど、近くない?」

黒髪娘「夜中に話すのだから、仕方ない」
男「そか」

58: 2010/01/19(火) 12:06:49.64 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「何をしていたのだ?」
男「レポート……あー。つまり、その。書き物だ」

黒髪娘「手紙か?」
男「いや、手紙ではなく、報告書みたいなものだな」

黒髪娘「そか。……うん、読んでも判らぬ」
男「あー。英文だから。つまり、唐じゃないところの詩だ」
黒髪娘「そうか。……これは?」

男「あ。お土産だ」
黒髪娘「漢詩ではないか!」

男「そうだよ。ほら、前回紙をもらってっただろ?
 あれにな。図書館で漢詩を書き写してきたぞ。
 マイナ処そろえたけど、どうよ?」

黒髪娘「……ふむ。……半分ぐらいは見覚えがあるな」
男「うわ。だめか」

黒髪娘「いや、とんでもない。
 これだけ新しい漢詩をもらえるなんて、感激だ」

男「よかったよ」 にこっ

59: 2010/01/19(火) 12:19:59.58 ID:KmqRKDbT0
――夜。ふたりの襲の中

黒髪娘「温かいな。これはなかなか新規な経験だ」
男「あー。おう。その、さ」

黒髪娘「?」
男「菓子食うか?」

黒髪娘「いただこう」
男「……」

黒髪娘「……ふむ」
男(漢詩に夢中なのな)

黒髪娘「ん?」 くるっ
男「っ! なんだよ」

黒髪娘「いや、不思議そうにうなっていたから」
男「別になんでもない。ほら、食え」

黒髪娘「んっ。美味しいぞ」
男「そっか。ふぅ」


60: 2010/01/19(火) 12:27:41.59 ID:KmqRKDbT0
――。――ほぅ。

男「あれは?」
黒髪娘「?」

――ほぅ。――ほぅ。

黒髪娘「夜啼き鳥だろう」
男「そうか」

黒髪娘「まさか怖いのか? 怨霊は最近出るとは聞かないぞ」
男「いや、怖い訳じゃない。ちょっと緊張してるだけ」

黒髪娘「ふふふっ」 かさり
男「漢詩は良いのか?」

黒髪娘「あれは逃げない。少し男殿と話そう」
男「そうか。……何を話すんだ?」

黒髪娘「何でも良いぞ」
男「んー。そうだなぁ。こないだの音楽の話を聞かせてくれよ」

61: 2010/01/19(火) 12:31:22.75 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「あれに興味があるのか。あれは笙の笛だったかな」
男「笛か」

黒髪娘「この間は内裏で出世するのに学識が必要だと云ったが
 やはり学識だけというわけには行かない」
男「ふむふむ」

黒髪娘「おおざっぱに言って、まず身分。次に学識。
 さらには技芸……音楽などの雅ごとだな。
 そして人柄が必要となる」

男「その辺は、何となく判ってた」

黒髪娘「正直に告白すると、わたしは技芸がさっぱりでな」
男「そうなのか?」

黒髪娘「声が細くて高すぎる」
男「綺麗な声だと思うけどな。透明感があって可愛いじゃないか」

黒髪娘「ふふふっ。有り難いが、世辞には及ばないのだ」
男(世辞でもないんだけどな)

黒髪娘「黒髪は、なんで引きこもりなんだ?」
男「……」

62: 2010/01/19(火) 12:35:20.62 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「――」
男「黒髪?」

黒髪娘「何でだろうな。
 改めて考えると引きこもりたいわけではなくて」
男「うん」

黒髪娘「帰るところが、なくなってしまったのだ」
男「よく判らないな」

黒髪娘「……説明しても、これは難しいやも知れぬ」
男「そうなのか?」

黒髪娘「わたしは……何と言えばいいのかな。
 憧れてしまったんだ。憧れて、頑張ってしまった。
 それは言葉にすれば、博士とか云うものかも知れない。
 あんまりにも薄っぺらに聞こえるのだけれど」

男「博士……って。博士のことか?」

黒髪娘「ああ。文章博士でも明法博士でも良いんだけれど。
 いや、陰陽博士でも……つまり、博士そのものではなく
 学んで、その至る所に憧れたのだと思う」
男「うん」

黒髪娘「でも、それにはなれない」
男「なんで?」

63: 2010/01/19(火) 12:38:11.40 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「女はなれぬのだ」
男「――あ」

黒髪娘「でも、わたしはもうそちらに
 歩き始めてしまったから、今さら別の夢は見れない。
 どうも、わたしは少しとろかったんだな。
 もっと早く気が付いておくべきだったのに、気が付き損ねた。
 あるいはもう少し賢ければ、器用に方向転換できたかも知れない」

男「……」

黒髪娘「それに、祖父君に出会ってしまった。
 未来からやってきて、わたしに学問を授けてくださる
 祖父君をわたしは長い間、観音菩薩かと思っていた」 くすくすっ

男「そんなに良い爺ちゃんじゃねぇよ」

黒髪娘「尊敬申し上げている」にこっ
男「いいけどさっ」

黒髪娘「そんなわけで、女にしては知恵をつけすぎたけれど
 男になることも出来ない半端者として引きこもっているのだ。
 幸い尚侍の処のほうも、私のことを物狂いの姫として
 遠ざけていてくれる。わたしがいなくても、仕事は回っている」

男「そっか」

黒髪娘「大臣家の娘が、
 名前だけでも入っていれば都合がよいのだ」
男「うん……」

66: 2010/01/19(火) 12:43:57.16 ID:KmqRKDbT0
黒髪娘「今度は、男のことを聞かせてくれ」
男「俺か? うーん」

黒髪娘「ここに居座って平気なのか?」

男「ああ、時間の流れがずれて居るみたいだし。
 大学生は暇な時は暇なんだよ。
 むしろこっちの方が勉強するには良い環境だしな」

黒髪娘「いくらでも居てくれ。歓迎する」
男「いいのかな」

黒髪娘「もちろんだ。男殿と話してると、安らぐ」
男(うわっ。……津か、あんな事言われたせいで
 すげー可愛い女の子に見えるぞ。これで嫁ぎ遅れかよ)

黒髪娘「同じ学究の徒だからかな」
男「え?」

黒髪娘「祖父君のお引き合わせかな」
男「えー」

黒髪娘「こうしてくっついているのも、何とも心楽しいことだ」
男「え゛~っ」

99: 2010/01/20(水) 01:07:48.92 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿

黒髪娘「んぅー」
男「どうした?」

黒髪娘「いや。ん。ちょっと肩が痛くなった」
男「根を詰めすぎだろ」

黒髪娘「そうは云ってもな。
 ……確かに半日筆写してしまったか」
男「ああ」

黒髪娘「男殿は?」
男「あー。俺の方は一段落。てか、かなり進んだ」
黒髪娘「それは良きことだな」

男「三食つきで勉強三昧ならそりゃ捗るよ」
黒髪娘「そうか……」ぷらぷら

男「何してるの?」
黒髪娘「手が疲れているので、振っているのだ」

男「そか」

103: 2010/01/20(水) 01:12:55.97 ID:2rbnko+MP
男「……」ぷらぷら
黒髪娘「?」

男「いや、俺も振ってみてる」
黒髪娘「殿方はそのようなことをする物ではない」

男「そうなのか?」
黒髪娘「格に関わる。こっちへ来てくれ」

男「いいけど」 もそもそ
黒髪娘「指の間がだるいのだろう?」

男「ずっと書いたりキー打ったりだったしな」
黒髪娘「こうして、先の方から」

ぺと、きゅ

男「うぁ」

黒髪娘「指圧していくのだ。ぎゅ、ぎゅっとな」
男「いいよ。悪いよ」

黒髪娘「気にすることはない」

104: 2010/01/20(水) 01:17:05.10 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「……ん」 きゅ、きゅ
男「ほっそい指だなぁ」

黒髪娘「そうか……嬉しいな。私の数少ない長所だ」
男「そなのか?」

黒髪娘「うん。器量が悪いのだ」
男「へ?」

黒髪娘「何度も言わせるな。私は、その……
 生まれつき器量が悪くてな。それでも、幼子は愛らしい。
 また賢ければそれだけで清らかなどと云われるだろうが
 この歳になっては良い訳は何もつかぬ」

男「美人なのに」

黒髪娘 ぴきっ

男「?」

黒髪娘「そんな事はないっ。それは男殿の世辞だ」
男「そんな事ないんだけどなぁ」

黒髪娘「――では、おそらく価値観だろう」
男「あー。それはあるかもな」

105: 2010/01/20(水) 01:19:26.54 ID:2rbnko+MP
>>101
ないよ。このスレが最初だよ。
夜中に再開してごめんなさいごめんなさい。

107: 2010/01/20(水) 01:25:01.39 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「……」 きゅ、きゅ
男「ちなみにさ、この時代だと美人はどんな感じ?」

黒髪娘「んー」じろっ
男「いや、不愉快な話題なら良いんだけどさ」

黒髪娘「ふぅ……。いや、良い。
 知識を共有するのは善だ。
 そうだなぁ。瓜実と云う言葉があるが、
 顔はふっくら目がよいそうだ」

男「黒髪だってふっくらじゃないか」

黒髪娘「足りてないのだ。あとは、黒髪だな」
男「それは合格か」

黒髪娘「うむ。これは最大と云って良い自慢だろうな」
男(それで褒められた時に照れていたのか……)

黒髪娘「顔の造作については、まぁ好みもあるだろうから
 細かいことは私はよく判らない。
 ただ私は化粧なんて殆どしないから」

男「そだな」

黒髪娘「あとは、雰囲気と体型だな」
男「ふむ」

108: 2010/01/20(水) 01:31:54.81 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「まず、雰囲気だがこれはもはや決定的で
 かそけき風情が無いとダメだ」
男「かそけきってなんだ?」

黒髪娘「え? 判らないのか。うーむ。
 儚げというか、日を当てたら消えてしまいそうな
 弱々しい感じだとか、たおやかで女性らしい様子だ」

男「あー」
 (つまり線の細い病弱美少女で従順系ね……。
 そんで13で結婚ってどんだけ口リコン天国だよっ!?)

黒髪娘「わたしは、ほら」
男「?」
黒髪娘「言葉遣いがきっぱりしてしまっているし、
 変に漢詩や明法を学んでしまっているし。
 そういうたおやかは雰囲気が全くないんだ」

男(そういや、凛々しい美少女系だもんな……。
 時代のニーズにはまったく合ってないか)

黒髪娘「和歌や大和歌を女性が学ぶのは良い。
 むしろ推奨されるけれど、漢詩はなかなか珍しいしな」
男「そっか」

黒髪娘「それに」 きゅ、きゅ
男「どした?」
黒髪娘「あ、いや。……うん」 かぁっ
男「?」

113: 2010/01/20(水) 01:48:34.74 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「ほら。さっきの話の続きの、体型だ」
男「あ、ああ」

黒髪娘「もう判っていると思うが、
 雰囲気の麗質がそうだから、美人の条件って云うのは
 儚げな雰囲気なんだ。具体的に云うと、
 首筋がほっそりしていて全体的に細くて
 む、むねとか……。無ければ無いほどよくて……」

男(無乳最強世界っ!?)

黒髪娘「わたしは、その。けっこう、太ってる」

男(ふとってないふとってない! 俺基準で十分小柄っ!)

黒髪娘「あちこち出っ張ってて不格好だ」

男(その出っ張りを捨てるなんて、とんでもないっ!)

黒髪娘「こほんっ」 きゅ、きゅっ
男「おう」

黒髪娘「そう言うことなのだっ」
男「そ、そっか」

黒髪娘「まぁ……。本質はそこじゃないのだが」
男「?」

116: 2010/01/20(水) 01:53:30.12 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「この時代では、男女は顔を合わせないで
 恋をするのが普通なのだ。祖父君が教えてくれたが
 そちらの時代では違うのだろう?」
男「ああ、そうだな」

黒髪娘「この時代では、女性は几帳や御簾ごしに
 声を掛けるのが常識だ。初めは直接声を掛けもせずに
 目の前に相手が居ても女房に伝言を頼むほどだ。
 まぁ、これは先ほど云ったかそけき風情とかに
 関係あるのだがな」
男「ふぅん」

黒髪娘「だから男女間において、容姿はさほど重要ではない。
 まぁ、少なくとも貴族の間ではそう聞いている。
 私はなにぶん経験に乏しいのだが……。
 むしろ第一印象は、文のやりとりだ」

男「文か~」

黒髪娘「うむ。和歌でも短信でも何でも良いのだが」
男「ふむふむ」

黒髪娘「この時代の恋は、その殆どの部分が
 文のやりとりだ。
 上手に文で恋の気持ちを盛り上げて、盛り上げて、
 盛り上げて後は怒濤のようにそのぅ……」 ごにょごにょ

男「?」

118: 2010/01/20(水) 02:02:08.66 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「とにかくっ。
 最期は一気に燃え上がるのが
 基本であり完成度の高い恋の形であると云うことになっている。
 会えなければ会えないほど
 あなたの顔が浮かんで恋い焦がれる……とか。
 そういう世界の話……らしい。
 わたしなど、会ったこともない相手の顔が浮かんでくるなど
 酒にでも酔って居るのではないかと思うのだけれど」

男「あはははっ」

黒髪娘「笑わないでくれ。
 まぁ、そんな事情だから、本当はそこまで姿形や容姿が
 重要なわけではないのだ」

男「そうだよなぁ。容姿にびっくりした時って、
 要するに手遅れなんだろ? あははっ」

黒髪娘「うむ」 きゅ、きゅっ

男「そんで?」

黒髪娘「だから、要は文のやりとりの中で、
 相手が望むような線が細くて弱々しい、
 でも一身に相手に恋い焦がれるような女性を演じられれば
 それは“美人”といっても良いかと思う」

男「ああー。うん。納得したぜ」
 (つか、それってネット美人とかネカマの論理じゃね?)

120: 2010/01/20(水) 02:10:42.99 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「でも、ほら。私は性格も不器用だから」
男「……」

黒髪娘「相手を騙すような歌は、読めない」
男「歌は得意だろう?
 あれだって学問の大きな分野だって聞いたぜ?」

黒髪娘「嘘をつくのは苦手だ。
 嘘をつけるくらいなら、きっと引きこもりなんてやってない」
男「――そっか」

黒髪娘「でも、この世界では、恋は嘘を基本にしてる。
 最初から相手はこうだと決めてかからないとだめなんだ」

きゅ、きゅっ

男「……」

黒髪娘「反対」
男「?」

黒髪娘「反対の手もしよう」
男「え? あ。すごい! 手が軽くなった!」ぶんぶんっ

黒髪娘「そうであろう?」 にこっ

121: 2010/01/20(水) 02:17:21.25 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「……」 きゅぅ、きゅぅっ

男(こんな風にしてるところなんて、
 すごく可愛い和風美少女なのになぁ……)

黒髪娘「そちらはどうなのだ?」
男「?」

黒髪娘「祖父君に少しは尋ねたのだが。
 祖父君は、ほら。お年を召していられたから……」
男「あー」
黒髪娘「そちらの恋はどのようなのだ?」

男「こっちかー。んー。
 まず、男女が顔をあわせないと言うことはないな」
黒髪娘「うむ」

男「爺ちゃんから聞いたかと思うけど
 義務教育って云って、こっちの世界の日本。
 つまり大和では、平民まで含めて全員学校に行くんだ。
 えーっと、6、3で9年。殆ど全員が高校まで含めて12年」

黒髪娘「うん、聞いている」

男「男のみ、女性のみの学舎もあるけれど
 殆どは驚愕と云って、男女が一緒に学ぶ。
 一つの学舎に同じ年齢の子供が百人以上居ることが多い。
 学舎全体では数百人ということもあるな」

黒髪娘「ふむ」

122: 2010/01/20(水) 02:20:22.85 ID:2rbnko+MP
男「で、それだけ学ぶ期間が長いから
 学舎では友人も作るし、年頃になると異性に興味も出るよな。
 まぁ、なんだ。
 改めて説明すると照れくさいな。
 なんの罰ゲームだよこれっ」

黒髪娘「ん? 興味深い話だぞ?」

男「で、そういう状況で、大抵は気になる異性が出来てー」
黒髪娘「ふむ」

男「紆余曲折があるな」
黒髪娘「その紆余曲折が重要ではないかっ」

男「ぐっ」
黒髪娘「話して欲しい」
男(なんでおれは中学生の女子に圧倒されてるんだっ)

黒髪娘「ほら、丁寧に指圧するから」 きゅぅっ
男「……うう」

黒髪娘「ほら」
男「わぁったよ」

125: 2010/01/20(水) 02:23:03.89 ID:2rbnko+MP
男「まぁ、その辺は年齢に寄るんだよ。
 幼い時――おおむね10歳前後とかは、一緒に遊ぶだけだ」
黒髪娘「ふむぅ。筒井筒か?」

男「なにそれ」
黒髪娘「幼なじみ」 きゅっきゅっ
男「ああ、それだ」

黒髪娘「それで?」
男「そっちと違ってこっちには顔を隠す習慣はないからな。
 その後もずっと一緒に学び続ける。
 あー。最初に云っておくと、こっちの世界では
 寿命伸びてるからな? 平均寿命も70超えてるし。
 結婚は25~30位が多い。だから、恋愛のペースもずれてるぜ?」

黒髪娘「ふむ。――承知した」

男「15歳くらいになると、やっぱり異性に興味が出てくるな。
 で、みんなに隠れてこっそり二人で遊びに
 行ったりすることも覚える。
 これをデートという」
黒髪娘「それは自宅ではダメなのか?」

男「自宅でも良いけどな。まぁ、人目に触れないというか
 ドキドキがほしいんだろ。たぶんな」

黒髪娘「ふむぅ」きゅむ、きゅむ

126: 2010/01/20(水) 02:26:27.78 ID:2rbnko+MP
男「でも、この年齢ではあんまり
 身体を――あれだ。その“最期”ってのは推奨されないな」
黒髪娘「そ、そうなのか?」

男「こっちでは成人ってのが20歳なんだ。
 結婚も出来ないのにいたずらに
 相手とそう言うことするのは、不道徳って云う考えがある。
 まぁ、実際には17,8になれば経験してるやつも多いんだけどな」

黒髪娘「そのぅ、男殿は」
男「黙秘する」 きっぱり
黒髪娘「むぅー」

男「20前後になると、お金を稼ぐ方法も増える。
 さらに上の学舎、大学に行くやつや、職に就くやつも出る。
 そうなると二人のデートも本格的になるな。
 遠出したり、食事をしたり、プレゼントをしたり」

黒髪娘「そうか。平民でも貴族のような
 贈り物をするようになるのだな」

男「そうだなぁ。つまりあれだ。
 みんなが貴族と平民の中間みたいな世界なんだよ」
黒髪娘「ふむふむ」

男「で、その間に出会いと別れがあって。
 一人の相手のみで思いを遂げる一対もあれば
 相手を変えて恋を楽しむような人もいるわけだ」

黒髪娘「それはこちらも大差ないな」 きゅむ、きゅむ

127: 2010/01/20(水) 02:30:03.77 ID:2rbnko+MP
男「20を越えたあたりで、世間的には成人。
 でも、一人前と認められるのは、
 特に男は25を超えてからかな。
 そうなると思いをさだめた相手に結婚の申し込みをする」
黒髪娘「ふむ」

男「男からが多いけれど、
 女性からってのも最近はあるようだな。
 ……退屈じゃないか?」

黒髪娘「そんな事はない」

男「そか。でも、もう話も終わりだ。
 結婚しても良いな、となったら二人で両家の両親に報告して」

黒髪娘「え? そこで報告するのかっ!?」

男「ん? そうだよ。
 もちろん許婚とか、両親主導のお見合いなんて
 云うのも残っちゃ居る習慣だけれど、少数だ。
 結婚は当事者二人の問題だからな。
 まぁ、場合によっては反対されたりもするけれど。
 最終的には当事者二人の決意が固ければ結婚を阻む物は、
 そうはないよ」

黒髪娘「そ……そうなのか……」

男「で、結婚する。めでたしめでたし」

129: 2010/01/20(水) 02:33:23.65 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「想像もつかない世界だ」
男「そりゃ、まぁ。俺だってこっちの世界のことは
 見てるけれど判らないことばかりだ」

黒髪娘「……うむ」 きゅ……
男「どした?」

黒髪娘「あ。いや。すまん。さぼってしまった」きゅむっ
男「いや、それは良いんだけど」

黒髪娘「はははっ。
 いや、ちょっと空想してしまっただけだ。
 酒を頂いたわけでもないのにな」

男「……」
黒髪娘「……」

きゅむっ、きゅむっ

黒髪娘「男殿の手は、大きいな」
男「そっか?」

黒髪娘「うむ。大きい」
男「そうか」

138: 2010/01/20(水) 03:45:09.41 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿

黒髪娘「~♪」
友女房「ごきげんですね、姫?」 にこにこ

黒髪娘「ああ。友か。見てくれ、立派だろう?」
友女房「あらあら。これはこれは」

黒髪娘「上の兄様からだ。見事な鯛だ」
友女房「ですねぇ、美味しそうです」

黒髪娘「塩をして干そう」
友女房「お食べにならないので?」

黒髪娘「沢山届いたのだ。
 食べるのはもうちょっと小さいやつでも良いだろう?
 これはひときわ立派だから、男殿にとっておきたい」

友女房「あらあら。そうですねぇ」

黒髪娘「女房達の分もあるから、みんなで食べると良い」
友女房「それはありがとうございます」

139: 2010/01/20(水) 03:48:29.80 ID:2rbnko+MP
かたかた、ぱさり

黒髪娘「うん。その荷物も運んでいってくれ」
友女房「対の部屋も整いましたねぇ」

黒髪娘「男殿もいつまでも自室がないのは居心地も悪かろう」
友女房「そうですね。まぁ、この程度の調度ならば
 豪華すぎることもなく、不審なこともなく」

黒髪娘「そうかな。不調法ではないかな?」
友女房「雑色(※)だとすれば過ぎた部屋です」

黒髪娘「男殿は客人だ」
友女房「客人だとばれるとやっかいですよ?」

黒髪娘「それはそうだが……」
友女房「男様は異界のお客人です。
この世界での豪華さなどを気にされないですよ」

黒髪娘「それもそうだな」
友女房「とは言え、右大臣家の格という物がありますからね。
 ええ、この友女房が一肌脱ぐといたしましょう」

※雑色:男の使用人

141: 2010/01/20(水) 04:09:55.08 ID:2rbnko+MP
――男の実家

男「おろ。姉ちゃんいたの」
姉「うん、休み~」 ぽりぽり

男「すげぇ格好な」
姉「うっさい」

男「水、飲む?」
姉「あー。ミネラルで。氷一個」

男「寒いのに」
姉「頭はっきりさせたい~」

からん

男「はいよ」
姉「さんくー。この恩は返さないけど」
男「いーよいーよ」

143: 2010/01/20(水) 04:12:18.92 ID:2rbnko+MP
姉「んっく、んっく。……どうしたー?」
男「あー。いやねー。中学生くらいの娘の家庭教師を」
姉「バイト?」
男「似たようなもん」

姉「あんた教育課程いくの?」
男「いや、わかんないけど」
姉「まぁそういうの良いかもね。あんたヘタレだけど。
 一応お爺ちゃんに似て責任感強そうだし?」

男「あんまり適正ある気がしないんだけどね」
姉「そこは、ほら。庶民パワーで」

男「そうな。……でも、中学生くらいの女の子の
 考えは判らないわ、本当」

姉「会ったり前じゃない。素人童Oなんだから」
男「玄人では経験済みみたいな表現やめろよっ。
 誤解を招くよっ! あちこちにっ」

姉「仕方ないじゃない。両面童Oなんだから。
 む、両穴童Oって新しくない?」
男「くわぁ~っ」

144: 2010/01/20(水) 04:15:13.36 ID:2rbnko+MP
姉「まぁ子供扱いしない事ね」
男「そうなの?」

姉「女の子は成長早いのよ。
 中学生になったら女としてはもういっちょ前。
 昔なら子供産んでた年齢よ?
 子供扱いなんてとんでもない。
 童Oごとき、のど笛食い破られるわよ」

男「こわっ!? 肉食系にもほどがあるよっ。
 んじゃ、大人扱いなのか」

姉「ばっかねー。大人扱いなんてしたら
 碌なことになるわけ無いでしょ。
 相手は中坊なんだから」

男「どうしろってのさ」

姉「ちゃんと目線会わせて相手の話聞けば?
 生徒じゃないんでしょ。
 その顔じゃ」

男「う……」

姉「捨てるなら体温覚えさせる前にしなさいよ。
 それ、最低限の男の義務だからね」

146: 2010/01/20(水) 04:20:35.80 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿、炬燵部屋

男「これ、たまらんなぁ」
黒髪娘「悔しいがこの知恵、認めざるをえない」
友女房「さようですねぇ」

男「火事だけは気をつけないと」
黒髪娘「もっともだ」
友女房「祖父君に話を聞いて、
 いつか作ろうと計画を練っていた甲斐がありました」

男「でも良く掘りコタツなんて出来たな」
黒髪娘「うむ、驚きだ」

友女房「火鉢がありますからね。
 床下に設置して、換気と手入れさえすれば、
 後は描いてもらったとおりです。
 そもそも火闥(こたつ)といって、
 似たものはありましたからね」

男「そうなのかぁ」
黒髪娘「しかし、このふすまを櫓に掛けるという発想」
友女房「ええ、ええ……」

男「和むわぁ」

147: 2010/01/20(水) 04:22:55.32 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「天板も便利だな。寒いのに書を読んでかじかまないぞ」
友女房「そうですねぇ。お茶もおけますし」

 ことり

男「あ。どーも」
友女房「馴染んでますね」

男「うち、炬燵ないんだよね。爺ちゃんちにはあったけど。
 そのせいか、めちゃくちゃおちつきます。はい」

友女房「お気に入りいただけましたか?」

男「もちろん。こんな部屋もらっちゃって良いんですか?」
友女房「ええ。この友女房が監督させて頂きました」

男「むちゃくちゃ感謝します。正座とかも苦手だしね。
 掘りごたつ最高だな。膝が楽だ」

黒髪娘「友、甘い物が食べたい」
友女房「そですね」

男「ああ。俺お土産もってきてる」

148: 2010/01/20(水) 04:31:01.81 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「これは……?」
友女房「なんでしょう。面妖な」

男「あー。これ、カステラってんだ」
黒髪娘「これは……大きい」

男「一人で全部食うつもりかよっ!?」
黒髪娘「む。すまぬ。違ったのか」

友女房「これは切り分けて食べる菓子なのですね」

男「そうそう。なんか刃物ある?」
友女房「お任せあれ」

とててて

黒髪娘「……」そわそわ
男「そんなに食べたいのか?」

黒髪娘「そんな事はないっ」
男「美味しいよ。これ」

友女房「お皿ももって参りました」

151: 2010/01/20(水) 04:59:44.79 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿、炬燵部屋

黒髪娘「甘い。なんと美味しいのだ」じぃん
友女房「これは誠に甘露ですねぇ」じぃん

男「涙ぐむほどかな?」

黒髪娘「何を言う、この黄色と茶色の美しいこと」
友女房「ええ、ええっ!」 じぃっ

男「だめ。全部食べちゃダメ」
黒髪娘「お土産ではなかったのか!?」
友女房 こくこく

男「他にも何人か居るでしょうに」
黒髪娘「う゛」
友女房「しかし」

男「しかしもなにも。みんなにお裾分け。
 お裾分けしたらまた美味しいのもってくるけれど
 お裾分けしないと二度ともってきません」

友女房「そんな」しょぼん

黒髪娘「そういえばそうだ。甘露の美味に我を忘れては
 上に立つ物としての示しもつかぬ」

152: 2010/01/20(水) 05:05:49.00 ID:2rbnko+MP
男「よしよし。黒髪はよい子」 くしゃ
黒髪娘「っ」

友女房(あら)

男「また持ってきてやるぞ」

黒髪娘「別に、土産目当てでもてなしているわけではない。
 男殿はいつでも我が庵の客人として歓迎する」

男「それはありがたいなぁ。別荘気分」

黒髪娘「うむ。別荘気分でくつろいでくれればそれでよい」
友女房「姫も楽しいですしね」

男「そなの?」
黒髪娘「うむ。男殿と過ごす時間は心楽しい。
 知識にすれ違いはあれ、お互い知らぬ分野の
 それがある上に、男殿はわたしを一人前の
 人間としてみてくれるからな」

男「……」

黒髪娘「話して論を戦わせられるというのは
 この上なく愉快なことだ。……蝶よ花よと
 扱われるのは、やはり寂しい」

153: 2010/01/20(水) 05:08:31.34 ID:2rbnko+MP
男「そういう物か?」
黒髪娘「うむ」

男「じゃぁ、今日はなんの話をする?」
黒髪娘「男はれぽをとは終わったのか?」
男「終わったよ」

黒髪娘「では、付き合え」
男「なんの話がよい?」

黒髪娘「んーぅ。どうするか」
男「うーん」

黒髪娘「?」

男「いや、話。しなきゃダメか?」
黒髪娘「どういうことだ?」

男「結構勉強、根詰めてただろう?」
黒髪娘「うむ」

154: 2010/01/20(水) 05:13:09.18 ID:2rbnko+MP
男「じゃぁ、しばらく茶を飲んで」
黒髪娘「うむ」

男「で、ゆっくりしろ」
黒髪娘「ゆっくりか……」

男「……」ずずずっ
黒髪娘「温かいな」

男「だなぁ」

友女房「わたしは、このカステラを女房や雑色に
 分けて参りますね。珍しい菓子だと云っておきましょう」

黒髪娘「すまぬな」
男「行ってらっしゃい」

ぽやぁ

黒髪娘「……ほぅ」
男「……」

黒髪娘「どうした?」
男「髪、見てた」

155: 2010/01/20(水) 05:23:50.66 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「そ、そうか……。どうして?」
男「こんなに綺麗な髪は、こっちではまず見ないから」

黒髪娘「そうか……。この髪だけは藤壺の上にも
 褒められたことがあるのだ」

男「そっか」

黒髪娘「……その」
男「?」

黒髪娘「触って、見るか?」
男「良いのか?」

黒髪娘「うむ」
男「じゃ、ちょこっとだけ」 ひょいっ

黒髪娘「っ!」ひくんっ
男「びびってるじゃないか」

黒髪娘「そんな事はない」
男「そっか」

156: 2010/01/20(水) 05:30:29.74 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「ど、どうだ? 綺麗か?」
男「うん。すごい、すべすべ」

黒髪娘「女房が毎朝とかしてくれるのだ。
 多い時は日に何度も……」

男「そうか」

黒髪娘「引きこもりゆえな。湯浴みや髪梳きの時間はある」
男「世話してもらっている間にも、本読んでるんだろう」

黒髪娘「そう言うことも、まぁ、ある」
男「やっぱし」

黒髪娘「……男殿は短いな」
男「この時代は男も長いのか?」

黒髪娘「いろいろだ」
男「そっか」

黒髪娘「……」ふわり
男「なんか、優しい顔してるな」

157: 2010/01/20(水) 05:32:56.55 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「そうかな?」 きょとん
男「うん、良い顔だったよ」

黒髪娘「……くっ」かぁ
男「どしたんだよ」
黒髪娘「眉も描いてないのにっ」
男「は?」

黒髪娘「いや、なんでもない。油断しすぎだ。わたし」
男「よく判らん」

黒髪娘「炬燵でのぼせただけだ」
すっ
黒髪娘「ひゃわっ!」

男「おい、危ないな。髪の毛長いんだから」
黒髪娘「ううう」

男「もう少し、落ち着きなさいって」
黒髪娘「ううっ。不覚だ」

160: 2010/01/20(水) 05:58:58.34 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿

友女房「あらあら、どうなさいました?
 燭灯も着けずに、こんな場所で」

黒髪娘「うん……」
友女房「男様は?」

黒髪娘「今日は、帰った。
 バイトとか言うのがあるらしい」

友女房「そうですか。お茶を一旦下げますよ?」
黒髪娘「……」

かちゃかちゃ……

黒髪娘「……」
友女房「どうされました?」

黒髪娘「ん?」
友女房「どうか、なされました?」

163: 2010/01/20(水) 06:01:17.60 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「男殿に」
友女房「男様に?」

黒髪娘「髪を触られた」

友女房「なっ!? なんてことを!!
 これは気が付かずに申し訳ありませんっ。
 すぐお櫛をけずりましょうね。
 この友が清らかになるまでお梳かしします。
 それにしても男様も、男様ですっ。
 いくら異界の方とは言え、姫の髪に手を触れるなどっ。
 冗談で済ませられることではございませんよっ。
 常識という物を弁えて頂かないとっ」

黒髪娘「いや、違うっ」
友女房「ど、どうしたんですか? 姫」

黒髪娘「その……」
友女房「??」

黒髪娘「触るのを、許したのは、わたしだ」
友女房「ひ、め……?」

黒髪娘「私が、触って良いと云ったんだ」
友女房「ひょぇぇ」

164: 2010/01/20(水) 06:03:43.04 ID:2rbnko+MP
友女房「大丈夫ですか、お熱ですか?
 さっきのカステラに酒でも入ってたのでしょうか」

黒髪娘「いや、違うと思う……」
友女房「……」

黒髪娘「どうすればいいだろう?」
友女房「……姫。姫?」

黒髪娘「……」
友女房「いや、でしたか?」

黒髪娘「――」ふるふる
友女房「どんな感じがしましたか?」

黒髪娘「楽の音と、鳥の囀りが。
 聞こえた訳じゃないんだけど、溢れそうになって。
 どきどきして頬が熱くなって。
 ……それに」

友女房「それに?」

黒髪娘「こんなに不器量じゃなければいいのにって。
 ――泣きたくなった」

166: 2010/01/20(水) 06:10:28.19 ID:2rbnko+MP
友女房「さようですか」

黒髪娘「……」

友女房「姫はなぁんにも悪くありませんよ」

黒髪娘「そうだろうか」

友女房「それはもう。友が気を利かせすぎましたか」
黒髪娘「?」

友女房「いえいえ。何でもございません。
 姫は……清らかでいらっしゃるから」

黒髪娘「そんな事はない。もう15にもなる。
 塵にも埃にもまみれた、みっともない黒い鳥だ」
友女房「……」

黒髪娘「……」
友女房「さ。髪を梳きましょう」 にこりっ

黒髪娘「……ん」
友女房「今晩は温かくして寝ませんとね」

175: 2010/01/20(水) 07:24:04.78 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿

ことん、かたん

男「んっと。ほいさ」 すたんっ
友女房「男様」

男「お。友さん」
友女房「いらっしゃいませ」

男「お邪魔します。平気そう? 黒髪は居る?」

友女房「いまはお留守にしていらっしゃいますよ。
 外せない御用事で尚侍処へいらっしゃっています」

男「ああ。仕事か」
友女房「ええ。おそらくすぐに戻ってらっしゃいますよ。
 顔を見せに、と云うか、出仕したという形式のための
 出仕ですからね」

男「そっか。待ってて良い?」

友女房「ええ、おこたにどうぞ。お茶をお持ちしますよ」
男「助かる」

177: 2010/01/20(水) 07:27:15.49 ID:2rbnko+MP
こぽこぽこぽ

男「寒いな」
友女房「ええ、寒さが続きますね」

男「ありがとう」
友女房「いえいえ、どういたしまして。
 しばらくご一緒して宜しいですか?」

男「もちろん」
友女房「では、失礼します」

男「ふー。温まる」
友女房「ですねぇ」

男「……黒髪は、元気?」
友女房「はい」

男「そっか」
友女房「何かありましたか?」

男「いや、なんか色々抱え込んじゃいそうな人だから?」
友女房「そうですねぇ」

179: 2010/01/20(水) 07:31:22.13 ID:2rbnko+MP
男「……」
友女房「尚侍(ないしのかみ)という官職はですね。
 帝に仕えて、皇室行事を取り仕切る秘書のような役割です」

男「ふむ」

友女房「その権力は、時に大臣を凌ぎますね。
 『位人臣を極める』等と申しますが、
 女性としてはまさに最高位の官職だと云えるでしょう」
男「そう……なのか?」

友女房「ええ。もちろん何事にも例外はありますが。
 姫は尚侍としては、規格外です。
 何しろ仕事していませんからね」
男「そうだなぁ」

友女房「尚侍、尚侍所の重要な役割の一つに東宮の教育があります」
男「東宮って云うのは、確か帝の息子だろ」

友女房「そうですね。子供の頃から云うことを良く言い聞かせて
 育てるわけですから、歴代の帝でも、育ての尚侍には
 頭が上がらないことも少なくありませんね。
 内裏における影響力は絶大な物があるわけです。
 こほん。
 その。
 下世話な話をすればですね」

男「?」

友女房「察しが悪いですね」

182: 2010/01/20(水) 07:35:46.48 ID:2rbnko+MP
男「ごめん」
友女房「いえ、すみません。
 照れ隠しですからお気に為されぬよう。
 ――こういう事です。
 幼い東宮にそば近く接して、その心も身体も導く。
 それは、往々にして、えーと、その。
 祖父君のいうところの、その……ほら初物を」

男「童O!?」

友女房「それです。ええ。
 それをですね、こう。シてしまうこともあるというか
 むしろそれが推奨されているというか……。
 東宮の身体を大人にして差し上げるというか。
 妃になる尚侍所の女性も少なくはありません」

男「そんなのありか-!?」

友女房「ええ。そもそも、尚侍所に娘を『あげる』というのは
 高度に政治的な問題なのです。
 もちろんその背景には政治的な闘争もありますし
 右大臣家としても後に引くわけにはいかない。
 たとえ、東宮が8歳で、姫より6つもお若くとも」

男「……」

友女房「身体のつながりが有れど、無けれど。
 姫は東宮の『もの』です。それが尚侍というものですし、
 この内裏の秩序なのです」

184: 2010/01/20(水) 07:55:00.98 ID:2rbnko+MP
友女房「――なんて」 にっこり
男「え?」

友女房「まぁ、そういう俗世の噂もあったり
 無かったりするのですが、男様は異界より来られたる客人。
 内裏の事情などお気になさることもないでしょう。
 ましてやうちの姫は妖憑きの変わり者。
 東宮のお召しもあるはずもない。
 このまま庭の片隅で咲いて、
 誰見ることなくひっそり朽ちるのでしょうし。
 そのような姿は、見たくありません」

男「……」
友女房「余計なことを申し上げましたか?」

男「あのさ。俺の世界での話したっけ?
 黒髪は、今年14だよね。
 それは俺の常識では、まだ子供の部類なんだよ」

友女房「ええ、存じておりますよ」
男「だからそういう艶っぽい話はさ、まだ早くてさ」

友女房「そう思うなら、それはそれで結構かと」
男「……うう。とりつく島もない」

187: 2010/01/20(水) 08:09:38.95 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿、炬燵の間

黒髪娘「ただいま帰参した」
男「おかえりー」

黒髪娘「寒かった。すごく寒いぞ」
男「入れ入れ」
黒髪娘「ありがたい」

いそいそ、ばふっ

黒髪娘「はふぅぅ~」
男「温まった?」

黒髪娘「いや、まだ指先が痺れている」
男「重症だな」

黒髪娘「冬の出仕は大変なのだ」
男「この季節はなぁ。ヒートテックなさそうだし」

黒髪娘「?」
男「いや、こっちの話」

190: 2010/01/20(水) 08:19:12.61 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「まぁ。物の怪じみた娘だからな。
 仕事らしい仕事もない。気楽と云えば、気楽だ」

男「んー」

黒髪娘「どうした?」

きゅむ

黒髪娘「らにをひゅる?」
男「いや、ほっぺた引っ張ってみたんだよ」

黒髪娘「らかや、いったひ、なんてそんな」
男「んー」
黒髪娘「むぅー」

男「突っ張ってるのかなぁ、って」
黒髪娘「う゛ぅ?」

男「仕事。出来るよな。案だけ学んだもんな。
 漢詩も報告書も、上奏文だって律令だって
 何でもござれでしょう?」
黒髪娘「……」

男「身につけたもの、使いたくないなんて変じゃない?」

192: 2010/01/20(水) 08:28:36.31 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「……」じぃっ
男「三白眼で睨んでも、普段可愛いんだから意味ありません」

黒髪娘「う゛ぅー」
男「ぷぷっ」

黒髪娘「いいかけん、はらさるかっ」
男「ほいほいっ」

黒髪娘「ふむっ……。そのようなことを」
男「気を張り過ぎなんだよ」

黒髪娘「内裏に云っていたのだ。多少は気を張らねば、
 どのような政争に巻き込まれるか知れた物ではない」
男「そりゃ、そうか」

黒髪娘「……それは、わたしだって」
男「……」

黒髪娘「学んだ物を、試したい気持ちがないわけではない」
男「うん」

193: 2010/01/20(水) 08:36:12.39 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「しかし、この身は女だ。
 ……望むと望まないとに関わらず。
 内裏で女が仕事を為そうとすれば方法は二つしかない。
 何らかの閥を率いて、邪魔者を廃するための
 権力工作を常にしながら事を為すか、
 東宮か帝にはべり、その愛妻、愛妾として
 権勢を振るうか……。
 多分、私にはどちらも無理だと思う」

男「そっか」

黒髪娘「不器量だからとかではないぞ?
 いや、その。もうちょっと目鼻立ちが
 整っていればよいとは思うのだが」

男(現代美少女ですからな。きみは)

黒髪娘「性格として、受け入れがたい。……のだと思う。
 あるいは無駄な矜持か、こだわりなのかとも思うのだが
 それは自らが身につけた学識ではないような気がするのだ」

男「……」

黒髪娘「どうも釣り合いが取れていないのだ。私は」
男「……そっか」

黒髪娘「考えても仕方ないだろう」
男「そだな」

195: 2010/01/20(水) 08:55:39.77 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿、炬燵の間

黒髪娘「……昴は船乗りの星にて」こくっ
男「眠そうな」

黒髪娘「う……む」こくり
男「寝れば?」

黒髪娘「しかし、うむぅ……」
男「どうしたのさ?」

黒髪娘「部屋に戻るには炬燵から出る必要がある」
男「当たり前だな」

黒髪娘「寒い」
男「うん」

黒髪娘「……寒いではないか」
男「ここで寝たらダメだぞ? 事故があるかも知れないし。
 火事なんてまっぴらだろう? 低温火傷も怖い」

黒髪娘「そうは云うが……」
男「仕方ないなぁ。友さーん。友さーん」

196: 2010/01/20(水) 08:58:49.61 ID:2rbnko+MP
友女房「はい、なんでしょう?」

男「黒髪が寒がって動かないから。
 ここに褥(しとね)と、掻巻(かいまき)※かなんか
 持ってきて貰える?」

友女房「判りました」
黒髪娘「これでは子供みたいだ」
男「寒いから動きたくないなんて
 子供のようなことを云うからだろう?」

黒髪娘「そうは言ったって」
男「じゃ、部屋に引き上げるか?」

黒髪娘「寝ている間に男が帰るのは……不本意だ」
男「別にそれはないけどさ」

きぃ、ふぁさん

友女房「寝具の準備が整いましたよ」

黒髪娘「む」
男「どうする?」

黒髪娘「せっかくだから、今宵はここで」
男「ふっ」
黒髪娘「馬鹿にしないで欲しいのだ」

※褥(しとね)と、掻巻(かいまき):平安時代の寝具
 麻などで作られた敷き布団と、袖のついた掛布団

198: 2010/01/20(水) 09:12:59.78 ID:2rbnko+MP
男「温かいか-?」
黒髪娘「うむ、期待以上だ」

男「おっと。爪先を炬燵に突っ込むのは禁止だぞ」
黒髪娘「そうなのか?」

男「ちらちら見えるだろ」
黒髪娘「なにがだ?」 きょとん

男「うるせぇ。禁止だ」
黒髪娘「横暴だな」

男「いいのっ。禁止」
黒髪娘「判った。
 ところで……男殿は、何を読んでいるんだ?」

男「持ってきた本。勉強してるの」
黒髪娘「なにを?」

男「料理の基本」
黒髪娘「男殿は庖丁(料理人)なのか?」

男「違うから勉強してるんだよ」

199: 2010/01/20(水) 09:17:04.32 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「未来の料理か……。
 いつも美味しい土産を頂いている」
男「んー。気にしないでくれ。たいした物じゃないからさ。
 そもそも、ここで結構飯とかご馳走になってるし」

黒髪娘「ここで供されるのは、ありふれた物だ」
男「あの菓子だって、向こうではコンビニに
 売ってる程度の物だよ」

黒髪娘「こんびに?」
男「ああ。えっと、街のあちこちにある商店だ」

黒髪娘「そうか。何が売っているんだ?」
男「飲み物、食べ物、菓子、本」
黒髪娘「本が売っているのか!?」

男「コンビニに売ってるのは漫画や雑誌がせいぜいだけどな。
 本は専門の本屋に売っていて、たいがい本屋ってのは
 一つの街に一つや二つはあるな」
黒髪娘「そうなのかぁ」

男「布団に入ったら元気だな」
黒髪娘「う」

男「眠くないのかー?」
黒髪娘「少し眠気が去ったのだ」

201: 2010/01/20(水) 09:26:04.04 ID:2rbnko+MP
男「なんだよ、構って欲しいのか?」
黒髪娘「話し相手になって欲しいのだ」

男「素直だな」
黒髪娘「わたしは率直だ」

男「そっか。そういやそうだな」

黒髪娘「男殿の世界では、女も学問を修められるのだろう?」

男「ああ、そうだな」

黒髪娘「学識や技芸をもって宮仕えも叶う」
男「公務員とか、会社員とかな」

黒髪娘「そうか。……ふふふっ」にこっ
男「どした?」

黒髪娘「良い世界だな。
 ――そんな世界、早く……来ると良いなぁ」

男「……」

202: 2010/01/20(水) 09:29:54.36 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「ん?」
男「あのさ」

黒髪娘「うむ」
男「……」

黒髪娘「どうしたのだ」
男「……っ」

黒髪娘「なんだ。変な顔をして」

男「なんでもない。1分くれ」

黒髪娘「……」
男「……」

黒髪娘「?」
男「……あー」

黒髪娘「?」

男「黒髪の。髪の毛、触りたい」
黒髪娘「――え」

204: 2010/01/20(水) 09:42:23.30 ID:2rbnko+MP
男「ダメかな?」
黒髪娘「……駄目……じゃない」

男「触るな?」

さら……さら……

黒髪娘「……うぅ」
男「手触り、良いな」

黒髪娘「あの……ど……どうし……男殿は……」
男「ん?」
黒髪娘「なんで、髪を……」

男「あー。んー。……触りたかったから」
黒髪娘「そ、そうか」

さら……さら……

男「豪華な感じ。……宝物みたいな」
黒髪娘「褒められたみたいだ」

男(なんか、いろいろこだわりとか倫理観とか。
 越えちゃってるよな。この髪の感触も、気持ちも)

206: 2010/01/20(水) 10:01:09.09 ID:2rbnko+MP
と、いうところで書き貯めも尽きました。
お昼までQKいってまいります。
みんなの分は、ここにチーズママレードサンドを
置いておきます。食っておくれ。

215: 2010/01/20(水) 12:21:33.12 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿

友女房「姫~。ひーめーっ」

がたっがたたっ

黒髪娘「どうしたのだ?」

友女房「文ですよっ。藤壺の方から」
黒髪娘「……珍しい」

友女房「遅くなってはいけませんから」
黒髪娘「……梅の香」

友女房「あらあら。まぁまぁ。寒中梅でございますね」
黒髪娘「むぅ……」

友女房「なんで困りますか。
 雅やかな心遣いではございませんか」

黒髪娘「こう言うところが隙がない。困る」
友女房「そういう物でございましょうかね」

黒髪娘「……うー」
友女房「なんと?」

216: 2010/01/20(水) 12:27:02.04 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「……歌会の誘いだ」
友女房「さようですか。これはまた」

黒髪娘「……」
友女房「何かあるので?」

黒髪娘「形勢を明らかにしないわたしを
 哀れにおもってくださったのであろう」
友女房「……」

黒髪娘「このままでは私に風あたりが強くなりすぎると
 そう考えてくださったのではないかな」
友女房「さようですか」

黒髪娘「……」

友女房「お返事はいかがいたしましょう」
黒髪娘「……」

友女房「しばらくお考えになられますか」
黒髪娘「そうする」

友女房「姫の良いように」

218: 2010/01/20(水) 12:48:15.19 ID:2rbnko+MP
――夕刻

ごとん、とさっ

男「ふぅ。到着、っと」
黒髪娘「男殿」

男「お。黒髪。お出迎えありがとう」
黒髪娘「出迎えたわけではないが。
 しかし、男殿を迎えられると気持ちが暖まる」 にこっ

男(うわ。……すげぇ可愛い。
 やばいな。この間髪触ってから、
 どんどん可愛く見えるよ。
 病気だぞ、これ……)

黒髪娘「どうした? 寒かろう?」
男「おう」

黒髪娘「丁度昼餉だ。いま友に云って用意させる」

男「へぇ、何食べるの?」

黒髪娘「雑煮だ。餅なのだが……。
 餅は食べれるだろう?」

男「おー。大好きだぜ」

219: 2010/01/20(水) 12:53:32.61 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿、炬燵

友女房「さぁ、どうぞ」

黒髪娘「頂こう、男殿」
男「ああ、頂きます。ん。美味しいな」

黒髪娘「温かいなぁ」
男「……お、雑煮は魚なんだ?」

友女房「鯛で出汁を取らせて頂きました」

黒髪娘「餅はそれで良いのか?」
男「おう、とりあえず二つでな」

黒髪娘「んぅ……」
男「お、すごく伸びてるな」

黒髪娘「……ん。んく……。
 そんなにじろじろ見るものではないぞ」

男「そっか」

友女房「美味しゅうございますか?」

男「ええ、ばっちりですよ」

222: 2010/01/20(水) 12:57:59.56 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「うぅ。美味だ。私は雑煮は大好きだな」
男「カブの葉が美味いよな」

黒髪娘「そちらでも食べるのか?」
男「もちろんだ。味噌汁とかにもいれるぞ」

黒髪娘「うむ。煮るのも旨いな。ひたしもよい」こくり
男「……」 じぃ

黒髪娘「ん? どうした、男殿」
男「いやいや。なんでもないよ」

黒髪娘「?」
男(一瞬見とれたとか、いえねぇし)

黒髪娘「……ふぅ」
男「どした?」

黒髪娘「ん? いや。んー」ぽて
男「??」

223: 2010/01/20(水) 13:07:54.83 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「お腹がいっぱいで、温かい炬燵。
 駄目になってしまいそうだ」

男「多少駄目になっておいた方がいいよ」
黒髪娘「そうかな」

男「そう思うね」

黒髪娘「男殿」
男「ん?」

黒髪娘「……掌を、借りれるだろうか?」
男「いいけど」

黒髪娘「額に」
男「ん……。うん」

黒髪娘「ああ……」
男「どうしたんだ?」

黒髪娘「温かくて。嬉しい」 くすっ
男「そか」

225: 2010/01/20(水) 13:19:07.16 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「……」
男「寝ても、構わないぞ」

黒髪娘「眠いわけではない」
男「そなのか」

黒髪娘「私が、男殿の半分ほどでも
 他人を思いやって気を遣える性分であったならなぁ」

男「なんだそれ」

黒髪娘「いいや。……うん」
男「何かあったんだろう? 云ってみろよ」

黒髪娘「……歌会の誘いがあってな」
男「ふむ。パーティーか」

黒髪娘「私の立場もかなり厳しいのだ。
 藤壺様がそれに気遣って誘ってくださった」

男「藤壺様って云うのは、良いやつなのか?」

黒髪娘「ああ。世話になっている。
 心遣いの細やかなたおやかな方だ。
 今上帝の寵をうける妃の一人なのだ」

227: 2010/01/20(水) 13:31:53.62 ID:2rbnko+MP
男「で、何を悩んでいるんだ?」

黒髪娘「そんなわけで藤壺様は後宮では
 大きな存在感を持っているが、唯一ではないのだ。
 妾妃はひとりではないからな。
 私を呼んでくださるのは嬉しい。
 私は確かに引きこもりの出不精だが
 呼んでくださるのならばはせ参じるくらいのことはしたいのだ。
 ……しかし、私は気も遣えない不調法物だし
 他人の言葉を上手に受け流すことも出来ないし……」

男「そうか? そんなに気にしなくても良いかと思うけど」

黒髪娘「そうはいかない。
 宮中では目に見えない諍いや政争が続いているんだ……。
 私が参加してみっともないところを見せれば
 それは、藤壺の方の恥にもなってしまう」

男「ん~」

黒髪娘「私が恥をかくのは、かまわない。
 どうせ物の怪憑きの引きこもりだから。
 でも、誘って下さった方に恥をかかせるのは
 忍びない……」

男「断れないの?」

228: 2010/01/20(水) 13:35:23.08 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「それは、出来る」
男「そっか」

黒髪娘「……でも、藤壺様は、お悲しみになるかな」
男「……」

黒髪娘「いつも断ってきたんだ」
男(――本当は、行きたいんだな)

黒髪娘「……」
男「なんだ、手のひら気に入ったのか?」

黒髪娘「落ち着く」
男「へこんでるな」

黒髪娘「そう言うことではないんだが」
男「?」

黒髪娘「なんでもない。……私の顔をじろじろ見るな」
男「へいへい」

229: 2010/01/20(水) 13:41:01.05 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「んぅ……」
男「あのさ」

黒髪娘「うん」 くてっ
男「出ろ、って云ったらどうする?」

黒髪娘「男殿が?」
男「うん」

黒髪娘「……」

男「確かに責任は重大だけどさ。
 黒髪がそんなに駄目だってのが、
 ちょっと想像できないんだよな」

黒髪娘「……私は本当に不器用なのだ。癇癪持ちだし」
男「癇癪持ってるのか?」

黒髪娘「うん。――やっぱり、悔しいとつらい。
 私を人間としてみてくれない人には、優しくできない」
男「それは癇癪じゃないと思うけど」

黒髪娘「そうかな……」

230: 2010/01/20(水) 13:44:02.93 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「男殿は、出た方が良いと思うか?」
男「ああ」

黒髪娘「……」
男「思うんだけどさ。あんまり一人で戦う必要も
 ないんじゃないか?」

黒髪娘「え?」

男「友さん何回か云ってたよ。“右大臣家の格”とか。
 “姫様の名誉”とかさ。それって、つまり名前だよな」

黒髪娘「名前……」

男「あー。よく判らないけどさ。
 そう言うのってチーム戦なんじゃないのかな。
 現場に行って恥をかくか恥をかかないかは、
 黒髪の腕もあるけれど、優秀な女房が居るかどうかにも
 左右されるんじゃないの?」

黒髪娘「それは……。確かにその通りだが」

男「友さんって、出来るんじゃねぇの?」

黒髪娘「……う」

男「投げちゃっても良いんじゃないの?」

231: 2010/01/20(水) 13:46:45.76 ID:2rbnko+MP
黒髪娘「男殿……」
男「手を貸すからさ」

黒髪娘「男殿も?」
男「うん」

黒髪娘「なぜっ?」
男「そんなにびっくりするところか?」
黒髪娘「祖父君はそんな事は言わなかった」

男「爺ちゃんと俺は違うよ。
 爺ちゃんは、ここに来たことを……
 多分、黒髪に何かを教えるためだと思ってたと思う。
 黒髪が余りにも希っていたから」

黒髪娘「……」

男「でも、俺は違うからさ」

黒髪娘「……うん」

男「俺としては、もうちょっと
 格好良い引きこもりが見たいんだよ」

242: 2010/01/20(水) 15:10:15.58 ID:2rbnko+MP
――『和名類聚抄』より

穀類では、稲類、麦類(大麦、小麦、カラスムギ)、
アワ、キビ、ヒエ。主食は米。小麦はうどんのように
して食す。
豆類は、大豆、小豆、クロマメ、ササゲ、エンドウマメ。
イモ類には山芋やクワイ。
野菜は瓜類各種、蒜類(ねぎ、にら、にんにく)、
水菜類(せり、ジュンサイなど)、
園菜類(アオナ、カブラ、タカナ、カラシナ、フキ)
野菜類(ナスビ、アブラナ、ワラビ、ゴボウなど)
草類(ウド、イタドリ、蓬、ユリなど)
蓮類、葛類、たけのこ、タラノメ、ククタチ、キノコetc。

動物性蛋白の補給源としては、魚介類が中心であった。
近海魚は殆ど今日の日本と変わらない物が食されており
庶民は鰯やあじなど。貴族においては鮎や鯛が珍重された。
また貝の類、海草などの水産物が大いに食べられた。

動物も多量にではないが、ヤマドリ、ハト、カモ、ウズラ
またクマ、カモシカ、タヌキ、イノシシ、ウサギなどが
食用として記録に残る。鶏も唐から輸入されたが、卵は
薬用として用いられた。

果実は主に桃、スモモ、ウメ、カキ、タチバナ、梨、
ザクロ、ビワなどが……

243: 2010/01/20(水) 15:15:14.61 ID:2rbnko+MP
――男の実家

男「なんだなんだ。結構食材豊かだな。
 もちろん輸送の関係で、いつでも食べられる
 訳じゃないんだろうけど。結構あるじゃん」

男「味付けは……」

ぺらっ

男「基本的には、基本は塩と酢か。酢は米酢なのか?
 そのほかに、醤(ひしほ)、味醤(ミソ)。
 大豆に小麦の麹か。塩分は低そうだなあ。
 そのほか、わさびは、あると」

男「あ-。……そゆことね。
 砂糖がないわけだ。そんであんなに
 美味しい美味し云ってたのか。
 砂糖、砂糖……砂糖の歴史ってなんの本に載ってるんだ?
 Wikiりゃでてくっか?」

男「砂糖は……奈良時代に輸入。当初は薬用。
 ふむ……サトウキビの栽培は江戸時代か。
 こりゃ、到底手に入るわけもないな。
 いんちきで、黒糖持って行っちまうか」

男(許されないのかも知れないけどなー)

男「まぁ、その辺俺は爺ちゃんとは違うし?」

246: 2010/01/20(水) 15:21:08.64 ID:2rbnko+MP
がちゃ

姉「あら。あんたいたの?」

男「あー。んー。いたよ。ちっと台所使ってる」
姉「なに」

男「いや、ゲル化実験?」
姉「料理してるだけじゃん」

男「まぁね」
姉「ふぅん」

くつくつ、くつくつ

男「……」
姉「ミネラルウォーターとって」

男「はい」 きゅぽ
姉「ん。あんがと」

男「庶民は水道水じゃない?」
姉「ビールの代わりなの」

247: 2010/01/20(水) 15:24:31.23 ID:2rbnko+MP
男「言いたい放題無敵キャラな」
姉「これくらいの強度ないとね。荒くれ者どもの
 リーダーはつとまらん!」
男「Aチームかよ」


姉「うはははは! ははっ。そういえば……例のさあ」
男「?」

姉「例の中学の」
男「ああ」

姉「どうなった?」
男「なんでそんな事聞くのさ?」
姉「聞いた方が良いから」

男「なんで?」

姉「まぁ、なんだかんだ云ってさ。
 あんた、出来の良い弟だし?
 あたしより高給取りになりそうだしさ。
 ……姉ぶりたいのよ」

男「……そっか」
姉「白状なさいよ。あんた最近、むちゃくちゃ
 勉強とかしてるじゃん。バイトも詰め込んでるし」

248: 2010/01/20(水) 15:28:38.74 ID:2rbnko+MP
男「うん、覚悟決まった」
姉「へぇ……」にやにや

男「話すのやめた。中止~」

姉「ちょ。待った待った! もう茶化さないっ!!
 教えてよ。ねぇってば」

男「だから、覚悟決まったって」
姉「へぇ。どんな娘? 可愛い? 美少女?
 チチの大きさどんなもん? まさかあたしより
 でかくないでしょうねっ」

男「すげぇ、頑張り屋さんだよ」
姉「……おやおや。なんか父性じみたこといっちゃって。
 もうちゅーしたのか? あん? この童O。うりうり」

男「してませんー」
姉「なんだよ。チキンだな。ゴム無かったのか?」

男「そう言うんじゃないわけ」
姉「覚悟決まったんでしょ? 条例を突破する
 覚悟とか。アグネスを敵に回す覚悟とか。
 上野千鶴子あたりから朝まで精神攻撃受けたりして」

男「いや、もうマジ姉ちゃんキツイす」
姉「なーによ~」

251: 2010/01/20(水) 15:34:42.34 ID:2rbnko+MP
男「そう言うんじゃないくて。頑張り屋だからさー。
 覚悟決めて、助けて上げなきゃなぁ、と」
姉「わお。なんだ。らぶじゃないのかー。家庭教師路線?
 てっきり彼女にして調教飼育するのかと」
男「そうじゃないって」

姉「でもあんたねー。子供だからって女は女なの。
 そういう態度ってすげぇ、傷つけると思うよ?」

男「傷つけるとこも含めて。覚悟決めたって事」
姉「……」

男「傷つく覚悟も決めたし。
 それで、まぁ。なんか色々あって。
 ……そういう未来もあれば、それはそれで、善し。かな」

姉「……難しい娘なんだ?」

男「難易度SSだね」
姉「あんたそれローマの休日クラスだから」

男「うっは。まさにその難易度だわ。弾幕で画面見えない系」
姉「ふぅん。よく判らないけど。……いいわね」

男「……ん?」
姉「まぁ、いんじゃない? 一回くらい。
 ……そういうの。一回くらい賭けてさ。しないと。
 人生生きてる意味なんてさ、無いのかも知れないし。
 いいんじゃない? あたしは。
 そういうの悪くないと思うよ」

254: 2010/01/20(水) 15:56:39.36 ID:2rbnko+MP
――黒髪の四阿

友女房「ええ、その箱はこちらへ。
 えーい、それは絹ですよ!? もっと丁寧に運びなさい。
 真珠は文箱です。間違えてはなりません」

黒髪娘「あの」
友女房「姫はそこで黙って座っていて下さいっ」

黒髪娘「う、うむ」
友女房「襲は何にいたしましょうね。
 右大臣家の何かけて、仇やおろそかな衣装で
 歌会に出るわけには参りませんが。
 この衣装の色合いこそ最初の関門。
 一遍の落ち度もあってはなりませんっ」

ごごごごっ

黒髪娘「いや、友? そこまで殺気立たなくとも……」

友女房「紅梅匂ですかね。柳桜……いや、もう一目華やかに
 樺桜と云う手も。しかし人妻ではない乙女ですからね。
 乙女で14であると。
 ……我が姫の異能はその才気と知性ですから」

黒髪娘「……わたしは異能者だったのか」

255: 2010/01/20(水) 16:00:02.61 ID:2rbnko+MP
友女房「成熟した、しとやかな色気。
 そして乙女の清らかさ。
 しかしそれらはすべて内側から照らしにじむような
 知性を基調として表現されなくては。
 そうですね……。
 やはり、基調は春ですから梅、桜。それに知性の藤色」

黒髪娘「藤壺の君が、藤は使うであろう」

友女房「では、表着は藤色を避けて、
 胸元から覗かせましょう。薄色と紗の梅を合わせ
 扇には、緑柱石の勾玉をっ!」

黒髪娘「すごい張り切り用だな」

友女房「あたりまえでございますよ。
 姫様がとうとう藤壺の君の宴へと参加する。
 おつきの女房としてこれほど晴れがましいことは
 ございませんですよっ」

黒髪娘「そ、そうか」
友女房「ええ。かくなるうえは、どんな手段を用いても
 準備万端、万事遺漏無きよう整えさせて頂きます」

黒髪娘「むぅ」
友女房「後は、お化粧ですね」

黒髪娘「そ、それは……」 きょろきょろ

258: 2010/01/20(水) 16:12:16.78 ID:2rbnko+MP
がたんっ

男「化粧はいいんじゃね?」

黒髪娘「男殿っ」
友女房「男様、いらしてたんですかっ?」

男「うん。まぁ、紅をさすくらいはしないと
 まずいけれどさ。黒髪は、黒髪じゃない。
 化粧して誤魔化すのも、面倒だろう?」

黒髪娘「……」 こくん
友女房「しかし、それでは……」

男「いや、考えたんだけどさ。
 今さら手のひらを返して『普通の姫君』やったって
 もう高得点は狙えないだろ?
 こんだけ引きこもりもしてれば、
 トンデモ噂だって流れちゃってるんだろうし。
 いまから一夜漬けで話し方だのなんだの
 仕込んでもそうそう上手くいきゃしないよ」

友女房「それはそうかもしれませんが」

男「黒髪は、黒髪のまんまでいいって。
 正面突破で。黒髪は、黒髪の積み重ねてきた物で
 それだけでみんなを振り向かせないと」

黒髪娘「男殿……」

259: 2010/01/20(水) 16:14:51.49 ID:2rbnko+MP
男「信じないとさ。自分の姫だろー?」
友女房「それはそうですが……」

男「それとも、自信ないのか?」

友女房「いえっ。確かに姫様は変わり者ですが
 その賢さ聡明さ、そして優しい心根だけは
 どこに出しても恥じる事なき、最高の主でございますっ」

男「だってさ」
黒髪娘「……友も、ありがとう」
友女房「もったいないお言葉です」

男「まぁ、実際それ『だけ』って云うわけには
 行かないからさ。幾つか仕込みはするんだけど」

黒髪娘「仕込み……?」
友女房「仕込み、ですか?」

男「うん、だから衣服を整えるのは重要だ。
 それから参加するメンバーも調べてくれ」

黒髪娘「判った。何か意味があるのか?」
男「賢いんだから、脳みそ使わないとな」

黒髪娘「やってみる」 こくん

304: 2010/01/21(木) 01:47:24.40 ID:cN7NTMxiP
――夜の都大路

ギィ、ギィ……

友女房「すみません。本当に色々お世話になって」
男「いや。今回のことは、俺も言い出しっぺだし」

友女房「それにしても、こんなに助けて頂けるとは」
男「乗りかかった船って云うか」

友女房「あの小豆はどうすればよろしいですか?」

男「朝にもう一回、右大臣家いくよ。
 いや、昼前が良いかな。あとは煮るんだけど、コツがあるし」

友女房「さようでございますか……」
男「自信なさそうな」

友女房「それは……まぁ。
 もちろん、この友。
 姫付きの女房としてどこへ出しても恥ずかしくない
 身だしなみを整えさせて頂きます。
 今回は男様から香油等も頂いておりますし……。
 ただ、やはり歌会ともなりますと、
 多くの方がお見えになられます。
 出席するのは10名だったとしても、
 そのお付きの数たるや数倍にもあがるでしょう。
 姫にはぶしつけな視線も突き刺さるでしょうし、
 なにか事があればその噂は宮中を駆け回ること必至」

307: 2010/01/21(木) 01:52:13.24 ID:cN7NTMxiP
男「……」

友女房「姫は……。どなたよりも、学問に打ち込んで
 いらっしゃったので、そのことでからかわれよう物ならば
 きっと癇癪を起こしてしまいます。
 その癇癪が大きな傷口になるのではないかと」

ギィ、ギィ……

男「黒髪もそんな事を云っていたけれど、
 それって本当かな。嘘……つくつもりはないんだろうけど
 間違いというか、真実ではないんじゃないかなぁ」

友女房「え?」

男「黒髪が癇癪? かっとなって?
 ……なんだか違和感がないか? 俺は信じないけどな」

友女房「でも、現に何回も何回も……」

男「違うね。絶対に違うね」

友女房「わたくしには判りません。
 男様には判るのですか? 癇癪ではないのですか?」

男「ああ。判るな。俺には……うん。身に覚えがあるもん」

友女房「どのようなことなのでしょう……」

309: 2010/01/21(木) 01:56:35.90 ID:cN7NTMxiP
男「つまりさ。説明しずらいな……」
黒髪娘「?」

男「黒髪は、学問が好きなんだよ。
 見たろう? あの蔵書。金に飽かせて買ったモノが
 ないとは言わないけれど、殆ど黒髪が自分で筆写
 したんだぜ? どんだけ時間かかるんだよ。
 漢詩も、薬草の絵も、天文の図も。
 漢書に晋書。全部手書きだ……」

黒髪娘「はぁ……。私は無学でして……。
 詳しいことは判らないのです。
 姫がたいそうな、それこそ博士にも勝るような
 学識をお持ちなのは確信しているのですが」

男「あいつが筆写してるところ見たことある?
 星を見るために夜空をじーっと見てるところは?」

友女房「それはもう」
男「すっげぇ嬉しそうじゃなかった?
 にやにや笑ったりしてなかった?
 楽しそうだったろう」

友女房「ええ。そうですね。この友にはまったく判りませんが」

男「黒髪はさ……あー。面倒だなぁ、言葉が通じないのも。
 おたくなんだよ。勉強おたくなんだ。
 好きなんだよ、あれが。大好きなの」

友女房「は、はぁ……」

310: 2010/01/21(木) 02:03:04.81 ID:cN7NTMxiP
男「だから、黒髪や友が云ってるのは癇癪じゃなくてさ。
 いや、もしかしたら癇癪の成分も含まれてるかも
 知れないけれど……」

男(それはさ。ほら。あれだよ。通じろよっ。
 おたくが、オフ会に行ったとき、
 テンションあがりすぎて知識自慢大会始めちゃうとか。
 語り始めるとストッパー書きかなくなっちゃって
 些細な論争が蘊蓄まみれで無制限になっちゃうとかっ。
 うっわぁ、もどかしい。
 なんでこれが伝わらないかなぁっ!
 つまりあれだよ。
 童Oがちょっと可愛い女の子の前で見栄張りすぎて
 挙動不審になっちゃうのと大差ねぇんだよっ)

友女房「どう、されました……?」

男「えー。こほんこほんっ」

友女房「お熱でもあるのですか? 頬が赤いような」

男「いや、なんでもねぇですよ?」

友女房「さようですか」

男「……黒髪は、人嫌いじゃないよ。
 “みんなに嫌われてる”と思い込んでるだけだ。
 だから歌や漢詩や学問の話が出来ると、嬉しい。
 周囲から見てると怒ってる風に見えるほど、嬉しいだけだよ」

319: 2010/01/21(木) 02:55:04.07 ID:cN7NTMxiP
――数日後、藤壺。早春の歌会。

友女房「大丈夫でございますか? 姫」
黒髪娘「大丈夫。これくらい」

友女房「昨晩は」
黒髪娘「練習した。男殿の注意書きも百回は読んだ」

友女房「いえ、それではお眠りは……」
黒髪娘「寝てなんかいられない」

友女房「はぁ」

黒髪娘「えっと~気持ちを落ち着けよいとは思わなくて良い。
 自分の姿勢に気をつけて、相手のことをよく見る。
 相手をよく見て、相手の話を聞くこと。
 正しく聞くこと。相手が何を言っているかではなくて
 “何を言いたいか”を聞くこと」

友女房「男様ですか?」

黒髪娘「うむ。……そういえば、男殿は?」

友女房「流石に歌会の席にはあがれませんから。
 雑色と一緒に牛車止まりにいらっしゃると思いますが」

黒髪娘「手間を掛けさせているな」
友女房「そうお思いならば、今日の歌会を乗り切りませんと」

321: 2010/01/21(木) 02:59:26.24 ID:cN7NTMxiP
――藤壺の広間

藤壺の君「本日は良くおいで下さいました」

黒髪娘「お招きありがとう……ござい、ます。
 ……いままでも何度もお呼び頂いたのに
 そのたびに断って参りました。
 申し訳ありません」

藤壺の君「いえ、よろしいのですよ。
 体調が優れなければ、このような宴も楽しめません。
 全ては御身が一番大切です。黒髪の姫」

黒髪娘「でも、わたしは……」

藤壺の君「体調、そして吉凶。
 そう言うことにしておきましょうよ、姫」 にこり
黒髪娘「お気遣い、ありがとうございます」

藤壺の君「面を伏せるのは、おやめになったのですね」
黒髪娘「あ、あ……。記帳越しでも、判りますか」

藤壺の君「ええ。良いことかと思います。
 今日の黒髪の姫は、いままでで一番素敵ですよ」
黒髪娘「……それは」

藤壺の君「参りましょう。本日お招きしたのは
 中納言の二の姫を始め親しい方8人ほどです。
 心案じて過ごして下さいね」

323: 2010/01/21(木) 03:13:44.38 ID:cN7NTMxiP
からり、しず、しず

黒髪娘「お招き頂きました。
 右大臣家、尚侍を勤めまする黒髪と云います」

ひそひそひそ
 ……噂の妖憑きの姫よ。まぁ、あの格好。
 右大臣家の娘だもの、服が豪華なのは当たり前よね。
 面を伏せもせずに、醜女のくせに。
 ……あの言葉遣い、殿方のようではありませんか。

二の姫 パチンッ

 ……! ……。……。

黒髪娘「生来身体弱く、尚侍の職分も十全に果たせぬ身。
 このような席に呼ばれ皆様の不興を買うことを恐れ
 いままでは庵に閉じこもっていました。
 しかし藤壺の君のご厚情あつく、
 早春、梅の香かおる歌会に呼ばれましたので
 この身を運ばさせて頂きました。
 藤壺の君には厚くお礼申し上げさせて頂きます」

藤壺の君「本日は歌会とは言え、ごくごく私的なもの。
 後ほどお茶なども振る舞いましょう。
 皆様で、歌を詠み、過ごして頂ければ
 私としても嬉しく思います」

324: 2010/01/21(木) 03:32:39.25 ID:cN7NTMxiP
しずしずしず
 雪融けてまもなき春ですが梅のつぼみほころび……

  友女房「姫、先ほどの口上はお見事でしたよ」ひそひそ
  黒髪娘「あれしきのことなら。
   それより、緊張でどうにかなりそうだ。
   胸が早打ちして血の気が引く」

  友女房「頑張って下さい」

しずしず
 本日はお招き頂きありがとうございます……

  友女房「それにしてもそうそうたる顔ぶれですね」
  黒髪娘「藤壺の君の歌会だ。招かれただけで
   宮廷雀からは一段高い扱いを受けるのだぞ。
   当たり前と云えば云えるだろう」

藤壺の君「それでは、歌の方を……そうですね」

  友女房「始まりましたね」
  黒髪娘「うむ」

  友女房「大丈夫ですか?」
  黒髪娘「漢詩が得手とはいえ、歌が不得手なわけではない。
   このような歌会ならば容易くこなせる、はずだ」

327: 2010/01/21(木) 03:41:00.20 ID:cN7NTMxiP
~ゐぐひにいとどかかるしらなみ

  友女房「ど、どんな感じですか?」

  黒髪娘「みな無難な歌を詠んでいるな。
   藤壺様がやはり一枚上手というか
   艶麗な歌を詠んでいなさるが」

  友女房「大丈夫ですか?」
  黒髪娘「こちらだって無難な歌ならば
   いくらだってやりようはある。
   ここは波風をたてずにこなすのが良いだろう」

藤壺の君「では、黒髪の姫?」

黒髪娘「うむ……。私の番か。
 そうだな……。

 ――淡雪ににほへる色もあかなくに
  香さへなつかしこぼれたる梅」

藤壺の君「香りさえ懐かしい……。そうですね」

……ちゃんと詠めるではないですか。
 いやしかし一首ではまだ噂どおりの文殊の申し子とは。
 詠むには詠んだけれど、そこまで素晴らしいかしら。
 淡雪を読み込むのは色合いが素敵ですけどねっ。

328: 2010/01/21(木) 03:44:28.41 ID:cN7NTMxiP
藤壺の君「では……そうですね」

二の姫「私がその歌を受けましょう。
 
 ――梅が枝に啼きてうつろふ鶯の
 羽しらたへに淡雪の降る」

藤壺の君「おや、中納言の二の姫」 にこり

  黒髪娘「っ!?」
  友女房「ど、どうしたんですか?」

同じ淡雪を詠みこむなら二の姫様の方がよほど艶麗ですわ。
鶯の羽の白さを淡雪の降り積もる色合いと重ねるなんて
やはり人前に顔も見せることが出来ない醜女の歌とはねぇ

  黒髪娘「こちらの歌に中納言の二の姫が
   切り返してきたのだ。
   くっ。しかも淡雪の梅を重ねて見事な出来だ。
   このような才媛が居たとは……」

  友女房「どうしましょう」 おろおろ

  黒髪娘「どうしようもこうしようも
   むこうがヤる気ならばヤらない訳にはっ」

  友女房「姫様ぁ」

332: 2010/01/21(木) 04:03:28.82 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「――淡雪は誰に零るとも梅の枝に
 零れてのこらじいにしえの花」

ひそひそ……ひそひそ……

  黒髪娘「この切り返しでどうだ?
   受ける太刀が有るかどうか、見せてもらおう」

零る(ふる)と零れる(こぼれる)の重ね遊びだと?
いにしへの花、は「香さへなつかし」を引くのか
……妖憑きの姫は古今万巻に通じるとは聞きましたが。
くぅ、歌がいくら上手くたって、あのように高慢なっ

二の姫「――」

(相手をよく見て、相手の話を聞くこと。
 正しく聞くこと。相手が何を言っているかではなくて
 “何を言いたいか”を聞くこと)

黒髪娘「あ……」
  友女房「ひめ、さま?」

(喧嘩したいの? 相手がそんなに嫌いなの?
 違うでしょう。相手の気持ち、見て。
 よく見ないと駄目だよ。
 自分が言いたい事じゃなくて相手に届く言葉を選んで)

黒髪娘「……済まぬ。詠み損じた。
 ――梅が……梅が香にむかしをとへば淡雪の
  こたへぬ白よ吾が袖にやどれ」

333: 2010/01/21(木) 04:08:38.18 ID:cN7NTMxiP
何を……詠んで?
梅の香りに昔のことを尋ねてみれば答えず
淡雪の白さもまた答えてくれず、でも、それでも
袖に留まってくれ?
なんの歌なの。それは、梅と泡雪で春の歌だけど。
でも、なんだかとても想いのこもった……。

黒髪娘「う゛。うぅう……」

  友女房「姫様。姫様真っ赤です」

  黒髪娘「恥ずかしいのだ。
   こ、このような歌っ。頼むから虐めないでくれ」

  友女房「どういう事か判りませんが……」

藤壺の君「ふふふふっ」 にこにこ

  友女房「え? え?」

二の姫「淡雪と?」

黒髪娘「その……。二の姫の、唐衣の白が。
 朧にかすみ、煙ったように美しかったゆえ……」おどおど

  友女房「へ?」

二の姫「吾が袖に?」
黒髪娘「ご、ご迷惑だろうか?」

335: 2010/01/21(木) 04:17:23.07 ID:cN7NTMxiP
二の姫「いえ。最初から、そう願っていました」
黒髪娘「あ……」

二の姫「お友達になりましょう」 にこり

黒髪娘「感謝する」 ぱぁっ

え? え? なんで……。
答えず、なんじゃないのか? それでも……?

二の姫「歌をかわせば判りますよね。
 どれだけの歌をご存じなのか、どれだけ気持ちに
 共感されているか。
 歌の善し悪しなど、評定するものでもありますまい?
 黒髪さまの歌はどれも美しかったです」

黒髪娘「いや、それは……」

二の姫「でも、最期の歌が一番
 お心が入っていたように思います」

藤壺の君「ええ」

黒髪娘「あれは、その。とっさの……不出来な物で」
二の姫「良いではありませんか」

ひそひそ……ひそひそ……

337: 2010/01/21(木) 04:26:09.78 ID:cN7NTMxiP
名ばかりの尚侍が……。右大臣家の権力を笠に着て。
中納言家の二の姫とご友誼を? 信じられません。
あのような醜女、人と会うことも出来ぬ山だしでは
ありませんか。話によれば、あれは正腹とも限らぬ
そうで……

二の姫 パチンッ!!
  友女房 びくっ

二の姫「藤壺の上の歌会です。
 自ずと場の品格と云うものが求められましょう。
 付き人の恥は主の恥……そう思います」

友女房(うわぁ。二の姫も華奢な姿で
 清らかでなよやかな姫君かと思いましたが……。
 その実は悋気の激しい、清冽なお方ですのね)

黒髪娘「……」

藤壺の君「歌も一巡りしましたね?
 では、お茶のご用意などをいたしましょう。
 宇治よりのものがありまして、先日いただいたのです。
 皆様にもぜひ……」

友女房(ふぅ……。これでなんとか一息……)

黒髪娘「かたじけない」
二の姫「いいえ。わたくしの我が儘でもありますもの」

341: 2010/01/21(木) 04:48:12.36 ID:cN7NTMxiP
――藤壺の広間

しずしず、とぽぽぽ

  友女房(流石、藤壺の上……。
   ※女房の一人一人に至るまで洗練されていて
   流れるような給仕ですね……)

  黒髪娘「どうした? 友」

  友女房「あ、いえ。藤壺の上のところの女房さん
   太刀は立ち居振る舞いが洗練されていて、すごいな、と」

  黒髪娘「友が一番だ」
  友女房「――え」

  黒髪娘「友が一番すごい」
  友女房「姫様……」

藤壺の君「お茶が入りました。皆さんどうぞ?
 それから、茶菓もまた頂きまして」

友女房 ごくりっ

※女房:女性の使用人。和製メイド。下級貴族の娘や
 親戚、妾腹の娘等がなることが多かった。

342: 2010/01/21(木) 04:51:20.34 ID:cN7NTMxiP
藤壺の君「茶菓の方は、先ほど黒髪の姫から頂きました」

黒髪娘「うむ。唐渡りの茶菓を
 当家の料理人に作らせたものだ。
 今日は梅の香会と云うことで
 梅の香りにあやかったものを用意してみた」

参加者「これは……?」

ふわり

二の姫「梅の香り、ですね」
藤壺の君「梅酒の香りでしょうか?」

友女房(男さんが作ってくれた、梅饅頭です。
 あの爽やかな甘さならば、
 きっと居並ぶ姫君の心を開かせることも叶うはず……)

黒髪娘「桐箱に入っているゆえ、開けて食べてみて欲しい」

二の姫「これは可愛らしいですね」
藤壺の君「これは、麦団子なのですか?」

黒髪娘「麦粉をねって蒸した饅頭という物だ。
 中身には、小豆の餡が入っている」

二の姫「小豆の……?」

350: 2010/01/21(木) 07:14:09.61 ID:cN7NTMxiP
――藤壺の殿、牛車止まり

男「どうだい、それ?」

舎人「なんだこりゃ! 美味ぇぇぇ!!」
雑色「ああ、甘い。食ったこともない味だ!」

男「梅饅頭、ってんだよ。唐わたりの菓子さ」

下級女房「おいしいねぇ。すごいねぇ」
男「もう一個食えよ」

舎人「でも。んぐっ。良いのかい?」
雑色「ああ、そうだそうだ」

男「ん? なんで?」

舎人「唐渡りってことは、特別な材料が使ってあるんだろう?
 それに、こんなに綺麗に小さく作ってあって。
 俺たちみたいな下っ端に振る舞うような……」

雑色「ああ。これは、もしかしたら雲上人が食うような
 とんでもないご馳走なんじゃないのかい?」

※舎人、雑色:男の雑用係。執事、召使い、ガードマン
時に牛車の御者なども行なう運転手にも。

351: 2010/01/21(木) 07:21:44.19 ID:cN7NTMxiP
男「あはははっ。いいってことさ。
 確かに珍しい材料は使っちゃ居るし、
 滅多に食べられない物だけれど、
 だからといって遠慮してどうするよ。
 こいつは右大臣家、黒髪の姫の心遣い。
 寒い中で待っている舎人や雑色のみなさん
 女房の皆さんにも差し入れしてあげろってさ」

下級女房「そうなの? あ、あの……」
男「ん?」

下級女房「私の友達は、その。
 うちの姫のお付きだから、藤壺の中に……」

男「ああ。うん。わかるわかる。
 うちのほかの女房さん達もそうだ。お土産だろ?
 こっちに少しよけてある。悪いな。
 こっちに持ってきてあるのは、
 姫達が食べるのを作る時の失敗作とか、
 半端モノなんだけどさ」

舎人「とんでもない! 天竺の菓子とはこれのことかと思うぜ」
雑色「ああ、ほんとうだ。妻にも食わせてやりたいもんだよ」

下級女房「ありがとうね。雑色さん」

男「まぁ、今後とも一つ頼むよ」

353: 2010/01/21(木) 07:29:34.44 ID:cN7NTMxiP
――藤壺の広間

黒髪娘「梅の実と梅酒の香り付けがある。
 茶に合うと思うので、良かったら。その……
 食べて欲しい」

ひそひそ……。ひそひそ……。

二の姫「頂きますわ」
藤壺の君「ええ、もちろん」

  友女房(どうですか? どうですか、それ?)

黒髪娘「……」じぃっ

藤壺の君「これは……」
二の姫「甘い。……それに梅の香りと、爽やかさが
 なんて清々しいのでしょう!」

  友女房(やった! やりましたよ!
   これが未来の甘味の実力。いわゆる仕込みですねっ。
   さすが男さんっ。あの祖父君のお孫さんです)

黒髪娘「よかった」 ほっ

二の姫「それにしてもこれは初めて経験する甘露です」

藤壺の君「ええ。干し柿のようにとろりと甘いですが
 それよりも蜜のように心くすぐるような……」

354: 2010/01/21(木) 07:32:11.81 ID:cN7NTMxiP
これは……お……美味しいですわね
確かにこの蕩けるような小豆の味が……。
別にこの程度の物、あ。それはわたしのぶんでしてよっ。
唐わたりの製菓の技まで持つとは。文章博士に匹敵する
学識を持つというのもあながち……

 友女房「姫様。姫さまっ。
  ……気に入って下さったみたいですよ?」わたわた
 黒髪娘「うむ」

二の姫「雅やかな銘菓です」
藤壺の君「ええ、ありがとうございます」

黒髪娘「あ、いや……それは男ど……こほんっ。
 実を言えば、その。
 まだ余っているのだ。
 お帰りの時に持ち帰れるよう包んであるゆえ
 皆様、宜しかったらいかがだろうか?
 ……。その……。皆様方。
 わたしは、生来不調法で、このような席を避けていた」

藤壺の君「黒髪の姫……」

黒髪娘「にもかかわらずこのような席でご厚情を頂き
 感謝に堪えぬ。みな、私を悪し様に罵るのも当たり前だ。
 仕事を果たしてこれなかったし、
 今後はすこしでも出仕しなければと思っている。
 ただ、感謝の気持ちだけ、受け取って欲しい……」

359: 2010/01/21(木) 07:44:18.67 ID:cN7NTMxiP
――藤壺の前庭。

ざわざわ……牛車回しを……姫のお帰り……

藤壺の君「本日はおいで下さって、嬉しかったですわ。
 黒髪の姫君。美味しい、唐渡りの菓子を、ありがとう」 にこり

黒髪娘「いえ……その……。
 藤壺の上のお心遣いで、胸のつかえもとれました」

藤壺の君「取れたとすれば、それは姫の手柄でしょう?」

黒髪娘「私はこんなに癇癪持ちなのに、良くして頂いて……」

藤壺の君「寂しかっただけではないの?」

二の姫「黒髪の姫の才気は男にも負けないのですから
 そんなに背を丸めていると世を見誤りますわ」

黒髪娘「二の姫……」

二の姫「今度は私の宮にも遊びに来て下さい。
 黒髪の姫には物足りないかも知れませんが、
 古謡の歌合わせでも、お茶でもいたしましょう」

黒髪娘「ありがとう。その……。
 わたしを、きらわないでくれて」

二の姫「そのようなことを仰っては駄目ですよ」にこり

361: 2010/01/21(木) 07:58:46.53 ID:cN7NTMxiP
――建春門の梅の下

黒髪娘「男殿、男殿っ」
男「黒髪、そんなばたばた……おいっ」

かたっ。とっとっと……

黒髪娘「っと……。んっ。大丈夫だ。
 少し躓いただけで。
 牛車ではまだるっこしくて困る」

男「なんだなんだ。貴婦人して疲れたのか?」
黒髪娘「うむ」

男「クチ尖らせたって駄目だ」
黒髪娘「そのようなことはない」

男「ん? どした」
黒髪娘「いや、ううん」

男「なんだよ、変だなぁ」
黒髪娘「胸がいっぱいで」

男「上手く行ったのか?」
黒髪娘「全てみんなのお陰だ」

362: 2010/01/21(木) 08:00:53.47 ID:cN7NTMxiP
男「よかったなぁ、おい。ちゃんと歌も詠めたのか?」
黒髪娘「わっ。よ、よめた」

男「偉いな、おい」 わしゃわしゃ
黒髪娘「男殿に云われたとおり、皆の声を聞いた」

男「聞こえたか?」
黒髪娘「……聞こえた」

男「みんなに嫌われてばかりだったか?」

黒髪娘「嫌われてもいた。疎まれてもいた。
 侮られても恨まれてもいた。
 ……でも、それだけじゃなかった」

男「そっか」
黒髪娘「たぶん……おそらく、友人も。
 できたのだと……思う……」

男「予想以上の戦火だな」
黒髪娘「うん……。男殿の……おかげ……」

男「なんだよ、鼻赤くなって。泣くのか?」
黒髪娘「泣かないっ」 ふいっ

363: 2010/01/21(木) 08:04:45.00 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「男殿に、その……」
男「なに?」
黒髪娘「礼をしなければならない」
男「気にするなよ」

黒髪娘「気になる。私はこれでもう大臣家の娘だ。
 明経を学んだ身でもある。礼節を逸したくはない」
男「それはそれで、めんどうだなぁ……」

黒髪娘「男殿は望まれることはないのか?」
男「んー」

黒髪娘「……」じぃ
男「望み、ねぇ……」

黒髪娘「私でかなえられる……ことは、その……
 たいしてないのだが……何か……」

男「んー」
黒髪娘「男殿……」

男(これは、その……。あれかな。フラグ、なのか?
 人生初めて過ぎてさっぱり判らんぞ……。
 どう答えりゃ良いんだ!?
 女の考えてることわからねぇぞ……)

365: 2010/01/21(木) 08:15:23.84 ID:cN7NTMxiP
むにっ

黒髪娘「ひゃい?」
男「いや、水くさいって云うか」

黒髪娘「られ、ほっぺらをひっふぁるのらっ」
男「……雰囲気に耐えきれなかったって云うか?」

黒髪娘「う゛うう」

男「礼かぁ。なんか考えておくよ。
 それより、祝いの方が先だろう?」

黒髪娘「りわい?」

男「今回の作戦も成功だったし。
 舎人や雑色にも恩は売ったしな。いくら貴族がサーバでも
 結局噂の流通はネットワークである女房や召使いに
 頼っているようなこの世界じゃ、下を味方につけるのは
 大きいと思うぞー」

黒髪娘「??」

男「いや。友女房とかにも世話になっただろう?」
黒髪娘 こくり

男「美味い物でも出して、ねぎらってやれ?」
黒髪娘「もりろんだ」

378: 2010/01/21(木) 09:38:20.99 ID:cN7NTMxiP
―― 一月後、黒髪の四阿、炬燵の間

男「まだまだ炬燵が有り難いなぁ」
黒髪娘「そうだな。朝夕は特にだ」

男「それなに?」
黒髪娘「宿曜道の本だ」

男「宿曜道ってなに?」

黒髪娘「暦道と占いの混ぜたような物かな。
 僧都が学ぶ物だけど、なかなか興味深い」
男「勉強好きな」

ペラッ

黒髪娘「むぅ……。その……好きだぞ? 勉強は。
 以前みたいに、出世とか、そう言うことを
 考えなくても。私が、私のままで……。
 好きだ……けっこう」

男「それでいーじゃんよ」
黒髪娘「む」

男「?」

黒髪娘「そのミカンは私の分ではないか?」
男「あ。すまん」

379: 2010/01/21(木) 09:44:23.04 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「最期の一個とっておいたのに!」
男「いや、悪い悪い。半分食うか?」

黒髪娘「当たり前だ」
男「ふふふっ」

黒髪娘「ミカンは丁寧に剥くのが……ん?」
男「いいや、なんかさ」

ぺらっ

黒髪娘「うん」
男「ずいぶん打ち解けたというか。良い感じになったよな」

黒髪娘「?」

男「黒髪もさ、表情が柔らかくなった」

黒髪娘「そのようなことはない。
 私は常に礼節には気を遣うほうだ」
男「そりゃ最初からだったけどさ」

黒髪娘「うむ」
男「いまは、結構なれてきたでしょ?」

黒髪娘「そうかな?」

380: 2010/01/21(木) 09:47:29.68 ID:cN7NTMxiP
男「馴れた馴れた」
黒髪娘「何か釈然としない物を感じるが」

ペラッ

男「そうか?」
黒髪娘「うむ」

男「ほら。剥けたぞ。……ほれ」

黒髪娘「ん」ぱくっ 「……美味しい。ありがとう」

男「どういたしまして」

黒髪娘「……むむむ。戌羯羅は金星にして宵を過ぐる、か」
男「難しそうだな」 むきむき

黒髪娘「夜空を彷徨う九星についてらしいのだが。
 これは明けの明星について話しているようだ。
 しゅくら、と読むのかな? 梵語は話せないから」

男「ほれ、もう一個……」

黒髪娘「ん」ぱくっ 「……ひんやりして美味しいな」

男「だよなぁ」

383: 2010/01/21(木) 10:07:21.49 ID:cN7NTMxiP
 がたーん!

黒髪娘「?」
男「どうしたんだ」

ばたーん。どたたたたっ。

黒髪娘「なんだ、騒がしい」

友女房「姫様っ。大変ですっ」
黒髪娘「何があったのだ。友」

男「どうしたんだ?」

友女房「桐壺様のお付きの者がこちらにっ」
黒髪娘「なにゆえっ!?」

男「どうゆうこと?」

友女房「た、大変ですよ。
 どうやら今回ばかりは探索というか、
 無理矢理にでも見つけるつもりかと」

黒髪娘「いや、それどころではない。
 ほら、先月末の楽の会を」

友女房「そ、そうでしたっ」

384: 2010/01/21(木) 10:11:43.42 ID:cN7NTMxiP
男「ちょっとまってくれよ。どういう事なんだ?」
友女房「男様っ。そうだ、男様だってまずいですよっ!」

黒髪娘「いや、今さら些末なことだっ。
 それよりまずい。まずいな……。
 私はここにいないことになってるし……」

男「どうゆう事なんだ?」

友女房「先月の歌会から、話が姫も多少は
 宮中での株が持ち直しまして」

黒髪娘「多少と云ってくれるな」

友女房「珍しい物見たさと云いますか、
 あちこちの歌会やらお茶会からたまに声が
 かかるようになったのですよ。
 姫君も、時間が余りかからないような
 小さな会を選んで数回は顔を見せたのですが、
 中でも強烈にお招きを下さっているのが
 桐壺さまでして……」

黒髪娘「はぁぁ……」

男「それが、どうだめなんだ?」

386: 2010/01/21(木) 10:15:11.82 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「桐壺様は後宮では大きな権勢を
 持っていらっしゃるのだ。
 しかしもうお歳もめしはじめていらっしゃるし
 今上帝の寵も薄れつつあるとの噂。
 要するに、藤壺の上に強烈な対抗意識を
 持っているのだ。
 私を誘うのも私自身に興味があるわけではなく、
 藤壺の上との間のもめ事に利用しようという気持ちなのだろう。
 それが面倒で、何回も断っていたのだ」

男「ふぅん。断っていたのなら別にいいんじゃね?」

黒髪娘「いや、そのぅ……」

友女房「断る時の口実が問題でして。
 姫は気鬱の病のせいで吉野の別宅へ
 静養に行っていると云うことになっているのです。
 ひと月ほどのことですが」

男「え?」

友女房「ですからここにいるのが見つかると
 非常にまずいんですよ」

黒髪娘「引きこもっていれば
 絶対にばれないと思ったんだが……」

388: 2010/01/21(木) 10:18:45.20 ID:cN7NTMxiP
男「どうしてそう言う隙だらけの作戦を立てるっ」

黒髪娘「う゛。し、しかしっ。
 この庵を留守にすると、男殿の長びつが
 無防備になってしまうではないか」

男「連絡しておいてくれるなりすれば、そんなのさ」

友女房「す、すみませんっ。お二方。
 いまは火急の時ですので、どうかご容赦をっ」

黒髪娘「そうだな。えっと、その使いの者は
 どれくらいでこちらにくるのか?」

友女房「おそらく、半時もかからぬうちに」

黒髪娘「ではいまから牛車を仕立てても……」

友女房「ええ、絶対ばれてしまいますね」
黒髪娘「くっ……。何か手はないのか」

友女房「いっそ、女房の服で夕闇に紛れ……」
黒髪娘「しかしそれで実家へ帰ろうと、
 実家の方も張られている公算が高い。
 どうも私に疑いを持って確認に来ているようだし」

男「……あー。んぅ……なんだ。
 ひとつばかり、一応思案があると云えば……あるんだが」

390: 2010/01/21(木) 10:30:50.69 ID:cN7NTMxiP
――祖父の田舎屋

がたがたっ。どてっ。

黒髪娘「っくぅっ」
男「大丈夫か?」

黒髪娘「かたじけない。男殿。……風の香が」
男「やっぱ違うよな」

黒髪娘「ここは……」
男「話しただろう。爺ちゃん家の納戸だ」

黒髪娘「そうか。ん……」
男「足とか、平気か? 捻ってないか?」

黒髪娘「大丈夫のようだ。いまは何時頃なのだろう?
 表はほのかに明るいようだが、夜明け前だろうか?」

男「いや」すちゃっ 「――殆ど真夜中だな」

黒髪娘「あの白い灯りは?」

男「水銀灯だよ。防犯のために、夜を照らしている」

黒髪娘「そうか……。本当に、別の世界なのだな」

男「まぁ、気楽にしてよ。ようこそ、二十一世紀へ」

394: 2010/01/21(木) 10:40:03.65 ID:cN7NTMxiP
――男の実家

姉「どーしたのよ、あんた。こんな時間に」
男「しーっ。声、でかい姉ちゃん」

姉「なんなの? 父さんの出張に母さんも
くっついてっちゃったから誰もいないわよ?」

男「そっか、なら、まぁ。いいけど」

姉「どうしたのよ? こんな夜中に? 犯罪?」
男「いや、ちげぇって」

姉「むー。たいした用事じゃないんだったら老後にしてよ。
 あたし年金生活になったら暇になる予定だから」

男「姉ちゃんを見込んでたのみがあるんだ」
姉「金なら借りたい位よ?」

男「ちがうって、その……さ。
 いや、なんて云えばいいかな。そのぅ……。
 決して問題がある事情って訳じゃないんだけど」

そぉ

黒髪娘 ぺこりっ

395: 2010/01/21(木) 10:53:58.80 ID:cN7NTMxiP
姉「かっ!」
黒髪娘 びくっ

姉「可愛い~♪ わ。わ。なにこれ! まじ!?」

ぎゅむっぎゅむぅぅぅ~!!

黒髪娘「!?」

男「いや、姉ちゃん。ごめん、そいつ氏んじゃうから」

姉「なによ。ははぁん。これがあれ? 例の。
 難易度SSの女子中学生?」

男「まぁ……そうなる……かな」

姉「可愛いわねぇ。すっごいちいさいのっ。
 それに何これ、こんなに長い黒髪とかっ。
 あんたどんだけフェチはいってるのよっ!?
 いっやぁ。フィギュア買う程度かと思ってたけど
 この姉ちゃんもおそれいったわ! いやぁ参った!!」

男「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

397: 2010/01/21(木) 11:02:32.32 ID:cN7NTMxiP
――男の実家、居間

姉「やぁ。ごめんね。あたし、こいつの姉。
 この家に一緒に住んでる。
 まぁ、こいつはいまは半分くらい爺ちゃんの家に
 寝泊まりしてるんだけどねー」

黒髪娘「お初にお目にかかります。
 わたしは黒髪ともうします。
 弟御にはいつもいつもお世話になっています。
 その恩を返す事も出来ずこのように
 尋ねてきてしまいましたが
 どうかお見知りおき下さい……」 おずおず

男「あー」 おろおろ

姉「ちょ……ごめ……」 ぐいっ
黒髪娘「?」

  姉「ちょっとあんた、あたしを萌え頃す気?
   鼻血でそうじゃない、あの態度。
   髪の毛サラサラで卵肌に潤んだ瞳よ。
   なんであんなに奥ゆかしくて清楚なのよ!?
   あれ絶滅危惧種だから。大和撫子だから。
   お姉ちゃんの物にするから」

  男「なんでそこでそうなるっ」

黒髪娘「あの……。こんな余分に、本当にご迷惑を」

399: 2010/01/21(木) 11:09:27.33 ID:cN7NTMxiP
姉「いや、迷惑なんかじゃないですから」くるっ
黒髪娘「そう……ですか?」

男「お茶、煎れようか」
姉「ああ、さっさと煎れてくるように」
男「わかったよ」

姉「黒髪ちゃんか。ん、素敵な名前だね」
黒髪娘「ありがとうございます」

姉(ふぅん……。男のTシャツにカーゴパンツ、ねぇ。
 どこで着せたのか。“着る物もなかった”のか……。
 やっぱり訳ありの“難しい娘”ってやつなのねぇ)

黒髪娘「どうされました?」

姉「ううん。なんでもないよ」

男「おー。茶を入れたぞ」
姉「どうぞ、温かいよ」
黒髪娘「はい」

姉「ハイとか言って。すげぇ清楚だよ。撫子だよっ」
男「興奮するなよ。姉ちゃん」

402: 2010/01/21(木) 11:15:36.82 ID:cN7NTMxiP
姉「で、弟はお姉ちゃんになんのお願い有るのかな」

男「まぁ、幾つかあるんだけどさ。
 まずはこの黒髪を風呂入れてやって欲しいんだ。
 こいつ、多分こっちのことは相当に疎いから」

姉「ふぅん。……聞かない方が良い?」
男「事情は聞かないでくれれば助かる。
 そうだなぁ……帰国子女だと思ってもらって間違いない」

姉「いいよ。それくらい」

男「それから着る物なんだけどさ。
 適当な女物見繕ってやってくれるかなぁ」
姉「んー。あたしの古着って訳にもいかないよね」

男「バイト代入ってるから、出せる」

姉「夜が明けたら買いに行くとかで良いの?」

男「うん」

姉「一応聞いておくけどさ。しばらく一緒に住むつもり?」

男「爺ちゃんの家でな。大丈夫。五日間だけだし
 姉ちゃんがおもってるような悪いことはなんにもないし
 俺も、そんな事するつもりはないから」

405: 2010/01/21(木) 11:25:11.87 ID:cN7NTMxiP
しかし、ここで休憩。もうしわけないです。
例によって落ちるならそれはそれで。
残っていたらまた書いてみるなう。
パスタ食べたい。オナカヘッタ。
こんなポンチ読んでくれる人に感謝を。
賑やかなのは大歓迎です。

446: 2010/01/21(木) 19:10:18.23 ID:cN7NTMxiP
――夜中のバスルーム

姉「さ、脱いだ脱いだ」
黒髪娘「あ、いえっ。その。うわぁ」

姉「ん? ん? やっぱりちょっと小さめね」
黒髪娘「ううう。このように明るいところで。
 まるで昼間のような灯りではないか……ですか」

姉「そりゃお風呂だもん。寝室みたいに
 暗くするわけにもいかないでしょ。……恥ずかしい?」

黒髪娘「恥ずかしく……ありますが」

姉「大丈夫大丈夫。気を楽に」
黒髪娘「……う゛ぅぅ」

姉(それにしても、このうっすらあばらの浮いた
 細っこい身体とか。そのくせ膨らんじゃってる胸とかっ。
 その身体に絡みつく滑らかな黒髪とかっ!!
 弟、あんた趣味よすぎっ)

黒髪娘「その……」

姉「ん?」

黒髪娘「私はどこか変か……ですか?」

449: 2010/01/21(木) 19:12:58.54 ID:cN7NTMxiP
姉「いやいや。綺麗な物だよ」
黒髪娘「そうですか」 ほっ

姉「ほら、こっちきて。流すから」
黒髪娘「あっ……」

姉「熱かった?」
黒髪娘「いえ、温かいです」

姉「おっけーおっけー」

黒髪娘(こんなに明るくて、夜中に誰の助けも
 借りることなく湯殿に湯を用意させられる……。
 男殿の家は貴族なのか? それともこの世界では
 全ての人々がこうなのだろうか……)

姉「ん。まずは暖まろうか。髪の毛はまとめちゃおうね」
黒髪娘「まとめる?」

姉「うん、束ねて、結おう。大丈夫後で綺麗に洗って上げる」
黒髪娘「お手数をおかけします」

姉「ううん。こんなに綺麗だもの。触っていて楽しいよ」
黒髪娘「そうですか?」 かぁっ

姉「これは、宝物だね」
黒髪娘「はい……」

451: 2010/01/21(木) 19:19:08.12 ID:cN7NTMxiP
姉「熱くない?」
黒髪娘「心地良い……です」

姉「んー。堅いかな-。もっと砕けた口調でも良いんだよ?」
黒髪娘「う、う……む」 かぁっ

姉「ふふふっ」

ざっぱぁ~

黒髪娘「姉御殿は子細を詮索せぬのだ……ですね」
姉「まぁね」

黒髪娘「……」
姉「あのばか弟が内緒だっつーんだから内緒なんでしょうよ」

黒髪娘「弟御を信用なさっておいでだ」

姉「あはははは。信用じゃないんだってさ」ははっ
黒髪娘「?」

452: 2010/01/21(木) 19:23:40.58 ID:cN7NTMxiP
姉「あれはねぇ、へたれだからね。
 へたれが昂じてDTだからね~」

黒髪娘「??」

姉「まぁ、その分大事なものは判るでしょうよ。
 人の大事な物に口出しするのは
 無粋って。ただそれだけよ」

黒髪娘「無粋、ですか」

姉「おやおや。真っ赤だ」
黒髪娘「はい」 にこっ

姉「ゆだったかなぁ。おいで。髪の毛洗おう?」
黒髪娘「はい、姉御殿」

姉(む。……良いわぁぁ。
 この腕の中にすっぽり収まる華奢な身体。
 まじで鼻血物だわ、さすが難易度SS!)

黒髪娘「どうされました?」

姉「いえいえ。さ、座って」

黒髪娘 ちょこん

457: 2010/01/21(木) 19:40:44.64 ID:cN7NTMxiP
――男の実家、男の自室

かちゃ……

黒髪娘「……湯浴みからあがった」
男「ん。そか」

黒髪娘「その、服を、貸してもらった」おろおろ
男「どうした? 入れば? 廊下寒いだろう」

黒髪娘「湯浴み上がりで寒くはないのだが。
 ……服が落ち着かない」

男「どうした……う」
黒髪娘「変か? やはり変なのだな? 薄物だし」

男(なんで素肌ワイシャツなんだよ……!?
 ね、姉ちゃん。あんた何考えてるんだっ)

黒髪娘「寝具に入れてもらうと良いと」
男「あ。ああ。ほら、ベッド使って良いぞ」

黒髪娘「べっど……」
男「この台だ。布団ひいてあっから」

462: 2010/01/21(木) 19:45:16.56 ID:cN7NTMxiP
もそもそ

黒髪娘「男殿は眠らぬのか?」
男「あー。うん」

黒髪娘「それでは寒かろう?」
男「気にするな」

黒髪娘「この寝具は男殿のものではないのか?」
男「うん、そうだ。……悪いな、そんなので」

黒髪娘「いや……これが良い」 すりっ
男「そっか」

黒髪娘「温かくて、良い香りだ」
男「そうかぁ?」

黒髪娘「先ほど、姉御殿にしゃんぱうをして頂いた。
 桃の香りなのだ。桃の湯で洗うとは驚いた」

男「ああ」(そっちの匂いか。びびった)

黒髪娘「ほら、男殿」
男「?」

464: 2010/01/21(木) 19:52:49.03 ID:cN7NTMxiP
男「どうした?」
黒髪娘「桃の香なのだ。そうであろう?」 くいっくいっ

男「ああ。うん、そうだな」
黒髪娘「姉御殿は優しくしてくれたし、褒めてくれた」

男「そうか」

黒髪娘「この髪を褒めてくれたのだ」

男「ああ、立派な髪だ。
 ……こっちでは、そこまで長い黒髪は珍しいんだよ。
 女でもあちこち出掛ける時代だから。
 長い髪は動くには不便だろう?」

黒髪娘「わたしも切った方が良いだろうか?」

男「もったいないよ」

黒髪娘「そうか。……そうだな。
 私の女としての麗質の、殆ど唯一だし」 ごにょごにょ

男「肩まで布団に入らないと寒いぞ」

黒髪娘「でも、男殿と話していたいのだ」

465: 2010/01/21(木) 19:59:57.34 ID:cN7NTMxiP
男(やばいな。……なんか、こっち来てから
 可愛らしさが二倍に見える。
 やっぱり平安時代の明かりやら服装じゃ
 こっちからみたら駄目コスプレだもんなぁ。
 普通<現代風>の格好してたら美少女じゃんよ。
 犯罪だろ、これは)

黒髪娘「どうされた?」
男「いや、なんでもない」

黒髪娘「全てが明るい。……闇がないのだな」
男「うん、便利さを追い求めた結果だな」

黒髪娘「なんだか……とても恥ずかしかった」
男「明るかったからか?」

黒髪娘「それもあるが、姉御殿が男殿の姉御だと
 おもうと、その……とつぎ先のようで。
 ううう……姉御殿には嫌われたくないので」

男「ん? うちの姉ちゃんはそんなに簡単に
 人を嫌ったりはしないよ。ああ見えて度量はあるから」

黒髪娘「そうでもあろうが……。そうだ。
 男殿も寒そうではないか、この寝具に」

男「それはダメ」
黒髪娘「そうすれば話しやすいのに」

467: 2010/01/21(木) 20:03:39.66 ID:cN7NTMxiP
男「良いから寝ちゃえ」
黒髪娘「男殿……は?」

男「俺はちゃんと毛布とか有るし、
 暖房もあるし、平気なの。ちゃんとここにいるから」

黒髪娘「ん……」ほっ
男(やっぱ、一人で放り出されるのは、怖いよな……)

黒髪娘「この寝具は……温かいな……」
男「だな」

黒髪娘「……すぅ」
男「……」

黒髪娘「……すぅ……くぅ」

男(前髪、細いな……。額にかかって……)」

黒髪娘「んぅ……」

男(眠るとこんなに子供みたいな顔で……)

472: 2010/01/21(木) 20:33:18.36 ID:cN7NTMxiP
――男の自室、遅い朝

男「……んぅ」
黒髪娘「すぅ……すぅぅ……」

男「……なんで。こっちにいる?」
黒髪娘「すぅ……くぅ……」 きゅ

男(落ち着け……おれ!!
 多分寝ぼけて、じゃなきゃ心細くて
 ベッドから俺の布団に来たんだろうけど……。
 それにしたって、裸ワイシャツ薄すぎだろっ!
 相手は十二単での生活だったんだぞ。
 こっちが馴れてないのに~っ)

黒髪娘 もぞもぞ「あ……んぅ……」

男「おはよう」
黒髪娘「おはよう……男殿」

男「肩、抜かせてな」 そぉっ
黒髪娘「んぅ……温かい……」

男「はいはい。もうちょっと寝てて良いから」
黒髪娘「感謝する……すぅ……」

男(心臓にわるい……)

474: 2010/01/21(木) 20:39:54.95 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「んぅ……おはよう、ございま……」

黒髪娘「……うぅ。……ん」 ぽやぁ

黒髪娘「友……? 友、手水を……。あ」
 (そうか。私は……。男殿の世界に)

かちゃ

男「ああ、目が覚めたか?
 ずいぶんしっかり寝ちゃったな。
 もう昼前みたいだぞ」

黒髪娘「そうか。あの……。
 布団を奪ってしまったか? すまない」

男「ああ、気にするな。おなかすいたか?
 姉ちゃんはもう出掛けた。手紙残ってた。
 服を調達に云ってくれたみたいだ。
 行儀悪いけれど、もうちょっと俺の服で過ごしてくれ。
 夕方前には戻ってくるよ」

黒髪娘「色々お手数を掛ける」
男「任せとけ」

黒髪娘「うむ」
男「飯にしようか」

478: 2010/01/21(木) 20:46:24.08 ID:cN7NTMxiP
――男の実家、ダイニングキッチン

黒髪娘「これは……」

男「えーっと。パンと目玉焼きと、ジャムと。
 クラムチャウダーなんだけど……」

黒髪娘「未来の料理か」
男「まぁ、そうなる」

黒髪娘 どきどき
男「知的好奇心100%の表情だな」

黒髪娘「食べてみたい」
男「もちろん。どうぞ。……んじゃ頂きます」

黒髪娘「頂きます」

かちゃ、ちゃ……

男「どう?」
黒髪娘「うむ。この汁物は……貝か。
 何ともいえぬ豊かな味わいだ!」 にこっ

男「良かった」

482: 2010/01/21(木) 20:52:12.55 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「このパンなるものの柔らかきこと……」はむっ
男「気に入ったみたいで良かったよ」

黒髪娘「朝からこのような馳走をいただいている。
 感謝としか言いようがない」

男「ん?」

黒髪娘 もたもた

男「ああ。ジャム塗るよ」
黒髪娘「これは、塗る物なのか?」

男「そう。パン貸してね。……こうやって、こう」
黒髪娘「ふむ」

男「わかった?」
黒髪娘「理解した。……それにしても」

かちゃ、ちゃ

黒髪娘「何もかも手間を掛けさせることばかりだ。
 申し訳なくて、消え入りたくなる」

男「なんだそんなことか。俺が向こうに行ってた時は
 俺の方が世話になっていたじゃないか。おあいこ様だよ」

483: 2010/01/21(木) 20:56:47.62 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「そうであってくれれば良いのだが」
男「気にすることはないって」

黒髪娘「ん。これは! この味覚は!」
男「だめだった? うちは姉ちゃんの方針で
 イチゴジャム禁止なんだわ」

黒髪娘「それは判らぬが、これはミカンか。
 なんと爽やかで、甘く、芳醇な味わいだろう!」 ぱぁっ

男「気に入ったか」

黒髪娘「うむ。これは美味しい! 大変美味しい!」

男「あはははっ。いいから、ちょっと拭け」 くすくす
黒髪娘「む?」

男「ほら、口だして」 きゅっ
黒髪娘「これははしたないところを見せた」

男「いや、良いよ。くはははっ」

485: 2010/01/21(木) 21:04:10.57 ID:cN7NTMxiP
がちゃん

姉「あ、ご飯中?」
黒髪娘「姉御殿」
男「お帰り、姉ちゃん。早かったね」

姉「まぁね。朝早めから行ってきたし」
黒髪娘「ど、どうぞ。こちらへ」

姉「ありがとうねぇ、黒髪ちゃんっ」むぎゅん
黒髪娘「うう」

男「姉ちゃんも何か食うか?」

姉「あたしテキサスマックバーガー食べてきたから」
男「そっか。じゃ、何か入れるよ」
姉「紅茶が良いな」

男「ほいほい」
姉「~♪」
黒髪娘「どうしたのですか?」

姉「いやいや。美少女と一緒のランチは目の保養ですよ」
黒髪娘「??」

497: 2010/01/21(木) 21:24:12.97 ID:cN7NTMxiP
コトン

男「ほいよ、紅茶だぞ」
姉「さんきゅー!」

男「黒髪のも入れるな。これは、紅い茶なんだ。
 甘くして飲んだりする」

黒髪娘「いただき……ます」

男「姉ちゃんの前だと大人しいのな」
姉「気にすること無いのに」
黒髪娘「そんな事はない……です」じっ

男「ぷくくっ」

姉「まぁ、食事の後は着せ替えね! 自信作だからっ」
男「なんか色々思いやられる」

黒髪娘「お世話になります」
姉「くぁ! 可愛いっ!」

黒髪娘「うう」

男「晩飯はどうしよっか?」
姉「あ。鍋にする。弟が作って」

男「ほいほい。飯の後、爺ちゃん家へ移動すっから」

508: 2010/01/21(木) 21:38:10.55 ID:cN7NTMxiP
――夕方、男の住む街

黒髪娘「……」おどおど
男「そんなにおっかなびっくりじゃなくても」

黒髪娘「ばれたりはせぬか?」(小声)
男「大丈夫だって。同じ人間じゃない」

黒髪娘「そうでもあろうが、こ、このような髪の
 持ち主は居ないではないか。みんな、短いし……」

男「いーの。黒髪は、その髪が綺麗なのっ」
黒髪娘「そう言ってくれるのは嬉しいが」びくっ

男「?」

黒髪娘「いますれ違った婦人、
 こちらを見て笑っていなかったか?
 くすくす笑っていなかったかっ!?」

男「お前、本当に引きこもりなのな」

黒髪娘「出歩く時に牛車がないなんてっ。
 こうやって周囲に壁がない広い空間に出ると
 落ち着かないんだっ。うううっ」

男「ハムスターみたいなやつだなぁ」

511: 2010/01/21(木) 21:44:10.72 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「あれはなんだ?」
男「ああ、ポストだ。郵便……
 んっと、手紙とかを入れると届けてくれる」

黒髪娘「あの赤い箱が届けてくれるのか?」

男「いや、ちがうちがう」はははっ
 「こっちでは、雑色とか女房とか、居ないんだよ。
 みんなが平民みたいな物だから。
 だから、手紙を届ける専門の人がいて、
 あの赤い箱からみんなの手紙を取り出して
 一通ごとに、宛先の……つまり手紙を書いた人が
 届けて欲しい相手に届けて回るんだよ」

黒髪娘「ふむふむ……あ、あれは? もしかして」

男「あれはただのラーメン屋だ」
黒髪娘「らあめん? こんびにではないのか」

男「こんびには、そら。あっちの明るいのだ」

黒髪娘「おお。あれがコンビニか!」
男「寄りたいのか?」

黒髪娘「うむ。い、いや……沢山人がいるな。
 いまは、その……任務があるからまたの機会に」

男「くくくくっ。そうだな。先にスーパーいくか。
 なぁに、スーパーもコンビニも似たようなものだ」

518: 2010/01/21(木) 22:03:59.41 ID:cN7NTMxiP
――スーパー「主婦の店いずみ」

んがー

黒髪娘「開いたっ」
男「自動ドアだって。ほら、えーっと。なんだ。
 俺の後くっついてきてな? 見回しても良いけれど
  走り出したり迷子になったりするなよ」

黒髪娘「自慢ではないが、走るほどの体力はない」

男「ぷくくくっ」

黒髪娘「この煌びやかな寺社はなんなのだ?」

男「寺社じゃないよ。商店、つまりあー。
 商いの店だ。こうやってた何ある物は全部売ってるんだよ」

黒髪娘「これほどの物を商っているのか。
 で、物売りはどこにいるのだ?」

男「この加護に、欲しいものを入れていって、
 最期に物売りと話をするわけ」

黒髪娘「そうか……。今宵は何を買うのだ?」

男「んー。そうだなぁ、今晩の食事と。
 おやつを少しばかりと、明日の分と……」

520: 2010/01/21(木) 22:07:07.83 ID:cN7NTMxiP
男(こいつはこっちの世界のこと、何も知らないだけで
 別に馬鹿じゃない門な。むしろ賢くて聡明といっても
 良いくらいな訳で……)

男「そうだな。普通の男が一日汗水流して働いて
 5千から2万くらいかな。こっちの通貨は円と云うんだけど」

姉「ふむ。では、この菜を毎日50個も食すことが出来るのか。
 いや、しかし、一族郎党となるとそれでは」

男「だから、貴族は居ないからさ。
 もちろんそれ以上稼ぐ人もいるけれどな。
 大抵は、お父さんが一家4、5人を食わせればそれで済む」

黒髪娘「そうなるのか」

男「豆腐と……何鍋が良いかな。黒髪は何が良い?」
黒髪娘「判らない。男殿に従う」

男(やっぱり、何となくでも覚えのある味だと安心するよな。
 俺もそうだったし。そうなると、塩か、味噌か。
 醤油は、醤(ひしお)とはちょっと味が違ったしな。
 考えてみれば、みりんもないのか?)

黒髪娘「?」

男「うっし、きまった。味噌だな」

527: 2010/01/21(木) 22:21:50.50 ID:cN7NTMxiP
――男の自宅、夜の食卓

ぐつぐつ

黒髪娘「これはよい香りだ」 そわそわ
男「まだ蓋開けちゃダメだからな」

黒髪娘「心得ている」
男「姉ちゃんも、開けようとしないっ」

姉「いいじゃん、ちょっとくらい」
男「湯気が逃げると、煮えるの遅くなるでしょ」

姉「しゃぁないなぁ。あ。ビール」
男「はいはい」

姉「黒髪ちゃんは?」
黒髪娘「わたしは」
男「黒髪は、まだ酒はダメです。はい、お茶ね」

姉「ちぇっ」

黒髪娘「ふふふっ」
男「ったく」

529: 2010/01/21(木) 22:29:52.93 ID:cN7NTMxiP
姉「それにしても、どう?」
男「どうって?」 きょとん

姉「とろいなぁ。黒髪ちゃんの格好よ」
黒髪娘「あ……」
男「それは、そのー」 かぁっ

姉「どうよ、この姉! みんなの希望の星!
 庶民のスーパースターお姉ちゃんの見立てはっ!
 まず、この胸元のタックっ! 清楚な中にも
 可憐さを演出する臙脂色のリボンタイっ!!
 そして極めつけはっ!」

がたっ、だたんっ。

黒髪娘「ひゃっ!?」

姉「この 黒 タ イ ツ っ!!」
黒髪娘「うっ。ううっ」

姉「黒髪っ娘×黒タイツっ。
 この禁欲的な組み合わせに胸ときめかないやつは居る?
 板としてもそいつ非国民だから。
 割り当て的には衛星軌道の外だからっ!」

男「それ非国民じゃなくて非地球民じゃんよ……」

538: 2010/01/21(木) 22:49:37.74 ID:cN7NTMxiP
姉「で、どうなの」ずいっ
黒髪娘「……うう」

男「な、なにが?」
姉「黒タイツよ。黒髪ちゃんの……」

男(あ、あ。ああ……う。
 ……ぐ……。
 く、悔しい。
 悔しいがっ。
 姉の云うことにも……一理ある……。
 似合う。
 似合いすぎている……っ。
 俺が福本漫画なら悔し涙を流しているところだが……)

姉 にやにや
黒髪娘「……滑稽だろうか?」ちらっ

男(上目遣いしないでくれっ。
 ただでさえ、身長差があっていろいろ
 いっぱいいっぱいなんだからっ)

男「い、いや。似合う……んじゃねぇすか?」
姉「あ。逃げた」

男「ニゲテナイ」
姉「童Oが逃げた」

545: 2010/01/21(木) 23:00:18.08 ID:cN7NTMxiP
姉「あんたねー。女の子可愛い服着てたら
 褒めるっしょ? それ基本でしょ?
 基本外したら落とすよ? アクシヅ」

男「うろ覚えのにわかオタネタやめようよ」

黒髪娘「……」そわそわ

男「あー。可愛い。すごく似合う。
 こっちのどんな娘より
 美人で綺麗だから、安心しろって」

黒髪娘「う、うむ……。ありがとう」

姉(“こっちの”?)

黒髪娘「軽くてふわふわ頼りなくて落ち着かぬが
 そう言って貰えると、本当に嬉しい……」

男「調子狂うな」
姉「まぁ、いいじゃない。煮えた?」

男「もうちょっと」

姉「ふぅん」 にやにや
 「あんた達二人はゆでだこみたいに、
  良く煮えてるみたいだけどね~」

男「うっさい!!」

556: 2010/01/21(木) 23:24:35.66 ID:cN7NTMxiP
――その夜、男の祖父の家

がらがらがら……

男「疲れただろう?」
黒髪娘「少し」

男「うそつけ。引きこもりなんだからぐったりのくせに。
 わるいな、ほんとに。騒がしい姉ちゃんでさ。
 悪いやつじゃないんだけどな。
 ゆるしてくれよ。
 まぁ、ほら、あがって」

黒髪娘「ん。その……」
男「?」

黒髪娘「いや、その。この……」
男「ああ。靴な」

黒髪娘「沓(くつ)ならば判るのだが」
男「いま、脱がしてやるよ」

黒髪娘「んぅ……」
男「ほら、もじもじしない」

557: 2010/01/21(木) 23:30:39.35 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「しかし。殿方に沓を脱がさせるとは。ううう」
男「?」

黒髪娘「恥ずかしい……」

男「~っ! 恥ずかしがられると、
 こっちが余計に恥ずかしいっ」

黒髪娘「済まない。その……抵抗しないので……
 出来れば、手早く済ませてくれると……」

男(こいつ計算抜きでこれ云ってるヨ……)

黒髪娘「ひゃ……」

男「なんだよ」

黒髪娘「ちょっとヒヤっとしただけだ。
 なんでもない。私は冷静だぞ」 かぁっ

男「うううっ……」

黒髪娘「もう、良いか?」
男「うぐ。うんっ。もう出来た、ほら、行くぞっ?」

黒髪娘「判った」 すくっ。……っとっと
男「手を貸せ。……こっちな?」

559: 2010/01/21(木) 23:38:43.61 ID:cN7NTMxiP
――祖父の家、和室。並べた布団で。

黒髪娘「姉御殿はよかったのかな……」
男「良いんじゃないか。多分、明日か明後日には
 こっちに顔を出すと思う」

黒髪娘「うむ……。賑やかになるな」
男「あっちの方が良かったか?」

黒髪娘「あちらのほうが都の中心に近いのであろう?」
男「都、と云うか……駅には近いかな」

黒髪娘「で、あれば、こちらの方が落ち着く」
男「そっか。うん、そのせいもあって
 こっちに来たんだけどな。
 急に色々見ちゃうと、パンクしちゃうだろう。
 少し見聞をならさないとな」

黒髪娘「感謝する」

男「いえいえ。ちょっと馴れたら、お出かけにも
 連れてってやるよ。本屋とか、見たいだろう?」

黒髪娘「もちろんっ。それは、その……。
 もしかすると、でいと、と云うものか?」

男「でいと? あ。ああ……まぁ、そう……かな」

黒髪娘「そうか」 にこり

560: 2010/01/21(木) 23:42:47.56 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「男殿……は」
男「ん?」

黒髪娘「いや……良いのか? こんなに世話をさせて」

男「たかだか五日やそこらだろう? 心配するなよ。
 黒髪はまだ14で子供なんだから甘えておけ」

黒髪娘「わたしは……子供か……」

男「あー。うん。……そだな。
 前も話したけれど、こっちの世界では
 二十歳で成人を迎える。元服、みたいなものかな。
 だから、黒髪の歳は、まだ、子供だ」

黒髪娘「……うん」

男「でも、黒髪の世界では子供じゃないんだよな。
 いや、それは判ってる」

黒髪娘「いや……子供だ……」

男「へ?」

黒髪娘「成人とは元服のような物なのだよな?
 女子のそれは裳着(もぎ)と呼ぶのだが……。
 それはおそらく、この世界において
 独り立ちを意味するのだろう……?」

562: 2010/01/21(木) 23:45:55.59 ID:cN7NTMxiP
黒髪娘「よくは、そのぅ。判らないが……。
 貴族の居ないこの世界にあって、働いて
 菜を米を、味噌を購うと、それが成人なのだな。
 成人というのは、我が道を戦える者だ。。
 であれば……。
 私は、やはり子供なのだろう。
 右大臣家の娘として、
 自分の口に糊することもせず今を過ごしている。
 男の世界の目で見れば、
 一人前の人間として扱われずともやむをえぬ……」

男「……」

黒髪娘「そんな私が、言の葉にする資格のない
 そんな思いが沢山あるのだろうな……」

男「……黒髪は」

黒髪娘「……」

男「黒髪が大人だか、子供だか。
 あの長びつを見つけたこの屋根の下では
 俺にはどっちが正しいのか、判らないよ。
 でも、
 黒髪は、俺の知ってる誰より、頑張り屋さんだよ」

黒髪娘「……ありがとう。男殿」

588: 2010/01/22(金) 02:26:50.56 ID:fkJR1ewJP
――祖父の家、縁側

チチチ、チチチチッ

黒髪娘「四十雀だ」
男「シジュウカラ?」
黒髪娘「黄色い胸の小さな鳥だ」
男「ああ。ここは、山近いからなー」

黒髪娘「この時代にも居るんだな。……安心する」
男「そりゃ、変わらない物だって沢山あるよ」

黒髪娘「……」ぽやぁ
男「……」ぽやぁ

黒髪娘「今日はこんな感じか?」
男「うん、そう」

黒髪娘「日向ぼっこか……」
男「陽がある間だけな。すぐ寒くなるから」

黒髪娘「色々見聞を広めたい気もするのだが」

男「無理だろ。ほれ」 ちょこんっ

黒髪娘「くぅっ!」

男「どれだけ引きこもりなんだよ。
 スーパーに往復するだけで筋肉痛とか」

590: 2010/01/22(金) 02:32:31.31 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘「いや、しかし。それはわたし個人と云うよりも
 牛車によって生活している者全般にいえる事で」

男「あと、動きが鈍い」
黒髪娘「うう……」

男「十二単って重いじゃない?」
黒髪娘「うむ」

男「だから、あれを脱いだら
 サイヤ人みたく早くなるかとちょっと期待してた」

黒髪娘「そんなわけ無いであろうっ。
 そのなんとか人と云うのはわからぬが。
 天竺の導師でもないのに器用に動けるものか」

男「ほら、脚伸ばせ」
黒髪娘「うむ……」おずおず

男「痛いか?」
黒髪娘「そうでもない。すぐに良くなる」

男「まぁ、今日は一日ゆっくりしよう」
黒髪娘「退屈はしないな」

男「そうか?」

591: 2010/01/22(金) 02:34:42.01 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘「家の中にも見知らぬものが沢山あるのだ。
 てれびんとか、水のでる台とか」
男「そりゃそうか」
黒髪娘「こちらの家は、皆小さいのだなぁ」
男「悪いな。ははっ」

黒髪娘「ん?」

男「人間が沢山増えたんだよ。
 だから、土地が不足して高くなった。
 宮古の中心部は、そりゃすごい価格だぞ」

黒髪娘「そういうことなのか。
 しかし、それら全ての家に湯浴みの施設があるのだろう?
 さらに云えば、自動の竈(かまど)さえある」

男「そうだな。殆どにはあるな。水洗のトイレも」
黒髪娘「驚愕すべきことだ」
男「かもなー」

黒髪娘「それに、色々書籍もある」
男「いや、それは本じゃなく出前のチラシだから」

黒髪娘「このように色鮮やかな錦絵とは」
男「ピザだって」

黒髪娘「興味深い」
男「うーん」

595: 2010/01/22(金) 03:02:13.72 ID:fkJR1ewJP
――祖父の家、納戸

黒髪娘「これがこちらの長びつか」
男「そうそう」

がちゃ、かちゃ……

黒髪娘「何をさがしているのだ?」

男「どっかに懐中電灯とか、そういうのないかなって。
 この家、田舎やだから、夜のトイレの廻りとか暗いんだよ」

黒髪娘「わたしなら平気だ。
 暗いのは故郷で十分に経験している」
男「まぁ、そりゃそうだろうけど」

がちゃ、かちゃ……

黒髪娘「……ん?」
男「どした?」

黒髪娘「この長びつ、ずいぶん黒いな」
男「ああ、汚れてるし、ここ暗いしな」
黒髪娘「そういえばそうか」

男「あったあった。……え、あっ」 がたっ

むぎゅっ

黒髪娘「っ!!」

601: 2010/01/22(金) 03:34:42.84 ID:fkJR1ewJP
男「ご、ごめんっ」
黒髪娘「いや、この程度、なんでもない」

男「いやいや、悪かった」
黒髪娘「こ、こちらこそ……粗末なものを」
男「そんな事無いぞ。ふっくら良い感じだ」
黒髪娘「ふっくらしているからダメなのだ」

男「……」
黒髪娘「……?」

男「あー」
黒髪娘「ん?」

男「いや、こう。色んな誤解がね」
黒髪娘「誤解?」

男「黒髪は、その卑屈なところは良くないぞ?」
黒髪娘「仕方ないではないか。私は不器量なのだ」

男「いいから、こっちこい」
黒髪娘「へ? へ?」

616: 2010/01/22(金) 06:06:08.00 ID:fkJR1ewJP
いや、今回はマジでへこんだ。
この2時間くらいp2鯖落ちてたように思う。
もうね、泣きそうです。

618: 2010/01/22(金) 06:11:08.43 ID:fkJR1ewJP
――祖父の家、お茶の間

TV:わははははは! あはははは!

男「判ったか!」 ばぁぁん!!

黒髪娘「っく!!」

男「これがこの時代的な『美人の女』だっ」

黒髪娘「馬鹿な! これは肥満した年増ではないかっ!?」
(注:別に1はTVに悪意があるわけではありあせん)

男「時代と共に価値観は変わるのっ」

黒髪娘「この時代だったら
 私だって十人並みの器量だったのか……」

男(いや、この時代だったら相当可愛いだろ)

黒髪娘「しかし年齢はどうにもならない……。
 どっちつかずなこの身が恨めしい……」

男「いや、そのままでいいんだって。黒髪は」

620: 2010/01/22(金) 06:23:14.34 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘「それにしても、このてれびは不思議だな」
男「まぁ、そうな」

黒髪娘「道術で動いているのか?
 つまり、宝貝のごときものなのか?」

男「当たらずとも遠からず、かなぁ」

黒髪娘「それにしても……」
男「ん?」

黒髪娘「何でこの者たちは裸なのだ?」
男「~~っ。ちがうって、着てるじゃん」

黒髪娘「裸も同然ではないか。……デブなのに」

男「デブじゃないって。しかも裸じゃないって。
 ただのキャミソールだろうにっ」

黒髪娘「むぅ」

男「これがこっちの世界のスタンダードなのっ」

黒髪娘「そうなのか。こういうのが人気があるのか……」

621: 2010/01/22(金) 06:54:20.49 ID:fkJR1ewJP
男「黒髪はこういうのの影響は受けないで良いんだからなっ」
黒髪娘「むぅ……」

男「こういうのは、そのー。
 なんていうのかな、芸人というか。
 人気商売で、男性受けを考えてやるものだからっ」

黒髪娘「白拍子※なのか?」
男「それは判らない」
黒髪娘「つまり、その……。遊女、のような?」

男「あー。そうそう。そういうことっ」

黒髪娘「やはり異性への魅力ではないか」ぼそり
男「?」

黒髪娘「いや、なんでもない。いくらなんでも
 右大臣家の娘が真似できることではない」
男「そうそう。そのままが一番」

黒髪娘「それはそれで成長を否定されているようでつらい」
男「なんでそんなに急ぐかなぁ」

黒髪娘「……う」
男「まぁ、十分可愛いから心配無用だよ」

※白拍子(しらびょうし):歌舞の一首でありその舞い手。
美人の娘さんがなった。身分は卑しくても貴族の家で
上演することも少なくなかった。

622: 2010/01/22(金) 07:19:30.94 ID:fkJR1ewJP
――祖父の家、勝手口

からから

姉「こんばんわー」
男「あー。姉ちゃん。電話しようかと思ってた」

姉「ちゃんと買い物行ってきたよ」
男「さんきゅー。何にした?」

姉「アジとハマグリとね、後は野菜はーカブと大根と、
 適当に見繕ってきた。和食が良いんでしょ?」
男「んだね。食べつけてるだろうし」

姉「なんだかなぁ。めちゃ惚れじゃない」
男「そういうんじゃないよ」

ドサドサッ

姉「んっと。黒髪ちゃんは?」
男「ああ、いま部屋。布団ひいてるんじゃないかな」

姉「ふぅん……」
男「どったの?」

623: 2010/01/22(金) 07:22:38.22 ID:fkJR1ewJP
姉「いやいや。あんな娘、どこでモンスターボールに
 閉じ込めやがったんだこのえろ人間と思って?」にやにや

男「……」

姉「お。なんか反応薄い?」
男「可愛いとは思うけど、そういうのとはね」

姉「違うの?」
男「――わかんねーけど」

姉「ま。難しいよね。中学生じゃ、ずいぶん年も違うし?
 まぁ、歳以外にも色々違うみたいだし」

男「え?」

姉「あの子、ずいぶんお嬢様でしょ?」
男「――どうして?」

姉「だって、お風呂場で髪を洗う時、
 明らかに“洗ってもらうことに馴れて”いたもの」

男「……」

625: 2010/01/22(金) 07:28:09.80 ID:fkJR1ewJP
姉「それも、そんじょそこらの箱入り娘じゃないよね」
男「駆け落ちとか誘拐とかじゃないからな」

姉「あったりまえよ。あんたそんなに根性無いでしょ」
男「う」

姉「……ん? 違う?」
男「ま、仰るとおり」

姉「気持ちはわかるけれどね。
 ――あんた甘いから。
 相手の分まで臆病になるって云うのは」

男「……」
姉「でも、あんまり子供扱いしない方が良いよ」

男「また、云われた」

姉「説明無しで大人が全部責任取るって
 まさに子供扱いでしょう?
 でも、それでも、一緒にいたいって女が願ったら
 そうゆうのってただのいじめだからね。
 諦めるなら、相手にも諦めるチャンスくらい
 あげなさいよね」

男「経験者みたいだな、姉ちゃん」

姉「うっさい。バカ弟」

632: 2010/01/22(金) 08:32:20.94 ID:fkJR1ewJP
――祖父の家、お茶の間

姉「と、云うわけで!」

男「本日は、アジフライとかぼちゃの煮物。
 カブのクリーム詰め。大根のお味噌汁です」

姉「いぇーいっ!」
黒髪娘「……」じぃっ

男「どしたの?」
黒髪娘「あ。いえ、すごく美味しそうだ……です」

姉「いいのよ。普段どおりで。黒髪ちゃんは」
黒髪娘「すいません……。すごく美味しそう」

男「ではいただきますっ」
姉「頂きますっ!」
黒髪娘「いた、だきます」 ちらっ

男「そうそう、ご自由にどうぞ。
 ああ、ソースかけるな、……んっしょっと」
姉「お姉ちゃんもー!」

634: 2010/01/22(金) 08:37:29.13 ID:fkJR1ewJP
姉「美味しいねぇ。
 ……こうやって、来てみるとさ。
 お爺ちゃんの家も良いねぇ。
 なんか、落ち着くね。木造住宅は」

男「だろー? 俺なんか気に入っちゃってさ」

黒髪娘 もぐもぐ

姉「美味しい?」

黒髪娘「はい。このカブがとても美味しい」
姉「そっか」 にこにこ

男「なんか予想外に仲が良いな」

黒髪娘「そうか?」
姉「そう? 仲がよいのは普通でしょう」

男(連合軍を組まれた気がする……)

黒髪娘「アジをこのように食べるのは初めてだ」

姉「へ?」

635: 2010/01/22(金) 08:42:45.97 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘「いつも、煮るか焼くかです」
姉「そうなんだ。ふぅん」

男「あー(たしか、まだ“揚げる”はないんだったな)」

黒髪娘「外側のサクサクがとても美味だ」
姉「だね」 にこっ

男(くっ。姉ちゃん、また何か誤解してるだろう。
 金持ちのお嬢様で世間知らずだとかっ。
 いや、金持ちのお嬢様は間違いではないんだが)

黒髪娘「ん……」もくもく

姉「ねー。あんた達」
男「ん?」

姉「デートはいかないの?」
男「っく。なっ……。なに云うの、姉ちゃん」

姉「なんだって良いでしょ。黒髪ちゃんに聞いてるの」

黒髪娘「明日連れてって頂けるのだ。
 ……約束しているのです」 にこり

638: 2010/01/22(金) 08:48:46.29 ID:fkJR1ewJP
姉「わお! ね。どこどこ? どこいくの?」
男「……う」

黒髪娘「駅前と云うところの本屋です。
 それから、みすどなる所も約束しました」

姉「あんた相手14歳だからって
 なに手抜きのコースですませようとしてんのよっ!!
 駅前の本屋って何よ、それあんた散歩じゃないのよっ!」

男「ちげーって!! これは手抜きとかじゃないんだって!!」

黒髪娘「あっ。はい。姉御殿。ちがいます。
 その、わたしがお願いしたのだ……です」

姉「そなの?」

男「そうなの。こいつ、本好きでさ」

黒髪娘 こくこく

姉「じゃ、しょうがないけど……」むぅ

男「ったく。お味噌汁もう少しいる人ー」
黒髪娘「はい」おずおず
姉「お姉ちゃんもー!」

男「あいあい。わっかりましたっての」

644: 2010/01/22(金) 09:24:32.30 ID:fkJR1ewJP
――祖父の家、客室、女性組

姉「ふんふーん♪」

しゃすっ、しゃすっ。

黒髪娘「……」ぴしっ

姉「そんなに緊張しないで良いよ? 黒髪ちゃん」
黒髪娘「は、はい。姉御殿」

姉「本当に、綺麗な髪ね」

黒髪娘「ありがとうございます。
 母上にも、その……親しき人にも、
 それだけは褒められるのです」

姉「そっか」

黒髪娘「私は生まれつきかわいげのない性分だから」
姉「そんな事無いのに」

黒髪娘「……」

645: 2010/01/22(金) 09:29:42.97 ID:fkJR1ewJP
姉「ん。出来た。……黒髪ちゃんは奥ね。
 その方が温かいから」

黒髪娘「はい。その……」
姉「ん? なに?」

黒髪娘「髪をとかして頂きありがとうございます」ふかぶか

姉「や、やだなぁ。そんな三つ指ついて頭下げないでよ。
 そんなに大したことはしてないってば」

黒髪娘「いえ、男殿もそうですが、
 私には何一つ恩返しが出来る当てもないのに
 これほどに受け入れてくださって。
 感謝の言葉もないです」

姉「やだな、そんなこと。
 ……それに、私はともかくとしてね。
 男相手には、お返しというか……
 ほら、あっちも下心も無きにしも……というか……」

黒髪娘「はい?」 きょとん

姉「ん~。お布団入ろうか」

黒髪娘「はい」

647: 2010/01/22(金) 09:49:39.16 ID:fkJR1ewJP
ぱちんっ。

姉「……ふぅ」
黒髪娘「……お布団、柔らかい」

姉「黒髪ちゃんは懐いてるね。うちのバカにさ」

黒髪娘「男殿は聡明な方です。
 私は何度も助けられました。
 意地っ張りで人と衝突して、
 それで拗ねて引きこもっていた私を歌会に連れ出してくれた」

姉(引きこもり……か。なんだ、弟のやつ
 ちょっとは考えて、手を貸してるんじゃない)

黒髪娘「……初めて内裏の友人と云える人が出来たのも
 男殿のお陰だと思ってる……です」

姉「そっか」

黒髪娘「男殿は私にいろいろなことを教えてくれます。
 私の学んだことを飽きもせずにいつまでも聞いてくれますし。
 寒い日に二人で炬燵に入って、互いに本を読んだり
 喋らないで過ごしたりするのも
 気持ちが和む……ます」

649: 2010/01/22(金) 09:58:55.52 ID:fkJR1ewJP
姉「黒髪ちゃんは、弟のこと……らぶ?」

黒髪娘「らぶ?」 きょとん
姉「あれ?」

黒髪娘「らぶとは……なんでしょう?」
姉「えっと……うぅ。困ったな……」

黒髪娘「??」
姉「弟のこと、好きなのかな、って」

黒髪娘「……」 きゅぅっ
姉「……?」

黒髪娘「わか……りませぬ……」
姉「へ?」

黒髪娘「私は余りにも不調法で、
 そんな事が赦されるような……身でも……」
姉「……(っちゃぁ、地雷踏んじゃったかな)」

黒髪娘「でも」

652: 2010/01/22(金) 10:10:43.68 ID:fkJR1ewJP
姉「……」

黒髪娘「男殿に……触れてもらいたくなる時があって
 髪の毛を撫でて欲しいとか。
 背中に触りたいとか
 その袖に掴まりたいとか……」

姉「……」

黒髪娘「自分でも、なんだかよく判らなくて。
 友女にも相談したのですけれど
 “姫は悪くない”っていわれて……。
 でも、やはり私はそんな風に思えない。
 なんだかとっても格好悪くて
 情けない気持ちで
 不器用すぎて何も出来ない気分で
 優しくされてるのに、泣きたくなるし
 些細なことで落ち込んでしまうし」

姉「……」

黒髪娘「いえ、その。良くしてもらって。
 いつも一緒で、それは嬉しいのだ……です」

姉「嬉しいのだ、でいいよ」 くすっ
黒髪娘「はい」 しゅん

654: 2010/01/22(金) 10:16:26.75 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘「ざわめいて、羽ばたいて。
 心が魑魅(すだま)になって、飛んでいきそうで。
 これはその……。好き――なのだろうか?」

姉「……」

黒髪娘「すみませぬ。
 学問も儒教の礼は学んだつもりだが
 怯懦な心を抑えきれぬ」

姉「ううん。その……友さんだっけ?」

黒髪娘「はい」

姉「友さんの言うとおり。
 黒髪ちゃんは、なんにも悪くないよ。
 ……もうね、そりゃねー。
 春になったら花が咲くとか、
 夏になれば蝉が鳴くとか
 秋になれば葉が染まるとか。
 それくらい仕方がないよね」

黒髪娘「そうなの……か?」

姉「こればっかりは、胸の内側が
 “そういうことだよ”って熟すまで
 待つしかないもんね」

657: 2010/01/22(金) 10:25:28.52 ID:fkJR1ewJP
はてさて、良い区切りなんで、ちょっと諸々こなしてきます。
これるとしたら夜。あれだったら容赦せずに落として下され。
みんなの分の、マーマレードサンドっと
平安組出番無さ過ぎて泣けるwww

711: 2010/01/22(金) 21:07:41.41 ID:fkJR1ewJP
――駅前の本屋

黒髪娘「なんという数の書だ!!」
男「気に入ったか?」

黒髪娘「うむ! すばらしいぞ。
 い、いったい何冊有るのだっ!? 千冊か、二千冊か?」

男「わかんないけど、一万くらいじゃないか?」
黒髪娘「一万っ!?」

男(テンション高いな……。なんかもう、ほんと。
 こいつ、すげー可愛いよなぁ)

黒髪娘「入って良いのか? 作法とかはあるのかっ?」

男「この間のスーパーと大差ないよ。
 カゴとかはないけれどな。あと、大きな声は出さないこと」

黒髪娘「うむ、わかったぞ」

男「じゃ、行くか」

715: 2010/01/22(金) 21:13:34.75 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘 じぃっ

男「どうした?」

黒髪娘「余りにも沢山あって、どうすればいいのか判らぬ」
男「あー」

黒髪娘「どうしよう、男殿?」 おろおろ
男「うーん。そうだなぁ」

黒髪娘「そもそも、煌びやかな書が多すぎるではないか」むぅ
男「そういう認識かもな。うん」

黒髪娘 そぉっ。ちょん。
男「なんでそんなにおっかなびっくりなんだ?」

黒髪娘「書は慎重に触れねば壊れてしまうであろう?」

男「ここにあるのは、そこまでボロくはないよ。
 うーん。しかたない。まずは案内してやるから
 一周ぐるっと回るとしようか」

黒髪娘「手間をかけて申し訳ない」

男「なーに。かえってデートらしいってもんだ」

717: 2010/01/22(金) 21:19:23.48 ID:fkJR1ewJP
男「まず、ここがマンガコーナーだ」
黒髪娘「まんがこーなーとはなんだ?」

男「コーナーは、場所って云うような意味だ。
 棚によって異なる種類の書物が収められているって訳だよ」

黒髪娘「ではマンガの棚か。……マンガってなんだ?」
男「ぷくくっ」

黒髪娘「笑うことはないではないか。真面目に質問しているのに」

男「いやいや。おれもそっちに行ったばっかりの頃は
 会話の殆どが“XXって何だ?”だったとおもってさ」

黒髪娘「うむ。その通りだ。厠(かわや)ってなんだ?
 と聞かれた時は、どこの知恵遅れかと思ったぞ」

男「くっ。それはもう良いだろっ」

黒髪娘「で、マンガとはなんなのだ?」どきどき

男「それはこんな感じの……」
黒髪娘「ふむ。おお!!」

男「このちいさな四角の中に、絵と台詞が入ってるわけだ。
 右上から読んでいって、物語になってるわけだな」

黒髪娘「ふぅむ。興味深い……」

720: 2010/01/22(金) 21:26:20.46 ID:fkJR1ewJP
男「で、こっちは絵本コーナー」
黒髪娘「絵本とは?」

男「こんな感じだ」
黒髪娘「マンガと一緒ではないか」

男「こっちは、小さな四角がないんだよ。基本的にな」

黒髪娘「ふむ。ああ。判るぞ。なぁんだ。
 これは、要するに絵物語ではないか」

男「あ、そうなの?」

黒髪娘「うむ。このような物は貴族の間では特に珍重されるのだ。
 もちろんこのような綴じ本ではなく巻物なのだが」
男「ふむふむ」

黒髪娘「書の執筆、編纂というのはあちらでは
 学識や見識の集大成とも云えるもので
 任じられたり人気が出たりするのはとても名誉なことなのだ。
 絵物語を書く職人は珍重されている」

男「そりゃこっちでも似たようなものかもなぁ。
 ラノベ作家とか人気者だもんな」

722: 2010/01/22(金) 21:33:30.31 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘「この棚は全て絵物語なのか?」

男「うん、そうだよ。絵本っていうのは、
 こちらでは多くの場合、子供向けなんだ。
 子供が字を覚え始める頃に絵と一緒だと覚えやすい、
 って云う配慮なのかな。
 ほら、この本なんか、文字がとても大きいだろう?」

黒髪娘「本当だ……。鮮やかな絵だなぁ」

男「どうした?」

黒髪娘「絵合(えあわせ)というものがあって」
男「ふむ」

黒髪娘「つまり、歌会のような集まりなのだが
 みんなが持ち寄った絵を自慢し会うような会なのだ。
 もちろん我が家も右大臣家であるから、
 唐から取り寄せた秘蔵の絵巻物をいくつも所有している。
 しかし、おそらくこの棚ひとつにも満たぬのだろうな、と」

男「……」

黒髪娘「いや、つまらないことを云った」

男「いや。……黒髪は、いいこだな。
 次に行くか。まだまだ色々あるんだぜ?」

723: 2010/01/22(金) 21:38:18.40 ID:fkJR1ewJP
男「このコーナーは、一般書籍。右は小説で、左は実用書だな」
黒髪娘「小説とは何だ?」

男「物語だよ。絵がついていない、文字だけのやつ」
黒髪娘「ふむふむ。竹取物語のようなものだな」

男「ああ、それってかぐや姫の話だろう?
 それはこっちでも親しまれてるぞ?」

黒髪娘「そうなのか? 女房や貴族達はあの美貌の姫を
 うらやんだり褒めそやしたりするのだ。
 公達がこぞって求婚するのが素敵らしい。
 だが、わたしは幼い頃からあの、
 殿方を手玉に取るやりようが気にくわなくてな。
 いやならいやだと断れば良かろうものを」

男「あー」

黒髪娘「あのような宝物をねだって諦めさせるとは
 如何にも不実なやりように思われてたまらぬ」
男「まぁ、そうとも云えるかな」

黒髪娘「これだから私は恋が――
 す、すまん。とにかく!
 男女の機微が判らないなどと云われるのだ」

男「ふぅん。そう言われるのか」 にやにや

725: 2010/01/22(金) 21:50:47.70 ID:fkJR1ewJP
黒髪娘「いいではないかっ。
 ――で、こちらの実用書とは?」

男「言葉のどおり、実用の書だ。
 日常に役立つ技術の指南書だな。
 仕事の本とか、資格の本とか、料理の本なんかも含まれる」

黒髪娘「ふむふむ。職人の本と云うことか?」
男「おおむね間違っちゃいないんだろうな」

黒髪娘「それにしても膨大な数だな」
男「前も云ったけれど、もう貴族はいないんだ。
 逆に言えば全員が貴族だとも云える。
 今では、誰でもが気軽に本が読めるからな」

黒髪娘「全員文字が読めるのか?」

男「読めるよ。もちろん、本を読むのが
 好きな人も嫌いな人もいるけれどね」

黒髪娘「うーむ。それでこんなにも書があるのか……」
男「そういうことだな」

726: 2010/01/22(金) 21:59:54.26 ID:fkJR1ewJP
男「それから、こっちは雑誌だな」
黒髪娘「雑誌とは何だ?」

男「あー。んー。あれ? いざとなると結構説明が難しいな」
黒髪娘「そうなのか?」

男「この世界の書には大きく分けて二種類有るんだ。
 1つは書。今まで見てきたの全部だ。
 もう一つは雑誌、ここにあるようなものだな」

黒髪娘「ふむふむ」

男「書の方は、何か書きたいこと1つに搾って
 それについて書かれているんだな。大抵はそうだ。
 書き上げたら発表される。
 中には長い時間かけて書かれるものもある。
 雑誌の方は逆に、日取りを決めて定期的に出ている。
 週に一回とか、月に一回とか、年に四回とか」
黒髪娘「ふぅむ」

男「で、色んな出来事が書いてあることが多いな。
 例えばこれなんかは旅行についての雑誌だ」

黒髪娘「“宇治”と読めたぞ?」
男「うん、この季節……つまり、雪の宇治に行って
 温泉につかろうと、そんな事が書いてあるみたいだ」

黒髪娘「なんて精巧な錦絵なのだろうなぁ」 うっとり

730: 2010/01/22(金) 22:19:42.89 ID:fkJR1ewJP
ごめんぽ、いわれるまできづかなかった。
さっきからP2のせいか、書き込み失敗しまくって
タイムアウトになった書き込みが「読んでるスレ」に
流れちゃってるみたいだ。
ちょっと対処のしようがないので、止めるね。

744: 2010/01/22(金) 23:41:57.86 ID:fkJR1ewJP
男「さて。説明はこんなものかな」
黒髪娘「手間を取らせた、男殿」 にこっ

男「結構時間がたったな。面白かったか?」
黒髪娘「うむ、目のくらむ思いであった」

男「そっか」 なでなで
黒髪娘「……むぅ」

男「それじゃさ」
黒髪娘「ん?」

男「何か買ってやるよ」
黒髪娘「え?」

男「その予定だったんだ。沢山は買ってやれないけれど
 買ってやるからさ。何が良い? 選んでみればいいよ」

黒髪娘「よ、良いのか?」 どきどき
男「まぁな。でもダメなものはキッパリダメだからなっ。
 ……特に店のあっちの端には近づかないことっ!」

黒髪娘「迫力があるぞ、男殿。……それなら」
男「どうした?」

黒髪娘「一緒に選んで欲しい」

746: 2010/01/22(金) 23:47:18.15 ID:s7gnoH1F0
男「どんな案配だ?」

黒髪娘「えっと、えっと……もう少し」
男「ああ。ゆっくりでいいぞ。時間をかけて」

黒髪娘「選ぶのが楽しすぎるのが問題なのだ」
男「楽しむのが良いって」

黒髪娘 ぱたぱた、ぱたぱた
男「……たのしいなぁ、あいつ」

黒髪娘 ぴたっ
男「お、止まった。実用書にするのか?」

黒髪娘 ぱたぱた
男「違うのか」

黒髪娘 ぴたっ
男「写真集か。そういやそんなのもあったなぁ」

黒髪娘 ぱたぱた
男「せわしないやつ」 ぷくくっ

747: 2010/01/22(金) 23:51:41.53 ID:s7gnoH1F0
黒髪娘「男殿、男殿」
男「決まったか?」

黒髪娘「これにしようかと思う」
男「これはまた。面白いのを選んだなぁ」

黒髪娘「そうなのか?」
男「いや、でもそれは読んだことがある。良い本だよ」

黒髪娘「猫の絵が凛々しいと思うのだ」

男「そうだな。小さくて黒いのは、黒髪みたいだ。
 ……じゃ、それにしようか」

黒髪娘「でも、その。……よいのか?
 これは千三百もするから、あの大きな菜が十個も
 買えるわけで……そのぅ」

男「いいんだよ。それくらい。遠慮しすぎだ。
 それからこっちの一冊は、俺からの贈り物」

黒髪娘「え? え?」

男「古語辞典だよ。黒神はこれがあると助かるだろう」
黒髪娘「こんなに厚い書を頂くわけにはっ」

男「なんだ。絵本を選んだのはそんな理由なのかぁ?
 変なところで慎み深いんだなぁ。黒髪は」

752: 2010/01/23(土) 00:05:07.66 ID:J2V03bbQ0
黒髪娘「変ではない。それが儒教の礼節だ」
男「いいのいいの。これは、俺が、黒髪にあげたいの」

黒髪娘「そんなっ」

男「――あの話だってさ」

黒髪娘「へ?」

男「あの姫が、蓬莱だ龍だなんて無茶振りして
 取ってこれないようなものを
 ねだったのがいけなかったんだよ。
 そうでなければ、男の中にはごく当たり前の好意で
 姫に贈り物をしようとした人もいたと思うぜ?
 それこそ、送っただけで満足。
 あの姫に使って貰えたら嬉しいなぁって、
 それだけの気持ちだったヤツだって、
 最期に残った五人の皇子以外にはいたと思うんだよなぁ」

黒髪娘「……」

男「まぁ、そいつらはあの話では、予選オチしたわけだけど」

黒髪娘「あの女は見る目がなかったのだ」

男「かもな」

黒髪娘「ありがとう。大事にする。男殿っ」 にこっ

754: 2010/01/23(土) 00:11:07.27 ID:J2V03bbQ0
――駅前ドーナツチェーン店

男「……っと、こんな感じかな」
黒髪娘「何がなにやらさっぱり判らぬ」

男「うん、説明しても良いんだけど、
 後ろも並んでるから」
黒髪娘「わっ」

男「適当に俺が選んじゃうぞ」
黒髪娘「う、うむ。頼む」

男「ミートパイがないのが痛いよなぁ。
 あれすげー美味いのに」
黒髪娘「白やら桃色やら、美しいなぁ」

男「甘いんだぜ?」
黒髪娘「甘いのかっ」

男「そりゃもう、大人気ですぜ」
黒髪娘「むむむ……。梅饅頭よりもうまいか?」

男「良い勝負かなぁ」

756: 2010/01/23(土) 00:18:29.74 ID:J2V03bbQ0
カタン、すとん。

男「まぁ、どうぞ」
黒髪娘「うむ」 きょろきょろ

男「美味しいよ?」
黒髪娘「頂きます」
男「頂きますっ」

黒髪娘 あむっ 「っ!」
男「おお、びびってる。びびってる」

黒髪娘「何という軽さなのだ! 淡雪のようだっ」
男「エンゼルクリームって云うくらいだから」

黒髪娘「どうなつとはこのような食べ物なのか」
男「南蛮渡来の菓子なんだよ」

黒髪娘「これは、なんとも……。
 霞を食べているような心地よさではないか」 きらきら

男「どんどんどうぞ?」
黒髪娘「うむっ」

758: 2010/01/23(土) 00:20:53.74 ID:J2V03bbQ0
男「こっちのも行けるぞ? ジャム入りだ」
黒髪娘「うむ。頂いている」 そわそわ

男「どうしたんだ?」
黒髪娘「いや」

男「?」
黒髪娘「男殿……」 ちらっ

男「ん?」

黒髪娘「その、わたしは、何か粗相をしているのではないか?」
男「なんでさ?」

黒髪娘「道行く人も店の人もこちらを見ていないか?」
男「あー。うん」

黒髪娘「なにか、悪いことをしてしまっただろうか」

男(今日のも、お出かけ前に姉ちゃんが
 わざわざ着飾らせたコーディネートだからなぁ。
 悪い意味で手抜きがないって言うか……。
 姉ちゃん無駄にきめまくりだろ……)

黒髪娘「ううう」 おろおろ

759: 2010/01/23(土) 00:24:33.16 ID:J2V03bbQ0
男「いや、まて。落ち着け。説明するから」
黒髪娘「?」

男「その編み込み、姉ちゃんがやってくれたんだろう?」

黒髪娘「ん? 髪か? そうだ。
 姉御殿がそのままだと街歩きでは邪魔にもなるし、
 重かろうと編んでくれたのだ」

男「それと、服もさ」
黒髪娘「軽すぎて、心許ない」 かぁっ

男「そういうの、すごく可愛いんだよ。
 ……タイツとか。似合ってっから」
黒髪娘「――」 きょとん

男「可愛く見えるの。すごく。TVに出てる子みたくっ」
黒髪娘「そう……なのか?」

男「ったく」
黒髪娘「何で男殿が怒るのだ?」 むぅっ

男「怒ってない」
黒髪娘「そんな事無いではないか」

男「なんでもないって。ほら、食べよう?」
黒髪娘「……」

762: 2010/01/23(土) 00:32:57.50 ID:J2V03bbQ0
――帰りの夜道

黒髪娘「男殿?」
男「ん?」

黒髪娘「その……なんでもない」しゅん
男「そっか」

黒髪娘「……」
男「……」

黒髪娘「……」 ぎゅっ
男「荷物、持とうか?」

黒髪娘「ううん。これは自分で持ちたいのだ」
男「そうか」

黒髪娘「…………機嫌が悪いの……か?」 ぼそぼそ
男「どうした?」

黒髪娘「なんでもない」 ふるふるっ

764: 2010/01/23(土) 00:40:27.06 ID:J2V03bbQ0
黒髪娘「男殿……」
男「どした?」

黒髪娘「頭を……撫でてくれないか?」
男「……」

黒髪娘「髪に触れて欲しいのだ」
男「……ん」

ふわり……。
 なで……なで……

男「……こうか?」

黒髪娘「……機嫌を直してくれ」
男「怒ってないよ」

黒髪娘 ぎゅっ
男「……黒髪。ほんとだよ」

黒髪娘「……」
男「本当だってば」 なでなで

777: 2010/01/23(土) 01:08:39.92 ID:J2V03bbQ0
――翌日、祖父の実家

さーーーー

黒髪娘「雨だなぁ、男殿」
男「そうだな」

黒髪娘「春の初めの雨だ」
男「そのへんちょっと感覚ずれてるよな。
 まだまだ寒いじゃないか」

黒髪娘「温かくならなくても、年さえ開ければ春だ。
 同じ寒くても、これから小さく堅くなって行く年末の寒さと
 どこかにほころびを感じさせる、年明けの寒さは違う」

男「そっか? でもまぁ、そうかもな。
 雪じゃなくて、雨だしな」

黒髪娘「これでは今日は外には出られぬな」
男「行けない訳じゃないけれど、
 家にいるのが良さそうだ」

黒髪娘「男殿は何をしているのだ?」

男「調べ物と、レポート」
黒髪娘「そうか。……私もここで本を読んでいて良いか?」

男「もちろん」

781: 2010/01/23(土) 01:12:57.35 ID:J2V03bbQ0
ぺらり/カタカタカタ

黒髪娘「……」
男「……」

黒髪娘「……」 もぞもぞ
男「……どした?」

黒髪娘「背中が温かくてくすぐったいのだ」
男「何もこんなにくっつかなくても良いのに」

黒髪娘「部屋の中で、ここが一番温かく思う」
男「そうですか」
黒髪娘「うむ」

ぺらり/カタカタカタ

男「……」
黒髪娘「……」

男「……」

784: 2010/01/23(土) 01:25:26.91 ID:J2V03bbQ0
黒髪娘「――我がせこが衣はる雨降るごとに
      野辺の緑ぞ色まさりける」

男「それ、どんな歌なんだ?」

黒髪娘「それは、つまり……
 衣替えをして、雨が降るごとに、春の緑が濃くなる。
 そういう歌だ」 そわそわ

男「そうか。そういえば“一雨ごとに”なんて云うものな」

黒髪娘「そういうことだ」

男「ん?」
黒髪娘「なんだ?」

男「頬っぺ赤いぞ?」
黒髪娘「そんなことはないっ」

男「ふむ」

ぺらり/カタカタカタ

黒髪娘「……」 どきどき

787: 2010/01/23(土) 01:43:31.80 ID:J2V03bbQ0
男「……なんかさ」
黒髪娘「うむ?」

男「小腹減った」

黒髪娘「……そうかも知れぬ」
男「ドーナツは腹持ち悪いなぁ」

黒髪娘「蕩けるばかりに美味であるのにな。
 浮き世の栄華とは本当にむなしいものだ」しょんぼり

男「栄華ってほどのものか?」
黒髪娘「どおなつに勝る栄耀栄華はあるまいっ」

男「そうかそうか。んー」のびっ
黒髪娘「男殿は大きすぎる」

男「何か言った?」
黒髪娘「見上げるようだ」

男「黒髪が小さいんだよ」
黒髪娘「わたしは標準的な身長だ」

男「……何か食べるとするか」
黒髪娘「ご相伴する」

790: 2010/01/23(土) 01:56:12.86 ID:J2V03bbQ0
――祖父の家、台所

男「黒髪ー?」
黒髪娘「ん。ここにいるぞ」

男「お前、餅何個食べる?」
黒髪娘「餅を食べるのか?」

男「このサイズだぞ。ほら」
黒髪娘「存外小さいな。私は3つだ」

男「んじゃ、俺は4つ~」
黒髪娘「焼くのか? 雑煮か?」

男「どうすっかね。チーズいれちゃおっかなぁ」
黒髪娘「ちいず?」

男「いや、間食で高カ口リーは危険かな?」
黒髪娘「ちいず……」どきどき

男(まぁ、いいか。こいつそうゆうの関係なさそうだし)

黒髪娘「ちいずとはなんだ?」

男「美味い食べ物だよ」
黒髪娘「それはたのしみだ!」 ぱあぁっ

793: 2010/01/23(土) 02:00:36.70 ID:J2V03bbQ0
――祖父の家、居間

黒髪娘「美味しいではないか!」
男「落ち着け」

黒髪娘「餅と同じように伸びるとは」
男(可愛いヤツだな。ぷくくっ)

黒髪娘「熱くて、とろりとしていて」

男「ほら、慌てると、髪についちゃうぞ。
 右大臣家の娘なんだろう?」

黒髪娘「それもそうだ」 あむ、あむっ
男「ほら、お茶おくぞ。喉に詰まらせるなよ」

黒髪娘「いくら何でもそこまで子供ではない」むっ
男「くははっ。判った判った」

黒髪娘「この、まろやかな塩味がたまらぬ。
 美味く表現できぬが、一個食べるともう一個。
 ふたつめを食べると三つめが食べたくなる味だ」

男「ああ、チーズの溶けたヤツって
 そう言うところ有るよなー。わかるわかる」 もぐもぐ

黒髪娘「……」 じー

798: 2010/01/23(土) 02:08:44.01 ID:J2V03bbQ0
男「……」 もぐもぐ
黒髪娘「……」 ちらっ

男「もう一個欲しい?」
黒髪娘「……そうとも云える」

男「……半分こだからな」
黒髪娘「うむ」 にこっ

男「ん。美味いなぁ」
黒髪娘「美味しいなぁ。こちらのものは何でも美味しい」
男「あっちのだって美味しいぞ?」

黒髪娘「もてなしの心で用意しているのだ」
男「こっちだってそうさ」

黒髪娘「そうなのか?」

男「確かにこっちは変わった物があるように
 見えるかも知れないけれど、例えば近海産の
 天然の鯛やカニなんて、一人が食うくらいで
 七千円とか八千円とかするものもあるんだぞ?」

黒髪娘「なんとっ!?」

801: 2010/01/23(土) 02:13:04.37 ID:J2V03bbQ0
男「な? ものすごく値段が上がって
 高級になったものもあるんだよ。
 たとえば、生の山葵(わさび)なんて
 いまは普通のご家庭じゃ高くて
 滅多にお目にかかれるような食べ物じゃない」

黒髪娘「そうであったのか」

男「だから、おれがあっちで受けたもてなしは
 本当に大盤振る舞いの、大ご馳走だったんだよ」

黒髪娘「ふむ……。興味深いな」

男「だから、あんまり気を遣うことはないぞ?」
黒髪娘「うむ、わかった」にこっ

男「腹が一杯になったらごきげんか?」

黒髪娘「わたしはいつでも機嫌は良い。
 男殿と一緒にいる時ならばなおさらだ」

男「え。……あ」
黒髪娘「どうしたのだ?」

男「いや、その」
 (そう言うこと、不意打ちで云うかな。この中学生めっ)

807: 2010/01/23(土) 02:37:29.15 ID:J2V03bbQ0
――夜中、祖父の家の廊下

じゃぁぁ~

黒髪娘「寒い」 ぶるるっ

黒髪娘「千年たっても厠(かわや)の寒さは変わらぬのだな。
 何でそう言うところだけは変わらないのだろうな」

ぶるるっ。

黒髪娘「寒い……。早く布団に……。ん」

黒髪娘「――」

黒髪娘「これは、満月……か。
 雨も上がり、なんと冴え冴えとした……春の、月」

黒髪娘「変わらないのは、月の光」

黒髪娘「……来て、良かった」

809: 2010/01/23(土) 02:52:35.64 ID:J2V03bbQ0
からり

男「……すぅ。……ん」

黒髪娘「……」

男「……すぅ。…………くぅ」

(あの髪に、触れたい。触れて、欲しい)

黒髪娘「……」 おずおず

さわっ。……なで。……なで。

男「……んぅ」
黒髪娘「っ」ぴくんっ

男「……すぅ。……くぅー」

黒髪娘 ほっ

(月の光で……。男殿が。……なんだか)

男「……んぅ? 黒髪……? といれか?
 ――寒いぞ。……んぅ。
 ……布団入らないと、寒く……なるぞ?」

黒髪娘「あ……」 こくり
男「……すぅ」

811: 2010/01/23(土) 02:59:43.91 ID:J2V03bbQ0
黒髪娘(いま……溢れた。
 ……いま、判った)

男「……すぅ。…………くぅ」

黒髪娘(やっとわかった。
 ……これが、そうなんだな。
 そうか……。これは、知っている。
 この気持ちは、ずっとわたしの中にあって……。
 男殿に触れられる度に育って……。
 今、溢れたんだ……。
 こんなに近くにあったのだ……)

男「……冷えちゃうぞ? んぅ。……黒髪」

黒髪娘「はい」

男「……ん?」

黒髪娘「はい。男殿」 にこり

男「……? ……すぅ」

黒髪娘「月の光が凍ってる。
 今晩は、特に冷える。
 暖かい布団を分けて下さい。男殿」

820: 2010/01/23(土) 03:32:01.56 ID:J2V03bbQ0
悪い、寝オチってましたる。
今晩はこれで一旦切らせて下され。
礼によっておちたら落ちた感じで。
仮眠から戻れれば超速度で

870: 2010/01/23(土) 12:02:11.99 ID:J2V03bbQ0
――祖父の家、和室

チチチ。チチチチッ。

男「……すぅ。…………くぅ」
黒髪娘「……すぅ。……んに」」

男「……」ぽやぁ
黒髪娘「……くぅん」

男(何で……黒髪が同じ布団にいるんだ?
 ……夜? トイレ帰りに……)

――暖かい布団を分けて下さい。男殿。

男「っ!?」

黒髪娘「くぅ……。んむぅ……」 ぎゅっ

 小さい/桃の匂い/鼓動ぎ/
 細い指/パジャマ/
 まつげ長い/体温/衣ずれ/
 甘い声/しがみついて/体温/くすぐったい――

がばっ!

黒髪娘「んぅっ……」

871: 2010/01/23(土) 12:05:00.29 ID:J2V03bbQ0
男「……おはよ」
黒髪娘「……はよ」ぽやっ

男「……」 ばくばくっ
黒髪娘「……眠ぃ」 くてっ

 体温。

男(ううっ。自覚無いのか、こいつ……。
 何で布団に入ってるんだよっ。いくら寝ぼけてたって……)

黒髪娘「……くぅ」
男「そろそろ、起きない?」

 しがみつく小ささ。

黒髪娘「……いまひととき。もうちょっと」
男「そうですか」 びくびく

 みじろぎ。

黒髪娘「男殿とくっついてると、温かいのだ」
男「……そだけど」

 甘い呼吸。

黒髪娘「んぅ」 きゅっ

873: 2010/01/23(土) 12:07:10.40 ID:J2V03bbQ0
――祖父の家、朝の台所

ジャァァァー。

男(……)

男(今朝のあれは……。多分……。
 そう言うこと何だよなぁ。
 ……。
 フラグ立てちまったか……?)

男(そりゃ心当たりは色々あるけどさ……)

パチパチ。トントントン。

男(いざ、そうなってみると、衝撃だわ。
 ……抵抗できないとは思わなんだ。
 どんだけ弱いんだよ、俺……)

 くちびる。

男(ううう……)

 華奢なくびすじ。

男(ううう……。うわぁぁっ!)

874: 2010/01/23(土) 12:10:39.84 ID:J2V03bbQ0
男「違うんだ。俺は決して口リではないっ!!」

かちゃっ!

黒髪娘「男殿、顔も洗ったし、衣服も改めたぞ」にこっ

男「~っ!!」 びくっ

黒髪娘「どうしたのだ?」 きょとん
男「いや、なんでもないよ?」 あせっ

黒髪娘「そうか。……ふふふっ。
 どうだ? ちゃんと洗えただろう?
 ハミガキもしたぞ? 桃の匂いだぞ」 つんつん

男「お、おう。良くできた」
黒髪娘「この程度、なんでもない」

男「……」
黒髪娘「……?」

男「朝ご飯にするか?」
黒髪娘「うむっ」

876: 2010/01/23(土) 12:17:22.56 ID:J2V03bbQ0
――祖父の家、居間

男「もう一枚食べるか?」
黒髪娘「いただく」

男「ほいっと。……ジャムか?」
黒髪娘「自分で塗れる……と思う。……ほら」にこっ

男「覚えたな」
黒髪娘「もちろんだ」

男(機嫌良いな……。これは、その。
 やっぱり、そう言うことなんだろうなぁ)

黒髪娘「どうだ?」
男「完璧だぞ」

黒髪娘「うむ」 にこっ

男「なんだかんだで、もう最終日か……」
黒髪娘「そうだな」

880: 2010/01/23(土) 12:44:51.67 ID:J2V03bbQ0
男「今日はどうする?
 帰還は夜の19時ってとこだと思うけど」

黒髪娘「後どれくらいあるのだ?」
男「11時間かな。昼は食べるとして、いや。
 夜も食べた方が良いのか」

黒髪娘「食事を決めるのか、予定を決めるのか」
男「同じ事だろう?」

黒髪娘「むぅ。……男殿と一緒ならば、それで良いな。
 出掛けたとしても余り見て回ると、
 体調に差し支えがありそうだ」

男「体力ないもんなー」
黒髪娘「淑女としてはしかたないのだ」

男「……ノーパソで映画でも見るかぁ」
黒髪娘「てれびんか?」

男「似たようなものだよ」
黒髪娘「楽しみだな」 にこっ


886: 2010/01/23(土) 12:58:03.66 ID:J2V03bbQ0
――夕刻、祖父の家

かたたん。からり。

姉「こーんばんわー♪」
男「おう。姉ちゃん」
黒髪娘「こんばんは、姉御殿」

姉「黒髪ちゃん。可愛いねっ」 ぎゅっ
男「抱きつきはやっ!?」

黒髪娘「くすぐったいのだ」にこり
姉「ぶぅぶぅ。いいじゃないのよ。
 黒髪ちゃんはわたしのものなのよ?」

男「それはないだろ」

黒髪娘「姉御殿にはお世話になったのだ」

姉「今日、帰るんだよね」
男「そうだよ」


887: 2010/01/23(土) 13:00:27.96 ID:J2V03bbQ0
姉「いつごろ?」

男「あと数時間で出る」
黒髪娘 こくり

姉「……ふむ」
男「どした?」

姉「ううん。えっと、お土産持ってきた」
男「なにさ?」

姉「んっとねー。桃シャンプーと、下着と、
 ネイルケアの道具と、あとコンビニのお菓子と」

男「姉ちゃん。こいつ、そんなに持ってくのは……」
黒髪娘「いいのだ。男殿。有り難く頂きたい」

男「そか……」
黒髪娘「何から何までお世話になった。姉御殿」ぺこり

姉「いーのいーの。可愛い黒髪ちゃんと
 遊べて楽しかったわ」

男「遊んだだけだもんな、ほんと」

889: 2010/01/23(土) 13:08:34.59 ID:J2V03bbQ0
姉(ふむふむ……。雰囲気がねー……) くいっ

  男「なんだよ」
  姉「どうしたのよ。黒髪ちゃんとの距離が近いじゃない。
   具体的に云うと、この間より20cmくらい。
   隣にいるのが当然みたいに座っちゃって」」

  男「う゛」

  姉「なんかあった?」
  男「あったような……。無かったような……」

黒髪娘「?」

  姉「まーだ煮え切らないんだ。あんた」
  男「煮え切ると各方面に迷惑掛けるのっ」

  姉「物事の優先順位判定、間違えないようになさいよ」
  男「……」

  姉「“あんたの苦労”なんて一番優先度低いんだからね」

892: 2010/01/23(土) 13:14:29.86 ID:J2V03bbQ0
姉「ま、いいわ。ん。
 ……今日は帰るね」
男「へ? お茶くらい入れるぞ?」
黒髪娘「そうです。こんな早々に」

姉「いーのいーの。顔みてお土産渡したかっただけ。
 それに、お迎えとか、送り届けとかさ。
 私が見ない方が、良いんでしょ?」

男「姉ちゃん……」

姉「いや、違うよ? 時間がもうちょいだから
 二人っきりにして上げようとか云う
 そういうらぶろまな心遣いじゃないよ?」 にやにや

男「とっとと帰れよ」
黒髪娘「ふふふふっ」

姉「ま、いいわ。……がんばんなさい」

男「ったく。わかったよ」
黒髪娘「ありがとうございました。姉御殿」

894: 2010/01/23(土) 13:40:08.42 ID:J2V03bbQ0
――夜、祖父の家の納戸

黒髪娘「そろそろかの」 どきどき

男「うん。もうちょい。時間がずれちゃうから、
 なるべく正確に戻らないと菜」

黒髪娘「あちらでは30日が経過しているのだな」
男「そのはず。吉野で静養って話になってるんだよな?」

黒髪娘「友が万事問題なく手配してくれているとは思うが」
男「まぁ、大丈夫だろう」

黒髪娘「……うん」

男(――“花鳥文螺鈿作り黒檀長櫃”。
 チャンスを捉えて何とか調べておかないとなぁ)

黒髪娘「男殿……?」
男「ん?」

黒髪娘「その」
男「うん」

黒髪娘「……」
男「大丈夫。ちゃんと帰れるよ」 ぽむぽむ

黒髪娘「うむ。……友が待っていてくれるものな」

896: 2010/01/23(土) 13:54:25.33 ID:J2V03bbQ0
――黒髪の四阿、深夜

がたがたがたっ。がぽんっ!
……しゅとっ。

男「っと、っと、っと。よいしょ」
黒髪娘「す、すまぬ」

男「二人一緒はさすがに狭かったか」
黒髪娘「うむ。でもそれで良かった」

友女房「姫様っ!」
黒髪娘「友っ。どうだ? 今はいつだ?」

友女房「きっかり30日、予定どおりでございますよ」
男「ほっとした」
友女房「ええ。男様、ありがとうございました!」

黒髪娘「久しぶりの庵だなぁ。
 真夜中だが、湯浴みの準備を頼んでも良いか? 友」

友女房「ええ、もちろんでございます……が」
黒髪娘「ん? どうした?」

899: 2010/01/23(土) 14:07:57.79 ID:J2V03bbQ0
友女房「いえ、多少いろいろがございまして……」
黒髪娘「何があったのだ?」

友女房「いえ、私からは何とも……。
 まだ、確としたお話でもないと存じておりますし。
 詳しくは藤壺の上からお聞きになられた方が良いかと。
 “吉野からお戻り”の際は是非お会いしたいと
 何度か文の連絡を頂いております」

黒髪娘「そうなのか……。何があったのだろう。
 わかった。明日にでも文を送ってみよう」

友女房「それが宜しゅうございますよ」

下級女房「――」
友女房「姫、湯浴みの準備があるそうです。よろしいですか?」
黒髪娘「うむ、わかった。
 ……男殿、しばらくお待ちを。炬燵にでも入っていて欲しい」

男「ああ、判ったよ」

とててててっ。

友女房「男殿、お時間を宜しいですか? お話があるのです」
男「判った。こっちも聞きたいことがあったんだ」

909: 2010/01/23(土) 15:43:39.14 ID:J2V03bbQ0
――数日後、藤壺の宮

藤壺の君「吉野から良くお戻りになられて、
 黒髪の姫。皆も心配していたのですよ?」

黒髪娘「はい。ありがとうございます……」 ふかぶか

藤壺の君「さる歌会はまだ雪残る春でしたが、
 はや、山裾には桜の袖がひろがっております」

黒髪娘「はい。風に舞うは雪のよう……」
藤壺の君「本当に……」

黒髪娘「……」
藤壺の君「お茶を入れさせましょう」 ぱちん

しずしず

藤壺の女房「……失礼いたします」

藤壺の君「……」
黒髪娘「……」

藤壺の君「実は、お話ししたいことがありお呼びしたのです」
黒髪娘「はい」

911: 2010/01/23(土) 15:50:12.39 ID:J2V03bbQ0
藤壺の君「……話は半月ほど遡るのですが
 承香殿(じょうきょうでん)※で鶯の音を愛でる宴が
 催された折のことです」

黒髪娘「……」

藤壺の君「宴そのものは、鶯の音こそ少ないものの
 盛会でした。管弦の楽の音は素晴らしく
 特に中将の笛は昨今にないあでやかさでした。
 それはよいのですが、その宴の折に
 黒髪の姫の話題が出たのです」

黒髪娘「わたしの……?」

藤壺の君「ええ。くだんの歌会からこちら
 姫の話は宮中の噂の的でした。主にその学識や
 見識の高さ、歌を詠む姿勢などですが
 臨席された帝が興味を持たれて」

黒髪娘「帝が?」

※承香殿(じょうきょうでん):内裏(天皇の住む
 私的な場所)の建物の一つ。かなり格が高い。

919: 2010/01/23(土) 16:06:54.53 ID:J2V03bbQ0
友女房「ええ、どうやら噂の方はもうすでに
 ご存じのようでした。いえ、おそらくは……
 尚侍のこともお心をいためておいでだったのでしょう。
 その席でも、哀れみ深いご様子で。
 そして、ではならば、歌集の編纂でも、
 とのお言葉があったのです」

黒髪娘「歌集……ですか!?」
友女房「まぁ」

藤壺の君「ええ。ご存じの通り勅撰集※の選者は
 今まで女性が選ばれたことはございません。
 ですから戯れ言だという者もいますし
 おそらくは帝のご意志とは言え、院か後宮を
 通して私的な依頼で……
 私撰と云う形になるでしょうが。
 しかし、いずれにせよ帝の口から零れた言葉。」

黒髪娘「……」

藤壺の君「宴の席のこととは言え、
 仇やおろそかには出来ませぬ……」

※勅撰集:帝もしくは上皇が命令して編集した歌集。
国家の一大文化事業で、選者にえらばれるというのは
「国で一番わかってるひと」認定だった。
比して私人の資格で選定を行なった歌集は私撰和歌集という。

924: 2010/01/23(土) 16:15:00.26 ID:J2V03bbQ0
黒髪娘「……」
友女房 がくがくぶるぶる

藤壺の君「正式な勅は未だ出ておりませんが
 女性でありながら、帝の信任を受けて
 選者に選ばれるかも知れぬ姫の噂で持ちきりです。
 このままで行けば、遠からず何らかの話が
 持ち上がるでしょう。
 帝自らが動かなくてもそのように進むのが内裏。
 それは黒髪の姫も重々ご承知でしょう」

黒髪娘「それは……」

藤壺の君「黒髪の姫が代理への出仕を
 避けていらっしゃったのはもちろん存じております。
 もしかしたら出家を考えていらっしゃるのかとも
 思いましたが、前回の宴で、遠慮深く恥じらいを持つ
 清らかなる方と判りました」

黒髪娘「……」

藤壺の君「……。姫……」

黒髪娘「はい……」

935: 2010/01/23(土) 16:44:17.14 ID:J2V03bbQ0
藤壺の君「歌集の編纂ともなれば、
 多くの時を必要としましょう。
 短くとも一年。長ければ、それこそ十年が
 かかってもおかしくはありません。
 それだけにその名誉は計りがたいものがあります。
 私的な依頼とは言え、帝のご意向の選者。
 それは内裏……いえこの都一番の
 歌い手、技芸の理解者と目されると云うこと」

黒髪娘「わたしのような浅学非才のものに勤まるとは……」

藤壺の君「……姫。あの日の姫の瞳を覚えています」

すっ

黒髪娘「あっ……」

藤壺の君「たしかに、この任は重いでしょう。
 姫が嫌悪されていた、内裏の政争の駒と
 なることもあるでしょう……。
 でも、本当の姫は“羽ばたいて”みたかったのでは
 ありませぬか? 中納言の二の姫との歌合わせを
 見て私はそう感じたのです」

黒髪娘「……それは」

936: 2010/01/23(土) 16:48:05.78 ID:E9Ovkbyh0
もうスレが残り少ないからキンクリで時進める気か

988: 2010/01/24(日) 00:41:49.65 ID:3CkOR7t50
応援するよ
できればハッピーエンドでおねがいします

黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」【後編】

引用: 黒髪娘「そんなにじろじろ見るものではないぞ」